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平成26年(オ)第1130号,平成26年(受)第1440号,第1441号
受信契約締結承諾等請求事件
平成29年12月6日大法廷判決
主文
本件各上告を棄却する。
各上告費用は各上告人の負担とする。
理由
第1事案の概要
1本件は,平成26年(オ)第1130号・同年(受)第1440号被上告人
兼同年(受)第1441号上告人(以下「原告」という。)が,原告の放送を受信
することのできる受信設備(以下,単に「受信設備」ということがある。)を設置
していながら原告との間でその放送の受信についての契約(以下「受信契約」とい
う。)を締結していない平成26年(オ)第1130号・同年(受)第1440号
上告人兼同年(受)第1441号被上告人(以下「被告」という。)に対し,受信
料の支払等を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要等(公知の事実を含む。)は,次のと
おりである。
(1)放送法に基づく原告に係る制度の概要等
ア原告は,放送法により設立された法人であり(同法16条),「公共の福祉
のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番
組による国内基幹放送(中略)を行うとともに,放送及びその受信の進歩発達に必
要な業務を行い,あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うこと」(同法15
条)を目的としている。
イ放送法施行前(以下「旧法下」という。)においては,我が国では,大正1
5年に社団法人日本放送協会が設立された後は,同協会のみが放送を行っていたと
ころ,放送の受信設備(聴取無線電話)は,政府の監理統制する無線電話の一種と
して,無線電信法2条により,その設置に主務大臣の許可を要することとされてい
た。そして,放送用私設無線電話規則13条により,放送の受信設備の設置の許可
を受けるためには,許可願書と共に放送施設者(社団法人日本放送協会)に対する
聴取契約書を差し出さなければならないものとされていた。また,無線電信法に
は,許可なく無線電話等を設置した者に対する罰則規定も設けられていた。このよ
うな制度の下で,放送の受信設備を設置した者は,聴取契約に基づいて社団法人日
本放送協会に聴取料を支払い,同協会は,聴取料を基本的な財源として放送事業を
行っていた。
上記の無線電話の設置の許可基準は法定されておらず,また,放送事業は,政府
の監督下に置かれ,番組内容についても,検閲等の取締りが行われていた。
ウ昭和25年に,電波法,放送法及び電波監理委員会設置法が制定・施行され
るとともに,無線電信法が廃止され,放送の受信設備の設置に許可を要しないこと
となった。そして,放送法は,我が国における放送事業につき,「公共の福祉のた
めに,あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的とする」
(制定当時の放送法7条)公共放送事業者によるものと,それ以外の一般放送事業
者(同法第3章。以下「民間放送事業者」という。)によるものとの二本立て体制
を採ることとし,前者を,社団法人日本放送協会の財産をそのまま引き継いで同法
により設立される特殊法人である原告に担わせることとして,原告の業務,運営体
制等に関する規定(同法第2章)を設けた。なお,原告の目的,業務,運営体制等
に関する規定については,その後数次の改正がされ,現在は,後記カのとおりとな
っているが,公共の福祉のために放送を行うことが原告の基本的な目的とされ,そ
の目的を達成するための業務内容が法定されていること,原告の最高意思決定機関
として経営委員会が設けられ,その委員の任命方法,資格要件等につき後記カのよ
うな定めがあること,原告を代表しその業務を総理する会長は経営委員会により任
命され,原告の重要業務の執行について審議する理事会等が設けられていること,
原告の収支予算等,業務報告書及び財産目録等は内閣を経て国会に提出等されるも
のとなっていることなど,基本的なものは,制定当時から定められていた。
放送法制定の際の国会審議においては,このような二本立て体制を採ることにつ
き,政府委員から,「わが国の放送事業の事業形態を,全国津々浦々に至るまであ
まねく放送を聴取できるように放送設備を施設しまして,全国民の要望を満たすよ
うな放送番組を放送する任務を持ちます国民的な公共的な放送企業体と,個人の創
意とくふうとにより自由闊達に放送文化を建設高揚する自由な事業としての文化放
送企業体,いわゆる一般放送局または民間放送局というものでありますが,それと
の二本建としまして,おのおのその長所を発揮するとともに,互いに他を啓蒙し,
おのおのその欠点を補い,放送により国民が十分福祉を享受できるようにはかって
いるのでございます。」(昭和25年1月24日第7回国会衆議院電気通信委員会
議録第1号20頁)などとする説明がされている。
エ原告の事業運営の財源に関し,放送法は,原告の放送を受信することのでき
る受信設備を設置した者(以下「受信設備設置者」という。)が支払う受信料によ
って賄うこととして,「協会の標準放送(中略)を受信することのできる受信設備
を設置した者は,協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」
(制定当時の放送法32条1項本文)と規定し,原告が営利を目的として業務を行
うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止した(同法9条3項,
46条1項)。現行の放送法64条1項本文は,上記の制定当時の放送法32条1
項本文の規定を引き継いだものである(以下,制定当時の放送法32条1項と現行
の放送法64条1項とを区別せず「放送法64条1項」ということがある。)。
放送法に,受信設備設置者は原告と受信契約を締結しなければならない旨の規定
を設けることについて,同法制定の際の国会審議においては,政府委員から,「受
信機の許可ということをはずしたのであります。そうなって参りますと,一方にお
いて無料の放送ができて来るということになると,日本放送協会がここに何らか法
律的な根拠がなければ,その聴取料の徴収を継続して行くということが,おそらく
不可能になるだろうということは予想されるのでありまして,ここに先ほどお話い
たしましたように,強制的に国民と日本放送協会の間に,聴取契約を結ばなければ
ならないという条項が必要になって来る。」(昭和25年2月2日第7回国会衆議
院電気通信委員会議録第4号6頁)などとする説明がされている。
オ放送法は,昭和25年5月2日に公布され,一部の附則を除き同年6月1日
から施行された。昭和26年9月には,民間放送事業者による放送(以下「民間放
送」という。)が開始され,民間放送は広告収入等を財源として行われ,受信設備
設置者は,民間放送事業者に対する金銭的な負担なく,民間放送を受信することが
できることとなった。
カ原告の目的,業務,運営体制等に関する規定は,放送法制定後数次にわたり
改正がされ,現在の原告の目的,業務,運営体制等の概要は,次のとおりである。
(ア)前記アのとおり,原告は,あまねく日本全国において受信できるように国
内基幹放送を行うことをその目的の一つとしており(放送法15条),総務大臣の
認可を受けなければ,その基幹放送局若しくはその放送の業務を廃止し,又はその
放送を12時間以上休止することができない(同法86条1項)。また,原告は,
災害対策基本法における指定公共機関として,国等による防災計画の作成及び実施
が円滑に行われるように協力する責務を有する(同法2条5号,6条,昭和37年
総理府告示第26号)。
原告は,豊かで,かつ,良い放送番組による国内基幹放送を行うこともその目的
としており(放送法15条),公衆の要望を満たすとともに文化水準の向上に寄与
するように最大の努力を払うこと(同法81条1項1号),全国向けの放送番組の
ほか地方向けの放送番組を有するようにすること(同項2号),我が国の過去の優
れた文化の保存並びに新たな文化の育成及び普及に役立つようにすること(同項3
号)が求められている。そして,原告は,公衆の要望を知るために世論調査を行う
ことを義務付けられている(同条2項)。
原告の目的には,放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行うことも含まれ
(放送法15条),原告は,放送及びその受信の進歩発達に必要な調査研究を行う
ことをその業務としている(同法20条1項3号)。
さらに,原告の目的には,国際放送等を行うことも含まれており(放送法15
条),原告は,邦人向け国際放送及び外国人向け国際放送を行うことなどもその業
務としている(同法20条1項4号,5号)。
(イ)原告の運営体制については,経営に関する基本方針等の重要な意思決定等
を行う機関である経営委員会が設けられ(放送法第3章第3節),その委員は,公
共の福祉に関し公正な判断をすることができ,広い経験と知識を有する者のうちか
ら,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命することとし,その選任について
は,教育,文化,科学,産業その他の各分野及び全国各地方が公平に代表されるこ
とを考慮しなければならないものとされ,政治的中立性及び特定の利害からの独立
性を確保するための欠格事由が定められている(同法31条)。
原告を代表し,経営委員会の定めるところに従いその業務を総理する会長は,経
営委員会がこれを任命するものとし,経営委員会の同意を得て会長が任命する副会
長及び理事が置かれ(放送法51条,52条),これらの者によって理事会が構成
され,理事会は,定款の定めるところにより,原告の重要業務の執行について審議
する(同法50条)。また,役員の職務の執行を監査する監査委員会が設けられ
(同法第3章第4節),監査委員は,経営委員会の委員の中から経営委員会により
任命されることとなっている(同法42条)。
(ウ)原告の財務及び会計については,原告は,毎事業年度の収支予算,事業計
画及び資金計画,業務報告書並びに財産目録,貸借対照表及び損益計算書等の財務
諸表を作成し,総務大臣に提出しなければならないものとされ,これらは,内閣を
経て国会に提出等されることとなっている(放送法70条1項,2項,72条1
項,2項,74条1項から3項まで)。
(エ)原告の事業運営の基本的な財源は,前記エのとおり,受信設備設置者が受
信契約に基づき支払う受信料(放送法64条)であり,原告は,営利を目的として
業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止されている
(同法20条4項,83条1項)。
受信料の月額は,国会が,原告の毎事業年度の収支予算を承認することによって
定めるものとされている(放送法70条4項)。
原告は,受信契約の条項については,あらかじめ総務大臣の認可を受けなければ
ならないものとされ(放送法64条3項),総務大臣は,受信契約条項の認可につ
いて電波監理審議会に諮問しなければならないものとされている(同法177条1
項2号)。そして,放送法施行規則23条は,受信契約の条項には,少なくとも,
受信契約の締結方法(1号),受信契約の単位(2号),受信料の徴収方法(3
号),受信契約者の表示に関すること(4号),受信契約の解約及び受信契約者の
名義又は住所変更の手続(5号),受信料の免除に関すること(6号),受信契約
の締結を怠った場合及び受信料の支払を延滞した場合における受信料の追徴方法
(7号),原告の免責事項及び責任事項(8号),契約条項の周知方法(9号)を
定めるものと規定している。
キ原告は,「日本放送協会放送受信規約」(以下「放送受信規約」という。)
を策定し(放送法29条1項1号ヌにより,受信契約の条項は,経営委員会の議決
事項とされている。),同法64条3項に従いあらかじめ総務大臣の認可を受け
て,これを受信契約の条項として用いている。
放送受信規約には,次の内容の条項が含まれている(放送受信規約は,受信契約
の種別,受信料額及びその支払方法の変更等による改定が重ねられており,本件に
関わる時期において改定されているものについては,時期を区別して記載す
る。)。
(ア)受信契約の種別(第1条)
①平成17年4月1日から平成19年9月30日まで
受信設備のうち,衛星系によるテレビジョン放送を受信することのできるカラー
テレビジョン受信設備を設置した者は,衛星カラー契約(衛星系及び地上系による
テレビジョン放送のカラー受信を含む受信契約)を締結しなければならない。
②平成19年10月1日以降
受信設備のうち,衛星系によるテレビジョン放送を受信することのできるテレビ
ジョン受信設備を設置した者は,衛星契約(衛星系及び地上系によるテレビジョン
放送の受信についての受信契約)を締結しなければならない。
(イ)受信料支払の義務(第5条)
受信契約者は,受信設備の設置の月から,1の受信契約につき,次の額の受信料
(消費税及び地方消費税を含む。)を支払わなければならない。
①平成17年4月1日から平成19年9月30日まで
衛星カラー契約については,訪問集金(口座振替等以外の方法による支払)では
月額2340円。
②平成19年10月1日から平成20年9月30日まで
衛星契約については,訪問集金では月額2340円。
③平成20年10月1日から平成24年9月30日まで
衛星契約については,月額2290円。
④平成24年10月1日以降
衛星契約については,継続振込その他の方法による支払(口座振替又はクレジッ
トカード等継続払を除く。)では月額2220円。
(ウ)受信料の支払方法(第6条)
受信料の支払は,次の各期に,当該期分を一括して行わなければならない。
第1期4月及び5月
第2期6月及び7月
第3期8月及び9月
第4期10月及び11月
第5期12月及び1月
第6期2月及び3月
ク放送法施行後60年以上にわたり,原告は,同法に基づき業務を行ってきた
が,近時に至るまで,受信契約の締結に応じない者に対して本件訴訟におけるよう
な強制的な手段に及ぶことはなく,受信設備設置者との間で任意に締結された受信
契約に基づいて受信料を収受してきた。原告が推計し公表するところによれば,受
信契約の契約率は,平成28年度末において約8割である。
(2)被告による受信設備の設置等
被告は,平成18年3月22日以降,その住居に,原告の衛星系によるテレビジ
ョン放送を受信することのできるカラーテレビジョン受信設備を設置している。
原告は,平成23年9月21日到達の書面により,被告に対し,受信契約の申込
みをしたが,被告は,上記申込みに対して承諾をしていない。
3原告の請求は,被告に対し,①主位的請求として,放送法64条1項によ
り,原告による受信契約の申込みが被告に到達した時点で受信契約が成立したと主
張して,受信設備設置の月の翌月である平成18年4月分から平成26年1月分ま
での受信料合計21万5640円の支払を求め,②予備的請求1として,被告は同
項に基づき受信契約の締結義務を負うのにその履行を遅滞していると主張して,債
務不履行に基づく損害賠償として上記同額の支払を求め,③予備的請求2として,
被告は同項に基づき原告からの受信契約の申込みを承諾する義務があると主張し
て,当該承諾の意思表示をするよう求めるとともに,これにより成立する受信契約
に基づく受信料として上記同額の支払を求め,④予備的請求3として,被告は受信
契約を締結しないことにより,法律上の原因なく原告の損失により受信料相当額を
利得していると主張して,不当利得返還請求として上記同額の支払を求めるもので
ある。
これに対し,被告は,放送法64条1項は,訓示規定であって,受信設備設置者
に原告との受信契約の締結を強制する規定ではないと主張し,仮に同項が受信設備
設置者に原告との受信契約の締結を強制する規定であるとすれば,受信設備設置者
の契約の自由,知る権利,財産権等を侵害し,憲法13条,21条,29条等に違
反すると主張するほか,受信契約により発生する受信料債権の範囲を争うととも
に,その一部につき時効消滅を主張して争っている。
第2平成26年(オ)第1130号・同年(受)第1440号上告代理人高池
勝彦ほかの上告理由及び上告受理申立て理由第2の4並びに平成26年(受)第1
441号上告代理人永野剛志ほかの上告受理申立て理由について
1放送法64条1項の意義
(1)ア放送は,憲法21条が規定する表現の自由の保障の下で,国民の知る権
利を実質的に充足し,健全な民主主義の発達に寄与するものとして,国民に広く普
及されるべきものである。放送法が,「放送が国民に最大限に普及されて,その効
用をもたらすことを保障すること」,「放送の不偏不党,真実及び自律を保障する
ことによって,放送による表現の自由を確保すること」及び「放送に携わる者の職
責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにする
こと」という原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全
な発達を図ることを目的として(1条)制定されたのは,上記のような放送の意義
を反映したものにほかならない。
上記の目的を実現するため,放送法は,前記のとおり,旧法下において社団法人
日本放送協会のみが行っていた放送事業について,公共放送事業者と民間放送事業
者とが,各々その長所を発揮するとともに,互いに他を啓もうし,各々その欠点を
補い,放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく,二本立
て体制を採ることとしたものである。そして,同法は,二本立て体制の一方を担う
公共放送事業者として原告を設立することとし,その目的,業務,運営体制等を前
記のように定め,原告を,民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営され
る事業体として性格付け,これに公共の福祉のための放送を行わせることとしたも
のである。
放送法が,前記のとおり,原告につき,営利を目的として業務を行うこと及び他
人の営業に関する広告の放送をすることを禁止し(20条4項,83条1項),事
業運営の財源を受信設備設置者から支払われる受信料によって賄うこととしている
のは,原告が公共的性格を有することをその財源の面から特徴付けるものである。
すなわち,上記の財源についての仕組みは,特定の個人,団体又は国家機関等から
財政面での支配や影響が原告に及ぶことのないようにし,現実に原告の放送を受信
するか否かを問わず,受信設備を設置することにより原告の放送を受信することの
できる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって,原告が上記の者ら全
体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない。
原告の存立の意義及び原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしてい
る趣旨が,前記のとおり,国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達
に寄与することを究極的な目的とし,そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろ
うとするものであることに加え,前記のとおり,放送法の制定・施行に際しては,
旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許
可制度が廃止されるものとされていたことをも踏まえると,放送法64条1項は,
原告の財政的基盤を確保するための法的に実効性のある手段として設けられたもの
と解されるのであり,法的強制力を持たない規定として定められたとみるのは困難
である。
イそして,放送法64条1項が,受信設備設置者は原告と「その放送の受信に
ついての契約をしなければならない」と規定していることからすると,放送法は,
受信料の支払義務を,受信設備を設置することのみによって発生させたり,原告か
ら受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく,受信
契約の締結,すなわち原告と受信設備設置者との間の合意によって発生させること
としたものであることは明らかといえる。これは,旧法下において放送の受信設備
を設置した者が社団法人日本放送協会との間で聴取契約を締結して聴取料を支払っ
ていたこととの連続性を企図したものとうかがわれるところ,前記のとおり,旧法
下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制
度が廃止されることから,受信設備設置者に対し,原告との受信契約の締結を強制
するための規定として放送法64条1項が設けられたものと解される。同法自体に
受信契約の締結の強制を実現する具体的な手続は規定されていないが,民法上,法
律行為を目的とする債務については裁判をもって債務者の意思表示に代えることが
できる旨が規定されており(同法414条2項ただし書),放送法制定当時の民事
訴訟法上,債務者に意思表示をすべきことを命ずる判決の確定をもって当該意思表
示をしたものとみなす旨が規定されていたのであるから(同法736条。民事執行
法174条1項本文と同旨),放送法64条1項の受信契約の締結の強制は,上記
の民法及び民事訴訟法の各規定により実現されるものとして規定されたと解するの
が相当である。
この点に関し,原告は,受信設備を設置しながら受信契約の締結に応じない者に
対して原告が承諾の意思表示を命ずる判決を得なければ受信料を徴収することがで
きないとすることは,迂遠な手続を強いるものであるとして,原告から受信設備設
置者への受信契約の申込みが到達した時点で,あるいは遅くとも申込みの到達時か
ら相当期間が経過した時点で,受信契約が成立する旨を主張する(主位的請求に係
る主張)。
しかし,放送法による二本立て体制の下での公共放送を担う原告の財政的基盤を
安定的に確保するためには,基本的には,原告が,受信設備設置者に対し,同法に
定められた原告の目的,業務内容等を説明するなどして,受信契約の締結に理解が
得られるように努め,これに応じて受信契約を締結する受信設備設置者に支えられ
て運営されていくことが望ましい。そして,現に,前記のとおり,同法施行後長期
間にわたり,原告は,受信設備設置者から受信契約締結の承諾を得て受信料を収受
してきたところ,それらの受信契約が双方の意思表示の合致により成立したもので
あることは明らかである。同法は,任意に受信契約を締結しない者について契約を
成立させる方法につき特別な規定を設けていないのであるから,任意に受信契約を
締結しない者との間においても,受信契約の成立には双方の意思表示の合致が必要
というべきである。
ウところで,受信契約の締結を強制するに当たり,放送法には,その契約の内
容が定められておらず,一方当事者たる原告が策定する放送受信規約によって定め
られることとなっている点は,問題となり得る。
しかし,受信契約の最も重要な要素である受信料額については,国会が原告の毎
事業年度の収支予算を承認することによって定めるものとされ(放送法70条4
項),また,受信契約の条項はあらかじめ総務大臣(同法制定当時においては電波
監理委員会)の認可を受けなければならないものとされ(同法64条3項。同法制
定当時においては32条3項),総務大臣は,その認可について電波監理審議会に
諮問しなければならないものとされているのであって(同法177条1項2号),
同法は,このようにして定まる受信契約の内容が,同法に定められた原告の目的に
かなうものであることを予定していることは明らかである。同法には,受信契約の
条項についての総務大臣の認可の基準を定めた規定がないとはいえ,前記のとお
り,放送法施行規則23条が,受信契約の条項には,少なくとも,受信契約の締結
方法,受信契約の単位,受信料の徴収方法等の事項を定めるものと規定しており,
原告の策定した放送受信規約に,これらの事項に関する条項が明確に定められ,そ
の内容が前記の受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なものであり,受信設備
設置者間の公平が図られていることが求められる仕組みとなっている。また,上記
以外の事項に関する条項は,適正・公平な受信料徴収のために必要なものに限られ
ると解される。
本訴請求に関する放送受信規約の各条項(前記第1の2(1)キ)は,放送法に定
められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な範囲内のもの
といえる。
(2)以上によると,放送法64条1項は,受信設備設置者に対し受信契約の締
結を強制する旨を定めた規定であり,原告からの受信契約の申込みに対して受信設
備設置者が承諾をしない場合には,原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる
判決を求め,その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当であ
る。
(3)原告は,受信設備設置者が放送法64条1項に基づく受信契約の締結義務
を受信設備設置後速やかに履行しないことは履行遅滞に当たるから,原告は受信設
備設置者に対し受信料相当額の損害賠償を求めることができる旨を主張するが(予
備的請求1に係る主張),後記のとおり,原告が策定し受信契約の内容としている
放送受信規約によって受信契約の成立により受信設備の設置の月からの受信料債権
が発生すると認められるのであるから,受信設備設置者が受信契約の締結を遅滞す
ることにより原告に受信料相当額の損害が発生するとはいえない。また,放送法が
受信契約の締結によって受信料の支払義務を発生させることとした以上,原告が受
信設備設置者との間で受信契約を締結することを要しないで受信料を徴収すること
ができるのに等しい結果となることを認めることは相当でない。
2放送法64条1項の憲法適合性について
(1)被告の論旨は,受信設備設置者に受信契約の締結を強制する放送法64条
1項は,契約の自由,知る権利及び財産権等を侵害し,憲法13条,21条,29
条に違反する旨をいう。その趣旨は,①受信設備を設置することが必ずしも原告の
放送を受信することにはならないにもかかわらず,受信設備設置者が原告に対し必
ず受信料を支払わなければならないとするのは不当であり,また,金銭的な負担な
く受信することのできる民間放送を視聴する自由に対する制約にもなっている旨及
び②受信料の支払義務を生じさせる受信契約の締結を強制し,かつ,その契約の内
容は法定されておらず,原告が策定する放送受信規約によって定まる点で,契約自
由の原則に反する旨をいうものと解される。
上記①は,放送法が,原告を存立させてその財政的基盤を受信設備設置者に負担
させる受信料により確保するものとしていることが憲法上許容されるかという問題
であり,上記②は,上記①が許容されるとした場合に,受信料を負担させるに当た
って受信契約の締結強制という方法を採ることが憲法上許容されるかという問題で
あるといえる。
(2)電波を用いて行われる放送は,電波が有限であって国際的に割り当てられ
た範囲内で公平かつ能率的にその利用を確保する必要などから,放送局も無線局の
一つとしてその開設につき免許制とするなど(電波法4条参照),元来,国による
一定の規律を要するものとされてきたといえる。前記のとおり,旧法下において
は,我が国では,放送は,無線電信法中の無線電話の一種として規律されていたに
すぎず,また,放送事業及び放送の受信は,行政権の広範な自由裁量によって監理
統制されるものであったため,日本国憲法下において,このような状態を改めるべ
きこととなったが,具体的にいかなる制度を構築するのが適切であるかについて
は,憲法上一義的に定まるものではなく,憲法21条の趣旨を具体化する前記の放
送法の目的を実現するのにふさわしい制度を,国会において検討して定めることと
なり,そこには,その意味での立法裁量が認められてしかるべきであるといえる。
そして,公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において,前者
を担うものとして原告を存立させ,これを民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自
律的に運営される事業体たらしめるためその財政的基盤を受信設備設置者に受信料
を負担させることにより確保するものとした仕組みは,前記のとおり,憲法21条
の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され,その
目的にかなう合理的なものであると解されるのであり,かつ,放送をめぐる環境の
変化が生じつつあるとしても,なおその合理性が今日までに失われたとする事情も
見いだせないのであるから,これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあること
は,明らかというべきである。このような制度の枠を離れて被告が受信設備を用い
て放送を視聴する自由が憲法上保障されていると解することはできない。
(3)放送法は,受信設備設置者に受信料を負担させる具体的な方法として,前
記のとおり,受信料の支払義務は受信契約により発生するものとし,任意に受信契
約を締結しない受信設備設置者については,最終的には,承諾の意思表示を命ずる
判決の確定によって強制的に受信契約を成立させるものとしている。
受信料の支払義務を受信契約により発生させることとするのは,前記のとおり,
原告が,基本的には,受信設備設置者の理解を得て,その負担により支えられて存
立することが期待される事業体であることに沿うものであり,現に,放送法施行後
長期間にわたり,原告が,任意に締結された受信契約に基づいて受信料を収受する
ことによって存立し,同法の目的の達成のための業務を遂行してきたことからも,
相当な方法であるといえる。
任意に受信契約を締結しない者に対してその締結を強制するに当たり,放送法に
は,締結を強制する契約の内容が定められておらず,一方当事者たる原告が策定す
る放送受信規約によってその内容が定められることとなっている点については,前
記のとおり,同法が予定している受信契約の内容は,同法に定められた原告の目的
にかなうものとして,受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なもので受信設備
設置者間の公平が図られていることを要するものであり,放送法64条1項は,受
信設備設置者に対し,上記のような内容の受信契約の締結を強制するにとどまると
解されるから,前記の同法の目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内のものと
して,憲法上許容されるというべきである。
(4)以上によると,放送法64条1項は,同法に定められた原告の目的にかな
う適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定
めたものとして,憲法13条,21条,29条に違反するものではないというべき
である。
その余の上告理由は,違憲をいうが,その前提を欠くものであって,民訴法31
2条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
3以上によれば,所論の点に関する原審の判断は是認することができる。論旨
はいずれも採用することができない。
第3平成26年(受)第1440号上告代理人高池勝彦ほかの上告受理申立て
理由第2の2について
1論旨は,被告に対して受信契約の承諾の意思表示を命ずる判決が確定するこ
とにより受信契約が成立した場合に発生する受信料債権は,当該契約の成立時以降
の分であり,受信設備の設置の月以降の分ではない旨をいうものである。
2放送受信規約には,前記のとおり,受信契約を締結した者は受信設備の設置
の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項(第1の2(1)キ
(イ))がある。前記のとおり,受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収され
るべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項
に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,
支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成
立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,
受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うも
のといえる。
したがって,上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる
判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以
降の分の受信料債権が発生するというべきである。
所論の点に関する原審の判断は是認することができる。論旨は採用することがで
きない。
第4平成26年(受)第1440号上告代理人高池勝彦ほかの上告受理申立て
理由第2の1について
1受信料が月額又は6箇月若しくは12箇月前払額で定められ,その支払方法
が2箇月ごとの各期に当該期分を一括して支払う方法又は6箇月分若しくは12箇
月分を一括して前払する方法によるものとされている受信契約に基づく受信料債権
の消滅時効期間は,民法169条により5年と解すべきであるところ(最高裁平成
25年(受)第2024号同26年9月5日第二小法廷判決・裁判集民事247号
159頁参照),論旨は,受信契約の成立によって,前記第3のとおり,受信設備
設置の月以降の分の受信料債権が発生する場合,当該受信料債権の消滅時効は,受
信契約上の本来の各履行期から進行し,本訴請求に係る受信料債権のうち一部につ
いては時効消滅している旨をいうものである。
2消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法166条1
項)ところ,受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから,受信契約が
成立する前においては,原告は,受信料債権を行使することができないといえる。
この点,原告は,受信契約を締結していない受信設備設置者に対し,受信契約を締
結するよう求めるとともに,これにより成立する受信契約に基づく受信料を請求す
ることができることからすると,受信設備を設置しながら受信料を支払っていない
者のうち,受信契約を締結している者については受信料債権が時効消滅する余地が
あり,受信契約を締結していない者についてはその余地がないということになるの
は,不均衡であるようにも見える。しかし,通常は,受信設備設置者が原告に対し
受信設備を設置した旨を通知しない限り,原告が受信設備設置者の存在を速やかに
把握することは困難であると考えられ,他方,受信設備設置者は放送法64条1項
により受信契約を締結する義務を負うのであるから,受信契約を締結していない者
について,これを締結した者と異なり,受信料債権が時効消滅する余地がないのも
やむを得ないというべきである。
したがって,受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債
権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は,受信契約成
立時から進行するものと解するのが相当である。
所論の点に関する原審の判断は是認することができる。論旨は採用することがで
きない。
第5結論
以上によれば,原告の請求のうち予備的請求2を認容すべきものとした原審の判
断は,是認することができるから,本件各上告を棄却することとする。
よって,裁判官木内道祥の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文
のとおり判決する。なお,裁判官岡部喜代子,同鬼丸かおるの各補足意見,裁判官
小池裕,同菅野博之の補足意見がある。
裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
被告は,放送法64条1項は訓示規定であると主張し,また,これを訓示規定と
解さなければ憲法に違反すると主張するので,その点について補足する。
多数意見の見解は,放送法64条1項の規定によって原告に私法上の権利である
受信契約承諾請求権が発生すると解するものといえる。放送法は,主に原告その他
の放送主体の組織及び業務について規定しており,公法であると性格付けられるも
のである。しかし,公法であっても私権の発生要件について規定することもあり得
るところであり,放送法内において受信契約の締結を強制する具体的な方法につい
ての規定がないことが,強制力のないことを理由付けるものではない。放送法の規
定中に受信契約締結義務が定められたのは,同法の立法に至る経過において,原告
の財政基盤確保の方法が変遷したことによるものである。その規定を読めば,①受
信設備を設置したこと,②原告による受信契約申込みの意思表示がなされたことと
いう二つの要件を充足することによって,原告が当該受信設備を設置した者に対し
て受信契約承諾請求権を取得することになると理解できる。
原告がその取得した受信契約承諾請求権を行使しても相手方が承諾しないときに
は,民法414条2項ただし書の規定によって意思表示を求める訴訟を提起するこ
とができる。そして,判決の確定によって承諾の意思表示をしたものとみなされた
ときに受信契約が成立する。放送受信規約第4条第1項は,受信契約は受信設備設
置の日に成立するものとする旨を規定しているところ,その趣旨は,受信設備の設
置の時からの受信料を支払う義務を負うという内容の契約が,意思表示の合致の日
に成立する旨を述べていると解すべきである。また,放送法64条1項が,受信契
約承諾請求権の発生要件として「受信設備を設置した者」と規定していて「受信し
ている者」と規定していないことからすれば,受信設備を設置して受信することが
できる地位にあることによって受信料を支払う義務を負うことになるものといえ
る。
このように,放送法64条1項は,原告の放送を受信しない者ないし受信したく
ない者に対しても受信契約の締結及び受信料の支払を強制するものと解されるとこ
ろ,被告は,そのような放送法64条1項は憲法に違反すると主張する。憲法は表
現の自由の派生原理として情報摂取の自由を認めている(最高裁昭和63年(オ)
第436号平成元年3月8日大法廷判決・民集43巻2号89頁参照)。情報摂取
の自由には,情報を摂取しない自由(情報を摂取することを強制されない自由)を
含むものと解することができる。被告は,このような情報摂取の自由について明確
に主張するものではなく,多数意見もこれに触れるものではないが,放送法64条
1項は,原告の放送の視聴を強制しているわけではないとはいえ,受信することが
できる地位にあることをもって経済的負担を及ぼすことになる点で,上記のような
情報摂取の自由に対する制約と見る余地もある。しかし,多数意見が判示するよう
に,受信料制度は,国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与
することを究極的な目的として形作られ,その目的のために,特定の個人,団体又
は国家機関等から財政面での支配や影響が及ばないように必要かつ合理的な制度と
して認められたものであり,国民の知る権利の保障にとって重要な制度である。一
方,受信設備を設置していれば,緊急時などの必要な時には原告の放送を視聴する
ことのできる地位にはあるのであって,受信料の公平負担の趣旨からも,受信設備
を設置した者に受信契約の締結を求めることは合理的といい得る。原告の独立した
財政基盤を確保する重要性からすれば,上記のような経済的負担は合理的なもので
あって,放送法64条1項は,情報摂取の自由との関係で見ても,憲法に違反する
とはいえない。
裁判官鬼丸かおるの補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と同意見であるが,以下の点を補足したい。
放送法64条1項は,「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した
者は,協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定して
いるが,その契約の内容は,原告の策定する放送受信規約により定められている。
受信契約の締結が強制されるべきであることは多数意見のとおりであるところ,こ
のことが契約締結の自由という私法の大原則の例外であり,また,締結義務者に受
信料の支払という経済的負担をもたらすものであることを勘案すると,本来は,受
信契約の内容を含めて法定されるのが望ましいものであろう。
現に,放送受信規約の中には,受信契約の締結を強制するについて疑義を生じさ
せかねないものも含まれている。すなわち,放送受信規約第2条第1項は,「放送
受信契約は,世帯ごとに行うものとする。」と定めて,原則として世帯を単位とし
て契約を締結することとしているが,これは,放送法64条1項の規定から直ちに
導かれるとはいい難い。さらに,放送受信規約は,受信契約を世帯ごととしつつ
も,受信契約を締結する義務が世帯のうちいずれの者にあるかについて規定を置い
ていない。任意に受信契約が締結される場合は別であるが,受信契約の締結が強制
される場合には,締結義務を負う者を明文で特定していないことには問題があろ
う。家族のあり方や居住態様が多様化している今日,世帯が受信契約の単位である
との規定は,直ちに1戸の家屋に所在する誰かを締結義務者であると確定すること
にならない場合もあると思われる。受信契約の締結を求められる側からみても,そ
の義務を負う者が法令上一義的に特定できなければ,締結義務を負っていることの
自覚も困難であろう。
裁判官小池裕,同菅野博之の補足意見は,次のとおりである。
私たちは,多数意見に賛同するものであるが,放送法64条1項の意義に関し,
木内裁判官が反対意見で触れられている点について,補足的に意見を述べておきた
い。
多数意見が,民事執行法174条1項本文により承諾の意思表示を命ずる判決の
確定時に受信契約が成立するとしつつ,受信設備の設置の月からの受信料を支払う
義務が生ずるものとしていることについて,問題がある旨の指摘がされているが,
この点については,岡部裁判官の補足意見で述べられているとおり,上記判決の確
定により「受信設備を設置した月からの受信料を支払う義務を負うという内容の契
約」が,上記判決の確定の時(意思表示の合致の時)に成立するのであって,受信
設備の設置という過去の時点における承諾を命じたり,承諾の効力発生時期を遡及
させたりするものではない。放送受信規約第4条第1項は,上記のような趣旨と解
されるのであり,承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約を成立させる
ことの障害になるものではない。
また,受信設備を廃止した場合の問題点も指摘されるが,過去に受信設備を設置
したことにより,それ以降の期間について受信契約を締結しなければならない義務
は既に発生しているのであるから,受信設備を廃止するまでの期間についての受信
契約の締結を強制することができると解することは十分に可能であると考える。
さらに,不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を認めるとの考え方
が示されているところ,このような構成は,受信契約の締結に応じない受信設備設
置者からも受信料に相当する額を徴収することができるようにするためのものであ
ると考えられる。しかし,不当利得構成については,受信設備を設置することから
直ちにその設置者に受信料相当額の利得が生じるといえるのか疑問である上,受信
契約の成立を前提とせずに原告にこれに対応する損失が生じているとするのは困難
であろう。不法行為構成については,受信設備の設置行為をもって原告に対する加
害行為と捉えるものといえ,公共放送の目的や性質にそぐわない法律構成ではなか
ろうか。また,上記のような構成が認められるものとすると,任意の受信契約の締
結がなくても受信料相当額を収受することができることになり,放送法64条1項
が受信契約の締結によって受信料が支払われるものとした趣旨に反するように思わ
れる。反対意見には傾聴すべき点が存するが,放送法は,原告の財政的基盤は,原
告が受信設備設置者の理解を得て受信契約を締結して受信料を支払ってもらうこと
により確保されることを基本としているものと考えられるのであり,受信契約の締
結なく受信料相当額の徴収を可能とする構成を採っていない多数意見の考え方が放
送法の趣旨に沿うものと考える。
裁判官木内道祥の反対意見は,次のとおりである。
私は,放送法64条1項が定める契約締結義務については,多数意見と異なり,
意思表示を命ずる判決を求めることのできる性質のものではないと解する。以下,
その理由を述べる。
1意思表示を命ずる判決をなしうる要件
(1)意思表示の内容の特定
判決によって意思表示をすべきことを債務者に命ずるには,その意思表示の内容
が特定されていることを要する。契約の承諾を命ずる判決が確定すると,承諾の意
思表示がなされたものとみなされて契約が成立することになるが,1回の履行で終
わらない継続的な契約においては,承諾を命じられた債務者は判決によってその契
約関係に入っていくのであるから,承諾によって成立する契約の内容が特定してい
ないまま,判決が債務者の意思表示の代行をなしうるものではない。
(2)意思表示の効力発生時期
判決が命じた意思表示の効力発生時期が判決の確定時であることは,民事執行法
174条が定めており,これと異なる効力発生時期を意思表示を命ずる判決に求め
ることはできない。
2放送受信規約の定める受信契約の内容
放送法は受信契約の内容を定めておらず,原告の定める放送受信規約がその内容
を定めている。そのことの当否は別として,放送受信規約の定める受信契約の内容
は,次のようなものである。
(1)受信契約の種別と受信料(第1条第1項,第5条)
受信契約には,3つの種別があり,1の受信契約につき,その種別ごとの受信料
が定められている。
(2)受信契約の単位(第2条)
受信設備が設置されるのが住居であれば,世帯が契約単位であり,1世帯で複数
住居なら,住居ごとが単位となる。世帯とは,住居および生計をともにする者の集
まり,または,独立して住居もしくは生計を維持する単身者である。
事務所等の住居以外の場所に設置される受信設備については,設置場所が契約単
位であり,設置場所の単位は,部屋,自動車などである。
同一世帯の1の住居に受信設備が何台あっても,契約は1,受信料も1であり,
住居以外の場所では1の設置場所に受信設備が何台あっても,契約は1,受信料も
1である。
(3)受信契約書の提出義務(第3条)
受信設備を設置した者は,遅滞なく,①設置者の氏名及び住所,②設置の日,③
受信契約の種別,④受信できる放送の種類及び受信設備の数などを記載した受信契
約書を原告に提出しなければならない。
(4)受信契約の成立(第4条第1項)
受信契約は受信設備の設置の日に成立するものとする。
(5)受信契約の種別の変更(第4条第2項)
受信契約の種別の変更については,受信設備の設置による変更は設置の日に,受
信設備の廃止による変更は,その旨を記載した受信契約書の提出の日に,原告の確
認を条件として,変更される。
(6)受信料支払義務の始期と終期(第5条第1項)
受信契約者は,受信設備の設置の月から解約となった月の前月まで,受信料を支
払わなければならない。
(7)受信契約の解約(第9条第1項,第2項)
受信設備を廃止すると,受信契約者は,その旨の届出をしなければならない。原
告が廃止を確認できると,届出があった日に解約されたものとする。
3放送受信規約の定めと意思表示を命ずる判決をなしうる要件の関係
(1)放送受信規約による契約内容の特定
受信契約の承諾を命ずる判決には,承諾の対象となる契約の内容の特定が必要な
ところ,判決主文において明示するか否かを問わず,判決の時点における放送受信
規約を内容とする受信契約の承諾を命ずることになる。そこで,放送受信規約の定
めが,それ自体として,契約内容を特定するものとなっているのか否かが問題とな
る。
(2)放送受信規約による契約内容
放送受信規約は,受信設備設置者が設置後遅滞なく前記2(3)の事項が記載され
た受信契約書を提出して受信契約が成立することを前提としている。そのようにし
て受信契約が締結される限り,受信契約が受信設備設置時に遡って成立すると合意
することは可能であり,1世帯に複数の受信設備があり,受信設備の種類が異なっ
ていても,提出された受信契約書の記載によって,契約主体,契約の種別を特定す
ることは可能である。
他方,以下の①~③で示されるとおり,判決によって受信契約を成立させようと
しても,契約成立時点を受信設備設置時に遡及させること,また,判決が承諾を命
ずるのに必要とされる契約内容(契約主体,契約の種別等)の特定を行うことはで
きず,受信設備を廃止した受信設備設置者に適切な対応をすることも不可能であ
る。
①契約の成立時点と受信料支払義務の始点
意思表示を命ずる判決によって意思表示が効力を生ずるのは,民事執行法174
条1項により,その判決の確定時と定められている。承諾を命ずる判決は過去の時
点における承諾を命ずることはできないのであり,承諾が効力を生じ契約が成立す
るのは判決の確定時である。したがって,放送受信規約第4条第1項にいう受信設
備設置の時点での受信契約の成立はありえない。
受信料債権は定期給付債権である(最高裁平成25年(受)第2024号同26
年9月5日第二小法廷判決・裁判集民事247号159頁)が,定期給付債権とし
ての受信料債権を生ぜしめる定期金債権としての受信料債権は,受信契約によって
生じ,その発生時点は判決の確定時である。受信契約が成立していなければ定期金
債権としての受信料債権は存在せず,支分権としての受信料債権も生じない。した
がって,放送受信規約第5条にいう受信設備の設置の月からの受信料支払義務の負
担はありえない。
②契約の主体と受信契約の種別の変更
同一の世帯に夫婦と子がいる場合,放送受信規約第2条は,住居が1である限
り,受信設備が複数設置されても受信契約は1とするが,夫婦と子のそれぞれが受
信設備を設置しあるいは廃止すると,判決が承諾を命ずるべき者が誰なのかは,不
明である。それぞれが設置した受信設備の種類が異なる場合,判決が承諾を命ずる
契約の種別が何なのかも,不明である。
③受信設備を廃止した受信設備設置者との関係
承諾を命ずる判決は,過去の時点における承諾を命ずることはできないのである
から,現時点で契約締結義務を負っていない者に対して承諾を命ずることはできな
い。受信契約を締結している受信設備設置者でも,受信設備を廃止してその届出を
すれば,届出時点で受信契約は解約となり契約が終了する(放送受信規約第9条)
ことと対比すると,既に受信設備を廃止した受信設備設置者が廃止の後の受信料支
払義務を負うことはありえない。仮に,既に受信設備を廃止した受信設備設置者に
対して判決が承諾を命ずるとすれば,受信設備の設置の時点からその廃止の時点ま
でという過去の一定の期間に存在するべきであった受信契約の承諾を命ずることに
なる。これは,過去の事実を判決が創作するに等しく,到底,判決がなしうること
ではない。
原告が受信設備設置者に対して承諾を求める訴訟を提起しても,口頭弁論終結の
前に受信設備の廃止がなされると判決によって承諾を命ずることはできず,訴訟は
受信設備の廃止によって無意味となるおそれがある。
4財源としての受信料の必要性と放送法64条の関係
放送法の制定当時においても民事訴訟法736条が現行の民事執行法174条と
同様の意思表示を命ずる判決を定めていたのであるから,放送法の制定にあたっ
て,同法に定める受信契約の締結義務を,意思表示を命ずる判決によって受信契約
が成立するものとし,それによって受信料を確保するものとする動機付けは存した
かもしれないが,そのことと,実際に制定された放送法の定めが,受信契約の締結
を判決により強制しうるものとされているか否かは,別問題である。
受信契約の内容は放送受信規約によって定められ,その規約による受信契約の条
項は電波監理審議会の諮問を経た総務大臣の認可を経ているのであるから,放送受
信規約は放送法64条1項の趣旨を具体化したものとなっていると解されるが,そ
の規約の内容が,判決によって承諾を命ずることができるものにはなっておらず,
かえって,任意の契約締結を前提とするものとなっていることは,前項で述べたと
おりであり,放送法64条1項は判決により受信契約の承諾を命じうる義務の定め
方をしていないのである。
5判決によって成立する受信契約が発生させる受信料債権の範囲
多数意見は,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する理由を,受信
契約の締結を速やかに行った者と遅延した者の間の公平性に求めるが,これは,受
信契約が任意に締結される限り受信料支払義務の始点を受信設備設置の月からとす
ることの合理性の理由にはなるものの,放送法の定めが判決が承諾を命じうる要件
を備えたものとなっていることの理由になるものではない。
契約の成立時を遡及させることができない以上,判決が契約前の時期の受信料の
支払義務を生じさせるとすれば,それは,承諾の意思表示を命ずるのではなく義務
負担を命ずることになる。これは,放送法が契約締結の義務を定めたものではある
が受信料支払義務を定めたものではないことに矛盾するものである。
6受信料債権の消滅時効の起算点
多数意見は,判決により成立した受信契約による受信料債権の消滅時効の起算点
を判決確定による受信契約成立時とし,任意の受信契約の締結に応じず,判決によ
り承諾を命じられた者は受信料債権が時効消滅する余地がないものであってもやむ
を得ないとする。
受信設備設置者は,多数意見のいうように,受信契約の締結義務を負いながらそ
れを履行していない者であるが,不法行為による損害賠償義務であっても行為時か
ら20年の経過により,債権者の知不知にかかわらず消滅し,不当利得による返還
義務であっても発生から10年の経過により,債権者の知不知にかかわらず消滅す
ることと比較すると,およそ消滅時効により消滅することのない債務を負担するべ
き理由はない。
7放送法の契約締結義務の私法的意味
放送法64条1項の定める受信契約の締結義務が判決により強制できないもので
あることは,なんら法的効力を有しないということではない。
受信契約により生ずる受信料が原告の運営を支える財源であり,これが,原告に
ついて定める放送法の趣旨に由来することから契約締結義務が定められているので
あるから,受信設備を設置する者に受信契約の締結義務が課せられていることは,
「受信契約を締結せずに受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態が生じな
い」ことを原告の利益として法が認めているのであり,この原告の利益は「法律上
保護される利益」(民法709条)ということができる。受信契約の締結なく受信
設備を設置することは,この利益を侵害することになり,それに故意過失があれ
ば,不法行為が成立し,それによって原告に生ずる損害については,受信設備設置
者に損害賠償責任が認められると解される。
同様に「受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態となること」は,受信設
備設置者にとって,原告の役務による利益であり,受信契約という法律上の原因を
欠くものである。それによって原告に及ぼされる損失については,受信設備設置者
の不当利得返還義務が認められると解される。
(裁判長裁判官寺田逸郎裁判官岡部喜代子裁判官小貫芳信裁判官
鬼丸かおる裁判官木内道祥裁判官山本庸幸裁判官山崎敏充裁判官
池上政幸裁判官大谷直人裁判官小池裕裁判官木澤克之裁判官
菅野博之裁判官山口厚裁判官戸倉三郎裁判官林景一)

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