弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

○ 主文
一 原告らの訴を却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
(原告らの申立とその理由)
第一 原告らの申立
一、被告大分県知事が昭和五二年一月一〇日付で内閣総理大臣に対して承認申請を
なした大分県新産業都市建設基本計画中別紙一の部分を取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
第二 請求の原因
一、当事者
(一) 原告
原告らは、いずれも、別紙七号C及び八号埋立計画予定地域付近で現に漁業を営ん
でいる漁民及びその直近の背後地である大分県北海部郡<地名略>の住民であり、
七号C及び八号地計画の策定実施により、その生命、健康、農漁業、環境等に甚大
な被害を蒙らざるを得ない立場にあるものである。
(二) 被告
被告は大分県知事として、大分県における住民無視大企業奉仕の工業化政策の頂点
にあるものである。
二、大分地区新産都基本計画の策定
被告大分県知事は、昭和五一年一二月二二日に開かれた大分地区新産業都市建設協
議会の議を経て、大分地区新産業都市建設基本計画を策定し、昭和五二年一月一〇
日付で、内閣総理大臣に対する同基本計画の承認申請をなした。右申請によつて、
被告による大分地区新産都基本計画の策定作業は完結し、内容の確定をみた。
基本計画に関する被告の計画書は、「大分地区新産都市建設基本計画」自体と(以
下「基本計画」という)、「大分地区新産業都市建設基本計画の概要」(以下「概
要」という)とに分けられており、別紙計画部分は、具体的には「概要」の中に記
載されているものであるが、「概要」の内容は、「基本計画」の内容を具体的に明
らかにしたものであるから、即ち「基本計画」そのものであり、両者一体となつて
新産業都市建設促進法上の「新産業都市建設基本計画」を構成するものである。こ
の意味における法律上の「基本計画」(以下本件基本計画という)の中には、別紙
記載の公有水面埋立による工場用地造成及び工場誘致計画部分が含まれており、同
計画部分は、基本計画の中で、七号地C及び八号地と称されている(以下まとめて
同計画部分を八号地計画という)。
三、本件基本計画の行政処分性
(一) 本件基本計画は、新産業都市建設促進法(以下新産法と略称する)一〇条
一項により知事に独占的に与えられた新産都市基本計画の策定権限の行使としてな
された行政行為であり、策定の法定効果として新産業都市建設及び工業整備特別地
域のための国の財政上の特別措置に関する法律(以下新産工特法という)に基く財
政的裏付が与えられ、新産法一七条により、国、自治体は道路、上下水道、住宅、
学校等々、ありとあらゆる行政分野において基本計画実施のための諸条件の整備を
義務づけられ、同法一八条により、国及び自治体の長は、各種の法律に基く許認可
等の処分に際し、基本計画への配慮を義務づけられる。このように基本計画の策定
は、ありとあらゆる行政サービスを、基本計画の実現、即ち工場誘致のため動員
し、これに従属させる強力な行政権限の行使である。(このような強大な効力を基
本計画に与えた新産法は、住民不在の工業化の強力なテコとなり、日本列島を公害
列島化した法的手段の一つとして利用されてきたものであり、新産法そのものに対
する歴史的批判は避けられないところであるが、本件計画を強行策定した被告及び
大分県の狙いも正に右の点にある。)
このように、新産都市建設基本計画は、他の一般の行政計画のように、抽象的な青
写真として存在するのではなく、財政的裏付をもち、行政機関への各種の義務づけ
を通して強力な自己貫徹性を備えている。
計画内容自体、埋立計画の着工、完工の時期などを具体的に特定した具体的実施計
画であり、過去の大分新産都の形成過程に照らしても、計画、即実現という有無を
いわさないものである。
従つて、本件基本計画においては、計画そのものとその実施を区別することはでき
ず、計画それ自体が、行政等に対する直接的義務づけ及びこれに基く具体的諸条件
の整備を通じて、新産法一七条所定の、道路、住宅、上下水道、学校等の広汎な生
活部面において、地域住民の住民福祉を直接的に左右するのであるから、計画の段
階において抗告訴訟の対象としての処分性が認められるべきである。
(二) 尚開発行政計画にあつてはその策定手続につき判定可能の違法事実が存在
する場合には同計画に直接性事件性の面で欠ける点があつてもこれを補完して同計
画をして行政処分たらしめるものである。(開発行政計画策定手続の覇束性の法
理)
ところで本件につきこれを見るに本件基本計画には後述の中断三条件違反の事実が
あり、しかも同条件が法的拘束性を有することは後記のとおりであるので(最高裁
第一小法廷判決昭和四六年一〇月二八日民集二五巻七号一〇三七頁、熊本地裁昭和
五〇年二月二七日判決)、この点から言つても本件基本計画が行政処分性を有する
ことは明らかである。
なお覇束性の法理に関する学説判例のあらましは以下記述のとおりである。
1 覇束性の法理
原告らは開発行政計画に於ては、被侵害利益の重大性と事後的救済の困難性とか
ら、その策定手続に一定の覇束性を認めるべきだと主張するものである。
行政手続一般について、その法制化の不備が強く指摘されているなかで、自由裁量
処分に関する司法審査のあり方として、司法審査を適正ならしめるためには、その
行政手続が適正になされたかどうかを審査することが最も妥当な方法であり、特に
不利益な処分をする場合には、明文の規定の有無にかかわらず、その相手方を納得
させるに足る手続をとることを法律上の要件と考えるべきことは既に最高裁に於て
も判例理論として確立したところと言わねばならない(最一小判昭四六・一〇・二
八民集二五・七・一〇三七)。又熊本地裁昭和五〇年二月二七日の判決は、し尿処
理場建設禁止仮処分申請事件に於て、「漁業が現に行われ、且つ住民の健康に悪影
響が予想される場所にし尿処理場を設置しようとする場合に於ては被申請人(牛深
市)において設置予定の施設が真実海水汚濁の最低基準を守る性能を有するもので
あるかどうかを精査するほか・・・・・・本件予定地付近海域の潮流の方向速度を
調査研究して放流水の拡散、停滞の状況を適確に予測し、又同所に棲息する魚介
類、藻類に対する放流水の影響について生態学的調査を行ない・・・・・・これら
によつて本件施設が設置されたときに生ずるであろう被害の有無、程度を明らかに
し、公害の発生が低いか否か検討すべきである。そのうえで本件予定地に本件施設
を建設する以外適当な方法なしと判明した場合に初めてその調査結果に基づき、被
害者に対する補償問題等も含めて住民の説得等の措置をとるべき」と判示している
のである。
右に提起された環境アセスメントの事前実施と地元関係者の同意という手続的要請
が覇束性を有し、これに反した行政庁の行為が違法とされる旨の法理は、A弁護士
によつて提唱された環境アセスメント実施等の環境配慮義務を条理上の行為規範と
とらえ、そのことが行政手続の適正原理となるとする見解と符号し、既に広範な支
持を受けるに至つていると言つてよい。
2 違法に策定された行政庁の行為の行政処分性
前述のとおり日本の現行法制の下では、その必要性が一貫して強調されているにも
かかわらず、行政手続の法制化は具体化していない。そうした現状を踏まえながら
B助教授は、前掲書の中でこの点に触れて「事前的行政手続が未整備で環境変化を
ともなう決定についても住民参加の的確な保障のない現行法のもとでは、いきおい
行政訴訟の手続が、行政手続の代償的機能をも果すべきことが強く要請されてい
る。」との指摘をなし(環境権と裁判一三一頁)、更にこれを一歩進めた形でA弁
護士は、行政処分とは、違法性の判定が可能な行為、規範に基づく行政庁の行為で
あると定義して、策定手続の違法が行政処分性の要件たることを定式化したのであ
る(同公害行政法講座一三一頁)。
B助教授も行政処分性についての定義としてはともかく、抗告訴訟に於ける実体審
理の対象として行政計画の策定手続の適法性の判定を重視すべきとの立論(前掲書
一四六頁)から言つて少なくとも当該行政計画が、その策定手続の適法性の判断が
可能な程度に特定させていることを行政処分性の一要件とすることを実質的には考
慮しているものと思われる。
こうした見地は、現代のように行政が極めて多様な形で国民生活に介入し、国民生
活が行政活動によつて多面的に支配されるに至つている状況の下で、行政訴訟の救
済機能の拡大が強く要請されるに至つていることに鑑みれば、特に強調されるべき
ところと言わねばならない。
判例の中にも、土地区画整理法第二〇条第三項による意見書不採択の措置に行政処
分性を認めた大阪地裁昭和五〇年二月一九日判決がある。この判決は、ストレート
に行政過程の違法性の問題の位置づけを判断したものではないが、最高裁昭和四一
年二月二三日判決の論理に忠実な立場からは、仮りに意見書不採択が違法であつて
も仮換地指定処分もしくは土地利用について具体的規制を受けた段階で、訴訟の提
起を認めれば足りるとすべきところであることを考えると、行政過程の違法性と行
政処分性の問題を考察する一助になるものと解される。
以上のような考察を経て、原告は、環境破壊や公害被害に直結する開発行政計画に
あつては、その策定手続に於いて環境アセスメントの事前実施と地元関係住民の同
意手続が覇束的要件とされ、そうした要件の充足の要否の判断が可能な程度に当該
行政計画が特定されていることが、直接性、事件性といつた要件に代る要件として
ないしはこれらの要件の不足をカバーする要件として比重を持つと主張するもので
ある。
四、基本計画の策定に至る経過と問題点
本件基本計画の瑕疵については後述するが、原告らが問題にしている本件基本計画
の策定に至る経過と問題点は次のとおりである。
(1) 昭和三七年、池田内閣による高度経済成長政策としての全国総合開発基本
計画(全総)の具体的施策として新産業都市建設促進法が制定され、昭和三九年大
分地区はその指定を受けた。
当時三重県四日市市では深刻な公害(四日市ゼンソク)が既に昭和三七年頃から発
生していたが、大分新産都では臨海工業地帯と背後地を緑地帯と四〇メートル道路
で分離、これに高煙突方式を加味することで「公害なき新産都」が建設されると
し、これを「イシダストリアル・パーク」として宣伝した。しかし実際に工業化が
進むにつれ、大分地域の環境は悪化し、「公害なき新産都」つくりは”絵に画いた
モチ”となつてしまつた。
これは大分地域に限らず、同じ新産都の岡山県水島地区など、全国各地で起こつ
た。こうした状況のもとで昭和四五年静岡県田子浦のヘドロ反対闘争をきつかけ
に、公害反対運動が全国的に燃えあがり、これに水俣病、イタイイタイ病、四日市
ゼンソクの公害訴訟が加わりさらに勢いを増した。政府もこの全国的な情勢の変化
に対応して、四五年一二月の国会で公害関係一四法を成立させ、四六年には環境庁
を設置、環境問題を国の重要問題として取り上げ、開発優先のムードは後退せざる
を得なくなつた。
(2) ところが大分県はこうした全国的な流れを理解するよりもそれに逆らつ
て、昭電アルミの大分地区進出希望をテコに、昭和四五年従来の大分新産都による
大分臨海工業地帯を<地名略>先の海岸埋め立て(八号地計画)にまで拡大し新産
都二期計画とした。当然これに対する地元住民の反対が起こり、環境庁の指導もあ
つて、大分県はこの八号地計画を中断する羽目に追い込まれ、後述する中断解除三
条件の整備がなされない限り八号地計画の再開は許されない状況となつた。
(3) その後国の環境行政はさらに進行し、自動車排ガス規制、瀬戸内海環境保
全臨時措置法の施行(四八・一〇)、公有水面埋立法における環境問題を中心とし
た改正(四五・五)など従来の開発指向に大きくブレーキをかけ、昭和五一年度に
は、新産工特法の五年延長に伴い、各新産都に対し、従来の新産都基本計画の改訂
を命じた。指示内容は、これまで遅れていた背後地整備や環境保全など、生活基盤
の整備を主体とするものであり、埋立計画の拡大による一層の開発を志向したもの
ではない。これは、全国的環境問題や資源問題をめぐる問題状況及び不況の下での
当然の姿勢である。
(4) しかるに大分県は、またもやこの機会を逆用し、中断していた「八号地計
画」を再び取り上げ、新産都の五ヶ年延長に伴なう新産都改訂計画のなかに盛り込
み、その実現をはかろうとしているのである。しかも現在でも大分地区の大気汚染
特に二酸化窒素の濃度は地域内の全ての測定点で環境基準を超えているという現実
を無視し、かつて八号地計画中断の際の「環境保全上の問題」を中心とする後記三
条件がなんら解決していないにもかゝわらず、八号地を造成、企業を誘致して汚染
を進行させようとしているのである。
(5) 以上の経過よりみて、大分県の新産都計画改訂における八号地計画編入
は、地元に重大な環境破壊をもたらすことは明らかであるだけでなく、現在のわが
国における環境優先の新しい行政の動向及び国民世論に逆らうものであり、さらに
現在すでに国際常識となろうとしている「領海二〇〇海里説」により、わが国の漁
業範囲が大きく圧縮され、沿岸漁業の重要性が再認識されようとしていることに照
らしても、わが国有数の優秀な佐賀関海域の漁業に重大な影響を及ぼす八号地計画
を再び策定実施することは許し難いことであるといわなければならない。
五、八号地計画の違法性
(1) 中断三条件に反する
(1) 本件基本計画中の八号地計画部分は、構想の発表当時から今日まで、引き
続く激しい反対運動にさらされてきたものであるが、昭和四八年五月二五日、被告
は次のような経過の中で、八号地計画の中断と中断解除、計画再開のための三条件
を公表し、その後、背後地住民との再三に亘る交渉や、県議会における答弁等で、
八号地計画の再開に関しては、手続、内容いずれの面においても、三条件を満たす
ことが前提であることを確認してきた。中断三条件が出された経緯及び内容は次の
とおりである。
(2) 中断に至る経緯
本件八号地計画の構想は、前述のように、昭和四五年に昭電進出希望等をテコとし
て策定された新産都二期計画の一環として公表されたものであり、その直後から、
原告ら住民及び背後地住民の激しい反対運動にさらされてきた。同年九月には、直
近の背後地である<地名略>において埋立絶対反対期成会が結成され、年間水揚一
〇億を超えるわが国有数の良好な漁場を守る漁民の運動も爆発的な盛り上りをみせ
た。
反対の根本的な理由は、八号地計画の実施には、後述するような深刻な公害被害が
予測されたからであり、計画策定に際しては、これらの公害被害に対する事前調査
と評価並びにこれに対する対策の確立(いわゆる環境アセスメント)が先決である
のに、これについては殆んど何らの手もうたれなかつた。こうして、昭和四六年二
月には、名だたる公害企業である昭電アルミの八号地進出計画は断念されたが、か
わつて、石油精製日産四〇万バーレル、石油化学製品エチレン換算年産五〇万トン
という昭石の誘致と帝人誘致計画がうち出され、アセスメントの策定もないまま、
あくまで埋立に向けての既成事実のゴリ押しを測る県と反対漁民及び住民との激し
い対立が続いた。昭和四八年三月には、反対住民の要請に答えて、環境庁による全
国でも異例の現地調査が行われ、国会議員団による現地調査も相ついで行われ、八
号地問題は国政レベルに波及した。現地調査の結果に基き、環境庁は、大分新産都
については、抜本的な環境保全対策が必要であり八号地計画はその中でねりなおさ
れるべきだとの見解を発表したが、県はあくまで推進の意向をかえなかつた。
こうして原告ら反対住民及び漁民は、重大な決意をもつて、昭和四八年五月二四
日、八〇名を超す大陳情団を環境庁に派遣し、全国の注視の中で陳情団が東京に到
達した翌五月二五日、遂に大分県知事は、原告ら反対住民の要求に答え、八号地計
画の二期計画からの分離中断を公表し、(1)環境問題の解決(アセスメントの策
定)、(2)地元の同意、(3)佐賀関町漁協の正常化の三条件の解決まで、八号
地計画は再開しないことを言明した。
(3) 三条件の意味
分離中断発表は、三条件の中でもとりわけ環境問題の克服が極めて困難であるとこ
ろから、事実上の断念であると理解されたが、少なくとも、環境問題を含む三条件
の解決がない限り、計画の再開がないことは、反対住民、知事、環境庁はもちろ
ん、県民世論においても共通の理解となつた。知事自身、その後の反対住民との再
三の交渉や議会答弁で、右の趣旨を繰り返し確認し、国も国会における主務大臣の
答弁等の中で繰り返し、右の趣旨を確認してきた。
(4) 中断三条件の法的拘束性
以上の経緯に照らし、中断三条件の克服は、反対住民のみならず、国との関係にお
いても、計画再開の不可欠の手続的制約として明確に設定されたものであり、一方
的な改変や破棄を許さない拘束力ある手続的制約であると解すべきものである。
しかるに県は、三条件が解決されるどころか、殆んど何らの前進もみていない状況
であるのに、進出企業やその恩典を期待する地場企業の圧力に押されて、新産都基
本計画の中に、八号地計画を正式に盛り込み、新産法に基く正式の認知を受けて、
財政措置及び前述した計画自体に与えられた強力な法的効力を通じて、事実上八号
地の実施に大きく踏み出そうとしているのであるから、正に、三条件による手続的
制約を踏みにじつたものであり違法である。(仮に手続的瑕疵に該らないとして
も、前述の経緯に照らし、国を含めて確認された、原告ら反対住民との信義にもと
るものであり、信義則に著しく違反し、違法である)。
(2) 新産法一〇条一項に反する
本件基本計画は、新産法一〇条一項に基くものであるから同法同条により内閣総理
大臣が指示した「当該新産業都市に係る建設基本方針」に基いて策定されなければ
ならない。従つて、基本方針から逸脱した基本計画は、その限りにおいて違法であ
る。
ところで、大分地区新産都に係る基本方針に関する内閣総理大臣の指示は、昭和三
九年一月三〇日付でなされているが、同基本方針によれば、大分新産都は、「大分
川及び大野川の河口の埋立地における工業開発を主軸」とするものとされ、「重化
学工業用地」は、「大分川及び大野川の河口の埋立地及び隣接地」と特定されてい
る。ここにいう「隣接地」は、文理上、埋立地以外の隣接地と解される。また、重
化学工業以外の「関連企業等の用地」は、「下郡、杵築等にまとまつた用地として
計画的に配置する」とされている。
このような基本方針の内容に照らしても、かつまた、当時公表されていた県の地域
開発構想に照らしても、基本方針が、本件八号地計画のような、大野川右岸から約
八キロ以上も隔たつた地先水面の広大な埋立や、ましてその埋立地に、石油精製日
産四〇万バーレル、石油化学製品エチレン換算年五〇万トンという大規模な昭和石
油化学コンビナート(これは一社のみの石油コンビナートの規模としては日本最大
である)が立地するということなど全く想定していなかつたことは明白である。埋
立予定地の位置のみならず、面積においても基本方針作成当時想定されていた総埋
立面積は、一二五〇ヘクタールであつたのに対し、八号地が造成されると、実に二
〇〇〇ヘクタールを超えるのである。
このように、本中八号地計画は、埋立予定地域、面積、立地予定企業の業種のいず
れの点でも、基本方針に逸脱し違法である(なお当時の基本計画では、八号地計画
背後地は、「生鮮食糧基地」として位置づけられている)。
このような基本方針からの逸脱は、合理的な斉合性のある地域開発の進展の結果と
してではなく、企業に対する卑屈さと徹底した大企業奉仕の行政の結果、「新産都
の優等生」と称される程に大分新産都が大企業からつけこまれ狙われてきたことと
これまでの建設過程での設備投資の恩典に浴して肥大し、新たな設備投資を渇望し
ている地場企業の圧力に基くもので、資源問題や環境問題をめぐる今日の情勢を顧
ることすら全くできない、狂気の地域開発とすらいい得るものである。なお今回の
基本計画の改訂は、環境保全に対する一層の配慮が必要であることに基くものとさ
れているが、大分の場合、新産都市計画の今日の進捗率をみても、生産関連施設の
達成率一四二パーセントに対し、生活関連施設の造成率は八六パーセントにすぎな
い。しかるに今回の改訂基本計画においても、依然としてこのような著しい企業優
先に対する配慮などなく、環境保全に関しても、意を用いるどころか、環境アセス
メントすら策定しないまま、一層の大規模な環境破壊につながる八号地計画を盛り
込んでいるのであるから、基本方針のみならず、今回の改訂に関する国の方針にも
著しく背馳するものといわざるを得ない(なお被告は、昭和四五年頃従来の基本計
画の内容を一新し、八号地計画を含む大規模な計画を新たに策定公表した(いわゆ
る新産都二期計画))。同計画は、初めて公表された時から前述のように、背後地
住民の激しい反対運動にさらされてきたのであるが、被告及び県は、右計画に合せ
て、従来の新産都基本計画の大巾な改訂作業に着手し、内閣総理大臣の承認を求め
ようとしたが、正式手続に至るまでもなく、排斥されている。このことは、八号地
計画を含む二期計画が、新産都基本方針から逸脱したものであることが当初から明
白だつたことにも一つの理由があると思われるのであり、いずれにしても、県の八
号地計画は、新産法の認知を受けることのないまま推移してきたのであり、八号地
計画は、新産法上は幻の計画にすぎない。しかるに県は、新産法による承認が得ら
れなかつたにかかわらず、本来港湾の維持、管理等の限定された目的の範囲で行使
されるべき港務局の長としての知事の権限を乱用し、港湾計画に名をかりてかかる
幻の新産都計画をいわば「ヤミ」で推進してきたのであり、その背信性は、基本方
針からの逸脱と合せて厳しく批判されなければならない。
(3) 環境アセスメントの未策定による違法
(1) 環境アセスメントをめぐる立法及び判例の動向
環境アセスメントに関しては、未だ産業界の強い反対のためその立法化が実現して
いないが、地域開発にあたり、予測される公害被害に対するまともなアセスメント
なしに開発を進めてはならないという基本理念は、立法化をまつまでもなく既に定
着したものというべきである。
日弁連や各政党も、既に独自の環境アセスメント法案を作成公表しており、近い将
来何らかの環境アセスメント法が成立することは必至である。
判例上も、立地上の過失を明確にした四日市判決が「石油を原料または燃料として
使用し、石油精製、石油化学、化学肥料、火力発電等の事業を営み、その生産過程
においていおう酸化物などの大気汚染物質を副生することの避け難い被告ら企業
が、新たに工場を建設し稼働を開始しようとするとき、特に、本件の場合のように
コンビナート工場群として相前後して集団的に立地しようとするときは、右汚染の
結果が付近の住民の生命・身体に対する侵害という重大な結果をもたらすおそれが
あるのであるから、そのようなことのないように事前に排出物質の性質と量、排出
施設と居住地域との位置、距離関係、風向、風速等の気象条件等を総合的に調査研
究し、付近住民の生命・身体に危害を及ぼすことのないように立地すべき注意義務
があるものと解する。」と判示しているのは、理論的には環境アセスメントの事前
策定義務を前提としたものである(同旨、後述の牛深市屎尿処理場事件、熊地昭五
〇・二・二七判)。
とりわけ、一つの地域開発の一定の段階において、深刻な公害被害が現に発生し、
開発の進展によつて、一層の激化が予想される場合においては、現に起こつている
公害被害の程度、一層の工業化の結果予想される被害の程度との関連において、環
境アセスメントの策定が計画を含む一切の開発行為の前提として、法的に要求され
る場合があることが認められるべきである。
大分における現状の公害及び八号地計画が推進された場合に予想される公害被害
は、いずれも次に述べるようにきわめて深刻なものがあり、正に、これ以上の工業
化の拡大について、計画段階における環境アセスメントの策定が義務づけられる場
合に該る。
(2) 新産都一期計画による公害の現状(別紙二参照)
(イ) 大分県新産都一期計画の進捗にともなつて、昭和四〇年代に入ると九石、
九電、昭電、新日鉄の操業が始まり、既存企業(住友、鶴パ等)と共に窒素酸化
物、硫黄酸化物、ばいじん、有毒ガス等の大気汚染物質を大量に放出するようにな
つた。
その結果大分の一期計画だけで大分市鶴崎地区、三佐、家島、小中島、徳島地域等
は、既存工業地帯と臨海埋立コンビナートの谷間に存在することになり、住宅地と
工場の混合隣接により大気汚染による生活、健康被害は四〇年代に入ると年を追つ
てひどくなつた。
例えば、大分県医師会報昭和四六年四月一日発行「公害対策研究活動報告」同会報
昭和四八年一二月一日発行「大分市鶴崎地区における疾病構造について」は、大分
市鶴崎地区において大気汚染の進行と大気汚染に関連する特殊疾患の罹患率の増加
が一致すると報告、慢性気管支炎をはじめ、感冒症候群、耳、鼻、眼等の疾患に苦
しむ住民の実態と県の開発行政への厳しい警告が行なわれている。
大分市衛生部の手によつてはじめられた「学童並びに一般健康調査アンケート集計
表」「アンケートによる住民の健康調査集計表」では、上記地域の学童アンケート
の集計結果により三佐小、鶴崎小等鶴崎地区の工場操業にともなう生活環境の悪
化、呼吸器系疾患の増加が顕著に示されている。さらに近年、新日鉄背後地の日岡
萩原地区にもこれらの健康被害の広がりつつある現状が確認されている。
昭和四八年五月、大分県医師会が発表した「三佐校区住民健康調査結果報告書」と
いわゆる三佐五、〇〇〇人健康調査といわれる大規模な調査によつても、大気汚染
による健康被害の指標として使用される、四〇才以上の慢性気管支炎有症率が三佐
全区平均で六・一%、一二佐四区で六・六%、五区で八・九%の高率を示した。こ
れは都市非汚染地区の平均二・五~三%の二倍から三倍も高い有症率であり、神
戸、大阪、徳山などよりひどく四日市に次ぐ有症率である。
昭和五一年七月の岡山大学医学部柳楽助手等による三佐三・四区、五区の住民六〇
〇名余りを対象とした健康調査「大分市三佐地区および中津市大新田地区における
大気汚染に関する健康調査報告」によれば、慢性気管支炎の有症率は三佐三・四区
で九・五%、同五区で一〇・八%の高い有症率を示している。
(ロ) 以上の事実によつて明らかなように、大野川左岸の新産都一期計画による
鉄、石油、火電コンビナートの立地は結果的に三佐、日岡、萩原、徳島地区等埋立
地の直接背後地住民に多大の生活環境の悪化と健康被害を激増させ、遂に家島地区
の集団移転問題にまで発展しているのである。
(3) 八号地計画により予測される環境破壊
(イ) 前述した新産都一期計画は一期計画自体の中でもさらに拡大され、五一年
一〇月には、新日鉄二号高炉(四五〇万t/年)の操業が開始され、五二年春に
は、昭電がエチレン換算三〇万t/年(現在二二万t/年)の増設をおえ、操業を
開始する。これにより大分地域の大気汚染物質(SOx、NOx、ばいじん等)の
量は一期計画だけでもさらに増加するが、八号地以外の新産都二期計画、即ち「大
野川右岸の埋立」による工場立地計画でも、六号地西側即ち三佐、家島地区の対岸
に九石、昭電の石油コンビナートが予定されている。
これらは三佐、家島、徳島地域をさらに工場群により囲むこととなりこれらの地区
は一層の「公害の谷間」にならざるを得ない。
すでに大分地域が、このような状況にあるにもかかわらず県はさらに八号地を計
画、ここに昭和石油(四〇万バーレル/日)、帝人(石油化学)の工場の立地を押
し進めようとしているのであり、これが実施されれば、周辺地域の環境破壊はさら
に深刻なものとならざるを得ない。
(ロ) 例えば大気汚染についていえば、SOx、NOx、ばいじん等の汚染物質
の増加の中でも窒素酸化物、(NOx、)の増加は重要である。現在大分地域にお
けるNOx(二酸化窒素)の測定値は、一〇定点のいずれにおいても、環境基準を
オーバーしており、この上更に窒素酸化物が増加すれば、環境規準をオーバーする
ことは勿論住民の健康に重大な影響を与えることは明らかである。
しかも窒素酸化物については効果的な削減対策は全く見通しが立つていない。
(ハ) 八号地の直近の背後地である神崎地区では、その地形的地理的特長のた
め、これらの大気汚染はとりわけ深刻である。
即ち神崎、大平、馬場部落の背後には、急斜面の台地山地がせまり、工場地帯から
の排煙はこれら部落に渦巻き状に収束し、高濃度の大気汚染をひきおこすことが予
想される。
また、これらの地区には海岸から数本の谷合が山上に走りその中に小部落が点在し
ているが、工場排煙はこれらの谷をはいのぼり集中的に被害を及ぼすことが気象学
上明らかに予想される。
(ニ) 距離的な問題でも、神崎、大平、馬場地区と八号地石油コンビナートの中
心との距離はわずか一~一・五キロメートルであり、工場の端と住宅地は隣接す
る。工場事故による有毒ガスの漏出、爆発炎上、石油タンク、タンカーの火炎等に
よる被害が直接的に住宅地に及ぶことは過去の新潟地震や四八年の大分市住友化学
の事故によつても明らかである。
(ホ) 七号地C、八号地埋立予定地区は、埋立水面二〇メートル以内の浅海であ
り、これら浅海の埋立ては埋立地域だけでなくその周辺水域にも種々の重大な影響
を及ぼす。
右水域は豊後水道海域の水産生物、特に鯛等の稚魚生育の重要な藻場でありプラン
クトン、小えびなどを餌として成魚に成長する自然の増殖場でもある。佐賀関漁民
はこれらの水域の恵を受け年間一〇億円にものぼる水揚げを得ており、これらの水
域の埋立、埋立に伴う海底浚渫作業による海水の汚泥化、埋立後工場より排出され
る産業廃棄物による海水の汚濁により失う生活上の損失は莫大なものである。
(ヘ) 八号地実施に伴う船舶航行及び航路権の新たな設定との関係でも、現在既
に一日八百隻といわれる船舶の航行は海上での漁撈に大きな影響をあたえ、すでに
衝突などの事故も発生しているのであり、八号地計画実施による船舶の増加は漁撈
をますます危険に追い込み、航路権の設定もまた、この海域での漁業に甚大な影響
をもたらすのである。
(4) 結論
以上のような大分における公害被害の現状及び八号地計画の結果予測される公害被
害の深刻さに照らし、環境アセスメントをまともに行うことなく、八号地計画を前
述のような強力な自己貫徹性を備えた基本計画の中にもりこみ、これを推進するの
は、正に犯罪的であるとすらいうべきである。
このような大分新産都の特殊性の下では、基本計画の有効な成立のためには、住民
への情報の公開を前提とした住民の意見の聴取などの住民参加を保障した上で、科
学的批判に耐え得る環境アセスメントの事前策定が必要不可欠であり、その欠落
は、基本計画策定の重大な手続的瑕疵を構成するものである。
国も、大分新産都基本計画については、環境問題の解決が必要不可欠であること
を、主務大臣の国会答弁の中で確認しており、環境庁も、昭和四七年六月六日付
「各種公共事業に係る環境保全対策について」の閣議了解に基き、特に大分県に対
し、一期計画の公害被害に対する抜本的対策を、その後の計画拡大の前提問題とし
て解決するよう指導している。
しかるに本件基本計画に関しては、未だに何らの環境アセスメントもなされていな
いといつてよい。
よつて、基本計画策定の必須の前提手続である環境アセスメントを欠く本件計画は
違法である(なお、基本計画は計画として策定されると、財政的裏付が与えられ、
自治体やその長に広汎な義務を負わせるものであるが、地域住民に前述のような深
刻な被害を及ぼす危険のある計画に、環境アセスメントの欠落したまゝこのような
財政措置や法的効力が与えられてはならない。この意味からも、アセスメントの欠
落は計画自体の取消原因にあたると解すべきものである。)
六、本件訴訟の緊急性と必要性(別紙二参照)
本件基本計画中の八号地計画は、前述のように、原告ら漁民及び背後地住民に、不
可避的に甚大な被害をもたらさざるを得ないものである。
しかもこの計画は、前述のように、財政的裏付すら伴つた強力な実施計画であり、
計画段階において取り消されなければ、自治体やその長に対する広汎な義務づけを
通して、既成事実の整備が進められ、これほど内容、手続両面における違法があり
ながら、事実上、原告らに対する救済の方途が与えられないまま、計画が実施され
るに至ることは火をみるよりも明らかである。
かくては、原告らが現に、八号地予定地やその背後地において享受している、良好
な自然環境、その下における健康な生活、豊かな漁業資源等の生活利益は破壊さ
れ、反対運動を通じて原告ら反対住民との間で客観的に合意され、国会においてま
で確認された三条件すら踏みにじられ、地域開発における民主主義や住民参加の理
念は、理念としてすら否定されざるを得ない。
よつて、本件計画によつて不可避的侵害を受ける諸々の生活利益の主体として、か
つまた、地域開発の過程への地域住民の参加の権利及び違法な地域開発を是正する
地域住民の権利に基き、本件訴訟を提起する。
第三 被告の本案前の申立の理由に対する反論
一、被告主張の八号地計画が本件基本計画の内容となつていないとの点並に本件に
おける取消の対象物について。
(一) 被告は原告ら主張の本件基本計画中には八号地計画は含まれていない旨主
張する。しかし同主張の誤まりであることは以下に記載の県議会定例会、全員協議
会、建設協議会の各議事録と衆議院特別委員会会議録の各記載を検討することによ
り明らかである。
1 基本計画改訂の作業は、基本計画の内容を個別的・具体的に明らかにした大分
地区新産業都市建設基本計画案の概要(乙第一六号証)とその個別的・具体的な基
本計画の内容を一般的・抽象的な文章表現にまとめた大分地区新産業都市建設基本
計画案(乙第一三号証)という二つの書面によつてすすめられてきた。
それは県議会においても、新産業都市建設協議会(新産促進法第一六条)において
も国土庁においても、地方産業開発審議会(新産促進法第一二条)においても全く
同様であつた。この事実は、これらの会合の議事録上、被告の力をもつてしても、
お得意のすりかえ戦法をもつてしても、いかんともし難いほど明白になつているの
である。
では何故、基本計画の内容を個別的・具体的に明らかにした文書とそれを一般的・
抽象的な文章表現にまとめた文書との二種類を必要としたのであろうか。
新産都問題は、いずこの県においても県政最大の政治課題となつている。だから当
然に県議会で大きな問題にならざるを得ない。
さらに、新産促進法により、調査審議の機関として新産業都市建設協議会(第一六
条)と地方開発審議会(第一二条)がおかれている。環境破壊や公害がこれほど深
刻な問題になつている時に、大がかりな産業開発、大企業の誘致を調査・審議する
のに、できるだけ個別的・具体的な説明を求められるのは当然であろう。仮りに環
境問題や公害問題を重視しない議員や委員でも、はたしてどんな企業がどの程度の
規模で進出しようとしているのか、その企業が進出すれば人口の移動はどうなるの
か、工業用水・住宅用地・輸送施設等々の立地条件や都市施設は具体的に準備でき
るようになつているのかどうかなどを、個別的・具体的に理解しなければ新産促進
法上の委員の任務も務まらないのである。
基本計画改訂の是非について調査審議するのに個別的・具体的な内容を示す文書
(乙第一六号証)が必要不可欠なのは誰の目にも明らかであろう。
しかし、この概要だけでは、新産促進法第一〇条第一項の手続が如何にも不便であ
る。けだし、個別的・具体的な計画の部分的な変更は当然に起り得るからである。
このように、基本計画の改訂作業には、内容をできるだけ個別的・具体的に明らか
にしなければならないという要請と個別・具体的な内容の部分的な変更などで、い
ちいち総理大臣の承認手続などとらなくてもいいように一般的・抽象的な文章表現
にしておかなければならないというという二つの要請があるのだ。この二つの要請
にこたえるために、乙第一三号証と第一六号証の二つの文書が作成されたのであ
る。そして、県議会から新産業都市建設協議会・国土庁でのヒアリング、さらに地
方産業開発審議会ではこの二つの文書が示され、乙第一六号証によつて個別的・具
体的な説明がなされ、それを調査・審議し賛否が問われてきたのである。
そして地方産業開発審議会の調査・審議まで終り、最後に総理大臣の承認を求める
段階で、個別的・具体的内容を一般的・抽象的な文章表現にまとめた文書を承認の
正式文書として扱うことにより、後日、個別的・具体的な内容の部分的な変更など
でいちいち総理大臣の承認を求めなくてもいいようにしたまでのことである。
このように、乙第一三号証と第一六号証との関係は前者は後者を一般的・抽象的に
まとめ、後者は前者の内容を個別的・具体的に明らかにした関係にあるのだから、
乙第一六号証に明記してある八号地が基本計画の内容になつていることは明らかで
ある。
だからこそ、被告知事は以下具体的に述べるように県議会などで再三再四そのこと
を言明し、八号地が改訂基本計画に盛り込まれたことが、正当に県会議員共通の確
固不動の認識になり、県民共通の認識になつたのである。
2 県議会における被告知事の再三再四にわたる言明と、全議員の確固不動の認
識。
先ず、県議会で基本計画の改訂と八号地問題について、いかなる論議がなされてき
たかを記録により検討してみよう。
そうすると、八号地を改訂基本計画に盛り込むことに強く反対し、盛り込んだこと
を激しく非難する質問が何回なされても、港湾計画などで認められてきた八号地を
新産工特法の期間延長の機会に改訂計画に盛り込むのが知事の責任だと説明し続け
た知事と、法廷で八号地は基本計画に含まれていないと頑固に主張し続ける知事
は、本当に同一人物なのだろうかとの疑いが払拭できなくなつてしまうであろう。
では、順を追つて検討してみよう。
(1) 昭和五一年第二回県議会定例会会議録より
知事の八号地計画中断声明後、二期計画改訂と八号地問題が県議会で取りあげられ
るようになつたのは、昭和五一年六月二八日に開会され、翌七月六日に閉会された
第二会定例会からである。ただし、この段階では、八号地推進派がこの機会を失せ
ずに、八号地を基本計画に盛り込むようにと激励している程度である。
C議員の質問を見てみよう。
「もしや今回の基本計画改定より八号地を切り離して政府に申請するということに
でもなれば、永久に八号地の計画は日の目を見ずに終わつてしまうことも懸念され
るものであり、この時期を失することになれば、後日の軌道修正はきかないものと
信じております。・・・・・・中略・・・・・・現在の情勢は、地元佐賀関町議会
も八号地推進を議決し、佐賀関総合開発審議会においても本事業の推進を決定して
いる事実もあり、また、昭和石油、帝人とも依然として、根強く八号地進出の希望
を持ち続けていると聞いております。
私は、知事がこれらの事実を踏まえながらも、慎重に配慮し過ぎるがためにいつま
でも優柔不断と見られるような姿勢であつてはならないものと存じます。知事は、
大分県経済浮揚のため、ひいては県民の高福祉実現のため、毅然とした意思のもと
八号地造成の方針を早急に決定し、強く県民に表明すべきであります。八月末まで
に基本計画を改訂し、十月、政府の地方産業審議会に諮問するとなればもはや残さ
れた日時はなく、瞬時の猶予も許されません。知事のこの問題に対する決意のほど
を卒直に承りたいのであります。」(甲第三号証の二)
基本計画に盛り込まれなければ、八号地は永久に日の目を見ないことになつてしま
うから、地方産業開発審議会に間にあうようにとハツパをかけたC質問に、知事
は、この法廷ならば「それはC議員の誤解であります。」と答えなければならない
ところだが、議会では、八号地の取り扱いは「環境保全あるいは地元協議の問題、
あるいは新産基本計画改定のことなどもあわせ考えつつなるべく早く結論を出した
いと、かように考えておるところであります。」(甲第三号証の二)と答えている
のである。この段階から、八号地問題は改訂基本計画の問題であるとの認識ではC
議員も知事も一致しているようだ。
(2) 昭和五一年第三回県議会定例会会議録より
九月二八日に開会され、翌一〇月七日に閉会された、この県議会では、国土庁の指
示に基づく基本計画素案も議会中に国土庁に提出されたこともあつて、D知事がE
議員の質問に「八号地の問題については、いままでの議員さんの質問に毎日のよう
にお答えしてまいりました」と答えたように、八号地問題が繰り返えしとりあげら
れた。これらの問答で明らかなことは、すべての質問が八号地を含む基本計画素案
が提出されたことを前提にしていることである。
知事が法廷で主張していることが真実であるとすれば、このように賛否いずれの議
員も「八号地が改訂基本計画に盛り込まれた」と信じて疑わないという「異常な誤
解」を解くために知事は明確な説明をしなければならない筈だ。ところが知事はそ
れを否定するどころか、新産工特法が廷長された機会に、港湾計画審議会も通つて
いる八号地を改訂基本計画に盛り込むのは当然であつて、違法にはならないと一貫
して答弁しているのである。
会議録に沿つて、「八号地が改訂基本計画に含まれている」との確固不動の問答の
主なものを拾つてみよう。
F議員は、
「第四番目に、八号地問題について質問をいたします。四十八年五月、地元佐賀関
町漁協紛争の流血騒ぎでの混乱で八号地計画を中断したD知事はその後、<地名略
>を横目でにらみながら時を待つておりましたが、ついに去る二十九日、八号地を
含めた新産都基本計画の改訂計画案を国土庁に提示したことはまことに遺憾千万で
あります。私は知事の措置に対し不信と憤りの念を抱かざるを得ないのでありま
す。」(甲第四号証の二)
と先ず怒りをぶつつけ、いろんな観点から質問しているが、その中には、
「九大のG教授は「三佐・家島地区における住宅改良、大気汚染対策が必要であ
る。呼吸器障害悪化防止のため、個人的見解として二期計画は中止すべきだ。鉄と
石油を併置すべきではない」と述べております。八号地には四十万バーレルの石油
コンビナートが予定され、すでにフル回転を目前にしている巨大な新日鉄と、まさ
に鉄と石油の併設でありますが、果して環境保全、住民の健康を守ると約束ができ
るのでありますか。」
(甲第四号証の二)
との質問もある。
これに対し、知事は、
「次に二期計画の改定の意義について若干申し上げたいと思います。六号地から八
号地までの二期計画の推進は県政のかねてからの懸案でありますが、幸い、さきの
通常国会で新産財特法が廷長されましたので、公共投資の財政上の優遇措置を受け
るために、過去十年間の計画期間中に終つていないものを見直して、背後地整備等
を中心に積極的に推進をしようとするものでございます。また八号地の環境問題に
関しましては、県民の大多数の福祉の増進をこそ祈念し、二期計画推進の中で八号
地計画も取り上げておるわけでございます」
(甲第四号証の二)
と答え、さらにF議員の再質問に、
「八号地をこれから実施するとか中断を解除したとかいう意味じやございません。
時たまたま新産財特法に基づく計画の改定をしなきやならぬというのに、港湾計画
審議会も通つておる八号地問題があるので、これも背後地の整備等とあわせて計画
に入れてやろうということでございます。」
(甲第四号証の二)
とより明確に答えているのである。
H議員も八号地を改定基本計画に盛り込むことをいろいろの観点から非難している
のだが、これに対し知事は
「新産改定計画の内容等について公表せよ、というようなお尋ねがございました。
改定計画につきましては、新産建設協議会の議を経まして、その段階で正式に決ま
ることになりますが、改定の方向といたしましては、背後地の整備、環境保全対策
等を強力に推進いたしますとともに、港湾計画として承認されております八号地計
画や公共埠頭の位置づけ等を含んだものになります。」(甲第四号証の三)
とこれまた明確に答えているのである。
二期計画は「堂々と胸をはり、毅然たる態度をもつて推進すべきである」と主張す
るI議員も質問の中で、この点に関し、
「執行部においては、従来の大分地区新産都建設基本計画に八号地を含めた計画に
改定する準備を進めており、また<地名略>としても去る二十五日、八号地計画を
期待しての長期総合開発構想を町議会において可決をしております。」(甲第四号
証の四)
と述べているが、知事は答弁で
「さて、八号地の問題でございます。いろいろと御意見も聞かしていただき、励ま
しもいただき、しつかりやれ、積極的に推進せよ、という最後のお言葉でもござい
ました。」(甲第四号証の四)とは述べても、勿論、八号地を含む計画改訂の準備
を否定などはしなかつた。
(3) 昭和五一年第四回県議会定例会会議録より
第四回定例会は昭和五一年一二月一一日から、同月二一日までであつたが、この会
議中である同月一八日に、基本計画改訂案だけを協議するために、県議会全員協議
会が開かれることになつていたので、定例会では八号地問題はあまり論議されてい
ない。それでもJ議員が、八号地が改訂基本計画に盛り込まれたことを前提にして
新産促進法に言う、基本方針と基本計画の関係から考えて、基本方針の変更がない
限り杵築の八号地を<地名略>に持つてくる余地はないのではないかと追及したの
に対し、知事は、
「今回の基本計画の改定で八号地を入れることはこの基本方針に沿つたものである
と、かように考えております。」
(甲第五号証の二)
と極めて明確な答弁をしたのである。
この「今回の基本計画の改訂で八号地を入れることはこの基本方針に沿つたもので
ある」との答弁は、改訂基本計画素案が作成提出(国土庁へ)され、ヒアリングも
行なわれ、明日は全員協議会も開かれるという、いわば改訂基本計画の内容が確定
(乙第一三号証及び第一六号証が確定)した段階での答弁であるところに重要な意
味があろう。このように、大分県議会では、八号地が基本計画に盛り込まれたこと
を共通の認識として、ある者は、それを批判、非難し、ある者は、それを激励して
いるのである。知事も又、八号地が基本計画に盛り込まれたことを当然の前提にし
て、それが違法でないこととその必要性を強調しているのである。
若し、「八号地は改訂基本計画に含まれていない」との被告知事の法廷での主張が
正しいとすれば、知事は議会においてすべての議員を欺し続けてきたことになる
が、一体知事に全議員を欺さなければならない如何なる理由があつたというのであ
ろうか。一方、すべての議員は、「改訂基本計画に盛り込まなければ八号地は永久
に日の目を見ないことになる」とか「八号地を改訂基本計画に盛り込んだのは違法
である」とかと、賛否夫々の立場で懸命に論議しているのであるから、一様に欺さ
れつ放しであつたことになる。つまり、すべての県会議員も、D知事ら県の執行部
も、莫大な血税を使い、知事は徹底的に欺し、議員はすべて完全に欺されて論議し
てきたことにならざるを得ない。次に述べる全員協議会記録によると、それはより
鮮明になる。
法廷が神聖ならば、議会も神聖である筈だ。県政最大の政治課題について、知事が
欺し続け、すべての県会議員が欺され続けるなんて馬鹿げたことが民主憲法下であ
り得るであろうか。知事は、訴訟を有利に展開するためには手段を選ばずとの立場
に立つているのであろうが、法廷で県議会とは逆のことを主張することの意味する
深刻さを理解しているのであろうか。
何より真実を語らなければならない法廷での見えすいた虚偽の主張は早目に撤回す
べきではなかろうか。
(4) 県議会全員協議会記録より
基本計画改定案の説明のために開かれた会議であつて、八号地と基本計画の関係を
明らかにするのに重要な意義をもつているので項をあらためて検討する。
この会合ではじめて、基本計画改訂問題が本格的、体系的に論議されているので、
記録そのものを書証に提出し、慎重なる御検討をお願いすることにしたい。
要点は、順を追つて後述するが、この記録で特に重要な点は、第一に、乙第一三号
証と乙第一六号証の関係を明らかにしたこと、第二に、第一の関係を明らかにした
上で、新産工特法の期間延長の機会に八号地を改訂基本計画に盛り込むのは知事の
責任であると断言したことであろう。
先ず第一の点についてであるが、乙第一三号証と乙第一六号証のうち、正式に国に
提出し、直接承認の対象となる文書は乙第一三号証だが、乙第一三号証は抽象的で
具体的な中味がわからないから、その抽象的な乙第一三号証の中味を乙第一六号証
で明らかにしているので、改訂基本計画の説明は乙第一三号証と第一六号証で説明
するとして、現に後述のように、基本計画の個別的、具体的な内容はすべて第一六
号証の概要でなされているのである。
原告らも亦、前述のように二つの矛盾する要請を満たすために、基本計画をできる
だけ個別的、具体的にわかりやすく記載した書面(乙第一六号証)とそれを一般
的・抽象的にまとめた書面(乙第一三号証)の二つが必要だと思うので、基本計画
の内容になつている八号地を問題にしてきたのである。
第二の点については、第一の関係を明らかにした上で、前述のように県議会定例会
における論議で「八号地が改定基本計画に盛り込まれた」との共通の認識をもつて
いる議員に対して、重ねがさね、港湾法などで認められてきた八号地を新産工特法
の期間が延長ざれた機会に改訂案に盛り込むのが知事の責務であると断言したので
ある。にもかかわらず、正式に国に提出するのが乙第一三号証であることを奇貨と
して、乙第一六号証は乙第一三号証の具体化ではなく、従つて乙第一六号証に記載
してある八号地は基本計画の内容ではないと、事実のすりかえを試みるなんて、あ
まりにも厚顔であろう。では、その会議録を具体的に検討してみよう。
(1) 先ずK議長が
「本日は、知事より新産業都市建設基本計画の改定案について説明いたしたい旨の
申し出がありましたので、この全員協議会を開いたのであります。それではまず、
新産業都市建設基本計画の改定案について知事の説明を求めます。」(甲第六号証
二頁)
と全員協議会の目的を説明した上で、知事に改定案についての説明を求めるのであ
る。
知事は簡単に「改定に関する基本的な考え方」について説明して、詳細はL企画総
室長に説明させるのだが、ここで留意していただきたいのは、知事が簡単な説明の
中でわざわざ、
「なお、この際、昭和四十八年五月に中断しました八号地問題について一言申しあ
げます。八号地については、四十八年五月に中断の措置をとつておりますが、これ
が諸般の情勢から判断してその埋め立て計画の実施について中断したものであり、
すでに当時の県議会におけるご質疑に対し、その旨明確にお答えしたとおりであり
ます。今後、この埋め立てを実施する際には、当時明らかにいたしましたように、
地元コンセンサス、環境アセスメント、漁協の正常化という三条件の整備について
最大の努力を行つた上で措置する所存でございますので、何とぞご理解賜りますよ
う特にお願いをいたします。」(甲第六号証三頁)
と述べていることである。
県議会で、何回となく、八号地を改訂基本計画に盛り込むのは、三条件違反だとの
追及をうけたので、埋め立て実施の際に三条件を整備するから、八号地を盛り込む
ことに「何とぞご理解賜りますよう特にお願いを」したのである。八号地問題こそ
が常に基本計画改訂の争点だつたのである。
(2) さて、L企画総室長の説明は、
「お手元に差し上げております資料は二種類ございますが、まず、最初は大分地区
新産業都市建設基本計画案でございます。白い表紙の薄い資料でございます。
その二は、大分地区新産業都市建設基本計画案の概要と書いてあります横に長い方
の資料でございます。そのほか、昭和三十九年に内閣総理大臣から示された基本方
針並びに同年策定しました基本計画も差し上げてございますので、参考にしていた
だきたいと存じます。これらの資料のうち、正式に国に提出いたしますものは最初
の大分地区新産業都市建設基本計画案でございまして、これが承認の対象となるも
のでございます。横長の基本計画案の概要は、基本計画が抽象的な文章表現になつ
ています関係上、それを補足する意味で作成したものでございます。この基本計画
と概要によつてご説明さしていただきますので、よろしくお願いを申し上げま
す。」(同号証三頁)
という重要な内容から始まるのである。知事の法廷での主張どおりなら「横長の基
本計画案の概要は、皆さんに基本計画変更の趣旨を説明し了解を求めるための説明
資料として作成したものでございます」と言わなければならない筈だが、現実には
「国に正式に提出し、直接承認の対象となる基本計画案が抽象的な文章表現になつ
ている関係上、その内容を個別的、具体的に補足説明するために概要を作成したの
で、二つの文書によつて大分地区新産業都市建設基本計画案を説明します」となつ
ているのである。そして基本計画案の個別的、具体的な内容の説明は例えば、
「概算六百六十億円を計画いたしており、詳細は概要一六ないし一七ページをごら
ん願いたいと思います。」「それから、二の2の鉄道でございますが、日豊線のい
わゆる複線化・線路増設、大分駅の鉄道高架を記述いたしております。概要の一八
ページで概算が百九十億円と見込んでおります。」(同九頁)
「チの4はその他でございますが、計画では「特に必要と認められる主要な施設の
整備を図る」と記述をしてございます。
では、具体的にどんなものかと申しますと、概要の三三ページに、たとえば<地名
略>の自然公園整備、それから、同じく三三ページに流通施設・・・・・・」(同
一〇頁)
というようにすべて概要によつてなされているのである。
問題の八号地関係部分は、
「これが今日のいわゆる二期計画の内容でございまして、具体的には六号、七号、
八号地の埋め立て計画であります。このうち、七号は、A、B、Cとございまし
て、七号地のCと八号とを一諸にして一般に八号地と呼ばれておりますが、正式に
は七号Cと八号ということに相なります。そしてご承知のとおり六号、七号はその
後着工いたしておりますが、いずれも完成いたしておりません。また、いわゆる八
号地は中断をいたしております。これらによつて、現在のところ約二百三十へルタ
ールが造成をされております。このように昭和四十五年の新産建設協議会において
審議された計画の中で造成が終わつてない約七百四十ヘクタールのうち、約五百六
十ヘクタールを昭和五十一年から五十五年までに造成をしようとするものでござい
ます。なお、内陸部で約三十ヘクタール造成し、合計約五百九十ヘクタールを造成
するという計画になつております。」(同八頁)
と説明されている。
これが全員協議会で現実になされた改訂基本計画案の内容なのである。この説明に
四人の議員が質問しているが、うち、H、M、Nの三議員の質問はいずれも八号地
問題に集中しているのである。これらの質問に対してD知事が法廷で主張している
ような八号地は基本計画に含まれていないなどということを一言でも説明したこと
があつただろうか。それどころか、この全員協議会記録は、大分における新産都改
訂問題は主として八号地問題であることを浮き彫りにしているし、知事は前述した
ように八号地が改訂基本計画に盛り込まれたとの確固不動の共通の認識をもつてい
る議員に対して、重ねがさね、
「その後ですね、公害防止計画---これは私が知事になつてからでございます
が、ご承知のように公害防止計画について内閣総理大臣の承認をとりました。この
ときもりつぱに、公害防止計画を八号地の名のもとに承認をとつておるわけです。
こういう事実に基づいて、後退するものではなしに、計画上これがちやんと載つて
おるものであれば、当然今後、港湾計画にもこれが認められておることであるの
で、八号地も含めた新産計画をここで組みかえるということは、私は当然、私の責
任においてやるべきことだと、かように考えてやつておるわけでございます。どう
ぞその点はご了承願いたい。」
(同一八頁)
「やはり事実上認められてきた八号地というものは、ここで整合性を持たせる意味
においても改定に組み入れるべきであるという基本的な考えの上に立つて改定事務
を進めたわけでございますので、その点はご了承願いたいと思います。」
(同二一頁)
と説明したのである。
「八号地を含めた新産計画に組みかえるのが私の責任だ」と胸を張つて見せ、「事
実上認められてきた八号地を改定案に組み入れ整合性を持たせるのだ」と言明した
人間が、よくまあ、法廷で「八号地は含まれていない」などと言えたものである。
尚、H議員の質問にL企画室長が
「それから、六、七、八号の工場の問題が出たわけでございますが、付属資料をご
らんになつて気がつかれたと思いますけれども、六、七号の場合は企業との間に明
らかに進出協定がございます。したがいまして、企業名を明確に出し、一切はつき
り書いておるわけでございますが、八号の場合は進出希望が昭石、帝人から出てお
りますけれども、まだ工場との協定まで至つておりません。で、これは、中身の、
たとえば石油なら石油の手続としては、石油審議会等がございますが、そういうも
のの中ではつきり問題が解決をしておればですね、これまた、何といいますか、企
業名とともに一つのステツプアウトといいますが、そういうスタイルになると思い
ますけれども、そういうふうな意味で、六、七号の場合と八号の取り扱いについ
て、付属資料の中で企業名も載せてないし、石油精製というふうな名前じやなく
て、装置工業というふうに扱いに差をつけてある意味はそういうことでございます
から、ご理解をいたたきたいと思つております。」(同一六頁)
と説明していることにも留意する必要があろう。
「大分地区新産業都市建設基本計画改定案」だけを協議に付するために開かれた全
員協議会で、議長から「新産業都市建設基本計画の改定案について知事の説明を求
め」られ、知事の指名により、L企画総室長の「それでは、私から大分地区新産業
都市建設基本計画案についてご説明申し上げます」との言葉から始められた基本計
画案の説明が何によつてどのようになされたか、八号地と基本計画案が如何なる関
係にあると説明されているかとくと御検討戴きたいのである。
今更概要が基本計画の内容でないとか八号地は基本計画に含まれてないなどという
たわごとが通用する余地はないが、被告があくまでもたわごとを通用させようと思
えば、改訂作業を少なくとも昨年一二月一八日に逆戻りさせ、手続をやり直してか
らにすべきであろう(この甲第六号証を抜粋文書だというほどに厚顔な代理人がお
られたら、どうぞ「全員協議会記録全文」を御提出願いたい。)。
(5) 大分地区新産業都市建設協議会議事録より
県議会全員協議会の四日後に新産促進法に基づく建設協議会が開催された。
この建設協議会は、知事が会長として会務を総理することになつているが(法第一
六条)、全員協議会同様に、会長である知事の指示で企業総室長が改訂基本計画案
の説明をしている。説明の内容は、全員協議会と同じ原稿に基づいてなされたよう
だから(もつとも「途中一寸とばしましたが・・・・・・」と言つているとおり、
この建設協議会の方が簡略になつている部分がある)、基本的には全員協議会記録
に基づいて前述した点が、この建設協議会での説明にも妥当するので、簡単に引
用・説明するにとどめたい。
先ず企画総室長の説明は、全員協議会同様、
「お手もとに差しあげている資料は、二種類でございます。最初は「大分地区新産
業都市建設基本計画案」でございます。白い表紙のうすい資料でございます。その
二は「大分地区新産業都市建設基本計画(案)の概要」と書いてある資料で横に長
い方の資料でございます・・・・・・中略・・・・・・横長の「基本計画案の概
要」は基本計画が抽象的な文章表現になつています関係上、それを補足する意味で
作成したものであります。この基本計画と概要によつてご説明させていただきます
のでよろしくお願いいたします。(・・・・・・部分は全員協議会記録の引用部分
と同じ)」
という内容からはじまるのである。そして現実に、例えば、
「まず、工業出荷額について、お手許の概要二ページをご覧いただきたいと思いま
す。」「昭和五五年の出荷額の推計でございますが、もう一度横長い概要の一ペー
ジにもどしていただいて、そこをご覧いただきたいと存じます。この表のように、
昭和四九年の出荷額は六、九七五億円、これに対し、昭和五五年の出荷額は一兆
三、六九五億円と目標を設定いたしております。」
「先程も一寸申しあげましたが、概要の三ページに昭和五五年人口の目標がござい
ます。」「続きまして計画案五ページのロ、住宅及び住宅用地でございますが、住
宅については二万五、〇〇〇戸、概算一、四〇〇億円、住宅用地は一二〇ヘクター
ル概算一四〇億円の計画をいたしております。それぞれ需給計画から算出したもの
で概要の一一及び一二、一三ページでございます。」
というように、一般的、抽象的な計画案(乙第一三号証)の個別的、具体的な内容
は全員協議会同様すべて概要(乙第一六号証)によつて説明されている。
問題の八号地に関連しても、
「昭和四五年三月五日に開催された大分地区新卒業都市建設協議会で三九年の計画
を含めて、大野川以東の臨海部に約九七〇ヘクタールの造成が計画されました。こ
れが、今日、いわゆる二期計画の内容であつて、具体的には、六号・七号・八号地
の埋立て計画であります。このうち七号はA・B・Cとありまして七号地のCと八
号を一緒にして一般に八号地と呼ばれておりますが、正式には七号Cと八号という
事になります。そしてご承知のとおり、六号、七号は、その後着工いたしておりま
すが、いずれも、完成していません。また、いわゆる八号地は中断しております。
これらによつて現在のところ約二三〇ヘクタールが造成されております。このよう
に昭和四五年の新産建設協議会において審議された計画の中で造成が終つていない
約七四〇ヘクタールのうち、約五六〇ヘクタールを昭和五一年から五五年までに造
成しようとするものであります。なお、内陸部で約三〇ヘクタール造成し、合計約
五九〇ヘクタールを造成するという計画になつております。したがつて約一八〇ヘ
クタールは五六年度以降の造成となります。その意味で今回の改訂は、これら計画
との整合をはかろうとするものであると私共は考えている次第であります。これに
要する概算経費は約八〇〇億円でありまして、概要の七ページから一〇ページまで
にあたります。」
と説明されている。
被告知事が、全員協議会でM議員の質問に「事実上認められてきた八号というもの
は、ここで整合性を持たせる意味においても改定に組み入れるべきであるという基
本的な考えの上に立つて改定事務を進めたわけでございます。」と答えたのと同じ
内容の説明が企画総室長によつてなされているのであるが、昭和五一年から五五年
までに造成しようとしている合計五九〇ヘクタールに関しては「概要の七ページか
ら一〇ページまで」を見てくれと言うのであるから、概要のこのページを充分に検
討しなければならない。そこで先ず概要の七ページを見ると、確かに中央部分に五
一年度から五五年度までの目標である五九〇ヘクタールを臨海部と内陸部に分け、
さらに工事中と新規計画とに分けて具体化されている。
さらに九ページの中央部分に記載してある五一年度から五五年度の造成目標を見る
と七ページで臨海部の工事中であつた二四三ヘクタールは六号地が一八九・四ヘク
タールで七号地A・Bが五三・六ヘクタール、七ページで臨海部の新規計画三一
八・五ヘクタールは七号地Cが二〇ヘクタールで八号地が二九八・五ヘクタール、
内陸部の新規計画二八・五ヘクタールは下志村工業団地であると、いずれも個別的
に具体化されているのである。
さらに一〇ページには五九〇ヘクタールの内容である六号地、七号地A・B・七号
地C、八号地、下志村工業団地の位置形状の概要が記載してある。本件で問題にな
つている八号地について、これ以上の特定は不可能であろうし、八号地が基本計画
の内容になつていることについても、これ以上の見事な説明は不可能であろう。
このように、抽象的な改訂基本計画案の内容を概要によつて個別的・具体的に説明
し、それに基づいて調査・審議・採決がなされたのである。場所は新産促進法第一
六条に基づく新産都市建設協議会。企画総室長の「それでは私から大分地区新産業
都市建設基本計画(改訂)案についてご説明申しあげます。」との発言に始まり、
説明が終つたら、知事である会長が「大分地区新産業都市建設基本計画の内容はご
く概要でございましたが、ただ今の説明のとおりでございます。これについてご意
見、ご質問があつたらご発言をねがいたいと存じます。」と発言して質疑に入つ
た。説明がすべて概要でなされ、八号地と基本計画の関係についても前述のように
見事に説明されたので、意見、質疑を行なつたのは三人だけだつたが三人とも八号
地問題に集中して意見を述べた。
先ずO委員が三条件違反などの理由から八号地盛り込み違法を訴えた。これに対
し、知事である会長は「三条件は実施段階までに整備するから、計画改訂の段階で
行政的な責任を負う私に、先ず計画をやらせてほしい」と訴えたのである。次に発
言したP委員は「<地名略>のQ町長がお見えでございます。問題は<地名略>の
問題でございますけれども・・・・・・」と始めるのである。P委員も改訂基本計
画問題は<地名略>の八号地問題と割り切つているのだが、「反対者は四〇~五〇
人程度だという新聞が出ている<地名略>の人口が二〇、八六三人ございますが、
五〇人引いても二〇、八一三人の方々は賛成だと、こう私たちは解釈するわけでご
ざいます。
」との意見にはさすがに驚いてしまつた。どんな新聞を見たのかは知らないが、こ
んな不真面目な意見を、こんな場所で平気で述べ得るような連中に八号地を推進さ
れたら・・・・・・と思うだけで背筋が寒くなる思いである。最後に八号地協議会
らしく佐賀関町町長Q委員が賛成意見を述べて採決に人つているのである。この新
産業都市建設協議会は新産都建設促進法の第一六条により、基本計画の作成を調査
審議するためにおかれたのである。だから知事は同法第一〇条によりこの建設協議
会の意見を聞いて基本計画を作成することになつている。概要の七ページから一〇
ページに具体的に記載してある六・七・八号地が基本計画にある五九〇ヘクタール
の具体的中味としてこの建設協議会で調査審議されて改訂基本計画か作成されたこ
とには異論の余地もない筈だ。にも拘らず、概要が基本計画の内容を個別的・具体
的に明らかにしたものでなく、八号地が基本計画に含まれない上の詭弁に固執した
いのならば、新産業都市建設協議の手続をやり直してから論議し直すべきであろ
う。尚、原告代理人がR、Sの署名押印のある議事録だと説明しているのに、「議
事録を抜粋したものから、都合のいいところだけ引用しているのではないか」とい
うほどに厚顔な被告代理人の無駄な弁明をなくし、法廷の発言にお互に責任を負う
ためにも、この議事録は「抜粋議事録」でない「全文議事録」を被告の方で提出さ
れるよう要望する。
原告代理人らも是非「全文議事録」にお目にかかりたいのである。
(6) 第七八回国会、衆議院、公害対策並びに環境保全特別委員会議録第四号よ
り。
正式に国に提出し、直接承認の対象となる文書が乙第一三号証であることは原・被
告間に異論はないところである。それは県議会、全員協議会においても、新産都市
建設協議会においても、地方産業開発審議会においても、前に詳述したように、全
く同様であつた。そして、それを前提にした上で、乙第一三号証そのものは具体的
に書いてない八号地が論議の焦点になつてきたことも前に詳述したとおりである。
県議会や建設協議会で、さらには住民団体との交渉で被告知事は、何回となく、
「改訂基本計画に八号地を盛り込むのは三条件違反である」とか、「八号地を盛り
込むことは基本方針(新産促進法第六条)を逸脱し違法である」との厳しい追及を
受けたが、ただの一度も「八号地は基本計画には含まれない」とか「基本、計画改
訂は八号地の問題ではない」などと答えたことはなかつた。
それどころか一貫して「実施段階では三条件を整備するから計画は認めてほしい」
とか「既に港湾計画に認められていたのだから盛り込んでも違法ではない」とか、
さらには「港湾計画に認められていたのを新産工特法の期間延長の機会に基本計画
に盛り込んで整合性をはかるのが知事の責務である」とまで断言してきたのであ
る。
では国会ではどうであつたか。
主として大分の八号地が問題になつた第七八回国会衆議院公害対策並びに環境保全
特別委員会議事録第四号を検討してみよう。
この委員会が開かれたのは、昭和五一年一〇月一九日で、T議員とU議員が八号地
反対の立場から厳しく追及している。原告準備書面にこの会議録の中からT委員の
「国土庁は、この計画改定に当たつて各新産都について各県からヒヤリングを行つ
ているわけでありますが、大分の場合この八号地埋め立てを計画に盛り込むという
意向の表明があつたと思いますが、この点、確認しておきたいのです。」との質問
にV政府委員が「いわゆる八号地については、お示しのような四十八年に中断と申
しますか、そういう形になつております。今回それを含めて計画改定をしたいとい
うようなことで検討されておるということは聞いておるわけでございます。」(八
頁)と答えている部分を引用(六二頁)しておいたら、被告は第一準備書面で「特
に誤解を生じ易い部分を意識的に選び出したものであり、発言全体の趣旨を正確に
表しているものではない」と反論して同じくT質問とV答弁を引用し(六四、六五
頁)「八号地計画は、基本計画に沿つて県の作成する別個の計画である。」との発
言がV発言の基調をなしているのだと主張して原告代理人を驚かせた。被告の引用
や主張こそ、一流のごまかしに過ぎないことを明らかにするためにもこの会議録全
文を甲第七号証として提出するので充分御検討願いたい。そうすると、大企業中
心、住民無視の大分新産都が住民の将来にとつて忌忌しい状態にあると国会におい
ても具体的に糾弾されていることを御理解戴けるであろう。そして、被告の引用こ
そあまりにも姑息であることもお認め戴けるであろう。けだし、T発言の、
「その点で、国土庁の方で言われることはわかるのですが、言われる趣旨と大分県
の実情は全く違つておるのです。大分県は何と言つているかというとこれがとんで
もないことを言つているのです。わが党の県会議員の質問に対して先月、寄せられ
た回答によると、要するに八号地埋め立て計画は現在においても計画が継続してい
るんだ。したがつて今回の基本計画の改定に当つては、この計画は計画として取り
扱う、すなわち改定計画に盛り込む。しかし、これは中断の解除ではないなどとい
うものであります。こういう考え方は二重、三重に間違つております。」(九頁)
との部分を隠して被告のように引用すると、T質問の趣旨がねじまげられるし、V
答弁も、被告引用部分に引続く、
「そういつた意味から中断ということがあつたことは当然県としても承知しておら
れるわけでございます。その際に、いまおつしやいましたように、もともと二期計
画にあつたんだ、そういつた意味で継続しておるんだということを言われたのでは
あるまいかと思います。大分県で答えられたことの真意を十分聞いておりませんの
で、よくわかりませんが、そういう二期計画としてあるのだ。それが中断されてお
るので、その計画の中身であつたのだから、それは条件が満たされれば動いていく
のだという考えがあつて、そして計画を今回改定する際に、その分を、現状を踏ま
えた場合に、もはや、やつていいかどうかということを判断するということでござ
いましよう」(九頁)
との部分を併せて引用すると、被告の説明とはまるつきり異なつて県の計画として
存在し且つ中断していた八号地計画を今回の基本計画改訂の際にやつていいかどう
かという問題だという知事らの県議会等における発言と同じ意味の答弁になつてく
るからである。この委員会会議録を通読すると政府委員は、T、U両委員の三条件
違反の八号地を認めるなという厳しい追及に控え目ではあるが、被告の主張するよ
うな八号地は基本計画に含まれないなどという答弁ではなく、V政府委員の
「ただいまのいわゆる八号地の問題でございますが、御承知のように、この新産都
市の計画はきわめて大綱的なものが書いてあるわけでございまして、いまの工業用
地としての造成地についての記述も、約千二百五十ヘクタールの埋め立てをすると
いつたような表現になつておるわけでございます。そういつた基礎には、いろいろ
な具体的なものを踏まえての考えが当初からあつたわけでございましようけれど
も、何号地を何ヘクタールというかつこうで具体的に詰めた案として計画に載つて
おるわけではないわけでございます。そこで、具体的に進めるに当たつては大分県
としては一期計画、二期計画というような形で事業を進めてきておられるようでご
ざいますが、その二期計画の中に八号地というものが入つておるというかつこうで
進んできておるわけでございます。そこで、今回、改定作業に入る際に、どうする
かという問題になるわけでございますが、八号地についてはいろいろと事情があつ
て、御承知のように中断するといつたような形にもなつておるわけでございます。
そこで県としては、そういうものをどういうふうに扱うかということで、いま議論
をし整理をされておるようでございますが、私どものところには、先ほど申し上げ
ましたように公式にまだ参つておりませんから、その計画に八号地埋立地が入つて
おるかどうかということについては、まだ言える段階にはないわけでございますけ
れども、地元においていろいろ議論されておるのは、八号埋立地を含めて検討され
ておるというふうに聞いておるわけでございます。」(二七頁)
との答弁に集約される答をしているのである。V国土庁地方振興局長はこの答弁で
重ねて、「計画改訂作業は地元においては、八号埋立地を含めて検討されておると
聞いている」ことを認めたのであるが、何よりこの答弁は、乙第一三号証と第一六
号証の関係について、被告知事が全員協議会や新産業都市建設協議会で説明したの
と同じ内容になつていることに御留意願わなければならない。このV政府委員の、
「いわゆる八号地埋め立て問題については、先ほどおつしやいましたような理由か
ら中断なされておりまして、私どもも計画策定に当たつては、やはり環境問題とい
うのは特に重要な問題である、そういつたことを踏まえて地元とのコンセンサスを
得た上で、十分調整をとつて持つてきてもらいたいということは当初から申し上げ
ておるわけでございます。そういうことで若干ほかよりは作業がおくれてはおるわ
けでございますが、私どもは、それはこだわらないで待つておるからということで
待つておつたわけでございます」(二九頁)
との答弁も重要である。けだし、八号地を盛り込むには三条件特に環境問題調整の
ために、他の地区よりおくれでもやむを得ないとの内容だが、被告の主張からは、
このような答弁は絶対に生れないからである。そしてこの委員会における八号地論
争を
「OW政府委員 八号地埋め立て計画は、そういう経緯がありまして、したがいま
して、そういう計画を推進していくということについては、やはり中断されたには
中断された理由があるわけでございますから、そういうものが解決されなければ、
その中断が解除されるということはないと思うわけでございます。
それから、新産都市の建設促進法に基づく基本計画の改定にこの問題をどういうふ
うに対処していくかという問題につきましては、これは今度が基本計画の最初の改
定の問題が出てきておるわけでございまして、これは所管庁であります国土庁が、
どういうふうに対処されるかということを基本的には御判断になつていただく問題
になるわけでございますが、私どもはそういう協議が参りましたときに環境保全上
の十分な措置がされているかどうかについて十分検討をして、また、その点につい
て御意見を述べさせてもらいたい、そういうふうに考えております。
○ V政府委員 いわゆる八号地の計画中断等の問題がございましたが、その経緯
等を十分踏まえまして、私どもとしても県とさらに十分相談をして対処していきた
いと考えます。」(三一頁)
と締めくくつていることも見逃してはならない。
(7) 県議会定例会の三つの議事録、全員協議会及び建設協議会の各議事録、衆
議院特別委員会議録と、もう充分すぎる程事実関係は調べた。そして被告知事らに
よつて、乙第一三号証と乙第一六号証の関係、八号地計画と改訂基本計画の関係に
ついてどのような説明がなされてきたかも参考にしながら、真相を明白にすること
ができた。
(二) 又被告の前記主張は原告らが取消を求めている対象が本件基本計画の「実
体」、換言すれば前記総理の承認に至るまでの間すでに大分県計画として策定せら
れ来つた先行の個別計画を内包する現実の本計画策定手続自体であることへの誤解
に基くものであるから以下この点を明確にしておく。
(本件における取消の対象)
(1) 本件基本計画の「実体」
本件基本計画が「実体」として八号地計画を含むものであることは、前述したとこ
ろによつて明白である。原告らが本件で取消を求めている対象は、このような「実
体」として基本計画の一部をなす八号地計画なのであり、「基本計画」という「文
書」の特定の「文言」の取消を求めているのではない。
従つて、本件における取消対象の存否は、本件基本計画中のたとえば「五九〇ヘク
タール」という文言が即ち八号地計画等の個別計画の集積であるか否か、従つて八
号地計画は五九〇ヘクタールという基本計画の内容をなすものであるか否かという
ことによつて決定されるべきものであり、それは本件基本計画の策定に至る経過に
即して判断されなければならないのである。この意味においては、八号地計画が基
本計画に含まれていることは、前述した通り知事らの累時の発言によつて繰り返し
確認されているところであり、本来争う余地のない筈のものなのである。
(2) 本件基本計画の特異性
本件基本計画の前述の「実体」にもかかわらず、あくまで八号地計画が基本計画に
含まれていることを否定し、これを前提として本件の争訟成熟性を否定する被告の
主張(争訟成熟性を否定する被告の主張は、八号地計画自体についてではなく、八
号地計画を含まないものとしての抽象的一般的基本計画について論じられていくも
のであることを注意されたい)は、徹頭徹尾本件基本計画の実体から目をそむけ、
基本計画に関する一般論ないし「理念型」によつてことを論じているにすぎない。
しかし、被告の主張する基本計画一般ないし「理念型」としての基本計画のもつ諸
々の特徴は、本件基本計画の現実の成立経過及び実体においては全て否定される
(もつとも原告らは、新産法上の基本計画の概念自体、例えば本件基本計画設計作
業に関し「熟度の高い施設整備計画」の記載が要求されていることが示すとおり、
公害の事前チエツクの必要性その他の歴史的社会的条件の変化の中で大巾な変容を
遂げているのではないかと解するものであり、基本計画に関する一般論や「理念
型」に関する被告の立論にも疑問をもつものである)例えば被告は、基本計画は新
産都市建設に関する最上位の計画たるマスタープランであり、これに基いて各種の
下位計画が策定されるかの如きモデルを描いている。しかし本件基本計画において
は、被告自身が既に答弁書において自認しているように、先に八号地計画等の個別
的具体的な熟度のきわめて高い計画が先行的に策定され、基本計画は、これらの先
行計画を「前提」とし、これと「整合性」をもたせるべく、端的にいえばこれに追
随し、「追認」したものにすぎない。ここには、被告のいう基本計画の主要な属性
であるマスタープランとしての目標設定機能はかけらも存在せず、基本計画策定の
段階(いなそれ以前において)において具体的内容は詳細に特定されているのであ
り、「弾力性」や「一般抽象性」や「非完結性」「空白性」など全く存在しない。
現実の経過及び本件基本計画の「実体」からいえば、本件基本計画の策定は、反対
運動に押されて「中断」「凍結」されていた八号地計画を法定計画たる基本計画の
中に盛り込むことによつて事実上「中断」「凍結」を解除し、埋立の着手を残すに
すぎない程に熟した計画でありながら「中断」「凍結」されていた八号地計画の実
施に最後の決定的なインパクトを与える八号地実施に直結した行政的決定なのであ
る。このことは、知事らが本件基本計画設計と八号地の関係についていかに説明
し、かつ本件基本計画の「承認」が八号地計画についていかなる意味をもつものと
して宣伝してきたか、かつまた基本計画承認を契機として知事らが八号地実施に向
けていかなる施策を講じているかによつて明確になるのである。本件における取消
の対象の存否及び争訟成熟性如何は、八号地計画を含む八号地計画のこのような
「実体」に即して判断されなければならず、被告の主張する一般的抽象的基本計画
論は、あり得べきどこかの都道府県における「純粋基本計画しについては妥当する
としても、大分における具体的な本件基本計画には妥当しないものであり、大分の
現実は被告の主張から完全に逆立ちしているのである。経過を知る者が「被告の主
張はさつぱりわからない」とこぼすのはそのためである。
(3) 基本計画における「大綱」事項と八号地計画
基本計画が実体として八号地計画を含むものであることは前述したが、新産法上
「基本計画」は「大綱」を記載することとなつている。
しかし、新産法上は、「基本計画」の形式的記載事項を規定しているにすぎず、そ
の記載によつて特定される詳細な計画が先行的に存在し、基本計画中の大綱の特定
の項目が具体的には即ち個々の先行計画であることが前提となつて基本計画が策定
された場合は、その大綱イコール個々の先行計画であり、それが基本計画の内容を
なすものと解される。とりわけ本件のように、事実上先行して存在していた既存の
八号地計画を新産法上の計画として認知させることを殆んど唯一の動機として基本
計画が改訂されたような場合はそう解される。このような場合は先行する個別計画
は基本計画に基き実施されるかも知れない一つの計画にすぎないのではなく、実際
上、実施されるのはその先行計画であることが既に決定されているからである。ま
して本件の場合、先行計画たる八号地計画は、既に四年前に八号地の線引きに従い
港湾計画が承認されたことにより運輸省即ち国レベルで認知され、これに基き現実
に船舶の航行や漁業等、少なくとも原告ら中の漁民の利益に現に影響を及ぼしてい
るのであり、本件基本計画はこれに「整合性」をもたせるべく作成されたというの
であるから、基本計画に基き何が実施されるのかという「実体」は、単に事実上の
みならず拘束的に決定されているといい得るのである。
このことは、基本計画が「大綱」を記載すべきこととなつていることと決して矛盾
しない。
けだし、いかなる文言でも、その文言は何らかの実体を「表象」するものであると
ころ、右のような場合には、「大綱」の文言が、より詳細な実体を「表象」してい
るというだけのことだからである。(そもそも新産法上の「大綱」の意味は、「大
綱」が表象する基本計画の実体のうち、内閣総理大臣の承認を要する「枠」を意味
するにすぎないと考えるものであり、大綱の「枠」の範囲内については都道府県知
事の裁量により変更可能であると解するから、知事を被告としてその取消を求めて
いるのである)。これを否定する被告の論理は、要するに、基本計画とは「基本計
画」という名の文書の文言それ自体であり、その文言によつて表象されている「実
体」ではないというに帰するものである。
かかる被告の主張によれば、行政訴訟の請求の趣旨は、処分の「実体」とは無関係
に、その処分の「○○の文言を取消す」と表示されなければならないことになろ
う。計画の「文言」と文言によつて表象される「実体」を切り離す被告の主張が詭
弁以外の何ものでもないことは、右の一事をもつてしても明白である。本件で我々
が取消を求めているのは、基本計画の「文言」ではなく、あくまでその文言によつ
て表象されている「実体」なのであり、この意味の基本計画が八号地計画を含むも
のであることは争う余地のない筈のものなのである。
二、上記のところより明らかなとおり本件基本計画中の五九〇ヘクタールの工場用
地造成計画は大分県策定の先行個別計画の積算以外の何物でもないもので、この点
からも被告のマスタープラン論が失当であり原告の複合的行政過程行政処分論の正
当性が裏付けられるところである。
以下右の点を補足すると共に本件については被告主張の如き八号地計画と基本計画
との分断論を排し両者一体としての争訟成熟性、すなわち現に進行しつつある八号
地計画の許で、如何なる環境破壊の発生が予想されるのか、又これに対し行政庁は
如何なる対応策を用意しているのかが検証されて始めて同成熟性の有無は決せらる
べきものである点、並に裁判所としては是非埋立計画樹立の際における行政庁の公
害予防配慮義務に違背する事実の有無を手続面を中心として審理すべき責務あるこ
とを以下論述する。
(基本計画と八号地との関係)
(一) 基本計画の中の工場用地造成計画は、八号地計画及びその余の工場用地造
成計画を積算したものであり、八号地計画を算入することなしには、基本計画の工
場用地造成計画(例えば五九〇ヘクタール)の特定はあり得なかつた。従つて、基
本計画中の工場用地造成計画は、八号地計画及びその余の工場用地造成計画の積算
としてのみ存在し、かつ現実の改訂基本計画の作成過程においてもそのようなもの
として作成され審議され、承認された。要するに基本計画の中の工場用地造成計画
は、八号地を含む個々の工場用地造成計画の総和にすぎず、従つて基本計画中の工
場用地造成計画と八号地計画との関係は、全体と部分との関係に他ならない。
(二) 基本計画中の工場用地造成計画部分は、現実には右のような八号地計画等
の個別計画の積算としてのみ存在し得、かつ存在しているのであり、八号地計画と
右のような関係に立たない基本計画、即ち八号地計画の積算としてでなく作成さ
れ、その内容は即ち八号地等の個別計画であるとして説明されず、そのようなもの
として承認されなかつたような基本計画はかつて存在したことがなく、存在する余
地もなかつた。
この意味で被告の主張する基本計画は、現実には存在しない架空の基本計画にすぎ
ない。原告らはあくまで現実に存在している基本計画をその現実の存在のままに把
握し、その意味内容を特定すべきことを主張しているのであり、本件裁判の対象は
このような現実の基本計画以外の何ものでもない。
(三) 現実の基本計画作成過程及びその中における基本計画と八号地計画との間
の前述した客観的関係(前述したところは、正に否定のしようのない客観的関係で
ある)に照らし、基本計画と八号地計画の間には、計画レベルの相違は客観的には
存在しない。前述した否定のしようのない客観的関係にもかかわらず、両者は別も
ので基本計画はあくまでマスタープランにすぎないとの被告の主張は、八号地等の
個別計画との間に計画レベルの相違があるという主張である。理念的にはこのよう
な区別は成り立ち得る。しかし、現実の基本計画と八号地計画との間にはこのよう
な理念的な計画レベルの相違は存在しない。本件基本計画の工場用地造成計画は、
前述したとおり、個別計画の積算以外の何ものでもなく、基本計画は個別計画によ
つて作られているのであり、基本計画に基いて個別計画が作られたわけではないか
らである。つまり現実の本件基本計画はマスタープランではなく、個別計画の総和
にすぎず、従つて両者の間には、現実には計画レベルの違いはなく、一つの実体の
全体と部分との関係があるにすぎない。
このような現実の関係は、そもそも本件八号地計画が、はじめからいずれ基本計画
の中に盛り込むことを前提として作成され、基本計画の方が八号地計画に合わせて
変更されたものであること、つまり大分における新産都基本計画は、既成事実化さ
れた八号地等の個別計画によつて作成又は変更されたものであることに由来する。
個別計画が基本計画の内容を規定し、その変更を誘導する。むしろ計画レベルの違
いといえば、個別計画を「指針」として「目標」として基本計画が作成変更されて
いるのである。従つて、被告のいうマスタープラン論は、大分の現実には全く適合
しない空論にすぎない。
(四) 残る問題は、基本計画の処分証書は乙一三号証のみであるという被告の主
張である。しかし、我々は直接には承認自体を争つているのではない。また仮に承
認の対象が、形式的直接的には乙一三号証のみであつたとしても、乙一三号証の中
の工場用地造成計画部分の意味内容が現実には何であるかは前述のとおり客観的に
確定され得る。
そして今問題になつているのは、基本計画の中の工場用地造成計画の「解釈」の問
題であるから解釈という作業が常に明記されていない部分の意味内容の探究と確定
である以上、乙一三号証の中に八号地計画の具体的文言がないということは、何ら
原告の主張する意味に本件基本計画を解釈することの妨げになどならない。むしろ
本件では、解釈というより単なる確認にすぎないといわなければならない程に、現
実には乙一三号証(基本計画)と乙一六号証との関係は直接的である。
(五) B助教授は、「現代の社会国家における社会形成行政の多くは、もはや単
純な法の執行のための行政庁の意思表示というかたちで行われるのではなく、行政
組織内部における調査→審議会への諮問→計画の策定→内部基準の設定→利害関係
人の聴聞→凛議→決定案の作成→決裁といつた複雑な段階的過程を経て終局判断が
漸進的に形成されていく仕組みをとるものが多い。そしてこのような行政の実体を
反映して、現在の行政訴訟においては、たんに単体的な行政行為が法律の要件に適
合するかどうかといつた単純な法律問題が争点とされるのではなくむしろかかる複
雑な行政過程が包括的なかたちで審理の対象とされ、その適否が訴訟の場で争われ
ることが多くなつているのである」と指摘している(「訴えの利益」二二九頁)。
新産都基本計画の策定承認の手続も、その前提手続としての八号地計画の作成を一
体不可分のものとして含んだ「複合的行政過程」である。この意味でも両者は一体
不可分の包括的なかたちで審理の対象とされるべきものであり、基本計画と八号地
計画とのいたずらな分断論は、現代行政の実体にも適合せず、正にタテ割り行政の
幣を訴訟の場にもちこむものとの批判を免れないものといわなければならない。
(六) よつて基本計画と八号地計画との関係についての被告の主張は失当であ
る。
(本件における争訟成熟性検証の方法)
(一) 基本計画と八号地計画との関係
本件における被告の主張は、取消対象の存否の問題にせよ争訟成熟性の問題にせ
よ、基本計画と八号地計画との分断論の上になり立つている。従つて、本件におけ
る争訟成熟性の検証のためには、基本計画と八号地計画との関係を、現実の行政過
程及び計画内容の両面から検討しなければならない。而して、被告が、基本計画と
八号地計画との一体性を否認し、分断論に固執している以上、右の争点についての
証拠調が必要なことは明らかである。
このような争点が存在する場合、証拠調によつて事実の確定をなすべきことは当然
であつて、本件でこのような自明の証拠調の必要性がことさらな論議の対象となつ
ているのは、現史の開発行政の実態をあくまで隠蔽し、きれいごとの建前論や観念
論でコトを処理しようとする被告の応訴姿勢に由来するものにすぎない。
(二) 八号地計画の実態に即した争訟成熟性の検証
本件における争訟成熟性如何の判断が、八号地計画との分断を前提とした抽象的な
基本計画に基いてではなく、八号地計画に即して論議されるべきものであること
は、基本計画と八号地計画との前述の関係に照らして明らかである。
八号地計画との分断を前提としたマスタープランとしての基本計画一般論による争
訟成熟性論は、前述した現実の基本計画に関する争訟成熟性の検証の方法としては
的はずれの空論にすぎない。本件における争訟成熟性如何は、あくまで具体的な八
号地計画に即して検証されなければならない。
ところがその場合においても、八号地計画も一つの行政計画であるところから、あ
くまで計画一般論で結論を導こうというのが被告の論理である。しかし、被告自身
第二準備書面においてX教授の見解を引用して述べているように、行政計画が争訟
の対象となるか否かは、「具体的な計画の内容、性格」によつて判断されるべきで
あり、一一月四日付原告準備書面で明らかにしたとおり、具体的帰納的方法による
争訟成熟性の検証が必要である。而して、具体的帰納的方法による争訟成熟性の検
証は、本件基本計画ないし八号地計画の下で、現実にどのような事態が存在し、か
つ進行しているのか、本件八号地計画は、そのような現実の事態に対しどのような
機能を果し、本件八号地計画を取り消し又は取り消さないことが、そのような現実
に対してどのような意味をもつのかという事実に即して行われなければならない。
例えば、計画段階だから訴訟の対象とすることが時期尚早か否かは、計画段階どこ
ろではなく、計画がまだ私案の段階においてすら既成事実が進行し、個別計画の方
が基本計画を「指導」する現実の大分県の開発行政の実態との関連においてでなけ
れば正確には把えられない。環境アセスメントの問題にしても、現時点における環
境アセスメントの欠缺が開発計画の瑕疵を構成し、又は三条件に違反しないか否か
は、果して県側に、今後まともな環境アセスメントをなす意思と条件があるか否か
によつて決定されるべきものであるが、県は未だに、何時までにいかなる方法でア
セスメントを行い、いかなる方法で環境問題を解決するかの具体案を背後地住民に
何ら示していないのである。本件における争訟成熟性如何の検証は、結局は現段階
において八号地計画を取り消すことが有効適切であるか否か、逆にいえば、現段階
において八号地計画を取り消さないで、果して無謀な埋立の実施による原告らの利
益の侵害を有効適切にチエツクし得るか否かによつて決定されるべきものである。
従つて、その検証は、八号地計画の下で、現に進行しつつある実態即ち現時点での
救済の必要性を裏づける客観的事実の有無とこれに対する被告行政側の対応の両面
について行われなければならない。この検証に被告側がたえて、たとえば現に生じ
ている公害被害に対する有効適切な措置を示し、八号地計画の実施に関しても原告
らの主張するような被害が防止され得るものであることを積極的に論証してはじめ
て結果的に現時点での救済の必要性即ち争訟成熟性が否定されることになるのであ
つて、この意味の検証すら回避し、頭から裁判そのものを否定しようとする被告の
応訴姿勢は、司法に対する行政の驕々以外の何ものでもない。我々はあくまで、さ
しあたり右の争訟成熟性の検討に必要な限りで、別途申請する各証人の証拠調を求
める。
(環境行政訴訟における裁判所の任務と司法審査の方法)
(一) 本件基本計画の作成承認は、前述したように八号地計画の作成成立と一体
不可分の複合的行政過程である。このような複合的行政過程に対する司法審査の方
法として、同助教授は手続的審理を提唱され、「公有水面の埋立免許に反対して近
隣海域の漁民等が環境保全(環境権)を主張して提起した環境訴訟を想定」して、
次のような具体的な手続的審査を提唱している。
「(1)まず、行政庁が埋立免許をするに際して、将来の公害防止環境保全を十分
に配慮して埋立計画を立てたのかどうか。その際、考慮すべき判断要素をくまなく
調査したかどうか。考慮すべきでない要素に左右されるところがなかつたかどう
か。
(2) 行政庁が埋立てるべき海域の現状及びそれが有する自然環境での効用につ
いて、はたして適正な認識を有していたかどうか。さらに、埋立によつてこの効用
を犠牲に供してもよいという明確な意思を意識的に形成していたかどうか。
(3) 行政庁が、埋立地で予定される工業開発等の需要を満たすための他の適地
の選定その他の方法を慎重に考慮し、比較検討を行なつたうえで、埋立計画を立て
たのかどうか。
(4) 埋立免許の付与を決定するについて、埋立促進者側の意見のみならず、埋
立てに反対の利害をもつ近隣海域の漁業権者や地域住民、エコロジストなどの意見
をも十分に配慮したかどうか。
などの諸点について審理し、行政庁が埋立免許を決定するにいたる過程において、
適正な事実の調査に基づき、一方の立場に偏らない公正な立場で過誤のない判断を
形成したかどうかにつき、裁判所はそのプロセスを厳格に監視すべきものである。
そして、もし行政庁側がこれらの諸要素について適正な配慮を欠き性急に免許の決
定をしたことが判明した場合には行政庁に対して地元民の環境権をも公正に配慮し
て事案をもう一度考慮しなおすことを求めて、行政庁の免許決定をいつたん取消す
ことが適当である。」(「訴えの利益」二三三~二三四頁)
我々は、本件訴訟においても、右の諸点についての司法審査がなされるべきことを
主張するものである。就中本件では、一般の行政計画の場合と異なり、中断三条件
という本件に特有の覇束性の基準が存在するのであり、一般論としてではなく、本
件計画の適法性を審理していく上での本件特有の覇束的要件が存在するのである。
本件にはこのように、行政計画に対する手続的司法審査の具体的手がかりが与えら
れている。もちろん、中断三条件がこのような足がかりたり得るものであるか否か
は、既に被告が中断三条件の意味を歪小化している以上争いのあるところではあろ
うが、そうだとすれば、三条件の具体的内容と意味とを、当時の具体的事実を踏ま
えて立証するだけのことであり、一二条件自体に関する主張立証が先行的に必要と
ならざるを得ないし、少くともその限りにおける三条件の立証の必要性が存在する
ことは、理論的には被告も否定できないであろう。
(二) B助教授はさらに、行政過程の手続的審査がなされる訴訟においては、ま
ず原告の側が行政過程に係る疑問点を具体的に指摘すべきであるとした上、その場
合において裁判所のとるべき訴訟運営の方法として次のような見解を述べている。
「しかして、原告からこのような疑問が具体的に摘示された場合には、裁判所とし
ては、これをむげに排斥することなく、かえつてサンクスのいういわゆる司法的懐
疑心を遺憾なく発揮して、行政庁側にこれらの疑問点について釈明を求めるととも
に、この疑惑を晴らすにたる事情の説明を促すべきであろう。けだし、行政裁量は
けつして行政秘密主義を意味するものでないのであるから、行政庁はとくに秘密に
すべきものでない以上、裁量権行使の基礎となつた判断資格についてはかえつてこ
れを積極的に国民の前に公開してその批判にさらし、行政判断の正当性を明らかに
していくことが望まれる。
したがつて、行政訴訟の審理において、国民から行政判断の形成過程への疑問が具
体的に提示されたときは、行政庁は判断資料を公開して疑惑に答えるよう努めるべ
きである。それにもかかわらず、行政庁側がなんらの釈明をしようとせず、あるい
は釈明をしてもそれに成功しなかつたことが明らかな場合には、裁判所は行政過程
には公正が欠けると認定して処分をいつたん取消すべきであろう。裁判所には、こ
のように積極的な態度で訴訟の運用にあたることが望まれる。」(「訴えの利益」
二三八~二三九頁)
もちろんその結果行政庁が、国民の側の疑問に答えて、いちおうの合理的な釈明と
判断資料の提供ないし立証に成功した場合は、請求が棄却されることもあり得よ
う。しかし仮にそのような結果に終つたとしても、これらの手続を通じて行政過程
への国民の疑問は解明される。
一、この結果は、現在の門前払い判決の繰り返しが、国民に問答無用との印象をあ
たえ、司法や行政への不信感を助長させているのにくらべるとき、きわめて重要な
ものがあるといわなければならない」(B、前掲書二三九頁)のである。
(三) むすび
本件における被告の主張は、行政計画は行政計画であるという理由だけで、アプリ
オリに司法審査の対象とはならないというに帰するものである。これまで繰り返し
述べてきたところによつて、このような被告の態度が、司法に対する行政の驕り以
外の何ものでもないことは明らかである。このような行政側の対応の下で裁判所が
果すべき役割として、B助教授は次のように適切な見解を述べている。
「現代国家における行政訴訟は、広く国民の利益救済に役立つとともに、行政活動
に対する市民の統制手段へと発展することが望まれるが、そのためには、それは、
国民が容易に利用できる制度であると同時に、国民生活に関連あるすべての行政活
動に対してその非違の是正に実効性を発揮できる国民のための手続でなければなら
ない。
わたくしは、このような観点から、本稿において、行政訴訟における訴えの利益
(原告適格)の拡大と、行政裁量事項に対する手続的側面からの司法統制の強化の
必要性を主張した。いずれも行政府が国民の批判を免れる防波堤として永年援用し
てきた、いわば行政側の特権領域を制限ないし剥奪して、司法統制の拡大を説くも
のであるから、おそらく行政府側からみるときには、きわめて好ましからぬ、無暴
に近い議論にみえるに違いない。しかし、行政訴訟が現代的課題に答えて、国民の
救済と行政統制の機能を果していくには、少なくとも在来のままの姿にとどまつて
いたのでは不十分であつて、真に国民のための有効な行政統制の手段として現代の
国民の要望に的確に対応していくべきものであると考える。そのためには、裁判所
は、なおいつそう行政府に煙たがられ、いやがられる存在へと発展していくことが
必要であろう。」(前掲書二三九~二四〇頁)
被告行政側に煙たがられ、いやがられることを回避せず、本訴訟の担つている役割
を裁判所が十分に果すことを切望する。
三、被告の行政処分性に関する主張の誤まりと原告の本件基本計画が行政処分であ
る旨の主張の正当性について。
被告は第一に昭和四一年二月二三日最高裁判決の本質を誤解し、又古典的行政処分
概念が下記の如く近時緩和の趨勢にあり「行政処分」たるには「明文の行為規範」
に依拠するを要せず「条理上の行為規範」に基くのみで足る旨の有力学説も存在す
る事実をも忘れて同主張を構成しているもので到底受け容れらるべくもない。
よつて以下に右の諸点に関する誤まりを正し且つ被告主張とは反対に「開発行政計
画」こそ被侵害利益の広大で重大であることと事後的救済の困難性との故に前記行
政概念の拡大の傾向と相俟つて一層行政処分性の認められて然るべきである点を論
述することとする。
(公害予防裁判の特質と昭和四一年二月二三日最高裁判決の正しい解釈適用につい
て。)
(一) 本件は公害予防裁判としての行政訴訟であり、「公害予防裁判」としての
特質に基く特有の論理構造をもつている。
このことは本件の行政処分性ないし抗告訴訟対象適格性との関係でも後述する昭和
四一年二月二三日の最高裁判例の射程距離との関係でも、重要な理論的意味をもつ
のである。本件に対する被告の答弁は、漫然右の最高裁判例に依拠したものとなつ
ているが、それは本件の特質とその所有の論理構造を認識していないからにすぎな
い。
(二) 本件における「被侵害利益」の構成
本件で原告らが主張している被侵害利益は、八号地実施に伴う個別被害ではなく、
八号地実施それ自体により、原告ら地域住民全体に一律に及ぶ環境破壊及び公害被
害である。
このことは、その限りにおいては、いかに本当たり前のことであるが、理論的に
は、本件の処分性ないし最高裁判例の射程距離との関係で、重要な意味をもつてい
る。
第一に、本件は、八号地実施に伴う原告ら背後地住民に対する右のような法益侵害
を理由として本件計画の取消を求めるものである点で、いわゆる抗告訴訟の客観訴
訟化を主張するものではない。
第二に、本件における被侵害利益は、八号地実施自体の結果として、原告ら背後地
住民に無差別一律に及ぶものでありその実施に付随して、個別的例外的に生ずるも
のではない。
従つて、本件においては、八号地計画の実施と、これによる公害被害ないし環境破
壊との関係は直接的であり、前者を許して後者を許さないという関係は成立し得な
い。特定の人のみが、個別的争訟によつて被害を免れることもできない。
これに対し、前掲最高裁判例の事案は、区画整理に付随して個別的に生ずる所有権
の制限が問題となつている事案にすぎず、区画整理自体と、個別的な所有権の制限
とが区別され得る事案に関するものであり、最高裁判例自体も、両者の関係をその
ように把えている。このことは同判例が、問題の区画整理決定の公告の段階で加え
られる所有権に対する制限について、「それは、事業計画の円滑な遂行のために法
律が特に賦与した付随的な効果に止まり、事業計画の決定ないし公告そのものの効
果として発生する権利制限とはいえない」と判示していることに照らし明白であ
る。
即ち最高裁判例は、計画ないしその決定自体と、これに伴う所有権の制限とを区別
した上、後者はたまたま前者に付随して生ずるにすぎないから、その救済のため
に、区画整理決定自体を取り消す必要はなく、所有権に対する制限が具体化される
その後の手続段階で争えば足りるとしているのである。
しかし、公害予防裁判としての本件では、前述したように八号地計画の実施自体と
公害被害を区別することはできず、前者を許して後者を許さないという区別は不可
能であり、特定の者のみが個別的争訟によつて被害を免れることもできない。それ
だけでも、前掲最高裁判例が、本件について射程距離を有しないことは明白であ
る。
なお都市計画法に基く準工業地域指定処分を取り消した昭和五〇年一〇月一四日の
宇都宮地裁判決は、右の点で本件と同様の論理構造をとつているものである。
第三は、本件が、いわゆる一般処分にすぎないか、具体的処分性を有するかも、本
件八号地計画が、原告ら背後地住民にもたらすものは、集積不利益としての公害被
害及び環境破壊以外の何ものでもないことを踏まえて論議されるべきである。
通常、一般処分といわれているものは、不特定多数の一般的福祉の増進のためにな
される行政行為を意味すると考えられるが、八号地計画は、背後地住民との関係で
は、何ら一般的福祉の増進をもたらすものではなく、専ら、集積不利益としての公
害被害及び環境破壊をもたらすのみで、その利益は、八号地背後地住民の犠牲にお
いて、特定の大企業や、県財政一般や、県財界一般に帰属するにすぎない(仮に地
元に、何らかの利益をもたらすことがあるとしても、それは正に「付随的」に生ず
るものにすぎない)。この点は、区画整理決定や、その他の都市計画が当該地域の
居住者の主観的好悪は別として、少なくとも建前上、当該地域を含む一般的福祉の
増進に貢献するものと解されることと決定的に相違する。このように、一見一般処
分にみえる行政処分ないし行政計画でも、特定の地域にのみ、他地域との互換性の
ない集積不利益をもたらすのである場合においては、それはもはや当該地域の住民
との関係では一般処分ではなく、具体的処知性を有するものといわなければならな
い。
(三) 公害予防裁判における争訟成熟性
公害予防裁判としての本件の特質は、争訟成熟性の判断との関係においても十分に
顧慮されなければならない。仮に問題が、前掲最高裁判例のように、所有権に対す
る侵害の救済が問題となつている事案にすぎないならば、法益の性質上、区画整理
自体はそれとして進行させながら、所有権に対する具体的個別的処分がなされた段
階ではじめて争訟成熟性を認めたとしても、その救済は不可能ではない。しかし、
公害や環境破壊を未然に防止するという公害予防裁判においては公害ないし環境破
壊につながる既成事実の進行を拱手傍観しているわけにはいかない。
B助教授は、予防訴訟としての行政訴訟は、むしろ民事訴訟よりも早い段階におい
てその機能を発揮すべきであることを、次のように説いている。
「国民は、行政施策の計画段階において自己の生活の快適が考慮されることに深い
利害関係をもつことになる。そこで、もしこの行政の具体的計画策定段階におい
て、国民の利益とくにその危険防除が十分に配慮されていないような場合には、関
係人にはこうした計画の段階で異議を述べる機会が保障される必要が生じる。もち
ろん、このような事前的異議権は、しばしば説かれているように行政計画策定への
参加という行政手続の方式によるのが最適であろう。しかし、この種の行政手続が
未整備の現状においては、行政上の計画に対し事前的な異議権行使の代償として関
係人の出訴を許し行政訴訟を利用して、関係人の危険の予防をはかることが望まし
い。
かくして、事前予防的な行政訴訟を通じて杜撰な、関係人の利益保護に欠ける公共
施設の計画等が、工事施行以前の段階で再検討されるならば、関係人への不可償の
被害が未然に予防できるだけでなく、公共の立場からみても、工事着手以前の、初
期の段階で施設計画の欠陥が改められ、かえつて公共投資の無駄も省けるという利
益が考えられるであろう。この意味からいつても、民事の妨害予防訴訟よりも早い
計画の段階で、行政に異議を述べる場面として、行政訴訟を広く開放することには
多くの利点がある。このような見方をすれば、先の成田新幹線反対訴訟などは、建
設計画において当然に盛り込まるべき公害の未然防止対策につきその認可の段階で
議論をつくしておくための、またとない場面であつたわけであり、むしろ積極的に
活用されるべき機会であつたといえないであろうか。」(B「環境権と裁判」一八
八頁)
このように、公害予防訴訟としての行政訴訟は、予防訴訟としての性質上、より早
い段階における争訟成熟性の承認を要求するのであり、法益の性質上、事後的救済
になじむ前掲最高裁判例のような事案における争訟成熟性と、事後的救済になじま
ない本件のような公害予防訴訟における争訟成熟性とを、同一のメルクマールで判
断しようとすること自体に問題があるのである。
(四) 争訟成熟性に関する最高裁判例の指標
前掲最高裁判例は、行政計画一般につき、それが行政計画であるが故に、一律に抗
告訴訟対象性を否定したものではなく、結論的に、当該事案においては、未だ争訟
成熟性がないと判断しているにすぎない。最高裁判例のいう争訟成熟性概念の内容
については、後に詳論するが、判決は、結論的に同事案の争訟成熟性を否定する理
由の核心部分において「事業計画は一般抽象的に決定されるもので・・・・・・事
業計画自体ではその遂行によつて利害関係者の権利にどのような変動が及ぼすか
が、必ずしも具体的に確足されているわけではなく、いわば、当該土地区画整理事
業の青写真たる性質を有するにすぎないしと判示している。即ち、計画の「一般抽
象性」や「青写真性」は、事業計画自体では、利害関係者の権利にどのような変動
を及ぼすかが、「かならずしも具体的に確定されているわけではない」ことが理由
とされているのであり、これが、争訟成熟性否定の決定的な理由とされてしまつて
いるのである。従つて、争訟成熟性に関する最高裁判例の右の論理を徹底するなら
ば、逆に、「計画自体」によつて、利害関係人に与える影響が「具体的に確定」さ
れるならば、その計画は、一般抽象的でも、青写真的でもなくなり、争訟成熟性は
肯定されざるを得ないのである。
ところで、本件で原告らが主張している被侵害利益は、前述のように、八号地実施
に伴い付随的例外的に生ずる個別被害ではなく、八号地実施自体により、背後地住
民全体に一律無差別に及ぶ環境破壊及び公害被害である。従つて、八号地計画の実
施による環境破壊及び公害被害か具体的に特定され得るならば、本件の被侵害利益
との関係では、「事業計画の実施自体」の及ぼす影響の特定性は十分なのである。
而して本件八号地計画の場合は、基本計画と一体をなす「基本計画の概要」の記載
が示すとおり、その内容はきわめて詳細かつ具体的で、埋立位置や広さ等もこれ以
上の特定を要する余地はない程明確である。
従つて本件においては、本件八号地計画が背後地住民に及ぼす影響は、少なくとも
本件で原告らが主張している被侵害法益たる環境破壊ないし公害被害を論ずる上で
は十分な特定性を備えているのであり、県もこれを前提にして、八号地計画を含む
二期計画実施による公害被害についての「環境アセスメント」をなしていると称し
ているのである。右の意味での影響の特定性を否定するとすれば、それはアセスメ
ントの前提条件を否定するに等しく、いくら被告でもそのような主張をすることは
できない筈のものなのである。
なお争訟成熟性に関する最高裁判例の右のような読み方は成田新幹線事件の一審判
決である東京地裁昭和四七年一二月二三日判決の採るところとなつている。
即ち同判決は、認可の対象となつた工事実施計画につき
「しかしながら、右二〇〇メートルの幅をもつた帯状の土地が江戸川区内において
は、帝都高速度交通営団地下鉄五号線の南側にあたることは既に決定されている
が、その南側のどこにあたるのか、しかも二〇〇メートルの幅をもつた帯状の土地
のうちのどこに成田新幹線の線路が設置されることになるのかいまだに確定されて
いないのである。したがつて、工事実施計画の段階においては右計画の遂行により
将来いかなる者が利害関係を有することとなるかが必ずしも具体的に確定されてい
るものではなく、その意味において、工事実施計画とその認可は抽象的な性格をも
つといわざるを得ない」
と判示しているのである。
右の論理展開は、正に、前掲最高裁判例に関する前述の読み方に即した論理展開で
あり、要するに、最高裁判例は、行政計画は、行政計画であるが故に常に抽象的一
般的で争訟成熟性がないとしているのではなく、計画の実施による法益侵害の特定
性如何を問題にしているにすぎず、本件にその論理を適用すれば、むしろ逆の結論
が導かれざるを得ないのである。
なお、被告は基本計画を実施するために、下位計画の策定や個別的処分が必要であ
ることを、現段階での争訟成熟性を否定する論拠として主張しているか、この点
は、前掲最高裁判例の文理上計画段階での処分性を否定する理由にはなつていな
い。最高裁判側は、本件被告の答弁書のように、計画自体とその実施とを区別して
いるのではない。区画整理につき「その遂行によつて」生ずる影響が、具体的に明
らかであるか否かを問題にしているのであり、「遂行」のために、続行手続が必要
であることは明確であるが、それを処分性否定の理由にしているわけではないので
ある。計画に続いてなされる後続処分については、最高裁判例は、個別被害の内容
が具体的に特定される手がかりとして言及しているにすぎない。
ところが本件の場合、八号地計画の内容自体は、後に続く埋立免許等をまたずに既
に明確である。埋立免許は、単に計画の実施を進めるにすぎず、八号地計画の内容
や影響自体がこれをまつて、はじめて特定されるという性質のものではない。従つ
て、八号地計画の実施のため必要な埋立免許等の行政手続に、理論的には、最高裁
判例が「その遂行によつて」という場合の「遂行」の概念の中に包摂されており、
本件における処分性否定の根拠にならないのである。
(五) まとめ
以上述べたところによつて、本件訴訟の特質と、本件に関しては、昭和四一年二月
二三日の最高裁判例の射程距離が及ばないことが明確になつた。むしろ、右判例の
論理を徹底することは、本件に関しては逆の結論さえ導くのである。要するに本件
は、公害予防裁判としての行政訴訟として、その特質に根ざした論理展開を要求し
ている事案なのであり、その論理構造は既に、前述の宇都宮地裁判決や、成田新幹
線訴訟一審判決等によつて、判例上も明確に認識され、呈示されるに至つているの
である。
B教授は、今日の行政訴訟の実情について、「行政訴訟の運用の現状は、右のよう
に、民事訴訟のそれにくらべていかにも消極的であり、その理論は、停滞的だとの
印象を免れない」と述べ、行政訴訟は国民大衆の救済の用具として真に役立たせて
いくために、従来の行政訴訟の理論ないし運用を根本的に再検討する必要があると
指摘している(「環境権と裁判」一八七頁)。裁判所が既にいくつかの先駆的行政
判例が明確に呈示している発展方向に沿つて、本件の特質を明確に踏まえた審理を
されることを切望する。
(被告の内部行為論、具体的処分性論、成熟性論に対する批判)
(一) 被告の立場に対する概括的批判
第一に、被告の立場には、自ら提出した乙第一六号証に記載された本件基本計画の
実施状況についての検討が全くない。
乙第一六号証をみれば、道路、工業用水道の整備をはじめとして本件基本計画のか
なりの部分が既に実施されていることが明らかである。
こうした現実の前で被告の依拠する「青写真論」が如何なる意味をもつのか。この
点について被告は全く触れようとしていないのである。
第二に被告は、最高裁の昭和四一年二月二三日判決を、その前提たる事実関係の内
容とその結論部分を機械的に引用しているにすぎないのである。
具体的には、次の三点を指摘しておきたい。
1 前記最高裁判決で問題となつた土地区画整理事業計画と本件基本計画の行政計
画としての異同について具体的な検討がなされていない。
被告は、本件基本計画は、土地区画整理事業計画より一般的抽象的な上位計画であ
ると主張するもののようであるが、そうした主張の正当性については、全く明らか
にされていない。
生活環境の変更破壊に直結する開発行政計画としての本件基本計画と個々人の土地
所有権の規制の面から問題とされた前記最高裁判決での土地区画整理事業計画を同
一視できないことは既に多くの論者が指摘するところである。
(A、公害行政講座三巻二三二頁、Y、行政争訟法三一二頁)。
2 前記最高裁判決の具体的事案は、実質的には土地区画整理事業の失効確認訴訟
であり、今後遂行されていく行政計画の違法を問題としてその取消を求める本件訴
訟とは異質と言わざるをえず、そうした状況の相違を無視して、最高裁判決の結論
だけを引用せんとするのは失当と言わざるをえない(阿部泰隆、行政法判例百選二
三四頁)。
3 被告の主張は前記最高裁判決の論理の誤解に基づくものである。「一般性」な
いし「抽象性」を漠然と計画内容の一般性、抽象性として理解しているようであ
る。
ところで被告自身が引用するとおり、前記最高裁判決は、「事業計画
は・・・・・・各宅地の地番、形状等が表示されることになつているとはいえ」と
指摘して、計画内容の具体性は行政処分性とは無関係であることを明らかにしたう
えで、「特定個人人に向けられた具体的処分と異なる計画自体では、その遂行によ
つて利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが、必ずしも具体的に確定され
ているわけではない」と展開して、行政処分性の有無が、利害関係者の権利にどの
ような変動を及ぼすかの確定の有無によつて決すことを明言しているのである。
したがつて、右判決を本件に適用せんとするのであれば、本件計画自体の遂行によ
つて、利害関係者つまり、八号地予定地や背後地住民の権利にどのような影響を与
えるのかについて現時点で確定できるかどうかについての検討が是非とも不可欠な
はずである。
然るに被告は、本件基本計画の内容(基本計画書の記載と同義語として使われてい
る)が一般的抽象的であるとの主張をするのみでこの点についての検討を全くせず
に、ただ前記最高裁判決の結論を引用せんとするにすぎないものと言わざるをえな
い。
第三に、被告の成熟性に関する主張も本件基本計画の実態を無視した立論と言わざ
るをえない。
本件基本計画は、前述のとおり、既にその一部が実施されており、工業用水道整備
事業に至つては、そのすべてが着工されているというまさに進行中の行政計画であ
る。
こうして原告らにはその詳細がつかめぬままに続々と工事が進んでいるのであつ
て、公有水面免許の時点まで、抗告訴訟が提起できないというのなら、これらの事
業に対しては、ただこれを甘受し、事後的にその復旧を求めるしかないと言うので
あろうか。
こうした実態を無視して、救済の必要性が現段階ではないから争訴上の成熟性がな
い等と主帳する被告の論理は、違法事態の既成事実化によつて、結局のところ原告
らの救済の途を事実上閉ざさんとするものと解せざるをえない。
(二) 被告の立論の個別的問題点
1 「内部行為論」批判
被告は、本件基本計画の名あて人は行政機関であり、その作成行為は行政機関の内
部行為にすぎないと主張する。
行政機関を名あて人とする行政庁の行為は、講学上行政機関相互間の行為と呼ばれ
(南博方編注釈行政事件訴訟法三一頁)、同意、承認、指示、通達進達等がこれに
あたるとされている。
被告が名あて人の問題を持ち出していたところをみると、本件基本計画の策定が、
この行政機関相互間の行為にあたると主張するもののようであるが、内閣総理大臣
による本件基本計画の承認自体を行政機関相互間の行為ととらえるのであれば、と
もかく、基本計画の策定行為をそうした形で把握する等というのは、全く従来の定
説に反した特異な立論と言わざるをえない。
(仮りに、被告の趣旨が、行政庁の内部的な意思決定の段階にとどまつているとい
う意味での行政庁の内部行為(前掲書二九頁)であるというのであるなら、内閣総
理大臣の承認を得た現時点で、そうした主張が事実に反することは多言を要しない
し、具体的処分性の問題と切離して議論する意義は全くないと言わねばならな
い。)
以上から、被告の主張する内部行為論が失当であることは明白であろう。
2 被告の「成熟性」論への疑問
被告は、争訟上の成熟性なる概念を行政処分性とは別個の訴訟条件として定立して
いる。
前掲最高裁大法廷判決の多数説の論理に依拠したものと思われるが、同判決は、果
して、争訟上の成熟性を行政処分性と別個の訴訟条件としているのであろうか。
第一に、最高裁判決で争われた事案は、長期間放置され実施不能とみられる土地区
画整理事業の失効確認を求める事案であつて、争訟上の成熟性に関する判決の論旨
はまさに傍論にすぎず、具体的処分性に関する論旨の妥当性を補強する意味で展開
されたに過ぎないものである。
第二にそもそも抗告訴訟における争訟上の成熟性なる概念は、行政処分概念の古典
的解釈に反対して、行政処分概念の修正ないし緩和を提唱する学者によつて、行政
処分性の実質的内容として定立されたものである。
こうした点を考慮すると古典的行政処分概念に依拠しつつ争訟上の成熟性なる別個
の訴訟条件を定立せんとする被告の立論は独自の見解と言わざるを得ない。
(原告らが本件基本計画を行政処分であると主張することの正当性について。)
(一) 以上、被告の主張につき一々批判し、その誤まりを指摘して来た(但し司
法権関与条件論、ガイドライン計画論への批判は論述の都合上、後述する。)
そこで次に右批判の総括的意味において、又、他方前記最高裁判決の正しい理解と
近時行政処分概念が学説上、判例上、住民の権利保護の目的から緩和せられている
正しい傾向とにのつとつて本件基本計画は前記最高裁判例の指摘する行政処分たる
の要件、つまり「名あて人の特定」「被害の具体性」「直接性」にも欠ける点がな
く、むしろ開発行政の「法益の重大」さと「事後救済の困難性」との故に正しく
「行政処分」そのものであるとの点につき詳述することとする。
(二) 行政処分の概念
1 古典的行政処分概念とその修正
(1) 最高裁昭和三〇年二月二四日判決は、行政処分とは「公権力の主体たる国
又は公共団体がその行為によつて、国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を
確定することが法律上認められている」ような効力を有する行為と定義し、以後、
この定義は、最高裁判例として踏襲されてきている(以下便宜上、こうした見解を
古典的行政処分概念と称する。)
一方学説は、「法が認めた優越的な地位に基づき行政庁が法の執行としてする権力
的意思活動」と解するのが通説とされていたのである(杉本良吉、行政事件訴訟法
の解説九頁)
(2) ところが、これに対し、近時に至つて、抗告訴訟の救済機能の拡大を重視
する立場から抗告訴訟の対象たる行政庁の公権力の行使の範囲を拡大して解釈する
学説が有力となりつつある。こうした有力学説の流れを大別すると、次のように整
理することができる。
第一は、行政処分の概念を緩和ないし修正しようとする立場である。代表的な学説
として次の二つの流れを指摘することができる。
その一は、B助教授の見解であり、「行政庁の一方的に実施する公役務活動で国民
生活を他律的に規制するもの」が行政処分であるとして、抗告訴訟の窓口を広げ、
あとは争訟としての成熟性で絞りをかけようとするものであり(B・訴の利益一五
〇頁)、
その二は、Y教授の提唱する形式的行政処分論である。これは、行政機関の行為が
国民個人の法益に対して事実上の支配力をもつているような場合を行政処分と解
し、行政処分性と不可抗争性とを切断せんとするものである(Y・行政争訟法)。
第二は、行政処分の概念を全く別個の視点から規定せんとする立場であり、代表的
なものとしてはA弁護士の見解がある。A氏は、行政処分とは、違法性の判定が可
能な行為規範に基づく行政庁の行為であれば足りるとし、明文の行為規範に限らず
条理法上の行為規範でもよいとするのである(A・前掲書二三一頁)
(3) こうした近時有力説の影響を受けながら、個別的事案における解決の妥当
性という要請から、判例はその古典的行政処分概念を実質的に修正するに至つてい
るのである。代表的なものを列挙すると次のとおりである。
第一に、盛岡地裁昭和三一年一〇月一五日判決は、地方公務員の法定昇給期間延長
条例を行政処分であるとして抗告訴訟を認め、
第二に、東京高裁昭和三六年三月一五日判決は、廃道処分に対する無効確認を求め
ることを認め、
第三に、東京地裁昭和四〇年四月二二日判決は、厚生大臣の医療費の職権告示を健
康保険組合に直接法律上の不利益を与えるとして行政処分性を認め
第四に、名古屋高裁昭和四一年六月一五日判決は、土地改良事業の施行としての取
水工事に行政処分性を認め、
第五に、東京地裁昭和四二年七月二六日判決は、市道区域決定処分に行政処分性を
認め、
第六に、東京地裁昭和四三年二月九日判決は、町名変更に関する東京都知事の告示
を行政処分と認め(同旨東地昭四・七・一〇)
第七に、東京地裁昭和四五年一〇月一四日判決は、歩道橋設置事業を全体として行
政処分にあたるとし、
第八に、札幌高裁昭和四六年一二月二三日判決は、土地改良事業計画の決定につい
て行政処分性を認め
第九に、大阪地裁岸和田支部昭和四七年四月一日決定は公共火葬場の設置につい
て、神戸地裁尼崎支部昭和四八年五月一一日決定は、高速道路の設置について夫々
公権力の行使にあたる行為であると判示し、
第一〇に、都市計画における用途区域の指定について、静岡地裁昭和五〇年九月一
二日判決と、宇都宮地裁昭和五〇年一〇月一四日判決が夫々行政処分性を認め、市
街化調整区域の指定についても京都地裁昭和五一年四月一六日判決がその行政処分
性を認めているのである。
このような判例の集積によつて、古典的行政処分概念は実質的に修正され、行政処
分性の要件が緩和されるに至つていることは、広く認められるところである(B前
掲書一三九頁もそのことを指摘する)。
(4) これらの判例を通じて形成されてきた修正行政処分概念は、次の二点に特
徴があるといつてよい。
その第一は、これらの判例が、行政処分性の有無を帰納的に考察することに徹して
いることである。
当該行政庁の行為が一般処分や法令であるとか、行政計画策定行為であるとか、内
部的行為であるとかいつた分類によつて一義的に行政処分性を決することなせず、
その行為によつて、どのような影響を国民に与えるのかを個々の事案において、具
体的に検討することによつて、その行政処分性の有無を決しようとしているのであ
る。
こうした態度は既に一般的に承認されたところとなつている。
第二の特徴は、こうした判例が主として住民の生活環境に対する規制ないし侵害と
なる行政庁の為に関して集積されてきていることである。
前掲の一四の判例のうち、一二が住民の生活環境にかかわるものであり、特に、昭
和四一年以降の判例はすべてが住民の生活環境に関する事案である。これらの判例
は、第一の特徴としてあげた帰納的考察を更に一歩すすめて、これらの生活環境関
連事案においては、行政処分性の判断にあたつて意識的にこれを緩和する方向で対
処していることが認められる。
その典型として次の二つの判例を挙げておくこととする。
その一は、用途区域指定に関する前掲宇都宮地判昭和五〇年一〇月一四日である。
同判決は、都市計画法に基く用途地域の指定処分によつて、その土地の区域内の土
地利用権の規制のみならず、その住民にとつては住環境の悪化による生存権の侵害
が生ずる場合もあり得ることを理由に、これを一般処分であるという理由で、抗告
訴訟の対象からはずすことは憲法第二三条、第七六条第二項の規定を受けた現行行
政事件訴訟法の趣旨にもとると断じたのである。
その二は、国立歩道橋事件として有名な東京地判昭和四五年一〇月一四日である。
同判決は、「(歩道橋の設置)そもそも行政庁の行なう行為であつて、しかも地元
住民の日常生活に広い係わり合いをもつものである以上これを個々の行為に分解し
て行政庁の自律や私法法規の規律にゆだねるよりも、これを行政庁の一体的行為と
把握して公法的規律に服せしめるとともに、権利救済の面においても、行政事件訴
訟法第三条にいう公権力の行使にあたる行為と解してこれに抗告訴訟・・・・・・
の途を開くのが高度に成長、複雑化した現代社会の実情に則して法治主義の要請を
貫く所以である」と論じているのである。
(5) これらの判例の背景にあるのは、昭和四〇年代にはいつて異常なまでの拡
大がなされた開発行政によつてもたらされた深刻な環境破壊に対する痛切な批判で
あると言つてよい。こうした公害による被害が、事後的な損害賠償では償いえない
ものであることを認識したことが、何よりも開発行政を早期の段階でストツプさせ
る途を開こうとする方向へと判例をむかわしめたと言わざるを得ない。
2 最高裁昭和四一年二月二三日判決の射程距離
こうした主として下級審判決によつて定立されてきた判例の流れの中で、土地区画
整理事業計画の行政処分性を否定した最高裁昭和四一年二月二三日判決の位置づけ
を明確にする必要がある。
右最高裁判決の射程距離については既に詳論したが、その結論を要約すれば、右最
高裁判決は、土地所有権の制限との関連で土地区画整理事業計画の行政処分性を否
定したにとどまるのもであつて、生活環境の破壊という事後的救済が不可能で且つ
住民に一律に影響を与える侵害行為との関連で行政庁の行為の行政処分性を問題に
したものではないと言うことである。
したがつて右判決は、生活環境の破壊といつた事態との関連が問題となる開発行政
の問題については、全く判断をしていない、つまりその射程距離外にあると言わざ
るをえず、こうした制約を内包した最高裁判決の結論を開発行政計画の行政処分性
にまで及ぶ通則とすることは、時代錯誤的見解と言わざるをえない。
右最高裁判決を意識しつつその後に出された前掲の諸判例は、いずれもこうした視
点に立つものであり、そのことによつて最高裁判決の射程距離を限定したものであ
る(その典型が、前掲宇都宮地裁昭和五〇年一〇月一四日判決である)。
こうした傾向は、前掲最高裁判決が直接に取扱つた土地区画整理事業計画について
も及び、大阪地裁昭和五〇年二月一九日判決は、土地区画整理法第二〇条第三項に
よる意見書不採択の決定に行政処分性を認めるに至つているのである。
(三) 開発行政計画の行政処分性
1 はじめに
行政計画と呼ばれる行政作用が全行政分野で決定的に重要性を有するに至つている
ことが現代行政の特色だと認められている。
これらの行政計画は、作成公表されることによつて各種の権利制限の効果を生じる
場合が多く、その場合には、計画の策定公表によつて、権利者は従前の権利状態の
悪化がもたらされるとして(南実務民事訴訟法講座八巻一〇頁)その行政処分性が
問題にされるに至つている。
とりわけ開発行政計画の場合には、その計画の実施による影響が、生活環境という
国民の生存権にかかわるものであり、事後的救済になじまないものであるところか
ら、その行政処分性の有無については、慎重な検討がなされるべきであろう。
そこで問題は、どのような場合に(開発)行政計画が行政処分性を有するとかいう
ことである。
この点の検討にあたつては、前掲最高裁昭和四一年二月二三日判決の論理を具体的
に分析する必要があるであろう。
原告らは右最高裁判決の限界を主張し、開発行政計画にその判決の結論を適用する
ことを否定するものであるが、判決が掲げた行政計画の行政処分性についての要件
(ないし概念標識)までをも否定するものではないからである。
この判決で掲げられた要件が、開発行政計画の場合に於いて、どのような形で充足
され且つ補足されるべきかを具体的に明らかにすることが必要だと主張するものだ
からである。
2 最高裁昭和四一年二月二三日判決の論理
最高裁判決が、土地区画整理事業計画の行政処分性を否定した理由は次の二点に要
約される。
その第一は、理論的理由であり、「事業計画自体ではその遂行によつて利害関係者
の権利にどのような変動を及ぼすかが具体的に確定されていない」から事業計画の
公告の段階では「争訟としての成熟性」を欠くというものである。
ここでは、利害関係者の特定、権利変動(ないし制限)の具体性及び直接性が問題
にされている。
その第二は救済の必要性の問題である。
土地区画整理事業計画は、一連の手続を経て実施されるのであるから、事後の個別
的処分の段階での救済が可能であつて、計画決定(公告)の段階で取消を認めなけ
ればならない必要性はないとするものである。
以上から最高裁判決の掲げた要件を次のように整理することができる。
第一、具体的処分性(争訟としての成熟性)
1 名あて人の特定
2 権利変動(制限)の具体性
3 権利変動(制限)の直接性
第二、救済の必要性
3 開発行政計画の特殊性
開発行政計画の特殊性は、その実施によつてもたらされる影響の重大性にある。
この点を端的に宣明したのが前掲宇都宮地裁昭和五〇年一〇月一四日判決である
が、その判旨を踏まえつつ、その特殊性を整理すると次の四点に要約できる。
第一は、計画の実施によつて制限ないし侵害される権利が良好な生活環境といつた
生存権的権利であつて、その保護には特別の配慮が必要だという点である(法益の
重要性)
第二は、計画の実施による影響がその地域内住民に一律に及ぶという点である(法
益の一律性)。
第三は、計画の実施によつて侵害される法益がその性質上、侵害後の事業的救済に
なじまないという点である(事後救済の困難性)。
第四は、以上のような特殊性の故に開発行政計画においては、その策定過程、策定
手続に覇束性が認められるということである(この点を明言するものに、熊本地裁
昭和五〇年二月二七日判決、広島地裁昭和四六年五月二〇日判決、A・前掲書二三
五頁)。
4 開発行政計画の行政処分性
以上の特殊性を踏まえて、前記最高裁判決の掲げる要件を補足すると次のようにな
る。
第一 具体的事件性
1 名あて人の特定性
開発行政計画の名あて人は、その実施によつて一律に影響をうける住民全員であ
り、その被害の一律性の故に特定されていると言わねばならない(この点は、宇都
宮地裁昭和五〇年一〇月一四日判決が明言するところである)。
2 権利変動(制限)の具体性
開発行政計画にあつて問題となる権利は、個々的な土地所有権等ではなく、良好な
生活環境を享受する権利であるから、そうした生活環境がどのような変容をとげる
のかという視点で具体性を問うべきこととなる。
3 権利変動(制限)の直接性・事件性
開発行政計画の実施、終了段階での救済の困難性を考慮し、その実施によつて生じ
る権利侵害ないし不利益が具体的に確定しさえすれば実施行為をまたずに計画の取
消を認めるべきであるから、直接性の要件は、開発行政計画においては緩和さるべ
きであり、これに代つて、計画策定手続に於ける違法性の有無が、争訟上の成熟性
を決するメルクマールとして掲げられるべきと思料する(こうした視点は、土地区
画整理法第二〇条第三項による意見書不採択の処分性を認めた大阪地裁昭和五〇年
二月一九日判決が明確にしたところであり、学説でも、前掲のA・Y・B氏らが積
極的に提唱するところである)。
第二 救済の必要性
この点は、最高裁判決に於ては、実は傍論ないし補足的説明として判示されたもの
であるが、開発行政計画に於いては前述した特殊性から、積極的な要件として定立
されるべきであり、事後的救済が困難な不利益ないし権利侵害をもたらす場合に
は、行政処分性を認めるという形で要件として機能することになるのである(この
点については、前掲の下級審判例、学説が一致して認めるところである)。
(四) 本件基本計画の行政処分性
以上に於いて明らかにしてきた開発行政計画の行政処分性の要件に照らして、本件
八号地計画の行政処分性を以下に記述することとする。
1 本件基本計画の名あて人の特定性
本件基本計画は、八号地予定地及びその背後地に居住する住民という一定地域内の
住民全員に対してなされた処分であつて、その名あて人は特定していると言わねば
ならない。
2 本件基本計画の実施によつて生ずる被害の具体性について
この点について既述のとおりである。
こうして予測される被害はまさに八号地計画の実施によるものとして具体的に特定
していると言わざるをえない。
3 本件基本計画の直接性
開発行政計画の行政処分性の検討にあたつて、直接性の要件が緩和されるべきこと
は前述の通りであるが、本件八号地計画に関しては、次のような形で前掲最高裁判
決の求める直接性を充足していると言わねばならない。
(1) 本件基本計画は、実施に直結した具体的実施計画である。
本件八号地計画を含む基本計画は、その策定ならびに承認により、その法的効果と
して、新産業都市建設及び工業整備特別地域のための国の財産上の特別措置に関す
る法律によつて、財政的裏付けが与えられており、更に新産業都市建設促進法第一
七条、第一八条によつて、国、自治体及びその長は、基本計画の推進、協力義務を
課せられるに至るのである。
しかも、八号地の埋立期間も明定されて、昭和五三年着工と決定されており、計画
の本格的実施の時期は極めて切迫したものとなつているのである。
こうした点から、本件八号地計画はまさに実施に直結した実施計画としての実態を
備えたものと言わざるをえない。
(2) 本件基本計画は既に実施されている。
この点に関しては、被告の釈明をまつて更に明らかにするが、本件基本計画に於い
て定められている「約五九〇ヘクタールの工業用地の確保」については、現実には
既にその相当部分が工事中であり、又基本計画中の道路整備、住宅、工業用水道、
鉄道、港湾等すべてが工事にかかつており、新規計画は殆んどないというのが実情
である(以上については乙第一六号証で明らかである)。
とすれば、本件基本計画は、直接性を有しない一般的青写真どころではなく、既に
実施中の具体的工事にあわせて改訂された実施計画そのもので、直接的に既に生活
環境への影響を与えているものと言わざるをえないのである。
(基本計画と八号地の関係)
八号地は県の独自計画としてではなく新産業都市建設基本計画の一環として県が計
画・実行してきたものである。
昭和五一年一二月二二日の大分地区新産業都市建設協議会において、企業総室長は
「昭和四五年になりまして、今申しあげた昭和三九年の計画と、実際の企業立地の
動向とを勘案して昭和四五年三月五日に開催された大分地区新産業都市建設協議会
で三九年の計画を含めて大野川以東の臨海部に約九七〇ヘクタールの造成が計画さ
れました。これが、今日、いわゆる二期計画の内容であつて、具体的には六号、七
号、八号地の埋立て計画であります。このうち七号はA・B・Cとありまして、七
号地のCと八号を一緒にして一般に八号地と呼ばれておりますが、正式には七号C
と八号という事になります。そして御承知のとおり、六号、七号は、その後着工い
たしておりますが、いずれも、完成していません。また、いわゆる八号地は中断し
ております。これらによつて現在のところ、約二三〇ヘクタールが造成されており
ます。このように昭和四五年の新産建設協議会において審議された計画の中で造成
が終つていない約七四〇ヘクタールのうち約五六〇ヘクタールを、昭和五一年から
五五年までに造成しようとするものであります。なお内陸部で約三〇ヘクタール造
成し、合計約五九〇ヘクタールを造成するという計画になつております。」と述べ
た。この点を乙第一四号証は、「昭和三九年以降、全国的にも計画変更の機会はな
く、法的な変更手続は行なつていないが、いわゆる新産二期計画と称している八号
地を含むマスタープランを昭和四五年三月開催の大分地区新産協の議を経て同年八
月には個別法としての港湾法による港湾計画にも組み入れており、その後の経緯等
から計画として七号C及び八号地は存在している。」と説明している。
八号地が当初から新産都市建設(二期)基本計画の一環として計画されてきたこと
は被告の言動からもかくも明白である。だから、当然新産業都市基本計画に組み入
れ「新産業都市建設及び工業整備特別地域整備のための国の財政上の特別措置に関
する法律」(以下単に新産工特法と略称する)による国の財政的援助の機会をうか
がつていたのであるが、大分地区新産協議会で八号地を含む二期計画を立てた「昭
和四五年、静岡県田子浦のヘドロ反対闘争をきつかけに、公害反対運動が全国的に
燃えあがり、これに水俣病、イタイイタイ病、四日市ゼンソクの公害訴訟が加わり
さらに勢いを増した。政府もこの全国的な情勢の変化に対応して、四五年一二月の
国会で公害関係一四法を成立させ、四六年には環境庁を設置、環境問題を国の重要
問題として取り上げ、開発優先のムードは後退せざるを得なくな」るという状勢で
「全国的にも計画変更の機会はな」(乙第一四号証)かつたのである。ところが、
昭和五一年になつて新産工特法の適用期限が五年間延長されたので、県が計画・実
行してきた二期計画を基本計画に組み入れたのが今回の改訂作業なのである。より
正確に言うと、基本計画に組み入れることを予定して大分同様に県が計画・実行し
ていた全国二一地区の「新産都市計画」を正式に噺産業都市建設促進法の基本計画
に組み入れ、国の財政援助をするために新産工特法の延長がなされたのである。そ
して新産工特法延長後は衆人監視の中で基本計画の組み入れ作業が行なわれたので
ある。このことを立証する資料は、第一回口頭弁論で提出された資料の中にもあ
る。
先ず乙第一一号証を見てもらいたい。
国土庁地方振興局長の指示で被告知事が作成して国土庁に提出した資料の中に「基
本計画素案」のあることがわかる。被告が基本計画に八号地が組み入れられていな
いと言い続けるつもりなら、この素案を提出してみるがいい。
次に「改訂を行う計画事項」である「施設整備の大綱」は「昭和五一年度から五五
年度の間における熟度の高い整備計画を記述する」ようにとの、同じく国土庁地方
振興局長の指示文書(甲第二号証)を見るがいい。この「熟度の高い整備計画」が
改訂基本計画の内容をなしていることは甲第二号証からして争うべくもないが、し
からば、その「熟度の高い整備計画」はどこにあるのであろうか。「大分地区新産
業都市建設基本計画」(乙第一三号証)には、例えば工場用地として「大分地先等
の臨海工場用地及び大分市下志村の内陸工場用地の造成により、約五九〇ヘクター
ルの工場用地」と記載してあるのみで、それが昭和何年度の計画であるのかすらも
全く不明で被告が指摘するように一般的抽象的な記述だと言わざるを得ない。被告
がどんなに強弁しようとも、改訂基本計画の内容として「昭和五一年度から五五年
の間における熟度の高い整備計画を記述」したものは「大分地区新産業都市建設基
本計画の概要」(乙第一六号証)以外に存在しないのである。これらの資料による
かぎり八号地が基本計画に含まれていることは、当然すぎて論議することが馬鹿ば
かしいぐらいで、寧ろ、改訂基本計画がマスタープランどころか完成部分を含み、
その殆んどが工事中であることに論議を発展させなければならないことをこれら文
書は明らかにしているのである。「基本計画素案」も示さず乙第一六号証とは別の
「熟度の高い整備計画」なるもの(そんなものが存在するならお目にかかりたい)
も示し得ずして、単に「八号地は基本計画の中に入つていない」との強弁を繰り返
すことは、真実を語るべき裁判の冒●であることを被告は知らなければならない。
さらに、被告に熟度の高い整備計画を含む「基本計画素案」を提出させて検討し、
さらにヒアリングなどを行ないながら、基本計画改訂の承認行為に関与したV国土
庁地方振興局長は、この基本計画素案提出後の昭和五一年一〇月一九日の第七八回
国会衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会で、右の経過をふまえてのT委員の
「国土庁は、この計画改定に当つて各新産都について各県からヒアリングを行つて
いるわけでありますが、大分の場合この八号地埋立てを計画に盛り込むという意向
の表明があつたと思いますが、この点確認しておきたいのです。」との質問に対
し、前記V国土庁地方振興局長が「いわゆる八号地については、お示しのような四
八年に中断と申しますか、そういう形になつております。
今回それを含めて計画改定をしたいというようなことで検討されておるということ
は聞いておるわけでございます・・・・・・」と答弁しているのである。このよう
に八号地を基本計画に組み入れるための作業は県民注視の中で公然と行なわれたの
である。だから各新聞は一様に「八号地埋立てを盛り込んだ大分地区新産業都市基
本計画に、総理大臣の承認がおりた」(甲第一号証)との正しい報道を行なつたの
である。かくして、八号地が基本計画に組み入れられたという争うべくもない事実
は県民共通の認識になつたのである。
四 被告の行政処分概念特にその司法権関与条件論、指針的行政計画論に対する反

右の点に関する原告の主張の要旨は次の三点である。すなわち、
(一) 行政処分性の有無は司法権関与の条件と切り離して考慮さるべくこれを不
可分として主張する被告の立論は誤まつている。
(二) 被告は一方において行政計画が行政処分性を有するか否かは同計画の具体
的内容とその性格によつて決せられるべき旨主張しつつ(その限りでは原告も同旨
である)しかも本件計画については同内容に立入ることをせず新産法の規定の解釈
のみから同法は計画策定手続と行政機関相互の努力義務を定めたものに過ぎないの
で同法に基づく本件基本計画はマスタープランであるとか或は本件計画類似のもの
として全国総合開発計画を挙げ、同計画が「公共事業関連計画」と土地所有権等を
規制する「土地利用計画」の二計画から構成されているが、行政処分性は後者にの
み与えられている。
本件基本計画はむしろ前者のマスタープランに相当するので争訟成熟性がない旨主
張している。
しかしかかる立論は同一目的に向けられた複合する行政過程を縦割り行政の型に入
れて形式的に上位計画、下位計画と分断する弊を伴い、かかる分断的思考は地域環
境の総合的視野を欠く結果、無意味な巨額投資を招来し又は基本計画が取消対象と
ならないために既成事実が積み重ねられて著るしい環境破壊をもたらす結果ともな
るものである。
従つて誤まれる開発行政計画についてはその非違を正し、住民の意思を行政に反映
せしめ、住民が環境破壊から蒙る不利益を最少限に喰い止めるためにも右分断論を
排して一つの目的に向けられた行政過程はこれを「行政庁の一体的行為」(前記複
合的行政過程)として抗告訴訟の対象たり得るものと考えるのが相当である。
又本件基本計画は国土庁地方振興局長指示文書(甲二号証)の示す通り熟度の高い
整備計画として規定せられているのでその意味から言つても被告のマスタープラン
論は理由がない。
(三) 又本件基本計画が上記のとおり地域住民の環境利益)を著るしく破壊する
危険があり同利益が何物にも代え難い法益でありながら我が国では環境アセスメン
ト等の公害防止の事前的行政手続が不整備であること等を考え合わせると右利益を
救済する制度としては行政訴訟がその代償的機能を果さねばならぬところである。
そして正に本件についてはこれが取消さるべきか否かを決するための要因として是
非環境アセスメントと地元の同意の要否が問題とさるべき事案であるからその意味
からも本件については行政処分性が認められて然るべきである。以下右の点を遂次
詳述する。
(司法権関与条件論批判)
1 司法権関与条件論
被告第二準備書面に於いて、被告はわざわざ一項を設けて「司法権関与の条件」な
る小見出しを付し「ある行政庁の行為が行政庁の処分その他公権力の行使に当たる
行為であることは、司法権関与の条件である」とし、その故に、たとえ行政庁の行
為に違法な点があつても「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」でない
ときは、裁判では取り消しえないと主張する(以下、これを便宜上司法権関与条件
論と称する)。
右主張は被告の引用する札幌高裁昭和五一年八月五日判決に依拠するものである
が、同判決が行訴法上の原告適格の問題について言及したところを同じ本案審理の
要件であるという理由だけでそのまま採用したものである。
2 行政処分性は司法権関与の条件ではない。
行政処分性は、すぐれて行訴法特有の問題であり、一般訴訟法共通の問題たる原告
適格や訴の利益と軽々に同一視することは許されない。
違法な行政庁の行為が行政処分性を否定されてもそのことは、その違法な行為の排
除を求める民事訴訟の提起までをも否定するものではないのであり、その意味で、
行政処分性は違法な行政庁の行為を排除する手段として抗告訴訟か通常民事訴訟か
を区別する分水嶺たりえても、司法権関与の条件とはなりえないと言わねばならな
い。
したがつて被告のこの点の主張は失当である。
3 司法権関与条件論は、行政処分性判断の基準たりえない。
原告は、行政処分性の有無が行訴法第三条の解釈問題であることを何ら否定するも
のではない。
本件での争点は、その解釈基準の如何である。
行政処分性の有無は、まさしく何が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行
為」であるかの判断そのものであつて、それが司法権関与の条件であるか否かとは
無関係の問題である。つまり、司法権関与条件論は、何故に、法が抗告訴訟に於け
る取消の対象たる行政庁の行為に一定の制約を設けたのかを説明する一理論にすぎ
ず、何が行政処分であるかの解釈基準とは無縁なのである。(もつとも、被告の主
張が行政処分性は司法権関与の条件だから司法権が勝手に緩和することは許されな
いとして、限定的解釈の根拠とするというのであれば、それは一論であろう。けれ
ども、被告が司法権関与条件とする行訴法上の訴の利益や原告適格の緩和傾向が既
に一般化している中で、そのような理論を展開するというのであれば、被告の硬直
した抗告訴訟観も極まつたとしか言いようがない。)
(指針的行政計画論批判)
1 指針的行政計画論
被告は、計画法の法規範としての特殊性を指摘し、行政計画を詳細に分類したうえ
で、本件基本計画は国土総合開発法の系列に属する総合開発計画であつて、単なる
計画策定の手続と行政機関相互の努力義務を定めたにすぎない「指針的行政計画」
であると主張する(以下、便宜上、被告のこうした見解を指針的行政計画論と称す
る)。
その主張の骨子を列挙すると次のようになる。
第一点、行政計画が争訟の対象となり得るか否かは、具体的な計画の内容、性格等
によるべきであり、国民の従前の権利状態に対して個別、具体的な変動を与える等
の対外的効果を生じないマスタープランやガイドライン等に対する行政争訟は許さ
れない。
第二点、計画法の構造的特色は、その目的プログラム性にあり、次の五つの特色を
有しているから、その法的性質を一律に論じることはできない。
その一は、政策の手段ないし道具であるという特色、その二はプロセス性、その三
は時間的要素の重大性、その四は規定内容の非完結性ないし空白性、その五は手段
の複合性である。
第三点、計画には、私人の権利義務に法的影響を与えるものと行政主体のみを拘束
するものとがある。
第四点、新産法(に基づく基本計画)は、国土開発計画の分野に属する総合開発計
画であつて、その計画内容が行政主体の行動の指針となるに過ぎない。
2 被告の立論の特徴
被告のこうした立論の特徴は、行政処分性の検討に際し一般論の構築に終始して本
件基本計画についての具体的検討を捨象する点にある。
右に要約した被告の構成のうち第一から第三点までについては、一般論として原告
もさしあたり異論はない(ただ第一点の内、「個別具体的」の解釈について、被告
と見解が対立するのみである。)。
ところが、被告は、行政計画一般の分類や構造的特色の解明に精力的に取組みなが
ら、原告がまさに争わんとする本件基本計画が果して全国総合開発計画のようなガ
イドラインに過ぎないのかどうかという点についての検討を殆んどしていない。
その主張するところは全国総合開発計画はマスタープランで争訟性を有しないとい
う一般論と本件基本計画が全国総合開発計画の分野に属するという結論のみであ
り、その結論へ至つた論拠は明確にされていないのである。
そこで触れられているものは、新産法の構造の検討のみであり、同法が単なる計画
策定手続と行政機関相互の努力義務を定めたにすぎないということが、唯一の理由
としてあげられているだけである。つまり、新産法から抽象されるモデルを基にし
ての形式論と前述の一般論とを結合させたのが、被告の立論の特徴ということにな
るであろう。
3 指針的行政計画論の方法論批判
被告は、X教授の見解を引用して、行政計画が争訟の対象となり得るか否かは、
「具体的な計画の内容・性格等による」べきと主張している。原告も全く同感であ
る。「行政計画一般の法律問題の議論が、行政計画の分類の段階にあるとき」、こ
うした具体的、帰納的考察は不可欠であると言わねばならない。
そうした方法論で本件の行政処分性を検討するのであれば、大分における本件基本
計画が、どういう内容を持ち、どういう経過を経て策定され、現実の実施状況とど
う関連しているのか、そして具体的に国の環境行政の現段階でどのような運用がは
かられているのかということの考察が是非とも必要であり、これを抜きにして、た
だ新産法の規定だけの解釈によつて結論を導きだそうとする被告の主張は、自ら提
起する原則に反するものであつて、説得力を欠くものと言わねばなるまい。
4 指針的行政計画論の本質
以上を踏まえて、被告の指針的行政計画論を行政処分性の問題に関して論評すれ
ば、その本質は、本件基本計画がマスタープランであり行政主体の行動の指針とな
るにすぎないとの結論を国土総合開発法の全国総合開発計画を例として検証しよう
とするものであると言うことができる。
本件基本計画の行政計画としての特異性とそれに規定される完結性、拘束性、充足
性については、既に詳述したので、ここでは、被告による全国総合開発計画につい
ての分析ないし検討が、本件基本計画には全く妥当しないものだということを論証
することとする。
5 分断論批判
被告によれば、全国総合開発計画は、公共事業関連計画と土地利用計画を二本の柱
とし、これが組合わされたものであり、これらの計画の内で私人の権利義務に法的
影響を与えるのは、国土利用の規制の法技術として通常所有権及びそれに由課する
利用権を制約する土地利用計画に限られ、その余はすべて行政主体のみを拘束する
行動の指針にすぎず、ただ拘束性の程度に差異があるのみということである。
ここでは、全国総合開発計画のマスタープラン性が所与の条件とされてしまつてお
り、その下位計画としてそれを達成するための実施計画ないし整備計画を想定し
て、両者を観念的に分断し、争訟性の問題を下位計画たる土地利用(規制)計画の
次元に限定せんとする意図が明瞭である。
こうした論理が、全国総合開発計画には妥当するか否かについて論評することは留
保するが、本件基本計画についてまでその論理を及ぼし得るとするならその失当な
ことは明らかと言わねばならない。
こうした分断論は、国立歩道橋事件の東京地裁昭和四五年一〇月一四日決定のいう
「行政庁の一体的行為と把握して公法的規律に服せしめ」るべしとの見解と極めて
対照的と言わねばならず、B助教授の言葉を借りれば「いたずらに一つの目的に向
けられた行政過程を分断し、地域環境の総合的な視野を欠いたまま見切り発車で膨
大な投資を行わせる一方他方では既成事実を積み重ねて環境破壊を押し進める結果
を招きかねないであろう。」ということになり、そうした考え方は、「タテ割行政
の弊をそのまま法解釈に直結するもので環境保全の立場からは、いかにも実態と遊
離した観念論」(同、前掲書一四〇頁)として批判されるべきであろう。
6 理念型としての全国総合開発計画のマスタープラン性と本件基本計画の拘束性
被告が、国土総合開発計画法による全国総合開発計画がマスタープランないしガイ
ドラインにすぎないとする論拠は、次のような点にあるようである。
即ち、全国総合開発計画は、政策の指針ないし目標を定めたものにすぎず、下位計
画たる土地利用計画や公共事業関連整備計画をまつて初めてその具体的内容が確定
するにすぎないものだということである。従つて全国総合開発計画は、私人の権利
義務に何らの変動をもたらさないのであり、その効果は行政庁に対する行動の指針
を与えるにとどまるということになる。
こうして、国土総合開発計画法から抽象される理念型としての全国総合開発計画
は、被告が計画法の特色として列記する政策の手段であり、規定内容の非完結性、
空白性、プロセス性といつた特質を最も備えたものということになるのである。
これに対して、本件基本計画は、次のような特質を有している。
第一に、本件基本計画は、大分地区新産都建設の施設整備に関する熟度の高い整備
計画として策定されたものである。
新産法上のモデル型としての基本計画は「大綱」を定めるとのみ規定されており、
その「大綱」の解釈によつては、あるいはマスタープランであるとの理解も可能で
あろうが新産法施行後の深刻な公害被害の実情を踏まえて国の環境行政は開発優先
の是正を迫られるところとなり、ついに国土庁地方振興局長の指示文書(甲第二号
証)に見られるとおり、基本計画中の「施設整備の大綱」は(公害の事前抑止の判
断に耐え得る程度に)熟度の高い整備計画を記述することが求められるように至つ
たのである。
こうした行政指導に基づいて改定された本件基本計画は既に繰り返し詳述してきた
通り極めて熟度の高い整備計画だと言わねばならず、マスタープランとしての総合
開発計画とは異質の行政計画であると言わざるを得ない。
第二に、原告の昭和五二年一〇月一三日付準備書面第二の二以下で詳述したとお
り、本件基本計画は、その策定以前の段階で既にその具体的内容が詳細に特定さ
れ、一部は既に実施されている追認計画であつて、被告が主張するマスタープラン
としての主要な機能たる目的設定性も、その特色として掲げる一般抽象性、変動的
プロセス性、空白性等といつた属性も全く存在しないのである。その意味で、本件
基本計画は拘束的に特定されていると言うことができる。従つて、理念型としての
総合開発計画から本件基本計画のマスタープラン性を検討せんとする被告の試みは
失当と言わざるを得ない。
7 被侵害利益についての考察の欠如
原告は、本件基本計画の行政処分性の検討にあたつて、被侵害利益の特殊性を一貫
して強調してきた。
こうした原告の見解は、独自のものではなく、例えば、B助教授もまことに適切に
次のとおり主張しているのである。「抗告訴訟の運用においては、民事訴訟以上
に、集合的利益を原告適格を支える訴えの利益として承認する必要性は、一層強い
と言わざるを得ない。ことに環境上の利益は、個々人にとつては無形かつ稀薄であ
つても、地域住民全体にとつてはかけがえのない重大な利益である。・・・・・・
地域環境を顧慮しない違法な行政決定が行なわれて、まさにとりかえしのつかない
環境破壊が行なわれようとする場合には、地域住民が環境上の利益を主張して行政
訴訟を提起し、環境被害の未然防止を期すことは、強く要請されるところ」であ
る。(同、前掲書一三四頁)
ところが被告は、こうした特殊性について何ら言及することなく、土地利用計画に
よる所有権及び土地利用権の制約のみを争訟性の問題としてとらえようとするので
ある。
こうした所有権ないし利用権のみを被侵害利益ととらえる考え方に固執する限り、
行政処分性は土地利用計画の段階で初めて問題になり得るとの立論も首肯し得る
が、それは、土地利用計画が具体化されて初めて誰のどの土地がどのような制約を
受けるかが確定し得るからであり、逆に基本計画の段階でどのような環境破壊が生
じるか特定し得る本件においては、その論理の故に逆に、行政処分性を早期に認め
るべきということになるのではあるまいか。
いずれにしても、国土総合開発法における所有権ないし利用権の侵害を想定してな
された被告の行政処分性論を本件基本計画にストレートにあてはめることは失当と
言わざるを得ない。
五 結語(別紙三に詳論の通り)
以上述べきたつた通り本件に関する行政処分性並びに争訟成熟性の有無は被告主張
の如き抽象的議論によつて明らかとなるものではなく、行政過程における行政庁の
裁量権行使の逸脱の有無(本件では中断三原則違反が存在するのでこの点明瞭であ
る。)とこれによる現時点での原告らが蒙る被侵害等利益の救済の要否の以上二点
の検討によつてのみ決せらるべく、又このことは具体的事実の取調を通してのみ可
能である。
現に昭和四一年二月二三日の最高裁判決も争訟成熟性の有無につき「当該行政計画
の遂行による(一)権利侵害の具体的特定性(二)事後的救済の可否ないし救済の
必要性」を具体的に検討した結果、これがないものと判示しているもので、右判旨
に従い考えても本件に関しては (一)八号地計画の具体的策定経過と現状(二)
中断三原則が「計画」、「実施」その何れの中断に該当するのか、又同違反の事実
の有無(三)同計画実施による公害被害の現実と同回避のために本件計画を取消す
必要があるか等の点につき詳細に検討を加えない限り行政処分性等の有無につきこ
れを判断し得ないものと言うべきである。
しかるところ本件では未だ八号地計画が何時成立したのか又これが旧基本計画の一
環なのか、県独自の計画なのか、或は同計画が中断された時点において計画段階で
の中止であつたのか実施段階での中止であつたのかすら明らかとなつていない(尤
も原告としては、昭和四八年五月、分離中断決定当時、二期計画従つて八号地計画
は旧基本計画と整合性を有せず、従つて計画「案」の状態に過ぎなかつたので同決
定は計画案の中断であつたと理解しているものではあるが)。
原告らは又この点に関し前叙の通り
(1) 本件八号地計画は本件基本計画の前記承認に至るまでは争訟成熟性を有せ
ず、右承認に至る段階で始めて同成熟性を有する。
(2) 又、本件の如く先行的に「都道府県レベルの計画が個別的に先行している
場合は、「基本計画」なる言葉は「国の承認」と「個別計画」の双方を一体的に表
象しており、本件訴訟では右一体的に表象されている実体を審理対象とすべき旨
(3) そして右八号地計画はその実体が「事業決定」そのもので、ただ国の承認
を待つだけの行政上の最終決定となつている旨、主張し来つているものであるが、
行政処分性、成熟性の有無を判断する上でも是非これらの点につき証拠に基き関連
する事実を明らかとする必要がある。
尚最後に被告は本件に関し成熟性がない旨の根拠として、埋立免除につき取消訴訟
を提起する手段のある旨を主張しているが、同訴訟については原告適格と取消事由
の面で制約があるばかりか、何よりもこれによつては救済される対象法益が狭まく
なり又行政庁において埋立海面を利用している漁民らに漁業補償等の手段を通じて
漁業権を放棄せしめるなどし埋立のための既成事実が次々に進行して行く事態も予
期し得るところ右方法ではこれら事態を阻止し得ないものである。
ただ本件訴訟によつてのみ大企業工場立地による付近住民の全般的に蒙る不利益を
一体として救済することが可能となるものでこの意味において正に本件訴訟は行政
処分性と成熟性とを備えることとなるものである。
右の点を再確認して実質審理に入ることを求める。
(被告の申立とその理由)
第一 本案前の申立
一、本件訴を却下する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 右申立の理由
一、被告主張の要旨(総論的説明)
(一) はじめに
大分県は、昭和四五年に、原告ら主張の八号地計画の構想を立て、これを同年作成
の「大分県基本計画」及び同年変更の「大分港港湾計画」に盛り込んで明らかにし
た。その後被告は、昭和五二年一月、右八号地計画を前提的事実として、従前の新
産業都市建設基本計画を変更する新たな新産業都市建設基本計画(以下「本件基本
計画」という。)を作成し、同変更につき同年三月一八日内閣総理大臣の承認を得
た。
原告らは、被告が新たに作成した本件基本計画のうち、八号地計画部分は違法であ
るから、同部分の取消しを求める旨申し立てている。
しかし、本件基本計画は、右の八号地計画を具体的に記載していないのみならず、
もともと新産業都市建設の大綱を明らかにしたものであり、国民の権利義務に直接
具体的な影響を与えるものではないから、いわゆる処分性及び成熟性を欠き、行政
事件訴訟法に定める抗告訴訟の対象としての適格を有しないばかりか、当事者適格
をも欠くものであるから、原告らの訴は、不適法であり却下を求める。その事由の
詳細は以下のとおりである。
(二) 本件基本計画の内容と訴の資格
1 本件基本計画は、工場用地の整備につき「大分地先等の臨海工場用地及び大分
市下志村の内陸工場用地の造成により、約五九〇ヘクタールの工場用地の確保を図
る。」(乙第一三号証の4のイ)と定めているが、右工場用地を右地域のどの部分
にどの程度造成するかについての具体的記載はない。
2 原告らは、「大分地区新産業都市建設基本計画」(乙第一三号証)と「新産業
都市建設基本計画の概要」(乙第一六号証)の両者が一体となつて、新産業都市建
設促進法(以下「新産法」という。)上の新産業都市建設基本計画を構成している
ので、右「概要」に記載されている八号地計画は、右の法律上の基本計画の内容に
なつている旨主張している。
3 八号地計画は、大分地区新産業都市建設のため、大分県か作成したものであ
る。そして本件基本計画と八号地計画との間には整合性が保たれている。しかし、
八号地計画は、本件基本計画において具体化されたものではない。このことは、
(1)新産法第一一条が基本計画には新産業都市建設の大網を記載するよう規定し
ていること、(2)この種の行政計画には性質上その内容に相当の弾力性を与える
必要があること、(3)乙第一三号証の書面のみが本件基本計画として作成され内
閣総理大臣の変更の承認を得ていること、(4)乙第一三号証の基本計画の内容が
右の法律の規定及び性質上の要請からみて妥当な内容を有していること、(5)右
「概要」のすべてが基本計画の内容であるとすれば、基本計画の内容が詳細にすぎ
右の法律の規定及び基本計画の性質に添わなくなること、(6)乙第一六号証の
「概要」は大分県議会全員協議会の説明資料として作成したものであること、以上
の事由を総合すれば明白である。
それ故八号地計画は、本件基本計画において具体化されたものではなく、同計画達
成のため大分県が別途作成した大分県の計画というべきものである。
4 よつて、原告らの訴は、取消しの対象たる行政処分が存在しないことが明白で
あり不適法である。
(三) 本件基本計画の処分性と具体的訴権利益
1 本件基本計画は、行政機関のみを名あて人とするものである。
(1) 新産業都市建設基本計画は、新産業都市建設の大綱を定め、国、地方公共
団体、国の行政機関の長、都道府県知事港湾管理者の長等に対し、行政活動を行う
に当たり努力又は配慮すべき目標を示し、その活動の調整が図られるよう作成され
たものである。したがつて、その名あて人は、国、地方公共団体及び行政機関の長
であり、一般国民ではない。
(2) 本件基本計画は、右のような性質を有するものであるから、その作成行為
は、本来行政機関の内部行為とみるべきである。行政機関の行為が本来行政機関の
内部行為にすぎない場合には、これにより国民の権利義務に直接影響を与えること
はあり得ないので、右行為は抗告訴訟の対象としての処分性を欠くことになる。
2 本件基本計画は、具体的処分性を欠くものである。
(1) 新産業都市建設基本計画は、新産業都市建設の大綱を定めたものである。
右計画に基づき、現実に施設の整備等を実行するためには、更に数多くの行政計
画、行政活動が必要である。そのうちで主張のため当面必要なもののみを取り上げ
て例示すれば次のとおりである。
右の図で明らかなごとく、最上段の新産業都市建設基本計画は、新産業都市の工業
開発等の大綱を定めた計画である。二段目の各計画は、土地区画整理法その他それ
ぞれの根拠法に基づき、それぞれの目的を達成するために作成されるものではある
が、新産法の立場からみれば、基本計画の目標を達成するため、国又は地方公共団
体の作成する施設の整備計画である。そして、三段目は、右の施設の整備計画を実
施するため、国又は地方公共団体の作成する各種整備事業の実施計画である。この
段階の計画が最も具体的である。
(2) 新産業都市建設基本計画は、作成者が自ら計画内容を実施する整備計画、
実施計画ではなく、国又は地方公共団体にその実施を期待する計画であるから、計
画そのものに相当の弾力性を与え、各実施者に対し行政的技術的見地からする判断
の余地を与える必要がある。所産法第一一条は、こうした点を配慮し、新産業都市
建設基本計画には工業開発の目標等の大綱を定める旨規定しているのである。
(3) 本件基本計画は、こうした性質を有するものであるから、その内容は極め
て一般的抽象的である。例えば、道路整備についてみれば「主要幹線として、一般
国道一〇号及び臨海産業道路の整備を図る。これとあわせて、一般国道二一〇号、
一般国道二一三号、鶴崎大南線、大南坂ノ市線、臼杵坂ノ市線、萩原木ノ上線、そ
の他所要の道路の整備を図る。」(乙第一三号証の4の二の1)とのみ定め、右道
路をどの位置にどのくらいの幅員で建設するか等の具体的な定めはない。こうした
ことは、右の道路整備についてのみいえることではなく、住宅、工業用水道、鉄
道、港湾等のすべての整備事業についていえることである。
(4) 最高裁判所大法廷は、昭和四一年二月二三日土地区画整理事業計画につき
「土地区画整理事業計画は、当該土地区画整理事業の基礎的事項について、土地区
画整理法および同法施行規則の定めるところに基づき、長期的見通しのもとに、健
全な市街地の造成を目的とする高度の行政的・技術的裁量によつて、 一般的・抽
象的に決定するものである。従つて、「事業計画」は、その計画書に添付される設
計図面に各宅地の地番、形状等が表示されることになつているとはいえ、特定個人
に向けられた具体的な処分とは著しく趣きを異にし、事業計画自体ではその遂行に
よつて利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが、必ずしも具体的に確定さ
れているわけではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性質を有するに
すぎないと解すべきである。」旨判決している。その後昭和四九年七月一九日には
最高裁判所第三小法廷が昭和五〇年八月六口には同裁判所第一小法廷が、いずれも
全員一致で同旨の判決を出している。
(5) 右判決にいう土地区画整理事業計画は、同計画書に添付される設計図面
に、施行地域の範囲、各宅地の地番、形状等を表示し、同事業計画が公告されたと
きは、同事業計画の具体的内容に応じ、建物等の新築、改築等が制限されることに
なつている。ところが最高裁判所大法廷判決は、これをもつてもなおかつ「一般
的・抽象的」であり、「青写真」にすぎないとして、処分性を否定しているのであ
る。
しかるに本件基本計画は、右土地区画整理事業計画に比較し、はるかに一般的抽象
的であり、したがつて、右土地区画整理事業計画でさえ「青写真」であるとすれ
ば、本件基本計画は未だその「青写真」の域にも達しないものであり、いわば政策
の指針を示したにすぎないものである。鹿児島地裁昭和四七年(行ウ)第二号同年
一〇月三〇日の判決は本件基本計画の下位計画である都市計画についてまで、右と
同旨の判断を示している。
(6) よつて本件訴は、抗告訴訟の対象としての処分性を欠き不適法である。
四 本件基本計画の争訟上の成熟性
1 本件基本計画は、一般的抽象的に新産業都市建設の大綱を定めたものであり、
一般国民の権利にどのような変動を及ぼすか必ずしも確定しているわけではないか
ら、この段階では争訟事件としての成熟性を欠いでいる。
2 本件基本計画を達成するには、実施者が施設の整備計画、事業の実施計画を作
成し、場合によつては個別法の定めるところにより事業実施の許認可を受けるとい
う一連の手続を経なければならない。例えば、大分県が八号地の埋立事業を行う場
合、八号地埋立ての実施計画を作成し、公有水面埋立免許を受けなければならな
い。
本件基本計画は、このような段階を経て次第に具体化されていくものであるから、
国民の権利・義務に具体的な影響を生じ、救済の必要性が生じた段階で訴の提起を
認めれば足り、現段階においては未だ争訟事件として訴の利益を認めるだけの必要
性ないし事件の成熟性を欠いている。
(五) むすび
本件基本計画の作成は、以上みてきたごとく、訴の資格、当事者適格並びに訴の必
要性のいずれの面からみても訴の適法な要件を欠いでおり、訴の却下を免れない。
以下逐一その理由につき更に詳述することとする。
二、本件基本計画中には八号地計画が含まれておらず、又これと一体となつて抗告
訴訟の対象たる行政処分を構成するものでもないことについて。
右の点につき先ず、「計画法」なるものが、いかなる法的性質を有するかを明らか
にし続いて右計画法の分類によれば新産法はいかなる性格、構造のものと理解され
るのか、又更にこの点を一層明確にするため新産法制定の経緯と殊に本件に関して
基本計画と八号地計画とがいかに策定せられて来たのかを順次明らかにして行くこ
ととする。
(一) 計画法の法的性質
1 現代行政と計画
現代は都市化の時代、行政の時代と呼ばれることがあるが、同時にそれは計画の時
代でもある(X「計画行政と行政計画」法学教室(第二期三号)六九ページ)。け
だし、国家の役割がかつての消極的な警察規制を第一義とする時代から、現代のよ
うに積極的に公共の福祉の実現を図る時代に変わつてくると、将来にわたる公共の
福祉の実現について、適切な政策形成が不可避となつてくるからである。
ここに現代行政における計画の必然性があり、総合的な経済計画、地域開発計画、
土地利用計画等が、一国の規模または国際的な規模で展開されており、いずれの国
においても、事情は異なれ、数多くの計画が作成され、実行されている現状であ
る。
わが国においても、古くは明治二一年の東京市区改正条例、大正八年都市計画法の
下での都市計画等があつた。しかし、計画の重要性が認められるにいたつたのは、
(諸外国においては、第一次大戦から第二次大戦の頃、例えばアメリカにおけるニ
ユーデイル政策におけるT・V・A計画)わが国では、昭和三〇年代からであつ
て、予算規模が巨大化し、国民経済に占める政府部門の比重が圧倒的なものとな
り、また都市化が相当進展した段階に至つた時期と符合する(X前掲論文六九ペー
ジ)。
本件の新産法はこの時代の昭和三七年に制定されたものであり、その経緯について
は既に述べたとおりである。
2 行政計画の種類と争訟性
被告大分県知事が、新産法一〇条の規定に基づき作成した本件大分新産業都市建設
基本計画は、いうまでもなく、いわゆる行政計画の一つである。
そして現在、法律の規定に根拠を置く行政計画の数は、既に一〇〇を越え、その内
容は千差万別であるといわれている(その詳細については、西谷剛・「行政計画論
(一)」自治研究四七巻五号一五九ページ以下参照)。
右の点について、学者は、例えば、「行政上の計画を便宜上分類すれば、次のよう
なものがある。
(ア) 準備計画・実施計画 計画の発展段階におうじた区別である。準備計画の
目標計画ともいい、いわゆる基本計画の多くは、これにあたる。
(イ) 総合計画・特定計画 計画の対象が、総合的・全般的な事務・事業に関す
るか、特定の事務・事業に関するかによる区別である。
(ウ) 長期計画・中期計画・短期計画・単年度計画 計画の期間による区別であ
る。
(エ) 全国計画・地方計画・区域計画 計画の対象となる地域の範囲による区別
である。
(オ) 事業計画・管理計画・処分計画 計画の内容による区別である。
(カ) 拘束的計画・非拘束的計画 計画が利害関係人の法的地位を拘束するかし
ないかによる区別である。この区別は、法律上もつとも重要である。」
(成田頼明、荒 秀、南博方、近藤昭三、外間寛共著「現代行政法」一六七ペー
ジ)とし、あるいは総合計画または全体計画と部門別の特定計画または専門計画、
広域計画と地方的計画、上位計画と下位計画、基本計画と実施計画等の区別を説き
(成田頼明「計画行政における空間形成計画の意義と法律問題(上)」ジユリスト
五二三号二一ページ)更に「そこで、行政計画の法律問題を論ずる前提として、行
政上の計画を分類することが必要となる。現状においては、実は、行政計画一般の
法律問題の議論は行政計画の分類の段階にあるといつても過言ではない。例えば、
行政上の計画に法律の根拠が必要かどうか、法的拘束力があるかどうか、ある特定
の手続が必要かどうかなどが問題となりうるが、これらの論点は、同時に、すべて
分類の基準となる。法的拘束力のある計画もあれば、ない計画もある。それで良い
か悪いかは、具体的な特定の計画について論ずるほかはないのであつて、全ての計
画について一概に法的拘束力が必要であるというわけにはいかないのである。」と
し、「行政上の計画の分類は、これまた無数に可能であるが、主要なものとして次
のようなものがある。(1)内容からみて、経済計画、国土計画、地域開発計画
等、(2)対象地域からみて、全国計画、地域計画等、(3)時間からみて、長期
計画、短期計画等、(4)上位計画、下位計画、(5)事業計画、誘導計画、
(6)策定主体から都道府県計画、市町村計画等、(7)基本計画、実施計画・事
業計画等、(8)このほか、上記のように法的根拠、法的拘束力等の有無による分
類が重要である。」(X前掲論文)とも説かれるのであるが、いずれにせよ、一般
的にいえば、行政計画は、「行政上の務や事業を実施し、または行政上の政策を形
成するために、行政機関によつて策定された行政の指導目標」(成田ほか、前掲
書、一六六ページ)、「行政上の目標成のための行政機関による目標設定行為」
(成田頼明、南博方、園部逸夫編・「行政法講義下巻」二一三ページ)であるにす
ぎず、したがつて「行政計画は、集団的な権利調整を行なう場であつて特定の個人
を対象としてなされるものではない」(西谷剛・「行政計画論(四)」自治研究四
七巻九号一三二ページ)のが本来の姿である。
それゆえ、後述するように西ドイツにおいては、行政上の計画が、法規であるの
か、行政行為であるのか、法規・行政行為以外の第三のものであるのか、複合的性
格のものであるのか等が論ぜられている(X・前掲論文七〇ページ、成田・前掲論
文二五ページ)のであるが、現代の行政が、その目的達成のための手段として非権
力的な行政活動をはじめ、多種多様な手段・方法を縦横に駆使することによつて、
その展開をはかり、これを推進するものであるとこからすれば、行政計画について
は、「法規も行政行為も、その他の非権力的行政手段や融資措置、公共事業等を
も、手段となり得るものをすべて駆使して目的を達成しようとするところに計画の
特色がある」(X・前掲論文・七〇ページ)ともいえるのである。
してみれば、「行政計画が建築制限などの規制を伴う場合もあるが、このような規
制手段もその他の非権力的行政手段と一体的に融合しており、その規制だけをとり
出して議論の対象とすることは「木をみて森をみず」のたとえになる」との批判
(西谷剛・「行政計画論(一)」自治研究四七巻五号一六九ページ)や行政計画に
対する不服は、通常の訴訟のルートに乗らないのではないかとする見解(雄川一
郎・「公用負担法理の動向と土地利用計画」公法研究二九号一五七ページから一五
八ページまで)があるのも決して理由なしとしないのである。そして、行政計画が
争訟の対象となり得るか否かは、「具体的な計画の内容・性格等による」べきであ
り、「どの考えをとつたところで、新全国総合開発計画の類に争訟の提起を認める
ものはいないであろう」し、「市街化区域等に関する都市計画」などは、「いわゆ
るマスタープランであつて、直ちに争訟の対象となりにくいであろう。」(以上、
X・前掲論文・七一ページ)ことは当然として、そもそも行政計画の争訟適格性が
特に問題となるのは、それが、国民の従前の権利状態に対して個別・具体的な変動
を与える等の対外的な効果を生じる場合についてなのであり(成田・前掲論文二五
ページ、X・前掲論文七一ページ、東平好史「計画行政における計画策定手続の問
題」ジユリスト五二三号二七ページ)、何ら右のような法的な影響を生じることの
ないマスタープランやガイドラインあるいは準備計画・目標計画であるにすぎない
基本計画(成田ほか前掲書一六七ページ)に対する行政争訟を肯定することは一般
に困難であるといわなければならない。
もつとも、「計画許可の基準となる場合や換地処分に対する換地計画の類のように
最終処分の前提として計画がある場合の争訟可能性については、最終処分を対象と
する争訟の前提問題として争わせるべきか、独立に争訟の対象となし得るかについ
て議論がある」のであり(X・前掲論文七一ページ)、このことは、しばしば引用
する前示最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決(民集二〇巻二号二七一ページ)
の小数意見あるいは右判決に対する批判的論評からも知ることができよう。
しかし、国民の個別・具体的な権利・利益に対してなされる行政庁の違法な侵害か
ら国民の個別・具体的な権利・利益を保護することを目的とする行政訴訟制度のも
とにおいて、国民の個別・具体的大権利・利益に何らの法的影響を及ぼさないよう
な行政計画に対して行政訴訟の提起を認めることは、立法論としてはともかく解釈
論としては到底是認できないところであり、最高裁判所大法廷は、公示されること
によつていわゆる形質変更禁止等の効力を生ずる土地区画整理「事業計画」につい
てさえ、これを独立に行政訴訟の対象とはなり得ないものとしたのである。そして
その後の最高裁判所の判決が右の大法廷判決の判示を踏襲していることは、後記六
の(一)の5でも指摘したところである。
なお、いうまでもないが、我が国の裁判例においては、一貫して行政訴訟の対象と
なる行政処分とは、「公権カの主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行
為によつて、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上
認められているものをいう」(例えば最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判
決・民集一八巻八号一八〇九ページ)との見解が採られており、また一連の手続き
を経て行われる行政作用について、どの段階でこれに対する訴えの提起を認めるべ
きかは、立法政策の問題であつて、当該行政計画に対して独立の出訴が許されるか
どうかは、右行政計画の根拠法規の規定の仕方いかんにかかわつているとの前提に
立つた上、当該行政計画が右の行政処分に該当するか否かを検討するという手法が
採られているものということができる(例えば前記最高裁昭和四一年二月二三日大
法廷判決)のである。
3 計画法の構造的特色
計画法が従来の法規範と異なるところは、まず、その構造上の差異である。
すなわち、通常の法規範は「かくあるときは、かくすべし」とする仮言的命題に基
づいて、一定の条件が看在する場合には、厳格にその執行を義務づける。これに対
し、計画は将来における一定の目標を設定し、その目標の実現に向けて各種の手段
を統制していく永続的なプロセスである。
このような差異を、法規範は一定の条件にプログラムされたものであるのに対し、
計画は一定の目的にプログラムされたものであるともいわれる(手島 孝「国家計
画の法理-憲法学的考察(二)」法政研究三八巻一号四八ページ)。そして右のこ
とを次のように説明する学者もある。
「計画は、目的ブログラムとして、それによれば内容である目的設定を実現する道
を一義的に確定するような完全な執行メカニズムではない。むしろ、影響を与える
べき発展の最終状態を即ち理想像として操作過程を通じて漸次接近していくべきも
のを表現する。これは執行(Vollzug)ではなく実現(Verwirkli
chuug)を目指している。したがつて、計画は実現へのイニシアテイブを生じ
させ導くところの規範的な行動モデルである。その実施においてはフレキシブルで
あり、相手方の即時の服従を要求する命令を集めたものではない。」H.J.Ho
enisch、Planifkation;Recht zwischen Pl
an und Freiheit 1974.s.116 X「計画行政法」三四
ぺージ)。
計画法の構造が右のようなものであるとすると計画法の目的プログラム性から次の
ように特色が導かれる。
まず第一は、計画法は政策の手段ないし道具であるということである。計画法は具
体的な問題解決のためにあるのであつて、条件プログラムのように一定の要件がみ
たされれば形式的かつ平等に、一律に適用すれば足りるといつたものではない。
そこでは相当の政策的判断ないし法律外の価値的要素や対象たる問題に内在する法
則性(従つて、他の専門科学の適用)等の考慮が極めて大ぎなウエイトをしめるこ
とになる。
第二は、計画法のプロセス性である。前述したように計画法の構造的特色は永続的
なプロセス性にある。
すなわち、計画は常に未来に向けて新しい均衡を作りだしていく努力であつて、動
態的・非形式的・展望的である。未来に対する新しい均衡の設定には、問題のもつ
複雑きわまりない内容的・時間的・社会的側面を極度に要約してはじめてプログラ
ムが可能となり、提起された問題が解き得るものとなる。従つて、もともとプログ
ラムされた問題は本来の現実の問題とは違うものとなつている。ために、目的実現
のプロセスには不断にコースの変更が予定されているのみならず、目的そのものも
一義的に確定されたものではなく変わりうるものなのである。
第三に、右の変動的プロセスのコロラリーとして時間的要素の重大性が導かれる。
すなわち、時間の単位のとり方により、長期・中期・短期の計画が区別され、その
性質を異にする。さらに、計画において時間的経過や各種の措置の時間的順序が不
可欠であるほか、優先順位を定めることが重要となり、これには時間的要素が大き
なウエイトをしめる。
第四に、変動的プロセス性から出てくるもう一つのコロラリーは、計画法の規定内
容非完結性ないし空白性である。
すなわち、従来の法解釈は法の中に存在する唯一の正しい法の発見であつた。しか
し計画法においては、法の中から正しい解釈を発見するということはできない。与
えられた状況の中での評価・選択・決断のくりかえしである。仮に一応の法律要件
が定められている場合でも、その内容は、与えられた状況の中で未来を予測し創造
的な決断をなしていくしかないことのほうが多いのである。このような特徴が後述
する西ドイツにおける「要件裁量論」の根拠となるのである。
最後に計画法の特徴としてあげられるものに手段の複合性がある。
すなわち、ある一つの行政目的を達成するためにも、たとえば、単純な命令と強制
という手段では不十分であることが多い。時に、その行政目的の内容が広範囲であ
れば行政手段の多様化はそれだけ強くなる。しかも、その際それぞれの行政手段
が、相互に調整されていなければならない。このような意味で、手段の複合性は現
代行政そのものの特質でもある(X・前掲書三一ページ以下、Z・国土開発(未来
社会と法)二二〇ページ、手島孝・前掲論文四七ページ以下)。
4 計画法の法的性質
(イ) 行政計画の法的性格は、前述した計画の特徴からもわかるようにその法的
性質を一律には論じない。
この関係で参考になるのは、西ドイツにおける判例・学説の展開である。そこで以
下西ドイツにおける判例・学説の議論を説明することにするが、その前に西ドイツ
の連邦建設法の枠組を簡単に述べておく。けだし、西ドイツの判例・学説は主とし
てこの法律の規定をめぐつて展開されたうえ、この法律が都市建設の基本法であつ
て、わが国の都市計画法に相当するものであるが、内容的には都市計画法よりも範
囲が広く、わが国の土地収用法や建築基準法の一部や、土地区画整理法、宅地造成
等規制法、地価公示法等をも含めた包括的・統一的法典であり、更に最近は、マス
ター・プランとしての発展計画をも計画制度にとり入れようとしているからである
(連邦建設法改正案一条の四項、同五条一項、岡条二項2a号)。
(ロ) 連邦建設法は、都市建設の発展を秩序だて、建築その他の土地利用を準
備・指導する目的の下に、原則として、各市町村に建設管理計画を作成することに
している(同法二条一項)。
この建設管理計画には、土地利用に関する指針的・準備的計画の性質をもつ「土地
利用計画」と土地所有者等を拘束する詳細計画としての「建設詳細計画」の両者が
含まれ、従つて、建設管理計画は右の二つの計画の上位計画である。
建設管理計画の策定手続は、これを策定するという趣旨の市町村議会の議決によつ
て開始される。案の作成にあたつては州計画の大綱的方針を参考にするとともに隣
接市町村の計画との調整が図られなければならない(同法二条四項)。案が作成さ
れたならば議会がこれを議決し、市町村の執行機関がこれに説明書や基礎資料を付
して一ヶ月間公衆の縦覧に供する(同法二条六項)。この縦覧期間中に異議や提案
が意見書の形で提出されたときは、これを検討して採用すべきものは採用し計画案
の一部を修正することになるが、修正された案は新たに議会の議決を経なければな
らない。縦覧期間内に提出された異議や提案の審査が終了すると議会が最終的に計
画確定の議決をすることになるが、建設詳細計画だけは条例の形式で決定される
(同法一〇条)。「土地利用計画」は準備的性格のもので、市町村全域にわたつて
作成され、市町村の予見しうる需要を基礎として土地利用が概要の形で定められる
(同法五条一項)。この計画の中に必ず定めなければならない事項は、一般的な建
築的利用の種類(用途区分)、建築的利用の利用率、広域的交通および地域幹線交
通路線のための用途などが挙げられている(同法五条二項)。これらの中には、わ
が国の都市計画法の地域地区制に類似した用途区分もこの計画の中に示される。
しかし、土地利用計画は、市町村および他の公の計画主体を拘束するものではある
が、私人に対する関係では何らの効果をもつものではなく、地区ごとの「建設詳細
計画」にうつしかえられて私人に対する拘束力が生ずる(八条一項)。
このため、学説は、「土地利用計画」は法規範でもなければ行政処分でもなく、市
町村の意思形成手続に係る行政内部的組織行為の一種と解している(Eves B
auleiplanung、Sanierung und Stadtentwi
cklung 1972、S.30)。
「建設詳細計画」は、街区程度の小さな地区を対象とする一種の地区総合設計であ
つて、市町村の条例の形式により(同法一〇条)、都市建設を秩序だてるための法
的拘束力ある定めとして決定される(同法八条)。これは、前述の「土地利用計
画」に基づいて作成され(同条二項)、建築的利用の種別、利用率、建築形式、敷
地の最小規模、建造物の高さ等が定められる(同法九条)。
「建設詳細計画」の市民に対する拘束力は、その適用地区内の上に建物を建てよう
とする場合の許可制と(同法三〇条)一定の形質変更、制限(同法四二条)であ
る。
このような規制力を有する詳細計画の法的性質が個別的行政処分の集合(ないし、
多層的行政処分)なのか、一種の法規範であるのかは長い間論議の対象とされてき
た(C.H.Ule、Die Vortra¨ge u¨ber das den
tsch o¨ffentlich Recht、1968 S.72)
けだし、このような規制力を有する詳細計画は、一面では、個々の土地の建築上そ
の他の利用可能性に対し直接に各私人を拘束するが、他面、その地区内の土地に係
るすべての土地所有権者に対してひとしく適用されるからであり、この意味では一
般の行政処分のような個別性具体性というメルクマールは備えていない。
通説は、法規範と解しているが、右のような特殊性に着目して、この種の計画は法
規範でもなければ行政処分でもなく、これらの国家行為とは異質で独特な法制度と
する見解もある(Forsthoff、Lehrbuch des Verwal
tungsrechts、Bd.110 Aufl.、1973、S.310f
f..)右のような内容を有する建設管理計画は本質的には受身の計画であつた。
すなわち、私人の自由な社会的経済的活動の自由を承認したうえで、望ましくない
活動行為のみを制限するだけのもので、市町村の基本的な都市発展計画に対する考
慮はなされてなかつたのである。
しかしながら、現代社会においては、各私人の要求は不可避的に増大せざるをえ
ず、これに市町村等の公の団体が対応しようとすれば積極的な一定の発展計画を持
たざるをえない。
西ドイツにおいても多くの都市は、法定の建設管理計画のほかに一種のマスタープ
ランとしての発展計画を事実上作成していることが多かつた。
そこで、これらのマスタープランを法的に認知し、「管理計画」を将来に向つて調
整(ないし統制)するものと「都市建設発展計画」を定めることができることと
し、その内容として、市町村の空間的影響のある投資、その時間的系列・順位系列
も示されることとする改正案が提案されるに至つた(改正案一条、成田頼明・日独
比較都市画法制・土地問題双書三・四六ページ以下、同・西ドイツ連邦建設法とそ
の改正問題・ジユリスト五七四・五七五号参照)。
(ハ) 連邦建設法の計画を中心とする判例・学説の展開
連邦建設法(三一条、三三条~三五条、三六条)によると、例外的に建築許可を付
与する場合、他の関係官庁の承認・同意といつた協力が必要とされる場合がある
(わが国の建築基準法九三条参照)。
この場合、他の関係官庁の承認・同意等が法的拘束力を伴うものであるか否か、従
つてその結果、決定官庁が関係官庁の態度決定にき束されるか否か、あるいはこう
した態度決定は単に拘束力のない勧告的な意見の表示に過ぎないのかということが
まず問題となつた。
もし、承認同意等の拘束力ある効果が肯定されると、更に次の問題として、申請人
は、関係官庁による承認・同意等の拒絶に対して、独立の取消しの訴え、または義
務づけ訴訟を提起しうるかという点が問題とされたのである。
これに対し、連邦行政裁判所は一九六五年二月一九日の判決において、行政官庁間
においては右の承認・同意等の法的拘束力を肯定したが、一九六三年五月二八日、
及び一九六五年の判決では、この承認・同意等は、私人たる申請人に対する関係に
おいては拘束力を有するものではない旨を判示した(C.H. Ule、 a.
a. O.S.72)。
このように連邦行政裁判所は、わが国でも問題とされていた建築許可の前提となる
同意等について対内的な拘束性と対外的な拘束性とを明確に区別していた。
その後の一九六九年一二月一二日、連邦行政裁判所は、連邦建設法の前述したよう
に具体的で権利制限を伴う「建設詳細計画」について、いわゆる「計画裁量」なる
概念を認め、これに関する司法審査の方法について、従来の司法審査の範囲を広げ
る傾向を一変して、一定の制約なしにはありえない旨を明確に判示するに至つた。
X教授は右判決のいう「計画裁量」を次のように要約する。
「(1)計画の権限には本質上相当範囲の形成の自由を含み、かつ含まねばならな
いこと、(2)この計画的な形成の自由は、ある特定の精神作用に基づくものでは
なく、複雑異種の要素すなわち認識、評定評価さらに意欲をも含むこと、(3)計
画と形成の自由の結合から行政裁判所による計画のコントロールには不可避的に制
限をうけ、すなわち、具体的場合に、形成の自由の法律上の限界がこえられていな
いかどうか、または、形成の自由が授権の趣旨にそわない方法で行使されていない
かどうかの審査のみなしうること、(4)様々の形での他の行政庁の関与は既存の
形成の自由への関与であり、連邦建設法一一条による認可の要件のための上級行政
庁の関与は法的コントロールの権限・義務につきること、」(X・計画行政法・八
九ページ)。
その後の、連邦行政裁判所や連邦最高裁判所連合部は、「計画裁量論」と相通ずる
判断余地説(一九七一年一二月一六日の青少年有害図書のリスト記載に関する事
件)や、要件裁量論(一九七一年一二月一六日、「租税等の徴収を免除しうる」と
の租税法一三一条一項一号の解釈をめぐる事件)を強力に展開するに至つている。
ここに、現代の計画法の構造や政策の体系の論理がかつて強力に主張された静態的
秩序の論理に立つ法適用説ないし規範主義に対して無言の力で圧倒しようとしてい
ることが窺える(X・前掲書・九一ページ)。
しかしながら右の「計画裁量論」も一定の限度で司法審査に服することを認める
が、前述した計画法の特徴(特にその構造性)に着目すれば「計画裁量」の用語す
らも避けるべきことになる。けだし、一定の目標を設定し、その目標に向けて永続
的に手段の統制を続けていく過程においては、従来の静態的な仮言的規範執行にお
ける裁量とは質的な差異があるからである(X前掲書・九二ページ)。ここに要件
自体にも裁量が認められるとする「要件裁量論」が登場しうる余地があるのであ
る。
(二) このような西ドイツにおける連邦建設法に関する判例学説の展開は次のよ
うなことを示唆する。
まず、第一に、計画には何ら法的拘束力をも有しない抽象的、マスタープラン的な
「発展計画」なるものから、具体的な法的拘束力を有する「建設詳細計画」なるも
のまでがあること。
第二に、右の「建設詳細計画」についても我が国と同様、法律上の性格については
学説上争いがあること。
第三に、行政官庁の行為にも対私人に対する関係では拘束力は生じないが、行政官
庁相互を拘束する内部的な効果のみを有するものがあること。
第四に、処分性の拡大という傾向はこと計画法に関しては妥当しないこと。
そこで、次にわが国の計画法を抽象的なものから具体的なものまでを適当に整理
し、その法的内容を検討してみることとする。
5 わが国の計画法の体系
前述したように、現在のわが国においては、その性格は千差万別ながら無数の計画
が国および地方のレベルで存在する。その中で本件のような新産法に基づく基本計
画は国土開発計画の分野に属するとみてよいであろう。
そこで、ここで、国土開発に関連する諸計画を現行法に従つて体系化してみるが、
この体系化の一つのモデルを示す事例としてZ教授の次の説明を引用する。
「まず、具体例を、国土開発の重要部分を占める道路建設にとつてみよう。現在、
道路については道路法があり、道路管理者(行政主体)が、道路法に定めるところ
に従つて、その建設をすすめることになる。すなわち、道路事業は、公共事業とし
て行なわれるのが原則である。ただ、道路を新設する場合については、道路の用地
の権原を取得していなければならないが、その場合、民法による土地の売買という
方法をとることが可能であり、実務上、殆どがこれによつている。まれに、土地の
所有権者が任意買収の申し出に応じないときには、土地収用法による土地の強制取
得が行なわれることになる。そこで、道路建設の最も単純なシステムを想定すれ
ば、それは、道路法(場合によつては土地収用法)によつて進められることにな
る。
しかし、ある地域全体、さらには、日本の国土全体の開発との関係からみると、い
たずらに、盲目的に、一本の道路を新設するわけにはいかない。そこには、一定の
計画性が要求される。その際、まず、国土全体との関係におけるいわばマクロの計
画にかかるものとしては、道路整備緊急措置法がある。同法二条によると、建設大
臣は、昭和四八年以降五箇年間における高速自動車国道及び一般国道等の道路の新
設、改築等に関する計画(道路整備五箇年計画)の案を作成して閣議の決定を求め
なければならず、その計画には、五箇年間に行なうべき道路の整備の目標、事業の
量が定められなければならないことになつている。その意味で、この計画(法)
は、実務上、長期開発計画と呼ばれているが、実質的にはいわば総事業量計画
(法)とでもいうべきであろう。さらに、道路の建設は、都市計画の重要部分をな
すと同時に、より一般的に地域開発の最も有効な手段の一つとされてきた。いいか
えれば、道路の建設は、地域の総合的な開発計画の一環として制度上位置づけられ
ることとなり、現に地域開発立法の中で、先の総事業量計画に対するミクロの計画
としてとりあげられているのである。たとえば、過疎地域対策緊急措置法は、過疎
地域振興のための対策の目標の第一に道路の整備による地域内外の交通の連絡の確
保をあげ(三条)、当該市町村の過疎地域振興計画の中に道路整備計画が含まれる
ものとし(六条)、広域市町村圏整備計画においても道路は広域ネツトワークとし
て位置づけられている。
さらに、マクロの国土開発計画である国土総合開発法に基づく新全国総合開発計画
の中でも、道路整備は、重要項目の一つに位置づけられているのである。
右は、複雑な道路の建設及び管理に関する法制を極めて単純化した場合のあり方で
あるが、このようなシステムは、単に道路にのみ妥当するものではなく、他に、都
市公園等の多くの公共事業にも、みることができる。」(Z・前掲書一四一ペー
ジ)
このような国土開発の単純なモデル化を通じて、Z教授は国土開発計画の体系を次
のようにモデル化されている。
すなわち、国土開発に関連する諸計画のその一を「公共事業関連計画」とし、その
二を「土地利用計画」とし、その三を右一、二を総合する「総合計画」とする。要
するに国土開発計画は、公共事業関連計画と土地利用計画の二本の柱とし、これが
くみあわされて総合計画を構成するという体系にモデル化するのである。
第一の公共事業関連計画は、右の道路の具体事例における道路整備五ヶ年計画等が
その典型であろう。これは右の五ヶ年計画のような総事業量計画から、建設基本計
画、実施計画に分けられる。
第二の土地利用計画は国土利用計画法における土地利用基本計画上の土地利用区分
とそれに対応する重要な土地利用規制法の体系である。
これを図示すると次のようになる。
この国土利用の規制の法技術として、通常所有権およびそれに由来する利用権を認
めたうえで、それに制約を課するという方法がとられる。そして、この制約が処分
性を考える際問題となつていることは前述したところである。
第三の総合計画は、国土総合開発法による、全国総合開発計画、都府県総合開発計
画、地方総合開発計画、特定地域総合開発計画の系列である。
Z教授は、このように、国土開発法を体系化し、その法的性質を次のように説明さ
れている。
すなわち、計画には私人の権利、義務に法的影響を与える(従つてその効果を外部
効果といつてよかろう)土地区画整理法上の計画(六条、七六条)、都市計画法上
の都市計画(二九条、五二条の二、五三条)と、行政主体のみを拘束するものとが
あり(従つて、その効果は内部的)その外部的及び、内部的効果も一様ではない
(Z・前掲書二三一ページ、X・前掲論文六九ページ)。
例えば、高速自動車国道法の整備計画(五条)、道路整備特別措置法の工事実施基
本計画(三条の三)等の公共事業計画は、以後、その計画にそつて、道路の建設が
進められなければならないという意味で、拘束性の程度は高いといえるが、各種の
総事業計画は、一種のガイドラインを提示したに過ぎないということができる。
さらに、国土総合開発法の全国総合開発計画は、対内、対外的にも、ガイドライン
の設定に過ぎず、各種の地域開発立法上の振興計画等は、法的には関係機関の努力
義務を生ぜしめたにとどまり、単に行政主体に計画の作成権限を与え、その計画内
容が行政主体の行動の指針となるに過ぎない。この意味でこのようなものを指針計
画法といつてよいであろう(Z・前掲書一六三ページ)。
いいかえれば、計画策定権限は時に法律によつて与えられなくとも、行政の担当者
がこれを自由に策定(又は、それを承認)できるのであつて、たまたま、その策定
手続、権限を明確にし、あわせて、行政担当者に、計画の策定とその実施に関し、
一定の内部的拘束性を与え、かつ場合によつては、私企業等の指導にも資するよう
にしようとするときに指針的計画法が特に制定されているとみることができるので
ある。
6 新産法の構造
新産法は昭和三七年に「大都市における人口産業の過度の集中を防止し、並びに地
域格差の是正を図るとともに、雇用の安定を図るため、産業の立地条件及び都市施
設を整備することにより、その地方の開発発展の中核となるべき新産業都市の建設
を促進し、もつて国土の均衡ある開発発展及び国民経済の発達に資することを目
的」として制定されたもので、その内容骨子は次のとおりである。
新産業都市の建設は区域の指定から始まる。新産都市の区域の指定を受けようとす
る都道府県知事は、関係市町村長に協議(これには当該市町村の議会の議決が必
要)したうえ、当該都道府県の議会の議決を経て内閣総理大臣に申請書を提出する
(法二条)。
申請書の提出を受けた内閣総理大臣は、申請書を関係行政機関の長に送付する(二
条一項)。関係行政機関の長は、第一条の目的を達成する必要があると認めるとき
は協議により、当該区域を新産業都市の区域として指定すべきことを内閣総理大臣
に要請することになる(同条三項)。
内閣総理大臣は右要請に基づき、地方産業開発審議会の議を経て、当該区域を新産
業都市の区域として指定する(同四項)。
その際、当該区域が法五条各号の要件を満たし、かつ、全国総合開発計画に適合す
るものでなければならないとされている(法五条)。
右の区域の指定の際、関係行政機関の長は内閣総理大臣に基本方針を決定すべきこ
とを要請し、右要請に基づき内閣総理大臣は、地方産業開発審議会の議を経て、当
該新産業都市に係る建設基本方針を決定し、関係都道府県の知事に指示する(法六
条)。
区域の指定を受けた関係都道府県知事は、右の基本方針に基づき、新産業都市建設
基本計画を作成し、内閣総理大臣に承認を申請する。
内閣総理大臣は、右建設基本計画が適当なものであるときは、これを承認する。そ
して、基本計画を変更する場合も右と同様変更の承認を申請することになる(法一
〇条)。
そして、新産法は、一七条、一八条において国、地方公共団体等が新産業都市建設
の促進に努めないし配慮することを規定したうえ、一九条~二二条において財政上
の措置を「講ずるよう努めなければならない」旨を定めている。
右規定を受けて、新産業都市建設及び工業整備特別地域整備のための国の財政上の
特別措置に関する法律(以下「特別措置法」という)によつて一定の事業に係る地
方債につき一定の利子補給を行うとともに(法二条)、国の負担割合の特例が認め
られる(法三条)。
ただここで注意しておきたいのは、右の特別措置は、原告らがいうような「計画の
作成」に伴う効果ではなく、内閣総理大臣の承認に伴うものである。
けだし、特別措置法一条は、「この法律は、新産業都市建設促進法(昭和三七年法
律第一一七号)第一〇条の規定に基づいて内閣総理大臣が承認した新産業都市建設
基本計画を達成するために必要な国の財政上の特別措置について規定する。」と明
確に定めているからである。
従つて、原告らのいう「計画作成」に伴う効果なるものは内閣総理大臣の承認に伴
うものなのであることは明文上明らかである。
このような新産法の構造をみてくると、本法律が、国土総合開発法の系列に属する
総合開発計画(法五条二項)であつて(Z・前掲書二二七ページ、X・前掲論文六
九ページ)、単なる計画策定の手続と、行政機関相互の努力義務を定めたものに過
ぎないことは明らかである(Z・前掲書二二七ページ、二三一ページ)。
してみれば、既に述べたとおり、どのような考えになつたとしても、本件のような
総合開発計画の類に争訟の提起を認めるものでないことは明らかといわなければな
らない(X・前掲論文七一ページ)。
又八号地計画の如き具体的計画をその内容となし得ないものであることも明瞭であ
る。
ただ前記新産法の構造については前述のとおりであるが、もう少しその制定の経緯
と意義等を具体的に追求した方がより本件基本計画のマスタープラン性を明らかに
し得るので、以下同点を中心に解明することとする。
(二) 新産業都市建設促進制度
1 新産法制定の経緯
(1) 我国経済は、一貫して東京大阪を中心とする大都市に人口及び産業が集中
集積することにより発展してきたが、昭和三〇年代に至り、人口及び産業の大都市
への過度の集中による弊害が俄かにクローズアツプされ、過大都市問題の解決と地
域格差の是正が重要課題となつてきた。
そこで政府は、都市の過大化を防止し、地域格差を是正するため、昭和三六年に低
開発地域工業促進法、昭和三七年に新産業都市建設促進法(以下「新産法」とい
う。)、昭和三九年に工業整備特別地域整備促進法を制定するとともに、昭和三七
年一一月に長い間懸案となつていた国土総合開発法所定の全国総合開発計画を作成
し、これに右政策を盛り込んだ。
新産法は、その第一条において、産業の立地条件及び都市施設を整備して、その地
方の開発発展の中核となるべき新産業都市の建設を促進することにより、大都市に
おける人口及び産業の過度の集中を防止し、地域格差の是正及び、雇傭の安定を図
ることを目的とする旨規定し、同法が右政策実現のため制定された法律であること
を明らかにしている。
(2) 新産法は、右の目的達成のため、新産業都市区域の指定、建設基本方針の
指示、建設基本計画の作成等の手続を規定し、国及び地方公共団体並びに関係行政
機関は右基本計画達成のため努力し、又は配慮すべき旨規定している。その詳細
は、次項に記載するとおりである。
2 建設基本計画の意義と作成手続
(1) 新産業都市の建設を促進するためには、まず工場用地、住宅、住宅用地、
工業用水道、道路、鉄道、港湾、上下水道、教育施設、厚生施設等の根幹的都市施
設を充実整備しなければならない。これら各種都市施設の整備が、その間の均衡を
保ちながら総合的に実施されてはじめて効果的に新産業都市の建設を促進すること
ができるのである。
ところが、これら都市施設の整備事業は、国、都道府県、市町村等がそれぞれ独自
の立場で実施するうえ、国がこれを実施する場合にも、その権限が各省庁に分属し
ているので、必ずしも十分な効果をあげ得ないことが少なくない。そこで新産業都
市の建設を効果的に促進するためには、これらの分散した権限を一定の目標に向け
て統合し、施設整備のための各種の施策や事業が有機的かつ総合的に実施されるよ
うな体制を確保することが必要である。
(2) このような要請に応ずるため、新産法は、所定の自然的社会的経済的条件
を満たし将来相当規模の産業都市が形成されると認められる地方を新産業都市の区
域に指定し、同区域につき国と関係都道府県が協力して新産業都市建設基本計画を
作成し、これを新産業都市建設行政の指針とすることにしている。
すなわち、内閣総理大臣は、国土庁長官、農林大臣、通商産業大臣、運輸大臣、労
働大臣、建設大臣及び自治大臣の要請に基づき、地方開発審議会の議を経て、新産
業都市の区域を指定するとともに当該新産業都市に係る建設基本方針を決定し、こ
れを関係都道府県知事に指示する(新産法第三条、第四条、第五条、第六条)。関
係都道府県知事は、右基本方針に基づき、新産業都市建設協議会の意見をきいて、
当該新産業都市に係る建設基本計画を作成し、内閣総理大臣の承認を得るものとし
ている(新産法第一〇条)
そして、新産業都市建設基本計画が作成された場合には、国及び地方公共団体は、
右基本計画を達成するために必要な施設の整備に努めなければならない(新産法第
一七条)、国の行政機関の長、都道府県知事又は港湾管理者の長は、新産業都市の
区域内の土地を右基本計画を達成するために必要な施設整備の用に供するため、公
有水面埋立法、その他の法律の規定による許可その他の処分を求められたときは、
新産業都市の建設が促進されるよう配慮するものとする(新産法第一八条)旨規定
し、国、地方公共団体、国の行政機関の長、都道府県知事及び港湾管理者の長に対
し、新産業都市建設基本計画を達成するため努力し、又は配慮すべき一般的抽象的
義務を規定している。
(3) このようにして作成される新産業都市建設基本計画には、
(1) 開発すべき工業の業種及び規模等に関する工業開発の目標
(2) 人口の規模及び労働力の需給
(3) 土地利用
(4) 次に掲げる施設の整備
イ 工場用地、ロ住宅及び住宅用地、ハ工業用水道、二道路鉄道港湾等の輸送施
設、ホ水道及び下水道、へ教育施設及び厚生施設、ト職業訓練施設、チ通信施設、
公園、緑地その他当該新産業都市について特に必要と認められる主要な施設
以上に掲げる事項の大綱及び(4)の施設整備に必要な経費の概算を記載するもの
としている(新産法一一条、同施行令四条)。
右記載事項のうち(1)ないし(3)の事項は建設すべき新産業都市の規模構造を
示してその目標を明らかにしたものであり、(4)はそのために必要な施設整備の
大綱を示したものである。
(4) 右の新産業都市建設基本計画の作成事務は、国の事務であるが、地方自治
法第一四八条第二項、別表第三の五の一一の規定により、都道府県知事に機関委任
されているものである。
右事務は、地力都市の建設に関するものであるから、本来地方の特性を加味して、
地方公共団体が独自の立場で作成すべきものであるともいえるが、新産業都市の建
設そのものが国の重要政策に関するものであるから、国全体の立場から配慮する必
要があるとして国の事務に留保したものである。
(3) 新産業都市建設基本計画の法的性質
(1) 新産業都市建設基本計画は、国・地方公共団体等に対し、新産業都市建設
の大綱を明らかにし、新産業都市の建設に関する行政の指針を提示する行政計画で
ある。新産業都市建設行政の総合性を確保する手段として、極めて重要な地位を占
めるものである。
しかし、法律的には、努力し、又は配慮すべき抽象的義務の目標を明らかにするに
すぎないものであり、国又は地方公共団体等を具体的に拘束する効力を有するもの
ではないから、その性格は新産業都市の建設に関する行政の指針を提示する訓示的
行政作用であると解すべきである。
(2) 新産業都市建設基本計画は、行政の指針を提示し、行政の総合性を確保す
るための行政計画であるから、その名宛人は国・地方公共団体又はその行政機関で
あり、国民を名宛人とするものではない。
Z教授も「国土開発には、多くの計画(法)が関係していることが指摘された。そ
れらはその計画の対象を異にするが、直接私人の権利義務に関係するものではな
く、国・地方公共団体に計画の策定権限を与えるものであること、その計画の内容
が主として、国・地方公共団体等の行政主体の行動の指針となるものであることに
共通性を有しており、その意味でこれを指針的計画法と名づけることができる。し
たがつて私人との関係は二重の意味で間接的なものであるために、従来、直接的効
果をもつ土地利用規制法、強制的権限取得法とは異なつた取扱いがされている。」
(現代法学全集五四巻一六二頁)と説明している。
4 新産業都市建設基本計画の実現
(1) 新産業都市建設基本計画の作成事務は、国の機関委任事務を執行する都道
府県知事において担当するが、同計画達成のため必要な施策・事業の実施は、国又
は地方公共団体において担当する。総合計画、開発計画には、計画作成者と計画実
現者の異なるものが少なくないが、右の基本計画もその一である。
(2) 新産業都市の建設を促進するためには、新産業都市建設基本計画に定める
施設整備の事業を実施することが何よりも重要である。右の事業は、それぞれの事
業法及び地方自治法等の規定により国又は地方公共団体の行う公共事業に含まれて
いる。例えば、工場用地の整備事業は、地方自治法第二条第三項第一二号及び同条
第六項第一号により市町村又は都道府県において実施するものとされており、道路
の整備事業は、道路法第一二条、第一五条及び第一六条並びに地方自治法第二条第
三項第二号、同条第六項第一号及び同条第八項等により、道路の種類に応じ国・都
道府県又は市町村において実施するものとされている。
右の事業を実施する国又は地方公共団体は、新産業都市建設基本計画の提示した指
針に基づき、整備計画、実施計画、設計書等を作成し実施していくが、その関係は
後記第三において詳述するとおりであるから、ここではこれらの事業が実施者の裁
量において実施されるものであることを指摘するにとどめる。
(3) 計画については常に実効性の確保が重要な問題である。新産業都市建設基
本計画については、作成者と実現者が異なるので、その面からの配慮も必要であ
る。更に地方公共団体の実施する事業については、資金の確保がその成否を決する
鍵となる。
そこで新産法は、国又は地方公共団体等に対し新産業都市建設基本計画達成のため
努力し、又は配慮すべき義務を負わせるとともに(同法第一七条、第一八条)、国
に対し新産業都市の建設に資するため必要な財政上の措置等を講じ、地方債につい
て特別の配慮をなすことを求めている(同法第一九条、第二〇条)。また、新産業
都市建設及び工業整備特別地域整備のため国の財政上の特別措置に関する法律は、
都道府県の起債に対する利子補給、市町村事業の補助率の嵩上げを規定し、新産業
都市建設基本計画の実効性の確保を期している。
5 新産工特地域
昭和三九年に、岡山県南、大分、日向延岡、徳島、東予、松本諏訪、新潟、常磐郡
山、仙台湾、八戸、富山高岡、不知火有明大牟田、道央の一三地区が新産業都市に
指定され、昭和四〇年に秋田湾地区、翌四一年に中海地区が追加指定されたので、
新産業都市は全部で一五地区となつた。右新産業都市については、昭和三九年から
昭和四一年にかけてそれぞれ建設基本計画が作成され、昭和五二年にいずれも改訂
されている。
工業整備特別地域は、昭和三九年制定の工業整備特別地域整備促進法第二条によ
り、鹿島、東駿河湾、東三河、播磨、備後、周南の六地区と定められている。工業
整備特別地域についても整備基本計画が作成され、昭和五二年にその改訂が行われ
ている。
(三) 大分地区新産業都市の建設
1 はじめに
大分地区新産業都市の建設は、昭和三四年の一号地埋立着工の時から事実上開始さ
れ、その後今日まで大分県政の重要課題として推進されてきているものである。し
かし、その範囲は三市七町に及び、その事業は工業用地の造成から公園緑地の造成
に至るまで重要な都市施設を網らしているので、すべてを明らかにすることは困難
である。そこで、ここでは本件に最も関係の深い大分地区臨海工業地帯の建設に焦
点を合わせ、大分地区新産業都市の建設の流れを明らかにする。
2 大分鶴崎臨海工業地帯の建設
(1) 大分鶴崎地区は、瀬戸内海の西縁にあたり、阪神工業地帯をはじめとする
内海工業地帯との交通が極めて便利であり、北九州工業地帯にも近接している。ま
たその臨海部は埋立てに適する遠浅の地形であり、かつ、港湾条件にも恵まれ、背
後地には水量の豊富な大野川の水資源を有している。これらの大分鶴崎地区の自然
的地理的条件は、臨海工業地帯の建設に極めて適している。
(2) そこで、大分県は、昭和二八年から基礎調査を実施するとともに、日本大
学教授鈴木雅次に臨海工業地帯建設についての調査報告を求め、これらの資料に基
づき昭和三三年に別紙四の図のごとき大分鶴崎臨海工業地帯の造成計画を作成し
た。右計画に基づき、大分県は、昭和三四年既に一号地の埋立工事に着工してい
る。(別紙四参照)
(3) 他方大分県は、昭和三〇年頃から企業の誘致活動をはじめ、昭和三二年に
は鶴崎パルプ(当時兵庫パルプ)が右一号地背後地に進出し、昭和三五年には九州
石油が一号地に進出することを決定し、昭和三六年には新日鉄(当時富士製鉄)が
三・四・五号地(現三・四号地)に進出することを決定した。
これにより、大分鶴崎臨海工業地帯は、新日鉄及び九州石油の鉄と油を中心とする
臨海工業地帯として発展する基礎を与えられたことになる。
(4) 大分県は、それまで農林漁業等の第一次産業に依存する典型的な農業県、
後進県であつた。県民は、雇傭機会に恵まれず、毎年幼い学卒者が京阪中京地区に
集団就職する光景が続き、県民所得は全国最下位のグループに属していた。このよ
うな時に大分鶴崎臨海工業地帯の建設がはじめられ、製鉄製油の二大産業の立地が
決定されたのである。県民は、大分県の将来に明るい期待を抱き、挙げて右事業の
拡大促進を希望した。
(5) 他方国は、昭和三六年に全国総合開発計画の草案を発表し、昭和三七年に
は新産法を制定する等して地方開発関係の施策を強力に推進していた。
(6) そこで大分県は、大分地区につき新産業都市の指定を受け、国の政策に従
つて大分県の工業化を促進し、県民所得の向上雇傭機会の増大等の県民の要請にこ
たえることを決め、昭和三六年頃からその準備作業をはじめた。
(7) 大分県は、まず昭和三七年に、大分県鶴崎臨海工業地帯の範囲を現在の新
産業都市区域に拡張し、これらの区域を対象として「大分鶴崎臨海工業都市の建設
に伴う施設整備計画」を作成するとともに、これをその直後に作成した大分県の総
合開発計画である「大分県基本計画」(法定計画ではない。)に盛り込んだ。右施
設整備計画に定める工場用地の整備計画は左記のとおりである。
(8) 次いで大分県は、大分港の港湾管理者として、昭和三七年に「大分港の港
湾計画」(昭和三四年作成)を変更して、大分県の右工場用地整備計画を盛り込
み、
同計画との間の整合性を確保した。
(9) 大分県は、以上の計画に基づき、昭和三九年三月末までの間に一号地及び
五号の造成工事をほぼ完了し、二、三、四号地の造成工事に着工している。その状
況は左表記載のとおりである。
3 新産地区指定、基本計画作成その後の建設
(1) 昭和三七年八月一日新産法が施行された。
大分県知事は、関係市町村長の同意を得て昭和三八年二月二五日大分地区新産業都
市の区域指定の申請をなした。内閣総理大臣は、昭和三九年一月三〇日、大分地区
新産業都市の区域指定をなし、同日乙第三号証の建設基本方針を指示した。
(2) 大分県知事は、右基本方針に基づき乙第五号証の大分地区新産業都市建設
基本計画を作成し、昭和三九年一二月三日内閣総理大臣に対し右基本計画の承認申
請をなした。内閣総理大臣は同年同月二五日右基本計画を承認した。
(3) 右基本計画は、おおむね昭和五〇年を目標年次として、工業生産の規模は
おおむね五、二五〇億円、人口の規模は約六四万人に達するものと見込み、そのた
めに必要な施設整備の大綱を定めたものである。右基本計画は、工場用地の整備に
につき「昭和五〇年の工業開発の目標に適合するよう大分杵築地先等の臨海工場用
地および大分市下郡等の内陸工場用地の造成により、約一、二五〇ヘクタールの工
場用地の確保を図る。」と定めている。
(4) 右基本計画の作成により、大分県が昭和三七年に作成し実施していた「大
分鶴崎臨海工業都市建設計画」は、右基本計画達成のため大分県の実施する施設整
備事業の性質を兼ね備えることになつた。そこで、大分県は昭和三九年に、右の大
分鶴崎臨海工業都市建設計画の見直しを行い、新たに「大分地区臨海工業地帯建設
計画」を作成し、右基本計画との間の整合性を図つた。その際作成した大分地区臨
海工業地帯建設計画の工場用地整備計画は左表記載のとおりである。
(5) 大分県は、既に着工していた三、四号地の造成事業を推進し、昭和四五年
三月までにその約七〇パーセント四五〇ヘクタールの造成を完了した。
(6) 他方大分県は、立地企業の誘致活動を進め、昭和三九年には昭和電工グル
ープの二号地進出、昭和四〇年には九電の一号地進出が決定し、五号地にも相当数
の中小企業の進出が決定した。そして昭和四四年には、一号地の大分火力発電所、
二号地の石油化学コンビナートが操業を開始し、三、四号地の製鉄所の建設に着工
している。
これを整理すれば、左表のとおりである。
4 二期計画(八号地計画を含む。)の作成
(1) 大分地区新産業都市の建設は、昭和四四年までに一ないし四号地の進出企
業全部が操業を開始し又は工場の建設に着工した。
これにより、大分地区新産業都市の建設は製鉄製油等の基幹産業の誘致を中心とす
る前期の時代に引続き、これらの基幹産業の先導的機能を利用して、付加価値生産
性の高い輸送用機械等加工組立型の関連企業を誘致し、雇傭効果、波及効果の増
大、産業構造の多様性の確保等に努力すべき後期時代を迎えることになつた。
(2) そこで大分県は、大分地区臨海工業地帯建設計画の見直しを行い、大野川
を境にそれ以西を一期計画、それ以東を二期計画、杵築地区を三期計画と称する大
分地区臨海工業地帯建設計画の素案を作成し、昭和四四年三月七日及び昭和四五年
三月五日開催の大分地区新産業都市建設協議会に付議し、同協議会の了承を得て、
右計画を決定した。(なお、新産業都市建設協議会は、新産法第一六条の規定によ
り、新産業都市建設基本計画の作成につき調査審議するほか、新産業都市建設促進
に関する重要事項についても調査審議するため設置された機関である。)
本件の八号地計画は、右二期計画の一内容として、右計画と同時に作成された工場
用地造成計画である。
右の一期計画及び二期計画の工場用地の造成位置は、乙第八号証の二の大分臨海工
業地帯計画図記載のとおりであり、その面積は次表記載のとおりである。
(3) 大分県は、昭和四五年に乙第八号証の一、二の大分県基本計画を作成し、
更に翌四六年には乙第九号証の一、二の大分港港湾計画を作成し、その両者に右の
一期計画及び二期計画を盛り込み、右各計画相互間の整合性を確保する措置を講じ
ている。
(4) その後大分県は、昭和四八年一月に三号地を一三ヘクタール縮小する変更
を行い、同年一一月には一号地を二一四ヘククタール縮小し、六号地を六〇ヘクタ
ール拡大する変更を行い、更に昭和四九年には七号地をABCの三地区に区画して
造成しその面積を合計七五ヘクタール縮小する変更を行つている。
5 八号地計画の中断
(1) 大分県は、右の二期計画を実施するため、昭和四五年四月頃から関係市町
村である大分市及び<地名略>の行政当局、議会並びに地区住民に対し右計画の説
明を行うとともに、<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>の四漁協に
対し漁業権放棄についての補償交渉に応ずるよう要請した。
佐賀関町漁協を除く<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>(昭和四八
年九月に佐賀関町漁協から分離独立したもの)の四漁協は、大分県の右要請に応
じ、左表記載の日に左表記載の補償金により六号地、七号地及び公共埠頭部分の漁
業権の放棄を承諾した。
(2) しかし、八号地部分の海面に当時漁業権を有していた佐賀関町漁協は、数
度の説明会を開催したにもかかわらず、補償交渉に応じなかつた。そこで大分県
は、昭和四七年一二月二三日新産業都市建設局長名をもつて「新産業都市建設第二
期計画の実施に伴う漁業補償交渉の開始について」と題する文書を送付し、「漁業
補償等についての話合いを早急に行いたい。」旨申し入れた。
(3) 右の申入れを受けた佐賀関町漁協は、その後理事会、総代会、総会等を開
催し、この問題を審議したが、結論を得ないまま、各種会合の流会が続き、漁協の
運営自体にも支障を来たす状況となつた。そして昭和四八年五月二〇日には総会が
流会したのみならず、負傷者まで出すという異常事態が発生した。
(4) 他方昭和四〇年代に入り、公害防止、環境保全が重要な社会問題となつ
た。そして昭和四二年には公害対策基本法が制定され、昭和四八年には大気汚染に
係る環境基準が告示された。
(5) そこで大分県は、昭和四八年五月二五日佐賀関町漁協及び佐賀関町民に対
し町と漁協の将来のあり方について冷静に判断してもらうとともに、環境影響調査
を実施するため、「八号地計画は、二期計画から分離して一時中断する。」旨決定
し、同計画の実施は、佐賀関町漁協の正常化、関係住民のコンセンサス、環境影響
調査の三条件が整備されるまでこれを行わないこととした。
6 二期計画の実施
(1) 大分県は、昭和四七年に、六号地及び七号地のAB並びに公共埠頭の漁業
補償を終わり、公有水面埋立免許を受け、昭和四八年に七号地のAB及び公共埠頭
の埋立工事に着工し、昭和四九年には六号地の埋立工事に着工した。
ところが本訴において原告らが取消を求めている七号地のC及び八号地の埋立てに
ついては、全く工事に着工していないのみならず未だ漁業補償さえも終わつていな
い。
(2) 進出企業については、昭和四七年に、九州石油、昭和電工、三菱商事の三
社が六号地に進出することを決定し、同年三井物産及び三井造船が七号地のAに進
出することを決定した。
しかし、七号地のC及び八号地についてはいずれの企業とも進出協定を締結してい
ない。なお、七号地のBは中小企業団地とする予定である。
7 本件基本計画の作成
(1) 昭和三九年に作成した大分地区新産業都市建設基本計画は、昭和五〇年を
目標年次とするものであつた。しかし、大分地区新産業都市の建設は、その後の社
会経済情勢の変化に伴う遅れなどから、必ずしも計画どおりには進行せず、目標年
次の五〇年に至つてもなお建設途上にあつた。
また、新産業都市の建設を促進するため、財政上の優遇措置を定めた財特法の適用
期間も、昭和五〇年から昭和五五年に延長された。
(2) そこで大分県知事は、基本計画の計画期間を更に五年間延長するため、昭
和五一年一二月二二日開催の大分地区新産業都市建設協議会の審議を経て、昭和五
二年一月八日乙第一三号証の本件基本計画を作成した。
(3) 大分県知事は、昭和五二年一月八日内閣総理大臣に対し、右基本計画の承
認申請手続をなした。内閣総理大臣は、昭和五二年三月一八日右基本計画を承認し
た。
(4) 右基本計画は、昭和五五年を目標年次として、工業生産の規模はおおむね
一兆三、七〇〇億円、人口の規模は約六一万人に達するものと見込み、そのために
必要な施設整備の大綱を定めている。
右計画は
(イ) 工場用地の整備につき、「大分地先等の臨海工場用地及び大分市<地名略
>の内陸工場用地の造成により、約五九〇ヘクタールの工場用地の確保を図る。」
(ロ) 環境保全につき、「産業の開発に当たつては地域住民の健康の保護と快適
な生活環境の保全に徹する必要がある。」「このような観点から、まず、公害の未
然防止を第一として対処するものとする。」「特に臨海工場用地の造成に当たつて
は、瀬戸内海の環境保全に十分配慮するとともに、環境影響評価を実施し、その結
果に応じて所要の措置を講ずる。」
(ハ) 基本計画の運用につき、「この建設基本計画は、おおむね昭和五五年を目
標年次とする新産業都市の建設の大綱を明らかにしたものであるが、その実施に当
たつては、企業の立地動向、人口の増減その他経済諸条件の推移を勘案し、かつ、
財政状況等との調整を図りつつ、弾力的に運用するとともに、農地、漁場等の用途
転換、既得水利権の変更及び実施中の事業で中止、変更等を要するものについて
は、これらと十分調整を図り、また、環境の保全の確保に配意しつつ、開発を進め
るものとする。」
と定めている。
8 まとめ
以上の事実を日時の経過に従つて要約すると次のとおりである。
昭和三三年 ○大分鶴崎臨海工業地帯の造成計画を作成
同 三四年 ○大分港港湾計画を作成
○ 大分鶴崎臨海工業地帯の造成計画に基づき一号地の埋立工事に着工
同 三六年 ○全国総合開発計画の草案発表
同 三七年 ○新産法制定
○ 同三三年の大分鶴崎臨海工業地帯の造成計画の範囲を拡大し、「大分鶴崎臨海
工業都市の建設に伴う施設整備計画」を作成
○ 大分県基本計画を作成し右計画を盛り込む。
○ 同三四年作成の大分港港湾計画を変更して、大分県の右工場用地整備計画を盛
り込み両者間の整合を図る。
〇一号地と五号地の造成工事ほぼ完了
〇二、三、四号地の埋立工事の着工
同 三九年 ○新産法に基づく大分地区新産業都市の区域指定
○ 大分地区新産業都市建設基本計画作成承認
右計画により、同三七年に大分県が作成し実施していた「大分鶴崎臨海工業都市の
建設に伴う施設整備計画」は、右基本計画達成のため大分県が実施する施設整備事
業の性質をも兼ね備えることとなる。
○ 同三七年作成の大分鶴崎臨海工業都市建設計画を見直して、大分地区臨海工業
地帯建設計画を作成し、右基本計画との間の整合性を図る。
同 四五年 ○三号地、四号地の造成工事は、約七〇パーセント完了
O同三九年に大分県が作成した大分地区臨海工業地帯建設計画を見直し、新たに大
分地区臨海工業地帯建設計画を決定
八号地計画は二期計画の一内容として、同計画と同時に作成された工場用地造成計
画である。
○ 大分基本計画を改訂し、右計画を盛り込み両者間の整合を図る。
同 四六年 ○大分港港湾計画を改訂し、右大分地区臨海工業地帯建設計画を盛り
込み両者間の整合を図る。
同 四八年 〇同四五年に作成した大分地区臨海工業地帯建設計画のうち三号地を
一三ヘクタール縮少
○ 右計画のうち一号地を二一四ヘクタール縮少
○ 右計画のうち六号地を六〇ヘクタール拡大
○ 大分県は、「八号地計画は、二期計画から分離して一時中断する。」旨を発表
する。
同 四九年 ○右計画のうち七号地をA、B、Cの三地区に区画し、合計して七五
ヘクタール縮少
〇六号地、七号地A、B、公共埠頭の漁業補償を終わり、公有水面埋立免許を受
け、埋立工事着工
同 五二年 ○同三九年に作成した大分地区新産業都市建設基本計画を改訂した本
件基本計画を作成
O右基本計画を承認
大分地区新産業都市建設の経過を要約すれば、以上のとおりである。
八号地計画が大分県の計画であることは右の経過からみても明らかである。
(四) 基本計画と八号地計画の関係
1 はじめに、
八号地計画が本件基本計画の一部であるか否かにつき原被告の主張が対立してい
る。
右の争いは、結局前記概要(乙第一六号証)が本件基本計画を記載した書面である
か否かによつて決せられることになる。
そこで本項においては、本件基本計画がどのような手続を経て作成されたか、また
どのような手続を経て実現されるかを検討するとともに、併せて原告らのこの点に
ついての主張も検討し、右概要(乙第一六号証)が本件基本計画を記載した書面で
ないこと、したがつて、八号地計画は本件基本計画でないことを明らかにする。
2 作成手続からの検討
(1) 新産業都市建設基本計画の作成変更は、都道府県知事が建設基本計画書又
はその変更計画書を作成し、内閣総理大臣の承認を得てはじめて有効に成立するも
のである。
したがつて、特定の計画が新産業都市建設基本計画であるとするためには、
第一に都道府県知事がこれを書面に記載することを要し、
第二に内閣総理大臣がこれを承認することを要する。
右の両方式を履践していない限り、それがどのような計画であろうとも、新産業都
市建設基本計画又はその変更計画として有効に成立することはできないことにな
る。
そこでまず右概要(乙第一六号証)が右各要件を具備しているか否かについて検討
する。
(イ) 大分県知事が本件基本計画書として作成した書面は乙第一三号証のみであ
る。
国土庁地方振興局長は、昭和五一年六月一九日付け国地総第一〇九号の通達をもつ
て、大分県知事に対し、基本計画の変更申請を行う場合には、基本計画素案と基本
計画改訂関係参考資料を昭和五一年七月二四日までに提出するよう指示するととも
に、提出すべき基本計画素案と基本計画改訂関係参考資料の様式を別個に示した
(乙第一一号証)。
そこで大分県知事は、大分地区新産業都市建設基本計画を変更することとし、右通
達の様式に従つて基本計画素案と基本計画改訂関係参考資料とを別個に作成し、国
土庁地方振興局長に提出した。その際作成した基本計画改定関係参考資料が乙第一
五号証である。
その後、大分県知事は、昭和五一年一二月二二日大分地区新産業都市建設協議会を
招集し、乙第一三号証と同一内容の改訂基本計画案及び乙第一五号証の基本計画改
訂関係参考資料を提出し、基本計画の変更につき調査審議することを求めた。その
結果右協議会は、出席委員二九名中賛成二八反対一の多数決により、右改訂基本計
画案どおり変更することが相当である旨決議した(乙第一四号証)。
そこで大分県知事は、昭和五二年一月八日内閣総理大臣に対し、企総第八〇〇号の
文書を提出して、右基本計画の承認を求める手続をなした(乙第一二号証)。
右申請書に添付して提出した別紙一は乙第一三号証の本件基本計画であり、別紙二
は乙第一四号証の大分地区新産業都市建設協議会における審議経過の概要である。
以上の事実により、大分県知事が本件基本計画書として作成した書面は、乙第一三
号証のみであり、乙第一六号証は、前記第一の要件を欠いでいるので、本件基本計
画とみることはできない。
(ロ) 内閣総理大臣が本件基本計画として承認したのは、乙第一三号証のみであ
る。
大分県知事は、昭和五二年一月八日内閣総理大臣に対し、本件基本計画の変更の承
認を求める申請手続をなした。その際大分県知事が内閣総理大臣に提出した書類
は、乙第一二号証及びこれに添付した乙第一三号証、同第一四号証のみである。乙
第一五号証及び乙第一六号証は、共に提出さえもしていない。そして、右申請書は
「大分地区に係る新産業都市建設基本計画を別紙一のとおり変更したので、これを
承認されたく申請する」旨記載し、承認を求める対象が別紙一の乙第一三号証のみ
であることを明白に表示している(乙第一二号証)。
更に、内閣総理大臣は、昭和五一一年三月一八日国地総第二二号をもつて本件基本
計画の変更を承認しているが、右承認書も「昭和五二年一月八日付け企総第八〇〇
号をもつて承認申請のあつた大分地区新産業都市に係る新産業都市建設基本計画の
変更については、新産業都市建設促進法第一〇条第二項の規定に基づき承認す
る。」と記載し、承認の対象が申請のあつた乙第一三号証の基本計画のみであるこ
とを明白に表示している(乙第一七号証)。
以上の事実により、内閣総理大臣が本件基本計画として承認した計画は、乙第一三
号証の計画のみであり、乙第一六号証の計画でないことが明らかである。
したがつて、乙第一六号証は前記第二の要件を欠いでいるので、本件基本計画とみ
ることはできない。
以上の事実により乙第一六号証は、前記第一、第二の要件を欠いでいるので、本件
基本計画でないことは明白である。
(2) 乙第一五号証は、本件基本計画作成のための参考資料であり、乙第一六号
証はその抜すいである。
(イ) 乙第一五号証は本件基本計画作成のための参考資料である。
計画は、それがどのような種類のものであつても、現状を正確に把握し、これにビ
ジヨンを加えて作成されるものである。殊に新産業都市建設基本計画の変更にあた
つては、昭和三九年以来一〇年余の長期にわたり、国又は地方公共団体の行政活動
の指針として機能してきた計画の変更であるから、その成果の正確な認識なしに、
これを変更することは許されないといわなければならない。
そこで、大分県知事は、まず大分地区新産業都市建設区域内の人口、産業、国・地
方公共団体等の実施する施設整備事業の成果、今後の計画等につき詳細慎重な調査
を実施し、これを乙第一五号証の大分地区新産業都市建設基本計画改訂関係参考資
料にまとめた。そして、そのうえで、右参考資料記載の事実を前提的事実として、
昭和五五年までに建設すべき大分地区新産業都市の大綱を検討決定し、これを乙第
一三号証に記載して本件基本計画を作成したものである。乙第一五号証が参考資料
であることは、その内容に、既に実施済の計画まで記載している点からみても明ら
かである。
(ロ) 乙第一六号証は、乙第一五号証の抜すいである。
乙第一六号証は、大分県が大分県議会全員協議会(議会運営を円滑に行うため設け
られた任意的な協議会)において、基本計画変更の趣旨を説明し、その了解を求め
るための説明資料として、乙第一五号証の必要部分を抜すいして作成し、昭和五一
年一二月一八日開催の大分県議会全員協議会において大分地区新産業都市建設事業
の進行状況、今後の見通し、基本計画変更の必要性等の説明資料として使用したも
のである。
乙第一六号証が乙第一五号証の抜すいであることは、両書面を対照すれば、直ちに
判明する。すなわち、乙第一六号証の一頁の表は乙第一五号証の九頁の表であり、
同様二頁の表は八頁の表、三頁の表は一二頁の表、四頁の表は一三頁の表、五頁の
表は一四頁の表、六頁の表は一六、一七頁の表をそれぞれ移記したものである、以
下についても同様の関係にある。
以上の事実により、大分県知事が本件基本計画書として作成した書面は、乙第一三
号証のみであることが明らかである。
(3) 以上のとおり乙第一五号証及び乙第一六号証は、作成手続のどの側面から
検討してみても本件基本計画を記載した書面ではない。したがつて、乙第一五号証
及び乙第一六号証のみに記載され、乙第一三号証に記載されていない八号地計画は
本件基本計画ではない。このことは、乙第一三号証がいわゆる処分書であることか
ら明白である。
3 実現手続からの検討
(1) 新産業都市建設基本計画は、新産業都市建設の大綱を明らかにし、新産業
都市建設に関する行政の指針を提示する行政計画である。計画事項が根幹的都市施
設のほとんどに及び、計画期間が長期である点に特色を有する。そのため、右計画
は、他のこの種の計画に比較し、一層弾力性・抽象性を有しなければならない。
したがつて新産業都市建設基本計画は、当然に次のような性質を要求する。
(イ) 計画自体に弾力性をもたせるべきものである。
(ロ) 国・地方公共団体等に対し共通の指針を提示すべきものである。
そして右(1)ないし(2)の性質は、乙第一六号証記載の各計画と相容れない性
質のものであるから、この点からみても乙第一六号証は、本件基本計画を記載した
書面ではない。その詳細は以下のとおりである。
(2) 基本計画は、計画内容自体に相当の弾力性を持たせる必要がある。
基本計画は、計画者が自ら計画内容を実施する整備計画、事業計画ではなく、国又
は地方公共団体に計画達成のための努力又は配慮を求める行政計画であるから、計
画内容自体に相当の弾力性を与え、国又は地方公共団体にそれぞれの事情に基づく
裁量の余地を残す必要がある。
また、基本計画は、昭和五五年を目標年次とする長期計画であるから、この間の社
会経済情勢の推移に応じ、適切な措置を講ずるためにも、計画内容自体に相当の弾
力性を持たせる必要がある。特に工場用地の整備については、産業構造の変化・技
術の革新等による影響が大きいので、これらの変化に応ずるため、裁量の余地を大
きく与える必要がある。
更に、もし仮りに乙第一六号証の各計画が基本計画であるとすれば、これを変更す
るにはその都度変更計画書を作成し、内閣総理大臣の承認を得なければならないこ
とになり、あまりにも煩瑣にすぎる。
例えば、工場用地の造成は、経費・造成技術・進出企業の内容等により様々な影響
を受け、竣工までの間に度々変更を余儀なくされる。この点は、第二の大分地区臨
海工業地帯建設の経過をみれば一目瞭然である。そしてこのことは、単に工場用地
の造成についてのみいえることではなく、乙第一六号証の各整備計画のすべてにつ
いて、大なり小なり一様にいえることである。
したがつて、仮りに乙第一六号証が基本計画であるとすれば、これらの計画を変更
するたびに、その都度、変更計画書を作成し、内閣総理大臣の承認を求めなければ
ならないことになる。もしそのようなことになれば、それによる行政の負担は著し
く増大し、その煩はおそらく堪え難いものになる。
基本計画は、新産業都市建設の大綱を示すものである。したがつて、このような個
々の実施計画の変更までいちいち反映させる必要のないことはいうまでもない。乙
第一六号証は、その意味においても、基本計画を記載した書面と解すべきではな
い。
(3) 基本計画は、国・地方公共団体等に対し共通の指針を提示し、行政の総合
性を確保する手段であるから、各地方公共団体の個別的計画を記載することは適当
でない。
基本計画は、もともと全体的な立場から長期間の新産業都市建設の指針を提示する
ものであるから、施設整備についても、全体としてどこにどの程度整備すべきかを
定めるべきであり、個々の整備事業をどの地方公共団体が実施するかまで定めるこ
とは適当でない。新産法が施設整備につき大綱を定めるよう規定したのもその趣旨
である。
しかるに、乙第一六号証は、各種の施設整備事業につき事業主体・事業場所・計画
規模等を具体的に記載している。例えば、八号地の工場用地整備事業についてみれ
ば、事業主体は大分県、造成場所は<地名略>臨海部、造成目標は二九八・五ヘク
タールと記載している。したがつて、もしこれが基本計画であるとすれば、特定の
地方公共団体に対し、特定の事業の実施を求める性質を帯びてくるので、右の地方
公共団体が何らかの事情で右事業を実施することができなくなつたとしても、他の
公共団体にはこれを実施する努力義務がないことになり、基本計画の総合性確保の
機能が著しく減少することになる。乙第一六号証が基本計画であるとすれば、右の
ごとき奇妙な結論が出てくる。
これに対し本件基本計画を記載した乙第一三号証は、工場用地の整備につき、大分
地先等の臨海部及び大分市<地名略>の内陸部に合計約五九〇ヘクタールの工場用
地の確保を図る旨記載し、確保すべき工場用地の全体につき、造成位置の概略及び
合計面積を定めているが、造成事業の実施者その他造成事業の具体的内容について
は何ら定めていない。したがつて、この場合には関係地方公共団体全部に対し一律
に同一の目標ないし指針を提示したことになるから、各地方公共団体は、それぞれ
の事情に基づき、造成位置・造成面積等を個別に決定し、他の地方公共団体の実施
する事業も含め、その総和が右目標に達するよう努力し、又は配慮することにな
る。
更に、何らかの事情で特定の地方公共団体の造成事業が不能になり、全体としての
造成面積が目標に達しなくなつたときは他の地方公共団体がこれに代わり、あるい
は造成場所を計画地区内の他の場所に変更して、これを補うよう努力し、又は配慮
することができることになる。この場合には、国又は地方公共団体の行政を、より
多面的に総合することができる。
以上のとおり、基本計画は、全体的な立場から、国又は地方公共団体全部に対し共
通の指針を提示しその達成のための努力又は配慮を求めるべきものであるから、個
別的な事業を記載している乙第一六号証は、右基本計画を記載した書面と解すべき
ではない。
(4) 以上のとおり、乙第一五号証、乙第一六号証は実現手続のどの側面から検
討してみても、本件基本計画を記載した書面ではない。したがつて、乙第一五号
証、同第一六号証のみに記載され乙第一三号証に記載されていない八号地計画は本
件基本計画ではない。
4 原告らの主張の検討
(1) 原告らは、乙第一六号証が基本計画を記載した書面であり、したがつて乙
第一六号証の八号地計画は基本計画の一部である旨主張し、右主張事実を推認させ
る事実として以下の事実を主張している。
(イ) 乙第一六号証の各計画は、既に実施段階にある。基本計画は、右各計画を
そのまままとめたものである。
(ロ) 基本計画には熟度の高い計画を記載すべきであるが熟度の高い計画は乙第
一六号証にしか記載されていない。
(ハ) 被告側が八号地計画は基本計画に含まれる旨表明し県民もそれを信じてい
る。
(ニ) 乙第一六号証記載の事業につき財特法の優遇措置を受けている。
そこで、右の(イ)ないし(ニ)の各主張を検討する。
(2) 原告らの(イ)の主張について
乙第一六号証記載の各計画が基本計画変更前に作成されたものであること、右計画
の一部が既に実施されていること、右各整備計画の合計が基本計画の当該整備計画
の内容とほぼ一致していることはいずれも認める。
しかし、右事実があつたとしても、乙第一六号証は依然として基本計画を記載した
書面ではない。
すなわち、大分地区新産業都市の建設は、昭和三九年に作成した基本計画の指針に
従い、国又は地方公共団体において計画的に実施してきていたものであるが、社会
経済事情の変化等のため、目標年次の昭和五〇年に至つても、なお建設途上にあつ
た。そこで、大分県知事は、基本計画の計画期間を五年間延長し、それまで国及び
地方公共団体が進めてきた施設の整備を引き続き計画的に推進することにしたもの
である(甲第二号証)。
乙第一三号証の本件基本計画は、このようにして作成されたものであるから、それ
まで進められてきた国及び地方公共団体の施設整備事業である乙第一五号証及び乙
第一六号証の施設整備計画と整合するのは当然のことである。
したがつて、原告ら主張の(イ)の事実は、八号地計画が本件計画の一部であるこ
とを推認させるものではない。
なお、乙第一六号証の表紙に「大分地区新産業都市建設基本計画(案)の概要」と
記載したのは、基本計画の概要の説明のため作成した資料であつたから、説明内容
を表示するため右表現を使用したにすぎない。
(3) 原告らの(ロ)の主張について
基本計画に熟度の高い計画を記載するよう指示されていたことは認める。被告は、
右指示に基づき、本件基本計画に、熟度の高い計画を記載するよう努めている。
一般に「熟度の高い」という概念は、「実現可能性の高い」という概念を主体と
し、これに「過去の経過」を加味した概念であると解されるが、右指示にいう「熟
度の高い」はその内容からみて「実現可能性が高い」と同義語に使用されていると
解される。そしてこの実現可能性が高いか否かの決定は、事業実施者の意欲の強
弱、その事業の必要性の大小、資金調達の難易、政治的障害の有無等を総合して判
断すべきたと解される。
被告は、右のごとき観点から、国及び地方公共団体の実施する施設整備計画のうち
熟度の高い計画を選び出し、これを乙第一五号証に記載した。
乙第一五号証の参考資料は、このようにして熟度の高い計画のみを記載したもので
あるから、これを全体として把握し、その大綱を記載した乙第一三号証の基本計画
も、熟度の高い計画であることに変りはない。
原告らは、「熟度の高い」という概念と「一般的抽象的」という概念が相対立する
概念であるかのごとく主張しているが、右概念は相対立するものではなく、次元を
異にする概念である。例えば非常に詳細具体的な計画書を作成してみても、資金調
達の見込みが全くなければ、実現可能性があるとはいえない。これに対し、極めて
抽象的な計画を作成した場合であつても、実施の意欲と資金さえあれば将来詳細な
計画書を作成し事業を完成させる可能性が高いといえる。このように、熟度の高い
という概念と一般的抽象的という概念は、互いに矛盾する概念ではなく、共存し得
る概念である。
(4) 原告らの(ハ)の主張について
原告らは、被告・被告の職員又はこれを監督指導する国の職員において、過去に八
号地計画が本件基本計画であることを認める発言をしてきているとし、その具体的
事例として
(1) 国土庁地方振興局長の昭和五一年一〇月一九日開催の衆議院公害対策並び
に環境保全特別委員会における発言の一部
(2) 昭和五一年一二月二二日の大分地区新産業都市建設協議会における企画総
室長の発言の一部
(3) 乙第一四号証(昭和五一年一二月二二日開催の大分地区新産業都市建設協
議会における審議経過の概要)の記載の一部
を指摘している。
原告ら主張の(1)(2)の会議において原告ら主張の発言がなされていること、
乙第一四号証に原告ら主張の記載があることは認める。しかし、右の発言及び記載
が「八号地計画は基本計画の一部である。」ことを認めた発言であることは争う。
すなわち、右の発言ないし記事は、特に誤解を生じ易い部分を意識的に選び出した
ものであり、発言全体の趣旨を正確に表しているものではない。被告は、右各発言
の全体は八号地計画と基本計画とは別個であることを表現したものと解している。
例えば、(1)の公害対策並びに環境対策保全特別委員会における国土庁地方振興
局長の発言についてみれば、
原告の指摘する発言の直後(九頁)にT委員の
第一に計画が継続しているという点ですが、もともと、この八号地計画は大分新産
業都市建設基本計画に書かれているわけじやありません。この基本計画の具体化と
して大分県がつくつた一期、二期のうちの二期に含まれているものです。だから、
この八号地埋め立ては法律的に承認を受けたものではありません。したがつて、こ
の八号地埋め立ては法律的な手続をとらない限り、継続しているとか、あるいは法
律上承認を受けた計画として継続しているなどということは言えないのじやない
か、こう思いますが、この点、確認していただきたいのです。
という質問に対し、
お示しのように基本計画は大綱という形で、先ほど申しました造成地についても約
千二百五十ヘクタールといつたようなことで、ある程度、地域的なことは書いてご
ざいますが、明確に何号地がどれぐらいというような形で具体的に示しておるわけ
ではございません。そういつた意味で、八号地がどう位置づけられるかということ
になりますと、その基本大綱に沿つて、県でこういつた形で進めようという計画を
立てられ、それが一期計画、二期計画であつて、その二期計画というものの中に入
つておる、それは私ども承知をしておるわけでございます。
と答え、「八号地計画は、基本計画に沿つて県の作成する別個の計画である。」こ
とを明らかにしている。そして、右局長は、右会議において前後二〇回以上の答弁
を行つているが、その全体を通読すれば、右見解が右発言の基調をなしていること
が明瞭である。
原告らの指摘する(2)及び(3)についても、右とほぼ同様のことが言えるの
で、ここでは省略する。
更に各報道機関が甲第一ないし五号証のごとき報道をなしたこと、県民がこれを読
んでいること、及びこれに対し大分県知事が特に異議を述べていないことは認める
が、右事実は八号地計画の性格を左右するものではない。
(5) 原告らの(二)の主張について
財特法に原告ら主張の規定があること、大分県及び関係地方公共団体が、基本計画
達成のための事業を実施し、その一部につき財特法上の優遇措置を受けていること
は認めるが、右事実は八号地計画が基本計画であることを推認させるものではな
い。
すなわち、基本計画は、もともと国又は地方公共団体等に対し新産業都市建設の指
針を提示することを目的とする行政計画であり、
同計画自体の執行はあり得ない。財特法上の優遇措置を受け得るものは、地方公共
団体が基本計画達成のため実施する事業に限られる。したがつて、財特法上の優遇
措置を受けているからといつてその計画が基本計画の内容となるものではない。原
告らの主張はその出発点において既に誤つている。
5 むすび
以上作成手続、実現手続、原告ら主張事実の三つの側面から、乙第一六号証が本件
基本計画を記載した書面であるか否か、八号地計画が本件基本計画の一部であるか
否かについて検討してきたが、右のいずれの側面からみても、乙第一六号証は本件
基本計画を記載した書面ではないこと、したがつて八号地計画は本件基本計画では
ないことが明白となつた。
三 上記の通り被告は計画法の性格、大分県新産業都市建設の経緯並びに本件基本
計画の作成と実現の両手続面等の検討を経て本件基本計画が新産法に基き策定せら
れた同法上の指針的行政計画であること、又そうでしかあり得ないもので八号地計
画を内包していないものである点を縷縷論証して来た。
然し原告は当初の請求の趣旨と異なつた本件基本計画の「実体」なる概念(或は複
合的行政過程)をもち出して本件訴訟で原告らが取消を求めているのはこの「実
体」としての八号地計画であり従つて本件基本計画なる表現は右八号地計画をも表
示しているもので、従つて本訴は取消対象を備え又処分性、成熟性も備えている旨
主張している。
よつて念のため右の各点についても以下その理由のないことを指摘することとす
る。
(一) ところで、右の「実体」なる用語は、ギリシア哲学以来の哲学上の「実体
論」を想起させるが、この用語の意味するところはそれぞれの論者によつて異な
り、その内容が不明確なことは公知の事実といつてよいであろう。
確かに、このような不明確な概念は、「新産都基本計画」や大分県の独自の計画で
ある「八号地計画」、及び、その実現過程における行政上の諸行為を渾然一体とす
るには便利な用語ではあろうが、事柄を明確に分析するのには適切な用語でないこ
とだけは明らかである。
更に不可解なことは、「被告の主張する一般的抽象的基本計画論は、あり得べきど
こかの都道府県における「純粋基本計画」については妥当するとしても大分県にお
ける具体的な本件基本計画には妥当しない」との主張である。
およそ「処分性」とは、
当該行動を規定している法規によつて一般的抽象的に決まるものであり、大分の
「新産都基本計画」は処分であるが、他の都道府県の「新産都基本計画」は処分で
はないといつたことはありえないはずである。
新産都基本計画なるものが、「どこかの都道府県」において、一般的抽象的基本計
画であれば、やはり大分においても同様一般的抽象的計画でしかありえないのであ
る。
してみれば、原告らの「あり得べきどこかの都道府県における「純粋基本計画」に
ついて妥当する」との主張は、原告ら自身が法律上の「新産都基本計画」なるもの
は、原告ら個々八に何らの法的効果を及ぼすものでない一般的抽象的なものである
ことを自認していることにほかならず、しかも原告ら自身が取消しを求めているも
のはこの法律上の基本計画であることは請求の趣旨から明白なのである。
したがつて、本件基本計画の承認申請なる行為が、行訴法上の「処分」に該当しな
いことは全くもつて疑問の余地のないところであり、これ以上の説明は何ら必要な
いところと思われるが、ただ原告らが執拗に本件基本計画と、その実現のために行
なわれる種々の行政上の諸行為の効果の総和とを渾然一体のものとして捉え計画の
動的な把握なるものを主張しているので、この点記ついての誤りを具体的に指摘す
るとともに、これに関連する行政計画についての裁判例を紹介しておくことにす
る。
(二) 「計画」とそれに基づく諸行為との関係
1 構造的な面からの検討
(1) 被告は「計画」が従来の行政処分と異なるものであることについて、既に
詳細に説明してきたところである。
この差異に着目すれば、「計画」とそれに基づく行政処分の効果とは、全く別個の
ものであることは明らかである。
すなわち、計画は「一定の目標を設定し、その目標の実現に向けて各種の手段を統
制していく永続的なプロセス」なのであるから、典型的な「基本計画」には、理論
的に法規範の具体化である「処分」のように一義的に明白な法律上の効果が伴うこ
とは不可能なのである。
このことは、計画法の特色である変動的プロセス性とそのコロラリーである規定内
容の非完結性ないし空白性に照らしてみれば、更に理解が容易となろう。
すなわち、「計画」は常に未来に向けて新しい均衡を作りだしていく努力であつ
て、この未来に対する新しい均衡の設定には、
問題のもつ複雑きわまりない内容的・時間的・社会的側面を極度に要約してはじめ
てプログラムが可能となり、提起された問題が解き得るものとなるのであるから、
もともとプログラムされた問題の解である「計画」と、本来の現実の問題の解であ
る現実の結果とが、別個のものであることは明らかといわなければならない。
加えて、「計画」においては、法の中から正しい解釈を発見するということはでき
ないのであり、与えられた状況の中での評価・選択・決断のくりかえしなのである
から、その過程で生ずるであろう効果は、計画策定行為のみによつて一義的に確定
しうるものではなく、したがつて「計画」それ自体に一定の法的効果が伴うという
ことは、立法的な措置以外にはありえないのである。
してみれば、理論的にみて「計画」とその実現のために行なわれる諸々の行政上の
行為の効果の総和とは全く別個のものであることは明らかといわなければならな
い。
(2) ところが、原告らは、計画法の右のような構造的特色は認めながらも、新
産法に基づく「基本計画は、これら先行計画」(個別的具体的な計画のことと思わ
れる。)を「「前提」とし、これと「整合性」をもたせるべく端的にいえばこれに
追随し、「追認」したものにすぎない。ここには、被告のいう基本計画の主要な属
性であるマスタープランとしての目標設定機能はかけらも存在」(原告らの昭和五
二年一〇月一三日付準備書面第二の二)しないとか、「被告による全国総合開発計
画についての分析ないし検討が本件基本計画には全く妥当しない」あるいは、「本
件八号地計画の決定は「計画」の決定というより、八号地実施に関する事業決定そ
のものである。」といつた主張をしているのである。
しかしながら、右の主張はいずれも基本計画とそれを実現するための別個計画や行
政上の諸行為の効果の総和を渾然一体とした主張に外ならないのである。
すなわち、個別的具体的な計画が時間的な系列において先に存在し、これらの個別
計画の一部が既に実現されていたとしても、その後これら個別計画を総合する計画
が策定されれば、この基本計画は理論上はあくまで別個の総合計画であり、既に指
摘したような「計画」の属性を有することは当然のことといわなければならない。
たまたま、個別計画の一部が実現しておれば基本計画も個別計画としての属性しか
有しないというのであれば、
基本計画・個別計画あるいは上位計画の下位計画といつた理論的範疇を否定するこ
とにほかならないものといわなければならない。
加えて、「全国総合開発計画についての分析ないし検討が本件基本計画には全く妥
当しない」との主張は、被告の主張を正確に把握していないところから出発してい
ることである。
すなわち、原告らは「被告によれば、全国総合開発計画は、公共事業関連計画と土
地利用計画を二本の柱とし、これが組合わされたものであり、これらの計画の内で
私人の権利義務に法的影響を与えるのは、国土利用の規制の法技術として通常所有
権及びそれに由来する利用権を制約する土地利用計画に限られ、その余はすべて行
政主体のみを拘束する行動の指針にすぎず、ただ拘束性の程度に差異があるのみと
いうことである。
ここでは、全国総合開発計画のマスタープラン性が所与の条件とされてしまつてお
り、その下位計画としてそれを達成するための実施計画ないし整備計画を想定し
て、両者を観念的に分断し、争訟性の問題を下位計画たる土地利用(規制)計画の
次元に限定せんとする意図が明瞭である。」旨を主張する。
しかしながら、被告が、国土開発に関連する諸計画を整理する道具として提示した
計画の類型は、「その一を公共事業計画とし、その二を土地利用計画とし、その三
を右一、二を総合する総合計画」であつて、決して原告らが主張するようた事業計
画及び土地利用計画を総合計画の下位計画とは位置づけていないのである。
事業計画は事業計画で、総事業計画から建設基本計画・実施計画といつた上・下の
計画があり利用計画も同様であり、それぞれ同じレベルの事業計画と利用計画とを
総合調整するのが総合計画なのである。
しかも、右の分析道具は、Z教授が国土開発法を学問的に分析しようと創出したも
のであつて、原告ら主張のように計画の争訟性を「下位計画たる土地利用(規制)
計画」に限定しよう等といつた意図とは全く無縁なものなのである。
また、原告らが、本件基本計画は「計画法」の構造的特色を全く有しないとの具体
的論拠は、行政指導として「熟度の高い整備計画を記述する」ように求められてい
たこと、「策定以前の段階で既にその具体的内容が詳細に特定され、一部は既に実
施されている追認計画」であるとの二点である。
しかしながら、まず第一に疑問なことは、
右の論拠がいずれも実定法規を根拠としたものではないことである。
実定法規に基づく新産都「基本計画」の性格を検討するのに、実定法規を全く無視
するということが、こと法解釈論として成り立ちえないことはいまさらとかくの説
明を要しないことであろう。
加えて、「熟度が高い計画」を記述するのは、「計画」を実現しようとする意図が
あれば当然のことであり、「熟度の程度」が計画の性質、特に抽象性ないし上位性
を決定するものではありえないことは明らかであり、また、「計画」の具体的内容
が既に特定され、あるいはその一部が実現されていたとしてもこれらのことが計画
の性格を変化させるものでないことは既に指摘したとおりである。
また「本件八号地計画の決定は」、「事業決定そのものである」との主張の根拠
は、「八号地計画」が「一般性や抽象性」を有せず、「あとはその実施が残されて
いるにすぎない」との点にあるように窺える。
しかしながら、右の論拠は、「新産都基本計画」と「八号地計画」とを渾然一体で
あることを前提としているうえ、何故「一般性や抽象性」が存在しないのかについ
ては何ら説明していないのである。おそらく、本件「基本計画」の一部は既に実現
されているからと説明するのであろうが、こうした説明で本来、基本計画であるも
のが実施計画となるものでないことは先に指摘したとおりである。
「あとは実施が残されているにすぎない」といつた理由も、既に説明したように計
画の時間的経過によつて基本計画が実施計画となつたり事業計画となるものでない
ことを想起すれば、全く的はずれた理由であることはもはや多言を要しないであろ
う。
原告らは、計画を動的に捉えると主張し、時間の経過と共に基本計画が実施計画と
なりあるいは事業計画に変化することを当然の前提としているが、このような思考
は、そもそも「計画」それ自体とその実現のために行なわれる種々の行政上の行為
の効果の総和を渾然一体と捉えることを前提としてのみ可能な見解であることは明
らかであろう。
したがつて、この点の吟味を欠いて、実定法規によつて規定された「計画」を実定
法規を無視して素朴に実体化し、この実体化した「計画」なるものを振り回したと
ころで、それは、基本計画とは別の下位計画の内容あるいは事業の実施行為自体を
問題としているものであつて、的はずれな議論といわざるを得ない。もし、原告ら
がいうように、
本件基本計画のあとには事業の実施しか残つていないのならば、その実施行為を民
事訴訟により差止めればたりることであり、あとに事業の実施しか残つていないか
ら本件基本計画を行政処分としなければならない理由は何処にもないはずである。
2 公定力の面からの検討
次に、原告らのように「計画」それ自体と、その実現のために行なわれる種々の行
政上の行為の効果の総和とを一体として捉えた場合、法律上不都合な結果が生ずる
可能性があることである。
もし、原告らのように「計画」それ自体とその実現のために行なわれる種々の行政
上の行為の効果の総和を一体として捉えるのであれば、「計画」の公定力及び不可
争力は、「計画」の実現のために行なわれる種々の行政上の行為にまで及ぶことと
なり、事後の手続においてこと「計画」自体の違法ばかりか、その後の行政上の行
為の違法も全く主張しえないこととなるはずである(成田頼明、南博方、園部逸夫
編「行政法講議」下巻二二四ページ、小早川光郎「先決問題と行政行為」公法の理
論上巻三九五ページ)そうであるとすれば、現実に八号地の埋立着手する際に、公
有水面埋立法に基づく埋立免許を受ける必要があるが、この埋立免許を争うとする
者は、特に原告らのように八号地計画のみならずその埋立による効果までが基本計
画に含まれるとするならば、基本計画のみならず「八号地計画」の違法性もさらに
は埋立免許の違法性までも全く主張しえないことになるはずである。
更に、現実に埋立が行なわれれば、自己の法律上の利益が侵害されることを主張し
て埋立工事を差止めようとする場合には、通常の民事訴訟法上仮処分によることは
許されず、民事訴訟法上の仮処分とは比較にならぬ厳格な要件を課された行政上の
執行停止によるしかないことになるはずである(新潟地裁昭和四八年八月四日決定
判例時報七一八号八七ページ吉川大二郎「仮処分の変ぼう」民商法雑誌七〇巻三号
二二ページ以下参照)。
これに対し、「計画」とその実現のために行なわれる種々の行政上の行為の効果の
総和とを正しく別個のものと考えるのであれば、右のような不都合は何ら生じない
のである。
3 まとめ
このようにみてくれば、原告らのような「渾然一体論」は理論的にも実際上におい
ても失当であることは明らかであろう。
右のような原告らの「渾然一体論」に対して学者は次のように批判しているのであ
る。
「われわれの憲法的秩序が提供できる法的範疇(Rechtsinstrumen
ts)は、概念的には計画化に殆んど適用できない。計画は、例えば、法律ではな
い。たとえそれがそれによつて個人の自由への多くの「侵害」が必須とされ正当化
されるという点で、法律と共通することがあつても。」「計画は公法上の契約でも
ない。たとえ、それが関係の政治的諸機関かその成立に適宜協力する場合のみ効果
的な形で成立するのであろうとしても。」「プランは、いわんや行政命令ではな
い。たとえそれが、多くの官庁に対してそのように働くことがあるとしても。」
「プランは、将来初めて執行される行政行為ないし諸行政行為の総和とは全く別個
のものである。たとえそれが、利害関係者たる市民にそのように見えることがあろ
うとも。」(Thmas Ellwein、Politikund Planun
g 1968、 S 59)手島孝「国家計画の法理-憲法学的考察二」行政研究
三八巻一号七八ページ)
四 本件訴訟が成熟性と処分性とを欠いている点について。
仮りに原告ら主張の如き前記「渾然一体論」が認められ本件基本計画中に八号地計
画が含まれるとしても同計画は以下の理由により抗告訴訟の対象たり得るだけの処
分性、成熟性に欠けているので本件訴は本案審理の要件を欠き不可能である。すな
わち
(一) 処分性
新産業都市建設基本計画は、次の性質を有する。
1 基本計画は、新産業都市建設の大綱を示し、行政の指針を提示するものである
(一般性、抽象性)。
2 基本計画の名宛人は、国又は地方公共団体であり、一般国民ではない(内部行
為、間接性)。
3 基本計画は、国又は地方公共団体を具体的に拘束するものではない(法的効
果)。
4 基本計画の施設整備事業は、国又は地方公共団体の裁量に基づき実現されるも
のである(間接性)。
5 基本計画には、執行の観念を容れる余地がない(間接性)。
新産業都市建設基本計画は、右のごとき性質を有するものであるから、国民の権利
義務に直接具体的な影響を与えるものではない。したがつて、本件訴は、抗告訴訟
の対象としての処分性を欠き、不適法である。そしてこの判断は、本件基本計画に
八号地計画が含まれると否とにかかわりなく妥当するものである。
(二) 成熟性
原告らは、八号地計画が実現すれば、公害が発生し健康が侵害されるので、これを
未然に防止するため、基本計画(八号地計画)作成の段階でこれを取り消す必要が
ある旨主張している。しかし、原告らの右主張は、以下の二点からみて失当であ
る。
(1) 基本計画(八号地計画)の作成の段階では、未だ公害発生の有無を判断で
きる状態には達していない。
八号地計画は現在中断中である。この中断を解除し、右計画を実現するためには、
中断三条件を整備し、公有水面埋立免許を受け、埋立工事を実施し、企業を立地さ
せるという一連の手続を経なければならない。
大分県は、右の各手続のそれぞれの段階において、八号地計画の環境に与える影響
を予測評価し、もし、それが環境基準に適合しない場合には、必要な措置を講じな
がら八号地計画を推進していくのである。したがつて、八号地計画が、原告ら主張
のごとく、環境を破壊し健康を侵害するか否かは、右の大分県の公害防止のための
努力の結果を待たなければ判断できない性質のものである。
(2) 基本計画(八号地計画)作成の段階で、取消を求める必要性がない。
八号地計画は、中断三条件を整備したうえで推進されるものである。また公有水面
埋立免許は、八号地計画が公有水面埋立法及び瀬戸内海環境保全臨時措置法等に定
める環境保全条項に適合していることを条件として免許されるものである。
八号地計画は、右の公有水面埋立免許を得て、はじめて着工できるものである。し
たがつて、公害を未然に防止する立場からみても、公有水面埋立免許を得た段階
で、その取消を求めれば足り、それ以前の計画段階で取消を求める必要はない。
以上の事由により、本件基本計画は、未だ争訟事件として訴の利益を認めるだけの
必要性ないし事件の成熟性を欠いている。
(三) 学説判例
行政計画に処分性を認め司法統制の範囲を拡大すべきであるとする学説が少なくな
い。右学説に従う下級審判例もないわけではない。しかし、右の学説判例が問題に
しているのは、いずれも事業計画の段階であつて、指針的計画についてはこの種の
学説判例は見当たらない。
原告らの本件訴は、こうした学説判例の流れから遠く離れたものである。
五 結論
以上のとおり、原告らの訴は、訴の対象、処分性及び成熟性のいずれの面からみて
も訴の適法な要件を欠いでいるので、却下を免れない。
六 補足(主として抗告訴訟の対象論についての学説と判例に対する批判を中心と
して。

(一) 抗告訴訟の対象について
1 本案審理の要件
いうまでもなく、ある行政庁の行為が行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他
公権力の行使に当たる行為」に該当するかどうかは、原告適格や事案のいわゆる成
業性の問題とともに本案前の問題であつて、裁判所が当該の事案について本案審理
をするための要件である。
ところで、本案審理の要件の存在理由は、裁判所から見て本案審理の必要性のない
訴えを整理して無駄な審理を省くことの配慮と同時に、被告とされた行政庁が必要
のない応訴に煩わされることのないようその地位を保護することの要請に基づくも
のであり(A「訴えの利益の諸問題」公法研究三七号一三〇ページ)、いかなる場
合に本案審理の要件が充たされていると見るべきかは、行政と司法の接点にかかわ
る問題として、司法の本質をどのように捕らえるかに関する極めて重要な問題であ
る(田中館照橘「抗告訴訟の対象」公法研究三七号一二〇ページ)。
2 札幌高裁昭和五一年八月五日判決
この問題については、札幌高等裁判所が、原告適格すなわち行政処分取消訴訟にお
ける法律上の利益の問題に関し、次のように判示している(札幌高裁昭和五一年八
月五日判決・判例時報八二一号二三ページ)が、これを「抗告訴訟の対象」に置き
換えてみれば、おおむねそのまま妥当するものということができよう。けだし、原
告適格の問題は、先に述べた意味において、「抗告訴訟の対象」の問題と同様、い
ずれも本案前の問題として共通の理解が可能であるからである。
「司法裁判所による行政裁判制度は、一面において行政の適法性、合公益性の確保
を図る行政是正制度の一環をなすものであるとともに、他面違法な行政処分により
被る個々の国民の被害の救済を図る争訟制度である。
しかして司法権が行政権に介入することとなる右の制度を、行政是正の観点と被害
者救済の観点との間にたつて、これを如何に構成するかは立法政策の問題であると
ころ、行訴法は、行政に関する訴訟として、抗告訴訟(第三条)、当事者訴訟(第
四条)、民衆訴訟(第五条)、機関訴訟(第六条)、の類型を定め、抗告訴訟につ
いては、処分等の取消しを求めるいわゆる行政処分取消訴訟のみならず、無効等確
認の訴えにおいても、提訴者の資格として「法律上の利益」を有することを要件と
し(第九条、第三六条)、これに対し、民衆訴訟、機関訴訟にあつては、処分取消
し又は無効確認等を求める訴訟であつても、提訴者の資格として「法律上の利益」
を必要と定める第九条、第三六条の規定は準用せず(第四三条)、民衆訴訟提起に
ついては、法律に特別の定めがある場合に限定はしているが(第四二条)選挙人そ
の他自己の法律上の利益にかかわらない資格で足りるものとしている。そうする
と、行訴法は行政処分の効力を争う訴訟類型として、一方において主体的行政参加
者たる地位に基づき、専ら国又は公共団体における行政の適法性の確保を目的とす
る客観訴訟としての民衆訴訟を規定するとともに、別途「法律上の利益」を訴え提
起者の資格と定めた抗告訴訟という類型を定めているのであるから、右「法律上の
利益」は、行政対象者として受ける生活利益を指称し、かつ、抗告訴訟は、その利
益侵害の救済にその重点が置かれた訴訟であるものと解さなければならない。換言
すれば、行政処分取消訴訟は、たとえ当該処分に違法があつても、その取消訴求者
に取消しを求めるにつき利益のない限り、裁判によつてこれを取消すことはなく、
瑕疵を有しながらも、これを行政部門における措置にまかす処分として残ることを
認めているのである。」
「行政処分取消訴訟は、司法権による行政への介入であり、「法律上の利益」の存
在は、訴求者にその利益がある場合に限り訴訟を通じて司法権が関与し、これがな
い限り、たとえ当該行政処分が違法であろうとも、司法権の関与が許されないとす
る司法権関与条件でもあるから、右「法律上の利益」を単に生活利益一般と同義語
と解することはできないのであつて、右利益は、裁判所の司法作用たる法的判断に
よつて個別的に解決さるべき具体性、個別性を要するとともに、裁判所の法的判断
の結果直接解決され得る利益でなければならず、更に右利益は前示のとおり、その
保護を求めて取消訴訟を提起した者に対し、法が行政処分を介し、その実現を所期
しているものと解し得るものでなければならない。
このことは、行訴法第一〇条において、取消しを訴求する当事者が、訴訟上の攻撃
防禦方法として主張し得る違法事由そのものも、法がその者の法律上の利益に関係
あるものとして定めてある事由に限定していることと照応するものである。」
3 司法権関与の条件
右判決の判示からもうかがわれるように、現行実定法における取消訴訟に関する行
訴法三条二項は、行政庁の行為が違法な「行政庁の処分その他公権力の行使に当た
る行為」であるときにはじめてこれを取消訴訟の対象として訴えを提起することを
認め、当該行政庁の行為に付着する公権力性を除却することができるものとし(そ
の結果当該の行政庁の行為は、行政処分であることの特質(その顕著なものは公定
力である。)を失う。)、行政庁の行為が右にいう「行政庁の処分その他公権力の
行使に当たる行為」でないときは、たとえ行政庁の行為に違法・不当な点があつて
も、これを裁判によつて取り消すことはなく、かしを有しながらも、これを行政部
内における措置に任すこととしているのである。
この意味において、行政処分取消訴訟は、本質的に司法権による行政への介入であ
ることを否定し得ないのであり、ある行政庁の行為が「行政庁の処分その他公権力
の行使に当たる行為」であることは、司法権関与の条件でもあるということになる
のである。
4 原告ら引用の学説
原告らはその主張中においてY教授、B助教授及びA氏の学説を引用している。右
三者の所説はいずれも行政法のいわゆる「訴の利益」とともに「処分性」の要件を
も拡張解釈するものであり、なかには、木来国民の権利、利益の救済を図るための
主観訴訟である抗告訴訟をして、行政の違法是正を主眼とする客観訴訟と同一の機
能を営ましめるとともに、法廷をフオーラム(市民の広場)とすべき旨を提唱する
学説もみられる(例えば、B「訴の利益」特にその二三七ページ、なお、田中館照
橘・前掲論文参照)が、原告らの主張もこれと同じ方向にあるものと理解すること
ができよう。
もつとも、右各学説の論理構造は決して同一ではなく(例えば、B助教授とA氏の
差異、別冊判例タイムス七六年八号七二ページ、B「訴の利益」一四四ページ)、
原告らがその学説のどのような論理に従つているのか必ずしも明確ではないけれど
も、いずれにせよ、このような考え方にはにわかに組し難いものがあるので、以下
その理由を述べることとする。
まず、右原告ら引用の学説に対しては、(1)行訴法立法の沿革、或いは、最高裁
の判例が採用してきたところに反する(杉本良吉「行政事件訴訟法の解説」九ペー
ジ、南博方「実務民事訴訟法講座八巻」二六ページ、最高裁昭和三九年一〇月二九
日判決民集一八巻八号一八〇九ページ)、(2)抗告訴訟により保護救済されるべ
き個人的権利、利益が法的な個人的権利、利益でなければならないところ、対象と
なる行政処分の範囲を「具体的利益状況に応じケース、バイ、ケース」、「関係国
民が抗告訴訟の対象とすることを欲している場合」、或いは「違法性の判定が可能
な行為規範に基づく行為であれば足りる」等と極めて不明確にしている、(3)行
政処分に特有の公定力、不可争力の問題が解決されない、等の批判がなされてい
る。
そして、右批判はさておくとしても、およそ開発行政或いは計画行政といわれるも
の(本件新産業都市建設基本計画)はその典型である。)においては、計画の樹
立、策定から事業の完了までの間に相当長い期間を要し、その間には数多くの行為
が多様に含まれていると同時に、目的達成のための手段も種々様々である。更に、
これらの行為または手段は、或いは網目状に展開し、或いは連鎖的、相関的に積み
重ねられて目的の達成に至るものであり、その行為又は手段の性質も、命令行為・
形成行為・事実行為等様々であるから、このように複雑な過程について不服のある
関係者がいかなる時点においていかなる争訟手段を採ることができるかは、実定法
の解釈及び法理の構成の上で極めて解決の困難な問題であるといわざるを得ず、所
せんは立法政策の問題に帰着するものといい得るのである。
5 最高裁昭和四一年二月二三日判決およびその後の裁判例
右の問題に関して、被告の前示引用したとおり、最高裁判所昭和四一年二月二三日
大法廷判決(民集二〇巻二号二七一ページ)は、土地区画整理法六六条の規定に基
づく土地区画整理事業計画の決定につき、それが公告された後においても抗告訴訟
の対象とはならない旨を判示し、その後の下級審裁判例の大勢も、右の土地区画整
理事業計画の決定と類似した効力を有する処分について、これを抗告訴訟の対象と
はならないものとしており
抗告訴訟の対象とならないとした裁判例としては、例えば土地区画整理事業に関し
て県知事が都市計画法一五条一項四号、一二条一項一号によつてした都市計画の決
定で既に告示されたもの(鹿児島地裁昭和四七年一〇月三〇日判決・訟務月報一九
巻五号二三ページ)、建設大臣が住宅地区改良法四条によつてした改良地区指定
(津地裁昭和四四年五月一五日判決・行裁例集二〇巻五・六号六四九ページ、及び
その控訴審名古屋高裁昭和四六年七月一六日判決・訟務月報一八巻三号三九〇ペー
ジ)、建設大臣が同法五条によつてした住宅地区改良事業計画認認可(右津地裁判
決及び名古屋高裁判決、札幌地裁昭和四五年一二月四日判決・判例時報六一九号四
九ページ)に関するものがあり、また、都知事が土地区画整理法五二条によつてし
た土地区画整理事業の事業計画の認可は抗告訴訟の対象となる行政処分であるとし
ながらも、施行地区内に土地を所有して農業を営む者がこの認可の取消しを求める
適格を有しないとして訴えを却下したもの(東京地裁昭和四六年二月一八日判決・
判例時報六四一号五一ページ)、同法一四条による土地区画整理組合設立認可につ
き、組合員となるべき者はこの無効確認を求める法律上の利益を有しないとしたも
の(名古屋地裁昭和四六年三月九日判決・行裁例集二二巻三号一九六ページ)等が
ある。
右各裁判例では前記の大法廷判決を引用しあるいは大法廷判決多数意見と同趣旨の
理由付けをしており、これらの裁判例の立場をとるとすれば、施行地区内における
建築の不許可処分などの後続処分を争う訴訟において、前記の事業計画認可等の先
行処分のかしを主張することができることになろう(右東京地裁昭和四六年二月一
八日判決及び名古屋高裁昭和四六年七月一六日判決)。
そしてその後においても、最高裁判所は、右大法廷判決を踏襲する旨を明らかにし
ているのである(すなわち都道府県知事のした都市計画法一五条一項四号及び一二
条二項に基づく「都市計画決定」が抗告訴訟の対象とならないと判示する同裁判所
第一小法廷昭和五〇年八月六日判決(裁判集民事一一五号六二三ページ)は、前記
大法廷判決を引用しているほか、住宅改良事業につき建設大臣が住宅地区改良法五
条一項に基づいてした事業計画の認可が抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に当た
らないとした同裁判所第三小法廷昭和五〇年一一月二八日判決(裁判集民事一一六
号七三五ページ)がある。)。
6 新産法の建設基本計画
しかるところ、本件の新産業都市建設基本計画は、新産法一〇条の規定に基づき作
成され、同条の内閣総理大臣の承認により効力を生じるものであるが、同法一一条
の規定からも明らかなように、その内容は、工業開発の目標、人口の規模及び労働
力の需給、土地利用、工場用地や住宅及び住宅用地、工業用水道、道路、鉄道、港
湾等の施設の整備の大綱並びに必要経費の概算を定めるものに過ぎず、原告ら或い
はそれ以外の何人に対しても、その権利義務に直接影響を及ぼすものとはいえない
のである。
すなわち、新産業都市建設基本計画が作成され、効力を生じた段階においても、こ
れに伴い何人かに対して一定の権利制限等が課せられることはないのであつて、本
件基本計画が個人の権利義務の変動を具体的にひき起こすような処分性を有するも
のでないことは極めて明白といわなければならない。従つて、国民の個別・具体的
な権利・利益の救済を図る上からは、本件基本計画について不服を有する者がある
場合においても、その作成又は承認の段階で広く訴えの提起を許すまでもなく、そ
の後の手続、例えば、土地区画整理事業、都市計画事業等の施行、公有水面埋立法
による免許や認可、或いは土地収用手続等の様々な処分に関し、それぞれ当該処分
の相手方となつて個別・具体的な権利・利益の侵害を被る者がある場合に、その者
をしてこれを争わせることとすれば足りると解するのが相当である。
この意味において本件新産業都市建設基本計画の作成は、いまだこれを抗告訴訟の
対象とすべきいわゆる成熟性を有しないものということができるのである。
7 原告ら引用の裁判例
原告らは、行政処分性の要件を緩和した裁判例として、原告主張第三の三の「行政
処分の概念」の個所にいわゆる一般処分等に関する下級審裁判例第一ないし第一〇
を引用している。しかし、一般処分であつても、それが個人の権利義務に直接具体
的な影響を及ぼすものであつて、その一般処分、集積処分等の行政庁の行為が特定
個人にあててなされた個別的な行政処分の束(たば)または集合体とみられる場合
には、これを通常の行政処分と同様処分性を有するものとして抗告訴訟の対象にす
る余地があるのであるから、この点の吟味をしないで、単に一般処分につき本案の
判断がなされたことだけから、いわゆる処分性の要件を緩和した事例と考えるのは
適当でないといわなければならない。
しかして、右原告ら引用の裁判例第一ないし第五(但し、第四については原告らが
出典を明示していないので未確認)は、条例や対物処分或いは告示等について、右
の意味で特定個々人に対する処分性を一応肯定した事例であるが、第一事件の判決
は請求棄却、予備的訴却下、第二事件の判決は請求棄却、訴却下、第三事件は執行
停止申立事件の決定(原告ら準備書面に判決とあるのは誤り)であり、その対象で
ある行政処分も医療費の決定そのものではなくその告示と解すべきであり、第五事
件は、市町村道区域決定処分の基礎となる市町村道路線変更決定(新路線認定、旧
道廃止)については処分性を否定し、判決主文も一審の訴却下に対し控訴棄却(原
告ら準備書面に東京地裁とあるのは東京高裁の誤り)、となつている。
第六の町名変更事件については、原告ら引用の裁判例は変更の公示に処分性を肯定
したうえ、本案の判断として請求を棄却しているが、同種事案に関する下級審裁判
例の大勢は、抗告訴訟により救済を求めうる決的利益がない(その反面解釈として
処分性を否定)として訴を却下しており、最高裁判所昭和四八年一月一九日判決
(民集二七巻一号一ページ)も抗告訴訟として訴の利益を欠く不適法なものとする
判断を支持し、この問題に結着を示しているのである。
第七の歩道橋設置事件についても、原告ら引用の裁判例は執行停止申立事件の決定
(原告ら準備書面に判決とあるのは誤り)であり、申立人ら主張の限りで一応申立
適格を肯定した実体判断のうえ、申立を却下しているのであるが、同事件の本案で
ある一審東京地裁昭和四八年五月一元日判決(判例時報七〇四号三一ページ)は、
結局、取消を求める法律上の利益がなく原告適格を欠く(その反面解釈として処分
性を否定)として訴を却下し、二審東京高裁昭和四九年四月三〇日判決(判例時報
七四三号三一ページ)は、「行訴法三条にいう行政庁の処分その他の公権力の行
使」に該当しないとして、正面から処分性を否定している。
第八の土地改良事業計画事件については、現行土地改良法八七条によると、国営及
び都道府県営土地改良事業計画の公告後一定期間内に異議の申立をすることがで
き、同計画に不服がある者は右異議申立に対する決定に対してのみ取消の訴えを提
起することができる旨定められており、その限りで右裁決主義を通じ法律の規定に
より抗告訴訟の対象とされているものであるが、原告ら引用の裁判例は、右異議申
立の裁決後に計画の無効確認の訴えを提起した事案であつて、一応抗告訴訟の対象
になり得るとしたうえ、結局、訴の利益を欠くとして訴を不適法却下した一審の判
断を支持しているものである。
第九の事件は、第七の事件と同様むしろ道路、歩道、歩道橋、横断歩道等の設置、
廃止或いは火葬場、し尿処理施設、ごみ処理場施設、高速道路の設置等のいわゆる
公共事業に対する訴訟形式の問題であり、本件訴訟における行政計画の処分性とは
直接的結び付きがないのであるが、この問題についても、最高裁判所昭和三九年一
〇月二九日判決(民集一八巻八号一八〇九ページ)は、地方公共団体のごみ焼場設
置行為の行政処分性を明確に否定しており、下級審の裁判例でも歩道橋に関する前
記東京地裁、同高裁の各判決、同じく広島地裁昭和四四年三月九日決定(行集二〇
巻二、三号二五六ページ)、橋道敷設工事に関する広島地裁昭和五一年四月二七日
判決(判例時報八三九号六四ページ)等抗告訴訟の対象にならないとするものが多
い。
原告らが引用している大阪地裁岸和田支昭和四七年四月一日決定(判例タイムズ二
七六号一〇六ページ)は、いわゆる併用説の立場から「抗告訴訟が許されるからと
いつて本来の民事訴訟が不適法になるわけではない」旨、また、神戸地裁尼崎支昭
和四八年五月一一日決定(判例タイムス二九四号三一一ページ)は、「高速道路の
建設は公権力の行使に当るから工事禁止の仮処分は許されないとしつつ、部分的な
停止や是正を求めるための民事仮処分が許される。」旨説示しているものである。
なお、広島地裁昭和五一年五月二七日判決(判例時報八二六号三一ページ)は、山
陽自動車道新設工事の実施計画に関し、後に述べる成田新幹線工事実施計画に関す
る東京地裁、同高裁の各判決と同様、「一、道路整備特別措置法により建設大臣の
行う工事実施計画書の認可は抗告訴訟の対象となる行政処分に当らない、二、高速
自動車国道予定路線周辺の住民は、一掲記の認可の段階においてはいまだ右認可の
取消訴訟を提起しうる原告適格を有しない。」旨判示している。第一〇の都市計画
における用途区域の指定を争う事件については、右指定がそれなりに完結的なもの
で、更に手続が進展するようなものでないことや、指定に伴う開発行為、建築行為
の規制が指定の中心的効果であること等から、原告ら指摘のとおり、これに行政処
分性を認める三個の裁判例があり、とりわけ、宇都宮地裁昭和五〇年一〇月一四日
判決は、本案についても手続的違法を重視した判断から指定を取消す結論に至つて
いる。しかしながら、土地区画整理事業計画に関する前記最高裁判所昭和四一年二
月二三日判決は、事業計画の公告に伴う土地区画整理法七六条の建築行為等の制限
について、それが個人の権利に具体的変動を及ぼすものではなく、右制限に違反し
原状回復または建築物等の移転、除却を命ぜられた段階(同条四項)に至つてはじ
めて具体的権利侵害があるとしているのである。
そして、都市計画における用途区域の指定に伴う開発行為等の規制も右土地区画整
理法の規制と本質的差異がないのであるから、右三個の裁判例で指定により直ちに
具体的権利変動があるとして処分性を肯定しているのは甚だ疑問といわなければな
らず、神戸地裁昭和五〇年二月二七日判決は、これと反対に、同じ都市計画におけ
る市街化区域及び市街化調整区域の指定につき、開発行為に対する行政庁の不許可
処分或いは原状回復命令を争えば足りるとして、事件の成熟性を欠くとしているの
である(別冊判例タイムス七六年二号「行政訴訟の課題と展望」一四〇ページ参
照)。
加えて、原告らの引用する宇都宮地裁判決は、その理由とするところに問題があ
る。
すなわち、同判決は都市計画における用途区域の指定を処分とする理由として、行
政事件訴訟法が「概括主義」を採用していること、もし現実かつ具体的に生活環境
に対する侵害が発生するまでは司法救済を求めえないとすると、「そのような訴の
前提問題として本件指定処分の無効(すなわちその重大かつ明白な違法性)の主張
がなされねばならない」こととなり、「そのような訴の成り立つ余地は事実上ほと
んど無きにひとしい」ことを挙げている。
しかしながら、右の第二の理由は明らかに誤つている。用途区域の指定を処分と考
えなければ、前提問題は無効事由に限られるはずではなく、取消理由をも主張し得
るのであり、また、用途区域の指定を処分と考えたとしても、一連の行政処分の間
に違法性の承継を認めれば、前提問題のかしは無効事由に限られることもないはず
である。
従つて、この判決の理由とするところは概括主義のみとなる。しかしながら、概括
主義を採用していることのみから、行政処分の概念を決しうるものでないことは明
らかでもろう。
8 最後に、指摘しておきたいのは、原告らが挙げるB助教授の所説について、B
助教授は、取消訴訟における訴の利益を広く認めることを提案されながら、取消訴
訟には、例えば、予防機能の限界、他の直截的救済方法がある場合の限界等一定の
限界があることを明確に指摘されている(B「訴の利益」二〇ページ以下)ことで
ある。
また、原告らは前記準備書面で成田新幹線工事実施計画に関する東京地裁の判決を
引用しているが、同判決(判例時報六九一号七ページ)は、工事実施計画とその認
可がいずれも具体的な処分とはいえず、抗告訴訟の対象にならないとするものであ
り、同事件の二審東京高裁昭和四八年一〇月二四日判決(判例時報七二二号五二ペ
ージ)も、工事実施計画の認可が行政機関相互の内部行為であり、その行為により
直接国民の権利義務に効果を及ぼすものでもないとして、行政処分に当らない旨右
一審の結論を支持しているものである。
そして、原告らは更に右訴訟におけるB助教授の判例評釈も引用しているけれど
も、この事件については次のような点があることを指摘しておかなければならな
い。すなわち、全国新幹線鉄道整備法一〇条、一一条によると、日本国有鉄道また
は日本鉄道建設公団は、整備計画に基づき、工事実施計画を作成し、運輸大臣の認
可をうけると(同法九条)、新幹線鉄道建設の円滑な遂行のため必要があるとき
は、土地の形質変更や工作物の新設等を制限すべき区域を指定することができるよ
うになるのである。
このように、右工事実施計画は認可により形成変更制限の権限が生じることから、
土地収用法に基づく事業認定と同様にみることができるのであり(最高裁判所事務
総局編地方自治、公用負担関係裁判例概観九四ページ)、このような特徴をもつ認
可についての評釈を、本件訴訟における新産法上の基本計画に何らの修正もなく持
ち込むことが失当であることは、もはや論をまたないであろう。
(二) 最近の裁判例の検討
1 既に見てきたように最高裁判所昭和四一年二月二三日大法廷の判決以来殆どの
裁判例は各種の計画についての処分性を否定しているのであるが、更に上記諸判例
の他、これに引続いて以下記載の如き参考判例も下されているのでここにこれを引
用検討して上記被告の主張を補足することとする。
2、盛岡地裁昭和五二年三月一〇日判決(訟務月報二三巻三号五一三ページ)
本判決は、都市計画法八条一項による用途地域の決定は、直接特定個人に向けられ
た具体的な処分ではなく、また、施行区域内の土地所有者等の有する権利に対し具
体的な変動を与える行政処分ではないとして、右決定についていわゆる処分性ない
し事件の成熟性を否定し、したがつて右決定の一環としてなされた本件指定につい
ては、無効確認訴訟及び取消訴訟の対象とはなし得ないものと解するのが相当であ
るとして訴を却下したのであつた。
都市計画法八条一項に基づく用途地域の決定に関しては、原告らがたびたび引用す
る宇都宮地裁昭和五〇年一〇月一四日判決(判例時報七九六号三一ページ、なお本
件は後述するように控訴審で取り消されている。)では、その処分性を肯定してい
たがこれに対し、本判決は用途地域の決定のような一般処分は「特定個人に対して
なされる処分ではなく」、その告示によつて生じる建築基準法の制限(四八条・五
二条・五三条等)は「都市計画法以外の法律によりひとしく受けるものであつて、
用途地域の決定自体の効果として発生する権利制限とはいえない」旨判示したので
あつた。
この見解は、用途区域の指定がそれなりに完結的なもので、更に手続が進展するも
のでないことや、指定に伴う開発行為・建築行為の規制が指定の中心的効果である
にもかかわらず、用途地域の指定と、その伴う建築基準法による制限とを明確に別
個のものとして捉えているのである。
3 東京地裁昭和五二年三月二八日判決(東京都法務資料一七巻二号一ページ)
本判決は市街地再開発事業に関する都市計画決定の取消しを求める訴えについて、
都市再開発法の具体的な手続を検討したうえ、「以上の手続経過によれば、市街地
再開発事業に関する都市計画決定により当該事業の種類、名称、施行区域、面積が
特定され、右決定に次いで事業計画により施行地区、設計の概要が決められること
になる。しかしながら、都市計画決定、事業計画は、右のように市街地再開発事業
にあたり爾後進展する手続の基礎的、根本的な指針を包括的に定めた一般的、抽象
的な性質のものにすぎないのである(ちなみに、権利変換計画も具体的には再開発
法七四条の定める別個の基準によつて決定されるもので、都市計画決定自体から直
接、具体的に決定されるものではない。)。そうとすれば、都市計画決定は、その
計画図、計画書において縮尺二五〇〇分の一以上で市街地再開発事業の位置、施行
区域等が表示されることになるとはいえ(計画法一四条二項、都市計画法施行規則
九条)未だこれをもつて特定個人に向けられた具体的な処分と解するには足りず、
都市計画決定自体によつては、市街地再開発事業の遂行により施行区域内の土地、
家屋の所有者、賃借権者などの利害関係人の権利、義務ないしは法的地位にいかな
る変動を及ぼすかは具体的に確定されているものではないといわざるをえないので
ある。」旨を判示した。
市街地再開発事業は、土地区画整理事業を立体的にしたものと称されるが、事業計
画の決定から比較的短期間内に権利変換処分が行なわれ、計画がそのまま実施され
ることが多いことから、土地区画整理事業とは別個に考えるべきとの指摘も考えら
れるにもかかわらず、本件判決は市街地再開発事業計画を「爾後進展する手続の基
礎的、根本的な指針を包括的に定めた一般的抽象的な性質のものにすぎない」と判
示し、事業計画と、その具体化としての権利変換計画とをその一般性と抽象性とに
おいて明確に区別しているのである。
4 東京高裁昭和五三年四月一一日(判例時報八八六号一二ページ)。
本判決は、既に指摘しておいたように、原告らがたびたび引用している宇都宮地裁
昭和五〇年一〇月一四日判決の誤まりを正したものである。
すなわち、都市計画法八条一項の規定による用途地域の指定は「直接特定の個人に
向けられた具体的な処分ではなくまた施行区域内の土地建物の所有者等の有する権
利に直ちに具体的な変動を及ぼすものではないから」取消訴訟の対象となる行政処
分とはいえず「これらの者の権利救済としてはこれ等の者が所轄行政庁に対しその
地域内で具体的に建物の建築又は増築の申請をした場合においてそれが拒否処分を
受けたときにはじめて具体的な権利の侵害ありとしてその拒否処分の効力を争うこ
とができるものとすれば足り用途地域決定の段階では未だ訴訟事件としてとりあげ
るに足りるだけの事件の成熟性を欠くものとしなければならない。」旨を判示し
た。
また訴えの利益については、「被控訴人らが、本件において、本件指定により私権
か制限されること自体について抗争するものではなく、むしろ逆に規制がゆるやか
になる結果住宅環境が破壊される点に訴の利益のあることを主張していることは明
らかである。」としたうえ、そこで、そのような訴の利益が認められるかどうかに
ついて検討すると、先ず昨今論ぜられることの多い「環境権」であるが、憲法二五
条、一三条を根拠にかかる権利を直接構成することは無理であり、他に環境なるも
のを認めるべき実定法上の根拠はなく、その内容の莫然としていること、それを享
有し得べき者の範囲の限定し難いこと等に照らし、我が実定法上「環境権」なるも
のをそれが法的権利性を有するものとして承認することは困難である。そこで結局
問題は、本件地域の用途が従前住居地域と指定されていたことにより地域内もしく
は附近の住民が環境的利益を享受していたとしても、それが法的に保障されていた
ものと言えるかどうかという点に帰着するが、そもそも都市計画は、将来の都市の
あり方の理想像に基づいて、都市の骨格を形成するところの都市施設の配置、都市
内の各部分の土地の利用のあり方等について定めるいわゆる総合的な街づくりの計
画であつて、その総体は高度に合目的的な行政的技術的裁量によつて成り立つもの
であり、その計画実現の一環である用途地域の指定は、合理的な土地利用のために
地域内の建築等の制限をするものであつて、それによつてとくに特定人に特定の権
利を与え、あるいは特別に一定の義務を免除するというのではなくて、むしろ適切
な用途地域の指定の結果それによつて一定の住民が利益を感じることがあるとして
も、それは地域内の土地の利用につき私権の行使を一定の範囲に制限したことの結
果であつて、いわばその犠牲のうえに成り立つた反射的利益を享受するにすぎない
と言わなければならない。」旨を付加している。
本件判決は、一審判決とは異り用途地域の指定といつた一般処分の行政処分性を検
討するのに被告が既に指摘しておいたように当該一般処分が特定個人に向けられた
ものであり、かつ具体的な権利侵害を生ぜしめるものか否かを検討し、その処分性
を否定するとともに、訴えの利益についても昨今論ぜられることの多い環境権につ
いて、その内容の不明確性と権利主体の範囲の不確定性の故にこれを明確に実定法
上の根拠なしとして否定したのであつた。
また、都市計画によつて受ける環境的利益については、まず都市計画が高度に合目
的な技術的裁量によつて成り立つことを明確にしたうえ、用途地域の指定が計画実
現の一環であるとの位置付けをし、その指定は、「合理的な土地利用のために地域
内の建築等の制限をするもので」あるから、それは特定個人に向けられたものでは
なく、したがつて「適切な用途地域の決定によつて一定の住民が利益を感じること
があつても、それは地域内土地の利用につき私権の行使を一定の範囲に制限したこ
との結果」であることを理由に、法的に保護された利益ではないとしたのであつて
た。
このように本判決も、被告が既に指摘しておいたように、訴の利益を検討する際に
も、当該処分が特定個人に向けられたものであるかどうかを吟味することによつて
その有無を判断しているのである。
5 広島高裁昭和五三年四月一二日判決(ジユリスト六七〇号判例カード六参照)
本判決は、既に紹介しておいた山陽自動車道新設工事の実施計画の認可に関する控
訴審判決(一審判決は判例時報八二六号三一ページ)で、抗告訴訟によつて公権力
の行使の違法を争い得るには、私人として有する個別的かつ具体的な権利ないし法
律上保護に値する利益の侵害を被りかかる権利侵害に対する救済を目的とするもの
であることを要し、国民ないし住民として行政作用が適法ないし適正に行なわれる
べきことにつき一般的な利害ないし関心がある程度では足らず、かつ争訟の対象が
司法審査に適する具体的事件性を備えることを要する旨を判示したうえ、附近住民
が右認可により環境権を侵害されるとの主張に対しては、その主張の環境権は実定
法上の具体的権利として肯定できず、また、人格権などの具体的権利に対する侵害
の主張に対しては、工事実施計画が認可されたにとどまる現段階では、その生命健
康ないし居住生活環境に耐え難い程度の侵害を被りあるいはこれを被る高度の蓋然
性を確実視して誤りないものとはいえないから、附近住民としてはこれに対する具
体的な救済の請求権はないとして控訴を棄却した。
本件自動車道は、国土開発幹線自動車道建設法に基き国が建設すべき自動車道の予
定路線であり、内閣総理大臣が基本計画を立案し国土開発幹線自動車道建設審議会
の議を経たうえ決定公表し(同法五条)建設大臣及び運輸大臣が右基本計画に基き
右審議会の議を経て、自動車国道新設に関する整備計画を定めたものである(高速
自動車国道法五条)。
もともと、本件のような高速自動車道の新設は、建設大臣が行うべきものである
が、道路整備特別措置法によつて日本道路公団に対し右整備計画に基く高速自動車
国道の新設を行わせることもでき(同法二条の二)その場合公団は、工事実施基本
計画につき建設大臣の認可を受けなければならない(同条三項)。
したがつて、本件認可のような行為は第一審判決の指摘したように「実質的には被
告(建設大臣筆者注)の下級行政機関としての地位役割を果している」のであり、
本件新産都基本計画の承認申請と同様の構造となつているのである。
原告らの主張によれば、「基本計画の承認申請」自体を「処分」と捉えているので
あるから右の認可以前の行為である。右の認可行為でさえ内部的な行為であれば、
その前の段階の行為について「処分」とされる可能性は一体どこに存在するのであ
ろうか。
加えて、本件高速自動車道の建設は、右にみた如く、内閣総理大臣の定めた国土開
発幹線自動車道の基本計画に基き、建設大臣及び運輸大臣が定めた「自動車国道新
設に関する整備計画」の実施計画に基づくものなのである。
このような具体化された実施計画においても、「外部的に国民に対して行政庁の意
思を表明」したものではなく、本件認可によつて原告らの「法律上の権利利益が侵
害されるに至つたものとは認め難い」としたのであつた。
(三) 結語
すでにみてきたように、本件基本計画が特定個人に向けられた具体的な処分とは著
しく趣を異にし、その作成又は内閣総理大臣に対する申請により、新産都建設促進
法又はその他の法令の規定によつて、私人の権利利益を直接規制するような効果を
生じさせるものではないことは、既に被告において詳述したとおりであり、原告ら
の主張は明らかに失当であるといわなければならない。
もともと、新産法に基づくような基本計画の取消しを直接の目的とする訴訟は、
「実質的には規範統制訴訟のような性質をもつことになると考えられるから、わが
国法上は一般的には認められないことは多言を要しないところである。むしろ現行
行政訴訟制度の一般的原則は、事業計画の実施によつて生じた個別的具体的法律関
係を個々的に訴訟の目的としてとらえることにあると言つてよい。また、実質的に
考えても、事業計画の段階で、それによつて必ずしも直接具体的に権利を侵害され
た訳ではなく、その抽象的可能性ないし蓋然性があるというだけの理由で、事業計
画に対して出訴することを認めることは、訴訟の対象となるべき争の成熟性が、訴
訟制度の意義に照らし充分であるとは言えない・・・・・・。」(雄川一郎・「土
地区画整理事業の事業計画は抗告訴訟の対象となるか」(前記最高裁判所昭和四一
年二月二三日大法廷判決に対する判例批評)法学協会雑誌八四巻一号一九七ページ
から一九八ページ)との評釈がなお一層妥当するものといわなければならない。
更に、いうまでもなく本件新産都基本計画は、大都市における人口産業の過度の集
中を防止し、大分県の総合計画の根幹をなすものであつて、「雇用の安定を図るた
め産業の立地条件及び都市施設を整備することにより、その地方の開発発展の中核
となるべき新産業都市の建設」をはからんとしているのであるから、単に原告らの
みが利害関係を有するものではなく、原告らを含む多数関係人の利害にわたる重要
な政策課題である。
もし、本件基本計画に対する抗告訴訟が許されるとして仮に本案に関する審理が進
められるならば、原告ら以外の例えば、<地名略>付近の他の関係権利者や本件基
本計画に賛成する住民は同人らが全く関与しないうちにその利益が侵害されてしま
うことにもなりかねず、まさしく「他の利害関係者の参与しない手続でそのような
ことが行なわれ得てよいか、という問題を生ずる」(雄川・前掲論文一九九ページ
から二〇〇ページまで)との指摘がなされることになるのである。
これを更にふえんすれば、新産業都市の建設といつた重要な政策課題については、
関係住民をはじめとする大分県民の総意が反映される政治の場において、民主政治
の機構と手続とを通じて論議されるべき性質のものといわなければならず、訴訟の
場において、原告らとの間のみにおいて相対的に解決されるべき筋合いの問題では
ないのであつて新産法二条・六条・一〇条の規定は、まさに右の理を宣明している
ものということができる。
(証拠関係)(省略)
○ 理由
第一、一、原告らはその「請求の趣旨」中において「被告知事が昭和五二年一月一
〇日付で内閣総理大臣に対して承認申請をなした大分県新産業都市建設基本計画
中、別紙部分の取消を求める。」旨の判決を求めながら他方その主張中において基
本計画に先行する八号地計画を含めた意味で本件基本計画の「実体」なる概念を用
い、これの取消を求めるとか、行政庁の行為が抗告訴訟の対象たる「行政処分」で
あるには必ずしも「明文の行政規範」に依拠していることを要せず、「条理上の行
為規範」に基づいておれば足りる等と述べている部分もあり果して原告らの真意が
新産法上の基本計画(ただし、その内容性格がいかなるものであるかは別として)
の取消を求めているのか理解し難い点もないではない。
しかし同請求原因中で原告らは同計画の違法事由の一つとして「同計画が新産法一
〇条一項に基づくものである以上、同法による内閣総理大臣の指示する当該新産業
都市にかかる建設基本方針に基づいて策定せらるべきところ右方針に違背している
ので違法である」旨の主張をなしている点や、本件訴訟の処分性、必要性の点に関
し本計画が内閣総理大臣により承認された場合には新産工特法の財政的裏付が与え
られ、新産法一七条、一八条の諸法律効果の発生することを指摘している点並びに
我が国の国家制度が「法律による行政」の建前を採用しているので原告ら主張の行
政処分の「条理上の行為規範」なるものは右原則に照らし、容易には認め難い点等
を総合して判断する限り、原告らの取消を求める本件基本計画は新産法上の基本計
画であると解さざるを得ない。そうだとすれば、同計画がいかなる内容、性格のも
のであるか、換言すれば、同計画が、原告ら主張の八号地計画のような個別的、具
体的計画を取入れたものであるか否かは正に同法の趣旨と制度目的から解釈し判断
されるべきものと思料する。(ちなみに最高判昭和三〇年二月二四日第一小法廷
(民集九巻二号二一七頁)は行政庁が法律によつて付与せられた権限に基づかずに
なした通知処分を行政法上の「行政処分」に当らない旨判示しているのでこの点か
らも本訴の取消対象が条理に基く行為規範によるものでなく新産法所定の基本計画
と解すべきものである。原告らは大分県知事の策定に至つた動機とその意思の内容
を問題としているが、新産法は同計画の機能上、策定者にどのような具体的な内容
の基本計画を策定することも自由だとしてその自由裁量に任せているものではな
い。)
二、よつて以下同法所定の基本計画の性格を明らかにして行くこととする。
新産法の制定目的、構造及び規定内容並びに建設基本計画の作成手段については被
告主張(第二の二の(一)の6並びに同二の1ないし4に記載)のとおりであつ
て、これを要するに同法の特徴は、同法五条二項並びに附則五三条一項により明ら
かなとおり国土総合開発法の系列に属する総合開発計画の性質を有するもので、た
だ、新産業都市の建設は一地方自治体のみの事業によつて達成し得るものではな
く、国、都道府県、市町村等がそれぞれの立場でこれに協力し、或る場合には地方
自治法に基づき地方公共団体が、或る場合には道路法により国がそれぞれの立場で
計画を実施する関係上、これら各実施行為を統合し有機的関連を持たせて有効な同
都市建設を図る必要があり新産法は右目的のために制定せられているものと考えら
れる。
従つて、同法の中心は種々の前記実施権限を有する者に対し互いの行政上の計画が
矛盾し不合理な計画とならぬよう新産業都市の建設計画達成のため配慮すべき努力
目標とその義務を定め、しかも、その総合性の確保と指針を明らかにするために基
本的な計画の策定を義務付けている点にあり、又同計画については、それ自体に関
しては勿論のこと、その変更にもその都度、国の行政機関の最高責任者である内閣
総理大臣の承認が必要とされている点等をも考慮すると、右法の目的に則つて策定
される新産法上の基本計画なるものは、その事柄の性格上、個別的、具体的な計画
を内容とするものではなく、行政庁に対する一般的抽象的な行政指針を内容とする
ものとならざるを得ないし、又そうでなくては同計画の本来の目的を達し得ないの
であつて、新産法一一条が開発すべき工業の業種及びその規模等に関する工業の開
発の目標、人口の規模及び労働力の需給、土地利用、施設(工場用地、住宅及び住
宅用地、工業用水道、道路、鉄道港湾等の輸送施設、水道及び下水道等)の整備等
を内容とする計画の大綱と予算の概要を建設基本計画に定めるべき旨規定している
ゆえんも右の点に存するものと思料される。
そして新産法に定める基本計画の位置付け及びその内容が右のようなものである以
上、右基本計画は、その名宛人を国、地方公共団体又はその行政機関とする行政作
用の性格を有すると解さざるを得ない。
この点原告は本件基本計画につき国土庁地方振興局長が「熟度の高い整備計画」で
あるべき旨を指示(甲二号証)しているので同計画は相当の具体性を伴わねばなら
ない旨主張しているが右指示はあくまで一個の行政指導に過ぎず何ら法律の効果を
左右し得るものではないのであるから同存在を以つて上記認定の新産法上の基本計
画の性格を上記と別意に解さねばならぬ理由はない。
むしろ同指導の意味するところは同計画のマスタープラン性に反しない限度で実効
性を伴つた計画であるべき旨を策定担当行政庁に指示しているものに過ぎないもの
と解するのが相当である。
三、本件基本計画の法上の性格は以上のように解せられるところ次にかかる性格を
有する基本計画が抗告訴訟の対象たる行政処分に該当するかにつき以下検討するこ
ととする。およそ、いわゆる開発行政計画が「行政処分」たり得るには右計画の依
拠する法律を解釈して右開発行政計画の「本質」を明らかにした上、同計画の本質
自体が直接特定個人に向けられた具体的処分であり、又、これにより個々の利害関
係人たる国民の具体的権利を制限している場合に限るのであつて、このような場
合、裁判所は同計画の違法性の有無につき司法的判断を下し得るのであり(最判昭
和四一年二月二三日民集二〇巻二号二七一頁以下参照)、これを超えて行政庁又は
その行政機関に対してのみ向けられた開発行政計画の違法性の有無を判断すること
は三権分立の建前上許されないといわなければならない。
右の立場から本件を考察すると、本件基本計画の本質は叙上認定の如く行政庁のみ
を名宛人として、新産業都市建設にかかわる一般的抽象的な努力目標とその義務を
明らかにしたガイドラインの設定にあるので前記判例の表現に従えば本計画は全く
の「青写真」にとどまるものであり、個々の国民の権利を制限する効更を伴わない
ものであるからこれを以つて行政処分と言うことはできない(ちなみに、前掲判決
は土地区画整理法に基づく同整理事業計画の行政処分性につき次のとおり判断して
いる。
すなわち「同事業計画は土地区画整理事業の一連の手続の一環をなすもので単にそ
の施行地区を特定しそれに含まれる土地の地積、保留地の予定地積、公共施設等の
設置場所、事業施行前後における宅地合計面積の比率等、当該土地区画整理事業の
基礎的事項(土地区画整理法六条、六八条、同法旅行規則五条、六条)について土
地区画整理法および同法施行規則の定めるところに基づき長期的見通しのもとに健
全な市街地の造成を目的とする高度の行政的、技術的裁量によつて一般的抽象的に
決定せられるものである。従つて事業計画はその計画書に添付された設計図面に各
宅地の地番、形状等が表示されているとはいえ、特定個人に向けられた具体的な処
分とは著るしく趣きを異にし、事業計画自体ではその遂行によつて利害関係人の権
利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではなく、
いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性格を有するに過ぎないものと解すべき
である。
」「事業計画が法律の定めるところにより公示されると、爾後施行地区内において
宅地建物等を所有する者は、土地の形質の変更建物等の新築、改築、増築等につき
一定の制限を受け、また施行地区内の宅地の所有権以外の権利で登記のないものを
有し又は有することになつた者も所定の権利申告をしなければ不利益な取扱いを受
けることとなつている。
しかし、これは、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に
基づき法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるもので事業計画の決
定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とは言えない。それ故、事業
計画は、それが公告された段階においても直接特定個人に向けられた具体的処分で
はなく、又宅地建物の所有者又は賃借人等の有する権利に対し具体的な変動を与え
る行政処分ではないと言わなければならない。」と。)
原告らはこの点に関し本件基本計画は八号地計画を含んでいるから具体的実施計画
であるとか、或は個々の先行実施計画の追認計画の実態を有しているので特定個人
の権利に影響を及ぼすことが明らかであるので行政処分性を有する旨各主張してい
るが、右は前記判示の「本質」と「附随効」とを混同した理論であつてとるを得な
い。
けだし本計画の本質がマスタープランである以上はその内容に具体的個別計画或は
処分を内包し得ないことは論理上当然のところと言わざるを得ないからである。
そうすると、本件訴えは、八号地計画が本件基本計画中に内包され得る程度に抽象
的であるならば行政処分性を欠くこととなり逆に内包され得ない程に具体的である
ならば取消対象を欠くこととなるので、その余の争点についての判断を待つまでも
なく何れにしても不適法な訴えとして却下を免れないところである。
なお、右のように解しても、原告らは、本件基本計画に基づいて計画実施される個
別的具体的行為による権利侵害ないしその危険性があればその違法を主張して争う
こともできるし、また、仮に、将来計画されるであろう新産業都市建設に取り入れ
るための先行的個別的具体的行為についても、その行為によつて個々の権利侵害な
いしその危険性があれば、それ自体の違法を主張して争うこともできるのであるか
ら、その救済に欠けるところはないというべきである。
第二、一、当裁判所は以上の如く本件訴えを不適法と思料するものであるが、た
だ、原告らが本件訴えは公害予防を目的とするもので、その被侵害法益の重大性と
事後救済の困難性を背景に本件訴の対象が前記のとおり本件基本計画策定の実体で
あるとか、複合的行政過程である旨の主張もなしているので、これらを前提とした
「行政処分性」についても念のため一応判断しておくこととする。
ところで我が国が「法律による行政」の建前をとつていることは前記のとおりであ
り、特に複合する行政過程なるものの個々の行政行為が異なる行政庁により行われ
ている場合には原告主張の立場をとつた場合、一体国の処分か県の処分かが不明と
なり抗告訴訟の被告を誰とすべきかの点も不明確となるので「複合的行政過程」な
るものを無条件に認めることには相当の疑問なしとしない。
然しなから、かかる行政過程なるものによつて地元住民の生命、身体等に差し迫つ
て重大な悪影響の生ずることが相当程度に予想され、しかも事後の救済も困難であ
るとの特段の諸事情が認められる場合には(従つて地元住民がこぞつて同処分に反
対しておりこの点につき国民の一般的共感も期待されるが如き場合にあつては)実
際的な地域住民の権利擁護とその救済を図るため、かかる行政過程なるものを行政
処分と解し同行為の違法性につき裁判所がこれを判断することも許されるべきであ
つて、このような場合における右のような配慮は前記「法律による行政」の建前に
も、又三権分立の国家制度にも相反するものではないと解するのが相当である。
よつて以下、大分県における新産都建設二期計画とその中断並に昭和五二年一月改
定せられた新産都建設基本計画の策定に至る経緯等を検討して右基本計画策定の過
程なるものに上記行政処分と認めて然るべき前記特段の諸事情が存在するかにつき
判断する。
二、成立に争いのない甲一号証の一ないし五、同二号証ないし同五号証、同九号
証、同一二号証、同一五号証、同二〇号証ないし同三二号証、同三五、三六号証、
同三八号証ないし同四四号証、同四五、四六号証の各一ノ二、同四七号証ないし五
一号証、同五二号証の一、二、同五三ないし同五八号証並に乙号各証、原告P1本
人尋問の結果により真正に成立したことの認められる甲一〇、一一号証、同一六号
証ないし同一八号証、同三三、三四号証、同三七号証、証人Lの証言(但し後記認
定に反する部分を除く)と前記本人尋問の結果とを総合すると次の事実が認められ
る。
すなわち
(一) 大分県は昭和二八年頃から大分鶴崎地区に臨海工業地帯を建設しようと考
え同三三年に別紙四の図の如き同地帯の造成計画を作成したのを始めとして「被告
の申立とその理由」の第二の二の(三)の2、3に記載のとおり同三七年には「大
分鶴崎臨海工業都市の建設に伴う施設整備計画」や大分県の総合開発計画である
「大分県基本計画」或は「大分港の港湾計画」等を次々と策定し又これらを相互に
整合させ或は変更を加えた上、更に新産法が同年八月一日施行されるや翌三八年二
月二五日新産業都市の区域指定の申請をなして前記個所に記載の経過を経て昭和三
九年一二月二五日内閣総理大臣より同記載の内容の旧基本計画の承認を受けたこ
と。
又大分県において右旧基本計画との関連において従前の県の計画であつた「大分地
区臨海工業地帯建設計画」を変更して右基本計画に整合させたこと。
以上諸計画の内容、実施状況並に各企業の進出と操業状態等の具体的内容について
は被告の前記主張のとおりであること。
(二) ところで前記旧基本計画によると現在問題となつている<地名略>西部の
海を埋め立てる計画はなく(甲四〇号証)右埋立に相当する計画として杵築市の守
江湾に臨海工場用地造成が考えられていたこと。
大分県は右の点に関し国に変更の承認を求めたが、いれられず、以後、大野川以東
すなわち<地名略>、<地名略>、<地名略>等<地名略>西部の海の埋立計画は
国の承認を得た計画とは別個に県の大分港の港湾計画として進行させることとし、
昭和四五年八月港湾審議会で右計画につき承認を得その頃から右計画の実施として
<地名略>、<地名略>、<地名略>の四漁協に対し漁業権放棄について補償交渉
を開始し、又<地名略>の行政当局、議会等にその旨通知し、同住民に対しては同
四五年七月神崎小学校において木下知事がいわゆる二期計画なるものについての説
町会を開催するなどし始めたこと。
(三) しかし上記の如き大分県の臨海部の工業開発に伴つて同三八年代から公害
の方も目立ち始め、同四一年一月には大在海岸に黒い油が流れてのりに被害が生じ
たのを初め、同四五年九月には大分市沖合で大量のハマチが死亡するなどの漁業被
害が、又同四四年一一月には昭和電工の電気系統の故障で悪臭が流れ、同四五年七
月には家島地区で小豆、大豆等が黒く枯死するなどの農作物被害等が発生するに至
つたこと。
特に<地名略>とは大野川をへだてて隣りあつている三佐家島地区は一期計画の一
号地埋立地の背後地に当つている関係上周囲を住友化学工業大分製造所、鶴崎パル
プ九州石油大分製油所、九電大分発電所、昭電コンビナートに取り囲まれ悪臭ばい
煙の被害を受けて、住民らは気管支炎等で苦しむ者が多く公害の吹きだまりの観を
呈する状態となつていたこと。
(四) <地名略>住民らは右被害の状況を日頃見聞していたことでもあり又特に
神崎地区の地形が佐賀関半島のつけ根の部分に位置し、その北側には海がひかえ、
南側には丘陵と高さ四〇〇メートルから五〇〇メートル程の山が連らなつてその間
の幅約二〇〇メートルから三〇〇メートルの狭い生活空間としかなつていない上、
冬には北西風が、夏には海風と陸風とが交互に吹くと言つた気象状態で、若し北側
の海が埋立られ工場群が立ち並んだ場合には悪臭有毒ガスが神崎地区に吹きつけ蓄
留されてその公害被害は甚大であろうと考えられたこと、その上昭和四〇年二月大
分県作成の新産業都市の建設基本計画(甲四〇号証)でも明らかなとおり<地名略
>は従前埋立計画の対象地区ではなく柑橘栽培の主産地化、市街化計画区域周辺に
おける花き、そ菜などの「近郊農業の確立」を目的とした開発計画地域となつてい
たこともあつて多くの住民が右説明を受けるや同計画に反揆したこと、すなわち神
崎連合区長は神崎地区の区会、青年団、消防団、婦人会等に呼びかけ前記団体らは
昭和四五年九月六日右呼びかけに応じて神崎公民館に集合して合同で会議を開き八
号地計画につき討議した結果一期計画がまだ半分しか操業していないのにその公害
はひどいものがあるとして埋立反対の決議をなしたこと。
そして同月一八日には前記連合区長の招集により神崎公民館で埋立反対総決起大会
が開かれ、八号地埋立の即時撤廃を求める旨の決議がなされ又以後地元住民の意思
を代表する機関として「新産都八号地埋立絶対反対期成会」が結成せられたこと。
又佐賀関漁協も右八号地埋立によつて海が汚染され漁業被害が拡大することを恐
れ、同年九月七日に総代会を開いて反対の決議をなし同年一一月二二日の埋立反対
町民大会に主催団体の一つとして参加していること。
その後前記期成会において昭和四六年から同四七年にかけ、県に対し先ず一期計画
の実施による公害の発生状況と波及効果等を明らかにし、同分析結果を検討した上
でそれでも尚開発の必要ありと合理的に判断せられた場合に限り二期計画を推進す
べきであるとの主張を強く押し進めて来たこと。
これに対し県側は地元住民を個別訪問して同計画への賛同を求めるなど右期成会を
ボイコツトするが如き行動に出たりしたため、一層期成会と県との間は相互不信が
強まり昭和四七年一二月一五日には地元住民が大分市議会に座わり込み機動隊が出
動してこれを排除する事態が発生するまでとなつたこと、
この間県も住民の反対運動に動かされて三佐地区の全員五〇〇〇余人につき健康調
査に着手し、同調査結果は昭和四八年五月九日医師会から正式に発表されたが、同
結果を四〇歳以上の者を被調査者とした場合に修正して同地区の慢性気管支炎有症
率を算出すると、大阪、神戸、徳山を超え四日市に次いで、約九パーセントに及ん
でいることが判明したこと、
右の如き相互対立の状態の中で原告らは昭和四七年二月二五日頃環境庁に直接大分
県の窮状を訴えるため上京し、当時の同庁長官P2大臣に面会して現地の状況を説
明したところ同大臣は現地視察を約束したこと。
そして翌四八年三月二七日、右約束の履行として同庁富崎企画防止課長外三名が<
地名略>に調査団として来県し漁船一五〇隻の出迎えを受けて直接現地を視察し又
住民の訴えを聞いたこと。
又これを皮切りに、同月から同年五月にかけて社会党、公明党、共産党の各国会議
員らが公害調査に来県するに至つたこと。、
又同年四月二五日の衆議院公害対策並に環境保全特別委員会において前記P2国務
大臣が「一期計画にも色々問題があるわけであるから、二期計画の場合にはよほど
全体の環境保全或は第一期計画全体の見直しと言つたものをやらねばならないので
今後この問題につき県当局も非常に慎重な検討を加える必要がある」旨又船後政府
委員も「環境が保全し得る範囲でこれを練り直して行くことが肝要である」旨の各
陳述をなしていること。
右のように大分県の公害問題が国政レベルで問題となつて来ている最中の昭和四八
年五月一〇日夜、住友化学大分製造所の排水処理施設の一つであるタール物質の貯
留タンクの管理ミスから有毒ガスが流出し付近住民が強い吐き気、目、のどの痛み
を訴え避難しその際一四名が呼吸器や皮膚の炎症をおこし大分県は同会社に操業停
止の命令を下だす事故が発生し、しかも同月二〇日には佐賀関漁協総代会で埋立賛
成派と反対派の両傍聴人がなぐりあいのけんかを始めて二人がけがをし一人が救急
車で病院に収容されると言う事件まで発生するに至つたこと、
このため地元住民は再び第二次の環境庁への直訴団を同庁に派遣し同庁の力で前記
問題を解決してもらおうと決意し七七名が同月二四日上京するに至つたこと。
そして大分県知事は翌二五日午前一〇時記者会見をして「佐賀関漁協の流血騒ぎと
地元の混乱とを考え、同漁協内部が正常化し、環境基準が公害規制面で充足される
時まで二期計画から八号地計画を分離して中断する。但し、七号地計画は立地企業
が非公害型で漁業補償も片付いているので同計画は推進したい」旨発表し、一応右
紛争については終止符が打たれたかに見えたこと。
そして七号地計画は知事の言明通り実施されて同年一二月七日、同地区を西からA
BCの三区画に分割しC地区を切り離す旨の決定がなされ、現在では七号地B地区
(日吉原工業団地)は水深五・五メートル二、〇〇〇トン級の船が接岸可能のバー
スが二つ、幹線道路、電力、工業用水、上水道等すべて整備(昭和五三年二月完
成)され、進出企業を待つばかりの状態となつていること。
そして大分県は新産工特法の適用期限が昭和五〇年から同五五年まで延長されるこ
とが決まるや、再び八号地計画を取り上げて「被告の申立とその理由」の第二の二
の(三)の7記載のとおり同所記載内容の基本計画を策定して昭和五二年一月八日
内閣総理大臣に右改正計画の承認申請をなし同年三月一八日同承認を得るに至つた
こと。
しかし原告ら地元住民らはこれらの動きを県知事の言動等から察知し、同計画が前
記流血事件までひきおこした結果、やつと前記条件のもとで中断となつたにかかわ
らず、現在右条件の充足がなされていないのにこれを改定基本計画に盛り込むのは
前記約束に反するものであるとして反揆し、その旨大分県に申し向けて県の真意を
ただしたところ、当時の県のL県企画総室長は「八号地計画は旧基本計画中に含ま
れているので今回の措置はそれを新基本計画に移行さすだけのこと故、事務作業で
済むことだ」とか「八号地計画は埋立ての実施を中断したもので八号地計画そのも
のが新産都市計画から削除されたわけではない。従つて計画内に八号地計画が生き
ている以上、今回八号地計画の改定では八号地計画を入れるか入れないかは問題に
ならない」等と主張し前記知事の約束とは無関係であるかの如き主張をなし前記P
2国務大臣の指摘をも意に介しないかの如き発言をもなしたること。
そのため原告ら地元住民はその態度を硬化させて、昭和五一年七月二四日、八号地
復活阻止住民大会を開催して右県の態度に反対する意思を明らかにしたこと。
しかし県は右問題につき何らの解決をみないまま前記のとおり昭和五一年一二月二
二日開催の大分地区新産業都市建設協議会の審議を経て翌五二年一月八日本件改定
基本計画(乙一三号証)を作成し大分県知事はこれが承認を総理大臣に申請し同年
三月六日前記承認を得たこと。
又承認によつて大分県は本件問題となつている<地名略>臨海部に二九八・五ヘク
タールの埋立造成をなすべくこれまで策定せられた大分県港湾計画を基礎としその
上に諸施策を積み上げて行くことは殆んど疑いのないところであること(現に臨海
道路は八号地手前の鶴崎公園まで出来上がつている。)。
又前記三佐地区は二号埋立地の昭電グループの背後に当り地区内には臨海産業道路
と昭電直通の県道が東西南北に走り地区は四つに分断され、この道路建設で地区内
を一巡する排水路はしや断され雨期には毎年水害を受けると言つた開発と環境整備
とが跛行状態をきたしている有様で、しかも気管支炎等の発生状況は前記のとおり
であるところから、昭和四九年九月二八日、同地区の三一八世帯一、三七〇人が鶴
崎の別保地区に集団移転することを決意し、県、市と交渉の結果、住民において昭
和五三年度末までに宅地一五万六、〇〇〇平方メートルと農地とを手放し、交換に
別保地区の宅地一一万五、〇〇〇平方メートルを取得する旨の協議が成立したこ
と、
しかし現在に至るも右移転は実現しておらず依然公害に苦しんでいること。
以上のような状態であるため昭和五三年に至り三佐三区三二五戸の住民で組織する
環境整備委員会会長らは市と県とに対し、工場誘致の際背後地を整備する旨約束し
ながら一〇数年何もしていないので早急に環境整備をなすよう申入れをなしたるこ

これに対しP3市長とP4県企画総室長らは遅れて申し訳ない、市と県とが共同で
昭和五三年から三ヶ年間の事業で区画整理する旨答えたが、住民側は納得せず五三
年一年間で整備するよう強く申し向けたこと。
以上の事実が認められ右認定を覆えずに足りる証拠はない。
右の認定事実特に一期計画による公害の実状、神崎地区の公害に弱い地形、行政当
局における公害防止対策の著るしい遅れと、これに関する行政側と地元住民との対
立の激しさ等を考慮すると、確かに原告ら地元住民において本件改定基本計画策定
の結果により自分達の環境が急速に悪化し行政庁は企業側の都合のみを考慮して住
民の蒙る不利益については何らその対応策も考慮してくれないのではないかとの危
惧を抱くのも一面無理からぬものがあるといわざるを得ないし、これに対し、行政
庁側が地域住民のこれらの危惧と不信を払拭するため最大の努力をなすべきである
にもかかわらず、その真しな努力を怠つていたとの批判を受けてもやむを得ない場
合のあつたことも肯定せざるを得ないであろう。
しかし反面前記甲四一号証ないし同四五号証、証人Lの証言等によると七号地Bの
埋立地については昭和四八年までの高度経済成長の終焉に伴い今のところ進出希望
の企業は全くないと言つた状態で又六号地の埋立についても進出予定企業である九
州石油から大分県に対し昭和四八年秋の石油シヨツク以来石油製品特に工業用重油
の消費の伸びが低迷していて六号地の新規設備投資にふり向ける経済余力がないの
で同五四年以降は六号地埋立を中断し造成工事の完成時期を先に延ばして欲しい旨
の要望も出されている程であること、殊に本件八号地は佐賀関漁協の漁業権放棄の
問題も解決していないことや、右のような六号地、七号地Bの土地利用の状態から
みても、それ程早急に八号地埋立免許の申請自体が出されるとは考えられないし、
仮に右埋立が行われるにしても、同地区につき工場が進出するとの点については何
時いかなる企業が進出するのか全く予想も出来ない状態であることが認められると
ころである。
そうすると結局本件については、前記原告ら主張の立場に立つてみても行政処分性
を認めるに足る事実はないと言うべくこの点についての原告らの主張は失当と言う
他ない。
第三 結語
よつて、原告らの本件訴は不適法であるので却下することとし、訴訟費用の負担に
つき民事訴訟法八九条九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田畑 豊 弓木龍美 高橋 正)
別紙二
第一 大分新産都の実態と本訴訟の必然性
一、
はじめに
昭和三九年に初版された岩波新書「恐るべき公害」は、四日市ゼンソクにふれた
後、「新産業都市の建設計画も、四日市市と同じ開発方式である。厚生省の地域開
発研究会の中間報告では、新産業都市について次のように勧告している。「住居地
域と工業地域との間に幅四キロメートル以上の緩衝地帯を設置し、その地帯は八時
間労働のみによる事務所、工場用地に限られるべきである。」この勧告を実行する
とすれば、各地の計画は、すべてねりなおさねばならない。たとえば、新産業都市
のモデルといわれる大分・鶴崎の場合、工場立地計画は確定しているが、公害予防
措置には手をつけていない。いまの計画では、大分・鶴崎の現在の市街地は、コン
ビナートと丘陵地の間の谷間になつてしまう。」(六一二頁)と述べている。
大分地区新産都がスタートする時点で、既に計画をねりなおさなければ、公害の谷
間と化すことが予測され、警告されていたのである。被害が科学的に予測され、そ
の被害が自己に及べば人間誰しも被害を防ぐ努力をするものである。だが、「恐る
べき公害」も厳しく指摘しているように、この種公害企業の誘致を計画し、誘致さ
れた大企業から莫大な利益を手中にする人びとは、これらの企業によつて破壊され
る環境の中には住まず、すぐれた環境を求めて、いつでも、どこにでも自由に移住
できる人々であり、この汚された環境の中で悩み、苦しみ、病んでいくのは、自力
ですぐれた環境を求めて移住などできない人びとなのである。末尾添付図面を見て
いただきたい。
図1は四日市で図2は大分である。
両者が恐ろしいほど類似していることは誰の目にも明らかであろう。いずれも内湾
にのぞみ、背後地に小高い丘陵地がひかえ、市街地はコンビナートと丘陵の谷間に
なつているのである。「恐るべき公害」の予測は正しかつた。だから、その警告に
耳を傾けるべきだつたが馬耳東風。計画どおり、いや計画以上に大企業ペースでコ
ンビナートづくりが行なわれた。そして、四日市型の公害御三家と云われる鉄鋼・
石油コンビナート・火力発電所も大型で出そろい、後述のように、家島・三佐・小
中島・徳島という住宅密集地帯は、すでに四日市で多くの公害患者や死者まで出し
た塩浜・磯津地区に匹適するほどにひどくなつてしまつたのである。
末尾添付図3を見て載きたい。大野川左岸が一期計画で勿論全工場が操業中であ
る。
大野川右岸が二期計画と予定企業で、その計画も既にその多くが実施中であること
は第一回口頭弁論で明らかになつたとおりである。図3を一目してわかるように、
八号地ができると原告らの居住している神崎・大平・馬場地区は家島・三佐同様に
コンビナートと丘陵の谷間になつてしまうのである。
まさに、昨日の四日市が今日の家島・三佐であり、今日の家島・三佐が明日の神
崎・大平・馬場地区なのである。後で詳述するように、家島では「永年住んで来た
われわれがどうして移転しなくてはいかんのか。後から来た工場に立ちのかせるべ
きだ」という筋論もとおらず、公害源の企業に追われて、きれいな空気を求めて三
一八世帯が集団移転をするという調印が県や市との間で交わされたのである。調印
はなされたが実行には程遠く、今も尚公害の谷間で多くの人びとが悩み、苦しみ、
病んでいるのだ。
いま行政がやらねばならないことは、破壊された住環境を浄化し、公算の谷間で悩
み・苦しみ・病んでいる人びとを救済することにあつて、それを放置しておいて、
原告らの居住地区まで家島化・四日市化することは絶対に許されない。祖先伝来、
すぐれた住環境で誰にも迷惑もかけずに共同生活をしてきた原告らの住環境を原告
らの意思に反してまで汚染し、ゼンソクなどで苦しませ、この公害の谷間から逃れ
るためには家島同様集団移転しかなくなるような非人道的なことをすることは誰に
も許されてはならない。
しかし被告らは、破壊された環境で病み・苦しんでいる人びとを放置したまま、そ
れらの被害を質・量とも大きく拡大することの目に見えている八号地をやろうとし
ているのである。しかも原告らとの約束まで踏みにじつて。
原告らは、住環境を汚染されたくないし、公害の谷間で悩み・苦しみ・病みたくな
いのである。
原告らは誰にも迷惑はかけないから、祖先が住んできたこの土地で日本国憲法の保
障の下で将来も健康な生活を続けたいのである。
原告らが、本訴で訴えているのは目に見えている深刻な健康被害であり、生活破壊
である。人権保障の砦と云われる裁判所が、この深刻な人権問題解決のため、その
崇高な使命にこたえられることを期待し、切望したいのである。
二、大分新産都のひどい実態
(一) ”公害の谷間”からの脱出計画
昭和四九年九月二八日、大分県・大分市・家島地区集団移転対策委員会の三者間
で、昭和五三年完了を目標とする集団移転合意書への調印がなされた。マスコミは
これをテレビも新聞も大きく報道したが、記録として残つている朝日新聞の「有毒
ガス避け集団移転」「海も、空も奪われて」との、毎日新聞の「住民にやつと笑
顔」「公害から抜け出せる」との、読売新聞の「一、三七〇人集団脱出」「公害耐
えられぬ」「土地・職業も捨てて」との、西日本新聞の「公害に追われ集団移転」
との各大見出し、さらには各紙に掲載された工場にかこまれた写真や図解だけで
も、集団移転の深刻さを知ることができる。
さらに全国に大きく報道された各新聞の中味を見てみよう。毎日は「三方を工場に
囲まれ”公害の谷間”といわれる大分市家島地区住民(三百十七世帯・千三百三十
人)の集団移転について、二十八日午前十時から大分県、大分市と家島地区集団移
転対策委員会(P5委員長)との間で最終的な話合いが行われ、基本事項で一致、
合意書に調印した。四十五年七月、地区住民が県に集団移転を申し入れて以来四年
ぶりである。」「大分新産都二期計画が進み始めた昭和四十七年から、大気汚染に
よる呼吸器障害を訴える住民が増え始め、昨年五月の住友化学の毒性ガス流出、同
年八月の農薬倉庫火災事故で多くのガス中毒患者を出して以来、急速に集団移転を
望む声が高まり、昨年九月八日、大分県、大分市に重ねて「健康被害が出ており、
住民の生命を守るには集団移転しか解決策がない」と公害からの”集団脱出”を申
し入れていた。」「これでやつと公害から抜け出せる」-。華やかな大分新産都建
設の蔭で工場に四方をかこまれ公害に悩まされ続けている大分市家島地区住民たち
の顔がほころんだ。」「永年住んで来たわれわれがどうして移転しなくてはいかん
のか。後から来た工場に立ちのかせるべきだ」という筋論も根強かつた。」と報
じ、P5家島地区集団移転対策委員会委員長の「一日も早く公害の谷間のような所
から逃れたいというのが地区民みんなの気持だ。」との談話も報じている。
1 朝日には「出席した移転対策委員の中には、先祖代々住みなれた土地を去るこ
とにさびしさを訴える人も多い。その一人、漁業P6さん(五八)は「工場側が移
転するのが本筋だろうが、ここまで開発が進んでいる以上どうしようもない。海を
奪われたうえ、こんどは家を捨てることになるだけにさびしくて仕方がないが、子
どもと孫の将来を考えて移転することにした」と声を詰まらせていた。」との記事
と同じくP5会長の「一日も早く公害のない場所に移転してきれいな空気を吸つて
生活したい。」との談話、さらには宇都宮県企画総室長の「三百世帯もの集団移転
は全国にも例がない。・・・・・倉敷市、四日市など集団移転の話のでている地域
を視察したが、あまり参考にならなかつた。」との談話が、
読売には「家島地区の三百十七世帯はすぐ北側が一号地の九州電力、九州石油、南
側は道ひとつへだてて住友化学、鶴崎パルプ。西側を二号地の昭和電工石油化学コ
ンビナートに囲まれ、悪臭や工場の煙害に悩まされ続けた。さらに二、三年後には
東側に六号地の三菱グループが造船、造機の大工場を建てる。公害疎開を叫び始め
たのは住友化学工業大分製造所の事故。昨年五月十日夜、有毒ガスが流出、住民三
百六十五人がガス中毒にかかり、次いで同年八月十一日には農薬倉庫の大爆発火災
で・戦時中の空襲よりひどい恐怖。その有毒ガス流出事故も不起訴となり、住民の
間で「死人が出ても会社を罰することは出来ないのでは」との不安の声が出てい
た。」との記事と同じくP5会長の「公害から逃れたい、いまはそれだけが住民の
願いです。」との談話が、西日本は一面トツプの大きな記事のほかに地方版にも
「先祖さまにやすまないが」「あえて子孫のため工場公害に追われ見切り」との見
出しの記事を「三年前の道路拡張で移転したばかりのP7さん(六五)。「この大
野川の東に六、七号地ができると公害はいまよりひどくなる。もうこの年で動きと
うない。孫が気管支炎をわずらい、かわいそうだし、みんな動くというから仕方あ
りません。」このように、家島に長く生きた人たちは「孫、子のため」の移転であ
つて、ふるさとを去ることにはやはり抵抗感をもつている。「海を手離したから先
祖の土地を追われることになつた」と異口同音に不満そうだつた。」と結んでい
る。
住みなれたふるさとが”公害の谷間”と化し、あえて孫・子のために、きれいな空
気の吸える新天地を求めて全国にも前例のない三一八世帯という集団移転に関する
調印が、この大分で現に行なわれたのである。先に住んでいた住民が後から来た工
場公害に苦しめられ、人間様を苦しめる工場を追い出すことはおろか、工場公害を
なくすることも不可能と見て、人間様が集団的に公害の谷間と化したふるさとから
逃げ出す契約に調印することほどに非人間的に狂つた行政はないであろうし、しか
も重要なことは、ふるさとを、住環境を、人の健康を守ろうとする住民の、良識者
の努力や原告らの厳しい抗議や警告も、大企業奉仕に徹底した被告らに通ぜずし
て、こんなにまでなつてしまつたことである。
大分新産都の実態と被告らの責任について語るには、これだけで充分ではなかろう
か。
(二) すでに健康被害も深刻
環境が破壊され、すでに深刻な健康被害まで出ていることは、訴状に大分県医師会
などの具体的資料を示しながら詳述した。いかに大義名分のある行動でも、それが
他人の健康を犠牲にしたとき、その行動は大義名分を失つてしまう。まして私企業
の利潤追求において他人の健康を侵害した場合においておや、と原告らは信じてい
る。
その原告らの手許には、訴状記載の資料以外にも高校教師や住民団体の手によつて
集められた慢性気管支炎をはじめ感冒症候群・耳・眼等の疾患に苦しむ住民の生の
声が多数寄せられている。それらの声の中には、「知事らにはゼンソクの苦しみが
わかるだろうか、知事らは、自分のかわいい子供や孫をこの背後地に住まわせるこ
とができるだろうか。自分の子供や孫を住まわせることはとてもできないが、あな
たがたは我慢して住んでくれなんてことが為政者に許されていいのだろうか」とい
う声もある。こんなにも病める人びとをつくりだし、放置している為政者に対する
非難の声はますますはげしくなつていくであろう。
第一回口頭弁論直後にも、例えば大分合同新聞六月五日の朝刊は、「深刻-新産都
背後地の健康被害」「尼崎、川崎に匹敵」「法的救済措置を急げ」との大きな見出
しで「大分新産都背後地の大気汚染による健康被害は、尼崎、川崎など全国の大気
汚染公害指定地域に匹敵するほど進んでいる。法的救済措置を早急にとる必要があ
る-こんなシヨツキングな意見が、四日、大分大学で開かれた日本科学者会議瀬戸
内委員会の席上、丸屋博岡山県水島協同病院副院長から発表された。」「これは今
春、大分自然を守る会(上田忠夫会長)が行つた大分市家島・徳島・日岡三地区の
健康被害調査に基づく分析結果。」「アンケートは環境庁が定めた全国統一の大気
汚染被害調査用のもの。」「この気管支炎の有症率(症状を訴える人の割合)は、
大気汚染のないところで三%前後といわれているが、大気汚染公害指定地域の川崎
は一一・五%、千葉の一部一〇・九%、大阪北区九・二%、尼崎六・二%、東京
五・五%、名古屋五・一%。大分市の家島、徳島地区については、どちらも東京、
名古屋よりも高い有症率を示し、尼崎とほぼ同じ。これは「公害汚染の指定を受け
て当然」といえる高い数字という。」と報じ、さらに丸屋医師の「水島の地域指定
にたずさわつたが、大分の新産都背後地も早く法的救済措置をとり、これ以上の被
害を食いとめねばならない。」という談話もつたえている。
大企業奉仕の行政によつて、このような健康被害をつくりだしたのも犯罪だし、こ
の深刻な現状を放つておいて八号地に狂奔しようとするなどとすることはさらに悪
質な犯罪行為だと云わねばならない。
こんな悪質な犯罪を許してはならない。
本件はなにより大企業の利潤追求を尊重する連中に、悪質な犯罪行為をこれ以上許
すか、その犯罪行為を食い止め、人の健康ほど尊いものはないことを宣言し得るか
が問われている事件でもある。
(三) 悪化の続く生活環境
原告らは、第一回口頭弁論において、基本計画の概要(乙第一六号証)の中に「窒
素酸化物については、昭和四八年一一月から一〇測定点において測定を行つている
が、環境基準の設定されている二酸化窒素についてみると、全測定点において基準
に適合していない状況である。」という事実を記載せざるを得ない大分新産都の深
刻さを問題にした。そして概要の中で、被告が主張している一般的抽象的なものは
緑化問題の個所のみで、企業奉仕の工業用水道の施設などはすべて完成ないし工事
中である事実を具体的に且つ厳しく指摘して、かかる大企業中心の行政こそが、大
分新産都のおそるべき現状を生んでいると強調した。ところが、この準備書面をま
とめているところへまたも腹立たしいニユースが飛び込んできた。六月二八日の各
紙の夕刊である。例えば毎日新聞では一面トツプの大見出しが「政府、公害防止計
画の見直し」「大分、鹿島は延長」「新規立地で汚染増の恐れ」となつていて、そ
の記事に引き続き「窒素酸化物規制見直す」との見出しで、「大分県は公害防止対
策が十分に進まず、住民の生活環境整備も遅れている点を認め「延長計画で改善し
たい」としている。
」と大分の公害防止対策が特に遅れていることを自他ともに認めざるを得ない記事
が掲載されているのだ。大企業偏重政治の故に自民党単独政権も終ろうとしている
矢先、この大分県行政はこの自民党政府からも大企業中心に過ぎ、公害対策がおろ
そかにされ過ぎているとおこごとを食つているのである。原告自らの手によつて、
健康と生活を守つていくために、さらにはこの大分県の将来のためにも本件訴訟の
はたさなければならない任務がいよいよ重大になつていく思いである。さらに毎日
新聞は翌二九日の朝刊でも「住民、県の”怠慢”を批判」「大分地域公害防止計画
達成率低く五年延長で」との見出しで「二十八日開いた政府の公害対策会議は、大
分地域(大分市、<地名略>)公害防止計画の達成率が低いとして、五十二年度か
ら五カ年の延長を決めた。あわてた県は、公害防止計画の見直しをし、計画を立て
るが、海岸埋立てなど開発に反対している住民団体は「県の怠慢がはつきりした。
企業優先の行政で、住民の生活環境整備を怠つている」と反発している。」と報
じ、続いて、昭和四七年にできた大分地域公害防止計画は新産都に伴い、地域住民
の健康と生活環境の保全をはかろうという総合的な公害防止計画だが「この中で、
達成されていないのは、緑地帯造成、下水道施設、終末処理場、し尿処理場など
で、計画の半分以下というひどさ。下水道管敷設にいたつては、総事業費八十五億
円のうち投資したのは四十億にしかすぎない。」と報じているのである。全くひど
い。四十五億円の下水道管敷設費はどこにいつたのだろうか。まさか、大企業奉仕
のための先取り工事にまわされたのでもあるまいが、かつて、風成裁判では黒い二
億円の行方が法廷で問題になつた。本件でも問題にしなければならないのであろう
か。
被告が「八号地は基本計画の中に入つていない」という非常識な主張にしがみつい
てまで、中味に入つての論争は避けたいとしている真意が丸見えのような気もする
が、それにしてもひどい行政ではある。
(四) 海の汚染も深刻
大分県発行の「県政だより」には、
昭和三一・一二・二八 兵庫パルプ問題ついに暴力沙汰、漁民が鶴崎市議を川へ突
き落す
昭和三二・一・一九 兵庫パルプ誘致で漁民県庁に座り込む
と記録されている。漁民はこれらの企業誘致が海の汚染と漁業被害につながること
を知つていた。だから烈しく反対したのであろうが、反対運動は権力におさえ込ま
れ、
昭和三二・一・一九 兵庫パルプ誘致正式調印
昭和三二・一一・一六 兵庫パルプ鶴崎工場操業を開始
と進展していくのであるが、漁民の心配は杷憂ではなかつた。
同じく「県政だより」は、
昭和三二・一二・四 兵庫パルプ廃液の被害に漁民抗議
昭和三三・二・一四 兵庫パルプ鶴崎工場三佐のりの廃液影響を認める
昭和三三・六・一九 三佐のり被害問題七カ月ぶりに二二〇万円で解決
と操業開始後二〇日もせずして、海の汚染から漁業被害問題にまで発展していつた
ことを記録しているのだ。
新産都になり、昭和三九年の九州石油の操業にはじまり、九州電力、昭和電工、新
日鉄という大企業の相次ぐ操業で事態は急激に深刻化していつた。
水質汚濁として先ず問題となつたのは黒い油であつた。別府湾に入港する船舶、と
りわけタンカーの増加、および廃油の海洋投棄が主因であると考えられる。タンカ
ーより陸上げする際の操作ミスによる油流出事故は以後絶えることがない。この黒
い油によつて、三佐、大在、大在村漁協ののり養殖漁業者は一層の被害をこうむる
ことになつた。また大野川、小中島川、原川の工場群の廃水口付近では、魚の大量
死が頻発するが、複数の企業が混在していることが隠れみのとなり、いずれも加害
者は不明と処理されるのである。
昭和四五年四月大分県企業部発行「公害の現況と対策」から関連する被害を抜粋し
ても、
ということになる。
さらに昭和四五年度以降、いわゆる新産都二期計画発表以降になると、赤潮の発生
が問題になつてくる。いつそう海洋汚染が進行し、別府湾のみならず、瀬戸内海全
域が死の海に近づきつつある証拠である。四五年夏には日出海岸(別府湾北部)で
死魚が大量に現出し、大分県も赤潮によるものであると判定した。同時に城下カレ
イなどの魚類に奇型魚が多発していることがあきらかになつた。赤潮による漁業被
害に対しては、県は公害被害救済措置条例に基き、別府湾岸関係漁協に対して補償
せざるを得ない立場となり、昭和五〇年度には、一〇〇〇万円余を支払つている。
ちなみに二期計画発表以降昭和四七年までに、大分合同新聞に報道されたこれらの
被害をひろつてみると、
四五・九・一八 城下カレイの奇型魚、死魚-日出沖
九・一八 ハマチ大量死-大在
九・二二 死魚(カレイ、ハマチ、ススギ、
クルマエビ)-日出海岸
一〇・四 県、九・二二死魚事件は赤潮によるものと判定
一〇・一二 黒い油、のり養殖被害-杵築市<地名略>
一〇・一四右同 -<地名略>
一〇・一五 死魚(カワハギ、ボラ)-<地名略>
一〇・一五 黒い油、のり網三四枚被害-<地名略>
四六・五 赤潮発生-田の浦~両郡橋
四六・九 死魚八〇〇匹-鶴崎今堤川
四六・一〇 奇型魚ふえる-日出沖
四六・一一 ヘドロで漁網変色-日出沖
四七・六 連続赤潮発生-日出沖
四七・・七 大量の死魚、死貝-日出沖
四七・八 黒い油-杵築市<地名略>
四七・一二 赤潮発生-田の浦~両郡橋
となり、海の汚染による被害が急激に深刻になつていることを証明している。
昭和四六年の大分県公害局による別府湾の大規模水質調の結果も末尾添付図4のと
おり、臨海工業地帯中心に汚染が湾全体に拡がつていることを明らかにした。だか
ら、昭和四八年一〇月に瀬戸内海環境保全臨時措置法が制定され、排水規制の強
化、特定施設の規制、埋立てについての特別の配慮などを内容として別府湾全体に
適用されるに至つたのである。
これ以上、別府湾を、瀬戸内海を埋立てるような愚かな者がおれば、良識のある人
々が、今のうちに力を合せてやめさせなければならない。特に二〇〇カイリ時代に
入り、沿岸漁業の育成こそが天の声であることを忘れてはならない。
三、冷酷で狂つた行政
一 期計画によつてもたらされたひどい実態について述べてきた。
住民福祉を旨として行なわれるべき行政は、前述のようなひどい実態があれば、そ
れが行政に何らの責任なく発生したものであつても、何より先にこの改善のために
努力すべきが当然である。ましてや、行政のコンビナート誘致によつて、白砂青松
のすばらしかつた生活環境がかくも大きく破壊され、健康被害まででるようになつ
たのであるから、患者を救済し、有症率の低くなるような環境をとりもどし、さら
に海の浄化のため、その他生活環境改善のために何より先に努力しなければならな
いのである。
ところが、これらのひどい実態を放置したまま、二期計画に狂奔しようとしている
のである。被告は、住みなれたふるさとから逃げ出すことになる集団移転書に調印
する時の悲痛な叫びとその反面では公害の谷間から脱出し、きれいな空気がすえる
ようになるとほつとした心情が行間から迫つてくる集団移転を報じた各新聞など見
ても何も感じなくなつてしまつたのだろうか。この記事を読みなおし怒りをあらた
にしながらも、集団移転の調印がなされたからには、せめて家島の皆さんには、一
日も早く、よりよい条件で公害の谷間からの脱出を完了させ、きれいな空気を吸わ
せてほしいと念じながら、新聞をめくつているうちに、「家島移転また暗雲」「交
換宅地に譲渡所得税、一戸当り百~二百万円」「今さら何を、住民強く反発」との
大見出しの記事(昭五一・七・二三大分合同新聞)に出くわし、我慢のならない気
持になつた。
先ず第一に、調印後一年半以上も経過しての住民にとつての”寝耳に水”の課税の
話は、県も大分市も従来移転事業を担当してきたがために言動に責任を持たなけれ
ばならない職員を総入れ替えした上でやらせたという、あまりにも卑劣なやり方に
ついてである。
第二に、公害の谷間で住めなくなつたのだと云えば免税になるのに、一期でこんな
公害を認めると二期ができなくなると判断してか、公害防止事業であるということ
を認めようとしない、ごまかしで冷酷なやり方についてである。家島の集団移転は
前に詳述したように、公害の谷間からの移転であるという県民共通の認識まで、ご
まかして二期が強行されたら、二期はどんなにか恐ろしい結果を生もう。
第三に、大企業には奨励金や巨額の減免税などありとあらゆるサービスをしなが
ら、行政の責任で公害の谷間にされ、病み苦しんでいる住民には何らのサービスも
しようとしない冷酷なやり方についてである。かくして、二期計画に目がくらみ家
島の住民をこのまま公害の谷間に放つておこうとしているのである。今までにも、
あまりにも過重な犠牲を強いていながら、よくもこんな非人間的なことができるも
のである。
健康被害の問題も同じである。
第七八回国会衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会で、T議員の質間に環境庁
企画調整局環境保健部長のP8委員は「いわゆる有症率というだけを見ますと、御
指摘ございましたように、あの地域平均で六・二%の有症率、あるいは部分におき
ましては八・二%という有症率の高いところが出ているわけでございます。-中略
-大分県に対しましては、一体このような高い有症率がでてくる問題、これはいろ
いろな原因があるだろう。したがつて、これを十分詰めて、県民の健康という問題
を中心として、県として、あるいは大分市として対策を講ずるべきではないかとい
うことで、私ども指導を行つているところでございます。」と答えている。問題の
有症率の高いことは国会でも異論のないところになつている。公害の谷間の地域で
有症率が高ければ、原因物質を究明し、対策を立てるのが行政の責務である筈だ
が、ここでも原因を究明すると二期計画に影響するからか、原因がはつきりしない
と逃げの姿勢なのである。全く狂いつぱなしだ。何しろ、生活関連施設には予算の
半分も使用していないというのであるからおして知るべしである。
人間の尊厳にかけても、一期のこのひどい実態を放置したまま八号地をやらせては
ならないのである。
四、二期計画の公表から八号地の分難・中断まで
前記「県政のあゆみ」には、
昭和四五・一・一二昭和電工、八号地用地の取得を申し入れる
とあるが、二期計画がその年の四月に県民に公表されたとの記載はない。この大分
の為政者たちにとつては、重要な施策の県民への公表より、大企業からの申し入れ
の方が大事なのであろうか。いずれにせよ、八号地を中心にした二期計画が昭和電
工の申し入れをテコに動きはじめたことは明白なようである。
さて、この年四月の二期計画の公表は、公害反対、環境を守れ、自然を守れとの世
論の強まりに抗するかの如き公表であつた。しかも一期計画は未だ三割操業と云わ
れながら、生活環境を大きく破壊しているのだ。
原告らの反対運動は起るべくして起つたのである。
原告らは、県内外の多くの民主的人びとの協力を得ながら、知恵と力を結集して可
能な努力をした。漁場を壊され、生活環境を破壊されて泣くより、今、斗おう、病
んで治療費に使うより反対運動に使おうと思つた。「県民のあゆみ」にも、昭和四
六・一二・三 新産二期計画に反対する<地名略>の漁民が一二〇隻の漁船で別府
湾を海上デモとの記事がある。寒風吹きすさぶ中での、この日の海上デモには、こ
の年の七月二〇日公害予防斗争で全面勝利した風成漁民の突きん棒船も参加してい
た。運動はいよいよ大きく拡がつていつた。公害と自然破壊・環境破壊の上に成り
立つてきた開発行政の転換を求める大きな世論も原告らの運動を助けた。環境庁に
も三回にわたり陳情した。第一回目が五人の代表団によつて昭和四七年一二月に、
第二回目は翌昭和四八年三月一〇名の代表団によつて行なわれたが、
この時はP2長官に会見して、環境庁の現地調査を約束させた。調査団はこの月に
来県し、つぶさに大分のひどい実態を調査した。社会、公明、共産の各党の国会調
査団も続々来県した。国会でも八号地問題が度々とりあげられた。現地の運動もい
よいよ盛り上つていつた。そして、五月二四日には八〇名という大陳情団が上京
し、P2長官と集団交渉をした。文字どおり八号地は追いつめられていつた。
1 そして翌五井二五日、D知事は八号地を二期計画から分離し、中断すると発表
した。今後は訴状記載の三条件を充足しないかぎり、計画を再開しないと、知事は
原告らに約束したのである。
まさに歴史的な日であつた。漁民はこの日のためにどれほど漁を休んだことだろう
か。台所が火の車になろうとも海を奪われるよりましだと思つていたのだが、その
甲斐があつたのだ。
公害の恐ろしさを知つている婦人らの中には、これで、公害の心配もなく、家族そ
ろつて生活できるとD知事の約束に涙を流して喜んだ人びとも少なくなかつた。
この貴重な約束は誰も破つてはならなかつた。
五、約束を踏みにじつたD知事
だが多くの原告らが生活を犠牲にして、力のかぎりの努力の末に勝ちとつた約束は
知事によつて破られた。
約束直後から、その約束を反古にさせようとする動きや昭和電工は公害対策のゆる
やかな大分以外にいくところがないのだから、知事に強力に働きかけるのではない
か等々と心配する人びともいたが、原告らは相手が知事であること、しかも、約束
せざるを得ない全国的、さらには前述のような特殊大分的な客観的条件もあるし、
その上原告らの命がけの努力を知事はよく知つているのだから、いくらなんでも約
束を破ることはなかろうと信じて疑わなかつたのだ。
しかし、知事はこの公の約束を平然と破つてきたのである。この約束違反の本件に
おける重要な法的位置づけについては第二準備書面で詳述するが、ここでは約束違
反を合法化するために見えすいた嘘をついても無益なことに一言しておこう。
知事は「実施の中断であつて計画の中断ではない」とか「実施計画の中断であつて
計画の中断ではない」だから三条件は実施再開の段階で充足すればいいのだと強弁
しだしたのである。
とすると、「八号地は実施を中断したのか、実施の再開を待つている八号地」なる
ものがあるのかと反問され、知事を苦しめることになるのはともかく、
知事が原告らに約束したのは、「計画の中断」であり、従つて三条件を充足しない
かぎり計画の再開があり得ないことを立証する資料は知事が知悉しているとおり多
数存在していることを忘れないでほしいのだ。
その明確な一例を示そう。
前述した第七八回国会衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会でV国土庁地方振
興局長はU委員の「国土庁の方もお聞き願いたい。いま八号地の計画は中断されて
おるのです。ところが最近になつて県の方が言うのを聞きますと、実施計画の中断
であつて計画の中断ではない、こういう実施計画というのを前に持つてきまして無
理をしておるわけですよ。これは私は計画の中断と素直に理解すべきだ、こう考え
ておるのですが、どうですか、間違いないですか。」との質問に「中断されたのは
八号地の埋め立て計画の中断だというふうに承知しております。」と答えているの
である。これではごまかしようもないではないか。
証拠調べに入れば、本件は嘘つき裁判の様相を呈してくるのではなかろうかと心配
してる。
Q佐賀関町長や被告知事らのあるまじき嘘が次々に法廷にでてくると思うからだ。
裁判所で「八号地は基本計画に入つていない」と堂々と主張する知事に忠告しても
無駄かも知れないが、計画の中断ではなかつたという無益な嘘などこれ以上積み重
ねられるようなことのないようにしてもらいたいのだ。
被告は知事なのだから。
六、本件訴訟の緊急性と必然性
開発行政によつて生じる救済は事後的救済になじまないものである。
これは、既に四日市ゼンソク、イタイイタイ病、水俣病等に幾多のあまりにも苦々
しい血の教訓として定立され、環境破壊に対する厳しい警告として開発行政をも拘
束するものと言わざるを得ない。
特に、この大分の場合は、今までに詳述したように、新産都市計画のスタート時点
で、心ある人びとにその危険性が指摘されていたようにあらゆる生活環境がひどく
破壊され、公害の谷間と化した家島では、その事後的救済は不可能と自他共に認め
ざるを得なくなり、県・市も含めて全国にも例のないマンモス集団移転の調印が昭
和四九年になされたのである。
しかも調印にも拘らず、税金問題で公害の谷間からの脱出計画が実現できるか否か
があやぶまれ、三一八世帯もの人びとはこの公害の谷間で今も病み苦しみ続けてい
るのである。
八号地ができると、原告らの住んでいる神崎、大平、
馬場地区も家島同様コンビナートと丘陵の谷間になるだけでなく、工場には家島以
上に密着することになるのである。
家島同様事後的救済になじまず健康被害と集団移転が避けられなくなることは目に
見えているのだ。だからこそ、まさに律康と生活を賭け、命がけで反対運動をし、
被告知事に三条件が整値しないかぎり計画は再開しないとの約束をしてもらい、涙
を流して喜んだのに、その約束まで踏みにじられたのである。
しかも、基本計画はその殆んどの部分が既に工事中なのである。もう寸刻の猶予も
ないのである。
生命と健康ほどに貴重な人権はない。
しかし、その貴重な人権が企業の繁栄のためにあまりにもひどく犠牲にされ過ぎて
きた。
あの水俣病、イタイイタイ病、四日市ゼンソク等から学ぼうとしない人びとに人権
を語る資格はない。原告らは事後的救済になじまない大規模開発行政を前に、四日
市のようには、家島のようにはなりたくないと、明日のわが身、孫、子のことを考
えながら不安におののいているのである。
だからこそ、人権保障の砦を期待し提訴したのである。
本件訴訟の緊急性と必要性は誰の目にも明らかであろう。
(図1~4、省略)
別紙三
一、本件訴訟の特質と行政処分性
本件訴訟の現段階と今後の審理の方向を明確にするために本件訴訟の特質について
今一度確認しておきたい。
(一) 本件訴訟の実質
(1) 本件訴訟は、現に拡大進行しつつある大分地区の新産業都市建設による環
境破壊と公害被害の現状の中から、これ以上の環境破壊公害拡大を許してはならな
いとしてやむにやまれず提起された訴訟であり、その形式は抗告訴訟であるが、そ
の実質は、現に進行しつつある環境破壊公害拡大行為の中止を求める差止訴訟であ
る。
この意味で本件訴訟の対象を、単なる行政計画として静的に把握するのは適当では
なく、八号地計画は、現に拡大進行しつつある新産都建設という名の環境破壊公害
拡大行為の一環として動的に把えられるべきである(既に造成のすんだ七号地Bに
至る全ての現に進行しつつある二期計画推進の事業は八号地を前提としてこれと一
体不可分のものとしてなされているのである)。
(二) 本件訴訟の特質と訴訟形態
原告らが、本件訴訟の提起にあたつて、その訴訟形態を選択するにあたつて考慮し
たのは次の三点である。
第一は、前述した意味における差止の対象の特定の問題である。
原告らの目的は前述のとおり、新産都建設という名の環境破壊公害拡大行為を八号
地C及び七号地にまで及ぼしてはならないというものであるから、その対象は八号
地及び七号地Cの実施そのものであり、これを表象するものは七号地Cを含む意味
での本件八号地計画である。
第二は差止の方法の問題である。
新産都建設の七号地C及び八号地への拡大計画である本件八号地計画社、大分地区
新産業都市建設基本計画の一環として改訂基本計画の中に盛りこまれ、これによつ
て、基本計画の一環として法的に確定されたのであるから、「基本計画の達成」の
ため進められる七号地及び八号地計画の実施の計画段階での差止は、基本計画から
七号地C及び八号地計画の除外を求めるという形式にならざるを得ない。
新産都建設の一環として七号地C及び八号地計画が実施されることを表象するもの
は、八号地計画が改訂基本計画の中にとりこまれたという事実だけだからである。
第三は、訴訟形態の問題である。
環境破壊公害拡大の差止は、不法行為の差止請求あるいは人格権その他に基づく民
事上の差止請求として構成することも可能であるが、本件のように被告が計画行政
の名の下に八号地計画の実施を推進している場合にこれが違法であるとして、その
「計画」の取消ないし削除を求めるためには、法形式としては、行政計画の取消を
求める抗告訴訟として提起せざるをえない。
以上の討論を経て、一見静的な行政計画の取消を求める抗告訴訟の形式をとりなが
ら、その実質は、現に進行しつつある環境破壊公害拡大行為の中止ないし差止を求
めるものであるという本件訴訟の特殊な性格が生れてきたのである。
本件における行政処分性や争訟成熟の有無は、以上述べたような本件訴訟の特質を
踏まえて判断されなければならないのであり、被告の主張するように、大分新産都
の実態や本件基本計画の進捗状況を全く抜きにした抽象論によつて判断されてはな
らない。
二、訴訟の現段階と審理の方向
(一) 行政処分性ないし争訟成熟性検証の方法
行政処分性にせよ争訟成熟性にせよ、その判断は、具体的な行政過程に即して具体
的に判断されるべきものであり、現実の行政過程や、その中での問題の行政行為の
具体的内容や機能を抜きにした、抽象的な議論によつて決定されるべきものではな
い。それは問題の行政行為が、開発行政計画の策定行為である場合においても同様
である。
行政訴訟は結局のところ、行政過程における裁量行使の逸脱の有無及びそれに対す
る救済の要否を審理するものであり、行政処分性ないし争訟成熟性といわれている
ものは、裁量行使の逸脱を論ずることが可能か否か(逸脱があつたか否かではな
い)またその段階で救済の必要性があるかないかということに関する具体的帰納的
考察の結果として形成される一つの判断であつて、行政が司法審査を回避するため
のアプリオリな基準ではない。もちろん行政計画に関していえば(本件八号地計画
が単なる行政計画であるか否かについては後述するが)、被告も指摘しているよう
な行政計画の特質上、一般的には裁量行使の逸脱を論ずることは困難かも知れな
い。しかしそれは、あくまで一般論としてそうであるというにすぎず問題の行政計
画もまたそうであるかは、具体的な計画の内容、機能、熟度、当該行政計画と違法
な権利侵害との直結性の有無程度の検討をまたなければ決定されない。行政計画だ
からといつて、単にそれが行政計画であるという理由だけで、アプリオリに常にか
ならず行政処分性ないし争訟成熟性が否定されるというものではないのである。
右の点に関するリーデイングケースである昭和四一年二月二二日最高裁判決も、原
告が第一準備書面で分析したように(特に五二頁以下)、当該行政計画の遂行によ
る権利侵害の具体的特定性及び、事後的救済の可否ないし救済の必要性如何を具体
的に検討した結果に基づいて争訟成熟性を否定しているにすぎない。
このような具体的帰納的姿勢そのものは、結論的に右判例に従つた下級審判決にも
継承されている。例えば成田新幹線事件に関する東京地裁昭和四七年一二月二三日
判決の判断過程がそうであり、被告もまた第二準備書面において、行政計画が争訟
の対象となり得るか否かは、「具体的な計画の内容、性格等による」べきだと主張
しているのである(被告第二準備書面三一頁)。
(二) 処分性・成熟性判断の前提
八号地計画の「内容」や「性格」を明らかにし、前述した具体的帰納的考察を行う
上で必要不可欠なことは、本件八号地計画及び基本計画が策定されてきた行政過程
をありのままに法廷で明らかにすることである。これを抜きにしては、後述する八
号地計画の性格やその法的成立の時期の把握すらできない。
例えば被告は、
本件八号地計画は昭和四五年三月五日の新産都協議会で決定された大分地区臨海工
業地帯造成計画の一環である旨主張し、これを前提として八号地計画と本件基本計
画との同一性を否定し、二次訴訟との関係では出訴期間徒過の主張をなしている。
しかし被告は他の部分において、本件八号地計画は大分地区新産業都市の建設のた
め作成された計画であると主張しているのであり、・八号地計画はあくまで新産業
都市建設の一環である。
而して新産業都市は、新産法の規定する通り、基本計画の承認という形式によつて
なされる国の大綱的承認に沿つて、つまり国の承認の具体的内容である基本計画に
基いて建設されるものである。このことは、基本計画と八号地計画との関係を前者
を上位計画、後者を下位計画として段階的に位置づける被告の主張からいつても当
然のことであり、新産法の規定の上からもそうである。例えば新産法一七条ないし
二一条の各規定が、新産業都市の建設を促進するためにおかれた規定であることは
明らかであるが、これらの規定はいずれも、「建設基本計画を達成するために必要
な事項」に関する規定であり、基本計画という国の大綱的承認に適合した形で新産
都の建設が進められることを前提としているのである。この意味で、「基本計画」
は県の実施する新産業都市の建設に対する拘束的前提をなすものである。八号地計
画を決定した新産都協議会の所管事項との関係でもそうである。新産都協議会は新
産法一六条によつて設置された組織であり、その所管事項は「当該新産業都市に係
る建設基本計画の作成及びその建設の促進に関する重要事項について調査審議す
る」ことである(同法一六条一項)。つまり協議会の所管事項は、基本計画の作成
と、基本計画を前提としたその建設の促進に関する重要事項の調査審議なのであ
る。従つて大分地区新産都協議会が四五年三月五日に何らかの調査審議をするとす
れば、当時の基本計画を拘束的前提とせざるを得す、仮に旧基本計画から逸脱した
新たな計画を決定するとすれば、それはこれに整合するように基本計画を改訂する
ことを前提としなければならなかつたのである。ところが当時の基本計画(以下単
に旧基本計画という)は、到底本件八号地計画を容れるものではなかつた。
五月一五日の証人調で原告らは、P1証言と書証に基いてこの点を具体的に明らか
にした。八号地計画は、埋立による工場用地造成計画の総量との関係でも、造成を
予定した地域との関係でも、<地名略>に関する旧基本計画上の位置づけからいつ
ても、旧基本計画の下ではその下位計画として成立し得べくもないものであつた。
旧基本計画における新規の工場用地造成計画は合計一二五〇ヘクタールであり、そ
のうち埋立てによる造成が構想されていたのは九五三・六ヘクタールーにすぎなか
つた(甲四〇号証)。これは杵築沖の埋立を含む造成予定総面積である。しかるに
七号地Cを含むいわゆる本件八号地まで造成することになると、埋立による工場用
地造成総面積は実に一六六八・七ヘクタールに及ぶ(乙一六号証)。その倍率は当
初計画の一・七五倍である。これを別府湾南岸の埋立予定面積のみで対比すると旧
基本計画での造成予定面積が八三八ヘクタールであるのに対し、八号地まで含める
と総面積は一六六八・七ヘクタールとなるのである(甲四〇号証と乙一六号証から
右の数字が導かれる)。その倍率は実に一・九九倍である。その拡大ぶりは、拡大
部分のみで殆んど旧基本計画の規模に匹敵する。
八号地計画を含む二期計画なるものは、このように、昭和三九年に四の承認を受け
た旧基本計画から途方もなく逸脱した拡大計画であり、到底旧基本計画の下位計画
としては成立すべくもなかつたのである。まして佐賀関地区については、旧基本計
画自体においても、「柑橘栽培の主産地化、市街化計画区域周辺における花き、そ
菜などの近郊農業の確立など立地条件に即した土地利用を図る」ことが明記されて
おり、伝統的な漁業と合わせて「生鮮食糧基地」としての総括的な位置づけがなさ
れ、地区住民も、
「60一次計画で生鮮食糧の供給源とされていた、というのは、
具体的には、どういうことをさすんですか。
新産都計画の中で、古い基本計画ですね。今、問題になつている。その古い基本計
画の中で、はつきり佐賀関地区は、新産都地域の中で生鮮食品基地、すなわち、現
在、かんきつを主体にした栽培が進んでいる、そういうものを基本にして、生鮮食
品基地としてやつていく、それは、当時、県の文書とかいろんなもので示されてい
るわけで、私たちもそれを信じて、大分、鶴崎の臨海工業地帯の背後にあつて、隣
接してて、生鮮食糧の基地の供給地として、農薬をやり、更に漁業をやつていく
と。それを主体にした町作りをやるんだということは、三九年当時では、みんな、
そう信じていたわけです。」(P1証言六〇項)
という状況にあつたのである。従つて<地名略>住民は早くから、「八号地の<地
名略>管轄区域が元来国の計画外であることも無視して埋立造成を強行せんとして
いる」(甲一一号証)旨、八号地計画の旧基本計画からの逸脱を鋭く指摘し、旧基
本計画に即した生鮮食糧基地としての地域の発展を切望するものであることをくり
返し表明してきたのである(甲第一〇号証ないし一八号証)。
原告らは以上の事実に基いて八号地計画の成立はこれについてはじめて国の大綱的
承認がなされた昭和五一年三月一八日だと主張しているのである。従つて被告は、
八号地計画が四五年一二月五日に成立したというのであれば、それが旧基本計画と
どのように整合してその下位計画として成立し得たというのか、またどうして本件
基本計画段階では、無理をおかしてまで八号地計画のくみ入れを図らなければなら
なかつたのか、四五年当時からの経緯を明らかにしなければならないのである。被
告が自ら主張しておきながら無責任にもその経緯を明らかにしようとしないのであ
れば、四五年三月五日当時の八号計画の立案審議の関係者(例えば当時の企画部長
でもあり開発行政計画の専門家として著書もある久世公堯氏ら)を原告側から証人
として申請するなどしてその経緯を解明せざるを得ないのである。
(三) 分離中断決定の意味と二重の歪曲
分離中断決定の意味を正確に把えるためにも、本件行政過程の一層の解明が必要不
可欠である。分離中断決定及びその解除のための三条件は、本件の行政処分性及び
争訟成熟性を検討していく上で重要な、本件計画策定手続に特有の覇束性の要件で
ある。
被告も右決定が八号地計画を覇束することを争つていない。従つて分離中断決定及
びその解除のための三条件は、八号地計画に関する争いのない覇束的要件であり、
被告は単にその意味内容、つまりそれがどのように覇束するかを争つているにすぎ
ない。一般に行政計画が争訟の対象となることを消極に解する議論の中には、意識
するとしないにかかわらず、行政計画についてはこれを規制する法的手続が未整備
のため、審査にあたつて拠るべき法規が存在しないということがあげられよう。確
かに当該行政手続を覇束する法規の整備の如何によつて、争訟成熟性の現れ方が異
ることは否定できないであろう。しかし自由裁量処分の場合においても、その処分
が処分に至る行政手続が相手方を納得させるに足る適正なものであつたか否かによ
つて審査され得ることは、原告のかねて指摘した通り、確立した判例理論である
(最一小判昭四六・一〇・二八民集二五・七・一〇三七)。この判例理論を開発関
連行政計画に即して具体的に展開したのが例えば牛深屎尿処理場建設禁止仮処分事
件に関する昭和五〇年二月二七日熊本地裁判決である。この判例理論の方向は、今
日の環境問題の現状とその中での開発行政計画の機能に照らし、さらに発展させら
れなければならない方向であり、明文の規定が存在しない状況の下でなおかつ右熊
本地裁判決が、屎尿処理場建設にあたり行政な覇束すべき条理を探求していること
に照らせば、本件では分離中断決定及びその解除のための三条件という本件に特有
の覇束的要件が住民運動の貴重な成果として獲得成立されているのであるからその
意味内容は正確に認定され適用されなければならない。
この点についての被告の主張は、分離中断決定は、「実施の中断」にすぎないとす
るものである。つまり計画段階については何らの覇束力を有しないというものであ
る。このような被告の主張の当否もまた、事実に即して審査されなければならな
い。いうまでもなく、分離中断決定がなされた昭和四八年五月当時の大分地区新産
業都市建設基本計画は、未だ旧基本計画の段階であつた。旧基本計画の下におい
て、本件八号地計画が、旧基本計画の下位計画として成立し得べくもないことは前
述した。つまり分離中断決定がなされた当時、未だ八号地計画は、旧基本計画の下
位計画としての成立の前提を欠いた事実上の計画ないし計画「案」にすぎなかつた
のである。もつとも被告は、にもかかわらず当時、基本計画との整合性を無視した
ままで、なし崩し的に二期計画の推進を図つていたものではあるが、そのことと、
八号地計画が当時基本計画の下位計画として既に成立していたのか、基本計画との
関係では未だ事実上の計画ないし計画「案」の段階にすぎなかつたのかという計画
法レベルの評価とは別問題であり、本件では後者が問題なのである。だとすれば分
離中断決定当時、法的評価としては、八号地計画が未だ実施段階になく、計画とし
ての法的成立以前の状態にあつたことは明らかである。従つて分離中断は、「実
施」についてではなく、計画「案」レベルにおける分離中断でしかあり得なかつた
のである。この関係で、分離中断決定はあくまで「分離」を含む中断決定だつたと
いうことを強調しなければならない。被告が故意に、これを単なる「中断」にすぎ
なかつたとの第一段の歪直を前提として、それは「実施」の中断にすぎないとの第
二段の歪曲に及んでいたからである。被告の主張では「中断」はともかくとして、
「分離」とは何を何から分離するということなのであろうか。「実施」の中断に分
離中断決定の意味を歪曲する被告の立場からは「分離」の説明は不可能である。中
断の意味は、事実が正にそうであつたように、「分離」を含めてその内容が明らか
にされるべきものであり、それは計画レベルにおいて、八号地計画を二期計画から
「分離」して計画レベルで「中断」するという以外のものではなかつたのである。
甲三二号証の新聞記事を見て頂きたい。見出し自体「二期計画から分離」として報
ぜられ、知事の記者会見要旨の中でも明確に「現段階では二期計画と切り離してい
まの八号地計画は中断せざるを得ない結論になつた」「自分なりにどうすべきかを
真剣に考え、計画中断を決めた」と述べられているのである。同じく甲三二号証
は、「P9帝人総務部長の話」として「きよう十一時に県のP10商工労働部長が
きて、八号地は二期計画から切り離し、三期計画にするという説明を受けた」事実
を報道しているのである。
被告は本訴において、「本件八号地計画は、右二期計画の一内容として、右計画と
同時に作成された工場用地造成計画である」と主張しているのであるが、八号地計
画の沿革はともかくとして「分離中断」されたままの現状においても依然として八
号地計画が二期計画の一環であり続けているとの被告の主張は、自らなした分離中
断決定の趣旨にも悖る背信的主張であるといわなければならない。従つて、分離中
断決定は「実施」の中断にすぎないとの被告の主張の当否の審査との関係でも、旧
基本計画の下で八号地計画が、いかなるものとして作成され、四八年当時いかなる
段階にあつたのか、四五年の新産都協議会での決定の趣旨や基本計画改訂作業との
関連及び八号地計画の現実の進捗状況に照らした審査がなされなければならないの
である。
三、基本計画の承認と八号地計画の関係
新産業都市の建設は、新産法の構造上、まず基本計画の作成と承認がなされ、以後
「基本計画の達成」のため都道府県段階における下位計画の作成その他の施策が進
められる仕組みになつている。被告はこれをとらえて形式的に基本計画をマスター
プランたる上位計画だとし、本件八号地計画のような県レベルの計画はその下位計
画にすぎないとして両者を区別するのである。
しかし、都道府県に「基本計画」を作成させその承認を求めさせるという新産法の
構造は、都道府県の行う新産都建設の事業を国が細部に亘つてまで規律することを
避けながら、その建設が国の大綱的承認の下で進められることを確保するための法
技術にすぎず、単純に基本計画を上位計画たるマスタープラン、八号地計画のよう
な計画をその下位計画として位置づけることはできない。
何故ならば基本計画の作成は決して時間的に都道府県レベルのより具体的な計画に
先行して作成されるとは限らないからである。
本件基本計画の場合が正にそうであるが、新産法に基くはじめでの基本計画の作成
承認がなされた昭和三九年の旧基本計画の段階でも、本件の「概要」に相当するも
のが作成されていることからすれば(甲四〇号証一七頁以下の「建設計画の内容」
がそうである)むしろそれが通例であると解されるのである。
だとすれば多くの場合、基本計画はこれより先行的に県の段階で作成された個別計
画をまとめて「基本計画化」したものにすぎず、これに対する国の承認は、形式的
には基本計画に対する承認であるが、その実質は、基本計画の背後に既に実体とし
て先行的に存在している県レベルの計画を大綱的に規律し、かつ大綱的に承認を与
えることによつて、これらの具体的計画を新産都建設の一環として国が認知すると
いう意味をもつものだと解される。この意味で新産法の構造は、マスタープランた
る基本計画に基いて逐次都道府県レベルの下位計画が作成実施されるというもので
はなく、基本計画の承認という形式における国の大綱的規律に基いて都道府県レベ
ルの計画の作成実施がなされるということであり国の承認は事前でも事後(本件が
正にそうである)でもよい。しかしいずれにせよ、その建設は、国の大綱的規律の
下で進められなければならず、その大綱、即ち「基本計画」から逸脱した都道府県
の施策は新産都の建設に名を借りていても、法律上は新産都の一環ではない。
以上の新産法の構造から次のことが導かれる。
第一に基本計画の承認は、それが本件のように先行的に既に具体化された県レベル
の計画に対する追認である場合には、その性格はマスタープランではなく、個別的
計画に大綱的承認を与えこれを新産都計画の一環として認知するための形式にすぎ
ない。このような場合には、基本計画がその背後にある個別計画を表象するもので
あり、両者が一体不可分のものであることは自明のことであり、かつその承認もそ
れらの個別的計画を新産都建設の一環として認知するためになされるにすぎないか
ら、基本計画を上位計画、個別計画を下位計画とする段階的構造は否定され両者は
その実体に即して一体のものとして把えられる。基本計画と八号地計画の形式的分
断や段階論では、本件の場合はもとより多くの場合の実態を説明し得ない。両者を
一体として把握することは、新産法の構造とも決して矛盾しないだけでなく、むし
ろ実態に適合する。
第二に、いずれにせよ新産法の建設は、国の大綱的承認と都道府県レベルでの具体
的な施策の実施の結合によつてのみ進められるのであるから、その両者があいまつ
て始めて争訟成熟性が現われる。本件改訂基本計画の承認に至るまでは、八号地計
画は事実上の計画にすぎず、従つて争訟成熟性も現われず、出訴期間の開始もな
い。
第三に、基本計画は、都道府県の施策とこれを新産都建設の一環として認知する国
の承認とを媒介するものである。
都道府県レベルの計画は、基本計画としてまとめられることによつて国の承認を受
け、国はこのようにまとめられた基本計画を承認することによつて、実質的に個別
計画を追認的に新産都建設の一環として認知すべくこれに対する大綱的承認を与え
る。このように新産都建設の両輪である国の大綱的承認と都道府県レベルの計画と
は「基本計画」によつて媒介され、その中に統一されていると解されるから、少な
くとも本件のように先行的に個別計画が存在している場合においては、国の承認と
個別計画の双方を一体的に表象するものとして「基本計画」を訴訟物とすることが
適切である。
一 次二次両訴訟における被告の本案前の主張は、新産法の構造を実に平板に形式
的に把えたものにすぎず、実態を説明し得ないのみなく、一次訴訟については、訴
訟対象の不存在及びこれを理由とする抽象的一般的な青写真論、個別計画について
は出訴期間の徒過を主張する不毛な議論にしかつながらないのである。
四、本件八号地計画策定の意味と争訟成熟性
従前、本件八号地計画の性格は、一応その名のとおり一つの行政計画であるとの前
提で議論がなされてきた。しかし、果して本件八号地計画が単なる行政計画にすぎ
ないか検討する必要がある。
実体からいえば、本件八号地計画の決定は「計画」の決定というより、八号地実施
に関する事業決定そのものである。それは規模が異るだけで、ゴミ焼却場や屎尿処
理場の建設の決定等と性格を同じくする事業決定そのものであり、一般性や抽象性
はどこにも存在しない。
X教授によれば、「計画」とは、「ある目標ないし目的を設定し、その目標ないし
目的を実現するために各種の行政手段を総合化し体系化すること」であるという
(計画行政法一一頁)。
しかし八号地計画の決定は、単なる「目標」や「目的」の決定にとどまるものでは
なく、八号地実施に関する行政上の最終決定(もちろん前述したように国の承認を
条件とするものではあつたが)であり、あとはその実施が残されているにすぎな
い。
このような場合にまで処分性や成熟性を否定する論拠は、りーデインダケースとし
て論じられてきた昭和四一年二月二二日の最高裁判例の論理の中には存在しない
し、その後同判決を踏襲した諸判例の中にも存在しない。
先に原告が準備書面で分析したように、右最高裁判例が当該事案の処分性ないし成
熟性を否定した理由は、権利侵害の特定ができないことと、事後の手続段階でも救
済し得るというものであつた。
しかし八号地計画の決定は、前述したとおり同時にその実施の事業決定であり、そ
の実施によつてどのような法益侵害がもたらされるかは、ゴミ焼却場の建設が、周
辺住民に何をもたらすかを論ずることと同様これを特定することは十分可能であ
り、あとは立証の問題が残るにすぎない。
また、事後の手続段階では、原告らが本件で主張している八号地計画の実施それ自
体による被害(つまり埋立のみでなく企業の立地による大気汚染による公害を含む
被害の総体)を救済し得る争訟の形式は、少なくとも行政訴訟としては存在しな
い。
例えば被告は、埋立段階において争訟成熟性を認めれば足りるとしているが、埋立
免許の違法を争い得るものは公有水面に利害関係を有するものに限られ、違法原因
も公有水面埋立法上の違法に限定される。
これによつて救済され得るのは、埋立に伴う被害にすぎないし、これらの争訟によ
つては、計画を前提とする漁業補償その他の既成事実の進行は全く抑止できず、八
号地実施自体による被害からの救済の道は事実上存在しない。
しよせん個別的処分に対する争訟では個別的処分に伴う個別的不利益が、それらの
処分に個別法上の違法があることを条件として救済され得るにすぎない。
個別的処分についてのみ争訟成熟性が認められるとする被告の主張は、大企業工場
立地それ自体によるトータルな被害についての救済を拒否する論議であり、その視
点の中にはこのようなトータルな被害の観念自体が欠落している。このような被害
があり得ないことを前提とすればそのような議論も成り立ち得よう。
しかし現実の大分新産都の実情は、このような主張を許さない。八号地計画の実施
による被害の発生は確実に予見されるのである。このような被害の発生が認められ
るとすれば(もちろんこれについては原告の立証をまたねばならない)、その被害
に対応する行政行為について抗告訴訟が提起されるのはむしろ必然的である。而し
てその対象は、そのような被害をもたらす事業決定そのものに向けられるのであ
り、本件では八号地計画の決定が正にそれなのである。このように考えてくれば、
本件のような取消訴訟の提起はごく自然のなり行きであり、適切ではない先例に依
拠してその処分性成熟性を否定するとすれば論理そのものにおいて大きな矛盾を冒
さざるを得ないのである。
このようにみていくと結局本件の行政処分性ないし争訟成熟性の有無は、最終的に
は、八号地の実施自体が、原告ら背後地住民の法益を法的救済の必要がある程に侵
害するおそれがあるか否かによつて決定されるべきものである。このような被害を
もたらすことが論証されるのであれば、そのような被害に対応する行政的決定、つ
まり八号地の事業決定そのものである本件八号地計画の決定は、抗告争訟の対象に
ならざるを得ない。
このように、一見複雑にみえる本件訴訟の処分性成熟性は、結局は、埋立免許等の
個別処分による被害ではなく、八号地実施それ自体が背後地に何をもたらすかとい
う具体的事実によつて決定されるべきものであり、そこに黙過し得ない法益侵害の
蓋然性があることが原告らの立証によつて一応肯定されるならば、引続き違法原因
についての審査がなされなければならない。
この意味からも本件については八号地計画の実施自体がとりかえしのつかない結果
をもたらすこと、それは八号地実施自体による被害であり、個別処分による被害で
はなく、また個別処分に対する争訟では救済され得ないことを審理により明らかに
すべき必要性と利益とがある。
四日市判決は、民事上の違法として「立地上の過失」を認定したが、「立地上の過
失」はかならずしも民事上の違法にとどまらず、行政行為の瑕疵として行政法上の
違法原因ともなり得べきものであり、この意味での違法原因(つまり立地が適正で
あるか否か)を審査することのできる抗告訴訟の形式としても、「計画」の決定を
訴訟の対象とすることが唯一の方法なのである。
なお、それでもなおかつ、本件八号地計画の決定が、それ自体では原告らの利益を
侵害しないから処分性がないとする議論は、事業の決定と実施の一体不可分性、就
中後者は一般に、その過程で埋立免許等の個別処分を伴うとはいえ基本的には事実
行為であり(漁業補償や幹線道路の整備等全て基本的にはそうである)、行政によ
る優越的な権力的決定としての性格は、むしろ事業決定の段階で発現するものであ
ることを看過するものであり、抗告訴訟を常に、被害の発生を前提条件とする事後
的救済に歪少化するものといわざるを得ない。その決定が実施又は執行されれば法
益侵害をもたらすことが論証されれば足りるのであり、具体的現実的侵害は、執行
停止の問題である。被告のような立論は、埋立免許ですら、現に埋立に着手しない
限り法益侵害をもたらさないから処分性がないというのと同じであり、詭弁以外の
何ものでもない。
なお被告は本訴において、八号地計画は現在中断中であるとして、これをも成熟性
否定の論拠としているが、その傍らで被告は、七月県議会において、二億六〇〇〇
万円余のアセスメント予算を決定した。アセスメントは本来なら当然なされるべき
ものである。しかし県がこれはどの経費を投じて行おうとしているアセスメント
は、新聞の報じた担当の安東正県環境保全対策室長の発言によれば、「八号地計画
推進のため」のアセスメントである。
ここには今日の大分県の開発行政の救い難い病根が露わである。アセスメントは本
来、その結果に基いて開発の是非を問うものであり、このような姿勢で行われるア
セスメントは、開発を正当化することを目的とした不公正なものにならざるを得な
い。ともあれこのアセスメントが、実態的には八号地実施に向けての条件整備の一
環として行われ、かつそれが、本来のアセスメントと似て非なるもので、八号地計
画の策定実施の手続上の瑕疵をいささかもカバーし適正化するものではないことは
明らかである。
八号地を前提とした既成事実も着々と進行しており、アセスメントの先は目に見え
ている。後に提出する甲号証の各写真をみて頂きたい。詳細は原告第五準備書面で
指摘した通りであるが、八号地に通ずる臨海道路は、既に七号地B地区まで完成
し、その東方つまり八号地方向への延長を前提として、未だ建設されていない部分
に向けての道路標識すら既に設置されているのである。水電力等についても同様の
ことがいえるであろう。八号地計画は正に埋立を残しているのみでその余の条件は
着々と整備されつつある。この意味で、八号地計画は実質的には既に着手されてい
る計画だといえるのである。
このような現実を直視するならば、八号地計画が青写真にすぎないとか、埋立の段
階で争訟成熟性を認めれば足りるとする被告の主張がいかに空理空論にすぎないか
明らかであり、このような県の、なりふり構わない開発行政のあり方を適正ならし
め、とりかえしのつかない無意味な環境破壊を有効にチエツクするためにも、裁判
所が勇気をもつて本件計画の実体についての審理に踏み切ることを強く望まざるを
得ない。
別紙四、当事者目録(省略)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛