弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1国土交通大臣が平成18年9月1日付けで原告Aに対してした一級建築士免
許取消処分を取り消す。
2北海道知事が平成18年9月26日付けで原告株式会社Bに対してした建築
士事務所登録取消処分を取り消す。
3訴訟費用は,被告らの負担とする。
第2事案の概要
本件は,原告らが被告らから受けた一級建築士免許又は建築士事務所登録を
取り消すとした行政処分に裁量権の逸脱・濫用,理由不備の違法があるとして,
各処分の取消を求めた事案である。
1前提事実
当事者に争いのない事実,証拠によって容易に認められる事実及び弁論の全
趣旨によって認められる事実は,以下のとおりである。
()当事者等1
原告Aは,昭和55年に一級建築士試験に合格して,昭和56年1月30
日付けで一級建築士免許を取得し,原告株式会社B(以下「原告B」とい
う。)の管理建築士として勤務していた。
()原告Bにおける原告Aの建築基準法違反の設計2
原告Aは,C二級建築士(以下「C」という。)を補助者として講造計算
をさせ,別紙1建築物目録1ないし12記載の建築物について,設計をした
(以下「本件設計行為」という。)。
このうち,同目録1ないし7記載の建築物の設計は,別紙建築物目録「建
築基準法20条違反の有無」欄記載のとおり,建築基準法に定める基準に適
合せず,このため,耐震性等の不足する建築基準法20条に違反する建築物
が建築され,また,同目録8ないし12記載の建築物の設計は,講造計算書
に偽装が見られるものであった。
()被告国による処分3
ア北海道開発局長による聴聞手続
国土交通省北海道開発局長は,平成18年6月12日,上記()に係る2
事実についての平成18年法律第92号による改正前の建築士法(以下,
単に「建築士法」という。)10条1項の懲戒処分に関し,原告Aに対す
る聴聞の実施を決定し,同月22日,聴聞を実施した。
原告Aは,同聴聞の中で,結果として上記()の事実をしたことになっ2
たとして,管理建築士として謝罪の意を表した。
イ中央建築士審査会の同意
国土交通大臣は,中央建築士審査会に対し,平成18年9月1日,原告
Aの一級建築士免許の取消について同意を求め,同審査会は,同日,同処
分について同意した(乙3,4)。
ウ本件免許取消処分
国土交通大臣は,同日,原告Aに対し,別紙1建築物目録1ないし7記
載の建築物について,その設計者として建築基準法令に定める講造基準に
適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築
物を現出させ,また,同目録8ないし12記載の建築物について,その設
計者として講造計算書に偽装の見られる不適切な設計をしたことが建築士
法10条1項2号及び3号に該当することを理由として,原告Aの一級建
築士免許を取り消す旨の本件免許取消処分をし(甲1),本件免許取消処
分通知書を発送し,同通知書は,同月6日,同人に配達された。
()被告北海道による処分4
ア北海道知事による聴聞手続
北海道知事は,本件免許取消処分が,原告Aが専任の建築士として管理
する原告Bに対する建築士法26条2項4号に定める監督処分事由に該当
すると判断し,平成18年9月14日,原告B代表者の聴聞手続をした。
イ北海道建築士審査会の同意
北海道知事は,同月22日,北海道建築士審査会に対し,原告Bに対す
る建築士事務所の登録取消について同意を求め,同月25日,同審査会の
同意を得た。
ウ本件登録取消処分
北海道知事は,同月26日,原告Bに対し,同設計事務所を管理する建
築士である原告Aが,国土交通大臣から建築士法10条1項の規定に基づ
き一級建築士免許取消の懲戒処分を命じられたことが建築士法26条2項
4号に該当することを理由として,建築士事務所登録取消処分をした(甲
2)。
()処分基準の内容5
処分基準の内容は,別紙2「処分基準の内容」記載のとおり(以下,この
基準を単に「本件処分基準」という。)である。
2争点
本件各取消処分の違法性
(原告らの主張)
()本件免許取消処分について1
ア裁量権の範囲を逸脱した違法
(ア)建築士の行政処分は,平成11年12月28日付け建設省住宅局長
通知に基づきされることとなっており,国土交通大臣の裁量権もこの通
達によって覊束されているというべきところ,本件を上記通達に当ては
めると,免許取消の基準に達していない。
また,国土交通大臣が,原告Aに対してのみ,同通達に従わずに処分
することは,平等原則にも反する。
(イ)a被告国は,原告Aの本件設計行為が,本件処分基準別表第1()2
ただし書に該当すると主張する。
しかし,原告Aが補助者として使用していたCは,国土交通省認定
の講造計算プログラムを差し替える方法で講造計算を偽造していたと
ころ,建築基準適合判定資格者の処分基準によれば,「講造計算の再
計算を行わなければ建築基準に適合しないことをチェックできない事
項等判定資格者が適確に確認検査の業務を行ったとしてもチェックで
きない事項を見過ごしていた場合には,当該確認検査の業務において
過失はなかったものとして取り扱う」と規定されている。
したがって,原告Aが,Cの前記差し替え行為に気づかなかったか
らといって,原告Aに過失があったとはいえない。
また,講造計算に当たっては,国土交通大臣の認定したソフトウェ
アの使用が勧奨されていたところ,当該ソフトウェアの利用者資格は,
一級建築士に限られたものではなく,さらに,建築確認申請に当たり,
利用者証明書を添付することとされていたのであるから,国土交通省
自身が講造計算を一級建築士以外のものにさせることを容認していた
というべきであり,講造計算をした補助者の故意をもって,当該設計
図書に記名・捺印した一級建築士の過失とすることは,実態にそぐわ
ない。
b次に,本件処分基準が,あえて,「倒壊・破損」を挙げている以上,
「等」に含まれるのは,「倒壊・破損」に比肩する程度に建築物が危
険性を有する場合でなくてはならない。
本件建築物は,建築基準法20条,建築基準法施行令81条以下の
規定に従って講造計算をしなければならないところ,その計算に当た
っては,建築物の構造耐力上の主要な部材が自重のような荷重や地震
などの外力に対して安全であることを確認し(一次計算),数百年に
一度くらいの極めてまれにしか起らない震度6強から7の地震で倒壊
しないことを検証した上(二次計算),地震などで各階にかかる水平
力に耐えられる限界の力を示す保有水平耐力が施行令に基づく必要保
有水平耐力以上のものであることを検証しなければならない。
別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物は,保有水平耐力は,必
要保有水平耐力に満たないものの,一次計算をパスしており,震度5
強の中程度の地震においてはほとんど被害は生じない。
また,国土交通省において行なわれた講造計算書偽造問題対策連絡
協議会では,特定行政庁による使用禁止命令基準について耐震性の数
値について「Qu(保有水平耐力)/Qun(必要保有水平耐力)」
0.5を目安とすることが確認されている。
そうすると,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物が,「倒壊
・破損」と比肩する程度の危険性があるものということはできない。
(ウ)a原告Aの本件設計行為については,本件処分基準別表第1()本2
文の規定に基づいて処分内容を決するべきである。
そして,本件処分基準別表第1表4の1()本文には,「二以上の2
処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等が
重い行為に適宜加重したランクとする」と規定されており,常習的に
違反行為を行なっていたことの加重ランクが3であることをも併せて
考えれば,単純に個々の違反行為の点数を足して処分を決することは
誤りである。
また,本件処分基準別表第1表4の1()本文の規定は,刑法の併2
合罪の場合の処理と類似しており,このことからも,単純に点数を加
算する方法が誤りであることが基礎づけられる。
同規定を正しく適用すれば,本件については,違反設計6ランク,
その他の不誠実行為4ランク,さらに法違反の状態が長期にわたる場
合として3ランクの合計13ランクであり,一級建築士免許取消処分
に必要な16ランクには達していない。
bさらに,本件処分基準別表第1表4の1()ただし書には,「同一2
の処分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性
や行為態様等から全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と
見なしてランキングすることができる」としているところ,本件設計
行為は,いずれも耐震基準について虚偽の数値に気が付かなかったと
いう同一の処分事由に該当するものであって,被告国が耐震性等が不
足すると指摘する7件の建築物のうち半数近くが,平成13年に集中
しており,場所的にも札幌市内である。
そうすると,本件設計行為は,全体として一の行為と見うるという
べきであり,一級建築士免許取消処分をすべき16ランクには達しな
いということができる。
イ理由不備の違法
(ア)法が,行政処分に理由を付記すべきものとしているのは,処分庁の
判断の慎重・合理性を担保にして恣意を抑制するとともに,処分の理由
を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものである
から,その記載を欠くにおいては,処分自体の取消を免れないというべ
きである。
そして,本件のようにその裁量を公正かつ合理的に行使するべく点数
制が設けられている場合,処分庁は,被処分者に対し,該当する懲戒事
由を指摘した上で,処分ランク(点数)を,処分の理由として,付記す
べき義務があるというべきである。
ところが,国土交通大臣は,原告Aに対し,本件免許取消処分に際し
て,本件懲戒事由の処分ランク(点数)を告知することはなかった。
(イ)したがって,本件免許取消処分には,理由不備の違法があるという
べきである。
()本件登録取消処分について2
ア原告Bは,同社の管理建築士である原告Aが国土交通大臣から上記処分
を受けたことから,北海道知事により,建築士法26条2項4号に基づき
本件登録取消処分を受けたものである。
しかし,前記()のとおり,本件免許取消処分が違法なものである以上,1
これを前提とした本件登録取消処分も違法となるというべきである。
イまた,北海道知事は,原告Bに対し,本件登録取消処分に際し,同処分
の前提となる本件免許取消処分に係る前記通達に基づいた懲戒事由の処分
ランク(点数)を告知しなかったのであり,固有の違法性があるというべ
きである。
(被告国の主張)
()裁量権の範囲を逸脱した違法について1
ア本件免許取消処分の要件について
原告Aは,建築基準法18条2項及び20条に違反する別紙1建築物目
録1ないし7記載の建築物を設計し,また,同目録8ないし12記載の建
築物に関しては講造計算書に偽装が見られる不適切な設計をした。
そして,前者については,建築士法10条1項2号に該当し,後者につ
いては,同項3号に該当するから,本件免許取消処分は,処分に必要な同
法10条1項各号の要件を満たしている。
また,被告国は,本件免許取消処分に際し,原告Aに対する聴聞手続き
をし,中央建築士審査会の同意も得ている。
イ裁量権の逸脱について
(ア)建築士に建築士法10条1項に該当する事由が認められる場合に,
どのような懲戒処分をするべきかは,一級建築士免許の免許権者であり,
建築物に関する専門的知識,技能を有する職員を配置し,建築行政をつ
かさどる国土交通大臣の合理的な裁量に委ねられており,その懲戒処分
は,社会観念上著しく妥当性を欠き,裁量権を付与した目的を逸脱し,
これを濫用したと認められる場合でない限り,裁量の範囲内のものであ
り,違法であるとして取り消すことはできない。
建築士に対する懲戒処分の具体的内容に関しては,処分基準(平成1
1年12月28日建設省住指発第784号「建築士の処分等につい
て」)が策定されており,懲戒権者は,この基準に従って,処分の内容
を決することとなる。
(イ)a本件処分基準別表第1()ただし書によれば,「ただし,当該行2
為が故意によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生
じたとき又は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」とい
う。)は業務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失
によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許
取消の処分とする」とされている。
本件において,原告Aは,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築
物について,Cを補助者として,建築基準法令に定める講造基準に適
合しない設計をした。
前記1ないし7記載の建築物は,一級建築士でなければ設計できな
いものであるから,一級建築士である原告Aは,これらの建築物につ
いての設計については,自ら責任を負わなければならない。
そうすると,上記のような法令違反の建築物の設計がされたことに
ついて,少なくとも原告Aに過失があることは明らかである。
原告Aは,建築基準適合判定資格者の処分基準を援用するが,建築
物のチェックをする建築基準適合判定資格者と設計行為そのものをす
る建築士とは,その職責は異なるのであるから,かかる基準が原告A
に適用されたり,援用されたりする余地は全くない。
bそして,「建築物の倒壊・破損等」の中には,建築基準法に適合し
ない違反設計の結果,構造上の大きな瑕疵・危険性の存在する建築物
が建築された場合も含むと解するべきである。
原告Aは,建築基準法令に適合しない違反設計行為により,別紙1
建築物目録1ないし7記載のとおり構造上危険な建築物を現出させて
いるところ,それらの建築物は耐震性の数値(保有水平耐力/必要保
有水平耐力)が1を切るものであり,大地震が発生した際には,建築
物の倒壊又は崩壊,それに伴う人の死傷が生じるおそれがある。
国土交通大臣は,この事実が,「結果が重大なとき」に該当し,こ
れに加えて,原告Aが,このほかにも講造計算書に偽装の見られる不
適切な設計をしたという不誠実行為があること及び違反行為の悪質性,
被害の深刻さ,社会的影響の大きさ等を考慮の上,免許取消処分が相
当であると判断したものである。
(ウ)また,仮に,建築基準法令に違反した建築物を設計し,当該建築物
が現出されたことが「結果が重大なとき」に当たらなくとも,原告Aの
別紙1建築物目録記載の建築物の設計行為に本件処分基準別表第1()2
本文の表2ないし4の処分ランクを適用すれば,免許取消処分となるの
であるから,いずれにせよ,本件免許取消処分は適法である。
()理由不備の違法について2
国土交通大臣は,原告Aに対し,聴聞手続の際,建築基準法令に違反する
設計があった建築物及び講造計算書に偽装の見られる不適切な設計行為があ
った建築物について,具体的に特定した上で,これらの行為が建築士法10
条1項各号に該当し,懲戒処分の対象となることを説明し,処分通知書の中
においても,その旨の記載があることから,原告Aに告知する内容としては,
十分であるというべきである。
(被告北海道の主張)
()裁量権の範囲を逸脱した違法について1
ア建築士法26条2項4号では,都道府県知事は,「建築士事務所を管理
する建築士が第10条1項の規定により懲戒の処分を受けたとき」に監督
処分をすることができる旨規定されており,北海道知事は,この規定に従
って,本件登録免許取消処分をしたのである。
そして,本件免許取消処分のような行政行為は,当然無効の場合を除く
ほか,何人もそれが取消権限のある機関によって取り消されるまでは,こ
れを有効なものとして扱わなければならない効力(公定力)を有し,一切
の者は,一度された行政行為に拘束される。
したがって,本件において,北海道知事が,本件免許取消処分が有効で
あることを前提として,本件登録取消処分をしたことに何らの違法はない。
イ建築士事務所の監督処分に関しては,「建築士事務所の監督処分基準」
が定められているところ,本件登録取消処分は,この基準に従い適正にさ
れている。
ウまた,北海道知事は,法律で定める手続きを全て経た上で,本件登録取
消処分をしている。
()理由不備の違法について2
北海道知事は,原告B代表者に対し,本件登録取消処分に当たり,同処分
が,同社の管理建築士である原告Aが本件免許取消処分を受けたことに基づ
き建築士法26条2項4号の規定を適用してしたものであることを聴聞の機
会においても,本件登録取消処分通知書の中でも明示しているところである。
また,北海道知事に,国土交通大臣のした処分の理由を告知すべき義務は
ないから,北海道知事が本件免許取消処分に関する処分理由等を明らかにす
る義務はない。
そうすると,本件登録取消処分に理由不備の違法はない。
第3争点に対する判断
1当裁判所の認定した事実
()建築物に関する行政庁の耐震性の判断について1
ア官庁施設の耐震診断結果等の公表について(甲7)
(ア)国土交通省が公表した,「官庁施設の耐震診断結果等の公表につい
て」の「4耐震性の評価方法と安全性」と題する項目に,「今回の公
表対象のうち,評価値が0.5未満のものは,すべて新耐震設計法の施
行以前(昭和55年以前)のものです。これらの施設についても,中規
模の地震で損傷しないことについて建設当時の設計において検証されて
おり,震度5強程度の中規模地震に対し損傷しないことが確認されてい
ます。」との記載がある。
(イ)「6大規模地震に対する構造体の耐震安全性の評価」と題する項
目には,以下の内容の記載がある。
評価耐震安全性の評価備考Ⅰ,Ⅱ類施設の評価値
評価値<0.5地震の震動及び衝撃に対していずれも中規模a
倒壊し,又は崩壊する危険性地震で損壊しな
が高い。いことを設計に
おいて確認して
0.5≦評価値<1.0地震の震動及び衝撃に対している。b
倒壊し,又は崩壊する危険性
がある。
(省略)
(ウ)なお,「評価値」とは,Qu/(α×Qun)をもって算出される
数値であり,αは,主に昭和56年の建築基準法施行令改正前の施設に
ついて,柱の帯筋比等の仕様規定を満足できないことを踏まえた補正係
数(1.0∼2.4)である。
イCが講造計算に関与した建築物の性格(甲9)
札幌市が作成した「建設委員会」と題する書面には,Cが講造計算に関
与した建築物について,保有水平耐力指数が1.0未満となっている物件
があるが,その指数は,いずれも0.6未満ではないため緊急に安全性が
問題となる状況にはないとの同市建築指導部長の見解が記載されている。
ただし,本書面に指摘のある建築物に本件建築物が含まれているかは明
らかではない。
ウ講造計算書偽造問題対策連絡協議会(第三回)議事概要(甲10)
国土交通省が公表した「講造計算書偽造問題対策連絡協議会(第三回)
議事概要」の「3.今後の取組について」には,「使用制限,除却等の命
令を行う際の手順とそのトリガーとなる危険度(保有水平耐力と必要保有
水平耐力の比(Qu/Qun))について,平成16年の建築基準法改正
で定められた「既存不適格建築物に係る勧告・是正命令制度のガイドライ
ン」において建築基準法10条の勧告の基準とされているとともに耐震改
修促進法における基本方針(告示)に盛り込むことを予定している講造耐
力指標(Is)0.3に相当するものとして,Qu/Qun0.5を目安
とすることが確認された。」との記述がある。
()本件免許取消処分及び本件登録取消処分に係る聴聞及び通知の内容(甲2
1,2,乙1,2,丙1,弁論の全趣旨)
ア国土交通大臣の原告Aに対する本件免許取消処分についての聴聞では,
具体的な建築物の所在地,建築物の問題点及び根拠法条が告知され,同処
分を通知する文書の理由欄にもこれと同様の記載がある。
イ北海道知事の原告Bに対する本件登録取消処分についての聴聞では,処
分に至る具体的な事実関係と処分の根拠法条が告知され,同処分を通知す
る文書の理由欄にも同様の記載がある。
2本件免許取消処分について
()裁量権の逸脱の有無について1
ア本件処分基準について
国土交通大臣が,一級建築士に建築士法10条1項各号の事由が認めら
れた場合に,当該建築士に対し,いかなる処分をするかは,同大臣の裁量
に委ねられている。
もっとも,建築士法10条が,国土交通大臣に,一級建築士の懲戒処分
をする権限を認めたのは,同大臣が,一級建築士免許の免許権者であり,
建築物に関する専門的知識や技能を有する職員を諸部に配置し,建築行政
事務をつかさどる地位にあるからであり,したがって,その処分権限も,
当該建築士のした行為の態様,性格,違法性の程度等諸般の事情を考慮し
て,専門性の見地から合理的に行使されなければならないというべきであ
る。
そして,本件処分基準は,かかる裁量の範囲を具体化したものと評価で
きるから,合理的な理由がないのに本件処分基準に基づかないで処分がさ
れた場合には,当該処分は裁量権の範囲を超えて違法となると解すべきで
ある。
イ本件処分基準別表第1()ただし書について2
(ア)本件処分基準別表第1()ただし書は,「ただし,当該行為が故意2
によるものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又
は人の死傷が生じたとき(以下「結果が重大なとき」という。)は,業
務停止6月以上又は免許取消の処分とし,当該行為が過失によるもので
あり,結果が重大なときは,業務停止3月以上又は免許取消の処分とす
る」と規定している。
そして,「建築物の倒壊・破損」が例示された後に「等」との記載が
あることの文理及びその行為が1回であっても免許が取り消されること
もあり得るという実体的な側面に照らすと,「等」に含まれるのは,当
該建築物に,その倒壊・破損に類するような危険性がある場合などに限
定されると解するのが相当である。
(イ)そこで,本件建築物が「等」に含まれるような危険性を有し,「結
果が重大なとき」に該当するかについて検討するに,前記1()アない1
しウによれば,国及び地方自治体は,耐震性の数値が0.6よりも大き
い場合,緊急に安全性を問題とすべき状況であるとは認識していなかっ
たといえる。
そして,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物の耐震性の数値は
0.86ないし0.69である。
そうすると,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物は,国及び地
方自治体がこれまで緊急に安全性が問題となる状況にある建築物と認識
してこなかった建築物であり,このことを前提にすると,上記各建築物
が,抽象的にはともかく,建築物の倒壊・破損に類するような危険性を
有すると断定することはできない。
なお,前記1()アの評価値は,必要保有水平耐力に補正係数(α)1
をかけることで,耐震性の数値として評価し直したものと考えられるか
ら,本件建築物の耐震性の数値と比較することに何ら問題はないという
べきである。
(ウ)そうすると,本件事案が,本件処分基準第1()ただし書の適用が2
ある事案かどうかについては疑問の余地がある。
そこで,さらに進んで,本件免許取消処分が,本件処分基準第1()2
本文の要件を満たすかどうかについて検討する。
ウ本件処分基準別表第1()について2
(ア)本件処分基準別表第1表4の1()本文には,「二以上の処分等す2
べき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為の
ランクに適宜加重したランクとする」と規定されている。
そして,本件処分基準別表第1表4の1()の規定及び本件処分基準1
別表第1表4の1()ただし書の規定と併せて考えれば,本件処分基準2
別表第1表4の1()本文の規定は,複数の処分をすべき行為のうち,2
最も処分等の重い行為のランクを基本に,その他の処分すべき行為につ
いて,その行為に応じた処分ランクの範囲内で適宜加重してランクを決
する趣旨であると合理的に解釈できる。
原告らは,複数の違反行為がある場合に,本件処分基準別表第1表2
及び表3のランク表該当部分の点数を単純に足して処分を決することは
誤りであり,このことは,本件処分基準別表第1表4の1()本文の規2
定が,刑法の併合罪の場合の処理と類似していることからも基礎づけら
れると主張する。
しかし,同規定を刑法の併合罪同種の規定と解すべき法的根拠はない
し,前述のとおり,建築士の懲戒処分については,当該建築士のした行
為の態様,性格,違法性の程度等諸般の事情を考慮して,専門性の見地
から合理的に行使されなければならないというべきであるところ,原告
らの主張する解釈を取ると,当該建築士が建築士法10条1項2号及び
3号に該当する行為を相当多数している場合に,個々の行為を評価する
ことが十分できなくなってしまい,建築士に対する懲戒処分を定めた建
築士法10条の趣旨に合致しない。
(イ)これを本件建築物について見ると,最も処分等の重い違反設計のラ
ンク6を基本として,その他11件の行為をその行為に応じた処分ラン
クの範囲内で適宜加重すれば,仮にその他の行為を最低の1ランクと評
価したとしても,少なくとも,免許取消処分となる16ランクを超える
17ランクとなることは避けられない。
さらに,別紙1建築物目録1ないし7記載の建築物の違反設計行為に
ついてはもともと6ランクとされていることからすれば,このうち1件
を最も処分等の重い設計のランク6として選択したとしても,その他の
5件を最低の1ランクとして評価することは困難であることに加え,本
件設計行為は,本件処分基準別表第1表3の加重事由(法違反の状態が
長期,常習的)にも該当しうることを考えれば,本件設計行為の本件処
分基準に基づく合計ランクが17ランク以上となる可能性もあるという
ことができる。
(ウ)原告らは,本件建築物のうち半数近くが平成13年に集中しており,
場所がいずれも札幌市内であることを根拠に本件処分基準別表第1表4
の1()ただし書の,複数の行為について「時間的・場所的接着性や行2
為態様等から全体として一の行為と見うる場合」に当たると主張するが,
本件建築物は,同じ札幌市内というものの,接着していると評価できる
位置関係であるとはいえないし,設計の時期が近接すると認めるに足り
る証拠はないのであるから,全体として1つの行為と見ることはできな
い。
エ以上から,本件免許取消処分は,本件処分基準別表第1()本文の要件2
を満たしており,裁量権の逸脱があったと認めることはできない。
()理由不備の違法について2
ア行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分
の理由を示さなければならないとしている趣旨は,行政庁の判断の慎重・
合理性を担保し,処分の相手方の争訟提起の便宜を図る点にある。
そして,一級建築士に対する懲戒処分は,建築士法10条1項各号の要
件を満たしたことを前提として,その要件該当行為の性質,態様等を評価
して決せられるべき性格のものである。
そうすると,行政手続法14条1項本文の趣旨は,一級建築士に対する
懲戒処分の場合,当該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びそ
の法条の要件に該当する具体的な事実関係が明らかにされることで十分に
達成できるというべきであり,さらに進んで,処分基準の内容及び適用関
係についてまで明らかすることを要するものではないと解すべきである。
なお,行政手続法12条1項は,行政庁に処分基準を定めること及びそ
の公表に努めるべき旨規定しているが,同項は,あくまで努力義務を定め
たものにすぎないと解される。したがって,この条項が存在するからとい
って,直ちに,行政処分に際し,その理由として,処分基準の内容及び適
用関係まで提示しなければならないということにはならない。
イそこで,これを本件についてみると,被告国は,本件免許取消処分に際
し,前記1()ア記載のとおり,甲1の中で具体的な根拠法条及びその要2
件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,本件免許取消処
分に際して,十分な理由が提示されていたといえる(なお,原告Aは,聴
聞手続においても理由が明らかにされなかった旨主張するが,同様の理由
により,同手続には問題がなかったといえる。)。
したがって,本件免許取消処分に理由不備の違法はない。
3本件登録取消処分について
()上述のとおり,本件免許取消処分に違法がない以上,北海道知事のした,1
原告Bに建築士法26条2項4号の懲戒事由が存在するとの判断に誤りはな
いし,建築士事務所の懲戒処分に際しても,前記2()アで述べた趣旨が妥2
当するから,前記1()イの事実に照らし,理由不備の違法があるというこ2
ともできない。
()したがって,本件登録取消処分が違法であると認めることはできない。2
第4結論
したがって,本件請求にはいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟
費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文の
とおり判決する。
札幌地方裁判所民事第5部
中山幾次郎裁判長裁判官
村野裕二裁判官
渡邉充昭裁判官

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