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平成14年(ネ)第730号 実績報償金請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成1
2年(ワ)第17124号)
平成15年1月30日口頭弁論終結
判決
控訴人       X
訴訟代理人弁護士  菊 池   武
被控訴人      コスモ石油株式会社
訴訟代理人弁護士  佐 野 隆 雄
同         村 上   久
同         高 橋 成 明
同         佐久間   学
主文
1 本件控訴を棄却する。 
2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。 
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 原判決を取り消す。
 被控訴人は,控訴人に対し,金1000万円及びこれに対する平成12年9
月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
 主文同旨 
第2 事案の概要
 本件は,控訴人が,被控訴人が有する特許の対象となっている二つの発明
(原判決にいう「本件発明A」及び「本件発明B」)は,控訴人が,被控訴人の従
業者であった間に,被控訴人の他の従業者と共同で行った発明(職務発明)である
として,これらについて特許を受ける権利を承継して特許を取得した被控訴人に対
し,特許法35条3項の規定に基づき,相当の対価として378億0100万円を
主張して,その内金1000万円の支払を求めている事案である(原審において
は,相当な対価として18億5500万円を主張し,その内金3000万円の支払
を求め,全部棄却された。)。被控訴人は,本件発明A及びBについて特許出願を
した際に,控訴人を共同発明者の一人として願書に記載し,控訴人に対し,社内規
程による出願報償金及び登録報償金を既に支払っている。しかし,被控訴人は,控
訴人が本件発明A及びBの共同発明者の一人であることを争い,これを本訴の中心
的な争点としている。
 争いのない事実及び当事者の主張は,次のとおり付加・訂正するほか,原判
決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄記載のとおりであるから,これを
引用する。本判決においても,「丸善石油」,「訴外組合」,「L」,「M」,
「本件発明A」,「N」,「本件発明B」,「スキン層」などの語を,特に断らな
い限り,原判決の用法に従って用いる。
1 主たる争点
(1)控訴人は,本件発明Aの共同発明者の一人であるか。
(2)控訴人は,本件発明Bの共同発明者の一人であるか。
2 控訴人の当審における主張の要点
(1)本件発明A及びBに共通する事項について
(a)控訴人は,昭和56年から,訴外組合の「残油水素化分解第2グループ
(触媒グループ)幸手研究室」(以下「第2グループ」という。)の主任研究員
(グループ長)を務め,昭和57年から昭和59年にかけて,本件発明AをL及び
Mと共同で,本件発明BをNと共同で発明したものである。触媒の開発は,新規な
アイデアに基づく,触媒の試作,その反応の分析・評価,及び,問題点の解析とい
う作業を何回も行い,目標とする特性を備えた触媒に近いものを得る,との方法に
より行われる。すなわち,触媒の開発は,①試作触媒の反応評価装置を24時間連
続運転し,管理するグループ,②試作触媒の分析評価作業を分担するグループ,③
分析評価を総合的に考察し,次期の試作触媒を企画するグループ等に別れ,②をプ
ロセスグループが,③を第2グループが担当していた。そのため,第2グループの
主任研究員である控訴人は,新規に開発された一連の触媒のシリーズであるMZC
-2,MZC-3,MZC-500,MZC-600のすべての開発の中心となっ
ていた。このことは,甲第10ないし第12号証,第13号証の1ないし3,第2
3号証,第26号証の1・2・5・6,第35号証の1・2等から明らかである。
(b)本件発明Aが発明されたのは,昭和54年ではなく,昭和57年後半以
降のことである。第2グループにおいては,控訴人が第2グループの主任研究員と
なる前の昭和54年から昭和56年までは,従来から存在する触媒について,単
に,反応の分析,評価を行っていただけであり,何らの発明もなされたことはなか
ったのである。
(c)原判決の,「その後,燃料プロセス部門は第1研究室に,触媒グループ
は同研究室第2グループに,プロセスグループは同研究室第1グループにそれぞれ
名称が変更されるが」(原判決12頁11行~13行)との認定のうち,「プロセ
スグループは同研究室第1グループに(それぞれ)名称が変更されるが」とする部
分は誤りである。同グループは,昭和58年に第1研究室の「第3グループ」との
名称に変更されたのである。原判決のこの誤りは,単なるグループの名称の誤認と
いうにとどまるものではなく,控訴人が本件発明A及びBの発明者ではないとの誤
った事実認定の前提となるものである。
(d)スーパーマイクロリアクターは,控訴人が企画し,製作させたものであ
る。現実の製作は,R,S,Tのチームに一任され,同チームにより完成された。
これにより,本件発明Bに係る接触分解型試作触媒の反応試験が順調に進むことに
なった。控訴人は,スーパーマイクロリアクターの製作作業そのものには従事せ
ず,触媒の開発研究に専念していたのである。
(2)本件発明Aについて
(a)高温分解型触媒の活性度が,触媒表面積,細孔径,細孔容積に関係して
いることは,昭和38年6月28日発行の文献に既に明らかにされていた(甲第2
4号証の1)。1年間,安定して運転することが可能な高温分解型触媒も,昭和5
0年5月発行の文献に既に示されている(甲第24号証の2)。また,本件で問題
とされている研究が開始された昭和54年ころに発行された「重油の水素化脱硫反
応に関する研究」(野村宏次著。甲第29号証)には,高温分解型触媒の細孔分布
特性その他の詳細な基礎研究に関する事項が記載されていた。
(b)Mは昭和54年から,Lは昭和55年から,控訴人は昭和56年から,
長い寿命の高温分解型触媒を作り出すことを目標として,試作触媒について,成分
分析と水銀ポロシメーターによる細孔分析,反応評価等を行っていた。しかし,昭
和56年ころまでの段階では,公知技術を追試確認する程度のことしかできていな
かった。
(c)被控訴人の千葉製油所では,昭和56年当時,残渣油直接脱硫装置の高
温分解型触媒として,ACC社が納入していたRF-11と,日本ケッチェン株式
会社(以下「日本ケッチェン」という。)が納入していたRF-100を使用して
いた。両触媒は,水銀ポロシメータによる分析結果は全く同じであるにもかかわら
ず,その寿命に大きな差があった。控訴人は,両触媒を高倍率透過電子顕微鏡で観
察し,その結果,両者の細孔構造に大差があり,日本ケッチェンが納入していたR
F-100には,スキン層が存在し,スキン層表面の細かな細孔をカーボンや金属
成分が閉塞するため,スキン層に囲まれた内部への原料油の拡散が阻害され,触媒
活性が内部に残存するにもかかわらず,触媒機能がなくなり,触媒粒子全体の寿命
が短くなることを発見した。水銀ポロシメータによる測定では,スキン層内部の大
きな細孔が,スキン層表面の小さな細孔と同じものとして誤って測定されるため,
水銀ポロシメータによる両者の測定結果に差異が生じなかったのである。
(d)控訴人は,スキン層を発見してから,日本ケッチェンに対し,その是正
を促し,同社は,昭和58年6月に,スキン層がない長寿命高温分解型触媒,すな
わち,水銀ポロシメーターによりその細孔構造が正しく計測できる長寿命高温分解
型触媒の試作品であるMZC-2Aを,従来のスプレードライ工法により完成させ
た。日本ケッチェンは,その後,スプレードライ装置の運用方法を改善し,MZC
-3触媒も完成した。控訴人によるこのスキン層の発見がなければ,日本ケッチェ
ンの試作触媒の水銀ポロシメーターにより測定された細孔径は,測定値そのものが
誤りであることが多い,ということに気付くことはあり得ず,したがって,本件発
明Aに想到することもあり得なかったのである。
(3)本件発明Bについて
(a)水素類及び重質油の水素化分解にゼオライト及び非ゼオライト系の接触
分解型触媒を利用した多数の技術が,昭和53年当時,既によく知られていた。ゼ
オライトが石油炭化水素を強力に分解すること,及び,ゼオライトの酸性活性点に
原料中の塩基性不純物が吸着するのを防止する手段として,前処理触媒が必要なこ
とは,昭和53年当時,既に刊行されていた特許公報や文献等で知られていた。そ
のため,控訴人らは,安定して使えるゼオライト触媒に仕上げること,及び,過分
解のため,灯軽油の得率が下がることを防止することを,研究開発の目標として設
定した。
(b)ゼオライトを使用する接触分解型触媒の開発は,石油残渣中の不純物に
よる試作触媒の触媒活性の損失が激しかったこと,第2グループが使用することが
できるすべての反応評価装置が高温分解型触媒の開発に投入されたことから,昭和
57年には,中断された。しかし,第2グループのR,S,Tによるスーパーマイ
クロリアクター方式の触媒寿命反応装置40基が完成したことにより,接触分解型
触媒の開発が再開され,石油残渣油を減圧蒸留した減圧軽油を間接脱硫する装置の
触媒開発が行われた。控訴人とNは,反応評価の総合的考察をし,次期試作触媒の
企画を重ね,多数のゼオライトメーカーから試供品を取り寄せ,日本ケッチェン及
びその親会社である住友金属鉱山研究所にそれを提供して,接触分解型触媒の試作
をさせ,その反応評価の総合的考察と次期試作触媒の企画を続け,その結果,分解
活性の高い,長寿命の試作触媒を開発した。ただし,この試作触媒によると,過分
解を起こし,灯軽油得率が低く,その解決が必須となった。
(c)控訴人は,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,本来,0.2ないし0.8
μmのゼオライト粒子が40μm程度のかたまりのままであり,このゼオライトの分
散度の悪さが過分解の原因であることに気づき,ゼオライトを分散した試作触媒で
実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上することが立証された。
このことは,昭和59年5月30日の第2グループ月例会で「2.接触水素化分解
触媒の開発,2.2原料zeolite粒子の分散度」(甲第11号証の2)として取り上
げられた。
(d)控訴人は,この知見の下に,ゼオライトメーカーである東洋ソーダの開
発担当のK室長と協議し,分散性のよいゼオライトを納品させ,これを原料として
MZC-600を開発し,本件発明Bを完成させた。
(4)相当な対価について
 本件発明A及びBにつき特許を受ける権利の承継に対する相当な対価は,
次のとおりである。
 被控訴人が,本件発明Aについての特許出願に係る出願公告日である平成
5年2月27日から平成10年2月16日までの5年間に,本件発明Aを独占的に
実施したことにより得た利益の額457億3500万円(30億4900万円×3
基×5年)と,本件発明Bについての特許出願に係る出願公告日である平成6年4
月27日から平成11年2月16日までの5年間に,本件発明Bを独占的に実施し
たことにより得た利益の額58億円(2億9000万円×4基×5年)とを合計す
ると,515億3500万円となる。これに,発明者の寄与率「3分の2」,発明
者の中での控訴人の貢献度「2分の1」を乗じて得られる額は,171億7800
万円である。
 本件発明A及びBのいずれの特許出願においても,審査請求がなされたの
は,出願から6年以上経過してからであり,これにより,出願公告日は本来の日よ
りも6年以上遅れたものとなった。被控訴人は,その6年間,本件発明A及びBを
独占的に実施して,その利益を得ている。この6年間の実施利益も,「相当な対
価」の算定において考慮すべきである。この6年間に相当する金額は,206億2
300万円(171億7800万円×6÷5)である。
 したがって,本件発明A及びBの係る特許を受ける権利の承継に対する相
当な対価の額は,378億0100万円であり,控訴人は,本訴において,その内
金1000万円の支払を請求する。
3 被控訴人の当審における反論の要点
(1)本件発明A及びBに共通する事項について
(a)第2グループのみが触媒の開発を担当し,プロセスグループは反応評価
装置の運用のみを担当していた,というわけではない。すなわち,プロセスグルー
プは,実用が可能で優れた触媒に仕上げ,これを千葉製油所の装置に実用化試験用
の触媒として提供することを担当していた。第2グループのみで触媒の開発を進め
ることは不可能である。
(b)プロセスグループの名称は,昭和58年に,「丸善石油・中央研究所・
燃料プロセス部門・プロセスグループ」から,「丸善石油・中央研究所・第1研究
室・第3グループ」と変更され,これが,さらに,昭和61年に,「プロセス第1
研究グループ」と変更されたものである。原判決は,この点についての被控訴人に
よる主張立証が誤っていたため,単に名称の認定を誤ったにすぎない。
(c)控訴人が開発したのは,MZC-500触媒(Bi-modal触媒)だけであ
り,これは,本件発明A及びBとは無関係である。控訴人が本件発明Aの実施品で
あるMZC-2,MZC-3触媒を完成させた,という事実はない。
(d)控訴人は,原審において,スーパーマイクロリアクターを自ら製作した
と主張しながら,当審では,自ら製作したものではない,と主張する。控訴人の主
張は,原審での主張と矛盾するものである。
(2)本件発明Aについて
 控訴人は,触媒の寿命を短くする原因がスキン層の存在であることを,電
子顕微鏡を使用することによって発見したことから,本件発明Aに想到した,と主
張する。しかし,本件発明Aの特許出願の願書に添附した明細書(以下「本件明細
書A」という。原判決添付の特許公報(平5-12022。以下「特許公報A」と
いう。)は,これに係る公報である。)には,電子顕微鏡の利用に関する事項及び
スキン層に対応する内容の記載は一切ない。控訴人の主張が失当であることは明ら
かである。
(3)本件発明Bについて
(a)本件発明Bの特徴は,炭化水素類を水素化精製する触媒と,その特許請
求の範囲に記載された結晶性触媒組成物とを併用する点にある。
(b)控訴人は,控訴人が,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,ゼオライトの分
散度の悪さが過分解の原因であることに気付き,ゼオライトを分散した試作触媒で
実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上することが立証され,そ
の結果,本件発明Bが完成した,と主張する。しかし,本件発明Bの特許出願の願
書に添附した明細書(以下「本件明細書B」という。原判決添付の特許公報(特公
平6-31333。以下「特許公報B」という。)は,これに係る公報である。)
には,ゼオライトの分散性と過分解の減少との関係についての記載は一切ない。控
訴人の主張が失当であることは明らかである。
(4)相当な対価について
 控訴人の主張はすべて争う。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は,控訴人の請求は本件発明A及びBのいずれについても理由がな
い,と判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第3 争点に
対する判断」のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決の12頁12
行,13行の「プロセスグループは同研究室第1グループにそれぞれ名称が変更さ
れる」を「プロセスグループは同研究室第3ループにそれぞれ名称が変更される」
と訂正する。
1 本件発明Aについて
(1)控訴人は,ACC社が納入していたRF-11と日本ケッチェンが納入し
ていたRF-100の各触媒は,水銀ポロシメータによる分析結果は全く同じであ
ったにもかかわらず,その寿命に大きな差があった,控訴人は,両触媒を高倍率透
過電子顕微鏡で観察した結果,RF-100の方にだけスキン層が存在し,スキン
層表面の細かな細孔をカーボンや金属成分が閉塞するため,スキン層に囲まれた内
部への原料油の拡散が阻害され,触媒活性が内部に残存するにもかかわらず,触媒
機能がなくなり,触媒粒子全体の寿命が短くなることを発見した,水銀ポロシメー
タによる測定では,スキン層内部の大きな細孔が,スキン層表面の小さな細孔と同
じものとして誤って測定されるため,両者の測定結果に差異が生じなかったもので
ある,と主張する。
 しかし,仮に,控訴人の上記主張事実が認められるとしても,控訴人が主
張する電子顕微鏡によるスキン層の発見と水銀ポロシメーターの測定誤差等は,次
に述べるとおり,本件発明Aの内容となるものではなく,これにより控訴人を本件
発明Aの発明者であると認めることはできない。
 本件発明Aの特許請求の範囲は,特許公報A(本判決においても別紙とし
て添付する。)の該当欄記載のとおりである。これをやや簡略に説明すれば,その
【請求項1】に係る発明は,①請求項1に記載された特定の重量%のニッケルとモ
リブデンからなる触媒であり,②この触媒は0.55~1.0ml/gの細孔容積,5
0~250Åの平均細孔直径及び3~4のP因子を有し,③細孔分布において平均
細孔直径+10Åより大きく平均細孔直径+500Åより小さい細孔が全細孔容積
の10~30%を占めるものであることを特徴とする,④水素化処理触媒であり,
⑤P因子は,P=/Sとの式で表わされ,は,平均細孔直径であり,水銀
ポロシメータで測定した触媒全細孔容積の1/2が水銀で満たされたところの細孔
直径(Å)を表わし,Sは,±5Åの範囲の細孔容積の全細孔容積に対する割
合(%)を表わす,というものであり,その【請求項2】に係る発明は,①重質鉱
油を高温加圧下及び水素の存在下において,②請求項1記載の水素化処理触媒と接
触させ,③この水素化処理により重質鉱油の水素化脱硫と水素化分解とを同時に進
行させることを特徴とする重質鉱油の水素化脱硫分解方法,というものである(別
紙特許公報A【特許請求の範囲】)。
 本件明細書Aの発明の詳細な説明により,本件発明Aの内容をより詳しく
みることにする。そこには,以下のような記載がみられる。
(a)「重質鉱油特に残査油その水素化脱硫反応と水素化分解反応を同時に
進行させる反応方法および触媒に関するものである。」(同2欄16行~18行)
(b)「重質油を水素化脱硫,水素化脱金属,あるいは水素化分解しうる触
媒は公知である。このような作用を有する触媒であつて,特定の細孔分布を有する
触媒は特公昭45-38142・・・に記載されている。しかしながら上記特公昭
45-38142・・・に記載の触媒は水素化脱硫と同時に水素化分解を行なおう
とすると触媒寿命の点で難点があり,これは細孔容積が小さく,また,細孔分布が
適切でないためと思われる。」(同3欄15行~29行)
(c)「従来のこれら水素化処理触媒は単一機能触媒であるため,水素化分
解活性が十分でなかつたり,水素化脱硫活性が十分でなかつたり,また触媒寿命が
十分でないといつた難点がある。」(同4欄14行~17行)
(d)「そこで発明者らは・・・アルミナ系触媒を用い,その触媒物性を厳
しくコントロールすることにより,脱硫反応と水素化分解反応を同時に進行させこ
れにより分解率がある程度高くなる反応条件下での脱硫活性が工業的に必要な脱硫
レベルであり,かつ安定的に長期間運転可能な重質鉱油の水素化処理触媒を見出し
て本発明を確立したものである。」(同4欄36行~43行)
(e)「本発明において用いられている「全細孔容積」という語は,・・・
水銀ポロシメータによる4225kg/cm3
・G(60.000psig)での測定値をもつて全
細孔容積とみなしたものである。平均細孔直径,Sおよび平均細孔直径+10
Å~平均細孔直径+500Åの細孔容積の値は,水銀ポロシメータの圧力と触媒に
よる水銀の吸収量との関係を0~4225kg/cm3
・Gについて求め,4225kg/cm3
・Gにおける吸収量の1/2の吸収量を示した時の圧力から平均細孔直径を求
め,次に±5Åおよび+10Åおよび+500Åに対応する圧力におけ
る水銀の吸収量を求めることにより得たものである。」(同6欄1行~14行)
(f)「触媒のP因子は平均細孔直径を加味した細孔分布のシャープさの尺
度であり,P因子の値は小さすぎても大きすぎても触媒寿命が短くなってしまう
し,また水素化分解活性または水素化脱硫活性が低くなつてしまう。平均細孔直径
+10Åより大きく平均細孔直径+500Åより小さい細孔の全細孔容積に占める
割合が小さすぎる触媒は触媒寿命が短かく,特に反応後期に要求温度が急上昇す
る。」(同6欄32行~40行),
(g)「平均細孔径が約50Å以下であると極端に寿命が短くなり,触媒の
細孔分布を特定の範囲に限定したとしても改善が見受けられない。一方,平均細孔
径が約250Å以上であると極端に活性が低下し,触媒の細孔分布を特定の範囲に
限定したとしても運転日数が増加したとき制限温度を超える。」(同7欄1行~7
行)
(h)「①P因子が3よりも小さい場合,または「平均細孔径+10Å~5
00Åの孔の割合」が10%より小さい場合には,運転日数が増加した場合,急激
な活性劣化が起こり制限温度を越える。また,②P因子が4よりも大きい場合,ま
たは「平均細孔径+10Å~500Åの孔の割合」が30%よりも大きい場合に
は,活性が低下し,運転初期温度も高く,運転日数が増加したとき制限温度を越え
る。したがつて,特定のP因子,特定の細孔径を一定の割合で有することが不可欠
となる。」(同7欄12行~21行)
(i)「望む細孔分布および細孔容積を有する触媒を得るには,例えば,沈
殿剤(もしくは中和剤)を加えて担体ゲルをつくるときの沈殿剤のpH,濃度,温度
や添加速度,沈殿剤を加える系のpH,濃度や温度,あるいは沈殿剤添加終了後の系
のpH,温度や熟成時間をコントロールすればよい。」(同7欄29行~35行)
 本件明細書Aの上記各記載から明らかなように,本件発明Aは,重質鉱油
特に残査油について,その水素化脱硫反応と水素化分解反応とを同時に進行させる
反応の方法及びこれに用いられる触媒に関するものであり,上記反応に用いられる
ものとして従来から公知である触媒は,その細孔容積と細孔分布のいずれも適切な
ものはなく,触媒寿命において難点があったことから,その触媒物性を厳しくコン
トロールすることにより,脱硫反応と水素化分解反応とを同時に進行させながら,
安定した長期間の運転を可能とする重質鉱油の水素化処理触媒とその反応方法を見
出した,との発明である。本件発明Aにおいて,触媒のP因子を3~4とする意義
は,上記(f)及び(h)に記載されたとおりであり,「平均細孔径が約50Å以下」及
び「平均細孔径が約250Å以上」である場合に生じる現象については上記(g)に
記載されたとおりである。そして,本件発明Aにおける細孔容積,平均細孔直径等
の概念は,既に公知のものであり,本件発明Aにおける技術思想の中核となる部分
は,P因子を設定したところにあることは,本件明細書Aの記載から明らかであ
る。
 本件発明Aの全細孔容積及び平均細孔直径の測定については,上記(e)の
記載から明らかなように,水銀ポロシメータを使用するとの記載はあるものの,電
子顕微鏡を使用してスキン層の有無を検出するとか,スキン層がないことを確認し
てから,水銀ポロシメータを使用して測定を開始する等の技術内容については,
「スキン層」との文言のみならず,それに対応する内容も含めて,本件明細書Aに
は一切記載がない。また,控訴人が主張するように,スキン層がないことが触媒寿
命を長くする要因となるのであれば,そのことを本件明細書Aの特許請求の範囲あ
るいは発明の詳細な説明の欄に記載しなければならないはずであるにもかかわら
ず,本件明細書Aには,スキン層に関する記載も,スキン層を生じさせないように
するための触媒の調整条件等についても,「スキン層」との文言のみならず,それ
に対応する技術内容も含めて,一切記載がないことは,別紙特許公報Aから明らか
である。このような電子顕微鏡によるスキン層の発見とスキン層のない触媒の試作
は,控訴人が,本件発明Aの創作行為として,原審においても控訴審においても,
最も強調してきたものであるにもかかわらず,本件明細書Aには,本件発明Aの内
容として,それらについての記載が一切ない,ということは,控訴人が,自らを本
件発明Aの共同発明者であるとする主張の根拠としてきた重要な事実が,それ自体
そもそも根拠になり得る性質のものではない,ということに帰するのである。
(2)控訴人は,控訴人が本件発明Aの共同発明者の一人であることは,甲第1
2,第13号証の1ないし3,第26号証の5等から明らかである,とも主張す
る。
 しかし,甲第12号証のグラフは,その表題は控訴人が記載したものであ
るとしても,グラフ自体の作成者が不明であり,また,どの触媒についての実験結
果であるかについても記載がなく,さらに,そのグラフは,本件明細書Aに記載さ
れた第1図とは異なるものである。このような証拠によって,控訴人を本件発明A
の発明者であると認定することはできない。
 甲第13号証の1ないし3は,RF-100,RF-11及びMZC-2
Aについての電子顕微鏡写真である。控訴人は,これによりスキン層に関する控訴
人の上記主張事実を立証しようとするものである。しかし,電子顕微鏡によるスキ
ン層の発見と本件発明Aを結び付けるものが,本件明細書Aに記載されていないこ
とは上記認定のとおりであるから,甲第13号証の1ないし3によっても,控訴人
が本件発明Aを創作したものと認めることはできないことが明らかである。
 甲第26号証の5(各枝番を含む。)は,名刺であり,これにより控訴人
が本件発明Aを創作したことを認めることができないことは,明らかである。
(3)発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう
(特許法2条1項)のであるから,本件発明Aの発明者ということができる者は,
その技術思想を創作した者であって,少なくとも,その者の本件発明Aに対する創
作的行為の内容ないし結果が,本件明細書Aに本件発明Aの内容として何らかの形
で記載されているべきものである。控訴人が自ら発見したと主張するスキン層及び
電子顕微鏡によるその発見の手法については,上記のとおり,本件明細書Aにおい
て,直接的にも間接的にも何ら記載されていないのであり,これと本件発明Aとを
結び付けるものを同明細書中に見いだすことができない。結局,本件発明Aの技術
思想の中核的部分に当たるP因子についてはもちろん,本件発明Aの技術思想の一
部についてでも控訴人がこれを創作したことを認めるに足りる証拠は全くないとい
う以外にないのである。控訴人は,原判決の認定を種々非難して,その主張の要点
欄記載のとおりの主張をしている。しかし,その主張は,いずれも,本件発明Aの
発明者についての原判決の認定を覆すべき主張とみることができないものであるこ
とが明らかである。
  以上のとおりであるから,控訴人が本件明細書Aに発明者の一人として記
載され,被控訴人が控訴人に対し,その社内規程に従って出願報償金,登録報償金
を既に支払っていたことを斟酌しても,控訴人を本件発明Aの発明者の一人と認定
することはできない,という以外にない(控訴人が本件明細書Aに発明者の一人と
して記載されたのは,被控訴人において,当時,従業員の中から職務発明の発明者
を厳密に特定する必要があるとは考えられていなかったこと,控訴人が,第2グル
ープの主任研究員(グループ長)として,L及びMによる本件発明Aに係る試験,
研究業務を管理し,これを総括し応援する立場にいたこと等によるものと考えるこ
とができる。)。
2 本件発明Bについて
(1)控訴人は,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,ゼオライトの分散度の悪さが
過分解の原因であることに気付き,ゼオライトを分散した試作触媒で実験した結
果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上するとの知見の下に,ゼオライトメ
ーカーに分散性のよいゼオライトを納品させ,これを原料としてMZC-600を
開発し,本件発明Bを完成させた,と主張する。
 しかし,仮に,控訴人の上記主張事実が認められるとしても,控訴人が主
張する電子顕微鏡によるゼオライトの分散性と灯油得率の向上等の発見は,次に述
べるとおり,本件発明Bの内容となるものではなく,これにより控訴人を本件発明
Bの発明者であると認めることはできない。
 本件発明Bの特許請求の範囲は,特許公報B(本判決においても別紙とし
て添付する。)の該当欄記載のとおりである。これをやや簡略に説明すれば,①炭
化水素類を無機酸化物等から成る前処理触媒で水素化精製し,②結晶性アルミノけ
い酸塩ゼオライト,無機酸化物,周期律表第6族金属成分,周期律表第8族金属成
分,リン成分および/またはホウ素成分を,それぞれ請求項1記載の重量比で含む
結晶性触媒組成物にて水素化分解することを特徴とする,③炭化水素類の水素化分
解方法,というものである(別紙特許公報B【特許請求の範囲】)。
 本件明細書Bの発明の詳細な説明により,本件発明Bの内容をより詳しく
みることにする。そこには,以下のような記載がみられる。
(a)「(産業上の利用分野)
本発明は,水素化処理を2段階で行なう炭化水素類の転化方法特に水素
化分解方法に関する。水素化分解は重質油から有用性に富む軽質留分を得るための
手段として重要であり,この反応の際に重質油中に含まれる硫黄,窒素,金属など
の不純物が除去されるので,得られた軽質留分を除去した後の重質油の品質も改善
されるという効果もある。」(同2欄1行~8行)
(b)「(従来の技術)
一般に炭化水素類の水素化分解触媒は炭素-炭素結合を切断するための
酸活性と,切断したオレフイン型分子へ水素を供与するための水素化活性との二元
機能をもつ触媒であり,酸活性は触媒中の酸性点によつて発現され,水素化活性は
担持された担持金属によつて発現される。結晶性アルミノけい酸塩ゼオライト(以
下ゼオライトと略称することがある。)は,けい素とアルミニウムとが規則正しく
整然と結合した結晶構造をしているため両元素の接点で発現する酸性点の密度がシ
リカアルミナのような無機化合物に較べてはるかに高く,そのためゼオライトはし
ばしばこの種の触媒の一成分として使用される。
しかしゼオライトは高温熱水に接した際結晶構造が破壊され易く,触媒
活性が低下してしまうという難点がある。そのため高温熱水に対してゼオライトの
結晶構造を安定化する種々の改良研究がなされている。例えばアメリカ特許第
3536606号明細書,同第3567277号明細書,同第4036739号明細書には,ゼオライトが
含有するナトリウムイオンを一部分アンモニウムイオンで交換し,温度,処理時間
および水蒸気分圧をコントロールした状態で水蒸気雰囲気下にこのゼオライトを焼
成し,さらにゼオライト中に残存するナトリウムイオンをアンモニウムイオンで交
換し焼成することにより安定で活性の高いゼオライトを得る方法が記載されてい
る。・・・しかしながらこれらアメリカ特許明細書に記載の方法ではゼオライトの
高温熱水に対する耐性は改良されるけれども,周期律表第6族金属のようなある種
の金属成分をゼオライトに担持するときその結晶構造が破壊されてしまい,十分な
触媒活性が発現できないという問題がある。」(同2欄15行~3欄34行)
(c)「(発明が解決しようとする問題点)
本発明者らは先に特定条件下に周期律表第6族金属成分をゼオライト含
有担体に担持させるとゼオライトの結晶構造が破壊されないこと,およびこのよう
にして調製した特定組成の結晶性触媒組成物は炭化水素類の転化特に水素化分解反
応において高い活性を示すことを見い出し,特許出願(特開昭59-21663
5)した。この水素化処理触媒は以後“結晶性触媒組成物”と称する。尚ここで言
う“結晶性触媒組成物”という用語は以下の説明から明らかなように触媒全体が結
晶性であるということではなく,触媒中のゼオライト成分の実質的部分がゼオライ
トの結晶構造を保持したまま存在しているという意味で用いられている。」(同4
欄19行~31行)
(d)「しかしながら種々研究の結果,この結晶性触媒組成物も長時間にわ
たる反応をおこなえば,原料油中の過剰の不純物によつて徐々にその水素化分解活
性を減ずる傾向があることがわかつた。」(同4欄41行~44行)
(e)「(問題点を解決するための手段)
かかる不純物により被毒を受けた触媒は燃焼等の通常の再生方法により
その活性を再生することが可能であるが,その再生処理の間隔はできるだけ長いこ
とが望ましく,本発明者らは,効率的な水素化分解方法について種々検討を加えた
結果,上記重質油を軽質油へと水素化分解する際に,予め,油を水素の存在下,通
常のハイドロフアイニングの条件下,通常のハイドロフアイニング(水素化精製)
に用いられる水素化処理触媒と接触させ,しかるのちに結晶性触媒組成物と接触さ
せることにより水素化分解反応をおこなえば長い期間にわたつて有効な水準の触媒
活性を維持することができ,水素化分解反応の操作効率を高めうることを見い出し
た。」(同5欄4行~16行)
(f)「本発明方法において処理できる原料炭化水素類の例としては,原
油,残渣油,原油または残渣油を溶剤脱れき処理した脱れき油,ガス油,ナフサ,
減圧軽油などがある。」(同5欄30行~33行)
(g)「前処理触媒は,通常の水素化精製触媒であり,例えば水素化脱窒素
触媒,水素化脱硫触媒,水素化脱メタル触媒あるいは水素化脱アスフアルテン触媒
などがある。これらの触媒は従来公知であり」(同5欄36行~39行)
(h)「前処理過程において発生したアンモニアガスとそのまま後段工程の
結晶性触媒組成物に通じるとそれが塩基性であるが故に結晶性触媒組成物の酸活性
点に吸着することが予想され,また同様に発生した硫化水素はJournalof
Catalysis第1巻,第3号,第235頁に記されているように触媒中のアルミナによ
つて吸着されAl-S結合を生成し,そのため触媒の活性低下をもたらすと考えられた
が,本発明者らの研究によれば上記原料油の前処理過程において発生したアンモニ
アや硫化水素を除去し,生成油を新しい水素とともに結晶性触媒組成物へ通じて水
素化分解反応をおこなえば,有効な水準の触媒活性を長期間にわたり維持できるこ
とは勿論であるが,前処理過程において生成した生成油と発生したガスをそのまゝ
結晶性触媒組成物へ通じて水素化分解反応をおこなうことによつても,前処理反応
をおこなわない場合に比べて有効な水準の触媒活性をはるかに長期間にわたつて維
持できることを見い出した。」(同6欄32行~48行)
(i)「(発明の効果)
本発明により炭化水素類を先ず特定の前処理触媒により水素化精製し,
その後特定の結晶性触媒組成物を用いて水素化分解することにより,長期間にわた
り極めて高い水素化分解活性を維持して炭化水素類を水素化分解することができ
る。この長期間にわたる高い水素化分解活性は後段工程の水素化分解触媒としてゼ
オライトの結晶構造を保持したまま触媒中に配合した結晶性触媒組成物を用い,か
つこれを前処理触媒と併用することによりもたらされる。すなわち後段工程で用い
る結晶性触媒組成物は,それに配合されているゼオライトの結晶構造がほとんど破
壊されずに保たれているためゼオライトの酸活性が十分に発現されており,かつ担
持金属成分が高度に分散性よくゼオライトの酸性点近傍に担持されて水素化活性が
発現されるために,前処理触媒と併用して用いることにより,炭化水素類の転化反
応特に水素化分解反応に長期間にわたつて極めて高い活性を示す。また本発明方法
では高い水素化分解活性が長期間にわたつて維持され,従来触媒を用いる場合に較
べて触媒活性が極めて高く,従来触媒を用いたのでは処理の困難な重質油も処理可
能で,アスフアルテン分や金属分,硫黄分,窒素分などを含有する残渣油すら処理
可能である。また本発明方法では脱硫率,脱窒素率,脱金属率等も長期間比較的高
水準に保たれる。」(同11欄20行~43行)
(j)「以上の実施例1~9および比較例1~5にみられるとおり,常圧残
渣油あるいは減圧留出油のいづれの反応においても本発明で用いる結晶性触媒組成
物単独で反応を行なう場合に比べその結晶性触媒組成物を前処理触媒と組み合せて
反応を行なう場合の方が,反応開始後15日目のような比較的初期においては原料
油のその結晶性触媒組成物に対する液空間速度が大きいため,やや分解率が小さい
ものの150日以上の長期の反応においては逆に高い分解率が得られている。
このことは前処理触媒と分解触媒の充てん比率の大小によらず,また前
処理触媒通過時に発生したアンモニアや硫化水素などのガスの抜き出しを行なうか
否かにかゝわらず,同様にいえることがわかる。
このように本発明で用いる結晶性触媒組成物で種々の炭化水素類を水素
化分解する場合,前処理触媒と組み合わせて用いるならば,より効率的な活性水準
を期待できる。これに対し,触媒として結晶性触媒でなく通常の水素化分解触媒を
用いると比較例4,5に示すように前処理触媒と組合せて用いても水素化分解活性
は急激に低下することがわかる。また本発明方法においては水素化分解活性が高い
のみならず,脱硫率,脱窒素率も高い水準を示し,しかもその高い活性が長期間持
続されることがわかる。」(同21欄11行~22欄16行)
 本件明細書Bの以上の各記載から明らかなように,本件発明Bは,炭化水
素類をまず特定の前処理触媒により水素化精製し,その後特定の結晶性触媒組成物
を用いて水素化分解することにより,長期間にわたり極めて高い水素化分解活性を
維持して炭化水素類を水素化分解することができるというものであって,この長期
間にわたる高い水素化分解活性は,後段工程の水素化分解触媒としてゼオライトの
結晶構造を保持したまま触媒中に配合した結晶性触媒組成物を用い,かつ,これを
前処理触媒と併用することによりもたらされる,という技術思想の発明である。す
なわち,本件発明Bの後段工程で用いる結晶性触媒組成物は,それに配合されてい
るゼオライトの結晶構造がほとんど破壊されずに保たれているため,ゼオライトの
酸活性が十分に発現されており,かつ,担持金属成分が高度に分散性よくゼオライ
トの酸性点近傍に担持されて水素化活性が発現されるために,前処理触媒と併用し
て用いることにより,炭化水素類の転化反応特に水素化分解反応に長期間にわたつ
て極めて高い活性を示す,というものである。
 これに対し,本件明細書Bにおいては,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,
ゼオライトの分散度の悪さが過分解の原因であることに気付いたとの記載も,ゼオ
ライトを分散した試作触媒で実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が
向上するとの知見の下に,ゼオライトメーカーに分散性のよいゼオライトを納品さ
せ,これを原料として本件発明Bを完成させた,との記載も一切見当たらない。こ
のような電子顕微鏡によるゼオライトの分散性の悪さの発見とゼオライトが分散し
た触媒の試作は,控訴人が,本件発明Bの創作行為として,原審においても控訴審
においても,最も強調してきたものであるにもかかわらず,本件明細書Bには,本
件発明Bの内容として,それらについての記載が一切ない,ということは,控訴人
が,自らを本件発明Bの共同発明者であるとする主張の根拠としてきた重要な事実
が,それ自体そもそも根拠になり得る性質のものではない,ということに帰するの
である。
(2)控訴人は,控訴人が本件発明Bの共同発明者の一人であることは,甲第1
0,第11号証等から明らかである,とも主張する。
 しかし,甲第10号証は,昭和59年6月29日,控訴人によって作成さ
れたメモであるとしても,そこには,単に,「Ⅰ型触媒の改良」,「Zeoliteの特
性」,「Zeoliteの分散性」,「Zeoliteの含有率」,「最良の分散モデル触媒の試
作」,「酸強度分布分析」等の記載があるだけである。これらの記載によっては,
控訴人が上記の内容の本件発明Bを共同で発明したとの事実を認めることはできな
い。
 甲第11号証も,ゼオライト粒子の分散度を示す電子顕微鏡の写真である
にすぎず,これらの写真から,控訴人が上記の内容の本件発明Bを共同で発明した
との事実を認めることはできない。
(3)発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう
(特許法2条1項)のであるから,本件発明Bの発明者ということができる者は,
その技術思想を創作した者であって,少なくとも,その者の本件発明Bに対する創
作的行為の内容ないし結果が,本件明細書Bに本件発明Bの内容として何らかの形
で記載されているべきものである。控訴人が自ら発見したと主張する電子顕微鏡に
よるゼオライトの分散性の悪さの発見とその是正による灯軽油得率の向上について
は,上記のとおり,本件明細書Bにおいて,本件発明Bの内容として直接的にも間
接的にも何ら記載されていないのであり,本件発明Bの技術思想の中核的部分に当
たる前処理触媒と,後段工程の水素化分解触媒としてゼオライトの結晶構造を保持
したまま触媒中に配合した結晶性触媒組成物を用い,かつ,これを前処理触媒と併
用することについてはもちろん,本件発明Bの技術思想の一部についても,控訴人
がこれを創作したことを認めるに足りる証拠は全くない,という以外にないのであ
る。控訴人は,原判決の認定を種々非難して,その主張の要点欄記載のとおりの主
張をしている。しかし,その主張は,いずれも,本件発明Bの発明者についての原
判決の認定を覆すべき主張とみることはできないものであることが明らかである。
  以上のとおりであるから,控訴人が本件明細書Bに発明者の一人として記
載され,被控訴人が控訴人に対し,その社内規程に従って出願報償金,登録報償金
を既に支払っていたとしても,控訴人を本件発明Bの発明者の一人と認定すること
はできないという以外にない(控訴人が本件明細書Bに発明者の一人として記載さ
れたのは,被控訴人において,当時,従業員の中から職務発明の発明者を厳密に特
定する必要があるとは考えられていなかったこと,控訴人が,第2グループの主任
研究員(グループ長)として,Nによる本件発明Bに係る試験,研究業務を管理
し,これを総括し応援する立場にいたこと等によるものと考えることができ
る。)。
第4 結論
  以上によれば,控訴人の請求を棄却した原判決は正当である。そこで,控訴
人の控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用の負担については,民事訴訟
法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官山  下  和  明
          裁判官  設  樂  隆  一
 
          裁判官 阿  部  正  幸

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