弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成8年3月20日頃,愛知県豊川市ab丁目c番地A方において,夫
であるA(当時59歳)に対し,殺意をもって,頸部及び頭部等を包丁様の刃物で多数
回突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,同人を頸部等刺切創による出血性
ショックにより死亡させて殺害したものである。
(事実認定の補足説明)
第1争点
被告人がAに包丁を突き刺したことに争いはないが,弁護人は,被告人の行為以
外の事情によりAが死亡した可能性があるとして,因果関係を争い,殺人未遂罪が
成立するにとどまり,時効が完成していると主張する。
第2当裁判所の判断
1犯行を至近距離で目撃したとする被告人の長男である証人Bは,要旨として,
自宅において,①土間に下りるための三段階段の最上段に腰掛け,両手で頭を抱え
て守るようにしているAに対し,後方に立った被告人が逆手に持っていた包丁を2
回振り下ろし,Aの頭に当たったように見えたこと,②Aが左方の洗濯機の方向に
動いたところ,被告人が振り下ろした包丁がAの首の左側にすっと深く入り,首が
切れて裂け,これで死んだと思ったこと,③洗濯機を抱え込むように倒れたAの頭
付近を更に被告人が包丁で三,四回刺し,一度台所の方に行って約二十秒後にその
場に戻り,左首に包丁を深く突き刺し,一,二回頭の辺りを刺したこと,④被告人
が,再度台所の方に行って二,三十秒後にその場に戻り,Aの頭の辺りを一,二回
刺したことを供述する。
2Bの前記供述の信用性を検討する。
Aの遺体を解剖した証人C医師の証言を踏まえてBの供述を検討すると,前
記①の点は,Aの頭部に複数の切痕があり,左右の手部に防御創と考えて矛盾がな
い切痕が複数あることと符合し,前記②の点は,Aの左下顎部に切痕があり,その
近くにある外頸動脈や内頸静脈などの太い血管が損傷した可能性が高いことと符合
し,前記③,④の点は,Aの頭部に多数の切痕があり,その中にはAが動かない状
態において生じたと考えられるものが複数あることと符合している。
頭部の15か所に及ぶ損傷は,頭頂骨から後頭骨にかけての一定の範囲,多くは
左側のある程度まとまった範囲に残され,成傷時の刃器の刃先は概ね同一の方向を
向いており,これらの損傷を全体的にみても,Aがほぼ無抵抗の状況下において,
一人の人物による短時間の犯行によって生じたものとみるのが自然である。
以上のとおり,Bの前記供述は,遺体の損傷状況によく整合している。
加えて,Bにとって,母による父に対する犯行は,20年以上前の出来事ではあ
るけれども,衝撃的な場面として印象深く記憶することができたと考えられるし,
供述の態度をみても,自身の責任を軽減しようというような姿勢は見受けられず,
特に信用性を疑うべき点は見当たらない。供述の内容自体も,被告人が自認する経
緯(Aと口論となった後,包丁を持ち出し,逃げようとするAを土間まで追いかけ
た)から発展した出来事としてみて自然である。
⑵ところで,Bは,犯行目撃場面では,被告人が手に持つ包丁がよく見えなか
ったが,犯行後,被告人が手に持っていた包丁を取り上げ,この包丁には血が付着
していたと供述する。Bは,この包丁は,事件の発覚した平成29年1月に任意提
出した柄が黒色の包丁(弁3,弁4)であると述べているところ,この包丁の刃先
であるとして矛盾のない金属片がAの遺体の頭部から発見されたことからすれば,
被告人が上記柄が黒色の包丁を本件犯行に使用したことが推認される。
これを前提として,弁護人は,Aの頭蓋骨に埋没していた別の金属片があり,こ
れは,上記柄が黒色の包丁と異なるもう1本の刃物の刃先であり,Bの供述によっ
ては,もう1本の刃物の存在がうかがわれず,埋没していた金属片の説明がつかな
いと指摘して,Bの供述全般の信用性を争う。
しかしながら,Bの前記③④の供述によれば,被告人が途中で台所で包丁を持ち
替える機会があり,頭部を突き刺した際に刃先が折れたと思われることからすると,
現実にそのような行動をとることも十分にあり得たといえる。そして,犯行発覚ま
で20年以上が経過している本件において,犯行に使用されたもう1本の刃物が発
見されていないこと自体は,何ら不自然ではない。
ところで,Bは,事件後,柄が黒色の包丁以外の包丁は,いずれも引出しに入っ
たままになっており血の付着等も見られなかったと述べ,さらに,事件後に発覚に
至るまで包丁を1本も捨てたことはないと明確に供述する。同人は,遺体や血痕等
の処理を一人でしたとも述べており,被告人が自分でもう1本の包丁を処分した可
能性についても否定的である。
確かに,このようなBの供述を前提とすれば,埋没していた金属片の説明は容易
でないが,仮にBがもう1本の包丁の存在を隠蔽しようという意図があるならば,
包丁の処分について殊更明確な供述をするまでもなく,覚えていないと述べれば済
むことである。この点が,Bの供述全般について,責任逃れのための意図的な虚偽
供述の可能性を浮かび上がらせるものではない。
そして,もう1本の包丁の存在の有無については,時間の経過により,記憶違い
や忘却があったとしても何ら不自然ではない。前記のとおり犯行目撃場面が衝撃的
であって鮮明な記憶が保持されていると考えられるのに対し,犯行後の包丁の処理
等については,それほどに印象に残る出来事であったかは疑問であり,この点に矛
盾はない。
以上のとおり,柄が黒色の包丁以外のもう1本の刃物についての説明がないこと
は,犯行態様に関するBの供述の信用性に疑いを生じさせるものではない。
弁護人は,Bの供述にはその他にも不自然な点(Aが前方に逃げようとしなかっ
たこと,Aが体勢を崩すなどして三段階段から滑り落ちなかったこと,刺突された
Aが攻撃者である被告人の方を振り向こうとしたこと,被告人が身を乗り出すよう
にして洗濯機の方に倒れたAを刺したこと)が含まれていると指摘するが,当時の
被告人及びAの具体的な体勢やAが十分な回避行動を取れないまま短時間のうちに
致命傷を負ったと考えられることなどに照らし,何ら不自然はない。
犯行場面についての被告人の供述は,極めて断片的かつ不自然なものであり,
Bの目撃供述の信用性に疑問を生じさせるものではない。
以上によれば,Bの前記犯行目撃供述は信用することができる。
第3結論
よって,Aは,被告人から包丁様の刃物で頸部及び頭部を多数回突き刺されたこ
とによる出血性ショックで死亡したと認められ,他の事情を原因として死亡したと
いう可能性は考えられないから,被告人の行為とAの死亡との間に因果関係がある
ことが認められる。
(法令の適用)
罰条平成16年法律第156号による改正前の刑法199条(有期懲
役刑の長期は同改正前の刑法12条1項)
裁判時においてはその改正後の刑法199条(有期懲役刑の長期
は,同改正後の刑法12条1項)に該当するが,これは犯罪後の
法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,1
0条により軽い行為時法の刑による。
刑種の選択有期懲役刑(懲役3年以上15年以下)を選択
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の処理刑訴法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,Aに対して,包丁様の刃物で頭部及び頸部等を多数回突き刺
し,出血性ショックにより死亡させて殺害した事案である。ほぼ無抵抗のAの身体
の重要部分に対して,骨に傷が残るほどの強い力で包丁様の刃物を多数回突き刺し,
Aが倒れて動かなくなった後も多数回突き刺すなどしており,態様自体は残忍とい
わざるを得ず,強固な殺意に基づく危険性の高い悪質な犯行であると認められる。
なお,弁護人は,本件にBの関与があると主張し,これが刑を軽減する事情に当
たると指摘するが,Bが両手をつかんでいたという被告人の供述はAの手に防御創
があるという証拠と整合しないから採り得ない。その他,Bが犯行の現場にいたこ
とにより被告人の刑事責任を軽減すべき理由は見出せない。
本件に至る経緯をみると,被告人は,Aと婚姻後,たびたびAからの暴力や暴言
を受け,Aの暴力により左肩を脱臼骨折した後遺症により車の運転ができないなど
の支障があったのに,Aは,次第に被告人のリハビリ等に非協力的となり,家を空
けることが増えていた。本件当日には,帰省したBも立ち会って話し合いの機会を
設けたにもかかわらず,Aは不誠実な態度に終始し,それを責める被告人の腹部を
蹴ったりナイフを示すなどの乱暴な行為に及んだ。本件犯行の動機は,このような
経緯によって蓄積した複雑な心情から,突発的に殺意が生じたものと考えられ,一
旦行動に移した後は無我夢中で刺し続けたと推測される。このような経緯や動機に
は酌むべき点が大きい。
また,約21年という長期間の経過後ではあったものの,被告人による自首によ
って本件事案の解明が可能となったことは,刑を量定する上で十分に考慮すべきで
ある。ただし,犯行を明かさずに発覚まで長期間が経過したこと自体を被告人に有
利にみるべき理由はない。
以上によれば,配偶者に対する殺人という重大事案の中で,本件が執行猶予を付
すことのできる特に犯情の軽い事案であるとはいえないが,上記の情状等を考慮す
れば,主文の刑期にとどめるのが相当である。
(求刑懲役8年)
平成30年12月26日
名古屋地方裁判所刑事第6部
裁判長裁判官田邊三保子
裁判官三芳純平
裁判官小山大輔

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