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平成14年(行ケ)第330号 審決取消請求事件
平成16年1月20日判決言渡,平成15年12月16日口頭弁論終結
     判    決
 原   告     株式会社ジェイエスピー
 訴訟代理人弁理士  池浦敏明,川島利和
 被   告     特許庁長官 今井康夫
 指定代理人     谷口浩行,森田ひとみ,林栄二,一色由美子,大橋信彦
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2000-20725号事件について平成14年5月9日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これ
を不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,
同審決の取消しを求めた事案である。
 なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に
従って表記を変えた部分がある。審決の記載のうち,誤記であることが明らかな部
分は,訂正した上で引用した。また,「ブレーカ」との表記は,書証等を引用する
場合を含め,「ブレーカー」との表記に統一した。
 1 前提となる事実等
 (1) 特許庁における手続の経緯
 (1-1) 本願発明
 出願人:株式会社ジェイエスピー(原告)
 発明の名称:「無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シート」
 出願番号:特願平9-178913号
 出願日:平成9年6月19日
 手続補正:平成12年10月12日
 (1-2) 本件手続
 拒絶査定日:平成12年11月16日
 審判請求日:平成12年12月28日(不服2000-20725号)
 手続補正:平成13年1月29日
 審決日:平成14年5月9日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成14年6月3日(原告に対し)
 (2) 本願発明の要旨(甲4。請求項2は省略。以下「本願発明」という。)
 【請求項1】厚み3mm以上10mm未満,密度0.025g/cm3
以上0.0
6g/cm3
未満,平均気泡径0.5~1.2mmの無架橋ポリプロピレン系樹脂発
泡シートであり,気泡形状が下記(1),(2)式を満足することを特徴とする無
架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シート。
   0.65<A/B<1.20   …(1)
   0.65<A/C<1.20   …(2)
〔但し,式中A,B,Cのそれぞれは,発泡シートの厚み方向,押出方向(MD方
向),幅方向(TD方向)における気泡径の平均値である。〕
 (3) 審決の理由の要旨
 (3-1) 審決が「判断」として示した主な内容
 出願当初明細書の段落【0004】,【0007】~【0010】の記載を考慮すると,厚み
3mm以上10mm未満,密度0.025g/cm3
以上0.06g/cm3
未満,平
均気泡系0.5~1.2mmであり,気泡形状が
   0.65<A/B<1.20, 0.65<A/C<1.20 
(注:A,B,Cは上記(2)参照)を満足する無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シー
トまたは発泡シートの幅方向(TD方向)に沿って厚みを測定したときに,幅方向
(TD方向)にわたって一方の片側端部から他方の片側端部へ100mmの間隔で
区画されるそれぞれの範囲内での最大厚み(Tm)と最小厚み(Tl)との比(T
l/Tm)が0.75以上である無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートを得るた
めには,
 (ⅰ)特定の押出条件を採用すること,
 (ⅱ)特定の構造のダイスを採用すること,
 (ⅲ)押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロール
すること,が必要と認められる。
 しかしながら,発明の詳細な説明中には,前記事項に関する(ⅰ)特定の押出条
件,(ⅱ)特定の構造のダイス,(ⅲ)オイル温調の正確な温度については何ら記
載されていない。
 また,段落【0060】によれば,特定の構造のダイスとは,例えば,樹脂が環状ダ
イスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮
らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成するとともに,ダイス内部がリ
ップ先端で急圧縮となり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2
未満となるような構
造としたものである,との記載はされているが,具体的に「樹脂が環状ダイスのシ
ャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形
状の二次ブレーカー」がどのような構造のものであるかも何ら記載がないし,「ダ
イス内部がリップ先端で急圧縮となり」とはどういう状態のものであるのかも具体
的に示されていない。さらに,「ダイス内部の圧力が80kg/cm2
未満となるよ
うな」とは,どの程度を示すのか具体的な例が何ら示されていない。実施例1~6
において,「ダイス部内の圧力を80kg/cm2
以下とし(但し,実施例6のみは
二次ブレーカーとして樹脂の流れが柱状の部分で遮られてしまう形状のものを使用
した。)」と記載されているのみであるから,この記載をもって具体的な数値が示
されているとすることはできない。(80kg/cm2
以下とは,
0kg/cm2
のものまでを示すことを考慮すると,単に80kg/cm2
以下とし,
との記載では実施例としての特定の数値が具体的に示されているとはいえない。)
 また,段落【0072】において,「比較例1,2ではダイス部のオイル温調は行な
わなかった」と記載され,比較例において,ダイス部のオイル温調が正確に行われ
ないと,本件発明のものが得られないことが示されており,前記したとおり,押出
機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールすることが
必要と認められるが,段落【0070】の記載によれば,「ダイス部にはオイル温調機
を設けて上記溶融混練物の温度を140~160℃の範囲内の特定温度に正確にコ
ントロールした」と記載されているのみで,正確にコントロールした数値(特定温
度)に関しての具体例は何ら記載がない。
 さらに,段落【0074】の記載によれば,ダイスのリップクリアランス及び押し出
された円柱状発泡体の引取速度を調整した以外は,比較例1,2と同様の操作を行
ったが,コルゲートが激しく発泡シートを得ることができなかったと記載され,
「ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」
が重要な要素であるといえるが,それらについて,本願発明の発泡シートを得るた
めの具体的な数値について何ら記載がされていない。
 そうすると,本願明細書には,本願発明である「厚み3mm以上10mm未満,
密度0.025g/cm3
以上0.06/cm3
未満,平均気泡系0.05~1.2
mmの無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートであり,気泡形状が下記(1),
(2)式を満足することを特徴とする無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シート。
   0.65<A/B<1.20   ・・・(1)
   0.65<A/C<1.20   ・・・(2)
〔但し,式中A,B,Cのそれぞれは,発泡シートの厚み方向,押出方向(MD方
向),幅方向(TD方向)における気泡系の平均値である。〕」を得るための記載
が,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている,という
ことはできない。
 (3-2) 審判請求人(原告)の主張に対する審決の排斥理由
 審判請求人(原告)は,当審の本件審判事件に対する審尋の回答書において,
「実施例1において,(イ)『特定の押出条件』とは,下記(ロ)の構成によるダ
イス内部の圧力が50kg/cm2となり,樹脂が流動する際の剪断発熱を抑制す
る条件であり,(ロ)『特定構造のダイス』とは,開口面積70cm2
の多孔型の二
次ブレーカーを用い,リップ角度が40度の急圧縮構造であると共にダイス内の樹
脂流路間隔が8mmのダイスであり,(ハ)『オイル温調の正確な温度』とは,1
55℃である。」旨述べるとともに,(イ)については段落【0060】の記載に基づ
くものであり,(ロ)については段落【0060】の記載に基づくものであると記載
し,かかる記載と平成13年4月11日提出の甲第2号証の記載等の技術常識に基
づく試行錯誤により,当業者であれば容易に実施できることである,旨述べてい
る。また,(ハ)については段落【0059】の記載に基づくものである旨述べてい
る。
 しかしながら,本件明細書には,前記「『特定の押出条件』が(ロ)の構成によ
るダイス内部の圧力が50kg/cm2
となり,樹脂が流動する際の剪断発熱を抑制
する条件である」こと,「『特定構造のダイス』が,開口面積70cm2
の多孔型の
二次ブレーカーを用い,リップ角度が40度の急圧縮構造であると共にダイス内の
樹脂流路間隔が8mmのダイス」であること,「『オイル温調の正確な温度』が,
155℃である」ことについては,これらの具体的な数値の記載は一切されている
ものではないし,これらの数値が本願明細書の記載から導きだせるとうい具体的な
根拠もない。さらに,これらの数値を採ることが,本願請求項1の発明において周
知の技術というものでもない。そうすると,前記回答書における前記説明が本願明
細書の記載に基づいてなされているということはできない。
 (3-3) 審決の結論
 本願は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないので,拒絶すべきも
のである。
 2 原告の主張(審決取消事由)の要点
 審決は,本件明細書の記載内容を誤認し,特許法36条4項に規定する要件を満
たしていないと誤って判断したものであるから,取り消されるべきである。
 すなわち,審決は,本願発明がその目的とする無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡
シートの特定の気泡形状,すなわち,気泡形状を0.65<A/B<1.20及び
0.65<A/B<1.20とするための要件である(ⅰ)特定の押出条件,(ⅱ)特
定構造のダイス,(ⅲ)オイル温調の正確な温度について,本件明細書の発明の詳細
な説明中には何ら記載されていないと判断し,さらに,「ダイスのリップクリアラ
ンス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」についても,「重要な要素
であるといえるが,それらについて,本願発明の発泡シートを得るための具体的な
数値について何ら記載がされていない。」と判断しているが,誤っている。
 その理由は,以下のとおりである。
 (1) 「(ⅰ)特定の押出条件」及び「(ⅲ)オイル温調の正確な温度」について
 (1-1) 本件明細書(甲2)の段落【0059】には,「特定の押出条件とは,例えば
押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールし,樹
脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,高い粘度を保持したまま環状ダイ
スを通過させるというものである」という記載が存在する。したがって,この段
落【0059】には,本願発明の発泡シートの気泡形状が前記の要件を満足するものと
なるための「特定の押出条件」としては,使用する樹脂に応じて該樹脂の結晶化が
起きない限界温度となるように環状ダイスの温度を正確に下げ,かつ,該限界温度
に正確な温度コントロールで維持することにより溶融樹脂を高い粘度を保持したま
ま環状ダイスを通過させる,という技術手段を採用すれば,製造できることが開示
されている。そして,該限界温度は,押出発泡工程において使用する樹脂,発泡剤
及び発泡剤量に応じて特定され,当業者が知ることができるものであり,また,樹
脂溶融物を冷却すれば,冷却温度が低くなれば低くなるほど,溶融樹脂の粘度が高
くなることは,技術常識であるし,ダイス内から押出された樹脂がダイス外で発泡
する場合,ゴム風船が膨らむように球状の気泡が形成されるが,形成された気泡
は,樹脂の粘度が低い場合には,水飴の形が崩れるように自重あるいは外力により
形状が変化してしまい扁平な形状となってしまうので,押出発泡工程における段
落【0059】の記載に基づいて使用する発泡剤を含有する溶融樹脂を,結晶化が開始
する温度を目途に結晶化は起こさないで,かつ,A/B及びA/Cの要件を満足す
る溶融粘度が得られる温度まで冷却することは,当業者が行い得ることである。
 しかも,本件明細書には,段落【0059】の記載だけでなく,「特定の押出条件」
である環状ダイスの冷却温度の具体的な温度が記載され,かつ,使用する樹脂,発
泡剤及び発泡剤量も具体的に記載されている。
 すなわち,実施例として段落【0070】に,「実施例1~6 基材樹脂,発泡剤及
び気泡調整剤を押出機内で溶融混練した後,押出機の先端に取り付ける二次ブレー
カー形状を樹脂の流れを大きく遮らない形状とし,ダイス形状としてダイス内部の
樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のものを選択してダイス部内の圧力を
80kg/cm2
以下とし(ただし,実施例6のみは二次ブレーカーとして樹脂の流
れが柱状の部分で遮られてしまう形状のものを使用した。),上記溶融混練物を環
状リップよりマンドレル上に表1に示す吐出量で押出発泡して円筒状の発泡体を得
た。次いで,この円筒状発泡体をそのままマンドレル上を通過させ,これをシート
状に切り開いて発泡シートを得た。このとき,ダイス部にはオイル温調機を設けて
上記溶融混練物の温度を140~160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロー
ルした。」という記載が存在する。この記載における「140~160℃の範囲内
の特定温度」が「特定の押出条件」の冷却温度に相当する記載である。また,使用
する樹脂及び発泡剤については,段落【0071】に具体的に記載され,また,発泡剤
量についても段落【0075】に具体的に記載されており,前述したとおり,使用する
樹脂,発泡剤及び発泡剤量が定まれば,押出発泡工程において結晶化が起こらない
限界温度は定まる。
 審決は,前記の記載について,「段落【0070】の記載によれば,『ダイス部には
オイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140~160℃の範囲内の特定温
度にコントロールした』と記載されているのみで,正確にコントロールした数値
(特定温度)に関しての具体例は何ら記載がない。」と判断しているが,この判断
は誤っている。
 すなわち,前記の記載は,実施例1~6のものにおいては,そこで結晶化温度1
26℃の基材樹脂(発泡剤等が含有されていない樹脂)に対して,溶融混練物の温
度を140~160℃の範囲内における任意の特定温度を採用すればよいことを示
したものであるから,実施例1~6で採用する特定温度については記載があるし,
さらに,上述のような各段落に記載された技術的知見に基づいて,本願発明の構成
要件A/B及びA/Cを満足するように「140~160℃」の範囲内から特定温
度を選定することは,当業者にとって何らの困難性もない。
 したがって,本件明細書には特定温度条件については,当業者が本願発明の発泡
シートを製造するために必要な記載はあるし,また審決の判断するように140~
160℃の範囲内の特定温度が具体的に記載されていないからといって,そこで採
用する特定温度条件が当業者にとって不明であるとか,あるいは設定することが困
難なものではない。
 本願発明の目的物を製造する方法における特定の押出条件については,本件明細
書の段落【0059】の「樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,高い粘度
を保持したまま環状ダイスを通過させる」という記載を前提に,実施例1~6の記
載をみるに,該実施例に記載のポリプロピレン樹脂の結晶化温度と140~160
℃の範囲内という記載を参照して,ポリプロピレン樹脂の溶融混練物を連続して徐
々に冷却して行けば,当業者にとってその特定温度は容易に設定できるのであり,
点に相当する特定温度が示されていないからといって,その実施にあたって,当業
者にとって過度の試行錯誤を強いるというものではない。
 したがって,特定温度の直接的な記載がなくても本件明細書の実施例1~6に記
載の発明は,当業者が容易に実施をすることができる。
 すなわち,押出発泡法によるポリプロピレン樹脂発泡シートの製造工程におい
て,高温のポリプロピレン樹脂の溶融混練物に対して,押出機下流側の冷却部での
冷却を強めて行き,連続して徐々に該溶融混練物の温度を下げることにより,ダイ
スのリップから押し出される溶融混練物は発泡を開始し,さらに該溶融混練物の温
度を下げて行き,目視により発泡シートの発泡状態を観察し,結晶化物が発生する
直前の温度条件を突き止め,その温度条件を維持する操作条件で発泡を続けるとい
う操作を行うものである。したがって,結晶化物の発生が確認された直前の温度
(結晶化物の発生が確認された温度よりも高く結晶化物が発生しない最低温度)が
特定温度に相当するが,前記のような操作を行えば,実施例1~6の記載におい
て,特定温度は容易に求めることができる。
 (1-2) 本願発明の発泡シートを製造するために必要なオイル温調の正確な温度が
本件明細書に記載されていることは,以上に記載したとおりである。したがって,
「(ⅲ)オイル温調の正確な温度」について何ら記載がないとした審決の判断は,誤
りである。
 審決は,「(ⅰ)特定の押出し条件を採用すること,」とは別に「(ⅲ)環状ダイス
をオイル温調で正確に温度コントロールすること,が必要と認められる。」と判断
している。しかし,本件明細書の段落【0059】の「特定の押出条件とは,例えば押
出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールし,(中
略)高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものである。」という
記載から明らかなように,本件明細書において,オイル温調は,特定の押出条件の
うち,樹脂を高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるための例示手段とし
て記載されているものであって,本願発明の無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シー
トを得るための必須要件の一つがオイル温調に限定されるものではない。
 確かに,オイル温調は,連続的に数十時間に及ぶ長期間にわたる無架橋ポリプロ
ピレン系樹脂発泡シートの製造においても,正確なダイス温度コントロールが可能
な優れた環状ダイスの温調手段であり,本願発明の目的物を得ることができる。し
かし,本願発明の目的物を得るためには,本件明細書の段落【0059】の「樹脂の温
度を(中略)高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものであ
る。」という記載,及び段落【0070】の「ダイス部にはオイル温調機を設けて上記
溶融混練物の温度を140~160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロールし
た。」という記載から明らかなように,発泡性の溶融樹脂混練物の温度を正確にコ
ントロールして高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させればよく,そのため
に採用し得る温調手段は,環状ダイスを正確に温度コントロールするための温調手
段であれば,オイル温調に限られるものではない。したがって,環状ダイスをオイ
ル温調で正確に温度コントロールすることが本願発明の目的物を得るための必須要
件の一つだとする審決のこの点の判断も誤っている。
 (2) 「(ⅱ)特定構造のダイス」について
 (2-1) 本件明細書の段落【0060】には,「特定の構造のダイスとは,例えば,樹
脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れ
を大きく遮らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成するとともに,ダイ
ス内部がリップ先端で急圧縮となり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2
未満とな
るような構造としたものである。」との記載があり,また,段落【0070】には,
「押出機の先端に取り付ける二次ブレーカー形状を樹脂の流れを大きく遮らない形
状とし,ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形
状のもの」という記載が存在し,これら記載により,本願発明が発泡シートを得る
ために必要な「特定構造のダイス」を十分に開示していると,当業者は容易に理解
できる。
 すなわち,「樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過する
ときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成す
る」という記載において,環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを有す
る押出機は,例えば,甲7の95頁37図に記載のような構成のものであること
は,当業者にとって自明あるいは周知のことである。前記のような二次ブレーカー
を有する押出機において,「樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカー」
も,例えば,甲7の95頁38図,98頁43図に記載されているように,本出願
前に周知のものである。したがって,二次ブレーカーとして,既知の二次ブレーカ
ーを採用すればよいことは,当業者にとって容易に理解できることである。
 また,本件明細書の段落【0060】の「ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり,
ダイス内部の圧力が80kg/cm2
未満となるような構造としたものである。」と
いう記載における「ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり」という構造は,本件
明細書の実施例1~6の記載における「ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路が
リップ先端で急に狭くなった形状のものを選択して」という記載から,ダイス内部
の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状の構造のものであることは,当業者
にとって十分に理解できる。
 したがって,審決の「具体的に『樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブ
レーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカー』が
どのような構造のものであるかも何ら記載がないし,『ダイス内部がリップ先端で
急圧縮となり』とはどういう状態のものであるのかも具体的に示されていない」と
いう判断は誤っている。
 (2-2) 審決は,「『ダイス内部の圧力が80kg/cm2
未満となるような』と
は,どの程度を示すのか具体的な例が何ら示されていない。」と判断している。
 しかし,審決の摘示する記載自体から明らかなように,本願発明においては,A
/B及びA/Cの要件を満足する発泡シートを得るためには,ダイス内部の圧力と
して,80kg/cm2
未満の低い圧力を採用すればよいことを記載しており,目的
とする発泡シートを製造するためにどのような圧力を採用すればよいかは,ダイス
内部の圧力が80kg/cm2
未満という要件を満足する範囲で,他の要件,例えば
ダイスのリップクリアランスなどを考慮して適宜決定できるものである。
 したがって,前記のような判断を本件明細書の記載不備の根拠としたことは誤っ
ている。
 また,ダイス内部の圧力を80kg/cm2
未満の圧力に調節するためには,ダイ
ス内部の圧力を調節するための慣用の技術手段,例えば,ダイスとして,その内部
の樹脂流路の容積が大きいものを採用すればよいことも,当業者にとって自明のこ
とである。さらに,本件明細書段落【0072】の「ダイス内部の樹脂流路の全体が狭
い形状の従来のダイス」という記載からも,圧力調節手段として樹脂流路の容積が
大きいものを採用すればよいことは,当業者にとって十分に理解することができ
る。
 (2-3) 審決は,「80kg/cm2
以下とは,0kg/cm2
のものまでを示すこ
とを考慮すると,単に80kg/cm2
以下とし,との記載では実施例としての特定
の数値が具体的に示されているとはいえない」と判断している。
 しかし,実施例の記載において特定の数値が具体的に示されていなくても,80
kg/cm2
以下という記載に基づいて,実施例1~6が実施可能なことは上述のと
おりであるが,本願発明の発泡シートを製造するに当たり採用する押出発泡法にお
いては,使用する樹脂は加圧加熱下に溶融混練された状態にあり,加圧下にあるこ
と,さらには押出発泡法においては,上述のようにダイス内の圧力とダイス外に押
出された際の圧力差によって発泡するものであることは,押出発泡法における極め
て基礎的な技術常識である。よって,「80kg/cm2
以下」という記載に接した
当業者が前記の記載中に,前記審決の判断するように0kg/cm2
のものまでを含
んでいるとは到底理解するものではない。このように,0kg/cm2
のものまでを
示すとする審決の判断は,技術常識に反し誤っている。
 加えて,0kg/cm2
のものまでを示すとすると,何故に実施例における80k
g/cm2
以下という記載が,実施例としての特定の数値が具体的に示されていない
ことになるのか理解できず,審決の判断には,理由の不備もある。
 (3) 「リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」に
ついて
 審決は,「段落【0074】の記載によれば,ダイスのリップクリアランス及び押し
出された円柱状発泡体の引取速度を調整した以外は,比較例1,2と同様の操作を
行ったが,コルゲートが激しく発泡シートを得ることができなかったと記載され,
『ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整』
が重要な要素であるといえるが,それらについて,本願発明の発泡シートを得るた
めの具体的な数値について何ら記載がされていない」と判断している。
 しかし,審決の指摘する記載は,いずれも本願発明の要件を満たさない比較例
1,2と4という比較例同士の記載の比較に基づく判断であって,本願発明の発泡
シートを製造する方法ではないから,本件明細書に本願発明の発泡シートを製造す
る方法が記載されているかどうかの判断においては関係がない記載である。
 したがって,このような本願発明の発泡シートを製造する方法とは無関係な記載
に基づいて,本願発明の発泡シートを得る方法が本件明細書中に記載がないと判断
したことは誤っている。
 3 被告の主張の要点
 審決の認定判断は正当であり,原告主張のような違法はない。
 (1) 「(ⅰ)特定の押出条件」及び「(ⅲ)オイル温調の正確な温度」についての主
張に対して
 本件明細書の段落【0070】の記載によれば,ダイス部にオイル温調機を設け,溶
融混練物の温度を140~160℃の範囲内の「特定温度に正確にコントロールし
た」としているが,実施例1~6には,正確にコントロールされた「特定温度」の
値についての記載は一切されていない。
 また,本件明細書段落【0058】には,「本件発明の発泡シートは,例えば,この
円筒状発泡体6の製造段階で,特定の押出条件と特定の構造のダイスを採用する等
すればよい。」と記載されているものの,続く段落【0059】~【0060】において,
特定の押出条件と特定の構造のダイスについて記載しているとしても,何ら具体的
な記載をしているものではないし,段落【0059】に記載の「樹脂の温度を結晶化が
起きない限界温度まで下げ,高い粘度を保持したまま」とは,限界温度が何度であ
るのか明確でない。つまり,実施例1~6において採用されている基材樹脂は,段
落【0071】の記載によれば,結晶化温度が126℃で,融点が158℃である樹脂
である。そして,前記樹脂の混練物の温度を140℃~160℃の範囲内で正確に
コントロールするとしても,特定の温度について示されていない以上,結晶化温度
が126℃で,融点が158℃である樹脂について,この樹脂の結晶化が起きない
限界温度が140℃~160℃の範囲内の何度であるのか不明であることは明らか
である。
 しかも,実施例と同じ基材樹脂を使用した比較例1~4(なお,比較例3におい
てはオイル温調が行われたものである。)においては,本願発明で規定する発泡シ
ートが全く得られていない。
 結局,段落【0058】の「本件発明の発泡シートは,例えば,この円筒状発泡体6
の製造段階で,特定の押出条件と特定の構造のダイスを採用する等すればよい。」
と記載されているのみで,本願発明の発泡シートを得るための具体的な記載がされ
ている個所は,明細書のどこにも見いだせない。
 そうすると,従来技術(甲7~9)のポリプロピレン系樹脂発泡シートを得る技
術において,特定の押出条件と特定の構造のダイスを採用することで,本願請求項
1記載の特定の物性をもつポリプロピレン系樹脂発泡シートを得ることができたも
のであるとする本願発明は,前記記載のとおり,正確にコントロールされた「特定
温度」についての記載は一切されていないから,本願発明を実施するに当たり特定
の押出条件を決定することができないものであり,また,従来技術では本願発明の
発泡シートが得られないことが記載されている段落【0004】~【0009】からみて
も,本願発明を実施するに当たっては,過度の試行錯誤を強いるものであることは
明らかである。そうすると,段落【0059】の記載及び出願時の技術常識に基づいて
も,当業者が本願発明を実施することができるとはいえない。
 原告の主張が失当であることは明らかである。
 (2) 「(ⅱ)特定構造のダイス」についての主張に対して
 本願発明に採用される「特定の構造のダイス」とは,本件明細書の段落【0060】
によれば,「特定の構造のダイスとは,例えば,樹脂が環状ダイスのシャフトを支
持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブ
レーカーを用いてダイスを構成するとともに,ダイス内部がリップ先端で急圧縮と
なり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2
未満となるような構造としたものであ
る。」と記載されている。
 しかしながら,本件明細書において,比較例1~2の方法に関して「実施例6と
同様の二次ブレーカーと,ダイス内部の樹脂流路全体が狭い形状の従来のダイスを
用い」との記載があること,比較例3の方法における「ダイスの一部にしぼりを取
り付けた。」との記載があること,及び段落【0004】~【0009】の従来技術では困
難であったことを指摘する記載があることからみて,当業者は,実施例1~6を実
施するに際し,いかなる形状のダイスを使用すればダイス内部の圧力が80kg/
cm2
未満となり,本願発明の発泡シートが得られるのか,全く不明といわざるを得
ない。
 本願発明は,ダイス形状については「ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路が
リップ先端で急に狭くなった形状のものを選択して」と記載されているのみで,他
に具体的な形状についての記載はされていないから,ダイス内部の圧力が80kg
/cm2
未満となるような構造のものがいかなる形状のものであるか十分に理解でき
るものということはできない。
 本願発明を実施するに当たり,特定の構造のダイスが如何なる構造を有している
のか不明である以上,「特定の構造のダイス」を採用することができないものとい
うべきであって,この点において,本件明細書は,本願発明について実施をするこ
とができる程度に明確かつ十分に記載されているといえないことは明らかである。
原告の主張は,失当である。
 (3) 「リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」に
ついての主張に対して
 本件明細書の段落【0074】の記載からすれば,比較例4は,比較例1,2と同様
の操作を行うものであるが,それ以外に,ダイスのリップクリアランス及び押し出
された円柱状発泡体の引取速度を調整したもので,この結果,コルゲートが激しく
発泡シートを得ることができなかったのである。しかしながら,比較例1,2は,
明細書の表2から明らかなとおり,平均気泡径が本願発明の範囲外のものではある
が,発泡シートが得られているのである。
 そうすると,比較例4において,比較例1,2と同様の操作を行ったにもかかわ
らず発泡シートが得られなかった要因が,ダイスのリップクリアランス及び押し出
された円柱状発泡体の引取速度を調整したことにあることは明らかである。
 そうであれば,円柱状発泡体における発泡シートの成否は,ダイスのリップクリ
アランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整に存することになる。そ
れにもかかわらず,その具体的な条件である数値について示されていないのである
から,いかなる数値を採用すれば,発泡シートが得られるのかは全く不明である。
 そうすると,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取
速度を調整することが,本願発明の発泡シートを得るための「特定の押出条件と特
定の構造のダイス」に密接に係わっていることは明らかである。
 したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は,失当である。
第3 当裁判所の判断
 1 「(ⅰ)特定の押出条件」及び「(ⅲ)オイル温調の正確な温度」について
 (1) 本件明細書(甲2。なお,出願当初の明細書が甲2,公開公報が甲3,平成
13年1月29日付け手続補正書〔請求項1を補正するもので,これに伴って補正
された段落は【0011】【0023】【0025】【0093】のみ。〕が甲4である。)には,
以下の記載がある。
 「特定の押出条件とは,例えば押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調
で正確に温度コントロールし,樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,
高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものである。」(段
落【0059】)
 「実施例1~6
 基材樹脂,発泡剤及び気泡調整剤を押出機内で溶融混練した後,押出機の先端に
取り付ける二次ブレーカー形状を樹脂の流れを大きく遮らない形状とし,ダイス形
状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のものを選択し
てダイス部内の圧力を80kg/cm2
以下とし(ただし,実施例6のみは二次ブレ
ーカーとして樹脂の流れが柱状の部分で遮られてしまう形状のものを使用し
た。),上記溶融混練物を環状リップよりマンドレル上に表1に示す吐出量で押出
発泡して円筒状の発泡体を得た。次いで,この円筒状発泡体をそのままマンドレル
上を通過させ,これをシート状に切り開いて発泡シートを得た。このとき,ダイス
部にはオイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140~160℃の範囲内の
特定温度に正確にコントロールした。なお,詳細は以下のとおりである(実施例1
~6共通)。」(段落【0070】)
 「〔基材樹脂〕
 ・エチレン-プロピレンブロック共重合体
  MI            ・・・・・・2.0g/10分
  結晶化温度         ・・・・・・126℃
  融点            ・・・・・・158℃
  ドローダウン性       ・・・・・・5m/分
  溶融張力          ・・・・・・23g
  動的粘弾性         ・・・・・・α=0.8,β=4.2
                      tanδ=2.1~1.5
                      (ω=0.1~1rad/秒)
  平衡コンプライアンス    ・・・・・・1.5×10-4
cm/dyn
           (210℃,100N/m2
一定,時間0~300秒)
  単位応力あたりの剪断歪み回復・・・・・・6.2×10-5
cm/dyn
                      (210℃,剪断速度1/秒)
  重量平均分子量(Mw)   ・・・・・・3.7×105
(※1)
  Z平均分子量(Mz)    ・・・・・・1.2×106
(※1)
 ※1:Waters150CV GPCを使用し,135℃トリクロロベンゼンを溶媒
としてカラムWaters μ-Styrogel HT(103
,104
,105
,106
Å),溶液
濃度0.2重量%,流速1ml/分の条件で測定した。)
〔発泡剤〕
 ・ブタン
〔気泡調整剤〕
 ・クエン酸モノナトリウム塩
〔押出機〕
 ・タンデム押出機
〔配合及び温度条件〕基材樹脂100重量部に対する発泡剤及び気泡調整剤の配合
量を表1に示す。また,押出発泡する際の一次ブレーカー部の温度条件も表1に併
せて示した。」(段落【0071】)
 「【表1】

(段落【0075】)
 (2) 本件明細書の上記記載によると,環状ダイスの温度条件に関しては,「樹脂
の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ」るという点と,「基材樹脂,発泡剤
及び気泡調整剤を押出機内で溶融混練した溶融混練物の温度を140~160℃の
範囲内の特定温度に正確にコントロールした。」という点が開示されているだけで
ある。
 その他の温度の記載としては,実施例1ないし6,比較例1ないし4における一
次ブレーカーの温度について,特定値の記載があるのみである。仮に,一次ブレー
カーの温度を手がかりとして検討するとしても,実施例1ないし4,6及び比較例
1ないし4がいずれも158℃であり,実施例5が156℃である(もっとも,甲
6の【表1-2】では,実施例5も158℃と記載されている。)。これら各例に
より得られた結果を記載(ただし,比較例4は,発泡シートを得ることすらできな
かったので除外)した段落【0077】の【表2】及び段落【0078】の【表3】を参照
しつつ検討しても,上記条件としては,158℃又は156℃のものしか記載され
ていないため,温度の違いを原因として,成形性などの結果に有意な差異が生じる
ことが示されているとは認められない。
 (3) 原告は,オイル温調でコントロールする環状ダイス中の溶融混練物の温度に
ついて,得られた発泡シートの発泡状態を目視により観察して,結晶化物が発生す
る直前の温度条件を突き止め,その温度条件を維持する操作条件で発泡を続ける操
作を行うものであると主張する。
 しかし,本件明細書には,そのような条件の設定方法について記載はなく,「樹
脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ」るという記載から,そのような設
定方法が示唆されるものとも認められないし,他にそれを示唆する記載があるもの
とも認められない。目視により観察した発泡状態と結晶化物の発生との関係や,そ
れらと本願発明の特定の気泡形状との関係自体も不明である。
 本願発明の実施例の場合,結晶化温度が126℃,融点が158℃の樹脂(エチ
レン-プロピレンブロック共重合体)を用いて,その溶融混練物の限界温度が14
0~160℃の範囲内とする。しかし,発泡剤等を配合した組成物について結晶化
が起きない温度の設定には,実施例で使用したのと同じ組成物について実施しよう
としても,140~160℃の範囲内において,160℃から徐々に温度を下げて
発泡シートの発泡状態の観察を行うのには,ある程度の試行錯誤が必要であるし,
実施例と異なる樹脂組成物については,それが140~160℃の範囲内になるか
どうかも不明であって,さらに試行錯誤の程度が大きくなるものと認められ,本願
発明全体の実施についてみれば,過度な試行錯誤が必要であると認められる。
 なお,実施例においてでも,その温度条件を140~160℃という範囲ではな
く,具体的に最良の温度条件(点としての温度条件)が記載されていたならば,実
施例以外の場合の条件設定について,樹脂のMI,結晶化温度,融点,発泡剤等の
配合量等を勘案して,それを探索するための指標を与えることとなって,その場合
には,本願発明全体について過度な試行錯誤までは必要とならない可能性があると
も考えられる。しかし,本件明細書ではそれが行われておらず,実施例1ないし6
の温度条件(溶融混練物の温度)が何度であったか不明であるし,比較例について
もどのような温度条件で行われたかについて不明であって,他に温度条件を設定す
るための方法も示唆されているものとは認められない(原告は,本件審判手続にお
ける平成13年11月30日付け回答書(甲6)において,実施例及び比較例の押
出条件等の詳細を【表1-2】として記載し,そこでは,「樹脂温度」として特定
値の温度が示されているが,このような記載は本件明細書には全く存在しな
い。)。よって,本件明細書には「特定の押出条件」,特に,その環状ダイス部の
温度条件(溶融混練物の温度)に関して,当業者が実施可能な程度に記載がなされ
ているものとは認められない。
 (4) 原告は,オイル温調につき,特定の押出条件のうち,樹脂を高い粘度を保持
したまま環状ダイスを通過させるための例示手段として記載されているにすぎず,
必須のものではないと主張する。
 しかし,上記のとおり,環状ダイス部の温度条件(溶融混練物の温度)そのもの
が当業者が実施可能な程度に記載がなされているものとは認められないのであるか
ら,この結論は,温調手段としてオイル温調を採用するか否かにかかわらないもの
というほかない。
 2 「リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」に
ついて
 原告は,審決の指摘する記載は,いずれも本願発明の要件を満たさない比較例
1,2と4という比較例同士の記載の比較に基づく判断であって,本願発明の発泡
シートを製造する方法ではないから,本件明細書に本願発明の発泡シートを製造す
る方法が記載されているかどうかの判断においては関係がない記載であり,審決の
判断は誤りである旨主張している。
 そこで,検討するに,本件明細書の記載によれば,比較例4は,比較例1,2と
は,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を異な
る条件とした以外は,同様の操作により行われたものである(段落【0074】)。そ
の結果,比較例1,2では,本願発明の特定の気泡形状ではないものの,発泡シー
ト自体は得られたのに対し,比較例4では,発泡シートさえ得られなかったもので
ある(段落【0074】,【0078】の【表3】)。これによれば,ダイスのリップクリ
アランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度が,比較例1,2と比較例4と
の結果を分ける原因となったことが認められる。このことからすれば,実施例1な
いし6においても,リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度
について異なる条件(例えば比較例4と同様の条件)で行った場合には,発泡シー
トが得られない可能性があるものと認められる。
 確かに,本件明細書中には,実施例に関し,リップクリアランス及び押し出され
た円柱状発泡体の引取速度についての明示的な記載は見当たらない。しかし,本件
明細書に記載された範囲では,実施例1ないし4は,全く同じ条件であるようにな
っているにもかかわらず,段落【0077】の【表2】,【0078】の【表3】によれ
ば,それぞれ異なる発泡シートが得られている。これは,実施例1ないし4の結果
を左右する押出条件であっても,本件明細書において開示されていないものがある
ことを意味する。そこで,厚みがそれぞれ異なる発泡シートが得られていることか
ら考えれば,実施例1ないし4は,押し出された円柱状発泡体の引取速度が異なる
ものであると推認される(現に,原告は,前掲回答書(甲6)において,実施例1
ないし4において上記引取速度を異ならせた旨を述べている。)。このように,上
記引取速度は,実施例1ないし4によって得られた発泡シートの違いを導いた重要
な条件ないし要素であることが認められる。そして,本件明細書の段落【0074】の
ほか段落【0055】,【0056】などの記載に照らせば,リップクリアランスの調整も
また,得られる発泡シートの性状等に影響を及ぼす要素であることが認められる。
 以上の点にかんがみれば,リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の
引取速度が本願発明の実施に関して重要な要素であるとし,その具体的数値につい
て何ら記載がないことを咎めた審決の判断が誤りであるとはいえない。
 3 以上のとおり,本件明細書においては,少なくとも,「(ⅰ)特定の押出条
件」を構成する環状ダイスの温度条件(溶融混練物の温度)について,具体的な条
件が記載されておらず,示唆もされていないというほかない。そして,ダイスのリ
ップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整についても同様
であるとした審決の判断が誤りであるということもできない。
 そうすると,その余の要素に関する審決の判断の当否について判断するまでもな
く,本件明細書には,本願発明に係る無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートを得
るための記載が,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されて
いるということができないのであって,特許法36条4項の要件を満たさないとし
た審決の判断は,是認し得るものである。
 よって,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべ
きである。
  東京高等裁判所第18民事部
      裁判長裁判官   塚  原  朋  一
         裁判官   塩  月  秀  平
         裁判官   田  中  昌  利

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