弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は,債権者の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
1 債権者が,債務者に対し,債務者会社A運輸区に所属する主任運転士1級とし
ての業務に従事する労働契約上の地位にあることを仮に定める。
2 債務者が平成12年10月26日付けで債権者に対してなした別紙処分目録記
載の命令の効力を停止する。
第2 事案の概要
1 本件は,債務者に列車の運転士として雇用されていた債権者が,列車の手歯止
めを撤去しないまま出区してしまうというミスを犯し,運転士としての適格性につ
いて審査を受けた結果,他職適であり,出向年齢にも達しているとして,債務者か
ら出向を命ぜられたが,かかる命令は,出向命令権の濫用であり,不当労働行為に
も該当するなどとして,申立てのとおりの仮処分命令を求めるものである。
2 争いのない事実及び審理の全趣旨により容易に認められる事実
(1) 債務者は,日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が昭和62年4月1日,分
割・民営化され,東海地方を中心にして,東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道輸
送等を業とする株式会社として設立されたもので,肩書地に本社,名古屋市に東海
鉄道事業本部,東京都に新幹線鉄道事業本部,静岡市,大阪市に支社,津市,飯田
市に支店をそれぞれ置き,現在社員総数約2万2000名を擁する会社である。
債務者のA運輸区は,昭和62年4月1日に国鉄が分割・民営化され,JR各社が
設立された際,A運転区として設置されたものであり,平成元年2月1日にA車掌
区と統合され,A運輸区となった。
A運輸区は,合計約150名の社員で構成されており,トップの区長は,区業務全
般の管理及び運営を職務内容としている。
(2) 債権者は,昭和21年t月u日生まれ(平成12年10月26日当時54歳)
であり,A市立C中学校卒業後,昭和37年3月から昭和40年11月までA市内
の農機具会社で働き,昭和40年12月,国鉄に臨時雇用員として採用され,同時
にA機関区に整備係として配属された。債権者は,昭和42年1月,国鉄のA機関
区の準職員(整備係)として採用され,昭和43年7月,A機関区の機関助士とな
り,昭和53年8月8日,電気機関士となった。
債権者は,昭和62年4月,債務者のA運転区の運転士(1級)として採用され,
昇進試験に合格したことにより,平成3年3月,A運輸区主任運転士(2級)とな
り,平成11年3月,A運輸区主任運転士(1級)となった。
主任運転士の職務内容は,「運転士の業務及び指導並びにその計画・調整業務,動
力車の運用に関する業務,指定された者は車両技術主任の業務,指定された者は主
任車掌の業務,その他上長の指示する業務」を所管すると定められている。
(3) 国鉄時代には,D1労働組合協議会,D2労働組合連合会が存在した。
昭和62年9月,D2労働組合が結成され,債権者が同組合のF地方本部の執行委
員に就任した。
平成3年8月,D労働組合が結成され,債権者が同組合のF地方本部の執行委員に
就任した。
(4) 平成12年9月11日,東海地方は豪雨に襲われ,名古屋市内を流れる庄内川
などが氾濫し,多くの被害が発生した。債権者は,同月12日,午後0時過ぎにA
運輸区に出勤したところ,鉄道にも被害が及んでおり,中央線は列車がストップ
し,多くの乗務員が詰所で待機していた。債権者は,出勤報告した後,午後7時こ
ろまで職場待機となった。夕方から順次運行が再開されたが,大幅にダイヤが乱れ
たままであり,E駅とG駅への小運転を行い,その後,A駅構内の電車整理のため
の入換作業を行い,午後11時30分ころ休養に入った。
債権者は,翌13日,所定の時間(午前5時17分)までに起床し,出勤点呼を行
い,E駅まで回送列車でE駅からF行きの快速列車(2702M)をA駅まで運転
し,A駅で次の乗務列車でありA駅構内に留置してある列車(2710M)の出区
点検を始めた。
(5) ところが,債権者は,手歯止め使用中札を収納してしまった結果,列車の手歯
止めの撤去を失念し,手歯止めを撤去しないまま出区して,手歯止めを粉砕した
(以下「本件ミス」という。)。そして,債権者は,A駅の上り本線に列車を据え
付け,発車待ちをしていた。
その後,債権者は,H運転士と乗務を交替し,A運輸区のI区長に本件ミスの報告
と謝罪をした。
債権者は,第1会議室において,同日午前9時過ぎから,J首席助役,K助役,L
助役による事情聴取を受け,債権者への質問は主にL助役が行った。
債権者は,本件ミスを起こしたことに対する顛末書を記載させられ,債権者の勤務
終了時刻は所定より1時間延びた。そして,本件ミスの概要を記した「機器扱い不
良事故(手歯止め撤去失念)」と題する掲示が乗務員室に掲出された。
(6) 債権者は,同月14日,J首席助役及びM助役からの事情聴取を受けた。
債権者は,同月18日,19日,「運転取扱心得」,「基本動作に関する教育」な
どの自習ないしレポートを提出した。
債権者は,同月20日,I区長と面談し,I区長に対し,運転士を継続する意思を
伝えた。
債権者は,同月21日,J首席助役から,「もう一度チャンスを与える」との話を
伝えられ,それ以後,自習を継続した。
(7) 債権者は,同年10月12日午前11時から11時30分まで「知識確認」規
程類の筆記試験を受け,午後1時30分から1時50分まで「出区点検」の審査を
受けた。
債権者は,同月13日午前11時から11時20分まで「応急処置」の審査を受
け,午後1時30分から1時50分まで「非常の場合の処置」の審査を受けた。
債権者は,同月16日,I区長と面談の席上,I区長から「先日の試験は,4科目
とも不合格であった」と告げられた。しかし,合格点は70点と告げられたもの
の,債権者の得点が何点かは一切開示されなかった。
債権者は,運転士を継続したい旨再度申し出たところ,I区長から,同月18日に
再審査するとの返事があった。
債権者は,同月18日,「知識確認」の筆記試験,「出区点検」の審査,「応急処
置」の審査,及び「非常の場合の処置」の審査を受けた。
債権者は,上記再審査の受験後,K指導助役から「本当によくがんばった」,「最
終的には上へ上げないと分からないが」と声を掛けられた。
(8) 債権者は,同月19日,区長室において,J首席助役から,前日の審査の結果
につき,債権者が4科目とも合格点に達しなかったと告げられた。債権者は,J首
席助役に,合格基準が何点かと質問したが,J首席助役は,これに答えなかった。
債権者は,同日午後5時ころ,I区長,J首席助役及びK指導助役と面談したが,
I区長から「再審査の結果,他職適ということになりました。」,「年齢的にみて
も出向という方向になると思う。」と言われた。
債権者は,これに対し,簡易苦情処理申告の手続をしたいとの意向を述べ,それに
対し,I区長は,簡易苦情処理申告に該当するか否かを確認する旨述べた。
債権者は,同月20日,N助役に苦情申告票を手渡した。
債権者は,同月24日,J首席助役から,B株式会社(以下「本件出向先」とい
う。)O事業所への「出向予定について」と題する書面を受け取り,併せて債権者
の「事故摘録」(事故の記録)を見せられた。
(9) 債権者は,同月26日,I区長から,同年11月10日付けで本件出向先へ出
向させることを内容とする「事前通知」を渡され,本件出向先への出向(以下「本
件出向」という。)を命ぜられた(以下「本件出向命令」という。)。
債権者は,これに対し,不本意であるので,簡易苦情処理を提出したい旨述べた。
債権者は,同年10月27日,簡易苦情処理申告票をA運輸区の管理者に提出し,
その結果,同年11月7日,簡易苦情処理会議が開催された。
債権者は,同年10月27日,岐阜労働局長あてに「紛争解決援助」の申出をした
が,同年12月12日,岐阜労働局長は,紛争解決援助の打ち切りをした。
債権者は,同月7日,本件ミスを発生させたことを原因として,債務者から訓告処
分を受けた。
債権者は,上記訓告処分に対し,同月14日,地方苦情処理会議あてに苦情申告票
を提出し,その結果,平成13年1月11日,地方苦情処理会議が開かれた。
さらに,債権者は,同月16日,中央苦情処理会議あてに異議申立てを行い,同月
22日,中央苦情処理会議が開催されたが,対立のまま同会議は終了した。
(10) D労働組合F地方本部は,平成12年12月8日,債務者に対し,「転勤,
出向に関する緊急申し入れ」をし,運転事故に関する乗務停止の基準の明示,日勤
再教育の場を奇貨とした組合脱退を勧誘する行為の禁止,再乗務のための審査内容
及び合格基準の明示などの事項を申し入れた。
D労働組合F地方本部は,平成13年3月16日,債務者に対し,債権者に対する
出向を撤回し,元職場に復帰させること,業務上の事故に関する再教育,再審査の
根拠及び再審査の結果を公表すること,再教育及び再審査における組合差別の禁止
などの諸事項につき,団体交渉に応じるよう申し入れた。
(11) 債権者は,本件出向により,A市内からF市内まで片道約2時間の通勤時間
となっている。
債権者は,本件出向により,本件出向先において,清掃業務に従事している。
本件出向後,債権者には,1日働くごとに30分の超過勤務手当が支給され,休日
数の少ない分について買い上げがなされ(正確には,本件出向先における年間所定
労働時間数が債務者の年間所定労働時間数を超える場合にこの差の時間数を12で
除して得られた時分に対する超過勤務手当を毎月支給していること),都市手当が
支給されている。
3 争点
本件の争点は,①本件出向命令が出向命令権の濫用として無効であるか,②本件出
向命令が不当労働行為として無効であるか,③本件出向命令が不明確な基準による
恣意的な運用によるものとして無効であるか,④保全の必要性があるか,という点
にある。
(1) 争点①(本件出向命令が出向命令権の濫用として無効であるか)について
ア 債権者の主張
(ア) 債務者と債権者との間には,「60才定年に関する協定」(以下「定年協
定」という。)が締結され,定年協定において,「54才に達した日以降の人事運
用については,原則として出向するものとする」との条項が存在するとしても,使
用者にその権能の行使は無制限に許されるものではなく,労使間の信義則に照らし
合理的な判断に服さなければならないと解すべきであって,その権限は,具体的事
案において当該出向の業務上の必要性の程度と当該出向によって債権者が被る不利
益の程度とを厳密に比較衡量して判断されなければならないというべきである。
特に本件出向命令が,業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する
場合であっても,当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであると
き,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである
とき等は,権利の濫用として無効になるというべきである(最高裁昭和61年7月
14日判決(以下「東亜ペイント最判」という。)参照)。
(イ) 債務者においては,定年協定が存在はするが,その運用において,54歳に
達した労働者は,自動的にすべて出向させる運用は全くなされていない。A運輸区
の運転士に限定してみても,54歳を超えても現実に運転士として運転業務に従事
している労働者は多数存在する。すなわち,定年協定は,現場において全く運用さ
れていない規定にすぎないのである。
(ウ) 債権者は,昭和62年4月,債務者のA運転区の運転士(1級)に合格し,
平成3年3月,A運輸区主任運転士(2級)に合格し,平成11年3月,A運輸区
主任運転士(1級)に合格したベテランの電車運転士であって,主任運転士として
の業務を所管してきた債権者を全く運転業務に関係のない本件出向先に出向させる
業務上の必要性は皆無である。
(エ) 一方で,債権者は,本件出向により,A市内からF市内まで片道100キロ
メートルもの通勤距離及び片道約2時間の通勤時間を余儀なくされるという不利益
を被っている。
また,債権者は,本件出向により,永年慣れ親しんだ運転士業務とは一切関連性の
ない慣れない清掃業務に従事させられ,肉体的・精神的にも追い込まれている。
さらに,労働条件面についていえば,債権者は,本件出向により,従来からの年次
休暇も債務者にいたときと比べて減少し,1日の労働時間も8時間となり,債務者
と比較して30分増え,労働条件面の悪化が著しい。
賃金については,手取額は,債務者にいたときとさほど変化はないが,これは1日
働くごとに30分の超過手当が付き,休日数の少ない分を買い上げた「出向特別措
置」が含まれ,さらにF市内が勤務地のため都市手当(基本給の9パーセント)が
付いていることの結果であり,実質的には大幅な減収となっている。
これら債権者に課される不利益は,労働者が甘受すべき程度を著しく超える不利益
というべきである。
(オ) 債権者に対する本件出向命令は,本件ミスの発生に名を借りてはいるが,債
権者がD労働組合の組合員であるがゆえに恣意的に行われた不当労働行為であり,
A運輸区分会の執行委員長である債権者を職場から排斥し,その結果D労働組合A
運輸区分会の組織の弱体化を意図した不当労働行為であって,債務者の本件出向命
令は,当該命令が組合員差別,組合運動の弱体化という不当な動機・目的をもって
なされたものである。
(カ) したがって,債務者にとっては,債権者を本件出向先に出向させなければな
らない業務上の必要性は存在せず,一方で当該出向によって債権者が被る不利益
は,肉体的・精神的な疲労,労働条件及び賃金面での著しい悪化からみて,債権者
にのみ過大な犠牲を強いるものである。
以上要するに,債務者のなした本件出向命令は,権利の濫用というべべきであって
無効である。
イ 債務者の認否
(ア) 債権者の主張(ア)は争う。
本件出向命令が権利の濫用に当たらないことは,後に詳述するとおりである。
(イ) 債権者の主張(イ)は否認ないし争う。
定年協定には「54才に達した日以降の人事運用については,原則として出向する
ものとする」と記載されているが,この中の「原則」とは,出向先の状況,現職の
需給状況を勘案し,順次出向命令を行うという趣旨である。一方,A運輸区では,
平成2年12月に定年協定を締結して以来,これまで58名が定年協定に基づき出
向しているのであり,54歳以上で運転業務に従事している者がいるからといっ
て,「定年協定は,現場において全く運用されていない規定にすぎない」との主張
が誤りであることは火を見るよりも明らかである。
(ウ) 債権者の主張(ウ)のうち,債権者の経歴については,債権者が,昭和62年
4月,債務者のA運転区の運転士(1級)に合格したことは否認する。債権者は,
昭和62年4月,債務者に運転士(1級)として採用されたのであり,合格したの
ではない。債権者のその余の職歴についてはおおむね認め,その余の債権者の主張
は争う。
債権者に対する本件出向命令について,業務上の必要性があることは,後に詳述す
るとおりである。なお,定年規程及び定年協定の適用を受けている出向者のうち運
転士の業務にあった者で,債権者と同種の業務に従事している者は多数存する。
(エ) 債権者の主張(エ)のうち,債権者の通勤時間がおおむね2時間近くとなるこ
と,本件出向先における債権者の業務が清掃業務であること,債権者に1日働くご
とに30分の超過勤務手当が支給されていること,休日数の少ない分について買い
上げがなされていること,都市手当が支給されていることは認め,その余は否認な
いし争う。
債権者の通勤距離は約90キロメートルであり,100キロメートルではない。ま
た,定年規程及び定年協定の適用を受けて出向した者を含め,債務者の社員の中
で,通勤に片道2時間程度を要する者は多数存するのであり,債権者が特別に不利
益を被っている事実はない。
前記のとおり,「54才に達した日以降の人事運用については,原則として出向す
るものとする」となっており,「会社の業務運営上必要があれば,原則によらず,
現職を継続させることとなる。」と定めている。また,定年規程及び定年協定の適
用を受けて出向した者のうち,運転士の業務にあった者で運転士の業務と関連のな
い,債権者と同種の業務に従事している者は多数存する。
年次有給休暇の付与日数については,本件出向後も債務者の規定が適用されてお
り,全く減少しておらず,事実として債権者は月1日ないし5日の年次有給休暇を
取得しており,1年間で付与される20日間をすべて取得できることが容易に見込
まれる。また,労働時間については,本件出向先における年間所定労働時間数が債
務者の年間所定労働時間数(7時間30分×245日)を超えることからこの差の
時間数を12で除して得られた時分に対する超過勤務手当を毎月支給する賃金の特
別措置を実施している。さらに,本件出向先では始業,終業時刻が不規則な勤務は
なくなっており,1暦日に10時間以上の勤務に従事することもなくなった。した
がって,労働条件の悪化が著しいとする主張は誤りである。
債権者の本件出向前の平成12年5月から同年7月までの3か月間の諸給与支給総
額は平均で53万6885円であり,本件出向後の平成13年1月から同年3月ま
での3か月間のそれは55万0438円であり,その差は1万3553円となり,
本件出向後の方が約1万3000円以上も支給総額が増加している。また,本件出
向の前後で基本給に変動はなく,その他の諸手当については,職務内容,労働の実
態などに合わせて支給されるものであるから,運転士と清掃業務という異なる職種
の間で比較すべきものではない。したがって,「実質的には大幅な減収」などとは
到底いえないのである。
上記のとおり,債権者には「労働者が通常甘受すべき程度の不利益」すらない。
(オ) 債権者の主張(オ)は否認する。後に詳述するが,債権者が本件出向に至った
経緯について,不当労働行為と目されるべき何ものも存しない。
(カ) 債権者の主張(カ)は否認する。後に詳述するが,本件出向命令は,業務上の
必要性に基づくものであるとともに,「債権者にのみ過大な犠牲を強いるもの」で
は一切なく,「権利の濫用」などという主張は失当以外の何ものでもない。
ウ 債務者の主張
(ア) 債務者の社員の定年については,債務者発足当初より,就業規則第45条で
は,60歳定年と定められていたが,同附則第4項において「第45条第1項本文
の規定にかかわらず,定年は,当面55才とし,経営の状況等を勘案して逐次60
才に移行するものとする」と定められ(乙7),実質的には55歳定年制となって
いた。
(イ) しかし,債務者は,社員の生活設計,雇用の確保,社会情勢その他を考慮し
た結果,一挙に60歳定年制を実施することとし,平成2年3月31日付け社達第
59号により,就業規則第45条に60歳定年の実施に伴い在職条件を定年規程の
定めによることを明記した一項を追加し,それまで定年を当面55歳としていた附
則を削除した(乙8)。
その結果,現行就業規則には次のように規定されている。
「第45条社員の定年は60歳とする(以下略)
2 60歳定年の実施に伴う在職条件等に関する事項は,定年規程の定めるところ
による。
3 (略)」
上記就業規則の規定を受け平成2年3月31日付け人達第56号(同年10月1日
社達第30号と同一)により定年規程(乙1)が制定され,そこでは55歳以上の
具体的な在職条件や定年前早期退職を含めた退職条件(退職する場合の条件)等に
ついて規定している。この中で,在職条件については,
「第2条54才に達した日以降の人事運用については,原則として出向するものと
する。この場合,賃金は会社基準により支給する(以下略)」
と規定し,55歳以降も在職する者についての54歳に達した日以降の人事運用は
出向を命ずるということを明確に規定している。
なお,これらの一連の就業規則の改正は,債務者発足当時の就業規則の制定と同様
各事業所ごとの過半数で組織する労働組合の意見を聴取し,関係労働基準監督署に
届け出ている。
(ウ) 一方,債務者は,債権者の所属するD労働組合を含む各労働組合との間で6
0歳定年に関する協定の締結に向けて協議を重ねた結果,D労働組合との間では平
成3年8月30日,定年協定が締結されるに至ったものである(乙3の1)。
D労働組合以外の各労働組合との間でも,平成2年9月中にすべて定年協定が締結
されているが,これら全組合を通じ,協定の内容は同一であって,「54才に達し
た日以降の人事運用については,原則として出向するものとする。」と定められて
いる(乙3の2ないし5)。さらに,定年協定に関する議事録確認では,「会社の
業務運営上必要があれば,原則によらず,現職を継続させることとなる。」と定め
られている(乙4の1ないし5)。
(エ) 東亜ペイント最判は,使用者のした転勤命令について,「当該転勤命令につ
き業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当
該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者
に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特
段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではな
いというべきである。」と判示している。
使用者の出向命令に関わる権利濫用の有無についても,上記判旨と同様の判断基準
によってこれを判断することが相当であることは,多言を要せずして明らかなとこ
ろであるが,そうすると,本件出向命令が権利の濫用に当たらず,したがって,こ
れを権利の濫用とする債権者の主張は,明らかに失当というべきである。その理由
は次のとおりである。
(オ) 業務上の必要性の意義については,東亜ペイント最判が「当該転勤先への異
動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当で
はなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤労意欲の高
揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業
務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示しているところである。
定年を延長するに当たっては,一般に人件費の増大を抑え,人事の停滞を回避する
ための措置をとることが経営に必要であることは常識上明らかなところである。そ
の上,債務者は,国鉄再建監理委員会の答申に従ってやむなく約2000人の余裕
人員を抱えて発足したものであるから,60歳定年を実施するに当たって,54歳
以上の社員の原則出向の措置をとる業務上の必要性が十分にあったというべきもの
である。
本件出向命令についての業務上の必要性を否定する債権者の主張は,全く的外れの
一語に尽きるものであって,何らの説得力も有しないものである。
(カ) 債権者は,「54歳に達した労働者は自動的にすべて出向させる運用は全く
なされていない。」と主張する。しかしながら,既に述べたとおり,債務者の業務
運営上必要があれば,原則によらないで,現職を継続させることとなることは,当
然あり得るところであり,さらに,出向先企業が見当たらず,あるいは出向条件に
ついての出向先との交渉が妥結しない等の事由によって,出向命令が遅れることも
あり得るところであって,このような場合に備えて,定年規程や定年協定において
は,「原則として」との文言が使用されているところである。
したがって,54歳に達した社員の中に出向を命じられていない者がいるとして
も,これを理由に定年規程や定年協定が全く運用されていないとする債権者の主張
は全く誤りである。
(キ) 債権者は,本件出向により,①片道約2時間の通勤時間を余儀なくされる不
利益を被っているとか,②長年慣れ親しんだ運転士業務とは一切関連性のない清掃
業務に従事させられ,肉体的・精神的にも追い込まれていると主張する。
しかし,他の裁判例によっても明らかなとおり,片道の通勤時間が2時間程度であ
ることは,サラリーマン労働者にとって甘受すべき範囲内に属するものというべき
であって,東亜ペイント最判にいう「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超
える不利益」と位置づけることは,明らかに誤りである。
我が国の労働契約においては,通常,職種の限定がなされていないので,使用者が
雇用した労働者に対し,職種の変更を伴う配転命令を発することは,労働契約にお
いて労働者が使用者にゆだねた権限の行使というべきものである。
したがって,職種の変更を伴う転勤・出向その他の配転命令が労働者に不利・不便
を生ぜしめることがあるとしても,これは労働者の甘受すべきところであって,こ
のことが,東亜ペイント最判にいう「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超
える不利益」に当たらないことは明らかである。
ちなみに,債権者と同様に,運転士であった者で定年協定に基づく出向により,出
向先において運転業務以外の業務に従事している者は,債権者と同じ東海鉄道事業
本部管内だけみても,平成12年12月時点で46名もいる。
(ク) 債権者は,本件出向により,労働条件及び賃金面において著しい悪化がある
旨主張しているが,その具体的内容についての主張が全くない以上,あえて反論を
なすまでもなく,上記主張が採るに足らないものであることは明らかである。
(ケ) 以上詳述したとおり,本件出向命令は,業務上の必要性に基づく正当なもの
であるとともに,債権者のみに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える
ものでは一切ないから,本件出向命令を権利の濫用とする債権者の主張に理由がな
いことは極めて明らかというべきである。
(2) 争点②(本件出向命令が不当労働行為として無効であるか)について
ア 債権者の主張
(ア) 債権者に対する本件出向命令は,D労働組合A運輸区分会の現役の執行委員
長である債権者をねらい撃ちにしたものであり,D労働組合に対する支配介入であ
るとともに,組合員である債権者に対する不利益取扱いであるから,明白な不当労
働行為であり,この意味からも違法・無効である。
債務者は,運転事故を起こしたD労働組合組合員に対し,Pユニオン組合員と比較
して極めて厳しい態度で臨み,所属組合の相違によって不合理な差別をしている。
債務者の債権者に対する本件出向命令は,上記不合理な組合差別の一環によりなさ
れたものにほかならない。
したがって,債権者に対する不当労働行為であって,本件出向命令は違法・無効で
ある。
(イ) 債務者は,本件ミス後の事情聴取における虚偽の報告を問題にするが,債権
者が事情聴取に際して内容を訂正したことはあるが,それは,債務者の高圧的な質
問に対し,ミスの直後で動揺していた債権者がなしたものであり,しかも翌日きち
んと訂正しているのであって,債務者が上記虚偽報告の事実を過大視することは誤
りである。
(ウ) 債権者の出向は既定事項であり,債権者に対する債務者がなした再教育・審
査は,単に形式的なものであって,当初から「債権者の運転士としての業務を奪
い,債権者を他職に出向させる」という筋書きが露骨に露呈していた。例えば,本
件ミスからいまだ1週間経過したにすぎない平成12年9月20日の午前中,I区
長が債権者に対し「主管部と相談したが,(債権者が)運転士を続けるのは難し
い」との発言からも,債務者が既にその時点で債権者の運転士としての業務を奪
い,債権者を他職に出向させるという意思が明確に読みとれる(甲26)。したが
って,その後の債権者に対してなされた再教育・審査の過程は,最初に不合格とい
う結論ありきであり,他の被審査者と比べても明らかに不平等,不合理極まりない
ものである。I区長がいみ
じくも「非常に厳しい試験になる」,「乗務できると決まったわけではない」と発
言しているが,債権者に対する再教育・審査が単に機会を与えたという単なるつじ
つま合わせにすぎないことを物語っている(甲26)。
(エ)a 債権者に対する運転士不合格という結論が債務者の既定方針であり,再教
育・審査が,単なるつじつま合わせであることは,債権者の再教育・審査とPユニ
オンA運輸区分会組合員であるQ運転士の再教育・審査の過程を詳細に比較し,そ
れぞれの結果を比較すれば明白である(甲26)。それぞれ対象となった事故は,
債権者に比べてQ運転士の方が格段に重大であり,列車の遅れも債権者においては
発生しなかったのに対し,Q運転士の場合は22分30秒の遅れを生じさせてい
る。それにもかかわらず,Q運転士は,審査の練習及び審査の立会いにおいて債権
者に比べて極めて優遇され,その結果,事故日から2か月後には運転士として復帰
している。以下,詳細に検討する。
(a) 事故の種類は,債権者の場合,「機器扱い不良」事故であり,債務者におい
て,信号違反事故に比べて軽度な扱いとされている。これに対し,Q運転士の場
合,「信号違反」事故であり,債務者において,最も重大な部類の事故である。
(b) 審査の練習は,債権者の場合,平成12年10月6日,突然に審査の練習を
告げられ,午前中1時間,午後2時間,3科目につき,最初で最後の練習をした。
しかも,債権者に対しては,指導員からの講義は一度たりともなされず,債権者自
身がすべて自習で行った(甲26)。審査のための現車(211系電車)練習も,
審査・再審査を通じて1回きりであり,審査で仮設(仮に故障箇所等を作る)があ
ることもすべて秘匿されていた。これに対し,Q運転士の場合,審査のための現車
(211系電車)練習においても,2日間の現車練習をなし,その際「出区点検」
においては仮設練習も実際に行っていたが(甲26),さらに,同年11月15日
の再審査の前にも2日間の現車練習をしていた。かように,債権者の再教育におい
ては,Q運転士に比
べて審査の練習においても著しく不合理な差別がなされていた。(c) 審査の立会
い人数は,債権者の場合,多いときは区長,首席助役,指導助役ほか3名の総勢5
名が立ち会う。同年10月18日の再審査においてもJ首席助役,K指導助役ほか
総勢4名が立ち会い,債権者にプレッシャーをかけながら厳格に監視していた。こ
れに対し,Q運転士の場合,多くても3名であり,同年11月15日の再審査にお
いては,立会いはR指導員のみである。
(d) 事故日の年齢は,債権者の場合,54歳(昭和21年t月u日生まれ,事故
日平成12年9月13日)であるのに対し,Q運転士の場合,55歳(昭和20年
v月w日生まれ,事故日平成12年10月10日)である。
(e) 事故による列車の遅れは,債権者の場合,なかったのに対し,Q運転士の場
合,22分30秒であった。
(f) 事故の処分は,債権者の場合,訓告であるのに対し,Q運転士の場合,戒告
であった。
(g) 事故歴は,債権者の場合,平成5年9月信号違反(処分は訓告)であるのに
対し,Q運転士の場合,平成9年7月停車駅通過(処分は不明)である。
(h) 所属組合は,債権者の場合,D労働組合であるのに対し,Q運転士の場合,
Pユニオン(平成7年8月1日D労働組合を脱退しPユニオンに加入)である。
b また,PユニオンS運輸区分会組合員のT運転士も,平成12年10月6日,
U線V駅でドア扱い不良事故(列車の後部がプラットホームから外れたままドアを
開扉した事故)を起こしたにもかかわらず,出向扱いとならず,わずか13日間の
業務停止の後,運転士として再乗務させている。
c さらに,債権者に対する本件出向命令が,不当な組合差別に基づくものである
ことは,以下に主張するU線W駅構内における手歯止め粉砕事故に対する債務者の
取扱いからみても明白である。すなわち,S運輸区所属のX運転士(Pユニオン役
員,52歳)は,平成13年8月3日,U線W駅構内において,手歯止めの撤去を
失念し,列車を起動させ,その結果手歯止めを粉砕するという事故を発生させた。
しかるに,X運転士は,10日間の日勤再教育後,乗務復帰している。X運転士に
対し,審査が実施されたか否かは不明である。X運転士が起こした事故は,その原
因が運転士が決められた基本動作に違反したから発生したものであり,加えてX運
転士は,直ちに関係各所に報告すらせず,W駅から2つ目の駅であるY駅で報告し
ていることから明ら
かなように,債権者の事案と比べて,責任が重大であることはあっても,責任が軽
いとは到底認められない事故である。X運転士は,国鉄時代を含め,停車駅通過事
故,停止位置不良事故を数回起こしており,直近では機器扱い不良により,特急伊
那号の遅延事故を惹起させている。かような事故経歴があるにもかかわらず,X運
転士は,債権者に比べて,10日間の日勤再教育という極めて軽い措置で,乗務復
帰している。
d 債権者に対する再教育,審査が,不明な基準によって,恣意的に実施されたこ
とは,平成13年5月24日,F車両区構内において「転てつ破損事故」を起こし
たZ運転士に対する再教育,審査の過程と比較すると明白である。すなわち,債務
者は,同年7月11日及び12日の2日間にわたって,a指導助役をしてマンツー
マンで「非常の場合の処置」,「応急処置」,「出区点検」の全課目を指導させ
た。その際,Z運転士は,審査項目別チェック用紙及び非常の場合の処置の手順書
(甲30)を審査に先だって配布され,それに基づき細かく指導,指摘を受け,ま
た,仮設の設定も練習時と審査時で全く同じであった。さらに,同年8月13日の
審査においては,従前の練習時と異なる事柄につき,例えば信号炎管を置く位置,
防護無線は口ではなく
試験ボタンを押すなど細かい手順を審査の直前に2回ずつ練習をしてもらい,その
講評を受けた後審査を実施している。かような措置は,債権者の場合とは著しく異
なっており,何故債権者に対する再教育,審査の過程と著しく異なるのか合理的に
説明がつかない。本件の事案と比較すると明らかなとおり,債務者の行っている処
置は,運転士の所属の労働組合に基づく不当な組合差別にほかならない。
債務者は,債権者のようなD労働組合の各運輸区の分会長レベルの組合員を恣意
的・意図的にねらって不当な組合差別を行っているものである。分会長レベルをね
らった組合差別の背景は,D労働組合A運輸区分会が結成された平成3年8月以降
のA運輸区分会に対する債務者側からの一連のD労働組合の各分会に対する組織弱
体化・組合員脱退化工作(甲46)を完遂させることにある。債務者の現時点にお
けるD労働組合に対する現実の組合差別の主眼は,労働現場の各運輸区レベルにあ
り,正に債権者のような分会長レベルの者が組合差別の対象となっていることに注
目すべきである。Z運転士は,D労働組合の組合員であるが,平成9年7月以降F
地本執行委員に就任しており,債権者のような各運輸区の分会長レベルの者とは異
なる。したがって,債
務者も,Z運転士に対しては,不当労働行為に該当する組合差別をなし得ないので
ある。いずれにしても,債権者は,現にD労働組合の運輸区分会長であったがゆえ
に,本件の違法な差別を受けたものであって,本件出向命令が不当労働行為に該当
することは間違いない。
e 債務者が定めていた「再教育基本日数について」によれば(甲50,乙39の
1,2),債務者の本件ミスに対応する再教育期間は7日間である。なお,債権者
においては本件ミス前の過去2年間何らの事故歴がなく,再教育期間を延長し得る
理由はない。それにもかかわらず,債務者は,債権者に対し合計17日間(事情聴
取期間の3日間を控除した数字)という規定の2.4倍以上の期間の再教育期間を
課している。債権者に対する再教育期間日数のみからも,債務者が債権者にだけ恣
意的な再教育の取扱いをなした事実が認められる。債務者は,債権者と同種事故を
起こしたb運転士及びc運転士に対する再教育の取扱いと比較して,再教育基本日
数,机上の基本教育の内容,現車訓練の内容において,債権者に対し,いずれも著
しく不合理な差別的
取扱いを行っている(甲51,53)。
(オ) 債務者は,債権者の最初の審査の結果につき,知識確認27点,応急処置5
7点,出区点検41点,非常の場合の処置57点であったと主張する。しかしなが
ら,上記審査科目のうち,「知識確認」以外の3科目は,いずれもいわゆる実地試
験であり,その採点基準はあいまいであり,採点者の広範な裁量によって採点が全
く異なる結果となる性格の試験である。例えば,平成12年10月13日実施の
「非常の場合の処置」においては,債務者は,①運転室の施錠の忘れ,②信号炎管
設置場所の間違い,③負傷者の運送先の確認忘れの3点を指摘するが,①について
は,施錠しなくともよく,施錠と喚呼すればよいという指導であり,債権者は指導
どおり喚呼しており,何ら減点されるべき事項ではない。②については,債権者
は,練習の際,「隣の線
路に支障を及ぼさないよう,特別に車両のある線路に設置せよ」という指導どおり
に審査においても行動しており,審査において何ら減点されるべき事項ではない。
③については,債権者は,確認すべきとの指示を受けておらず,審査において減点
されるべき事項ではない。かように,債権者の実地試験における採点が低いのは,
従前の指導に反する著しく不合理な採点基準で行われた結果である。
債務者は,同月18日,債権者に対する再審査を実施したが,当初の審査は2日間
で行われたのに,再審査においては4科目を1日で実施するという極めて過酷な日
程で行われたものであり,そこに債務者の作為が現れている。その結果の債権者の
得点は,知識確認67点,応急処置46点,出区点検58点,非常の場合の処置5
2点にすぎないと主張する。しかしながら,それらの得点結果については,合理的
な疑いがある。すなわち,①債務者は,「知識確認」の結果につき,2回目におい
ても67点にすぎないと主張する。しかし,「知識確認」は,すべて穴埋め問題で
あり,債権者は穴埋めにつき100パーセント回答できた。したがって,その結果
が67点であることはあり得ない。②再審査における「出区点検」において,債権
者は,仮設箇所のう
ち,「客室座席シートのずれ」と「台車の小石」を発見し得なかったとされた。仮
にそれらの事項による減点が合理的であるとしても,それらは各5点ずつの減点に
すぎず,債権者の得点が58点であるというのは,採点者が許された裁量の範囲を
超えた恣意的な減点を行ったからにほかならない。③その余の「応急処置」,「非
常の場合の処置」の審査の結果については,甲26で主張するとおりである。
(カ) 債務者は,「債権者は,出区点検の途中に便意を催しトイレに行くのみなら
ず,乗務員休憩室でカップ麺を買い,出来上がるのを待って食べただけでなく,更
衣室で髭まで剃ったという出区点検中の運転士として全く信じられない行動をして
いた」と債権者の上記行為が運転士として,あたかも著しい非違行為に該当するか
のごとく主張する。しかし,債権者は,平成12年9月13日の出区点検の途中,
腹痛のため強い便意を催し,庁舎のトイレに駆け込んだ(甲22,38)のであ
り,債権者の上記行為は,健康上ないし生理現象として,正にやむを得ないもので
あり,上記行為をもって債権者の行為を非難することは著しく不当,不合理であ
る。次に,カップ麺購入行為及び髭剃り行為について釈明する。そもそも,乗務員
に対する食事時間,トイ
レの時間の指定はなされておらず,乗務員各自の裁量で,食事をとり,身だしなみ
を整えることは債務者において当然に許されていたものである。とりわけ,食事の
時間については,債務者は,「厳密に労働外時間(勤務時間に算入される以外の時
間)でしかだめだとは考えていない」旨業務委員会の場で言明している(甲4
0)。債権者の同年9月13日朝の運転行路は,A運輸区運転士行路表(甲45)
のB28Wである。B28W行路によれば,債権者の同月13日の出勤時間は,早
朝の午前5時17分である。そのため債権者の起床時間は午前5時07分となる。
債権者は,出勤後午前5時38分から46分の間に回851Mの入れ換え作業を
し,午前5時52分A発回851Mを運転し,Eに午前6時08分到着となる。債
権者は,E午前6時14分
発2702Mを運転し,午前6時32分にA到着となる。債権者は,2702Mを
運転してAに到着した後,2710Mの入れ換え作業が始まる午前7時22分まで
の間に,自己の裁量で,日常的に朝食と髭剃り行為及び用便を済ませていたもので
あり,そのことにより,債務者から,何らかの注意指導を受けたことはない。同月
13日は,出区点検の途中で,強い腹痛に襲われたので,やむを得ず点検を中断
し,トイレに行き,時間を有効に利用するべく点検に先んじて,朝食及び髭剃り行
為を先行させたにすぎず(甲38),債権者の上記行為は,債権者に許された裁量
の範囲内の行為であり,ことさら法的に非難されるものではない。B28Wの行路
においては,債権者の勤務2日目の勤務状況は,午前6時14分15秒E駅発の2
702Mを運転し,午
前6時32分にA駅に到着。午前6時37分に乗継ぎ交代の乗務員と乗継交代業務
を完了させ,上り本線ホームから2710Mが留置されている7番線へ徒歩で赴
き,F方面運転台から同列車に乗り込み出区点検を行い,出区点検が完了してか
ら,庁舎で髭剃り,朝食及び用便を済ませた後,同列車の入れ換え作業が開始され
る時間(午前7時22分)まで待機するのが通常であった(甲45,46)。とこ
ろが,同月13日においては,債権者は,午前6時40分ころから,7番線の27
10Mに乗り込み,F方面から出区点検を始めたところ,午前6時50分ころ,強
い腹痛に襲われたため,出区点検を中断して列車からいったん離れトイレに駆け込
んだ。債権者は,トイレを出て列車に戻って出区点検を再開すると点検終了後,髭
剃り及び朝食のために再
び庁舎まで移動することになって時間的に無駄になることから,トイレを出てすぐ
に休憩室でカップ麺を購入し,先に髭剃りと朝食を済ませたものである(甲4
6)。債権者が髭剃りと朝食を完了したのは午前7時5分ころであり,債権者が2
710Mに戻って出区点検を再開したのは午前7時10分ころ,出区点検を完了
し,d方面運転台で2710Mの出区を待つべく待機したのが午前7時15分ころ
であって,B28Wの運転士行路表(甲45)からみても,債権者の同月13日の
行動に全く非難するべき点はない。
債務者は,「債権者がトイレを出た後に債務者の指導を無視し直ちに車両に戻ら
ず,朝食を摂取し,髭を剃った行為は運転業務に携わる者として考えられない非違
行為であって,このようなことを敢えて行う者に運転士の業務を続けさせることが
できないと判断することは,むしろ当然のことというべきである」と主張し,債権
者の「出区点検」の途中中断を過大に重視している。しかしながら,債権者は,債
務者の指導を無視して車両に戻らなかった事実はない。本件ミスは,債権者が出区
点検を途中中断したために起こったものではなく,出区点検の途中中断と本件ミス
との間には何ら因果関係はない(甲51)。
(キ) 債務者は,「債権者の場合,もともと再教育計画においては平成12年10
月5日及び同月6日の2日間,現車を使っての訓練を行う予定となっていたのであ
るが,(中略)再教育期間という重要な時期であることを承知の上で,組合のテニ
ス大会に参加することを優先させ,同月4日と同月5日に年休を取得したのであ
る」と主張する。しかし,そもそも債務者の実施する再教育期間の日数及び教育カ
リキュラムは,事故種別により細かく決まっているものである(甲29)。しかる
に,債務者は,債権者に対し,事前に一切,再教育期間の日数ないし教育カリキュ
ラムの内容につき告知しなかった。そのため債権者は,同年10月5日及び同月6
日の2日間現車訓練がなされる予定であることは当日まで全く知り得なかった(甲
38)。債権者は,同
年9月29日にK指導助役から「同年10月4日,同月5日の年休は取ってもよい
が勉強はするように」と言われたにすぎず,同月5日及び同月6日に現車訓練が予
定されている事実は一切債権者に告知されていないのである(甲38)。
債権者は,当時,D労働組合の本部テニス部の役員であり,同月4日及び同月5日
のD労働組合本部主催のテニス大会に参加したものである。債権者は大会の主催者
側であり,前年時の大会の会計報告や繰越金の引き渡しもなす必要があったので,
大会に参加したのであり,純粋にプライベートな理由による年休の取得ではない
(甲38)。以上述べたとおり,債権者は,事前に同月5日及び同月6日の現車訓
練につき,債務者側から一切告知されておらず,仮に現車訓練の実施を告知されて
いたのであれば,債権者は,年休取得を取り消し,現車訓練を受けたことは間違い
ない(甲38)。したがって,年休取得行為により,債権者を不利益に取り扱うこ
とは到底許されるものではない。
イ 債務者の認否
債権者の主張はすべて否認ないし争う。後に詳述するとおり,本件出向命令は正当
なものであり,不当労働行為と目される何ものも存しないのであるから,本件出向
命令が「違法・無効」であるとする債権者の主張は失当である。また,債務者は,
所属組合による差別等は一切行っていない。
ウ 債務者の主張
(ア) 債権者は,列車の安全安定輸送を確保するために定められた基本的ルールを
故意に守らず,それによって,平成12年9月13日機器扱い不良事故である本件
ミスを惹起し,そのために債務者が債権者に対しなした再教育後の2度にわたる審
査に不合格となったことから,運転士としての適性に欠けると判断されたところ,
その時点で債務者の定年規程及び債務者とD労働組合との間の定年協定に定める
「原則として出向する」年齢に当たる54歳に達していたことから,改めて教育す
る等して他職種へ転換するよりも関連会社等への出向を命ずることが最も合理的な
人事運用であったことから,本件出向の発令を受けたものである。したがって,本
件出向命令は,業務上の必要性に基づく正当なものであることは明白であり,債権
者の前記主張は全く理
由がない。以下に本件出向命令の業務上の必要性につき具体的に明らかにする。
(イ) 債権者の機器扱い不良事故(手歯止め撤去失念)である本件ミスについて
平成12年9月12日,債権者は,B28W行路乗務のため午後0時25分に出勤
したが,この日,東海地方をみぞうの大豪雨が襲ったことにより,中央線は運転を
見合わせていた。そのため,多くの運転士は出勤後も乗務することなく,A運輸区
内で待機しており,債権者も他の運転士と同様,乗務員休憩室で待機していたが,
夕方ころから運転が再開され始め,債権者も同日午後7時25分発の1831M列
車をはじめとして何本かの列車を運転し,最終的には,Aへ戻り,構内での入換作
業を終了した後,A運輸区の乗務員宿泊所で休憩した。翌13日,債権者は,回8
51M列車をEまで運転し,その後,折り返し2702M列車を運転してAに戻っ
た後,A駅構内(下り7番線)に留置してある車両(2710M列車)の出区点検
を行った。
出区点検の正しい手順は,乙15の「出区点検手順」欄のとおりである(なお,こ
の手順の記載は211系出区点検要領(乙20)によっている)。このうち手歯止
めの撤去,収納の手順は乙15の⑨⑩のとおり,まず,手歯止め(留置中の車両の
転動を防止するため,車輪に装着しているもの)を撤去し,床下にある収納ケース
に保管する。その後運転台に上がってから手歯止め装着中は運転台のブレーキ弁ハ
ンドルにぶら下げてある手歯止め使用中札(手歯止めが車輪に装着されていること
を運転士に注意喚起するための表示札)を外し,再び運転台から降りて「手歯止
め」の収納ケースの真横にある手歯止め使用中札の収納ケースに保管することとし
ている。なお,債務者は,手歯止めを外し忘れて運転を始めないために,日ごろか
ら手歯止めと手歯止め
使用中札の双方が揃って収納ケースに収められていることを確認しなければ運転を
始めてはいけないこと,したがって必ず上記手順を守ることを指導していた。
しかして,債務者が,運転士に対して日ごろから必ず上記手順を守ることを指導し
ていたのは,以下の理由によるものである。
運転士が手歯止めを使用するときは,手歯止め使用中札と共に床下の収納ケースか
ら取り出し,手歯止めを車輪に装着した後,手歯止め使用中札を運転士の目にとま
るブレーキ弁ハンドルの位置に掛けることとされている。しかして,運転を開始す
るときに,上記手順どおりに行えば,手歯止め本体をまず収納し,しかる後に運転
台に昇り,手歯止め使用中札をブレーキ弁ハンドルから外して床下に収納し,その
際,手歯止め本体が所定の位置に収納されていることを再度確認できることから,
手歯止め本体の撤去を失念したまま列車を運転してしまうというミスがより確実に
防止し得るからである。
なお,債務者は上記のとおり,手歯止めと手歯止め使用中札とが揃って収納されて
いることが確認しやすいように,平成12年8月から手歯止め使用中札の収納箇所
を現在の場所に変更している(乙16)。
ところが,本件ミス後の債務者からの事情聴取に対する債権者の最終的な申告によ
れば,債権者は,乙15の⑩の手順に従って手歯止め使用中札の収納を行うに際
し,運転台を昇り降りすることを面倒がり,その手間を省くため,乙15の④の手
順を行った際,債務者の指導を無視して手歯止め使用中札を,先にブレーキ弁ハン
ドルから外して運転台付近の床に置くという手順違反を犯したのである。こうすれ
ば,運転台に再度昇らなくとも,車両の出入戸の外から手を伸ばせば手歯止め使用
中札を手に取ることができ,乙15の⑩の手順を省略できると考えたからにほかな
らないが,こういう手抜きを行うという考え方そのものが既に安全に対する細心の
心構えを欠落させており,結局,今回のようなミスを犯す結果につながるのであ
り,安全安定輸送にかか
わる運転士としては絶対にやってはいけないことの一つなのである。
ところで,その後,債権者は出区点検を行っているうちに,便意を催したため,ト
イレに行ったが,驚いたことに,債権者はトイレで用を足した後,まだ出区点検の
最中であったにもかかわらず,乗務員休憩室でカップ麺を買い,出来上がるのを待
って食べ,さらに更衣室で髭まで剃った上で,ようやく車両に戻ったのである。
債権者は,車両に戻ると出区点検を再開したが,その際,手歯止め本体を撤去し,
収納ケースに収納していないことを失念し,手順に違反して運転台の床に置いた手
歯止め使用中札のみを収納し,その際,債権者本人の申告によれば,手歯止め本体
が収納されていないことに気が付かず(これは手歯止め本体の収納の有無の確認を
怠ったことにほかならないが),そのまま次の手順に移ってしまった。
その後,出区点検を終えたつもりでいた債権者は,入換信号機の進行現示により当
該車両の起動を開始したが,手歯止めが撤去されていなかったため,車輪がこれに
乗り上げ,手歯止めを粉砕してしまったのである(債権者本人の申告によれば,債
権者はこのことに気付かなかったとのことである)。
このように,本件ミスは,債権者が定められた手順をことさら無視したばかりか,
出区点検中に全く他事を行ったことから,結局は手歯止めの撤去を失念し,そのま
ま列車を起動してしまうという重大なミスによって手歯止めを粉砕してしまったと
いう事故であって,債権者に一方的な責任がある事故なのである(乙21)。
これに対し,債権者は,「腹痛のため強い便意を催し,庁舎のトイレに駆け込んだ
のであり,債権者の上記行為は,健康上ないし生理現象として,正にやむを得ない
ものであり,上記行為をもって債権者の行為を非難することは著しく不当・不合理
である」と反論している。しかし,債務者は,一度たりとも債権者が出区点検中に
便意を催したためトイレに行ったことが問題であると主張したことはないのであ
り,債権者の上記主張は全くの言いがかりである。そもそも債務者は,たとえ乗務
中にトイレに行ったことが原因で乗務している列車に遅れが生じた場合であって
も,あらかじめ運転士が指令に報告し,その許可を得てトイレに行ったのであれ
ば,社内整理上責任事故とはしていないくらいであるから,債権者が出区点検中に
便意を催してトイレヘ行っ
たことを非難するようなことなどあり得ないのである。債務者が問題であるとして
いるのは,債権者が用を足し終えた後に速やかに出区点検に戻ることなく,カップ
麺を作って食べたり,髭を剃るなどして,本来一連の動作で行われるべき出区点検
について,その中断時間をいたずらに長引かせ,その結果,注意が散漫となり,手
歯止めの撤去を失念したことなのである。したがって,債権者の上記反論はことさ
ら債務者の主張をすりかえて,自己に不利な論点をはぐらかそうとするものであ
り,極めて不当である。以上の事実関係は,乙35によって明白である。
また,債権者は,出区点検の途中でカップ麺を食べ,髭まで剃ったことを正当化す
るために,乗務員は休憩時間や食事時間が指定されておらず,食事の摂取や身だし
なみを整えることは乗務員の判断で許容されている旨主張している。しかし,債務
者が,労働時間を労働者の管理下に置くような取扱いを許可している事実はなく,
債務者が乗務員の判断により労働時間の中で余裕のある時間帯で食事の摂取や身だ
しなみを整えることを許容している事実はない。なお,この点について債権者は日
常的に朝食や髭剃り行為及び用便をしていたが,債務者から指導を受けたことはな
いなどと主張している。これは債権者作成の陳述書(甲39)によると,債権者が
指定された時刻よりも前倒しで出区点検を実施し,これを終えた後に,朝食や髭剃
りなどの行為を行っ
ていた行為を指すものと思われるが,上述したとおり,本件において債務者が問題
としているのは,債権者が,本来一連の作業で行うべき出区点検において,用便の
ために一時中断したことはともかくとして,これに引き続いてカップ麺を食べた
り,髭を剃るなどしていたずらに中断時間を延ばし,その結果,注意が散漫とな
り,手歯止めの撤去を失念したことなのであり,上記の行為とは全く異なるのであ
る。
さらに,債権者は,「食事の時間については,債務者は,「厳密に労働外時間(勤
務時間に算入される以外の時間)でしかだめだとは考えていない」旨業務委員会の
場で言明している」とも主張している。しかし,休憩や食事の摂取については,原
則として労働外時間を使用すれば十分可能であり,特に食事については,社会通念
上常識とされる時間帯で食事を摂取できるような行路を作成しているのであり,労
働時間内に休憩や食事をとらざるを得ない事情など存しないのであるから,債務者
が上記のような「言明」をするはずはないし,そのような発言をした事実もない。
ただし,「列車の遅延等に対応するため」の時間として労働時間とされている「折
り返し加算時間」については,列車が遅延しなければ労働実態がないため,この場
合に限っては食事や
休養をとることは事実上認めているものである。したがって,あらゆる労働時間に
おいて食事を摂取してよいかのように解し得る債権者の主張が誤りであることは明
らかである。以上の事実関係は,乙35によって明白である。
また,債権者は,出区点検の途中に食事を摂取したり,髭剃りを行ったことについ
て,「トイレを出て列車に戻って出区点検を再開すると点検終了後,髭剃り及び朝
食のために再び庁舎まで移動することになって時間的に無駄になることから,トイ
レを出てすぐにカップ麺を購入し,先に髭剃りと朝食を完了したものである」など
と述べ,自らがトイレを出た後に即座に車両に戻り,出区点検を再開しなかったこ
とを不当にも正当化しようとしている。しかし,この主張は,手順が便宜であるこ
とのみを根拠として債務者が定めたルールを勝手に変更してもよいという考え方に
基づくものであり,安全安定輸送を最前線で担う運転士として極めて不適切なもの
であることはいうまでもないのである。債権者がトイレを出た後に債務者の指導を
無視し直ちに車両に
戻らず,朝食を摂取し,髭を剃った行為は運転業務に携わる者として考えられない
非違行為であって,このようなことをあえて行う者に運転士の業務を続けさせるこ
とができないと判断することは,むしろ当然のことというべきである。以上の事実
関係は,乙34によって明白である。
(ウ) 事情聴取について
債務者は安全安定輸送の確保を経営上の最大の課題としており,列車の運行に直接
従事する運転士に対しては,常に運転に係る知識と技能の陶冶に努めるよう求めて
おり,運転士に少しでも知識・技能の面において欠けるところが見られる場合に
は,直ちに乗務から外し,必要な再教育を施し,改善が見られたら再乗務させるこ
ととしており,改善が認められない場合には,その経営権の一つである労務指揮権
に基づき当該運転士を運転業務から外し,他職種へ転換している。その一環とし
て,債務者は,運転士が過失により事故を発生させた場合,事故の原因を明らかに
し,対策を検討し,再発を防止するために,事故の関係者に対し,事情聴取を行っ
ている。
この事情聴取において債権者は供述内容を撤回したり,不自然な点があったりした
ため,債務者は平成12年9月19日まで,4回にわたりこれを行わざるを得なか
ったのである。債務者が債権者に対し行った事情聴取の概要及びこれに対する債権
者の供述内容及び態度は以下のとおりである(乙21)。
a 平成12年9月13日の事情聴取
この日は,A運輸区の第一会議室において,乗務員教育を担当しているK指導助役
とL指導助役が,債権者に対し,勤務開始時から本件ミスが発生するまでの経緯に
ついて確認した。
この中で,債権者は,手歯止め本体の収納の失念については認めたが,手歯止め使
用中札の収納については,乙15の④の手順の後にではなく,同⑨の手順の後に
(すなわち,⑩の手順で)行ったとし,したがって,手歯止め使用中札の収納につ
いての手順違反はなかったかのように主張した。しかし,⑨,⑩の手順どおり行え
ば,手歯止め収納(⑨の手順)の後に手歯止め使用中札の収納をしていることにな
り,本件ミスが発生するはずがなく,L助役はその点について問いただしたが,債
権者は便意を催しトイレヘ行ったことなどの事情を述べたて言を左右にした(な
お,債権者は後述のとおり,この供述を翌日撤回している)。
b 同月14日の事情聴取
この日は,A運輸区の訓練室において,J首席助役とM指導助役が,前日の債権者
の弁解に不自然なところがあったので,債権者に対してもう一度実際に行った出区
点検の手順について確認したところ,債権者は前日と異なる手順を説明した。この
ため,J首席助役らは前日の申告と矛盾することを指摘したところ,債権者はよう
やく前日の供述が虚偽であったことを認めたのである。
すなわち,債権者は,前日の事情聴取で述べたことを撤回し,手歯止め使用中札の
収納については,定められた手順に違反し,乙15の④の手順の後に行っていたと
述べ,このことについては,前日家に帰ってよく考えた結果気が付いたなどという
極めて不自然な弁解をなした。
なお,債権者はこのような手順違反を行った理由について,楽をしたいという気持
ちが働いた旨述べたのである。
c 同月18日の事情聴取
債権者は,同月15日,16日は特休,同月17日は公休であったので,債務者は
次の事情聴取を同月18日に行った。
上記のとおり債権者は,手歯止め使用中札の撤去の時点について,1回目の事情聴
取と2回目の事情聴取とで,矛盾した供述を行ったことから,K指導助役とM指導
助役が,A運輸区の第一会議室において,債権者に対して再度事実関係を確認し
た。この日の事情聴取の中でも,債権者は,1回目の事情聴取の際には虚偽の報告
を行ったことを認めた。
d 同月19日の事情聴取
この日は,A運輸区の第一会議室において,J首席助役とL指導助役が,債権者に
対し4回目の事情聴取を行った。
これは,手歯止め使用中札と手歯止め本体の収納ケースがすぐ隣同士に並んでお
り,手歯止めを使用する際,手歯止め使用中札も手順どおり取り出しておれば,こ
れを収納する際に,すぐ横の手歯止め本体の収納ケースに手歯止めが収納されてい
ないことに気が付かないはずがないことから,債権者がそもそも手歯止め使用中札
を使用することすら省略していた疑いがあったため,どうして容易に分かるはずの
ことに気が付かなかったかについて再度確認を行ったのである。
この点について,債権者は手歯止め使用中札の使用の省略は否定し,手歯止め使用
中札を収納ケースに戻す際,無意識に収納したから,すぐ横の手歯止め収納ケース
内に手歯止めがなかったことに気が付かなかったとのいささか常識から外れるよう
な弁解を終始繰り返したのである。
なお,この日債権者は,手歯止め使用中札をブレーキ弁ハンドルから外す時点につ
いて,1回目の事情聴取において,故意に虚偽の供述をしたことを認めたのであ
る。
e 同月25日の自習について
この日債務者は,債権者に第一会議室において,終日「運転取扱心得」の自習をさ
せ,条文をノートに書き写す作業をさせた。再教育の教育方法は,すべてが講義形
式で行うものばかりではなく,再教育を受ける者が自主的に自覚をもって必要な知
識を習得することが重要であることから,このように自ら勉強する時間を設けてお
り,これが教育効果を上げる有効な手段の一つであることはいうまでもないのであ
る。
なお,この時,債権者が自習を指示された「運転取扱心得」は,鉄道運転規則(国
土交通省令)に基づいて制定された規程であり,在来線の運転業務を遂行する者が
必ずマスターしておくべき基本となる規程であるが,本件ミスは債権者がこのよう
な基本を失念又は軽視したことにその主な原因があったのであるから,再教育期間
に改めて,上記のような方法で基本を学ぶことは,当然必要なことであったのであ
る。
f 同月28日の自習について
債権者は,自習の際に管理者が「必ず自習しているかどうか,チェックに来た。」
と述べているが,ごく当たり前のことである。けだし,管理者としては当然債権者
が指示された自習を真面目に行っているかどうか確認する必要があるのであり,こ
れを放置しておくようなことは考えられないからである。
債権者に再教育を受けているとの自覚があれば,そのような機会を捉えて,管理者
に対し債権者の方から質問をする等の積極的態度を示すべきなのであり,これを逆
にチェックに来たなどとまるで被害者のような陳述をしているところに債権者の反
省のなさがありありとしているのである。
(エ) 審査について
a 上述のとおり,平成12年9月13日に本件ミスが発生した後,債務者は債権
者に対し,事故調査,事情聴取,再教育を同年10月11日まで行い(その間公休
などの休日や労働組合のテニス大会に参加するための年休などを除くと正味12日
間),同月12日,13日に審査を行うことになった。
再教育後の審査は,審査科目,設問レベル及び合格点とも運転士登用時の審査に準
じて取り扱っており,東海鉄道事業本部においては70点以上の得点をもって合格
としている。審査の対象となる科目については,発生させた事故の原因,種別,運
転士のなした過去の事故歴などに応じて決定される。債権者の場合,「知識確
認」,「応急処置」,「出区点検」,「非常の場合の処置」の4科目について審査
している。「知識確認」とは,運転関係規程に関する知識を問うものであり,机上
における筆記試験形式で実施される。「応急処置」とは,あらかじめ故障箇所を仮
設しておき,故障箇所の発見とその処置について審査するものであり,適切な手順
を踏んでいなければその都度減点する方式で実施される。「出区点検」とは,運転
前の車両整備・点検が適
正に行われたかどうかを審査するものであり,決められた整備・点検事項が,決め
られた手順で,決められた時間内に行われない場合,その都度減点する方式で実施
される。「非常の場合の処置」とは,踏み切り事故を想定して,防護,救護,連絡
が適切に行われているかを審査するものであり,適切な対応をとらなかった場合に
は,その都度減点する方式で実施される。上記4科目について,審査した結果,債
権者の得点は以下のとおりの結果となった。
(a) 同月12日の審査
同月12日は「知識確認」の筆記試験と「出区点検」の審査を行った。
債権者は「知識確認」の試験では,運転士作業基準から出題された問題のうち運転
士作業基準の条文から出題された語句記入問題については8問,運転取扱心得から
出題された標識名を答える問題については2問,同じく運転取扱心得の条文から出
題された語句記入問題については4問,運転作業要領の条文から出題された語句記
入問題については9問等を間違え,100点満点中わずか27点しか正解できず,
「出区点検」の審査結果も100点満点中わずか41点にすぎなかった。
債権者は,「試験は「運転士作業基準」の総則からの出題が一番多く」と陳述して
いるが,「運転士作業基準」の総則から出題された問題は合計11問であるのに対
し,「運転作業要領」からは10問,「運転取扱心得」からは9問の合計19問が
出題されており,その比率は運転作業要領と運転取扱心得から出題されたものの方
が多かったのである。
また「出区点検」の審査は,100点満点で,2人の試験官のもと時間制限を設け
減点方式で行っている。内容は,出区時の車両点検箇所に不良箇所を仮設して点検
させ,不良箇所の発見,点検箇所・順序・方法の適切さ,処置方法の良否,作業の
適否,点検時分の超過の有無・程度に基づき採点している。
この時の審査においては,債権者は仮設箇所5か所のうち3か所を発見できなかっ
たことにより減点されたほか,MC車について,防護無線電源ランプ点灯,警音,
列車無線電源「入」,列車無線電源ランプ点灯,乗務員無線「上・下」位置,ブレ
ーキ試験について非常,非常点灯,M’車について台車在姿状態の合計8項目の点
検を忘れたためそれぞれについて減点される等多くの箇所で減点され,前述したと
おり,残った得点は41点にすぎなかった。
(b) 同月13日の審査
同月13日は「応急処置」と「非常の場合の処置」の審査を行っている。この審査
の方法は,「応急処置」の場合,100点満点で,2人の試験官のもと制限時間を
設け減点方式で行っている。内容は,あらかじめ設定しておいた故障箇所の発見,
適切な処置の適否を判定するものである。「非常の場合の処置」も100点満点
で,2人の試験官のもとで制限時間を設け減点方式で行っている。内容は,運転中
事故が発生したことを想定して,その処置の適否を判定するものである。
債権者は「応急処置」の審査において,「非連動スイッチ」の復位忘れ,スイッチ
整備中のATS「切」忘れ,指令への連絡において指令員氏名の確認なし,自分氏
名報告なし,故障状態報告なし,ブレーキ試験終了報告なし,立ったまま運転開
始,時刻確認なし,遅延時分確認なし等々のミスを犯したため減点となり,このほ
かにも減点項目は多数に及び,残った得点はわずか57点にすぎなかったのであ
る。
債権者は,同日の午後に行われた「非常の場合の処置」の審査において,手歯止め
を設置するために車外に出た際,運転室の施錠を忘れたり,信号炎管を正規の設置
場所とは反対の場所に設置したり,線路横断する際に左右の安全確認を行わなかっ
たり,救急車を手配することを忘れたり,負傷者の搬送先の確認を忘れたり,乗客
の負傷者の有無を確認し忘れたり,報告を行った指令員の氏名を確認し忘れたり等
々のミスを犯したため,大幅に減点され,残った得点はわずかに57点にすぎなか
ったのである。
以上のとおり,債権者は4つの審査において,これが本当に運転士試験に合格した
ことのある者なのかと疑われるような低い点数しか得点できず,すべて不合格とな
った。
本来,この審査は,運転士として登用する際に実施する試験と全く同じ科目と難易
度であるから,債務者としては,再教育を受けた後でもこのような劣悪な点数しか
得点できないようでは,到底債権者を運転業務に従事させることはできないと判断
したのである。
b そこで債務者は,債権者に対し,同月18日に再度審査を実施することとし
た。債務者はそれに先だって,債権者に対し同月16日に「運転取扱心得」,「運
転士作業基準」及び「運転作業要領」の自習を命じた。
また,同月17日にも,「運転取扱心得」,「運転作業要領」,「運転士作業基
準」,「運転取扱心得細則」及び「運転事故報告取扱細則」の自習を終日命じた。
しかし,同月18日の審査においても債権者は,「知識確認」の試験において,運
転取扱心得の条文から出題された語句記入の問題のうち10問,運転事故報告取扱
細則の条文から出題された語句記入の問題のうち1問を誤り,その点数は67点に
すぎなかった。
また,債権者は「出区点検」については,仮設箇所5か所のうち2か所も発見でき
なかったばかりか,発見できた箇所についても点検順序,方法が不適切であった
り,そのほかにもTC車について右上配電盤NFBの指差確認,MC車についてA
TS「入」の確認喚呼,キー挿入,解錠及び鎖錠の喚呼を失念し,その他それらに
よって減点された結果わずか58点しか得点できず不合格となったのである。
債権者はまた,「応急処置」においても非常ブレーキ表示灯及びブレーキ不緩解モ
ニターの確認をしなかったり,車掌及び指令への連絡において自分の氏名の申告を
忘れたり,発車時の指令への連絡において故障状態の報告,指令員氏名の確認,自
分氏名の申告を忘れたり,車側灯の「滅灯」の確認をしなかったり,起動開始前の
パイロットランプの「点灯」確認をしなかったり,決められたことを実施しなかっ
たため大きく減点となり,得点はわずか46点にすぎなかった。
また,債権者は,「非常の場合の処置」の審査においても,列車防護において信号
炎管を下り線に設置すべきところ,上り線に設置したり,踏切支障報知装置を扱う
前に信号炎管を使用したり,救急車の手配依頼者の氏名確認をしなかったり,状況
調査では負傷者の搬送先を確認しなかったり,踏切支障報知装置の復帰扱いにおい
て特殊信号発光機の滅灯を確認しなかったり,所要時分を超過したりしたため減点
となり,得点はわずか52点にすぎなかったのである(以上,乙21)。
(オ) 出向の決定について
このように債権者は再審査の結果も不合格となったのである。ところで,国土交通
省令である鉄道運転規則第2章第9条には「係員は,列車又は車両を安全に運転す
るために十分な知識及び技能を保有しなければならない。」,また第10条にも
「列車又は車両を操縦する作業」に関して「次に掲げる作業を行う係員について
は,適性検査を行い,その作業を行うのに必要な保安のための教育を施し,作業を
行うのに必要な知識及び技能を保有することを確かめた後でなければ,作業を行わ
せてはならない。」と係員の教育,訓練及び審査について規定されている。これは
安全安定輸送を使命としている債務者にとっては何よりも厳正に対処しなければな
らない事柄なのである。しかして,再教育後の審査及び再審査において,上記のよ
うな点数しかとれず,い
ずれも不合格となったということは,債権者は運転士としての基本的知識や技能す
ら有していない者であると判断せざるを得なかったのであり,そのような者に多数
の乗客の生命を預けることはできず,運転士として再乗務させられないことは明白
なのである。このため,債務者は債権者について他職種への転換を検討せざるを得
ない状況となったのである。
しかし,債権者は54歳という定年規程による原則出向年齢に達しており,いずれ
近いうちに出向となることから,債務者は,ここで他職種への転換教育を施すよ
り,関連会社等へ出向させる方が合理的な人事運用であると判断したのであり,こ
のような債務者の判断が正当であることは明白というべきである。
(カ) 出向先の決定について
このように,債権者についての人事運用は,出向が最も合理的であると判断された
ところから,債務者は本人のためにも1日も早く出向先を見つけるよう努力をした
結果,本件出向先と条件面で折り合いがついたが,勤務箇所は本件出向先の人事操
配の都合上,O事業所ということになった。そこで債務者は,債権者に対し,平成
12年10月24日に本件出向先の就労条件を説明し,同月26日には出向先が本
件出向先O事務所である旨の事前通知書を手交した。なお,本件出向先は債務者の
運転士経験者のほとんどが出向先として着任している会社である(乙23)。
(キ) まとめ
以上述べたところから明らかなとおり,債権者は本件ミスを惹起したことからなさ
れた再教育,知識・技能審査において,多くの人命を預ける列車の運転士として最
低限備えるべき知識・技能に著しく欠けていることが明らかとなり,運転士として
の適性に欠けるものと判断され,安全安定輸送を経営上の最大の課題とする債務者
の人事運用上,他職種への転換がふさわしいものと判断されたこと,債権者が54
歳という定年規程及び定年協定に定める原則出向年齢に達していたことから,改め
て教育する等して他職種へ転換するよりも関連会社等への出向を命ずることが最も
合理的な人事運用であったことから,債務者は債権者に対して本件出向を命じたも
のなのである。したがって,本件出向が業務上の必要性に基づくものであったこと
は明白であるから,
本件出向命令が支配介入ないしは不利益取扱いであるとする債権者の主張は全く理
由がない。
なお,使用者が労働者に対して不利益となる懲戒処分あるいは人事発令をなした場
合,それが労働者の正当な組合活動のゆえをもってされたものであれば不当労働行
為となるが,それ以外の使用者の主張する懲戒処分あるいは人事発令の事由が認め
られる場合には,不当労働行為とならないことはいうまでもない。本件出向命令
は,上述したとおり,債務者の人事運用,特に運転士として多数の人命をゆだねる
職種の労働者に関する人事運用上,債権者は不適と判断されたこと,債権者が定年
規程及び定年協定に基づく原則出向の年齢に達していたという確固とした事由に基
づくものであるから,講学上のいわゆる「理由の競合」というケースにも該当しな
い明白に業務上の必要性及び合理性が認められる人事発令なのである。
仮に,本件出向命令について「理由の競合」の概念を当てはめるとしても,本件出
向命令が不当労働行為であるとするためには,債務者の反組合活動の意思が,その
業務上の必要性よりも優越し,出向命令の「決定的な動機」であったことが必要と
されるところ,本件出向命令については前述したとおり,安全安定輸送の確保とい
う債務者の最大の経営課題に立脚した人事運用と,定年規程及び定年協定に基づく
原則出向年齢該当性という極めて明確かつ合理的事由が存するのであるから,専ら
業務上の必要性に基づくものであることが明白であり,不当労働行為を問擬される
余地は全くないのである。
よって,本件出向命令を不当労働行為であるとする債権者の主張は理由がない。
(ク) これに対し,債権者は,Q運転士の事例について,事故の内容を述べた後,
直ちに当該運転士が出向とならなかったことを問題として指摘し,これと比較すれ
ば,本件出向がD労働組合A運輸区分会の現役の執行委員長である債権者をねらい
撃ちにしたものであることが明らかであると主張している。
しかし,Q運転士の事例においても,債務者は事故の内容等に照らして必要な程度
の再教育を施した後に知識及び技能の確認(審査)を行い,これに合格したことか
ら運転業務に再度従事させたのであり,知識及び技能の確認(審査)において不合
格となった債権者と取扱いが異なったとしても当然のことなのであって,何ら差別
と指弾される余地などないのである。
債権者は,債権者の再教育・審査とQ運転士の再教育・審査を比較すれば債権者に
対する運転士不合格という結論が債務者の既定方針であり,再教育・審査が,単な
るつじつま合わせであることは,明白であると主張しているが,この主張もまた全
く根拠のない言いがかりにすぎないのである。
債権者は,本件ミスにおいては,列車の遅れも発生しなかったのに対し,Q運転士
の場合は22分30秒の遅れを生じさせたとし,それにもかかわらず,Q運転士
は,審査の練習及び審査の立会いにおいて債権者に比べて極めて優遇され,その結
果事故日から2か月後には運転士として復帰しているなどと主張している。しかし
ながら,債権者は手歯止めを粉砕するというミスを犯しながら,さらにそのミスを
犯したこと自体に気が付かず,そのまま運転を継続するという,本来あってはなら
ない行為に及んだため,結果として遅れ時分が生じなかったにすぎないところ,Q
運転士の場合は,運転していた列車が電気機関車の1両のもので,中央本線を運転
する列車であったところから,旅客の乗車している他の営業列車を優先させて運行
させるという,指令の
指示による正しい取扱いを行ったため,Q運転士の運転する列車の遅れが結果とし
て増大したものなのであって,債権者のようにミスを犯した後の両者の取扱いの実
態を考慮に入れないで,遅れ時分だけを問題にすること自体全くの詭弁というほか
はないのである。また,債権者が出向したのは審査に不合格になったためであり,
Q運転士が事故日から2か月後に運転士として再乗務できたのは審査に合格したた
めであって,その間に何らの不合理,不平等な点は存しないことはいうまでもない
のである。さらに,Q運転士の方が債権者より審査の練習や立会いにおいて優遇さ
れたなどという債権者の主張は,全く事実に反するものであり言いがかり以外の何
ものでもないのである。
債権者は,上記債権者の主張は,債権者の再教育・審査とQ運転士の再教育・審査
とを比較すれば明白に認められるなどと主張し,比較のようなことを行っている。
しかしながら,債権者によるこの「比較」の中には,事実に反する部分,あるい
は,邪推やこじつけの部分が多いので,以下において,まずQ運転士の再教育と審
査の状況について述べ,その上で債権者の上記「比較」なるものの誤りについて明
らかにすることとする。ただし,Q運転士は本件裁判とは全く無関係な第三者であ
り,Q運転士に対する再教育の内容や審査の結果は,Q運転士の名誉やプライバシ
ーにかかわることであるので,すべての事項を明らかにすることができないことは
いうまでもない。よって,以下には債権者の陳述に対する反論として必要と考えら
れる限度においてのみ
明らかにするものとする。
a Q運転士の事故の内容について
Q運転士は,平成12年10月10日に単9802列車でe駅で発車待ちをしてい
た際に,上り本線出発信号機が進行現示となったことを,上り1番線の出発現示だ
と思いこみ起動を開始した。その直後,異線の信号現示であることに気付き単弁ブ
レーキを使用したが,同時にATSが動作し上り1番線出発信号機真横に停車し,
指令にその旨を連絡し,駅係員の誘導により後退後,旅客の乗車する列車を優先さ
せる等の運転整理を行ったものであり,このためQ運転士の列車は,結果として同
駅を22分30秒遅発したのである。
b Q運転士に対する再教育と審査について
同年11月2日,Q運転士は,午前11時から12時までと,午後1時から3時ま
での間で,「非常の場合の処置」と「応急処置」について,現車で訓練を行った。
同月6日,Q運転士は,午前11時25分から12時までと,午後1時から3時1
0分までの間で,「応急処置」と「出区点検」について,現車で訓練を行った。
同月9日,Q運転士に「非常の場合の処置」及び「応急処置」の審査を行った。結
果は,どちらも不合格であった。同月10日,Q運転士に「知識確認」及び「出区
点検」の審査を行った。結果は,どちらも合格であった。
同月13日,Q運転士は,午前11時10分から12時までと,午後1時から1時
35分までの間で,「応急処置」と「非常の場合の処置」について,現車で訓練を
行った。
同月14日,Q運転士は,午前11時20分から12時までと,午後1時50分か
ら2時30分までの間で,「応急処置」と「非常の場合の処置」について,現車で
訓練を行った。同月15日,Q運転士に「非常の場合の処置」及び「応急処置」の
審査を行った。結果はどちらも合格であった。
同月17日,Q運転士は,審査に合格したために,「乗務訓練」を行った。
同年12月8日,Q運転士に「乗務審査」を行い合格した。
c 債権者とQ運転士の事例の比較に関する債権者の主張の誤りについて
(a) 事故の種別について
事故の種別のみによって再教育や審査の日程が定まるかのような債権者の主張が誤
りであることについては前述したとおりである。
(b) 審査の練習について
債権者は,平成12年10月6日に突然審査の練習を告げられ,午前中1時間,午
後2時間,3科目につき,最初で最後の練習をし,午前中の「出区点検」の練習に
あっては,審査で仮設があることすら告知されていなかったが,Q運転士の場合
は,同年11月2日に3時間以上,同月6日,同月13日(M助役立会い)及び同
月14日(M助役立会い)にも練習を行っており,練習においては仮設があること
を告げられ,実車で練習を行っているなどと主張している。しかしながら,債権者
の上記主張は,以下に詳述するとおり,事実経過を歪曲した全くの邪推である。そ
もそも同年10月6日は,債権者に対して審査の科目である「出区点検」,「応急
処置」,「非常の場合の処置」の現車訓練をさせたものであって,再教育を受ける
立場の債権者としては
突然であろうがなかろうがあくまで平常心で練習に打ち込めばよいだけのことにす
ぎないのである。また,これ以外にも審査に則した勉強については,債権者自身が
述べているように,同年9月29日には「出区点検」,「応急処置」の資料を渡し
て勉強させており,同年10月3日には「非常の場合の処置」の資料を渡して勉強
させているのである。なお,債権者は,同月4日,同月5日に年休の申込みをして
いたが,これに対して,K助役が教育期間中であることから年休取得について再度
意思を確認したところ,債権者は予定どおり年休を取得すると述べたので,年休を
与えたのである。
債権者は再教育後の審査について,審査で仮設があることすら告知されていなかっ
たなどと主張しているが,現車を使った審査において,仮設箇所が設定されている
ことは周知の事実で,仮設箇所を設定することを知らない運転士など存在しないの
である。また,債権者が事前に渡された資料を一度でも見ておれば,甲26添付別
紙のチェック用紙に「仮設」の欄があることからも明らかなとおり,仮設が設定さ
れることは一目瞭然なのである。そもそも現車を使った審査は,仮設箇所を発見す
ることは主たる目的ではなく,定められた手順どおりに正しく点検ができるかを確
認するもので,定められた基本どおりの点検順序で正しく点検を行えば,おのずと
仮設箇所を発見することができるのである。
債権者は,債権者に対しては,指導員からの講義は,一度たりともなされず,債権
者自身がすべて自習で行ったと主張している。しかしながら,再教育期間中に学習
すべき内容は,運転士としていったんはすべて習得したものであり,日々これに基
づいて業務を行っているものでもあるから,事故後の再教育においては,それまで
の自らの行動を見つめ直し,自らの弱点について,自主的に自覚を持って補強する
勉強を行うことが,非常に効率的であり,必要な知識及び技能を習得する上で最も
有効な手段の一つであることはいうまでもないのである。分からないことや疑問点
があれば,管理者に質問するよう指導しているのであり,その場合必要があると判
断すれば,管理者が講義形式で教育を行っているのである。この再教育期間中の
「自習」は,当該運転
士の弱点をフォローをする意味でも有効な手段であることから,すべての乗務員区
で行っているものであり,したがって,債権者に限らず,Q運転士の場合も同様に
取り扱われており,その間に差違等は一切存しないのである。むしろ債権者として
は,そのような機会を捉えて,管理者に対し質問をする等の積極的態度を示すべき
であるにもかかわらず,全くそのような態度は見せず,かえって,管理者が債権者
に対して指示した自習を真面目に行っているかどうか確認するという当然の行為を
行ったことに対して,管理者が「必ず自習しているかどうか,チェックに来た」な
どとあたかも被害者のような陳述をしており,そこに債権者の安全運転に対する意
識の欠如と本件ミスに対する反省のなさが如実に現れているのである。
債権者はまた,審査のための現車(211系電車)練習が,Q運転士には2日行わ
れ,その際「出区点検」においては仮設練習も実際に行っており,同年11月15
日の再審査の前にも2日にわたって現車で行われたが,債権者には審査・再審査を
通じて1回のみであり,仮設がなされることもすべて秘匿されていたと主張し,Q
運転士については,同月13日及び同月14日にも現車を使っての訓練がなされた
ことを問題にしているようである。しかし,Q運転士の場合は,同月10日に実施
された1回目の「知識確認」の審査に合格をしており,それ以降は規程等の勉強を
行う必要がなく,その時間を不合格科目である「非常の場合の処置」及び「応急処
置」についての訓練に注ぐことができたので,2回目の審査を実施する前の同月1
3日,同月14日に
,Q運転士からの希望もあって,現車での訓練を行ったのである。他方,債権者の
場合は,既に明らかにしたとおり,同年10月12日及び同月13日に「審査」を
行ったところ,すべてについて成績が悪く不合格となったが,いわば最も基本とな
る「知識確認」の審査での点数が27点と極めて低かったため,同月18日の審査
を実施する前の同月16日及び同月17日においては集中的に規程類の勉強をさせ
るほかはなく,債権者からも現車を使っての訓練をしてほしいという希望もなかっ
たのである。
ちなみに,審査に至るまでの教育期間について述べれば,Q運転士は,事故調査終
了後の同年10月17日から同年11月8日までの23日間(年休2日,公休3
日,特休4日を含む)であったのに対し,債権者は同じように事故調査終了後の同
年9月20日から同年10月11日までの22日間(年休3日,公休3日,特休4
日を含む)であったのであり,両者の教育期間に遜色がないことは明白である。さ
らに,審査回数についていえば,債権者もQ運転士もともに1回目の審査において
不合格科目があったため,審査はいずれも2回ずつ実施しており,この面において
も何の差違もないことは明白である。
債権者の場合,もともとの再教育計画においては,同年10月5日及び同月6日の
2日間,現車を使っての訓練を行う予定となっていたのであるが,既に述べたとお
り,再教育期間という重要な時期であることを承知の上で,組合のテニス大会に参
加することを優先させ,同月4日と同月5日に年休を取得したのである。いうまで
もなく教育計画の実施は教育を受ける者の好き勝手な行動に合わせて野放図に時間
をかけるものではないし,指導に当たる管理者のスケジュールとの調整も必要であ
るところから,債権者の上記選択の結果,債権者に対する現車を使っての訓練が1
日しかできなかったのであって,このような前提事実をことさら無視して,単に回
数だけQ運転士の場合と比較し,差別があったかのように主張することは,合理性
に欠けアンフェアー
とさえいい得るのである。
同年9月29日に債権者に対して,年休の取得について確認をした際,K助役は,
債権者の年休取得によって現車を使っての訓練に支障するおそれもあり得ることか
ら,債権者に対して「予定があるなら仕方がないが教育計画が減っても休みの間も
勉強するように」と伝えたのである。このような事情から債権者については現車を
使っての訓練が1日しか取れなかったことから,訓練内容は密度濃く行い,「出区
点検」については時間中に4回,「応急処置」については同5回,「非常の場合の
処置」については同4回の訓練を継続して行っているのであり,現車を使用した訓
練は十分行われていたのである。なお,Q運転士の方は,当初から「審査」そのも
のの重みを自覚していたのか,常に不安を持ち指導助役に何度も現車を使っての練
習を求めてきており
,結果的に見れば,既にその段階で取組の姿勢が異なっていたのである。債権者の
前記主張は,最初の審査の前の現車を使っての訓練が1回となった理由が再教育期
間中という重要な時期に組合主催のテニス大会への出席を優先させるという債権者
自身の選択の結果であったことと,再審査前に現車を使っての訓練がなし得なかっ
たのは,最初の審査における「知識確認」に合格しなかった結果であったという実
態を全く無視したものであって,極めて自己中心的なものである。
これに対し,債権者は,年休の時季指定日に現車訓練が予定されていたことをあら
かじめ伝達されていれば,自ら年休の取得申請を取り消して現車訓練を受けた旨述
べ,債務者が債権者に対し,再教育のカリキュラムをあらかじめ伝えるべきであっ
たと主張している。しかし,A運輸区においては,当時,再教育の対象者に対して
再教育のカリキュラムをあらかじめ伝えるという扱いはしておらず,現車訓練につ
いても,規程類の学習の後,助役や車両が手配できる可能な限り近い日を予定日と
して設定していたが,この予定日をあらかじめ伝える扱いはしていなかったのであ
る。このことは債権者だけではなく再教育の対象となるすべての運転士に対して同
様の扱いであったのであるから,債権者に対して再教育のカリキュラムをあらかじ
め伝えなかったこと
で債務者が非難を受けなければならない余地は全くないのである(むしろ債権者だ
け特別扱いをする理由はないのである。)。ところで,債権者の現車訓練日も,こ
の方法によって,同年10月5日と同月6日に設定されたのであるが,同月5日に
債権者が年休の時季指定を行っていることから,同年9月29日にK総括指導助役
が債権者に対して再教育期間中であるが同年10月5日に予定どおり年休を取るの
かについて確認を行ったが,債権者は予定どおり年休を取得する意思であったの
で,特に年休の振替までは勧めなかったのである(なお,同助役は,このとき債権
者に対して「予定があるのなら仕方がないが教育計画が減っても休みの間も勉強す
るように。」旨アドバイスしたことは既に述べたとおりである。)。そして,債務
者は債権者に対する現
車訓練について再度検討したが,助役や車両の手配等を総合した結果,同年10月
6日に集中して密度濃く行うことが最善であると判断したのである。そして実際に
同月6日の現車訓練においては,「出区点検」については時間中に4回,「応急処
置」については同5回,「非常の場合の処置」については同4回の現車訓練を行っ
ており,債権者に対する現車訓練が他の再教育対象者に比して不十分であったとい
う事実は全くないのである。なお,その後審査を実施した同月12日までの間に,
債権者からさらに現車訓練を追加的に行ってほしいというような要望がなされたこ
ともなかったのである。ちなみに,債権者は,再教育後の審査において,現車訓練
の対象となる「出区点検」,「応急処置」,「非常の場合の処置」の3科目に不合
格となっただけでは
なく,現車訓練の対象ではない「知識確認」の審査においても不合格であったので
ある。以上の事実は,乙34によって明白である。
(c) 審査の立会人数について
債権者は,自分の審査のときは,多いときは区長,首席助役,指導助役ほか3名の
総勢5名が立ち会ったとか,平成12年10月18日の再審査ではJ首席,K指導
助役ほか総勢4名が立ち会って,債権者にプレッシャーをかけながら厳格に監視し
ていたなどと主張し,Q運転士の審査のときは,多くても3名が立ち会ったとか,
同年11月15日の再審査では,立会いはR指導員のみであったなどと主張してい
る。しかしながら,債権者の上記主張もまた邪推以外の何ものでもないのである。
そもそも,再教育後の審査の場合,試験官は2名で行っており,それ以外に立会者
が何名いようと審査の内容や結果には全く影響がないのである。しかも,Q運転士
の同年11月15日の再審査について,立会いはR指導員のみであったかのように
いう債権者の上記主
張は,全く事実に反しているのである。この日はR助役とM助役の2名がQ運転士
の試験官を務めていたのであり,このほかにも立会者としてK助役がその場にお
り,合計3名がいたのである。
(d) 事故の処分について
債権者は,自分は本件ミスについての処分として訓告であったが,Q運転士の場合
は戒告であったとし,さもQ運転士の方が重大な事故であったかのように主張して
いる。そもそも処分量定の決定は,事故原因を参酌するのはもちろんであるが,旅
客輸送を営む債務者としては,事故による列車影響に重きを置き決定しているもの
である。両者の処分の差は,事故による列車の遅れの違いから生まれたものであ
り,事故自体の重大性,事故態様の悪性をそのまま反映したものではないのであ
る。しかして,Q運転士の事故後の対応が誠実で適切であったため,かえってQ運
転士の列車が遅れを増大させ,債権者の場合は,不誠実な対応をしたために結果と
して遅れが生じなかったことについては前述したとおりである。また,債権者はQ
運転士の事故についてA
事故であったと主張しているが,全く事実に反し,真実はB事故である。
以上述べたところから明らかなとおり,債権者の本件ミス後の再教育及び審査とQ
運転士の事故後の再教育及び審査との間には,債権者が印象づけようとするような
不合理ないし不平等な差異は一切存在しないのであり,この2つのケースを比較し
たとき,かえって債権者が債務者の最大の課題とする安全安定輸送の理念をいかに
軽視し,運転士として規程などに習熟しておくべき義務と努力を怠り,そのことに
よって自ら招いた処遇上の不満をすべて債務者の責任に転嫁しようとしているとい
う極めて不当な実態が浮き彫りとなったものといわなければならないのである。
Q運転士は,事故発生後,指令への報告,それに続く処置方法が適切であり,普段
の執務態度も,指差喚呼,L字型指付き確認などもよく声を出し良好で,訓練中の
取組も模範的であり,新型車両(383系)の久しぶりの併合作業に対し事前に作
業方法を自分で勉強するなど日ごろから前向きな態度が見られたものであって,Q
運転士が信号違反事故を発生させたことは事実であるが,再乗務となったのは上記
のとおり再教育後の審査に合格した結果であり,事故種別のみで判断したものでは
ないことはもとより,債権者の事象とは著しく事案を異にするものであって,全く
比較にならないのである。
以上述べたところから,債権者とQ運転士との間において,審査の練習等に関して
差別がなされたかのようにいう債権者の主張は全く事実に反することは明白であ
る。(ケ) また,債権者は,T運転士の事例と比較して,本件出向がD労働組合A
運輸区分会の現役の執行委員長である債権者をねらい撃ちにしたものである旨主張
する。
T運転士は,平成12年10月6日,U線V駅で228M列車を停車させる際,f
駅で2両連結し4両編成であったにもかかわらず,3両の停止位置目標で停車した
ため,最後部車両がホームを約10メートル外れてしまった。T運転士は,開扉
後,すぐに間違いに気付き,直ちに怪我人の有無などを確認し,その旨指令に連絡
した。ちなみに,T運転士は,過去に一度も事故を起こしたことがなかった。債務
者は,同月7日から17日まで,休日などを除き7日間再教育を実施した。審査は
同月18日に出区点検,応急処置の審査を実施したところ,T運転士は,いずれの
科目についても合格し,その後の乗務審査についても合格したため,同月24日か
ら再乗務とすることとした。以上のとおり,T運転士がドア扱い不良事故を発生さ
せたことは事実である
が,再乗務となったのは再教育後の審査に合格した結果であり,事故種別のみで判
断したものでないことはもとより,債権者の事象とは著しく事案を異にするもので
あって,全く比較にならないのである。
(コ) g作成名義の陳述書(甲28)は,X運転士が発生させた事故について述べ
ている。しかし,その記載は,以下に述べるとおり事実に反するものである。
gは,S運輸区のX運転士が平成13年8月3日に発生させた「機器扱い不良」事
故で手歯止めを粉砕したことを債権者が起こした事故と「全く一緒の事故です」と
述べているが,以下のとおり全く事実に反するものである。すなわち,X運転士
は,同月3日にU線W駅でホームに留置してあった142M列車の出区点検を開始
した。その際,旅客から,当該列車がh駅に到着した後の交通手段などについて質
問を受け,5分程度応対することとなり,結局手歯止めの撤去を失念することとな
った。その後,X運転士は,手歯止めの撤去を失念したまま,当該車両を起動して
しまい,手歯止めの上に車両が乗り上げ,手歯止めを粉砕してしまったが,X運転
士はその際に,列車の動きがおかしいと感じたため,いったん止まって運転台を降
り,車両の床下を確認
したところ,手歯止めが粉砕されていることを確認した。なお,gはX運転士が流
しノッチ(流し起動)をしていなかったと述べているが,上記のとおり,X運転士
は流し起動を行っており,その結果,手歯止めに乗り上げたことに気が付いている
のであり,gの上記陳述は事実に反するものである。また,gはこの点について,
流し起動を行っていれば,手歯止めを粉砕することはなかったと述べているが,流
し起動をしていても手歯止めに乗り上げ,これを粉砕することはあり得るのであ
り,手歯止めを粉砕したからといって,流し起動を行っていなかったということは
できない。ちなみにX運転士と同様に手歯止めを粉砕した債権者も,自分は流し起
動を行っていたと主張している。X運転士は,上記のとおり,手歯止めの粉砕に気
が付いたが,次のi駅
の到着時刻が2分と迫っていたため,運転を継続した。そしてi駅に到着した際
に,指令に手歯止めを粉砕した旨連絡しようとしたが,無線の調子が悪かったため
連絡がつかず,しかもその次のY駅までの駅間距離が短かったため,運転に専念せ
ざるを得ず,結局,Y駅で指令に連絡した。同日,債務者はX運転士に対し,事情
聴取を行ったが,X運転士はその際,一切の事情を隠すことなく詳細に事実関係を
報告した。
前述のとおり,債務者は,事故後の事情聴取の際に,X運転士から一切の事情を隠
すことなく詳細に事実関係の報告を受け,当該事故の原因その他当該事故に係る事
実関係をすべて正確に把握することができたので,X運転士に対する事情聴取は1
回のみで終了した。
債務者は,当該事故の原因,種別,事故後の対応,X運転士の事故歴に加え,当該
事故の原因の一つに,旅客からの問い合わせに対応し,出区点検を中断せざるを得
なかったことがあることなどを勘案し,X運転士に対しては8日間の再教育を行
い,同年8月13日に「知識確認」,同月15日に「非常の場合の処置」,「応急
処置」及び「出区点検」の合計4科目について審査を行った。その結果,X運転士
はすべての審査に1回で合格したため,同月15日に乗務審査を行ったところ,こ
れにも1回で合格したため,同月17日から再び乗務をさせることとなったもので
ある。
gは,X運転士に対する取扱いと,債権者に対する取扱いが異なるのが不当である
と述べているが,債権者については,債務者は当初12日間の再教育を行った後,
X運転士と同様の4科目の審査を行い,これに合格すれば乗務審査を受けさせ,こ
れにも合格すれば乗務させる予定であったところ,債権者が審査に4科目とも不合
格となり,再度審査を行ったもののやはりすべての科目において不合格となったた
めに,運転士として必要な知識・技能がないと判断して,他職への配転を検討し,
出向としたものであるから,審査に合格したX運転士と取扱いが異なるのは当然で
ある。ちなみに,債権者とX運転士の再教育の日数が異なるのは,以下に述べると
おり,両者の事故及びその他の事情が異なるからである。すなわち,X運転士は,
旅客からの問い合わ
せに対応し,出区点検を中断せざるを得なくなった結果,手歯止めの撤去を失念し
たものであるのに対し,債権者の場合は,出区点検の途中にトイレに行き,さらに
乗務員休憩室でカップ麺を買って,出来上がるの待って食べたのみならず,更衣室
で髭まで剃った上でようやく車両に戻って出区点検を再開した結果,手歯止めの撤
去を失念したものであり,両者には大きな差異があることが明らかである。また,
X運転士は,流しノッチをした時に流れが悪かったために,いったん止まって運転
台を降り,確認したところ手歯止めが粉砕されていることを確認したのであり,こ
れに対し,債権者は,本人の申告によれば,留置線からホームに移動するまで全く
気が付かず,運転士を交代させるために手配した他の運転士から手歯止めの粉砕を
告げられるまで全く
気が付かないというお粗末振りであり,この点においても両者には大きな違いがあ
る。そもそも,X運転士は前述のとおり,事故後に債務者に対し,正直に事実関係
を報告しているが,債権者は,虚偽の報告を数回にわたり繰り返しており,この点
において,両者には決定的な差異があるものというべきである。さらに,gは,X
運転士の再教育期間について「10日間の日勤再教育は,短すぎるといえます」と
述べているが,X運転士の再教育期間は,X運転士の事故の種類,原因,事故歴,
事故後の対応などを総合的に判断した結果であり,決して短くはない。そもそも,
上記の10日間の再教育期間が短いとの主張には何ら根拠が存しないし,仮にこれ
が債権者との比較に基づく主張であるとすれば,上記のとおり,両者に共通するの
は事故の種別のみで
,事故の原因,事故後の対応などにおいて大きな違いがあるのであり,単に事故種
別の共通性に着目し,再教育の日数が短すぎると主張するのは誤りである。なお,
gは,「S運輸区は,ほんの些細なミスや,「基本動作が行われていない」との理
由で管理者が乗務員を叱責し,日勤再教育と称して,乗務停止にしている職場で
す」と述べているが,そのような事実は全く存在しない。このような抽象的な陳述
が信用できないことは,あえて指摘するまでもなく明らかなところである。
(サ) Z運転士作成名義の陳述書(甲29)には,Z運転士が発生させた事故につ
いての記載があるが,以下のとおり,事実に反する部分があるものである。
平成13年5月24日,Z運転士は,F車両区仕業2番線に留置中の車両を出区さ
せることになっていたところ,誤って仕業4番線に留置してある車両に乗り込ん
だ。そして,本来は発車前にF車両区の車両の誘導担当者と,当該車両の留置箇所
で運転士担当名,列車番号,入換ルートなどを打ち合せた上,誘導担当者の合図で
起動を開始すべきところ,これを怠り誘導担当者と打合せをしないまま,また,誘
導担当者の合図を受けないまま,独断で起動を開始した。その結果,当該列車は正
しく進路が構成されていない転てつ器に乗り入れたため,これを破損させてしまっ
たものである。なお,債権者は,Z運転士に対する再教育及び審査と債権者自身の
それらとの扱いについての差異を述べたてているが,Z運転士は甲29の肩書きか
らも明らかなとおり,
債権者と同じD労働組合に所属する者であるので,上記主張が債権者の前記「本件
出向命令の違法性」,「不当労働行為」に関する主張といかなる関係に立つのか,
理解しがたいところである。
Z運転士の事故後,F運転区及びF車両区では,事故の原因を把握するため,当該
事故の関係者であるZ運転士と誘導担当者の2名に対し,事情聴取を行ったとこ
ろ,Z運転士が誘導担当者との事前の打合せにおいて,あらかじめ誘導担当者から
打合せを省略する旨の連絡を受けていたと主張し,これが誘導担当者の供述と異な
ることから,両者に対し,複数回にわたり事情聴取を行った。その結果,誘導担当
者が打合せを省略する旨の連絡を行っていた事実はなく,Z運転士の主張が事実に
反するものであることが判明し,当該事故の原因は,①Z運転士が車両の留置番線
を誤り,間違った車両に乗車したこと,②Z運転士が誘導担当者からの起動開始合
図がないまま起動を開始したこと,の2点であることが分かった。そこで,F運転
区では,当該事故が転
てつ器の破損という大きな事故であるものの,Z運転士に事故歴(責任事故)がな
いこと,事故後,速やかに列車を停止させ,管理者に報告していることなどを総合
的に勘案した結果,一定の教育期間を設けた上で,「知識確認」,「応急処置」,
「非常の場合の処置」及び「出区点検」の4科目の審査を受験させる必要があると
判断し,教育の計画を立てて,運輸営業部運用課の了承を得た上で,Z運転士に対
し,上記の計画どおり教育を実施することとした。
F運転区における再教育及び審査は,本件で問題となっている債権者の所属するA
運輸区とは異なり,まず,規程類の学習及び「知識確認」の審査を行い,これに合
格した後に現車訓練及び技能審査(「応急処置」,「出区点検」,「非常の場合の
処置」)を実施しているが,乗務するためにはこれらの審査にすべて合格しなけれ
ばならないことは,A運輸区と全く同様である。
Z運転士に対する再教育は平成13年6月22日に開始し,運転取扱心得や運転士
作業基準,運転作業要領,F運転区作業要領などの規程類につき,自習を基本とし
た学習を行わせ,その後,同年7月10日に「知識確認」の審査を行った。なお,
再教育の開始が事故後1か月近く経過した後となったのは,前述のとおり,誘導担
当者があらかじめ打合せを省略する旨の連絡を行ったか否かについて,関係者から
何度も事情聴取を行わざるを得ず,時間を要していたからである。同月10日に実
施した「知識確認」の審査では,運転士が携帯を義務付けられている規程類の一つ
である運転作業要領から出題されたが,審査の結果,Z運転士は合格基準に達して
いたものである。前述のとおり,Z運転士は「知識確認」の審査で合格基準に達し
ていたため,F運転
区では,Z運転士に残りの審査を受験させることにし,まず同月11日と同月12
日の2日間,「応急処置」と「非常の場合の処置」,「出区点検」の3科目につ
き,次のとおり訓練を実施した。同月11日はa指導助役(以下「a助役」とい
う。)が担当で,午前10時25分から11時20分ころまでの約1時間,踏切障
害事故を想定して,「非常の場合の処置」について,1回練習させた。その後午後
1時から2時20分までの1時間20分で「応急処置」の訓練を仮設箇所の説明
後,2回行わせた。そして,再度「非常の場合の処置」の訓練を1回練習させてい
る。同月12日もa助役が担当で,11日と同じく午前10時25分ころから11
時ころまでの約35分で再度「非常の場合の処置」を1回練習し,午前11時20
分ころから11時40分こ
ろまで「応急処置」について1回練習した。その後午後1時から2時30分ころま
での1時間30分で「出区点検」を2回練習し,さらに再度「応急処置」の練習を
2回実施している。同月13日には「応急処置」と「非常の場合の処置」の審査
を,同月16日には「出区点検」の審査をそれぞれ実施した。なお,Z運転士に対
しては,同月11日と同月12日及びこれらの審査を実施する前の3回,現車訓練
を実施しているが,F運転区においては,再教育後の審査はすべてこのように取り
扱われており,Z運転士のケースがF運転区における特別のケースであったわけで
はない。前述のとおり,F運転区では,債権者の所属するA運輸区やj運転区とは
異なり,審査の前にも現車訓練を実施しているが,これは,F運転区の庁舎から車
両の留置箇所までの距
離が遠く,「出区点検」,「応急処置」,「非常の場合の処置」などの現車を使用
した訓練を行う場合は,F運転区から離れ,列車本数の多い本線・入換線に近接し
ているk線を使っており,その都度,F駅や使用する車両の所属区に連絡を取ると
いう手続を経なければならないという事情もあり,やむを得ない措置として行われ
ているものである。
Z運転士は,陳述書(甲29)において,自分の場合の現車訓練と債権者の場合の
それとを比較して,あたかも債権者がZ運転士より不利益な扱いを受けていたかの
ように述べているが,これは,それぞれが所属する運転区ないしは運輸区における
事情の違いや,それに伴う訓練ないし審査の方法の違いを無視した単なる言いがか
りにすぎない。さらに,Z運転士は,陳述書(甲29)において,「私の場合は,
練習時から審査まで全く同じ仮設で練習しました」,「事前にもらった資料も仮設
を含めて記してあるものでした」と述べているが,事実に反するものである。練習
に当たり,あらかじめZ運転士には審査で使用するチェック用紙を自習用に渡し,
その用紙に仮設を記載し,練習でもこの仮設を設定したことはあるが,実際の審査
は,練習の場合とは
仮設を変えて実施しており,全く同じ仮設であった旨のZ運転士の陳述は事実に反
するものである。そもそも仮設箇所は,基本どおりの手順で取扱いができれば,ど
こに設定されようが発見できるものなのである。また,あらかじめ練習時に手渡し
たチェック用紙に仮設として例示してあろうがなかろうが,あるいは仮設箇所が結
果として練習時と同じであろうがなかろうが,実際の審査に臨むに当たって,審査
を受ける社員は,どこに仮設が設定されているかが分からないことには変わりがな
いのであり,これにより難易度に差が出ることはないというべきである。Z運転士
は,審査の仮設を設定する際に,下回りの仮設を設定するように指示しているのが
聞こえたとも述べているが,そのような事実は存在しない。仮設の設定について
は,大阪方のTC車の
中央付近でa助役が運転士見習いのl社員に指示しているが,当時Z運転士は,両
名から十数メートル離れた当該車両の端に立っており,しかも,a助役は,当然の
ことながらZ運転士に聞こえないように小声で指示したのであるから,設定する仮
設箇所がZ運転士に聞こえていたなどということは,全くあり得ないところであ
り,前記陳述は,ためにするものであって虚構の一語に尽きるものである。
前記のとおり,同月12日及び同月13日に審査を実施した結果,Z運転士は,
「出区点検」,「応急処置」及び「非常の場合の処置」のいずれも合格基準を上回
る点数であったことから,これらについての審査にも合格し,F運転区では,同月
17日から乗務訓練を実施し,同年8月8日に乗務審査を行ったところ,すべての
項目で合格基準に達していたため,同月10日から再乗務をさせることとなったも
のである。
Z運転士は,運転士にとって技能審査に合格することには多大な苦労が伴う旨述べ
ているが,以下のとおり事実に反するものである。審査科目のうち,「非常の場合
の処置」については,債務者は毎月行っている定期訓練において,年1回程度定期
的に全運転士に指導しているし,「応急処置」についても同様であるから,これら
の訓練で指導された内容を習得していれば,審査においても全く問題なく合格でき
るものである。また,「出区点検」については,日々の業務において実際に行って
いる項目がほとんどであり,これを毎日正しい手順で行っていれば,特段の努力を
要しないで,審査に合格できるはずのものである。なおZ運転士は,「出区点検」
の審査での点検項目は,日々の業務において実施している出区点検での点検項目の
約3倍もあると述べ
ているが,前者の点検項目は162項目であるのに対し,後者の点検項目も121
項目ありほとんど変わらないのであり,上記のZ運転士の陳述は事実に反する。し
かも,審査でのみ点検する項目といっても,審査は技能の基本の審査であり,通常
は確認のみで喚呼が省略されているものについて,採点者にも理解できるように審
査では喚呼を行わせているものが39項目,また,列車後部について通常は確認喚
呼が省略されているものがあるところ,これを前部と全く同様に行うことにより増
える項目が2項目となっているにすぎない。したがって,審査における出区点検の
項目が多くなっているといっても,実質的な中身は日々の業務において行う出区点
検とほとんど変わらないのである。しかも,これら3つの審査については,あらか
じめ審査に使用する
チェック用紙を配布しておき,机上で自習する機会を与えた上で,実地訓練を実施
しているのであるから,この点からみても,審査に合格するために苦労するなどと
いうことは決してないと断言し得るところである。以上述べたとおり,審査に合格
するためには多大な努力を要する旨のZ運転士の陳述は,明らかに事実に反するも
のである。
債権者は,債務者がD労働組合の各運輸区の分会長レベルの組合員を恣意的・意図
的にねらって不当な組合差別を行っていると主張しているが,債権者がそのような
組合差別を行っている事実はなく,債権者の上記主張は不当な言いがかりというほ
かない。すなわち,債権者は,債務者がD労働組合のA運輸区分会の分会長であっ
た債権者を意図的にねらって不当な組合差別を行ったものの,その上部組織である
F地方本部の執行委員であるZ運転士に対しては不当労働行為に該当する組合差別
をなし得なかったなどと主張している。しかし,このような主張はむしろ債務者が
不当労働行為を行っている事実が存しないことを自認し,不当労働行為に関する主
張を放棄したものに等しいのである。債権者に対し,本件出向命令を発令したの
は,債権者が再教育後
の2度にわたる審査に不合格となったため,運転士としての適性に欠けると判断さ
れたところ,その時点で原則出向年齢に当たる54歳に達していたことから,改め
て教育するなどして他職種へ転換するよりも関連会社等への出向を命ずることが最
も合理的な人事運用であると判断されたことからなのである。かように債権者に対
する本件出向命令に合理的理由が存することは明らかであり,組合差別の意図など
存しないことはいうまでもないのである。以上の事実関係については,乙23によ
って明白である。
(シ) 債権者は,再教育基本日数に照らし,自らの再教育期間が不当に長い旨主張
しているが,明らかに失当である。
すなわち,債務者の東海鉄道事業本部の各職場においては,運転士の再教育の期
間,内容をどのように定めるかについて,必ずしも統一的な運用がなされていたわ
けではなかった。そのため,平成11年9月に東海鉄道事業本部運輸営業部運用課
(以下「運用課」という。)が,これらについての統一的な目安を設定し,乗務員
が所属する12の現業機関の長に対し配布することとしたが,その際に配布した資
料が乙41の1,2である(乙43)。そして,乙41の1の「4,(1),イ」の記
載によって明らかなように,債務者提出の乙39の1は,乙41の1に添付された
別紙(乙41の2)なのである(平成12年10月に,乙41の2は,乙39の2
及び甲50に差し替えられている。)。乙41の1では,「1」~「4」として,
再教育の目的,対象と
なる事故,再教育全体の流れ,再教育の期間に対する考え方が明記されており,さ
らに乙41の2において,事故等の種別ごとに,再教育の期間とそこで教育する内
容が具体的に示されている。しかし,この再教育期間については,乙41の1の
「4,(1),エ」にも記載されているとおり,事故隠ぺい,虚偽の供述等の悪質な事
象が伴うものについては,別紙(乙41の2)によらず,再乗務の可否及び教育期
間について運用課と現業機関の長が協議して決定するものとされている。
債権者は,自らの便宜のために債務者が定めた手順と異なる手順により出区点検を
実施したり,事故発生後に虚偽の供述を行うなど,極めて悪質な行為を行っていた
ことから,債権者の所属するA運輸区の現場長であるI区長が運用課と協議し,上
記事情を考慮し,再教育期間を18日間としたものであって(乙42,43),こ
うした事情を考慮すれば,債権者の再教育期間が再教育基本日数に定めた日数と異
なることは当然なのであり,これを不当とする債権者の主張が誤りであることは,
極めて明らかである。
(ス) 債権者は,債務者が,債権者と同種事故を起こしたc運転士及びb運転士に
対する再教育の取扱いと比較して,再教育基本日数,机上の基本教育の内容,現車
訓練の内容において,債権者に対し,いずれも著しく不合理な差別的取扱いを行っ
ていると主張している。しかしながら,債権者の主張するc運転士及びb運転士に
対する再教育及び審査が,運用課の設定した「責任事故発生時における乗務員の再
教育に関する考え方」(以下「考え方」という。)(乙41の1,2)に基づいて
行われていることについては乙43のr陳述書及び乙44のs陳述書において,そ
れぞれ明らかにされているとおりであるから,c,b両運転士に対する再教育及び
審査と債権者に対するそれとの間に何らの差異もないのであり,債権者の上記主張
はまずその前提にお
いて理由がない。
のみならず,債権者の上記主張は,本件における債権者の法的主張といかなる関係
にあるのか全く不明である。けだし,c,b両運転士は債権者と同じD労働組合に
所属することは債権者の自認するところであるから,その者らとの間に差別を主張
してみても,債権者の主張する不当労働行為なるものを認める余地はないからであ
る。債権者は,あるいは,再教育及び審査についてのc,b両運転士に対する扱い
と,債権者に対する扱いがまちまちであるとし(この主張自体が事実に反すること
は上記のとおり),それ故に本件出向命令が権利の濫用に当たるとしたいのかもし
れない。しかしながら,本件出向命令が業務上の必要性に基づくものであり,定年
規程及び定年協定に根拠を置く正当なものであることは債務者が既に明らかにした
とおりである。した
がって,債権者は,上記主張が債務者のこの点についての主張のどの部分について
理由がないとするものであるというのか,理論的に指摘すべきである。しかしなが
ら,債権者は,その上記主張は一切していないのであり,余りにも情緒的な主張で
あって,それ自体失当な主張というほかはないのである。
(セ) 債権者は,「債権者に対する債務者がなした再教育・審査は,単に形式的な
ものであり,当初から「債権者の運転士としての業務を奪い,債権者を他職に出向
させる」という筋書きが露骨に露呈していた」とし,平成12年9月20日にI区
長が債権者に対し「主管部と相談したが,(債権者が)運転士を続けるのは難し
い」と発言したことからも,債務者が既にその時点で債権者の運転士としての業務
を奪い,債権者を他職に出向させるという意思が明確に読みとれるなどと主張して
いる。しかしながら,債権者のこの主張は,全く事実に反している。債権者が,同
月13日に本件ミスを発生させて以降,債務者は休日をはさみ4日間にわたって
(したがって,同月19日まで),債権者に対して事情聴取を行った。しかしなが
ら,この4日間の事情聴
取において債権者は虚偽の報告をしたり不自然な話が多かったため,I区長が現場
長として主管部に対し最終的な状況報告をするに当たって,債権者の供述にこれ以
上嘘のないことを同月20日に再度確認したのである。したがって,I区長が主管
部と相談した事実はなく,主管部自体もこの段階では債権者の今後の運用について
判断できる状況には全くなかったのである。さらに,債務者においては,社員の人
事運用について現場レベルで決定することができないこととなっているので,I区
長が債権者に対し,同人の今後の人事運用について「運転士を続けるのは難しい」
などと断定的な発言をするなどということはあり得ないのである。債権者が起こし
た機器扱い不良(手歯止め撤去失念)は,既に明らかにしたとおり,決められた手
順を守らなかったこ
とが原因で発生した事故であり,一つ間違えれば車両脱線にもつながりかねない重
大な事故であった。また,債権者は,出区点検の途中に便意を催しトイレに行くの
みならず,乗務員休憩室でカップ麺を買い,出来上がるのを待って食べただけでな
く,更衣室で髭まで剃ったという,出区点検中の運転士として全く信じられない行
動をしていたのである。しかも,債権者はこのような行動を隠ぺいするべく事情聴
取において虚偽の報告をしたり,しばしば不自然な供述をするなどしたため,事情
聴取が4日間に及び,これによってようやく当該事故の事実関係を把握し得たとい
う有様であった。そのような経緯から,債権者自身も運転士としての将来に危倶を
感じていたのか,この日の面談の中で自分の今後の人事運用について,「運転士と
してやっていきたい
です」との希望を自ら表明したのである。これに対し,I区長は,自分が債権者の
今後の人事運用について判断できる立場にないことから,「区長だけの判断ではな
んとも言えない」と述べた上で,「事情聴取の中身については,報告しているので
会社として判断するだろう」と述べたにすぎないのである。債権者は,「事情聴取
が終わったばかりなのに,なぜ運転士を継続する意思表示をしなければならないの
でしょうか」と陳述している(甲26)が,上述したとおり,この日の面談におい
て債権者自身から一方的に運転士を継続したいという希望を表明してきたものであ
って,上記債権者の陳述は,これをあたかも誰かから促されてしたかのように事実
を歪曲しようとするものであり,極めて不当である。また,債権者は,「区長の口
から「ノーチャンス
」と言ったから,翌日首席助役から「もう一度チャンスを与えると」言ったのが事
実であります」などとも陳述している(甲26)が,人事運用について判断できる
立場にはないI区長が「ノーチャンス」などと発言したような事実は一切ないので
ある。
以上のとおり,債権者の上記主張は事実を歪曲した上で,これを前提としてなされ
た極めて不当不誠実なものなのであり,したがって,「債権者に対してなされた再
教育・審査の過程は,最初に不合格という結論ありきであり,他の被審査者と比べ
て不平等,不合理である」とか,「債権者に対する本件の再教育,審査が単に機会
を与えたという単なるつじつま合わせにすぎない」などという債権者の主張もまた
虚言以外の何ものでもないのである。しかしてこのことは,4日間の事情聴取にお
いてあれこれと虚偽の弁解を述べたてて自らの責任を少しでも免れようとしたこと
(この事実は本件において明白になっており,本件審理においては一番に考慮され
るべき事実である)に表れている債権者の不誠実さによって明確に裏付けられてい
るのである。
(ソ) 債権者は,最初の審査の結果について,「知識確認」以外の3科目は,いず
れもいわゆる実地試験であり,その採点基準はあいまいであり,採点者の広範な裁
量によって採点が全く異なる結果となる性格の試験であるとし,同年10月13日
実施の「非常の場合の処置」を例にるる難癖をつけた上で,「債権者の実地試験に
おける採点が低いのは,従前の指導に反する著しく不合理な採点基準で行われた結
果である」などと主張している。しかし,「出区点検」の審査は,2人の試験官が
100点満点の範囲で採点し,時間制限を設け,減点方式で行っており,内容は,
出区時の車両点検箇所に不良箇所を仮設して点検させ,点検箇所・順序・方法の適
切さ,作業の適否,不良箇所の発見,処置方法の良否,点検時分の超過の有無・程
度に基づき採点する
ものである。評価に当たっては「出区点検要領」という基準等に基づいて行ってお
り,採点基準があいまいであるかのごとき債権者の主張は全く理由がない。
債権者は,「非常の場合の処置」の減点に関して,運転室の施錠について,施錠し
なくてよく,施錠と喚呼すればよいという指導であったと主張している。しかしな
がら,債権者はこの時,当該指導どおり施錠と喚呼をしなかったため減点となった
ものなのである。
また,信号炎管の設置場所について,隣の線路を支障するので,車両のある線路に
設置せよという指導どおりに行動したと主張している。しかしながら,債権者が指
導されたというのは,この時一緒に出題された軌道短絡器を設置する場合のもので
あり,信号炎管を設置する場合のものではないのであって,債権者はこの2つを取
り違えており,全く間違った主張をしているのである。
債権者は負傷者の搬送先の確認について,債権者は確認すべきとの指示を受けてい
ないなどと主張しているが,事故が発生した際は,負傷した旅客自身及びその家族
に連絡する際に必要となることから,負傷者の搬送先の確認は必ず行うよう指導し
ており,これを確認することは運転士として当然知っておかなければならないもの
なのであって,債権者の主張は全くの虚言である。
(タ) 債権者は,同年10月18日に債権者に対して実施された再審査が4科目を
1日で実施するという極めて過酷な日程で行われたとし,そこに債務者の作為が現
れているなどと主張している。しかし,債権者の上記主張,すなわち同月18日に
4科目の審査を一度に行ったことが極めて過酷であるとの主張は,運転士として余
りにも自覚に欠ける甘えた主張というほかはないのである。債務者においては,第
1回目の審査が不合格となった場合には,第2回目の審査実施までにフォロー教育
期間をおおむね2日間設けることとされている。したがって,債権者の場合も同月
16日,同月17日の2日間で点数が極めて低かった「知識確認」のための自習を
させ,同月18日に不合格であった4科目の審査を行ったのである。Q運転士の場
合は,前述したとお
り第1回目の審査で「知識確認」については,合格していたので,不合格科目であ
る2科目の訓練を行い,同年11月5日に2科目の審査を行ったのである。第2回
目の審査で4科目を1回で行うという扱いは,別に債権者に限ったことではない。
(チ) 債権者は,再審査の結果についても難癖をつけている。
債権者はまず,「知識確認」の結果につき,債権者は穴埋め問題につき100パー
セント解答できたから,債務者主張の67点であることはあり得ないなどと主張し
ている。債権者の答案用紙の解答欄は一応埋められていたが,その内容は間違いだ
らけであり,自己評価とはいえ,これをもって100パーセントできたなどと評価
する債権者の無自覚さは極立っているものといわなければならないのである。債権
者は,債権者が提出した2回目の「知識確認」の解答を書証として提出するよう求
め,「解答は穴埋め問題であって,提出されたとしても今後の試験制度に何ら影響
を与えるものではない。」などと主張している。しかしながら,債権者に対する知
識確認の設問はすべてが穴埋め問題ではないのであり,仮にその他の部分を隠して
提出したとしても何
の意味もなく,かえっていたずらに疑心暗鬼を呼び起こすにすぎないのであり,極
めて不適当な取扱いといわなければならないのである。また,仮に穴埋め問題のみ
を一部出すとしても,これを明らかにすれば,債務者の労務指揮権の範囲内の事柄
に対して,他方当事者からの不当な牽制を受けるおそれがあることに変わりはない
のである。けだし,穴埋め問題とはいえ,実際出題された問題そのものを明らかに
すれば不合格者が他人の問題内容にまで不要な疑義を抱き,職場内での秩序を乱す
ばかりか,外部からの批判等の惹起により制度の円滑な遂行に著しく支障が生じる
可能性も大きいことに変わりはないのである。そもそも,労働契約上も労働協約上
も,債務者がこれらを債権者に明らかにすべき義務を負っていないのであり,本件
事件を契機として,
その取扱いを変えなければならない義務も,意思も有していないのである。
次に,債権者は,「出区点検」において,債権者が,仮設箇所のうち,「客室座席
シートのずれ」と「台車の小石」を発見し得なかったことの減点は各5点ずつにす
ぎないとし,債権者の得点が58点であるというのは,採点者が許された裁量の範
囲を超えた恣意的な減点を行ったからにほかならないなどと主張している。しかし
ながら,減点についての債権者の主張自体単なる推測にすぎない上に,債権者は,
この2か所の仮設箇所を発見できなかっただけではなく,発見できた箇所について
も点検順序,方法が不適切であったり,その他にもTC車について右上配電盤NF
Bの指差確認,MC車についてATS「入」の確認喚呼,キー挿入,解錠及び鎖錠
の喚呼を失念するなどによっても減点されているのであり,その結果として58点
しか得点できなかっ
たのであるから,債権者の上記主張は論点をすりかえようとするものであって,極
めて不当である。
次に,債権者は,「応急処置」,「非常の場合の処置」の審査の結果について,甲
26を引用している。この引用部分にかかる債権者の陳述内容が事実に反し理由が
ないことについては,乙25で明らかにしたとおりである。よって,この点につい
ての債権者の主張もまた失当である。
(3) 争点③(本件出向命令が不明確な基準による恣意的な運用によるものとして無
効であるか)について
ア 債権者の主張
(ア) 債務者がなした債権者に対する運転業務外し,再教育の実施,審査の実施,
審査の結果に基づく出向命令という一連の手続は,何ら法令ないし協約上の根拠の
ない違法な措置である。債権者は,債務者に対し,再教育の実施,審査の実施等に
つき,そのよりどころとなる法令ないし協約上の根拠は何か釈明を求めてきたが,
債務者は何ら回答できないでいる。
また,債権者は,審査の実施に当たって合否の基準及び債権者の得点を明示するよ
う求めたが,債務者は拒否し続けている。
(イ) 何故に国家資格である電車運転士の免許が,法令ないし協約上何らの根拠も
ない,恣意的な取扱いによって,剥奪されなくてはならないのか,債権者には全く
理解できない。
さらに,債務者は,再教育の実施,審査の実施,審査の結果に基づく出向命令を,
例えば,対象となる運転士が所属する組合ごとに不合理に差別し,例えば非D労働
組合組合員が対象となる場合は,審査回数ないし審査基準を恣意的に甘くし,優遇
するという,極めて差別的・不明確な基準で運用しており,恣意的な運用のまま放
置しているというほかない。
したがって,この観点からみても,本件出向命令は,違法・無効である。
イ 債務者の認否
(ア) 債権者の主張(ア)のうち,債権者が審査の合否の基準及び債権者の得点を明
らかにするよう求めていたことは認め,その余は否認する。
本件出向命令は,「運転業務外し,再教育の実施,審査の実施,審査の結果」に基
づいて発令したものではなく,定年規程及び定年協定に基づいて発令したものであ
るから,何ら「法令ないし協約上の根拠のない違法な措置」などではない。
各審査の合否の基準については,従前から明らかにする取扱いはされておらず,債
権者だけにそのような取扱いをしたのではない。
(イ) 債権者の主張(イ)は否認ないし争う。
債務者が債権者の電車運転士の免許を剥奪した事実はない。本件出向命令は,「再
教育の実施,審査の実施,審査の結果」に基づくものではなく,所属組合による差
別は一切ない。
ウ 債務者の主張
債権者は,「不明確な基準で恣意的な運用」との表題の下,「債務者がなした債権
者に対する運転業務外し,再教育の実施,審査の実施,審査の結果に基づく出向命
令という一連の手続は,何ら法令ないし協約上の根拠のない違法な措置である」と
主張する。しかし,本件出向命令は,債権者も承知しているとおり,債務者の定年
規程及び定年協定に基づいているのであって,労働契約上,あるいは労働協約上の
根拠を有することは争いのないところではないかと思料される。上記の債権者の主
張が,法律的に何故本件出向命令を無効たらしめるのか,皆目見当がつかない。
ちなみに,債務者が債権者の本件ミスを受け,債権者を運転業務から外し,再教育
を実施した後審査を実施し,その結果債権者に対して運転業務を命ずることができ
ないと判断したことは,いずれも債務者と債権者間の労働契約に基づき,債務者が
有する労務指揮権の範囲内の事柄であり,何ら問題とされることはない。以下,債
務者の実施する再教育,審査の実施についての考え方を詳述する。
(ア) 債務者においては,会社発足時の昭和62年4月「安全綱領」(乙19)を
定め,冒頭に「安全は輸送業務の最大の使命である」と宣言しているところから明
らかなように,常に「安全は最優先の課題である」との認識に基づき,会社内の必
要な規定を整備するとともに,社員に対する教育・訓練の徹底,安全にかかわる設
備投資及び安全推進体制の整備等を積極的に推進してきた。
(イ) また,国土交通省令により,在来線については「鉄道運転規則」(乙10)
が定められており,下記の条文がある。

(知識及び技能の保有)
第9条 係員は,列車又は車両を安全に運転するために十分な知識及び技能を保有
しなければならない。
(係員の教育及び訓練)
第10条 次に掲げる作業を行う係員については,適性検査を行い,その作業を行
うのに必要な保安のための教育を施し,作業を行うのに必要な知識及び技能を保有
することを確かめた後でなければ,作業を行わせてはならない。
一 列車又は車両を操縦する作業二ないし七(略)
2 前項の適性検査及び教育は,当該係員の所属する事業を経営する者が行うもの
とする。
(ウ) すなわち,債務者には,社会的に課せられた安全輸送の使命を全うする責務
があり,そのためには事故を起こした運転士については,今後2度と事故を繰り返
さないように十全の教育をする必要がある。
そこで債務者は,社内規程である運転取扱心得を定め,第6条において前記鉄道運
転規則第10条と同内容の規定を設け,事故を起こした運転士に対し,再教育を実
施している。そして,この再教育期間及び内容については,当該社員が発生させた
事故の原因,種別,事故歴などを総合的に判断し,決定している。しかして,一定
の期間再教育を施した後,当該運転士の知識及び技能を再確認するための審査を実
施し,再度乗務させられる基準に達していることが確認できれば,再び乗務させる
こととしている。この審査についても,事故の原因,種別,事故歴などを総合的に
判断した上で,運転士に登用する際に実施する試験と同じ5科目(知識確認,非常
の場合の処置,応急処置,出区点検,乗務)の中から,発生した事故に照らし,必
要な科目を受けさせ
ている。審査の監督及び採点は,運転士の講師として,国土交通省から指定されて
いる債務者の社員が担当しており,審査の難易度と合否の基準は運転士登用時に準
じている。
以上の手続は,債務者の長年の安全輸送に関する蓄積により,責任を持ってなされ
ており,正に債務者の労務指揮権の範囲内の事柄である。
(エ) また,債権者は,債務者が審査の実施に当たって,合否の基準及び債権者の
得点を明示しないと論難する。しかし,労働契約上も労働協約上も,債務者がこれ
らを債権者に明らかにすべき義務はない。さらに,これを明らかにすれば,債務者
の労務指揮権の範囲内の事柄に対して,他方当事者から不当な牽制をされるおそれ
がある。すなわち,問題の難易度については,差異がないように実施しているが,
点数を明らかにすれば,不合格者が他人の得点,ひいては問題内容にまで不要な疑
義を抱き,職場内での秩序を乱すことにもなりかねないのである。また,審査で問
われる知識あるいは技能については,運転士がすべて習得しているべき事柄であ
り,乗務するに当たっては本来満点をとるべきものである。したがって,運転士に
対し,点数を伝えるこ
とには何の意味もないし,かえって,点数を伝えることにより,運転士が合格基準
である70点という点数のみを目標にしかねないため,得点を明らかにしていない
ものである。
なお,本件においては,合格基準点が70点であることについては,現場において
既に管理者が債権者に対して明らかにしているし,債務者は労使協議の中でも明ら
かにしている上,2度の審査における債権者の具体的な点数は前記のとおりであ
り,いずれも合格基準点に達していなかった。
(オ) 債権者は,債務者が,法令ないし協約上何らの根拠もない,恣意的な取扱い
によって,債権者の国家資格である電車運転士の免許を剥奪したと主張するようで
ある。
誠に不可解な主張である。債務者は債権者の運転士資格を剥奪したことなどない。
さらに,「法令ないし協約上何らの根拠もない,恣意的な取扱い」とは一体何を指
しているのか,全く不明である。債務者が,いつ,どのような取扱いにより,債権
者の運転士資格を剥奪したというのか,具体的に主張すべきである。
(カ) 債権者は,「審査の結果に基づく出向命令」なる表現を用いているが,これ
も明らかに事実に反するものである。債務者の実施している審査は,当該運転士が
運転業務をなし得る知識・技能を保有するか否かを審査しているのであって,当該
運転士について出向という人事運用をするか否かを審査しているのではない。
また,債権者は,債務者が対象となる運転士が所属する組合ごとに不合理に差別
し,例えば非D労働組合組合員が対象となる場合は,審査回数ないし審査基準を恣
意的に甘くし,優遇するという,極めて差別的・不明確な基準で運用しており,恣
意的な運用のまま放置している,とも主張している。
しかし,債務者において,債権者主張のような事実は一切ない。債権者の主張は単
なる言いがかりにすぎないもので,何の根拠もない。
(キ) 債権者は,「この観点からみても,本件出向命令は,違法・無効である」と
結んでいる。債権者の意図としては,これに先だつ「出向命令の濫用であり無
効」,「不当労働行為」以外に,本件出向命令についての別個の無効原因を主張し
ていると見ざるを得ないが,一体,いかなる法律上の論拠に基づいて,無効原因と
なると主張しているのか,全く不明である。
(4) 争点④(保全の必要性があるか)について
ア 債権者の主張
(ア) 債権者は,本件出向命令が無効であること及び従来の職種であるA運輸区の
主任運転士1級の地位にあることの確認等を求める本訴提起の準備中である。
(イ) しかし,電車運転士という専門職の特殊性からみて,長時間現場を離脱する
と運転技量の低下を招くおそれがあり,早急に運転業務に戻る必要性がある。
また,本件出向命令は,長距離の通勤及び長い通勤時間,実質的な賃金の低下並び
に労働条件の悪化が発生しており,また異業種への出向ということから債権者に著
しい精神的苦痛を発生させている。
さらに,債権者は,協約ないし法令に根拠のない違法・不当な本件出向命令によ
り,著しく名誉を毀損されており,一刻も早く名誉が回復されなければならない。
(ウ) 上記各事情からすると,本案訴訟の提起及び本案判決が下されるのを待って
いたのでは,時間的にみて債権者の法的な利益の回復は困難である。
(エ) 債務者は,「債権者は,平成12年11月10日に出向となってから本件申
立てまでに既に7か月間本件出向先で勤務しており,本案の判決を待つことができ
ない事情などないことは明らかであり,保全の必要性は全く存しない。」と主張す
る。しかし,債務者の上記主張は,債権者が債務者から命じられるまま本件出向先
において勤務せざるを得ない状況を逆手に取った主張であり,保全の必要性を阻却
する主張にはなり得ない。
また,債務者は,「仮に,万が一運転士の職に戻るようなことがあったとしても,
その際には必要な教育を施すことで従事することは可能であり,債権者に本案の判
決を待つことができない緊急の事情は一切存しない。」とも主張する。しかし,上
記債務者の認識は,運転士業務の実情を全く誤認した主張である。例えば,債務者
に運転士として勤務する者には,毎月2時間程度「定例指導訓練」が義務づけら
れ,その中で「知識確認」という筆記試験が実施されている。加えて,国土交通省
からの行政指導に基づき年に1回,「知識確認」という筆記試験が実施され,「技
量確認」という実地訓練も課されており,万一これらの試験及び訓練で70点以下
の得点となれば不合格となり,再教育及び再試験を課されることになる。さらに,
運転士は,所属の運輸
区に新型の電車が配属された場合,運行ダイヤが変更された場合,信号設備・線路
設備が変更された場合などにおいては,その都度新たに訓練が実施されることにな
っている。このように債務者の運転士は,新たな技術の習得ないし変更された運転
状況に対応できるように訓練が課され,毎月の「定例指導訓練」,「知識確認」に
追われ,さらには「技量確認」という実地訓練にも追いまくられているのが現状で
ある。かような状況において,債権者が,長期間運転士の業務から離れ,しかも運
転士業務と全く関係のない出向先で勤務すれば(債権者は管理部人事課主任運転士
(1級)という職名のみは存在するが,本件出向先においては全く電車運転業務と
関係ない業務に従事させられている),債権者の運転士としての技量及び能力は著
しく減退することが
必定である。債務者が指摘するように「必要な教育を施すことで従事することは可
能」というようなことはあり得ない。正に本件出向命令は,運転士としての債権者
にとっては死刑判決を課されるにも等しいものである。
債務者においては,定年協定があり,債権者が所属する労働組合との議事録確認に
おいても,「関連会社へ出向し,60歳に到達した場合の取扱いとして,出向中に
定年に達した場合は,出向を終了させ退職とし,その後の雇用については出向先会
社の取扱いであるが,事情の許す限り,63歳位まで引き続き雇用できるよう努力
したい」というのが債務者の運用である。したがって,債権者が本案判決の確定を
待っていては,仮に本案判決の勝訴が確定し運転士に復帰できたとしても,定年協
定により債権者が運転士として復帰できる期間は極めて短時間に制限される可能性
が高い。よって,債権者にとっては本件仮処分決定により運転士としての業務に復
することが時間的に重要となり,保全の必要性は極めて高い。
債務者は,債権者の本件出向による通勤時間の増加につき,「通勤に片道2時間程
度を要する社員は多数存し」と述べ,労働条件の悪化は一切発生していないと主張
する。債務者において通勤に片道2時間程度を要する社員が多数存在するか否かは
明らかではないが,ここで問題なのは,債権者自身の労働条件がどのように悪化し
たかであり,それには債権者の本件出向前の通勤時間と出向後の通勤時間を比較す
るべきである。債権者の本件出向前の通勤時間は,約10分であったのが,出向後
の通勤時間は,往路が約2時間10分,復路が約3時間と大幅に増加している。そ
れ以外に債権者は,本件出向により年間労働日数は16日増加し,年間労働時間は
250時間30分も増大している。さらに,債権者の勤務形態は,本件出向前の債
務者からの説明にお
いては,日勤と一昼夜交代の業務ということであったが,出向後の平成13年1月
からは,日勤と一昼夜交代業務に加えて,午後6時30分始業・翌日午前7時30
分終業の夜勤業務が毎月1回ないし3回程度加えられている。かように債権者の労
働条件の悪化は顕著である。
以上から,本件仮処分により債権者の権利を保全する必要性は極めて高い。
イ 債務者の認否
(ア) 債権者の主張(ア)は不知。
(イ)債権者の主張(イ)は否認ないし争う。
もとより本件出向命令は正当なものであるから,債権者が運転士の業務に戻ること
を前提とする主張は,それ自体が失当である。
仮に,万が一運転士の職に戻るようなことがあったとしても,その際には必要な教
育を施すことで従事することは可能であり,債権者に本案の判決を待つことができ
ない緊急の事情は一切存しない。
前述したとおり,通勤に片道2時間程度を要する社員は多数存し,実質的に債権者
は本件出向後の方が約1万3000円以上も諸給与支給総額が増加しており,運転
士と清掃業務という全く異なる職種の間で比較すべきものではないことから,労働
条件の悪化は一切発生していない。
本件出向命令は正当なものであり,債権者の名誉が毀損された事実など一切ない。
(ウ) 債権者の主張(ウ)は争う。
債権者は,平成12年11月10日に出向となってから本件申立てまでに既に7か
月間本件出向先で勤務しており,本案の判決を待つことができない事情などないこ
とは明らかであり,保全の必要性は全く存しない。
ウ 債務者の主張
(ア) 債権者は,債務者の「債権者は,平成12年11月10日に出向となってか
ら本件申立てまでに既に7か月間本件出向先で勤務しており,本案の判決を待つこ
とができない事情などないことは明らかであり,保全の必要性は全く存しない」と
の主張に対し,「債権者が債務者から命じられるまま本件出向先において勤務せざ
るを得ない状況を逆手に取った主張であり,保全の必要性を阻却する主張にはなり
得ない」と反論する。
ここで,債権者の上記主張が,債権者が何故本件出向の発令を受けて以降7か月も
の間,法的手段をとることなく手をこまねいていたかについて全く何の釈明もなし
ていないことに注目するべきである。債権者は,自らの年齢がもともと定年規程第
2条所定の「原則として出向する」年齢に達している事実を棚に上げ,少しでも早
い運転士業務への復帰の必要性を主張しているが,そうであるならば,債権者はま
ず,この7か月間全く何もしなかったことについて十分な釈明をなすべきである。
債権者が,本件出向発令を受けた平成12年10月26日の時点でその後の労働条
件等が分かっていたにもかかわらず,その後7か月もの期間が経過するまで一切本
件のような保全処分の申立てをすることなく,本件出向先の業務に従事していたこ
とは,債権者自身本
案の判決を待つことができない事情などないこと,すなわちその主張するような保
全の必要性など存在しないことを身をもって証明しているにほかならないのであ
る。
(イ) 債権者は,債務者の「運転士の職に戻るようなことがあったとしても,その
際には必要な教育を施すことで従事することは可能である」という主張に対し,
「運転士としての技量及び能力は著しく減退することが必定である。債務者が指摘
するように「必要な教育を施すことで従事することは可能」というようなことはあ
り得ない」と反論している。
しかし,もともと運転士職に従事していた社員が,運転士職以外の業務に従事し,
その後運転士職に復帰した例は数多くある。
債務者は,国土交通省令である鉄道運転規則(乙10)第2章第9条及び第10条
による規制を受けているので,その都度当該運転士に対し,必要な教育を施した上
で,運転業務に従事させている。
例えば,平成4年3月ダイヤ改正実施時に労働時間短縮(年間休日日数の増加)を
実施した際に,それに伴い要員増が発生し,運転士33名を事前に養成する必要が
生じた。これを受けて,債務者が発足した当初から当時に至るまでの約5年弱の
間,運転士業務とは全く関係がない箇所(保線区,事業管理所,駅,工場,車両整
備業務など)に従事していた動力車操縦者運転免許保有者26名を運転士として復
帰させることとし,このうち4名をm電車区(現在のm運転区)に,1名をn運輸
区に,1名をj電車区(現在はj運転区)に,3名をo運輸区に,1名をp運輸区
に,11名をF運転区に,5名をq運輸区に異動させた。そして,当該社員らに対
しては,以下のとおり,約1か月半にわたり,教育を実施した。
すなわち,まず,運転関係の規程類に関する机上の学習を6日間程度実施し,次に
実際の車両を使用して機器配置の確認,出区点検,応急処置などの訓練を4日間程
度実施した。その後,実際に乗務することとなる線区の特情,信号機の建植位置の
確認,駅での停止位置の確認,駅構内などを実際に自分の目で確かめるための線路
見習いを3日間程度行った上で,ブレーキ操作などの実際の運転技術を習得させる
ためのハンドル訓練を約4週間行った。
以上の教育訓練を実施した後,運転士として必要な知識や技能の有無を確認するた
めの審査を,「出区点検」,「応急処置」,「非常の場合の処置」及び「乗務審
査」の4科目について行ったところ,全員が合格基準に達し,運転士として必要な
知識及び技能を有していることが確認できたことから乗務させたのである。
なお,この時に運転士業務に再度従事することになった26名の運転士のうち,そ
の後,出向,転勤,昇進した社員を除く19名については,現在も運転士業務に従
事している。
その他,F運転区において運転士の職にあった者が,平成元年7月1日から平成3
年8月末までの約2年間専従休職となり,その間は運転業務から離れていたが,休
職期間が終了すると,債務者は,同人に対し,上記と同様の教育や訓練を実施した
上で,同運転区の運転士としての業務に再び従事させているのである。
以上のとおり,数年間運転業務から離れていた運転士が,必要な教育や訓練を受け
た後,運転業務に再び従事している例は多数あるのであり,上記の債権者の主張が
失当であることは明らかである。
(ウ) 債権者は,「本案判決の確定を待っていては,仮に本案判決の勝訴が確定し
運転士に復帰できたとしても,定年協定により債権者が運転士として復帰できる期
間は極めて短時間に制限される可能性が高い」と主張する。
しかし,仮に本案判決の手続を経たとしても,現在の裁判所における平均的な審理
期間に照らせば,債権者の上記主張は杞憂以外の何ものでもないのである。前述の
とおり,債権者は本件申立てをなすまでに7か月間本件出向先で職務に従事してい
るのである。
また,債権者のなした主張は,出向に出なかった場合,債権者が当然運転士として
の業務に従事し得ることを前提としているが,債権者は運転士として登用する際に
実施する試験と全く同じ科目,難易度の審査すら合格しなかったのであるから,そ
もそも債権者が定年に至るまで運転士として従事し得る可能性は全くないといって
も過言ではないのである。
したがって,上記債権者の主張は前提を欠き,失当である。
(エ) 債権者は,①通勤時間が出向前と比べ延びたこと,②年間休日数が減り,年
間労働時間が増えたことを挙げている。
しかし,債権者の主張する上記①,②の事情は,債権者が本案判決を待つことがで
きない事情に該当しないことは明白というべきものである。のみならず,債務者に
は通勤に2時間を要する社員が多数いるばかりでなく,出向後の通勤時間の方が長
くなった社員も枚挙にいとまがなく,このような例は,債権者に限ったことではな
いのである。
年間休日数が104日となり,年間の労働時間が2088時間となったことについ
ても,出向協定に基づき,賃金上の特別措置を行っているのであり,何ら「労働条
件の悪化」などというものではないことは明らかである。ちなみに,このような例
も債権者に限ったことではない(乙23)。
また,債権者の主張する通勤時間の延長等は,東亜ペイント最判にいう,「労働者
に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」に該当しないも
のであって,主張自体失当というべきである。
なお,債権者は,「出向前の債務者からの説明においては,日勤と1昼夜交代の業
務ということであったが,出向後の平成13年6月からは,日勤と1昼夜交代業務
に加えて,午後6時30分始業・翌日午前7時30分終業の夜勤業務が毎月1回な
いし3回程度加えられている。このように債権者の労働条件の悪化は顕著である」
と主張している。
しかし,夜勤業務が労働条件として悪いか否かは別として,債権者は,A運輸区で
運転業務に従事していた際は,深夜時間帯に運転業務に従事することも珍しくな
く,労働条件が悪化したとはいえないのである。
なお,債権者は,本件出向先において,債権者が夜勤業務に従事することを債務者
が事前に説明しなかったことも問題であると主張するかのようであるが,夜勤業務
の発生は本件出向前の債権者への説明時点では想定されておらず,本件出向後,本
件出向先の事情により勤務形態の変更がなされたものである。したがって,債務者
が債権者に出向前に説明することなど不可能であったのであり,債務者がこれをし
なかったことが問題である旨の主張は的外れなものといわざるを得ない。
第3 争点に対する判断
1 前提となる事実
前記争いのない事実及び審理の全趣旨により容易に認められる事実に後掲疎明資料
を総合すれば,以下の事実を一応認めることができる。
(1) 本件ミスの発生(乙21)
ア 債権者は,平成12年9月12日,B28W行路乗務のため午後0時25分に
出勤したが,この日,東海地方をみぞうの大豪雨が襲ったことにより,中央線は運
転を見合わせていた。そのため,多くの運転士は出勤後も乗務することなく,A運
輸区内で待機しており,債権者も他の運転士と同様,乗務員休憩室で待機していた
が,夕方ころから運転が再開され始め,債権者も同日午後7時25分発の1831
M列車をはじめとして何本かの列車を運転し,最終的には,A駅に戻り,同駅構内
での入換作業を終了した後,A運輸区の乗務員宿泊所で休憩した。翌13日,債権
者は,回851M列車をEまで運転し,その後,折り返し2702M列車を運転し
てAに戻った後,A駅構内(下り7番線)に留置してある車両(2710M列車)
の出区点検を行った

イ 出区点検の正しい手順は,乙15にあるとおりであり,このうち手歯止めの撤
去,収納の手順としては,まず,手歯止め(留置中の車両の転動を防止するため,
車輪に装着しているもの)を撤去し,床下にある収納ケースに保管し,その後運転
台に上がってから,手歯止め装着中は運転台のブレーキ弁ハンドルにぶら下げてあ
る手歯止め使用中札(手歯止めが車輪に装着されていることを運転士に注意喚起す
るための表示札)を外し,再び運転台から降りて「手歯止め」の収納ケースの真横
にある手歯止め使用中札の収納ケースに保管することとされている。債務者は,手
歯止めを外し忘れて運転を始めないために,日ごろから手歯止めと手歯止め使用中
札の双方が揃って収納ケースに収められていることを確認しなければ運転を始めて
はいけないことを指
導していた。
ウ ところが,債権者は,手歯止め使用中札の収納を行うに際し,運転台を昇り降
りすることを面倒がり,その手間を省くため,債務者の指導を無視して,手歯止め
使用中札を先にブレーキ弁ハンドルから外して運転台付近の床に置くという手順違
反を犯した。
エ そして,その後,債権者は,出区点検を行っているうちに,便意を催したた
め,トイレに行ったが,トイレで用を足した後,まだ出区点検の最中であったにも
かかわらず,乗務員休憩室でカップ麺を買い,出来上がるのを待って食べ,さらに
更衣室で髭まで剃ってから,車両に戻った。
オ 債権者は,車両に戻ると出区点検を再開したが,その際,手歯止め本体を撤去
し,収納ケースに収納していないことを失念し,手順に違反して運転台の床に置い
た手歯止め使用中札のみを収納し,手歯止め本体が収納されていないことに気が付
かず,そのまま次の手順に移ってしまった。
その後,出区点検を終えたつもりでいた債権者は,入換信号機の進行現示により当
該車両の起動を開始したが,手歯止めが撤去されていなかったため,車輪がこれに
乗り上げ,手歯止めを粉砕するという本件ミスを引き起こしてしまった。
(2) 事情聴取について(乙21)
ア 債務者は安全安定輸送の確保を経営上の最大の課題としており,列車の運行に
直接従事する運転士に対しては,常に運転に係る知識と技能の陶冶に努めるよう求
めており,運転士に少しでも知識・技能の面において欠けるところが見られる場合
には,直ちに乗務から外し,必要な再教育を施し,改善が見られたら再乗務させる
こととしており,改善が認められない場合には,その経営権の一つである労務指揮
権に基づき当該運転士を運転業務から外し,他職種へ転換している。その一環とし
て,債務者は,運転士が過失により事故を発生させた場合,事故の原因を明らかに
し,対策を検討し,再発を防止するために,事故の関係者に対し,事情聴取を行っ
ている。
イ 債務者は,本件ミスについて,債権者の事情聴取を行ったが,債権者が供述内
容を撤回したり,不自然な点があったりしたため,平成12年9月19日まで,4
回にわたりこれを行わざるを得なかった。
(ア) 同月13日の事情聴取
この日は,A運輸区の第一会議室において,乗務員教育を担当しているK指導助役
とL指導助役が,債権者に対し,勤務開始時から本件ミスが発生するまでの経緯に
ついて確認した。
この中で,債権者は,手歯止め本体の収納の失念については認めたが,手歯止め使
用中札の収納については,手歯止め使用中札の収納についての手順違反はなかった
かのように述べた。しかし,手順どおり行えば,手歯止め収納の後に手歯止め使用
中札の収納をしていることになり,本件ミスが発生するはずがなく,L助役はその
点について問いただしたが,債権者は便意を催しトイレヘ行ったことなどの事情を
述べたて言を左右にした。
(イ) 同月14日の事情聴取
この日は,A運輸区の訓練室において,J首席助役とM指導助役が,前日の債権者
の弁解に不自然なところがあったので,債権者に対してもう一度実際に行った出区
点検の手順について確認したところ,債権者は前日と異なる手順を説明した。この
ため,J首席助役らは前日の申告と矛盾することを指摘したところ,債権者は前日
の供述が虚偽であったことを認めた。すなわち,債権者は,前日の事情聴取で述べ
たことを撤回し,手歯止め使用中札の収納については,楽をしたいという気持ちが
働き,定められた手順に違反したと述べ,このことについては,前日家に帰ってよ
く考えた結果気が付いたなどと弁解した。
(ウ) 同月18日の事情聴取
債権者は,同月15日,16日は特休,同月17日は公休であったので,債務者は
次の事情聴取を同月18日に行った。上記のとおり債権者は,手歯止め使用中札の
撤去の時点について,1回目の事情聴取と2回目の事情聴取とで,矛盾した供述を
行ったことから,K指導助役とM指導助役が,A運輸区の第一会議室において,債
権者に対して再度事実関係を確認した。この日の事情聴取の中でも,債権者は,1
回目の事情聴取の際には虚偽の報告を行ったことを認めた。
(エ) 同月19日の事情聴取
この日は,A運輸区の第一会議室において,J首席助役とL指導助役が,債権者に
対し4回目の事情聴取を行った。これは,手歯止め使用中札と手歯止め本体の収納
ケースがすぐ隣同士に並んでおり,手歯止めを使用する際,手歯止め使用中札も手
順どおり取り出しておれば,これを収納する際に,すぐ横の手歯止め本体の収納ケ
ースに手歯止めが収納されていないことに気が付かないはずがないことから,債権
者がそもそも手歯止め使用中札を使用することすら省略していた疑いがあったた
め,どうして容易に分かるはずのことに気が付かなかったかについて再度確認を行
ったのである。この点について,債権者は,手歯止め使用中札の使用の省略は否定
し,手歯止め使用中札を収納ケースに戻す際,無意識に収納したから,すぐ横の手
歯止め収納ケース内に
手歯止めがなかったことに気が付かなかったとの弁解を終始繰り返した。なお,こ
の日,債権者は,手歯止め使用中札をブレーキ弁ハンドルから外す時点について,
1回目の事情聴取において,故意に虚偽の供述をしたことを認めた。
(3) 再教育と審査について(乙21,25,34)
ア 平成12年9月25日の自習
債務者は,同日,債権者に第一会議室において,終日「運転取扱心得」の自習をさ
せ,条文をノートに書き写す作業をさせた。再教育の教育方法は,すべてが講義形
式で行うものばかりではなく,再教育を受ける者が自主的に自覚をもって必要な知
識を習得することが重要であることから,このように自ら勉強する時間を設けてお
り,これが教育効果を上げる有効な手段の一つである。この時,債権者が自習を指
示された「運転取扱心得」は,鉄道運転規則(国土交通省令)に基づいて制定され
た規程であり,在来線の運転業務を遂行する者が必ずマスターしておくべき基本と
なる規程であるが,本件ミスは債権者がこのような基本を失念又は軽視したことに
その主な原因があったのであるから,再教育期間に改めて,上記のような方法で基
本を学ぶことは,当
然必要なことであった。
イ 同月28日,同月29日,同年10月3日の自習
債務者の管理者は,債権者が指示された同年9月28日の自習を真面目に行ってい
るかどうか確認した。
債務者は,同月29日には,債権者に「出区点検」,「応急処置」の資料を渡して
勉強させた。
債務者は,同年10月3日には,債権者に「非常の場合の処置」の資料を渡して勉
強させた。
ウ 同年10月6日の現車訓練
債務者は,同日,債権者に対して,審査科目である「出区点検」,「応急処置」,
「非常の場合の処置」の現車訓練をさせた。
なお,債権者の場合,もともとの再教育計画においては,同月5日及び同月6日の
2日間,現車を使っての訓練を行う予定となっていたが,債権者が同月4日と同月
5日に年休の取得を申請したものであり,これに対して,K助役が,同年9月29
日,債権者に対し,再教育期間中であるが同年10月5日に予定どおり年休を取る
のかについて意思確認を行ったところ,債権者は予定どおり年休を取得する意思で
あったので,特に年休の振替までは勧めず,「予定があるのなら仕方がないが教育
計画が減っても休みの間も勉強するように」とアドバイスの上,年休を与えたもの
である。そして,債務者は,債権者に対する現車訓練について再度検討したが,指
導に当たる管理者のスケジュールの調整や車両の手配等を総合した結果,同月6日
に集中して密度濃く
行うことが最善であると判断し,債権者に対する現車を使っての訓練は1日となっ
たものであるが,訓練内容は密度濃く行い,「出区点検」については時間中に4
回,「応急処置」については同5回,「非常の場合の処置」については同4回の現
車訓練を継続して行ったものである。
エ 同月12日の審査
債権者に対しては,平成12年10月11日まで正味12日間の再教育を行った
後,同月12日及び同月13日に,「知識確認」,「応急処置」,「出区点検」,
「非常の場合の処置」の4科目について審査することになり,同月12日は「知識
確認」の筆記試験と「出区点検」の審査を行った。
債権者は,「知識確認」の試験では,運転士作業基準の条文から出題された語句記
入問題については8問,運転取扱心得から出題された標識名を答える問題について
は2問,同じく運転取扱心得の条文から出題された語句記入問題については4問,
運転作業要領の条文から出題された語句記入問題については9問等を間違え,10
0点満点中27点しか正解できなかった。
また「出区点検」の審査は,100点満点で,2人の試験官のもと時間制限を設け
減点方式で行っており,内容は,出区時の車両点検箇所に不良箇所を仮設して点検
させ,不良箇所の発見,点検箇所・順序・方法の適切さ,処置方法の良否,作業の
適否,点検時分の超過の有無・程度に基づき採点するというものである。この時の
審査において,債権者は,仮設箇所5か所のうち3か所を発見できなかったことに
より減点されたほか,MC車について,防護無線電源ランプ点灯,警音,列車無線
電源「入」,列車無線電源ランプ点灯,乗務員無線「上・下」位置,ブレーキ試験
について非常,非常点灯,M’車について台車在姿状態の合計8項目の点検を忘れ
たためそれぞれについて減点される等多くの箇所で減点され,「出区点検」の審査
結果も100点満点
中41点にすぎなかった。
オ 同月13日の審査
同月13日は「応急処置」と「非常の場合の処置」の審査を行った。この審査の方
法は,「応急処置」の場合,100点満点で,2人の試験官のもと制限時間を設け
減点方式で行っており,内容は,あらかじめ設定しておいた故障箇所の発見,処置
の適否を判定するものである。「非常の場合の処置」も100点満点で,2人の試
験官のもとで制限時間を設け減点方式で行っており,内容は,運転中事故が発生し
たことを想定して,その処置の適否を判定するものである。
債権者は「応急処置」の審査において,「非連動スイッチ」の復位忘れ,スイッチ
整備中のATS「切」忘れ,指令への連絡において指令員氏名の確認なし,自分氏
名報告なし,故障状態報告なし,ブレーキ試験終了報告なし,立ったまま運転開
始,時刻確認なし,遅延時分確認なし等々のミスを犯したため減点となり,このほ
かにも減点項目は多数に及び,残った得点は57点にすぎなかった。
債権者は,同日の午後に行われた「非常の場合の処置」の審査において,手歯止め
を設置するために車外に出た際,運転室の施錠を忘れたり,信号炎管を正規の設置
場所とは反対の場所に設置したり,線路横断する際に左右の安全確認を行わなかっ
たり,救急車を手配することを忘れたり,負傷者の搬送先の確認を忘れたり,乗客
の負傷者の有無を確認し忘れたり,報告を行った指令員の氏名を確認し忘れたり等
々のミスを犯したため,大幅に減点され,残った得点は57点にすぎなかった。
カ 同月16日及び同月17日の自習
上記のとおり,債権者は4つの審査において,すべて不合格となったことから,債
務者としては,このような劣悪な点数しか得点できないようでは,到底債権者を運
転業務に従事させることはできないと判断し,同月18日に再度審査を実施するこ
ととしたが,それに先だって,同月16日に「運転取扱心得」,「運転士作業基
準」及び「運転作業要領」の自習を命じた。
また,同月17日にも,「運転取扱心得」,「運転作業要領」,「運転士作業基
準」,「運転取扱心得細則」及び「運転事故報告取扱細則」の自習を終日命じた。
債権者は,前記のとおり,同月12日及び同月13日に行った審査ですべてについ
て成績が悪く不合格となったが,いわば最も基本となる「知識確認」の審査での点
数が27点と極めて低かったため,同月18日の再審査を実施する前の同月16日
及び同月17日においては集中的に規程類の勉強をさせるほかはなく,債権者から
も現車を使っての訓練を追加的に行ってほしいという要望もなかった。
キ 同月18日の再審査
同月18日の再審査においても,債権者は,「知識確認」の試験において,運転取
扱心得の条文から出題された語句記入の問題のうち10問,運転事故報告取扱細則
の条文から出題された語句記入の問題のうち1問を誤り,その点数は67点にすぎ
なかった。
債権者は,「出区点検」については,仮設箇所5か所のうち2か所も発見できなか
ったばかりか,発見できた箇所についても点検順序,方法が不適切であったり,そ
のほかにもTC車について右上配電盤NFBの指差確認,MC車についてATS
「入」の確認喚呼,キー挿入,解錠及び鎖錠の喚呼を失念し,その他それらによっ
て減点された結果58点しか得点できず不合格となった。
債権者は,「応急処置」においても,非常ブレーキ表示灯及びブレーキ不緩解モニ
ターの確認をしなかったり,車掌及び指令への連絡において自分の氏名の申告を忘
れたり,発車時の指令への連絡において故障状態の報告,指令員氏名の確認,自分
氏名の申告を忘れたり,車側灯の「滅灯」の確認をしなかったり,起動開始前のパ
イロットランプの「点灯」確認をしなかったり,決められたことを実施しなかった
ため大きく減点となり,得点は46点にすぎなかった。
債権者は,「非常の場合の処置」の審査においても,列車防護において信号炎管を
下り線に設置すべきところ,上り線に設置したり,踏切支障報知装置を扱う前に信
号炎管を使用したり,救急車の手配依頼者の氏名確認をしなかったり,状況調査で
は負傷者の搬送先を確認しなかったり,踏切支障報知装置の復帰扱いにおいて特殊
信号発光機の滅灯を確認しなかったり,所要時分を超過したりしたため減点とな
り,得点は52点にすぎなかった。
ク(ア) これに対し,債権者は,最初の審査の結果について,「知識確認」以外の
3科目は,いずれもいわゆる実地試験であり,その採点基準はあいまいであり,採
点者の広範な裁量によって採点が全く異なる結果となる性格の試験であるとし,
「債権者の実地試験における採点が低いのは,従前の指導に反する著しく不合理な
採点基準で行われた結果である」などと主張している。しかし,甲23によれば,
「出区点検」の審査は,2人の試験官が100点満点の範囲で採点し,時間制限を
設け,減点方式で行っており,内容は,出区時の車両点検箇所に不良箇所を仮設し
て点検させ,点検箇所・順序・方法の適切さ,作業の適否,不良箇所の発見,処置
方法の良否,点検時分の超過の有無・程度に基づき採点するものであり,評価に当
たっては「出区点検要
領」という基準等に基づいて行っていることが一応認めることができる。したがっ
て,採点基準があいまいであるかのごとき債権者の主張は理由がない。
次に,債権者は,「非常の場合の処置」の減点に関して,運転室の施錠について,
施錠しなくてよく,施錠と喚呼すればよいという指導であったと主張している。し
かしながら,乙25によれば,債権者はこの時,当該指導どおり施錠と喚呼をしな
かったため減点となったものであると一応認めることができる。
また,債権者は,信号炎管の設置場所について,隣の線路を支障するので,車両の
ある線路に設置せよという指導どおりに行動したと主張している。しかしながら,
乙25によれば,債権者が指導されたというのは,この時一緒に出題された軌道短
絡器を設置する場合のものであり,信号炎管を設置する場合のものではないのであ
って,債権者はこの2つを取り違えているものと一応認めることができる。
さらに,債権者は,負傷者の搬送先の確認について,債権者は確認すべきとの指示
を受けていないなどと主張している。しかし,乙25によれば,事故が発生した際
は,負傷した旅客自身及びその家族に連絡する際に必要となることから,負傷者の
搬送先の確認は必ず行うよう指導しており,これを確認することは運転士として当
然知っておかなければならないものであると一応認めることができる。
以上によれば,前記認定の債権者に対する最初の審査の結果が不合理なものという
ことはできない。
(イ) 債権者は,平成12年10月18日に債権者に対して実施された再審査につ
いて,4科目を1日で実施するという極めて過酷な日程で行われたとし,そこに債
務者の作為が現れているなどと主張している。しかし,乙25によれば,債務者に
おいては,主管部の指導で,第1回目の審査が不合格となった場合には,第2回目
の審査実施までにフォロー教育期間をおおむね2日間設けることとされているこ
と,そこで,債権者の場合も,同月16日,同月17日の2日間で点数が極めて低
かった「知識確認」のための自習をさせ,同月18日に不合格であった4科目の審
査を行ったことが一応認められ,債権者に対する再審査の日程が極めて過酷であっ
たということはできない。
次に,債権者は,上記再審査の結果について,「知識確認」は穴埋め問題につき,
債権者は100パーセント解答できたから,67点であることはあり得ないなどと
主張している。しかし,乙25によれば,債権者の答案用紙の解答欄は一応埋めら
れていたが,その内容は間違いだらけであり,67点しかとれなかったものと一応
認めることができる。
また,債権者は,「出区点検」において,債権者が,仮設箇所のうち,「客室座席
シートのずれ」と「台車の小石」を発見し得なかったことの減点は各5点ずつにす
ぎないとし,債権者の得点が58点であるというのは,採点者が許された裁量の範
囲を超えた恣意的な減点を行ったからにほかならないなどと主張している。しかし
ながら,乙23によれば,債権者は,上記2か所の仮設箇所を発見できなかっただ
けではなく,発見できた箇所についても点検順序,方法が不適切であったり,その
他にもTC車について右上配電盤NFBの指差確認,MC車についてATS「入」
の確認喚呼,キー挿入,解錠及び鎖錠の喚呼を失念するなどによっても減点されて
いるのであり,その結果として58点しか得点できなかったことが一応認められ
る。
さらに,債権者は,「応急処置」,「非常の場合の処置」の審査の結果について
も,甲22の陳述書のとおりであるとし,同陳述書には,「大きなミスは無いと思
います。」,「点検項目は,すべてクリアし,…できたと思います。」との記載が
ある。しかし,乙25によれば,この陳述内容は事実に基づくとはいえないものと
一応認めることができる。
以上によれば,前記認定の債権者に対する再審査の結果も,前記認定のとおりとい
うべきであって,不合理なものということはできない。
(4) 債務者の定年規程及び定年協定について
ア 債務者の社員の定年については,債務者発足当初より,就業規則第45条で
は,60歳定年と定められていたが,同附則第4項において「第45条第1項本文
の規定にかかわらず,定年は,当面55才とし,経営の状況等を勘案して逐次60
才に移行するものとする」と定められ,実質的には55歳定年制となっていた(乙
7)。
イ しかし,債務者は,社員の生活設計,雇用の確保,社会情勢その他を考慮した
結果,一挙に60歳定年制を実施することとし,平成2年3月31日付け社達第5
9号により,就業規則第45条に60歳定年の実施に伴い在職条件を定年規程の定
めによることを明記した一項を追加し,それまで定年を当面55歳としていた附則
を削除した。その結果,現行就業規則には次のように規定されている(乙8)。
「第45条社員の定年は60歳とする(以下略)
2 60歳定年の実施に伴う在職条件等に関する事項は,定年規程の定めるところ
による。
3 (略)」
上記就業規則の規定を受け平成2年3月31日付け人達第56号(同年10月1日
社達第30号と同一)により定年規程が制定され,そこでは55歳以上の具体的な
在職条件や定年前早期退職を含めた退職条件(退職する場合の条件)等について規
定している(乙1)。
この中で,在職条件については,
「第2条 54才に達した日以降の人事運用については,原則として出向するもの
とする。この場合,賃金は会社基準により支給する(以下略)」
と規定し,55歳以降も在職する者についての54歳に達した日以降の人事運用に
ついては,原則として出向を命ずるものであるということを明確に規定している。
ウ 一方,債務者は,債権者の所属するD労働組合を含む各労働組合との間で60
歳定年に関する協定の締結に向けて協議を重ねた結果,D労働組合との間では平成
3年8月30日,定年協定が締結されるに至った(乙3の1)。
D労働組合以外の各労働組合との間でも,平成2年4月中にすべて定年協定が締結
されているが,これら全組合を通じ,協定の内容は同一であって,「54才に達し
た日以降の人事運用については,原則として出向するものとする。」と定められて
いる(乙3の2ないし5)。
さらに,定年協定に関する議事録確認では,「会社の業務運営上必要があれば,原
則によらず,現職を継続させることとなる。」と定められている(乙4の1ないし
5)。
(5) 本件出向命令の発令について(乙23)
ア 本件出向の決定について
前記のとおり,債権者は平成12年10月18日の再審査の結果も不合格となった
が,国土交通省令である鉄道運転規則第2章第9条には「係員は,列車又は車両を
安全に運転するために十分な知識及び技能を保有しなければならない。」,また第
10条にも「列車又は車両を操縦する作業」に関して「次に掲げる作業を行う係員
については,適性検査を行い,その作業を行うのに必要な保安のための教育を施
し,作業を行うのに必要な知識及び技能を保有することを確かめた後でなければ,
作業を行わせてはならない。」と係員の教育,訓練及び審査について規定してい
る。これは安全安定輸送を使命としている債務者にとっては何よりも厳正に対処し
なければならない事柄である。そこで,再教育後の審査及び再審査において,上記
のような点数しかとれず
,いずれも不合格となった債権者は,運転士としての基本的知識や技能を有してい
ない者であると判断せざるを得ず,そのような者に多数の乗客の生命を預けること
はできないことから,運転士として再乗務させられないこととなり,このため,債
務者は債権者について他職種への転換を検討せざるを得ない状況となった。
しかし,債権者は54歳という定年規程による原則出向年齢に達しており,いずれ
近いうちに出向となることから,債務者は,関連会社等への出向が最も妥当である
と判断した。
イ 出向先の決定について
出向先については,債権者に特殊な技能,資格があるわけではなく,即座に見つか
るものではなかったが,債務者は債権者のためにも1日も早く出向先を見つけるよ
う人事課として努力した結果,本件出向先と条件面で折り合いがついたが,勤務箇
所は本件出向先の人事操配の都合上,O事業所ということになった。そこで債務者
は,債権者に対し,平成12年10月24日に本件出向先の就労条件を説明し,同
月26日には出向先が本件出向先O事務所である旨の事前通知書を手交した。な
お,本件出向先は債務者の運転士経験者のほとんどが出向先として着任している会
社である。
2 争点①(本件出向命令が出向命令権の濫用として無効であるか)について
(1) 前記1で認定した事実によれば,債務者の社員の定年については,債務者発足
当初より,実質的には55歳定年制となっていたものについて,60歳定年制を実
施することとし,平成2年3月31日付けで,就業規則を改正するとともに,定年
規程を制定して,55歳以降も在職する者については54歳に達した日以降の人事
運用については,原則として出向を命ずるものであることを明確に規定したもので
あり,D労働組合を含む各労働組合との間でも,同旨の定年協定を締結しているも
のである。
(2) 東亜ペイント最判は,使用者のした転勤命令について,「当該転勤命令につき
業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該
転勤命令が他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に
対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段
の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではない
というべきである。」と判示しており,使用者の出向命令に関わる権利濫用の有無
についても,上記判旨と同様の判断基準によってこれを判断するのが相当であると
いうべきである。
ところで,業務上の必要性の意義について,東亜ペイント最判は,「当該転勤先へ
の異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相
当ではなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤労意欲の
高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,
業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示している。
そうすると,55歳から60歳に定年を延長しようとする場合,人件費の増大を抑
え,人事の停滞を回避するための措置として,54歳以上の社員の原則出向の措置
をとることは,一般に業務上の必要性の存在を肯定し得るものというべきである。
(3) 前記1で認定した事実によれば,債権者は,本件ミスを引き起こし,その後の
審査及び再審査において不合格となったことから,債務者としては,債権者が運転
士としての基本的知識や技能を有していない者であると判断せざるを得ず,そのよ
うな者に多数の乗客の生命を預けることはできず,運転士として再乗務させられな
いものと判断し,他職種への転換を検討せざるを得ない状況となった。そして,債
権者は54歳という定年規程による原則出向年齢に達しており,いずれ近いうちに
出向となることが考えられたことから,債務者としては,関連会社等への出向が最
も妥当であると判断し,出向先については,債権者に特殊な技能,資格があるわけ
ではなく,即座に見つからなかったが,人事課として努力した結果,本件出向先と
条件面で折り合いが
つき,勤務箇所は本件出向先の人事操配の都合上,O事業所ということになり,債
務者は,債権者に対し,平成12年10月24日に本件出向先の就労条件を説明
し,同月26日には出向先が本件出向先O事務所である旨の事前通知書を手交した
ものである。
これに対し,債権者は,「54歳に達した労働者は自動的にすべて出向させる運用
は全くなされていない。」と主張する。しかしながら,乙23によれば,定年規程
に基づく出向年齢は原則54歳となってはいるものの,各職場における要員需給の
状況や当該社員の能力等を勘案して実施しているため,出向は一律に54歳で実施
できるわけではなく,債権者の場合は,再教育と2度の審査の結果,運転士として
再乗務させられないことが決定したことから,職場における要員需給の状況によっ
て運転士として現職を継続している者とは事情が異なるのであって,債務者として
は,定年規程に基づく出向を命じることが人事運用上最も合理的であると判断した
ものであることが一応認められる。
(4) 乙23,30によれば,本件出向により,債権者の通勤時間がおおむね2時間
近くなるが,債権者以外にも出向先に2時間程度かけて通勤している者は多数お
り,出向後の通勤時間の方が長くなった社員も枚挙にいとまがないこと,本件出向
先における債権者の業務は清掃業務であるが,本件出向先は運転士経験者のほとん
どが出向している会社であり,清掃業務に従事している者は債権者だけではないこ
と,本件出向により,債権者の年間休日数の減少や労働時間の増加があるが,その
ような例は債権者に限ったことではなく,「社員の出向に関する協定」に基づき,
賃金上の特別措置を行っていること,債権者の本件出向前の平成12年7月から同
年9月までの3か月間の諸給与支給総額は1か月当たり平均で53万6885円で
あり,本件出向後の平
成13年1月から同年3月までの3か月間のそれは55万0438円であり,本件
出向後の方が約1万3000円以上も支給総額が増加していること,本件出向後,
債権者は夜勤業務も行っているが,本件出向前も深夜時間帯に運転業務に従事する
ことは珍しくなかったことが一応認められる。
そうすると,本件出向により,債権者の労働条件の悪化が著しいということはでき
ず,債権者が主張する本件出向に伴う不利益を最大限しんしゃくしたとしても労働
者が通常甘受すべき程度の不利益にすぎないものというべきである。
(5) 以上によれば,本件出向命令は,債務者の業務上の必要性に基づくものという
ことができ,それによって,債権者が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利
益」を強いられるものということはできないから,本件出向命令が権利の濫用に該
当するということはできないというべきである。
なお,本件出向命令が不当労働行為に該当するかについては,争点②において判断
するものである。
3 争点②(本件出向命令が不当労働行為として無効であるか)について
(1) 前記1で認定した事実によれば,2で説示したとおり,債権者は,本件ミスを
惹起したことから行われた再教育,知識・技能審査において,多くの人命を預ける
列車の運転士として最低限備えるべき知識・技能に著しく欠けていることが明らか
となり,運転士としての適性に欠けるものと判断され,安全安定輸送を経営上の最
大の課題とする債務者の人事運用上,他職種への転換がふさわしいものと判断され
たこと,債権者が54歳という定年規程及び定年協定に定める原則出向年齢に達し
ていたことから,改めて教育するなどして他職種へ転換するよりも,関連会社等へ
の出向を命ずることが最も合理的な人事運用であったことから,債務者は債権者に
対して本件出向を命じたものと認められるのであり,本件出向命令が債務者の業務
上の必要性に基づく
ものであったということができる。
ところで,本件出向命令が債務者の業務上の必要性に基づくものであっても,債務
者の反組合活動の意思が,その業務上の必要性よりも優越し,出向命令の「決定的
な動機」であった場合には,なお本件出向命令が不当労働行為に該当するといわな
ければならない。
したがって,以下においては,債務者の反組合活動の意思が,その業務上の必要性
よりも優越し,本件出向命令の「決定的な動機」であったといえるか否かについて
判断することとする。
(2) 債権者は,本件出向命令が支配介入ないしは不利益取扱いとしての不当労働行
為に該当すると主張し,その主張を裏付ける事実として,まず,債権者以外の運転
士が引き起こした事故とそれに対する処分内容との比較についてるる主張するの
で,以下,この点について判断する。
ア Q運転士の例
(ア) 乙25,27,44によれば,Q運転士の引き起こした事故の態様は,前記
の債務者の主張のとおりと一応認めることができ,債務者は,Q運転士の事例にお
いても,事故の原因,事故の種別,事故後の対応,事故歴等を総合的に勘案し,必
要な程度の再教育を施した後,知識及び技能の審査を行い,これにすべて合格した
ことから運転士として再乗務させたものであり,知識及び技能の審査において不合
格となった債権者と取扱いが異なる結果となったことについて,不合理な差別とは
いえないことが一応認められる。
(イ) 債権者は,債権者の再教育・審査とQ運転士の再教育・審査を比較すれば,
債権者に対する運転士不合格という結論が債務者の既定方針であり,再教育・審査
が,単なるつじつま合わせであることは明白であるとして,るる主張しているが,
乙25,27,44によれば,債権者の事例とQ運転士の事例の差異は,事故の種
別,審査の練習,審査の立会人数,事故の処分に関して,前記の債務者の主張のと
おりと一応認めることができ,これによれば,Q運転士に比較し,債権者が特に不
利益な扱いを受けたものであるとか,債権者に対する再教育・審査が,単なるつじ
つま合わせにすぎないということはできない。
(ウ) したがって,債権者は,Q運転士の事例と比較すれば,債権者に対する本件
出向命令が,D労働組合A運輸区分会の現役の執行委員長である債権者をねらい撃
ちにしたものであることが明らかであると主張するが,かかる主張は採用すること
ができない。
イ T運転士の例
(ア) 乙14及び審理の全趣旨によれば,T運転士は,平成12年10月6日,U
線V駅で列車を停車させる際,4両編成であったにもかかわらず,3両の停止目標
に停車したことから,最後部車両が約10メートル程度ホームから外れてしまった
こと,T運転士は,ドア開閉後,すぐに間違いに気付き,直ちに車掌に連絡し,怪
我人の有無を確認したところ,支障がないため客扱いを終了し,同駅を30秒遅発
したこと,債務者は,T運転士に対し,11日間にわたり,基本動作や規程類につ
いて再教育を実施した後,「非常の場合の処置」,「応急処置」,「出区点検」及
び「乗務審査」の4科目の審査を実施し,これに合格したことから,運転士として
再乗務させていることが一応認められる。
(イ) したがって,T運転士がドア扱い不良事故を発生させたにもかかわらず再乗
務となったのは,再教育後の審査に合格した結果であるということができるのであ
って,債権者は,T運転士の事例と比較すれば,本件出向はD労働組合A運輸区分
会の現役の執行委員長である債権者をねらい撃ちにしたものであると主張するが,
かかる主張は採用することができない。
ウ X運転士の例
(ア) 乙31によれば,X運転士が引き起こした事故の態様は,前記の債務者の主
張のとおりと一応認めることができ,債権者の引き起こした本件事故とは態様を異
にするということができるのであって,これを全く一緒の事故であるとする甲28
はたやすく採用することができない。
(イ) そして,乙31によれば,X運転士の事例においても,債務者は,事故の種
類,原因,事故歴,事故後の対応などを総合的に判断して,必要な再教育を施した
後,知識及び技能の審査を行い,X運転士はすべての審査に1回で合格したことか
ら,運転士として再乗務させることとしたものであり,知識及び技能の審査におい
て不合格となった債権者と取扱いが異なる結果となったことについて,不合理な差
別とはいえないことが一応認められる。
なお,乙31によれば,債権者とX運転士の再教育の日数が異なるのは,両者の事
故及びその後の報告についての事情が異なることによるものと一応認めることがで
きる。
(ウ) したがって,X運転士が再乗務している事実から,債権者に対する本件出向
命令が組合差別の不当労働行為に該当することが裏付けられるということはできな
い。
エ Z運転士の例
(ア) 乙26によれば,Z運転士が引き起こした事故の態様は,前記の債務者の主
張のとおりであること,債務者は,Z運転士の事例においても,事故態様,事故
歴,事故後の対応などを総合的に勘案して,必要な再教育を施した後,知識及び技
能の審査を行い,Z運転士はすべての審査で合格基準に達していたことから,運転
士として再乗務させることとしたものであり,知識及び技能の審査において不合格
となった債権者と取扱いが異なる結果となったことについて,不合理な差別とはい
えないことが一応認められる。
なお,乙26によれば,Z運転士に対しては,審査を実施する前に3回の現車訓練
を実施しているが,Z運転士が所属しているF運転区においては,再教育後の審査
はすべてそのように取り扱われており,Z運転士のケースがF運転区における特別
のケースであったわけではないこと,F運転区では,審査の前にも現車訓練を実施
しているが,これは,F運転区の庁舎から車両の留置箇所までの距離が遠く,「出
区点検」,「応急処置」,「非常の場合の処置」などの現車を使用した訓練を行う
場合は,F運転区から離れ,列車本数の多い本線・入換線に近接しているk線を使
っており,その都度,F駅や使用する車両の所属区に連絡を取るという手続を経な
ければならないという事情があるため,やむを得ない措置として行われているもの
であることが一応認
められる。
(イ) Z運転士は,陳述書(甲29)において,事故後の再教育及び審査の過程に
おいて,債権者がZ運転士よりも不利益な扱いを受けた旨陳述しているが,乙26
に照らし,たやすく採用することができない。
(ウ) また,甲29によれば,Z運転士は,債権者と同じD労働組合に所属する者
であると一応認めることができる。
(エ) したがって,Z運転士が再乗務している事実から,債権者に対する本件出向
命令が組合差別の不当労働行為に該当することが裏付けられるということはできな
い。
(3) 債権者は,本件出向命令の不当労働行為性を裏付ける事実として,再教育基本
日数に照らし,自らの再教育期間が不当に長い旨主張する。
しかし,乙40,41の1・2,42,43によれば,債務者の東海鉄道事業本部
の各職場においては,運転士の再教育の期間,内容をどのように定めるかについ
て,必ずしも統一的な運用がされていなかったため,平成11年9月に運用課にお
いて,統一的な目安を設定し,乗務員が所属する12の現業機関の長に対し配布す
ることとし,その際の資料として,乙41の1の「責任事故発生時における乗務員
の再教育に関する考え方」,同2の「再教育基本日数について」が配布されたこ
と,乙41の1には,再教育の目的,対象となる事故,再教育全体の流れ,再教育
の期間に対する考え方が明記され,その添付別紙である乙41の2には,事故等の
種別ごとに,再教育の期間とそこで教育する内容が具体的に示されていること,し
かし,この再教育期間に
ついては,乙41の1の「4,(1),エ」にも記載されているとおり,事故隠ぺい,
虚偽の供述,乗務中の居眠り等内容の悪質なものについてはその都度運用課と再乗
務の可否及び教育期間について協議するものとされていること,債権者の本件事故
は,債権者が,自らの便宜のために債務者が定めた手順と異なる手順により出区点
検を実施したり,事故発生後に虚偽の供述を行うなど,極めて悪質な行為を行って
いたものと判断されたことから,債権者の所属するA運輸区のI区長が運用課と協
議し,上記事情を考慮し,再教育期間を18日間としたものであることが一応認め
られる。
したがって,債権者の再教育期間が再教育基本日数に定めた日数と異なるからとい
って,そのことにより,本件出向命令の不当労働行為性が裏付けられるものという
ことはできない。
また,債権者は,債務者が,債権者と同種事故を起こしたc運転士及びb運転士に
対する再教育の取扱いと比較して,再教育基本日数,机上の基本教育の内容,現車
訓練の内容において,債権者に対し,いずれも著しく不合理な差別的取扱いを行っ
ている旨主張している。
しかし,乙43,44によれば,c運転士及びb運転士に対する再教育及び審査
も,債権者に対するそれと同じく,乙41の1,2に基づいて行われているもので
あること,c運転士もb運転士も債権者と同じD労働組合に所属する者であること
が一応認められ,c運転士及びb運転士と比較して,債務者が債権者に対して著し
く不合理な差別的取扱いを行っているものということはできない。
(4) 債権者は,本件出向命令の不当労働行為性を裏付ける事実として,「債権者に
対する債務者がなした再教育・審査は,単に形式的なものであり,当初から「債権
者の運転士としての業務を奪い,債権者を他職に出向させる」という筋書きが露骨
に露呈していた」とし,平成12年9月20日にI区長が債権者に対し「主管部と
相談したが,(債権者が)運転士を続けるのは難しい」と発言したことからも,債
務者が既にその時点で債権者の運転士としての業務を奪い,債権者を他職に出向さ
せるという意思が明確に読みとれるなどと主張している。
しかし,乙25によれば,前記認定のI区長の債権者に対する事情聴取の時期に照
らし,平成12年9月20日にI区長が債権者に対し「主管部と相談したが,(債
権者が)運転士を続けるのは難しい」と発言したという事実は存しないことが一応
認められ,これに反する債権者の甲22,26の陳述書は,たやすく採用すること
ができない。
そして,前記認定の債権者に対する再教育・審査の状況に照らせば,債権者に対し
て債務者がなした再教育・審査が,単に形式的なものであるとはいえないことは,
前記説示のとおりである。
したがって,債権者は,当初から債権者の運転士としての業務を奪い,債権者を他
職に出向させるという筋書きが露骨に露呈していたと主張するが,かかる主張は採
用することができない。
(5) 以上によれば,本件出向命令が債務者の組合差別,反組合活動の意思に基づく
ものということはできず,本件出向命令が不当労働行為として無効であるとする債
権者の主張は採用することができない。
4 争点③(本件出向命令が不明確な基準による恣意的な運用によるものとして無
効であるか)について
(1) 債権者は,債務者がなした債権者に対する運転業務外し,再教育の実施,審査
の実施,審査の結果に基づく本件出向命令という一連の手続は,何ら法令ないし協
約上の根拠のない違法な措置であり,国家資格である電車運転士の免許が,法令な
いし協約上何らの根拠もない恣意的な取扱いによって剥奪されることが理解できな
い旨主張する。
しかし,債務者が債権者の本件ミスを理由に債権者を運転業務から外し,再教育を
実施した後,審査を実施し,その結果債権者に対して運転業務を命ずることができ
ないと判断した経緯は,前記認定のとおりであって,いずれも債務者と債権者間の
労働契約に基づき債務者が有する労務指揮権に基づくものということができる。
また,前記認定のとおり,本件出向命令は,定年規程及び定年協定に基づいている
のであって,労働契約上あるいは労働協約上の根拠を有するものということができ
る。
したがって,債権者の上記主張は採用することができない。
(2) 債権者は,債務者が,再教育の実施,審査の実施,審査の結果に基づく出向命
令を,対象となる運転士が所属する組合ごとに不合理に差別し,極めて差別的・不
明確な基準で運用している旨主張する。
しかし,債権者のかかる主張が採用できないことは,争点②において説示したとお
りである。
5 以上によれば,本件出向命令は有効というべきであり,争点④(保全の必要性
があるか)について判断するまでもなく,債権者の本件仮処分命令の申立ては理由
がない。
第4 結論
よって,本件申立ては理由がないから,これを却下することとし,主文のとおり決
定する。
平成14年7月3日
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判官橋本昌純・
別紙
処分目録
(発令事項)
管理部人事課主任運転士(1級)を命ずる
B株式会社へ出向を命ずる
出向休職を命ずる
[定年規程第2条による出向]
(11月10日付け)

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独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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職種 事務職
時給 当社規定による
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応募方法
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