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裁判例


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平成11年(行ケ)第257号 特許取消決定取消請求事件
         判    決
   原      告   株式会社デンソー
   代表者代表取締役   【A】
   訴訟代理人弁理士   【B】
   同          【C】
   被      告   特許庁長官 【D】
   指定代理人      【E】
   同          【F】
   同          【G】
   同          【H】
         主    文
 1 特許庁が平成10年異議第71753号事件について平成11年6月24日
にした決定を取り消す。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
         事    実
第1 原告が求める裁判
   主文と同旨の判決
第2 原告の主張
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、名称を「板状セラミックヒータ及びその製造方法」とする特許第2
663935号発明(平成8年4月23日特許出願(昭和59年7月16日出願の
昭和59年特許願第147381号からの分割)、平成9年6月20日特許権設定
登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
   本件発明の特許に対して特許異議の申立てがなされたので、特許庁はこれを
平成10年異議第71753号事件として審理した。この間、原告は、平成10年
9月22日に願書添付明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。
特許庁は、平成11年6月24日に「特許第2663935号の特許を取り
消す。」との決定をし、平成11年7月15日にその謄本を原告に送達した。
 2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面参照)
 (1)願書添付明細書(以下「当初明細書」という。)記載の特許請求の範囲
耐熱電気絶縁性のセラミック粉末を材料として構成された板状の第1セラミ
ック基体と、
少なくとも前記第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラ
ミック材料の粉末及び前記導電性材料の粉末を混合した材料を、前記第1のセラミ
ック基体の表面に折曲した線状のパターンをもって部分的に形成してなる導電性発
熱層と、
前記導電性発熱層の前記パターンを全て覆うように、前記第1のセラミック
基体上に積層され、該第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラ
ミック材料によって構成された板状の第2のセラミック基体とを具備し、前記第1
のセラミック基体は、前記導電性発熱層が形成されていない部分を介して前記第2
のセラミック基体に接触しており、
前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック
基体が、焼結により一体化して構成されることによって、
板状の前記第1のセラミック基体と、板状の前記第2のセラミック基体との
間には、実質的に前記導電性発熱層のみが介在されていることを特徴とする、板状
セラミックヒータ。
 (2)本件訂正後の特許請求の範囲
耐熱電気絶縁性のセラミック粉末を材料として構成された板状の第1セラミ
ック基体と、
少なくとも前記第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラ
ミック材料の粉末及び導電性材料の粉末を混合した材料を、前記第1のセラミック
基体の表面に折曲した線状のパターンをもって部分的に形成してなる導電性発熱層
と、
前記導電性発熱層の前記パターンを全て覆うように、前記第1のセラミック
基体上に積層され、該第1のセラミック基体を構成するセラミック材料と同じセラ
ミック材料によって構成された板状の第2のセラミック基体とを具備し、前記第1
のセラミック基体は、前記導電性発熱層が形成されていない部分を介して前記第2
のセラミック基体に接触しており、
前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック
基体のみを焼結により一体化して構成されることによって、
板状の前記第1のセラミック基体と、板状の前記第2のセラミック基体との
間には、実質的に前記導電性発熱層のみが介在されていることを特徴とする酸素濃
度検出装置用板状セラミックヒータ。
 3 決定の理由
   別紙決定書の理由(一部)写しのとおり
 4 決定取消事由
決定は、本件訂正は実質上特許請求の範囲を変更すると誤って判断し、本件
発明の技術内容を本件訂正前の特許請求の範囲によって認定した結果、本件発明の
進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
 (1)本件訂正のうち、特許請求の範囲における「板状セラミックヒータ」を
「酸素濃度検出装置用板状セラミックヒータ」とする点(以下「訂正事項A」とい
う。)について、決定は、当初明細書には[発明の属する技術分野]の欄に「板状
セラミックヒータ」と記載されているのみで、「酸素濃度検出装置用板状セラミッ
クヒータ」の具体的構成は何ら記載されていないことを理由として、訂正事項Aは
実質上特許請求の範囲を変更するものである旨判断している。
しかしながら、訂正事項Aは、当初明細書の[発明の属する技術分野]の
欄の「本発明は、例えば酸素濃度検出装置を構成する固体電解質素子のようなセン
サ類の検出部分を所定温度状態に設定する等のように、特定される箇所の加熱制御
のために利用される板状セラミックヒータ及びその製造方法に関する。」(特許公
報1頁右欄11行ないし15行)との記載に基づくものである。そして、訂正事項
Aが、発明の対象をより下位概念に限定することによって特許請求の範囲を減縮す
るものであることはいうまでもないから、決定の上記判断は誤りである。
 (2)本件訂正のうち、特許請求の範囲における「前記第1のセラミック基体、
前記導電性発熱層、及び前記第2のセラミック基体が、焼結により一体化して構成
される」を「前記第1のセラミック基体、前記導電性発熱層、及び前記第2のセラ
ミック基体のみを焼結により一体化して構成される」とする点(以下「訂正事項
B」という。)について、決定は、訂正事項Bは当初明細書には何も記載されてい
ない旨判断している。
しかしながら、訂正事項Bは、当初明細書の[発明の実施の形態]の欄の
「第1及び第2のセラミック基体11及び13は加圧圧着によって、実質的に導電性発
熱層12のみを間に挟んだ状態で第1のセラミック基体11の内、該発熱層12が形成さ
れていない部分を介して一体に接着する。そして、このサンドイッチ状に接着設定
された第1及び第2のセラミック基体11及び13は、大気雰囲気中において1600℃の
温度で焼成し、一体に焼結される。」(特許公報3頁左欄45行ないし右欄2
行),「図5は、この第1及び第2のセラミック基体11及び13が一体に焼結された
状態を示している」(特許公報3頁右欄9行,10行)の記載及び図4,図5に基
づくものであるから、決定の上記判断も誤りである。
この点について、被告は、本件発明の特許出願当時セラミックヒータと
「センサ類の検出部分」は一体で焼結することが通例であった旨主張する。しかし
ながら、焼結が1600℃程度で行われることに鑑みれば、被告の上記主張が正し
くないことは明らかである。
第3 被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(決定取消事由)は争う。決定の認定
判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
 1 訂正事項Aについて
原告は、訂正事項Aは、特許公報1頁右欄11行ないし15行の記載に基づ
くものであって、特許請求の範囲を減縮するものである旨主張する。
しかしながら、原告が援用する当初明細書の記載は漠然としたものであっ
て、要するに本件発明の対象が特定箇所の温度制御に利用される板状セラミックヒ
ータであることをいうものにすぎず、その利用分野ないし利用形態を具体的に明ら
かにするものではないから、当初明細書には本件発明の対象である板状セラミック
ヒータが「酸素濃度検出装置用」であることの明確な記載があるということはでき
ない。そして、当初明細書において「酸素濃度検出装置用」の用語はこの箇所に現
れるのみであって、板状セラミックヒータを酸素濃度検出装置に適用するためにど
のような構成を採用すべきかに関する記載は全く存在しないから、訂正事項Aは実
質上特許請求の範囲を変更するとした決定の判断に誤りはない。
 2 訂正事項Bについて
原告は、訂正事項Bは特許公報3頁左欄45行ないし右欄2行、3頁右欄9
行,10行の記載及び図4,図5に基づくものである旨主張する。
訂正事項Bは、要するに、セラミックヒータと「固体電解質素子のようなセ
ンサ類の検出部分」(特許公報1頁右欄12行,13行参照)とを、別途に焼結す
ることを意味するものである。
しかしながら、当初明細書には、上記のほかに「センサ類の検出部分」に関
する記載がなく、したがって、セラミックヒータを「センサ類の検出部分」と別途
に焼結することも記載されていない。そして、本件発明の特許出願当時、セラミッ
クヒータと「センサ類の検出部分」は一体で焼結することが通例であったことに鑑
みれば、訂正事項Bは、特許請求の範囲を実質上変更するものといわざるを得な
い。
         理    由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範
囲)及び3(決定の理由)は、被告も認めるところである。
第2 甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められ
る(別紙図面参照)。
 1 技術的課題(目的)
本件発明は、特定箇所の加熱制御のために利用される板状セラミックヒータ
に関するものである(1頁右欄11行ないし15行)。
セラミックヒータは、型内に詰め込んだ絶縁性セラミック材料の上に、絶縁
性セラミック材料を含む導電性材料(導電性発熱層)を薄く充填し、さらにその上
に絶縁性セラミック材料を充填した後、加圧焼結したものであるが(2頁左欄9行
ないし14行)、板状セラミックヒータには、厚み方向に絶縁性セラミック材料と
導電性セラミック材料が存在する等の理由によって歪みが生じやすく、導電性発熱
層とセラミック基体が剥離してしまう問題点がある(2頁左欄33行ないし4欄3
行)。
本件発明の目的は、従来技術の上記問題点を解消した板状セラミックヒータ
を創案することである。
 2 構成
上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成
を採用したものである(1頁左欄2行ないし右欄8行)。
 3 作用効果
本件発明によれば、信頼性が高く寿命の長い板状セラミックヒータを得るこ
とが可能である(3頁右欄49行,50行)。
第3 以上を前提として、原告主張の決定取消事由の当否を検討する。
 1 訂正事項Aの許否について
決定が、訂正事項Aは実質上特許請求の範囲を変更するものである旨判断し
たのに対して、原告は、訂正事項Aは当初明細書の記載に基づいて特許請求の範囲
の減縮を目的とするものである旨主張する。
前掲甲第2号証によれば、本件発明の特許公報には「本発明は、例えば酸素
濃度検出装置を構成する固体電解質素子のようなセンサ類の検出部分を所定温度状
態に設定する等のように、特定される箇所の加熱制御のために利用される板状セラ
ミックヒータ及びその製造方法に関する。」(1頁右欄11行ないし15行)と記
載されていることが認められる。この記載は、本件発明が対象とする板状セラミッ
クヒータは「特定される箇所の加熱制御のために利用される」ものであって、その
一例として「酸素濃度検出装置を構成する固体電解質素子のようなセンサ類の検出
部分を所定温度状態に設定する」ものがあることを明らかにするものである。した
がって、訂正事項Aが、当初明細書の記載に基づいて特許請求の範囲の減縮を目的
とするものであることは明らかであるから、これを実質上特許請求の範囲を変更す
るものであるとした決定の判断は明らかに誤りである。
決定の上記判断は、当初明細書には「酸素濃度検出装置用板状セラミックヒ
ータ」の具体的構成が何ら記載されていないことを理由とするものである(被告
も、当審において、ほぼ同様の主張をしている。)。しかし、訂正事項Aは、本件
発明が対象とする「板状セラミックヒータ」の用途の限定を企図するものにすぎ
ず、構成の変更を企図するものではないから、決定が説示する上記理由は失当とい
わざるを得ない。
ただし、訂正事項Aが本件発明の構成の変更を企図するものでない以上、同
訂正は許されないとした決定の誤りが、本件発明の進歩性を否定した決定の結論に
影響を及ぼすこともない。そこで進んで、訂正事項Bの許否について検討する。
 2 訂正事項Bの許否について
決定が、訂正事項Bは当初明細書には何も記載されていない旨判断したのに
対して、原告は、訂正事項Bは当初明細書及び図面の記載に基づくものである旨主
張する。
前掲甲第2号証によれば、本件発明の特許公報には、セラミックヒータと
「センサ類の検出部分」とを一体に焼結するか、別途に焼結するかについて明示す
るところはないことが明らかである。
一方、同号証によれば、次のような記載と別紙に示すような図面が存在する
ことが認められる(なお、図5の「12」は「13」の誤記と考えられる。)。
a 「第1及び第2のセラミック基体11及び13は加圧圧着によって、実質的に
導電性発熱層12のみを間に挟んだ状態で第1のセラミック基体11の内、該発熱層
12が形成されていない部分を介して一体に接着する。そして、このサンドイッチ状
に接着設定された第1及び第2のセラミック基体11及び13は、大気雰囲気中におい
て1600℃の温度で焼成し、一体に焼結される。」(3頁左欄45行ないし右欄2
行)
  b 「図5は、この第1及び第2のセラミック基体11及び13が一体に焼結され
た状態を示しているもので、(中略)このように構成される板状セラミックヒータ
にあっては、図1に示されているように、導電性発熱層12の中のセラミック材料が
第1及び第2のセラミック基体11及び13と焼結一体化する状態となるものであり、
互いにかみ合うような状態で強固に接着される状態となる。」(3頁右欄9行ない
し18行)
これによれば、当初明細書及び図面には訂正事項Bに沿うものとみることも
可能な記載が存在することが明らかである。そうである以上、訂正事項Bは、当初
明細書及び図面に含まれていた広い範囲の中の一部のみに着目し、これを明示した
ものとみるべきであり、かつ、同訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものと
いえるから、訂正事項Bは許されないとした決定の判断は誤りといわざるを得な
い。
この点について、被告は、本件発明の特許出願当時セラミックヒータと「セ
ンサ類の検出部分」は一体で焼結することが通例であったから、訂正事項Bは特許
請求の範囲を実質上変更するものである旨主張する。
   甲第4号証(昭和58年特許出願公開第198754号)及び甲第5号証
(昭和56年特許出願公開第94258号)によれば、前者の3頁右下欄あるいは
後者の5頁左下欄にはセラミックヒータと「センサ類の検出部分」を一体で焼結す
ることが記載されていると認められるから、そのような工程が本件発明の特許出願
当時存在していたものと推測することはできるが、その工程が当時の技術常識であ
って反対の旨が明示されない限りそのようなものとして理解すべき状況にあったこ
とまでは、本件全証拠によっても認めることができない。被告の主張は採用できな
い。
そして、訂正事項Bは、訂正事項Aと異なり、本件発明の構成自体の変更を
もたらすものであるから、これの拒否についての決定の誤りが、本件発明の進歩性
についての決定の決論に影響することは明らかである。
第4 以上のとおりであるから、本件訂正は認められないとして本件発明の技術内
容を当初明細書記載の特許請求の範囲に基づいて認定し、本件発明の進歩性を否定
した決定の判断は誤りである。
よって、決定の取消しを求める原告の請求は正当であるからこれを認容する
こととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用
して、主文のとおり判決する。
  (口頭弁論終結日 平成12年3月2日)
     東京高等裁判所第六民事部
         裁判長裁判官  山 下 和 明
            裁判官春 日 民 雄
            裁判官宍 戸   充

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