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平成16年1月16日判決言渡
平成12年(ワ)第112号 損害賠償等請求事件
            判      決
            主      文
     1 原告らの請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は原告らの負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
 1(1)被告国及び被告日本銀行健康保険組合は,別紙当事者目録(省略)の原
告番号(以下「原告番
   号」という。)1の原告に対し,連帯して50万円及びこれに対する平成
12年7月6日から支
   払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告国及び被告千葉銀行健康保険組合は,原告番号2の原告に対し,連
帯して50万円及びこ
 れに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
(3)被告国及び被告安田健康保険組合は,原告番号3の原告に対し,連帯し
て50万円及びこれに
 対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
(4)被告国及び被告経済産業省共済組合は,原告番号4の原告に対し,連帯
して50万円及びこれ
 に対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
(5)被告国は,原告番号5,7,12,13,15,16,19,22から
124までの各原告に
 対し,各50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで
年5分の割合による金
 員を支払え。
(6)被告国,被告千葉銀行健康保険組合及び被告千葉県農協健康保険組合
は,原告番号6の原告に
 対し,連帯して50万円及びこれに対する平成12年7月6日から支払済
みまで年5分の割合に
 よる金員を支払え。
(7)被告国及び被告ブリヂストン健康保険組合は,原告番号8の原告に対
し,連帯して50万円及
 びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
(8)被告国及び被告東京金属事業健康保険組合は,原告番号9の原告に対
し,連帯して50万円及
 びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
(9)被告国及び被告三井化学健康保険組合は,原告番号10の原告に対し,
連帯して50万円及び
 これに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
(10)被告国及び被告北陸銀行健康保険組合は,原告番号11の原告に対し,
連帯して50万円及び
 これに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
(11)被告国及び被告千葉興業銀行健康保険組合は,原告番号14の原告に対
し,連帯して50万円
 及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(12)被告国及び被告ブリヂストン健康保険組合は,原告番号17の原告に対
し,連帯して50万円
 及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(13)被告国及び被告東京金属事業健康保険組合は,原告番号18の原告に対
し,連帯して50万円
 及びこれに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(14)被告国及び被告三井造船健康保険組合は,原告番号20の原告に対し,
連帯して50万円及び
 これに対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
(15)被告国及び被告東京金属事業健康保険組合は,原告番号21の原告に対
し,50万円及びこれ
 に対する平成12年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
2 被告らは,原告番号125の原告に対し,連帯して100万円及びこれに
対する平成12年7月
 6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告国は,原告らに対し,朝日,毎日,読売の各新聞の朝刊全国版に別紙
謝罪広告目録記載の謝
  罪広告を同目録記載の条件で1回掲載せよ。
第2 事案の概要
   本件は,健康保険法に基づく保険給付について,施術者が被保険者(患
者)から委任を受けて保
  険者に療養費を請求する受領委任払いがあん摩マッサージ指圧師,はり師,
きゅう師に認められて
  いないことについて,それが認められている柔道整復師との間で不合理な差
別的取扱いがなされて
  いるなどとして,原告らが,被告国に対しては国家賠償法1条1項,4条,
民法723条に基づ
  き,損害賠償とともに名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求め,その余の
被告らに対しては民法
  709条,710条に基づき,損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
 (1) 原告番号1ないし124の各原告は,いずれもあん摩マッサージ指圧
師,はり師,きゅう師等
   に関する法律(以下「法」という。)2条1項による免許を受けて,あん
摩マッサージ指圧師,
   はり師,きゅう師(以下「あん摩マッサージ指圧師等」という。)を業と
するものである。
    原告番号125の原告(原告全国保険鍼灸師マッサージ師連合会。以下
「原告連合会」とい
   う。)は,鍼灸あん摩マッサージ指圧の普及・振興を図ると共に,あん摩
マッサージ指圧師等に
   よる健康保険取扱いを推進し,もって国民の公益に資することを目的とし
て昭和61年9月に結
   成された権利能力なき社団であり,原告番号1ないし124の各原告は原
告連合会の会員である
   (弁論の全趣旨)。
 (2)被告国は,厚生行政に関し,保険者に対する行政指導などを通じて適正
に健康保険を運用する
   立場にある。
被告経済産業省共済組合は,国家公務員共済組合法に基づいて設立さ
れ,組合員らに対して保
  険給付その他の事業を行う法人であり,被告国及び被告経済産業省共済組
合以外の被告らは,平
  成14年法律第102号による改正前の健康保険法(以下「旧健康保険
法」という。)22条
  (上記改正後の健康保険法(以下「健康保険法」という。)4条)以下の
規定に基づいて設立さ
  れた法人(健康保険組合)である(以下,被告国以外の被告らを「被告組
合ら」という。)。
(3)あん摩マッサージ指圧師等については,法の適用があるが,その概要は
次のとおりである。
  ア 医師以外の者で,あん摩,マッサージ若しくは指圧,はり又はきゅう
を業としようとする者
   は,それぞれ,あん摩マッサージ指圧師免許,はり師免許又はきゅう師
免許を受けなければな
   らない(1条)。
  イ 施術者(あん摩マッサージ指圧師,はり師又はきゅう師)は,外科手
術を行い,又は薬品を
   投与し,若しくはその指示をする等の行為をしてはならない(4条,3
条の2)。
  ウ あん摩マッサージ指圧師は,医師の同意を得た場合の外,脱臼又は骨
折の患部に施術をして
   はならない(5条)。
(4) 柔道整復師は,柔道整復師法に基づき柔道整復を業とする者である。
   柔道整復師法の概要は,次のとおりである。
  ア この法律において「柔道整復師」とは,厚生労働大臣の免許を受け
て,柔道整復を業とする
   者をいう(2条1項)。
  イ 柔道整復師の免許は,柔道整復師試験に合格した者に対して,厚生労
働大臣が与える
   (3条)。
  ウ 医師である場合を除き,柔道整復師でなければ,業として柔道整復を
行なつてはならない
   (15条)。
  エ 柔道整復師は,外科手術を行ない,又は薬品を投与し,若しくはその
指示をする等の行為を
   してはならない(16条)。
  オ 柔道整復師は,医師の同意を得た場合のほか,脱臼又は骨折の患部に
施術をしてはならな
   い。ただし,応急手当をする場合は,この限りでない。(17条)
   なお,柔道整復とは,骨,筋,関節等に各種の外力が加わることにより
生ずる骨折,脱臼,打
  撲,捻挫の患部を整復することである。
(5) 保険給付制度
  ア 健康保険法は,労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡
又は出産及びその被扶
   養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して各種の保険給付を行う保険給
付制度を規定している
   (1条,52条)。保険給付は,厚生労働大臣の指定を受けた病院若し
くは診療所又は薬局
   (以下「保険医療機関等」という。)における療養の給付(医療の現物
給付)が原則である
   (63条1項,3項)。被保険者は,保険医療機関等から63条1項各
号に規定する療養の給
   付を受けた際,当該保険医療機関等に対して一部負担金を支払い,当該
保険医療機関等は,療
   養に要する費用から一部負担金を控除した額を保険者に請求し,保険者
がこれを支払う(74
   条1項,76条1項)。
    ただし,療養の給付が困難である場合等に限り,療養の給付に代え
て,現金給付である療養
   費払いが認められている(87条)。
    健康保険法上,被保険者が施術等の療養を受けた際には,療養に要し
た費用を一旦施術者に
   全額支払い,その後そこから一部負担金を控除した額を保険者に請求
し,保険者がこれを被保
   険者に支払うといういわゆる償還払いの方法が原則とされている。
  イ 療養費の受給要件
  (ア) あん摩マッサージ指圧師等について
    a 対象疾患
      慢性病であって医師による適当な治療手段のないものであり,主
として神経痛,リウマ
     チなどであって,類症疾患(頸腕症候群,五十肩,腰椎症等の病名
であって,慢性的な疼
     痛を主症とする疾患)については,これら疾病と同一範ちゅうと認
められるものに限る。
    b 医師の同意
      医師の同意書又は病名,病状及び発病年月日が記載され,施術の
適否が判断できる診断
     書を要する。
  (イ) 柔道整復師について
    a 対象疾患
      骨折,脱臼,打撲,捻挫
    b 医師の同意
      骨折及び脱臼については,医師の同意を要する。ただし,応急手
当の場合は,医師の同
     意は必要ではない。
(6) 受領委任払い
   柔道整復師から施術を受けた被保険者に対する療養費の支給について
は,平成11年10月2
  0日付け厚生省老人保健福祉局長及び同省保険局長から都道府県知事宛の
「柔道整復師の施術に
  係る療養費について(通知)」(老発第682号・保発第144号)によ
り,受領委任払いの方
  法が認められている。この制度の概要は,あらかじめ当該柔道整復師の所
属する社団法人と保険
  者との間で団体協定(柔道整復師個人の場合は契約)を締結しておき,被
保険者が柔道整復師か
  ら施術を受けた際には,被保険者と当該柔道整復師との間で療養費の受
領・請求行為の委任をし
  た上,被保険者において一部負担金を支払い,その後,当該柔道整復師
は,一部負担金を控除し
  た額を保険者に請求し,これを受領した上,被保険者に対する受領金返還
債務と残金請求権とを
  相殺するというものである。
   これに対し,あん摩マッサージ指圧師等については,厚生省保険局長
は,昭和25年1月19
  日付けで,都道府県知事宛に,「按摩,鍼灸術にかかる健康保険の療養費
について」と題する通
  知(保発第4号。以下「保発第4号」という。)を発出し,都道府県知事
を通じてこれを各健康
  保険組合等に周知させたが,この通知により,受領委任払いの方法をとる
ことは認められていな
  い。保発第4号の内容は,「標記については療術業者の団体と契約の下
に,これを積極的に支給
  する向もあるやに聞き及んでいるが本件については従前通り御取扱いを願
いたい。従ってこの施
  術に基づいて療養費の請求をなす場合においては,緊急その他眞に已むを
得ない場合を除いて
  は,すべて医師の同意書を添付する等,医師の同意があったことを確認す
るに足る証憑を添える
  よう指導することとして,その支給の適正を期することと致されたい。」
というものである。
   あん摩マッサージ指圧師等については,保発第4号が発出される以前か
ら受領委任払いは認め
  られておらず,償還払いの方法がとられており,保発第4号はその趣旨を
確認したものである。
   ところで,あん摩マッサージ指圧師等についても,保険者である健康保
険組合が独自に受領委
  任払いを認める場合もあるが,被告組合らはこれを認めず,償還払いの方
法を採っている(以
  下,被告らが,柔道整復師には受領委任払いを認め,あん摩マッサージ指
圧師等にはこれを認め
  ない取扱いを「本件取扱い」という。)。
(7) 療養費の請求と支払拒否
   本訴提起前に,原告番号1の原告は被告日本銀行健康保険組合に対し患
者1名につき,原告番
  号2の原告は被告千葉銀行健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号
3の原告は被告安田健
  康組合に対し患者1名につき,原告番号4の原告は被告経済産業共済組合
に対し患者1名につ
  き,原告番号6の原告は被告千葉銀行健康保険組合及び被告千葉県農協健
康保険組合に対し患者
  各1名につき,原告番号8の原告は被告ブリヂストン健康保険組合に対し
患者1名につき,原告
  番号9の原告は被告東京金属事業健康保険組合に対し患者1名につき,原
告番号10の原告は被
  告三井化学健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号11の原告は被
告北陸銀行健康保険組
  合に対し患者1名につき,原告番号14の原告は被告千葉興業銀行健康保
険組合に対し患者1名
  につき,原告番号17の原告は被告ブリヂストン健康保険組合に対し患者
2名につき,原告番号
  18の原告は被告東京金属事業健康保険組合に対し患者1名につき,原告
番号20の原告は被告
  三井造船健康保険組合に対し患者1名につき,原告番号21の原告は被告
東京金属事業健康保険
  組合に対し患者1名につき,それぞれ受領委任払いの形式で療養費の請求
を行ったが,いずれも
  療養費の支払(支給)を拒否された。
2 争点
(1)本件取扱いは合理性があるか。
  ア 原告らの主張
    健康保険制度における療養費の支給については,患者が医療機関に対
し,一旦医療費を払っ
   た後,健康保険から要した医療費の支給を受ける方法(後払い方式)と
患者が医療機関におい
   て医療を受け,要した医療費は患者から医療機関に対する保険給付の受
領委任の下,健康保険
   から医療機関に対し,直接支給されるという方法(受領委任方式)が考
えられる。このどちら
   の制度を採るかは,国民の医療給付を受ける機会の確保と保険給付の適
正さの確保という2つ
   の要請を勘案しつつ,行政庁の裁量の範囲内で決定される。後払い方式
の場合は,国民の医療
   を受ける機会は減少するが,医療機関による不正受給という問題は減少
する。受領委任方式の
   場合は,国民の医療を受ける機会は増すものの,不正に保険給付を受け
る余地が大きくなる。
   結局,受領委任方式を認めるか否かは,当該医療機関が不正受給を行わ
ない(保険給付の適正
   を害するおそれのない)医療機関であろうという評価,国民の医療を受
ける機会を確保する要
   請が高いか否かの評価の下で判断される。
    健康保険法は,あん摩マッサージ指圧師等及び柔道整復師について
は,保険医療機関とはし
   ないものの,一定の要件を満たした場合には療養費の支給を認め,事実
上健康保険が適用され
   ることとなっている。そして,あん摩マッサージ指圧師等を規制する法
と柔道整復師を規制す
   る柔道整復師法には,資格,免許,施術所の要件,業務に関する規制,
監督,罰則のいずれに
   も違いがないから,あん摩マッサージ指圧師等と柔道整復師に対する社
会的信用,国民のこれ
   ら医療を受ける機会の保障の必要のいずれについても別異とする根拠は
ない。それにもかかわ
   らず,厚生労働省は,柔道整復師については受領委任払いを認めなが
ら,あん摩マッサージ指
   圧師等についてはこれを認めないという差別的な取扱いをし,これによ
り,あん摩マッサージ
   指圧師等を利用した患者は,一旦全額を支払い,その後自ら療養費を請
求するという煩瑣かつ
   負担のある手続が強要されているが,このような取扱いには何ら合理的
な根拠がない。
    被告国は,柔道整復師については,柔道整復師法17条で,脱臼,骨
折の患部に応急手当と
   して施術する場合に医師の同意を要しないとしていることをもって,受
領委任払いを認める根
   拠の1つとしているが,この点は受領委任払いの問題とは直接関係がな
い(一方は実体的要
   件,他方は請求手続上の問題である。)上,双方の資格に関する規定全
体からみると,業務の
   性質に基づくわずかな違いでしかなく,両者の社会的信用にも,国民の
当該医療を受ける機会
   を保障する必要性にも,何ら関係のないことである。
    また,医療保険審議会は被告国が設置した機関であり,その柔道整復
等療養費部会の平成7
   年9月8日付け意見は,責任を免れる根拠とはならない。
    よって,本件取扱いは合理性がない。
  イ 被告らの主張
    健康保険法は,厚生労働大臣の指定を受けた保険医療機関等において
のみ,医療の現物サー
   ビスの提供としての療養の給付を受けることができる旨規定している。
これは,現物給付たる
   療養の給付は療養そのものが保険給付されるものであることから,医療
保険の運営の効率化,
   給付内容の適正化等を担保するための様々な規定が適用される特定の機
関に限り実施されるこ
   とが適当であるからである。これに対し,保険医療機関としての指定を
受けていない者に係る
   療養費の支給につき,実質上医療の現物サービスの提供と同様の意味を
持つこととなる受領委
   任払いを認めることは,健康保険法が保険医療機関の指定制度を採用し
た上記趣旨を没却する
   ことになる。したがって,健康保険法は,療養費の支給につき,原則と
して(例外的な場合を
   除き),受領委任払いの方法によることを認めていないものと解され
る。なお,健康保険法に
   よる給付につき療養の給付を原則としたのは,緊急に療養を受けること
ができなくなるおそれ
   を避けるためである。また,健康保険法による給付は,医療の現物サー
ビスの提供としての療
   養の給付を原則とし,それが困難である場合等に限り,療養の給付に代
えて,現金給付である
   療養費払いが認められている。したがって,療養費の支給に当たって
は,当該施術が受給要件
   を満たしていることが前提となるところ,受領委任払いは,施術の内容
や額等につき被保険者
   から確認することができないまま施術者より請求がなされることから,
不正請求や業務範囲を
   逸脱した施術を見逃す危険性が大きいといわざるを得ない。
    ところで,柔道整復については,施術を行うことのできる疾患は外傷
性のもので,発生原因
   が明確であり,他疾患との関連が問題となることが少ないから,不正請
求や業務範囲を逸脱し
   た施術等といった弊害が生じる可能性が低いことに加え,整形外科医が
不足した時代に治療を
   受ける機会の確保等患者の保護を図る必要があり,かつ,柔道整復師法
17条ただし書に基づ
   き,応急手当の場合には,医師の同意なく施術ができること等医師の代
替機能をも有するとこ
   ろ,緊急に療養を受ける必要がある場合に療養費を後払いとすると,被
保険者は一時的に療養
   費を立て替えなければならなくなり,その結果,緊急に療養を受けるこ
とができなくなるおそ
   れがある。したがって,柔道整復については,受領委任払いを認める合
理的理由がある。
    これに対して,あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費の対
象疾患の多くは,外傷
   性の疾患ではなく,発生原因が不明確で,治療と疲労回復等の境界が明
確でないことから,施
   術を行う前に保険者が支給要件の確認をすることができない受領委任払
いを認めることは,上
   記の弊害が生じる危険性が大きいし,対象疾患も慢性的な疼痛を主症と
する疾患であり,緊急
   に治療が必要な疾患ではないから,現物給付的な取扱いとする特段の理
由がない。
    さらに,あん摩・マッサージ等に係る療養費について受領委任払いを
認めた場合,対象疾患
   の関係で,施術が行われた後に支給対象外と判断される場合が少なくな
いのであり,そうする
   と,被保険者は,施術に係る費用の全額から一部負担金として支払済み
の金額を控除した額を
   再度施術者に支払わなければならなくなり,施術料金の支払いの手続が
煩雑となる一方,施術
   者も被保険者から施術料金を徴収するという負担が生じる。これに対
し,柔道整復の場合は,
   療養費の支給対象となるかについて疑義が生じることが少ないから,受
領委任払いを認めて
   も,上記弊害が生じるおそれは小さい。
    以上の観点から,医療保険審議会柔道整復等療養費部会の平成7年9
月8日付け意見も,柔
   道整復に係る療養費については特例的に受領委任払いを認めることに肯
定的見解を示してお
   り,これに対し,あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費の受
領委任払いについては
   否定的な見解を示しているのである。
    よって,本件取扱いは合理性がある。
(2)被告国は国家賠償法(以下「国賠法」という。)上の責任を負うか。
  ア 原告らの主張
  (ア)違法性
    a 原告らの被った不利益
      原告らは,受領委任払いを認められないという差別的取扱いを受
けたことにより,以下
     のような不利益を被った。
    (a) 平成4年度の柔道整復師の施術に対する療養費の推計額は約2
048億円であるのに
      対し,あん摩マッサージ指圧師等の施術に対する療養費の推計額
はわずかに65億円に
      過ぎない。これを1人当たりの年間保険取扱額としてみると,柔
道整復師が825万円
      であるのに対し,あん摩マッサージ指圧師等は僅かに10万円で
あり,80分の1であ
      る。このようにあん摩マッサージ指圧師等について療養費の支給
が低廉であることによ
      り,あん摩マッサージ指圧師等の治療院経営上重大な圧迫を受
け,経済的不利益を被っ
      た。
    (b) 柔道整復師のように受領委任払いという便宜的な手続の利便を
得られないことによ
      り,あん摩マッサージ指圧師等は,患者から施術者としての力量
が十分でないと判断さ
      れ,信頼関係を阻害するという不利益を受けた。
    (c) 受領委任払いを認めないという健康保険法上の取扱いの違い
は,あん摩マッサージ指
      圧師等の資格が,国の制度上,柔道整復師の下にあるとの評価を
故なく醸成するもので
      あり,あん摩マッサージ指圧師等の社会的評価及び原告連合会の
社会的評価を低下させ
      た。
    (d) あん摩マッサージ指圧師等は,柔道整復師と比較して,不利益
に扱われるべき何らの
      理由もないにもかかわらず,著しく不利益な扱いを受けてきたも
のであり,原告らは,
      その名誉感情を侵害され,耐え難い精神的な苦痛,屈辱感を受け
てきた。
    b 裁量権の逸脱
      健康保険法63条の「療養の給付」をいかなる者に対して行う
か,「給付」の方法をど
     のようなものにするかは,所管庁である厚生労働省の裁量に委ねら
れているが,法の執行
     機関である行政庁が,明文で法律の委任があった場合でもなく,単
なる取扱いによって差
     別的取扱いを行おうとする場合には,法律上,区別を予定されてい
るか否かという裁量権
     の枠がはめられているというべきである。
      そして,上記(1)ア記載のとおり,本件取扱いには何ら合理的理
由がないにもかかわら
     ず,厚生省保険局長は,昭和25年1月19日にあん摩マッサージ
指圧師等について受領
     委任払いを認めない旨の保発第4号を発出し,その後,歴代の厚生
省保険局長によってこ
     の方針が追認され,あん摩マッサージ指圧師等については受領委任
払いが認められてこな
     かったのである。
      厚生労働省は,健康保険法の趣旨に則り,適正な厚生行政を行う
べきであり,不合理な
     差別的取扱いを行うことは裁量権の逸脱であって許されないもので
ある。上記のとおり,
     被告国は,何ら合理的な根拠がないにもかかわらず,あん摩マッサ
ージ指圧師等に受領委
     任払いを認めてこなかったものであり(柔道整復師に認め,あん摩
マッサージ指圧師等に
     認めないのは,恣意的運用というほかない。),かつ,これによっ
て原告らの被った不利
     益は上記aのとおり重大であるから,与えられた裁量権を逸脱した
ものである。
      なお,区別が合理的であるか否かは,健康保険法によって保護さ
れた利益であるか否か
     ではなく,区別を正当化できる理由があるか否かによって判断され
るべきであり,また,
     原告らは,本件取扱いにより直接的に不利益を被っているから,反
射的利益論は相当では
     ない。
      以上によれば,本件取扱いは,被告国の裁量権を逸脱し,原告ら
に重大な不利益を及ぼ
     すものであるから,違法性を有する。
  (イ) 故意,過失
     厚生労働省保険局長は,あん摩マッサージ指圧師等に受領委任払い
を認めなければ,健康
    保険取扱高に差異が生じ,あん摩マッサージ指圧師等が患者を獲得す
る機会を減少させるで
    あろうこと,その結果,柔道整復師の方が社会的評価が高くなるであ
ろうことを容認してお
    り,故意が認められる。仮にそうでないとしても,そのような結果を
生じさせたことにつ
    き,重大な過失があるというべきである。
  (ウ) 損害
     上記(1)ア記載のように,あん摩マッサージ指圧師等は,柔道整復
師と比較して,不利益
    に扱われるべき何らの理由もないにもかかわらず,著しく不利益な扱
いを受けてきたもので
    あり,原告連合会以外の原告らが名誉感情を侵害され,耐え難い精神
的な苦痛,屈辱感を受
    けてきたことは明らかである。同原告らが長年受けてきた経済的損
害,患者との関係での無
    力感,社会的な地位維持の妨害等に照らすと,同原告らの精神的な苦
痛に対する慰謝料とし
    ては50万円を下らない。
     また,原告連合会については,全国のあん摩マッサージ指圧師等に
対する適正な健康保険
    法上の取扱いを目指した被告国等への改善申入れや,実際の療養費の
請求の代理手続等にお
    いても被告らから理由なく無視されるような屈辱的かつ不当な扱いを
受け,団体としての名
    誉感情が侵害され,社会的評価が低下した。その損害額は100万円
を下らない。
  (エ) 因果関係
     被告組合らがあん摩マッサージ指圧師等に対して受領委任払いを認
めないという取扱い
    は,被告国の行政指導(保発第4号)に基づいて行われたものである
から,原告らの受けた
    名誉感情の侵害,社会的評価の低下という損害と被告国の違法な行政
指導との間には,相当
    因果関係がある。
  (オ) 被告国の責任
    よって,被告国は,原告らに対し,国賠法1条1項に基づき,損害賠
償義務を負うととも
    に,原告らの名誉の回復措置として,国賠法4条,民法723条に基
づき,謝罪広告を掲載
    するのが相当である。
  イ 被告国の主張
   (ア)国賠法上の違法
     以下の理由により,本件取扱いについて被告国に国賠法上の違法は
ない。
    a 職務上の義務
      公権力の行使に当たる公務員の行為が国賠法1条1項の違法と評
価されるためには,当
     該公務員が損害賠償を求めている国民に対して個別具体的な職務上
の法的義務を負担し,
     かつ,当該行為が上記のような法的義務に違背してされた場合をい
うものである。そし
     て,当該公務員の行為が国賠法上違法と評価されるためには,当該
公務員の有する義務が
     個別の国民に対して負担する職務上の法的義務であることが必要と
なるが,当該義務の前
     提となる法規が損害賠償を求めている当該個別の国民の権利利益の
保護を目的としていな
     い場合には,当該公務員は,そのような職務上の法的義務を負担す
ることもない。これを
     健康保険法についてみると,健康保険制度は,被保険者及び被扶養
者の生活の安定を要請
     したものであり,同法には,療養費の支給につき施術者の権利利益
の保護を目的とした規
     定は存在していない。そうすると,療養費の支給方法について,当
該公務員が,原告らと
     の関係で,柔道整復師とあん摩マッサージ指圧師等を同じ取扱いを
しなければならない職
     務上の法的義務はない。
    b 反射的利益
      国賠法1条1項の違法があるというためには,国家賠償を請求す
る者の主張する利益が
     単なる反射的利益では足りず,法律上保護されていることを要する
ものと解すべきである
     (最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小
法廷判決・民集43巻
     10号1169頁)。そして,公務員が法規に違反した行為をした
としても,当該個人の
     法律上保護された利益を侵害していない限り,当該個人との関係で
は職務上の義務を負担
     しておらず,違法性は否定されるというべきである。
      療養費は,保険者が療養の給付等をなすことが困難であると認め
たとき等に被保険者及
     びその被扶養者に対して支給されるものであって,被保険者等の生
活の安定を図るための
     ものである。このように,健康保険制度は,被保険者等の生活の安
定を図るための制度で
     あって,施術を行う者の利益を保護しているものではない。すなわ
ち,療養費の支給につ
     いて受領委任払いを認めた場合に,施術を行う者に何らかの利益が
あるとしても,それは
     法律上保護された利益ではなく,保険者が被保険者に療養費の支給
を行う際の手続により
     生じるいわば反射的利益にすぎない。原告らは,反射的な利益を得
られないことが不合理
     であると主張しているに過ぎないのであるから,原告らの主張する
利益は,法律上保護さ
     れた利益ということはできない。
    c 行政庁の裁量
      一般に,一定の行政権行使の要件が法定され,当該要件を満たす
場合に行政権を行使し
     なければならないとされているときは,当該要件を満たす場合に作
為義務が認められるの
     に対し,行政権行使の要件は定められているものの,行政権を行使
するか否かにつき裁量
     が認められている場合や,行政権行使の要件が具体的に定められて
いない場合には,直ち
     に作為義務が生じることはないと解されている。そして,健康保険
法87条の規定からす
     ると,具体的にいかなる方法によって療養費を支給するかというこ
とについては,行政庁
     の合理的な裁量に委ねられていると解される。このように行政権の
行使に裁量が認められ
     る場合には,原則として作為義務は生じないが,行政権の行使を行
政庁の裁量に委ねた法
     の趣旨,目的,裁量の幅の大小,規制の相手方及び方法についての
法の定め方を前提とし
     て,当該行政権不行使の前後にわたる一切の事情を評価の対象と
し,当該行政権の不行使
     が著しく合理性を欠くと評価される場合に限り,作為義務が認めら
れ,国賠法1条1項の
     「違法」が認められると解すべきである。
      保険給付に関しても,保険制度を維持していく上で必要な諸般の
事情を考慮しなければ
     ならないことは明らかであり,本件においても,療養費の支給方法
につき,被告国の公務
     員の行為が裁量権を濫用,逸脱した場合にのみ国賠法上違法となる
というべきである。そ
     して,上記(1)のように,あん摩マッサージ指圧師等に受領委任払
いを認めない取扱いは
     何ら不合理なものではなく,被告国の公務員の行為が裁量権を濫
用,逸脱したものとはい
     えない。
    d 名誉及び名誉感情
      名誉毀損とは,人に対する社会的評価を低下させる行為であり,
客観的な社会的評価が
     被侵害利益であると解される。しかし,原告らは,受領委任払いが
認められていないこと
     が不合理な差別であり,それ故名誉を毀損されたと主張しているだ
けであって,受領委任
     払いが認められないことによって,なにゆえ客観的な社会的評価が
低下するのか明らかで
     ない。また,名誉感情とは,自己自身で与える自己の人格的価値に
対する評価であるとこ
     ろ,このような感情は主観的な感情の領域の問題であるから,無条
件に法的保護の対象と
     なるものではなく,その態様,程度等からして社会通念上許される
限度を超える名誉感情
     に対する侵害に限って,人格権の侵害として損害賠償の対象たりう
るものと解される。原
     告らは,柔道整復師に比べて受領委任払いが認められていないこと
が名誉感情の侵害であ
     るというに過ぎず,これをもって,社会通念上許される限度を超え
る名誉感情に対する侵
     害であるということはできない。
   (イ)損害
     上記(ア)d記載のとおり,本件取扱いが原告らの社会的評価を低下
させたということはで
    きないし,また,本件取扱いによって原告らが社会通念上許される限
度を超えて名誉感情を
    侵害されたということもできない。したがって,原告ら主張の損害は
生じていない。
(3) 被告組合らが不法行為責任を負うか。
  ア 原告らの主張
    (ア)違法性
     a 平等原則の適用
       被告組合らを含む健康保険組合は,私人であり,本来私的自治の
原則が妥当し,誰に対
      して保険給付をなすか,どのような方法でなすかは自由であるはず
のものである。しか
      し,健康保険組合は,国の実施する健康保険行政に組み込まれ,そ
の実施,運用の一翼を
      担うことを法定されているものであり,まさに法規によってこれら
の事業を実施している
      のである。すなわち,健康保険法上,健康保険組合自体が一定の場
合には強制的に設立さ
      れなければならないものとされている(14条)。また,被保険者
資格の取得,喪失も法
      定されており(35条,36条),手続的にも,一定の場合には,
厚生労働大臣の審査を
      受けた上で保険給付の支払いを行うものとする等の扱いが法定され
ている(76条4
      項)。このように,被告組合らの業務は,きめ細かな健康保険業務
の実現のために国の施
      策をこれに代わって実施しているものであること(代替性),各健
康保険組合の権限が法
      規によって与えられているものであること(権限の由来),その業
務の性質が国民の医療
      機会の充実,費用面での保護という共通の利益を目的としているこ
と(業務自体の公共
      性)など,被告組合らは,業務の遂行に関して国に準じた地位に置
かれている。
       もともと,憲法の規定する平等原則は,公的機関による正当な理
由のない不平等扱いを
      禁止することにより,国民間の公平な取扱いを実現せんとするもの
であるが,法規を根拠
      として公的機関に代わって代替的に公共的業務を遂行する機関にも
平等原則が適用される
      ことは当然である。
     b 本件における違法性
       原告番号1から4まで,6,8から11まで,14,17,1
8,20,21の各原告
      は,被告組合らに受領委任払いの形式で療養費の請求を行ったが,
何ら合理的理由がない
      のに,その支払を拒否されるという,柔道整復師に比べて差別的取
扱いを受けたことによ
      り,名誉感情を侵害され,社会的評価を低下させられた。
       また,同原告らからの保険給付請求は全て原告連合会を通じて行
っており,直接的に拒
      否の通知を受けたのは同原告であるから,同原告の名誉感情を侵害
し社会的評価を低下さ
      せた。
(イ)故意,過失
      保発第4号は,あくまでも行政庁が被告組合らに対して任意の協力
を呼びかけ,行政目的
     を達しようとするもので,行政指導に当たるところ,行政指導は,あ
くまでも私人が任意に
     従うことを要求するものであり,これに従うことが罰則等によって強
制されているわけでは
     ないので,これを受けた私人が行政指導に従って違法な行為を行った
場合には,行政指導を
     受けた側の任意の判断で行われたものであるから,責任を回避する理
由とはならない。そし
     て,保発第4号は,昭和25年1月19日に発せられているが,禁止
されたはずの「柔道整
     復師と保険組合等との協定」は存続し続けているし,被告国は,保発
第4号に違反している
     柔道整復師に対して何らの不利益な取扱いもしていない。しかも,昭
和63年に至り,違法
     とされたはずの「施術業者との協定」を追認している。さらに,あん
摩マッサージ指圧師等
     に対しても,現実に多くの健康保険組合は受領委任払いを認めている
が,これは,厚生労働
     省の指導に従わず,独自の判断で支払いをしているのである。
      そうすると,被告組合らが保発第4号に従ったことによって免責さ
れるものではない。
    (ウ)損害
      被告組合らの行為により,原告らは,上記(2)ア(ゥ)と同様の損害を
被った。
    (エ)因果関係
      被告組合らの差別的取扱いにより原告らが上記(ウ)の損害を被った
ものであるから,被告
     組合らの差別的取扱いと原告らの被った損害との間には相当因果関係
がある。
    (オ)被告組合らの不法行為責任
      よって,被告組合らは,民法709条,711条に基づき,被告国
と連帯して損害賠償義
     務を負う。なお,上記(ア)bの支払拒否の理由は,被告国が発した保
発第4号にあるから,
     被告国と被告組合らとは共同不法行為の関係にある。
   イ 被告組合らの主張
    (ア)違法性
      一般に,民法709条等の違法性の判断基準については,被侵害利
益の種類・性質と侵害
     行為の態様との相関関係において考察されるべきものであり,被侵害
利益が強固であれば行
     為の不法性が小さくとも違法性が肯定されるが,被侵害利益が強固で
ないときは行為の不法
     性が大きくない限り違法性は肯定されないと解されている。
      そして,原告らの主張する被侵害利益は,名誉あるいは名誉感情で
あると解されるが,受
     領委任払いを認めないことで,何故客観的な社会的評価が低下するの
かが明らかではない
     し,また,そのことが,社会通念上許される限度を越える名誉感情に
対する侵害であるとい
     うこともできない。
      また,上記(2)イ(ア)で述べたとおり,被告国があん摩マッサージ
指圧師等について受領
     委任払いを認めないことは何ら違法ではないから,被告組合らがあん
摩マッサージ指圧師等
     について受領委任払いを認めないことも何ら違法ではない。
    (イ)故意,過失
      健康保険組合は,厚生労働大臣の監督下に置かれているところ,本
件の場合,昭和25年
     1月に,当時の厚生省保険局長が,療養費の支給をあたかも現物給付
のように取り扱うこと
     は認められない旨の通知(保発第4号)を発出しているのであるか
ら,被告組合らが,上記
     通知に従い,あん摩マッサージ指圧師等に係る療養費につき受領委任
払いを認めなかったか
     らといって,故意又は過失があったということはできない。
第3 当裁判所の判断 
 1 争点(1)について
  (1)認定事実
    上記第2の1の事実に,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事
実が認められる。
   ア 療養の給付の趣旨等
     健康保険法による保険給付は,保険医療機関等における疾病等の治療
を目的とした一連の医
    療そのものの給付,すなわち療養の給付を原則としている(旧健康保険
法43条1項,3項,
    健康保険法63条1項,3項)。そして,被保険者は,保険医療機関等
から療養の給付を受け
    た場合には,当該保険医療機関等に対し,一部負担金を支払い(旧健康
保険法43条の8,健
    康保険法74条1項),当該保険医療機関等は,療養に要する費用から
一部負担金を控除した
    額を保険者に請求し,保険者がこれを支払う(旧健康保険法43条の
9,健康保険法76条1
    項)。
     このような療養の給付は,厚生労働大臣の指定を受けた保険医療機関
等においてのみ受ける
    ことができる(旧健康保険法43条1項,3項,健康保険法63条1
項,3項)。これは,給
    付対象となる療養については,保険者が確認することなく療養そのもの
が被保険者に給付され
    るため,健康保険制度の効率的な運営,給付内容の適正化などを担保す
ることのできる保険医
    療機関等においてのみ実施させることが適当であるためである。このよ
うな趣旨から,健康保
    険法において,当該保険医療機関等は,① 療養の給付に関し厚生労働
大臣の指導を受けるこ
    と(旧健康保険法43条の7,健康保険法73条1項),② 厚生労働
大臣の求めに応じて診
    療録,帳簿書類その他の物件の検査を受けること(旧健康保険法43条
の10,健康保険法7
    8条1項),③ 療養の給付に関する費用の請求について不正があった
ときは当該保険医療機
    関等の指定を取り消されることがあること(旧健康保険法43条の1
2,健康保険法80条3
    号)などが定められている。
   イ 療養費の支給要件
     健康保険法による保険給付は療養の給付が原則であるが,保険者が療
養の給付等を行うこと
    が困難であると認めるとき,又は保険医療機関等以外の者から診療,手
当等を受けた場合にお
    いて保険者がやむを得ないと認めるときは,その費用の一部を事後的に
療養費として支給でき
    る(旧健康保険法44条の2,44条の3,健康保険法87条)。療養
費の支給(現金給付)
    は,療養の給付(現物給付)の補完的役割を果たすものであり,被保険
者は,現物給付と現金
    給付の選択の自由を与えられているものではない。
     療養費支給の具体的事例としては,① 無医村等で保険医療機関がな
いか又は利用できない
    場合において,応急措置として売薬を服用した場合,② 治療用装具,
③ 柔道整復師による
    施術,④ あん摩マッサージ指圧師等による施術,⑤ 生血等が挙げら
れる。
   ウ 療養費の支給方法
     健康保険法は,療養費の支給方法について具体的な規定を設けず,
「療養費を支給すること
    ができる」(旧健康保険法44の2,健康保険法87条1項)とのみ規
定しているところ,被
    保険者による療養費の流用,療養費の不正請求,業務範囲を逸脱した施
術等の弊害を回避する
    ため,療養費は,原則として,償還払いの方法(後払いの方法)がとら
れている。すなわち,
    償還払いは,被保険者が療養を受け,施術料を施術者に支払った後,療
養費支給申請書に被保
    険者が傷病名とその原因,手当の内容及びその期間等健康保険法施行規
則66条所定の事項を
    記載し,費用の額を証する書類(施術料の領収書)を添付して保険者に
療養費を申請するとい
    う方式であり,療養費の支給に先立って施術の内容や額等について被保
険者から確認すること
    ができるため,不正請求や業務範囲を逸脱した施術等がなされる可能性
を少なくすることがで
    きるものである。
   エ 柔道整復に係る療養費の取扱い
    (ア)支給対象
       柔道整復における療養費の支給対象となる疾患は,急性または亜
急性の外傷性の骨折,
      脱臼,打撲(急性または亜急性の介達外力による筋,腱の断裂を含
む。),捻挫であ
      り,内科的原因による疾患は含まれない。このうち骨折及び脱臼に
ついては,応急手当の
      場合を除き,医師の同意が必要である(柔道整復師法17条)。た
だし,通達により,実
      際に医師から施術について同意を得た旨が施術録に記載してあるこ
とが認められれば,必
      ずしも医師の同意書の添付を要しないものとされ(昭和31年医発
第627号),さら
      に,「施術録に記載してあることが認められれば」とあるのは,給
付支給事務取扱上いち
      いち保険者において施術録を調査した後でなければ支給を行っては
ならないという意味で
      はなく,疑わしいものについて調査を行う場合を予想するものであ
る,とされている(昭
      和31年保険発第140号)。
    (イ)支給方法
       戦前において,整形外科担当の医療機関や医師が不足していたこ
とや,骨折等の場合に
      も医師の診療を受けるより柔道整復師の施術を受ける患者が多かっ
たことなどの沿革的理
      由から,健康保険組合等の保険者は,昭和11年に各都道府県ごと
に所在の柔道整復師会
      と協定を締結し,受領委任払いを認めてきた。
       昭和62年ころ,関東地方を中心に,社団法人日本柔道整復師会
(以下「日本柔道整復
      師会」という。)以外の団体所属の柔道整復師からの受領委任払い
の請求に対し,請求書
      の返戻及び支払いの保留を行う保険者が相次いだ。このような対応
につき,福島,東京等
      で,一部の団体所属の柔道整復師のみを優遇する措置は違法である
として被告国らを相手
      方として訴訟が提起された。この訴訟は,訴訟外で和解協議が続け
られ,この協議に基づ
      き,昭和63年7月14日付けで厚生省保険局長らから保発第89
号及び厚生省保険医療
      課長から保険発第76号が発出され,日本柔道整復師会所属でない
柔道整復師についても
      同様の取扱いを行うべき旨が全国に通知された。これにより,日本
柔道整復師会に所属し
      ている柔道整復師については,従来どおり,都道府県ごとに所在す
る柔道整復師会との協
      定により受領委任払いが認められ,それ以外の柔道整復師について
は,都道府県知事と契
      約を締結することにより,受領委任払いが認められることとなっ
た。そして,昭和63年
      8月,被告国が従来の取扱いを改めるなどの裁判外の和解が成立し
て,訴えは取り下げら
      れた。
       その後,平成11年10月20日付けで厚生省老人保健福祉局
長・同省保険局長から都
      道府県知事宛に「柔道整復師の施術に係る療養費について(通
知)」(老発第682号・
      保発第144号)が発出され,柔道整復師の受領委任の取扱いにつ
いて改正がされたが,
      平成12年1月1日から適用される同通知には,以下の定めがあ
り,受領委任払いの取扱
      いが認められている。
      a 受領委任の取扱いを希望する柔道整復師は,同通知に添付され
た「協定書」の協定又
       は「受領委任の取扱規程」に定める事項を遵守することについて
(施術所の所在地の)
       都道府県知事等(日本柔道整復師会所属の柔道整復師については
都道府県柔道整復師会
       長も含む。)に確約した上,受領委任の届け出又は申し出をしな
ければならない。
      b 都道府県知事等は,柔道整復師が同協定又は同規程に定める事
項を遵守しなかった場
       合や療養費の請求内容に不正等がある場合には受領委任の取扱い
を中止する。
      c 受領委任の取扱いをする柔道整復師は,受領委任に係る施術に
関する施術録をその他
       の施術録と区別して作成しなければならない。
      d 都道府県知事等は,必要があると認めるときは,施術に関して
指導又は監査を行い,
       帳簿及び書類を検査し,説明を求めることができる。
   オ あん摩マッサージ指圧師等に係る療養費の取扱い
    (ア)療養費の支給対象
     a あん摩マッサージ指圧について
       医療上の必要があって行われたと認められるマッサージが対象で
あり,筋麻痺等麻痺の
      緩解措置としての手技,あるいは関節拘縮等により制限されている
関節可動域の拡大等を
      促し症状の改善を目的とする医療マッサージについて支給される。
     b はり,きゅうについて
       医師による適当な治療手段のない慢性病で,① 保険医療機関に
おける療養の給付を受
      けても所期の効果の得られなかったもの,② 今まで受けた治療の
経過からみて治療効果
      が現れていないと判断された場合等である。そして,医師の同意書
により,神経痛,リウ
      マチ,頸腕症候群,五十肩,腰痛症,頸椎捻挫後遺症のいわゆる6
疾患であることが確認
      できれば,個別に判断することなく①②の要件を満たして療養費の
支給対象とされる。
(イ)医師の同意
   被保険者が療養費を請求する場合には,緊急その他真にやむを得な
い場合を除き,支給申
  請書に医師の同意書(又は病名,症状及び発病年月日が記載され,施
術の適否が判断できる
  診断書)を添付する扱いとなっている(保発第4号,昭和42年保発
第32号)。なお,通
  達により,あん摩マッサージ指圧師等の施術に関し,診断書の交付を
患者から医師が求めら
  れた場合には,適切な対処がなされるよう配慮すべきとされ(平成5
年医事第93号,保険
  発第116号),また,初療の日から3か月を経過した時点におい
て,更に施術を受ける場
  合には,実際に医師から同意を得ていれば必ずしも医師の同意書の添
付は要しないものとさ
  れている(昭和61年保発第37号,昭和63年保険発第59号)。
    (ウ)支給方法
      保険者のうち,約7割はあん摩マッサージ指圧師等に受領委任払い
を認めているが,被告
     国及び被告組合らはこれを認めていない。
   カ 柔道整復師とあん摩マッサージ指圧師等の共通点・相違点等
    (ア)療養費と就業人口
      平成11年度の柔道整復に係る療養費は2655億円であるが,同
年度のあん摩・マッサ
     ージ,はり,きゅうに係る療養費は159億円である。
      また,平成10年度の柔道整復師の就業人口は2万9087人であ
るのに対し,同時点で
     就業しているあん摩マッサージ指圧師は9万4655人,はり師は6
万9236人,きゅう
     師は6万7746人(あん摩マッサージ指圧師等の合計は23万16
37人)である。
    (イ)法制度上の共通点
     a 受験資格
       いずれも,学校教育法56条の規定により大学に入学することの
できる者で,3年以
      上,文部科学省令・厚生労働省令で定める基準に適合するものとし
て,文部科学大臣の指
      定又は認定した学校又は厚生労働大臣の指定又は認定した養成施設
において解剖学,生理
      学,病理学,衛生学その他柔道整復師又はあん摩マッサージ指圧師
等となるのに必要な知
      識及び技能を修得した者について受験資格が認められている(柔道
整復師法12条,法2
      条)。
     b 免許の登録
       いずれも,厚生労働省に備え付けてある名簿に登録する方法によ
り行われる(柔道整復
      師法5条,6条1項,法3条の2,3条の3第1項)。
     c 欠格事由
       いずれも,次のいずれかに該当する者には免許を与えないことが
あるとされている(柔
      道整復師法4条,法3条)。
      (a)精神病者又は麻薬,大麻若しくはあへんの中毒者
      (b)伝染性の疾病にかかっている者
      (c)業務に関し犯罪又は不正の行為があった者
      (d)素行が著しく不良である者
       そのほか,施術所の届出,構造設備等に関する規制,守秘義務,
罰則等について同様の
      規定内容となっている。
    (ウ)相違点
      脱臼又は骨折の患部に対する施術について,柔道整復師についても
あん摩マッサージ指圧
     師についても,医師の同意が必要であるが,柔道整復師については,
応急手当の場合を例外
     としている(柔道整復師法17条,法5条)。
      そのほか,はり師に関し,「はり師は,はりを施そうとするとき
は,はり,手指及び施術
     の局部を消毒しなければならない。」との規定がある(法6条)。
    (エ)鍼灸術は,古来からの臨床的実践の積み重ねにより,鎮痛効果が経
験上確認されてきたも
     のであり,わが国においては,昭和48年にはり麻酔が紹介されて以
来,臨床上,鎮痛効果
     のほか血行改善効果,筋肉弛緩効果,体調改善効果があるとされ,そ
の効果等につき多数の
     研究報告がなされている。
   キ 会計検査院の処置要求
     会計検査院は,平成5年12月3日付けで,当時の厚生大臣に対し,
柔道整復師の施術に係
    る療養費の支給について,会計検査院法34条により,要旨次のとお
り,調査した上,是正改
    善の処置を要求した。
     近年,柔道整復師の施術に係る療養費は高い伸び率を示していること
などから,療養費は柔
    道整復師の施術の対象となる負傷について支給されているか,療養費は
患者の療養上必要な範
    囲及び限度で行われた施術について支給されているかなどの観点から,
36都道府県所在の9
    4の施術所の平成2年度から平成4年度までの療養費について調査し
た。その結果,医療機関
    の診療と同時期の施術,内因性疾患に対する施術,多部位施術,長期間
施術,定期的な負傷部
    位の変更,連日の施術,多人数の施術,患者による確認がないまま受領
委任状作成など,請求
    が不適正であったり請求内容に疑義があったりしているのに,十分に審
査,確認しないまま療
    養費が支給されている事態が見受けられた。この事態は適切ではないの
で,柔道整復師,保険
    者等に対し,療養費制度及び受領委任制度の趣旨を周知徹底させるこ
と,不適正な請求を防止
    するために算定基準等について所要の改正を行うこと,審査委員会の設
置を更に推進するとと
    もに,審査基準を明確にするなど審査体制の整備を図ること,施術所に
対する指導,監査の基
    準を明確にしたり,施術所の施術録等の作成,保管を徹底させたりなど
して指導,監査の体制
    の整備を図ることという改善の処置を執る要がある。
   ク 医療保険審議会の審議結果
     柔道整復,あん摩・マッサージ,はり,きゅうの施術に関し療養費支
給の適正化等について
    専門的観点から検討を行うため,平成6年10月5日,医療保険審議会
令5条に基づき,医療
    保険審議会に柔道整復等療養費部会が設置され審議がなされて,平成7
年9月8日付けで「柔
    道整復等の施術に係る保険給付について」と題する意見(報告)がとり
まとめられ,これは同
    年10月の医療保険審議会全員懇談会において了承された。その概要は
以下のとおりである。
    (ア)柔道整復に係る療養費について,特例的に受領委任払いが認められ
てきたのは,次のよう
     な理由によるものであり,こうした経緯やこれまでの実績を考慮する
と,今後もこの取扱い
     を継続することはやむを得ないものと考えられる。
     a 整形外科医が不足していた時代に治療を受ける機会の確保等患者
の保護を図る必要があ
      ったこと。
     b 柔道整復師法17条ただし書に基づき,応急手当の場合には,医
師の同意なく施術がで
      きること等医師の代替機能をも有すること。
     c 施術を行うことのできる疾患は外傷性のもので,発生原因が明確
であることから,他疾
      患との関連が問題となることが少ないこと。
    (イ)あん摩・マッサージ,はり,きゅうに係る療養費に関しては,柔道
整復師との均衡から,
     受領委任払いを認めるべきであるとの意見があった。しかし,柔道整
復師に受領委任払いが
     認められているのは,あくまでも特例的であること,また,あん摩・
マッサージ,はり,き
     ゅうに係る療養費の対象疾患の多くは,外傷性の疾患ではなく,発生
原因が不明確で,治療
     と疲労回復等の境界が明確でないこと等から,施術を行う前に保険者
が支給要件の確認をで
     きない受領委任払いを認めることは適当ではない。
    (ウ)柔道整復に係る療養費の支給の適正化のために,・ 療養費の審査
体制の充実(適正かつ
     公平な審査が確保できる公的な審査委員会を各都道府県に設置するこ
と,審査委員会は,保
     険者,施術者及び学識経験者(医師を含む。)の3者同数の構成とす
ること,審査委員会で
     は,全保険者に係る療養費の全数を審査対象とすること,審査委員会
の権限を明確化するこ
     となど),・ 療養費の審査等の適正化(支給額の算定基準の適正化
(長期,多部位の施術
     に係る逓減性の充実等),審査基準の統一(近接部位の取扱い,所定
の申請書による審査基
     準を統一的に定め,その内容の明確化を図ること,内科的な原因によ
る疾患は支給対象にな
     らないことを審査基準において明確にすること,療養費支給申請書に
具体的な負傷原因の記
     載が行われるようにすること),・ 療養費の指導・監査の実効性の
確保(指導・監査を拒
     否した場合等における契約停止,受領委任の取扱中止の運用の徹底を
図るため所要の措置を
     講ずること,指導・監査の法令上の位置付け)が必要である。
   ケ 国会における審議等
    (ア)昭和61年12月16日,第107回国会参議院社会労働委員会に
おいて,当時の厚生省
     保険局長は以下のとおり答弁した。
      「療養費の支給は,保険者が行うべき医療給付を事後的に現金によ
って給付をするという
     のが原則でございますが(中略)現在現物給付になっていないものに
ついては,保険者が,
     実際に費用を支払った患者本人の申請に基づきまして,医療保険とし
て給付する必要がある
     かどうか,内容的に保険としての給付をすることが適当かどうかとい
うことを個別に判断す
     るものについては,原則どおり償還払いにしているということになっ
ているわけでございま
     す。」
   (イ)平成12年11月16日,第150回国会参議院国民福祉委員会に
おいて,当時の厚生省
     保険局長は,以下のとおり答弁した。
      「受領委任制度がなぜ柔道整復だけにあるのか,こういうことでご
ざいますが,主として
     慣行的といいますか,沿革的な理由であるわけでございまして,整形
外科のお医者さんが不
     足した時代に治療を受ける機会の確保,こういうことで,患者の保護
ということで療養給付
     に近い形を認めたわけでございまして,特に応急手当ての場合には医
師の同意なくして手術
     ができるお医者さんの代替機能を有していた,こういうふうな事情か
ら受領委任払い制度が
     認められているわけでございまして,これは既に制度の仕組みとして
成り立っておりますの
     で今さら廃止ということにはならぬと思います。」
   (ウ)平成15年6月13日,第156回国会衆議院厚生労働委員会にお
いて,厚生労働省保険
     局長は,以下のとおり答弁した。
      「柔道整復師に係ります療養費につきましては,原則はそういうこ
となんでございますけ
     れども,施術を行うことができる疾患が外傷性のもので,発生原因が
明確であることから,
     他疾患との関連が問題となることが少ないこと,それから,柔道整復
師は,捻挫,打撲につ
     きましては医師の同意なく施術を行うことが認められておりまして,
骨折,脱臼等につきま
     しても応急手当ての場合には医師の同意なく施術ができるなど,医師
のいわば代替的な機能
     も有している,それから,整形外科医が不足をしていた時代におきま
して,被保険者が緊急
     に治療を受ける機会を確保することができたという歴史的な沿革があ
るということから,受
     領委任払いを認めてきているというところでございます。」
    (エ)平成15年7月8日提出の衆議院議員の質問主意書に対し,内閣
は,閣議決定を経た平成
     15年9月2日付け答弁書において,以下のとおり答弁した。
      「健康保険法においては,保険医療機関が被保険者に対して療養の
給付を行うことが原則
     とされる一方,第87条第1項により,保険者は,療養の給付を行う
ことが困難であると認
     めるとき又は保険医療機関以外の者から診察,手当等を受けたことが
やむを得ないと認める
     ときは,その費用の一部を療養費として支給できることとされてい
る。柔道整復に係る療養
     費については,かつて整形外科を担う医師が少なかったこと,柔道整
復師は脱臼又は骨折に
     対する応急手当をすることがあり,その場合には柔道整復師法(中
略)第17条により医師
     の同意を要しないこととされていること等を踏まえ,被保険者がその
疾病に対する手当等を
     迅速に利用することを可能とする観点から,例外的に,受領委任払い
(保険者と柔道整復師
     により構成される団体又は柔道整復師との間で契約を締結するととも
に,被保険者が療養費
     の受領を当該契約に係る柔道整復師に委任することにより,保険者が
療養費を被保険者では
     なく,柔道整復師に支払うことをいう。)の実施が認められていると
ころである。」
   コ 上記エ(ィ)のとおり,平成11年10月20日付け老発第682号・
保発第144号通知に
    より,柔道整復師の施術に係る療養費の受領委任の取扱いについて改正
がなされたが,受領委
    任払いの適切な運用ないし適正な実施には困難さが伴う(これは,上記
キのとおり,会計検査
    院より是正改善の処置要求がされたことからもうかがわれる。)ため,
前記キで指摘された受
    領委任払いの問題点は基本的に変わっていない。
  (2)判断
   ア 健康保険法における療養の給付及び療養費の支給の趣旨等並びに受領
委任払
    (ア)健康保険法は,保険者が被保険者の疾病,負傷等に関して保険給付
をすることを目的とす
     るものであり(1条),上記(1)アのとおり,その保険給付は,保険
医療機関等における疾
     病等の治療を目的とした一連の医療そのものの給付,すなわち療養の
給付(現物給付)を原
     則としている。そして,上記(1)アのとおり,被保険者は,保険医療
機関等から,上記療養
     の給付を受けた場合には,当該保険医療機関等に対し,一部負担金を
支払い,当該保険医療
     機関等は,療養に関する費用から一部負担金を控除した額を保険者に
請求し,保険者がこれ
     を支払うという制度になっている。このように,健康保険制度は,療
養に関する費用を後払
     いとした場合には被保険者が一時医師に支払う費用を立て替える必要
が生じるため迅速な医
     療を受けることができない可能性があることなどから,現物給付を原
則としているものと解
     される。
      そして,健康保険制度における給付の対象となる療養については,
療養そのものが被保険
     者に給付されるため,厚生労働大臣が指定した保険医療機関等のみに
おいて提供されること
     とされている。そのため,上記(1)アのとおり,健康保険法におい
て,保険医療機関等は,
     療養の給付に関し厚生労働大臣の指導を受けること,厚生労働大臣の
求めに応じて診療録,
     帳簿書類その他の物件の検査を受けること,療養の給付に関する費用
の請求について不正が
     あったときは当該保険医療機関等の指定を取り消されることがあるこ
となどが定められるな
     ど,厚生労働大臣による指導監督等により,療養の給付が適正になさ
れることが担保されて
     いる。
(イ)健康保険法87条に基づく療養費の支給については,保険者は,療
養の給付を行うことが
 困難であると認めるとき,又は保険医療機関以外の者から診察,手当
等を受けたことがやむ
 を得ないと認めるときは,現にその費用を事後的に療養費として支給
できることとされてお
 り,療養費の支給自体が療養の給付の補完的な役割を果たすものと解
される。
 そして,療養費については,健康保険法86条3項に規定される特
定療養費,85条5項
に規定される入院時食事療養費等とは異なり,現物給付化(保険者が
被保険者に代わり医療
機関等に支払うこと)を可能とする規定が設けられていない。また,
療養の給付を担う保険
医療機関等については,その指導監督を含む上記の厳格な指導監督を
実施しているのに対
し,保険医療機関等以外の者については,そのような指導監督等の手
段が用意されておら
ず,保険医療機関等以外の者が行う療養の給付については,その適正
な給付を担保する手段
も用意されていない。
 すなわち,健康保険法上,療養費の支給自体が例外として設けられ
ているとともに,療養
費の支給を療養の給付のように現物給付化することは,健康保険法の
予定していないものと
解される。
(ウ)ところで,受領委任払いは,あらかじめ保険者と柔道整復師の団体
又は柔道整復師との間
 で協定ないし契約を締結しておき,被保険者が柔道整復師からの施術
を受けた際には,被保
 険者が療養費の請求及び受領を柔道整復師に委任した上,一部負担金
を支払い,その後,当
 該柔道整復師から保険者に対し,一部負担金を控除した額を請求し,
受領するものである。
 したがって,受領委任払いは,後払い方式の例外であるとともに,療
養費の支給を現物給付
 化するものといえる。
 また,受領委任払いは,保険者において施術の内容や額等につき被
保険者から確認するこ
とができないまま施術者より請求がなされることから,不正請求や業
務範囲を逸脱した施術
を見逃す危険性が大きいといわざるを得ない。
 そうすると,受領委任払いは,健康保険法上,積極的に容認されて
いるとはいえず,受領
委任払いの取扱いが認められるのはあくまでも特例的な措置といわな
ければならない。
 イ 柔道整復師に受領委任払いが認められている根拠とあん摩マッサージ
指圧師等
  (ア)柔道整復師に関しては,戦前において整形外科担当の医療機関や医
師が不足していたこ
   と,及び骨折等の場合にも医師の診療を受けるより柔道整復師の施術
を受ける患者が多かっ
   たことなどの理由から,昭和11年から受領委任払いが認められたも
のであり,その後受領
   委任払い方式によって療養費の支給を受けられる柔道整復師の範囲が
拡大したことが認めら
   れる。このようにして,被保険者が緊急に治療を受ける機会が確保さ
れたといえる。
    また,骨折,脱臼については,応急手当の場合,医師の同意なく施
術できるので,その限
りで,医師の代替的な機能も有している。
 この点について,原告らは,医師の同意なく施術できることは実体
的要件の問題であるか
ら,請求手続上の問題である受領委任払いとは関係がない旨主張す
る。しかしながら,医師
の健康保険法における地位に照らすと,柔道整復師が医師の代替的な
機能を有していること
は意味のあることであり,関係がないとはいえない。
(イ)ところで,あん摩マッサージ指圧師等は,独自の養成機関を有し,
資格を取得するために
 は国家試験に合格する必要があり,さらに都道府県知事により免許を
受ける必要があるので
 あり,その他,受験資格,免許の登録方法,欠格事由,施術所の届
出,構造設備等に関する
 規制,守秘義務,罰則等に関する法律の規定はいずれも柔道整復師と
共通している。
  また,保険者のうち約7割があん摩マッサージ指圧師等に受領委任
払いを認めているとこ
 ろ,受領委任払いは,被保険者の立場からみれば,療養費の全額をい
ったん支払わなければ
 ならないという不利益を回避できる点で便宜であり,被保険者の療養
を受ける機会を増大さ
 せる面があることも否定できない。
ウ 本件取扱いの合理性
 (ア)上記アのとおり,健康保険法上,療養費の支給自体が例外である
上,療養費の支給を現物
  給付化することは健康保険法の予定していないものであるところ,受
領委任払いは,療養費
  の支給を現物給付化するとともに不正請求や業務範囲を逸脱した施術
を見逃す危険性がある
から,健康保険法上,積極的に容認されているとはいえず,受領委任
払いの取扱いが認めら
れるのは特例的な措置といわなければならない。したがって,本件取
扱いが合理性を有する
か否かの判断は,上記前提の下にされるべきであって,単に,柔道整
復師に認められている
ものが,現在あん摩マッサージ指圧師等に認められないことに合理性
があるかというだけで
は足りないというべきである。
   そこで,このような観点から検討する。上記イ(イ)の事実関係の下
において,本件取扱い
は,かつては合理性を有していたとしても,その後,整形外科医が増
加していることなどが
うかがわれる現在,果たしてその合理性があるかについては疑義がな
いではない。しかしな
がら,上記のとおり受領委任払いは特例的措置であるから拡大しない
方向で実施ないし運用
するのが相当である上,柔道整復師については,正当な理由があって
受領委任払いが認めら
れ,それが長年にわたって継続されてきたという事実があり,限定的
とはいえ医師の代替的
な機能を果たしていること等を考慮すると,合理性がないとまではい
えない。
(イ)原告らは,本件取扱いは合理性がない旨主張するが,上記アの健康
保険法における療養費
支給の趣旨や受領委任払いの意義等を考慮すると,原告らの主張は採
用することができな
い。
 2 争点(2)について
  (1)裁量行為と国賠法上の違法
   ア 行政権の行使について当該公務員の裁量が認められる場合は,当該裁
量権の濫用,逸脱があ
    った場合に限り,国賠法1条1項にいう「違法」との評価を受けるとい
うべきである。そし
    て,行政権の不行使の違法が問題とされる場合には,裁量行為としての
行政権の行使が義務化
    して,当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違
反したといえる場合に
    その違法性が肯定されるところ,裁量権を付与した根拠法規の趣旨,目
的を前提として,裁量
    幅の大小,規制対象たる事物の性質,権限行使に作用する事情など諸般
の事情を総合考慮し,
    権限の不行使が著しく不合理と認められる場合に,裁量権の濫用,逸脱
があったものと評価し
    得るというべきである。
   イ これを本件についてみると,健康保険法87条1項(旧健康保険法4
4条の2)は,療養費
    の支給について「療養費を支給することができる」と規定するだけで,
その支給方法について
    何ら規定していないから,具体的にいかなる方法で療養費を支給するか
については,行政庁の
    合理的な裁量に委ねていると解するのが相当である。
  (2)そこで,本件取扱いが,著しく合理性を欠き,被告国の公務員の裁量権
を濫用,逸脱するもの
   といえるかについて検討する。
    上記1ウのとおり,本件取扱い(保発第4号)は,合理性がないとまで
はいえないから,憲法
   14条の平等原則に違反するとはいえない。また,健康保険制度は,被保
険者及びその被扶養者
   の生活の安定を図るための制度であって,施術者の利益を保護するための
ものではない。さら
   に,上記1アのとおり,受領委任払いは,健康保険法上,積極的に容認さ
れているとはいえず,
   受領委任払いの取扱いが認められるのはあくまでも特例的な措置といわな
ければならない。した
   がって,柔道整復師のように,従来から受領委任払いが認められてきたと
いう沿革のないあん摩
   マッサージ指圧師等について,新たに受領委任払いを認めることは,困難
であると厚生(労働)
   省の担当者が判断したとしても理由がないとはいえない。
    そうすると,本件取扱いが著しく合理性を欠き,被告国の公務員の裁量
権を濫用,逸脱するも
   のとはいえない。
  (3)以上によれば,被告国の公務員による本件取扱いが違法とはいえないか
ら,被告国は,原告ら
   に対し,損害賠償義務を負わないし,名誉回復措置としての謝罪広告を掲
載する義務もないとい
   わなければならない。
 3 争点(3)について
   不法行為の違法性の判断基準については,被侵害利益の種類・性質と侵害
行為の態様との相関関
  係において考察されるべきものであり,被侵害利益が強固であれば行為の不
法性が小さくとも違法
  性が肯定されるが,被侵害利益が強固でないときは行為の不法性が大きくな
い限り違法性は肯定さ
  れないと解される。
   これを本件についてみると,本件取扱いが合理性がないとはいえず,した
がって,平等原則に反
  するとはいえない上,本件取扱いにより原告らが侵害されたと主張する利益
ないし権利も名誉感情
  及び名誉である。
 そうすると,被告組合らの本件取扱いが違法であって,不法行為を構成す
るとはいえない。
第4 結論
   よって,その余の主張について判断するまでもなく,原告らの請求はいず
れも理由がないからこ
  れらを棄却し,主文のとおり判決する。
    千葉地方裁判所民事第3部
        裁判長裁判官  山   口       博
           裁判官武   田   美 和 子
           裁判官向   井   邦   生
(別紙)
                謝 罪 広 告 目 録
 1 本文
   「あん摩マッサージ指圧師,はり師・きゅう師等に関する法律」によるあ
ん摩マッサージ指圧
  師,はり師・きゅう師に対する健康保険の取り扱いについて,厚生省は,柔
道整復師に対する取り
  扱いと異なり,患者が一旦全額支払いをしなければならず,かつ療養費の支
給については患者が行
  わなければならないとの取り扱いを指導してきました。これは,柔道整復師
との間で差別的に扱う
  ものであり,あん摩マッサージ指圧師,はり師・きゅう師ならびにこれらの
施術を利用する被保険
  者に対し,理由なく,不当な扱いをしたものでした。
   ここに,今後,この扱いを全面的に改善することを約束するとともに,従
来の差別的取り扱いに
  ついて謝罪します。
 2 条件
   社会面に縦7㎝横5㎝以上の大きさで掲載する。

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〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
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シフトは週40時間以上
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