弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

(判示事項の要旨)
主文
被告人両名をそれぞれ禁錮10月に処する。
被告人両名に対し,この裁判が確定した日から各3年間,それぞれその
刑の執行を猶予する。
訴訟費用のうち,国選弁護人吉澤義則について生じた分は被告人Aの,
国選弁護人石倉誠也について生じた分は被告人Bの,それぞれ負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Aは,和歌山市ab番地のc所在のd1階の認可外保育施設であるC園の
実質的な管理運営者として,C園における保育上の安全管理を掌理していたもの,
その夫である被告人Bは,C園の保育従事者として,保育委託を受けた児童の保育
業務に従事していたものであるが,平成15年9月20日午後4時45分ころ,D
から委託を受け,同人の長男であるE(平成14年5月30日生,当時1歳。)を,
C園において保育するに当たり,
第1被告人Aは,C園の主たる開所時間を午前8時から午後7時までと定めてい
たのであるから,委託を受けた1歳半未満の児童1名を,その主たる開所時間
を超えて午後8時以降の夜間に保育させる際,保育士及び看護師の資格をいず
れも有しない者1名のみをその保育に従事させるのであれば,児童の保護者が
持たせ,あるいは飲食を許した物以外の物を児童に摂らせてはならないことを
あらかじめその保育従事者に周知徹底すべき業務上の注意義務があるのに,こ
れを怠り,児童の保護者が持たせ,あるいは飲食を許した物以外の物を児童に
摂らせてはならないことを伝えないまま,同日午後10時30分ころから,同
所において,保育士及び看護師の資格をいずれも有しない被告人Bを一人でE
の保育に従事させ,よって,同月21日午前零時ころ,同所において,被告人
Bをして,同児に対し,同被告人が夜食として食していたインスタントラーメ
ン,チョコレート等をDの許諾なく摂らしめ,
第2被告人Bは,保育士及び看護師の資格をいずれも有しないのであるから,C
園の主たる開所時間を超えて午後8時以降の夜間に一人で1歳半未満の児童1
名の保育に従事する際は,児童の保護者が持たせ,あるいは飲食を許した物以
外の物を児童に摂らせてはならない業務上の注意義務があるのに,これを怠り,
同月21日午前零時ころ,同所において,一人でEの保育に従事中,同児に対
し,自己の判断で,自ら夜食として食していたインスタントラーメン,チョコ
レート等をDの許諾なく摂らせ,
もって被告人両名の前記各過失の競合により,同日午前2時5分ころ,睡眠中のE
をして,吐物によって気道を閉塞させ,よって,同年10月1日午後4時ころ,同
市de丁目f番地所在のF医療センターにおいて,同児を低酸素性脳障害により死
亡させたものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1検察官及び弁護人らの主張等
(1)検察官及び弁護人らの主張の概要
検察官は,後述のとおり,平成17年12月27日付け公訴事実(第1回公
判において訂正済みのもの)に係る訴因(以下「第1訴因」という。),平成
18年11月28日付け公訴事実に係る予備的訴因(以下「第2訴因」とい
う。)及び平成19年2月1日付け公訴事実に係る予備的訴因(以下「第3訴
因」という。)について,それぞれ被告人両名に過失が認められるとし,また,
Eの死亡との間の因果関係も肯定でき,その余の事実と相俟って被告人両名と
もに業務上過失致死罪が成立すると主張する。なお,検察官は,第11回公判
において,第2訴因及び第3訴因が選択的な関係に立つものと釈明している。
これに対し,弁護人らは,後述のとおり,第1ないし第3訴因について,い
ずれも被告人両名に過失はなく,被告人両名の行為とEの死亡との間の因果関
係も欠いているから無罪であると主張する。
そこで,以下被告人両名につき業務上過失致死罪の成否を検討する。
(2)第1訴因について
ア検察官の主張する過失の内容
被告人Aについて
被告人Aの過失は,①不測の事態に備えて,委託を受けた児童の保育に
は複数の保育従事者を従事させ,②保育従事者をして,児童を寝かしつけ
る直前には食事を摂らすことのないようにし,③食事を摂らせた場合には
飲食物を嘔吐するおそれのないことを十分に確認してから寝かしつけさせ
るべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,C園において,被告人
Bを一人で委託を受けた児童であるEの保育に従事させた上,被告人Bを
して,Eに対し,インスタントラーメン等を摂らせて,そのまま同児を寝
かしつけさせたというものである。
被告人Bについて
被告人Bの過失は,①不測の事態に備えて,複数人で児童の保育に従事
し,②児童を寝かしつける直前には食事を摂らせないようにし,③食事を
摂らせた場合には飲食物を嘔吐するおそれのないことを十分に確認してか
ら寝かしつけるべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,C園にお
いて,一人でEの保育に従事した上,Eに対し,インスタントラーメン等
を摂らせて,そのまま同児を寝かせたというものである。
イ過失に関する弁護人らの主張
被告人Aについて
被告人Aは,刑法上の注意義務として,検察官が主張する前記①ないし
③の義務を課せられていない。被告人Aに何らかの法的義務が課せられて
いたとしても,Eの死の結果の予見可能性及び義務違反行為とEの死亡と
の間の因果関係についての予見可能性をいずれも欠くから,この意味でも
刑法上の注意義務までは認められない(なお,後者の点について,弁護人
らは,被告人両名に関しそれぞれ「仮に被告人に何らかの業務上の注意義
務が存在したとしても,被告人においては,本件事故及びその因果関係に
つき予見可能性はなかった。」と主張しているが,結果の予見可能性を欠
けば注意義務は存在しないのであるから,本文のとおりの趣旨と解される。
以下同様である。)。
被告人Bについて
被告人Bは,刑法上の注意義務として,検察官が主張する前記①ないし
③の義務を課せられていない。被告人Bに何らかの法的義務が課せられて
いたとしても,Eの死の結果の予見可能性及び義務違反行為とEの死亡と
の間の因果関係についての予見可能性をいずれも欠くから,この意味でも
刑法上の注意義務までは認められない。また,仮に検察官が主張するよう
な注意義務を課せられていたとしても,被告人Bは,Eにインスタントラ
ーメン等を摂らせた後,同児が眠りに就くのを確認し,それ以降も同児の
傍で待機していたのであるから,飲食物を嘔吐するおそれのないことを十
分に確認する義務を尽くしており,その注意義務に違反していない。
ウ弁護人らのその他の主張
Eの嘔吐と気道閉塞との間の因果関係,更に検察官が訴因中で摘示する被
告人Bの各行為とEの死亡との間の因果関係はいずれも認められない。
(3)第2訴因について
ア検察官の主張する過失の内容
被告人Aについて
被告人Aの過失は,①委託を受けた児童の夜間保育には,少なくとも保
育士の資格を有する者1名を従事させ,②すぐに寝るかもしれない状態の
ときには児童に食物を摂らせてはならないこと及び親が持たせたもの以外
の食物を児童に摂らせてはならないことを保育従事者に周知徹底すべき業
務上の注意義務があるのに,これを怠り,午後10時30分ころから,C
園において,保育士の資格を有しない被告人Bを一人で委託を受けた児童
であるEの保育に従事させた上,被告人Bに対し,すぐに寝るかもしれな
い状態の児童に食物を摂らせてはならないこと及び親が持たせた食物以外
の物を摂らせてはならないことを周知徹底させなかったというものである。
被告人Bについて
被告人Bの過失は,①児童が既に食事を済ませており,すぐに寝るかも
しれない状態のときには食事を摂らせず,②児童の親が持たせた食物以外
の物を取らせてはならない業務上の注意義務があるのに,これを怠り,C
園において,既に夕食を摂っており,すぐに寝るかもしれない状態であっ
たEに対し,自己が夜食として食していたインスタントラーメン等を摂ら
せたというものである。
イ過失に関する弁護人らの主張
被告人Aについて
被告人Aは,刑法上の注意義務として,検察官が主張する前記①及び②
の義務を課せられていない。被告人Aに何らかの法的義務が課せられてい
たとしても,Eの死の結果の予見可能性及び義務違反行為とEの死亡との
間の因果関係についての予見可能性をいずれも欠くから,この意味でも刑
法上の注意義務までは認められない。
被告人Bについて
被告人Bは,刑法上の注意義務として,検察官が主張する前記①及び②
の義務を課せられていない。被告人Bに何らかの法的義務が課せられてい
たとしても,Eの死の結果の予見可能性及び義務違反行為とEの死亡との
間の因果関係についての予見可能性をいずれも欠くから,この意味でも刑
法上の注意義務までは認められない。
ウ弁護人らのその他の主張
Eの嘔吐と気道閉塞との間の因果関係,更に検察官が訴因中で摘示する被
告人Bの各行為とEの死亡との間の因果関係はいずれも認められない。
(4)第3訴因について
ア検察官の主張する過失の内容
被告人Aについて
被告人Aの過失は,①委託を受けた児童の夜間保育には,少なくとも保
育士の資格を有する者1名を従事させるか,又は,②すぐに寝るかもしれ
ない状態のときには食物を摂らせてはならないか,あるいは親が持たせた
食物以外の物を児童に摂らせてはならないことのいずれかを保育士の資格
のない保育従事者に周知徹底すべき業務上の注意義務があるのに,これを
怠り,午後10時30分ころから,C園において,保育士の資格を有しな
い被告人Bを一人でEの保育に従事させ,被告人Bに対し,すぐに寝るか
もしれない状態の児童に食物を摂らせてはならないこと及び児童の親が持
たせた食物以外の物を摂らせてはならないことを周知徹底させなかったと
いうものである。
被告人Bについて
被告人Bの過失は,自ら保育士の資格を有していないことから,①一人
で児童の夜間保育に従事することを回避するか,又は,②児童が既に食事
を済ませており,すぐに寝るかもしれない状態のときには食事を摂らせな
いか,あるいは児童の親が持たせた食物以外の物を摂らせてはならない業
務上の注意義務があるのに,これを怠り,午後10時30分ころから,C
園において,一人でEの保育に従事し,既に夕食を摂っており,すぐに寝
るかもしれない状態であったEに対し,自己の判断で,自ら夜食として食
していたインスタントラーメン等を摂らせたというものである。
イ過失に関する弁護人らの主張
被告人Aについての主張及び被告人Bについての主張は,いずれも第2訴
因におけるのと同一である。
ウ弁護人らのその他の主張
第2訴因におけるのと同一である。
2本件事実経過等
(1)C園の運営状況等
C園は,株式会社Gとフランチャイズ契約を結んだ認可外保育施設として,
平成13年2月に開園した。C園は,フランチャイザーであるG本部に対し,
毎月三,四万円程度のロイヤリティーを支払っていたが,同園の運営に関し,
同本部と定期的に連絡を取り合ったり,同本部から指示等を受けたりはしてい
なかった。なお,C園の保育室は一室のみで,ベッドやテーブルも同室内に置
かれていた。
被告人Aは,開園当初からC園の園長を務めていたが,その夫である被告人
Bは,平成14年末にそれまで勤務していた設計事務所を辞めた後,同園で保
育に従事するようになったもので,平成15年夏ころからは,運送会社のパー
ト従業員となり,午後6時から午後9時まで荷物の運送配達の仕事を行ってお
り,平成15年9月当時,同園の代表に就任していたものの,保育従事者の雇
入れ,勤務時間の調整及び配置や経理全般については被告人Aが担当しており,
同園の実質的な管理運営者は被告人Aであった。
平成14年9月,児童福祉法等の法令の改正を受けて,和歌山市役所から,
C園に対し,認可外保育施設の届出義務に関する通知書が送付された。被告人
Aは,これを受けて,同年10月31日,和歌山市に運営状況報告書を提出し,
以後,平成15年9月及び平成16年8月にも和歌山市に同様の報告書を提出
した。
平成15年9月当時,C園の保育従事者のうちで保育士資格を有する者はH
一人であり,Hは非常勤の保育従事者として,平均して1日に三,四時間勤務
するにとどまっていた。また,その当時,保育従事者間の保育に関する引継ぎ
は口頭で行われ,保育日誌等の書面は利用されておらず,C園と園児の保護者
らが情報交換を行うための連絡帳についても,そこに記載された情報が保育従
事者間で共有される体制にはなっていなかった。
C園は,平成15年9月当時,和歌山市に提出した上記報告書において,平
日及び土曜日の午前8時から午後7時までの11時間を「通常開所時間」すな
わち主たる開所時間として報告していたが,この主たる開所時間を超えて保育
を実施していることや,夜間保育(本件当時の基準では,午後8時を超えて保
育を実施し,宿泊を伴わない保育サービスを提供するものをいう。以下同様で
ある。)を実施していることは報告していなかった。また,C園は,園児募集
のためのパンフレットにも,夜間保育について記載していなかった。しかし,
被告人Aは,園児の保護者らの要望に応えるとともに,C園の保育料収入を増
やそうと考え,被告人Bに事前に相談することなく,遅くとも平成15年春に
は,同園において夜間保育を実施するようになっており,同年9月当時も,E
1名を夜間保育の対象として,週に三,四回は午後10時ころまで,更に週に
1回程度は午前2時ころまで保育を実施していた。
(2)Eに対するC園の保育上の対応について
C園は,平成15年7月8日ころから,当時1歳1か月のEを預かって保育
するようになり,書類上は一時預かりとして扱っていたが,実際にはほぼ毎日
保育をしており,Eの実母であるDには月極め預かりとしての保育料を請求し
ていた。
被告人Aは,本件の約2か月前である平成15年7月19日午後10時ころ,
C園において,5センチメートル大のメンチカツを食べていた際,Eが物欲し
そうな様子を見せたことから,そのメンチカツを約8分の1切れ与えたところ,
Eが下痢を起こした。そのため,Dは,Hに対し,今後は油物等の刺激物はも
ちろん,家から持参した食物以外の物は一切食べさせないようにしてほしいと
口頭で申し入れたが,被告人Aは,その旨Hから報告を受けたものの,Eが下
痢を起こした経緯や,Dから前記申入れがあった事実を被告人Bに伝えなかっ
た。また,被告人Bも,保育中の児童に対してどのような食事を与えるのが適
切かなどについて,被告人Aと相談あるいは協議をしたことはなかった。
(3)本件前日の被告人A等によるEの保育状況について
Eは,平成15年9月20日午後4時ころ,ヨーグルトやさつまいもの焚き
物等のおやつを食べた後,同日午後4時45分ころ,DとともにC園に登園し
た。Dは,その際,Eに弁当とビスケットを持たせていたが,弁当の内容は,
ふりかけ入りの御飯,ふかしたさつまいも及びちくわとこんにゃくの煮物であ
った。Dは,当時C園で保育に従事していたHに対し,Eの健康面で特段注意
を促しておらず,また,Eも鼻水を垂らすことはあったものの,咳はなく,平
熱で,園内を走り回るなどしていたため,被告人Aは,Eに体調不良の様子は
ないものと判断した。なお,この日に至るまでEが保育中に嘔吐したことはな
かった。
被告人Aは,同日午後6時30分ころ,Eに前記弁当を食べさせたが,その
際,内容物が腐敗していないことを確認した上,さつまいもやちくわについて
は,Eが口に入れるには大きく,また,Eによく噛まず飲み込むようにして食
べる癖があるとして,小さく切ってから口に運んだ。
Eは,前記弁当を全部食べた後,同日午後10時30分ころまで積み木や滑
り台等で遊んでいたが,この間,同日午後8時ころ,被告人Aから前記ビスケ
ット2枚を与えられて,うち1枚を食べたほかは,他に飲食した形跡は窺われ
ない。なお,そのビスケットは,二,三センチメートル大の動物の形をしたも
ので,厚さは二,三ミリメートル程度であった。
被告人Aは,同日午後10時30分ころ,被告人BにEの保育を引き継いで
帰宅したが,その際,Eが食事を済ませていることや,Dが午前2時ころEを
迎えにくること等を伝えた。
(4)本件当夜の状況等
被告人Bは,平成15年9月20日午後6時ころから同日午後9時ころまで,
前記のとおり荷物の運送配達の業務に従事した後,同日午後10時30分ころ
から,C園において,前記のとおり被告人Aから引継ぎを受けてEの保育に従
事するようになったが,その引継ぎの際,Eの体調に特段異常を感じなかった。
被告人Bは,C園の園内を清掃するなどした後,Eとともにテーブル付近の
床に座り,Eに積み木遊びをさせていたが,同日午後11時30分ころ,Eが
積み木遊びをしながらうとうとしだし,眠りそうな様子だったので,テーブル
から1ないし1.5メートル離れた幼児用ベッド(以下単に「ベッド」とい
う。)で寝かしつけようとしたところ,泣き出すなどして眠ろうとしなかった
ので,再びEをテーブル付近に移動させて積み木遊びをさせ,こうしたことを
二,三回繰り返した。
被告人Bは,同月21日午前零時ころ,テーブル付近で自己の夜食としてカ
ップ麵を食べ始めたところ,Eが物欲しそうな表情で,笑みを浮かべながら近
づいてきたので,長さ約30センチメートルの麵を1本ずつ箸に巻き付けて一
口大にしてから,順次,計5本くらいEに食べさせた。また,被告人Bは,引
き続きチョコレートを食べた際も,Eが再び物欲しそうな様子を見せたことか
ら,小豆大に砕いたチョコレートの一欠片をEに食べさせた。その際,被告人
Bは,保育中の児童にチョコレートを与えることを快く思わない保護者もいる
と考え,更にチョコレートを与えるのを控えた。その後,被告人Bは,Eがま
だ何かを食べたい様子であると思ったことから,前記のDがEに持たせたビス
ケットを5枚くらい,2つに割りながらEに食べさせた。そして,被告人Bは,
オレンジジュースをコップに4分の1程度,更にEが持参した水筒からお茶を
同量程度,Eに飲ませた。
その一,二分後,被告人Bは,眠そうにしていたEをベッドに仰向けに寝か
せたが,枕は使わず,布団も掛けなかった。
被告人Bは,Eがすぐに眠ったことから,時折Eの様子を確認しながら,テ
ーブル上に写真を並べて整理したり,C園のパンフレットを製作したりしてい
たが,その間,部屋の窓は閉めており,テレビやラジオもつけていなかった。
同日午前2時ころ,被告人Bは,そろそろDがEを迎えにくるころだと考え,
Eの水筒等をリュックサックに片付けてから,テーブルを前に再び写真を整理
していたところ,同日午前2時5分ころ,あたかもプールで溺れて気管に水が
入ったときのような,「ゼーゼー」「ヒーヒー」というEの呼吸音に気付いた。
被告人Bがベッドに駆け寄ると,Eは,仰向けのまま目を閉じて表情を歪め,
息苦しそうな様子であった。被告人BがEを抱きかかえて上半身を起こしたと
ころ,Eに意識はなく,全身から力が抜けていた。被告人Bは,ベッドの上に
座り,Eを自己の膝の上で横向きにし,左手でその顔と首付近を下から抱え込
み,右手でその背中を五,六回強く叩き,更に立ち上がってEの両太股を持っ
て逆さ吊りにし,自己の腰付近でその顔部分を受け止めつつ,右手でEの背中
を先ほどよりも強く叩くと,Eは,「オエッ」と声を上げてベッドの上に嘔吐
した。また,被告人Bは,Eをベッドの上に仰向けに寝かせ,自己の指でEの
口の中から米粒等を掻き出した。なお,Eの吐物には,長いままで未消化のカ
ップ麵の麵と思われる物等が混入していた。
被告人Bは,Eの意識が戻らず,呼吸も弱くなっていたことから,Eに人工
呼吸を行ったが,2回目くらいにEが「ガハッ」と息を吐いたにとどまり,ま
た,人工呼吸を継続するとともに心臓マッサージも試みたが,Eの意識は戻ら
なかった。そこで,被告人Bは,同日午前2時9分ころ,C園から119番通
報した。その際,被告人Bは,右手でEを抱きかかえてその背中を押さえ,E
の顔を自己の右肩付近に乗せていたが,通話中にEが被告人Bの耳元で二,三
回大きく息を吸い込んだときも,「ヒェー」という音がし,Eは呼吸困難の様
子であった。
被告人Bは,前記通報後,被告人Aに電話をかけて,Dへの連絡を依頼し,
また,Eを床に寝かせて人工呼吸と心臓マッサージを再度試みるなどしたが,
Eの様子に変化はなかった。
同日午前2時18分ころ,和歌山東消防署の救急隊員3名が救急車でC園に
臨場したところ,出入口に被告人Bが立っており,救急隊員らが近づくと,被
告人Bが園内に入ってEを抱きかかえて出てきたが,その際のEの様子は,顔
面が青白く,目が開き,意識は不明であった。また,前記救急隊員らが救急車
内で心電図を確認したところ,Eの心臓は動いているものの,鼓動を停止し,
血圧も測定不能であった。Eは,同日午前2時28分ころ,F医療センターに
運び込まれたが,心肺停止状態であり,同日午前2時35分ころに蘇生した後
も,自発呼吸ができない状態が続いた。
(5)Eの死因について
Eの死因が低酸素性脳障害であり,低酸素性脳障害とは,脳全体に酸素が十
分供給されないために生じる障害の総称であることは,関係証拠から明らかで
あるところ,その原因については,医師Iが,鑑定書において,法医学的観点
から,吐物が気道を閉塞したことで窒息状態となり,その結果として生じた可
能性が最も考えられるとの判断を示しているところである。
そこで,検討するに,前記鑑定書によれば,Eの司法解剖時にみられた肺胞
の拡張と無気肺は,人工呼吸器による不均一な換気により生じたものとしても
矛盾しないこと,Eの諸臓器に低酸素性脳障害の原因となるような明らかな器
質的疾患及び先天性奇形がなかったことがそれぞれ認められる。また,前記認
定に係る本件事実経過に照らしても,被告人BがEの息苦しそうな呼吸音に気
付いて,その背中を強く叩くと,Eが嘔吐したもので,吐物がその気道を閉塞
していたことを相当強く窺わせるし,その後もEの意識不明状態が続いた点は,
窒息状態に陥ったことで,心肺機能が著しく低下したためであると合理的に考
えられる。さらに,本件当夜,Eの体調に低酸素性脳障害を招来するような異
常は窺えず,何らかの疾病のため突然Eの心肺機能が不全に陥ったとも考え難
い。
そうすると,前記I医師の判断は,これを正当として是認することができ,
関係証拠を精査しても,この判断を覆すに足る特段の事情は見当たらない。
以上により,Eは,平成15年9月21日午前2時5分ころ,C園で睡眠中
に嘔吐し,吐物を気道に詰まらせて窒息状態となり,低酸素性脳障害に陥った
結果,同年10月1日午後4時ころ,死亡するに至ったものと認められる。
次に,Eが睡眠中に嘔吐した原因についてみるに,前記のとおりEの諸臓器
に明らかな器質的疾患及び先天性奇形はなく,本件当夜もEの体調に異常が認
められなかったこと,Eが平成15年9月20日午後6時30分ころ,夕食と
して持参した弁当を全部食べ,その後同日午後8時ころにもビスケット1枚を
食べているが,同月21日午前零時過ぎころに就寝するまで,Eの体調や様子
に特に不審な点がみられなかったこと,被告人Bが同日午前零時ころ,前記の
とおりEにカップ麵の麵やチョコレート等を飲食させていること(以下「本件
飲食行為」という。),Eが本件飲食行為から一,二分後には眠りに落ち,嘔
吐するまでの間に目を覚ました形跡がないこと,Eが嘔吐した吐物に未消化物
が含まれていたこと等の事情を総合すれば,本件飲食行為が嘔吐の主たる原因
であると認められる。
3被告人Bの過失について
(1)第1訴因について
検察官が主張する本件第1訴因に係る被告人Bの過失については,前記1
(2)アのとおりである。
ここで,本件においては,被告人両名の注意義務を考察するに当たり,認可
外保育施設指導監督基準(以下「指導監督基準」という。)との関係が重要と
なることから,まずはこの基準につき検討する。
本件当時採用されていた指導監督基準は,前記2(1)のとおり児童福祉法等
の法令の改正により,認可外保育施設について都道府県知事等への届出が義務
づけられるのを受けて発出された,平成14年7月12日付け各都道府県知事
・各指定都市市長・各中核市市長あて厚生労働省雇用均等・児童家庭局通知
「『認可外保育施設に対する指導監督の実施について』の改正について」の別
紙に定められたもので,同年10月1日から適用されていた。この指導監督基
準は,地方自治法245条の4第1項に基づく技術的な助言であり,各地方自
治体における認可外保育施設の監督者は,この基準を基に個別の認可外保育施
設について適正な保育内容及び保育環境が確保されているか否かを確認し,改
善指導,改善勧告,公表,事業停止命令等を実施するものである。
そして,中核市である和歌山市においても,C園の存在を把握していたこと
から,C園に対し,その設置に関する届出義務があることを通知し,その際,
指導監督基準についてもその1冊を送付した。
指導監督基準によれば,主たる開所時間である11時間を超える時間帯にお
いて,保育従事者の数は,現に保育されている児童が一人である場合を除き,
常時二人以上配置することとされ,さらに,前記時間帯に現に保育されている
児童が一人の場合であっても,保育従事者は,一人以上が保育士又は看護師の
資格を有する者であることとされている。すなわち,主たる開所時間を超える
時間帯において,一人の児童のみを保育する際は,保育従事者一人のみを配置
することでもよいが,その者は保育士又は看護師の資格がなければならないと
いうのである。
すると,本件において,被告人Bは,C園の主たる開所時間を超えて午後1
0時30分ころからE一人を保育していたものであるところ,指導監督基準に
よっても,有資格者の存在という点では要件を充たしていないものの,保育従
事者の人数という点に関しては,複数人で児童の保育に従事することまでは要
求されていなかったのであり,同基準が,認可外保育施設の保育内容及び保育
環境の適正を期するため,直接被保育児童の人身の安全に関わるとはいえない
ような事項も含む施設運営全般について指導監督を施そうとするものである以
上,保育従事者の人的体制について,一般的な人の生命,身体の安全確保を目
的とする刑法の業務上過失致死傷罪により,この行政上の基準以上に厳格な義
務が課されているとみることは酷に失するというべきである(この点,検察官
は,Eに対する主たる開所時間を超えての保育時間が約7時間(被告人Bに限
れば約3時間半)に及んでいることを根拠として,上記のような人的体制に関
する義務があると主張しているが,保育時間の長さは,上記の判断に影響を与
えるものではないというべきである。)。したがって,被告人Bに,不測の事
態に備えて,複数人で児童の保育に従事すべき注意義務が課せられていたとみ
ることはできない。
また,高い信用性が認められることに争いのないJの当公判廷における供述
によれば,満1歳から2歳までの幼児は,眠くなってくると我慢できないこと
から,公立保育所の保育士らは,食後すぐであっても,幼児の口の中に食物が
残っていないことを確認したら,布団に寝かせてしまうというのである。そう
すると,上記の実情は,昼食後の昼寝についてのものであって,本件のような
夜間保育における就寝の場合と完全に同一視することはできないが,少なくと
もこのような保育が一般的に行われている状況の下で,一般的に児童を寝かし
つける直前には食事を摂らせないようにすべき注意義務を課することはできな
いというべきであるし,また,食事を摂らせた場合には飲食物を嘔吐するおそ
れのないことを十分に確認してから寝かしつけるべき注意義務についても,こ
のような漠然とした基準で注意義務を課することは行為規範の性質上許されな
いというべきである。
以上のとおりであって,被告人Bに対しては,第1訴因に係る注意義務を課
すことができないのであるから,その余の点については検討するまでもなく,
被告人Bの過失は,これを認めることができない。
(2)第3訴因について
主位的訴因である第1訴因について,被告人Bに過失を認定することができ
ないことから,予備的訴因を検討する必要があるが,第2訴因と第3訴因が選
択的な関係に立つとし,特段順位を付していない検察官の釈明状況にかんがみ,
便宜,第3訴因から先に検討することにする。
ア結果等の予見可能性に関する検討
Eの死の結果の発生機序については,前記認定のとおりであるが,本件当
時,Eがわずか約1歳4か月で,この年齢の幼児は,咀嚼力や消化力が弱く,
咳をしたり,泣いたりしただけでも嘔吐することがあるなど,発達段階に照
らして嘔吐しやすい状態にあったこと,被告人Bにおいて,本件飲食行為当
時,Eが既に夕食を済ませていると認識していたこと,本件飲食行為が深夜
午前零時というおよそ正規の食事時間とは言い難い時間帯に行われており,
Eが飲食後間もなく就寝する可能性が高かったこと等の事情にかんがみれば,
被告人Bは,Dの許諾の有無を意に介さず,Eが持参した物でもないカップ
麵の麵やチョコレート等を独断でEに食べさせた本件飲食行為の時点で,E
が就寝中に嘔吐することを具体的に予見可能であったというべきである。そ
して,Eの年齢からみて,吐物を喉に詰まらせた場合も,自力で対処するこ
とはおろか,大人に助けを求めることも困難であったことも合わせ考慮すれ
ば,Eが低酸素性脳障害により死亡するという経過までは具体的に予見する
ことができなかったとしても,Eが吐物を喉に詰まらせ,気道の閉塞により
窒息状態に陥って死亡することは,具体的に予見可能であったというべきで
ある。
イ結果回避可能性に関する検討
被告人Bは,本件飲食行為をしないという極めて容易な不作為によって,
Eの死の結果を回避できたものと認められ,結果回避可能性は優に肯定でき
る。
ウ被告人Bの注意義務について
まず,被告人Bは,Eの死の結果及びこれに至る因果関係を具体的に予見
可能だったのであるから,C園の保育従事者として,当然この結果及び因果
関係を予見すべき義務を負っていたものと解される。
次に,被告人Bの結果回避義務につき検討する。
被告人Bは,C園の保育従事者として,保護者から保育委託を受けた児童
の保育をするに当たり,その生命,身体等の安全を保護すべき法的義務を有
するのは当然である。とりわけ,本件で特に問題となる食事を与える場面に
限っても,Hが,「1歳半までの乳幼児には与える食事の内容について特に
気を遣う」,Kが,「2歳までの子供には喉に詰まりそうなものや刺激の強
い物等を与えないようにする」,Jが,「2歳までの乳幼児には昼寝中に嘔
吐する危険がある」などと述べ,保育士としての豊かな経験を有するこれら
の者らが異口同音に低年齢ゆえの保育の難しさを指摘していることからも明
らかなように,保育対象の児童が,少なくとも1歳半未満の幼児である場合
には,同児が自己の生命,身体等に対する危険性を的確に判断して行動に及
ぶことはおよそ期待できず,また,嘔吐しやすい状態にあるなど脆弱な存在
なのであるから,前記の保護義務も高度のものとならざるを得ない。
ところで,指導監督基準によれば,前記のとおり,主たる開所時間を超え
る時間帯において,一人の児童を保育する際は,保育従事者が一人でもよい
が,その者は保育士又は看護師の資格がなければならないとされている。こ
のような基準が定められた趣旨は,保育士又は看護師の資格を有する保育従
事者であれば,児童の身を危険に晒すような不適切な保育を行うことはなく,
かえって児童をそのような危険から遠ざけるべく適切な保育を行うことが期
待でき,また,たとえ保育従事者が一人であったとしても,保育対象の児童
が一人であれば,その傷病等不測の事態にも適切に対処し得ることが期待で
きるが,前記資格を有しない者の場合,知識や技能の個人差が大きくならざ
るを得ないことから,一律に有資格者と同様の行動を期待することはできな
いというものであると考えられる。このような区別は,児童の生命,身体等
の安全を保護するという観点からみて,十分な合理性が認められる。
この点,Jは,同じ期間保育に従事した者であれば,保育資格の有無によ
って実務上の保育知識や技能に差はない旨証言するが,なるほど,上記J証
言は,保育士の資格を有していなくても,実務経験を積めば保育士と同程度
に実際的な保育知識や技能を身につける者も少なくないという意味において
は正しいとしても,無資格者には保育知識や技能を全く欠く者も含まれる以
上,資格の有無による差は看過し難いというべきである。なお,専門的な保
育と一般的な子育てを同視することはできず,子育ての経験をもって保育知
識や技能に代えることができないことはいうまでもない。そして,現実に本
件における被告人Bの行動についてみると,夕食を済ませている約1歳4か
月の児童に対し,午前零時過ぎという深夜の時間帯に,自己の夜食として食
べていた消化が余りよくないと思われるカップ麵の麵を食べさせ,さらに,
刺激物であるチョコレートまで食べさせたというのであって,H,K及びJ
ら保育経験豊かな者らは,被告人Bの上記行為について非常識とさえ評して
おり,常識的に考えてみても,児童は,たとえ空腹でなかったとしても,大
人が夜食を摂ることに興味を示すことは想像するに難くないのであって,物
欲しそうな様子で寄ってきたからといって,直ちに自己の夜食を分け与える
行為が不適切であることは明らかであり,その上,被告人Bは,Eが積み木
遊びをしながらうとうとし始めたことを認識したというのに,Eがすぐに寝
るかもしれないとは思わなかったというのであり,以上のことだけをみても,
被告人Bに保育士と同等の保育知識や技能がないことは明らかである。
それから,夜間保育の実施に当たっては,日中の保育とは異なる配慮が要
求されるものと考えられるところ,夜間保育を扱う認可外保育施設が厚生労
働省作成のパンフレットにおいても「ベビーホテル」と呼称されて他と区別
されていることからみても,また,Hが,「夜間保育は子供に疲れが出て神
経過敏になっているので昼間の保育とは全然違う」,Kが,「夜間保育はよ
ほど母親からその子供の昼間の生活リズムや,行動パターンなどについてあ
らかじめ教えてもらっているのでない限り,できれば避けたい」などと述べ,
これら保育士の経験が豊かな者らが夜間保育の特殊性を指摘していることか
らみても,この点は一般的に承認されているものとみられる。
以上の検討を総合すると,保育士及び看護師の資格をいずれも有しない保
育従事者が,主たる開所時間を超えて,一人で1歳半未満の幼児1名の夜間
保育を行うに当たっては,児童の生命,身体等の安全保護のため,なし得る
保育の内容には一定の制約があると解されるのであって,これを幼児の食事
に関していえば,その保護者が持たせ,あるいは飲食を許した物については,
保護者の判断を信頼して幼児に飲食させてよいとしても,当該保育従事者に
は,緊急性が認められるなどの特段の事情がない限り,それ以外の物を飲食
させないようにすべき結果回避義務があるというべきである。
したがって,本件において,被告人Bは,業務上の注意義務として,以上
の予見義務及び結果回避義務を負う。
なお,指導監督基準においては,その「考え方」として,「居宅等におい
て少人数の乳幼児を保育する施設」に限っては,保育従事者が保育士又は看
護師の資格を有していなくとも,「保育の実態を勘案して幼稚園教諭免許取
得者や都道府県が実施している研修を受講している等の者について,都道府
県知事が保育士に準じた専門性や経験を持っていると判断することも差し支
えない」との見解が示されている。しかし,C園は,前記のとおりGのフラ
ンチャイジーとして保護者から保育料を得て児童を保育する施設であって,
指導監督基準における上記の「居宅等」には到底含まれ得ないというべきで
あるし,「1日に保育する乳幼児が3人以下」という前記施設の基準にも当
てはまらない(例えば,平成15年9月20日当時,C園は月極め保育の園
児2名及び一時保育の園児7名を保育していた。また,被告人Bが和歌山県
知事等から保育士に準じた専門性や経験を持っていると認定された等の事情
も全く窺われない。したがって,C園及び被告人Bに指導監督基準の前記例
外が適用される余地はないと解するのが相当である。
エ被告人Bの注意義務違反行為等について
被告人Bは,前記のとおりの予見義務及び結果回避義務を負っていたにも
かかわらず,保育士及び看護師の資格をいずれも有しない身でありながら,
C園の主たる開所時間を超えて一人で夜間保育を行うに当たり,Eに対し,
その母親であるDが持たせておらず,かつ,飲食も許していない物を含んで
いるのに,本件飲食行為に及び,その際,緊急性が認められるなどの特段の
事情も何ら窺われないのであるから,その業務上の注意義務に違反したもの
と認められる。
そして,前記認定のとおり本件飲食行為がEの死の結果の原因となってい
ることにかんがみれば,前記注意義務違反行為の危険性がEの死の結果に現
実化したものと評価でき,被告人Bの注意義務違反行為とEの死亡との間の
因果関係を肯定することができる。
オ(罪となるべき事実)と第3訴因との関係について
本件第3訴因に係る被告人Bの過失が認められることについては,前記検
討のとおりであるが,(罪となるべき事実)に記載したこの過失と,訴因に
掲げられた過失(前記1(4)ア)との関係について,若干付言しておく。
この点,検察官は,平成19年2月1日付け予備的訴因変更請求書の中で,
①一人で児童の夜間保育に従事することを回避すべき注意義務と②児童が既
に食事を済ませており,すぐに寝るかもしれない状態のときには食事を摂ら
せないか,あるいは児童の親が持たせた食物以外の物を取らせないようにす
べき注意義務の関係について,①及び②の注意義務の両方に違反した場合に
のみ過失が認められると主張するものではないと説明しており,また,②の
注意義務についても,2つの注意義務が選択的に主張されていることが明ら
かである。
そこで,当裁判所は,その選択的に主張された注意義務のうちの1つ,す
なわち,保育士の資格を有しない保育従事者について,児童の親が持たせた
食物以外の物を摂らせないようにすべき注意義務の存在を基本的に認定した
ものであるが,ただ,同注意義務は,看護師の資格の有無が考慮されていな
い上,保育士の資格を有しない保育従事者のみに課せられることを考慮して
も,あらゆる状況において課せられるものとみるときは,いささか広きに失
し,同様の保育従事者に対する萎縮的効果が生じることも懸念されることか
ら,上記①の夜間保育という観点も考慮し,状況による限定を付したもので
ある。
(3)第2訴因について
前記のとおり,検察官は,共に予備的訴因である第2訴因及び第3訴因が選
択的な関係に立つものと釈明しており,既に詳細に認定説示したとおり,第3
訴因につき被告人Bの過失等を肯定できる以上,第2訴因に関する検討は不要
であると考えられるが,弁護人らの所論にかんがみ付言するに,前記(1)のと
おり,J証言に照らせば,児童が既に食事を済ませていたとしても,被告人B
に対し,「すぐに寝るかもしれない状態のときには食事を摂らせない」という
一般的な注意義務を課することはできないのであって,被告人Bの過失を認め
ることはできないというべきである。
4被告人Aの過失について
(1)第1訴因について
検察官が主張する本件第1訴因に係る被告人Aの過失については,前記1
(2)アのとおりである。
しかしながら,前記3(1)において検討したとおり,被告人Aに対しても,
複数の保育従事者を従事させる注意義務を認めることはできないし,また,被
告人Bに対し第1訴因に係る注意義務を課することができない以上,被告人A
が,C園の実質的な管理運営者であるからといって,被告人Aに対してのみ,
被告人Bが不適切な行動に出た場合の結果を回避すべき高度の管理義務を課す
に足る理由を見いだすことも困難であるといわざるを得ない。
したがって,被告人Aに対しては,第1訴因に係る注意義務を課することが
できないのであるから,その余の点については検討するまでもなく,被告人A
の過失は,これを認めることができない。
(2)第3訴因について
主位的訴因である第1訴因について,被告人Aに過失を認定することができ
ないことから,予備的訴因を検討する必要があるが,被告人Bについてと同様
に,第3訴因から先に検討することにする。
ア結果等の予見可能性に関する検討
被告人Aは,本件当時,Eが1歳半に満たない幼児であり,突然の傷病等
の事態に自力で対処することはおろか,大人に助けを求めることも困難であ
ることを十分理解しながら,その夜間保育を,保育士資格及び看護師資格を
いずれも有しない被告人B一人に任せきりにしていたものである。
また,被告人Bと同様に保育士資格及び看護師資格をいずれも有しない被
告人A自身,前記のとおりEにメンチカツを食べさせて下痢をさせた経験が
あった上,Eが下痢を起こした経緯や,Dから今後は家から持参した食物以
外の物は一切食べさせないようにしてほしいとの申出があったことを被告人
Bに伝えておらず,保育中の児童に対してどのような食事を与えるのが適切
かなどについて,被告人Bと相談あるいは協議をしたこともなかったのであ
る。
そうすると,被告人Aは,保育に関するある程度の知識はあっても,保育
士であれば当然有していることが期待できる専門的知識を欠いた被告人Bが,
Eの身を危険に晒すような不適切な行動に出るおそれのあることを具体的に
予見可能であったというべきである。
そして,本件当時のEに対する夜間保育の状況やC園の保育体制等にかん
がみれば,被告人Aは,本件において現実化した発生機序までは具体的に予
見することができなかったとしても,被告人Bの不適切な行動によりEが死
亡するという結果及びこれに至る因果関係を具体的に予見可能であったとい
うべきである。
イ結果回避可能性に関する検討
前記3(2)において検討したように,保育士及び看護師の資格をいずれも
有しない保育従事者は,少なくとも1歳半未満の幼児を一人で夜間保育する
に当たっては,児童の保護者が持たせ,あるいは飲食を許した物以外の物を
児童に摂らせてはならない義務があるものと認められるところ,被告人Aは,
保育従事者らに適宜指示するなどの容易な手段により,このような義務の存
在を保育従事者らに周知徹底することができたといえる。
そして,被告人Bは,本件当時,保育中の児童にチョコレートを与えるこ
とを快く思わない保護者もいると考え,Eにチョコレート一欠片を与えるに
とどめ,更にチョコレートを与えるのを控えており,このような事情にかん
がみれば,被告人Aが前記の禁止事項を保育従事者らに周知徹底していれば,
被告人Bにおいても,本件飲食行為に及ばなかったことはほぼ確実といえる
から,被告人Aには結果回避可能性が認められる。
ウ被告人Aの注意義務について
まず,被告人Aは,Eの死の結果及びこれに至る因果関係を具体的に予見
可能だったのであるから,C園の実質的な管理運営者として,当然この結果
を予見すべき義務を負っていたものと解される。
次に,被告人Aの結果回避義務につき検討する。
被告人Aは,C園の実質的な管理運営者として,保護者から保育委託を受
けた児童の保育をさせるに当たり,その生命,身体等の安全を保護すべき法
的義務を当然有するというべきである。そして,前記3(2)においてみたよ
うに,保育対象の児童が,1歳半未満の幼児であれば,同児が自己の生命,
身体等に対する危険性を的確に判断して行動に及ぶことはおよそ期待できず,
また,前記のとおり嘔吐しやすい状態にあるなど脆弱な存在なのであるから,
前記の保護義務も高度のものとならざるを得ない。
以上に加え,指導監督基準に定められた内容や,夜間保育の特殊性も合わ
せ考慮すれば,認可外保育施設の実質的な管理運営者は,保育士及び看護師
の資格をいずれも有しない保育従事者をして,主たる開所時間を超えて,一
人で1歳半未満の幼児の夜間保育を行わせるに当たっては,たとえ同保育従
事者が数年にわたり児童保育に従事してきたのだとしても,同保育従事者の
行為を全面的に信頼することは許されないのであって,現に保育している児
童が一人であっても,当該保育従事者に対し,その保護者が持たせ,あるい
は飲食を許した物以外の物を摂らせてはならないことをあらかじめ周知徹底
すべき結果回避義務があるというべきである。
したがって,本件において,被告人Aは,業務上の注意義務として,以上
の予見義務及び結果回避義務を負うものと認められる。
エ被告人Aの注意義務違反行為等について
被告人Aは,前記のとおりの予見義務及び結果回避義務を負っていたにも
かかわらず,児童の保護者が持たせ,あるいは飲食を許した物以外の物を児
童に摂らせてはならないことを伝えないまま,C園の主たる開所時間を超え
て,保育士及び看護師の資格をいずれも有しない被告人Bに一人でEの夜間
保育を行わせたのであるから,その業務上の注意義務に違反したものといえ
る。
そして,前記認定のとおり被告人Bの過失行為がEの死の結果の原因とな
っていることにかんがみれば,被告人Aによる前記注意義務違反行為の危険
性がEの死の結果に現実化したものと評価でき,被告人Aの注意義務違反行
為とEの死亡との間の因果関係を肯定することができる。
オ(罪となるべき事実)と第3訴因との関係について
本件第3訴因に係る被告人Aの過失が認められることについては,前記検
討のとおりであるが,(罪となるべき事実)に記載したこの過失と,訴因に
掲げられた過失(前記1(4)ア)との関係については,被告人Bについて
述べたところと基本的に同様であって,要するに,検察官が選択的に主張す
る注意義務のうちの1つを認めた上,その注意義務に状況による限定を付し
たものである。
(3)第2訴因について
前記3(3)において,被告人Bについて検討したのと同様に,第3訴因につ
き被告人Aの過失等を肯定できる以上,第2訴因に関する検討は不要であると
考えられるが,弁護人らの所論にかんがみ付言するに,被告人Bについて,本
件第2訴因に係る注意義務を課することができない以上,被告人Aにも被告人
Bに義務のないことを行わせるべき義務を認めることはできず,被告人Aにつ
いても過失を認めることはできないというべきである。
5結論
以上の次第であって,関係証拠によれば,予備的訴因である第3訴因について,
被告人A及び被告人Bの各過失の競合によりEを死亡させたものと認められるか
ら,被告人両名にはいずれも業務上過失致死罪が成立する。
(法令の適用)
被告人A及び被告人Bの判示各所為は,いずれも行為時においては平成18年法
律第36号による改正前の刑法211条1項前段に,裁判時においてはその改正後
の刑法211条1項前段に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があ
ったときに当たるから,いずれも刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による
こととし,所定刑中禁錮刑をそれぞれ選択し,その所定刑期の範囲内で被告人両名
をそれぞれ禁錮10月に処し,情状により同法25条1項を適用して被告人両名に
対し各3年間,それぞれその刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条
1項本文により国選弁護人澤義則について生じた分は被告人Aに,国選弁護人石
倉誠也について生じた分は被告人Bに,それぞれ負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は,認可外保育施設の実質的な管理運営者であった被告人Aの監督過失と,
その夫で同施設の保育従事者であった被告人Bの直接過失との競合により,委託を
受けて同施設において保育していた約1歳4か月の幼児(以下「被害児童」とい
う。)をして睡眠中に吐物によって気道を閉塞させ,低酸素性脳障害により死亡さ
せたという業務上過失致死の事案である。
本件事案の経過は,前記認定のとおりであるが,被告人Aは,本件保育園の開園
当初より園長を務めていたところ,保護者から夜間保育のニーズがあることを聞き
知り,被告人両名において副業としてパートタイムの仕事をしなければならないほ
ど経営が苦しかった同園の保育料収入を増やすため,被告人Bあるいはフランチャ
イザーにも事前に相談することなく,少数の児童を対象に,和歌山市に届け出てい
た開所時間を超えて,夜間の保育を実施していたもので,被害児童に対しても午後
10時ころまでの保育が常態化し,遅いときは午前2時ころまで保育がなされてい
たものである。ところが,本件保育園は,本件当時,通常の開所時間ですら常勤の
保育士を一人も確保することができず,保育士を時間外保育に充てることは到底で
きない状況にあり,また,夜間保育のための特別な設備も何ら備えておらず,児童
の体調管理等にとって重要な保育従事者間の情報の共有もなおざりにされており,
そうした深夜の保育を実施できるだけの体制が全く整っていなかった。しかるに,
被告人Aは,この重大な問題を解消しようと努力することさえしないまま,本件以
前から,認可外保育施設指導監督基準に反して,保育士等の資格を有しない被告人
Bに一人で被害児童の夜間保育を担当させていた上,更に本件において,被告人B
に対し,保育中にしてはならない事項の周知徹底を怠ったものである。また,被告
人Bは,保育従事者として,自己のそれまでの保育実務や子育ての経験を過信し,
被告人Aからその保育方法等につき注意を受けないのをいいことに,本件以前から
保育の常識を弁えずに児童の保育に当たっていたもので,本件において既に夕食を
済ませた被害児童に対し,深夜,さしたる考えもなく安易にインスタントラーメン
やチョコレート等の不適切な物を与えているのも,そうした保育能力の欠如の表れ
というべきである。
以上のとおり,被告人両名による本件保育園における被害児童の保育方法等につ
いては,杜撰であるといわざるを得ない。
本件過失態様についてみても,被告人両名は,各自の注意義務違反行為の危険に
気付いて結果を回避することが容易であったと認められるにもかかわらず,本件各
行為に及んでいるのであるから,いずれもその注意義務違反の程度は重い。また,
本件は,前記した保育園の杜撰な管理運営体制を背景として,起こるべくして起こ
った事件であると評価することも可能であると考えられ,保育上の瑕疵が保護者に
委託された児童の生命すら危うくするという当然の認識を欠落させたまま漫然と保
育を行っていた被告人両名は,児童保育という行為を軽んじていたといわざるを得
ず,強い非難に値する。さらに,被告人Bが本件で被害児童の保育を実際に担当し
ていたことや,被告人Aの夫であり,かつ,当時本件保育園の代表にも就任してい
て被告人Aと実質的には上下関係がなかったこと,本件以前から被告人両名が協力
し合って同園を運営してきたこと等にかんがみれば,その過失態様は異なるものの,
被告人両名の刑事責任に差を付けることが妥当とは思われない。
本件により被害児童の尊い一命が失われており,そのこと自体誠に重大な結果で
あることはいうまでもないが,本件事案の経過に照らすと,被害児童が死に至るま
でに蒙った肉体的・精神的苦痛には甚大なものがあったというべきである。また,
被害児童は,当然のことながら,本件のような被害に遭わなければならないような
いわれは全くなかったのに,約1歳4か月という幼さで無限ともいうべき可能性を
秘めた未来が被告人両名の過失の犠牲となったもので,哀れというほかない。
本件が被害児童の遺族ら,とりわけその実母に対し,強い衝撃と癒やされ難い深
い悲しみを与えたことは,当公判廷における意見陳述の内容や様子からも明らかで
あるが,被告人両名は,当公判廷において,自分たちの不適切な行動を省みる様子
がなく,被害児童が不慮の事故により死亡したかのごとき発言もしているのであっ
て,そこには真摯な反省の態度が窺われず,そのことが遺族らの神経を逆撫でして
いる状況にあり,遺族らが被告人両名に対する厳しい処罰を望んでいるのも無理か
らぬところである。
以上に照らせば,犯情は芳しくなく被告人両名の刑事責任は決して軽視すること
はできない。
しかしながら,他方で,前記のとおり被告人両名の保育への取り組みの杜撰さや,
児童の生命,身体の安全を軽視する態度は,厳しい非難に値するとはいえ,被告人
両名の行為自体が内包する生命,身体への危険性は,例えば,飲酒運転等の悪質な
違反を伴う自動車の運転行為等と比較すると,その危険の程度において相当低いも
のであり,被告人両名の過失の態様は,それ自体悪質とまでは断じ難い。また,こ
のほか,被告人両名のために酌むべき事情として,遺族側に対し死亡保険金等とし
て計1000万円余りが支払われ,一定程度の慰謝がなされていること,被告人両
名が捜査段階の当初から事実関係を詳細に供述し,当公判廷において被害児童の冥
福を祈る旨述べるなど,被告人両名なりに反省の態度を示していること,被告人両
名に前科前歴はないこと,養育すべき未成年の実子がいること等も認められる。
これらの諸事情を総合勘案すると,被告人両名に対しては主文掲記の刑をもって
臨むのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑)被告人両名につき禁錮10月
平成19年6月27日
和歌山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官成川洋司
裁判官田中伸一
裁判官下和弘

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛