弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成12年(行ケ)第384号 特許取消決定取消請求事件(平成14年6月18
日口頭弁論終結)
             判    決
    原      告    株式会社半導体エネルギー研究所
    訴訟代理人弁理士    玉 城 信 一
    被      告    特許庁長官 及 川 耕 造
    指定代理人       田 部 元 史
    同           青 山 待 子
    同           山 口 由 木
同           高 木   進
同           林   栄 二
主    文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   特許庁が平成11年異議第74272号事件について平成12年8月22日
にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨    
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、発明の名称を「液晶素子」とする特許第2893069号(昭和63年
9月22日出願、平成11年3月5日設定登録。以下「本件特許」といい、その発
明を「本件発明」という。)の特許権者である。
 本件特許につき、平成11年11月17日に特許異議の申立てがあり、特許庁
は、この申立てを平成11年異議第74272号事件として審理したうえ、平成1
2年8月22日、「特許第2893069号の特許を取り消す。」旨の決定をし、
その謄本を同年9月11日に原告に送達した。
 2 本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載)
 【請求項1】
 一対の基板間に、液晶とスペーサーを有する液晶素子において、
 前記スペーサーは接着力と、伸縮率の限界値を有し、
 前記伸縮率の限界値が10%~35%の範囲から選択されたものを、前記スペー
サーとして用いることを特徴とする液晶素子。
 3 決定の理由の要旨
 決定は、別紙決定の理由写し(「決定書」という。)のとおり、本件特許は、そ
の明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易に実施することができる程度に発明
の構成が記載されたものとはいえないから、特許法36条3項(平成2年改正前)
の規定に違反してなされたものであり、拒絶の査定をしなければならない特許出願
に対してなされたものであるから、特許法の一部を改正する法律の一部の施行に伴
う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項及び2項の規定によ
り、取り消すべきであるとした。
第3 原告主張の決定取消事由
 1 決定の理由の認否
 決定書(甲第1号証)の理由中、「(1)手続の経緯」、「(2)取消理由通知
の概要」及び「(3)特許権者の主張」は、認める。ただし、決定書2頁33行の
「伸縮率の限界値」は「伸縮率」の誤記である。
 しかし、「(4)当審の判断」の一部(「出願当時既に周知の・・・証拠はな
い。」(決定書4頁5行~9行)及び「その様な記載は明細書にはなく、・・・認
められない。」(同4頁17行~26行))及び「(5)むすび」の「以上のとお
り・・・認める。」(決定書4頁28行~30行)は、争う。
 
 2 決定取消事由(原告の主張)
 決定は、本件特許が特許法36条3項の規定に違反してなされたものであるとし
た点において、法の適用を誤ったものであり、取り消されるべきである。
 (1) 決定の理由及び本件発明の用語の意味について
   ア 決定の理由について
   (ア) 決定の理由は、2つである。
 その1つは、「本件特許明細書の発明の詳細な説明には・・・出願当時既に周知
のいかなるスペーサーを用いると接着力を有し、伸縮率の限界値が10%~35%
とすることができるのか、具体例が何も記載されていない。そして、出願当時、接
着力を有し、伸縮率の限界値が10%~35%のスペーサーが当業者に自明又は周
知であると認めるに足る証拠はない。」(決定書3頁36行~4頁9行)というも
の(以下「第1の決定理由」という。)である。
 他の1つは、「特許権者は、本件発明は、・・・個々のスペーサーの性質及び数
十~数百のスペーサーの分布状態を考慮して、スペーサーの伸縮率について調べた
結果、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーが用
いられた場合、セル厚の均一性及び液晶の存在しない部分がないという効果を同時
に達成することができることを発見したものである旨主張しているが、そのような
記載は明細書にはなく、また当業者において明細書をそのように解釈することが自
明であるとは認められない。さらに、特許権者は、本件発明は明細書の記載及び周
知技術から当業者が容易に実施できる旨主張しているにもかかわらず、周知のスペ
ーサーの中から、個々のスペーサーの性質及び数十~数百のスペーサーの分布状態
を考慮して、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサ
ーの具体的な実施例を一つも示していない。」(決定書4頁11行~23行)とい
うもの(以下「第2の決定理由」という。)である。
   (イ) 第1の決定理由は、要は、(ⅰ)本件発明のスペーサーはどのよう
な材質からなるもので、(ⅱ)どのようにして第1表に記載した伸縮率を求め、
(ⅲ)どのように伸縮率の限界値を特定したのか不明である、というものであると
思われる。
 上記(ⅰ)については、本件発明は、本件明細書にスペーサーの材料、物性等に
関する記述がないことからも明らかであるように、スペーサーの材料、物性に関す
るものではなく、スペーサーとして本件特許出願前周知の材質からなるものを用い
るものである。上記(ⅱ)については、そのスペーサー特性(例えば、スペーサー
の材質がゴムである場合にはゴムの伸縮性)あるいはスペーサーの分布状態、すな
わち、スペーサーの数(分布密度でも同じ)を変更してそれぞれの伸縮率を求める
ことができるものである。上記(ⅲ)については、求めたそれぞれの伸縮率から伸
縮率の限界値である液晶セルのセル厚が不均一にならない値及び液晶セル内に液晶
が存在しなくならない値である10%~35%の伸縮率の範囲を特定することがで
きるものである。スペーサーの材質、伸縮率を求める手法並びに伸縮率の限界値の
特定の仕方は、本件特許公報(甲第2号証)に示される本件明細書の記載事項、具
体例としての第1表、第2表、本件特許出願前の技術常識、更には従来周知の技術
をも合わせ読めば、本件明細書に記載されているものである。
 第2の決定理由は、上記(ⅱ)の「第1表に記載した伸縮率の求め方」がもとも
と本件明細書に明示されていれば記載不備はないが、その旨の記載がないため不明
であるとするものであると思われるが、上に記載したように複数個の伸縮率は簡単
に求めることができるとともに、スペーサーの伸縮特性あるいはスペーサーの分布
状態を変更して伸縮率を求める手法は、本件特許出願前の技術常識、更には従来周
知の技術をも合わせ読めば実質的に本件明細書に記載されていたものである。
   イ 本件発明の用語の意味について
 ここで、本件明細書の記載内容を理解する上で必要と思われるため、請求項1等
に記載される以下の用語について説明する。
   (ア) 「伸縮率」は、スペーサー単体で見れば、伸縮した長さが伸縮前のも
のと比べてどのくらいの割合になっているかを示すもの、すなわち、伸縮した長さ
を伸縮前の長さで割り、その値に100を掛けた数値であり、これを本件発明のス
ペーサーでみると、本件発明でいうスペーサーの伸縮率は、スペーサー単体でのも
のをいっているのではなく、液晶セル内に介在された複数個のスペーサーによって
引き起こされるものを対象にしていることは明らかであり、液晶の注入時の問題及
び注入後の問題の原因である温度変化によって液晶セルが内部に封入した複数個の
スペーサーとともに伸縮するのであるから、温度変化が生じる前の状態の液晶セル
の厚さあるいはスペーサーの高さを基準にして温度変化後に液晶セルあるいはスペ
ーサーがどれだけ伸縮したかの割合を示すもの、すなわち、温度変化後の液晶セル
あるいはスペーサーの伸縮した高さを温度変化前の液晶セルの厚さあるいはスペー
サーの高さで割り、100を掛けた値となる。
   (イ) 「伸縮率の限界値」の「限界値」という用語は、本件明細書の請求
項1以外には用いられていないが、本件明細書の「ただし接着力と伸縮性を有する
スペーサーの伸縮率が大きすぎる(35%以上)場合、・・・第1図に示す測定点
A~Lの12ケ所のデータを第2表に示す。」(4欄5行~15行)との記載事項
については、伸縮率の限界値の特定手法が読みとれるのであり、この記載内容は、
正に液晶セルの品質にとってスペーサーの伸縮率に大きくもなく小さくもない適正
な限界となる値があることを示すものである。
 すなわち、本件発明で用いている「伸縮率の限界値」は、液晶セルの品質を落と
さないスペーサーの伸縮率の上下限値を示すもので、結局のところ、「伸縮率の限
界値」は、スペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値、別言すれば、ス
ペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしたら液晶セルの品質が保てなくなる限界値
を意味するものである。
   (ウ) 以上をまとめると、被告の前記「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮
率の限界値」に対する解釈は、以下のとおりとなる。
 「スペーサーの伸縮率」は、スペーサー単体の物性としての伸縮率であり、スペ
ーサーの「伸縮率の限界値」はスペーサー単体がこれ以上伸びたり縮んだりしない
限界値である。
 液晶素子を対象にしたディスプレイの技術分野においては、「スペーサー」は基
板間に介在され、基板間のギャップを保持するために用いる多量のスペーサーを指
していることは本件特許出願時において技術常識である。スペーサーの散布密度を
示す周知例として新たに甲第21号証(特開昭60-260022号公報)、甲第
22号証(特開昭62-150224号公報)及び甲第23号証(特開昭63-1
55128号公報)を提示する。してみると、本件明細書に記載される「セル」、
特に「セル厚」が少なくともスペーサー群と表裏一体な関係にあることは明らかで
あり、第1表に記載される「スペーサーの伸縮率」の「スペーサー」は「スペーサ
ー群」を指しており、第1表に記載される「スペーサーの伸縮率」は、「スペーサ
ー群の伸縮率」、更には「「セル厚の伸縮率」と読み替えても何ら不自然なもので
はない。
 (2) 本件発明の実施について
   ア 本件明細書の発明の詳細な説明の[発明の構成]の項には、(ⅰ)10
個の伸縮率を求め(ただし、どのようにそれらの伸縮率を求めたかの記載の明示が
ないことは確かである。)、(ⅱ)それら伸縮率のセル厚への分布を第1図に示す
12ケ所の測定点A~Lのセル厚を測定することにより調べ、(ⅲ)そのデータに
基づきセル厚の均一性を求め、(ⅳ)伸縮率が35%以上ではセル厚の均一性が保
てないことを見つけ、(ⅴ)その値を伸縮率の上限の限界値とし、次いで、(ⅵ)
10個の伸縮率のそれぞれについて液晶セルの温度を下げて液晶セル内に液晶の存
在しない部分が現れるか否かについて調べ、(ⅶ)伸縮率を10%以下にした場合
液晶セル内に液晶の存在しない部分が現れたことを確認し、(ⅷ)その値を伸縮率
の下限の限界値とする、という一連の作業により、伸縮率の限界値の特定の仕方が
示されている。してみると、決定の指摘する「どのように伸縮率の限界値を特定し
たのか不明である。」については本件明細書に記載されているものである。
 スペーサーがどのような形状でどのような材質からなるものかについては、本件
明細書には記載されていないが、従来知られていたスペーサーを用いることにより
発明を充分構成し得るものである場合は、スペーサーの製法あるいは材質が特に明
示されていなくても許されるものであり、本件発明の場合も正にそれに該当するも
のである。すなわち、接着力あるいは伸縮性を有するスペーサーについては、特開
昭57-176022号公報(甲第14号証)、特開昭54-92339号公報
(甲第13号証)に示されている。伸縮性を有するスペーサーについては、特開昭
60-83917号公報(甲第11号証)、実願昭61-43288号(実開昭6
2-154427号)のマイクロフィルム(甲第12号証)に示されている。
 本件発明は、スペーサーとして用いるものは従来知られていたものであることを
前提とし、その材料もゴム等の使用ができるため、決定の理由の1つである「どの
ような材質からなるものか不明である。」については、その理由がないものであ
る。
   イ 本来液晶セル内に介在されるスペーサーは、温度変化等により引き起こ
される基板の収縮を抑制するため基板内に複数個のものをほぼ均一に配置して用い
るものであるところ、基板内にどのように配置されるかについては本件明細書の発
明の詳細な説明の[従来の技術]の項には、具体的にどのように配置されるかにつ
き必ずしも明確にしていないものの、従来技術を参照すると、特開昭58-100
122号公報(甲第18号証)、特開昭59-201022号公報(甲第19号
証)、特開昭56-48616号公報(甲第20号証)に記載されているように、
本件特許出願前においてスペーサーを均一に配置する技術が広く知られていた。本
件発明もこれらの従来技術を用いて基板内に所定数のスペーサーを均一に配置する
ことができる。
   ウ 本件発明がどのようにして種々の伸縮率を算定することができたかにつ
いては、以下に説明するとおりである。
 まず、スペーサーを用いた場合の液晶セルの温度変化に対する液晶セルあるいは
スペーサーの変動について概観すると、従来周知のガラス製の基板を用い、その基
板内に従来周知のスペーサーを均一に配置する技術(例えば甲第18ないし第20
号証に記載される技術)によって接着力と伸縮性とをともに有するスぺ一サーを基
板内に配置し、従来周知の溶融による基板張り合わせ手法で2枚の基板を貼り合わ
せ、本件明細書にも記載した真空注入法によって液晶を注入し、封入することによ
り液晶セルを形成することができるところ、液晶セルには、温度変化に起因した液
晶注入時の問題及び液晶注入後の問題が生起されることになる。これらの問題は、
液晶注入時には液晶セルが膨張し、液晶注入後には液晶セルが収縮しようとするこ
とであるが、いずれにしても温度変化に起因した液晶セルの伸縮とは、液晶セルの
伸縮方向に力が作用していることを意味し、液晶セルに伸縮方向の力が作用すると
いうことは、液晶セル内面には内部に介在したスペーサー自身が有する接着力によ
り液晶セル内面に接着しているのであるから、液晶セル内に介在するすべてのスペ
ーサーは、液晶セルの伸縮に併せて伸縮していることになる。スペーサーの伸縮は
液晶セルの伸縮力に対し反力として作用し、液晶セルの伸縮力を抑制し、両者の力
はいずれ等しくなり、等しくなった時点で液晶セルの変形は止まる。その場合液晶
セルの厚みは、温度変化が始まる初期の状態に対し一定量変形していることにな
り、その時の変形量を初期の液晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さで割り、1
00を掛けることによりその時のスペーサーの伸縮率を計算することができること
になる。本件発明は、上記したようにその明細書に「接着力と適当な伸縮性とをと
もに有するスペーサーのみを、あるいは接着力を有さないスペーサーと同時に使用
することにより、」(甲第2号証4欄1行~3行)と記載されているのであり、少
なくとも1つの伸縮率は求められることになる。
  エ 次いで、その他の伸縮率はどのように求めるのかであるが、決定の主たる
理由も要はこの点に尽きるものと思われる。
 その他の伸縮率であるが、本件明細書には、第1表に示すように例1から例10
と10個の伸縮率を求めその伸縮率より上記温度変化に起因した液晶注入時の問題
及び液晶注入後の問題を解決するための伸縮率の限界値を実験により求め発明を完
成させているのであり、何らかの手段で第1表の例1から例10の10個の伸縮率
を求めたのは確かな事実である。本件明細書にはそれらl0個の伸縮率をどのよう
に求めたかの具体的な手法についての明示はないが、本件明細書の示唆及び技術常
識並びに周知技術をも合わせ読めば実質的に本件明細書に記載されていたものであ
る。
 すなわち、スペーサーは所定数が均一に配置されているため、個々のスペーサー
で液晶セルの抑圧力を等分して支えていることになり、個々のスペーサーが受ける
力をすべて合わせたものがスペーサーの反力となる。ところで、ある力を複数の点
で受ける場合、点の数が少なければ個々の点に作用する力は大きく、点の数が多け
ればその逆に個々の点に作用する力は小さくなるという力関係があることは力学的
分野においては技術常識にすぎず、これを本件発明の液晶セルとスペーサーとの力
関係についてみると、前記技術常識と同様に液晶セルの力が点としての複数個のス
ペーサーに作用しているのであり、してみると、スペーサーの総数を減らせば個々
のスペーサーで受ける液晶セルの押圧力は大きくなり、受ける液晶セルの押圧力が
大きくなるということはスペーサーの伸縮率が大きくなることであり、逆にスペー
サーの総数を増やせば個々のスペーサーで受ける基板の抑圧力は小さくなり、受け
る基板の抑圧力が小さくなるということはスペーサーの伸縮率が小さくなることで
あり(以下「第1の変動要因」という。)、このような変動要因が生じることは当
業者にとって自明なことである。なお、この点については甲第11号証に、スペー
サーの数により基板の押圧力が変わることが明示されていることからも明らかであ
る。
 そして本件発明がこの第1の変動要因を利用する場合には、スペーサーの総数を
増減することによりその時の伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書
に記載される10個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%
~35%の範囲内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーの総数を本件発明
のスペーサーとして用いることができる。
 次いでスペーサーの性質あるいは特性でみると、本件発明の個々のスペーサーは
適当な伸縮性を有するものであり、伸縮性を有するものとして例えば上記各周知例
に記載されているようなその全てがゴム等の弾性体からなるかあるいはゴム等の弾
性体が被覆されたものを用いることができるため、本件発明のスペーサーにおいて
も所定の伸縮性を有しており、この伸縮する力で液晶セルの抑圧力を支えているも
のである。ところで一般に弾性体としてのゴムは、同じゴム製品であっても種々の
伸縮性を有する製品が作られていることは技術常識であるとともに、ゴム充てん剤
について「分析化学辞典」(分析化学辞典編集委員会編、1987年9月20日初
版6刷、共立出版株式会社発行。698頁右欄9行~15行。甲第16号証。)、
さらに「GENRE JAPON1CA 万有百科大事典 15 化学」(相賀徹
夫編集著作出版、昭和58年6月20日初版第21刷、株式会社小学館発行、31
7頁。甲第17号証。)に記載されているように、ゴムの製造時に充てん剤を用い
ることによりゴムの硬さあるいは弾性を変えることが本件特許出願前周知の技術で
あることが示されている。
 してみると、本件発明のスペーサーとしてよく伸び縮みするゴムを用いれば個々
のスペーサーは大きく伸び縮みし、スペーサーが大きく伸び縮みするということは
スペーサーの伸縮率が大きくなることであり、逆にあまり伸び縮みしないゴムを用
いれば個々のスペーサーはあまり伸び縮みせず、スペーサーがあまり伸び縮みしな
いということはスペーサーの伸縮率が小さくなることであり(以下「第2の変動要
因」という。)、このような変動要因が生じることはやはり当業者にとって自明な
ことである。
 一方、本件明細書の発明の詳細な説明の[発明の構成]の項に記載される「かか
る問題解決のため本発明は、接着力と適当な伸縮性とをともに有するスペーサーの
みを、あるいは接着力を有さないスペーサーと同時に使用することにより、」(甲
第2号証4欄1行~3行)との記載事項中、「適当な伸縮性」は1つの伸縮性をい
っているのではなく、ある1つの伸縮性の値を中心により広い範囲の伸縮性の値を
含むものと解することができるため、本件明細書には複数種類の伸縮性を持つスペ
ーサーの使用は示唆されていたものである。
 そして本件発明がこの第2の変動要因を利用する場合には、スペーサーをゴムで
形成するとともに、そのゴムの伸縮性が異なるものを複数種類用意することにより
ある1種類の伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書に記載される1
0個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%~35%の範囲
内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーを本件発明のスペーサーとして用
いることができる。
   オ 被告は、本件明細書の記載からは、本件発明の「伸縮率の限界値」が上
記第1、第2の変動要因を利用した実験により求められるものであることすら当業
者において分からないのであるから、依然として、本件明細書はその発明の詳細な
説明に、当業者が本件発明を実施することができる程度に、その発明の構成が記載
されていないといわざるを得ないと主張する。
 確かに「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」については、被告が主張
するように、温度、圧力等に起因した力が特定できなければ伸縮率が定まらないこ
とになるところ、いずれにしてもそれらの変動要因が、液晶セルを製品に組み込ん
での通常の使用形態時には想定されないもので、液晶注入時あるいは注入後特有な
ものであり、かつそれらの変動要因に起因した力を特定することができればよいは
ずである。
 この点について新たに甲第25号証(特開昭61-249025号公報)、甲第
26号証(特開昭62-247327号公報)及び甲第27号証(特開昭62-2
47327号公報)を提出する。これら証拠をみると、強誘電性液晶において粘性
が低く注入が可能な状態である等方相への転移温度が概略70数度~100℃であ
ることは、本件特許出願時には広く知られていた数値であり、本件発明もこの数値
を用いてセル内に液晶を注入しているのである。してみると、前記温度は、液晶セ
ルを製品に組み込んでの通常の使用形態時にはほとんど想定されない温度であり、
かつ強誘電性液晶において粘性が低く注入が可能な状態である等方相への転移温度
として特定ができるから、その結果生じる力は、一義的な力として特定し得る力で
ある。
 次に圧力に起因した変動要因について述べると、この点について新たに甲第28
号証(特開昭60-129728号公報)及び甲第29号証(特開昭60-254
118号公報)を提出する。これら証拠をみると、セル内に液晶を注入する圧力と
して概略10-3
~5×10-4
Torrの真空度が必要であることは、本件特許出願
時には広く知られていたことであり、本件発明もこの数値を用いてセル内に液晶を
注入しているのである。そしてこの圧力は、真空ポンプを使用して人為的に容易に
作り出せる圧力ではあるが、液晶セルを製品に組み込んでの通常の使用形態時には
ほとんどといっていいぐらいに想定されない圧力であり、かつ液晶を注入するため
に必要な圧力として特定ができるから、その結果生じる力は、一義的な力として特
定し得る力である。
 スペーサーをセル内に均一に散布する技術について更なる証拠として新たに甲第
30号証(特開昭57-132117号公報)及び甲第31号証(特開昭58-1
76621号公報)を提出する。所定数のスペーサーを再現性良く均一に散布する
技術は、本件特許出願時には既に周知慣用であるため、本件発明を実施する場合の
手法としてスペーサーの数を変えて「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界
値」を求めることもできるのである。
 (3) その他
 被告は、本件の特許異議に先立つ拒絶査定に対する不服審判手続の中では、特許
法36条3項違反の拒絶理由通知に対する原告の意見を容れ、特許を付与しておき
ながら、異議手続においては、特許法36条3項違反を理由として、本件特許を取
り消した。このようなことは同じ行政庁としての一体性に欠けるものであり、許さ
れない。
第4 被告の反論の要点
 1 決定の理由に対する原告の主張はいずれも失当である。
 (1) 本件発明の用語の意味について
 原告は、原告の主張する用語の意味を前提として、本件明細書には、スペーサー
の「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求める方法が実質的に示されている旨主張
するが、失当である。
   ア 原告は、本件発明でいうスペーサーの伸縮率は、スペーサー単体でのも
のをいっているのではなく、液晶セル内に介在された複数個のスペーサーによって
引き起こされるものを対象にしていることは明らかであり、本件スペーサーの伸縮
率は、温度変化後の液晶セルあるいはスペーサーの伸縮した高さを温度変化前の液
晶セルの厚さあるいはスペーサーの高さで割り、100を掛けた値となり、伸縮率
の限界値はスペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしたら液晶セルの品質が保てな
くなる限界値を意味するものであると主張している。すなわち、「スペーサーの伸
縮率」、「伸縮率の限界値」なる用語をそれぞれ「セル厚の伸縮率」、「セル厚の
伸縮率の限界値」の意味である旨主張している。
   イ しかしながら、そもそも、「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界
値」なる用語を、上記原告主張の意味において当業者が慣用しているとする証拠は
ないし、またそのような定義は本件明細書に全く記載がない。
 そして、本件明細書には、「第1表にスペーサの伸縮率の大きさとセル厚の均一
性・・・との関係を示す。」等の記載があり、「スペーサの伸縮率」という用語と
「セル厚」という用語をはっきり区別して使用しているのであるから、当業者であ
れば、「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」なる用語は、むしろ「セル
厚の伸縮率」、「セル厚の伸縮率の限界値」とは違う、別の用語であると解するの
が自然である。
 そうすると、本件明細書中の「スペーサーは接着力と、伸縮率の限界値を有し」
(請求項1)及び「接着力と伸縮性を有するスペーサーの伸縮率」(4欄5行~6
行)なる記載は、通常の日本語として理解するしかなく、「スペーサーの伸縮率」
は、単にスペーサー自体の物性としての伸縮率であり、スペーサーの「伸縮率の限
界値」は単にスペーサー自体がこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値と解する他
はない。
   ウ 原告は、甲第21ないし第24号証を提出し、「スぺーサーの伸縮率」
は「スペーサ群の伸縮率」すなわち「セル厚の伸縮率」であり、スペーサーの「伸
縮率の限界値」は「セル厚の伸縮率の限界値」と読み替えるべきである旨主張して
いる。
 しかしながら、原告の提出した上記証拠は、本件明細書において積極的にそのよ
うに解釈すべきである、あるいはそのように解釈すべきことが自明であることを立
証するものではないから、原告の主張は失当である。
 すなわち、甲第21号証ないし甲第23号証には、セルの基板間に多量のスペー
サーが散布されることが記載されているが、これら多量のスペーサの伸縮率、スペ
ーサの伸縮率とセル厚の関係については何ら記載されていない。そして、スペーサ
ーがセルの基板間に多量に散布されるものであることと、これらのスペーサーに、
これ以上伸びたり縮んだりしない限界値があることには何の矛盾もなく、被告の
「スペーサーの伸縮率の限界値」は、スペーサー自体がこれ以上伸びたり縮んだり
しない限界値であると解する他はないとの主張には不合理な点はない。
 また、「伸縮率の限界値」なる用語は、甲第24号証に示す手続補正書において
請求項1に挿入されたものであるが、甲第24号証と同日に提出された意見書(甲
第4号証)において原告は、「明細書の記載・・・における数値の技術的意味は、
スペーサーがこれ以上伸びたり縮んだりしない限界値であると解すべきであり」
(3頁末行~4頁1行)と主張しているのであり、原告の「伸縮率の限界値」に関
する主張は、前記意見書における主張とも矛盾するものである。
 (2) 本件発明の実施について
   ア 原告は、原告の主張する用語の意味を前提として、接着力あるいは伸縮
性を有するスペーサーが従来周知であり、本件発明は、本件特許出願前に周知であ
った伸縮性を有するスペーサーにやはり本件出願前に周知であったスペーサーの表
面に接着剤をコーティングして介在させる技術を適用し、まずは本件明細書に記載
したごとくの「接着力と適当な伸縮性とをともに有するスペーサー」を用いること
を思い至ったと主張している。すなわち、原告が主張する用語の意味を前提として
も、原告は接着力と伸縮率の限界値を有し、かつ伸縮率の限界値が10%~35%
の範囲内のスペーサーは従来周知でないことを認めている。
 したがって、原告が主張する用語の意味を前提としても、本件発明の場合、当業
者が容易にその実施ができるには、接着力を有し、伸縮率の限界値が10%~35
%の範囲内のスペーサーの構造、材料等を記載する必要があることは明らかであ
る。   イ 原告は、原告の主張する用語の意味を前提として、「どのようにし
て第1表に記載した伸縮率を求めたか不明である。」という点に対し、温度変化に
起因した液晶セルの伸縮とは、液晶セルの伸縮方向に方向に力が作用することを意
味し、スペーサーの伸縮は液晶セルの伸縮力に対し反力として作用し、液晶セルの
伸縮力を抑制し、両者の力はいずれ等しくなり、等しくなった時点で液晶セルの変
形は止まることになり、その時の変形量を初期の液晶セルの厚さあるいはスペーサ
ーの高さで割り、スペーサーの伸縮率を計算することができることになると主張し
ている。
 原告主張のように、「スペーサーの伸縮率」が、「温度変化に起因する変形が止
まった時点で液晶セルあるいはスペーサーの高さを温度変化前の液晶セルの厚さあ
るいはスペーサの高さで割り、100を掛けた値」であるとすると、温度変化の条
件によって伸縮率が変わることは明らかであり、更にセル内外に圧力差があればそ
れによっても伸縮率が変わることは明らかであるから、温度変化等どのような条件
で伸縮率を測定するかにより、伸縮率が変わることになり、やはり第1表に記載し
た伸縮率をどのようにして求めるのか明らかでない。
   ウ 原告はさらに、本件発明は、第1の変動要因(スペーサの総数による伸
縮率の変動)を利用する場合には、スペーサーの総数を増減することによりそのと
きの伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書に記載される10個の伸
縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%~35%の範囲内のもの
を選定し、その範囲内に入るスペーサーの総数を本件特許のスペーサーとして用い
ることができると主張している。
 しかしながら、本件明細書には、第1表に記載の10個の伸縮率が、同一のスペ
ーサーを、総数を増減して求めたものであることは記載されておらず、上記したよ
うに、1個の伸縮率をどのようにして求めたか明らかでない上、そもそも「スペー
サーの伸縮率」は、原告主張のようなものではなく、スペーサー自体の伸縮率と解
すべきことは前述のとおりであるから、スペーサーの伸縮率とスペーサーの総数は
何ら関係のないものであり、上記主張は失当である。
   エ また、原告は、本件発明は、第2の変動要因を利用する場合には、スペ
ーサーをゴムで形成するとともに、そのゴムの伸縮性が異なるものを複数種類用意
することによりある1種類の伸縮率を求め、それを順次繰り返すことで本件明細書
に記載される10個の伸縮率を求め、その10個の伸縮率の中からその値が10%
~35%の範囲内のものを選定し、その範囲内に入るスペーサーの総数を本件特許
のスペーサーとして用いることができると主張している。すなわち、原告は、スペ
ーサーをゴムで形成し、そのゴムの伸縮性を選択することによっても、本件発明を
実施し得る旨の主張をしている。
 しかしながら、本件発明のスペーサーは接着力をも有するものであるところ、そ
もそも、接着力と伸縮率の限界値が10%~35%の範囲に入るような伸縮性とを
ともに有するゴムのスペーサーが周知慣用であるとする証拠はないのである。
 そして、原告の主張によれば、伸縮率は、適当な伸縮性を有するゴムのスペーサ
を選択し、適当な数を使用して液晶セルを形成し、温度変化を与えて測定するもの
と認められるが、上で述べたように、伸縮率を測定する条件が不明であり、しか
も、第1表の例には、具体的な材料、スペーサーの数も示していないのであるか
ら、単にスペーサーをゴムで形成し、そのゴムの伸縮性を選択することによっても
本件発明を実施し得る旨の上記主張は、原告が主張する用語の意味を前提としても
失当である。
   オ 仮に本件発明の「伸縮率の限界値」が原告主張の第1また第2の変動要
因を利用した実験により求めることができるものであるとしても、スペーサーの伸
縮率の定義や、順次伸縮率を求める実験をする際の温度変化等の条件、そして、本
件明細書記載の表1の例1~10に示された10個の伸縮率が求められた時の、ス
ペーサーの材料や総数あるいはゴムの伸縮性が異なる複数種類のスペーサを用いた
場合の具体例が明細書には記載されておらず、ましてや、本件明細書の記載から
は、本件発明の「伸縮率の限界値」が上記第1また第2の変動要因を利用した実験
により求められるものであることすら当業者において分からないのであるから、依
然として、本件明細書はその発明の詳細な説明に、当業者が本件発明を実施するこ
とができる程度に、その発明の構成が記載されていないといわざるを得ない。
 したがって、原告の、本件明細書の詳細な説明の項には当業者が容易にその実施
をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているもの
と認められるとする主張には何ら理由がない。
  カ 原告は、甲第25ないし第31号証及び参考資料1を提出して、本件発明
は、液晶として注入時に加熱を加える必要のないものでは、セル内部に液晶を注入
する時の圧力のみが変動要因となり、また、強誘電性液晶のように注入時に加熱を
加える必要のあるものでは、セル内部に液晶を注入するときの圧力と強誘電性液晶
を加熱する温度との複合が変動要因となるが、いずれにしてもそれらの変動要因
が、液晶セルを製品に組み込んでの通常の使用形態時には想定されないもので、液
晶注入時あるいは注入後特有なものであり、かつそれらの変動要因に起因した力は
特定することができるものであり、そして、所定数のスペーサを再現性良く均一に
散布する技術は、本件特許出願時には既に周知慣用であるため、本件発明を実施す
る場合の手法としてスペーサーの数を変えて「スペーサの伸縮率」及び「伸縮率の
限界値」を求めることもできるのであり、原告のような解釈であっても不合理であ
るとする被告の反論は、原告の主張を覆すものではないと主張している。
 しかしながら、本件明細書の記載からは、本件発明の液晶が、注入時に加熱を加
える必要のあるものなのか、あるいはそうでないものなのか全く不明であり、ま
た、甲第25ないし第27号証には、注入される液晶の種類により液晶注入温度が
異なること、温度と圧力が共に変動する場合あることが示され、また、甲第28、
第29号証には、真空注入法による真空度が異なるものが記載されているから、本
件明細書からは原告の主張する変動要因に起因した力を特定することができず、こ
の点をもって既に原告の主張は失当である。
 すなわち、所定数のスペーサを再現性良く均一に散布する技術が、原告の提出し
た甲第18ないし第22号証、甲第30、第31号証及び参考資料1に記載されて
いるように、本件特許出願時には既に周知慣用であったとしても、本件発明を実施
する場合の手法としてスペーサーの数を変えて「スペーサの伸縮率」及び「伸縮率
の限界値」を求めるための上記変動要因等の実験の条件は、依然として不明である
ので、原告の上記主張は失当である。
 (3) その他について
 原告は、本件発明に対して特許法36条3項という同じ理由について一方では特
許を認め、他方では認めないと判断することは、同じ行政庁としての一体性に欠け
るものであり、この点においても決定は取り消されるべきものであると主張してい
る。
 しかしながら、そもそも、拒絶査定不服審判の手続と異議申立事件における手続
とは、互いに独立した手続である。仮に、行政庁が前者の手続において一度下した
判断を変更することができないとすれば、審査、審判の不備を公衆により是正する
という異議申立制度自体の意義を失いかねないものである。
 ちなみに、審判手続でなされた拒絶理由通知(特許法36条3項違反)の具体的
な理由は、伸縮性、伸縮率の定義が不明瞭であり、発明の数値限定の意味、根拠が
不明であるというものであったのに対し、異議手続における取消理由通知(特許法
36条3項違反)の具体的な理由は、本件明細書の発明の詳細な説明にはスペーサ
ーとしていかなる材料からなるものを用いると、接着力を有し、伸縮率の限界値を
10%~35%とすることできるのかが開示されていないし、接着力や、伸縮率の
意味が明確に定義されていないというものであるので、両者の具体的な理由は異な
る。
 2 以上のとおりであるから、決定の理由に対する原告の主張はいずれも失当で
あり、決定に何ら誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 争点について
 原告主張の決定取消事由は、前記第3の2に摘示したとおりであり、要するに、
① 決定が、「出願当時既に周知のいかなるスペーサーを用いると接着力を有し、
伸縮率の限界値が10%~35%とすることができるのか、具体例が何も記載され
ていない。そして、出願当時、接着力を有し、伸縮率の限界値が10%~35%の
スペーサーが当業者に自明又は周知であると認めるに足る証拠はない。」(決定書
4頁5行~9行)としたことは誤りであり、また、② 特許権者(原告)が、本件
発明は、スペーサーそのものを作製したのではなく、周知のスペーサーの中から、
個々のスペーサーの性質及び数十~数百のスペーサーの分布状態を考慮して、スペ
ーサーの伸縮率について調べた結果、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲
から選択されたスペーサーが用いられた場合、セル厚の均一性及び液晶の存在しな
い部分がないという効果を同時に達成することができることを発見したものである
旨主張したことに関し、 
 決定が「そのような記載は明細書にはなく、また当業者において明細書をそのよ
うに解釈することが自明であるとは認められない。さらに、特許権者は、本件発明
は明細書の記載及び周知技術から当業者が容易に実施できる旨主張しているにもか
かわらず、周知のスペーサーの中から、個々のスペーサーの性質及び数十~数百の
スペーサーの分布状態を考慮して、伸縮率の限界値が10%ないし35%の範囲か
ら選択されたスペーサーの具体的な実施例を一つも示していない。」(決定書4頁
17行~23行)とした点は誤りであるから、
 本件特許が特許法36条3項の規定に違反してなされたものということはでき
ず、決定は法の適用を誤ったものであって取り消されるべきものである、というも
のである。
 2 本件明細書の記載について
 (1) 本件発明の構成は、前記第2の2のとおり、「一対の基板間に、液晶と
スペーサーを有する液晶素子において、前記スペーサーは接着力と、伸縮率の限界
値を有し、前記伸縮率の限界値が10%~35%の範囲から選択されたものを、前
記スペーサーとして用いることを特徴とする液晶素子。」というものであるとこ
ろ、甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明欄の[発明の構成]の項
に、
「[発明の構成]かかる問題解決のため本発明は、接着力と適当な伸縮性とをとも
に有するスペーサーのみを、あるいは接着力を有さないスペーサーと同時に使用す
ることにより、セル厚の均一性と、セルが液晶の収縮、膨張に追随できることを達
成した点に特徴がある。ただし接着力と伸縮性を有するスペーサーの伸縮率が大き
すぎる(35%以上)場合、液晶注入工程によりセルが膨張し、結局接着力を有す
るスペーサーを使用しない場合と同様な結果となる。第1表にスペーサーの伸縮率
の大きさとセル厚の均一性、セル内の液晶の存在しない部分の有無との関係を示
す。第1表中の例1、例2においてはセル厚の均一性は良好であるがスペーサーの
伸縮率が小さいために注晶(注 「液晶」の誤記)注入後にセル内に液晶の存在し
ない部分が現れたことを示している。また、例8~例10ではスペーサーの伸縮率
が大きすぎてセルが膨張してしまったことを意味している。従ってスペーサーの伸
縮率は10~35%が適当であることがいえる。例1、例5、例10のセル厚の分
布について第1図に示す測定点A~Lの12ヶ所のデータを第2表に示す。」(甲
第2号証4欄1行~末行)との記載があることが認められる。
 (2) 本件明細書の「発明の構成」の記載は上記のとおりであり、本件明細書
にスペーサーの材料、物性に関する記載がないこと、及びスペーサーについてどの
ような形状でどのような材質からなるものかについても記載がないことは、原告の
自認するところである。
 そうすると、「出願当時既に周知のいかなるスペーサーを用いると接着力を有
し、伸縮率の限界値が10%~35%とすることができるのか、具体例が何も記載
されていない。」(決定書4頁5行~7行)との決定の認定に誤りは認められな
い。
 (3) また、原告は、本件発明は、「個々のスペーサーの性質及び数十~数百
のスペーサーの分布状態を考慮して、スペーサーの伸縮率について調べた結果、伸
縮率の限界値が10%ないし35%の範囲から選択されたスペーサーが用いられた
場合、セル厚の均一性及び液晶の存在しない部分がないという効果を同時に達成す
ることができることを発見した」ものである旨主張するが、本件明細書の発明の詳
細な説明中の「発明の構成」の項には、原告の主張する趣旨の記載はないことが認
められ、「従来の技術」及び「発明の効果」のいずれの項にも同旨の記載は見いだ
すことができない。また、原告の主張するように本件明細書を解釈することが当業
者に自明であるとする事情も認められない。したがって、原告の主張する上記事項
が本件明細書に実質的に記載されていたということはできない。
 そうすると、決定が、原告の主張する上記事項について、「そのような記載は明
細書にはなく、また当業者において明細書をそのように解釈することが自明である
とは認められない。」(決定書4頁17、18行)と認定したことにも誤りは認め
られない。
 3 周知技術について
 (1) 原告は、本件発明は、周知の材質からなるスペーサーを用いるものであ
り、接着力を有するスペーサーや伸縮性を有するスペーサーは、周知であると主張
する。
 しかし、原告が周知のスペーサーを示すものとして引用する証拠を検討すると、
甲第11号証には、請求項1に、「スペーサ(5)としてゴム状弾性粒子(5)を
使用する液晶電池。」(1頁左下欄10、11行)、「ゴム状弾性粒子(5)の基
質材料としてシリコンエラストマーを使用する」(1頁右下欄8、9行)と記載さ
れ、甲第12号証には、「硬質粒子の表面に軟質材を被覆して前記スペーサとした
ことを特徴とする液晶表示素子。」(1頁10行、11行)、「硬質粒子5Aとし
ては、ガラス、ファイバー、セラミック、アルミナなどの結晶、粉、球を用い、軟
質材5Bとしては、ゴム、ポリプロピレン、テフロン、ポリエチレンなどを用い
る。」(3頁16行~20行)と記載され、甲第13号証には、「前記粒子を直径
が2枚の平板間の距離に等しい硬質材料製の球状コアで構成し、該球状コアを熱可
塑性材料層で包囲したことを特徴とする表示装置」(1頁左下欄6行~10行)、
「上述した本発明による表示装置では、支持平板の離間距離を球状コア粒子によっ
て決定する。この場合粒子は、装置を封止する際に多少軟化され、かつ押しつぶさ
れる熱可塑性の包囲物によって所定位置に保持される。」(2頁左上欄6行~10
行)と記載され、甲第14号証には、「大形の液晶表示装置においては特にこの間
隔を保持するため液晶中にスペーサを介在させたり、スペーサに接着剤をコーティ
ングして介在させたり、点状のスペーサを混入した接着剤層を印刷などにより電極
基板の対設面に形成して間隔を均一にする方法が取られている。」(2頁左上欄1
7行~右上欄2行)と記載され、スペーサーにゴムなどの弾性体を用いることや熱
可塑性材料や接着剤を用いることが示されていることは認められるものの、「接着
力を有し、伸縮率の限界値が10%~35%のスペーサー」については何ら示され
ていないことが認められる。
 そうすると、決定が、「そして、出願当時、接着力を有し、伸縮率の限界値が1
0%~35%のスペーサーが当業者に自明又は周知であると認めるに足る証拠はな
い。」(決定書4頁7行~9行)と認定したことに誤りはない。
 (2) また、「伸縮率の限界値が10%~35%の範囲から選択されたスペー
サー」を示す証拠は異議手続において提出されていなかったと認められ(弁論の全
趣旨)、当審においてもその証拠は提出されていないから、決定が、「さらに、特
許権者は、本件発明は明細書の記載及び周知技術から当業者が容易に実施できる旨
主張しているにもかかわらず、周知のスペーサーの中から、個々のスペーサーの性
質及び数十~数百のスペーサーの分布状態を考慮して、伸縮率の限界値が10%な
いし35%の範囲から選択されたスペーサーの具体的な実施例を一つも示していな
い。」(決定書4頁18行~23行)とした点に誤りがあったということもできな
い。
 4 「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」について
 (1) 原告は、本件明細書の第1表の伸縮率について、本件明細書にはそれら
l0個の伸縮率をどのように求めたかの具体的な手法についての明示はないが、本
件明細書の示唆及び技術常識並びに周知技術をも合わせ読めば、スペーサーの「伸
縮率」及び「伸縮率の限界値」を求める方法は実質的に本件明細書に記載されてい
たものであると主張する。
 しかし、「スペーサーの伸縮率」及び「伸縮率の限界値」について、温度、圧力
等に起因した力を特定することができなければ伸縮率が定まらないことは、原告の
自認するところである。また、本件明細書に、第1表の10個の伸縮率について、
これをどのように求めたかの具体的な手法についての明示がないことについても争
いはない。
 (2) 原告は、甲第25ないし第27号証を見ると、強誘電性液晶において粘
性が低く注入が可能な状態である等方相への転移温度が概略70数度~100℃で
あることは本件特許出願時には広く知られていた数値であり、本件発明もこの数値
を用いてセル内に液晶を注入しており、甲第28、29号証をみると、セル内に液
晶を注入する圧力として概略10-3
~5×10-4
Torrの真空度が必要であるこ
とは、本件特許出願時には広く知られていたことであり、本件発明もこの数値を用
いてセル内に液晶を注入しているのであり、生じる力は一義的な力として特定し得
る力であると主張する。
 しかしながら、本件発明は強誘電性液晶を構成要件とするものではなく、第1表
の例が強誘電性液晶の例であって加熱が行われるということは記載されていない
し、自明であるということもできない。また、概略70数度~100℃という温度
の範囲、概略10-3
~5×10-4
Torrという真空度の範囲は数値の幅が極めて
広く、この幅と第1表の伸縮率との関係が明確であるということもできない。
 そうすると、第1表の伸縮率の数値は、この数値を定めるために必要な温度、圧
力等の条件を特定することなしに示されたものであり、それらが特定されなけれ
ば、数値自体に意味がないといわざるを得ない。
 (3) 以上によれば、原告が周知技術を示すと主張する証拠を考慮しても、本
件明細書にスペーサーの「伸縮率」及び「伸縮率の限界値」を求める方法が当業者
に理解可能な程度に記載されているとは認められない。
 5 特許法36条3項違反の有無
 以上2ないし4に認定したところによれば、本件明細書には、「接着力と、伸縮
率の限界値を有し、前記伸縮率の限界値が10%~35%の範囲」にあるスペーサ
ーの具体例が一例を示されていない上、周知技術を考慮しても、周知のいかなるス
ペーサーが上記要件を満たすものに該当するのかが本件明細書の記載からは不明で
あるといわざるを得ない。そして、本件明細書に上記要件を満たすスペーサーの具
体例が示されていないという事情の下では、本件発明を実施しようとする当業者
は、接着力を有する個々のスペーサーについて、その「伸縮率の限界値」を知り、
その数値が「10%~35%」の範囲にあるものの中からスペーサーを選択する必
要があるところ、前記4で認定したとおり、本件明細書には伸縮率の数値を定める
前提となる温度、圧力等の条件が特定されておらず、スペーサーの「伸縮率の限界
値」を求める方法が不明なのであるから、結局、「接着力を有し、伸縮率の限界値
が10%~35%」の範囲にあるスペーサーを得て、本件発明を実施することは、
当業者の容易になし得ることではないというべきである。
 してみると、本件特許が特許法36条3項(平成2年改正前)に違反してなされ
たものであるとした決定の判断は、正当であり、何ら誤りは認められない。
 なお、原告は、拒絶査定に対する不服審判事件においては特許法36条3項違反
はないとして特許を認められたものが、異議事件において同じ36条3項違反を理
由に特許を取り消されることは、一貫性を欠き、違法であると主張するが、両事件
は独立した事件であって、前者における判断が後者の判断を拘束すべき理由はな
い。また、一旦成立した特許に対して特許異議の申立てがされたときに、特許権者
と異議申立人双方の主張を考慮して新たな判断を下すことは、法の当然に予定する
ところである。原告の主張は失当である。
6 結論
 以上のとおり、本件明細書は、その発明の詳細な説明中に、当業者が発明を容易
に実施することができる程度に発明の構成及び効果を記載したものということがで
きないから、本件特許が特許法36条3項(平成2年改正前)の規定に違反してな
されたものであるとした決定の認定、判断に誤りはなく、その他、決定に取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり
判決する。
  東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官  永  井  紀  昭
裁判官  塩  月  秀  平
裁判官  古  城  春  実
別紙 決定理由写し

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛