弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主     文
1 被告人A関係 
被告人Aを懲役1年6か月及び罰金100万円に処する。
この裁判が確定した日から3年間この懲役刑の執行を猶予する。
罰金を全額納めることができないときは,その未納分について5000円を
1日に換算した期間被告人Aを労役場に留置する。
被告人Aから290万円を追徴する。
2 被告人B関係 
被告人Bを懲役1年及び罰金80万円に処する。
この裁判が確定した日から3年間この懲役刑の執行を猶予する。
罰金を全額納めることができないときは,その未納分について5000円を
1日に換算した期間被告人Bを労役場に留置する。
被告人Bから210万5385円を追徴する。
理     由
【有罪と認定した事実】
  被告人Aは,本件当時C株式会社(以下「C」という。)の総務人事部担当部長
兼人事課長であったものであり,被告人Bは,被告人Aの友人である。
  ところで,平成12年12月18日,Cは,D株式会社(以下「D」という。)が当時
大阪証券取引所市場第2部に上場されていたCの株券(以下「C株」という。)を
株式会社E等から相対売買により取得するに当たり,両社との間で「秘密保持に
関する覚書」を締結したものであるが,被告人Aは,同覚書の履行に関する事務
に従事していたことから,平成13年1月17日ころ,Dの業務執行を決定する機
関がEからC株を購入すると共に同株券の公開買付けを行うことについて決定し
た旨のDの公開買付け等の実施に関する事実を知るに至った。
  そこで,被告人Aは,同月26日,同事実を被告人Bに伝達し,被告人両名
は,公開買付け等の実施に関する事実の公表前に,公開買付けが実施される
C株を買い付け,同事実の発表後に同株券を売り抜けて利益を得ようと企てた。
  そして,法定の除外事由がないのに,
第1 被告人両名は,共謀の上,同事実の公表前である平成13年2月9日から
同月28日にかけて,大阪市〈以下略〉所在の大阪証券取引所において,奈良県
奈良市〈以下略〉所在のF株式会社奈良支店あるいは同市〈以下略〉所在のG株
式会社奈良支店を介し,被告人B名義で,同株券2万2200株を価額合計170
8万5200円で買い付けた。
第2 更に被告人Aにおいては,平成13年1月24日ころ前記Dの公開買付け等
の実施に関する事実を実弟のHに伝達すると共に,同人と共謀の上,同事実の
公表前である同年2月19日,前記大阪証券取引所において,京都市〈以下略〉
所在のF株式会社京都支店を介し,同人名義で,同株券合計2万株を価額合計
1540万円で買い付けた。
【法令適用の過程】
(1)「有罪と認定した事実」記載の被告人Aの第1,第2の各行為及び被告人B
の第1の行為は,いずれも刑法60条(被告人Bについては,更に刑法65条1
項),平成14年法律第65号附則83条により同法による改正前の証券取引法1
98条18号,平成13年法律第129号附則2号により同法による改正前の証券
取引法167条1項4号,証券取引法167条2項に該当する。
 そこで,後記本件の犯情に照らし,被告人両名のいずれの罪についても法定
刑の中から懲役刑及び罰金刑を選択し,さらに,被告人Aの関係では,第1,第
2の各罪は刑法45条前段の併合罪であるから,懲役刑については刑法47条
本文,10条により犯情の重い第1の罪の刑に法定の加重をし,罰金刑について
は刑法48条2項により各罪所定の罰金の多額を合計する。
 被告人Aの関係では以上により加重された懲役刑期及び罰金額の範囲内
で,また,被告人Bの関係では法定の懲役刑期及び罰金額の範囲内で,当裁判
所は,後記「量刑の理由」により,被告人両名を主文の刑にそれぞれ処するとと
もに,被告人両名いずれについても,刑法25条1項を適用して,この裁判の確
定した日から主文の期間それぞれその懲役刑の執行を猶予することとした。
(2) 被告人両名が各罰金を全額納めることができないときは,刑法18条によ
り,その未納分について,それぞれ主文の期間被告人両名を労役場に留置す
る。
(3)第1の犯行により被告人両名が買い付け取得したC株及び第2の犯行によ
り被告人Aらが買い付け取得したC株に関しては,後記「追徴額に関する補足説
明」に記載の理由により,証券取引法198条の2第2項,1項柱書但書を適用し
て,被告人両名から,それぞれ主文の金額を追徴することとした。
【追徴額等に関する補足説明】
 第1の犯行により被告人両名が買い付け取得したC株2万2200株及び第2
の犯行により被告人A及び共犯者Hが買い付け取得したC株2万株は,いずれ
も証券取引法198条の2第1項1号の「前条第18号の罪の犯罪行為により得た
財産」に該当するので,その没収・追徴が問題となる。第1,第2の各事実ごとに
検討を加える。
1 第1事実関係
  被告人両名が上記のとおり買い付けたC株2万2200株のその後の処分状
況を見ると,前掲関係証拠によれば,被告人両名は,(a) うち1万0200株につ
いては,公開買付けのための現引き資金捻出のため他に売却したが(以下,こ
れを「現引き売却分」という。),これはもともと信用取引で買付け,売付けをした
ものであったため,売却に際し,信用取引益が219万9830円生じたこと,(b) 
残余の1万2000株については,Dの公開買付けに応募したものの,6500株
のみ公開買付けの対象となり(以下,これを「公開買付け分」という。),その代金
として754万円を取得したが,残余の5500株については売れ残ったことから,
1株709円合計387万5406円で売却した(以下,これを「売れ残り売却分」と
いう。)こと,以上の事実が認められる。そこで,以下,それぞれについて,没収・
追徴の当否を検討する。
(1) 公開買付け分・売れ残り売却分(合計1万2000株)について
 上記のとおり,公開買付け分の売却によって被告人両名が得た金額は754
万円であり,売れ残り売却分の売却によって被告人両名が得た金額は387万5
406円であって,これらはいずれも証券取引法198条の2第1項2号の「前号に
掲げる財産の対価として得た財産」に該当するから,原則的にこれが没収の対
象となるものと解されるが,既に特定性を喪失しているので,その合計額1141
万5406円が基本的に追徴の対象となるものと解される。
 しかし,他方で,証券取引法198条の2第1項柱書(各号列記以外の部分を
いう。)但書は,「その取得の状況その他の事情に照らし,当該財産の全部又は
一部を没収することが相当でないときは,これを没収しないことができる。」と規
定しているので(以下,「本件但書規定」という。),同規定の適否が問題となる
(なお,本件但書規定は,当然に追徴の場合にも妥当するものと解される。)。
 そこで,進んで被告人両名が上記各売却によって得た実質的利益について
見るに,前掲関係証拠によれば,上記1万2000株のC株を取得するために被
告人両名は940万9851円を要したものと認められ,したがって,上記1141万
5406円から上記取得費用を控除した,この関係での実質的利益は200万55
55円に過ぎないことが認められる。この金額と対比すると上記1141万5406
円はかなり高額であり,同額の追徴を行うことは被告人両名にやや過酷である
と解されるので,本件但書規定を適用して,この関係では,基本的に上記200
万5555円を追徴の基礎金額とすべきものと考える。
(2) 現引き売却分
 上記のとおり被告人両名から実質的利益を剥奪するという観点からすれ
ば,この関係でも,本件但書規定を適用して,上記信用取引上の差益である21
9万9830円を追徴の基礎金額とすべきものと解される。
(3) 被告人両名への追徴額の按分の当否
 以上によれば,第1事実の関係では,(1)(2)の合計額である420万5385円
が追徴の基礎金額となる(検察官も,この金額を追徴額として求刑している。)
が,問題は,同額から更に被告人らの現実の利得の分配に応じて追徴の額に
差を設けるべきか否かである。この点,検察官は,関税法における必要的没収・
追徴の規定(同法118条)に関する一連の最高裁判例を根拠として,各共犯者
の実質的利得を顧慮することなく,共犯者全員に本件犯行による実質的利益全
額の追徴を言い渡すべきであり,重複納付の問題は検察庁の徴収事務におい
て調整すれば足りると主張する。
 しかしながら,なるほど関税法に関する最高裁判例が存することは検察官
指摘のとおりであるが,① 関税法の必要的没収・追徴は,やや特殊な性格を
有しているものである上(最判昭33年3月13日刑集12巻3号527頁参照),② 関
税法118条には本件但書規定のような必要的没収・追徴の例外を定める規定
が存しないことなどに鑑みると,上記関税法に関する最高裁判例が証券取引法
上の没収・追徴の場合にまでそのまま妥当すると解することには賛同し難い。む
しろ,本件但書規定は,事案の特殊性を考慮し,没収・追徴の対象額の全部・一
部を減じ得ることを認めるだけでなく,共犯者間においても追徴額に差を設ける
ことをも許容する規定であると解すべきである。
 そこで,このような観点から本件について検討するに,前掲関係証拠によれ
ば,被告人両名は,第1の犯行の分け前として,被告人Aが210万円を取得し,
残余の210万5385円を被告人Bが取得したことが認められるから,被告人ら
からその実質的利益を剥奪するという前記のような観点からすると,第1の犯行
の関係では,上記実質的分け前額をそれぞれの被告人から追徴するのが相当
であると解される。
2 第2事実関係
  前掲関係証拠によれば,共犯者Hは,被告人Aと共に買い付けた上記2万株
に加え,H単独で買い付けた1万株を加えた合計3万株のC株について,Dの公
開買付けに応募したが,(a) そのうち1万6300株が公開買付けの対象となり
(以下,これを「公開買付け分」という。),これにより代金(税金等を考慮しない
額)として1890万8000円を取得したが,(b) 残余の1万3700株については
売れ残ったため,その後しばらくこれを保有した後,D株3699株と株式交換し
た(以下,これを「売れ残り分」という。)ことが認められる。そこで,以下,それぞ
れについて,没収・追徴の当否を検討する。
(1) 公開買付け分について
 公開買付けによって得た上記1890万8000円は,証券取引法198条の2
第1項2号の「前号に掲げる財産の対価として得た財産」に該当するから,原則
的にこれが没収の対象となるものと解されるが,既に特定性を喪失しているの
で,同額が基本的に追徴の対象となるものと解される。
 しかし,第1事実と同様,本件但書規定の適否が問題となるので,被告人A
と共犯者Hとが第2の犯行によって得た実質的利益について見るに,前掲関係
証拠によれば,上記1890万8000円から前記C株3万株の購入に要した金額
を控除すると655万2600円となり,更にその手数料や税金等を控除すると62
5万6266円となる。この金額に対比すると上記1890万8000円はかなり高額
であり,同額の追徴を行うことは被告人Aや共犯者Hにやや過酷であると解され
るので,本件但書規定を適用して,基本的に上記625万6266円を追徴の基礎
金額とし,さらに,前述のとおり,この金額のうちの被告人Aの実質的利得に相
当する部分を同被告人から追徴すべきものと考える。
 そうすると,前掲関係証拠によれば,被告人Aは,第2の犯行の分け前とし
て,Hから80万円の実質的交付を受けたことが認められるから,この関係では,
こ金額を被告人Aから追徴することが相当である。
(2) 売れ残り分について
 売れ残り分は,株式交換によりD株3699株として残存しており,これは証
券取引法198条の2第1項2号の「前号に掲げる財産の対価として得た財産」に
該当するものと解されるが,前掲関係証拠によっても,上記売れ残り分に関して
は,被告人Aや共犯者Hは何らの実質的利益も挙げていない(新聞等によって
窺われる近時のD株の株価動向からすると,むしろ損失すら被っている。)ものと
解されるから,この関係では,本件但書規定を適用して,没収・追徴は行わない
のが相当である。
(3) 小括
 以上によれば,第2の罪の関係では,被告人Aから80万円を追徴すること
が相当であると認められる。
3 結論
 よって,以上により,主文の各追徴額を算出した次第である。
【量刑の理由】
  本件は,株式会社の総務人事部担当部長等として他社との秘密保持協定の
履行に従事していた被告人Aが,その職務遂行の過程で他社が自社の株券の
公開買付けを実施することを知ったことから,友人である被告人Bにその旨伝達
して,両名共謀の上,インサイダー取引を行って利益を挙げようと企て,同事実
の公表前に,自社の株券を買い付ける一方(第1事実),被告人Aにおいては,
自分の弟にもその旨伝達して同人と共謀の上,インサイダー取引を目的として,
同様に自社の株券を買い付けた(第2事実)という事案である。
  インサイダー取引は,証券市場の公正性と健全性を損ない,ひいては証券
市場に対する投資者の信頼を失わせるものとして厳しい非難を免れないところ,
被告人Aは,職務遂行の過程で知った公開買付けの事実につき,上司から口止
めをされ,更に秘密保持の誓約書まで提出したにもかかわらず,生活費や小遣
い銭ほしさから安易に本件各犯行に及んだものである。自己の友人や実弟まで
共犯者としてその犯行に巻き込んでいることや,本件で証券取引等監視委員会
の調査が始まるや,共犯者らに対し詳細なメモを交付するまでして罪証隠滅工
作を働きかけていたことなどに照らしても,被告人Aは本件各犯行の主犯として
強く指弾されなければならない。
  他方,被告人Bは,従前から株取引に強い関心をもっていたものであるとこ
ろ,被告人Aから,本件公開買付けの秘密情報を知らされるや,儲けに目がくら
む余り,安易にその話に乗って,本件C株買い付け等の実際的事務を担当した
ものであり,やはり同様の強い非難を免れない。
  以上に加え,被告人両名とも前記の各犯行により現実に多額の利得を得て
いることに鑑みても,その刑事責任は重く,殊に被告人Aの刑事責任は格段に
重いと言わざるを得ないところであるが,他面において,被告人両名とも現在で
は事実を認め,本件を深く反省する態度を示していること,被告人両名ともこれ
まで前科がないこと,被告人Aは,本件が原因で諭旨免職となり,収入の途を絶
たれるなど相応の社会的制裁を受けていること,被告人両名とも近親者や関係
者が今後の指導監督を約束していること,など両名のために酌むべき事情も認
められるので,当裁判所は,このような事情も総合考慮し,被告人両名を主文の
懲役刑及び罰金刑に処した上,今回はその懲役刑の執行を猶予することとした
次第である(検察官求刑-被告人Aにつき,懲役1年6か月及び罰金100万
円,追徴837万6229円。被告人Bにつき,懲役1年及び罰金80万円,追徴4
20万5385円)。
   平成15年7月3日
  大阪地方裁判所第7刑事部
    裁判官   杉  田  宗  久

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