弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     被上告人の請求を棄却する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人井上隆晴、同青本悦男、同細見孝二の上告理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人は、昭和五〇年一一月六日、上告人から第一審判決別紙許可目録記
載の風俗営業の許可を受け、大阪市a区内において「D」の屋号でぱちんこ屋を営
んでいた。
 2 被上告人は、右ぱちんこ屋の営業の実務を夫であり共同経営者であるEに任
せていたところ、同人は、平成五年八月三一日、F興産株式会社(以下「訴外会社」
という。)に対し、店舗を賃貸し、被上告人の名義を使用して「D」の屋号でぱち
んこ屋を営業することを許諾した。訴外会社は、自ら営業許可を受けないまま、同
年一一月二八日ころから同七年九月五日までの間、被上告人名義を使用して右店舗
でぱちんこ屋を営んだ。
 3 住ノ江警察署警察官は、平成七年九月五日、2の行為が風俗営業等の規制及
び業務の適正化等に関する法律(平成一〇年法律第五五号による改正前のもの。以
下「法」という。)に違反するとして、被上告人夫婦、訴外会社関係者らを逮捕す
るなどした。そのため、訴外会社は、店舗の賃貸借契約を解約し、ぱちんこ屋の営
業を廃止した。その後、右店舗ではぱちんこ屋の営業はされていない。
 4 被上告人は、2の行為につき起訴猶予処分となり、法に違反したことを反省
し、今後このようなことを繰り返さないことを誓っている。
 5 上告人は、平成八年一月二四日、被上告人に対し、名義貸しを理由として、
法一一条、二六条一項の規定に基づき、風俗営業許可取消処分(以下「本件処分」
という。)をした。
 二 原審は、右事実関係に基づき、次のとおり判断して、本件処分は処分要件を
欠く違法なものであるから取り消されるべきであるとした。
 1 法二六条一項は、風俗営業の許可の取消しの要件について、「風俗営業者又
はその代理人等が、当該営業に関し、法令若しくはこの法律に基づく条例の規定に
違反した場合において、著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しく
は少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるとき」と規定している。
この規定(以下「本件規定」という。)は、風俗営業の許可を取り消すには、「風
俗営業者又はその代理人等が、当該営業に関し、法令若しくはこの法律に基づく条
例の規定に違反した場合」という要件(以下「第一要件」という。)と、「著しく
善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及
ぼすおそれがあると認めるとき」という要件(以下「第二要件」という。)の双方
を充足することを要求している。
 2 一1、2の事実によれば、本件処分に必要とされる第一要件は満たされてい
たと認められる。
 3 しかし、(1) 被上告人夫婦が、名義貸し以外に、法に違反しあるいは法
四条一項二号に規定する罪を犯し、善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行
為をし、又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為をした事実は認められないこと、
(2) 訴外会社が、「D」ぱちんこ屋の営業につき、無許可営業以外に、法に違
反する行為をし、善良な風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為をし、又は少年
の健全な育成に障害を及ぼす行為をした事実は認められないことによれば、本件処
分に必要とされる第二要件が満たされていたとは認められない。
 4 上告人は、名義貸し行為があれば、行為の悪質さやその違法性の重大さのゆ
えに、非常に特殊な事情が認められない限り、原則として、第二要件の存在を推認
すべきであり、被上告人についても第二要件の存在を認めるべきであると主張する。
しかしながら、次の理由により、右主張は採用することができない。
 (一) 法は、本件規定において、風俗営業の許可の取消しの要件として、第一
要件のほかに第二要件を別個の要件として規定している。他方、法二六条一項は、
これとは別に、「風俗営業者がこの法律に基づく処分・・・若しくは第三条第二項
の規定に基づき付された条件に違反したとき」を風俗営業の許可の取消しの要件と
して規定しており、この規定や法八条によるときは、第二要件は不要とされている。
これによると、第一要件が充足されれば非常に特殊な事情が認められない限り第二
要件が満たされるとすることは、法が本件規定において第二要件を別個の要件と定
めた趣旨に反するものである。このことは、違反行為が名義貸しの場合でも異なら
ない。
 (二) 法は名義貸しについて重い刑罰を科することとしているが、刑事処罰は
過去の行為に対する制裁を目的とするのに対し、風俗営業許可取消制度は将来にお
ける行政秩序の維持等を目的とするのであるから、名義貸しが前者の見地から悪質
であることは、直ちに営業許可の取消しに論理必然的に結び付くものではない。そ
して、名義貸し行為があったときに、右見地から、非常に特殊な事情が認められな
い限り、風俗営業の許可の取消しができるとするのは、第二要件を別個の要件と定
めた立法者の意思にも反する。
 (三) 風俗営業者が年少者を営業所に客として立ち入らせること、年少者に客
の接待をさせること、現金を商品として提供することなどの具体的行為に比べると、
被上告人の名義貸し行為自体は、直接に「著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環
境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼす」行為ではない。せいぜい、
名義貸し行為は、営業許可を有しない者の営業を助けるから、営業許可基準に達し
ない者が営業する可能性が生じ、その無許可営業者には行政庁の監督行為が及ばな
いことになるという点で、法一条の目的に反することになるにすぎない。
 三 しかしながら、原審の右判断のうち3、4は、是認することができない。そ
の理由は、次のとおりである。
 1 本件規定に基づいて風俗営業の許可を取り消すには、第一要件のみならず第
二要件をも充足しなければならないことは、原判示のとおりである。したがって、
法一一条に違反して第一要件を充足した場合に、そのことのみをもって、直ちに風
俗営業の許可を取り消すことはできず、当該違反行為が第二要件をも充足する場合
に初めて、右許可を取り消すことができるといわなければならない。
 2 記録に現れた上告人の主張によれば、上告人は、この点について、名義貸し
行為自体が当然に第二要件を充足するとの解釈の下に本件処分を行ったのではない
かと推測される。しかし、一般に、法一一条に違反する名義貸し行為が悪質であり、
その違法性が重大であることはいうまでもないものの、それだけで常に風俗営業の
許可を取り消すべきであるというのであれば、法は端的にその旨を規定することが
できたはずである。それにもかかわらず、法が、そのようには規定せず、同条違反
についても他の法令違反と区別することなく、常に営業許可の取消しには第二要件
を要すると規定していることからするならば、右のような解釈の下に、名義貸しに
ついては第二要件の充足の有無を検討するまでもなく直ちに風俗営業の許可を取り
消し得るとすることは、法の規定を無視するものであって、採ることができない。
 3 しかしながら、第一要件を充足する行為が、その類型的特質から、特段の事
情のない限り第二要件をも充足すると認められる場合が考えられないではない。名
義貸しがされた場合に、その行為の類型的特質にかんがみて、特段の事情のない限
り第二要件を充足すると認められるならば、営業許可の取消しはなお可能である。
 第一要件にいう「法令」や「条例」の規定には様々なものが含まれ、それらの規
定と風俗、風俗環境ないし少年の健全育成との関連性の強さは同一ではないから、
それらの規定に違反することが第二要件をも充足すると認められる度合いにも差が
あることはいうまでもない。そして、法は「善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、
及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止する」ことなどを目的として制定
されたものである(法一条)から、法の規定に違反することは、類型的にみて、「
善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及
ぼすおそれがある」と認められるがい然性が高いということができる。わけても、
法一一条に違反して名義貸しをすることは、右目的達成のため所定の基準を充足す
ることが確認された者にのみその営業を認めることとする風俗営業許可制度を根底
から危うくするものであって、それ自体が法の右目的に著しく反する類型の行為で
あることは明らかである。また、これを実質的にみても、一般に、他人の名義を借
りて風俗営業を営む者は、自己の名義をもって許可を受けることに支障がある者で
あることが多いと推測されるのであり、名義貸し行為は、そのような者が公安委員
会の監督を逃れて無許可で風俗営業を営むことを助長し、隠ぺいする行為であって、
それ自体が法の立法目的を著しく害するおそれのある行為であるといわなければな
らない。法四九条一項三号が、名義貸し行為については、無許可営業行為、不正な
手段により営業許可を受ける行為等と並んで、最も厳しい刑罰を科すものと規定し
ているのも、以上のような考えに立つものと理解することができるのである。そう
であれば、【要旨】形式的には名義貸しといわざるを得ないものの法の立法目的を
著しく害するおそれがあるとはいい難いような特段の事情が認められる場合は別と
して、そうでない限り、名義貸しは、類型的にみて「著しく善良の風俗若しくは清
浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがある」場
合に当たると解するのが相当である。
 4 本件規定は、法又は法に基づく条例の違反行為と他の法令違反行為とを区別
せずに要件を定めるなどした結果、名義貸しがされた場合の営業許可の取消し等の
要件について解釈上の疑義を生じかねないものとなっていることは否めず、そのこ
とが、原審が第二要件を重視して前記のような解釈適用をしたことの要因になって
いると思われる。しかしながら、以上のように考えると、名義貸しは、特段の事情
が認められない限り、第一要件とともに第二要件をも充足すると認めることができ
るのであって、このように名義貸しが第二要件をも充足すると認められる以上、こ
れを理由に風俗営業の許可を取り消すことは、第一要件のほかに第二要件を定めた
法の趣旨に反するとはいえず、立法者の意思に反するものともいえない。また、他
人に名義を使用させること自体が第二要件を充足すると認められるのであるから、
被上告人が名義貸し以外に違法行為等をしていないことや、名義を借りた訴外会社
が無許可営業以外に違法行為等をしていないことは、被上告人に対する風俗営業の
許可の取消しを妨げる事情とはいえない。
 5 そうすると、右の特段の事情について主張立証のない本件においては、法一
一条、二六条一項の規定に基づいて被上告人に対する風俗営業の許可を取り消した
本件処分に違法があるとはいえない。これと異なる原審の前記判断は、同項の解釈
適用を誤ったものといわざるを得ず、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすこと
が明らかである。この点をいう論旨には理由があり、原判決は破棄を免れない。そ
して、以上に説示したところによれば、被上告人の請求には理由がないというべき
であるから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、右請求を棄却すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷
利廣)

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