弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成14年6月11日宣告
平成13年(わ)第472号強盗致傷被告事件
  判決
  主文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
  理由
(犯行に至る経緯)
1 被告人とA,Bの関係
  被告人は,暴力団C組の組長だった者であり,Aは,暴力団D組の構
成員であるが,両名は,少年時代に互いに暴走族に加入していたことも
あって親しい間柄であった。
  Bは,被告人と同じ暴走族の後輩であり,C組の構成員である。
2 Eに入店した経緯
 (1) Aは,平成9年夏ころ,所属するD組の上部団体であるFがG組の
組員に射殺される事件があったことから,G組系暴力団であるH組に
対する報復を考えるようになり,被告人に対し,「H組の人間を探し
ている。どこに居るか知らないか。」などと尋ねていた。
 (2) 被告人,A及びBは,平成9年9月22日から翌23日にかけての
深夜ころから,福岡市内の飲み屋で飲酒した後,被告人がAを自動車
に同乗させ,Bが別の自動車に乗って,中洲方面に向かった。
   Aは,その途中,被告人に対し,「Eに行こうか。」などと言っ
た。被告人及びAは,福岡市a区bc丁目d番e号Iビル4階ゲーム
喫茶「E」がH組が面倒を見ている店であることを知っていた。そこ
で,被告人は,Aが店の者に因縁を付けて嫌がらせをするつもりでい
ると思いつつ,Aと一緒に行ってAの身の上に何かあれば助けてやろ
うという気持ちで,Eに付いて行った。そして,被告人は,Bに対し
ても,携帯電話で電話をかけ,Eに行くよう指示をした。
 (3) 被告人ら3名は,Eのビル前付近路上に自動車を停め,ビル内に入
り,平成9年9月23日午前6時30分ころ,Eに入店した。
3 E入店後の状況
  被告人ら3名がE店内に入ると,同店従業員のJがカウンター内で勤
務しており,常連客のKが店内入り口付近のゲーム機で遊んでいた。
  そしてAは,カウンターの前付近に向かい,Jに対し,「この店はだ
れが面倒を見ているのか。」,「分からないなら,店長を呼べ。」など
と言って責任者を呼ぶように迫り,被告人も「はようゆったほうがいい
ぞ。」などと,Aと同じような口調で言ったが,Jは,連絡を取ろうと
はしなかった。
4 Aの暴行状況
 (1) Aは,カウンターの中に入ってJの胸倉をつかんで,「店長を呼
べ。」と再度言ったが,Jは,「連絡はとれません。知りません。」
などと言って拒絶した。Aは,Jの態度に怒り,いきなりその顔面や
頭部等を,手拳やガラスコップ,ガラス製灰皿を用いて,複数回にわ
たり殴打した。その間,Jは,しゃがみ込んで顔面をかばうように両
腕を構える姿勢となった。
 (2) Aの上記暴行により,Jは,頭部等に傷を負って大量に出血し,少
なくとも,加療約2週間を要する左側頭部,頭頂部,後頭部及び右下
口唇部の各挫創並びに右側頭部挫傷の傷害を負った。
 (3) その後,Aは,いったん暴行を中断し,Jから離れてトイレに入っ
た後,再度カウンター内に戻った。Aが,Jに対し,「店長を呼
べ。」などと言うと,Jはこれに応じ,事務室内に入って連絡先を書
いたメモが入った財布を取り出した。Aは,Jからその財布を取り上
げた。
(犯罪事実)
 Aは,Jから取り上げた財布の中身を見た後,前記暴行により畏怖して
いるJから店の売上金を強取しようと企て,平成9年9月23日午前6時
40分ころ,前記ゲーム喫茶「E」のカウンター奥の事務室内において,
Jに対し,「もっとあるだろうが,店の売上金はどこにある。」などと脅
迫した。そのころ,上記事務室付近まで近寄って来ていた被告人も,この
ようなAの言動を見て,AがJから売上金を強取しようとしていることを
知って,Aに加勢しようと考え,ここに被告人及びAは暗黙のうちに意思
を相通じて,こもごも,「売上金はどこにあるんか。ないわけなかろう
が。」,「金は他にもあろうが。」などと脅迫した。これらによりその反
抗を抑圧されたJから,AがJの管理に係る現金約100万円を受け取っ
て強取した。
(証拠) (括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードの検察官請求証拠の
番号)
 〈省   略〉
(補足説明)
第1 公訴事実の要旨及び争点
1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,Aと共謀の上,平成9年9月
23日午前6時40分ころから午前7時ころまでの間,福岡市a区b
c丁目d番e号Iビル4階ゲーム喫茶『E』において,同店従業員J
(以下「被害者」という。)に対し,こもごも,『この店はどこの組
が面倒みとるのか。店長を呼べ。』などと因縁を付け,被害者の頭
部,顔面を手拳及びガラス製灰皿等で多数回殴打する暴行(以下「第
1暴行」という。)を加え,よって,同人に加療約2週間を要する左
側頭部挫創等の傷害を負わせ,さらに,同暴行により畏怖している被
害者から現金を強取しようと企て,被害者に対し,こもごも,『売上
金はどこにあるんか。ないわけなかろうが。』,『金は他にもあろう
が。』などと言いながら,特殊警棒で被害者の右前腕部等を数回殴打
するなどの暴行(以下「第2暴行」という。)を加えてその反抗を抑
圧した上,被害者からその管理に係る現金約100万円を強取し,そ
の際,同暴行により被害者に加療約1週間を要する右前腕部挫傷の傷
害を負わせた。」というものである。
 2 被告人は,上記公訴事実に関し,「公訴事実記載の日時場所に居た
ことは間違いないが,公訴事実に記載された暴行を振るったり,暴力
的な言葉も言っていない。被害者に傷害を負わせていない。被害者か
ら現金を強取していない。Aとの共謀もない。」旨供述し,弁護人
も,被告人の供述に基づき,被告人は,強盗の実行行為をしておら
ず,強盗の共謀もないから,無罪である旨主張する。
 3 この点,当裁判所は,①被告人が被害者に対する売上金の要求を行
ったという強盗の実行行為及びAとの間の共謀の事実は認められると
判断した。しかしながら,他方,②第1暴行については,被告人とA
の間の共謀が認められず,また,③第2暴行は強盗の実行行為ではな
い上,被害者の右前腕部挫傷の傷害の発生時期が不明であり,第2暴
行により生じたと特定できないと判断して,判示のとおり認定した。
   以下,その理由につき,本件事実経過に沿って説明する。
第2 第1暴行の共謀
  まず,公訴事実では,第1暴行について,被告人とAとの間で共謀
があったとされるが,当裁判所は,以下の理由により,共謀を認定す
ることはできないと判断した。
1 事前共謀の有無
第1暴行の状況に関する認定事実は,犯行に至る経緯として冒頭に
判示したとおりであり,被告人は,第1暴行の段階では,被害者に対
し何らの実行行為を行っていないから,共謀共同正犯の成否が問題と
なる。
この点,認定事実によれば,被告人とAは,E入店直前まで飲酒す
るなど行動を共にしていたが,その際,両名の間に,Eの店員に対し
暴行を加える旨の謀議があったと認定できる証拠は存在しない。
2 現場共謀の成否
そこで,現場共謀の成否について検討する。
(1) 確かに,関係証拠によれば,被告人は,Aが因縁を付け,嫌がら
せをするなどの目的であることを認識した上で,Aの身の上に何か
あれば助けてやろうなどと考えEまで同行していること,E入店
後,被告人は,Aらとともにカウンターの前付近に向かい,Aが,
被害者に,「この店はだれが面倒を見ているのか。」,「分からな
いなら,店長を呼べ。」などと言って迫っている際,「はようゆっ
たほうがいいぞ。」などとAと同じような口調で言っていること,
さらに,Aが被害者の態度に怒ってカウンター内に入って被害者を
殴打し始めると,被告人もカウンター内に入ろうとしてBに止めら
れていること(なお,後記のとおり,殴打行為との正確な先後関係
は不明である。)が認められる。
これらの事実からすれば,被告人が,Aと意思を通じて被害者に
暴行を加えようとした疑いはある。
(2) しかしながら,関係証拠からは,以下の事実を指摘できる。
ア 第1暴行への加担意思を明らかにした時期
被告人がカウンターの中に入ろうとして,Aの第1暴行に対す
る加担意思を明らかにした時期については,被害者が,公判廷に
おいて,「そのとき間違いなく出血していました。だから灰皿で
殴られて,それを見て多分Bが『はやくよばんと殺されるぞ。』
と言ったと思います。それで,とにかくいったんAから離れたと
きに,〔Bが被告人を〕羽交い締めしているところを見たと思い
ます。」などと,第1暴行の終了後のことであったとも解される
供述をしている。
そして,この供述内容は,第1暴行におけるAの暴行が,いき
なり素手やガラスコップ,ガラス製灰皿で何度も殴りつけたとい
う激しいものである上,短時間(被害者は2分以内と供述してい
る。)のうちに終了した突発的行動であって,被告人が加担する
十分な余裕もなかったという客観的状況と符合している。
そうすると,被告人が第1暴行への加担意思を明らかにしたの
が,第1暴行の終了後のことであった可能性が否定できない。
イ Aの共同実行の意思
また,たとえ,被告人が第1暴行への加担意思を明らかにした
のが,第1暴行が終了する前であったとしても,Aの側から見れ
ば,Aは,もっぱら被害者に向かって激しい暴行を加えていたの
であるから,その間,被告人が,背後のカウンター外で,カウン
ターの中に入ろうとしていたことまで認識できていなかった可能
性があり,この時点でAに被告人との共同実行の意思があったの
かという点についても疑問が残る。
ウ 被告人の動機
さらに,動機の点を検討すると,Aは,所属するD組の上部団
体であるF組組長が同じ組内のG組組員に射殺されていたことか
ら,G組系の暴力団であるH組に対する報復を企てて,H組が面
倒を見ているEに因縁を付けようとしていたものである。これに
対し,被告人は,C組の暴力団組長であり,F組組長が射殺され
た事件は被告人にとって直接の利害関係はないから,Eの店員で
ある被害者に対し,被告人自身が積極的に因縁を付けて,何らか
の行動に出なければならないような強い動機は認められない。
したがって,被告人が,Aの第1暴行の開始直前に被害者に対
し,Aに加勢して「はようゆったほうがいいぞ。」などと迫って
はいても,この時点でそれを超えて被害者に対する暴行までを意
欲し,あるいは,Aの第1暴行を予期し,容認していなかったと
見る余地がある。
3 以上によれば,第1暴行について,被告人とAの間の共謀を認定す
るには合理的な疑いを容れる余地がある。
なお,第1暴行の傷害は,公訴事実では,その後の強盗致傷とは,
混合的な包括1罪として起訴されたものと解されるから,理由中に無
罪であることを判示するに止め,主文では無罪の言渡しをしないこと
とする。
第3 強盗の犯行状況
被告人は,第1の2のとおり,公訴事実について,強盗の実行行為
をしたことがなく,Aとの共謀もなかった旨供述し,弁護人も同旨の
主張をするので検討する。
 1 被害者の公判供述の概要
被害者は,この点に関し,公判廷において,「Aの暴行を避けるた
め店長を呼ぶことにし,その旨Aに言って,カウンター奥の事務所入
り口横付近で,連絡先メモを入れた財布を取り出した。これに対し,
Aは,被害者に近付いてその財布を取り上げた上,『もっとあるだろ
うが,店の売上金はどこにある。』などと現金を要求してきた。する
と,被告人がカウンター奥の事務室扉付近まで入ってきて,Aの後ろ
付近に立ち,『店の売上金はどこにあるのか。』などと言って現金を
要求してきた。」,「第1暴行の際の暴行を受けた上,A及び被告人
に脅迫されて抵抗することができず,Aに対し,ズボンの後ポケット
に入っていた売上金約100万円入りの財布を手渡した。」旨供述し
ている。
2 被害者供述の信用性
この点,関係証拠を検討しても,被告人に強盗の実行行為があった
ことの直接証拠は,被害者の上記公判供述以外には見当たらないか
ら,その供述の信用性は慎重に検討する必要がある。
(1) 供述状況
そこで,被害者の捜査段階での供述状況を見るに,
ア 被害者は,事件後救急病院に運ばれ,L病院で入院加療を受
け,平成9年10月2日同病院を退院したが,同病院入院中に供
述調書4通(平成9年9月23日付〔甲43ないし45〕及び同
月24日付〔甲46〕)が作成されたほか,退院後も多数の供述
調書が作成されている。
その後,被害者は,平成11年3月25日には公判廷に証人と
して出廷して供述し,さらに,事件後3年以上が経過した平成1
3年4月16日には検察官調書(甲54)が作成されており,3
年以上の期間にわたり,本件被害状況等について順次詳細な供述
をしたものである。
イ この点,確かに被害者の供述については,当初の平成9年9月
23日付警察官調書(甲43ないし45)や同月24日付警察官
調書(甲46)の記載内容とその後の供述調書の記載内容を対比
してみると,Aのガラス製灰皿での殴打等の状況につき,細部で
は何度も変遷し,また,次第に詳細になっている部分が多く見受
けられる。
ウ しかし,被害者の売上金強取の場面に関する供述状況について
は,
(ア) 事件当日である平成9年9月23日付の警察官調書(甲4
4)では,「更にAと被告人は『金は他にもあろうが。』と更
に今度はお金の要求をしますので,この時私は店の準備金11
0万円位を別の財布に入れて持っていましたが,私のお金では
無いので,『もうありません。』と断ったのです。すると,A
と被告人は『貴様売り上げ金があろうが。』,『金が無いで商
売出来るか・・・。』,『殺すぞ貴様』と怒鳴られ,更に二人
から殴られましたので,私の右後ろのズボンのポケットに入れ
ていた財布を確かAに差し出して,暴力を振るうのを止めて貰
ったのです。」との供述記載がある。
(イ) 次いで,翌24日付の警察官調書(甲46)には,「その
あと被告人から,『金はほかにもあろうが,店の売上金があろ
うが,どこか。』」と言ってすごみましたので,この売上金を
とられたら店長に申し訳が立たないと思い,『ありません。』
と言うと,今度はAの男が『ない訳がなかろうが。』と言っ
て,又,げん骨でなぐられたり,足蹴りされたりしました。」
との供述記載が認められる。
(ウ) そして,その後の被害者の供述調書においても,被告人が
Aとともに,売上金を要求してきた旨の一貫した供述記載が認
められる。
エ 以上によれば,被害者は,Aの単独ではなく,被告人がAとと
もに売上金を要求したことについて,事件当日から現在まで一貫
して供述しているということができる。
このような供述状況は,被告人が売上金の要求行為を行ったと
する被害者の供述部分の真実性を強く裏付けていると評価できる
から,イで検討した供述の変遷状況を考慮して検討しても,その
信用性を覆すには至らないというべきである。
(2) K供述との整合性
ア Kは,Eの常連客であり,本件犯行状況の一部を目撃したもの
であるが,公判廷において,被告人の強盗の実行行為の有無に関
し,「Aの『金を出せ。』という声が聞こえ,それを加勢する
『早う出さんか。』という声がカウンターの外あたりから聞こえ
た。BはKの近くにいたことが多かったので,被告人の声だと思
う。」,「被告人がカウンターの中に入ったところは見ていない
が,中に入ろうとしているところはあったと思う。」などと供述
している。
イ この点,上記K供述は,Aの声以外に被告人と思われる現金を
要求する声が聞こえたと供述する点で,被害者の公判供述を裏付
けるものである。
確かに,Kは,ちらちらと後ろを見て状況を確認していた以外
には,音や声を聞いていたというものに過ぎず,その供述内容に
は,断片的であいまいな部分も含むが,Kは,Eの店内にいて本
件の一部始終に立ち会ったものであり,全くの第三者でもあるこ
とからすると,その供述の信用性は高いというべきである。
ウ 弁護人は,Kの,売上金を要求する被告人の声を聞いた,との
公判供述は,捜査段階の供述調書には供述記載が見当たらず,事
件から時間が経過したAの公判での証人尋問において初めて供述
を開始したものであって,不自然である旨主張する。
しかし,Kの証人尋問調書(甲62・第110項ないし第11
2項)によれば,その供述状況は,
「問 具体的に,お金の要求というのは,どういう言葉だったか
覚えていますか。
答 売上げがあるやろうがとか,丁度そのころ隣の店の音がか
なり騒々しくなってきて,はっきりは聞こえなかったんです
が,売上げがどうのこうのとか,そういうふうな感じで聞こ
えました。
問 その売上げがどうのこうのということを言っていたのは,
Aですか。
答 はい,Aと,外の2人も,初め暴力振るうときとか同じよ
うに,みんなで言ってたような気がします。
問 その中で,一番主になって言ってたのはだれですか。
答 Aだったと思います。」
というものであって,Kが,A以外の者が売上金要求をした旨供
述を開始した経緯には,誘導尋問等によって供述が意図的に引き
出された形跡は見受けられない(むしろ,上記供述がAの公判に
おける証人尋問におけるものであることを考えると,尋問者は,
Aが売上金を要求したことを引き出そうとしていたと思われ
る。)。
したがって,Kの捜査段階の供述状況は,上記のKの公判供述
の信用性を減殺する事情と見ることはできない。
(3) 被告人の犯行後の状況
さらに,被害者は,被告人が強盗の実行行為後,事務室内にあっ
た円筒形の灰皿をつかんで被害者に投げつけ,カウンターから出る
際にも,カウンターの内側のガラス戸棚を足で蹴り,店内のゲーム
機を壊すなどした後,3人で店を出ていった旨供述しているとこ
ろ,この供述内容は,実況見分調書(甲63)によって認められる
事件後の店内の状況と合致している(後記認定事実〔第4の
1(1)〕)。
このような被告人の犯行後の行動状況は,被告人がAの暴行によ
り負傷した状態にあった被害者に対して売上金を要求したとする被
告人の行動像とよく符合しており,被害者の供述の信用性を裏付け
るものである。
(4) 被害者の供述態度
加えて,被害者は,第2回公判期日において,「正直に言うと,
4年前の話で,私の中では終わったことというか,もう過ぎたこと
ですので,あと,直接の恨みとか怒りとかいうのですと,今回の被
告人よりも,直接私を殴打したAの方に主に思いがありますので,
今回のことに関しては,特に,まだ怒ってるとか,恨んでるとか,
そういう感情は余りないです。」(第216項),「本人が反省し
ていて,二度とこのようなことをしないというのでしたら,私はも
う許してもいいと思っています。」(第218項)などと供述して
いる。
このような供述内容に照らすと,現在では,被害者が被告人に対
する処罰感情をそれほど強く有していないと思われるところであ
り,偽証罪に問われる危険をあえて犯してまで,被告人を陥れよう
とまでの動機をうかがうことはできない。
したがって,この点も被害者の供述の信用性を補強するものであ
る。
(5) 以上の検討に照らすと,前記1の被害者供述は十分信用できる。
 3 被告人の弁解,B及びAの各公判供述の信用性
(1) これに対し,被告人は,捜査公判を通じ,一貫して,強盗の実行
行為はしておらず,Aとの共謀もない旨弁解しており,他方,A及
びBも公判廷でこれに沿う供述をするので検討する。
(2) この点,被告人,B及びAの各公判供述については,以下の事情
を指摘できる。
ア まず,目撃者であるKが,被告人がゲーム機を壊していたこと
や売上金を要求する被告人と思われる声がしていた旨供述し,こ
の点は,被告人の弁解,B及びAの供述と全くそぐわない。Kが
ゲーム喫茶の客に過ぎず,全くの第三者であることを考えると,
上記のようなK供述との食い違いは,被告人らの供述の信用性を
大きく減殺する事情と見るのが相当である。
イ また,被告人の弁解と,A及びBの供述とを相互に対比してみ
ても,その供述内容は,Eに来店した経緯,第1暴行の状況,被
告人がAの第1暴行を止めた際の態様,Aが事務室内に入ったと
きの状況等,本件事実経過のほぼ全般に渡って,矛盾点,相違点
が認められる。
ウ さらに,BとAは,被告人と少年時代からの親しい間柄の兄弟
分であり,被告人をかばう虚偽の供述をする動機が十分認められ
る。
(3) 以上によれば,被告人,A及びBの供述はいずれも信用できな
い。
4 強盗の実行行為及び共謀の有無
そこで,前記1の被害者供述を前提に,強盗の実行行為及び共謀の
有無について検討する。
(1) この点,被害者供述に係る事実経過によれば,被告人は,被害者
が第1暴行により負傷し畏怖した状態にあること,その後Aが事務
室内で売上金を要求していることを十分認識しながら,Aのすぐ後
ろに立って,「店の売上金はどこにあるのか。」などと,被害者に
売上金を要求していることが認められる。
(2) このような被告人の行動状況に照らして考えると,被告人の売上
金の要求行為が強盗の実行行為に当たることは明らかであり,さら
に,被告人とAは,互いの行為を十分認識しながらこの行動をした
もので,暗黙のうちに互いに意思を通じて,犯行を行ったというべ
きであって,強盗の現場共謀も十分認められる。
(3) したがって,被告人について強盗の実行行為及び共謀の事実は十
分認定できる。
第4 第2暴行と強盗致傷の成否
さらに前記公訴事実(第1の1)では,Aは売上金を受け取る前に
特殊警棒で被害者を殴打し,その際,被害者に右前腕部挫傷の傷害が
発生したというものである。
しかし,この点についても,当裁判所は,以下の理由により,Aが
被害者を特殊警棒で殴ったのは,売上金を受け取った後であり,ま
た,上記傷害の発生時期も不明なため,第2暴行の際に傷害が発生し
たと認定できないと判断した。
1 認定事実
この点に関する当裁判所の認定事実は,以下の通りである。
  (1) 第2暴行の状況
    前記第3の強盗の犯行後,Aは事務室にあった特殊警棒を手にと
って,「何かこれは。」などと言いながら,しゃがみ込んで両腕を
頭の前に構えた姿勢にあった被害者を数回殴りつけた。
    その後,被告人は,事務室内にあった円筒形の灰皿をつかんで被
害者に投げつけ,カウンターから出る際にも,カウンターの内側の
ガラス戸棚を足で蹴り,店内のゲーム機を壊すなどした後,3人で
店を出ていった。
  (2) 被害者の負傷状況
被害者は,救急車で救急病院に運ばれ,加療約2週間を要する左
側頭部,頭頂部,後頭部,右下口唇部挫創及び右側頭部挫傷の傷
害,並びに,加療約1週間の右前腕部挫傷の傷害との診断を受け
た。
上記傷害のうち,頭頂部,後頭部等の挫創は,合計8か所の縫合
を要するものであり,右側頭部及び右前腕部の挫傷は,腫脹がある
程度の傷害であった。
2 第2暴行の時期
(1) 認定事実に対し,Aは,公判廷において,被害者から売上金を奪
うまでの状況に関し,「トイレから出てきたとき,店長に連絡を取
るように言ったが,被害者が拒否したので,カウンターの流しの水
屋に置いてあった警棒を手にとって暴行を加えた。被害者を事務室
内に押し込む形になった。」などと,特殊警棒による殴打(第2暴
行)の時期が売上金の強取の前であった旨供述をしている。
(2) しかしながら,Aの供述については,前記のとおり,全体的に信
用性が乏しく,暴行態様に関する供述のみを信用することはできな
い。
また,被害者は,公判廷において,売上金を渡した後,事務室奥
の壁面に接着した状態でしゃがみ込んだ状態で,Aから警棒で殴ら
れた旨供述をしているところ,この供述内容は,事件後,同事務室
奥の壁面に多量の血痕が付着していたという客観的状況と符合して
おり(実況見分調書〔甲63〕),信用性が高いというべきであ
る。
そうすると,Aが警棒で被害者を殴打したのは,売上金強取の後
であったと認定するのが相当であり,第2暴行が売上金強取に向け
られた強盗の実行行為にはあたらない。
(3) なお,第2暴行における被告人及びAの状況については,被害者
の供述によれば,Aが特殊警棒を手にとって,「何かこれは。」な
どと言いながら殴りつけ,その後被告人が事務室内にあった円筒形
の灰皿をつかんで投げつけたというものである。そうすると,第2
暴行は,被告人及びAが売上金を強取したが,被害者の態度に対す
る腹立ちがおさまりきれないでなしたものと見ることができるか
ら,強盗とは別個の機会になされた暴行と解するのが相当である。
3 傷害の発生時期
なお,公訴事実では,右前腕部挫傷が第2暴行により生じたとされ
ているので,右前腕部挫傷の発生時期についても検討しておく。
(1) 被害者の公判供述
この点,被害者は,公判廷において,「Aは売上金を受け取った
後に,事務室内のソファーの上にあった警棒を『何かこれは。』と
言って右手に持って殴りつけてきた。その際,左手で体をかばって
おり,警棒で主に左手を殴られた。右腕の傷がどこでできたかはあ
まり記憶にない。警棒が当たった傷かもしれないが,灰皿が当たっ
てできた可能性もある。」旨供述しており,その供述内容からは,
傷害の発生時期は十分特定することはできない(なお,被害者は,
第2回公判において,第2暴行の際に右前腕部挫傷の傷害が生じた
旨供述しているが,これは検察官の誘導によるものであり,その後
の第2回及び第10回公判の補充尋問において,再度確認すると,
上記のように供述内容を訂正したものである。)。
(2) 暴行を受けた際の状況
次いで,被害者の暴行を受けた際の状況を見るに,前記認定事実
によれば,被害者は,第1暴行の際,しゃがみ込んで顔や頭付近に
まで腕を上げて頭部を防御する姿勢にあった。これに対し,Aは,
頭部付近へ多数回にわたり相当強度の暴行を加えており,その際,
素手での殴打のほか,ガラス製灰皿,ガラスコップ等が凶器として
使用されている。そして,右前腕部挫傷の傷害の程度は,腫脹が認
められる程度のもので比較的軽度の傷害である。
このような被害者の体勢,Aの暴行態様,凶器として使用された
物の性状及び傷害の程度等の事情から考えると,第1暴行の段階
で,被害者が頭を庇って防御した右前腕付近にガラス製灰皿等が当
たって腫脹ができた可能性も十分考えられる。したがって,右前腕
部挫傷の傷害の発生した時期が,第2暴行の際であると断定するこ
とはできないというべきである。
(3) 以上によれば,被害者の右前腕部挫傷の傷害の発生時期は不明と
見るのが相当であって,第2暴行の際に発生した傷害と特定するこ
とはできない。
第5結論
以上のとおりであって,被告人については判示事実の強盗罪を認定
した。
(法令の適用)
罰  条        刑法60条,236条1項
酌量減軽        刑法66条,71条,68条3号
未決勾留日数の算入   刑法21条
訴訟費用の負担     刑事訴訟法181条1項本文
(量刑事情)
 本件は,暴力団組長である被告人が,親交のある暴力団構成員のAにお
いて,対立する暴力団組織と関係のあるゲーム喫茶で,同店従業員である
被害者に対し因縁を付け,ガラス製灰皿等で殴りつける暴行を加えた上,
被害者から同店の売上金を強取しようとしたのに対し,被害者に対する恨
みなどは何らないにもかかわらず,これに加勢して強盗の犯行に及んだも
のである。本件犯行動機は,暴力団特有の論理に基づく安易かつ無軌道な
もので,酌量の余地はない。
 また,その犯行態様は,被告人は,被害者がAの激しい暴行を受けて血
まみれとなり,抵抗できない状態にあったのを十分認識しながら,自らも
店の売上金を要求したという容赦のないものであって,悪質である。さら
に,被害額が約100万円と多額であり,犯行結果も軽視できない。
 以上の犯行状況に加え,被告人が平成6年ころから暴力団組員として活
動する中で本件犯行に及んだことに鑑みると,被告人の反社会的性向は著
しいと認められる。しかも,被告人は,捜査公判を通じ,不自然不合理な
弁解に終始しており,真摯な反省の情がうかがわれない。
 しかしながら,本件で主導的な立場にあったのはAであり,強取した売
上金の全てをAが処分して,被告人は分配を受けていないこと,被害者の
被告人に対する処罰感情が,現段階ではかなり薄まっているとうかがわれ
ること,Aの所属する暴力団とゲーム喫茶の関係する暴力団との間で示談
が成立しており,被告人もその際50万円を支払っていることなど,被告
人にとって酌むべき事情も認められる。
 そこで,以上の事情を総合考慮して,酌量減軽の上,主文のとおり判決
した。
(求刑 懲役7年)
平成14年6月11日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官陶  山  博  生
   裁判官國  井  恒  志
            裁判官岡  崎  忠  之

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