弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告ら及び原告共同訴訟参加人らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用及び補助参加によって生じた費用は原告ら及び原告共同訴訟参加人
らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,αに対し,96億3000万円及びこれに対する平成24年1月31
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,大阪府の住民である甲事件原告ら及び乙事件原告共同訴訟参加人ら
(以下,併せて「原告ら」という。)が,大阪府によるβビルの購入及びβビ
ルへの部局の移転につき,その当時大阪府知事であった被告補助参加人(以下
「補助参加人」という。)が,βビルの耐震性等について十分な調査をするこ
となく,防災拠点となるべき大阪府庁舎として使用する目的でβビルを購入す
る旨の契約を締結し,βビル及びその敷地の購入費用(以下「本件購入費用」
という。)並びに大阪府の部局の移転に要した費用(以下「本件移転費用」と
いう。)を支出したことは違法であるなどと主張して,被告を相手に,地方自
治法242条の2第1項4号に基づき,補助参加人に対し,不法行為に基づく
損害賠償金96億3000万円(本件購入費用の全額及び本件移転費用の一部
相当額)及びこれに対する平成24年1月31日(被告に対する訴状及び当事
者参加申出書送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の請求をすることを求める住民訴訟の事案である。
2関係法令等の定め
地方自治法4条
ア1項
地方公共団体は,その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとする
ときは,条例でこれを定めなければならない。
イ2項
地方自治法4条1項の事務所の位置を定め又はこれを変更するに当って
は,住民の利用に最も便利であるように,交通の事情,他の官公署との関
係等について適当な考慮を払わなければならない。
ウ3項
地方自治法4条1項の条例を制定し又は改廃しようとするときは,当該
地方公共団体の議会において出席議員の3分の2以上の者の同意がなけ
ればならない。
地方自治法施行規程(昭和22年政令第19号)1条
地方公共団体の事務所の現に在る位置は,地方自治法4条の条例で定めた
ものとみなす。
建築基準法(平成26年法律第54号による改正前のもの。以下同じ。)
20条
建築物は,自重,積載荷重,積雪荷重,風圧,土圧及び水圧並びに地震そ
の他の震動及び衝撃に対して安全な構造のものとして,次の各号に掲げる建
築物の区分に応じ,それぞれ当該各号に定める基準に適合するものでなけれ
ばならない。
1号高さが60mを超える建築物当該建築物の安全上必要な構造方法に
関して政令で定める技術的基準に適合するものであること。この場合にお
いて,その構造方法は,荷重及び外力によって建築物の各部分に連続的に
生ずる力及び変形を把握することその他の政令で定める基準に従った構造
計算によって安全性が確かめられたものとして国土交通大臣の認定(以下
「超高層建築物の大臣認定」という。)を受けたものであること。
2号から4号まで略
建築基準法施行令(特に断らない限り平成25年政令第217号による改
正前のもの)81条1項
建築基準法20条1号の政令で定める基準は,次のとおりとする。
1号荷重及び外力によって建築物の各部分に連続的に生ずる力及び変形を
把握すること。
2号前号の規定により把握した力及び変形が当該建築物の各部分の耐力及
び変形限度を超えないことを確かめること。
3号屋根ふき材,外装材及び屋外に面する帳壁が,風圧並びに地震その他
の震動及び衝撃に対して構造耐力上安全であることを確かめること。
4号前3号に掲げるもののほか,建築物が構造耐力上安全であることを確
かめるために必要なものとして国土交通大臣が定める基準に適合するこ
と。
なお,上記基準として,高さが60mを超える建築物の構造耐力上の安全
性を確かめるための構造計算の基準を定める件(平成12年建設省告示第1
461号)が定められている。
3前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠(枝番のあるものは
特記しない限り全枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認
められる。
当事者等
ア原告らは,いずれも大阪府の住民である。
イ補助参加人は,平成20年2月6日から平成23年10月31日までの
間,大阪府知事であった者である(乙74)。
大阪府の事務所の位置
大阪市ζ区ηθ丁目に所在する大阪府η庁舎の本館は,地方自治法施行前
の大正15年に建設された建築物であり,その位置は,地方自治法施行規程
1条により,地方自治法4条1項の条例で定めた大阪府の事務所の位置とみ
なされている。(以上につき,弁論の全趣旨)
βビル
アβビルは,大阪市γ区δ北ε丁目に所在する,高さ256m,鉄骨・鉄
骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造,地上55階・地下3階建ての
建築物である(甲66,乙4,75)。
イβビルの建築主である株式会社大阪βビルディング(β社)は,βビル
の構造計算につき,平成2年10月30日,建設大臣(当時)から,平成
19年政令第49号による改正前の建設基準法施行令81条の2に基づ
き,構造耐力上安全であることを確かめることができるものである旨の認
定を受けた(乙32)。
また,βビル社は,大阪市建築主事から,平成3年1月23日,βビル
の建築計画につき建築確認を受け,平成7年3月10日,βビル及びその
敷地に係る検査済証の交付を受けた(乙15)。
β社は,平成21年3月26日に会社更生法に基づく更生手続開始の申
立てをし,その後,更生手続開始決定を受けて更生会社となり,平成22
年3月29日に更生計画案の認可決定を受けた(乙37,弁論の全趣旨)。
大阪府によるβビルの購入に至る経緯等
ア大阪府は,平成17年度において,η庁舎本館の耐震診断を行ったとこ
ろ,建築基準法が必要としている耐震性を満たしていないことが明らかと
なった(乙5)。そして,平成20年2月に大阪府知事に就任した補助参
加人は,上記問題の解決策として,大阪府がβビルを購入し,大阪府庁舎
をβビルに移転する構想について検討を始めた(弁論の全趣旨)。
イβビルを設計したι設計は,大阪府の依頼を受けて,長周期地震動によ
るβビルへの影響調査(以下「本件調査」という。)を実施し,平成21
年1月,本件調査に係るι設計報告書を作成した(乙16の1)。
ウ大阪府は,η庁舎本館の耐震補強をする案(以下「耐震補強案①」とい
う。),η庁舎本館を建て替える案(以下「建て替え案①」という。)及
びη庁舎本館からβビルへ移転する案(以下「β移転案①」という。)の
3案を比較した結果,β移転案①が最も妥当であると判断し,平成21年
2月13日付けで,「庁舎移転構想(案)」(以下「庁舎移転構想」とい
う。)を作成した(乙28)。
エ大阪府知事(補助参加人)は,平成21年2月,大阪府議会の定例会に,
大阪府の事務所の位置をβビルの所在地とする旨の地方自治法4条1項所
定の条例案(以下「本件移転条例案①」という。)及びβビルの購入予算
を含む平成21年度大阪府一般会計補正予算案を提案した。しかし,大阪
府議会は,本件移転条例案①及び補正予算案をいずれも否決した。(以上
につき,乙6,弁論の全趣旨)
オ大阪府と大阪市は,共同で「κの防災機能府市共同検討ワーキンググル
ープ」を設置し,平成21年8月,その検討結果として,「κの防災機能
に関する検討報告書」(以下「防災機能検討報告書」という。)を公表し
た(乙17)。
カ大阪府は,耐震補強案①を改訂した案(以下「耐震補強案②」という。),
建て替え案①を改訂した案(以下「建て替え案②」という。)及びβ移転
案①を改訂した案(以下「β移転案②」という。)の3案を比較した結果,
β移転案②が最も妥当であると判断し,平成21年9月3日付けで,「庁
舎移転案」と題する書面(以下「庁舎移転案」という。)を作成した(乙
24)。
キ大阪府知事(補助参加人)は,平成21年9月,大阪府議会の定例会に,
本件移転条例案①と同様の条例案(以下「本件移転条例案②」という。)
及びβビルの購入予算を含む補正予算案を提案した。大阪府議会は,上記
各議案のうち,本件移転条例案②については否決したが,補正予算案につ
いては可決した。(以上につき,乙7,弁論の全趣旨)
ク大阪府知事(補助参加人)は,平成22年2月,大阪府議会の定例会に,
本件購入費用のほか,大阪府の部局が入居するための改修費や移転費など
の関係予算を含む当初予算案を提案し,大阪府議会は,同予算案を可決し
た(乙8)。
本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出等
ア補助参加人は,大阪府を代表して,平成22年3月26日,β社の更生
管財人λとの間で,大阪府議会の議決等を停止条件として,βビル及びそ
の敷地の各一部を代金80億6724万2150円(税込み)で買い受け
る旨の契約を締結した(乙1の1)。
イ補助参加人は,大阪府を代表して,平成22年3月26日,大阪市との
間で,大阪府議会の議決等を停止条件として,βビル及びその敷地の各一
部(上記アの残部)を代金4億3010万3850円(税込み)で買い受
ける旨の契約を締結した(乙1の2。以下,上記アの契約と併せて「本件
購入契約」という。)。
ウ大阪府議会は,平成22年5月28日の定例会において,大阪府がβビ
ル及びその敷地を84億9734万6000円で購入する旨の議案を可決
した(乙9)。
エ大阪府は,本件購入契約に基づき,平成22年6月1日に大阪市に対し
て4億3010万3850円を支払い,同月25日にβ社に対して80億
6724万2150円を支払い,βビル及びその敷地の所有権を取得した
(乙2,75)。
オ大阪府知事(補助参加人)は,平成22年6月1日,大阪府κ庁舎管理
規則(平成22年大阪府規則第49号)を制定し,βビル及びその敷地の
うち同知事の管理に属する部分を「κ庁舎」とした(同規則2条1号。乙
14)。
βビルへの部局の移転
大阪府は,平成22年4月から平成23年5月までの間に,以下のとおり,
大阪府の一部の部局をβビルに順次移転した(甲9)。
ア平成22年4月1日総務部(庁舎管理課分室)
イ平成22年7月1日政策企画部(府市共同チーム)
ウ平成22年11月29日総務部財産活用課
エ平成22年12月27日府民文化部(府民文化総務課,私学・大学課,
男女参画・府民協同課,人権室,都市魅力創造局),人事委員会事務局(職
員総合相談センター)
オ平成23年1月17日教育委員会事務局(文化財保護課)
カ平成23年2月14日総務部税務室,収用委員会事務局,府民文化部
(大阪マラソン事務局)
キ平成23年3月14日総務部統計課(統計資料室)
ク平成23年3月22日商工労働部(商工労働総務課,企業誘致推進課,
商工振興室,金融支援課,貸金業対策課,雇用推進室,バイオ振興課),
環境農林水産部(環境農林水産総務課,検査指導課,みどり都市環境室,
循環型社会推進室,環境管理室,農政室,流通対策室,水産課,動物愛護
畜産課),住宅まちづくり部(住宅まちづくり総務課,居住企画課,建築
指導室,住宅経営室,公共建築室,タウン推進室(分室)),海区漁業調
整委員会
ケ平成23年3月30日商工労働部(新エネルギー産業課)
コ平成23年5月2日住宅まちづくり部(建築振興課)
本件移転費用の支出
ア大阪府は,平成23年1月28日,μ株式会社から,一般競争入札の方
法により,IPテレビ電話35台(以下「本件IP電話」という。)を代
金244万2825円(税込み)で購入する旨の契約を締結し,同社に対
して上記金額を支払った(甲51,52,弁論の全趣旨)。
イ大阪府は,平成23年2月22日,株式会社νから,一般競争入札の方
法により,アームチェア等の調度品(以下「本件調度品」という。)を代
金483万円(税込み)で購入する旨の契約を締結し,同社に対して上記
金額を支払った(甲44,45)。本件調度品は,βビル50階の迎賓応
接室(以下「本件応接室」という。)に設置された(甲46)。
ウ大阪府は,平成22年6月1日から平成23年10月19日までの間に,
本件移転費用として合計11億1830万0744円(上記ア及びイの費
用を含む。)を支出した(弁論の全趣旨)。
東日本大震災後の経過
ア平成23年3月11日,東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生
した。βビルは,同地震により約10分間揺れ,短辺方向(以下「Y方向」
という。)137㎝,長辺方向(以下「X方向」という。)86㎝の揺れ
が確認され,内装材や防火戸等の一部で破損が見られたほか,エレベータ
の停止や閉じ込め現象が発生した(乙3)。
イ大阪府は,平成23年5月13日,「κ庁舎の安全性等についての検証
結果」(以下「大阪府検証結果」という。)を公表した(乙3)。
ウ大阪府は,平成23年6月24日,「κ庁舎の安全性と防災拠点のあり
方に関する専門家会議」(以下「本件専門家会議」という。)の第1回会
議を開催した。本件専門家会議は,その後,同年7月13日に第2回を,
同年8月4日に第3回を,同月9日に第4回を開催し,同日,「κ庁舎の
安全性等についての検証結果」(以下「専門家会議検証結果」という。)
を取りまとめた。(以上につき,乙18)
補助参加人は,同月18日,本件専門家会議の結果を踏まえて専門家と
意見交換を行った。
エξ社は,平成23年8月19日,専門家会議検証結果及び上記ウの意見
交換会に関する記事を,同日朝刊1面で報道した(甲4)。
オ大阪府は,平成23年8月29日,戦略本部会議において,βビルを防
災拠点としては使用しない方針を決定した(乙19)。
監査請求及び訴えの提起
ア原告らは,平成23年10月19日,大阪府監査委員に対し,本件購入
契約の締結並びに本件購入費用及び本件移転費用の各支出に係る住民監査
請求(以下「本件監査請求」という。)をした(甲1)。
イ大阪府監査委員は,平成23年12月14日,本件監査請求を棄却した
(甲1)。
ウ甲事件原告らは,平成24年1月12日,甲事件に係る訴えを提起した
(顕著な事実)。
エ乙事件原告共同訴訟参加人らは,平成24年1月13日,甲事件に共同
訴訟参加する旨の申出(乙事件)をした(顕著な事実)。
4争点
監査請求期間徒過に係る正当な理由の有無(本案前の争点。争点①)
本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出の違法性(争点②)
本件移転費用の支出の違法性(争点③)
補助参加人の故意又は過失の有無(争点④)
損害の発生の有無及びその額(争点⑤)
5争点に関する当事者の主張
争点①(監査請求期間徒過に係る正当な理由の有無)
(原告らの主張)
ア原告らは,本件購入契約の事実を知るだけでは,βビルが十分な耐震性
を備えているかどうかを知ることができず,契約締結行為の違法性又は不
当性を判断することができない以上,本件購入契約の締結及び本件購入費
用の支出の時点においては,客観的に見て住民監査請求をするに足りる程
度に財務会計行為の内容を知り得たとはいえない。
イ大阪府は,本件購入契約に先立って,耐震性等に関する調査結果をホー
ムページ上で公表していたが,そもそも上記調査は不十分なものであった
上,上記調査が十分なものであったか否かやその調査結果の妥当性を判断
するには相当に高度な専門的知識を必要とするのであり,原告らは,上記
調査結果のみでは本件購入契約の違法性を覚知できなかった。
ウ原告らは,平成23年8月19日に専門家会議検証結果に関する新聞報
道(前提事実エ)を見て初めて,専門家による検討の結果として,βビ
ルが防災拠点としての耐震性を備えておらず,十分な耐震調査が実施され
ないまま購入されたことを知った。そして,本件監査請求は同日から2か
月後である同年10月19日にされたものであるから,監査請求期間を徒
過したことについて正当な理由がある。
(被告の主張)(補助参加人の主張を含む。以下同じ。)
ア本件購入費用の支出は平成22年6月25日までに終了しており,本件
監査請求がされた平成23年10月19日の時点では,既に1年の監査請
求期間を徒過していた。
イ大阪府は,βビルの購入に先立って耐震性の調査をし,平成21年2月,
上記調査の結果及び執るべき措置を大阪府議会に説明するとともに大阪府
のホームページ上で公表した。また,大阪府は,本件購入契約の締結に先
立ち,上記調査結果に基づく装置の設置等に係る対策予算について,大阪
府議会の承認を得た。
以上の経過によれば,原告らは,平成22年5月28日にされたβビル
購入に係る大阪府議会の議決(前提事実ウ)の頃には,βビルの耐震性
調査の結果の相当性について疑いを差し挟む余地が全くなかったとはいい
難いから,本件監査請求は監査請求期間を徒過したことについて正当な理
由があるとはいえない。
ウしたがって,本件訴えのうち,被告が補助参加人に対して本件購入費用
相当額である84億9734万円及びこれに対する平成24年1月31日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求することを求
める部分は,適法な住民監査請求を経ておらず,不適法である。
争点②(本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出の違法性)
(原告らの主張)
βビルは,防災拠点として使用するに耐え得る耐震性を欠いているなど,
大阪府庁舎として使用することが不適切な建築物であるにもかかわらず,大
阪府は,十分な調査を行うことなく,βビルを大阪府庁舎として使用する目
的で本件購入契約を締結した。したがって,本件購入契約の締結及び本件購
入費用の支出は,地方自治法2条14項,220条1項,221条2項,2
32条の3,232条の4第1項,地方財政法4条1項に反し,違法である。
アβビルの耐震性について
本件調査をι設計に依頼したことについて
a大阪府は,ι設計に対して本件調査を依頼したが,ι設計はβビル
の建築の際に設計業務を担当した業者であり,調査結果に利害関係を
有する。また,大阪府と大阪市は,平成19年5月,ο教授を委員長
とする大阪府・大阪市構造物耐震検討委員会を設置し,建築物の耐震
設計の基準等について検討を行っていた。したがって,大阪府は,同
委員会等の利害関係のない第三者機関又は公的機関に対して本件調査
を依頼することができ,また,依頼すべきであったにもかかわらず,
これを行わなかった。
b被告は,ι設計に依頼した理由として,βビルへの大阪府庁舎の移
転検討を表明した平成20年8月から平成21年2月の大阪府議会の
定例会までの間に,大阪府の考え方を集約する必要があったことを挙
げる。しかし,大阪府としては,その頃までに最終的な意見を出す必
要はなく,十分な時間をかけ,専門家の意見を十分取り入れて検討す
る必要があった。また,ι設計以外の業者による耐震性調査に6か月
間を要するとしても,平成20年8月に開始すれば調査を終えること
ができたはずであるし,ι設計に対して資料の提出や情報提供を求め
た上で第三者に依頼すれば早期に調査を終えることができたはずであ
る。したがって,被告が主張する上記の事情は,βビルを設計したι
設計に対して耐震性調査を依頼する理由にはならない。
cβビルの大阪府庁舎としての耐震性については,本件専門家会議に
おいて専門家から厳しい指摘があり,その検討結果は,制震補強を施
しても十分な改善は見られないというものであった。したがって,大
阪府が,ι設計以外の専門家に対して上記耐震性について検討を依頼
していれば,βビルを購入するという判断には至らなかった。
ι設計が作成した模擬地震波(以下「本件模擬地震波」という。)に
よってβビルの耐震性を判断することの当否等について
a釜江波,関口波,鶴来波等による検討の要否
βビルは平成7年に竣工した建築物であり,設計時には長周期地
震動に備えた制震や免震構造等は考慮されていなかった。日本では,
平成15年9月に発生した十勝沖地震を契機に長周期地震動への対
策が検討され始め,今なお検討途上である。したがって,大阪府は,
βビルの耐震性の検討に当たっては,建築基準法上の要件を満たし
ているか否かだけではなく,学会における最高水準のあらゆる知見
を踏まえて検討すべきであった。
ι設計は,経験的手法(過去の地震の記録の解析結果に基づいて
地震動を推定する手法。以下同じ。)を採用し,中央防災会議や防
災科学技術研究所等の公的機関が公表している知見のみを基に,独
自の模擬地震波(本件模擬地震波)を作成して検討用長周期地震動
に用いた。しかし,模擬地震波の作成手法には経験的手法のほかに
理論的手法(理論的に数式を用いて地震波を表現する手法。以下同
じ。)があるところ,本件調査時には,理論的手法を採用した模擬
地震波である,釜江波,関口波,鶴来波,鈴木波等が公にされてい
た(甲12,甲26)。また,本件調査時には,ハイブリッド法(経
験的手法と理論的手法を組み合わせた手法。以下同じ。)が,模擬
地震波を作成する手法として一般的かつ最良の方法と指摘されてい
た。したがって,本件模擬地震波のみによってβビルの構造安全性
を検討することは誤りである。
b本件模擬地震波につき入力地震動の割増しを行う必要があったか否

本件購入契約当時,時刻歴応答解析(建築物の安全確認のための構
造計算の方法の一つで,地震動による建築物の挙動を時刻歴で詳細に
把握する計算方法をいう。)による評価の基準として,官庁施設の総
合耐震計画基準(甲15。以下「官庁施設耐震基準」という。)があ
り,同基準はβビルにも適用された。そして,その解説である「官庁
施設の総合耐震計画基準及び同解説」(乙67。以下「官庁施設耐震
基準解説」という。)には,特に重要度の高い建築物については,入
力地震動について1.2倍程度割増しをすべきである旨の記載がある。
しかし,本件模擬地震波については,上記割増しがされていない。ま
た,被告は,精緻な想定地震動が作成されていれば上記割増しは不要
であると主張するが,官庁施設耐震基準解説にはそのような記載はな
いし,本件模擬地震波が精緻なものともいえない。
c本件模擬地震波等の内容が不合理か否か
紀伊半島南東沖地震の観測記録を用いていない点について
本件模擬地震波の作成に際して参考にされた観測記録は,平成1
5年の北海道及び青森県の観測記録であり,その後本件調査までに
発生した紀伊半島南東沖地震の観測記録を使用していない。
本件模擬地震波が採用した破壊開始地点について
本件模擬地震波は,与えられた震源域の中で大阪κκから最も遠
い地点を破壊開始地点とすることによって,地震の影響を過小評価
した。
本件模擬地震波と建設省告示に基づいてι設計が作成した設計用
地震動(以下「告示波」という。)との比較について
建設省は,平成12年,「超高層建築物の構造耐力上の安全性を
確かめるための構造計算の基準を定める件」(平成12年建設省告
示第1461号)において,設計用地震動の告示スペクトルの算定
方法を公示した。これ以後,一定の建築構造物の設計者は,この告
示スペクトルに基づき設計用地震動を作成することとなり,ι設計
も告示波を作成して本件調査をしたが,これはあくまでも設計用地
震動の最低限を示すものであり,大規模で社会性の大きな建築物等
では,当然,余裕度を持った安全性が確保されなければならない。
しかも,βビルの層間変形角の値についてみると,Y方向では,告
示波による値が本件模擬地震波による値よりも大きい。したがって,
本件模擬地震波は,告示波の定める水準をも満たさないものである。
βビルの構造安全性について
a保有水平耐力に基づく構造計算の要否
建築基準法は建築を行う際の基準であって,建築された建築物には
直接適用されない。しかし,購入時に同じ建築物を建築することが同
法上可能か否かは当然検討すべき事項である。また,防災拠点として
購入する以上,建築時のみならず購入時点においても同法に適合して
いる必要がある。
βビルは,高さが60mを超える建築物であるから,「当該建築物
の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術基準に適合」して
いる必要があるところ(建築基準法20条1号),上記「政令で定め
る技術基準」である建築基準法施行令81条1項は,1号で時刻歴応
答解析を求め,2号で「当該建築物の各部分の耐力・・・を超えない
こと」と定めているところ,ここでいう「耐力」は水平耐力と鉛直体
力が含まれる概念であるから,同号は時刻歴応答解析によって把握し
た力が当該建築物の必要保有水平耐力を超えていないことの確認を求
めていると解すべきである。
また,官庁施設耐震基準解説では,高層建築物等の大地震動に対す
る設計のうち,構造体の目標性能と設計方法について,基礎構造及び
上部構造のうち地下階については明示的に「保有水平耐力を確保する」
とされているところ(乙67),地下階や基礎構造の保有水平耐力を
計算するには地上階の保有水平耐力を求めなければならないのである
から,上部構造のうち地上階についても保有水平耐力の検討が必要で
ある。そして,「地震荷重-その現状と将来の展望」(甲59)にお
いても,高層建築物の主体構造に対する動的解析において保有水平耐
力が十分であるか否かを検討する必要がある旨の指摘がある。
したがって,購入時の建築基準法及び官庁施設耐震基準によれば,
βビルについては,保有水平耐力の確認が必要であったと解すべきで
ある。
b「建築物の耐震性能評価手法の現状と課題-限界耐力計算・エネル
ギー法・時刻歴応答解析-」(π学会文書。甲58)に記載された基
準への適合性の要否等
π学会は,平成21年2月25日,π学会文書を公表した。π学会
文書には,各階の層間変形角が1/150を超えない範囲にある必要
があるとの基準を定めており,βビルはその基準を満たしていない。
c時刻歴応答解析建築物性能評価業務方法書(以下「性能評価方法書」
という。甲14)の定める基準への適合性
指定性能評価機関であるρが作成した性能評価方法書では,各階
の層間変形角の基準は1/100を越えない範囲であることとされ
ており,ι設計報告書でもこれが採用されている。しかし,これは
高さが60mを超える建築物一般についての基準値であり,大阪府
庁舎として用いる建築物は更に厳しい基準によって安全性を確認さ
れなければならなかった。
性能評価方法書は,各階の層間変形角が1/100を超えない範
囲にあることを要件としている。しかし,βビルの層間変形角は,
最大で,X方向が1/59,Y方向が1/59であり,1/100
を大きく上回っている。
なお,被告は,層間変形角は揺れによる構造体の変形のうち,曲
げ変形成分及びせん断変形成分の両方を含んだものであり,構造躯
体に影響を及ぼすのはせん断変形成分であるとして,層間変形角は
せん断変形成分によって判断すれば足りると主張する。しかし,強
い曲げ変形成分が長時間続くと,各フロアの設備や配管が破壊され
る危険がある。したがって,層間変形角の評価において,曲げ変形
成分を除外してせん断変形成分のみで評価することは許されない。
そして,仮にせん断変形成分のみで評価するとしても,X方向の層
間変形角は1/98であるから,性能評価方法書の定める基準を満
たしていない。
性能評価方法書は,層の塑性率(構造躯体の損傷度合いを表す指
標)は2.0を越えないことを要件としている。しかし,βビルの
層の塑性率は2.0を超えている。
性能評価方法書は,部材の塑性率(柱や梁等の部材の損傷度合い
を表す指標)が4.0以下であることを要件としている。しかし,
βビルの部材の塑性率は,告示波に基づく解析では10.0,本件
模擬地震波に基づく解析では6.0であり,いずれも4.0を超え
ている。
以上のとおり,βビルは,ι設計報告書の提出を受けた時点では,
性能評価方法書の要件を満たさない建築物であった。
βビルの地盤の安全性について
βビルは杭基礎で支持されているが,地盤が液状化すると,杭が破損
する可能性が生じる。そして,後記イのとおり,βビルの敷地及びκ
地区には液状化の可能性がある。また,βビルについては,液状化の可
能性を踏まえた杭の安全性の確認がされていない。したがって,βビル
は,地盤の液状化により杭基礎が破損するなどして,その支持力を失う
可能性がある。
まとめ
以上のとおり,βビルは,官庁建築物としての要件を満たさないし,
本件購入契約締結当時の建築基準法の定める要件を満たさない既存不適
格建築物であった。
イβビルの防災拠点としての適格性等について
βビル立地地点及びκ地区の液状化予測について
地盤の液状化が起こる条件として,一般に,①砂質地盤であること,
②地下水位が高いこと及び③地震による揺れ(地震動)の強さが挙げら
れているところ,βビルの敷地を含むκ地区は,以下のとおり,上記の
いずれの条件についても問題がある。
a①地盤については,埋立層に用いられた材料が浚渫粘土のみである
ことに疑問があり,砂が用いられている可能性があるし,埋立層の下
層は全て粘土で構成されているわけではない。また,大阪府内では2
万2000本のボーリングデータが登録されているものの,κ地区に
限れば10本から12本のボーリングデータがあるにすぎず,精度の
高い液状化予測は困難である。
b②地下水位については,κ地区はいまだに地盤沈下が進行しており,
液状化が起こるに足りるだけの地下水を含んでいるといえる。
c③地震動の強さについては,大阪市及び大阪府は,平成11年に,
大阪湾の埋立地の設計地震動について,最大加速度を433ガルとし
ているが,今後予想される上町断層帯地震や東南海・南海地震による
最大加速度を正確に予測することは不可能であり,実際に発生すれば
上記設計地震動をはるかに上回る可能性がある。
庁舎移転案において示された災害時における職員のβビルへの参集
経路(以下「参集ルート」という。)の安全性について
a防災機能検討報告書及びこれを受けて作成された庁舎移転案は,参
集ルートとして,①γルート,②σルート及び③τルートの3ルート
を想定している。しかし,地震による建築物の倒壊や液状化,津波に
よる影響の大きさが正確に考慮されているとは到底いえない。すなわ
ち,まず,①γルートについては,排水や圧密沈下が完全に終了した
地盤ではなく,想定津波水位と比較して低くなっている箇所がある。
次に,②σルートは,その工法の特殊性からκトンネル継手部の損傷
は避けられない上,同トンネルλλ区側坑口は地震発生時の津波によ
り水没する可能性がある。そして,③τルート上のυ大橋は,耐震性
の照査ができておらず,φ大橋及びχトンネルの地盤は排水や圧密沈
下が完全に終了した地盤ではない。
b以上に加え,大阪府は,平成22年5月にβビルを購入した後に対
応策を講じているが,これによって同月時点における判断が正当化さ
れるわけではない。また,津波の発生を伴う海溝型地震が発生した場
合に,水没する可能性のある橋梁や海底トンネルを通って海岸に近い
βビルに職員を参集させるのは非現実的かつ危険な構想である。
c以上のとおり,参集ルートの安全性が確保されていたとは到底いえ
ない。
なお,大阪府は,平成25年8月に公表した南海トラフ巨大地震に
よる津波浸水想定を踏まえ,βビルに職員を参集させない方針を固
め,βビルが防災拠点として機能しないことを自ら認めるに至った。
ウ財政シミュレーションの適否等について
大阪府庁舎の移転等によるη庁舎跡地等の活用に基づく収入(以下
「土地活用収入」という。)について
庁舎移転案で示されたβ移転案②の費用は,耐震補強案②及び建て替
え案②の費用に比べて少ないとされているが,これは,土地活用収入に
ついて,η庁舎からβビルへの全面移転を前提として金額を算出したこ
とによる。しかし,本件移転条例案①が否決された時点で,土地活用収
入を得る見込みはなかったといえるから,遅くともその後に公表された
庁舎移転案での財政シミュレーションは,上記土地活用収入を考慮した
誤りがある。
賃料収入予測について
β移転案②の財政シミュレーションでは,βビルの民間の賃借人の平
成21年から平成53年までの平均空室率を50%として,上記賃借人
から得られる賃料等が計算されているが,上記平均空室率は,現在のβ
ビルの空室率からみて,著しく予測を誤ったものといわざるを得ない。
業務システム移転費及び防災行政無線整備費について
β移転案②の財政シミュレーションでは,業務システムの移転費や防
災行政無線の整備費(約88億円)が含まれていなかった。
大規模修繕費について
東京都庁舎の修繕費は,新築工事費の約半額を要することになってい
ることからすると,同じく超高層建築物であるβビルの大規模修繕費も,
新築工事費の約半額である約600億円を要する。
(被告の主張)
アβビルの耐震性について
地方公共団体がどのような財産を購入するべきかについては,地方自治
法96条1項8号が一定の場合に議会の議決を要する旨を定めているほか
は,これを規制する法令は存在しない。また,原告らが挙げる各法令は,
いずれも,地方公共団体が購入する財産について具体的に規制をするもの
ではない。すなわち,地方公共団体の財産購入契約は,長の裁量に委ねら
れているというべきであり,長においてその裁量権を逸脱,濫用し,必要
性のない財産を,合理的な理由なく購入し,又は著しく高額な対価で財産
を取得した場合に限って,当該財産の購入が違法となるものというべきで
ある。
本件調査をι設計に依頼したことについて
a大阪府は,平成20年8月頃,補助参加人が大阪府庁舎のβビルへ
の移転検討を表明したことを機に,調査検討及びβビルの所有者であ
る大阪市等との調整に着手したが,大阪市は,同調整の期限を平成2
1年3月末と設定した。したがって,大阪府は,その頃までにβビル
を購入するか否かの判断を行う必要があった。
b建築基準法では,長周期地震動に関する基準は整備されていなかっ
たので,大阪府は,東南海・南海地震を想定した模擬地震波を独自に
作成する必要があった。他方,ι設計は,βビルの設計者であるから,
その建築構造を知悉しており,正確かつ迅速に調査等を行うことが見
込まれ,βビルへの長周期地震動の影響についても従前から検討して
いた。
また,本件調査は,東南海・南海地震を想定して作成した本件模擬
地震波をβビルの構造モデルに入力し,地震が建築物の構造体や部材
に与える影響について時刻歴応答解析を行ったものである。本件模擬
地震波は,中央防災会議が平成15年度に公表した東南海・南海地震
の震源特性に基づいてι設計が作成したものであって,当時の確定的
知見に基づくものであり,その調査・検討の経過に問題はない。
cι設計はβビルの設計者であるが,βビルは建築当時の法令及び基
準に適合しており,当時は長周期地震動に係る法令等の基準も存在し
なかった。したがって,本件調査によって長周期地震動に対する安全
性に問題があるとされても,同社が遡って責任を負うことはないから,
同社が本件調査に対して利害関係があるとはいえない。
d大阪府が大阪府・大阪市構造物耐震検討委員会に対して委託した業
務は,土木構造物等に対する地震動の影響の検討であり,βビルとい
う個別の建築構造物への長周期地震動の影響に関する調査と直接関係
するものではなかった。また,大阪市が同委員会に対して委託した業
務には建築構造物への影響に関する調査も含まれていたが,同委員会
は,建築構造物についての標準地震動の設定には至らなかった。した
がって,本件調査を大阪府・大阪市構造物耐震検討委員会に対して依
頼すべきであったとはいえない。
本件模擬地震波によってβビルの耐震性を判断することの当否等につ
いて
a釜江波,関口波,鶴来波等による検討の要否
地震動の特性は,①震源特性(地震の規模,断層面の破壊過程等),
②伝播経路特性(震源から建築物の立地地盤までの間における地震
動の強さの変化や減衰の度合い)及び③サイト特性(建築物の立地
地盤の特性)の3要素の合成結果として決定される。そこで,ι設
計は,本件模擬地震波の作成に当たって,作成手法及び立地地
点の2点に留意し,作成手法については経験的手法を採用し,
立地地点に即した地震動の作成のために,①平成15年に中央防災
会議から公表された東南海・南海地震の震源特性に関する知見のほ
か,②震源からの距離に応じた地震動の減衰についても考慮し,③
κ地区の詳細な地盤構造を反映した本件模擬地震波を作成して,コ
ンピュータを用いた時刻歴応答解析をした。
長周期地震動については,本件購入契約当時の法令にはよるべき
基準が存在しておらず,現時点においても,基準として法定されて
いるものはない。そして,模擬地震波の作成手法には経験的手法と
理論的手法があるところ,両手法には一長一短があり,優劣はつけ
難い状況であった。原告らが挙げる釜江波,関口波,鶴来波,鈴木
波等も,理論的手法を採用した仮説の一つにすぎなかったのである
から,これらを用いて検討する義務はない。
b本件模擬地震波につき入力地震動の割増しを行う必要があったか否

官庁施設耐震基準解説(乙67)に記載されている入力地震動の割
増しは,想定地震動の作成が困難な場合の簡便な方法にすぎず,個別
に想定地震動を作成した本件模擬地震波には,割増しの必要はない。
c本件模擬地震波等の内容が不合理か否か
紀伊半島南東沖地震の観測記録を用いていない点について
本件模擬地震波は,作成に当たって,十勝沖地震の観測記録を採
用し,紀伊半島南東沖地震の観測記録を用いていない。しかし,本
件模擬地震波は経験的手法を採用したものであるところ,同手法の
性質上,観測記録は特定の地域のものに限られるものではない。ま
た,十勝沖地震の観測記録を用いたのは,本件模擬地震波と地震の
特徴を示す値が合致する地震記録であったからである。
本件模擬地震波が採用した破壊開始地点について
本件模擬地震波には,与えられた震源域の中で大阪κκから最も
遠い地点を破壊開始地点としたものがある。しかし,長周期地震動
には,ディレクティビティ効果(断層破壊の進行方向に向かって振
幅が大きくなり,破壊が遠ざかる側では逆に振幅が小さくなるとい
う地震動が有する物理的性質)という特徴があるところ,上記破壊
開始地点は,大阪κκに地震動が向かう方向になるように設定され
ている。したがって,本件模擬地震波は,長周期地震動による影響
を過小評価するような破壊開始地点を採用していない。
本件模擬地震波と告示波との比較について
告示波は,建築物を新たに設計する際の全国一律の基準として告
示された地震波であり,その目的上,工学的基盤における地震動の
強さを全国共通に定めたものであって,震源特性,伝播経路特性あ
るいは深部地盤の特性等を考慮していないものである。これに対し
て,本件模擬地震波は,上記各特性を考慮した上で作成されたもの
である。したがって,両者は性質が全く異なる。
また,建築物の揺れ方は,地震動や建築物の特性に応じて異なる
表れ方をするものであるから,一方向の層間変形角の値を比べて模
擬地震波の強弱を比較することはできない。したがって,層間変形
角の値を用いて,本件模擬地震波と告示波を比較するという議論は,
意味のないものである。
βビルの構造安全性について
a保有水平耐力に基づく構造計算の要否
高さが60m以下の建築物については,保有水平耐力計算について
の規定があるが(建築基準法20条2号~4号,建築基準法施行令8
1条2項1号イ,82条~82条の4),高さが60mを超える建築
物については時刻歴応答解析によるとされ(同法20条1号,同施行
令81条1項各号),保有水平耐力に関する規定はない。
官庁施設耐震基準解説(乙67)は,高層建築物等の大規模地震動
に対する設計のうち,構造体の目標性能と設計方法について,基礎構
造及び地上階については時刻歴応答解析を行うとしているのであるか
ら,同部分については,時刻歴応答解析によって安全性を確認するこ
とが求められており,保有水平耐力計算を行うことは求められていな
いことが明らかである。また,同基準や「地震荷重-その現状と将来
の展望」(甲59)において確認が必要である旨記載されている「保
有水平耐力」とは,法令上の用語ではなく,単に水平方向の耐力を意
味する一般的な用語である。
したがって,高さが60mを超える建築物であるβビルは,保有水
平耐力に基づく構造計算を要しない。
bπ学会文書に記載された基準への適合性の要否等
π学会の文書(甲58)は,層間変形角が1/150を超えないこ
となどを求めているが,これは法令上の基準ではなく,βビルの構造
安全性の基準とはならない。
c性能評価方法書の定める基準への適合性
性能評価方法書は,①層間変形角が100分の1を超えないこと,
②層の塑性率が2.0を超えないこと,③部材の塑性率が限界値(上
限は4.0)以下であることを基準としている。
そして,βビルは,上記①から③までの基準のうち,②層の塑性
率については,ダンパーによる対応策を実施した後は,検討用長周
期地震動の場合で,X方向が1.8,Y方向は1.5であり,基準
を満たしていた。また,③部材の塑性率については,ダンパーによ
る対応策を実施した後は3.0であり,基準を満たしていた。他方,
①層間変形角については基準を満たしていなかった。
しかし,性能評価方法書は,上記①から③までの基準は,基準値
を超える場合を一切不可とするものではなく,その場合であっても,
その超過する程度に応じて,妥当性等の確認を行うことをもって足
りるとしている。
そこで,層間変形角(上記①)の妥当性等について検討したとこ
ろ,層間変形角のうちせん断変形成分は,Y方向では1/100を
超える階はなかった。他方,X方向は,ダンパーによる対応策を実
施した後は,層間変形角の値は1/98となり,その余の点を検討
した結果,上記妥当性が確認された。なお,層間変形角は,揺れに
よる構造体の変形のうち,曲げ変形成分及びせん断変形成分の両方
を含んだものであるところ,構造躯体やこれに取り付く外装材に影
響を及ぼすのはせん断変形成分であるから,上記妥当性等の検討は
せん断変形成分によって行った。
以上のとおり,βビルは,本件購入契約当時の法令や性能評価方
法書の基準を満たしており,構造安全性を欠くとは認められない。
βビルの地盤の安全性について
βビルは十分な許容支持力を持つ杭基礎で支持されている。原告らは,
βビルの敷地が液状化しやすいことを前提に,βビルの杭基礎の安全性
に問題がある旨主張するが,後記イのとおり,上記前提は誤りである。
まとめ
以上のとおり,βビルは,当時の知見の及ぶ範囲で想定地震動である
本件模擬地震波を用いて時刻歴応答解析を行った結果,性能評価方法書
が定める基準を満たしたのであるから,耐震性を欠くとはいえない。
イβビルの防災拠点としての適格性等について
βビル立地地点及びκ地区の液状化予測について
原告らは,地盤の液状化が起こる条件として,①砂質地盤であること,
②地下水位が高いこと,③地震動の揺れが強いことを挙げ,κ地区はい
ずれの条件も満たしていると主張するが,以下のとおり,κ地区はいず
れの条件も満たしていなかったから,κ地区は液状化が起こりにくいと
いえる。
a①地盤については,大阪府内では2万2000本もの豊富なボーリ
ングデータが登録されており,κ地区でのボーリングデータは500
本を超えており,精度の高い液状化予測が可能であるところ,地盤柱
状図(乙18の6)によれば,κ地区の大部分の区画では埋立てに浚
渫粘土が用いられている。また,地盤の液状化の可能性を評価するに
は,地表面からの深度が20mまでの地層を調査することとされてい
るところ,κ地区の大部分は粘土層である。
そして,κ地区の地盤については,造成過程において,ドレーン工
法(埋立地内に砂杭を打ち込み,排水路を通じて強制的に水を抜き取
る工法。以下同じ。)が施されているところ,この工法には,地盤内
部からの強制的な排水を通じて,地盤の強度を高めるとともに,地盤
の沈下を早期に終息させる効果が認められており,兵庫県南部地震の
被害状況から得られた知見では,同工法のような地盤改良工事が施さ
れた埋立地では液状化が起こりにくいと考えられている。
b②地下水位については,κの埋立層及び沖積層では,埋立土砂の荷
重による自然沈下やドレーン工法の実施によって地盤沈下が終息して
いる。
c③地震動の強さに関し,κ地区の液状化予測図(乙18の6)は,
「大阪府自然災害総合防災対策検討(地震被害想定)」報告書(以下
「地震被害想定報告書」という。乙31,77)における想定地震動
に基づいて作成されたものである。そして,液状化の判定は,地表最
大加速度を用いるのが一般的であるところ,地震被害想定報告書では,
海溝型地震については最大450ガル,内陸直下型地震では最大80
0ガルの地震加速度を想定しており,上記想定に誤りは認められない。
参集ルートの安全性について
a防災機能検討報告書及びこれを受けて作成された庁舎移転案で提案
された参集ルートは,いずれも,耐震性等の安全性が確認されたもの
であるか,安全性等について指摘された問題点については耐震補強工
事等の対策を講じることが予定されていた。
b防災拠点としての位置付けについて,大阪府は,平成21年2月に
庁舎移転構想(乙28)を公表した時点では,βビル内に本格的な防
災拠点を整備することを想定していた。しかし,同年9月に本件移転
条例案②が否決されたことなどを踏まえ,大阪府は,本件購入契約の
締結までには,防災センターをη庁舎内で拡充整備し,βビルをその
バックアップ施設とすることとし,関連する予算対応を行った。
c以上によれば,参集ルートは安全性を欠くものではないし,非現実
的なものでもない。
なお,平成25年8月に大阪府が公表した津波浸水被害想定は,東
日本大震災後の国の検討を踏まえたものであり,βビル購入時の想定
に基づくものではない。
ウ財政シミュレーションの適否等について
土地活用収入について
庁舎移転案で示されたβ移転案②の財政シミュレーションのうち,土
地活用収入は,大阪府庁舎がβビルに全面移転することを前提としてい
る。原告らは上記前提が誤りであると主張するが,庁舎移転案公表後に
本件移転条例案②が提案されて審議されていることに照らすと,庁舎移
転案が提案された時点では大阪府庁舎がβビルに全面移転する可能性
があったから,その可能性を前提としたことに誤りはない。
賃料収入予測について
β移転案②の財政シミュレーションでは,βビルの民間の賃借人の平
成21年から平成53年までの平均空室率を50%として,上記賃借人
から得られる賃料等が計算されているが,上記平均空室率は,平成21
年9月時点で民間テナントが使用していた床面積を100%として,そ
の後減少して33年後には全てが退去すると試算したものであり,βビ
ル全体の床面積を基に計算したものではない。
業務システム移転費及び防災行政無線整備費について
β移転案②の財政シミュレーションでは,業務システムの移転費が含
まれていなかったが,これは,財政シミュレーションに与える影響が軽
微であると考えられたためである。また,防災行政無線の整備費も含ま
れていなかったが,これは,移転の有無に関係なく必要な費用であった
ためである。
大規模修繕費について
原告らは,βビルの大規模修繕費は,東京都庁舎と同様に新築にかか
る総事業費の半額を要し,その金額は約600億円であると主張するが,
何ら根拠がない。
争点③(本件移転費用の支出の違法性)
(原告らの主張)
アβビルの購入の違法性と本件移転費用の支出の違法性の関係
上記(原告らの主張)において主張したとおり,本件購入契約の締結
が違法である以上,これを前提とする本件移転費用の支出もまた違法であ
る。したがって,本件移転費用の支出は,地方自治法2条14項,220
条1項,221条2項,232条の3,232条の4第1項,地方財政法
4条1項,2項に反し,違法である。
また,本件移転費用のうち,本件IP電話及び本件調度品に係る各支出
は,それ自体が不必要又は過大な支出として上記各法令に反し,違法であ
る。
イ地方自治法4条1項所定の条例を定める必要性の有無
地方自治法4条1項と本件移転費用の支出との関係
大阪府は,η庁舎からβビルに部局を移転させるためには,地方自治
法4条1項に基づく条例の制定が必要であったが,この条例を制定する
ことなく本件移転費用を支出して上記移転をした。したがって,本件移
転費用の支出は同項に反し違法である。
地方自治法4条1項の「事務所」の意義
地方自治法4条1項が「事務所」の位置の変更等を条例事項とすると
ともに,特別多数決としている趣旨は,地方公共団体の事務所は住民の
生活に直結するなど極めて重要であることに鑑み,住民自治の実現及び
効率的な行政運営の観点から,住民の意思を尊重する点にある。
そのため,条例制定を要する同項の「事務所の位置…を変更」とは,
主たる事務所の位置を全面的に変更する場合に限らず,事務所の多数か
つ重要な部局が移転するなど,住民の生活に重大な影響を及ぼす場合も
これに該当するというべきである。
βビルは地方自治法4条1項の「事務所」に該当するか否か
大阪府は,平成21年2月及び同年9月の大阪府議会の定例会におい
て,二度にわたり,大阪府庁の位置をβビルの所在地と定める旨の本件
移転条例案①及び同②を提案していたし,庁舎移転案(乙24)は,大
阪府庁舎の全面的な移転を目的としていた。また,補助参加人は,平成
21年9月及び平成22年5月の大阪府議会の定例会において,βビル
に大阪府庁舎を移転させる考えを述べている(甲90~92)。このよ
うな補助参加人の言動等からすれば,βビルへの部局の移転は当初から
大阪府庁舎の移転を目的としたものであることは明らかであり,少なく
とも平成23年8月18日に全面移転を断念するまでの間は,上記の目
的に基づいて部局の移転が行われていた。
大阪府では,平成23年5月までに,多数かつ重要な部局がη庁舎か
らβビルに移転し,これに伴い,大阪府の約5000名の職員のうち,
約4割の2000名がβビル(κ庁舎)において勤務している。また,
βビルに移転した部局は,来庁者数が極めて多く,住民の生活に密着し
ている部局である。
以上から,η庁舎からβビルへの部局の移転は,条例の不要な分庁舎
の設置ではなく,大阪府の多数かつ重要な部局が移転しているのである
から,条例が必要な事務所の位置の変更(地方自治法4条1項)に当た
る。
なお,条例が必要な事務所の位置の変更を,主たる事務所の位置を全
面的に変更する場合に限ると解しても,上記の事情からすると,βビル
は大阪府の主たる事務所に該当する。
また,βビルが分庁舎であるとしても,η庁舎とは約13㎞離れてお
り,公共交通機関による移動で約30分を要するから,相当の距離を越
えるものとして,条例が必要である。
ウβビルの位置は地方自治法4条2項に反するか否か
βビルは,η庁舎に比べ,各交通拠点からの所要時間がより長くかかり,
他の官公署からも距離が離れている。したがって,交通事情や他の官公署
との関係等について適切な配慮を払ったものとはいえず,地方自治法4条
2項に反する。
また,大阪府は,大阪府庁舎の移転を検討するに当たり,各交通拠点や
他の官公署からの所要時間の比較等を行っているが,比較検討をすれば足
りるのではなく,結果として,住民の利便性を欠いている以上,同項に反
する。
エ東日本大震災後のβビルへの部局移転を中断すべきであったか否か
平成23年3月11日に東日本大震災が発生し,それ以後,βビルの耐
震性・安全性への不安が露呈した。そのため,補助参加人は,同日以降,
βビルの耐震性・安全性に問題がないことが確認されるまでの間,部局の
移転を中断すべきであったにもかかわらず,部局の移転は継続された。し
たがって,本件移転費用の支出のうち,同日以降の移転に関する部分は違
法である。
被告は,大阪府は上記地震発生後に超音波探傷調査等を実施したと主張
するが,これらの検査は,βビルの耐震面における脆弱性を検討したもの
にすぎず,βビルが大阪府庁舎としてふさわしい耐震性を備えているかに
ついて検討したものではない。
オ本件調度品及び本件IP電話の必要性等
本件調度品について
aη庁舎5階には,迎賓応接室「正庁の間」があり,βビルに本件応
接室を設置する必要はなかったし,正庁の間から本件応接室に備品を
移転すれば足りたのであるから,本件調度品を購入する必要はなかっ
た。また,本件応接室の利用は,政党の議員団の視察や府市統合本部
の会議等で占められ,大阪府庁舎の迎賓応接室としての本来的な利用
実績は乏しいから,本件調度品は必要のないものである。
b本件調度品のうち,アームチェアは1脚28万円,センターテーブ
ルは1台24万5000円,サイドテーブルは1台12万5000円
であり,通常の応接室に置かれる椅子や机と比較すれば,いずれも高
額にすぎることは明らかである。
本件IP電話について
本件IP電話は,大阪府庁舎の全面移転を前提とするものであったが,
大阪府議会は本件移転条例案①及び同②を否決したのであるから,本件
IP電話は不必要なものである。
また,大阪府の厳しい財政状況に鑑みると,1台につき約7万円もす
る高価なテレビ電話機を35台も購入することは不相当な経費の支出で
ある。
(被告の主張)
アβビルの購入の違法性と本件移転費用の支出の違法性の関係
争う。
イ地方自治法4条1項所定の条例を定める必要性の有無
地方自治法4条1項と本件移転費用の支出との関係
βビルの購入や移転に関する関係予算については,大阪府議会の議決
を得ている上,本件移転条例案①及び同②の上程が上記購入や移転に係
る支出の前提行為となるものではない。したがって,本件においては地
方自治法4条1項の問題は生じない。
地方自治法4条1項の「事務所」の意義
地方自治法4条1項の「事務所」とは,来庁者数の多寡や住民の生活
に密着する部署の多寡等によって定まるものではなく,普通地方公共団
体の長の権限に属する事務をつかさどる主要な組織を有する事務所であ
ることを要すると解すべきである。
また,地方自治法は,分庁舎の設置やその位置については何ら規定を
設けておらず,同項は分庁舎の設置を禁止するものでもその位置を条例
で定めることを求めているものでもない。
βビルは地方自治法4条1項の「事務所」に該当するか否か
補助参加人は,平成22年5月の大阪府議会の定例会において,βビ
ルに大阪府庁舎を移転させる考えを述べているが,大阪府がβビルを大
阪府庁舎として購入し,一部の部局が入居する庁舎として使用すること
と矛盾するものではない。
βビルには,大阪府の職員のうち約4割の職員が勤務しており,来庁
者の多い住宅まちづくり部や大阪府市統合本部が配置されているもの
の,主たる執行機関である知事が常駐しておらず,議決機関である議会
の機能も有していない。また,住宅まちづくり部は主たる事務所に置く
ことが必要不可欠な部局とはいえないし,大阪府市統合本部は大阪府の
行政組織そのものではない。他方,η庁舎には,知事や議会を初め,政
策企画部,総務部,財務部等の主要な部局が配置されている。したがっ
て,βビルは,大阪府の主たる事務所には該当しない。
ウβビルの位置は地方自治法4条2項に反するか否か
上記イで主張したとおり,βビル(κ庁舎)は地方自治法4条1項の
「事務所」に該当しない以上,同条2項に反すると解する余地はない。
βビルとη庁舎はいずれも大阪市内にあり,両庁舎間の距離は約13
㎞で移動時間は約30分である。南北約86㎞,東西約60㎞に及ぶ府
域全域から住民が両庁舎を訪れることを考えれば,両庁舎間の距離は常
識的にみて許容範囲内と考えられる。
なお,大阪府は,平成21年9月,大阪府庁舎の移転を検討するに当
たり,各交通拠点や他の官公署からの所要時間の比較等を行っている。
また,市町村と都道府県の役割の違いや出先機関への権限委譲,インタ
ーネットによる行政情報の提供等により,大阪府の住民が大阪府庁舎を
来訪しなくても行政サービスを受けることができる環境を整備しつつあ
る。
エ東日本大震災後のβビルへの部局移転を中断すべきであったか否か
大阪府は,東日本大震災発生前に行った本件調査により,長周期地震動
の影響をあらかじめ把握し,必要な耐震・防災対策を計画的に進めていた。
また,大阪府は,上記地震の発生に伴い,平成23年3月18日,βビル
に生じた長周期地震動の影響や程度を確認し把握するための非破壊検査を
実施し,建築物の主要構造部分に損傷がないことを確認した上,緊急補修
を実施しつつ,当初の計画どおりに部局の移転を進めた。
したがって,本件移転費用に係る支出のうち,東日本大震災発生後の部
局移転に伴う部分に違法性はない。
オ本件調度品及び本件IP電話の必要性等
本件調度品について
a本件応接室は,βビルに移転した部局が国内外の要人等を迎賓又は
応接する居室として利用されており,迎賓・応接機能をβビルに集中
させたものではない。他方,η庁舎の「正庁の間」は,年末年始の行
事や人事発令等の式典に使用されてきたが,「正庁の間」に設置され
ている机や椅子は事務用のものであり,応接用の備品ではない。
本件応接室は,所期の目的に照らして想定どおりの役割を果たして
いる。また,従前はホテル等の外部施設を利用せざるを得なかった迎
賓,応接及び会議についても,現在は本件応接室で開催している。
b本件調度品の価格は,共通仕様書に基づき,一般競争入札により,
公正かつ適正に決定されたものである。その内容についても,アーム
チェアは一般的に高額とされる革張りではなく布張りであり,センタ
ーテーブル及びサイドテーブルの材質も一般的に高額とされる一枚板
ではなく合板である。
本件IP電話について
本件IP電話は,二庁舎間においてモニター画面を通して会話するこ
とができる機能を用いて,事務的な連絡よりも高度な対応が求められる
事案への対応をする目的で設置されたものであり,購入目的には合理性
があり,利用実績もある。また,他の自治体においても,複数庁舎間で
の窓口対応業務につき,来庁者の利便性確保やサービスの向上を目的と
してテレビ電話を導入した事例は存在する。そして,本件IP電話の価
格は,一般競争入札の結果であり,公正かつ適正に決定された。
争点④(補助参加人の故意又は過失の有無)
(原告らの主張)
アβビルは,本件購入契約締結当時,建築基準法の耐震基準すら満たして
いない既存不適格の建築物であったし,防災拠点としても機能しない建築
物であったから,大阪府が大阪府庁舎として利用する目的で購入したこと
が違法であることも明らかであった。そして,当時大阪府知事であった補
助参加人は,ι設計報告書や防災機能検討報告書をみれば,βビルが既存
不適格の建築物であることを当然認識していたし,認識していなかったと
すれば過失があったといえる。
イ庁舎移転案の財政シミュレーションは,耐震補強案②の費用よりもβ移
転案②の費用の方が安いとしていたが,実際の内容は逆であった。その原
因は,土地活用収入や賃料収入,大規模修繕費等の各予測が誤っていたこ
とであったが,補助参加人は,上記各誤りを知りながら,βビルの取得に
向けて世論を不正に誘導した。
(被告の主張)
βビルは,本件購入契約を締結した時点において違法建築物ではなかった
し,大規模地震が発生した場合に,大阪府庁舎としての機能を喪失し,防災
拠点としての機能を全うすることができないなどとはいえなかった。また,
庁舎移転案の財政シミュレーションについても誤りはない。したがって,補
助参加人に故意又は過失はない。
争点⑤(損害の発生の有無及びその額)
(原告らの主張)
上記及びの(原告らの主張)で主張したとおり,本件購入費用の約8
5億円及び本件移転費用の約11億3000万円はいずれも違法な公金支出
であるから,大阪府は上記合計である96億3000万円の損害を被ってお
り,これは上記(原告らの主張)で主張したとおりいずれも補助参加人の
故意又は過失によるものであるから,補助参加人は大阪府に対し同額の損害
賠償責任を負う。
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1争点①(監査請求期間徒過に係る正当な理由の有無)について
本件購入契約は平成22年3月26日に締結されたものであり,本件購入
費用は同年6月25日までに支出されたものであるから(前記前提事実ア
~エ),平成23年10月19日にされた本件監査請求は,本件購入契約の
締結及び本件購入費用の支出から1年以上経過した後にされたものである
(同ア)。そうすると,本件監査請求のうち,本件購入契約の締結及び本
件購入費用の支出を対象とする部分は,地方自治法242条2項ただし書に
いう「正当な理由」がない限り,不適法である。
そこで,本件監査請求が,上記各財務会計行為から1年以上経過した後に
されたことについて「正当な理由」があるといえるかにつき,以下検討する。
普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為(当該行為)が秘
密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもっ
て調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の
存在又は内容を知ることができなかった場合には,地方自治法242条2項
ただし書にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,当該普通
地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の
程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な
期間内に監査請求をしたかどうかにより判断すべきである(最高裁判所平成
14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。そし
て,「監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることが
できた」というためには,当該行為に違法又は不当な点があるか否かを監査
請求人自ら判断することが困難ではない程度に,当該行為の具体的な内容を
知ることができたことが必要というべきである(最高裁判所平成20年3月
17日第一小法廷・集民227号551頁参照)。
これを本件についてみると,確かに,証拠(乙16,17)及び弁論の全
趣旨によれば,大阪府は,平成21年1月頃にι設計報告書を受領し,同年
2月頃には上記報告書の内容やこれを踏まえた必要な措置について大阪府議
会に対して説明するとともに,上記報告書の概要(乙16の2)を大阪府の
ホームページにおいて公表したことが認められる。
しかし,公表された上記概要においては,βビルの耐震性に特段の問題は
ない旨の結論が示されたにとどまり,その結論に問題があるか否かを検討す
るためには,ι設計報告書(概要を含む。)を入手して検討する必要がある。
そして,仮に同報告書が公開されていたとしても,その内容は,長周期地震
動の高層ビルへの影響等に関する高度に専門的な内容を含むことが明らかで
ある。そうすると,上記の点につき相当高度な専門的知見を有する者でない
限り,ι設計報告書の内容及び結論に疑いを差し挟むことは事実上不可能と
いうべきであって,本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出につき違法
又は不当な点があるか否かを,原告ら自ら判断することは困難であったとい
わざるを得ない(なお,原告らが上記の相当高度な専門的知見を有していた
と認めるべき証拠はない。)。そうすると,上記概要が大阪府のホームペー
ジに公表された時点や,同報告書に基づく説明により大阪府議会がβビルの
購入に係る議決を行った時点(平成22年5月28日)において,原告らが,
相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて本件監査請求をするに足りる
程度に本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出の内容を知ることができ
たとはいえない。
そして,平成23年8月9日に公表された専門家会議検証結果(乙18の
6)には,研究者が公表していた模擬地震波を用いてβビルの構造安全性を
検討すると,外装材等に影響が出る可能性がある値が出た旨の記載があり,
βビルの耐震性に問題がうかがわれることは,専門家会議検証結果の公表に
よって初めて明らかになったものといえる。
以上によれば,原告らは,専門家会議検証結果が公表されて初めて,βビ
ルの耐震性に問題があることを知ることができ,本件購入契約の締結及び本
件購入費用の支出につき違法又は不当な点があるか否かを原告ら自ら判断す
ることが困難ではない程度に,上記各財務会計行為の具体的な内容を知るこ
とができたというべきである。そうすると,原告らは,専門家会議検証結果
が公表された平成23年8月9日において,上記検証結果を入手して相当の
注意力をもって調査すれば客観的にみて本件監査請求をするに足りる程度に
本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出の内容を知ることができたとい
えるところ,原告らは,同日から70日後の同年10月19日に本件監査請
求をしたのであるから(前提事実ア),専門家会議検証結果もまた高度に
専門的な内容を含むものであることも考慮すると,その公表の時点から相当
な期間内に本件監査請求をしたものというべきであり,本件監査請求が監査
請求期間を超えてされたことについては,地方自治法242条2項ただし書
にいう「正当な理由」があるというべきである。
よって,本件監査請求は監査請求期間の制限を遵守した適法なものである
から,本件訴えは適法である。
2争点②(本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出の違法性)について
判断枠組み等
地方自治法242条の2第1項4号に基づく原告らの請求は,大阪府を代
表して本件購入契約を締結した補助参加人の判断が同法2条14項等に違反
することを前提とするものであるところ,地方公共団体の長がその代表者と
して建築物を購入する契約を締結することは,当該建築物を購入する目的や
その必要性,契約の締結に至る経緯,契約の内容に影響を及ぼす社会的,経
済的要因その他の諸般の事情を総合考慮した合理的な裁量に委ねられてお
り,地方公共団体の長の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するも
のと評価される場合でなければ,当該契約の締結が地方自治法2条14項等
に反し違法となるものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成2
5年3月28日第一小法廷判決・集民243号241頁参照)。
本件では,原告らは,主として,βビルは大阪府庁舎としての使用に耐え
ないビルであるから,大阪府庁舎として用いる必要性を欠く上,β移転案①
及び同②は前提とする財政シミュレーションに誤りがあることを理由に,本
件購入契約を締結した補助参加人の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを
濫用するものと評価されるべきである旨主張する。そこで,以下では,βビ
ルの耐震性(後記),βビルの防災拠点としての適格性等(後記),財
政シミュレーションの適否等(後記)について検討し,その上で,本件購
入契約の締結及び本件購入費用の支出の違法性(後記)について判断する。
βビルの耐震性について
ア認定事実
掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
官庁施設耐震基準(甲15)
官庁施設耐震基準は,建設省(その後国土交通省)事務次官が,平成
6年12月15日建設省告示第2379号に基づき,官庁施設の地震災
害等に対する安全性に関する基本的事項等について定めたものであり,
以下の内容の定めがある。
a官庁施設耐震基準は,官庁施設(国家機関の建築物及びその附帯施
設をいう。)に適用する。
b官庁施設耐震基準は,大地震動に対する構造体の耐震安全性の目標
を,Ⅰ類,Ⅱ類及びⅢ類に分類している。このうち,Ⅰ類は,大地震
動後,構造体の補修をすることなく建築物を使用できることを目標と
し,人命の安全確保に加えて十分な機能確保が図られるものとする。
対象施設は,災害応急対策活動に必要な官庁施設等のうち,特に重要
な官庁施設とする。
c高さ60mを超える構造建築物の耐震安全性は,大地震動に対して
も,官庁施設の機能が確保されることを目標とし,計画に当たっては,
原則として,時刻歴応答解析を行って,振動性状等を確認する。建築
非構造部材及び建築設備の機器,配管は,構造体の地震応答に対し,
十分に安全なものとする。
官庁施設耐震基準解説(乙67)
官庁施設耐震基準解説は,建設省大臣官房官庁営繕部が監修した,官
庁施設耐震基準の解説書であり,以下の内容の記載がある。
a国家機関の建築物(上記a)とは,各省各庁の長が所管する立法,
司法及び行政のための国の所有に属する全ての建築物をいう。
b高さ60mを超える構造建築物は,時刻歴応答解析を行って,耐震
安全性の検討を行う。
c時刻歴応答解析の解析モデル及び復元力特性は,構造体の実情に合
わせ,設計に必要な応答値が,十分に精度よく得られるように設定す
る。
d時刻歴応答解析の入力地震動としては,過去の地震記録による波形
又はその修正されたもの,あるいは人工的に作成された模擬地震波が
考えられる。これらの選定については,敷地周辺の過去の地震活動,
地盤条件等を考慮して決定する。
e入力地震動のレベルとしては,レベル1地震動(建築物の耐用年数
中に,一度受ける可能性が大きい地震動)及びレベル2地震動(過去
に受けたことのある地震動のうち最強と考えられるもの及び将来にお
いて受けることが考えられる最強の地震動)の2段階を採用する。そ
して,レベル2地震動に対して保有すべき性能は,原則として,層間
変形角については1/100以下であり,層の塑性率は2.0以下と
する。
fⅠ類に分類される施設のうち,特に重要度が高い建築物は,建設敷
地の歴史上の地震資料,付近で発生が予測される地震の規模,地震断
層等の地震環境を調査し,その結果,必要に応じて,上記の入力地震
動の割増しを適宜行う。割増率としては,1.2程度がひとつの目安
と考えられる。
性能評価方法書(甲14)
a性能評価方法書は,指定性能評価機関が超高層建築物の大臣認定に
必要な評価をする際の評価方法,評価基準等について,ρが定めたも
のであり,上記評価の実務上参照されており,ι設計が本件調査をす
る際にも参照したものである。(以上につき,甲14,71,証人ψ,
弁論の全趣旨)
b性能評価方法書(平成19年7月20日付けで変更されたもの)は,
倒壊,崩壊限界の判断基準を,極めて稀に発生する地震動によって,
建築物が倒壊,崩壊等しないことが次のからまでの方法によって
確かめられていることと定めている(甲14)。
各階の層間変形角が100分の1を超えない範囲にあること。
各階の層の塑性率が2.0を超えないこと。この場合,塑性率を
求める基準となる変形が構造方法及び振動特性を考慮して適切に設
定していること。
構造耐力上主要な部分を構成する各部材の塑性率が,その部材の
構造方法,構造の特性等によって設定された限界値(上限は4.0)
以下であること。この場合,塑性率を求める基準となる変形が構造
方法及び振動特性を考慮して適切に設定していること。(ただし,
制振部材にあっては,この限りではない。)
応答値が上記からまでに示した値を超える場合は,その超過
する程度に応じ,以下の事項(以下,順に「確認事項①」などとい
う。)が確かめられていること。
①部材ごとの応答値を算定できる適切な解析モデルを用いて層間
変形角,層の塑性率及び部材の塑性率等の妥当性が確かめられて
いること。
②応答解析に用いる部材の復元力特性が,応答変形を超える範囲
まで適切にモデル化され,かつ,そのモデル化が適切である構造
ディテールを有すること。
③水平変形に伴う鉛直荷重の付加的影響を算定できる適切な応答
解析が行われていること。
c上記bのうち,層間変形角,層の塑性率及び部材の塑性率の意義等
は,それぞれ以下のとおりである(特記した証拠のほか,弁論の全趣
旨)。
層間変形角とは,地震時の各層(階)の変形をその階の階高で割
った値をいう。層間変形角が大きいと,構造躯体(柱,梁などで構
成される骨組み)が大きく変形することにより,外装材(外壁材な
ど)等が変形に追従できず,破損,落下等の危険性が高まる。
層間変形角は,せん断変形成分及び曲げ変形成分の各成分に分離
することができる。このうち,せん断変形成分は,層の上部と下部
で水平方向に異なる方向の力が働くことによって,建築物が平行四
辺形のようにずれて変形する成分をいう。他方,曲げ変形成分は,
建築物の一方の軸に対して引っ張られる力が働き,他方の軸に対し
て縮む力が働くことによって,建築物がしなるように変形する成分
をいう。(以上につき,甲28,乙71,証人ψ)
層の塑性率とは,構造躯体の損傷度合いを表す指標であり,地震
時の層の水平方向の変形量が,変形しても元に戻る限界の変形量に
対して何倍であるかを表す値をいう。
部材の塑性率とは,柱や梁等の部材の損傷度合いを表す指標であ
り,地震時の部材の変形量が,変形しても元に戻る限界の変形量の
何倍かを表す値をいう。
長周期地震動の一般的な特性と模擬地震波の作成上の留意点
a長周期地震動は,地震動による周期(揺れが一往復するのに要する
時間)が長いものをいい,論者によっては,周期2秒以上のものをい
い,代表的なものとして,平成15年9月26日に発生した十勝沖地
震がある。そして,建築物には,その規模,高さ,構造形式等によっ
て決まる建築物自体の振動周期(以下「固有周期」という。)があり,
戸建住宅や低層建築物では1秒以下であるが,300m級の超高層ビ
ルなどでは6秒から7秒となる。地震動の周期と建築物の固有周期が
一致した場合には,建築物は,地震動と共振して,より大きな振れ幅
を示す現象(以下「共振現象」という。)を示す。(以上につき,甲
11,55)
b地震動の特性は,一般的に,①震源特性(地震の規模,断層面の破
壊過程等に関する特性),②伝播経路特性(震源から建築物の立地地
盤までの間における地震動の強さの変化や減衰の度合いに関する特
性)及び③サイト特性(建築物の立地地盤の特性)の3要素の合成結
果として決定される。そこで,構造物の耐震性を評価するに当たって
も,上記各特性を適切に考慮した模擬地震波を用いる必要があるとさ
れる。(以上につき,甲11,乙36,50)
模擬地震波の作成方法の種類等
模擬地震波の作成方法については,論者によっていくつかの類型に分
けられているが,その概要は以下のとおりである(甲11,12,乙4
9~51,弁論の全趣旨)。
a経験的手法は,過去に経験した地震の際に得られた強震記録そのも
の又はその統計解析結果に基づいて地震動を推定する手法である。経
験的手法を採用した模擬地震波の例として,本件模擬地震波のほか,
国土交通省が超高層建築物の大臣認定において要求される構造計算に
用いる設計用地震動として平成22年12月に意見公募手続を実施し
た設計用地震動(以下「パブコメ波」という。)がある(甲41,乙
48)。
b理論的手法は,地震波の発生及び伝播を,理論的に数式を用いて表
現し,数値モデル化した震源断層と地盤構造に基づいて地震動を計算
する手法である。理論的手法を採用した模擬地震波の例として,釜江
波2(南海)がある。
c半経験的手法は,経験的手法を基に作成した小地震の地震動を,想
定する大地震の震源過程に従って重ね合わせることによって大地震の
地震動を推定する手法である。半経験的手法を採用した模擬地震波の
例として,釜江波(南海)及び鈴木波(東南海)がある。
dハイブリッド法は,上記aからcまでの各手法を組み合わせて地震
動を推定する方法である。ハイブリッド法を採用した模擬地震波の例
として,鶴来波(南海・東南海)及び関口波(南海)がある。
本件模擬地震波の作成
a震源特性について
本件模擬地震波は,震源特性について,中央防災会議が平成15年
度に公表した東南海,南海地震の提案値を用いたほか,地震動が持つ,
広範な断層面に沿って地震動が時間差で発生する特性や,断層破壊の
進行方向に向かって振幅が大きくなり,破壊が遠ざかる側では逆に振
幅が小さくなる特性(ディレクティビティ効果)を考慮することがで
きる計算式を採用した。(以上につき,乙16の1,71,証人ψ,
弁論の全趣旨)
また,本件模擬地震波は,東南海地震及び南海地震がそれぞれ単独
で発生した場合,連続して発生した場合及び同時に発生した場合の4
通りの場合を想定して作成された地震波である(乙16の1,71,
証人ψ)。
b伝播経路特性について
本件模擬地震波は,伝播経路特性について,地震動の強さが震源距
離に反比例するという性質のほか,地震の波動が震源距離に応じて分
散する性質,断層破壊の進行方向とκ地区との位置関係等を考慮する
ことができる計算式を採用し,震源からβビルの深部地盤(深さ約1.
5㎞)に到達する過程で生じた地震動の強さや変化を推計したもので
ある(乙16の1,71)。
cサイト特性について
本件模擬地震波は,上記a及びbの特徴に合う観測記録を十勝沖地
震の北海道及び青森県の観測記録から選択した上で,κ地区の地震基
盤(深部地盤の底)に到達した地震動が地表波となる際の強さや周期
特性の変化を推計したものである。この推計には,βビルの地盤の浅
部地盤(深さ約100mまで)及び深部地盤(深さ約1.5㎞)につ
いて調査された各地層の密度等が用いられている。(以上につき,乙
16の1,71)
本件調査の耐震性基準及び調査方法
ι設計は,本件調査において,官庁施設耐震基準Ⅰ類(上記b)を
構造安全性の基本とし,βビルの耐震性の基準として性能評価報告書の
判断基準(上記b)を採用し,本件模擬地震波を用いたβビルの時刻
歴応答解析の結果を用いて検討を行った(乙16の1,71,証人ψ)。
βビルに対する時刻歴応答解析の結果
a本件模擬地震波を用いた結果
ι設計報告書(乙16の1)及び証人ψによれば,本件模擬地震波
を用いて本件調査当時のβビルに対して時刻歴応答解析を行った結果
の概要は,以下のとおりである。
検討方向長辺方向(X方向)短辺方向(Y方向)
層間変形角
1/59(1/70)1/70(1/118)
1/77(1/98)(注3)
層の塑性率
2.51.5
1.8(注3)
部材の塑性率
162
3(注3)
(注1)層間変形角の()内は,せん断変形成分の値である。
(注2)各欄下段の数値は,ι設計報告書記載の対応策を実施した
場合である。
(注3)注2記載の対応策を実施した場合における短辺方向の調査
は行っていない。
b関口波8(NS)を用いた結果
専門家会議検証結果(乙18の6)によれば,関口波8(NS)を
用いてβビルに対して時刻歴応答解析を行った結果の概要は,以下の
とおりである。
検討方向長辺方向(X方向)短辺方向(Y方向)
層間変形角
1/611/83
1/751/88
層の塑性率
1.91.6
1.91.8
(注1)層間変形角の値はせん断変形成分の値であり,専門家会議
検証結果では,層間変形角の目標値は1/70とされている。
(注2)各欄上段の数値は,大阪府が東日本大震災前に策定した制
震補強計画を実施した後の場合である。
(注3)各欄下段の数値は,大阪府が本件専門家会議において提案
した追加補強計画(乙18の6)を実施した後の場合である。
イ事実認定の補足説明(ι設計報告書全体の信用性について)
原告らは,ι設計は,βビルの建設時においてその設計を行った以上,
本件調査の結果に利害関係があり,βビルの耐震性について甘い評価しか
しないことが十分予測されるのであるから,ι設計報告書の内容は信用す
ることができない旨主張する。
しかし,βビルは,平成2年10月30日に建築基準法施行令81条の
2に基づく構造計算に係る大臣認定を受け,平成7年3月10日に検査済
証の交付を受けて建設工事を終えた建築物であるところ(前記前提事実
イ),本件調査はその調査時の知見を基に長周期地震動に対するβビルの
耐震性を検証するものであるから(乙16の1),βビルの建設に当たっ
てι設計が行った設計の当否を調査するものではないし,ι設計に対する
責任追及を行うためのものでもないから,ι設計が本件調査を行うことに
よって,βビルの耐震性に係る評価がゆがめられる蓋然性があるとは認め
られない。また,後記において認定判断した内容も踏まえると,ι設計が,
本件調査に当たって,βビルの耐震性について不当に評価したとも認めら
れない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ本件模擬地震波によってβビルの耐震性を判断することの当否等につい

まず,本件模擬地震波は,経験的手法を採用したものであるところ,
経験的手法自体はパブコメ波でも採用されている手法であり(上記認定
事実a),本件模擬地震波の具体的な作成手法に係る考え方は,π学
会の査読を経た論文(甲33~36)に依拠しているものである。以上
によれば,本件模擬地震波の作成手法は,特異な手法であるともいえな
いし,相応の理論的根拠に基づくものであることがうかがわれ,これに
反する証拠はない。
次に,本件模擬地震波の具体的な作成過程を見ると,本件模擬地震波
は,作成時点において公にされていた東南海地震及び南海地震の震源特
性,震源からκ地区までの距離や深部地盤への到達経路等の伝播経路特
性並びにβビルの地盤の調査結果に基づくサイト特性を考慮して作成さ
れたものであり(認定事実),地震動の特性(認定事実b)を踏ま
えて作成されたものといえるところ,その作成過程及び作成内容につい
て,特に誤りや不合理な点は認められない。
以上に対し,原告らは,本件模擬地震波によってβビルの耐震性を判
断することの当否について,以下のとおり主張するが,いずれも採用す
ることができない。
a釜江波,関口波,鶴来波等による検討の要否について
原告らは,官庁施設耐震基準解説は入力地震動を「将来において
受けることが考えられる最強の地震動」としているから(認定事実
e),釜江波,関口波,鶴来波等によってβビルの耐震性の検討
が行われなければならない旨主張する。しかし,官庁施設耐震基準
の適用対象は国の所有する建築物(官庁施設)であって(認定事実
a,a),大阪府が所有するβビルには適用されないことが明
らかである。
また,原告らは,βビルを大阪府庁舎として用いる場合は,官庁
施設耐震基準解説を引用する府有建築物総合耐震設計要綱(甲67
の2)が適用されるとも主張する。しかし,同要綱は,大阪府が耐
震設計を新たに行う場合を対象としており,大阪府が既存建築物を
購入する際の耐震性に係る基準を定めたものではないと認められる
から,βビルの購入に際して同要綱は適用されないというべきであ
る。
したがって,原告らの上記主張は,その前提を誤るものであって,
採用することができない。
原告らは,官庁施設耐震基準がβビルに適用されるか否かにかか
わらず,βビルの耐震性は,経験的手法を採用した本件模擬地震波
だけではなく,理論的手法,半経験的手法又はハイブリッド法を採
用した釜江波,関口波,鶴来波等によっても検討される必要があり,
その検討結果によれば耐震性に問題があった旨主張する。
確かに,原告らが挙げる学術論文(甲38,39)や平成18年
のω学会及びπ学会の共同提言(甲40)には,長周期地震動の推
計にはハイブリッド法を用いることが一般的であるなど,原告らの
上記主張に沿う内容の記載がある。しかし,平成25年のπ学会の
文献(乙49)や平成20年の国土交通省国土技術政策総合研究所
の資料(乙50,51)によれば,経験的手法,理論的手法,半経
験的手法及びハイブリッド法は,いずれも長所及び短所があるとこ
ろ,平成22年に作成されたパブコメ波が経験的手法を採用したも
のであること(認定事実a)に照らせば,原告らが挙げる上記文
献によって,上記各手法のうちいずれかを一般的に採用すべきであ
るとはいえないし,逆に,いずれかを採用すべきではないともいえ
ない。そうすると,経験的手法に比べて,理論的手法,半経験的手
法又はハイブリッド法のいずれかの手法を採用すべきであるとはい
えない。
そして,上記で説示したとおり,本件模擬地震波の作成手法は,
相応の理論的根拠に基づくものであることに加え,証拠(乙71,
証人ψ)によれば,本件模擬地震波は,βビルの立地地点の地盤の
特徴を考慮したものである一方,釜江波,関口波及び鶴来波は,い
ずれも上記特徴を考慮したものではないことが認められ,これらの
事実に照らせば,釜江波,関口波及び鶴来波との具体的な作成手法
の比較において,本件模擬地震波によってβビルの耐震性を検討す
ることは合理的なものといえる。
以上のとおり,本件模擬地震波によりβビルの耐震性を検討する
ことが不合理であったとはいえず,釜江波,関口波,鶴来波等によ
っても検討されるべきであった旨をいう原告らの上記主張は採用す
ることができない。
b本件模擬地震波につき入力地震動の割増しを行うべきであったとの
主張について
原告らは,官庁施設耐震基準解説には,大阪府庁舎のようなⅠ類
に分類される施設のうち特に重要度が高い建築物は入力地震動の割
増しを行うべきとされているから(認定事実f),βビルの耐震
性は本件模擬地震波に上記割増しをした模擬地震波によって判断さ
れるべきである旨主張する。
しかし,上記aのとおり,官庁施設耐震基準はβビルには適用
されないから,原告らの上記主張はその前提を誤るものであって採
用することができない。
また,上記の点をおくとしても,官庁施設耐震基準解説は,Ⅰ類
に分類される施設の全てについて常に割増しを求めているものでは
なく,地震環境等に係る調査の結果,必要に応じて入力地震動の割
増しを適宜行うものとするにとどまり,割増率1.2もひとつの目
安とされているにすぎない(認定事実f)。そうすると,官庁施
設耐震基準解説を前提としても,それによって直ちに入力地震動の
割増しが必要となるわけではないし,その割増率を1.2としなけ
ればならないともいえない。そして,証人ψは,本件調査の際,震
源特性,伝播経路特性及びサイト特性について調査をした上で本件
模擬地震波を作成したことを踏まえて上記割増しを行わなかった旨
説明するところ,上記説明が明らかに誤り又は不合理であるとは認
められない。
以上によれば,官庁施設耐震基準解説を前提としても,βビルの
耐震性の検討に当たって,本件模擬地震波に1.2倍の割増しをし
なければならないとはいえない。原告らの上記主張は採用すること
ができない。
c本件模擬地震波等の内容が不合理である旨の主張について
紀伊半島南東沖地震の観測記録を用いていない点について
原告らは,本件模擬地震波は,平成15年に発生した十勝沖地震
における北海道及び青森県の観測記録を用いて作成されており(認
定事実c),その後平成16年に発生した紀伊半島南東沖地震の
観測記録を用いていないから,本件模擬地震波は,作成過程におい
て採用した観測記録に問題がある旨主張する。
しかし,上記認定事実のとおり,本件模擬地震波は,計算式に
よって算出された震源特性及び伝播経路特性の値に合う観測記録を
用いて作成されたものであるところ,その観測記録が十勝沖地震の
北海道及び青森県の観測記録であったことが認められ,他方,弁論
の全趣旨によれば,紀伊半島南東沖地震には上記の値に合う観測記
録はなかったことが認められる。したがって,本件模擬地震波の作
成過程において,紀伊半島南東沖地震の観測記録を用いなかったこ
とには合理的な理由があるといえる。原告らの上記主張は採用する
ことができない。
原告らは,構造物耐震対策検討業務委託報告書(乙21)におい
て,紀伊半島南東沖地震は東南海・南海地震に対する備えを考える
上で重要である旨の記載があることを挙げて,本件模擬地震波が同
地震の観測記録を用いていないことは誤りであるとも主張するが,
上記説示のとおり,本件模擬地震波が紀伊半島南東沖地震の観測記
録を採用しなかったのは,算出された震源特性及び伝播経路特性の
値に合う観測記録がなかったからであるから,同地震が東南海・南
海地震に対する備えを考える上で重要であるとの指摘があるからと
いって,本件模擬地震波の作成において同地震の観測記録を用いな
かったことが誤りであるとはいえない。原告らの上記主張は採用す
ることができない。
本件模擬地震波が採用した破壊開始地点について
原告らは,本件模擬地震波は,東南海地震又は南海地震の想定震
源域の中で大阪κκから最も遠い地点を破壊開始地点としているか
ら,距離による減衰の分だけ過小評価されている旨主張する。
しかし,上記認定事実aのとおり,本件模擬地震波は,地震動
が持つディレクティビティ効果(断層破壊の進行方向に向かって振
幅が大きくなる特性)を考慮して作成されているところ,ι設計報
告書(乙16の1)によれば,本件模擬地震波が想定する①東南海
地震及び②南海地震は,いずれも想定震源域のうち大阪κκから遠
い地点を破壊開始地点とし,大阪κκの方向に向かって断層破壊が
進行するものであったことが認められる。そうすると,本件模擬地
震波のうち上記①及び②の場合は,βビルの立地するκ地区では,
上記ディレクティビティ効果によってより大きな振幅が生じ得るも
のといえる(なお,原告らは,公的機関が作成した資料(甲41)
には,②南海地震の破壊開始地点を和歌山県潮岬沖としたものがあ
る旨指摘するが,上記資料はκ地区への地震動の大きさを検討する
ことを目的として作成されたものではないから,上記認定判断を左
右するものではない。)。
また,上記認定事実aのとおり,本件模擬地震波は,東南海地
震及び南海地震が③連続して発生した場合及び④同時に発生した場
合についても想定されているところ,ι設計報告書(乙16の1)
によれば,上記③の場合の東南海地震の破壊開始地点は和歌山県潮
岬沖であり,同地震の想定震源域のうち大阪κκに近い地点である
し,上記④の場合はいずれの地震の破壊開始地点も上記地点である
ことが認められる。
以上のとおり,本件模擬地震波のうち①東南海地震及び②南海地
震を想定したものについては,地震動の持つディレクティビティ効
果を考慮して破壊開始地点を設定したことが不合理であるとはいえ
ないし,上記各地震が③連続して発生した場合及び④同時に発生し
た場合については,想定震源域のうち大阪κκに近い地点が破壊開
始地点とされているから,いずれの点についても,原告らの上記主
張は採用することができない。
告示波との比較について
原告らは,本件模擬地震波を用いて検討したβビルの層間変形角
は,最低限の基準である告示波によって検討したβビルの層間変形
角よりも小さいから(乙16の1),本件模擬地震波は告示波より
も過小評価された地震動である旨主張する。
しかし,建築物は,地震動による周期と当該建築物の固有周期が
一致した場合に共振現象が生じて大きな影響を受けるものであると
ころ(認定事実a),ι設計報告書(乙16の1)によれば,β
ビルの固有周期でもある5秒以上の周期においては,本件模擬地震
波の速度応答値が告示波のそれを上回っていることが認められる。
そうすると,長周期地震動が与える影響の有無という点においては,
本件模擬地震波は告示波よりもβビルに強い影響を与えるものであ
って,告示波よりも過小評価されたものとはいえない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
以上のとおり,本件模擬地震波によってβビルの耐震性を判断するこ
とが誤り又は不合理であるとはいえない。
エβビルの構造安全性について
そこで,本件模擬地震波を用いることを前提に,性能評価方法書の定
める基準(認定事実b)に本件調査時のβビルの時刻歴応答解析の結
果(認定事実a)等を当てはめた結果は,以下のとおりである。
a層間変形角は100分の1以下である必要があるところ,X方向は
1/59であり,ι設計報告書記載の対応策を実施した後の数値も1
/77であり,上記基準を満たさない。なお,Y方向も1/70であ
り,上記基準を満たさない。
b層の塑性率は2.0以下である必要があるところ,X方向は2.5
であったものの,ι設計報告書記載の対応策を実施した後の数値は1.
8であり,上記基準を満たす。また,Y方向は1.5であり,上記基
準を満たす。
c部材の塑性率は4.0以下である必要があるところ,X方向は16
であったものの,ι設計報告書記載の対応策を実施した後の数値は3
であり,上記基準を満たす。また,Y方向は2であり,上記基準を満
たす。
上記b,cのとおり,層の塑性率及び部材の塑性率は,ι設計報告
書記載の対応策を実施した後は性能評価方法書所定の基準を満たすこと
が認められ,上記認定事実c,及び証人ψによれば,層の塑性率
は構造躯体の損傷度合いを表す指標であり,部材の塑性率は柱や梁等の
部材の損傷度合いを表す指標であることが認められる。そうすると,上
記各指標を満たしたことにより,βビルは,上記対応策を講ずれば構造
躯体の安全性が確保されるものといえる。
他方,上記aのとおり,層間変形角のうち少なくともX方向は同対
応策実施後も基準を満たさないことが認められ,上記認定事実c及
び証人ψによれば,層間変形角は構造躯体の変形による外装材等の落下
等の危険性を表す指標であることが認められる。そうすると,上記危険
性の有無については,性能評価方法書所定の確認事項①から③まで(認
定事実b)に沿って確かめられる必要がある。
そこで,確認事項①について検討するに,まず,証拠(乙16の1,
71,証人ψ)及び弁論の全趣旨によれば,ι設計は,本件調査におい
て,βビルの構造躯体を構成する全ての部材を反映した構造解析モデル
を用いて層間変形角の解析をしたことが認められ,ι設計報告書の時刻
歴応答解析の結果は,部材ごとの応答値を算定し得る適切な解析モデル
を用いたものといえる。
次に,上記を踏まえると,確認事項①では,層間変形角について,
外装材等の落下等の危険性の有無を検討する必要があるところ,証拠(乙
71,証人ψ)によれば,外装材等が梁と柱で構成されるフレームの変
形に追従できるかどうかについては,層間変形角のうちせん断変形成分
による影響が支配的であることが認められる。そうすると,上記危険性
の有無は,層間変形角のうちせん断変形成分によって検討されるべきも
のといえる。そして,上記認定事実aによれば,本件調査当時のβビ
ルのせん断変形成分は,X方向で1/70であるが,ι設計報告書記載
の対応策を実施した後の数値は1/98となる。他方,Y方向は1/1
18であり,上記基準を満たす。そして,証拠(乙16の1,71,証
人ψ)によれば,βビルの外装材は層間変形角のうちせん断変形成分が
1/70以下であれば落下しないと考えられることが認められる。
以上によれば,部材ごとの応答値を算定し得る適切な解析モデルを用
いてβビルのせん断変形成分を検討したところ,その値は,性能評価方
法書所定の基準を満たすものであるか,βビルの外装材が予定する層間
変形角を下回るものであったと認められる。したがって,確認事項①所
定の層間変形角の妥当性は確かめられたものといえる。
次に,確認事項②について検討するに,ι設計報告書(乙16の1)
によれば,本件調査にはι設計が保有する構造計算プログラムが用いら
れたことが認められる一方,本件全証拠によっても同プログラムが性能
評価方法書所定の基準を超える場合に,その値を適切に算出し得ないこ
とをうかがわせる事情は認められない。また,上記認定事実aのとお
り,本件調査による時刻歴応答解析の結果の値は,性能評価方法書所定
の要件を超える値についても算出されたことが認められ,その値等に不
自然な点はうかがわれない。以上によれば,本件調査の時刻歴応答解析
に用いられた構造計算プログラムは,性能評価方法書所定の基準を超え
る範囲についても適切に算出し得るものと考えられ,確認事項②所定の
事項も満たされているといえる。
そして,確認事項③は,水平変形に伴う鉛直荷重の付加的影響を算定
し得る適切な応答解析が行われていることであるところ,証人ψによれ
ば,ι設計は,過去の事例等から構造安全性に対する付加的影響は小さ
いことがうかがわれたため,補修等によりクリアできるものと判断した
ことが認められ,専門家会議検証結果を含め,これに反する指摘はうか
がわれない。したがって,確認事項③についても特に欠けるところはな
いといえる。
以上によれば,βビルは,本件模擬地震波を用いた時刻歴応答解析に
よる結果及びこれを踏まえた検討によれば,性能評価方法書の定める基
準を満たしており,その構造安全性に問題があるとは認められない。
βビルの構造安全性につき,原告らは以下のとおり主張するが,いず
れも採用することができない。
a保有水平耐力を計算する必要があるか否かについて
原告らは,官庁施設耐震基準解説(乙67)には,高層建築物等の
大地震動に対する設計のうち,構造体の目標性能と設計方法について,
保有水平耐力の検討を要する旨の記載があるにもかかわらず,ι設計
報告書にはこの点に関する記載がないから,同報告書には重大な誤り
がある旨主張する。
しかし,前述のとおり,官庁施設耐震基準はβビルには適用されな
いから,上記主張はその前提を誤るものであるし,その点をおくとし
ても,建築基準法及び建築基準法施行令上,保有水平耐力計算による
構造計算(同施行令82条~82条の3)は,高さが60m以下の建
築物に用いられる基準であるところ(同法20条2号イ,3号イ,同
施行令81条2項,3項,82条以下),βビルの高さは256mで
あるから(前提事実ア),上記基準はβビルには適用されない。し
たがって,原告らの上記主張は,その前提を誤るものであって,採用
することができない。
bπ学会文書に記載された基準を満たしていないとの主張について
原告らは,π学会文書(甲58)には,防災拠点に対して求める基
準が示されているところ,βビルは当該基準を満たしていない旨主張
する。
確かに,π学会文書は,「適用されるべき建築物の用途例」が「防
災拠点,拠点病院など」とされている「特級」のグレードの耐震構造
の目標性能設定例には,「極稀に発生する地震動」が生じた場合にお
ける「主要機能確保」の層間変形角の目標性能を1/150としてい
ることなどが認められる。しかし,上記目標性能は,法令上の基準で
あるとは認められないし,この点をおくとしても,上記記載は,耐震
設計法の歴史等を解説する中で,JSCA(日本建築構造技術者協会)
が建築物の性能目標を定めたことの一例として挙げられたものにすぎ
ず,いかなる構造種別や計算法を前提とした耐震性の目標値であるの
かも明らかでない。以上によれば,上記記載がβビルを購入するに当
たって遵守すべき目標性能であると解することは困難である。
したがって,原告らが挙げるπ学会文書の記載が,βビルの耐震性
の基準となるとは認められないから,原告らの上記主張は採用するこ
とができない。
c層間変形角が基準を超えているとの主張について
次に,原告らは,βビルの層間変形角はι設計報告書記載の対応策
を実施しても1/77であるから,同報告書によればβビルは十分な
耐震性を有していなかったと主張する。
しかし,上記からまでで説示したとおり,βビルは,上記層間
変形角の数値を踏まえ,確認事項①から③までの観点から安全性を確
認したことが認められるから,原告らの上記主張は採用することがで
きない。
d層間変形角をせん断変形成分によって評価すべきではないとの主張
について
原告らは,層間変形角の評価をせん断変形成分によって行い,曲
げ変形成分を考慮しないのは誤りである旨主張する。
しかし,上記aで説示したとおり,性能評価方法書所定の層間
変形角の要件(認定事実b)の検討に当たっては,せん断変形
成分及び曲げ変形成分の双方からなる層間変形角の値が用いられて
いる。また,上記で説示したとおり,確認事項①の確認をせん断
変形成分によって行っているのは,そこで検討すべき外装材等の落
下等の危険性の有無についてはせん断変形成分が支配的であること
によるから,特段不合理なものとはいえない。以上のほかに,βビ
ルの構造安全性の検討に当たって,曲げ変形成分が不当に考慮され
ていないことをうかがわせる事情は認められない。したがって,原
告らの上記主張は採用することができない。
また,原告らは,せん断変形成分のみで層間変形角を検討するこ
とはないとして,確認事項①の確認をせん断変形成分によって行う
ことは誤りである旨主張し,証人ααはこれに沿う供述をする。し
かし,同供述はせん断変形成分と曲げ変形成分を分ける旨を説明す
る証拠(甲28)に整合するとはいい難いし,学識経験者が関与し
た専門家会議検証結果においてもせん断変形成分の値を用いて検証
をしていること(認定事実b)とも整合しない。したがって,原
告らの上記主張は採用することができない。
eせん断変形成分が1/100を超えているとの主張について
原告らは,仮にせん断変形成分のみで評価するとしても,βビルの
層間変形角はι設計報告書記載の対応策を実施した後でも1/98で
あるから,同報告書によればβビルは十分な構造安全性を有していな
かったと主張する。
しかし,上記で説示したとおり,確認事項①は,層間変形角のせ
ん断変形成分の値(1/98)だけによって確認されたわけではなく,
βビルの外装材がせん断変形成分1/70以下であれば落下しないこ
とを踏まえて確認されたものである。したがって,原告らの上記主張
は採用することができない。
なお,上記認定事実bのとおり,関口波8(NS)を用いて時刻歴
応答解析を行った結果,βビルの層間変形角は,大阪府が東日本大震災
前に策定した制震補強計画を前提とした場合及び大阪府が本件専門家会
議において提案した追加補強計画を前提とした場合のいずれにおいて
も,層間変形角のせん断変形成分の値は,X方向及びY方向とも1/9
0を上回る。しかし,上記ウaで説示したとおり,本件調査当時にお
いて本件模擬地震波ではなく関口波8(NS)によってβビルの耐震性
を検討すべきであるとはいえないから,上記の値によってβビルの構造
安全性が欠けると評価することはできない。
以上のとおり,βビルは,本件購入契約当時,ι設計報告書記載の対
応策を実施することによって,性能評価方法書の定める基準を満たすこ
とができるものであったといえるから,当時の知見等に照らし,その構
造安全性において欠けるところがあったとはいえない。
オβビルの地盤の安全性について
原告らは,κ地区は地盤が液状化する可能性があるから,βビルは液状
化によって大きな影響を受ける旨主張する。
しかし,防災機能検討報告書(乙17)によれば,βビルの立地地点の
液状化の可能性は「ほとんどなし」又は「程度は小さい」と評価されてい
ることが認められるところ,このような液状化の可能性の評価が誤り又は
不合理であることを裏付ける具体的な事実又は証拠は見当たらない(後記
参照)。原告らの上記主張は,抽象的な可能性を指摘するものにとどま
り,採用することができない。
カまとめ
以上のとおり,ι設計報告書において,本件模擬地震波によりβビルの
耐震性が判断されたことが誤り又は不合理であるとはいえず,これを前提
として検討されたβビルの構造安全性につき,当時の知見等に照らして欠
けるところがあったとは認められない。また,βビルの地盤の安全性につ
いても具体的な問題はうかがわれない。
βビルの防災拠点としての適格性等について
ア認定事実
証拠(乙17,76,証人ββのほか掲記のもの)及び弁論の全趣旨に
よれば,以下の事実が認められる。
東南海・南海地震による想定地震動
κ地区に影響を及ぼす地震については,内陸断層帯地震である上町断
層帯地震等と,海溝型地震である東南海・南海地震が想定されている。
このうち,本件購入契約時の東南海・南海地震の想定地震規模はマグニ
チュード8.6であり,κ地区での予想最大震度は震度5強とされ,一
部は震度6弱とされた。(以上につき,乙77)
東南海・南海地震による液状化予測
a液状化の一般的知見
液状化とは,地震動によって砂の粒子間の地下水(間隙水)の水
圧が急激に上昇して,砂の粒子同士を横にずらそうとする力に対す
る抵抗力(せん断強度)を失うことをいう。そして,液状化は,①
砂が多く含まれる地盤であること,②地下水位が高いこと(砂の粒
子間が地下水で満たされていること),③砂の粒子が緩い状態で堆
積していることをいずれも満たしている場合に発生するとされてい
る。(以上につき,甲5,6,乙30)
土は,その粒の粒径によって,礫(75㎜~2㎜),砂(2㎜~
0.075㎜),シルト(0.075㎜~0.005㎜)及び粘土
(0.005㎜以下)に分類される。そして,礫や粘土は液状化せ
ず,砂が多量に含まれていると液状化しやすくなる。また,シルト
そのものは液状化を起こすことはないものの,あまり粘着力がない
ため液状化することがあり,礫に砂やシルトが混ざっている場合に
も液状化することがある。(以上につき,甲5,6)
b予測の判定指標
PL値
特定の地点における液状化の発生と程度を評価する指標として,
液状化指数であるPL値がある。PL値に対する液状化発生の面積
率又は予測的中率と,防災機能検討報告書及び地震被害想定報告書
で挙げられている液状化予想の区分の対応は,以下のとおりである。
(以上につき,乙77)
PL値液状化発生面積率液状化予想の区分
0~50%ほとんどなし
5~1010%程度は小さい
10~1525%
中程度
15~2045%
20~2565%激しい
液状化危険度
地震被害想定報告書は,PL値15を液状化発生の閾値とし,各
地点のボーリングデータを基に,当該地点が上記閾値に達する限界
加速度を算出し,その限界加速度を以下の表のとおり区分して,各
地点の液状化危険度を評価した。以下の表によれば,例えば,「極
めて高い」と判定された地点は,海溝型地震の場合に最大加速度が
150ガル以下でPL値が15に達して液状化が発生するほどに軟
弱な地盤であるから,液状化発生の可能性が極めて高いと判定され
たことを意味する。(以上につき,乙77)
液状化危険度
(発生の可能性)
限界加速度(PL値が15に達する値。単位はガル)
海溝型地震内陸直下型地震
極めて高い0~1500~200
高い150~250200~400
やや高い250~350400~600
低い350~450600~800
極めて低い(発生は局所的)
極めて低い
上記以外で,ため池埋め立て地等が存在する微地形条件
上記以外の山地等の微地形条件
cκ地区の液状化予測
想定されている東南海・南海地震(上記)によるκ地区の液状
化予測(PL値)の結果は,ほとんどの地点で「ほとんどなし」か
ら「程度は小さい」であり,局所的に「中程度」の区分に属する地
点が見られた(乙77)。
また,κ地区の液状化危険度の結果は,ほとんどの地点が「極め
て低い(発生は局所的)」であり,一部の地点が「やや高い」又は
「低い」の各区分に該当した(乙77)。
潮位及び東南海・南海地震による津波予測
a潮位
潮位や海抜を表す単位としては,東京湾平均海面を示す「T.P.」
と大阪湾最低潮位を示す「O.P.」があり,T.P.はO.P.
よりも1.3m高い。また,満潮位は朔望平均満潮位を用いること
があるが,これは,新月及び満月の日から各5日以内の期間中の最
高満潮面の値の平均値である。(乙46,78)。
大阪湾で記録されたこれまでの最高潮位は,昭和9年の室戸台風
の際に観測されたO.P.+4.5mである。また,大阪湾の計画
高潮位はO.P.+5.2mである。これは,大潮の満潮時に伊勢
湾台風級の台風が室戸台風と同じコースを進んだ場合を想定した潮
位であり,具体的には,台風期(7月から10月まで)の朔望平均
満潮位の実測値であるO.P.+2.2mに上記想定の場合の偏差
3.0mを加えたものである。(以上につき,乙78)
b東南海・南海地震による津波予測
本件購入契約当時に想定されていた東南海・南海地震(上記)の
際に予測されるδ及びκ地区周辺の最大津波高分布は1.6~2.2
mである。そして,その際の想定津波水位は,上記最大津波高分布に
朔望平均満潮位(O.P.+2.1m)を加えることによって算出さ
れ,その値はO.P.+3.7~4.3mである(乙44,79)。
cκ地区の地盤高及び護岸高
κ地区の地盤高は別紙2のとおりであり,δ大橋北詰はO.P.+
2.9mであるが,それ以外の地点はO.P.+5.3m以上となっ
ている。
災害時の大阪府職員の参集体制
a大阪府は,平成21年2月時点では,庁舎移転構想において,βビ
ルを防災拠点とし,職員は災害発生時にはβビルに参集することを前
提とする防災体制を想定した(乙28)。
b大阪府は,平成21年9月時点では,庁舎移転案において,βビル
に防災情報センターを整備するとともに,η庁舎に防災情報センター
の機能に支障が生じた場合に備え,防災バックアップ施設を整備し,
職員は,想定内の事象が発生した場合にはβビルに参集し,想定外の
事象が発生した場合には上記バックアップ施設に参集することを前提
とする防災体制を想定した。そして,上記想定外の事象の例としては,
地震により大型車両等が参集ルートを封鎖した場合や,想定を超える
高潮によりκに浸水被害が生じた場合が挙げられていた。(以上につ
き,乙24)
参集ルート
上記bにおいて想定されていた参集ルートは,γルート,σルート
及びτルートの3つである。各ルートの概要及びルート上の主要構造物
の安全性は以下のとおりであり,位置関係及び各ルート上の地盤高は別
紙2のとおりである。
aγルート
γルートは,βの南東に位置する内陸部から,γγ橋及びδδ橋
を順次渡り,δ大橋を渡ってκに入ってβビルに到達するルートを
主要参集ルートとし,γγ橋及びδδ橋を渡らずにεε大橋を渡る
ルート並びにγγ橋及びδδ橋の南側からδδ橋西岸に至るルート
をサブ参集ルートとしている。
γルート上の主要構造物のうち,γγ橋,δδ橋及びεε大橋は,
本件購入契約時までに落橋防止装置の設置などの耐震対策が施され
ていた。
他方,δ大橋は,落橋防止装置等の耐震対策が施されていたもの
の,北詰の地盤高(O.P.+2.9m)が想定津波水位(O.P.
+3.7~4.3m)より低いことから(上記b,c),本件購
入契約時には,府庁舎移転時までに人道橋又は津波防御施設を設置
することを予定しており(乙24),その後,津波防御施設が設置
された。
bσルート
σルートは,βビルの東に位置する内陸部から,κトンネルを通
過してκに入り,βビルに到達するルートを主要参集ルートとし,
サブ参集ルートは設定されていない。
σルート上の主要構造物のうち,κトンネルは,平成21年度に
トンネル継手部(トンネル本体および立坑接続部)の補強工事を終
え,トンネル本体も東南海・南海地震の想定地震動によって耐震性
が確認された。
cτルート
τルートは,βビルの北東に位置する内陸部から,υ大橋を渡っ
てμμに入り,φ大橋を渡ってζζに入り,χトンネルを通過して
κに入り,βビルに到達するルートを主要参集ルートとし,υ大橋
を渡らずにτ大橋を渡るルートをサブ参集ルートとしている。
τルート上の主要構造物のうち,φ大橋は,新耐震基準(平成8
年道路橋示方書所定の基準。以下同じ。)所定の地震波のほか,東
南海・南海地震を想定した地震波及び上町断層系による想定地震波
を用いた時刻歴応答解析によって耐震性が確認されている。また,
χトンネルは,東南海・南海地震の想定地震動によって照査され,
耐震性が確認されている。
他方,υ大橋は,上部工は新耐震基準に基づいて築造されている
ものの,下部工(橋脚)は,本件購入契約時には,府庁舎移転時ま
でに耐震性の照査及びこれに伴う必要な補強工事をすることが予定
されていたが(乙24),まだ工事は実施されていない。
また,τ大橋は,本件購入契約時では,部分的な耐震補強を要す
るとされ,その後,耐震補強工事を終えた。
イ想定地震動について
証拠(乙17,76,77,ββ)によれば,κ地区の液状化及び津
波の被害予測の前提となる想定地震動は,防災機能検討報告書に基づく
ものであるところ,これは「大阪府自然災害総合防災対策検討(地震被
害想定)報告書」(地震被害想定報告書)で示された予測結果を引用し
たものであることが認められる。そして,同報告書は多数の学識経験者
や公的機関が参加して検討した結果であり,その内容について特に問題
はうかがわれない。
これに対して,原告らは,防災機能検討報告書において想定されてい
る想定地震規模は過小評価されている旨主張する。しかし,上記認定事
実のとおり,上記想定地震規模はマグニチュード8.6であるところ,
証拠(甲30)によれば,南海トラフでは過去にマグニチュード8.0
から8.4の地震が起きたことが認められる。そうすると,上記想定地
震規模は過去に南海トラフで起きた地震規模を上回るものであって,過
小評価されたものとはいえない。原告らの上記主張は採用することがで
きない。
また,原告らは,防災機能検討報告書は大阪市地域防災計画(乙79)
の数値も引用しているところ,同計画の東南海・南海地震の想定地震規
模はマグニチュード7.8程度と過小評価されている旨主張する。しか
し,同計画において想定地震規模をマグニチュード7.8程度としてい
るのは上町断層帯地震であり,南海トラフでの海溝型地震ではない。ま
た,同計画は四国沖で起きた海溝型地震の想定地震規模をマグニチュー
ド8.6としていることが認められ(乙79),この値は過小評価され
たものとはいえない(上記)。原告らの上記主張は採用することがで
きない。
以上のとおりであるから,κ地区の被害予測の前提となる想定地震動
は,本件購入契約時の知見に沿ったものといえ,その内容に誤りは認め
られない。
ウ液状化予測について
上記認定事実のとおり,κ地区の液状化予測の結果は,ほとんどの
地点が液状化発生面積率0%~10%の区分であり,液状化危険度も極
めて低く,発生は局所的と評価されている。そして,上記イで説示し
たとおり,κ地区の液状化予測は,防災機能検討報告書に基づくもので
あるところ,これは地震被害想定報告書で示された予測結果を引用した
ものであり,同報告書の内容に特に問題はうかがわれない。
これに対し,原告らは,国内で過去に起きた大地震(甲82~84)
に照らすと,地震被害想定報告書の液状化危険度の区分(認定事実b
)は極めて甘い予測である旨主張する。しかし,地震被害想定報告書
の液状化危険度の評価方法は,液状化発生PL値の閾値をはじめ,兵庫
県南部地震の液状化を検討した結果等を踏まえた知見によることが示さ
れており(乙31,77),その内容に特に不合理な点は認められない。
原告らの上記主張は採用することができない。
なお,原告らは,国内で過去に最大加速度が800ガルを超える地震
が複数回発生しているが,これらの値は液状化危険度「低い」に対応す
る限界加速度「350~450ガル」を大幅に上回るため,上記液状化
危険度の区分は誤りである旨主張する。しかし,液状化危険度の区分は
当該地点のPL値が15に達する限界加速度によって分けられているも
のであるから(認定事実b),過去に最大加速度の値が大きい地震
があったからといって,液状化危険度の区分が誤りと評価されるもので
はない。したがって,原告らの上記主張は失当である。
また,原告らは,κ地区の液状化予測の結果によれば,大阪市内のδ
B・D岸壁(甲81参照)は液状化の発生しにくい区域とされているが,
同所は兵庫県南部地震の際には液状化現象が生じたから(甲80),上
記液状化予測は誤りである旨主張する。しかし,防災機能検討報告書(乙
17)によれば,δB・D岸壁がある地点の大半では,PL値は15以
上であり,液状化発生の可能性は中程度以上と評価されており,液状化
の発生しにくい区域とはされていない。したがって,原告らの上記主張
は前提となる事実を誤るものであるから,採用することができない。
さらに,原告らは,防災機能検討報告書及び地震被害想定報告書によ
るκ地区の液状化予測では,地震動(地震加速度)の大きさ(最大加速
度)のみが考慮され,継続時間の長さが考慮されていない旨主張する。
しかし,同報告書(乙77)には,東南海・南海地震の予測では,海
溝型地震の継続時間の長い地震動の影響を考慮するために所要の補正係
数を入力した旨の記載がある。したがって,上記報告書において行われ
た液状化予測は地震の継続時間の長さを考慮したものと認められるか
ら,原告らの上記主張は採用することができない。
原告らは,防災機能検討報告書及び地震被害想定報告書によるκ地区
の液状化予測では,前提となるボーリングデータの数が限られているか
ら,予測の精度が高いとはいえないと主張し,これに沿う記載のある文
献(甲5)を挙げる。
しかし,証拠(乙29,42,61,77)によれば,同報告書は,
関西圏地盤情報データベースなどの地盤情報を用いたものであるとこ
ろ,同データベースは関西圏で集積されてきた地盤情報を統合したもの
であり,κ地区についても500本を超えるボーリングデータが登録さ
れている。以上によれば,κ地区の液状化予測は,十分な数のボーリン
グデータに基づいてされたものといえる。他方,原告らが挙げる上記文
献は,地方公共団体が示す液状化マップには十分なボーリングデータに
基づかないこともあるという一般的な可能性を述べるにとどまるから,
上記認定判断を左右するものではない。したがって,原告らの上記主張
は前提となる事実が認められないから,採用することができない。
原告らは,液状化に関し,シルト質の粘土層は粘着力がないため液状
化することがあるから,κ地区は浚渫粘土で埋め立てられていることを
もって液状化が起こりにくいとはいえないと主張する。
しかし,庁舎移転案(乙24)によれば,κ地区は,護岸を除いて主
に浚渫粘土で埋め立てられ,サンドドレーン工法等の地盤改良が施され
たことが認められる一方,本件全証拠によっても,埋立てにシルトが用
いられたことをうかがわせる事情は認められない。原告らの上記主張は,
βビルの地盤にシルトが含まれているという仮定的な事実を基に,シル
トが含まれていれば液状化が発生するおそれがないとはいえないという
抽象的なおそれを指摘するものにすぎず(認定事実a参照),採用
することができない。
以上のとおりであるから,κ地区の液状化予測の結果は,本件購入契
約時の知見に沿ったものといえ,原告らの主張を踏まえて検討しても,
その内容に誤りは認められない。
エ潮位及び津波予測について
上記認定事実b,cのとおり,κ地区の津波予測の結果はO.P.
+3.7~4.3mであるところ,κ地区の地盤高はδ大橋北詰を除い
てO.P.+5.3m以上となっている。そして,δ大橋北詰は,本件
購入契約時には,府庁舎移転時までに人道橋又は津波防御施設を設置す
ることを予定していた(認定事実a)。そうすると,いずれの地点
の地盤高も,府庁舎移転時までに想定津波水位を上回ることが見込まれ
たといえる。
そして,証拠(乙76,ββ)によれば,上記津波予測は防災機能検
討報告書に基づくものであり,これは,大阪市地域防災計画(乙79)
及び同書で引用されている「平成15年度東南海・南海地震津波等対策
検討委員会検討成果」(乙44。以下「平成15年度検討成果」という。)
に基づくものであるところ,証拠(乙43,44)によれば,平成15
年度検討成果を取りまとめた委員会は,ηη(肩書は当時)を委員長と
し,学識経験者及び行政関係者で構成され,1年以上にわたる検討を経
て,平成15年度検討成果を取りまとめたことが認められる。以上に説
示したところに照らせば,平成15年度検討成果は専門家によって相当
期間をかけて検討されたものであるといえ,その信用性に疑問を差し挟
む点は認められない。
これに対して,原告らは,平成15年にηη教授が公表した論文(甲
29)によれば,想定津波水位は最大で「3.94」mであるから,平
成15年度検討成果の津波予測(O.P.+3.7~4.3m)は想定
津波水位を過小評価している旨主張する(なお,ηη論文の津波水位の
上記値はO.P.又はT.P.のいずれであるか明らかではないが,原
告らが主張するT.P.であること(すなわち,O.P.換算で+5.
24mであること)を前提に検討する。)。
しかし,上記で説示したとおり,平成15年度検討成果は,ηη教
授を含む専門家によって相当期間をかけて検討されたものであるとい
え,その作成経過等に不合理な点は見当たらないし,平成24年7月に
修正された大阪市の「東南海・南海地震防災対策推進計画」における災
害想定においても維持されていること(乙45)からすると,その内容
面においても確定的な知見を取りまとめたものとして特段の問題がない
ことが推認される。他方,ηη論文には,東海・東南海・南海地震が同
時又は連鎖的に発生した場合の津波の影響を解明することを目的として
いる旨の記載があることからすると,ηη論文は学術的な見地から未だ
解明されていない問題について一つの検討結果を示したものにとどま
り,確定的な知見を提供するものではないとみるのが相当である。した
がって,ηη論文の内容によって,平成15年度検討成果の津波予測が
誤りであるとはいえないから,原告らの上記主張は採用することができ
ない。
原告らは,防災機能検討報告書に記載されている地盤高は平成15年
から平成19年にかけての計測値であり,その後の地盤沈下を考慮して
いないから,κ地区の地盤高(認定事実c)は過大に評価されている
旨主張する。
しかし,平成21年10月に作成された防災機能検討報告書の追加提
出資料(乙17)によれば,護岸高は全て平成20年度又は平成21年
度に計測されたものであり,地盤高は最も古いもので平成17年度に計
測されたものであるから,原告らの上記主張はその前提を誤っている。
加えて,同報告書には,地盤高については過去及び最近の1年当たりの
各地盤高の沈下速度(1年当たり0.5㎝~3.9㎝)が記載され,東
南海・南海地震津波等対策検討委員会に向けた議論の中で,地震による
地殻変動により,大阪港域では約20㎝沈下するとの想定があることが
紹介され,κの今後50年間の累積沈下量の予測(θθ地区で約35~
60㎝,ιι地区で約50~60㎝,δ東地区で約20㎝等)が示され,
これらを受けて,κの地盤高が想定潮位を下回ることを想定して地盤高
と経年的な地盤沈下の傾向に常に注意を払いつつ,その時点に応じた防
災対策を講じて埋立地の防災機能を保持することができる旨の検討結果
と防災対策の例が記載されている。以上に照らせば,防災機能検討報告
書はその時点で入手した護岸高や地盤高の数値を踏まえて将来予測を
し,想定する事態に対する対応策やその例を示しているのであるから,
将来の地盤沈下を考慮したものといえる。したがって,原告らの上記主
張は採用することができない。
原告らは,兵庫県南部地震の際には兵庫県内で液状化による護岸陥没
が生じたが(甲79),防災機能検討報告書に記載されている地盤高や
護岸高は南海トラフで巨大地震が発生したときの護岸陥没の可能性を考
慮していない旨主張する。
しかし,我が国の港湾区域の護岸は,一部の特殊な護岸・岸壁を除き,
内陸直下型地震を想定して設計されていないことがうかがわれるところ
(乙17),直下型地震である兵庫県南部地震の際に液状化による護岸
陥没があったからといって,南海トラフで巨大地震が発生したときに同
様の事象が生じるとはいえない。また,防災機能検討報告書は,上記ウ
で説示したとおり,液状化の危険性について検討しているし,護岸の損
傷や液状化の可能性についても検討している。したがって,原告らの上
記主張は採用することができない。
原告らは,防災機能検討報告書の津波浸水想定は,津波のエネルギー
の特性(甲35参照)や,これにより津波が護岸を越流(遡上)する可
能性を考慮していない旨主張する。
しかし,防災機能検討報告書が依拠する平成15年度検討成果(乙4
4)において示された津波浸水予測図(素案)は,地震被害想定報告書
(乙77)の浸水予測結果と同じであることが認められるところ,同報
告書によれば,上記浸水予測の計算に当たっては,津波の特性,越流及
び遡上を踏まえた計算手法が用いられていることがうかがわれ,防災機
能検討報告書の津波浸水想定が,津波の特性,越流及び遡上を考慮して
いないとは認められない。また,上記認定事実bのとおり,想定外の
事象によりκに浸水被害が生じた場合は,バックアップ施設への職員の
参集等を予定していたのであるから,津波によるκ地区の浸水可能性が
考慮されていなかったとも認められない。したがって,原告らの上記主
張は採用することができない。
以上のとおりであるから,κ地区の潮位及び津波予測の結果は,本件
購入契約時の知見に沿ったものであり,いずれの地点の地盤高も,府庁
舎移転時までに想定津波水位を上回ることが見込まれたといえ,原告ら
の主張を踏まえて検討しても,その内容に誤りは認められない。
オ参集ルートの主要構造物の安全性等について
γルートについて
原告らは,γルートのうち,γγ橋,δδ橋及びδ大橋は地盤の液状
化の可能性を否定することができず,これによる落橋の可能性が高いと
主張する。
確かに,防災機能検討報告書(乙17)によれば,γルート上のPL
値は,上町断層帯地震を想定した場合には一部で中程度(10~20)
の箇所があり,東南海・南海地震を想定した場合には一部で中程度(1
0~15)の箇所があること,今後50年の地盤沈下予測は1年当たり
0.3㎝から0.5㎝とされていることが認められ,液状化のおそれが
全くないとはいえない。しかし,同報告書によれば,γγ橋,δδ橋及
びδ大橋はいずれも落橋防止装置等の耐震対策が施されていることが認
められる。以上によれば,γγ橋,δδ橋及びδ大橋は,液状化の可能
性はあるものの,落橋の可能性が高いとはいえない。したがって,原告
らの上記主張は採用することができない。
σルートについて
a原告らは,σルートを構成するκトンネルは,沈埋工法という特殊
な工法によって作られているため,沈埋函の継手部が地震動によって
損傷してトンネルが水没する可能性がある旨主張する。
しかし,原告らは,沈埋工法の内容や地震動が沈埋函の間の継手部
に与える影響等について何ら具体的な立証をしていない。また,上記
認定事実bのとおり,κトンネルはトンネル継手部の補強工事を
終えている。以上によれば,原告らの主張は,抽象的な可能性を指摘
するものにとどまるから,採用することができない。
bまた,原告らは,κトンネルの内陸側の坑口付近の地盤高はO.P.
+2.0mであり,想定津波水位(O.P.+3.7m~4.3m)
よりも低いため,地震発生時の津波により水没する可能性があると主
張する。
しかし,防災機能検討報告書(乙17)によれば,上記坑口のある
σ地区には高さO.P.+5.7m~7.2mの防潮堤が設けられて
いることが認められ,想定津波水位に到達することにより直ちにκト
ンネルが水没するとは認められない。原告らの上記主張は採用するこ
とができない。
τルートについて
原告らは,τルートを構成するφ大橋やχトンネルは地震による液状
化の影響を受けて損傷等する可能性がある旨主張する。
確かに,防災機能検討報告書(乙17)によれば,ζζの今後50年
間の地盤沈下量の予測はおおむね150㎝となっているが,ζζの幹線
道路における土質調査資料のPL値は,内陸断層帯地震(上町断層帯地
震等)の場合で2.13,海溝型地震(東南海・南海地震等)の場合で
0.99であることが認められ,これは,液状化予想の区分が,いずれ
も「ほとんどなし」に区分される値である。また,上記認定事実c
のとおり,φ大橋及びχトンネルは,いずれも新耐震基準等に基づいて
照査され,耐震性が確保されている。したがって,原告らの上記主張は,
抽象的な可能性を指摘するにとどまるものであって,採用することがで
きない。
参集ルートの適格性について
a以上のとおり,原告らは,各参集ルート上の主要構造物が地震によ
って損傷する可能性がある旨主張するが,いずれも抽象的な可能性を
指摘するものにすぎず,採用することができない。そして,上記認定
事実のとおり,その余の主要構造物のうち,耐震性が確認されたも
のについては上記可能性をうかがわせる事情は認められないし,耐震
性が確認されていないものについては耐震対策を講じることが具体的
に予定されていたことが認められる。以上に加え,上記認定事実の
とおり,想定外の事象が発生した場合には災害時のβビルへの職員の
参集は予定されていなかったことを併せ考慮すれば,参集ルートが災
害時の職員の参集経路として不適格であったとは認められない。
bこれに対して,原告らは,①γルート上のδ大橋北詰交差点(認定
事実a)及び②τルート上のυ大橋(同c)は,本件購入契約
当時,耐震性が確保されていなかったのであるから,これを前提とす
る参集ルートの設定は誤りである旨主張する。
しかし,上記認定のとおり,上記各箇所については,本件購入契約
時において耐震対策の実施が具体的に予定されていたし,耐震対策が
実施されるまでの期間についても,βビルへの3つの参集ルートが設
定されていたことからすると,これらの参集ルートが全て通行不能に
なる蓋然性が高いとは認められない。そうすると,原告らが指摘する
事情を考慮しても,参集ルートが災害時の職員の参集経路として不適
格であったとはいえない。原告らの上記主張は採用することができな
い。
cまた,原告らは,南海トラフにおいて巨大地震が発生した場合,想
定を超える規模の地震により,交通や建築物に想定を超える被害が生
じる可能性があることを前提に,そのような場合に職員がβビルに参
集して,同ビルが防災拠点として機能することは不可能かつ非現実的
である旨主張する。
しかし,上記認定事実bのとおり,参集ルートが封鎖された場合
やκに浸水被害が生じた場合は,職員は,η庁舎のバックアップ施設
へ参集することが想定されており,βビルへ参集することは想定され
ていなかった。したがって,原告らの主張は,前提となる事実を誤る
ものであるから,採用することができない。
カまとめ
以上のとおり,想定地震動,液状化予測,潮位及び津波予測並びに
参集ルートの主要構造物の安全性等のいずれについてみても,βビル
が,本件購入契約当時の知見等に照らし,予定されていた防災拠点と
しての適格性を全く欠いていたとは認められない。
なお,大阪府は,平成25年8月,南海トラフ巨大地震による津波
浸水想定を定め(乙46),同想定では,南海トラフの想定地震規模
をマグニチュード9.1とし,これに基づく津波浸水想定を定めたこ
とが認められる。しかし,同想定は,本件購入契約後に発生した東日
本大震災を受け,想定地震規模を引き上げて作成されたものであって,
上記認定判断を左右するものではない。
財政シミュレーションの適否等について
ア認定事実
掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
大阪府は,庁舎移転構想において,平成20年から平成53年までの
財政シミュレーションを公表した。その概要は,以下のとおりである。
(以上につき,乙28)
β移転案①耐震補強案①建て替え案①
総支出▲862億円▲823億円▲1382億円
土地活用収入447億円203億円339億円
・の合計▲415億円▲620億円▲1043億円
大阪府は,庁舎移転案において,上記の内容を改訂し,平成21年
から平成53年までの財政シミュレーションを公表した。その概要は,
以下のとおりである。(以上につき,乙24)
β移転案②耐震補強案②建て替え案②
整備費等支出▲206億円▲149億円▲594億円
土地活用収入425億円255億円353億円
(+)219億円106億円▲241億円
管理的経費等▲387億円▲514億円▲363億円
大規模修繕費▲241億円▲104億円▲75億円
~の合計▲409億円▲512億円▲679億円
上記の前提条件等は,以下のとおりである(乙24)。
aβ移転案②の土地活用収入は,η庁舎本館の一部を文化的施設とし
て残し,その余を売却するという内容である。
bβ移転案②の管理的経費等(▲387億円)は,民間の賃借人から
の賃料等収入143億円を考慮したものである。そして,同収入の前
提条件は,以下のとおりである。
執務室等として使用可能な面積7万3300㎡のうち,5万80
00㎡を執務室等として利用し,残りの1万4800㎡(民間オフ
ィス5100㎡,店舗9700㎡)を当時の民間の賃借人がそのま
ま引き継ぐ。
上記のうち,民間の賃借人の平均空室率は50%とする。これ
は,平成21年時点で入居していた全賃借人が平成21年から平成
53年までの間に順次退出する一方で,代わりに入る賃借人がいな
いという仮定に基づくものである。
c業務システム移転費は,財政シミュレーションに与える影響が軽微
であると判断され,計上されなかった。また,防災行政無線整備費(約
88億円)は,更新時期が近いため,庁舎の位置にかかわらず必要な
費用となると判断され,計上されなかった
イ土地活用収入について
上記認定事実,aによれば,庁舎移転案で示されたβ移転案②は,
η庁舎本館のほぼ全てを売却することによる土地活用収入425億円を
見込んでいたことが認められる。
これに対して,原告らは,本件移転条例案①が否決された時点で大阪
府庁舎がβビルへ全面移転しないことは判明していたから,その後提案
された庁舎移転案のβ移転案②において,βビルへの全面移転を前提と
して土地活用収入を考慮したことは誤りである旨主張する。しかし,前
記前提事実のとおり,庁舎移転案公表後に本件移転条例案②が提案さ
れたことが認められ,同案が可決されればβビルへの全面移転が実現す
る可能性があったといえる。したがって,原告らの上記主張は,その前
提となる事実が認められず,採用することができない。
また,原告らは,本件移転条例案②の否決によってβ移転案②の土地
活用収入を得る見込みがなくなり,耐震補強案よりも多額の費用を要す
ることが明らかになったにもかかわらず,補助参加人が本件購入契約を
締結したことは著しく不合理である旨主張する。
しかし,庁舎移転案(乙24)によれば,η庁舎は,遅くとも平成元
年以降,庁舎の老朽化や執務環境の狭あい化の問題が指摘されていたこ
と,β移転案②は上記の問題に対応する案であった一方,耐震改修案②
は上記の問題には対応することができない案であったことが認められ
る。そうすると,本件移転条例案②の否決によってβビルへの全面移転
の実現ができず,これによる土地活用収入が幾分減少することを考慮し
ても,β移転案②は,上記各問題を解決するという利点があったといえ
る。そして,前記前提事実ウのとおり,大阪府議会は本件移転条例案
②の否決後にβビルの購入に係る議案を可決したものであるところ,こ
れは庁舎移転案に示されている上記利点を積極的に評価したことによる
議決であることがうかがわれ,これに反する事情は認められない。以上
によれば,補助参加人が,本件移転条例案②の否決後に土地活用収入に
係る財政シミュレーションの修正等を行っていないとしても,βを購入
する目的やその必要性が欠けるとはいえない。したがって,原告らの上
記主張は採用することができない。
ウ賃料収入予測について
上記認定事実bのとおり,β移転案②の民間の賃借人からの賃料等収
入は,平均空室率50%を前提に143億円を見込んでいたところ,原告
らは,テナントの空き状況からすれば,上記平均空室率の予測は過小であ
ったと主張する。
しかし,上記認定事実bによれば,上記平均空室率は,予測時に入
居していた民間の賃借人が,以後約30年間の間に全て退去するというも
のであるから,予測時の入居状況を前提としたものといえる。したがって,
β移転案②は上記平均空室率を過小評価したものとはいえない。原告らの
上記主張は採用することができない。
エ業務システム移転費及び防災行政無線整備費について
原告らは,β移転案②の財政シミュレーションには業務システム移転費
及び防災行政無線整備費が計上されておらず,その分支出額が過小評価さ
れている旨主張する。しかし,上記認定事実cによれば,これらが計上
されなかったことには相応の理由がある一方,業務システム移転費が高額
であったことをうかがわせる事情は認められないし,防災行政無線設備の
更新の必要性を疑わせる事情もうかがわれない。したがって,上記各費用
が計上されなかったことによってβ移転案②の財政シミュレーションの
支出額が過小評価されたとはいえない。原告らの上記主張は採用すること
ができない。
オ大規模修繕費について
原告らは,β移転案②の財政シミュレーションでは大規模修繕費は24
1億円とされているが,東京都庁舎と同様に当初建設費の半分である60
0億円程度の費用を要する旨主張し,これに沿うααの供述及び意見書
(甲65)がある。
しかし,ααの供述及び意見書によっても,βビルと東京都庁舎との間
には,高さが60mを超える建築物であること及び竣工時期がおおむね同
時期であること以外に類似性は認められず,これらの点からβビルの大規
模修繕費が東京都庁舎と同様に当初建設費の約半分になるとは認められ
ない。また,ααは,庁舎移転案の改修費が中層建築のモデルを用いて算
定されているところ,このモデルは超高層建築には当てはまらない旨を述
べるが,上記差異の有無やその程度を的確に明らかにする証拠は見当たら
ない。以上によれば,原告らの指摘する点を踏まえても,β移転案の大規
模修繕費が過小に計上されたとは認められない。したがって,原告らの上
記主張は採用することができない。
カまとめ
以上のとおり,庁舎移転案の財政シミュレーションに原告らの主張する
誤り又は不合理な点は認められない。
本件購入契約の締結及び本件購入費用の支出の違法性について
以上のとおり,βビルの耐震性(構造安全性),βビルを含むκ地区の防
災拠点としての適格性及び財政シミュレーションの適否等の諸点に照らして
も,本件購入契約を締結した補助参加人の判断に裁量権の範囲の逸脱又はそ
の濫用があったとは認められず,本件購入契約の締結が違法であるとは認め
られない。また,本件購入契約が違法であるとは認められない以上,同契約
に基づく本件購入費用の支出もまた違法であるとは認められない。
3争点③(本件移転費用の支出の違法性)について
本件購入契約の締結の違法性に基づく本件移転費用の支出の違法性につい

原告らは,本件購入契約の締結が違法であるから,これを前提とする本件
移転費用の支出も違法である旨主張する。しかし,上記2のとおり,本件購
入契約の締結に違法性は認められないから,原告らの上記主張は採用するこ
とができない。
地方自治法4条1項違反の有無について
ア原告らは,大阪府の多数かつ重要な部局が平成22年4月から平成23
年5月までの間にη庁舎からβビル(κ庁舎)に移転しており,これは地
方自治法4条1項所定の事務所の位置の変更に当たるにもかかわらず,同
項所定の条例制定手続を経ていないから,上記移転は違法であり,その費
用である本件移転費用の支出も違法である旨主張する。
イそこで検討するに,地方自治法4条1項は,地方公共団体はその事務所
の位置を条例で定めなければならないと定め,同条3項は,同条1項の条
例を制定し又は改廃しようとするときは,当該地方公共団体の議会におい
て出席議員の3分の2以上の者の同意がなければならないと定めている。
これに対し,同法155条は,地方公共団体の支庁や地方事務所の設置及
びその位置等につき,条例で定めなければならないとしているものの,同
法4条3項のような特別の議決を必要としていない。このような地方自治
法の関係規定の文言や議決要件の差異等に加え,分庁舎の設置及びその位
置につき条例で定めることを要しないとする行政実例(乙23)にも照ら
すと,同法4条1項にいう「事務所」とは,地方公共団体の主たる事務所,
すなわち,都道府県については都道府県庁と解するのが相当である。この
点に係る原告らの主張は,独自の見解であって採用することができない。
これを本件についてみると,前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば,
大阪府は,平成22年4月から平成23年5月までの間に,η庁舎からβ
ビルへ相当数の部局が移転し,約2000名の職員がκ庁舎において勤務
することになったことが認められるものの,η庁舎には,上記移転後もな
お,大阪府知事(知事室)が常駐し,大阪府議会が存在するほか,政策企
画部,総務部,財務部等の多数の部局が存在し,κ庁舎を上回る約300
0名の職員が勤務している。このような事実関係に照らせば,βビルへの
部局の移転は,大阪府の主たる事務所を移転するものとはいえない。
ウこれに対し,原告らは,大阪府庁舎の来庁者の約8割を占める部局がβ
ビルに移転したことを考慮すれば,本件でのβビルへの部局の移転は地方
自治法4条1項所定の事務所の位置の変更に当たる旨主張する。
しかし,主たる事務所か否かの判断においては,その執行機関(知事)
及び議決機関(議会)の所在の有無が第一次的な判断要素になるというべ
きであり,部局や来庁者の数は判断要素の一つになるとしても,これによ
り主たる事務所の所在が決まるとは解し難い。原告らの上記主張は採用す
ることができない。
なお,原告らは,本件移転条例案①及び同②が否決されたにもかかわら
ず,補助参加人が多数の部局をβビルに移転させたことは,同項を無視す
る行動である旨主張する。しかし,庁舎移転案(乙24)は,大阪府知事
及び大阪府議会を含むη庁舎の本庁機能全てがβビルに移転する案であ
ったが,本件移転条例案①及び同②の否決後に実際に移転した部局は,庁
舎移転案のそれを下回るものであるし,大阪府知事(知事室)及び大阪府
議会もβビルには移転していない。原告らの上記主張は採用することがで
きない。
エ以上によれば,大阪府庁舎の部局をβビルに移転したことは,地方自治
法4条1項所定の事務所の位置の変更には当たらないから,同項に違反す
る旨の原告らの主張は採用することができない。
地方自治法4条2項違反の有無について
上記のとおり,βビルへの部局の移転は,地方自治法4条1項所定の事
務所の位置の変更には当たらない。したがって,同条2項違反を主張する原
告らの主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
東日本大震災以後,βビルへの部局の移転を中断すべきであったか否かに
ついて
ア原告らは,本件移転費用の支出のうち,東日本大震災発生後に行われた
移転に係る部分については,βビルの耐震性や安全性に関する不安が明ら
かになったにもかかわらず,βビルの安全性を確認せずに移転を実行した
ものであるから,違法である旨主張する。
しかし,証拠(乙25)によれば,大阪府は,平成23年3月18日,
βビルの既存鉄骨溶接部への上記地震による影響を調査するため,専門業
者による外観検査及び超音波探傷検査を行ったところ,外観上は割れや破
断等はなく,超音波検査による欠陥も認められなかったことが認められ
る。このように,大阪府庁舎の部局の移転は,東日本大震災後にβビルの
安全性が確認された上で行われたものであるから,違法であるとはいえな
い。
イまた,原告らは,本件専門家会議は約1か月半の期間でβビルの耐震性
に大きな問題があることを明らかにしたのであるから,大阪府においても,
東日本大震災直後に本件専門家会議が行ったような検討を行い,より早い
時期に上記地震後の部局の移転を中止することができた旨主張する。
しかし,前記前提事実及び証拠(乙3,18の1,18の6)によれ
ば,本件専門家会議は平成23年5月13日に公表された大阪府検証結果
の内容を精査し,検討を深めるために開催された会議であること,上記検
証結果においては,オイルダンパー,非常用発電機,津波防御壁等を設置
することにより対応が可能である旨の結果が示されていたところ,本件専
門家会議において,上記地震を踏まえて検討用地震動を再検討する必要が
あるなどの指摘がされたことが認められる。以上のとおり,本件専門家会
議は,大阪府検証結果を前提として,これを検討する中でβビルの耐震性
等に関する問題点を指摘したのであるから,本件専門家会議の開催期間を
もって,同会議と同じ結果をより早い時期に得ることができたとはいえな
い。原告らの上記主張は採用することができない。
本件調度品及び本件IP電話の購入の適否について
ア本件調度品について
認定事実
掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
a本件応接室は,βビル50階にある収容人数12人の応接室であり,
次長級以上が対応する特別職,外国要人来賓,表敬訪問等の外部応接
又は会議の使用に用いることとされており,本件調度品が設置されて
いる(甲44,46,乙53,54)。
b本件調度品は,アームチェア12台(単価28万円,合計336万
円),センターテーブル2台(単価24万5000円)及びサイドテ
ーブル6台(単価12万5000円)であり,購入に際して用いられ
た仕様書は,別紙3のとおりである(甲44)。
本件調度品が不必要であったか否かについて
原告らは,η庁舎に「正庁の間」という迎賓応接室があるから,βビ
ル(κ庁舎)に迎賓応接室を設ける必要はなく,本件調度品は不必要で
あったとして,これに係る支出は違法である旨主張する。
しかし,証拠(乙55,56)によれば,正庁の間は,かつては式典
等に用いられていたものの,βビルへの移転前の時点では執務室として
用いられていたことが認められ(なお,「正庁の間」は,復元工事を経
て平成24年1月25日から一部一般公開されている(甲50)。),
βビルへの移転前の時点において,迎賓応接室として利用し得る状態で
あったとは認められない。したがって,原告らの上記主張は,その前提
を誤るものであって,採用することができない。
また,原告らは,βビルに迎賓応接室を設けるとしても,正庁の間の
備品を移転させれば足りたから,本件調度品は不必要であったとも主張
するが,当時,正庁の間は執務室として用いられていたのであり,本件
調度品に代わり得るような備品があったとは認められない。原告らの主
張は採用することができない。
なお,原告らは,βビルの迎賓応接室の利用実績が乏しいとして,本
件調度品は不必要であったとも主張するが,証拠(甲47~49,乙5
4)によれば,本件応接室は,平成23年4月から平成26年3月まで
の間,おおむね月に1度以上,外国の大使や公使等の表敬訪問,各種の
会議や式典等に利用されており,迎賓応接室としての性質(上記認定事
実a)をも考慮すると,迎賓応接室やその備品が全く不必要であるとい
うほどにその利用実績が乏しいとはいえない。
本件調度品が不当に高額か否かについて
原告らは,本件調度品の購入の際には一般競争入札が行われているが,
入札時の仕様に記載されている素材や参考品番自体が不当に豪奢なもの
であるし,購入金額も不当に高額であるから,本件調度品の購入は違法
である旨主張する。
しかし,本件調度品は本件応接室に設置される目的で購入されたもの
であるところ,上記認定事実aで認定した本件応接室の使用目的等に照
らすと,本件調度品の単価(上記認定事実b)が違法と評価されるほど
に高額であるとはいえないし,その素材等が違法と評価されるほどに豪
奢であるともいえない。
イ本件IP電話について
認定事実
掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
a大阪府は,η庁舎とβビルとの間の連携確保を目的とし,βビルに
移転した部局を訪ねてη庁舎を訪れた住民への案内等に活用するた
め,35台の本件IP電話を購入し,これをη庁舎(本館・別館)と
βビルに設置した(甲51,53,乙58)。
b本件IP電話は,NTT西日本製のIPテレビ電話であり,購入時
の単価は6万6471.43円であり,一般の販売価格は7万980
0円(消費税を除く。)である(甲51,乙59)。
本件IP電話が不必要であったか否かについて
a上記認定事実のとおり,本件IP電話は,η庁舎とβビルとの間の
連携確保を目的とするものであり,その必要性は十分に明らかである
し,その手段としてIPテレビ電話を利用することが不適当であると
もいえない。また,他の地方公共団体においても,異なる庁舎間の意
思疎通のためIPテレビ電話が利用された例があること(乙57)に
照らしても,本件IP電話が不必要であったとはいえない。
bこれに対し,原告らは,本件IP電話の設置状況(甲53)に照ら
せば,部局間の平板な連絡等の利用にとどまっていると推測され,そ
のような用途に本件IP電話は必要ない旨主張する。
しかし,たとい部局間の連絡等の利用にとどまっているからといっ
て,直ちに本件IP電話の購入が違法となるものではない。また,実
際の利用件数が少ないからといって,その購入が違法になるというも
のではないし,平成23年度以降,本件IP電話につき一定数の利用
実績があることがうかがわれる(弁論の全趣旨)。原告らの上記主張
は採用することができない。
本件IP電話が不当に高額か否かについて
原告らは,本件IP電話は一般競争入札の方法によって購入されてい
るが,1台約7万円もする通信機器は高価にすぎ,地方財政法4条1項
に反する旨主張する。
しかし,本件IP電話の購入に当たっては,高額になりやすい随意契
約ではなく,一般競争入札の方法が用いられているのであって,競争原
理に基づく適正な価格が設定されたものと推認されるし,実際に,大阪
府は,本件IP電話を一般の販売価格よりも低い価格で購入している(上
記認定事実b)。したがって,本件IP電話が不当に高額であるとはい
えず,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ小括
以上のとおり,本件調度品及び本件IP電話の各購入契約の締結につき
違法な点は認められない。また,その余の備品の購入費用の支出について
も違法な点は認められない。
まとめ
以上のとおり,本件移転費用の支出に違法な点があるとは認められない
4結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも
理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官山田明
裁判官徳地淳
裁判官岩佐圭祐

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