弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1債権者らと債務者間の当裁判所平成29年(ラ)第63号伊方原発3号機運
転差止仮処分命令申立事件(第1事件,第2事件)却下決定に対する即時抗告
事件について,当裁判所が平成29年12月13日にした仮処分決定を取り消
す。
2債権者らの各抗告を棄却する。
3手続費用は,当裁判所平成29年(ラ)第63号事件及び本件保全異議申立
事件を通じ,いずれも債権者らの負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1債務者
主文同旨
2債権者ら
(1)債権者らと債務者間の当裁判所平成29年(ラ)第63号伊方原発3号
機運転差止仮処分命令申立事件(第1事件,第2事件)却下決定に対する即
時抗告事件について,当裁判所が平成29年12月13日にした仮処分決定
(以下「原決定」という。)を認可する。
(2)手続費用は,広島地方裁判所平成28年(ヨ)第38号事件,同年(ヨ)
第109号事件,当裁判所平成29年(ラ)第63号事件及び本件保全異議
申立事件を通じ,いずれも債務者の負担とする。
第2事案の概要(略称は,本決定において新たに定めるほか,原決定のそれに従
う。また,略称されている文献の表題等は,原審決定及び原決定の別紙文献等
目録のほか,別紙文献等目録(異議審追加分)のとおりである。)
1申立ての要旨等
本件は,債権者らにおいて,債務者が設置運転している本件原子炉施設は,
地震,火山の噴火,津波等に対する安全性が十分でないために,これらに起因
する過酷事故を生じる可能性が高く,その際外部に大量の放射性物質が放出さ
れて債権者らの生命,身体,精神及び生活の平穏等に重大かつ深刻な被害が発
生するおそれがあるとして,債務者に対し,人格権に基づく妨害予防請求とし
て,本件原子炉の運転の差止めを命じる仮処分を申し立てた事案である。
原審決定は,被保全権利の疎明を欠くとして,債権者らの本件各仮処分命令
の申立てをいずれも却下したため,債権者らが即時抗告した。
抗告審において,当裁判所は,債権者らの主張する被保全権利について,基
準地震動の策定,耐震設計における重要度分類,使用済燃料ピット等の安全対
策,地すべりと液状化現象による危険性の評価,制御棒挿入に係る危険性の評
価,基準津波の策定,シビアアクシデント対策,テロリズム対策のそれぞれに
つき,新規制基準の定めは合理的であり,本件原子炉施設が上記の各点につき
新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断も合理的であるといえる
のに対し,火山事象の影響による危険性の評価については,本件原子炉施設が
新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理であり,債務者
において,本件原子炉施設の運転等によって放射性物質が周辺環境に放出され,
その放射線被曝により債権者らがその生命,身体に直接的かつ重大な被害を受
ける具体的危険が存在しないことについて,主張,疎明を尽くしたとは認めら
れないとして,火山事象の影響による危険性の評価について,被保全権利の疎
明がなされたと判断し,保全の必要性を認め,立担保を命じることなく,債務
者は平成30年9月30日まで本件原子炉を運転してはならない旨の仮処分決
定(原決定)をした。債務者は,これを不服として本件保全異議を申し立てた。
2前提事実は,原決定83頁11行目末尾に改行して次のとおり加えるほか,
原決定の「理由」中「第2事案の概要」の2に記載のとおりであるからこれ
を引用する。
「さらに,阿蘇4噴火以降の火山岩の分布とそれらの組成から大規模な流紋岩
質~デイサイト質マグマ溜まりは想定されず,マグマ溜まりの顕著な増大を示
唆する基線変化は認められない。」
3争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記4のとおり
当事者の補充主張を加えるほか,原決定の「理由」中「第2事案の概要」の
3及び「第3争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるからこれを
引用する。なお,債権者らは,異議審において,抗告審における争点3(9)
(新規制基準の合理性に関する各論〜テロリズム対策の合理性)に関する主張
のうちミサイル対策に関する主張を撤回した。
(1)原決定96頁20行目から21行目にかけて「(東京電力『福島原子力
事故調査報告書』),」とあるのを「(東京電力『福島原子力事故調査報告
書』)は,」と改める。
(2)原決定170頁3行目の「11記載のとおり」の後に「(ただし,債権
者らの主張及び債務者の主張欄の各「(4)ミサイル対策について」を除
く。)」を加える。
(3)原決定172頁1行目から8行目まで及び174頁21行目から22行
目をいずれも削る。
4当事者の補充主張
(1)争点1(司法審査の在り方)
(債権者ら)
別紙1及び2に各記載のとおりである。
(2)争点3(1)(新規制基準の合理性に関する各論〜基準地震動策定の合理
性)
(債権者ら)
別紙3及び4に各記載のとおりである。
(債務者)
別紙5及び6に各記載のとおりである。
(3)争点3(7)(新規制基準の合理性に関する各論〜火山事象の影響による
危険性)
(債権者ら)
別紙7,8及び9に各記載のとおりである。
(債務者)
別紙10,11,12,13及び14に各記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,債権者らの主張する被保全権利が存在するとは認められず,債
権者らの本件各仮処分申立てには理由がないと判断する。その理由は,後記2
のとおり争点3(1)(新規制基準の合理性に関する各論〜基準地震動策定の合
理性)に関する債権者らの補充主張に対する判断を付加し,次のとおり付加,
訂正するほかは,異議審における当事者の補充主張に対する判断を含め,原決
定の「理由」中「第4当裁判所の判断」の1ないし11にそれぞれ記載の
とおりであるから,これらを引用する。
(1)原決定178頁25行目の末尾に改行の上,次のとおり加える。
「なお,債権者らは,具体的危険の不存在①を基準の合理性及び基準適合判
断の合理性と置き換えることは,原告が基準の合理性及び基準適合判断の合
理性以外の観点からその人格権侵害の具体的危険性があることの主張をした
場合,その主張を司法審査の枠組みの中に位置づけることができず許されな
い,被告事業者に具体的危険の不存在②の主張立証を許すときは,行政庁が
適切な基準を策定しなくても発電用原子炉施設を稼働させることが可能とな
るとして,そのような主張立証は許されるべきではない旨を主張する。
しかし,前記の原子力発電所に関する法規制の在り方やその判断に原子力
工学に限らず自然科学分野を含む多方面にわたる最新の科学的,専門技術的
知見に基づく総合判断を要することを考慮すると,具体的危険の不存在①を
基準の合理性及び基準適合判断の合理性と置き換えることはやむを得ない。
また,人格権に基づく妨害排除請求として本件原子炉の運転差止めを求める
以上,生命,身体等が侵害される具体的危険が存在しない場合は,差止めを
認める余地はないから,被告事業者に具体的危険の不存在②の主張,立証を
許さないとすることはできない。
したがって,債権者らの前記主張はいずれも理由がない。」
(2)原決定179頁25行目から26行目にかけての「なお,」から180
頁4行目までを次のとおり改める。
「なお,現在,原子力基本法はその目的について「原子力の研究,開発及び利
用を推進することによって,将来におけるエネルギー資源を確保し,学術の
進歩と産業の振興とを図り,もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上と
に寄与することを目的とする(同法1条)」と定め,その精神に則り原子炉
の設置及び運転に関して原子炉等規制法が設けられていることからすれば,
少なくとも現時点において,我が国の法制度は,原子力発電が国民生活等に
とって有用なものとして,厳格な審査基準に適合することを条件に,その施
設の設置及び運転を認めているのであって,このような法制度を前提とする
限り,原子力発電の必要性や公益性の程度が低いことが本件原子炉の稼働を
妨げる要因になるとはいえない。」
(3)原決定180頁13行目から14行目にかけての「自然災害」及び15
行目の「自然災害」をいずれも「自然災害又はこれらによる原子力災害」と
改める。
(4)原決定182頁26行目及び184頁1行目の各「自然災害」をいずれ
も「自然災害等による原子力災害」と改める。
(5)原決定201頁10行目の「補償」及び13行目の「保障」をいずれも
「保証」に改める。
(6)原決定214頁19行目の「後記3(2)のとおり」を「後記4(3)のとおり」
に,21行目の「後記3(8)のとおり」を「後記10(6)のとおり」に改める。
(7)原決定227頁18行目の「その不確かさ」を「経験式が有するばらつ
き」に,19行目の「経験式自体が内包する不確かさ」を「経験式が有する
ばらつき」に,229頁3行目の「不確かさ」を「ばらつき」に改め,22
行目の「,不確かさが」を削る。
(8)原決定299頁13行目から16行目までを次のとおり改める。
「本件原子炉施設については,「弾性設計用地震動による地震力又は静的地震
力のいずれか大きい方の地震力」よりも大きい「基準地震動による地震力」
に対して弾性範囲を超える(塑性変形が生じる)ことがあっても,安全機能
が保持できる構造物であるといい得る。」
(9)原決定301頁17行目から19行目までを削る。
(10)原決定302頁8行目から23行目までを次のとおり改める。
「(イ)そこで,地震本部の検討状況をみると,①日向灘長期評価(2004)は,
「安芸灘~伊予灘~豊後水道」においては,震源域は特定できないものの,
フィリピン海プレート内部(深さ40~60㎞程度)でM6.7~M7.
4の大地震が発生する可能性があるとしていたが,②地震動ハザード評価
(2013)では,「安芸灘~伊予灘~豊後水道」のプレート内地震につき,
「1911.06.15奄美大島近海と同程度の地震が発生しうると仮定」
したことを根拠として,地震規模が最大M6.6から最大M8.0に変更
され,③予測地図(2014)でも,(②と同様に)「安芸灘~伊予灘~豊
後水道」のプレート内地震の最大マグニチュードはM8.0に設定されて
いる。
そこで,本件敷地における海洋プレート内地震の地震動評価に当たって
は,②③により,地震規模をM8.0とする地震を基本震源モデルとする
のがより保守的かつ妥当であるように見える。」
(11)原決定307頁15行目の「甲C162」を「甲D93」に改める。
(12)原決定307頁26行目から308頁1行目にかけて「いずれも断層モ
デルを設定し,これをもとに留萌支庁南部地震の地震動を予測した結果であ
ることが明らかであるから,」とあるのを「①は,断層モデルを設定し,留
萌支庁南部地震を対象に面的地震動評価をしたものであり,②は,震源を特
定せず策定する地震につき,仮想的に地盤モデルや各種パラメータを設定し,
各種組合せを解析して確率的な評価をするものであるところ,」に改める。
(13)原決定329頁9行目の「設置が求めている」を「設置が求められてい
る」に改める。
(14)原決定349頁20行目から367頁24行目までを次のとおり改める。
「(1)新規制基準の合理性
設置許可基準規則は,安全施設が想定すべき自然現象として火山の影
響を挙げ(同6条1項,同解釈6条1項),自然現象について,過去の
記録,現地調査の結果及び最新知見等を参考にし(同解釈6条2項),
最新の科学的技術的知見を踏まえて適切に予想すべきことを求めており,
上記設置許可基準規則及び同解釈の具体的内容を定めた火山ガイドも,
完新世(約1万年前まで)に活動した火山を将来の活動可能性を否定で
きない火山とする点,立地評価及び影響評価を行うという判断枠組み,
設計対応不可能な火山事象の選定等において国際基準とも合致しており
(「考え方」),後記(2)で検討する点を除けば,その内容について合理
性を肯定することができる。
(2)立地評価
ア地理的領域内の火山の抽出,完新世の活動の有無
債務者は,地理的領域(本件発電所から半径160㎞の範囲の領域)
にあり,本件発電所に影響を及ぼし得る火山で,完新世に活動があっ
た火山として,a鶴見岳(本件敷地との距離85㎞),b由布岳(同
89㎞),c九重山(同108㎞),d阿蘇(同130㎞),e阿武火
山群(同130㎞)を,完新世に活動がないものの,将来の火山活動
の可能性が否定できない火山として,f姫島(本件敷地との距離65
㎞),g高平火山群(同89㎞)を抽出している(前提事実(14)エ(ア))
ところ,その抽出の過程に格別不合理な点は見当たらない。
イ火山活動に関する個別評価
(ア)運用期間中の火山の活動可能性の評価
a火山ガイドの定めの合理性とその適合判断の合理性
火山ガイドは,原子力発電所に影響を及ぼし得る火山として抽出
された火山について,①将来の活動可能性を評価する際に用いた調
査結果と必要に応じて実施する②地球物理学的及び③地球化学的調
査の結果を基に,原子力発電所の運用期間(原則として40年,原
子炉等規制法43条の3の32)中における検討対象火山の活動可
能性を総合的に評価し,検討対象火山の活動の可能性が十分小さい
かどうかを判断すべきものとし(前提事実(14)イ(ウ)),これを前
提に,債務者は,抽出した火山のうち阿蘇以外は,本件発電所に影
響を及ぼす可能性はなく,阿蘇については,阿蘇4噴火は本件敷地
に到達しておらず,阿蘇4噴火のような巨大噴火が発生するような
状態にはなく,本件発電所運用期間中の噴火規模としては,後カル
デラ火山噴火ステージである阿蘇での既往最大噴火規模である阿蘇
草千里ヶ浜噴火(約3.1万年前)を考慮すれば足りると個別評価
した(訂正の上引用した前提事実(14)エ(イ)d)。原子力規制委員
会は,前記のような債務者の評価を妥当であると判断した。
立地評価に関する火山ガイドの定め及びその適合判断は,前記①
ないし③の調査により,原子力発電所の運用期間中という中・長期
における検討対象火山の噴火の時期及び規模が相当程度の正確さで
予測できることを前提にするものであるということができる。しか
し,火山学者緊急アンケート(甲D234),町田洋陳述書(甲D
343),須藤靖明陳述書(甲G13),原子力施設における火山
活動のモニタリングに関する検討チーム提言とりまとめ(甲G1
8),藤井(2016)(甲G19),科学Vol.85,No2(甲G2
0),小林哲夫・講義テキスト(乙518・21頁)などによれば,
最新の火山学の知見によっても,噴火の時期及び規模についての予
測は困難であり,VEI6以上の巨大噴火についてみても,発生が
低頻度であり,モニタリング観測例がほとんどなく,中,長期的な
噴火予測の手法は確立しておらず,何らかの前駆現象が発生するこ
とが期待されているが,どのような前駆現象がどのくらい前に発生
するのか,当該現象が前駆的なものかそれとも定常状態からのゆら
ぎにすぎないのかを相当程度の正確さで判断するに足りる理論や技
術的手法はいまだ確立していないことが認められる。
そうであれば,立地評価に関する火山ガイドの定めは,少なくと
も前記①ないし③の調査により,検討対象火山の噴火の時期及び程
度が相当前の時点で相当程度の正確さで予測できることを前提とし
ている点においてその内容が不合理であるといわざるを得ない。
b債務者の主張
これに対し,債務者は,①火山ガイドにおける立地評価に係る検
討対象火山の活動可能性評価は,原子力発電所の運用期間中にいつ
どのような規模の噴火が発生するのか的確な噴火予知を行うもので
はなく,検討対象火山の活動履歴や地球物理学的調査等から火山の
状態を総合的に検討して,原子力発電所の運用期間中に設計対応不
可能な火山事象を伴う火山活動の可能性が十分に小さいかどうかを
確認するものにすぎず,その上,地下のマグマが一気に地上に噴出
し,大量の火砕流によって広域的な地域に重大かつ深刻な災害を引
き起こすような噴火であり,噴火規模が数十㎦を超えるような噴火
(以下「巨大噴火」という。)については,検討対象火山の現在の
活動状況は巨大噴火が差し迫った状態ではないこと及び運用期間中
に巨大噴火が発生するという科学的に合理性のある具体的な根拠が
あるとはいえないことが確認できれば,運用期間中は巨大噴火の可
能性が十分小さいと評価できるとの解釈がされていること,②阿蘇
の火山活動に関する個別評価につき,VEI7以上の噴火(以下
「破局的噴火」という。)は,ⅰプリニー式噴火ステージ(破局的
噴火に先行してプリニー式噴火が間欠的に発生),ⅱ破局的噴火ス
テージ(破局的噴火が発生),ⅲ中規模火砕流噴火ステージ(破局
的噴火時の残存マグマによる火砕流が発生),ⅳ後カルデラ噴火ス
テージ(多様な噴火様式の小規模噴火が発生)の順をたどる
(Nagaoka(1988)(甲G85))ところ,阿蘇については,現在の
マグマ溜まりは破局的噴火直前の状態(ⅰのプリニー式噴火ステー
ジ)ではなく,今後も現在の噴火ステージ(ⅳの後カルデラ噴火ス
テージ)が継続するものと判断し(前提事実(14)エ(イ)d),③さ
らに,測地学的手法による火山活動の観測によりその状態を確認す
ることは可能であり,測地学的手法による火山活動の観測や火山岩
の分布やその組成などを踏まえると阿蘇は大規模カルデラ噴火が起
こるような状態ではないと推定され,本件発電所の運用期間中,大
規模なカルデラ噴火が起こる可能性は十分小さいといえると主張す
る。しかし,次の(a)ないし(c)のとおり,債務者の主張はいずれ
も理由がない。
(a)前記①については,噴火がいつ,どのような規模で起きるか
について相当程度の正確さで予測ができないのであれば,原子力
発電所の運用期間中の数十年の期間において巨大噴火が発生する
可能性の大小も判断できないのであり,噴火予知と活動可能性の
確認は異なる旨の前記債務者の主張は採用し得ない。
平成30年3月7日の原子力規制委員会の第69回会議におい
て,原子力規制庁によって,火山ガイドの設計対応不可能な火山
事象を伴う火山活動の評価における巨大噴火の考え方について整
理されたものが報告された(乙449)。その内容は,巨大噴火
によるリスクは社会通念上容認される水準であると判断できるの
で,抽出された火山のうち過去に巨大噴火が発生した火山につい
てはまず巨大噴火の可能性評価を行うこととし,現在の火山学の
知見に照らした火山学的調査を十分に行った上で,火山の現在の
活動状況は巨大噴火が差し迫った状態ではなく,かつ,運用期間
中に巨大噴火が発生するという科学的に合理性のある具体的な根
拠があるとはいえない場合は,少なくとも原子力発電所の運用期
間中は,巨大噴火の可能性が十分に小さいと判断する。その上で
巨大噴火以外の火山活動の評価を行うこととし,その活動可能性
が十分小さいと判断できない場合,火山活動の規模と設計対応不
可能な火山事象の評価を行う。噴火の規模を特定することは一般
に困難であるため火山ガイドに従い,検討対象火山の過去最大の
噴火規模について火山事象の評価を行うが,ここでは当該検討対
象火山の最後の巨大噴火以降の最大の噴火規模を用いるというも
のである(以下「基本的考え方」という。乙453。)。そして,
原子力規制委員会は,従来もこのような考え方で規制が行われて
きたこと,今後も同様の考え方で規制を行っていくことを確認し
た(乙449)。
しかし,火山ガイドや考え方は,巨大噴火とその余の規模の噴
火を特段区別せず,むしろ,立地評価においては,設計対応不可
能な火山事象の評価に際して,噴火規模が推定できない場合には
検討対象火山の過去最大の噴火規模によることとし,到達可能性
の評価に際しても影響範囲が判断できない場合には,設計対応不
可能な火山事象の国内既往最大到達距離を影響範囲とするなど,
巨大噴火をも想定した内容となっている(前提事実(14)イ(ウ)
b)。また,債務者は,本件申請の際,火山ガイドに従って行っ
た立地評価では,阿蘇について阿蘇4噴火による火砕流は本件敷
地まで到達しておらず,また,マグマ溜まりや噴火活動の状況,
後カルデラ火山ステージにあると判断されることなどから,本件
発電所の運用期間中に阿蘇4噴火のような巨大噴火が発生するこ
とはないと考えられると判断し,後カルデラ火山噴火ステージに
おける既往最大噴火である阿蘇草千里ヶ浜噴火を前提に立地評価
を行い,原子力規制委員会はその評価を妥当であると判断してい
る(前提事実(14)エ(イ)d,カ)。火山ガイドが,巨大噴火につ
いて基本的考え方のような考え方をとっているものと認めること
はできない。
(b)前記②については,債務者の主張によっても,ⅰのプリニー
式噴火ステージからⅱの破局的噴火ステージに移行するまでの時
間的間隔は不明であり,債務者指摘の小林ほか(2010)(乙3
36)及び前野(2014)(乙337)も,VEI7クラスの破
局的噴火の直前にプリニー式噴火等の爆発的噴火が先行すること
が多いことを指摘するにとどまる。また,前記噴火ステージ論は,
姶良カルデラや阿多カルデラの後期第四紀におけるテフラ整理の
ための一つの考え方にすぎず,実際のマグマ溜まり内で生じる物
理・化学過程に基づいた理論的根拠は示されておらず(甲D34
3(町田洋陳述書),甲G13(須藤靖明陳述書),甲G20
(科学Vol.85,No2)),むしろ,阿蘇4噴火は火砕流噴火に
終始し,プリニー式噴火に始まるものではなかったとされている
こと(町田・新井(2011)(甲G43・70頁)),VEI7
以上の破局的噴火では大規模火砕流噴出直前にプリニー式噴火が
みられず,より噴出率の大きな火砕流の噴出から開始する例が知
られている(下司(2016)(乙464・111頁))。したがっ
て,債務者の主張するステージ論をもとに破局的噴火の可能性を
予測することは困難である。
(c)前記③については,大量のマグマを噴出し大規模な陥没地形
を形成する巨大噴火は珪長質マグマの地殻内への大量蓄積が必要
条件とされており(下司(2016)(乙464・104,105
頁),三浦・和田(2007)(乙455・283頁)),珪長質
マグマの浮力中立点は7㎞以浅であり,珪長質マグマ溜まりは比
較的地下の浅い所に存在することが多いこと(東宮(1997)(甲
G96)),地球物理学的及び地球化学的調査によりマグマ溜ま
りの深さやマグマの供給量等を推察することが可能であるところ,
阿蘇の中岳火口の西3㎞(草千里)の地下6㎞付近にマグマ溜ま
りが,カルデラ中央部の地下約15㎞にマグマ又は熱水が含まれ
る領域があり(須藤ほか(2006)(甲G2),甲G56の1,大
倉敬宏,平成29年度原子力規制庁請負調査報告書(乙43
8)),近年の水準観測の結果によれば1960年以降2012
年まで阿蘇のカルデラ内部は沈降傾向にあり,噴火活動が活発だ
った1930年代と比べ2010年の標高は10㎝以上低いこと
(大倉敬宏,平成29年度原子力規制庁請負調査報告書(乙43
8),村上・小沢(2004)(乙495・229頁),乙496),
VEI5以上の噴火では珪長質マグマの噴火が占める割合が非常
に高く,VEI6以上の噴火ではほとんど珪長質マグマの噴火で
あるところ,阿蘇2噴火から4噴火までの噴火の頻度が高い時期
は珪長質マグマの噴出が大きかったのに対し,最近1万年は玄武
岩質マグマが卓越して活動していることが認められる(乙456,
町田・新井(2011)(乙462),483,484,Miyoshi
etal.(2012)(乙476))。
しかしながら,地殻変動観測はマグマ輸送の進展,マグマの圧
力や体積の変化について多くの情報を与えるが,地殻変動をもた
らす圧力源の形状を精度よく求めることは一般には困難であり,
マグマ溜まりの体積そのものの情報を持ちえないとされているこ
と(青木(2016)(乙519・333頁)),近時の通説的見解
では,地下のマグマ溜まりの大部分はマッシュ状(半固結状態)
で高温マグマの新たな供給などで再活性化が起こった場合は噴火
が可能であるが,マッシュ状のマグマ溜まりの外縁は周辺の母岩
と明瞭な区別はできないと考えられており,現時点ではマッシュ
状のマグマ溜まりの検出にほとんど成功していないこと(甲G1
3(須藤靖明陳述書),東宮(2016)(乙338・281頁),
下司(2016)(乙464・106,107頁))などから,現在
のマグマ溜まりの正確な体積を推定することは困難であると認め
られる。また,地殻変動によるマグマ増減の推定について,マグ
マそのものの圧縮やマグマ溜まりの底部が流動変形する可能性,
マグマ溜まりが膨張しても地下内部における静岩圧に加えて,マ
グマ溜まり内で化学変化が生じることもあり得ること(甲G46
(須藤靖明陳述書・2頁)),マグマ溜まりの膨張による地表面
隆起量は,マグマ溜まりの厚さ,深さ,赤道半径に依存し,その
後生じる粘弾性緩和過程により地表面隆起が減少することが考え
られ,弾性体モデルは過小評価になり得ること,マグマの供給が
止まればその隆起は粘弾性緩和により沈降に転じ始める可能性が
あること(甲G89(平成28年3月国立研究開発法人産業技術
総合研究所・成果報告書))から地殻変動をもってマグマ溜まり
の膨張・収縮やマグマ供給量を正確に推定できるとは限らず,現
在顕著な地殻変動がみられないからといって数十年内に噴火が起
きないという評価はできない。さらに,珪長質のマグマが結晶化
したクリスタルマッシュで満たされたマグマ溜まり底部に高温で
揮発性成分に富むマグマが貫入すると,クリスタルマッシュに熱
と揮発性成分が付加され,その結果高結晶度マグマの流動化が促
進されると考えられ,クリスタルマッシュ内で多量の珪長質メル
トが短時間(数百年あるいはそれ以下)で集積し得るとの結果が
報告されたり(下司(2016)(乙464・108頁)),マッシ
ュの再活性化について,注入した高温マグマがマッシュの下に定
着して成層マグマ溜まりを形成した後,両者の境界に結晶度の低
い流動層を発達させていくというモデルも考えられており,同モ
デルによればオーバーターンに至るまでのタイムスケジュールは
数か月~数十年と短く,ピナツボやモンセラートの噴火前兆期間
と矛盾しない(東宮(2016)(乙338・285,286頁))
とされるなど,噴火に要する準備期間は判然としない。その上,
マグマ溜まりは,浮力中立点から浅所には形成されないにしても,
浮力中立点のみならずマグマの上昇が阻まれる場所にも形成され
得るため,地下のマグマ溜まりに蓄積されたマグマが珪長質であ
るか否かをその深度から推測することは困難であり(甲G97,
東宮(2016)(乙338・284頁)),約4900年前から
4100年前にかけて二度にわたり活動した阿蘇の中央火口丘群
北西部に位置する蛇ノ尾火山は玄武岩質安山岩~デイサイトとい
った珪長質マグマも噴出しており(宮縁(2017)(甲G16)),
阿蘇中岳火山における平成23年3月から5月の噴火の際の噴出
物は二酸化ケイ素の重量当たりの成分量が57~59%の安山岩
質であること(甲G107),一般に地下構造は複雑であり,噴
出物からマグマ溜まりの性質を精度よく推定することは困難であ
る旨の指摘がされていること(甲G13(須藤靖明陳述書))な
どを踏まえると,阿蘇の中岳火口の西3㎞(草千里)の地下6㎞
付近及びカルデラ中央部の地下約15㎞に存在し得るマグマが珪
長質であるか否か判断することは困難である。そこで,測地学的
手法等を踏まえて,阿蘇が大規模カルデラ噴火の差し迫った状態
にはないといえるにしても,数十年間の本件発電所の運用期間中,
大規模なカルデラ噴火が起こる可能性の大小を推し量ることは困
難であるといわざるを得ない。
(イ)設計対応不可能な火山事象の到達可能性の評価
上記(ア)によれば,本件では検討対象火山の活動の可能性が十分小
さいと判断できないので火山ガイドの判断枠組みに従うと,火山活動
の規模と設計対応不可能な火山事象の評価をすることになるが,検討
対象火山の調査結果からは本件発電所運用期間中に発生する噴火規模
を推定することはできないから,火山ガイドに従えば検討対象火山の
過去最大の噴火規模(本件では阿蘇4噴火)を想定し,これにより設
計対応不可能な火山事象が本件発電所に到達する可能性が十分小さい
かどうかを評価する必要がある。
この点につき,債務者は,阿蘇4噴火の火砕流堆積物は九州北部及
び中部並びに山口県南部の広い範囲に分布するところ,①阿蘇4噴火
の火砕流堆積物が本件敷地の位置する佐田岬半島まで到達した可能性
を示唆している文献はあるものの,その分布は方向によって偏りがあ
り,佐田岬半島において阿蘇4噴火の火砕流堆積物を確認したとの報
告はないこと,②本件敷地周辺におけるM段丘の地表踏査,本件敷地
周辺の堆積条件がよい低地におけるボーリング調査,本件敷地近傍に
おける地表踏査,本件敷地におけるボーリング調査において,阿蘇4
噴火の火砕流堆積物は確認されないこと,③解析ソフト「TITAN
2D」を使用した火砕流のシミュレーション評価で佐賀関半島や佐田
岬半島が火砕流の地形的な障害となり得ることなどから,阿蘇4噴火
の火砕流は本件敷地まで達しなかったと判断している(前提事実
(14)エ(イ)d)。
しかし,火山ガイドにおいて160㎞の範囲が地理的領域とされる
のは,国内の最大規模の噴火である阿蘇4噴火において火砕物密度流
が到達した距離が160㎞であると考えられているためである(前提
事実(14)イ(ア))から,阿蘇から約130㎞の距離にある本件敷地に
火砕流が到達していないと判断するためには,相当程度に確かな立証
が必要であると考えられる。
現存する阿蘇4噴火の火砕流堆積物の面積は約1340㎞²であり,
体積は17㎦であるが,復元した火砕流堆積物の総面積は,約3万4
000㎞²,復元した噴火当時の体積は最小140㎦,最大410㎦,
平均270㎦と算出する研究結果もあり(宝田・星住(2016)(甲G
112の1)),現存する火砕流堆積物は僅かである。また,阿蘇4
噴火から現在まで約9万年が経過しており,急峻な地形のため,佐田
岬半島には堆積物が残りづらく,海水や風雨による浸食があったこと,
四国の温暖な気候などからすれば,火砕流堆積物があったとしてもこ
れが残存していなくても不思議はないとの指摘がされており(甲D3
43(町田洋陳述書)),実際,債務者が平成20年に本件敷地から
南東方向約15㎞に位置する愛媛県宇和盆地において実施したボーリ
ング調査では,過去約70ないし80万年間に堆積した地層中に,九
州地方の火山を起源とする阿蘇4噴火火山灰31㎝を含む主要な広域
火山灰を含む60枚以上の火山灰層が確認されている(前提事実
(14)オ(ア),甲G32,乙149)にもかかわらず,債務者が佐田岬
半島で実施したボーリング調査では,火山灰の堆積後,風化の進行に
より火山ガラスが失われ,風化に強い角閃石等の重鉱物だけが土壌中
に残ったと考えられる阿蘇4噴火起源の角閃石等が報告されているの
みで,佐田岬半島のその他の地点では基盤までボーリングを行っても
阿蘇4噴火より後の時代の堆積物しか確認されていない(乙508
(長谷川修一,柳田誠意見書))。さらに,阿蘇4噴火による火砕流
堆積物は海を渡り長崎県の島原半島や山口県宇部地域まで約140㎞
を流走した,また,愛媛県西部におけるボーリングコア中に阿蘇4噴
火の火砕流堆積物由来の噴出物が見いだされているとの知見も存在す
る(甲G89(平成28年3月国立研究開発法人産業技術総合研究
所・成果報告書))。これに加えて,火砕サージは火砕流本体と火山
灰の間に存在するものであり,火砕流堆積物の特徴をもつものから火
山灰層への変化は遷移的であり,火砕流の到達範囲の確定にはその性
質上困難を伴う(甲D343(町田洋陳述書),乙459・154
頁)。したがって,前記①②からは,本件敷地に火砕流が到達してい
ないと判断することは困難である。そして,前記③については,以下
のように考えることができる。火砕流の発生様式は,ⅰ噴煙柱崩壊型,
ⅱ噴煙柱を伴わないがマグマの継続的な供給によって生じるもの,ⅲ
溶岩ドーム崩壊型に分けられる。ⅰは,プリニー式噴火で,固体破片
とガスの混合物からなる大規模な噴煙柱が形成され,その混合物密度
が空気よりも大きくなって,噴出物が上昇し続けられなくなり,噴煙
柱が重力崩落し流走する火砕流である。ⅱは,粘性が高く,ガスが抜
けにくいマグマが地表近くまで上昇し減圧した時点で爆発的に発泡し,
液体-固体が粉砕されてガスと混合し,火砕流となって火口から高速
で流れ出すものである。地下のマグマ溜まりから大量のマグマが噴出
すると,マグマ溜まり跡の空洞が陥没してカルデラを形成することも
多い。阿蘇4噴火のようなカルデラ噴火がその例である。ⅲは,マグ
マの粘性が高く,かつガスが効率的に抜けると,爆発的な噴火を起こ
さずマグマがゆっくりと押し出されて溶岩ドームを形成するが,抜け
きらないガスが溶岩の中に気泡として残り,ドームの一部が押し出さ
れるなどして崩壊すると爆発的に解放されたガスとそれによって形成
された破片が混合して小規模(一般に0.01㎦以下)な火砕流とな
るものである(以上の分類につき,甲D347,395)。債務者が
火砕流シミュレーションに用いたTITAN2Dは,火砕流を粒子の
集合体からなる連続体とみなし,その流動に関して重力を駆動力とす
る運動方程式を解くことによるシミュレーション(火口位置に仮想的
な円柱(パイル)を置き,このパイルを崩して火砕流を発生させるも
の)である(甲D345,397,G37の1・2)。したがって,
その適用は,ⅲの溶岩ドーム崩壊型のように密集した(密度の大きい)
火砕粒子流のようなケースのシミュレーションを行うものに限られ,
ⅰの噴煙柱崩壊型やⅱの噴煙柱を伴わないがマグマの継続的な供給に
よって生じるもの(阿蘇4噴火)の火砕流には適用できないとの指摘
があること(甲D398,G37の1・2)を考慮すると,阿蘇4噴
火は,TITAN2Dの適用範囲外といわざるを得ない。また,同シ
ミュレーションは,本件発電所方向の大分県における実際の火砕流堆
積物の分布と整合するように設定されたものであるが(乙146),
前記のとおり,残存する火砕流堆積物は僅かであることからすれば,
同シミュレーションの結果をもって佐賀関半島や佐田岬半島がいかな
る地形的影響を与えるかを推し量ることはできない。
以上によれば,債務者主張の前記①ないし③からは,本件敷地に阿
蘇4噴火の火砕流が到達していないと判断することはできない。そう
すると,影響範囲を判断できない場合として,設計対応不可能な火山
事象の国内最大到達距離160㎞を影響範囲とすることになる。
ウ検討
前記イのとおり,火山ガイドは,相当程度の正確さで噴火の時期,
規模の予測が可能であることを前提にする点において不合理であり,
債務者の検討対象火山の活動の可能性が十分小さいとの判断を相当と
した原子力規制委員会の判断は不合理であるといわざるを得ず,火山
ガイドにおける立地評価の判断枠組みによれば,本件発電所は,地理
的領域内に「設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中に
影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合」に
当たり,立地不適ということになる。
そこで,具体的危険の不存在②の要件について検討することになる
が,前記のとおり,検討対象火山の噴火の時期及び程度を数十年前の
段階で相当程度の正確さで予測することは困難であるとの現在の火山
学の水準のもとにおいて,発電用原子炉施設の安全性確保の観点から
巨大噴火の危険をどのように想定すべきかについては,我が国の社会
が自然災害による危険をどの程度まで容認するかという社会通念を基
準として判断せざるを得ない。この点,仮に現時点で阿蘇カルデラに
おいて阿蘇4噴火と同程度の破局的噴火が起きた場合,「九州の中部
以北は火砕流の直撃でほぼ全滅し,死者は1000万人を超え,北海
道を含む日本列島全体が15㎝以上の厚い火山灰で覆われて,家屋の
倒壊が相次ぎ,また,ライフラインが機能停止するとともに食料生産
も不可能となって,辛うじて生き残った人々も火山灰に覆われた日本
列島から海外への避難・移住が必要となる」(乙287),南九州で
数十㎦以上の噴出物を放出するような噴火が起きた場合,「周辺10
0㎞程度が火砕流のために壊滅状態になり,さらに国土の大半を10
㎝以上の火山灰で覆うことが予測されている」(藤井(2016)(甲G
19))などとされているのであって,我が国において,破局的噴火
は,ひとたび起きると,ほとんど対処する間もなく,膨大な数の国民
の生命が奪われ,国土,インフラ,国民の財産は壊滅に至る被害をも
たらすものである。しかも,現在の知見では,巨大噴火であっても,
その前駆現象を的確にとらえることはできず,具体的予防措置を事前
にとることはできない。その一方で,VEI7の発生頻度は日本の火
山全体で1万年に1回程度(甲G17,藤井(2016)(甲G19)),
過去60万年の九州におけるVEI6又は7の噴火は19回発生し,
頻度は約3万年に1回で,周期性は認められない(G132(町田洋
陳述書(2))),巨大噴火は低頻度の事象であり,火山噴火の発生頻度
と噴火規模の関係には負のべき乗則がある(中田(2015)(乙465))
など,その発生頻度は著しく小さい。火山ガイドを除きそのような自
然災害を想定した法規制は行われておらず,その火山ガイドも破局的
噴火も含めて検討対象火山の噴火の時期及び規模を相当程度の正確さ
で予測できることを前提とする楽観的なものである。国は,破局的噴
火のような自然災害を想定した具体的対策は策定しておらず,これを
想定し策定しようとする動きがあるとも認められないが,国民の大多
数はそのことを格別に問題にしていない。そうであれば,少なくとも
上記のような破局的噴火によって生じるリスクは,その発生の可能性
が相応の根拠をもって示されない限り,発電用原子炉施設の安全確保
の上で自然災害として想定しなくても,発電用原子炉施設が客観的に
みて安全性に欠けるところはないとするのが現時点における我が国の
社会通念であると認めるほかない。
これに対し,債権者らは,原子力発電所が有する特異な潜在的危険性
の大きさから,原子力規制委員会は他の法規制や防災対策において想
定されていないような後期更新世以降の活動を否定できない断層等,
年発生確率が10⁻⁵以下の最大風速を有する竜巻,その確率が100
0万年に1回以上の航空機落下による火災などの極めて低頻度の事象
も考慮しているのであり,これよりも相当頻度の高い火山の噴火を社
会通念上容認するというのは整合せず,しかも,設計対応不可能な火
山事象(火砕流)を広域的な地域にもたらす破局的噴火は他の外部事
象よりも影響が深刻であることなどからすれば,破局的噴火によるリ
スクが社会通念上容認されているとは考えられない旨主張する。しか
し,破局的噴火に伴う原子力災害が極めて重大なものであるにしても,
原子力規制委員会は前記のとおり基本的考え方を確認するなどしてお
り,前記のような現在の火山学の水準を前提にした場合にその専門技
術的裁量に基づき破局的噴火を考慮することとしているとまではいえ
ない。破局的噴火は,他の自然災害などとは異なり国家の解体,消滅
をもたらし得る大規模な災害であり,破局的噴火を具体的な危険と認
めるのであれば,これに対処する法,インフラの整備等を進めなけれ
ばならないはずであるが,そのような動きがみられないことは,社会
通念として,壊滅的打撃をもたらすものであっても,低頻度の事象に
ついては,これを具体的危険として認めず,抽象的可能性にとどまる
限り容認する社会通念が存するものと判断するほかない。
そこで,原子力発電所の運用期間中にそのような噴火が発生する可能
性が相応の根拠をもって示されない限り,これを前提として立地不適
としなくても原子炉等規制法の趣旨に反するということはできず,ま
た,原子炉等規制法の委託を受けて制定された設置許可基準規則6条
1項の趣旨にも反しないというべきである。
そうすると,火山ガイドの立地評価にいう「設計対応不可能な火山
事象」は,原子力発電所の運用期間中に破局的噴火が発生する可能性
が相応の根拠をもって示されない限り,このような噴火を除いたその
余の火山事象と解して判断するのが相当であり,これを本件について
みると,阿蘇において破局的噴火が本件発電所の運用期間中に発生す
る可能性が相応の根拠をもって示されているとは認められない。そし
て,本件発電所の地理的領域内の火山の既往の噴火のうち,九重山及
び阿蘇以外の火山については,大規模火砕流の発生は確認されておら
ず,九重山については,火砕流堆積物の分布は九州内陸部に限られて
おり,阿蘇についても,上記破局的噴火を除けば火砕流堆積物の分布
は阿蘇カルデラ内に限られる(前提事実(14)エ,審尋の全趣旨)から,
設計対応不可能な火山事象が本件発電所に到達する可能性が十分小さ
いと評価できるから,本件発電所の立地は,不適とはならないという
べきであり,債務者による基準の合理性及び基準適合判断の合理性の
主張疎明は,上記のとおりその一部については失当であるが,これに
代わる具体的危険の不存在②の主張疎明がなされたということができ
る。
(3)影響評価
ア降下火砕物の最大層厚の想定
(ア)総論
降下火砕物については,地理的領域内の火山の噴火によるもののほ
か,地理的領域外の火山の噴火によるものの影響について検討する必
要がある(前提事実(14)ウ)ところ,前記(2)の火山が噴火する可能
性やその時期及び規模を相当程度の正確さで予測することは困難であ
り,マグマの蓄積量を精度良く推測することもできないという火山学
の現状の知見と前記の破局的噴火については原子力発電所の運用期間
中にそのような噴火が発生する可能性が相応の根拠をもって示されな
い限り,これを前提として立地不適としなくても原子炉等規制法の趣
旨に反するとはいえないとの社会通念によれば,降下火砕物の影響評
価においても,立地評価と同様に,原子力発電所の運用期間中にその
ような噴火が発生する可能性が相応の根拠をもって示されない限り,
破局的噴火を除いた,検討対象火山の過去の噴火規模を参考にするな
どして,影響評価を行うべきものと解される。
(イ)破局的噴火による降下火砕物の最大層厚
本件敷地付近では,地理的領域内の阿蘇カルデラを起源とする降下
火砕物のほか,地理的領域外の加久藤カルデラ,姶良カルデラ,阿多
カルデラ及び鬼界カルデラを起源とする降下火砕物も降下したとされ
ているところ,本件敷地付近における主な降下火砕物として,①鬼界
アカホヤ(K-Ah,約7300年前)火山灰(降下厚さ20~30
㎝),②姶良(AT,約3〜2.8万年前)火山灰(同20~50
㎝),③阿蘇4噴火(約9〜8.5万年前)火山灰(同15㎝以上)
とされている(乙11-6-8-13,乙290)が,上記のカルデ
ラ火山の噴火は,いずれも噴出量100㎦以上に分類される破局的噴
火である(町田・新井(2011)(乙462))。
そして,本件一件記録によっても,本件発電所の運用期間中に破局
的噴火が発生する可能性が相応の根拠をもって示されているとは認め
られず,破局的噴火を想定する必要がないものと認められる。
(ウ)VEI6クラス以下の噴火による降下火砕物の最大層厚
a債務者は,降下火砕物の影響評価に当たり,地理的領域内の火山
による降下火山灰の等層厚線図として,九重第一軽石(約5万年前)
と草千里ヶ浜軽石(約3.1万年前)が示されていることから,こ
れらを検討対象とした上,火山灰の堆積物の知見(前者については
火山灰の堆積物が四国南西端の高知県宿毛市で確認されているのに
対し,後者については四国における堆積の報告はみられない。)か
ら影響が大きいと認められた九重第一軽石の噴出量を2.03㎦と
して,本件敷地付近における火山灰の降下厚さをシミュレーション
し,当初は,ボーリング調査の結果で宇和盆地中心部に九重第一軽
石と対応する火山灰層が認められないこと等に鑑み,ほぼ0㎝と評
価していたが,原子力規制委員会の指摘を踏まえて,九重第一軽石
の噴出量を6.2㎦(長岡ほか(2014)で示された量(乙11-
6-8-15)。噴出量がこれを超えるとの知見はない。)と想定
した上で改めてシミュレーションしたところ,偏西風がほぼ真西で
安定する季節の降下厚さは0㎝~数㎝と評価されるものの,風向き
によっては火山灰の降下厚さが最大14㎝となったため,降下火砕
物の層厚を15㎝と想定することにした(前提事実(14)オ(ア))。
また,乙485(隈元崇意見書)では,宇和盆地の火山灰データ
(乙290,481)をもとに,本件敷地で15㎝を超える降灰は
35万年程度で年超過確率1.7~2.5×10⁻⁵と求められる
とされている。これらによれば,債務者は,降下火砕物の層厚につ
き保守的な想定をしたものと認めることができ,その合理性を肯定
することができる。
bこれに対し債権者らは,VEI6クラスの噴火の可能性がないこ
と又はこれらが起きるとしても降下火砕物の想定が15㎝で足りる
ことについて主張,疎明が尽くされておらず,VEI5クラスの中
でも最大の噴火(噴出物量10㎦)が発生する可能性があることを
指摘する。
しかし,本件発電所の地理的領域内の火山及び地理的領域外の南
九州の火山(加久藤カルデラ,姶良カルデラ,阿多カルデラ及び鬼
界カルデラ)の既往の噴火から破局的噴火を除くと,過去10万年
の既往の噴火のうち最大のものは,姶良カルデラの噴火(福山降下
軽石を噴出した約9万年前の噴火。噴出体積40㎦。VEI6)と
認められる(乙290,審尋の全趣旨)。そして,上記姶良カルデ
ラの噴火について,①本件発電所の南東方向約15㎞に位置する宇
和盆地のボーリング調査では,Kkt火山灰(約33万年前)以降
の主要な広域火山灰(阿蘇1ないし4,姶良,阿多等)が全て含ま
れているのに,福山降下軽石の堆積層が確認できないこと(前提事
実(14)オ(ア),乙290・90~92頁),②降下火砕物の堆積分
布は,偏西風の影響を大きく受ける(乙378・8頁)ところ,本
件敷地は,南九州のカルデラ火山からみて北北東の方角に位置して
おり,偏西風の風下から大きく外れること,③福山降下軽石堆積物
の分布についての長岡ほか(2001)の知見(債務者の抗告審にお
ける即時抗告理由書(火山)に対する答弁書・20頁図4及び裁判
所の釈明事項に対する釈明書・25頁図7)等に照らすと,姶良カ
ルデラにおけるVEI6クラスの噴火による降下火砕物の層厚が,
債務者が九重山の噴火で想定した降下火砕物の層厚(15㎝)を超
えることは考え難く,後者の方が本件発電所に及ぼす影響は大きい
と判断され,債権者ら提出資料(甲G21〜23,26)は,この
認定判断を左右しない。
また,債権者ら指摘のとおり,須藤ほか(2006)(甲G2)に
は,草千里南部には,その直下にマグマ溜まりと考えられる地震波
低速度領域(地震波の速度がその周辺の部分に比べて遅い領域であ
り,液体等が存在すると地震波は遅くなることから,マグマ溜まり
と推定される。)の存在が指摘されており,その大きさは直径3~
4㎞程度の領域が考えられるとの記載がある。しかし,同著者の1
人である須藤靖明の陳述書(甲G13)によっても,草千里南部直
下のマグマ溜まりは,その体積もその性質も不明であり,現在の火
山学の知見を前提とする限り,上記の知見から噴火の時期や可能性,
噴火した場合の噴火規模を推定することは不可能と認められ,債権
者ら指摘の点は,上記判断を左右しない。
イ降下火砕物の大気中濃度の想定及びフィルタ閉塞
(ア)認定事実
a現在の本件発電所の非常用ディーゼル発電機の構造
本件原子炉施設に設けられた非常用ディーゼル発電機の吸気消音
器は,建屋の壁面に設置された概ねL字状を呈する吸気導管の上端
に,上から吸気導管に覆い被さるように設置される機器である。吸
気消音器の底部には吸気導管に被さる部分を除いたドーナツ状の外
気取入口が設けられており,外気は下方から上方へ向かって外気取
入口から吸い込まれ,吸気消音器を経て吸気導管へ導かれる構造と
なっている。この外気取入口には層状のフィルタが設置されている。
フィルタは,ドーナツを8つに分割した形状のパーツに分かれてお
り(分割されたパーツ1個当たりの重さ約6㎏),パーツはそれぞ
れ4つのボルトで固定されている(以下「吸気消音器フィルタ」と
いう。)。吸気消音器フィルタの交換は,吸気消音器の底部から約
1m低い位置に設けられているグレーチング(鋼材を格子状に組ん
だ溝蓋)足場において行うものとされている(乙11,306,審
尋の全趣旨(債務者の原審の準備書面(11)11,12頁))。
b降下火砕物の大気中濃度についての規制の変遷
債務者は,本件申請に際して降下火砕物の大気中濃度についてヘ
イマランド観測値3241㎍(=3.241㎎=0.003241
g)/㎥を想定し,平成25年7月15日原子力規制委員会の許可
処分がなされた(前提事実(9),(14)オ(イ))。
原子力規制庁は,原子力規制委員会の指示を受け,平成28年1
0月31日九州電力川内原子力発電所1,2号炉,本件原子炉及び
関西電力高浜発電所1~4号炉について各事業者に対し,1980
年のセントへレンズ山におけるVEI4に相当する規模の噴火の際,
約5㎜の降下火砕物が降下したとされる噴火地点の東側約135㎞
のYakima地区における大規模噴火当日の大気中火山灰濃度
(24時間平均値)3万3400㎍(=33.4㎎=0.0334
g)/㎥(この観測値を以下「セントへレンズ観測値」という。)
を用いて影響評価を行うように求めた(甲D352,乙292,3
05)。
これを受けて,債務者は,セントへレンズ観測値を用いた影響評
価を行う施設を非常用ディーゼル発電機吸気消音器ほか1点と特定
した上,改めて影響評価を行った。吸気消音器フィルタの閉塞まで
に要する時間を,セントヘレンズ観測値を用いて試算したところ,
約1.9時間となった一方,吸気消音器フィルタ交換の所要時間は,
要員3~5人により1時間程度と見込まれるので,交換によりディ
ーゼル発電機の運転を継続することが可能であると評価した(乙3
06)。
その後も,原子力規制委員会は,平成28年4月に電力中央研究
所が発表した,1707年富士宝永噴火(噴出量0.7k㎥,VE
I4)を素材として,地表面近傍での降下火山灰の大気中濃度の経
時変化をシミュレーションした結果,横浜(富士山からの距離約8
5㎞,降灰実績16㎝程度)において大気中濃度が約1000㎎
(=1g)/㎥となるケースが,千葉(富士山からの距離約130
㎞)において大気中濃度が100~1000㎎(=0.1〜1g)
/㎥となるケースなどを紹介する「数値シミュレーションによる降
下火山灰の輸送・堆積特性評価法の開発(その2)―気象条件の選
定法およびその関東地方での堆積量・気中濃度に対する影響評価」
(以下「電中研報告」という。甲D537,乙317)など,理論
的評価(モデルから得た解析値から不確かさを考慮して設定する方
法)の適用可能性などについて検討を進めた(甲D536~538,
乙308~313)。
その結果,平成29年11月29日,実用炉規則が一部改正され,
同年12月14日,公布,施行された。なお,施行に当たっては,
経過措置が設けられ,施行日前に既に新規制基準適合性に係る保安
規定の変更の認可を受けている者は,平成30年12月31日まで
の間は従前の例によることとされた。この改正により,①火山現象
による影響が発生し,又は発生するおそれがある場合において,発
電用原子炉施設保全のための活動を行えるよう,ⅰ非常用交流動力
電源設備の機能を維持するための対策(実用炉規則84条の2第5
号イ),ⅱ代替電源設備その他の炉心を冷却するために必要な設備
の機能を維持するための対策(同号ロ),ⅲ交流動力電源喪失時に
炉心の著しい損傷を防止するための対策(同号ハ)に係る体制整備
を求め,これらについて保安規定に記載すること(実用炉規則92
条1項21号の2),②同対策に関しては,評価の際,火山ガイド
に示す手法を用いて求めた気中降下火砕物濃度や降灰継続時間(2
4時間)等を踏まえるなどとされた(乙552~554,審尋の全
趣旨)。
また,平成29年11月29日,実用炉規則の一部改正と併せて,
火山ガイドが改正された。同改正において,外気取入口から侵入す
る火山灰の想定に当たっては,添付の「気中降下火砕物濃度の推定
方法について」を参照して推定した気中降下火砕物濃度を用いるこ
ととされ(6.1解説17),気中降下火砕物濃度の推定手法とし
て,降灰継続時間を仮定して降灰量からこれを推定する手法と数値
シミュレーションによりこれを推定する手法の2つが記載され,前
者の手法では,降下火砕物の粒径の大小にかかわらず同時に降灰が
起こると仮定していることや粒子の凝集を考慮しないことなどから,
後者の手法では,原子力発電所への影響が大きい観測値に基づく気
象条件を設定していることなどから,いずれの推定値も実際の降灰
現象と比較して保守的な値となっており,前者か後者いずれかの手
法により気中降下火砕物濃度を推定すれば足りるとされた(乙55
4)。
c気中降下火砕物濃度への債務者の対応
債務者は,改正後の実用炉規則で求められた,ⅰ非常用交流動力
電源設備の機能を維持するための対策については,これに対応する
ため,本件原子炉における降下火砕物の設計層厚15㎝,降灰時間
を24時間と仮定して降灰量から気中降下火砕物濃度を約3.1g
/㎥に設定し,これを前提に非常用ディーゼル発電機2系統を同時
に機能維持できるよう,平成29年12月,非常用ディーゼル発電
機の吸気消音器に着脱可能な火山灰フィルタの設置工事を完了した。
この工事は,①非常用ディーゼル発電機の吸気消音器に着脱可能な
火山灰フィルタ(カートリッジ式フィルタ挿入機構と一体となった
もので5つのパーツに分かれている)を設置し,②通常運転時は,
吸気消音器フィルタを使用し,③高い火山灰濃度下では,吸気消音
器フィルタに換えて火山灰フィルタを吸気消音器に接続し,カート
リッジ式フィルタ挿入機構に14枚に分割されたカートリッジ式フ
ィルタを挿入し,塞ぎ板を使用することでフィルタ交換中に降下火
砕物の侵入を防ぎつつ,非常用ディーゼル発電機を運転し,フィル
タを順次交換するものであり,これによって,同時に全てのフィル
タが閉塞することを回避しつつ交換作業を進めるというものである。
そして,前記カートリッジ式フィルタの交換,清掃に要する時間を
1時間と見積もり,設定した気中降下火砕物濃度である約3.1g
/㎥で,1時間以内に閉塞に至らない必要面積を5.9㎡と算定し,
これを上回る約6.1㎡の面積を確保し,前記濃度で降下火砕物を
全量吸い込んでフィルタに捕集されるとしても,非常用ディーゼル
発電機の機能を十分維持できるように基本設計がされている。なお,
その後,火山灰フィルタに挿入して使用するカートリッジ式フィル
タについて,さらに高性能なフィルタが開発されたため,債務者は
平成30年3月に1系統分に設置を完了し,同年7月には残る1系
統分についても設置を完了する予定である(乙343,344,3
97,436,556~559)。
また,改正後の実用炉規則で求められた,ⅱ代替電源設備その他
の炉心を冷却するために必要な設備の機能を維持するための対策,
ⅲ交流動力電源喪失時に炉心の著しい損傷を防止するための対策に
ついては既配備の可搬型設備等を活用することで対応が可能であっ
た。具体的には,前記ⅱについては,あらかじめ降灰開始前に建屋
内に配置したポンプ車による蒸気発生器への注水による炉心冷却手
段を確保しており,前記ⅲについては,電力を必要としないタービ
ン動補助給水ポンプを用いて本件原子炉を冷却することが可能であ
り,その水源の容量は,動力源を必要としないもので約17.1日
間であり,ホースの接続等の作業が不要なタンクに限ってみても約
6.1日間にわたって冷却が可能である(乙343,560)。
そして,平成30年6月26日,債務者は,これらの実用炉規則
等の一部改正を踏まえた体制の整備を反映するための保安規定の変
更認可申請を行った(乙560)。
(イ)判断
以上によれば,改正後の実用炉規則や火山ガイド等に係る降下火砕
物の大気中濃度の想定は保守的なものであるといえ,その内容につい
て合理性を肯定することができる。債務者は同改正を踏まえて,これ
に対応するため非常用ディーゼル発電機について火山灰フィルタの設
置工事等を実施し,新たに想定すべき気中降下火砕物濃度に対しても
機能が喪失しないよう対策を講じるなどしているのであって,債務者
の安全対策に不合理な点は見当たらず,現在,保安規定変更認可を申
請している状況ではあるが,これにより変更後の基準に適合する蓋然
性があると認められることから,具体的危険の不存在②の主張疎明が
なされたというべきである。
これに対し,債権者らは,降灰によってフィルタ交換のために現場
にたどり着けない可能性,防塵マスクを装着しての作業で,視界部分
に火山灰が付着し,何度も作業中断を余儀なくされる可能性,夜間と
もなれば暗中での作業を強いられる可能性,全交流電源喪失となっ
た場合に本件発電所の作業員が想定どおりホースの接続作業ができ
ない可能性などがあるにもかかわらず,債務者はこのような現実の
リスクを考慮せずにフィルタ交換に要する時間を1時間と見積もって
いるなどと主張し,降下火山灰のため道路が通行不能となるとか,セ
ントへレンズ山の噴火の際,降下火山灰が6㎜や1.3㎝で自動車の
エンジンが故障した例がある旨の報告(甲D353)や国内で過去に
起きた複数の噴火の際に火山灰が社会生活に与えた影響の報告(甲D
354)を提出する。しかし,上記報告に係る事象が,どのような大
気中濃度の経時的変化の中で生じたか定かではなく,火山灰が一般の
社会生活に及ぼした影響をもって降下火砕物に対する防護作業の困難
性を推し量ることはできず,むしろ債務者は,非常用ディーゼル発電
機の吸気消音器下部の足場をグレーチングにすることで降下火砕物が
堆積しないような環境を整えていることや前記(ア)cのとおりさらに
高性能な火山灰フィルタの設置が予定されていること,タービン動補
助給水ポンプについては,前記のとおりホース接続等の作業が不要な
タンクに限ってみても約6.1日間にわたって冷却が可能であること
からすれば,債権者らの前記主張は理由がない。
ウ非常用ディーゼル発電機の機関内に侵入した降下火砕物の影響
債務者が非常用ディーゼル発電機に備え付けた火山灰フィルタは,
粒径120㎛以上において約90%捕集する性能を有するから,粒径
120㎛以上の降下火砕物の約10%と粒径120㎛よりも小さな粒
径の降下火砕物は捕集されることなく機関内に侵入するということに
なり,シリンダライナとピストンリングとの間隙は数㎛~十数㎛と非
常に狭くても,そこに,より小さな粒径の降下火砕物が入り込む可能
性は否定できない(乙196,557)。
しかし,本件発電所に設置されている非常用ディーゼル発電機を製
造した三菱重工意見書(乙196)によれば,「破砕試験の結果から,
『シラスは,川砂などに比べ極めて脆弱』と指摘されていることを踏
まえると,シラスと同様に火山ガラスを主成分とする降下火砕物は,
川砂等に比べて脆弱で破砕しやすいと考えられるため,仮にシリンダ
ライナとピストンリングとの間隙に降下火砕物が入り込んだ場合であ
っても,ピストンリングとシリンダライナとの接触により粉砕され,
燃焼に伴う排気ガスとともに排出されるか,ピストンリングとシリン
ダライナとの間に常に流れている潤滑油とともにクランクケース内へ
降下することになる」し,焼き付きとの関係では,「シリンダの外側
には冷却水(シリンダ冷却水)が循環し,常時冷却している」ことや
「非常用ディーゼル発電機の機関は,吸入,圧縮,膨張,排気の4行
程1サイクルを経て回転力を得ており,・・・1行程の所要時間は,
わずか0.075秒にすぎず,かつ,膨張行程でのシリンダ内の温度
上昇は着火した瞬間(膨張行程が始まる最も初期の段階)がほぼピー
クであり,その後膨張による外部へのエネルギー伝達と排気行程への
移行に伴って速やかに温度は低下するため」,「仮に膨張行程でシリ
ンダ内の温度が1000℃を超えて非常用ディーゼル発電機の機関内
に侵入した降下火砕物の溶融が生じたとしても」,「上記のとおり極
めて短時間の局所的な現象であり,シリンダ内の温度はすぐに降下火
砕物の融点より低い温度にとどまり,降下火砕物は再び固化すると考
えられる」ことからすれば,固化した降下火砕物は破砕されるなどす
るから焼き付きは生じないというのである。
そうであれば,降下火砕物の一部は吸気消音器フィルタや火山灰フ
ィルタで捕集されない可能性は否定できないが,非常用ディーゼル発
電機の機能が確保されなくなることにはならないものというべきであ
る。なお,前記イ(ア)c記載の債務者が既に1系統に設置を完了し,残
り1系統についても設置を予定している高性能火山灰フィルタは,性
能把握試験では堆積厚さ15㎝の降灰に対応する粒径120㎛以下を
含む粒径分布の火山灰の捕集率99.9%との結果が得られており,
従前以上に降下火砕物の侵入を防止することができる(乙557)。
したがって,この点に関する債務者の評価には合理性が認められる。
これに対し,債権者らは,降下火砕物の硬度は,モース硬度5程度
で,これをブリネル硬さに換算すると370程度であるのに対して,
シリンダライナ及びピストンリングはブリネル硬さ230程度である
から,降下火砕物が破砕され易いとはいえないと主張する。しかし,
ブリネル硬さは,超鋼球を圧子に用いて荷重を負荷してその圧痕の大
きさから硬さを求めるものであるのに対し,モース硬度は,鉱物の硬
さを表す尺度の一つで,あらかじめ設定した基準鉱物と評価対象とな
る物質とを引っ掻き合わせ,傷がついた方が柔らかいとして基準鉱物
ごとに決められた1~10までの整数値で硬度を表したものであって,
圧力に対する強さを表すものではなく(上記意見書),また,破砕の
しやすさは,強度(じん性)(物体が外力を受けた場合に破壊に対し
て示す抵抗力(粘り強さ))の問題であり,硬度の問題ではないから,
降下火砕物の硬度とシリンダライナ及びピストンリングの硬度を単純
に比較して,降下火砕物が破砕されにくいとすることはできない。そ
して,耐摩耗性という観点では,シリンダライナ及びピストンリング
は,一般に摩耗に対して高い強度を有するとされる鋳鉄材を用いてい
るのに対して,降下火砕物は,破砕試験の結果から,「川砂などに比
べ極めて脆弱」と指摘される程度の強度しか有していない(上記意見
書)のであるから,債権者らが主張するように,降下火砕物が破砕さ
れ難いとは認められない。
エ上記の点のほか,債務者のした降下火砕物による影響評価について,
一件記録を精査しても,合理性を欠くというべき点は見当たらない。
なお,気中降下火砕物濃度について,前記のとおり火山ガイド等が改
正されたものの,中央制御室への火山灰侵入に関しては,換気空調設
備の外気取入口は開口部を下向きの構造とすること,フィルタを設置
することと併せて,外気取入ダンパの閉止及び閉回路循環運転を可能
とすることにより,中央制御室への降下火砕物の侵入を防止するなど
とされていることが認められること(乙11(8-1-354~35
7),乙306)などからすれば,前記の火山ガイド等の改正は前記
判断を左右しない。
(4)まとめ
以上によれば,火山事象の影響による危険性の評価につき,立地評価
に関する火山ガイドの定めは一部に不合理な点があるものの,上記(2)で
説示したとおり,本件原子炉施設を火山事象との関係で立地不適としな
かった原子力規制委員会の判断は,結論において合理的と認められる。
また,影響評価においては,平成29年11月29日の実用炉規則等の
改正に関しては,審査基準に適合する旨の判断が原子力規制委員会によ
り示されていないものの,上記(3)で説示したとおり,債務者において具
体的危険の不存在②の主張疎明がなされていると認められる。」
(15)原決定396頁19行目から397頁10行目を削り,11行目の
「(7)」を「(6)」に,19行目の「(8)」を「(7)」に,398頁17行目の
「(9)」を「(8)」にそれぞれ改める。
(16)原決定397頁20行目の「上記(2)(6)のとおり,我が国では,法制度
上,テロリズム及びミサイル攻撃は」を「上記(2)のとおり,我が国では,
法制度上,テロリズムは」と改める。
2争点3(1)(新規制基準の合理性に関する各論〜基準地震動策定の合理性)
に関する債権者らの補充主張に対する判断
(1)基準地震動の判断基準について
債権者らは,想定すべき基準地震動を「合理的に予測される規模の災害」
とするのは,合理的というあいまいな概念をもちこんでいる点で問題がある
ばかりでなく,原子力発電所が自然界に存在しなかった異常に巨大な危険性
を有する構造物である以上,基準地震動,基準津波,想定される自然災害は,
「現実にはありそうもないが可能性を否定できないレベル(最大)」のもの
を想定すべきであると主張する。
引用に係る原決定のとおり,最新の科学的,専門技術的知見を踏まえて合
理的に予測される規模の自然災害を超える規模の自然災害によって生じるリ
スクは,重大事故対策を強化することにより,社会通念上無視し得る程度ま
で軽減し得るというのが改訂後の原子炉等規制法及び新規制基準の趣旨であ
ると解され,債権者らの主張は採用することができない。
(2)新規制基準の合理性について
ア債権者らは,国会事故調報告書(平成24年9月),政府事故調報告書
(平成24年7月)において改訂耐震指針の見直しが求められたのに,
その抜本的な見直しがされなかったから,新規制基準は合理性を欠く旨
主張する。
しかしながら,引用に係る原決定説示のとおり,福島原発事故につきI
AEAの調査を経てその原因の解明を見た上,原子力安全委員会による耐
震設計指針の改定案の検討,原子力規制委員会の検討チームによる検討,
パブリックコメントの募集も経て,新規制基準が制定されたのであって,
改訂耐震指針の抜本的な見直しに至らず成立したからといって,新規制基
準が不合理であるとはいえない。
イ債権者らは,新規制基準において,基準地震動を大幅に超えるような場
合を想定したシビアアクシデント対策について,確率論的安全評価(P
SA)がされていない旨主張する。
地震PSAの導入については,専門家の間で,その必要性が指摘される
一方,評価手法の成熟度に関する認識にばらつきがあり,必ずしも意見
の一致をみなかったことが認められる(乙169,529,530)か
ら,地震PSAの手法をとりいれなかったことをもって,新規制基準が
不合理であると認めることはできない。
ウ債権者らは,基準地震動について,検討用地震の選定の妥当性や不確か
さの考慮につき,具体的定量的な基準を定めていない新規制基準は不合
理である旨主張する。
しかし,引用に係る原決定説示のとおり,基準地震動を定めるにあたっ
ての検討用地震の選定や不確かさの考慮に関しても一義的,客観的に明
白な基準を定立することは困難であり,審査基準を原子力規制委員会規
則で定めるとされたのは,多方面にわたる極めて高度な,最新の科学的,
専門技術的知見に基づく判断に委ねざるを得ないからに他ならない。基
準として一義的でない部分を含むからといって,不合理で原子炉規制法
に反するということはできない。
エ債権者らは,本件敷地の沖合の複数の震源となる活断層が,敷地正面に
おいて重なり合っている可能性があり,内陸地殻内地震が立て続けに起
こって最大級の揺れが連続的に発生する可能性を見落としている点で,
新規制基準には瑕疵がある旨主張し,少なくとも連続する地震によって
原発蒸気発生器電熱管の健全性を保てないおそれがある旨主張する。
本件敷地付近で,短期間に複数の地震が発生する可能性は否定できない
が,債務者は,本件敷地に最も影響を与えるのは前面海域の断層長さ約
54㎞の区間で発生する地震であり(乙31,532),吉岡ほか
(2005)によれば,本件敷地前面海域の断層長さ約54㎞の区間を本件敷
地正面で東西に分割するようなセグメント区分を想定することもできる
が,それらセグメントに分かれて活動した場合の地震動は,54㎞の断
層の活動による地震に及ばないと推認される。また,債務者は,蒸気発
生器電熱管の繰り返し荷重に対する疲労評価を実施しており,計算上,
少なくとも8回の基準地震動Ssに耐えることを確認したことが認めら
れる(乙531(資13-17-3-2-2-55頁,資13-17-
3-2-2-58/E頁))から,債権者らの主張を採用することはで
きない。
(3)内陸地殻内地震について
ア応答スペクトルに基づく地震動評価
(ア)すべり量の飽和について
債権者らは,室谷ほか(2010)の知見は,地震学会における統一的な
見解でも標準的な方法論でもないとして,知見の不確定性を踏まえて
すべり量は飽和しないとの仮定を置くべきである旨主張する。
すべり量に関して日本でかつて経験したことのない地震を想定する以
上,不確実を伴うことは避けられないが,現時点で,長大断層につい
て,すべり量が飽和しないとの具体的な知見はなく,室谷ほか(2010)
が標準的な方法論として確立していることは,引用に係る原決定認定
のとおりである。すべり量が飽和しないという仮定を置くことに合理
性はなく,債権者らの主張に理由はない。
債権者らは,54㎞ケース及び69㎞ケースにおいて松田式を適用す
ることを前提として,理論的には130㎞ケースや480㎞ケースに
おいても松田式の外挿による地震規模を設定するのが相当であると主
張する。
しかしながら,54㎞ケース及び69㎞ケースは,松田式の適用範囲
であるが,長大断層ですべり量が飽和しないとの仮定を置くとしても,
130㎞ケースや480㎞ケースにおいても松田式の外挿による地震
規模の設定が相当であるということにはならない。債権者らは松田式
の適用範囲外であっても,あえてこれを外挿することにより保守的な
想定をすべきであるというのであるが,松田式が経験式である以上,
適用範囲を超えた外挿によって得られる結論については合理性,信頼
性を認めることができない。債権者らの主張は理由がない。
債権者らは,原決定が「複数のセグメントが連動した場合には個々の
セグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増大するとの見解
に立脚して地震規模を算定するのが合理的」な手法であるとしながら,
130㎞ケース及び480㎞ケースに松田式を適用するにあたって,
債務者が,地震モーメント及び変位量が変化しないとしたことは,原
決定の求める合理性を欠いている旨主張する。
引用に係る原決定のとおり,松田式の適用範囲と,㋐長大断層におけ
るすべり量飽和の有無並びに㋑(断層の)複数のセグメントが連動した
場合における個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量の
増大の有無とは,次元を異にする問題である。複数のセグメントが連動
した場合,個々のセグメントの受けもつ地震モーメント及び変位量が増
大するとしても,断層長さが80㎞を超える断層についてセグメント分
けをせずに松田式を適用して地震規模を算定することは不適切であって,
この点において債権者らの主張を採用することはできない。
(イ)松田式のばらつきについて
債権者らは,原決定が松田式のばらつきを断層長さの不確定性という
別の問題にすり替えているとし,原決定が,債権者らの主張する松田
式の基データやこれを検証するデータによって現れる,同じ断層長に
対する地震規模(マグニチュード)のばらつきを考慮していないと主
張する。
しかしながら,引用に係る原決定のとおり,債権者らの主張するばら
つきは,基データの地域特性が反映されたものであって,基データの
ばらつきを定量的に予測結果(経験式の適用結果)に上乗せするのは
適切とはいえない。経験式における偶然的不確定性や認識論的不確定
性を,直接的に考慮する手法が地震ガイドに示されているわけではな
く,レシピで採用されるような手法が存在するわけでもない。各経験
式のパラメータについて,地域特性を踏まえた幅のある設定をするこ
とによって経験式における偶然的不確定性や認識論的不確定性を考慮
することが,合理性に欠けるということはできない。
債権者らは,国土交通省の「日本海における大規模地震に関する調査
検討会」において,算出したすべり量を一律に大きくした例を挙げ,
松田式によって設定された地震規模に過去の地震データによって割り
出されるばらつき分を上乗せすべき旨主張する。
しかしながら,基データのばらつきを定量的に予測結果(経験式の適
用結果)に上乗せする手法が適切でないことは前記説示のとおりであ
る。資料(甲D472の1)によれば,「日本海における大規模地震
に関する調査検討会」の例は,日本海において将来起こり得る津波災
害の防止・軽減のため,地震による津波を想定するに当たり,既往研
究による過去の地震の平均すべり量にばらつきがあることを踏まえ,
特定の地震(1983年日本海中部地震,1993年北海道南西沖地
震)の既往断層モデルのすべり量のばらつきを考慮し,平均すべり量
にばらつきの標準偏差を加算したものであって,経験式そのもののば
らつきによる不確かさを考慮して上乗せしたものではないと認めるこ
とができる。
また債権者らは,松田式は断層長さと地震規模との関係式であり,伝
播特性や増幅特性はそのばらつきと無関係である旨主張するが,松田
式の基となるデータは,観測記録によるものであるから,伝播特性や
地盤の増幅特性も反映されており,これによるばらつきが存在すると
認められる(乙173)。
債権者らは,武村式のばらつきも考慮されるべきであると主張する。
武村式は,地震規模(マグニチュード)と地震モーメントの関係式と
して広く用いられている信頼性の高いものであるが,松田式を適用して
得たマグニチュードを,武村式で地震モーメントに換算するにあたって,
さらに上乗せをすると,松田式により算出した地震規模からの乖離が大
きくなり,その合理性が失われるおそれがあるから,債権者らの主張は
採用できない。
(ウ)断層長さの認識論的不確定性
債権者らは,債務者の「ジョグの中央部若しくは端部まで破壊が及ぶ」
という仮定が合理的なのであれば,約90㎞ケースや約103㎞ケー
スも合理的であり,これらのケースも評価すべきである旨主張する。
しかし,さらに長い連動を考慮して債務者が設定した約130㎞や約
480㎞の区間のほかに,債権者ら主張のような区間を設定する必要
性,合理性があるとは認められない。中央構造線断層帯についての断
層モデルを用いた手法による地震動評価の結果,断層長さが約480
㎞,約130㎞及び約54㎞の基本ケースでは,地震動に大きな違い
が生じなかった(乙31・180,183,186,189頁)。す
なわち,本件敷地に最も大きな影響を及ぼすのは,敷地前面海域の断
層長さ約54㎞の区間であり,それ以上断層を長く設定しても,基本
的に地震動の大きさは変わらないことが推認される。したがって,債
務者が,断層長さ約90㎞や約103㎞のケースを仮定して地震動評
価を行わなかったことが不合理ということはできない。債権者らの主
張に理由はない。
債権者らは,地震本部の中央構造線長期評価(2017)において,石鎚
山脈北縁西部-伊予灘の区間(断層長さ約130㎞)が,石鎚山脈北
縁西部区間(断層長さ約41㎞)と伊予灘区間(断層長さ約88㎞)
とに分割されたこと,中央構造線断層帯の断層面の深部における傾斜
角(震源断層の傾斜角)として,中角度の可能性が高いとの判断が示
されたことから,断層長さ約88㎞の北傾斜40度のケースを想定し,
これに松田式及び耐専式を適用して基準地震動を見直す必要がある旨
主張する。
しかしながら,改訂された長期評価が示す断層長さ約88㎞は,債務
者が想定した断層長さ約480㎞や約130㎞に包含される区間であ
り,債務者が,断層長さが約480㎞,約130㎞及び約54㎞の断
層モデルを用いた地震動評価の結果から,本件敷地前面海域の約54
㎞の区間が敷地に最も大きな影響を及ぼすと判断したことが不合理と
なるものではない。また,傾斜角についても債務者は北傾斜角30度
を不確かさとして既に考慮しており,基準地震動の見直しの必要があ
るとまでは認められない。
地震ガイドにおいて,「震源が敷地に近く,その破壊過程が地震動評
価に大きな影響を与えると考えられる地震については,断層モデルを用
いた手法が重視されている必要がある。」(地震ガイドⅠ.3.1⑵
(乙39・3頁))とされていることからすると,債務者が,中央構造
線断層帯の約88㎞(地震調査委員会(2017)における伊予灘区間)の
ケースについて耐専スペクトルを用いた評価を行っていないからといっ
て,策定した基準地震動Ssが合理性を欠くことにはならない。
(エ)中央構造線長期評価(2011)との比較
債権者らは,中央構造線長期評価(2011)では,断層全体(金剛山地
東縁-伊予灘。400㎞)の地震動評価がMw7.9-8.4であるの
に対し,債務者が想定した断層長さ480㎞の地震動評価が7.9であ
って,中央構造線長期評価(2011)に比べて過小評価である旨主張する。
地震調査委員会は,中央構造線長期評価(2011)において,断層全体
が活動する場合のモーメントマグニチュードについて,断層長さによっ
てすべり量が飽和しないとの仮定の下,約130㎞区間と同様の手法で
算出された各活動区間の地震モーメントの総和から求めたケースと,各
活動区間のすべり量を一律に7mと仮定して各活動区間の地震モーメン
トを算出し,その総和から求めたケースとの二つのケースから推定した
(乙33・77,78頁)のであるが,すべり量が飽和するという現在
の知見の下では,その想定は過大なものと考えるのが相当である。した
がって,中央構造線長期評価(2011)に示されたモーメントマグニチュ
ードの値と債務者が算出したモーメントマグニチュードの値とを比較す
るのは適切ではない。
中央構造線長期評価(2017)では,モーメントマグニチュードの算出
方法が改められ,断層全体約444㎞のモーメントマグニチュードの値
をMurotanietal.(2015)で求めた地震モーメントを用いてKanamori
(1977)により算出し,断層傾斜が高角度の場合で7.8,中角度の場
合で8.0としたが(乙532・72頁),そうすると,債務者の評価
(断層長さ480㎞のケースで7.7ないし8.0,北傾斜ケースで8.
0)と大きく変わらないということができる。
債権者らは,Murotanietal.(2015)がレシピに採用されたことに関
して,レシピでは,Murotanietal.(2015)の震源断層と地震モーメン
トとの関係式が採用されただけであり,「地表最大変位量は断層長さL
がほぼ100㎞で約10mに飽和し,かつ,地表最大変位量は震源断層
の平均すべり量の概ね2~3倍に収まる」という見解は採用されていな
い旨主張する。
しかしながら,Murotanietal.(2015)は「地表最大変位量は断層長
さLがほぼ100㎞で約10mに飽和し,かつ,地表最大変位量はDの
概ね2~3倍に収まる」という研究成果を踏まえ,震源断層のすべり量
が飽和した場合の断層面積と地震モーメントとの関係式を見出した知見
であるから,債権者らの主張は当を得ない。
債権者らは,中央構造線長期評価(2017)において,伊予灘区間の将
来の活動におけるずれの量が「8m程度もしくはそれ以上」と従前より
も引き上げられたとして,中央構造線長期評価(2011)を過大評価と判
断することはできない旨主張する。
中央構造線長期評価(2017)の内容を検討すると,そこで指摘された
「8m程度もしくはそれ以上の右横ずれ」は平均すべり量ではなく,地
表最大変位量を示すものであると認められる。中央構造線長期評価(20
17)は,地震規模(モーメントマグニチュード)の算出に当たり,中央
構造線長期評価(2011)のように地表の変位量(ずれの量)を震源断層
の平均すべり量とする仮定を置いていないから,地表最大変位量が「8
m程度」とされたことは,地震規模の算出に影響しない。
債権者らは,地震発生層について,中央構造線長期評価(2011)は,
上端深さを0㎞,下端深さを地下15㎞としており,債務者の評価した
地震発生層の設定(上端:地下2㎞,下端:地下15㎞)が保守的では
ない旨主張する。
しかしながら,債務者が地震発生層の厚さを設定した際,根拠とし考
慮した事項については原決定の認定説示のとおりであり,その内容に不
合理な点はない。
債権者らは,中央構造線長期評価(2011)の設定と差がないとして過
小評価のおそれがある旨指摘するが,同長期評価と同じであることをも
って保守的ではないとはいえない。
債権者らは,地震発生層の上端深さについて,同長期評価が0㎞とし
ており,資料(甲F132)を踏まえると,同設定が合理的である旨主
張する。資料(乙33,532)によれば,中央構造線長期評価(201
1)及び同(2017)は,断層のずれ,ないし断層によるたわみが地表に達
していることから断層の上端深さを0㎞としているのであって,これと
地震発生層の上端とは当然に同視し得ないと解される。「堆積層が厚く
分布する地域では,震源断層は地表には達せず,その上盤内に発生した
副次的な断層が地表を変位させていることも考えられる(乙151)」
と指摘されているのであって,本件敷地前面の伊予灘においても堆積層
が厚く分布しており,海底面や堆積層中に見られる断層は震源断層では
なく,副次的なものであると認められる(乙11(6-5-25頁))。
そうすると,債務者が地震発生層の上端深さを2㎞と判断したことが不
合理であるということはできない。
債権者らは,地域地盤環境研究所が作成した報告書(甲F127)に
おいて,D95をもとに断層幅を推定した場合に過小評価になるとされ
ており,D90による債務者の評価は過小評価のおそれが強い旨主張す
る。しかし,債務者の地震発生層の下端深さの設定は,D90のみによ
るものでないことは前記引用に係る原決定説示のとおりであるから,債
権者らの主張は当たらない。
債権者らは,断層幅ないし地震規模の設定に関して長期評価と債務者
の設定とで乖離が生じている原因は,断層傾斜角の設定の違いによると
ころが大きい旨主張する。
引用に係る原決定説示のとおり,債務者は,中央構造線断層帯の震源
断層の傾斜角について,鉛直(90度)を基本ケースとし,その上で,
北傾斜30度のケースを不確かさとして考慮するとともに,傾斜角に多
少のばらつきが生じることも否定できないことから,南傾斜80度のケ
ースも不確かさとして考慮したのであって,これらの考慮は合理的なも
のであったと認められる。
債権者らは,断層長さ約444㎞及び約130㎞区間につき,中央構
造線長期評価(2017)が採用したMurotanietal.(2015)によるモーメン
トマグニチュードが,債務者の応答スペクトルに基づく地震動評価のモ
ーメントマグニチュードよりも大きいこと,その理由が断層傾斜と断層
幅の評価の違いによるものであるとして,債務者の評価が過小であると
主張する。
しかしながら,債務者が応答スペクトルに基づく地震動評価において
地震規模を算出するために用いた松田式は,断層長さから地震規模を求
める経験式であって,断層幅や傾斜は関係がない。債務者が応答スペク
トルに基づく地震動評価において算出したモーメントマグニチュードは,
断層長さ約480㎞のケースで7.9,断層長さ約130㎞のケースで
7.5である(乙31・126~129頁)。これに対し,中央構造線
長期評価(2017)がMurotanietal.(2015)によって求めた断層長さ約
444㎞のモーメントマグニチュードは,傾斜角中角(40度)で8.
0,同高角で7.8であり,断層長さ約130㎞のそれは,傾斜角中角
(40度)で7.6(債権者らの計算)であり,正確な比較はできない
が,債務者が応答スペクトルに基づく地震動評価において算出したモー
メントマグニチュードが特に過小であるとはいえない。そもそも,Mur
otanietal.(2015)のようなスケーリング則を用いて断層面積から地震
規模を算出する方法については,債務者は現に断層モデルを用いた手法
によって地震動評価しているものであって,応答スペクトルに基づく地
震動評価において,断層面積を考慮しなかったからといって,債務者の
評価が不合理となるものではない。
(オ)耐専式の適用排除
債権者らは,耐専式のコントロールポイントは便宜的に設定されたも
のにすぎず,極近傍よりも近傍の地震について適用できないという検
証がされているわけではないとして,債務者が,断層長さが約54㎞,
約69㎞及び約130㎞の各ケースで,断層傾斜が鉛直の場合に耐専
式を適用しなかったことに合理性がない旨主張する。
しかしながら,耐専スペクトル(耐専式)は,経験式であるから,そ
の適用範囲は,基データの範囲に限定されるべきであって,外挿とし
て適用するには,その妥当性について十分な検証が必要である。耐専
スペクトルは,その策定当初から,「極近距離」より近傍の地震へ適
用することは想定されておらず,また,極近距離よりも近傍の地震の
適用性については未だ十分な検証がなされていない(乙170・10
頁)と認められるから,債権者らの主張は理由がない。
債権者らは,債務者が,比較対象として,耐専スペクトル以外の適格
性に欠ける複数の距離減衰式を採用したと主張するが,債務者が耐専
スペクトル以外の距離減衰式を採用するにあたって,その適用結果を
相互に比較し,かつ54㎞及び130㎞ケースでは断層モデルを用い
た手法で算定した地震動とも比較したことは引用に係る原決定の説示
(236頁)のとおりであって,比較対象の選定,そのほか比較方法
が不合理であったということはできず,債権者らの主張は採用できな
い。
債権者らは,各疎明資料(甲F128・168頁,甲F129・10
3頁)などから,他社の原子力発電所において,応答スペクトルによ
る地震動評価が断層モデルを用いた手法による地震動評価を数倍上回
るものも通常見られる旨指摘するが,同疎明資料から,所論の事実を
読み取ることができるか必ずしも明らかでなく,原子力発電所の耐震
性に大きな影響を及ぼす周期0.1秒付近では,断層モデルを用いた
手法による地震動評価結果と応答スペクトルに基づく地震動評価結果
とは非常に近接しているし,一部周期帯で断層モデルを用いた手法に
よる地震動評価結果が応答スペクトルに基づく地震動評価結果を上回
っているところもあるから,地震動全体のレベルとして,断層モデル
を用いた手法による地震動評価結果と応答スペクトルに基づく地震動
評価結果とが大きく乖離している事例とみるのが適切とはいえない。
(カ)耐専式のばらつきの考慮
債権者らは,地震動観測記録にあるばらつきと耐専式による地震動の
乖離があるため,少なくとも標準偏差の2倍(2σ)程度を考慮すべ
きであり,内陸補正を用いないことでこれを補えるものではない旨主
張する。
地震動観測記録におけるばらつきを耐専スペクトルにおいて定量的に
平均値に上乗せする(標準偏差の2倍程度を考慮する。)ことが必ず
しも相当といえないことは,前に説示した松田式のばらつきの考慮と
同様である。債務者は,地震動観測記録のばらつきを地域特性に由来
するものとみて,これを評価することで耐専式の補正をしているので
あって(内陸補正をしないなど),その手法は合理的である。
債権者らは,JNESの報告書(乙271)において,「耐専スペク
トルはあくまで平均スペクトルであり,実際の適用にあたっては地震
動のばらつきを考慮して設計用標準応答スペクトルを定めていく必要
がある」旨,「今後,地震動により影響を与えるパラメータをさらに
導入する,あるいは敷地における地震観測データ等を用いることによ
り,これらのばらつきをさらに小さくすることができるものと考えら
れる」旨の指摘があるのに,債務者が対応を怠っていると主張する。
JNESの報告書の「地震動により影響を与えるパラメータをさらに
導入する,あるいは敷地における地震観測データ等を用いることによ
り,これらのばらつきをさらに小さくすることができる」との指摘は,
耐専スペクトルのばらつきが,より多くのパラメータを地震動評価に
反映させることによって小さくできること,すなわち,評価地点の地
域特性をより詳細に地震動評価に反映させることにより,ばらつきが
小さくなることを意味している。このため,債務者が,耐専スペクト
ルの適用に当たり,本件発電所において考慮すべき地域特性を把握し
て幅を持たせたパラメータ設定を行うことによって,適切にばらつき
を考慮していることは引用に係る原決定の説示(236頁)のとおり
である。
債権者らは,応答スペクトルに基づく地震動評価における地震規模の
算定は,松田式のみによらなければならないものではなく,断層面積
と地震モーメントとの関係を表す経験式(S-M0経験式)を用いて地
震規模(マグニチュード)を設定することも可能であるとして,松田
式と強震動予測レシピに記載された入倉・三宅(2001)のS-M0経験式
を併用すべきである旨主張する。
応答スペクトルに基づく地震動評価においてS-M0経験式を用いる
ことが可能であることは債権者ら指摘のとおりである。しかし,債務
者は,震源を特定して策定する地震動を策定するに当たり,少ないパ
ラメータにより簡便に地震動を評価することができる応答スペクトル
に基づく地震動評価手法と震源断層の形状等を把握するための詳細な
調査を必要とし,多数のパラメータ設定を行う断層モデルに基づく地
震動評価手法とを相補的に用いることで,信頼性の高い地震動評価を
得ようとしているのであり,それ自体は合理的な方法である。債務者
は,応答スペクトルに基づく地震動評価では,活断層の位置,形状等
を詳細に検討しなければ設定できない断層面積を用いるS-M0経験式
を用いるよりも,活断層の長さから地震規模を求める松田式を用いる
方が,手法としての特徴を活かすものであると判断しており,その判
断には合理性があり,応答スペクトルに基づく地震動評価において,
S-M0経験式を用いていないとしても,地震動評価全体として合理性
に欠けることにはならない。
イ断層モデルを用いた手法による地震動評価について
(ア)地震動評価の手法について
債権者らは,レシピの手法は最低限のものとして,複数の計算手法を
検討し,より保守的な地震動評価となる手法の採用を要請するのが地
震ガイドの趣旨であるとした上,設置許可基準規則解釈4条別記2の
5二⑤及び地震ガイドⅠ.3.3.3(2)において,各種の不確かさを
考慮するよう求められていると主張する。そして,債務者がFujiiand
Matsu’ura(2000)を用いる際に,レシピを参照してアスペリティ面積
比(Sa/S)を21.5%,アスペリティの応力降下量(⊿σa)
を14.4MPaとしているのは,最低限の考慮をしたにすぎない,
と批判し,このような方法では十分ではない旨主張する。
しかしながら,債務者は,基本震源モデルの設定に当たり,断層長さ,
アスペリティの深さ,破壊開始点等について,不確かさを考慮したパ
ラメータ設定を行った上で,さらに,断層傾斜,応力降下量,アスペ
リティの平面配置等の不確かさをそれぞれ上乗せして考慮したケース
についても評価しており,その考慮が過小評価であって不合理である
とはいえない。
債権者らは,債務者が地震動評価に際し用いた手法を検証するのに,
地震モーメント(M0),平均応力降下量(⊿σ)及びアスペリティの
応力降下量(⊿σa)の3つのパラメータを比較・検討をしたことに
ついて,新潟県中越沖地震の例をみても短周期レベルAもまた強振動
評価に大きく関わるパラメータであることは明らかであり,その不確
かさを考慮して,債権者らの手法に従ってアスペリティの応力降下量
(⊿σa)を算定すると,地震動評価はさらに大きくなり,債務者の
評価が過小である旨主張する。
地震動評価においては,多数のパラメータを用いるから,評価結果に
大きく影響するものを選定し,比較・検討することが合理的であり,
断層運動のエネルギーの規模を示す指標である地震モーメントは,他
のパラメータ設定にも関係する重要なパラメータであるし,応力降下
量も,地震動の強さへの影響が極めて大きい。
地震ガイド(乙39)に,「アスペリティの応力降下量(短周期レベ
ル)については,新潟県中越沖地震を踏まえて設定されていることを
確認する。」とされているのは,同地震において,地震規模に比して,
1.5倍程度の強い揺れを生じたとする知見が得られていることによ
るものと認められる。また,地震ガイドは,震源特性パラメータの設
定にあたって,「内陸地殻内地震の起震断層,活動区間及びプレート
間地震の震源領域に対応する震源特性パラメータに関して,既存文献
の調査,変動地形学的調査,地表地層調査,地球物理学的調査の結果
を踏まえ適切に設定されていることを確認する。」とされている。新
潟県中越沖地震の震源断層は逆断層型であった(乙25)が,本件敷
地前面海域の断層群を含む中央構造線断層帯は右横ずれ断層型である
(乙31)ところ,横ずれ断層型の内陸地殻内地震における短周期レ
ベルの大きさは,逆断層型の内陸地殻内地震のそれより有意に小さい
ことが指摘されている(乙260)。そうすると,震源特性パラメー
タについて,短周期レベルを取り上げ検討しなかったことには理由が
あり,債務者が比較・検討に用いたパラメータの選定は合理的といえ
る。
債権者らは,中央構造線断層帯の断層長さ約54㎞ケースについて,
「(イ)の手法(原決定251頁9行目以下)」と「原則的方法(原
決定246頁17行目以下)」とを組み合わせて,債務者が用いた手
法により算出されたパラメータの値と比較し,債権者らの手法をとっ
た場合,地震動評価は最も保守的になるとして,債務者の評価が過小
である旨主張する。
しかしながら,断層長さ約54㎞のケースに(イ)の手法と原則的方
法とを組み合わせ,債権者らの算出した⊿σ及び⊿σaの値からする
と,断層総面積に対するアスペリティ総面積の比(Sa/S)は約4
3.7%となり,強震動予測レシピが示す最新の研究成果(Somervill
eetal.(1999)の平均22%,宮腰ほか(2001)の15~27%(乙3
54(10頁)))と比較して,過大であり,合理性に欠けるといわ
ざるを得ない。
債権者らは,断層長さ約130㎞のケースについて,「(ア)の手法
(原決定251頁7行目以下)」と原則的方法とを組み合わせて算定
すると,債務者が用いた手法による評価よりも大きな地震動評価とな
る可能性が高い旨主張する。しかし,前同様,債権者らの算出による
と,Sa/Sが約47.0%となり,明らかに過大であり,債権者ら
の算出したパラメータは合理性を欠くといわざるを得ない。
債権者らは,断層長さが69㎞や88㎞のケースでも,松田式を適用
し,(イ)の手法を用いて計算することが可能であり,これとの比較
を怠っている債務者の検討に不備がある旨主張する。
債務者は,断層長さ約69㎞については,連動ケースに含まれるもの
とし,解析ケースとして想定しておらず,断層モデルにおいて断層の
長さを変えても地震動に変わりのないことを確認したが,耐専スペク
トルにおいては,地震規模と等価震源距離の関係により影響がある可
能性が考えられることから,保守的観点に立ち,応答スペクトル評価
において念のため69㎞ケースを検討したものであった(乙31・9
5頁)。そうすると,断層モデルを用いた地震動評価において,同ケ
ースを検討しなければならないとはいえない。
断層モデルを用いた手法による地震動評価では,断層面積から地震規
模を求める(ア)の手法を用いることが適切であって,原子力規制委
員会も設置許可基準規則解釈別記2の5二②の規定を踏まえ,(ア)
の手法を用いるものとしている(乙254・2頁)。したがって,断
層長さが松田式の適用範囲にあるからといって(イ)の手法を用いる
べきであるとはいえない。
(イ)長大な断層に用いる手法について
債権者らは,債務者が中央構造線断層帯の地震動評価に用いた壇ほか
(2011)及びFujiiandMatsu’ura(2000)のその他の各知見は,長大な
横ずれ断層に関して,観測記録による検証を経ておらず,耐震安全性
を証明し得るレベルに至っていない旨主張する。
壇ほか(2011)については,アラスカDenali地震(2002)
の記録,鳥取県西部地震の記録及び距離減衰式である司・翠川(1999)
の評価と比較して,よく整合していることが確認されている(乙17
6・1264頁,乙177)から債権者らの主張は理由がない。
債権者らは,Denali地震のデータが液状化気味のデータであり,
十分な検証はできない旨主張する。しかし,壇ほか(2012)では「PS
10観測点の最大加速度については,地盤の非線形挙動の影響を受け
てかなり小さくなっているため,ここでは比較の対象としなかった。」
としているが,最大速度については観測記録との比較を行い,「観測
記録とも整合している」(乙176・1263頁)とした。すなわち,
「PS10観測点」の表層地盤で液状化の影響があったとしても,そ
の影響を受ける最大加速度は比較の対象とせず,検証が可能なものと
して最大速度について観測記録と比較し検証したものであるから,十
分な検証がない旨の債権者らの指摘は当たらない。
債権者らは,原子力規制委員会の審査会合における債務者従業員の発
言(甲F85・41頁)をひいて,FujiiandMatsu’ura(2000)の検
証がなく信頼性が低い旨主張するが,同発言は,壇ほか(2011)が,Fuj
iiandMatsu’ura(2000)と比較して,よく検証された信頼性の高い手
法である趣旨を述べたものであって,FujiiandMatsu’ura(2000)の
検証が必ずしも不十分であることを示すものとは解されない(甲F8
5・41頁)。壇ほか(2011)及びFujiiandMatsu’ura(2000)の知見
は,観測記録による一応の検証を経たものであり,もとより,引用に
係る原決定説示のとおり,今後の知見の進展や長大断層の地震の観測
記録の集積により変動する可能性があるが,であるからといって両知
見が不合理であるということはできない。
債権者らは,地震本部の強震動評価手法検討分科会におけるレシピ改
訂に向けた検討段階で,壇ほか(2011)について,「現状では知見が不
足しているため,アスペリティ面積の設定に用いるのは適切ではない」
(甲F61)と結論されている旨指摘するが,壇ほか(2011)によるア
スペリティ面積比は0.28とされる(乙37・2047頁)ところ,
宮腰ほか(2001)が示すアスペリティ面積比15~27%と概ね整合し
ているし,前記のとおり,地震観測記録等による検証も進められてい
るところである。そして,壇ほか(2011)は,レシピには採用されてい
ないが,IAEAがSSG-9を補完する目的で策定しているSafety
ReportsSeriesNo.85(乙356)で紹介されるなど,信頼性の高い
手法として認知されている。したがって,地震動評価に際し,壇ほか
(2011)の知見を検討することは合理的であるというべきである。
債権者らは,海外の地震データに大きく依拠する手法を採用すること
には慎重であるべきであり,採用する場合は,国内の地震データに依
拠した考え方も検討するなどして認識論的不確定性による過小評価の
おそれを低減すべきである旨主張する。同主張は,壇ほか(2011)やFuj
iiandMatsu’ura(2000)に海外の地震データが用いられていることに
よる不確定性を考慮すべきであるというものと解される。引用に係る
原決定説示のとおり,海外の地震データを用いることも含め,長大断
層についての観測記録が少ないことを念頭に,今後の知見の進展や長
大断層の地震の観測記録の集積により変動する余地が大きいことを,
不確かさの考慮において留意するのが相当である。したがって,この
問題は,債務者のした不確かさの考慮が適切か否かの検討に係ること
になる。
債権者らは,債務者が用いた壇ほか(2011)やFujiiandMatsu’ura
(2000)によるアスペリティの応力降下量の値が,宮腰ほか(2015)が検
討対象とする内陸地殻内地震のうち,小規模な地震を除いた8地震に
おけるアスペリティの応力降下量の平均値とは整合せず,過小評価と
なっている旨主張する。
しかしながら,壇ほか(2011)やFujiiandMatsu’ura(2000)の手法
が合理的であり,債務者は,これらから得られた平均的なアスペリテ
ィの応力降下量につき,不確かさとして,1.5倍又は20MPaの
いずれか大きい方を考慮した評価をしたものであるから,宮腰ほか(20
15)のうち,規模の大きい8地震のアスペリティの応力降下量の平均が,
壇ほか(2011)やFujiiandMatsu’ura(2000)によるアスペリティの応
力降下量よりも大きめであるとしても,債務者によるアスペリティの
応力降下量の設定が不合理となるわけではない。
債権者らは,アスペリティ面積比の設定について,レシピが示す2
2%を用いるだけでなく,宮腰ほか(2015)で示された16%という考
え方も考慮すべきである旨主張する。
レシピは,既往の研究成果から,アスペリティ面積比を22%とし,
震源断層全体の静的応力降下量を3.1MPaとすることによって,
既往の調査・研究成果とおおよそ対応する数値となることを確認した
としているのであるから,アスペリティ面積比のみを22%から1
6%に変更することは,レシピに照らして妥当ではない。
(ウ)480㎞ケースに入倉・三宅を適用しないことについて
債権者らは,すべり量が飽和するとの知見が採用されたとしても,松
島ほか(2010)(甲D124)等を踏まえ,断層長さ約480㎞のケー
スにおいて,あえて入倉・三宅(2001)の関係式を適用することが保守
的で望ましい旨主張するが,引用に係る原決定説示のとおり,レシピ
が改訂され,入倉・三宅の適用上限がS(断層面積)=1800k㎡
とされ,これを超える断層についてはMurotanietal.(2015)を適用す
ることとされており,入倉・三宅(2001)を適用する根拠はなくなった
というべきである。
(エ)54㎞ケースでの入倉・三宅式による過小評価の可能性
債権者らは,中央構造線断層帯の断層長さ約54㎞のケースについて,
(イ)の手法を考慮しないことによって過小評価の恐れが生じており,
それは不確かさの考慮によっては補えない旨主張する。
しかしながら,引用に係る原決定説示(原決定251頁16行目から
255頁25行目まで)のとおりであって,断層長さ54㎞の基本ケ
ースを(イ)の手法で検討したとしても,債務者が壇ほか(2011)で検
討した結果とほぼ同等の結果となるのであるから,断層長さ約54㎞
のケースに(イ)の手法を適用していないからといって債務者の策定
した基準地震動Ssが不合理となるものではない。
債権者らは,地表面にもすべりが生じることが知られているとして,
中央構造線断層帯に伊予灘区間のような地表付近に明瞭な活断層が認
められる断層の地震規模を設定する上で,(ア)の手法を適用する場
合,地震発生層の深さについて,上端深さを0㎞と設定すべきであり,
上端2㎞,下端15㎞とする債務者の設定は保守的とはいえないと主
張する。
断層破壊に伴って地表面にもすべりが生じること,そして,地震発生
層よりも浅い部分における断層破壊に伴う地震動の影響についての提
言があることは債権者ら主張のとおりである(甲F138)。しかし,
同提言は,あくまで地下深部の断層面の影響とは別に地下浅部の断層
面の影響も考慮して地震動評価をしようとするもの,つまり,地震発
生層より浅い部分の軟らかい地盤から発せられる地震動も考慮しよう
とするものであって,地震発生層の上端を地表(0㎞)に設定しよう
とするものではない(甲F132,139)。
(オ)アスペリティ応力降下量(短周期レベル)の不確かさ
債権者らは,アスペリティの応力降下量の不確かさの考慮について,
震源インバージョンの結果得られたアスペリティの応力降下量は平均
で19.5MPaとなるものの,Aoietal.(2007)では約34.4MP
a,Miyakoshietal.(2008)では約22.1MPaとなることから,
債務者の不確かさ考慮は不十分である旨主張する。
しかしながら,Aoietal.(2007)の知見では,アスペリティ面積比は
0.09(9%),また,Miyakoshietal.(2008)の知見によるアス
ペリティ面積比は0.14(14%)であり(乙256・145頁),
いずれも最新の研究成果である平均22%,15~27%(乙35
4・10頁)と比較して有意に小さく,この数値をもとにした場合,
アスペリティの応力降下量は過大に算定される。宮腰ほか(2015)では,
こうした値も含めて震源インバージョン結果のアスペリティの応力降
下量の平均値として19.5MPaを算出した。アスペリティの応力
降下量の不確かさを考慮してこれを上回る応力降下量を定めた債務者
の評価が過小とはいえない。
債権者らは,債務者がアスペリティの応力降下量の不確かさとして基
本モデルの1.5倍又は20MPaの大きい方を考慮したことについ
て,「入倉ほか(2007)」(甲F140),「釜江・川辺(2008)」(甲
F141),「芝ほか(2008)」等の知見によれば,「1.5倍又は2
5MPaのいずれか大きい方」という基準が妥当である旨主張する。
「入倉ほか(2008)」,「釜江・川辺(2008)」,「芝ほか(2008)」は,
新潟中越沖地震を踏まえた知見である(甲F140,甲F141)。
震源を特定して策定する地震動は,地域特性を十分に反映した評価を
行うことが求められている(地震ガイドⅠ.3.1⑴(乙39・3
頁))から,全く地域特性の異なる新潟県中越沖地震に関する知見が
示す応力降下量をそのまま本件発電所の地震動評価に用いることは必
ずしも適切とはいえない。債務者がアスペリティの応力降下量の不確
かさとして考慮した水準が妥当であるか検討する上で,必ずしも新潟
県中越沖地震に関する全ての知見に則る必要はないし,比較対象とし
て適切な知見を参照するに当たり,最新の知見の一つである宮腰ほか
(2015)を用いることに不合理な点はない。アスペリティの応力降下量
の不確かさとして「1.5倍又は20MPaの大きい方」を考慮した
債務者の評価は不合理ではない。
債権者らは,債務者が新潟県中越沖地震の知見を踏まえ,不確かさと
してアスペリティの応力降下量(短周期レベル)1.5倍を考慮した
ことにつき,1.56倍から1.78倍というのが妥当であるとし,
債務者が採用する壇ほか(2001)の12.2MPaやレシピの14.4
MPaは平均値として妥当であるか不明であり,長大断層のアスペリ
ティに関する知見が特に不十分であることをアスペリティの応力降下
量において勘案することができたにも関わらず,これを見過ごしたと
して,その不合理性を主張する。
新潟県中越沖地震の短周期レベルについて,東京電力株式会社が作成
した報告書中には,複数の震源インバージョン解析に基づき検討した
ところ,短周期レベルの経験値との比率として,1.56倍,1.7
8倍,1.64倍という数値が得られた(甲F97・5-55頁)が,
東京電力は,最終的には,応力降下量から求められる短周期レベルは
平均的地震より1.5倍程度大きいと結論付け(甲F97・5-41
頁),断層モデルを用いた手法による地震動評価においては,平均値
に対する1.5倍の短周期レベルを考慮するものとしている(甲F9
7・6-2頁)。これを踏まえ,原子力安全・保安院も新潟県中越沖
地震の際,東京電力の柏崎刈羽原子力発電所で観測された地震動が平
均的な地震動と比べて大きかった要因として,「震源特性としては,
短周期レベルが平均的なものよりおおよそ1.5倍程度大きかった」
と評価した(甲F98)。以上の事実及び引用に係る原決定説示のと
おり,新潟県中越沖地震について,EGFフォワード・モデリングの
手法によると,倉橋ほか(2008)の知見は債務者の応力降下量の設定を
上回るが,そのほかの知見及びこれらの平均値は20MPaを下回る
こと等からすると,債務者が新潟県中越沖地震の短周期レベルが平均
的なもののおおよそ1.5倍としてアスペリティの応力降下量の不確
かさを考慮したことは合理的であったということができる。
債権者らは,中角傾斜形状のまま,地殻全体を左右の横ずれ並びに正
逆の縦ずれ運動を繰り返して成熟した中央構造線を切断する新しい高
角度の震源断層を想定するためには,けた違いに大きな応力降下量を
要し,通常より特に余裕をもった想定をする必要があるところ,債務
者の不確かさの考慮は過小にすぎると主張する。
中央構造線断層帯の断層運動の変遷について,四国西部の伊予灘では
鮮新世以降(約500万年前以降)に北側低下の鉛直運動(正断層運
動)があり,約70万年前以降は横ずれ運動が卓越しているとされる
(乙533-1・7頁)。正断層の運動は,中角度の断層を生じやす
いこと(レシピ(乙354・4頁))などから,債務者は,少なくと
も約70万年前以降は,中央構造線断層帯において横ずれ運動が卓越
するに至っており鉛直の震源断層が活動していると評価している(た
だし,北傾斜30度,南傾斜80度を不確かさとして考慮する。)。
地質学者伊藤谷生は,「後期白亜紀以降は中角傾斜形状のまま,地殻
全体を左右の横ずれならびに正逆の縦ずれ運動を繰り返して成熟」し
ていたのであれば,横ずれ運動が卓越して以降も,北傾斜の地質境界
としての中央構造線が震源断層として活動し続けていると考えるのが
自然であり,「既存の大構造を切断する新しい高角震源断層をなおも
想定するのであれば,桁違いに大きな応力降下問題に直面するであろ
う。」と指摘する(甲F143)。これは,地震発生層まで延長され
る高角活断層があるとする議論に対し,そのような高角の震源断層は
考え難いとするものである。
震源断層を鉛直と評価している債務者も,次の地震の際に,全く断層
のない岩盤中に高角度の震源断層が新規に形成されることを予想して
いるのではなく(そうであれば,前記指摘のように大きな応力降下量
が生じる。),横ずれ運動が卓越するようになった約70万年前以降,
高角度の震源断層が形成され,活動を繰り返し成熟した断層となって
おり「桁違いの応力降下」が発生することはないと想定しているので
あって,同想定は合理的なものと認められる。
(カ)中央構造線長期評価(2017)における中角度北傾斜
債権者らは,中央構造線長期評価(2017)で,中央構造線断層帯の深
部の傾斜に関し,高角度と中角度の両論併記としながらも,中角度の
可能性が高いとされていることから,北傾斜のケースに応力降下量等
の不確かさを重ねた評価を行うべきであると主張する。
引用に係る原決定説示のとおり,不確かさを考慮するに当たり,原子
力安全・保安院耐震安全審査室がまとめた「活断層による地震動評価
の不確かさの考慮について」(乙367,369)によれば,考慮す
べき不確かさは,①断層長さ,②アスペリティの位置,③上端深さ,
④断層傾斜角,⑤応力降下量,⑥破壊開始点であり,うち①は認識論
的不確実性であり,②ないし⑥は自然が持っている不確実性であると
されている。そして,必要に応じて,「認識論的不確実性」を考慮し
た上で,「自然が持っている不確実性」について基本モデルで不確か
さを排除できないものを考慮すること,⑥の破壊開始点については,
全てのケースで複数設定することが求められている。しかし,「自然
が持っている不確実性」については,基本モデルが十分適切なもので
あれば重畳の必要はないとされている。そして,債務者の基本モデル
の設定の手法が地震ガイドの記載に照らし妥当であることは原決定説
示のとおりである。そうすると,断層角を高角度として基本モデルに
対し,不確かさとして中角度を検討するほかに,中角度をも基本モデ
ルとしてそのほかの不確実性を重畳的に考慮しなければならないとは
いえない。
債権者らは,中央構造線長期評価(2017)において,「三波川帯と領
家帯上面の接合部以浅の中央構造線も活断層である可能性を考慮に入
れておくことが必要と考えられる。伊予灘南縁,佐田岬半島沿岸の中
央構造線については現在までのところ探査がなされていないために活
断層と認定されていない。今後の詳細な調査が求められる」とされ,
三波川帯と領家帯上面の接合部以浅の中央構造線は,設置許可基準規
則解釈3条3項及び地質ガイドⅠ.2.1の「将来活動する可能性の
ある断層等」で,設置許可基準規則解釈別記2の5項二号⑥及び地震
ガイドⅠ.3.3.2(4)④の「震源が敷地に極めて近い場合」に当た
るにもかかわらず,相応の評価をしていないとして,債務者の評価が
不合理である旨主張する。
伊予灘においては,債務者のほか,産業技術総合研究所,国土地理院,
大学グループなど各調査機関により,調査対象深度及び分解能の異な
る各種の音源を用いた音波探査が実施され,その結果,佐田岬半島の
北岸部に活断層が存在していないこと,佐田岬半島の北岸部以外の本
件発電所近傍にも活断層は存在しないことが確認された(乙538・
9~14頁,乙539・5頁)。したがって,債権者らの主張は,そ
の前提を欠くので採用することができない。
(キ)アスペリティ平面位置の不確かさ考慮
債権者らは,債務者が,本件敷地のほぼ正面沖合に存在するジョグが
アスペリティとはならないとし,本件敷地の正面にアスペリティを配
置することを基本モデルに織り込まず,独立した不確かさ(認識論的
不確かさ)としたことが不合理であり,その結果アスペリティの位置
の不確かさをアスペリティの応力降下量等の不確かさと組み合わせた
考慮をしていないと主張する。
債務者がアスペリティの平面位置の不確かさを適切に考慮しているこ
とは,引用に係る原決定説示のとおりである。同説示のとおり,中央
構造線断層帯についてはジョグの存在が認められるところ,ジョグは
地表変位量が小さく,すべり量の大きいアスペリティが分布すること
は想定し難いことから,ジョグが認められる領域を除いた位置にアス
ペリティを配置するモデル設定には相応の理由があり,小規模なジョ
グが存する本件敷地正面にアスペリティを配置することを,独立して
考慮する認識論的不確かさとして考慮したことは合理的である。
債権者らは,現在の知見では,地表の活断層の情報から,アスペリテ
ィの位置の推定は困難であり,事前にわからないという点では偶然的
不確定性と同様であるから,不確かさの組合せについて偶然的不確定
性と同様に検討すべきである旨主張する。
債務者は,各種知見を踏まえ,アスペリティ分布と地表変位量には密
接な関係があるとして,地表の横ずれ変位量が減少するジョグ以外の
部分で,本件敷地に近い個所にアスペリティを設定した(乙373・
11頁)。この設定は,レシピや地質ガイド(乙540・19頁)に
沿うものであり,その上で,債務者は,アスペリティの位置について
の不確かさを考慮して,小規模なジョグのある本件敷地正面にも配置
する評価を行っているのであって,その手法は合理的である。
債権者らは,熊本地震を例に,活断層の分布状況からすればジョグと
目されるところに事後的に強震動生成域が推定されているとして,
「ジョグにアスペリティは想定されない」という考え方は実証されて
いない旨主張する。
しかしながら,債務者は,こうした不確かさを考慮して本件敷地正面
のジョグにアスペリティを配置するケースも評価しているのであるか
ら,基本モデルにおいて,本件敷地正面のジョグにアスペリティを配
置しなかった債務者の評価が直ちに不合理となるわけではない。
債権者らは,各種知見(甲F16・98頁)に示される四国西部の中
央構造線断層帯のセグメント区分を指して,吉岡ほか(2005)以外の知
見が本件敷地正面のジョグを設定していない旨主張する。セグメント
分けが異なるとジョグの位置の認識は異なるのであるが,吉岡ほか(20
05)以外の知見が本件敷地正面にセグメントの境界(ジョグ)を設定す
ることを否定しているわけではない。また,債権者らは,本件敷地正
面の領域と断層長さ約54㎞のケースでアスペリティを配置している
東北東側の領域とでは,大きな差異があるようには見受けられないと
も主張するが,海底に現れている中央構造線断層帯には,約1㎞幅の
ステップが確認できること(乙373・6頁)から,本件敷地正面に
ジョグが存在すると考えることは合理的である。
債権者らは,本件敷地正面のジョグのステップ幅は約1㎞(乙37
3・6頁)と小さいことから,Elliottetal.(2009)の知見(乙37
3・8頁)を踏まえると,地表変位量は急激に減少する傾向があるは
ずであるところ,当該ジョグの長さが約10㎞程度あることと矛盾す
ると主張する。
Elliottetal.(2009)の知見は,ステップの幅と変位量の減少速度
の関係を示すもので,ステップの幅とジョグの長さの関係を示してい
るのではないから,債権者らの指摘は当たらない。
債権者らは,吉岡ほか(2005)のモデルは,債務者の断層モデルと根
本的な齟齬をきたしており,本件敷地正面にジョグを想定するべきで
はない旨主張する。
しかしながら,本件敷地正面の海域の海底に現れている中央構造線断
層帯には,約1㎞幅のステップが確認できること(乙373・6頁)
から,本件敷地正面にジョグが存在すると考えることが合理的である。
債権者らは,吉岡ほか(2005)がカスケードモデルを採用しており,
債務者の断層モデルとは齟齬があると主張するが,長大断層の活動に
ついて,どのようなモデルに基づいて地震動を評価するかということ
とジョグに該当する断層構造が存在することとは,関係のない事柄で
ある。
債権者らは,各専門家の意見に基づき,アスペリティの位置を偶然的
不確定性として見るべきである旨主張する。
しかしながら,岡村眞の指摘(甲D540・62頁以下,甲F14・
65頁以下)を検討しても,引用に係る原決定説示のとおり,アスペ
リティを配置して行った債務者の地震動の評価が直ちに不合理となる
わけではない。岡村行信の指摘(甲D567の1・11頁)は,やは
り引用に係る原決定説示のとおり「アスペリティの位置の設定の困難
性及び不確かさの考慮の重要性を指摘したにとどまるもの」と解され,
債務者の地震動評価の合理性を疑わしめるものとはいえない。
(4)プレート間地震の想定について
ア南海トラフから琉球海溝までの連動
債権者らは,プレート間地震を想定するのに,マグニチュード9程度の
地震の想定は不十分とするほか,南海トラフから琉球海溝まで連動する地
震を想定すべきであると主張する。
引用に係る原決定説示のとおり,内閣府の提唱した南海トラフの巨大地
震は,プレート間地震として南海トラフで発生し得る最大級の地震であり,
債務者がこれを応答スペクトルなどにより確認した上,地震動を評価した
こと,津波ガイドに「プレート間地震に起因する津波の波源設定の対象領
域の例示」として「南海トラフから南西諸島海溝沿いの領域(最大Mw9.
6程度)」とある指摘は,津波波源の設定対象となる領域及び当該領域を
津波波源とした場合に想定される地震規模の参考値を例示したものにすぎ
ないこと,琉球海溝までが連動した場合の震源断層を比較すると,震源断
層までの距離が離隔することなどからして,債権者らの上記主張に係る指
摘は,債務者の地震動算定が不合理であることを推認させるものではない。
イ応答スペクトルに基づく地震動評価
(ア)地震規模をM8.3と設定したことの合理性について
債権者らは,債務者が南海トラフの巨大地震の応答スペクトルに基づ
く地震動評価を行うに当たり,内閣府検討会で「大雑把な評価」(甲F
152)をしたにすぎず,これに基づいて,地震規模Mw8.3と設定
したことが不合理である旨主張する。しかし,上記甲F152によれば,
地震調査委員会の強震動評価部会は,地震動の評価が困難であることを
前提に,2003年の東南海・南海の専門調査委以後も新たな知見を検
討しており,強震動の評価方法を少しずつ改善しているが,現時点で強
震断層モデルを見直した方がよいというほどの研究の成果が明確になっ
ているわけではないという認識を明らかにしているものであって,「大
雑把な評価」という批判は適切とはいえない。
債権者らは,司ほか(2016)(甲F153)をもとに,司・翠川(199
9)に断層最短距離とMw8.3を当てはめて東北地方太平洋沖地震を再
現できたとしても,等価震源距離を用いる耐専式にMw8.3を当ては
めて同じことができると推定するのは誤りであると主張する。
しかしながら,耐専スペクトルのような距離減衰式は,基となるデー
タに強く依存しているので,信頼性のある評価結果を得るためには,適
用範囲に十分留意して用いる必要がある。耐専スペクトルは,M8.5
までの地震動評価に適用できるよう策定された手法である(乙168・
45頁)から,適用範囲を大きく超えるMw9.0という地震規模に耐
専式をそのまま適用することは適切でない。断層最短距離を当てはめた
内閣府の検討結果が,不合理,不適切ということはできない。
(イ)奥村ほか(2012)についての評価
債権者らは,奥村ほか(2012)(甲D334)によれば,東北地方太平
洋沖地震の観測記録を耐専式で再現する場合,M8.4では過小評価と
なることが十分推認される旨主張するが,引用に係る原決定説示のとお
り,Mw9.0の地震規模が耐専スペクトルの適用外である上,同知見
は,地中の地震動を評価するため地下深部での補正係数を算定した上,
東北地方太平洋沖地震の応答スペクトルの再現を試みたものであって,
本件の基準地震動の算定にあたって考慮すべきものとはいえない。
債権者らは,耐専式にMj(気象庁マグニチュード)8.4を当ては
めて応答スペクトルを計算した論文(甲F154)において,女川原子
力発電所の観測記録と整合せず,同マグニチュードが過小評価となって
いることが示されていると主張するが,観測地点である女川原子力発電
所の地盤条件等は明かでない。距離減衰式は,複数の観測点での記録を
用いた検証,その他の距離減衰式との比較,断層モデルを用いた手法に
よる評価結果等との比較が不可欠である。女川原子力発電所の観測記録
のみとの比較をもって耐専スペクトルが過小評価であると結論付けるこ
とはできない。
ウSPGAモデル等不確かさの考慮
(ア)断層モデルのばらつき,不確かさの考慮について
債権者らは,南海トラフの巨大地震の評価に当たり,セグメントモデ
ルで用いる平均応力降下量4.0MPaが小さいこと(乙259・38,
39頁),強震動生成域を陸側に設定しても一般防災以上に強い地震動
を想定しているとはいえないこと(甲F155・49頁)など,不確か
さの考慮が不足する旨主張する。引用に係る原決定説示のとおり,債務
者は,基本ケースとして用いた内閣府(2012b)による南海トラフの巨大
地震モデルが最大クラスの巨大な地震として作成されたモデルであり,
強震断層モデルのパラメータの設定において相当程度の不確かさを織り
込んだ上,本件敷地近傍に強震動生成域を配置しているのであって,不
確かさは相当程度考慮されているというべきである。
(イ)SPGAモデルについて
債権者らは,南海トラフの巨大地震の地震動評価にあたって,内閣府
の強震断層モデルにSPGAモデルを組み合わせることが必要であり,
SPGAモデルを用いて計算し,最大加速度約1066ガルとして野津
厚が作成した本件発電所における地震動のトリパタイト図によれば,本
件発電所の主な施設の固有周期の一部において,基準地震動Ss-1を
超える(甲F28,156)と主張する。
しかしながら,野津厚は,南海トラフの最大加速度約1066ガルを
計算するに当たり,SPGAのパラメータに東北地方太平洋沖地震のS
PGAのそれを用いた(甲D480,610)ものであるが,プレート
間地震及び海洋プレート内地震において,太平洋プレートとフィリピン
海プレートでは地震動の強さが異なり,太平洋プレートの方が大きいこ
とが確認されている(乙87・701頁,173・17頁,260・9
30頁)。また,債務者は,内閣府検討会の強震動生成域(SMGA)
モデルを採用しているが,同モデルにおいては本件敷地直下に強震動生
成域は存在しないとされており(乙259・8頁,272・41頁),
以上の点からすると,債権者らの主張するSPGAによる検討は,本件
では当を得ない。
(5)海洋プレート内地震の想定の相当性
ア債権者らは,債務者による海洋プレート内地震の評価について,想定す
る地震動が過小であると主張する。債務者が海洋プレート内地震の地震規
模をM7と設定したことについて,特に不適切な点はなく,合理的である
と認められることは引用に係る原決定説示のとおりである。
イ債権者らは,地震動ハザード評価(2013)及び予測地図(2014)がプレ
ート内地震につき80㎞×80㎞の矩形断層面を想定していることが不自
然でない旨,明治喜界島地震の震源付近と伊予灘周辺プレート内地震の震
源付近とで,発震機構及びプレート構造に違いがあるとの知見があるから
といって,最大M8.0の想定の信用性に疑いがあるとはいえない旨主張
する。
しかし,予測地図(2014)では震源断層をあらかじめ特定しにくい地震
の断層面の設定について「プレート内地震はプレート内に水平の断層面を
設定する(乙263・112,113頁)。」としており,フィリピン海
スラブの厚さが30ないし35㎞であることからすると,その想定は不合
理であり,明治喜界島地震の震源と伊予灘のそれのプレート構造が異なる
とすると,明治喜界島地震を参考にすることは合理的とはいえない。
ウ債権者らは,一般防災(広島県,広島市,愛媛県)でも,プレート内地
震としてM7.4が想定されている(甲D450,451,甲F155)
として債務者の想定が過小であると主張する。
愛媛県の想定する断層パラメータでは,地震モーメントが2.00×
1020
N・m(甲F155・54頁),平均応力降下量は3.9MPa,
SMGAの平均応力降下量は25.9MPaとされているのに対し,債
務者の想定する基本ケース(M7.0)の断層パラメータは,地震モー
メントが3.98×1019
N・m,平均応力降下量が15.37MPa,
アスペリティの応力降下量が77.6MPaである(乙11)。債務者
の想定は,地震モーメントでは小さいが,応力降下量(地震動の大きさ)
は,愛媛県の想定の3倍となっていることが認められ,債務者の想定が,
自治体の想定よりも保守的でないとはいえない。
エ債権者らは,債務者が,基本震源モデルの地震規模をM7.0とし,不
確かさ考慮においてM7.2やM7.4のケースを考慮していることにつ
き,地震ガイド(Ⅰ.3.3.2(4)①1)は基本震源モデルに関する規
定であり,不確かさの考慮は同Ⅰ.3.3.3に規定されているとして,
レシピよりも非保守的な想定を不確かさ考慮で補うことはできない旨主張
する。
しかしながら,地震ガイドは,レシピのみでなく,最新の研究成果を
考慮することを求めているところ,債務者が設定した基本ケースは,レ
シピが考慮を求めている長期評価や予測地図の根拠となった各知見を評
価して,設定したものであり,その内容は合理的なものである。
(6)震源を特定せず策定する地震動の想定の相当性
ア債権者らは,債務者が震源を特定せず策定する地震動を策定するについ
て,選定した北海道留萌支庁南部地震の基盤地震動が水平方向609ガル,
鉛直方向306ガルであったのに,基準地震動を水平方向620ガル,鉛
直方向320ガルとしたことが過小である旨主張する。
しかしながら,北海道留萌支庁南部地震の基盤地震動につき水平方向
609ガルとしたことは,表層地盤の減衰定数に不確かさを考慮した結
果であり,鉛直方向306ガルは,従来と比べ大きく評価したものであ
ったところ,上記震源の地盤より本件敷地のそれがより固い地盤である
にもかかわらず,北海道留萌支庁南部地震の基盤地震動より加速度を大
きく評価して基準地震動を策定したのであって(乙40,41),その
評価が過小であるとはいえない。
イ債権者らは,「鉄道構造物等設計標準・同解説耐震設計」で示される
標準応答スペクトル(L2地震動)は,周期0.1から0.5秒の応答加
速度が,地震基盤の浅いタイプで4000ガル,地震基盤の深いタイプで
2200ガルと設定されているとして,本件原子炉の基準地震動Ssがこ
れにも及ばない旨主張するが,L2地震動は,S波速度400mの基盤位
置での地震動として設定されたもの(甲F161・11頁)であるのに対
し,本件原子炉の基準地震動SsはS波速度2600mの非常に堅硬な解
放基盤表面で設定されたものであり(乙269・32頁),債権者らの主
張のように単純に比較できるものではない。
(7)年超過確率(基準地震動を超える地震動の発生確率)について
債権者らは,過去の基準地震動超過事例について,震源特性や増幅特性に
よると整理できるとしても,事業者らにおいて,当時の最新の知見や技術を
駆使してもそれらの特性を事前に把握できなかったのであり,債務者のみが
これを事前に把握できているということはできないから,年超過率は信頼で
きない旨主張する。しかし,債務者は,地震ガイドに則って,ハザード解析
によるハザードスペクトルを算定して年超過率を算定しており,その手法は
合理的なものであると認められるから,債権者らの主張は採用できない。
債権者らは,債務者がロジックツリーを作成するに当たり,不確かさの確
率論的評価において不確かさの考慮を誤っている旨主張する。債務者が基準
地震動を策定するに当たり,様々な不確かさを考慮したことに不合理な点が
ないことは前記各説示のとおりである。地震ガイドは,認識論的不確かさを
選定してロジックツリーを作成し,考慮すべき項目が適切に設定されている
ことを確認することを求めており,債務者がこの手法に沿ってロジックツリ
ーを作成したことは引用に係る原決定説示のとおりである。不確かさを考慮
するにあたって,あらゆる可能性を考慮することまでも地震ガイドが求めて
いるとは解されない。
(8)三次元地下構造調査について
ア債権者らは,審査基準である設置許可基準規則,地震ガイド及び敷地内
及び敷地周辺の地質・地質構造調査に係る審査ガイド(以下「地質ガイ
ド」という。)は,地下構造が成層,均質ないし水平と認められる場合,
三次元的な地下構造の検討を必要としないという三次元地下構造調査の
潜脱を許す例外規定があることや三次元探査を二次元探査と同列に規定
していることは不合理である,また,基準適合判断の観点からしても,
債務者は,不十分な探査・調査しか行わずに,その結果分析にも誤りが
あり,債務者が本件敷地は水平成層や均質とした評価は誤りで,三次元
地下構造の検討をしなければならないのにこれを懈怠して不適切な一次
元地下構造モデルを作成したにすぎないから基準適合判断に合理性はな
く,さらに,中央構造線に係る三次元的な調査を懈怠していることから
も基準適合判断に合理性がないなどと主張する。
イ三次元地下構造調査に関する定め及び債務者の調査等
(ア)設置許可基準規則解釈別記2の4条5項4号は,敷地ごとに震源を
特定して策定する地震動及び震源を特定せず策定する地震動の地震動
評価においては,適用する評価手法に必要となる特性データに留意の
上,地震波の伝播特性に係るものとして次の事項を考慮するとし,具
体的には,①敷地及び敷地周辺の地下構造(深部,浅部地盤構造)が
地震波の伝播特性に与える影響を検討するため,敷地及び敷地周辺に
おける地層の傾斜,断層及び褶曲構造等の地質構造を評価するととも
に,地震基盤の位置及び形状,岩相・岩質の不均一性並びに地震波速
度構造等の地下構造及び地盤の減衰特性を評価することとし,評価の
過程において,地下構造が成層かつ均質と認められる場合を除き三次
元的な地下構造により検討することを求めている。そして,②前記①
の評価の実施に当たって必要な敷地及び敷地周辺の調査については,
地域特性及び既往文献の調査,既存データの収集・分析,地震観測記
録の分析,地質調査,ボーリング調査並びに二次元又は三次元の物理
探査等を適切な手順と組合せで実施することを求めている(乙54
2・136頁)。
(イ)地震ガイドは,Ⅰ.3.3.2(4)⑤4)において,敷地ごとに震源
を特定して策定する地震動のうち断層モデルを用いた手法による地震
動評価に関して,地震基盤までの三次元地下構造モデルの設定に当た
っては,地震観測記録(鉛直アレイ地震動観測や水平アレイ地震動観
測記録),微動アレイ探査,重力探査,深層ボーリング,二次元ある
いは三次元の適切な物理探査(反射法,屈折法地震探査)等のデータ
に基づき,ジョイントインバージョン解析手法など客観的,合理的な
手段によってモデルが評価されていることを確認し,地下構造の評価
の過程において地下構造が水平成層構造と認められる場合を除き,三
次元的な地下構造により検討されていることの確認を求めている。ま
た,同5)では,特に敷地及び敷地近傍においては鉛直アレイ地震動観
測や水平アレイ地震動観測記録及び物理探査データ等を追加して三次
元地下構造モデルを詳細化するとともに,地震観測記録のシミュレー
ションによってモデルを修正するなど高精度化が図られていることを
確認することとされている。この場合,適切な地震観測記録がない場
合も含めて,作成された三次元地下構造モデルの精度が地震動評価へ
与える影響について,適切に検討されていることを確認する(信頼性
の高い地震動評価が目的であるため,地下構造モデルの精度に囚われ
すぎないことに留意する。)とする(乙39・6頁)。
(ウ)地質ガイドでは,震源断層の評価における共通事項に関して,Ⅰ.
4.4.1(解説)(1)は,活断層の性状をできるだけ正確に把握する
ことが必要であり,調査段階において次の点を踏まえつつデータが整
備される必要があるとした上で,活断層の三次元構造を把握すること
が重要で,必要に応じて三次元弾性波探査等適切な探査法が使用され
ることが望ましいなどと定める。また,地震動評価のための地下構造
調査に関しては,調査方針として,Ⅰ.5.1(4)において,地震動評
価の過程において,地下構造が成層かつ均質と認められる場合を除き,
三次元的な地下構造により検討されていることを地震ガイドにより確
認することとされ,同(解説)(4)では,適切な調査とは,調査により
取得された地下構造データに基づいて作成された地下構造モデルを用
いて,比較的短周期領域における地震動を高い精度で評価可能な地下
構造調査を意味すると定める。さらに,Ⅰ.5.2.2(解説)(1)で
は敷地近傍地下構造調査(精査)により,地震基盤から地表面までの
詳細な三次元浅部地下構造及び地下構造の三次元不整形性等が適切に
把握できている必要があると定める(乙540・18,24,25
頁)。
(エ)債務者は,三次元探査は実施していないが,地表踏査,本件敷地内
における約150孔のボーリング調査,本件原子炉の約1㎞の南西部
において実施した深部ボーリング調査,深部ボーリング孔内における
物理検層(ボーリング孔内に各種検層器を降下させ,検層器から得ら
れる物理量(S波速度,P波速度,密度等)を用いて,地層中の地質
情報を連続的に計測する手法),オフセットVSP探査(地表に震源
を設置してボーリング孔内の受振器で地震波を観測することにより,
ボーリング孔周辺の地下構造を調査する手法のうち,震源をボーリン
グ孔から離れた地点に設定する方法)などを実施するとともに本件敷
地において地震観測を実施した。そして,地質検査の結果,本件敷地
内で得られた地震観測記録によれば顕著な増幅特性や到来方向によっ
て増幅特性が異なる傾向はみられなかったこと,本件発電所内で実施
されたオフセットVSP探査の結果などから,地下構造を水平成層か
つ均質と評価して一次元の速度構造をモデル化し,同モデルから理論
的に求められる伝達関数が本件敷地の観測記録から求められる伝達関
数と整合的であることを確認した。また,震源として考慮する活断層
に関しては,文献調査,地球物理学的調査のほか,陸域については地
形調査,地表地質調査等を実施し,海域については海上音波探査,エ
アガン海上音波探査,屈折法探査,重力測定等を実施し,地質・地質
構造を検討し,その結果,引用に係る原決定第2の2(10)ウ(ア)a(d)
(40頁)のとおり活断層の分布を把握した(乙13,35,26
9)。
(オ)原子力規制委員会は,債務者による前記(エ)の敷地地盤の地下構造
の評価を受けて,基準地震動策定のための地下構造モデルについて,
債務者が行った調査の手法は,地質ガイドを踏まえているとともに,
調査結果に基づき地下構造を水平成層かつ均質と評価し,一次元地下
構造モデルを設定しており,当該地下構造モデルは地震波の伝播特性
に与える影響を評価するにあたって適切であり,設置許可基準規則解
釈別記2の規定に適合していることを確認した。また,震源として考
慮する活断層については,その評価は調査地域の地形・地質条件に応
じて適切な手法,範囲及び密度で調査を実施した上で,その結果を総
合的に評価し,活断層の位置,形状,活動性等を明らかにしているこ
とから設置許可基準規則解釈別記2の規定に適合していることを確認
した(乙13・11,13頁)。
ウ検討
前記イ(ア)ないし(ウ)の基準において,原子力発電所敷地等の地下構造
の把握が求められるのは,信頼性の高い地震動評価のためであり,精度
の高い三次元地下構造モデルを作成すること自体が目的ではないことか
らすれば,原子力発電所敷地等の地下構造が成層かつ均質と認められる
場合や水平成層構造で地震動の特異な増幅をもたらすものではない場合
にまで三次元的に地下構造モデルを作成する必要性は認められないこと,
三次元探査(三次元の物理探査)によれば二次元探査に比してより詳細
な情報を得られることは認められるが(甲F163),三次元的に地下
構造を把握するために三次元探査が必須であるとまでは認められないこ
とからすれば,審査基準の不合理性をいう債権者らの主張は理由がない。
また,基準適合判断に関して,債権者らは,債務者の作成した本件発
電所施設及びその周辺の地下構造モデルは北に傾斜しているがオフセッ
トVSP探査結果の反射面は水平であり,両者は矛盾している旨を主張
するが,債務者作成の地下構造モデルの北方向への傾斜が緩やかなもの
(本件原子炉から南西約1㎞に位置する深部ボーリング地点における1
30mの泥質片岩主体層が本件原子炉付近のボーリング地点では350
mでみられる)であることに照らせば,オフセットVSP探査結果の反
射面においてその傾斜があることが判然としなくても矛盾していると評
価することまではできない。また,債権者らが指摘するJ-SHIS
MAP(甲F175)上,本件敷地付近が均質・水平ではないと理解で
きるような記載もあるが,同データの信頼性,精度の程度は明らかでは
ないこと(乙548,549)などからすれば,これをもって債務者が
作成した地下構造モデルが不適切であるとは認められない。そのほか債
権者らは債務者が実施した調査方法の不備やその解析結果の分析が不当
である旨を指摘するが,本件敷地内の地質構造が場所によって大きく異
なることはうかがわれず,各種調査・探査結果を総合して大局的にみる
とともに,前記イ(エ)のとおり本件敷地内で得られた地震観測記録によれ
ば顕著な増幅や到来方向による増幅特性が異なる傾向はみられなかった
こと,地下構造モデルから理論的に求められる伝達関数が本件敷地の観
測記録から求められる伝達関数と概ね整合していること(なお,芦田讓
意見書(甲F163)は,4Hz,8Hz,12Hz付近で理論的伝達
関数と観測記録が大きく乖離していると評価するが,整合しているか否
かは程度問題であることに照らせば前記意見書を直ちには採用できな
い。)などに照らせば,債務者の地下構造評価は合理的であるといえ,
基準適合判断の不合理を主張する債権者らの主張は採用できない。
さらに,債権者らの債務者が中央構造線に係る三次元的な調査を懈怠
しており,地質ガイドⅠ.4.4.1(解説)(1)に適合しないとの主張
に関しては,前記イ(ウ)のとおり地質ガイドは,必要に応じて三次元弾性
波調査等の適切な探査方法を使用することが望ましい旨を定めているに
すぎず,債務者は,前記イ(エ)のとおりの活断層の調査を実施しており,
さらに三次元弾性波調査等まで実施する必要性があることを認めるに足
りる資料はなく,債権者らの前記主張は理由がない。
3結論
以上検討してきたところによれば,基準地震動の策定,耐震設計における重
要度分類,使用済燃料ピット等の安全対策,地すべりと液状化現象による危険
性の評価,制御棒挿入に係る危険性の評価,基準津波の策定,テロリズム対策,
シビアアクシデント対策のそれぞれにつき,新規制基準の定めは合理的であり,
本件原子炉施設が上記の各点につき新規制基準に適合するとした原子力規制委
員会の判断に不合理な点がないといえ,火山事象の影響による危険性の評価に
ついては,新規制基準の定めが一部合理性を欠くにしても,債務者は本件原子
炉の運転等によって放射性物質が周辺環境に放出され,その放射線被曝により
債権者らがその生命,身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在
しないことについて,主張,疎明を尽くしたことになる。
そうすると,債権者らの申立ては,いずれも被保全権利についての疎明を欠
くことになるから,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由が
なく,各申立てを却下した原審決定は相当であり,債権者らの各抗告は理由が
ない。
したがって,原決定を取り消し,債権者らの各抗告を棄却することとし,主
文のとおり決定する。
平成30年9月25日
広島高等裁判所第2部
裁判長裁判官三木昌之
裁判官冨田美奈
裁判官長丈博
別紙
文献等目録(異議審追加分)
【地震】
・Aoietal.(2007):「Sourceprocessofthe2007Niigata-kenChuetsu-
okiearthquakederivedfromnear-faultstrongmotiondata」Aoi,S.,
H.Sekiguchi,N.Morikawa,andT.Kunugi,EarthPlanetsSpace,60,pp.1-5,
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・Elliottetal.(2009)「Evidencefromcoseismicslipgradientsfor
dynamiccontrolonrupturepropagationandarrestthroughstepovers」
Elliott,A.J.,J.F.DolanandD.D.Oglesby,JournalofGeophysical
Research,114,B02312,1-8,2009.
・Kanamori(1977):「Theenergyreleaseingreatearthquakes」Kanamori,H.,
JournalofGeophysicalResearch,82,2981-2987,1977.
・司ほか(2016):司宏俊,纐纈一起,三宅弘恵「プレート境界巨大地震の地震動
距離減衰特性―伝播特性に着目した検討―」『日本地震工学会論文集』2016年,
第16巻第1号(特集号)(甲F153)
・中央構造線長期評価(2017):「中央構造線断層帯(金剛山地東縁-由布院)
の長期評価(第二版)」平成29年12月19日地震本部地震調査委員会(甲F
126,乙532)
・宮腰ほか(2001):「すべりの空間的不均質性の抽出」宮腰研,関口春子,岩田
知孝,平成12年度科学振興調整費「地震災害軽減のための強震動予測マスター
モデルに関する研究」研究成果報告書,99-109,2001.
・Miyakoshietal.(2008):「Sourcemodelingofthe2007Niigata-ken
Chuestu-okiearthquake」Miyakoshi,K.,S.Kurahashi,K.Irikura,and
A.Okazaki,7thGeneralAssemblyofAsianSeismologicalCommissionand
SeismologicalSocietyofJapan,X4-059,2008.
【火山】
・青木(2016):青木陽介「火山における地殻変動研究の最近の発展」『火山』
2016年,第61巻第2号,311-344頁(乙519)
・下司(2016):下司信夫「大規模火砕噴火と陥没カルデラ:その噴火準備と噴火
過程」『火山』2016年,第61巻第1号,101-118頁(乙464)
・須藤ほか(2006):須藤靖明,筒井智樹,中坊真,吉川美由紀,吉川慎,井上寛
之「阿蘇火山の地盤変動とマグマ溜まり―長期間の変動と圧力源の位置―」『火
山』2006年,第51巻第5号,291-309頁(甲G2)
・宝田・星住(2016):宝田晋治,星住英夫「阿蘇4火砕流堆積物の分布・体積と
火砕流の流動堆積機構」国際火山噴火史情報研究集会講演要旨集。2016.1
(甲G112の1)
・東宮(1997):東宮昭彦「実験岩石学的手法で求めるマグマ溜まりの深さ」『月
刊地球』1997年,第19巻第11号,720-724頁(甲G96)
・東宮(2016):東宮昭彦「マグマ溜まり:噴火準備過程と噴火開始条件」『火
山』2016年,第61巻第2号,281-294頁(乙338)
・中田(2015):中田節也「火山爆発指数(VEI)から見た噴火の規則性」
『火山』2015年,第60巻第2号,143-150頁(乙465)
・三浦・和田(2007):「西南日本弧前縁の圧縮テクトニク
スと中期中新世カルデラ火山」『地質学雑誌』2007年,第113巻第7号,283-
295頁(乙455)
・宮縁(2017):宮縁育夫「阿蘇カルデラ北西部,蛇ノ尾火山の噴出物と噴火年代」
『火山』2017年,第62巻第1号,1-12頁(甲G16)
・Miyoshietal.(2012):「K–Aragesdeterminedforpost-calderavolcanic
productsfromAsovolcano,centralKyushu,Japan」MasayaMiyoshi,
HirochikaSumino,YasuoMiyabuchi,TaroShinmura,YasushiMori,
ToshiakiHasenaka,KuniyukiFurukawa,KojiUno,KeisukeNagao,Journal
ofvolcanologyandGeothermalResearch229-23,pp.64-73,2012(乙476)
・村上・小沢(2004):村上亮,小沢慎三郎「GPS連続観測による日本列島上下
地殻変動とその意義」『地震』2004年,第2輯第57巻,209-231頁(乙495)
(別紙1~14は添付省略)

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