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平成30年10月11日判決言渡
平成29年(行ケ)第10160号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成30年8月21日
判決
原告エルメッドエーザイ株式会社
同訴訟代理人弁護士田中克郎
中村勝彦
根本浩
鈴木優
石堂瑠威
中野亮介
同訴訟代理人弁理士内藤和彦
山田拓
被告大日本住友製薬株式会社
同訴訟代理人弁理士細田芳徳
細田芳弘
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2016-800114号事件について平成29年6月20日
にした審決を取り消す。
第2前提となる事実(証拠を掲記した以外の事実は,当事者間に争いがない。)
1特許庁における手続の経緯等
(1)被告は,平成26年2月21日,発明の名称を「光安定性の向上した組成
物」とする特許出願(特願2014-31177号。以下「本件出願」とい
う。)をし,平成27年2月6日,特許権の設定の登録(特許第56891
92号。請求項の数は17。)を受けた(以下,この特許を「本件特許」と
いい,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。甲30)。
本件出願は,平成17年4月27日にされた特許出願(特願2005-1
29150号。以下「本件原出願」といい,この出願に係る願書に添付され
た明細書を「本件当初明細書」という。),当該出願の一部について平成2
0年10月6日にされた特許出願(特願2008-260095号),当該
出願の一部について平成23年12月26日にされた特許出願(特願201
1-283072号)を経て,当該出願の一部についてされた分割出願であ
る。
(2)原告は,平成28年9月30日,本件特許の請求項1,3,14~16に
係る発明につき無効審判を請求した(無効2016-800114号。甲9
1)。
被告は,平成28年12月16日付けで,本件特許の特許請求の範囲につ
いて訂正請求をした(訂正後の請求項は,請求項1~14及び17~37。
以下「本件訂正」という。乙2)。
特許庁は,平成29年6月20日,被告の本件訂正請求を認めた上,「本
件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月30日,
原告に送達された。
(3)原告は,平成29年7月28日,審決の取消しを求めて,本件訴訟を提起
した。
2特許請求の範囲の記載
本件特許につき,本件訂正後の特許請求の範囲は,請求項1~14及び17
~37からなるところ(以下,本件訂正後の各請求項に記載された発明を,請
求項の番号に従って「本件訂正発明1」,「本件訂正発明2」などといい,こ
れらを総称して単に「本件訂正発明」ということがある。),無効審判におい
て審理の対象となった請求項1,3,14,18~28(本件訂正前の請求項
1,3,14~16に対応。)の記載は次のとおりである。
【請求項1】(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カルシ
ウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並
びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,か
つ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物であ
る)。
【請求項3】口腔内崩壊型製剤である,請求項1又は2記載の経口固形組成物。
【請求項14】(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カル
シウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,
並びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,
かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物
である)の調製における,光による変色が抑制された組成物とするための酸化
鉄の使用。
【請求項18】経口固形組成物が酸化チタンを含有しない経口固形組成物であ
る,請求項14に記載の使用。
【請求項19】経口固形組成物が口腔内崩壊型製剤である,請求項14又は1
8に記載の使用。
【請求項20】経口固形組成物における(d)デンプンの含有量が1~30重
量%である,請求項14,18又は19記載の使用。
【請求項21】経口固形組成物における(d)デンプンがトウモロコシデンプ
ンである,請求項14及び18~20いずれか1項記載の使用。
【請求項22】経口固形組成物が,さらに,(e)フマル酸ステアリルナトリ
ウムを含有する,請求項14及び18~21いずれか1項記載の使用。
【請求項23】(a)ベシル酸アムロジピンの経口固形組成物中含量がアムロ
ジピンとして2~5重量%であり,
(b)酸化鉄の経口固形組成物中含量が0.03~2重量%であり,
(d)デンプンの経口固形組成物中含量が2~30重量%であり,かつ
(e)フマル酸ステアリルナトリウムの経口固形組成物中含量が1~3重量%
である,請求項22に記載の使用。
【請求項24】酸化鉄が黄色三二酸化鉄である,請求項14及び18~23い
ずれか1項記載の使用。
【請求項25】経口固形組成物が,(a)ベシル酸アムロジピン,および(b)
酸化鉄の混合物を含有する,請求項14及び18~24いずれか1項記載の使
用。
【請求項26】経口固形組成物が,(a)ベシル酸アムロジピン,および(b)
酸化鉄の混合物を造粒して得られる組成物を含有する,請求項14及び18~
25いずれか1項記載の使用。
【請求項27】経口固形組成物が口腔内崩壊型製剤である,請求項14及び1
8~26いずれか1項記載の使用。
【請求項28】酸化鉄が黄色三二酸化鉄である,請求項14及び18~27い
ずれか1項記載の使用。
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりであるところ,その概要は
次のとおりである。
(1)無効審判における原告の主張(甲91)
ア無効理由1
(ア)2003年8月付けのノルバスク錠に係る医薬品インタビューフォー
ムの抜粋(表紙,11,12,14及び16頁。甲1)には,次の発明
(以下「甲1発明〔原告〕」という。)が記載されている(「1-a」
等の符号は,原告が付したものである。以下同じ。)。
1-a:ベシル酸アムロジピンと,
1-c:結晶セルロース,
1-d-1:カルボキシメチルスターチナトリウムを含有する,
1-e:フィルムコート錠(但し,マンニトールを含まない)。
(イ)本件訂正発明1と甲1発明〔原告〕との相違点
<相違点1>
本件訂正発明1は,酸化鉄を含有するのに対し,甲1発明〔原告〕は,
酸化鉄を含有しない点。
<相違点2>
本件訂正発明1は,デンプンを含有するのに対し,甲1発明〔原告〕
は,デンプンを含有せず,カルボキシメチルスターチナトリウムを含有
する点。
<相違点3>
本件訂正発明1は,デンプンの含有量が30重量%以下であるのに対
し,甲1発明〔原告〕は,そのような限定を有していない点。
<相違点4>
本件訂正発明1は,被覆層を有しない経口固形組成物であるのに対し,
甲1発明〔原告〕は,被覆層(フィルムコート部分)を有する点。
(ウ)本件訂正発明3と甲1発明〔原告〕との相違点
<相違点5>
本件訂正発明3は,被覆層を有しない口腔内崩壊型製剤であるのに対
し,甲1発明〔原告〕は,被覆層(フィルムコート部分)を有し,口腔
内崩壊錠でない点。
(エ)本件訂正発明の容易想到性
本件訂正発明1,3,14,18~28は,甲1発明〔原告〕及び特
開2000-191516号公報(公開日:平成12年7月11日。甲
2)に記載された発明並びに本件特許の出願日当時の技術常識に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものである。
イ無効理由2
(ア)特開2003-34655号公報(公開日:平成15年2月7日。甲
15)には,次の発明(以下「甲15発明〔原告〕」という。)が記載
されている。
15-a:塩酸マニジピンと,
15-b:黄色三二酸化鉄,
15-c:結晶セルロース,
15-d-1:トウモロコシデンプンを含有し,
15-d-2:トウモロコシデンプンの含有量が30重量%以下であ

15-e:かつ,被覆層を有しない口腔内崩壊錠であるD-マンニト
ールを含有する経口固形組成物。
(イ)本件訂正発明1と甲15発明〔原告〕との相違点
<相違点7>
本件訂正発明1は,ベシル酸アムロジピンを含有するのに対し,甲1
5発明〔原告〕は,ベシル酸アムロジピンを含有せず,塩酸マニジピン
を含有する点。
<相違点8>
本件訂正発明1は,D-マンニトールを含有しないのに対し,甲15
発明〔原告〕は,D-マンニトールを含有する点。
(ウ)本件訂正発明14と甲15発明〔原告〕との相違点
<相違点9>
本件訂正発明14は,光による変色が抑制された組成物とするための
酸化鉄の使用であるのに対し,甲15発明〔原告〕は,酸化鉄の使用が
光による変色を抑制するためではない点。
(エ)本件訂正発明の容易想到性
本件訂正発明1,3,14,18~28は,甲15発明〔原告〕及び
本件特許の出願日当時の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものである。
ウ無効理由3
本件訂正発明は本件当初明細書に含まれるものではないから,本件出願
は適法な分割出願でなく,本件原出願の時にしたものとはみなされない。
したがって,本件訂正発明1,3,14,18~28は,本件原出願の公
開公報に記載された発明であるか,当該発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものである。
エ無効理由4
本件明細書の発明の詳細な説明に,具体的な実施態様として記載されて
いるのは,マンニトールを含む組成物のみであるところ,このマンニトー
ルを含む組成物は,本件訂正発明1,3,14,18~28に該当しない。
したがって,本件訂正発明は,本件明細書の発明の詳細な説明において裏
付けられた範囲を超える発明を含むものであるから,サポート要件に適合
しない。
オ無効理由5
本件原出願に係る発明におけるマンニトールを結晶セルロース等及び所
定量のデンプンに置換することは,単なる周知慣用技術の転換にすぎない。
したがって,本件訂正発明と本件原出願に係る発明とは同一のものである
から,本件訂正発明1,3,14,18~28は,先願要件(特許法39
条2項)に適合しない。
(2)審決の理由
ア無効理由1について
甲1には,1錠中のベシル酸アムロジピンの含有量に限定を有しないフ
ィルムコート錠や,添加物の限定を有しないフィルムコート錠は記載され
ていないから,甲1発明〔原告〕が甲1に記載されているとはいえない。
無効理由1は,甲1に甲1発明〔原告〕が記載されていることを前提とす
るものであるところ,この前提が誤っているから,本件訂正発明1に係る
特許は,無効理由1によって無効にすべきであるとはいえない。
仮に,甲1に甲1発明〔原告〕が記載されているとしても,当業者が相
違点1~4に係る構成とする動機を格別の創意を要することなくもつもの
とはいえないし,本件訂正発明1の効果は当業者といえども予測し得たも
のとはいえない。
したがって,本件訂正発明1,3,14,18~28は,甲1発明〔原
告〕及び甲2に記載された発明並びに技術常識に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるとはいえない。
イ無効理由2について
甲15から認定できる発明は,必ず「a)活性成分,b-1)糖および
/または糖アルコールおよびc-1)セルロース類を含有してなる群1」
と「b-2)糖および/または糖アルコールおよびc-2)セルロース類
を含有してなる群2」を含有するものに限られるから,甲15発明〔原告〕
が甲15に記載されているとはいえない。無効理由2は,甲15に甲15
発明〔原告〕が記載されていることを前提とするものであるところ,この
前提が誤っているから,本件訂正発明1に係る特許は,無効理由2によっ
て無効にすべきであるとはいえない。
仮に,甲15に甲15発明〔原告〕が記載されているとすると,当業者
が相違点7及び8に係る構成とすることに格別の創意を要したものとはい
えないものの,本件訂正発明1の効果は当業者といえども予測し得たもの
とはいえない。
したがって,本件訂正発明1,3,14,18~28は,甲15発明〔原
告〕及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるとはいえない。
ウ無効理由3について
本件特許に係る出願は,分割要件に適合する。
エ無効理由4について
本件特許の特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合する。
オ無効理由5について
本件原出願に係る発明と本件訂正発明が,同一の発明であると認めるこ
とはできないから,先願要件(特許法39条2項)に適合する。
第3原告主張の取消事由
1取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)
(1)甲1記載の発明の認定の誤り
ア審決は,甲1に,1錠中のベシル酸アムロジピンの含有量に限定を有し
ないフィルムコート錠や,添加物の限定を有しないフィルムコート錠は記
載されていないから,甲1発明〔原告〕が,甲1に記載されているとはい
えないと判断した。しかし,次のとおり,この判断は誤りである。
イそもそも,引用発明の認定に当たり,本件訂正発明の発明特定事項に関
連しない技術事項まで敢えて認定する必要はない。
本件についてみると,審決が認定した本件訂正発明の奏する効果は,経
口固形組成物にベシル酸アムロジピンと酸化鉄とを含有させることにより,
被覆層を有さなくてもベシル酸アムロジピンの光安定化を実現するという
ものである。そして,本件明細書に,1錠中のベシル酸アムロジピンの含
有量や,無水リン酸水素カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ヒドロ
キシプロピルメチルセルロース,酸化チタン,タルク,カルナウバロウと
いった添加物等が,本件訂正発明の奏する効果に影響を及ぼす旨の記載は
なく,かえって,これらの添加物は,「不活性な添加物」であり,「本発
明の効果に影響を与えない,一般的に医薬品添加剤として添加されるもの」
の具体例として列挙されている。
したがって,1錠中のベシル酸アムロジピンの含有量や添加物は,いず
れも本件訂正発明の発明特定事項ではないから,甲1記載の発明の構成と
しても認定する必要はない。審決の判断は,本件訂正発明の発明特定事項
とされていないアムロジピンの含有量や,発明特定事項以外の成分に敢え
て着目し,殊更にこれを含むものとして甲1記載の発明を認定するもので,
明らかに誤りである。
仮に,審決が指摘するこれらの事項が,甲1記載の発明の発明特定事項
に該当するとしても,本件訂正発明1は,1錠中のベシル酸アムロジピン
の含有量を限定していないし,審決が指摘する添加物を含有することを排
除してもいないから,審決が指摘する事項は,容易想到性の判断に際し,
本件訂正発明1との相違点にならない。
(2)本件訂正発明1の容易想到性判断の誤り
ア相違点1について
(ア)審決は,①甲1に接した当業者において,甲1発明〔原告〕に甲2記
載の発明を組み合わせる動機付けがあるとはいえない,②光による医薬
品の変色防止に酸化鉄を用いることが,本件特許の出願日当時に周知技
術又は技術常識であったとはいえないし,仮に,そのような周知技術又
は技術常識があったとしても,当業者において,甲1発明〔原告〕に当
該周知技術又は技術常識を組み合わせる動機付けがあるとはいえないと
判断した。しかし,次のとおり,この判断は誤りである。
(イ)甲1の記載内容について
甲1には,固体状態の「ベシル酸アムロジピン」が「室内散光下の保
存において…光曝表面は黄色に着色し」たこと,及び「わずかに分解物
Ⅰのスポットを認め」,分割錠の分割面が光照射により「わずかに淡黄
色に着色」したことが記載されている。このように,甲1には,ベシル
酸アムロジピンが光により分解,着色したこと,すなわち,ベシル酸ア
ムロジピンが光に対し不安定である旨が明記されているから,この記載
に接した当業者は,アムロジピンの光に対する安定化という課題を当然
に把握,認識できる。そして,甲1は医薬品インタビューフォーム(医
薬品の適正使用や評価のための情報あるいは薬剤情報提供の裏付けとな
る情報等が集約された総合的な医薬品解説書)であって,医薬品の安全
性の観点から医薬品に関する情報を医療従事者等の使用者に適切に提供
するものであるから,アムロジピンが,少なくとも光に対して,固体状
態及び錠剤の分割面において不安定性を有するとの情報を提供している
と理解するのが自然である。
また,一般的な調剤方法の一つである一包化調剤の際に,用量調節等
のためにニフェジピンやアムロジピン等のカルシウム拮抗薬の錠剤を粉
砕すると,光に対して不利な包装状態になることが知られていた。甲1
は,フィルムコーティング等により光に対する安定化が図られている市
販の錠剤であっても,上記のような調剤によって光に対する防御のない
状態にさらされる場合に備え,アムロジピンが光に対して不安定である
旨を予め使用者に情報提供しているのである。
(ウ)アムロジピンが光に対し不安定であるとの課題が周知のものであった
こと
アムロジピンが光に対し不安定な化合物であることは,多くの文献の
記載からも明らかである。すなわち,これらの文献には,①アムロジピ
ンがジヒドロピリジン類に属し,光により酸化されること,②アムロジ
ピンが光により変色すること,③ベシル酸アムロジピンは遮光が必要で
あること,④ベシル酸アムロジピンを有効成分とする市販薬であるノル
バスク(錠剤)についても,光に対し不安定であることが記載されてい
る。これらの記載から,ベシル酸アムロジピンには,光に起因する分解
(酸化)及び変色という光に対する不安定性という課題があり,改善の
余地があることが周知であったといえる。
(エ)光に対して不安定な医薬品の課題解決のために酸化鉄を用いることが
周知技術又は技術常識であったこと
本件特許の出願日当時,光に不安定な薬物を含む医薬品の課題解決の
ために酸化鉄を用いることが当業者に周知の技術であったことは,多く
の文献にその旨が記載されていることからも明らかである。例えば,甲
2には,光に不安定な医薬品に酸化鉄を用いることが,甲3には,光に
よる医薬品の変色防止に酸化鉄を用いることがそれぞれ開示されている。
また,酸化鉄を被覆層に混ぜるだけではなく,活性成分と混合しても
よく,その使用形態に制限がないことも当業者によく知られていた。
(オ)小括
上記(イ)から(エ)のとおり,甲1には,光による変色も含め,アムロ
ジピンが光に不安定であるとの課題が記載されているところ,本件特許
の出願日当時,このような課題が存在すること,及び光に不安定な薬物
に酸化鉄を用いることは,いずれも当業者に周知な事項であった。
したがって,相違点1に係る構成は,実質的な相違点であるといえな
い。仮に,実質的な相違点であるとしても,当業者において,甲1発明
〔原告〕に,甲2記載の光に対する不安定性の解決手段として酸化鉄を
用いる発明を組み合わせる動機付けがあることは明らかであるから,少
なくとも当業者は当該構成を容易に想到できる。
イ相違点2~4について
(ア)審決は,相違点2~4に関し,これらは明らかな相違点であると判断
した上で,甲1発明〔原告〕は医薬品として完成されたものといえるか
ら,甲1に記載された配合成分や剤形を変更する動機は乏しいと判断し
た。しかし,次のとおり,この判断は誤りである。
(イ)相違点2及び3について
デンプンとカルボキシメチルスターチナトリウムは,いずれも医薬品
の添加物たる崩壊剤として医薬品添加物一覧等に同列に列挙されている
物質である。そして,被告も,本件特許の審査過程において,デンプン
が不活性な成分であることを自認している。そうすると,両者は,いず
れも医薬品の添加物たる崩壊剤であって,不活性な成分として置換可能
な同等なものとして一般に取り扱われていたことが明らかである。
また,デンプンの医薬品への添加量については,多くの文献において,
含有量が5~30%となるように調整されていることが記載されている。
したがって,相違点2及び3に係る構成は,当業者において周知な事
項及び技術常識に基づく単なる設計変更にすぎず,実質的な相違点では
ない。
(ウ)相違点4について
薬剤を嚥下することが困難な患者,高齢者及び小児のために,通常の
錠剤よりも服用しやすい剤形を更に追求することは,従来から周知の課
題として存在している。その解決方法として,甲1発明〔原告〕のよう
な被覆層を有するフィルムコーティング錠を,被覆層を有しない剤形で
ある口腔内崩壊錠にすることは,当業者にとって周知の技術又は技術常
識であった。
なお,口腔内崩壊錠は,口腔内での迅速な崩壊が求められるところ,
口腔内という比較的水分が少ない状況下でも,含有する崩壊剤と水分と
の接触を容易にし,膨潤を促進させるため,錠剤の表面に被覆層を設け
ないのが一般的である。
したがって,相違点4は実質的な相違点ではない。
ウ本件訂正発明1の奏する効果について
審決は,本件訂正発明1の奏する効果は,甲1~4に記載も示唆もされ
ていないし,当該効果が本件特許の出願日当時の当業者の周知の技術又は
技術常識から予測し得たものともいえないとし,これを本件訂正発明1の
容易想到性を否定する根拠とした。
しかし,多くの医薬品が,光エネルギーを吸収して分解,変色すること
は以前より知られており,こうした分解や変色を遮光手段により抑制でき
ることは周知の技術又は技術常識である。
そして,①アムロジピンが,ニフェジピンとともに,光に不安定なジヒ
ドロピリジン類に属し,光により分解,変色することは周知の事項である
こと,②光に不安定な薬物を含む医薬品に酸化鉄を使用することは,酸化
鉄の使用形態にかかわらず周知の技術であることからすると,光に不安定
なジヒドロピリジン誘導体であるベシル酸アムロジピンに,その光に対す
る不安定性を改善する目的で酸化鉄を使用すると,光安定化効果が得られ
ることは,当然に予想し得る範囲内のものであり,当業者の周知の技術又
は技術常識となっていたことは明らかである。
(3)本件訂正発明3,14,18~28の容易想到性判断の誤り
ア本件訂正発明3について
本件訂正発明3と甲1発明〔原告〕とは,上記相違点1から3に加え,
相違点5において文言上相違する。
相違点1から3については上記(2)において主張したとおり,実質的な相
違点ではないか,少なくとも容易想到である。
また,相違点5は,実質的には相違点4と同様であるから,上記(2)イ(ウ)
において主張したとおり,実質的な相違点ではない。
イ本件訂正発明14,18~28について
本件訂正発明14,18~28と甲1発明〔原告〕との各相違点は,相
違点1から4と実質的に同様であるから,上記(2)において主張したとおり,
実質的な相違点ではないか,少なくとも容易想到である。
(4)小括
以上によれば,本件訂正発明1,3,14,18~28は,甲1発明〔原
告〕及び甲2に記載された発明並びに本件特許の出願日当時における技術常
識に基づいて当業者が容易に想到できたものであるから,これに反する審決
の判断は誤りである。
2取消事由2(甲15記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)
(1)甲15記載の発明の認定の誤り
ア審決は,甲15から認定できる発明は,請求項1記載の群1及び群2を
含有するものであるところ,甲15発明〔原告〕には,これらの群1及び
群2が発明特定事項として含まれていないから,原告が主張する甲15発
明〔原告〕は,甲15に記載された発明であるとはいえないと判断した。
しかし,次のとおり,この判断は誤りである。
イ上記1(1)において主張したところと同様に,甲15の請求項1記載の群
1及び群2に列挙された成分は,いずれも本件訂正発明1の発明特定事項
ではないから,甲15記載の発明の構成として認定する必要はなく,この
点において審決の判断には誤りがある。
仮に,審決が指摘するこれらの事項が,甲15記載の発明の発明特定事
項に該当するとしても,本件訂正発明1は,当該発明に係る経口固形組成
物について,審決が指摘する成分を含有することを排除していないから,
審決が指摘する事項は,容易想到性の判断に際し,本件訂正発明1との相
違点にならない。
(2)本件訂正発明1の容易想到性判断の誤り
審決は,相違点7及び8に係る構成を採用することに,当業者が格別の創
意を要したものとはいえないとしたものの,本件訂正発明1の奏する効果は,
甲15の記載から予測できたものとはいえないし,また,そのような予測が
できたといい得るような,本件特許の出願日当時の当業者の周知の技術又は
技術常識も見出せないと判断した。
しかし,本件訂正発明1の奏する効果は,当業者が当然に予想しうる範囲
内のものであり,当業者の周知の技術又は技術常識となっていたことは,上
記1(2)ウにおいて主張したとおりである。
そうすると,審決が判断したとおり,相違点7及び8に係る構成を採用す
ることは,当業者にとって容易想到であるから,本件訂正発明1は,甲15
発明〔原告〕及び本件特許の出願日当時における技術常識に基づいて当業者
が容易に想到できたものである。
(3)本件訂正発明3,14,18~28の容易想到性判断の誤り
本件訂正発明3,14,18~28と甲15発明〔原告〕の相違点は,相
違点7及び8と同様であるから,上記(2)において主張したとおり容易想到で
ある。
(4)小括
以上によれば,本件訂正発明1,3,14,18~28は,甲15発明〔原
告〕及び本件特許の出願日当時における技術常識に基づいて当業者が容易に
想到できたものであるから,これに反する審決の判断は誤りである。
3取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)
(1)審決は,本件当初明細書に,マンニトールは添加が好ましいとされる賦形
剤の一つとして記載されているものといえるから,マンニトールを含まない
場合の口腔内崩壊型錠剤も,本件当初明細書の記載内容から除外されている
わけではなく,その内容に包含されているものといえるとして,本件出願は
分割要件に適合すると判断した。
(2)しかし,本件訂正発明1は,積極的にマンニトールをその構成から除外し
ようとするものであるのに対し,本件当初明細書には,特に好ましい賦形剤
の具体例としてマンニトールが挙げられ,かつ,実施例及び比較例の全例に
マンニトールが等しく添加されている。
さらに,被告は,本件原出願の審査過程で提出した平成20年6月19日
付け意見書において,自ら実施した実験結果の説明として,マンニトールを
含有しない組成物では変色抑制効果が認められないと述べている。これは,
酸化鉄の着色防止効果につき,マンニトールを配合することによって顕著な
作用・効果が生ずる,すなわち,酸化鉄とマンニトールの組合せこそが課題
解決に重要な必須の構成であるとの主張にほかならない。
上記のような本件当初明細書の記載及び審査過程における被告の主張内容
を踏まえると,本件原出願に係る発明に,当該発明を構成する組成物の成分
からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかっ
たことは明らかである。
したがって,本件訂正発明は,本件当初明細書に含まれない新規事項に該
当し,本件出願は分割要件に違反するものであるから,これに反する審決の
判断は誤りである。
(3)そして,上記分割要件違反の結果,本件出願については出願日が遡及しな
いから,本件訂正発明は,本件原出願との関係において,新規性及び進歩性
を有しない発明というべきである。
4取消事由4(サポート要件適合性について判断の誤り)
上記3のとおり,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の
成分からマンニトールを積極的に除去しようという技術思想が含まれていなか
った。
したがって,本件明細書の記載に接した当業者は,マンニトールが添加され
ていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化
したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底い
えない。
よって,本件特許は,サポート要件に適合しないものであるから,これに反
する審決の判断は誤りである。
5取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)
(1)本件原出願の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,及び(c)マンニトールを
含有し,かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,ベシル酸アムロジピ
ン1質量部に対して酸化鉄を0.05~8質量部含有する医薬組成物を除く)。
(2)被告は,本件特許の審査過程において,「本発明に用いる『炭酸カルシウ
ム』,『結晶セルロース』,『デンプン』は,製剤素材としては,一般にア
ミノ化合物および酸化鉄には反応しない不活性な成分と知られて」いるとか,
「当業者であれば,本発明の実施例において,マンニトールに代えて,…同
様に不活性な『炭酸カルシウム』,『結晶セルロース』を既に実施例で配合
され,不活性であることが明白な『デンプン』と共に使用しても,これらが
酸化鉄に対して作用を阻害するとは到底想定できない」と主張していた。
この被告の主張を前提とすると,本件明細書記載のマンニトールは,デンプ
ン,炭酸カルシウム及び結晶セルロース等と同様に不活性な添加剤の一つで
あるということになる。
本件訂正発明は,本件原出願に係る発明におけるマンニトールを結晶セル
ロース等に代え,所定量のデンプンを含むことを必須とするものであるとこ
ろ,上記の被告の主張を踏まえると,本件原出願に係る発明におけるマンニ
トールを結晶セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性
な添加剤を単に置換するもの,すなわち単なる周知慣用技術の転換にすぎな
い。そして,本件訂正発明と本件原出願に係る発明の効果は同一であるから,
結局,両発明は同一のものである。
(3)したがって,本件出願は,本件原出願の請求項1に係る発明との関係で,
先願要件に適合しないことが明らかであるから,これに反する審決の判断は
誤りである。
第4被告の反論
1取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について
(1)甲1記載の発明の認定について
発明の進歩性判断においては,引用発明を出発点として相違点の容易想到
性を判断するから,引用発明を認定する際には,ひとまとまりの技術思想と
して把握すべきであり,一体となっている構成の中から一部のみを取り上げ
て認定することは適切でない。
本件についてみると,甲1は,ノルバスク錠という特定の医薬品の医薬品
インタビューフォームで,特定成分と所定量からなる当該医薬品自体が開示
されているものであって,それ以外のものは開示されていない。すなわち,
甲1記載の組成物は,特定の複数成分が一体となって製剤を形成し,所定の
薬効を発揮しているものであるから,一部の成分のみを選択して認定すると,
ひとまとまりの技術思想として把握したものとはいえない上に,そのような
認定は,甲1の開示を超えた認定や甲1の開示から一般化した認定となり,
許されない。
さらに敷衍すると,甲1には,1錠中の含有量も所定のものしか開示され
ておらず(ベシル酸アムロジピンとして3.47mg又は6.93mg),
添加物も特定のものしか開示がないから,本件訂正発明の発明特定事項であ
る「(a)ベシル酸アムロジピン」を含有することに相当する,甲1に開示
されている事項を客観的,具体的に認定する際には,ベシル酸アムロジピン
として3.47mg又は6.93mg含有するものと認定すべきであって,
含有量を伴わない認定は,甲1の開示を超えたものとなり許されない。添加
物についても同様である。
したがって,審決は,甲1に開示されている発明を客観的かつ具体的に,
正確に認定しており,何ら誤りはない。
原告の主張は,ノルバスク錠という特定の医薬品に基づいて引用発明を認
定しているという事情を見落とし,甲1の開示を超えた認定や,甲1に記載
のないものへ一般化を図ろうとするものであり,失当である。
(2)本件訂正発明1の容易想到性判断の誤りについて
ア相違点1について
(ア)甲1の記載内容について
a原告が指摘する甲1の記載は,ベシル酸アムロジピンが光に不安定
な医薬成分であることを示すものとまではいえない。すなわち,「わ
ずかに黄色化」は,熱,湿度の苛酷試験でも同様に観察されているか
ら,光に対する問題があると特に認識するものとはいえない。また,
「わずかに分解物Iのスポットを認めた」との記載も,この分解物I
は,長期保存試験では認められないものであるから,検討を要しない
程度であると理解できる。分割錠については,「分解物のスポットを
認めず」とされているから,分割錠の「分割面がわずかに淡黄色に着
色」したとしても光安定性が問題となる程ではないと理解できる。
そうすると,甲1に接した当業者は,甲1の記載から,アムロジピ
ンには光に対する安定性の問題があると認識するとはいえない。
bまた,甲1は医薬品インタビューフォームであって,医薬品に関す
る情報を医療従事者等に適切に提供するためのものであることは,原
告が指摘するとおりである。そして,2003年8月付けのノルバス
ク錠に係る医薬品インタビューフォームの15頁に,製剤に関する安
定性の評価結果が示されているところ,室内散光(500ルクス)で
6か月保存との条件下での光に対する苛酷試験では,外観変化はなく,
分解物も認められていないことが明記されている。
ところで,医薬品の技術分野においては,当業者は原体自体よりも
専ら製剤の安定性を問題とする。上記医薬品インタビューフォームの
記載は,フィルムコーティングを施した製剤は,外観変化もなく分解
もしないことを示すものであるから,医薬品に関する情報との観点か
らみれば,これこそが医療従事者等にとって重要な情報である。
cさらに,原告は,一包化調剤における問題について主張するが失当
である。すなわち,一包化調剤の際にはPTP包装や瓶詰された錠剤
を取り出して調剤するから,光,温度,湿度などへの影響を考慮する
と,長期にわたる日数分の一包化調剤は,いかなる薬剤についても想
定できない。
また,上記のとおり,ノルバスク錠は,6か月にわたる光に対する
苛酷試験で外観変化も分解物も認められない,極めて安定なものであ
るから,仮に90日処方が一包化されたとしても何の問題も生じない。
dしたがって,審決が,甲1にはベシル酸アムロジピンが光に対して
不安定な薬物であるとの記載は見出せないと認定したことや,甲1記
載の発明に,光に不安定な薬物に関する甲2記載の発明を組み合せる
動機付けがないと認定したことに,何ら誤りはない。
(イ)アムロジピンの光に対する不安定性についての課題が周知のもので
あったとの主張について
a本件において問題となるのは,主引用例である甲1から認定された
引用発明を出発点として本件訂正発明に至ることの容易想到性である
ところ,甲1発明は,所定の成分を含有しフィルムコートされた製剤
であって,原体としてのアムロジピンではない。したがって,問題と
すべきなのは,原体であるアムロジピンについての課題ではなく,ア
ムロジピンを含有する製剤についての課題が周知のものであるか否か
である。
しかし,原告が指摘する文献は,いずれも原体としてのアムロジピ
ンに関するもので,アムロジピン製剤の課題について言及するもので
はない。
また,原告は,ノルバスク錠を粉砕した後の光安定性試験で光分解
物が認められる旨の記載がある文献を指摘する。しかし,これは一包
化調製時に錠剤を粉砕した場合を想定した試験であるところ,錠剤を
包装から取り出して粉砕することは,医薬品の包装設計,製剤設計を
破壊する行為であり,錠剤の通常の使用形態でないのは明らかである
から,この記載からノルバスク錠自体が光に不安定であるとはいえな
い。
したがって,甲1記載の発明を主引用発明とする進歩性判断におい
て,光に対する不安定性という課題が入り込む余地は全くない。
bなお,本件特許の出願日当時,アムロジピンが光により分解され得
ること,分解されると酸化体になることは知られていたものの,アム
ロジピンが光により変色するという課題は認識されていなかった。ま
た,そもそも分解と変色とは異なる現象であるから,同列に扱うこと
はできない。
したがって,本件特許の出願日当時,ベシル酸アムロジピンの光に
起因した変色が当業者に認識されていたとまではいえないし,まして
やそれが課題として周知であったとは到底いえない。
(ウ)光に対する不安定性を有する医薬品の課題解決のために酸化鉄を用い
ることが周知技術又は技術常識であったとの主張について
当業者が「光に対する不安定性」として認識していた課題は,専ら光
分解に起因するものであって,光による変色という課題の解決のために
酸化鉄を用いることは,周知技術又は技術常識ではなかった。また,酸
化鉄は,着色剤であるとともに遮光剤としても知られていたところ,酸
化鉄を遮光剤として使用する場合は,コーティング層を有する錠剤のコ
ーティング層中に配合するというのが,最も一般的な方法であり,当業
者における周知技術又は技術常識であった。
(エ)小括
以上のとおり,甲1には,甲1記載の製剤に関する光に対する不安定
性との課題は全く示されていない。また,甲1記載の製剤は,フィルム
コーティングにより光安定性の問題が完全に解消されているものである
から,甲1記載の発明において,光に対する不安定性との課題は存在し
ない。
したがって,原告の主張は失当である。
イ相違点2及び3について
医薬品の製剤設計においては,添加物といえども所定の目的に適ったも
のが選択されるのであり,添加物であれば何でも置き換えて使用できると
いうものではない。とりわけ,「カルボキシメチルスターチナトリウム」
は“スーパー崩壊剤(superdisintegrant)”と呼ばれ,崩壊力に優れたも
ので,通常の崩壊剤である「デンプン」とは異なる。そうすると,「デン
プン」と「カルボキシメチルスターチナトリウム」とが,いずれも崩壊剤
に分類されるからといって,フィルムコーティング錠である甲1記載の発
明を,被覆層を有しない錠剤に変更した上で,「カルボキシメチルスター
チナトリウム」を「デンプン」に置き換え,しかも,その量を「30重量%
以下」とすることが単なる設計変更にすぎないとはいえない。
また,甲1は,フィルムコーティング錠であるノルバスク錠という特定
の医薬品を説明する文書であるから,上記置換が容易に想到できるか否か
は,当該製剤において崩壊剤を変更すべき事情が存在するか否かや,被覆
層を有しない錠剤に変更した場合に崩壊剤を変更すべき事情があるか否か
という点から検討されなければならないところ,甲1に接した当業者にお
いて,そのような置換の動機付けとなる事情は何ら存在しない。
したがって,甲1記載の発明を主引用発明として,「カルボキシメチル
スターチナトリウム」を「デンプン」に置き換え,かつ,その使用量を3
0%以下とする動機付けは全く存在しないというべきであるから,実質的
な相違点ではないとの原告の主張は失当である。
ウ相違点4について
(ア)製剤との観点からみて,甲1記載の医薬品の特徴は,フィルムコーテ
ィング錠であるということである。
甲1の記載は,フィルムコーティング錠であることを前提に,臨床試
験,薬効,安全性の評価,製剤学的な検討などを経てされているもので
あるから,甲1には,この製剤から被覆層を有しないものに変更すると
いうこと自体,開示も示唆もない。
したがって,甲1記載の製剤から被覆層を除去してフィルムコーティ
ング錠でないものに変更すると,それはもはや甲1記載の製剤とはいえ
ず,いわばその技術思想自体を否定するものであるから,かかる変更に
は明らかな阻害要因がある。
(イ)また,本件特許の出願日当時の技術水準に照らすと,ジヒドロピリジ
ン系カルシウム拮抗薬であるアムロジピンは,ジヒドロピリジン系化合
物の中では光分解されにくい化合物ではあるものの,曝光量が多い場合
には分解され,活性物質としての効力が低下することがあるため,アム
ロジピン含有経口固形組成物には光に対する安定性を確保するための技
術が必要とされていた。そして,甲1記載の製剤においては,被覆層を
設けるフィルムコーティング錠とすることで,この問題を解決していた。
これに対し,本件訂正発明は,酸化鉄を配合することで,光安定化の
ために被覆層を設けることなく光安定化されたアムロジピン含有経口固
形組成物が得られること,そして,その技術を応用して被覆層のない口
腔内崩壊型製剤としても使用できることを見出したものである。
原告の主張は,口腔内崩壊錠とするには,錠剤の表面に被覆層を設け
ないのが一般的であるから,被覆層を有するか有しないかという相違点
4は実質的な相違点ではないとの論理に基づくものであるが,肝心の光
安定性の問題は全く検討されておらず,失当である。
(ウ)また,アムロジピンは苦味のある成分であり,フィルムコーティング
を設けないと苦味の問題が生じる。その問題の解消には,多大な技術的
検討が必要であり,アムロジピン製剤の苦味の課題を解決するための特
許出願がされ,特許されている例もある。
さらに,フィルムコーティングを外すことで薬剤の溶出挙動が変動す
るから,その解決のために発明に値する程の技術的検討が必要となる。
(エ)原告は,薬剤を嚥下することが困難な患者,高齢者及び小児のために,
被覆層を有するフィルムコーティング錠を,被覆層を有しない口腔内崩
壊錠にすることは,当業者における周知の技術又は技術常識であったと
主張する。
確かに,原告が指摘する患者等にとって,口腔内崩壊錠は便利なもの
であるかもしれないが,そうであるからといって,錠剤の剤形を口腔内
崩壊錠にすることが,本件特許の出願日当時,当業者にとって周知の技
術又は技術常識であったとは到底いえない。
また,甲1記載のノルバスク錠2.5mgの形態は,直径6.0mm
の円形錠剤,ノルバスク錠5mgの形態は,直径8.0mmの円形錠剤
である。一般に高齢者が服用しやすい錠剤の大きさは,直径7~8mm
程度,あるいは錠径6±2mm程度とされているから,ノルバスク錠は,
高齢者にとっても飲みやすく,摘まみやすい大きさで,服用しやすい最
適な錠剤であるといえる。これに対し,本件特許の出願日当時,ノルバ
スク錠の剤形では服用が困難であり,剤形変更が特に必要であったとい
う特段の事情はうかがわれない。そして,ノルバスク錠について,小児
への適用が承認されたのは,平成24年6月であり,平成19年の本件
出願から7年も経った後のことであるから,小児が服用する観点からの
主張は根拠とならない
エ本件訂正発明1の奏する効果について
原告は,多くの医薬品が,光エネルギーを吸収して分解,変色すること
は以前より知られていると主張するが,単なる一般文献の記載の指摘にと
どまるものである。また,原告が提出した証拠によっても,少なくともア
ムロジピンの光による変色が周知の事項であったとはいえない。
すなわち,本件訂正発明1の特徴的な効果である変色の抑制に関する原
告の主張は,いずれも証拠に基づかないものであり,失当である。
オ小括
したがって,当業者は甲1記載の発明に基づいて,本件訂正発明1を容
易に想到することができない。
(3)本件訂正発明3,14,18~28の容易想到性判断の誤りについて
ア本件訂正発明3,14,18~28についても,上記(2)において本件訂
正発明1について主張したところと同様である。
イ本件訂正発明14,18~28について
本件訂正発明1は「経口固形組成物」に関するものであるのに対し,本
件訂正発明14,18~28は「使用」に関するものであるから,前者と
後者とはこの点において構成上異なる。
また,審決は認定していないものの,本件訂正発明14と甲1発明〔原
告〕は,相違点1~4に加えて,次の相違点を有する。本件訂正発明14
を引用する本件訂正発明18~28についても同様である。
<相違点14-1>
本件訂正発明14が「経口固形組成物の調製における,光による変色
が抑制された組成物とするための酸化鉄の使用」であるのに対し,甲1
発明〔原告〕には光による変色が抑制された組成物とするための酸化鉄
の使用がない点。
<相違点14-2>
本件訂正発明14が「請求項2及び4~10に係る経口固形組成物」
の調製に関するものであるのに対し,甲1発明〔原告〕は請求項2及び
4~10で規定する成分を含むものではない点。
そして,相違点14-1及び14-2に係る構成は,当業者が容易に想
到できたものではない。
(4)小括
以上によれば,この点についての審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(甲15記載の発明に基づく進歩性判断の誤り)について
(1)甲15記載の発明の認定について
甲15記載の発明は,活性成分の溶出挙動及び吸収挙動の調整という特有
な課題を解決するために,添加剤成分と製剤形態に着目してされた発明であ
り,群1と群2という2種の整粒物を調製し,更に各種添加剤と混合して錠
剤にする,という特有な製剤形態にすることで,所望の効果を得たものであ
る。そうすると,これらの特徴的要素である群1と群2とを悉く欠落させて
甲15記載の発明として認定したのでは,甲15の開示に基づいて一体とな
った技術思想としての発明を認定したことにはならない。
したがって,甲15に甲15発明〔原告〕が記載されているとの原告の主
張は誤りである。
(2)本件訂正発明1についての容易想到性判断の誤りに関する主張について
ア審決は,甲15に甲15発明〔原告〕が記載されていると仮定して,本
件訂正発明1と甲15発明〔原告〕との間に相違点7及び8が存在すると
して容易想到性を検討し,相違点7及び8について,当業者が格別の創意
を要したものとはいえないと判断した。
しかし,甲15記載の発明は,同じ活性成分について,速崩壊性固形製
剤でない製剤と同じ溶出挙動及び吸収挙動を示す速崩壊性固形製剤を提供
することを課題とするものであって,審決が認定したように,群1及び群
2を含有するとの前提において初めて成立するものである。そうすると,
相違点7及び8に係る構成の容易想到性の検討は,群1及び群2を含有し,
塩酸マニジピンを含有する製剤に代えて,群1及び群2の含有を必須とし
ないが活性成分としてベシル酸アムロジピンを含有する製剤とすることに
ついてされるべきである。
したがって,甲15に甲15発明〔原告〕が記載されていると仮定して
された相違点7及び8についての審決の判断は誤りである。
イ相違点7について
上記アのとおり,相違点7に係る構成の容易想到性判断は,群1及び群
2を含有し塩酸マニジピンを含有する製剤に代えて,群1及び群2の含有
を必須としないがベシル酸アムロジピンを含有する製剤とすることを容易
に想到できるか否かで判断すべきである。
そして,当業者は,甲15の段落【0005】記載の膨大な化合物群の
中からベシル酸アムロジピンを選択,採用することは容易でないから,当
業者は相違点7に係る構成を容易に想到することができない。
ウ相違点8について
相違点7と同様に,相違点8に係る構成の容易想到性判断は,群1及び
群2を含有し,塩酸マニジピンとD-マンニトールを含有する製剤に代え
て,群1及び群2の含有を必須としないがベシル酸アムロジピンを含有し,
D-マンニトールを含有しない製剤とすることを容易に想到できるか否か
で判断すべきである。
D-マンニトールは,甲15記載の発明の特徴的な構成である群1及び
群2を構成し,発明の課題である同じ活性成分を含有する市販品と同じ溶
出挙動及び吸収挙動を示す速崩壊性固形製剤にするための重要な成分であ
るといえる。そして,甲15発明〔原告〕から出発して,群1及び群2の
含有を必須としないがベシル酸アムロジピンを含有する製剤とし,しかも
甲15発明〔原告〕では課題とされていない光安定化(着色抑制)を課題
とした場合に,D-マンニトールを全く含有しない構成とすることの動機
付けとなり得る事情は存在しない。
したがって,当業者は相違点8に係る構成を容易に想到することができ
ない。
エ甲15記載の発明における群1及び群2を含有する構成について
原告は,群1及び群2が甲15記載の発明の発明特定事項に該当すると
しても,本件訂正発明1は,それらの成分を含有することを排除していな
いから,本件訂正発明1との相違点にはなり得ないと主張する。
しかし,甲15記載の発明は,群1及び群2を含有し,群1及び群2の
一方又は両方に溶出補助剤を含有することで,所望の崩壊性,溶出調節性
及び製造性を達成した製剤とすることを特徴とする発明である。これに対
し,本件訂正発明1では,群1及び群2という構成が必須とされていない
だけでなく,そこで使用される成分も必須のものではない。そうすると,
一方では必須とする構成を,他方では必須としないという点で明確な相違
点が存在する。
そして,このような特有な構成を特徴とする甲15記載の発明を出発点
として,それらを必須としない本件訂正発明1に至ることができるとする
のは,当該甲15記載の発明を否定することにほかならないから,明白な
阻害要因が存在するというべきである。
オ本件訂正発明1の奏する効果について
審決は,甲15に接した当業者において,本件訂正発明1がベシル酸ア
ムロジピンの光安定化という効果を奏し得ることを甲15の記載から予測
できたとはいえないし,そのような予測ができたといい得るような,本件
特許の出願日当時の当業者の周知の技術又は技術常識も見出せないと判断
した。
上記(1)のとおり,甲15記載の発明の課題は,活性成分の溶出挙動及び
吸収挙動であって,光安定化ではないことからすると,この審決の判断は
正当である。
カ小括
したがって,当業者は甲15記載の発明に基づいて,本件訂正発明1を
容易に想到することができない。
(3)本件訂正発明3,14,18~28についての容易想到性判断の誤りに関
する主張について
本件訂正発明1について主張したところと同様である。
(4)小括
以上によれば,この点についての審決の判断は,結論において誤りはない。
3取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について
(1)本件当初明細書の記載について
本件当初明細書の実施例及び比較例では,いずれもマンニトールを含む組
成物を用いているが,これは試験対象とした各種添加剤の光安定性の効果を
客観的に対比,評価できるように,添加剤以外の成分の条件を揃えたためで
ある。また,本件当初明細書には,マンニトールは水溶性糖アルコールの一
つであって,好ましいものの例として記載されているにすぎず,マンニトー
ル以外の成分の使用を排除していない。このことは,本件当初明細書に,好
ましい水溶性糖アルコールとして,キシリトール,エリスリトールなどが挙
げられているほか,水溶性糖アルコール自体が好適な成分として記載されて
いることからも明らかである。
(2)本件原出願の審査過程における被告の主張について
本件原出願の審査過程において,平成20年4月21日付け(発送)で進
歩性欠如の拒絶理由が通知されたことを受けて,被告が,特許請求の範囲を
補正するとともに,同年6月19日付けの意見書により,賦形剤としてマン
ニトールを使用する態様において着色防止効果が優れているとの主張をした
ことは認める。しかし,被告は,マンニトール以外の成分の使用を排除する
との主張は何ら行っていない。
また,明細書に記載された発明の範囲は,当該明細書の記載及び出願時の
技術常識などを考慮して客観的に把握すべきものであって,出願人が,審査
過程において,補正に伴い何らかの有利な効果を主張したとしても,それに
より何らかの影響を受けることはない。したがって,本件原出願の審査過程
における被告の主張を問題とする原告の指摘は,それ自体失当である。
さらに,原告は,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物
の成分からマンニトールを積極的に除去しようとする技術思想自体が含まれ
ていなかったなどと主張する。この主張は,本件訂正発明に「(但し,マンニ
トールを含まない組成物である)」とのただし書の規定があることを根拠とす
るものであるところ,この表現は,マンニトールの含有を必須の要件とする
本件原出願に係る特許とのダブルパテントを解消するために用いられる一般
的なものにすぎず,この規定の存在により本件原出願の技術思想が何らかの
影響を受けることはない。
(3)小括
したがって,この点についての原告の主張はいずれも失当である。
4取消事由4(サポート要件適合性について判断の誤り)について
(1)本件明細書の実施例及び比較例の記載について
上記3(1)において主張したところと同様に,本件明細書においては,マン
ニトールは添加が好ましい賦形剤の一つとして使用されているにすぎない。
そもそも,サポート要件適合性は,請求項に係る発明が,発明の詳細な説
明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載さ
れた範囲を超えるものであるか否かによって判断されるべきであって,明細
書の実施例及び比較例の記載のみに基づいて判断されるものではないから,
原告の主張は前提において失当である。
また,本件訂正発明の課題は,被覆層を有しない製剤形態においても,ア
ムロジピンの光による変色及び分解を簡便に防止することにあるところ,マ
ンニトールを含む無毒性かつ不活性な賦形剤及び添加剤は,酸化鉄の作用に
影響を与えない。
したがって,本件明細書には,実施例及び比較例の具体例として,マンニ
トールを含有しない製剤の記載はないものの,請求項の記載は,発明の詳細
な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記
載された範囲を超えるものではない。
(2)本件原出願の審査過程での被告の主張について
上記3(2)において主張したとおりである。
(3)小括
したがって,この点についての原告の主張はいずれも失当である。
5取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)について
(1)原告が主張する本件原出願に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は認め
る。
(2)しかし,本件訂正発明1と本件原出願の請求項1に係る発明とは,次の点
において相違する。
<相違点A>
本件訂正発明1では,「マンニトールを含まない組成物」であるのに対
し,本件原出願に係る発明では,「マンニトールを含有する組成物」であ
る点。
<相違点B>
本件訂正発明1では,「炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群
より選ばれる少なくとも一つの賦形剤と,デンプンを30重量%以下含有
する」のに対し,本件原出願に係る発明では,そのような限定がない点。
<相違点C>
本件訂正発明1では,酸化鉄の量についての制限がないのに対し,本件
原出願に係る発明では,「ベシル酸アムロジピン1質量部に対して酸化鉄
を0.05~8質量部含有する医薬組成物」が除かれている点。
(3)相違点Aにつき,本件原出願に係る発明では,マンニトールを含有するの
に対し,本件訂正発明1では,マンニトールを含む組成物が除かれているか
ら,この点で両発明は同一といえない。
相違点Bにつき,本件訂正発明1では,炭酸カルシウム及び結晶セルロー
スからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤と,更にデンプンを30
重量%以下含有するのに対し,本件原出願に係る発明ではこのような限定が
ないから,この点で両発明は同一といえない。
相違点Cにつき,本件原出願に係る発明では,酸化鉄の量についての制限
があるから,両発明は,少なくともベシル酸アムロジピン1質量部に対して
酸化鉄を0.05~8質量部含有するとの範囲において重複していない。
(4)したがって,両発明は同一でないから,原告の主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1本件訂正発明について
(1)特許請求の範囲
本件訂正発明の特許請求の範囲は,上記第2の2に記載のとおりである。
(2)本件明細書の記載内容
本件明細書には,概ね以下の記載がある(甲30)。
ア技術分野
【0001】本発明はアムロジピンを含有する光安定性の向上した経口固
形組成物及び製剤に関する。
イ背景技術
【0002】ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬であるアムロジピンは
充分かつ恒常的な血管拡張作用と頻脈をきたし難い性質から,降圧療法の
中心的な役割を果たしている。しかし,アムロジピンはジヒドロピリジン
系化合物の中では光分解を受けにくい化合物ではあるが,曝光量が多い場
合には分解を受け,活性物質としての効力が低下することがある。このた
め,アムロジピン含有経口固形組成物には光に対する安定性を確保するた
めの技術が必要であった。
従来,光に対して不安定な薬物の製剤化に関しては,薬物の安定化を図
るため種々の方法が知られている。例えば,特許文献1(判決注:特開昭
55-22645号公報)には皮膜中に着色剤を分散した軟カプセルに光
に不安定な薬物であるニフェジピンを封入した光による分解や変質を防止
したニフェジピンの軟カプセルが開示されている。また,特許文献2(判
決注:特開平4-46122号公報)にはタール系色素やベンガラ等を含
有する硬カプセルにより活性型ビタミンD3類を安定化したカプセル製剤
が開示されている。これらの技術はいずれも光に不安定な薬物を覆うカプ
セル皮膜中に着色剤を含有させたものであり,錠剤,顆粒剤,細粒剤,散
剤等への適用は困難である。
【0003】一方,特許文献3(判決注:特開2003-104888号
公報)にはジヒドロピリジン誘導体の錠剤に酸化鉄を配合したフィルムを
コーティングしてなる光に対して安定化された錠剤が開示されている。し
かしながら,この技術ではコーティングを実施することで工程が増え,こ
れに要する時間及び労力は多大となり,コストが高くなる。また,分割を
必要とする錠剤ではコーティングによって割線が埋まるなどのトラブルが
発生しやすく,分割後には分割面が剥き出しになる為光安定化効果は期待
出来ない。更に何らかの理由でコーティングを施すことが出来ない製剤に
は応用できない。例えば,口腔内崩壊型製剤では,製剤全体にコーティン
グを施した場合には,口腔内での速崩壊性,速溶解性が損なわれ,その機
能を発現できない。また,製剤中の原薬あるいは原薬を含有する粒子のみ
をコーティングすることで,製剤としては速崩壊性を保持させることは可
能であるが,この場合口腔内でそれらコーティングされた製剤の一部が崩
壊,溶解しないことから著しく服用し難くなることが予想される。また,
特許文献4(判決注:特開2003-104887号公報)には遮光剤と
して酸化チタン並びに着色剤として食用黄色5号,三二酸化鉄,黄色三二
酸化鉄を含有する光に安定なピリジン系化合物について開示されている。
しかしこの文献で実際に開示されているのはアラニジピンを適切な賦形剤
により固体分散化した製剤に着色剤及び遮光剤を含むコート液をスプレー
することを特徴とするものであるから,結局この文献も実質的には被覆層
を有する製剤を開示するものである…。
【0004】コーティングを施さない錠剤,顆粒剤,細粒剤,散剤等の光
安定化方法としては,特許文献5(判決注:特開2000-7583号公
報)に光に不安定な脂溶性薬物に黄色及び赤色の着色剤から選ばれる1種
以上の物質を配合してなる光安定性の向上した組成物が開示されている。
また,特許文献6(判決注:特開2000-191516号公報)には光
に不安定な薬物を含有した粉体に着色剤を添加し,湿式造粒してなる経口
固形組成物が開示されている。さらに,非特許文献1(判決注:インター
ナショナル・ジャーナル・オブ・ファーマシューティクス(International
JournalofPharmaceutics),103(1994)69-76)にはニフェジピンに黄色三
二酸化鉄を添加した際に光によって生じる酸化体の生成量の抑制及び主薬
含量の低下の抑制ができたことが記載されている。しかしながら,これら
文献にはアムロジピンに関しての記載はない。
ウ発明が解決しようとする課題
【0007】本発明が解決しようとする課題は,アムロジピンまたはその
薬学上許容される塩の光による変色及び分解を簡便に防止し,光安定化し
た経口固形組成物を提供することである。
エ課題を解決するための手段
【0008】アムロジピンはジヒドロピリジン系化合物としては光安定性
が高いため,通常医薬品として使用する範囲での含量低下はほとんど問題
とならない。本発明者らは,ニフェジピンとは異なり,アムロジピンにお
いては光によって含量低下が検出されない範囲で変色が見られることに着
目し,この着色の防止を課題とした。上記非特許文献1には変色について
は一切記載がないから,当然このような課題そのものの記載も示唆もない。
同文献が課題としているのはニフェジピン錠剤を400フットカンデラの
光を14日照射すると45%も分解物が生成することを改善することであ
る。一方後述する試験例に示したようにアムロジピン錠剤での酸化体生成
は1%程度であるから,分解の程度が全く異なる。従ってアムロジピンに
於ける主な課題は着色の防止であり,ニフェジピンに於ける主な課題であ
る含量低下とは全く異なった現象であることが明らかとなった。
【0012】本発明者らは鋭意検討を行った結果,アムロジピンまたはそ
の薬学上許容される塩に酸化鉄を配合することで,光安定化のために被覆
層を必要とすることなく非常に簡便に光安定化されたアムロジピン含有経
口固形組成物が得られることを見出した。また当該技術の応用により,ア
ムロジピンまたはその薬学上許容される塩に酸化鉄を配合することで,非
常に簡便に,服用性に優れた口腔内崩壊型製剤の光安定化ができることを
見出し,本発明を完成した。
オ発明の効果
【0014】本発明によって,非常に簡便に光に安定なアムロジピン含有
の経口経口固形組成物(判決注:原文のまま)を提供することが可能であ
る。また,これによってコーティングを施すことが出来ないアムロジピン
の口腔内崩壊錠等の易服用性製剤の光安定化による品質維持が可能となり,
高齢者等の嚥下困難な患者や多忙な社会生活を送る人々がどのような場面
においても容易に服用することが可能な,光に対して安定なアムロジピン
経口固形組成物を提供できる。
カ発明を実施するための形態
【0015】アムロジピンの薬学上許容される塩としては,…ベンゼンス
ルホン酸…との塩が挙げられる。好ましくはベンゼンスルホン酸との塩,
即ちベシル酸アムロジピンが挙げられる。
【0019】本発明における経口固形組成物としては,ゼリー剤,グミ剤,
ドライシロップ,散剤,細粒剤,顆粒剤等の粒状製剤,錠剤,チュアブル
製剤,口腔内崩壊型製剤等の剤形の製剤が挙げられる。…さらに好ましく
は口腔内崩壊型製剤が,特に好ましくは口腔内崩壊錠が挙げられる。
【0020】本発明における被覆層とは直接経口投与される単位の最も外
側を覆う層であり,PTPシート等の包装は含まない。
具体的には例えば主薬,賦形剤,崩壊剤,結合剤等を乾式造粒または湿
式造粒等し,必要に応じて打錠等の成形をして得られる経口固形組成物に
フィルム形成性の高分子溶液を噴霧,乾燥するなどして当該経口固形組成
物の外側に施す当該経口固形組成物とは異なる組成で形成される外層が挙
げられる。フィルム形成性高分子溶液には,通常フィルム形成を阻害しな
い範囲で各種添加剤が添加される。コーティングとはこのような被覆層の
形成を指す。
その他の被覆層としては軟カプセルや硬カプセル等のカプセルが挙げら
れる。
【0022】本発明における口腔内崩壊型製剤とは,水なしで口腔内にお
いて速やかに溶解又は崩壊させて服用可能で,通常の製剤と同様に水とと
もに服用することも可能な製剤である。剤型としては散剤,細粒剤,顆粒
剤等の粒状製剤と錠剤が挙げられる。…
本発明における口腔内崩壊型製剤においては,服用性の観点から賦形剤
として水溶性賦形剤の添加が好ましい。水溶性賦形剤としては,服用の際
良好な甘味を有する水溶性糖アルコール,糖類,甘味を有するアミノ酸類
及びこれらの混合物が挙げられ,好ましくは水溶性糖アルコール,糖類,
グリシン及びこれらの混合物が挙げられ,特に好ましくは水溶性糖アルコ
ールが挙げられる。
【0023】…水溶性糖アルコールの例としてはソルビトール,マンニト
ール,マルチトール,還元澱粉糖化物,キシリトール,還元パラチノース,
エリスリトールなどが挙げられ,これらはその2種以上を適宜の割合で混
合して用いてもよい。好ましい水溶性糖アルコールとしてはマンニトール,
キシリトール,エリスリトールが挙げられ,さらに好ましくはマンニトー
ル,エリスリトールが挙げられ,特に好ましくはマンニトールが挙げられ
る。…
【0024】本発明における口腔内崩壊型製剤においては,特に崩壊性の
観点から崩壊剤を含有することが好ましい。崩壊剤としては例えば,デン
プン,…カルボキシメチルセルロースナトリウム,…低置換度ヒドロキシ
プロピルセルロース,カルボキシメチルスターチナトリウム,…が挙げら
れ,これらはその2種以上を適宜の割合で混合して用いてもよい。好まし
くはデンプン,…低置換度ヒドロキシプロピルセルロース,カルボキシメ
チルスターチナトリウム,…が挙げられる。より好ましくはデンプン,低
置換度ヒドロキシプロピルセルロース,カルボキシメチルスターチナトリ
ウム,…が挙げられ,さらに好ましくはデンプン,低置換度ヒドロキシプ
ロピルセルロースが挙げられる。特に好ましくはデンプンが挙げられる。
【0025】本発明におけるデンプンとは医薬品に使用可能なあらゆる天
然のデンプンに由来するすべてのデンプンを含む。例えば,…好ましくは
トウモロコシデンプンが挙げられる。これらのデンプンの含有量としては
例えば,1~50重量%,好ましくは2~30重量%,より好ましくは3
~20重量%,さらに好ましくは5~15重量%配合する。
【0026】本発明における口腔内崩壊型製剤においては,結合剤は特に
限定されないが,デンプン…等が挙げられる。崩壊性の観点からは実質的
にデンプン以外は使用しないことが望ましい。実質的にとは,当該口腔内
崩壊型製剤,特に口腔内での溶解または崩壊速度,および本発明の光安定
化効果に影響を与えない量であればその他結合剤の配合を許容することを
意味する。
【0027】本発明の経口固形組成物においては上記成分以外に,製剤分
野において通常使用される無毒性かつ不活性な添加剤を添加することもで
きる。これらの添加剤としては,実質的に本発明の効果に影響を与えず,
一般に医薬品添加剤として添加されるものが挙げられる。例えば,乳糖,
トウモロコシデンプン,マンニトール,キシリトール,ソルビトール,エ
リスリトール,グリシン,タルク,カオリン,リン酸水素カルシウム,硫
酸カルシウム,炭酸カルシウム,結晶セルロース等の賦形剤,ステアリン
酸,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸カルシウム,フマル酸ステ
アリルナトリウム等の滑沢剤,カルボキシメチルセルロースカルシウム,
低置換度ヒドロキシプロピルセルロース,カルボキシメチルスターチナト
リウム,クロスカルメロースナトリウム等の崩壊剤,ヒドロキシプロピル
セルロース,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ポリビニルピロリド
ン,ゼラチン,メチルセルロース,アラビアゴム末,ポリビニルアルコー
ル,アルキルヒドロキシエチルセルロース等の結合剤,その他着色剤,矯
味剤,香料,吸着剤,防腐剤,安定化剤,湿潤剤,帯電防止剤,pH調整
剤等が挙げられる。
キ実施例
【0033】【表1】
【0035】【表2】
(3)本件訂正発明の概要
ア本件明細書の記載から,本件訂正発明について,次の事項が認められる。
イジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬であるアムロジピンは充分かつ恒
常的な血管拡張作用と頻脈をきたし難い性質から,降圧療法の中心的な役
割を果たしている。アムロジピンはジヒドロピリジン系化合物の中では光
分解を受けにくい化合物ではあるが,曝光量が多い場合には分解を受け,
活性物質としての効力が低下することがある。(【0002】)
本発明が解決しようとする課題は,アムロジピン又はその薬学上許容さ
れる塩の光による変色及び分解を簡便に防止し,光安定化した経口固形組
成物を提供することである。(【0007】)
アムロジピン又はその薬学上許容される塩に酸化鉄を配合することで,
光安定化のために被覆層を必要とすることなく非常に簡便に光安定化され
たアムロジピン含有経口固形組成物が得られる。(【0012】)
本発明によって,コーティングを施すことができないアムロジピンの口
腔内崩壊錠等の易服用性製剤の光安定化による品質維持が可能となり,高
齢者等の嚥下困難な患者や多忙な社会生活を送る人々がどのような場面に
おいても容易に服用することが可能な,光に対して安定なアムロジピン経
口固形組成物を提供できる。(【0014】)
2取消事由1(甲1記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について
(1)引用例等の記載
ア甲1について
(ア)甲1には,以下の記載がある。
aベシル酸アムロジピンの固体状態における安定性試験では,室温長
期保存において変化は認められず加熱並びに加湿化の保存において外
観のわずかな黄色化傾向が認められたが,含量低下並びに分解物の生
成は認められなかった。室内散光下の保存において,含量の低下はほ
とんど認められなかったものの,光曝表面は黄色に着色し,わずかに
分解物が生成した。(11頁)
b固体状態における安定性と題する表には,光に対する苛酷試験につ
き,次の記載がある。(12頁)
保存条件:室内散光(500ルクス)
保存期間:6カ月
保存形態:無色透明ガラスシャーレ
結果〔性状〕:わずかに黄色化
〔残存率(%)〕:98.3~101.0
〔分解物の検索〕:わずかに分解物Iのスポットを認めた
c製剤に関し,剤形の区別,規格及び性状と題する表には,次の記載
がある。(14頁)
販売名色・剤形
ノルバスク®2.5mg白色フィルムコート錠
ノルバスク®5mg白色フィルムコート錠
d製剤の組成(14頁)
(a)有効成分(活性成分)の含量
ノルバスク錠2.5mg,5mgは1錠中にそれぞれベシル酸ア
ムロジピン3.47mg,6.93mg(アムロジピンとして2.
5mg,5mg)を含有する。
(b)添加物
結晶セルロース,無水リン酸水素カルシウム,カルボキシメチル
スターチナトリウム,ステアリン酸マグネシウム,ヒドロキシプロ
ピルメチルセルロース,酸化チタン,タルク,カルナウバロウを含
有する。
e分割後の安定性と題する表には,光に対する苛酷試験につき,次の
記載がある。(16頁)
保存条件:白色蛍光灯1000ルクス・24時間/日
保存期間:60日
保存形態:無色透明ガラスシャーレ
結果〔外観〕:分割面がわずかに淡黄色に着色
〔含量(%)〕:103.5~103.9
〔分解物の検索〕:分解物のスポットを認めず
本試験での30日間での積算光照射量は720000ルクス・時間
であり,JISの照明基準に適合した病院での室内散光下の120~
300日間に相当する。
(イ)以上によれば,甲1の記載事項の概要は次のとおりと認められる。
ノルバスク錠は,ベシル酸アムロジピンのフィルムコート錠である。
有効成分のベシル酸アムロジピンにつき,固体状態での光に対する苛酷
試験において,わずかに黄色化と分解物のスポットが認められた。製剤
の分割後の安定性に関し,光に対する苛酷試験では,分割面がわずかに
淡黄色に着色するが,分解物のスポットを認めないことが確認された。
イ甲2について
(ア)甲2には,以下の記載がある。
a特許請求の範囲
【請求項1】光に不安定な薬物を含有した粉体を,着色剤を含む結合
液で湿式造粒してなる経口固形組成物。
【請求項6】光に不安定な薬物がソファルコン,ニフェジピン,ビタ
ミンD類,ビタミンK類,ビタミンE類,メシル酸ブロモクリプチン,
ユビデカレノン,塩酸ブフェトロール,塩酸オクスブレノール,塩酸
インデノロール,又はリボフラビン酪酸エステルである請求項1~5
のいずれかに記載の経口固形組成物。
b発明の属する技術分野
【0001】本発明は,光に対して色変,定量値の低下をおこす薬物
を含有し薬物の色変,定量値の低下が防止された経口固形組成物,お
よび光に対して色変,定量値の低下をおこす薬物の光安定化に関する。
c発明が解決しようとする課題
【0004】本発明の目的は,光に不安定な薬物を含有する経口固形
組成物の光に対する安定化を図ることにある。
d課題を解決するための手段
【0005】…本発明は,光に不安定な薬物を含有した粉体を,着色
剤を含む結合液で湿式造粒すること,あるいは光に不安定な薬物を含
有した粉体に着色剤を添加し湿式造粒すること,あるいは光に不安定
な薬物を含有した粉体に着色剤を混合することを特徴とする経口固形
組成物及び光に不安定な薬物の光安定化方法である。
e発明の実施の形態
【0006】本発明における光に不安定な薬物は,例えば,ソファル
コン,ニフェジピン,ビタミンD類,ビタミンK類,ビタミンE類,
メシル酸ブロモクリプチン,ユビデカレノン,塩酸ブフェトロール,
塩酸オクスブレノール,塩酸インデノロール,リボフラビン酪酸エス
テル等が挙げられ,その配合量は,製剤中に1~80重量%,好まし
くは1~50重量%である。
【0007】本発明における着色剤は250~500nmの波長領域
の光を吸収する性質を有する着色剤であり食用黄色4号,5号,食用
赤色3号,102号,黄色三二酸化鉄,三二酸化鉄,β-カロチン,
リボフラビン等が挙げられる。…
f発明の効果
【0014】本発明により,光に不安定な薬物を含み,色変,含有量
の低下が防止された経口固形組成物を簡便に得ることが可能となった。
また,本発明により,被覆工程を省くことができるので,これに要す
る時間及び労力と,それらに伴うコストの低減を図り,顆粒同士の凝
集等により収率の低下及び品質の悪化を防止することが可能になった。
(イ)以上によれば,甲2の記載事項の概要は次のとおりと認められる。
甲2は,光に不安定な薬物を含有する経口固形組成物の光に対する安
定化を図るための技術に関する(【0001】,【0004】)。ソフ
ァルコン,ニフェジピン,ビタミンD類,ビタミンK類,ビタミンE類,
メシル酸ブロモクリプチン,ユビデカレノン,塩酸ブフェトロール,塩
酸オクスブレノール,塩酸インデノロール,リボフラビン酪酸エステル
等の光に不安定な薬物を含有した粉体を,着色剤を含む結合液で湿式造
粒する,光に不安定な薬物を含有した粉体に着色剤を添加し湿式造粒す
る,又は光に不安定な薬物を含有した粉体に着色剤を混合する。着色剤
としては,250~500nmの波長領域の光を吸収する性質を有する
食用黄色4号,5号,食用赤色3号,102号,黄色三二酸化鉄,三二
酸化鉄,β-カロチン,リボフラビン等を用いる(【0005】~【0
007】)。被覆工程を省くことができるので,コストの低減を図り,
顆粒同士の凝集等による収率の低下及び品質の悪化を防止することが可
能になる(【0014】)。
ウアムロジピンに関する周知事項
本件特許の出願日当時,アムロジピンに関し,少なくとも以下の事項が
広く知られていた。
アムロジピンは,ニフェジピンを基本薬とするジヒドロピリジン系カル
シウム拮抗薬である。カルシウム拮抗薬は,高血圧,狭心症,不整脈など
の循環器疾患の治療薬として処方されている。ジヒドロピリジン系カルシ
ウム拮抗薬には,光に不安定なものが多く,光に曝されると酸化され,ピ
リジン類似体を生成する。特にニフェジピンは日光に当たると急速に分解
される。アムロジピンやフェロジピンは比較的安定である。(甲20,2
2~24,35,45~47,87,89,90)
ベシル酸アムロジピンは,アムロジピンの薬学上許容される塩である。
(乙16の段落【0010】参照)
なお,アムロジピンは苦みのある成分である。(乙16の段落【000
2】,乙17の段落【0017】参照)
(2)甲1記載の発明について
ア甲1は,ノルバスク錠2.5mg及び同5mgの医薬品インタビューフ
ォームの抜粋である。
そして,甲1には,これらの製剤はフィルムコート錠であり,有効成分
としてベシル酸アムロジピンを,添加物として結晶セルロース及びカルボ
キシメチルスターチナトリウムをそれぞれ含有するものの,マンニトール
を含有していない(医薬品インタビューフォームという文書の性質上,当
該医薬品に添加物として含有されている物質は,その旨が明記されると解
されるから,当業者は,医薬品インタビューフォームに有効成分又は添加
物として記載されていない物質は,当該医薬品に含有されていないと理解
するものというべきである。)ことが記載されているから,甲1には,次
の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認めるのが相当
である。
「ベシル酸アムロジピン,結晶セルロース,カルボキシメチルスターチナ
トリウムを含有するが,マンニトールを含有しないフィルムコート錠」
そうすると,上記甲1発明と甲1発明〔原告〕とは同一であるから,甲
1には甲1発明〔原告〕が記載されていると認めるのが相当である。
イ被告は,ベシル酸アムロジピンの含有量を伴わない認定や,添加物の一
部の成分のみを選択した認定は,許されないと主張する。
そこで検討するに,引用発明は,特許出願に係る発明が進歩性を有して
いるか否かを判断するに当たり,特許出願に係る発明との対比により一致
点及び相違点を抽出し,当該引用発明を出発点として,相違点に係る特定
事項を備えた発明を当業者が容易に想到できたか否かを検討するための基
礎となるものである。そうすると,このような引用発明の目的に照らせば,
引用発明は,本件発明と引用発明との一致点及び相違点を抽出するための
対比が可能な程度に特定されていれば足り,本件発明との対比に明らかに
関係がない事項についてまで,引用例に記載されているとおりにそのまま
認定しなければならないものではないと解される。また,審決が問題にし
ているベシル酸アムロジピンの含有量の限定や添加剤の限定は,課題解決
のために必要な構成であるとはいえない。
本件において,甲1発明(したがって甲1発明〔原告〕)は,本件訂正
発明1との一致点及び相違点を抽出するための対比が可能な程度に十分特
定されたものというべきである。そして,甲1が医薬品インタビューフォ
ームの抜粋であることは,上記判断を左右しないというべきである。
したがって,この点についての被告の主張を採用することはできない。
(3)本件訂正発明1の容易想到性について
ア本件訂正発明1と甲1発明との対比
甲1発明の錠剤は,経口投与されるものであるから,経口固形組成物に
該当する。
したがって,本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,次の
とおりと認めるのが相当である。
<一致点>
ベシル酸アムロジピンと結晶セルロースを含有する経口固形組成物であ
って,マンニトールを含有しない点。
<相違点1>
本件訂正発明1は,酸化鉄を含有するのに対し,甲1発明は,酸化鉄を
含有しない点。
<相違点2>
本件訂正発明1は,デンプンを含有するのに対し,甲1発明は,デンプ
ンを含有せず,カルボキシメチルスターチナトリウムを含有する点。
<相違点3>
本件訂正発明1は,デンプンの含有量が30重量%以下であるのに対し,
甲1発明は,そのような限定を有していない点。
<相違点4>
本件訂正発明1は,被覆層を有しない経口固形組成物であるのに対し,
甲1発明は,被覆層(フィルムコート部分)を有する点。
イ相違点1について
医薬品において,着色剤は,視覚的に医薬品の外観を変化させて,識別
性を高めることなどを主目的として使用される添加物であるところ,酸化
鉄は,医薬品の着色剤としてもよく知られた物質であるから,これを着色
剤として医薬品に含有させることは,本件特許の出願日当時の周知慣用技
術であったと認めるのが相当である(甲2の段落【0007】,甲48,
乙6の表2)。
したがって,医薬品である甲1発明に係る組成物に酸化鉄を含有させる
こと自体は,当業者が容易に想到できるものというべきである。
ウ相違点2及び3について
(ア)デンプン及びカルボキシメチルスターチナトリウムが,いずれも医薬
品において,賦形剤,結合剤及び崩壊剤などとして一般的に用いられる
添加物であることは,本件特許の出願日当時の技術常識であったと認め
るのが相当である(甲4~6,8,乙13)。
(イ)また,「新・薬剤学総論(改訂第3版)」(1987(昭和62)年
4月発行。甲4)には,デンプンを錠剤,丸剤などにおける結合剤とし
て用いる場合の常用濃度は4~10%であること,崩壊剤として用いる
場合は製剤の10~30%とすることが記載されており,「Remington's
PharmaceuticalSciences18」(1990(平成2)年発行。甲8)に
は,デンプンを崩壊剤として用いる場合,その添加量は5%が推奨され,
より早い崩壊が望まれる場合には15%に増量してもよいこと記載がさ
れている。
そうすると,医薬品である経口固形組成物にデンプンを30重量%以
下の含有量で配合することは,本件特許の出願日当時の技術常識であっ
たと認められる。
(ウ)以上によれば,医薬品である甲1発明に係る組成物につき,カルボキ
シメチルスターチナトリウムに代えて,デンプンを30重量%以下の含
有量で配合することは,当業者が容易に想到できるものというべきであ
る。
エ相違点4について
(ア)甲2に記載されているとおり,酸化鉄は,光に対して不安定な薬物の
安定性を高める成分であることが知られているとしても,甲1発明につ
き,相違点4に係る構成を備えるものとすることは,当業者が容易に想
到できたものとはいえない。その理由は次のとおりである。
(イ)甲1には,ベシル酸アムロジピンの固体状態における安定性に関し,
「室内散光下の保存において,含量の低下はほとんど認められなかった
ものの,光曝表面は黄色に着色し,わずかに分解物が生成した。」との
記載とともに,固体状態における安定性と題する表において,室内散光
(500ルクス)の条件下で無色透明のガラスシャーレに6か月間保存
したところ,残存率は98.3~101.0%,光曝表面がわずかに黄
色化し,わずかに分解物Iのスポットが認められたことが記載されてい
る(甲1の11及び12頁)。
これに対し,甲1では割愛されている2003年8月付けのノルバス
ク錠に係る医薬品インタビューフォームの15頁には,製剤の安定性に
関し,光に対する苛酷試験につき,室内散光(500ルクス)の条件下
で無色透明のガラスシャーレに6か月間保存したところ,外観に変化は
なく,含量は2.5mg錠では98.5~99.9%,5mg錠では9
7.6~101.5%,分解物のスポットは認められなかったと記載さ
れている(甲33)。一方,当該医薬品インタビューフォームの16頁
には,製剤の分割後の安定性に関し,白色蛍光灯(1000ルクス・2
4時間/日)の条件下で無色透明のガラスシャーレに60日保存したと
ころ,分割面がわずかに淡黄色に着色し,含量は103.5~103.
9%,分解物のスポットは認められなかったと記載されている(甲1,
33)。
(ウ)錠剤のフィルムコーティングに関し,「製剤学(改訂第3版)」(1
997(平成9)年4月1日発行。乙15)には,錠剤のコーティング
の目的は,①外観の改善と商品価値の向上,②苦みや悪臭などのマスキ
ング,③主薬の安定化,④腸溶化や徐放化による薬剤の吸収部位の調節,
⑤薬剤からの消化管粘膜の保護,⑥薬効の発現の調節などにあるとの記
載がある。
また,「経口投与製剤の処方設計」(平成10年4月15日発行。乙
14)には,光によって外観変化,含量低下,類縁物質の増加が認めら
れる場合には,フィルムコーティングあるいは遮光包装が考えられるが,
開封後の保証まで考慮すると製剤処方で耐候性の機能を付与することが
望ましいとの記載がある。
上記各事項が市販の書籍に記載されていることや当該各書籍の発行時
期に鑑みれば,これらの事項は本件特許の出願日当時における当業者の
技術常識であったと認められる。
(エ)そうすると,甲1及び甲33(刊行物に接した当業者が把握する事項
を認定する際には,当該刊行物全体の記載内容を参酌すべきである。)
の記載に接した当業者は,上記(1)ウのアムロジピンに関する周知事項及
び上記(ウ)の技術常識に鑑みれば,アムロジピン原体は,光により着色
し,外観変化と分解物の生成を生じ得るものであるところ,甲1記載の
ノルバスク錠では,フィルムコーティングを施すことで,光に起因する
着色による外観変化と分解物生成を防止していることが理解できる。ま
た,ノルバスク錠の分割後の安定性に関し,分割面がわずかに淡黄色に
着色したとの記載は,フィルムコーティング錠を分割すると,分割面に
はフィルムコーティングが存在しないため,その部分のみが着色してし
まうことを示すものと理解するというべきである。
さらに,上記(1)ウにおいて認定したとおり,アムロジピンが苦みを有
する成分であることは,本件特許の出願日当時における周知の事項であ
ったから,上記(ウ)の技術常識を踏まえると,甲1記載のノルバスク錠
が備えるフィルムコーティングは,苦みをマスキングする役割も果たし
ていることが理解できる。
加えて,フィルムコーティングを除去すると,薬剤の溶出挙動が変化
する可能性があることは明らかである(なお,特開2003-1048
88号公報(甲24)の段落【0004】には,「ジヒドロピリジン誘
導体は,光に対する安定性が低く,水性溶媒への溶解度が非常に低いた
めに経口投与の場合には消化管液中で薬物が製剤から溶出するような工
夫が必要である。」との記載がある。)。
(オ)原告が主張するとおり,医薬品の服用性,取扱いやすさや,生産性,
コストといった観点からより良い剤形を模索することは,当業者であれ
ば当然に検討すべき技術的事項であって(甲9~17,19,乙14),
実際にも,本件特許の出願日当時において,我が国で少なくとも22品
目について口腔内崩壊錠の医薬品が販売されていたとの事情が認められ
る(甲84)。
しかし,上記(イ)~(エ)において検討したところによれば,甲1発明
のベシル酸アムロジピンを含有するフィルムコート錠を,敢えてフィル
ムコートを有しない経口固形組成物に変更することには,光による変色・
分解物の発生のおそれ,苦み,薬剤の溶出挙動の変化等の観点から阻害
要因があるというべきである。
オ原告の主張について
原告は,甲1には,ベシル酸アムロジピンが光に不安定である旨が明記
されている上に,アムロジピンの光に対する不安定性についての課題は,
本件特許の出願日当時の周知事項であったから,甲1に接した当業者は,
アムロジピンの光に対する安定化という課題を当然に把握,認識でき,甲
1発明〔原告〕に甲2記載の光に対する解決手段として酸化鉄を用いる発
明を組み合わせる動機付けがあるのは明らかであると主張する。
甲1の記載から,ベシル酸アムロジピンの原体は,光によって変色した
り,分解物が生成したりするものであることが理解できるのは,原告が主
張するとおりである。しかし,甲1発明では,フィルムコーティング錠と
することで,光による変色と分解物の生成とを抑制していると理解できる
ことは,上記エ(エ)において説示したとおりである。そして,甲1発明の
フィルムコーティングは,変色及び分解物生成の抑制のほか,苦みのマス
キングにも資するものであると理解されることから,甲1発明につき,フ
ィルムコーティングを除去した構成に変更することには阻害要因があるこ
とも,上記エにおいて説示したとおりである。
したがって,甲2に,光に不安定な薬物の安定化の手段として,酸化鉄
を包含する着色剤を混合するとの発明が記載されていると認められるもの
の,当該事実は上記エの判断を左右するものとはいえない。
カ小括
以上によれば,本件訂正発明1は,甲1及び甲2に記載された発明並び
に本件特許の出願日当時の技術常識に基づき,当業者が容易に発明をする
ことができたものであるとはいえない。
(4)本件訂正発明3の容易想到性について
本件訂正発明3は,本件訂正発明1の発明特定事項を全て含み,更に限定
を加えた発明であるから,本件訂正発明1について検討したところと同様に,
甲1及び甲2に記載された発明並びに本件特許の出願日当時の技術常識に基
づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(5)本件訂正発明14,18~28の容易想到性について
本件訂正発明14は,経口固形組成物の調製における,光による変色が抑
制された組成物とするための酸化鉄の使用の発明であるところ,本件訂正発
明14の経口固形組成物は,本件訂正発明1の経口固形組成物と同じ組成物
である。そうすると,本件訂正発明1について検討したところと同様に,本
件訂正発明14は,甲1及び甲2に記載された発明並びに本件特許の出願日
当時の技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであ
るとはいえない。
また,本件訂正発明18~28は,本件訂正発明14の発明特定事項を全
て含み,更に限定を加えた発明であるから,本件訂正発明14について検討
したところと同様に,甲1及び甲2に記載された発明並びに本件特許の出願
日当時の技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができたもので
あるとはいえない。
(6)小括
以上によれば,この点についての審決の判断は,結論において誤りがない
というべきであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。
3取消事由2(甲15記載の発明に基づく容易想到性判断の誤り)について
(1)甲15について
ア甲15には,以下の記載がある。
(ア)特許請求の範囲
【請求項1】a)活性成分,b-1)糖および/または糖アルコールお
よびc-1)セルロース類を含有してなる群1とb-2)糖および/ま
たは糖アルコールおよびc-2)セルロース類を含有してなる群2とを
含有してなり,群1および/または群2にd)溶出補助剤を含有する速
崩壊性固形製剤。
【請求項12】糖アルコールがD-マンニトール,エリスリトール,キ
シリトール,マルチトールおよびソルビトールから選ばれる1種又は2
種以上である請求項1記載の製剤。
【請求項20】活性成分が塩酸マニジピンである請求項1記載の製剤。
(イ)発明の属する技術分野
【0001】本発明は,体液とりわけ口腔内の唾液または少量の水の存
在下において速やかに崩壊し,活性成分の溶出が適正に調節されている
固形製剤,とりわけ口腔内崩壊性固形製剤として有用な速崩壊性固形製
剤に関する。
(ウ)従来の技術
【0002】従来より,薬剤の嚥下が困難な患者,高齢者あるいは小児
のために,服用しやすい剤形として,口腔内で迅速に崩壊・溶解する固
形製剤の開発が進められている。
(エ)発明が解決しようとする課題
【0003】錠剤を経口投与した後,胃,小腸などの消化管内において,
食事成分,消化管液と接触することにより,錠剤成分は各種イオン成分
等と接触する。こうした作用により,錠剤中の添加剤の成分が適度に設
計されていないと,主薬成分の溶出が影響を受け,薬物の吸収挙動,ひ
いては,薬効の発現に影響を与えることがある。一般的に,難水溶性の
活性成分の場合には溶出が遅いため十分な薬効が発現されず,水溶性の
活性成分の場合には溶出が早いため過度の薬効発現を招きやすい。本発
明は,特殊な製剤技術を必要とすることなく,一般的な設備で工業的な
生産が可能であり,かつ,同じ活性物質を含有する市販品(速崩壊性固
形製剤でない製剤;例えば,錠剤など)と同じ溶出挙動,吸収挙動を示
す速崩壊性固形製剤,特に口腔内崩壊錠を提供するものである。
(オ)課題を解決するための手段
【0004】本発明者らは,種々検討した後,活性成分と糖および/ま
たは糖アルコールとセルロース類を含有するグループと,糖および/ま
たは糖アルコールとセルロース類を含有するグループとを含有させ,一
方あるいは両方のグループに溶出補助剤を含有させることにより低い乾
式の圧縮圧でも実用上問題ない硬度を有し,かつ速やかな崩壊性,溶出
調節性,製造性に優れる等の医薬として優れた性質を有する速崩壊性固
形製剤,特に口腔内崩壊錠が得られることを見い出し,これらに基づい
て本発明を完成した。
【0005】本発明で用いられる活性成分としては…例えば滋養強壮保
健薬,解熱鎮痛消炎薬,向精神薬,抗不安薬,抗うつ薬,催眠鎮静薬,
鎮痙薬,中枢神経作用薬,脳代謝改善剤,脳循環改善剤,抗てんかん剤,
交感神経興奮剤,胃腸薬,制酸剤,抗潰瘍剤,鎮咳去痰剤,鎮吐剤,呼
吸促進剤,気管支拡張剤,アレルギー用薬,歯科口腔用薬,抗ヒスタミ
ン剤,強心剤,不整脈用剤,利尿薬,血圧降下剤,血管収縮薬,冠血管
拡張薬,末梢血管拡張薬,高脂血症用剤,利胆剤,抗生物質,化学療法
剤,糖尿病用剤,骨粗しょう症用剤,抗リウマチ薬,骨格筋弛緩薬,鎮
けい剤,ホルモン剤,アルカロイド系麻薬,サルファ剤,痛風治療薬,
血液凝固阻止剤,抗悪性腫瘍剤などから選ばれた1種または2種以上の
成分が用いられる。…血圧降下剤としては,例えば塩酸デラプリル,カ
プトプリル,ペリンドプリルエルブミンなどのアンジオテンシン変換酵
素阻害薬,塩酸ヒドララジンなどの血管拡張薬,塩酸ラベタロールなど
のα,β遮断薬,塩酸ニカルジピン,ニルバジピン,ニフェジピン,塩
酸ベニジピン,塩酸ジルチアゼム,ニソルジピン,ニトレンジピン,塩
酸バルニジピン,塩酸エホニジピン,ベシル酸アムロジピン,フェロジ
ピン,シルニジピン,アラニジピン,塩酸マニジピンなどのCa拮抗薬,
ロサルタン,エプロサルタン,カンデサルタン,バルサルタン,テルミ
サルタン,イルベサルタン,オルメサルタン,タソサルタン,カンデサ
ルタンシレキセチルなどのアンジオテンシンII受容体拮抗薬,メチルド
パなどの交感神経中枢抑制薬などが挙げられる。…
【0006】本発明で用いられる糖としては,例えばブドウ糖,果糖,
乳糖,蔗糖,トレハロースなどが挙げられ,乳糖などが好ましく用いら
れる。本発明で用いられる糖アルコールとしては,例えばD-マンニト
ール,エリスリトール,キシリトール,マルチトール,ソルビトールな
どが挙げられ,D-マンニトールなどが好ましく用いられる。…
【0007】セルロース類としては,例えば結晶セルロース,粉末セル
ロース,低置換度ヒドロキシプロピルセルロース,カルメロース等(好
ましくは低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等)が用いられ(る。)。
…溶出補助剤としては,例えばヒドロキシプロピルセルロース,ヒドロ
キシプロピルメチルセルロース,ポリビニルピロリドン,アラビアゴム
末,ゼラチン,メチルセルロース,ポリビニルアルコール,プルラン等
(好ましくはヒドロキシプロピルセルロース等)が用いられ(る。)…
また,本発明の製剤としては,群1および/または群2に低置換度ヒド
ロキシプロピルセルロースを含有する製剤が好ましく,群1および群2
に低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを含有する製剤がより好まし
い。ここで,群1および群2の低置換度ヒドロキシプロピルセルロース
は同一であっても,異なっていてもよい。また,セルロース類として低
置換度ヒドロキシプロピルセルロースを用いた場合,本発明の製剤にお
いては低置換度ヒドロキシプロピルセルロースも溶出補助剤として働き
得る。そのため,本発明の目的が達成される限り,上述した他の溶出補
助剤の使用を省略することもできる。
【0008】その他,本発明の製剤は,発明の効果に支障のない限り,
賦形剤としてのトウモロコシデンプン,馬鈴薯デンプン,コムギコデン
プン,コメデンプン,部分アルファー化デンプン,アルファー化デンプ
ン,有孔デンプン等のデンプン類や一般製剤の製造に用いられる種々の
添加剤を適当量含んでいてもよい。このような添加剤として,例えば賦
形剤,酸味料,発泡剤,人工甘味料,香料,滑沢剤,着色剤,安定化剤,
pH調整剤,界面活性剤などが挙げられる。
【0009】…着色剤としては,例えば食用黄色5号,食用赤色2号,
食用青色2号などの食用色素,食用レーキ色素,三二酸化鉄などが挙げ
られる。安定化剤としては,例えばエデト酸ナトリウム,トコフェロー
ル,シクロデキストリン等が挙げられる。…
(カ)発明の効果
【0012】かくして得られる本発明の速崩壊性固形製剤,好ましくは
口腔内速崩壊性固形製剤は,口腔内での速やかな崩壊性を示し,同じ活
性物質を含有する市販品と同じ溶出挙動を示す。各種イオン成分が,主
薬成分の溶出に与える影響が小さい。また,適度な製剤強度を示す。さ
らに,優れた製造性を示す。…
(キ)発明の実施の形態
【0015】実施例1
塩酸マニジピン4480g,乳糖造粒粉末(フロイント産業)131
56g,トウモロコシデンプン660g,低置換度ヒドロキシプロピル
セルロース(信越化学工業:LH-31)3300gを流動造粒乾燥機
(パウレック社,FD-S2型)に仕込み,ヒドロキシプロピルセルロ
ース(日本曹達)440gおよび黄色三二酸化鉄44gを含む精製水9
284gを噴霧し,造粒,乾燥工程を経て造粒物Aを得た。次に,造粒
物Aをパワーミル(昭和化学機械工作所,P-3S)を用い,スクリー
ンサイズ(1.2mmφ)にて整粒し,整粒物Aを得た。一方,D―マ
ンニトール(東和化成:マンニットS)8614g,D-マンニトール
(メルク社:1.05980)4514g,低置換度ヒドロキシプロピ
ルセルロース(信越化学工業:LH-11)1438gを流動造粒乾燥
機(パウレック社,FD-S2型)に仕込み,D-マンニトール460
g,無水クエン酸144gおよび黄色三二酸化鉄11.5gを含む精製
水5215gを噴霧し,造粒,乾燥工程を経て造粒物Bを得た。次に,
造粒物Bをパワーミルを用い,スクリーンサイズ(1.2mmφ)にて
整粒し,整粒物Bを得た。整粒物A1800g,整粒物B2376g,
結晶セルロース248g,アスパルテーム9.0g,ステアリン酸マグ
ネシウム67.5gを混合した。この混合末を1錠当たり250mgで
打錠した(菊水製作所,コレクト19KAWC,錠剤サイズ9.5mm
φ,圧縮圧5.4kN/cm2
)。
イ以上によれば,甲15に記載された発明の概要は次のとおりと認められ
る。
錠剤を経口投与した後,錠剤成分は消化管液等の各種イオン成分等と接
触する。錠剤中の添加剤の成分が適度に設計されていないと,主薬成分の
溶出が影響を受け,薬物の吸収挙動,ひいては,薬効の発現に影響を与え
ることがある。本発明は,特殊な製剤技術を必要とすることなく,一般的
な設備で工業的な生産が可能であり,かつ,同じ活性物質を含有する市販
品(速崩壊性固形製剤でない製剤)と同じ溶出挙動,吸収挙動を示す速崩
壊性固形製剤,特に口腔内崩壊錠を提供することを目的とする(【000
3】)。活性成分と糖及び/又は糖アルコールとセルロース類を含有する
グループと,糖及び/又は糖アルコールとセルロース類を含有するグルー
プとを含有させ,一方又は両方のグループに溶出補助剤を含有させること
により低い乾式の圧縮圧でも実用上問題ない硬度を有し,かつ速やかな崩
壊性,溶出調節性及び製造性に優れる等の医薬として優れた性質を有する
速崩壊性固形製剤,特に口腔内崩壊錠が得られる(【0004】)。本発
明の速崩壊性固形製剤,好ましくは口腔内速崩壊性固形製剤は,口腔内で
の速やかな崩壊性を示し,同じ活性物質を含有する市販品と同じ溶出挙動
を示すとともに,各種イオン成分が,主薬成分の溶出に与える影響が小さ
く,適度な製剤強度,優れた製造性を示す。(【0012】)
(2)甲15記載の発明について
甲15記載の発明においては,活性成分と糖及び/又は糖アルコールとセ
ルロース類を含有する群1と,糖及び/又は糖アルコールとセルロース類を
含有する群2とを含有させ,群1及び群2の一方又は両方に溶出補助剤を含
有させることが,低い乾式の圧縮圧でも十分な硬度を有し,崩壊性,溶出調
節性及び製造性に優れる医薬品を得るとの課題を解決するための手段とされ
ている。
したがって,甲15の段落【0015】の実施例1の記載から,甲15に
は,次の発明(以下「甲15発明」という。)が記載されていると認めるの
が相当である(実施例1記載の各成分の含有量に照らせば,トウモロコシデ
ンプンの含有量が30重量%以下であることは明らかである。)。
「塩酸マニジピン,乳糖,トウモロコシデンプン,低置換度ヒドロキシプロ
ピルセルロース,ヒドロキシプロピルセルロース,酸化鉄を含む組成物を造
粒,整粒した整粒物Aと,
D-マンニトール,低置換度ヒドロキシプロピルセルロース,酸化鉄含む
組成物を造粒,整粒した整粒物Bと,
結晶セルロースとの混合末を打錠した,トウモロコシデンプンの含有量が
30重量%以下である錠剤。」
(3)本件訂正発明1の容易想到性について
ア本件訂正発明1と甲15発明との対比
甲15発明におけるトウモロコシデンプンはデンプンの一種であり,D
-マンニトールはマンニトールに該当する。また,甲15発明の錠剤は,
経口固形組成物に該当するが,フィルムコーティングなどの被覆層を備え
たものではない。
したがって,本件訂正発明1(賦形剤として結晶セルロースを選択した
場合。)と甲15発明との一致点及び相違点は,次のとおりと認めるのが
相当である。
<一致点>
活性成分と,酸化鉄,結晶セルロース,デンプンを含有し,デンプンの
含有量が30重量%以下であり,かつ,被覆層を有しない経口固形組成物。
<相違点7>
本件訂正発明1は,活性成分としてベシル酸アムロジピンを含有するの
に対し,甲15発明は,ベシル酸アムロジピンを含有せず,塩酸マニジピ
ンを含有する点。
<相違点8>
甲15発明は,活性成分,乳糖,トウモロコシデンプン,低置換度ヒド
ロキシプロピルセルロース,ヒドロキシプロピルセルロース及び酸化鉄を
含み,マンニトールを含まない整粒物Aと,活性成分を含まず,マンニト
ール,低置換度ヒドロキシプロピルセルロース及び酸化鉄を含む整粒物B
とを含有し,経口固形組成物としては,マンニトールを含むのに対し,本
件訂正発明1は,複数の整粒物で構成するものとされておらず,経口固形
組成物としては,マンニトールを含有せず,乳糖,低置換度ヒドロキシプ
ロピルセルロース及びヒドロキシプロピルセルロースについての限定がな
い点。
イ相違点7について
(ア)甲15は,活性成分,糖アルコール等及びセルロース類を含有する群
1と,糖アルコール等及びセルロース類を含有する群2とを組み合わせ,
更に群1及び群2の一方又は両方に溶出補助剤を含有する,速やかな崩
壊性,溶出調節性及び製造性等に優れる速崩壊性固形製剤を主題とする
特許公報である。
(イ)そして,甲15において,ベシル酸アムロジピンは,段落【0005】
の「本発明で用いられる活性成分としては,…例えば滋養強壮保健薬,
解熱鎮痛消炎薬,向精神薬,抗不安薬,抗うつ薬,催眠鎮静薬,鎮痙薬,
中枢神経作用薬,脳代謝改善剤,脳循環改善剤,抗てんかん剤,交感神
経興奮剤,胃腸薬,制酸剤,抗潰瘍剤,鎮咳去痰剤,鎮吐剤,呼吸促進
剤,気管支拡張剤,アレルギー用薬,歯科口腔用薬,抗ヒスタミン剤,
強心剤,不整脈用剤,利尿薬,血圧降下剤,血管収縮薬,冠血管拡張薬,
末梢血管拡張薬,高脂血症用剤,利胆剤,抗生物質,化学療法剤,糖尿
病用剤,骨粗しょう症用剤,抗リウマチ薬,骨格筋弛緩薬,鎮けい剤,
ホルモン剤,アルカロイド系麻薬,サルファ剤,痛風治療薬,血液凝固
阻止剤,抗悪性腫瘍剤などから選ばれた1種または2種以上の成分が用
いられる。」との記載のうち,血圧降下剤についての記載である「血圧
降下剤としては,例えば塩酸デラプリル,カプトプリル,ペリンドプリ
ルエルブミンなどのアンジオテンシン変換酵素阻害薬,塩酸ヒドララジ
ンなどの血管拡張薬,塩酸ラベタロールなどのα,β遮断薬,塩酸ニカ
ルジピン,ニルバジピン,ニフェジピン,塩酸ベニジピン,塩酸ジルチ
アゼム,ニソルジピン,ニトレンジピン,塩酸バルニジピン,塩酸エホ
ニジピン,ベシル酸アムロジピン,フェロジピン,シルニジピン,アラ
ニジピン,塩酸マニジピンなどのCa拮抗薬,ロサルタン,エプロサル
タン,カンデサルタン,バルサルタン,テルミサルタン,イルベサルタ
ン,オルメサルタン,タソサルタン,カンデサルタンシレキセチルなど
のアンジオテンシンII受容体拮抗薬,メチルドパなどの交感神経中枢抑
制薬などが挙げられる。」との記載の中に挙げられている。しかし,こ
れは,当該段落に列挙されている適応症も薬効も異なる100を超える
多種多様な活性成分の一つとして紹介されているものにすぎず,甲15
のその他の記載を参酌しても,これらの多数の活性成分の中から特にベ
シル酸アムロジピンに着目する動機付けとなり得る事情は見受けられな
い。
(ウ)また,甲15の段落【0008】及び【0009】によれば,酸化鉄
は,発明の効果に関係がない任意成分の例として挙げられた賦形剤,酸
味料,着色剤等の10種類の添加剤のうち,着色剤として例示された5
種類の物質のうちの一つにすぎない。
(エ)そうすると,甲15に接した当業者において,甲15発明の組成物に
つき,多種多様な組合せがあり得る任意の添加剤としての酸化鉄は変更
しない一方で,活性成分として,甲15の段落【0005】に挙げられ
た多数の化合物の中から,特にベシル酸アムロジピンを選択するとの動
機付けがあるとは認め難い。
(オ)以上によれば,甲15発明の塩酸マニジピンをベシル酸アムロジピン
に変更することが,当業者において容易に想到できたとまでいうことは
できない。
ウ相違点8について
上記(1)のとおり,甲15記載の発明は,活性成分と糖及び/又は糖アル
コールとセルロース類を含有する群1と,糖及び/又は糖アルコールとセ
ルロース類を含有する群2とを含有させ,群1及び群2の一方又は両方に
溶出補助剤を含有させることにより,低い乾式の圧縮圧でも実用上問題な
い硬度を有し,かつ速やかな崩壊性,溶出調節性及び製造性に優れる等の
医薬として優れた性質を有する速崩壊性固形製剤を提供するものであると
ころ,甲15発明における整粒物Bは,糖及び/又は糖アルコールとセル
ロース類を含有する群2に対応する。
そして,甲15の【請求項12】には,「糖アルコールがD-マンニト
ール,エリスリトール,キシリトール,マルチトールおよびソルビトール
から選ばれる」と記載されているところ,この記載に接した当業者は,糖
アルコールとして,マンニトールだけでなく,エリスリトール,キシリト
ール,マルチトール及びソルビトールが同様に使用可能であると理解でき
るから,甲15発明における整粒物Bについて,D-マンニトールをエリ
スリトール,キシリトール,マルチトール又はソルビトールのいずれかに
置き換えることは,当業者が容易になし得るものというべきである。
しかし,甲15記載の発明においては,群1と群2とを含有させ,群1
及び群2の一方又は両方に溶出補助剤を含有させることが,十分な硬度を
有し,崩壊性,溶出調節性,製造性に優れる医薬を得るという課題を解決
するための手段とされている。そうすると,甲15発明から,活性成分を
含む整粒物Aと,活性成分を含まない整粒物Bとを含有させるとともに,
その一方又は両方に溶出補助剤を含有させるとの構成を捨象することは,
課題解決のために必要不可欠な構成を失わせることになる。
したがって,甲15発明から当該構成を捨象して本件発明1の経口医薬
組成物とすることには阻害要因があるというべきである。
以上によれば,当業者が,相違点8に係る構成を容易に想到できたとい
うことはできない。
エ原告の主張について
(ア)原告は,審決が,甲15から認定できる発明は,請求項1記載の群1
及び群2を含有するものであるところ,甲15発明〔原告〕には,当該
群1及び群2が発明特定事項として含まれていないから,原告が主張す
る甲15発明〔原告〕は,甲15に記載された発明であるとはいえない
と判断したことが誤りであると主張する。
しかし,上記(2)において説示したとおり,甲15記載の発明において
は,群1と群2とを含有させ,群1及び群2の一方又は両方に溶出補助
剤を含有させることが,低い乾式の圧縮圧でも十分な硬度を有し,崩壊
性,溶出調節性及び製造性に優れる医薬を得るという課題を解決するた
めの手段とされているから,甲15記載の発明を認定するに当たり,か
かる構成を捨象することはできないというべきである。
(イ)また,原告は,本件訂正発明1の効果が,予想し得る範囲内のもので
あると主張するが,上記イ及びウにおいて説示したとおり,当業者は甲
15発明を出発点として相違点7及び8に係る本件訂正発明1の構成に
容易に想到することができないのであるから,既にその点において進歩
性を肯定し得るものである。
(ウ)したがって,この点についての原告の主張はいずれも採用することが
できない。
オ小括
以上によれば,本件訂正発明1は,甲15に記載された発明及び本件特
許の出願日当時の技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることがで
きたものであるとはいえない。
(4)本件訂正発明3,14,18~28の容易想到性について
上記(3)のとおり,本件訂正発明1は,甲15に記載された発明及び本件特
許の出願日当時の技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができ
たものであるとはいえないから,取消事由1において説示したところと同様
に,本件訂正発明3,14,18~28についても当業者が容易に発明をす
ることができたものであるとはいえない。
(5)小括
以上によれば,この点についての審決の判断は,結論において誤りがない
というべきであるから,原告主張の取消事由2は理由がない。
4取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について
(1)原告は,本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等し
く添加されている上に,被告が,本件原出願の審査過程において,進歩性欠
如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば,本件原
出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを
積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかであ
ると主張する。
(2)そこで検討するに,本件当初明細書の実施例及び比較例では,いずれもマ
ンニトールを含む組成物のみが用いられていることは当事者間に争いがない。
しかし,本件当初明細書において,マンニトールは任意成分である賦形剤と
して記載されており,ソルビトール,マルチトール,還元澱粉糖化物,キシ
リトール,還元パラチノース及びエリスリトールなどの代替し得る成分も併
せて記載されていることからすると(甲26の段落【0021】及び【00
22】),本件当初明細書の記載において,マンニトールを含有しない組成
物が排除されているとはいえない。
また,原告は,本件原出願の審査過程における,効果の顕著性に関する被
告の主張を問題とするが,分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に
記載された事項の範囲内であるか否かは,当該明細書及び出願時の技術常識
等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから,原告の主張はその前提
において失当である。
仮に,この点を措くとしても,本件原出願の審査過程において被告が提出
した平成20年6月19日付けの意見書(甲31)には,「変色と酸化体生
成量」と題する表において,保存条件10日の下で,
①マンニトールを賦形剤とし,酸化鉄を含有する場合,変色に関し,光照
射面が「ほとんど変化なし(微黄色)」,酸化体生成量は0.85%,
②乳糖を賦形剤とし,酸化鉄を含有する場合,変色に関し,光照射面が「明
らかな変化(黄色)」,酸化体生成量は0.76%,
③マンニトールを賦形剤とし,酸化鉄を含有しない場合,変色に関し,光
照射面が「著しい変化(微黄色)」,酸化体生成量は1.07%,
との実験結果が記載されている(6頁。なお,甲26の比較例1,乙19参
照。)。これは,賦形剤としてマンニトールを用いる場合と,乳糖を用いる
場合とでは,酸化体の生成はいずれも抑制されるものの,着色防止について
は賦形剤としてマンニトールを用いる場合の方が優れた結果であったことを
示すものといえるが,本件原出願に係る発明の課題である光による不安定化
(変色,分解)の防止という観点からいえば,酸化鉄と乳糖の組合せも,少
なくとも分解の防止という点では所期の成果を挙げているとみることも十分
に可能である。そうすると,当該意見書に,「ベシル酸アムロジピンの場合,
…酸化鉄+乳糖では着色を抑制できなかった。」(3頁)とか,「変色につ
いては,乳糖処方では外観上明らかな変化が見られ,医薬品の品質保持とし
ては不十分な結果であった。」(7頁)との記載がされていることを考慮し
ても,当該意見書の全体の記載をみれば,マンニトールを含有しない組成物
を完全に排除しているとまではいい難い。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
(3)以上によれば,原告主張の取消事由3は理由がない。
5取消事由4(サポート要件適合性についての判断の誤り)について
(1)原告は,本件明細書の記載に接した当業者が,マンニトールが添加されて
いない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化
したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底
いえないから,本件特許はサポート要件に適合しないと主張する。
(2)そこで検討するに,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否
かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請
求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明
の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決でき
ると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも
当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識でき
る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(3)本件についてみると,本件訂正発明の課題は,アムロジピン又はその塩の
光による変色及び分解を簡便に防止し,光安定化した経口固形組成物を提供
することである(本件明細書の段落【0007】)ところ,上記第2の2の
とおり,本件訂正発明はマンニトールを含有しない組成物に限定されている。
確かに,マンニトールは,本件明細書において,服用性の観点から口腔内
崩壊型製剤に添加することが好ましいとされた水溶性賦形剤である,水溶性
糖アルコール,糖類,甘味を有するアミノ酸類(【0022】)のうちの,
水溶性糖アルコールの一つとして,ソルビトール,マルチトール,還元澱粉
糖化物,キシリトール,還元パラチノース及びエリスリトールなどとともに
挙げられたもので,その中でも,特に好ましいものとされている(【002
3】)。その一方で,本件明細書には,課題を解決するための手段として,
アムロジピン又はその塩に酸化鉄を配合することにより,被覆層を必要とす
ることなく非常に簡便に光安定化された経口医薬組成物が得られる旨が記載
されているところ(【0012】),光安定化効果に対するマンニトールの
作用については何ら記載がなく,かえって,マンニトールは実質的に本件訂
正発明の効果に影響を与えない添加剤として位置付けられている(【002
7】)。また,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合することによる薬物の
光安定化効果に,マンニトールが何らかの影響を与えるとの技術常識を認め
るに足りる的確な証拠もない。
そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の実施例の全てに
おいて,マンニトールを含む組成物のみが示されているとしても(【003
3】表1),それは服用性向上のために含有されているものにすぎず,ベシ
ル酸アムロジピンに酸化鉄を配合した組成物であれば,マンニトールを含ま
ない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認めるのが相
当である。また,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンについても,
本件明細書には任意成分である賦形剤として記載されているところ(【00
24】,【0027】),当該各物質が,ベシル酸アムロジピンと酸化鉄と
を含有する組成物における光安定化効果に対し,何らかの影響を与えるもの
であるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠も見当たらない。
したがって,ベシル酸アムロジピン及び酸化鉄とともに,炭酸カルシウム,
結晶セルロース及びデンプンを含む本件訂正発明も,当業者が発明の課題を
解決できると認識可能な範囲内のものであるといえるから,上記原告の主張
は採用することができない。
(4)また,原告は,取消事由3と同様に,本件原出願の審査過程における被告
の主張を問題とするが,本件出願と本件原出願とは別個のものであるから,
本件原出願の審査過程における被告の主張が本件特許のサポート要件適合性
を左右するとはいえない。
(5)以上によれば,原告主張の取消事由4は理由がない。
6取消事由5(先願要件適合性についての判断の誤り)について
(1)原告は,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,結晶
セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性な添加剤を単
に置換するもので,単なる周知慣用技術の転換にすぎない上に,本件訂正発
明と本件原出願に係る発明の効果は同一であるから,両発明は同一のもので
あって,本件出願は,本件原出願の請求項1に係る発明との関係で,先願要
件に適合しないと主張する。
(2)そこで検討するに,本件原出願の特許請求の範囲の請求項1の記載につい
ては当事者間に争いがない。
そして,本件訂正発明1と本件原出願の請求項1に係る発明とは,次の点
において相違すると認められる。
<相違点A>
本件訂正発明1は,マンニトールを含有しないのに対し,本件原出願に
係る発明は,マンニトールを含有する点
<相違点B>
本件訂正発明1は,炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より
選ばれる少なくとも一つの賦形剤と,デンプンとを含有し,デンプンの含
有量が30重量%以下であるのに対し,本件原出願に係る発明は,そのよ
うな限定がない点
<相違点C>
本件訂正発明1は,酸化鉄の含有量の制限がないのに対し,本件原出願
に係る発明は,ベシル酸アムロジピン1質量部に対して酸化鉄を0.05
~8質量部含有する医薬組成物を除いている点。
したがって,本件原出願の請求項1に係る発明と本件訂正発明とが同一で
あるとはいえない。
(3)原告の主張について
原告は,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,結晶
セルロース等及び所定量のデンプンに置換することは,不活性な添加剤を単
に置換するもので,単なる周知慣用技術の転換にすぎないと主張する。
しかし,マンニトール,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンが
医薬品の賦形剤として周知慣用されているものであるとしても,上記各物質
の具体的な構造,特性及び用途等は異なっているから(例えば,甲4では,
結晶セルロース及びデンプンは,結合剤及び崩壊剤,炭酸カルシウムは崩壊
剤として挙げられている。),添加剤として使用される際にも,所望の目的
に合致するように選択されるものというべきである。
そして,本件原出願の請求項1に係る発明及び本件訂正発明に係る経口固
体組成物において,マンニトールと,結晶セルロース,炭酸カルシウム及び
デンプンとが,その特性や含有目的と無関係に等しく置換可能であると認め
るに足りる的確な証拠は見当たらない。
そうすると,個々の各成分が賦形剤として周知慣用されているからといっ
て,本件原出願の請求項1に係る発明におけるマンニトールを,炭酸カルシ
ウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,
並びに所定量のデンプンに置換することが,周知慣用技術の転換にすぎない
とまでいうことはできない。
したがって,この点についての原告の主張を採用することはできない。
(4)以上によれば,原告主張の取消事由5は理由がない。
第6結論
よって,審決に取り消すべき違法があると認めることはできないから,原告
の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
高橋彩
裁判官
間明宏充

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