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       主   文
一 本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金二三〇万円及
び内金二〇〇万円に対する平成八年八月一六日から、内金三〇万円に対する平成一
〇年二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。
二 被控訴人(附帯控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。
三 控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人(附
帯被控訴人)、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、附帯控訴につき控訴
費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。
四 この判決の主文第一項1は、仮に執行することができる。
       事実及び理由
第一 申立て
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 附帯控訴の趣旨
1 原判決中、被控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)は、被控訴人に対し、金四
七七万円及び内金四〇〇万円に対する平成八年八月一六日から、内金七七万円に対
する平成一〇年二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
第二 事案の概要
一 控訴人はα大学生活美術学科の教授、被控訴人は同学科の副手であるが、本件
は、被控訴人が控訴人に対し、平成八年八月一六日夜、被控訴人が自動車で控訴人
を自宅まで送り届ける途中、停車した車内において控訴人から一時間近くにわたり
姦淫等の性的侵害(本件行為)を受けたと主張し、不法行為に基づき、慰謝料一〇
〇〇万円及び弁護士費用一七七万円の損害賠償を請求した事案である。これに対
し、控訴人は、本件行為は合意に基づくものであると主張して争っている。
 原審は被控訴人の主張事実を認め、右請求のうち慰謝料六〇〇万円及び弁護士費
用一〇〇万円を認容すべきものとしたため、控訴人がこれを不服として控訴し、被
控訴人も、請求の一部が棄却された点を不服として附帯控訴した。
二 当事者双方の主張は、原判決の「事実及び理由」第二に記載のとおりであるか
ら、これを引用する。
第三 判断
一 争いのない事実は、原判決の「事実及び理由」第三の一に記載の
とおりであるから、これを引用する。
 右争いのない事実と証拠(甲一、六の1、2、七、八の1ないし1〇、九の1な
いし5、一〇の1ないし3、一一の1、2、一二の1、2、一四の1ないし3、一
六、一七、一九、二二の1、2、二三ないし二五、三二、三三、五五ないし五七、
六七、乙二、三、四の1ないし5、六、一○、一一、一七、二五、二七、二八、二
九の1ないし3、三七の1、2、三八の1、2、三九、四一の1、2、四二の1、
2、五六ないし五八、六一の1、2、六五の1ないし3、当審証人B、控訴人(原
審及び当審)、被控訴人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被控訴人は平成四年四月α大学生活美術学科に入学し、一、二年の時、同学科
の絵画の教授である控訴人から絵画(基礎絵画)の指導を受けたが、三年次から絵
画を専攻して控訴人が指導教員となり、卒業研究には絵画を選んだ。被控訴人は教
員を志望し、四年の時に教員採用試験を受験したが合格せず、当時担任であったG
助教授に副手(三年契約の嘱託職員)への採用を依頼したところ、控訴人も被控訴
人を推薦し、平成八年四月から生活美術学科の副手三名のうちの一人として採用さ
れた。同学科の副手は主として生活美術学科職員室に勤務し、その職務は、職員や
学生への連絡、非常勤講師の手助け、来客の対応、演習・実習の準備や授業の補助
などであった。被控訴人は、午前八時半から午後五時まで職員室で右職務に従事
し、午後五時以降は、美術実習室の一室で午後八時ころまで制作を行っていた。
 被控訴人が副手として採用された後、控訴人は被控訴人に対し、平成八年一〇月
の仙台市民美術展に作品を出展するよう勧め、控訴人の時間の空いている時に、技
法や構図・構想について被控訴人の相談に乗るなどした。また、控訴人は、他の副
手と共に被控訴人を飲みに連れていったり、作家の個展のパーティーに同伴するこ
とがあった。被控訴人は、控訴人が顧問をしている版画ゼミナールに入っていなか
ったが、同ゼミの平成八年三月の欧州旅行や平成八年七月二九日に行われたバーベ
キューパーティーに参加するなどしていた。なお、被控訴人は学生時代から、版画
ゼミナールに所属する男子学生と交際し、そのことは学科の教員らにも周知の事実
で、前記欧州旅行には右男子学生も同行していた。
 この間、被控訴人は控訴人に対し、平成八年五月三〇日の控訴人の誕生祝いにネ
クタイピンを贈ったり、同年八月にはマリオネットを贈るなどした。
2 Aは昭和六三年に本件大学に入学後、一年の時から版画ゼミナールに入り、控
訴人はAの卒業研究や版画の指導に当たり、また、就職についても助力するなどし
た。Aは、本件大学を卒業後中学校の美術教師となったが、卒業後も控訴人の研究
室に出入りし、版画ゼミナールの登山合宿やスキー旅行に参加し、休みの時には本
件大学の版画室に通い、工房を借りて版画の制作を続け、控訴人の企画した展覧会
や控訴人に紹介された他の展覧会にも出品するなどした。控訴人は、Aが両親と離
れて暮らしていたため、自宅に宿泊させたり、スキーに連れていくなど、私的な面
でも親密にしていた。
 Aは平成六年一二月ころ、当時交際していた女性と婚約したいと考えていたが、
相手の女性の両親とうまくいかなかったため、内緒で交際を続け、平成八年五月こ
ろ、控訴人に対し、相手の両親と和解できるよう間に立ってほしい旨依頼した。A
の父親は平成八年六月ころ、控訴人を訪ね、前記女性との結婚の仲人を依頼した
が、右女性は控訴人に対し電話で、Aとの関係が必ずしもうまくいっていない旨を
告げていた。
3 被控訴人は平成八年五月ころ、帰宅しようとして本件大学の下足箱付近にいた
ところ、飲みに行こうとしていた控訴人とAに会い、連れ立って居酒屋に行き、A
と知り合いになった。その後、Aは、大学に制作に行ったときに被控訴人のアトリ
エを訪ねて話をするようになり、同年六月ころには被控訴人と親密に交際し、関係
を結ぶまでに至った。そのころ、控訴人の妻が不在の折、被控訴人はAと共に控訴
人の自宅に宿泊した。Aは前記恋人がいたため、控訴人に対して被控訴人との交際
を打ち明けられないでいたが、前記恋人との関係も同年七月末まで続けていた。
4 本件大学は平成八年七月二六日から夏休みに入ったが、控訴人は、被控訴人に
対し、一〇月の仙台市民美術展に向けて作品の指導をしていた。八月一三日から同
月一七日まではお盆休みで学校の閉鎖期間となったところ、被控訴人とAは、同月
一三日、控訴人と共にAの車で盛岡市にある橋本美術館を見学に行った。Aは、そ
の帰りに被控訴人を同人の自宅近くで降ろした後、控訴人に対し、被控訴人と付き
合って既に関係を結んでいることを打ち明け、被控訴人が処女でなかったことまで
話した。控訴人はこれを聞き、Aに対し、前記恋人との関係はどう
なっているのかと問いただし、Aを非難して怒鳴りつけるなどした。そのため、A
は同日、被控訴人に対して電話で、被控訴人との交際を控訴人に打ち明けたところ
控訴人が怒っていたことを知らせた。
5 被控訴人は当時、両親と離れてアパートに住んでいたが、八月一四日から一六
日まで帰省し、同日夜、アパートに戻った。控訴人は、Aから被控訴人との交際の
事実を知らされたことから、同月一八日から予定されていた三日間の登山合宿を前
に、被控訴人にAとの関係を確認し、団体行動が求められる合宿での行動について
注意をしようと考え、同月一六日、友人と飲酒後の午後九時ころ、地下鉄仙台駅か
ら被控訴人に電話し、話があるので地下鉄β駅まで迎えに来てほしい旨依頼した。
被控訴人は、当日午後九時半ころA宅に行く予定であり、控訴人宅はその途中にあ
ったため、これを承諾した。なお、地下鉄β駅は、被控訴人宅(前記アパート)か
ら比較的近い場所にある。
 被控訴人は同日午後九時半ころ、被控訴人の車を運転してβ駅まで控訴人を迎え
に行き、控訴人を乗車させた。なお、被控訴人は、それまで控訴人から電話で呼び
出されたりしたことはなかった。
 被控訴人の車は、三ドア五人乗りの小型自動車(スターレット)であり、運転席
と助手席は分離し、その間にサイドブレーキのレバー及びオートマチックのセレク
ターレバーなどがあり、運転席のシートを倒すためのレバーは運転席右側下にあ
る。運転者(被控訴人と同程度の体格の者)が運転席に着座した状態において、ハ
ンドルの下部分と運転者の大腿部との空間は数センチメートル程度、座席シートを
後部に下げて運転席のシートを倒し着席者が仰臥状態になれば、ハンドルの下部分
と同人の膝部分との空間は着座状態より若干の余裕が生ずるが、着席者が両足を左
右に開かない限り男性の大腿部が入るほどの空間はない。ちなみに、被控訴人の身
長は一五七センチメートルで体重は四八キログラム、控訴人の身長は一七二センチ
メートルで体重は六七キログラムである。
6 控訴人は乗車後、喫茶店か被控訴人宅で話をしたい旨告げたが、被控訴人が明
確な返事をしないでいたところ、控訴人が、当日上越教育大学の先生と飲酒してき
たことや被控訴人が副手期間経過後に右大学の大学院へ行きたいのであれば、推薦
状を書いてもいいことなどを話すうち、車は被控訴人宅前を通過した。そして、宮
城交通ワンマンバス回転場(
本件現揚)付近に至り、控訴人が、先を急いでいるように見えた被控訴人に対し、
そこで停車するよう指示したため、被控訴人は右回転場の右奥で車を止め、エンジ
ンを切り、シートベルトを外した。控訴人は同所において、被控訴人に対し、Aに
婚約者がいることを話し、それでもAと交際するのかなどと詰問し、これに対して
被控訴人が、Aとの交際を続ける旨答えたところ、控訴人は、なぜAなのかなどと
言って被控訴人を非難し、前を向いていた被控訴人の頭に触れ、控訴人の方に顔を
向かせた上、両手でその頬を挾むようにし、二度ほど頬を叩いて叱りつけ、被控訴
人のあごをつかんだ。控訴人はそのまま被控訴人の唇にキスをしたが、これに対
し、被控訴人が強く抵抗はしなかったため、控訴人は興奮して積極的になり、被控
訴人を抱きしめ、運転席のシートを倒して被控訴人の上に重なるようになった。当
日、被控訴人は前ボタンのブラウスにスカートを着用し、ストッキングをはいてい
なかったが、控訴人は被控訴人の胸を直接に触り、スカートの下から下着を下ろし
た。その際、被控訴人は「やめてください」あるいは「だめ」というような言葉を
発したが、控訴人は、被控訴人が強く拒否していないものと感じ、そのまま下着を
足の先に下ろし、控訴人もズボンを下ろして関係を持った。しかし、射精には至ら
ず、控訴人は助手席に戻った後、被控訴人に対し、性器を吸ってほしいと要求し、
被控訴人はやむなくこれに応じた。そして、再び運転席で関係を持った後、控訴人
は助手席において、自己の性器に被控訴人の顔を引き寄せて口淫させ、更に運転席
で関係を持ったが、結局、射精には至らなかった。そのうち、被控訴人が「もう時
間が遅いので」などと述べたため、控訴人は行為を終え、二人は衣服を整えて本件
現場を出発したが、時刻は午後一〇時半をかなり過ぎていた。
 被控訴人は、控訴人を自宅まで送り届けた後、A宅近くの電話ボックスからAに
電話し、右電話ボックスまで迎えに来たAが被控訴人の車を運転してA宅に行っ
た。被控訴人は、Aの「どうしたのか」という問いに対し、控訴人からAとの交際
を追及され、顔を殴られ髪を引っ張られたりしたことなどを話したが、Aがそれ以
上は尋ねなかったため、シャワーを浴び、その夜はA宅に泊まった。被控訴人の体
には、打ち身など外部から見て暴行を受けた痕跡はなかった上、着用していたブラ
ウスのボタンはちぎれてい
なかった。
7 被控訴人は、翌一七日はAとドライブに行き、同月一八日から版画ゼミナール
主催の栗駒山登山合宿に参加し、右合宿には控訴人及びAも参加したが、控訴人当
日、被控訴人に対し、ティファニーのネックレスを校舎内で贈った。被控訴人は、
合宿初日と二日目、合宿に参加した学生の写真撮影に笑顔で応じている。
 合宿二日目の同月一九日夜、被控訴人が何かを隠していると感じたAの問いに対
し、被控訴人は、控訴人に本件現場に車を停めさせられ、Aと付き合っているのか
問いただされ、先生もおまえを抱きたかったのになどと言われた上、髪を引っ張ら
れ頬を叩かれた旨説明し、これを聞いたAが、抱かれたのかと尋ねたところ、被控
訴人は下を見てうなずいた。そのためAは、「何で最後まで抵抗できなかったん
だ。普通の女性なら抵抗できたはずだ。」と言って被控訴人を非難し、その後、合
宿の間、被控訴人に話かけることはなかった。そして、被控訴人は合宿終了後の同
月二一日、A宅を訪ねたが、Aは被控訴人を非難するだけであった。
8 被控訴人は平成八年八月二三日午後七時ころ、母親に電話し、控訴人から乱暴
された旨話したため、両親が被控訴人のアパートまで来た。被控訴人は、Aに対し
ても電話で、両親に打ち明け、これから警察に告訴に行く旨を告げて呼び出し、同
日午後一一時ころ、四人は泉警察署に赴き、控訴人に強姦された旨申し出た。被控
訴人は、事情聴取を受けた上、告訴の手続の説明を受け、告訴に備えて、被控訴人
が事件当日身につけていた洋服、下着等を警察署に提出したが、署員から告訴する
かどうかよく考えて決めて下さいと言われ、当日は告訴の手続をしなかった。
 Aは、被控訴人とその両親と話し合った結果、Aが信頼するB講師に相談するこ
とを提案し、翌二四日、Bに対し、事件のことには触れず、会って話がしたい旨電
話で依頼した。Bは、当日、親戚も来ていたことからいったん断ったが、Aが執拗
に依頼するため、午後二時に自宅近くの名取空港ボウルで待ち合わせをすることに
した。Bは、それまでAから個人的な相談を受けたことがなく、卒業後は指導もし
ていなかったのに前記のような依頼を受け、Aの電話の様子が怒っているようでも
あったため、日頃からAと懇意にし面倒を見ている控訴人に連絡して、右待ち合わ
せ場所に来てもらうよう依頼した。Bが同所に赴くと、Aのほかに被控訴人とその
両親がおり、Bは、
後に控訴人も来ることを告げた上、話があるという被控訴人と自己の車で二人だけ
になり、控訴人から乱暴された旨を聞かされた。その後、同所に到着した控訴人の
車に、Bが助手席、被控訴人とその両親が後部座席に座り、Bは控訴人に対し、被
控訴人が控訴人から乱暴されたと言っているが本当かどうかを尋ねた。これに対
し、控訴人は、被控訴人がそういうのであればそうでしょうと述べ、申し訳ないこ
とをしたと両親に謝罪した。その間、被控訴人は、うつむいているだけで発言はし
なかった。被控訴人の両親は、控訴人の車から降りた後、Bに対し、今後のことを
依頼し、土産を渡した。Bは、被控訴人らが帰った後、控訴人に対して再度、真偽
を確認したところ、控訴人は、男女関係があったことは認めたが、被控訴人に対し
て乱暴はしていない旨答えた。
9 Aは同日夜、控訴人宅に電話をし、控訴人の態度に納得がいかない旨釈明を求
めたところ、控訴人はA宅に赴いた上、本件行為は強姦ではなく被控訴人がその気
であったから起きたこと、被控訴人はむしろ積極的であったこと、被控訴人は控訴
人の性器を二度も吸ってくれたことなどを話した。これを聞いたAは、本件行為は
強姦ではなく、被控訴人にだまされていたものと考え、翌二五日、Aに電話をして
きた被控訴人を非難し、これに驚いてAを訪れた被控訴人に対し、「吸ってやった
んだろう。それも二回も。強姦じゃないよ。告訴どころじゃない。なんてことをし
てくれたんだ。悪いのは君だ。」「怪我もしていないじゃないか。」と言い、「人
を殺して捕まったような気分だろう。」と責め、被控訴人とはもう会わない旨を告
げた。
10 被控訴人は平成八年八月二六日、大学に出勤していたところ、夕方午後五時
過ぎころ、控訴人の帰宅する姿を見て、「先生、私馬鹿でした。先生が一番よく分
かったと思います。なんだか人を殺して捕まった気分です。先生が帰ってしまうの
見て涙が止まりませんでした。作品は頑張ってきます。それしか今はないです。先
生、本当にごめんなさい。」と記載したメモ(乙二。本件メモ)を作成し、控訴人
の下足箱に入れた。
 控訴人は翌二七日朝、本件メモを発見し、Bにこれを見せて、どう思うかを尋ね
た。Bは、本件メモが被控訴人の控訴人に対する謝罪であると考え、これを預か
り、被控訴人の両親に電話で連絡した上、本件メモを見せた。被控訴人の母は、本
件メモが被控訴人の作成したも
のであることから、被控訴人が被害を受けたと思っていたことは間違いであると考
えた。
11 被控訴人の母は、平成八年八月二七日午前一〇時三五分、泉警察署に電話
し、「先日、先方から謝罪があり、話し合いをしております。娘の将来のことを考
えますと、事件のことを取り下げていただきたいと思います。話し合いがまとまっ
た時点で再度連絡いたします。」と申し出、その後同月二九日午前一〇時二五分、
同警察署に電話し、「告訴して相手を処罰するということになりますと、娘の今後
のことで支障がありますし、相手も絶対このようなことはしないと謝罪して来まし
たので届け出を取り下げます。」と連絡した。
 そして、被控訴人は、平成八年九月一〇日に自ら、提出していた衣類等の返還を
受け、その後、告訴の手続はしなかった。
12 本件大学の夏期休暇期間は平成八年九月一九日までであったが、そのころ、
被控訴人が控訴人の研究室を訪ねたところ、控訴人は被控訴人に対し、今後も仕事
を頑張るよう励ました。また、被控訴人は、Bに「お騒がせしました。」と言って
謝罪し、同月二〇日から大学に出勤し、制作を続けた。なお、被控訴入は、平成八
年九月四日から開催された仙台ユース・ビジュアル展及び同年一一月一四日から開
催された新現美術協会展にそれぞれ自己の作品を出展した。
 平成八年一〇月半ばころ、被控訴人Aと再び付き合うようになっていたところ、
Aが真相を教えてほしいと求めたため、被控訴人はAに対し、控訴人がものすごい
力で被控訴人の腕をつかんだので逃げることもどうすることもできずに強姦され、
また、顔をつかんでむりやり性器を口に入れさせられたなどと当夜の行動を説明し
た。Aは右説明を聞いて控訴人に対する怒りが込み上げ、控訴人宅へ夜中に押し掛
け、玄関のドアを蹴るなどした。
13 被控訴人は、平成八年一一月八日、生活美術学科の副手担当の助教授である
Cに対し、控訴人にレイプされた旨を話し、Cは翌九日、被控訴人と共に、学科長
のDに事件を報告し、Dは同月一八日、E理事長に報告して、控訴人は同月三〇
日、同年一二月一日から当分の間謹慎を命じられて自宅待機となり、平成九年一月
三一日に自宅待機を解かれ、同年二月三日戒告処分を受けた。控訴人は現在も本件
大学の教授の地位にあるが、授業その他の校務からほとんどはずされている。
 その後、被控訴人は弁護士と相談し、平成一〇年一月二九日、本件
訴訟を提起した。なお、被控訴人は平成九年一二月七日、Aとの婚姻の届出をし
た。
二 そこで、以上の認定事実に基づき、平成八年八月一六日夜の控訴人の本件現場
における行為(本件行為)が不法行為に当たるかどうかについて検討する。この点
に関する双方の主張は対立し、被控訴人は控訴人の行為は強制わいせつないし強姦
に当たると主張するのに対し、控訴人は本件行為は被控訴人との合意に基づくもの
であると主張する。
 当審の認定事実は前記のとおりであって(当夜の行動については前記一の5及び
6参照)、当裁判所は、控訴人が被控訴人の主張するように暴行又は脅迫を用いて
わいせつな行為ないし姦淫行為をしたものとまでは認められないが、本件行為が被
控訴人との合意に基づくものとは認められず、控訴人は被控訴人の意に反して性的
行為ないし性的関係を強要したものであり、右行為は被控訴人の性的自由を侵害す
ものとして不法行為に当たると判断する。以下、当夜の行動の経過に沿って検討す
る。
1 前記認定事実によれば、被控訴人は本件大学に入学以来、控訴人の指導を受
け、卒業後は控訴人の推薦もあって生活美術学科の副手に採用され、同学科の教授
である控訴人から一層親密な指導を受けるようになった。一方、Aもまた、控訴人
から就職の世話や版画の指導を受けていたのみならず、交際していた女性の両親と
の間の調整を依頼するなど控訴人とは私的にも極めて親密な関係にあった。
 ところで、前記認定のとおり、平成八年八月一三日、Aは控訴人に対し、被控訴
人と付き合って既に関係を結び、被控訴人が処女でなかったことまで話したとこ
ろ、控訴人は、Aには恋人がいて、その両親との調整を依頼されるなどしていたこ
とから、Aを非難し、同月一六日、被控訴人にAとの関係を確認し、同月一八日か
ら予定されている合宿での両者の行動について注意しようと考え、友人と飲酒後の
午後九時ころ、被控訴人に電話し、話があるので地下鉄β駅まで迎えに来てほしい
旨依頼したものである。
2 右のとおり、控訴人が当夜被控訴人を呼び出したのは、被控訴人がAと交際し
ていることを不快に思い、被控訴人に注意しようと考えたことによるものであっ
て、控訴人とAの前記のような関係に照らせば、右のような目的自体はうなずけな
いものではない。したがって、控訴人が当初から本件行為に及ぶことを意図してい
たものということはできず、そのことは、前記
認定のとおり、控訴人が乗車後、話し合う場所として喫茶店を提案していることか
らも明らかである。もっとも、被控訴人が控訴人の教え子であり、教授と副手の関
係にあるとはいえ、右のような目的のために、若い女性に対し、夜遅く車での出迎
えを依頼するのは、いささか非常識のそしりを免れない。
 他方、前記認定事実によれば、被控訴人はそれまで控訴人から車での出迎えを依
頼されたことがなかったにもかかわらず、控訴人の呼出しに何ら警戒心を抱くこと
もなく応じていることが認められ、被控訴人の供述によれば、控訴人が話があると
告げた意味を推測もしなかったというのであるが、夜遅く右のような呼出しを受け
るのは異常ともいえる事態であるから、電話に出た際あるいは控訴人が乗車した後
においても、控訴人に対し、話の目的・内容が何であるか、それが当夜でなければ
ならないのかなどを尋ね、場合によっては、それに適当な場所を考えることもでき
たはずである。しかし、前記認定のとおり、被控訴人は、呼び出されるまま控訴人
を出迎えに行き(被控訴人の供述によれば、当夜はA宅に行く予定であったため、
途中にある控訴人宅で控訴人を降ろせばよいと考え、前記のとおり、控訴人が話が
あるという意味を推測もしなかった。)、控訴人を乗車させた後は特段の質問をす
ることもなく、控訴人に指示されるまま本件現場に車を入れ、停車させたのであっ
て、いかに控訴人を信頼していたにせよ、無警戒にすぎる行動であったというべき
である。なお、控訴人は、被控訴人が控訴人に対して警戒心を抱かなかったのは、
控訴人に対して師弟関係を超えた親密な感情を有していたためであるかのように主
張するが、被控訴人が既にAと親密な関係にあったことは前記認定のとおりであっ
て、本件全証拠によっても右主張事実を認めることはできない。
3 前記認定のとおり、本件現場に停車後、控訴人は被控訴人に対し、Aに婚約者
がいることを話し、それでもAと交際するのかなどと詰問し、被控訴人がAとの交
際を続ける旨答えたところ、前を向いていた被控訴人の頭に触れ、控訴人の方に顔
を向かせた上、両手で顔を挟むようにし、二度ほど頬を叩いて叱りつけた。
 被控訴人は、控訴人が被控訴人の髪を引っ張って顔を向かせた上、二度にわたり
頬を平手打ちにした旨主張し供述するが、誇張がうかがわれ、当審の認定は右のと
おりである。ただし、控訴人が被控訴人がAと交際
していることを不快に思い、当夜これを注意しようと考えていたことは前記のとお
りであり、右認定事実によっても、控訴人が被控訴人を強く叱責し、これにより被
控訴人が少なからず畏怖の念を抱いたであろうと推認することができる。
 ところで、本件現場に停車後、被控訴人がシートベルトを外したことは前記認定
のとおりであるが、控訴人は、そのこともまた被控訴人が控訴人に親密な感情を抱
いていたことの現れである旨主張する。しかしながら、被控訴人が控訴人に対して
師弟関係以上の親密な感情を抱いていたものと認めることができないことは前記の
とおりであり、被控訴人の供述によれば、シートベルトを外したのは習慣的なもの
にすぎないというのであって、右主張を採用することはできない。
4 その後の経過は前記認定のとおりである。すなわち、控訴人は、被控訴人の顔
を控訴人の方に向かせた後、そのまま被控訴人の唇にキスをし、これに対して被控
訴人が強く抵抗しなかったため、興奮して積極的になり、被控訴人を抱きしめ、運
転席のシートを倒して被控訴人の上に重なり、下着を下ろして関係を持ったが、射
精には至らなかった。その後、控訴人は助手席に戻り、被控訴人に自己の性器を吸
わせた後、再び運転席で関係を持ち、右のような行為を繰り返したものである。
 被控訴人は、右行為の過程において必死に抵抗したが控訴人の力に抗しけれず強
姦された旨主張し、これに沿う供述をする。また、被控訴人が下着を下ろされそう
になり抵抗した際に下着が破れたとして、被控訴人が事件当日に着用していたとす
る下着の写真(甲一〇の5、6。被控訴人が平成一〇年五月一六日に本件大学内の
アトリエで撮影したもの)を提出する。しかしながら、被控訴人の体に外部から見
て暴行を受けた痕跡はなく、着用していたブラウスのボタンがちぎれていなかった
ことは前記認定のとおりであり、また、右写真によれば下着のレースの一部に破損
が認められるが、被控訴人が主張・供述するような必死の抵抗があったとすれば、
破損状態は右程度にとどまらないとも考えられるのであって、この点に関する被控
訴人の供述はにわかに採用することができない。
 これに対して控訴人は、被控訴人が身体を寄せてきたので思わずキスをしてしま
ったところ、被控訴人が舌を絡めるようなキスを返してきたので興奮し、抱擁し合
ううち性的関係に至った旨主張し、これに沿う供述をする。ま
た、被控訴人が運転していた小型自動車(三ドア五人乗りのスターレット)内にお
いては、被控訴人の協力がなければ運転席において性的関係を結ぶことはできない
旨主張する。しかしながら、控訴人が被控訴人の行為につき右のような主張をする
のは、被控訴人が控訴人に対して師弟関係以上の親密な感情を抱いていることを前
提にするものであるところ、右のような前提事実を認めることができないことは前
記のとおりである。そして、前記のとおり、被控訴人は既にAと親密な関係を持
ち、当夜も控訴人を送り届けた後はA宅に行くことを予定していたのであって、そ
のような状況の下において、被控訴人が控訴人の主張するような積極的な行動に出
る動機ないし可能性は認め難いものといわなければならず、控訴人の前記供述を採
用することはできない。
5 当審の認定事実は前記のとおりであり、右認定事実によれば、結局のところ、
控訴人の前記行為は全体として控訴人の一方的な要求に基づくものというべきであ
って、右行為につき被控訴人の同意があったものとは認められない(下着を下ろそ
うとした際、被控訴人が「だめ」というような言葉を発して抵抗していたことは、
控訴人も供述するところである。)。ただし、前記認定のとおり、被控訴人が運転
していた自動車の車内は相当に狭かったから、控訴人が主張するように、被控訴人
のある程度協力的な行為がなければ右車内において性的関係まで結ぶことは困難で
あったと認められる。したがって、被控訴人がその主張するような必死の抵抗をし
たのであれば、性的関係にまで至ることはなかったと考えられるのであり、被控訴
人には控訴人の行為を断固として拒否する態度に欠けていたものといわざるを得な
い。しかしながら、そうであるからといって、控訴人の行為につき被控訴人が同意
していたものと認められないことは前記のとおりであり、前記認定事実によれば、
被控訴人としては、控訴人からAとの交際を強く叱責された後、突然に抱きしめら
れるような行動に出られたため、また、控訴人と被控訴人との前記のような関係か
らして、控訴人の要求に従わざるを得ない感情が働いたことも推認され、結局、控
訴人の行為に強く抵抗することができなかったものと推認される。
 なお、前記認定のとおり、被控訴人は平成八年八月二六日、本件メモを作成して
控訴人の下足箱に入れ、右メモには控訴人に対する謝罪文言が記載されている
ところ、控訴人は、本件メモの存在によっても本件行為が強姦でないことは明らか
である旨主張する。しかしながら、本件メモが作成されるまでの事実経過は前記認
定のとおりであり、被控訴人は、控訴人の説明により本件行為が強姦に当たらない
と信じたAから強く非難されていたのであって、そのような状況の下において、被
控訴人が自らを責め、自己が謝りさえすればすべてが終わると考えて本件メモを作
成した旨の同人の供述も理解できないものではない。したがって、本件メモが存在
することから、直ちに本件行為が合意に基づくものであると認めることはできな
い。また、被控訴人が平成九年に同僚であるFに差し出した年賀状(乙七の1、
2)には、「スターレットにも感謝、感謝」と記載されているところ、控訴人は、
本件行為が強姦であったとすれば、そのような行為のあった車に「感謝」すること
はあり得ない旨主張する。しかしながら、被控訴人の供述によれば、被控訴人は本
件行為があった右の車を買い替えたいとは思ったものの、金銭的な余裕がなく、同
じ車を所有している今野との共通の話題を記載したまでであるというのであって、
右年賀状の記載をもって本件行為が合意に基づくことの証左とすることはできな
い。
6 以上によれば、控訴人は被控訴人の意に反する性的行為ないし性的関係を強要
したものというべきであり、右行為は被控訴人の性的自由を侵害するものとして不
法行為に当たる。
三 賠償額について
 前記認定事実によれば、本件行為は計画的なものでなく、控訴人が夜遅く被控訴
人と狭い車内で話すうち衝動的に行われた多分に偶発的なものということができる
が、控訴人は、被控訴人が控訴人を信頼し、また、その指示・要求に従わざるを得
ない立場にあるのを不当に利用して本件行為に及んだものというべきであって、そ
の行為は非難されなければならない。しかし、被控訴人の行動も無警戒にすぎ、本
件現場においても、被控訴人が控訴人の要求を断固として拒否する態度に出たなら
ば本件好意にまで至らなかったものということができる。
 右のような本件行為に至る経緯、本件行為の経過と態様及びその他本件に現れた
諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人に対する慰謝料は二〇〇万円をもって相当
とする。また、本件事案の内容、訴訟の経緯等にかんがみれば、弁護士費用は三〇
万円をもって相当とする。
 以上によれば、控訴人は被控訴人に対し、金
二三〇万円及び内金二〇〇万円については不法行為の日である平成八年八月一六日
から、内金三〇万円については不法行為後の日である平成一〇年二月一四日から、
それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があ
る。したがって、被控訴人の請求は右の限度で容認すべく、その余は理由がないの
で棄却すべきである。
四 よって、本件控訴に基づき、右と一部結論を異にする原判決を本判決の主文第
一項のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないので棄却することとし、主文のと
おり判決する。
仙台高等裁判所第二民事部
裁判長裁判官 大内俊身
裁判官 吉田徹
裁判官 比左和枝

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