弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人に関する部分を破棄する。
     被告人を懲役一年六月に処する。
     この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     被告人から金一五万円を追徴する。
     原審における訴訟費用中証人A、同B、同C、同D、同E、同F、同
G、同H、同Iに支給した分は被告人と原審相被告人Jとの連帯負担とし、証人
K、同Lに支給した分は被告人の単独負担とする。
         理    由
 (控訴趣意)
 本件控訴の趣意は、弁護人下村末治、同鎌倉利行、同三瀬顕、同近藤正昭、同野
間督司共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
 (当裁判所の判断)
 一 職務権限に関する法令適用の誤の主張について
 論旨は、要するに、原判決は、被告人が堺市長として、同市の行政財産である市
立M病院を管理し、用途または目的を妨げない限度においてその目的外使用を許可
する職務権限を有するほか、私立医科大学の設置について、文部大臣の諮問機関で
あるN及びO等に対し意見を述べる職務権限を有していたと判示しているが、私立
医科大学の設置は私人が文部大臣の認可を得て行なうものであつて、同大臣の諮問
機関であるN、Oの手続をみても普通地方公共団体の長の意見を聴かなければなら
ない旨の明文の規定はなく、また、普通地方公共団体の長がN、Oに対し意見を述
べうる権限が制度的に保証されているわけでもないから、被告人が堺市長として
N、Oに対し意見を述べる職務権限を有していたということはできず、原判決が被
告人に右職務権限があるとしたのは刑法一九七条の適用を誤つたものである、とい
うのである。
 まず、私立大学の設置に関する法令の規定をみるのに、文部大臣が大学を設置し
ようとする者の提出した大学設置認可申請書及び寄付行為認可申請書を受理する
と、大学設置認可申請についてはOに、寄付行為認可申請についてはNにそれぞれ
諮問を発し、これを受けた両審議会がそれぞれ書類審査、現地調査、関係者からの
事情聴取等を経て可あるいは不可等の議決をし、文部大臣に答申をした後、同大臣
がこれらの答申に基づき設置の認可、不認可の決定を下すことになつており(文部
省設置法二七条、学校教育法六〇条、O令、私立学校法一八条、三一条、N運営規
則等参照)、所論のとおり、右設置について普通地方公共団体の長がN、Oに対し
意見を述べうる旨の明文の規定は存しない。
 しかしながら、刑法一九七条にいう職務とは、公務員がその地位に伴い公務とし
て取り扱うべき一切の執務をいうのであつて、法令にその根拠を有しなければなら
ないのは当然であるが、必ずしも明文の権限規定があることを要するものではな
い。これを普通地方公共団体の長の職務についてみるのに、地方自治法一四八条一
項は、「普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務及び法律又はこれ
に基く政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務を
管理し及びこれを執行する」と定め、同法一四九条は、普通地方公共団体の長が担
任すべき事務として、「概ね左に掲げる事務を担任する」と規定して一号から八号
まで具体的に長の権限を列挙するとともに、九号で「前各号に定めるものを除く
外、当該普通地方公共団体の事務を執行すること」という概括的な権限を定めてい
る。このように、普通地方公共団体の長の職務に関する定めは、概括的で広範囲な
ものであり、普通地方公共団体の他の機関、たとえば議会の議決権限について、同
法九六条一項が「左に掲げる事件を議決しなければならない」と規定して事件を制
限列挙しているのとは趣を異にしているのである。これを要するに、普通地方公共
団体の事務の執行と認められるものは、法令の規定等により他の機関の権限に属せ
しめられているなどの特別の事情が存する場合を除き、長の法令上の職務に属する
ものと解されるのである。
 そこで、堺市長である被告人がJの企図したP医科大学の設置についてN、Oに
対し意見を述べることが果して堺市の事務の執行といえるか否かの検討に移るに、
原判決の挙示する関係証拠によると次のような事実が認められる。
 (1) 被告人は、昭和四六年四月二五日施行の堺市長選挙に立候補して当選
し、同年五月一日同市長に就任したものであるが、右選挙においては堺市への大学
誘致を公約の一つにかかげ、市民のための教育施設の充実等を図ろうとしていた。
 (2) 一方、Jは、昭和四五年二月ころ大阪府下に医科大学を設置することを
企てて校地の選定、教授陣の獲得、財源の確保等の活動を始め、同年一一月学校法
人P医科大学設立発起人会代表となり、後に同大学設立準備委員会代表となつて、
同大学新設に伴う手続事務を掌理遂行し、昭和四六年九月三〇日文部大臣に対し、
同大学の設置場所を大阪府南河内郡a町と定めて同大学設置認可申請書と同大学寄
付行為認可申請書を提出した。
 (3) ところで、医科大学の設置に際しては、附属病院を開設することが必要
とされているが、本件の発生した昭和四六年当時においては、大学設置時に附属病
院を開設できない場合、遅くとも第五年次の始まるまでに附属病院を開設し、それ
までの間は暫定措置として相当規模の病院(いわゆる暫定病院)を開設しているこ
とが必要とされていたほか、私立医科大学の設置者と暫定病院となる国公立病院の
設置者との関係については、その間に密接な関係があり、かつ、病院の運営につい
ての協定が存在し、相互に一体的な運営を行ないうることが、必要とされていた
(「大学設置基準」昭和三一年一〇月二二日文部省令第二八号、「医学部設置審査
基準について」昭和四三年九月一九日O医学専門委員会決定、「医科大学(学部)
設置に伴う年次計画について」昭和四四年五月二九日医学専門委員会決定・同四六
年七月二九日改正等参照)。しかして、Jとしては、附属病院を開設するだけの資
金的余裕がなかつたため、これを暫定病院でまかなうことにし、昭和四六年九月上
旬、市立M病院の設置、管理者である被告人に対し、同病院をa町に設置予定のP
医科大学の暫定病院として使用することを許可されたい旨の依頼をした。
 (4) これに対し、被告人としては、前記のとおり、さきの堺市長選挙の際に
大学誘致を公約にかかげていた経緯などもあつて、右使用許可によつて同大学の設
置か認可されることになれば、その所在地のa町に隣接する堺市にとつて市民の教
育、健康及び福祉の増進のために資するところが大であると判断した。現に、同大
学は入学定員を一〇〇名と予定しており、また、同入学定員の場合八〇〇床以上の
附属病院を開設しなければならないので(前掲「医学部設置審査基準について」参
照)、同大学及び附属病院が設置されると、堺市民の子弟教育はもとより、堺市の
近年の人口急増に伴う病院、医師不足の解消の一助となり、地域住民の医療水準を
高め、医療サービスの向上にも役立つことは明らかであつた。そこで、被告人は、
右のような堺市の文教、医療対策の推進の見地から、同大学の設置が認可されるこ
とを期待し、これを案現させようと図り、直ちに秘書課長を通じ、市立M病院長ら
に対し同病院を私立医科大学の暫定病院とすることの法的問題などの当否を検
討させ、差支えがないとの結論を得たので、本来同病院の目的外使用の許可は市長
の専決事項ではあつたが、慣例に従つて同年九月二七日及び二九日の両日にわたり
議会運営委員会を招集させてその旨を諮り、自らも同委員会に出席のうえ、「私と
していたしましては、地域医療水準の向上と住民の医療サービスの貢献に加えまし
て、将来の医師不足の解消の一助にも寄与できうればと存じた次第です」と発言
し、P医科大学の設置に対する堺市の立場を表明するとともに、市立M病院を同大
学の暫定病院として使用許可する方針を示し、同委員会の了承を得て、同月二九日
同大学に右使用許可を与えた。
 (5) その後被告人は、のちに認定するような経過からJの要請に応じ、同年
一一月二二日市立M病院の会議室で同病院の暫定病院としての適格性につきO委員
による現地調査が行なわれた際、その席上に市会議長Kらを伴つて出かけて行き、
右委員らに対し、自分は堺市長であることを告げたうえ、「堺市はP医科大学のた
め市立M病院を暫定病院に使つてもらうなど大学設置には全面的に協力し、密接な
連絡をとつております。医師不足であり、医科大学ができることについては非常に
市民は期待しておりますので、よろしくお願いします」と挨拶し、堺市がP医科大
学の設置を期待し、その実現のため力を入れて臨んでいることを示し、同大学の設
置認可を要望する意見を述べた。
 (6) 大学設置及び寄付行為認可申請については、O、Nの答申が事実上尊重
され、その答申如何によつて、文部大臣の認可、不認可の決定かなされる実情であ
つた。
 以上認定の事実関係ことに被告人が市立M病院をP医科大学の暫定病院として使
用許可するにいたつた経緯、Oの現地調査の席上での被告人の発言内容に徴する
と、被告人は、Jの企図したP医科大学の設置が実現し、また、その附属病院が開
設されることによつて、同大学の所在地であるa町に隣接する堺市としては自らが
学校及び病院を設置した場合と同じように市民の教育、健康及び福祉の増進を図る
ことが期待できるところがら、堺市としても、同大学の設置を実現させることを企
図していたものであつて、被告人が同大学の設置について設置認可を実質的に決定
するN及びOに対し意見を述べることは、堺市長として、同市の右目的を達成する
ためであつたことが認められるのである。
 ところで、地方自治法二条二項は普通地方公共団体の事務を規定し、同条三項は
二二項目にわたつてその事務の内容を例示しているところ、普通地方公共団体は、
本来、その公共事務を処理することを存立の目的とするものであるから、法令によ
る制限がある場合を除いて、当該普通地方公共団体の裁量において多種多様の公共
事務を処理することができる。すなわち、普通地方公共団体は、本来の公共事務と
して、住民の福祉増進を目的とする各種施設(学校、病院、公園等)の設置、管理
や各種事業(水道、下水道、ガス等)の経営を行なうことができることはもちろん
のこと、普通地方公共団体が自らこれら施設の設置や事業の経営を行なうことな
く、その設置等の目的を達成するため、たとえば、私人の学校、病院、工場等を当
該普通地方公共団体あるいはその隣接市町村に誘致し、その設置の実現を図ること
もまた、同法二条二項に掲げられた普通地方公共団体の公共事務の範疇に属すると
解せられるのである。そうだとすると、本件の場合においても、堺市が市民の教
育、健康及び福祉の増進を目的として私立のP医科大学の設置を実現することは、
大学の設置を中心に考えると、同法二条三項五号の「その他教育に関する事務」
に、附属病院の設置を中心に考えると、同項一号の「住民の健康、福祉を保持する
事務」に該当し、同市の処理すべき公共事務の範疇に属するものであつて、被告人
が同大学の設置実現のためN、Oに対し意見を述べることは、同市の事務を管理執
行する市長としての職務権限の範囲に属する行為と解するのが相当である。なお、
所論の指摘する判例は本件とは事案を異にし、適切ではない。
 以上のとおり、被告人が私立医科大学の設置についてN、O等に対し意見を述べ
る職務権限があつたことについての原判決の認定は正当であつて、原判決には所論
のような法令適用の誤はない。論旨は理由がない。
 二 賄賂性等に関する事案誤認の主張について
 論旨は、要するに、(イ)被告人がJから受け取つた現金一〇〇万円は、N会長
Qらに対する運動資金であつて、被告人の職務に関する賄賂ではなく、被告人には
それが賄賂であることの認識もなかつた、(ロ)被告人は右現金をJに返還する意
思を有しており、収受の意思がなかつた、と原判決の事実誤認を主張するのであ
る。
 調査するのに、原判決の挙示する関係証拠によると、賄賂性及びその認識も収受
の意思も十分にこれを認定することができる。すなわち、右証拠を総合すると、さ
きに被告人の職務権限の関係で判示した事実関係のほか、次のような事実か認めら
れる。
 (1) Jは、P医科大学の設置認可申請手続を進めるにあたり、さきに認定し
たとおり、附属病院を開設する資金的余裕がなかつたので、昭和四六年三月ころか
らR病院、S病院などと暫定病院としての使用について交渉をはかつたものの色よ
い返事を得ることができず、その他の病院も文部省の方針からみて大学設置予定地
のa町との距離的基準に合致しないなど思うように事が進捗しなかつたばかりか、
大学設置及び寄付行為認可申請書の提出期限が同年九月三〇日と押し詰まつてきて
いたため、最終的には地理的条件に恵まれたT病院と市立M病院の二つに的をしぼ
り、同年八月末、まずT病院に打診したが断られ、同年九月上旬、市立M病院長U
に同病院の使用許可を申し入れた。そして、同人から管理者である市長の許可が必
要であると聞き及び、そのころ市長室で被告人と会つて、P医科大学の設置のため
暫定病院を備えることの必要性を説くとともに、市立M病院を同大学の暫定病院と
して使用することを許可されたい旨懇請した。これに対し、被告人から好意的な態
度が示され、議会ならびに病院事務当局とも相諮つて善処することが約され、同月
二五、六日ころには使用許可の内定がJに伝えられ、書類提出期限の前日である同
月二九日正式許可が下りたので、Jは、翌三〇日の期限末日に漸く大学設置及び寄
付行為認可申請書の提出を了することができ、事務員らともども喜び安堵した。
 (2) その後、Jは、同年一一月一〇日ころ両審議会の現地調査の日程等の通
知に接し、翌一一日ころ、事務員Eに指示して被告人宛の手紙(当裁判所昭和五三
年押第三四六号の一五、以下「証一五号」と略称する)を書かせ、その書中で、さ
きに市立M病院をP医科大学の暫定病院としての使用許可を得たことの礼を述べた
うえ、Nが同月一九日に、Oが同月二二日にそれぞれ現地調査をする運びとなつた
のでこれら現地調査に出席してほしい旨を依頼し、これを速達便で郵送させ、被告
人は、翌一二日ころ、これを受け取つて内容を了知した。
 (3) このようにP医科大学の設置手続が進捗する一方、市立M病院の暫定病
院としての適格性に少なからぬ不安を抱いていたJは、同病院についての現地調査
の結果如何がP医科大学の設置認可の可否に大きく影響すると考え、被告人に対
し、さきに市立M病院を同大学の暫定病院としての使用許可を依頼してその許可を
得たことの謝礼、及びNとOの現地調査に臨席して委員らに対し同病院を暫定病院
として異存なく許可したことなど同大学のため有利な意見を述べられたい旨の依頼
に伴う謝礼として、現金を贈ろうと決意するにいたり、同月一四日、自宅に呼んだ
設立準備委員会事務局次長Vに白紙包の現金一〇〇万円入りの茶封筒を渡し、これ
を被告人のもとに届けるよう指示し、あわせてその際、被告人にはさきの証一五号
の手紙と同様暫定病院の使用許可につき種々世話になつたこととN及びOの現地調
査当日に出席方を依頼する旨をしたためた手紙を同封するよう申し付けた。
 (4) Jから命を受けたVは、早速、Jの指示に沿つた内容を前記Eに口授し
て便箋に筆記させ、これをJから受け取つた現金一〇〇万円入りの茶封筒に同封し
たうえ、同日午後四時ころ、Eとともに被告人方を訪れ、応待に出た被告人の長女
W(当時二二歳)に対し、右茶封筒にV自身のP医科大学設立発起人の肩書のある
名刺を添えて差し出し、「この書類を先生に見てもらつてください」と申し述べて
海苔入り手提袋とともに手渡した。
 (5) これを受け取つた右Wは、茶封筒と名刺を被告人の寝室の枕元に置き、
同日夜、帰宅した被告人にVの伝言を伝え、これを了承した被告人は、そのころ右
茶封筒を開披し、同封の書簡の趣旨及び現金一〇〇万円(一万円札一〇〇枚)が在
中していることを確認したうえ、現金一〇〇万円は新聞紙に包んでいつたん同寝室
の押入れの中の和タンス戸袋内の小引出に仕舞つた後、翌年三月五日ころ、これを
取り出し裸金にして右タンスの戸袋下右端の引出に移し替え、家人が自由に使用で
きる状態にしておいた。
 以上認定の事実関係に徴するときは、Jが市立M病院をP医科大学の暫定病院と
しての使用許可を依頼しその許可を得たことの謝礼、及びNとOの現地調査に出席
し同大学の設置のため有利な意見を述べられたい旨を依頼しその謝礼の趣旨で、被
告人に対し本件現金一〇〇万円を贈与し、被告人もその趣旨で贈与されることを認
識しながらこれを受け取つたこと、それ故にこそさきに認定したとおり被告人はO
の現地調査に出席して同大学の設置認可を要望する意見を述べるにいたつているこ
とが明らかであつて、被告人がその職務に関して右現金を収賄したものというほか
なく、職務とは無関係にこれを受け取つたものとはとうてい解することができな
い。
 所論は、本件現金は被告人と遠戚関係にあるN会長Qらに対する運動資金の趣旨
として供与されたものであつて、そのことは、QらNの現地調査が行われた日の前
夜被告人がJをQに引き合せて夕食を共にする機会をつくつていること、また、N
の答申が出された後被告人がJのためQの自宅を訪れていることからして明らかで
あり、本件現金の供与をもつて被告人の職務に関する賄賂とみることはできない、
と主張する。なるほど、関係証拠によると、被告人がJの依頼により所論のように
JをQに引き合せ会食の機会をもつていることが認められるが、Jから右依頼があ
つたのは本件現金が供与された後の昭和四六年一一月一七日ころのことであるのみ
ならず、右会食の費用もJにおいて支払つているものであつて、これらのことから
被告人に対するJの真の依頼の趣旨が所論のとおりであつたと推定することは、時
期的にみて合理性に欠けるばかりでなく、証一五号の手紙及び本件現金とともに被
告人に届けられた手紙の内容とも矛盾し、とうてい容認することはできない。ま
た、Nの答申がなされた同年一二月一五日より後の同月二九日ころ被告人がQ方を
訪ねていることも証拠上明らかであるが、それとても被告人が予算折衝のため上京
した際立ち寄つてP医科大学の件についてそれとなく打診したというだけで、運動
めいた言動には出ておらず、ことにその時期がNにおいて不可決定の答申がなされ
た後で最早その決定を動かし難くなつた段階であることからみても、被告人の右訪
問の事実をもつて本件現金の趣旨を所論のごとく理由づけることは牽強付会のそし
りを免れない。のみならず、Jが被告人からQに対する運動の状況を聞き、あるい
は被告人がこれをJに知らせたとうかがわせる事跡はまつたく存しないのである。
本件現金をもつて所論の趣旨で供与されたものと認めることはとうていできない。
所論に沿うJの原審公判廷での供述、被告人の捜査官に対する供述、原審及び当審
での各供述はいずれもたやすく措信ずることはできない。所論は、むしろJの捜査
官に対する供述調書こそ信用性がないと主張するけれども、Jの原審公判廷での供
述をみると、たとえば、被告人に対し自ら直接暫定病院としての使用許可を依頼し
た動かし難い事実についても、検察官の質問に対し「挨拶ぐらいに行つたかもわか
らんけど」などと言葉を濁し、検察官から捜査段階における供述との矛盾を指摘さ
れるや、「次回まで記憶喚起させていただきます」と述べるなど、真摯な供述態度
がうかがわれず、その供述経過は極めて暖昧かつ不自然であるのに対し、捜査官に
対する供述調書中には右のような不自然な点が存しないばかりでなく、本件現金の
趣旨が原判示に沿うものであることを一貫して認め、これを被告人に供与するにい
たつた経過など具体的で迫真性に富み、客観的事実関係にも符合する内容のもので
あることなどの事情に照らすときは、右供述調書の信用性を肯認するのに十分であ
る。
 所論は、また、被告人は本件現金を返還する意思があつたと主張し、被告人も捜
査、原審及び当審を通じて所論に沿う供述をしているけれども、被告人は本件現金
を受領後五か月を経過し、本件が新聞等に大きく報道されるようになつた昭和四七
年四月一一日ころはじめて、それも家人が自由に使える状況にしてあつたのを妻に
おいて一部費消した後、これを補填して返しているものであつて、それまでもし所
論のように返す気があればその機会がしばしばあつたのに、自らはもちろん家人を
介するなどして返そうという言動を全くとつていないことなどに照し、被告人の右
供述はとうてい措信ずることはできず、被告人の弁解を前提とした所論は採用する
ことができない。
 以上のとおりであるから、原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由
がない。
 三 追徴額に関する法令適用の誤の主張について
 論旨は、要するに、原判決は被告人に対し一〇〇万円の追徴を言い渡したが、被
告人はJから提供された本件現金一〇〇万円のうち被告人の妻が費消した一五万円
を除く残金八五万円に別の一五万円を加えてJに返還しているのであるから、原判
決が右八五万円の分についてまで被告人からの追徴を命じたのは、刑法一九七条の
五の適用を誤つたものである、というのである。
 調査するのに、原審証人X、同Fの各証言、Yの検察官に対する各供述調書、Z
の司法警察員及び検察官(二通)に対する各供述調書を総合すると、被告人の妻X
は、昭和四七年三月中ころ、堺市農業協同組合の職員が被告人の右農協からの借受
金に対する利息、登記手続費用等合計一五万五、六五七円の集金に来た際、寝室の
押入れ内の和タンス戸袋下右端の引出の中に本件現金一〇〇万円(一万円札一〇〇
枚)が入つているのを見付け、そのうち一五万円を取り出し他の小銭と合せて右集
金の支払にあて、その後同年四月一一日ころ、一万円札一五枚を足して一〇〇万円
にしたうえ、J方へ持参してその妻Fを介しJに返還したことが認められ、この認
定を動かすに足りる証拠はない。
 ところで、原判決が被告人に対し一〇〇万円の追徴を言い渡した理由は、判文上
必ずしも明らかではないが、本件現金一〇〇万円は一部費消された後返還時に補填
の金員と混同されて全部が没収不能となつたため、その事由を生ぜしめた被告人か
ら全部の価額を追徴すべきであるとの見解に立つものと考えられる。しかしなが
ら、<要旨>金員を収受した収賄者がその一部を費消した後これを補填して贈賄者に
返還した場合においては、補填により収受した金員の特定性が失われていて
も、返還された賄賂の残金については贈賄者からその価額を追徴すべきであつて、
収賄者から追徴すべきではないと解するのが相当である。すなわち、刑法一九七条
の五の規定は、賄賂を手にしている収賄者、贈賄者等からこれを没収し又はその価
額を追徴すべきことを定めたものであるから(大審院大正一〇年(れ)第一六二四
号同一一年四月二二日第一、第二、第三刑事聯合部判決・判例集一巻二九六頁、最
高裁判所昭和二七年(あ)第四九一六号同二九年七月五日第二小法廷決定・判例集
八巻七号一〇三五頁等参照)、賄賂の一部が贈賄者に返還、回復されている場合に
は、その部分については現にこれを手にしている贈賄者から没収し又はその価額を
追徴すべきことは当然であつて、賄賂原物の特定性の有無は、右の規準で決せられ
た対象者について、没収と追徴のいずれを科するかを決する際に初めて問題となる
にすぎないのである。
 のみならず、本件の場合には、前記のとおり、賄賂の残金八五万円に一五万円を
足して贈賄者に返還されたものであつて、返還時においては未だ賄賂である金員の
特定性は失われていないとみるのが相当である。
 したがつて、本件においては、返還された賄賂の残金八五万円について被告人か
らこれを追徴することは許されないといわなければならず、原判決には右の点に法
令適用の誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決
はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
 四 結論
 よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告人に関する部分を破
棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い更に判決することとし、原判決の認定した事
実にその挙示する各法条を適用し、主文のとおり判決をする。
 (裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 香城敏麿 裁判官 鈴木正義)

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