弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役24年に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,千葉県印西市(以下省略)内の老人ホーム甲において准看護師として
勤務する者(当時)であるが,
第1同僚であるA(当時60歳)に睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,
Aに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,自動車を運転して帰宅する
Aがこれに基づく仮睡状態等に陥り交通事故を惹起してAや事故に巻き込まれた第
三者らが死亡することもやむを得ないと考え,平成29年2月5日午後零時頃から
同日午後1時頃までの間に,老人ホーム甲事務室において,Aに対し,ブロチゾラ
ムを含有する睡眠導入剤数錠を密かに混入したコーヒーを提供し,その頃,同所に
おいて,その情を知らないAにこれを飲ませ,意識障害等を伴う急性薬物中毒の症
状を生じさせた上,普通乗用自動車を運転したAがこれに基づく仮睡状態等に陥り
同日午後3時40分頃に老人ホーム甲従業員駐車場から約100m地点の道路にお
いて同車を鉄パイプ柵に衝突させる事故を惹起したこと等を知って,その後Aが運
転を再開する場合には,その急性薬物中毒の症状が完全に消失しない限り,再び交
通事故を惹起してAや事故に巻き込まれた第三者らが死亡するかもしれないことを
認識しながら,老人ホーム甲事務室で机にうつ伏せになって休んでいたAに対し同
車が走行可能である旨を告げてAをあえて起こして,同車を運転して帰宅するよう
仕向けることにより,同日午後5時30分頃,同車を運転し同市乙a番地付近道路
を同市b方面から佐倉市c方面に向かい進行中のAを,その急性薬物中毒に基づく
平成29年第2089号殺人,殺人未遂,傷害被告事件
平成30年12月4日千葉地方裁判所刑事第2部判決
仮睡状態等に陥らせて同車を対向車線に進出させ,折から進路前方を対向進行して
きたB(当時27歳)運転の普通貨物自動車右前部にA運転車両右前部を衝突させ,
よってAに胸部下行大動脈完全離断等の傷害を負わせ,同日午後7時55分頃,千
葉県印西市内(以下省略)の病院において,Aを上記傷害に基づく失血により死亡
させるとともに,Bに全治約10日間を要する左胸部打撲の傷害を負わせるにとど
まり,殺害するに至らなかった
第2上記第1の経緯によりAが死亡した事実を知りながら,同僚であるC(当時
69歳)及び夫のD(当時71歳)に睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,
C及びDに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,自動車を運転して帰
宅するDがこれに基づく仮睡状態等に陥り交通事故を惹起してD及び同車に同乗す
るCや事故に巻き込まれた第三者らが死亡することもやむを得ないと考え,同年5
月15日午後1時頃から同日午後1時30分頃までの間に,上記老人ホーム甲事務
室において,D及びCに対し,ゾルピデムを含有する睡眠導入剤数錠の溶液を密か
に混入したお茶を提供し,その頃,同所において,その情を知らないD及びCにこ
れを飲ませ,D及びCに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,その後
DがCを同乗させて運転を開始する場合には,Dの急性薬物中毒の症状が完全に消
失しない限り,交通事故を惹起してD,Cや事故に巻き込まれた第三者らが死亡す
るかもしれないことを認識しながら,老人ホーム甲事務室で寝ていたDとCに帰宅
時間である旨を告げて両名をあえて起こして,Dに自動車を運転してCと共に帰宅
するよう仕向けることにより,同日午後6時頃,普通乗用自動車を運転し同県佐倉
市丙d番地付近道路を同市丁方面から同市戊方面に進行中のDを,その急性薬物中
毒に基づく仮睡状態等に陥らせて同車を対向車線に進出させ,折から進路前方を対
向進行してきたE(当時56歳)運転の普通貨物自動車右前部に上記D運転車両右
前部を衝突させ,よって,Dに全治約10日間を要する全身打撲傷等の傷害を,同
車助手席に同乗していたCに全治約1か月間を要する両側肋骨骨折の傷害を,上記
Eに加療約3週間を要する頸椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせるにとどまり,殺害
するに至らなかった
第3同僚であるF(当時37歳)が男性職員らと親しげにしているように感じて
その様子に嫉妬し,仕事の邪魔だと感じたことなどから嫌がらせをしようと考え,
Fに睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,Fの身体に急性薬物中毒等の異常
を生じさせようと企て,同年6月8日午後零時頃,老人ホーム甲事務室において,
Fに対し,Fが机の上に置いていたお茶に密かにブロチゾラムを含有する睡眠導入
剤数錠の溶液を混入し,その頃から午後4時頃までの間に,その情を知らないFに
これを飲ませ,よって,Fに約8時間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷
害を負わせた。
(事実認定の補足説明)
第1争点について
弁護人及び被告人は,判示第1及び第2の事実について,被告人がA並びにC及
びDに対し,嫌がらせの目的で密かに睡眠導入剤を摂取させたことは認め,それが
傷害にあたることは争っていないが,被告人の行為は殺人の実行行為にあたらず,
殺意もなかったと主張している。また,判示第1の事実については,因果関係も争
い,さらに,判示第3の事実について,動機が嫉妬であることについて争うと主張
している。
第2争点に対する当裁判所の判断
1関係各証拠から認定した事実
被告人の供述も含む関係各証拠から認められる事実は,以下のとおりである(な
お,各事実を認定する根拠となった証拠の信用性等については,下記2等において
説明する。)。
⑴被告人は,平成27年10月頃准看護師として老人ホーム甲で働くようになり,
Aが平成28年9月頃から老人ホーム甲で勤務し始めた息子のGと一緒に車で通勤
していることや,後記⑽のとおりDが平成29年4月25日以降Cを車で老人ホー
ム甲に送迎していることを知っていた。
⑵同年2月4日の夕方,老人ホーム甲の施設長であるHとCは,被告人に対して,
老人ホーム甲が正看護師資格を有するGの知り合いを雇うことを検討していること,
それでも,看護職としての被告人の立場や待遇は変わらないので,続けられる限り
勤務を続けて欲しいことを伝えた。それに対し被告人は,「いやだな」「Aの知り合
いばかりになる」などとして,それに抵抗感があるという趣旨の発言をした。Hと
Cは翌5日午前中にも被告人を説得したが,被告人は前日と同様の発言をし,納得
していない様子であった。
⑶Aは,同月4日夜,体調不良のGの代わりに宿直をし,翌5日もGが体調不良
で休んだため,自分で企画したのど自慢の鑑賞会を終え次第,帰宅する予定であっ
た。鑑賞会の準備をしていた際,Aの様子に特に普段と変わったところはみられな
かった。その後,同日午後零時頃から同日午後1時頃までの間に,被告人は,老人
ホーム甲事務室において,Aにブロチゾラムを含有する睡眠導入剤数錠を密かに混
入したコーヒーを提供し,同人に飲ませた。
⑷同日午後3時頃,Aは,老人ホーム甲事務室において,年金の話をしたかと思
うと,「ドライブ行きてえな」「いちごパフェ食べてえな」などと,普段と違う口
調で脈絡のない発言をし,パーカーのフードを被って机に突っ伏して寝た。この様
子を見ていた被告人やCらは,同日午後3時40分頃,Aに対し帰宅するように促
した。
⑸同日午後3時50分頃,Aは,老人ホーム甲従業員駐車場から約100mの地
点で車を脱輪させる物損事故を起こした。Aの車は,鉄パイプの柵に衝突し,連結
部分が切れた鉄パイプの先端がエンジンルームに約50cm突き刺さった。
⑹被告人やCらが事故現場に駆け付けると,Aは事故状況を説明できず,フェン
スに背中をもたれて,パーカーのフードを被って立ったまま下を向いて寝ている様
子であった。被告人は,そうしたAの両頬を両手で叩き,「しっかりしな」と声を
かけたが,Aは黙って呆然と立ったままであった。Aは,ふらつきながら老人ホー
ム甲事務室に戻り,机に突っ伏して眠り込んだ。その後,Cが自動車修理工である
Iに車の引上げ作業を依頼し,同日午後4時40分頃,Cと被告人は,Aに対して
作業により車に傷がつくことの了承を得ようとしたが,眠り込んでいたため意思確
認ができず,Aの了承を得られないまま作業が実施された。
⑺被告人は,同日午後5時30分頃,老人ホーム甲事務室で机にうつ伏せになっ
て休んでいるAに対し,車が走行可能である旨を告げて起こし,Aが「バッグ,バ
ッグ」などと言ったことから,被告人がバッグを持たせ,車を運転して帰宅するよ
う送り出した。
⑻その後程なく,Aは,判示第1のとおり,千葉県印西市内の道路を走行中,対
向車線を越えて対向車と衝突する事故を起こし,その際負った傷害により死亡した。
交通事故の際,Aの車は,前照灯スイッチがオンの状態であったのに,無灯火であ
った。
⑼同日,死亡したAから血液が採取され,同年7月21日その血漿が鑑定された
ところ,採取時点で睡眠導入剤を服用後約5時間経過時のものであるとすると,そ
の血漿中ブロチゾラムの濃度は一般成人男性がブロチゾラム錠を6錠相当服用した
場合の血中濃度に相当するとの推計がなされた。
⑽Cは,同年2月26日頃から,老人ホーム甲で仕事をしていると意識障害を伴
う体調不良を起こす事態が続いたため,同年4月25日からDが車で老人ホーム甲
への送迎をしていた。
⑾同年5月15日からDは,Cの仕事も手伝うことになり,同日Cと共に老人ホ
ーム甲事務室で事務を行った。同日午後1時頃まで,DとCの体調に異変はなかっ
た。同日午後1時頃から同日午後1時30分頃までの間に,被告人は,DとCにゾ
ルピデムを含有する睡眠導入剤が密かに混入したお茶を提供した。被告人がお茶を
飲んだか何回も確認してくることから,CとDは,そのお茶を飲み干した。同日午
後2時頃には,Dは事務机のいすに座りながら眠りこけており,その後,DとCと
もに体調が悪化し,宿直室や老人ホーム甲事務室で休んだ(なお,Dらに睡眠導入
剤入りのお茶を提供した時刻について,被告人は,同日午後零時頃と供述するが,
D及びCは同日午後1時頃まで体調に変化はなかった旨を供述し,これはFの公判
供述とも合致していること,被告人がD及びCにお茶を勧めた時刻が同日午後1時
過ぎであったことは,D,C及びFの供述が一致していること,その他Jの公判供
述から認められるゾルピデムの濃度の経時変化等に照らし,上記のとおり認定し
た。)。
⑿同日午後5時30分頃,被告人は,「帰る時間だよ」などと声を掛けて老人ホ
ーム甲事務室で寝ていたDとCを起こした。Dは,助手席にCを乗せて出発したが,
運転中ぼうっとした様子で自車を不自然に停車させるなどした。そして,同日午後
6時頃,判示第2のとおり,千葉県佐倉市内の道路を走行中のD運転車両が対向車
線に飛び出し,対向車と衝突する事故を起こした。事故直後,Dは,指示されても
窓を開けることができなかった。また,病院搬送時,Dは,意識レベルが低く,失
禁しており,Cは,肋骨6本を折る傷害を負ったが,痛がることもなく笑みを浮か
べていた。
⒀同日,D及びCの血液が採取され,同年7月14日血清が鑑定されたところ,
採取時点で睡眠導入剤を服用後約5ないし6時間経過時のものであるとすると,D
の血清中ゾルピデムの濃度は一般成人男性がゾルピデム錠を1錠相当服用した場合
の血中濃度に相当し,Cのそれは一般成人男性が同錠8錠相当服用した場合の血中
濃度にそれぞれ相当するとの推計がなされた。
2上記各事実を認定する根拠となった証拠の信用性等
⑴上記1⑴ないし⑶,⑸,⑻,⑽及び⑿のうち事故発生に関する部分等の各事実
については,同意書証等の証拠から容易に認められる客観的事実であるか,H又は
被告人の各公判供述のうち信用性に争いのない部分に基づく事実であり,特段問題
なく認められる。
⑵また,上記1⑼及び⒀の睡眠導入剤の服用量等に関する各鑑定結果についても,
鑑定を行ったJの公判供述によれば,Jは,民間企業で30年近く医薬品の研究開
発に携わっており,平成12年以降は血液中の薬剤成分の濃度分析に従事してきた
この分野における専門家であると認められ,そして,各鑑定は,信頼性が高いと評
価されている手法を用い,信頼性や正確性が適切に担保されるように配慮された鑑
定経過となっている上,各被害者の服用量の算出に当たっても薬の添付文書等で公
知情報となっている治験データに基づき,時間の経過による薬物成分の分解や誤差
率等も考慮に入れ,謙抑的な姿勢で数値を導き出していると認められ,その信用性
に問題はなく,上記のとおり認定できる。
なお,弁護人は,服用量の算出に当たっての誤差率や個体間格差等の存在を根拠
として,Aにつき6錠相当,Cにつき8錠相当の睡眠導入剤成分を服用したという
推計結果に疑問を差し挟むが,既にみたとおり,鑑定の精度や服用量の算出根拠に
問題は存在せず,あくまで目安としての推計である上,被告人自身,Aに対し3錠,
D及びCに対し溶け残りはあったものの合計3錠の睡眠導入剤を服用させたこと自
体は認めており,しかも,各被害者に睡眠導入剤による影響と認められる意識障害
等の症状が生じていたことは,下記のとおり他の関係各証拠から認定できるから,
A,D及びCに摂取させた睡眠導入剤の量を判示のとおり「数錠」という限度で認
定することには何ら問題はないと考え,そのように認定した。
⑶その一方で,主たる争点との関係で重要な評価根拠事実となる本件時及びその
前後の各被害者の様子やそれについての被告人の認識に関する上記1⑷,⑹,⑾及
び⑿の各事実については,判示第1の目撃者で判示第2の被害者という立場にあり,
要旨これら各事実を述べるCの公判供述を軸に認定したものであるが,一部被告人
の公判供述と齟齬する部分があるので,その信用性についての判断を述べる。
Cの公判供述は,判示第1の事件当日午後3時頃にみられたAの言動(上記1⑷)
や物損事故直後のAの様子(上記1⑹)がいずれも普段のAと比較して不可解なも
のであったこと,上記1⑾及び⑿の判示第2の事件当日,被告人が何度も勧めてく
るので,よほどおいしいお茶なのかと思ったと鮮明に記憶していることや,運転中
のDがぼうっとした様子であったので,疲れたなら先の花屋のところで休もうなど
と声掛けしたことなどについて,非常に具体的で詳細に供述しており,体験した者
でなければ語れない迫真性に富んでいて,その内容からして虚偽を述べているとは
考え難い。また,上記1⑹の物損事故直後にAが立ったまま寝ていたとの点は,呆
然と下を向いて立っていたという,信用性に特に疑義のないK(甲75。不同意部
分を除く。)及びLの各検察官調書と一致しており,上記1⑾の被告人がCらに密か
に睡眠導入剤を入れたお茶を勧めた様子は,信用できるFやDの各公判供述とよく
整合している。そして何より,被告人が各事故の数時間前にAやDらに対し密かに
睡眠導入剤入りの飲料を提供したことは争いがなく,その後,いずれもその者らが
直線道路で対向車線に進出して自車を対向車に正面衝突させるという事故を起こし,
事故後のDの意識レベルは上記1⑿のとおり低かったところ,事故後に採取された
各被害者の血液中からは相当量の睡眠導入剤成分が検出されており,信用できる専
門家証人であるMの公判供述によれば,人は睡眠導入剤の影響が出ると意識が低下
し,状況把握及び判断,運動機能を含め反射運動が正常にできなくなるというので
あるから,Cが述べる,⑾及び⑿の各事実は,まさに睡眠導入剤によ
る影響下における様子や行動等として極めて自然かつ合理的なものと理解できると
いえ,事実をありのままに述べているものとして,Cの公判供述は信用できる。
これに対し被告人は,①Cは事故現場にいなかったし,
②車に傷がつくことの了承をAのもとに取りに行ったのは自分だけでありCは行っ
ておらず,その際,寝ていたAが急に立ち上がって「傷ついてもいいです」と答え
た旨を公判廷で供述している。しかし,①について,Cが物損事故現場にいたこと
は,Lの上記検察官調書によって裏付けられているし,②については,Iの検察官
調書(甲76。不同意部分を除く。)によると,Iは被告人から,Aが寝ていたの
で了承を得られなかったと回答されているのである上,そもそも睡眠導入剤の影響
でかなりの意識障害状態にあったとみられるAが,被告人の問いかけに対し突如立
ち上がって了承したという話自体,にわかに信じ難いというべきであり,被告人の
上記供述は信用できない。
⑷他方,物損事故後にAが老人ホーム甲事務室から退勤した際の状況については,
被告人の公判供述から上記1⑺のとおり認定したので,その理由を述べる。
この点被告人は,机にうつ伏せになって休んでいたAに車が走行可能である旨を
告げると,Aはむくっと起き上がり,バッグを探し始めたので,それを持たせてや
り,送り出した旨を述べるとともに,その送り出しに当たり,Aは老人ホーム甲の
中でロッカーに行ったり,廊下や玄関の坂道等も駆け足で走ったりしており,ふら
つきもなかったなどと公判廷で供述している。
一方Cは,老人ホーム甲の事務室に戻ると,Aの姿はなく,被告人に「Aさんは」
と尋ねると,被告人が「帰りたいと言うから,帰したわよ」と言ったので,「えー」
と言うと,被告人が「だってしょうがないじゃない。帰りたいというんだから。バ
ッグもないと言うから,探して持たせてやったわよ。頬っぺたパンパンと叩いて出
してやったわよ」などと発言した旨を供述している。
この時点におけるAの状況等を目撃した者は被告人しかおらず,その認定は,被
告人の供述に拠らざるを得ない面があるが,どこまでの事実が認定できるかは慎重
に見極める必要がある。そして,上記のとおりCの公判供述は信用できると認めら
れるところ,被告人の上記発言についてだけ虚偽供述をする必要はなく,記憶を混
同しているような事情も見当たらないから,被告人が上記発言をした事実は認めら
れ,そうすると,上記被告人の公判供述とCの公判供述は,机にうつ伏せになって
休んでいるAを起こし,バッグを渡して,送り出したという趣旨の限度では一致し
ていると評価できる。そこで,は被告人供述の信用性は否定され
ないと判断し,そのように認定した。他方,Aが被告人から起こされてバッグを渡
された後,老人ホーム甲の廊下や玄関の坂道等を駆け足で走るなどし,ふらつきも
なかったとする点は,既にみたとおり,Aは,約1時間半前の物損事故直後に立っ
たまま寝ており,その後も事務室でCらの呼びかけに答えられない状況であったこ
と,老人ホーム甲からの送り出し後程なく判示第1のとおりの事故を引き起こし,
死亡後に採取された血液から相当量の睡眠導入剤成分が検出されたことなどからす
ると,前後に睡眠導入剤の影響と認められる症状がありながら,この時点だけ上記
のように行動できるというのは余りに不自然であって,到底信用できないと判断し
た(なお,Cが聞いたという,被告人がこの時点でAの頬を2回両手で叩いたとい
う行為については,被告人がこの時点でもそうした行為に及んだ可能性もあるが,
Lの上記検察官調書によると,物損事故直後の時点で被告人が同様の行為に及んで
いた事実が認められ,被告人が,Aが車の運転に支障がないよう覚醒させた状態で
送り出したことを強調したい余り,物損事故直後の時点でした行為を今し方したか
のように発言した可能性も否定できないと判断し,この行為は認定しなかった。)。
3殺人の実行行為性及び殺意の有無について
⑴以上を基に,まず判示第1の事実について殺人の実行行為性を検討すると,被
告人の行為としては,普段から勤務先である老人ホーム甲から車で帰宅しており当
日もその予定であったAに対し,密かに睡眠導入剤数錠を混入した飲料を飲ませ,
その二,三時間後には,Aが不可解な発言をし始め,眠気を催し仮睡状態に陥り,
さらに,老人ホーム甲駐車場からわずか約100mの地点で車を脱輪させるなどと
いうかなりの物損事故を引き起こしていることや,事故現場や事務室においてなお
強い眠気によって意識がはっきりせず寝たり起きたりの状態にある様子を目の当た
りにしたにもかかわらず,睡眠導入剤の投与から五,六時間しか経たないうちに,
そのような状態にある中で机にうつ伏せになって休んでいるAに対し,そのままA
を寝かせて休ませておくとか,自分で又は誰か老人ホーム甲の同僚に車で送らせる
とかいった代替手段をとらずに,車が走行可能である旨を告げてあえて起こし,バ
ッグを渡して車で帰宅するよう老人ホーム甲から送り出したものと認められる。上
記の行為は,後刻車を運転することが予定されている者に対し,睡眠を誘発する効
果を有する睡眠導入剤を密かに,しかも,一般的な服用量以上に摂取させ,その効
果がその者に生じていることが明らかな状況の下で,あえてその者を起こして車を
運転するよう仕向けたものといえ,その因果として,その者が自身では認識してい
ない睡眠導入剤の影響により,眠気を催して意識が混濁したり仮睡状態に陥ったり
し,薬効であるためそれに抗うことができず,原因に思い当たらないまま運転を継
続することで,周囲の状況を適切に把握しそれに的確に対処して運転操作をするこ
とが困難となり,その者や巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含めあらゆる態
様の事故を引き起こす危険性が高い行為というべきであるから,殺人罪の実行行為
に該当するものと認められる。
次に,殺意の有無についても検討すると,被告人は,上記にみた殺人の実行行為
性を基礎付ける事実関係のうち主要な部分の認識に欠けるところはなく,とりわけ,
上記のとおりのAによる物損事故の発生やその後の事故現場や事務室におけるAの
様子を目の当たりにしたことにより,Aに実際に自ら摂取させた睡眠導入剤の影響
による意識障害等を生じていて,それによる物損事故を起こし,その後もその意識
障害等が解消していない状態であることを十分に認識したものと認められる。そし
て,被告人は,そのようなAが車を運転すれば,上記のような死亡事故を含めあら
ゆる事故を引き起こす危険性が現実的にも高まったことを認識しながら,あえてA
が車を運転して帰宅するよう仕向けることにより,そのような危険の現実化に向け
た行為に及んだものといえ,遅くともAを老人ホーム甲から送り出した時点では,
死亡事故を含む交通事故を引き起こすかもしれないがそれでもやむを得ないという
判示の未必的な殺意があったことが認められる。そして,後に車を運転することが
確実に予定されている者に睡眠導入剤を密かに摂取させることは,その因果として,
上記のとおり死亡事故を含むあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為で
ある上,被告人がAに睡眠導入剤を摂取させた目的が被告人の述べる嫌がらせの限
度にとどまるのであれば,物損事故を発生させた時点でその目的を達しているはず
であるのに,被告人は,あえてAを起こして老人ホーム甲から送り出しており,当
初から物損事故以上の事態を望んでいたと考えられること,しかも,判示第1の事
実によるAの死亡後に後記のとおり殺人未遂罪が成立する,同様の行為である判示
第2の行為に及んでいることに鑑みると,Aの死亡が被告人にとって予想外のもの
であったとは考えにくいことなどからすると,判示のとおり,Aに睡眠導入剤を摂
取させた時点から未必の殺意があったものと認めるのが相当である。
⑵判示第2の事実についても殺人の実行行為性を検討すると,被告人の行為とし
ては,平成29年4月25日以降Cの勤務先である老人ホーム甲から車にCを乗せ
て帰宅しており当日もその予定であったDに対し,密かに睡眠導入剤合計数錠を混
入した飲料を併せてCにも飲ませ,その約1時間後には,Dが眠気を催し仮睡状態
に陥り,その後もDとCがともに意識がはっきりせずうつらうつらした状態にある
のを目の当たりにしたのに,睡眠導入剤の投与から四,五時間しか経たないうちに,
そのような状態で寝ているDとCに対し,上記⑴に記載したような代替手段をとら
ずに,帰宅時間である旨を告げてあえて起こし,車で帰宅するよう老人ホーム甲か
ら送り出したものと認められる。上記の行為は,後刻車を運転することが予定され
ている者らに対し,睡眠導入剤を密かに,一般的な服用量をやや上回る可能性があ
る形で摂取させ,実際,その効果がその者らに生じている状況の下で,あえてその
者らが同乗して車を運転するよう仕向けたものといえる。このような行為は,上記
⑴のとおり,その者らが睡眠導入剤の影響により周囲の状況を適切に把握しそれに
的確に対処して運転操作をすることが困難となり,その者らのみならず巻き込まれ
た第三者を死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行
為というべきであり,殺人罪の実行行為に該当するものと認められる。
次に,殺意の有無についても検討すると,被告人は,既に検討した判示第1の犯
行の結果から,睡眠導入剤の影響による意識障害等が生じている状況で車を運転す
れば,その本人又は巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含むあらゆる態様の事
故を引き起こす危険性があることを現実のものとして認識していた。そのような被
告人は,上記にみた殺人の実行行為性を基礎付ける事実関係のうち主要な部分の認
識に欠けるところはなく,それどころか,公判廷において,うつらうつらして寝て
いるDを起こしたことを自認しており,Dらに実際に睡眠導入剤の影響による意識
障害等が生じていることを十分に認識していたものと認められる。そのような認識
の下で,D及びCに対し,密かに相当量の睡眠導入剤を摂取させるのみならず,そ
の影響による意識障害等の状態にあるDらが車を運転して帰宅するように仕向けた
といえるのであるから,被告人には,Dらに睡眠導入剤を密かに摂取させた時点か
ら,死亡事故を含む交通事故を引き起こすかもしれないがそれでもやむを得ないと
いう判示の未必的な殺意があったものと認められる。
⑶これに対し,弁護人は,被告人の供述に沿うなどして,判示第1の事実に関し,
①被告人は,自らの服用経験等からブロチゾラムの効果を過小評価していた上,A
に対して殺意を抱くような動機はなく,睡眠導入剤を摂取させた後のAに異常な言
動はなかったから,既に覚醒したと判断していたので,殺人の故意はなかった,②
被告人が摂取させた睡眠導入剤は3錠にとどまり,その程度の服用であれば日常行
動で異常が生じたことはなかったし,Aが車で帰宅しようとしたのは睡眠導入剤の
摂取から5時間以上が経過した時点であった上,Aの様子に異常もなく,事故現場
まで約1.4kmは走行できていたことなどから,被告人の行為は,殺人の実行行
為には該当しないと主張し,判示第2の事実に関し,③被告人は,ゾルピデムを服
用した際,効果がなかったという経験を有していた上,DやCに対し殺意を抱くよ
うな動機はなく,ゾルピデム摂取後,Dに異常な言動もみられなかったことなどか
ら,殺人の故意はなく,④被告人が摂取させた睡眠導入剤はDとCに対し合計3錠
にとどまり,Dの運転開始時には既に効果の半減期を経過していた上,Dの様子に
異常もなく,事故現場まで約4.7kmは走行できていたことなどから,被告人の
行為は殺人の実行行為には該当しないと主張する。
そこでまず,被告人は睡眠導入剤の効果を過小評価していたとか,AやDらが既
に覚醒しており,睡眠導入剤の効果は消失していると考えていたとかいった主張か
ら検討するに,既にみたとおり,被告人が相当量の睡眠導入剤を密かに摂取させた
後,AやDらに睡眠導入剤の影響によるものと認められる眠気,仮睡状態や意識障
害といった症状が生じていたことは明らかであり,被告人もそうした様子のすべて
かはおくとしても,上記⑴,⑵のとおり,その異常な言動や様子の主たる部分は十
分に認識していたものと認められる。そして,睡眠導入剤を飲ませた張本人で准看
護師として長年のキャリアを有する被告人が,そのようなAやDらの異常な言動や
様子を自ら摂取させた睡眠導入剤の影響によるものと認識していなかったという事
態はおよそ考え難く,時間が経過していることなどから,睡眠導入剤の効果は消失
しており,Aらは覚醒していると考えたなどという被告人の供述も,上記2⑷に記
載したとおり被告人がそう考えた根拠としている事実自体が認められないことも考
えると,到底信用できない。また,自らの服薬経験をAやDらに当てはめて考えた
とか,Aに睡眠導入剤を手交していた経緯等から同人に耐性があると考えていたと
かいう点も,そもそも根拠に乏しいばかりか,現実にAやDらに生じた状況とも相
容れない。この点に関する弁護人の主張は採用できない。
次に,動機に関する主張について検討するに,動機は,被告人が殺意を否認して
いることから詳らかでないところがあるが,被告人の供述によれば,上記1⑵のと
おり,判示第1の事件前日に,HとCから被告人に,正看護師資格を有するGの知
り合いを新たに老人ホーム甲に雇うことを検討しているという話があったことを受
けて,Aが被告人を老人ホーム甲から排除しようとしていると感じ,これまで色々
面倒をみてあげてきたのにという気持ちも相まって,Aに対する反感を募らせた(判
示第1),そして,CもAに同調していると考えるとともに,入所者のお金の管理
に関する被告人のミスを指摘したり,自慢話をしたりしてくるCへの不満を感じて
いた上,夫であるDも被告人に挨拶をしないなど失礼であると考えた(判示第2)
などというものであるところ,確定的殺意を強く抱くものとしてはやや薄弱である
ことは否めないものの,本件で被告人は,死亡事故を含むあらゆる態様の事故を引
き起こす危険性が高いがそれもやむを得ないという認識を有していたものと認定す
るものであり,そのような認識と上記動機は矛盾するものではないから,動機に関
する弁護人の主張も採用できない。
さらに,判示第1及び第2の事実について,A及びDは事故発生前に上記の各距
離を運転できていた旨の弁護人の主張についても,上記⑴,⑵にみた,密かに睡眠
導入剤を摂取させられての車の運転行為の危険性の評価を左右するものではない。
加えて,弁護人は,判示第1及び第2の事実を殺人の実行行為と評価することは,
睡眠導入剤摂取後に車を運転して死傷事故を引き起こした場合に危険運転致死傷罪
等が適用されていることと均衡を欠くとも主張するが,運転者が睡眠導入剤を自ら
摂取した場合に比べ,本件のように密かに摂取させられた場合の運転行為の危険性
は既にみたとおり明らかに高いから,その主張は採用できない。
以上によれば,弁護人の上記主張は採用できず,殺意がないとの被告人の供述も
信用できない。
4判示第1の事実に関する因果関係について
弁護人は,判示第1でAが自車をB運転車両に衝突させた際,A運転車両の前照
灯スイッチはオンであったのに点灯していなかった点を捉え,前照灯が点灯してい
ればBがA運転車両にもっと早く気が付き,減速や停車の措置を講じて少なくとも
Aが死亡する事故は回避できたはずであるから,被告人の行為とAの死亡との間に
は因果関係がないと主張する。
しかしながら,既に認定したとおり,Aは,被告人に密かに摂取させられた睡眠
導入剤の影響により意識障害等が生じた状況で,被告人から帰宅するように仕向け
られて車を運転し,自車を対向車線に進出させてB運転車両に衝突させる交通事故
を起こし,傷害を負って死亡したのであるから,人を死亡させる事故を含めあらゆ
る態様の事故を引き起こす危険性の高い被告人の行為により,まさにその危険性が
現実化してAの死亡という結果が生じたものと評価できるのであって,故障で前照
灯が点灯していなかったとする事情は,事故の態様をやや深刻化させた可能性がな
いとはいえないもののAの死亡という結果発生への寄与は非常に小さいと認められ
る。そうすると,判示第1の事実において因果関係は当然に認められ,弁護人の主
張は採用できない。
5判示第3の事実の動機について
弁護人は,被告人が判示第3の事実でFに対する犯行に及んだ動機について,嫉
妬と評価するのは不適切であるなどと主張するところ,量刑上特に意味のある主張
とは思われないが,当事者が争点として一応位置付けているのでなお検討すると,
男性職員と親しげにしていたFの態度が気に食わず,仕事の邪魔であると感じたと
いう被告人の供述を前提としても,判示のとおり,嫉妬や仕事の邪魔であるとの気
持ちを動機として犯行に及んだものと考えるのが自然である。
6結論
以上によれば,その他弁護人及び被告人の主張・指摘を考慮しても,判示第1の
事実につき殺人及び殺人未遂罪が,判示第2の事実につき殺人未遂罪がそれぞれ成
立し,判示第3の事実につき判示の動機に基づく傷害罪が成立するものと認められ
る。
(量刑の理由)
1本件は,准看護師資格を有する被告人が,①未必の殺意の下に,勤務先である
老人ホームの同僚に対し,密かに睡眠導入剤入りの飲み物を飲ませ,仮睡状態や意
識障害等の急性薬物中毒の症状を生じさせた上で,同僚が車を運転して帰宅するよ
う仕向けたことにより,交通事故を引き起こさせ,よって,同僚を死亡させるとと
もに,交通事故の相手方にも傷害を負わせたという殺人,殺人未遂,②上記①によ
り同僚1名が死亡した事実を知りながら未必の殺意の下に,上記①と同様の行為に
より,別の同僚とその夫及び交通事故の相手方に対し,それぞれ傷害を負わせたと
いう殺人未遂,③更に別の同僚に対し睡眠導入剤入りの飲み物を密かに飲ませ,同
人に意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせたという傷害の事案である。
2まず,量刑判断の中心となる判示第1の殺人,殺人未遂及び判示第2の殺人未
遂の犯情について検討するに,被告人は,勤務先から車を運転して帰宅する予定で
ある同僚やその夫に対し密かに睡眠導入剤を摂取させ,その者らに意識障害等が生
じている状態を認識しながら,車を運転して帰宅するよう仕向けたものである。こ
のような被告人の行為は,既にみたとおり,その者らや巻き込まれた第三者らを死
亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高いものである。ま
た,密かに睡眠導入剤を摂取させて交通事故を引き起こさせるという態様は,死の
結果を含む結果発生の直接の原因が交通事故となり,そこに自分は手を下さないと
いう点で,さらには,被害者らが死亡するなどしなくても,結果として交通事故の
加害者にされかねないという点で,卑劣な態様というべきである。同僚らとしては,
職場での飲み物にまさか睡眠導入剤が,しかも,健康を守るべき准看護師の職にあ
る被告人から混入されるとは想像だにしないのであって,その点でも,周囲の信頼
を裏切る悪質な犯行といえる。
判示第1の結果は,密かに睡眠導入剤を摂取させられて車を運転した同僚1名の
死亡という重いものである。被害者は息子と共に自宅で通所サービスの仕事をする
夢に向かって充実した人生を歩んでいたところ,准看護師である被告人から睡眠導
入剤を密かに摂取させられているなどとは思いもせず,突如命を落としたものであ
り,その無念は察するに余りある。また,判示第2では,被害者となった同僚の負
った傷害は,全治約1か月を要する両側肋骨骨折という重いものである。そして,
判示第1及び第2のその他の被害者も突然本件被害に遭うことになったのであって,
死亡した被害者の遺族を始め,被害者らが厳罰を望むのは当然のことである。
もっとも,被告人の行った行為は,上記のとおりの危険性を有する行為ではある
ものの,その行為の性質上,どのような結果が生じるかは事故の態様に係る面があ
り,死の結果が必ず確実に生じるとまではいえず,この意味で,被告人の殺意は,
判示第1及び第2の事実とも,未必の殺意にとどまる。しかしながら,既にみたと
おり,被告人は,判示第1の事実では,被害者が睡眠導入剤の影響下で現実に物損
事故を引き起こしたことなどを知りながら,あえて車を運転して帰宅するように仕
向けたものであり,死亡事故を含めあらゆる態様の事故を発生させてもやむを得な
いと考えていたものといえ,このような行為に及んだ被告人の意思決定は,強い非
難に値する。また,判示第2の事実では,判示第1の事実により被害者の1人が実
際に死亡したことにより,密かに睡眠導入剤を摂取させた状態で車を運転させるこ
とが人の死亡する危険性が高いことを現実のものとして認識したにもかかわらず,
再度同様の危険性の高い行為に及んでおり,事故を介するとはいえ人を死亡させて
しまうかもしれないことへの躊躇がないこのような人格態度は,被告人の生命軽視
の姿勢の表れとして,より厳しい非難を免れない。
さらに,動機は,詳らかでないところがあるものの,傷害の限度で罪を認める被
告人の供述によっても,身勝手で自己中心的というほかなく,酌量の余地は全くな
い。
3次に,判示第3の傷害についてみると,動機は,判示のとおり被害者の様子に
嫉妬するなどしたという身勝手なものであり,酌量の余地はない。被告人は,密か
に睡眠導入剤入りの飲み物を被害者に摂取させて,約8時間にわたる意識障害等を
伴う急性薬物中毒の傷害を負わせたものであり,意識障害等により転倒するなどの
おそれも考えると,相当危険な態様であるといえる上,判示第1及び第2の事実と
同様に同僚の信頼を裏切る犯行でもある。また,他の同僚が見ている前で被害者の
飲み物に睡眠導入剤を混入させていることなどからすると,極めて大胆な態様であ
り,被告人の法を守ろうとする意識の鈍麻は著しいものといわざるを得ない。被害
者は,普段から車で通勤していたことなどから,もしこの日も車を運転して帰宅し
ていれば,自己又は第三者も含めて死亡するような事故を起こす危険があったとし
て恐怖や憤りを感じており,厳しい被害感情を抱いている。被害者はこの日は車を
運転しておらず,傷害罪での起訴にとどまっていることから,その限度で考慮する
こととせざるを得ないものの,厳しい被害感情には無理からぬところがあるといえ
る。
4以上の本件犯情を前提として,量刑上考慮すべき前科を有しない者が単独で殺
人を行った場合で処断罪と同一又は同種の罪の件数が2ないし4件の事案の量刑傾
向を参考に,被告人の量刑を検討すると,その量刑傾向における有期懲役の上限付
近の事案は,死亡した被害者の数が2人以上であるとか,殺意が確定的なものであ
るとかいった事案が多いが,本件は,殺人未遂及び傷害も含むと,被害者の数は6
人に及ぶものの,死亡した被害者は1人であり,殺意も未必的なものにとどまるか
ら,それらより軽い事案と考えられる。一方,本件において被告人は,判示第1の
殺人等という一度の機会にとどまらず,その後にも判示第2の殺人未遂や判示第3
の傷害を繰り返していることからすると,上記の量刑傾向の中では相当に重い事案
と位置づけられるべきである。
その上で,被告人は,判示第1及び第2の事実につき,傷害の限度では事実関係
を認めている上,判示第3の事実も,動機の点を除き事実を認めていること,これ
まで前科前歴がないこと,夫が被告人を監督する旨の書面を提出していることなど,
被告人のために酌むべき事情も認められることから,これらの事情も総合考慮した
上で,主文掲記の刑を定めたものである。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑:懲役30年)
(裁判長裁判官坂田威一郎,裁判官大野洋,裁判官本田真理子)

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