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平成13年(行ケ)第402号 審決取消請求事件
     判    決
 原      告    紫香楽教材粘土株式会社
 原      告    日本フイライト株式会社
 原告ら訴訟代理人弁護士 松村信夫、和田宏徳、塩田千恵子、弁護士・弁理士 
中島純一
 被      告    松本油脂製薬株式会社
 訴訟代理人弁護士    叶智加羅、弁理士 大島正孝
     主    文
 原告らの請求を棄却する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。
     事実及び理由
第1 原告らの求めた裁判
 「特許庁が平成9年審判第4513号事件について平成13年7月23日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告らは、昭和63年11月1日、名称を「軽量粘土」とする発明(本件発明)
について特許出願(特願昭63-278133号)をし、出願公開前の平成元年6
月5日に第1回補正を、出願公告の決定前の平成5年11月25日に第2回補正を
し、平成6年9月7日に特公平6-70734号として出願公告がなされ、平成8
年6月25日特許査定があり、平成8年12月6日に特許第2117876号とし
て設定登録された。
 被告は、平成9年3月18日、本件特許につき無効審判(平成9年審判第451
3号)を請求し、平成10年3月27日、本件特許を無効とする旨の審決(第1次
審決)があった。これに対し、原告らは、平成10年5月13日、審決取消しの訴
訟を東京高等裁判所に提起し(平成10年(行ケ)第143号)、平成12年5月
31日、審決を取り消す旨の判決(第1次取消判決)があり、確定した(その理由
は、第2回補正が明細書の要旨を変更するものであって、本件出願の日を第2回補
正時である平成5年11月25日とみなすべきであるとした審決の判断を誤りとす
るもの)。その後、平成13年7月23日、特許庁において、「特許第21178
76号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(第2次審
決)があり、その謄本は平成13年8月9日原告らに送達された。
 2 本件発明の要旨
 粒子中に気体を内包する軽量微小素材を主素材とし、これに合成粘結剤と、馴合
液材と、添加物とを加えて構成される軽量粘土において、上記軽量微小素材が粒径
1~200ミクロンの微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻
がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂か
ら形成されることを特徴とする軽量粘土。
 3 第2次審決の理由の要点
 第2次審決の理由は、別紙のとおりであるが、その要点は次のとおりである。
 本件発明は、審判甲第4号証:米国特許第3607332号明細書、審判甲第5
号証:化学工学協会編「最近の化学工学 特殊粉体技術」(丸善株式会社 昭和5
0年10月25日発行 112~113頁、126~127頁、206頁)及び審
判甲第6号証:特公昭51-34331号公報に記載された発明及び周知の技術的
事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。本件発
明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第
123条第1項第1号に該当し、無効とすべきものである。
第3 原告ら主張の第2次審決取消事由
 1 第2次審決は、本件発明と審判甲第4号証記載の発明との相違点2(軽量微
小素材が、本件発明では、気体を内包する粒径1~200ミクロンの微小中空球で
あり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニ
リデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成されるものであるのに対し
て、審判甲第4号証に記載された発明では、このような軽量微小素材についての例
示がない点)について、周知の微小中空球を、審判甲第4号証に記載された発明の
微小気泡体に適用することは、当業者ならば容易に想到し得たものと認められると
誤って判断したものであり(取消事由)、違法として取り消されるべきものであ
る。その理由は以下のとおりである。
 2 審判甲第4号証の組成物は、型成型用の粘土様物質、いわゆるモデリング・
コンパウンドの類であり、その用途を特に自動車業界の製品開発時のモデル作成用
としたものである。また、審判甲第4号証において解決された課題とは、本件発明
において解決された粘土自体の軽量化でもなければ、廃棄処理の容易化でも、白色
度の向上、彩色や細工の容易性、触感のなめらかさでもなく、ただ、クラッキング
の防止のみである。さらに、その明細書中の記載には、軽量化という課題解決の記
載はほとんど見られず、わずかに要約の部分に、軽量であることが望ましい、と記
述されているのみで、学校教材や工芸用としての用途の記載は皆無である。以上の
ように、審判甲第4号証は、本件発明とは、明らかに、構成、目的、課題、技術分
野を異にするものである。
 3 また、審判甲第4号証においては、微小球の例として、破砕されやすいため
に工芸用の開発商品としては不向きとされているガラス微小気泡体、色彩が茶褐色
となるために工芸上の用途あるいは学校教材用には全く不向きであるとされている
フェノール性微小気泡体が挙げられているだけで、その外殻が単一の空間を内包す
るアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂か
ら形成される微小中空球を粘土に使用することについて、何ら示唆がなされていな
いのである。
 4 審判甲第5号証及び特公昭42-26524号公報(甲第12号証)等に
は、塩化ビニリデンを成分とするサランマイクロスフェアというような微小中空球
が記載されているが、ここで記載されているのは、微小中空球についてだけであ
り、その機能、作用や、適用分野等については記載がなく、かかる微小中空球を粘
土に使用することについては、何ら示唆がなされていない。
 5 微小素材は、粘土を構成する他の材料と混ぜ合わされても気体を内包する閉
鎖空間を保持していなければならないが、たとえ弾性がある素材を使用しても、そ
の強度が弱く、あるいは弾性限界が小さい等すれば製造工程中に破砕ないし破損さ
れることになるのであり、当該微小中空球が実際の製造工程において、容易に破砕
ないし破損されず、そのことによって粘土の軽量化を図れるかどうかは、当該微小
中空球を使用して実際に製造してみないと分からないのである。また、球状などの
規則的な形と大きさ(500ミクロン以下に規定される)を有し、かつ、原形を保
てるほどに硬い、微小素材というものは、世の中に数限りなく存在するが、その中
から特定の微小中空球を使用して実際に製造して、その微小中空球が粘土の主素材
として使えるというところまで導くことには、大いなる困難性が存在する。
 6 第2次審決は、本件発明の作用効果を見ても、格別のものは存在しないとす
るが、微小中空球が実際の製造工程において、容易に破砕ないし破損されず、その
ことによって粘土の軽量化を図れるかどうかは、当該微小中空球を使用して実際に
製造してみないと分からないことであるし、白色化についても、当該周知の微小中
空球が、光を乱反射するものであったとしても、実際に粘土を製造しなければ、他
の素材との化学反応、物理的毀損等を起こさずに、当該性質を保持できるかどうか
は明らかではないし、さらに、粘土が、馴合度良く、なめらかで、きめ細かくなる
ことも、当然などではなく、実際に粘土を製造してみないと分からないことである
から、本件発明の作用効果は、技術常識の範囲内、あるいは当業者ならば容易に推
測できるというものではない。
 7 特許の進歩性判断が当該特許出願時における先行技術との対比によるべきも
のとされる以上、当業分野において相当の技術進歩ありとされる程度の相当時間が
出願時より経過した後の進歩性についての「最終判断」は、出願時の進歩性判断と
比べ、相当性を失する可能性のあることを考慮すべきである。本件発明を実施した
軽量粘土がかなり広く普及している現在からみれば、当該周知の微小中空球を粘土
に利用することは当然と考えられるかもしれないが、本件出願当時において、その
ようなことは全く思いつかなかったのである。
 8 他の粘土に関する特許、あるいは、マイクロバルーンを素材とした特許をみ
てみても、主素材等素材を置換したところに特許性があるとされている特許は多く
存在しており(甲第32~36号証)、本件発明が、素材を置換したことをもって
特許性が認められないとするのは、明らかに他の特許との均衡、ひいては、進歩性
の判断の見地から不当といえる。
 9 被告は、「本件発明と同様に粘土の軽量化を目的とする審判甲第4号証にお
いて、その微小気泡体に、本件発明で用いられる周知の当該微小中空球を適用する
ことが容易でないなどとは決していえない。なぜなら、もし容易でないとするなら
ば、本件発明は、「熱可塑性重合体」を、当該微小中空球に補正したことについて
要旨変更に該当することになり、第1次取消判決に抵触することになるからであ
る」と主張するが、周知の微小中空球については、すべて当初明細書に明示的に記
載されていたもの、あるいは当初明細書の記載を限定したものとなっているのであ
り、当初明細書に記載されていないが、当業者であれば容易にその発明に適用でき
るものとして、補正が認められたわけではないから、被告の主張は理由がない。
第4 第2次審決取消事由に対する被告の反論
 1 原告らは、審判甲第4号証の発明と本件発明は解決された課題が異なる上
に、産業上の利用分野を全く異にする旨主張している。
 しかしながら、審判甲第4号証には、自動車業界の製品開発時のモデル作成用に
用いられることが例示されてはいるものの、特にそのような用途に限られているこ
とは記載されていないので、そもそも審判甲第4号証の組成物を学校教材や工芸用
に使用できないということはいえない。なお、本件発明の対象は軽量粘土そのもの
であって、用途が学校教材や工芸用に限定されているわけではないから、両発明に
おいて例示された産業上の利用分野が異なることは、本件発明についての進歩性認
定の要素とはなり得ないものというべきである。
 審判甲第4号証には、クラッキングの防止が課題であることが記載されている
が、この組成物は軽量であることが好ましいことも記載されており(部分訳文1
頁)、本件第2次審決でも、審判甲第4号証の組成物について、「成形後のひび割
れに対する抵抗性を図るものであり、さらに好ましくは軽量化を図るものでもあ
る」(第2次審決16~17頁)と認定されている。そして、この軽量化が、主素
材としてhollow(中空)の微小球又は微小気泡体を用いることによってもた
らされることは、審判甲第4号証の記載内容に基づき、当業者であれば、技術的に
自明のこととして理解することができるのである。
 審判甲第4号証には、軽量化に関し、「本発明は、ひび割れに抵抗性があり、そ
して好ましくは軽量である、熱可塑性型形成用組成物に関する。」(1欄8~10
行、訳文1頁3~4行)、「それ故,本発明の目的は,放置中のひび割れに対して
抵抗性でありそして好ましくは軽量である型形成用組成物を提供することであ
る。」(1欄49~51行、乙第1号証訳文)、「好ましくは、微小粒子は、組成
物のスランプ抵抗性を改善する密度の有意な低下にさらに有効であるように、硬い
中空微小気泡体(例えば1968年1月23日に,ベックらに発行された米国特許
第3,365,315に記載されている)である。」(2欄46~50行、乙第1号
証訳文、この中で、「密度の有意な低下」が「軽量化」を意味していることはいう
までもない。)とも記載されており、空間を有する構造の合成樹脂からなる微小素
材により粘土の軽量化を図り得ることは明らかに記載されている。
 2 原告らは、審判甲第4号証において微小球として例示されている中空ガラス
微小気泡体、フェノール性微小気泡体を学校教材用や工芸用に使用した時の欠点を
指摘している。
 しかし、原告らが指摘した欠点はこれらの用途においてのみ、問題となるわけで
はない。例えば、自動車業界のモデル作成用でも、手指による操作は避けられない
から、中空ガラス微小気泡体が破砕されれば、皮膚に刺着し不快感を生じさせるこ
とは明らかである。また、フェノール性微小気泡体を用いた審判甲第4号証の粘土
組成物は問題となるような着色をしておらず、種々の色に着色をして使用すること
ができるのである(審判甲第4号証3欄45~49行、訳文3頁1~3行)。
 3 審判甲第4号証の発明の構成要素である微小気泡体を、当該微小中空球に置
換した場合の作用効果は、本件発明の出願時の技術水準からみて当業者ならば容易
に予測できることであり、これはすなわち効果の顕著性を欠くということであるか
ら、本件発明の構成には困難性が全く認められないのである。
 4 第1次取消判決を受けてなされた第2次審決において、補正が明細書の要旨
を変更するものでないと認定したのは、上記補正事項は、当初明細書に直接表現さ
れてはいないけれども、出願時に、「その発明の属する技術分野において周知の技
術的事項であって、かつ、当業者であれば、その発明の目的からみて当然にその発
明に適用できるものと容易に判断することができ、その事項が明細書に記載されて
いるのと同視できるものである」と判断されたからに他ならない(別紙審決の理由
98~101行)。以上のことから、第2次審決は、「粒径1~200ミクロンの
微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニトリルな
いし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成された微小中空
球」すなわち本件発明で用いられる微小中空球は、周知の技術的事項であって、か
つ当業者であれば、本件発明の目的である粘土の軽量化のために当然に本件発明に
適用できると容易に判断することができ、それが明細書に記載されているのと同視
できるものと認定したものである。
 してみれば、本件発明と同様に粘土の軽量化を目的とする審判甲第4号証におい
て、その微小気泡体に、本件発明で用いられる周知の当該微小中空球を適用するこ
とが容易でないなどとは決していえない。もし容易でないとするならば、本件発明
は,「熱可塑性重合体」を当該微小中空球に補正したことについて要旨変更に該当
することになり、第1次取消判決に抵触することになるからである。
 原告らは、明細書の要旨変更に関する上記訴訟において、当初明細書に記載され
ていない事項を記載されているのと同視できるものと主張して、明細書の要旨を拡
張することに成功したのであるが、成功するや否や今度は、本件訴訟において、本
件発明の進歩性を主張するために、あたかも当初明細書に記載されていない同じ事
項を記載されているとは同視できないと主張するようなもので、禁反言の法理に照
らしても認められない。
 5 原告らは、本件発明で用いられる微小中空球が製造工程中に容易に破砕ない
し破損されないような弾性を有することを強調しているが、本件発明で用いられる
微小中空球は特許請求の範囲において弾性が具体的に特定されていないから、強調
するほどには説得力がない。また、当該微小中空球の他の素材との化学反応、物理
的毀損等についても主張しているが、本件発明では微小中空球以外の他の素材は、
特許請求の範囲から明らかなように、合成粘結剤、馴合液剤、添加物であり、微小
中空球と化学反応を起さないものに特定されているわけでもないから、本件発明と
の関連性が希薄な主張である。同様、粘土の馴合度、なめらかさ、きめ細かさなど
も指摘しているが、本件明細書にはこれらの性質を従来の軽量粘土と比較して客観
的に判断できるデータが示されていないから、本件発明に特有の効果とはいえな
い。
第5 当裁判所の判断
 1 原告らは、審判甲第4号証に基づいて本件発明に想到するのが容易ではなか
ったことの理由の一つとして、審判甲第4号証には、軽量化、廃棄処理の容易化、
白色度の向上、彩色や細工の容易性、感触のなめらかさなど本件発明で解決された
課題や、学校教材や工芸用といった本件発明の用途について記載されていないか
ら、本件発明と審判甲第4号証に記載された発明とは、構成、目的、課題、技術分
野を異にするものであると主張する。
 (1) 審判甲第4号証(甲第5号証)には、「本発明は、ひび割れに抵抗性があ
り、そして好ましくは軽量である熱可塑性型形成用組成物に関する。」(1欄8~
10行、訳文1頁3~4行)、「それ故,本発明の目的は,放置中のひび割れに対
して抵抗性でありそして好ましくは軽量である型形成用組成物を提供することであ
る。」(1欄49~51行、乙第1号証訳文1頁4~5行)と記載されていること
から、審判甲第4号証に記載された発明は軽量化を課題の一つとするものであるこ
とが認められる。また、審判甲第4号証(甲第5号証)には「好ましくは、微小粒
子は、組成物のスランプ抵抗性を改善する密度の有意な低下にさらに有効であるよ
うに、硬い中空微小気泡体(例えば1968年1月23日に,ベックらに発行され
た米国特許第3,365,315に記載されている)である。」(2欄46~50
行、乙第1号証訳文1頁7~10行)とも記載されているように、「密度の低下」
すなわち「軽量化」のために、中空微小気泡体を配合したものであることも明らか
である。
 そうすると、本件発明と審判甲第4号証に記載された発明は、軽量化という点
で、目的ないし解決しようとする課題を共通にするものである。
 (2) 審判甲第4号証(甲第5号証)には、「実質的に、揮発性成分を含まず、1
00゚F~150゚F(約38℃~約66℃)の温度で可塑性と成形性とを持ち、そし
て該温度で比較的軟らかくかつ容易に成形され、そして室温でより硬くかつスラン
プであるかあるいは変形抵抗性があり、しかしなお柔軟で手指の圧力で変形可能
な、熱可塑性型形成用組成物であって、少なくともその10重量%が粘土である微
粉砕粘状固体フィラーを、そのための熱可塑性、可塑化用有機ビヒクルと一緒に含
有してなり、そして約10~50容量%のあらかじめ決められた規則的な形と大き
さの硬い微小粒子をその中に分布している、可塑性粘土様物質の緊密混合物からな
り、そして成形された後放置中にひび割れに抵抗性がある、該組成物。」(5欄5
8~6欄11行、訳文3頁5~13行)と記載されており、室温で柔軟で手指の圧
力で変形可能な熱可塑性型形成用組成物であること、少なくともその10重量%が
粘土である可塑性粘土様物質の緊密混合物であること等の点からみて、審判甲第4
号証に記載された組成物は粘土の一種であると認められる。
 そうすると、本件発明も審判甲第4号証に記載された発明も、粘土に関するもの
であるから、両発明の技術分野は共通であるということができ、具体的に例示され
ている粘土の用途が違うからといって技術分野が異なるとまではいえない。
 (3) したがって、審判甲第4号証には本件発明に至る動機付けとなるに足りる目
的ないし課題及び技術分野の共通性が記載されているものであって、これに反する
原告らの主張は理由がない。
 2 原告らは、審判甲第4号証、審判甲第5号証及び特公昭42-26524号
公報(甲第12号証)には、アクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも
一成分とする共重合樹脂から形成される微小中空球を粘土に使用することが示唆さ
れていないから、審判甲第5号証及び特公昭42-26524号公報に記載された
微小中空球を審判甲第4号証に記載された発明の微小気泡体に適用することは当業
者にとって容易ではなかったと主張する。
 (1) 審判甲第4号証(甲第5号証)には、「型形成用組成物におけるひび割れを
減らすのに有効な微小球のさらなる例は、中空ガラス微小気泡体、固体ガラス微小
球、固体エポキシ微小球、発泡ポリスチレン球およびフェノール性微小気泡体であ
る。」(3欄10~14行、訳文2頁下4~2行)と記載されているように、空間
を有する微小球としていくつかのものが例示されているが、その材質や空間の状態
について特に限定されているものではないので、審判甲第4号証の空間を有する微
小気泡体としては、上記例示されたものに限らず、軽量化など審判甲第4号証に記
載された発明が意図する目的を達成できるものであれば、公知の微小球の選択が可
能であると理解することができる。
 (2) 一方、審判甲第5号証(甲第6号証)には、微小中空球の一つとして、ポリ
塩化ビニリデンを原料とするかさ比重0.016のサランマイクロスフェアが記載
され(112頁表1)、また塩化ビニリデン及びアクリロニトリルを原料とするサ
ランマイクロスフェアにおいて膨張前のかさ密度45lb/ft3が膨張後には1.0
lb/ft3となることが記載されている(126頁表6)。ここで、かさ密度の減少が
軽量化を意味することは明らかである。また、特公昭42-26524号公報(甲
第12号証)には、アクリロニトリルあるいは塩化ビニリデンを一成分として含有
する微小中空体が記載され、加熱することにより容量が著しく増大すること、比較
的薄い透明壁及びガス状中心部を有することすなわち単細胞であることも記載され
ている(実施例10,32,51,52、9頁右欄11~12行、同17~19
行)。ここで、容量の増大が軽量化を意味することは明らかである。
 (3) ここで、審判甲第5号証及び特公昭42-26524号公報に記載された微
小中空球は軽量化という目的を達成できるものであると認められるので、審判甲第
4号証、審判甲第5号証及び特公昭42-26524号公報に、アクリロニトリル
ないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される微小中
空球を粘土に使用することが明示的に示唆されていなくても、審判甲第5号証、特
公昭42-26524号公報に記載された微小中空球を、粘土の軽量化を目的とす
る審判甲第4号証に記載された微小気泡体として適用することは、当業者が容易に
想到することと認められる。
 3 原告らは、微小中空球が実際の製造工程において、容易に破砕ないし破損さ
れず粘土の軽量化を図れるかどうかは、当該微小中空球を使用して実際に製造して
みないと分からないことであるし、白色化、馴合度良く、なめらかで、きめ細かく
なる等の効果も、実際に粘土を製造してみないと分からないことであるとも主張す
る。
 (1) 2で説示したとおり、審判第5号証及び特公昭42-26524号公報の記
載によれば、アクリロニトリルあるいは塩化ビニリデンを原料とする微小中空球
は、軽量化という目的を達成できるものであることが認められるから、これを粘土
に混合すれば粘土の軽量化が図れることは、当業者が容易に予測し得ることであっ
て、この点に関する第2次審決の判断に、誤りはない。
 (2) そして、特公平4-27196号公報(昭和63年2月9日付けで公開公報
発行。甲第36号証)には、「セメントに骨材、補強繊維を配合すると共に粒径が
1~100μで発泡倍率が20~100倍の熱可塑性樹脂の中空発泡体を配合して
セメント成形材料を調製し、これを押出し成形したのちに養生することを特徴とす
る軽量セメント製品の製造方法。」(特許請求の範囲1)、「中空発泡体はポリ塩
化ビニリデン系樹脂で形成されたものであることを特徴とする特許請求の範囲第1
項記載の軽量セメント製品の製造方法。」(特許請求の範囲2)と記載され、さら
に「本発明においては軽量骨材として熱可塑性樹脂の中空発泡体を用いているもの
であり、パーライトや硬質微小中空球対(「中空球体」の誤記)などと異なり、中
空発泡体はその塑性のためにセメント成形材料を調製する混練の際の剪断力や押出
し成形の際の剪断力で破壊されることを低減することができ、軽量化の硬化(「効
果」の誤記)を十分に発揮させることができると共に、セメント成形材料の混練を
高速でおこなってセメント成形材料を均一な組成に調製することができる。」(6
欄2~11行)と記載されている。この記載によれば、ポリ塩化ビニリデン系樹脂
等の熱可塑性樹脂からなる中空発泡体は、混練工程等で加えられる剪断力によって
破壊されにくいという性質を有することが、本件出願の前に既に知られていたもの
と認めることができる。そうすると、少なくとも、ポリ塩化ビニリデンの中空発泡
体を粘土に用いれば、粘土の製造の際の混練工程等において、当該中空粒子が容易
に破砕されないであろうことも、容易に予想されることである。
 (3) 透明な微小中空球が光の乱反射で白く見えるのは技術常識であるから、この
ような微小中空球を配合した粘土が白色化されることは当業者にとって容易に想起
し得ることであるし、また、球形の軽量微小素材を用いれば非球形や表面のざらつ
くものを用いる場合より粘土が馴合度よく滑らかできめ細かくなることも当然のこ
とといえるのであり、これと同旨の第2次審決の認定、判断に、誤りはない。
 原告らは、微小中空球が光を乱反射するものであったとしても、他の素材との化
学反応、物理的毀損を起こさずに、白色化の効果を保持できるかどうかは明らかで
ないとするが、粘土に通常用いられる他の素材の中に白色化を阻害するようなもの
が高い確率で存在する等の特別な事情は認めることができない。
 (4) 加えて、本件明細書には、本件発明が構成とする「外殻が単一の空間を内包
し、該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共
重合樹脂から形成される」微小中空球を選択することにより、他の公知の微小中空
球を用いた場合に比べ、当業者の予想を超える顕著な効果があることをうかがわせ
る実施例・比較例等の記載も認められない。
 そうであれば、本件発明の作用効果は、当業者が予測可能な作用効果を単に確認
したにすぎないものであって、進歩性を肯定するに足りる作用効果であるというこ
とはできない。
 4 そして、第2次審決において、本件発明の進歩性の判断の基礎とされた先行
技術はすべて、本件出願前に公知ないし周知となっていたものであって、本件発明
の進歩性が、本件出願時の技術水準に基づいて判断されていることは明らかであ
る。
 なお、公知の組成物の素材を置換した組成物の発明において、素材を置換するこ
とに阻害要因が存在する場合や、素材を置換することにより当業者の予測を越える
効果を奏する場合については、進歩性が肯定されるのに対し、素材を置換すること
に阻害要因も存在せず、素材を置換することにより当業者の予測を越える効果が奏
されるものでもない場合には、進歩性が否定されるのは当然であって、本件発明は
素材を置換したことのみをもって特許性が否定されるわけではない。
 5 以上のとおり、原告らの主張は理由がなく、周知の微小中空球を審判甲第4
号証に記載された微小気泡体に適用することは、当業者が容易に想到し得たもので
あるとした第2次審決の判断に、誤りはない。原告らの主張中には、本件発明と審
判甲第4号証に記載された発明とは構成を異にするものであるとの部分もあるが、
審決が認定した相違点以外の具体的なものを主張するものではなく、理由がない。
第6 結論
 よって、原告らの請求は棄却されるべきである。
(平成14年7月4日口頭弁論終結)
 東京高等裁判所第18民事部
     裁判長裁判官永  井  紀  昭
        裁判官   塩  月  秀  平
裁判官   古  城  春  実
            平成13年(行ケ)第402号 平成9年審判第451
3号
    審決の理由
[1]手続の経緯
 本件特許第2117876号発明(以下、この特許及び発明を、それぞれ、「本
件特許」、「本件発明」という)は、昭和63年11月1日の出願(特願昭63-
278133号)であって、出願公開(公開日平成2年5月10日)前の平成元年
6月5日に手続補正(以下、「第1回補正」という)がなされ、出願公開された
後、出願公告の決定前の平成5年11月25日に手続補正(以下、「第2回補正」
という)がなされ、出願公告(公告日平成6年9月7日、特公平6-70734号
(以下、その公告公報を「本件公報」という))後の平成8年12月6日にその特
許の設定登録がなされたものである。
 
[2]本件発明
 本件発明は、本件特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請
求項1に記載された次のとおりのものと認める。
「粒子中に気体を内包する軽量微小素材を主素材とし、これに合成粘結剤と、馴合
液材と、添加物とを加えて構成される軽量粘土において、上記軽量微小素材が粒径
1~200ミクロンの微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻
がアクリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂か
ら形成されることを特徴とする軽量粘土。」
 
[3]請求人適格の有無
 本件審判請求については、請求人と被請求人のあいだで当事者適格が争われてい
る。すなわち、被請求人は、請求人が利害関係人でなく、請求人適格を有しないた
め、請求人不適格として本件審判請求は却下されるべきである旨答弁書で主張して
いる。
そこで、まず、この点について検討する。
 請求人松本油脂製薬株式会社は、本件発明の主要な構成要件である微小中空球に
関する出願(例えば、特開昭60-19033号、同特開平4-178442号公
報等参照)を行っており、釈明を求めるまでもなく、請求人は本件発明の特許の存
否に利害関係を有していると言える。
 したがって、本件審判請求は請求人不適格として却下されるべきであるとの被請
求人の主張は採用しない。
 
 よって、次に、本件特許を無効とすべき理由があるかどうかについて判断する。
 
[4]請求人の主張する無効理由
 請求人松本油脂製薬株式会社は、本件特許は無効であるとして、概ね、次の無効
理由を主張している。
1.無効理由1
 上記第2回補正による本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された、「合成粘
結剤」、「馴合液材」、「添加物」、及び「軽量微小素材が粒径1~200ミクロ
ンの微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニトリ
ルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される」
は、出願当初の明細書又は図面(以下、「当初明細書」という)の記載範囲を逸脱
しており、第2回補正は明細書の要旨を変更するものであって、本件発明の出願日
は平成5年11月25日とみなされ、本件発明は、審判甲第3号証に記載された発
明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当し、本件
特許は、同条第1項の規定に違反してなされたものである。
なお、上記第1回補正も、発明の詳細な説明の欄において、上記軽量微小素材の粒
径と嵩比重とを1~200ミクロンと0.01~0.05に特定した点で当初明細
書の要旨を変更するものである。
 
2.無効理由2
 本件特許明細書の記載では、「合成粘結剤」、「馴合液材」について定義がな
く、且つ自明でもないため、具体的例示を除いて、当業者が容易に実施できる程度
に記載されていないから、本件特許は、特許法第36条第3項に規定する要件を満
たしていない出願に対してなされたものである。
 
3.無効理由3
本件発明は、審判甲第4乃至5号証に記載された発明に基づいて、あるいは審判甲
第5乃至6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされた
ものである。
 
[5]被請求人の反論
 被請求人は、請求人の主張する各無効理由に対し、答弁書において、概ね、次の
反論をしている。
1.無効理由1に対する反論
 第2回補正により本件特許明細書に記載された、「合成粘結剤」、「馴合液
材」、「添加物」、及び「軽量微小素材が粒径1~200ミクロンの微小中空球で
あり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニ
リデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される」は、出願時の当業界
において何ら新規性、進歩性を有しない技術構成要素のみを、記載の明瞭化を期す
るべく詳述したものであり、また、特許請求の範囲について、補正前の記載が茫漠
としていたところ、当初明細書等の記載をもとに、大幅に制限を加え、適法に特許
請求の範囲の減縮を試みたものであるから、第2回補正は明細書の要旨を変更する
ものではない。
 同様に、第1回補正も明細書の要旨を変更するものではない。
 したがって、第1回補正及び第2回補正は明細書の要旨を変更するものではな
く、出願日も当初通りであって、審判甲第3号証は公知刊行物とは言えないから、
請求人の主張する無効理由1には理由がないものである。
 
2.無効理由2に対する反論
別段の用語の定義は不必要であり、請求人の主張する無効理由2には理由がないも
のである。
 
3.無効理由3に対する反論
本件発明は、審判甲第4乃至6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものではないから、請求人の主張する無効理由3には理由が
ないものである。
 
[6]当審の判断
1.請求人の主張する無効理由1についての判断
(1)第2回補正が明細書の要旨を変更するものであるか否かの判断について適用
される平成5年法律第26号による改正前の特許法第41条は、「出願公告をすべ
き旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事
項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の
要旨を変更しないものとみなす。」と定めるところ、ここでいう「願書に最初に添
附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」には、必ずしも明細書に直接表現
されていなくとも、明細書の記載からみて、出願時に当業者にとって自明である技
術的事項もこれに含まれるものと解される。そして、そのような自明である事項に
当たるというためには、その事項自体が、その発明の属する技術分野において周知
の技術的事項であって、かつ、当業者であれば、その発明の目的からみて当然にそ
の発明に適用できるものと容易に判断することができ、その事項が明細書に記載さ
れているのと同視できるものであることを要するものと解すべきである。
 そこで、まず、当初明細書の記載に基づき、本件発明の目的・内容等について検
討する。
 当初明細書には、「熱可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包した熱膨張性粒子
を加熱膨張させた微小中空球を主成分としたことを特徴とする超軽量粘土」(特許
請求の範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明には、「従来の技術」とし
て、「従来の工芸用や教材用等に使用される粘土は、岩石粉等の重い無機物の添加
量が多いため、大きな構造物を作った場合に、突出部が自重で変形したり、薄く延
ばしたり細く伸ばしたりすることにより、折れ曲がる。・・・これらの欠点を解消
するために、粘土の軽量化がなされている。すなわち、粘土の軽量化のためにシラ
スバルーンを主成分とした技術がある。」(明細書1頁13行~2頁6行)との記
載が、「発明が解決しようとする課題」として、「シラスバルーンを主成分とした
工芸教材用等の粘土は、未だ岩石粉(重炭酸カルシウム、タルク、クレー等)を多
く混合しており、また、シラスバルーンが製造工程中に容易に破砕されることが多
く・・・粘土の軽量化に大きな妨げとなっている。また、シラスバルーンは、黄褐
色の特有な色を有するために白色度の高い粘土が得られにくく、・・・本考案は上
記課題に鑑み、充分な軽量化を実現し得るとともに、乾燥後の彩色に際し鮮明な色
付けができる粘土の提供を目的とする。」(同2頁8行~3頁1行)との記載が、
「実施例」として、「本発明に使用する熱膨張性粒子は、外殻が塩化ビニリデン-
アクリロニトリル共重合樹脂、酢酸ビニル-アクリロニトリル共重合樹脂、メチル
メタクリレート-アクリロニトリル共重合樹脂を主成分とし、内部に揮発性流体膨
張剤としてプロパン・・・等の炭化水素を内包製造方法等は、特公昭42-265
24号公報に記載されたものである。本用途の場合は上記の粒子を加熱処理して膨
張させた微小中球体を使用する。また、本発明の粘土においては、熱膨張性微小中
空球を3~20部(重量部)、繊維粉を10~30部、カルボキシメチルセルロー
スを10~20部それぞれ粉末にして混合攪拌し、均一な粉末混合物とする。一
方、常温水50~60部にポリオールエーテル粉を3~8部添加し、攪拌分散させ
た水溶液を作り、前記粉末混合物に添加して混練する。・・・本発明の実施例では
具体的に、熱膨張性微小中空球12部、パルプ繊維粉18部、カルボキシメチルセ
ルロース粉12部の粉末を攪拌混合し、・・・別にポリオールエーテル粉5部を常
温水53部に分散し、・・・上記粉末混合物に添加し混練して製造した。粘土の製
造工程中、熱膨張性微小中空球が特有の弾力性を有するため熱膨張性微小中空球が
破砕されることもほとんどなかった。・・・熱膨張性微小中空球は、光を乱反射す
る性質があるので、白色度の高い繊維粉と混合することにより・・・極めて白色度
の高い粘土が得られ、造形乾燥後に彩色すると鮮明な色付けができる。このよう
に、シラスバルーンの代りに熱膨張性微小中空球を使用・・・することにより、シ
ラスバルーンを使用した粘土のように混合攪拌するほど比重が増加するといったこ
ともなく、粘土の全体重量を・・・押えることができ、」(同4頁9行~7頁16
行)との記載がある。
 これらの記載によれば、当初明細書には、従来の粘土の、重いという問題点を解
決すべく、シラスバルーンを主成分とする軽量粘土があるが、攪拌混合によりシラ
スバルーンが破砕されて比重が増大することや、特有の色を有し、白色度の高い粘
土が得られにくい等の問題が未だ存在するため、本件発明は、これらの課題の解決
のため、シラスバルーンに代えて、「熱可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包し
た熱膨張性粒子を加熱膨張させた微小中空球」を主成分とする構成を採用したこと
により、該微小中空球が、軽く、特有の弾力性があって、破砕されることもないた
め、粘土の全体重量を大幅に軽減するとともに、該微小中空球が、光を乱反射する
ため、白色度の高い繊維粉と混合して白色度の高い粘土を得ることができるとの作
用効果を奏するものであるとの記載があることが認められる。
 そこで、以下、第2回補正が明細書の要旨を変更するものであるか否かについて
順次検討する。
 
(2)微小中空球の外殻を形成するものとして「アクリロニトリルないし塩化ビニ
リデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記載した点について
 微小中空球の外殻を形成するものに関し、当初明細書の特許請求の範囲に、「熱
可塑性重合体殻中に揮発性膨張剤を内包した熱膨張性粒子を加熱膨張させた微小中
空球」との、特に種類を限定しない「熱可塑性重合体」とする記載があることは前
示のとおりである。
 他方、当初明細書の発明の詳細な説明の実施例に係る記載中には、前示のとお
り、「本発明に使用する熱膨張性粒子は、外殻が塩化ビニリデン-アクリロニトリ
ル共重合樹脂、酢酸ビニル-アクリロニトリル共重合樹脂、メチルメタクリレート
-アクリロニトリル共重合樹脂を主成分とし、」との、3種類の重合体樹脂が挙げ
られているが、この記載が、単に、特許請求の範囲記載の「熱可塑性重合体」樹脂
の具体例を例示したものであって、粘土の軽量化及び白色度の向上という本件発明
の効果は、シラスバルーンに代えて用いる微小中空球が、軽く、弾力性を有してい
て粉砕されにくく、光を乱反射する性質を有することにより達成されるものである
こと、したがって、前示本件発明の効果は、用いるべき「熱可塑性重合体」が、微
小中空球を形成できないとか、微小中空球を形成しても、シラスバルーンと同様、
容易に破砕されるとか、呈色するとか、合成粘結剤や馴合液材や添加物と混合して
粘土を構成できない等の特段の事由がない限り、その種類に格別左右されることな
く達成されるであろうことは、当業者であれば、当初明細書の記載に基づき、技術
的に自明のこととして理解するものと認められる。
 しかるところ、東京高等裁判所平成10年(行ケ)第143号判決(以下、単に
「10ケ143号判決」という)で採用された昭和55年10月15日第9刷発行
の藤井光雄外1名著「プラスチックの実際知識」(同判決の甲第19号証)及び昭
和52年2月15日18版発行の大津隆行外2名著「工業化学基礎講座7 高分子
工業化学」(同判決の甲第20号証)には、いずれも塩化ビニリデンを1成分とす
る共重合物が掲載されており、これらの文献がプラスチックの分野における一般的
概説書であると認められることも併せ考えると、本件特許の出願当時、塩化ビニリ
デンを1成分とする共重合体樹脂が、当業者にとって周知であったものと認めら
れ、また、これらの文献を含め、塩化ビニリデンを1成分とする共重合体樹脂が、
微小中空球を形成できないとか、微小中空球を形成しても、シラスバルーンと同
様、容易に破砕されるとか、呈色するとか、合成粘結剤や馴合液材や添加物と混合
して粘土を構成できない等の事情が存することを認めるに足りる証拠は存在しな
い。
 加えて、前示のとおり、当初明細書の発明の詳細な説明の実施例に係る記載中に
例示されている3種類の重合体樹脂のうち、塩化ビニリデン-アクリロニトリル共
重合樹脂は、塩化ビニリデンを1成分とする共重合体樹脂にほかならない。
 そうすると、当業者であれば、本件発明の目的からみて、「塩化ビニリデンを少
なくとも一成分とする共重合樹脂」が、微小中空球の外殻を形成する「熱可塑性重
合体」として、本件発明に適用することができると判断することは容易であって、
「塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」は、当初明細書に記載さ
れていたと同視できるものであると認めることができる。
 また、前示例示された3種類の重合体樹脂は全てアクリロニトリルを基本成分と
して含むことから、当初明細書においてアクリロニトリルを少なくとも一成分とす
る共重合樹脂は記載されていたものと認められる。
 したがって、第2回補正において、微小中空球の外殻を形成するものとして「ア
クリロニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂」を記
載した点が要旨変更に当たるとすることはできない。
 
(3)「合成粘結剤」を記載した点について
 「合成粘結剤」は第2回補正により明細書に初めて記載された文言であり、定義
もされていないが、第2回補正に係る明細書において「合成粘結剤」が何であるか
を示唆する記載、即ち、「カルボキシメチルセルロース粉を典型例とする合成粘結
剤」(本件公報2頁右欄16~17行参照)、「合成粘結剤であるカルボキシメチ
ルセルロース」(同2頁右欄44行参照)の記載からみて、「合成粘結剤」は「カ
ルボキシメチルセルロース(粉)」と「カルボキシメチルセルロース(粉)を典型
例とするその他のもの」であると認められる。
 他方、当初明細書には、「合成粘結剤」に代わり得る文言は見当たらず、該当す
る物質として「カルボキシメチルセルロース(粉)」の記載はあるが、「カルボキ
シメチルセルロース(粉)を典型例とするその他のもの」については記載がない。
 しかして、当初明細書に、本件発明の構成上、軽く、特有の弾力性を有する熱可
塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を粘土の主成分としたことが記載されているこ
とは、前示(1)のとおりであるところ、かかる熱可塑性樹脂製の弾性体である該
微小中空球自体は、粘性、可塑性ないし成形性、保形性、他の物体との接着性等の
粘土に不可欠な特性を有していないことは技術常識であり、したがって、該主成分
のみで粘土を構成することは不可能であり、本件発明は、該主成分に加えて、粘土
に前示粘性等の各特性を付与し、主成分を粘結する機能を有する成分を当然含むべ
きことは、当業者において、技術的に自明なこととして理解されるものと認められ
る。
 しかるところ、当初明細書の発明の詳細な説明に、実施例として、「本発明の粘
土においては、熱膨張性微小中空球を3~20部(重量部)、繊維粉を10~30
部、カルボキシメチルセルロースを10~20部それぞれ粉末にして混合攪拌し、
均一な粉末混合物とする。一方、常温水50~60部にポリオールエーテル粉を3
~8部添加し、攪拌分散させた水溶液を作り、前記粉末混合物に添加して混練す
る。・・・本発明の実施例では具体的に、熱膨張性微小中空球12部、パルプ繊維
粉18部、カルボキシメチルセルロース粉12部の粉末を攪拌混合し、・・・別に
ポリオールエーテル粉5部を常温水53部に分散し、・・・上記粉末混合物に添加
し混練して製造した。」との記載があることは、前示(1)のとおりであり、カル
ボキシメチルセルロース(粉)については、さらに、当初明細書に、「カルボキシ
メチルセルロース粉の添加量が5部未満では粘土の可塑性が乏しくなり、20部を
越えると手に付着し易くなり、造形が困難になる。」(明細書5頁14~16行)
との記載があって、これらの記載からすれば、カルボキシメチルセルロース粉の添
加量が適正であるときは、粘土に必要十分な粘性、可塑性を与えること、すなわ
ち、カルボキシメチルセルロース(粉)が、前示のとおり、本件発明が当然に含ん
でいるべき、粘性等の特性を有さない主成分の微小中空球を粘結する成分であるこ
とが理解される。
 したがって、当初明細書において、カルボキシメチルセルロース(粉)は、「粘
結剤」あるいは「合成粘結剤」と称されてはいなかったにしても、そのように称す
ることのできる成分として、具体的に記載されていたことが認められる。
 ところで、前示10ケ143号判決で採用された特開昭54-153826号公
報(同判決の甲第9号証)には、「温度70°C以上、加熱時間10分間以上で加
熱処理脱水した粒度10~200メッシュの木粉・・・に、・・・繊維・・・を混
合し、更に水溶性糊剤を加えて混練しつつ水を加えて針入度を100~350に調
整することより成る木質粘土の製造法」(特許請求の範囲請求項3)の発明が記載
され、その発明の詳細な説明には、「糊剤を用いる主目的は接着であり、水溶性糊
剤としてはCMC(カルボキシメチルセルロース)、MC(メチルセルロース)、
α化デン粉などがある。添加量を1~10部としたのは1部未満では接着力が弱く
なり、10部を超えると製品がべタツイて工作がし難くなるためである。」(3頁
右上欄2~7行)との記載があるところ、これらの記載によれば、当該木質粘土の
製造法(木紛自体が、粘性等の粘土に不可欠な特性を有さないこと、したがって、
該粘土も、主成分に加えて、粘土に粘性等の各特性を付与し、主成分を粘結する機
能を有する成分を当然含むべきことは、技術常識上明らかである。)の発明におけ
る「水溶性糊剤」が、「接着」との用語を用いているものの、粘土の主成分である
木粉を粘結する「粘結剤」と称されるべき成分であること、及び該成分として、カ
ルボキシメチルセルロース以外に、メチルセルロースやα化デン粉などがあること
が理解される。
 また、同判決で採用された特開昭57-130080号公報(同判決の甲第14
号証)には、「化学糊等の粘着剤を含んだ・・・造形用発色粘土」(特許請求の範
囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明には、「本例粘土1は、容積比で、
焼成した火山灰25%、パルプセンイ20%、塩化コバルトの水溶液50%、メチ
ルセルロースの合成糊料5%を配合して練り上げたものである。・・・粘着剤、増
粘剤となる合成糊料の配合によって造形性のある化学粘土となっている。」(2欄
14行~3欄4行)、「化学糊等の粘着剤の成分は問わず、繊維素グリコール酸ナ
トリウムのセルローズ誘導体等種々のものとすることができる。」(4欄12~1
5行)との各記載があり、これらの記載によれば、当該化学粘土の発明において、
粘着剤・増粘剤と称されている化学糊あるいは合成糊料が、第2回補正に係る明細
書記載の粘結剤に相当する成分であって、その具体例として、メチルセルロースが
あり、さらに、繊維素グリコール酸ナトリウムのセルローズ誘導体等種々のものも
これに当たり得ることが理解される。
 そうすると、本件特許の出願当時、第2回補正に係る明細書記載の「粘結剤」に
相当する成分として、粘土の製造に使用することができるものとしては、一般に、
カルボキシメチルセルロース以外に、少なくともメチルセルロースがあることは、
当業者にとって周知の事項であったものと認められる。
 そして、前示(1)のとおり、本件発明の目的が、粘土の主成分として、シラス
バルーンに代えて、熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を用い、粘土の軽量化
及び白色度の向上という効果を奏することにあることに鑑みれば、当業者が、当該
粘結剤に相当する成分としては、カルボキシメチルセルロースの外に、一般に用い
られるメチルセルロースも本件発明に適用することができると判断することは容易
であって、「メチルセルロース」は、当初明細書に記載されていたと同視できるも
のであると認めることができる。
 ところでまた、当初明細書及び第2回補正に係る明細書の記載に照らして、本件
発明が、粘土の軽量化を解決すべき技術課題とし、それを達成したことによって、
明細書上、これを「超軽量粘土」あるいは「軽量粘土」と称していることは明らか
であって、そのような「超軽量粘土」、「軽量粘土」が、一般の粘土と別個の性
質・形態の粘土であるとされているわけではないから、補正事項が当初明細書の記
載からみて自明といえるかどうかを、発明の目的との関係において判断すべきであ
るということは、特に「軽量粘土」の技術分野なるものを考慮すべきことを意味す
るものではなく、むしろ、本件発明において、軽量化を達成した具体的な技術手段
と、該補正事項との技術的な関連性の有無・内容に着目すべきことを意味するもの
である。
 そして、かかる観点からみて、当業者が、粘結剤に相当する成分としては、カル
ボキシメチルセルロースの外に、一般に用いられるメチルセルロースも本件発明に
適用することができると判断することが容易であって、「メチルセルロース」は、
当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認められることは前示のと
おりであり、また、カルボキシメチルセルロースやメチルセルロースが、人工的に
合成されるもので、「合成粘結剤」とも称し得るものであることも当業者にとって
自明であると認められる。
 したがって、第2回補正によって、本件明細書に「合成粘結剤」との記載をな
し、カルボキシメチルセルロース(粉)の外に、「カルボキシメチルセルロース
(粉)を典型例とするその他のもの」(例えばメチルセルロース)を含ましめたこ
とが、明細書の要旨を変更するものということはできない(仮に、「粘結剤」ない
し「合成粘結剤」との呼称自体が周知ではなかったとしても、その点が左右される
ものではない)。
 
(4)「馴合液材」を記載した点について
 「馴合液材」は第2回補正により明細書に初めて記載された文言であり、定義も
されていないが、第2回補正に係る明細書において「馴合液材」が何であるかを示
唆する記載、即ち、「水や油などの馴合液材」(本件公報1頁右欄4~5行参
照)、「水その他馴合液材」(同2頁左欄3行参照)、「馴合液材等液材」(同2
頁左欄11行参照)、「水等の馴合液材」(同2頁左欄13行、43~44行参
照)、「馴合液材である常温水」(同2頁右欄18行参照)、「馴合液材として
水・・・にポリオールエーテル粉を・・・添加し、撹拌分散させた水溶液」(同2
頁46~47行参照)、「馴合液材である水」(同3頁左欄13行参照)の記載か
らみて、「馴合液材」は、「水」、「常温水」、「油など水以外のその他のも
の」、及び「水にポリオールエーテル粉を添加し、撹拌分散させた水溶液」である
と認められる。
 他方、当初明細書には、「馴合液材」に代わり得る文言は見当たらず、該当する
物質として、「水」、「常温水」、及び「常温水にポリオールエーテル粉を添加
し、撹拌分散させた水溶液」の記載はあるが、「油など水以外のその他のもの」に
ついては記載がない。
 しかるところ、当初明細書の発明の詳細な説明に、実施例として、「本発明の粘
土においては、熱膨張性微小中空球を3~20部(重量部)、繊維粉を10~30
部、カルボキシメチルセルロースを10~20部それぞれ粉末にして混合攪拌し、
均一な粉末混合物とする。一方、常温水50~60部にポリオールエーテル粉を3
~8部添加し、攪拌分散させた水溶液を作り、前記粉末混合物に添加して混練す
る。・・・本発明の実施例では具体的に、熱膨張性微小中空球12部、パルプ繊維
粉18部、カルボキシメチルセルロース粉12部の粉末を攪拌混合し、・・・別に
ポリオールエーテル粉5部を常温水53部に分散し、・・・上記粉末混合物に添加
し混練して製造した。」との記載があることは、前示(1)のとおりであり、水に
ついては、さらに、当初明細書に、「水の添加量は50部未満では粘土が硬すぎて
造形作業がしにくく、60部を越えると軟化して造形性が乏しく、さらに軽量化を
達成できない。」(6頁3~5行)との記載がある。
 これらの記載によれば、当初明細書に、「水」、「常温水」、及び「常温水にポ
リオールエーテル粉を添加し、攪拌分散させた水溶液」の記載があることのみなら
ず、水(常温水)が、本件発明の粘土における唯一の液体成分として存在し、熱膨
張性微小中空球、繊維粉、カルボキシメチルセルロース、ポリオールエーテル粉と
いう液状でない成分を馴合させる(馴み合わせる)機能を果たして、粘土に柔軟性
を与えていることが、当業者において、技術的に自明なこととして理解されるもの
と認められる。
 換言すれば、非液状成分を馴合させ、粘土としての柔軟性を与えるために、液体
成分を要することは自明であり、本件発明において、水(常温水)は、そのような
液体成分として、すなわち、「馴合液材」と称されてはいなかったにしても、その
ように称することのできる成分として、当初明細書に具体的に記載されていたこと
が認められる。
 ところで、前示10ケ143号判決で採用された特開昭60-53983号公報
(同判決の甲第16号証)には、「ワックス、常温で液状又は半固体状で不乾性の
動植物油又は鉱物油等の油分、HLBが10~15の非イオン界面活性剤および/
又はアニオン界面活性剤、および焼石こうよりなる油ねんど組成物」(特許請求の
範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明に、「この発明で用いられる常温
で液状又は半固体状で不乾性の動植物油又は鉱物油としては、やし油、ひまし油、
オリーブ油、ラノリン、流動パラフイン、ワセリン等が例示でき、さらにポリブテ
ン等の合成油状物質があげられる・・・これらの油分は油ねんど組成物に柔軟性と
延伸性を与えるもので、・・・油分が25部を越えると軟かくて形くずれしやすく
なり4部より少ないと粘性が小さくかつもろくなる。」(2頁左上欄7~18行)
との記載があり、また、同判決で採用された特開昭60-182478号公報(同
判決の甲第17号証)には、「ワックス、常温で液状又は半固体状で不乾性の動植
物油又は鉱物油等の油分、HLBが10~15の非イオン界面活性剤および/又は
アニオン界面活性剤、焼石こう、潮解性およびアルコール可溶性の無機塩、および
吸湿性ある常温液状の多価アルコールよりなる油ねんど組成物」(特許請求の範
囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明に、「常温で液状又は半固体状で不
乾性の動植物油又は鉱物油」について、前示特開昭60-53983号公報の記載
とほぼ同様の記載(2頁左上欄10~20行)があるところ、これらの記載によれ
ば、当該各油粘土組成物の発明において、「常温で液状又は半固体状で不乾性の動
植物油又は鉱物油等の油分」が、他の成分を馴合させ、粘土としての柔軟性を与え
る機能を有していること、すなわち、第2回補正に係る明細書記載の馴合液材に当
たる成分であることが理解される。
 そうすると、本件特許の出願当時、第2回補正に係る明細書記載の「馴合液材」
に相当する成分として、粘土の製造に使用することができるものとしては、一般
に、水以外に、少なくとも、やし油、ひまし油、オリーブ油、ラノリン、流動パラ
フイン、ワセリン等、あるいはポリブテン等の合成油状物質などの油成分があるこ
とは、当業者にとって周知の事項であったものと認められる。
 そして、前示(1)のとおり、本件発明の目的が、粘土の主成分として、シラス
バルーンに代えて、熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を用い、粘土の軽量化
及び白色度の向上という効果を奏することにあることに鑑みれば、当業者が、当該
「馴合液材」に当たるものとしては、水以外に、これら周知の油分も、粘土の軽量
化及び白色度の向上を阻害するものではなく、水溶性の合成粘結剤であるカルボキ
シメチルセルロースと馴合わないとかカルボキシメチルセルロースによる粘結を阻
害するというものでなく、本件発明に適用することができると判断することは容易
であって、「油など水以外のその他のもの」は、当初明細書に記載されていたと同
視できるものであると認めることができる。
 したがって、第2回補正によって、本件明細書に「馴合液材」との記載をなし、
水(常温水)の外に、「油など水以外のその他のもの」を含ましめたことが、明細
書の要旨を変更するものということはできない。
 
(5)「添加物」を記載した点について
 「添加物」は第2回補正により明細書に初めて記載された文言であり、定義もさ
れていないが、第2回補正に係る明細書において「添加物」が何であるかを示唆す
る記載、即ち、「香料や色素などの添加物」(本件公報1頁右欄4行)、「添加物
としてのパルプ」(同2頁左欄2行)、「添加物としてのパルプ繊維粉」(同2頁
右欄15行)、「添加物として加えられるポリオールエーテル粉」(同2頁右欄1
7~18行)、「添加物として色素」(同2頁右欄25行)、「添加物としての繊
維粉」(同2頁右欄43行)、「添加物である繊維粉」(同3頁左欄2行)の記載
からみて、「添加物」は「香料や色素など」、「パルプ(繊維粉)」、「繊維
粉」、「ポリオールエーテル粉」であると認められる。
 他方、当初明細書には、添加される物質として、「岩石粉」、「パルプ繊維
粉」、「繊維粉」、「ポリオールエーテル粉」等の記載はあるが、「香料や色素な
ど」については記載がない。
 しかるところ、粘土の製造において、香料や色素などを添加することは、前示1
0ケ143号判決で採用された特開昭54-153826号公報(同判決の甲第9
号証)に、染料、顔料を添加すること(4頁左上欄3~11行、右上欄7~9行)
が、同じく特開昭57-130080号公報(同判決の甲第14号証)に、発色剤
として塩化コバルトを混練することが、同じく特開昭62-4347号公報(同判
決の甲第10号証)に、染料、顔料を用いること(4欄1行)が、同じく特開昭6
1-102683号公報(同判決の甲第11号証)に、香料を吸着させた多孔性シ
リカ微粉末を配合すること(特許請求の範囲)が、同じく特開昭55-21350
号公報(同判決の甲第12号証)に、染料を用いること(3欄42行~4欄2行)
が、それぞれ記載されていることに照らして、本件特許の出願当時、当業者にとっ
て周知の事項であったものと認められる。
 そして、前示(1)のとおり、本件発明の目的が、粘土の主成分として、シラス
バルーンに代えて、熱可塑性重合体殻の熱膨張性微小中空球を用い、粘土の軽量化
及び白色度の向上という効果を奏することにあることに鑑みれば、当業者が、当該
周知事項を本件発明に適用することができると判断することは容易であって(な
お、前示(1)に示したように、当初明細書では「乾燥後の彩色に際し鮮明な色付
けができる粘土の提供を目的とする」及び「白色度の高い粘土が得られ、造形乾燥
後に彩色すると鮮明な色付けができる」と記載され、造形乾燥前の粘土を着色する
旨の記載はないのであるが、粘土の白色度が高いことが、色素による着色の彩度を
高めることは、技術常識といえるものであって、当初明細書に記載された目的や効
果を逸脱するものではない)、「香料や色素などを添加すること」は、当初明細書
に記載されていたと同視できるものであると認めることができる。
 したがって、第2回補正によって、本件明細書に「添加物」との記載をなし、
「岩石粉」、「パルプ繊維紛」、「繊維粉」、「ポリオールエーテル粉」の外に、
「香料や色素など」を含ましめたことが、明細書の要旨を変更するものということ
はできない。
 
(6)軽量微小素材の粒径として「1~200ミクロン」を記載した点について
 軽量微小素材の粒径が「1~200ミクロン」であることについては当初明細書
に記載されていないが、この数値範囲は、従来、粘土に用いられる軽量微小素材の
一般的粒径の範囲として良く知られた範囲内のものであり、しかも、第1回補正で
明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されたものであるから(同時に、嵩比重0.
01~0.05も記載された)、本件特許出願の日を第2回補正時である平成5年
11月25日とみなすべきことの根拠とはならないものである。
 
(7)微小中空球の外殻が「単一の空間を内包」している点について
 当初明細書に記載された微小中空球が当然に単一の空間を内包するものを含むも
のであったところを、「単一の空間を内包」するもののみに限定したものであり、
この点は明細書の要旨を変更するものではない。
 
(8)以上のとおりであるから、第2回補正が明細書の要旨を変更するものとはい
えず、本件特許出願の日を公開公報(審判甲第3号証)発行後の第2回補正時であ
る平成5年11月25日とみなすことはできないため、請求人の主張する無効理由
1には理由がないものである(以上のことについては、前示10ケ143号判決の
20頁19行~47頁2行も参照)。
 
2.請求人の主張する無効理由2についての判断
 本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄には、「合成粘結剤」、「馴合液材」に
関して、課題を解決し得る具体例が、それぞれ、当業者が容易に実施し得る程度に
記載されている。
 したがって、「合成粘結剤」、「馴合液材」の具体例を把握できることから、請
求人の主張する無効理由2には理由がないものである。
 
3.請求人の主張する無効理由3についての判断
(1)本件発明
 本件発明は、前示「[2]本件発明」で認定したとおりのものである。
 
(2)審判甲第4乃至6号証
 これに対して、請求人の提示した、審判甲第4乃至6号証とその記載事項は次の
とおりである。
 1)審判甲第4号証:米国特許第3607332号明細書(特許日1971年9
月21日、翻訳は、請求人による翻訳とこの翻訳に対する被請求人の平成9年7月
1日付け答弁書による意見とを参酌しつつ当審が行った)
 a.「この発明は、ひび割れに対する抵抗性があり、しかも軽量であることが好
ましい熱可塑性の造形用組成物に関するものであり、この組成物は、高温では可塑
性で、かつ成形可能であり、そして室温においては、硬くなって崩れや変形に対す
る抵抗性があるものとなるが、それでもなお柔軟であって手指の圧力で変形するこ
とができ、この造形用組成物中には、硬い規則的な形をした微小粒子が分布してお
り、その微小粒子の形状は、例えば球状あるいは板状であって、好ましくは硬くて
hollow(辞書的には、中空の、穴のある、くぼみのある、などの意)の微小
気泡体であり、その微小粒子の大きさはここでは500ミクロン以下に規定されて
いる」(1欄8~17行)
 b.「少なくともクレーと可塑化のための有機ビヒクルを含む細かく分割された
充填材を約10~50容量%の硬くて規則的な形をした微小粒子と一緒にした可塑
性のあるクレー様物質のよく混ぜ合わせたものが、上記目的を達成する熱可塑性の
造形用組成物として使用できることが見い出され、その実施に用いられる微小粒子
は、好ましくはhollowの微小球である」(1欄60~68行)
 c.「このクレー様物質は、さらに充填材を滑らかにし且つ結合させるための、
熱軟化性で可塑性のビヒクルを含む」(2欄20~22行)
 d.「好適なビヒクルとしては、次のような物質およびそれらの混合物、すなわ
ち、グリセリン、脂肪酸、重合脂肪酸、ロジン油、ヤシ油の如き油、また、ラノリ
ン、ペトロラタム、獣脂の如きグリース、並びにパラフィンワックス、ビーワック
スおよび結晶性脂肪酸エステルの如き熱可塑性の固体などがある」(2欄31~3
6行)
 e.「好ましいビヒクルは、約30~75重量%のダイマーもしくはトリマー酸
(例えばウッドロジンから誘導されるもの)、約0~45重量%のラノリンまたは
グリセリン、および約20~40重量%の炭化水素ワックス(例えばパラフィン)
からなる」(2欄37~41行)
 f.「この発明の好ましい造形用組成物は、規則的な形の微小粒子を約10~5
0容量%含み、それにより成形された後に放置されてもひび割れに対して顕著な抵
抗性がある」(2欄42~46行)
 g.「その微小粒子は、好ましくは硬くてhollowの微小気泡体(例えば米
国特許第3365315号,Beck他,1968年1月23日発行)であって、
これはさらに密度の著しい低下の効果をもたらすものであり、これにより組成物の
崩れに対する抵抗性を改善する」(2欄46~50行)
 h.「所望する組成の調度に応じて、微小気泡体の直径は5~300ミクロンの
オーダーの範囲で選択されるのが適切であり、造形用組成物へ滑らかさが要求され
ない場合にはより大きな直径の微小気泡体を用いることができるが、好ましい微小
気泡体の平均直径としては10~150ミクロンであり、その理由として、150
ミクロンを超える直径を持つものは組成物を幾分荒くするからであって、自動車用
の原形型を成形する等のためには10~100ミクロンの直径を持つ微小気泡体が
特に好適であり、また、密度の特に小さい造形用組成物を欲しいときには、密度が
0.10~0.60g/ccの、好ましくは0.20~0.40g/ccのオーダ
ーを持つ微小気泡体を使用すればよい」(2欄61~75行)
 i.「造形用組成物のひび割れを減らすのに有効な微小球のさらなる例として、
hollowのガラス微小気泡体、中実ガラス微小球、中実エポキシ微小球、発泡
ポリスチレン球およびフェノール性微小気泡体がある」(3欄10~14行)
 j.「この発明の造形用組成物には場合により着色剤等を含有してもよく、酸化
クロム、カーボンブラック、油展クロムイエローのような顔料は、それらが接触す
る材料を汚さないので染料より好ましい」(3欄45~49行)
 k.「請求項1.実質的に、揮発性成分を含まず、100°F~150°F(約
38°C~66°C)の温度では比較的柔らかくて容易に成形されるような可塑性
と成形性とを有しており、そして室温では硬くなって崩れや変形に対する抵抗性が
あるものとなるが、それでもなお柔軟であって手指の圧力で変形することができる
熱可塑性の造形用組成物であり、この組成物は、少なくともその10重量%がクレ
ーである細かく分割された粒子状固体の充填材と、そのための熱可塑性可塑化用の
有機ビヒクルと、そして全体にわたり分布される約10~50容量%の予め定めら
れた規則的な形と大きさの硬い微小粒子とからなる可塑性のクレー様物質のよく混
ぜ合わせた混合物であって、成形された後に放置されてもひび割れに対する抵抗性
があるものである」(5欄58行~6欄11行)
等が記載されている。
 これらの記載をまとめると、審判甲第4号証には造形用組成物について次の事項
が記載されている。
 イ.室温において、高温時よりは硬くなって崩れや変形に対する抵抗性がある
が、なお柔軟であって手指の圧力で変形することができるクレー様物質のよく混ぜ
合わせた熱可塑性の造形用組成物であること
 ロ.成形後のひび割れに対する抵抗性を図るものであり、さらに好ましくは軽量
化を図るものであること
 ハ.ひび割れに対する抵抗性のためには球状などの規則的な形と大きさの硬い微
小粒子を混ぜ合わせること
 ニ.微小粒子が好ましくはhollowの微小球または微小気泡体であること
 ホ.微小粒子が微小気泡体であると密度の著しい低下の効果をもたらして組成物
を崩れ難くすること
 ヘ.微小球としてはガラス製の他にエポキシ系やポリスチレン系やフェノール系
などの合成樹脂製のものも考えられること
 ト.微小気泡体の直径は500ミクロン以下に規定され、5~300ミクロンの
範囲で選択するのが適切であること
 チ.充填材を滑らかにし且つ結合させるための、熱軟化性で可塑性のビヒクルを
含むこと
 リ.好適なビヒクルとしてヤシ油、ラノリン、パラフィンワックスなどがあるこ

 ヌ.顔料などの着色剤を含有してもよいこと
 
2)審判甲第5号証:化学工学協会編「最近の化学工学 特殊粉体技術」 丸善株
式会社 昭和50年10月25日発行 112~113頁、126~127頁、2
06頁
 「表1 各種微小中空体とその簡単な性質(末尾の文献・資料より)」に、DO
W社のサランマイクロスフェアが、ポリ塩化ビニリデンを原料とし、大きさが平均
28μ、かさ比重が0.016であること、九州工業技術試験所のシラスバルーン
が、無機系のシラスを原料とし、大きさが30~600μ、かさ比重が0.14~
0.32であること、Emerson&Cuming社のマイクロバルーンが、無
機系のケイ酸ソーダとホウ砂を原料とし、大きさが10~250μ、かさ比重が
0.16~0.22であること、VCC社のフェノールマイクロバルーンが、、フ
ェノール樹脂を原料とし、大きさが2~60μ、かさ比重が0.10~0.15で
あることなどが記載されている。
 また、「表6 サランマイクロスフェアの性質」に、膨張後の化学組成が塩化ビ
ニリデンとアクリロニトリルであり、粒子径が10~100μ、静水耐圧(破裂)
が50~250psi、耐溶剤性が優か良であることが記載されている。
 
 3)審判甲第6号証:特公昭51-34331号公報
 「1 ミクロクリスタリンワックス21.0~75.0重量%にワックス類、パ
ラフィン類または油脂を1種以上添加した粘土基材に、熱安定性を有する酸化物粉
末、硅藻土粉末、炭酸塩粉末、カーボン粉末またはマイクロバルーンの何れか1種
または2種以上の混合物を1~75重量%添加したことを特徴とする模型用粘土組
成物。」(特許請求の範囲)、「本発明は模型用粘土組成物、特に自動車などの比
較的大型な粘土模型を作成するのに好適な模型用粘土組成分に関するものであ
る。」(1頁1欄29~31行)、「マイクロバルーン(硝子製およびナイロン
製)」(2頁3欄7~8行)などが記載されている。
(3)対比
 本件発明と審判甲第4号証記載の発明とを対比するに、審判甲第4号証に記載さ
れた造形用組成物は、室温において、高温時よりは硬くなって崩れや変形に対する
抵抗性があるが、なお柔軟であって手指の圧力で変形することができるクレー様物
質のよく混ぜ合わせた熱可塑性の造形用組成物であるから、室温環境下で手指の圧
力で変形できる粘土といえるものである。
 審判甲第4号証記載の発明は、造形用組成物について、ひび割れに対する抵抗性
を図るものであり、そのために混ぜ合わされる球状などの規則的な形と大きさの硬
い微小粒子は主素材といえるのであるが、さらに好ましくは軽量化を図るものでも
ある。
 審判甲第4号証には軽量化を図るための手段について直接的な記載はないが、h
ollowの微小球または微小気泡体が好ましい旨の記載、及び微小粒子が微小気
泡体であると密度の著しい低下の効果をもたらして組成物を崩れ難くする旨の記載
があり、密度の低下は単位体積当たりの質量が小さくなること、すなわち軽量にな
ることであって、軽量な組成物は自重によっては崩れ難くなるものであるから、軽
量化を図るための手段が、主素材としての微小粒子に微小気泡体を採用することで
あることは明らかであり、かつ、同じ材料からなる微小粒子であっても、微小気泡
体が軽量化を図れるということは、微小気泡体が粘土を構成する他の材料と混ぜ合
わされても消滅することのない空間を有しているからであることも明らかである。
 また、審判甲第4号証に記載された微小気泡体は、500ミクロン以下に規定さ
れ、適切には5~300ミクロンの直径範囲で選択される軽量微小素材といえるも
のである。
 空間を有する軽量微小素材による軽量化は、従来の、空間を有するシラスバルー
ンによる軽量化と軌を一にするのであるが、審判甲第4号証には、そのような空間
を有する軽量微小素材が合成樹脂製でも良いことが示されているものである。
 審判甲第4号証に記載された造形用組成物は、美術工芸用や学校教材用にも使用
できる旨の記載はないが、室温環境下で手指の圧力で変形できる粘土といえるもの
であり、粘土の軽量化を解決すべき技術課題の一つとし、それを達成しており、前
示10ケ143号判決がその35頁10~15行で「本件発明が、粘土の軽量化を
解決すべき技術課題とし、それを達成したことによって、明細書上、これを「超軽
量粘土」あるいは「軽量粘土」と称していることは明らかであって、そのような
「超軽量粘土」、「軽量粘土」が、一般の粘土と別個の性質・形態の粘土であると
されているわけではない」と判示していることからも、軽量粘土といえるものであ
って、かつ、合成樹脂から形成され、空間を有する、球状粒子の軽量微小素材(微
小気泡体)を主素材とするものである。
 さらに、審判甲第4号証に記載されたヤシ油やラノリンなどの油成分は、本件当
初明細書に合成粘結剤として唯一例示されたカルボキシメチルセルロースが水溶性
であることから、これとの馴合性や粘結阻害性についての考慮を要すると思われる
が、前示10ケ143号判決がその41頁7行~42頁2行で本件発明の馴合液材
にヤシ油やラノリンなどの油成分も含まれる旨判示したことからみて、本件発明の
馴合液材に対応するものである。
 さらにまた、審判甲第4号証に記載された顔料などの着色剤は、本件当初明細書
に、前示1.(1)にも示すとおり、「乾燥後の彩色に際し鮮明な色付けができる
粘土の提供を目的とする」や「極めて白色度の高い粘土が得られ、造形乾燥後に彩
色すると鮮明な色付けができる」との記載があったことから、この目的や効果に適
う添加物といえるか否かの考慮を要すると思われるが、前示10ケ143号判決が
その43頁16行~44頁19行で本件発明の添加物に顔料も含まれる旨判示した
ことからみて、本件発明の添加物に対応するものである。
 そうすると、本件発明と審判甲第4号証に記載された発明は、「粒子の軽量微小
素材を主素材とし、これに馴合液材と、添加物とを加えて構成される軽量粘土にお
いて、上記軽量微小素材が、微小球であり、空間を有し、合成樹脂から形成される
ことを特徴とする軽量粘土」である点において一致し、次の点で相違する。
 <相違点1>本件発明が合成粘結剤を加えるのに対して、審判甲第4号証に記載
された発明では定かでない点。
 <相違点2>軽量微小素材が、本件発明では、気体を内包する粒径1~200ミ
クロンの微小中空球であり、その外殻が単一の空間を内包し、該外殻がアクリロニ
トリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される
ものであるのに対して、審判甲第4号証に記載された発明では、このような軽量微
小素材についての例示がない点。
 
(4)判断
 1)相違点1について
 相違点1について検討するに、審判甲第4号証に記載され、かつ、前示10ケ1
43号判決が本件発明の馴合液材に含まれる旨判示した、ヤシ油やラノリンなどの
油成分は充填材を滑らかにするものであり、また、充填材を結合させる働きも若干
あり得ると推測されるのであるが、審判甲第4号証の記載では、充填材を結合させ
るための成分として油成分以外の粘結剤なども混合するのか否か定かでない。
 しかし、前示10ケ143号判決が、「微小中空球自体は、粘性、・・・接着性
等の粘土に不可欠な特性を有していないことは技術常識であり、・・・本件発明
は、・・・主成分を粘結する機能を有する成分を当然含むべきことは、当業者にお
いて、技術的に自明なこととして理解される」(同判決30頁11~18行)、
「本件特許の出願当時、第2回補正に係る明細書記載の「粘結剤」に相当する成分
として、粘土の製造に使用することができるものとしては、一般に、カルボキシメ
チルセルロース以外に、少なくともメチルセルロースがあることは、当業者にとっ
て周知の事項であった」(同判決34頁10~15行)、「メチルセルロースも本
件発明に適用することができると判断することが容易であって、「メチルセルロー
ス」は、当初明細書に記載されていたと同視できるものであると認められ・・・
「合成粘結剤」とも称し得るものである」(同判決36頁4~10行)と判示して
いることからみて、粘性等のない軽量微小素材を主成分とする粘土が粘結成分を含
むことは自明であり、粘結成分としてメチルセルロースなどの合成粘結剤が周知で
あり、メチルセルロースは、粘土の馴合液材がヤシ油やラノリンなどの油分を含む
ものであっても、馴合液材と共に粘土に適用することができると判断することが容
易であるから、審判甲第4号証記載の発明においても、メチルセルロースなどの合
成粘結剤を充填材を結合させるための成分として加えることは当業者ならば容易に
想起できることと認められる。
 したがって、相違点1は当業者が容易になし得た設計の変更である。
 
 2)相違点2について
 相違点2について検討するに、粒子中に気体を内包し、粒径が1~200ミクロ
ンの範囲内にある微小中空球であって、その外殻が単一の空間を内包するアクリロ
ニトリルないし塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成され
る透明な微小中空球自体は周知である。
 すなわち、審判甲第5号証には、微小中空体として大きさが平均28ミクロンで
かさ比重が0.016のDOW社のサランマイクロスフェアが記載されており、膨
張後の化学組成が塩化ビニリデンとアクリロニトリルであり、粒子径が10~10
0μ、静水耐圧(破裂)が50~250psi、耐溶剤性が優か良のものである。
DOW社のサランマイクロスフェアについては、「サラン」が、市販商品の「サラ
ンラップ」のように塩化ビニリデンを一成分とする共重合樹脂からなる製品の名称
に使用されることがよく知られており、例えば、昭和45年6月20日に第2版が
発行された「実用プラスチック用語辞典」(瀬戸正二監修、株式会社プラスチッ
ク・エージ)の192頁「サラン」の項に、「塩化ビニリデン樹脂に対する、Do
w Chemical社(米)の商品名であるが、長期にわたって市場占有率が高
かったため、慣用的にこの樹脂をサランと呼ぶことが多い。単独重合体は加工性に
きわめて乏しいので塩化ビニルやアクリロニトリルとの共重合体にしている。繊
維、フィルム、エマルジョン、成形粉がある。製品はSaranBtypeが塩化
ビニル共重合体、SaranXtypeがラテックス、SaranFtypeがア
クリロニトリル共重合体、SaranWrapが透明可撓性包装フィルムとなって
いる。」と記載されているように、当業者であれば、サランマイクロスフェアが塩
化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる透明な微小中空体であること
を当然に理解できるものである。
 加えて、前示1.(1)に、当初明細書に「本発明に使用する熱膨張性粒子は、
外殻が塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合樹脂、酢酸ビニル-アクリロニト
リル共重合樹脂、メチルメタクリレート-アクリロニトリル共重合樹脂を主成分と
し、内部に揮発性流体膨張剤としてプロパン・・・等の炭化水素を内包製造方法等
は、特公昭42-26524号公報に記載されたものである。本用途の場合は上記
の粒子を加熱処理して膨張させた微小中球体を使用する。」との記載があったこと
を示したが、前記特公昭42-26524号公報に記載された発明はダウ・ケミカ
ル社の出願に係り、本件発明に係る出願人が当初明細書に自ら記載したように、前
記特公昭42-26524号公報には、外殻がアクリロニトリルないし塩化ビニリ
デンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される微小中空球が記載されて
いる。
 また、前記特公昭42-26524号公報には、膨張させた微小中空球として外
殻が単一の空間を内包する微小中空球が図面(第2図)と共に記載されており、該
空間は、膨張剤の揮発によって生ずることから、当然に気体を内包しているもので
ある。
 審判甲第5号証である「化学工学協会編 最近の化学工学 特殊粉体技術」と前
記「実用プラスチック用語辞典」の発行時期や前記特公昭42-26524号公報
に係る発明の特許出願についての出願公告時期、及び前者の二つの文献が共にプラ
スチックの分野における一般的概説書であると認められることも併せ考えると、本
件発明の出願当時、粒子中に気体を内包し、粒径が1~200ミクロンの範囲内に
ある微小中空球であって、その外殻が単一の空間を内包するアクリロニトリルない
し塩化ビニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂から形成される透明な微小
中空球(以下、「当該微小中空球」という)は、当業者にとって周知であったもの
と認められる。
 そこで、次に、この周知の当該微小中空球を、審判甲第4号証に記載された発明
の微小気泡体に適用することが容易といえるか否かについて検討する。
 審判甲第4号証に記載された発明の微小気泡体は、上述したように、粘土である
造形用組成物の軽量化を図るためのものでもあって、粘土を構成する他の材料と混
ぜ合わされても消滅することのない空間を有していなければならないが、該空間が
単一の空間でも良いことは明らかであるから、当該微小中空球のように、外殻が単
一の空間を内包する微小中空球であって、かつ、本件発明の出願前に既に知られた
ものの中から、該微小気泡体に適用できるものを求めることに阻害要因はないもの
である。
 また、審判甲第4号証に記載された発明の微小気泡体を含む微小粒子は、粘土で
ある造形用組成物を成形した後のひび割れに対する抵抗性を図るために、球状など
の規則的な形と大きさ(500ミクロン以下に規定される)のものでなければなら
ないが、当該微小中空球がこれを満たすものであることは、例えば、審判甲第5号
証に記載されたサランマイクロスフェアの粒子径が10~100μで静水耐圧(破
裂)や耐溶剤性も良く、大きさの制御も膨張前の膨張剤の量やそれを内包する殻の
厚さや加熱条件などを適宜調整してできることなどから、当業者において容易に理
解できることである。
 さらに、審判甲第4号証に記載された発明の微小気泡体を含む微小粒子は、硬い
ものであるとしているが、例示された中実エポキシ微小球や発泡ポリスチレン球や
フェノール性微小気泡体などはガラス製のものに比べて極めて柔軟で弾性のあるも
のであることからみて、柔軟で弾性のある材料からなるものであっても、成形され
て放置された造形用組成物がひび割れることなく原形を保てるように、微小粒子自
体も原形を保てるほどに硬ければよいのであって、アクリロニトリルないし塩化ビ
ニリデンを少なくとも一成分とする共重合樹脂が柔軟で弾性のあるものであること
は周知であるとしても、該共重合樹脂からなる当該微小中空球は、極めて微小であ
ることに加え、膨張剤の揮発により内部から高い圧力のかかっているものであるか
ら、成形後の造形用組成物にひび割れを生じさせるほどに原形を保てないものでな
いことは、当業者ならば容易に理解できることである。
 これらのことを勘案すると、周知の当該微小中空球を、審判甲第4号証に記載さ
れた発明の微小気泡体に適用することは、当業者ならば容易に想到できたものと認
められる。
 したがって、相違点2は当業者が容易になし得た設計の変更である。
 
 そして、前記相違点1及び2に係る構成を採用した本件発明の作用効果について
みても格別のものは認められない。
 本件発明における軽量微小素材によって、粘土の軽量化がより図られることは、
例えば、前記サランマイクロスフェアのかさ比重が0.016と極めて軽量である
例からみても、当業者において当然に想起できることであり、粘土の白色化がより
図られることは、透明な微小中空球が光の乱反射で白く見えることは技術常識であ
るから、当業者において当然に想起できることであって、軽量化によって運搬が楽
になることや白色化によって鮮明な色付けができることも技術常識といえることで
ある。
 本件発明において、水あるいは油などの馴合液材が軽量微小素材の表面に浸透し
ないため少量で済むことや軽量微小素材がその弾性により破砕し難いことは、前記
サランラップ(商品名)が日常的な例であるが、塩化ビニリデンを成分とする共重
合樹脂からなるものが水や油などを通し難いことや弾性を有すること(一般に熱可
塑性樹脂の発泡体は弾性を有する)は当業者においてよく知られていることである
ため、容易に予測できるものである。
 また、球形の軽量微小素材により粘土が馴合度よく滑らかできめ細かくなること
も、非球形のものや表面がざらつくものなどからすれば当然のことであって、当業
者ならば容易に予測できることである。
 さらに、塩化ビニリデンないしアクリロニトリルを一成分とする共重合樹脂から
なる微小中空球が無機質成分でないことは自明であって、通常の焼却炉で焼却でき
ることは当業者ならば容易に予測できることである(塩化ビニリデンの蒸気が人体
に有毒であることやアクリロニトリルが毒性の高い液体であることはよく知られて
おり、通常の焼却炉では有毒なガスの発生の可能性もあって効果といえるかどうか
疑わしい点もあるが)。
 
 被請求人は、平成9年7月1日付け答弁書において、審判甲第4号証にはクラッ
キング防止の課題のみしか記載はない旨主張しているが、前示のとおり、審判甲第
4号証には軽量化の課題も記載されているのであり、かつ、前示のとおり、白色度
の向上などの課題を記載していなくても、周知の当該微小中空球を審判甲第4号証
に記載された発明の微小気泡体に適用することは当業者にとって容易なのであるか
ら、この主張は採用できない。
 また、被請求人は、同書において、審判甲第4号証記載の造形用組成物は本件発
明の軽量粘土と産業上の利用分野を全く異にする旨主張しているが、審判甲第4号
証記載の造形用組成物は、前示のとおり、軽量化も課題の一つとされ、それを達成
していることによって軽量粘土といえるものであって、一般的な造形用に全く使用
できないものでもないことから、この主張は採用できない。
 
 したがって、本件発明は、審判甲第4乃至5号証に記載された発明及び周知の技
術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
 
[7]むすび
 以上のとおりであり、請求人の主張する無効理由3には理由があり、本件発明
は、審判甲第4乃至5号証に記載された発明及び周知の技術的事項に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明の特許は、特許法第
29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号
に該当し、無効とすべきものである。

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