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       主   文
一 被告は,原告に対し,75万0750円及びこれに対する平成13年1月21
日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告は,原告に対し,46万8650円及びこれに対する本判決確定の日の翌
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は10分し,その7を原告の,その余を被告の負担とする。
五 この判決は,第一項に限り仮に執行することができる。
       事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,
一 199万7413円及びこれに対する平成13年1月21日から支払済みまで
年14.6パーセントの割合による金員
二 18万7500円及びこれに対する平成13年1月21日から支払済みまで年
6分の割合による金員
三 78万円及び内金20万円に対する平成13年1月21日から,内金26万円
に対する平成13年6月17日から支払済みまで年5分の割合による金員
四 76万6256円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みにまで
年5分の割合による金員
をぞれぞれ支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,原告は被告を平成13年1
月21日に退職したとして退職金の支払,在職中の時間外労働割増賃金及び休日労
働割増賃金(以下両者をあわせて「時間外割増賃金等」ともいう。)の支払,有給
休暇未消化分の買上げ,被告が原告に時間外割増賃金等を支払わなかったことによ
り原告が受けた精神的損害に対する慰謝料,さらには,弁護士費用,本件裁判にか
かった雑費等の支払を求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実等(証拠で認定した事実についてはかっこ内に示し
た。)
1 被告は,測量,土木工事の設計・監理,建設工事の設計・監理,地質調査等を
業務とする株式会社である。
 原告は,被告に平成9年1月6日に入社した。3か月間は試用期間であり,原告
は,同年4月から正社員となった。正社員になるにあたって,原告と被告は,労働
条件の記載のある雇用契約書を作成した。
 原告は,被告において,土地測量業務の補助をしていた。
2 被告における原告の勤務時間は午前8時30分から午後5時30分までで,こ
のうち,休憩時間は1時間であった。休日は,日曜日,祝日及び第2,4土曜日で
あり,この他に盆休みとして3日間,年末年始の休みとして5日間が休日となって
いた。
3 平成10年4月以降の原告の月額賃金は25万3000円(基本給のみ)であ
り,被告における賃金の支払は,毎月20日締めの同月末日払いであった。ただ
し,平成12年8月分の賃金については,後記5記載のとおり原告が同月8日以降
就労しなかったため,14万6740円(基本給のみ)であった(甲3の30)。
 被告は,原告に対し,平成10年12月に賞与名目で8万円を支払った。
4 被告が賃金を支給する際に交付する給料支払明細書には「1か月の労働日数」
及び「所定時間外労働」の各欄があり,原告の平成10年4月分から平成12年8
月分までの各給料支払明細書には,それぞれ原告の当該月の労働日数が「1か月の
労働日数」欄に,時間外労働時間数(ただし,休日労働分を含まない。)が「所定
時間外労働」欄にそれぞれ記載されていた(甲3の1ないし30)。
5 原告は,被告において,平成12年8月8日以降就労しなかった。
6 被告は,離職年月日欄に「平成13年1月20日」との記載のある雇用保険被
保険者離職票(甲7)を作成し,これを原告に交付した。
二 争点
1 退職金請求権の有無
2 時間外割増賃金等請求権の有無
(1) 原告に支給されていた賃金は時間外割増賃金等を含んでいたか。
(2) 原告の時間外労働時間数及び休日労働時間数
3 被告において,従業員の有給休暇買上げの制度等はあったか。
4 慰謝料,弁護士費用,裁判雑費等の請求の可否
5 付加金請求の是否
三 原告の主張
1 退職金について
 原告は,被告を平成13年1月20日に退職したが,被告は,原告に対し,退職
金として18万7500円を支払うことになっていたにもかかわらず,これを支払
わない。同年11月末ころ,被告代表取締役A(以下「A社長」という。)は,東
大阪市労働基準監督署の担当官から,原告に対して退職金を支払うように勧告さ
れ,A社長はこれに応じ,同労働基準監督署に対し,原告の退職金は18万750
0円であると報告した。
 なお,原告は,平成12年8月8日以降,被告に出社していないが,同年8月8
日に病気欠席の旨を被告に連絡した。
2 時間外割増賃金等について
(一) 被告は,原告に対し,以下の時間外割増賃金等を支払わない。
(1) 原告の1時間あたりの賃金額は,1456円(25万3000円÷17
3.80時間(1か月あたりの所定労働時間)=1456円)である。
(2) 原告の時間外労働時間数は以下のとおりである。
① 平成10年4月1日から平成11年3月末日まで合計377時間
② 同年4月1日から平成12年3月末日まで合計320時間30分
③ 同年4月1日から同年8月末日まで合計115時間30分
(3) また,原告の休日労働日数は以下のとおりである(ただし,1日の労働時
間は8時間)。
① 平成10年4月1日から平成11年3月末日まで合計10日間
② 同年4月1日から平成12年3月末日まで合計8日間
③ 同年4月1日から同年8月末日まで合計9日間
(4) したがって,原告の時間外労働割増賃金及び休日割増賃金は,以下のとお
りである。
① 平成10年4月1日から平成11年3月末日まで
(ア) 時間外割増賃金
1456円×1.25×377時間=68万6140円
(イ) 休日割増賃金
1456円×1.35×8時間×10日間=15万7248円
② 平成11年4月1日から平成12年3月末日
(ア) 時間外割増賃金
1456円×1.25×320.5時間=58万3310円
(イ) 休日割増賃金
1456円×1.35×8時間×8日間=12万5798円
③ 平成12年4月1日から同年8月末日
(ア) 時間外割増賃金
1456円×1.25×115.5時間=21万0210円
(イ) 休日割増賃金 休日出勤数8日間
1456円×1.35×8時間×9日=14万1523円
(5) したがって,上記期間の時間外労働割増賃金の合計は147万9660
円,同期間の休日労働割増賃金の合計は42万4569円であり,時間外労働割増
賃金及び休日労働割増賃金の合計は,190万4229円である。
(6) 被告は,原告の賃金は年俸制であり,原告の基本給に時間外割増賃金等が
含まれていたと主張するが,原告は,そのような説明を被告から受けたことはなか
った。また,年俸制だからといって時間外労働時間に対して全く割増賃金を支払わ
なくてもよいと言うことには当然にはならない。労働基準法所定の労働時間に対す
る賃金部分と時間外労働時間に対する対価たる賃金部分とは明確に区別されるもの
である。
(7) 原告は,被告に対し,退職するまでの間,時外割増賃金等の支払を請求し
たが,被告はこれに応じなかった。
3 有給休暇未消化分買上げについて
 被告では,従業員が有給休暇を取得しなかった場合,これを買い上げて賃金相当
分を支給していたところ,原告は,退職時において8日の有給休暇未消化があっ
た。
 したがって,被告が買い上げるべき金額は,9万3184円(1456円×8時
間×8日=9万3184円)である。
4 慰謝料について
 原告は,被告に対し,時間外割増賃金等を支払をするように再三にわたって請求
したが,被告はこれに応じなかった。そのため,原告は,本件を提起せざるを得な
くなるなど,被告のこうした態度により精神的苦痛を被った。これを慰謝するため
の慰謝料は20万円が相当である。
5 弁護士費用及び裁判雑費について
 本件提起にあたり,原告は,弁護士を委任し,その着手金に16万円を要し,報
酬として32万円を要する。また,本件訴訟にかかわる雑費として,弁護士との打
ち合わせや裁判所への出頭のための交通費,謄写費用等として合計10万円を要し
た。
6 付加金について
 平成11年11月から平成12年8月までの時間外労働割増賃金は46万865
0円(1456円×1.25×257.5時間=46万8650円),同期間の休
日労働割増賃金は20万4422円(1456円×1.35×8時間×13日=2
0万4422円),また,上記3記載の有給休暇買上げ分9万3184円の合計7
6万6256円は,現在に至るまで未払となっているから,被告は,原告に対し,
これと同額の付加金を支払うべきである。
7 よって,原告は,被告に対し,平成10年4月1日から平成12年8月31日
までの時間外割増賃金等の合計190万4229円,有給休暇買上げ分として9万
3184円並びにこれらの合計である199万7413円に対する訴状送達の日の
翌日である平成13年6月17日から支払済みまで賃金の支払い確保等に関する法
律6条1項に定める年14.6パーセントの割合による遅延損害金,退職金として
18万7500円及びこれに対する原告の退職日の翌日である平成13年1月21
日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,不法行為
に基づく損害賠償として,慰謝料20万円,弁護士費用48万円及び裁判雑費10
万円並びにこれらの合計78万円の内金20万円(慰謝料分)に対する訴状送達の
日の翌日である平成13年6月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
の,内金26万円(裁判雑費及び弁護士着手金分合計)に対する平成14年1月1
0日付け「訴の変更申立書」送達の日の翌日である平成14年1月11日から支払
済みまで年5分の割合による遅延損害金,さらには,平成11年11月1日から平
成12年8月31日までの時間外割増賃金等及び有給休暇買上げ分の合計76万6
256円と同額の付加金並びにこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合の遅延損害金の支払を求める。
四 被告の主張
1 退職金について
(一) 原告は,平成12年8月8日以降,突如被告に何ら連絡なしに無断欠勤す
るようになり,以後一度も出勤しなかった。そのため,被告は,原告を懲戒解雇に
該当すると判断し,同年8月末日をもって退職扱いとした。しかし,平成13年4
月26日なって,原告は,被告に突然架電し,失業保険受給のためか平成13年1
月20日に退職した旨の離職票の発行を強く要求したため,被告は原告の要望を聞
き入れてこれに応じた。
 したがって,原告の退職は,平成12年8月末日であり,平成13年1月20日
ではない。
(二) 被告は,原告に対し,退職金の支払を約束したことはない。
 被告は,平成12年11月2日に,東大阪労働基準監督署から来署の依頼を受
け,同署に赴き,原告の時間外割増賃金等についての記載のある同署長宛の経過報
告書を提出するとともに,原告については当初から年俸制をとっており,残業代は
これに含まれているし,その点について原告の了承も得ている旨を伝え,時間外割
増賃金等を原告に支払うつもりはないことも伝えた。その際,同署から,退職金と
して18万円程度支払ったらどうかとの話があったので,被告は,同署に対し,そ
の程度で済むのなら支払ってもよい旨を回答した。
(三) また,原告の退職は実質的には懲戒解雇であり,被告は,原告に対し,退
職金を支払う義務はない。
 測量業務は,2人1組で作業を行うため,突然誰かが休むと1人では作業ができ
ないためにその日の作業は休まざるを得なくなる。原告はこのことを十分承知しな
がら平成12年8月8日以降突如として欠勤し始め,被告に対し,詳細な説明をし
ないまま欠勤を続けたのであって,これは職場放棄としか考えられず,そのため,
被告では本来であれば懲戒解雇としての解雇の通知をすべきところ,事実上原告を
退職したものと扱っていた。原告は,被告に欠勤について連絡したと主張するが,
正式に欠勤を報告したわけではなく,同僚にしんどいと告げたにすぎない。
2 時間外割増賃金等について
(一) もともと,原告が被告に入社した際,原告は測量の仕事は全く未経験であ
り,本来最低額の給料しか出せない状態であった。しかし,被告の測量の仕事は現
場で作業した上,会社に戻り,事務処理を行う必要があるなど,ある程度の残業は
不可避であっため,被告は,原告にその事情を説明するとともに,その残業代も含
めて原告の賃金を年間300万円の年俸制とし,これを12等分した25万円を毎
月支払うこととした。したがって,原告の賃金には時間外労働割増賃金が含まれて
いた。一般に,測量会社における通常の初任給は,測量関係の専門学校を卒業して
いた場合でも月額20万円以下であり,経験も資格も有していない原告に対し,月
額25万円の賃金を支給するのは,この金額からみても,測量業務に通常付帯する
時間外労働割増賃金等を含んでいたからである。
(二) 上記1,(二)記載のとおり,被告は労働基準監督署に対し,時間外割増
賃金等の支払を了承したことはない。
(三) 仮に,原告に時間外割増賃金等の請求権があるとしても,原告は,被告に
対し,入社時から時間外割増賃金等の請求をしたことはなかった。
 したがって,本件訴状が被告に送達された日(平成13年6月16日)の2年前
である平成11年6月16日以前の請求分については,被告は消滅時効を援用す
る。
 したがって,これ以前の残業代金については,被告には支払義務はない。
3 有給休暇買上げ未消化分について
 被告には,有給休暇未消化分を買い上げるとの定めた規程はないし,そのような
労使慣行もない。
4 慰謝料,弁護士費用,裁判雑費及び付加金の請求について
いずれについても争う。
第3 当裁判所の判断
一 証拠(甲2,3の1ないし30,4ないし9,10の1ないし3,11,乙
1,3ないし5,証人B,原告本人,被告代表者),前記当事者間に争いのない事
実等及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
1 原告を雇用するにあたり,A社長は,平成8年12月に原告の面接を行い,平
成9年1月から同年3月までの3か月間は試用期間として原告を採用した。
 上記試用期間中の原告の賃金は,平成9年1月分は9万9000円(内訳は基本
給9万9000円のみ。),同年2月分は25万7150円(内訳は,基本給22
万5000円,所定時間外賃金3万0150円,出張手当2000円),同年3月
分は23万0850円(基本給18万9000円,所定時間外賃金4万1850
円)であった。
 原告は,測量業務の経験はそれまで全くなかった。
2(一) 原告が被告に雇用される少し前である平成8年11月ころ,B(以下
「B専務」という。)が被告に入社し,同人は専務取締役の肩書で被告で勤務する
ようになった。同人の担当業務は,工事測量のとりまとめ業務及び営業であった。
B専務は,A社長に対し,工事測量は,工事現場の工事開始時間に勤務開始時間を
合わせたり,あるいは工期が定められているためにそれに合わせて測量を行わなけ
ればならず,時間外勤務も多くなりその時間も不規則となるから,賃金に関して,
個別に時間外割増賃金等を計算するのは煩瑣であるから,その他の諸手当や賞与を
含めて年俸で一括して決めて支給するのがよいとの提案した。A社長もこのB専務
の提案を了承し,従業員につき年俸制を実施することとし,賃金を年俸で定め,そ
の中に,時間外割増賃金等,諸手当及び賞与を含むものとしてその金額を決めると
とした。
 この賃金の年俸制については,これを採用する以前の従業員については従前とお
り月給制として個別に時間外労働賃金等を計算して支給することとし,同制度採用
後に新たに入社した者に対してこの方法を行うこととした。
(二) 被告は,平成9年4月から原告を正社員とした。
 被告における測量業務は,登記の測量,官公庁等の公共事業測量及び工事測量の
3種類があったが,原告は当初登記の測量業務を担当した。
(三) 原告を正社員とするに際し,被告は,原告の賃金を年俸制として年額30
0万円とし,これを12等分して毎月25万円支給することとした。被告は,原告
の賃金には,時間外労働割増賃金(休日労働割増賃金は含まない。),諸手当及び
賞与が含めて年俸額を決めた。
 A社長とB専務は,原告が正社員になるにあたって,原告に対し,年俸制につい
ての説明をした。また,その説明の際,被告は,原告に労働条件の記載のある雇用
契約書を交付し,これについて署名押印を求めたが,原告はその場では署名押印を
せず,これをいったん自宅に持ち帰りって署名押印した後,被告に対し,これを提
出した。なお,同雇用契約書の「賃金」の欄には,「別紙通り」との記載があり,
別紙として平成9年4月分の給料支払明細書(控)が添付されており,同明細書の
支給額の欄の基本給の欄に「250000」,同合計欄に「250000」と記載
されていた。
(四) 原告の他,原告とほぼ同時期に入社した社員については,原告と同様に年
俸制が採用された。
3 平成9年4月末日に,原告が被告の正社員となってから初めての賃金が支給さ
れたが,基本給25万0000円が支払われたのみで,時間外労働割増賃金等は支
払われなかった。
 しかし,原告は,被告に対し,「所定時間外賃金」名目の支給がないことについ
て,特段抗議等はしなかった。
4 原告は,平成12年4月ころ,それまでの登記測量業務担当から,公共事業測
量担当へ担当業務が変更となった。公共事業測量業務は,登記測量業務と異なり,
工期が定められているため,時間外労働時間数も多くなった。
 そのため,被告は,原告に対し,時間外労働に対する割増賃金を支給するように
求めたが,被告は,原告の賃金には時間外労働割増賃金が含まれているとして,原
告の請求に応じなかった。
5 原告は,時間外労働時間も増え,勤務を続けることがつらくなってきたにもか
かわらず,相応の賃金が支払われていないと思い,平成12年8月8日以降被告に
出社しなくなった。原告は,同僚に対してはしんどいともらしていたが,被告に対
し,欠勤の事情を説明することはなく,また,欠勤届等を提出することもなかっ
た。
6 同年秋になって,原告は,東大阪労働基準監督署に対し,被告が時間外割増賃
金等を支払わないことについて相談に行った。
 同年11月初めころ,同労働基準監督署から被告に対し,時間外割増賃金等の件
について連絡があったので,A社長は,同労働基準監督官に対し,同月9日付け
「経過報告書」と題する書面を提出し,被告が,原告に対して時間外割増賃金等を
支給しなかったのは,被告では年俸制を採用しており,これらについては年俸とし
て決めた賃金の中に含まれているため支給しない約束になっている旨を説明した。
また,同労働基準監督官から原告に対する退職金についてもA社長に質問があった
ので,A社長は18万7500円程度の支払で済むのであれば解決したい旨を述べ
たところ,後日同監督官は,原告に対し,A社長が原告の退職金として18万75
00円を考えている旨を伝えた。
7 被告は,原告が同年8月8日以降全く被告に出勤しなかったために,原告を退
職扱いとしていたが,平成13年4月末ころになって,原告は,被告に対し,原告
は被告を同年1月20日に退職したとして,離職票を発行するように求めてきた。
そのため,被告は,これに応じ,離職日を「平成13年1月20日」とした離職票
を作成し,これを原告に交付した。
8 被告においては,平成12年8月及び平成13年1月の時点において,従業員
の退職金について定めた退職金規程等及び労使慣行は存在していなかったし,また
未消化の有給休暇を買い取ることを定めた規程及び労使慣行もなかった。
二 上記認定事実に基づいて検討する。
1 退職金請求権の有無について
(一) 上記認定事実によれば,原告が被告の正社員となった平成9年4月から離
職票上の離職日である平成13年1月20日までの間,被告には退職金の支給につ
いて定めた規程はなく,また,退職金を支給するとの労使慣行もなかった。
 したがって,原告には退職金請求権はない。
(二) この点,原告は,被告は原告に退職金として18万7500円を支払うこ
とになっていたと主張するが,甲2及び原告本人によれば,労働基準監督署の担当
者が,原告に対し,A社長が退職金として18万7500円を考えている旨を伝え
たことは認められるが,A社長が,労働基準監督署の担当者にこのように告げたこ
とをもって,原告と被告との間に退職金についての合意ができたということはでき
ない。他に,原告の在職中あるいは平成12年8月8日以降に,原告と被告が退職
金支給についての合意をしたと認めるに足りる証拠はない。
2 時間外割増賃金等請求権の有無について
(一) 時間外割増賃金等請求権の有無について
(1) 上記認定事実によれば,原告が正社員となってからの賃金は年俸で定めら
れ,これを12等分して月額の賃金とし,基本給として支給されており,試用期間
中と正社員とでは賃金の定め方は全く異なっていた。そのため,原告は,試用期間
中は,時間外割増賃金等が支給されていたが,正社員となった以降は,給料支払明
細書に所定時間外労働時間数が記載されていても,所定時間外賃金名目の支給はな
かった。被告が年俸制を取り入れたのは,測量業務の性質上,必然的に期間外労働
が発生するが,個別に時間外割増賃金等を計算するのは煩瑣であるから,あらかじ
め時間外割増賃金等やその他の手当,さらには賞与も全部含めて年俸制として支給
するのが簡易なためであった。
(2) このように,被告が,試用期間時と異なって,正社員となった後は,原告
に対して時間外労働割増賃金等を支払っていないことからすれば,被告の認識は,
年俸制を採用し,これを原告に適用したことによって,当然原告の賃金の中に時間
外労働割増賃金(ただし,休日労働割増賃金は含まない。)が含まれていたと考え
ていたからであると認められる。この点,原告は正社員登用時にそのような説明は
受けなかった,被告は個別に時間外割増賃金等を支払うと述べた旨を主張し,それ
に沿った供述をする(原告本人)が,被告が年俸制を採用した理由からすると,被
告がそのように原告に述べたとは認め難く,この点に関する原告の主張は採用でき
ない。
(3) しかし,年俸制を採用することによって,直ちに時間外割増賃金等を当然
支払わなくともよいということにはならないし,そもそも使用者と労働者との間
に,基本給に時間外割増賃金等を含むとの合意があり,使用者が本来の基本給部分
と時間外割増賃金等とを特に区別することなくこれらを一体として支払っていて
も,労働基準法37条の趣旨は,割増賃金の支払を確実に使用者に支払わせること
によって超過労働を制限することにあるから,基本給に含まれる割増賃金部分が結
果において法定の額を下回らない場合においては,これを同法に違反するとまでい
うことはできないが,割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後
から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は,同法同条に違
反するものとして,無効と解するのが相当である。
 そうすると,上記認定事実によれば,被告における賃金の定め方からは,時間外
割増賃金分を本来の基本給部分と区別して確定することはできず,そもそもどの程
度が時間外割増賃金部分や諸手当部分であり,どの部分が基本給部分であるのか明
確に定まってはいないから,被告におけるこのような賃金の定め方は,労働基準法
37条1項に反するものとして,無効となるといわざるを得ない。
 したがって,被告は,原告に対し,時間外労働時間及び休日労働時間に応じて,
時間外割増賃金等を支払う義務がある。
(二) 時間外労働時間数及び休日労働時間数について
(1)(ア) 上記認定事実によれば,被告は,原告の担当業務については当然に
時間外労働が伴うものであることを予定しており,また,被告では,従業員の勤務
時間の管理を基本的にタイムカードを使用して行っており(原告本人及び被告代表
者),これをもとにして計算した所定時間外労働時間数(ただし,休日労働時間数
は含まない。)を毎月の給料支払明細書に記載し(被告代表者),A社長も原告は
同明細書に記載していた所定労働時間外時間数にみあった時間外労働をしていたと
認識していた(被告代表者)のであるから,同明細書記載の所定労働時間外時間数
については,被告の業務命令の範囲内の労働であり,これをもって,原告の時間外
労働時間と認めるのが相当である。
 そうすると,原告の時間外労働時間は,平成10年4月1日から平成11年3月
末日まで合計377時間(甲3の1ないし13),同年4月1日から平成12年3
月末日まで合計320時間30分(甲3の14ないし25),同年4月1日から同
年8月末日まで合計125時間30分(甲3の26ないし30)となる。
(イ) もっとも,上記認定事実によれば,平成12年4月に,原告は,被告に対
して,時間外割増賃金等の支払を請求(催告)している(それ以前に原告が,被告
に対して支払請求をしたと認めるに足りる証拠はない。)が,その後1年以上が経
過してから本件を提起しているから,本件訴状送達日(平成13年6月16日)よ
り遡って2年を超える時間外割増賃金等については時効により消滅している。
 そうすると,原告が,被告に対して,未払時間外割増賃金を請求することができ
る期間は,平成11年6月17日以降に支払期が到達する分,すなわち平成11年
6月末日支給分以降から平成12年8月末日支給分までの分となる。
 したがって,上記期間における原告の所定時間外労働時間の合計は412.5時
間と認められる(甲3の16ないし甲3の30)れ,原告の1時間あたりの基礎賃
金は1456円(甲9,10の1,弁論の全趣旨)であるから,同期間の原告の時
間外労働割増賃金は75万0750円となる(1456円×1.25×412.5
時間=75万0750円)。
(2) なお,原告は,休日労働割増賃金も請求し,休日労働日数については,年
間休日日数と出勤日数を計算し,これから代休取得分を控除して休日出勤日数を計
算したと主張し,休日労働について,カレンダーと給与明細書記載の労働日数から
数えた旨を供述する(原告本人)が,そもそも原告が主張する休日労働日数は,計
算上求められたにすぎず,有給休暇取得日数,代休取得日数を明らかにする証拠も
なく,原告の計算結果が実際の休日出勤日数と合致すると認めるに足りる的確な証
拠はない。仮に原告の主張とおりの日数だとしても,1休日出勤日あたりの労働時
間数を明らかにする証拠は全くなく,結局,休日労働日の特定に欠けるといわざる
を得ない。
(三) 有給休暇未消化分買上げ請求について
 原告は,被告に対し,有給休暇未消化分の買上げを請求するが,使用者には,当
然に有給休暇未消化分を買い取る義務はない。そして,被告において,有給休暇未
消化分を買い取る旨の規程の存在も認められないし,原告も被告において,有給休
暇をお金としてもらっているというというのは知らない旨を供述している(原告本
人)ように,そのような労使慣行を認めるに足りる証拠はない。この他,原告と被
告が有給休暇未消化分買上げ請求を合意していた等の事情も認められない。
(四) 慰謝料,弁護士費用及び裁判雑費の請求について
 原告は,被告が時間外割増賃金等を支給しないことによって精神的損害を受けた
主張するが,労働基準法違反の行為が直ちに不法行為を構成するものとはいえず,
また,原告が被告に出社しなくなったのも,上記認定事実によれば,時間外労働時
間が増え,勤務がきつくなったにもかかわらず,これに相応する手当が支払われて
いなかったことに不満をもっていたにすぎず,他に,不法行為の成立が認められる
ような事情はない
 したがって,慰謝料,弁護士費用及び裁判雑費の支払に関する原告の主張は採用
できない。
(六) 付加金請求について
 被告は,時間外割増賃金を含むものとして原告の賃金を定めとして時間外割増賃
金を支払っておらず,これは,このような方法をとることによって,個別の割増賃
金等の計算の煩瑣を避ける目的であったにすぎないから,このような事情からすれ
ば,ことさら付加金の支払を命じることを妨げるような事情があるとはいい難い。
 よって,被告は,原告に対し,時間外労働割増賃金に関し,原告主張の範囲内で
ある46万8650円(原告が時間外労働割増賃金の付加金として請求しているの
は46万8650円であり,同金額は,認容時間外労働割増賃金の額の範囲であり
かつ労働基準法114条ただし書に定める期間内のものである。)の付加金を支払
うべきである。
三 以上のとおり,原告の請求は,上記の範囲で理由があるからその範囲でこれを
認容し,その余の請求についてはいずれも棄却する。
大阪地方裁判所第5民事部
裁判官 大島道代

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