弁護士法人ITJ法律事務所

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             主       文
        原判決を破棄する。
        被告人を罰金10万円に処する。
        その罰金を完納することができないときは,金5000円を1
日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
        原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
             理       由
 本件控訴の趣意は,検察官見越正秋提出(検察官山舗弥一郎作成)の控訴趣意
書に記載されているとおりであるから,これを引用する。
 論旨は,要するに,原判決は,「被告人は,平成14年6月11日午前11時
30分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,広島市a区(以下略)先道路
を県道方面からbインター方面に向かい進行し,対向車と離合するため同所で一
旦停止した後,県道方面に向かい後退するにあたり,自車後方左右を注視し,そ
の安全を確認しながら後退すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,自車
後方に停止していたA(当時55年)運転の普通乗用自動車の後方に停止してい
た車両が後退を始めたことから,A運転車両も後退するものと軽信し,後方左右
を十分注視することなく,その安全確認が十分でないまま漫然時速約5ないし1
0キロメートルで後退した過失により,折から自車後方で停止していたA運転の
普通乗用自動車前部に自車後部を衝突させ,よって,同人に対し加療約4週間を
要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負わせたものである。」との公訴事実に対
し,「公訴事実にある日時場所で被告人が前同態様の交通事故を起こしたことは
明らかであるが,その事故によりAに傷害を負わせたことについては,合理的な
疑いが残り,取調べの証拠によっては,この疑いが解消されず,結局,傷害の点
については証明が十分でない。」と判示して,被告人に無罪を言い渡したが,被
告人が,本件衝突事故(以下,「本件事故」という。)により被害者Aに公訴事
実記載の傷害を負わせたことを否定した原判決は,証拠の取捨選択及びその評価
を誤った結果,事実を誤認したものであり,その誤りは,判決に影響を及ぼすこ
とが明らかである,というのである。
 当審における事実取調べの結果を加えて,原審記録を精査して検討すると,本
件事故によりAに加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負わせたこ
とに合理的な疑いが残るとした原判決の証拠評価には賛同し難く,所論は概ね正
当であるから,原判決には所論指摘の事実誤認があり,その誤りが判決に影響を
及ぼすことは明らかである。
 所論にかんがみ検討する。
 原判決は,本件事故により,A(以下,「被害者」という。)が加療約4週間
を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負ったことの証明が十分でないとした理由
として,①本件事故の衝撃の程度が客観的に明らかでなく,本件事故により被害
者が受傷したか否かを判断することはできないこと,②被害者の愁訴が,身体の
客観的症状を正確に表現したとはいえないこと,③本件事故直前の被害者の体調
について判断できる証拠がないこと,④被害者を診察したB整形外科医院(以
下,「B医院」という。)のC医師(以下,「C医師」という。)の診断につい
て,その根拠として挙げる他覚的所見も被害者の愁訴に大きく影響されている可
能性を否定できず,C医師の診断自体,被害者の客観的症状を反映していない可
能性を払拭できないこと,⑤本件事故後に事故以外の外力で被害者に新たに症状
が出た可能性もあることなどを挙げている。
1 まず,①の点について,関係証拠によれば,被告人は,平成14年6月11
日午前11時30分ころ,広島市a区(以下略)先道路において,普通乗用自動
車を運転中,対向車と離合するため,いったん停止した後,上り勾配100分の
3.4の本件道路を時速約5ないし10キロメートルの速度で約4メートル後退
し,後方で停止していた被害者運転の普通乗用自動車の前部に自車後部をほぼ正
面から衝突させたこと,被害者は,衝突時,左手でハンドルを持ち,右肘でクラ
クションを鳴らしていたこと,本件衝突の結果,被告人運転車両の後部バンパー
に凹損があったこと,被害者運転車両の前部バンパーに擦過痕があったほか,バ
ンパーの網状グリル部分の下端がちぎれ,前部バンパーと車体をつなぐ鉄製の前
バンパリインホースメントが曲損し,ラジエーターを車体に取り付ける部分の金
具に約3センチメートルのゆがみがあり,車体のメインフレームの先端にある鉄
製のサイドメンバが,左右2本とも前から押し潰されるような形で約1センチメ
ートル横にふくれるように「く」の字形に曲がっていたことが認められる。
  上記認定にかかる本件事故の状況及び被害車両の損傷状況などにかんがみる
と,本件事故時,被害者の身体に相当に強い衝撃が加わったことは明らかであ
る。
  なお,D研究所において,本件と同型式の模擬車両を使用して本件事故と同
様の衝突実験を実施した結果,時速約5.9キロメートルで衝突させた場合,被
衝突車両の運転席ヘッドレスト付近における前後方向の重力加速度は1.0G,
時速約9.5キロメートルで衝突させた場合,同様の位置における前後方向の重
力加速度は5.0Gと測定された。この実験では,上記測定前に,一度目に衝突
車両の方向がそれて被衝突車両の左前部に衝突し,二度目に低速度ではあるもの
の衝突車両後部が被衝突車両前部に衝突していることから,バンパー等の衝撃緩
衝能力の低下について考慮する余地があるものの,バンパーには復元能力がある
こと,実験終了後における被衝突車両のサイドメンバのゆがみはミリメートル単
位にとどまっており,被害車両の本件事故後のゆがみに比して,甚だ軽微であっ
たことを併せ考えると,上記の実験結果は,本件事故時,被害者の身体に相当に
強い衝撃が加わったことを数値的にも具体的に裏付けるものである。
  そうすると,原判決が,本件事故の衝撃の程度が客観的に明らかでなく,本
件事故により被害者が受傷したか否かを判断することはできない,と説示したの
は失当である。
2 次に,②及び④の点について,関係証拠によれば,被告人と被害者は,同日
午後零時2分から午後零時15分までの間,本件事故現場において,警察官によ
り実施された実況見分に立ち会ったが,被害者は,その時点から首の痛みなどを
訴えており,同日午後零時11分ころ,警察官が救急車の臨場を要請したこと,
被害者は,間もなく到着した救急車に乗車し,首にポリネックというコルセット
を巻いた状態でB医院に搬送された後,C医師の問診に対し,項頚部痛や頭痛が
あるほか,両上肢から手先にかけて疼痛としびれがあり,特に環指と小指のしび
れが強く,背部に強い痛みがあり,また,両下腿部の3分の2以下の部位にしび
れがあるなどと訴えたこと,C医師は,触診の結果,被害者には知覚の低下があ
り,握力測定の結果,右手が4キログラム,左手が10キログラムであり,同年
代の女性の握力の平均より低下しており,腱反射の結果,左上腕二頭筋,左右の
上腕三頭筋,左右の膝蓋腱の反射が亢進しており,手の指には病的反射があった
ものの,下腿部後面の筋肉反応は両足とも正常であり,足の指には病的反射はな
いと判定し,また,レントゲン撮影の結果,脱臼骨折はなかったが,頚椎(脊
柱)の後弯があり,脊柱管がやや狭いと診断するに至ったことなどが認められ
る。
  そして,被害者は,C医師に対し,上肢の強い痛みなどを訴えており,その
愁訴には切実なものがあるだけではなく,神経の損傷がなければ生じ得ない手指
の病的反射が出現していたというのであるから,上肢の反射の亢進の点を含め
て,被害者の愁訴には客観的な裏付けがあったことが認められ,さらに,握力や
知覚の低下も被害者の愁訴の内容とよく符合していることが明らかである。
  ところで,原判決は,被害者の検察官調書や原審公判供述について,実況見
分時における指示説明と異なり,被告人車両が自動車四,五台分くらい前方から
すごい勢いで後退してきて衝突されたとか,B医院に入院後の症状として,看護
記録の記載に反して,益々痛みがきつくなった旨供述していることなどを理由
に,Aの愁訴自体,客観的身体症状を正確に表現したものと考えるには疑問があ
ると指摘しているが,被害者は,B医院に入院中,波はあるものの全体を通して
激しい痛みを訴えていた上,被告人車両が任意保険に加入していた保険会社の担
当者から,本件事故のような場合には被衝突車の運転者が傷害を負うことはない
と断言された結果,精神状態が著しく不安定になり,約4か月間,精神病院に転
院することを余儀なくされたという事情があったのであるから,被害者の供述内
容に原判決が指摘するような変遷等があったとしても,それを過大視すべきでは
なく,そのことから直ちに,C医師に対する愁訴や同医師による診療録の記載内
容の信用性を否定するのは相当でない。
  このように,C医師は,被害者の愁訴だけではなく,知覚低下等の症状に加
え,反射の亢進や病的反射の出現などの他覚的知見に基づいて,頚髄の側索路の
うち上肢に連なる神経が集まる中心部に損傷を生じているものと判断し,加療約
4週間を要する中心性頚髄不全損傷と診断しているのであって,その専門的知
識,経験に基づく上記診断結果は説得力に富む上,当審で取り調べた広島市立E
病院整形外科医師F作成の捜査関係事項照会書に対する意見書(当審検第17
号)及び同人の当審公判供述によれば,C医師の上記診断について,その診断の
過程や結果は適切と判定されるというのであるから,上記診断結果は十分に信用
することができる。
  なお,本件事故後,被害者の頚椎をレントゲン撮影したところ,第1頚椎と
第2頚椎との間隔が左右非対称である異常が判明したほか,さらに,被害者の頚
椎のMRI撮影の結果,椎間板全体の変性,第6及び第7椎間板に対する硬膜の
圧迫があったものの,中心性頚髄不全損傷をうかがわせる明瞭な証跡はみられな
かったというのであるが,MRIによる画像の表示には限界があり,そのような
明瞭な証跡が認められないことが中心性頚髄不全損傷の存在を否定するものでな
いことはいうまでもない。
  そうすると,原判決が,被害者の愁訴について,身体の客観的症状を正確に
表現したとはいえないとか,C医師の診断が被害者の愁訴に大きく影響されてい
る可能性を否定できず,その診断自体,被害者の客観的症状を反映していない可
能性を払拭できないなどと説示した点は,誤っているというほかはない。
3 そして,③の点について,関係証拠によれば,本件事故前から,被害者に
は,既往歴として盲腸手術や右下肢骨折があるほか,自律神経失調症(チック症
状)で継続的に治療を受けていたこと,腰部変形性脊椎症,頚椎骨軟骨症,右肩
関節周囲炎により治療を受けていたことがあり,もともと脊柱管が通常よりやや
狭いことが判明していたとはいえ,頚椎(脊柱)の後弯や反射の異常はなかった
し,加齢の点を考慮してみても,それらの症状が頚椎の異常に発展する可能性は
なかったのであり,本件事故前に,上肢の強い痛みやしびれなど中心性頚髄不全
損傷に基因するような症状が生じていたような形跡は全くなかったのであるか
ら,原判決が,本件事故直前の被害者の体調について判断できる証拠がない,と
説示したのは相当でない。
4 最後に,⑤の点について,関係証拠によれば,上記のとおり,被害者は,本
件事故直後から,頚部の痛みを訴えており,警察官が要請した救急車に乗車し,
首にコルセットを巻いた状態でB医院に搬送されており,本件事故後,C医師の
診察を受けるまでの間に,本件事故以外の原因により中心性頚髄不全損傷の傷害
を負うような衝撃等を受けた形跡はないのであるから,本件事故後に事故以外の
外力で被害者に新たに症状が出た可能性もあるとした原判決の説示は受け入れる
ことができない。
5 その他,原判決は,被害者が衝突時に身構えていたことなど種々の事情を指
摘して,本件事故と被害者の傷害との間の因果関係にも疑問があるなどという
が,到底賛同することはできず,原審記録及び当審で取り調べた証拠によれば,
本件事故により被害者が加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負っ
たことは,優に認定することができる。
  論旨は理由がある。
 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条
ただし書に従い,当裁判所において,更に判決する。
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成14年6月11日午前11時30分ころ,業務として普通乗用
自動車を運転し,広島市a区(以下略)先道路を県道方面からbインター方面に
向かい進行し,対向車と離合するため同所で一旦停止した後,県道方面に向かい
後退するにあたり,自車後方左右を注視し,その安全を確認しながら後退すべき
業務上の注意義務があるのにこれを怠り,自車後方に停止していたA(当時55
歳)運転の普通乗用自動車の後方に停止していた車両が後退を始めたことから,
A運転車両も後退するものと軽く考え,後方左右を十分注視することなく,その
安全確認が十分でないまま漫然時速約5ないし10キロメートルで後退した過失
により,折から自車後方で停止していたA運転の普通乗用自動車前部に自車後部
を衝突させ,よって,同人に対し加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷
害を負わせた。
(証拠の標目)
 省略
(法令の適用)
 被告人の判示行為は,刑法211条1項前段に該当するところ,所定刑中罰金
刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金10万円に処し,その罰金を
完納することができないときは,同法18条により,金5000円を1日に換算
した期間被告人を労役場に留置することとし,原審及び当審の訴訟費用について
は,刑訴法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成16年9月28日
    広島高等裁判所第一部
        裁判長裁判官     大   渕   敏   和
           裁判官     芦   高       源
 
           裁判官     島   田       一

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