弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年(ワ)第20874号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成16年12月6日
           判       決
     原      告     株式会社パルカ
     訴訟代理人弁護士     宮岡孝之
     同          大山勉
     同            長谷川尚城
訴訟復代理人弁護士    二宮麻里子
同橋積京子
補佐人弁理士  井ノ口壽
     被       告    オリンパス株式会社
     訴訟代理人弁護士     水谷直樹
     同            岩原将文
補佐人弁理士  古川和夫
 主       文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
           事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成15年10月17日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は,被告に対し,被告による別紙物件目録記載のビデオディスプレイ装
置(以下「被告製品」という。)の製造販売が原告の有する特許権の侵害に当たる
として,特許権侵害に基づく損害賠償を求めた。
1 争いのない事実等
(1) 原告の有する特許権
 原告は,次の特許権を有している(以下,「本件特許権」といい,その請
求項1記載の発明を「本件発明」という。)。
  特許番号   特許第3129719号
  発明の名称  ビデオディスプレイ装置
出願日    平成元年4月21日
登録日    平成12年11月17日
特許請求の範囲請求項1
「映像情報信号を表示する左眼用と右眼用のディスプレイと,左眼と
前記左眼用のディスプレイの間に配置される左眼用の拡大光学系と,右眼と前記右
眼用のディスプレイの間に配置される右眼用の拡大光学系と,前記ディスプレイと
拡大光学系を,左眼用と右眼用のディスプレイにそれぞれ同一の映像情報を表示さ
せたとき,前記左眼用のディスプレイに表示された映像情報を前記左眼用の拡大光
学系を通して左眼で見る拡大された画面の虚像と前記右眼用のディスプレイに表示
された映像情報を前記右眼用の拡大光学系を通して右眼で見る拡大された画面の虚
像とが,左右の眼からの虚像の距離に生成されるようにし,かつ左右の眼が各々の
画面の虚像に向けられるとき,人間の眼の間隔をde,拡大光学系の像倍率をmと
すると,各々のディスプレイの画面の中心から(de/2)×(1/m)だけ水平
方向の外側の点からの光線が左右の拡大光学系を通って左右の眼に注がれるとき,
その光線が平行となるように配置することで,左右の画面の虚像が画面全体におい
て一致するように構成したビデオディスプレイ装置。」
(2) 構成要件の分説
 本件発明の構成要件は,次のとおりに分説できる。
A 映像情報信号を表示する左眼用と右眼用のディスプレイと,
B 左眼と前記左眼用のディスプレイの間に配置される左眼用の拡大光学系
と,
C 右眼と前記右眼用のディスプレイの間に配置される右眼用の拡大光学系
と,
D 前記ディスプレイと拡大光学系を,左眼用と右眼用のディスプレイにそ
れぞれ同一の映像情報を表示させたとき,前記左眼用のディスプレイに表示された
映像情報を前記左眼用の拡大光学系を通して左眼で見る拡大された画面の虚像と前
記右眼用のディスプレイに表示された映像情報を前記右眼用の拡大光学系を通して
右眼で見る拡大された画面の虚像とが,左右の眼からの虚像の距離に生成されるよ
うにし,
E かつ左右の眼が各々の画面の虚像に向けられるとき,人間の眼の間隔を
de,拡大光学系の像倍率をmとすると,各々のディスプレイの画面の中心から
(de/2)×(1/m)だけ水平方向の外側の点からの光線が左右の拡大光学系
を通って左右の眼に注がれるとき,その光線が平行となるように配置することで,
左右の画面の虚像が画面全体において一致するように構成したビデオディスプレイ
装置。
(3) 被告の行為
 被告は,被告製品を製造販売した。
2 争点
(1) 被告製品は,本件発明の構成要件Eを充足するか。
(2) 無効理由の存在が明白かどうか。
(3) 原告の損害額はいくらか。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(構成要件Eの充足性)について
(原告の主張)
(1) 構成要件Eの意義
 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な
説明及び図面の記載並びに本件特許権の出願経過を考慮すると,本件発明の構成要
件Eの「左右の画面の虚像が画面全体において一致するように構成した」とは,本
件発明に係るビデオディスプレイ装置において,左右のディスプレイの中心を,左
右の拡大光学系の中心(光軸)に比べて,de/2mだけ水平方向内側に寄せて配
置した結果,「左右の画面の虚像が画面全体において一致するように」なったこ
と,すなわち,観察者において「あたかも眼からDだけ離れた位置に1つの大きな
画面が置いてあるように見えるように」なっていることを意味するものと解釈すべ
きである。
(2) 被告製品の構造
ア 虚像の距離
(ア) 被告は,被告製品のパンフレットやホームページ上の取扱説明書に
おいて,「約2mの距離で映像を映している」,「目のピントは約2m先に合って
いる」等と記載している。
(イ) また,原告が被告製品を実際に測定した結果,LCDの内寄せ量,
輻輳距離及び虚像の距離は別表1のとおりであった。
 被告製品の全機種の測定値の平均では,輻輳距離が1.978mであるのに
対し,虚像の距離は1.995mであり,その差は17mmであるから,両者はほとんど一
致している。すなわち,被告製品においては,輻輳距離と虚像の距離は実質的に一
致している。
 そして,被告製品の商品規格書によれば,虚像の輻輳距離は2.18mであ
る。
 したがって,被告製品における虚像の形成距離は,2.18mであると解し
て差し支えない。
イ 被告製品の各部分の数値
 上記アの被告製品における虚像形成距離及び商品規格書によれば,被告
製品における各部分の数値は,別表2のとおりとなる。
ウ 「de/2m」の値
 被告製品におけるLCDの実際の水平方向内寄せ量は,別表2の⑨欄の
とおりであり,また,「de/2m」の値は,別表2の⑩欄のとおりであるから,
両者は一致する。
 したがって,被告製品においては,左右のディスプレイの中心を,左右
の拡大光学系の中心(光軸)に比べて,de/2mだけ水平方向内側に寄せて配置
している。
(3) 構成要件Eの充足性
 被告製品は,装着するだけですぐに大きな画面を,そのどの部分を見ても
違和感なく見ることができるものであり,2重像が見えたり,それを合わせるため
に別段の疲労を伴うものではない。
 したがって,被告製品は,前記(2)ウの配置をすることにより,観察者にお
いて「あたかも眼からD(2m)だけ離れた位置に1つの大きな画面が置いてある
ように見えるように」なっているものである。
 したがって,被告製品は,構成要件Eを充足する。
(被告の反論)
(1) 構成要件Eの意義
ア 本件明細書及び図面の記載並びに本件特許権の出願経過に照らせば,本
件発明の構成要件Eは,
① ビデオディスプレイ装置において,左右のディスプレイの中心を,左
右の拡大光学系の中心(光軸)に比べて,de/2mだけ水平方向内側に寄せて配
置すること
② 上記①の配置とすることにより,「左右の画面の虚像が画面全体にお
いて一致すること」,すなわち,左右の画面の虚像が,左右方向においても,前後
(奥行)方向においても,いずれも全体として一致するようにしたこと
の2つを内容としていると解すべきである。
イ 原告は,構成要件Eの「左右の画面の虚像が画面全体において一致する
ように」とは,「あたかも眼からDだけ離れた位置に1つの大きな画面が置いてあ
るように見えるように」なっていることを意味するものと解釈すべきであると主張
する。しかし,構成要件Eは,ビデオディスプレイ装置の構造を客観的に規定した
要件であるから,「あたかも眼からDだけ離れた位置に1つの大きな画面が置いて
あるように見えるように」なっているというような利用者の主観的な認識を基準と
する解釈は失当である。
(2) 被告製品の構造
ア 虚像の形成距離
 被告製品は,商品規格においては,視度を0.8/mと設定しており,
視度値の逆数がレンズ前方に形成される虚像までの距離を示すものであるから,被
告製品における虚像の形成距離は,1.25mとなる。
イ 被告製品における各部分の数値
 被告製品の商品規格書によれば,被告製品の各部分の数値は,別表3の
とおりとなる。
(3) 構成要件Eの充足性
 別表3によれば,被告製品におけるLCD(液晶画面)の水平方向内側
への内寄せ量は,0.30mmないし0.33mmであるのに対し,de/2m式の値
は,0.53mmないし0.58mmとなる。すなわち,被告製品におけるLCDの水平方向内
側への実際の内寄せ量は,構成要件Eで規定するde/2mの値と大きく相違する
(約2分の1強)ので,被告製品は,「左右のディスプレイの中心を,左右の拡大
光学系の中心(光軸)に比べて,de/2mだけ水平方向内側に寄せて配置するこ
と」を充足しない。
 また,そのために,被告製品においては,左右の眼で左右のLCD上の
画面を,左右のプリズムを通して見た時に形成される拡大された虚像は,左右の水
平方向においても,前後(奥行)方向においても一致せず,大きくずれているか
ら,「左右の画面の虚像が画面全体において一致するように構成」されていない。
 したがって,被告製品は,構成要件Eを充足しない。
2 争点(2)(明らかな無効理由の有無)について
(被告の主張)
(1) 無効理由1
 本件発明は,乙37(米国特許第2349013号公報)に記載された発明
と同一であるから,本件特許には,特許法29条1項3号の規定に基づく無効理由
がある。
ア 乙37に記載された発明
 乙37には,外観が手持ち双眼鏡に近似した形状のステレオスコープビ
ュアであって,人の目の通常の間隔に対応して配置された左右の拡大レンズ26を
通して左眼と右眼にそれぞれ対応して設置されているスライドCに描かれた左眼用
および右眼用の光透過画像17を眺めた場合に,それぞれの画像の拡大された虚像
が左眼と右眼からの虚像の位置に形成されることを内容とするステレオスコープビ
ュアが開示されている。また,上記ステレオスコープビュアにおいては,人間の眼
の間隔をde,拡大レンズ26の像倍率をmとした場合に,左右の画像17を,左
右の拡大レンズ26の中心位置でこれに直交する光軸上の位置よりde/2m分だ
け水平方向内側に移動させることにより,左右の画面の拡大された虚像が,画面全
体で一致するように構成されていることが開示されている。
イ 本件発明との対比
(ア) 構成要件AないしCについて
 前記アのとおり,乙37記載の発明と本件発明とは,構成要件Aない
しCにおいて一致する。
(イ) 構成要件Dについて
 乙37においては,左眼で左眼用の拡大レンズ26を通してスライド
Cに描かれた左眼用の光透過画像17を眺めた場合には,スライドCに描かれた光
透過画像17の拡大された虚像が左眼からの虚像の位置に形成される。また,同様
に,右眼で右眼用の拡大レンズ26を通してスライドCに描かれた右眼用の光透過
画像17を眺めた場合には,スライドCに描かれた光透過画像17の拡大された虚
像が右眼からの虚像の位置に形成される。
 ところで,ステレオスコープビュアにおいては,立体画像の表示を目
的としているため,左眼用画像と右眼用画像とは,同一対象物を表示しているが,
左右が完全に同一の画像であるとはいえない。これに対し,構成要件Dにおいて
は,「左眼用と右眼用のディスプレイに同一の映像情報を表示させたとき」と規定
している。このため,構成要件Dと乙37とは,厳密にいうと,完全に同一ではな
い。
 しかし,左眼で左眼用画像を,右眼で右眼用の画像を眺める方式の画
像表示装置において,立体画像の表示(ステレオ方式)を目的とする場合に,同一
対象物につき,両眼の視差が生じるように多少ずらして撮影された左眼用画像と右
眼用画像を使用することは周知の事項であり,他方,立体視を必要としない(モノ
スコープ方式)場合には,画像表示装置に左右両眼用の画像として同一の映像情報
を用いることが周知の事項である。また,左右の独立したディスプレイ上に,同一
の映像情報を表示するのか(モノスコープ方式),相異なる映像情報を表示するの
か(ステレオスコープ方式)は,単に設計上の選択事項にすぎない。
 したがって,左眼用の画像と右眼用の画像を同一とするのか,立体画
像を表示させるために,同一対象物につき,両眼の視差が生じるように,多少ずら
して撮影された左眼用画像と右眼用画像とを用いるようにするのかは,設計上の選
択事項にすぎない。
 よって,乙37記載の発明と本件発明とは,構成要件Dにおいて一致
する。
(ウ) 構成要件Eについて
 前記アのとおり,乙37のステレオスコープビュアにおいては,左右
の眼が各々の画像17の虚像に向けられるとき,人間の眼の通常の間隔をde,拡
大レンズ26光学系の像倍率をmとした場合,各々の画像17の中心から(de/
2)×(1/m)だけ水平方向外側の点からの光線が,左右の拡大レンズ26を通
って左右の眼に注がれるとき,当該光線が平行となるように配置されている。
 構成要件Eにおいては,上記の配置関係とすることにより,左右の画
面全体が一致することを規定しているが,乙37においても,左右の拡大レンズ2
6と左右の画像17とが,構成要件Eが規定しているとおりに空間的に配置されて
いるから,左右の画像17の拡大された虚像が,画面全体にわたって一致すること
が明らかである。
 したがって,乙37記載の発明と本件発明とは,構成要件Eにおいて
一致する。
ウ 小括
 以上のとおり,乙37は,本件発明の構成要件AないしEをすべて開示
している。また,乙37記載の発明は,本件発明と同一の効果を奏する。
 よって,本件発明は乙37記載の発明と同一であるから,本件特許に
は,特許法29条1項3号に基づく無効理由がある。
(2) 無効理由2
 本件発明は,乙37と乙38(特開昭63-280216号公報),乙6
(特表昭60-500077号公報)とを組み合わせることにより,また,乙38
と乙37,乙6とを組み合わせることにより,当業者において容易に想到可能であ
ったから,本件特許には,特許法29条2項に基づく無効理由がある。
ア 乙38について
(ア) 乙38に記載された発明
 乙38には,テレビやビデオによる立体画像信号を用いて画像を表示
する立体画像表示装置が開示されている。同装置においては,左眼用画像パネル1
0-Lと右眼用画像パネル10-Rが分割配置されており,各パネルを,左眼用の
拡大レンズ7-Rと右眼用の拡大レンズ7-Lとにより拡大視するものであり,左
眼用の拡大レンズ7-L,右眼用の拡大レンズ7-Rにより,それぞれ拡大視され
た左眼用画像パネル10-Lと右眼用画像パネル10-Rは,それぞれ同一の13
の位置に,正立の拡大虚像として形成されるものである。
(イ) 本件発明との対比
a 構成要件AないしCについて
 前記(ア)のとおり,乙38記載の発明と本件発明とは,構成要件A
ないしCにおいて一致する。
b 構成要件Dについて
 乙38に係る立体画像表示装置においては,立体画像の表示を目的
としているために,左眼用画像と右眼用画像とは同一対象物を表示してはいるもの
の,左右の画像が完全に同一の画像であるとは言えないが,乙37について述べた
のと同様に,左右の画像パネルに同一の画像を表示させるのか,異なる画像を表示
させるのかは,単に設計事項にすぎない。
 したがって,乙38記載の発明と本件発明とは,構成要件Dにおい
て一致する。
c 構成要件Eについて
 乙38に係る立体画像表示装置において,左右の拡大レンズ7-
L,7-Rを通して,左右の画像パネル10-L,10-Rをそれぞれ眺めた時に
形成される拡大された虚像は,第2図中の13の位置に完全に重なり合って一致し
て形成されるが,乙38には,このように左右の拡大された虚像を重なり合って一
致して形成させるための技術的手段が明示的には開示されていない。すなわち,乙
38記載の発明は,構成要件Eの「左右の画面の虚像が画面全体において一致する
ように構成」するための技術的手段が明示的には開示されていない点において,本
件発明と相違する。
イ 乙6について
(ア) 乙6に記載された発明
 乙6は,眼鏡枠5,6に左右のディスプレイ装置1,2とこれらに対
応する左右の拡大用レンズ3,4とを設置したテレビジョン装置であって,左眼用
のディスプレイと右眼用のディスプレイを,左眼用の拡大レンズと右眼用の拡大レ
ンズにより別々に眺める方式の表示装置が開示されている。そして,左眼用のディ
スプレイと右眼用のディスプレイ上には,2個の相異なる映像を表示させることを
内容とするステレオスコープ方式とすることも,2個の同一の映像を表示させるこ
とを内容とするモノスコープ方式を採用することも可能であることが開示されてい
る。
(イ) 本件発明との対比
a 構成要件AないしCについて
 前記(ア)のとおり,乙6記載の発明と本件発明は,構成要件Aない
しCにおいて一致する。
b 構成要件Dについて
 乙6には,左眼で左眼用のディスプレイを,左眼用の拡大レンズを
通して眺めた時に,左眼から虚像の距離に拡大された虚像が形成され,右眼で右眼
用のディスプレイを,右眼用の拡大レンズを通して眺めた時には,右眼から虚像の
距離に拡大された虚像が形成されることが開示されている。また,左眼用のディス
プレイと右眼用のディスプレイには,同一の映像を表示させること(モノスコープ
方式)も,相異なる映像を表示させること(ステレオスコープ方式)も可能であ
り,これらは適宜選択可能である旨が開示されている。
 したがって,乙6の発明と本件発明とは,構成要件Dにおいて一致
する。
ウ 容易推考性
(ア) 乙37と乙6,乙38との組み合わせ
 前述したとおり,乙37に係るステレオスコープビュアにおいては,左
眼用の画像と右眼用の画像は,厳密にいえば同一画像ではない。
 そこで,仮に,乙37記載の発明と本件発明と,上記の点において相違
するとしても,前記のとおり,乙6に係る眼鏡型画像表示装置においては,左眼用
ディスプレイと右眼用ディスプレイに,相異なる映像を表示すること(ステレオス
コープ方式)も,同一の映像を表示すること(モノスコープ方式)も,適宜選択す
ることが可能であることが開示されている。
 したがって,ステレオスコープ方式の画像表示を前提としている乙37
に係る画像表示装置においても,左右の画像として,ステレオスコープ方式に代え
て,モノスコープ方式を採用して,同一の映像を表示することは何ら障害はなく,
同一の映像を表示するのか(モノスコープ方式),相異なる映像を表示するのか
(ステレオスコープ方式)は,当業者において適宜選択し得る事項であるにすぎな
い。
 また,乙38には,左右の独立した画像パネル10-L,10-Rを,
左右の独立した拡大レンズ7-L,7-Rにより拡大視すると共に,拡大視した際
に形成される左右の画像の拡大された虚像が,同一の像面上に完全に重なり合って
形成されることが開示されている。
 したがって,本件発明は,乙37に乙6記載の各発明を組み合わせるこ
とにより,又は乙37に乙6及び乙38記載の各発明を組み合わせることにより,
容易に発明することができたものといえる。
(イ) 乙38と乙37,乙6との組み合わせ
 前記のとおり,乙38は,構成要件AないしD及び構成要件Eのうちの
「左右の画面の虚像が画面全体において一致するように構成した」ことを開示して
いる。そして,乙37は,構成要件AないしD及び構成要件Eのうちの「左右の画
面の虚像が画面全体において一致するように構成」するための技術手段を開示して
いる。
 乙38,乙37が開示している画像表示装置は,いずれも立体画像を表
示すること(ステレオスコープ方式)を前提としているが,左右の画面上に同一の
映像を表示するのか(モノスコープ方式),左右の画面上にわずかに異なる画面を
表示するステレオスコープ方式とするのかは,乙6が開示するように,単なる設計
事項にすぎない。
 したがって,本件発明は,乙38と乙37,乙6記載の各発明を組み合
わせることにより,容易に発明することができたものといえる。
エ 小括
 以上のとおり,本件発明は,①乙37と乙6との組み合わせ,②乙37と
乙6,乙38との組み合わせ,又は③乙38と乙37,乙6との組み合わせによ
り,当業者において容易に発明することが可能であったものである。
 したがって,本件特許には,特許法29条2項に基づく無効理由がある。
(原告の反論)
(1) 無効理由1
ア 構成要件Aについて
 乙37にはポジフィルム像(スライドC)を立体視するステレオビュア
が開示されているが,この形式のステレオビュアにおいては,テレビジョン映像
(動画)の再生は不可能である。本件発明の構成要件Aにいう「映像情報信号」と
はテレビジョン信号をいうのに対し,乙37に記載されているスライドCは静止画
像である。したがって,本件発明と乙37記載の発明とはそもそもの前提が異な
り,乙37は,構成要件Aを開示していない。
イ 構成要件Dについて
 乙37と本件発明とは,構成要件Dにおいて相違する。
ウ 構成要件Eについて
 乙37には「拡大光学系の像倍率をmとすると,各々のディスプレイの
画面の中心から(de/2)×(1/m)だけ水平方向の外側の点からの光線が左
右の拡大光学系を通って左右の眼に注がれる」というような技術思想を有するもの
ではない。
 したがって,乙37には,構成要件Eの開示がない。
エ 結論
 したがって,乙37記載の発明と本件発明とは,構成要件A,D,Eに
おいて相違する。
(2) 無効理由2
ア 乙38について
 乙38は,フリッカ(映像のチラツキ)防止を趣旨とするものであり,
立体映像の発生(虚像の生成)についての構成や原理の説明は一切なく,虚像が一
致するところが輻輳点であるとする記載もない。
 したがって,乙38記載の発明と本件発明とは,構成要件D,Eにおい
て相違する。
イ 乙6について
 乙6は,眼鏡枠5,6に左右のディスプレイ装置1,2とこれらに対応
する左右のレンズ3,4とを設置したテレビジョン装置に関するものであり,乙6
には,本件発明のような光学配置を示す記載はなく,光路図等については何も触れ
ていない。
 したがって,乙6記載の発明と本件発明とは,構成要件D,Eにおいて
相違する。
ウ 組合わせについて
 乙37と,乙38及び乙6とは同一の技術事項を開示していないので,
これらを組み合わせることについては障害があり,本件発明をすることはできな
い。
 また,乙37,乙38及び乙6は,いずれも構成要件D,Eを開示して
いないので,これらを組み合わせて,本件発明をすることはできない。
3 争点(3)(原告の損害額)について
(原告の主張)
 被告は,平成14年6月までに被告製品を製造販売し,合計128億190
0万円の売上を上げた。
 本件発明の実施料は,売上高の5%が相当であるから,原告は被告に対し,
実施料相当額として6億4000万円以上の損害賠償請求権を有するが,本件にお
いては,そのうち1億円の支払を求める。
(被告の認否)
 原告の主張を争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件Eの充足性)について
 本件発明の構成要件Eについて,便宜,①「左右の眼が各々の画面の虚像に
向けられるとき,人間の眼の間隔をde,拡大光学系の像倍率をmとすると,各々
のディスプレイの画面の中心から(de/2)×(1/m)だけ水平方向の外側の
点からの光線が左右の拡大光学系を通って左右の眼に注がれるとき,その光線が平
行となるように配置すること」との部分,及び②「左右の画面の虚像が画面全体に
おいて一致するように構成した」との部分に分けて検討する。
(1) 構成要件E①について
ア 構成要件E①の意義
「左右の眼が各々の画面の虚像に向けられるとき,人間の眼の間隔をd
e,拡大光学系の像倍率をmとすると,各々のディスプレイの画面の中心から(d
e/2)×(1/m)だけ水平方向の外側の点からの光線が左右の拡大光学系を通
って左右の眼に注がれるとき,その光線が平行となるように配置すること」の技術
的意義が,「左右のディスプレイの中心を,左右の拡大光学系の中心(光軸)に比
べて,de/2mだけ水平方向内側に寄せて配置すること」を意味するものである
ことは当事者間に争いがなく,当裁判所も,同解釈を正当であると解する。
イ 被告製品の構成
(ア) 被告製品における各部分の争いのない数値
 被告製品における各部分の数値として原被告双方が主張する別表2
(原告)及び別表3(被告)を対比すると,各別表の②ないし⑤,⑦及び⑨の各数
値は争いがない。
 また,各別表の⑥,⑧及び⑩の数値の算定式から明らかなとおり,こ
れらの数値が各別表で相違するのは,各別表の①の虚像形成距離が相違することに
よるものである。
(イ) 虚像の形成距離
a 証拠(乙32,46,47,枝番号の記載は省略する。以下同
じ。)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,いずれも視度値を0.8として設
計され,これに基づいて製造されたことが認められる。そして,視度値の逆数が拡
大レンズと虚像との距離となる(乙33)から,被告製品における虚像の形成距離
は,設計上,1.25m(=1/0.8)となるところ,この数値は,被告製品の
虚像形成距離を実測した結果(乙46)とも合致する。したがって,被告製品にお
ける虚像形成距離は,1.25mであると認められる。
b これに対し,原告は,被告製品のパンフレットやホームページ上の
取扱説明書において,「約2mの距離で映像を映している」等と記載していること
から,被告製品の虚像形成距離は約2mであると主張する。
 証拠(甲2,9)によれば,被告製品のパンフレット及びホームペ
ージ上の商品に関する説明文において,「2m先に62型ワイド(FMD-150
W)/52型スタンダード(FMD-200)の大画面が出現」,「2メートル先
に52型相当の大画面映像を体感でき」,「2メートル先に62型相当の大画面を
作り出します」などといった記載があることが認められる。
 しかし,前記アの争いのない事実によれば,被告製品においては輻
輳距離が2.18mであるところ,観察者が認識する画面の虚像の距離感は,単眼
のピント調節(虚像の形成距離)よりも両眼輻輳(輻輳距離)から得られる効果に
よるところが大きい(甲18)から,被告製品においては,両眼で画面を見たとき
に上記輻輳距離2.18mに近似する約2m先に画面が見えることを説明するため
に上記のようなパンフレット等における記載をしたものと理解することができる。
 したがって,上記のパンフレット等の記載から,被告製品における
虚像の形成距離が約2mであると認めることはできない。
c また,原告は,被告製品の各部分の測定結果が別表1のとおりであ
り,これによれば,被告製品における輻輳距離と虚像形成距離は実質的に一致して
いると主張する。しかし,別表1の計測結果は数値自体にバラツキがある上,被告
の行った乙46,47の計測結果と対比すると,原告の測定は,測定に使用したデ
ジタルカメラのレンズの光軸と測定対象である被告製品の拡大レンズの光軸とがず
れた状態で行われたことが強く推測されるから,別表1の測定結果の正確性には疑
いが残る。
 したがって,原告の主張する別表1の測定結果は採用できないか
ら,これに基づく被告製品における輻輳距離と虚像形成距離とが実質的に一致して
いるとの主張も採用できない。
 そして,他に被告製品における虚像形成距離が1.25mであると
の前記認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 構成要件E①の充足性
 前記(イ)に認定判断したとおり,被告製品の虚像形成距離は,1.25
mであるから,被告製品においてde/2m式から求められる内寄せ量は,別表3
⑩のとおり0.53mmないし0.58mmとなり,これは,同表⑨の実際のLCDの内寄せ量
0.30mmないし0.33mmとは大きく相違する。
 したがって,被告製品は,構成要件E①を充足しない。
(2) 構成要件E②について
ア 「左右の画面の虚像が画面全体において一致するように構成した」こと
の技術的意義
(ア) 本件明細書の特許請求の範囲請求項1の記載によれば,構成要件A
ないしEは,本件発明に係るビデオディスプレイ装置の客観的な構造を規定したも
のと解釈するのが自然である。
(イ) そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,構成要件Eの技術的
意義に関し,以下の記載がある(甲1)。
(0009)
 「・・・人間の左・右の眼はde(通常58mm~72mm,平均65mm,日本人
の平均は62mm)だけ離れている。そしてこの両眼間距雛が物体の位置情報を得るの
に大変重要な役割を果たしていることが知られている。人間が眼からDだけ離れた
ところにある物体を注視するときは,眼のピントをDの距離に調節するとともに両
眼の光軸を物体に向ける両眼輻輳を行う。このピント調節と両眼輻輳が連動するこ
とにより眼に負担をかけることなく大脳中枢で両眼から得た像を融像処理してい
る。」
(0010)
 「 いま,第2図(a)のように液晶ディスプレイの画面の中心をレ
ンズの光軸に合わせた場合を考える。このとき,眼のピント調節は眼との距雛をD
に合わせているのに輻輳角は0゜すなわち無限大であるため両者の間に極端にずれ
が生じて違和感が発生してしまう。次に,第2図(b)のように,レンズの光軸を
輻輳させてみた場合を考える。このとき画面の中心においてはピント調節も輻輳角
も眼との距離がDに合っているが,画面の端では左右の像にずれを生じる。画面の
サイズが大きいときやDが小さいときには大脳中枢における融像処理が困難となり
二重像や視野闘争を生じるようになる。また,融像処理が良好に行われた場合でも
眼に負担がかかっている。」
(0011)
 「 そこで,第1図のように,眼からDだけ離れたところに左右の拡
大虚像が一致した結像面が存在する場合を考える。このとき左右のレンズの光軸は
結像面上でもdeだけ離れている。逆にこれを成立させるためには,液晶ディスプレ
イの画面の中心から水平方向の外側に
 de/2m=de・u/2(D-t)
だけ離れた点にレンズの光軸を合わせればよく,この条件を満たす
ように左右の液晶ディスプレイと左右の拡大レンズを配置してやれば,あたかも眼
からDだけ離れた位置に1つの大きな画面が置いてあるように見える。例えば液晶
ディスプレイの画面の中心を見たとき,左右の眼は眼からDだけ離れた拡大虚像の
中心にピント調節し,輻輳角θで輻輳している。この状態ではピント調節と両眼輻
輳が無理なく連動した状態にあるため,眼に負担をかけることなく大脳中枢におけ
る融像処理を行っている。」
(ウ) 上記(イ)の記載によれば,本件発明のような右眼と左眼の両眼で
それぞれ別のディスプレイ画面を見るビデオディスプレイ装置において,本件特許
権に係る特許公報(以下「本件公報」という。)第2図(a)や第2図(b)のよ
うな構成とした場合,眼のピント調節と輻輳角にずれが生じて違和感を覚えたり,
左右の像にずれが生じ,眼に負担がかかったり,あるいは融像処理が困難となるこ
とから,本件発明は,これらを回避するため,de/2mだけディスプレイを水平
方向に内寄せすることにより,本件公報第1図のように輻輳位置に虚像を生成し,
かつ「左右の画面の虚像が画面全体において一致する」ようにしたものであると解
することができる。
 そうすると,構成要件E②の「左右の画面の虚像が画面全体におい
て一致する」とは,本件公報第1図のように,左右の画面の虚像が,左右方向,奥
行き方向のいずれにおいても全体として重なり合っていることを意味するものと解
するのが相当である。本件明細書には,前記(イ)のとおり,構成要件E②の技術的
意義について,上記解釈と異なる解釈を示唆する記載はない。
(エ) これに対し,原告は,構成要件E②の「左右の画面の虚像が画面
全体において一致するように」とは,観察者において「あたかも眼からDだけ離れ
た位置に1つの大きな画面が置いてあるように見えるように」なっていることを意
味するものと解釈すべきであると主張する。
 しかし,原告の上記解釈は,特許請求の範囲請求項1の文言とかけ
離れているのみならず,前記(イ)のとおり,発明の詳細な説明においても,原告の
上記解釈を示唆するような記載はない。
 したがって,原告の主張は採用できない。
イ 被告製品における虚像の形成態様及び構成要件E②の充足性
 証拠(乙40,41)及び弁論の全趣旨によれば,被告装置において
は,左右の画面の虚像が,左右方向及び奥行き方向のいずれにおいても相当程度ず
れており,画面全体として重なり合っていないことが認められ,これに反する証拠
はない。
 したがって,被告製品は,構成要件E②を充足しない。
2 結語
 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がない。
    東京地方裁判所民事第29部
裁判官  榎  戸  道  也
裁判官  髙  田  公  輝
 裁判長裁判官飯村敏明は,転補のため署名押印することができない。
裁判官  榎  戸  道  也
(別紙)
物 件 目 録
  以下の商品名及び型番の被告製品
1 「Eye-Trek」FMD011F
2 「Eye-Trek」FMD-100
3 「Eye-Trek」FMD150W
4 「Eye-Trek」FMD100/SP
5 「Eye-Trek」FMD-200
6 「Eye-Trek」FMD-250W
7 「Eye-Trek」FMD-220
8 「Eye-Trek」FMD-20P
9 「Eye-Trek」FMD-700
(別表1)
被告製品名内寄せ量(mm)

輻輳距離(mm)

虚像距離(mm)
Dt
FMD011F0.3520552000
FMD-1000.3520552200
FMD-100/SP0.3520552410
FMD-2000.3518811800
FMD-2200.3518811770
FMD-150W0.3520552020
FMD-250W0.3520552100
FMD-7000.3518811660
FMD-20P0.351881-
平均値0.3519781995
(別表2)(別表3)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛