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平成14年(ワ)第821号構築物建設操業差止請求事件
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,本件1及び2の各土地上に建設した携帯電話基地局を操業してはなら
ない。
第2事案の概要
,,(「」本件は被告が本件1及び2の土地上に携帯電話基地局以下本件基地局
という)を建設し,その操業を行っているところ,本件基地局の周辺に居住す。
る原告らが,被告に対し,本件基地局から放出される電磁波による健康被害や本
件基地局にある鉄塔の倒壊による被害の生じるおそれが大きいとして,人格権に
基づき,本件基地局の操業の差止めを求めている事案である。
1争いのない事実等
()ア原告らは,いずれも本件各土地周辺に居住する住民である。1
イ被告は,電気通信事業等を目的とする株式会社であり,総務省九州総合
通信局管内において携帯電話による通信サービス等を提供している。
(争いのない事実)
()被告は,平成11年11月25日,本件1の土地の所有者であったAか2
ら同土地を買い受け,また,同日,本件2の土地をその所有者であるBから
賃借した(争いのない事実。)
被告は,本件各土地上に,本件基地局の建設を完了した。本件基地局は,
建築物及び工作物からなるが,その概要は,以下のとおりである。
ア工作物(以下「本件鉄塔」という)。
用途電波塔
高さ40メートル
構造鉄骨造
イ建築物
用途機械室
構造鉄骨造
延面積30.53平方メートル
階数地上1階
()被告は,平成14年6月27日,本件基地局開設のため,総務省九州総3
合通信局長に対し,電波法6条の規定に基づいて,4件の無線局の免許の申
請を行い,同年7月26日,基地局(被告所属の陸上移動局及び被告と業務
契約を締結した他の免許人所属の陸上移動局を通信の相手方とする)2件。
及び陸上移動局(被告所属の基地局を相手方とする)2件の無線局の免許。
を取得し(同法12条,同年8月1日から無線通信を開始した。)
これらの免許に係る電波の周波数は,熊本地区デジタル移動通信方式によ
る基地局については,810.05MHzから817.975MHzまで2
5kHz間隔の周波数318波,870.025MHzから884.95M
Hzまで25kHz間隔の周波数598波,826.025MHzから82
6.975MHzまで25kHz間隔の周波数39波であり,同方式による
陸上移動局については,940.05MHzから947.975MHzまで
25kHz間隔の周波数318波,925.025MHzから939.95
MHzまで25kHz間隔の周波数598波,956.025MHzから9
56.975MHzまで25kHz間隔の周波数39波であり,また,熊本
地区IMT−2000方式による基地局については,2137.6MHzか
ら2147.4MHzまで200kHz間隔の周波数50波であり,同方式
による陸上移動局については,1947.6MHzから1957.4MHz
まで200kHz間隔の周波数50波である。
()ア電磁波とは,電界又は磁界の周期的変化により電波と磁波が同時に相4
伴って広く空間に伝搬するような波動をいい,電波とは,人工的導波体の
ない空間を伝搬する3THz(=3000GHz=300万MHz)以下
の周波数の電磁波をいう。
イ電磁波は,その周波数帯によって性質が異なり,3000THz以上の
電磁波は,電離作用を有し,放射線(Ⅹ線,γ線,紫外線の一部等)がこ
れに含まれる。3000THz以下の電磁波は,電離作用を有さず,3T
(,,)Hzから3000THzまでの電磁波紫外線の一部可視光線赤外線
,(,。)と3THz以下の電波これが電波法による規制の対象となっている
などに分けられる。
一般に,周波数が高い電磁波を「高周波」といい,周波数が低い電磁波
を「低周波」という。また,高周波のうち300MHzから3THzまで
の電磁波を,マイクロ波という。
ウ「熱効果」とは,電波が生体に吸収された際,吸収されたエネルギーに
よって当該部分が発熱することにより,生体に生じる変化をいう「非熱。
効果」とは,熱効果以外の電磁エネルギーによる効果をいう。
30MHzないし400MHzの高周波では,電磁波エネルギーが共振
によって人間の身体に吸収され,熱影響を与えやすい。また,400MH
zないし2000MHzの領域では「ホットスポット」効果,すなわち,
局所的な熱効果があるとする指摘もある。
エ本件基地局から放出される電波は,上記()のとおり,800MHz帯3
及び2GHz帯のマイクロ波(すなわち高周波)であり,デジタル変調さ
れている。
(争いのない事実)
オ電波の強さは,電界の強さである電界強度(Ⅴ/m,磁界の強さであ)
る磁界強度(A/m)及び単位面積当たりの通過電力である電力密度(W
/㎡又はmW/c㎡)で表すことができる。
また,電磁波被曝によって生体の受けるエネルギー吸収比のことをSA
R()といい,単位重さ当たりのエネルギー(W/SpecificAbsorptionRate
)。「」,kgで表すSARを全身にわたり平均したものを全身平均SAR
人体局所の任意の組織1g又は10gにわたり平均したものを「局所SA
R」という。
()郵政大臣(当時)の諮問機関である電気通信技術審議会は,平成2年65
月「電波利用における人体の防護指針」を答申し,次いで,その後の研究,
結果や海外における動向を踏まえ,平成9年4月「電波利用における人体,
防護の在り方を答申したこれらの答申によって示された指針を以下電」(,「
波防護指針」という。。)
そして,総務省は,電波防護指針を踏まえて,平成10年10月,電波の
周波数ごとに使用を認める電波強度の基準値を定めた(電波法30条,電波
法施行規則21条の3,同別表第2号の3の2。)
同別表によると,電波の周波数が800MHzと2GHzである場合の電
界強度,磁界強度及び電力密度の基準値は,次のとおりとなる。
800MHz2GHz
①電界強度44.8〔V/m〕61.4〔V/m〕
②磁界強度0.119〔A/m〕0.163〔A/m〕
③電力密度0.533〔mW/c㎡〕1〔mW/c㎡〕
2争点
()本件基地局から放出される電磁波による健康被害のおそれの有無1
()本件鉄塔が倒壊するおそれの有無2
3争点についての主張
()争点()(本件基地局から放出される電磁波による健康被害のおそれの有11
無)について
(原告らの主張)
ア電磁波の危険性について
本件基地局を含む携帯電話基地局から放出される電磁波には,マイクロ
波とデジタル変調により放出される低周波とがあるが,これらは,以下の
各知見のとおり,健康被害をもたらす現実的危険性を有するものである。
(ア)低周波について,例えば,スウェーデンのカロリンスカ研究所の報
告によれば,昭和35年から昭和60年までの25年間,高圧送電線の
300メートル以内に住む人を対象に健康調査を行ったところ,子供に
ついては白血病,脳腫瘍,リンパ腫が起きやすく,その被曝量に応じて
発病のリスクが高まること,大人については急性骨髄炎のリスクが,2
ミリガウス以上の所に住む人は,1ミリガウス以下の所に住む人の1.
7倍も高いことが明らかになったと指摘されている。
(イ)高周波について,昭和57年の米国のレスターの報告によれば,空
軍基地の空港レーダー周辺の住民のうち,被曝の多い地域の住民にがん
が多発しており,また,92か所の空軍基地の周辺の郡レベルで,がん
患者やがん死が増加したことが明らかになったと指摘されている。
(ウ)放送タワー周辺でも,がんや白血病の増加が見られた。
,,すなわち昭和62年のサンフランシスコ公衆衛生局の調査において
9つのテレビと4つのFMタワーが設置されている放送タワー基地付近
で,電磁波強度は平均して0.5μW/c㎡という低い値であるにもか
かわらず,小児白血病が2倍の増加率を示した。
また,平成8年にニュージーランドのクライストチャーチ地区の13
1世帯に対して行われた調査によれば,FM放送が開始された平成2年
に住民の健康悪化が見られ,第2FM放送が開始された平成7年には,
心臓障害,慢性疲労症候群,ひどい骨の痛みと関節炎,がん,喘息,先
天性異常等が見られ,体内に治療用金属を持つ者は,周囲の組織に焼け
付くような感覚を持ち,ほぼ全員の子供が喘息の投薬を受けるなどして
いた。
さらに,平成9年のイギリスのドルクらのサットン・コールドフィー
ルドにある放送タワー周辺での調査によれば,2キロメートル以内の地
域で,15歳以上の大人の白血病が1.83倍,急性リンパ性白血病が
3.57倍に増加しており,0.5キロメートル以内の地域では9.0
倍に増加した。
(エ)昭和60年のアメリカのリン報告等,電磁波に関わる職業人を対象
にした疫学調査によっても,脳膿瘍,白血病,胆のうや胆管等のがん及
びこれらによる死亡率の増加等が指摘されている。
(オ)平成6年のアームストロングらの報告によれば,パルス電磁波の被
曝者グループに,肺がんの増加が見られ,被曝量と肺がんとの間に相関
関係が見出された。
(カ)昭和50年のルーマニアのラングジャン報告によれば,熱効果が発
生する強度の100ないし1000分の1の弱い電力密度でマイクロ波
被曝をしている者に,精子数の減少が認められた。
(キ)昭和63年のゴールドハーバーらの報告によれば,1週間に20時
間以上コンピューターを操作している女性労働者は,同様の仕事でコン
ピューターを使用しない女性と比べて流産発生率が2倍となっているこ
とが認められた。
(ク)平成10年6月にフロリダで開催された国際会議での報告によれ
ば,携帯電話を1日2分しか使用しない者に比べて,使用時間の長い者
は,2分以上15分未満の人が1.5から1.9倍,15分以上60分
未満の人が2.5倍から3.31倍頭痛を訴えることが多いとされてい
る。
(ケ)平成14年10月のニュージーランドのニール・チェリーの報告に
,,,よれば低周波やラジオ波マイクロ波が脳内のメラトニンを減少させ
DNAへダメージを与えるが,特定の携帯電話の電磁波は,低周波やラ
ジオ被曝による健康被害と同様の被害をもたらす上,安全な閾値がない
ことが証明されたなどとされている。
(コ)高圧送電線等の低周波については,小児白血病に対するリスクが高
くなるという国立環境研究所の研究報告がある。
また,WHO(世界保健機関)は,平成13年10月,低周波の電磁
波被曝に発ガンの可能性があるという報告をしている。
,,(),さらにがん以外にも低周波被曝とALS病筋萎縮性側索硬化症
アルツハイマー病や認知症とが関係している可能性があるとか,低周波
被曝をしている女性には流産の比率が高いなどの報告がされている。
(サ)サンティニらの論文(平成15年)は,無線周波数による病気とい
われる18種の症状(非特定症状NSHS)についての研究である。同
研究は,携帯電話基地局の間近でのみ見られる症状(10メートル以内
で,吐き気,食欲不振,視覚障害,運動機能変調)や,基地局の周辺で
のみ見られる症状(100メートル以内でいらだち,うつの傾向,集中
力の低下,物忘れ,めまい,性欲低下,200メートル以内で頭痛,睡
眠障害,不安感,皮膚の異常)があり,また,比較対照グループである
300メートル以上離れている人たちや被曝していない人たちと比較し
て,200メートルから300メートルの範囲に住む者の間では,疲労
感だけが著しく多く,このように,携帯電話基地局から300メートル
以内に住む者の方が,比較対照群と比べて身体の変調を来す割合がかな
り高いとして,結論として,携帯電話基地局は住民から300メートル
より近くに置かない方が賢明であるとしている。
(シ)スペインのナバロらの論文(平成15年)は,GSM−DCS携帯
電話の基地局周辺での調査で,マイクロ波症候群又はラジオ波被照射病
と呼ばれる様々な神経的症候の発生率と被照射との間には,仮説ではあ
るが,相関性が存在するに違いなく,電磁波が細胞部分で健康を傷付け
る影響が生じている可能性があり,流産,心臓麻痺,睡眠障害,慢性倦
怠のような即応的症状は,その影響の初期症状と見られるなどとしてい
る。
()(ス)ザルツブルク州公衆衛生局のオバーフェルドらの論文平成16年
は,電磁場被曝と疲労感,いらいら,頭痛,食欲不振,睡眠障害,うつ
,,,,傾向集中困難記憶障害等の諸症状との間に明白な関連性が示され
この研究データに基づいていえることは,電場の総量が0.02V/m
(これは,ザルツブルク州公衆衛生局によって提案されたGSM基地局
〔.〕に対する室内での被曝基準値00001μW/c㎡又は1μW/㎡
と等しい値である)を超えないように努めるべきということだろうと。
指摘している。
また,同論文は,上記サンティニらの論文で,健康に関わる症状が基
地局から50ないし100メートルの距離で最も頻繁に報告されたこと
は注目されるべきであり,それはアンテナのメインビームが通常初めて
家に当たる市街地でのマイクロ波被曝が最も高い地域と完全に一致する
こと,オーストリアで行われた研究は,寝室で周波数を選択的に測定し
た電場(GSM900/1800)と心臓血管系の症状の間に著しくプ
ラスの関係があることを示していること,スペインのムルシア県ラ・ノ
,.,.ーラでの研究では02V/mの電場被曝をした比較群に比べて0
65V/mの電場被曝をしたグループでは,16症状のうち9症状の症
状点数が有意に高く,症状に関係がある16の健康状態のうち,14の
健康状態と測定された電場の間に明白な相関関係が報告されたことなど
を指摘している。
(セ)オランダ経済省,環境省,厚生省の依頼に基づくオランダ応用科学
研究機構(TNO)の研究報告(平成16年)によれば,有意な差が従
来の携帯電話であるGSM被曝では認められず,第三世代電磁波である
UMTS被曝で認められた(電力密度は0.27μW/c㎡)とされ,
その原因については,SAR値が低いことから,熱効果ではないことが
示唆されている。
(ソ)ドイツの医師たちのグループは,平成17年,同国首相あてに書簡
を出し,多くの人々が一定の症状で苦しんでおり,その症状が電力密度
0.001μW/c㎡でさえ多く起こること,その事実は科学的客観的
なデータで証明できること,これらの症状は,被曝が無くなると直ちに
消滅することなどを指摘し,対策として,人々が電力密度で0.001
μW/c㎡以上の電磁波に曝されるような場所にある携帯電話基地局は
止め,DECT携帯電話は変更されるべきことを提案した。
(タ)電磁波過敏症とは,急性の健康影響が生じない,極めて低いレベル
の電磁波曝露であっても,特定の波長に長期間にわたり繰り返し被曝を
受けることにより,多臓器における過敏性を獲得し,曝露するたびに様
々な自覚症状を呈する病態をいう。
低周波領域にある電磁波を浴びると,細胞内のカルシウムイオン(こ
れは神経の伝達や心臓の鼓動,生殖機能に関して非常に重要な役割を果
たしている)が流出することなどから,集中力の欠如,めまい,記憶。
力や方向感覚の喪失,頭痛,吐き気,疲労感,意識の喪失などの症状が
生じる。
電磁波過敏症に対処し,或いはその発症リスクを抑えるためには,電
磁波のトータルボディロード(総身体負荷量)をなるべく減らすことが
必要である。
また,電磁波過敏症でなくても,電場・磁場に対する心理的影響によ
って,患者の症状が悪化し,生活の質が低下するおそれがある。
イ電波防護指針の問題点について
被告の依拠する電波防護指針の基準値を下回る強さの電磁波が安全であ
るとはいえない。
携帯電話基地局において用いられる高周波の健康影響については,熱効
果,すなわち高周波を浴びた人体で温度上昇を計測することが可能な程度
のエネルギーをもたらす場合の効果のみならず,非熱効果についても考慮
が必要である。非熱効果とは,高周波によって対象となる生物システムの
平常温度を上昇させることができない低いエネルギーが与えられている場
合の効果をいい,カルシウムイオンの流出やメラトニンの減少により,細
胞のがん化を促進させる可能性があるものである。しかしながら,電波防
護指針は,熱効果のみを考慮して策定されており,非熱効果について考慮
されていない。
また,胎児や子供は,大人よりも電磁波に対する感受性が高いのである
から,大人よりも基準を低くすべきであるのに,現行の基準は,大人と子
供を全く同じ基準で考えており,問題である。
ウ本件基地局周辺の電波強度について
原告らは,平成18年11月4日,本件基地局周辺で電磁波測定を実
施した。その結果,電力密度は,最高で0.076μW/c㎡(800
MHz帯,本件基地局からの距離は300メートル)であった。
この結果は,被告が主張する本件基地局周辺の電波強度と比較すると,
距離と強度の相関関係が異なるものであり,被告の主張する電界強度の
実測値の正確性に疑念を生じさせるものである。したがって,本件基地
局周辺の電波強度は,被告が提示する数値よりもはるかに高い可能性が
ある。
エ原告らの健康被害について
原告Cは,従来,薬物アレルギーがある以外は健康体であったところ,
本件基地局が稼働してから1年以上経過した平成15年10月ころから,
突然意識を失う,血圧が上昇する,不眠状態,耳鳴り,めまいなどの体
調不良を訴えるようになった。その他の原告らも,身体の不調を訴える
者が増えている。
原告らの様々な症状に対しては,電磁波過敏症という確定診断は下さ
れていないが,本件基地局が稼働する前には身体の不調を感じなかった
が,稼働開始後に様々な症状が出現していること,本件基地局周辺(半
径300メートル以内)には本件基地局以外の携帯電話中継基地局が存
在しないことを併せ考えると,本件基地局から放出される電磁波が,原
告らの健康に影響を及ぼしているものと考えられる。
オ主張立証責任等について
(ア)主張立証責任について
a本件基地局から放出される電磁波には,変調技術を用いて低周波が
混ぜられているとともに,信号伝達の方式は,アナログ方式より危険
性が高いといわれるデジタル方式であるが,これらについての詳細な
研究はほとんど進んでいない。これらによる人体被害は,現実に発生
するものと予測され,WHOその他の科学者によってその研究解明が
進められている。
また,一般に,発がんまでの期間として,短くても10年間程度か
かるとされているので,研究調査期間を含めると約20年後でなけれ
ば,白血病等の増加についての疫学的研究の結果は明らかにならない
。,ことになる携帯電話は平成7年ころから急増し始めたのであるから
被害の事実が判明するまでに今後相当の長期間を要する。
したがって,電磁波による人体被害の因果関係を科学的に疑問の余
地がないまでに証明するためには,今後相当長期間を要し,その間に
取り返しがつかない人体被害が現実に発生してしまうことになる。い
わば人体実験をして初めて被害が証明できるのである
b以上のことからすれば,電磁波の強さが電波防護指針の基準値を下
回るごく弱いものであっても,人体に悪影響を与えることについて科
学的にある程度証明されていること,原告らはいつ人体被害を発生し
てもおかしくない量の電磁波に曝露していること及び本件基地局から
電磁波が放出されることを原告らが主張立証すれば,本件基地局から
放出される電磁波が原告ら周辺住民の生命・身体の安全や健康に被害
を与える蓋然性が高いことを主張立証したことになり,被告が,本件
基地局から人体に悪影響を与えるような電磁波を放出していないこ
と,すなわち,本件基地局からの電磁波で健康被害等が発生しないこ
とを主張立証しない限り,差止請求を認容すべき違法性があるという
べきである。
(イ)予防原則について
また,本件には「予防原則」が適用されるべきである。予防原則と,
は,ある活動が人間の健康や自然環境に対し害を及ぼす危険性が危惧さ
れる段階で,科学的に因果関係が証明されていない場合であっても,予
防的手段を講じるべきであり,その場合,被害が予想される市民ではな
,,く活動主体が無害の証明義務を持つべきであるとする考え方であって
平成10年1月28日の第7回「ウイングスプレッド宣言」において発
表されたものである。スウェーデン政府が商品について採用したガイド
ラインやサンフランシスコ市の政策にもその考え方が取り入れられるな
ど,予防原則は,国際的に承認されたものである。
(被告の主張)
ア電波について
電波は,太古から自然界に存在し,人類は,約100年以上前から電波
を利用している。今日,電波は,日常生活において,テレビ,ラジオ,G
,,,,,,PS衛星放送電子レンジアマチュア無線警察・消防無線ETC
医療機器等に利用されている。携帯電話基地局からの電波はこれらと同種
のものであり,携帯電話基地局からの電波のみを取り上げて問題視するこ
とは誤りである。
イ本件基地局から放出される電波に健康被害をもたらすおそれはないこと
について
本件基地局は,電波法に則った適法な電波利用を行っており,他人の経
済活動を停止させる差止請求の根拠となるような被害を発生させることは
ない。
(ア)総務省は,無線設備の安全施設について定めた電波法30条の委任
に基づき,平成10年10月,電波法施行規則21条の3を定め,電波
の周波数ごとに使用を認める電波強度の基準値を規定した(同別表第2
号の3の2。これは,前記「争いのない事実」()のとおり,郵政大)5
臣(当時)の諮問機関である電気通信技術審議会が,電波利用に関して
電波のエネルギー量と生体への作用との関係を定量的に明らかにし,健
,「」全な電波利用の発展を図るために電波利用における人体の防護指針
等の答申によって電波利用のための電波防護指針を定めたことを受け
て,法的拘束力のある基準値(極めて厳しい基準値)を定め,電波利用
のうち少なくとも基準値に従ったものについては危険性のないことを明
確にし,電波に対する誤解や不安を取り除き,基準値に従った電波利用
が禁止されるものではないことを明確にすることによって電波利用の健
全な発展を図る趣旨で定められたものである。
すなわち,電波防護指針は,上記電気通信技術審議会が,平成2年6
月「電波利用における人体の防護指針」として答申し,その後の研究,
結果や海外における動向を踏まえ,平成9年4月「電波利用における,
」。,,人体防護の在り方として答申したものであるこれはあらゆる学説
実験,研究の到達点に立って策定され,動物実験によって確認された影
響の閾値に50倍もの安全率を見込んだものであり,予防措置という観
点にも十分な配慮がされた内容であって,下記のとおり,非電離放射線
の人体への安全性の問題を総合的に扱う非政府組織である国際非電離放
射線防護委員会(ICNIRP)が示す国際的なガイドラインとほぼ等
,,。しくまた欧米諸国の定める電波防護基準値とも調和が図られている

800MHz2GHz
米国及びカナダ0・533〔mWc㎡〕1〔mWc㎡〕//
イギリス2・6〔mWc㎡〕10〔mWc㎡〕//
ドイツ,フランス及び
ICNIRP0.4〔mWc㎡〕1〔mWc㎡〕//
イタリア0.01〔mWc㎡〕0.1〔mWc㎡〕//
日本0.533〔mWc㎡〕1〔mWc㎡〕//
したがって,電波防護指針及び電波法施行規則第21条の3(同別表
第2号の3の2)が定める基準値を下回る電波では,健康に対する悪影
響はないと考えられる。
(イ)総務省は,電波法施行規則への適合性判断手続として「電波防護の
ための基準への適合確認の手引き」を設け,無線設備が発する電波強度
の詳細な算出,測定方法等を規定しているところ,被告は,平成14年
6月27日,総務省九州総合通信局長に対して,本件基地局に係る無線
局の免許申請を行い,厳密な審査を経た結果,同年7月26日に同免許
を取得している。このように,本件基地局は,無線局免許を取得し,電
波法に定める技術基準に適合していることを確認され,適法な電波利用
を行っているものである。
ウ各種公的機関等の報告について
(ア)WHOは,平成12年6月「電磁界と公衆衛生」携帯電話とそ,「
の無線基地局」と題するファクトシートを報告した。同報告では,国際
的なガイドライン値以下の曝露レベルでの健康への悪影響を示した研究
はないこと,がんについて,携帯電話やその基地局から発せられるよう
なRF界(無線周波数電磁界)への曝露ががんを誘発したり促進したり
するとは考えにくいこと,その他の健康リスクについても,科学者たち
は,脳の活動や反応時間,睡眠パターンの変化を含めた携帯電話の使用
による影響も報告してきたが,これらの影響は小さく,健康への明らか
な重大性はないことが指摘されている。また,WHOは,平成14年1
月に,先のWHOの見解には変更がない旨の声明を発表した。
次に,WHOは,平成17年12月「電磁界と公衆衛生「電磁過敏,
症」と題するファクトシートにおいて,電磁波過敏症が電磁界曝露と」
関連するという科学的根拠はない旨を公表した。すなわち,同ファクト
シートは,EHS(電磁波過敏症)の人々が症状の原因であると考えた
のと同様の電磁界に曝露させる実験を行った研究結果を検証したとこ
ろ,大半の研究によれば,EHSの人々は,EHSではない人よりも電
磁界曝露をより正確に検出できるわけではないことが示唆されたこと,
十分に制御され,二重盲検法により実施された研究では,症状が電磁界
曝露と関連していないことが示唆されたことを指摘している。また,同
シートは,EHSの人々の一部が訴える症状は,電磁界とは関係しない
環境因子,例えば,蛍光灯のちらつき,VDUの眩しさや他の視覚的問
題,コンピューターワークステーションの人間工学的に不適切な設計,
屋内空気質の悪さや職場や生活環境でのストレスなどが関連するかもし
れないとしている。
さらに,WHOは,平成18年5月「電磁界と公衆衛生「基地局及,
び無線技術」と題するファクトシートにおいて,基地局及び無線ネッ」
トワークからの弱いRF信号が健康悪影響を生じるという明白な科学的
根拠はない旨を公表した。
このように,WHOは,携帯電話及び携帯電話基地局からの電波を対
象とした報告書において,健康への悪影響は認められていないことを明
確に述べている。
(イ)総務省の生体電磁環境研究推進委員会は,平成13年1月30日,
「安全で安心な電波利用に向けて」と題する中間報告を公表した。同報
告は,我が国をはじめ国際的な専門機関の間では,電波防護指針値を下
回る強さの電波によって健康に悪影響を及ぼすという確固たる証拠は認
められないとの認識で一致していること,電波防護指針値以下の低レベ
ルの電波が人体に影響を与える可能性があるとの一部の報告に対して
は,必ずしも実験条件等が適切ではないなどといった問題が指摘されて
いること,WHOにおける国際電磁界プロジェクトと協調しながら公正
,,かつ中立的に研究を行っているが同委員会におけるこれまでの成果は
いずれも携帯電話基地局及び携帯電話からの電波が人体に影響を及ぼさ
ないことを示していること,過去に人体への影響があると報告された結
果についても生物・医学/工学的な手法を改善した実験においては,い
ずれも影響がないという結果を得ていることを指摘している。
また,総務省の上記委員会は,平成14年11月12日,それまでの
,,,研究結果を発表したがその内容は脳に曝露される携帯電話の電波が
電波防護指針の値(局所SAR値:2.0W/kg)を大幅に上回る場
合においても,熱作用(電波曝露によって全身が加熱されることにより
深部体温が上昇する作用)を生じない条件下では,課題学習能力への影
響がないことを確認したというものである。
次に,総務省の上記委員会は,平成15年10月10日,ラットによ
る実験の結果,長期にわたる携帯電話の使用が脳腫瘍の発生に及ぼす影
響は認められないとする研究結果を発表し,同年12月12日,同じく
ラットによる実験で,携帯電話の電波が脳微小循環動態に及ぼす影響は
認められないことを確認したとの研究結果を発表した。
さらに,総務省の上記委員会は,平成17年12月14日,ラットへ
電波を被曝させる実験の結果,携帯電話の電波による脳内でのメラトニ
ン(睡眠を促すホルモン)の合成への影響は認められないことを確認し
たとの研究結果を発表した。
(ウ)旧郵政省電気通信技術審議会は,上記イ(ア)の平成2年6月及び平
成9年4月の各答申において,いずれも,電波防護指針を下回る電波が
健康に悪影響を与えることはないことを報告している。
(エ)国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)は,自ら策定したガ
イドラインの解説において,同ガイドラインはあらゆる既刊の科学的論
文を徹底的にレビューした上で作成されたこと,疫学研究の中には,同
ガイドラインの勧告した50/60Hzの磁束密度レベルをかなり下回
るレベルの曝露と発がん作用の可能性との関連を示唆するものがある
が,得られているデータは,説得力に乏しく,曝露制限設定の根拠とす
るには不十分であることなどを指摘している。
(オ)株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモなど携帯電話事業者4社と株式
会社三菱化学安全科学研究所は,平成17年4月26日,電波が細胞の
増殖とそれらに関連する遺伝子の働き及びDNAに影響を与える可能性
はないことが科学的に確認できたとの共同研究の結果を発表した。すな
わち,同研究は,正常なヒトの胎児及び小児由来の細胞並びに脳腫瘍の
細胞に電波を照射する実験を行った結果,電波防護指針値を基準とする
電波強度の等倍から10倍の範囲の電波が,実験に使用した4種類の細
胞に対して,細胞の増殖とそれらに関連する遺伝子の働き及びDNAに
影響を与える可能性がないことが科学的に確認できたとしている。
また,株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモなど携帯電話事業者3社と
株式会社三菱化学安全科学研究所は,平成19年1月24日,細胞実験
を行った結果,細胞レベル及び遺伝子レベルで,電波による生体への影
響が確認されなかったので,携帯電話基地局からの電波の安全性につい
て改めて検証できたなどと発表した。
(カ)電波の危険性を指摘するこれまでの実験結果については,いずれも
再現性が認められておらず,実験としての価値は認められていない。ま
た,電波の危険性を指摘する報告の多くは疫学的調査によっているが,
これらの疫学調査には,選択バイアス発生の可能性があることや,他の
交絡要因による影響を完全にぬぐい去ることができないという問題があ
り,その信頼性については極めて慎重に判断する必要がある。
エ電波防護指針等の定める基準値と本件基地局からの電波強度について
(ア)本件基地局が放出する電波の周波数は800MHz帯及び2GHz
帯であり,デジタル変調波である。もっとも,変調によっても,携帯電
話基地局からの電波に100MHz程度の低周波が混在することはな
く,そのような低周波は本件とは無関係である。
電波防護指針及び電波法施行規則別表第2号の3の2は,電波の周波
数が800MHzと2GHzである場合の基準値を前記「争いのない事
実等」(5)のとおり定めており,これによると,電界強度は,800M
Hzの場合は,44.8V/m,2GHzの場合は,61.4V/mで
ある。
(イ)本件基地局周辺の電界強度は,被告の測定によれば,本件基地局か
ら50メートルの地点でも,800MHz帯で0.28V/mであり,
2GHzで0.03V/mである。携帯電話が最大限利用された場合,
電波の強度は,上記実測値の数倍程度の値になるが,いずれにせよ,電
波防護指針及び電波法施行規則の基準値をはるかに下回るレベルであ
る。
オ主張立証責任等について
(ア)主張立証責任について
本件で問題となる携帯電話基地局からの電波については,その有害性
が科学的に確認されていない。したがって,国際機関ないし国が設定し
た公的な防護基準を遵守している限り,人格権を侵害する具体的危険性
の主張立証責任が原告らにあることは明らかである。
(イ)予防原則について
a原告らは,差止請求の根拠の1つとして,予防原則を挙げる。しか
し,総務省の生体電磁環境研究推進委員会は,予防原則には科学的根
拠がないとしているし,また,WHOも,予防原則の採用を根拠付け
るような証拠はなく,電波の危険の性質すら分かっていないし,現代
社会では至る所で電波が発生し(テレビやラジオの送信所からは,携
帯電話基地局よりもはるかに強い電波が多数放出されている,曝。)
露のレベルにも様々なものがあり,周波数も広い範囲にわたって存在
するので,一貫性を持ち,公正な政策を策定することは困難であり,
ガイドラインの曝露制限に追加的な安全係数を勝手に加えることでガ
イドラインの持つ科学的根拠を覆すべきではないなどとしており,い
ずれも,電磁界への予防原則の適用には否定的である。
bさらに,そもそも,予防原則は,本件のような差止請求の根拠とは
なり得ない。人格権に基づく差止めが認められるためには,他人の経
済活動等を停止させてまで保護すべき被害が発生していることが必要
であり,仮に予防原則が推奨されていたとしても,差止請求の法的根
拠とはならない。
()争点()(本件鉄塔倒壊のおそれの有無)について22
(原告らの主張)
ア本件鉄塔が構築されているD地区は,活断層である立田山断層が通って
いる地域であり,立田山断層の活動によって生じる地震の規模は,マグニ
チュード6.5程度と考えられることや,本件鉄塔が建設されている地質
は,脆弱な託麻砂礫層であることに照らせば,本件鉄塔は,直下型地震に
よる上下震動により倒壊する危険性は高い。
また,気象庁の地震調査研究本部地震調査委員会による平成17年3月
の「全国を概観した地震動予測地図」報告書」によれば,熊本市では,「
今後30年以内に震度6弱以上の地震が発生する確率が2.6パーセント
であるとされていること,九州大学によるインターネット記事「最近1年
間の地震活動(九州全域」によれば,熊本県下では,立田山断層,布田)
川・日奈久断層を震源とする地震が頻発していると指摘されていることに
照らせば,これらの断層を震源とする大規模な地震によって本件鉄塔が倒
壊する危険性が高い。
イ被告は,本件鉄塔が建築基準法上の要件を満たしているので安全である
と主張するが,建築基準法上の規制は,全国共通の一般的なものであり,
当該立地場所が本当に安全かどうかの判断を示したものではない。
(被告の主張)
本件鉄塔は,建築基準法に基づく建築確認を得ているだけでなく,建築基
準法及び同法施行令の基準よりも更に厳しい基準を設定しているNTT設計
,。指針により設計・建設されていることに照らせば鉄塔倒壊のおそれはない
()主張のまとめ(差止請求の是非)について3
(原告らの主張)
電磁波の有害性及び本件基地局が原告らの生活地域に近接している事実に
照らせば,本件基地局の操業によって,原告らが被る健康被害は相当広範か
つ深刻なものになる蓋然性が高い。現に,原告らには,本件基地局が稼働を
開始した後,体調不良が生じている。そして,人の生命,身体及び健康の自
由は,財産的自由とは異なり,いったん侵害されると,その被害回復が不可
能ないし極めて困難であるから,上記権利侵害から救済する必要性は極めて
高い。
また,本件鉄塔は,高さ約40メートルであり,これが倒壊すれば,少な
くとも,本件鉄塔から半径40メートル内に居住する原告E及びその家族の
生命・身体に直接の被害が及ぶことは明白である。
したがって,原告らは,被告に対し,人格権に基づいて,本件基地局の操
業の差止めを求めることができるというべきである。
(被告の主張)
人格権に基づく差止請求が認められるためには,他人の経済活動等を停止
させてまで保護すべき被害が発生していることが立証されなければならない
ところ,本件基地局は,電波法の基準を満たすものであり,他人の経済活動
等を停止させてまで保護すべき被害は発生していないし,また,本件鉄塔が
倒壊するおそれもない。
したがって,原告らの本件基地局の操業差止請求は認められないというべ
きである。
第3当裁判所の判断
1人格権に基づく差止請求について
人の生命や健康等の人格的利益を違法に侵害する行為が継続している場合に
は,人格権に基づいて当該侵害行為の差止めを請求することができるものとい
うべきである。そして,当該侵害行が人格権に基づく差止請求を認容すべき違
,,,法性を有する否かは侵害行為の態様と侵害の程度被侵害利益の性質と内容
侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度など諸般の事情を考
慮し,これらを総合的に考察して判断すべきものと解するのが相当である(最
高裁判所平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号1870頁,同裁
判所同日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁参照。)
()2争点()本件基地局から放出される電磁波による健康被害のおそれの有無1
について
()無線設備の安全施設に関する法的規制と本件基地局から放出される電磁1
波の強さについて
ア電波法30条は,無線設備には,人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷
を与えることがないように,総務省令で定める施設をしなければならない
旨定めている。そして,同条を受けた同法施行規則21条の3第1項本文
は,無線設備には,当該無線設備から発射される電波の強度(電界強度,
磁界強度及び電力束密度をいう)が同施行規則別表第2号の3の2に定。
める値を超える場所(人が通常,集合し,通行し,その他出入りする場所
に限る)に取扱者のほか容易に出入りすることができないように,施設。
,,,をしなければならない旨定め上記別表第2号の3の2は周波数ごとに
上記の基準値を定めている。
イ(ア)本件基地局が放出する電波の周波数は,上記「争いのない事実等」
1()のとおりである。3
そして,電波法施行規則別表第2号の3の2によると,800MHz
及び2GHzの電界強度,磁界強度及び電力密度の基準値は,次のとお
りとなる(前記「争いのない事実等」(5)。)
800MHz2GHz
①電界強度44.8〔V/m〕61.4〔V/m〕
②磁界強度0.119〔A/m〕0.163〔A/m〕
③電力密度0.533〔mW/c㎡〕1〔mW/c㎡〕
(イ)本件基地局周辺の電界強度は,被告の測定によれば,800MHz
の場合の最大値は,本件基地局から50メートル地点での0.2786
02381V/mであり,2GHzの場合の最大値は,同じく200メ
ートル地点での0.064938163V/mである(もっとも,携帯
電話が最大限利用された場合には,数倍程度高い値にはなり得る)と。
認められる。
なお,原告らは,平成18年11月4日に本件基地局周辺で電磁波を
測定した結果,被告の測定結果とは距離と強度の相関関係が異なる結果
が得られたことから,被告の測定結果の正確性には疑問があり,本件基
地局からの電磁波が,被告の測定結果よりも大幅に強い可能性がある旨
主張する。
しかし,上記の各測定がされた日時等は異なるから,各測定時の携帯
電話の利用者数も異なっていたと考えられる上,測定場所によっては,
本件基地局以外の電磁波も測定される可能性があることなどに照らせ
ば,原告らによる測定と被告による測定との間で,距離と強度の相関関
係が異っていたとしても不自然ではない。また,そもそも原告らによる
測定結果の最大値(これは,800MHzの場合における本件基地局か
ら300メートル地点の電力密度0.076μW/c㎡である)も,。
電波法施行規則別表第2号の3の2によって求められる基準値を大きく
下回るものであることからすれば,原告らの測定結果と被告の測定結果
が異なることをもって,本件基地局からの電磁波が被告の測定結果より
も大幅に強い可能性があるということはできない。
(ウ)そうすると,携帯電話が最大限利用されたとしても,本件基地局か
ら放出される電磁波の強さは,電波法施行規則別表第2号の3の2の定
める基準値を大幅に下回るものであることが認められる。
()電磁波による健康被害に関する知見について2
ア電磁波による健康被害のおそれを指摘する知見について
(ア)証拠(各項にそれぞれ記載)によれば,携帯電話基地局ないし携帯
電話からの電磁波等を含む電磁波による健康被害のおそれを指摘する主
な知見として,以下のものが存することが認められる。
a携帯電話基地局ないし携帯電話の発する電磁波について
(a)ニュージーランドのニール・チェリーは,平成14年10月,
低周波やラジオ波,マイクロ波は脳内のメラトニン等を減少させる
などの働きをするが,特定の携帯電話の電磁波は,低周波やラジオ
波被曝による健康被害と同様の被害をもたらす上,安全な閾値がな
いことが証明されたと発表した。
(b)フランスのサンティニらは,平成15年,無線周波数が関わっ
ているといわれる18種の症状(非特定症状NSHS)についての
研究結果を発表した。
同研究では,研究に参加する人を公募し,年齢,性別,携帯電話
基地局からの距離(10メートル以内,10ないし50メートル,
50ないし100メートル,100ないし200メートル,200
ないし300メートル,300メートル以上,アンテナに対する)
位置,基地局周辺に住んでいる期間(1年以内,1ないし2年,2
ないし5年,5年以上,周辺に電気変圧器(10メートル以内))
及び高圧送電線(100メートル以内)等があるか,コンピュータ
ーや携帯電話を使用しているか等について質問した上,症状のレベ
ルを4段階(0=症状なし,1=ときどき,2=よくある,3=頻
)。,繁に分けて調査票に記入してもらった回収した570通のうち
40通には基地局からの距離等に記入漏れがあったのでこれらは使
われなかったことから,検討の対象となったのは530通であり,
その内訳は,男性270名,女性260名であった。
同研究は,基地局の間近でのみ見られる症状や(10メートル以
内で,吐き気,食欲不振,視覚変調,運動機能変調,基地局の周)
辺でのみ見られる症状(100メートル以内で,いらだち,うつの
傾向,集中力の低下,物忘れ,めまい,100メートルから200
メートル以内で,頭痛,睡眠障害,不安感,皮膚の異常)があり,
,,また200メートルから300メートルの範囲に住む者の間では
疲労感だけが著しく多いとされ,このように基地局300メートル
以内に住む者の方が,比較対照群(300メートル以上離れている
人たちや被曝していない人たち)と比べて身体の変調を来す割合が
かなり高いとした上,結論として,携帯電話基地局は住民から30
0メートルより近くに置かない方が賢明であると指摘している。
(c)スペインのナバロらの論文(平成15年)によれば,スペイン
のムラシア県ラ・ノーラにおいて,住民に上記(b)のサンティニら
の論文と同様のアンケートを行ったところ,人口1900名の約5
パーセントが回答した。回答者を,GSM−DCS携帯電話の基地
(.)局から150メートル以内の高被照射群平均011μW/c㎡
と,基地局から250メートル以上の低被照射群(平均0.01μ
W/c㎡)に分けたところ,高被照射群の住民の方が,低被照射群
と比べて,無力症候群で42パーセント,脳死症候群で55パーセ
ント,神経的変調で25パーセント,心臓血管症候群で55パーセ
ント高い発症率を示すという結果が出た。ただし,移動式携帯電話
の使用者は,高被照射群で30パーセント,低被照射群で17パー
セント,パソコンの使用者は,高被照射群で16パーセント,低被
照射群で1パーセントであった。
この結果を踏まえて,ナバロらは,マイクロ波症候群又はラジオ
波被照射病と呼ばれる様々な症状の発生率と被照射との間には,仮
説ではあるが,相関性が存在するに違いなく,電磁波によって細胞
部分で健康を傷付ける影響が生じている可能性があり,流産,心臓
麻痺,睡眠障害,慢性倦怠のような即応的症状は,その影響の初期
症状と見られるなどと指摘している。
(d)ザルツブルク州公衆衛生局のオバーフェルドらの論文(平成1
6年)は,上記(c)のスペインのムルシア県ラ・ノーラで行われた
健康調査の結果,電磁場被曝と疲労感,いらいら,頭痛,吐き気,
食欲不振,睡眠障害,うつ傾向,不安感,集中困難,記憶障害,視
覚障害,めまい,心臓血管系諸症状との間に,統計学的に有意でプ
ラスの明白な関連性が示され,この研究データに基づいていえるこ
とは,電場の総量が0.02V/m(これは,ザルツブルク州公衆
衛生局によって平成14年に提案されたGSM基地局に対する室内
での被曝基準値〔0.0001μW/c㎡又は1μW/㎡〕と等し
い値である)を超えないように努めるべきということだろうと指。
摘している。
また,同論文は,上記(b)のサンティニらの論文で,健康に関わ
る症状が基地局から50ないし100メートルの距離で最も頻繁に
報告されたことは注目されるべきであり,それはアンテナのメイン
ビームが通常初めて家に当たる市街地でのマイクロ波被曝が最も高
い地域と完全に一致すること,オーストリアで行われた研究は,寝
室で周波数を測定した電場(GSM900/1800)と心臓血管
系の症状の間に著しくプラスの関係があることを示していること,
また,上記(c)のナバロらの論文では,0.2V/mの電場被曝を
した比較群に比べて,0.65V/mの電場被曝をしたグループで
は,16症状のうち9症状の症状点数が有意に高く,症状に関係あ
る16の健康状態のうち,14の健康状態と測定された電場の間に
明白な相関関係が報告されたことなどを指摘している。
(e)オランダの経済省,環境省,厚生省の依頼に基づくオランダ応
用科学研究機構(TNO)の研究報告(平成16年)は,36名の
ボランティアに電磁波を被曝させる実験(無響室で約30分間の休
止期間をはさみながら,合計45分間からなる3期間にわたって,
①偽の被曝,②900MHzのGSMか1800MHzのGSM,
。),③2100MHzのUMTSの電磁波を照射したを行った後で
被験者が経験した状態についてアンケートを取ったところ,有意な
差が従来の携帯電話で使用されているGSMの被曝で認められず,
第三世代携帯電話で使用されているUMTSの被曝で認められたと
され,その原因については,SAR値が低い(最大値が0.08m
W/kg)ことから,熱効果ではないことが示唆されたと指摘して
いる。
(f)ドイツの医師たちのグループは,平成17年,同国首相あてに
書簡を出し,多くの人々が一定の症状(睡眠障害,疲労,集中力欠
如,物忘れ,うつ傾向,耳鳴り等)で苦しんでおり,その症状が電
力密度0.001μW/c㎡でさえ多く起こること,その事実は科
学的客観的な方法で証明できること,いくつかの健康障害は被曝が
無くなると直ちに消滅することなどを指摘した上,人々が電力密度
で0.001μW/c㎡以上の電磁波に曝されるような場所にある
携帯電話基地局は止められなくてはならないなどと提案した。
(g)イスラエルのウォルフらは,平成16年4月,同国のネタンヤ
市にある携帯電話基地局周辺で調査したところ,被曝地域では,同
市全域と比べると,がんの相対的発生割合が全体で4.15倍,女
性では10.5倍になっているとの研究結果を発表した。
(h)ドイツのイーガーらは,平成16年4月,携帯電話基地局が稼
働を開始して5年後の平成11年から平成16年までの5年間に発
生したがん患者を調査したところ,携帯電話基地局の近隣住民のが
ん発生の相対リスクは,その外側の地区の住民の約3倍であったと
報告した。
(i)スウェーデンのハーデルらは,平成16年,携帯電話使用者と
脳腫瘍との関係を調査したところ,20歳から29歳までの年齢層
,,において5年間以上のアナログ型携帯電話の使用歴のある場合は
脳腫瘍の発生のオッズ比が対照群と比べて8.17,同様のコード
レス電話の使用歴のある場合は4.30であると発表した。
また,ハーデルらは,平成17年,農村に住み5年間以上デジタ
ル型携帯電話を使用している人は,脳腫瘍の発生のオッズ比は,対
照群と比べて3.2であると発表した。
(j)スウェーデンのレェーンらは,平成16年,携帯電話の使用と
聴神経腫瘍の関係について,通常の使用者の総オッズ比は1.0で
あったが,10年間以上携帯電話を使用した人のオッズ比は1.9
であると発表した。
(k)木俣肇の論文(平成14年,平成15年)は,携帯電話の電磁
波はアトピー性皮膚炎を悪化させると指摘している。
(l)ギリシャのパナゴプウロスらの論文(平成16年)は,携帯電
話の電磁波はショウジョウバエの産卵能力を低下させるが,特に人
間の音声によって変調された電磁波は一層産卵能力を低下させると
指摘している。
(m)スペインのバルモリは,平成17年,携帯電話基地局に近いコ
ウノトリの巣の中の雛の数が激減していると発表した。
b携帯電話以外の電磁波について
(a)ルーマニアのラングジャンは,昭和50年,熱効果が出てくる
と考えられている予測値の100ないし1000分の1の弱い電力
密度で,マイクロ波被曝をしている者に精子数の減少が認められた
と指摘している。
(b)アメリカのリン報告(昭和60年)等によれば,マイクロ波に
関わる職業人等を対象にした疫学調査によると,脳膿瘍,白血病,
胆のうや胆管等のがんやそれらによる死亡率の増加,当該職業人の
子供の小児脳腫瘍の増加等がみられると指摘されている。
(c)サンフランシスコ公衆衛生局の昭和62年の調査によると,9
つのテレビと4つのFMタワーが設置されている放送タワー基地付
近で,電磁波強度は平均して0.5μW/c㎡という低い値である
,。にもかかわらず小児白血病が2倍の増加率を示したとされている
(d)アメリカのゴールドハーバーらは,昭和63年,1週間に20
時間以上コンピューターを操作している女性労働者は,同様の仕事
でコンピューターを使用しない女性と比べて,流産発生率が2倍と
なっていると発表した。
(e)オーストラリアのホッキングは,平成8年,シドニー郊外にあ
るテレビ・ラジオ塔周辺で,小児白血病の発生状況を5ないし10
年間調べたところ,その増加率は,約2.7倍と高いことを報告し
た。
(f)イギリスのドルクらによる平成9年の報告によると,サットン
・コールドフィールドにある放送タワー周辺についての調査によれ
ば,白血病の発生率を,タワーから離れた群の住民と比べると,タ
ワーから2キロメートル以内の15歳以上の大人の白血病が1.8
3倍,急性リンパ性白血病が3.57倍に増加しており,0.5キ
ロメートル以内では9.0倍に増加していることが認められたとさ
れている。
(g)WHOの傘下の国際がん研究機関(IARC)は,平成13年
10月,高圧送電線や電化製品などからの電磁波について,発がん
,,の可能性があるとしながらも動物実験による証拠は不十分であり
解明すべき課題があるという見解をまとめた。
(h)国立環境研究所は,平成16年,高圧送電線や家電製品から出
る電磁波によって,がん抑制作用のあるメラトニンの働きが阻害さ
れるという実験結果を発表した。
(イ)証人Fは,携帯電話基地局ないし携帯電話からの電磁波その他の電
磁波による健康被害について,上記(ア)の各知見等を指摘するほか,概
ね以下のとおり供述し,同人作成の陳述書等にも同趣旨の記載がある。
a電磁波には様々な健康への障害の危険性がある。脳に対する影響と
,,して心配されるのは低周波による細胞内のカルシウムイオンの流出
脳内ホルモン(メラトニン,セロトニン,ドーパミン)への影響,血
液脳関門への影響などである。メラトニンは,がん抑制の役割が大変
,,高いホルモンであるのでこれが低下することでがん抑制が阻害され
がんが増えることになる。
また,微弱なマイクロ波パルスが,血管脳関門からのアルブミンの
漏出により,神経損傷を引き起こす。
さらに,高周波を照射すると,細胞のDNAを損傷し,約半数の鶏
卵が孵化しないことが,研究で明らかになっている。
b携帯電話の電磁波には,変調技術が使用されており,高周波のみな
らず,低周波も混入しているので,低周波による健康被害と同様の被
害も懸念される。
また,携帯電話の電磁波には,ホットスポット効果があり,脳内で
周辺よりエネルギーの多く集まる場所が生じることになる。
c携帯電話に関する医学分野における論文の数は,平成18年10月
時点で650件にも上っているが,我が国の電波防護指針は,これら
最新の研究ではなく,古い研究結果に依拠したものであり,不十分で
ある。
(ウ)証人Gは,電磁波過敏症について,以下のとおり供述し,同人作成
の意見書にも同趣旨の記載がある。
a証人Gがセンター長を務めるHセンターには,電磁波過敏を訴えて
来院する患者が多数存在する。
電磁波過敏症とは,急性の健康被害が全く生じない,極めて低いレ
ベルでの電磁波であっても,特定の波長に長期間にわたり繰り返し曝
露することにより,多臓器における過敏性を獲得し,曝露するたびに
様々な自覚症状を呈する病態をいう。その機序としては,マイクロ波
や低周波を浴びると,細胞内のカルシウムイオン(これは,神経の伝
達や心臓の鼓動,生殖機能に関して非常に重要な役割を果たしてい
る)が流出し,メラトニン(これは,脳の松果体から分泌され,女。
性ホルモンや男性ホルモンの分泌,代謝,食欲など様々な作用に関わ
っている)が減少することから,集中力の欠如,めまい,記憶力や。
方向感覚の喪失,頭痛,吐き気,疲労感,意識の喪失などの症状が生
じる。
これらの自覚症状の多くは,集中力・認識力や記憶力の低下,倦怠
感,動悸などの大脳辺縁系・自律神経症状と呼ばれるものなので,各
種神経機能を電子瞳孔計,眼球電位図などの機器を用いて診断し,さ
らに,患者の同意が得られ,医学的に必要と判断された場合には,各
種周波数に対する曝露検査(曝露時の脳血流の変動を観察する)を。
,。二重盲検法で行い電磁場被曝と患者の生体反応を確認して診断する
その結果,100人程度の患者について携帯電話基地局からの電磁
波を原因とする電磁波過敏症と診断した。
b平成17年7月に久留米大学で開催された第14回日本臨床環境医
学界総会において「電磁波による健康障害」に関する学際的シンポ,
ジウムが行われ,この中では,携帯電話由来の高周波電磁波及び低周
波磁場の日常レベルでの曝露強度により細胞に遺伝子損傷が生じるこ
とが再現性を持って確認されていることなどが発表された。また,同
年6月には,臨床環境医学領域の国際的なシンポジウムで電磁波過敏
症がメインテーマとして取り上げられるなど,携帯電話基地局からの
電磁波で電磁波過敏症が発生するという考え方は,医学界で環境を専
門にしているグループの中では支持されていると思う。
c電磁波過敏症の患者は,強さよりも特定の周波数によって特定の症
状が出ることがある。また,電磁波は,細胞に傷を付けるものである
以上,発がん物質と同様に,閾値を設定することもできない。
そして,既に電磁波過敏症を発症している人については,電磁波照
射をなるべく受けない環境を作ることも大切であるが,いまだ発症し
ていない人についても,トータルボディロード(総身体負荷量)をな
るべく少なくすることが大切である。
,,,さらに患者への心理的影響胎児や子供に対する影響についても
配慮する必要がある。
dなお,証人Gは,平成17年度厚生労働科学研究費補助金健康科学
総合研究事業として行われた「微量化学物質によるシックハウス症候
群の病態解明,診断,治療対策に関する研究(平成18年3月)の」
うち「電磁波過敏症(ElectromagneticHype,
)」rsensitivityEHSが初発症状と考えられた7症例
,,という分担研究のメンバーであるが同分担研究に関する報告書には
以下のような記載がある。
(a)例えば,37歳の女性についての症例であるが,受診の4か月
前から,パソコン業務に従事すると,頭痛や皮膚のチクチクした感
じが顔面を中心に出現するようになり,そのうち,家電製品や携帯
電話を使用しているときにも同様の症状が発現するようになったこ
とから,Hセンターを受診した。
上記患者から十分なインフォームドコンセントを得た上で,頸部
にコイルを巻いて10kHz,100kHz及び1MHzの電磁波
負荷を与えたところ,大脳前頭部の血流は1MHzで明らかに上昇
したが,10kHz及び100kHzでは変化しなかった。負荷中
止とともに,基線は速やかに元の血流状態へ復帰した。比較のため
においた前腕部については,血流に全く変化が認められなかった。
上記患者は,1MHzの電磁波負荷に反応性を示しており,電磁波
過敏症であることが証明された。
(b)同報告書で紹介した症例は,Hセンターを受診した患者のほんの
一部にすぎないが,電磁波過敏症の症例については,これから一般医
師も日常診療で遭遇する機会が増えるであろう。神経・血液腫瘍の問
題,自律神経失調の問題,特に疼痛を中心とした問題が重要であり,
携帯電話を人口の約半数以上が所持する時代になりつつある我が国
で,電磁波の障害はないと言い切るデータはなく,今後謙虚にこれら
の問題を直視し,病態解明,診断及び治療に立ち向かう必要がある。
イ携帯電話基地局ないし携帯電話からの電磁波の危険性を否定する知見等
について
しかしながら,証拠及び弁論の全趣旨によれば,携帯電話基地局ないし
携帯電話からの電磁波による健康被害のおそれを否定する主な知見とし
て,以下のものが存することが認められる。
(ア)電波法施行規則の定める基準値について
電波法施行規則21条の3第1項本文,別表第2号の3の2の定める
上記()アの基準値は,前記「争いのない事実等」()のとおり,電気通15
信技術審議会が答申した電波防護指針を受けて平成10年郵政省令第7
8号による同法施行規則の改正により定められたものである。
電波防護指針は,国内外のそれまでの研究や各国の規制状況等を踏ま
えて策定されているところ,同指針の定める電波防護基準値は,800
MHzの場合の電力密度が0.533〔mW/c㎡,2GHzの場合〕
のそれは1〔mW/c㎡〕であるが,これらの基準値は,欧米諸国の定
める電波防護基準値や国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の
示すガイドラインともほぼ等しいこれらの内容は争点(1)に係る被(,「
告の主張」イ(ア)のとおりである)ものである。。
そして,郵政省(当時)が平成9年度から関係省庁や大学の医学・工
「」学の研究者等の協力を得て開催している生体電磁環境研究推進委員会
は,平成13年1月30日「安全で安心な電波利用に向けて」と題す,
る中間報告を公表したが,同報告では,①我が国を始めとする国際的な
専門機関の間では,電波防護指針値を下回る強さの電波によって健康に
悪影響を及ぼすという確固たる証拠は認められないとの認識で一致して
いること,②電波防護指針値以下の低レベルの電波が人体に影響を与え
る可能性があるとの報告が一部にあるが,これらの研究に対しては必ず
しも実験条件等が適切ではないといった問題が指摘されており,このよ
うな研究成果は,本来,再現性の確認等を経てから安全性評価のデータ
として取り扱われるべきものであること,③同委員会のそれまでの成果
は,携帯電話基地局及び携帯電話からの電波が人体に影響を及ぼさない
ことを示しているほか,過去に人体への影響があると報告された結果に
ついても,生物・医学/工学的な手法を改善した実験においては,いず
。,れも影響がないという結果を得ていることが指摘されているその上で
同委員会は,中間報告時点の見解として,④電波防護指針値を超えない
強さの電波について,これが非熱効果を含めて健康に悪影響を及ぼす確
固たる証拠は認められないし,⑤電波防護指針は,動物実験で確認され
た影響の閾値に50倍の安全率を考慮しており,予防的措置としては十
分妥当なものであり,この電波防護指針を直ちに改定する必要はないと
している。
(イ)各種機関等の見解について
aWHOは,平成12年6月「電磁界と公衆衛生」携帯電話とそ,「
の無線基地局(ファクトシートNo.193)を報告した。」
同報告は,現在の携帯電話システムは800MHzから1800M
Hzの間の周波数域で作動しており,RF界(無線周波電磁界)が体
内で電離作用を起こしたり,放射能を生じたりすることはないこと,
発熱作用を全く生じないような低レベルでの無線周波被曝であって
も,そのエネルギーが生体に作用することはあるが,国際的なガイド
ライン値以下の曝露レベルで健康への悪影響を示した研究はないこ
と,がんについて,携帯電話やその基地局から発せられるようなRF
界(無線周波電磁界)への曝露が,がんを誘発したり促進したりする
,,,とは考えにくいことその他の健康リスクについても科学者たちは
脳の活動や反応時間,睡眠パターンの変化を含めた携帯電話の使用に
よる影響も報告してきたが,これらの影響は小さく,健康への明らか
な重大性はないことを指摘している。
また,WHOは,平成17年12月「電磁界と公衆衛生:電磁,「
過敏症(ファクトシートNo.296)において,電磁波過敏症」」
(EHS)の症状が電磁界曝露と関連するという科学的根拠はない旨
公表した。すなわち,同ファクトシートは,電磁波過敏症の人々を同
人らが症状の原因であると考えたのと同様の電磁界に曝露させるいく
つかの研究をしたところ,大半の研究によれば,電磁波過敏症の人々
は,電磁波過敏症ではない人々よりも電磁界曝露をより正確に検出で
きるわけではないことが示唆され,十分に制御され,二重盲検法によ
り実施された研究では,症状が電磁界曝露と関連していないことが示
されたとした上,電磁波過敏症の人々の一部が訴える症状には,電磁
界とは関係しない環境因子,例えば,蛍光灯のちらつき,VDUの眩
しさや他の視覚的問題,コンピューターワークステーションの人間工
学的に不適切な設計,屋内空気質の悪さ,職場や生活環境でのストレ
スなどが関連しているかもしれないと指摘している。
さらに,WHOは,平成18年5月「電磁界と公衆衛生:基地,「
局及び無線技術(ファクトシートNo.304)において,携帯」」
電話基地局及び無線ネットワークからの弱いRF信号(無線周波)が
健康に悪影響を及ぼすという明白な科学的証拠はない旨を公表した。
すなわち,同ファクトシートは,これまでのところ,科学的レビュー
(),で同定されているRF無線周波数電磁界により生じる健康影響は
特定の産業設備(RFヒータ等)においてのみ見られる非常に強い界
強度による体温の上昇(1度以上)に関係するものだけであり,携帯
電話基地局から及び無線ネットワークからの無線周波曝露レベルは非
常に低いので,それによる体温上昇は有意ではなく,人の健康に影響
を及ぼさないこと,FMラジオ及びテレビからの信号は携帯電話基地
局からのものよりも周波数が低いため,同様の無線周波被曝レベルで
,,は最大で5倍多く人体に吸収されるがラジオ及びテレビの放送局は
過去50年以上にわたって,何らかの確立された健康悪影響もなく運
用されていること,がんはどの集団においても地理的に不均一に分布
するが,携帯電話基地局の存在が環境中に広範に及ぶことを考慮すれ
ば,がんの集積性が偶然に携帯電話基地局の近くで生じる可能性があ
ることが予想され,また,これらの集積性において報告されているが
んは,共通する特徴のない異なる種類のがんの集まりであることが多
く,共通の原因を有することはなさそうであることを指摘している。
b総務省の生体電磁環境研究推進委員会は,上記(ア)のとおり,平成
13年1月30日「安全で安心な電波利用に向けて」と題する中間,
報告を公表したが,平成14年11月12日,ラットを用いた迷路学
習実験の結果を公表した。その内容は,脳に曝露される携帯電話の電
波が,電波防護指針の値(局所SAR値:2.0W/kg)を大幅に
上回る場合においても,熱作用(電波曝露によって全身が加熱される
ことにより深部体温が上昇する作用)を生じない条件下では,課題学
習能力への影響は認められないことを確認したというものである。
また,上記委員会は,平成15年10月10日,ラットによる実験
の結果,長期にわたる携帯電話の使用が脳腫瘍の発生に及ぼす影響は
認められないことを確認したとする研究結果を発表し,次いで,同年
12月12日,同じくラットによる実験で,携帯電話の電波が脳微小
循環動態に及ぼす影響は認められないことを確認したとの研究結果を
発表した。
さらに,上記委員会は,平成17年12月14日,ラットによる実
験の結果,携帯電話から発せられるレベルを大幅に上回る平均SAR
値が7.5W/kgの電磁波を脳に曝露しても,脳内でのメラトニン
(睡眠を促すホルモン)の合成への影響は認められないことを確認し
たとの研究結果を発表した。
(),,c国際非電離放射線防護委員会ICNIRPは平成10年4月
時間変化による電界,磁界及び電磁界による曝露を制限するためのガ
イドラインを策定したが(なお,同ガイドラインの定める基準値は,
800MHzの場合の電力密度が0.4〔mW/c㎡,2GHzの〕
場合のそれは1〔mW/c㎡〕であって,上記(ア)のとおり,我が国
の電波防護指針の基準値とほぼ等しい,同ガイドラインの解説に。)
おいて,同ガイドラインはあらゆる既刊の科学的論文を徹底的にレビ
ューして作成されたものであるとした上で,疫学研究の中には,同ガ
イドラインの勧告した50/60Hzの磁束密度をかなり下回るレベ
ルの曝露と発がん作用の可能性との関連を示唆はするものの,説得力
に乏しい証拠しか提出されていないものもあるが,得られているデー
タは,曝露制限設定の根拠とするには不十分であると指摘している。
d株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモなど携帯電話事業者4社と株式
会社三菱化学安全科学研究所は,平成17年4月26日,正常なヒト
の胎児及び小児由来の細胞並びにヒトの脳腫瘍の細胞に電波を照射す
る実験を行った結果,携帯電話基地局から放出される電波に関する電
波防護指針値を基準とする電波強度の等倍から10倍の範囲の電波
が,実験に使用した4種類の細胞に対して,細胞の増殖とそれらに関
連する遺伝子の働き及びDNAに影響を与える可能性がないことが科
学的に確認できたとの研究結果を発表した。
また,株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモなど携帯電話事業者3社
と株式会社三菱化学安全科学研究所は,平成19年1月24日,細胞
実験を行った結果,細胞レベル及び遺伝子レベルで,電波による生体
への影響が確認されなかったので,携帯電話基地局からの電波の安全
性について改めて検証できたと発表した。
e北海道大学教授の野島俊雄は,計算や実験によれば,直径10セン
チメートル程度以下の完全球体に対して,周波数が数百MHzから3
GHz程度の平面波が照射されたときにホットスポットが生ずること
が確認されているが,人間の頭部は完全な球体ではないし,表面も凸
凹している等の性質があるので,その脳内でホットスポット効果が生
,。じることはなくこのことは実験でも確認されていると指摘している
また,同教授によれば「変調」とは,携帯電話に関する電波の場,
合,数百Hzから数kHzまでの周波数から構成される音声信号の情
報を,約1GHzの電波に乗せる技術をいうところ,音声信号で変調
された1GHzの携帯電話の電波の周波数は,もはや数百Hzから数
kHzまでではなくて,1GHzの近傍に収束しており,その電波は
音声信号の性質を全く示さない上,携帯電話の電波の変調の程度(強
さ又は変化の大きさ)であれば,その周波数と強さが通常の変調され
ていない電磁波と同程度である限り,人体に与える影響に差異はない
と指摘している。
(ウ)携帯電話の電磁波による健康被害のおそれを指摘する知見(上記
(ア)a)に対する批判について
以上のほか,携帯電話の電磁波による健康被害のおそれを指摘する知
見に対しては,次のような批判がされている。
aサンティニらの論文(上記ア(ア)a(b))には,携帯電話基地局か
らの実際の電波の曝露レベルが測定されていないし,不定愁訴に影響
を及ぼす可能性のある交絡因子(喫煙・飲酒等の生活習慣,睡眠の傾
向,交代制勤務の有無,ストレス,汚染物質への曝露等)について十
分な調査を行ったか否かが示されていない上,被験者を無作為に抽出
したことが示されておらず,調査結果に選択バイアスが影響している
可能性を排除できない等の問題点がある。
bナバロらの論文(同(c))には,被験者の健康状態,社会経済的状
態,職業,生活習慣,調査地域における他の汚染源の有無といった潜
在的交絡因子について考慮したかどうかが示されておらず,被験者を
無作為に抽出したかどうかも示されていない上,被験者群によって携
帯電話やパソコンの利用率が大きく異なっており,パソコン等を仕事
で多用する人は,そうでない人と比較して,日常的に強いストレスに
さらされているかもしれず,これが交絡因子して影響した可能性があ
る等の問題点がある。
cオバーフェルトらの論文(同(d))には,上記bと同様に,潜在的
交絡因子の考慮の有無や被験者を無作為に抽出したかどうかが示され
ていない上,疫学調査における結果の中には,オッズ比の信頼区間の
幅が広く,推定値の精度の低いものがある等の問題点がある。
dオランダ応用化学研究機構(TNO)の研究報告(同(e))は,そ
れ自身が,同研究は再現される必要があり,追跡研究が行われる必要
があるとしていたが,スイスのレーゲルらの再現実験によると,第三
世代携帯電話のUMTS基地局と同様の電波が安寧に及ぼす短期的な
影響は確認されず,TNOの研究結果は再現されなかった。
eこのほか,ドイツの医師たちの同国首相あての書簡(同(f),ウ)
ォルフらの論文(同(g),ハーデルらの論文(同(i),レェーン))
らの論文(同(j),木俣肇の論文(同(k),パナゴプウロスらの))
論文(同(l))及びバルモリの論文(同(m))についても,交絡因子
やバイアスの問題等があることが指摘されている。
()原告らの症状について3
原告Cは,本人尋問又は同人作成の陳述書において「平成14年11月,
ころ,居間のホットカーペットを使用していると,夕方ころから頭痛がする
ようになったが,ホットカーペットの使用を止めたところ頭痛が無くなった
ので,ホットカーペットからの電磁波が頭痛の原因だと思うようになっ
た「本件基地局が稼働を開始してから1年以上経過した平成15年10。」,
月ころから,家事をしている最中に意識を失うようになり,次いで,平成1
7年春ころから,最高血圧が140,最低血圧が80くらいに高くなったほ
,,,か同年秋ころからは不眠平成18年9月ころからは一日中耳鳴りが続く
同年11月ころからは頭が抑えられるような感覚や,めまいの症状が出るよ
うになった「他の原告の中にも,頭痛や不眠を訴える人がいる」など。」,。
と供述する。
(4)検討
以上の事実等を踏まえて,本件基地局から放出される電磁波に健康被害を
もたらすおそれがあるか否かについて検討する。
ア電磁波による健康被害のおそれを指摘する上記(2)アの知見の中には,
携帯電話基地局ないし携帯電話以外の電磁波或いは低周波による健康被害
のおそれを指摘するものがあるが,上記「争いのない事実等」(4)イのと
,(,おり電磁波はその周波数によって性質が異なるのであるから証人Fも
低周波と高周波との比較として,これらは周波数が大きく異なり,波長も
エネルギーも異なるので,これらによる人体への影響も大きく異なるとし
ている,携帯電話基地局ないし携帯電話以外の電磁波或いは低周波と。)
健康影響に係る知見をもって,本件基地局から放出される電磁波の危険性
を基礎付けることはできない。
この点に関し,証人Fは,上記(2)ア(イ)のとおり,携帯電話の電波に
は変調技術により低周波も混入していると指摘するが野島俊雄の上記(2),
,,イ(イ)eの指摘に照らすとその信憑性には疑問があるといわざるを得ず
直ちに採用することはできない。
イ(ア)携帯電話基地局ないし携帯電話の発する電磁波による健康被害のお
(,,),それを指摘する知見上記(2)ア(ア)a(イ)(ウ)についてみると
これらの知見或いはその基礎となった調査・研究に対しては,上記(2)
イ(ウ)のとおりの批判がある(もっとも,疫学調査に関し,交絡因子に
よるバイアスがあるとの批判については,これが失当であるとする指摘
もあるが,かかる指摘をする論者も,選択バイアスの可能性については
否定していない。。)
また,証人Gがそのメンバーとなっている上記(2)ア(ウ)dの研究に
おいて,数名の患者の頸部にコイルを巻いて電磁波負荷を加える実験が
行われているが,この実験で照射されたのは超低周波であって,本件基
地局が放出する800MHz又は2GHzの電磁波とは異なるものであ
るところ,電磁波は,上記(ア)のとおり,その周波数によって性質が異
なるのであるから,上記実験の結果をもって,直ちに,本件基地局から
の電磁波が電磁波過敏症等の健康被害をもたらすおそれがあるとまで認
めることはできない。
さらに,仮に,原告らに原告Cの供述するような症状が生じていると
しても,これが,本件基地局から放出される電磁波によるものであるこ
とを認めるに足りる証拠はない。
(イ)他方で,WHO,総務省の「生体電磁環境研究推進委員会,国際」
非電離放射線防護委員会(ICNIRP)等は,上記(2)イのとおり,
携帯電話基地局ないし携帯電話の発する電磁波が健康被害をもたらすと
いう科学的証拠はないなどと,上記電磁波と健康被害との関連を否定す
る見解を示しているところ,我が国の電波防護指針やこれに基づいて制
定された電波法施行規則21条の3第1項本文,別表第2号の3の2の
基準値は,上記のような見解を踏まえたものであり,また欧米諸国の定
める電波防護基準値や国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の
示すガイドラインとほぼ等しいものとなっている。そして,本件基地局
から放出される電磁波の強さは,上記(1)のとおり,携帯電話が最大限
利用されたとしても,上記別表第2号の3の2の定める基準値を大幅に
下回るものである。
ウ以上のことからすれば,携帯電話基地局ないし携帯電話の発する電磁波
による健康被害のおそれを指摘する知見の信憑性を,一概に否定し去るこ
とはできないとしても,現時点においては,これらの知見をもって,直ち
に,本件基地局を含めた携帯電話基地局から放出される電磁波によって健
康被害が生じる具体的な危険があるとまでは認め難いというべきである。
()アなお,原告らは,電磁波が人体へ悪影響を与えることについて科学的5
にある程度証明されていることなどを主張立証すれば,本件基地局から放
出される電磁波が原告ら周辺住民の生命・身体の安全等に被害を与える蓋
然性が高いことの主張立証を尽くしたことになると解すべきであると主張
するが,これは独自の見解であって,採用することはできない。
イまた,原告らは,本件には予防原則が適用されるべきであると主張する
ところ,予防原則とは,潜在的に重大となり得るリスクに対して科学的な
研究結果を待たずに対策を取るべきであるという方針をいうものと解され
る。
しかしながら,WHOは,電磁界曝露に関してこのような考え方に基づ
く政策を講じるためには,そのリスクの内容を明確にし,それが存在し得
る条件に関する知見が必要であるが,電磁界への長期間曝露が及ぼす危険
については明解な証拠がなく,危険の性質が分かっていないし,また,現
,,代社会では至る所で電磁界が発生し曝露のレベルにも様々なものがあり
周波数も広範囲にわたっているので,予防原則に基づいて一貫性を持った
公正な政策を策定することは困難であるという問題点があることを指摘し
ている。さらに,総務省の「生体電磁環境研究推進委員会」も,予防原則
について同様の見解を示している。
そうであるとすれば,携帯電話基地局ないし携帯電話から放出される電
磁波のもたらす影響について予防原則を取り入れた法令等がないにもかか
わらず,これを侵害行為が人格権に基づく差止請求を認容すべき違法性を
有するか否かの判断をする際の基準とすることはできないというべきであ
る。
()したがって,原告らの主張は理由がない。6
3争点()(本件鉄塔が倒壊するおそれの有無)について2
()証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。1
ア立田山断層について
(ア)立田山断層は,熊本市Iから同市J南方の白川河川敷まで,北東か
ら南西方向に延びる長さ14.3キロメートルの一連の活断層であり,
。,断層の型は高角度の正断層である本件鉄塔が建設されているD地区は
。,立田山断層そのもの或いはその派生断層が見られる地域であるそして
,,D地区の断層はそのほとんどが断層面が垂直に近い北落ちの正断層で
かつ,右ずれ成分を有するものである。
(イ)立田山断層の最新活動時期は,5700年前以降であり,立田山断
層を震源とする地震の規模は,マグニチュード6.5程度であると考え
られる。活動間隔については,地震規模と平均変異速度から算出すれば
7000年から1万年となるが,他方で,独鈷山地区での変異から算出
した場合は800年程度となるので,これを明らかにすることはできな
い。
(ウ)熊本市では,明治22年7月28日,マグニチュード6.3のいわ
ゆる熊本地震があったが,立田山断層については,この起震断層である
可能性が指摘されている。
イ熊本市における地震発生確率について
(ア)気象庁の地震調査研究推進本部地震調査委員会が平成17年3月2
3日付けで発表した「全国を概観した地震動予測地図」報告書」によ「
れば,熊本県内には,立田山断層のほかに,布田川・日奈久断層帯があ
るが,同断層については,平成17年1月1日を基準にした30年以内
の地震発生確率はほぼ0ないし6パーセントであり,地震の規模はマグ
ニチュード7.6程度と推定されている。
また,同報告書によれば,平成17年1月1日を基準にした30年以
内に,熊本市において震度6弱以上の揺れに見舞われる可能性は2.6
パーセントであり,その原因となる地震の影響度としては,沈み込むフ
ィリピン海プレート内の地震の影響度が最も高く,次いで,活断層が特
定されていない場所で発生する地震の影響度が高いほか,布田川・日奈
久断層帯の影響度も高いとされている。
,,.,なお同報告書によれば上記26パーセントの可能性というのは
1年間にひったくりに合う確率や脳血管疾患で死亡する確率と同程度で
あるとされている。
(イ)平成17年3月31日に更新された九州大学によるインターネット
記事「最近1年間の地震活動(九州全域」によれば,熊本県下では,)
立田山断層,布田川・日奈久断層を震源とする地震が多発している。
ウ本件基地局周辺の地盤について
本件基地局周辺には,託麻砂礫層が広く分布している。なお,託麻砂礫
層は,堅硬な堆積物ではない。
エ本件鉄塔の建築確認について
本件鉄塔について,被告は,平成12年4月26日付け及び平成13年
8月10日付け(計画変更分)で,建築基準法6条1項の規定による建築
確認済証の交付を受けている。
()原告らは,平成16年11月に発生した新潟県中越地震の際に送電線の2
鉄塔2基が傾くなどしたことなどから,建築基準法に基づく建築確認を受け
た工作物であっても,必ずしも安全性が保障されているものではなく,当該
立地場所に照らして危険性を判断する必要があると主張する。
アそこで,検討するに,株式会社エヌ・ティ・ティ・ファシリティーズの
調査によると,立田山断層を震源とする地震が発生した場合,想定される
模擬地震動4波についてみると,最悪の場合における地震動の大きさは,
最大速度値で毎秒53.1センチメートルないし毎秒70.3センチメー
トルとなり,これらは超高層ビル等を設計する際に設定されている最大級
の地震動のレベルである毎秒50.0センチメートルを上回っていること
が認められる。
しかしながら,同調査によれば,想定される上記模擬地震動4波につい
て,本件鉄塔を18層に分けて地震応答解析を行い,最大層せん断力及び
,,最大転倒モーメントについて分析したところ地震動波又は層によっては
最大層せん断力等の値が設計の際に想定した地震荷重の値を若干上回って
いるものがあるものの,設計の際に想定した風圧荷重の値は,想定される
模擬地震動4波の最大層せん断力等の数値を大幅に上回っていること(模
擬地震動4波のうちの1波が,本件鉄塔の下から17層目で,層せん断力
及び転倒モーメントともに,設計の際に想定した風圧荷重の値を若干上回
っているにすぎない)が認められる。そして,被告が設計の際に想定し。
た上記地震荷重及び風圧荷重の値は,いずれも建築基準法及び同法施行令
の定める基準値よりも大きいものである上,被告は,想定される風圧荷重
の値が地震荷重の値を上回ることから,風圧荷重の値により設計したこと
が認められる。
イそうであるとすれば,上記(1)アないしウのとおり,本件基地局の存す
る地域には,立田山断層或いはその派生断層があり,託麻砂礫層が広く分
布しているところ,熊本市において,震度6弱以上の地震が発生する可能
性が指摘されているけれども,上記アの事情に照らすと,かかる地震が発
生したとしても,これによって本件鉄塔が倒壊する具体的な危険があると
まで認めることはできないというべきである。
他に,地震により本件鉄塔が倒壊する具体的な危険があることを認める
に足りる証拠はない。
()したがって,本件鉄塔と原告らの居住地との距離等について検討するま3
でもなく,原告らの主張は理由がない。
4結論
以上のとおり,本件基地局から放出される電磁波による健康被害のおそれや
本件鉄塔が倒壊するおそれについては,これらが具体的に存するものとは認め
られないから,被告において本件鉄塔を含む本件基地局を操業することが,人
格権に基づく差止請求を認容すべき違法性を備えているということはできな
い。
よって,原告らの請求は,いずれも理由がないからこれらを棄却することと
し,主文のとおり判決する。
熊本地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官石井浩
裁判官富張邦夫
裁判官高田美紗子

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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
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