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裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人草野豹一郎の上告趣意第一点及び第二点について。
 論旨に従えば、本件被告人を覚書該当者として仮指定したことは実質的には要素
に錯誤があるから無効であり(第二点)、形式的には仮指定が本人に対する通知を
以て行われなかつたから無効である(第一点)。即ち被告人は覚書該当者としての
指定を受けなかつたことに帰着するにも拘らず、原判決が同人を覚書該当者と認め
たことは違法である、というのである。しかし一九四八年二月四日連合国総司令部
から最高裁判所長官宛になされた指摘によつて、『好ましからざる人物を公職より
排除することは、一九四六年一月四日附最高司令官の指令により要求せられている
ということ、その指令を履行する為の機構並びに手続は最高司令官の承認を得て作
られたということ、総理大臣はその指令に従い取るべき一切の行為につき最高司令
官に対して直接責任を負担しているということ、最高司令官は之れに関する事項を
一般的に政府の措置に任せてはいるが、それに関する手続の如何なる段階において
も之れに介入する固有の権限を保留しているということ、及びその結果として日本
の裁判所は前述の指令の履行に関する除去又は排除の手続に対しては裁判権を有し
ないということ』が明かである。さすれば本件被告人を覚書該当者として仮指定し
たことが、中央公職適否審査委員会又は内閣総理大臣の錯誤にもとずいてなされた
か否か、従つてそれが無効であるか否かを審判することの権限は、日本の裁判所に
属しないこと明かであろう。そのことは又仮指定の通知に関しても同様であつて、
この問題につき正当の権限を有する内閣総理大臣が、昭和二二年閣令内務省令第一
号第五条第一項の解釈として、本件被告人を仮指定したときのように多数の該当者
の住所を一々確かめて通知を発する遑のなかつた場合は、住所を知ることができな
い場合にあたり、従つて官報に掲載してこれを行うことができるものと認めて、そ
うしたのである以上、日本の裁判所がこれを審判して無効とすることはできない。
要するに本件被告人を覚書該当者として仮指定したことに関して、所論のような二
様の瑕疵の有る無しに拘わらず、日本の裁判所としては、仮指定が既成の法的事実
として有効に存在することを認めざるを得ないのである。右のような弁護人の主張
を排斥するために原判決は別の理由を以て説明しているが、仮指定を有効と認めた
結論に於ては正当であるから、これを破毀するに及ばない。論旨は採用することが
できない。
 同第三点について。
 昭和二二年勅令第一号(以下追放令という)第一五条には「政治上の活動」とい
う言葉を用いている。これと類似の言葉は、他の法令においても用いられている。
すなわち、裁判所法第五二条は、裁判官は在任中「積極的に政治運動をすること」
ができない旨を定め、教育基本法第八条は、「法律に定める学校は、特定の政党を
支持しまたはこれに反対する政治教育その他政治活動をしてはならない」と定め、
労働組合法第二条第四号は、「主として政治運動又は社会運動を目的とするもの」
という字句を用い国家公務員法第一〇二条は「職員は政党又は政治的目的のために、
寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問はず、
これらの行為に関与してはならない」と定め、政治資金規正法第一条は、「この法
律は、政党、協会その他の団体及び公職の候補者等の政治活動の公明を図り、選挙
の公正を確保し、以て民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする」と定め
ているのである。これらの用語は相類似し互に関連を有するのであるが、その意義
は必ずしも言語学的に文字からのみ探求せらるべきものではなく、各法令の立法の
趣旨と目的を深く考察することによつて明らかにせらるべきものである。そこで、
本件で問題となつている追放令は、ポツダム宣言第六項を実行するために、連合国
最高司令官の覚書に基いて制定されたものである。そして、ポツダム宣言第六項に
は、「日本国民を欺瞞し世界征服の挙に出ずるの過誤を犯さしめたる者の権力及び
勢力は、永久に除去せられざるべからず」とうたつている。追放令は覚書に基き「
日本国民を欺瞞し世界征服の挙に出ずるの過誤を犯さしめたる者」を具体的に覚書
該当者として指定する手続を定め、その「権力及び勢力」を除去するためその指定
の効果として覚書該当者は、(一)公職を退き又はこれを失い、(三条一項二項)、
(二)あらたにすべての公職に就くことができず、(三条三項)、(三)公私の恩
給年金その他の手当又は利益を受ける権利又は資格を失い(五条)、(四)公選に
よる公職の候補者たることを辞したものとみなされ(六条二項)、(五)あらたに
すべての公選による公職の候補者となることができず(六条一項)、(六)「公職
にある者に対し、その職務の執行又は政治上の活動に関し、指示若しくは奨励をし
その他公職に在る者と意思を通じ、又はこれに利益を供与し、公職に在る者をして
覚書該当者に代つてその支配の継続を実現するような行為をさせてはならない」し
(一二条)、(七)「その退職当時の勤務先たる官公署若しくは会社その他の団体
の執務の場所又はこれと同一の建物内に在る場所で当該官公署若しくは団体の管理
に属する場所に出入し、又は自己の住居若しくは事務所を設けてはならない」し(
一三条)、(八)「公職以外の新聞社、雑誌社その他の出版社、放送機関、映画製
作会社、演劇興業会社その他すべての報道機関の役職員の職を遅滞なく退かなけれ
ばならない」し(一四条)、(九)「内閣総理大臣の定める特定の会社又は金融機
関の承継団体たる会社又は金融機関の公職以外の役職員の職を遅滞なく退かなけれ
ばならない」し(一四条の二)、(一〇)「公選による公職の候補者の推薦届出(
候補者の届出又は推薦届出に関する連署を含む)又は選挙運動その他政治上の活動
をしてはならない」(一五条)ことを定めている。これらが追放によつて覚書該当
者に生ずる法律的効果であり、本件はその最後の「政治上の活動」の意義如何に関
連を有する案件である。
 さて、ここにいう「政治上の活動」は、「候補者の推薦届出又は選挙運動」を例
示としているのであつて、推薦届出又は選挙運動は明らかに候補者に対し政治上の
影響力を及ぼす政治上の活動であるから「その他の政治上の活動」もまたこれに準
じこれに類以する政治活動に限らるべきであるとの見解を有する者がある。
 しかしながら第一一条第一項、第一二条、第一五条第二項及び第三項に用いてあ
る同様な「政治上の活動」という字句との対比から言つても、第一五条が追加され
るに至つた立法の経過と経緯から言つても(連合国最高司令部からの要求に基き政
府は覚書該当者の選挙運動等を禁止する草案を作成して提出したところ、選挙運動
に関連ある政治活動のみでは狭いから、すべての政治活動を禁止するようにとの要
求があつてこの追加規定は設けられたものである)、前記見解はあまりに狭くして
その採るべからざることは明白である。次に、政治上の活動たるには政治目的ない
し政治意図すなわち政治に影響を与える目的ないし意図を要するという見解がある。
しかしながら、ここでは覚書該当者の政治上の活動を禁止しこれを犯せば、処罰を
するのであつて、いわゆる目的犯のように特に政治目的ないし政治意図は要件とし
て要求されてはいないものと解すべきである。そこで、前述したすべての事情を斟
酌して考察すれば、ここにいう「政治上の活動」とは、原則として政府、地方公共
団体、政党その他の政治団体又は公職に在る者の政治上の主義、綱領、施策又は活
動の企画、決定に参与し、これを推進し支持し若しくはこれに反対し、あるいは公
職の候補者を推薦し支持し若しくはこれに反対し、あるいは日本国と諸外国との関
係に関し論議すること等によつて、現実の政治に影響を与えると認められるような
行動をすることを言うものと解するを相当とする。そして、その中公職に在る者に
対する関係は、第一二条に定める部分は同条により、その他の部分はここにいう政
治上の活動として第一五条第一項により、禁止されているものと解すべきである。
 さらに、考えなければならないことは、人の言動はその内容ばかりでなくそれが
行われる環境と事情をつぶさに斟酌しなければならぬということである。同一内容
の事柄でも、たまたま訪ねて来た旧友と茶飲話に物語るのと演説会等の公会の席で
弁ずるのとは異りまた同じ演説会でも学術講演会の席で述べるのと政治団体の演説
等で弁じ立てるのとは異る。次に、同一内容の事柄でも近況の報告として親戚の者
に書き送るのと雑誌等に公表するのとは異り、また同じ雑誌でも同人雑誌に寄せる
のと政治団体の機関雑誌に発表するのとは異る。行動のかかる異る環境と事情とは、
当該行動の法律的価値判断をする上において、すなわち本件のごとき場合では政治
上の活動と認められるか否かを判定する上において、内容と共に重要な因子として
考察することを要する。さらにまた、覚書該当者は、現在においては「政治上の活
動」を禁止されているが、経済上の活動及び社会上の活動を禁止されているわけで
はない。経済上又は社会上の活動は、往々にして政治上の活動と結びつき重なり合
つてその間厳格に区別を立て難い場合があることは勿論であるが、純然たる経済上
又は社会上の活動及び環境と事情に照らし経済上又は社会上の活動と認められる行
動は禁止の対象となつていないものと言うべきである。
 右のような見解の下に被告人の所為を考察してみると、原判示第一の(一)並に
挙示の証拠によつて明かなように、判示政策会議は、立憲養正会としては重要な会
であつて、被告人の自宅に開かれ、多数の幹部が出席した。来会者は皆被告人の門
下生であつたからその師の意見を用いようとする向きがあつた。その上曾ての総裁
たる声望を有する被告人が、かかる会議に臨席して、終戦後の新事態に対応すべき
同党の政策として附議せられた政治の粛正、経済対策、国民生活の安定等に関する
諸議案につき批判又は自己の意見を開陳したのである。被告人のかような言動は、
政党の政治上の主義綱領、施策又は活動の企画、決定に参与し、これを推進若しく
は支持すること等によつて現実の政治に影響を与えると認められるような行動であ
るから、「政治上の活動」に該当するものであること、疑を容れない。
 原判示第一の(二)によれば、被告人は政治評論雑誌「A」に、政治上の主張又
は批判を内容とする多くの論稿を掲載した。そうしてそれ等の雑誌は、立憲養正会
会員を主とする約三千の読者に配付せられたのである。被告人のかような所為も亦、
政党の政治上の主義、綱領、施策又は活動を推進若しくは支持すること等によつて
現実の政治に影響を与えると認められるような行動である。このように現実の政治
に影響を与えると認められるような行動は、弁論その他の手段によつてなされる場
合と、本件のように印刷された文章を通じてなされる場合とを問わず、均しく政治
上の活動たる性質をもつものと解すべきである。
 右の通りであるから、原判決が被告人の所為を「政治上の活動」にあたるものと
して、これに昭和二二年勅令第一号第一五条第一項第一六条第一項第七号を適用し
たことは相当であつて、所論のような違法はない。
被告人Bの上告趣意について。
 論旨第二点、第三点、第八点、第九点、第一〇点、第一三点、第一四点等は、主
として被告人を覚書該当者として指定した行為が無効であるとの主張である。しか
しかような論旨の理由なきことは、草野弁護人の上告趣意第一点及び第二点につい
て説いた通りであるから、こゝにこれを繰り返さない。
 なおそれに関聯して論旨第四点に於ては、原審公判調書中の、証人C及びDの供
述についで「何か述べることはないか」と裁判長から問われて、被告人が「別にあ
りません」と答えたという記載は全然事実に反すること、並に裁判所がDの証言を
不問に附してCの証言を採用したことを挙げて、原審裁判長の不公正を非難してい
る。しかし当裁判所としては特別の事情のない限り公判調書の記載を措信する外に
途がない。又証拠の取捨選択は専ら事実審たる原審の決定し得る職務に属するから、
右の理由によつて原判決を違法のものとすることはできない。のみならず被告人が
覚書該当者として指定せられたものであるということは、右の両人の証言の採否如
何に拘らず、日本の裁判所が認めざるを得ざる法的事実であること、さきに草野弁
護人の上告趣意第一点及び第二点について説いた通りであるから、論旨は採用する
ことができない。
 更らに論旨第一〇点は、Cの証言の信憑性なきことを主張してその実否を糺明す
ることを最高裁判所に要求しているが、証拠の信憑力の判断は事実審の裁判官の自
由心証に委ねられてあることであつて、その実否を糺明することは、上告審たる最
高裁判所の権限に属しない。論旨は又追放のやり直しをすべきこと(第八点)及び
政府がすべてに対して出直すべきこと(第九点)を、最高裁判所の判決によつて明
示せよ、と主張している。かような判決をすることも亦裁判所の権限に属しないの
みならず、上告は原審の違法を理由とするときにのみ許されるのであるから、かよ
うな主張は、上告適法の理由となり得ない。
 論旨第一二点は、昭和二二年勅令第一号第七条の三第四項に於ける「みなす」と
いう規定を以て人権を蹂躙するものとして非難しているが同条によれば、仮指定を
受けた者は三〇日以内に異議の申立をすることを許され、異議の申立についてはこ
れを正式に審査した上覚書該当の指定又は非該当の確認をするが、異議の申立をし
ない場合には、三一日目において本指定を受けたものとみなす。即ちその以後法律
上は本指定を受けた者と同様の取扱を受ける、というのであるから、所論のような
不当な点はない。
 論旨第一点、第五点、第六点、第七点、第一五点及び第一八点等に於ては、主と
して被告人の所為が「政治上の活動」ではなかつたと主張している。しかし被告人
の所為が「政治上の活動」に該当するものであることについては、草野弁護人の上
告趣意第三点について説いた通りである。
 論旨に従えば、判決文中に、被告人が立憲養正会の政策会議に臨席して、同会の
政策として附議せられた諸議案につき「批判又は自己の意見を開陳し」とあるのは
全然虚偽の事であつて(第四点)、「そんな事は検事の聞取りにもなく、法廷の陳
述にもない」(第七点)というのであるが、原判決が証拠として採用している第一
審第一回の公判調書記載によれば、被告人は「他の者が述べた意見について批評し
たことはあります」「意見を問われて返事をしたこともあります」と述べている。
さすれば、判示事実は挙示の証拠によつて立証されているので、論旨は原審の事実
誤認を主張することに帰するから、上告適法の理由となり得ない。
 なお論旨第一五点は、右の政策会議に於て被告人が述べた言葉は感想という中に
入らないと主張している。被告人が感想を述べたことは、原判決挙示の証拠(原審
公判廷における被告人及び証人Eの供述)によつて立証し得ることではあるが、原
判決の事実の判示の中には「感想」という表現を用いてはいない。論旨は判示に沿
わないものである。
論旨第六点に、国語辞典を援用して、「活動」というのは、「活溌な行動」という
意味であることを主張している。しかし言葉は社会の暗黙の約束であるが、その意
義は一定不変ではなく、時代と共に遷り、場合によつて変ずる。時には同一法典の
同一条項の中に於て、同じ言葉が異なつた意味に用いられることすらある。それ故
に法文の語句は、単に語源的にのみでなく、その時代の社会通念やその法令の立法
目的に照らして解釈しなければならない。そうして被告人の所為を昭和二二年勅令
第一号第一五条の「政治上の活動一に該当するものとした原判決の妥当であること
は、草野弁護人の上告趣意第三点について説いた通りである。そこには又論旨のい
わゆる文章行為と雖も「政治上の活動」であることを述べておいたから、こゝにく
りかえさない。論旨は何れも理由がない。
 論旨第七点は、選挙権の行使が許されていることを論拠として「政治上の活動」
を狭く解すべきことを主張している。選挙権の行使はたしかに政治上の活動たる性
質を有する。それにも拘わらず選挙権の行使が許されているのは、それが政治活動
でないからではなく、政治活動ではあるけれども特に除外例として許されているの
である。従つてこのことを以て「政治上の活動」を狭く解すべき理由とすることは
できない。
 論旨第一六点及び第一七点は、被告人が雑誌社の役職員に就いたという原判示第
二の事実を否認している。成程原判決が証拠として採用した原審公判廷における被
告人の供述には、雑誌「F」を主宰したとあるだけで、原判決の証拠説明のように
「F社」を主宰したとは供述していないこと、又「F」の編輯人という名義を出し
た旨の供述はあるけれども、これを編輯発行したという供述のないこと、共に所論
の通りである。しかしある雑誌を主宰するということは、その地位の名義如何に拘
わらず実質上はその雑誌を発行する雑誌社の役職員たる業務に従事することである
から、原判決が被告人を雑誌社の役職員に就いたものと認定したことは相当である。
原判決文中事実の判示及び証拠説明の部分には、多少正確でない点があるにしても、
結果に於ては違法でも不当でもない。論旨は結局原判決の事実認定を非難すること
に帰するから、上告適法の理由となり得ない。
 論旨第一一点は、裁判官が何物をも怖るべきでないことを説いている。裁判官た
るものが自己の良心と法律とに従う外は、何者にも屈従せず、常に毅然たる態度を
持すべきことは、まことに所論の通りである。然し連合国側の正当な要求に従うべ
きことはポツダム宣言の受諾にもとづく当然の法的要請である。論旨は原判決の法
令違背を主張するものではないから、適法な上告理由とは認めがたい。
 弁護人草野豹一郎名義の追加上告趣意書及び上告趣意書補充書並に被告人B名義
の上告趣意書補充と題する書面は、何れも適法な上告趣意書提出期間経過後の提出
にかゝるものであるからこれに対する判断を示さない。
 以上の理由により旧刑事訴訟法第四四六条に従い主文の通り判決する。
 この判決は裁判官真野毅の補足意見を除き裁判官全員一致の意見によるものであ
る。
 裁判官真野毅は弁護人草野豹一郎上告趣意第一点及び第二点について左のとおり
補足意見を述べる。
 連合軍の占領下にあるわが国における現在の法律状態は、甚だ複雑なものがある。
一般国民は勿論法曹の間においてすら、その認識はまだまだ十分でなくただ極めて
漠然たる形において理解されているのに過ぎないと思われる。殊に本件で問題とな
つている追放制度に関する法律状態については、昨年疾風のごとくまき起つたG事
件をめぐつて、司法権の在り方とも関連して、一部国民及び法曹の間に、一種の不
満感とまではいかなくとも割切れない感情を後味として残したことはおおうべくも
ない事実である。されば、本件論旨に関しこの間の法律状態について所見を述べ国
民及び法曹の理解を深める一端に資することは、わたくしらに課せられた義務であ
ると信ずる。
 ポツダム宣言は、昭和二〇年七月二六日米、英、支三連合国政府の首班がポツダ
ムにおいて発し、後にソ連が参加した一三項目から成る宣言である。これに対し同
年八月一四日ポツダム宣言条項受諾に関する大詔が発せられ、その旨スイス国経由
米、英、ソ、支四国政府宛日本政府通告が発信せられ、よつてもつてポツダム宣言
受諾の意思が国際的に表示された。ついで、同年九月二日東京湾碇泊の米国軍艦ミ
ズリー号上において降伏交書の調印が行われ、官報告示欄にて公布せられ、同時に
詔書が発布せられ、指令第一号に基く一般命令第一号が政府及び大本営の布告とし
て官報に公布せられた。かくして、日本は、今までに類例のない連合国管理のもと
におかれたのである。
 日本は、ポツダム宣言を受諾し、これによつて連合国にいわゆる無条件降伏をし
たが、その受諾は正式には降伏文書の調印によつて行われ、該文書の中にポツダム
宣言の条項の誠実な履行が取り入れられている。そこで、当時の往復文書をも考慮
に入れつつ、降伏文書によつて現在の日本の法律的地位を説明すれば、天皇と日本
政府は降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の権力の
下におかれている。そして、降伏条項は非常に広範なものであるから、管理もまた
政治、経済、社会、文化その他の甚だ広い範囲にわたつている。
 さて、この管理の基本的方式は、ドイツにおけるがごとく連合国の分割的直接管
理ではなく、統一的間接管理が原則となつている。日本の管理は連合各国によつて
地域を分割して個別的な管理が行われているのではなく、連合国の代表者である最
高司令官によつて日本全土にわたる統一的管理が行われている。また、原則として
は、連合国の指令のもとに、日本が自ら現実の統治を行い、連合国は日本に対して
指令を発する間接管理が行われている。そして、日本が自ら現実の統治を行うには、
国の最高法規である日本国憲法の条規に従い、立法権、司法権及び行政権を行使す
る。(ただし、後述のごとく憲法の領域外において現存の国内機構を利用してなさ
れる間接管理の方式も別に存する)。これはいずれも憲法の領域内の行動であるか
ら、憲法を遵守し尊重すべきことは言うをまたない。同時にこの領域においては、
司法権の独立は絶対であると言わなければならぬ。
 以上は憲法の領域内のことであるが、連合国最高司令官は、降伏条項を実施する
ため適当と認める措置をとる権限を有し、この限りにおいて天皇と日本政府はその
権力の下におかれている(降伏文書末項)。それ故、連合国最高司令官は、憲法に
かかわりなく憲法の領域外において自由に立法、司法及び行政を行うことを得るわ
けである。例えば極東国際軍事裁判所条例及び一般命令第一号の制定のごときはか
かる立法の部類に属し、例えば極東国際軍事裁判所及び連合国軍事占領裁判所によ
る各種裁判のごときはかかる司法の部類に属し、例えば日本政府に対する諸種の指
令、要求、勧告及び承認のごときはかかる行政の部類に属する。また、最高司令官
は、直接一切の日本の人民、一切の官庁の職員に対し、要求、布告、命令、指令を
発することがあり得る(降伏文書三項、五項)。さらに、現実に連合国が自ら直接
に、一切の日本人民及び一切の官庁の職員に対し、連合国最高司令官又は他の連合
国軍官憲の発する指示に誠実迅速に服従すべき旨を命令している(一般命令第一号
一二項)。これらはいわゆる直接管理に関する事柄であるが、実際において日本政
府をさし措いて直接日本の人民又は官庁の職員に対し指示の発せられる事例は甚だ
すくないようである。
 そこで、一般論はこの程度に止めて、本件の追放令について考察をしてみたい。
ポツダム宣言第六項は「われらは、無責任なる軍国主義が世界より駆逐せらるるに
至るまでは、平和、安全及び正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるを
もつて、日本国民を欺瞞し世界征服の挙に出ずるの過誤を犯さしめたる者の権力及
び勢力は、永久に除去せられざるべからず」とうたつている。そして、ポツダム宣
言の右条項を実行するため日本政府に対し追放の措置を命令したのが、連合軍総司
令部発日本政府宛昭和二一年一月四日附覚書(公務従事に適せざる者の公職よりの
除去に関する件)(以下覚書という)で、この覚書の内容を国内法化したのが、昭
和二二年勅令第一号(公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令)(以下追放令
という)である。かように公職追放は、無条件に受諾されたポツダム宣言そのもの
に掲げられているところであり、ポツダム宣言は降伏文書の中に取りいれられてい
る。かくて、軍国主義者その他好ましからざる人物を公職から追放することは、い
わば精神的な非軍国化施策であり、武装解除、軍事施設撤廃による物質的な非軍国
化施策と共に、鳥の両翼のごとく車の両輪のごとく、連合国最高司令部の占領統治
としては、最も重要な日本民主化の基本政策であろうことは疑うべき余地もないと
ころである。これによつて、前記覚書は発せられ、ついで追放令は公布せられた。
この覚書を履行するための機構として、中央に中央公職適否審査委員会が設けられ、
その報告に基いて内閣総理大臣が「覚書に掲げる条項に該当する者としての指定」
(追放令三条一項)又は「覚書に掲げる条項に該当する者でない旨の確認」(追放
令施行令八条一項)をすることになつている。前述のごとく追放は、連合国最高司
令官の重要な占領政策として、その承認の下に特殊の機関を設け特定の手続を経て、
内閣総理大臣が最高司令部と緊密な連絡の下に実施されることが、事物の性質上要
請されている。これによつて、追放制度全体としての安定と調和と統一性が保たれ
得るわけである(わたくしの起草した富山県知事当選訴訟事件昭和二三年(オ)九
号、同年九月二四日大法廷判決、判例集二巻一〇号二五二頁以下参照)。もとより
追放令は勅令であり、国内法であり、内閣総理大臣は憲法上において定められてい
る機関であり官庁である。しかしながら、ここで内閣総理大臣が追放に関して覚書
該当指定又は非該当確認をするのは、上述の憲法の領域内において憲法上の行政行
為をするのではない。憲法上では行政権は、内閣に属する。内閣総理大臣は、内閣
の首長ではあるが、内閣の一構成員であつて内閣自体ではない(憲法六五条、六六
条)。もし、追放に関する決定が憲法上の行政行為であるとするならば、閣議を経
なければならぬ筈である。最高司令官は、上述した憲法の領域外の行政行為として
追放措置を実施するについても、自ら直接にその衝に当らず、間接管理の基法的方
式に従つて内閣総理大臣をして追放指定をなさしめる制度を設けしめたものである。
ただその間接管理は、追放という重要な占領政策の性質に鑑み、通常の場合と異り
憲法の領域内における憲法上の行政行為として行われる方式によつたものではなく、
憲法の領域外における最高司令官の行政行為に直結する機関として内閣総理大臣と
いう現存の国内機構を利用し(降伏後における米国の初期の対日方針第二部b日本
政府との関係参照)。憲法の領域外における行政行為(性質上)を行わしめる方式
によつたものである。かかる間接管理の方式は、例外には属するが、他にも現実に
存在しているのである。例えば、日本の検察官を利用し、国内法を適用して、軍事
占領、裁判所における憲法の領域外における検察事務を行わしめているがごとき適
例がある。この場合国内法を適用するがその行為は憲法の領域外にあることは明ら
かである。されば、内閣総理大臣は、追放指定等については国内法たる追放令に従
つて行為するのであるがそれは法律上憲法の領域外における行為であつて、その行
為の法律上の適否、裁量上の当否等については、上級の最高司令官に対してのみ直
接の責任を負うべきものである。従つて、憲法上の行政行為として国会に対して責
任を負うべき筋合のものではない。(憲法六六条三項)。それ故、内閣総理大臣が
追放指定等をなすに当つては閣議を経ることを要しないし、また現に実際において
閣議にかけていない取扱い方はまことに正当であると言わねばならぬ。以上述べる
ところは、地方長官が地方公職適否審査委員会の審査の結果に基いて、地方公職に
ついて追放指定等を行う場合においても、その性質、関係は全く同様である。すな
わち、この場合に地方長官は、地方公共団体の長又は国家機関として憲法の領域に
おいて行政行為を行うものではなく、最高司令部に直結してその下部機構として憲
法の領域外における行政行為(性質上)を行うものである。従つて、内閣総理大臣
等がなした追放指定等に関する行為の効力に対しては、厳正に憲法の領域において
活動する裁判所が裁判権を有し得ないことは当然であると論結しなければならぬ。
 そこで、話はG事件に入る。昭和二三年二月二日東京地方裁判所民事第一四部は、
Gの仮処分申請に基き、片山内閣総理大臣がした追放指定の効力を、右指定無効確
認等の本案判決確定にいたるまでその発生を停止する旨の仮処分決定をした。これ
に対し、同月四日時の政府は、声明書を(発)して、憲法上行政権は内閣に賦与さ
れているのに、「裁判所が仮処分的手続によつて、総理大臣及内閣自らの行政権の
行使を制約し又は麻痺せしめる」ものだと言つたり、また「行政権さん奪である」
と言つている点は、全く見当違の誤まつた憲法論以外の何ものでもない。すでに詳
しく語つたように、追放指定は、憲法上総理大臣の行政権の行使でもなく、また内
閣の行政権の行使でもない。それは、もともと憲法の領域外における行為であるか
ら、憲法上「行政権さん奪」なぞと呼ばわる事態は、どこにも金輪際おこり得よう
筈がないのである。それはそれとして、同四日「総司令部連合国最高司令官政治部」
は最高裁判所長官に対し、(一)好ましからざる人物を公職より罷免することは、
一九四六年一月四日附最高司令官の指令により要求されていること、(二)その指
令を履行するための機構及び手続は、最高司令官の承認を得て設けられたこと、(
三)内閣総理大臣は、その指令に従い行つた一切の行為について、最高司令官に対
して直接に責任を負うていること、(四)最高司令官は、これらに関する事項を一
般的に政府側の措置に任してはいるが、それに関する手続のいかなる段階において
も、これに介入する固有の権限を留保していること、(五)その結果として、日本
の裁判所は、前述の指令の履行に関する罷免又は排除の手続については裁判管轄権
を有しないことを指摘した(ボインテツド・アウト)。これは、すなわち追放指定
の効力に対し日本裁判所に裁判権なき旨の追放令の解釈を指示したものである。そ
して、これはわたくしが訴願委員会委員当時から抱いていた前述の見解と全く合致
する。それはともかく。ここでさらに注意すべき大切な一事がある。それは、一九
四五年九月三日連合国最高司令官指令第二号第四項において、「連合国最高司令官
の権限により発せられる一切の布告、命令及び指示の正文は、英語による。日本語
の飜訳文も発せられ、何らかの差異が生ずる場合においては、英語の本文によるべ
きものとする。発せられた何らかの指示の意義に関し、疑義が生ずるときは、その
発令官憲の解釈をもつて最終的(フアイナル)のものとする」と指示されているこ
とである。それ故に、前記覚書及び追放令の意義は、発令官憲である総司令部政治
部の前記解釈が、最終的な権威を有し確固不動のものである。
 そこで、同日最高裁判所は、G事件の前記仮処分決定を「裁判権のないものの裁
判として無効と認める」旨の長官談話を発表した。右仮処分決定に対して仮申請人
たる片山内閣総理大臣は、「法的効力を欠如するものとして」声明書を発表しただ
けで、異議の申立をしようとはしなかつた。また最高裁判所は、憲法の領域におい
てあくまで司法権の独立を尊重する建前を堅持して、敢て下級裁判所に対して右決
定の取消を命令したり、指示したり、勧告したりするような干渉がましい一切の行
動は厳に戒め慎しみて絶対にとらなかつた。越えて翌二月五日、最高司令官から、
東京地方裁判所は前記仮処分決定を即時取消すべき旨の指令があり(降伏文書第三
項、第五項、一般命令第一号第一二項)、同裁判所は直ちにこれを取消し、かくて
世の視聴を集めたG事件はここに終局をつげるに至つた。そして、この事件の進展
する過程において、追放指定の効力に関する解釈は、有権的に確立されたことを銘
記すべきである。(最後に、この意見を起草するには、文字どおり殆んど一夜作り
の時間しかなかつたことをくれぐれも遺憾とし、特に附記しておく。)
 検察官 宮本増蔵関与
  昭和二四年六月一三日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介

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