弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       本件上告を棄却する。
       上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人三木恵美子,同大貫憲介,同姜文江,同菊地哲也,同近藤博徳,同鈴
木雅子,同関守麻紀子,同毛受久,同矢澤昌司,同山口元一,同井上啓,同金竜介
,同小島周一,同渡邉彰悟,同児玉晃一の上告受理申立て理由について
 1 本件は,在留資格を有しない外国人である上告人が,国民健康保険法(平成
11年法律第160号による改正前のもの。以下「法」という。)9条2項に基づ
き,被上告人横浜市の委任を受けた横浜市a区長に対し,国民健康保険の被保険者
証の交付を請求したところ,法5条所定の被保険者に該当しないとして被保険者証
を交付しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,被上告人国が
同条につき誤った解釈を前提とする通知を発し,横浜市a区長がこれに従ったこと
により違法な本件処分がされたと主張して,被上告人らに対し,国家賠償法1条1
項に基づき,損害賠償を請求した事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,昭和27年12月2日,いわゆる在外華僑を父母として大韓民
国において出生した。
 (2) 上告人は,昭和46年2月26日,親類を頼って短期滞在の在留資格で日
本に入国したが,その際,大韓民国の再入国許可を受けなかったため,同国におけ
る永住資格を喪失した。そこで,上告人は,台湾に出国し,同年9月18日,就学
の在留資格で再度日本に入国し,在留期間の更新を受けながら,専門学校等で勉学
を続けたが,卒業後,在留期間が更新される見込みがなくなったことから,同50
年11月25日,大韓民国に出国した。しかし,大韓民国において永住資格を回復
することはできず,同国での在留期限も迫ったため,上告人は,同51年3月25
日,台湾に入国したが,台湾では国籍が確認されず,言葉も通じないため就職する
ことができなかった。
 (3) 上告人は,昭和51年7月2日,上陸時間を72時間とする寄港地上陸許
可を得て日本に上陸し,上陸時間が経過した後も日本に残留して,中華料理店等で
調理師として稼働した。上告人は,同52年3月28日,台湾籍の女性と結婚し,
同54年に長男が,同56年に長女がそれぞれ出生した。妻と2人の子は,在留資
格を得るため,日本と台湾との間を往復していたが,同59年7月15日に短期滞
在の在留資格で日本に入国し,同年10月14日に在留期間を経過した後,そのま
ま日本に残留した。
 (4) 上告人は,昭和60年12月ころから平成12年12月まで横浜市a区内
に妻子と共に居住し,同9年3月21日,横浜市a区役所において外国人登録をし
た。この間,上告人は,不法滞在状態を解消するため,同6年及び同8年に入国管
理局に出頭したが,上告人の国籍を確認することができなかったこともあり,違反
調査が数回行われただけで,入国管理局からの連絡は途絶えた。また,上告人は,
上記外国人登録をした際,横浜市a区長に対し,国民健康保険の被保険者証の交付
を請求したが,拒否された。
 (5) 上告人は,長男が脳腫瘍に罹患していることが判明した後,平成10年5
月1日,妻子と共に東京入国管理局横浜支局に在留特別許可を求める書面を提出し
,同月20日付けで国民健康保険の被保険者証の交付を請求(以下「本件請求」と
いう。)したが,同年6月9日,本件処分を受けた。
 (6) 外国人に対する国民健康保険の適用については,国民健康保険法施行規則
の一部を改正する省令の施行について(昭和56年11月25日保険発第84号都
道府県民生主管部(局)長あて厚生省保険局国民健康保険課長通知)及び外国人に
対する国民健康保険の適用について(平成4年3月31日保険発第41号都道府県
民生主管部(局)長あて厚生省保険局国民健康保険課長通知。以下,これらを「本
件各通知」という。)が発せられている。本件各通知には,ア 国民健康保険の適
用対象となる外国人は,外国人登録法2条1項に規定する者であって,同法に基づ
く登録を行っているものであり,入国時において,出入国管理及び難民認定法(以
下「入管法」という。)2条の2の規定により決定された入国当初の在留期間が1
年以上であるものであること,イ 入管法2条の2の規定により決定された入国当
初の在留期間が1年未満であっても,外国人登録法に基づく登録を行っており,入
国時において,我が国への入国目的,入国後の生活実態等を勘案し,1年以上我が
国に滞在すると認められる者も国民健康保険の適用対象となることなどが定められ
ており,在留資格を有しない外国人が国民健康保険の適用対象となることは予定さ
れていない。本件処分は,本件各通知に従って行われたものである。在留資格を有
しない外国人が国民健康保険の適用対象となるかどうかについては,定説がなく,
下級審裁判例の判断も分かれているが,本件処分当時には,これを否定する判断を
示した東京地裁平成6年(行ウ)第39号同7年9月27日判決・行裁集46巻8・
9号777頁があっただけで,法5条の解釈につき本件各通知と異なる見解に立つ
裁判例はなかった。
 (7) 上告人及びその妻子は,平成10年11月24日,在留資格を定住者,在
留期間を1年とする在留特別許可を受けた。また,被上告人横浜市は,同月25日
付けで,上告人に対し,国民健康保険の被保険者証を交付した。
 3 原審は,上記事実関係等の下において,在留資格を有しない外国人は法5条
所定の被保険者に該当せず,本件処分は適法であるとして,上告人の請求を棄却す
べきものとした。
 4 法は,国民健康保険事業の健全な運営を確保し,もって社会保障及び国民保
健の向上に寄与することを目的とする(1条)ものであり,市町村及び特別区(以
下,単に「市町村」という。)を保険者とし(3条1項),市町村の区域内に住所
を有する者を被保険者として当該市町村が行う国民健康保険に強制的に加入させた
上(5条),被保険者の疾病,負傷,出産又は死亡に関して必要な保険給付を行い
(2条),被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料(76条)又は国民健
康保険税(地方税法703条の4)のほか,国の負担金(法69条1項,70条)
,調整交付金(72条)及び補助金(74条),都道府県及び市町村の補助金及び
貸付金(75条),市町村の一般会計からの繰入金(72条の2)等をその費用に
充てるものとしている。そして,法は,上記のとおり被保険者を規定した上で,そ
の適用除外者を列挙し(6条),当該市町村の区域内に住所を有するに至った日又
は6条各号のいずれにも該当しなくなった日からその資格を取得する(7条)もの
としている。昭和56年厚生省令第66号による改正前の国民健康保険法施行規則
(昭和33年厚生省令第53号)1条2号は,「その他特別の理由がある者で厚生
省令で定めるもの」を適用除外とする法6条8号の規定を受けて,「日本の国籍を
有しない者。ただし,日本国との条約により,日本の国籍を有する者に対して,国
民健康保険に相当する制度を定める法令の適用につき,内国民待遇を与えることを
定めている国の国籍を有する者,日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待
遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(昭和4
0年法律第146号)第1条の許可を受けている者及び条例で定める国の国籍を有
する者を除く。」を適用除外者として規定していたが,難民の地位に関する条約(
昭和56年条約第21号)及び難民の地位に関する議定書(昭和57年条約第1号)
が締約されたのを受けて,昭和56年厚生省令第66号によって国民健康保険法施
行規則1条2号ただし書に「難民の地位に関する条約第1条の規定又は難民の地位
に関する議定書第1条の規定により同条約の適用を受ける難民」が加えられ,さら
に昭和61年厚生省令第6号によって国民健康保険法施行規則1条2号が削除され
た。
 このように,国民健康保険は,市町村が保険者となり,その区域内に住所を有す
る者を被保険者として継続的に保険料等の徴収及び保険給付を行う制度であること
に照らすと,法5条にいう「住所を有する者」は,市町村の区域内に継続的に生活
の本拠を有する者をいうものと解するのが相当である。そして,法は,5条におい
て被保険者を定める一方,6条においてその適用除外者を定めており,日本の国籍
を有しない者は,法制定当初は適用除外者とされていたものの,その後,これを適
用除外者とする規定が削除されたことにかんがみれば,法5条が,日本の国籍を有
しない者のうち在留資格を有しないものを被保険者から一律に除外する趣旨を定め
た規定であると解することはできない。一般的には,社会保障制度を外国人に適用
する場合には,そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念から,国内に適法な居住
関係を有する者のみを対象者とするのが一応の原則であるということができるが,
具体的な社会保障制度においてどの範囲の外国人を適用対象とするかは,それぞれ
の制度における政策決定の問題であり(最高裁昭和50年(行ツ)第98号同53
年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁参照),法の規定や国民健
康保険法施行規則の改廃の経緯に照らして,法が上記の原則を当然の前提としてい
るものと解することができないことは上述のとおりである。また,国民健康保険は
,国民の税負担に由来する補助金や一般会計からの繰入金等によって費用の一部が
賄われているとはいえ,基本的には,被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保
険料又は国民健康保険税によって保険給付を行う保険制度の一種であるから,我が
国に適法に在留する資格のない外国人を被保険者とすることが国民健康保険の制度
趣旨に反するとまでいうことはできない(なお,国民健康保険法(平成11年法律
第160号による改正後のもの)6条8号は,「その他特別の理由がある者で厚生
労働省令で定めるもの」を適用除外とする旨を定め,これを受けて,平成14年厚
生労働省令117号による改正後の国民健康保険法施行規則1条は,「特別の事由
のある者で条例で定めるもの」を適用除外者として規定しているところ,社会保障
制度を外国人に適用する場合には,その対象者を国内に適法な居住関係を有する者
に限定することに合理的な理由があることは上述のとおりであるから,国民健康保
険法施行規則又は各市町村の条例において,在留資格を有しない外国人を適用除外
者として規定することが許されることはいうまでもない。)。
 もっとも,我が国に在留する外国人は,憲法上我が国に在留する権利ないし引き
続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく(最
高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7
号1223頁),入管法及び他の法律に特別の規定がある場合を除き,当該外国人
に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格又はそれらの変更に係
る在留資格をもって在留し(入管法2条の2第1項),各在留資格について法務省
令で定められた在留期間に限って在留することが認められるにすぎない(同法2条
の2第3項)。在留期間の更新を受けようとする外国人は,法務大臣に対し在留期
間の更新を申請しなければならず(同法21条2項),法務大臣は,当該外国人が
提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとき
に限り,これを許可することができる(同条3項)。そして,我が国に不法に入国
した者はもとより,寄港地上陸の許可等を受け,又は在留資格を得て適法に入国し
た者であっても,旅券又は当該許可書に記載された期間を経過して残留し,又は在
留期間の更新若しくは変更を受けないで在留期間を経過して残留するものについて
は,我が国からの退去を強制することができる(同法24条1号,2号,4号ロ,
6号等)ものとされている。このような我が国に在留する外国人の法的地位にかん
がみると,【要旨1】外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどう
かを判断する際には,当該外国人が在留資格を有するかどうか,その者の有する在
留資格及び在留期間がどのようなものであるかが重要な考慮要素となるものという
べきである。そして,在留資格を有しない外国人は,入管法上,退去強制の対象と
されているため,その居住関係は不安定なものとなりやすく,将来にわたって国内
に安定した居住関係を継続的に維持し得る可能性も低いのであるから,在留資格を
有しない外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するというためには,単
に市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず,少なくとも,当該外
国人が,当該市町村を居住地とする外国人登録をして,入管法50条所定の在留特
別許可を求めており,入国の経緯,入国時の在留資格の有無及び在留期間,その後
における在留資格の更新又は変更の経緯,配偶者や子の有無及びその国籍等を含む
家族に関する事情,我が国における滞在期間,生活状況等に照らし,当該市町村の
区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性
が高いと認められることが必要であると解するのが相当である。
 5 これを本件についてみると,【要旨2】前記事実関係等によれば,① 上告
人は,寄港地上陸許可を得て上陸し,上陸期間経過後も我が国に残留している外国
人であるが,② いわゆる在外華僑として大韓民国で出生し,同国での永住資格を
喪失し,台湾でも国籍が確認されないという特殊な境遇にあったため,やむなく我
が国に残留し続け,この間,不法滞在状態を解消するため,2度にわたり,自ら入
国管理局に出頭したものの,上記事情から不法滞在状態を解消することができず,
その後入国管理局からは何の連絡もなかったものであり,③ 本件処分までの滞在
期間は約22年間もの長期に及び,本件処分当時の居住地である横浜市では,調理
師として稼働しながら,約13年間にわたって妻と我が国で生まれた2人の子と共
に定住して家庭生活を営んできたものであって,④ 本件請求時には,横浜市を居
住地とする外国人登録をして,在留特別許可を求めており,その約半年後には,在
留資格を定住者とする在留特別許可を受けたというのである。これらの事情に照ら
せば,上告人は,被上告人横浜市の区域内で家族と共に安定した生活を継続的に営
んでおり,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いものと認められ,法5
条にいう「住所を有する者」に該当するというべきである。そうすると,本件処分
は違法であるというべきであり,これと異なる原審の判断は是認することができな
い。
 6 しかしながら,ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務
上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に
,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を遂行したときは,後
にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったも
のとすることは相当ではない(最高裁昭和42年(オ)第692号同46年6月2
4日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁,最高裁昭和63年(行ツ)第41
号平成3年7月9日第三小法廷判決・民集45巻6号1049頁等参照)。
 これを本件についてみると,本件処分は,本件各通知に従って行われたものであ
るところ,前記4のとおり,社会保障制度を外国人に適用する場合には,そのよっ
て立つ社会連帯と相互扶助の理念から,国内に適法な居住関係を有する者のみを対
象者とするのが一応の原則であると解されていることに照らせば,本件各通知には
相当の根拠が認められるというべきである。そして,前記事実関係等によれば,在
留資格を有しない外国人が国民健康保険の適用対象となるかどうかについては,定
説がなく,下級審裁判例の判断も分かれている上,本件処分当時には,これを否定
する判断を示した東京地裁平成6年(行ウ)第39号同7年9月27日判決・行裁
集46巻8・9号777頁があっただけで,法5条の解釈につき本件各通知と異な
る見解に立つ裁判例はなかったというのであるから,本件処分をした被上告人横浜
市の担当者及び本件各通知を発した被上告人国の担当者に過失があったということ
はできない。そうすると,被上告人らの国家賠償責任は認められないから,上告人
の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官横尾和
子,同泉徳治の意見がある。
 裁判官横尾和子,同泉徳治の意見は,次のとおりである。
 私たちは,本件処分が違法とはいえないとした原審の判断を正当と考える。その
理由は,次のとおりである。
 1 国民健康保険制度は,市町村を保険者とし,当該市町村の区域内に住所を有
する者を被保険者としている。今日,国民健康保険制度の維持運営には,国,都道
府県及び市町村から相当額の予算が投入されているとはいえ,同制度は,当該市町
村の区域内に住所を有する者を被保険者として強制加入させて保険団体を形成した
上,被保険者の属する世帯の世帯主に保険料又は国民健康保険税の納付を義務付け
て共同の基金を作り,これを主たる財源の一つとして,偶発的に疾病等の保険事故
に遭遇した住民に療養等の保険給付を行い,当該住民個人の経済的負担を市町村の
住民全員で分担するもので,住民の相扶共済の精神に立脚した地域保険である(最
高裁昭和30年(オ)第478号同33年2月12日大法廷判決・民集12巻2号
190頁参照)。この地域保険としての性格は,制度発足以来変わるところがなく
,国民健康保険制度の健全な維持運営のためには,住民の強制加入と,大数の法則
,収支均等の原則を基本として算出される保険料等の徴収が不可欠であり,また,
疾病等が発生した場合に初めて加入するという,保険事故の偶発性を排除するいわ
ゆる逆選択を防止する必要もある。国民健康保険の被保険者を定める法5条の「住
所」は,客観的居住の事実を基礎とし,これに当該居住者の主観的居住意思を総合
して認定するべきであるが,国民健康保険の上記のような地域保険としての性格に
照らし,この居住には継続性・安定性が要求される。
 2 そして,上記の居住の継続性・安定性の要請から,外国人が日本国内に法5
条の住所を有するというためには,入管法により相当の在留資格と在留期間を付与
され,法律上も一定期間継続して適法に居住し得る地位にあることが必要であると
いうべきである。在留資格を有しない外国人は,いつでも日本から退去を強制され
得る状態にあり(入管法24条),処罰の対象ともされているのであって(入管法
70条),日本国内での居住を保障されておらず,日本国内に生活の本拠を置くこ
とが法律上認められていないというべきであるから,その居住地を法5条の住所と
評価することはできない。在留資格を有しない不法滞在外国人は,地域保険たる国
民健康保険の被保険者となるになじまないものというべきである。
 3 上告人は,昭和60年12月ころから,配偶者及び2人の子と共に,いずれ
も在留資格のないまま横浜市a区内に居住していたが,平成10年3月,子の1人
が脳腫瘍に罹患していることが判明し,同年5月1日,東京入国管理局横浜支局に
おいて在留特別許可を申請し,同月20日付けで,横浜市a区長に対し国民健康保
険被保険者証の交付を求める申請をしたところ,被上告人横浜市の委任を受けた同
区長は,同年6月9日,上告人に対し,上告人には在留資格がなく,法5条所定の
被保険者に該当しないことを理由に国民健康保険被保険者証を交付しない旨の本件
処分をした。同区長が在留資格のない上告人に対し本件処分を行ったことは,上記
のような理由により適法である。そして,同区長は,上告人が同年11月24日に
在留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留特別許可を取得したのを受けて
,翌25日付けで上告人に対し国民健康保険被保険者証を交付した。すなわち,同
区長は,同年5月1日に在留特別許可を申請した上告人が,約半年後に在留特別許
可を付与されたのを待って,その翌日には国民健康保険被保険者証を交付している
のであるから,本件処分を含めた同区長の上記一連の行為に違法と評価すべきもの
はない。上告人は,在留特別許可の申請をした約20日後に国民健康保険被保険者
証の交付を申請しているが,このような場合に国民健康保険被保険者証を直ちに交
付すべきものとすれば,前記のいわゆる逆選択を招くおそれがあるといわなければ
ならない。原審の判断は正当である。
 4 法廷意見は,在留資格のない外国人について,外国人登録をしていること及
び入管法50条所定の在留特別許可を求めていることを条件とした上で,当該市町
村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋
然性が高いと認められる場合には,当該外国人を法5条の「住所を有する者」と認
定すべきであるという。法廷意見は,言葉を換えれば,在留特別許可が与えられる
可能性が高い場合は,当該外国人を法5条の「住所を有する者」と認定すべきであ
るというものであり,国民健康保険の保険者たる市町村の長に対し在留特別許可の
与えられる可能性をあらかじめ判断させ,その判断を誤って国民健康保険被保険者
証不交付処分を行えば,当該処分は違法の評価を受けるというものである。しかし
,在留特別許可の付与は,国家主権発動の一つとして政府(所管者法務大臣)が一
元的に行うものであり,しかも政府の広範な裁量にゆだねられているものである(
最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻
6号1663頁,最高裁昭和34年(オ)第32号同34年11月10日第三小法
廷判決・民集13巻12号1493頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同5
3年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。このような出入国
管理制度の建前に照らし,市町村長に上記のような判断を求めることは相当でない
(むしろ,市町村長は,入管法62条2項の規定により,不法残留者を通報すべき
義務を課せられているのである。)。
(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐
中辰夫 裁判官 泉 徳治)

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