弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成24年(ネ)第4631号各損害賠償請求控訴事件
(原審・横浜地方裁判所平成20年(ワ)第2586号,
平成22年(ワ)第2160号)
判決
東京高等裁判所第5民事部
(目次)
主文...................................................................................................6
事実及び理由...................................................................................................9
第1章控訴の趣旨...........................................................................................................9
第2章事案の概要...........................................................................................................9
第1節事案の要旨.......................................................................................................9
第2節前提事実.........................................................................................................10
第3節本件の主要な争点及びこれに対する当事者の主張..................................19
第1本件の主要な争点.........................................................................................19
第2石綿関連疾患に関する医学的知見の形成状況(争点1)について......21
第3被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性の有無(争
点2)について.................................................................................................21
第4被控訴人国の建築基準法令に基づく指定・認定行為の違法性の有無(争
点3)について.................................................................................................65
第5被控訴人国の建築基準法令に基づく権限不行使の違法性の有無(争点
4)について.....................................................................................................67
第6被控訴人企業らの共同不法行為の成否(争点5)について..................70
第7被控訴人企業らに対する控訴人らの請求権の消滅時効の成否(争点6)
について..........................................................................................................116
第8被控訴人国と被控訴人企業との共同不法行為の成否(争点7)について
..................................................................................................................................116
第9控訴人らの損害額(争点8)について...................................................117
第3章当裁判所の判断...............................................................................................118
第1節被控訴人国の権限行使の前提としての医学的知見の形成状況(争点1)
について..........................................................................................................118
第2節被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性の有無(争
点2)..............................................................................................................125
第1建築作業の石綿粉じん曝露の客観的危険性に関連する事実................125
1我が国におけるアスベスト輸入量の推移...............................................125
2建材における石綿使用量の推移...............................................................126
3石綿含有建材の種類・使用状況等...........................................................127
4電動工具の普及状況...................................................................................129
5建設作業の状況...........................................................................................130
6建築作業に伴う石綿粉じん濃度の測定結果等........................................137
7防じんマスクの着用状況,石綿の危険性の周知度など........................154
8建築作業従事者の肺疾患等についての労災認定状況............................158
9建築作業従事者の石綿関連疾患への罹患状況........................................159
10建築作業の石綿粉じん曝露の危険性に関するその他の公表資料等....163
11粉じん濃度評価基準...................................................................................165
第2判断..............................................................................................................172
1労働関係法令に基づく規制権限の不行使について................................172
2建築作業現場における石綿粉じん曝露の状況........................................174
3管理使用を前提とした規制権限不行使の違法性について....................178
4石綿建材の製造等の禁止措置に関する規制権限不行使の違法性につい
て......................................................................................................................220
5一人親方及び個人事業主は労働関係法令に基づく規制権限不行使によ
る違法について国賠法上の救済を求めうるかについて............................232
6一人親方及び個人事業主について改正労災保険法34条に基づく規制
権限不行使の違法性について.......................................................................236
第3節被控訴人国の建築基準法令に基づく行為の違法性の有無....................237
第1被控訴人国の建築基準法令に基づく指定・認定行為の違法性の有無(争
点3)について...............................................................................................237
第2被控訴人国の建築基準法令に基づく権限不行使の違法性の有無(争点
4)について...................................................................................................239
第4節各控訴人の労働者性等...............................................................................241
第5節被控訴人企業らの共同不法行為の成否(争点5)................................242
第1総論..............................................................................................................242
1被控訴人企業らの注意義務違反について...............................................242
2共同不法行為に関する控訴人らの主張について....................................250
第2左官を主たる業務とする控訴人4名について........................................267
第3専ら保温材を主要曝露建材とする控訴人3名について........................271
第4電工を主たる職種とする控訴人について................................................278
第5配管工を主たる職種とする控訴人11名について................................284
第6大工を主たる職種とする控訴人37名について....................................286
第7塗装を主たる業務とする控訴人4名について........................................302
第8板金を主たる業務とする控訴人3名について........................................303
第9解体工・鳶を主たる業務とする控訴人6名について............................303
第10控訴人番号24(タイル工)について................................................304
第11鉄骨工を主たる職種とする控訴人番号58について........................305
第12控訴人番号53について.......................................................................305
第6節消滅時効の成否(争点6).......................................................................306
第7節被控訴人国と被控訴人企業との共同不法行為の成否(争点7)........307
第8節控訴人らの損害額(争点8)...................................................................308
第9節結論..............................................................................................................316
別紙1(当事者目録)添付略
別紙2(主文一覧表)352
別紙3(請求額等目録)356
別紙4(控訴人各論)360
別紙5(控訴人の就労及び作業状況等に関する主張一覧)431
別紙6別表1(日本における石綿の輸入量)464
別表2(統計対象石綿含有建築材料の出荷量の総計)465
別表3~6(吹付け材,保温材等の種類,使用時期,含有率等)466
別表7(成形板の石綿含有率)467
別表8(石綿含有建築材料(成形板)の出荷量)468
別表9(電動工具出荷量)469
別表10(主要産業別の労働者人口,石綿関連疾患発生件数)470
別表11(窯業・土木製品製造業及び建設業の石綿関連疾患発生率)473
別紙7別表1(吹付けロックウールのマーケットシェア)474
別表2-1~2-3(石綿含有スレートボードのマーケットシェア)475
別表3(石綿含有けい酸カルシウム板第1種のマーケットシェア)478
別表4(大工が直接取り扱う可能性のある石綿含有成形板の出荷量)479
別表5(石綿含有スレートボード出荷量内訳)480
平成29年10月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官田辺安希子
平成24年(ネ)第4631号各損害賠償請求控訴事件(原審・横浜地方裁判所平
成20年(ワ)第2586号,平成22年(ワ)第2160号)
口頭弁論終結日平成29年3月14日
判決
当事者の表示別紙1(当事者目録)添付略
主文
1別紙2の「被控訴人国」「認容額」欄に金額の記載がある各控訴人の
被控訴人国に対する控訴について
原判決中,上記当事者に関する部分を,次のとおり変更する。
被控訴人国は,上記各控訴人に対し,各控訴人に対応する上記欄記
載の各金員及びこれに対する別紙2の「遅延損害金起算日」欄記載の
各年月日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
上記各控訴人の被控訴人国に対するその余の請求をいずれも棄却
する。
2別紙2の「被控訴人エーアンドエーマテリアル」「認容額」欄に金額
の記載がある各控訴人の被控訴人エーアンドエーマテリアルに対する
控訴について
原判決中,上記当事者に関する部分を,次のとおり変更する。
被控訴人エーアンドエーマテリアルは,上記各控訴人に対し,うち
控訴人(5),同(8),同(14),同(48の1)及び同(48
の2)に対しては被控訴人ニチアス及び同エム・エム・ケイと連帯し
て,各控訴人に対応する上記欄記載の各金員及びこれに対する別紙2
の「遅延損害金起算日」欄記載の各年月日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
上記各控訴人の被控訴人エーアンドエーマテリアルに対するその
余の請求をいずれも棄却する。
3別紙2の「被控訴人ニチアス」「認容額」欄に金額の記載がある各控
訴人の被控訴人ニチアスに対する控訴について
原判決中,上記当事者に関する部分を,次のとおり変更する。
被控訴人ニチアスは,上記各控訴人に対し,うち控訴人(5),同
(8),同(14),同(48の1)及び同(48の2)に対しては
被控訴人エーアンドエーマテリアル及び同エム・エム・ケイと連帯し
て,各控訴人に対応する上記欄記載の各金員及びこれに対する別紙2
の「遅延損害金起算日」欄記載の各年月日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
上記各控訴人の被控訴人ニチアスに対するその余の請求をいずれ
も棄却する。
4別紙2の「被控訴人エム・エム・ケイ」「認容額」欄に金額の記載が
ある各控訴人の被控訴人エム・エム・ケイに対する控訴について
原判決中,上記当事者に関する部分を,次のとおり変更する。
被控訴人エム・エム・ケイは,上記各控訴人に対し,うち控訴人(5),
同(8),同(14),同(48の1)及び同(48の2)に対して
は被控訴人エーアンドエーマテリアル及び同ニチアスと連帯して,各
控訴人に対応する上記欄記載の各金員及びこれに対する別紙2の「遅
延損害金起算日」欄記載の各年月日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
上記各控訴人の被控訴人エム・エム・ケイに対するその余の請求を
いずれも棄却する。
5別紙2の「被控訴人神島化学工業」「認容額」欄に金額の記載がある
控訴人の被控訴人神島化学工業に対する控訴について
原判決中,上記当事者に関する部分を,次のとおり変更する。
被控訴人神島化学工業は,上記控訴人に対し,上記控訴人に対応す
る上記欄記載の金員及びこれに対する別紙2の「遅延損害金起算日」
欄記載の年月日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
上記控訴人の被控訴人神島化学工業に対するその余の請求を棄却
する。
6別紙2の「被控訴人国」,「被控訴人エーアンドエーマテリアル」,
「被控訴人ニチアス」,「被控訴人エム・エム・ケイ」及び「被控訴人
神島化学工業」欄のいずれかが空白である各控訴人の当該被控訴人に対
する控訴並びに控訴人らの被控訴人旭硝子,同旭トステム外装,同ウベ
ボード,同永大産業,同クボタ,同ケイミュー,同倉敷紡績,同クリオ
ン,同壽工業,同小松ウオール工業,同JFE建材,同昭和電工建材,
同新日鉄住金化学,同住友大阪セメント,同積水化学工業,同大建工業,
同大阪ソーダ,同太平洋セメント,同チヨダウーテ,同DIC,同デン
カ,同東洋テックス,同東レACE,同LIXIL,同ナイガイ,同ニ
チハ,同日東紡績,同日本インシュレーション,同日本碍子,同日本化
成,同日本バルカー工業,同ノザワ,同ノダ,同福田金属箔粉工業,同
フクビ化学工業,同文化シヤッター,同明和産業,同吉野石膏及び同淀
川製鋼所に対する控訴をいずれも棄却する。
7訴訟費用及び控訴費用については,次のとおりとする。
第1項から第5項まで記載の当事者間に関する訴訟費用は,第1,
2審を通じて,それぞれに対応する別紙2の「負担割合」欄記載の割
合を各被控訴人の負担とし,その余を各控訴人の負担とする。
第6項記載の当事者間に関する控訴費用は,当該控訴人らの負担と
する。
8この判決は,第1項に限り,
は本判決が被控訴人国に送達された日から14日を経過したときは,仮
に執行することができる。ただし,被控訴人国,同エーアンドエーマテ
リアル,同ニチアス,同エム・エム・ケイ及び同神島化学工業が,それ
ぞれ,別紙2の各被控訴人に対応する「担保額」欄に金額の記載のある
各控訴人に対し,同金員の担保を供するときは,当該被控訴人は,当該
控訴人の請求との関係において,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1章控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人らは,別紙3(請求額等目録)記載の各控訴人に対し,連帯して,
各控訴人に対応する同目録「請求額」欄記載の各金員及びこれに対する同目録
「労災等認定日」欄記載の各年月日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
(控訴人(44の1),同(44の2)の請求額は,控訴状提出後に生じた同(4
4)からの承継を反映させたものである。また,控訴状別紙請求額等目録記載の労
災等認定日で別紙3の記載と異なるものは,誤記と認めた。)
第2章事案の概要
第1節事案の要旨
控訴人らは,主に神奈川県内において建設作業に従事し,石綿(アスベスト)
粉じんに曝露したことにより,石綿肺,肺がん,中皮腫等,石綿粉じん曝露によ
り生ずる疾患(石綿関連疾患)にり患したと主張する者又はその相続人である。
本件は,控訴人らが,①被控訴人国(被控訴人符号乙ア)については,被控
訴人国が,建設作業従事者の石綿含有建材による石綿粉じん曝露を防止するため
に労働関係法令等に基づく規制権限を行使することを怠ったこと,さらには,石
綿含有建材を用いた構造を建築基準法上の耐火構造等として指定又は認定し,石
綿含有建材の使用を推進したことなどが違法であると主張して,国家賠償法1条
1項に基づき,②被控訴人旭硝子株式会社外43社(被控訴人符号乙イ,乙ウ,
乙オ~乙ニ,乙ネ~乙ヰ,乙ヲ,乙ン)については,同被控訴人らが,石綿のが
ん原性が明らかとなった時点以降も,警告表示を付すことなく石綿含有建材を製
造・販売した行為等が不法行為に当たるとして,民法709条あるいは製造物責
任法3条並びに民法719条1項に基づき,被控訴人ら全員に対し,連帯して,
建設作業従事者1人当たり慰謝料3500万円,弁護士費用350万円の合計3
850万円(総額28億8750万円)の損害賠償及び遅延損害金を請求してい
る事案である。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却した。控訴人らは,控訴したが,その
後,被控訴人日本ロックウール株式会社(被控訴人符号乙ヨ)に対する控訴は取
り下げた(その余の被控訴人旭硝子株式会社外42社を,以下「被控訴人企業ら」
という。)。また,控訴状提出後の遺産分割協議に伴い,控訴人(46)による
請求の拡張及び取下げ前控訴人(46の2~4)による控訴の取下げがあった。
以下,労働関係法令の略称は原判決別紙3「略称一覧表」の例によるものとし,
省庁名,官職名等はいずれも当時のものである。
第2節前提事実
第1当事者
1控訴人ら
原判決2頁22行目の「別紙4「各被災者個別表」」を「別紙4(控訴人各
論)」と改めるほか,同頁17行目から同頁24行目に記載のとおりであるか
ら,これを引用する(以下,控訴人の被相続人で自ら建設作業に従事した者を
「被災者」と呼ぶが,自ら建設作業に従事した控訴人と合わせて「控訴人(ら)」
あるいは「被災者(ら)」ということもある。)。
2被控訴人企業ら
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第2節第1の
2(同3~11頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決3頁8・9行目の「「石綿(アスベスト)含有建材データベース」」
の次に「(以下「国交省データベース」という。)」を,同3頁20行目の
「窯業系外装建材事業部門」の次に「(硝子繊維補強強化セメント及び軽量
気泡コンクリートパネルに関する事業を除く。)」をそれぞれ加える。
同4頁10行目の「株式会社であり,」の次に「平成12年10月に株式
会社アスクと浅野スレート株式会社(大正4年2月設立)が合併したもので
ある。株式会社アスクは,朝日スレート株式会社(大正13年3月設立)が,
昭和25年12月に朝日石綿工業株式会社と商号変更した後,昭和62年4
月に再度商号変更したものである。これらの会社は,」を加え,23行目の
「承継した」の次に「が,被控訴人クボタは上記吸収分割に際して控訴人ら
に対する個別の催告は行っていない」を加える。
同5頁1行目の「昭和38年」から3行目末尾までを「被控訴人クボタの
屋根材事業及び外壁材事業のほか,平成15年12月1日を分割期日とする
会社分割(吸収分割)により松下電工株式会社の屋根材事業及び外壁材事業
を承継した結果,昭和35年から平成15年までの間に両社が製造販売した
石綿を含有する住宅屋根用化粧スレート,スレートボード(フレキシブル
板),窯業系サイディングに係る権利義務を承継した。」と改め,同5頁1
6行目の「平成16年」を「平成14年10月」と改め,同5頁19行目の
「業務内容であった。」の次に「また,平成14年11月以降も平成16年
までは,他社から委託を受けて石綿含有スレートボードの塗装作業を行って
いた。」を加える。
同6頁10行目の「被告新日鐵化学」を「被控訴人新日鉄住金化学(旧商
号・新日鐵化学株式会社)」と,同6頁14行目の「昭和57年」を「昭和
50年」とそれぞれ改め,同6頁15行目の「(昭和50年からは委託によ
る。)」を削除し,同6頁16行目の「押出成形セメント板」を「セメント
系中空押出成形外壁材」と,同6頁17行目の「10の2」を「10の1・
2」と,同6頁24行目の「被告ダイソー」を「被控訴人大阪ソーダ(旧商
号・ダイソー株式会社)」とそれぞれ改める。
同7頁6・7行目の「押出成形セメント板」を「モルタル混和材(販売の
み)」と,同7頁16行目の「被告電気化学工業」を「被控訴人デンカ(旧
商号・電気化学工業株式会社)」とそれぞれ改める。
同8頁13行目の「昭和39年」から同8頁14行目の「建材」までを「昭
和62年から平成10年までの間に,石綿含有押出成形セメント板,石綿含
有窯業系サイディング」と改め,同8頁16行目の「,乙ヘ1」を削る。
同10頁25行目の「被告三菱マテリアル建材」を「被控訴人エム・エム・
ケイ(旧商号・三菱マテリアル建材株式会社)」と改める。
第2石綿及び石綿含有建材
原判決12頁18行目「石綿含有建材とは」から同12頁19行目末尾までを
削り,同13頁7行目の「吹付け石綿等」を「吹付け石綿」と改めるほか,原判
決の「事実及び理由」中第2章第2節第2(同11~13頁)に記載のとおりで
あるから,これを引用する。
第3建設作業における石綿粉じんの飛散状況等
原判決の「事実及び理由」中第2章第2節第3(同13~15頁)に記載のと
おりであるから,これを引用する。
第4石綿関連疾患(現在の医学的知見)
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第2節第4(同
15~19頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1原判決15頁25行目の「甲106」を「甲A106」と,同15頁25行
目・同16頁1行目の「乙アA44,45,47」を「乙アA44~47,5
5」とそれぞれ改める。
2原判決16頁24行目の末尾の次に改行の上,「石綿肺は,一般に石綿の高
濃度曝露で発生するため,断面3~5㎛以下の石綿繊維5~20本/㎖の吸入が
継続的に起こるような環境でなければ発生しないとされており(財団法人産業
医学振興財団発行「産業保健ハンドブックⅣじん肺」155頁。乙アA46),
その閾値は少なくとも25本/㎖×年以上であると考えられている(森永謙二編
「増補新装版石綿ばく露と石綿関連疾患」107頁。乙アA55)。「石綿に
よる健康被害に係る医学的判断に関する検討会」により平成18年2月にまと
められ,石綿関連疾患の労災認定基準(乙アA44)の基礎となった「石綿に
よる健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報告書によれば,臨床におけ
る石綿肺の診断は,石綿曝露作業歴の確認とじん肺法に定められる一定の肺線
維化所見に基づいて行われるものであって,石綿曝露歴の客観的な情報がなけ
れば,他の原因による肺線維症と区別して石綿肺と診断することは難しいとさ
れている(甲A106・29頁。)。」を加え,同17頁3・4行目の「通常
で10年以上,最短でも二,三年以上」を「石綿セメント等の石綿製品製造作
業においては5年程度,石綿吹付け,石綿紡織では1年程度でも所見がみられ
ることがあるが,一般的には10年以上」と改める。
3原判決18頁7行目の末尾の次に改行の上,「平成9年にフィンランドのヘ
ルシンキで開催された石綿関連疾患に関する国際専門家会議において,肺がん
の相対危険度は,累積曝露量が1単位(繊維数/㎤×曝露年数)増加する度に0.
5~4%ずつ増大するとの計算に基づき,この範囲の上限を用いて累積曝露量
25単位で肺がんの危険度が2倍になるとの基準が確認された(乙アA16
7。以下,この会議で確認された診断基準を「ヘルシンキ・クライテリア」と
いう。)。前記の「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報
告書においても,ヘルシンキ・クライテリアに依拠して,肺がんについて,喫
煙をはじめとして様々な原因が指摘されている中で,石綿を原因とするものと
みなせるのは,肺がんの発症リスクを2倍以上に高める量の石綿曝露があった
場合とするのが妥当であり,肺がんの発症リスクを2倍以上にする石綿の曝露
量は,累積石綿曝露量25本/㎖×年以上と考えられるとした上で,職業曝露歴
等に関連したものとして,胸膜プラーク等の石綿曝露所見が認められ,石綿曝
露作業に概ね10年以上従事したことが確認された場合には,25本/㎖×年以
上の累積曝露があったとみなすことができるとしている(甲A106・28~
29頁)。」を加える。
4原判決18頁17行目の末尾の次に「職業曝露によるものとみなせるのは,
概ね1年以上の石綿曝露作業従事歴が認められた場合であるが,曝露状況によ
っては,1年より短い石綿曝露作業歴でも発症を否定し得ないとされている。」
を加える。
5原判決19頁1行目の末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「5びまん性胸膜肥厚
びまん性胸膜肥厚とは,呼吸機能障害を起こす臓側胸膜の病変である。
びまん性胸膜肥厚は石綿以外の様々な原因によっても発症し,石綿粉じ
ん曝露者におけるびまん性胸膜肥厚の発症頻度が3.0%~13.5%で
あること,一般的に石綿に長期間曝露した者及び最初の曝露から長年経た
者の有所見率が高くなること,石綿粉じん作業者の衣服に付着した石綿か
らの曝露によるもの(家族曝露)もあることなどが報告されているものの,
原因不明のものや石綿曝露と無関係のものもあることなどから,びまん性
胸膜肥厚のうち,他の原因が否定され,明らかな職業曝露歴がある場合に
は,石綿によるものと考えてよく,その際の曝露期間として,概ね3年以
上の職業による石綿曝露期間が目安となるとされている。
びまん性胸膜肥厚は,肺機能の低下をもたらす拘束性障害を呈し,不可
逆性を有する疾病である。」
第5建築基準法令上の石綿含有建材の扱い
原判決の「事実及び理由」中第2章第2節第5(同19~30頁)に記載のと
おりであるから,これを引用する。
第6労働関係法令上の石綿及び石綿含有建材に関する施策
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第2節第6(同
30~53頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1原判決30頁19行目の「と並んで,」を「又は」と,同頁20行目の「,」
を「及び」とそれぞれ改める。
2原判決31頁15行目の「これら」を「50条及び52条1項」に改め,同
頁15・16行目の「,同条3号」を削り,同頁21行目の「章」を「編」に
改める。
3原判決33頁11行目の末尾の次に次のとおり加え,同頁12行目の「48
まで」の次に「,194,弁論の全趣旨」を,同頁18行目の「金属鉱山等」
の次に「における労働者にみられるように」をそれぞれ加える。
「防じんマスクの規格は,一部の期間を除き,ろじん効率ないし粉じん捕集効
率等に応じて複数の種類が定められており,その経緯は,次のとおりである。
昭和25年12月26日第1種90%以上,第2種60%以上
昭和30年1月11日第1種95%以上,第2種90%以上,第3種
75%以上,第4種60%以上
昭和37年5月30日特級99%以上,1級95%以上,2級80%
以上
昭和47年9月30日特級99.5%以上,1級95%以上,2級8
5%以上
昭和58年12月26日95%以上
平成12年9月11日R1:80%以上,R2:95%以上,R3:
99.9%以上
なお,」
4原判決37頁11行目の「発生源」を「発散源」に改める。
5原判決38頁2行目の「オ」を「オ第二類物質を製造する作業に労働者
を従事させる場合に,」に,同頁23行目の「また,」を「また,旧特化則と
旧安衛則との関係につき,両規則の規定が競合する部分については旧特化則の
規定が優先し,旧特化則に規定されていない事項については当然に旧安衛則が
適用されるものとしている。さらに,」に,それぞれ改める。

を加える。
7原判決40頁2行目の末尾の次に改行の上,「20条から25条までの規定
により事業者が講ずべき措置及び26条の規定により労働者が守らなければ
ならない事項は,労働省令で定める(同法27条1項)。」を加える。
8原判決42頁4行目の末尾の次に改行の上,次のとおり加え,同頁13行目
冒頭から同頁14行目末尾までを「事業者は,第二類物質の粉じんが発散
する屋内作業場については,当該発散源に局所排気装置を設けなければならな
い。ただし,局所排気装置の設置が著しく困難な場合又は臨時の作業を行うと
きは,この限りでない(5条1項)。事業者は,前項ただし書の規定により局
所排気装置を設けない場合には,全体換気装置を設け,又は第二類物質を湿潤
な状態にする等労働者の障害を予防するため必要な措置を講じなければなら
ない(同条2項)。」に安衛令6条18号
の作業(第二類物質を製造する作業)についての」に,それぞれ改める。
安衛法57条本文は,ベンゼン,ベンゼンを含有する製剤その他の労働
者に健康障害を生ずるおそれのある物で政令で定めるもの又は56条1
項の物を譲渡し,又は提供する者は,労働省令で定めるところにより,そ
の容器(容器に入れないで譲渡し,又は提供するときにあっては,その包
装)に名称,成分及びその含有量,労働省令で定める物にあっては人体に
及ぼす作用その他所定の事項を表示しなければならない旨を定めた。
安衛法59条1項は,事業者は,労働者を雇い入れたときは,当該労働
者に対し,労働省令に定めるところにより,その従事する業務に関する安
全又は衛生のための教育を行わなければならない旨を,同条2項は,同条
1項の規定は労働者の作業内容を変更したときについて準用する旨を,同
条3項は,事業者は,危険又は有害な業務で労働省令に定めるものに労働
者をつかせるときには,労働省令で定めるところにより,当該業務に関す
る安全又は衛生のための特別の教育を行わなければならない旨を,それぞ
れ定めた。」
9原判決43頁11・12行目の「石綿の含有量が重量の5%を超える石綿を
含有する製剤その他の物」の次に「(以下9項においては,石綿と併せて「石
綿等」という。)」を,同頁13行目の「なった」の次に「(安衛令18条第
2号の2,第39号,安衛則30条,別表第二第2号の2)」を加える。
10原判決44頁2行目の冒頭から同頁4行目の末尾までを次のとおり,同頁6
行目の「石綿及び」から同頁7行目の「除く。)」まで及び同頁16行目の「石
綿」を「石綿等」に,それぞれ改め,同頁20行目の「従事させるときは,」
の次に「石綿等を湿潤することが著しく困難なときを除き」を加える。
「イ石綿等の第二類物質への指定等
石綿のほか,石綿の含有量が重量の5%を超える石綿を含有する製剤そ
の他の物を,第二類物質(管理第二類物質)として特化則5条等の規制の
対象に加えた(安衛令別表第三第2号4,37,特化則2条1項第2号,
第5号,2項,別表第一第4号)。
また,石綿等を含む特別管理物質については,事業者に対し,これを製
造し又は取り扱う作業場における,特別管理物質の名称(1号),特別管
理物質の人体に及ぼす影響(2号),特別管理物質の取扱い上の注意事項
(3号)及び使用すべき保護具に係る事項の掲示(4号)(38条の3),
同作業場において作業に従事する労働者に係る作業の記録の作成・保存
(38条の4)を,それぞれ義務付けた。」
11原判決45頁17行目の末尾の次に改行の上,次のとおり加え,同頁21行
目の「昭和51年通達」を「以下「昭和51年通達」という。」に改める。
「38条の3につき,同条1号から3号までの掲示事項については,安衛法
57条に基づく有害物質の統一表示内容を定めた昭和50年3月27日付
け基発第170号等の当該部分と同一内容として差し支えないと解説し
た。」
12原判決48頁21行目の「暴露」を「ばく露」に改める。
13原判決50頁3行目の「製造者者」を「製造者等」に改める。
14原判決52頁8・9行目「第456号」を「第457号」に,同頁21行目
の「第21号」から同頁22行目の末尾までを「第21号。以下「石綿則」と
いう。)を定めた。石綿則では,建築物の解体,破砕等の作業につき,石綿等
の使用の有無の事前調査(3条),作業計画(4条),所轄労働基準監督署長
への届出(5条),作業場所の隔離(6条),他の労働者の立入禁止(7条),
発注者から請負人に対する石綿等の使用状況の通知(8条)等が,石綿等が吹
き付けられた建築物等における業務につき,吹き付けられた石綿等が損傷,劣
化等により粉じんを発散させるおそれがあるときの石綿等の除去,封じ込め,
囲い込み等の措置(10条)が,石綿等の切断等の作業につき,石綿等の湿潤
化(13条),呼吸用保護具,作業衣の使用の義務付け(14条)が,それぞ
れ規定された。」に,それぞれ改める。
第7石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第2節第7(同
53頁~85頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1原判決57頁22行目の「健康相談所資料として公刊された」を「健康保険
相談所資料として印刷された」と,同頁24行目の「19の工場」を「14の
工場」とそれぞれ改める。
2原判決78頁21行目の「胸膜中皮腫」を「腹膜中皮腫」と改める。
3原判決81頁21行目の「石神伸」を「石西伸」と改める。
4原判決83頁11行目の「ワグナーらの報告」の次に「(ワグナー報告)」
を加える。
5原判決84頁2・3行目の「「石綿による健康障害に関する専門家会議検討
結果報告書」(甲A266)」の次に「(以下,「専門家会議報告書」という。)」
を加える。
第3節本件の主要な争点及びこれに対する当事者の主張
第1本件の主要な争点
1石綿関連疾患に関する医学的知見の形成状況
石綿肺
肺がん,中皮腫
2被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性の有無
規制権限不行使の国賠法上の違法性の判断基準と考慮要素
建築現場の石綿粉じん曝露の実態と被控訴人国の健康被害リスクの認識
被控訴人国の講じてきた石綿粉じん曝露対策の合理性
ア管理使用を前提とした権限不行使の違法性
作業環境管理にかかる措置の不実施(②を除き昭和46年,昭和50
年,昭和53年,昭和62年)
①個人サンプラーを利用した定期的粉じん濃度測定及び評価の義務
付け
②石綿吹付け作業の全面禁止(昭和50年,昭和53年,昭和62年)
③集じん機付き電動工具の使用の義務付け
④移動式局所排気装置等の義務付け及び全体換気についての措置
⑤プレカット工法の義務付け
⑥吹付け石綿の剥離・除去等に関する措置
作業管理にかかる措置の不実施(昭和46年,昭和50年,昭和53
年,昭和62年)
①石綿吹付け作業でのエアラインマスクの全面的使用義務付け
②適切な防じんマスクの使用義務付け
健康等管理にかかる措置の不実施(昭和46年,昭和50年,昭和5
3年,昭和62年)
①建材メーカー等に対する警告表示の全面的義務付け
②建築作業場における石綿取扱上の注意事項等の掲示の全面的義務
付け
③石綿関連疾患についての特別教育実施の義務付け
イ石綿含有建材の製造等の禁止措置に関する規制権限不行使の違法性(昭
和50年,昭和53年,昭和62年,平成7年)
一人親方及び個人事業主は労働関係法令に基づく規制権限不行使による
違法について国賠法上の救済を求めうるか
一人親方及び個人事業主について改正労災保険法34条に基づく規制権
限不行使の違法性の有無
3被控訴人国の建築基準法令に基づく指定・認定行為の違法性の有無
建築基準法2条7号ないし9号に基づく昭和47年以降の石綿含有建材
の指定・認定行為
建築作業従事者は建築基準法2条7号ないし9号に基づく指定・認定の違
法について国賠法上の救済を求めうるか
4被控訴人国の建築基準法令に基づく権限不行使の違法性の有無
建築基準法2条7号ないし9号に基づき昭和47年以前になした石綿含
有建材の指定・認定を取り消さなかった権限不行使
建築基準法90条2項に基づき石綿粉じん曝露防止のための技術的基準
を定める政令の制定を昭和47年以降も行わなかった権限不行使
建築作業従事者は建築基準法90条2項に基づく権限不行使の違法につ
いて国賠法上の救済を受けることができるか
5被控訴人企業らの共同不法行為の成否
注意義務違反の有無
ア石綿不使用義務(時期)
イ警告義務(具体的内容及び時期)
共同不法行為の該当性
ア主位的主張
被控訴人企業全社による共同不法行為(民法719条1項前段又は後
段)
イ予備的主張1
直接取扱い建材を製造・販売した被控訴人企業らによる共同不法行為
(民法719条1項前段又は後段)
ウ予備的主張2
主要曝露建材を製造・販売した被控訴人企業らによる共同不法行為(民
法719条1項後段)
6被控訴人企業らに対する控訴人らの請求権の消滅時効の成否
7被控訴人国と被控訴人企業との共同不法行為の成否
8控訴人らの損害額
第2石綿関連疾患に関する医学的知見の形成状況(争点1)について
原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第2(原判決85~97頁)に記載
のとおりであるから,これを引用する。
第3被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性の有無(争点
2)について
1控訴人らの主張
規制権限不行使の国賠法上の違法性の判断基準と考慮要素
本件において被控訴人国の責任として第一義的に判断が求められるのは,
労働者の生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保することを主要
な目的とする労働関係法令に基づく規制権限の不行使であるから,同じ労働
安全行政分野における判例である最高裁平成16年4月27日第三小法廷
判決・民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟最判),最高裁平成26
年10月9日第一小法廷判決・民集68巻8号799頁(泉南2陣最判)が
示した「旧労基法及び安衛法がいずれも労働者の身体と生命に対する危害の
防止等を目的としていること,旧労基法及び安衛法が規制措置の具体的内容
を省令に包括的に委任した趣旨は,事業者が講ずべき措置の内容が多岐にわ
たる専門的,技術的事項であり,また,その内容をできる限り速やかに,技
術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく,適時にかつ適
切に行使されるべき」との基準が妥当し,労働大臣等が,その有する規制権
限を上記の趣旨で適時にかつ適切に行使していない場合には,その権限の不
行使は著しく合理性を欠き,国賠法上も違法となる。その上で,規制権限不
行使の違法性を判断するにあたっては,①規制権限を定めた根拠法規である
旧労基法,安衛法の趣旨・目的,②被害法益の重大性,③石綿関連疾患に関
する医学的知見の集積状況(予見可能性),④石綿粉じん曝露防止に関する
技術的知見の集積状況(結果回避可能性)を考慮すべきである。石綿製品の
社会的必要性や工業的有用性等を考慮して規制の要否や程度,時期を決する
ことは,旧労基法,安衛法の趣旨・目的から逸脱するものとして許されない。
筑豊じん肺訴訟最判,泉南2陣最判は,規制権限の不行使が問題となった
時点においてじん肺ないし石綿肺罹患の実情が相当深刻なものであること
が明らかとなっていたことを指摘しているが,石綿関連疾患の進行性や潜伏
期間が長期であることからすれば,その当時において,石綿関連疾患の罹患
状況が深刻である場合のみならず,深刻化ないし広範化することを認識ない
し予見可能であれば,できる限り速やかに規制権限を行使し被害の拡大を防
止することこそが,上記基準の求めることである。
建築現場の石綿粉じん曝露の実態と被控訴人国の健康被害リスクの認識
我が国では,高度経済成長期に石綿の輸入量が急速に増大し,昭和49年
には第1次のピークを迎え,輸入された石綿の約7割は建材に使用された。
吹付け石綿の施工量は,昭和41年頃から急速に増大し,昭和47年にはピ
ークを迎えた。また,石綿建材が切断,加工されれば大量の石綿粉じんが発
生するが,特に高濃度の石綿粉じんを発生させる電動工具が昭和40年以
降,急速に建築現場に普及した。その結果,建築作業従事者が建築現場にお
いて石綿粉じんに曝露する危険は,1970年代に急速に高まっていた。
他方で,建築作業の工程は,多様な職種の建築作業従事者が同時並行的に
従事し,様々な粉じん作業を行っているところ,建築現場は,養生シート等
で覆われて閉鎖された空間となり,また,屋根・壁が作られれば,屋内作業
場と同様の密閉空間となっていることから,その中で建築作業従事者は,直
接的・間接的に,また累積的・複合的に石綿粉じんに曝露することとなる。
そして,石綿関連疾患の潜伏期間が長く,曝露濃度と曝露期間に応じて罹
患率が高まること,高濃度の曝露による石綿肺のみならず,少量曝露によっ
ても肺がん,悪性中皮腫という重篤な疾患が発生するとの医学的知見も形成
されていたことからすると,被控訴人国は,将来,相当程度の規模で,建築
作業従事者に石綿関連疾患が確実に増大することについての予見可能性が
あり,また,予見すべきであった。
被控訴人国の講じてきた石綿粉じん曝露対策の合理性
ア管理使用を前提とした権限不行使の違法性
労働安全衛生を推進していくために講じられる対策である労働衛生管
理は,①作業環境管理(作業環境中の有害要因を把握した上で,作業環境
から有害要因を除去し,良好な作業環境を維持するための対策であり,有
害物質の製造及び使用の禁止,湿潤化,密閉,局所排気装置の使用,関係
者以外の立ち入り禁止などの対策が該当する。),②作業管理(作業方法
を適切に管理することで,作業環境の悪化を防ぎ,作業者の有害要因への
曝露を少なくするための対策であり,作業標準の策定と履行の監督,保護
具の使用などの対策が該当する。),③健康管理(健康診断等により個々
の労働者の健康状態を的確に把握し,その結果に基づいて必要な措置を講
じること,労働者に対して安全衛生教育を実施し,有害要因や対策に関す
る十分な情報の提供を行うことなどが該当する。)から成り,労働衛生管
理を実効あるものとするためには,これらを総合的に実施していくことが
必要である。建築現場では,建築産業の重層的下請構造の下で,ゼネコン
等の建設事業者らが自発的に建築作業従事者の生命,健康を保護すること
を期待するのは現実的ではなく,被控訴人国の法令による具体的な安全確
保に関する規制が強く求められている。
しかるところ,被控訴人国は,①昭和50年改正特化則によって石綿吹
付け作業を原則禁止し,②クロシドライトについて優先的に代替措置を執
るよう指導し,③改正特化則によって,石綿等の切断,穿孔,研磨等の作
業時に石綿等の湿潤化を義務付けるなど,平成15年に石綿建材の製造等
を原則禁止するまで,管理使用を前提とする規制を行ってきたが,①は大
幅な例外が設けられ,②も事業者に努力義務を課すに止まる一方,クリソ
タイルであっても少量の曝露で中皮腫が発症し,③石綿建材の施工作業
(切断,穿孔,研磨,加工等)において湿潤化することはできないから,
石綿建材の施工に係る規制措置は,実質的に防じんマスクの備え付け義務
(平成7年以降は使用させる義務)のみであった。
しかし,建築作業現場における石綿粉じん濃度は屋内作業と比較して低
いわけではなく,建築作業現場においても屋内作業場と同様に十分な作業
環境管理対策を講じない限り石綿関連疾患の発生を防ぎ得ないことは明
らかである。また,防じんマスクは,そもそも粉じん対策の補充的・応急
的措置にすぎず作業環境管理対策の代替措置としてはならないことは被
控訴人国も十分認識していたところ,その着用はほとんど実施されていな
かった。昭和50年代には,石綿は合理的な理由のある場合を除きできる
限り使用しないことが要請されていた一方,石綿に関する知見がより一層
集積し,集じん機付き電動工具等,粉じん発生を防止する各種工具等の技
術的・工学的基盤が備わってきていたから,被控訴人国に対しては更なる
厳格な規制が要請されていたのであって,昭和50年以降(特に,専門家
会議報告書が労働基準局長に提出された昭和53年,ILO石綿条約が採
択された翌年の昭和62年)も,被控訴人国の規制権限不行使が著しく不
合理であったことは明らかである。
被控訴人国の規制権限不行使の具体的違法事由は次のとおり。
作業環境管理にかかる措置の不実施
a個人サンプラーを利用した定期的粉じん濃度測定及び評価の義務
付け
原判決133頁21行目の「昭和42年」を「昭和43年」に改め,
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第
あるから,これを引用する。
そして,被控訴人国は,昭和46年には,石綿の発がん性を認識し
て旧特化則において石綿を第二類物質と位置付けており,どれだけ遅
くとも昭和50年には,建築現場における石綿による健康障害発生の
危険を認識していた。したがって,被控訴人国は,①昭和46年には,
旧労基法42条,43条及び45条に基づき,石綿含有建材を取り扱
う建築現場について個人サンプラーを使用した定期的粉じん濃度測
定とその評価を事業者に義務付けるべきであり,②昭和50年の特化
則の改正時,昭和53年の専門家会議報告書の提出時,ILO条約締
結の翌年の昭和62年には,安衛法65条,安衛令21条に基づき,
石綿含有建材を取り扱う建築現場を,粉じん測定を実施すべき作業場
に指定するとともに,昭和52年にNIOSH(米国国立労働安全衛
生研究所)が作成した職業的曝露サンプリング法マニュアルを参考に
「作業環境測定基準」(昭和51年労働省告示第46号)を改訂し,
建築作業現場等屋外作業場において個人サンプラーによる作業環境
測定方法を定めるべきであったのに,これらの措置をしなかった。こ
のような被控訴人国の政省令制定権限の不行使は,著しく不合理であ
って違法である。
b石綿吹付け作業の全面禁止
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節
であるから,これを引用する。
被控訴人国が昭和50年改正特化則において石綿吹付け作業を
原則として禁止した趣旨は,石綿吹付け材の飛散性が著しいことか
ら,吹付け作業に従事する労働者が大量かつ高濃度の石綿粉じんに
曝露するだけでなく,吹付け作業の周辺で作業する労働者,後続作
業に携わる労働者,さらに周辺住民が石綿粉じんに曝露することに
より肺がん,中皮腫を発生する危険があるため,これを未然に防止
する必要があったからである。
⒝そして,昭和50年の時点においては,石綿代替の吹付け材とし
てロックウールが存在し,実際に使用されていたから,石綿吹付け
作業を全面禁止することに何ら障害はなかった。
⒞しかるに,被控訴人国は,昭和50年改正特化則において,石綿
吹付け作業の禁止措置の対象から建築物の鉄骨等への吹付け作業
及び石綿含有量が重量比5%以下の吹付け作業を除外し,その結
果,建築現場ではその後も,重量比5%超の石綿を含有するロック
ウールの吹付けが行われることがあったほか,5%以下の石綿吹付
け材が広く普及して,石綿吹付け作業が行われ,建築作業従事者は
これによって発生飛散する石綿粉じんに曝露することとなったも
のである。
⒟以上によれば,特化側が改正された昭和50年以降の各時点,ど
んなに遅くとも専門家会議報告書が提出された昭和53年,あるい
はILO石綿条約締結の翌年である昭和62年において,被控訴人
国が,石綿吹付け作業の全面禁止措置をとることなく,吹付け作業
の禁止対象から,鉄骨等への石綿吹付け作業及び石綿含有量が5%
以下の石綿吹付け作業を除外したのは,著しく不合理であり,かか
る規制権限の不行使は違法である。
c集じん機付き電動工具の使用の義務付け
原判決145頁15行目冒頭から同頁17行目末尾までを「集じん
機付き電動工具は,海外では1930年代初頭には開発され相当程度
普及し,日本国内でも昭和40年代に製造・販売されていた。」に改
め,次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3
りであるから,これを引用する。
建築現場の周囲は養生シート等により密閉されており,電動工具
による加工作業では手工具による加工作業とは比較にならないく
らい大量の石綿粉じんを発生させるところ,電動工具の昭和40年
以降の急速な普及により,電動工具による石綿建材の加工作業は,
石綿吹付け作業と並ぶ二大発じん源と位置づけられ,労働安全衛生
上の規制措置が強く求められる状況となっていた。
⒝電動工具に集じん装置を装着することにより,石綿建材の加工作
業時に発生・飛散する石綿粉じんを少なくとも産業衛生学会の提唱
する許容濃度(2本/㎤)未満に抑える可能性があることは実験結
果等からも明らかであった。また,集じん装置の有効性を検証する
指標としては,粉じんの吸引能力(吸い込み仕事率)と捕集能力(フ
ィルターによる集じん能力)があるが,これらは遅くとも昭和49
年当時の国内電動工具メーカーのパンフレットに掲載されたデー
タやフィルターの普及状況からすれば,昭和50年頃の電動工具及
び集じん装置であれば,十分に効果を発揮することができるだけの
技術的・工学的基盤があったのであり,現に,昭和51年時点では,
石綿建材の加工時に発生する石綿粉じん曝露防止対策として,集じ
ん装置付き電動工具が使用されていた(甲A578)。
⒞他方で,被控訴人国が指摘する二次発じんや身体切断の危険性
は,抽象的な可能性の範囲に止まり,使用時の注意事項を啓蒙する
ことにより対処することが可能であり,これをもって集じん装置付
電動工具の使用義務付けの規制を行わないことの理由とはならな
いものである。
⒟以上によれば,被控訴人国は,旧労基法42条,43条及び45
条(昭和47年以降は安衛法22条,23条,27条1項)に基づ
く省令制定権限を行使して,昭和46年以降のできるだけ早い時期
に,特に昭和50年の特化則の改正時,昭和53年の専門家会議報
告書の提出時,ILO条約締結の翌年の昭和62年,どんなに遅く
とも厚労省が集じん装置付き電動工具の使用を奨励する通達を発
出した平成4年までに,石綿含有建材を取り扱う建築現場におい
て,電動工具(少なくとも電動丸鋸又は電動サンダー)を用いた石
綿含有建材(主に板状のもの)の加工作業について集じん機付き電
動工具を使用することを事業者に義務付けるべきであったのに,こ
れを怠った違法があることは明らかである。
d移動式局所排気装置の設置等の義務付け及び全体換気についての
措置
原判決153頁14・15行目の「じん肺法が制定された昭和35
年」を「旧特化則が制定された昭和46年」に改めるほか,原判決の
頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
eプレカット工法の義務付け
原判決149頁15・16行目の「じん肺法が制定された昭和35
年」を「旧特化則が制定された昭和46年」に改めるほか,原判決の
頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
f吹付け石綿の剥離・除去等に関する規制権限不行使の違法
吹付け石綿の剥離作業は,吹付け作業と同様,大量の石綿粉じん
に曝露するものであり,石綿の吹付け材は,建造物の改修・解体時
や吹付け石綿の損傷・劣化時に,高濃度・大量の石綿粉じんが発生
する。そのため,石綿の吹付け時に曝露防止措置を講じていても,
吹付け石綿の剥離時や建物の改修・解体時,吹付け石綿の損傷・劣
化時に同様の曝露防止措置を講じなければ,吹付け石綿から生じる
粉じんによって建設作業従事者に健康被害が生じることを防ぐこ
とはできない。被控訴人国は,昭和40年には石綿吹付けが多用さ
れるようになり,これらのことを十分に予見し得た。また,以下の
規制措置を実施する技術的知見は昭和40年当時において確立し
ていた。
したがって,被控訴人国は,旧特化則を制定した昭和46年の時
点で,旧労基法42条,43条及び45条に基づく省令制定権限を
行使して,①吹付け石綿の剥離作業について,昭和50年改正特化
則38条の7で石綿吹付け作業を許容する場合の条件とした,送気
マスク又は空気呼吸器及び保護衣の使用を事業者に義務付け,②建
築物の改修・解体作業について,石綿等の使用状況の事前調査及び
記録,作業計画の定め,所轄労働基準監督署長への届出,作業場所
の隔離,他の労働者の立入禁止,発注者から請負人に対する石綿使
用状況の通知,屋内作業場における粉じん発散源を密閉する設備・
局所排気装置又はプッシュプル型換気装置の設置,湿潤化,呼吸用
保護具・保護衣の使用,作業主任者の選任,特別教育の実施(石綿
則3条~8条,12条~14条,19条,20条,27条)等を事
業者に義務付け,③吹付け石綿が損傷・劣化した場合に,石綿等の
除去,封じ込め,囲い込み等の措置を事業者又は建物貸与者に義務
付ける(同10条)べきであった。
⒝昭和50年改正特化則で石綿の吹付け作業が原則禁止されたの
は,吹付け作業に従事する労働者,周辺で作業する労働者,後続作
業をする労働者,さらには周辺住民の生命・健康に対する高度の危
険性があり,被控訴人国も特別な対策を講じる必要があることを十
分認識していたからであるところ,吹付け石綿の危険性は剥離作業
時等にも同様に認められるから,被控訴人国はそれらの場合にも特
別な対策を講じる必要があることを十分認識していた。したがっ
て,被控訴人国は,昭和50年,昭和53年,昭和62年の各時点
以降,安衛法22条,23条,27条1項に基づく省令制定権限を
行使して,前記の規制措置を講ずるべきであった。
⒞以上にもかかわらず,被控訴人国が平成17年に石綿則で規制を
行うまで十分な規制を講じなかったのは,著しく不合理であって違
法である。
作業管理にかかる措置の不実施
a石綿吹付け作業でのエアラインマスクの全面的使用義務付け
原判決155頁19・20行目の「昭和40年」を「旧特化則を制
定した昭和46年」と,同156頁2・3行目の「あるのであるから」
を「あるところ,吹付け作業中,作業環境の粉じん濃度は極めて高い
値となり,しかも,当時の吹付け材にはクロシドライトが多く用いら
れていたのであるから」とそれぞれ改め,同156頁8行目の「しか
るに,」の次に「昭和46年,昭和50年,昭和53年及び昭和62
年の各時点以降,」を加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2
~156頁)に記載のとお
りであるから,これを引用する。
b適切な防じんマスクの使用義務付け
建築作業は一時的であり,また発じん源が固定ないし一定せず,さ
らに,作業内容も多様で作業場所も移動し,かつ同時並行作業もある。
そのため,工場のように発じん源や作業場所が一定しており,局所排
気装置という抜本的かつ第一時的な防じん対策が存在する作業とは
全く異なる。そのため,建築現場においては,防じんマスクによる粉
じん対策が,石綿粉じん曝露を防止するために有効かつ重要な方策と
して位置づけられる。しかも,既に述べたとおり被控訴人国が実施し
た建築現場における石綿粉じん曝露防止措置に実効性がなかったこ
と及び微量曝露によっても肺がん,中皮腫等の重篤な疾病を発症させ
る石綿の特質を考慮すれば,建築現場においては,防じんマスクを着
用させることが必要不可欠である。しかも,防じんマスクには通気抵
抗や重量,視野障害という着用を阻害する要因が存在するとともに,
作業効率の低下を招く可能性も高い。しかも,建築作業従事者は,自
分の取り扱う建材に石綿が含有されていることすら認識せず,また,
石綿の危険性等について十分な教育や情報提供を受けていないこと
から,防じんマスクの着用の必要性について認識していなかった。そ
の結果,自主的,自発的な防じんマスクの着用を期待することは困難
であり,建設作業現場において事業者により建設作業従事者に対する
防じんマスクの着用指示も十分に行われなかったことから,建設作業
現場においては,ほとんどの作業員が防じんマスクを着用せずに作業
に従事していた。
したがって,防じんマスクの着用を作業者に義務付けるだけでは不
十分であって,①労働者が石綿建材の切断等の石綿粉じんを発散させ
る作業をする際には事業者が責任をもって作業者に呼吸用保護具を
着用させるよう罰則を伴って義務付けるとともに,②石綿含有建材へ
の警告表示や作業現場への掲示の内容として,石綿粉じんが肺がんや
中皮腫などの重篤な疾患を生じさせるものであることを明示した上
で,石綿粉じんを発散させる作業を行う際には必ず防じんマスクを着
用するよう明示することを義務付け,③安全衛生教育の内容として,
石綿粉じん曝露による肺がんや中皮腫の危険性を盛り込んで,作業者
に石綿粉じんの危険性と防じんマスクの着用の必要性を周知徹底さ
せることが必要であった。被控訴人国が,旧特化則を制定した昭和4
6年,特化則を改正した昭和50年,専門家会議報告書が提出された
昭和53年,ILO石綿条約締結後の昭和62年の各時点以降,旧労
基法42条,43条,45条(昭和47年以降は安衛法22条,23
条,27条1項)に基づく規制権限を行使して,このような規制措置
を講じなかったことは,著しく不合理であって違法である。
健康等管理にかかる措置の不実施
a建材メーカー等に対する警告表示の全面的義務付け
原判決を次のとおり補正し,後記⒝,⒞のとおり加えるほか,原
判決の「事実
~130頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ⅰ原判決128頁16行目の冒頭から同頁23行目の末尾まで
被控訴人国は,発がん性があり「微量で有害」な作用を
もたらす石綿の危険性に着目し,石綿を「第二類物質」に指定し
た昭和46年の旧特化則制定時点以降において,石綿含有建材の
有害性等の表示を義務付けるべきであった。」と改める。

め,同130頁7行目の「かえって,」の次に「肺がん等の生命
の危険を伴う重篤な疾患の危険はない,」を加え,同130頁1
0行目の「できない。」を「できず,遅くとも昭和53年以降,
どんなに遅くとも昭和62年以降,上記通達の改正を怠ったこと
は違法である。」と改める。
⒝電動工具による石綿粉じんの大量発生,吹付け作業における石綿
の使用継続,石綿輸入量の増大を前提とすると,含有量5%以下の
石綿建材であっても建設作業従事者が大量に曝露するおそれが高
いことは明らかであるから,内閣及び労働大臣が,昭和50年の安
衛令,安衛則,特化則の改正に当たり,石綿の含有量が重量の5%
以下の製剤等を,安衛法57条に基づく表示義務の対象及び特化則
上の特別管理物質から除外したのは違法である。また,昭和53年
の時点においては含有量3~4%の建材が大量に製造・販売される
ようになり,昭和62年の各時点においては以前に増して含有量
5%を下回る建材が大量に製造・販売されていたから,昭和53年,
昭和62年における規制権限の不行使も違法である。
被控訴人国は,石綿の含有量が重量の5%以下の製剤等を除外し
た理由として,石綿含有率が5%以下の建材からの発じん量は5%
超の建材のそれと比べて相対的に少ないこと,事業者による石綿含
有量の測定が困難であることを主張する。しかし,石綿が警告表示
等の対象とされたのは発がん性を有するためであるところ,石綿の
発がん性については閾値がなく,石綿含有率5%以下の建材から発
生する石綿粉じんへの曝露による発がんの危険は全く同じである。
他方,石綿含有率5%以下の建材を警告表示等の対象にしたとして
も,製品生産者の経済活動を抑制することにはならないのみなら
ず,製品の信頼性を高め商品価値を向上させるという利点すらあ
る。また,製品の製造者は,計画的に各種の材料を一定割合で混合
させて石綿建材を製造するのであるから,原材料を重量比で算定す
ることが可能である。したがって,石綿含有率5%以下の建材を警
告表示等の対象から除外することについて,合理的理由はない。む
しろ,石綿含有率が5%以下であれば健康上問題はないとの誤った
認識を植え付けるとともに,発がん性の高い石綿が含まれているこ
とが建設現場の事業者や作業員に知らされず,被害を拡大させる原
因にすらなる。
⒞安衛法57条によれば,容器又は包装によって有害物を譲渡する
場合,容器又は包装自体に個別的警告表示をすべきであり(1項),
警告表示を記載した文書の交付(2項)によって代えることは許さ
れないにもかかわらず,石綿スレート協会は,業界全体として,文
書の交付で足りるという脱法行為を行っていた。被控訴人国は,石
綿スレート協会の内部文書(乙アA201)を所持して上記脱法行
為を把握しながらこれを容認しており,昭和53年以降あるいは昭
和62年以降,違法に監督権限の行使を怠った。
b建築作業場における石綿取扱上の注意事項等の掲示の全面的義務
付け
原判決を次のとおり補正し,前記a⒝,⒞のとおり加えるほか,原
判決の「事実
143頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決141頁25行目冒頭から同142頁14行目末尾まで
被控訴人国は,発がん性があり「微量で有害」な作用をも
たらす石綿の危険性に着目し,石綿を「第二類物質」に指定した昭
和46年の旧特化則制定時点以降において,旧労基法42条,43
条,45条に基づき,石綿建材を取り扱う建築現場において建築作
業従事者に石綿粉じん曝露の危険性及び防じんマスクの着用を始
めとする石綿粉じん曝露防止対策の必要性・重要性を認識すること
ができるよう,事業者に対して警告措置を義務付けるべきであっ
た。」と改める。

42頁24行目の「労働大臣は,」の次に,「昭和50年,昭和5
3年,昭和62年の各時点以降,」を加える。
c石綿関連疾患についての特別教育実施の義務付け
次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3
ら,これを引用する。
原判決158頁18行目の末尾の次に改行の上,「安衛法59条
3項の趣旨は,労働安全衛生措置の中には作業効率を低下させるも
のがあり,職業病は長期間の経過後に発症する場合が少なくなく,
労働者が作業の危険性及び職業病の防止措置の重要性を十分理解
しない限り実施されない可能性が高いことから,特に有害で職業病
発症の可能性が高い作業について,作業員に当該疾病の原因,症状,
予防方法,罹患に対する補償制度等を分かりやすく説明して予防対
策の重要性を認識させる内容の教育を,繰り返し行うことにある。」
を加える。
⒝同159頁5行目の「っとも,」の次に「上記教育は,記録の保
存義務がなく,懲役を含む刑罰によってその実施が強制されるもの
でもないから,法定の特別教育の必要性は否定されず,」を加える。
⒞同159頁6行目の末尾の次に改行の上「昭和47年にはボイラ
ー及び圧力容器安全規則,クレーン等安全規則,ゴンドラ安全規則,
高気圧作業安全衛生規則,酸素欠乏症等防止規則,四アルキル鉛中
毒予防規則に,昭和50年には電離放射線障害防止規則に,昭和5
4年には粉じん障害防止規則に,それぞれ特別教育を義務付ける規
定が定められたが,これらの作業と比較して,石綿粉じんに曝露す
る作業の「危険又は有害」の程度が低いことはあり得ない。」を加
える。
⒟同159頁10行目の「じん肺法が制定された昭和35年」を「昭
和46年」と,同159頁16行目の「同年」を「昭和50年,昭
和53年,昭和62年の各時点」とそれぞれ改める。
イ石綿含有建材の製造等の禁止措置に関する規制権限不行使の違法性
次のとおり加えるほか,原判決118頁5行目の冒頭から同120頁6
行目の末尾まで,同120頁10行目の冒頭から同122頁24行目の末
尾までにそれぞれ記載のとおりであるから,これを引用する。
安衛法55条の趣旨・目的は,戦前の黄燐燐寸製造禁止法を吸収した
旧労基法48条の規定を引き継ぎ,新たな化学物質による職業性疾病,
特に職業がんへの対応を図り,作業過程において有害物に曝露すること
により健康障害が生じることを防止するため,製造又は取扱いの過程に
おいて労働者に重度の健康障害を生ずる物質で,しかも現在の技術をも
ってしては,それによる健康障害を防止する十分な防護方法がない有害
物について製造等を禁止することにある。かかる安衛法55条の趣旨・
目的に鑑みれば,①石綿建材が建築作業従事者に重度の健康障害を生じ
る物質で,②現在の技術をもって,建築現場における石綿関連疾患の発
症,特に少量の曝露でも発症する危険性のある中皮腫を防止する十分な
防護方法がない,つまり,石綿建材の厳格な管理使用が著しく困難ない
し不可能であれば,石綿建材の製造等を禁止することが求められる。安
衛法55条に基づく対象物質指定の要否を判断するにあたっては,上記
①及び②の認識ないし認識可能性の外に,石綿建材の代替可能性なども
一定考慮する必要はあり得るが,保護法益は建築作業従事者の生命・身
体及び健康というかけがえのないものであり,上記①及び②以外の要素
を殊更に重視して,規制の要否や程度,時期を決することは,労働者の
生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保するために適時かつ
適切な規制権限の行使を求める安衛法の趣旨・目的から逸脱するものと
して許されない。
我が国における石綿の使用量は,昭和50年以降も減少しておらず,
1980年代後半に第2のピークを迎えた。建設現場では,1960年
代以降,石綿使用量,石綿建材の使用量,建築作業従事者数が確実に増
加していた上,電動工具の急速な普及によって,建築作業従事者が高濃
度の石綿粉じんに曝露する危険が急速に増加していた。石綿が少量の曝
露であっても肺がん,中皮腫を発症する危険があり,その点でクリソタ
イルをクロシドライト等と別異に扱う理由はなく,昭和61年に採択さ
れたILO石綿条約のほか,平成元年のWHO報告書でも,クリソタイ
ルについても管理使用は不可能又は困難であるとの考え方がとられて
いた。
昭和46年に制定された旧特化則では,石綿は,少量の曝露でも人体
に有害な作用を及ぼすことを前提に第二類物質とされ,微量の曝露であ
っても許容しないという厳しい規制措置(以下,このような厳しい規制
措置を「厳格な管理使用」という。)を講じなくてはならない段階に入
っていたが,建設現場では,重層下請構造等,建築業や建築作業の特殊
性から,「厳格な管理使用」を徹底することが著しく困難な状況にあっ
た。昭和50年改正特化則による規制は,建設現場における石綿粉じん
対策には「厳格な管理使用」の下において初めて石綿建材の使用が容認
されるという視点が完全に欠落していた。被控訴人国が建設現場を念頭
に置いた石綿粉じんへの曝露防止策を講じるのは,昭和61年9月6日
に発出された「建築物の解体又は改修の工事における労働者の石綿粉じ
んへのばく露防止等について」(同年基発第34号)以降のことでしか
なく,その後も通達による指導の指示に止まるものでしかなかった。
1970年代初頭においては,石綿を使用しない建材の開発が技術的
に可能となっており,石綿建材の代替化の土壌が十分に形成されていた
から,石綿建材の製造禁止措置を講ずることが強く求められていた。仮
にその時点で代替建材の普及の程度が現実に利用可能な程度にまで達
していないというのであれば,最長でも3年の猶予期間を設けて石綿建
材の製造等を禁止する措置を講じ,猶予期間内に石綿建材を代替化させ
る措置を執ることが求められていた。代替建材に発がん性の疑いがある
との理由で石綿建材の使用を継続することは,安衛法の趣旨・目的に完
全に反する。
昭和62年の時点で,石綿の代替化は進んでおらず,建設現場では,
防じんマスクの着用等の石綿粉じんへの曝露防止対策も不十分で,建設
作業従事者が健康被害を受ける危険性が極めて高い状態にあった。当
時,北欧諸国等に全ての種類の石綿の禁止措置を執る国が出ており,1
980年代後半には,我が国でも石綿の使用継続の正当性は失われてい
た。
さらに,欧米諸国では,濃度規制を中心とする石綿粉じん規制の抜本
的強化により1980年代に大幅に石綿消費量を減少させ,1990年
代前半までに相次いでクリソタイルの使用禁止措置を導入した。石綿建
材の代替化は,平成元年頃には技術的には完成し,平成3年時点では,
既に多くの石綿建材が無石綿化され,全面的代替化に向けた障害は主に
価格面に限られていた。そして,管理使用を前提とした国の石綿粉じん
曝露防止策は失敗であった。
以上によれば,昭和50年,専門家会議報告書が提出された昭和53
年,ILO石綿条約が採択された翌年である昭和62年の各時点以降に
おいて,被控訴人国が安衛法55条に基づき安衛令16条1項を改正し
石綿含有建材について製造等を禁止する措置を講じなかったことは違
法となる。仮に,昭和62年の時点において,代替建材の普及の程度が
現実に利用可能な程度に達していないというのであれば,最長でも3年
程度の猶予期間を設けて上記措置を講じるべきであったにもかかわら
ず,これを怠ったことは違法である。また,どれだけ遅くとも,平成7
年時点において,クロシドライト及びアモサイトとともに,クリソタイ
ルを含有する建材についても製造等を禁止すべきであったにもかかわ
らず,かかる措置を怠ったことは違法である。
一人親方及び個人事業主は労働関係法令に基づく規制権限不行使による
違法を理由に国賠法上の救済を求めうるか
原判決115頁19行目及び同116頁4頁の「旧労基法及び安衛法」を
それぞれ「安衛法55条,57条」に改め,次のとおり加えるほか,原判決
115頁13行目の冒頭から同117頁15行目の末尾まで,同128頁3
行目の冒頭から同128頁5行目の末尾までに記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
ア以下のとおり,旧労基法及び安衛法の趣旨・目的及び規定ぶりに照らせ
ば,これらの法律による規制の保護対象は,事業主に雇用された労働者に
限らないというべきである。
旧労基法は,「工場ないし設備」から生じる工場内外の危害を防止す
ることを目的とした工場法を前身としており,旧労基法42条に「労働
者」との文言はなかった。労基法から派生した安衛法も,1条において
職場における労働者の安全と健康を確保するという目的のほかに,「快
適な作業環境の形成を促進すること」を目的として制定され,その後,
平成4年の改正によって,その目的は,「快適な職場環境の形成」へと
改正された。この改正は職場の安全衛生水準の向上のためには作業環境
のみならず,その従事する作業や職場で使用する施設・設備等を含めて
職場環境全体を快適なものとしていく必要があるとして,より広く高次
の概念として「快適な職場環境の形成」と改正したものであり,それに
よって保護される者は必ずしも労働者に限らず,労働者に準じて,労働
者と同様に職場での作業に従事する者の保護をも予定しているといえ
る。
安衛法3条2項は,原材料の製造者等がその使用過程(作業過程)に
おける災害の防止に努める責務を負う旨を定めて,広く機械の危険や原
材料の有害性から,これらを利用する作業従事者の安全を確保しようと
しており,また,20条以下の「労働者の危険又は健康障害を防止する
ための措置」に関する規定を受けて,具体的規制内容を省令に委ねる2
7条2項は,省令制定に際して配慮すべき事項として,「厚生労働省令
を定めるに当たつては,公害…その他一般公衆の災害で,労働災害と密
接に関連するものの防止に関する法令の趣旨に反しないように配慮し
なければならない。」と規定し,安衛法が全体として労働災害と密接に
関連する災害防止の趣旨をもその目的に含むことを示している。
安衛法31条は,請負人が労働者を使用する場合には,請負人に建築
物について管理権がないため,事業者である請負人ではなく注文者に建
物の使用過程(作業過程)における災害の防止に必要な措置を講ずる義
務を負わせる旨を定めている。
さらに,安衛法55条は重度の健康障害を生じる物の製造等の禁止
を,同法57条は健康障害を生じるおそれのある物の譲渡等に際しての
表示義務を,それぞれ定めているが,その名宛人は,事業者に限らず,
また,その趣旨は,これらの物を取り扱う作業過程から生じる危険を防
止することにあることからすると,労働者に限らず,作業従事者を広く
保護する規定であると解される。
我が国の建設業において,一人親方等は,重層下請構造の末端に位置
付けられた必要不可欠な「労働力」であって,職務上,建築現場に滞在
して建築作業に従事する必要があることにおいて,労働者と変わりはな
く,就労形態の差異に基づいて石綿被害の救済に差異をもたらすことは
実情に合致しない。労働関係法令に基づき作業環境の改善措置が行われ
ていれば,同一の作業環境で働いていた一人親方等も石綿粉じん曝露を
免れたことは明らかであり,建築現場の作業環境を改善することができ
るのは元請業者等に他ならず,被控訴人国は,一人親方等との関係でも,
省令制定などの改善措置を実施する義務を負っているというべきであ
る。
したがって,安衛法に基づく規制権限の不行使を理由とする国賠法1
条1項に基づく損害賠償によって保護される範囲は,労基法上の労働者
に限られず,「職務上,石綿を扱う建築作業現場に一定期間滞在するこ
とが必要であることにより建築現場の粉じん被害を受ける可能性のあ
る者」であり,一人親方,自ら建築作業に従事する個人事業主及びその
法人化後の代表者(他人の雇用の有無を問わない。)もこれに含まれる。
イ仮に,安衛法第4章は保護対象として労基法上の労働者を想定している
としても,同法第5章の保護対象となる労働者は,これよりも緩やかな基
準によって判断されるべきである。
すなわち,労基法,安衛法,労働契約法の適用に当たって,適用対象と
なる労働者は各法の趣旨・目的に照らして解釈されるべきであり,労働者
性の判断基準は同一である必要はなく,安衛法という単一の法律において
も,個々の条文の趣旨・目的,規制手段の違いを踏まえて相対的に解釈す
ることが許されるというべきである。すなわち,安衛法第4章は,労働者
を雇用する事業者に対して一定の安全対策措置を義務付けるため,個々の
事業者との関係で使用従属関係がなければならないから,個々の事業者と
作業従事者との間の使用従属関係の個別立証が必要となる。これに対し
て,安衛法第5章は,作業過程における有害危険物の使用から,その労働
環境のもとで働く者の生命・健康を保護するため,個々の事業者ではなく,
健康に危険有害な物を製造,譲渡,提供等する者に対して,製造等禁止や
警告表示を義務付けるものであるから,個々の事業者との関係で個別的な
使用従属関係が厳格に立証される必要はなく,作業過程において労働者と
同様に類型的・概括的に使用従属関係にあること,いわば広い意味で使用
従属関係があれば足りると解すべきである。その判断においては,労働過
程の中で労働者と同様な作業環境で労働に従事することが避けられない
立場にあるか否かが重要であり,具体的には,①契約の一方的決定性(契
約内容が元請や事業者に一方的に決定されているか),②指揮監督性(広
い意味での労務指揮監督性,時間的・場所的拘束性の有無及び程度)によ
るべきである。
このような観点から,一人親方である控訴人番号1,被災者控訴人番号
2,被災者控訴人番号4,被災者控訴人番号6,被災者控訴人番号10,
被災者控訴人番号11,被災者控訴人番号17,被災者控訴人番号19,
被災者控訴人番号21,被災者控訴人番号22,控訴人番号23,被災者
控訴人番号24,被災者控訴人番号26,被災者控訴人番号27,被災者
控訴人番号30,控訴人番号31,被災者控訴人番号32,被災者控訴人
番号34,被災者控訴人番号36,被災者控訴人番号39,被災者控訴人
番号45,被災者控訴人番号50,被災者控訴人番号52,被災者控訴人
番号53,控訴人番号57,被災者控訴人番号58,被災者控訴人番号6
0,控訴人番号62,被災者控訴人番号65,被災者控訴人番号66,被
災者控訴人番号69,控訴人番号70,被災者控訴人番号73,被災者控
訴人番号75は,安衛法第5章の労働者に該当する。
ウ仮に,安衛法第4章及び第5章も含めて保護対象が労基法上の労働者に
限られるとしても,個々の控訴人の労働者性の当てはめについては,以下
のように考えるべきである。
すなわち,元請ないし下請業者との間で請負などの役務提供契約を締結
して,労働者を使用せず自ら建設作業に従事している者は,事業主と雇用
契約を締結していないという法形式のみによって,労働者性を否定される
べきではなく,事業主との間で使用従属関係が認められる場合には,安衛
法上の労働者に当たるというべきである。そして,この使用従属関係は,
一人親方が元請ないし下請業者との関係で,指揮監督の下に労務を提供し
ていたものか否か(職務中の指揮監督の有無)及び報酬が労務の対価とし
て支払われたものか否か(報酬の労務対償性の有無)によって判断される
べきである。より具体的には,指揮監督下の労働であるか否かは,仕事の
依頼や業務に従事すべき旨の指示に対する諾否の自由の有無,業務遂行上
の指揮監督の有無,代替性の有無を要素とし,報酬の対償性については,
時間給,日給,月給等の時間を単位とする場合は労務対償性を認められる
が,出来高で計算する場合であっても労務対償性は否定されないと解すべ
きである。
このような観点から,一人親方である被災者控訴人番号4,被災者控訴
人番号17,被災者控訴人番号19,被災者控訴人番号21,被災者控訴
人番号22,被災者控訴人番号24,被災者控訴人番号26,控訴人番号
28,被災者控訴人番号30,控訴人番号31,被災者控訴人番号32,
控訴人番号33,控訴人番号35,被災者控訴人番号39,被災者控訴人
番号40,被災者控訴人番号42,被災者控訴人番号46,被災者控訴人
番号47,被災者控訴人番号52,被災者控訴人番号55,被災者控訴人
番号66,控訴人番号70は,いずれも安衛法で保護対象となっている労
働者に該当する。
一人親方及び個人事業主について改正労災保険法34条に基づく規制権
限不行使の違法性の有無
昭和40年の改正労災保険法(法律第130号労働者災害補償保険法の一
部を改正する法律)において,従前より行政上の取扱いで行っていた一人親
方・個人事業主に関する特別加入制度が法律化された。しかるところ,平成
19年に改正された労災保険法(平成19年法律第30号)の1条は「労働
者災害補償保険は,…必要な保険給付を行い,あわせて,…労働者の安全及
び衛生の確保等を図り,もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的と
する」としており,業務災害等に対する保険給付の実現のみならず,労働安
全衛生の確保もその趣旨・目的としている。そして,昭和40年の改正労災
保険法34条の14は,特別加入者である一人親方及び個人事業主の「保険
給付に関し必要な事項は,労働省令で定める」とせず,あえて「業務災害に
関し必要な事項は,労働省令で定める」と規定していることからすると,同
規定は,一人親方や個人事業主が業務を遂行するにあたり,適時適切に省令
制定を行うことでその安全衛生を確保して業務災害を防止し,一人親方や個
人事業主の生命・健康を保護することを求める趣旨であったと解すべきであ
る。
したがって,被控訴人国は,一人親方等の生命・健康の保護をも目的とす
る労災保険法の趣旨,目的から,労災保険法34条の14を柔軟に解釈して
その規制権限を行使し,建設現場において建設作業に従事する一人親方等に
対し,呼吸用保護具の着用,集じん機付き電動工具の使用,石綿の固有の危
険性等を自ら学習することをそれぞれ罰則付きで義務付け,また,建設現場
の元方責任者には,上記各義務を履行しない一人親方等を就労させてはなら
ないことを義務付けるべきであった。
2被控訴人国の主張
規制権限不行使の国賠法上の違法性の判断基準と考慮要素
規制権限の不行使の違法性の有無は,権限不行使が問題とされる当時の具
体的事情に基づき,当該不作為が当・不当の判断を超えて著しく合理性を欠
き,裁量権の逸脱又は濫用といえるか否かにより判断されるべきである(最
高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁
(宅建業法事件最判),最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集4
9巻6号1600頁(クロロキン事件最判))。筑豊じん肺訴訟最判,泉南
2陣最判もこれを踏襲している。控訴人らの指摘する「適時にかつ適切に行
使されるべき」との判文は,筑豊じん肺訴訟最判及び泉南2陣最判のように,
国民の生命,身体,健康等を目的とする法令の規制権限不行使の事案におけ
る行政庁の裁量権の行使のあり方等について述べたものではあるが,具体的
な違法性判断枠組や判断基準を示したものではない。規制権限行使の違法性
の有無は種々の考慮要素を総合的に判断して決せられるべきものであり,泉
南2陣最判が明示的に挙げた様々な考慮要素も,あくまでも当該事案におけ
る違法事由との関連で重要と考えられた要素に過ぎず,石綿製品の製造禁止
措置に関してみると,石綿製品の社会的有用性や代替製品の安全性等が当然
に規制権限不行使の違法性の有無の判断にあたって重要な考慮要素となる。
さらに,同判決は,被害法益の種類・性質のみならず,規制が問題となる時
点で判明していた「被害の実情の深刻さ」をも重要な考慮要素としている。
また,労働者の安全に配慮し,その危害を防止する責任が第一次的には事業
者に存すること,規制の目的を達するには事業者及び労働者による規制の遵
守が必要であり,安衛法等もそのことを前提としていることからすると,規
制の不備と規制の不遵守とは明確に区別されるべきであり,国に規制権限不
行使の違法が認められるのは,被規制者が既存の規制措置を遵守することが
客観的に困難であるとか,規制措置を遵守したとしてもなお被害の発生を防
止することができなかったというような事情がある場合に限られるという
べきである。
建築現場の石綿粉じん曝露の実態と被控訴人国の健康被害リスクの認識
ア建築現場は,基本的には屋外作業であるところ,たとえメッシュで作ら
れた養生シート等で囲まれた場合であっても,屋内のように密閉された空
間となるわけではない。また,養生シートを通した空気の流れによって石
綿粉じんの大気への拡散・希釈が行われる。さらに,完成前の建物内部に
おいても開放部から十分な換気が行われやすく,建物完成直前の段階で作
業する業種,期間はそれほど多くない。しかも,石綿含有建材は加工しな
い限り通常そこから石綿粉じんが発生することはなく,1日の作業時間
中,建材の加工に充てられる時間は限られている。また,工事工程はそれ
ぞれ独立した期間で行われるのが通常であり,粉じんが浮遊しない方法で
清掃が行われていた。したがって,建設労働者の石綿粉じんへの曝露は,
間欠的かつ短時間に比較的高濃度に至ることはあっても,平均曝露濃度と
して換算すれば相当に低く,許容濃度以下に抑制されることが多く,さら
に,屋外作業である屋根工,鳶,左官工については,一時的かつ間欠的な
石綿粉じんへの高濃度曝露があったとは通常考えられない。
吹付け石綿については,昭和50年の特化則改正で石綿吹付けが原則と
して禁止されたことにより,使用されなくなり,電動工具の使用について
も,屋外で行われることも多く,また,石綿含有建材は予め工場等で切断
され,現場で切断される頻度は多くなく,加工作業は短時間かつ間欠的に
行われているにすぎず,石綿含有量も少ないことから,建築現場において,
高濃度の石綿粉じん曝露が生じていたとはいえない。
イ政府検証(甲A67の2)によれば,建築労働者に限らず,我が国の中
皮腫の労災認定件数は昭和61年当時9名,平成7年当時ですら13名に
とどまり,さらに甲A第109号証によると,平成9年に実施した一般検
診の胸部レントゲン写真の読影の結果,調査対象者である建築労働者56
88名中,「石綿曝露による胸膜肥厚斑の有所見者率は大工で2.46%
に認められるものの,石綿による肺実質の繊維化である蜂窩肺を呈するほ
どの典型的な石綿肺所見を示す者は,空調・保温工などを除くと少ないの
が現状である。」とし,甲A第128号証においても,平成17年から平
成18年に実施された同様の調査において,調査対象者である建築労働者
6268名中,石綿肺Ⅰ型以上は全体の2.94%に認められるに過ぎな
い。このような調査結果に照らしても,控訴人らが被控訴人国の規制権限
の不行使の違法を主張する時期において,建築労働者の石綿関連疾患への
罹患の実情が相当深刻であることが明らかとなっていたとはいえない。控
訴人らは,昭和46年1月から3月にかけて,石綿取扱事業場(188事
業場)を調査した結果,建設業の労働者の3.5%にじん肺所見が認めら
れたこと(甲A82)を指摘するが,上記調査対象のうち建設業で対象と
なったのは12事業場のわずか134名に過ぎず,かつ吹付作業が含まれ
ていることから,吹付け以外の建築作業全般についての実態を示すものと
はいえない。
被控訴人国の講じてきた石綿粉じん曝露対策の合理性
ア管理使用を前提とした権限不行使の違法性
本件における管理使用に係る規制権限不行使の違法判断は,粉じん対策
全般について総合的になされるべきであり,粉じん対策の一部の措置の義
務付けのみを取り出して判断すべきではない。被控訴人国は,石綿の発が
ん性が昭和47年に医学的に明らかになった以降,昭和50年に特化則を
改正し,石綿を特別管理物質に定めた上,石綿を取り扱う作業場における
掲示(特化則38条の3),石綿吹付作業の原則禁止,石綿等の切断等に
おける湿潤化(特化則38条の8)といった規定を設け,その上で,昭和
51年通達を発出して,建設業における石綿作業の実態を把握するととも
に,防じんマスク等の対策を講じるよう指示しており,昭和61年には解
体等の作業における対策について,更に昭和63年には石綿含有建材の加
工時における対策について,それぞれ通達を発出するなどし,加えて,昭
和54年には粉じん則を制定し,建設業を含め,作業の面における粉じん
曝露防止対策を更に手当てした。被控訴人国は,石綿関連作業に従事する
労働者の健康を保護するために,それぞれの時点における知見を踏まえ,
事業者等に対し,労働関係法令に基づく規制を適切に行ってきた。
そもそも,屋外作業一般についてみれば,屋内作業に比べて石綿粉じん
濃度が格段に低い上,通常湿潤化ができないという状況は認められない。
また,呼吸用保護具が有害物質からの曝露防止に有効な手段の一つである
ことは明らかである。
昭和61年のILO石綿条約は全ての石綿についての使用禁止を定め
たものではなく,平成初期から平成6年前後であっても,クリソタイルの
発がん性のリスクは低く,安全な管理使用が可能であるとの見方が国際的
にも有力であった。また,中皮腫発症の危険性の比率は,クリソタイル,
アモサイト,クロシドライトについてそれぞれ1:100:500であり,
明らかに石綿の種類によって中皮腫発症の危険性は異なるから,まずクロ
シドライトについて優先的に代替化を進めるなどして使用実態をなくす
という対応が著しく合理性を欠くとはいえない。
産業構造や災害発生率の点で,建設業は他業種とそれほど差異はなく,
重層下請構造がみられる建設作業現場においても,統括安全衛生責任者の
選任等,安全衛生の管理体制が確保されるよう法令上十分な整備がされて
いる。
控訴人らの主張する具体的違法事由に対する反論は以下のとおり。
作業環境管理に係る措置の不実施
a個人サンプラーを利用した定期的粉じん濃度測定及び評価の義務
付け
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節
これを引用する。
以上のとおり,屋外作業場を対象とした測定を事業者に義務付ける
前提となる知見は現在においても存在せず,個人曝露濃度測定制度を
導入しなかったことが著しく合理性を欠くということもできないの
であるから,昭和50年時点において屋外作業場における個人曝露濃
度測定を義務付ける作為義務が認められるはずはない。また,個人サ
ンプラーを用いた個人曝露濃度測定については,労働者の負担になる
面があり,建設作業の持つ危険性に鑑みれば,屋内・屋外にかかわり
なく,その導入を義務付けることは労働災害の原因になりかねない一
方,曝露防止対策としての合理性も認め難いものである。
b石綿吹付け作業の全面禁止
原判決141頁14行目の「石綿」から同頁16行目末尾までを「石
綿吹付け作業労働者以外の労働者への対策として,安衛則において呼
吸用保護具の備え置き及び使用が,特化則において関係者以外の立入
禁止等の措置がそれぞれ義務付けられていた」に改め,次のとおり加
判決140・141頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
昭和50年当時,発がん性物質であれば製造等の禁止を要すると
の考え方は,国際的にも採られていなかった。また,石綿含有量5%
程度の吹付け材であれば,防じんマスクの使用によって曝露濃度を
昭和50年代の産業衛生学会の許容濃度である2本/㏄未満とする
ことは可能であり,石綿含有量が5%を超える吹付け材を対象とす
る規制に石綿粉じん曝露を防止する効果は十分ある。
⒝昭和50年の特化則改正後,特例による条件付きの吹付け作業を
行うことは相当の経費を要することなどもあって少なくなり,吹付
け石綿及び石綿を30%程度含有する吹付けロックウールの製造
は中止され,石綿粉じんの飛散性が高いとされる乾式工法の吹付け
ロックウールも昭和55年より後は石綿を全く含有しない建材に
代替され,業界団体として石綿含有吹付けロックウールの使用は廃
止した。このように,昭和50年の特化則改正以降,石綿吹付け作
業による石綿粉じん曝露の機会は急激に減少していた。
⒞昭和50年当時,ロックウールを含めた代替製品の安全性に関す
る知見は確立されていない状況にあった。
⒟以上からすると,昭和50年以降,石綿吹付け作業を全面禁止し
なかったことは,著しく不合理とはいえない。
c集じん機付き電動工具の使用の義務付け
建築現場においては,昭和46年,昭和50年あるいは平成4年
の時点においても,集じん機付き電動工具の使用を直ちに罰則付で
義務付けなければならないような深刻な石綿肺等の罹患の実情が
明らかになっていた事実はなく,被控訴人国がそのような状況を認
識し,又は認識し得たということもない。
⒝建築現場において建材を電動工具で切断する作業は,屋外で行わ
れることも多く,通常は石綿粉じんを発散する作業自体は短時間で
あり,建築現場で取り扱う石綿含有建材に含まれる石綿量も比較的
低く,石綿吹付け作業に匹敵するほど石綿粉じん曝露濃度が高い作
業とは到底いえない。
⒞集じん機付き電動工具は,使い方を誤れば,二次発じんや身体切
断など重大な災害を起こしかねず,粉じん飛散防止の効果とともに
その重量や使い勝手に関する事情が,電動工具の性能を評価する上
で重要な考慮要素となり得るところ,控訴人らが権限不行使の違法
を主張する各時点で,集じん機付き電動工具の使用を義務付けるに
足りる実用的な技術的知見は存在しなかった。
⒟屋外作業を中心とし,作業場所も時々刻々と変化していくという
建築現場の特性やこのような建築現場における集じん機付き電動
工具の実効性の程度,二次発じんや工具の重量化等に伴う弊害,防
じんマスクや湿潤化など他の規制などを総合的に勘案するならば,
集じん機付き電動工具の使用を罰則をもって一律に義務付けずに,
平成4年通達により,作業環境の具体的状況に応じて事業者の適切
な判断により集じん機付き電動工具の適切な使用を指導・奨励する
に止めたことが著しく合理性を欠いたとはいえない。
d移動式局所排気装置の設置等の義務付け及び全体換気についての
措置
原判決154頁4行目の末尾の次に「通常の局所排気装置について
さえ,昭和46年の旧特化則制定時においてその基盤が整ったという
べきである。」を,同頁5行目の「屋外における作業であるところ,」
の次に「粉じん等を発散する場所が屋外作業場である場合には,常時,
自然に換気が行われるから,排気設備を別途設ける必要性がそもそも
乏しい上,」を,同頁10行目末尾の次に「建築現場全般において効
果的に局所排気をなし得る局所排気装置の設置が可能であるとはい
えないことからすれば,同装置の使用について通達(昭和63年3月
30日付け基発第200号)による指導にとどめた被控訴人国の対応
は合理的である。」をそれぞれ加えるほか,原判決の「事実及び理由」
から,これを引用する。
eプレカット工法の義務付け
9・150頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
f吹付け石綿の剥離・除去等に関する措置
石綿が発がん性物質であるということから,その管理方法が一義的
に決せられるわけではなく,その対策は当時の知見に基づくリスクに
応じて判断されるべきものである。被控訴人国は,石綿の発がん性に
応じた対策として,昭和50年に特化則を改正し,それ以降も適時・
適切に法令を改正している。また,建造物の解体・改修については,
昭和61年に「建築物の解体または改修の工事における労働者の石綿
粉じんへのばく露防止等について」(同年9月6日付け基安発第34
号の2)を発出して,湿潤化や呼吸用保護具の着用以外にも,元方事
業者が作業現場の状況を把握することや二次発じんの防止を図るこ
となど,適切な作業方法を指導することとし,昭和63年には「石綿
除去作業,石綿を含有する建設用資材の加工等の作業等における石綿
粉じんばく露防止対策の推進について」(同年3月30日付け基発第
200号)を発出して,建築物の解体,改修等の工事における石綿等
の除去,封じ込め等の作業等,個別の作業ごとに具体的な対策を挙げ,
指導を行った。
作業管理にかかる措置の不実施
a石綿吹付け作業でのエアラインマスクの全面的使用義務付け
被控訴人国は,昭和47年にIARC(国際がん研究機構)によ
り石綿の発がん性が指摘されたことなどを背景として,遅滞なく,
昭和49年に「有害物等に関する検討専門家会議」を設け,その検
討結果等を踏まえ,昭和50年に安衛令,安衛則及び特化則を改正
し,石綿吹付け作業の原則禁止等の措置を執ったのであり,エアラ
インマスク(送気マスクの一種で,圧縮空気を減圧し,中圧ホース
を通じて着用者に送気する形式のマスク)の日本工業規格が制定さ
れたのは昭和49年であることも考慮すれば,昭和47年の時点に
おいて吹付け工に送気マスクの着用を義務付けなかったことが著
しく合理性を欠くとは到底いえない。
⒝昭和50年改正特化則において石綿含有量の下限値を5%とし
たのは,実質的には石綿含有物のほとんどを上記規制の対象となし
得るものであるという当時における石綿の使用実態や石綿含有率
にかかる分析の精度限界等を踏まえての措置である(平成7年に石
綿を1%を超えて含有するものを石綿含有物とするよう改正した
のは,石綿含有量にかかる分析精度の向上に加え,建築材料を中心
として含有量が5%以下の製品が生産されるようになり,取扱いの
方法によっては労働者が高い濃度の石綿に曝露するおそれもある
ことを踏まえてのものである。)。
⒞昭和50年改正特化則においては石綿含有量が重量の5%を超
える吹付け作業が禁止され,禁止後は石綿吹付け作業がなくなると
予想されたから,同改正以降,石綿含有量が重量の5%以下の石綿
吹付作業にかかる作業員に対して,送気マスクの使用を義務付けな
かったことが著しく合理性を欠くとはいえない。
b適切な防じんマスクの使用義務付け
被控訴人国は,防じんマスク等の呼吸用保護具について,罰則を
もって,①昭和22年の旧安衛則181条等により,使用者に対し
呼吸用保護具を備える等の義務を課し,②同規則185条により,
労働者に対し就業中の呼吸用保護具の使用義務を課し,③昭和46
年の旧特化則32条等により,使用者に対し石綿等を取り扱う作業
場に呼吸用保護具を備えるなどの義務を課し,④同規則28条1項
3号により,特定化学物質等作業主任者を選任して保護具の使用状
況を監視させる義務を課し,⑤昭和47年の安衛則及び特化則で
も,上記①ないし④と同様の規制をしたほか,⑥昭和47年の安衛
法等により,事業者に対し労働者を雇い入れたとき等の安全衛生教
育の実施義務を課していた。また,昭和35年のじん肺法により,
事業者に対しじん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教
育を実施する義務も課していたのであって,上記の各義務を通じ
て,労働者の防じんマスクの使用は相当程度確保される施策を講じ
ていた。
⒝建築現場における労働者の石綿粉じんの曝露実態及び石綿肺等
の罹患実態は,防じんマスクの使用を一律に義務付けなければなら
ないほど,建設労働者の石綿被害の実情が相当深刻なものであった
ことが明らかとなっていたわけではない。他方で,建築現場におけ
る作業は,職種ごとに多岐にわたり,作業内容が千差万別である。
のみならず,作業場所,作業時の労働者の体勢,粉じんの発散場所,
発散する方向,作業時の風向きや空気の流れ,作業時間,周囲の状
況などに至っては,作業類型のみならず各作業現場の状況によって
も変わりうるものである。加えて,建築作業従事者が取り扱ってい
た石綿含有建材は,一般的にいえば,石綿原料と比較して石綿含有
量が格段に低かったし,新たに加工,処理等を施すなどしない限り
粉じんが発生することはない。しかも,加工,処理等の粉じんを発
散する作業も一時的・間欠的に行われていたに過ぎず,石綿工場に
おける作業と比べれば石綿粉じん曝露濃度は高くなかった。このよ
うな事情から,建築現場においては,一律にどのような粉じん曝露
防止対策が適切であるかを,現場における判断の余地を捨象して事
前に決めておくことには自ずから限界がある。そうすると,このよ
うな建築作業現場の実情を踏まえ,一律に防じんマスクの使用を義
務付けるのではなく,作業現場ごとの特性を踏まえた個別判断を可
能にする余地を残すために,防じんマスクの備え付けに止めたこと
が,著しく合理性を欠いたとはいえない。
⒞特化則5条は,事業者に対し,第二類物質の粉じんが発散する屋
内作業場について,局所排気装置を設けない場合に「全体換気装置
を設け,又は第二類物質を湿潤な状態にする等労働者の健康障害を
予防するため必要な措置」を講ずる義務を課しており,石綿含有建
材には昭和50年から同条が適用されたが(安衛令別表第三第二号
37,特化則2条2項,別表第一第四号),特化則5条の解釈上,
屋内作業場には「作業場の建家の半分以上にわたって壁,羽目板そ
の他のしゃ蔽物が設けられておらず,かつ…粉じんがその内部に滞
留するおそれがない作業場」は含まれず,また,「湿潤な状態にす
る等」の「等」には「臨時の作業を行う場合における適切な労働衛
生保護具の使用」が含まれると解されていた。建築作業はいずれも
臨時的な作業であるから,建築中あるいは解体中の建物であって
も,少なくとも半分以上に壁等が設けられ,又は,粉じんがその内
部に滞留する恐れのあると認められる場合には,特化則5条が適用
され,防じんマスクを着用させることを含む「必要な措置」を講ず
る義務が罰則をもって事業者に課せられていることになる(安衛法
119条1号,22条,27条)。
さらに,昭和54年制定の粉じん則は,事業者に対し,粉じんが
発生する作業に労働者を従事させる場合に,労働者に有効な呼吸用
保護具を使用させる義務を,罰則をもって課している(27条1項
本文,安衛法119条1号,22条,27条)。石綿含有建材の切
断等を行った際には,当該建材に含有されるコンクリートやセメン
トも粉じんとして発散し,このような「鉱物」からの粉じんが発生
する以上,屋内作業場においては粉じん則が適用され,防じんマス
クの使用が罰則をもって義務付けられていたのである。
⒟控訴人らが建築現場において防じんマスクの着用を妨げる事情
として指摘する息苦しさや建設業の特殊性は,防じんマスクの規制
の遵守を困難にする事情ではない。現に,控訴人らや同種訴訟の原
告らの中にも,防じんマスクを着用し又はその着用を指示するなど
した者が複数名存在する。さらに,昭和60年代に入ると,建設作
業従事者が石綿の危険性について具体的な認識を有していたこと
を示す客観的な書証が存在する。重層下請構造がとられる造船業を
含め,他の業種において防じんマスクの着用が励行されていたこと
も踏まえれば,建築現場において事業者が防じんマスクに関する規
制を遵守し,労働者にその着用を励行することを妨げる客観的な事
情は存在しなかった。
なお,平成7年の特化則改正は,解体・改修工事の現場での健康
障害の増加が今後予測されるという当時の具体的状況に照らし,労
働者の石綿粉じん曝露防止対策をより徹底させる趣旨で行われた
ものであり,従前の規制が著しく合理性を欠いていたために行われ
たものではない。
健康等管理にかかる措置の不実施
a建材メーカー等に対する警告表示の全面的義務付け等
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節
これを引用する。
警告表示は,それ自体労働者への石綿粉じん曝露を防いだり,石
綿関連疾患への罹患を防ぐものではなく,防じんマスク着用等の各
種石綿粉じん曝露防止対策をとる必要があることを労働者に認識
させるという間接的な役割を持つに過ぎないものであって,直接的
な被害防止対策である防じんマスク等の規制とは別個に,警告表示
にかかる対策が独立した違法事由となるものではない。
⒝ⅰ石綿含有率が5%以下の建材であれば,含有率が低い分,切断
等に伴う石綿粉じんの発じん量も少なくなる。しかも,石綿含有
建材について,含有している石綿の全てが発じんするのではな
く,また,発じんした石綿の全てが吸入性粉じんとなるわけでも
ない。そもそも,石綿含有建材は,切断を行った面や穴をあけた
部分から,切断等を行っている時にだけ発じんするにすぎない。
結局,問題となる吸入性粉じんの発生量は相当限定されるという
べきである。そもそも,石綿粉じんに限らず,建材から発じんし
ていることは,労働者自身も目視で確認し得るから,防じんマス
ク等の対策を講じる契機は存在している。したがって,石綿含有
率5%以下の建材を大量に使用することにより大量曝露すると
の批判は当たらない。
ⅱ控訴人らは,製造者においては自ら製造した石綿含有製品の材
料比率を正確に把握できると主張するが,特化則38条3による
作業場における警告表示義務を負うのは当該作業場の事業者で
あり,安衛法57条の表示義務を負うのは対象物を「譲渡し,又
は提供する者」であるから,これらの義務を負うものは製造者に
限られない。また,当時の測定技術によって測定できない含有量
のものについて,これらの義務を罰則をもって課したとしても,
規制権者たる国において義務違反の有無を客観的に判断するこ
とはできないのであるから,違反者に対して刑罰を科することが
できず,そのような規制にはおよそ実効性がない。
一般に事業者は,昭和50年から15年を経過した平成2年当
時においてすら,数%の単位の精度でしか石綿含有率を分析する
ことはできなかった。なお,平成7年に石綿を1%を超えて含有
するものを石綿含有物とするよう改正したのは,石綿含有量に係
る分析精度の向上に加え,建築材料を中心として含有率が5%以
下の製品が生産されるようになり,取扱いの方法によっては労働
者が高濃度の石綿に曝露するおそれもあることなどを踏まえて
のものであり,被控訴人国の規制の経緯に何ら不合理な点はな
い。
⒞ⅰ被控訴人国は,安衛法57条について,監督指導に当たって,
定められた表示がない場合又は不備がある表示を発見した場合
の措置等について定めた昭和49年3月28日基発第138号
「労働安全衛生法第57条に基づく表示制度の徹底について」を
発出するなど,昭和50年以前から適切に監督指導を行っていた
ところ,昭和51年4月14日付け基発第328号「職業性疾病
予防のための特別監督指導計画について」を発出して,安衛法5
7条の表示対象物への指導の強化を指示するなどしている。
ⅱ控訴人らの指摘する石綿スレート協会が作成した業界内部資
料(乙アA201)は,包装がされていない状態を念頭に置いて
おり,昭和53年に改正された安衛法57条2項に沿った対応を
協会員に依頼するものであることは明らかであり,何ら違法なも
のではない。さらに,被控訴人国が上記資料を入手した時期は平
成23年であり,被控訴人国が上記資料を所持しつつ違法行為を
容認していたなどということはあり得ない。
⒟警告表示は,それ自体が労働者の石綿粉じん曝露や石綿関連疾患
への罹患を防ぐものではなく,労働者に防じんマスクの着用等石綿
粉じん曝露防止対策を実行させるための契機を与える役割を持つ
に過ぎない。したがって,警告表示によって防じんマスク等の使用
により石綿粉じん曝露を防止する必要性があることが分かれば十
分であるから,それ以上に石綿により引き起こされる石綿関連疾患
の具体的な内容,症状等の記載,防じんマスクを着用する必要があ
る旨の記載を事業者に義務付ける作為義務が被控訴人国に生じる
ことを法令の解釈から導くことはできない。
昭和50年3月27日基発第170号「労働安全衛生法第57条
に基づく表示の具体的記載方法について」により示された「多量に
粉じんを吸入すると健康をそこなうおそれがあります」との表示
は,建材メーカーに対して表示内容を法的に義務付けたものではな
く,そもそも,安衛法57条に基づく表示の対象物は「労働者に健
康障害を生ずるおそれのある物」であるから,上記表示は同条の趣
旨に沿う内容であり,また,「少量の粉じんの吸引であれば安全で
ある」との誤解が生ずる余地はない。
b建築作業場における石綿取扱上の注意事項等の掲示の全面的義務
付け等
判決144頁)に記載のとおりであるから,これを引用するとともに,
上記aに同じ。
c石綿関連疾患についての特別教育実施の義務付け
被控訴人国は,旧労基法及び安衛則に基づく雇入れ時教育,じん
肺法に基づくじん肺教育等,その時々の知見に応じて必要な教育の
実施を事業者に義務付けてきた。
⒝雇入れ時教育は,有害物質の危険性等に関するその時々の知見に
応じた教育の実施を事業者に義務付けるものであるから,石綿のが
ん原性が一般的に認知された後は,当然そのような知見を内容に盛
り込んだ教育の実施が事業者に求められることとなる。
⒞特別教育の内容(石綿則27条2項に基づく告示)と雇入れ時等
教育の内容(安衛則35条各号)との間に違いはない。また,特別
教育は,法令上「危険又は有害な業務…に労働者をつかせるとき」
に実施すべきものとされ(安衛法59条3項),繰返しは義務付け
られておらず,他方,雇入れ時等教育は,作業内容を変更したとき
にも行われる(同条2項)。そもそも粉じん作業における保護具の
使用等は,繰り返し教育する必要があるほど複雑な内容ではない。
⒟平成4年1月1日基発第1号の通達において定められた,石綿含
有建築材料の施工業務従事者に対する労働衛生教育実施要領は,石
綿に関する正しい認識が得られるような内容であった。
さらに,付け加えれば,昭和50年以降,特定化学物質等作業主
任者は,講習を受けた上で修了試験に合格している者から選ばれる
のであって,石綿粉じんに関する十分な知識を有し,建設現場にお
いて適正な作業環境を保持する上で重要な役割を果たしており,そ
の活動について労働基準監督機関の監督指導による担保もあるか
ら,石綿の危険性についての知識の伝達はもとより,適切な防じん
マスクの使用等石綿の危険性に対する適切な対策に関する知識に
ついて,労働者に周知されるような規制が設けられていたといえ
る。
イ石綿含有建材の製造等の禁止措置に関する規制権限不行使の違法性
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第
これを引用する。
行政機関が,労働者に重度の健康障害を生ずる物について,安衛法
55条の委任に基づき製造等の禁止措置の対象物として指定するか
否かを判断するに当たっては,医学的・科学的知見のみならず,技術
面,経済面,国情に応じた社会的側面からの諸事情を総合的に考慮し
て決する必要があり,その判断基準は,控訴人らが主張する,①製造
又は取扱いの過程において労働者に重度の健康障害を生ずる物質で
あること,②現在の技術をもってしては,それによる健康障害を防止
する防護方法がない有害物であることの2要件に限定されるもので
はない。安衛法55条本文は「労働者に重度の健康障害を生ずる物」
と規定するのみである。
発がん性物質について閾値がないとされているのは,防護の観点か
ら対策を安全寄りに策定するための一つの考え方であり,石綿粉じん
曝露がどんなに少量であってもがんが発症すると断定できるもので
はない。また,昭和47年のIARC専門家会議でも,石綿の種類ご
とに中皮腫の発がんリスクが異なることが指摘されていたのである
から,石綿の種類によって適切とされる規制時期や規制の態様が異な
ってくることは当然である。
建設作業現場における石綿含有建材の管理使用が技術的に不可能
であるとはいえない。屋外作業における石綿含有建材の管理使用につ
いていえば,被控訴人国は,粉じん作業において防じんマスクの適切
な着用を図るとともに,作業工程の管理を通じて同時並行的な作業と
ならないようにして間接曝露の防止を図っており,特定化学物質等作
業主任者により適切な作業管理を行い,事業者が適切に安全配慮義務
を履行すれば,製品による難易はあるものの,技術的には管理使用が
可能で,石綿関連疾患の発生を十分に防止できたといえる。
平成初期(1980年代末)から平成6年前後(1990年代前半)
にかけても,石綿の製造等の全面的な禁止措置を執るだけの知見は集
積していなかった。すなわち,①平成元年のWHOの「石綿の職業ば
く露限界」の報告は,クリソタイルについては石綿関連疾患のリスク
が非常に小さい管理レベルを達成することが可能であるとしており,
その使用の禁止までは勧告しておらず,また,1980年代末にワグ
ナーらによって,石綿によるがんの発症などの重大な健康障害は専ら
クロシドライト,アモサイトなどの角閃石(アンフィボール)系によ
るものであるとするアンフィボール仮説が発表され,1990年代前
半にかけてこれを支持する者と否定する者との間で議論が継続して
いた。②アメリカ,EU,イギリス,フランスなど先進主要国の多く
では,石綿の全種類について製造等を禁止する措置は執られていなか
った。③石綿代替製品の開発が急速に進められ,吹付け材,パーライ
ト保湿剤に加え,ケイ酸カルシウム板については無石綿化に成功し,
フレキシブルボード,サイディング材,波型スレート,住宅用屋根材
については石綿含有量が低減化され,石綿への職業性曝露が抑止され
たものの,石綿含有製品を全て無石綿化するには,なお技術開発のた
めの時間が必要とされていた。④石綿代替物質の発がん性について適
切な評価ができるだけの研究に乏しく,いずれの物質についても発が
ん性が否定できない状況にあった。⑤被控訴人国は,「石綿含有建築
材料の施工作業における石綿粉じんばく露防止対策の推進について」
(平成4年1月1日付け基発第1号)を発出し,建設業における石綿
粉じん曝露防止対策を徹底したほか,使用中止を視野においた代替化
の促進,使用量の削減について指導を継続し,クロシドライトに加え,
平成5年には関係業界においてアモサイトの使用も中止された。⑥我
が国においては,クリソタイルについて適切に管理し安全に使用する
可能性を模索する考え方が支配的であり,平成4年12月に国会に提
出された「石綿製品の規制等に関する法律案」も厚生委員会に付託さ
れることなく廃案となった。
平成7年前後(1990年代後半)から平成14年前後(2000
年代前半)にかけて,石綿の製造等の禁止に係る医学的知見,技術的
知見がおおむね集積した。すなわち,①石綿代替繊維として使用され
ていたグラスウール,ロックウール及びスラグウールについて,平成
14年のIARCの専門家会議で「ヒトに対する発がん性については
分類できない」と再評価された。②経済産業省から委託された平成1
2年度無機新素材産業対策調査によれば,建材について無石綿化製品
への代替化が数年後に実現する可能性が相当にあることが指摘され
た。③主要先進国であるフランス,イギリス,EU等が石綿の全面的
な禁止の措置を執るに至った。④我が国においても,平成7年にクロ
シドライト及びアモサイトについて法的に製造等の禁止措置を執る
とともに石綿含有物に係る規制を強化した後,クリソタイルを含む全
ての石綿について製造等の禁止措置を執ることについて,徐々に社会
的なコンセンサスが形成されていった。
そこで,被控訴人国は,平成14年に学識経験者による「石綿の代
替化等検討委員会」を設置し,その検討結果を受けて,平成15年に
安衛令を改正し,その時点で非石綿製品への代替が困難なものを除
き,全ての石綿製品について,安衛法に基づき,その製造等を禁止す
る措置を執り,その後「石綿製品の全面禁止に向けた石綿代替化等検
討会」を設置して更に検討を加え,その結果等を踏まえて,平成18
年に石綿含有製品の製造等を全面的に禁止した。このような経緯等に
照らせば,被控訴人国が平成18年まで石綿の製造等の禁止措置を執
らなかったことに違法はない。
一人親方及び個人事業主は労働関係法令に基づく規制権限不行使による
違法について国賠法上の救済を求めうるか
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第5の
ア旧労基法42条の条文には労働者の文言はなかったが,旧労基法1条
は,「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充た
すべきものでなければならない。」と定め,法律の目的が労働条件を確保
することで「労働者」の保護を図ることにあることを明文をもって定めて
おり,さらに9条において,「この法律で労働者とは,職業の種類を問わ
ず,前条の事業又は事業所に使用される者で,賃金を支払われる者をい
う。」として労働者を定義づけ,同法の保護対象を明確にしていることか
らすると,旧労基法42条がこれらの規定を受けて労働者を保護する趣旨
の規定であることは明らかである。
イ安衛法は,1条で,「この法律は、労働基準法…と相まつて,労働災害
の防止のための危害防止基準の確立,責任体制の明確化及び自主的活動の
促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進する
ことにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な
職場環境の形成を促進することを目的とする。」と定め,2条2号で労働
者を「労働基準法第9条に規定する労働者」と定義している。その上で,
第4章の「労働者の危険又は健康障害を防止するための措置」において,
事業者には,労働者の危害を防止する措置の実施を,労働者には,事業者
が講じる措置に応じて必要な事項を遵守することを,それぞれ義務付け
(20条ないし26条),その具体的内容を省令に委任しているのであっ
て(27条1項),同法が労基法上の労働者の安全・健康の確保等をその
目的としていることは明らかである。
ウ安衛法1条によれば,安衛法は労基法と一体のものとして執行され,そ
の目的は,労働災害の防止に関する総合的計画的な対策を推進することに
より実現するものとされており,同法2条1号は労働災害の客体を労働者
に限定しているのであるから,同法1条の「快適な作業環境の形成」とい
う文言から,同法が労基法上の労働者に該当しない者も保護の対象として
いるとはいえない。
エ安衛法3条2項の規定は,「職場における労働者の安全と健康」の確保
を目的とした同法1条,3条1項を前提とするものであり,労働者以外の
者にまでその保護範囲を広げる根拠とはならない。
オ安衛法27条2項に関する控訴人らの主張も,同条1項の委任に基づき
省令で定められる事項が,「労働者の危険又は健康障害を防止するための
措置」として,安衛法20条以下で規定された内容を具体化したものとの
位置づけからすると,同条項は,公害その他一般公衆の災害の防止が他の
法令で規定されていることを前提に,厚生省令と他の法令との調整を図る
ように配慮を求めた規定に過ぎず,安衛法の保護対象を拡大することを趣
旨とするものとはいえない。
カ安衛法31条1項も請負人の使用する労働者を保護するために注文者
に義務を課す規定であり,労働者以外の者をも保護する規定ではない。
キ安衛法57条が安衛法55条,56条と並び規定されていることや,こ
れらの規定のいずれも「労働者に(重度の)健康障害を生ずるおそれのあ
る物」を規制対象と定めていることからしても,安衛法57条も保護の対
象は労働者である。
一人親方及び個人事業主について改正労災保険法34条に基づく規制権
限不行使の違法性の有無
控訴人らの主張は争う。
第4被控訴人国の建築基準法令に基づく指定・認定行為の違法性の有無(争点3)
について
1控訴人らの主張
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第3の1
判決97~103頁)に記載のとおりであるから,これを引
用する。
被控訴人国は,建築基準法2条7号ないし9号の建材に指定・認定すること
により石綿含有建材を普及,促進させてきたところ,石綿含有建材の生命・健
康被害に対する危険性の医学的知見が確立する一方,建築現場においては実効
性のある石綿粉じん対策が行われていなかったのであるから,管理使用を継続
するのであるならば,争点2において控訴人らが主張したような厳格な管理使
用がなされるための実効性のある条件を付して,指定・認定をすべきであるに
も関わらず,内閣及び建設大臣が昭和47年以降,石綿含有建材を建築基準法
2条7号ないし9号の建材に指定し又は認定する行為を漫然と続けたことは,
違法である。すなわち,内閣及び建設大臣が,遅くとも,①石綿の発がん性の
国際的コンセンサスが得られた昭和47年,②特化則改正で石綿製品の代替化
義務を定めた昭和50年,③石綿による健康障害に関する専門家会議の報告が
され,かつ,石綿製品の代替化が謳われて3年を経過したものの代替化が進ん
でいなかった昭和53年,④ILO石綿条約が締結され,石綿使用禁止,抑制
が世界的な傾向にあった昭和62年の各時点以降,かかる条件を付すことなく
漫然と指定・認定を繰り返したことは違法である。
2被控訴人国の主張
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第3の2
(原判決106~108頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
控訴人らの主張は,次のとおりいずれも前提に誤りがあり,失当である。
ア建築基準法2条7号ないし9号による耐火構造等への指定等に石綿含
有建材を含めるか否かにかかわらず,社会において石綿含有建材の流通,
使用が許容されている状況に変わりはない。建材を取り扱う労働者の保護
は,別途,労働関係法規による規制とそれを事業者が遵守することによっ
て実現されるべきものである。
イ耐火構造等への指定等の件数に石綿含有建材に係る指定等が多かった
としても,それは建材製造業者等による申請が多かったことを意味するに
すぎない。また,被控訴人国の住宅供給政策や石綿含有建材のJIS規格
化などの事情は,他の建材にも当てはまるものばかりである。被控訴人国
が他の建材と区別して石綿含有建材の普及を推進した事実はない。
ウ建設大臣は,建物全般における耐火構造の占める割合や耐火構造建築に
携わる建築作業従事者の人数について報告を受けておらず,建築作業従事
者が石綿粉じんに曝露する割合や頻度を認識,予測してはいない。
建築基準法2条7号ないし9号等に基づく耐火構造等の指定等は,建築基
準法及び建築基準法施行令による権限付与の趣旨に沿って行使される必要
があるところ,控訴人らが主張するような条件の付与は,建築基準法2条7
号ないし9号等による委任の範囲を超えるものであるから,かかる条件を付
与しなかったことが違法と評価される余地はない。
第5被控訴人国の建築基準法令に基づく権限不行使の違法性の有無(争点4)に
ついて
1控訴人らの主張
建築基準法2条7号ないし9号に基づき昭和47年以前になした石綿含
有建材の指定・認定を取り消さなかった権限不行使
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第4の
引用する。
前記第4の1で主張したところによれば,内閣又は建設大臣が,前記第4
の1で主張した各時期(吹付け石綿については,①ニューヨーク市で石綿吹
付け禁止を含む条例案が議会に提出されたことが参議院の地方行政委員会・
交通安全対策特別委員会連合審査会で採り上げられた昭和45年12月1
5日,②庁舎仕上げ標準(暫定修正版)の内部仕上げ表から石綿吹付けが削
除された昭和48年3月,③特化則が改正された昭和50年)以降に,既に
した指定又は認定を取り消さなかったことは,著しく不合理であって,違法
である。
建築基準法90条2項に基づき石綿粉じん曝露防止のための技術的基準
を定める政令の制定権限の不行使について
原判決113頁6・7行目の「工事関係人等への危害」を「工事関係人や
周辺の住民を含め,およそ人の生命身体に対する危害」に改め,次のとおり
判決113頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ア建築基準法90条1項の「危害」が物理的な損壊をもたらす危険に限定
されないことは,同項が「地盤の崩落,建築物又は工事用の工作物の倒壊
等」と規定し,危害の対象を限定せず「等」を付し,同項2項と相まって,
工事方法の進化・発展により新たに発生する危害についても適時・適切に
対応する趣旨のものであることから明らかである。さらに,建基令136
条の8が防火上必要な措置につき規定しているとおり,火気の使用によっ
て生じる事故を防止するための技術的基準として定められていること,建
築基準法90条の2,90条の3には「安全上,防火上又は避難上」など
の制限が付されているのに対して,同法90条1項の危害には制限が付さ
れておらず,衛生上,環境上の支障である有害が除去されていないことか
らも裏付けられる。さらに,同法10条1項は,「そのまま放置すれば著
しく保安上危険となり,又は著しく衛生上有害となるおそれがあると認め
られる場合においては」,行政庁が措置をとれると規定しているところ,
「保安上危険」及び「衛生上有害」という二つの概念を統一した概念が「危
害」と解釈される。そして,衛生上の有害な物質による健康被害は,即時
に起こるとは限らず,後日,疾病として生じることもあることからすれば,
工事施工の時点で健康被害が生じていないとしても,衛生上の有害物質に
曝露することが,建築基準法90条1項の危害から排除されるべきではな
い。
イ建設省住宅局監修の「詳解建築基準法<改訂版>」(平成3年11月
15日発行)によれば,建築基準法90条は,「建築物の建築,修繕,模
様替え又は除却のための工事の施工者が危害防止上しなければならない
必要な措置について定められたものである。」「建築工事現場においては,
従業者等の関係人に及ぼす損害のほか,特に市街地にあっては,周囲の第
三者(隣地その他近傍の土地,建築物,工作物等を含む)に及ぼす影響が大
きいので,工事関係人,一般通行人,隣接建築物,隣接地盤等に関連して
危害防止の技術的基準が令第7章の4に定められている。」とされ,さら
に「なお,特に現場内の労働者の安全な労働条件の確保に着目して,規制
しているものに労働安全衛生法令があるが,建築基準法令の適用が排除さ
れるものではないことに留意する必要がある。」ともされており,建築基
準法90条の保護対象に建築作業従事者が含まれることは明らかである。
石綿粉じんは,発じん作業場の周囲に飛散するから,石綿粉じん飛散防止
措置は,工事関係人のみならず周辺住民を含む,人の生命身体に対する一
般的な危害防止に必要な措置である。したがって,石綿粉じん曝露対策を
義務付ける政令の制定は,建築基準法90条2項の委任の範囲に含まれる
と解すべきである。
ウ以上によれば,内閣は,遅くとも昭和50年までに,建築基準法90条
2項に基づき,工事の施工に伴う一般的危害である石綿粉じん曝露による
危害を防止するため,①石綿粉じん作業場の明示,②発じん場所の密閉措
置,③発じん場所に対する局所排気装置あるいは集じん装置の設置,④防
じんマスクの着用の義務付けといった技術的基準を政令で定める義務を
負っていたにもかかわらず,これを怠った規制権限の不行使は,著しく不
合理であって違法というべきである。
2被控訴人国の主張
建築基準法2条7号ないし9号に基づく権限の不行使について
れを引用する。
建築基準法90条2項に基づく権限の不行使について
次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第2章第3節第4の
る。
第6章雑則の中に規定された建築基準法90条は,建築物又は敷地それ自
体の在り方を規制する単体規定及び集団規定を補充するものであることか
らすれば,それぞれの建築工事の持つ事故の危険性に着目した規定であり,
建築作業従事者といった被害を受ける人の属性に着目した措置を執ること
は目的としていないと解される。したがって,建設作業従事者の石綿粉じん
への長期・継続的な曝露による健康被害を防止するための規制を内容とする
政令を定めることは,同条2項の委任の範囲を超えるものであり,かかる政
令の制定権限の不行使が違法とされる余地はない。
第6被控訴人企業らの共同不法行為の成否(争点5)について
1控訴人らの主張
注意義務違反
ア石綿不使用義務違反とその始期
石綿含有建材の中でも石綿含有吹付け材は,発がん物質で特に飛散性が
高く,吹付け工のほか,周辺で作業をする者や吹付け作業後の工程に従事
する多くの者も,高濃度の石綿粉じんに曝露する特殊性があり,これを完
全に防ぐことは事実上不可能である。石綿吹付け材製造企業は,昭和40
年頃から石綿含有吹付け材の危険性や飛散性を認識しており,代替物であ
るロックウールも既に実用化されていたから,遅くとも,旧特化則で石綿
が微量で有害な作用をもたらすため第二類物質に指定された翌年の昭和
47年1月1日時点,どんなに遅くとも特化則が改正され石綿吹付け作業
が原則禁止された翌年の昭和51年1月1日時点には,石綿の重量比が
5%以下のものも含め,吹付け材について石綿不使用義務を負っていた。
それ以外の石綿含有建材についても,被控訴人企業らは,特化則で代替
化努力義務が課された翌年の昭和51年,その3年後の昭和54年,遅く
ともILO石綿条約が採択された翌年の昭和62年1月,どんなに遅くと
も平成7年時点には石綿不使用義務を負っていた。
したがって,上記時点以降も石綿含有建材を製造・販売した被控訴人企
業らには,石綿不使用義務違反がある。
イ警告義務違反とその始期
警告義務違反
a石綿粉じんの曝露によって,肺がん,中皮腫という極めて重篤な健
康障害を及ぼす危険性があることから,その危険の大きさに応じた適
切な内容,すなわち,「危険の内容」として,①当該建材に発がん性
の有害物質である石綿が含有されていること,②石綿含有建材を取り
扱う作業(吹付けや切断,穿孔,貼付け等の加工)で発生する石綿粉
じんに曝露すると肺がん,中皮腫に罹患する危険性があること,③特
に中皮腫は少量の曝露でも発症する危険性があること,④肺がん,中
皮腫は潜伏期間の長い遅発性の疾患であること,⑤肺がん,中皮腫は
重度の健康障害であり,発見されたときは手遅れのことが多く,死に
至る可能性があることを,「危険の回避方法」として,⑥国家検定に
合格した適切な防じんマスクを作業中は常時,確実に着用する必要が
あること,⑦石綿含有建材の切断等に当たっては,集じん機付き電動
工具を使用する必要があること等を,合理的に予見できる使用者であ
る建築作業従事者が十分に理解できるよう平易かつ具体的に記載し
て,伝達する必要がある。そして,石綿は容易に変質しないことから,
石綿含有建材の新規使用から廃棄までのプロセス全般にわたって実
効性のある警告をする必要がある。
b成形板及び保温材は,取付け作業を行う職種への警告として,個々
の包装の上に上記①~⑦の全てを表示する必要があるほか,包装され
ずに現場に搬入されることがある製品には個々の建材にシールを貼
付するなどして少なくとも①を表示し,また,成形板の取付け後の加
工,成形板及び保温材の補修・解体工事を行う職種への表示として,
個々の建材に少なくとも①を表示することが求められる。
吹付け材については,吹付け施工後に曝露する可能性のある者(電
工等)への警告として,施工箇所に石綿含有吹付け材が使用されたこ
とを明示する板状のラベルを表示することや,梱包袋などに,元請事
業者に対して「吹付け施工後に作業をする建設作業従事者に対しても
警告内容を伝える必要がある」旨を表示する必要があり,補修・解体
工事従事者に対する警告として,上記の板状の表示などをするほか,
施工業者又は元請事業者に対して,「工事発注者(建物所有者)に対
し,設計図書など吹付け材施工の記録を保管して,補修・解体工事に
際しては工事施工者にその事実を周知する必要があることを伝える
べきである」旨を梱包袋等に記載して伝えるべきである。
混和材については,左官等に対する警告として,梱包袋などに上記
①~⑥を表示し,補修・解体工事を行う職種への警告として,吹付け
材と同様の警告をする必要がある。
昭和50年基発第170号通達及び石綿スレート協会の指導で定
められた表示内容,いわゆる「a」マーク表示は,いずれも適切な警
告表示とはいえない。また,発がん物質である石綿について閾値が認
められていないから,石綿が重量比5%以下の建材でも警告義務を免
れない。
警告義務違反の始期
石綿関連疾患に関する知見の確立や進展状況,石綿粉じんに関する法
令の規制の経過,石綿含有建材の製造・販売量の増大とそれに伴う石綿
粉じん曝露の危険性の増大などからすれば,石綿建材企業は,石綿のが
ん原性(肺がん)の知見が確立した昭和40年,遅くても旧特化則が制
定された昭和46年,昭和49年1月1日,特化則が改正,施行された
昭和50年10月以降は,外装材のみを製造・販売した企業を含め,警
告義務違反の過失がある。
共同不法行為
ア主位的主張
原判決の「事実及び理由」中第2章
決161~166,169~170頁)に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
イ予備的主張(当審における追加主張)
「直接取扱い建材」に基づく主張(予備的主張1)
a被災者ごとの「直接取扱い建材」及び共同行為者
控訴人らは,国交省データベース平成25年2月版掲載の全石綿含
有建材及び混和材から,注意義務の始期以前に製造が終了したもの,
製造期間が足かけ3年未満のもの,販売地域,使用目的,特定の施行
代理店等の使用など被災者らが取り扱った可能性の低い建材を除外
した上で,職種の一般的な作業内容や作業対象に着目して絞込みを行
い,職種ごとに直接取り扱う可能性のある建材を特定した(別紙5【別
紙1】。以下,イで参照する別紙別表はいずれも「別紙5」のもので
ある。)。これを前提に,被災者ごとに就労期間と製造期間の関係,
作業した建物の種類等の就労実態など個別の事情を踏まえて,被災者
が自ら直接取り扱った可能性のある石綿含有建材を特定したが,職種
ごとの限定事由により除外された石綿含有建材でも被災者に特別な
事情があれば個別に復活させた(以下,「直接取扱い建材」という。)。
被災者ごとの直接取扱い建材を製造・販売した石綿建材企業全てが予
備的主張1における共同行為者となる(控訴人準備書面【企業18】,
【企業23】及び【企業25】の各別冊参照)。
b民法719条1項前段及び同項後段の該当性
予備的主張1における共同行為は,被災者らが建築作業に従事する
際に,加害者として特定された被控訴人企業らが,当該直接取扱い建
材を製造・販売して建材市場の流通に置いた行為である。直接取扱い
建材からの直接曝露は,高濃度の粉じんへの曝露が長期間にわたり恒
常的に繰り返されるから,当該建築作業従事者にとって,総体として
の石綿粉じん曝露の主要な部分を占めるものといえ,石綿関連疾患の
全部又は主要な原因と評価できる。そして,特定の建築作業従事者に
対応した直接取扱い建材を製造・販売した石綿建材企業らは,その製
造・販売行為によって,当該建築作業従事者が直接に取り扱う建材全
体の中に当該石綿含有建材が相当の比率で含まれているという,損害
発生の危険を伴う状態を共同して作出したものといえ,特に昭和50
年以降は,特化則による石綿の代替化努力義務及び安衛法57条によ
る警告表示義務を共同して負ったにもかかわらず,各社の石綿含有建
材の製造・販売を認識しながら,同時並行的にこれらの義務違反を行
った。そうすると,各被災者との関係で特定された直接取扱い建材は,
被災者が作業した建築作業現場に到達した相当程度の可能性があり,
また,その製造・販売行為には当然に関連共同性が認められるから,
民法719条1項前段又は同項後段に該当する。
「主要曝露建材」に基づく主張(予備的主張2)
a総論
「主要曝露建材」と被災者への到達の高度の蓋然性
各被災者らは,いずれも多数の建築現場で作業に従事した結果,
石綿関連疾患を発症したのであるから,その原因が石綿含有建材に
あることが明らかである。それらの種類や製造・販売企業を全て正
確に特定することは不可能であるが,前記のとおり特定された直接
取扱い建材の中から,さらに被災者の石綿粉じん曝露の主な原因と
なった建材(以下「主要曝露建材」という。)の種類を絞ることが
可能である。そして,この主要曝露建材を製造・販売した企業の中
でも高いシェアを有する企業の製造・販売した製品は,長年にわた
って建築作業に従事し,多数の現場を経験した当該被災者に対し
て,相当多数回にわたって到達した高度の蓋然性を認めることがで
きる。
すなわち,次のような方法で,被災者ごとの主要曝露建材を製造・
販売した石綿建材企業を特定し,その製造・販売に係る主要曝露建
材が相当多数回にわたって被災者に到達した高度の蓋然性がある
ことを主張・立証する。第1に,直接取扱い建材の中から,被災者
の職種や作業内容により日常的に頻繁に取り扱う可能性があり,か
つ主要な石綿粉じん曝露の原因となった主要曝露建材を特定した。
第2に,上記の主要曝露建材を製造・販売した企業のうち,概ね1
0%以上の高いシェアを有する企業を共同行為者に特定した。第3
に,製造・販売期間と各被災者の就労期間の重複,被災者が経験し
た現場数を明らかにして,上記の共同行為者の製造・販売行為(加
害行為)は,当該被災者に到達した高度の蓋然性が認められ,しか
も相当多数回にわたって到達したと合理的に推測することができ
る。
⒝択一的競合(民法719条1項後段の適用)
ある被災者との関係で共同行為者として特定された石綿建材企
業の各加害行為(主要曝露建材の製造・販売行為)のいずれも又は
その一部が,当該被災者に発症した石綿関連疾患についての絶対的
曝露と評価できる期間(石綿肺では石綿吹付け作業については1年
以上,それ以外の作業については10年以上,肺がんでは10年以
上,中皮腫では1年以上)にわたって到達した相当程度の可能性が
ある場合には,択一的競合の要件を充たし,民法719条1項後段
により,損害の発生と上記各行為との因果関係が推定され,石綿建
材企業は,自己の行為と発生した損害との間の一部又は全部に因果
関係がないことを主張,立証しない限り,その責任の一部又は全部
を免れない。
⒞相加的(重合的)競合(民法719条1項後段の類推適用)
ある被災者との関係で共同行為者として特定された石綿建材企
業の加害行為が絶対的曝露に至らず,択一的競合の要件を充たさな
くとも,加害行為が相加的(重合的)に累積して石綿関連疾患を発
症させているときは,719条1項後段が類推適用されるべきであ
る。また,少なくとも,複数の行為が相加的に累積して被害を発生
させていること(客観的共同)と,各行為者が他者の同様の行為を
認識しているか,少なくとも自己と同様の行為が累積することによ
って被害を生じさせる危険があることを認識していること(主観的
要件)を要件に,民法719条1項後段が類推適用されるべきであ
る(福岡高裁平成13年7月19日判決・判例時報1785号89
頁参照)。被災者が現に発症している石綿関連疾患は,共同行為者
の製造・販売した主要曝露建材から発散する石綿粉じん曝露が絶対
的曝露と評価し得ないとしても相加的(重合的)に累積することに
よって発症しており,客観的共同の要件を充足する。加害者として
特定された被控訴人企業らは,建築現場で建設作業従事者が自ら製
造・販売した石綿含有建材を直接取り扱う作業に従事しその過程で
発散する石綿粉じんに曝露すること,石綿粉じん曝露により石綿関
連疾患が発症すること,建設作業従事者が長期間にわたり多数の建
築現場で建築作業に従事しており他者の石綿含有建材から発散す
る石綿粉じんに曝露する可能性があることを認識していたから,主
観的要件も充足する。
以上いずれにせよ,民法719条1項後段が類推適用され,当該
被災者との関係で主要曝露建材を製造・販売した被控訴人企業は,
被災者に生じた損害について連帯して損害賠償の責任を負い,減免
責を受けるためには,自己の寄与割合を主張・立証する必要がある
というべきである。
b各論(被災者ごとの検討)
左官工
左官を主たる業務としていた被災者は,【別紙左官-1】記載の
4名である。
左官工全員が共通して直接取り扱う石綿含有建材は混和材であ
る。石綿含有吹付け材が使用された鉄骨造建物及び鉄筋コンクリー
ト造建物に従事した者は,それらの壁や天井を塗る際にはみ出した
吹付け材を剥がす作業や,塗り作業前の清掃作業で吹付け材に直接
接触した可能性があるが,必ずこれらの作業を行うわけではないこ
とから,吹付け材は左官工の主要曝露建材ではない。他方で,混和
材は,石綿含有率,飛散性とも高く,左官工がほとんど毎日取り扱
ってその粉じんに曝露していたから,いずれの左官工にとっても混
和材からの石綿粉じん曝露が主要な曝露原因となっており,混和材
の製造・販売行為と上記4名の石綿関連疾患の発症との因果関係は
容易に認められる。
そして,【別紙左官-2】のとおり昭和31年から平成3年まで
の35年間,混和材は被控訴人ノザワが製造・販売した「テーリン
グ」しか存在していなかったから,上記4名全員がそれに含まれる
石綿粉じんに絶対的曝露していたと評価することができ,他の加害
企業の加害行為との関係で,択一的競合の関係に立つから,被控訴
人ノザワは民法719条1項後段の適用により上記4名に生じた
全損害を賠償する責任を負う。
⒝保温工
主たる職種が保温工である被災者は,控訴人番号13,同23で
ある。保温工が一般的に常時直接に取り扱う石綿含有建材は,【別
紙保温2-3】記載の保温材(被控訴人ニチアス,同エーアンドエ
ーマテリアル,同日本インシュレーション,同神島化学工業ほか全
6社,5種類,21製品)である。同12は配管工であるが,主に
プラントで就労しており,保温材が石綿粉じん曝露の主要な原因で
ある。
保温材は,上記のとおり製造企業がわずか6社に限定され,飛散
性が特に高いことから,控訴人番号13及び同12の主要な曝露原
因となっており,また,上記2名はいずれも【別紙現場数一覧表】
のとおり多数の現場を渡り歩いていたから,上記6社が製造・販売
した保温材は上記2名に到達した高度の蓋然性がある。また,控訴
人番号23は,昭和50年頃までに取り扱った建材の8~9割が被
控訴人神島化学工業のダイヤライトであり,同年頃以降は同ニチア
スの3製品が2割程度,同エーアンドエーマテリアルの4製品が3
~4割程度,同日本インシュレーションの4製品が3~4割程度で
あったことを記憶しており,その余の製品から曝露した可能性は著
しく低い【別紙保温2-2】。そして,上記6社(控訴人番号23は
上記4社)の保温材の製造・販売行為は,相加的(重合的)競合に
おける客観的共同の要件及び主観的要件をいずれも充足している
ことは明らかであり,民法719条1項後段が類推適用される。
⒞電工
電工を主たる業務としていた被災者は,【別紙電工-1】記載の
4名である。
上記4名のうち控訴人番号31,同36,同66が直接取り扱っ
た石綿含有建材は,①躯体に吹き付けられた吹付け材の除去・剥離
作業や作業中に接触することにより飛散する耐火被覆を用途とす
る吹付け材(吹付け石綿,石綿含有吹付けロックウール,湿式石綿
含有吹付け材),②耐火被覆作業時に加工する耐火被覆板各種,③
天井や壁などの開口作業時に加工する壁・天井材各種であるが,①
吹付け材は,極めて高い飛散性を有し,高濃度曝露をもたらし,曝
露作業が長時間に及ぶのに対し,②及び③の板材の切断作業は電動
工具を使用せず作業時間も多いとはいえないことから,上記3名の
主要曝露建材は吹付け材である。
そして,【別紙電工-2,3】のとおり,石綿含有吹付け材は被
控訴人ニチアス,同エーアンドエーマテリアル,同ノザワ,同太平
洋セメント,同日東紡績,同新日鉄住金化学,同ナイガイ,同日本
バルカー工業ほか全9社から3種類25製品が製造・販売された
(国交省データベースには,石綿含有吹付けバーミキュライト及び
同パーライトも挙げられているが,これらは内装仕上げ材であり,
電工の作業内容は内装仕上げ前のものであるから,除外した。)が,
共同行為者数が9社と少なく,【別紙現場数一覧表】のとおり電工
として数十年にわたり数百から千を超える建築現場で作業に従事
した上記4名は,いずれかの現場において上記9社の製造・販売し
た石綿含有吹付け材を直接取り扱った高度の蓋然性があり,また,
上記9社の行為は,相加的(重合的)競合における客観的共同及び
主観的要件をいずれも充足しており,民法719条1項後段が類推
適用される。
控訴人番号70については,7割を超えて鉄骨造・鉄筋コンクリ
ート造建物に従事したのが昭和62年以降であることから吹付け
材,耐火被覆板は主要曝露建材とはいえず,相当多数回にわたって
到達した高度の蓋然性のある主要曝露建材は,【電工・別表】のと
おりエーアンドエーマテリアル,ノザワ,ニチアス,大建工業,エ
ム・エム・ケイの被控訴人5社が製造・販売した石綿含有スレート
ボード・フレキシブル板,同・平板,石綿含有けい酸カルシウム板
第1種及び石綿含有ロックウール吸音天井板であり,上記5社の行
為につき民法719条1項後段が類推適用される。
⒟配管工
主たる職種が配管工である被災者は,【配管工・別紙1】記載の
11名である。
配管工は,①鉄骨造建物及び鉄筋コンクリート造建物で,配管の
設置作業時に支持金具の取付けのため天井裏で鉄骨に吹き付けら
れた吹付け材を削り落とす作業及び改修工事時における天井裏で
の作業で吹付け材3種類に,②スリーブ工事のため躯体や間仕切り
貫通部分に穴を開ける作業で各種内壁材に,③主に鉄骨造建物及び
鉄筋コンクリート造建物で保温材を切断・加工して配管に設置する
作業で保温材に,④石綿セメント円筒(耐火二層管,石綿二層管,
トミジ管ともいう。)を電動工具で切断・加工する作業で石綿セメ
ント円筒に,それぞれ曝露したが,①吹付け材はその飛散性が極め
て高く除去作業等には高濃度の曝露が伴うこと,配管工の吹付け材
の削り落とし作業では大量の粉じんを直接浴び,改修工事でも狭い
天井裏で経年劣化や接触により剥離して飛散・浮遊する石綿粉じん
に曝露するなど,高濃度曝露と同視し得る曝露があり,作業時間も
相当長いこと,④石綿セメント円筒の切断・加工の頻度も少なくな
いこと,これに対し,②各種内壁材の切断・加工作業は電動丸鋸を
使用せず切断量も多くはなく,③保温材の切断は本来保温工が行う
ことが多いことから,上記11名の主要曝露建材は原則として吹付
け材3種類と石綿セメント円筒であり(ただし控訴人番号64は吹
付け材3種類),被災者によっては保温材も主要曝露建材となった。
そして,上記11名の主要曝露建材はそれぞれ【配管工・別紙2】
のとおり限定されており,配管工として【別紙現場数一覧表】のと
おり長期間多数の現場で作業に従事した上記11名は,それぞれい
ずれかの現場で吹付け材,石綿セメント円筒及び保温材を製造・販
売した被控訴人企業8社(ニチアス,エーアンドエーマテリアル,
ノザワ,太平洋セメント,日東紡績,新日鉄住金化学,ナイガイ,
日本バルカー工業)の石綿含有建材を直接に取り扱った高度の蓋然
性があり,また,上記被控訴人企業8社は,相加的(重合的)競合
における客観的共同要件及び主観的要件を充足しており,民法71
9条1項後段が類推適用される。
大工
大工を主たる業務としていた被災者は,【別紙大工-1】記載の
合計37名である。
大工は,建物の構造にかかわらず,内壁材や天井材,間仕切り材
などの内装材に必要に応じて切断,穿孔,研磨などの加工を行い,
木造建物では,外装材である軒天材などに上記同様の加工を行い,
鉄骨造建物及び鉄筋コンクリート造建物では,耐火被覆板の加工と
吹付け材を削る作業があった。
大工が一般的に直接取り扱う石綿含有建材の種類は,【別紙1】
大工欄記載の石綿含有吹付け材3種類(①~③),耐火被覆板等2
種類(⑪,⑫),ボード類16種類(⑮~㉗,㉙~㉛)の合計21
種類であるが,その機会が多いのはボード類16種類であり,この
うち11種類(⑮~㉓,㉖,㉗)は電動工具によって加工されるこ
とが予定されており石綿粉じんを大量に発散するが,その余の5種
類(㉔,㉕,㉙~㉛)は電動工具では加工せず,石綿含有吹付け材
の剥離作業や耐火被覆板の加工の機会は格段に少ないから,上記1
1種類が上記37名の主要な曝露原因である。そして,スレートボ
ードの中で⑮フレキシブル板,⑯平板,㉓けい酸カルシウム板第1
種の3種類が占める比率は94%(昭和53年),92.5%(平
成2年)と非常に高く,上記11種類の中でも圧倒的に上記3種類
が占めているといえるのであって,上記3種類は,上記37名に到
達した高度の蓋然性があり,その主要な曝露原因となったものと考
えられる。
国交省データベースによれば,上記3種類の製造販売企業と製品
数は,⑮15社82製品,⑯15社47製品,㉓30社122製品
であるが,市場占有率は,⑮につき被控訴人エーアンドエーマテリ
アル(旧浅野スレート,朝日石綿工業),被控訴人ノザワ,被控訴
人エム・エム・ケイ(旧三好石綿)の3社で96%(昭和43年),
82%(同44年),74%(同45年),⑯につき上記3社で4
2%(同43年),39%(同44年),62%(同45年)であ
り,㉓では被控訴人ニチアス(旧日本アスベスト),同エーアンド
エーマテリアル,同大建工業,同エム・エム・ケイ(旧三菱セメン
ト建材)の4社で91%(昭和52年)と寡占状態であったから,
被控訴人エーアンドエーマテリアル,同大建工業,同ノザワ,同ニ
チアス及び同エム・エム・ケイの5社が製造・販売した上記3種類
が上記37名に到達した可能性は極めて高い。そして,【別紙大工
-2】のとおり,上記5社は,短くとも16年間,長いものでは半
世紀にわたり上記3種類を製造・販売し続ける一方,上記37名は,
【別紙現場数一覧表】のとおりそれぞれ長年にわたり数百から千を
超える建築現場で作業に従事したから,いずれも上記5社(控訴人
番号21については被控訴人大建工業を除く4社)の製造・販売し
た上記3種類を直接に取り扱った高度の蓋然性があり,また,上記
5社(同)の上記3種類の製造・販売行為は,相加的(重合的)競
合における客観的共同の要件及び主観的要件を充たしており,民法
719条1項後段が類推適用される。
もっとも,上記37名は,建築工事の工程のほぼ全部に関与し,
上記3種類以外の石綿含有建材をも直接取り扱った相当程度の可
能性があることから,一定の寄与率減額はあり得ることであるが,
上記5社は上記3種類以外の石綿含有建材の製造・販売企業の多く
も占めているから,減額すべき寄与率はわずかである。
⒡塗装工
塗装を主たる業務としていた被災者は,【別紙塗装-1】記載の
4名である。
塗装工の作業内容は,①塗装作業前の清掃作業,②鉄骨等を塗装
する際にそこに付着した吹付け材をこそぎ落とす作業,③塗装の下
地調整としてモルタル壁やボードの表面を平滑にする作業,④塗り
直しのための外壁や屋根のけれん作業などであり,①では前工程で
飛散し堆積したボード類や吹付け材の石綿,②では吹付け材の石
綿,③では混和材やボード類の石綿,④では外壁材や屋根材の石綿
が飛散するが,ボード類,外壁材,屋根材は石綿含有率や飛散性が
相対的に高くはない。
上記4名のうち控訴人番号15は,木造建物における作業が8割
を占めていたから吹付け材にはほとんど接触しておらず,昭和31
年から平成3年までの35年間被控訴人ノザワが製造・販売してい
た混和材のテーリングに含まれる石綿粉じんに絶対的曝露してい
たと評価することができ【別紙塗装-2の1】,被控訴人ノザワの
行為は択一的競合の要件を充足しており民法719条1項後段が
適用される。このほか,エーアンドエーマテリアル,大建工業,ニ
チアス,ノザワ,エム・エム・ケイの被控訴人5社が製造・販売し
た石綿スレート・フレキシブル板,同・平板,けい酸カルシウム板
第1種も,同控訴人の主要曝露建材として追加する。
その余の3名は,鉄骨造の建物の作業にも相当程度従事したか
ら,【別紙塗装-2の2】のとおり,前記⒞の石綿含有吹付け材3
種類及びテーリング(合計4種類,26製品,メーカーは前記⒞の
9社)が主要な曝露原因といえる。上記3名は,【別紙現場数一覧
表】のとおりそれぞれ40年以上の就労期間中に渡り歩いた建築現
場数が極めて多く,主要な曝露原因となった建材が上記のとおり限
定され,それらの製造・販売期間と上記3名の就労期間が相当長期
にわたり重複することから,上記9社が製造・販売した上記建材は,
上記3名がそれぞれ就労していた相当多数の建築現場に到達した
高度の蓋然性があり,また,上記9社の行為は,上記3名との関係
でいずれも相加的(重合的)競合における客観的共同の要件及び主
観的要件を充たしており,民法719条1項後段が類推適用され
る。
⒢板金工
板金を主たる業務としていた被災者は,【板金工・別紙-1】記
載の3名である。
板金工が一般的に直接取り扱った石綿含有建材は,【別紙1】の
板金工欄記載の建材から,㉟窯業系サイディング,㊱複合金属系サ
イディングを除外した,㉝住宅屋根用化粧スレート,㊲スレート波
板・大波,㊳同・小波,㊴同・その他の4種類186製品である。
㉝については,昭和36年から同45年まではクボタが独占的に,
昭和46年から平成13年まではクボタと被控訴人ケイミュー(旧
松下電工外装)の2社の寡占状態にあり,昭和62年から平成元年
までは被控訴人積水化学工業も9.9%~10.2%のシェアを有
していた。㊲~㊴については,被控訴人エーアンドエーマテリアル
(旧浅野スレート,朝日石綿工業),同ウベボード,同ノザワ,同
エム・エム・ケイの4社がそれぞれスレート波板全体の10%前後
から40%のシェアを占めていた。【別紙現場数一覧表】のとおり
多数の現場で作業した上記3名は,上記被控訴人らの建材を使用し
て曝露した高度の蓋然性があり(㊲~㊴は,木造家屋工事がほとん
どであった被災者控訴人番号65,同75の主要曝露建材から除外
する。被控訴人ウベボードの㊲~㊴も,専属のスレート職人しか扱
わないとされており,同34がこれに当たるか不明であるので除外
する。【板金工・別紙-2】),また,上記被控訴人らは相加的(重
合的)競合の客観的共同の要件及び主観的要件を充足する。
⒣解体工・鳶
解体工・鳶を主たる業務としていた被災者は,【別紙解体工-
1】記載の6名である。
解体工・鳶が直接取り扱う石綿含有建材は合計122社,142
9製品となるが,このうち,大気汚染防止法2条12号にいう特定
建築材料に該当し,石綿則において解体等の作業の危険度がレベル
1,2として規制されている石綿含有吹付け材,石綿含有保温材等
(【別紙1】の①~⑭)は,いずれも主要な汚染源であるほか,環
境省が設けた「建築物の解体等における石綿飛散防止検討会」(平
成17年)の調査結果において高濃度の曝露が報告された石綿含有
スレートボードのうち出荷量のほとんどを占めるフレキシブル板,
平板(【別紙1】の⑮,⑯),石綿含有けい酸カルシウム板第1種
(同㉓)も,発症の原因となった危険性が高い。そして,主に(6
割以上)鉄骨造建物の解体を行ってきた者は,特定建築材料に該当
する14種類が,専ら木造建物の解体に携わった者は,特定建築材
料以外の3種類が,鉄骨造建物での解体が同程度か不明な者につい
ては,上記合計17種類が,それぞれ主要な曝露建材となると考え
られる。
上記14種類の製造・販売企業で被控訴人となっているのは,被
控訴人エーアンドエーマテリアル,同ノザワ,同ニチアス,同ナイ
ガイ,同新日鉄住金化学,同神島化学工業,同太平洋セメント,同
日東紡績,同日本インシュレーション,同日本バルカー工業の10
社であり,上記3種類の市場を寡占していたのは,前記とおり
被控訴人エーアンドエーマテリアル,同大建工業,同ノザワ,同ニ
チアス,同エム・エム・ケイの5社であり,したがって,上記17
種類の製造・販売をした被控訴人企業は,上記10社に同大建工業,
同エム・エム・ケイを加えた12社となる。そして,各被災者の就
労期間,経験した現場数(【別紙現場数一覧表】)や建物の構造・
種類に応じて発症原因となった建材の種類と製造・販売企業を限定
すると,控訴人番号22は10種類,上記10社に,同19は13
種類,上記12社に,同56,同57はそれぞれ3種類,上記5社
に,同27は13種類,上記12社に,同番号49は10種類,上
記10社に,それぞれ限定され,それぞれの被控訴人企業はいずれ
も相加的(重合的)競合の要件を充足しており,民法719条1項
後段が類推適用される。
⒤被災者控訴人番号24,タイル工
【別紙タイル-1】記載の被災者控訴人番号24は,【別紙タイ
ル-2】記載のとおり,昭和60年1月から平成20年12月まで,
タイル工として建築作業に従事したほか,昭和48年4月から昭和
52年3月まで,被控訴人エーアンドエーマテリアルの耐火被覆板
「ブロベストボード」の切断作業に従事した。
タイル工は,①建物の床や壁に漆喰やモルタルを塗る作業,サッ
シ周り,土間コンクリートならし,天端ならしなどの作業を行うた
め,モルタルやプレミックス材を練る際に,混和材を混ぜ合わせる
作業,②鉄骨造建物,鉄筋コンクリート造建物の壁や天井を塗る際
にはみ出している吹付け材を剥がす作業,塗り作業の前に床に積も
った粉じんの清掃作業などに従事するが,前記の左官工と同様の
理由で,主たる曝露原因は混和材である。被災者控訴人番号24が
タイル工として就労していた期間に被控訴人ノザワの混和材であ
るテーリングが到達していることは明らかであり,混和材を製造・
販売した被控訴人ノザワ,同太平洋セメント,同日本化成ほか3社
は重合的競合の要件を充足していた。
また,被控訴人エーアンドエーマテリアルが製造・販売した耐火
被覆板であるブロベストボードが被災者控訴人番号24に到達し
たことは明らかであるところ,ブロベストボードは,石綿含有率が
40%で,含有石綿の種類が茶石綿であるため,混和材と同程度の
危険性があって,被災者控訴人番号24の発症に寄与したことは明
らかであり,被控訴人エーアンドエーマテリアルも相加的(重合的)
競合の要件を充足していた。
したがって,被控訴人エーアンドエーマテリアル,同ノザワ,同
太平洋セメント及び同日本化成は,被災者控訴人番号24との関係
で共同不法行為責任を負うべきである。
⒥鉄骨工
鉄骨工を主たる業務としていた被災者は,【別紙鉄骨工-1】記
載の控訴人番号58である。
鉄骨工が一般的に直接取り扱う石綿含有建材は,躯体からの除
去・剥離作業や作業中に接触することにより発じんする各種吹付け
材(【別紙1】記載①~③),耐火被覆作業時に加工する同⑪石綿
含有けい酸カルシウム板第2種,天井や壁などの開口作業時に加工
する壁・天井材・床材各種(同⑮~㉚)であるが,吹付け材が極め
て高い飛散性を有していてその除去・剥離作業は石綿粉じんの高濃
度曝露をもたらすこと,鉄骨工は溶接・切断作業の際にも吹付け材
を除去して溶接部位等を露出させるがその作業が相当長時間に及
ぶこと,溶接・切断作業に伴う天井材・床材の撤去作業は電動工具
を用いることは少なく作業時間も比較的限定されることなどから,
被災者の石綿関連疾患の発症は吹付け材の除去,剥離作業によるも
のであることは容易に推認される。
上記吹付け材を製造・販売したのは前記⒞の9社であり,建物新
築から解体までのスパンを20年としても,【別紙鉄骨工-2】記
載のとおり各製品の製造・販売開始から20年以降と上記被災者の
鉄骨工としての就労期間とが相当長期にわたり重複することから,
上記9社が製造・販売した各製品が上記被災者に到達した高度の蓋
然性があるというべきであり,また,上記9社が相加的(重合的)
競合の要件を充足していることは明らかであるから,民法719条
1項後段が類推適用されるべきである。
⒦被災者控訴人番号53
同被災者は,空調用ダクトを組み立て,保温材を切断してダクト
に巻き付け,天井裏に潜り込んで吹付け材を剥がしながら設置作業
を行ったほか,修理,解体作業も行っており,耐火被覆材として用
いられる吹付け材3種類(【別表1】①吹付け石綿,②石綿含有吹
付けロックウール,③湿式石綿含有吹付け材),使用建物がプラン
ト等ではない保温材2種(同⑦石綿含有けい酸カルシウム保温材,
⑩石綿保温材)を直接取り扱い,それらの石綿粉じんに直接的に曝
露した可能性がある。これらの建材は,石綿粉じんの飛散性が高く
主要な曝露原因となっており,その製造・販売企業13社(うち被
控訴人企業はエーアンドエーマテリアル,ナイガイ,日東紡績,ニ
チアス,太平洋セメント,日本バルカー工業,ノザワ,新日鉄住金
化学,日本インシュレーション,神島化学工業)が同被災者の関係
における共同行為者である。
2被控訴人企業らの主張
被控訴人企業らの原審以来の主張は,原判決の「事実及び理由」第2章第3
節第7の2(原判決170~184頁)記載のとおりであるから,これを引用
する。また,控訴人らの予備的主張に対する被控訴人企業らの主張は,民法7
19条1項後段の適用又は類推適用は,各被災者の作業現場に被控訴人企業の
建材が到達したことが要件となり,共同行為者を特定する必要があること,控
訴人らの主張する時期に石綿不使用義務はなく,被控訴人企業に警告義務違反
もないことなどである。このうち予備的主張2で主要曝露建材の製造・販売企
業とされている被控訴人企業らの主張は,次のとおりである。
被控訴人エーアンドエーマテリアル
ア共同行為者として特定された企業以外の石綿粉じんに曝露して石綿関
連疾患を発症した可能性がある限り,択一的競合関係はなく,民法719
条1項後段の適用は許されない。また,単独の行為が重合して現実に発生
した損害をもたらしているという相加的(重合的)競合が認められるため
には,少なくとも共同行為者の製品に係る石綿粉じんが当該被災者に到達
したという到達の因果関係が高度の蓋然性をもって証明される必要があ
るほか,客観的共同と主観的要件も求められるべきである。控訴人らは,
自ら直接取り扱った建材以外の建材からの複合的,間接的,累積的曝露と
いう他原因の存在を自認している。
イ共同行為者の認定に当たっては,石綿非含有建材も含めた競合建材の生
産量や出荷量を議論しなければならないはずである。また,建材メーカー
においても,20年以上前の数値はもちろん,現在の数値であっても正確
なシェアを算出することは不可能であり,控訴人らが依拠する資料も推計
の根拠は不明である。また,建材が製造工場から建設現場で使用されるま
での間に多数の商社や卸売業者が介在して,それぞれの経営判断によって
在庫を増減させたり仕入先や販売先を変更しており,シェアを維持したま
ま被災者に到達することはない。しかも旧朝日石綿工業では製造したスレ
ート波板(小波,大波)の一定割合(東京では昭和40~50年代で5~
6割,大阪では昭和43~45年頃で8~9割,高松では昭和45~51
年頃で1~2割程度)を出荷せずに自社で受注した工事に使用していたこ
とが考慮されていないのも誤りである。
被控訴人クボタ,同ケイミュー
ア民法719条1項後段が適用される択一的競合は,他に疑うべき者がい
ないなど要件が極めて限定されており,累積的競合や重合的競合は,いず
れも到達の立証がされたことを前提とする類型である。マーケットシェア
から到達の事実を推認することはできず,各製品の特徴や被災者の曝露歴
など個別具体的事実が問題とされるべきである。マーケットシェアは随時
変遷するのが通常であって一時期の資料から他の期間を推認するのは不
合理である。建材に触れる可能性を議論するとすれば,本来は個別の被災
者が取り扱った建材全体を分母としたシェアが議論されなければならな
い。屋根工が屋根材しか取り扱わなかったとしても,屋根材全体に占める
住宅屋根用化粧スレートの割合は,平成14年に17.3%,平成15年
に16.2%であり,住宅屋根用化粧スレート市場における旧松下電工外
装のシェアは32.8%程度であったから,問題とされるべきマーケット
シェアは前者に後者を乗じた5.54ないし5.18%にすぎず,これら
全てが石綿を含むものでもなかった。
イ板金工は建物内外の金属板の加工,取付け作業を行う者であり,住宅屋
根用化粧スレートの施工を行うことがあっても例外的である。また,被控
訴人ケイミューの住宅屋根用化粧スレートの主要な用途は戸建住宅であ
り,鉄骨造建物及び鉄筋コンクリート造建物に通常使用される経験則はな
い。
ウ石綿含有屋根材の施工に伴う石綿粉じんの時間荷重平均曝露濃度は,慶
応大学が昭和62年5月に測定した押切カッターによる切断及び葺上作
業時の個人曝露濃度を元に保守的に見積もっても,0.0017本/㎖にす
ぎず,そもそも石綿関連疾患の原因となることは考えられない。上記濃度
は,昭和49年から平成9年までの許容濃度2本/㎖,平成13年に承認さ
れた最も厳格な評価値0.015本/㎖を下回るから,被控訴人ケイミュー
には自社製品の危険性につき注意義務の前提となる予見可能性がなく,他
社製品からの曝露に起因する石綿関連疾患の発症について注意義務を負
うものではない。被控訴人ケイミューの石綿含有屋根材は押切カッターで
切断されるものであるが,例外的にサンダーで切断されたとしてもその石
綿粉じん濃度測定結果は0.14本/㎖(15分の作業時間)であり評価値
の0.15本/㎖を下回っている。
エ建材を購入するのは建設現場の環境を把握し現場作業者に注意喚起を
行うべきビルダーや工務店等であり,控訴人らも建設現場で安全作業を行
うことができるよう教育・訓練された専門職人であることも踏まえると,
昭和53年以降,専門店・工事店等に対する文書の配布,施工者に対する
小冊子の配布,施工説明書による警告及び端面保護材への警告表示によっ
て,被控訴人ケイミューの警告義務は履行済みである。
オ被災者控訴人番号34は,断熱材,吹付け石綿,鉄道工場における鋳物
作業やブレーキ関係作業に由来する石綿粉じんに曝露しており,同65
は,けいカル板や石綿含有スレート波板を取り扱っていた。被災者控訴人
番号65は,約39年間1日1箱程度喫煙しており,同75の被災者は,
約30年間1日20本程度喫煙していたところ,両名の肺がんは医学的に
石綿起因性を肯定することができない。したがって,いずれの被災者も被
控訴人ケイミューの建材によって発症したと認めることはできない。
被控訴人神島化学工業
ア保温工が曝露する建材には,石綿含有けい酸カルシウム保温材(けいカ
ル保温材)以外に石綿保温材,国交省データベースに記載されていない不
定形保温材(水練り(塗り)保温材),布系保温材(石綿糸,石綿織布,
石綿リボン)等もあり,これらは石綿含有率が80%以上と非常に高く,
保温工により頻繁に用いられていたから,けいカル保温材のみを主要曝露
建材とするのは極めて不当である。被控訴人神島化学工業のけいカル保温
材「ダイヤライト」は,非常に嵩張り輸送コストがかかるため,四国で製
造された製品が首都圏で使用されることはほとんどあり得ず,プラント工
事を行ったことのない被災者が使用する可能性もなく,石綿含有率が3%
と他社製品より大幅に低い。控訴人らが被控訴人神島化学工業のシェアが
昭和52年に19.8%であったことの根拠とする「断熱材市場の全貌」
(甲C69)の信用性は乏しい。昭和54年に被控訴人神島化学工業が保
温材を無石綿化した後も,他社から石綿含有率の高い保温材が出荷されて
いた。ビル工事においては一般にけいカル保温材は使用されず,また,ダ
イヤライトは高温となる築炉には使用されない。
控訴人番号23は,陳述録取書(甲E23の3)で石綿含有パーライト
保温材や石綿保温材の使用を認めていたほか,勤務先の明星工業が製造し
ていたけいカル保温材も使用したはずであり,労災申請段階で強調してい
た炉の解体・補修作業では被控訴人神島化学工業の製品は使用されておら
ず,昭和58年以降は石綿除去工事にも関与し吹付け石綿に曝露してい
た。加えて,昭和54年に特定化学物質等作業主任者の資格を取得し保護
具の使用状況を監視する職責を有していたにもかかわらず,自らマスクを
着用せず上記職責も果たしていなかった控訴人番号23の請求は,権利の
濫用として許されないか,少なくとも大幅な過失相殺がされるべきであ
る。同12について,当初の陳述書(甲E12の1)で保温材のメーカー,
製品名を日本アスベスト(被控訴人ニチアス)のカポサイト,大阪パッキ
ング製造所(被控訴人日本インシュレーション)のダイパライトと特定し
ている一方,800度から900度の高温になるタービンに安全温度65
0度の被控訴人神島化学工業のけいカル保温材を使用することはできな
い。同13については,当初の陳述書(甲E13の1)で,朝日石綿工業
(被控訴人エーアンドエーマテリアル)のシリカカバー,シリカボード,
被控訴人ニチアスのシリカライト,被控訴人日本インシュレーションのダ
イパライト,ベストライトカバー,ベストライトボード,三井パーライト
保温材を具体的に挙げており,労災申請の際の聴取書3(甲F13の2)
では石綿リボンによる曝露を強調していたから,仮に被控訴人神島化学工
業のけいカル保温材を使用したとしてもその頻度が大幅に低いことは明
らかである。
イ解体工の石綿関連疾患の原因は,ほぼ吹付け石綿に限られる。被控訴人
神島化学工業のけい酸カルシウム板第2種2製品は専ら高層ビルに用い
られ,一般家屋の建築で使用されることはない。被控訴人神島化学工業の
けい酸カルシウム板第2種の石綿含有量は,けい酸カルシウム板第2種全
体のそれの4%程度にすぎず,さらに,けい酸カルシウム板第2種よりも,
石綿含有耐火被覆板,さらに吹付け石綿の石綿使用量が大幅に上回ってい
る。
ウ警告義務は,自らの製品として販売する者が負担すべきものであり,製
造者が負担するものではない。被控訴人神島化学工業の製品は,いずれも
石綿含有率が数%の非飛散系建材であってクロシドライトは使用してお
らず,製造等禁止義務や民法709条に基づく警告義務はない。被控訴人
神島化学工業のけいカル保温材及び石綿含有けい酸カルシウム板第2種
は,昭和50年以降,石綿含有率が5%を超えておらず,安衛法57条に
基づく警告義務もない。改修・解体工事において取り扱う作業員について
は,警告義務違反と損害との間に因果関係がない。石綿関連疾患と過失発
生時期以降の石綿曝露との因果関係についての主張立証もない。建設作業
現場における石綿粉じん曝露については,ゼネコンや工務店が直接責任を
負うべきであり,建設作業従事者も石綿含有建材の存在を十分認識してい
た。保温作業は,石綿製造会社自ら又はその下請である専門会社が行って
おり,被控訴人神島化学工業としては,保温作業の現場ではマスク着用等
がされているものと期待していた。
被控訴人新日鉄住金化学
ア被控訴人新日鉄住金化学が製造した吹付け材は,石綿含有吹付けロック
ウール1種類,製造期間は昭和43年4月から昭和53年3月まで10年
間,含有する石綿はクリソタイルのみ,含有率は4~10数%(昭和50
年以降は5%未満),使用対象は鉄骨造建物のみである。吹付け石綿の施
工量及び吹付けロックウールの生産量の合計に占める上記吹付け材のシ
ェアは,昭和43年から昭和53年まで2.1~10.4%,平均5.8%
であり,昭和52年のシェアを4%とする資料もある。被控訴人新日鉄住
金化学が販売したエスボードK-1号・同2号は,いずれも石綿含有けい
酸カルシウム板第2種であるが,被控訴人日本インシュレーションに製造
委託を行っていたもので,市場占有率がごく僅かであることからしても,
被控訴人新日鉄住金化学に製造業者としての責任はない。
イ被控訴人新日鉄住金化学の石綿含有吹付けロックウールに含まれた石
綿はクリソタイルのみであり,昭和47年時点で石綿の使用を中止すべき
であったとはいえず,昭和62年に肺がん及び中皮腫の発症に閾値がない
との医学的知見が確立したとしても,昭和53年には製造・販売を終了し
たから,石綿不使用義務違反はなく,昭和50年改正特化則の代替化努力
義務に反して製造・販売を拡大した事実もない。
ウ被控訴人新日鉄住金化学が石綿含有吹付けロックウールを販売してい
た昭和53年以前に警告義務は認められず,仮に認められるとしても,被
控訴人新日鉄住金化学は,施工上の要領,衛生管理(粉じん飛散防止のた
めの養生囲いを行うことや防じんマスクの着用の義務付け等)を定めたロ
ックウール工業会作成の標準仕様書に基づく作業マニュアルを作成し,そ
れを徹底するために研修を受けて特約店として認定した事業者(認定特約
店。東京では1社,大阪では2社)に対してのみ販売しており,実際に吹
付け工はほとんど防じんマスクを着用する等をしており,上記作業マニュ
アルでは吹付け作業を行っている作業場で他の作業を行わないこと(使用
者等においては関係しない者を現場に立ち入らせてはならないこと)も当
然の前提とされていたから,警告義務を十分に果たしていた。認定特約店
以外の元請事業者,現場監督,吹付け工以外の職種の建設労働者は,建材
の包装等に表示された警告表示を確認する機会がなく,認定特約店に元請
事業者に対する報告義務もないから,吹付け工以外の職種の建設労働者に
対する関係では警告義務について結果回避可能性がない。また,昭和50
年当時,被控訴人新日鉄住金化学の製品に含有される石綿は5%未満であ
ったため,安衛法57条の警告表示義務は課されていない。
エ民法719条1項後段を適用するためには,加害行為が到達する相当程
度の可能性を有する行為をした者を共同行為者として特定する必要があ
る。また,同項後段の類推適用を認めた判例は関連共同性を要件としてい
るとの評価が可能である。被控訴人新日鉄住金化学は,資本金こそ50億
円であるが,事業内容は炭素材を中心とするコールケミカルや基礎化学品
の製造が中心であって,石綿含有建材の製造・販売はほんの一部を占める
にすぎず,石綿含有建材に関する前記の個別事情も考慮すれば,他の建材
メーカーとの関連共同性を認めることはできず,共同行為者から除外され
るべきである。
オまた,主要曝露建材の特定に当たっても,吹付け材は多数の石綿含有建
材の一部を占めるにすぎず,被控訴人新日鉄住金化学が製造・販売したの
は吹付け材3種類のうちの1種類のみであり,石綿含有率が格段に低く,
製造期間が10年に限られ各被災者の就労期間との重なり合いも短いか
ら,各被災者に対する到達の相当程度の可能性はほとんどない。公表され
たシェアは不正確な推計値であり,年度が限られ,吹付けロックウールに
ついては石綿含有と石綿非含有の区別がされておらず,シェアから建設現
場への到達の蓋然性を認定するのは不合理である。また,クリソタイルし
か使用されていないことを考慮すれば,健康被害との因果関係も限りなく
0に近い。吹付け材を直接取り扱っていたのは吹付け工のみであり,それ
以外の職種の者は曝露態様が全く異なり,接触量もごく微量にすぎない。
電工について,吹付け材をハツるのは,事前の養生を行わず,かつインサ
ートが吹付け材に埋もれた場合に,ごく小さい部分にするにすぎず,塗装
工についても,吹付け作業時には作業場所を囲む養生がされ,作業場所は
吹付け工が作業終了後に清掃している一方,堆積した粉じんにはボード類
の切断によるもの等も含まれるから,いずれも吹付け材を主要な曝露原因
とするのは誤りである。配管工や鉄骨工についても,被控訴人新日鉄住金
化学を主要曝露建材の製造企業とするのは著しく不合理である。
カ被控訴人新日鉄住金化学が販売した石綿含有けい酸カルシウム板第2
種について,具体的な出荷時期や出荷数量について実績記録さえ残ってい
ないことは出荷数量がごく僅少であった証であり,いずれの被災者も就労
期間と3年以上の重なり合いが裏付けられておらず,直接取扱い建材から
除外されるべきである。
被控訴人積水化学工業
ア被控訴人積水化学工業は,平成2年に住宅屋根用化粧スレート「セキス
イかわら」を非石綿化したが,昭和63年に発表された久永直見による測
定結果(甲A368)では,屋根葺き用石綿スレートによる屋根葺きの場
合の石綿粉じん濃度は作業者の鼻先であっても0.13本/㎖とされ,当時
のクロシドライトを除く石綿粉じんの許容濃度2本/㎖を大きく下回って
おり,屋根材の石綿粉じん曝露による石綿関連疾患発症の危険性について
予見可能性は認められなかったから,セキスイかわらの製造・販売につき
被控訴人積水化学工業に警告義務や石綿不使用義務等の注意義務違反が
成立することはない。
イ被控訴人企業らによる石綿含有建材の製造・販売行為に一体性を認める
余地はないから,民法719条1項後段の適用ないし類推適用の基礎とな
るのは,個別の加害行為が権利侵害惹起の現実的危険性を有するとの点に
なるが,昭和62年から平成元年までのセキスイかわらの製造・販売行為
を単独で評価すると,板金工である被災者らの石綿肺又は肺がん発症とい
う結果を一部でも惹起する危険性を有していたとの具体的主張はされて
おらず,そのような事実関係も認められない。その前提である到達可能性
についても,板金工である被災者3名は,被控訴人積水化学工業の指定販
売工事店として登録されておらず,労災関係資料等からはセキスイかわら
を使用していなかったと推認される。なお,被控訴人積水化学工業のシェ
アを9.9~10.2%とする資料もあるが,分子である被控訴人積水化
学工業の販売量から無石綿製品分を控除し,分母である屋根材全体の販売
量はより大きいと考えると,被控訴人積水化学工業のシェアは10%を大
幅に下回る。
ウ被災者控訴人番号34の石綿肺及び肺がんには,石綿布やコーキング材
からの石綿粉じん曝露という有力な原因があり,危険性の小さい住宅用屋
根用化粧スレートを原因と考えることはできない。また,被災者控訴人番
号65及び同75の肺がんには,胸膜プラーク等の所見が認められず,有
力な他原因である喫煙歴があるから,石綿曝露起因性が否定される。
被控訴人大建工業
ア被控訴人大建工業が製造していたのは,石綿が数%混入され建材の中に
固着された非飛散系建材であり,管理使用すれば問題がないとの知見が一
般的であり,石綿使用禁止義務はない。また,これらの建材は建築作業従
事者の健康にはほとんど影響しないから,被控訴人大建工業は民法709
条に基づく警告義務を負っておらず,安衛法57条に基づく警告表示義務
違反の事実もない。改修・解体工事の際に曝露した建築作業員に対しては,
警告義務違反と損害との間の因果関係がない。控訴人企業らに過失が認め
られる時期以降の製造・販売行為と石綿関連疾患との個別の因果関係も主
張立証されていない。そもそも,控訴人らの石綿関連疾患の発症は,現場
を管理していたゼネコンや工務店(一人親方の場合は本人)の責任である。
建築作業現場で大量の石綿粉じんがあるとすれば,その大部分はクロシ
ドライトが高濃度で飛散する態様で使用されている吹付け石綿の施工に
よるものであり,吹付け工以外の全ての建築作業従事者に及ぶ。また,混
和材の影響も無視できない。
控訴人らは,民法719条1項後段の要件である共同行為者を特定して
いない。
イけい酸カルシウム板第1種について,昭和49年には,被控訴人大建工
業が販売していた製品は被控訴人神島化学工業製であったところ,被控訴
人神島化学工業のシェアは3.57%であり,昭和53年には,主要メー
カーに挙げられていないので,そのうち最下位のメーカーのシェア5.
9%を下回ることとなり,昭和54年,55年も同様に5.7%を下回る
ことから明らかなように,多くても5%程度にすぎない。そして,昭和2
7年から平成2年までの石綿スレートボードの出荷量は,けい酸カルシウ
ム板第1種と相互に代替可能なフレキシブル板が45%,平板が23%に
対し,けい酸カルシウム板第1種が22%にすぎないから,上記ボード3
種類における被控訴人大建工業のシェアはわずか5%×22%=1.1%
にすぎず,その他大工が用いるスレートボード(軟質板,軟質フレキシブ
ル板),パーライト板,パルプセメント板も加えると更に低くなる(特に
パルプセメント板の出荷数量はけい酸カルシウム板第1種のそれと比べ
遜色がない。)。また,被控訴人大建工業が販売したけい酸カルシウム板
第1種(被控訴人神島化学工業製,商品名「ラックス」「カベサイトF-
不燃」「カベサイトL」「カベサイトM」)の石綿含有率は,昭和47年
~昭和55年12月は5~15%,昭和56年~平成3年12月は5%以
下と,けい酸カルシウム板第1種の標準的な石綿含有率25%程度と比べ
て極めて低く,その推定石綿使用量9133トンはボード全体の推定石綿
使用量160万1056トンの0.57%にすぎない。なお,「セラスタ
ー」は,納入先が3か所のトンネルに限られており,本件の被災者らが施
工した可能性はない。
ウロックウール吸音天井板について,被控訴人大建工業の製造・販売して
いた製品は,製品自体が柔らかいため,切断には電動工具ではなくボード
カッターが用いられ,切断面をやすりがけすることもできないから,施工
の際に全く粉じんが発生しない。その石綿含有率が1~4%と低いことか
らも,建築作業従事者が石綿に曝露する可能性は非常に低い。
被控訴人太平洋セメント
ア被控訴人太平洋セメントの石綿含有吹付けロックウール「スプレーコー
ト」は,販売期間が昭和46年6月から昭和53年10月まで,石綿含有
率は最大15%,昭和50年以降は5%以下である。被控訴人太平洋セメ
ントは,昭和48年3,4月のみ試験的にクロシドライトを輸入したが,
品質が悪くほとんど製品として出荷されることはなかった。鉄骨造建物に
使用されたが,工場(プラント)や倉庫で使用されることはなく,基本的
に耐火建築物の主要構造部のうち柱,梁等を耐火構造とするため使用され
た。もっとも,耐火被覆材には,吹付け石綿,石膏・バーミキュライト・
セラミック等を主原料とする吹付け材,耐火被覆板,マット状のセラミッ
クファイバーやロックウールなどがあり,耐火建築物である鉄骨造建物で
あっても石綿含有吹付けロックウールが使用されているとは限らない。ま
た,準耐火建築物に使用されることは極めてまれで,天井・床に吹き付け
ることも圧倒的に少なかった。鉄筋コンクリート造建物でごく少量内装
(吸音・断熱)用として使用されることもあったが,非常にまれであった。
販売先は,基本的に各都道府県に1社ずつの,系列化された特定の吹付け
施工業者に限定された。
イ被控訴人太平洋セメントの湿式石綿含有吹付け材「スプレーコートウェ
ット」は,販売期間が昭和48年11月から平成元年11月までだが,昭
和50年以降はほとんど販売されなかった。クリソタイルのみを使用し,
石綿含有率は最大12%,昭和50年以降は5%以下であった。湿式工法
は特殊な技術を要するため,施工会社は全国で数社に限られた。湿式工法
は原料投入設備が大型で,施工費用も乾式工法の約2倍と高額なため,大
型の鉄骨造建物の鉄骨梁,鉄骨柱にしか使用されなかった。
ウ被控訴人太平洋セメントが両製品を販売していた吹付け施工業者は,厳
重に防じんマスク等の装備を着用して作業を行い,原則として同じ階で同
時並行作業は行わず,施工区画内への立入禁止,施工区画外への漏出防止
のための養生,清掃等十分な現場管理を行っていたから,直接曝露,間接
曝露等は発生しなかった。被控訴人太平洋セメントには,事業者の安全配
慮義務の不履行に予見可能性はなく,建築作業従事者に直接警告する義務
はない。包装への警告表示は,吹付け材は施工業者が荷受けをするため元
請事業者その他の事業者が視認することはなく,現場監督を通じて吹付け
工以外の職種に認識させることもできず,結果回避可能性がない。なお,
元請事業者に対し,後続する職種の建築作業従事者や補修・解体工事の工
事作業者に警告内容を伝える必要がある旨の警告をすることは,実効性の
確保が困難で結果回避可能性が乏しく,法的義務とはいえない。
石綿含有吹付けロックウールは,吹付け直後は湿った状態で,1週間程
度で乾くため,吹付け直後に他の職種が掻き落とし作業をしても掻き落と
した量は極めて少量であって,石綿が飛散,浮遊する状態ではなく,また,
乾燥後は少し体が当たった程度で剥離することもなかった。湿式石綿含有
吹付け材は,吹付け作業時に粉じんが舞うことはなく,吹付け後はコンク
リート状に凝固するので,他の職種が掻き落とすことは不可能で,体が当
たっても剥離することはなかった。したがって,いずれも吹付け工以外の
職種の主要曝露原因たり得ない。被控訴人太平洋セメントは,吹付け工以
外の職種が両建材を直接取り扱うことを予見できなかった。電工や配管工
が吹付け材を剥がしたとすれば,施工順序の誤りや取付け忘れなどにより
例外的に行われたものにすぎない。通常は配管や配線を天井に取り付けた
後に本天井を設置しており,天井裏での作業は一般的な作業工程とは合致
しない。塗装工の曝露原因は,塗料やパテに含まれた石綿と考えるのが自
然であり,塗装工の清掃作業の対象となる埃に吹付け材の石綿が含まれて
いたとしても「直接取り扱った」とはいえない。鉄骨工や解体工について
も,改修工事では鉄骨等の躯体は原則として解体の対象とならず,また,
平成3年まではスプレーコートが,平成5年まではスプレーコートウェッ
トがそれぞれ使用された建物解体はほとんどされていないと考えられ,さ
らに被控訴人国の法令又は通達による規制が遵守されることにより石綿
関連疾患が生ずるほどの石綿曝露は生じなかった。
エ被控訴人太平洋セメントの混和材「ニューコテエース」は,販売期間が
平成4年4月から平成12年5月まで,鉄筋コンクリート造建物のコンク
リート打ち継ぎ面の不陸調整のため薄塗り(厚さ3㎜以下),しごき塗り
(同1㎜以下)をする際にコテ滑り(伸び)を良くするための用途でのみ
使用され(作業改良材),タイル工がタイル圧着のために使用する貼付け
モルタルや下地調整のために使用される下地モルタルには使用されず,タ
イル工が直接取り扱った建材とするのは誤りである。鉄筋造建物に使用さ
れることもあるが,モルタルを使用する部位はわずかである。木造建物に
使用されることはない。採用されたのは大手ゼネコンの物件程度で,シェ
アは毎年1%程度にすぎなかった。投入量はわずかで,投入後10秒ほど
で水と馴染み,粉じんは少量かつ短時間しか立たないから,直接曝露のお
それはなく,練り混ぜは建物外で行われており,間接曝露等のおそれもな
かった。被控訴人太平洋セメントは,信頼できる第三者機関にX線解析分
析法及び偏光顕微鏡観察による調査を依頼し,石綿が含有されていないこ
とを確認しており,仮に石綿が含まれていたとしてもこれを知り得なかっ
たことに過失はない。
オ民法719条1項後段が類推適用される事案があるとしても,少なくと
も,個別の被災者が従事する建築作業現場において石綿粉じんに曝露する
可能性のある状態に置かれた石綿含有建材を製造・販売した企業を共同行
為者として原告側が特定する必要がある。国交省データベースは,既に廃
業している建材メーカーの製品,建材メーカーの確認がとれていないもの
など,データに不正確性があるほか,それぞれの職種で常用する石綿含有
建材であっても,建材種別単位で丸ごと捨象されたものが多数あり,国交
省データベースに掲載された建材と混和材から主要曝露建材を絞り込ん
でも,共同行為者の範囲を限定したことにはならない。
被控訴人ナイガイ
ア被控訴人ナイガイは,吹付け材,耐火被覆材,石綿含有けい酸カルシウ
ム板第2種を自社の施工工事のために製造・販売しており,他社に販売し
たり市場に流通させたことはない。また,昭和56年4月に被控訴人ナイ
ガイに入社した者によれば,同人の入社当初から被控訴人ナイガイは自社
の施工する現場に立ち入る者すべてに対してマスクの着用を義務付ける
べく指導を行っており,実際にも施工現場に立ち入る者は皆マスクを着用
していたとのことであり,同年1月頃から上記の運用が行われていた可能
性が高い。以上からすれば,被控訴人ナイガイが警告義務違反を問われる
余地はない。
イ控訴人らは,被控訴人ナイガイが電工,配管工,塗装工,鉄骨工の主要
曝露建材である吹付け材を製造したことにつき,相加的(重合的)競合の
場合として民法719条1項後段を類推適用すべきであると主張するが,
そのためには,被控訴人ナイガイの建材が各被災者に現実に到達したこと
まで主張立証されなければならない。被控訴人ナイガイのシェアは,資本
金,売上高,従業員数からみて,吹付け材3種の共同行為者とされた8社
の中でせいぜい2%程度,場合によっては資本金の比率である0.14%
しかない可能性があり,耐火被覆材全体では0.0597%にすぎず,被
控訴人ナイガイの建材が各被災者に到達したとは認められない。また,被
控訴人企業らは他社の行為を知るべくもなく,少しの石綿曝露でも累積す
れば結果を発生させるとの認識もなかったから,相加的(重合的)競合に
おける「主観的要件」も満たさない。少なくとも塗装工は,新築工事時に
吹付け材を直接取り扱ったとはいい難い。
ウ被控訴人ナイガイの資本金は2億円,従業員数は130名,売上高は1
02億5287万円であり,石綿含有けい酸カルシウム板第2種を製造し
たのは昭和58年から昭和62年の5年間である。石綿含有けい酸カルシ
ウム板第2種は,本件で被告・被控訴人とされていないイビデン株式会社,
小野田化学工業株式会社によっても製造されていたが,資本金,従業員数,
売上高のいずれをみても,前者は被控訴人ナイガイより非常に大規模な会
社でシェアも相当高かったものと推測され,後者も少なくとも被控訴人ナ
イガイと同程度のシェアを有していたものと推測され,製造期間は両社と
も被控訴人ナイガイより長いことから,両社の製品が存在した分,被災者
が被控訴人ナイガイの製品を取り扱った可能性は低くなる。
被控訴人ニチアス
ア吹付け工以外の職種が吹付け材に,解体工・鳶がいずれかの建材にそれ
ぞれ曝露するのは,既に設置された建材を剥がしたり壊したりした際の粉
じんに曝露するものであり,元方事業者や建物所有者等が対処すべき問題
であって警告義務の問題とはいえず,また,当該建材の包装に表示された
警告表示に接する機会がなく,仮に警告義務違反があるとしても曝露との
間に因果関係がない。
イ被控訴人ニチアスの保温材(【別紙1】⑥~⑧,⑩)は,専ら工場等に
おける配管に用いられる製品であり,一般の建物建築作業において保温材
を扱う職種は使用しない。また,バーミキュライト保温材は粉体の製品で
あり,成形保温材を前提とした切断・加工作業を伴わないから,主要曝露
建材から除外されるべきである。
被控訴人ニチアスの湿式石綿含有吹付け材である「トムウェット」は,
採算性の観点から超高層ビル等の大規模な現場において特殊な噴射機を
用いなければ施工できなかったこと,被控訴人ニチアスが指定する少数の
特定業者しか取り扱うことができない建材であったこと,施工中及び施工
後も湿潤化されているためほとんど発じんしなかったこと,また,「AT
M-120」も,トムウェットを使用しない現場で用いられることはほと
んどないことから,石綿含有吹付け材に曝露したと主張する被災者におい
てトムウェット,ATM-120に曝露する機会はほぼない。「ミネラッ
クス」は,化粧塗り材であり鉄骨や天井裏の耐火被覆のために用いられる
ものではない。
ウ配管工は,デッキプレート等のコンクリートスラブに穴を開ける作業に
従事するため,コンクリート粉じんに曝露しており,石綿肺ではないけい
肺に罹患しやすい。
電工は,鉄筋コンクリート造及び木造の建物では石綿含有吹付け材の粉
じんに曝露した可能性はなく,鉄骨造の建物においてもアンカーボルトを
探すために天井裏に直接吹付けられた吹付け材を剥がす必要のある現場
は多くないことなどから,主として曝露した石綿粉じんは天井材や壁材を
切断,加工したことに基づくものであるといえる。
大工の関係で主要曝露建材とされるけい酸カルシウム板第1種は,一般
的に,木造住宅では軒天や水回り等に限定されており,鉄骨造又は鉄筋コ
ンクリート造の建物では間仕切り等の内装用途に用いられることがある
もののそれらの大半は石膏ボードである。石膏ボードは,加工時に表面に
貼られた石綿紙から発じんすることが考えられ,大量に切断する際には電
動工具が用いられることもある。大工が主に曝露するのはけい酸カルシウ
ム板第1種ではなく,主要曝露建材から石膏ボードを除外するのは適切で
はない。
塗装工がけい酸カルシウム板第1種から曝露を受けるという清掃作業
は,各職種がそれぞれ行うものであるから,塗装工が自らが曝露する量は
極めてわずかである。さらに,外装等に用いられるリシンの吹付けは,一
般的に多くの塗装工が行っており,吹付けという工法も相まって,空中に
飛散したリシンに含まれる石綿粉じんに曝露するのが通常であり,リシン
を主要曝露建材としないのは不合理である。
鉄骨工は溶接作業を行うところ,かつて火気養生に用いるシートに石綿
布を用いることが一般的であり,非常に埃っぽいものであったため,その
切断やその他の取扱いの都度,多量の粉じんが発生しており,溶接工では
これが主要な曝露場面とされている。
エ控訴人らが根拠とする国交省データベースは,わが国で石綿含有建材を
製造・販売してきた企業の全てを網羅するものではない。また,控訴人ら
が主張するシェアは,各就労期間のわずか数十分の一に妥当するにすぎな
い。
オ被控訴人ニチアスは,昭和50年以降,包装のある建材については「原
則として個装,内装,外装にそれぞれに行う」こととし,包装のない建材
については「さし込み型又は荷札型の表示ラベル…を付けるか,製品自体
に接着型表示ラベルを貼付又は印刷することにより表示を行う。」ものと
して,安衛法57条の警告表示を実施した。遅くとも昭和63年当時まで
には石綿の発がん性をほぼ全ての建築作業従事者が認識しており,実際に
防じんマスクの着用や集じん機つき電動工具の使用をしていた者も相当
数存在しており,石綿の発がん性や防じんマスク等の対策が必要なことま
で警告表示に記載し尽くさなければ知り得ないなどということはあり得
ない。「a」マークも,建材を職業的に反復継続して取り扱う建築作業従
事者に対する警告表示として,特に解体時等に十分に機能する。なお,被
控訴人ニチアスが販売した石綿含有率5%未満のものは湿式石綿含有吹
付け材に限られるが,被控訴人ニチアスが指定する少数の特定の業者しか
取り扱うことができない建材であるため,本件の被災者らのような一般の
建築作業従事者が施工に従事することはなく,その性質上,施工後に表示
をすることは不可能であることから,本件の被災者らに対する警告義務は
問題とはなり得ない。
カ労災認定要件は被災者救済という政策的考慮に基づいて設定されてお
り,労災認定要件を充足したことの主張立証では民事損害賠償の要件たる
相当因果関係を肯定するレベルには及ばない。喫煙による肺がん発症の相
対リスクが大きい場合にはほぼ喫煙によって発症したものと評価するこ
とができるから,相当因果関係が否定されるべきであり,少なくとも大幅
な過失相殺がされるべきである。
被控訴人日東紡績
ア昭和36年から昭和50年までの間,被控訴人日東紡績が製造・販売し
たロックウール吹付け材は,「スプレーテックス(12~20%)」(耐
火被覆材,乾式工法)のほか「スプレーテックス(15%)」(断熱・内
装材,乾式工法),「スプレーウェット」(耐火被覆材,湿式工法)があ
り,これらを併せてシェアが算出されていた。したがって,「スプレーテ
ックス(12~20%)」のシェアは,昭和49年はロックウール吹付け
材全体のシェアに,耐火被覆材と断熱・内装材との合計のうち耐火被覆材
が占める割合40%,耐火被覆材のうち乾式工法が占める割合80%を乗
じた3.67%と推定され,昭和51年も,同様の方法で4.6%と推定
される。また,「スプレーウェット」のシェアも,昭和49年は上記と同
様の方法で0.9%と推定され,昭和52年は0%と推定される。さらに,
乾式工法による耐火被覆材は昭和51年以降,乾式工法による断熱・内装
材のうち非カラー品は昭和55年以降,同カラー品及び湿式工法による耐
火被覆材は昭和63年以降,それぞれ非石綿化されたから,昭和51年以
降の石綿含有建材のシェアは非石綿化された製品のシェアを除いた残り
となる。そして,いずれの製品も,被控訴人日東紡績又はその子会社が認
定した特定の下請業者のみが取り扱い,一般の吹付け業者は取り扱う可能
性はなかった。特に「スプレーウェット」は,工事金額が高額となり,高
額かつ特殊な吹付け機械が必要で,高度な技術をもった左官工でないと施
工が困難なため,ほとんど市場に流通することがなかった。このほか,ク
リソタイルのみを使用していたこと,被控訴人日東紡績で石綿含有建材の
製造・販売に従事していた従業員のうち中皮腫に罹患した者,石綿関連疾
患で死亡した者は現時点で存在しないこと,「スプレーテックス(12~
20%)」は吹付け後のコテ押えという作業により表面が平滑で飛散しに
くい状態となり,「スプレーウェット」も左官工によるコテ作業により仕
上がりがカチカチに硬化し飛散しにくい状態となることなどから,いずれ
の製品も到達の高度の蓋然性が認められない。
イ解体工・鳶については,そもそも,警告表示による結果回避可能性がな
い。また,解体工・鳶では,石綿含有ロックウールのうち断熱・内装材も
主要曝露建材とされているが,昭和36年から昭和54年にかけてシェア
が約3.2~6.8%程度と推定され,昭和55年から昭和62年にかけ
てその半分程度にとどまる。このほか,「スプレーテックス(12~2
0%)」,「スプレーウェット」と同様の事情から,これら3種類のいず
れについても到達の高度の蓋然性が認められない。
ウ鉄骨工についても,改修工事の際の解体作業によって石綿に曝露したと
主張するのであるから,警告表示による結果回避可能性がない。
被控訴人日本インシュレーション
ア被控訴人企業が製造・販売した石綿含有建材が被災者の作業現場に到達
したことが,加害行為(侵害行為)であり,個別の特定及び証明が必要で
ある。作業現場で使用される建材は元請業者や下請業者の取引関係などか
ら必然的に決まるものであり,シェアや現場数から確率論で証明すること
はできない。また,「加害者は共同行為者のうちの誰かであり,他に疑い
をかけることができる者は1人もいないこと」は,民法719条1項後段
の共同不法行為成立のための必須の要件である。控訴人らのいう「相加的
(重合的)競合」の客観的共同の要件は,建材が各被災者に到達したこと
の現実的な可能性の立証がされていない以上該当せず,主観的要件として
は,個別の被災者についての被控訴人企業の認識が必要であるが,そのよ
うな認識のなかったことは明白である。
イ保温工及び被災者控訴人番号53の主要曝露建材とされている保温材
は,共同行為者として特定された企業の他にも多数のメーカーが,国交省
データベースに挙げられていないものも含め様々な建材を製造・販売して
おり,昭和52年の全保温材における被控訴人日本インシュレーションの
シェア(体積換算)は0.838%を下回る。被控訴人日本インシュレー
ションの保温材は,プラントメーカーが元請となる発電所や石油化学プラ
ントなどのプラント建築物にのみ使用される,石綿含有量が4~10%の
成形品であり,基本的に切断・加工が不要で,例外的に加工する際も屋外
で手鋸を用いてするため,粉じんの飛散性は低い。控訴人番号13につい
ては,長年にわたり船舶内の配管等の修理作業,自動車のブレーキ等の製
作作業,ビル等での作業で石綿粉じんに曝露しており,被控訴人日本イン
シュレーションの製品が主要曝露建材であるとはいえない。控訴人番号2
3については,そもそも勤務先の明星工業株式会社が自社で製造していた
けい酸カルシウム保温材を使用していたはずであり,石綿除去作業の監督
業務の際に石綿粉じんに曝露したことも明らかであるのに対し,被控訴人
日本インシュレーション(旧株式会社大阪パッキング製造所)の製品は使
用した具体的記憶を有しておらず,昭和54年に無石綿化した後のもので
あった可能性が高い。控訴人番号12については,作業場所や作業方法を
具体的にみると,被控訴人日本インシュレーションの製品を使用していな
いか,少なくとも主要曝露建材に当たらないことが明らかである。被災者
控訴人番号53について,被控訴人日本インシュレーションの保温材は同
人が専門に行っていた空調用ダクトに係る作業には使用されないもので
ある。
ウ解体工・鳶については,そもそも警告義務に結果回避可能性がない。ま
た,日本全体における石綿含有建材での石綿使用量からみた被控訴人日本
インシュレーションの割合は昭和46年から平成13年までの間で0.1
4%にすぎないこと,被控訴人日本インシュレーションの製品は,木造建
物では過去の実験的な数例を除き使用されたことはなく,鉄骨造建物等で
は被控訴人日本インシュレーションの製品を使用した建物が解体される
のは平成10年以降であり,既に発症している本件の被災者らの石綿関連
疾患の原因となったとは考え難く,改修工事では鉄骨を除去しない限り改
修工事で取り外されることはないことなどから,いずれの被災者について
も被控訴人日本インシュレーションの建材が石綿関連疾患の原因になっ
たとはいえない。なお,煙突用石綿断熱材【別紙1】⑭に分類されている
被控訴人日本インシュレーションの製品は,けい酸カルシウムを主原料と
し石綿を補強繊維として4.3~8.4%含有する「(石綿含有)けい酸
カルシウム煙突用断熱材」であり,煙突用石綿断熱材には該当しない。
被控訴人日本化成
ア被控訴人日本化成は,第三者機関である株式会社ニッテクリサーチ,熊
本県工業技術総合センターのX線回析分析法及びSEM/EDAX分析
法による判定で石綿非含有が確認された原材料を使用して,混和材2製品
を製造・販売していた。平成16年にX線回析分析法ではクリソタイルが
含有されているにもかかわらず非含有と判定される場合のあることが発
覚し,同年以後,被控訴人日本化成は混和材の製造を中止している。同年
以前には微分熱重量法による石綿含有の判定を行うことは期待すること
ができず,被控訴人日本化成には予見可能性がなかった。
イ被控訴人日本化成の混和材は,九州工場及び関西工場で製造されたもの
で,流通経路上,関東で販売されることはなかったから,到達可能な企業
間の競合関係がなく,民法719条1項後段の類推適用はない。
ウ混和材は,被控訴人ノザワが90%以上のシェアを有しており,他のメ
ーカーは10%未満のシェアの中で製造したにすぎず,責任企業たり得な
い。
被控訴人日本バルカー工業
ア被控訴人日本バルカー工業は,過去に石綿含有建材を製造・販売したこ
とがない。控訴人らが主張する建材は,関連会社である日本リンペット工
事株式会社(以下「日本リンペット」という。)が被控訴人日本バルカー
工業から付与された実施権をもとに製造,使用したものであるが,両社が
密接不可分な関係にあったとはいえない。日本リンペットが昭和35年頃
から昭和39年頃まで被控訴人日本バルカー工業から石綿原料を購入し
ていたのは,日本リンペットが事業開始間もないことからにすぎず,日本
リンペットが昭和56年頃から被控訴人日本バルカー工業の売上高を増
加させるためにその貿易部を経由して石綿原料を輸入したのも,形式的な
措置にすぎず,実態は石綿原料の種類,数量,価格等を日本リンペットが
直接商社と交渉して決めていたのであり,被控訴人日本バルカー工業が日
本リンペットの建材につき責任を負う理由はない。
イ日本リンペットは,製造した石綿含有建材を自らの工事施工のために使
用しており(協力会社を含む),石綿含有建材を販売して流通におくとい
う,控訴人らが主張する加害行為の事実はない。日本リンペットの工事を
施工したのは10社程度の下請企業に限られ,被災者らは日本リンペット
の従業員ではなく,その下請社員として石綿含有建材を取り扱う業務に従
事した事実もないので,日本リンペットの製品により直接石綿の曝露を受
けたことはなく,被災者らに対する一般的な警告義務違反を理由とする不
法行為責任の主張は誤りである。また,日本リンペットは一般木造建築の
施工には全くかかわっておらず,木造建築の割合が高い被災者の疾病と日
本リンペットの石綿含有建材とは因果関係がない。
ウ民法719条1項後段の適用又は類推適用をするためには,共同行為者
の人的範囲が特定されなければならないが,控訴人らはこの特定をしてい
ない。また,日本リンペットが使用した石綿は,昭和49年を例にとれば
年間618トンであり,同年に石綿含有建材に使用されたと推定される石
綿輸入量35万トンの7割24万5000トンのうち0.25%にすぎ
ず,吹付け石綿におけるシェアも微々たるものであって,控訴人らに対す
る責任はないか,微々たる寄与度にすぎない。
エ被災者のうち,MRI又はCTスキャンを行っていない者,石綿小体等
について未検査,不存在又は不明な者,喫煙歴を有して肺がんに罹患した
者については,石綿粉じんと疾病との因果関係が十分に立証されなければ
ならない。
オ石綿粉じん曝露を防止するためには防じんマスクを使用することが最
も重要であり,石綿製品の加工等の作業に従事する労働者は旧安衛則が制
定された昭和22年から適切な呼吸用保護具の使用が義務付けられてい
たにもかかわらず,これを使用しなかった被災者には過失があるので,過
失相殺として考慮されるべきである。
被控訴人ノザワ
ア被控訴人ノザワは昭和50年以降,安衛法57条に基づき一定の場合に
表示義務を負っていたが,被災者らの石綿関連疾患を発症させる原因力を
有する加害行為は雇用主や元請人の安全配慮義務違反であるのに対し,表
示義務は譲渡・提供の相手方に対する義務であって事業主やその労働者に
対して負うものではなく,被控訴人企業らも雇用主等に対して何らかの影
響力を行使し得る立場になく,表示義務違反は安全配慮義務違反に一定程
度寄与した可能性があるにとどまることから,安全配慮義務違反を起点と
して共同不法行為の成否を検討すべきである。したがって,控訴人らは,
本来,安全配慮義務違反を特定するため,少なくとも工事の時期,場所,
内容等を特定した上で,特定の工事に被控訴人ノザワの石綿含有建材が供
給された事実,石綿肺及び肺がんに関しては到達が相当長期間にわたり2
5本/㎖×年を超える石綿粉じんに曝露した蓋然性が高い事実を主張立証
すべきである。
イテーリングの使用により発生する石綿粉じん濃度に関し,被控訴人ノザ
ワが,配合及び混合法の異なる3通りの場合について,舟を使いスコップ
で混練する作業を,30分に1回の頻度で2回繰り返し,1時間測定した
ところ,作業環境における石綿粉じん濃度は最大でも0.065本/㎖,個
人曝露濃度の最大値は0.035本/㎖であった。電気ミキサーで攪拌する
場合も,舟とスコップを用いた混練作業に比べて粉じん量が多いとして
も,作業時間は短くなるから,上記測定値を参考にすることは不合理では
ない。なお,テーリングの石綿含有率は,100%と表示されていた時期
があるが,実際には45%であった。上記測定値を前提にすれば,仮に1
日8時間,週40時間攪拌作業を行い曝露し続けても,その曝露量は1年
間で石綿肺の閾値の約380分の1にすぎない。控訴人番号1の場合,混
練作業は午前,午後それぞれ4,5回ずつ,時間は多くて午前,午後各1
時間程度であり,防じんマスクを着用せずにテーリングを使用したのは昭
和55年頃から昭和60年頃までの5年間程度であること等からすれば,
テーリングの使用により曝露した可能性のある石綿粉じんは石綿肺の発
症に全く影響を及ぼさないものであり,他の左官であった被災者について
も同様であったと考えられる。他方,左官工は,混和材の練上げ作業以外
にも,他の直接取扱い建材である仕上塗材や下地調整塗材には茶石綿を含
有するものや石綿含有率が40%近いものがあり,これらからの曝露,間
接曝露,堆積曝露をしており,左官工の主要な曝露原因は,混和材の使用
以外の曝露である。左官について,共同行為者の範囲が確定されておらず,
択一的競合関係にあるとはいえない。塗装工は,研磨したモルタルの壁面
にテーリングが使用されていたかどうか全く不明であり,タイル工も,左
官工に比べ攪拌作業により混和材に曝露する可能性がある機会は相当少
なく,いずれも,混和材からの曝露が仕上塗材や下地調整塗材からの曝露,
間接曝露などと比して相対的に高いとはいえない。被災者控訴人番号24
は昭和61年以前に従事した石綿粉じん作業が肺がん発症の主たる原因
である可能性が相当存する。
ウ控訴人らは,フレキシブルボード,平板,スレート波板について,市場
占有率に基づく絞込みを試みているが,データが一部の年代についてしか
なく,スレート波板に関しては「その他」が40%以上も占めていること
から,到達した高度の蓋然性のみならず,相当程度の可能性すら認められ
ない。吹付け石綿のシェアについても,月間生産能力に基づくものがある
など不合理である。
エ被災者らが,社会通念上期待される建材の使用者として有する知識,能
力を基準にすれば,通常尽くすべき調査により,石綿含有建材の危険性の
内容,程度及び取扱い上の注意事項を知ることは十分可能であったことか
ら,被控訴人企業らは被災者らに対して警告義務を負わない。
被控訴人エム・エム・ケイ
ア民法719条1項後段を適用するためには,被害者は,択一的競合関係
にある行為者を特定した上で,それ以外の者によって当該被害者の権利・
法益侵害がもたらされたものではないことを主張立証する必要があり,累
積的競合等の場合に同項後段を類推適用するには,加害行為が現実に到達
したことを主張立証する必要がある。
イ大工に対する主要曝露建材とその共同行為者の特定は,個々の被災者ご
との事情を検討していない点,鉄骨造建物の建築作業に従事した者には,
吹付け材による高濃度の石綿粉じんへの曝露可能性があり,木造建物の建
築作業に従事した者についても,一般的な木造の戸建住宅ではボード類の
圧倒的多数を石膏ボードが占めていると言われており,カッターで切断さ
れることも多いけい酸カルシウム板と石綿粉じんの飛散可能性に大差が
ないにもかかわらず,吹付け材や石膏ボードを無視している点,一時期の
正確性を欠くデータをもとに市場占有率を算定している点で,合理性がな
い。上記特定は,予備的主張1において控訴人自らの記憶に基づいてその
建材を使用していたと主張している企業を除外する結果となっており,論
理的に破たんしている。
ウ被控訴人エム・エム・ケイが製造・販売した石綿含有建材のうち,フレ
キシブル板について,昭和60年以降,平成4年に千葉工場を閉鎖するま
での間に同工場で生産したものの9割以上は,積水ハウス株式会社関東工
場向けの特別仕様のもので,指定されたサイズに全て加工して同工場に納
入し,同工場においてパネルに組み立てられて現地に納入されたので,一
般の大工が加工することはなかった。また,けい酸カルシウム板第1種に
ついては,平成3年以降,無石綿製品を製造・販売しており,平成5年以
降は出荷量の9割超を無石綿製品が占めていたから,同年度以降について
はその石綿粉じんに大工その他の建築作業従事者が曝露する可能性は極
めて低い。
エ被控訴人エム・エム・ケイは,他の企業と異なり,建材の包装に安衛法
57条所定の警告表示を行ってきた。表示内容は,昭和50年表示通達に
従っていたが,建築作業従事者に対する安全配慮義務を負う建設事業主
は,建築作業の専門家として各種建材に関する十分な知識を有しており,
上記表示内容を見れば防じんマスクの着用を励行すべきことを十分に認
識し得るから,適切な警告表示を行ったものといえる。
第7被控訴人企業らに対する控訴人らの請求権の消滅時効の成否(争点6)につ
いて
1被控訴人企業らの主張
控訴人らは,国交省データベース等から石綿含有建材を製造販売したものを
容易に加害者とすることができ,遅くとも労災認定等を受けた時点で石綿が原
因で特定の疾患に罹患したとの認識に至っており「損害及び加害者を知った」
(民法724条前段)といえる。したがって,控訴人番号6,11,14,1
5,16,19,20,22,23,34,35,37,40,42,51,
53,60,61,71,75の控訴人らについては,労災等の認定日から訴
訟提起までの間に既に3年を経過しており,消滅時効が成立する。
2控訴人らの主張
争う。労災認定等を受けた時点では,「損害及び加害者を知った」とはいえ
ない。
第8被控訴人国と被控訴人企業との共同不法行為の成否(争点7)について
1控訴人らの主張
本件では,被控訴人国が自ら石綿含有建材を建築基準法2条7号ないし9号
の建材に指定・認定し,建築作業従事者の生命・健康に対する危険な状態を積
極的に創り出したことを前提とした,違法な行為加担者としての固有の責任が
問われている。被控訴人国の指定行為による作為責任が認められる場合はもち
ろん,規制権限不行使の責任が認められる場合でも,その責任は,後見的な補
充責任に止まらない,違法な行為加担者としての固有の責任として成立し,被
控訴人企業らとの共同不法行為となる。
2被控訴人らの主張
民法719条1項前段の共同不法行為が認められるためには,各人の行為が
相関連・共同して1個の違法行為をなすこと又は客観的に1個の共同行為があ
ると見られることが必要であり,同項後段の共同不法行為であれば,違法行為
の前提となる集団行為に客観的関連共同性が必要である。国が規制のための省
令を制定しなかったからといって,規制対象者の責任を免責したものではな
く,規制権限不行使との関係で不十分と指摘された規制も,規制対象者の責任
や注意義務を減免する性格のものではない以上,国の規制権限の不行使と規制
対象者の不法行為は,共同加功して他人に損害を生じさせるような関係にある
とはいえず,関連共同性を認めることはできない。
第9控訴人らの損害額(争点8)について
1控訴人らの主張
控訴人らの包括一律請求は,個別の財産的損害の賠償請求を含まず,基本的
には,財産的損害の要素を加味して,損害の総体を慰謝料として評価し,社会
通念上妥当な範囲内で損害額をある程度区分定額化して算出するものである。
石綿関連疾患による健康被害の重大性,被控訴人らの加害行為の悪質性,制裁
的慰謝料論,じん肺訴訟判決等における慰謝料額,被控訴人企業らの救済金制
度や企業と労働組合とのじん肺補償協定との比較,交通事故訴訟における慰謝
料額との比較といった諸要素を考慮すると,控訴人らが被った身体的,精神的
苦痛に対する慰謝料は,被災者1人当たり3500万円を下らない。石綿関連
疾患に罹患することは死と直面するに等しく,石綿肺は進行性,不可逆性の疾
患であるから,死亡被災者と生存被災者,じん肺管理区分で慰謝料額に差を設
けるべきではない。控訴人らは,別訴の提起を含め別途財産的損害を請求する
予定はなく,被災者1人当たり3500万円(弁護士費用含まず)を請求する
のは妥当である。
被控訴人らの主張は争う。喫煙歴は,疾患でも違法でもないから,減額も過
失相殺もすべきでない。被控訴人国は損害全部について一次的な責任を負って
おり,責任範囲を限定する法的根拠もない。被控訴人国の責任期間内の曝露期
間の長短により減額される理由もない。
2被控訴人国の主張
控訴人らが石綿関連疾患に罹患しないよう安全配慮を尽くす責任は第一次
的に控訴人らの使用者にあり,被控訴人国の責任は二次的,補充的責任にとど
まる。被控訴人国が規制権限を行使していれば控訴人らに生じた損害を全部回
避できたとはいえず,被控訴人国の規制権限不行使と控訴人らに生じた全損害
との間に相当因果関係が認められるとはいえない。損害の公平な分担の見地か
らも,被控訴人国の責任は使用者の責任よりも限定された範囲にとどまるとい
うべきである。
控訴人ら及びその使用者が労働関係法令に基づく義務を順守していなかっ
たこと,労災保険給付及び石綿健康被害救済法による給付を受給しているこ
と,責任期間内における曝露期間が短く曝露量が少量にとどまる者や長年の喫
煙歴を有する者はそれらの事情が,それぞれ考慮されるべきである。
3被控訴人企業らの主張
防じんマスクを着用していなかったこと,肺がんに罹患した者が喫煙歴を有
したことは,過失相殺として考慮されるべきである。
第3章当裁判所の判断
第1節被控訴人国の権限行使の前提としての医学的知見の形成状況(争点1)に
ついて
第1被控訴人国の規制権限行使の前提としての求められる医学的知見の程度
本件においては,建材からの石綿粉じん曝露により建築作業従事者に生じた健
康被害を防止するために,国が規制権限を行使しなかったことの違法性が争われ
ているところ,その判断にあたっては,規制権限の不行使が違法であると主張さ
れている各時点において,国が把握可能であったリスクの考慮要素として,石綿
関連疾患の重篤性,石綿粉じん曝露と疾患発症の因果関係,さらには石綿粉じん
曝露量と疾患の発症リスクに関する医学的知見の形成状況が問題となる。規制権
限行使の前提として,どの程度の医学的知見の確実性が要求されるかについて
は,国の規制権限の行使は,規制を受ける者のみならず規制対象となる活動によ
り便益を受ける者も含めて国民に広範な影響を及ぼし得るものであることから,
規制の内容及び態様に応じて,権限行使の必要性を合理的に基礎付ける程度の確
実性が求められるというべきである。しかるところ,本件において,控訴人らが
被控訴人国によって行使されるべきであったと主張する規制内容は,いずれも,
それまで社会的有用性が認められて広く使用されてきた建材について,使用禁止
も含めて罰則を伴う広範な内容に及ぶものであることから,少なくとも石綿関連
疾患の病態,石綿がこれらの疾患の原因物質であることについて,確実といい得
る程度に医学的知見が形成されていることが必要であるというべきである(本件
において,石綿肺,肺がん,中皮腫が,問題とされる各時点において,重篤な疾
患であると認識されていたことについては争いがない。)。この点,控訴人らは,
石綿がこれらの疾患の原因となることについて相当程度の蓋然性を示す医学的
知見が備わっていれば足りると主張するが,既に述べたところに照らして採用で
きない。他方で,石綿がこれらの疾患の原因物質であることの医学的知見の形成・
確立を前提として,石綿粉じんの曝露量とこれらの疾患の発症リスクとの関係に
ついては,その詳細についての医学的知見の形成・確立までは必要なく,規制の
内容及び態様に応じて,その必要性を合理的に基礎付ける程度の医学的知見の集
積があれば足りると解される。
第2疫学における特定要因と特定疾患との因果関係の確定プロセスについて
原判決の「事実及び理由」第3章第2節第1の2(原判決197~198頁)
に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3石綿肺についての医学的知見の形成状況
我が国において,石綿肺の罹患の実態,臨床像,石綿粉じん曝露との因果関係,
石綿粉じん曝露量と石綿肺の発症リスクなど石綿肺に関する医学的知見が確立
したのは昭和33年3月頃であると認められる。その理由は,原判決199頁5
行目の「その結果」から同頁19行目の末尾までを次のとおり改めるほか,原判
決の「事実及び理由」第3章第2節第2(原判決198~201頁)に記載のと
おりであるから,これを引用する。
「昭和31年度及び昭和32年度の「石綿肺の診断基準に関する研究」によって,
石綿肺の罹患の実態,臨床像,石綿粉じん曝露との関係などが明らかとなり,診
断基準の設定にまで到達した。この研究の報告は,昭和33年3月に発表された。
以上の事実関係によれば,昭和32年度の上記研究報告がされた昭和33年3
月頃には,石綿肺に関する医学的知見が確立したと認めるのが相当である。」
第4肺がん・中皮腫に関する医学的知見の形成状況
1石綿粉じん曝露と肺がん・中皮腫の発症との因果関係についての医学的知見
の形成状況
当裁判所も原審と同様に,石綿粉じん曝露と肺がん及び中皮腫の発症との因
果関係について医学的知見が確立したのは昭和47年頃であると認める。その
理由は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」第3章第2節第
3の1から3まで(201頁~208頁)に記載のとおりであるから,これを
引用する。
原判決205頁3行目の「石神伸」を「石西伸」と,同頁10行目の「第
1節6のとおり」から同頁11行目の末尾までを「旧特化則の制定に当たり
設置された労働環境技術基準委員会の同月21日付け報告書(乙アB15)
では,石綿をがん原性物質と扱っていなかった。」とそれぞれ改める。
原判決206頁17行目の末尾に「(甲A148)」を加え,同207頁
6行目の「記述している。」を「記述している(甲A29)。」と,同20
7頁21行目の「石綿に発がん性があること」を「石綿粉じん曝露と肺がん
及び中皮腫発症との間に関連性があること」とそれぞれ改める。
2石綿粉じん曝露量と肺がん・中皮腫発症リスクについての医学的知見の形成
状況
石綿粉じん曝露と肺がん・中皮腫の発症との間に因果関係があることについ
ての医学的知見が形成・確立したのは,既に述べたとおり,昭和47年のIL
O及びIARCを契機としてであるが,その時点以降の石綿粉じん曝露量と肺
がん・中皮腫の発症リスクに関する医学的知見の形成状況について,以下のと
おり認めることができる。
昭和47年当時
ア肺がん
昭和47年のIARCの報告書(甲A150の1及び2)は,「全般的
展望」として,「一部には過去の粉塵測定法を基にし,また一部には産業
内の仕事の種類を基にしている曝露-反応の関連性についての証拠から,
職業曝露のレベルが低い場合には,過度の肺がんリスクは検出されないこ
とが示唆されている。」とし,また,「今後の研究に関する勧告」の中で,
「石綿への曝露レベルを石綿肺発現のレベル以下にまで引き下げること
により癌のリスクの上昇も除去できるか否かについての研究は,重要であ
ると考えられる。」としており,翌年に刊行されたIARCのモノグラフ
集第2巻(乙アA1,101)においては,「肺がんの過剰リスクは過去
の強い曝露の結果であることが通常である。肺がんのリスクは石綿肺に関
連しているようである。」としていることからすると,当時においては,
肺がんを発症させる曝露レベルは石綿肺を発症させる職業的曝露のレベ
ルと同レベルであることが想定されており,これよりも低い曝露レベルに
おける肺がん発症リスクの解明が今後の課題とされていたものと認めら
れる。
イ中皮腫
IARCの報告書は,中皮腫に関して,「全般的展望」として,「クロ
シドライトの鉱山や様々なタイプの石綿繊維の混合物を使用している工
場の近隣では,中皮腫と大気汚染との関連性を示す証拠が得られている。」
としており,職業曝露によらない低レベルの曝露によっても中皮腫が発症
する可能性を肯定しているが,クロシドライトのリスクが最も高く,アモ
サイトはそれより低く,クリソタイルでは明らかに低いとしており,「今
後の研究に関する勧告」の中で,石綿の種類ごとに量・反応関係を解明す
るための種々の研究の必要性が示されている。
以上によれば,昭和47年当時,石綿粉じんの少量曝露によっても中皮
腫が発症する可能性があることが医学的に確認されていたが,石綿の種類
等による曝露レベルと発症リスクについては未解明の状態にあったとい
うことができる。
昭和53年当時
労働省が石綿による肺がん・中皮腫の労災認定基準を検討するため,昭和
51年に設置した「石綿による健康障害に関する専門家会議」の検討結果報
告書(専門家会議報告書)は,産業現場における石綿曝露実態,石綿の化学
組成及び特性,動物実験の結果,臨床,病理,疫学,肺がん・中皮腫の量・
反応関係,環境管理などに関する内外の幅広い文献を検討した結果であり,
その時点における科学的知見の到達状況を示すものといえる。
ア肺がん
専門家会議報告書は,Wagnerが昭和47年に発表した総説には,肺がん
は中等度及び高度の石綿肺に併発するとし,IARCのモノグラフ集第2
巻においても肺がんは石綿肺と関連があるとされていたが,昭和52年刊
行のIARCのモノグラフ集第14巻においては,石綿肺と肺がんとの関
連性に関して,両者の間に密接な関連があると科学的に実証された報告は
得られていないとし,石綿曝露歴があって石綿肺のX線所見を伴わない集
団に肺がん発生の超過危険があるという仮説を支持するEdgeやMartishnig
の報告が出されているとしていることなどが紹介され,「石綿肺の進展度
と肺がんの合併率の間には直線的な関連はなく,軽度所見や無所見の石綿
曝露労働者にも肺がんの発生が認められる。」と結論づけている。また,
石綿曝露と肺がん発症に関する量・反応関係を示す海外の研究を紹介の
上,「最近の疫学調査結果から,石綿曝露量が大となるにつれて肺がん発
生の超過危険が大きくなる傾向がみられ,症例としては石綿曝露歴が概ね
10年を超える労働者に発生したものが多い。」としている。
以上によれば,昭和53年の時点で,肺がんは石綿肺よりも低いレベル
の石綿粉じんに対する職業的曝露によっても発症するとの医学的知見が
形成されつつあったと認められる。なお,同報告書には,石綿曝露と肺が
ん発生に関しては,石綿繊維の種類如何にかかわらず,一般人口における
死亡との相対危険度が有意に高い曝露レベルの範囲においては量・反応関
係が存在すると考えられるが,これらの成績はただちに無反応閾値を設定
するための濃度水準とはいえないとのNicholsonの見解が紹介されている。
イ中皮腫
専門家会議報告書は,石綿曝露量と中皮腫の発症について,「例数が少
ないため石綿曝露との量・反応関係を考察することが難しく,中皮腫の症
例報告からみた石綿曝露期間は10年以上の場合が比較的多いが,5年未
満といった短い例もある。また,石綿粉じん濃度が低くても中皮腫が発症
した例もあり,肺がんを発症するに必要な曝露量よりも少量で発生する可
能性もある。」と結論づけている。
以上によれば,昭和53年の時点において,中皮腫は少なくとも職業曝
露においては肺がんを発症させる曝露レベルよりも,さらに少量の石綿曝
露によっても発症しうるとの医学的知見が形成されつつあったと認めら
れる。
平成元年当時
WHOが石綿に係る職業曝露限度の国際基準を設定することを目的とし
て,平成元年に発表した「石綿の職業曝露限界」と題する報告書(乙アA3
の1及び2)は,「現時点での科学的根拠,方法論に問題と限界があるとい
う認識に立って,会合では,30年以上の研究にもかかわらず科学的根拠が
未だ不十分であり,それ以下ではリスクがないという石綿曝露レベルがある
とは明言できないという結論に達した。一方,起こり得る石綿関連疾患のリ
スクが非常に小さい管理レベルを達成することは,特にクリソタイルに関し
ては可能であるという意見を会合は表明した。この意見は現時点での最良の
判断を反映する,科学的根拠の重みと方向性に基づくものである。」とし,
「職業曝露限界の結論」では,「それ以下ではがんが起こらないという石綿
曝露の閾値が存在するという実質的な証拠はない。」,「現在の疫学モデル
では,曝露レベルと曝露期間の様々な組み合わせに対して,肺がん及び中皮
腫の生涯リスクを算出することができる。」とし,「勧告」において,石綿
の職業曝露限界を設定し,改訂する際に,技術上そして経済上の考慮ととも
に,肺がんと中皮腫については,それ以下ではがんが起こらないという石綿
曝露の閾値が存在するという実質的な証拠はないことを特に注目すべきこ
と,クリソタイルについて,健康上の理由のみに基づいて,現在高いレベル
の限界値を有している国は作業者個人の職業曝露限界を(8時間荷重平均値
として)2本/mlにまで下げるステップを早急にとるべきであり,未だ実
施していない国々は,1本/mlあるいはそれ未満に下げる方向に進むこと
が推奨されること,クロシドライト,アモサイトについては健康という観点
から,可能な限り早急に使用を禁止することが推奨され,当面,限定された
使用をするのであれば,曝露がクリソタイルで許容されるレベルよりも低い
ことを確実にするため,注意深く実施することが求められることなどを挙げ
ている。
以上によれば,平成元年当時において,肺がん・中皮腫の発症については
石綿曝露に閾値が存在することの科学的証拠が得られていないことから,こ
れが存在しないことを前提に安全対策を立てるべきであるとの考え方が形
成されたと認められる。もっとも,同報告書が,職業曝露集団についての疫
学調査から得られた量・反応関係に閾値が存在しないとの前提を組み入れた
疫学モデルにより,低濃度曝露による生涯リスクを算出し,これを参考とし
て曝露限界を設定することを否定する趣旨ではないことは,その内容に照ら
して明らかである。
第2節被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性の有無(争点
2)
第1建築作業の石綿粉じん曝露の客観的危険性に関連する事実
1我が国におけるアスベスト輸入量の推移
我が国は,戦後,使用する石綿は全て輸入によっていた。我が国の石綿輸入
量は,別紙6別表1のとおりであり,高度経済成長期に急増し,昭和36年に
10万トンを,昭和44年に20万トンを,それぞれ超えて,昭和49年には
第1次のピークである35万2110トンに達し,その後も高原状態を続け,
昭和63年には第2次のピークを迎えて32万0393トンとなったが,平成
元年以降は減少を続け,平成6年には20万トンを,平成12年には10万ト
ンを,それぞれ割り,平成18年以降はゼロとなった。
輸入量のうち石綿の種類による内訳を確定する証拠はないが,クロシドライ
トについては,昭和58,59年度の時点で,全国427の石綿取扱い事業場
のうちクロシドライトを使用する事業場が11にまで減少しており,昭和62
年には各企業が自主的にクロシドライトの使用を中止した。アモサイトについ
ては,昭和58,59年度の時点でアモサイトを使用する事業場が52存在し
たが,平成5年には関係業界においてアモサイトの使用が中止された。(乙ア
B33,34,弁論の全趣旨)
2建材における石綿使用量の推移
伝統的に木造建築物が多いわが国では,明治期に近代都市計画が成立して
以来,都市防火・防災が都市計画の最重要テーマとされてきた。戦後の経済
発展に伴い,住宅等の生活基盤の拡充と,大都市中心部における建築物の大
規模化,高層化への要請が高まり,住宅の量産化と建築物の高層化を推進す
る政策が採用された。このような中で,耐久性,耐火性を有し,安定して量
産可能な石綿含有建材は,JIS規格の制定や耐火構造等への指定等も相ま
って,大量に使用されてきた。(甲A396,甲B7,19の1・2,31
の1~3,66,乙アA107~110,乙アB78,弁論の全趣旨)
社団法人日本石綿協会環境衛生委員会が平成15年12月に作成した「石
綿含有建築材料廃棄物量の予測量調査結果報告書」(甲B24)によれば,
関連業界団体で把握していた石綿含有建築材料(吹付け材,保温材等は含ま
ない。)の昭和46年から平成13年までの出荷量及び推定石綿使用量は別
紙6別表2のとおりである(なお,上記報告書には,総出荷量には業界に加
盟していない業者の出荷量や特殊な石綿含有建材の出荷量等が含まれてい
ないものの,日本全体の9割以上をカバーするものと思われるとの記載があ
る。)。
これによれば,製品出荷量は,昭和48年の172万4671トンが第1
次のピーク,平成2年の186万2501トンが第2次のピークであり,昭
和46年から平成11年まで毎年100万トンを超えており,推定石綿使用
量も,昭和48年の27万0475トンが第1次のピーク,平成元年の20
万9070トンが第2次のピークであり,昭和46年から平成6年までは毎
年15万トンを超えており,石綿の輸入量と同様の推移を示している。上記
の石綿輸入量と対比すると,我が国に輸入された石綿の約7割が建築現場で
使用されたものと認められる。(甲B19の1・2頁参照)
3石綿含有建材の種類・使用状況等
石綿含有吹付け材
石綿含有吹付け材は,昭和30年頃,我が国に導入され,鉄骨耐火被覆,
天井・壁の吸音,天井の結露防止などに用いられたが,著しく発じん量の多
い製品である(甲A36・4頁,甲D17・6頁)。
環境省の依頼に基づき社団法人日本作業環境測定協会に設置された「建築
物の解体等における石綿飛散防止検討会」が平成17年11月に作成した
「建築物の解体等における石綿飛散防止対策の強化について」(甲A340。
以下「平成17年検討会報告」という。)によれば,石綿含有吹付け材には,
吹付け石綿,石綿含有吹付けロックウール(乾式,湿式),石綿含有ひる石
吹付け及び石綿含有パーライト吹付けがあり,それぞれの石綿の種類使用時
期及び含有率は,別紙6別表3のとおりである。
このうち,吹付け石綿は,クリソタイルのほかクロシドライト及びアモサ
イトを含み,石綿含有率も60%から70%と高かったが,昭和50年の特
化則の改正によって,石綿含有率が重量比5%を超える吹付け材の使用が原
則として禁止されたことから,昭和50年以降は使用されていない。吹付け
石綿の昭和30年から昭和49年までの施工量は,別紙6別表4のとおりで
あり,昭和35年に1000トンを,昭和44年には1万トンを,それぞれ
超えて増加し,昭和47年に2万0987トンでピークに達し,昭和48年
に1万7131トン,昭和49年に9617トンとなった。
吹付けロックウールは,石綿含有量30%以下の乾式と5%以下の湿式と
があったが,ロックウール工業会は,吹付けロックウールの仕様を,昭和5
3年から石綿含有率(重量比)5%未満に変更し,昭和55年以降は石綿を
全く含有しないものに代替した(乙アB98,99)。その結果,ロックウ
ール工業会に加盟していない業者や在庫品の使用等によるものを除き(甲A
339),吹付けロックウールで石綿を含有するものは施工されなくなって
いった。吹付けロックウール(乾式)の施工面積は別紙6別表5のとおりで
あるが,石綿を含まない製品の施工面積を含んだものである。
石綿含有保温材等
平成17年検討会報告によれば,石綿含有保温材には,石綿保温材,けい
そう土保温材,パーライト保温材,けい酸カルシウム保温材,水練り保温材
が,石綿含有断熱材には,屋根折版用断熱材,煙突断熱材が,石綿含有耐火
被覆板には,耐火被覆板,けい酸カルシウム板第2種があり,それぞれに使
用された石綿の種類,使用時期及び含有率は,別紙6別表6のとおりである。
石綿含有保温材は,主にプラント,屋内配管やボイラーなどの保温に使用
され,このうち石綿保温材は石綿含有率が90%以上と高い製品であった
が,昭和55年以降は使用されていない。石綿含有断熱材は,折版屋根裏の
断熱に使用されるものと高温の排気から煙突本体を保護する用途に使用さ
れるものに分類される。いずれも石綿含有率が90%以上の高い製品である
が,屋根折版用断熱材は昭和57年まで,煙突断熱材は昭和62年まで使用
されていた。石綿含有耐火被覆板は,基本的には石綿含有吹付け材の耐火被
覆と同様に使用されているが,一部に特殊な用途がある。(甲D17・7頁)
石綿含有保温材等は,比重が小さく,発じんしやすい製品とされている(甲
A36・4頁)。
石綿含有成形板
平成17年検討会報告によれば,調査した石綿含有成形板の種類は,石綿
含有スレート波板,同スレートボード,同けい酸カルシウム板第1種,同押
出成形セメント板,同パルプセメント板,同スラグせっこう板,同サイディ
ング,同住宅屋根用化粧スレート,同ロックウール吸音天井板,同せっこう
ボード,同セメント円筒,同フリーアクセスフロア,同ビニル床タイルであ
り,種類・年代ごとの石綿含有率の代表的な値(推定値)は別紙6別表7の
とおりであり,出荷量は別紙6別表8のとおりである。
石綿含有成形板は,外装材,内装材等幅広く使用された(甲D17・7頁)。
石綿含有成形板は,発じん性の比較的低い製品とされている(甲A36・
5頁)。
その他の石綿含有建材
国土交通省及び経済産業省が過去に製造された石綿含有建材の種類,名
称,製造時期,石綿の種類・含有率等の情報を集積して構築した国交省デー
ード,石綿含有壁紙,石綿含有ビニル床シート,石綿含有ソフト巾木,石綿
含有ルーフイング,石綿セメント管,石綿発泡体が挙げられている(甲C2
9)。
4電動工具の普及状況
建築作業に使用される電動工具には,電動丸鋸,電動サンダー,電動グライ
ンダー,電動ドリルなどがある。電動丸鋸は,内外装の壁材,床材,天井材を
切断する作業などに,電動グラインダーは,壁の下地調整,板材の表面仕上げ,
角付けといった研磨,研削作業に使用されたほか,盤を取り替えることによっ
て屋根材,給排水管,タイル,石材などの切断作業に使用された。電動ドリル
は,内外装の壁材,床材,天井材に穴をあける作業などに,それぞれ使用され
た。電動工具で建材を加工する場合,手工具に比して,とりわけ電動丸鋸で切
断する場合には,多量の粉じんが発散する(甲A35の2,甲D1)。機械統
計年報によれば,我が国におけるこれらの電動工具の販売台数は,別紙6別表
9のとおりであり,昭和43年に100万台,昭和48年に200万台,昭和
52年に300万台,昭和54年に400万台,昭和55年に500万台,昭
和58年に600万台,平成2年に700万台まで増加し,その後も数百万台
の販売台数を維持した(甲A375の1~10)。
電動工具による発じんの抑制を企図したものとして,駆動部分に粉じんの発
散を防ぐための覆いをして集じん容器を接続したものや,さらにホースで除じ
ん装置を接続し強制的に集じんするものなどがある。平成4年通達の「電動丸
のこ(ダストボックス付き)」は前者の例であり,「除じん装置付き電動丸鋸」
は後者の例である。
5建設作業の状況
建設業の特徴
一般に,建築作業の特徴として,多品種・単品生産であること,現地屋外
で行われ,作業場所が工事ごとに変わるため,作業環境が一定でなく継続的
でないこと,関係する人及び物の量と種類が多いこと,生産方式が労働力集
約型であること,生産組織が工事ごとに編成されることなどが挙げられる
(甲A319(2頁),449)。
建築作業現場と作業状況
ア木造建物の建築現場及び作業
建築工程等
木造建物の建築工程は,大別すると,基礎工事,躯体工事,仕上工事,
設備工事の4つになる。基礎工事は,建物の基礎となる部分を造る工事
である。躯体工事は,構造材を建物の躯体として組み上げる工事である。
仕上工事としては,屋根工事,外壁工事,内装工事,建具工事の順で行
われるほか,必要に応じて左官工事,タイル工事,塗装工事,板金工事
などが行われる。設備工事としては,電気設備,給排水・衛生設備など
の工事が行われる。これら建物本体の工事以外に,仮設工事,外構工事
なども行われる。
躯体工事のうち柱など主な構造材の組立てが行われると,屋根工事が
すみやかに開始され,また,1階の床下は床下地の工事が始まると自由
に作業ができないため給排水管の工事が行われるなど,躯体工事,仕上
工事,設備工事が一部並行して行われる。
工期は,建物の規模等にもよるが,50坪程度の木造2階建住宅の場
合,かつては半年程度,現在は4か月程度が標準的な工期とされており,
その半ば頃までには屋根,外壁,外部建具の各工事が行われる。
(甲D1,3,15,乙A209~211,原審証人甲)
石綿粉じん曝露作業
屋根工事では,石綿含有住宅屋根用化粧スレートや石綿含有スレート
波板が使われることがあり,屋根工が屋根の上でそれらの建材を押切り
形の切断工具や電動工具等で切断し,穴を開け,ヤスリで削る際に,石
綿粉じんが発散する。屋根工事を行う間,大工が柱の間に筋交い,火打
材や間柱を取り付けて接合金具で全体を緊結したり,設備工が1階の床
下で配管作業をしたり,鳶が建物の周囲の足場を組み立てたり玄関前ポ
ーチの土台のコンクリート打ちをすることがあり,屋根工のほか大工,
設備工や鳶が石綿粉じんに曝露するおそれがある。
外壁工事では,石綿含有スレートボード・フレキシブル板,石綿含有
押出成形セメント板,石綿含有サイディングなどを使用することがあ
り,大工,板金工,屋根工がそれらの建材を電動工具で切断すると石綿
粉じんが発散するほか,切り口を平らにするためヤスリで削る際にも石
綿粉じんが発散する。また,左官がモルタル仕上げのためのモルタルを
作る際にのびをよくするため石綿又は石綿を含有する混和材を加えて
攪拌する際に,石綿粉じんが発散する。外壁工事が行われる時には,床
工事,建具工事などの内装工事が行われることがあり,大工,板金工,
屋根工,左官や建具工が石綿粉じんに曝露するおそれがある。
軒天の工事も外壁工事と並行して行われるが,軒先の下端にはるため
に石綿含有スレートボード・フレキシブル板,同・平板,石綿含有けい
酸カルシウム板第1種が使われ,大工がそれらの建材を電動工具等で切
断する際に石綿粉じんが発散する。
内装工事においても,石綿含有床タイル,石綿含有せっこうボード,
石綿含有ロックウール吸音天井板,石綿含有けい酸カルシウム板第1
種,石綿含有スレートボード・フレキシブル板などが多用され,大工が
室内でこれらを切断したり切り口を削る作業をする際に,石綿粉じんが
発散する。その間,タイル工事などが行われることがあり,大工のほか
タイル工や左官なども石綿粉じんに曝露するおそれがある。このほか,
一つの作業を終えた後,清掃をしても石綿粉じんが残る場合があり,次
に作業をする者が石綿粉じんを再飛散させて曝露するおそれがある。
設備工事でも,電気工や配管工が石綿を含有するボードに穴をあける
際に,石綿粉じんが発散し,電気工や配管工が石綿粉じんに曝露するお
それがある。
(甲D1,3,4,17,原審証人甲)
イ鉄骨造建物
建築工程
鉄骨造建物の建築工程は,仮設工事,基礎工事,躯体(鉄骨)工事,
仕上工事,設備工事,外構工事に大別される。仮設工事では,外壁面の
作業用に外部足場を設け,外部への物の落下や粉じんなどの飛散防止の
ため,メッシュ状又は帆布状のシートを張る。躯体(鉄骨)工事では,
短期間に鉄骨の柱や梁を組み立てて全体を固定した後,デッキプレート
(床板)を溶接し,その上に配筋し,コンクリートを打設して床を作る。
その後,仕上工事として,外壁工事,屋根工事(防水工事),建具工事,
内装の木工事,タイル・塗装工事などが行われる。外壁工事が行われた
後,鉄骨の耐火工事として,成形板の張付け作業や吹付け材の吹付け作
業などが行われるが,3階建て程度の小規模な鉄骨造建物では,ほとん
ど吹付け工法が用いられた。吹付け作業は,多量の粉じんが出るため,
周囲で同時並行的に他の作業を行うことは想定されていないが,大規模
な現場であれば,他の場所で支障がない限り別の作業も行われることが
ある。このほか,主に仕上工事と並行して,一部は基礎工事,躯体(鉄
骨)工事とも並行して,電気,水道,ガス,エレベーターなど設備工事
が行われる。
80坪程度の鉄筋3階建住宅の場合,全体として,5か月ほどの工期
が想定され,工事開始から3か月目頃に,外壁工事実施後に吹付け作業
が行われる。
(甲A315の1・2,甲A316,319,523,甲D1,3,乙
アA216,原審証人甲,当審証人乙)
石綿粉じん曝露作業
外壁工事では,躯体に取り付けられるパネルとして石綿含有押出成形
セメント板が使用されたり,共同住宅などで石綿含有サイディングが使
用されることがあり,これらの建材を電動工具で切断したり穴あけをし
たりする際に,石綿粉じんが発散する。外壁が取り付けられると開口部
に建具を取り付ける作業が行われるほか,建物内部で配管工事が行われ
ることがあり,これらの作業に従事する建具工,防水工,左官,設備工
が石綿粉じんに曝露するおそれがある。
吹付け工事では,外壁ができた下層階から順に,耐火被覆として鉄骨
の柱や梁に吹付け材を吹き付けるが,防音や結露防止等のためデッキプ
レートの裏側に施工することもある。吹付け作業を行う場合,石綿や岩
綿を袋から出すとき,セメントや水を加えてミキサーで攪拌するとき,
ノズルから吹付け材を放射するとき,周囲に飛び散って床に落ちた吹付
け材が乾いて再飛散するときなどに,多量の粉じんが発散するため,作
業者本人は多くの場合マスクや作業用メガネを着用していた。吹付け作
業自体のほか,吹付け作業終了後に吹付け材が付着した箇所で行われる
床張り作業,天井張り作業,軽天工事,電気配線工事,配管工事及びサ
ッシ・シャッター工事,吹付け作業前に設置された外装材付近の胴縁設
置作業や梁との隙間を埋める作業,開放廊下・ベランダにおける防水工
事及びタイル工事,外階段での塗装工事,外装材とサッシ枠との間の隙
間を埋める作業などでは,大工,電工や設備工が吹付け材を除去したり
接触したりすることによって石綿粉じんに曝露するおそれがある。
このほか,屋根工事で住宅屋根用化粧スレートを用いる場合に電動工
具でそれを切断や穿孔をする際,左官工事で壁にサンダーがけをする際
やモルタル煉りをする際,塗装工事で面取りをしたボードの継ぎ目にパ
テを煉りこみ乾燥した後に研磨紙で凹凸を研磨する際に,粉じんが発散
する。
内装工事と設備工事では,給排水管工事で石綿セメント円筒(石綿二
層管)を電動工具で切断する際に石綿粉じんが発散するほか,木造建物
の場合と同様に,石綿含有建材が使用され,作業者が石綿粉じんに曝露
するおそれがある。
(甲A36,315の1・2,甲A316,523,甲D1,3,4,
17,原審証人甲,当審証人乙,弁論の全趣旨)
ウ鉄筋コンクリート造建物
建築工程
鉄筋コンクリート造建物の建築工程も,鉄骨造建物と同様に,仮設工
事,基礎工事,躯体工事,仕上工事,設備工事,外構工事に大別され,
個々の工程も基本的には鉄骨造建物と同様である。ただし,躯体工事は,
鉄骨工事がない代わりに,鉄筋工事・型枠工事・コンクリート工事が中
心となる。鉄骨造建物においては,工事の比較的初期の段階で全ての階
の躯体工事が実施され,全ての階にわたって外部足場が組み立てられ,
同時にシートが張られるのに対して,鉄筋コンクリート造建物において
は,下層階から上層階へ向けて躯体工事が施工されていくため,外部足
場も順次設置される。また,鉄筋コンクリート造建物の躯体工事では,
鉄骨の耐火被覆工事は行われないが,鉄骨造と併用される場合のほか,
耐火性,防熱性,防音性の向上,結露防止の目的で,吹付工事が行われ
ることもあった。
昭和60年8月に着工した,地上6階建,鉄筋コンクリート造・一部
鉄骨造,建築面積約100㎡の店舗兼個人住宅の場合,仮設工事及び基
礎工事完了後,着工後4か月目から6か月目まで,1階から6階に向け
て順次躯体工事が行われ,6か月目以降,躯体工事が終了した階から,
サッシ・ガラス取付作業を皮切りに仕上工事が行われたほか,一部は基
礎工事及び躯体工事と,主には仕上工事と並行して設備工事が行われ,
9か月目に竣工した例がある。
(甲A315の1・2,甲A316,320,弁論の全趣旨)
石綿粉じん曝露作業
鉄筋コンクリート造建物についても,仕上工事の内装工事や設備工
事で,鉄骨造建物と同様に,複数の職種の作業者が石綿粉じんに曝露
するおそれがある。(甲D3,原審証人甲)
エ建築現場における換気
建物建築作業現場は,作業開始当初は通常の屋外と同様に自然換気が期
待でき,周囲に外部足場を設けて養生シートで覆う場合も,天井部分まで
覆うことはなく,通気性のあるメッシュシートも用いられることなどか
ら,密閉状態とはいえないが,外壁の取付け,サッシ・ガラスの取付けと
作業が進行するにつれ,徐々に屋内と同程度まで気密性が増していき,作
業者が粉じんに曝露する危険性も高まっていく。また,建築現場は,一般
に臨時の作業場であり,局所排気装置が設置されることはない。(甲A5
21の2,乙アA206~210,当審証人丙,弁論の全趣旨)
オ解体工事,改築・改修工事について
解体工事
解体工事は,建物の構造や周囲の状況により工事の方法が異なる。鉄
筋コンクリート造建物及び鉄骨鉄筋コンクリート造の建物では,重機を
クレーンで建物の上階に揚げて上階から解体する方法や,地上から重機
を用いて建物を解体する方法を用いる。鉄骨造建物では,ガスバーナー
で鉄骨を切断してクレーンで地上に吊り下す方法や,これに重機を併用
する方法を用いる。木造建物では,昭和50年頃から重機を使用して一
気に破壊するようになったが,現在でも狭い現場では重機によらない方
法で解体する。建物本体の解体作業は,主に解体工,鳶が行うが,その
前に電気設備等の撤去作業や内装材の解体作業が行われる。
解体工事では,大きなバール等の道具又は機械を用いて短期間に行う
ため,多量の粉じんが発散する。
(甲D11の2,33の1~3,原審証人甲,弁論の全趣旨)
改築・改修工事
改築・改修工事の内容は,建物の構造や工事の規模などにより様々で
あるが,共通する特徴として,既存の建物の一部を破砕,切断,剥離,
除去などの作業を行う必要があり,これらの解体作業は,大規模な工事
では解体業者(解体工)が行うが,小規模なものでは各職種が行い,既
存建物に石綿含有建材が使用されていれば,その時点では製造・販売さ
れていないものであっても,それらの石綿粉じんに曝露するおそれがあ
る。解体作業後に各職種が行う作業内容は,新築工事と基本的に同様で
あるが,既設の建物内での作業が多く,新築工事以上に石綿粉じんに曝
露するおそれがある。
住宅の増改築工事では,大工のほか水道工,ガス工,電気工や屋根工
が一緒に作業をすることもある。スレート瓦を撤去するときに,屋根か
らそのまま地面に落として石綿粉じんを発散させたり,既存の壁や天井
にけい酸カルシウム板やフレキシブルボードが,台所の床にビニル床タ
イルなどが使われていたこともある。
工場の改修工事では,大工のほか鳶,電気工,水道工が同時に作業を
していたことがある。既存の屋根の石綿含有スレート波板のボルト周り
を金づちで割って剥がした後に,工場の中に敷いたシートの上に落とし
て破片が飛び散ったり,新しく張る建材を電動工具で切断したりした際
に,石綿粉じんが発散したことがある。
店舗や事務所の改築工事では,大工や鳶のほか,水道工,ガス工,電
気工が同時に作業をしていたことがある。特に古い店舗等の改築工事で
は,短期間の工期のものが多く,天井や壁を一気に取り壊したり,床を
剥がした後に運搬しやすいよう室内で適当に割ったりして,多量の粉じ
んを発散させることがある。
(甲D3,4,原審証人甲,弁論の全趣旨)
6建築作業に伴う石綿粉じん濃度の測定結果等
石綿関係資料(甲A343の2)に掲載された測定結果
昭和51年通達に添付された労働衛生課作成の「石綿関係資料」では,建
設工事における石綿吹付け作業中の石綿粉じん濃度に関して,石綿含有量5
0%の吹付け材について,ローボリウムサンプラーによる並行測定(分粒装
置なし)結果が,乾式吹付け作業では37.66~41.76㎎/㎥(15
か所平均),湿式吹付け作業では12.11~17.28㎎/㎥(15か所
平均)であったとしている(2㎎/㎥=33本/㎤として換算し,石綿含有率5
0%を乗ずると,それぞれ310.7~344.5本/㎤,99.90~14
2.6本/㎤となる。)。
なお,我が国における石綿吹付け作業は,乾式吹付け作業が一般的であっ
た(乙ニ13,乙マ1017,乙ム11,当審証人丙)。
英国労働省工場監督庁の測定データ(甲A538の1及び2,609の1
及び2)
英国労働省工場監督庁が,昭和48年に,建設業の事業者代表からの要請
に応えて指針として示した建築作業における濃度の測定結果は,次のとおり
であった。これらの濃度は,主にメンブランフィルター法で個人サンプラー
により回収された粉じんを測定したものであって,30分から1時間くらい
の時間で収集されたサンプルに基づくものである。なお,この測定結果は専
門家会議報告書にも掲載されている。
ⅰ石綿吹付け
推奨されている湿潤化の機器を使用5~10(繊維/㎤)
上記の機器を使用していない100以上(繊維/㎤)
なお,工程から20から30フィート(6から9メートル)
離れたところの濃度は,上記のおよそ10分の1である。
ⅱ解体(保温材をはぐ)
ぬらしながら行う1~5(繊維/㎤)
水を散布して行う5~40(繊維/㎤)
乾燥状態で行う20以上(繊維/㎤)
なお,気中石綿粉じん濃度は,個々の保温材の材質により非
常に変わる。クロシドライトについては厳重な注意が必要であ
る。
ⅲ石綿セメントのシートとパイプの使用
機械による穿孔2未満(繊維/㎤)
用手鋸断2~4(繊維/㎤)
有効な局所排気を用いない場合の機械鋸断
クランク鋸2~10(繊維/㎤)
丸鋸10~20(繊維/㎤)
有効な局所排気を用いた場合の機械鋸断2未満(繊維/㎤)
ⅳ石綿断熱板の使用
垂直構造物の穿孔(例:被覆した柱)2~5(繊維/㎤)
頭上の穿孔(例:天井)4~10(繊維/㎤)
研磨と表面仕上げ6~20(繊維/㎤)
整合と離断1~5(繊維/㎤)
用手鋸断5~12(繊維/㎤)
有効な局所排気を用いない場合の機械鋸断
クランク鋸5~20(繊維/㎤)
丸鋸20以上(繊維/㎤)
なお,機械穿孔又は鋸断による粉じん濃度は,粉じんをコ
ントロールする機器を使用すれば2~4本/㎤にまで減少
し得る。
板受け渡しの荷おろし(短時間サンプリング)
切断片5~15(繊維/㎤)
製品基準の大きさのもの1~5(繊維/㎤)
木村菊二の測定結果(甲A266,539)
木村菊二は,昭和46年に「作業現場の石綿粉塵」(労働の科学26巻9
号)を発表したが,その中で,昭和40~45年頃測定された2,3の工場
の石綿粉じん測定結果のうち石綿板切断に係るものとして,以下のとおりで
あったとしている。この結果については,専門家会議報告書に掲載されてい
る。
工場
石綿粉じん濃度長さ
5~100μ個/㎤
粉じんの総重量濃
度㎎/㎥
備考
石綿板製造(Ⅰ)10.8~16.2113.3除じん装置なし
石綿板製造(Ⅱ)7.4~10.033.2除じん装置あり
注)メンブランフィルター法による測定
木村菊二の測定結果(甲A462の1・2,575)
木村菊二は,昭和51年,第49回日本産業衛生学会・第20回日本産業
医協議会における講演「アスベスト粉塵の測定法についての検討」において,
最近の2~3年間に測定された幾つかの作業場における石綿粉じん濃度の
測定結果のうち石綿板切断に係るものとして,以下のとおりであったとして
いる。この結果については,専門家会議報告書にも掲載されている。
製品作業条件濃度範囲(繊維/㎤)
幾何平均
(繊維/㎤)
大型の石綿板
(石綿含有率20
~30%,厚さ22
㎜)
電動鋸・吸じん装置
作動中
2.89~25.086.63
電動鋸・吸じん装置
休止中
147.03
~391.50
220.50
電動丸鋸1・吸じん
装置作動中・切断速
度が速い
33.74
~90.17
55.05
電動丸鋸2・吸じん
装置作動中・切断速
度が速い
13.30
~391.50
81.70
小型の石綿板
(石綿含有率約2
5%)
手動鋸1・吸じん装
置なし
0.31~2.551.01
手動鋸2・吸じん装
置なし
0.11~0.380.18
なお,測定の対象とされた石綿板は,石綿含有けい酸カルシウム板である
(甲A508,571)。
専門家会議報告書に掲載された測定値
同報告書には,米国における断熱材取扱作業における気中石綿濃度につい
て,BalzerとCooper(昭和43年),Ferrisら(昭和46年),Nicholson(昭
和50年)によれば,昭和43年から昭和46年までの間に調査した結果で
は3~6繊維/㎤であったとしていること,Nicholson(昭和51年)は昭和
40年頃の時間-荷重平均濃度は約8繊維/㎤であったとみられるとして
いることが紹介されている。さらに,昭和46年に報告されたHarriesの調査
では,英国における断熱材取扱作業については,かなり長期間にわたる測定
の平均値で8.9繊維/㎤であり,石綿セメントの混練作業中の濃度は50
~100繊維/㎤であったが,時間-荷重平均濃度では5繊維/㎤以下とみ
られるとしていることを記載している。
桜井治彦らの「一般家屋壁材施工時の発塵状況調査結果」(乙アA212)
慶応義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室の桜井治彦らは,昭和62年1
0月18日,2か所(町田,読売ランド)の建築現場(屋外)で,㈱久保田
鉄工製防火サイディングを幅30㎝の横方向に10回(2,3分間)切断す
る作業を,①吸引型集じん機付き電動鋸及び発じん防止用マット(人工芝)
を使用した場合,②集じん袋付き電動鋸及び発じん防止用マットを使用した
場合,③集じんボックス付き電動鋸を使用し,発じん防止用マットを使用し
ない場合,④丸鋸を用い,発じん防止用マットを用いない場合の各条件で行
の気中石綿繊維濃度を測定した。
測定の結果は,次のとおりである。
作業現場作業内容個人曝露
濃度[繊
維/㏄]
発じん点近傍の気
中石綿繊維濃度[繊
維/㏄]
町田①吸引型集じん機付き電動鋸+発
じん防止マット
0.080.04
②集じん袋付き電動鋸+発じん防
止マット
サンプル
不良
0.04~0.08
③集じんボックス付き電動鋸2.050.14~0.50
④電動鋸1.160.3~0.52
読売ラン

①吸引型集じん機付き電動鋸+発
じん防止マット
0.170.04
②集じん袋付き電動鋸+発じん防
止マット
0.270.21~0.76
③集じんボックス付き電動鋸0.270.22~0.72
④電動鋸0.200.27~0.63
また,同報告書には,参考表として,同年9月に練馬で行われた久保田鉄
工製石綿含有壁材切断時の発じん状況測定の結果が次のように紹介されて
いる。
個人曝露濃
度[繊維/㏄]
斜め後方1~
3m[繊維/㏄]
側面0.5m[繊維/
㏄]
真空捕集掃除機+マット0.430.210.14~0.02
袋式掃除機+マット1.745.824.26~0.82
電動鋸9.2212.4312.05~1.35
その上で,測定結果に対する考察として,読売ランドの現場では②~④に
差が認められないが,これは曝露を受ける方向に風が向かわず,切断時に壁
材の上側に飛散する粉じんを捕集できなかったためであり,風向,風速,作
業者の姿勢などが短時間の作業時は大きく影響すると考えられること,練馬
の測定結果が絶対値として高い傾向を示したのは,連続切断時間が単位時間
当たりで長いことや長い切断ではその間の振動などでいったん付着した粉
じんを巻き上げやすいこと等が関連しているものと推測されるとしている。
久永直見らの測定結果(甲A368)
名古屋大学医学部衛生学教室講師の久永直見らは,昭和63年,「アスベ
ストに挑む三管理環境管理と作業管理-建築業の現場を中心に-」と題す
る論文において,石綿含有建材を取り扱う建築現場において,建築作業従事
者の鼻先(建材使用後の無人の室内における測定値を除く)の気中石綿粉じ
ん濃度を測定(集じん機なし。位相差顕微鏡を使用して測定。)した結果を
以下のとおり公表した。
作業測定数測定時間(分)
気中石綿濃度
(本/㎖)
中央値(本
/㎖)
建材丸鋸切断42.5~5125.1~7
87.0
147.0
同上周辺(1.5~2m)32.5~5103.0~6
30.0
232.4
ビス,釘打ちドリル穿孔な
どによる建材張付けを主と
した作業(丸鋸切断含む)
810~1201.3~131.

12.3
同上周辺(1~10m)710~1190.9~48.13.0
ビス,釘打ちドリル穿孔な
どによる建材張付けを主と
した作業(丸鋸切断含まず)
82.5~11

0.3~14.12.5
同上周辺(1~4m)1515~1710.1~4.61.6
建材使用後の室内での作業
(清掃,建具加工など)
515~930.1~0.50.3
建材使用後の粉じんが床面
に少量散乱した廊下での石
綿を取り扱わない配管工事
11600.05―
建材使用後の無人の室内の
中央
11100.01―
ナイフ切断とヤスリ掛け1112.1―
一部で建材使用工事中の現
場巡回(建材使用箇所より
5~30m)
268~930.04~0.1


屋根葺き用石綿スレートに
よる屋根葺き
11150.13―
同上周辺(1~2m)11150.05―
上記測定結果について,以下の考察がなされている。すなわち,特に高い
濃度が検出されたのは,建材(天井に張られた石綿セメント板)の電動丸鋸
による切断作業時であった。また,ビス,釘打ち,ドリル穿孔などによる建
材の張付けを主とした作業でも,間に丸鋸切断を含む場合には,その影響を
受けて高い濃度が検出されることがあり,この場合の最高の濃度は131.
0本/㎖であるが,これは廊下に防火扉を取り付ける作業中の24分間の測
定値で,この間に4回石綿含有厚板(厚さ2.5㎝)の丸鋸切断が行われ,
換気不良の幅2mの狭い廊下での作業であったため,10m離れたところで
も61分の測定で34.6本/㎖と高濃度であった。丸鋸切断を含まないビ
ス,釘打ち,ドリル穿孔などによる建材張付けの作業では,電動スクリュー
ドライバーがビスをねじ込むたびにモーター回転により空気を噴射し,これ
が粉じんを飛散させていた。また,石綿含有建材の取扱い後にはしばしば建
材片や切り屑,粉じんが床に散乱したままで放置されており,石綿含有建材
の取扱い後に同じ場所で別の作業をするものについての曝露濃度測定結果
は,0.05~0.5本/㎖であり,二次発じんへの注意の必要性が明らか
であった。ナイフ切断とヤスリ掛けの作業では,切断する板に定規用に別の
板を勢いよく重ねた時とヤスリ掛けの時の発じんのために比較的高濃度と
なった。屋根葺き石綿スレート板による屋根葺き作業は,遮るもののない2
階建て民家の屋根上での作業であり,作業者鼻先で0.13本/㎖であった。
久永直見らの測定結果(甲A367)
久永直見らは,平成元年,「建築業における石綿粉じん曝露とその健康影
響に関する研究」において,建設現場19か所で,作業者85名の鼻先の気
中石綿粉じん濃度を光顕法(×400)により測定した結果を公表した。そ
の内容は次のとおりである。
作業内容気中石綿粉じん濃度[f/㎖]
屋内での建材の丸鋸切断が主の作業6.3~787
その4m以内の作業3.6~630
建材のビス打ち付けが主の作業0.6~28.8
その4m以内の作業0.1~19.2
屋外での作業0.01~1.2
海老原勇の測定結果(甲A108)
医学博士海老原勇は建築現場において作業環境濃度と作業者の個人曝露
濃度を測定し,その結果を,平成19年6月発行の「建設作業者の石綿関
連疾患-その爆発的なひろがり-」に掲載した。その報告内容は,次のと
おりである。
ア現場調査の内容,方法等
昭和62年10月及び11月に,東京都内のA,B2箇所の木造住宅建
築現場を対象に,それぞれ,クリソタイルを含有する住宅建築用外壁材の
切断,運搬,木材の骨組み等への釘による打ち付けを行う作業者各1名に
個人サンプラーを装着して,129分から203分を測定時間として,実
施した。また,併せて,切断作業を中心とした15分程度の短時間の曝露
濃度の個人サンプラーによる測定,電動丸鋸の手元や釘打ち作業の手元な
どの近くでの石綿粉じん濃度の測定をした。これらの石綿粉じん濃度の測
定は,メンブランフィルターを用いて吸引流量1ℓ/㎜で石綿粉じんをろ
過吸引し,フィルター上に捕集された5μ以上で長さと幅の比が3:1以
上の繊維状粒子を干渉位相差顕微鏡で計数する方法で行われた。
イ調査結果等
作業者の石綿粉じん平均曝露濃度は,0.94~1.58f/㎖(平均1.
19f/㎖,標準偏差0.27)であった。単位時間あたりの切断量と石綿粉
じん平均曝露濃度との間には,現場Aでは相関関係は認められなかった
が,その理由は,発じん源と風向,風速並びに作業者との位置関係などと
関係しているものと推定された。一方,現場Bでは平均曝露濃度と切断量
が正の相関関係になっており,これは現場Bではほとんど風がなかったた
めであると考えられた。
併せて,切断作業を中心とした短時間の曝露濃度の測定結果は,2.3
~6.7本/㎤であり,作業者は切断作業などでは比較的短時間に平均曝
露濃度の2倍から7倍の曝露を受けていることがわかった。
また,発じん源付近の,最も高い濃度であると思われる位置で石綿粉じ
ん濃度(環境濃度)を測定したところ,その結果は,11.2f/㎖,18.
5f/㎖であった。この粉じんに曝露するか否かは発じん源と風や作業姿勢
との関係などの影響が大きいが,潜在的な最大曝露を考慮するために必要
な測定と考えられた。
改訂石綿含有建築材料の施工における作業マニュアル(甲A183)掲載
の測定結果
建設業労働災害防止協会は,平成4年1月に,平成4年通達で推進された
特別教育に準じた労働衛生教育のテキストとして石綿粉じんの発散防止の
措置等について解説した「石綿含有建築材料の施工における作業マニュア
ル」を発行した。平成9年1月に発行された同マニュアルの改訂版(平成9
年作業マニュアル)には,石綿含有建材の現場加工における石綿粉じん濃度
につき,可搬式電動丸鋸等を使用した屋内作業の場合は石綿の管理濃度(2
本/㎤)を超える状況にあり,特に屋内作業であって密閉状態にある場合は管
理濃度の数倍~数十倍になることがあるとした上で,参考として次の測定結
果が記載されている。(甲A183の29~31頁)
ア屋内における石綿粉じんの個人曝露測定データ
昭和59年にA社が実施した屋内における石綿粉じんの個人曝露測定
データ例(吸引流量は1ℓ/分で試料を採取,400倍の位相差顕微鏡にて
吸入性石綿繊維を計数。)は次のとおりである。
作業者番

作業概要採取時間個人曝露濃度
(本/㎤)
A-1石膏ボード,石綿けい酸カルシウム板貼り85分3.09
A-2石綿けい酸カルシウム板貼り35分5.96
A-3石綿けい酸カルシウム板貼り30分6.09
B-1石膏ボード貼り93分1.19
B-2石綿けい酸カルシウム板貼り45分3.55
ここでの作業は,5名の作業者(A-1ないしB-2)による密閉され
た屋内での耐火間仕切り工事で,石膏ボードを所定の寸法に裁断した後,
壁に貼り,次いで石綿けい酸カルシウム板を電動丸鋸(除じん装置なし)
で所定の寸法に裁断し,それを既に取り付けられた石膏ボードの上に貼る
作業であり,作業者B-1を除き,全て石綿けい酸カルシウム板の裁断時
間は試料採取時間の10%程度であった。なお,作業者B-1は,石膏ボ
ード貼りの作業に伴い,床上に堆積した石綿を含む裁断粉が再飛散して上
表の結果になったものと推測された。
イ屋内実験における石綿粉じんの測定データ例
昭和63年にB社が,作業者Aに屋内において実験的にフレキシブルボ
ード5㎜品を電動丸鋸を用いて25分間切断(除じん装置なし)させ,当
該切断作業と並行して作業者Bに小運搬を40分間行わせ,作業者Cに施
工作業を40分間行わせて,それぞれの石綿粉じんの個人曝露濃度を測定
(吸引流量1ℓ/分でフレキシブルボード切断開始後10分が経過してか
ら試料を採取し,400倍の位相差顕微鏡にて吸入性石綿繊維を計数)し
た結果は,以下のとおりである。
作業者番号作業概要採取時間個人曝露濃度(本/㎤)
A切断作業15分4.46
B切断作業室内の小運搬作業30分4.09
C切断作業室内の施工作業30分3.75
ウ屋外における石綿粉じんの個人曝露測定データ
昭和62年から昭和63年に日本石綿協会が,除じん装置を使用してい
ない屋外の施工現場において石綿粉じんの個人曝露濃度を測定(吸引流量
1ℓ/分で試料を採取,400倍の位相差顕微鏡にて吸入性石綿繊維を計
数)した結果は,以下のとおりである。
工事名使用石綿含
有建材
作業
者番

作業概要採取時

個人曝露
濃度(本/
㎤)
工場屋根
葺替
大波スレー

A電動丸鋸による切断32分0.02
A小運搬・葺上げ180

0.01
Bバンドソーによる切

32分0.04
B葺上げ180

0.01
工場屋
根・外壁
大波スレー
ト(屋根)
小波スレー
ト(外壁)
けいカル板
(屋根下
地)
C電動丸鋸による切断91分0.25
C葺上げ78分0.11
C電動丸鋸による切断56分0.04
Dバンドソーによる切

84分0.21
D小運搬・葺上げ50分0.18
Dバンドソーによる切

60分0.02
ビル外装フレキシブ
ルボード
E電動丸鋸による切断
(午前)
53分0.20
E電動丸鋸による切断
(午後)
82分0.31
F張付け(午前)53分0.09
F張付け(午後)97分0.08
「BKレポート」(甲A537)に掲載された繊維濃度
上記資料は,ドイツにおける労災認定のマニュアルである。「7石綿へ
の曝露に関する回顧的調査」の章には,建築分野における石綿含有建築材料
の処理過程につき,次のとおりの繊維濃度が記載されているが,「全体のま
えがき」として,データは傷害保険組合関係の情報源から得たものであるこ
と,濃度の値そのものだけでなく,別の測定方法による値をメンブランフィ
ルター法による値に換算するためのファクターについても,安全な側をとる
ようにした(すなわち,疑わしい場合はより高い方の値を採用した。)こと
などが注記されている。
仕事繊維濃度
90%-値
[F/㎤]
評価方
法*
波板の
加工(屋
根ふき)
手挽き鋸(片刃鋸)による処理(1955年末まで)0.5S
FLEX(研削切断機)による切断(1956年から)60T
FLEXによる切断(1956年から)4S
ドリルによる屋根への敷詰作業(切断を含まな
い)
1.2S
屋外でFLEXを用いて行う配管工事(1956年から):管の切
断-作業直当たり10回の切断-,積上げ,積み下ろし等
2S
人造スレート敷詰,小サイズ0.8S
外壁化粧張り,小サイズ0.4S
AZの波板,スラブ及び小サイズ板の撤去(取壊)(全体の取
壊工事とは別に行う)
2S
研磨又は高圧洗浄による風化石綿表面の洗浄5T
外壁構造,平板,鋸又は切断機による処理6.4S
換気装置
-FLEXを用いない切断
-FLEXを用いた切断
閉め切った空間内にいる切断作業者及びそれ以外の要員
に対するわずかな沈降物の継続的影響

100
12



石綿波板及び小サイズ板の撤去1S
被覆石綿セメント製人造スレートの撤去(1991年から)0.015S
被覆石綿セメント板の新規被覆(1991年から)0.015S
石綿セメント製品の積上げ及び積み下ろし(手作業,処理
作業なし)
2T

Tは仕事値(当該作業中の測定値)であり,Sは作業直平均値(一定時間,
一連の流れの作業を測定した平均値)である(証人丙(当審))。
「石綿含有建築材料の飛散状況」(甲C65)に掲載された測定結果
環境省が設置した「建築物の解体等における石綿飛散防止検討会(第5
回)」において,平成17年に配布された上記資料には,解体現場における
石綿粉じん飛散における文献のうち,施工部位と解体方法が明確なものに絞
って整理したところ,作業環境測定値(JAWE法,総繊維数)の平均は,
石綿含有スレートボード(石綿含有率10~15%)を散水せずにケレン棒
で破砕した場合に2.756~3.840本/㎤,散水してハンマーで破砕し
た場合に0.228本/㎤,石綿含有セメントけい酸カルシウム板(石綿含有
率10~15%)を散水してハンマーで破砕した場合に0.609本/㎤,な
どとなっていた。
「石綿ばく露歴把握のための手引」(甲A35)に掲載された測定結果
厚生労働省が設置した「石綿に関する健康管理等専門家会議」マニュアル
作成部会は,相談の場で働く保健師等やエックス線検査等を行う健診機関の
職員等を対象に,石綿ばく露歴把握のための手引(以下「平成18年手引」
という。)を平成18年10月に発行した。
ア平成18年手引には,石綿繊維の浮遊と再飛散について,吹付け石綿除
去工事後の再飛散に関する実験結果として,高さ2m強にあった2.5㎡
の吹付け石綿を除去した翌日に床を箒で15分掃除した際,掃除直後の室
内における石綿濃度は,20本/㎖という高濃度であったこと,また,石
綿は,空中に留まって浮遊する時間が長いため,床掃除作業4時間後の高
さ1.5m地点での石綿濃度は7本/㎖であり,8時間後でも3本/㎖,
12時間後には1本/㎖を示し,飛散開始14時間後に床に落下していっ
たこと,床に落下後であっても,実験室内を歩くと,床に落ちていた石綿
が再飛散し,3本/㎖という石綿濃度を示したことが記載されている。(甲
A35の5頁)
イさらに,平成18年手引では,石綿濃度と曝露量の判断について,次の
内容の記載がされている。
石綿濃度に影響する要因
石綿製品で最も飛散しやすいのは石綿吹付け材であり,次に飛散しや
すいのはフェルト材,煙突材や保温材である一方,石綿含有建材は,経
年劣化の論文報告がある波型スレートや同様の指摘の論文がある化粧
石綿屋根材を除いては,石綿繊維の飛散は改築解体時以外は稀とされて
いる。
石綿濃度が特に上昇する作業は,「切る」「当てる」より「こする」
もしくは「清掃」作業である。石綿製品と接触する面積が広いほど濃度
が上昇する。
空間が狭く換気量の少ない場合は石綿濃度が高くなり,空間が広く,
窓や局所排気装置が設置され換気量の高い空間では石綿濃度は低くな
る。換気量の高い空間で十分な対策がないと,大気に石綿が飛散するこ
とにもなる。(甲A35の90頁)
様々な場所での石綿濃度
過去に測定された石綿鉱山,石綿吹付け作業,石綿製品製造工場の石
綿繊維濃度は数本/㎖~数百本/㎖が多く,高濃度曝露作業とされてき
た。建築現場では,石綿吹付けや電動工具による石綿製品切断時に高濃
度となるが,多くは数本/ℓ~数百本/ℓで,これらの作業は中濃度曝露
作業に相当する。具体的には,次のとおりである。(甲A35の90~
93頁)
(石綿含有吹付け材によるもの)
吹付け石綿除去中80~124本/㎖
天井を箒で掃く2.1本/㎖
照明ランプの取替え0.06~0.17本/㎖
天井にボールを当てる0.012本/㎖
(石綿含有成形板によるもの)
建材の電気丸鋸による切断2~20本/㎖
フレキシブル板除去(バールで破砕)1~7本/㎖
フレキシブル板にドリルで穴空け0.2~2本/㎖
Pタイル除去(バールで破砕)0.06~0.30本/㎖
スレートのばらし解体0.08~0.19本/㎖
けいカル板を折る0.008本/㎖
(参考)
我が国の大気(平成16年)0.0001~0.0003本/㎖
小括
以上の石綿粉じん濃度の測定結果等によれば,石綿吹付け作業,特に
我が国で広く行われた乾式吹付け作業は,100本/
ⅰ),石綿吹付けの除去作業においても,100本/㎤前後の著しく高濃
度の曝露を伴うほか,石綿吹付けを箒で掃いても2.1本/㎤,除去作業
後の部屋を清掃した後も再飛散により数~20本/㎤が測定されるなど
飛散性が高い(前記⒀)。また,保温材の解体(剥ぐ)作業は,保温材
の材質にもよるが,乾燥状態で行った場合に20本/㎤以上,水を散布し
ながら行っても5~40本/㎤というかなり高い濃度の曝露を伴う作業
であるほか,断熱材についても,断熱板を丸鋸で切断する作業で20本
/㎤以上,手鋸での切断でも5~12本/㎤,穿孔も作業者との位置関係に
より2~10本/㎤となっており,断熱材取扱い作業の長期間にわたる平
均値としても8,9本/
石綿成形板については,英国労働省のデータでは石綿セメント・シート
の丸鋸による切断につき10~20本/㎤,石綿工場における木村菊二の
測定では石綿含有けい酸カルシウム板の電動鋸による切断作業で22
0.50本/㎤
れば100本/
る実際の作業形態に合わせ切断作業以外も含めた張付け作業全体の測
定結果としても,3~十数本/
また,石綿成形板の切断が行われている屋内で,切断作業と並行して小
運搬作業や施工作業を行っている者においても,切断作業者と同程度の
4本/㎤
あるがナイフ切断とヤスリ掛けで12.1本/㎤と比較的高濃度の測定結
果が
合に2本/㎤を超える測定結果がある(前記⑿)。もっとも,屋外で行わ
れたことが明らかな外装材取扱い作業の測定結果については,現場の風
向,風速,作業者の姿勢等に大きく影響されており,短時間であれば2
本/㎤を超えるものもあるが,大半は2本/
7防じんマスクの着用状況,石綿の危険性の周知度など
防じんマスクの備付状況
労働省安全衛生部労働衛生課・中央労働衛生専門官である内藤栄治郎が
「石綿障害予防対策の現状と関係法規」と題する論文(昭和46年9月発行
「労働の科学」26巻9号掲載)で紹介した,昭和46年1月から同年3月
までに実施された石綿取扱い事業場の産業別監督指導結果によれば,建設業
は,監督事業場数12,石綿取扱い労働者数134について,呼吸用保護具
の必要備付数100に対する既備付数が54(備付率54%)であり,鉱業
(同100%),製造業(同83%)を下回った(甲A82の30頁)。
防じんマスクの着用状況など
ア久永直見ほか「アスベストに挑む三管理環境管理と作業管理-建築業
の現場を中心に-」(労働衛生Vol.29.№8,昭和63年)(甲A368)
上記記事には,全京都建築労働組合と三重県建設労働組合によるアンケ
ート調査が紹介されており,それによると,石綿粉じんの吸入が「よくあ
る」と回答したのは,京都ではアンケート回答者数6500人(アンケー
ト回答率60%)中8.9%,三重では同7411人(同79.3%)中
13.7%であり,「時々ある」と回答したのは京都が29.1%,三重
では26.4%であった。そして,石綿粉じんの吸入が「よくある」と「時
々ある」と回答した者のうち,粉じん曝露時に防じんマスクを使用する者
は,「毎回」が京都で0.8%,三重で2.4%,「時々」が京都で6.
8%,三重で7.5%であり,同様に,ガーゼマスクは,「毎回」が京都
で0.7%,三重で3.8%,「時々」が京都で8.4%,三重で17.
5%,タオル類で代用は,「毎回」が京都で1.3%,三重で7.2%,
「時々」が京都で30.1%,三重で24.8%であり,何もしない者が
半数以上であった。上記記事は,同調査結果に関して,「呼吸用保護具の
使用は根本的な解決ではないが現状では重要である。」と述べている。
イ千田忠男ほか「町場建築のアスベスト作業」(月刊いのちVol.23.3,平
成元年1月)(乙アA272)
昭和63年に,全建総連東京都連に加盟する組合員のうち同年7月度と
8月度のいずれかに組合の機関会議等に参加する者を調査対象として実
施したアンケート(回答者数424名,うち361名分を集計)の結果と
して,①回答者の大半(352名,97.5%)は,石綿含有建材がある
ことを「よく知っている」又は「少し知っている」とし,この1年間に石
綿含有建材を使ったことがあるかについても「ある」とする者が262名
(72.6%)と多数に上ったこと,②木造建築で「粉じんの出る所で作
業する時にマスクをつけている」と回答した者は157名(47.6%)
であったが,着用しているマスクが「防じんマスク」であると回答した者
は86名(28.4%)であり,木造建築に従事する者(330名)の約
4分の1のみが効果のあるマスクをつけていることになること,③鉄骨建
築に従事する者のうち,粉じんの出る所で作業する時にマスクを「いつも
つけている」者はわずかに2名(1.9%)であり,「ひどいときだけつ
ける」とする者(33名)とあわせてマスクを着用する者は3割前後であ
り,しかも効果のあるマスクをつける者だけをみるとわずか21名(20.
0%)にしかすぎなかったこと,④石綿粉じんが肺がんの危険因子である
ことを大半の回答者が知っていることなどが紹介された上,調査結果の特
徴として,石綿粉じんを吸入しないようにするための対策をみると,効果
のあるマスクを着用する例はわずか2割前後と少なく,大部分は無防備の
ままで粉じん作業に従事していることが判明した,石綿粉じんの有害性に
ついての認識が広まっているものと考えられるが,煙草を吸う者が半数以
上もみられ定期検診を毎年確実に受診する者が約4割にとどまり,正しい
保健知識の普及と健康管理活動の強力な推進がなお期待されるなどとし
ている。
なお,当該アンケートの回答者は全て男性であり,50歳以上が6割前
後と高齢層にかたよっており,また,職種は,「大工」が239名(66.
2%)と大半を占め,「鳶」が26名(7.2%),「左官」,「塗装」,
「板金」の順であったとされ,働き方では,親方が274名(75.9%)
と多く,次いで一人親方が115名(31.9%)であり,職人は65名
(18.0%)であった。
ウ日本石綿協会安全衛生委員会石綿含有建築材料小委員会「石綿含有建築
材料調査報告書(施工現場等における実態調査)」(昭和63年5月,乙
ケ5)
上記報告書の「まとめ」では,「切断作業時における防じんマスク(国
家検定品)の着用」として,「これまで切断作業時の防じんマスク着用は,
その必要性が言われながら実際の施工現場において励行されない場合が
あった。その理由は入手についての問題もさることながら,防じんマスク
を着用した場合に伴う息苦しさから着用したがらない施工員がいること
もその一因である。」と指摘されている。
なお,同報告書では,「製品毎の実態調査」として,石綿含有建材の区
分ごとに製造工程,組成,形状,特徴・特性,用途,流通経路などのほか
「作業形態及び標準作業」が記載されており,そこではマスクの着用の有
無ないし着用率につき,波型石綿スレート・約90%,住宅屋根用石綿ス
レート・なし,石綿セメントサイディング・30%,石綿セメント板(内
外装材)・90%,パルプセメント板・なし,耐火被覆板(繊維混入けい
酸カルシウム板)・70~80%,押出成形セメント製品・約90%,ボ
ード・90%とされており,石綿セメントけい酸カルシウム板(内装材)
については記載がないが,具体的な調査対象や調査方法は明らかにされて
いない。
エ建設じん肺研究会「はつり労働者の健康調査-52の事例の解析-」(平
成15年5月,乙アA271)
平成14年1月時点で松浦診療所に呼吸器症状のために通院している
者で,はつり工の職歴を持つ56人のうち52人(いずも男性)を対象と
した調査では,保護具の使用状況として,1960年代ではごく一部の職
場を除き着用されておらず,1970年代でも着用率は「常時」「時々」
「稀」をあわせて過半数に届かない状況であったが,1980年代では着
用率は80%と高くなり,1990年代ではほぼ全職場で着用されるに至
っていた。1970年代と1980年代の着用率の大きな違いは,197
9年に粉じん障害予防規則が施行されて,はつり作業は「粉じん作業」と
して扱われることになり,事業者に「呼吸用保護具の使用」等が最低義務
として課せられたことが影響していると考えられるとしている。
オ小括
これらの事実を総合すると,昭和60年頃の建設作業現場では,吹付け
工や一部のはつり工を除き,大半の労働者は防じんマスクを着用していな
かったものと認められ,このことから,昭和50年頃も同様であったもの
と推認される。被控訴人国は,上記エの調査から,昭和55年以降は多く
のはつり工が防じんマスクを着用していたと主張するが,当該調査の対象
者は,はつり工の職歴を持つ者に限られており,前記のとおり他の職種の
労働者について防じんマスクの着用率が低かったことを示す調査が存在
することからすれば,建設労働者の多くが防じんマスクを使用していたと
認めることはできない。
8建築作業従事者の肺疾患等についての労災認定状況
被控訴人国は,産業別の石綿関連疾患発症件数について,平成16年度ま
では,労災保険法に基づく保険給付等から統計を取っておらず(被控訴人国
成17年度分から,「石綿による疾病に関する
労災保険給付などの請求・決定状況まとめ」などとして集計,公表している
(甲A332の1~7)。製造業,鉱業及び建設業における昭和45年度か
ら平成16年度分まではじん肺又はじん肺症及びじん肺合併症の,平成17
年度分から平成26年度分までは石綿関連疾患(肺がん,中皮腫,石綿肺,
良性石綿胸水,びまん性胸膜肥厚)の各発生状況は,別紙6別表10のとお
りである(乙アA306)。
石綿関連疾患のうち,石綿肺の潜伏期間を10年,肺がんを30年,中皮
腫を40年とした上で,石綿製品製造業が属する窯業・土石製品製造業及び
建築業における平成20年度以降の石綿肺並びに平成17年度以降の肺が
ん及び中皮腫の発生件数を,石綿肺については平成10年から平成16年ま
で,肺がんについては昭和50年から昭和59年まで,中皮腫については昭
和40年から昭和49年までの間の両産業分野の労働者数で割った人口1
万に当たりの発生率(パーミリオド)を比較すると,別紙6別表11のとお
り,石綿肺では,建設業労働者0.07パーミリオドは,窯業・土石製品製
造業労働者0.18パーミリオドを明らかに下回る(平成10年から平成1
6年までの曝露と対応する。)ものの,肺がんでは,建設労働者0.95パ
ーミリオドは,窯業・土石製品製造業労働者0.68パーミリオドを上回り
(昭和50年から昭和59年までの曝露と対応する。),中皮腫でも,建設
労働者1.22パーミリオドは,窯業・土石製品製造業労働者0.52パー
ミリオドを上回っている(昭和40年から昭和49年までの曝露と対応す
る。)。このことは,石綿肺よりも低い石綿粉じん曝露レベルで発症する肺
がん及び中皮腫に関して,対応する年代において,建築作業現場の危険性が
石綿製品製造工場と比べて遜色のあるものではなかったことを裏付けるも
のといえる。
さらに,昭和45年度から平成16年度までの建築業労働者のじん肺及び
じん肺合併症の件数についてみるに,建築業の中にはずい道工事も含まれる
ことから,この件数が全て石綿肺に当たるということはできないものの,か
なりの割合を占めるものと推測されるところ,この発生件数は,昭和49年
に200件台を超えた後,昭和50年度から昭和59年度までの10年間の
平均は522件,昭和60年度から平成6年度までの平均は392件,平成
7年度から平成16年度までの平均は414件と高水準で推移しており,石
綿肺の潜伏期間を10年とすると,建築業労働者の人口の変動を勘案すると
しても,昭和30年代と比較して,昭和40年以降平成6年までの間,建築
作業現場の石綿粉じん曝露の危険性の高い状況に大きな変化がなかったこ
とを物語るものといえる。
9建築作業従事者の石綿関連疾患への罹患状況
セリコフらは,昭和39年,米国の医学誌に「アスベスト曝露と新生物」
と題する論文を発表した。この論文では,建築業の断熱労働者の石綿曝露は
比較的軽度で断続的であるが,1943(昭和18)年以前にこの産業に就
業した632人について1962(昭和37)年まで追跡調査を行ったとこ
ろ,米国人白人男性の年齢別・時期別の肺又は胸膜のがんによる死亡率に基
づき算出された期待値6.6人に対し,45人が肺又は胸膜のがんにより死
亡しており,うち3人は胸膜中皮腫であったこと,このほか腹膜中皮腫も1
人あり,255名の死亡者のうち4人が中皮腫であったことは,このような
稀な腫瘍の発症率としては非常に高いこと,12名は石綿肺により死亡して
いたことなどが報告された。(甲A148)
セリコフらは,その後も同様の調査を続け,昭和47年の「米国及びカナ
ダの建設業における断熱作業労働者のがんの危険度」と題する発表では,米
国及びカナダの断熱作業労働者1万7800人の1967(昭和42)年1
月1日から1971(昭和46)年12月31日までにおける肺がんと胸膜
中皮腫による死亡数について,曝露開始からの年数に応じて分析し,①肺が
ん死亡は曝露開始後15~19年で有意に増加していたこと,②肺がん死亡
者数が最も多いのは曝露開始後30~39年の部分であり,曝露開始から少
なくとも40年観察しないと石綿曝露による影響を評価するのは困難であ
ることを報告した(甲A334の2・17頁)。
セリコフらの上記論文等は,昭和47年度環境庁公害研究委託費によるア
スベストの生態影響に関する研究報告(甲A31・62~65頁),昭和5
1年通達に添付された石綿関係資料(甲A334の2・15頁)や昭和53
年の専門家会議報告書(甲A266・109頁以下)でも紹介されている。
昭和45年11月17日の朝日新聞では,国立療養所近畿中央病院の瀬良
好澄院長は,大阪市の吹付け工(死亡当時59歳)が48歳から7年間石綿
吹付け作業に従事して,昭和39年5月に強い息切れを訴えて石綿じん肺と
診断され,昭和42年に入院し,昭和44年10月に死亡したことを突き止
めたこと,我が国では石綿製造工場外で発症した例は珍しいが,最近,ビル
の断熱材などに吹付け石綿が使われているので,患者は他にもあるのではな
いかとみていることが報じられている(甲A79の1)。
瀬良好澄は,「石綿作業と肺疾患」と題する論文(昭和46年9月に刊行
された「労働の科学」26巻9号に掲載)において,石綿と肺がんに因果関
係があることについては今や異論のないところであるとした上で,「石綿製
品と原材料」の表の中で,「石綿建材」として吹付け石綿,石綿セメント板,
石綿タイルを挙げている。また,近年建築関係等で石綿吹付け作業が盛んに
行われているが,作業者39名中6名(15.4%)に石綿肺を認め,1型
2名(5年,7年3か月),2型2名(6年,7年),3型2名(3年11
か月,5年6か月)であり,比較的短い作業期間で発病することは注目すべ
きであること,このうち1例は,7年で呼吸困難を訴え,エックス線像2型,
以後入院治療したが進展し,5年後呼吸不全で死亡したもので,石綿吹付け
作業による我が国最初の死亡例であること,他に6年で2型になった者で1
年10か月後に死亡した例もあり,吹付け作業については強力な予防指導を
要するものと思われることを述べている。(甲A8)
昭和46年1月から3月までの石綿取扱い事業場の監督指導結果(監督事
業場数:鉱業2,建設業12,製造業174,計188,石綿取扱い労働者
数:鉱業3,建設業134,製造業3657,計3794)によれば,じん
肺の有所見者率は,全体で6.5%であるが,業種別では,製造業6.6%,
建設業3.5%,鉱業0%の順となっていた(甲A82の31頁)。
富山医科薬科大学の北川正信らは,昭和51年,日本癌学会総会で「本邦
における中皮腫例の病理組織学的研究,その発生状況とアスベスト汚染背景
について」と題する報告をし,その中で,中皮腫症例のうち,石綿小体が検
出され,石綿曝露との関連性が濃厚にみられる職業として,石綿加工業の他
では,ブリキ,製缶や管工工事関係,左官や大工,コンクリート工業,鉄道
の保線・機械関係が注目されるとした(甲A473)。
北川正信らは,40歳から47歳までボイラー取付け及び水道配管の各作
業に従事し,その後の10年間は鉄骨を組み上げる作業に従事した後,昭和
55年8月に肺がんで死亡した58歳の男性を解剖した結果,胸膜肥厚斑を
認め,石綿粉じん曝露に関連する肺がんであったことを明らかにした(甲A
476)。
海老原勇医師らは,昭和58年から昭和62年までの間(第1期),平成
9年(第2期),平成17年及び平成18年(第3期)の3回にわたり,首
都圏の建設作業従事者が加入する組合の一般健康診断の胸部レントゲン写
真を読影した。第1期及び第2期の調査は平成11年(甲A109)及び平
成19年の論文(甲A108)に,第3期調査は平成19年の論文に記載さ
れている。
その結果,第1期においては,建設作業従事者5712名中47名(0.
82%)に胸膜肥厚斑を認めた。割合が高かったのは,空調工・保温工の5.
06%,瓦工・軽天工の4.76%であった。
第2期においては,建設作業従事者5688名中92名(1.62%)に
胸膜肥厚斑を認めた。割合が高かったのは,空調工・保温工の7.41%,
瓦工・軽天工の5.00%であったが,大工における割合は,第1期の0.
99%から第2期では2.46%に増えていた。
第3期においては,建設作業従事者6268名中423名(6.75%)
に胸膜肥厚斑を認めた。40歳以上では9.59%,65歳以上では18.
17%であり,割合が高かったのは,左官の13.64%,木工・建具の1
1.72%であった。人数の多い大工では,7.87%であった。また,第
3期の対象者のうち,石綿肺Ⅰ型以上の者は,184名(2.94%)存し
た。
10建築作業の石綿粉じん曝露の危険性に関するその他の公表資料等
専門家会議報告書
専門家会議報告書(甲A266)は,石綿曝露作業として,我が国で石綿
への曝露労働者数が最も多いのは,石綿の消費量が約4分の3に及ぶ建設業
であること,建設業において使用される石綿の多くは石綿セメント,床タイ
ル,屋根ぶき用フェルト及びスレート用などであり,一部は吹付け用の断熱
材料,石綿粉末として使用されていること,石綿セメントの混練,断熱材料
の吹付け等の作業においては石綿繊維を空気中に発散させやすく,これらの
作業に従事する労働者の曝露濃度が労働衛生上問題となるが,一般に一日の
作業における石綿曝露作業の時間は短いこと,1日の作業時間のうち比較的
長時間継続して石綿粉じんの高濃度曝露を受ける作業として,石綿を原料と
して取り扱う工程における各種作業があること,以上のほかに石綿曝露作業
を有する産業は造船,製鉄,自動車その他多岐にわたっているが,比較的高
濃度の石綿粉じん曝露を受ける作業の一つとして各種石綿製品の切削作業
があり,ビルの解体作業も不測の石綿曝露を受けることのある作業であると
している。
⑵AIAによる勧告(昭和54年)
国際アスベスト協会(AIA)は,昭和54年に「石綿セメント製品取扱
いに対する勧告」を公表し,我が国でもその内容は同年9月25日発行の「せ
きめん」(社団法人日本石綿協会発行)で紹介された。その概要は,次のと
おりである。(甲A580)
ア勧告が当てはまる製品
全ての石綿製建築材料及びその付属品例えば,スレート,羽目板又は
こけら板波形板,切り出し板平板パイプ成形品押出品
イ石綿や石綿セメント製品を扱って作業をする場合の基本的要件
石綿作業が健康に及ぼす有害な影響は,過度の量の細かい石綿粉じんを
吸入すると起こる。防止方法が効果的であるかどうかは,通常,作業期間
を通じての粉じんの平均量を測定して評価するが,実際には,全作業期間
を代表するとみなし得るのであれば,1作業日の一部(例えば1時間)に
対してこのような粉じん測定を行ってもよい。
技術的に改善を行っても,規定水準を超える濃度が避けられない場合に
は,作業者に対して保護具を用意しなければならない。
石綿セメント製品では,標準石綿含有量は10~15%の範囲にあり,
この石綿は結合材で固着されている。硬質製品から人が吸入し得る遊離の
繊維がかなりの数で大気中に放出される唯一の機会は,適切な防止設備も
なく高速切断やその他の研磨作業を行う場合である。
ウ勧告を適用する諸作業
切断や機械加工研磨穴あけやすりがけクリーニング
エ推奨される石綿粉じん防止手段
石綿粉じんを発生させないようにすること。そのため,粗い粉じんやチ
ップだけを生ずるような手工具や低速回転工具を使用する。細かな粉じん
を発生させる研磨工具や高速工具を使用する必要がある場合には,これら
の工具には石綿粉じん除去装置を付けねばならない。真空クリーニング装
置を用いて石綿粉じんやチップを集める。または,粉じん抑制剤を用いて
一掃する。
多くの石綿セメント製品は現場での機械加工の必要がないが,大抵の作
業ではある程度の現場加工を要し,この場合には石綿粉じん防止策が必要
となる。手作業や,野外での低速工具の短時間使用あるいは間欠的使用の
場合には,通常,特別な注意は不要である。長時間連続運転を行う場合に
は,作業場の状態に応じて,機械に除去装置を必ず付けるか,湿式機械加
工用工具を使う。石綿業界と器具製造業者とが協力して開発した専用の工
具類を,堅実な作業技法と併せて使用すると,規定限界以上の石綿粉じん
は発生しない。
オ適当な装置
アスベスト粉じん除去装置真空クリーナー専用工具類作業員保
護用具
11粉じん濃度評価基準
粉じん濃度測定についての考え方
粉じん濃度の評価基準の前提となる粉じん濃度の測定には,作業者の個人
曝露濃度を測定する考え方と作業場における粉じん濃度を測定する考え方
がある。前者は,1日の作業時間中に労働者が曝露する平均粉じん濃度,す
なわち時間荷重平均濃度を知るための測定であり,後記の日本産業衛生学会
や諸外国の評価基準は個人曝露濃度の測定を前提とする評価基準である。他
方で,後者は,作業場における平均濃度及び位置における違いを知るための
測定を前提とするものであり,我が国の規制において採用されている評価基
準である。
日本産業衛生学会の勧告する許容濃度(乙アA142,乙ケ1)
ア昭和40年の勧告
日本産業衛生協会(昭和47年に日本産業衛生学会に名称変更。以下,
名称変更の前後を通じて「日本産業衛生学会」という。)許容濃度等に関
する委員会は,昭和40年5月11日,初めて石綿の許容濃度を,じん肺
性粉じん・第1種粉じんに属するものとして2㎎/㎥(33本/mlに相当)
と勧告した。許容濃度とは,労働者が有害物に連日曝露される場合に,空
気中の有害濃度がこの数値以下であれば,健康に有害な影響がほとんど見
られないという濃度であり,その数値は,感受性が特別に高くない労働者
が,1日8時間以内,中等労働に従事する場合の,1日の曝露労働時間内
の平均濃度である。上記数値は海外で報告された13人の珪肺死の剖検肺
に含まれた珪酸量をもとに,20年間吸入して致命的な珪肺を生じさせる
粉じん濃度として求められたものである。この勧告は,職場での健康被害
を予防するための手引として用いられることを目的としており,安全又は
危険の限界を示すものではないとされた。(甲A95)
イ昭和49年の改訂
日本産業衛生学会は,昭和49年,昭和40年の勧告に示された石綿の
許容濃度の数値の改訂を行い,クリソタイル,アモサイト,トレモライト,
アンソフィライト及びアクチノライトの気中許容濃度を,時間荷重平均と
して,5㎛以上の石綿繊維で2繊維/㎤(対応する重量濃度0.12㎎/㎥),
天井値(いかなる時も15分間の平均濃度がこの値を超えてはならない)
として,5㎛以上の石綿繊維で10繊維/㎤とし,クロシドライトの許容濃
度については,これらの濃度をはるかに下回る必要があるとした。改訂の
理由は,石綿肺のみでなく肺及び消化器のがん及び中皮腫が注目されるよ
うになり,日本の現行許容濃度が近年に各国で設定又は改訂された許容濃
度と比較すると極めて高い値であることなどが挙げられており,英国労働
衛生協会(BOHS)の報告に依拠して定めたものとされている。(乙ア
A192,193)
ウ昭和56年の改訂
日本産業衛生学会は,クロシドライトについて,昭和55年5月16日
には許容濃度暫定値として,昭和57年4月6日には許容濃度として,0.
2繊維/㎤と勧告した。これは,米国労働衛生専門官会議(ACGIH)の
提案に依拠したものである。(甲A96,98,乙アA194)
エ平成13年の改訂
日本産業衛生学会は,平成13年4月6日,リスクアセスメントの手法
を導入し,石綿を発がん物質と分類した上,過剰発がん生涯リスクレベル
10-3
,10-4
に対応する評価値を,クリソタイルのみのときはそれぞれ
0.15繊維/㎖,0.015繊維/㎖,クリソタイル以外の石綿繊維を含む
ときはそれぞれ0.03繊維/㎖,0.003繊維/㎖とする許容濃度等の勧
告をした。この評価値は,①石綿肺の中から肺がんが生じるという考え方
が今日では否定的であるため,許容濃度の検討にあたっては,従来の石綿
肺ではなく石綿の発がん影響を問題とすること,②低濃度曝露についての
十分な疫学研究がない中,安全を重視し,アスベストの発がん影響には閾
値がないと想定し,他の物質の例にならい,評価値を求めるレベルを10
-3
,10-4
とすること,③多くの疫学データに適合度の高い量・反応関係
統計モデルを用いることを基本方針として,決定されたものである。(乙
アA195,乙ケ1~3,乙ラ7)
諸外国の評価基準
ア米国労働衛生専門官会議(ACGIH)
ACGIHは,石綿粉じんの許容濃度として昭和21年から昭和45年
まで5mppcf(millionparticlespercubicfoot)を採用していたが,昭和43年
及び昭和44年には12[繊維/㎤>5μ]又は2mppcfに下げることを提
案し,昭和45年と昭和46年には更に低い濃度5[繊維/㎤>5μ]を提
案した(乙アA192)。その後,ACGIHは,石綿粉じんの許容濃度
について,昭和55年にクリソタイルは2本/㎤,アモサイトは0.5本/㎤,
クロシドライトは0.2本/㎤に改訂する勧告を行い,さらに,平成3年に
勧告値を0.2本/㎤に引き下げる提案をしたが,勧告には至らず,平成1
0年に勧告値を0.1本/㎤に引き下げた(甲A67の1)。
イ米国労働省安全衛生局(OSHA)
OSHAは,石綿粉じんの許容曝露限界について,昭和46年12月に
8時間荷重平均値を5本/㎤,ピーク曝露レベルを10本/㎤とする緊急暫
定基準を公布し,昭和47年にこれを確定基準とし,昭和51年に8時間
荷重平均値を2本/㎤とし,その後,昭和58年に同0.5本/㎤とする緊急
暫定基準を発表したが,昭和61年に,同0.2本/㎤と改訂した。改訂の
理由は,定量的リスクアセスメントの結果に基づき,2本/㎤における肺が
ん及び中皮腫の1000人当たりの推定過剰死亡数は,20年間曝露によ
り41.21人,45年間曝露により59.70人であるのに対して,0.
2本/㎤のもとでは,20年間曝露により4.24人,45年間曝露により
6.24人と推定され,2本/㎤の曝露レベルで重大なリスクが生じている
と判断したとしている。その上で,0.1本/㎤であっても,アスベスト関
連がんによる重大なリスクは依然として存在するが,現在の工学的技術で
はそのレベルにまで職場のアスベスト濃度を低減させるのは多くの工程
で困難であり,達成可能なレベルのうち最も低い濃度は0.2本/㎤であっ
て,これを許容曝露限界と定めるというものであった。(甲A471,6
00,601)
ウ英国
英国では,昭和43年のBOHS(英国労働衛生協会BritishOccupational
HygieneSociety)の勧告に基づき,昭和44年に石綿濃度基準として,クリ
ソタイル及びアモサイトについて4時間のサンプリング時間で2本/㎤,ク
ロシドライトについては10分間のサンプリング時間で0.2本/㎤を下回
らなければならないと定められた。BOHSの勧告は,クリソタイルの累
積曝露について100本/㎤・年であれば,石綿肺の発症を1%以下に減少
させることができるとの考えに基づくものであった。英国は,昭和58年,
1日8時間労働を前提としてクリソタイルを1.0本/㎤,アモサイトを0.
5本/㎤,クロシドライトを0.2本/㎤とする基準を発効させ,昭和59年
には,クリソタイルにつき0.5本/㎤,アモサイトにつき0.2本/㎤へと
規制を強化した。(甲A302,587の1,甲A589,592)
エ我が国の規制の経過
抑制濃度
a労働省に設置された労働環境技術基準委員会は昭和46年1月2
1日付け報告書において,作業環境内に有害物等が発散することを防
止するための施設として局所排気装置等の設置の必要性を指摘する
とともに,局所排気装置の吸い込み口付近における有害物の濃度を測
定し,その濃度を一定値以下に抑制することによって有害物の濃度の
管理をするという抑制濃度の考え方を示し,抑制濃度の値として,当
面,日本産業衛生学会が勧告する許容濃度の値等を利用することが適
当であるとした。昭和46年の旧特化則で,石綿が規制対象とされ,
使用者に対し,局所排気装置の設置(4条),石綿粉じん濃度の環境
測定の実施(29条)が義務付けられたが,労働大臣は,同年4月2
8日,旧特化則6条2項の規定に基づき,石綿局所排気装置に係る局
所排気装置の性能要件として,石綿の抑制濃度を2㎎/㎥(33本/㎤)
と定めた(同年労働省告示第27号)。(乙アB15,18)
bその後,昭和47年に安衛法が制定され,同法65条において,事
業者に対し,有害な業務を行う屋内作業場等における作業環境の測定
が義務付けられた。労働基準局長は,昭和48年7月11日,「特定
化学物質等障害予防規則に係る有害物質(石綿およびコールタール)
の作業環境気中濃度の測定について」(同年基発第407号)を発出
し,都道府県労働基準局長に対して,当面,石綿粉じんの抑制濃度を,
5㎛以上の石綿繊維で5繊維/㎤(対応する重量濃度約0.3㎎/㎥)と
指導するよう通達した。通達発出の理由として,作業環境気中濃度基
準を繊維数で表示することが医学的により適切であること,最近,石
綿が肺がん,中皮腫等を発生させることが明らかとなったこと等によ
り,各国の規制においても気中石綿粉じん濃度を抑制する措置が強化
されつつあることが挙げられていた。その後,労働大臣は,昭和50
年9月,特化則に基づく告示を改正し,上記通達と同内容の抑制濃度
を告示した(同年労働省告示第75号)。(乙アB51,52)
c労働大臣は,昭和51年5月22日,「石綿粉じんによる健康障害
予防対策の推進について」(同年基発第408号)を都道府県労働局
長に対して発出し,最近,関係各国において環気中の石綿粉じん濃度
の規制を強化しつつあるとして,当面,2本/㎤(クロシドライトに
ついては0.2本/㎤)以下の環気粉じん濃度を目途とするよう指導
するよう通達した(乙アB52)。労働大臣は,同年,安衛法65条
に基づき,「作業環境測定基準」(同年労働省告示第46号)を制定
し,各有害物質ごとに,測定点,捕集方法,分析方法など測定の具体
的な方法を定めた(乙ア80)。
管理濃度
a労働省に昭和52年に設置された「作業場の気中有害物質の濃度管
理基準に関する専門家会議」は,昭和55年,「作業場における気中
有害物質の規制のあり方についての検討結果第1次報告書」を公表
し,その中で,昭和51年の「作業環境測定基準」にいう測定に加え
て,労働者の曝露が最大となると考えられる場所と時間における測定
を付加し,作業環境の管理状況は両測定の結果により行うこととし,
これを管理濃度と呼ぶこととした。第1次報告書は,作業環境測定や
評価方法の基本的考え方を示すのみで,各有害物質ごとの具体的な管
理濃度の値を検討したものではなかったことから,労働省は,個別物
質の管理濃度については,当面,日本産業衛生学会の許容濃度の数値
などをもととして,作業環境測定を実施するように指導した。(乙ア
A33,80,144)
上記専門家会議の結果を踏まえて,労働基準局長は,昭和59年2
月13日,通達「作業環境の評価に基づく作業環境管理の推進につい
て」(同年基発第69号)を発出し,安衛法65条の規定に基づく作
業環境測定結果についての評価方法及びこれに基づく事業者の自主
的対策の進め方について,「作業環境の評価に基づく作業処理要領」
を示した。その中で,学会等の示す曝露限界及び各国の曝露の規制の
ための基準の動向を踏まえつつ,作業環境管理技術の実用可能性その
他作業環境管理に関する国際的動向等をもとに,作業環境管理の目的
に沿うよう行政的な見地から,管理濃度(有害物質に関する作業環境
の状態を評価するために,対象となる区域について実施した測定結果
から当該区域の作業環境管理の良否を判断する際の管理区分を決定
するための指標)を定め,石綿の管理濃度を5μ以上の繊維につき2
本/㎤(許容濃度に換算すると0.8本/㎤)とした。(乙アB54)
b昭和63年法律第37号による安衛法の改正に伴い,65条の2第
2項に,作業環境測定の結果の評価を行うに当たっては,労働省令の
定める作業環境評価基準に従って行わなければならないとの条項が
加えられ,管理濃度に基づく作業環境管理が法制化されたことから,
労働大臣は,作業環境評価基準(昭和63年労働省告示第79号)に
より,石綿及び72の物質の管理濃度を定めた。石綿の管理濃度は,
5μ以上の繊維として2本/㎤(クロシドライトにあっては0.2本/
㎤)と定めた。(乙アB56,57)
c厚生労働大臣は,平成14年から平成15年にかけて「管理濃度等
検討会」を設置し,その報告等に基づき,作業環境評価基準における
管理濃度を変更し,平成16年,石綿の管理濃度を5μ以上の繊維と
して0.15本/㎤(許容濃度に換算すると0.06本/㎤に相当)に引
き下げた(同年厚生労働省告示第369号)(乙アB62)。
d厚生労働省は,屋外作業場における測定のあり方についての調査検
討を行い,その結果を平成16年の「屋外作業場等における測定手法
に関する調査研究報告書」(甲A221)としてまとめ,平成17年
に通達「屋外作業場等における作業環境管理に関するガイドラインに
ついて」(乙B63)を発出した。同通達は個人サンプラーを用いて
作業環境の測定を行い,その結果を管理濃度の値を用いて評価すると
いう手法を示すものである。
第2判断
1労働関係法令に基づく規制権限の不行使について
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令
の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その
不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,
その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適
用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成16年4月27日第
三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成16年10月15日第
二小法廷判決・民集58巻7号1802頁,最高裁平成26年10月9日第一
小法廷判決・民集68巻8号799頁参照)。
本件においては,安衛法に基づく規制権限の行使が問題となっているとこ
ろ,安衛法は,職場における労働者の安全と健康の確保等を目的として(1条),
事業者は,労働者の健康障害を防止するために必要な措置(22条)及び労働
者の健康・風紀及び生命の保持に必要な措置(23条)を講じなければならず,
また,危険又は有害な業務に労働者を従事させるときは安全・衛生のための特
別教育を行わなければならない(59条)と定め,その具体的措置等の内容を
包括的に労働省令に委任している(27条,59条)が,その趣旨は,具体的
措置等の内容が,多岐にわたる専門的,技術的事項であること,また,その内
容を,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したもの
に改正していくためには,これを主務大臣に委ねることが適当であるとされた
ことによるものと解される。さらに,安衛法は,労働者に重度の健康障害を与
える物の製造等の禁止(55条),労働者に健康障害を与える物への表示義務
(57条)を定め,かかる物質の指定を政令に委任しているところ,その趣旨
は,かかる規制の影響が事業者及びその使用する労働者を超えて,広範囲に及
ぶことから,上記したところに加えて,社会全体の観点からの幅広い考慮を要
するため,内閣の総合的な政策的判断に委ねる趣旨と解される。
以上の安衛法の趣旨,目的,上記各規定の趣旨等に鑑みると,労働大臣及び
内閣の上記規制権限は,労働者の労働環境を整備し,その生命,身体に対する
危害を防止し,その健康を確保することをその主要な目的として,多岐にわた
る専門的,技術的諸事情を考慮し,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の
医学的知見等に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべき
ものであるというべきであり,旧労基法における同種の規制権限の行使につい
ても同様に解される(前掲最高裁平成26年10月9日第一小法廷判決参照)。
しかるところ,被控訴人国において規制権限を行使するためには,労働者の
安全及び健康に対して生じているリスクを把握し得ることが前提となるが,本
件において問題となっている石綿関連疾患は,労働者の生命に影響を与える重
篤な疾患であるものの,石綿粉じん曝露から長期間経過後に発症することか
ら,リスクが顕在化する前に対処することが求められるところ,被控訴人国に
おいて,石綿粉じん曝露の程度と石綿関連疾患の発症リスクの大きさ,建築作
業現場における石綿粉じん曝露の程度とこれに曝されている集団の規模とい
ったリスク判断に必要な事項について,問題とされる時点において,どの程度
把握することが可能であったかが問われるべきである。その際,被控訴人国に
おいて現実に把握していた事情のみならず,労働基準監督署長及び労働基準監
督官を通じて安衛法上の規制の実施を行う監督行政の過程で,当然把握可能で
あった作業の実態や規制の実効性に関する事情も考慮されるべきである。その
うえで,リスクに対する規制の態様には種々の選択肢があり得ることから,規
制自体がもたらす副次的効果や規制の実効性をも勘案の上,把握可能であった
リスクの大きさとの見合いにおいて,対応の合理性が判断されるべきである。
そこで,このような観点に立って,以下に検討する。
2建築作業現場における石綿粉じん曝露の状況
建築作業の内容からみた石綿粉じん曝露の危険性について
ア前記第1の6の石綿粉じん濃度の測定結果等によれば,一般に,石綿吹
付け作業,特に我が国で広く行われた乾式吹付け作業は,100本/㎤以上
の著しく高濃度な曝露作業である。また,保温材の解体(剥ぐ)作業は,
乾燥状態で行った場合に20本/㎤以上,水を散布しながら行っても5~4
0本/㎤というかなり高い濃度の曝露を伴う作業であるほか,断熱材につい
ても,丸鋸で切断する作業で20本/㎤以上,断熱材取扱い作業の長期間に
わたる平均値としても8,9本/㎤程度の濃度が報告されている。石綿成形
板については,建築現場でも短時間であれば100本/㎤を超える濃度が測
定されており,実際の作業形態に合わせ切断作業以外も含めた張付け作業
全体の測定結果としても,3~十数本/㎤と測定されているほか,ナイフ切
断とヤスリ掛けで12.1本/㎤との測定結果もある。このほか,解体作業
でも散水をせずにケレン棒で破壊した場合に2本/㎤を超える測定結果が
ある。
ヘルシンキ・クライテリアや平成18年手引きは,いずれも石綿関連疾
患の診断を念頭に置いたものであるが,石綿吹付け作業,断熱作業,電動
工具による石綿製品切断は高濃度の曝露作業となり,建設全体としても中
濃度の曝露作業に位置付けているところ,以上の分類は,前記の建築作業
現場における各種測定結果とも概ね符合し,合理的なものであると考えら
れる。
イ建築作業や建築作業現場の状況に照らしてみても,建築作業のうち建物
の新築作業は,屋外作業として着手されるが,各種建物の建築工程をみて
も,シート養生がされ,屋根・外壁の取付け,サッシ・ガラスの取付けと
作業が進行するにつれ徐々に屋内と同程度まで気密性が増していくので
あり,建築作業が屋外作業として着手されるからといって,石綿粉じん曝
露の危険が少ないとはいえない。また,改修・改築工事では,屋内作業が
主となることは既に認定したとおりである。
建築作業は,一般に一日の作業における石綿曝露作業の時間が短いとさ
れているが,英国労働省のデータは主に30分から1時間かけて採取され
たものであるが多くの作業で2本/㎤を上回る濃度が報告されており,平成
9年作業マニュアルで紹介された昭和59年の屋内における個人曝露測
定データ例のうち石綿けい酸カルシウム板の電動丸鋸による切断を含む
もの(作業者A-1~3,B-1)も,石綿けい酸カルシウム板の電動丸
鋸による裁断時間が試料採取時間の10%程度以下であるにもかかわら
ず,3本/㎤を超える個人曝露濃度が記録されている。さらに,建築現場に
おいては吹付け作業を含め複数の作業が並行して行われ,他の作業員が発
散させた石綿粉じんに曝露する場合があるほか,一つの作業を終えた後で
あっても,清掃作業後に残された石綿粉じんが再度発散して曝露を生じさ
せる場合があり,平成18年手引にも,吹付け石綿除去工事後の再飛散に
関する実験結果として,床掃除作業8時間後や,石綿粉じんが落下した床
を歩行する際に,3本/㎤という石綿濃度が報告されており,また,平成9
年作業マニュアルにおいては,石綿成形板の切断作業が行われている屋内
で,切断作業と並行して小運搬作業や施工作業を行っている者において
も,切断作業と同程度の約4本/㎤の曝露濃度が測定されており,これら間
接的な曝露による影響もある。
そうすると,石綿含有建材が使用された現場における建築作業は,屋外
作業として着手され,一般に一日の作業における石綿曝露作業の時間が短
いとされていることを考慮しても,石綿吹付け作業,断熱作業,屋内での
電動工具による石綿製品切断は高濃度の曝露作業に当たるほか,その他の
切断,穿孔,研磨,施工された石綿建材の解体,粉状石綿の取扱い,清掃
による直接曝露,さらには他者の作業によって生じた石綿粉じんによる曝
露(間接曝露)も含めると,平均的にみて2本/㎤以上の曝露作業に該当す
る場面が多かったと認められる。
他方,屋外で行われたことが明らかな外装材取扱い作業の測定結果につ
いては,現場の風向,風速,作業者の姿勢等に大きく影響されており,短
時間であれば2本/㎤を超えるものもあるが,大半は2本/㎤を下回ってい
というべきである。
年代別の建築作業現場における石綿粉じん曝露の危険性
我が国の建築現場における年代別の石綿粉じん曝露の危険性は以下のと
おりであり,これは,既に述べたとおり(前記第1の8),建築作業従事者
の石綿関連疾患の発症状況からも裏付けられるというべきである。
ア昭和40年代
我が国の石綿輸入量は,高度経済成長期に急増し,昭和36年に10万
トンを超えた後,昭和40年代に入って飛躍的に増加し,昭和44年に2
0万トンを超え,昭和49年には35万2110トンとなり第1次のピー
クを迎えたが,石綿含有建材の出荷量及び推定石綿使用量も輸入量の増加
に合わせて増加し,昭和48年に第1次のピークを迎え,石綿輸入量の約
7割が建築現場で使用された。とりわけ,吹付け石綿は,著しく発じん量
の多い製品であり,石綿含有率が60~70%と高く,アモサイト,クロ
シドライトを含有しており,施工量も昭和35年に1000トンであった
のが,昭和44年には1万トンを超えて急増し,昭和47年にはピークの
別紙6別表3,4)。
また,石綿含有成形板についても,当時は石綿含有率が25%(けい酸カ
ルシウム板第1種),20%(石綿含有スレートボード)など石綿含有率
の高いものが多く用いられていた(同別表7)。この時期に,加工時に多
量の粉じんを発散させる電動工具も普及し,その販売台数も,昭和35年
には約20万台であったのが,昭和43年に100万台,昭和48年に2
00万台を超えて急増した。
これらの事実を総合すると,昭和40年代は,石綿粉じん曝露の危険性
が最も高い状況にあったものと考えられる。
イ昭和50年代
昭和50年改正特化則により,5%を超える石綿含有率の石綿吹付け作
業が原則として禁止され,また,業界団体は,吹付けロックウールに係る
石綿含有率を昭和53年から5%未満に変更し,さらに昭和55年以降は
石綿を含有しないものに代替したことから,業界に加盟しない業者や在庫
品の使用等を除き,石綿を含有するものは施工されなくなり,石綿吹付け
作業による危険性は減少していった。他方で,石綿の代替化は進まず,昭
和50年代の石綿輸入量は,約23万トンから約33万トンの間で推移
し,昭和40年代の輸入量と大きな変化はなく,その約7割が建築現場で
使われるという構図は同じであった。すなわち,石綿含有保温材,石綿含
有断熱材では昭和50年代に入っても石綿含有率が90%を超える建材
が使用されており,アモサイトを含有するものもあったうえ(別紙6別表
6),石綿含有成形板では,石綿含有率の低減は一部を除き進んでおらず,
けい酸カルシウム板第1種,押出成形セメント板,サイディング,住宅屋
根用化粧スレートでは昭和40年代と比べ出荷量が急増し,推定石綿使用
量も昭和40年代と同様に高い水準で推移していた(同別表7)。これに
合わせて,電動工具の販売台数が昭和49年の208万0669台から昭
和59年の629万3569台へと急増し続け(同別表9),より一層普
及が進んだ。また,改修工事では昭和40年代に施工された石綿含有率の
高い建材を取り扱うこともあった。
以上によれば,昭和50年代の建築作業現場も,昭和40年代と大差の
ない石綿粉じん曝露の危険性が高い状況にあったと考えられる。
ウ昭和60年代
昭和60年から平成6年までの10年間をみると,石綿含有成形板につ
いては,推定石綿使用量や電動工具の販売台数からみて昭和50年代とさ
ほど変わらない状況にあるものの,石綿含有保温材等では,石綿含有率の
高い建材は使用されなくなり(別紙6別表3,別表6,別表7,別表9),
従前と比較すれば,新築工事における石綿粉じん曝露の危険性は低下して
いったものと考えられる。他方,建物の改築工事においては,以前施工さ
れた石綿含有率の高い建材を取り扱い石綿粉じんに曝露するおそれがあ
ることは従前と変わらず,昭和30年代に建築された建物が築後30年を
迎え解体工事が本格化することからすると,建物の解体工事における石綿
粉じん曝露の危険性は高まったものと考えられる。
全体として,昭和40,50年代には及ばないものの,依然として石綿
粉じん曝露の危険性の続く状況にあったものと考えられる。
3管理使用を前提とした規制権限不行使の違法性について
昭和46年時点の規制の合理性について
ア客観的なリスクの程度
昭和46年当時の建築作業及び建築作業現場の状況は既に述べたとお
りであり,石綿粉じん曝露の危険性の高い作業かつ環境にあったといえ,
肺がんは石綿肺よりも低い曝露レベルでも発症し,中皮腫も少量曝露でも
発症しうること,石綿関連疾患はいずれも生命に関わる重篤な疾患である
こと,さらには建築業の労働者数が全労働人口の約1割を占めていること
を勘案すると,建築作業従事者に対する広汎かつ重大なリスクが現に生じ
ている状況にあったといえる。
イ被控訴人国による規制及び対応の内容
概要
a旧安衛則による粉じん防止対策として,労働省労働基準局長は,昭
和46年1月5日,「石綿取扱い事業場の環境改善等について」(基
発第1号。乙アB23,173)を発出したが,その中で,「最近,
石綿粉じんを多量に吸入するときは,石綿肺をおこすほか,肺がんを
発生することもあることが判明し,また,特殊な石綿によって胸膜な
どに中皮腫という悪性腫瘍が発生するとの説も生まれてきた。」と指
摘した上で,石綿によるこの種の疾病を予防するため,①昭和43年
基発第609号に定める以外の石綿取扱い作業についても技術的に
可能な限り局所排気装置を設置させること,②作業場内における石綿
粉じんの飛散を極力減少させるため,既存の局所排気装置についても
その性能の向上に努めさせること,③局所排気装置には,ろ布式除じ
ん装置等の除じん装置を併せ設置させること,④じん肺健康診断を完
全に実施させ,異常者の早期発見に努めさせること,⑤石綿取扱い作
業を有する事業場に対しては,粉じん対策指導委員,地方労働衛生専
門官等の職員により技術的指導を行うとともに,産業安全衛生施設等
特別融資制度の利用を勧奨することに留意して,関連事業場の監督指
導を行うことを指示した。
bまた,有害物質の規制について技術的・専門的な事項に関する検討
を行うため,労働省に設置された労働環境技術基準委員会は,検討結
果を昭和46年1月21日付け「有害物等による障害の防止に関する
対策について」(乙アB15)にまとめ,有害物等による障害を防止
するには,作業環境内の有害物等の発散を抑制することが重要であ
り,そのためには,作業環境内に有害物が発散することを防止するた
めの設備の整備を進めるべきであり,それに関連する抑制の濃度が必
要となろう,抑制の濃度の値としては,当面,日本産業衛生学会が勧
告する許容濃度(労働者が有害物に曝露される場合,当該物質の空気
中濃度がこの数値以下であれば,ほとんど全ての労働者に健康被害が
見られないという濃度。乙アB16)の値及びこれに定めがないもの
については,ACGIH(米国労働衛生専門官会議)等で定める値を
利用することが適当であるとの見解を示した(なお,同報告書の中で
は,石綿はがん原性のある物質には含められていなかった。甲A82・
29頁参照)。
c労働大臣は,上記検討結果等を踏まえ,同年4月28日,旧特化則
を定めた。石綿は,じん肺法に基づく石綿肺予防のための規制の対象
であったが,旧特化則においても第二類物質として規制対象に指定さ
れた。その経緯について,旧特化則の制定当時の担当者は,「石綿が
特に特化則の対象物質とされたのは,石綿肺がけい肺に劣らず,重篤
な肺疾患であるのみならず,ある種のものは肺がんまたは胸膜などに
中皮腫という悪性腫瘍をおこす疑いがあるため,その解明は,今後の
調査研究にまつとしても,予防は有害物質と同等に取り扱う必要があ
るとされたからである。」としている(甲A82・29頁)。
旧特化則においては,使用者に対し,①石綿粉じんが発散する屋内
作業場において局所排気装置を設置し,又は全体換気装置を設け,石
綿を湿潤な状態にする等労働者の障害を予防するため必要な措置を
講ずる義務(旧特化則4条),②石綿を製造し又は取り扱う作業場へ
の関係者以外の者の立入りを禁止しその旨を表示する義務(同25
条),③空気中における濃度を測定し記録する義務(同29条),④
休憩室を設置する義務(同30条),⑤洗浄設備を設置する義務(同
31条),⑥呼吸用保護具を備え付ける義務(同32,34条)など
が課された。このほか旧特化則に規定されていない事項については,
旧安衛則が適用され,⑦使用者が屋外又は坑内で著しく粉じんを飛散
する作業場において注水その他粉じん防止の措置を講ずる義務(旧安
衛則175条),⑧粉じんを発散し衛生上有害な場所における業務の
作業に従事する労働者が就業中に保護具を使用する義務(同185
条)などが課された。さらに,旧特化則6条2項に基づき,同年労働
省告示第27号により,石綿の粉じんが発散する屋内作業場に設ける
べき局所排気装置の要件として,そのフードの外側における石綿粉じ
んの濃度(抑制濃度)につき,日本産業衛生学会により勧告されてい
た石綿の許容濃度の値である2㎎/㎥(33本/㎤相当)と定められた。
建築作業及び建築現場への妥当性
上記のとおり,旧特化則による規制は,局所排気装置による作業環境
管理(前記①)を中心としたものであり,主として,石綿製品工場など
屋内における高濃度曝露を念頭においた対策であると考えられる。これ
を建築作業現場に適用した場合,建築作業現場は乱れ気流があり作業場
所も移動することなどから有効な局所排気装置を設置することは困難
であり(乙アA66・16頁),全体換気装置も,作業者と発散源の位
置関係が一定でないときは効果が得られない(乙アA61・4頁)。さ
らに,新築・改築工事では,建材の汚損,感電のおそれなどから,注水
(前記⑦)はおよそ不可能であり,湿潤化措置を行うことも実際上困難
といえる。また,関係者以外の立入禁止(同②)は,そもそも発じん作
業に従事する者自身の石綿粉じん曝露を抑制する措置ではなく,同じ現
場で別の作業に従事する者の立入りを制限する効果を有するかについ
ても疑問がある。さらに,濃度測定(同③),休憩室(同④)及び洗浄
設備(同⑤)はそれ自体としては作業中の石綿粉じん曝露を抑制する措
置ではない。そうすると,昭和46年当時の規制のうち,建築作業現場
に妥当するものは,呼吸用保護具に関するものに限られていたといわざ
るを得ない。
ウ被控訴人国が把握し得たリスクの程度
昭和46年当時,被控訴人国が把握し得たリスクについてみるに,石綿
肺については石綿粉じんの高濃度の曝露によって発症することについて
の医学的知見は既に確立していた。しかし,石綿のがん原性についての医
学的知見が形成・確立したのは,翌年のILO及びIARCを契機として
のことであり,この時点においては,前記労働環境技術基準委員会の検討
報告書が石綿をがん原性のある物質に含めておらず,石綿が旧特化則の対
象物質に指定された経緯も上記のとおりであって,被控訴人国の認識は,
「最近,石綿粉じんを多量に吸入するときは,石綿肺をおこすほか,肺が
んを発生することもあることが判明し,また,特殊な石綿によって胸膜な
どに中皮腫…が発生するとの説も生まれてきた」(昭和46年基発第1号)
との程度にとどまっていた。さらに,被控訴人国が抑制濃度の設定に依拠
した日本産業衛生学会の石綿の許容濃度(労働者が有害物に連日曝露され
る場合に,空気中の有害濃度がこの数値以下であれば,健康に有害な影響
がほとんど見られないという濃度)の勧告値も,2㎎/㎥(33本/㎤相当)
であり,これは石綿肺を想定したものであった。石綿関連疾患についての
研究や報告は,大半が製造業や鉱業に関するものであって,建設業に関す
るものとしては,米国の断熱労働者におけるがん発症リスクに関するセリ
コフらの論文,大阪市の吹付け工1名が石綿肺発症後に死亡した旨の昭和
45年11月17日付け新聞記事がある程度の限定されたものであった。
他方で,当時のわが国の建築作業及び建築現場について,石綿粉じん濃度
の測定や粉じん曝露の実態に関する調査や研究は行われておらず,吹付け
作業が多量の粉じん曝露の危険があることは容易に認識しえたとしても,
建築作業は屋外作業であり,石綿粉じんは短時間・間欠的に生じても希釈
されるとの想定を超えて,建築作業及び建築現場の一般的な石綿粉じん曝
露の状況は把握されていなかった。そうすると,被控訴人国において,建
築現場において建築作業従事者が,石綿関連疾患を発症しうる程度の石綿
粉じん曝露の危険に広汎に曝されていることを認識し得なかったものと
いうべきである。
エ規制の合理性
被控訴人国において建築作業及び建築現場について把握可能であった
上記のような石綿粉じん曝露による健康被害のリスクの程度を前提とす
ると,一部の事業所で呼吸用保護具の備付数に不足があったとしても,呼
吸用保護具を備え付け,使用に適した状態にしておくことを義務付ける当
時の規制内容が著しく不合理であったとはいえない。吹付け作業との関係
においても,当時,吹付け工が呼吸用保護具を使用せずに吹付け作業に従
事することが一般化していたとは考え難く(甲D3・13頁参照),また,
昭和51年通達に添付された「石綿関係資料」によれば,乾式吹付け作業
の石綿粉じん濃度の最大値は41.76㎎/㎥×石綿含有率50%=20.
88㎎/
集効率95%以上)(前記第2章第2節第6の3)を適切に使用すれば,
石綿粉じんの濃度を当時の許容濃度2㎎/㎥以下に抑制することは可能で
あったと考えられることから,当時の規制が著しく合理性を欠くとはいえ
ない。
オ結論
以上からすると,被控訴人国が把握可能であったリスクの程度との見合
いにおいて,昭和46年当時の規制が著しく不合理であったとは認められ
ない。
昭和50年時点の規制の合理性について
ア客観的リスクの程度
昭和46年当時と同様に客観的には建築作業従事者に対する広汎かつ
重大なリスクが継続している状況にあったと認められる。
イ被控訴人国による規制及び対応の内容
前記のとおり,昭和47年に定められた安衛則及び特化則では,旧安衛
則及び旧特化則の①~⑧とほぼ同様の規制(⑧の義務は,事業者から保護
具の使用を命じられたときを要件とするものとなった(安衛則597
条)。)がされていたところ,労働省は,昭和50年に安衛令,安衛則及
び特化則を改正し,石綿のがん原性に着目し,石綿のほか石綿含有量が重
量の5%を超える石綿含有物(石綿等)を第二類物質として規制対象とし
た上,事業者に対し,⑨石綿等を取り扱う作業について,特定化学物質等
作業主任者を選任し,作業方法の決定と労働者の指揮,保護具の使用状況
の監視等を行わせる義務(昭和50年改正安衛令6条18号,昭和50年
改正特化則28条),⑩代替化の努力義務(昭和50年改正特化則1条),
⑪作業場への所定事項の掲示や記録等の特別の管理義務(同38条の3,
同条の4),⑫石綿等の吹付け作業の原則的禁止(同38条の7),⑬石
綿粉じんを発散しやすい特定の作業に関する湿潤化(同38条の8)など
を義務付け,さらに,⑭石綿等を譲渡又は提供する者に対し,安衛法57
条所定の警告表示を義務付けた(昭和50年改正安衛令18条2号の2,
昭和50年改正安衛則別表第2第2号の2)。
なお,石綿粉じんの抑制濃度に関して,労働省は,昭和48年,通達「特
定化学物質等障害予防規則に係る有害物質(石綿およびコールタール)の
作業環境気中濃度の測定について」(同年7月11日付け基発第407号)
を発出し,最近,石綿が肺がん,中皮腫等を発生させることが明らかとな
ったこと等により,各国の規制においても気中石綿粉じん濃度を抑制する
措置が強化されつつあるなどとして,当面,石綿粉じんの抑制濃度を,5
㎛以上の石綿繊維で5繊維/㎤(対応する重量濃度約0.30㎎/㎥)と指
導するよう指示していた(乙アB51)が,労働大臣は,昭和50年9月
30日,特化則の規定に基づき,石綿粉じんの抑制濃度を従来の2㎎/㎥(3
3本/㎤相当)から5本/㎤に改め(同年労働省告示第75号,乙アB52),
通達による指導を法令(告示)による規制へと強化した。
ウ被控訴人国の把握し得たリスクの程度
昭和50年時点までに,被控訴人国が把握していたリスクについてみる
と,石綿肺に関する医学的知見に加えて,既に認定したとおり,昭和47
年のILO及びIARCを契機として,石綿粉じん曝露と肺がん又は中皮
腫との間に因果関係があることの医学的知見が形成・確立された。日本産
業衛生学会が昭和49年に勧告した許容濃度もクリソタイル,アモサイト
等については時間荷重平均で2本/㎤,天井値で10本/㎤とし,クロシド
ライトはこれらをはるかに下回る必要があるとするものに改訂された。し
かしながら,石綿粉じん曝露と肺がんの発症リスクについては,IARC
報告書は,職業曝露のレベルが低い場合には過度の肺がんリスクは検出さ
れないことが示唆されているとし,IARCのモノグラフ集第2巻におい
ては,肺がんの過剰リスクは過去の強い曝露の結果であることが通常であ
り,肺がんのリスクは石綿肺に関連しているようであるとされるなど,石
綿肺と同レベルの職業曝露が想定され,これよりも低い曝露レベルにおけ
る肺がん発症リスクの解明は今後の課題とされていた。IARCの報告書
は,石綿粉じんの少量曝露によって中皮腫が発生する可能性を認めている
が,発症リスクがクロシドライドで最も高いがクリソタイルでは明らかに
低いとし,石綿の種類ごとに量・反応関係を解明するための種々の研究の
必要性が示されるなど,石綿の種類等による曝露レベルと発症リスクにつ
いては未解明の状態にあった。
次に,建設作業及び建築現場の石綿曝露の状況については,昭和46年
1月から3月まで行われた石綿取扱い事業場の監督指導の結果,じん肺の
有所見者率が製造業に次いで高く,また,同年9月に発表された瀬良の論
文では,吹付け作業者39名中6名(15.4%)に石綿肺が認められ,
死亡例も報告された。さらに,石綿吹付け作業については,昭和48年ま
でにアメリカ全州で吹付け石綿の禁止措置が取られた。他方,建築作業の
一般的な特徴として,現地屋外で行われ,作業場所が工事ごとに変わり,
作業環境が一定でなく継続的でないこと,関係する人及び物の量と種類が
多いことなどがあり,建築作業現場における石綿粉じん曝露の具体的状況
を把握することは容易とはいえないところ,昭和46年1月の石綿取扱い
事業場への監督指導結果のうち建設業の監督事業場数は12にとどまっ
ており,瀬良の論文も専ら吹付け作業者に関するものであって,他に建築
作業現場一般についての石綿粉じん曝露状況を明らかにするものはなく,
この点の把握が課題とされていたことは,昭和51年通達の内容に照らし
ても明らかである。
そうすると,被控訴人国が当時把握し得たリスクの程度は,石綿のがん
原性についての医学的知見が確立し,石綿粉じん曝露の危険性についての
認識が強まり,建築現場における主要な発じん源としての吹付け作業の危
険性が重視される状況になったとはいえ,建築現場における石綿粉じん曝
露の実態は把握されておらず,また,石綿粉じん曝露による肺がん・中皮
腫の発症リスクが石綿肺の発症リスクを上回るものであることについて
把握し得たとはいえず,建築現場における石綿曝露が建築作業従事者に広
汎かつ重大なリスクを生じさせているとの認識はなかったものというべ
きである。
エ規制の合理性
昭和50年時点の規制は,石綿粉じん曝露と肺がん及び中皮腫との関係
についての当時の医学的知見を踏まえ,石綿が発がん物質であることか
ら,昭和46年時点と同趣旨の規制(前記①~⑧)に加えて,石綿のほか
含有率5%超の石綿含有物も規制対象とし,それらについて特別の管理を
義務付けた上,石綿粉じんを特に著しく飛散させることが明らかな吹付け
作業を原則的に禁止し,それ以外に石綿粉じんを発散しやすい特定の作業
については湿潤化を原則的に義務付け,それらの措置が実際に行われ,ま
た必要な場合に防じんマスクその他の保護具が使用されるよう,特定化学
物質等作業主任者を選任して作業の指揮や保護具の使用状況の監視に当
たらせることとしたものである。上記の規制は,建築作業現場のうち,新
築工事や改築工事では,湿潤化により発じんを抑制することは期待でき
ず,保護具についても,それを使用すべき場面が具体的に要件化されてお
らず,特定化学物質等作業主任者が実際に選任され適切に指揮,監視をす
ることが前提となるなどの限界があるものである。しかしながら,昭和5
0年改正による規制は,石綿等を製造し又は取り扱う産業を幅広く対象と
するものであるところ,労働省が昭和50年改正を前提に昭和51年度に
通達を発出して実施に移した後記の各施策に照らすと,建設業の関係で
は,吹付け作業の原則禁止等,当面緊急の対応をした上で,今後,建築作
業現場についての実態調査や規制の実効性の検証を継続し,建築作業現場
の性質に応じた規制が必要であれば速やかに追加の対応をすることを企
図したものと評価することができ,このような対応としてみるならば,被
控訴人国が当時把握していたリスクに見合う相応の合理性を有するもの
と評価し得るというべきである。
なお,上記の規制は,石綿含有率が重量の5%以下の石綿含有物につい
ては,第二類物質としての管理,吹付け作業の禁止や安衛法57条所定の
表示等の対象としていないが,昭和50年当時,製造・販売されていた石
綿含有建材の多くは石綿含有率が重量の5%を超えており(別紙6別表
3,6,7,乙アA29,31),これらの建材のみを対象とする規制に
も相当の実効性が見込まれた上,平成2年当時においても石綿粉じんを定
量するには石綿の含有率が数%以上必要である(乙アA32)など,石綿
含有率の分析に技術的制約があり,事業者や建材の販売者一般にとって,
石綿含有率の低い建材を対象とする規制を遵守することは容易とはいえ
ない状況にあった。また,発じん性の顕著な吹付け材であっても,石綿含
有率が5%以下であればその粉じん濃度は,昭和51年通達に添付された
「石綿関係資料」における石綿含有率50%の乾式吹付け作業の石綿粉じ
ん濃度の最大値344.5本/
34.45本/㎤以下となり,1級以上の防じんマスク(粉じん捕集効率9
5%以上)(前記第2章第2節第6の3)を適切に使用すれば,石綿粉じ
んの濃度を許容濃度2本/㎤以下に抑制することが期待できたといえる。そ
うすると,昭和50年時点において石綿含有率が重量の5%以下の石綿含
有物についても5%を超える石綿含有物と同様の規制をしなかったこと
が直ちに不合理であるとはいえない。
オ結論
以上のとおり,現時点から振り返ってみると,昭和50年当時,建築作
業従事者に対して,石綿粉じん曝露による石綿関連疾患の広汎かつ重大な
リスクが存在し,昭和50年改正による対策ではこれに対応するに不十分
であったといわざるを得ないが,後知恵を排して見るに,当時の状況にお
いては,石綿粉じん曝露による肺がんの発症は石綿肺と同レベルの高濃度
曝露が必要であると考えられていたところ,この時点で建設業におけるじ
ん肺の労災認定の件数が著しく増加し,あるいは他の産業分野に比して発
症率が高いという状況はなく,また,中皮腫が少量曝露によっても発症し
うることは知られていたものの,石綿の種類等により危険性は著しく異な
るとされ,国内における発症件数もわずかであった。さらに,建築作業は
一定の工程の中に作業内容の異なる他職種が関わり,作業環境・作業場所
も比較的短期間のうちに変わることから,建築作業及び建築作業現場にお
ける石綿粉じん曝露の実態が把握されていなかったという被控訴人国の
認識状況を前提にすると,昭和50年改正において,建築作業については,
建築作業現場における主要発じん源とされ,その危険性が指摘されていた
石綿吹付け作業を原則禁止し,従来のマスクの備え付け義務に加えて,特
定化学物質等作業主任者による作業の指揮や保護具の使用状況の監視に
より,マスクの着用をより一層確保することなどにより,当面採り得る対
策を講じ,監督行政を通じてその実施の徹底を図りつつ,建築作業現場及
び建築作業の実態把握を行うとの被控訴人国の判断には相応の合理性が
認められ,その権限の不行使が許容される限度を超えて著しく不合理なも
のであったとはいえない。
昭和50年以降における規制の合理性について
ア客観的リスクの程度
既に述べたところによれば,昭和50年以降も建築作業及び建築現場は
石綿粉じん曝露の危険性の高い状況にあったと言え,建築作業従事者に対
する広汎かつ重大なリスクが継続していたというべきである。
イ被控訴人国の規制及び対応の内容
労働省は,昭和50年の特化則等の改正を受けて,以下のとおりの施策
を行った。
労働省は,都道府県労働基準局長に対し,「昭和51年度労働基準行
政の運営について」(昭和51年3月2日付け基発第220号)を発出
し,新たに職業がん等の重篤な職業性疾病の問題が発生してきており,
職業がんのように遅発性の職業性疾病については,未だ発症をみていな
い分野においても,基礎的な調査,研究,有効な予防措置等早急な行政
の対応が要請されるとの認識を示すとともに,同年度における労働基準
行政の主要対策の一つとして,職業性疾病予防対策として,①特別監督
指導計画の推進,②有害物質製造・取扱事業場の把握,③作業環境の改
善等を挙げ,特に職業がんについては,特別管理物質の製造・取扱事業
場に対し可及的速やかに曝露防止措置を講じさせるよう特段に配意す
ること,職業がんの疑いのあるものを含め職業がんの発生状況等につい
ての情報の収集に努め速やかにその内容を本省に報告することなどを
求めた(乙アB161)。
労働省は,上記通達に基づき,都道府県労働基準局長に対して,「職
業性疾病予防のための特別監督指導計画について」(同年4月14日付
け基発第328号)を発出し,石綿等の製造・取扱事業場については,
達成目標として,特化則で定められた,①局所排気装置等の完全設置,
②除じん装置の完全設置,③作業主任者の選任及び職務の遂行,④作業
環境測定の完全実施,⑤休憩室の完全設置,⑥健康診断の完全実施並び
に洗浄設備の完全実施を掲げ,昭和51年度を初年度とする5か年の特
別監督指導計画を策定し,管内の実情を勘案のうえ着実な推進に徹底を
期し,監督指導についての評価を行い,本省に報告するように求めた(甲
A67の1,乙アB162)。
さらに,労働省は,特に石綿に関して,昭和51年5月22日付けで
昭和51年通達を発出し,都道府県労働基準局長に対し,最近,各国に
おける広範囲な労働者についての研究調査の結果,10年を超こえて石
綿粉じんにばく露した労働者から肺がん又は中皮腫が多発することが
明らかとされ,その対策の強化が要請されているところであるとし,各
局において,昭和51年度行政運営方針に基づき,特別監督指導計画の
重点対象として,その対策が図られていると思われるが,最近の石綿に
よる肺がん又は中皮腫発生の報告をみるとき環境改善の技術指針をま
つまでもなく,早急な作業環境改善等健康障害防止対策の推進が肝要で
あるとの考えを示し,①関係事業所及び石綿取扱者のは握,②石綿の代
替措置の促進,③環気中における石綿粉じんの抑制,④呼吸保護具の使
用,⑤清潔の保持の徹底などについて,留意事項を定めて石綿粉じんに
よる健康障害防止措置を徹底するよう指示した。このうち,①について
は,建設業,造船業又は化学工業等における断熱工事に係る石綿の使用
実態が十分把握されていないので,関係事業場を把握すること,③につ
いて,関係各国において環気中の石綿粉じん濃度の規制を強化しつつあ
ることを踏まえ,環気中石綿粉じん濃度について,当面,2繊維/㎤(ク
ロシドライトにあっては0.2繊維/㎤)以下を目途とするよう指導する
こと,④について,環気中石綿濃度が2繊維/㎤(クロシドライトにあ
っては0.2繊維/㎤)を超える作業場所で石綿作業に労働者を従事させ
るときには特級防じんマスクを併用させ常時これらを清潔に保持させ
るよう指導することとされている(なお,日本産業衛生学会は,昭和4
9年,石綿粉じんの許容濃度の改訂を勧告し,石綿粉じんのうちクリソ
タイル,アモサイト,トレモライト,アンソフィライト及びアクチノラ
イトの気中許容濃度を,時間加重平均として,5㎛以上の石綿繊維で2
繊維/㎤(対応する重量濃度0.12㎎/㎥),いかなる時も15分間の平
均濃度がこの値を超えてはならない天井値として,5㎛以上の石綿繊維
で10繊維/㎤とし,クロシドライトの許容濃度については,これらの濃
度をはるかに下回る必要があるとしていた(乙アA192,193)。)。
労働省は,昭和51年に石綿粉じん曝露による肺がん・中皮腫の労災
認定基準を検討するため,「石綿による健康障害に関する専門家会議」
を設置し,同会議は,産業現場における石綿曝露実態,石綿関連疾患の
臨床,病理,疫学,環境管理などに関する内外の文献を幅広く検討し,
昭和53年9月に専門家会議報告書をまとめた。労働省は,同報告書を
踏まえて認定基準を策定し,「石綿ばく露作業従事労働者に発生した疾
病の業務上外の認定について」(昭和53年10月23日付け基発第5
84号)として発出したが,同認定基準は,石綿曝露作業のひとつとし
て,「石綿若しくは石綿製品の取り扱い又は石綿製品を被覆材若しくは
建材として用いた建造物の修復,解体等の作業過程において石綿粉じん
ばく露を受ける作業」を示し,業務上外の認定要件の一つとして,石綿
ばく露作業従事期間を,原則として,肺がんについては10年以上,中
皮腫については5年以上とした。
また,労働省は,従来,作業環境中の石綿を含む有害物質の濃度管理
として,局所排気装置の抑制濃度による規制として,大臣告示や通達に
よって具体的な数値を示してきたが,労働大臣は,昭和51年4月22
日,安衛法65条に基づき有害物質を取り扱う屋内作業場に義務付けら
れる作業環境測定の実施方法について「作業環境測定基準」(同年労働
省告示第46号,乙アB53)を定めた。その後,昭和52年から同5
8年にかけて,労働省が設置した「作業場の気中有害物質の濃度管理基
準に関する専門家会議」において,作業環境の評価方法についての検討
が行われ,最終的に,濃度管理の規制の基準を設定するには,労働者が
働く作業場の気中有害物質の濃度である「作業環境濃度」(管理濃度)
を基本とするとりまとめを行った。これを踏まえ,労働省は,「作業環
境の評価に基づく作業環境管理の推進について」(昭和59年2月13
日付け基発第69号,乙アB54)を発出し,局所排気装置による抑制
濃度とは別に,作業場内のほとんどすべての場所で有害物質の濃度を一
定の値以下とする,管理濃度による規制を導入することとし,石綿の管
理濃度については2本/㎤(許容濃度に換算すると0.8本/㎤相当)とし
た。
ウ被控訴人国の把握し得たリスクの程度
石綿粉じん曝露と肺がん・中皮腫の発症リスクに関する認識
a専門家会議報告書は,石綿粉じん曝露量と肺がん・中皮腫の発症リ
スクに関して,肺がんは石綿肺を発症させるよりも低いレベルの石綿
粉じん曝露によって発症し得ること,また,中皮腫は肺がんよりもさ
らに低い曝露レベルでも発症し得ることについて,医学的知見の形成
状況を明らかにしていた参照)。
b欧米諸国は,石綿の使用において我が国よりも約20年先行してい
るところ,米国においては,セリコフらが,建築業の断熱労働者は,
石綿曝露が比較的軽度で断続的であるが,肺又は胸膜のがんによる死
亡数が期待値を大幅に上回っていたことや中皮腫の発症率が非常に
高いこと,肺がん死亡者数が最も多いのは曝露開始後30~39年で
あることなどを報告しており,このことは昭和51年通達に添付され
た石綿関連資料,専門家会議報告書などで既に紹介されていた。また,
英国においては,中皮腫による死亡が昭和43年に153人,197
0年代に200人を超えるなど,石綿による健康障害が多発したこと
から,石綿による健康障害防止対策の充実を図るため,昭和51年に
労働安全衛生庁の上部機関である安全衛生コミッションに特別の委
員会(シンプソン委員会)を設け,同委員会は,昭和54年に,クロ
シドライトの使用禁止など,ILO石綿条約を先取りする内容の勧告
をしており,中皮腫の労災認定件数も昭和55年に75件となってい
た。さらに,ドイツにおいても,昭和55年の中皮腫の労災認定者数
は36人となっていた(甲A67の2)。そして,上記英国及びドイ
ツの情報が記載されている甲A67の2の作成経緯に鑑みれば,労働
省において,その時点で上記情報を入手していたものと推認される。
c昭和51年通達に添付された石綿関連資料では,昭和40年から昭
和50年までの間の労働の場における石綿曝露歴のある者における
肺がん,中皮腫の発症件数は年間数件程度にとどまっていたが(甲A
334の2(10頁)),建設業労働者におけるじん肺等の発生件数
は,別紙6別表10のとおりであり,昭和45年度に77件であった
のが,昭和49年度に200件台に増え,昭和51年度には400件
を超え,昭和54年度に484件,昭和55年度には546件と増加
を続けている。もとより,上記件数はじん肺全般に関するものである
が,昭和30年代後半以降,建築作業現場における石綿の使用が広ま
ったことに鑑みると,その増加の主たる要因は石綿粉じん曝露による
石綿肺であったと考えるのが合理的である。
dそうすると,肺がん及び中皮腫は石綿肺よりも低い曝露レベルでも
発症し得ること,石綿肺の潜伏期間が10年,肺がんが30年,中皮
腫が40年とされていること,さらには,石綿の使用で我が国に先行
した欧米における中皮腫等の発症状況を考慮すれば,被控訴人国にお
いて,過去の石綿粉じん曝露により,当時発生していたじん肺の発症
件数を大幅に上回る肺がん・中皮腫が発生する可能性があり,さらに,
昭和50年の特化則改正後も建築作業現場における石綿粉じん曝露
状況が改善しなければ,その発症が将来的にも継続することが懸念さ
れる状況にあることを容易に認識することができたものと認められ
る。
建築作業及び建築作業現場の石綿粉じん曝露の危険性に関する認識
可能性
a専門家会議報告書は,石綿曝露作業に関して,我が国で石綿への曝
露労働者数が最も多いのは建設業であること,石綿の消費量の約4分
の3は建設業で使用されていること,その一部は吹付け材として使用
されているが大半は石綿含有成形板として使用されていること,石綿
セメントの混練や吹付け作業は石綿繊維を空気中に発散させやすい
が一般に石綿曝露作業の時間は短いこと,比較的高濃度の石綿粉じん
曝露を受ける作業として石綿製品の切削作業が,不測の石綿曝露を受
けることのある作業としてビルの解体作業があることなどを指摘す
るとともに,吹付け作業のほか,保温材や石綿含有成形板の取扱いに
伴う石綿粉じん濃度に係る内外の測定データ(当時の我が国の抑制濃
度及び日本産業衛生学会の許容濃度の勧告値2本/㎤を上回る値とな
っている。)を紹介した上で,ごく最近においても国内外の産業分野
で相当の石綿曝露がみられていると総括して,吹付け以外の建設作業
についても低いレベルにとどまらない職業曝露が生じていることを
具体的に示していた。
bさらに,AIAによる昭和54年の勧告も,吹付け材以外の石綿含
有建材について,適切な防じん設備なしに高速切断や研磨作業を行え
ばかなりの数の石綿繊維が放出されること,長時間連続運転を行う場
合は作業場の状態に応じて機械に除去装置を必ず付けるか,湿式機械
加工用工具等を使用すべきことなどを指摘していた。
c昭和50年改正により吹付け作業が原則として禁止され代替化の
努力義務が定められた後も,石綿含有率90%以上の煙突断熱材を含
む石綿含有保温材等の使用が継続され,さらに建築作業現場における
石綿の使用の大半を占める石綿含有成形板に使用された石綿の量も
減少傾向にはなかった。さらに,多量の粉じんを発する電動工具の販
売台数は,昭和48年は200万台であったのに対して,昭和52年
には300万台,昭和54年に400万台,昭和55年に500万台,
昭和58年に600万台まで急激に普及した。被控訴人国は,電動工
具の普及状況については出荷台数として現実に認識しており,石綿含
有建材の使用状況についても容易に把握することは可能であった。
dそうすると,被控訴人国が,昭和53年の専門家会議報告書等を踏
まえ,特別指導監督計画や昭和51年通達に基づき,石綿含有建材を
使用している建築事業主を把握し,屋内作業場に当たる建設作業現場
ではその事業主に対し作業環境測定を実施させるなどして,建設作業
現場の実態把握に努めれば,昭和50年代になっても引き続き建設作
業現場における石綿粉じん曝露の危険が大きかったことを容易に認
識することができたものと認められる。
昭和50年改正特化則等による規制の実効性についての認識可能性
a防じんマスクの使用状況に関する調査結果等によれば,前記のとお
り,昭和60年代においても使用状況は低迷しており,このことから
して,吹付け工や昭和54年の粉じん則施行後のはつり工を除き,昭
和50年代の建築作業現場でも労働者の大半は防じんマスクを着用
していなかったものと推認される。労働省は昭和51年以降の特別監
督指導計画で石綿等の製造・取扱事業場における防じんマスクの着用
を達成目標に掲げていなかったが,特別監督指導計画と連携して実施
された昭和51年通達による健康障害防止対策の指導においては呼
吸保護具の使用の徹底を掲げていたのであるから,これに従った指導
監督を実施し,その結果を本省において集約していれば,当時の建築
作業現場における石綿粉じん曝露の状況及びこれに携わる労働者の
の大半が適切な防じんマスクを着用していない実態が容易に判明し
たはずである。
b昭和50年改正特化則では,従来の湿潤化ないし注水(特化則5条,
安衛則582条)のほか石綿粉じんを発散しやすい特定の作業に関す
る湿潤化(昭和50年改正特化則38条の8)が義務付けられたが,
新築工事及び改築工事では建材の汚損や感電のおそれのため湿潤化
が現実的でないことは作業の性質から明らかである。また,解体工事
についても,昭和53年の専門家会議報告書において保温材の解体作
業につき濡らしながら行うときは1~5繊維/㎤,水を散布して行うと
きは5~40繊維/㎤と,当時の抑制濃度2本/㎤を上回る濃度が報告
されているのであるから,被控訴人国においても,上記各規定にかか
わらず,建設労働者が石綿粉じんへの曝露を防止するためには防じん
マスクを着用することが必要であることを容易に認識することがで
きたというべきである。
cさらに,特定化学物質等作業主任者を選任して,保護具の使用状況
の監視等を行わせる仕組みについても,特定化学物質等作業主任者技
能講習の昭和56年度までの受講者は,社団法人東京労働基準協会連
合会,建設業労働災害防止協会東京支部を合わせた累計で1万240
7人にとどまっており(平成10年時点でも3万3259人にとどま
る。)(乙アA152,154),これらの受講者全員がそのまま特
定化学物質等作業主任者として稼働していたと仮定しても,東京都内
の建設業許可業者数(平成10年3月末時点では5万3582業者。
甲A535)に照らして十分なものとは認められず,現に,日本石綿
協会安全衛生委員会石綿含有建築材料小委員会による石綿含有建築
材料調査報告書が作成された昭和63年5月に至っても,業界全体と
してみた場合に施工員の作業主任者資格を有する者の人数は十分で
はないとの指摘がされている(乙ケ5の70頁)。
また,特定化学物質等作業主任者技能講習で使用された昭和56年
当時のテキスト(乙アA187)や昭和62年頃の修了試験問題(乙
アA202)をみても,その内容は,特化則の規定や防じんマスクの
一般的説明に終始しており,石綿粉じん曝露が多量とまではいえない
場合にも,肺がんや中皮腫の原因となり得ることや,建築作業現場に
おいて,石綿含有成形板の切断作業など,吹付け作業以外でも石綿粉
じんを発散する作業をする際に,防じんマスクを着用すべきことなど
は,説明も出題もされていない。
したがって,建設業全体としてみて,特定化学物質等作業主任者に
より防じんマスクの着用が確保されることが期待できたとは考え難
いところ,昭和51年の特別指導監督計画では,達成目標の一つに作
業主任者の選任及び職務の遂行も掲げられており,被控訴人国もこれ
らの実態を現実に認識していたか又は容易に認識することができた
というべきである。
小括
以上によれば,遅くとも石綿の製造・取扱いについての特別監督指導
計画の目標期間が満了する昭和55年末頃までには,被控訴人国におい
て,全国の建設作業現場において,少なくとも屋内作業に従事する建築
労働者に石綿粉じん曝露により石綿関連疾患を発症させる広汎かつ重
大なリスクが現に生じていること,さらに昭和50年改正特化則等によ
る対策が必ずしも建築作業に妥当せず,あるいは実践されていないこと
を認識し,あるいは容易に認識し得たものというべきである。
エ規制の合理性
被控訴人国において認識し得た昭和50年代半ば頃の建築作業現場
及び建築作業における石綿粉じん曝露の危険性との関係で昭和50年
改正後の規制内容をみるに,局所排気装置や湿潤化措置が建築作業現場
や建築作業に必ずしも有効とはいえないことからすると,防じんマスク
等の呼吸用保護具の使用が不可欠の石綿粉じん曝露対策とならざるを
得ない。そこで,事業者に呼吸保護の備え付けを義務付ける規制によっ
て,呼吸保護具の使用の確保に十分であったか否かについて,以下に検
討する。
一般的に防じんマスクは通気抵抗,重量,視野障害など着用者への負
担を伴い,作業効率も落ちる可能性がある一方(甲A20・13頁,甲
A253・46頁),石綿関連疾患は基本的に遅発性のものであり,ま
た,石綿粉じん曝露による肺がん及び中皮腫の発症の危険は比較的新し
い知見であることから,労働者がそのリスクを意識せず,あるいはこれ
を身近に実感しづらいこと,さらには,そもそも自らが取り扱う建材等
に石綿が含まれていることの認識がないことなどから,労働者による防
じんマスクの自発的な使用は期待し難い面がある。現に建築作業現場で
は大半の労働者が使用していなかった。事業者においても,同様の事情
が当てはまり,石綿粉じん曝露対策として労働者の防じんマスクの使用
確保に関する関心は一般的に希薄となりがちであったものと考えられ
る。事業者による呼吸用保護具の備付義務を前提に,昭和51年通達で
は呼吸用保護具の使用の指導を徹底するよう指示しているが,それによ
って建築作業現場における呼吸用保護具の使用が進んだことをうかが
わせる証拠はなく,通達に基づく指導に限界のあることも明らかであ
る。
他方で,労働者に防じんマスクを使用させるためには,呼吸用保護具
の備付義務よりも一段強い規制として,事業者に対して,労働者に呼吸
用保護具を使用させることを罰則をもって義務付けることが考えられ
るが,かかる規制を行うことによって事業者に過大な負担を強いるもの
ではなく,このことは鉛中毒予防規則(昭和42年労働省令第2号)4
5条,同(昭和47年労働省令第37号)58条,有機溶剤中毒予防規
則(昭和47年労働省令第36号)32条,33条,粉じん則27条な
どで同様の規制がされていることからも明らかである。
そうすると,被控訴人国において,建築作業における不可欠の石綿粉
じん曝露対策であった防じんマスクの使用を確保するために,従来の規
制を強化し,事業者に対し,屋根を有し周囲の半分以上が外壁に囲まれ
屋内作業場と評価し得る建築作業現場の内部において,石綿含有建材の
切断など石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業に労
働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを罰則をもっ
て義務付けなかったことは,著しく合理性を欠くといわざるを得ない。
すなわち,被控訴人国は,安衛法27条に基づき,労働省令により,事
業者に対して,屋内作業場と評価し得る建築作業現場の内部において,
①石綿含有建材の切断,穿孔,研磨等の作業,②石綿含有建材を塗布し,
注入し,又は張り付けた物の破砕,解体等の作業,③粉状の石綿含有建
材を容器に入れ,又は容器から取り出す作業,④粉状の石綿含有建材を
混合する作業(上記①ないし④につき,平成7年改正特化則38条の9
第1項参照)及び⑤上記の各作業の周囲における作業に労働者を従事さ
せる場合には,呼吸用保護具を使用させることを罰則をもって義務付け
るべきであった。
また,防じんマスクの使用を確保するためには,労働者及び労働者を
指揮命令する事業者において,当該建設作業現場で現に使用されている
建材が石綿を含有しており,防じんマスクを使用しなければ石綿関連疾
患を発症するリスクがあることを認識することが前提となる。安衛法5
7条の定める労働者に健康障害を生ずるおそれのある物に関する表示
制度は,労働者が取り扱う物質の成分,その有害性,取扱い上注意すべ
き点等を事前に承知していなかったために生ずる職業性中毒を防止す
ること,有害物による曝露に対する手当てが当該物の人体に及ぼす影響
や初期の症状が不明のために手遅れになることを防ぐこと等を目的と
するものであり,微量でも重篤な急性症状を起こすもの又は時に重篤な
慢性中毒を起こすものなどが対象物質とされている(甲A32の2)。
このような有害物の表示制度の趣旨,目的に照らすと,表示事項である
「人体に及ぼす作用」は必要な手当や治療がすみやかに判明するよう症
状や障害を可能な限り具体的に特定すべきであって,抽象的に健康障害
を生ずるおそれがある旨を表示するのでは足らず,また「貯蔵又は取扱
い上の注意」も健康障害の発生を防止するために必要な注意を表示する
必要があると解される。
しかるところ,昭和50年3月27日基発第170号「労働安全衛生
法第57条に基づく表示の具体的記載方法について」(乙アB158)
で定めた石綿等に係る記載方法は,注意事項として「多量に粉じんを吸
入すると健康をそこなうおそれがありますから,下記の注意事項を守っ
てください。/⒈粉じんが発散する屋内の取扱い作業場所には,局所
排気装置を設けて下さい。/⒉取扱い中は,必要に応じ防じんマスク
を着用して下さい。(以下略)」とするものであって,「人体に及ぼす
作用」として,症状や障害がおよそ特定されておらず記載がないに等し
いのみならず,あたかも粉じんの吸入が多量に至らなければ健康障害の
おそれはないとの誤解を生じかねないものであって,昭和50年代半ば
における医学的知見に適合せず,また,「貯蔵又は取扱い上の注意」と
しても,石綿粉じん曝露を防止する上で局所排気装置が機能せず呼吸用
保護具の着用が不可欠な建築作業現場で使用される建材の表示として
不十分といわざるを得ない。同様のことは,上記通達の定める記載方法
が容認されていた石綿含有建材を取り扱う建築作業現場における掲示
についても妥当する。すなわち,石綿含有建材についての表示内容及び
石綿含有建材を取り扱う建築作業現場における掲示内容に関する通達
の定めは,安衛法57条及び23条の規制権限の行使として著しく合理
性に欠けるというべきであり,被控訴人国は,通達を改正して,石綿含
有建材から生じる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫など重篤
な石綿関連疾患を発症する危険があること
作業をする際は必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを
表示するよう,指導・監督すべきであった。
さらに,建築作業現場における防じんマスクの使用を確保するために
は,事業者及び石綿建材企業に対する上記の義務付けに加えて,労働者
に石綿発じん作業に際して防じんマスクを使用することの必要性を周
知することが必要であり,そのためには,被控訴人国は,安衛法59条
に基づく規制権限の行使として,少なくとも,安全衛生教育の内容とし
て,建材の多くが石綿を含有していること,石綿含有建材を取り扱う上
際に発生する石綿粉じんを吸入すると,将
来石綿肺,肺がん,中皮腫など重篤な石綿関連疾患を発症する危険があ
ること,特に肺がん,中皮腫は,吸入量が多量に至らないときにも発症
する危険があること,これらの疾病は治療方法が限られており,症状が
悪化して死亡することもあること,このような危険を避けるためには,
上記作業を行う際には規格に適合した防じんマスクを必ず着用する必
要があることを含めるよう通達で定めて,指導・監督すべきであった。
オ結論
以上のとおり,昭和50年代半ばにおいても,建築作業従事者に対して,
石綿粉じん曝露による石綿関連疾患発症の広汎かつ重大なリスクが継続
していたところ,この時点の状況について,後知恵を排して見たとしても,
①肺がん・中皮腫が石綿肺の発症に必要な石綿粉じん曝露レベルよりも低
い曝露レベルにより発症するとの医学的知見が集積され,建設業において
過去の石綿粉じん曝露がその原因であると合理的に考え得るじん肺の労
災認定件数が急増し,また,我が国よりも石綿使用で先行する諸外国にお
いて中皮腫の発症件数が増大していたことから,昭和50年改正特化則等
により建築作業現場における石綿粉じん曝露の状況が変わらなければ,将
来的に,じん肺発症件数を上回る件数の肺がん・中皮腫の発症が継続する
ことが具体的に危惧される状況となっていたこと,②昭和50年代に入っ
ても建築作業現場における石綿使用量は減少することなく高水準を維持
し,石綿吹付け作業が減少したものの,代わって現場における大きな発じ
ん源となる電動工具が飛躍的に普及したこと,③各種建築作業における石
綿粉じん曝露濃度について許容濃度を超える内外の測定結果が公表され,
建築作業は石綿粉じん曝露の危険性のある職業分野であるとの認識が形
成されるようになっていたこと,他方で,④昭和50年改正特化則等の実
施の徹底と実態把握を目的とした5年計画の特別指導監督計画をはじめ
とする監督行政の実施により,建築作業現場及び建築作業における石綿粉
じん曝露の実態,防じんマスクの着用が励行されておらず,昭和50年改
正特化則等が十分な対策となっていないことを把握可能であったことを
前提とすると,被控訴人国において,建築作業従事者に対して,石綿粉じ
ん曝露による広汎かつ重大な健康被害のリスクが生じていることを把握
し得たというべきである。そうすると,被控訴人国において,遅くとも昭
和56年1月の時点で,昭和50年改正時の構想を見直し,少なくともそ
の実効性を確保するために,前記のとおり,特化則を改正するなどして,
事業者に対して,屋根を有し周囲の半分以上が外壁に囲まれ屋内作業場と
評価し得る建築作業現場の内部において,石綿含有建材の取扱い作業及び
その周囲での作業に従事させる労働者に呼吸用保護具を使用させること
を罰則をもって義務付けるとともに,これを担保するために通達を定め
て,石綿粉じん曝露の危険性及び防じんマスクの使用の必要性に関して,
石綿含有建材についての表示内容及び石綿含有建材を取り扱う建築作業
現場における掲示内容並びに安全教育の内容を改めなかった規制・監督権
限の不行使は,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであっ
たと認められる。
昭和56年以降の規制の合理性について
ア客観的リスクの程度
この間の建設作業現場は,依然として石綿粉じん曝露のおそれがある状
況にあったものの,昭和60年から平成6年までの10年間をみると,石
綿粉じんの飛散性が特に高い石綿含有吹付け材やこれに準ずる石綿含有
保温材等は使用されなくなり,石綿含有成形板についても石綿使用量の減
少傾向が定着しつつあり,新築工事の石綿粉じん曝露の危険性は低下し,
他方で建物解体工事における石綿粉じん曝露の危険性が高まった。
イ被控訴人国の規制及び対応の内容
昭和50年改正時点における枠組に加えて,以下の施策が講じられた。
被控訴人国は,昭和61年通達を発出し,解体,改修工事について,
事業者に対し,湿潤化措置に加えて,石綿等の取扱い作業者の防じんマ
スク使用,特定化学物質等作業主任者の養成を求め,さらに,昭和63
年通達を発出し,改修・解体工事について,上記同様の対策を求めるほ
か,石綿除去作業に関するマニュアルの活用を求め,建築工事における
石綿含有建材の加工やボイラー等の工事における石綿含有断熱材等の
除去についても防じんマスクの使用を求めた。
さらに,被控訴人国は,平成4年通達において,石綿含有建材の電動
工具を用いた切断等の作業について,除じん装置付きの電動丸鋸の使
用,防じんマスクの着用,作業終了後の清掃などの対策を挙げ,安衛法
57条に基づく表示や「a」マークにより石綿含有建材を識別できるこ
との周知,特別教育に準じた教育としての石綿含有建材の施工業務従事
者に対する労働衛生教育の推進などを指示した。
その上で,被控訴人国は,平成7年には安衛令,安衛則,特化則を改
正し,同年4月1日からそれぞれ施行したが,これにより,①アモサイ
ト,クロシドライト及びこれらを1%を超えて含有する物の製造等の禁
止,②安衛則及び特化則の規制対象となる石綿含有物の範囲を,重量の
5%を超えるものから1%を超えるものへ拡大,③吹付け石綿等の除去
作業を行う場合の作業計画の届出義務,④石綿等の切断等の作業(前記
に労働者を従事させる場合の,呼吸用保護具,作
業衣等を使用させる義務,⑤解体工事における石綿等の使用状況の事前
調査等の義務,⑥吹付け石綿等の除去作業を行う作業場所の隔離等の義
務が課されるに至った。
ウ規制の合理性
建材メーカー等による警告表示や建築作業現場における掲示について,
昭和50年3月27日基発第170号「労働安全衛生法第57条に基づく
表示の具体的記載方法について」で定めた石綿等に係る記載方法が著しく
不合理なものであったことは前記のとおりである。もっとも,昭和62年
6月頃以降,学校,集合住宅,工場,公共施設等に施工されていた石綿含
有吹付け材に関して,発がん物質である石綿の汚染として多数の報道がさ
れ,大きな社会問題となったほか(いわゆる「学校パニック」)(乙マ7
~25,乙ラ10の1~19),平成元年には労働省の行政指導を受けて
石綿を重量比で5%を超えて含有する個々の建材について「a」マークを
表示する制度が導入され,平成4年通達において,安衛法57条に基づく
表示や「a」マークにより石綿含有建材を識別できることの周知,特別教
育に準じた教育としての石綿含有建材の施工業務従事者に対する労働衛
生教育の推進が指示されたことなどによって,石綿ががん原性を有するこ
と,建設作業現場で使用される建材に石綿を含有するものがあることの認
識も広まっていたものと考えられ,一般的にみて建設労働者が石綿粉じん
曝露の危険性を理解して防じんマスクを着用する環境は整っていったと
いうことができ,同種事件における原告らの供述(乙アA253~257)
にもこれと符合する部分がある。
さらに,前記のとおり,被控訴人国は,特化則を改正して,平成7年4
月1日以降,事業者に対し,屋内・屋外作業を問わず石綿等の切断等の作
業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させる義務を課したものであ
るところ,屋内において石綿含有建材の取扱い作業の周囲での作業に従事
する者に呼吸用保護具を使用させることが含まれていないものの,石綿含
有建材の石綿含有率の軽減化,代替化をはじめとする建築作業を取り巻く
環境変化や被控訴人国の他の施策も勘案すると,かかる者についても現場
の状況に応じて呼吸用保護具の使用の確保が期待し得る状況にあったと
いえるから,被控訴人国の規制・監督権限の不行使は,許容される限度を
逸脱して著しく合理性を欠くとまではいえない。
いて認めた昭和56年1月1日以降の被控訴人国の安衛法上の規制・監督
権限不行使の違法は,平成7年4月1日以降は解消されたものというべき
である。
被控訴人国の主張について
ア建築作業の石綿粉じん曝露の危険性についての主張
被控訴人国は,建築作業現場における石綿粉じんへの曝露実態につい
て,建設労働者の石綿粉じん曝露は間欠的・短時間であって平均曝露濃度
としては許容濃度以下に抑制されることが多く,特に屋根工,鳶,左官工
については一時的であっても高濃度曝露があったとは通常考えられない
と主張する。
しかしながら,建築作業現場における石綿使用量,建材の石綿含有量,
電動工具の普及状況,建築作業は屋外作業から始まるとしても徐々に閉鎖
性が高まること,他職種が同時並行的に作業に従事すること等に照らし
て,昭和50年代において建築作業現場は石綿曝露の危険性が高く,また,
建設作業に関する石綿粉じん濃度の測定結果等からみても,平均曝露濃度
が許容濃度を超える場合は少なくなかったと考えられるところ,肺がん及
び中皮腫は高濃度の石綿粉じん曝露によって発症する石綿肺よりも,低い
曝露レベルで発症し,近時の石綿関連疾患の労災認定の件数からも,建設
業における発症率は石綿製品製造業と比較しても遜色ないこと(前記第1
の8)からして,当時の建設作業現場における石綿粉じん曝露は石綿関連
疾患を発症しうる客観的な危険性があったことは,既に認定したとおりで
ある。
もっとも,被控訴人国において,屋外作業における石綿含有建材の取扱
いによって石綿関連疾患が発症する危険性を容易に認識し得たとはいえ
ないから,専ら屋外作業従事者は規制権限行使の対象外とすべきは,既に
述べたとおりである。その意味では,被控訴人国の主張するとおり,一般
的に屋根工は専ら屋外で屋根材の取扱い作業をしており,鳶についても主
として仮設の足場等の組立て・解体,建物の土台や柱などの組立てをして
いたと考えられることから,通常はこれらの職種の者との関係で被控訴人
国の規制・監督権限の行使が違法となるとはいえないが,左官工について
は,作業場所が専ら屋外であるとはいえず,取り扱う石綿含有建材が被控
訴人国の指摘するモルタル混和材のみであるとも認められないから,一般
的に左官工に対する関係で被控訴人国の規制・監督権限の不行使が違法と
ならないとはいい難い。ただし,個々の控訴人との関係では,その職種の
名称にとらわれることなく,従事した作業内容に照らして,専ら屋外作業
に当たるか否かを判断すべきである。
イ石綿関連疾患の罹患の実情が深刻ではなかったとの主張
被控訴人国は,昭和50年代半ばに建築作業者一般についての石綿関連
疾患の罹患の実情が相当深刻な状況にあることは明らかとなっておらず,
被控訴人国においてもこれを認識していなかったことから,規制権限行使
の違法性を論ずる前提を欠くと主張する。
しかしながら,肺がんや中皮腫のように石綿粉じん曝露から長期間経過
後に発症する遅発性の致死性疾患について,ある時点で現に発症していな
いとしても,潜伏期間経過後に被害が拡大することが合理的に予測される
場合には,被控訴人国にとっても速やかに対策をとるべき深刻な事態とい
え,被控訴人国において,かかる予測を基礎付けるに足りる情報を入手し,
あるいは容易に入手可能であったことは既に認定したとおりであり,被控
訴人国の主張は採用できない。
ウ防じんマスクの着用を義務付ける規制は存在したとの主張
被控訴人国は,建築中や解体中の建物であっても,特化則5条の解釈
上,屋内作業場に当たる場合には,「湿潤な状態にする等」の「等」に
含まれる措置として防じんマスクを着用させることを含む必要な措置
を講ずる義務が罰則をもって事業者に課されたこととなっており,防じ
んマスクの使用が罰則をもって義務付けられていたことから,重ねて防
じんマスクの着用を義務付ける必要はないと主張する。
しかしながら,既に述べたとおり,石綿粉じんが発散する建設作業現
場では防じんマスクの着用が不可欠な対策であるとして,着用を義務付
ける規制を設ける必要性が認められるところ,特化則5条は防じんマス
クの着用を採り得る措置のひとつとして位置付けるのみで,不可欠の措
置として防じんマスクの着用を義務付けていないことは文言上明らか
であり,また,「特定化学物質等障害予防規則の施行について」(昭和
46年5月24日付け基発第399号)は,特化則5条と同旨の旧特化
則4条の「屋内作業場」について「作業場の建家の側面の半分以上にわ
たって壁,羽目板,その他しや蔽物が設けられておらず,かつガス,蒸
気または粉じんがその内部に滞留するおそれがない作業場は含まれな
い」とするにとどまり,建設作業現場の一部が「屋内作業場」に当たる
旨の解釈が積極的に示されているものではないことから(乙アB85),
建築作業現場への適用を想定して,同条が防じんマスクの着用を確保す
る目的で運用されていたとは考え難く,これをもって既に判示した防じ
んマスクの使用義務付けの規制が不要であるということにはならない。
さらに,被控訴人国は,昭和54年に定められた粉じん則は,27条
1項本文で,粉じんを発散させる所定の作業に労働者を従事させる場合
に当該労働者に有効な呼吸用保護具を使用させる義務を課していると
ころ,石綿含有建材の切断等を行った際には当該建材に含有される「鉱
物」たるコンクリートやセメントも粉じんとして発散する以上,屋内作
業場においては粉じん則が適用され,防じんマスクの使用が罰則をもっ
て義務付けられていたとも主張する。
しかしながら,「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令及び粉
じん障害防止規則の施行について」(昭和54年7月26日付け基発第
382号。乙アB191)では,粉じん則における「粉じん作業」は,
じん肺法に定める「粉じん作業」のうち,特化則において予防措置が規
定されている石綿に係る作業を除いたものと同一であるとしており,厚
生労働省安全衛生部労働衛生課編「粉じん障害防止規則の解説」(平成
14年7月10日第3版第2刷発行。甲A525)においても同様の説
明がされていること,昭和61年通達や昭和63年通達でも粉じん則に
全く言及されていないことからみても,そもそも建設作業現場における
石綿粉じん曝露を防止するための規制権限の行使とはいえず,また,実
際上も建築作業現場で石綿含有建材の切断等をする場合に適用されな
いものとして解釈適用されていたものと考えられ,被控訴人国の主張は
採用できない。
エ規制の不備と不遵守の峻別論に基づく主張
被控訴人国は,労働者の安全に配慮し,その危害を防止する責任が第一
次的には事業者に存すること,規制の目的を達するには事業者及び労働者
による規制の遵守が必要であり,規制の不備と規制の不遵守とは明確に区
別されるべきであって,国に規制権限不行使の違法が認められるのは,被
規制者が既存の規制措置を遵守することが客観的に困難であるとか,規制
措置を遵守したとしてもなお被害の発生を防止することができなかった
というような事情がある場合に限られるとして,被控訴人国はマスクの使
用が確保されるための規制を行っており,建築作業現場において事業者が
防じんマスクに関する規制を遵守し,労働者にその着用を励行することを
妨げる客観的な事情は存在しなかったことから,被控訴人国が事業者に対
して労働者に防じんマスクを使用させることの義務付けを行わなかった
権限不行使に違法はないと主張する。
しかしながら,事業者に防じんマスクの備付義務を課し,防じんマスク
を着用させるよう指導をするのみでは,防じんマスクの着用が確保されに
くい構造的要因が存在したことは,既に述べたとおりであり,現に防じん
マスクの着用は励行されなかったところ,昭和50年代半ば頃までに被控
訴人国において把握可能となったリスクの重大さに比して従前の規制で
は不十分と評価しうる状況となったのであるから,把握し得るリスクの大
きさの変化に対応して,より実効性のある規制として,事業者に対して労
働者に防じんマスクを使用させることを義務付けるなどの措置をとらな
かったことは違法であるというべきである。
控訴人らの主張について
ア個人サンプラーを利用した定期的粉じん測定に関する規制権限の行使
ついて
定期的粉じん測定に関する関係法令等の定め及び認定事実は,原判決
48頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
控訴人らは,石綿含有建材を取り扱う建築作業現場について,①昭和
46年以降,旧労基法の規定に基づき,個人サンプラーを使用した定期
的粉じん濃度測定とその評価を事業者に義務付け,②昭和47年以降
は,安衛法65条,安衛令21条に基づき,粉じん測定を実施すべき作
業場に指定するとともに,昭和51年の作業環境測定基準を改訂して個
人サンプラーによる作業環境測定方法を定めるべきであったと主張す
る。
おり,我が国で現在まで使用されている石綿粉じん用の個人サンプラー
が発売されたのは昭和59年が最初であり,それ以前に石綿粉じんを安
定的に測定できる個人サンプラーは販売されていなかったから,昭和4
6年時点でその使用を義務付けるのは相当とはいえない。また,②につ
いて,建築作業現場のうちそれが屋内作業場に当たる場合は,安衛法6
5条,安衛令21条7号により作業環境測定が義務付けられ,それ以外
の場合,すなわち屋外作業場である場合には,そもそも風など不規則な
自然環境の影響を受けその作業環境が刻々と変化するため,作業環境測
定のみならず,その結果に基づいて作業場の環境を改善することも困難
が伴う上,建築作業では比較的短期間に作業現場が変わり,同じ作業現
場でも作業場たる建築物の形状等が日々変化するのであって(甲A27
3・12頁参照),屋外作業場たる建築作業現場における粉じん測定を
事業者に義務付けるに足りる技術的知見の存在は認められない。また,
作業環境測定基準の定める測定方法は,一定のサンプリング方法によっ
て測定して得られたデータがその場で働く労働者の平均的な曝露量を
推定する根拠となり得るように,単位作業場所を設定した上で,等間隔
に設定した測定点と作業の流れや作業者の作業行動から考えて最も濃
度が高くなると考えられる点の双方で測定する(乙アA80・20~2
3頁)もので,不合理なものとはいえない一方,一般に労働者が行う作
業内容や作業現場が短期間に変化する建築作業現場では,個人サンプラ
ーによる測定をしても汎用性に乏しく対策を講じるための有用な情報
とはなり難く,常時個人サンプラーによる測定をするのでは,費用や労
働者への負担などの点で現実的なものとはいえないなどの問題点があ
り(甲A273・15~16頁),個人サンプラーによる作業環境測定
を定めないことが,許容される限度を超えて著しく合理性を欠くとは認
められない。
したがって,控訴人らの主張はいずれも採用することができない。
イ石綿吹付け作業の全面禁止について
控訴人らは,昭和50年改正特化則38条の7において,石綿吹付け禁
止措置の対象から,建築物の鉄骨等への吹付け作業及び石綿含有率が重量
比5%以下の吹付け作業を除外した点が違法であると主張する。しかしな
がら,上記の点が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとはいえ
ないことは,次のとおり加えるほか,原判決の「事実及び理由」中第3章
から,これを引用する。
控訴人らは,昭和50年改正特化則が5%を超える石綿吹付け作業を許
容したことは,周囲で作業を行う労働者に重大な健康被害のリスクを生じ
させることから,著しく合理性を欠くという趣旨の主張をする。しかしな
がら,昭和50年改正特化則の規制により5%を超える石綿吹付け作業を
実施するには作業場所の隔離や送気マスクの着用などのコストがかかる
ことから,5%を超える石綿吹付け作業は実施されなくなることが予測さ
れ,実際にもそのような経過を辿っていること,石綿吹付け労働者以外の
労働者に対しては,石綿吹付け作業を実施している場所には特化則により
関係者以外の立入禁止等の措置が,安衛則により呼吸保護具の備え置きに
よりその使用が確保され得る措置があったことからすると,被控訴人らが
指摘する点をもって,昭和50年改正特化則の規定が著しく合理性を欠く
ものであったとはいえない。
控訴人らは,昭和50年当時,石綿代替吹付け材としてロックウールが
存在して実際に使用されていたから,石綿吹付け作業を全面禁止すること
に支障はなかったと主張するが,当時,石綿吹付け作業に対する速やかな
規制が必要とされていたこと,石綿含有率が重量比5%を超える吹付け作
業の規制であっても,石綿の粉じんを特に著しく飛散させる作業の規制と
いう昭和50年改正の趣旨には合致すること,さらに,ロックウールを含
めた代替製品の安全性に関する知見は確立されていない状況にあったこ
となども勘案すると,当面の措置として,石綿含有率が重量比5%を超え
る吹付け作業の規制という手法を用いることに理由がないものではない。
また,石綿含有率が特に高い吹付け石綿は昭和50年頃以降は使用されな
くなり,その他の石綿含有吹付け材についても,一部では石綿含有率が重
量比5%を超える吹付け作業がされたとはいえ,ロックウール工業会が吹
付けロックウールの仕様を昭和53年からは石綿含有率(重量比)5%未
満に変更し,昭和55年以降は石綿を全く含有しないものに代替したこと
からすれば,昭和50年改正特化則38条の7の趣旨は相当程度実現した
とみることもできる。
これらの点に鑑みると,昭和50年以降の時点において,石綿吹付け作
業を全面禁止しなかったことが,許容される限度を超えて著しく合理性を
欠くとはいえない。
ウ集じん機付き電動工具の使用の義務付けについて
控訴人らは,昭和40年代後半以降,電動工具が建築作業現場におけ
る主要発じん源となったのであるから,被控訴人国において,昭和46
年以降のできる限り早い時期,どんなに遅くとも労働省が平成4年通達
を発出し,集じん装置付き電動工具の使用を奨励した平成4年までに,
集じん機付き電動工具を使用することを事業者に義務付けるべきであ
ったと主張する。
そこで検討するに,集じん機能を有する電動工具は海外では古くから
存在したことがうかがわれるものの(甲A376,577),それらの
工具の詳細は不明である。昭和49年時点で我が国の電動工具メーカー
から吸じん機付きグラインダーや集じん袋付き電動丸鋸が販売されて
いるが(甲A507・12~15頁),吸じん機付きグラインダーは吸
じん機の重量が190㎏以上という大掛かりなものであって,一般家屋
の建築作業現場での使用には明らかに不向きである。東京労働基準局労
働衛生課「建設業における特定化学物質の取扱いに関する調査結果」で
は,昭和51年暮れの調査依頼に対する大手建設業者からの回答内容の
一応の結果の取り纏めとして,石綿成形板の現場での切断作業の量が多
い場合に用いる動力丸鋸に「除じん機付局排」を設けているとしている
が(甲A578・44頁),具体的な装置は不明である上,特定化学物
質の作業内容については実地調査によるものではないから目安にとど
める(同・42頁)など回答内容の正確性に疑問の余地があるとされて
いることに照らすと,昭和51年時点で吸じん機付き電動工具の実用的
な技術的基盤が整っていたと認めることはできない。以上のほか,本件
全証拠によっても,昭和58,59年より前に(甲A629の2,63
1の2,乙アA308,309参照),平成4年通達の「除じん装置付
き電動丸鋸」のように,建築作業現場で使用することができる,比較的
小型で実用性のある吸じん機付き電動工具が,我が国で販売されていた
とは認めることはできない。
また,昭和62年以降,除じん装置付き電動丸鋸を使用した際の粉じ
ん曝露抑制効果を示す測定データが得られているが(甲A183・36
~39頁,甲A566・4頁),同年の一般家屋壁材施工時の発塵状況
作業者の姿勢などによっては,防じん効果の乏しい場合もある。
そもそも,電動丸鋸等の電動工具は,堅い建材を切断できる刃などを
高速回転させる工具であり,使用方法を誤れば身体の切断等,重大な労
働災害を招くものであるところ,電動工具にホースや集じん装置を取り
付ければ,電動工具の操作性や作業員の安全性を低下させ,かかる労働
災害の危険を増加させる面のあることは否定できず,このことは同種訴
訟の原告や原告側証人の供述からも認めることができる(乙アA301
の4~8)。
これらの点に鑑みると,集じん機付き電動工具を使用するか否かにつ
いては,基本的にそれぞれの建築作業現場や作業員の実情を踏まえた現
場の判断に委ねざるを得ないものといえ,被控訴人国において,通達や
作業マニュアルで推奨するにとどまらず,法令でその使用を義務付けな
かったことが,許容される限度を超えて著しく合理性を欠くということ
はできない。
エ移動式局所排気装置等の義務付け及び全体換気の措置について
建築作業現場に適合した移動式局所排気装置ないし移動式集じん機を
設置するには様々な問題点があり,昭和47年時点で事業者に対しそれら
の設置を義務付けることができるような工学的知見が確立したと認める
ことができないことは,原判決の「事実及び理由」中第3章第3節第3の
9(原判決260~266頁)に記載のとおりであるから,これを引用す
る。そして,上記問題点が昭和47年より後に解消されたことを認めるに
足りる証拠はない。
したがって,事業者に対し建築作業現場に適合した移動式局所排気装置
の設置又は移動式集じん機の使用及び全体換気の措置を義務付けなかっ
たことが,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとはいえない。
オプレカット工法の義務付けについて
石綿含有建材を扱う建設現場で一律に,控訴人らのいうプレカット工法
を義務付けることが困難であることは,原判決259頁20行目の「昭和
50年の時点で,」を「昭和46年,昭和50年,昭和53年及び昭和6
2年の各時点以降において,旧労基法の規定又は」と,同頁24行目の「昭
和50年の時点」を「上記各時点以降」とそれぞれ改めるほか,原判決の
「事実及び理由」中第3章第3節第3の8(原判決258~260頁)に
記載のとおりであるから,これを引用する。
したがって,事業者に対し,石綿含有建材を扱う建設現場で一律に控訴
人ら主張のプレカット工法を義務付けなかったことが,許容される限度を
逸脱して著しく合理性を欠くとはいえない。
カ吹付け石綿の剥離・除去等に関する措置について
控訴人らは,昭和46年,昭和50年,昭和53年及び昭和62年の各
時点以降,吹付け石綿の剥離・除去作業については,昭和50年改正特化
則38条の7で石綿吹付け作業を例外的に許容する場合と同様に送気マ
スク等の使用を,建造物の改修・解体作業等については,平成17年に石
綿則で定めたのと同様の各種規制措置を,それぞれ義務付けるべきであっ
たと主張するところ,英国のLumley,K.P.S.ら(昭和46年)によれば,
断熱材として石綿が吹付けられた倉庫内での曝露濃度として,落ちた吹付
け石綿を乱すと11.89本/㎤,箱の移動で6.2本/㎤がそれぞれ測定さ
れており(甲A541),米国のSawyer,R.N.(昭和52年)によれば,
石綿含有吹付け材が施工された建物内における曝露濃度として,書庫の天
井への接触で15.5本/㎤,1×2フィートの天井を補修作業時に除去で
17.1本/㎤などが測定されている(甲A542)。
もっとも,昭和53年の専門家会議報告書では,上記各測定結果は引用
されておらず,ビルの解体作業が不測の石綿曝露を受けることのある作業
の一つとして挙げられているにとどまる。そして,昭和30年代に建築さ
れた建物の解体工事が本格化する昭和60年以降,被控訴人国は,昭和6
1年通達及び昭和63年通達を発出して,石綿等の使用状況の事前把握,
湿潤化措置,ビニールシート等による隔離など具体的な石綿粉じん曝露対
策を指導しており,これらの指導におよそ実効性がなかったとも認められ
ない。そうすると,被控訴人国が当時把握していたリスクに照らして,被
控訴人国の対策が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとはい
えない。
キ建材メーカー等に対する警告表示の全面的義務付け及び建築作業現場
における石綿取扱上の注意事項等の掲示の全面的義務付けについて
建材メーカー等による警告表示(安衛法57条)及び建築作業現場にお
ける掲示(特化則38条3)について,被控訴人国の監督権限の行使が違
法であったことは前記のとおりであるが,控訴人らの主張でその余の点に
関するものは,次のとおりいずれも理由がない。
控訴人らは,被控訴人国が石綿の発がん性に着目してこれを第二類物
質に指定した昭和46年の旧特化則制定時以降,旧労基法の規定に基づ
き,建材メーカー等による警告表示及び建築作業現場における掲示の対
象とすべきであったと主張する。しかしながら,昭和46年当時は,未
だ石綿と肺がん及び中皮腫との因果関係に関する医学的知見は確立し
ておらず,また,石綿が旧特化則において第二類物質に指定された経緯
b,c)であり,控訴人らの主張はそ
の前提を欠く。
また,控訴人らは,昭和50年,昭和53年,昭和62年の各時点以
降,被控訴人国が,石綿含有量が重量の5%以下の石綿含有建材を建材
メーカー等による警告表示及び建築作業現場における掲示の対象から
除外したことは,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと主張
する。
販売されて
いた石綿含有製品のほとんどは,石綿をその重量の5%を超えて含有し
ていたことから,実質的には石綿含有建材のほとんどが規制の対象とさ
れていたといえる。また,その後,石綿含有率が5%以下の建材の使用
が増加したとしても,石綿含有率が5%を超える建材と比較すれば,建
材を施工する際の石綿粉じん濃度は低くなることから,相対的に危険性
が低いといえる。さらに,当時の測定技術によれば,5%以下の石綿含
有率を測定することはできず,特化則38条3による作業場における掲
示義務を負うのは事業者であり,安衛法57条の警告表示義務を負うの
は対象物を譲渡又は提供する者であり,製造者に限らないことをも勘案
すると,作業場における掲示義務及び建材メーカー等による警告表示義
務の対象を石綿含有率5%を超える建材としたことにも理由があると
いうべきである。
そうすると,石綿含有率が5%以下の建材についても,それが5%を
超える建材と同様にこれらの義務を課さなかったことが,被控訴人国の
規制権限の行使として,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く
とまでいうことはできない。
さらに,控訴人らは,石綿スレート協会の内部資料(乙アA201)
に基づき,業界全体として,容器又は包装によって有害物を譲渡する場
合にも警告表示を記載した文書の交付で足りるという脱法行為をして
おり,被控訴人国がこれを容認していたと主張する。
しかし,乙アA201の4頁は「一般には包装ごとにラベルを貼付す
る」として,安衛法57条1項の定める容器又は包装への表示が原則的
方法であることを明らかにしており,また,「販売店へ継続的に納入す
るような場合には石綿スレート協会で定めた注意文書を相手に交付す
ればよい。」との部分は,石綿スレート協会発行の注意文書に関する説
明(乙アA201・16頁)からは,安衛法57条2項に基づく文書に
よる表示として述べたものと解される。上記部分は,同項が容器又は包
装による方法以外の方法による譲渡又は提供を要件とすることを明記
していない点で不正確であるものの,容器又は包装による譲渡等の場合
にも文書の交付で足りるという脱法行為をしているということはでき
ない。また,上記内部資料が作成された昭和59年3月当時,被控訴人
国が上記内部資料の内容を把握してこれを容認していたことを裏付け
る証拠もない。
したがって,控訴人らの上記主張も理由がない。
ク石綿関連疾患についての特別教育の義務付けについて
原判決269頁23行目及び原判決270頁2行目の各「昭和35年」
をいずれも「昭和46年」と改め,同頁5行目の「同年」を「昭和35年」
と,同頁9行目の「昭和47年の時点」を「昭和50年,昭和53年及び
昭和62年の各時点以降」と,原判決271頁9頁の「見当たらない。」
を「見当たらず,その後,昭和50年,昭和53年及び昭和62年の各時
点において,雇入れ時教育等のみでは不十分となるに至ったと認めること
もできない。」とそれぞれ改め,次のとおり加えるほか,原判決の「事実
及び理由」中第3章第3節第3の11(原判決268~271頁)に記載
のとおりであるから,これを引用する。
控訴人らは,特別教育の趣旨が,特に有害で職業病発症の可能性が高い
作業について,作業員に当該疾病について補償制度等を含めわかりやすく
説明して予防対策の重要性を認識させる内容を繰り返し行うことにあり,
特別教育が義務付けられている他の作業と比較して石綿粉じん曝露作業
の危険又は有害の程度が低いことはあり得ないなどと主張する。
しかしながら,特別教育については,記録の作成,保存義務が定められ
(安衛則38条),違反行為につき懲役刑を含む罰則が科されているもの
の(安衛法119条1号),説明の平易さや頻度についてまで定められて
いるものではなく,雇入れ時教育についても,違反行為に対する罰金刑は
定められている(同法120条1号)。他方で,平成4年通達では,石綿
含有建築材料の施工作業における労働衛生教育につき,実施要領が定めら
れ,実施者,教育カリキュラム,教材などについて具体的に指示されてお
り,上記実施要領に基づく教育が不十分であったとは認められない。もと
より,石綿粉じん曝露作業に従事する労働者に防じんマスクの着用を徹底
するためには,労働者が石綿粉じんの危険性について正しく理解すること
が必要であるものの,その教育方法が特別教育でなければ,被控訴人国の
規制権限の行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと解す
べき事情を認めることはできない。
4石綿含有建材の製造等の禁止措置に関する規制権限不行使の違法性について
控訴人らは,安衛法55条の趣旨・目的に鑑みれば,同条に基づき有害物
質の製造等の禁止を行うにあたっては,労働者の生命・身体及び健康という
かけがえのない法益が危険にさらされていることから,①製造又は取扱いの
過程において労働者に重度の健康障害を生ずる物質であること,②現在の技
術をもってしては健康障害を防止する十分な防護方法がない有害物である
ことが特に重視されるべきである。石綿は種類にかかわらず発がん性があ
り,がんの発症には閾値がないとされていることから,微量の曝露であって
も許容しないという厳格な管理使用が求められるところ,建築現場において
は,これを徹底することは著しく困難であることから,被控訴人国が,以下
の時点において,石綿の製造等を全面的に禁止しなかったことは,著しく合
理性を欠き,違法であると主張する。
ア昭和50年の時点
この時点で,石綿の発がん性が明らかになる一方,石綿の用途に応じた
ガラス繊維,ロックウール,ポリビニルアルコール繊維,ビニロン等の人
造繊維に代替化することは可能であり,これを促進するには,製造等禁止
措置が不可欠であった。
イ昭和53年の時点
この時点で,専門家会議報告書により,建築作業による石綿曝露の危険
性が明らかになるとともに,昭和50年改正特化則が石綿の代替化を事業
者の責務と定めたにもかかわらず全く進展が見られなかった。
ウ昭和62年の時点
昭和61年に採択されたILO石綿条約は,原則として全ての種類の石
綿について使用禁止を定め,クリソタイルについても管理使用は不可能又
は困難であるという考え方が国際的にもとられるようになり,石綿の製造
等を禁止することは主要先進国にとって当然の施策となっていた。
エ平成7年の時点
1990年代前半までに欧米諸国で相次いでクリソタイルの使用禁止
措置を導入しており,わが国においても石綿建材の代替化は平成元年頃に
は技術的に完成し,平成3年時点ですでに多くの建材が無石綿化され,全
面的代替化に向けた障害は主に価格面に限られていたことなどから,どん
なに遅くとも平成7年時点において,クロシドライト及びアモサイトとと
もにクリソタイルを含有する建材についても製造等を禁止すべきであっ
た。
そこで検討するに,安衛法55条は,製造等の禁止の対象物を「黄りんマ
ッチ,ベンジジン,ベンジジンを含有する製剤その他の労働者に重度の健康
障害を生ずる物で,政令で定めるもの」と定めるのみで,「その他の労働者
に重度の健康障害を生ずる物」のうち,いかなる物質を製造等の禁止の対象
物とするかは政令に委任しているところ,その趣旨は,製造等の禁止措置の
影響が単に事業者と使用される労働者にとどまらず,広く国民に及び得るこ
とから,専門的・技術的知識のみならず,社会全体における便益やリスクの
許容性について幅広い観点からの政策的考慮が必要であるため,内閣による
専門的知見を踏まえた総合的な政策判断に委ねたものと解される。
しかるところ,ある物質を有害物質として製造等を禁止することを検討す
るにあたっては,当該物質が健康被害等をもたらすリスクの大きさのみなら
ず,当該物質の製造等を禁止することにより失われる便益(経済面のみなら
ず生命・身体の安全も含まれる。)及び当該物質の代替品が新たな健康被害
等を生じさせる可能性といった製造等の禁止措置がもたらすリスク,さらに
は製造等の禁止措置のコストを勘案する必要があり,当該物質のもたらす健
康被害等のリスクを軽減し得る他の選択肢も考慮に入れて,社会全体として
のリスクの許容性に照らして,製造等の禁止措置の当否を判断すべきであ
る。この点,発がん物質に閾値は存在しないという考え方は,安全対策を検
討するにあたっての想定であり,発がん物質に閾値が存在しないことから直
ちにその製造等が禁止されるべきものではなく,上記のような観点から,ど
の程度のリスクまで社会的に許容し得るのかが検討されるべきである。
そこで,上記のような観点に立って,以下に被控訴人国の規制権限の不行
使が著しく合理性に欠けるか否かについて検討する。控訴人らの主張する判
断枠組は,規制対象となるリスクのみを強調し,規制がもたらし得るリスク
を軽視する点,しかも,規制がもたらし得るリスクが,生命・身体に対する
危険という,規制対象となるリスクと同質のものであることを看過する点に
おいて,採用できない。
昭和50年から昭和62年までの被控訴人国の規制権限不行使の違法性
について
ア石綿の製造・使用の禁止に関する知見
昭和47(1972)年のIARC報告は,石綿の発がん性を明らかに
したが,石綿の種類によって肺がん及び中皮腫発症のリスクに明らかな差
があるとした上で,石綿への曝露のレベルを石綿肺発現のレベル以下にま
で引き下げることによりがんのリスクの上昇も除去できるか否かについ
ての研究が勧告されるなどとしていたのであり,IARCの報告をもっ
て,直ちに石綿の製造等の禁止を根拠づけるに足りる知見が示されたもの
とはいい難く,現実にも,これを受けて石綿の製造等を禁止する規制を行
った国は存在しない(乙A106)。
また,昭和61(1986)年に採択されたILO石綿条約は,クロシ
ドライト及びその含有製品の使用禁止(11条)と石綿吹付け作業の禁止
(12条)を定めているが,石綿の代替化について,労働者の健康を保護
するため必要であり技術的に実行可能な場合を要件とするとともに,石綿
の種類を限定した措置も容認されており(10条),石綿が新たに使用さ
れることを前提として,石綿の生産者及び石綿含有製品の製造者並びにそ
の供給者に対し関係のある労働者及び利用者のための表示を義務付けて
いる(14条)ほか,管理使用に関する諸規定(15条,16条,18条,
20条~22条)を設けているのであって(甲A267,487,乙アA
25),同条約は石綿の種類を問わず使用禁止を義務付けるものでないこ
とは明らかであり,これは当時における国際的な考え方の趨勢を示すもの
といえる(なお,第95回ILO総会(平成18年)において,同条約を
石綿の継続的な利用を正当化又は承認するものとして用いてはならない
旨の決議がされているが(甲A247),そもそも同条約が石綿の種類を
問わない使用禁止を義務付けていれば,このような決議がされることもな
かったものと考えられ,これをもって採択当時の考え方を示すものとはい
えない。)。
イ諸外国における規制の状況
海外の規制状況についてみるに,証拠(甲A67の1・2,乙アA11
3)及び弁論の全趣旨によれば,原判決194頁24行目の冒頭から同1
96頁14行目末尾までに記載のとおり認められるから,これを引用す
る。しかるところ,昭和62年までに全種類の石綿の使用を原則として禁
止したのは,北欧4か国(アイスランド,ノルウェー,デンマーク,スウ
ェーデン)にとどまり,主要先進国では,昭和61年に,英国がクロシド
ライト及びアモサイトについて,ドイツとEUがクロシドライトについて
使用等を禁止したにとどまっていた。
ウ国内における石綿の使用状況
国内における石綿の建材への使用状況は既に述べたとおりであり,推定
使用量で見ると,昭和48年の約27万トンを第1次ピーク,平成元年の
約21万トンを第2次ピークとし,この間,毎年15万トンを上回る水準
を示しており,石綿輸入量の約7割が建材に使用された。石綿は,防・耐
火性,耐久性,吸音性,断熱性,電気絶縁性,強度,セメントとの親和性
など優れた特性を有する上に,安価であることから,都市防火・防災が都
市計画の最重要テーマとされてきた我が国において,火災や災害から国民
の安全を確保する上で,社会的有用性が認められ,幅広く建材として使用
されてきた事実には否定し難いものがある。
なお,クロシドライト及びアモサイトの使用状況については,昭和58,
59年度には,全国427の石綿取扱事業場中クロシドライトを使用する
ものは11(約2%),アモサイトを使用するものは52(約12%)に
減少し(甲A67),昭和62年頃までには,関係業界においてクロシド
ライトの使用が自主的に中止された。
エ石綿の代替化の状況
平成元年時点で石綿代替繊維として使用され又はその可能性が検討さ
れていたものとして,天然の無機繊維として,ワラストナイト,セピオラ
イト,アタパルジャイト,繊維状ゼオライトなどが,人工の無機繊維とし
て,ガラス繊維,ロックウール,セラミック繊維などが,有機系繊維とし
て,炭素繊維,アラミド繊維,セルロース繊維,レーヨン繊維などが,挙
げられていたが,石綿のように優れた特性を多面的に有する単一の材料で
はなく,建築材料の分野において石綿の代替製品として使用するためには
種々の技術的課題が指摘されていた(乙アA112)。
もっとも,石綿含有吹付け材については,前記のとおり,昭和50年代
には吹付け石綿がほとんど使用されず,吹付けロックウールも石綿含有率
の高いものが使用されなくなり,石綿含有保温材等についても,株式会社
アスク(現在の被控訴人エーアンドエーマテリアル)が昭和53年にけい
酸カルシウム保温材の無石綿化を実現する(甲A265・198頁)など,
石綿含有率の低減ないし無石綿化が進展した。他方で,建築現場において
最も多く使用されている石綿含有成形板については,ガラス繊維強化セメ
ント板が,昭和43年に英国で開発され,わが国でも昭和48年頃に被控
訴人旭硝子ほか2社がライセンスを受け(甲A369),被控訴人旭硝子
がその後販売をしている(甲A370)が,その具体的な品質や販売実績
は不明である。
昭和60年代の代替化の状況について,環境庁大気保全局企画課監修
「アスベスト代替品のすべて」(平成元年6月)(甲A268)によれば,
石綿スレート,けい酸カルシウム板(けいカル板),屋根ふきスレートな
どのうち,主に内装に用いられるけいカル板については,石綿をパルプ繊
維,耐アルカリガラス繊維などに置き換え,全く石綿を含まない代替品が
各社(浅野スレート,アスク,ノザワ,富士不燃建材,三菱セメント建材,
ニチアス)により開発・製造され,昭和61年から販売されていること,
石綿スレート協会加盟メーカーの昭和61年度における代替品の製造割
合は石綿を含むけいカル板の1%に満たないが今後上昇することが予想
されること,代替原料の価格は一般に石綿より高く,また代替原料は石綿
と比較してセメントとの親和性が低い,分散性が劣るなどの理由により製
造効率が低下することから,代替品の価格は石綿含有製品と比較しておお
むね20~50%高くなっていること,外装材については,旭硝子が昭和
63年4月にパルプ繊維,耐アルカリガラス繊維を使用するなどして完全
無石綿化した製品の生産を開始し,浅野スレートにおいて,大波板及びフ
レキシブルボードなどをパルプ繊維,耐アルカリガラス繊維又はビニロン
繊維を代替原料として無石綿化したものを,それぞれ昭和59年度,昭和
61年度から試験生産していること,住宅屋根用スレートについては,大
きなシェアを有する久保田鉄工が無石綿化の研究を行っているとされて
いるが販売には至っていないことを指摘した上(同16~18頁),内装
用のけいカル板での代替はかなり進んでいると思われるが,外装材及び屋
根ふき材については代替化が進行するのはこれからであると思われるこ
と,数多い代替分野では,一応代替品が実用されているものの,製造技術
面また性能面で問題を抱えている分野が多いこと,代替製品は石綿系より
高価となる問題があるが,より優れた代替品の開発と普及が進めば価格の
問題は徐々に解決していくと考えられること(同32頁)などを結論とし
てまとめている。このほか,「建築物のノンアスベスト化技術の開発」(建
設省官民連帯共同研究平成元年度研究開発概要報告書,乙アA112)に
おいても,主要な代替繊維ごとに技術面や価格面での問題点を指摘してい
る。
オ石綿代替繊維の安全性についての知見
昭和47年のIARCによる「人に対する化学物質のがん発生危険の評
価」に関する研究グループの報告は,「粒子の大きさと形状が主な因子で
あることがより可能性が高い(径が0.5ミクロンより小さく,長さが1
0ミクロンの)細くて長い繊維が腫瘍形成において最も大きいようであ
る」と指摘し,石綿の発がん性が確認された後,同様に繊維状物質である
人造鉱物繊維の健康への影響についても国際的に関心が持たれるように
なり,昭和50年代から欧米での大規模なコホート調査の結果が発表され
た(乙アA113)。
IARCは,昭和62(1987)年,コホート調査や動物実験等のデ
ータに基づき,人造鉱物繊維の発がん性をグループ1(ヒトに対してがん
原性がある),2A(ヒトに対しておそらくがん原性がある),2B(ヒ
トに対してがん原性のある可能性がある),3(ヒトに対するがん原性に
ついて分類できない),4(ヒトに対しておそらくがん原性がない)の順
に分類し,グラスウール,ロックウール,スラグウール及びセラミックフ
ァイバーをそれぞれグループ2B(ヒトに対するがん原性のある可能性が
ある)と評価して,昭和63(1988)年にその旨の報告書を公表した
(乙アA4)。
カ結論
以上によれば,昭和50年,昭和53年及び昭和62年のいずれの時点
においても,石綿については,繊維の種類等に応じて曝露濃度についての
規制値を設定して管理使用を継続するという考え方が国際的にも趨勢と
なっており,国内的に見ても,石綿含有建材がもたらす社会的便益に代替
し得る製品についての技術的知見及び安全性に関する知見は十分ではな
く,石綿含有建材全般について速やかに無石綿化することが可能な技術
的・社会的基盤は存在しなかったというべきであるから,被控訴人国にお
いて,石綿について管理使用政策を継続し,製造等の禁止措置をとらなか
ったことが,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとはいえな
い。
昭和63年から平成7年頃までの被控訴人国の権限不行使の違法性につ
いて
ア石綿の製造・使用の禁止に関する知見
WHOの「石綿の職業曝露限界」報告書(平成元年)は,石綿曝露につ
いては,それ以下ではリスクがないという石綿曝露レベルがあるとは明言
できないという結論に達したとする一方,起こり得る石綿関連疾患のリス
クが非常に小さい管理レベルを達成することは,特にクリソタイルに関し
ては可能であるという意見を会合は表明したとし,勧告においても,肺が
んと中皮腫について,ヒトでの証拠では閾値の存在を示していないことが
特に注目に値するとしながら,クリソタイルについては,現在高いレベル
の限界値を有している国は作業者個人の職業曝露限界を2本/㎤(8時間荷
重平均値)にまで下げるステップを早急にとることと,未だ実施していな
い国々は1本/㎤(同)あるいはそれ未満に下げる方向に進むことが推奨さ
れ,クロシドライト,アモサイトについては,可能な限り早急に使用を禁
止することが推奨され,当面,限定された使用をするのであれば,曝露が
クリソタイルで許容されるレベルよりも低いことを確実にするため注意
深く実施することが求められるとしており(乙アA3),クリソタイルに
ついては,明らかに継続的な管理使用を容認するものであって,当時にお
ける考え方の趨勢を示すものといえる。
また,石綿は,クリソタイルなどの蛇紋石系とロシドライト,アモサイ
トなどの角閃石系(アンフィボール)に分類されるところ,1980年代
末には,石綿による発がん性など重大な健康障害は専らアンフィボール系
のものによるとするアンフィボール仮説をワグナーらが提唱し,以後この
考えを支持する者と否定する者との間で激しい議論が戦わされ(乙アA1
20~124),この論争は,平成14年頃も続いていた(乙アA120)
のであり,クリソタイルの発がん性,特に中皮腫の発症リスクは小さいの
ではないかとの考え方が有力に主張されていた。
イ諸外国の規制の状況
びその含有製品等の製造及び使用を禁止したが,フランスでは昭和63年
にクロシドライトの使用等を原則禁止し,平成6年にクリソタイル以外の
石綿の販売等を禁止したにとどまり,クリソタイルを含めた全ての石綿の
製造等を禁止したのは平成9年以降(但し,適用除外品があり全面禁止は
平成14年)であり,英国においても平成11年以降(適用除外品があり,
段階的に禁止を強化),EUとしては平成17年である。他方,米国では,
平成元年に行われた段階的規制が平成3年に連邦高等裁判所により無効
とされた後,現在まで石綿の使用が全面的には禁止されておらず,カナダ
は,一貫してクリソタイルは管理して使用すれば安全であるとの立場をと
っている。
ウ国内における石綿の使用状況
建材における石綿の推定使用量は,平成2年の21万トンを第2次ピー
クとして減少傾向にあったが,平成6年までは15万トンを超えており,
なお,高水準で石綿が使用されていた。既に述べたとおり,昭和62年頃
までには,関係業界においてクロシドライトの使用が自主的に中止されて
いたが,平成5年にはアモサイトの使用が自主的に中止された(乙アB3
4)。
被控訴人国は,平成7年に安衛令を改正し,アモサイト及びクロシドラ
イトについて,製造等を禁止し,安衛則及び特化則を改正し,規制対象と
なる石綿含有物の範囲を含有量が5%を超えるものから,1%を超えるも
のに改めた。
エ石綿の代替化の状況
石綿セメント製品メーカーの団体であるスレート協会は,平成元年度に
おいて,①主たる内装材であるケイ酸カルシウム板について平成3年度末
までに無石綿化する,②主たる外装材であるフレキシブルボード,サイデ
ィング材については平成3年度末までに石綿含有量を5%以下とする,③
波形スレート,住宅用屋根材については平成5年度末までに石綿含有量
5%以下とするとの目標を設定していた(乙アA126)。
平成2年3月12日の新聞記事では,建材メーカー各社が無石綿製品の
開発を急いでいるが,開発をしたものの長期にわたる耐候性が確認できず
商品化に踏み切れない例のあることや,商品化に踏み切ったものの,同じ
強度を持たせるために重量が2倍近くなったり,代替物質が割高で設備改
造費用もかかるため製品価格がどうしても高くなったりするため,住宅メ
ーカーなどユーザーが採用を渋り,需要が伸びないことが報じられている
(乙アA137)。
平成4年7月30日の新聞記事では,けいカル板では,石綿含有製品の
製造を打ち切るメーカーが相次ぎ,同年末の段階で市場に出回る製品の9
割が代替品に置き換わるとみられており,フレキシブルボードや波形スレ
ートについては,大手各社が石綿含有率を5%以下に抑えた製品の開発を
進めているが,一部メーカーが在来品に比べ強度が低いことを認めている
など品質面での完成度は今一つのようであり,在来品に比べ価格が2,3
割高いことも課題であるとされている(乙アA138)。
建築物の解体に係るアスベスト対策検討ワーキンググループが作成し
た「建築物の解体・撤去等に係わるアスベスト飛散防止対策について」(平
成8年2月,乙アA125)には,けい酸カルシウム板(厚物:成形品)
が平成元年に,同(薄物:抄造品)が平成5年にそれぞれ代替化が完了し,
住宅用屋根材(平形屋根スレート),サイディング(外装材),押出成形
セメント製品では代替化が一部進むなど,進展もみられるものの,フレキ
シブルボード,波形石綿スレートでは,製造技術面,性能面(経年劣化の
問題等)及び経済性の面で無石綿化は困難であるとされていた。
オ石綿代替繊維の安全性についての知見
労働省は,昭和63年度より6年間にわたり「石綿代替品の製造に係る
労働衛生に関する調査研究」委員会を設け,調査研究を行った(乙アA1
31)。主任研究者の森永謙二は,平成2年度委託研究報告書「石綿代替
物質の生体影響に関する研究」を平成3年3月に発表し,その中で,人造
鉱物繊維及び天然鉱物繊維の発がん性についてのIARCやアメリカ環
境保護庁EPAの総合評価から判断すると,どの物質も完全に発がん性を
否定できるものはないこと,代替物質の発がん性は,当然石綿との発がん
力の比較という検討も必要であること,曝露を受ける人口,曝露濃度も含
め総合的に把握し,石綿と代替品との様々な利点と欠点を総合的に評価す
る必要があること,鉱物名のみで判断するのではなく,繊維の大きさ,形
状,組成など各地で産出される鉱物の物理・化学的性状をも含めて考慮に
入れた検討が必要であることなどを指摘した(乙アA127)。
カ石綿の製造等の禁止を巡る法制化の動き
社会党と社会民主連合は,平成4年12月3日,石綿製品の製造,輸入,
販売等の原則禁止,代替物質の利用等の促進等を内容とする「石綿製品の
規制等に関する法律案」を衆議院に提出したが,日本石綿協会の反対を受
け,自民党の賛同も得られず,同法案は厚生委員会に付託されることなく
廃案となった。社会党は,その後も上記法案の再提出を目指したが,建材
メーカーの労働組合の反対を受け,雇用不安を懸念した連合も石綿の使用
禁止から管理使用へと方針を転換したことなどから,平成6年9月に法制
化を断念した(乙アA130,乙アB100)。
キ平成7年以降の動き
IARCは,平成13年に至って,特定用途のガラスファイバー及び
耐火性セラミックファイバーをグループ2B(ヒトに対するがん原性の
ある可能性がある),耐熱グラスウール,連続性ガラスフィラメント,
ロックウール,スラグウールをグループ3(ヒトに対するがん原性につ
いて分類できない)と評価し,平成14年にその報告書を公表したが,
それまで国内では石綿代替繊維の安全性に関する議論が続いていた(乙
アA5,133,135)。
建材における石綿の推定使用量は,平成6年までは15万トンを超え
ていたが,平成10年に10万トンを割り,平成13年には6万トン台
まで減少した。石綿の輸入量も,平成13年の約8万トンから,平成1
4年に約4万3000トン,平成15年に約2万5000トンと減少し
ていった。
経済産業省からの委託研究である平成12年度無機新素材産業対策
調査(石綿含有率低減化製品等調査研究)は,石綿含有建材のうち,波
スレートを除く,平スレート,バルブセメント板,押し出し板,住宅用
屋根材及びサイディング剤は,その比率の品種ごとの差はあるものの,
無石綿製品との併産若しくは無石綿品のみの生産となり,建材に限定す
れば代替繊維による無石綿化への技術移行はここ数年内に相当程度進
むと考えられるとしていた(乙ア109)。
被控訴人国は,平成14年に学識経験者からなる「石綿の代替化等検
討委員会」を設置し,検討を行った結果,石綿の使用量が9割以上を占
める建材のすべてについて,石綿の使用が不可欠なものではなく,かつ,
技術的に代替化が可能であるとの結論を得て,平成15年に安衛令を改
正し,その時点で非石綿製品への代替が困難なものを除くすべての石綿
製品(建材はすべてこれに該当する)について,その製造等を禁止した。
ク結論
以上によれば,平成7年当時において,国際的に見ても,クリソタイル
については管理使用が可能であるとの考え方が,なお支配的であり,国内
的にも,石綿含有建材の無石綿化や低減化に一定の進展が見られたもの
の,石綿含有建材が高水準で使用されており,石綿の代替品については,
価格のみならず品質面での課題が残されており,石綿代替繊維の安全性に
ついても,未だ医学的知見が確立されておらず,さらに石綿の全面的使用
禁止に向けた社会的なコンセンサスも形成されていなかった。これらの事
情を勘案すると,平成7年時点で,クロシドライト及びアモサイトのみな
らずクリソタイルを含有する建材についても製造等を禁止する措置をと
らなかったことが,許容される限度を逸脱して著しく合理を欠くと認める
ことはできない。
5一人親方及び個人事業主は労働関係法令に基づく規制権限不行使による違
法について国賠法上の救済を求めうるかについて
国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が
個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害
を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定す
るものである(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決参照)。本件
において,既に述べたとおり,被控訴人国には,安衛法22条,57条及び
59条に基づく規制権限の不行使の違法性が認められる。
しかるところ,安衛法は,1条において,労基法と相まって,職場におけ
る労働者の安全と健康を確保すること等を目的としており,2条2号におい
て,安衛法にいう労働者を「労働基準法第9条に規定する労働者(同居の親
族のみを使用する事業又は事業所に使用される者及び家事使用人を除く。)」
と具体的に定義した上で,同法第4章「労働者の危険又は健康障害を防止す
るための措置」に置かれた22条において,事業者に粉じん等による健康障
害を防止するための必要な措置を義務付け,第5章「機械等及び有害物に関
する規制」の中で,55条において,労働者に重度の健康障害を生じる物の
製造等を禁止し,57条において,労働者に健康障害を生ずるおそれのある
物を譲渡する場合等に,表示等を義務付け,第6章「労働者の就業にあたっ
ての措置」の中で,59条において,事業者に対して労働者に対する安全衛
生教育の実施を義務付けていることからすると,安衛法22条,57条及び
59条に基づく規制権限の保護の対象者が安衛法2条2号で定義される労
基法上の労働者であることは明らかである。そして,かかる労働者に該当す
るか否かは,必ずしも労務提供の法形式にとらわれることなく,指揮監督下
の労働という労務提供の形態及び報酬の労務に対する対償性の実質からみ
た使用従属関係に着目して判断されるべきである(甲A188,189参
照)。他方で,かかる観点から労働者と認められない控訴人との関係におい
ては,被控訴人国は職務上の法的義務を負担せず,従って,その権限不行使
は違法とはならないから,これによる責任を負わないというべきである。
その上で,各控訴人の労働者性についての判断は後に述べるとおりであ
る。
ア控訴人らは,労働者性の認められない一人親方,自ら建設作業に従事す
る個人事業主及びその法人化後の代表者(他人の雇用の有無を問わない。)
であって,職務上,石綿を取り扱う建設現場に一定期間滞在することが必
要であることにより建設現場の粉じん被害を受ける可能性のあるものに
ついては,安衛法に基づく規制権限の保護対象に含まれ,規制権限の不行
使を理由とする国家賠償の保護範囲に含まれるとして,①安衛法は,快適
な職場(作業)環境の形成を目的として(1条),原材料等の製造者等の
災害防止義務を定め(3条2項),労働災害と密接に関連する災害の防止
に配慮し(27条2項),請負人が労働者を使用する場合に,注文者に建
物の使用過程における災害防止に必要な措置を講ずる義務を課す(31
条)など,雇用関係を超えた範囲の規制を予定していること,②安衛法5
5条は,警察取締目的で大正10年に制定された黄燐燐寸製造禁止法及び
これを吸収した旧労基法48条に由来すること,③一人親方等は,労働者
と同様に,労働環境の形成について自由を有しておらず,労働災害の危険
にさらされているところ,労働関係法令に基づき作業環境の改善措置が行
われていれば,同一の作業環境で働いていた一人親方等も石綿粉じん曝露
を免れたことなどから,安衛法に規定される規制権限の保護の対象は労働
者に限定されないと主張する。
イしかしながら,上記①の点については,安衛法1条が,職場における労
働者の安全と健康の確保とともに快適な作業環境の形成の促進を目的と
しているのは,快適な作業環境の形成の促進を独立の目的とするのではな
く,あくまでも,これが究極の目的である職場における労働者の安全と健
康の確保に資するとの位置付けによるものであることは,同条の文言のみ
ならず,安衛法が旧労基法の規定の一部を整備し単独法として制定された
経緯から明らかであり,快適な職場環境の形成との文言を根拠に,安衛法
が労働者を超えて快適な職場環境から利益を受ける者を広く保護対象と
するものと解することはできない。安衛法3条2項の規定は,原材料等の
製造者等が労働災害の発生の防止に資すべき責務を有することを定めて
おり,労働者を保護対象とするものと解されるし,27条2項も,労働者
の危険又は健康障害を防止するための措置として,20条以下で規定され
た内容の具体化を省令に委任するにあたり,他の法令との調整を図るよう
に配慮を求めるものであり,これをもって保護対象を拡大する趣旨に解す
る根拠とはならない。さらに,31条1項も請負人の使用する労働者を保
護するために注文者に義務を課す規定であり,保護対象を拡大する趣旨に
は解されない。また,上記②に関しても,黄燐燐寸製造禁止法は,従業者
の身体を保護し,併せて国民全体の健康上に遺憾ないことを期したい旨の
提案理由で立法化されたものであり(甲A230の1,2),火災防止の
ための警察目的を含むことは否めないが,その主たる目的は,製造工程に
従事する労働者が罹りやすい,りん中毒の防止にあり(甲A228),旧
労基法48条も,労働者の生命身体に対する保護の見地から設けられたも
のであり(甲A184,186),安衛法55条は,「労働者に重度の健
康障害を生ずる物」の製造等を禁止する趣旨を条文上明記していることか
らすると,これをもって,保護対象が旧労基法あるいは安衛法上の他の規
制と異なるとは解し難い。さらに,上記③の点については,既に述べたと
おり,法形式を問わず,作業従事者の労務提供の実態が労働者と同程度の
使用従属関係にあるときは安衛法上の保護対象となるのであり,一人親方
等であっても,このような労働者と認められる者とそうでない者との間で
は,労務提供先からの独立性の点で,作業現場におけるリスクへの対応力
には類型的な違いがあるものというべきである。そうすると,労働者の労
務提供先との使用従属性に着目してその保護を目的として設けられた規
制権限が行使されなかったことから,労働者に当たらない一人親方等が危
険を回避することができず,不利益を被ったとしても,その結果を被控訴
人国の規制権限の不行使に帰属させることはできないというべきである。
すなわち,安衛法上の規制権限行使の責任範囲が,規制権限の保護目的と
の関係で定められることにより,法の定める権限の適正な行使が担保され
る関係にあるといえ,控訴人らの主張は採用できない。
控訴人らは,安衛法第5章に置かれた規制は,第4章に置かれた規制とは,
趣旨,目的及び規制手段が異なることから,その保護対象となる労働者性も
緩やかに解釈されるべきであり,労基法上の労働者とは認められない一人
親方であっても,安衛法第5章との関係で保護される場合があるとも主張
する。
しかしながら,安衛法は第1章総則に労働者の定義規定を置いている上,
安衛法第4章には,33条の機械等貸与者等など事業主以外の者を規制対
象とする規定も含まれる一方,安衛法第5章にも,45条のように事業者の
義務を定める規定があるから,安衛法第4章と同法第5章とでは構造が異
なるとはいえず,安衛法の第4章と第5章とで労働者性の判断基準を区別
すべきとの控訴人らの主張は採用し難い。
6一人親方及び個人事業主について改正労災保険法34条に基づく規制権限
不行使の違法性について
控訴人らは,被控訴人国が労災保険法に基づく規制権限を行使して,一人親
方等に対する防じんマスクの着用の義務付けその他の石綿粉じん曝露を予防
するための措置を執るべきであったと主張する。しかしながら,労災保険法は,
業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病等に対する保険給付とこれに
付帯する事業を行うことを目的とする法律であって,控訴人らが主張するよう
な規制権限を付与することは基本的に想定されていないといわざるを得ない。
控訴人らは,労災保険法1条が「労働者災害補償保険は,…必要な保険給付
を行い,あわせて,…労働者の安全及び衛生の確保等を図り,もつて労働者の
福祉の増進に寄与することを目的とする。」と定めていることを指摘するが,
「労働者の安全及び衛生の確保」と定められたのは平成19年法律第30号に
よる改正後であり,それ以前は「適正な労働条件の確保」とされていたにとど
まるから,控訴人らの主張は前提を欠く。この点を措くとしても,労災保険法
における労働者の安全及び衛生の確保と関係する規定は,社会復帰促進等事業
(上記改正前は労働福祉事業)として行うことのできる事業の一つとして「業
務災害の防止に関する活動に対する援助,健康診断に関する施設の設置及び運
営,その他労働者の安全及び衛生の確保…を図るために必要な事業」を掲げた
29条1項にとどまり,控訴人らが主張するような規制権限を付与する趣旨の
規定はない。
また,控訴人らが指摘する昭和40年法律第130号による改正後の労災保
険法34条の14は,特別加入制度を定めた第4章の4に置かれており,同条
により労働省令で定めることとされた「業務災害に関し必要な事項」も特別加
入制度との関係で必要な事項をいうものと解され,同条によって控訴人らの主
張する規制権限が付与されたものとはいえない。
したがって,控訴人らの主張は理由がない。
第3節被控訴人国の建築基準法令に基づく行為の違法性の有無
第1被控訴人国の建築基準法令に基づく指定・認定行為の違法性の有無(争点3)
について
1昭和25年に制定された建築基準法は,都市建築物の不燃化を促進すること
により,火災を防止し,国民の生命財産の保全を図る観点から,個々の建築物
の構造基準を定めた単体規定として,耐火構造等の防火及び防災に関する規定
を整備するとともに,都市計画に対応して建築物の配置,配列を規制する集団
規定と併せて制定されたものである(乙アB78,86,87)。
具体的には,第1章総則では,1条で,建築基準法が,建築物の敷地,構造,
設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護
を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とすることを明らかに
し,2条の定義規定では,建築物(1号)その他の用語を定義し,5条以下で
は,建築物の設計及び工事監理,建築物の建築等に関する申請及び確認,建築
物に関する検査及び使用承認,違反建築物に対する措置など,建築物の法令適
合性を確保するための手続等を定めた上,第2章「建築物の敷地,構造及び建
築設備」で具体的な単体規定を,第3章以下で集団規定を,それぞれ置いてい
る。
上記の建築基準法の目的,規定の仕方に鑑みると,建築基準法は,具体的な
建築物に着目して,その敷地,構造,設備等について,国民の生命,健康及び
財産の保護という目的に照らして最低限必要な基準を定めたものと解される。
したがって,建築基準法令に基づく石綿含有建材の指定,認定についても,建
築基準法の趣旨,目的に照らして,石綿含有建材を使用した建築物が上記の基
準を満たすことになるか否かという点から検討すべきである。
石綿が,燃えずに高温に耐えること(不燃性・耐熱性),熱や音を遮断する
こと(断熱性・防音性),他の物質との密着性に優れること(親和性)といっ
た特質を有しており,建築基準法2条9号で不燃材料の一つに石綿板(昭和4
5年の改正後は石綿スレート)が定められていたことからすると,防火,防災
上の観点からは,建築基準法2条7号から9号までに基づく石綿含有建材の指
定・認定行為は,合理的なものであったと考えられる。もとより,石綿粉じん
には発がん性があるものの,控訴人らが違法と主張する昭和47年以降の建築
基準法2条7号から9号までに基づく石綿含有建材の指定・認定行為の対象で
ある建材は,吹付け石綿以外の石綿含有成形板など石綿粉じんの飛散性が限定
的なものであって,一般的にみて,完成後の建築物からの石綿粉じんの飛散が
居住者や近隣住民に石綿関連疾患を発症させるとは考え難く,新築,改築又は
解体の際には,作業者に防じんマスクの着用を徹底させるなど,石綿粉じんを
適切に管理することができないものであったとも考え難い。また,昭和50年
の特化則改正後は石綿含有建材について非含有建材への代替化の努力義務が
課せられたが,全面的な代替化をするためには価格面以外にも製造技術的,性
能的な問題点があったことは既に検討したとおりである。したがって,建設大
臣が昭和47年以降,石綿含有建材を指定,認定した行為が直ちに不合理なこ
ととはいえない。
2控訴人らは,建築基準法1条,2条7号から9号までの目的に建設作業従事
者の生命,健康の保護が含まれることを前提に,建設大臣等が昭和47年以降,
耐火構造等を指定,認定するに当たり,建築作業従事者等の生命,健康に有害
な影響を与えないか否かを,最新の医学的知見等に照らし判断する義務を負う
にもかかわらず,これを怠り,厳格な管理使用のための実効性のある条件を付
さなかった違法があると主張する。しかしながら,建築基準法1条,2条7号
から9号までの趣旨,目的は,上記1のとおりであって,建設大臣等が耐火構
造等を指定又は認定するに当たって,労働大臣等が安衛法上の規制権限を行使
する場合と同様の職務上の法的義務を負うとは解されないから,控訴人らの主
張は理由がない。
また,控訴人らは,被控訴人国が石綿含有建材の使用拡大に果たした役割が
大きかったこと,建築基準法2条7号から9号までに基づく指定,認定行為が
建設作業従事者に対し石綿含有建材の使用を事実上強制することになったこ
とを主張する。しかしながら,石綿が建築材料に適した特質を有することは前
記のとおりであるから,石綿含有建材を利用した耐火構造等の指定又は認定の
数が多くなるのは自然なことである一方,被控訴人国が石綿を含有しない建材
を用いた耐火構造等の指定又は認定を不当に拒絶したといった事情もうかが
われないから,控訴人らの上記主張も理由がないといわざるを得ない。
第2被控訴人国の建築基準法令に基づく権限不行使の違法性の有無(争点4)に
ついて
1建築基準法2条7号から9号までに基づく権限の不行使について
建設大臣等は,建築基準法2条7号から9号までに基づき耐火構造等の指定
又は認定をする権限を有しており,同様にそれらを取り消す権限も有している
と解される。しかしながら,吹付け石綿以外の石綿含有建材について,耐火構
造等の指定又は認定をすることが必ずしも不合理とはいえないことは,前記第
1で検討したとおりであり,同様に,それらの取消しをしなかったことが許容
される限度を逸脱して著しく合理性を欠くともいえないというべきである。
また,石綿吹付けについてみるに,控訴人らは①昭和45年12月15日,
②昭和48年3月,③昭和50年の各時点以降,吹付け石綿の耐火構造への指
定を取り消すべきであったと主張する。しかしながら,昭和45年時点では石
綿と肺がん及び中皮腫との間の因果関係に関する医学的知見は確立されてお
らず,ニューヨーク市で石綿吹付け禁止を含む条例案が議会に提出されたこと
が同年12月15日に開かれた参議院の地方行政委員会・交通安全対策特別委
員会連合審査会で採り上げられたのも,自動車のブレーキライニングから発散
される石綿粉じんに対する規制の必要性に対する質問の中で言及されたにす
ぎない(甲A86)。また,昭和47年頃にその医学的知見が確立した後も,
建築物の居住者との関係では,平成17年8月に大阪府内の文具店の店主が中
皮腫で死亡していたことが公表され,文具店2階に吹付け石綿が露出していた
ことが原因ではないかといわれるまで,建築物に使用されている吹付け石綿が
原因で死亡した例は知られていなかった(乙アB81の2頁)。また,建築作
業従事者との関係でも,吹付け工が呼吸用保護具を着用せずに吹付け作業に従
事することが一般的であったとは考え難いこと,昭和50年の特化則改正によ
り吹付け作業が原則的に禁止され,その結果,吹付け石綿は昭和51年以降使
用されなくなり,石綿含有吹付けロックウールも,業界団体において昭和53
年から石綿含有率5%未満のものに変更され,昭和55年以降は石綿を全く含
有しないものに代替されて,吹付け材の使用が削減されたことなどからする
と,昭和45年12月15日以降の各時点において,被控訴人国が吹付け石綿
の耐火構造への指定を取り消さなかったことが,許容される限度を逸脱して著
しく合理性を欠くということはできない。
2建築基準法90条に基づく権限の不行使について
建築基準法の単体規定及び集団規定は,計画段階から完成後の段階にわたり
建築物又はその敷地それ自体のあり方を規制するものであり,工事の施工法ま
で及ばないが,工事の施工に伴い現場周辺の通行人,隣接する敷地や建築物に
損害を与える事態も生じ得ることから,建築基準法90条は,建築物の建築,
修繕,模様替又は除却のための工事の施工者に対し,当該工事の施工に伴う地
盤の崩落,建築物又は工事用の工作物の倒壊等による危害を防止するために必
要な措置を講じなければならない旨を定めることで,当該工事現場周辺の通行
人,隣接する敷地や建築物に損害を与える事態の発生を防止しようとしたもの
と解される(乙アB89,92,93参照)。
建築基準法90条の上記趣旨,目的に鑑みれば,同条1項にいう「危害」と
は,当該工事の施工自体により,現場周辺の通行人,隣接する敷地や建築物な
どに生じるおそれのある危害をいうものと解される。これに対し,建築作業従
事者の石綿関連疾患は,一般的には,一つの工事現場には数日,長くても数か
月しか従事しない建築作業従事者が,複数の工事現場で相当期間にわたり石綿
粉じんに繰り返し曝露することによって,発症するものであり,上記「危害」
として通常は想定されていない種類のものといわざるを得ない。したがって,
同条2項において,同条1項の措置の技術的基準は政令で定めるものとされて
いる趣旨を考慮しても,内閣が同条2項に基づく政令により,控訴人らの主張
する建築作業従事者に対する石綿粉じん曝露防止措置を義務付けなかったこ
とが,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くということはできない。
第4節各控訴人の労働者性等
前記のとおり,被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使等の違法性
が認められるのは,昭和56年1月1日から平成7年3月31日までである。ま
た,被控訴人国の労働関係法令に基づく規制権限不行使等は,労基法9条にいう
「労働者」に該当する被災者(専ら屋外作業に従事していた者を除く)との関係
で国賠法1条1項の適用上違法となるのであるから,被控訴人国は,専ら屋外作
業に従事していた者を除く各被災者が,昭和56年1月1日から平成7年3月3
1日までの間に労基法9条にいう「労働者」として石綿粉じん曝露作業に従事し
た期間について,国賠法1条1項に基づく責任を負うこととなる。各控訴人が発
症した疾患(石綿肺についてはじん肺管理区分及び合併症),主な職種,石綿粉
じん曝露作業に従事した期間,そのうち控訴人が安衛法上の労働者であった期間
及び被控訴人国が責任を負うべき期間(以下「被控訴人国の責任期間」という。)
は別紙4(控訴人各論)の各該当欄記載のとおりである(争いのあるものについ
ては認定理由欄でそれぞれ証拠等を掲げた。)。
第5節被控訴人企業らの共同不法行為の成否(争点5)
第1総論
1被控訴人企業らの注意義務違反について
警告義務違反について
ア製品の安全性確保義務について
製品を製造・販売して,流通に置く者は,これによって他人の生命・身
体・財産を不当に侵害することのないように,製品が通常備えるべき安全
性を確保する義務を負っているものと解される。本件で問題となる石綿含
有建材は,建材として,完成建物の一部として使用されている限りにおい
ては,石綿粉じんが飛散する恐れはほとんどなく,石綿が有する不燃性,
耐熱性,断熱性,防音性,絶縁性などの数々の特性を備え,建築物の安全
性及び居住性等を高める有用性が認められる一方,切断等の加工,破砕時
等に石綿粉じんを飛散させ,人体に有害な影響を及ぼしうることから,石
綿含有建材を製造・販売する者は,製品の安全性確保義務の一態様として,
製品に内在する危険の内容及び回避手段について,利用者に警告する義務
があると解される。
イ警告義務の発生時期及び範囲
吹付け材を除く石綿含有建材
a警告義務が発生するためには,製品が有する危険性について予見可
能であることが前提となるが,自ら製品を製造・販売し,流通に置く
者は,製品の安全性を確保するために,最新の科学的・技術的情報を
入手し,製品の危険性を幅広く予見する義務があり,特に生命・身体
に関わる重大なリスクについては高度の予見義務を負っているもの
と解される。本件においては,建築作業において石綿含有建材を加工
等することにより,建築作業従事者に生じる石綿粉じん曝露による石
綿関連疾患の発症リスクが問題となるところ,上記のような観点か
ら,警告義務の発生時期について検討する。
b前記第1節及び第2節で認定判断したとおり,昭和47年頃には,
石綿粉じんの曝露と肺がん及び中皮腫の発症との因果関係について
医学的知見が確立し,昭和49年には日本産業衛生学会から石綿粉じ
んの気中許容濃度をクロシドライト以外の石綿は時間荷重平均とし
て2繊維/㎤,クロシドライトはこれをはるかに下回る必要がある旨の
勧告がされたことが認められるところ,これらはいずれも公開情報で
あり,石綿含有建材を製造・販売する者として,当然に入手すべき情
報である。さらに,既に認定判断したとおり,石綿含有建材は,吹付
け材,保温材など性質上発じん性の高い製品はもとより,成形板など
発じん性の低いものであっても,個別性の高い建築物の材料となる製
品の性質上,現場の状況等に応じて切断等の加工等がされることによ
り発じんし,特に電動工具で加工されることにより多量の粉じんを発
散すること,個々の発じん作業は比較的短時間で間けつ的であるとし
ても,作業工程の進捗により現場の閉鎖性が高まり,また,多数の者
が同時並行的に作業を行うことから,粉じんが作業現場内に滞留し,
建設作業従事者は,自ら取り扱う石綿含有建材からの粉じんのみなら
ず,周囲の作業員が取り扱う建材からの粉じんにも長時間曝露するこ
とにより,許容濃度を超える石綿粉じんに曝露する可能性があるこ
と,石綿粉じん曝露による肺がん・中皮腫に罹患する危険は,新しい
知見でもあり,建築作業従事者の間では必ずしも知られておらず,建
築作業従事者は石綿含有建材の加工等を行う際に必ずしも防じんマ
スクを着用していなかったことなどの石綿含有建材の建築作業にお
ける使用状況については,石綿含有建材を製造・販売する者として当
然把握しておくべき事情であったというべきである。さらに,昭和5
0年の安衛令等の改正により石綿等が安衛法57条に基づく警告表
示義務の対象となるなど,石綿の発がん性に着目した規制がなされ,
関係する安衛令及び安衛則の規定は同年4月1日に施行されたこと
に鑑みると,石綿含有建材を製造・販売する者は,同日以降,製品に
内在する危険を予見し,その安全性を確保するために必要な警告を行
うことが可能であったというべきである。なお,この警告義務は,製
品を製造・販売する者が製品の安全性を確保するために負担する私法
上の義務であり,刑事罰をもって履行が強制される安衛法57条に基
づく表示義務とは異なるものであって,石綿含有率が重量の5%以下
の建材であっても,その使用者が建築屋内で加工等することにより石
綿粉じんに曝露して石綿関連疾患に罹患する危険性のあることが否
定されない以上,これに対しても警告義務が及ぶというべきである。
cもっとも,成形板など発じん性の低い製品のうち,その性質上屋外
で使用されることが予定されているもの(住宅屋根用化粧スレート,
ルーフイング,サイディング(窯業系,複合金属系),スレート波板
(各種)。甲C29,甲D17)については,粉じんの測定結果等か
らみて許容濃度を超えることが少なく,作業中に粉じんが滞留するこ
とはなく,外気によって希釈されると考えられることから,建築作業
従事者が石綿粉じんに曝露し,更に石綿関連疾患を発症することまで
の予見可能性があったとは認め難く,これらの建材については,警告
義務は認められない。
さらに,建材への石綿含有の有無について,厚生労働省は,平成1
6年7月2日,専門家による検討会を設けて検討を行った結果,当時
石綿含有の有無の判定に最も広く使われていたX線回析分析法では
クリソタイルの含有が判定されない場合もあり得るとの報告を受け
たことを報道発表しており(乙ニ2),それ以前にX線回析分析法の
上記問題点が知られていたとは認め難いから,同年以前に第三者機関
によるX線回析分析法で石綿非含有が確認された原材料を使用して
いた被控訴人太平洋セメントの混和材「ニューコテエース」(乙ニ1,
14),被控訴人日本化成の混和材「NSハイパウダーⅡ」(乙ヤ2,
5)については,予見可能性が認められないから,警告義務は生じな
い。
d以上によれば,上記の各製品を除く石綿含有建材を製造・販売する
石綿建材企業は,昭和50年4月1日以降,使用者が石綿含有建材を
適切に使用してその危険を回避することができるよう,製品に必要か
つ適切な警告を行う注意義務を負っていたというべきである。
e控訴人らは,警告義務の発生の時期について,石綿の発がん性の医
学的知見が確立した昭和40年以降であると主張するが,既に認定判
断したとおり,石綿の発がん性の医学的知見が確立したのは,昭和4
7年頃と認められるから,控訴人らの主張は前提を欠く。
さらに,控訴人らは,遅くとも昭和46年には警告義務が生じると
主張する。石綿の発がん性についての医学的知見が確立したのは,上
記のとおり昭和47年頃であるが,日本産業衛生学会から当時の国際
的水準を踏まえて石綿粉じんの許容濃度を厳格化する勧告がなされ
たのが昭和49年であること,石綿含有建材は建築基準法において耐
火構造等の指定等を受け,有用な製品として広く使用されていたこ
と,今日とは異なる企業活動についての当時の時代思潮などに鑑みる
と,安衛令の改正を待たずに,各企業において石綿の危険性等につい
て警告を行うべきことを期待することは困難であったというべきで
あり,控訴人らの主張は採用できない。
吹付け材
吹付け作業が高濃度の石綿粉じんを発散させることは明らかであり,
昭和46年から昭和47年にかけて,米国全州においてこれを禁止する
動きが生じていたこと,昭和47年頃に石綿の発がん性に関する医学的
知見が確立したことを勘案すると,吹付け材が建築基準法上の耐火構造
等に指定等されていたとしても,吹付け材を製造・販売する者において,
昭和48年以降,吹付け作業が作業従事者及び周囲の者等に石綿関連疾
患を発症させる危険性が高いことを予見し,その安全性を確保するため
に必要な警告を行う義務が生じたというべきである。
ウ警告の具体的内容
石綿含有建材の使用過程において生じることが予見される危険に対
応して,その内容及び回避手段に関する情報が提供されるべきである。
このような観点から,吹付け材を除く石綿含有建材については,①当
該建材が石綿を含有していること,②当該建材を取り扱う(切断,研磨
など)際に発生する粉じんに曝露すると,肺がん,中皮腫など重篤な石
綿関連疾患を発症する危険があること,③そのような危険を回避するた
めには,当該建材の取扱い作業中は常時適切な防じんマスクを確実に着
用する必要があること,④上記②の作業を行う周辺で作業を行う者がい
る場合にはその者にも同様に防じんマスクを着用させる必要があるこ
とを,明確に情報提供する必要がある。
また,吹付け材については,①石綿を含有しており,作業に伴い,高
濃度の石綿粉じんを発散すること,②石綿粉じんに曝露すると,肺がん,
中皮腫など重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること,③吹付けに
用いる石綿等を容器に入れ,容器から取り出し,又は混合する作業は,
隔離された屋内の作業場所で行うこと,④吹付け作業を行う際には送気
マスク又は空気呼吸器及び保護衣を使用すること,⑤吹付け作業中は他
の者の立入を禁止すること,⑥吹付け作業終了後に吹付け場所で作業を
行う者も防じんマスクを着用する必要があることを,明確に情報提供す
るべきである。
次に,警告義務の履行方法としては,石綿含有建材の直接取扱者との
関係では,これを直接認識することができるよう,建築作業現場への通
常の搬入方法に応じ,容器に入れられ又は包装された状態で搬入される
製品については,個々の容器又は包装の上に,容器に入れられたり包装
されたりすることなく搬入される製品については,個々の建材の上に,
それぞれ表示される必要がある。他方で,周辺作業者(吹付け材の施工
後の後続作業者を含む。)との関係においては,製品の性質上,かかる
表示によって伝達された情報を契機に,事業者による安全配慮義務の履
行によって危険を回避することが事実上期待されるのであって,周辺作
業者との関係において表示の視認性が維持されなければならないとい
うものではない。
控訴人らは,警告表示の内容について,上記①~③以外に,中皮腫は
少量の曝露でも発症する危険性があること,肺がん・中皮腫は潜伏期間
の長い遅発性の疾患であること,肺がん・中皮腫は重度の健康障害であ
り発見されたときは手遅れのことが多く死に至る可能性があること,石
綿含有建材の切断等に当たっては集じん機付き電動工具を使用する必
要があることなども記載すべきであるとするが,情報過多による警告の
効果が減殺されるのを避け,必要不可欠な情報を分かりやすく伝達する
観点からは,既に述べた範囲で足りるというべきである。
また,控訴人らは,石綿含有建材の新規使用から廃棄までのプロセス
全般にわたって実効性のある警告表示をするべく,新規使用を想定した
警告表示のほかに,補修・解体工事における撤去・廃棄作業に従事する
職種に対する表示をすべきであると主張する。しかしながら,新規使用
時に建材が加工され他の建材と一体となって建築物の構成部分となる
ことや,石綿含有建材の出荷から補修・解体による撤去・廃棄まで長期
間が経過することなどからすると,石綿建材企業が出荷時に行う警告表
示によって,これらの作業者に実効性のある警告をするのは困難であ
る。むしろ,完成後の建築物における石綿含有建材の使用状況は個々の
建築物により異なり,複数種の石綿含有建材が出荷時と異なる形態で使
用されていることも一般的であると考えられることからすると,通達
(昭和61年基安発第34号,昭和63年基発第200号)や平成7年
改正後の安衛則,特化則にあるように,補修・解体工事を行う事業者に
おいて石綿含有建材の使用状況を調査した上で必要な対策を採るのが
実際的であって,石綿建材企業が出荷時に行う警告表示として控訴人ら
の主張する方法で表示をする義務があるとはいえない。この点,控訴人
らは,補修・解体工事に従事する者に対して警告表示を行うことが困難
であるならば,当該建材は通常有すべき安全性を欠く欠陥製品であるか
ら,これを製造・販売すること自体が違法であるとも主張する。しかし
ながら,補修・解体時における安全性の確保は,上記のとおり,個々の
企業による出荷時の警告表示ではなく,別途の方法により対応すること
が効率的であり,補修・解体工事に対する警告表示の実効性がないこと
をもって,直ちに製造・販売が許されないものとはいえない。
さらに,控訴人らは,成形板の取り付け後に作業する職種に対しても
警告表示を行う必要があると主張するが,これは新規出荷時の警告表示
によって伝達された情報を契機としつつも,事業者による安全配慮義務
の履行によって確保されるべきものであることは既に論じたとおりで
ある。このほか,控訴人らは,吹付け施工後に曝露する可能性のある電
工等への警告として,施工箇所に石綿含有吹付け材が使用されたことを
明示する板状のラベルを表示することや,梱包袋などに元請事業者に対
して「吹付け施工後に作業をする者に対しても警告内容を伝える必要が
ある」旨を表示する必要があると主張するが,これについても,吹付け
材について既に述べた警告義務に基づく情報伝達を契機として,事業者
による安全配慮義務の履行によって,周辺作業者の損害回避が図られる
べきものであり,その対応も吹付け施工後に電工等が大量に掻き落とす
必要のないよう,予め仮ボルトを打つなど,現場の作業に応じて種々あ
り得るところであり,控訴人らの主張する方法によらなければならない
というわけではない。
エ被控訴人企業らの中には,昭和50年3月27日基発第170号「労働
安全衛生法第57条に基づく表示の具体的記載方法について」で定められ
ていた方法での表示を行っていたことを主張する者もいるが,この記載方
法が不十分のみならず不合理であることは前記のとおりである。また,
「a」マーク制度による表示についても,そもそも石綿含有の事実のみで
は石綿含有建材の危険性の表示として不十分である。したがって,これら
の表示を行っていたとしても,警告義務を履行したとはいえない。
石綿不使用義務違反について
控訴人らは,昭和40年に石綿の発がん性に関する知見が確立したことを
前提に,吹付け材については昭和47年以降,昭和50年以降,それ以外の
石綿含有建材については,昭和54年,遅くとも昭和62年以降,どんなに
遅くとも平成7年以降,石綿不使用義務を負っていたと主張する。しかし,
既に認定判断したとおり,昭和47年頃に石綿に石綿粉じんの曝露と肺が
ん,中皮腫との因果関係に関する知見が確立した後も,石綿の管理使用は国
際的にも容認されており,発じん性の特に高い吹付け材では,吹付け石綿が
昭和51年以降施工されず,吹付けロックウールも昭和53年以降は石綿含
有率5%未満に,昭和55年以降は石綿を含有しないものとなるなど代替化
が進み,クロシドライトの使用禁止を定めたILO石綿条約が締結された翌
年の昭和62年には,各企業が自主的にクロシドライトの使用を中止し,ア
モサイトについても平成5年に使用が中止されるなどしており,代替品の安
全性や製造技術上の課題も残存するなか,平成7年時点となってもクリソタ
イルを含有する建材についても製造等が禁止されるべきであったとは認め
られない。
したがって,控訴人らの主張する石綿不使用義務違反は理由がない。
2共同不法行為に関する控訴人らの主張について
本件事案の特質及び訴訟の経緯について
ア本件事案の特質
本件は,長期間にわたり建築作業に従事して石綿関連疾患を発症した点
において共通するものの,具体的な就労期間,作業場所や作業内容等が様
々に異なる被災者75名(既に死亡した被災者にあってはその相続人)が,
過去に石綿含有建材を製造・販売したとして国交省データベースに登録さ
れているものの,製造・販売に係る製品の種類,内容,製造・販売の時期
等を異にする企業44社を被告として,不法行為に基づく損害賠償を求め
るものである。
すなわち,被告とされた企業が製造・販売した建材には,用途,加工方
法,石綿含有量,石綿の飛散性,製造・販売の時期及び期間,出荷量,販
売経路及び地域などの点で異なる多種多様の建材が含まれている。既に述
べたとおり,我が国で使用された石綿の約7割は建材として使用され,被
告とされた企業44社は,総体としてみると,この大部分の製造・販売に
関わったといえるが,各社の製造・販売の規模は大小様々である。一方,
被災者らは,作業内容を異にする多種多様な職種(控訴人らの分類でも1
2職種)で構成されており,職種ごとに,作業内容,取り扱う建材の種類,
使用方法,作業環境(屋内作業か閉鎖空間での作業かなど)が大まかに類
型化されているとはいえ,被災者ごとに,作業に従事した時期及び期間,
従事した建築現場の数及び立地状況,対象建築物の種類などが異なる。そ
して,建築作業現場においては複数の石綿含有建材が使用されることは稀
ではなかったことから,石綿粉じん曝露の原因は,自ら取り扱った建材か
らの発じんによる直接曝露のほか,他の作業者が取り扱った石綿含有建材
から発散した石綿粉じんによる間接曝露の可能性もあるところ,実際の石
綿粉じん曝露の有無や量は,それぞれの石綿含有建材の石綿含有量,発じ
ん性,取扱い方法に応じて相当異なり得る。さらに,一般的に,建築作業
従事者は,建築作業現場を移動しながら作業に従事するところ,建築物の
個別性,施主や元請の違いなどから,建築作業現場によって使用される石
綿含有建材の種類及び製品やその組合せも当然異なることが想定される。
他方で,石綿関連疾患である肺がん及び中皮腫は,いずれも石綿粉じん曝
露から発症までに30年ないし40年程度の長期間を要することから,被
災者らは,疾患の発症までに多数の建築作業現場において石綿粉じん曝露
を受ける可能性がある。
以上のとおり,本件事案は,時間と場所を異にする建築現場において,
毎回,組み合わせの異なり得る複数の石綿含有建材による石綿粉じんへの
曝露が多数回,繰り返された可能性があることから,各被災者が,各建築
作業現場で使用された石綿含有建材及びこれを製造・販売した企業(加害
者)を特定し,当該石綿含有建材から発散した石綿粉じんにどの程度曝露
したか,さらには,加害行為と疾患の発症との因果関係を立証することが
著しく困難な点にこれまでに見られない特質を有するといえる。
イ本件訴訟の経緯について
控訴人らは,原審においては,被災者ごとに加害企業及びその製造・販
売に係る石綿含有建材を特定し,当該建材の各作業現場への到達可能性を
個別に論ずることなく,全ての被災者について,控訴取下前の相被控訴人
日本ロックウール株式会社を含む被控訴人企業ら44社全てを共同行為
者とし,各社がその製造・販売に係る石綿含有建材を流通に置いたことを
加害行為と構成して,民法719条1項前段の適用あるいは同条後段の適
用又はその類推適用を主張し,当事者間でこれを前提とした攻撃防御が行
われた。控訴人らは,当審においては,原審での主張を主位的主張とした
上で,新たに,予備的主張1として,被災者ごとに,直接取り扱い,石綿
粉じんに曝露した可能性のある建材を直接取扱い建材として特定し,これ
を製造・販売した被控訴人企業を共同行為者として特定した上で,これら
の企業に対して民法719条1項前段及び後段を適用すべきとの主張を
追加し(直接取扱い建材に基づく主張),さらに,予備的主張2として,
被災者ごとに,直接取扱い建材の中から,主要な曝露原因となった石綿含
有建材を主要曝露建材として絞り込み,これを製造・販売した企業のうち
市場占有率の高い被控訴人企業を特定した上で,その建材が被災者に到達
した高度の蓋然性があるとして,これらの企業に対して,民法719条1
項後段の適用又は類推適用をすべきとの主張(主要曝露建材に基づく主
張)を追加して,主に予備的主張2に力点を置いた主張・立証活動を行っ
た。
被控訴人企業らは,控訴人らにおいて,原審であえて加害企業を特定し
ない主張・立証活動を選択しながら,当審に至って,従来の方針を変え,
予備的主張1及び2を提出するのは,いずれも時機に後れた攻撃方法であ
ると主張して,それらの却下を求めている。
しかしながら,上述したとおり,本件はこれまでにない新規の争点を含
み実体法の解釈自体に争いがある上に,事案が極めて複雑で審理を通じて
事案解明が進む面があること,当審において,被控訴人企業からも予備的
主張1及び2についての実質的な反論が行われ,人証申請の機会が与えら
れていることを勘案すると,控訴人らが当審で予備的主張1,2を提出し
たことについて,時機に後れたものとして,これを却下することは相当で
はない。
そこで,控訴人らの各主張の当否について,以下に検討する。
主位的主張(民法719条1項前段の適用)について
ア控訴人らの主張
控訴人らは,被災者ごとに石綿粉じん曝露による法益侵害の原因となっ
た石綿含有建材を製造・販売した被控訴人企業を特定することなく,控訴
取下前被控訴人日本ロックウール株式会社を含む被控訴人企業ら44社
に対して,各社がそれぞれ石綿含有建材を製造・販売して流通に置いたこ
とを全被災者に対する加害行為ととらえて,民法719条1項前段の共同
不法行為に該当すると主張している。
イ当裁判所の判断
民法719条1項前段は,数人が共同の不法行為によって他人に損害
を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う旨を定
めているところ,これは,数人の共同行為との間に因果関係が認められ
る場合には,各人の行為との間の個別的因果関係を問わずに,各行為者
に対し損害全体について連帯責任を負わせ,各人の個別行為を理由とす
る減免責の主張を許さない趣旨と解される(大審院大正2年4月26日
判決・民録19輯281頁,最高裁平成13年3月13日第三小法廷判
決・民集55巻2号328頁参照)。このような制度趣旨に鑑みると,
複数人の行為を共同行為と評価するためには,相互に損害惹起への意思
的関与がある場合か,これを欠く場合にも,各人に個別的因果関係を超
えて損害全部について連帯責任を負わせるにふさわしい程度に複数人
の行為に一体性が認められることが必要であると解される。
しかるところ,上記44社の製造・販売した石綿含有建材の製造・販
売時期,流通経路,出荷量,被災者らの作業内容,建材の飛散性,取扱
い方法に鑑みると,被災者ごとに石綿粉じん曝露の原因となった建材及
びこれを製造・販売した企業は異なり得るのであって,全ての被災者が
一律に上記44社の製造・販売した建材による石綿粉じんに曝露したと
は,およそ考え難い。それにも関わらず,全社一律に,全ての被災者と
の関係で共同不法行為者としての責任があるとすることは,問題とされ
る全期間を通じて,上記44社の間に,各社の製造・販売する石綿含有
建材による石綿粉じん曝露によって石綿関連疾患の発症する危険を認
識しながら,あえて警告表示を行うことなく製造・販売行為を継続する
ことに相互拘束力のある合意が存在するか,人的・物的に経営の一体性
が認められるような事情でもない限り困難というべきところ,本件全証
拠によってもかかる事情を認めるに足りない。控訴人らは,被控訴人企
業の石綿含有建材の製造・販売行為は,共同の加害行為として一体性が
あることの論拠として,①競合的危険状態の作出(使用状況・汚染源作
出の一体性),②危険共同体としての一体性(共同の結果回避義務),
③業界団体を通じての一体行動,④カルテルによる調整等を通じての製
造・販売行為の一体性,⑤利益共同体としての一体性,⑥国による産業
保護政策の一体性を挙げるが,いずれも控訴人らの主張を支えるもので
はないことは,原判決の「事実及び理由」第3章第4節第1の2(原判
決273~276頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
以上によれば,控訴人らの主張は失当である。
主位的主張(民法719条1項後段の適用)について
ア控訴人らの主張
控訴人らは,被災者ごとに石綿粉じん曝露による法益侵害の原因となっ
た石綿含有建材を製造・販売した被控訴人企業を特定することなく,控訴
取下前被控訴人日本ロックウール株式会社を含む被控訴人企業ら44社
に対して,各社が石綿含有建材を製造・販売して流通に置いたことを加害
行為ととらえて,民法719条1項後段が適用されるべきであり,仮に各
社の行為が単独で損害を発生させるに足りないものであるとしても,同項
後段が類推適用されるべきであると主張する。
イ当裁判所の判断
民法719条1項後段は,因果関係以外の不法行為の要件を備えた複
数の加害者が,いずれも,それのみで権利・法益侵害の結果を惹起しう
る行為を行ったが,いずれの行為によって損害が発生したか不明である
場合に,因果関係の立証責任を加害者側に転換して,各人が自らの行為
と損害との間に因果関係が存在しないことを証明しない限り,加害者ら
に連帯して損害賠償責任を負わせる趣旨の規定であると解される。この
ように,民法719条1項後段が因果関係の立証責任を転換し,これを
推定する規定を設けたのは,行為者が被害者に生じた権利・法益侵害を
発生させる具体的な危険を惹起する行為をした場合,経験則上それだけ
で両者の因果関係を推定し得るにもかかわらず,たまたま他に同等の危
険を生じさせる加害行為をした者がいる場合には,相互に因果関係の推
定を妨げ合い,いずれについても被害者による因果関係の証明が不十分
となり得る事態が生じることから,被害者を救済する必要があるととも
に,加害者側にも権利・法益侵害の具体的危険を惹起させたという事情
が備わるため,推定を認めても必ずしも責任主義に反することとならな
いからであると解される。
そうすると,民法719条1項後段が適用されるためには,各人の行
為が,経験則上,それのみで生じた損害との間の因果関係を推定し得る
程度に具体的な危険を惹起させる行為であることを主張・立証する必要
があると解される。
しかるところ,被控訴人企業の製造・販売した建材が出荷されても,
被災者が作業した建築作業現場に到達しなければ,当該被災者との関係
で被控訴人企業の行為が具体的な損害発生の危険性を惹起したとはい
えず,既に述べたとおり,上記44社の全てが,自ら製造・販売した石
綿含有建材を,全ての被災者との関係で,同人らが作業をした建築作業
現場に到達させたことを認めるに足りる証拠は全くないから,民法71
9条1項後段を適用することはできず,同様の理由から同項後段を類推
する基礎にも欠けるというべきである。
よって,控訴人らの主張は採用できない。
予備的主張1(直接取扱い建材に基づく主張)について
ア控訴人らの主張
控訴人らは,国交省データベースに記載されている建材の中から,製造
期間が3年経過しないもの,販売地域,使用目的,特定の施工代理店等に
よる使用などの事情から被災者らの取り扱った可能性の低い製品を除外
した上で,職種ごとに取り扱う可能性のある建材を選別し,さらに被災者
ごとに,就労期間と製造期間の関係,被災者が作業した建築物の種類を考
慮して,直接取扱い建材を特定し,各被災者との間で特定された直接取扱
い建材を製造・販売した被控訴人企業は,その加害行為が各被災者に到達
した相当程度の可能性が認められ,かつ,関連共同性も認められることか
ら,民法719条1項前段又は同項後段によって,因果関係が擬制又は推
定されるべきであると主張する。そして,控訴人らは,これらの被控訴人
企業による直接取扱い建材の製造・販売行為に関連共同性が認められる論
拠として,これらの企業は控訴人が石綿関連疾患に罹患した主要な原因と
なった危険状態を共同で作出したこと,特に昭和50年以降は,特化則に
よる石綿の代替化努力義務及び安衛法57条による警告表示義務を共同
して負ったにもかかわらず,各社の石綿含有建材の製造・販売行為を互い
に認識しながら,義務違反行為を同時並行的に行ったことを挙げる。
イ当裁判所の判断
しかしながら,直接取扱い建材は各被災者が取り扱う可能性のあった建
材を列挙するものに過ぎず,同種建材の中で石綿を含有しない代替建材も
含めた各企業の市場占有率や被災者の就労した現場数も考慮されておら
ず,これをもって,各建材が各被災者の建築作業現場に現実に到達したこ
とを推認することはできない。このように,直接取扱い建材が各被災者の
作業現場に到達したことの主張・立証がない以上,これらの建材を製造・
販売した被控訴人企業が製造・販売行為を通じて各被災者に対する損害発
生の危険を伴う状態を共同して作出したとはいえず,安衛法や特化則に基
づく義務も各企業が個別に負担するものであり,各社の判断を超えて直接
取扱い建材の製造・販売企業間で共同履行が要請されるような格別の状況
があったとも認め難く,民法719条1項前段の適用要件たる各行為者の
法益侵害行為の一体性を認めることはできない。さらに,建材の建築作業
現場への到達を前提とする民法719条1項後段も適用することはでき
ないというべきである。
したがって,控訴人らの予備的主張1は,採用することはできない。
予備的主張2(主要曝露建材に基づく主張)について
ア控訴人らの主張
控訴人らは,被災者ごとに,直接取り扱い建材の中から,日常的に取り
扱う石綿粉じん曝露の主要な原因となった建材の種類を主要曝露建材と
して絞り込み,主要曝露建材に当たる製品を製造・販売した企業のうち市
場占有率(マーケットシェア)が概ね10%以上の企業を共同行為者とし
て特定した上で,製品販売期間と就労期間の重複及び各控訴人の現場数か
ら,これらの企業が製造・販売した主要曝露建材に当たる製品は,いずれ
も相当回数,各控訴人に到達した高度の蓋然性があると主張し,これらの
企業に対して,到達した建材による石綿粉じん曝露が石綿関連疾患の単独
発症力を有する程度に至っている場合には,民法719条1項後段の適用
を,一部発症力にとどまる場合には,同項後段の類推適用を,それぞれ求
めるものである。
イ当裁判所の基本的な考え方
建材の到達の立証方法について
a事案の特質と立証方法
既に述べたとおり,本件事案において,民法719条1項後段を適
用,あるいは類推適用するには,いずれも,特定された被控訴人企業
の製造・販売した石綿含有建材が特定の被災者に対して到達したこと
が立証されることが前提となる。
しかるところ,本件事案の特質において述べたとおり,被災者らは,
いずれも長期間にわたって多数の現場において建築作業に従事して
いること,建材には石綿含有の有無を問わず多数の種類の多様な製品
があること,使用される建材の種類・製品及び組み合わせも現場ごと
に異なること,控訴人らの石綿粉じん曝露の原因には直接曝露のみな
らず間接曝露の可能性もあること,石綿粉じん曝露から石綿関連疾患
の発症までに長期間を要すること,被災者のうち多数の者が既に死亡
していることなどから,特定の建材が特定の被災者に到達したこと及
びその頻度を直接証明する的確な証拠に乏しい状況にある。
このような事案の特質に鑑みると,他の的確な証拠によることがで
きない場合に,控訴人らが主要曝露建材として特定した建材が,各被
災者の職種,作業内容,作業歴,建材の製造期間などからみて,現場
において通常使用する建材であることの裏付けがあり,主要曝露建材
を製造・販売した企業のマーケットシェアに一応の根拠が認められ,
被災者が作業をした現場数が多数である場合には,これらに基づく確
率計算に依拠して,建材の到達とその頻度を推定することも,流通経
路の偏り等によって,現実の到達と確率計算に乖離を生じさせる具体
的事情がない限り,合理性があるというべきである。そこで,以下に
基本的な手法について検討する。
bマーケットシェアに基づく到達確率
主要曝露建材が建築作業において通常使用される種類の建材で
あり,非石綿の代替製品がない場合を前提とすると,これに該当す
る特定の企業の製造・販売する製品のマーケットシェアをs,特定
の被災者が就労した現場数をnとすると,当該企業の製品が特定の
被災者が就労した現場に少なくともk+1回到達した確率は,次の
式(以下「P式」という。)で求めることができ,特定企業のマー
ケットシェアが大きくなるほど,また,現場数が多くなるほど,当
該製品が被災者の現場に到達する頻度及びその蓋然性は高くなる。
P=1−∑𝐶𝑛𝑟𝑠𝑟𝑘
𝑟=0(1−𝑠)𝑛−𝑟
控訴人らの主張するとおり,特定企業の製品のマーケットシェア
が10%,20%,30%の場合には,それぞれ20回(1-(1
-0.1)20
=0.87842),10回(1-(1-0.2)10

0.89263),6回(1-(1-0.3)6
=0.88235)
の現場数で少なくとも1回は,当該製品が現場に到達する高度の蓋
然性があり,上記のP式によるよりも控え目な回数となり得るもの
の,この割合でみても,現場数が大きくなれば,到達頻度も相当回
数に及ぶことが推測される。
なお,マーケットシェアを検討するに当たっては,主要曝露建材
に非石綿も含め代替製品が存在する場合には,以下のとおり,これ
も考慮に入れて,マーケットシェアを算定する必要がある。
特定企業の主要曝露建材に該当する製品の出荷量
主要曝露建材の総出荷量+非石綿も含めた代替建材の総出荷量
この点,控訴人らは,主要曝露建材に該当する製品の中での各社
のマーケットシェアによるべきであるとするが,これは,各製品の
到達を前提とした各社の損害発生に対する寄与度の算定の基礎と
はなり得るが,到達及びその頻度の確率の算定の基礎となるもので
はない。
⒝被控訴人企業らは,建材が製造工場から出荷され建築作業現場に
到達するまでの間に多数の主体が介在する上に,建築物によって仕
様,所在及び予算などが異なることから,製品のマーケットシェア
が到達の蓋然性や頻度にそのまま反映されるものではないと主張
するが,一般論としての主張にとどまる限り,現場数が多数である
場合には平準化されることとなるから,確率に基づく推定を覆すも
のではなく,被控訴人企業が販売先や販売地域を限定していたこ
と,被災者が作業をした現場で特定のメーカーの建材が優先的に使
用されていたことなど,現実の到達と確率計算に乖離を生じさせる
個別事情を具体的に反証する必要があるというべきである。
cマーケットシェアの認定資料等
控訴人らは建材のマーケットシェアに関する資料(甲C50,5
1,56,61,62,67,69,76,77,80)を提出す
るところ,被控訴人企業らは,これらの資料について,根拠の不明
な推計値であり信用性に乏しいこと,昭和50年代前半以前のもの
が中心であり長期にわたるシェアを認定することはできないこと
などを主張する。
しかしながら,これらの資料はいずれも統計対象年次に近い時期
に作成されており,当時の公表資料,報道や各社の発表などから,
一定の根拠に基づき推計することは可能であったと考えられる。ま
た,マーケットシェアは,時期によって変動する可能性があるが,
少なくとも昭和50年代以降は安定成長期にあり短期間でマーケ
ットシェアが激変する事態が一般的であったとは考え難い。そもそ
も,被控訴人企業らにおいては,控訴人らから提出された資料で推
計されている自社のマーケットシェアが過大であれば,公刊されて
いる統計資料と社内資料などに基づいて具体的に反証することは
可能であり,現にそのような立証活動を行った被控訴人企業もある
のであるから,具体的な反証のない場合には,控訴人らから提出さ
れた資料に基づいて各社のマーケットシェアを一応推認すること
は可能であるというべきである。
⒝石綿含有建材の種類・製品及び製造・販売企業については,以下
に述べるとおり,具体的な反証のない限り,国交省データベースに
依拠することができるというべきである。
すなわち,国交省データベースは,国土交通省及び経済産業省が,
建設事業者,解体事業者,住宅・建築物所有者等において,解体工
事等に際し,使用されている建材の石綿含有状況に関する情報を簡
便に把握できるようにすることを目的として,建材メーカーが過去
に製造した石綿含有建材の種類,名称,製造時期,石綿の種類・含
有率等の情報の検索システムとして構築し,平成18年12月に公
表したものである。登録されている建材情報は,別紙5【別紙1】
記載の混和材を除く42種類の石綿含有建材に該当する建材につ
いて,官公庁,関係業界団体,建材メーカー等の公表データや協力
が得られた関係業界団体及び建材メーカーが所有するデータ等を
対象として,収集・整理を行い,これを当該建材メーカー等に再度
確認を求め,整備したものである。国交省データベースは,データ
ベースの構築に当たっては可能な限り多くのデータの収集に努め
たが,既に廃業している建材メーカーの製品等については,完全な
情報整備には至っておらず,実際に存在する石綿含有建材を検索で
きない場合がある旨注記している。国交省データベースに登録され
ている建材情報は随時更新されていて,最近のものとしては平成2
5年2月版,平成26年2月版,平成27年2月版があり,メーカ
ー等からの申告等に基づき登録内容を変更する場合もある。(乙ニ
43~45,乙マ1001,弁論の全趣旨)
以上のとおり,国交省データベースは,上記42種類の石綿含有
建材を対象とするものであり,平成18年時点で廃業していた建材
メーカーの製品等の情報が含まれないという限界はあるものの,被
控訴人国が可能な限りデータの収集に努めたものであり,その後の
更新もされていることからすると,上記42種類の建材について
は,具体的な反証がない限り,主要な製品及びそのメーカーをカバ
ーしているものと一応推認することができる。
民法719条1項後段の適用について
次に,上記の手順によって,特定の企業の製造・販売した主要曝露建
材が特定の被災者に到達したことが立証された前提で,控訴人らの主張
する民法719条1項後段の適用について,検討する。
a他に加害者となり得る者がいないことの立証の要否について
被控訴人企業の主張
各被災者は,加害者として特定された企業が製造・販売した主要
曝露建材からの直接曝露以外に,他の企業が製造・販売した石綿含
有建材からの直接曝露及び間接曝露を受けているところ,民法71
9条1項後段を適用するための要件として,被控訴人企業らは,加
害者として特定された複数の行為者以外に加害者となり得る者が
いないことも立証する必要があると主張する。
⒝当裁判所の判断
ⅰ民法719条1項後段の趣旨は,既に述べたとおりであり,他
に加害者となり得る者の存否は,加害者として特定された者の行
為が被害者に生じた損害を発生させる具体的な危険を惹起する
行為であることの評価に関わる事情とはなるが,単に同等の危険
性を有する行為をした第三者が存在することが明らかとなって
も,これにより直ちに因果関係の推定の基礎が崩れるとはいえ
ず,他に加害者となり得る者が存在しないことを同項後段の適用
要件と解することは相当ではない。訴訟における攻撃防御方法と
しての同項後段の機能を考えても,被害者は自らが被った損害を
惹起し得る具体的な危険を生じさせた者に対して,経験則により
因果関係が推認されることを期待して,不法行為(民法709条)
に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができ,被告におい
て,自己と同程度に危険な行為をした者が他にも存在することを
主張・立証しても,民法719条1項後段の適用によって自らの
行為と結果との間の因果関係が推定されるにとどまり,被告とし
ては自己を上回る危険な行為を行った第三者の存在を主張・立証
して,はじめて免責を受けることできるものと解するのが相当で
ある。
ⅱもっとも,中皮腫については,石綿粉じん曝露との間に量・反
応関係の存在を否定できないものの,少量曝露によっても発症し
得るとされていることから,本件のように石綿粉じん曝露に関わ
った加害者が多数存在し得る状況において,加害者として特定さ
れた者が,他に加害行為を行った者が多数存在し,これらの者に
よる石綿粉じん曝露の方が自らの加害行為よりも曝露量が大き
いことを証明したとしても,民法719条1項後段の推定を覆せ
ないとすると,明らかに衡平を失する。その意味では,石綿粉じ
ん曝露による中皮腫については,加害行為が単独惹起力を備える
か否か必ずしも明らかでなく,加害行為の寄与度が不明の場合と
同様に扱うのが相当である。
すなわち,被害者において,加害者全員を特定して,他に加害
者となり得る者がいないことを主張・立証することによって,は
じめて損害全体についての因果関係の推定の基礎が備わり,民法
719条1項後段の類推適用が可能となるというべきである。
控訴人らの主要曝露建材に基づく主張は,中皮腫を発症させた
被災者との関係において,加害者の一部を特定するのみで,他に
加害者となり得る者が存在することが明らかな状況にあるから,
損害全体との関係で同項後段を類推適用して,主要曝露建材の製
造・販売元として特定された被控訴人企業らに,被災者の損害全
体について連帯責任を負わせることはできず,被災者の全体的な
曝露量との関係で,主要曝露建材を製造・販売した企業らの集団
的寄与度を定め,これに応じた割合的責任の範囲内で,民法71
9条1項後段を適用して,連帯責任を負担させるのが相当であ
る。
b加害者の行為の場所的・時間的近接性の要否について
被控訴人企業らの主張
各被災者は,場所的にも時間的にも離れた各作業現場において主
要曝露建材からの石綿粉じん曝露を受けた可能性があるところ,被
控訴人企業らは,民法719条1項後段を適用するためには,特定
された行為者らの行為に場所的・時間的近接性が必要であるとも主
張する。
⒝当裁判所の判断
しかしながら,加害行為と近接して損害が生ずる通常の事案にお
いては,損害発生の具体的な危険性を惹起させる行為は,自ずと互
いに場所的・時間的近接性を有することになるが,加害行為から損
害の発生に至るまで長期間を要する事案においても,生じた損害と
の因果関係を推定しうる程度に具体的危険を惹起させる行為が複
数存在し,そのことによってお互いに推定を妨げ合う事態が想定さ
れ,かかる場合には各行為の間に時間的・場所的近接性を欠くとい
えども,なお同条後段が因果関係の推定を認めた趣旨が妥当するか
ら,場所的・時間的近接性は同項後段の適用要件ではないと解すべ
きである。
c加害行為の単独惹起力の有無について
民法719条1項後段が適用されるためには,特定された加害者の
行為は,それのみで結果を発生させる危険性を有することが必要であ
る。肺がんについては,疫学調査の結果から,石綿の累積曝露量と肺
がんの発症リスクとの間に直線的な量・反応関係があるとされ,ヘル
シンキ・クライテリアは,1年当たり1本/㎤の曝露により,肺がんの
発症リスクが0.5%から4%増加するとのデータに基づき,25本
/㎤×年の累積曝露量で肺がん発症の相対リスクが2倍になるとして
おり,我が国の労災認定においても,これに依拠した認定基準が用い
られていることに鑑みると,加害行為が単独惹起力を有するか否かの
判断もこれに基づき判断するのが相当である。また,ヘルシンキ・ク
ライテリアは,石綿肺に臨床例が現れるのは,同等の累積曝露のとき
であるとしており,石綿肺についても,同様の基準により単独惹起力
を判断することとする。他方で,中皮腫については,ヘルシンキ・ク
ライテリアは,低度の石綿曝露の場合でも起こることがあるが,非常
に低度のバックグラウンド環境曝露が有する危険性は極めて低いと
するのみで,累積曝露量の基準を示しておらず,リスク判断が困難で
あることから,その扱いについては,上記a(b)ⅱに述べたとおり,到
達した建材からの石綿粉じん曝露が単独惹起力を有するか不明であ
ることを前提として,製造・販売した企業の責任を論ずることとする。
民法719条1項後段の類推適用について
a加害企業として特定された企業の製造・販売した主要曝露建材から
の石綿粉じん曝露が,上記の単独惹起力を有しない場合には,各企業
は,原則どおり,各社の損害発生に対する寄与度に応じた割合による
分割責任を負うこととなる。
bこの点,控訴人らは,各企業の加害行為が相加的・重合的に競合し
ていることから,民法719条1項後段が類推適用されるべきである
と主張する。
しかしながら,既に述べたとおり,加害者として特定された者の行
為に単独惹起力がない場合には,すべての加害者を特定して,他に加
害者が存在しないことを立証しなければ,損害全体についての因果関
係の推定の基礎が欠けるところ,控訴人らは,加害者の一部しか特定
しておらず,本件においては他に加害者となり得る者が存在すること
が明らかであることから,同項後段の類推適用の前提を欠くものとい
うべきである。
cさらに,控訴人らは,複数の行為が相加的・重合的に累積して被害
を発生させていること(客観的共同)及び各行為者が他者の同様の行
為を認識しているか,少なくとも自己と同様の行為が累積することに
よって被害を生じさせる危険があることを認識していること(主観的
要件)を要件に,民法719条1項後段を類推適用すべきであると主
張するが,控訴人らが依拠する裁判例の事案は,被害者が加害者とさ
れた複数の企業と順次,雇用契約を結んで炭鉱の粉じん作業に従事し
た事案であり,各企業において,被害者の粉じん作業歴を把握し,退
職後の粉じん作業への従事を予測することができた事案であり,本件
には妥当しない。
第2左官を主たる業務とする控訴人4名について
1主要曝露建材の到達について
被控訴人ノザワは,昭和31年から平成15年9月まで,長期にわたりモル
タル混和材「テーリング」を製造・販売していた(甲C86)。モルタル混和
材のシェアに関する文献はないものの,左官からは混和材の代名詞のように呼
ばれていたこと(甲D28の1(5頁)),平成4年にモルタル混和材の販売
を開始した被控訴人太平洋セメントの従業員によれば,参入当時に被控訴人ノ
ザワが9割以上のシェアを有していたと認識され,その後被控訴人太平洋セメ
ントは1%程度のシェアに低迷して平成12年5月に撤退したこと(乙ニ1
4),日本建築仕上材工業会の調査結果(乙ラ37)でも平成3年までは「モ
ルタル混和材」に関する記載がなく,被控訴人ノザワ以外に有力メーカーが存
在したことがうかがわれないことなどからすると,被控訴人ノザワのテーリン
グは極めて高いマーケットシェアを維持していたものと推認され,これを覆す
証拠はない。
もっとも,証拠(乙ラ33の1~12)によれば,全京都建築労働組合に加
入する組合員を対象に行った直接取扱建材に関するアンケート結果では,「混
和材(テーリング)」の取扱いの有無・頻度に関する左官工12名の回答は,
「いつも」1名,「しょっちゅう」2名,「時々」3名,「少ない」2名,「な
い」1名,無回答2名であり,取扱いの頻度は個々の左官工により異なる。
したがって,左官のうちモルタル混和材を日常的に使用していた者は,現場
数にかかわりなく,被控訴人ノザワのテーリングを直接取り扱ったものと推認
することができる。
2被控訴人ノザワの行為の損害惹起力について
被控訴人ノザワのテーリングは,クリソタイル系石綿鉱石を処理精製し
て回収された短繊維の石綿を主体とする粉状の混和材である。被控訴人ノ
ザワは,テーリングの成分をクリソタイル石綿100%と表示していた
が,労働基準監督署の求めにより石綿含有率を測定したところ45%であ
ったため,平成14年2月以降,石綿含有率の表示を45%に改訂した。
(甲C86,88の1・2,89の1・2,90,乙ラ45)
イ株式会社ノザワ技術研究所は,平成元年8月28日,テーリングを使用
した左官作業における石綿粉じん濃度に関し,気流の影響を除くため出入
り口を封鎖した建物内において,配合及び混合法の異なる3通りの作業
(①補修用配合(セメント40㎏,寒水粉30㎏,メトローズ210g,
テーリング10㎏,水34ℓ)を,舟(混練作業用の容器のこと)に入れス
コップで,空練り5分,水練り10分,混練する。②ノロ用配合(セメン
ト40㎏,テーリング7.5㎏,水20ℓ)を,舟に入れスコップで,空練
り3分,水練り5分,混練する。③ノロ用配合を,まず,舟に水11ℓ入れ
テーリング7.5㎏全量を投入して混合し,次に,セメント40㎏を投入
して残りの水9ℓを入れ,既に練り合わせたテーリングと混合する。)を,
それぞれ30分に1回の頻度で2回繰り返し,1時間測定したところ,作
業環境における石綿粉じん濃度は最大でも0.065f/cc,個人曝露濃度の
最大値は0.035f/ccであった(乙ラ18)。
控訴人らは,上記測定結果(乙ラ18)について,前々年の昭和62年に
いわゆる学校パニックが起こり,石綿含有吹付け材による健康への影響が社
会問題となった時期に,被控訴人ノザワとして製品の安全性を示す必要に迫
られて測定を行ったものであって,虚偽や歪曲が含まれない保証はないとし
た上で,①モルタルは通常砂にセメントを混ぜて作られ,遅くとも1970
年代以降は電動攪拌機を用いることが一般的であったにもかかわらず,砂を
混ぜない配合で,舟とスコップを使用するという,あえて一般的でない方法
を用いた点,②具体的な作業態様やテーリングの石綿含有率が明記されてお
らず,できる限りテーリングが飛散しないよう静かにかき回した可能性や,
当時販売されていた製品より石綿含有率の低いテーリングを使用した可能
性がある点,③石綿繊維の計数に当たり計測者個人の経験,能力に左右され
るメンブランフィルター法ないし位相差顕微鏡法を用いている点で,全く信
用できないと主張する。
しかしながら,乙ラ18は,作業環境測定法に基づき登録された作業環境
測定機関であるノザワ技術研究所が,第1種作業環境測定士により測定を行
ったものであり,労働省安全衛生部労働衛生課が編集するガイドブックなど
に準ずる方法で実施した技術的事項に関する報告書であって,被控訴人ノザ
ワの社内の研究機関が実施したものとはいえ,外形上,製品の安全性を示す
ためにことさら虚偽や歪曲をしたものであることをうかがわせるものはな
い。次に,控訴人らの上記①の指摘のうち,配合方法として砂を混ぜない方
法を用いたことについては,そもそも砂を混ぜなければ粉じん濃度が低くな
ることを示す証拠はなく,そのことを予想して作為的に一般的でない方法を
用いたとはうかがえず,また,電動攪拌機を用いなかったとの点も,控訴人
番号1自身,昭和55年以前は電動攪拌機を使用していなかったのであり
(甲E1の1の2(7頁),甲E1の3(5,6頁)),あえて一般的でな
い作業方法を用いたとはいい難く,むしろ3条件のうち2条件では水を加え
ない空練りの時間を設けている点で発じんが多い場合も想定したものとみ
ることもできる。さらに,上記②は,単なる可能性をいうにすぎず,③も,
当時一般的であった測定方法に内在する限界を指摘するものにすぎない。も
とより,テーリングは粉状の製品であり,改訂後も石綿含有率が45%と相
当に高いが,具体的な使用方法としては,控訴人番号1も他の左官職人(甲
D28の1)も,袋から出した後に水又は泥状のモルタルに混ぜており,発
じんするのは水やモルタルに馴染むまでの短時間に限られ,基本的に湿潤化
された状態で用いられている。また,電動攪拌機を使用すれば,使用しない
場合と比べ,発じんの程度は高いとしても,攪拌する時間は短くて済む(前
記測定では空練り・水練り合わせて条件1では15分,条件2では8分であ
るのに対し,控訴人番号1本人(原審,調書11頁)によると,ハンドミキ
サー(手持ちの電動攪拌機のこと)を使用すれば約3,4分で済む。)。こ
れらの点に鑑みると,前記測定結果がおよそ信用できないとする控訴人らの
主張を採用することはできず,他にこれに代わる測定結果もない。
そうすると,左官がテーリング材による石綿粉じんに曝露するのは,実際
には上記のとおり混練作業のための短時間にとどまるが,仮に,警告義務の
始期である昭和50年からテーリングの販売終了後の平成16年まで,29
年間の就労時間の全てにおいて,防じんマスクを着用せずにテーリング材の
混練作業による石綿粉じんに曝露していたとしても,前記測定結果(作業環
境濃度の最大値0.065f/cc,個人曝露濃度の最大値0.035f/cc)を前
提とすると,累積曝露量は1.89本×年/㎤ないし1.01本×年/㎤となり,
いずれも25本×年/㎤の1割にも満たない。
以上によれば,控訴人番号1(石綿肺),同17(肺がん),同38(肺
がん。甲F38によれば,中皮腫は疑いにとどまり,中皮腫であることを認
めるに足りる証拠はない。),同46(肺がん)について,いずれも被控訴
人ノザワのテーリングからの石綿粉じん曝露は単独で損害を惹起し得る程
度には到底及ばないものであった。さらに,被控訴人ノザワのテーリングの
損害に対する寄与度についてみるに,控訴人らは,左官の直接取扱い建材と
して吹付け材3種類を挙げているところ,吹付け石綿除去作業後の再飛散で
数本/㎖~20本/
人平田岩男の原審での供述によれば,ほとんどの作業現場で,吹付け作業直
後,床に落ちたまま掃き残された吹付け材から粉じんが舞い上がってよどん
だ状態でサッシ埋め作業をしていたほか,耐火ボードを切断してやすり掛け
をしていたというのであり(原審調書11,12,34,35頁),他の控
訴人らの陳述書(甲E17の1,38の1,45の1)も同様に吹付け材に
曝露したことが記載されていることも勘案すると,いずれの控訴人について
も,被控訴人ノザワのテーリングが具体的寄与度を定め得る程度に損害の発
生に寄与したと認めることは困難である。
第3専ら保温材を主要曝露建材とする控訴人3名について
1主要曝露建材の到達について
シェアに基づく到達の推認について
アプラント等での作業経験を有する保温工が一般的に常時直接に取り扱
うとされている建材は,別紙5【別紙1】⑥石綿含有けいそう土保温材,
⑦石綿含有けい酸カルシウム保温材,⑧石綿含有バーミキュライト保温
材,⑨石綿含有パーライト保温材,⑩石綿保温材であり,国交省データベ
ースに登録されているのは,別紙5【別紙保温2-3】記載の保温材(被
控訴人ニチアス,同エーアンドエーマテリアル,同日本インシュレーショ
ン,同神島化学工業ほか全6社,5種類,21製品)である。
イ上記5種類のうち,⑧の建材(被控訴人ニチアスのバーミキュライト保
温材)は粉体の保温材である(乙マ1030)のに対し,⑥,⑦のうち
Tobermolite結晶のもの,⑨及び⑩の各建材は,いずれも板又は筒状の中
温用保温材である(株式会社矢野経済研究所「断熱材市場の全貌-断熱材
料商の実態と商品競合分析-1978年版」(甲C69,乙メ8。以下「断
熱材市場の全貌」という。))。そうすると,保温工の主要曝露建材のう
ち⑥,⑦,⑨,⑩は,基本的に代替性が高く競合関係にあると考えられる
から,到達を推認するためには,4種類全体における各社の製品のマーケ
ットシェアを検討する必要がある。上記⑦に関して,「断熱材市場の全貌」
によれば,これに該当するTobermolite結晶のけい酸カルシウム保温材(プ
ラント用)の昭和50年から昭和52年までの総出荷量は,それぞれ,1
万5800t,1万7480t,1万9000tであり,昭和52年の各
社のマーケットシェアは,被控訴人ニチアス30%,被控訴人エーアンド
エーマテリアル20%,被控訴人日本インシュレーション19.8%,被
控訴人神島化学工業19.8%と推計されている(同93~96頁)。他
方で,⑨に関して,「断熱材市場の全貌」によれば,昭和52年に「パー
ライト(保温保冷対火用)」が7万5400㎥出荷されており(同7頁),
これは,パーライトの密度200㎏/㎥(同5頁)で換算すると1万508
0tに相当するところ,そのマーケットシェアは三井金属鉱業が72.
1%を占めるなど(同90頁),⑦とメーカーの構成が全く異なっており,
合算すると上記被控訴人企業らのマーケットシェアは⑦でのマーケット
シェアの半分近くに低下する。さらに,⑥,⑩について,国交省データベ
ースを前提に⑥は被控訴人ニチアスのみ,⑩は被控訴人エーアンドエーマ
テリアル及び被控訴人ニチアスのみが出荷していたと仮定しても,それら
の出荷量を示す証拠はないから,それらが多量であれば⑦で推計された各
社のマーケットシェアを大幅に変動させる可能性がある。さらに,⑦の建
材についても,Tobermolite結晶以外のけい酸カルシウム保温材の出荷量
及び各社のマーケットシェアも明らかではない。そうすると,上記の証拠
によっては,⑥,⑦,⑨,⑩に関する上記被控訴人企業らのマーケットシ
ェアを認定することは困難といわざるを得ない。
ウ次に,⑧の建材について検討するに,控訴人らの主張するプラントでの
保温作業は,新設工事ではダクトや配管への保温材への取付け,改修工事
では古くなった保温材の解体と新しい保温材の取付け,解体工事では古い
保温材の除去が中心となるから(控訴人ら準備書面(企業-43)4頁),
主に取り扱うのは成形保温材であると考えられる一方,布系の保温材や水
練り保温材などは隙間を埋める詰め物として使用するもので使用頻度が
少ないこと(控訴人番号23本人(当審,調書13頁))からすると,粉
状の保温材である被控訴人ニチアスの⑧バーミキュライト保温材も同様
に使用頻度が少ないと考えられ,かつ競合関係にある布系の保温材等も含
めた被控訴人ニチアスのマーケットシェアを確定する証拠もない。
エその上,プラント等での保温作業は,配管等の劣化状況を定期的に点検
するため,いったん保温材を剥がし,点検後,新しい保温材を付けるとい
う定修工事が中心であり(甲E13の6・4頁),作業現場も限定され,
取り扱う製品も自ずと限定される傾向にあるといえる。本件でも控訴人3
名のうち2名(控訴人番号13,同23)が主要曝露建材を製品レベルで
限定していることも,これを物語るものといえる。
オ以上によれば,プラント等での保温工である控訴人らの主要曝露建材に
ついては,被控訴人企業らの製品のマーケットシェアを認定するに足りる
証拠はなく,また,プラント等での保温作業の性質上,取り扱う製品が限
定される傾向にあることを勘案すると,マーケットシェアと作業現場数に
よっては,被控訴人企業らの製品が控訴人らに到達したことを認めること
はできない。そこで,控訴人らの供述に基づき建材が到達したことの認定
が可能か否かを検討する。
控訴人番号23の到達に関する供述について
ア証拠(甲E23の1・5・6,控訴人番号23本人(当審))及び弁論
の全趣旨によれば,控訴人番号23は,昭和38年から平成8年まで,明
星工業株式会社(昭和60年以降はその関連会社)に雇用されて,明星工
業株式会社が請け負った石油プラントの保温工事などの業務に従事して
おり,その中では昭和45年頃から昭和60年頃までは専らアジア石油株
式会社の横浜工場を担当していたことが認められる。
イ控訴人番号23は,プラントでの保温作業で主に使用したのは,ボー
ド又はカバー状の石綿含有けい酸カルシウム保温材であり,昭和50年
頃まではその8~9割が被控訴人神島化学工業のダイヤライトであっ
たが,昭和50年頃以降は,ダイヤライトは1割程度に減り,被控訴人
ニチアス製品(シリカライト,スーパーテンプボード)が少しずつ増え
て昭和50年代半ば頃に2割程度となり,同エーアンドエーマテリアル
製品(シリカカバー,シリカボード)が3~4割であったと供述する。
前記のとおり,プラント等での保温作業は定修工事が中心となるとこ
ろ,上記アのとおり,控訴人番号23は,長期間,同じ会社に勤務して
おり,作業をした石油プラントの数も限られていることから,取り扱っ
た製品が限定される傾向にあり,記憶にも残りやすかったということが
できる。また,控訴人番号23の供述によれば,昭和40年代に被控訴
人神島化学工業の製品を取り扱った割合が大きいが,このことは,明星
工業が,昭和36年に保温材の生産設備を被控訴人神島化学工業に売却
してから昭和47年に浜松工場を建設するまで,被控訴人神島化学工業
の保温材を優先購入していた旨の明星工業の社史の記載と符合してお
り(甲E23の1の3・6頁),昭和50年以降に取り扱った各社の製
品の割合も,「断熱材市場の全貌」に記載された各社のシェア(被控訴
人ニチアス29.7~30%,被控訴人エーアンドエーマテリアル2
0%,被控訴人神島化学工業15.6~19.7%)に照らして不自然
なものではない。また,明星工業は昭和47年から浜松工場でけい酸カ
ルシウム保温材の生産を開始したが,控訴人番号23が自社製品を使用
しなかった事情について,プラント等高温になる箇所が多い現場に適さ
なかったことなど具体的に挙げており,これを否定すべき理由も認めら
れない。
これらの点に照らすと,控訴人番号23の上記供述内容は信用するこ
とができる。
このほか,控訴人番号23は,①被控訴人ニチアスのバーミキュライ
ト保温材,②被控訴人日本インシュレーションのダイパライト(カバ
ー),ダイパライト(ボード),ベストライトカバー,ベストライトボ
ードも主要曝露建材として主張し,その旨供述する。しかしながら,上
記の作業内容に照らして,粉体の製品である①の取扱いは少なかっ
たものと考えられ,これを日常的に使用していたとは認め難い。また,
②についても,控訴人番号23が建材の納品チェックや発注作業に関わ
っていたにもかかわらず,他の被控訴人企業の製品と異なり当初の平成
21年1月15日付け陳述書(甲E23の1)に記載がなく,その後も
具体的に使用した事実を思い出したのではないこと(控訴人番号23本
人(当審,調書49頁))からすると,日常的に使用していたと認める
ことはできない。
ウ以上によれば,控訴人番号23は,警告義務の始期である昭和50年4
月から,石綿含有けい酸カルシウム保温材を,被控訴人エーアンドエーマ
テリアルの製品は製造期間の終期である昭和53年まで3~4割程度,被
控訴人神島化学工業の製品は昭和54年まで1割程度,被控訴人ニチアス
の製品は昭和55年まで平均して2割弱程度,それぞれ取り扱い,各社は
いずれもこの間,警告義務を怠っていたものと認められる。
控訴人番号12,同13の到達に関する各供述について
ア控訴人番号12は,就労期間中に取り扱った石綿含有保温材について,
そのメーカーや製品名を具体的に供述していない(原審本人尋問調書6,
11,15,17,19,21,22頁)から,控訴人番号12の供述に
基づく到達の認定をすることはできず,その余の点を検討するまでもな
く,控訴人番号12の被控訴人企業らに対する請求は理由がない。
イ控訴人番号13は,昭和39年から平成17年4月まで保温工として稼
働したが,その間は,数年ごとに勤務先を変えていたほか,作業現場も石
油化学プラント,発電所,造船所と複数の種類に及んでいて(甲E13の
1の2),控訴人番号23と比べもともと製品の限定性が低い状況にある
ところ,控訴人番号13は,プラントでの保温作業に使用した主な製品の
製品名とそのメーカーを複数挙げるものの,どの製品をどの現場でどの程
度の頻度で使用したかについては覚えていない(甲E13の6)ことから,
同人の供述に依拠して,直ちにそれらの製品が控訴人番号13の現場に到
達したことを認めることはできず,仮にこれを認める余地があるとして
も,それらのメーカーごとの損害惹起力や寄与度を認定判断することがで
きないから,被控訴人番号13の被控訴人企業らに対する請求は理由がな
い。
2被控訴人エーアンドエーマテリアル,同神島化学工業,同ニチアスの控訴人
番号23に対する責任について
証拠(甲E23の1,23の1の2・3,23の3,23の9,控訴人番
号23本人(当審))及び弁論の全趣旨によれば,①控訴人番号23が携わ
った保温工事の割合は,新設2~3割,改修5割,解体2~3割程度である
こと,②控訴人番号23が石綿含有けい酸カルシウム保温材を取扱う際に石
綿粉じんに曝露する作業は,シート養生をする場合もあるが基本的には屋外
において,(α)新設又は改修工事における保温材の新規使用として,取付け
箇所の形状に合わせて,主に手鋸で,量の多いときは電動鋸で切断する作業,
錐などで穿孔する作業,及び,(β)解体又は改修工事において,劣化して脆
くなった保温材を剥がす作業であったこと,③布系の保温材や水練り保温材
なども取り扱ったが,使用頻度が少なかったこと,④控訴人番号23は,昭
和50年頃に保温工の作業主任者となった後,建材の納品チェックや発注作
業にも関わるようになり,アジア石油横浜工場内の築炉工事の監督業務に従
事していたほか,昭和62年頃から学校等での石綿除去作業の現場監督業務
にも従事するようになったことが認められる。
乾燥状態で保温材を剥ぐ作業で20繊維/㎤以上と報告されている。また,
保温材を切断又は穿孔する作業に関する測定データは認定できないが,英国
労働省工場監督庁の測定データによれば,保温材と同様に発じんしやすいと
考えられる石綿断熱板について,垂直構造物の穿孔作業で2~5繊維/㎤,
用手鋸断で5~12繊維/㎤,クランク鋸による機械鋸断で5~20繊維/
㎤,丸鋸では20繊維/㎤以上と報告されている。なお,上記測定データは
30分から1時間程度の時間で収集されたサンプルに基づくものであり,時
間平均濃度として一定程度参考となると考えられる。このほか,専門家会議
検討報告書で紹介された測定データとして,米国での断熱材取扱い作業につ
き,昭和43年から昭和46年までの調査で3~6繊維/㎤,昭和40年頃
の時間加重平均濃度で約8繊維/㎤,英国ではかなり長期にわたる平均値で
8.9繊維/
訴人番号23がした保温材の取扱い作業一般について,時間平均濃度で10
繊維/㎤程度はあったものと推認され,かかる推認を覆す証拠はない。
しかるところ,被控訴人エーアンドエーマテリアルらの石綿含有けい酸カ
ルシウム保温材による控訴人番号23に対する加害行為は,期間が4~6年
に限られ,被控訴人エーアンドエーマテリアルら各自の行為は,以下のとお
り,それぞれについて控訴人番号23の石綿肺を単独で発生させる程度の石
綿粉じん曝露を生じさせたと認めることはできない。
被控訴人エーアンドエーマテリアル
10本/㎤×4年×0.3~0.4=12~16本/㎤×年
被控訴人神島化学工業10本/㎤×5年×0.1=5本/㎤×年
被控訴人ニチアス10本/㎤×6年×0.2弱=12(弱)本/㎤×年
そうすると,本件においては,以下に述べるとおり,他にも加害者となり
得る企業が存在することが明らかであるが,控訴人らは,これらの企業を特
定していないから,民法719条1項後段を類推適用するための要件を満た
さず,被控訴人エーアンドエーマテリアルらは,民法709条に基づき,原
則どおり,それぞれの行為について,寄与度に応じた割合による分割責任を
負うこととなる。そこで,各社の行為の寄与度について検討すると,控訴人
番号23の保温作業は基本的に屋外で行われており,間接曝露の影響は少な
かったと考えられるものの,築炉工事の監督業務や石綿除去工事の現場監督
業務にも従事しており,それらの業務の際に曝露したことが考えられるこ
と,保温作業自体でも,頻度は少ないが布系保温材等も取り扱っていたこと,
けい酸カルシウム保温材の取扱いに限っても就労期間の始期である昭和3
8年から被控訴人企業の警告義務違反が生じる昭和50年までに13年に
及ぶこと,製品の石綿含有率(被控訴人エーアンドエーマテリアル4~6%,
被控訴人神島化学工業3%,被控訴人ニチアス1~25%)などを考慮する
と,被控訴人エーアンドエーマテリアル,被控訴人神島化学工業,被控訴人
ニチアスの加害行為の寄与度として,それぞれ20%,7%,20%を認め
るのが相当である。
第4電工を主たる職種とする控訴人について
1鉄骨造又は鉄筋コンクリート造建物での作業歴のある控訴人3名について
控訴人番号31,同36,同66は,鉄骨造又は鉄筋コンクリート造建物に
おける電気配線・配管作業を行う際に,躯体に吹き付けられていた石綿含有吹
付け材を除去・剥離したり,作業中に吹付け材と接触したりすることによって
発散した石綿粉じんに曝露したとして,耐火被覆を用途とする吹付け材3種類
(別紙5【別紙1】①吹付け石綿,②石綿含有吹付けロックウール,③湿式石
綿含有吹付け材)を主要曝露建材として主張する。
主要曝露建材の到達について
ア上記吹付け材3種類は,耐火被覆という施工の目的や吹付け材という建
材の形態からみて,代替性が高く,競合性があるものと認められる。
イ石綿含有吹付け材に関する警告義務の始期は昭和48年であるところ,
昭和40年代には上記吹付け材3種類が並行して製造・販売されていたか
ら,これらを合算したマーケットシェアを検討する必要がある。吹付け石
綿の主要メーカーを立証趣旨とする甲C68,74,75についてみると,
まず,甲C74は昭和46年当時の日本アスベスト,朝日石綿工業,日本
バルカー工業,ノザワ,浅野スレート,大阪パッキング及び内外アスベス
トに係る吹付け石綿の生産能力(月間,㎡)を記載したものであり,現実
の出荷量を記載したものではなく,吹付け石綿全体の生産能力も記載され
ていないから,同年における吹付け石綿のマーケットシェアを認定するこ
とはできず,従って,同年における吹付け材3種類のマーケットシェアを
認定することもできない。また,甲C68(昭和44年10月発行)は当
時の日本バルカー工業,日本アスベスト,朝日石綿工業及び野沢石綿セメ
ントにおける月間の生産,施工状況(万㎡)を記載したものであり,甲7
5には「48年実績」として,日本アスベスト,朝日石綿工業及びノザワ
の吹付け石綿の数量(トン/月)が記載されているが,両年における吹付け
ロックウールの出荷量やマーケットシェアを示す証拠はないから,両年に
おける吹付け材3種類のマーケットシェアを認定することはできない。な
お,既に認定した別紙6別表4(吹付け石綿の施工量(t))と同5(吹
付けロックウール(乾式)の施工面積(千㎡))も単位が異なりそのまま
比較することができないため,昭和40年代における到達の事実を推認す
るために必要な吹付け材3種類における各社マーケットシェアを確定す
ることはできない。
昭和50年以降は吹付け石綿が製造・販売された事実が確認できない
ことから,石綿含有吹付けロックウールと湿式石綿含有吹付け材を合算
したシェアを検討することになる。
ロックウール吹付けの施工量等を立証趣旨とする甲C51の2,62
の2,67,76,77は,いずれも石綿を含有しない製品を含めて推
計しており,また,甲C51の2,62の2,67は,耐火被覆用と吸
音・断熱用,乾式と湿式とを区別せずに推計しているのに対し,甲C7
7は耐火被覆用に限定して,乾式と湿式とを区別して推計している。こ
れらの内容(甲C77は乾式のみ)をまとめると,別紙7別表1のとお
りである。
前記吹付け材3種類の主要メーカーとされた被控訴人企業8社のう
ち,被控訴人ナイガイは,いずれの証拠にもメーカーとして記載されて
おらず,また,被控訴人日本バルカー工業は,昭和52年の資料に9.
0%のシェアが記載され,被控訴人ノザワは昭和46年の資料に3.
3%,昭和52年の資料に7.7%のシェアが記載されるにとどまり(甲
C76,77),他の証拠にはメーカーとして記載されていないことか
ら,上記被控訴人企業3社については,いずれも一定期間にわたり,継
続的に一定規模のシェアを有していたと認めることはできない。
次に,被控訴人ニチアスは昭和49年に,被控訴人エーアンドエーマ
テリアル及び被控訴人日東紡績はそれぞれ昭和50年に,耐火被覆用の
石綿含有吹付けロックウールの製造・販売を終了している。これらの控
訴人企業3社は,その後も湿式石綿含有吹付け材の製造・販売はしてい
るものの(別紙5【別紙電工-2】【別紙電工-3】参照),湿式石綿
含有吹付け材の施工は,一般に,大型の施工設備が必要であり(乙ニ1
3,乙マ1016,1017,1020,1023~1025,乙ム1
1),施工費用も高額なものとなる(甲C77・119頁によれば,平
均材工1㎡当たり単価は,吹付けロックウール(乾)1900円に対し
同(湿)3600円となっている。)ことなどから,実際に施工された
現場は相当限定されていて,甲C77によると,昭和52年度の吹付け
ロックウール(湿式)の施工実績推定(合計590千㎡)は,同年度の
耐火被覆目的で施工された吹付けロックウール(乾式)のそれ(合計6
820千㎡)の1割にも満たない。そうすると,上記被控訴人企業3社
について,昭和50年以降の吹付けロックウールのシェアの大部分は,
石綿を含有しない製品によるものであったと考えられ(乙キ11,乙ム
11別紙参照),②石綿含有吹付けロックウール及び③湿式石綿含有吹
付け材については,一定期間にわたり控訴人らの現場に到達したことを
推認するに足りる程度のシェアを有していたと認めることはできない。
さらに,被控訴人新日鉄住金化学については,昭和50年代のシェア
が,昭和51年12.6%(甲C62の2),昭和52年4.0%(甲
C77),昭和53年12.7%(甲C51の2)となっているが,こ
れは,昭和51年と昭和53年のシェアが耐火被覆用,吸音・断熱用を
合算して集計されたものであるのに対し,昭和52年のシェアが耐火被
覆用に限って集計されたものであることによる相違と考えられる(控訴
人ら準備書面(企業-40)14~15頁参照)。しかるところ,そも
そも電工の主要曝露建材とされているのは,耐火被覆を用途とする吹付
け材であるから(控訴人ら準備書面(企業24)49頁),電工との関
係では,被控訴人新日鉄住金化学のシェアとして前記各データのうち昭
和52年の4.0%を参照するのが合理的である。加えて,被控訴人新
日鉄住金化学においても,昭和53年までに石綿含有吹付けロックウー
ルの製造・販売を終了していること(別紙5【別紙電工-2】【別紙電
工-3】参照)からすると,被控訴人新日鉄住金化学についても,一定
期間にわたり控訴人らの現場に到達したことを推認するに足りる程度
のシェアを有していたと認めることは困難である。
これに対し,被控訴人太平洋セメントについては,昭和40年代から
吹付けロックウールを販売しており,昭和50年から石綿含有吹付けロ
ックウールの製造・販売を終了した昭和53年までの間(別紙5【別紙
電工-2】【別紙電工-3】参照),吹付けロックウール(乾式,湿式)
全体の15%余り,耐火被覆用に限定すれば25%程度のシェアを有し
ていたものと推認することができる。そうすると,控訴人らが主張する
電工の作業現場数(1年平均36件)を考慮に入れると,昭和50年か
ら昭和53年までの間に,被控訴人太平洋セメントの吹付けロックウー
ルが控訴人らの作業現場に相当回数到達したことを推認することがで
きるというべきである。なお,被控訴人太平洋セメントも,平成元年ま
で湿式石綿含有吹付け材「アサノスプレーコートウェット」を製造販売
しているが,前記のとおり,湿式石綿含有吹付け材は一般的に施工現場
が相当限られる上,特に被控訴人太平洋セメントの場合,昭和50年に
吹付け材の大規模な崩落事故を発生させた後は,耐火被覆用の吹付け材
としての販売はほとんど行っていなかったことからすると(乙ニ9,1
6),昭和54年以降はそれ以前と同様のシェアを維持していたと認め
ることはできない。
被控訴人企業らの注意義務違反について
アそこで,被控訴人太平洋セメントの石綿含有吹付けロックウール等に係
る注意義務違反の有無についてみるに,ロックウール吹付け材について
は,平成12年の建築基準法改正まで,ロックウール工業会の通則的指定
の制度が採られており,吹付けロックウール耐火被覆材構造標準仕様書に
おいて,通則指定会社による責任施工や,吹付け作業者に必ず防じんマス
ク(国家検定品)を着用させなければならないことなどが定められていた
(乙チ6,11,12)。
しかるところ,被控訴人太平洋セメントは,石綿含有吹付けロックウー
ル(スプレーコート)については,売買基本契約や施工管理及び品質保証
に関する覚書等を締結して系列化した特定の吹付け施工業者(基本的に各
都道府県に1社ずつ)に対してのみ販売し,湿式石綿含有吹付け材(スプ
レーコートウェット)については,取り扱うのは全国でも数社に限られて
いたところ,上記吹付け施工業者らは当然上記2製品に石綿が含有されて
いることを認識していたものと認められる。そして,被控訴人太平洋セメ
ントの指導監督の下,上記吹付け施工業者らは,吹付け工に対しては防じ
んマスク(労働省検定合格品)の着用等を指示したほか,施工時には施工
区画から吹付け材が発散しないようシート等で養生した上,吹付け工以外
の施工区画への立入りを禁止し,作業後は清掃するなどしていた(以上に
つき,乙ニ8,13,16,35,36,42)。この点は,吸音・断熱
用吹付けロックウールを含めた場合に相当のシェアを有していた被控訴
人新日鉄住金化学においても,同様の対策がとられていた(乙チ7,13
~15)。
イまた,上記吹付け施工業者らに耐火被覆工事を発注した元請建設業者
は,吹付け材による耐火被覆工事を施工するために上記吹付け施工業者ら
に発注していたのであり,また吹付け作業現場はシート等で養生がされ,
吹付け工も防じんマスクを着用して作業をするなどしていたのであるか
ら,元請建設業者においても,吹付け材が施工されていること自体を認識
していたことは明らかであり,当該吹付け材が石綿を含有することも通常
は認識していたものと考えられる。そして,これらの元請建設業者は,建
設作業現場で建設作業に従事する者に対し民事上の安全配慮義務を負っ
ているほか,当該建設作業現場で作業をする労働者との関係では安衛法上
の規制を遵守する義務を負っており,昭和50年の特化則等改正後はそれ
らの規制が強化された。
ウそうすると,被控訴人太平洋セメントらにおいては,石綿含有吹付けロ
ックウールに関し,建材だけが流通することは想定せず,販売先の系列化
を図り,自社の石綿含有吹付けロックウールの施工の安全性を確保する態
勢をとっていたのであって,このことを通じて元請建設業者の側に安全配
慮義務の履行の契機となる情報は伝達されていたものと評価され,警告義
務の違反があったとは認められない。
したがって,控訴人番号31,同36及び同66の被控訴人企業らに対
する請求は理由がないこととなる。
2控訴人番号70について
控訴人番号70は,7割を超えて鉄骨造又は鉄筋コンクリート造建物に従事
するようになったのは石綿含有吹付け材の販売がほぼ終了した昭和62年6
月以降であることを理由に吹付け材3種類に代えて,各室内等に照明器具や電
気スイッチ等の電気設備を取り付けるために切断して開口する作業を行う際
に使用した,壁・天井材(別紙5【別紙1】⑮,⑯,㉓,㉔)を,主要曝露建
材として主張する。しかしながら,この作業は既に他の作業員により施工され
た壁・天井材を対象とするものであって,建材の新規使用ではないから,控訴
人番号70は建材に付された警告表示の対象には当たらず,被控訴人企業らの
警告義務違反と控訴人番号70の疾患の発症との間に因果関係を認めること
ができない。
したがって,控訴人番号70の請求も理由がないこととなる。
第5配管工を主たる職種とする控訴人11名について
1配管工を主たる職種とする控訴人11名は,主要曝露建材として,基本的に
耐火被覆のための石綿含有吹付け材である別紙5【別紙1】①~③の吹付け材
3種類,㊶石綿セメント円筒を主張する(ただし,ガス配管工であった控訴人
番号64は,㊶を主要曝露建材として主張せず,控訴人番号30,同76は,
保温材の一部を追加している。)。
このうち,吹付け材3種類については,配管の設置作業時に支持金具の取
付けのため天井裏で鉄骨に吹き付けられた吹付け材を削り落とす作業によ
りその吹付け材に,改修工事時における天井裏での作業により剥離して天井
裏に堆積した吹付け材に,それぞれ曝露するというのであるが,これについ
て,控訴人らの特定する被控訴人企業らに対する損害賠償請求が認められな
い理由は,前記第4の電工である控訴人らの請求において述べたところと同
様である。
次に,㊶石綿セメント円筒については,国交省データベース(平成25年
版)において,被控訴人エーアンドエーマテリアルの11製品(乙キ1の8
の1),被控訴人ニチアスの1製品,その他8社62製品が登録されている。
控訴人らは,被控訴人エーアンドエーマテリアルの10製品(8製品は,使
用建物の種類を戸建住宅,共同住宅,学校・幼稚園等,店舗・事務所とし,
2製品は,共同住宅,店舗事務所,劇場・百貨店等としている)のみを主要
曝露建材と主張している。
しかしながら,被控訴人ニチアスの1製品は使用部位が煙突に限られるこ
とから主要曝露建材から除外することを首肯し得るとしても,被控訴人エー
アンドエーマテリアルの1製品及びその他8社62製品は,建物の種類が戸
建住宅となっており(控訴人準備書面(企業-18)別冊1-1),配管工が
職種として戸建住宅に従事することがないとはいえないから,主要曝露建材
と競合関係にあり(その中には,トーアトミジ㈱という石綿セメント円筒の
通称「トミジ管」の由来となったと思われるメーカーもある。),到達の推
認をするためにはそれらを含めたマーケットシェアを参照すべきところ,こ
れについての主張立証がされていないから,到達の推認を行う前提を欠き,
他に主要曝露建材の到達を認めるに足りる証拠はない。
このほか,控訴人番号30,同76は,建材①~③,㊶のほか,保温材の
一部を追加しているが,本来的に保温材の切断は保温工が行うことが多く
(甲E33の1の3,62の1の3),保温材からの曝露の機会は吹付け材
と比較し少なかった(控訴人ら準備書面(企業-24)67頁,最終準備書
面第3編第2分冊153頁)と主張しているから,控訴人番号30について
は労災資料に保温材を取り扱った旨の記載があるとしても(甲F30の4の
「石綿ばく露歴質問票」のチェック),上記控訴人らが保温材を日常的に取
り扱ったとは認められず,これらについても,到達を推認することはできな
い。
2従って,配管工に関する予備的主張2は,その余の点について検討するまで
もなく,理由がないといわざるを得ない。
第6大工を主たる職種とする控訴人37名について
1主要曝露建材の到達について
主要曝露建材と競合する建材の有無について
ア大工を主たる職種とする控訴人らが主要曝露建材として主張する,別紙
5【別紙1】⑮石綿含有スレートボード・フレキシブル板,⑯同・平板,
㉓石綿含有けい酸カルシウム板第1種は,木造建物,鉄骨造建物,鉄筋コ
ンクリート造建物に共通して,一般的に大工が直接的に取り扱い接触する
機会が多い建材である。これらは,防火性や耐火性があり,各種の建築物
において,外装材としては軒天井材などとして,内装仕上材としては壁材,
天井材として使用され,特に⑮と㉓は浴室,台所など火気,湿気のある部
分に使用されることが多い(甲C29,甲D17,26の1,甲E9の1
の3・4,25の1の2,28の1の3・5,59の1の2,61の1の
2~4,63の1の2,63の3,67の1の2,68の1の2,68の
3,控訴人番号61本人(当審),弁論の全趣旨)。
イ控訴人らは,上記3種類を⑮石綿含有スレートボード・フレキシブル板
及び⑯同・平板と,㉓石綿含有けい酸カルシウム板第1種とに二分した上
で,それぞれにおける各社のマーケットシェアを主張立証しているが,上
記3種類,とりわけ⑮と㉓は,建材の性質,施工部位や使用目的で共通性
が高く,到達の推認に当たり,これら3種類を区別してマーケットシェア
を検討するのは相当でない。
被控訴人エーアンドエーマテリアルは,スレートボード,けい酸カル
シウム板第1種は,建材市場において,スラグせっこう板,せっこうボ
ード(石綿含有・非含有を問わない),ロックウール吸音天井板,ビニ
ル床タイル,タイルなどと常に競合関係にあり,特にけい酸カルシウム
板第1種とせっこうボードは内装材として完全に競合すると主張する。
また,被控訴人大建工業は,けい酸カルシウム板第1種のシェアに関し
軟質板,軟質フレキシブル板,パーライト板,パルプセメント板を考慮
すべきと主張し,被控訴人エム・エム・ケイは,せっこうボードを無視
すべきでないと主張する。
しかしながら,まず,せっこうボードは,ボードという形状や耐火性
の点ではけい酸カルシウム板第1種と共通する面があるものの,軒天を
含む外装材や,浴室,厨房,トイレなど湿気の多い部分の内装仕上材と
して使用される可能性に乏しいことから(甲D17),フレキシブル板
やけい酸カルシウム板第1種と代替性があるとはいえず,せっこうボー
ドがけい酸カルシウム板第1種と完全に競合する旨の主張は採用する
ことができない。このほか,タイルは,その形状から考えても,スレー
トボード及びけい酸カルシウム板第1種と代替性があるとは認め難く,
ロックウール吸音天井板及びビニル床タイルも,施工部位が天井ないし
床に限られる点で,代替性を欠く。また,被控訴人大建工業が言及する
パルプセメント板は,軒天井に使用される例はあるものの耐水性が低い
ので主として内装材として使われることから(甲C29),直ちにフレ
キシブル板やけい酸カルシウム板第1種との代替性を認め難く,軟質
板,軟質フレキシブル板,パーライト板についても代替性を認めるに足
りる証拠はない。
これに対し,石綿含有スラグせっこう板は,表層材の種類によって施
工部位や使われ方が異なるものの,内装材,外装材,軒天井材などの各
種の製品があり,多くの製品が不燃材料の認定を受けていて火気使用室
への施工が可能である(甲C29)など,種類全体としてはスレートボ
ード及びけい酸カルシウム板第1種と相当程度の代替性が認められ,到
達の推認の前提となるマーケットシェアの検討に当たり考慮に入れる
必要がある。
各社のマーケットシェア及び到達の蓋然性について
ア上記3種類の建材の各社のマーケットシェアに関する証拠として,甲C
51の1,56,61,62の3,67の2,77,80が提出されてお
り,それらの内容をまとめると別紙7別表2-1・2,3のとおりとなる。
これらは基本的に推計値であるが,具体的な数値が示され,当時の資料と
してシェアを推認する資料となり得るものと考えられる。また,これらの
資料は,昭和55年(甲C80)までのものであるところ,既に述べたと
おり(前記
アを推認する資料にもなり得るものであるが,その後,㉓で大きなシェア
を有している被控訴人ニチアスは,平成4年にその製造・販売を終了して
おり(【別紙大工-2】),上記3種類の建材を通じて一定のシェアを有
している被控訴人エム・エム・ケイも,平成5年に⑯の製造・販売を終了
し(同),平成3年以降は無石綿のけい酸カルシウム板第1種の製造・販
売を始め,平成5年以降はけい酸カルシウム板第1種の出荷量の9割超を
無石綿製品が占める(乙ワ10)など,平成5年以降は,到達の推認の基
礎となる,無石綿の代替製品も考慮したマーケットシェア(前記第1の2
明らかであ
るから,上記資料に基づき到達の推認をすることができるのは平成4年ま
でに限られるといわざるを得ない。
イ別紙7別表2-1・2によれば,被控訴人エーアンドエーマテリアルは
昭和40年代に⑮,⑯について35~55%という高いシェアを有してお
り,昭和49年から昭和53年にかけても石綿スレートボードと㉓とを合
わせた全体で30%台の安定したシェアを有し,別表3のデータをもとに
㉓相当分を除外しても(別紙7別表2-3),その傾向は変わらない。ま
た,昭和49年から昭和53年までのデータは⑮,⑯以外の石綿スレート
ボードが含まれるが,同別表5のように石綿スレートボードの大半は⑮,
⑯が占めていたと考えられることから,⑮,⑯のシェアも同様なものであ
ったと考えられる(なお,昭和53年のデータはドライ製品(カラーベス
ト)等も含まれているが,被控訴人エーアンドエーマテリアルは屋根材で
目だったシェアを有しないから(甲C50),ドライ製品を除いて集計し
てもシェアが大きく低下することはない。)。
そして,別紙6別表8のデータに基づく昭和50年から平成4年までの
スレートボード及び㉓の各出荷量累計(別紙7別表4。65万1753千
㎡,38万8250千㎡)と,スレートボード及び㉓それぞれのシェアの
最小値(昭和53年32.7%,昭和55年23.3%)に基づき,スレ
ートボード及び㉓を合算したシェアを控えめに推計すると,被控訴人エー
アンドエーマテリアルは昭和50年4月から平成4年までスレートボー
ドと㉓を合わせて約30%のシェアを有していたものと推認することが
できる。
(651,753×0.327+388,250×0.233)÷(651,753+388,250)=0.2919
このほか,⑳石綿含有スラグせっこう板につき,国交省データベースに
よれば被控訴人エーアンドエーマテリアルが平成4年までに製造・販売し
たことはうかがわれず,そのシェアがないものとして,⑳の出荷量累計(別
紙7別表4。9万8621千㎡)を合算したシェアを推計したとしても次
のとおりとなる。
(651,753×0.327+388,250×0.233)÷(651,753+388,250+98,621)=0.2666
そうすると,被控訴人エーアンドエーマテリアルは,昭和50年4月か
ら平成4年まで,⑮,⑯と㉓を合わせて約30%,⑳も合わせても25%
以上のシェアを有していたものと推認することができ,それらの建材は7
回の現場数で少なくとも1回は到達した高度の蓋然性があるといえる。
1-(1-0.25)7
=0.86651
ウ次に,被控訴人エム・エム・ケイは,昭和45年に⑮,⑯で10%を超
えるシェアを有しており(別紙7別表2-1),石綿スレートボードと㉓
を合わせたシェアで昭和49年から昭和53年まで11~12%程度の
シェアを維持し(同別表2-2),石綿含有スレートボードのシェアもこ
れと同様であるほか(同別表2-3),㉓のみでも昭和56年まで安定し
て10%前後のシェアを維持している(同別表3)。そして,被控訴人エ
ム・エム・ケイのスレートボード及び㉓それぞれのシェアの最小値(昭和
53年11.6%,昭和51年9.4%)に基づき,前記イと同様の方法
でスレートボード及び㉓を合算したシェアを推計すると,昭和50年4月
から平成4年までスレートボードと㉓を合わせて約10%のシェアを有
していたものと推認することができる。
(651,753×0.116+388,250×0.094)÷(651,753+388,250)=0.1077
このほか,⑳石綿含有スラグせっこう板につき被控訴人エム・エム・ケ
イにシェアのないものと仮定して,前記イと同様の方法でシェアを推計す
ると次のとおりとなるが,国交省データベースによれば,被控訴人エム・
エム・ケイは昭和52年から平成8年まで,先発メーカーとして⑳を販売
しており,ある程度のシェアを有していたと考えられるので,結局⑳を含
めても約10%のシェアを有していたものと推認することができる。
(651,753×0.116+388,250×0.094)÷(651,753+388,250+98,621)=0.0984
なお,被控訴人エム・エム・ケイは,⑮フレキシブル板について,昭和
60年から平成4年3月まで千葉工場で生産した製品の9割超は積水ハ
ウス株式会社関東工場向けの特別仕様のものとし,それらの製品は同工場
でパネルに組み立てられ,一般の大工が現場で切断や穿孔などの加工をす
ることも通常考えられないものとなったというが(乙ワ10),被控訴人
エム・エム・ケイの全出荷量に占める割合などその影響を評価し得る証拠
は提出されておらず,直ちに前記推認を覆すものとはいえない。また,前
記のとおり,被控訴人エム・エム・ケイは平成3年以降無石綿のけい酸カ
ルシウム板第1種を製造・販売しているが,平成3年時点では無石綿製品
の割合は多くなく,平成5年以降に初めて出荷量の9割超となったにとど
まるほか(乙ワ10),千葉工場以外の工場では引き続き⑮の製造を続け
ている(同)のであるから,昭和50年4月から平成4年までのシェアに
大きな影響を与えるものとは認められない。
そうすると,被控訴人エム・エム・ケイは昭和50年4月から平成4年
まで,⑮,⑯,㉓につき,⑳を考慮しても10%程度のシェアを有してい
たものと推認することができ,これらの製品は20回の現場数で少なくと
も1回は到達した高度の蓋然性がある。
エ被控訴人ニチアスは,㉓について別紙7別表3のとおり概ね3割以上の
シェアを安定して有していたことから,その最小値(昭和52年29.
1%)に基づき,同様にスレートボード,⑳及び㉓を合算したシェアを推
計すると次のとおりとなる。したがって,被控訴人ニチアスは,昭和50
年4月から平成4年まで⑮,⑯,⑳と㉓を合わせて約10%のシェアを有
していたものと推認することができ,被控訴人ニチアスの㉓は前記のとお
り20回の現場数で少なくとも1回は到達した高度の蓋然性がある。
388,250×0.291÷(651,753+388,250)=0.1086
388,250×0.291÷(651,753+388,250+98,621)=0.0992
オそして,控訴人らは,大工の平均年間現場数(共同住宅では1棟を1現
場と数える。)として,本件及び同種訴訟における存命中の大工である原
告(控訴人)らからの聴取結果に基づき,年間約16件と主張するところ,
大工は,在来軸組工法による木造建物の新築工事では1か月から1か月半
程度作業をし(甲D35・3頁),改修工事や応援・手伝いでは総じて作
業期間がより短いと考えられること,鉄骨造又は鉄筋コンクリート造建物
では,木造建物と比較して建物の規模が大きく全体の工期も長いものの,
大工が関わる作業の種類が限定されることなどからすると,新築工事とし
て年6件程度,改修工事や応援・手伝いなど短期間の作業を含めると年1
6件程度とする限度では,控訴人らの主張は不合理なものとはいえず,他
にこれと異なる証拠もない。
そうすると,昭和50年4月以降大工を専業として長期間にわたり建築
作業に従事していた控訴人らは,平均して,昭和50年4月から平成4年
までの17年余りの間で272件以上(新築工事に限っても102件以
上)の現場に従事したこととなる。したがって,控訴人らの主張する控え
目な計算方法によっても,被控訴人エーアンドエーマテリアルらの⑮,⑯
及び㉓は,上記控訴人らの現場に相当回数(被控訴人エーアンドエーマテ
リアルでは38回以上,新築工事のみでも14回以上(272×1/7,102×
1/7),被控訴人エム・エム・ケイ及び同ニチアスでは13回以上,新築工
事のみでも5回以上(272×1/20,102×1/20)。前記P式によると,新築
工事のみでそれぞれ少なくとも20回,7回。)にわたって到達した高度
の蓋然性があると認めることができる。そして,この期間,各社はいずれ
も警告義務を怠っていたものと認められる。
カ以上に対し,被控訴人ノザワは,昭和40年代は石綿スレートボードと
㉓を合わせて15%を超えるシェアを有していたものの,昭和50年代に
はシェアを5%程度に急減させており,㉓単独では目立ったシェアを有し
ていないことから,昭和50年10月以降にまとまったシェアを有し続け
たと推認することはできず,よりシェアの少ない被控訴人大建工業につい
ても,同様である。
2被控訴人エーアンドエーマテリアル,被控訴人ニチアス及び被控訴人エム・
エム・ケイの各行為の損害惹起力について
大工の一般的な作業内容について,証拠(甲D26の1,甲E61の1の
2~4,控訴人髙橋本人(当審),弁論の全趣旨)及び弁論の全趣旨によれ
ば,次のとおり認められる。
⑮,⑯,㉓は,それぞれ910㎜×1820㎜が標準寸法であり,施工場
所に合わせて必要があるときに切断するが,せっこうボードなどと比較して
堅い建材であるため,通常,電動丸鋸で1枚ずつ切断し,その際に多量の粉
じんを発散する。その後,切断面をやすり掛けした上で,電動ドライバーを
使用してビス打ちをするなどして施工場所に張り付けるが,それらの際にも
粉じんが発散する。
鉄骨造建物又は鉄筋コンクリート造建物の新築工事における大工の作業
は,(α)墨付け(2日程度),(β)天井・内壁・床の各下地工事(3~4日程
度),(γ)天井・内壁の各仕上げ工事(20日程度),(δ)床仕上げ工事など
があり,木造建物の新築工事では,㋐土台工事(通常1日),㋑建方(柱,
梁などの建込み),㋒屋根下地工事,㋓間柱入れ・胴貫,㋔床下地工事,㋕
日1~1.5部屋),㋛内装下地工事,㋜内装仕上げ工事などがある。
このうち,⑮,⑯,㉓を取り扱うのは,(γ)及び㋛のうちそれぞれ主に台
所,洗面所,風呂場などの水回り部分と,㋕であるが,(γ)及び㋛は屋内での
作業となる。以上のほか,(α)で鉄骨に吹付られた吹付け材を剥がす作業,
(γ),㋚及び㋛で,㉕(石綿含有せっこうボード)などの石綿含有成形板を取
り扱う作業でも,石綿粉じんが発散する。また,改修工事における解体作業
や解体工事において既設の石綿含有建材を破砕する作業での曝露や,他の職
種と並行作業する場合などの間接曝露も考えられる。
⑮,⑯,㉓の取扱い作業による時間平均濃度については,前記第2節第1

るもの(有効な局所排気を用いずに丸鋸で切断した場合,10~20本/㎤),

るビス,釘打ちドリル穿孔などによる建材張付けを主とした作業(丸鋸切断
含む)の気中石綿濃度(中央値12.3本/㎖),同
ル記載の個人曝露測定データ(石綿けい酸カルシウム板貼り3.55~6.
09本/㎖),同平成18年手引に記載された建材の電気丸鋸による切断(2
~20本/㎖)などもある中で,5本/㎤程度の濃度の石綿粉じんに継続的に曝
露したとみるのが相当である。
そして,鉄骨造建物等の(γ)(天井・内壁の各仕上げ工事)には20日間程
度を要し,木造建物の㋛(内装下地工事)については塗装工事を含む内装工
事との工程計画として20日程度が予定されること(甲D15・10頁)な
どからすると,木造建物の㋕(軒天工事)を含め,新築工事1現場当たり2
0日間程度,累積的曝露も含めた⑮,⑯,㉓からの粉じんに曝露するものと,
一応考えることができる。これに対し,改修工事や応援・手伝いなど短期間
の作業では,⑮,⑯,㉓を取り扱う場合と取り扱わない場合とがあり,作業
期間もまちまちであると考えられることから,このような推計をすることは
不可能である。そうすると,平均的な大工における⑮,⑯,㉓からの粉じん
に曝露する日数は,新築工事1現場当たり20日程度とみることができる。
さらに,被控訴人エーアンドエーマテリアルらの前記各マーケットシェア
が認められる昭和50年4月から平成4年までの期間は18年間弱と,相当
長期に及んでいる。それらの製品が到達した高度の蓋然性が認められるの
は,控訴人らの計算方法によっても,被控訴人エーアンドエーマテリアルで
は14現場余り,被控訴人ニチアス及び同エム・エム・ケイでは5現場余り
である。そうすると,上記被控訴人らの行為による累積曝露量は,それぞれ
次のとおりとなり,25本/㎤×年には至らない(前記P式で求めた新築工事
現場数である20現場,7を用いても同様である。)。
(被控訴人エーアンドエーマテリアル)
5[本/㎤]×20/365[年/現場]×14[現場]=3.84[本/㎤×年]
5[本/㎤]×20/365[年/現場]×20[現場]=5.48[本/㎤×年]
(被控訴人ニチアス,被控訴人エム・エム・ケイ)
5[本/㎤]×20/365[年/現場]×5[現場]=1.37[本/㎤×年]
5[本/㎤]×20/365[年/現場]×7[現場]=1.92[本/㎤×年]
そうすると,被控訴人エーアンドエーマテリアル,同ニチアス及び同エム・
エム・ケイの行為は,肺がん又は石綿肺を発症した控訴人との関係では,い
ずれも単独惹起力を有するとは認められず,びまん性胸膜肥厚を発症した控
訴人についても,単独惹起力を有すると認めることは困難であることから,
これらの控訴人については,被控訴人エーアンドエーマテリアルら各自の寄
与度に応じた割合による分割責任を検討することとなる。これに対し,中皮
腫を発症した控訴人との関係では,既に述べたとおり,いずれも単独惹起力
を備えるか否か明らかではなく,加害行為の寄与度が不明の場合と同様に取
り扱うこととなるが,加害者全員の特定がされていないため,主要曝露建材
(⑮,⑯,㉓)による曝露の集団的寄与度の範囲内で,民法719条1項後
段の適用を検討することとなる。
3主要曝露建材(⑮石綿含有スレートボード・フレキシブル板,⑯同・平板,
㉓石綿含有けい酸カルシウム板第1種)からの石綿粉じん曝露量について
まず,大工の作業は,一般に,新築工事における内装工事や改築工事は,
屋内での作業となるから,直接曝露のみならず,相当の間接曝露を受けたも
のと認められる。そして,昭和63年及び平成元年の久永直見らの各測定結
作業者の3分の1から同程度の曝露濃度が報告されていること,平成18年
手引(同ア)では,吹付け石綿除去作業の翌日にも掃除直後に20本/㎤と
いう高濃度の石綿粉じん曝露が報告されているなど,間接曝露の影響は長時
間に及ぶと考えられることなどから,一般的な大工の場合,石綿粉じんの曝
露量全体のうち,半分程度は間接曝露によるものと推認するのが相当である
と考えられる。
また,直接曝露に関しては,控訴人らは,大工の直接取扱い建材として,
石綿含有成形板等に限っても別紙5【別紙1】⑮~㉗,㉙~㉛の16種類を
挙げて,⑮,⑯,㉓以外の成形板等から曝露した可能性のあることを自認し
ているところ,このうち,⑮~㉔の昭和50年から平成4年までの出荷量は
別紙7別表4のとおりであり,⑮~㉔全体の出荷量の75%は⑮~⑲(石綿
含有スレートボード)と㉓が占めている。しかるところ,㉔はボードカッタ
ーで切断することが想定されており(乙ト1,弁論の全趣旨)発じん量は相
対的に少ないと考えられ,⑳~㉒は,⑮,⑯,㉓と同様に電動鋸などで加工
され多量の粉じんを発散した可能性があるものの,取扱いの頻度は少ない。
また,⑮~⑱のうち⑮,⑯が占める割合は,別紙7別表5のとおりであり,
9割程度を占めていたものと認められる(⑰,⑱については統計資料上「そ
の他」に含まれ出荷量が判明しない年度もあるが,出荷量が明らかな年度に
おける⑮,⑯が占める割合についての上記傾向を大きく左右する事情はうか
がえない。)。その余の石綿含有成形板等のうち,せっこうボードは,取扱
量は⑮,⑯,㉓の合計と同程度かこれを上回っていたことがうかがわれるが
(甲E9の1の4・6頁参照),そもそも石綿を含有しない製品も多く,加
工方法も複数枚を一度に切断するなどの場合を除き,カッターで切れ目を入
れて折るのが一般的であり,曝露量は限られたものであったと考えられる。
このほか,⑲,㉖,㉗,㉙~㉛についても,曝露原因となった可能性は否定
し難いが,取扱頻度等が明らかでなく,具体的な寄与をしたと認めることは
できない。さらに,大工によっては屋根材,サイディング,断熱材を取り扱
う者もいるが,屋根材とサイディングは基本的に屋外での作業であったと考
えられ,断熱材についても石綿含有の有無・含有率等の詳細は不明であるこ
とから,いずれも相対的にみて大きな寄与度を認めることはできない。
このほか,前記のとおり,大工は鉄骨造建物で墨付けをする際に鉄骨に吹
き付けられている吹付け材を剥がす作業に従事した可能性があるところ,こ
における,吹付け石綿除去中(80~124本/㎖)と同視し得ないとしても,
その態様からすれば,天井を箒で掃く作業(2.1本/㎖)以上の濃度の石綿
粉じんに曝露したと考えられる。そして,大工を主たる職種とする控訴人で
鉄骨造建物に従事したことがないことを主張する者はいないから,吹付け材
からの曝露の影響も一定程度考慮する必要がある。
さらに,被控訴人エーアンドエーマテリアルらの責任が認められるのは,
⑮,⑯,㉓のうち昭和50年4月から平成4年までに製造・販売した分につ
いてであるところ,これらの製品は,昭和50年4月より前にも相当量が製
造・販売されており,石綿含有率も高かったものの,昭和50年4月以降,
長期間にわたり多量に製造・販売が続けられており,多量に粉じんを発散す
る原因となった電動工具も昭和50年代以降,飛躍的に普及が進んだこと,
平成5年以降は,製品の出荷量や石綿含有率が低下する一方,防じんマスク
の着用など石綿粉じん曝露対策が浸透していったことからすると,昭和50
年4月から平成4年までに製造・販売された分が主要な曝露原因であること
も明らかである。
以上の諸事情を勘案すると,長年にわたり大工の一般的な作業を行ってき
た控訴人らについて,昭和50年4月から平成4年までの間の主要曝露建材
(⑮,⑯,㉓)の直接取扱い作業に伴う曝露量は,直接取扱い建材による曝
露量のうち3分の2程度,曝露量全体ではその3分の1程度(1/2×2/3=1/3)
であったと認めるのが相当である。
4肺がん,石綿肺又はびまん性胸膜肥厚を発症した控訴人らに対する寄与度に
応じた割合による分割責任について
ア本件で石綿肺,肺がん及びびまん性胸膜肥厚を発症した控訴人33名の
うち25名(控訴人番号2~4,6,7,9,16,20,25,26,
28,29,37,41,43,46,47,54,55,59,61,
63,67,68,74)は,本人又は関係者の陳述書(甲E),労災関
係資料(甲F)及び弁論の全趣旨によれば,別紙4のとおり,昭和50年
4月から平成4年までの間,継続して大工を専業として建築現場で作業に
従事していたことが認められ,それらの作業が大工の一般的な作業と異な
るものであったことをうかがわせる証拠はない。上記控訴人らは,その間
に,多数の現場で作業をしたものと認められるから,
とおり,主要曝露建材の直接取扱い作業において,被控訴人エーアンドエ
ーマテリアルらの製品による石綿粉じん曝露を受けたものと推認される。
そうすると,上記控訴人らの石綿関連疾患の発症への寄与度として,主要
曝露建材からの曝露量は各人の全曝露量の3分の1程度であること,各社
のマーケットシェアなどを考慮して,被控訴人エーアンドエーマテリアル
については10%,被控訴人ニチアス及び被控訴人エム・エム・ケイにつ
いてはそれぞれ3%を認めるのが相当である。
イ被控訴人エム・エム・ケイは,上記控訴人らについて,⑮,⑯,㉓以外
の建材を取り扱って粉じんに曝露したことや間接曝露を受けたことが容
易に想定されるのに対して,⑮,⑯,㉓を使用する機会は極めて限定され
ていたこと,控訴人らの陳述書や労災関係資料に被控訴人エム・エム・ケ
イの⑮,⑯,㉓以外の製品を使用した旨の記載がある一方,被控訴人エム・
エム・ケイの⑮,⑯,㉓を使用したことを示す記載がないことなどを主張
する。しかしながら,上記控訴人らが長期間にわたり数多くの建材を取り
扱ってきたことからすると,陳述書や労災関係資料に他社の製品に関する
記載があったり被控訴人エム・エム・ケイの製品に関する記載が具体的に
されていなかったからといって,直ちに被控訴人エム・エム・ケイの製品
を取り扱わなかったことを推認させるものとはいえない。また,被控訴人
エム・エム・ケイの主張は,⑮,⑯,㉓とそれ以外の製品との取扱いの比
率等を具体的に明らかにするものとはいえず,前記寄与度の推認を覆すに
足りるものとはいえない。
ア控訴人番号11,21,35,44,51及び73の各控訴人は,次の
とおり,被控訴人エーアンドエーマテリアルら3社の前記主要曝露建材の
マーケットシェアが確定し得る昭和50年4月から平成4年までの間,継
続して,大工を専業として建築現場での作業に従事したとは認められない
から,上記の手法により,被控訴人エーアンドエーマテリアルらの主要曝
露建材を直接取り扱った事実及びそれらの建材による石綿粉じん曝露の
寄与度を推認する基礎を欠き,他にこれらを認めるに足りる証拠はない。
控訴人番号11は,遅くとも昭和52年頃以降平成12年8月まで,
専ら事務所での見積り等の仕事と現場監督業務に従事していた(甲F1
1の2(10枚目),乙アE11の2・4)。
控訴人番号21は,昭和50年から平成2年までの間,大工として作
業をしていない(別紙5【別紙大工-1】,【別紙大工-2】,甲E2
1の1,甲F21の3(2005年8月9日付け控訴人番号21名義意
見書))。
控訴人番号35は,昭和48年から昭和55年までと平成元年以降は
建築現場で大工作業に従事していたが,昭和56年から昭和63年まで
の8年間は現場監督であった(甲F35の4・平成14年10月15日
付け聴取書,粉じん作業歴申立書)。
控訴人番号44は,昭和48年から昭和58年まで,建築一式工事の
ほか鳶土工工事まで手広く行う一方,昭和58年から平成18年まで,
セコムの防犯設備の設置工事等を請け負う株式会社の社長として現場
施工管理を行っていた(甲E44の1,甲F44の2・自己申立書,平
成21年9月2日付け聴取書)。
控訴人番号51は,昭和48年に有限会社を設立して経営者になって
から,自ら現場で大工として働くより,各地の現場の工程管理,材料の
過不足の確認,追加材料や作業員の手配,ごみの片付けなど管理の仕事
をすることが多かった(甲E51の1)。
控訴人番号73は,昭和41年から平成21年7月まで,ネオンサイ
ンや広告物の製作・取付工事,照明設備の取替え等に従事していた電工
であって(甲E73の1,控訴人ら控訴審最終準備書面第2編第2分冊
145頁),大工ではない。
イまた,控訴人番号40及び42の各控訴人についても,次のとおり,個
別的検討によれば,前記の手法による主要曝露建材の直接取扱い及びこれ
による石綿粉じん曝露の寄与度の推認の基礎を欠き,他にこれを認めるに
足りる証拠はない。
控訴人番号40は,①昭和45年頃から昭和59年6月まで,明治製
菓株式会社の工場などに常駐して,増改築や解体などの作業を行ってお
り,波形スレート,床材の解体・取付け作業,土間のはつり作業,吹付
け石綿の除去作業と再度の吹付け作業,アスベストリボンを巻き付ける
作業などに従事しており,後にけい酸カルシウム板の切断や解体をして
いたことも分かったが,1か月25日の勤務日のうち17,8日は吹付
け作業などを行っており,②同年7月以降は専ら外構工事に従事してい
た(甲E40の1,乙アE40の1)。そうすると,同月以降は被控訴
人エーアンドエーマテリアルらの主要曝露建材を直接取り扱ったとは
認められず,同年6月以前も,作業の一部で㉓を取り扱ったことがうか
がわれるものの,作業内容は一般的な大工のそれとは異なり,主要な曝
露原因は吹付け材であったと考えられ,被控訴人エーアンドエーマテリ
アルらの行為につき具体的な寄与度を認めることはできない。
控訴人番号42は,①昭和53年から昭和62年3月まで,鉄骨への
断熱材の吹付け作業や屋根用断熱材の設置作業などに従事しており,②
同年4月から昭和63年3月まで,住宅,店舗等の新築工事や改築工事
に従事し,③その後平成2年まで主に解体現場や改築の仕事をしていた
ものの(甲E42の1,甲F42の1,2),①は主に大工の一般的な
作業に従事していたとはいえず,②は期間が短く具体的な作業内容も明
らかではなく,③では解体現場での作業も含まれていることなどから,
日常的に一般的な大工としての作業をしていたとは認め難く,さらに平
成3年以降は古民家の移築作業などに従事し石綿粉じんに曝露したと
考え難いこと(同)から,被控訴人エーアンドエーマテリアルらの行為
につき具体的な寄与度を認めることはできない。
5中皮腫を発症した控訴人らに対する民法719条1項後段類推適用に基づ
く責任について
ア本件で中皮腫を発症した控訴人は,控訴人番号5,同8,同14,同4
8の4名であるところ,それぞれ本人又は関係者の陳述書(甲E),労災
関係資料(甲F)及び弁論の全趣旨によれば,昭和50年4月から平成4
年までの間,継続して大工を専業として建築現場で作業に従事していたこ
とが認められ,それらの作業が大工の一般的なそれと異なるものであった
ことをうかがわせる事由はない。そうすると,上記控訴人4名は,それぞ
れ昭和50年4月
被控訴人エーアンドエーマテリアル,同ニチアス及び同エム・エム・ケイ
が製造・販売した⑮,⑯,㉓の取扱いにより発散した石綿粉じんに曝露し
たものと推認される。
イ被控訴人エム・エム・ケイは,上記控訴人4名について,⑮,⑯,㉓以
外の建材を取り扱って粉じんに曝露したことや間接曝露を受けたことが
容易に想定されるのに対して,⑮,⑯,㉓を使用する機会は極めて限定さ
れていたこと,控訴人らの陳述書や労災関係資料に被控訴人エム・エム・
ケイの製品を使用したことを示す記載がないことなどを主張するが,既に
述べたとおり採用できない。
そして,少量の石綿粉じん曝露によっても発症
し得る中皮腫については,加害行為が単独惹起力を備えるか否か必ずしも明
らかでなく,加害行為の寄与度が不明の場合と同様に扱うのが相当であると
ころ,前記3で検討したとおり,長年にわたり大工の一般的な作業を行って
きた控訴人らについて,昭和50年4月から平成4年までの間の主要曝露建
材の直接取扱い作業による曝露量は,間接曝露を含めた曝露量全体のうち3
分の1程度にとどまり,それ以外の曝露原因による曝露量が大きいといわざ
るを得ない。そうすると,損害の衡平な分担という観点から,主要曝露建材
を製造・販売した被控訴人エーアンドエーマテリアルらについては,主要曝
露建材を製造・販売した企業の集団的寄与度である3分の1の範囲内で民法
719条1項後段を適用し,上記控訴人ら4名それぞれの損害額の3分の1
について連帯責任を負うこととするのが相当である。
第7塗装を主たる業務とする控訴人4名について
控訴人らは,塗装工の作業内容が,①塗装作業前の清掃作業,②鉄骨等を塗
装する際にそこに付着した吹付け材をこそぎ落とす作業,③塗装の下地調整と
してモルタル壁やボードの表面を平滑にする作業,④塗り直しのための外壁や
屋根のけれん作業などであり,①では前工程で飛散し堆積したボード類や吹付
け材の石綿,②では吹付け材の石綿,③では混和材やボード類の石綿,④では
外壁材や屋根材の石綿が飛散するとした上で,混和材と,吹付け材3種類又は
ボード3種類を主要曝露建材として主張する。
しかしながら,上記吹付け材3種類は,前記第4の電工の主要曝露建材とさ
れた耐火被覆を用途とする吹付け材3種類と同じ製品であり,これに関して控
訴人らの特定する被控訴人企業に対する損害賠償請求が認められないのは,電
工について述べたところと同じである。また,ボード3種類及び混和材は,い
ずれも各建材の新規使用ではないから,控訴人らは警告表示の対象とはいえ
ず,被控訴人企業らの警告義務違反と控訴人らの疾患の発症との間に因果関係
を認めることはできない。
したがって,上記控訴人4名の被控訴人企業らに対する請求は理由がないこ
ととなる。
第8板金を主たる業務とする控訴人3名について
板金を主たる業務とする控訴人3名は,いずれも屋根材である別紙5【別紙
1】㉝住宅屋根用化粧スレートの1種類又はこれに㊲スレート波板・大波,㊳
同・小波,㊴同・その他を加えた4種類を主要曝露建材として主張する。
しかしながら,これらの屋根材については,石綿関連疾患を発症することの
予見可能性を認め難く,警告義務違反を認めることができないから,その余の
点について検討するまでもなく,上記控訴人3名の被控訴人企業らに対する請
求は理由がないこととなる。
第9解体工・鳶を主たる業務とする控訴人6名について
控訴人らは,解体工のほか鳶も建築物の解体作業に従事することを理由に,
別紙5【別紙1】の①~⑭,⑮,⑯,㉓の17種類の一部又は全部が主要曝露
建材であると主張する。
しかしながら,解体作業は,いずれも各建材の新規使用ではないから,警告
表示の対象とはいえない。したがって,被控訴人企業らの警告義務違反と控訴
人らの疾患の発症との間に因果関係を認めることはできず,その余の点につい
て検討するまでもなく,上記控訴人6名の被控訴人企業らに対する請求は理由
がないこととなる。
第10控訴人番号24(タイル工)について
1控訴人らは,タイル工を主たる職種とする控訴人番号24は,建物の床や壁
に漆喰やモルタルを塗る作業,サッシ周り,土間コンクリートならし,天端な
らしなどの作業を行うため,モルタルやプレミックス材を練る際に,混和材を
混ぜ合わせる作業に従事したとして,混和材を主要曝露建材とする。
しかしながら,前記第2の1のとおり,混和材の取扱いの有無,頻度は個々
の左官により異なり,タイル工についてのみ混和材を日常的に取り扱ったとは
考え難いところ,控訴人番号24は労災認定手続において,昭和60年以降タ
イル工事の仕事に転換してからは仕事で石綿を扱うことはなかったと明言し
ており(甲F24の4(6丁)),被控訴人ノザワ,同太平洋セメント及び同
日本化成の各混和材が控訴人番号24の現場に到達した事実は認められない。
2次に,控訴人番号24は,被控訴人エーアンドエーマテリアルが製造・販売
した石綿含有耐火被覆板であるブロベストボードの取扱いによる石綿粉じん
曝露を主張するところ,同控訴人は,昭和48年4月から昭和52年3月まで,
朝日石綿工業(被控訴人エーアンドエーマテリアル)の下請会社である株式会
社杉山の職人として,大規模なビルの建築作業現場などで,朝日石綿工業の石
綿含有耐火被覆板ブロベストボードを朝日石綿工業から貸与された切断機で
切断して鉄骨に張り付ける作業に従事していた旨を具体的に供述しており(甲
E24の1,24の2の2,甲F24の4・平成19年10月2日付け聴取書),
この供述は信用することができる。
一般に石綿含有耐火被覆板は発じんしやすい製品であり,国交省データベー
スによれば,ブロベストボードは,アモサイトを使用し,石綿含有率が40%
である。石綿含有耐火被覆板の取扱い作業について,同様に発じんしやすいと
考えられる石綿断熱板に関する測定値によると,用手鋸断で5~12(繊維/
㎤),有効な局所排気を用いない場合の機械鋸断として,クランク鋸で5~2
0(繊維/㎤),丸鋸で20以上(繊維/㎤)とあることから,ブロベストボー
ドの切断作業による曝露濃度も少なくとも5(繊維/㎤)程度はあったものと考
えられる。しかしながら,控訴人番号24の作業期間が4年,このうち警告義
務違反が認められる昭和50年4月以降の期間は2年にとどまることから,控
訴人中村が取り扱ったブロベストボードが,石綿肺を単独で惹起する程度の石
綿粉じん曝露を生じさせたとは認め難い。
3そこで,被控訴人エーアンドエーマテリアルのブロベストボードの寄与度に
ついてみるに,控訴人中村は昭和38年5月から昭和41年4月まで,昭和4
3年5月から昭和44年12月まで4年8か月間,石綿を使用した保温作業に
従事していたことが認められる(甲F24の3)。保温材も一般的に発じんし
やすい製品であり,保温材を剥ぐ作業では特に高濃度の石綿粉じん曝露が報告
されていること,作業期間は保温作業がより長いこと
などからすると,被控訴人エーアンドエーマテリアルのブロベストボードの寄
与度は30%程度,このうち昭和50年4月以降の期間に取り扱った部分の寄
与度は15%程度であったとみるのが相当である。したがって,被控訴人エー
アンドエーマテリアルは控訴人番号24との関係で寄与度15%に応じた割
合による分割責任を負うこととなる。
第11鉄骨工を主たる職種とする控訴人番号58について
控訴人らは,鉄骨工を主たる職種とする控訴人番号58の主要曝露建材とし
て,躯体からの除去・剥離作業や作業中に接触することにより発じんする,耐
火被覆を用途とする吹付け材3種類を主張する。
しかしながら,これらについて,控訴人らの特定する被控訴人企業らに対す
る損害賠償請求が認められない理由は,電工である控訴人らの請求において述
べたとおりである。
第12控訴人番号53について
控訴人らは,控訴人番号53が,空調用ダクトを組み立て,保温材を切断し
てダクトに巻き付け,天井裏に潜り込んで吹付け材を剥がしながら設置作業を
行ったほか,空調用ダクトの修理,解体作業も行っていたとした上で,耐火被
覆材として用いられる吹付け材3種類(別紙5【別紙1】①吹付け石綿,②石
綿含有吹付けロックウール,③湿式石綿含有吹付け材のうち,主な使用部位に
「耐火被覆材」が含まれないもの及び製造販売期間が足かけ3年に満たないも
のを除いた製品),使用建物がプラント等の保温材を除く保温材2種(同⑦石
綿含有けい酸カルシウム保温材,⑩石綿保温材)を直接取り扱いそれらの石綿
粉じんに直接的に曝露した可能性があるとして,それらを主要曝露建材として
主張する。
しかしながら,吹付け材3種類については,電工である控訴人らの請求にお
いて述べたとおりであり,被控訴人企業らの責任を問うことはできない。また,
保温材についても,⑦,⑩の2種類に限定されているものの,⑩について出荷
量もシェアも明らかではないから,仮に他に競合関係にある保温材がないとし
ても,⑦,⑩についてのシェアを認定することはできず,到達の推認の前提を
欠き,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人番号53の被控訴人企業らに対する請求は,その余の点
について検討するまでもなく理由がないこととなる。
第6節消滅時効の成否(争点6)
被控訴人企業らは,控訴人らが,国交省データベース等から石綿含有建材を
製造・販売したものを容易に加害者とすることができ,遅くとも労災認定等を
受けた時点で,石綿が原因で特定の疾患に罹患したとの認識に至っており,「損
害及び加害者を知った」といえる旨主張する。
しかし,民法724条にいう被害者が加害者を知った時とは,被害者におい
て,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこ
れを知った時を意味し(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集
27巻10号1374頁参照),被害者が損害を知った時とは,被害者が損害
の発生を現実に認識した時をいう(最高裁平成14年1月29日第三小法廷判
決・民集56巻1号218頁参照)と解するのが相当である。しかるところ,
石綿含有建材は多数の石綿建材企業から数多くの製品が販売されており,控訴
人らはそれぞれ複数の石綿建材企業から販売された複数の種類の製品を取り
扱いそれらから発散する石綿粉じんに曝露した可能性がある一方,石綿関連疾
患は一般に長期間の潜伏期間を経た後に発症するものであるから,控訴人ら
が,一般的に,石綿関連疾患を発症した時点やその後労災認定等を受けた時点
において,過去に長期間にわたって取り扱った石綿含有建材とその販売企業の
特定をすることは,事実上困難であるといわざるを得ず,国交省データベース
に石綿含有建材の種類やその販売企業が登録されていたとしても,上記の特定
作業が可能となるものでもない。
したがって,予備的主張その2について,国交省データベースが公開されて
いたことと控訴人らが労災認定等を受けたことから直ちに,控訴人らが労災認
定等を受けた時点で「損害及び加害者を知った」と認めることはできず,被控
訴人企業らの上記主張を採用することはできない。
第7節被控訴人国と被控訴人企業との共同不法行為の成否(争点7)
控訴人らは,被控訴人国の国家賠償法上の責任と被控訴人企業らの不法行為
責任とは,共同不法行為(民法719条1項前段)に当たると主張する。
そこで検討するに,本件では,被控訴人国の安衛法上の規制・監督権限の不
行使と,被控訴人企業らの警告義務違反行為とが競合しているが,そもそも被
控訴人企業らは,製品の安全性確保義務の一態様として,第一次的に,製品の
使用者に対する警告義務を負っている。これに対し,被控訴人国は,監督官庁
として被控訴人企業らに対し規制・監督権限を行使する立場にあるものの,そ
れらの権限は,刑事罰をもって履行を強制すべき最低限度の警告義務を明らか
にするものにすぎず,その不行使によって,被控訴人企業らの私法上の義務や
責任を限定するものではなく,また,被控訴人企業らが製品の使用者に対し適
切に警告義務を果たしていれば,規制・監督権限を行使する必要もないのであ
るから,その責任は二次的,補充的なものにとどまる。このように,監督官庁
である被控訴人国の規制・監督権限の不行使と規制・監督対象者たる被控訴人
企業らの行為とは,共同して他人に損害を生じさせるような一体性があるとは
いえず,民法719条1項前段の要件に当たらない。
したがって,被控訴人国と被控訴人企業らとの間に共同不法行為は成立しな
いというべきである。
第8節控訴人らの損害額(争点8)
第1包括一律請求に基づく慰謝料額の算定について
1包括一律請求の適否について
控訴人らは,石綿関連疾患の被災者らの被害に関し,財産的損害については
新たな訴訟の提起を含め別途請求しないことを明らかにした上で,石綿関連疾
患の罹患により被った身体的,経済的,社会的被害等によってもたらされる精
神的苦痛を包括した慰謝料として,被災者一人当たり一律3500万円を請求
している。もとより,これらの被害等は,被災者各自の具体的症状,経済的状
況,社会的環境などによりその内容,程度等を異にし得るものであるが,いず
れも建築作業現場における石綿粉じんへの曝露により石綿関連疾患に罹患し
たという共通の事実関係の存在を前提として,被害の内容,程度において各被
災者に共通し又は類似するものがあるから,それらを被災者全員に共通する損
害ととらえて,一律にその賠償を請求することもできないものではないという
べきであり,その場合,共通する損害について基準となる慰謝料額を算定した
上で,個別の事情を増減事由として考慮することによって,慰謝料額を算定す
るのが相当である。
2基準慰謝料額について
前記第2章第2節第4のほか,証拠(甲A106,107,乙アA45,
47,55)及び弁論の全趣旨によれば,石綿肺,肺がん,中皮腫及びびま
ん性胸膜肥厚の症状,治療方法,予後は概ね次のとおりである。
ア石綿肺の初期症状は,軽い息切れと運動能力の低下であり,症状が進行
すると慢性気管支炎を併発し,咳や喘鳴が現れ,間質性変化の進行と共に
呼吸困難が進行し,重度の息切れ,低酸素症,呼吸不全が起こる。石綿肺
による器質的変化は不可逆性のものであり,治療方法は,鎮咳剤,去痰剤
などの対症療法が中心で,低酸素症に関しては酸素投与を行う。胸部エッ
クス線所見が悪いほど予後が悪く,他のじん肺患者と比べてもはるかに悪
かったとの報告がある。
イ肺がんの一般的症状は,血痰,慢性的な激しい咳,喘鳴,胸痛,体重減
少,食欲不振,息切れなどであるが,進行するまで無症状であることも多
い。治療方法は,病期等により外科療法,放射線療法,化学療法などから
決定されるが,手術の適応とならない場合も多い。非小細胞がんで手術を
した場合は,術後の5年生存率は1期80%,2期60%,3期40%,
4期10%未満,放射線治療の場合はこれより悪くなり,小細胞がんでは,
限局型で放射線療法と化学療法の合併療法を受けた場合の5年生存率が
約25%,進展型で化学療法を受けた場合の3年生存率が約10%とされ
るなど,予後は不良である。
ウ胸膜中皮腫の一般的な症状は,胸水貯留や気胸による息切れ,胸痛,咳
が多く,進行すると胸痛や咳がひどくなったり,肺や心臓を圧迫して呼吸
困難を伴うことがある。治療として外科療法,化学療法,放射線療法やこ
れらの併用が行われるが,標準的な治療方法は確立されていない。予後は
不良で,中皮腫の診断確定からの生存期間を7~17か月とする報告や,
胸膜中皮腫発生時からの生存期間の中央値を15.2か月,2年生存率2
9.6%,5年生存率3.7%とする報告がある。
エびまん性胸膜肥厚の臨床症状・所見には,咳と痰,呼吸困難,喘鳴,反
復性胸痛,反復性の呼吸器感染等がある。びまん性胸膜肥厚に対しての加
療はなく,石綿肺同様に徐々に進行して,肺活量,全肺気量,静肺コンプ
ライアンスが低下して拘束性肺機能障害をきたし,慢性呼吸不全状態にな
れば在宅酸素療法による継続的治療が必要になる。
以上のとおり,石綿関連疾患は,進行性があり,予後は不良で,いずれも
重大な疾患であることは医学的に明らかである。そして,本件の被災者らは,
じん肺,肺がん,中皮腫又はびまん性胸膜肥厚の労災認定を受けた者である
ところ,石綿肺に罹患した被災者については,じん肺法が定める管理区分に
応じた慰謝料額を定めるのが相当であり,また,肺がん及び中皮腫は,予後
が悪く生存率低下が認められ進展時の苦痛も大きいこと,びまん性胸膜肥厚
についても,認定の基準として著しい肺機能障害が必要とされていることに
照らすと,それらの疾病に罹患した被災者については,じん肺における管理
区分4に準じて考えるのが相当である。
そして,控訴人らの各陳述書,控訴人番号1,同6,同9,同12,同1
3,同14,同28,同29,同31,同35,同54,同58,同66各
本人(各原審)及び弁論の全趣旨によれば,被災者らは,息切れ等の症状に
始まる肺機能障害等が次第に重篤化していき,仕事を断念せざるを得ず,ま
た,家族や親族の援助,看護がなければ日常生活を送ることができないよう
になったり,酸素吸入を必要とするようになったり,呼吸困難の発作が生じ
て入退院を繰り返したり,家族にかける精神的,経済的,肉体的負担に対す
る深い負い目に苛まれたりするなか,苦痛のうちに死を迎えた被災者は多
く,生存中の被災者である控訴人らも将来に強い不安を感じながら生活して
いることが認められる。
このほか,本件の被災者らが収入の減少,治療関係費など少なからぬ経済
的負担を負っていること自体は認められるものの,他方で労災保険給付等を
受給して,平成26年6月末日時点でその合計は21億5325万8976
円となっているところ(弁論の全趣旨),これらの事情も慰謝料額の算定に
当たっての一要素として斟酌されるべきである。
以上を踏まえると,本件の被災者らについて慰謝料の基準となる額は,次
のとおりとするのが相当である。
石綿肺(管理区分2,合併症あり)1300万円
石綿肺(管理区分3,合併症あり)1800万円
石綿肺(管理区分4),肺がん,中皮腫,びまん性胸膜肥厚
2200万円
石綿関連疾患による死亡2500万円
第2被控訴人国の負担すべき損害額について
1被控訴人国の責任の範囲を踏まえた修正
職場における労働者の安全と健康の確保は,本来,労働契約上の安全配慮義
務を負担する事業者によって行われるべきものであり,事業者は単に安衛法の
定める最低基準を遵守するだけでなく,職場の安全・衛生水準の向上・改善の
ために努力することが期待されている(安衛法3条1項)。また,労働災害の
防止には労働者の協力が不可欠であることから,労働者は労働災害防止のため
安衛法に定められた必要な事項を守るほか,事業者その他関係者の実施する労
働災害防止のための措置に協力するよう努めなければならないとされている
(安衛法4条)。被控訴人国の安衛法上の規制権限は,事業者が負担する労働
者の健康・安全確保のための第一次的な責任と労働者のこれに協力する義務を
前提として,最低限の基準を定め,罰則等をもって,その履行を監督するもの
であり,第二次的・補完的な責任と位置づけられるものである。同様に,原材
料等の供給者は,これを使用する労働者に対して,私法上,製品の安全性確保
義務を負担しており,これが適切に履行される限り,被控訴人国の安衛法上の
権限行使が不要になるという意味で,被控訴人国の責任は第二次的なものとい
うことができる。このような被控訴人国の負担する責任の性質に加えて,本件
においては,被控訴人国による規制権限の行使等と建築作業現場における労働
者の石綿粉じん曝露及び石綿関連疾患の発症との間には,事業者及び石綿建材
企業の行為のほか,労働者自身の行為が介在し,被控訴人国による規制権限の
行使があれば,建築作業現場における労働者の石綿粉じん曝露を抑制すること
により,石綿関連疾患の発症時期や程度などの点において労働者の被害の発生
ないし拡大を相当程度防止することができたとはいえるが,その全てを防止す
ることができたとまでは断じ難い。加えて,被控訴人国は,実効性の点におい
て不十分であったとはいえ,規制権限を行使してきたこと等を勘案すると,損
害の公平な分担の観点から,被控訴人国が賠償責任を負うのは被災者に生じた
損害の3分の1(端数がある場合は1円未満を切り捨てる。以下同様)を限度
とするのが相当である。
2被控訴人国の責任期間に応じた修正
前記第2章第2節第4のとおり,石綿関連疾患のうち,石綿肺は大量の石
綿粉じんに曝露することによって発生する疾病であり,肺がんは石綿粉じん
曝露との間に量・反応関係が認められる疾病であり,中皮腫はそのほとんど
が石綿粉じん曝露を原因とする疾病であり,びまん性胸膜肥厚も石綿粉じん
に一定期間曝露したときに有所見率が高くなることなどが報告されている
疾病である。石綿関連疾患に関する国際的な診断基準としてヘルシンキ・ク
ライテリアがあり,これらの医学的知見等を踏まえた専門家による検討(乙
ア165)を経て,石綿による疾病の労災認定基準が定められているところ
(乙ア44,168),同認定基準によれば,石綿関連疾患の労災認定手続
は,X線写真検査を中心に,肺機能検査等の客観的資料や石綿粉じん曝露作
業歴に基づき,専門家の審査を経て行われる信用性の高いものということが
できる。したがって,石綿粉じん曝露作業歴を有し,石綿関連疾患の労災認
定を受けた各被災者は,石綿粉じん曝露作業により石綿関連疾患を発症した
ものと推認することができる。
一般に,石綿肺については,曝露開始から発症まで10年以上とされ,
肺がんについても,胸膜プラーク等の石綿曝露所見が認められ,石綿曝露
作業に概ね10年以上従事したことが確認された場合には,石綿を原因と
する肺がんとみなせる程度の石綿曝露があったとみなすことができると
されていることからすると,被控訴人国の責任期間が10年以上となる被
災者については,その期間の石綿粉じん曝露のみでも石綿肺又は肺がんに
罹患する危険性が高いということができる。そうすると,石綿肺又は肺が
んに罹患した被災者で被控訴人国の責任期間が10年以上であるものに
ついては,その期間における石綿粉じん曝露のみでも各疾患を生じさせる
に十分であったということができ,その余の期間において石綿粉じんに曝
露していたとしても,被控訴人国の責任が否定されたり,寄与度を限度と
するものとして減額されるべきではないというべきである。他方で,被控
訴人国の責任期間が10年に満たない者については,被控訴人国の責任期
間以外の期間における石綿粉じん曝露も一定の限度で石綿肺又は肺がん
の発生に寄与したとみるべきであるから,期間に応じて慰謝料の減額をす
るのが相当であり,具体的には,被控訴人国の責任期間が10年に満たな
いときには,1年ごとに1割ずつ減額するのが相当である。さらに,被控
訴人国の責任期間が1年に満たないときには,他の期間における石綿粉じ
ん曝露が石綿関連疾患の発症原因となったとみるべきであるから,被控訴
人国の規制権限不行使等と石綿関連疾患の発症との因果関係が否定され
る。
イまた,中皮腫については,概ね1年以上の石綿曝露作業従事歴が認めら
れる場合に職業曝露によるものとみなされるとされていることからする
と,被控訴人国の責任期間が1年以上のときには,被控訴人国の責任期間
内の石綿粉じん曝露のみでも中皮腫を生じさせるに十分であったという
ことができ,その余の期間において石綿粉じんに曝露していたとしても,
被控訴人国の責任が否定されたり,寄与度を限度とするものとして減額さ
れるべきではない。被控訴人国の責任期間が1年に満たないときには,そ
の余の曝露期間などの事情を勘案して,個別に検討することとせざるを得
ないと解される。
ウさらに,びまん性胸膜肥厚については,概ね3年以上の職業曝露歴を有
する場合に,石綿曝露によるものと考えてよいとされていることからする
と,被控訴人国の責任期間が3年以上である場合には,その期間における
石綿粉じん曝露のみでもびまん性胸膜肥厚を生じさせるに十分であった
ということができ,その余の期間において石綿粉じんに曝露していたとし
ても,被控訴人国の責任が否定されたり,寄与度を限度とするものとして
減額されるべきではないというべきである。他方で,被控訴人国の責任期
間が3年に満たない者については,被控訴人国の責任期間以外の期間にお
ける石綿粉じん曝露も一定の限度でびまん性胸膜肥厚の発生に寄与した
とみるべきであるから,被控訴人国の責任期間が3年に満たないときに
は,1年ごとに3分の1ずつ減額するのが相当である。
3肺がんを発症した被災者の喫煙歴による修正
前記第2章第2節第4で引用した原判決17・18頁に記載のとおり,IP
CS(国際化学物質安全計画)は,喫煙歴も石綿曝露歴もない人の発がんリス
クを1とすると,喫煙歴があって石綿曝露歴がない人では10.85倍,喫煙
歴がなく石綿曝露歴のある人では5.17倍,喫煙歴も石綿曝露歴もある人で
は53.24倍になると指摘している。もとより,喫煙歴の有無にかかわらず,
石綿粉じん曝露による肺がん発症リスクは増加するのであるから,肺がんを発
症させ得る程度に石綿粉じん曝露作業に従事した被災者が現実に肺がんに罹
患した以上,被災者の石綿粉じん曝露作業と肺がんとの間には因果関係があ
り,喫煙歴を有することから直ちに石綿粉じん曝露と肺がんの因果関係が否定
されることにはならないというべきであるが,喫煙歴が石綿による肺がんのリ
スクを相乗的に高め,肺がん発症に一定の影響を与えていることは否定し難
い。
したがって,損害の公平な分担の見地から,肺がんに罹患した被災者のうち
喫煙歴を有する者の慰謝料額を算定するに当たっては,民法722条2項を類
推適用し,喫煙歴のあることを斟酌するのが相当である。もっとも,本件で提
出されている医学的証拠によっても,喫煙量・喫煙歴の寄与割合を厳密に切り
分けることは困難である上に,喫煙すること自体は社会的に許容された嗜好で
あり,健康に対する警告も一般的なものにとどまっていたことを勘案すると,
減額は控えめに,かつ一律に行うのが相当であり,慰謝料額の1割を減額する
のが相当である。
4労働関係法令の不遵守について
労働者の保護具の着用義務は,事業者から使用を命じられることを要件とす
るものであるところ,控訴人らが事業者から防じんマスクの着用を命じられな
がらこれを着用しなかったことを認めるに足りる証拠はない。また,控訴人ら
の使用者による労働関係法令の不遵守は控訴人らの慰謝料額に影響すべきも
のではない。したがって,労働関係法令の不遵守を理由に控訴人らの慰謝料額
を減額すべき理由はない。
5弁護士費用
控訴人らは,控訴人ら代理人に対し,本件訴訟の追行を委任したところ,本
件訴訟の内容,審理の経過,認容額等の諸般の事情を考慮すると,被控訴人国
の責任と相当因果関係のある弁護士費用として,それぞれの慰謝料額の1割に
相当する金額を認めるのが相当である。
第3被控訴人企業らの負担すべき損害額について
1被控訴人企業らの責任
前記第5節で認定判断したとおりである。
2肺がんを発症した被災者の喫煙歴による修正
前記第2の3のとおり,肺がんを発症した被災者のうち喫煙歴を有する者
は,民法722条2項の類推適用により,慰謝料額の1割を減額することとす
る。
3防じんマスクを着用しなかったことについて
控訴人らは,被控訴人企業らが警告義務を怠ったことにより,自ら取り扱っ
た建材が石綿を含有していることやその危険性を明確に認識することができ
なかったのであるから,控訴人らが防じんマスクを着用しなかったことをもっ
て過失相殺をする理由はない。
また,控訴人番号23が特定化学物質等作業主任者の資格を取得したのは昭
和54年9月のことであり(甲E23の1の2),被控訴人エーアンドエーマ
テリアルらの責任が認められる曝露期間の多くはそれ以前のことであるから,
控訴人番号23が上記資格を取得していたことをもって権利濫用ないし過失
相殺による減免をするのは相当とはいえない。
4弁護士費用
前記第2の5と同様,被控訴人企業らの責任と相当因果関係のある弁護士費
用としては,それぞれ慰謝料額の1割に相当する金額と認めるのが相当であ
る。
第9節結論
第1以上によれば,控訴人らの被控訴人らに対する請求は,次のとおりとなる。
1被控訴人国に対する請求
前記第3節,第4節,第8節第2で認定,判断したところによれば,被控訴
人国が責任を負うのは,別紙4の「国の責任期間」欄に1年以上の期間の記載
がある控訴人(被災者)についてであるところ,それぞれの発症疾患とその転
帰,国の責任期間,肺がんを発症したときは喫煙歴に基づき,被控訴人国が負
担すべき慰謝料額は,別紙4の「国の金額」欄の記載のとおりであり,これに
弁護士費用,相続・承継を考慮して,控訴人ごとに認容されるべき金額は,別
紙2の「被控訴人国」「認容額」欄記載のとおりとなる。
したがって,別紙2の「被控訴人国」「認容額」欄に記載のある各控訴人の
同被控訴人に対する請求は,被控訴人国に対し,国賠法1条1項に基づき,そ
れぞれ,各控訴人に対応する上記欄記載の金員及びこれに対する「遅延損害金
起算日」欄記載の各年月日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度で理由があるから認容されるべきであり,その余は理由がな
いからいずれも棄却されるべきである。また,別紙2の「被控訴人国」欄が空
白である各控訴人の被控訴人国に対する請求は,いずれも理由がないから棄却
されるべきである。
2被控訴人企業らに対する請求
被控訴人エーアンドエーマテリアル,被控訴人神島化学工業,被控訴人ニ
チアス及び被控訴人エム・エム・ケイに対する請求
前記第5節で認定,判断したところによれば,被控訴人エーアンドエーマ
テリアル,被控訴人神島化学工業,被控訴人ニチアス及び被控訴人エム・エ
ム・ケイが責任を負うのは,別紙4の「企業の責任」欄に当該被控訴人の記
載がある控訴人(被災者)についてであるところ,それぞれの発症疾患とそ
の転帰,同被控訴人の責任の種類及び寄与度,肺がんを発症したときは喫煙
歴に基づき,上記各被控訴人がそれぞれ負担すべき慰謝料額は,別紙4の「企
業の金額」欄の記載のとおりであり,これに弁護士費用,相続・承継を考慮
して,控訴人ごとに認容されるべき金額は,別紙2の各被控訴人企業の「認
容額」欄記載のとおりとなる。
したがって,別紙2の各被控訴人企業の「認容額」欄に金額の記載のある
各控訴人の当該被控訴人に対する請求は,当該被控訴人に対し,民法709
条に基づきそれぞれ(控訴人(5),同(8),同(14),同(48の1)
及び同(48の2)においては,同条及び民法719条1項後段に基づき被
控訴人エーアンドエーマテリアル,同ニチアス及び同エム・エム・ケイの連
帯で),各控訴人に対応する上記欄記載の金員及びこれに対する「遅延損害
金起算日」欄記載の各年月日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害
金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからい
ずれも棄却されるべきであり,また,別紙2の各被控訴人企業の「認容額」
欄が空白である各控訴人の当該被控訴人に対する請求は,いずれも理由がな
いから棄却されるべきである。
その余の被控訴人企業らに対する請求
控訴人らの被控訴人旭硝子,同旭トステム外装,同ウベボード,同永大産
業,同クボタ,同ケイミュー,同倉敷紡績,同クリオン,同壽工業,同小松
ウオール工業,同JFE建材,同昭和電工建材,同新日鉄住金化学,同住友
大阪セメント,同積水化学工業,同大建工業,同大阪ソーダ,同太平洋セメ
ント,同チヨダウーテ,同DIC,同デンカ,同東洋テックス,同東レAC
E,同LIXIL,同ナイガイ,同ニチハ,同日東紡績,同日本インシュレ
ーション,同日本碍子,同日本化成,同日本バルカー工業,同ノザワ,同ノ
ダ,同福田金属箔粉工業,同フクビ化学工業,同文化シヤッター,同明和産
業,同吉野石膏及び同淀川製鋼所に対する各請求は,いずれも理由がないか
ら棄却されるべきである。
第2よって,別紙2の「被控訴人国」「被控訴人エーアンドエーマテリアル」「被
控訴人神島化学工業」「被控訴人ニチアス」「被控訴人エム・エム・ケイ」欄の
いずれかに金額の記載のある控訴人らの当該被控訴人らに対する控訴に基づき,
原判決中,前記第1と結論を異にする上記当事者間に関する部分を前記第1の趣
旨に変更し,上記各欄のいずれかが空白である各控訴人の当該被控訴人に対する
いず
れも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。なお,上記の変
更に係る部分については,当該控訴人ら申立ての仮執行宣言を付する(被控訴人
国については申出によりその執行開始時期を本判決が被控訴人国に送達された
後14日経過した時とする。)とともに,被控訴人国,同エーアンドエーマテリ
アル,同神島化学工業及び同ニチアスの申立て並びに職権により,担保を条件と
する仮執行免脱宣言を付することとする。
東京高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官永野厚郎
裁判官中山雅之
裁判官筈井卓矢

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛