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平成20年6月19日判決言渡
平成19年(行ケ)第10323号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年5月29日
判決
原告キアゲン・ゲーエムベーハー
訴訟代理人弁理士柳川泰男
同松島一夫
被告特許庁長官
指定代理人山村祥子
同秋月美紀子
同徳永英男
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2004−13913号事件について平成19年5月8日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服
として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取
消しを求めた事案である。
2当事者間に争いのない事実等
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成6年(1994年)6月24日,名称を「クロマトグラフィ
ーによる核酸混合物の精製分離法」とする発明につき国際特許出願(パリ条
約による優先権主張平成5年(1993年)7月1日ドイツ。特願平7−
503247号。以下「本願」という。平成7年(1995年)1月12日
国際公開,WO95/01359,平成8年(1996年)2月13日国内
公表,特表平8−501321号〔甲2)をし,その中で,原告は,平成〕
16年2月5日,特許請求の範囲等を変更する手続補正(甲5)をしたが,
特許庁は,平成16年3月26日付けで上記出願に対する拒絶査定をした
(甲6。)
そこで,原告は,平成16年7月5日,上記拒絶査定に対する不服の審判
請求をするとともに,特許請求の範囲を変更する手続補正(以下「本件補
正」という。甲7)をしたところ,特許庁は,この請求を不服2004−1
3913号事件として審理し,平成19年5月8日,上記手続補正を却下し
た上「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,その謄本は平,。
成19年5月18日原告に送達された。
(2)特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1∼10から成るが,このうち請
求項1に係る発明の内容は下記のとおりである(以下「本願補正発明」とい
う。。)
「請求項1】【
体液から核酸混合物を分離し,精製するための下記の工程を含む方法:
陰イオン交換体を用いる予備精製が施されていない,核酸混合物を含みか
つ高濃度の塩と1∼50容量%のC∼Cの脂肪族アルコールとを含む水性15
溶液を用意する第一工程;
該水性溶液を金属酸化物,混合金属酸化物,シリカゲル,及び/又はガラ
スからなる多孔性もしくは非多孔性の無機基体に接触させて,核酸混合物を
無機基体に吸着させる第二工程;
無機基体から核酸混合物を低濃度の塩の溶液を用いて溶出させる第三工程

そして
溶出した平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を収集する
第四工程」。
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別紙審決写しのとおりであり,その理由の要旨は,本願
補正発明は,国際公開第93/11221号パンフレット(1993年
(平成5年)6月10日公開。これに対応する国内公表公報が特表平7−
501223号公報〔乙1。以下,この文献を「引用例」という)に〕。
記載された発明(以下「引用発明」という)等に基づいて当業者が容易。
に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定により特許出願
の際独立して特許を受けることができない,というものである。
イなお,審決が認定した引用発明の内容,本願補正発明との一致点と相違
点は,次のとおりである。
<引用発明の内容>
「細胞又は他の原料からの核酸を単離及び精製する方法であって,
a)細胞破片及び他の粒子を試料が流れる方向に見てフィルターポア径
が小さくなるフィルター層によって除去し,
b)その後,該溶出液を高イオン強度のバッファー溶液中で無機質担体
により処理する方法」。
<一致点>
「体液から核酸混合物を分離し,精製するための下記の工程を含む方法:
陰イオン交換体を用いる予備精製が施されていない,核酸混合物を含み
かつ高濃度の塩を含む水性溶液を用意する第一工程;
該水性溶液を金属酸化物,混合金属酸化物,シリカゲル,及び/又はガ
ラスからなる多孔性もしくは非多孔性の無機基体に接触させて,核酸混合
物を無機基体に吸着させる第二工程;
無機基体から核酸混合物を溶出させる第三工程;
そして
溶出した核酸分画を収集する第四工程」。
<相違点1>
本願補正発明では,第一工程で用意する水溶液がさらに「1∼50容
量%のC∼Cの脂肪族アルコール」を含むものであるのに対し,引用15
発明ではそのような脂肪族アルコールを含むものを用いていない点。
<相違点2>
本願補正発明では,無機基体から核酸混合物を低濃度の塩の溶液を用
いて溶出させているのに対して,引用発明では核酸混合物をどのように
溶出させるのかについて記載されていない点。
<相違点3>
本願補正発明では,収集される核酸分画が「平均鎖長が20∼40k
bのオリゴヌクレオチド分画」であるのに対し,引用発明では,その平
均鎖長について特定されていない点。
第3原告主張の審決取消事由
1取消理由1(相違点1の判断の誤り)
(1)審決は「…相違点1について検討するに,引用例には『核酸の無機質,,
担体への吸着は試料に低級アルコールを加えることによっても行うことがで
きる。好ましくは,メタノール,エタノール,プロパノール,イソプロパノ
ール,及びブタノールが可能である。試料に加えるアルコールの量の好まし
い範囲は,1−50%(V/V)の水に溶ける限りの範囲である』と,核。
酸の無機質担体への吸着に際してC∼Cアルコール等の低級脂肪族アルコ14
ールを1∼50容量%加えることを教示する記載がある…ことから,引用発
15明において,核酸の無機質担体への吸着に際し「1∼50容量%のC∼C
の脂肪族アルコール」を存在させておくことは,当業者であれば容易に想到
できるものである(7頁下から16行∼下から7行)とするが,誤りであ。」
る。
(2)まず,審決の上記部分に示された引用例の記載の引用は正確ではない。
すなわち,引用例の当該部分の記載の冒頭は,審決の4頁の「4.引用例
の記載事項」の(b)に示されているように「驚くべきことに,核酸の無,
基質担体への吸着は試料に低級アルコールを加えることによっても行うこと
ができる」と記載されている。同記載は,核酸の無機質担体への吸着は,。
試料に高濃度の塩の代わりに低級アルコールを加えることによっても行うこ
とができることを教示する記載であって,高濃度の塩と共に低級アルコール
を加えることによっても行うことができることを教示する記載ではない。す
なわち,仮に引用例が,その発明で明らかにされている核酸の無機質担体へ
の核酸の吸着が高濃度の塩の添加によって行うことができることに加えて,
その高濃度の塩に低級アルコールを併用できることを記載するのであれば,
そのような教示は何ら驚くべきことではない。
したがって,引用例には,核酸の無機質担体への吸着のために,試料に高
濃度の塩を加えるか,あるいは低級アルコールを加えることの教示はあるが,
高濃度の塩と低級アルコールとを併用することの教示もしくは示唆はないと
理解すべきである。
(3)一方,本願補正発明は,核酸の無機基体への吸着に先立ち,核酸を含む
試料に高濃度の塩と低級アルコールの両方を加えることによって優れた結果
が得られることを明らかにしており,その結果は相違点3に現われている。
すなわち,本願補正発明では収集される核酸分画が「平均鎖長が20∼40
kbのオリゴヌクレオチド分画」となる点である。
このような平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を核酸混
合物試料から定量的に分離することは,従来技術では不可能であり(本願明
細書〔甲2,5,7〕の5頁24行∼27行,一方,核酸混合物からその)
ような短い鎖長のオリゴヌクレオチド分画を選択的に分離することができれ
ば,それを,DNAの配列決定,DNAハイブリダイゼーション,クローニ
ング,制限酵素分解,形質転換などの従来技術に適用すれば,医学的診断の
際に病原体の遺伝子診断や検出に関して,遺伝子変異についての情報の入手
のための有用な試料となる(本願明細書〔甲2,5,7〕の5頁下から1行
∼6頁8行。)
(4)被告は,引用例中の実施例の記載を根拠として,引用例中には,核酸の
無機質担体への吸着は試料に,高濃度の塩と共に,低級アルコールを加える
ことによっても行なうことができることの教示がある,引用例の実施例1,
そして更に実施例2,3,5,9,12,そして13に,陰イオン交換体に
結合していたDNAを高濃度の塩及び低級アルコールを含む液で溶出させ,
その後DNAを直接無機基体に結合させることを示す記載があり,したがっ
て,各実施例の記載は,高濃度の塩と低級アルコールを含む液中のDNAが
無機基体へ吸着していることを示している,と主張する。
しかし,被告の挙げた実施例はすべて,プラスミドpUC18を代表とす
るプラスミドの調製に関する実施例であり,本願補正発明の処理対象の「体
液からの核酸混合物」とは明確に相違する。すなわち,プラスミドpUC1
8は長さが2.7kbの合成プラスミドであって,そもそも,本願補正発明
の収集対象の平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチドに比べてはる
かに短いオリゴヌクレオチドである。したがって,上記の引用例の実施例1,
2,3,5,9,12,そして13の記載に基づく主張は,体液からの核酸
混合物の分離と精製を必須要件とする本願補正発明とは無関係である。
一方,引用例の実施例4は,体液の代表例といえる血液からのDNA混合
物の調製の実施例であり,この実施例4では,実施例1と同様に陰イオン交
換体による予備精製処理を行う際に高濃度の塩を使用しているが,低級アル
コールは併用していない。
すなわち,引用例には,鎖長が明らかに短いオリゴヌクレオチドであるプ
ラスミド(核酸単体であって核酸混合物ではない)の調製に際して,高濃度
の塩と低級アルコールとが併用されたことを示す記載はあるが,平均鎖長が
はるかに長い体液からの核酸混合物の分離精製処理に際して,陰イオン交換
体を用いる予備精製を行わないこと,そして,無機基体への接触処理の際に,
低級アルコールを高濃度の塩と併用することの記載はない。
したがって,被告が指摘した引用例の各実施例の記載は,平均鎖長が長い
体液からの核酸混合物の分離精製処理に際して,陰イオン交換体を用いる予
備精製を行わないこと,そして,無機基体への接触処理の際に,低級アルコ
ールを高濃度の塩と併用することを示唆するものではない。
2取消理由2(相違点2,3の判断の誤り)
(1)審決は「…相違点2について検討するに,…無機基体から核酸混合物,
を低濃度の塩の溶液を用いて溶出させることは,当業者が適宜選択できる技
術的事項にすぎない…(7頁下から6行∼下から1行「…上記相違点3」),
について検討するに,上記引用例には,分離及び調製できる核酸の鎖長につ
いて『10ヌクレオチドから200,000ヌクレオチドの範囲のサイズ,
であれば可能である』との記載があり…,そのような鎖長の範囲内にある。
特定範囲鎖長の核酸分画を収集することも当業者が必要に応じて適宜なし得
る事項であることから,収集する核酸分画として『平均鎖長が20∼40k
bのオリゴヌクレオチド分画』と特定することに,格別の困難性は認められ
ない(8頁1行∼7行)とするが,誤りである。。」
,(2)まず,引用例に記載されている核酸の鎖長は,分離及び調製できる核酸
すなわち,調製される分離対象の核酸であり,分離収集される核酸ではない。
そして,分離収集されるオリゴヌクレオチド分画の鎖長については何ら教示
はない。また,審決にいう「そのような鎖長の範囲内にある特定範囲鎖長の
核酸分画を収集することも当業者が必要に応じて適宜なし得る事項である」
との判断には何の根拠もない。すなわち,分離対象の核酸に,そのような鎖
長の範囲内にある特定範囲鎖長の核酸分画が存在するか否かも不明であり,
またそのような核酸分画を選択的に収集することが容易であるということは
できない。
次に,引用例は,相違点1を含む第一工程で用意された水溶液を第二工程
で吸着処理させた無機基体(無機質担体と同義)を,相違点2(無機基体か
ら核酸混合物を低濃度の塩の溶液を用いて溶出)からなる第三工程で溶出さ
せることによって,平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画が
収集できることを何ら示唆していない。すなわち,本願補正発明では,無機
基体に吸着させる試料液に高濃度の塩と低級アルコールの両方を存在させる
ことによって,核酸が無機基体に吸着され溶出する間に,結果として核酸が
部分的に切断される現象が発生する(本願明細書(甲2,5,7)10頁1
4∼17行参照。このため,本願補正発明では,相違点1を含む試料溶液)
の吸着工程を経た無機基体から,相違点2として指摘された「無機基体から
核酸混合物を低濃度の塩溶液を用いて溶出させる」ことによって,平均鎖長
が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画が溶出されて収集できること
(相違点3)になる。
すなわち,本願補正発明の方法では,審決で指摘された引用発明とは異な
る工程(相違点1,2を含む)を組み合わせることによって,医療診断等に
おいて有用な平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を選択的
に得ることを可能にしている。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
1取消事由1(相違点1の判断の誤り)に対し
(1)原告は,引用例の「驚くべきことに,核酸の無機質担体への吸着は試料
に低級アルコールを加えることによっても行うことができる」という記載は,
核酸の無機質担体への吸着が,試料に高濃度の塩の代わりに低級アルコール
を加えることによっても行うことができることを教示する記載であって,高
濃度の塩と共に,低級アルコールを加えることによっても行うことができる
ことを教示する記載ではなく,引用例には,核酸の無機質担体への吸着のた
めに,高濃度の塩と低級アルコールとを併用することの教示もしくは示唆は
ないと主張する。しかし,引用例(甲1,乙1)には,核酸を無機質担体へ
吸着させる際に,核酸に高濃度の塩と共に低級アルコールを共存させること
が記載ないしは示唆されているので,以下に具体的に述べる。
(2)ア引用例(甲1,乙1)の実施例1には,細胞を溶解し遠心分離するこ
とにより得られた細胞溶解物を,DEAE陰イオン交換体/シリカゲル遠
心分離抽出カラム上に載せてイオン交換体層を通過させ,抽出カラムを洗
浄してRNA及び蛋白を除去した後,DNAを7MNaClO,15%4
エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0で溶出してシリカゲル
層に直接結合させ,その後DNAを溶出し,回収することが記載されてい
る(乙1の6頁左下欄10行∼25行。本願明細書(甲2,5,7)を)
見ると,7MNaClO(過塩素酸ナトリウム)は好適なカオトロピッ4
ク塩として示される高濃度の塩であり(11頁12行∼15行,15%)
エタノールはカオロトピック塩の溶液中に存在する低級のアルコールとし
て示されているものであり(11頁15行∼18行,また,シリカゲル)
)。層は好適な無機基体として示されているものである(11頁4行∼6行
イさらに,引用例の実施例2(乙1の6頁右下欄5行∼7行,実施例3)
(乙1の6頁右下欄22行∼24行,実施例5(乙1の7頁右上欄8行)
∼9行,実施例9(乙1の8頁右上欄下1行∼左下欄2行,実施例1))
1(乙1の8頁右下欄7行∼9行,実施例12(乙1の9頁左上欄1行)
∼4行,実施例13(乙1の9頁左上欄22行∼下から1行)にも,陰)
イオン交換体に結合していたDNAを高濃度の塩と低級アルコールを含む
液で溶出し,DNAを直接無機基体に結合させることが記載されている。
ウそして,引用例の上記各実施例は,陰イオン交換体に結合していたDN
Aを高濃度の塩及び低級アルコールを含む液で溶出させ,その後DNAを
直接無機基体に結合させる点で,陰イオン交換体を用いる予備精製が施さ
れていない本願補正発明とは異なるが,DNAの無機基体への吸着に関す
る性質は陰イオン交換体からの溶出によって変化することはないと考えら
れるから,上記各実施例の記載は,DNAの陰イオン交換体からの溶出の
有無に関係なく,高濃度の塩と低級アルコールを含む液中のDNAが無機
基体へ吸着することを示している。
(3)したがって,引用例(甲1,乙1)には,核酸の無機質担体への吸着の
ために,高濃度の塩と低級アルコールとを併用することの教示もしくは示唆
はないとする原告の主張は具体的な根拠を欠き,失当である。そうすると,
引用例の「核酸の無機質担体への吸着は試料に低級アルコールを加えること
によっても行うことができる。好ましくは,メタノール,エタノール,プロ
パノール,イソプロパノール,及びブタノールが可能である。試料に加える
アルコールの量の好ましい範囲は,1−50%(V/V)の水に溶ける限り
の範囲である(乙1の4頁左下欄10行∼13行)の記載に上記各実施。」
例の記載を勘案すれば,引用発明において,無機質担体による処理の際に使
15用する高イオン強度のバッファー溶液に,さらに1∼50容量%のC∼C
の脂肪族アルコールを存在させておくことは,当業者であれば容易に想到し
得るものであるとした審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(相違点2,3の判断の誤り)に対し
(1)原告は,本願補正発明の方法では,審決で指摘された引用発明とは異な
る工程(相違点1,2を含む)を組み合わせることによって,医療診断など
において有用な平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を選択
的に得ることを可能としていると主張する。
しかし,本願補正発明は,その第四工程は「溶出した平均鎖長が20∼4
0kbのオリゴヌクレオチド分画を収集する第四工程」であり,平均鎖長が
20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を選択的に得るという構成を有し
ていない。
さらに,特定の部位を切断できる制限酵素による切断ならまだしも,本願
補正発明のような非酵素的な核酸の切断は任意の位置で起こると通常考えら
れ,切断の結果,平均鎖長が20∼40kbという特定範囲の鎖長の核酸が
選択的に収集されることは意外であるといわざるを得ないにもかかわらず,
本願明細書のいずれの実施例をみても,得られた核酸分画の平均鎖長につい
て記載していないことからも,本願補正発明の第四工程が「平均鎖長が20
∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を選択的に得る」ことを意味している
と解釈することもできないから,原告の主張は失当である。
(2)原告は,引用例(甲1,乙1)に記載されている分離及び調製できる核
酸の鎖長は分離及び調製できる核酸,すなわち,調製される分離対象の核酸
であり,分離収集される核酸ではないと主張する。
しかし,引用例(甲1,乙1)の「10ヌクレオチドから200,000
ヌクレオチドの範囲のサイズであれば可能である」との記載(乙1の5頁左
上欄2行∼3行)は,原告主張のとおり,分離対象の核酸のサイズを示して
いるとしても,前記記載は,20∼40kbの鎖長範囲を含む,10ヌクレ
オチドから200,000ヌクレオチドの範囲という多様な長さの核酸を分
離対象とすることができることを述べているものである。そして,短い鎖長
の核酸を分離対象とすれば,収集される核酸のサイズは短くなり,長い鎖長
の核酸を分離対象とすれば,収集される核酸のサイズは長くなるから,収集
される核酸は,分離対象の核酸のサイズに応じて様々な鎖長のものが得られ
ることとなる。
つまり,引用例の上記記載は,20∼40kbの鎖長を含む,多様な長さ
の核酸を分離対象とすることができ,分離及び調製され,収集される核酸は,
分離対象の核酸のサイズに応じて,20∼40kbの範囲を含む,多様な長
さの核酸が収集できることを述べているのである。
(3)原告は,分離収集されるオリゴヌクレオチド分画の鎖長については引用
例には何ら教示はなく,分離対象の核酸に,20∼40kbの鎖長の範囲内
にある特定範囲鎖長の核酸分画が存在するか否かも不明であり,またそのよ
うな核酸分画を選択的に収集することが容易であるということはできないと
主張し,さらに,本願補正発明は,相違点1を含む試料溶液の吸着工程を経
た無機基体から,相違点2として指摘された,無機基体から核酸混合物を低
濃度の塩溶液を用いて溶出させることによって,平均鎖長が20∼40kb
のオリゴヌクレオチド分画が溶出され収集できると主張する。
しかし,相違点1については,上記に記載したように,当業者であれば容
易に想到し得るものであるとした審決の判断に誤りはない。また,相違点2
である,無機基体から核酸混合物を低濃度の塩の溶液を用いて溶出させるこ
とは,予備精製工程のない実施例8はもとより,予備精製工程のある請求項
1にも「d)水又は低イオン強度のバッファー溶液を用いて,該核酸の脱(
着を行う方法」と記載され(乙1の請求の範囲1,無機担体からの脱着。)
の条件は,予備精製の有無に関わりなく低イオン強度であることが記載され
ていることから,当業者が適宜選択できる技術的事項にすぎないものである
という,相違点2についての審決の判断に誤りはない。
つまり,核酸を単離及び精製する方法において,無機質担体による処理の
15際に使用する高イオン強度のバッファー溶液に,1∼50容量%のC∼C
の脂肪族アルコールを存在させ,無機基体から核酸混合物を低濃度の塩の溶
液を用いて溶出させることは,引用例(甲1,乙1)記載の事項から,当業
者が容易になし得たといえ,引用例記載の事項から当業者にとって容易であ
る上記吸着及び溶出の工程は,無機基体に吸着させる試料液に高濃度の塩と
低級アルコールの両方を存在させ,低濃度の塩の溶液を用いて核酸を溶出す
るという,本願補正発明と共通の構成を有しているのであるから,上記吸着
及び溶出の工程によっても,本願補正発明と同様の鎖長を含むオリゴヌクレ
オチド分画が溶出されて収集できるものといえる。
そして,引用例(甲1,乙1)には,得られた核酸分画の平均鎖長につい
ての記載はないが,ヒトゲノムDNAを調製する際,解析の目的に応じて調
製するDNA断片の長さが異なること,及び,平均分子量が20∼50kb
程度のDNAが求められる場合があることは,本願補正発明の優先日前にお
いてよく知られているところであり(山田正夫「12臨床検査のためのヒトD
NAの分離精製」社団法人日本生化学会編「新生化学実験講座2核酸Ⅰ−分
離精製−」(株式会社東京化学同人・1991年(平成3年)7月10日
発行〔乙2〕の252頁12行∼15行,収集する核酸分画として,平))
均鎖長20∼40kbのオリゴヌクレオチドを含有する分画を特定すること
に,格別の困難性は認められない。
そして,本願明細書(甲2,5,7)のいずれの実施例をみても,得られ
た核酸分画に含まれる平均鎖長について何ら記載しておらず,効果は確認で
きない。
(4)したがって,相違点2については当業者が適宜選択できる技術的事項に
すぎないという審決の判断,及び,収集する核酸分画として,平均鎖長が2
0∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を特定することに格別の困難性は認
められないという相違点3についての審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1本願補正発明について
(1)本願明細書(甲2,5,7)には,以下の記載がある。
ア「クロマトグラフィーによる核酸混合物の精製分離法
本発明の目的は,クロマトグラフィーによる核酸混合物の精製分離法,
修飾反応を施された核酸断片を精製するための該方法の使用,該方法を実
施するための装置,本発明に係る方法において使用しうる水溶液および該
水溶液の使用にある。
核酸をカオトロピック(カオトロピックイオン)の塩の存在下でガラス
やシリカゲルの粒子に吸着させることはよく知られている…。この方法に
よれば,ヨウ化ナトリウム,過塩素酸ナトリウム,またはチオシアン酸グ
アニジン等の高濃度のカオトロピックの塩を用いると,DNAがアガロー
スゲルから単離,精製され,またRNA及びDNA調製物が種々の抽出物
から単離,精製される…。カオトロピック試薬の存在下で核酸の無機基体
(mineralsubstrate)への吸着を生じさせる物理的過程については詳し
くはわかっていないが,この吸着の理由は水性媒体のより高次構造の妨害
にあると信じられている。このことは,溶解した核酸のガラスまたはシリ
カゲルの粒子表面での吸着もしくは変性をもたらす。高濃度のカオトロピ
ック塩の存在下では,この吸着はほぼ定量的に生じる。吸着した核酸の溶
出は,低いイオン強度(塩濃度)の緩衝液の存在下で行われる。先行技術
に係る方法は,核酸および断片の処理を100塩基対(bp)∼50,0
00塩基対(bp)の大きさの範囲で可能にする。しかしながら,現在に
至るまで非常に短い(20∼40のヌクレオチドの)一本鎖のオリゴヌク
レオチド(たとえば,プライマー)から,短い一本鎖もしくは二本鎖の核
酸断片(100bpかそれより小さい)を定量的に分離することは不可能
であった(甲2の5頁2行∼下から2行)。」
イ「一般に,このような核酸混合物はたとえばポリメラーゼ連鎖反応(P
CR)により,増幅生成物として生じる。多くの場合,この反応から得ら
れた生成物は次いで,DNAの配列決定,DNAハイブリダイゼーション,
クローニング,制限酵素分解および形質転換などの従来技術を用いて,分
子生物学によって分析される。それにより,医学的診断(たとえば,HI
V)の際に病原体の遺伝子診断や検出に関して,遺伝子変異についての情
報のような分析的パラメータを得ることができる。それらの診断方法の潜
在能力を最大に利用しうるためには,しばしば極小さい(100塩基対)
これらのDNA断片の定量的な分離や精製が非常に重要である。
現在のところ有効な精製方法は,限外濾過,高圧液体クロマトクラフィ
ー(HPLC,もしくはカオトロピック塩の存在下で核酸断片のアガロ)
ースゲルからガラスやシリカゲル粒子上への沈殿による抽出に基づくもの
である。しかしながら,たとえば二本鎖のDNA断片(100bp)とよ
り小さな一本鎖のオリゴヌクリレオチド(たとえば,39量体)とからな
る核酸混合物の分離には,これらの方法は低い効率でしか役に立たな
い(甲2の5頁下から1行∼6頁14行)。」
ウ「本発明に係る方法は,カオトロピック塩,高イオン強度(高濃度)の
塩溶液,たとえば尿素などの試薬またはそのような物質の混合物の存在下
で,核酸が無機基体上に沈殿し,そして低イオン強度(塩濃度)の溶液の
作用により溶出するというそれ自体は公知の特性を利用するものである。
すなわち,出願人によるPCT/EP92/02775号は,低イオン強
度の媒体に含まれる核酸混合物をまず陰イオン交換材料に吸着させた後,
より高イオン強度の緩衝液によって核酸を脱着させ,次いでこのより高イ
オン強度の緩衝液に含まれる核酸を,低級のアルコールおよび/またはポ
リエチレングリコールおよび/またはトリクロロ酢酸(TCA)などの有
機酸の存在下で,無機基体材料に吸着させることを提案している。その後,
好ましくは水または低イオン強度の緩衝液によって核酸を溶出させる。
今回,核酸の分離において陰イオン交換材料での予備的精製なしですま
せられることが判明した。驚くべきことに,高濃度のカオトロピック塩の
存在下で核酸を吸着させ,低イオン強度の溶液によって核酸を脱着させる
ことにより,核酸混合物の優れた分別を達成することもできる。
従って,本発明に係る方法は,分離すべき核酸を吸着,溶出させることに
より予備的精製工程なしに一つの操作工程で,関心のある核酸分画を効率
良く得ることを可能にする(甲2の6頁下から5行∼7頁13行)。」
エ「本発明に係る方法の変形は,吸着に用いられる緩衝システム内で直接
核酸の消化を行うことにある。この場合には,特に好ましい核酸の分布を
得ることができる。
核酸は通常,真核生物および/または原核生物の細胞(原生動物および
真菌を含む)から,および/またはウイルスから得る。たとえば,細胞お
よび/またはウイルスを高度の変性条件および,適切であるなら減数条件
下で消化する…。
本発明のある特定の態様は,特に大腸菌からのプラスミドやコスミドD
NAの単離に有用である。…(甲2の7頁下から9行∼8頁2行)」
オ「変性試薬として界面活性剤による細胞の溶解および蛋白構造に特定の
酵素や核酸開裂酵素による分解は,広く利用されている。…大抵の場合そ
のような溶解操作の結果は,フェノール抽出では核酸が単離されないよう
な粘度の高いゼリー状の構造であり,核酸の長い部分はそのまま残ってい
る。…しかしながら,反応容器の繰り返しの交換を含むこの重労働の技
術のために,この方法は大量の試料の扱いと日常的な調製のためには好ま
しくない。…別の欠点は,単離された核酸の長さのために酵素的増幅など
のそれに続く反応に悪影響を及ぼすことである。さらに,得られた溶液は
非常に粘度が高く扱いが難しい。特に,先行技術の方法により得られた核
酸は更に処理するには別個の工程で開裂しなければならないので,非常に
長さの長いDNAは相当手に余る(甲2の8頁下から8行∼9頁9。」
行)
カ「…ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)…やリガーゼ連鎖反応(LCR)
…のような酵素的増幅反応が利用される場合には特に,他の試料との相互
混入の危険なしに核酸の調製が可能でなければならない。それらの続く反
応には,あまり長鎖でない核酸が得られること,できることなら細胞が定
量的に溶解されること,さらには先行技術で公知の消化方法の上記欠点が
回避されることが望ましい。
これにより,真核細胞および/または原核細胞および/またはウイルス
からもしくは体液から,核酸の単離及び濃縮を可能にする方法が望まれて
いる。特に,こうして得られた核酸はあまり長鎖でないとの特徴を有し,
少ない工程で単離でき,そして要求される次の反応に直接かけることがで
きるべきである(甲2の9頁下から13行∼9頁下から1行)。」
キ「これを可能にする本発明に係る方法の前述の変形は,真核細胞および
/または原核細胞および/またはウイルスのような核酸の原料を溶解する
ことにある。
真核細胞および/または原核細胞および/またはウイルスなどの原料を
含む核酸の該消化は,好ましくは物理的もしくは化学的作用によって実施
することができる。機械的には超音波または浸透衝撃などによって,ある
いは化学的には界面活性剤および/またはカオトロピック剤および/また
は有機溶媒(たとえば,フェノール,クロロホルム,エーテル)によって,
またはアルカリ性消化により,溶解を成し遂げることができる。
この操作は,核酸の増幅のための酵素的方法と組み合わせると特に,高
純度の核酸の調製をもたらし,そして定性的かつ定量的に再現可能な分解
の実施を可能にする。界面活性剤および/またはカオトロピック剤,濃い
塩溶液,尿素などの試薬,これらの物質の混合物,および/または有機溶
媒を使用する消化方法,あるいは試料の加熱などの物理的な消化方法が,
それ以後の利用を容易にすることが証明されている。たとえば,本発明に
係る方法を用いると,細胞および/またはウイルスおよび/または体液か
らより短い細胞DNA(<50kb)もしくは全核酸が得られる。精製方
法(すなわち,核酸が結合し溶出する間の条件)は,結果として核酸の切
断をもたらす(甲2の10頁1行∼17行)。」
ク「吸着用緩衝液における高イオン強度のカオトロピック剤と,疎水性の
有機または無機ポリマーおよび/またはアルコールおよび/またはトリク
ロロ酢酸(TCA)との組合せは,従米の精製方法とは対照的に,溶解後,
核酸を石英繊維などの無機基体材料の表面に定量的かつ非常に特異的に固
定し,従って溶解産物の混入成分を結合させないで更なるヌクレアーゼの
攻撃から核酸を保護することを確実にする。核酸を固定したこの状態で,
残存する混入成分を容易に洗い流し,続いてより少量の純粋な核酸を溶出
させる。こうして,再現可能な平均鎖長20∼40kbが得られる。実施
例7∼9に記載したような消化条件下では,10%以下は10kbよりも
短い。これは,次の酵素的核酸増幅には最適な長さ分布であることを表し
ている。
塩,特にカオトロピック剤とアルコールとの特別な組合せは,鎖長の広
範囲なスペクトル(10−100,000塩基対)を有する核酸を同時に
単離,精製することを初めて可能にするものである。
高濃度の塩を含む吸着水溶液は,1∼5個の炭素原子の鎖長を有する脂
肪族アルコールまたはポリエチレングリコールを1∼50容量%含有する。
好適な無機(鉱物)基体は,金属酸化物や混合金属酸化物に基づく多孔
性または非多孔性の材料であり,シリカゲルでできたものや,基本的にガ
ラス,アルミナ,ゼオライト,二酸化チタン,二酸化ジルコニウムからな
る材料などである。
ゼオライトは特に好適な無機基体であることが証明されている。
任意に,核酸が吸着した無機基体材料を,比較的高いアルコール含量の
ために核酸が脱着するのを防ぐような溶液で洗い流してもよい(甲2。」
の10頁下から12行∼11頁9行)
,ケ「次いで,吸着した核酸を低塩濃度(イオン強度)の緩衝液で溶出させ
そして得られた核酸または核酸分画を集める。
好適なカオトロピック塩は,1∼8Mの濃度の過塩素酸ナトリウム,塩
素酸グアニジン(GuHCl,イソチオシアン酸グアニジン(GTC,))
ヨウ化カリウムである。>1MのNaCl,KCl,LiClなどの濃い
塩溶液,尿素などの試薬(>1M,およびそのような成分の組合せも使)
用できる。カオトロピック塩の溶液中に存在する低級のアルコールは,そ
の範囲内で水に混和性である限りにおいて1∼50%の量のメタノール,
エタノール,イソブロパノール,ブタノールおよびペンタノールである。
好ましく用いられるエチレングリコール類の分子量は1,000∼100,
000であり,特に6,000∼8,000である。該ポリエチレングリ
コールは高イオン強度の緩衝液に1∼30%の量で添加してもよい」。
(甲2の11頁10行∼下から9行)
コ「本発明に係る方法は,どのような由来の核酸混合物であろうと処理す
ることができる。従って,全種類の組織,血液や糞便物のような体液など
の生物学的原料から,どんな速度であろうと高濃度の塩,好ましくは高濃
度のカオトロピックイオンを含む溶液中への試料の導入からなる試料の適
当な下準備後に,核酸を得ることができる。化学反応により生じた核酸,
たとえばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により得られたもの,またはプ
ラスミドDNA,ゲノムDNAおよびRNA,および/または微生物に由
来した核酸も本発明に従って分離精製することができる。
本発明に係る方法には,次のクローニングや配列決定のための大腸菌か
らのいわゆるプラスミドDNAの小調製物の使用も含まれる;本発明に係
る方法は,全血,血漿,血清,組織,細胞培養物,バクテリア,特にヒト
結核菌(Mycobacteriumtuberculosis),ウイルス,たとえばサイトメガロ
ウイルス(核酸DNA,RNAウイルス,たとえばHIV,B型肝炎,)
C型肝炎,δ型肝炎のウイルスからDNAおよび/またはRNAを単離す
るのにも有効である。オリゴヌクレオチドも本発明に係る方法の目的に含
まれる核酸である。…(甲2の12頁10行∼下から6行)」
サ「実施例7
血液からの核酸の調製
血液からの全核酸の調製:1.5mlのPPN管中のクエン酸塩,ヘパ
リンまたはFDTAの血液200μlに,カオトロピック塩(塩素酸グア
ニジン(GuHCl,イソチオシアン酸グアニジン(GTC,ヨウ化))
カリウム)の4−8M溶液200μlを加え,任意に有機溶媒(フェノー
ル,クロロホルム,エーテル,および5−100%の界面活性剤(NP)
40,ツイーン20,トリトンX−100,SDS,CTAB)を添加す
る。次いで,プロテアーゼ200−1000μgを加え,混合物を70℃
で10分間あるいはもっと低温で長時間(例えば,室湿で30分間)かけ
て培養する。この工程で,真核細胞および/または原核細胞および/また
はウイルス全部の効率良い溶解(付随的に感染力のある病原体の不活性化
を伴う,および蛋白の変性と酵素的分解(付随的に核酸に結合した蛋白)
の除去を伴う)が同時に起こる。95−100%のアルコール(メタノー
ル,エタノール,n−プロパノール,イソプロパノール,PEG,第二級
および第三級,短鎖または長鎖のアルコール)210μlを添加すると,
核酸に非常に特異的な結合条件を与え,そしてこうして調節された溶解産
物を装置に移す。次に,溶解産物を遠心分離または圧力をかけることによ
り薄膜またはゲルマトリックスに通して,核酸を薄膜繊維またはゲル粒子
に可逆的に結合させる。蛋白,ヘム,ヘパリン,鉄イオン,代謝物などの
.不純物を,100mMのNaCl,10mMのtris/HCLpH7
5,30−80%の純アルコール(メタノール,エタノール,n−プロパ
ノール,イソプロパノール,PEG,第二級および第三級,短鎖または長
鎖のアルコール)またはアルコール混合物0.7mlで洗い流す。DNA
を,低濃度の塩を含む緩衝液(10mMのtris/HCl,pH9.
0)かあるいは蒸留水(脱イオン水)で溶出する。このような溶出操作の
利点は,こうして得られたDNAを更に沈殿や緩衝液交換の工程なしに直
接,次の反応,特にPCRに使用することができることである。他の体液,
たとえば精液,たん,尿,糞便,汗,唾液,鼻の粘液,血清,血漿,脳脊
髄液などからの核酸の調製もまた可能である。…(甲2の17頁11行」
∼18頁10行)
シ「実施例8
極少量または痕跡量の血液からの全核酸の調製
1.5mlのPPN管中の,クエン酸塩,ヘパリンまたはFDTAの血
液,もしくは凍結および再解凍血液,もしくは繊維組織中の乾燥痕跡量か
らの再生血液1−50μlに,カオトロピック塩(塩素酸グアニジン,イ
ソチオシアン酸グアニジン,ヨウ化カリウム)の4−8M溶液1−50μ
lを加え,任意に有機溶媒(フェノール,クロロホルム,エーテル,お)
よび1−100%の界面活性剤(NP40,ツイーン20,トリトンX−
100,SDS,CTAB)を添加する。次いで,プロテアーゼ1−20
0μgを加え,混合物を70℃で1分間あるいはもっと低温で長時間(た
とえば,室温で10分間)かけて培養する。
この工程で,真核細胞および/または原核細胞および/またはウイルス
全部の効率良い溶解(付随的に感染力のある病原体の不活性化を伴う,)
及び蛋白の変性と酵素的分解(付随的に核酸に結合した蛋白の除去を伴
う)が同時に起こる。
95−100%のアルコール(メタノール,エタノール,n−プロパノ
ール,イソプロパノール,第二級および第三級,短鎖または長鎖のアルコ
ール)もしくは有機ポリマー(PEG)を1/2容量添加すると,核酸に
非常に特異的結合条件を与え,そしてこうして調節された溶解産物を装置
に移す。次に,溶解産物を遠心分離または圧力をかけることにより薄膜ま
たはゲルマトリックスに通して,核酸を薄膜繊維またはゲル粒子に可逆的
に結合させる。蛋白,ヘム,ヘパリン,鉄イオン,代謝物などの不純物を,
100mMのNaCl,10mMのtris/HCl,pH7.5,3
0−80%の純アルコール(メタノール,エタノール,n−プロパノール,
イソプロパノール,PFG,第二級及び第三級,短鎖または長鎖のアルコ
ール)またはアルコール混合物0.7mlで洗い流す。DNAを,低濃度
の塩を含む緩衝液(10mMのtris/HCl,pH9.0)かあるい
は蒸留水(脱イオン水)で溶出する。このような溶出操作の利点は,こう
して得られたDNAを更に沈殿や緩衝液交換の工程なしに直接,次の反応,
特にPCRに使用できることである。
この方法は,極少量又は乾燥痕跡量の他の体液(精液,たん,尿,糞便,
汗,唾液,鼻の粘液,血清,血漿,脳脊髄液など)からの核酸の調製にも
また有益である。…(甲2の18頁14行∼19頁15行)」
ス「実施例9
組織からの全核酸の調製
PPN管中の組織100μg∼10mgに,カオトロピック塩(塩素酸
グアニジン,イソチオシアン酸グアニジン,ヨウ化カリウム)の4−8M
溶液を加え,任意に有機溶媒(フェノール,クロロホルム,エーテル,)
および5−100%の界面活性剤(NP40,ツイーン20,トリトンX
−100,SDS,CTAB)を添加し,そして全体を液体窒素中で市販
のホモゲナイザーによってまたは乳鉢でたたいて粉末にすることにより均
質化する。次いで,プロテアーゼ100−1000μgを加え,混合物を
70℃で10−20分間あるいはもっと低温で長時間(たとえば,室温で
30−60分間)かけて培養する。この工程で,真核細胞および/または
原核細胞および/またはウイルス全部の効率良い溶解(付随的に感染力の
ある病原体の不活性化を伴う,および蛋白の変性と酵素的分解(付随的)
に核酸に結合した蛋白の除去を伴う)が同時に起こる。95−100%の
アルコール(メタノール,エタノール,n−プロパノール,イソプロバノ
ール,PEG,第二級及び第三級,短鎖又は長鎖のアルコール)を1/2
容量添加すると,核酸に非常に特異的結合条件を与え,そしてこうして調
節された溶解産物を装置に移す。次に,溶解産物を遠心分離または圧力を
かけることにより薄膜またはゲルマトリックスに通して,核酸を薄膜繊維
又はゲル粒子に可逆的に結合させる。
蛋白,ヘム,ヘパリン,鉄イオン,代謝物などの不純物を,100mM
のNaCl,10mMのtris/HCl,pH7.5,30−80%の
純アルコール(メタノール,エタノール,n−プロパノール,イソプロパ
ノール,PFG,第二級および第三級,短鎖または長鎖のアルコール)ま
たはアルコール混合物0.7mlで洗い流す。DNAを,低濃度の塩を含
む緩衝液(10mMのtris/HCl,pH9.0)かあるいは蒸留水
(脱イオン水)で溶出する。このような溶出操作の利点は,こうして得ら
れたDNAを更に沈殿や緩衝液交換の工程なしに直接,次の反応,特にP
CRに使用できることである。…(甲2の19頁下から10行∼20頁」
下から14行)
(2)以上によれば,従来技術においては,低イオン強度の媒体に含まれる核
酸混合物をまず陰イオン交換材料に吸着させた後,より高イオン強度の緩衝
液によって核酸を脱着させ,次いでこのより高イオン強度の緩衝液に含まれ
る核酸を,低級のアルコール及び/又はポリエチレングリコール及び/又は
トリクロロ酢酸(TCA)などの有機酸の存在下で,無機基体材料に吸着さ
せ,その後,水又は低イオン強度の緩衝液によって核酸を溶出させる(上記
(1)ウ)など,核酸の分離において陰イオン交換材料での予備的精製が必要
であり,反応容器の繰り返しの交換を強いられ,また単離された核酸の長さ
のためにポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などの酵素的増幅反応に悪影響を
及ぼし,また得られた溶液は非常に粘度が高く扱いが難しいという技術的課
題があったこと(上記(1)ウ,オ,カ,このような課題を解決するため,)
本願補正発明は,前記第2,2,(2)記載のとおりの特許請求の範囲に記載さ
れた方法を採用することにより,核酸の分離において,陰イオン交換材料で
の予備的精製工程なしに一つの操作工程で,どのような由来の核酸混合物で
あろうと処理でき,関心のある核酸分画を効率良く得ることができるとされ
ている(上記(1)ウ,コ)ことが認められる。
2引用発明について
一方,引用発明が記載された引用例(甲1,乙1)には,以下の記載がある。
(1)特許請求の範囲
ア「37.細胞又は他の原料からの核酸を単離及び精製する方法であって,
a)細胞破片及び他の粒子を試料が流れる方向に見てフィルターポア径が
小さくなるフィルター層によって除去し,
b)その後,該溶出液を高イオン強度のバッファー溶液中で無機質担体に
より処理する方法」。
イ「38.請求項37記載の方法を実施するための装置であって,少なく
とも一個のフィルター層(12,20,21,又は22)が実質的に円筒
形の中空体(1)の内部に,二個の手段(5,6)の間に固定された,高
イオン強度の各溶液において核酸を結合することができる層(11)より
も入口開口部(7)の方向から見て上流に配置されている装置」。
(2)明細書
ア「本発明が基本とする技術的課題は,細胞溶解物中の細胞断片又は不溶
性成分を除去するための遠心分離処理の必要性がなく,さらにその後に核
酸を脱塩及び濃縮処理しなければならないような高塩濃度のバッファー系
中に核酸を得ることなく,核酸を単離及び精製できる方法を提供すること
にある。実質的には,提供される方法によりその後の処理に直接かける
ことができる条件にある核酸が供給される(甲1の4頁下から9行∼。」
5頁2行,乙1の3頁右下欄14行∼19行)
イ「最初に,それから核酸を単離する細胞を通常の様式で消化し,細胞の
破片を除去する。…核酸を含む濾液を直ちに陰イオン交換体で処理しても
よい。…核酸の吸着は,一般的に低塩濃度で存在するような条件下で行わ
れる。…陰イオン交換体部材への核酸の吸着に続いて,低イオン強度のバ
ッファーを用いて最低一回の洗浄処理を行ってもよい。…イオン交換体部
材を主に円筒形の中空体のカラムに入れる。…対応して,高イオン強度の
条件下で核酸を結合させる部材を,別の主に円筒形の中空体に入れる。…
その後,核酸を高イオン強度の溶出バッファーで無機質担体に直ちに結合
させるために,高イオン強度のバッファーを用いて陰イオン交換体部材か
ら該核酸を脱着させてもよい。…(甲1の5頁下から15行∼8頁下か」
ら8行,乙1の3頁右下欄下から3行∼4頁右上欄27行)
ウ「驚くべきことに,核酸の無機質担体への吸着は試料に低級アルコール
を加えることによっても行うことができる。好ましくは,メタノール,エ
タノール,プロパノール,イソプロパノール,及びブタノールが可能であ
る。試料に加えるアルコールの量の好ましい範囲は,1−50%(V/
V)の水に溶ける限りの範囲である。さらに,核酸の吸着はポリ(エチレ
ングリコール)類を用いて行うこともてきる。使用できるエチレングリコ
ールは1,000∼100,000,とりわけ6,000∼8,000の
分子量を持つものである。ポリ(エチレングリコール)の添加は試料の1
−30%の範囲でもよい。
驚くべきことに本発明の方法は,核酸がガラス又はシリカゲルの非常に
薄い層を通過する際に,滞留時間がわずかl−30s(秒)であるにもか
かわらず,効率よく吸着されることを示している。同様に,結合が高濃度
の塩化ナトリウム及び塩化リチウム中で起きること,及びカオトロピック
塩は必要でないことが見られる(甲1の9頁9行∼28行,乙1の4。」
頁左下欄10行∼22行)
エ「本発明の方法を用いて,非常に多様な由来の核酸を,該核酸がバクテ
リア,細胞培養物,血液,組織,尿,ウィルスに由来するものであるかど
うか,又はPCR(ポリメラーゼ連鎖反応,SSSR(自立配列複製,))
リガーゼ連鎖反応,及び類似の反応のような増幅反応に由来するものであ
るかとうかにかかわらず,或いはビオチンラベル,蛍光ラベル,放射性ラ
ベル等のラベル化核酸が関係するかどうかにかかわらず,分離及び調製す
ることができる。該核酸が10ヌクレオチドから200,000ヌクレオ
チドの範囲のサイズであれば可能である。本発明で意味する核酸とは,1
0∼100ヌクレオチドのオリゴヌクレオチド,50∼25,000ヌク
レオチドのRNA,2,500∼25,000塩基対のプラスミドDNA,
5,000∼60,000塩基対のコスミドDNA,又は100∼200,
000塩基対のゲノムDNAと理解される(乙1の4頁右下欄下から。」
4行∼5頁左上欄6行)
オ「図10は,本発明で意味するところの核酸の分離を行うための濾過装
置を示しており,ここでは図9のフィルター配置が再び使用され,アシン
メトリックフィルターに疎水性フィルター層23が備えられている。陰イ
オン交換体10の代わりに,高濃度の塩溶液において核酸を吸着すること
ができる無機質担体11を中空体1の中に置く(甲1の11頁16行。」
∼下から1行,乙1の5頁右下欄23行∼27行)
「図13は,陰イオン交換体部材の代わりに,高塩濃度において核酸を吸
着することができる無機質担体部材を有する濾過装置に関する。好ましくは
シリカゲル層11が,5及び6の二装置の間に配置されている(甲1の。」
17頁11行∼19行,乙1の6頁左上欄11行∼13行)
カ実施例
①実施例1
「プラスミドDNAの調製
pUC18-形質転換HB101大腸菌細胞を含むLBアンピシリン培地による培養
物100mlを5000gで10分間遠心分離する。該細胞ペレットを10mlの50mMTr
is-HCL,10mMEDTA,pH8.0,及び100μg/mlRNaseAに再懸濁する。
細胞を溶解するために,10mlの0.2MNaOH及び1%SDSを細胞懸濁液に加
え,注意深く攪拌し,5分間室温に置く。これを,10mlの3M酢酸カリウ
ム及び2M酢酸を用いて中和し,混合して,氷上で15分間インキュベー
トする。該溶解物を15000gで30分間遠心分離し,上清を注意深く除去す
る。澄んだ細胞溶解物1mlをピペットでDEAE陰イオン交換体/シリカゲル
遠心分離抽出カラム上に載せ,該試料を2500gで1分間遠心分離してイオン
交換体層を通過させる。該抽出カラムを,0.8mlの1MNaCl,15%エタノー
ル,50mMMOPS,pH7.0,及び15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH
7.0,及び0.8mlの1MNaClOで洗浄してRNA及び蛋白を除去する。DNAを7M4
NaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0で溶出し,それに4
よりシリカゲル層に直接結合させる。該抽出カラムを,0.8mMの70%エタ
ノール,100mMNaCl,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0,及び0.8mlの90%エタ
ノール/水で洗浄する。場合により,痕跡量のエタノールをさらに遠心
分離して除去する。続いて,50μlの10mMTris-HCl,1mMEDTA,pH8.0を
用いてDNAを遠心分離により溶出し,別の1.5ml試験管に回収する。溶出
されたDNAはその後,例えば制限処理,ラベル化,配列決定,又は増
幅のような酵素反応に直接使用することができる」。
②実施例2
「プラスミドDNAの同時調製
…DNAを7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0で該陰4
。イオン交換体層から溶出し,それによりシリカゲル層に直接結合させる
…」
③実施例3
「M13一本鎖DNAの調製
…DNAを該イオン交換体層から7Mグアニジン,15%エタノール,50mM酢
酸ナトリウム,pH7.0で溶出し,SiO層に吸着させる」2。
④実施例4
「血液からのゲノムDNAの調製
…該白血球溶解物を直ちにピペットで,アガロース/陰イオン交換体/シ
リカゲル/抽出カラムに載せ,1mlの0.25MNaCl,10mM酢酸ナトリウム,
pH7.0及び1mlの0.25MNaClO,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0で洗浄する。4
…DNAを7MNaClO,50mM酢酸ナトリウム,pH7.0で該カラムから溶出す4
る」。
⑤実施例5
「微量滴定フォーマットにおけるDNAの調製,脱塩及び濃縮
…DNAを7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0で溶出4
し,それによりシリカゲル層に直接結合させる。…」
⑥実施例9
「微量滴定ストリップによる8×プラスミドDNAの調製
…DNAを7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0を用い4
て陰イオン交換体層10から溶出し,それにより直接シリカゲル層11に結
合させる。…」
⑦実施例11
「図14の装置を用いた8×12プラスミドDNAの調製
…DNAを7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0を用い4
て陰イオン交換体層10から溶出し,それにより直接シリカゲル層11に結
合させる。…」
⑧実施例12
「状態調節を行わないプラスミドDNAの調製
…DNAを7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.0を用い4
て,ガラス繊維膜を有する抽出カラム上に吸引して載せる。7MNaClO中4
の溶出DNA溶液を吸引してガラス繊維膜を通過させ,それにより直接シリ
カゲル層に吸着させる。…」
⑨実施例13
「状態調節を行うプラスミドDNAの調製
…DNAを0.7mlの7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,pH7.4
0を用いて,ガラス繊維膜を有する抽出カラム上に吸引して載せる。この
ガラス繊維膜は,より良好なDNA吸着をもたらし最初の滴下中の損失を避
けるために,0.2mlの7MNaClO,15%エタノール,10mM酢酸ナトリウム,4
pH7.0を用いて予め状態調節されている。次いで,7MNaClO中の溶出DN4
A溶液を減圧装置上で吸引してガラス繊維膜を通過させ,それにより直接
シリカゲル層に吸着させる。…」
3取消事由に対する判断
以上を前提として,以下,取消事由1,2について判断する。
(1)取消事由1(相違点1の判断の誤り)について
ア原告は,引用例(甲1,乙1)には「驚くべきことに,核酸の無基質,
担体への吸着は試料に低級アルコールを加えることによっても行うことが
できる」と記載されているところ,同記載は,明らかに,核酸の無機質。
担体への吸着は試料に,高濃度の塩の代わりに,低級アルコールを加える
ことによっても行うことができることを教示する記載であって,核酸の無
機質担体への吸着は試料に,高濃度の塩と共に,低級アルコールを加える
ことによっても行うことができることを教示する記載ではない,仮に,引
用例が,その発明で明らかにされている核酸の無機質担体への核酸の吸着
が高濃度の塩の添加によって行うことができることに加えて,その高濃度
の塩に低級アルコールを併用することができることを記載するのであれば,
そのような教示は何ら驚くべきことではない,引用例には,核酸の無機質
担体への吸着のために,試料に高濃度の塩を加えるか,あるいは低級アル
コールを加えることの教示はあるが,高濃度の塩と低級アルコールとを併
用することの教示もしくは示唆はないと主張する。
しかし,前記2(1),(2)ア∼カによれば,引用例(甲1,乙1)には,
従来から遠心分離処理の必要性がなく,また高塩濃度のバッファー系中
に核酸を得ることなく核酸を単離及び精製できる方法が求められていた
ことを受けて,その解決手段として各請求項記載の方法や装置が開示さ
れているところ,原告が指摘する引用例中の記載(上記2(2)ウ)は,陰
イオン交換体等による予備的精製に関する記載(上記2(2)イ)の記載に
引き続いてなされており,引用例(甲1,乙1)に開示された各請求項
記載の方法や装置につき,陰イオン交換体等による予備的精製を行うも
のも行わないものも含めて,そのすべてにかかわる記載となっているこ
とが認められる。しかるに,同記載自体は「…核酸の無機質担体への吸,
着は試料に低級アルコールを加えることによっても行うことができる。
…」というものであるから,核酸の無機質担体への吸着の際に試料に低
級アルコールのみを加えるのかどうかについては,その記載内容の意味
が文言自体から一義的に明らかとまではいえない。そうすると,このよ
うな上記2(2)ウの記載を理解するためには,引用例(甲1,乙1)の他
の記載を参照することができるというべきところ,核酸の無機質担体へ
の吸着についての各実施例の記載(前記2(2)カ①∼⑨)は,高濃度の塩
のみを用いる(前記2(2)カ④:実施例4)か,高濃度の塩と低級アルコ
ールを併用する(前記2(2)カ①∼③,⑤∼⑨:実施例1∼3,5,9,
11∼13)かであり,引用例(甲1,乙1)の他の全記載を見ても,核
酸の無機質担体への吸着についてアルコールのみを用いることを示唆す
る具体的な記載は見当たらない。
したがって,原告の指摘する「驚くべきことに,…」との文言のみから
核酸の無機質担体への吸着についてアルコールのみを用いることを導くこ
とは困難であって,原告が指摘する引用例中の記載(前記2(2)ウ)を,
高濃度塩の代わりにアルコールを用いることを意味するものと解する根拠
はないというべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,本願補正発明は,核酸の無機基体への吸着に先立ち,核酸を含
む試料に高濃度の塩と低級アルコールの両方を加えることによって優れた
結果が得られることを明らかにしている,その結果とは,本願補正発明で
は収集される核酸分画が「平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチ
ド分画」となる点である,このような平均鎖長が20∼40kbのオリゴ
ヌクレオチド分画を核酸混合物試料から定量的に分離することは,従来技
術では不可能であり(本願明細書〔甲2,5,7〕の5頁24行∼27
行,一方,核酸混合物からそのような短い鎖長のオリゴヌクレオチド分)
画を選択的に分離することができれば,それを,DNAの配列決定,DN
Aハイブリダイゼーション,クローニング,制限酵素分解,形質転換など
の従来技術に適用すれば,医学的診断の際に病原体の遺伝子診断や検出に
関して,遺伝子変異についての情報の入手のための有用な試料となる,と
主張する。
しかし,原告は,平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画
を核酸混合物試料から定量的に分離することは,従来技術では不可能であ
るとして,本願明細書〔甲2,5,7〕の5頁24行∼27行の「…現在
に至るまで非常に短い(20∼40のヌクレオチドの)一本鎖のオリゴヌ
クレオチド(たとえば,プライマー)から,短い一本鎖もしくは二本鎖の
核酸断片(100bpかそれより小さい)を定量的に分離することは不可
能であった」との記載を引くが,同記載で述べられているのは,本願補。
正発明の「20∼40kb,すなわち20000∼40000ヌクレオ」
チドの分離ではなく,20∼40ヌクレオチドの一本鎖のオリゴヌクレオ
チドを含む核酸混合物から,一本鎖又は二本鎖の短い(100bp以下)
断片を定量的に分離することが不可能であったことを述べるものである。
本願明細書(甲2,5,7)には,さらに,前記1(1)イの記載もあり,
従来技術では平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を核酸
混合物試料から定量的に分離することが不可能であることは,本願明細書
(甲2,5,7)に記載されていない。また,前記1(1)クの記載によれ
ば,平均鎖長が20∼40kbであることには,次の酵素的核酸増幅に最
適な長さ分布であるという意義があるものと認められるが,これは,上記
のような,本願明細書(甲2,5,7)で従来技術の課題として記載され
ている増幅後の生成物からの分離とは別の事項である。これらに照らせば,
従来技術では平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を核酸
混合物試料から定量的に分離することが不可能であったということはでき
ない。
そして,前記1(1)キ,クの記載によれば,アルコールの併用により更
なるヌクレアーゼの攻撃から核酸を保護できるというのであるから,鎖長
が短い(20kbより小さい)断片の生成を少なくできるとはいえるもの
の,アルコールを併用しなくても,高濃度の塩の作用により核酸の切断は
生じるものと認められる。しかるに,本願補正発明と引用発明のどちらも
「体液」を処理するものであって処理前の鎖長範囲は両者で差異がないと
いうべきであり,また相違点1の後の処理である相違点2についてみても,
引用発明を実施するための装置(図10参照)を用いた実施例8において,
DNAを溶出させるのに「50μlの10mMTris−HCl,1m
MEDTA,pH8.0(乙1の8頁右上欄10行)という低濃度の塩」
の溶液を用いていることに照らして両者に実質的に違いはないというべき
であるから,引用発明の溶出物も20∼40kb程度の鎖長の核酸を含む
と考えられる。そして,このような引用発明の溶出物から「20∼40k
b」の核酸分画を収集することは,引用例においてもその後の処理に直接
かけることができる核酸を得ることが志向されている(前記2(2)ア参
照)ことからみても,当業者が適宜なし得るものと認められる。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,被告は引用例の実施例1∼3,5,9,12及び13の記載を
挙げて主張するが,これらは,すべてプラスミドpUC18を代表とする
プラスミドの調製に関する実施例であり,本願補正発明の処理対象の「体
液からの核酸混合物」とは明確に相違する,すなわち,プラスミドpUC
18は長さが2.7kbの合成プラスミドであって,そもそも,本願補正
発明の収集対象の平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチドに比べ
てはるかに短いオリゴヌクレオチドであるから,上記の各実施例は,体液
からの核酸混合物の分離と精製を必須要件とする本願補正発明とは無関係
である,と主張する。
しかし,引用発明は「細胞又は他の原料からの核酸」を単離及び精製す
るものであり,これに適用する引用例中の前記2(2)ウの記載も,単離及
び精製する対象の核酸について限定していないから,たとえ引用例(甲1,
乙1)の実施例1∼3,5,9,12及び13が,すべてプラスミドpU
C18を代表とするプラスミドの調製に関する実施例であるとしても,当
業者が引用発明から本願補正発明の相違点1につき容易に想到できるとの
判断を左右することはないというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
エ原告は,引用例の実施例4は,体液の代表例といえる血液からのDNA
混合物の調製の実施例であり,この実施例4では,実施例1と同様に陰イ
オン交換体による予備精製処理を行う際に高濃度の塩を使用しているが,
低級アルコールは併用していない,すなわち,引用例には,鎖長が明らか
に短いオリゴヌクレオチドであるプラスミド(核酸単体であって核酸混合
物ではない)の調製に際して,高濃度の塩と低級アルコールとが併用され
たことを示す記載はあるが,平均鎖長がはるかに長い体液からの核酸混合
物の分離精製処理に際して,陰イオン交換体を用いる予備精製を行わない
こと,そして,無機基体への接触処理の際に,低級アルコールを高濃度の
塩と併用することの記載はない,と主張する。
しかし,引用発明は,陰イオン交換体を用いる予備精製を行うものに限
定されてはおらず,またこれに適用する引用例中の前記2(2)ウの記載は,
前記アに説示したように,引用例(甲1,乙1)に開示された各請求項
記載の方法や装置につき,陰イオン交換体等による予備的精製を行うも
のも行わないものも含めて,そのすべてにかかわる記載となっているの
であるから,これに上記ウの説示を併せれば,たとえ引用例の実施例中
に原告が指摘するような記載がなかったとしても,当業者が引用発明か
ら本願補正発明の相違点1につき容易に想到できるとの判断を左右するこ
とはないというべきである。
そして,前記アに説示したとおり,引用例の前記2(2)ウの記載自体は,
「…核酸の無機質担体への吸着は試料に低級アルコールを加えることに
よっても行うことができる。…」というものであって,その記載内容の
意味が文言自体から一義的に明らかとまでいえず,同記載を理解するた
め引用例(甲1,乙1)中の他の記載を参照することができるが,その
際,核酸の無機質担体への吸着についてアルコールのみを用いることを
,示唆する具体的な記載は見当たらないというのであり,そうである以上
単に実施例4で高濃度の塩のみを使用し低級アルコールは併用していな
いことを指摘しただけでは,高濃度の塩の代わりに低級アルコールを加
えることを教示することの根拠とまでならないというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(2)取消事由2(相違点2,3の判断の誤り)について
ア原告は,引用例(甲1,乙1)に記載されている核酸の鎖長は,分離及
び調製できる核酸,すなわち,調製される分離対象の核酸であり,分離収
集される核酸ではなく,分離収集されるオリゴヌクレオチド分画の鎖長に
ついては何ら教示はない,また,審決にいう「そのような鎖長の範囲内に
ある特定範囲鎖長の核酸分画を収集することも当業者が必要に応じて適宜
なし得る事項である」との判断には何の根拠もなく,分離対象の核酸に,
そのような鎖長の範囲内にある特定範囲鎖長の核酸分画が存在するか否か
も不明であり,またそのような核酸分画を選択的に収集することが容易で
あるということはできない,引用例(甲1,乙1)は,相違点1を含む第
一工程で用意された水溶液について第二工程で吸着処理させた無機基体
(無機質担体と同義)を,相違点2(無機基体から核酸混合物を低濃度の
塩の溶液を用いて溶出)からなる第三工程で溶出させることによって,平
均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画が収集できることを何
ら示唆していない,と主張する。
しかし,引用例(甲1,乙1)において,分離収集される核酸の鎖長に
ついての教示自体はないとしても,前記(1)イに説示したように,引用発
明においても,その溶出物は20∼40kb程度の鎖長の核酸を含むと考
えられ,このような引用発明の溶出物から本願補正発明の「20∼40k
b」の核酸分画を収集することも,当業者が適宜なし得るものと認められ
る。そして,同(1)イの説示に照らせば,引用例(甲1,乙1)が,相違
点1を含む第一工程で用意された水溶液について第二工程で吸着処理させ
た無機基体(無機質担体と同義)を,相違点2(無機基体から核酸混合物
を低濃度の塩の溶液を用いて溶出)からなる第三工程で溶出させることに
よって,平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画が収集でき
ることを何ら示唆していないといえないことは明らかである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,本願補正発明では,無機基体に吸着させる試料液に高濃度の塩
と低級アルコールの両方を存在させることによって,核酸が無機基体に吸
着され溶出する間に,結果として核酸が部分的に切断される現象が発生す
る,このため,本願補正発明では,相違点1を含む試料溶液の吸着工程を
経た無機基体から,相違点2として指摘された「無機基体から核酸混合物
を低濃度の塩溶液を用いて溶出させる」ことによって,平均鎖長が20∼
40kbのオリゴヌクレオチド分画が溶出されて収集できること(相違点
3)になる,本願補正発明の方法では,審決で指摘された引用発明とは異
なる工程(相違点1,2を含む)を組み合わせることによって,医療診断
等において有用な平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を
選択的に得ることを可能にしていると主張する。
しかし,前記(1)イに説示したように,本願補正発明において,アルコ
ールを併用しなくても,高濃度の塩の作用により核酸の切断は生じるもの
と認められるから,核酸が部分的に切断される現象が,無機基体に吸着さ
せる試料液に高濃度の塩と低級アルコールの両方を存在させることによっ
て発生するということはできない。そして,同(1)イの説示に照らせば,
原告が主張するように,相違点1を含む試料溶液の吸着工程を経た無機基
体から,相違点2として指摘された,無機基体から核酸混合物を低濃度の
塩溶液を用いて溶出させることによって,平均鎖長が20∼40kbのオ
リゴヌクレオチド分画が溶出されて収集できること(相違点3)になると
しても引用発明からの進歩性を根拠付けることはできず,引用発明とは異
なる工程(相違点1,2を含む)を組み合わせることによって医療診断等
において有用な平均鎖長が20∼40kbのオリゴヌクレオチド分画を選
択的に得ることを可能にしているとして引用発明からの進歩性を根拠付け
ることもできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
4結語
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官塚原朋一
裁判官本多知成
裁判官田中孝一

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