弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判決 平成14年7月5日 神戸地方裁判所 平成13年(わ)第617号 殺人未
遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
押収してある文化包丁1丁(平成13年押第125号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成13年5月29日午後9時ころ,神戸市中央区A町a丁目b番先路上
で,普通乗用自動車を運転し,信号待ちのため停車していたV(当時31歳)に対
し,同車運転席側の窓越しに,殺意をもって,右手に持っていた文化包丁(刃体の
長さ約15.2センチメートル,平成13年押第125号の1)で,同人の前胸部
を突き刺すなどしたが,同人に抵抗されたため,同人に約1週間の加療を必要とす
る前胸部刺傷等の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らず,
第2 業務その他正当な理由がある場合でないのに,同日午後9時45分ころ,同
区B通a丁目c番d号先路上で,第1記載の文化包丁1丁を携帯したが,
被告人は,判示第1の犯行当時,自殺しようと思い詰めていたことによる強度の心
的ストレスを受けつつ飲酒した結果,複雑酩酊の状況に陥り,心神耗弱の状態にあ
った。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
弁護人は,判示第1の事実について,被告人には被害者Vに対する殺意がなかっ
た旨主張する。
そこで,検討すると,関係証拠によれば,本件犯行に使用された凶器は,刃体の
長さ約15.2センチメートル,最大刃幅約4.5センチメートル,刃体の最大厚
約1.5ミリメートルの先端が鋭利な文化包丁であって,高い殺傷能力を有してい
ること,被告人は,本件犯行前に上記包丁を自殺に用いる目的で購入し,調理等に
用いていたから,上記包丁の形状,性能を十分認識していたこと,被告人は,自動
車の運転席窓から運転席に座っていたVに対し,いきなり前胸部を上記包丁で突き
刺したものであって,この犯行態様は,身体の枢要部を狙ったものであること,V
の傷害の程度は加療約1週間を要する前胸部刺傷等にとどまっているものの,これ
は車いすで日常生活を送り,車いすバスケットボール等をたしなんで,相当な腕力
及び俊敏さを有するVが,被告人の右手を両手でつかんで力一杯これを押し返した
からであって,被告人がVを突き刺そうとする力はかなり強度なものであったこと
などが認められ,これらの凶器の形状,性能,被告人のこれに対する認識,犯行の
態様,傷害の部位等の諸事情を総合すると,本件の動機が明らかでないことを考慮
しても,被告人がVに対し殺意を有していたことは,これを優に認定することがで
きる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は銃砲刀
剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示
第1の罪については有期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択
し,判示第1の罪は心神耗弱者の行為であるから刑法39条2項,68条3号によ
り法律上の減軽をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本
文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の範囲内で法定の加
重をし,その刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決
勾留日数中300日をその刑に算入し,押収してある文化包丁1丁(平成13年押
第125号の1)は,判示第1の殺人未遂の用に供した物で被告人以外の者に属し
ないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,
刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人は,判示第1及び第2の各犯行当時,被告人は,酒酔いの結果,心神喪
失若しくは心神耗弱の状態にあったと主張するので,この点について判断する。
2 まず,被告人の供述は,供述態度が誠実で一貫性が認められる上,関係証拠と
格別そごする点もないことから信用できるものであるところ,公判廷で取り調べた
被告人の供述を含む関係証拠によれば,本件犯行前後の状況等や被告人の記憶につ
いて,おおむね以下の事実が認められる。
(1) 本件犯行前の状況等
被告人は,これまで約20年にわたり,大阪市西成区のあいりん地区で日雇
労働等をし,金が入るとギャンブルで使い果たしてしまうという生活を続けてきた
が,そのような生活に嫌気がさし,厭世観から自殺を考えるようになった。
そして,被告人は,首吊りや入水等自殺の方法をあれこれと考え,平成13
年3月初めころには首を切るために本件で使用した文化包丁を100円ショップで
購入し,犯行の2日前の平成13年5月27日ころには,明石の大蔵海岸で,ウイ
スキーを飲んで海に飛び込もうとしたものの,死にきれなかった。
被告人は,本件犯行当日である5月29日朝,今日こそは絶対に入水自殺を
しようと考え,いったん岸壁に行ったが,人通りが多く,暗くなるまで待つことに
し,酒を飲んで海に飛び込めば死ねると考え,同日午後5時半ころから,350ミ
リリットル缶入り酎ハイを飲んだ上,死に装束としてシャツを着替え,さらに,ウ
イスキーを酎ハイの空き缶3分の1くらいまで入れ,コーラで割って,午後6時半
ころまでに飲み終えた。
(2) 本件犯行後の状況等
被告人は,本件犯行後,同日午後9時30分ころ,全裸で,文化包丁を持っ
て立っていることに気づき,自分でも訳が分からず,うろうろしていたところ,警
察官がやってきて現行犯逮捕されたが,被告人は,この時刻を腕時計で確認でき
た。なお,被告人は,現行犯逮捕される時点では,路上で,裸で包丁を所持して立
っている自己の状況を正確に認識することができた。
その後,同日午後10時30分ころ,兵庫県生田警察署で,飲酒検知を受け
たところ,被告人は呼気1リットル当たり0.1ミリグラムのアルコールを身体に
保有していることが確認され,質問応答状況は正常と判定された。
(3) 被告人の記憶
   被告人は,同日午後6時30分ころから,現行犯逮捕される前の午後9時3
0分ころまでの記憶が全くない。
3(1) 被告人の責任能力について判断した,医師D作成の精神保健診断書(捜査段
階の簡易鑑定,検察官請求証拠番号19)及びD医師の公判供述(以下併せて「D鑑
定」という。)の要旨は以下のとおりである。
   D医師は,平成13年6月12日,被告人と面接し,被告人から,酒に酔っ
ても極端に変わることはなく,変なものが見えたり,手が震えたりすることはない
こと,犯行当日の平成13年5月29日午後6時半ころから9時半ころまでの間の
記憶が全くなく,15分位ボーッとしてたらパトカーが来て,何かなと思ったこ
と,缶酎ハイの缶にウイスキーをコーラで割ったものを3口位飲んだことまでは覚
えていること,包丁は飛び込み自殺する前に首を切るために持っていたこと,刺し
たことは全然分からないことなどの供述を得た。
   D医師は,このような被告人との面接結果から,被告人はアルコール依存症
ではないこと,被告人は,本件犯行前,入水自殺を図るためアルコールを飲用し,
血中アルコール濃度は高くなかったものの,午後6時半ころから午後9時半ころま
での記憶がないこと,本件犯行は被告人の生活史,日常の行動,性格傾向と連続性
がないことなどから,本件犯行時,被告人は異常酩酊の状態にあったと判断した。
   その上で,D医師は,被告人に幻覚等の病的体験がないことから病的酩酊で
はないが,死を決意しさまよっていた心的負荷が加わり,少量の飲酒でも複雑酩酊
の状態に陥ることがあることから,被告人の犯行当時の状況について複雑酩酊であ
ると判断し,理非弁別能力及び行動制御能力については,いずれも著しく障害され
てはいるが,完全に否定されるものではないと判断した。
 (2) D鑑定の信用性について検討すると,D鑑定は,D医師が精神科を専門とし
これまで多数の精神鑑定の経験を有すること,D鑑定の依拠する事実は,上記2の
事実を含め当裁判所の認定した事実と異なる点はないこと,その判断過程・内容に
格別不自然・不合理な点はないことなどからして,十分信用することができる。も
っとも,D鑑定は,被告人の責任能力を判断するに当たり,判示第1の犯行時の責
任能力と判示第2の犯行時のそれとを明確に分けて判断していないところ,上記
2(2)で示したとおり,判示第2の犯行時においては,被告人はすでに自己の状況を
正確に認識しうる状態になっていたことが認められるから,D鑑定が,判示第2の
犯行時においても,被告人が心神耗弱の状態にあったとする趣旨ならば,D鑑定
中,この部分は採用することができない。
4そうすると,本件の犯行状況のほか,上記2で認定した本件犯行前後の状況や
被告人の記憶,上記3で検討したD鑑定の信用性等を総合すると,被告人は,判示
第1の犯行当時,心神耗弱の状態にあったが心神喪失の状態にはなく,また,判示
第2の犯行当時は完全責任能力を有していたことが認められるから,弁護人の上記
1の主張は,この限度で理由がある。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,自動車を運転し交差点で信号待ちをしていた被害者に対し,
殺意をもって,運転席窓から右手に握った文化包丁で被害者の前胸部を突き刺すな
どしたが,被害者が被告人の腕を押し返すなど抵抗したため,殺害するに至らず,
その後当該文化包丁を所持したという殺人未遂及び銃刀法違反の事案である。
被告人の刺突行為は,強度かつ執拗なものであり,日常生活で車いすを使用し,
余暇に車いすでバスケットボールをたしなむなど,上半身の筋力,俊敏性において
通常人に優る被害者であったからこそ,本件のような比較的軽微な傷害の結果で終
わったにすぎないのであって,犯行態様は,死の結果を生じた可能性が強い極めて
危険なものであったこと,被告人は,被害者に対して,何ら慰謝の措置を講じてお
らず,被害者の被害感情には厳しいものがあること,自動車で信号待ちをしていた
一面識もない被害者に対し,突如文化包丁を突き刺すなどしたもので,本件は「通
り魔」ともいうべき犯行であって,全く落ち度のない被害者の驚愕は相当大きく,
社会に及ぼす不安感も大きいこと等の事情に照らすと,被告人の刑事責任は重い。
しかしながら,他方,幸い被害者の傷害は軽微であって,殺人自体は未遂に終わ
っていること,被告人は,本件殺人未遂の犯行当時,強度のストレス状況下の飲酒
に起因する心神耗弱状態にあったものであり,完全な責任非難を加えることはでき
ないこと,被告人は,当公判廷において正直に反省の情を示していること,被告人
に前科がないことなど被告人にとって有利な諸事情も認められる。
以上の事情を総合して考慮すると,被告人に対し,主文掲記の実刑を科すのが相
当である。
(求刑・懲役5年及び文化包丁1丁の没収)
平成14年7月5日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官   笹野明義
裁判官   浦島高広
裁判官   谷口吉伸

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛