弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告Aは,株式会社藍香房に対し,4010万4787円及びこれに対する平
成24年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員の破産債権を有す
ることを確定する。
2原告Aのその余の請求並びに原告B,原告C及び原告Dの請求をいずれも棄却
する。
3訴訟費用は,原告Aと被告管財人との間においては,原告Aに生じた費用の8
分の7を被告管財人の負担とし,その余は各自の負担とし,原告Aと被告E,被
告F及び被告Gとの間においては,全部原告Aの負担とし,原告Bと被告らとの
間においては,全部原告Bの負担とし,原告Cと被告らとの間においては,全部
原告Cの負担とし,原告Dと被告らとの間においては,全部原告Dの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1原告Aは,株式会社藍香房に対し,4345万4787円及びこれに対する
平成24年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員の破産債権を
有することを確定する。
2被告Gは,原告Aに対し,4345万4787円及びこれに対する平成24
年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告Eは,原告Aに対し,4345万4787円及びこれに対する平成24
年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告Fは,原告Aに対し,2172万7394円及びこれに対する平成24
年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被告Gは,原告Bに対し,110万円及びこれに対する平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6被告Eは,原告Bに対し,110万円及びこれに対する平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7被告Fは,原告Bに対し,55万円及びこれに対する平成24年4月12日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8被告Gは,原告Cに対し,110万円及びこれに対する平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9被告Eは,原告Cに対し,110万円及びこれに対する平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10被告Fは,原告Cに対し,55万円及びこれに対する平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
11被告Gは,原告Dに対し,110万円及びこれに対する平成24年4月1
2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
12被告Eは,原告Dに対し,110万円及びこれに対する平成24年4月1
2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
13被告Fは,原告Dに対し,55万円及びこれに対する平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1訴訟物等
本件は,H(以下「H」という。)が,株式会社藍香房(以下「破産会社」
という。)の業務の執行として破産会社所有の普通乗用自動車(以下「本件車
両」という。)の運転中に,てんかん発作で意識を消失し,本件車両を車道か
ら逸走させ,路側帯等を通行していたI(以下「I」という。),J(以下
「J」という。)及びK(以下「K」という。)を次々はねて死亡させた事故
(以下「本件事故」という。)に関し,Iの法定相続人である原告A,Jの父
母である原告B及び原告C(以下,原告Bと原告Cをあわせて「原告Bら」と
いう。),Kの兄である原告Dが,それぞれ後記⑴ないし⑶の請求をした事案
である。
なお,Hは,本件事故により死亡し,父被告E及び母L(以下「L」とい
う。)がHの法定相続人であったところ,Lは,本件訴訟係属中の平成30年
1月12日に死亡し,その夫被告E及び子被告F(Hの姉。合わせて「被告E
ら」という。)がその訴訟手続上,実体法上の地位を承継した。

⑴原告Aの請求(被告らの債務の相互の関係は不真正連帯債務)
アHには,自動車の運転を差し控える義務があったのにこれを怠り本件事
故を発生させたとの不法行為が成立し,原告AのHに対する民法709条
に基づく損害賠償金4345万4787円(Iの死亡損害4145万47
87円及び原告A固有の慰謝料200万円)及びこれに対する不法行為日
である平成24年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金が発生しているとして,Hの法定相続人で,Lの法定相続
人でもある被告Eに対しては前記H責任額の4分の3の支払請求,Lの法
定相続人である被告Fに対しては前記H責任額の4分の1の支払請求
イLには,Hの勤務先であった破産会社にHのてんかん症状を通報して自
動車の運転をやめさせるべき義務があったのにこれを怠り本件事故を発生
させたとの不法行為が成立し,原告AのLに対する民法709条又は民法
714条の類推適用に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金とし
て前記アのH責任額と同額が発生しているとして,Lの法定相続人である
被告E及び被告Fに対し,前記の各2分の1の支払請求
ウ被告Eには,前記イのLと同様の義務があったのにこれを怠り本件事故
を発生させたとの不法行為が成立し,原告Aの被告Eに対する民法709
条又は民法714条の類推適用に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延
損害金として前記アのH責任額と同額が発生しているとして,被告Eに対
し,同額の支払請求
エ被告Gには,本件事故当時の破産会社の代表者として破産会社の業務に
おいてHに自動車の運転をさせない義務があったのにこれを怠り本件事故
を発生させたとの不法行為が成立し,原告Aの被告Gに対する民法709
条に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金として前記アのH責任
額と同額が発生しているとして,被告Gに対し,同額の支払請求
オ破産会社には,本件車両の運行供用者としての自動車損害賠償保障法
(以下「自賠法」という。)3条又は使用者としての民法715条に基づ
く損害賠償金及びこれに対する遅延損害金として前記アのH責任額と同額
が発生しているとして,被告管財人に対し,原告Aの破産会社に対する同
額の破産債権の確定請求
⑵原告B及び原告Cの各請求(被告らの債務の相互の関係は不真正連帯債
務)
ア前記⑴イと同じ義務違反に基づき,原告B及び原告CのLに対する民法
709条又は民法714条の類推適用に基づく損害賠償金各110万円
(原告Bら固有の慰謝料及び弁護士費用)及びこれに対する平成24年4
月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金が発生している
として,Lの法定相続人である被告E及び被告Fに対し,前記額の各2分
の1の支払請求
イ前記⑴ウと同じ義務違反に基づき被告Eに対し,前記アのL責任額と各
同額の支払請求
ウ前記⑴エと同じ義務違反に基づき被告Gに対し,前記アのL責任額と各
同額の支払請求
⑶原告Dの請求(被告らの債務の相互の関係は不真正連帯債務)
ア前記⑴イと同じ義務違反に基づき,原告DのLに対する民法709条又
は民法714条の類推適用に基づく損害賠償金110万円(原告D固有の
慰謝料及び弁護士費用)及びこれに対する平成24年4月12日から支払
済みまで年5分の割合による遅延損害金が発生しているとして,Lの法定
相続人である被告E及び被告Fに対し,同金額の各2分の1の支払請求
イ前記⑴ウと同じ義務違反に基づき被告Eに対し,前記アのL責任額と同
額の支払請求
ウ前記⑴エと同じ義務違反に基づき被告Gに対し,前記アのL責任額と同
額の支払請求
2前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠又は弁論の全趣旨により認
定できる。)
⑴当事者等
ア原告ら
原告Aは,本件事故により死亡したIの子であり,唯一の法定相続人で
ある(甲1,26,27)。
原告B及び原告Cは,本件事故により死亡したJの父及び母である(甲
2)。
原告Dは,本件事故により死亡したKの兄である(甲3,4)。
イH,被告E,L及び被告F
Hは,昭和57年3月14日生まれの男性(本件事故当時30歳)であ
り,平成15年11月16日発生の交通事故(以下「平成15年事故」と
いう。)により脳挫傷等の傷害を負い,外傷性てんかんの障害が残った
(甲5,13)。Hは本件事故により平成24年4月12日死亡し,被告
Eはその父,LはHの母である(甲5)。Lは,本件訴訟係属中の平成3
0年1月12日死亡し,夫の被告E及び長女の被告FがLの地位を2分の
1ずつ相続した(原告らと被告Eらとの間で争いがない。)。
ウ被告G及び破産会社
Hは,本件事故当時,破産会社に雇用され,破産会社の業務として,破
産会社が所有する本件車両を運転中に本件事故を起こした(原告らと被告
管財人及び被告Gとの間で争いがない。)。被告Gは,本件事故当時,破
産会社の代表取締役であった(原告らと被告Gとの間で争いがない。甲
6)。
⑵本件事故の発生(原告らと被告Eらとの間で争いがない。被告G及び被告
管財人との関係で甲7ないし13)
ア発生日時平成24年4月12日午後1時08分頃
イ発生場所京都市甲区乙町南側付近の丙通東側路側帯等
ウ事故態様
Hは,平成24年4月12日午後1時06分頃,本件車両を運転中にて
んかん発作を起こして意識を消失し,前記イを通行中のI,J及びKに本
件車両を衝突させてはね飛ばし,同日,同人らを死亡させた。
⑶免責証書の作成等
ア原告Bらの免責証書
平成26年1月29日,原告Bらの代理人弁護士であるOは,「本件事
故によるJ,同人の相続人であるM及びN並びにJの父母である原告Bら
の人身損害の一切の賠償金が既払額3003万2600円を除き,489
0万7323円であることを認め,東京海上日動火災保険株式会社(以下
「東京海上」という。)から前記金員のうち150万円を受領のうえは,
本件事故の全ての賠償義務者に対してその余の損害賠償請求権を放棄し,
裁判上・裁判外を問わず何ら異議の申立て及び訴訟の提起等をしない。」
旨の記載のある免責証書を作成した(乙2)。
平成26年7月4日,被告Bらの代理人弁護士であるOは,「本件事故
によるJ及び同人の相続人であるM及びN並びにJの父母である原告Bら
の人身損害の一切の損害賠償金が既払額7893万9923円を除き,5
6万1550円であることを認め,既受領額の他に,医療機関への治療費
の支払を行うことで,本件事故の全ての賠償義務者に対してその余の損害
賠償請求権を放棄し,裁判上・裁判外を問わず何らの異議の申立て及び訴
訟の提起等をしない。」旨の記載のある免責証書(以下,同年1月29日
付けと合わせ「Bら免責証書」という。)を作成した(乙4。Bら免責証
書が,本件訴訟の被告Eら及び被告Gの各債務を免除するものか争いがあ
る。)。
イ原告Dの免責証書
原告Dは,Kの相続人であるPからの委任を受け,Kの相続人本人及び
Pの代理人として,平成25年4月4日,H,破産会社及び東京海上を名
宛人として,「本件事故によりKの被った一切の損害に対する賠償金とし
て,東京海上から既払金87万5265円の他に4100万円を受領後に
は,その余の請求を放棄するとともに,上記金額以外に何らの権利義務が
ないことを確認し,H,破産会社及び東京海上に対し裁判上・裁判外を問
わず何ら異議申立て,請求及び訴えの提起等をしない。」旨の記載のある
免責証書を作成した(乙5,6。以下「Dら免責証書」という。Dら免責
証書が本件訴訟の被告Eら及び被告Gの各債務を免除するものか争いがあ
る。)。
ウ東京海上は,前記ア,イの金員を支払った(弁論の全趣旨)。
⑷被告E及びLの相続放棄
Hを被相続人とする相続について,被告E及びLは,京都家庭裁判所に対
し,相続放棄する旨申述し,被告Eにつき平成24年5月8日,Lにつき同
月21日,それぞれ受理された(丙1,2)。
⑸被告G及び破産会社に対する破産手続開始決定等
京都地方裁判所は,破産会社及び被告Gに対し,平成28年4月12日午
後5時,いずれも破産手続開始決定をし(同庁
298号事件),両者の破産管財人として弁護士Q(被告管財人)を選任し
た(弁論の全趣旨)。
原告Aは,前記1⑴オの破産会社に対する損害賠償請求権及び遅延損害金
を破産債権として届け出たところ,被告管財人は,同年7月13日の債権調
査期日において,これに異議を述べた(原告Aと被告管財人との間で争いが
ない。)。その後,原告Aの申立てにより被告管財人が前記届出に係る本件
訴訟の訴訟物について訴訟手続を受継した(顕著な事実)。
京都地方裁判所は,被告Gの破産手続を廃止し,同年10月19日,免責
許可決定をし,同決定は同年11月16日確定した(乙B1)。
⑹原告A関係の損害の填補
原告Aは,Iの死亡損害に対し以下の合計861万4530円の支払を受
けた(弁論の全趣旨。任意保険からの支払額は被告管財人及び被告Gとの間
で争いがない。)。
ア労災遺族一時金659万4000円
イ本件車両の任意保険からの支払202万0530円
(内訳:治療費20万6820円,慰謝料90万円,葬儀関係費用91万
3710円)
3争点
⑴原告Aの請求
アHの不法行為による責任(前記第2の1⑴ア)
Hの運転中止義務違反の有無
相続放棄の有無・効果
イLの義務違反(前記第2の1⑴イ)
Lの運転制止義務(勤務先通報義務)違反の有無
民法714条類推適用による責任
ウ被告Eの義務違反(前記第2の1⑴ウ)
被告Eの運転制止義務(勤務先通報義務)違反の有無
民法714条類推適用による責任
エ被告Gの義務違反(前記第2の1⑴エ)
Hに運転をさせない義務違反の有無
破産法253条1項3号所定の非免責債権に当たるか。
オ破産会社の自賠法3条の責任又は使用者責任(前記第2の1⑴オ)
破産会社が前記責任を負うことは争いがない。
カ損害額(前記第2の1⑴アないしオに共通)
⑵原告Bらの請求
アLの義務違反(前記第2の1⑵ア)
前記⑴イと同旨
Bら免責証書は他の損害賠償義務者の債務を免除するものか。
イ被告Eの義務違反(前記第2の1⑵イ)
前記⑴ウと同旨
ウ被告Gの義務違反(前記第2の1⑵ウ)
前記⑴エと同旨
エ損害額(前記第2の1⑵アないしウに共通)
⑶原告Dの請求
アLの義務違反(前記第2の1⑶ア)
前記⑴イと同旨
Dら免責証書は他の損害賠償義務者の債務を免除するものか。
イ被告Eの義務違反(前記第2の1⑶イ)
前記⑴ウと同旨
ウ被告Gの義務違反(前記第2の1⑶ウ)
前記⑴エと同旨
エ損害額(前記第2の1⑶アないしウに共通)
4争点についての当事者の主張
⑴原告Aの請求
ア争点⑴ア-Hの不法行為による責任
Hの運転中止義務違反の有無
(原告Aの主張)
Hは,外傷性てんかんにり患し,医師から抗てんかん薬の投薬治療を
受け,運転をしないよう指示されていた上,平成24年3月3日及び同
月4日にもてんかん発作を起こし,さらに,同年4月11日からの発熱
による体調不良や仕事上のストレスの蓄積等からてんかん発作発症の予
兆があったのであるから,自動車の運転を厳に差し控えるべき義務が
あった。それにもかかわらず,Hは,本件車両の運転を開始し,てんか
ん発作を発症して意識を消失し,本件事故を引き起こした。
(被告Eらの主張)
Hが外傷性てんかんにり患し,医師から抗てんかん薬の投薬治療を受
けていたこと,原告Aの主張する日にHがてんかん発作を起こしたこと,
Hが医師から自動車の運転をしないように言われていたことは認める。
その余は不知。
相続放棄の有無・効果
(被告Eらの主張)
前記第2の2⑷のとおり,被告E及びLは相続放棄をしたため,Hの
債務を承継しない。
(原告Aの主張)
知らない。
イ争点⑴イ-Lの義務違反
Lの運転制止義務(勤務先通報義務)違反の有無
(原告Aの主張)
aLらがHの病状を認識していたこと
Hは,平成15年事故の後遺症としててんかんを患い,平成18年
1月に意識喪失を伴うてんかん発作を起こし,同年11月,平成22
年6月にもてんかん発作があり,医師からは,抗けいれん薬の服用を
指示され,服薬していても自動車の運転は禁止されていた。Hは,平
成24年3月3日及び4日,服薬していたのに立て続けにてんかん発
作を起こし,同月5日,医師から,いつてんかん発作が起きてもおか
しくない旨の注意を受けた。
L及び被告E(以下「Lら」という。)は,平成15年事故当時か
らHと同居している親であり,前記の病状を知っており,平成24年
3月上旬には,Hが自動車の運転をすると,てんかん発作で意識を喪
失して自動車の制御ができず他人の生命,身体等に損害を与える危険
があることを認識していた。
bLらが,Hの自動車運転を認識し,容認していたこと
Lらは,Hが勤務先で自動車運転をしていることを認識していた。
このことは,Lが,本件事故後,警察官や検察官に対し,勤務先で
の自動車の運転を知っていた旨供述したことから明らかである。また,
Lが,平成22年6月の発作の際にHに付き添っていた同僚に対し,
会社に言わないようにと口止めした事実,Lらが,Hに自動車を運転
してはならない旨注意し,自宅の自動車の鍵をHに対して隠していた
事実,平成24年3月上旬のてんかん発作の後にHの自動車運転に関
する家族会議を開いた事実からも明らかである。
そして,同月上旬に発作を起こした後,Hが,Lに対して「栃木県
のてんかん発作によるクレーン車の事故の原因は薬の飲み忘れだから
自分は大丈夫である。」旨を述べた事実,医師から注意を受けたその
日である同月5日に,Hが身分証明のため必要であるという理由にな
らない理由を述べて強引にLに免許センターまで運転させて運転免許
の更新手続を行った事実,Hが,Lらに対して,勤務先にてんかんの
ことを話して自動車を運転しなくてよい内勤に替えてもらった旨述べ
ていたのに,「一筆書いてもらわなあかん。」と社長から言われた旨
を述べたり,遠方へ出張に出かけたりした事実からは,なおHにおい
て自動車を運転する意欲があったことは明らかである。Lは,これら
のHの言動を認識しつつ,免許更新のため免許センターにHを連れて
行き,勤務先の社長の一筆書けという話の趣旨も確認せず,Hが,勤
務先に対し,てんかん発作のため運転を禁止されていることを伝えた
のか疑問に思っていたが放置していた。これらのことから,Lらは,
同月上旬の発作後も,Hの勤務先での自動車運転を認識し,容認して
いたといえる。
c作為義務の内容とその違反
前記abの各事実より,Hと同居していた親であるLらは,本件事
故の前までには,被告G又は破産会社に対し,Hに自動車の運転をさ
せるとてんかん発作によって自動車の制御ができなくなり他人に危害
を与えるおそれがあることを直接伝えて,Hの破産会社における自動
車の運転を制止する義務を負っていた。Lは前記義務を怠り,本件事
故を発生させた。
(被告Eらの主張)
aHの病状に対する認識
Hが平成15年事故の後遺症として外傷性てんかんにり患したこと,
原告A主張の時期にてんかん発作を起こしたこと,医師から抗てんか
ん薬の服薬を指示され自動車の運転を禁止されていたことは認める。
また,Lらがこれらの病状を知っていたことは認めるが,Hが自動車
の運転をすると,てんかん発作で意識を喪失して自動車の制御ができ
ず他人の生命,身体等に損害を与える危険があることを認識していた
ことは否認する。
bLらがHの自動車運転を知らなかったこと
Lらは,Hが勤務先で自動車の運転をしていることは知らなかった。
Lが,本件事故後,捜査機関に供述したのは,Hが破産会社に勤め始
めの頃に自動車の運転をしていると聞いたので厳しく注意し,平成2
1年頃に自宅の自動車に乗ったので厳しく注意した事実であるが,い
ずれもHはこれを受け入れていたから,Lは,Hが勤務先でも自宅で
も自動車を運転することはなくなったと理解していた。
Lらは,常日頃,Hに対し自動車の運転をしないよう注意し,車の
運転ができず勤務先を辞めなければならないなら,勤務先を辞めるよ
う注意し,自宅の車の鍵を隠していたが,それは主治医の戒めの確認
のためであり,Hが勤務先で自動車を運転していたことは知らなかっ
た。Lが,Hの勤務先の同僚にてんかん発作のことを口止めしたこと
はないし,平成24年3月上旬の発作後にLらが家族会議を開いたこ
とはない。Lは,Hの免許更新を止めたが,Hが身分証明として必要
だと言うので,免許センターに連れて行った。身分証明として必要で
あるとの説明は不合理ではない。
平成24年3月上旬の発作の前頃から,Hが仕事で疲れていたよう
であったので,Lらは,Hに対し,無理せず仕事を辞めること,疲れ
の少ない仕事に転職すること,仕事がないなら福祉に相談に行くこと,
てんかんのことを勤務先に伝えること等を勧め,親の方から勤務先に
てんかんのことを伝えることも提案した。Hは,勤務先にてんかんの
ことを自ら話すと言い,話した結果,内勤になった旨述べていたため,
Lらはその言葉を信じていた。その後,Hが遠方に出張していたこと
は事実であるが,車で行っていたわけではなく,社長の一筆の話もて
んかんのことが勤務先に伝わったからこそ出てきた話であり,勤務先
にてんかんのことが伝わっていると考えていた。
c作為義務について
Hは30歳の成人で,勤務先も自分で見つけて社会生活を営んでい
た責任能力がある者であり,Lらが,直接,Hの勤務先に連絡しなけ
ればならない法律上の義務があるとは考えられない。Lは,Hがてん
かんと診断された後は,法的な義務はないものの,適切にHの服薬管
理もした。
Lの民法714条類推適用による責任
(原告Aの主張)
法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分
関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の
防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行い,その態様が
単なる事実上の監督を超えている等その監督義務を引き受けたとみるべ
き特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から,法定の監督義務
者に準ずべき者として民法714条1項の類推適用がされると解すべき
である(最高裁判所平成28年3月1日第三小法廷判決・民集70巻3
号681頁。以下「平成28年最高裁判決」という。)。
前記(原告Aの主張)abの事実関係に加え,平成15年事故当時
から本件事故までHと同居し,逐一病状を把握し,服薬を管理し,かつ,
破産会社に対しHのてんかん症状を連絡することで容易にHの自動車の
運転を制止できる立場にあったLらは,法定の監督義務者に準ずる者と
して民法714条の類推適用により,Hが起こした本件事故の責任を負
う。
(被告Eらの主張)
Hは,本件事故当時30歳であり,大学を卒業し保育士の資格を取得
し就職して社会生活を送ってきた者であるから,民法714条の「責任
無能力者」には当たらない。よって,同条の類推適用の基礎を欠く。
ウ争点⑴ウ-被告Eの義務違反
被告Eの運転制止義務(勤務先通報義務)違反の有無
(原告Aの主張)
被告Eが,Hの自動車運転についての危険を認識し,かつ,Hが勤務
先の破産会社で自動車を運転していることを認識していたことについて
は,前記イ原告Aの主張)abのとおりである。これに加え,被告
Eは,平成23年冬に職場のHに鍵を届けた際に車の鍵があったのを認
めてその旨をLに伝えており,Hが勤務先で自動車の運転をしているこ
とを認識していた。
被告Eには,同cのとおりの通報・制止義務があり,これを怠った義
務懈怠がある。
(被告Eの主張)
被告EによるHの病状についての認識及び被告EがHの自動車運転を
認識していなかったことは,前記イ被告Eらの主張)abのとおり
である。また,被告Eには,同cのとおり通報・制止義務はない。
被告Eの民法714条類推適用による責任
前記の当事者双方の主張と同旨
エ争点⑴エ-被告Gの義務違反
Hに運転をさせない義務違反の有無
(原告Aの主張)
Hは,平成24年3月3日及び同月4日にけいれん発作を起こした後,
同月6日に破産会社の日報に「本日は仕事中に一昨日の自分のことなど
たくさんお話をして」旨記載した。その後,Hは,家族に対し,被告G
から一筆書くよう求められた旨を述べており,同日頃までに被告Gに対
し,Hが,てんかんの病状及び自動車の運転ができないことを伝えたこ
とは明らかである。また,被告Gは,平成23年12月下旬以降にHの
通院先に電話しており,Hから病状について知らされていたと考えられ
る。
したがって,被告Gは,平成24年3月6日頃までには,Hがてんか
んのため自動車を運転できないことを認識していたのであるから,破産
会社の業務においてHに自動車の運転をさせないよう注意する義務を
負っていた。それにもかかわらず,被告Gは,Hに対し,商品の配達等
の自動車の運転を伴う業務をさせ,本件事故を起こさせた。
(被告Gの主張)
被告Gの注意義務違反の事実は否認し,責任は争う。
破産法253条1項3号の非免責債権に当たるか。
(原告Aの主張)
破産会社の利益のためにHの運転をやめさせず本件事故により人身傷
害を生じさせた被告Gの過失は重大であるから,破産法253条1項3
号の「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命または身体を
害する不法行為に基づく損害賠償請求権」に当たる。
(被告Gの主張)
争う。
オ争点⑴カ-損害額
(原告Aの主張)
以下のとおり,Iの死亡損害及び原告Aの固有の損害の合計は4345
万4787円である。
Iの死亡損害
a治療関係費20万6820円
洛和会音羽病院で手術等を受け,治療費として前記金額を要した。
b逸失利益1641万2497円
Iの前年度の年収は249万6000円であり,平均余命の2分
の1である13年間(対応するライプニッツ係数9.3936)同
額の収入を得られた蓋然性があり,生活控除率は30%が相当であ
る。よって,逸失利益は次の計算式による。
2,496,000円×9.3936×(1-0.3)=16,412,497円
c葬儀関係費150万円
d慰謝料2800万円
Hの行為は危険で悪質極まりなく,L,被告E及び被告Gのてんか
ん病者の自動車運転の危険性に対する認識欠如は著しい。
原告A固有の慰謝料200万円
原告Aは本件事故により最愛の母を失い,その絶望とこの先の生活に
おける喪失感は多大なもので,精神的苦痛は計り知れない。
既払金▲861万4530円
弁護士費用395万円
(被告Eらの主張)
不知ないし争う。
(被告管財人の主張)
Iが本件事故時に勤務していた株式会社むら田(以下「むら田」とい
う。)の定年は65歳であり同社の給与収入を得られる蓋然性があるのは
3年間のみである。65歳以降の逸失利益が認められるとしても基礎収入
はより低額である。生活費控除率は単身者であり5割とすべきである。
慰謝料は,年齢と生活状況等を考慮し2000万円が相当である。
(被告Gの主張)
不知ないし争う。
⑵原告Bらの請求
ア争点⑵ア-Lの義務違反
前記⑴イの当事者双方の主張と同旨
Bら免責証書は他の損害賠償義務者の債務を免除するものか。
(被告Eらの主張)
原告Bらと破産会社との間で示談が成立し,Bら免責証書により,他
の損害賠償義務者の債務が免除された。
(原告Bら)
Bら免責証書は,H及び破産会社の各損害賠償債務に関するものであ
り,同作成の際に予想し得なかったL,被告E及び被告Gの損害賠償債
務を免除したものではない。免除の意思表示の相手方でもない。
イ争点⑵イ-被告Eの義務違反
前記⑴ウの当事者双方の主張と同旨
の当事者双方の主張と同旨
ウ争点⑵ウ-被告Gの義務違反
前記⑴エの当事者双方の主張と同旨
の当事者双方の主張と同旨
エ争点⑵エ-損害額
(原告Bらの主張)
原告Bら固有の損害は次の各合計110万円である。
慰謝料各200万円
原告Bらは,本件事故により最愛の子であるJを失い,その絶望と喪
失感は多大であり,精神的苦痛は計り知れない。
損害填補▲各100万円
原告Bらは,損害の填補として,各100万円を受領した。
弁護士費用各10万円
(被告Eら及び被告Gの主張)
不知ないし争う。
⑶原告Dの請求
ア争点⑶ア-Lの義務違反
前記⑴イの当事者双方の主張と同旨
Dら免責証書は他の損害賠償義務者の債務を免除するものか。
(被告Eらの主張)
原告Dと破産会社との間で示談が成立し,Dら免責証書により他の損
害賠償義務者の債務が免除された。
(原告Dの主張)
Dら免責証書は,H及び破産会社の各損害賠償債務に関するものであ
り,同作成の際に予想し得なかったL,被告E及び被告Gの損害賠償債
務を免除したものではない。被告Eら及び被告Gは免除の意思表示の相
手方でもない。
イ争点⑶イ-被告Eの義務違反
前記⑴ウの当事者双方の主張と同旨
前記アの当事者双方の主張と同旨
ウ争点⑶ウ-被告Gの義務違反
前記⑴エの当事者双方の主張と同旨
前記アの当事者双方の主張と同旨
エ争点⑶エ-損害額
(原告Dの主張)
本件交通事故による原告Dの固有の損害は合計110万円である。
原告D固有の慰謝料100万円
妹Kは原告Dと同居していた母の面倒を見るためにほぼ毎日原告Dの
自宅を訪問し,母の死後も1箇月に2,3回は原告Dの自宅を訪問し,
1箇月に1回は食事を一緒にし,1年に10回程度原告Dの妻と旅行し,
特別に親しい関係にあった。Kを失い,その絶望と喪失感は多大なもの
で,精神的苦痛は計り知れない。
弁護士費用10万円
(被告Eら及び被告Gの主張)
不知ないし争う。
第3争点に対する判断
1事実関係
前記第2の2の前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実
が認められる。
⑴破産会社就職前のHの病状
ア平成15年事故
Hは,平成15年11月16日,バイクに乗っている時に交通事故に遭
い,脳挫傷,頭蓋骨骨折等の傷害を負った(平成15年事故)。Hは,当
時21歳で立命館大学に在学中であった。Hは,脳挫傷により左側頭葉の
一部を欠損し,その部位からの異常波が生じることによる外傷性てんかん
の後遺症が残った。Hは,平成16年1月6日に京都九条病院を退院し,
その後,本件事故まで,同病院に通院し,主治医から,抗てんかん薬(エ
クセグラン等)の服用を指示され,抗てんかん薬を服用した状態であって
も自動車の運転をしないよう指導されていた。(甲13p1753・18
58・1860,甲34の2)
イてんかんによる最初の意識喪失発作
Hは,自己判断でエクセグランの服薬量を減らしていたため,平成18
年1月19日,スポーツジムでの入浴中に意識を喪失し,けいれん発作を
起こして京都九条病院に救急搬送され,同月20日まで入院した。この際,
H及びLは,同病院の医師から,外傷性てんかんであるため,車の運転等
の危険を伴う機械操作はしてはいけないこと,薬は指示どおり服用するこ
とを指示された。その後,Hは,京都九条病院に1,2箇月に1回通院す
るようになった。(甲13p1864・1865・1867,甲34の
5)
また,Hは,同年11月16日,家族で夕食に出かけた際,Lが運転す
る自動車内で,けいれん発作を起こし,救急車で京都九条病院に運ばれ,
1泊の入院をした(甲13p1873,甲34の5)。
また,平成19年12月26日に受診した際,Hは,前回の通院から今
回受診までの間に発作の前兆が1回あった旨述べた。Hは,平成20年2
月25日の受診の際,主治医から,改めて「車の運転は禁止する。」旨言
われた(甲13p1874)。
ウ大学の卒業,最初の就職等
Hは,平成18年3月に大学を卒業し,専門学校に通い,保育士の資格
を取得した。Hは,平成20年4月から同年夏頃まで,大阪府高槻市内の
児童養護施設に保育士として勤め,同施設への通勤のためにバイクに乗る
ことがあった。(甲16p3232,甲34の3)
L及び被告Eは,平成15年事故当時からHと同居しており,Lは,H
の通院に付き添って医師の説明を聞くことが多く,Hの前記病状を理解し
ていた。また,被告Eも,Hが脳挫傷の影響で,医師から車の運転を禁止
されていたことを知っていた。Lは,平成17年4月11日から平成24
年3月7日まで,Hに代わり薬局で抗てんかん薬であるエクセグランを購
入していた。(甲16,甲34の6,甲34の12,被告E本人)
⑵Hの破産会社への就職後の状況
ア破産会社の業種,就職
破産会社は,昭和62年の設立から,藍染めの呉服,衣料用雑貨,小物,
藍を原料とする化粧品の製造販売等を事業としており,被告Gが代表取締
役を務め,その夫が専務取締役を務め,役員は3名,社員数名及びアルバ
イト数名が業務に従事していた。破産会社は,天然の藍染料による藍染め
製品を企画開発製造し,全国の小売店・卸売店へ販売することを事業の中
核としていた。(甲32の2,甲32の4)
Hは,平成14年頃に破産会社でアルバイトし,化粧品販売を担当した
ことがあった。平成20年7月頃,Hは,破産会社を訪問し,今の仕事が
激務で辛いと述べる等していたところ,破産会社では,Hのアルバイト時
の接客が上手であったこと等から,同年9月,Hを試用社員として採用す
ることとし,平成21年2月16日から正社員として採用した。(甲32
の5,甲32の8,甲32の18)
イHの担当業務
破産会社では,Hに対し,将来は地方の小売店・催事での販売活動を行
う営業を担当させる予定であったが,当初は藍染めの知識や接客を習得さ
せる必要があったため,事業所に併設された直営店舗(1店舗のみ)での
店頭販売及び得意先への社用車での商品の配達等を担当させることとした。
Hは,破産会社に就職する前から自動車の運転免許を有していたものの,
運転経験が少なかったため,被告Gは,平成20年10月頃,破産会社の
費用でHを自動車教習所に通わせ運転の練習をさせた。(甲32の4,甲
32の5,甲32の20)
その頃,被告Gは,Hの喉に傷跡があるのを見付けて理由を尋ねたとこ
ろ,Hから,大学生の時に交通事故で頭部に大けがした旨を聞いた。被告
Gは,Hが有名大卒であるのに仕事の覚えが悪く,物忘れも顕著であった
ことから,頭部のけがの影響を疑ったが,Hからは「大丈夫です。」等と
言われるのみで,詳しいことは分からなかった。(甲32の2p8913,
甲32の3,甲32の8,甲32の18)
ウ破産会社でのHの自動車の運転状況
Hは,平成21年2月頃から,破産会社の業務として,一人で自動車を
運転し,商品の配達等をするようになり,その後も,頻繁に破産会社の自
動車を運転して配達業務等を行っていた(甲32の5p8964)。
Lは,同月頃,Hから,配達のため破産会社の車を運転していることを
聞き,Hに対し運転をしないように注意したところ,Hは,分かっている
旨述べたものの,自分に任せてほしい旨も述べ,Lの注意は煩わしいとの
態度を示した(甲34の3p8735,甲34の9p8800,甲34の
12p4~5)。また,Lは,同年中に,Hが自宅の自動車を運転してい
ることに気付いてHに注意したところ,Hは,分かっている旨述べ,それ
以上言わないでくれ等と言い返したことがあった(甲34の12p6)。
また,平成23年冬,被告Eは,Hの依頼で鍵をHのところに届けた時,
鍵の束の中に車の鍵があったことから,職場で車の運転をしているのでは
ないかと疑い,Lにその旨伝え,LがHに注意したことがあった(甲34
の12p9~11)。
エ健康診断時の状況
Hは,平成21年12月,初めて破産会社の健康診断を受けた。被告G
は,その報告書に「21歳,脳挫傷,手術後」旨記載されていたことから,
Hに脳挫傷の既往歴があることを知り,自身の長男がくも膜下出血を発症
した経験と合わせ,Hに脳挫傷の後遺症がないかを気に掛けるようになっ
た。ただし,同報告書の検査項目には脳CTや脳波検査はなく,前記脳挫
傷の記載は問診に基づくものであって,Hがてんかんを発症していること
は記載がなかった。また,被告Gが,Hについて懸念していたのは理解力
不足・物忘れであり,けいれんや意識障害やその兆候を見たことはなく,
被告Gが同乗した際には,Hは自動車の運転操作を問題なく行っており,
危険を感じたことはなかった。
その後も,毎年定期健康診断が実施されたが,脳挫傷の既往歴に前記の
報告書以上の記載はされなかった。
(甲32の6,甲32の15,甲32の18p5・6)
オ平成22年の発作
Hは,自己の判断でエクセグランの服用を中止していたため,平成22
年6月8日,仕事帰りに破産会社の女性従業員と同行していた際,約2分
間の全身性強直間代発作を起こし,京都第二赤十字病院に救急搬送された。
Hは,同病院においてエクセグランの内服を指示され,帰宅した。(甲1
3p1880,甲14の2,甲32の16p2,甲34の10p8805,
甲34の12p8)
Lは,同月9日,破産会社の事業所のそばまで行き,同従業員に礼を伝
え菓子折りを渡したが,事業所には入らず,被告Gとも会わなかった。同
従業員は,Hから口止めされたため,被告Gを始め破産会社の者にはHの
発作について伝えなかった。(甲32の16p2,甲34の12p9)
Hは,同月14日,京都九条病院を受診し,主治医が「運転許可はして
いないが…やめるように話をして」とカルテに記載し,Hに対し,自動車
の運転をやめるように注意した。また,Lは,薬局で前記発作の話をして,
薬剤師から薬の服用を改めて指導された。(甲13p1878,甲15p
3233)
カ平成23年の健診時頃の状況
平成23年11月7日,破産会社で定期健康診断が実施された。その頃,
被告Gは,Hが藍談義(藍染めの古来の技法・特性についての顧客への説
明等)がうまくできず,伝票の書き忘れもある等の状態であり,Hを地方
の小売店・催事等に一人で出張させることに不安を感じていたことから,
Hに対し,脳挫傷の後遺症がないか病院で診てもらうことを勧め,後遺症
がないことについての診断書を提出するよう求めた。これに対し,Hは,
病院にはもう通院していないとか,異常はないとか,脳挫傷後の症状が大
丈夫なことを証明するものは特にない等と述べ,応じなかった。
被告Gは,その頃,Hから,京都九条病院脳外科に以前通院していたこ
とや主治医の名前等を聞きだし,Hのいないところで同病院に電話をかけ
主治医との面会を申し入れたが,同病院からは,Hが同行していないと病
状については教えられない旨言われ,病状を聞くことはできなかった。
(甲32の9,甲32の10p9016,甲32の11,甲32の12p
9039,甲32の18p7~11,甲32の20p8)
⑶本件事故直前の状況
ア営業への担当替え
平成24年2月,破産会社では,当初の予定どおり,Hを店頭販売から
地方の小売店・催事での営業担当に担当替えすることを決め,その旨を会
議等で社員らに告知し,同月,Hを営業担当である被告Gの夫(常務取締
役)とともに宮崎へ出張させた。なお,破産会社では,営業のための地方
出張の際は,自動車ではなく,飛行機や新幹線等を利用していた。
Hは,同年3月10日からは熊本や福岡への9日間の出張を予定してお
り,その際には,初めて1人で小売店等での藍談義を行い販売活動を行う
ことが予定されていた。
(甲32の5p8966~8967,甲32の20p1~2,甲34の2
p8712)
イ平成24年3月上旬の発作
Hは,平成24年3月3日夜,自宅にいるとき,被告Eの下着姿を撮影
して知人にメール送信したことで,被告E及びLに怒られた。その直後,
Hは,突然,被告E及びLの前で全身けいれん発作を起こし,1分間程度
体が硬直した。また,Hは発作中のことをよく覚えていない様子であった。
この際,Hは,抗てんかん薬を定量どおり服用していた。(甲13p18
79,甲34の4p8742,甲34の5p8764,被告E本人p2・
15)
Hは,同月4日にも,数十秒のけいれん発作を起こした(甲13p18
79,甲34の4p8743)。
Lは,Hが最近1箇月間仕事で疲れており,そのため続けててんかん発
作が起きたと感じたため,同日,Hに対し,今の仕事をやめて休養し,別
の仕事を探すことを勧めた。また,Lは,栃木県で起きた運転手のてんか
ん発作によるクレーン車の大規模な死傷事故の話をした上,自動車の運転
中に発作を起こすと他人に危害が及ぶことを伝え,自動車の運転をしない
よう注意した。これに対し,Hは,自分は薬を飲んでいるし,てんかんの
発作の前には予兆があり分かるから大丈夫である等と言い,注意を聞き入
れない態度を示した。(甲34の4p8743・8744,甲34の12
p13)
ウ発作後の診察,免許の更新
Hは,平成24年3月5日,Lとともに,京都九条病院を受診した。H
は,脳波測定及びCT検査を受け,医師は,その結果を踏まえ,H及びL
に対し,「いつ発作が起こってもおかしくない。薬を飲んでいても発作が
起こり得る。」旨伝えた。(甲13p1879・1881,甲34の2p
8712,甲34の4p8745,甲34の5p8765,甲34の12
p15)
Hは,同病院での診察後,同日,Lに対し,運転免許の更新に行く旨述
べた。Lは,いったんは反対したものの,Hから,身分証明書として必要
であるから,一人でも免許の更新に行く旨言われたため,免許センターま
で自動車で送っていった。(甲34の4p8745・8746,甲34の
12p15~17)
同日,帰宅してから,Lは,Hに対し,勤務先に,てんかんのため車の
運転はできないことを伝えるよう求め,Hが言わないのであれば,Lが勤
務先に言いに行く旨述べたところ,Hは,これを聞き入れる態度を示し,
自分から被告Gや勤め先の者らに伝える旨述べた(甲34の4p8746,
甲34の9p8801,甲34の12p18・19)。
エ平成24年3月上旬発作後の職場での状況
Hは,同月6日,休暇明けで出勤し,勤務時間中に,被告Gと話をし,
その話に関して,日報に「本日は仕事中に一昨日の自分のことなどたくさ
んお話しをしてすみませんでした。何度も練習をして藍談義をしっかりし
ます。」旨記載した(甲18p351,甲32の12p5,甲32の20
p3・4)。
Hは,同日夜,帰宅後,Lに対し,勤務先で社長(被告G)にてんかん
のことを話したこと,その結果,自動車の運転をしなくてよい内勤になっ
た旨述べた。また,その際,Hは,被告Gから「一筆書いてもらわなあか
ん。」旨言われたと述べたが,誰が何を一筆書くのかについては,分から
ない旨述べ,一筆の件はそのままになった。(甲34の4p8747・8
748・8754,甲34の9p8801,甲34の12p19~21,
丙3,丙5,被告E本人)
オその後の日報の記載等
Hは,平成24年3月8日,朝礼が終わった後で,他の社員の前で,藍
談義をしたが,被告Gやその夫らから見て明らかに不十分であったため,
同人らによる指導を受けた。Hは,同日,日報に「本日は仕事中に社長さ
ん,専務さん,常務さんでお話しをして頂き,本当にありがとうございま
した。心配や悩みをなくして,販売をしっかり頑張っていきたいです。今
回の染寿さんでもたくさん売りたいです。」旨記載した。(甲18p35
2,甲32の5p8967,甲32の12p9039,甲32の20p1
0)
同月21日,後記カの出張後,Hは,日報に「社長さん,専務さんはい
つもお忙しいのに私の体調で仕事やシフトなどを考えて頂き,誠に申し訳
ありません。ミスはなく,常に売上が高くなるように心掛けていきたいで
す。」と記載した(甲18p353)。
カ地方出張等
Hは,予定どおり,平成24年3月10日から同月19日まで,熊本,
福岡に出張に行った。出張に行く際,Lは,Hに対し,「内勤」なのに出
張があるのか旨尋ねたが,Hはそれに答えず,ノルマ等は考えないように
する等と述べた。(甲32の5p8966,甲34の12p22・23)
なお,破産会社では,被告Gが担当している経理部門のほか,①営業,
②小売り,③加工の3部門に分かれ,①は地方の小売店への販売及び小売
店が主催する催事の販売活動,②は直営店での店頭販売,③は反物の加工
の手配を主要業務としていたが,「外勤」「内勤」といった区分はなかっ
た(甲32の4)。
⑷本件事故
Hは,平成24年4月12日朝,自宅で抗てんかん薬を飲んでから破産会
社に出勤した(甲34の4p8752)。
Hは,同日午後1時頃,破産会社の業務として配達のため本件車両で破産
会社の事業所を出発し,同日午後1時06分頃,京都市内の乙通を北進中,
てんかん発作による意識障害を生じて本件車両の制御が不能となり,本件車
両は,タクシーに追突し,丁南側道路東側を歩行していたIをはね,また,
丁交差点において青信号に従って通行していたKほか多数の横断歩行者をは
ね,さらに,同交差点を通過後に,道路東側を通行していたJ運転の自転車
に衝突して,電柱に衝突して停止した(本件事故)。本件事故により,H以
外に7名が死亡し,12名が負傷した。(甲32の7,甲32の14)
⑸本件事故後の発言等
ア本件事故の直後,Hの自宅に電話をした被告Gに対し,被告Eは,
「乗ったらあかんて,あんだけ言うたのに。」等と怒鳴り,Hに自動車の
運転をさせたことを責める態度を示した(甲32の14p9063,甲3
2の20p12,被告E本人p36)。
イHの姉の被告Fは,本件事故当日,時事通信社を始めとするマスコミ各
社の取材に応じた。その時の被告Fの発言について,朝日新聞は,被告F
が,「Hが,3日前の家族会議で,『車に乗る仕事なら辞めた方がいい』
と忠告されていた。仕事で『手伝い程度に車を運転する』と聞いた母親は
毎日心配し,何度も注意していた。3日前も『車に乗る仕事なら辞めた方
がいい』と言ったばかりで,Hは『運転せずに働けるか会社に聞いてみ
る』と答えた。」と述べた旨報道した(甲19)。京都新聞は,被告Fが,
「Hから仕事で運転することがあると聞き,運転をやめるよう家族で説得
していた。会社にどの程度説明したかは不明。会社には『運転できない旨
を母に一筆書いてもらって』と返答されたよう。Hは『昼間に症状は出な
い』と話していた。」と述べた旨の報道をした(甲20)。時事通信社は,
被告Fが,「『運転を続けるなら会社をやめて』と家族で話し合った直後
に事故が起きた。家族が『運転を控えて』,『続けなければならないなら
転職して』と注意し,10日には母が役所に障害認定を届け出たばかり
だった。『事故を起こしても会社に責任はない』という内容の誓約書を書
くように言われたと1週間前に打ち明けられた。」旨述べたと報道した
(甲21)。
被告Fは,本件事故後,ショックでうつ病に罹患して自身の子どもの世
話もできない状態になり,障害者手帳の交付を受けた(丙4,被告E本人
p11・34,弁論の全趣旨)。
2原告Aの請求-Hの不法行為による責任(争点⑴ア)
⑴Hの運転中止義務違反
ア前記1⑴によれば,Hは,平成15年事故により外傷性てんかんに罹
患し,平成18年に意識喪失を伴うてんかん発作を起こし,医師から,抗
てんかん薬を服薬していても車の運転をしてはならない旨指導され,その
後も数回てんかん発作を起こし,特に平成24年3月3日には,抗てんか
ん薬を服用したにもかかわらず意識障害を伴う発作を起こし,翌4日にも
続けて発作を起こしており,てんかん発作を服薬で抑制できていない状態
となっていた。また,同月5日には,医師から,Hに対し,服薬をしてい
ても,いつてんかん発作が起きてもおかしくない旨が告げられていた。
そうすると,Hは,同日までには,自分が自動車を運転している最中に,
てんかんの発作により,運転中に意識障害が生じる可能性があること,そ
うなった場合,自動車を制御することができず,他人の生命,身体等に損
害を与える危険があることを認識していたといえる。そして,病気により
正常な運転ができないおそれがある状態において自動車の運転をしてはな
らないのであるから(道路交通法66条),Hは,本件事故当時,自動車
を運転してはならない義務があった。
イ以上から,Hは,本件事故当時,てんかんの発作により正常な運転がで
きず,他人の生命身体等に損害を与える危険があるため,自動車を運転し
てはならない義務があったところ,同義務に違反して本件車両を運転し,
その後,てんかん発作を起こして本件事故を発生させ,Iを死亡させたの
であるから,不法行為が成立し,Hは,Iの死亡による損害を賠償する責
任がある。
⑵相続放棄の有無,効果
前記第2の2⑷のとおり,Hを被相続人とする相続について,被告E及び
Lは,京都家庭裁判所に対し相続放棄する旨を申述し,被告Eにつき平成2
4年5月8日,Lにつき同月21日,それぞれ受理された。
同相続放棄により,被告E及びLは,前記⑴のHの責任を承継しない(民
法939条)。
⑶小括
よって,原告AのHによる不法行為責任に基づく請求は理由がない。
3原告Aの請求-Lの運転制止義務(勤務先通報義務)違反の有無(争点⑴イ
⑴LのHの病状についての認識
前記2⑴アのとおり,Hは,本件事故当時,自動車の運転中にてんかんの
発作により意識障害が生じ,自動車を制御することができなくなり,他人の
生命,身体等に損害を与える危険がある病状であった。そして,前記1⑴ウ,
1⑶イウによれば,Lは,平成15年事故当時からHと同居し,Hの通院に
付き添って医師の説明を聞くことが多く,平成24年3月上旬に立て続けに
発作が起きたときもこれを知っており,同月5日の医師からの「いつ発作が
起きてもおかしくない。」旨の説明も聞いていたから,少なくとも同日以降,
Hに自動車を運転させると,てんかん発作の意識障害により自動車を制御で
きない状態となり他人の生命身体等に損害を与える危険のある病状であるこ
とを認識していたといえる。
⑵LのHの勤務先での自動車運転についての認識
前記1⑵ウによれば,Lは,平成21年2月頃,勤務先である破産会社の
業務としてHが自動車を運転していることを知ったことが認められる。そし
て,その際,LがHに自動車を運転しないよう注意しても,Hは,運転をや
めるとも,運転の担当から外してもらうとも言わず,自分に任せるよう言う
のみであったから,Lとしては,それ以降も,Hが,勤務先から業務として
指示された場合には,自動車を運転することがあることを認識していたし,
少なくとも認識可能であったと認められる。また,平成24年3月5日,同
月上旬の発作や医師の注意にもかかわらず,Hが,Lの制止を聞かずに運転
免許の更新を行ったことからすれば(1⑶ウ),その時点でも,Lは,Hが,
なお勤務先から指示されれば,自動車の運転を行うつもりであると認識でき
たと認めるのが相当である。Lらは前記の点を否認し,これに沿う陳述等を
するが(丙3ないし6,被告E本人),前記1⑵ウ,1⑶ウで摘示した各証
拠と対比して採用できない。
他方で,1⑶ウエのとおり,Lは,Hが免許を更新した後,Hに対し,
「Hが勤務先に対して自動車の運転を禁じられていることを伝えないのであ
れば,Lが直接勤務先に言う。」旨伝え,これを受けて,翌6日,Hが,L
に対し,「勤務先の代表者である被告Gに対し,自分のてんかんの病状を伝
え,その結果,自動車の運転をしなくてよい内勤に替えてもらった。」旨述
べた事実が認められる。この事実は,本件事故発生直後,被告Eが,被告G
に対し,運転させてはならないと伝えたはずなのにHに自動車の運転をさせ
たことを責める言葉を浴びせて怒鳴った事実(1⑸ア)からも裏付けられる。
また,被告Fが,マスコミの取材に対し,「会社には『運転できない旨を母
に一筆書いてもらって』と返答されたよう。」『事故を起こしても会社に責
任はない』という内容の誓約書を書くように言われたと1週間前に打ち明け
られた。」等と語っていた事実(1⑸イ)も,時期は異なるものの,Hから
「勤務先に運転ができないことを伝えた。」と家族が聞いたことを前提とす
るものであり,前記事実に沿うといえる。そして,Hは,「運転しなくてよ
い内勤に替えてもらった。」旨述べてからも,地方への出張に出かけること
があったが(1⑶カ),地方出張の際には公共の交通機関を利用していたと
いうから(甲34の2p8712),Lにとって「勤務先にてんかん発作の
ことを伝え,自動車を運転する業務から外れた。」旨のHの言葉を疑うべき
事情があったとはいえない。
そうすると,Lにおいては,平成24年3月6日以降,勤務先である破産
会社の代表者らに対し,Hがてんかん発作のため自動車の運転ができないこ
とが伝達され,Hは自動車を運転する業務から外れたと認識していたといえ
る。
⑶Lの作為義務について
前記⑵のLの認識を前提とした場合,平成24年3月6日以降,Hが勤務
先の指示で自動車を運転する事態は避けられたこととなるから,同日以降,
Lが,自分がHの勤務先に直接通報しなくても,Hが勤務先の業務として自
動車を運転することによって他人の生命身体等に危害が及ぶ事態は生じない
と判断したとしても,その判断は不合理とはいえない。そして,被用者であ
り,てんかん患者本人であるHから,「勤務先に対し,てんかん発作で自動
車の運転ができないことを伝えた結果,勤務先では,自動車の運転の業務は
しなくてよいことになった。」旨告げられた家族としては,脳挫傷の後遺症
で理解力・記憶力にはやや難があったものの,会社勤めができる程度の判断
力を有する30歳のHを差し置いて,Hの雇用主である破産会社に対し,H
に自動車の運転をさせると危険であることを直接通報しなければならない法
的義務があるとまではいえない。
⑷小括
したがって,Lの運転制止義務違反を理由とする原告Aの請求は,理由が
ない。
4被告Aの請求-Lの民法714条類推適用による責任(争点⑴イ
⑴民法714条は,責任無能力者が加害行為について責任を負わない場合に,
法定の監督義務者の監督義務違反が推定され,法定の監督義務者が,原則と
して損賠賠償責任を負うという制度である。また,原告Aが引用する平成2
8年最高裁判決も,責任無能力者が加害行為について責任を負わない場合に,
法定の監督義務者に該当しない者であっても,監督義務を引き受けたとみる
べき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負
う者と同視してその者に対し民法714条の類推適用により損害賠償責任を
問うことができるとするものである。
⑵Hは,本件事故発生時にてんかん発作により意識を喪失していたものの,
前記2⑴のとおり,Hには自動車の運転を開始したことにおいて過失があり,
運転開始時点では「自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」にあった
とはいえず,民法714条にいう「責任無能力者」には当たらない。した
がって,Hの加害行為については,同条の類推適用の基礎を欠くというべき
である。
⑶小括
したがって,原告Aの民法714条類推適用による責任に基づく請求は,
理由がない。
5原告Aの請求-被告Eの運転制止義務(勤務先通報義務)違反の有無(争点
⑴ウ
⑴被告EのHの病状についての認識
前記2⑴アのとおり,Hは,本件事故当時,自動車の運転中にてんかんの
発作により意識障害が生じ,自動車を制御することができなくなり,他人の
生命,身体等に損害を与える危険がある病状であった。
そして,前記1⑴ウのとおり,被告Eの妻であるLは,Hの通院に付き
添って医師の説明を聞くことが多く,Hの病状を把握していたところ,被告
Eは,平成15年事故当時からH及びLと同居し,Hが脳挫傷の影響で医師
から車の運転を禁止されていたことを知っていたこと,平成24年3月3日
に発作が起きたときも意識喪失の発作を現認したことが認められる。
したがって,被告Eにおいても,少なくとも同日頃以降は,Hに自動車を
運転させると,てんかん発作の意識障害により自動車を制御できない状態と
なり他人の生命身体等に損害を与える危険のある病状であることを認識して
いたといえる。
⑵被告EのHの勤務先での自動車運転についての認識
前記3⑵のとおり,被告Eの妻であるLは,平成21年2月頃以降,Hが,
勤務先から業務として指示されて自動車を運転する可能性があると認識して
いた。また,前記1⑵ウのとおり,被告Eは,Hが持っていた鍵の束に車の
鍵が含まれていたことから,勤務先で自動車を運転しているのではないかと
懸念し,Lに相談したことがあった。また,被告Fの本件事故後の発言(1
⑸イ)からは,被告Eを含むHの家族全員が,Hが勤務先で自動車を運転し
ていることを知り,憂慮していたことが窺える。以上からすれば,平成24
年3月頃,被告Eは,Hが勤務先で自動車を運転する可能性があることを認
識していたといえる。これに反する陳述等(丙3ないし6,被告E本人)は,
前記1⑵ウ,1⑶ウ,1⑸イで摘示した各証拠と対比して採用できない。
他方で,平成24年3月6日,Hが,Lに対し,「勤務先の代表者である
被告Gに対し,自分のてんかんの病状を伝え,その結果,自動車の運転をし
なくてよい内勤に替えてもらった。」旨述べた事実が認められることは,前
記3⑵で説示したとおりである。そして,本件事故までに,被告Eがこの事
実を聞いて,「被告Gは,Hの病状を知りHを自動車の運転から外した。」
と認識していたことは,本件事故発生直後に,被告Eが,被告Gに対し,H
に自動車の運転をさせたことを責める言葉を浴びせて怒鳴った事実(1⑸
ア)からも認めることができる。
そうすると,被告Eにおいては,平成24年3月6日以降,「勤務先であ
る破産会社の代表者らに対し,Hがてんかん発作のため自動車の運転ができ
ないことが伝達され,Hは自動車を運転する業務から外れた。」と認識して
いたといえる。
⑶作為義務について
被告Eが,平成24年3月6日以降,前記⑵のとおり認識していた場合,
前記3⑶においてLについて判断したのと同様に,被告Eが,Hが勤務先で
自動車を運転することはなくなり,Hが業務として自動車を運転することに
よる他人の生命身体等に危害が及ぶ事態は避けられたと判断しても不合理と
はいえない。したがって,前記3⑶で判示したのと同様の理由で,被告Eに
は,破産会社に対し,Hに自動車の運転をさせると危険であることを直接通
報すべき法的義務があったとはいえない。
⑷小括
したがって,被告Eの運転制止義務違反を理由とする原告Aの請求は,理
由がない。
6原告Aの請求-被告Eの民法714条類推適用による責任(争点⑴ウ
Hの加害行為について同条類推適用の基礎を欠くことは,前記4のとおりで
あり,原告Aの同条類推適用による責任に基づく請求は理由がない。
7原告Aの請求―Hに運転をさせない義務違反の有無(争点⑴エ)
⑴被告GのHの病状についての認識
ア前記1⑵によれば,被告Gが,破産会社がHを雇用してから間もなく,
Hが大学時代の交通事故により脳挫傷を負ったことを知った事実,Hが
有名大卒であるのに著しく理解力・記憶力が劣る様子であったため,脳
挫傷による後遺症の存在を疑っていた事実,そのため,平成23年秋,
Hに対し後遺症がない旨の診断書の提出を要求したり,Hのいないとこ
ろでHの通院先の病院へ電話し主治医への面談を申し込んだりした事実
を認めることができる。
しかし,被告Gが懸念し,関心を寄せていたのは,理解力や記憶力が劣
る様子を示していたHに対し,破産会社の事業の中核であった地方の小売
店に対する藍染め製品の販売活動を任せられるかといった点であり,被告
Gは,Hのてんかん発作をその予兆も含めて見聞きしたことはなく(1⑵
エカ),平成22年にHの発作を見た女性従業員が,被告Gに発作のこと
を伝えた事実も,窺うことはできない(1⑵オ)。また,Hの通院先の病
院からは,Hが同行していないと病状について教えられない旨言われたた
め,被告GはHの病状を聞くことはできなかった(1⑵カ)。
イところで,平成24年3月6日,帰宅したHが,Lに対し,「被告G
に対し,自分のてんかんの病状を伝え,その結果,自動車の運転をしなく
てよい内勤に替えてもらった。」旨述べた事実が認定できることは,前記
3⑵で説示したとおりである。そして,前記1⑶ウによれば,Hは,同日
(てんかんの発作を起こした日の翌々日)に「一昨日の自分のこと」を被
告Gらに話した旨日報に記載しているから,同月6日に,Hが,被告Gに
対し,てんかん発作のことや自動車の運転ができないことを伝えた可能性
が指摘できる。また,被告Gは,捜査機関に対し,前記日報のHの話に関
し,よく覚えていないとか,Hが両親相手に藍談義の練習をしたら,被告
Eがなぜか急に怒ったという話であったように思う等,曖昧な供述をして
おり(甲32の12p9038,甲32の20p3~7),必ずしも得心
のいく説明はしていない。
しかしながら,前記日報の記載は「一昨日の自分のこと」といった抽象
的なものであり,Hが平成15年事故の脳挫傷の後遺症で意識障害を伴う
てんかん発作が起き得る病状であるとか,これまで業務として勤務先の自
動車を運転してきたが,実は医師からは運転を禁止されていたとか,服薬
では発作を管理できておらず,医師からいつでも発作が起きると言われた
とか,深刻かつ重大な事実が含まれていることは窺われない。そして,前
記1⑵アイカ,1⑶アによれば,被告GがHの担当業務として期待してい
たのは,地方の小売店での藍染め製品の販売活動等をそつなく行うことで
あり,自動車を運転して配達等を行う業務は必須ではなかったと認められ
るから,Hから病状の説明を受けた場合,あえてHに業務として自動車を
運転させる動機には乏しかったといえる。さらに,Hにとって,破産会社
は,大学卒業後初めて3年以上勤めることができた職場であり,その勤務
先を失いたくないため又は勤務先で不利益を受けたくないため,勤務先に
てんかんの病状を秘匿する動機があり,他方で,病状をHの勤務先に直接
伝えると言うLの行動を抑えるために「被告Gに,自分のてんかんの病状
を伝え,その結果,自動車の運転をしなくてよい内勤に替えてもらっ
た。」等の嘘をつく動機もあった。そして,破産会社には内勤・外勤と
いった区分はなかったから,Hの発言内容の真実性は疑わしい。また,H
が述べた「被告Gが要求した一筆」の件は,Lらにとっては趣旨不明のま
ま立ち消えになっていることから,真実被告Gが要求したものであるとは
認め難い(「被告Gが要求した一筆」の件は,被告GがHに要求していた
後遺症がないことの診断書の件をHが変容させたものであることが窺われ
る。)。
以上からすれば,Hが,Lによる勤務先への直接通報を抑え,失職や職
場での不利益を回避する目的で,Lに対し,「被告Gに対し,自分の病状
を伝え,自動車を運転しなくてよい内勤になった。」旨虚偽の事実を述べ
た可能性が十分にあり,その可能性は否定し難いというべきである。
ウその他,本件全証拠に照らしても,被告Gが,本件事故時までに,Hが
てんかんであること,及び,てんかん発作の意識障害により自動車を制御
できない状態となる可能性があることを知っていた事実は認めることはで
きない。
⑵作為義務について
前記⑴ウのとおり,被告Gが,本件事故時までに,Hがてんかんであるこ
とを知っていた事実は認め難いから,被告Gに,Hに自動車の運転をさせな
い義務があったとはいえない。
⑶小括
したがって,原告Aの被告Gに対する運転をさせない義務違反を理由とす
る請求は,理由がない。
8原告Aの請求-破産会社の自賠法3条の責任又は使用者責任(争点⑴オ)
前記第2の2⑴ウのとおり,Hは,本件事故当時,破産会社に雇用され,破
産会社の業務として,破産会社が所有する本件車両を運転中に本件事故を起こ
した。したがって,破産会社の自賠法3条に基づく責任又は破産会社の使用者
責任は,いずれもその成立要件を満たす。
9原告Aの請求-損害額(争点⑴カ)
⑴Iの死亡損害
ア治療関係費20万6820円
Iの治療費として20万6820円を要したことが認められる(甲22,
24,乙A1)。
イ逸失利益1641万2497円
I(本件事故当時62歳)は,本件事故当時,むら田で勤務し,平成2
3年の年収は249万6000円であった(甲23)。Iは,本件事故が
なければ,むら田の定年である65歳(調査嘱託の結果)に達するまでの
3年間,むら田で勤務し,少なくとも同額の収入を得ていたと認められる。
また,むら田を定年退職した後も,Iにはいまだ労働能力,労働の意欲及
び就労可能性があったと推認できるから,本件事故による死亡時から平均
余命までの約26.51年間(平成24年簡易生命表)の約2分の1であ
る13年間(75歳まで。対応するライプニッツ係数は9.3936であ
る。)は就労する蓋然性があった。そして,賃金センサス産業計,企業規
模計,女性労働者の年齢別賃金・学歴別賃金と対比した場合,75歳まで
前記と同額程度の収入が得られた蓋然性がある。また,本件事故当時は,
当時独身であった息子の原告Aと2人で暮らしていたことに照らし,生活
費控除率は30%とするのが相当である。
2,496,000円×9.3936×(1-0.3)=16,412,497円
ウ死亡慰謝料2500万円
証拠(甲23,28)によれば,Iは,平成3年に夫を亡くしてから,
会社勤めのかたわら,認知症の母親の介護や子である原告Aの世話を一人
で担っていたところ,母の介護を終え,原告Aが就職し,自らの人生を楽
しみ始めた矢先,本件事故により突然命を奪われたことが認められる。本
件事故は,破産会社の被用者が,てんかんの服薬はしていたものの,医師
から,てんかん発作による意識喪失の危険があり,自動車の運転を禁止さ
れていたのに,業務として自動車の運転をし,運転中にてんかん発作を起
こし,制御不能となった本件車両が交差点を通過しつつ,次々と歩行者ら
をはねたという危険極まりない事故であり,歩行していたIには何らの落
ち度もなかった。
以上の事情を考慮し,Iの死亡慰謝料は2500万円が相当と認める。
エ葬儀関係費150万円
本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては,150万円を認める。
オ既払金(第2の2⑹のとおり)▲861万4530円
カ既払金控除後の損害額3450万4787円
キ弁護士費用360万円
本件事案の難易,事案解明の困難性,審理期間及び認容額(後記⑵の原
告A固有分も含む。)等に鑑みれば,本件事故と相当因果関係を有する弁
護士費用としては360万円が相当である。
ク合計3810万4787円
⑵原告Aの固有の慰謝料200万円
原告Aにとっては,長年頼りにしていた母であり,本件事故当時も2人で
暮らしていたことを考慮すると,前記金額を下回ることはない。
⑶I及び原告A固有の損害の合計
前記⑴⑵を合計すると4010万4787円となる。
⑷小括
原告Aは,破産会社に対し,自賠法3条に基づく損害賠償請求権として4
010万4787円及びこれに対する不法行為日である平成24年4月12
日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を有している。使用者責
任においても賠償すべき範囲には変わりがなく,自賠法3条とは選択的関係
にある。したがって,原告Aの破産会社に対する債権は前記した範囲となる。
10原告Bらの請求
Lの義務違反)については,前記3及び4において,争点⑵イ
被告Eの義務違反)については,前記5及び6において,争点⑵ウ(被告
Gの義務違反)については,前記7においてそれぞれ判断したとおりである。
るまでもなく,原告Bらの請求はいずれも理由がない。
原告Dの請求
Lの義務違反)については,前記3及び4において,争点⑶イ
被告Eの義務違反)については,前記5及び6において,争点⑶ウ(被告
Gの義務違反)については,前記7においてそれぞれ判断したとおりである。
エ)を判断する
までもなく,原告Dの請求はいずれも理由がない。
12結論
以上より,原告Aの被告管財人に対する請求は,原告Aが破産会社に対し4
010万4787円及びこれに対する不法行為日である平成24年4月12日
から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の破産債権を有することを確
定する限度で理由があるからこれを認容し,原告Aのその余の請求並びに原告
Bら及び原告Dの各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,
主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官伊藤由紀子
裁判官山中耕一
裁判官伊藤祐貴

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