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平成15年(行ケ)第297号 審決取消請求事件(平成16年9月13日口頭弁
論終結)
          判           決
      原      告      江崎グリコ株式会社
      訴訟代理人弁理士      山本秀策
      同             安村高明
      同             森下夏樹
      被      告      株式会社林原生物化学研究所
      訴訟代理人弁護士      安江邦治
      同    弁理士      須磨光夫
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が平成11年審判第35403号事件について平成15年5月29日
にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「風味持続性にすぐれた焼き菓子の製造方法」とする特許第
2672728号発明(平成3年6月19日特許出願〔以下「本件特許出願」とい
う。〕,平成9年7月11日設定登録,以下,「本件発明」といい,この特許を
「本件特許」という。)の特許権者である。
 被告は,平成11年8月6日,本件特許を無効にすることについて審判の請
求をし,平成11年審判第35403号事件として特許庁に係属し,特許庁は,同
事件について審理した上,平成12年7月5日に「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決(以下「前審決」という。)をした。
 その後,当庁平成12年(行ケ)第312号審決取消請求事件の判決(平成
14年3月28日判決言渡し,以下「前判決」という。)により前審決が取り消さ
れ,前判決が確定したので,特許庁は,上記審判請求につき更に審理した上,平成
15年5月29日,「特許第2672728号の請求項1及び2に係る発明につい
ての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本
は,同年6月10日,原告に送達された。
 2 本件発明の要旨
【請求項1】α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含
む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラ
ッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。
【請求項2】米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,
パイ類,ケーキ類またはドーナツ類の製造方法であって,α,αトレハロースを原
料の総重量に対して0.1重量%以上含む組成物を焼成またはフライする工程を含
む,方法。
(以下,【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本件発
明2」という。)
 3 本件審決の理由
   本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1,2は,1990
年(平成2年)4月発行「FOODMANUFACTURE」64巻4号23頁~24頁(審判甲
1・本訴甲34,以下「引用刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用
発明1」という。)であり,本件特許は,特許法29条1項3号に該当し,特許を
受けることができないものであるから,同法123条1項2号の規定により無効に
すべきものであるとした。
第3 原告主張の本件審決取消事由
   本件審決は,引用刊行物1に記載された事項の認定を誤り(取消事由1),
引用発明1の実施可能性の不備を看過した(取消事由2)結果,本件発明1,2の
新規性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(引用刊行物1に記載された事項の認定の誤り)
(1)本件審決は,引用刊行物1(甲34)に記載されたコンプリートケーキミ
ックスから調製されるケーキにおけるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対
して0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさ
せるような事情が認められないことを理由に,引用刊行物1に,「0.1重量%以
上」の含有量が記載されていると認定した(審決謄本5頁下から第3段落~6頁第
1段落)が,誤りである。
(2)引用刊行物1(甲34)には,コンプリートケーキミックスへのトレハロ
ースの含有量についての具体的な記載は一切存在せず,含有量が0.1%を超える
ことを示唆する記載も一切存在しないのみならず,引用刊行物1の著者がコンプリ
ートケーキミックスにトレハロースを配合した事実があるか否か,コンプリートケ
ーキミックスに対するトレハロースの含有量を検討したか否かについてさえ,全く
記載がない。食品の保存料などの添加剤は,通常,0.1%未満の量でもその効果
を十分に発揮すること(グリシンの例〔甲36〕,ソルビン酸の例〔甲40〕,ブ
チル化ヒドロキシトルエン〔BHT〕あるいはブチル化ヒドロキシアニソール〔B
HA〕の例〔甲41,42〕,ポリリシンの例〔甲43〕)及び添加剤の含有量を
最低限に抑制して添加剤が食品の味に影響することを極力避けるべきことは,食品
分野の技術常識である。引用刊行物1は,トレハロースを食品を乾燥保存する際の
保存料として記載している(24頁の表題)が,保存料の場合,0.1重量%未満
の含有量が採用される場合が多く,0.1重量%未満の含有量でも十分にその効果
が発揮される場合が多いのであるから,「0.1重量%未満」は,保存料の含有量
としては相当の多量であり,「微量」(審決謄本5頁最終段落)ではない。したが
って,菓子に添加される保存料の通常の含有量についての技術常識を有する当業者
は,引用刊行物1にコンプリートケーキミックスの保存料として0.1重量%以上
の含有量が記載されているものとは理解しない。引用刊行物1の研究目的は,品質
の良い乾燥食品・乾燥医薬品を第三世界に供給することにあり(訳文3頁第4段
落),しかも,引用刊行物1は,トレハロースの問題点として高価である点を指摘
し,トレハロースが試験研究用試薬としてのみ利用可能であることを明らかにして
いる(同2頁最終段落)ところ,トレハロースが小麦粉や砂糖の数百倍の価格であ
る状況の下では,0.1重量%以上のトレハロースを配合すると,ケーキは極めて
高価となり,第三世界への供給という,引用刊行物1の目的を達成することができ
ず,食品業界の当業者は,原料費を可能な限り低減させるために,トレハロースの
使用量を少しでも減らそうと試みると考えるのが普通である。したがって,トレハ
ロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというような程度の微
量でなければならないと考えさせるような特別の事情があり,当業者は,引用刊行
物1に0.1重量%以上のトレハロースを配合することが記載されているものとは
理解しないというべきである。引用刊行物1に記載された乾燥保存時の保存料とし
ての効果ではなく,本件発明1,2においては,含有量が0.1重量%以上とされ
ることにより,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」とい
う。)の各実施例に説明されているとおりの焼成後の焼き菓子の風味持続性改良効
果が得られるという極めて顕著な効果が達成されるのであるから,含有量に関する
本件発明1,2と引用刊行物1の記載との相違は,重要な意味を有するものであ
る。
2 取消事由2(引用発明1の実施可能性の不備の看過)
(1)新規性を否定する刊行物には,当業者が特別の思考を要することなく実施
できる程度の十分な開示が必要であり,具体的な裏付けを欠き,単なる可能性を記
載するにすぎない文献は,新規性を否定する根拠とはならない。引用刊行物1(甲
34)は,発明を上記のような実施可能な程度に開示していないから,引用発明1
は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができな
い。
(2)引用刊行物1(甲34)には,実際にコンプリートケーキミックスにトレ
ハロースを添加した具体例は一切記載されていない。「卵や牛乳を含むコンプリー
トケーキミックスは,ニーズに応じた製品となりうる」(審決謄本4頁第1段落,
甲34の訳文4頁最終段落「卵および牛乳を含むコンプリートケーキミックスは,
隙間市場を見出しうる」に相当)との記載は,引用刊行物1の著者の漠然とした推
測を説明しているのにすぎず,「なりうる」との記載からは,成功しない可能性も
存在すると著者が考えていることが明らかである。引用刊行物1は,乾燥保存の際
の卵や牛乳の蛋白の変性を防止することを開示するにすぎないのであるから,ケー
キミックスを極めて高温で長時間加熱する焼成プロセスにおけるトレハロースの機
能は,当業者が引用刊行物1から理解することはできない。
  したがって,当業者は,引用刊行物1からトレハロースの焼き菓子への使
用及びその含有量を理解することはできず,引用刊行物1は,トレハロースの焼き
菓子への使用及びその含有量を実施可能に開示していないというべきであるから,
本件発明1,2の新規性を否定する根拠とはなり得ないものである。
第4 被告の反論
  本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
 1 取消事由1(引用刊行物1に記載された事項の認定の誤り)について
 引用刊行物1(甲34)の記載事項についての認定は,前判決において判決
主文が導き出されるのに必要な事実認定であるから,当然に,その拘束力が及ぶも
のであり,審判官は前判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない
ものである。そして,本件審決は,前判決と同じく,引用刊行物1の記載事項につ
いて,「甲第1号証(注,引用刊行物1)に接した当業者としては,そこに,少な
くとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上
含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである」
(審決謄本5頁最終段落~6頁第1段落)との認定判断をしているのであるから,
その当否を争う原告主張の取消事由1は,確定した前判決の認定判断自体を違法と
して非難することにほかならず,前判決の拘束力に反するものであって,到底許さ
れるものではない。
2 取消事由2(引用発明1の実施可能性の不備の看過)について
 引用刊行物1(甲34)の記載事項についての認定は,前判決において判決
主文が導き出されるのに必要な事実認定であるから,当然に,その拘束力が及ぶも
のであることは上記1のとおりである。そして,本件審決は,前判決の拘束力に従
って,引用刊行物1には「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含む
コンプリートケーキミックスから調理される,焼成されたケーキ類が開示されてい
ることが明らかである」(審決謄本5頁第4段落)と認定し,さらに,上記1のと
おり,「甲第1号証(注,引用刊行物1)に接した当業者としては,そこに,少な
くとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上
含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである」
(同5頁最終段落~6頁第1段落)との認定判断をしているのであるから,その当
否を争う原告主張の取消事由2も,確定した前判決の認定判断自体を違法として非
難することにほかならず,前判決の拘束力に反するものであって,到底許されるも
のではない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(引用刊行物1に記載された事項の認定の誤り)について
(1)乙1によれば,前審決及び前判決の認定判断は,以下のとおりであること
が認められる。
ア 前審決(乙1添付)は,請求人(被告)の主張する無効理由,すなわ
ち,①本件発明1,2は,引用発明1と同一であるか,又は引用発明1若しくは引
用発明1,昭和57年12月5日食品と科学社発行「食品と科学」1982秋季増
刊号(審判甲2・本訴甲35,以下「引用刊行物2」という。),特開昭56-1
44038号公報(審判甲3・本訴甲36,以下「引用刊行物3」という。)及び
国際公開特許第WO89/00012号公報(審判甲4・本訴甲37,以下「引用
刊行物4」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものであり,特許法29条1項3号又は同条2項の規定に違反して特許
されたものである,②本件発明1,2は,特開昭62-208273号公報(審判
甲5,以下「引用刊行物5」という。)に記載された発明と同一であるか,又は引
用刊行物5若しくは引用刊行物5及び昭和42年10月1日沼田書店発行「パン製
法」98頁~99頁,365頁~366頁,399頁~400頁,402頁(審判
甲6,以下「引用刊行物6」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容
易に発明をすることができたものであり,同条1項3号又は同条2項の規定に違反
して特許されたものである,③本件発明1,2は,特開昭63-240758号公
報(審判甲7,以下「引用刊行物7」という。)に記載された発明と同一である
か,又は引用刊行物7若しくは引用刊行物7及び昭和54年クインテッセンス出版
発行「砂糖とむし歯」119頁~124頁(審判甲8,以下「引用刊行物8」とい
う。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもの
であり,同条1項3号又は同条2項の規定に違反して特許されたものである,④本
件明細書の特許請求の範囲の請求項1,2の記載が同法36条に規定する要件を満
たしておらず,また,発明の詳細な説明には当業者が発明の実施をできる程度に発
明の開示がないので,本件発明1,2の本件特許は,同条に規定する要件を満たし
ていない特許出願に対してされたものであるとの主張に対し,①本件発明1,2
は,引用発明1と同一ということはできず,また,引用発明1又は引用発明1及び
引用刊行物2~4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることが
できたものということはできない,②本件発明1,2は,引用刊行物5に記載され
た発明と同一ということはできず,また,引用刊行物5又は引用刊行物5,6に記
載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということ
はできない,③本件発明1,2は,引用刊行物7に記載された発明と同一というこ
とはできず,また,引用刊行物7又は引用刊行物7,8に記載された発明に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,④本件明
細書に請求人主張の記載不備があるということはできないから,請求人の主張する
理由及び証拠方法によっては,本件発明1,2についての本件特許を無効とするこ
とはできないとして,審判請求を不成立とした。
イ これに対し,前判決(乙1)は,上記ア①の無効理由のうち,本件発明
1,2が引用発明1と同一であるとの前訴原告(本訴被告)の主張(前訴取消事由
1)について,「本件発明1と引用発明1とを対比すると,両者は,α,αトレハ
ロースを含む,焼成されたケーキ類であるという点で一致し,唯一,本件発明1に
おいては,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以
上含む』のに対し,引用発明1においては,含有量が明らかでない点で相違するの
みである。・・・引用発明1において,α,αトレハロースの含有量を『原料の総
重量に対して0.1重量%以上含む』ことが自明であるかどうかについて検討す
る。(ア)『α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む,焼成
またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー
類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。』とは,言い換えれば,『α,αトレハ
ロースを含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキ
ー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類』のうちで,含まれる
α,αトレハロースの割合が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるものを
除いたすべて,ということである。(イ)引用刊行物1の前記認定の記載によれば,ト
レハロースは,糖類でありながら,甘味をほとんど感じさせず,蛋白の変性防止に
威力を発揮し,しかも,風味にほとんど影響しないという,食品の天然保存料とし
て非常に有効な働きをするものであることになることが,明らかである。そうであ
るならば,引用刊行物1に開示されている,『コンプリートケーキミックスから調
製されるケーキ』に添加されるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対して
0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせる
ような事情が認められない限り,同刊行物に接した当業者としては,そこに,少な
くとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上
含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである。と
ころが,上記特別の事情が存在したことを認めさせる資料は,本件全証拠を検討し
ても見出すことができない。したがって,『甲第1号証・・・(注,引用刊行物1
〔甲34〕)には,「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコン
プリートケーキミックスから調製されるケーキ」が記載されているに等しいといえ
るものの,製品たる「ケーキ」中に,α,αトレハロースが,「0.1重量%以
上」含まれているとまではいえないから,本件発明1は,甲第1号証に記載された
発明であるとはいえない。』・・・とした審決(注,前審決)の認定判断は,誤り
というべきである」(21頁第4段落~22頁第2段落),「本件発明2は,物の
発明である本件発明1の構成をすべて含んでおり,方法の発明の構成となっている
点が相違しているのみである。そうすると,本件発明1についての上記判断は,本
件発明2においても同様に当てはまることが明らかである」(33頁下から第4段
落~第3段落)とし,また,同無効理由のうち,本件発明1,2が引用発明1又は
引用発明1及び引用刊行物2~4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものであるとの前訴原告の主張(前訴取消事由2)について
も,本件発明1,2は,引用発明1に対する進歩性を認めることはできないとし
て,前審決を取り消した。
(2)前判決に基づき,本件審決は,「甲第1号証(注,引用刊行物1〔甲3
4〕)に記載された発明(注,引用発明1)において,α,αトレハロースの含有
量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ことが自明であるかどうかに
ついて検討する。『α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上
含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,ク
ラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。』とは,言い換えれば,『α,
αトレハロースを含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケッ
ト・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類』のうちで,
含まれるα,αトレハロースの割合が原料の総重量に対して0.1重量%未満であ
るものを除いたすべて,ということである。甲第1号証の前記認定の記載によれ
ば,トレハロースは,糖類でありながら,甘味をほとんど感じさせず,蛋白の変性
防止に威力を発揮し,しかも,風味にほとんど影響しないという,食品の天然保存
料として非常に有効な働きをするものであることになることが明らかである。そう
であるならば,甲第1号証に開示されている,『コンプリートケーキミックスから
調製されるケーキ』に添加されるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対して
0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせる
ような事情が認められない限り,甲第1号証に接した当業者としては,そこに,少
なくとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以
上含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである。
ところが,上記特別の事情が存在したことを認めさせる資料は,本件全証拠を検討
しても見出すことができない。そうすると,本件発明1は,甲第1号証に記載され
た発明であるということになる。・・・本件発明2は,物の発明である本件発明1
の構成をすべて含んでおり,方法の発明の構成となっている点が相違しているのみ
である。そうすると,本件発明1についての上記判断は,本件発明2においても同
様に当てはまることが明らかである」(審決謄本5頁第6段落~6頁第4段落)と
認定判断した。
(3)原告は,引用刊行物1(甲34)には,コンプリートケーキミックスへの
トレハロースの含有量についての具体的な記載は一切存在しないことなどを理由
に,引用刊行物1に記載されたコンプリートケーキミックスから調製されるケーキ
におけるα,αトレハロースの「0.1重量%以上」の含有量が記載されていると
した本件審決の認定は誤りであると主張し,これに対し,被告は,原告主張の取消
事由1は,確定した前判決の認定判断自体を違法として非難することにほかなら
ず,前判決の拘束力に反するものであって,到底許されるものではないと主張す
る。
  ところで,審決取消訴訟の判決が,審決を取り消した後,再度の審判手続
において,特許庁が当該取消訴訟の拘束力に従って,その点につき当該取消判決と
同様の判断をし,それに基づいて再度の審決をした場合においては,その再度の審
決に対する再度の審決取消訴訟において,上記拘束力に従った再度の審決の判断が
誤りであると主張立証することは,許されないものと解すべきである。すなわち,
審決取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は,平成15年
法律第47号による改正前の特許法181条2項の規定に従い,当該審判事件につ
いて更に審理を行い,審決をすることとなるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の
適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,同
取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必
要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の上記認定
判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続に
おいて,審判官は,当事者が取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につき
これを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは同主張を裏付
けるための新たな立証をすることを許すべきでなく,審判官が取消判決の拘束力に
従ってした審決は,その限りにおいて適法であり,再度の審決取消訴訟においてこ
れを違法とすることができないのは当然である。このように,再度の審決取消訴訟
においては,審判官が当該取消判決のよって来る理由を含めて拘束力を受けるもの
である以上,その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法
として非難することは,確定した取消判決の判断自体を違法として非難することに
ほかならず,再度の審決の違法(取消)事由となり得ないから,再度の審決取消訴
訟において,取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りである
として,これを違法とすることが許されないことは明らかである(以上につき,最
高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
  本件において,原告主張に係る引用刊行物1に記載されたコンプリートケ
ーキミックスから調製されるケーキにおけるα,αトレハロースの「0.1重量%
以上」の含有量について,前判決は,上記(1)イのとおり,「本件発明1において
は,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含
む』のに対し,引用発明1においては,含有量が明らかでない点で相違するのみで
ある」と認定した本件発明1と引用発明1の一応の相違点について,「引用発明1
において,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以
上含む』ことが自明であるかどうかについて検討する。・・・引用刊行物1に開示
されている,『コンプリートケーキミックスから調製されるケーキ』に添加される
α,αトレハロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというよ
うな程度の微量でなければならないと考えさせるような事情が認められない限り,
同刊行物に接した当業者としては,そこに,少なくとも,α,αトレハロースの含
有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ものも,記載されていると
理解することができるものというべきである。ところが,上記特別の事情が存在し
たことを認めさせる資料は,本件全証拠を検討しても見出すことができない」とし
て,引用刊行物1において,α,αトレハロースの「0.1重量%以上」の含有量
が記載されていると認定したものであることは,その説示に照らし明らかであると
ころ,上記認定は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定に相当し,拘束力
の及ぶ範囲内の事項であることが明らかである。
  そして,原告が誤りであると主張する本件審決の上記認定は,上記のとお
りの前判決の拘束力に従ったものであることが明らかであり,本件審決の認定判断
中,前判決の拘束力の及ぶ部分,すなわち,引用刊行物1において,α,αトレハ
ロースの「0.1重量%以上」の含有量が記載されているとの部分は,再度の審決
取消訴訟である本件訴訟において,これを違法とすることはできず,原告が,本件
審決のその認定が誤りであると主張すること,あるいは同主張を裏付けるための新
たな立証をすることは許されないものといわざるを得ない。そうすると,本件訴訟
において原告が取消事由1として主張するところは,前判決の拘束力に従った本件
審決の上記認定が誤りであると主張することに帰着するものであり,前判決の拘束
力が及ぶ事項につき,再度の審決取消訴訟においてこれを蒸し返すものにほかなら
ず,そもそも本件審決の取消事由とはなり得ないものであるから,それ自体失当と
いうべきである。
2 取消事由2(引用発明1の実施可能性の不備の看過)について
 原告は,引用刊行物1(甲34)は,発明を実施可能な程度に開示していな
いから,引用発明1は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明
とすることができないと主張する。
 しかしながら,前判決が,本件発明1の引用発明1に対する新規性を否定し
たものであることは,上記1の(1)イのとおりであるところ,引用発明1が特許法2
9条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明に適合するか否かの判断は,上記
新規性の判断に含まれること,及び上記新規性の判断が,前判決の判決主文が導き
出されるのに必要な事実認定及び法律判断に相当し,拘束力の及ぶ範囲内の事項で
あることは明らかである。
 したがって,原告の取消事由2の主張も,前判決の拘束力に従った本件審決
の上記認定判断が誤りであると主張することに帰着するものであり,それ自体失当
というべきである。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
           裁判長裁判官    篠  原  勝  美
      裁判官    岡  本     岳
      裁判官    早  田  尚  貴

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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