弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1本件訴えのうち,厚生労働大臣が,原告a3(申請疾病が心筋梗塞の部分に
限る。),原告a4,原告a7,原告a8,原告a11,原告a14,a16,
原告a17,原告a18,原告a19,原告a21及び原告a22に対し,別
紙「被爆実態一覧」記載の各原告の「原処分」欄記載の日付でした原子爆弾被5
爆者に対する援護に関する法律11条1項の認定申請に対する各却下処分の取
消しを求める部分をいずれも却下する。
2上記原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由10
第1請求
1厚生労働大臣が,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基
づき,別紙「被爆実態一覧」記載の各原告(ただし,原告b1及び原告b2を
除く。)及び亡a1の原爆症認定申請に対して行った「原処分」欄記載の各却下
処分をいずれも取り消す。15
2被告は,原告らに対し,各金300万円(ただし,原告bらについては各1
50万円)及びこれに対する各原告につき当該原告の別紙「原告経過一覧」記
載の各訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞ
れ支払え。
第2事案の概要20
1事案の要旨
本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」
という。)1条に該当する者として被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者である
原告ら(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1(同人は,訴訟係属中に死亡し,
原告bらがその地位を承継した。)が,厚生労働大臣に対し,同法11条1項に25
基づき,同項に規定する認定(以下「原爆症認定」という。)の申請(以下「本
件申請」という。)をしたところ,厚生労働大臣から各却下処分を受けたため(以
下「本件各却下処分」という。),原告らがその取消しを求めるとともに(以下
「本件取消請求」という。),被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)
1条1項に基づき,慰謝料等として各300万円(ただし,原告bらについて
は各150万円)及びこれに対する各訴状送達の日の翌日以降の民法所定の年5
5分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件国賠請求」という。)
事案である。
2関係法令の定め
別紙「関係法令の定め」記載のとおりである。
3前提事実(末尾に掲げた証拠のほかは,当事者間に争いがないか弁論の全趣10
旨により認められる。)
原告ら(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1の生年月日,性別,認定申
請日,申請疾病名,被爆時年齢,被爆地,原処分及び異議申立日は,別紙「被
爆実態一覧」記載の各原告(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1の各欄記
載のとおりである(第1事件(以下,特に断らない場合は同事件を指す。)乙15
C1の1,8,10,17,乙C2の1,10,12,乙C3の1,7,9,
乙C4の1,7,乙C8の1,5,7,乙C9の1,7,9,乙C10の1,
7,9,乙C11の1,7,9,乙C14の1,5,7,11,乙C15の
1,5,7,11,12,18,20,乙C18の1,4,5,8,乙C20
の1,4,6,9,第2事件乙C1の1,5,7,11,12,16,18,20
同事件乙C2の1,6,8,14,同事件乙C3の1,6,8,15,同事件
乙C4の1,6,8,14,同事件乙C5の1,6,7,12,同事件乙C6
の1,4,5,8,同事件乙C7の1,4,5,第3事件乙C1の1,4,
6,10,同事件乙C2の1,6,8,14,第4事件乙C19の1,4,
5,同事件乙C21の1,6,7,12,第5事件乙C1,2)。25
原告ら(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1は,別紙「原告経過一覧」
の訴えの提起日欄記載の年月日に当裁判所に本件訴訟を提起した。なお,同
人らは,本件各却下処分があったこと,又は,異議申立てを行っている場合
は,異議申立棄却決定があったことを知った日から6か月を経過する前,あ
るいは,異議申立中に,本訴を提起したものである(弁論の全趣旨)。
亡a1は,平成26年12月30日死亡した。亡a1の子である原告bら5
がそれぞれ2分の1の割合で相続して,本件訴訟を承継した。
別紙「原告経過一覧」の申請疾病欄記載の疾病のうち,太字ゴシックで記
載された疾病については,本訴提起後,厚生労働大臣により原処分が取り消
され,原爆症認定がなされている(乙C3の13,乙C4の14,乙C10
の14,乙C11の12,乙C18の15,乙C19の23,乙C20の110
2,乙C21の16,第2事件乙C1の34,同事件乙C2の21,同事件
乙C4の16,同事件乙C6の13)。
4争点
本件取消請求について
ア原処分が取り消された後にも訴えの利益が認められるか。15
イ各原告(ただし,既に申請疾病を原爆症であると認定された原告の部分
を除く。)及び亡a1につき,被爆者援護法11条1項の要件の該当性が認
められるか。
具体的には,①原子爆弾の放射線に起因する負傷又は疾病が存在するこ
と(以下「放射線起因性」という。),②現に医療を要する状態にあること20
(以下「要医療性」という。)が認められるか。
ウ行政手続法8条の要求する理由の提示を行っているか。
本件国賠請求について
ア厚生労働大臣に課されるべき職務上の義務に違反があると認められるか。
イ原告らに生じた損害額はいくらか。25
5争点に対する当事者の主張
本件取消請求の訴えの利益について
(原告a3(申請疾病が心筋梗塞の部分に限る。),同a4,同a7,同a8,
同a11,同a14,同a16,同a17,同a18,同a19,同a21
及び同a22の主張)
訴えの利益がある。5
(被告の主張)
厚生労働大臣は,別紙「認定済み原告ら一覧表」の「取消・認定日」欄記
載の日付で,同別紙「原告名」欄記載の各原告ら(以下「認定済み原告ら」
という。)に対し,「認定疾病」欄記載の疾病に関する本件各却下処分(原告
a3については,同原告に対する却下処分の一部。その余の認定済み原告ら10
については,同原告らに対する各却下処分の全部。)を取り消して,同疾病を
認定疾病とする原爆症認定をした。
認定済み原告らに対する前記認定疾病に関する本件各却下処分については,
それらが職権により取り消され,同疾病について新たに原爆症認定の処分が
なされたことによって,訴訟上取り消すべき行政処分がなくなっており,ま15
た,被爆者援護法24条1項の規定に基づく医療特別手当は,その申請の日
の属する月の翌月分から遡って支給されることとなり(同条4項),原爆症認
定の日に左右されないから,この点において認定済み原告らに不利益は残ら
ず,他に上記各却下処分を訴訟において取り消すことによって回復される法
律上の利益も認められない。20
よって,認定済み原告らの各訴えのうち,上記各却下処分の取消しを求め
る訴え(原告a3については,却下処分の取消しの訴えの一部。その余の認
定済み原告らについては,各却下処分の取消しの訴えの全部。)は,いずれも
訴えの利益がないものとして不適法であり,却下を免れない。
亡a1について25
ア本件申請時において,甲状腺機能低下症に罹患していたものと認められ
るか。
(原告bらの主張)
亡a1が,本件申請時において,甲状腺機能低下症に罹患していたこと
は,c1医師の平成17年3月10日付け意見書により明らかである。
(被告の主張)5
甲状腺機能低下症の場合,血液中のTSHが上昇し,FT4が低下する。
そのため,甲状腺機能低下症であるか否かは,血液検査において血液中の
TSHの上昇及びFT4の低下が認められるか否かによって判断される。
亡a1について,本件申請時の関係書類として添付されたc1医師の意
見書によれば「平成3年に放射線影響研究所にて甲状腺異常を指摘され平10
成4年に当クリニックに来院されました。」とあるものの,放射線影響研究
所(以下「放影研」という。)で認められた甲状腺異常がどのような異常な
のかは明らかではない。このため,甲状腺機能低下症の発症時期は同意見
書からは明らかではないが,上記意見書には,「甲状腺機能は他院でいつも
採血されており,平成16年12月13日に初めて当クリニックで行った15
ところ,チラーヂン(以下「チラージン」ともいう。)S50μg/日服用
中にもかかわらず,TSH2.91(0.5-2.5)とやや低下気味で
した。」との記載があり,c1医師は上記検査値をもって甲状腺機能低下症
と考えたものと考えられる。しかしながら,c1医師が引用する検査値を
子細にみると,健康診断個人票によれば,平成16年12月13日の甲状20
腺機能検査のデータは「FT32.86(基準値2.4-3.9),FT
41.47(1.2-1.7),TSH2.91(0.5-2.5)」と
あり,Free(遊離)T4の値及びFree(遊離)T3の値は正常範
囲内である上,TSHについてもc1医師が基準値としている数字の上限
値を軽度上回っているのみであるため,チラーヂンS50μg/日を投与25
されていることを考慮しても,これらの所見のみをもって亡a1が甲状腺
機能低下症を有しているとは断定できなかった。なお,c1医師は,平成
16年のTSHの基準値の上限を2.5としているが,「病気がみえるVo
l.3代謝・内分泌疾患」175頁の「甲状腺機能検査」によれば,血中
のTSHの正常値は,「0.34~3.5μU/ml」,東京大学医学部附
属病院検査部における「血液検査の参考基準値表」によれば,その基準範5
囲は「0.38~4.31μU/ml」とされているほか,c1医師が上
記診断をした平成16年頃に編集されたと考えられる「今日の臨床検査2
005-2006」においては,TSHの基準値についてECLIA法を
用いた場合では0.500~5.00μIU/ml,CLIA法を用いた
場合では0.38~3.64μIU/mlとされており,c1医師の記載10
する基準値よりも幅の広いものとなっている。これらの基準値によれば,
亡a1の平成16年12月13日のTSH値2.91は正常範囲内である。
一般的に医学的な検査の基準値は,健康人の95%がその範囲内に収まる
値として設定されるものであり,利用した検査機器や試薬等の違いによっ
て値が変わることを否定するものではないが,平成17年頃の代表的な基15
準値として示された値とかけ離れた値が,検査された検査施設の名称(通
常の医療機関は検査報告書を保存しており,その報告書に検査施設の名称
も明らかにされている。)も明らかにされないまま提出されても,その値を
基準値としてそのまま信用することは難しいといわざるを得ない。
以上のような検討を踏まえ,被告の事務局は,亡a1の甲状腺機能低下20
症の有無を確認するには治療開始前の甲状腺ホルモン検査結果が必要と考
え,平成17年11月2日付けで広島市を介して資料を要請した。これに
対し,c1医師からは,平成4年6月15日の検査結果として「FT34.
36(基準値3.05-5.35),FT41.78(基準値0.71-
1.85),TSH2.73(基準値0.46-3.7)」と,甲状腺ホル25
モン検査結果は全て正常範囲内(基準値の範囲内)の値であったという報
告内容となっており,亡a1が甲状腺機能低下症を有していることをます
ます確認することができず,諮問を受けた疾病・障害認定審査会原子爆弾
被爆者医療分科会(以下「医療分科会」という。)の答申も,申請書類を整
備した上で,改めて審査を行うべきものとして処分を保留とするものであ
った。そこで,被告の事務局は,医療分科会の上記答申を受け,平成185
年1月20日付けで,①平成3年に放影研で甲状腺機能異常を指摘された
際の甲状腺ホルモン等検査結果の写し,②d1病院で受診した際の甲状腺
ホルモン検査結果の写し及び投薬状況がわかる資料,③広島鉄道病院で受
診した際の甲状腺ホルモン検査結果の写し及び投薬状況が分かる資料を広
島市を介して要請した。これに対し,c1医師からは,d1病院の情報と10
して「チラーヂンS50μg/日投薬」「TSH1.79,FreeT3
3.1,FreeT41.8(1997年(平成9年)12月10日)」
との検査結果が報告された。これらもカルテの写しや検査報告書といった
原本ではないため,投与の時期や検査がなされた施設,基準値等が明らか
でないものの,一般的なTSHの基準値に照らせば全て正常範囲内の値で15
あり,亡a1の甲状腺機能低下症の存在を認める根拠とすることはできな
かった。また,治療前の検査データとして送付された甲状腺ホルモン検査
については,1987年(昭和62年)8月12日付けのT3,T4,T
SHの値及び1989年(平成元年)7月26日付けT3,T4,TSH
の値について「いずれも正常範囲内」との記載があり,追加提出された治20
療前の検査データによっても亡a1の甲状腺機能低下症を確認することが
できなかった。
以上のとおり,亡a1の甲状腺機能低下症については2度にわたる追加
資料の要請によっても明らかな疾病の存在を確認することができなかった。
(原告bらの反論)25
c1医師は,チラージンの投与にもかかわらず,甲状腺ホルモンの改善
(増加)が十分ではないことを「やや低下気味」という記載をしたもので
ある。仮に,亡a1の甲状腺機能がもともと正常であったのであれば,平
成9年のd1病院でのチラージンの投与を受けていれば,平成16年時点
では医原性甲状腺機能亢進症になってしまうはずである。ところがそのよ
うな症状にはなっていないのである。5
臨床の現場においては,検査結果を記載した「検査結果箋」そのものは,
数値をカルテに記載した後に必ずしも保管されていない場合もあることか
らすると,検査施設の名称が明らかではないからといって,基準値が信用
できない理由にならない。なお,被告は,放影研の資料については,基準
値範囲が示されていないにもかかわらず,そのまま信用しているのである。10
c1医師が示した基準値(0.5-2.5)については,被告が示して
いる代表的基準値の範囲(最小値0.34,最大値5.0)と比べれば範
囲内に含まれている。
被告が2度にわたって確認した対象は,平成4年6月15日の検査結果
であるが,c1医師は,この時点の数値を持って甲状腺機能低下症と診断15
していない。また,d1病院の資料の数値は,チラージン服用中の数値で
あって,正常化しているのは当然である。被告は,確認の対象を誤ってい
る。
(被告の反論)
甲状腺機能低下症に対しては,一般的に甲状腺ホルモン(T4)製剤で20
あるチラーヂンSが投与され,これによりTSH及びFT4は正常値とな
る。他方で,チラーヂンSは,あくまで甲状腺ホルモン(T4)を補充す
るのみであり,甲状腺機能の治療薬ではないから,仮に,甲状腺機能低下
症の罹患者がチラーヂンSの投与を止めた場合,再び,TSHは異常値(高
値)を示し,FT4も異常値(低値)を示すこととなる。そうであるとこ25
ろ,亡a1は,平成23年7月11日,同日まで1か月間,甲状腺ホルモ
ン(T4)製剤であるチラーヂンSを飲んでいなかったにもかかわらず,
そのTSH及びFT4は正常値を示していた。また,その後,チラーヂン
Sを再び投与したところ,同年9月9日の検査においては,TSHは異常
に低値を示し,FT4は異常に高値を示した。これらのことから,少なく
とも同日時点で亡a1の甲状腺は正常に機能していたというべきであり,5
同人は,甲状腺機能低下症に罹患していなかったことは明らかである。一
般的に甲状腺機能低下症の症状は,加齢に伴って増悪する。また,チラー
ヂンSには,甲状腺機能の治療効果はない。そのため,同日時点で亡a1
の甲状腺が正常に機能していたことからすると,それ以前の平成17年3
月11日(本件申請)時点において,亡a1が甲状腺機能低下症に罹患し10
ていたものとは通常考え難い。
(原告bらの再反論)
被告は,カルテに,「チラ1Mのんでいない」との記載を,「1か月間」
チラージンを全く飲んでいないことを前提に論を進めている。しかし,こ
のカルテの作成者であるc1医師によれば,この文言は,チラージンを「115
か月間全く飲んでいない」のか「指示どおり飲んでいない」のかはっきり
しないというのである。そして,平成23年7月11日の検査数値は,T
SHは,基準値より高め,FT4は基準値より低めであるが,検査数値は,
同一日の採血時間によっても変わるため,亡a1のようにそれまで甲状腺
機能低下症として治療を受けている人について,1回の検査から甲状腺機20
能低下症ではないと判断することはないのである。このことは,臨床医で
あるe1医師も述べているところである。
同年9月9日については,c1医師は,TSHの検査数値が低下してい
るため,チラージンの服用量を減少させるために飲み方を変えたのである。
その後の同年11月4日の検査数値は,正常値となっているのである。こ25
のようにc1医師は,亡a1の担当医として,チラージンの服用量の増減
をして甲状腺ホルモンの最適化をしていたのである。また,e2医師は,
チラージンを「がんの再発予防のため」などと邪推しているが,亡a1に
ついては,悪性腫瘍ではないためそのようなことはないのである。
本件申請に当たって作成された平成17年3月10日付け意見書には,
検査数値が記載されており,作成者であるc1医師によれば,慢性甲状腺5
炎が証明されたというのである。さらに「健康診断個人票(精密検査用)」
には,平成16年12月13日の検査データの記載があるが,その数値は,
「他院にてチラージン50μg/日を服用中」にもかかわらず,TSHは,
軽度上昇している。これは,甲状腺機能低下症の治療中にしばしばみられ
る現象である。10
イ甲状腺機能低下症に,放射線起因性及び要医療性が認められるか。
(原告bらの主張)
亡a1の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状,被爆後の
症状及び喫煙,飲酒歴については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆
の実態」欄記載のとおりである。亡a1の爆心地から1.2kmという至15
近距離での被爆状況及びその後の下痢,脱毛という急性症状からすると,
16歳という若年において相当量の放射線の被曝を受けていることが推認
される。これらからすると甲状腺機能低下症に放射線起因性及び要医療性
が認められる。
(被告の主張)20
放射線起因性の具体的な判断方法としては,当該被爆者の放射線への被
曝の程度(考慮要素①)と,統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等
と放射線被曝との関連性の有無及び程度(考慮要素②)とを中心的な考慮
要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他
の疾病に係る病歴(既往歴),当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有25
無及び程度(考慮要素③)等を総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への
被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来
した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らし
て判断するのが相当である。
亡a1(昭和4年○月○日生・女・被爆当時16歳)は,被爆状況につ
いて,昭和20年8月6日,広島市上流川町において被爆したと主張して5
いるところ,訴状,原爆症認定申請,特別被爆者健康手帳交付台帳によれ
ば,同所の爆心地からの距離は約1.2kmである。DS02による被曝
線量推計計算によれば,亡a1の初期放射線による被曝線量は,約1.8
8グレイであるが,亡a1は木造一部鉄骨3階建ての建物内における被爆
としているためこれに遮蔽係数(0.7とする。)を乗じた約1.316グ10
レイとなる。
亡a1は,本件申請に係る認定申請書において,被爆後の行動として,
浅野泉邸に行き,猿喉川河岸で火事を避け,夕方に救助船で対岸に渡った
後,東練兵場を通り,夕方遅くに大河町の自宅に帰ったと主張している。
この点については,亡a1の手記である「生かされた命を大切に」にもほ15
ぼ同様の記載があり,亡a1は,上記の行動に伴って誘導放射線による外
部被曝及び内部被曝をしたと主張するものと考えられる。
しかしながら,広島・長崎の原爆に関する誘導放射線による被曝につい
ては,極めて低線量であって,一般的な科学的知見に照らせば,人体への
健康被害の観点からみて有意な被曝とはいえない。すなわち,DS02に20
基づく最新の分析においては,爆発直後に爆心地から1.2km地点に移
動し,そのまま無限時間同じところにとどまっていたというあり得ない仮
定に基づいて算出された誘導放射線量(積算線量)でさえ,約0.001
グレイ(0.1センチグレイ)を下回る程度であり,さらに亡a1は,爆
心地から約1.2kmの距離で被爆した後,爆心地から離れるように移動25
したというのであるから,滞在時間も爆心地から1.2kmの距離に無限
時間とどまっていた場合に比較すればはるかに少ないといえる。そうする
と,たとえ亡a1の被爆後の行動が,同人の主張どおりであったとしても,
誘導放射線によって,健康被害の観点からみて有意な被曝をしたとはいい
難い。また,内部被曝については,原爆投下当日に広島で8時間の片付け
作業に従事したとして内部被曝を評価した分析においても,0.06μシ5
ーベルトという値であり,外部被曝に比べて無視できるレベルであるとい
える。
亡a1の推定被曝線量は,亡a1に最大限有利に見積もっても,初期放
射線による被曝線量約1.316グレイに誘導放射線による被曝線量0.
001グレイを足した1.317グレイとなる。10
以上によれば,亡a1の被曝線量は,広い意味での健康影響という観点
からは人体に影響が生じ得る線量の被曝をしているということは被告とし
てもことさら否定するものではないが,ICRP(国際放射線防護委員会。
以下同じ。)の報告における甲状腺機能低下症が発症したとされる線量(4
グレイ)よりも低線量である上,亡a1の甲状腺機能低下症は,そもそも15
疾病の存在が確認できないのであるから,その疾病に放射線起因性がある
とはいえない。
ウ甲状腺腫瘤に,放射線起因性及び要医療性が認められるか。
(原告bらの主張)
イのとおりであり,相当量の放射線の被曝を受けていることが推認され20
る。これらからすると甲状腺腫瘤に放射線起因性及び要医療性が認められ
る。
(被告の主張)
亡a1は,「甲状腺腫瘤(多発性)」を申請疾病としているが,多結節性
甲状腺腫をいうものと解される。甲状腺腫結節・腫瘍は,健康人の10人25
に3人もの高頻度で認められる所見である。また,過去の疫学調査におい
て,甲状腺腫を有する人は1000人中15ないし84人存在し,そのう
ち結節性甲状腺腫は7ないし26人存在するとするものがある。さらに,
最近の精密な調査結果では,40歳以上の健康成人の17%に何らかの甲
状腺疾患を認め,4.5%に結節性甲状腺腫を認めたとの報告もされてい
る。そして,結節性甲状腺腫は,しばしば多発し,多結節性甲状腺腫とな5
るともされている。このように,亡a1の甲状腺腫瘤(多結節性甲状腺腫)
は,健康人にも一般的に一定の割合でみられる疾患である。なお,その原
因には炎症,過形成,良性腫瘍,悪性腫瘍が挙げられる。亡a1のカルテ
上,何ら悪性所見が認められたとの記載はないから,悪性腫瘍以外による
ものと解される。そして,これらの原因と,放射線被曝との関連性は何ら10
明らかでない。
よって,その余の点について検討するまでもなく,亡a1の甲状腺腫瘤
(多結節性甲状腺腫)に放射線起因性は認められないというべきである。
また,良性の多結節性甲状腺腫については,1ないし数年に1回の超音
波検査と甲状腺関連血液検査で経過観察をすれば足りるものとされている。15
このような積極的な治療を伴わない経過観察を受けているにすぎない場合,
要医療性が認められない。
原告a2について
ア甲状腺機能低下症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a2の主張)20
原告a2の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状,被爆後
の症状,喫煙歴及びその他については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被
爆の実態」欄記載のとおりである。原告a2は,2歳時に爆心地から2.
7kmにあった木造の自宅において被爆した。爆風により,数m飛ばされ
て,右耳下に切り傷を負った。原告a2の母親は原告a2を連れて一時自25
宅敷地内の簡易防空壕に避難したが,しばらくして自宅に戻った。以後自
宅において,両親らが被爆者の救護をしたが,原告a2はそれを見ている
状態だった。同日の夕方から翌日にかけて灰のようなものが落下するよう
になり,原告a2はこれを浴びた。被爆翌日である昭和20年8月7日あ
るいは8日から数日間,原告a2は,母親に連れられて,連絡の取れない
親戚や知人を捜すため,広島駅や松原町一帯を歩き回った。居住は,それ5
までの自宅に,昭和30年頃まで住み続けた。母親によると,原告a2は,
被爆後,2,3日して微熱が出るとともに,下痢をするようになった。そ
れらの症状は,10日程度続いた。原告a2は,昭和20年頃から,目や
にが出るようになるとともに日光がまぶしくて開眼していることができな
いような状態となり,医者に行った。このような状況は,7,8年続いた。10
20歳になってからも,胃腸虚弱,風邪を引きやすい,肩こり,腰痛,不
整脈などに悩まされた。平成10年からは,不整脈が発生するため治療の
ための投薬治療を受けている。同15年c1クリニックにおいて甲状腺機
能の低下が確認され,治療が開始されチラージンの服用を開始した。同1
8年頃からは,慢性胃炎となり,経過観察中で,1年に1度は胃内視鏡検15
査を受けている。その他に,肩こりや腰痛に悩まされている。以上によれ
ば,甲状腺機能低下症に放射線起因性が認められることは明らかである。
現在の知見によれば,放射線の作用によって甲状腺機能低下症が起こり
始める線量についてはいまだ確実な知見はないものの,低線量被曝により
甲状腺機能低下症の発症リスクが高まることも指摘されている。原告a220
は,2歳時に爆心地から2.7kmという距離にあった自宅において被爆
したこと,被爆翌日の昭和20年8月7日あるいは8日から数日間は,母
親とともに広島駅や松原町一帯を歩き回ったこと,発熱や下痢という急性
症状が発症していること,居住は昭和30年頃まで,自宅であったことな
どからすると,原告a2は相当量の放射線の被曝をしたものと推認される25
こと,甲状腺機能低下症の発症が,61歳と比較的若年であることからす
ると,原告a2の甲状腺機能低下症は,原爆の放射線に起因するものと認
められる。
(被告の主張)
原告a2は爆心地から約2.7km地点にある自宅内で被爆しており,
初期放射線による被曝線量は相当低いものというべきである。また,原告5
a2の主張するような入市の事実及び白っぽい灰状のものが身体に付着し
たとの事実は認められないのであって,仮に,原告a2の母が被爆者を救
護したとの事実を前提とし,また,原告a2が自宅で生活を続けたことを
考慮しても,残留放射線による被曝線量も相当低いものというべきである。
そして,原告a2には,放射線被曝による急性症状が発現したものとは認10
められないから,被爆後の身体症状等を踏まえても,高線量の放射線被曝
をしたとは考え難いというべきである。このように,原告a2の被曝線量
は,全体としても相当低いものというべきであり,およそ0.1グレイを
上回るほどの放射線に被曝したものとは考え難い。そうであるところ,ご
く低線量の放射線被曝と甲状腺機能低下症との間には関連性が認められて15
いない。また,万一,両者の間に一定の関連性が認められるとの前提に立
ったとしても,原告a2のような自己免疫性の甲状腺機能低下症と放射線
被曝との間に一定の統計学的に有意な関連性を認めたのは,長瀧重信,柴
田義貞ほかの報告「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」のみであること
に照らせば,両者の関連性の程度が強いとはいえないというべきである。20
そして,ごく低線量の放射線被曝から推定される甲状腺機能低下症の発症
リスクは相当低いものというべきである。
これに対し,原告a2は,男性であり,59歳という比較的高齢になっ
てから慢性甲状腺炎が増悪し,自己免疫性の甲状腺機能低下症を発症した
ものであるところ,甲状腺機能低下症は,男性でも60歳を超えると約8%25
は罹患するものとされているし,その原因としては慢性甲状腺炎が最も多
いとされているのである。このように,原告a2の甲状腺機能低下症が発
症するまでの経過は,放射線に被曝していない者が甲状腺機能低下症を発
症するまでの経過と何ら相違ないものである。上記を総合考慮すると,原
告a2の甲状腺機能低下症が放射線被曝によって発症した可能性は極めて
低く,反対に,加齢に伴い慢性甲状腺炎を発症し,その後,これが増悪し,5
甲状腺機能低下症を発症するに至ったと考えても,医学的にみて何ら不自
然不合理な経過ではないというべきである。
したがって,原告a2の申請疾病である甲状腺機能低下症の放射線起因
性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る
に足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性は認められ10
ないというべきである。
イ甲状腺機能低下症に要医療性が認められるか。
(原告a2の主張)
原告a2は,現在もc1クリニックを継続的に受診し,甲状腺ホルモン
剤を服用しており,要医療性が認められる。15
(被告の主張)
否認ないし争う。
原告a3について
ア高脂血症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a3の主張)20
原告a3の被爆地点,被爆時の状況,被爆直後から約1週間の行動,被
爆後半年間の症状,被爆後の健康状態,喫煙歴等及びその他については,
別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄記載のとおりであり,高
脂血症に放射線起因性が認められる。
(被告の主張)25
高脂血症は,血液中のコレステロール又は中性脂肪のいずれか,又は両
方が標準以上に増加した状態をいう。高脂血症の発症要因は多様であるが,
大きく分けて,原発性(遺伝的要因が基盤となり欧米では家族性と呼ばれ
ることが多い。)と,二次性(諸疾患や薬物,食事性要因等によるもの。)
とに分けられている。高脂血症の発症には,遺伝的な素因に加えて,過食,
摂食パターンの異常といった不適切な食生活,運動不足,アルコールの飲5
み過ぎ,ストレス過多などが重要な役割を果たしている場合が多くあり,
これらの生活習慣が深く関わっていることが多いため,高脂血症は,食生
活や運動不足などの日常の生活習慣の積み重ねに起因する生活習慣病とし
て広く知られている。このように,高脂血症が,日常の生活習慣による影
響を強く受けるものであることが判明しているが,一方で,高脂血症と放10
射線との関連性を認めた医学的知見は存在しない。原告a3は,審査資料
を見る限りにおいても,平成15年6月の心筋梗塞の治療の際に高脂血症
が認められ,投薬が開始されたと認められるところ,当時原告a3は63
歳であり,原爆投下から既に約58年が経過している。
したがって,原告a3は,平成15年6月に高脂血症が認められるまで15
の間に,日常の生活習慣の積み重ねにより既に高脂血症に至っていた可能
性が極めて高いと考えられるのであるから,同原告の高脂血症は生活習慣
等の他原因によるものと考えるのが自然であり,かつ,医学的知見に合致
するというべきである。
以上によれば,原告a3の高脂血症について,放射線起因性を認めるこ20
とはできない。
イ高脂血症に要医療性が認められるか。
(原告a3の主張)
要医療性が認められる。
(被告の主張)25
否認ないし争う。
原告a5について
ア甲状腺機能低下症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a5の主張)
原告a5の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被爆
後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄記5
載のとおりである。原告a5は,13歳時に爆心地から2.5kmという
近距離で自宅前において,遮蔽のない場所で被爆し,右半身に熱線を受け,
水ぶくれ状態となった。昭和20年8月15日,16日頃まで自宅で生活
をしていた。終戦後は,松山市に避難することとなった。途中旅館に泊ま
ったところ,発熱,下痢及び血便が出る状態となった。加えて脱毛も始ま10
った。原告a5は,上記の症状について赤痢と間違われて隔離病棟に収容
された後,同年9月中旬過ぎに広島に帰った。原告a5は,昭和26年(1
9歳時)頃に,肝臓病と診断され,その後,同36年卵巣腫瘍,同39年
頃身体がだるくなったが原因不明,同40年頃ウイルス性肝炎,平成9年
腹部大動脈瘤手術等,平成10年甲状腺機能低下症の診断,同14年両膝15
変形性関節症,変形性脊椎症,頚椎骨軟化症,同22年白内障手術という
状態である。以上によれば,甲状腺機能低下症に放射線起因性が認められ
ることは明らかである。
現在までの知見によれば,放射線の作用によって甲状腺機能低下症が起
こり始める線量についてはいまだ確実な知見はないものの,低線量被曝と20
甲状腺機能低下症の発症との関連性が指摘されており,低線量被曝によっ
て甲状腺機能低下症の発症リスクが高まることも指摘されているのである。
原告a5の被爆状況及びその後の発熱,下痢,脱毛という急性症状からす
ると13歳という若年において相当量の放射線の被曝を受けていることが
推認されること,被爆後の健康状態,これに,原告a5の甲状腺機能低下25
症の発症が66歳というさほど高齢でない年齢であることを勘案すれば,
原告a5の甲状腺機能低下症は,放射線に起因するものと認められる。
(被告の主張)
原告a5は爆心地から約2.5kmの地点において被爆しており,初期
放射線による被曝線量は相当低いものというべきである。また,仮に,原
告a5が原爆投下の10日又は11日後に爆心地から約1.3km地点に5
入市していたとしても,残留放射線による被曝線量も相当低いものと考え
られる。そして,原告a5には,放射線被曝に起因する身体症状が発現し
たものとは認められないから,被爆後の身体症状等を踏まえても,高線量
の放射線被曝をしたとは考え難い。このように,原告a5の被曝線量は,
全体としても相当低いものというべきであり,およそ0.1グレイを上回10
るほどの放射線に被曝したものとは考え難い。そうであるところ,ごく低
線量の放射線被曝と甲状腺機能低下症との間には関連性が認められておら
ず,また,放射線被曝と甲状腺機能低下症との関連性の程度は強いとはい
えないし,仮に,ごく低線量の放射線被曝と甲状腺機能低下症との間にも
一定の関連性が認められるとの前提に立ったとしても,ごく低線量の放射15
線被曝による甲状腺機能低下症の発症リスクはごく僅かであると考えられ
る。これに対し,原告a5は,女性であり,66歳という比較的高齢にな
ってから甲状腺機能低下症を発症したとしている。甲状腺機能低下症は,
女性に多く,60歳を超えると女性の約16%は罹患するとされているこ
とに鑑みれば,原告a5が,放射線に被曝していない女性と同様,加齢に20
より甲状腺機能低下症に罹患したと考えても,医学的にみて不自然不合理
な点は見当たらない。
したがって,原告a5の申請疾病である甲状腺機能低下症の放射線起因
性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る
に足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性は認められ25
ないというべきである。
イ甲状腺機能低下症に,要医療性が認められるか。
(原告a5の主張)
原告a5は,甲状腺機能低下症と診断されて以来,現在に至るまでチラ
ージン投与による薬物治療を継続しており,要医療性があることは明らか
である。5
(被告の主張)
否認ないし争う。
ウ狭心症に,放射線起因性が認められか。
(原告a5の主張)
アと同じ。10
(被告の主張)
狭心症は,虚血性疾患のうち,虚血が一過性で心筋の障害が一時的であ
り,器質的傷害を残さない可逆的虚血の場合をいい,動脈硬化を主因とす
る生活習慣病であるとされている。動脈硬化の発症機序や危険因子等につ
いては,1秒たりとも休まず働くという動脈の特性上,動脈の血管は継時15
的に徐々に傷害され,粥状動脈硬化の初期病変は既に小児期から発生し始
め,加齢と共に進行する。さらに,加齢に加え,持続的に傷害し続ける因
子(酸化LDL,血流等)が存在することで,動脈硬化の進行が促進され
ていくとされる。このような病変(粥状動脈硬化)の形成を促進させる4
大危険因子としては,喫煙,高血圧,高脂血症及び糖尿病が挙げられてい20
る。以上の危険因子は多くなればなるほど有病率は加速度的に増加すると
されている。
原告a5(昭和7年○月○日生まれ・女)の本件申請に係る審査時の意
見書によれば,原告a5は,平成9年の心臓カテーテル検査で前下行枝(心
臓の冠動脈の枝の一つ。)に狭窄を認めたとのことであるから,原告a5の25
狭心症は,平成9年頃,すなわち原告a5が65歳の頃に発症したものと
推測される。心筋梗塞は,加齢に伴い進行する動脈硬化を主たる病態とす
る生活習慣病であるところ,狭心症も動脈硬化がベースとなる病態である
ことから,加齢が発症に大きく関わるものであり,原告a5が審査資料上
65歳での発症と推測されることからすれば,加齢による動脈硬化が生じ
ていたものと考えられる。また,原告a5には,狭心症にかかる重要な危5
険因子の一つである高血圧があったことは明らかであり,高脂血症という
危険因子も認められる。
以上のとおり,原告a5は,加齢,高血圧及び高脂血症といった狭心症
の危険因子を重複的に有している。狭心症は,危険因子が重なるにつれ有
病率が加速度的に増加するといわれていることを踏まえると,原告a5が10
発症した狭心症は,原爆放射線の被曝によってしか説明のつかないものと
は到底いえず,むしろ,上記複数の危険因子の作用により発症したものと
考えるのが自然である。
心筋梗塞及び狭心症の放射線関連性については,UNSCEAR(原子
放射線の影響に関する国連科学委員会。以下同じ。)の2006年度のレポ15
ートにおいても,1ないし2グレイ以下の被曝については,「現在ある科学
的データには一貫性のある疫学的データやもっともな生物学的メカニズム
の説明がかけており,電離放射線と心血管疾患の因果関係を立証するには
十分でない」と結論付けているところであり,放射線起因性を肯定するこ
とは不相当である。20
原告a5の推定被曝線量は,可能な限り同原告に有利に見積もっても,
0.0165グレイ以下と,先のUNSCEARレポートで「電離的放射
線と心血管疾患の因果関係を立証するには十分でない」とされた1ないし
2グレイ以下に比べてもはるかに低線量であるから,同原告の申請疾病で
ある狭心症との間に放射線起因性を認めることはできない。25
エ狭心症に,要医療性が認められるか。
(原告a5の主張)
狭心症に,要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
オ高血圧に,放射線起因性が認められるか。5
(原告a5の主張)
アと同じ。
(被告の主張)
高血圧は,日本における有病者が,治療を受けていない者まで含めれば
約4000万人いるといわれているほどに非常に患者数の多い疾病である。10
高血圧には,本態性高血圧と二次性高血圧があり,二次性高血圧とは腎・
副腎・神経系の疾患など明らかな原因となる疾患が存在しているものであ
り,本態性高血圧とは,それ以外の全ての高血圧をいう。高血圧の90%
以上は,本態性高血圧が占めているところ,遺伝的な因子及び生活習慣な
どの環境因子が関与していると解されている。殊に環境因子は,高血圧が15
生活習慣病の一つとされていることからも明らかなように,過剰な塩分摂
取,肥満,飲酒,精神的ストレス,自立神経の調節異常,肉体労働の過剰,
蛋白質・脂質の不適切な摂取及び喫煙が挙げられている。高血圧の患者数
は,年齢層が上がるほどに増加傾向にあり,60歳以上の女性の約50%
以上が高血圧とされている。このように,高血圧は,環境因子や加齢の影20
響を強く受けることが判明しているが,一方で,高血圧と放射線との関連
性を認めた医学的知見は存在しない。
原告a5が高血圧の診断を受けたのは,65歳頃のことであり,放射線
による影響の有無に関わらず高血圧を発症し得る年齢であったといえる。
このことに加え,原爆投下から発症までに約52年が経過しており,その25
間に上記のような環境因子による影響を受けた可能性が高いといえること
から,原告a5の高血圧は,環境因子に起因するものであり,少なくとも
放射線以外の原因によるものと考えるのが自然であり,かつ,医学的知見
にも合致するというべきである。
以上によれば,原告a5の高血圧について放射線起因性を認めることは
できない。5
カ高血圧に,要医療性が認められるか。
(原告a5の主張)
高血圧に,要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。10
原告a6について
ア甲状腺機能低下症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a6の主張)
原告a6の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被爆
後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄記15
載のとおりである。原告a6は,4歳時に,爆心地から2.5kmにある
自宅近くの遮蔽のない畑において被爆し,爆風により飛ばされた。原告a
6は,母親に連れられて近くの修道中学のグラウンドに避難した。被爆翌
日である昭和20年8月7日,原告a6は,父母に連れられて,帰宅しな
い姉を捜すために当時の広島電鉄本社,日本赤十字病院をまわった。この20
道筋は,地図を参照すれば,爆心地から2km以内に入ったことが確実で
ある。同月8日には,朝から夕方まで紙屋町,八丁堀まで歩いているので,
爆心地から500m以内にまで入ったことになる。その後も,同月15日
まで父と広島市内を回っている。この頃までは,修道中学のグラウンドで
野宿をした。脱毛や嘔吐については記憶にないものの,下痢,発熱があり,25
被爆前は,元気な子といわれていたが,被爆後は,顔色も青白く元気がな
くなった。昭和22年(6歳時)に小児喘息となり,平成12年(59歳
時)に脳梗塞で入院し,現在も5週間おきに通院中である。同13年(6
0歳時)に左膝血管内上皮腫により入院手術し,同17年(64歳時)に
喘息が発症し,現在も同薬治療中である。同20年(67歳時)に倦怠感
による血液検査で甲状腺機能低下症と診断された。5
以上によれば,甲状腺機能低下症に放射線起因性が認められることは明
らかである。現在までの知見によれば,放射線の作用によって甲状腺機能
低下症が起こり始める線量についてはいまだ確実な知見はないものの,低
線量被曝と甲状腺機能低下症の発症との関連性が指摘されており,低線量
被曝によって甲状腺機能低下症の発症リスクが高まることも指摘されてい10
る。原告a6の被爆状況及びその後の下痢,発熱という急性症状からする
と,4歳という若年において相当量の放射線の被曝を受けていることが推
認されること,被爆後の健康状態に加え,原告a6の甲状腺機能低下症の
発症が67歳というさほど高齢でない年齢であることを勘案すれば,原告
a6の甲状腺機能低下症は,放射線に起因するものと認められる。15
(被告の主張)
原告a6は爆心地から約2.5kmと比較的遠距離で被爆しており,初
期放射線による被曝の程度は相当低いと考えられる。また,その後の入市
状況や,急性期に原爆放射線に起因する身体症状が現れたものと認められ
ないこと等に鑑みれば,その被曝線量の程度は,全体としても相当低いも20
のというべきである。低線量の放射線被曝と甲状腺機能低下症との間には
一般的な関連性が認められないというべきであるし,この点をおくとして
も,被曝線量が小さくなればなるほど,甲状腺機能低下症の発症リスクは
低減するというべきである。このような科学的知見に照らせば,原告a6
の上記の程度の放射線被曝では,甲状腺機能低下症は発症しないというべ25
きであるし,少なくとも発症する可能性は極めて小さいものというべきで
ある。よって,原告a6の甲状腺機能低下症については,その余の考慮要
素について言及するまでもなく,その放射線起因性は認め難いというべき
である。
これに対し,原告a6の甲状腺機能低下症は,当該疾病に診断されたと
されている時期,その後の検査所見等の臨床経過に鑑みれば,原爆放射線5
被曝とは無関係に発症したものと考えて,医学的にみて何ら不自然不合理
はないというべきであり,その発症原因をあえて原爆放射線被曝に求める
合理性は認め難いというべきである。なお,甲状腺機能低下症はかなりの
頻度で認められる一般的な疾病であり,原爆放射線被曝に特異的な疾病で
はない。それゆえ,そのことのみから当然に他原因により生じた合理的可10
能性が問題となる。そうであるところ,原告a6の甲状腺機能低下症の発
症については,その臨床経過が原爆放射線とは無関係に発症した一般的な
甲状腺機能低下症の臨床経過と比較して特異な点がないことからすれば,
その発症は専ら他原因によるのではないかと疑わせるに十分というべきで
ある。15
以上を総合考慮すると,原告a6の申請疾病である甲状腺機能低下症の
放射線起因性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信
を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性
は認められないというべきである。
イ甲状腺機能低下症に,要医療性が認められるか。20
(原告a6の主張)
原告a6は,平成19年9月頃に甲状腺機能低下症を発症し定期的に検
査を受けながら現在に至るまでチラージンの投与を受けて治療を継続して
いるのであるから,要医療性がある。
(被告の主張)25
否認ないし争う。
ウ脳梗塞後遺症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a6の主張)
原告a6の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被爆
後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄記
載のとおりであり,放射線起因性が認められる。5
(被告の主張)
原告a6は爆心地から約2.5km地点において被曝しており,初期放
射線による被曝線量は相当低いものと考えられる。また,仮に,原告a6
が原爆投下の翌日である昭和20年8月7日,爆心地から約1.6km地
点まで入市し,同月8日に爆心地から約0.4km地点まで入市していた10
としても,残留放射線による被曝の程度も相当低いものと考えられる。原
告a6には,放射線被曝に起因する身体症状が発現したとは認められない
から,被爆後の身体症状を踏まえても,高線量の放射線被曝をしたとは考
え難い。このように,原告a6の被曝線量は,全体として相当低いものと
いうべきであり,0.1グレイを大幅に下回る程度であったと考えるのが15
相当である。そもそも脳梗塞については,放射線被曝との間で関連性が認
められていない。かかる事情は,放射線起因性を検討する上では,極めて
大きな消極事情として位置付けることができる。それゆえ,放射線被曝の
未解明性を考慮し,また,放射線防護の観点から「循環器疾患のしきい吸
収線量は,心臓や脳に対しては,0.5グレイ程度まで低いかもしれない」20
としたICRPステートメントをも考慮に入れて,脳梗塞と放射線被曝と
の関連性を検討する余地があると解したとしても,相当慎重に検討する必
要があるというべきである。とりわけ低線量とみられる場合にはしきい値
(ある作用が生体に反応を引き起こすか起こさないかの限界のことを「し
きい」と呼び,その時の作用因の大きさ,つまり作用因の有効な最小値を,25
しきい値という。生理学でよく用いられ,有効な作用量の最小値と無効な
作用量の最大値との平均をしきい値とすることが多い。放射線影響の場合,
生体反応を引き起こす限界線量として「しきい線量」が用いられる。)を考
慮すべきであるから,放射線被曝との関連性については,より一層慎重に
検討する必要があるというべきである。原告a6の被曝線量は,相当低線
量であると合理的に考えられるのであるから,これらの事情のみから考え5
ても,そもそも,原告a6の脳梗塞が放射線被曝に起因して発症したもの
であるなどとは考え難いというべきである。その上,原告a6が脳梗塞を
発症したのは58歳当時であり,原爆放射線に被曝したか否かに関わらず,
一般に脳梗塞を発症したとしても何ら不自然ではない年齢である。脳梗塞
については,喫煙,高血圧及び脂質異常症等が危険因子として挙げられて10
いるところ,原告a6は,20歳頃から1日20ないし40本喫煙してお
り,長期にわたる喫煙歴が認められ,また,脳梗塞発症の約2年前から高
血圧症や脂質異常症に罹患していたものと認められる上,脳梗塞発症当時
の両疾病の状態も悪かったものである。高血圧や脂質異常症については,
これらが2個重積するだけで脳卒中のリスクは約2.5倍高くなるとされ15
ている。
以上によれば,原告a6は,脳梗塞発症当時,上記各危険因子のみで優
に脳梗塞を発症し得たのであって,上記各危険因子によって当該脳梗塞が
発症したものとして,医学的に優に合理的に説明することができる。
したがって,原告a6の申請疾病である脳梗塞後遺症の放射線起因性に20
ついては,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに
足りる程度の高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性は認め
られない。
エ脳梗塞後遺症に,要医療性が認められるか。
(原告a6の主張)25
原告a6の脳梗塞後遺症に,要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
原告a9について
ア甲状腺機能低下症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a9の主張)5
原告a9の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状,被爆後
の症状及びその他については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実
態」欄記載のとおりである。原告a9は,爆心地から約2.8kmの距離
で被爆した。原告a9は,被爆時,タンスの下敷きになり,いったん意識
を消失するなど,放射線はもとより爆風等による原子爆弾の殺傷威力を強10
度に受けたものである。また,原告a9は,被爆当日,兄を捜すため裸足
で東雲町の自宅から富士見町まで行き,同所付近で兄を捜した後,稲荷橋
を渡って的場町経由で自宅に戻っている。したがって,原告a9は,被爆
直後,爆心地から1.5km以内の地点に長時間滞在していたものである。
この間,原告a9は,皮膚(傷口)や呼吸を通じて放射線物質を体内に取15
り込んだものである。原告a9は,被爆当日,富士見町付近で被爆し被爆
翌日に死亡したことから大量の放射線被曝をしたと考えられる兄と接触し,
その後も,避難先のブドウ畑で多くの被爆者と至近距離で接したことで,
誘導放射化された人体等からの放射線により被曝したものである。原告a
9は,被爆当日,ブドウ畑のブドウを食べ,昭和20年8月10日に食料20
の配給があるまでは,屋外にあった水槽等の水を飲んでいた。その結果,
放射線に曝露した食物等を摂取し,内部被曝したものである。原告a9は,
被爆翌日から1週間程度,被爆者の遺体の火葬を手伝っている。このとき,
原告a9は,誘導放射化された人体等から直接に,又は放射性物質を呼吸
で体内に取り込むことなどにより内部被曝したものである。原告a9は,25
爆心地から2.0km以内にあり,火災により損壊した母方の伯父の自宅
の片付け作業を,1か月程度かけて行っている。この作業の間,誘導放射
化された家屋の残骸等から出る放射線により被曝したり,放射線物質を呼
吸の際に取り込むなどしたりして内部被曝をしたものである。原告a9に
は,発熱と脱毛という急性症状があった。特に脱毛は,被爆10日後頃か
ら始まり,完全脱毛であった。このことは,原告a9の放射線被曝による5
障害の程度の高さを示すものである。その後も,原告a9は,中学生のと
きに白血球の数値の異常を指摘されたり,貧血や倦怠感に悩まされてきた
りした。これらの症状も,放射線被曝に起因しているものである。易疲労
性,環境不堪性(気候のちょっとした変化に極めて弱いこと),罹患傾向な
どが少なからずの被爆者に認められたことは,被爆者の精神神経学的検討10
からつとに知られた病態であった。
以上から,原告a9が相当量の原爆放射線に被曝していることが明らか
である。放射線被曝が甲状腺機能低下症の原因となることは被告も認めて
いる。原告a9が相当量の原爆放射線に被曝したことは明らかであって,
原告a9の甲状腺機能低下症について放射線起因性を優に認めることがで15
きる。
(被告の主張)
原告a9は爆心地から約2.8ないし3.0kmと遠距離で被爆してお
り,初期放射線による被曝の程度は相当低いと考えられる。また,その後,
入市した等の事情は認められず,むしろ,原爆投下後,昭和20年8月120
6日までは爆心地から遠く離れた安芸郡熊野町で生活をしていたものと認
められるのであるから,残留放射線による被曝の程度は考慮する必要がな
いというべきである。さらに,原告a9には,原爆被爆後,急性期に原爆
放射線に起因する身体症状が現れた等の事情も認められない。したがって,
その被曝線量の程度は,全体としても相当低いものというべきである。低25
線量の放射線被曝と甲状腺機能低下症との間には一般的な関連性が認めら
れないというべきであるし,この点をおくとしても,被曝線量が小さくな
ればなるほど,甲状腺機能低下症の発症リスクは低減するというべきであ
る。このような科学的知見に照らせば,原告a9の上記の程度の放射線被
曝では,甲状腺機能低下症は発症しないというべきであるし,少なくとも
発症する可能性は極めて小さいものというべきである。5
よって,原告a9の甲状腺機能低下症については,その余の考慮要素に
ついて言及するまでもなく,その放射線起因性は認め難いというべきであ
る。また,原告a9の甲状腺機能低下症は,潜在性甲状腺機能低下症の可
能性があり,潜在性甲状腺機能低下症から顕性甲状腺機能低下症への進展
については,最新の知見によれば,放射線起因性は否定されているといえ10
る。これに対し,原告a9は,甲状腺機能亢進症の治療のため,放射性ヨ
ード131の投与を受けており,その結果,放射性ヨードが原告a9の甲
状腺に取り込まれ,甲状腺組織を破壊し,甲状腺機能低下症に至ったと考
えて,医学的に不自然不合理ではなく,その発症原因を原爆放射線被曝に
求める合理性も認め難いというべきである。15
以上を総合考慮すると,原告a9の申請疾病である甲状腺機能低下症の
放射線起因性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信
を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性
は認められないというべきである。
イ甲状腺機能低下症に,要医療性が認められるか。20
(原告a9の主張)
原告a9は,現在も,d2クリニックを継続的に受診し,チラージンを
服用しており,要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。25
原告a10について
ア高血圧症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a10の主張)
原告a10の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被
爆後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄
記載のとおりであり,放射線起因性が認められる。5
(被告の主張)
原告a10の本件申請に係る平成18年11月9日付けの認定申請書に
は「昭和60年身体の不調を感じて,広島大学附属病院で診察を受け,高
血圧と診断されました。」との記載があり,添付された広島大学病院のc2
医師の意見書には「昭和63年以来,薬剤抵抗性高血圧症」との記載があ10
ることからすれば,原告a10は,昭和60年ないし昭和63年頃(44
歳時)には高血圧症と診断されていたものといえる(なお,上記認定申請
書には,「昭和37年就職試験のときの健康診断で高血圧と診断されまし
た。」との記載もみられる。)。また,広島大学附属病院のc3医師は,上記
の申請に関する照会に対する回答書において,原告a10の高血圧症の原15
因として原発性アルドステロン症の可能性を疑い,平成17年(2005
年)1月27日に副腎サンプリング検査を行った旨回答しているものの,
上記回答書では,最終的に確定診断まで至ったかどうかは明らかにされて
いない。もっとも,本件申請に係る平成20年12月25日付けの認定申
請書の添付資料には,同年1月に,広島大学附属病院において,「アルデン20
トストロン症と診断された。」旨の記載がある。また,原発性アルドステロ
ン症は治療抵抗性高血圧の場合は特に発症頻度が高いとされているところ,
上記c2医師の意見書には「薬剤抵抗性高血圧症」との記載がある。
以上の各事実に照らせば,原告a10はおそらく平成20年1月頃に原
発性アルドステロン症の確定診断を受けているものと思われる。このよう25
に,原告a10については,内分泌疾患である原発性アルドステロン症に
よる二次性高血圧症の可能性が高いといえるが,環境因子や加齢に起因す
る本態性高血圧症の可能性も考えられるところ,高血圧症についても,原
発性アルドステロン症についても,いずれも放射線被曝との関連性を明確
に関連づける医学的知見はなく,むしろ放射線以外の原因によるものと考
えるのが自然かつ合理的であり,かつ,医学的知見にも合致するというべ5
きである。
以上によれば,原告a10の申請疾病のうち高血圧症については,放射
線起因性の要件を満たすとはいえない。
イ高血圧症に,要医療性が認められるか。
(原告a10の主張)10
原告a10は,通院加療しているのであるから,要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
ウ脳内出血後遺症及び脳梗塞に,放射線起因性が認められるか。
(原告a10の主張)15
原告a10の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被
爆後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄
記載のとおりであり,放射線起因性が認められる。
(被告の主張)
原告a10は爆心地から約2.3km地点において被爆しており,初期20
放射線による被曝線量は相当低いものと考えられる。また,原告a10は,
被爆後,しばらくの間同所で生活していたと考えられるところ,かつ,そ
の間,「黒い雨」に遭うなどの事実も認められず,残留放射線による被曝の
程度も相当低いものと考えられる。原告a10には,放射線被曝に起因す
る身体症状が発現したとは認められないから,被爆後の身体症状を踏まえ25
ても,高線量の放射線被曝をしたとは考え難い。このように,原告a10
の被曝線量は,全体として相当低いものというべきであり,0.1グレイ
を大幅に下回る程度であったと考えるのが相当である。そもそも脳梗塞に
ついては,放射線被曝との間で関連性が認められていない。かかる事情は,
放射線起因性を検討する上では,極めて大きな消極事情として位置付ける
ことができる。また,脳出血については,一定の関連性は認められ得るも5
のの,1.3グレイ未満の放射線被曝との関連性は認められていない。そ
れゆえ,上記各疾病につき,放射線被曝の未解明性を考慮し,また,放射
線防護の観点から「循環器疾患のしきい吸収線量は,心臓や脳に対しては,
0.5グレイ程度まで低いかもしれない」としたICRPステートメント
をも考慮に入れて,放射線被曝との関連性を検討する余地があると解した10
としても,相当慎重に検討する必要があるというべきである。とりわけ低
線量とみられる場合にはしきい値を考慮すべきであるから,放射線被曝と
の関連性については,より一層慎重に検討する必要があるというべきであ
る。原告a10の被曝線量は,相当低線量であると合理的に考えられるの
であるから,これらの事情のみから考えても,そもそも,原告a10の脳15
出血及び脳梗塞が放射線被曝に起因して発症したものであるなどとは考え
難いというべきである。その上,原告a10が脳出血及び脳梗塞を発症し
たのは,原爆放射線に被曝したか否かに関わらず,一般に脳梗塞を発症し
たとしても何ら不自然ではない年齢である。また,いずれの疾病も高血圧
を最大の危険因子であるとするところ,原告a10は,昭和49年頃から20
高血圧を指摘されており,特に,昭和63年から平成6年までの間は,高
血圧加療目的で入退院を繰り返しており,その後も高血圧のコントロール
は不良であったのであるから,重度の高血圧症であったと考えられる。そ
れゆえ,上記各疾病が上記重度の高血圧症によって引き起こされたと考え
て何ら不自然不合理ではない。加えて,原告a10は,脳梗塞が確認され25
る以前から,脂質異常症及びCKD(慢性腎臓病)に罹患していたと考え
られるのであって,これらも脳梗塞発症に寄与したと合理的に考えること
ができる。
以上によれば,原告a10は,脳出血及び脳梗塞発症当時,上記各危険
因子のみによって上記各疾病を発症したものとして,医学的に優に合理的
に説明することができる。5
したがって,原告a10の申請疾病である脳出血及び脳梗塞の放射線起
因性については,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち
得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性は認め
られない。
エ脳内出血後遺症及び脳梗塞に,要医療性が認められるか。10
(原告a10の主張)
通院加療をしているのであるから,要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
オ本件申請時において,貧血であったと認められるか。15
(原告a10の主張)
認定申請書のとおり貧血であると認められる。
(被告の主張)
否認する。平成18年11月9日付けの本件申請に係る貧血の診断根拠
となる追加資料の提出の求めに対して広島大学病院から唯一追加提出され20
た血液検査の結果をみても,ヘモグロビンの値は12.3g/dlという
正常範囲内に収まっており,原告a10が貧血状態であることすら確認で
きなかった。
カ貧血に,放射線起因性が認められるか。
(原告a10の主張)25
原告a10の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被
爆後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄
記載のとおりであり,放射線起因性が認められる。
(被告の主張)
原告a10には,本件申請に係る平成18年11月9日付けの認定申請
書において,昭和34年頃,貧血でよく倒れていた,昭和60年に高血圧5
で入院した際に,貧血もあるといわれ,血液検査の結果,造血機能障害と
診断されて投薬治療を続けることになり,貧血と高血圧のために入退院を
6回くらい繰り返したと主張している。また,上記申請書に添付された広
島大学病院のc2医師の意見書には,「昭和63年初診時頃から,軽度の貧
血を認めていたが,平成4年7月Hgb7.7g/dl,Hct24.5%10
と低下を認めたため,入院により鉄剤投与を行った。それによりHgb1
0g/dl前後まで改善したが,以後も少なくとも平成6年までは鉄剤の
内服を継続した。現在はHgb11.6g/dlと軽度低値であるが,錠
剤内服なしに維持出来ている」との記載がある。原告a10の貧血の原因
についても,c2医師は,意見書において,「被爆との因果関係については15
否定しえない。(中略)被爆は,半径2.3kmで被爆後も被爆地にとどま
っており,被爆の身体に及ぼす影響は大と考える。」と記載していることか
らすれば,医学的知見というよりは,単に原告a10の被爆状況のみを根
拠として因果関係を否定できないとしているにすぎない。仮に,原告a1
0が貧血状態にあったとすると,鉄剤投与で改善した旨の上記のc2医師20
の意見書の記載を前提とすれば,その貧血は鉄欠乏性貧血の可能性が高い
と考えられる。原告a10が主張するように,昭和34年(15歳時)頃
や,昭和60年ないし昭和63年頃以降に,貧血状態にあったことが事実
であるとしても,被爆後長期間経過後のものであって,被曝による骨髄障
害であるとは考え難く,先進国の若年から成人女性の約半数が鉄欠乏性貧25
血であるとの国際的知見(WHOの調査結果)があること,鉄剤投与で改
善したとの意見があることなどに照らせば,原告a10の場合も,若年・
成人女性に一般的にみられる鉄欠乏性貧血にすぎないとみるのが自然かつ
合理的である。
以上のとおり,原告a10の貧血については,現状では,そもそも貧血
状態であることですら確認できない状況である上,仮に,貧血状態であっ5
たとしても,①原告a10の被曝線量の程度は,非常に低線量であり,誤
差等を考慮したとしても,リンパ球数の低下をもたらすとされる0.5グ
レイにも,リンパ球以外の白血球,血小板,赤血球数の減少をもたらすと
される1グレイにも到底及ばない程度のものであること,②原告a10の
貧血状態は,原告a10の主張を前提としても,被爆から14年経過した10
昭和34年頃又は被爆から長期間経過した後に生じており,また,c2医
師の意見書によれば,昭和63年頃から平成6年頃まで6年間にもわたっ
て服薬が必要な貧血状態が継続していたこと,③原告a10の貧血状態が
事実であるとしても,若年・成人女性に一般的にみられる鉄欠乏性貧血で
あると考えられること,④原告a10については,貧血やリンパ球減少を15
生じさせる原因となる,原爆放射線被曝による晩発障害である白血病等の
血液腫瘍系の疾患に罹患している旨の診断もされておらず,また,医師が
それを疑っている形跡もうかがわれないことなどからすると,原告a10
の申請疾病である貧血が原爆放射線により発症したことについて,いまだ
通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度に高度の20
蓋然性があることが証明されているとはいえないことは明らかである。
よって,原告a10の申請疾病である貧血については,放射線起因性の
要件を満たすとはいえない。
キ貧血に,要医療性が認められるか。
(原告a10の主張)25
要医療性が認められる。
(被告の主張)
本件申請に係る平成18年11月9日付けの認定申請書に添付されたc
2医師の意見書(同年10月25日作成)及び健康診断個人票によれば,
原告a10は,少なくとも平成6年までは鉄剤を内服していたものの,現
在は,無投薬のまま経過観察しており,上記の申請をした平成18年時点5
では,鉄剤内服なしにヘモグロビン11.6g/dl(成年女性であれば
正常範囲内)を維持できており,c3医師から提出された上記の申請に係
る追加資料をみても,平成18年(2006年)4月24日の検査値はヘ
モグロビン12.3g/dl(男性の基準でも正常範囲内)であって,も
はや貧血状態すら存在していないことが認められる。10
以上によれば,原告a10の申請疾病である貧血については,要医療性
の要件も満たすとはいえない。
ク甲状腺機能低下症に,放射線起因性が認められるか。
(原告a10の主張)
原告a10の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被15
爆後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄
記載のとおりである。原告a10は,爆心地から約2.3kmに所在する
平屋建ての木造家屋内において被爆した。家屋の倒壊は免れたものの窓ガ
ラスが粉々に壊れて散乱した被爆後も,母親が,毎日近くの川に洗濯に行
く際に背中に負われていた。このように原告a10は,日々屋外に出てお20
り,「黒い雨」に遭ったこともあった。原告a10は,被爆後から下痢や発
熱,脱毛の症状を呈した。1歳余り頃に,頭髪がなかった。原告a10は,
昭和34年頃は,貧血でしばしば倒れたことがあった。また,昭和37年
に就職試験の健康診断において,高血圧と診断された。昭和60年には高
血圧により2か月入院し,また,貧血の診断を受けた。退院後も入退院を25
6回程度繰り返している。昭和63年頃には胆石となり胆嚢全摘出となっ
ている。平成10年には脳卒中(視床部脳内出血)となり,同18年7月
には,腎臓の萎縮が判明し,同年8月には脳梗塞を発症している。同19
年に甲状腺機能低下症の診断を受け,同20年1月には,腸に水が貯留し
ていることが判明し,腸閉塞,腎臓病も悪化し,同21年10月には大腸
全摘出となっている。甲状腺機能低下症は,積極認定の対象疾病である上,5
放射線被曝との関連性については,低線量域を含めて一般的に肯定するこ
とができるというべきである。また,原告a10は,被爆当時1歳であり,
放射線被曝の影響が極めて高い若年被爆であること,さらに,貧血,高血
圧症,脳内出血及び脳梗塞等,放射線被曝との関連性を有する多数の疾病
に罹患していること等も併せ考えると,原告a10の甲状腺機能低下症に10
放射線起因性が認められるというべきである。
(被告の主張)
原告a10は爆心地から約2.3kmと比較的遠距離で被曝しており,
初期放射線による被曝の程度は相当低いと考えられる。また,その後に入
市した事実は認められず,急性期に原爆放射線に起因する身体症状が現れ15
たものと認められないこと等に鑑みれば,その被曝線量の程度は,全体と
しても相当低いものというべきである。低線量の放射線被曝と甲状腺機能
低下症との間には一般的な関連性が認められないというべきであるし,こ
の点をおくとしても,被曝線量が小さくなればなるほど,甲状腺機能低下
症の発症リスクは低減するというべきである。このような科学的知見に照20
らせば,原告a10の上記の程度の放射線被曝では,甲状腺機能低下症は
発症しないというべきであるし,少なくとも甲状腺機能低下症が発症する
可能性は極めて小さいものというべきである。
よって,原告a10の甲状腺機能低下症については,その余の考慮要素
について言及するまでもなく,その放射線起因性は認め難いというべきで25
ある。これに対し,原告a10は,女性であり,かつ,63歳という高齢
で(潜在性)甲状腺機能低下症に罹患していることからすれば,原爆放射
線被曝とは無関係に発症したものと考えて,医学的にみて何ら不自然不合
理はないというべきであり,その発症原因をあえて原爆放射線被曝に求め
る合理性は認め難いというべきである。なお,甲状腺機能低下症はかなり
の頻度で認められる一般的な疾病であり,原爆放射線被曝に特異的な疾病5
ではない。それゆえ,そのことのみから当然に他原因により生じた合理的
可能性が問題となるところ,原告a10の甲状腺機能低下症の発症につい
ては,原告a10が甲状腺機能低下症を発症しやすい女性であることや,
その臨床経過が原爆放射線とは無関係に発症した一般的な甲状腺機能低下
症の臨床経過と比較して特異な点がないことからすれば,その発症は専ら10
他原因によるのではないかと疑わせるに十分というべきである。
以上を総合考慮すると,原告a10の申請疾病である甲状腺機能低下症
の放射線起因性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確
信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因
性は認められないというべきである。15
ケ甲状腺機能低下症に,要医療性が認められるか。
(原告a10の主張)
通院加療しているのであるから要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。20
原告a12について
ア心筋梗塞に,放射線起因性が認められるか。
(原告a12の主張)
原告a12の原爆投下時の状況,被爆の状況,急性症状及びその他の健
康状態については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄記載の25
とおりである。原告a12は,原爆投下地点から約150時間後に,爆心
地から1.8kmの地点(自宅)に立ち入り,以降,自宅を中心として生活
をし,そこに17日間滞在し続けた。この間,原告a12は,昭和20年
8月13日から,自宅と爆心地付近の地点までの往復を繰り返し,また,
自宅付近を歩き回るなどし,それにより,誘導放射化した粉塵や放射性降
下物の微粒子を相当量含む粉塵等の多量の放射性物質が衣服,髪,皮膚等5
に付着し,又はこれらが呼吸により体内に取り込まれ,さらに,原告a1
2は,放射性物質を含む水や食物を飲食し,放射性物質を体内に取り込む
生活を続け,残留放射線被曝や内部被曝をした。原告a12は,発熱,下
痢という典型的な急性症状を呈している。
以上から,原告a12が健康に影響を及ぼす相当量の被曝をしているこ10
とは明らかである。心筋梗塞については,低線量域においても関連性が認
められ,あるいはしきい値がゼロとされている。仮に,他の因子が発症に
寄与したとしても,その程度は極めて小さいと解されること,原告a12
は当時7歳という若年であり,放射線の影響を受けやすかったこと,原告
a12の家系には心筋梗塞に罹患した者が見当たらないこと等からして,15
原告a12の急性心筋梗塞が,原爆放射線に起因することは明らかである。
(被告の主張)
原告a12は,原爆投下当時,爆心地から20km離れた地点にいたた
め,初期放射線による影響は受けていない。また,入市に伴う誘導放射線
による放射線被曝を考慮しても,その程度はごく僅かであったというべき20
である。それゆえ,原告a12の被曝の程度は,およそ人体に健康影響が
及ばない程度のものであったというべきである。現在,0.5グレイを下
回るような放射線被曝と心筋梗塞発症との間には関連性が認められていな
いというのが国際的な共通認識であって,このような科学的知見に照らせ
ば,原告a12の上記の程度の放射線被曝が心筋梗塞を引き起こしたとは25
認め難いというべきである。これに加え,原告a12の心筋梗塞は,長期
にわたる喫煙歴,脂質異常症(高LDLコレステロール血症等)及び加齢
(55歳時に発症。)といった危険因子が相まって発症したと考えて,医学
的に何ら不自然不合理ではないのであるから,その発症原因を上記各疾病
の発症から45年以上も前の原爆放射線被曝に求める合理性は認め難い。
以上を総合考慮すると,原告a12の申請疾病である心筋梗塞及び狭心5
症の放射線起因性については,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性
の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線
起因性は認められない。
イ心筋梗塞に,要医療性が認められるか。
(原告a12の主張)10
治療のために通院していることから明らかである。
(被告の主張)
否認ないし争う。
原告a13について
ア心筋梗塞に,放射線起因性が認められるか。15
(原告a13の主張)
原告a13の原爆投下時の状況,その後の入市被爆状況,急性症状及び
その後の健康状態については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実
態」欄記載のとおりである。原告a13は,昭和20年8月6日,直爆を
受け,その後,避難しながら自宅に帰るまでに,市内の爆心地近くを歩き20
続け,誘導放射化した建物,土壌,遺体等の残留放射線に曝露し,さらに
放射性降下物を含んだ粉塵,黒い雨を浴びるなど,多量の放射性物質が衣
服,髪,皮膚等に付着した状態に身を置き続け,また呼吸を通じてこれら
を体内に取り込むなどした。また,トラックや列車の長時間の乗車の間も,
原告a13は同様の被曝状態,曝露環境(外部被曝,内部被曝)にあった。25
同月8日及び9日,原告a13は,市内に入って,伯父ら家族の捜索活動
をした際にも,同様に残留放射線への曝露,放射性物質の体表等へ付着,
体内へ取り込みなどがなされた。さらに,同月10日から18日までの黒
い雨が激しく降った旭山での作業も相当な残留放射線の曝露環境の下でな
された。原告a13は,原爆投下時から同月下旬まで,かなりの量の初期
放射線被曝,残留放射線被曝,内部被曝を継続して受けた。また,原告a5
13は,発熱,下痢,歯茎からの出血,斑点等の典型的な急性症状,さら
に,放射線性慢性疲労も呈していた。
以上から,原告a13が健康に影響を及ぼす相当量の被曝をしているこ
とは明らかである。心筋梗塞については,低線量域においても関連性が認
められ,あるいは,しきい値がゼロとされている。他の因子の影響は極め10
て小さく,原告a13の家系には心筋梗塞に罹患した者が見当たらないこ
と等からして,原告a13の急性心筋梗塞が,原爆放射線に起因すること
は明らかである。
(被告の主張)
原告a13は,爆心地から約4.1kmと非常に遠距離で被爆しており,15
初期放射線による被曝の程度はごく僅かであったと考えるのが相当である。
また,その後,己斐地区を通過したとの事情等を考慮しても,全体として
被曝の程度は低線量であったというべきである。現在,0.5グレイを下
回るような放射線被曝と心筋梗塞発症との間には関連性が認められていな
いというのが国際的な共通認識であって,このような科学的知見に照らせ20
ば,原告a13の上記の程度の放射線被曝と心筋梗塞との関連性を認める
ことは困難であるというべきであるし,少なくとも,放射線被曝が心筋梗
塞発症に寄与した可能性は極めて小さいというべきである。
よって,その余の考慮要素について言及するまでもなく,原告a13の
心筋梗塞の放射線起因性は認め難いというべきである。これに対し,原告25
a13は,79歳という高齢になってから心筋梗塞を発症したものであり,
それのみでも心筋梗塞を発症して不自然ではないというべきであるし,こ
れに加えて,長年脂質異常症に罹患しており,また,長年にわたる喫煙歴
も有していたのであるから,これらの危険因子が相まって心筋梗塞が発症
したものと考えて,医学的に何ら不自然不合理ではない。それゆえ,その
発症原因を上記各疾病の発症から60年以上も前の原爆放射線被曝に求め5
る合理性は認め難い。
以上を総合考慮すると,原告a13の申請疾病である心筋梗塞の放射線
起因性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち
得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線起因性は認め
られない。10
イ心筋梗塞に,要医療性が認められるか。
(原告a13の主張)
要医療性が認められることは明らかである。
(被告の主張)
否認ないし争う。15
原告a15について
ア心筋梗塞及び白内障に,放射線起因性が認められるか。
(原告a15の主張)
原告a15の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及びそ
の後の健康状態については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」20
欄記載のとおりである。原告a15は,原爆投下時,爆心地より3.5k
mの地点で直接被爆した。昭和20年8月8日早朝,父の消息を確かめる
ため,父が原爆投下当時いたとされる天神町(現・中島町。爆心地から至
近距離。)に向かい,爆心地やその付近を夕方まで父を捜しながら歩き回っ
た。翌日の同月9日から12日まで,同様に天神町に入って父親捜しを続25
けており,その間,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を相当量
含む粉塵等に接触することにより,多量の放射性物質が衣服,髪,皮膚等
に付着し,又は呼吸を通じてこれらを体内に取り込むなどしており,残留
放射線被曝や内部被曝をした。また,原告a15は,歯茎からの出血,脱
毛等,典型的な急性症状を呈している。
以上から,原告a15が健康に影響を及ぼす相当量の被曝をしているこ5
とは明らかである。心筋梗塞については,低線量域においても関連性が認
められ,あるいはしきい値がゼロとされている。原告a15の他の因子を
過大視することはできず,原告a15が当時5歳という若年であり放射線
の影響を受けやすかったこと等からして,原告a15の急性心筋梗塞及び
白内障が,原爆放射線に起因することは明らかである。10
(被告の主張)
原告a15は,爆心地から約3.5kmと遠距離で被曝しており,初期
放射線による被曝の程度はごく僅かであったと考えるのが相当である。ま
た,その後,爆心地付近に入市したのは原爆投下の4日後のことというべ
きであり,どんなに早くとも原爆投下の2日後のことであって,残留放射15
線による被曝線量を考慮しても,全体として被曝の程度は低線量であった
というべきである。心筋梗塞についても,白内障についても,現在0.5
グレイを下回るような放射線被曝との間には関連性が認められていないと
いうのが国際的な共通認識であって,このような科学的な知見に照らせば,
原告a15の上記の程度の放射線被曝と心筋梗塞及び白内障との関連性を20
認めることは困難であるというべきであるし,少なくとも,放射線被曝が
心筋梗塞及び白内障に寄与した可能性は極めて小さいというべきである。
よって,その余の考慮要素について言及するまでもなく,原告a15の心
筋梗塞及び白内障の放射線起因性は認め難いというべきである。
これに対し,原告a15は,心筋梗塞発症に至るまで喫煙歴が認められ,25
長年にわたり重度の高血圧に罹患しており,これに加え,高脂血症,肥満
といった危険因子も有していたのであり,かつ,その発症年齢も,58歳
という一般的にも心筋梗塞を十分発症し得る年齢であったのであるから,
これらの危険因子が相まって心筋梗塞が発症したと考えて,医学的に何ら
不自然不合理ではない。また,原告a15が白内障を発症したのは,一般
的に66%以上の割合で白内障が認められる60歳代であり,かつ,その5
所見は老人性白内障に多く認められる核混濁であったことからすれば,当
該白内障は,加齢によって発症した老人性白内障であると考えるのが相当
である。それゆえ,上記心筋梗塞及び白内障は,いずれもその発症原因を
上記各疾病の発症から50年以上も前の原爆放射線被曝に求める合理性は
認め難い。10
以上を総合考慮すると,原告a15の申請疾病である心筋梗塞及び白内
障の各放射線起因性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性
の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線
起因性は認められない。
イ心筋梗塞に,要医療性が認められるか。15
(原告a15の主張)
主治医であるc13総合病院のc4医師は,必要な医療の内容として,
内服加療が必要であり,その期間については,半永久的に通院が必要であ
ると意見しており,現に医療を要する状態にあることは明らかである。
(被告の主張)20
否認ないし争う。
ウ白内障に,要医療性が認められるか。
(原告a15の主張)
要医療性が認められる。
(被告の主張)25
被爆者援護法のいう「現に医療を要する」とは,原爆症認定申請時にお
いて,積極的な治療(医学的に有効適切なもの)を要する状態にあること
をいう。
白内障の治療方法は,手術のみであって,手術を行えば白内障(混濁)
自体は治癒する反面,これを行わなければ,白内障(混濁)が治癒するこ
とはないとされている。それゆえ,白内障について要医療性が認められる5
ためには,当該白内障が手術を要する状態にあることが必要であるという
べきである。白内障の手術適応については,視力低下の程度や混濁の程度
のみで決まるものではなく,患者自体が,白内障のために日常生活が不自
由になった時点とされている。
原告a15については,平成16年6月17日に,両眼にごく軽度の核10
混濁(Emery-Little分類におけるグレード1)が認められて
おり,その後,原告a15は,平成20年9月2日,当該白内障を申請疾
病として本件申請をしているところ,その直前である同年8月26日に眼
科を受診した際の原告a15の視力は,裸眼で右眼0.6,左眼0.5は
維持されており,両眼の核混濁の程度も軽度であって,医師からは,治療15
の必要はないものと診断されている。原告a15は,本件申請後の平成2
2年4月5日及び同年7月26日に眼科を受診した際,自動車を運転して
来院していたものとされており,日常生活に支障が生じていたとも解され
ない。その後,平成24年5月15日に眼科を受診した際には,右眼裸眼
視力は0.7(矯正視力1.0),左眼裸眼視力は0.4(矯正視力0.7)20
であり,右眼の裸眼視力が回復している上,両眼とも矯正可能とされてお
り,核混濁の程度は軽度で平成20年8月26日時点と変わっておらず,
医師も治療の必要はないものと診断している。この間,原告a15には,
ヒアレインやコンドロンといった点眼薬が処方されているものの,ヒアレ
インはヒアルロン酸を含有したドライアイ等の角結膜上皮障害に対する治25
療薬であり,コンドロンはコンドロイチンを含有した角膜表層を保護する
ための点眼薬であり,いずれも本来的に白内障の治療薬ではなく,白内障
の治療薬として処方されたものとは解されない。その他,白内障手術につ
いて検討された様子も見当たらない。原告a15の白内障に対しては,本
件申請時以降の臨床経過を踏まえても,本件申請時点において,視力は一
定程度維持されており,水晶体混濁の程度は軽微であって,日常生活に支5
障はなく,治療の必要も認められていないのであって,およそ手術適応も
認められないものと解される。
以上からすると,要医療性の要件を満たすものではない。
原告a20について
ア本件申請時において,甲状腺機能低下症に罹患していたものと認められ10
るか。
(原告a20の主張)
原告a20が甲状腺機能低下症を発症したのは昭和46年であり,以後,
現在まで40年余りにわたり,チラージンの投薬治療を受けている。通院
が長期間にわたる場合,病院を変わらなければならない事情もあるし,カ15
ルテ等の保管期間もあるため,その発症を根拠付ける検査結果等がなくな
ってしまうことは通常あり得ることであり,このことに関し,原告a20
には何らの落ち度もない。他方で,甲状腺機能低下症でもないのに,チラ
ージンの服用を続けた場合,当然,チラージンは甲状腺機能低下症に対し
処方されるものであることから,甲状腺機能の検査結果において何らかの20
異常が出るはずであり,医師が処方を継続することはないといえる。この
ことからすれば,原告a20は,c5クリニックにおいて1年以上もチラ
ージンを継続して処方されているのであるから,「チラージンの投与で甲状
腺ホルモンは正常値」とc5医師がいうように,甲状腺機能低下症である
ことに疑いはない。また,d3クリニックにおいても,平成3年4月2625
日の初診時の甲状腺機能検査の数値は正常値であるも,チラージンを処方
されており,少なくとも,平成3年4月26日時点において甲状腺機能低
下症を発症していたといえる。原告a20において,c5クリニックには,
本件申請をするより前の平成21年から通院し,昭和46年,d4内科で
甲状腺機能低下症と診断され,薬を投与されている旨c5医師に申告して
いるものと考えられることからすれば,その申告は信用できるというべき5
である。
以上のことからすれば,原告a20は,遅くとも昭和46年頃には,甲
状腺機能低下症を発症していたといえる。
(被告の主張)
原告a20は,遅くとも,平成3年4月26日以降,少なくとも,本件10
申請時である平成22年3月2日の後である平成25年9月24日までの
間,継続して1日50μgのチラーヂンSを服用しているところ,上記期
間内のTSHのほとんどが異常値(低値)を示しており,その大部分は測
定可能な範囲(感度)以下を示している。このことは,原告a20に対し,
甲状腺ホルモン(T4)製剤であるチラーヂンSが必要以上に投与されて15
いることを意味するものである。チラーヂンSの投与量として,1日50
μgは,比較的少量である。また,人体は,生体の恒常性を維持する機能
が備わっているため,仮に,健常者に,多少の甲状腺ホルモン製剤を投与
したとしても,当然にTSHが基準値以下に低下するものではない。そう
であるにもかかわらず,原告a20の場合,少量のチラーヂンSの投与に20
より,TSHの大部分が感度以下にまで低下しているのである。このこと
からすれば,原告a20が,本件申請時点において,甲状腺機能が正常で
あった可能性が十分に認められるというべきである。このような場合,真
に甲状腺機能低下状態にあるか否かを鑑別するためには,チラーヂンSの
投与を中止し,その上で,TSH及びFT4を測定し,甲状腺機能が正常25
か否かを確認する必要があるが,原告a20については,このような検査
がされていない。
よって,少なくとも,原告a20が,本件申請時点において,甲状腺機
能低下症に罹患していたものと積極的に認定することはできず,この点に
つき,合理的疑いが残るといわざるを得ない。
イ甲状腺機能低下症に,放射線起因性が認められるか。5
(原告a20の主張)
原告a20の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状,被爆
後の症状及び喫煙歴については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の
実態」欄記載のとおりである。原告a20は,爆心地より2.5kmの地
点で被爆し,その後も広島市内を長時間歩き,その間,水を飲み,数日後10
から何度か天満町の電車の停留所付近まで友達を捜しに行き,昭和20年
8月6日から同月末頃までの間,避難者100人くらいと同じ建物内で寝
泊まりをしていることから,相当程度の原爆放射線を浴び,放射性物質を
体内に取り込んだといえ,原爆放射線に相当程度被曝したものであり,被
爆からしばらくして体調不良となり,脱毛や下血・下痢,皮膚の乖離等の15
急性症状が出,遅くとも昭和46年には甲状腺機能低下症を発症したもの
であること,被爆時の年齢が14歳と若年であり,また,女性であること
からすれば,原告a20の甲状腺機能低下症は放射線に起因するものであ
ると解される。
(被告の主張)20
原告a20は爆心地から約2.5kmと比較的遠距離で被爆しており,
初期放射線による被曝の程度は相当低いと考えられる。また,その後爆心
地付近に入市した等の事情は認められず,急性期に原爆放射線に起因する
身体症状が現れたものとも認められないから,その被曝線量の程度は,全
体として相当低いというべきである。低線量の放射線被曝と甲状腺機能低25
下症との間には一般的な関連性が認められないというべきである。また,
この点をおくとしても,被曝線量が小さくなればなるほど,甲状腺機能低
下症の発症リスクは低減するというべきである。このような科学的知見に
照らせば,原告a20の上記の程度の放射線被曝では,甲状腺機能低下症
は発症しないというべきであるし,少なくとも発症する可能性は極めて小
さいものというべきである。5
よって,万が一,原告a20が甲状腺機能低下症に罹患しているものと
仮定しても,その余の考慮要素について言及するまでもなく,その放射線
起因性は認め難いというべきである。これに対し,原告a20の甲状腺機
能低下症は,当該疾病が発症したと主張及び供述している時期や,原告a
20が女性であることからすれば,原爆放射線被曝とは無関係に発症した10
ものと考えて,医学的にみて何ら不自然不合理はないというべきであり,
その発症原因をあえて原爆放射線被曝に求める合理性も認め難いというべ
きである。
以上を総合考慮すると,原告a20の申請疾病である甲状腺機能低下症
については,万が一,同人が同疾病に罹患していることを前提としたとし15
ても,その放射線起因性については,通常人が疑いを差し挟まない程度に
真実性の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,
放射線起因性は認められないというべきである。
ウ甲状腺機能低下症に,要医療性が認められるか。
(原告a20の主張)20
要医療性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
原告a23について
ア心筋梗塞及び白内障に,放射線起因性が認められるか。25
(原告a23の主張)
原告a23の被爆地点,被爆時の状況,被爆後の行動,急性症状及び被
爆後の症状については,別紙「被爆実態一覧」の同人の「被爆の実態」欄
記載のとおりである。原告a23は,爆心地より約3kmの地点にあった
自宅で被爆し,原爆により自宅が消失したことから,同じ地番にあった伯
父の家(爆心地より同じく約3km)で,被爆し避難して来た親族ら105
名くらいと共同して生活しており,その親族らは,その後,がん,白血病,
心筋梗塞及び白内障を発症している。親族らの各被爆地点の爆心地からの
距離は様々であるが,とりわけ,原告a23の従兄弟であるf1(被爆時
6歳)は,原告a23と同じく,爆心地より3km離れた自宅で被爆し,
23歳の若さで白血病を発症し,死亡しているのであり,原告a23も,10
同じくらいの距離で被爆し,被爆後も当分の間共同生活をしていたことか
らすれば,白血病を発症しても不思議ではない程度の放射線による外部被
曝及び内部被曝をしたというべきである。原爆放射線は,血圧の上昇や血
栓・凝固に関する脂質(コレステロール高値)に影響することが分かって
いる。原告a23の脳出血などの疾病は原爆放射線に影響して発症した動15
脈硬化によるのであり,それは正に被曝により発症した動脈硬化が心筋梗
塞をはじめ脳出血などの疾病を引き起こしたということが十分に認められ
るのである。また,長期間経過後に,白内障(後嚢下混濁,前嚢下混濁,
皮質混濁)を発症し,これらの混濁と放射線との関係に疫学的な因果関係
は認められるとする知見があること等からすれば,原告a23の白内障に20
放射線起因性は認められるというべきである。
(被告の主張)
原告a23は,爆心地から約3km地点と比較的遠距離で被爆しており,
初期放射線による被曝線量はごく僅かであったと考えるのが相当である。
また,原告a23の主張するような被爆後の行動等の事実を前提としたと25
しても,残留放射線による被曝線量もごく僅かであったというべきである。
そのため,原告a23の被曝線量は,全体としてもごく僅かであったとい
うべきである。心筋梗塞についても,白内障についても,現在0.5グレイ
を下回るような放射線被曝との間には関連性が認められていないというの
が国際的な共通認識であって,このような科学的知見に照らせば,原告a
23の上記の程度の放射線被曝と心筋梗塞及び白内障との関連性を認める5
ことは困難であるというべきであるし,少なくとも,放射線被曝が心筋梗
塞及び白内障に寄与した可能性は極めて小さいというべきである。よって,
その余の考慮要素について言及するまでもなく,原告a23の心筋梗塞及
び白内障の放射線起因性は認め難いというべきである。
これに対し,原告a23は,心筋梗塞発症に至るまで,長年にわたり,10
脂質異常症に罹患し,また,糖尿病ないし高血糖の状態が断続的に続いて
いたといえ,これに加え,肥満,高血圧,喫煙歴といった危険因子も有し
ていたのであり,かつ,その発症年齢も,67歳という一般的にも心筋梗
塞を十分発症し得る年齢であったのであるから,これらの危険因子が相ま
って心筋梗塞が発症したと考えて,医学的に何ら不自然不合理ではない。15
さらに,原告a23が白内障を発症したのは,一般的に66%以上の割合
で白内障が認められる60歳代であり,かつ,その所見は両眼前嚢下混濁
及び左眼後嚢下の軽度混濁であり,いずれも老人性白内障においてしばし
ばみられる所見であること,加えて,後嚢下混濁は糖尿病によって発症し
た白内障に特徴的な所見であるところ,原告a23は,後嚢下混濁が認め20
られる相当以前から,糖尿病ないし高血糖の状態であったことからすると,
原告a23の白内障は,加齢又は糖尿病によって発症したものと考えるの
が相当である。それゆえ,上記心筋梗塞及び白内障は,いずれもその発症
原因を上記各疾病の発症から60年以上も前の原爆放射線被曝に求める合
理性は認め難い。25
以上を総合考慮すると,原告a23の申請疾病である心筋梗塞及び白内
障の各放射線起因性について,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性
の確信を持ち得るに足りる高度の蓋然性の証明があるとはいえず,放射線
起因性は認められない。
イ心筋梗塞に,要医療性が認められるか。
(原告a23の主張)5
原告a23は,医師の指示に従い,通院し,診察を受け,検査をし,投薬
を受けているのであって,要医療性は認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
ウ白内障に,要医療性が認められるか。10
(原告a23の主張)
原告a23(両眼白内障を申請疾病としていたが,左眼については,平
成24年に手術を施行されている。)は,医師の診断により,カリーユニ点
眼薬の処方を受けながら経過観察を指示されている。
したがって,原告a23の白内障については,いずれも要医療性が認め15
られる。
(被告の主張)
被爆者援護法のいう「現に医療を要する」とは,原爆症認定申請時にお
いて,積極的な治療(医学的に有効適切なもの。)を要する状態にあること
をいい,白内障の有効適切な治療法は,手術のみであるから,白内障につ20
いて要医療性が認められるためには,原爆症認定申請時において,当該白
内障につき,手術を要する状態にあることが必要である。
原告a23の右白内障については,正確にいつ頃から発症したかは定か
ではないが,平成22年5月6日時点で,両眼に前嚢下混濁があるものと
されている。原告a23は平成24年6月21日に白内障を申請疾病の一25
つとする本件申請を行っているところ,同年5月8日,左白内障について
は手術が行われたのに対し,右白内障については,広島市民病院眼科のc
6医師から,「みぎの白内障は軽いので手術をせずに様子を見ましょう」と
伝えられており,実際,同月9日時点における原告a23の右眼の矯正視
力は「0.9」とかなり良好であった。このような右白内障の臨床経過か
らみれば,本件申請時点において,右白内障については,いまだ手術適応5
はなかったというべきである。実際も,その後,原告a23の右白内障に
ついて,白内障手術が行われたとの主張はない。よって,原告a23の右
白内障については,被爆者援護法10条1項の要医療性は認められないと
いうべきである。
原告a24(白内障に要医療性が認められるか)について10
(原告a24の主張)
白内障治療に関し,眼内レンズの挿入の手術が原爆被爆者においてもなさ
れているが,その際,医師と患者は,後嚢下混濁のためとか,皮質混濁のた
めとか,混濁の箇所を選んで手術を行っているわけではない。
つまり,原爆被爆者が白内障手術を受けるのは,それまでの点眼治療にも15
かかわらず,視力の低下が一層進んだため,混濁の部位を区別せず,また,
それが老人性白内障なのか,放射線白内障であるのかを問わず,やむを得ず,
自分の水晶体を摘出するという方法(眼内レンズ挿入)を選んでいるのであ
る。
患者が被爆者かどうかにかかわらず,白内障患者に対し,医師は手術を勧20
める場合もあれば,必ずしも手術を勧めず,経過観察とする場合もある。手
術が一つの選択肢として考えられる場合(基本的には,白内障による患者の
日常生活への支障の内容,その程度による。)にあっても,個人の諸事情,都
合がある。また,手術に関して躊躇し決断するに至らないという患者の心構
えの問題から,手術に至らない場合もある。25
他方で,白内障の手術とはいえ,手術である以上,手術自体に伴うリスク
は一定程度あり,一定の疾患を伴っている場合は,そのリスクはさらに増加
する。
そして,手術の効果の面でも,白内障の手術により眼内レンズを挿入した
場合であっても,必ずしも視力の回復が思うようにならない場合も少なから
ずある。医師としては,手術の安全性を伝えることはできても,効果のほど5
は100%ではないことを伝えざるを得ない。
白内障の手術であっても,以上のような種々の状況を踏まえ,手術が選択
される場合もあれば,選択されない場合もあるのが現状である。つまり,「患
者さんが望むときが,最適な手術の時期」なのである。
このような結果として,手術が選択されない患者や,あるいは,手術に至10
るまでの期間にある患者に対し,医師は,主として点眼液(カリーユニ点眼
薬等)を投与することになる。このような状態は,白内障患者にとっては,
定期的な「通院治療」であり,ある程度の間隔で定期的な診察をし,検査が
行われる「経過観察」である。医師は,白内障患者に対し,常に手術をして
混濁を除去することを第一に勧めるのではなく,その原因が何かを基本的に15
は問題とすることなく,白内障の当該患者の日常生活に与える影響を見なが
ら,その進行の程度や患者の意思を尊重しながら,手術を勧めるのか,単な
る経過観察にとどめるのか,それとも点眼薬を処方しながらの経過観察とす
るのか,という治療方法を適宜選択しているのである。
これらは,いずれも,白内障の治療であり,患者の白内障の状態を見なが20
ら,医師が通院する必要はないと判断する場合以外は,老人性白内障であれ,
放射線白内障であれ,医療を要する状態にあるといえる。
(被告の主張)
被爆者援護法10条1項における「現に医療を要する状態」というのは,
被爆者が,原爆症認定申請時において,申請疾病に対する「医療」を必要と25
する状態にあることを意味するものであるが,ここでいう「医療」の内容は,
①申請疾病に対する純然たる治療行為を中心に,当該治療目的でこれに付随
し,又は直接ないし間接的な治療効果を期待して行われる一連の医療サービ
スを意味するものであって,②申請疾病の治療として医学的に必要と認めら
れるものであり,かつ,方法として有効適切なものでなければならない。
この点,白内障に対して有効適切な治療方法は手術のみであり,そのため,5
当該白内障について,原爆症認定申請時点において,具体的に手術を予定し
ていないような場合には,「医療を要する状態」にあるとはいえない。そして,
原告a24の右白内障については,いまだ手術を要する状態にはない。
したがって,原告a24の申請疾病である右白内障については,被爆者援
護法10条にいう「医療を要する状態」にあったとは認められず,要医療性10
は認められない。
(原告a24の反論)
原告a24は,平成27年11月より,視力低下がみられるようになった
ことから,白内障が多少進行傾向にあると認められ,その進行を抑止するた
めにピレノキシン点眼薬を処方されている。15
したがって,この意味でも,要医療性が認められる。
(被告の反論)
原告a24が本件申請をした平成26年9月18日より1年以上も後の事
情をもって,要医療性が認められるとする原告a24の主張は,医療特別手
当が申請時点から支給されることとされていることから,明らかに不当であ20
る。
行政手続法8条違反が認められるか。
(原告らの主張)
行政手続法8条は,拒否処分につき理由の提示を求めているが,原告ら(た
だし,原告bらを除く。)及び亡a1に対する却下処分に付されている「理由」25
らしきものは,到底具体的な説明となるような理由とはいえないものである。
(被告の主張)
最高裁判例によれば,「一般に,法が行政処分に理由を附記すべきものとし
ているのは,処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制すると
ともに,処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に
出たものである」「どの程度の記載をなすべきかは,処分の性質と理由附記を5
命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである」とさ
れており(最高裁昭和38年5月31日第二小法廷判決),行政手続法8条1
項も同趣旨と解されている。したがって,同法8条1項により求められる提
示すべき理由の内容及び程度は,処分の根拠事実及び法規を,処分の相手方
においてその記載自体から了知し得るものでなければならず,かつ,それで10
足りると解される。
そして,被爆者援護法11条1項の規定は,申請者の申請に基づき,その
申請に係る疾病が,同法10条1項所定の放射線起因性及び要医療性を有す
るか否かを,医学・放射線防護学等の科学的知見を踏まえて判断するもので
あるから,厚生労働大臣が認定申請の却下処分をするに当たり提示すべき理15
由の程度は,申請手続に関する手続的要件を欠くか,上記の実体的要件(①
放射線起因性,②要医療性)を欠くことについて,その根拠事実及び法規が
記載されていることを要し,かつ,それで足りるというべきである。
原告ら(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1に対する却下処分について
みると,被爆者援護法の求める疾病・障害認定審査会(以下「審査会」とい20
う。)への諮問がされていること,審査会では,申請書類に記載された被爆時
の状況,被爆後申請時に至るまでの健康状況及び申請された疾病の治療状況
等に関する情報を基に,これまでに得られている医学的知見や経験則等に照
らして総合的に検討されていること,審査会において,そうした事実関係や
専門的知見に照らし判断した結果,放射線起因性又は要医療性が認められな25
いと判断されたことといった内容が記載されている。こうした記載からすれ
ば,原告ら(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1に対する却下処分が,申
請疾病について,被爆者援護法10条1項所定の実体的要件が認められない
という理由でされたことは明白であり,処分の根拠事実及び法規の記載とし
て欠けるところはないから,提示されるべき理由として何ら違法な点はない
というべきである。5
本件国賠請求につき厚生労働大臣の義務違反の有無について
(原告らの主張)
処分行政庁において,合理的な審査基準が定められ,これに基づいて証拠
資料が精査され,拒否処分がなされる場合にはその理由の通知を受けること
が処分を受ける国民の権利である。このいずれかを欠き,行政庁が誤った処10
分を行った場合,国賠法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるもの
というべきである。
厚生労働大臣は,被爆者援護法の立法趣旨に従い,同法11条1項を適正
に運用しなければならなかった。ところが,厚生労働大臣は,従来からの非
科学的で不合理な基準に従い,同条項の運用を行い,原告ら(ただし,原告15
bらを除く。)及び亡a1の審査において,非科学的で不合理な基準を機械的
にあてはめ,証拠資料を精査することなく,具体的な理由を示さずに本件各
却下処分をした。厚生労働大臣の判断には,重大な過失,あるいは少なくと
も過失が存在する。
また,厚生労働大臣は,長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決(平成12年7月20
18日判決)及び京都原爆訴訟の大阪高裁判決(平成14年12月5日判決)
の被爆者勝訴確定によって,原爆症認定の基準を直ちに見直し,あるべき認
定基準に改めるべきであった。
ところが,厚生労働大臣は,平成13年5月,自ら敗訴した上記2名の被
爆者さえ,原爆症と認定し得ないような原因確率論という旧審査の方法を導25
入した。その後,平成15年4月に提起されたいわゆる原爆症認定集団訴訟
の判決の影響を受けたためか定かではないが,平成20年3月17日新審査
の方針を策定した。それらにより,原告ら(ただし,原告bらを除く。)及び
亡a1の本件申請をいずれも却下しているが,これら本件各却下処分は,被
爆者援護法に反する違法行為と評価し得るものである。
以上によれば,被告の公権力の行使に当たる公務員である厚生労働大臣が,5
原爆症認定という職務を行うについて,故意又は重大な過失によって,原告
ら(ただし,原告bらを除く。)及び亡a1に与えた損害は,国賠法1条1項
により,被告が賠償しなければならない。
(被告の主張)
国賠法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別10
の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加え
たときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するもの」
(最高裁平成17年9月14日大法廷判決)であり,原告らの国家賠償請求
が認容されるためには,厚生労働大臣に上記の職務上の義務違反が認められ
ることが前提となる。また,その場合であっても,法律上保護された利益の15
侵害がなければ,国賠法1条1項に基づく損害賠償を請求することはできな
い(最高裁昭和43年7月9日第三小法廷判決,最高裁昭和63年6月1日
大法廷判決も,「法律上の利益ないし権利」,「法的利益」の侵害がなければ,
国賠法に基づく損害賠償請求をすることはできないことを当然の前提として
いるものである。)。本件各却下処分は,厚生労働大臣が,医療分科会の答申,20
又は医療分科会等の委員の意見を聴いた上で,放射線起因性が認められない
としてされたものであり,十分な科学的根拠に基づいてされたものであって,
厚生労働大臣が職務上の法的義務に違反して本件各却下処分をしたものでは
ないことは明らかである。
なお念のため付言するに,厚生労働大臣は,審査会長からの答申に基づき,25
本件訴訟が提起された後,認定済み原告らの申請疾病の一部については,本
件各却下処分を撤回し,原爆症認定をしている。しかしながら,厚生労働大
臣は,上記撤回した却下処分についても,当該処分当時において科学的な合
理性を有する審査の方針を踏まえ,科学的,医学的,法的専門的知見を備え
た専門家から構成される医療分科会等の委員の意見を聴いた上で,上記審査
の方針に照らし,当時の審査資料をもってしては,原爆症認定の要件該当性5
を肯定するまでには至らないものと判断したものである(この点は,却下処
分に対する異議申立てを棄却した手続についても,同様である。)。しかるに,
本件訴訟において,当該原告らから新たに提出された医療記録や,本人尋問
の結果等,本件訴訟に現れた諸事情を総合的に考慮し,その当時における最
新の審査の方針に照らし,改めて原爆症認定の要件該当性が認められる余地10
があるものと判断し,被爆者援護の観点から上記処分の撤回及び原爆症認定
をするに至ったものである。このように,厚生労働大臣は,上記却下処分時
には必ずしも明らかではなかった事情が判明したことから,改めて医療分科
会等の委員の意見を聴いた上で,上記撤回及び認定をするに至ったものであ
る。このような経過に鑑みれば,結果として当初の却下処分が撤回され,原15
爆症認定に至ったからといって,これが当初の却下処分当時における厚生労
働大臣の職務上の法的義務違反を基礎づけるものではないことは明らかであ
る。
本件国賠請求につき原告らの損害額について
(原告らの主張)20
厚生労働大臣の違法な本件各却下処分により,原告ら(ただし,原告bら
を除く。)及び亡a1が被った精神的苦痛を慰謝するには,被爆者の置かれた
悲惨な状況を考えれば,200万円をもってするのが相当である。
上記原告らは,厚生労働大臣の違法行為により,本件訴訟を余儀なくされ
た。厚生労働大臣による本件各却下処分の取消訴訟及び被告に対する損害賠25
償請求訴訟の提起を強いられた上記原告らが,代理人に支払うことを約した
着手金及び報酬のうち,100万円を下らない部分は被告が負担すべきであ
る。なお,原告bらについては,亡a1の有する300万円の損害賠償請求
権の各2分の1を相続した。
(被告の主張)
争う。5
第3当裁判所の判断
1争点(訴えの利益)について
認定済み原告らについては,その請求に係る取り消すべき行政処分である本
件各却下処分が撤回され,新たに原爆症の認定処分がされたことによって,訴
訟上取り消すべき行政処分がなくなった(ただし,原告a3については,申請10
疾病が心筋梗塞の部分に限る。)。そして,被爆者援護法24条1項の規定に基
づく医療特別手当及び同法25条1項の規定に基づく特別手当は,認定申請の
日の属する月の翌月から支給され(同法24条4項,25条4項),この点につ
いて認定済み原告らに不利益は残らず,その他当初の却下処分を本件訴訟にお
いて取り消すことによって得る法的利益を肯定する根拠は見当たらない。15
したがって,認定済み原告らに係る本件請求のうち,原爆症認定申請に対す
る却下処分の取消しを求める部分に係る訴えは,取消しを求める法律上の利益
がないものとして不適法であり,却下を免れない。
2争点(亡a1)について
争点ア(甲状腺機能低下症の罹患の有無)について20
ア末尾に掲げた証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
甲状腺機能低下症は,甲状腺ホルモンの欠乏又は甲状腺ホルモンの作
用不足により,「元気がなくなる」「疲れやすい」「脱力感」「記憶力低下」
などの症状を示す病態を指す(乙B88・90頁)。甲状腺機能低下症に
は,甲状腺自体に原因がある原発性とそうではない二次性等があり,原25
発性甲状腺機能低下症の場合,血中のFT4,FT3値は正常値より低
下し,TSH値は上昇する(乙B179,証人e2)。
亡a1について,本件申請時の関係書類として添付されたc1医師の
意見書には,「平成3年に放射線影響研究所にて甲状腺異常を指摘され平
成4年に当クリニックに来院されました。」「甲状腺機能は他院でいつも
採血されており,平成16年12月13日に初めて当クリニックで行っ5
たところ,チラーヂンS50μg/日服用中にもかかわらず,TSH2.
91(0.5-2.5)とやや低下気味でした。」と記載がある(乙C1
の1・20頁)。
c1医師が引用する検査値を記した健康診断個人票の平成16年12
月13日の甲状腺機能検査データでは,FT3,FT4の値は正常値で10
あった(乙C1の1・21頁)。
甲状腺機能検査におけるTSHの基準値については,正常値を「0.
34~3.5μU/ml」(「病気がみえるVol.3代謝・内分泌疾患」
による),「0.38~4.31μU/ml」東京大学医学部附属病院検
査部における「血液検査の参考基準値表」による),「0.500~5.15
00μIU/ml」「0.38~3.64μIU/ml」(「今日の臨床検
査2005-2006」による)とするものがあるが,c1医師が引用
する基準値は確認できない(乙B91・175頁,乙B101・420
頁,乙B102)。
亡a1の平成4年6月15日の甲状腺機能検査の検査結果は,正常範20
囲内であった(乙C1の1・27頁)。
亡a1の平成9年12月10日の甲状腺機能検査の検査結果(d1病
院)は,正常範囲内であった(乙C1の4・29,31頁)。
亡a1の昭和62年8月12日付け,平成元年7月26日付けの甲状
腺機能検査の検査結果は,正常範囲内であった(乙C1の4・30頁)。25
亡a1の平成23年7月11日の甲状腺機能検査の検査結果は,正常
値であった。なお,同受診時のカルテには,「チラ1M飲んでいない」と
の記載があり,1か月間チラージンを服用していない可能性がある。(乙
B179,証人e2)
甲状腺がんの治療としてTSHを0.5mU/Lまで抑制するためは,
かなり多量の甲状腺ホルモン(T4)製剤を服用しない限りはTSHが5
低下せず,50μg/日程度の甲状腺ホルモン(T4)製剤の投与量で
は,TSHが抑制される人はほとんどいないとの報告結果及び意見があ
る(乙B179,証人e2)。
イアの各事実によれば,亡a1は,甲状腺機能低下症と認められる要件の
うち,FT4,FT3の低値を満たしておらず,満たしたとされるTSH10
の値についても基準値の根拠が明らかではないものといわざるを得ない。
また,その他のTSHの値は正常値であったところ,チラージンの服用を
しない場合においても正常値であった可能性が残るから,甲状腺機能低下
症であったとは認め難い。
ウこれに対し,原告bらは,亡a1が甲状腺機能低下症であったと主張し,15
これに沿う証拠としてc7医師の意見書(甲B9)及びe1医師の意見書
(甲B48,甲C1の3)がある。
その要旨は,臨床医は正常者に甲状腺ホルモン製剤を投与することはま
ずないというものであるが,甲状腺機能低下症の罹患の有無が主要事実で
あり,その要件である「血中のFT4,FT3値が正常値より低下し,T20
SH値が上昇すること」を診断医が示せない以上,甲状腺機能低下症であ
ったとは認め難い。
エ以上によれば,争点イ(甲状腺機能低下症の放射線起因性及び要医療
性の有無)の判断を要しない。
争点ウ(甲状腺腫瘤の放射線起因性及び要医療性の有無)について25
ア放射線起因性の立証の程度について
被爆者援護法が原爆症認定のための要件として定める放射線起因性に
ついては,放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力低下との間に通常の
因果関係があることを要件として定めたものと解すべきである。このこ
とは,被爆者援護法の根底に国家補償法的配慮があるとしても異なると
ころではない。さらに,行政処分の要件として因果関係の存在が必要と5
される場合に,その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果
関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における
場合と異なるものではない。そして,訴訟上の因果関係の立証は,一点
の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証
拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し10
得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを
差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とす
ると解すべきであるから,被爆者援護法11条1項の認定の要件とされ
ている同法10条1項の放射線起因性についても,要証事実につき「相
当程度の蓋然性」さえ立証すれば足りるとすることはできない。なお,15
放射線に起因するものではない負傷又は疾病については,その者の治癒
能力が放射線の影響を受けているために医療を要する状態にあることを
要するところ,この「影響」を受けていることについても高度の蓋然性
を証明することが必要であることはいうまでもない(被爆者援護法の前
身である原子爆弾被爆者の医療等に関する法律7条1項の原爆症認定の20
要件である放射線起因性の意義及びその立証の程度について判示したも
のとして,最高裁平成10年(行ツ)第43号原爆被爆者医療給付認定
申請却下処分取消請求事件同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集
民事198号529頁参照。以下「最高裁平成12年判決」という。)。
これに対し,原告らは,これまでの裁判例を挙げて,国家補償法とし25
ての側面を有するものとの立法趣旨を理解すれば,立証の程度が実質的
に軽減される旨の主張をするが,最高裁平成12年判決は,「訴訟法上の
問題である因果関係の立証の程度につき,実体法の目的等を根拠として
右の原則と異なる判断をしたものであるとするなら,法(原子爆弾被爆
者の医療等に関する法律を指す。)及び民訴法の解釈を誤るものといわざ
るを得ない。」と続けて指摘しているとおりであり,に反するものとし5
て採用できない。
原告らは,原爆被害の実態を踏まえれば,被爆者が,放射線の影響が
あることを否定し得ない負傷又は疾病にかかった場合には,放射線起因
性が推定される旨の主張や,関連性が小さくても放射線起因性が認めら
れる旨の主張をするが,に反するものとして採用できない。10
原告らは,被告が用いる審査の方針において,積極認定対象であるこ
とが立証されれば,放射線起因性が推定されると主張する。
審査の方針に関して,末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認め
られる。
医療分科会は,平成13年5月25日に「原爆症認定に関する審査の15
方針」(以下「従前の審査の方針」という。)を制定した(乙A2)。
医療分科会は,平成20年3月17日,「新しい審査の方針」を策定し
た。この新しい審査の方針では,被爆者の救済を可及的に行うべきとの
観点から,①被爆地点が爆心地より約3.5km以内である者,②原爆
投下より約100時間以内に爆心地から約2km以内に入市した者,③20
原爆投下より約100時間経過後から,原爆投下より約2週間以内の期
間に,爆心地から約2km以内の地点に1週間程度以上滞在した者のう
ち,①悪性腫瘍(固形がんなど),②白血病,③副甲状腺機能亢進症,④
放射線白内障(加齢性白内障を除く。),⑤放射線起因性が認められる心
筋梗塞については,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と25
被曝した放射線との関係を積極的に認定することとされた。(乙A1)
医療分科会は,平成21年6月22日,積極認定対象とする疾病とし
て,⑥放射線起因性のある甲状腺機能低下症及び⑦放射線起因性のある
慢性肝炎・肝硬変を加える旨の改定を行った(以下,「新しい審査の方針」
と併せて「従前の新方針」という。)(乙A13)。
平成21年12月9日,「原爆症認定集団訴訟の原告に係る問題の解決5
のための基金に対する補助に関する法律」(平成21年12月9日法律第
99号。以下「基金法」という。)が制定され,その附則2条において,
「政府は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律第11条の認定等
に係る制度の在り方について検討を加え,その結果に基づいて必要な措
置を講ずるものとする。」とされた。10
これを受け,平成22年12月,厚生労働大臣の下,学識経験者及び
関係団体等の有識者を参集した「原爆症認定制度の在り方に関する検討
会」が設置され,この検討会の3年間にわたる検討の最終的な結果とし
て,平成25年12月4日,「原爆症認定制度の在り方に関する検討会報
告書」が取りまとめられた(乙A20,21)。15
医療分科会は,基金法附則2条の「必要な措置」として,原爆症認定
に関する審査の方針を改正した(以下「平成25年新方針」という。)(乙
A22)。
平成25年新方針では,「第1放射線起因性の判断」の冒頭で,「放
射線起因性の要件該当性の判断は,科学的知見を基本としながら,総合20
的に実施するものである。特に,被爆者救済及び審査の迅速化の見地か
ら,現在の科学的知見として放射線被曝による健康影響を肯定できる範
囲に加え,放射線被曝による健康影響が必ずしも明らかでない範囲を含
め,次のように『積極的に認定する範囲』を設定する。」という頭書が加
えられた。25
続いて,「1積極的に認定する範囲」として,疾病を「悪性腫瘍(固
形がんなど),白血病,副甲状腺機能亢進症」「心筋梗塞,甲状腺機能
低下症,慢性肝炎・肝硬変」「放射線白内障(加齢性白内障を除く)」
という7種類のカテゴリに分けた上で,上記の各疾病のカテゴリに該
当するものについては,「ア被爆地点が爆心地より約3.5km以内で
ある者,イ原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2km以内5
に入市した者,ウ原爆投下より約100時間経過後から,原爆投下よ
り約2週間以内の間に,爆心地から約2km以内の地点に1週間程度以
上滞在した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については,
格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線との
関係を原則的に認定するものとする。」とされた。10
また,上記の各疾病のカテゴリに該当するものについては,「ア被
爆地点が爆心地より約2.0km以内である者,イ原爆投下より翌日
までに爆心地から約1.0km以内に入市した者のいずれかに該当する
者から申請がある場合については,格段に反対すべき事由がない限り,
当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとす15
る。」とされた。
さらに,上記の疾病のカテゴリに該当するものについては,「被爆地
点が爆心地より約1.5km以内である者から申請がある場合について
は,格段に反対すべき事由がない限り,当該申請疾病と被曝した放射線
との関係を積極的に認定するものとする。」とされた。20
加えて,「21に該当する場合以外の申請について」は,このような
申請についても,「申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等
を総合的に勘案して,個別にその起因性を総合的に判断するものとする。」
とされた。
そして,「第2要医療性の判断」として,「要医療性については,当25
該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとする。」とされた。
の経過に鑑みると,審査の方針は,被害者救済及び審査の迅速化の
見地から定められた基準という性格を有するものと理解するのが相当で
あるから,積極認定対象であることにより,放射線起因性が,事実上,
推定されるということはできない。
イ一般的な放射線被曝線量の知見について5
末尾に掲げた証拠及び弁論の全趣旨によれば次の各事実が認められる。
原爆に関する被曝としては,外部被曝に着目すれば,①初期放射線に
よる被曝,②初期放射線の中性子によって誘導放射化された物質による
被曝及び放射線降下物による被曝が,内部被曝に着目すれば,③誘導放
射線による被曝及び放射性降下物による被曝があると解される。10
初期放射線の線量評価については,線量評価に関し設置された日米合
同の委員会が昭和61年3月に承認した原爆放射線の線量評価システム
であるDS86が存在し,世界中において優良性を備えた体系的線量評
価システムとして取り扱われてきたところ,これを更新する最新の知見
として,DS02が得られている。(乙B3ないし9)15
誘導放射線量について,グリッツナーらは,DS86によって原爆の
初期放射線の被曝線量評価が策定された際に,広島・長崎の実際の土壌
中の元素の種類,含有量及びこれらの元素の放射化断面積を基に生成さ
れた放射能量を計算したが,その結果,爆発後1時間における誘導放射
線量と爆心地からの距離との関係について,広島では爆心地から70020
mの地点に至ると,1時間当たりの誘導放射線量は,ほぼ0.001グ
レイにまで低減するとしている(乙B3・349頁,乙B29)。
また,誘導放射線の評価については,今中哲二が,DS02が策定さ
れた後である平成16年,「DS02に基づく誘導放射線量の評価」にお
いて,グリッツナーらの計算結果(乙B29)をDS02に応用するこ25
とにより,誘導放射線による地上1mでの外部被曝(空気中組織カーマ)
について算出した,爆発直後から無限時間同じところに居続けたと仮定
したときの放射線量(積算線量)は,爆心地においては広島120セン
チグレイ(1.2グレイ),爆心から1000mでは広島0.39センチ
グレイ(0.0039グレイ),爆心から1500mでは広島0.01セ
ンチグレイ(0.0001グレイ)となり,「これ以上の距離での誘導放5
射線被曝は無視して構わない」と結論付けられている(乙B7・152
頁)(以下,この今中哲二らの論文を「今中論文」という。)。
放射線降下物については,DS86報告第6章を取りまとめた岡島ら
は,様々な調査研究を総括し,放射性降下物による「(高度)1mにおけ
る累積的被曝の推定の大部分は,よく一致している。(長崎の)西山地区10
における放射性降下物の累積的被曝への寄与は,恐らく20ないし40
R(レントゲン)の範囲であり,(広島の)己斐-高須地区では,それは
恐らく1ないし3R(レントゲン)の範囲である」とし,これを組織吸
収線量に換算すると,「長崎については12ないし24ラド」「広島につ
いては0.6ないし2ラド」(0.006ないし0.02グレイ)になる15
と結論付けた(乙B13・218,228頁)。
内部被曝の評価については,今中論文では,DS02に基づき,原爆
投下当日に広島で焼け跡につき8時間の片付けに従事した人々の塵埃吸
入を想定して,内部被曝による線量評価を試みたところ,その結果,0.
06μSV(0,00000006シーベルト)にすぎず,外部被曝に20
比べ無視できるレベルであったと結論付けている(乙B7・153,1
54頁)。
広島原爆の投下の翌日である昭和20年8月7日に爆心地から約25
0mないし1kmの場所に入り,同月13日まで負傷者の救護や死体の
処理に当たった賀北部隊工月中隊員の被曝線量を推定した場合,放影研25
の加藤寛夫ほかの論文によれば,最大が11.8ラド(0.118グレ
イ),「原爆放射線の人体影響1992」解説によれば,最大が13.5
ラド(0.135グレイ)とされている(乙B115・228頁,乙B
118・239頁)。
IAEA及びWHOは,急性放射線症候群についての知見を取りまと
めて平成10年に公表している。その内容はおおむね次のとおりである。5
被曝による急性症状は,前駆症状,無症状の潜伏期を経て,多様な主
症状を呈するとされる。前駆症状の特徴としては,概要最低1グレイ以
上の被曝をすると,数時間以内に,前駆症状として食欲低下,おう吐,
発熱(発熱は2グレイ以上の被曝)といった症状が出現する。この前駆
症状は線量に依存し,被曝線量が高くなれば出現までの時間が早くなる10
ことはあっても遅くなることはない。前駆期を過ぎると,一時的にみら
れた症状は消え,無症状の時期(潜伏期)に入る。潜伏期後には,多様
な主症状が出現する。被曝による急性症状としての皮下出血は,2グレ
イ程度以上被曝した場合に骨髄が障害され血小板が一時的に減少するこ
とによって生じる症状である。被曝による急性症状としての脱毛は,315
グレイ程度以上被曝した場合に毛髪の元となる毛母細胞が放射線により
障害され,毛髪として成長しないために既存の毛髪が支えられなくなっ
て生じる症状である。潜伏期を経た後に発症する主症状としての下痢は,
腸管細胞が死滅して組織が欠落し,しかも再生できないことから血管が
むき出しになる一方,被曝による骨髄抑制で血小板がなくなることから,20
腸管内の血管が破綻し,大量出血を招くものである。(乙B1,20の1,
乙B24,32の1,乙B50,150,第2事件乙B131・77頁)
ICRPは,同委員会の公式文書であるICRP刊行物59において,
肺や皮膚の発がんリスクは均一な被曝よりも非常に不均一な被曝の方が
ずっと高いという考え方が「ホットパーティクル仮説」として知られて25
きたが,その考え方が支持されないことを明らかにしている(乙B46
の1,2)。
これらに対し,原告らは,DS02は,重大な欠陥を有するDS86
の欠陥を全く改善しておらず,放射線起因性判断に使用することができ
ないと主張する。
しかしながら,原告らの種々の指摘によっても,別件訴訟におけるe5
3証人による相当の反論や説明(乙B5の2)が存在している。また,
最高裁平成12年判決においても,原審が適法に確定した事実として,
「原子爆弾による放射線の線量評価システムであるDS86は,線量評
価に関し設置された日米合同の委員会が1986年(昭和61年)3月
に承認し,世界中において優良性を備えた体系的線量評価システムとし10
て取り扱われてきた」ことが挙げられている。
したがって,原告らが主張するように,DS02が重大な欠陥を有し
ており,放射線起因性判断に使用することができないとまでは認められ
ない。
そして,DS02は,平成15年3月以降放影研が実施する被爆者生15
存者追跡調査で用いる新たな線量推定方式として承認されていることが
認められ,他方,これに代わるより高次の合理性を備えた線量評価シス
テムが他に存在することを認めるに足りる証拠はない。
したがって,相当程度の科学的合理性を有するものということができ
るので,この点に関する原告らの主張は採用できない。20
原告らは,誘導放射線について,過小評価していると主張して,初期
放射線を浴びていない被爆者が短命のうちに死亡した調査結果「三次高
等女学校の入市被爆者についての調査報告書」(甲A120,甲B26)
や,入市被爆者にも急性症状の発症例が多数みられたなどの証拠(「日米
合同調査団の報告に関する資料」(甲A110),「原子爆弾災害調査報告25
集」(甲A111),於保源作医師の論文「原爆残留放射能障碍の統計的
観察」(以下「於保論文」という。)(甲A112),g1の意見書(甲A
56),「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離との関係」(甲A1
13),広島原爆戦災誌(甲A118),c7医師による「入市被爆者の
脱毛について」(甲B8の1),g2の意見書(甲B6の1),NHK広島
局による「ヒロシマ・残留放射能の四十二年」(甲B11の38),g35
の意見書(甲A116),「原子爆弾災害調査報告集」のうち「原子爆弾
症(長崎)の病理学的研究報告」(甲A142・資料1)」等を挙げる。
原告らが挙げる調査結果を評価するについては,その死亡原因や発症
が放射線の影響によるものか否かを判断することが不可欠である。この
点,放射線以外の精神的な原因等ではないか,また,そのような原因に10
よって説明が可能ではないかということについて,「同様の症状は,放射
線以外の栄養障害,種々のストレスによってもおこると考えられる」と
する論文(加藤寛夫ほか「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」(第2事件乙
B135・230,231頁))があるほか,有力な反対の証拠(g4の
意見書(乙B50),同人の証人調書(乙B32の1,2),q9の意見15
書(乙B51))が存在するのであり,原告らの主張する急性症状が全て
放射線の影響であることに関しては,これらが信頼できる調査結果とし
て一般的に科学的な知見として評価されているものとまでは認められな
い。
他方,今中哲二の誘導放射線の評価については,グリッツナーらの線20
量評価をDS02に応用したものであって不合理とはいい難く,これを
超える合理的な推定計算資料は見当たらないから,原告らの指摘を考慮
しても,一般的に信用できないというものではなく,合理性を有するも
のということができる。
原告らは,内部被曝は,集中的,継続的に被曝するのでより高い線量25
の被曝が生じる旨の主張をし,その主張に沿う証拠(g5の意見書(甲
A57),同人の証人調書(甲A61),g6の意見書(甲A58),g1
の証人調書(甲A59),g7の意見書(甲A60),g8の意見書(甲
A62),同人の証人調書(甲A81),肥田舜太郎ほかの書籍「内部被
曝の脅威」(甲A63)等)を挙げる。
しかしながら,のとおり,「ホットパーティクル仮説」については疑5
問が呈されている上,原告らの主張に対して有力な反対証拠(第2事件
乙B79)があるほか,指摘の証拠によっても,原告らの主張が,いま
だ一般的な科学的知見に至っているとはいい難く,極めて自然な考えな
どということもできない。
原告らは,放射線降下物の存在を無視していると主張する。10
しかしながら,放射線降下物の存在については,のとおりの科学的
知見が一般であり,これに代わる一般的なものは見当たらないから,無
視しているとの主張は当たらない。
ウ亡a1の放射線被曝量と甲状腺腫瘤の放射線起因性及び要医療性の有無
について15
末尾に掲げた証拠によれば次の各事実が認められる。
①亡a1は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
広島市上流川町の木造一部鉄骨3階建ての建物内(爆心地からの距離
約1.2km)にいた。当時,亡a1は16歳であった。(甲C1,乙
C1の1)20
②爆心地から約1.2km地点で直接被爆をした場合のDS02に基
づく推定被曝線量に遮蔽係数0.7を乗じた値は約1.316グレイ
となる(乙C1の18)。
③原告bらが主張する亡a1の被爆後の行動を前提として,爆心地か
ら1.2kmの地点に移動し,無限時間その場所にとどまっていたと25
した場合の仮定被曝線量は,0.001グレイとなる(乙C1の18)。
④腫瘤とは,腫瘍等を含め,生体内にできた腫物を一般的に表現した
ものである(乙B217)。
⑤亡a1のカルテには,亡a1の甲状腺に結節が認められているので,
甲状腺腫瘤(多発性)とは,多結節性甲状腺腫と解される(乙C1の
19・14頁)。5
⑥甲状腺腫瘍には,結節性甲状腺腫があり,結節性甲状腺腫は,しば
しば多発し多結節性甲状腺腫となるとされる(乙B218)。
⑦甲状腺結節,腫瘍については,東京大学医学部附属病院腎臓・内分
泌内科のウェブサイトに,「健康な人でも詳しく調べれば10人中約3
人の割合で甲状腺内の『シコリ』が見つかります。その多くは『腺腫10
様甲状腺腫』という良性のものです。」「大部分は心配いりません」と
ある(乙B103)。
⑧結節性甲状腺腫は,腫瘍ないし局所の炎症とされるが,その大部分
は腫瘍であり,過形成,良性腫瘍,悪性腫瘍があるとされている(乙
B219)。15
を前提に,亡a1のカルテには悪性所見であるとの記載が見当たら
ないことや,甲状腺結節ないし腫瘍が一般的に発生するものであること
からすれば,放射線に関係なく発症した疑いが残るので,放射線起因性
を認めることができない。
原告bらは,長崎の西山地区においては,結節性甲状腺腫の多発が報20
告されていることから(c7医師の意見書中「原爆放射線の人体影響1
992」(甲A139・資料6の116頁)),甲状腺腫瘤と放射線被曝と
の間に関連性がある旨の主張をする。
しかしながら,上記報告によっても,一般的な科学的知見として放射
線被曝との有意な相関関係は認めるに足りないと考えられる。25
仮に,放射線起因性が認められるとしても,要治療性を認めるに足り
る証拠はない。
これに対し,原告bらの主張に沿う証拠として,e1医師の意見書(甲
C1の3)があるが,亡a1の甲状腺腫瘤について,具体的な根拠を示
して放射線起因性及び要医療性があると判断しているものではないから,
採用できない。5
3争点ア(原告a2の甲状腺機能低下症の放射線起因性の有無)について
一般的な甲状腺機能低下症の知見について
ア末尾に掲げた証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
甲状腺機能低下症の原因としては,①甲状腺組織そのものに障害があ
る場合,②視床下部や脳下垂体に異常があるためこれらからのTSH等10
の分泌が障害され甲状腺に対する刺激因子が欠乏した場合に大きく分け
られ,①は原発性甲状腺機能低下症,②は中枢性(二次性)甲状腺機能
低下症とも呼ばれる。診断の検査所見は,①につき,遊離T4が低値及
びTSHが高値であり,②につき,遊離T4が低値及びTSHが低値か
ら正常値であるとされている(乙B88・89ないし92頁)。15
他方,以上のような臨床症状を欠き,検査でも,T3値,T4値とも
に正常範囲内にあるが,TSHのみ上昇している状態のものもあり,こ
れは,潜在性甲状腺機能低下症と呼ばれる(乙B88・90頁)。
甲状腺機能低下症の頻度は,型,性,年齢によって異なるが,一般論
として女性に多く,年齢が高くなるほど頻度も増すとされている(乙B20
88・91頁)。
甲状腺疾患の頻度は高く,6ないし10人に1人は甲状腺疾患に罹患
しているといわれており,甲状腺機能低下症の頻度は,潜在性のものま
で含めると,男性は0.68から3.6%,女性は2.97から5.9%
であり,日本人の20ないし30人に1人がこの疾患にかかっていても25
おかしくないとする研究がある(乙B89・190頁)。
甲状腺機能低下症の95%は原発性であり,その原因としては,慢性
甲状腺炎が最も多いが,慢性甲状腺炎の発生に最も関係の深い抗TPO
抗体陽性の頻度は成人で約5%,高齢女性で15%とされている。潜在
性甲状腺機能低下症の頻度もこれに近く,成人女性の約8%,男性の3.
5%といわれ,年齢とともに増加し,60歳を超えると女性の約15%,5
男性の8%が潜在性甲状腺機能低下症といわれている。(乙B88・90,
91頁)
甲状腺機能低下症については,40歳代から罹患者が確認されている
(乙B89)。
放射線による人体影響という分野については,国際的な科学的知見を10
集積する機関として,UNSCEARやICRPがあり,多数の科学者
の合意を得られた,最新の科学的知見をまとめた報告書を作成している
(乙B63,64)。
ICRPでは,甲状腺機能低下症を起こす線量は甲状腺の線量として
25ないし30グレイ程度(分割照射)であると推定しており,核実験15
の際にはこれより低い線量を甲状腺に浴びた場合に甲状腺機能低下症が
生じた例も報告されているところ,7ないし14グレイ又は約4グレイ
となっている(乙B90)。
イこれに対し,原告a2は,アのとおりICRPの指摘する線量以下の
放射線被曝であっても,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間には有意な20
相関関係があると主張し,その旨を記載したものとして,「原爆被爆者の甲
状腺機能低下症についての意見書」(甲B4)中の複数の報告等(横田素一
郎ほか「原爆被爆者にみられた甲状腺障碍について」(甲B4・文献4),
伊藤千賀子の報告「原爆被爆者の甲状腺機能に関する検討」(甲B4・文献
5),同人の論文(甲B4・文献6),井上修二,長瀧重信ほかの報告「長25
崎原爆被爆者における甲状腺疾患の調査(第3報)」(甲B4・文献7),「原
爆放射線の人体影響1992」(甲B4・文献1),ワン・レニーほかの論
文「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,19
58-86年」(甲B4・文献9),山田美智子ほかの論文「原爆被爆者に
おけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲B4・文献1
2),長瀧重信,柴田義貞ほかの報告「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」5
(甲B4・文献3),今泉美彩ほかの論文「被爆55-58年後の広島・長
崎原爆被爆者における甲状腺結節と自己免疫性甲状腺疾患の線量反応関係」
(甲B4・文献13),永山雄二ほかのマウス実験に関する報告(甲B5),
q1医師の意見書(甲B43))等を挙げる。
しかしながら,これらについては,同じ執筆者である長瀧重信,井上修10
二,鈴木元及び伊藤千賀子による反対意見書(乙B151)が存在し,そ
の内容に照らすと,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間の有意な相関関
係を認めるについては,いまだ疑義が残るほか,いずれの意見書等の内容
によっても,一般的な科学的知見としては,アのICRPの指摘に優る
信頼性を有するものは認められない。15
原告a2の放射線被曝量と甲状腺機能低下症の発症因子について
ア末尾に掲げた証拠によれば次の各事実が認められる。
原告a2は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から約2.7kmの地点にある広島市南蟹屋町の自宅内にいた。
原告a2は当時2歳であった。もっとも,同人の被爆者健康手帳交付申20
請書には,原告a2が現在主張している広島駅や松原町一帯を歩き回っ
た旨の記載はない。(乙C2の1・75頁,乙C2の6,原告a2)
原告a2に被爆当時の記憶はなく,原告a2の両親らから聞いた話と
して供述しているものである(原告a2)。
原告a2の母の被爆者健康手帳交付申請書には,子供3人がかなりひ25
どい傷を負ったので,隣組の病人らと共に温品の避病院へ避難させ,す
ぐに引き返したこと,叔父が帰らないと叔母が泣いて来たので松原町か
ら段原方面を捜しに出たこと,6日(被爆当日)の夜,主人と私が避病
院に行ったが,そのとき灰のようなものが降ってくるので万一を思い夏
布団をかぶったことの各記載がある(甲C2の5)。
原告a2のABCCによる調査結果には,原告a2が現在主張してい5
る発熱,下痢について「ない」旨の記載がある(乙C2の16・1枚目)。
原告a2は,平成18年9月4日,本件申請を行うに際し,初めて,
入市に関する記載をしたが,その内容は,「広島駅前,松原町(2km地
点)一帯を歩く」というものであった(乙C2の1・71頁)。
原告a2は,平成22年4月6日付け異議申立書において,「国鉄広島10
駅,松原町(爆心から1.8km)一帯を歩いた」と記載した(乙C2
の12・3枚目)。
爆心地から2.7kmの木造家屋内で被爆をした場合のDS02に基
づく推定被曝線量は,約0.004375グレイと推定される(乙C2
の14)。15
原告a2は,昭和60年(42歳時)頃,慢性甲状腺炎に罹患し,平
成15年7月(60歳時)頃に甲状腺機能低下症と診断された(原告a
2)。
甲状腺機能低下症が自己免疫性であるかどうか判定するための簡単な
方法として検査キットによる抗Tg抗体及び抗TPO抗体を検査する方20
法があるが,原告a2に係る平成20年5月29日,平成22年8月3
1日,平成23年5月31日の検査結果は,いずれも陰性となっている
(乙B179,乙C2の17,証人e2)。
e2医師は,自己抗体の測定は検査キットにより差異があるとの例が
報告されていると意見書に記載し,その報告に沿う文献が存在する(乙25
B179)。
原告a2の甲状腺機能低下症について,加齢を原因とする一般の症例
と比較して特異な点がない(乙B179,証人e2)。
イアの事情を前提に原告a2の供述の信用性を吟味すると,原告a2につ
いては,被爆当時,爆心地から約2.7km離れた自宅にいたことや外傷
を負ったことは認められるものの,その後,母とともに入市したことや急5
性症状があったことは認め難いといわざるを得ない。
ウこれに対し,原告a2は,被爆翌日(昭和20年8月7日),叔母夫妻の
安否を確認するため,両親と一緒に入市して,広島駅付近を捜し歩いたと
主張し,その旨の供述をする(甲C2,2の2,2の3,原告a2)。
しかしながら,同供述は,被爆者健康手帳交付申請に関する書類には記10
載がなく,かつ,平成18年9月4日の本件申請に際して,初めて主張さ
れたものであること,原告a2の母の被爆者健康手帳交付申請書の記載か
らは,原告a2を避難させ,これとは別に捜しに行ったことが推測される
ことから,信用するに足りないといわざるを得ない。
エ原告a2は,原爆投下の2,3日後から,微熱と下痢が10日間くらい15
継続した旨の主張し,その旨の供述をする(甲C2,2の2,2の3,原
告a2)。
しかしながら,同供述は,ABCCによる調査結果と相違するところ,
原告a2について虚偽の回答をしなければならなかった事情が具体的に明
らかではないので信用することができない。20
オア及びイを前提にすれば,原告a2については,理論上,4グレイを超
える放射線量に被曝したとは認められないのみならず,外傷の存在などを
踏まえても,具体的にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。25
カ仮に,4グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるいは,
しきい値がなかったとしても,自己免疫性であるかどうかに関わらず甲状
腺機能低下症は被曝によらなくとも発症するものであり,かつ,原告a2
の甲状腺機能低下症の発症については,放射線被曝を理由としなければ,
医学的にみて不自然,不合理な経過があるとはいえないため,原告a2の
供述する別紙「被爆実態一覧」記載の原告a2の被爆後の症状を考慮して5
も,放射線被曝を原因として発症したことを認めるについては,なお,疑
問が残るといわざるを得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
キこれに対し,原告a2が相当量の原爆放射線に被曝したこと,被爆時210
歳で放射線感受性が高かったことからすると,原告a2の甲状腺機能低下
症について放射線起因性を優に認めることができる旨の主張をし,その主
張に沿うe1医師の意見書(甲B48,甲C2の4)及び証人e1の証言
がある。
しかしながら,放射線被曝の程度については,オのとおりであり,原告15
a2の主張の前提を採用することができない。
原告a2が提出するe1医師の意見書(甲B48,甲C2の4)及び証
人e1の証言も,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提
を異にするので採用することができない。
ク原告a2は,疾病の発症においては,一般に,複数の要素が複合的に関20
与するから,他の発症原因と共同関係にあったとしても,特段の事情がな
ければ,放射線起因性は否定されることはなく,原爆の放射線によって疾
病の発症が促進されたと判断される場合にも放射線起因性を肯定するのが
相当であると主張する。
しかしながら,原告a2については,他の発症原因と共同関係にあるこ25
とも,促進されたと判断することも困難であるので,放射線が発症原因と
は認められないと判断したものであり,原告a2の主張は採用できない。
ケ原告a2は,疾病と因果関係が推定された要因を共通にする集団に属す
る限り,特定の個人について,その要因が疾病の原因である可能性を肯定
できても,その要因が発生に関与していないとして関連を否定することは
できず,リスクの大きさに関わらず,リスクがあるのであって,リスクが5
小さいから要因との関係を否定するということは誤りであると主張する。
しかしながら,原告a2において,因果関係が推定された要因を共通に
する集団に属するとは認められず,また,リスクがあれば因果関係を肯定
するという主張は,既に述べた因果関係の理解と整合しないので採用でき
ない。10
コ以上によれば,争点イ(原告a2の甲状腺機能低下症の要医療性の有
無)の判断を要しない。
4争点ア(原告a3の高脂血症の放射線起因性の有無)について
末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
ア原告a3は,昭和20年8月6日原爆が広島市に投下された当時,爆心15
地から約1.5kmの地点にある広島市千田町の木造二階建ての自宅の縁
側にいた。当時,原告a3は5歳であった。(甲C3の1)
イ爆心地から約1.5km地点で直接被爆をした場合のDS02に基づく
推定被曝線量に遮蔽係数0.7を乗じた値は約0.3752グレイとなる
(乙C3の10・2枚目)。20
ウ原告a3の主張を前提として,爆心地から1.5kmの場所に,原爆投
下直後に入市し,そのまま同じ場所に無限時間滞在した場合の仮定被曝線
量は,0.0001グレイとなる(乙B7・152頁)。
エ原告a3の主張を前提として,原爆投下翌日に,爆心地から約1.3k
mの地点に入市し,無限時間その場所にとどまっていたとする仮定被曝線25
量は,0.00008グレイとなる(乙C3の10・4枚目)。
オ高脂血症は,血液中のコレステロール又は中性脂肪のいずれか,又は両
方が標準以上に増加した状態をいう。高脂血症の発症要因は多様であるが,
大きく分けて,原発性(遺伝的要因が基盤となり欧米では家族性と呼ばれ
ることが多い。)と,二次性(諸疾患や薬物,食事性要因等によるもの。)
とに分けられている。(乙C3の11・410ないし415頁)5
カ高脂血症の発症には,遺伝的な素因に加えて,過食,摂食パターンの異
常といった不適切な食生活,運動不足,アルコールの飲み過ぎ,ストレス
過多などが重要な役割を果たしている場合が多くあり,これらの生活習慣
が深く関わっていることが多いため,高脂血症は,食生活や運動不足など
の日常の生活習慣の積み重ねに起因する生活習慣病として広く知られてい10
る(乙C3の12)。
キ原告a3は,平成15年6月(63歳時)には,高脂血症が認められた
(乙C3の1・337頁)。
ク総コレステロール値(TC)の正常値は,130ないし220mg/d
lとされている(乙B242)。15
原告a3は,高脂血症と放射線量との間に有意な相関関係があると主張し,
その旨の証拠としてc8医師の証人調書(甲B13),ワン・レニーほかの論
文(第2事件乙B107の1,2)を挙げる。
しかしながら,根拠として挙げる証拠は,一般的な科学的知見として高脂
血症と放射線量との間に有意な相関関係の存在を認めるに足りるものではな20
い。また,上記ワンほかの論文においても,最もコレステロール差が大きか
った年代において,女性につき最大1グレイ当たり2.5mg/dl,男性
につき最大1グレイ当たり1.6mg/dlのコレステロール値の上昇がみ
られると指摘されているにとどまっている。
及びの事情を前提にすれば,一般的な科学的知見として,高脂血症と25
放射線との間に有意な相関関係があることを認めるに足りる証拠はない上,
他方で,原告a3の生活習慣を原因として発症したのではないかとの疑いが
残るといわざるを得ない。
その他,原告a3の高脂血症の発症の原因につき,放射線被曝によること
を認めるに足りる証拠はない。
したがって,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性は5
認められない。
以上によれば,争点イ(原告a3の高脂血症の要医療性の有無)につい
て判断を要しない。
5争点(原告a5)について
争点ア(甲状腺機能低下症の放射線起因性の有無)について10
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a5は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から約2.5kmの地点にある広島市舟入南町の自宅前の路上に
いた。当時,原告a5は,13歳であった。(甲C8,乙C8の1・48
2,483頁,原告a5)15
原告a5は,昭和20年8月16日以降,四国の松山市に避難する途
中において,赤痢にかかっているとして隔離された(甲C8,原告a5)。
原告a5は,昭和30年6月3日に行われたABCCの被爆状況調査
に対しては,下痢はあったと回答しているが,発熱及び脱毛はなかった
と回答していた(乙C8の9・2枚目)。20
原告a5は,昭和31年4月10日に行われたABCCの被爆状況調
査に対しては,発熱については(昭和20年)8月下旬にあり,脱毛に
ついては発症時期が不明であるが,10分の1以下の程度では生じてい
たと回答していた(乙C8の10・2枚目)。
爆心地から約2.5km地点で直接被爆した場合のDS02に基づく25
推定被曝線量は約0.0126グレイとなる(乙C8の8)。
今中論文によれば,原爆投下の直後,翌日,1週間後に爆心地に入市
し,以後無限時間居続けたと仮定した場合の誘導放射線による被曝線量
は,それぞれ120センチグレイ(1.2グレイ),19センチグレイ(0.
19グレイ),0.94センチグレイ(0.0094グレイ)とされてい
る(乙B7・152,153頁)。5
原告a5は,平成8年,当時64歳で甲状腺機能低下症の診断がされ
た(原告a5)。
原告a5の甲状腺機能低下症について,加齢を原因する一般の症例と
比較して特異な点がない(乙B179,証人e2)。
イアの事情を前提に原告a5の供述の信用性を吟味すると,原告a5につ10
いては,被爆当時,爆心地から約2.5km離れた自宅前の路上におり,
昭和20年8月16日又は17日には,爆心地から約1.3kmの地点を
通過したことは認められるものの,急性症状があったことは認め難いとい
わざるを得ない。
ウこれに対し,原告a5は,昭和30年のABCC調査票の記載にかかわ15
らず,発熱や脱毛の事実が存在したと主張し,その旨の供述をする(甲C
8,原告a5)。また,ABCCの調査に対して真実を語ることができなか
ったのは,同調査が怨嗟の対象であったことは,記録集(甲A3・167
頁)から明らかであり,これと同様に真実を語ることに躊躇があったため
であり,昭和31年の調査においては発熱や脱毛を語っている旨の主張を20
する。
しかしながら,原告a5の昭和30年のABCC調査においては下痢が
あったことを語っており,真実を語ることができなかったとの理由をにわ
かに信用することができない。
エ原告a5は,四国において赤痢にかかっているとして隔離されたが,真25
実は,赤痢ではなく急性症状である下痢であることが判明した旨の主張を
し,その旨の供述をする(甲C8,原告a5)。
しかしながら,原告a5の供述によれば,赤痢ではなかったことの根拠
は,医師から説明を受けたというものではなく,事後的にそのように主観
的に判断したというものであるから,真実が赤痢ではなかったとは認め難
い。5
また,原告a5は,家族が赤痢で隔離されていないことから,赤痢では
ない旨の主張をし,その主張に沿う証人e1の証言がある。
しかしながら,同人の証言する理由によっても,赤痢ではなかったと認
めるに足りない。
オ原告a5は,昭和20年8月16日又は17日,自宅から住吉橋(爆心10
地から約1.3km)等を渡って四国へ行ったので,相当の外部被曝や内
部被曝をした旨の主張し,その旨の供述をしている(甲C8,原告a5)。
しかしながら,アのとおり,今中論文によれば,誘導放射線は,原爆
投下の1週間後であれば,投下直後の0.0078倍(0.94÷120)
とされていることからすると相当低減すると考えられ,少なくとも誘導被15
曝が高かったとは認め難い。また,内部被曝については,原爆投下当日に
広島で8時間の片付け作業に従事したとして内部被曝を評価した分析にお
いても,0.06μシーベルトという値であるとの研究(乙B7・154
頁)を念頭に置くと,一般的には,相当の外部被曝や内部被曝が存在した
と認めるに足りない。20
原告a5の主張に沿う証人e1の証言は,いまだ一般的な科学的知見に
至っていない事情をもって,原告a5に適用するものであって,直ちに信
用することが困難である。
カ原告a5は,被爆後,右半身に熱傷を負ったので,相当の被曝をした旨
の主張をし,その旨のe1医師の意見書(甲C8の6)及び証人e1の証25
言がある。
しかしながら,「公益財団法人放射線影響研究所「要覧」」(乙B162・
2頁)によれば,原爆により放出されたエネルギーは,爆風として50%,
熱線として35%,放射線として15%と推定されており,熱傷は爆心地
から約3.5kmにまで及んだとされていることが認められるから,熱線
と放射線は別のものと理解され,熱線を浴びることが放射線被曝を意味す5
るものではない。
したがって,上記意見書の内容を直ちに信用することができない。
キア及びイを前提にすれば,原告a5について,理論上,4グレイを超え
る放射線量に被曝したとは認められないのみならず,外傷や入市の存在を
踏まえても,具体的にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。10
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
ク仮に,4グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるいは,
しきい値がなかったとしても,甲状腺機能低下症は加齢に伴い被曝によら
なくとも発症するものであり,かつ,原告a5の甲状腺機能低下症の発症15
については,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不合
理な経過があるとはいえないため,原告a5の供述する別紙「被爆実態一
覧」記載の原告a5の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝を原因とし
て発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざるを得な
い。20
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
ケ原告a5は,甲状腺機能低下症の発症が64歳より前であることは,平
成8年8月18日の甲状腺ホルモンに関する検査結果につき,既に他院で
治療中であること(乙C8の1・494頁)から推認できること,原告a25
5は放射線の影響を受けやすい13歳という若年時に爆心地から2.5k
mで遮蔽のない状態で直接被爆し,右下半身に熱傷を負い昭和20年8月
16日あるいは17日には,被爆中心地から1.3kmに立ち入っている
こと,このような状況を検討するならば,原告a5は,被爆直後の土壌,
崩壊建造物(瓦礫)からの外部被曝のみならず,放射線物質を含む粉塵の
吸入,傷口ややけどの皮膚からの侵入等による内部被曝も否定できないこ5
と,さらに,原告a5の発熱,下痢,血便,脱毛という急性症状がみられ
たことからすると,原告a5は健康影響を及ぼす相当量の被曝線量を受け
ていると解されるので,放射線起因性が認められる旨の主張をし,その主
張に沿うe1医師の意見書(甲B48,甲C8の6)及び証人e1の証言
がある。10
しかしながら,e1医師の意見書(甲B48,甲C8の6)及び証人e
1の証言は被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異に
するので,直ちに信用することができない。
コ以上によれば,争点イ(甲状腺機能低下症の要医療性の有無)につい
て判断を要しない。15
争点ウ(狭心症の放射線起因性の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
狭心症は,虚血性心疾患のうち,虚血が一過性で心筋の障害が一時的
であり,器質的障害を残さない可逆的虚血の場合をいい,動脈硬化を主
因とする生活習慣病であるとされている(乙B94・231頁)。20
原告a5は,平成9年の65歳頃に狭心症に発症したものと推測され
る(乙C8の1・487頁)。
原告a5は,高血圧であった(乙B95,乙C8の1・487,49
7頁)。
原告a5は,中性脂肪が高値であり,高脂血症を有していた(乙C825
の1・487,498頁)。
イ及びアを前提にすれば,原告a5について,後述するとおり,心筋梗
塞で問題とされる0.5グレイを超える放射線量に被曝したとは認められ
ないのみならず,外傷や入市の存在を踏まえても,具体的にもそれを認め
るに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残5
ることは否定し難い。
ウ仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,ある
いは,しきい値がなかったとしても,狭心症は生活習慣により被曝によら
なくとも発症するものであり,かつ,原告a5の狭心症の発症については,
放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不合理な経過があ10
るともいえないため,原告a5の供述する別紙「被爆実態一覧」記載の原
告a5の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝を原因として発症したこ
とを認めるについては,なお,疑問が残るといわざるを得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。15
エこれに対し,原告a5は,動脈硬化,高血圧及び高脂血症と放射線量と
の間に有意な相関関係があると主張し,その旨の証拠としてc8医師の証
人調書(甲B13)や,放射線被曝と心・血管疾患との有意な関連性を認
めた疫学調査として,放影研による業績報告書である,寿命調査第11報
第3部(甲B14・12頁),原爆被爆者の死亡率調査第12報第2部(甲20
B15・1,8,26頁),同第13報(甲B16・3,36,40頁),
「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率1958-1998年」
(甲B3の9),井上典子の「原爆被爆者と心血管疾患」とのタイトルの報
告(甲B17・277頁),赤星正純の「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心
疾患の疫学」と題する発表(甲B18・205頁),清水由紀子ほかのBM25
J論文(以下「清水論文」という。)(甲B19の1,2),e4の証人調書
(甲B20),e5の証人調書(甲21)を挙げる。
しかしながら,これらを根拠にしての原告a5の主張に関しては,赤星
正純,清水由紀子及び井上典子らの反対意見書(乙B216)があること
に加え,いずれの証拠によっても,放射線被曝と動脈硬化,高血圧及び高
脂血症との間の有意な相関関係や,特に,0.5グレイ以下の低線量被曝5
との間の有意な相関関係につき,一般的な科学的知見としての存在を認め
るに足りるものではない。また,仮に,一般的な相関関係があるとしても,
その程度は相当低いと評価できる(例えば,上記「原爆被爆者の血圧に対
する加齢および放射線被曝の影響」中,1グレイの原爆放射線に被曝した
男性の40歳について,それぞれ同様の条件の非被爆者より,収縮期血圧10
が約1.0mmHg,拡張期血圧が約0.8mmHg高かったと報告され
ているにすぎない。なお,70歳男性については非被爆者の男性よりも低
いとの報告もされている。(第2事件乙B108の2・8ないし10頁))。
さらには,上記疫学的な調査結果は,具体的に原告a5の動脈硬化,高血
圧及び高脂血症につき放射線の影響を裏付けるものではない。15
オ原告a5は,被告の主張する他の原因が発症に影響しているとしても,
原爆放射線被曝の影響まで否定されるものではなく,むしろ,原爆放射線
被曝とその他の危険因子とが相まって,疾病の発症に寄与したものと考え
られる旨の主張をし,その主張に沿うe1医師の意見書(甲C8の6)及
び証人e1の証言がある。20
しかしながら,e1医師の意見書(甲C8の6)及び証人e1の証言は,
被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異にするので,
採用することができない。また,原爆放射線被曝が寄与したかどうか明ら
かでなく,むしろ,寄与していなくとも結果が発生した可能性があると考
えられるので,因果関係を認め難いのは既に説明したとおりである。25
カ以上によれば,争点エ(狭心症の要医療性の有無)について判断を要
しない。
争点オ(高血圧の放射線起因性の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
高血圧症とは,繰り返して測っても血圧が正常より高い場合(最高(収
縮期)血圧が140mmHg以上,あるいは,最低(拡張期)血圧が95
0mmHg以上)をいい,日本における高血圧症の有病者は,治療を受
けていない者まで含めれば約3970万人に上る(乙B96,97)。
高血圧症は,「本態的高血圧症」と「二次性高血圧症」に分類され,「二
次性高血圧症」とは,腎・副腎・神経系の疾患など体内に血圧上昇の原
因となるはっきりした疾患が存在しているものをいい,本態性高血圧症10
とは,二次性高血圧症以外の原因の分からないもの全てをいう。高血圧
症の90%以上を占める本態性高血圧症には,遺伝的な因子及び生活習
慣などの環境因子が関与していると考えられており,その原因としては,
過剰な塩分摂取,肥満,飲酒,精神的ストレス,自律神経の調節異常,
肉体労働の過剰,蛋白質・脂質の不適切な摂取,喫煙が挙げられている。15
(乙B96,97)
高血圧症の患者数は,年齢層が上がるほどに増加傾向にあり,60歳
以上の女性の約50%が高血圧とされている(乙B98)。
イこれに対し,原告a5は,高血圧と放射線量との間に有意な相関関係が
あると主張するが,その主張が失当であることは,エで述べたとおりで20
ある。
ウ及びアの事情を前提にすれば,一般的な科学的知見として,高血圧と
放射線との間に有意な相関関係があることを認めるに足りる証拠はない上,
原告a5の生活習慣を原因として発症したのではないかとの疑いが残ると
いわざるを得ない。25
したがって,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
原告a5の主張に沿うe1医師の意見書(甲C8の6)及び証人e1の
証言は,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異にす
るので,採用することができない。
エ以上によれば,争点カ(高血圧の要医療性の有無)について,判断を5
要しない。
6争点(原告a6)について
争点ア(甲状腺機能低下症の放射線起因性の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a6は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,10
広島市南千田町の自宅の外(爆心地からの距離約2.5km)にいた。
当時,原告a6は4歳であった。(乙C9の1・117頁,原告a6)
原告a6の昭和48年3月13日付け被爆者健康手帳交付申請書には,
原告a6は,昭和20年8月6日に被爆した後,千田町の修道中学校の
グラウンド(爆心地からの距離約2.5km)に避難し,夜を明かし,15
同月7日午前8時頃から午前9時頃までの間,徒歩又は父に背負われ,
南千田町(同約2.5km),広島電鉄本社前(同約2km)及び日本赤
十字病院付近(同約1.6km)辺りで姉を捜し,同月8日午前8時頃
から午後6時頃までの間,徒歩又は父に背負われ,南千田町,広島電鉄
本社前,日本赤十字病院,鷹野橋(同約1.5km),袋町富国生命ビル20
暁部隊収容所(同約0.5km),紙屋町,八丁堀(爆心地からの距離約
1km),鉄砲町(同約1km)及び浅野泉庭収容所付近(同約1ないし
1.5km)で姉を捜した,同月9日以降同月15日までの間,広島市
内で同様に姉を捜していた,そして,「以上母マツエが教えてくれました」
との記載がある(乙C9の1・123,124頁,乙C9の12の1,25
2)。
原告a6の本件申請に係る平成20年3月26日付けの原爆症認定申
請書においては,原爆投下当日から昭和20年8月8日までの行動内容
については,おおむねの被爆者健康手帳交付申請書と同様の記載がさ
れているものの,同月9日から同月14日についても,同月8日と同様
の行動をした旨の記載がある(乙C9の1・117頁)。5
原告a6の平成22年9月7日付け異議申立書においては,行方不明
の姉を捜すため,昭和20年8月7日に,南千田町,広島電鉄本社(爆
心地からの距離約1.9km),鷹野橋(同約1.2km),市役所前(同
1km),袋町富国生命ビル(同約0.4km),紙屋町(同約0.4k
m),八丁堀(同約0.9km),縮景園(同約1.5km)まで行き,同10
月8日以降同月14日までの間も同じ経路を捜して歩いた旨の記載があ
る(乙C9の9・2枚目)。
別紙「被爆実態一覧」の原告a6の欄及び同人の平成25年7月18
日付け陳述書には,昭和20年8月7日に捜した経路については,の
被爆者健康手帳交付申請書と同様の記載がある(甲C9の1)。15
原告a6は,本人尋問において,姉を捜したのは,昭和20年8月7
日,8日の2日間であると供述した(原告a6)。
原告a6は,本人尋問において,おう吐,脱毛があったと供述した(原
告a6)。
被爆者健康手帳交付申請時に原告a6の母が記載したと思われる文書20
には,「新興ゴムの工場へ勤めに出た娘h1の消息を確かめるため主人と
共に電鉄本社まで行った」「8日も主人について日赤,富国ビル,浅野泉
邸へ行った」と記載されている(乙C9の1・127頁)。
原告a6のの被爆者健康手帳交付申請書には,被爆したときや被爆
してから6か月までの間に表れた症状として,「はらくだし」(下痢)と25
発熱が挙げられている(乙C9の1・124頁)。
爆心地から約2.5km地点で直接被爆をした場合のDS02に基づ
く推定被曝線量は約0.0126グレイとなる(乙C9の10)。
原告a6は,平成19年(66歳時頃)に甲状腺機能低下症と指摘さ
れた(乙C9の11・1頁)。
原告a6の甲状腺機能低下症について,加齢を原因とする一般の症例5
と比較して特異な点がない(乙B179,証人e2)。
イアの事情を前提に原告a6の供述の信用性を吟味すると,原告a6につ
いては,被爆当時,爆心地から約2.5km離れた自宅の外にいたこと,
翌日には,爆心地から約1.6km辺りにまで接近したこと,翌々日には,
爆心地から約0.5km辺りにまで接近したこと,下痢,発熱があったこ10
とは認められるものの,翌日に,爆心地から1km以内にまで接近したこ
と,おう吐,脱毛があったことは認め難いといわざるを得ない。
ウこれに対し,原告a6は,被爆後,昭和20年8月7日,8日と市街地
に入り,爆心地から0.5kmにまで立ち入っていると主張し,その旨の
供述をしている(甲C9の2,3,原告a6)。15
しかしながら,原告a6の現在の供述は,ア,のとおり,原告a6
の被爆者健康手帳交付申請書の記載や訴訟提起後に作成された陳述書と矛
盾するのみならず,同のとおり,その母の説明ともそごするので,信用
することが難しいといわざるを得ない。
エ原告a6は,おう吐,脱毛があったと主張し,その旨の供述をするが,20
その同人の供述は,本人尋問になって初めて出たものであって,にわかに
信用することができない。
また,下痢,発熱についても,原告a6の供述によれば,下痢は,被爆
後2,3日後から生じ,10日程度続いたというのであるから,放射線被
曝による前駆症状とは考えにくい上,放射線被曝に特徴的なものは見当た25
らず,下痢,発熱自体は他原因も想定できるので,相当量の被曝線量であ
ることの根拠としては認め難い。
オ原告a6は,入市により相当の被曝をした旨の主張をするが,今中論文
では,昭和20年8月7日から同月13日まで爆心地から約0.5kmか
ら1km地点において負傷者の救護や死体の処理に当たっていた賀北部隊
工月中隊員でも,その被曝の程度が最大で約0.18グレイ(=19セン5
チグレイ-0.94センチグレイ)であると推定されていること(乙B7・
152,153頁)や,DS02に基づく分析によると,袋町(爆心地か
ら約0.5km)に原爆投下2日後以降に行った場合には約0.01グレ
イ以下,日本赤十字病院(爆心地から約1.5km)に原爆投下の翌日に
行った場合には0.0001グレイ以下との計算結果があること(乙C910
の10)に照らすと,推定値としては0.1グレイ以上の被曝をしたとは
認め難い。
カア及びイを前提にすれば,原告a6について,理論上,4グレイを超え
る放射線量に被曝したとは認められないのみならず,外傷,入市,下痢と
発熱の事情を踏まえても,具体的にそれを認めるに足りないといわざるを15
得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
キ仮に,4グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるいは,
しきい値がなかったとしても,甲状腺機能低下症は加齢に伴い被曝によら20
なくとも発症するものであり,かつ,原告a6の甲状腺機能低下症の発症
については,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不合
理な経過があるとはいえないため,原告a6の供述する別紙「被爆実態一
覧」記載の原告a6の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝を原因とし
て発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざるを得な25
い。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
クこれに対し,原告a6は,放射線の影響を受けやすい4歳時という幼少
時に,爆心地から2.5kmの地点で被爆し,被爆の翌日,翌々日と市街
地に入り,爆心地から0.5kmにまで立ち入っていること,被爆後2,5
3日して下痢,発熱,おう吐,脱毛をしていることから,初期放射線の被
曝に加え,残留放射線による外部被曝,内部被曝により相当量の被曝線量
を受けていると考えられるので,放射線起因性が認められると主張し,そ
の主張に沿うe1医師の意見書(甲B48,甲C9の4)及び証人e1の
証言がある。10
しかしながら,e1医師の意見書(甲B48,甲C9の4)及び証人e
1の証言は被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異に
するので,直ちに採用することができない。
ケ以上によれば,争点イ(甲状腺機能低下症の要医療性の有無)につい
て,判断を要しない。15
争点ウ(脳梗塞後遺症の放射線起因性の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
脳梗塞は,臨床的に,①アテローム血栓性梗塞(主に太い主幹動脈の
アテローム硬化を原因とするもの。),②心原性塞栓症(主に心臓由来の
栓子飛来による太い主幹動脈の塞栓を原因とするもの。),③ラクナ梗塞20
(主に穿通枝という微細な動脈の硬化を原因とするもの。)の病型に分け
られる(乙B99)。
脳梗塞は,動脈硬化を主因とする循環器疾患の一つであるところ,心
筋梗塞と同じく,加齢,喫煙,高血圧,高脂血症,糖尿病などが促進因
子となり,生活習慣病の一つである(乙B79・130頁,乙B100・25
451頁)。
加齢については,厚生労働省平成26年患者調査によれば,脳梗塞の
総患者数は,40歳から増加し,70歳代と80歳代が同程度でピーク
となっている。同調査では,脳梗塞の全体の総患者数は,約86万人で
あるが,60歳代の総患者数は約14万人であり70歳代の次に多い年
代であり,全体の総患者数の約6分の1に及ぶ。(乙B191)5
喫煙については,我が国において,40ないし59歳の喫煙者46万
1761例において脳卒中の発症を調査した結果,相対危険度は,男性
では全脳卒中1.27(95%信頼区間1.05ないし1.54),脳梗
塞1.66(同1.25ないし2.20)であったとする報告がある(乙
B192・36頁)。10
高血圧については,日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会編「脳
卒中治療ガイドライン2015」には,高血圧が,脳出血と脳梗塞に共
通の最大の危険因子とされ,血圧値と脳卒中発症率との関係は直線的な
正の相関関係にあるとされている。一般的な降圧目標として140/9
0mmHg未満が強く推奨されており,特に糖尿病の合併がある場合に15
は130/80mmHg未満を目標とするのがよいとされている(乙B
192・24,25頁)。もっとも,至適血圧(収縮期血圧120mmH
g未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)を超えて血圧が高くなるほど,
脳卒中の罹患リスク及び死亡リスクが高くなるとされている(乙B19
3・7ないし11頁)。20
脂質異常症(高脂血症)については,総コレステロール(TC)と脳
卒中に関しては29のコホート研究を解析した結果が発表されており,
総コレステロールが1mmol/L(38.7mg/dL)増えると,
脳梗塞の発症が25%増加することが示されている(乙B192・29
頁)。なお,総コレステロール値については,220mg/dL未満であ25
ることが基準値とされている(乙B194・35頁)。また,LDLコレ
ステロール低下療法と脳卒中一次予防効果について報告された大規模臨
床試験の結果において,LDLコレステロールが1mmol/L(38.
6mg/dL)低下すると,脳卒中発症が14ないし17%低下したと
されている(乙B192・29,30頁)。なお,LDLコレステロール
値については,140mg/dL未満であることが基準値とされている5
(乙B194・33ないし35頁)。さらに,TG(トリグリセリド。中
性脂肪)についても,冠動脈疾患より弱い関連であるが,高TG血症(1
50mg/dL以上)が脳梗塞のリスクだとする報告も多いとされてい
る(乙B194・33,36頁)。
肥満,高血糖,高コレステロール(脂質異常症),高血圧などのリスク10
が重積すると脳卒中リスクは増加し,これらが2個重積すると脳卒中リ
スクは約2.5倍高くなるとされている(乙B178・資料5・24頁
図6)。
原告a6の脳梗塞の発症は,平成11年の58歳頃であった(乙C9
の1・117,120頁)。15
原告a6は,20歳頃(昭和36年頃),喫煙を開始し,その後,平成
11年の脳梗塞発症まで,1日1箱から2箱のたばこを吸っていた(原
告a6)。
原告a6は,平成9年頃,高血圧症と診断され,降圧薬を内服してい
た(乙C9の13・1頁,原告a6)。20
原告a6は,平成9年9月1日及び平成10年3月9日,高脂血症と
診断されていた。同人の平成9年9月1日の検査結果は,総コレステロ
ール(TC)値は272mg/dL(基準値220mg/dL未満),中
性脂肪(TG)値は471mg/dL(基準値150mg/dL未満)
であり,平成10年3月9日の検査結果は,中性脂肪(TG)の値が225
28mg/dLと高値であった。(乙C9の14)。
平成11年8月9日の脳梗塞発症時の同人の血圧は,200/100
mmHgであり,高血圧症と診断されていた(乙C9の13・2ないし
5頁)。
UNSCEARの2006年(平成18年)度レポートには,脳梗塞
と同じ動脈硬化を主因とする心筋梗塞について,1ないし2グレイ以下5
の被曝線量においての致死的な心臓循環器疾患のリスクに関する明確な
証拠は示されておらず,「現在ある科学的データには一貫性のある疫学的
データやもっともな生物学的メカニズムの説明がかけており,電離放射
線と心血管疾患の因果関係を立証するには十分でない」,「放射線により
循環器疾患が発生するリスクを評価しようとする際には,喫煙や,遺伝10
子,コレステロール値をはじめとして,多数のリスク因子を考慮する必
要がある」と結論付けられている(乙B86の1,2)。
平成23年4月に発表されたICRPステートメントでは「不確実性
は残るものの,循環器疾患のしきい吸収線量は,心臓や脳に対しては,
0.5グレイ程度まで低いかもしれないことを医療従事者は認識させら15
れなければならない」として,循環器疾患のしきい値が0.5グレイ程
度まで低い可能性があることが指摘されている(乙B188の1,2)。
イ及びアの事情を前提にすれば,原告a6について,理論上,心筋梗塞
で問題とされる0.5グレイを超える放射線量に被曝したとは認められな
いのみならず,外傷や入市,発熱や下痢の存在を踏まえても,具体的にも20
それを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
ウ仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,ある
いは,しきい値がなかったとしても,脳梗塞は被曝によらなくとも生活習25
慣により発症するものであり,かつ,原告a6の脳梗塞の発症については,
放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不合理な経過があ
るともいえないため,原告a6の供述する別紙「被爆実態一覧」記載の原
告a6の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝を原因として発症したこ
とを認めるについては,なお,疑問が残るといわざるを得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性5
は認められない。
エこれに対し,原告a6は,心血管疾患の発症と放射線との影響について
は,0.5ミリシーベルト以下の低線量でも認められる旨の主張をし,そ
の根拠として,5エと同様の証拠を挙げる。
しかしながら,いずれもICRPのステートメントと比較すれば,信頼10
性が劣るものといわざるを得ない。
オ原告a6は,加齢など被告が主張する危険因子は,種々の調査結果に織
り込み済みであり,それらの危険因子によって放射線起因性は否定されな
い,むしろ,高血圧や高脂血症及び炎症に放射線被曝が関与している旨の
主張をし,その根拠として,5エと同様の証拠を挙げる。15
しかしながら,既に述べたとおりであり,原告a6の主張は採用できな
い。
カまた,原告a6の主張に沿うe1医師の意見書(甲C9の4)及び証人
e1の証言は,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を
異にするので,採用することができない。20
キ以上によれば,争点エ(脳梗塞後遺症の要医療性の有無)について判
断を要しない。
7争点ア(原告a9の甲状腺機能低下症の放射線起因性の有無)について
末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
ア原告a9は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,爆25
心地から,約2.8kmないし3.0kmに位置する広島市東雲町の自宅
(木造平屋建物)内にいた。原告a9は,当時10歳であった。(乙C14
の1・87頁,乙C14の20,原告a9)。
イ原告a9の昭和32年6月8日付けの被爆者健康手帳交付申請書には,
背部にガラス破片にて軽傷を受けた旨の記載がある(乙C14の1・92
頁)。5
ウ原告a9は,本件申請に係る平成19年10月30日受付の原爆症認定
申請書及び平成22年4月15日付け異議申立書には,入市について記載
がなかった(乙C14の1・87頁,乙C14の7)。
エ原告a9のウの原爆症認定申請書には,背中にすだれ(竹)が4,5本
刺さり,完治するのに3か月程度かかった旨の記載がある(乙C14の1・10
87頁)。
オ原告a9は,昭和30年2月10日に実施されたABCCによる被爆実
態調査の際,自ら発熱及び脱毛はなかった旨の回答をした(乙C14の2
0)。
カ原告a9は,平成14年以降平成22年までの間,被爆者健康診断の際,15
脱毛及び発熱はなかった旨の回答をした(乙C14の23,24)。
キ爆心地から3.0km地点の木造建物内で被爆したことを前提として,
その被曝線量をDS02を用いて推計計算した場合,約0.001596
グレイとなる(乙C14の17)。
ク原告a9は,昭和58年6月25日(48歳時),広島大学病院において,20
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)に対する放射線治療(アイソトープ治療)
として,放射性ヨード131の投与を受けている(乙B179,乙C14
の18,証人e2)。
ケ甲状腺機能亢進症のアイソトープ治療後に甲状腺機能低下症を来す発症
率が,5年後には9.4%,10年後には18%,12年後には26%に25
なるという報告がある(乙B179,証人e2)。
コ原告a9は,64歳又は67歳頃に,甲状腺機能低下症を発症した可能
性がある(乙B179,乙C14の1・87頁)。
サ原告a9の甲状腺機能低下症については,甲状腺機能亢進症のための放
射線治療に続発して医原性の甲状腺機能低下症が発症したものと考えられ
るとする医師の意見がある(乙B179,証人e2)。5
及び原告a9の供述によれば,原告a9について,被爆当時,爆心地か
ら約2.8kmから3.0kmに位置する自宅内にいたことは認められるも
のの,その後,入市したことや,急性症状があったことは認められない。
これに対し,原告a9は,本件申請に係る原爆症認定申請書の記載にかか
わらず,入市したと主張し,その旨の供述をする。また,同申請書に記載し10
なかった理由として,入市の事実が重要であるとは知らなかったためである
と主張し,その旨の供述をする。(甲C14,14の2,14の3,原告a9)
しかしながら,原告a9が入市の主張を始めたのは,本訴提起後の平成2
5年新方針が始まった後のことであって,その供述の経過に照らすと,入市
に関する原告a9の供述を直ちに信用することができず,認めることができ15
ない。
原告a9は,ABCCによる調査の回答にかかわらず,発熱,脱毛の急性
症状があった旨の主張をし,その旨の供述をする(甲C14,14の2,1
4の3,原告a9)。また,回答に記載しなかった理由として,真実を記載す
るためらいを覚えた趣旨の主張をする。20
しかしながら,のとおり,急性症状に関する原告a9の供述の変遷に照
らすと,信用性が低下することは免れず,信用するに足りないといわざるを
得ない。
及びを前提にすれば,原告a9については,理論上,4グレイを超え
る放射線量に被曝したとは認められないのみならず,外傷の存在を踏まえて25
も,具体的にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残る
ことは否定し難い。
仮に,4グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるいは,
しきい値がなかったとしても,甲状腺機能低下症は被曝によらなくとも発症
するものであり,かつ,原告a9の甲状腺機能低下症の発症については,放5
射線治療が原因とうかがわれ,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみ
て不自然,不合理な経過があるとはいえないため,原告a9の供述する別紙
「被爆実態一覧」記載の原告a9の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝
を原因として発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざ
るを得ない。10
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性は
認められない。
原告a9は,甲状腺機能亢進症自体に,放射線の影響が考えられるため,
甲状腺機能亢進症の存在をもって,放射線起因性を否定できない旨の主張を
し,その主張に沿うe1医師の意見書(甲B48)を挙げる。15
しかしながら,甲状腺機能亢進症と放射線被曝との関連性が明らかではな
い上,原告a9の甲状腺機能亢進症自体に放射線起因性が認められないので
採用できない。
また,原告a9について放射線起因性があるとするe1医師の意見書(甲
C14の7)及び証人e1の証言については,被爆状況や一般的科学的知見,20
因果関係の考え方の前提を異にするので,採用することができない。
以上によれば,争点イ(原告a9の甲状腺機能低下症の要医療性の有無)
について判断を要しない。
8争点(原告a10)について
争点ア(高血圧症の放射線起因性の有無)について25
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a10は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から約2.3kmの地点にある広島市愛宕町の同原告の母の実家
にいた。当時,原告a10は1歳であった。(甲C15,原告a10)
原告a10の昭和43年4月1日付け被爆者健康手帳交付申請書には,
原告a10の被爆後の身体症状についての記載はない(乙C15の1・5
334頁)。
原告a10は,被爆当時の記憶はない(原告a10)。
爆心地から約2.3km地点で直接被爆をした場合のDS02に基づ
く推定被曝線量は約0.01778グレイとなる(乙C15の30)。
原告a10は,昭和49年頃(30歳時頃)から検診で高血圧を指摘10
された(乙C15の38)。この頃の血圧は,収縮期血圧で160mmH
g程度であり,Ⅱ度高血圧の状態であった(乙C15の39・1,8頁)。
原告a10は,昭和60年及び昭和63年,高血圧と診断された(乙
C15の1・326,329頁)。
具体的には,昭和62年12月頃には,収縮期血圧が180ないし115
90mmHg,拡張期血圧が120ないし130mmHgであり,同月
23日の血圧は,224/132mmHg,昭和63年1月4日の血圧
は,208/108mmHgであった(乙C15の39・8頁)。
原告a10は,昭和63年2月5日の広島大学医学部附属病院の退院
時には,退院報告で,「食塩の増減によって血圧の変動を見たところそれ20
ぞれ常塩→減塩→増塩にて138/93,131/80,158/98,
平均血圧108,97,118となり食塩感受性のEHT(本態性高血
圧)と診断いたしました」と報告された。当時の体重は,身長157c
m,体重70kgであり,食塩の制限が血圧を低く保つために必要であ
るとされ,肥満があるため,体重を減らすことも重要であるとされてい25
る。その後も脳内出血発症に至るまで高血圧のコントロールは不良であ
った。(乙C15の39・1,7ないし9,13頁)
原告a10は,昭和63年5月頃より,血圧コントロール不良(18
0ないし220/100ないし140mmHg)となり,入院を勧めら
れたが,自己都合により入院をしなかった。その後,同年12月26日,
広島大学医学部附属病院に入院したが,その際,31%肥満があるため,5
カロリー制限及び減塩をしたところ,入院時の血圧200ないし220
/110ないし140mmHgが徐々に低下し,160ないし180/
100ないし110mmHgと,優位な血圧降下が認められたため,カ
ルシウム拮抗薬を投与し,さらに高血圧をコントロールし,血圧が13
0ないし140/90ないし100mmHgで落ち着いたため,平成元10
年2月1日退院となった。(乙C15の39・24,29,31頁)
原告a10は,その後も,平成元年8月,平成2年,平成4年,平成
6年と高血圧の加療目的で入退院を繰り返しており,上記各入院に際し
ては,主に食事制限と投薬により血圧が落ち着き,退院となっている(乙
C15の39・31,46,73及び85頁)。15
原告a10の平成9年10月1日(当時53歳)のクレアチニン値(慢
性腎臓病(CKD)の罹患の有無に利用される値で,CKDは,腎臓に
何らかの異常所見が見いだされるか,糸球体濾過量(GFR)が60m
L/分/1.73㎡未満の腎機能が3か月以上持続するものと定義され
る。)は0.75mg/dL(正常値0.46ないし0.67mg/dL)20
と異常値であり,総コレステロール値も253mg/dL(正常値15
0ないし230mg/dL)と異常値であった(乙B192・44頁,
乙C15の39・107頁)。
原告a10は,平成10年4月27日,左半身麻痺で広島大学医学部
附属病院に入院し,脳出血と診断された。当時の血圧は,220/1125
0mmHgであった。(乙C15の38)
平成11年3月17日(当時54歳)の血液検査の結果,クレアチニ
ン値は0.76mg/dLと異常値であった。また,同日の血圧は,1
76/104mmHgであり,同年11月以外は,いずれも収縮期血圧
140mmHgを超えており,特に,同年4月,5月,7月,9月は収
縮期血圧が160mmHg以上であり,Ⅱ度高血圧の状態であった。(乙5
C15の39・117ないし119頁)
原告a10は,平成12年も,毎月1回,外来受診して血圧を測定し
ていたところ,同年1月,5月,7月,10月以外は,いずれも収縮期
血圧が140mmHgを超えており,このうち同年8月以外は,いずれ
も収縮期血圧が160mmHg以上であり,Ⅱ度高血圧の状態であった。10
なお,同年10月17日には210/110mmHgであった。また,
同年3月15日(当時55歳)の血液検査の結果,クレアチニン値は0.
83mg/dLと異常値であり,eGFR(推定GFRといい,日常診
療では,GFRを評価するため,血清クレアチニン(Cr)と,年齢,
性別により,成人では日本人のGFR推算式を用いて計算される。)は515
5.7であり,腎臓機能が軽度ないし中等度低下の状態であった。さら
に,総コレステロール値(T-cho)は237mg/dL(基準値1
50ないし230mg/dL)と異常値であった。(乙C15の39・1
20ないし124頁及び弁論の全趣旨)
平成15年8月27日(当時59歳)の検査の結果,原告a10のク20
レアチニン値は0.79mg/dLと異常値であり,eGFRは59.
2であり,腎臓機能は軽度ないし中等度低下の状態であった。その後の
検査においても,平成17年1月までの検査においては,クレアチニン
値は一貫して異常値を示していた。(乙C15の39・137頁)
平成17年1月18日の検査の結果,原告a10のクレアチニン値は25
0.79mg/dLと異常値であり,eGFRは57.3であり,腎臓
機能が軽度ないし中等度低下の状態であった。また,総コレステロール
値は232mg/dLであり,異常値であった。(乙C15の39・13
8,139頁)
原告a10は,平成18年4月21日(当時61歳),脳のMRI検査
により慢性虚血が推測され,平成19年4月9日,ラクナ梗塞が認めら5
れた(乙C15の40)。
原発性アルドステロン症とは,副腎の腫瘍や両側の副腎全体が肥大す
る過形成により,ホルモンの一種であるアルドステロンが過剰に分泌さ
れ,これが腎尿細管に作用することによって高血圧を生じさせる疾患で
ある。内分泌疾患である原発性アルドステロン症による高血圧は二次性10
高血圧症と位置付けられる。(乙C15の21)
原告a10は,平成17年1月頃及び平成20年1月に,原発性アル
ドステロン症と診断されたとの記載がある(乙C15の12・355頁,
乙C15の39・138頁)。
イアの事情を前提に原告a10の供述の信用性を吟味すると,原告a1015
については,被爆当時,爆心地から約2.3km離れた母の実家にいたこ
とは認められるものの,その後,入市したことも,急性症状が生じたこと
も認め難いといわざるを得ない。
ウこれに対し,原告a10は,被爆後に母に負われて屋外に出て,残留放
射線,放射性降下物(「黒い雨」を含む。)や内部被曝の影響がある生活を20
していた旨の主張をし,その旨の供述をする(甲C15,原告a10)。
しかしながら,これを認めるに足りる証拠がないというほかなく,入市
の事実は認められず,自宅で生活をしていた限度でしか認定できないので,
相当量の被曝の事実を認めることができない。
エ原告a10は,下痢や発熱があった旨の主張をし,その旨の供述をする25
が,原告a10の被爆者健康手帳交付申請書には記載がなく,かつ,原告
a10の供述も母からの伝聞にとどまるから,信用するに足りない。
オ高血圧と放射線量の関係に関する原告a10の主張が採用できないこと
は,5エで述べたとおりである。
カア及びオの事情を前提にすれば,原告a10の高血圧症については,二
次性高血圧症であれば,内分泌疾患である原発性アルドステロン症を原因5
として,又は,食塩感受性の本態性高血圧症であれば,原告a10の供述
する別紙「被爆実態一覧」記載の原告a10の被爆後の症状に照らしても,
生活習慣を原因として発症したのではないかとの疑いが残るといわざるを
得ない。
したがって,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性10
は認められない。
キこれに対し,原告a10は,被爆距離は約2.3km,被爆時に居住し
ていた家屋は窓ガラスが散乱していたという状況に照らせば多量の放射線
に被曝していることが推認され,被爆後も母に負われて屋外に出て,残留
放射線,放射性降下物や内部被曝の影響がある生活をしており,下痢や発15
熱といった急性症状と思われる症状を呈したことや,当時僅か1歳という
放射線感受性が非常に強い年齢で被爆していることからすれば,放射線起
因性が認められると主張し,その主張に沿うe1医師の意見書(甲C15
の10)や証人e1の証言がある。
しかしながら,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提20
を異にするので,同人の意見書及び証言の内容を採用することができない。
ク以上によれば,争点イ(高血圧症の要医療性の有無)について,判断
を要しない。
争点ウ(脳内出血後遺症及び脳梗塞の放射線起因性の有無)について
脳内出血後遺症とは,脳出血によって起こされたもろもろの後遺症状と解25
されるため,以下では脳出血について検討する。
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
脳出血は,脳卒中の一病型であり,脳実質内で動脈が破綻して出血を
来したもので,出血により形成された血腫(血の塊)が周辺組織を圧迫
することにより様々な局所症状(神経症状等)がみられる(乙B99・
1982頁,乙C15の25,乙C15の26・258頁)。5
脳出血も脳梗塞も最大の危険因子は高血圧であることが知られている
(乙C15の27・21頁)。
脳出血の背景には動脈硬化があるとされている(乙C15の26・2
58頁)。
脳梗塞の危険因子としては,CKD(慢性腎臓病)が挙げられる。C10
KDは,腎臓に何らかの異常所見が見いだされるか,糸球体濾過量(G
FR。血清クレアチニンと,年齢,性別により計算される。)が60mL
/分/1.73㎡未満の腎機能が3か月以上持続するものと定義されて
いるところ,日本人の健診者9万1414例以上を10年間観察したコ
ホート研究によれば,GFR60mL/分/1.73㎡未満の心血管疾15
患のリスクはそれ以上と比較して,脳卒中で男性1.98倍,女性1.
85倍と報告されている。また,脳卒中病型別にCKDの寄与を検討し
た我が国の報告として,一般住民1万2222例を17年間追跡した検
討で,CKDは男性で1.63倍,女性で1.51倍脳卒中リスクを高
め,特に男性では脳出血,女性では脳梗塞の有意なリスク因子であった20
とするものがある。(乙B192・44頁,乙B195)
原告a10は,平成9年10月1日における検査以降,クレアチニン
値が異常値を示し,平成12年3月15日時点では,腎臓機能が軽度な
いし中等度低下の状態であり,平成15年8月27日及び平成16年2
月9日の2時点においていずれもeGFRが60を下回っていたので,25
CKDであったと診断できる(乙C15の39・107,120ないし
124,137頁)。
原告a10は,平成10年4月27日(当時54歳),脳出血と診断さ
れている(乙C15の1・328頁)。
原告a10の平成18年4月21日付けの健康診断個人票には「多発
性脳梗塞」の記載がある。当時,原告a10は62歳である。(乙C155
の1・330頁)
原告a10の平成19年9月25日の検査データには,総コレステロ
ールが254mg/dLと高値を示していた(乙C15の12・372
頁)。
イ及びアの事情を前提にすれば,原告a10について,理論上,心筋梗10
塞で問題とされる0.5グレイを超える放射線量に被曝したとは認められ
ないのみならず,具体的にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
ウ仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,ある15
いは,しきい値がなかったとしても,脳出血及び脳梗塞は,加齢,高血圧,
脂質異常症及びCKDにより,被曝によらなくとも発症するものであり,
かつ,原告a10の脳出血や脳梗塞の発症については,放射線被曝を理由
としなければ,医学的にみて不自然,不合理な経過があるともいえないた
め,原告a10の供述する別紙「被爆実態一覧」記載の原告a10の被爆20
後の症状を考慮しても,放射線被曝を原因として発症したことを認めるに
ついては,なお,疑問が残るといわざるを得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
エこれに対し,原告a10は,脳出血や脳梗塞も,心筋梗塞と同様,LS25
S(寿命調査)第9報第2部,同第11報第3部,同第12報第2部,同
第13報,同第14報等によって,疫学的知見が集積されていることや,
これらの知見を含めた各種知見を総合し,改定後の新審査の方針は,「放射
線起因性が認められる心筋梗塞」を積極認定対象疾病とし,再改定後の新
審査の方針も「心筋梗塞」を積極認定対象疾病としているところ,脳梗塞
や脳出血は,循環器疾患であるという点において心筋梗塞と共通すること5
も併せ考慮すれば,脳梗塞及び脳出血は,一般的に放射線被曝との関連性
が認められる疾病というべきであると主張する。
しかしながら,この点の知見については,平成23年4月に発表された
ICRPステートメント(乙B188の1,2)の限度で認定できるにと
どまるといわざるを得ない。10
オ原告a10は,被爆者,特に若年被爆者では,脳出血や脳梗塞の「危険
因子」とされる高血圧,高脂血症自体が増加するとされるのであるから,
高血圧症であることは放射線起因性を否定する理由にはならず,高血圧症
には本態性や様々な二次性高血圧症が含まれるところ,高血圧症の放射線
起因性に関する調査検討は,特定の高血圧症を対象にしたり除外したりし15
てなされているものではなく,「高血圧」というくくりでなされているから,
そのことによって,放射線起因性が否定されるものではないと主張する。
しかしながら,5エで述べたとおりであり,放射線と高血圧症,高脂
血症との間の関連性は,いまだ一般的に認められているものとはいえない。
さらに,仮に何らかの関連性があるとしても,生活習慣や加齢と比較して20
有意な関連性があるとまではいえない。
したがって,被告の反証を覆すに足りるものではない。
カ原告a10の主張に沿うe1医師の意見書(甲C15の10)及び証人
e1の証言は,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を
異にするので,採用することができない。25
キ以上によれば,争点エ(脳内出血後遺症及び脳梗塞の要医療性の有無)
について,判断を要しない。
争点オ(貧血の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a10の本件申請に係る平成18年11月9日付けの認定申請書
に添付された広島大学病院のc2医師の意見書には,「昭和63年初診時5
頃から,軽度の貧血を認めていたが,平成4年7月Hgb7.7g/d
l,Hct24.5%と低下を認めたため,入院により鉄剤投与を行っ
た。それによりHgb10g/dl前後まで改善したが,以後も少なく
とも平成6年までは鉄剤の内服を継続した。現在は,Hgb11.6g
/dlと軽度低値ではあるが,鉄剤内服なしに維持出来ている」との記10
載がある(乙C15の1・329頁)。
上記診断根拠となる血液検査の結果には,ヘモグロビンの値は正常値
が記載されてあった(乙C15の1・342,345頁)。
イアによれば,貧血の診断根拠は十分ではないといわざるを得ず,e1医
師の意見書(甲C15の10)の記載をもっても,貧血を認めることがで15
きない。
ウ以上によれば,争点カ(貧血の放射線起因性の有無),同キ(貧血の要
医療性の有無)について,判断を要しない。
争点ク(甲状腺機能低下症の放射線起因性の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。20
原告a10は,平成19年9月25日(当時63歳),広島赤十字・原
爆病院において,血液検査を受けたところ,T4が低値,TSHが軽度
高値と評価され,チラーヂンSの投与を開始することとされた(乙C1
5の12・372頁,乙C15の36)。
原告a10は,平成19年10月2日,上記病院において,血液検査25
を受けたところ,TSHが軽度高値であった(乙C15の12・357
頁)。
原告a10は,チラーヂンS50μg/日の処方を受けるようになっ
た後,平成22年3月23日,上記病院において,血液検査を受けたと
ころ,TSHが異常低値であった(乙C15の12・370,371頁)。
原告a10は,平成20年12月25日,本件申請をしたが,その際5
には,上記血液検査の結果から,潜在性甲状腺機能障害の状態であった
とする意見がある(乙B179,証人e2)。
イ及びアを前提にすれば,原告a10について,理論上,4グレイを超
える放射線量に被曝したとは認められないのみならず,具体的にそれを認
めるに足りないといわざるを得ない。10
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
ウ仮に,4グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるいは,
しきい値がなかったとしても,甲状腺機能低下症は加齢に伴い被曝によら
なくとも発症するものであり,かつ,原告a10の甲状腺機能低下症の発15
症については,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不
合理な経過があるとはいえないため,原告a10の供述する別紙「被爆実
態一覧」記載の原告a10の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝を原
因として発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざる
を得ない。20
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
エもっとも,原告a10は,潜在性甲状腺機能低下症であったことを裏付
ける証拠はなく,潜在性甲状腺機能低下症であるとする証人e2の証言は
信用できないと反論し,その主張に沿うe1医師の意見書(甲B48)が25
ある。
この点,原告a10が,潜在性甲状腺機能低下症ではなかったとしても
結論は変わらない。
オ原告a10は,甲状腺機能低下症を発症しやすい女性であることや臨床
経過が一般的な甲状腺機能低下症と比較して特異な点がないとしても,放
射線起因性の消極的事情とはならない旨の反論をする。5
しかしながら,放射線以外の原因が存在する蓋然性の有無は,相当因果
関係の判断に影響を与えるものというほかなく,その意味で,放射線起因
性の消極的事情といえるから,原告a10の主張は採用できない。
カまた,この点に関する原告a10の主張に沿うe1医師の意見書(甲C
15の10)及び証人e1の証言は,被爆状況や一般的科学的知見,因果10
関係の考え方の前提を異にするので,採用することができない。
キ以上によれば,争点ケ(甲状腺機能低下症の要医療性の有無)につい
て,判断を要しない。
9争点ア(原告a12の心筋梗塞の放射線起因性の有無)について
一般的な心筋梗塞の知見について15
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
心筋梗塞とは,冠動脈が何らかの原因で閉塞して心筋への血液供給が
阻害され,その結果,心筋細胞が酸素不足(虚血)に陥り壊死を来す疾
患であり,虚血性心疾患の一つと位置付けられる。その病因の90%以
上が冠動脈硬化症に起因するとされる。(乙B73,74・497頁,乙20
B75・450頁)
動脈硬化を促進する因子としては,高血圧症,高脂血症,糖尿病,喫
煙,過剰な飲酒,脂肪分,糖分の過剰摂取,運動不足,肥満,ストレス,
遺伝,加齢等が挙げられている(乙B74・497,596頁,乙B7
6・757頁,乙B77・215,216頁,乙B79・130,1325
1頁,乙B80)。
心筋梗塞は,喫煙,高血圧症,高脂血症,糖尿病等を危険因子とし,
これらの危険因子が重なるにつれてリスクの程度が増加することが明ら
かになっている疾病である(乙B76ないし83)。
1日の喫煙本数に応じて冠動脈疾患の危険度が高まるとする知見があ
る。例えば,MRFIT試験では,1日1ないし25本喫煙した場合の5
相対危険率は2.1,25本以上では2.9とされている。また,日本
人を対象とした研究においても,喫煙者での虚血性心疾患の相対危険率
は非喫煙者に比し,男性1.73,女性1.90との結果が示されてい
る。このほか,我が国で行われた大規模臨床介入試験であるJ-LIT
の一次予防コホートにおいても,喫煙習慣は有意に相対危険度が高く,10
非喫煙者に比して冠動脈イベント発症リスクは1.6倍高かったとの報
告がある。(乙B178・資料3・27頁)
脂質異常症(高脂血症)については,最近の日本人を対象にした疫学
研究CIRCSの結果によると,LDLコレステロール値80mg/d
l未満の群に対し,同80ないし99mg/dlの群では冠動脈疾患の15
発症が1.35倍,同100ないし119mg/dlの群では1.66
倍,同120ないし139mg/dlの群では2.15倍,同140m
g/dl以上の群では2.8倍となることが示されている(乙B178・
資料3・12頁)。また,心筋梗塞又は狭心症を発症した時点を観察終了
時点とした前向き調査では,トリグリセリド値が150mg/dl以上20
で3.7倍の冠動脈疾患発症がみられ,トリグリセリド値が150mg
/dlを超えると冠動脈疾患発症率の急激な増加が認められた研究結果
がある(乙B178・資料3・13,14頁)。
心筋梗塞の危険因子としての加齢は,男性は45歳以上とされており,
急性心筋梗塞の発症は50歳代より増加がみられている。虚血性心疾患25
全体では,高齢者の発症が圧倒的に多く,70歳代で発症率がピークと
なっている。(乙B178・資料3・45頁,資料4)
平成22年における日本人男性を世代別にみた場合の有病率の割合は,
高血圧症では50歳代が57.8%,60歳代が64.4%,70歳代
が80.6%であり,脂質異常症が疑われる者の割合は,50歳代が2
0.1%,60歳代が25.5%,70歳代が27.6%である(厚生5
労働省の「平成22年国民健康・栄養調査結果の概要」(乙B237))。
肥満については,日本人のBMIに関する研究では,BMIが24な
いし27.9の区分(中央値27)では,高血圧,低HDLコレステロ
ール血症,高トリグリセリド血症に関するオッズ比が2を超えることが
示されている(乙B178・資料3・23頁)。10
糖尿病については,我が国で行われた前向き研究の一つである久山町
研究では,糖負荷試験で耐糖能を評価した2427人を5年間追跡し,
年齢と性を調整しても糖尿病患者での初回虚血性心疾患発症率は5.0
/1000人年で,健常者の発症率1.6/1000人年に比し有意に
高率である。また,糖尿病という診断に至る前の耐糖能異常者について15
は,久山町研究では,正常耐糖能者の1.9倍と有意に高いとの報告が
ある。(乙B178・資料3・21,23頁)
冠動脈疾患の危険因子が重積すると,死亡危険度が加速度的に高くな
るとされ,肥満,高血糖,高コレステロール,高血圧などのリスクが3,
4個重積すると,心筋梗塞の相対危険度はリスクのない人に比して8倍20
高くなり,1,2個の重積でも約3倍高くなるという知見がある(乙B
178・資料5・24頁図6,25頁)。
UNSCEARは,2006年度のレポートで,放射線とがん以外の
様々な疾病の関連性を詳細に検討した結果において,低線量被曝(1な
いし2グレイ以下)における電離放射線と心血管疾患の因果関係につい25
ては,「1-2Gy(グレイ)以下の被曝線量においての致死的な心臓循
環器疾患(心筋梗塞が該当する。)のリスクに関する明確な証拠は示され
ていない」「現在ある科学的データには一貫性のある疫学的データやもっ
ともな生物学的メカニズムの説明がかけており,電離放射線と心血管疾
患の因果関係を立証するには十分でないと委員会は判断している。さら
に,そのような結果(心血管疾患の発症)についての適切なリスクモデ5
ルを構築するための疫学的データも十分でない。」「1-2Gy以下の被
曝線量に関連するリスクにおいて,相対的に小さいリスクの増加がある
ことはわかったが,死亡率のみの疫学的調査が循環器疾患と1-2Gy
以下の線量の放射線被曝との関連の可能性や特性を解明するために寄与
するかどうかは定かではない。」とされている(乙B86の1,2)。10
UNSCEAR2010年報告書においては,「放射線被ばくに関連し
た致死的な心血管疾患の過剰リスクを示す唯一の明確な証拠は,心臓へ
の線量が約1-2Gy未満では,原爆被爆者のデータから得られている。
本委員会によってレビューされたその他の研究では,もっと高い線量で
心血管疾患過剰についての証拠を示している。」「本委員会のレビューは,15
約1-2Gy未満の線量の被ばくと心血管疾患およびその他の非がん疾
患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことは出
来なかった。」と結論付けられている(乙B142・16頁)。
ICRP2012年勧告(ICRP刊行物118)において,「0.5
Gy(グレイ)以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器20
疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきである。」
とされている(乙B238の1,2)。
また,これには,「本報告書の所見で,『実質的な』しきい線量という
用語を,特定の観察可能な影響が放射線に被曝した個人のうち1%だけ
に現れるために必要な放射線の量と定義した。循環器疾患の場合は,ほ25
とんどの先進国における30-50%という高い自然ベースライン死亡
率であることから,その病因を放射線被曝とその他に区別するのは,困
難である。さらに,それ以下なら循環器疾患のリスクが増加しないとい
う線量が存在するかどうか,また存在する場合は,その線量はいくつな
のか,という点が不明である。それでもなお,疫学的な知見に基づいて,
被曝した個人のうち1%に循環器疾患を誘発した可能性のある線量の大5
きさを推定することは可能である。」「全体として,ここで概説した仮説
に従えば,約0.5Gyの線量により,約1%の被曝した個人に循環器
疾患が発症するという結果をもたらす可能性がある。」との記載がある
(乙B240)。
イこれに対し,原告a12は,0.5グレイ以下の低線量被曝においても,10
放射線被曝と心筋梗塞との間で関連性が認められると主張し,その根拠と
して,5エで挙げた証拠のほか,LSS(寿命調査)第9報(甲B8の
18),AHS(成人健康調査)第8報(乙B183),赤星正純の「長崎
原爆被爆者における放射線の脂肪肝および虚血性心疾患危険因子に及ぼす
影響」(乙B216・文献6),e1医師らの意見書(甲B46)を提出す15
る。
しかしながら,これらを根拠にした原告a12の主張に関しては,赤星
正純,清水由紀子及び井上典子らの反対意見書(乙B216)があること
に加え,これらの意見によっても,いまだ,0.5グレイ以下の低線量被
曝において,放射線被曝と心筋梗塞との間の関連性が一般的な科学的知見20
として認められているとまでは認めるに足りない。
原告a12の放射線被曝量と心筋梗塞の発症因子について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a12は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から20km以上離れた広島県賀茂郡原村(以下「原村」という。)25
にいた。当時,原告a12は7歳であった。(第3事件甲C16の1,原
告a12)
原告a12の平成元年7月14日付け被爆者健康手帳交付申請書及び
同申請に関する審査資料には,原告a12は,原爆投下6日後の昭和2
0年8月12日,広島市内に住んでいた家族の安否等を確認するため,
兄i1及び姉i2とともに,原村を出発し,徒歩で広島市内に向かい,5
同日午後5時頃に同市猿猴橋町(爆心地から約1.8km地点)にある
信用金庫又は銀行内で,父i3及び姉i4らと会い,その後,同市牛田
町(爆心地から約2.5km地点)の知人宅に宿泊したこと,同月13
日には,姉i2とともに,同人の同級生に会うため,広島市宇品町(当
時)にある広島県立広島第二高等女学校(爆心地から約3.3km地点)10
を訪れたこと,同日夜には,銀行に泊まったこと,同月14日は,兄i
1,姉i4及び姉i2とともに,疎開先に戻ったことが記載されている
(第3事件乙C1の1・158,161,162,168ないし172
頁)。
兄i1は,昭和32年に実施されたABCCによる被爆状況調査に際15
して,原爆投下後,原告a12に発熱や下痢等の症状はなかったと回答
している(乙C16の13)。
原告a12は,平成元年7月14日付け被爆者健康手帳交付申請書に,
下痢や発熱といった選択肢があるにもかかわらず,「なにもなかった」を
選択している(第3事件乙C1の1・159頁)。20
原告a12は,本人尋問において,初めて,脱毛があった旨の供述を
した(原告a12)。
爆心地から20km以遠においては,初期放射線による影響は0.0
05グレイを大幅に下回る(乙B200)。
原告a12は,70歳頃まで約50年間にわたり,1日20ないし325
0本の喫煙を継続していたところ,55歳のときに心筋梗塞を発症した
(乙C16の11)。
原告a12は,平成5年4月21日の血液検査において,高LDLコ
レステロール(248mg/dl),低HDLコレステロール(32mg
/dl),高中性脂肪(238mg/dl)が確認され,脂質異常症の治
療のため投薬を受けるようになった(乙B178,乙C16の11・65
9,70頁,証人e6)。
原告a12は,平成5年2月27日,55歳で心筋梗塞を発症した(乙
B178,乙C16の11・1,3頁,証人e6)。
原告a12の心筋梗塞については,動脈硬化との関連が強い喫煙,高
LDLコレステロール血症という複数の危険因子の重積により発症した10
ものと考えて,医学的に何ら不自然ではないとの意見がある(乙B17
8,証人e6)。
イアの事情を前提に原告a12の供述の信用性を吟味すると,原告a12
については,被爆当時,爆心地から20km以上離れた原村にいたこと,
昭和20年8月12日に,爆心地から約1.8kmまで接近し,そこで父15
と会ったこと,同月13日には,爆心地から約2.5km離れた所から約
3.3km離れたところに移動したことが認められるものの,同月14日
以降も,市内にとどまったことや,発熱,下痢,脱毛等の急性症状があっ
たことは認め難いといわざるを得ない。
ウこれに対し,原告a12は,被爆者健康手帳交付申請書の記載とは異な20
り,父と会ったのは知人のi5宅であり,夜であったと主張し,さらに,
昭和20年8月14日以降も広島市内の自宅にとどまったと主張し,疎開
先とは原村ではなく自宅を指すと主張し,それらの主張に沿う供述をする
(第3事件甲C16の1,甲C16の2,原告a12)。
また,上記記載が異なる理由については,上記の交付申請手続は姉i225
が行っており原告a12の記憶とは異なること,父や姉i4は疎開してお
らず,かつ,リヤカーを引いて原村まで20km以上引いて帰るとは考え
られないなどの事情を挙げる。
しかしながら,被爆者健康手帳交付申請書の原告a12の署名(第3事
件乙C1の1・150頁)は,本件申請に係る原爆症認定申請書の原告a
12の署名(第3事件乙C1の1・158頁)と類似していると評価でき,5
姉i2が記載したとは認められない。また,証拠(第3事件乙C1の1・
171頁)によれば,姉i2は,原告a12とともにリヤカーを引いて疎
開先に帰ったと供述していることが認められ,この疎開先が自宅を指すと
は考え難いから,原告a12の現在の供述は信用することができない。原
告a12が主張するその他の事情を考慮しても,原告a12の現在の供述10
を信用することはできない。
エ原告a12は,ABCCによる被爆状況調査の内容とは異なり,発熱,
下痢,耳鳴り,脱毛の急性症状が発生したと主張し,その主張に沿う供述
をする(第3事件甲C16の1,原告a12)。
また,異なる理由として,回答したのは兄i1であって原告a12では15
なく,かつ,兄i1は,入市の事実を伏せて回答していることから,差別
や偏見を恐れて事実とは相違する回答をしたと主張する。
しかしながら,証拠(乙C16の13)によれば,回答者が兄i1であ
ることは認められるものの,同人は,被爆の事実を伏せていないため,差
別や偏見を恐れて事実とは相違する回答をしたとは直ちには認め難い。ま20
た,証拠(第3事件乙C1の1・159頁)によれば,原告a12につい
て,6か月以内に何らの症状もなかったと記載されていることとも整合し
ない。その他,原告a12が主張する事情を考慮しても,急性症状があっ
たとする原告a12の供述は信用するに足りない。
及びの事情を前提に,2イ及び5アのとおり,理論的な誘導25
放射線量や内部被曝放射線量が僅かになることを念頭に置けば,原告a12
について,理論上,心筋梗塞で問題とされる0.5グレイを超える放射線量
に被曝したとは認められないのみならず,入市の存在を踏まえても,具体的
にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残る
ことは否定し難い。5
仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるい
は,しきい値がなかったとしても,心筋梗塞は喫煙,高中性脂肪及び加齢に
より被曝によらなくとも発症するものであり,かつ,原告a12の心筋梗塞
の発症については,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,
不合理な経過があるともいえないため,原告a12の供述する別紙「被爆実10
態一覧」記載の原告a12のその後の健康状態を考慮しても,放射線被曝を
原因として発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざる
を得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性は
認められない。15
原告a12は,喫煙の影響は,禁煙により比較的短期間に解消し,非禁煙
者と同程度まで解消すると主張し,その根拠としてc8医師の証人調書(甲
B13・24から27頁),「心筋梗塞患者さんのために」と題する書面(甲
B22・2頁),「NIPPONDATA80・90により得られた循環器
疾患に関する知見について」と題する書面(甲B23),「循環器病全般」と20
題する書面(甲B24・2頁),祖父江友孝の研究(甲B25)を挙げる。
しかしながら,原告a12は,心筋梗塞発症まで禁煙していないのであり,
前提が採用できない。
原告a12は,喫煙,飲酒,教育,職業,肥満,糖尿病等の交絡因子を調
整しても心疾患の放射線リスクの評価にはほとんど影響を及ぼさないとする25
清水論文(甲B19の1,2)があるから,上記の各因子が存在したとして
も,心筋梗塞の発症は放射線の影響によるものとして因果関係を認めること
が相当因果関係の考え方に合致すると主張する。
しかしながら,上記論文によっても,そもそも心筋梗塞と放射線との関係
は,のとおりであって,しきい値がないとの見解が一般的な科学的知見で
あるとはいえない。5
また,交絡因子の調整は,一般的な疫学的因果関係の判断のために行われ
るものであるから,これによっても,個々の具体的事例において当該疾患が
他の危険因子によって発症したものとみることが否定されるものではなく,
放射線起因性の証明の有無を判断するに当たっては,当該疾病等に係る他の
原因(危険因子)の有無及び程度の検討によることとなる。10
したがって,原告a12の主張する因果関係を認めることが相当因果関係
の考え方に合致するとはいえない。
原告a12は,被告が心筋梗塞の原因として挙げる因子(脂質異常症,高
血圧,慢性腎臓病等)は,放射線被曝から引き起こされると主張し,その根
拠としてe1医師らの意見書(甲B46)を挙げる。15
しかしながら,5エのとおりであり,原告a12の主張は採用できない。
原告a12は,放射線起因性が認められると主張し,その証拠としてe1
医師の意見書(甲C16の3)及び証人e1の証言がある。
しかしながら,同意見書の記載内容及び証人e1の証言は,これまで述べ
たとおり,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異にす20
るので,採用することができない。
以上によれば,争点イ(原告a12の心筋梗塞の要医療性の有無)につ
いて,判断を要しない。
10争点ア(原告a13の心筋梗塞の放射線起因性の有無)について
末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。25
ア原告a13は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から約4.1kmの地点にある広島市南観音町の三菱重工内にいた。
当時,原告a13は16歳であった。(第3事件甲C17の1,同事件乙C
2の1・633,644頁)。
イ原告a13は,昭和48年2月5日付け被爆者健康手帳交付申請書に,
被爆の状況欄のうち屋内に丸印を付した上で,スレートと記載し,その際5
けがはなかったと記載した(第3事件乙C2の1・644頁)。
ウ原告a13は,イの交付申請書には,原爆投下の当日,被爆後,旭橋(爆
心地からの距離約2.5km)を通過し,己斐へと逃れ,その後,庚午辺
りにてトラックに乗せてもらったとの記載がある(第3事件乙C2の1・
644頁)。10
エ原告a13は,平成20年10月8日,心筋梗塞の検査と治療を受ける
ために広島市立広島市民病院を訪れた際に作成した問診票に,「④今までに
何か病気または手術をしたことがありますか。」との問いに対し,「昭和4
7年頃盲腸昭和47年頃より-高脂血症平成20年6月-前立腺炎」
とのみ記載し,昭和47年に虚血性心疾患に罹患したとは記載していない15
(乙C17の17・3頁)。
オc8内科胃腸科における平成10年8月26日の診療録においては,昭
和47年に虚血性心疾患に罹患していたという記載はない(乙C17の1
8・18頁)。
平成20年10月8日の広島市民病院の問診票においては,虚血性心疾20
患に罹患していた旨の記載はない(乙C17の17・3頁)。
カ平成20年10月頃にc8内科胃腸科のc8医師が作成した健康診断個
人票には,既往症欄に,「⑤慢性虚血性心疾患」の記載がある(第3事件乙
C2の1・640頁)。
平成21年2月21日付けのc8医師が作成した意見書には,既往症欄25
に,「①虚血性心疾患,昭和47年頃から(旧大竹町,c8内科で治療),
②高脂血症,平成10年8月より内服治療中」の記載がある(第3事件乙
C2の1・639頁)。
キ原告a13の被曝線量を,DS02を用いて推計計算した場合,約0.
0001グレイを下回る(第3事件乙C2の15)。
ク原告a13は,平成20年9月25日,79歳で心筋梗塞を発症した。5
原告a13は,昭和47年頃から脂質異常症と診断され,内服治療が行わ
れており,平成10年8月には,総コレステロール246mg/dl,中
性脂肪203mg/dlと,平成12年1月には,総コレステロール23
1mg/dl,中性脂肪258mg/dlが測定されている。(乙B178,
乙C17の18・10頁,証人e6)10
ケ原告a13は,平成20年10月8日,閉塞性動脈硬化症の疑いがある
とされ,平成21年4月及び12月に実施されたABI検査(足関節上腕
血圧比)は何らかの虚血があることを示す数値であった。閉塞性動脈硬化
症の存在は,心臓の冠動脈の動脈硬化症の存在を疑わせる。(乙B178,
乙C17の17・10,12,14,16頁,証人e6)15
コ原告a13は,35歳頃から約28年間,1日25本程度の喫煙をして
いた(乙C17の17)。
サ原告a13の心筋梗塞については,79歳という高齢で心筋梗塞の好発
年齢にあったところに,動脈硬化と関連が強い高トリグリセリド(中性脂
肪)血症,喫煙という複数の危険因子の重積により発症したものと考えて,20
医学的に何ら不自然ではないとの意見がある(乙B178,証人e6)。
の事情を前提に原告a13の供述の信用性を吟味すると,原告a13に
ついては,被爆当時,爆心地から約4.1kmに位置する屋内にいたこと,
その後,爆心地から約2.5kmまで接近したことは認められるものの,昭
和20年8月8日以降に入市したこと,被爆によって負傷したこと,黒い雨25
を浴びたこと,急性症状があったことは認め難いといわざるを得ない。
これに対し,原告a13は,被爆者健康手帳交付申請書の記載と異なり,
屋内ではなく屋外で被爆した旨,被爆によって負傷をした旨,黒い雨を浴び,
昭和20年8月8日以降,入市した旨の主張をし,その旨の供述をする(第
3事件甲C17の1,甲C17の2,3,原告a13)。
しかしながら,屋外であるとする点,負傷をしたとする点は,イと整合5
せず,信用するに足りない。また,黒い雨を浴び,同日以降,入市したとす
る点についても,被爆者健康手帳交付申請書に記載がなく,本件申請に際し
て初めて出た説明である上,上記のとおり整合しない供述をしていることに
照らせば,にわかに信用し難い。
原告a13は,急性症状があった旨の主張をし,これに沿う供述をするが,10
これに沿う証拠は,本件申請以降の原告a13の供述のみであって,と同
様に認めるに足りない。
原告a13は,昭和47年に虚血性心疾患に罹患していた旨の主張をし,
その主張に沿う証拠として,原告a13の供述及びカの記載を挙げる。
しかしながら,同人の供述内容は,曖昧なものであるほか,c8内科胃腸15
科における平成10年8月26日の診療録にも,平成20年10月8日の広
島市民病院の問診票にもその記載がないため,真実,昭和47年に虚血性心
疾患に罹患していたとは認めることができない。
及びの事情を前提にすれば,原告a13について,理論上,心筋梗塞
で問題とされる0.5グレイを超える放射線量に被曝したとは認められない20
のみならず,具体的にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残る
ことは否定し難い。
仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるい
は,しきい値がなかったとしても,心筋梗塞は加齢や高中性脂肪により被曝25
によらなくとも発症するものであり,かつ,原告a13の心筋梗塞の発症に
ついては,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不合理な
経過があるともいえないため,原告a13の供述する別紙「被爆実態一覧」
記載の原告a13のその後の健康状態を考慮しても,放射線被曝を原因とし
て発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざるを得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性は5
認められない。
原告a13は,健康に及ぼす相当量,相当程度の放射線被曝をしていると
主張し,その主張に沿うe1医師の意見書(甲C17の4)及び証人e1の
証言を挙げる。
しかしながら,同意見書の記載内容は,これまで述べたとおり,被爆状況10
や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異にするので,採用するこ
とができない。
原告a13は,心筋梗塞と低線量の放射線被曝との間に関連性が認められ,
かつ,しきい値はゼロとされていると主張し,その主張に沿うe1医師らの
意見書(甲B46)を挙げるが,同証拠に基づく主張を採用することができ15
ないのは,5エで述べたとおりである。
原告a13は,加齢,高脂血症,喫煙の有無は,放射線による心疾患の発
症リスクにほとんど影響を及ぼさない,また,動脈硬化,高脂血症,高血圧
及び糖尿病それ自体が放射線被曝による影響を受けている可能性があると示
唆されていると主張し,その主張に沿うe1医師らの意見書(甲B46)を20
挙げるが,同証拠に基づく主張を採用することができないのは,5エで述
べたとおりである。
原告a13は,心筋梗塞を発症した平成20年10月8日当時,中性脂肪
は基準値内にあり(第3事件乙C2の1・654頁),かかりつけ医のc8医
師も,「平成10年8月より軽度の高脂血症がみられ,内服治療を開始した。25
食事療法や運動療法もつづけられ,内服のコンプライアンスも良く経過良好
であった。したがって,高脂血症のみが,心筋梗塞につながったとは考え難
く,放射線起因性を強く推量する」(第3事件乙C2の1・639頁)と述べ
ている点を挙げる。
しかしながら,同人の意見は,既に検討したとおり,採用できない被爆状
況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提に立った上で述べているも5
のであるほか,経過良好であったことから心筋梗塞が発症した原因を放射線
被曝に求めなければ説明ができないというものではないので,放射線起因性
を強く推量するとの部分は採用することができない。
原告a13は,心筋梗塞と診断された年齢が79歳であったとしても,疾
病は,複数の要因が複合的に重なり合って発症するのであるから,放射線被10
曝が発症の要因ではないとして放射線起因性を否定することはできないと主
張し,その主張に沿うc8医師の意見書(第3事件乙C2の1・639頁)
を挙げる。
しかしながら,他原因の存在の蓋然性が,放射線起因性を否定する理由と
なることについては既に説明したとおりである。15
原告a13は,35歳から禁煙し,その後,喫煙しておらず,かつ,日本
人を対象とした調査では,虚血性心疾患の死亡リスクは,禁煙後減少し,5
年以上経過すると非喫煙者と同レベルとなる傾向があるとされ,また,虚血
性心疾患死亡リスクは禁煙後約10年で過去の喫煙による影響がほぼ消失し
たとする調査結果があると主張し,9のとおりの証拠を挙げる。20
しかしながら,原告a13の喫煙歴はコのとおりである上,原告a13
が証拠として挙げる祖父江友孝の研究(甲B25,第2事件乙B114・7
2頁)によれば,虚血性心疾患の場合には,全循環器疾患と異なり,非喫煙
者の群と同程度のレベルまでリスクが消失するには20年以上を要すること
が記載されているので,原告a13の主張を直ちに認めることができない。25
また,仮に,原告a13の主張するとおり,禁煙の効果により非喫煙者と同
レベルまで喫煙の影響が消失するとしても,原告a13の年齢やその他の危
険因子の存在に照らせば,結論を左右しない。
原告a13は,健康に及ぼす相当量の被曝をしたこと,心筋梗塞について
は,低線量域においても関連性が認められていること,他の因子の影響は極
めて小さいか,あるいは放射線起因性を否定すべき要素として考慮すべきで5
ないこと,原告a13の家系には心筋梗塞に罹患した者が見当たらないこと
等からして,原爆放射線に起因することは明らかであると主張し,その主張
に沿うe1医師の意見書(甲C17の4)及び証人e1の証言を挙げる。
しかしながら,これまで述べたとおり,同人の意見は被爆状況や一般的科
学的知見,因果関係の考え方の前提を異にするので,採用できない。10
以上によれば,争点イ(原告a13の心筋梗塞の要医療性の有無)につ
いて,判断を要しない。
11争点ア(原告a15の心筋梗塞及び白内障の放射線起因性の有無)につ
いて
一般的な白内障の知見について15
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
白内障には先天性と後天性があり,後天性の白内障は,原因別に,老
人性,外傷性,併発性,放射線性,内分泌代謝異常性,薬物又は毒物性
などがある(乙B65・178頁,乙B66)。これらの原因の中で,多
いのは,加齢による老人性白内障であり,その初発年齢には個人差があ20
るものの,水晶体混濁の有所見率は,加齢に伴い増加し,一般に50歳
以上からみられ,初期混濁を含めた有所見率でみると,50歳代で37
ないし54%,60歳代で66ないし83%,70歳代で84ないし9
7%,80歳以上で100%であるとされている(乙B65・180頁,
乙B67・7頁)。25
放射線が白内障の成因の一つとなることは古くから知られており,通
常は,放射線に被曝してから数か月ないし数年以内に発症し,被曝線量
が高くなるほど発症率も高く,発症時期も早くなり,重篤になる傾向が
あるとされている(乙B68・151ないし156頁)。
放射線の影響は確定的影響であるとされており,しきい値は,200
7年のICRP勧告における推定値によれば,1.5グレイとの疫学的5
知見が得られている(乙B69)。
また,2012年のICRP報告書によれば,放射線白内障のしきい
値は0.5グレイとされている(甲B32の1,2)。
放射線白内障は,老人性白内障と異なり,多くは進展しないという特
徴がある(乙B66,乙B68・156頁)。10
「原爆放射線の人体影響1992」によれば,①水晶体の後極部後嚢
下にあって色閃光を呈する限局性の混濁,又は後局部後嚢下よりも前方
にある点状ないし塊状混濁のいずれかの水晶体混濁が認められること,
②近距離直接被曝歴があること,③併発白内障を起こす可能性のある眼
疾患がないこと,④原爆以外の電離放射線の相当量を受けていないこと15
の4条件がそろった場合に,放射線白内障であるとの診断ができるとさ
れている(乙B68・152,153頁)。
イこれに対し,原告a15は,放射線白内障であっても遅発性が存在し,
また,老人性白内障であっても,その早発,進行と放射線量との間には相
関関係があると主張し,その証拠として津田恭央ほかの論文「原爆被爆者20
における眼科調査」(以下「津田論文」という。)(甲B2の4,甲B3の3),
「広島・長崎の原爆災害」(甲B3の1・添付資料3,甲B3の4),c7
医師の意見書(甲A3・Ⅰ[1]No.5)を挙げる。
具体的には,津田論文において,若年被爆者においては,後嚢下混濁を
伴う遅発性の放射線白内障が確認されたこと,老人性白内障であっても,25
皮質混濁を特徴とする老人性白内障の早発,進行は,放射線量との有意な
線量相関があるとされたと指摘する。
しかしながら,原告a15が主張する津田論文については,遅発性の放
射線白内障と早発性の老人性白内障の定義が曖昧であって,かつ,適切か
どうかについて疑義があるなど,疫学的調査としての正確性,信頼性につ
いて確認されたものとはいえず,その他論文等も,仮説かいまだ今後の他5
の研究による実証を待っている段階のものにとどまり,少なくとも大多数
の科学者が受け入れる確立された知見には至っていないといわざるを得な
い。
ウ原告a15は,放射線白内障のしきい値は存在せず,かつ,被爆が若年
であればあるほど影響を受けやすいと主張し,その証拠としてc7医師の10
意見書(甲A3・Ⅰ[1]No.3,5,10,23),津田論文(甲B2
の4),中島栄二ほかの論文「原爆被爆者における白内障有病率の統計解析,
2000-2002」(甲B3の8),皆本敦ほかの論文「原爆被爆者にお
ける白内障」(甲B27の1,2),錬石和男ほかの調査「原爆被爆者にお
ける放射線量と白内障手術の発生率,1986-2005年」(甲B31の15
1,2),中島栄二ほかの調査「2000-2002年の原爆白内障データ
の再解析:閾値解析」(乙B112)を挙げる。
しかしながら,原告a15が主張する調査や論文は,疫学的調査として
の正確性,信頼性について確認されたものとはなおいえず,仮説かいまだ
今後の他の研究による実証を待っている段階のものにとどまり,少なくと20
も大多数の科学者が受け入れる確立された知見には至っていないといわざ
るを得ない。
エ原告a15は,近時,低線量被曝と白内障との関連性が示唆されている
ことをUNSCEARが認識していると主張して,そのUNSCEAR2
010年報告書(甲B34・16,17頁)を挙げる。25
たしかに,上記報告書には,「本委員会は,最近の研究によって白内障の
罹患の増加が,低線量放射線被ばくに関連している可能性を示唆している
ことも記す。」との記載があることが認められる。しかしながら,続けて「循
環器疾患と同様に,本委員会はこの分野における新たな知見の監視とレビ
ューを継続するつもりである。」とも記載されており,いまだ,しきい値が
ないことが一般的な科学的知見として確認されたことまでは認められない。5
原告a15の放射線被曝量と心筋梗塞及び白内障の発症因子について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a15は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から約3.5kmの地点にある広島市仁保町朝見原の自宅付近に
いた。原告a15は当時5歳であった。(第2事件乙C3の1・165210
頁)
原告a15は,ABCC調査票によると,被爆時,屋外で樹木の陰に
いたと記載されている(第2事件乙C3の29・3枚目)。
原告a15の健康診断個人票(昭和36年6月5日記載)には,被爆
当日(昭和20年8月6日),「丹那にて被爆,そのままそこに居住」,同15
月10日,「中心地に奉仕作業に出ていた父を探しに出,1日中相生橋附
近を歩く,その後中心地出ず」との記載がある(第2事件乙C3の30・
1枚目)。
原告a15の昭和40年12月6日付け被爆者健康手帳交付申請書に
は,原告a15は,原爆投下の翌日である昭和20年8月7日,母たち20
と宇品町(爆心地から約4.2km)に移動し,同月8日には,天神町
に勤労奉仕に出掛けたまま帰宅しなかった父を捜すため,宇品町から,
御幸橋(爆心地から約2.3km),千田町(同約1.8km),日本赤
十字病院(同約1.5km),大手町,袋町を経由して,天神町に入った
が見つからず,その頃,祖父が頭痛を訴え,母が息苦しさを訴え,原告25
らが空腹から泣き出したため,宇品町に帰ったこと,同月9日から同月
12日までの間には,父を捜して,爆心地を歩き回った旨の記載がある
(第2事件乙C3の1・1668頁)。
原告a15の祖母は,昭和30年12月19日に実施されたABCC
による被爆状況調査の際,原爆投下後,原告a15に,歯茎出血,脱毛,
下痢及び発熱等の症状はなかったと回答している(第2事件乙C3の25
9・2枚目)。
原告a15は,当時,祖母と行動を共にしていた(第2事件乙C3の
1・1668頁)。
原告a15の昭和36年6月5日付けの健康診断個人票には,急性症
状はなかった旨の記載として斜線がある(第2事件乙C3の30・1枚10
目)。
爆心地から約3.5kmの被曝線量をDS02を用いて推計計算した
場合,約0.0004グレイとなる(第2事件乙C3の16)。
原告a15は,18歳から喫煙を始め,昭和54年頃(40歳時頃)
には高血圧を発症し,平成10年4月17日(58歳時),心筋梗塞を発15
症した。
同人の血圧は,昭和57年9月16日には156mmHg/116m
mHg,昭和60年8月28日には130mmHg/70mmHg,昭
和62年4月23日には202mmHg/114mmHg,昭和63年
2月25日には178ないし180mmHg/108ないし110mm20
Hg,同年9月7日には178ないし180mmHg/108mmHg,
平成3年7月15日には194mmHg/(判読不能),平成8年9月2
日には166mmHg/90mmHgであった(第2事件乙C3の30・
2ないし8枚目)。
原告a15は,心筋梗塞発症時において,総コレステロール233m25
g/dl,中性脂肪>199mg/dlで,脂質異常症であった。(乙B
178,第2事件乙C3の18・470頁,証人e6)
原告a15は,心筋梗塞を発症した平成10年4月17日,身長16
8cm,体重75kgで,BMI値26.6であり,その後,上昇して
いた(乙B178,第2事件乙C3の18・415頁)。
原告a15は,平成16年6月17日(64歳時),「眼がショボン」5
とするなどと訴え,眼科を受診した。その際,両眼水晶体にはごく軽度
の核混濁が認められた。原告a15には,放射線白内障の要件とされる
後嚢下混濁や皮質混濁の所見は認められていない。(第2事件乙C3の1
8・42,43頁)
原告a15の心筋梗塞は,動脈硬化との関連が強い喫煙,肥満,高血10
圧症,脂質異常症という複数の危険因子の重積により発症したものと考
えて,医学的に何ら不自然ではないとする意見がある(乙B178,証
人e6)。
イアの事情を前提に原告a15の供述の信用性を吟味すると,原告a15
については,被爆当時,爆心地から約3.5km離れた自宅の樹木の陰に15
いたことは認められるものの,昭和20年8月10日を除いて,爆心地を
歩き回ったことや,急性症状があったことは認め難いといわざるを得ない。
ウこれに対し,原告a15は,昭和36年6月5日付けの健康診断個人票
の記載とは異なり,昭和40年になされた被爆者健康手帳交付申請書のと
おり,昭和20年8月8日から12日までの間,爆心地付近を歩き回った20
と主張し,その主張に沿う供述をする(第2事件甲C3の1,同事件甲C
3の2,原告a15)。また,健康診断個人票の記載は,同月6日から9日
の行動の記載がないだけであると主張する。
しかしながら,上記健康診断個人票には,記載がないのではなく,「その
ままそこに居住」との記載があるのであって,被爆者健康手帳交付申請書25
の記載とは整合しないといわざるを得ない。また,原告a15の現在の供
述内容は,ABCC調査票の記載とは異なり,樹木の陰にいたのではなく
道を歩いていたと変わっており,その点でも整合しておらず信用性が低い。
エ原告a15は,ABCCに対する回答や昭和36年6月5日の健康診断
個人票の記載とは異なり,急性症状があったと主張し,その主張に沿う供
述をする。また,記載がない理由として,差別を恐れて事実を隠すという5
ことがよく行われていたと主張する。
しかしながら,原告a15の主張する急性症状については,昭和30年
12月19日に実施されたABCCによる被爆状況調査結果だけではなく,
昭和36年6月5日の健康診断個人票にも,急性症状がなかった旨の記載
があり,これとも整合しない。また,このような記載となっている理由に10
ついては原告a15の供述はなく合理的な説明があるとはいえない。
及びの事情を前提にすれば,原告a15について,理論上,心筋梗塞
及び白内障で問題とされる0.5グレイを超える放射線量に被曝したとは認
められないのみならず,その後の入市を前提としても,具体的にそれを認め
るに足りないといわざるを得ない。15
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残る
ことは否定し難い。
仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるい
は,しきい値がなかったとしても,心筋梗塞は加齢,高血圧及び脂質異常症
により,白内障は加齢により,被曝によらなくとも発症するものであり,か20
つ,原告a15の心筋梗塞や白内障の発症については,放射線被曝を理由と
しなければ,医学的にみて不自然,不合理な経過があるともいえないため,
原告a15の供述する別紙「被爆実態一覧」記載の原告a15のその後の健
康状態を考慮しても,放射線被曝を原因として発症したことを認めるについ
ては,なお,疑問が残るといわざるを得ない。25
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性は
認められない。
これに対し,原告a15は,心筋梗塞については,低線量域についても,
被爆と心筋梗塞の発症との間に関連性が認められ,しきい値はゼロとされて
いると主張し,その主張に沿う清水論文(甲B19の1,2)や証人e1の5
証言がある。
しかしながら,5エで述べたとおりであり,採用できない。
原告a15は,他の危険因子があっても,放射線による心疾患の発症リス
クにほとんど影響しないものとされ,また,危険因子自体が放射線被曝によ
る影響を受けている可能性があると主張し,e1医師の意見書(第2事件甲10
C3の3)及び証人e1の証言がある。
しかしながら,同人の意見は,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の
考え方の前提を異にするので採用することができない。
原告a15は,18歳から約40年間,1日当たり20本の喫煙をしてい
たが,平成10年に禁煙したので,既に喫煙による影響はほとんどない旨の15
主張をし,e1医師らの意見書(甲B46)を挙げる。
問診票(第2事件乙C3の18・39頁)によれば,喫煙期間が45年と
されていることが認められるため,これに反する前提は採用できない。また,
原告a15の心筋梗塞発症以前での禁煙が認められないので,前提を採用す
ることができない。20
以上によれば,争点イ(原告a15の白内障の要医療性の有無)につい
て,判断を要しない。
12争点(原告a20)について
争点ア(甲状腺機能低下症の罹患の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれは,次の各事実が認められる。25
原告a20の本件申請に係る原爆症認定申請書に添付された,主治医
であるc5医師の意見書には,「昭和46年,d4内科(広島市大手町)
で甲状腺機能低下症と診断された。以来甲状腺薬を投与されている。」と
の記載がある(第2事件乙C5の1・226頁)。
c5医師の平成23年1月21日作成の「原爆症認定申請照会に対す
る回答事項」と題する書面には,「⑤治療を開始する前の甲状腺ホルモン5
検査結果は当院にはありません。(昭和46年d4内科で診断されたとの
事です)」と記載されている(第2事件乙C5の1・235頁)。
原告a20につき,平成3年4月26日以降,平成25年9月24日
までのTSHの値は,ほとんどが異常値(低値)である(乙B179,
証人e2)。10
原告a20は,上記の間,チラーヂンSを1日50μg服用していた
(第2事件乙C5の17・2頁,原告a20)。
原告a20のTSHの値が低値であるのは,チラーヂンSの投与が過
剰であったためと判断される(乙B179,証人e2)。
イアの各事実によれば,原告a20が甲状腺機能低下症であるとする根拠15
となる検査値は存在せず,また,服用しているチラーヂンSの必要性を認
めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
したがって,原告a20が甲状腺機能低下症に罹患していたとは認めら
れない。
ウこれに対し,原告a20は,甲状腺機能低下症に罹患していたかどうか20
は,原告a20の供述する通院経過や治療内容から推認する以外にない旨
の主張をし,その主張に沿うe1医師の意見書(甲B48)がある。
しかしながら,甲状腺機能低下症の罹患の有無の判断については,疾病
の要件該当性の判断を要するので,主張は採用できない。
争点イ(甲状腺機能低下症の放射線起因性の有無)について25
審理の経過に鑑み,放射線起因性についても判断する。
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a20は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,
爆心地から約2.5kmの地点にある広島市皆実町三丁目にある電鉄家
政女学校の講堂内にいた。当時,原告a20は,14歳であった。(第2
事件乙C5の1,原告a20)5
原告a20は,昭和5年○月○日生まれであり,平成3年4月26日
当時,60歳である(第2事件乙C5の17・1,2頁)。
原告a20は,本件申請に係る平成22年3月25日付けの原爆症認
定申請書においては,脱毛及び口内炎については記載していたものの,
血便,下痢及び発熱については記載していない(第2事件乙C5の1)。10
原告a20は,平成23年8月21日付けの異議申立ての理由におい
ては,血便の記載があるものの,下痢,発熱については記載していない
(第2事件乙5の7)。
爆心地から約2.5km地点で直接被爆した場合のDS02に基づく
推定被曝線量は約0.0126グレイとなる(乙C8の8)。15
原告a20は,広島電鉄本社(爆心地から1.5km以遠)から己斐
駅(爆心地から1.5km以遠)までの経路については記憶が正確では
ない旨供述している(原告a20)。
己斐地区に降ったとされる放射線降下物による被曝線量は,DS86
によれば,最大2ラド(0.02グレイ)とされている(第2事件乙B20
17・228頁)。
DS02に基づく研究分析によれば,原爆投下から3日後に入市した
場合には,誘導放射線の積算放射線量は0.0009グレイとされてい
る(第2事件乙C5の15)。
イアの事情を前提に原告a20の供述の信用性を吟味すると,原告a2025
については,被爆当時,爆心地から約2.5km離れた講堂内にいたこと,
被爆当日,爆心地から1.5km以遠の場所を通過したことは認められる
ものの,それ以上に爆心地に接近したことや,その他の日に入市したこと,
急性症状があったことは認め難いといわざるを得ない。
ウこれに対し,原告a20は,記憶に基づき真摯に供述しているので信用
できないとはいえないと主張する。5
しかしながら,供述以外に裏付ける証拠はないのみならず,急性症状に
ついては変遷もあり,かつ,入市経路については原告a20自身が記憶は
正確ではないと自認しているため,認めるに足りない。
エア及びイを前提にすれば,原告a20について,理論上,4グレイを超
える放射線量に被曝したとは認められないのみならず,入市の存在を踏ま10
えても,具体的にもそれを認めるに足りないといわざるを得ない。
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
オ仮に,4グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,あるいは,
しきい値がなかったとしても,甲状腺機能低下症は加齢に伴い被曝によら15
なくとも発症するものであり,かつ,原告a20の甲状腺機能低下症の発
症については,放射線被曝を理由としなければ,医学的にみて不自然,不
合理な経過があるとはいえないため,原告a20の供述する別紙「被爆実
態一覧」記載の原告a20の被爆後の症状を考慮しても,放射線被曝を原
因として発症したことを認めるについては,なお,疑問が残るといわざる20
を得ない。
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
カこれに対し,原告a20の主張に沿う証拠として,e1医師の意見書(第
2事件甲C5の3)及び証人e1の証言があるが,これらは,被爆状況や25
一般的科学的知見,因果関係の考え方の前提を異にするので,採用するこ
とができない。
13争点(原告a23)について
争点ア(心筋梗塞及び白内障の放射線起因性の有無)について
ア末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
原告a23は,昭和20年8月6日に原爆が広島市に投下された当時,5
爆心地から約3kmの地点にある広島市牛田町673番地の自宅にいた。
原告a23は当時3歳であった。(第2事件甲C7の1,同事件乙C7の
1,原告a23)
原告a23の昭和32年3月4日作成のABCC調査票には,遮蔽の
状態欄に,「日本式木造平家建内にて土壁にて遮蔽さる」との記載がある10
(第2事件乙C7の23・1枚目)。
原告a23のABCC調査票には,被爆時に額に1か所,外傷を負っ
たものとされているが,やけどはないと記載されている(第2事件乙C
7の23・2枚目)。
原告a23のABCC調査票には,下痢等の急性症状はなく,現在の15
容態として健康と記載されている(第2事件乙C7の23・2枚目)。
原告a23のDS02による被曝線量推計計算に基づく初期放射線に
係る推定被曝量は,0.002グレイである(第2事件乙C7の8)。
原告a23の平成15年8月28日の血液検査の結果は,総コレステ
ロール240mg/dl,中性脂肪185mg/dlと測定されており,20
脂質異常症の状態であった(乙B178,第2事件乙C7の21・4頁)。
c9クリニックの診療録の写しには,原告a23について,平成15
年12月4日,心筋梗塞と,同月9日,狭心症,脂質異常症,高血圧症
と,平成16年3月11日,2型糖尿病と診断され,治療を受けた旨の
記載がある(第2事件乙C7の15・1,2,34頁)。25
原告a23は,平成19年5月,未治療の糖尿病がある旨指摘されて
いる(第2事件乙C7の13・311頁)。
原告a23は,平成21年4月当時,身長174cm,体重76kg
で,25以上を肥満と定義するBMIの値は25.1であり,肥満の状
態であった(乙B178,第2事件乙C7の13・409頁)。
原告a23は,20歳頃から喫煙を始め,1日25本を吸うときもあ5
ったが,30歳には1日20本ぐらいに減らし,その後,禁煙をした(原
告a23)。
原告a23の本件申請に係る申請疾病である心筋梗塞は,平成21年
4月1日発症したが,当時,原告a23は,67歳という心筋梗塞の好
発年齢にあったところに,動脈硬化との関連が強い高血圧症,脂質異常10
症,喫煙,耐糖能異常症(糖尿病),肥満という複数の危険因子が重積し
たことにより発症したものと考えて,医学的に何ら不自然ではないとの
医師の意見がある(乙B178,第2事件乙C7の1・1枚目,証人e
6)。
原告a23は,平成17年8月26日,63歳で初めて左眼水晶体前15
嚢下混濁が認められた。平成17年12月2日,白内障と診断された。
(第2事件乙C7の10・1,18頁)
原告a23は,平成24年2月21日,72歳の際の白内障の所見と
しては,両眼前嚢下混濁及び左眼後嚢下の軽度混濁であり,「加齢性白内
障」と診断された(第2事件乙C7の10・1,32頁)。20
白内障には,放射線エネルギーによって生じる白内障,加齢によって
生じる老人性白内障,糖尿病によって生じる白内障等がある。放射線白
内障は,放射線を受けると6か月から数年を経て後嚢下に白内障をみる
とされている。一方,糖尿病白内障は,老人性白内障との区別が困難で
あり,後嚢下白内障をみることが多い,血糖が高くその期間が長いほど25
白内障になりやすいとされている。(第2事件乙B60・180ないし1
82頁,同事件乙C7の14・1頁)
糖尿病の発症については,原爆放射線との関連についての指摘はされ
ておらず,原爆被爆者における糖尿病有病率は,被爆状況と一定の関連
はみられていない。糖尿病の標的臓器である脾臓は,放射線感受性の低
い臓器と考えられており,放射線被曝の急性期においても数百ラド(数5
百センチグレイ)の放射線被曝では組織学的にも内分泌学的にも異常は
報告されていない。日本における初期の原爆による死亡者には膵ランゲ
ルハンス島(脾臓にあるインスリンを出す細胞)の形態学的異常は証明
されなかったとの報告がある。(第2事件乙B110・1687,169
1ないし1693頁,同事件乙B111・125,127ないし12910
頁,同事件乙B112・114頁)
イアの事情を前提に原告a23の供述の信用性を吟味すると,原告a23
については,被爆当時,爆心地から約3km離れた自宅の土塀で遮蔽され
たところにいたこと,外傷を負ったことは認められるが,やけどを負った
ことや急性症状があったことは認め難いといわざるを得ない。15
ウこれに対し,原告a23は,ABCC調査票の記載とは異なり,土壁で
遮蔽されておらず,濡れ縁に出たときに被曝し,顔面にやけどを負い,急
性症状として下痢が続いた旨の主張をし,その旨の供述をする(第2事件
甲C7の1,同事件甲C7の12,原告a23)。
しかしながら,相違する理由を合理的に説明できないので,信用するこ20
とができない。
エア及びイを前提にすれば,原告a23については,心筋梗塞や白内障で
問題とされる0.5グレイを超える放射線量に被曝したとは認められない
のみならず,外傷の存在を踏まえても,具体的にもそれを認めるに足りな
いといわざるを得ない。25
したがって,放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残
ることは否定し難い。
オ仮に,0.5グレイを超える放射線量の被曝をしていたとしても,ある
いは,しきい値がなかったとしても,心筋梗塞は加齢,高血圧症,脂質異
常症,喫煙及び耐糖能異常により,また,白内障は加齢や耐糖能異常に伴
い,被曝によらなくとも発症するものであり,かつ,原告a23の心筋梗5
塞及び白内障の発症については,放射線被曝を理由としなければ,医学的
にみて不自然,不合理な経過があるとはいえないため,原告a23の供述
する別紙「被爆実態一覧」記載の原告a23の被爆後の症状を考慮しても,
放射線被曝を原因として発症したことを認めるについては,なお,疑問が
残るといわざるを得ない。10
そうすると,高度の蓋然性を認めることができないので,放射線起因性
は認められない。
カ原告a23は,於保論文(甲A112)によれば,「原爆直後中心地に入
らなかった屋外被爆者の場合(表3)」中,被爆距離3kmにいた者につい
て,有症率は60.8%であり,そのうち,熱火傷45.9%,外傷13.15
5%,発熱35.9%,下痢22.9%,脱毛12%とされ,「原爆直後中
心地に入らなかった屋内被爆者の場合(表1)」でも,発熱8.8%,下痢
14.8%とされているところ,被告の主張する爆心地から3kmで被爆
した場合の線量が0.5グレイを大幅に下回るような低線量であるとは考
えられないと主張する。20
しかしながら,於保論文でいうところの急性症状につき,放射線被曝に
よる急性症状に関する現在の一般的な科学的知見に照らすと,全て放射線
被曝によるものと確定できるか疑義があるため,爆心地から3kmで被曝
した場合の線量が,一般的に0.5グレイを超えるものであったとは認め
られない。25
キ原告a23は,自身が同居していた親族には,脳出血,脳梗塞,高血圧
などの血管系疾患,心筋梗塞,がん,白内障など原爆症とされる疾病が多々
みられるところ,同人らは,外部被曝だけではなく,被爆直後,多数被爆
者との共同生活の中で放射線物質を含む粉塵の吸入などによって内部被曝
したものといわざるを得ず,共同生活によって,原告a23も内部被曝し
たものといわざるを得ないと主張する。5
しかしながら,仮に,原告a23が同居していた親族について,主張の
とおり疾病が多々みられたとしても,同人らが内部被曝をしたことを認め
るに足りないので,結論を左右しない。
ク原告a23は,入院前の血圧測定だけで高血圧症と断定することはでき
ないこと,脂質異常症が心筋梗塞を惹起させたと決めつける根拠はないこ10
と,原告a23の心筋梗塞と喫煙とを結びつける具体的な検討結果は明ら
かではないから喫煙が心筋梗塞の原因であると結論することは科学的では
ないこと,平成21年4月の心筋梗塞発症まで,おおむね,コレステロー
ルが正常値であったことと心筋梗塞発症との間の関係が明らかではないこ
と,糖尿病と診断する検査結果が十分ではないから糖尿病と確定診断する15
ことができないことなどを指摘して,e6意見書(乙B178)は信用す
ることができず,これに基づく被告の反論も失当である旨の主張をする。
しかしながら,被告の反論は,反証として他原因によるのではないかと
の疑いを抱かせる程度のものとしてなされているのであり,原告a23の
指摘によっても,反証として足りないとはいえない。20
ケ原告a23は,禁煙により,過去の喫煙による影響がほぼ消失したとす
る調査結果があると主張し,9のとおりの証拠を挙げる。
しかしながら,仮に,原告a23の主張するとおり,禁煙の効果により
非喫煙者と同レベルまで喫煙の影響が消失するとしても,原告a23の年
齢やその他の危険因子の存在に照らせば,結論を左右しない。25
コ原告a23の主張に沿うe1医師の意見書(第2事件甲C7の21)及
び証人e1の証言は,被爆状況や一般的科学的知見,因果関係の考え方の
前提を異にするので,採用することができない。
以上によれば,争点イ(心筋梗塞の要医療性の有無)及び同ウ(白内障
の要医療性の有無)について,判断を要しない。
14争点(原告a24の白内障の要医療性の有無)について5
末尾に掲げた証拠によれば,次の各事実が認められる。
ア原告a24は,平成19年1月19日,c10医師の診断を初めて受け
た。その際の診断は,白内障の程度は,両眼とも軽度から中等度で,その
混濁は,核と後嚢下皮質部分にあり,他方で,黄斑変性があるとされた。
その際の視力は,右が0.1,左が0.5で,いずれも矯正不能とされた。10
また,視力への影響は,白内障よりも黄斑変性のほうが高いとされた。(第
5事件甲C2)
イ原告a24は,平成20年6月4日,両白内障について,手術を希望し
たが,原告の右眼の視力は0.15であったことなどから,左白内障につ
いてのみ手術を実施した(第5事件甲C1の1,2)。15
c10医師は,原告a24の白内障の状態は,軽度から中等度であった
ことなどからして,年齢と黄斑変性を別とすれば,医学的には手術適応は
あるといえたと陳述書において記載している(第5事件甲C2)。
原告a24の平成26年9月6日時点での左眼の視力は0.1であった
(第5事件乙C1・3枚目)。20
ウ原告a24の主治医であるc10医師は,平成27年2月6日付けの書
面において,原告の右白内障については,手術する可能性はあるとしつつ
も,黄斑萎縮があるため,現在のところ,手術の予定はない旨の回答をし
ている(第5事件乙C3・2枚目)。
エ原告a24の右眼は,本件申請当時,加齢黄斑変性症のため,視力が相25
当低下していた(第5事件乙B15・3枚目,同事件乙C1・3枚目,同
事件乙C3・3枚目)。
オ加齢黄斑変性症は加齢とともに進行するが,有効な治療方法は存在しな
いとされている(第5事件甲C2,同事件乙B11・11頁)。
カ白内障に対する有効適切な治療方法は,手術以外にはないとされている
(第5事件乙B4・224頁)。5
キ白内障の手術は,日本で最も一般的に普及している外科的手術であると
されている(第5事件乙B5・16頁)。
ク原告a24に対しては,平成27年11月30日からピレノキシン点眼
薬が処方されるようになった(第5事件乙C4・3枚目)。
要医療性の要件について検討するに,被爆者援護法10条1項は,要医療10
性が認められることを,必要な医療の給付を行う要件としていることからす
ると,当該負傷又は疾病の治療のため予定される医療行為が存在する状態を
いうと解するのが相当である。
で認定したところによれば,白内障の治療のため予定される医療行為は
手術であって,原告a24については,手術が予定された状態であったとは15
認められないから,要医療性を認めることができない。
これに対し,原告a24は,手術は予定されていたが,その手術に至るま
での診察が経過観察としての治療である旨の主張をし,診察が治療に当たる
と主張する。
しかしながら,のとおり,原告a24の右眼は,加齢黄斑変性症のため20
白内障手術が見送られ,手術をした左眼の視力も回復しなかったというので
あるから,原告a24の加齢黄斑変性症を除外しない限り,具体的な手術の
可能性は認められないといわざるを得ない。
また,原告a24は,診察のみであっても医療に該当すると主張して,そ
の根拠として,被爆者援護法10条2項が医療の給付の範囲について,手術25
だけではなく,診察を規定していること,医師が白内障であると判断した後
の診察は,同法7条が規定する健康診断に該当しないこと,同法14条は,
指定医療機関の診療方針及び診療報酬は,健康保険の診療方針及び診療報酬
の例によるとされていることからすると,必ずしも医学的に有効でなくとも
健康保険の診療方針に該当すれば足りる旨の主張をする。
しかしながら,被爆者援護法10条2項が診察を規定しているのは,要医5
療性が認められた場合における医療の給付の内容を明らかにしたものであっ
て,主治医が診察すれば,要医療性を満たすことを示したものではない。ま
た,白内障であると判断された後の診察が健康診断に該当しないとの解釈を
とった場合に,診察が治療のため予定される医療行為に該当しなければ問題
が生じるともいえない。すなわち,原爆症であると認定されるかどうかにか10
かわらず,白内障である被爆者は,健康診断を受けることができ,かつ,同
法18条により一般疾病医療費の支給が可能であるから,医療行為に該当し
ないとしても,問題は発生しない。さらに,同法14条も,要医療性が肯定
された場合の規定であって,これらの規定によって要医療性の有無が判断さ
れるものではない。15
原告a24は,平成27年11月30日からピレノキシン点眼薬が処方さ
れたことをもって要医療性が認められる旨の主張をする。
しかしながら,要医療性の判断は,本件申請時である平成26年9月18
日を基準に判断すべきであるところ,ピレノキシン点眼薬の処方の必要性が
当時存在したことまでを認めるに足りる事情ではないから,原告a24の主20
張する処方をもって,本件申請時の要医療性を肯定することはできない。
以上によれば,原告a24について要医療性は認められない。
15争点(行政手続法8条違反の有無)について
認定済み原告らに対する本件各却下処分(原告a3については,申請疾病
が心筋梗塞の部分に限る。)については,1のとおりであり判断を要しない。25
その他の原告ら及び亡a1に対する本件各却下処分について検討する。
「一般に,法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは,処分庁
の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由
を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるから,
その記載を欠くにおいては処分自体の取消を免かれないものといわなければ
ならない。ところで,どの程度の記載をなすべきかは,処分の性質と理由附5
記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである」
と解される(最高裁昭和36年第84号同38年5月31日第二小法廷判
決・民集17巻4号617頁参照)。
行政手続法8条1項も,同趣旨の規定であると解される。
原告ら(ただし,認定済み原告ら及び原告bらを除く。)並びに亡a1に対10
する本件各却下処分は,被爆者援護法11条1項の申請に対し,厚生労働大
臣が同法11条2項に基づき審査会の意見を聴いて,同法10条の要件該当
性を判断して行われるものであるから,記載の程度としては,却下の理由と
その根拠が記載されていれば足りると解される。
証拠(乙C1の8,乙C2の10,乙C3の7,乙C8の5,乙C9の7,15
乙C14の5,乙C15の5,乙C15の18,第2事件乙C3の6,同事
件乙C5の6,同事件乙C7の4,第3事件乙C1の4,同事件乙C2の6)
によれば,却下の理由として,申請書類に基づき,審査会で審議されたが,
放射線起因性が認められないとの判断がされた趣旨の記載があることが,証
拠(第5事件乙C2)によれば,却下の理由として,申請書類に基づき,審20
査会で審議されたが,「『右白内障』については,視力低下は白内障によるも
のではないと考えられ,認定の際に必要な条件になっている,『現に医療を要
する状態にある』と認めることはできませんでした。」と記載されていること
が,それぞれ認められる。
以上によれば,原告ら(ただし,認定済み原告ら及び原告bらを除く。)並25
びに亡a1に対する本件各却下処分につき,却下の理由とその根拠が記載さ
れているものと認められるので,行政手続法8条違反は認められない。
16争点(厚生労働大臣の義務違反の有無)について
国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別
の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加え
たときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するもの5
である(最高裁平成13年(行ツ)第82号ほか同17年9月14日大法廷
判決・民集59巻7号2087頁参照)。
したがって,原爆症認定の申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医
療性の要件の充足に関する判断を誤ったため違法であるとしても,そのこと
から直ちに国賠法1条1項にいう違法があったと評価を受けるものではなく,10
原爆症認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意
義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情があ
る場合に限り,国賠法上違法の評価を受けるものと解するのが相当である(税
務署長の行う所得税の更正につき,最高裁平成元年第930号,同第10
93号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。15
厚生労働大臣が原爆症認定を行うに当たっては,申請疾病が原子爆弾の傷
害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,疾病・
障害認定審査会の意見を聴かなければならないものとされている(被爆者援
護法11条2項,被爆者援護法施行令9条)。これは,原爆症認定の判断が専
門的分野に属するものであることから,厚生労働大臣が処分をするに当たっ20
ては,原則として,必要な専門的知識経験を有する諮問機関の意見を聴くこ
ととし,その処分の内容を適正ならしめる趣旨によるものであり,厚生労働
大臣は,特段の合理的理由がない限り,その意見を尊重することが要請され
ていると解される。
以上によれば,厚生労働大臣が原爆症認定申請につき審査会の意見を聴き,25
その意見に従って却下処分を行った場合においては,その意見が関係資料に
照らして明らかに誤りであるなど,答申された意見を尊重すべきではない特
段の事情が存在し,厚生労働大臣がこれを知りながら漫然とその意見に従い
却下処分をしたと認め得るような場合に限り,職務上通常尽くすべき注意義
務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたものとして,国賠法上違法の
評価を受けると解するのが相当である。5
亡a1,原告a2,原告a3(申請疾病が高脂血症の部分に限る。),原告
a5,原告a6,原告a9,原告a10,原告a12,原告a13,原告a
15,原告a20,原告a23及び原告a24に対する本件各却下処分につ
いては,これらの処分は適法であるから,厚生労働大臣がこれらの処分をし
たことについて,国賠法上の違法性は認められない。10
認定済み原告ら,すなわち,原告a3(申請疾病が心筋梗塞の部分に限る。),
原告a4,原告a7,原告a8,原告a11,原告a14,a16,原告a
17,原告a18,原告a19,原告a21及び原告a22に対する本件各
却下処分は,その後,取り消されているけれども,これらの処分は,厚生労
働大臣が審査会の意見を聴いた上で,その意見に従ってされたものであると15
ころ,その意見が関係資料に照らして明らかに誤りであるなど,答申された
意見を尊重すべきではない特段の事情が存在したとは認められない。
したがって,これらの本件各却下処分についても,国賠法上の違法性は認
められない。
認定済み原告らは,厚生労働大臣が非科学的で不合理な基準に従い,証拠20
資料を精査することなく,具体的な理由を示さずに誤った却下処分をした点
が違法である旨主張する。
上記原告らについては,従前の新方針に基づき,科学的,法的専門的知見
を備えた専門家から構成される医療分科会等の委員の意見を聴いた上で,本
件各却下処分がなされたところ,従前の新方針については,線量評価に関す25
るDS02等の体系及び寄与リスクに関する諸論文があり,前者については,
今もこれに優る線量評価体系が存在せず,後者については,放影研の長年に
わたる研究の積み重ねの上に立脚したものであるから,直ちに違法というこ
とはできない。また,却下処分の理由については,上記原告らの却下処分に
ついては,放射線起因性が認められないことが記載されているから,理由不
備として違法ということができない。5
したがって,上記原告らの主張は採用できない。
17争点(損害の有無)について
判断を要しない。
18結論
以上のとおりであり,本件訴えのうち,厚生労働大臣が,原告a3(申請10
疾病が心筋梗塞の部分に限る。),原告a4,原告a7,原告a8,原告a1
1,原告a14,a16,原告a17,原告a18,原告a19,原告a21
及び原告a22に対し,別紙「被爆実態一覧」記載の上記各原告の「原処分」
欄記載の日付でした被爆者援護法11条1項の認定申請に対する各却下処分
の取消しを求める部分については,不適法であるのでこれを却下し,上記原15
告らのその余の請求及びその余の原告らの請求はいずれも理由がないのでこ
れを棄却する。
広島地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官小西洋
裁判官平井健一郎25
裁判官山下智史
別紙被爆実態一覧
亡a1
氏名a1
生年月日昭和4年○月○日
性別女性5
認定申請日平成17年3月11日
申請疾病名甲状腺機能低下症,甲状腺腫瘤(多発性)
被爆時年齢16歳
被爆地広島
原処分平成18年3月27日番号厚生労働省発健第r1号10
異議申立日平成18年5月9日
異議申立棄却日平成22年3月18日
異議申立棄却を知った日平成22年4月6日
(被爆の実態)
被爆地点15
広島市上流川町にあった広島女学院専門学校の木造一部鉄骨3階建校舎一階の廊
下(被爆距離1.2km)
被爆時の状況
当日授業を受けるため登校し,講堂であった礼拝が終了し教室へ帰るために友人
と校舎の廊下を歩いていたところ被爆した。被爆により左目のまぶたや手を負傷20
した。
被爆後の行動
倒壊した校舎の下敷きとなり,自力で這い出し幟町方面から泉邸(現在の縮景園)
へ避難し,夕方になり救助の船で対岸へ渡り大河町の自宅まで歩いて帰った。
急性症状25
被爆後1週間位して微熱が出るとともに下痢や吐き気が続いた。2週間くらいす
ると髪を梳く際に多量の毛が抜け,このような状況は数か月続いた。
被爆後の症状
昭和48年には,子宮筋腫となり,子宮と卵巣を摘出。平成2年には胆石症とな
り胆のう摘出。平成5年には,脳梗塞を発症。平成16年慢性甲状腺炎。
喫煙,飲酒歴5
なし。
原告a2
氏名a2
生年月日昭和18年○月○日10
性別男性
認定申請日平成18年9月4日
申請疾病名甲状腺機能低下症
被爆時年齢2歳
被爆地広島15
原処分平成22年2月23日番号厚生労働省発健r2号
原処分があったことを知った日平成22年3月18日
異議申立日平成22年4月6日
(被爆の実態)
被爆地点20
爆心地から2.7km地点にあった南蟹屋町の自宅
被爆時の状況
木造2階建の自宅1階に,両親,養父母及び祖母と一緒にいたところ,被爆した。
「ピカッ」と青白い稲光のような閃光があり,「ドーン」という爆発音がした。原
爆の衝撃波により,屋根瓦が吹き飛び,窓ガラスが割れ,屋根が傾いた。ガラス25
片が壁に突き刺さり,天井の一部が崩落していた。室内にいあわせた親族全員が
衝撃で横倒しになり,原告a2は,4.5m飛ばされていた。原告a2は被爆時,
右耳下に切創を負った。
被爆後の行動
母親に連れられて,自宅敷地内の防空壕に1時間程度避難した。自宅が被爆者の
避難経路に位置し,当時食堂を経営していたので,水を求める被爆者に母親らが5
給水をした。また,自宅前の広場が臨時の救護所のようになり,母親らが被爆者
に薬を塗るなどの救護活動を行った。被爆当日の夕方頃から翌日にかけて,白っ
ぽい灰状のものが降下し,身体に付着した。大量に降下したので,母親とシーツ
をかぶって移動した。被爆の翌日か翌々日から,数日間,親族等の安否を確認す
るため,南蟹屋町や松原町付近一帯を,母親について歩き回るなどした。被爆後10
も,自宅で生活をしていた。
急性症状
被爆後2,3日後から,微熱と下痢が10日間くらい継続した。
被爆後の症状
昭和20年末頃,目やにが出るようになり,屋外では日光がまぶしく目を細めな15
ければならない状態となった。この状態が小学校を卒業する頃まで継続した。ま
た,17,8歳頃まで両まぶたの部分が腫れていた。
20代,眼精疲労,肩こり,腰痛及び心臓不整脈等が,現在まで続く。
昭和60年頃,慢性甲状腺炎により広島市立広島市民病院に3か月程度通院し,
投薬治療を受ける。20
平成10年,心臓病により広島市立広島市民病院に通院,現在まで投薬治療中。
平成15年7月,甲状腺機能低下症によりc1クリニックに通院,現在まで投薬
治療中。
平成18年5月,慢性胃炎及び食道静脈瘤により広島市立舟入病院に通院,以後,
1年に1回,内視鏡による経過観察中。25
喫煙歴
なし。
その他
昭和29年頃,ABCCの調査を受けた。
原告a35
氏名a3
生年月日昭和15年○月○日
性別女性
認定申請日平成20年3月13日
申請疾病名心筋梗塞,高脂血症10
被爆時年齢5歳
被爆地広島
原処分平成22年3月19日番号厚生労働省発健r3号
原処分があったことを知った日平成22年4月22日
異議申立日平成22年6月8日15
(被爆の実態)
被爆地点
爆心地から1.5kmの距離の広島市千田町1丁目(現在の千田町1丁目)に所
在する自宅(木造2階建て)の縁側に,母と弟らと一緒にいたときに,被爆した。
被爆時の状況20
爆風により家屋は全壊し,原告a3は,倒壊家屋の下敷きになった。母が原告a
3を助け出したが,下敷きになった際に,原告a3は,全身に打撲や擦り傷を負
い,特に左耳の後側に大きな傷を受け,現在も左耳の後はくっついたままである。
被爆直後から約1週間の行動
自宅付近にも火の手があがってきたので,原告a3と弟は母に連れられて御幸橋25
(2.0km)のたもとのくぼ地に避難した。付近の救護所でおむすびをもらい,
その夜は御幸橋で過ごした。翌7日の朝早く,原告a3は,広島日赤病院(1.
5km)の地下に連れていかれたが,塗り薬などもなく,母は,原告a3達を連
れて,広島市中広町(現在の中広3丁目)にある父の兄の家に行くことにした。
途中,原告a3達を捜していた父に偶然に会い,父と一緒に父の兄の家を訪ね,
そこで1週間ほど過ごした。その後,自宅(1.5km)のあった場所(千田町)5
に戻り,父がバラック小屋を建て,家族はそこで生活を始めた。
被爆後半年間の症状
発熱,下痢を患ったと母から聞いているが,原告a3にも記憶があるのは,左耳
の傷と,脱毛である。左耳の後の傷が化膿し,うみがたまるので毎日ガーゼを替
えてもらっており,その際,痛くて泣き叫んでいた。また,同様に脱毛となった10
母親と,脱毛を隠すため布きれで頭を覆っていた。
被爆後の健康状態
小学生・中学生のとき(昭和27年から昭和30年頃),原告a3は,ABCCに
検査で連れていかれた。医師から右眼に異常があると言われたものの,既にその
時点では手術は不可能と言われた。現在,右眼の視力はほとんどない。15
平成2年10月,右手首脂肪腫摘出手術で,県立広島病院に1週間入院。
平成13年,右膝半月板切除術で,広島日赤病院に10日間入院。
平成15年6月16日,心筋梗塞カテーテル手術で広島日赤病院に2週間入院。
現在,同病院に2か月に1回の割合で通院。
喫煙歴等20
飲酒の習慣は全くなく,喫煙歴はない。
その他
父は,昭和42年1月,肝硬変により死亡し,母は,平成元年5月,白血病によ
り死亡した。
原告a4
氏名a4
生年月日大正13年○月○日
性別男性
認定申請日平成20年6月4日
申請疾病名心筋梗塞5
被爆時年齢21歳
被爆地広島
原処分平成22年4月27日番号厚生労働省発健r4号
原処分があったことを知った日平成22年5月20日
(被爆の実態)10
被爆地点
爆心地から1.3km地点(横川橋を渡り西に進行中のところ。手帳の記載では
中広町。)
被爆時の状況
その日憲兵兵長であった原告a4は15名の憲兵を引率して,山手町の防空壕を15
目指し,猫屋町の憲兵司令部を出発し,土橋の停留所で己斐~横川行きの市内電
車に乗り,寺町で下車し,横川橋を渡り西に進行中であったときに被爆した。被
爆した瞬間は,溶解炉の中に投げ込まれたようで,身体に熱線を感じ軍帽が吹き
飛び,後頭部,首筋に火傷に負った。
被爆後の行動20
被爆後数分した後,原告a4は一緒に来た憲兵4.5人と一緒に,防空壕のあっ
た山手町の山腹に向かった。途中,下敷きになった人を助け出し,黒い雨を浴び,
火傷は水ぶくれになった。ようやく山手町の防空壕に到着したが,再び市内の現
状把握のために,午前9時30分頃一人で市内へと出発した。福島町~旭橋~西
大橋~観音本町を歩き,市商の校庭で消火作業を手伝った。更に南観音~昭和大25
橋~舟入町~江波町~(川を渡って)~吉島町の広島監獄を視察・吉島の飛行場
~南大橋~千田町~11時頃日赤病院到着~鷹野橋~日本銀行~袋町~紙屋町~
基町~正午頃西練兵場到着~憲兵司令部(基町・西練兵場)~相生橋へ行った。
そこで負傷した韓国の李遇公殿下を発見し,船に乗せて宇品に向かった。また,
その後,再び鷹野橋~明治橋~住吉橋を通り猫屋町の憲兵機動隊司令部に午後8
時頃到着した。憲兵機動隊司令部は多くの被爆者であふれており,看病をした。5
翌7日午前3時頃司令部の建物の廊下で仮眠をとった。その後,8月7日,8日,
9日と負傷者の看病を続け,市内を歩き回った。
急性症状
8月7日は,火傷がひどく,全身倦怠感があり,すぐに入院するよう告げられた
が,引き続き勤務した。8月9日に,大野浦の臨時陸軍病院に入院し火傷の治療10
を受け,9月15日に退院した。退院後に下痢の症状に気付いた。
被爆後の健康状態
昭和29年頃から夏になると白血球が急激に増え,高熱が出て寝込むような状態
となった。
平成5年頃糖尿病,糖尿病性網膜症を発症した。15
平成14年2月15日,心筋梗塞を発症し,サンタクルース病院(ブラジル・サ
ンパウロ)で手術し,3日入院,その後,日伯友好病院(ブラジル・サンパウロ)
で1か月入院治療を行った。現在も抗凝固剤を内服服用している状態である。
平成14年頃,左白内障を発症した。
平成15年頃,前立腺肥大症を発症した。20
原告a5
氏名a5
生年月日昭和7年○月○日
性別女性25
認定申請日平成20年6月20日
申請疾病名甲状腺機能低下症,狭心症,高血圧
被爆時年齢13歳
被爆地広島
原処分平成22年7月29日番号厚生労働省発健r5号
原処分があったことを知った日平成22年8月31日5
異議申立日平成22年9月21日
(被爆の実態)
被爆地点
広島市舟入南町三丁目の自宅前の路上(爆心地から2.5km)
被爆時の状況10
上記路上において,母が近所の人と話をしていてその傍らに原告a5がいたとこ
ろ,被爆した。被爆により,右下半身に火傷を負う。
被爆後の行動
家の玄関前の防空壕に入った後,近所の家の部屋で数日過ごした。そして終戦と
なり,米英軍が上陸してくるので,女子どもは危ないと聞かされたため,四国の15
松山に渡ったが,途中の旅館に一泊した際に,発熱,下痢をして血便が出たため,
赤痢と間違われて隔離病棟に何日間か収容された。そこで髪の毛が抜けたことが
あった。そして赤痢でないことが分かり広島に帰った。
急性症状
発熱,下痢,脱毛。20
被爆後の症状
昭和26年及び同37年頃,肝臓病。
同35年,卵巣膿腫手術。
同40年,肝臓病。
平成9年,腹部大動脈瘤手術。25
原告a6
氏名a6
生年月日昭和16年○月○日
性別男性
認定申請日平成20年3月26日5
申請疾病名甲状腺機能低下症,脳梗塞後遺症
被爆時年齢4歳
被爆地広島
原処分平成22年7月29日番号厚生労働省発健r5号
原処分があったことを知った日平成22年9月1日10
異議申立日平成22年9月7日
(被爆の実態)
被爆地点
広島市千田町(爆心地から2.5km)
被爆時の状況15
広島市南千田町の自宅前の路上にいたところ被爆した。
被爆後の行動
被爆後,自宅が倒壊したため,千田町の修道中学校のグラウンドに避難し他の被
爆者とともに野宿した。翌7日,父が,学徒動員され舟入町の工場で働いていた
姉を捜すため南千田町から広島電鉄株式会社本社付近から日本赤十字病院付近を20
歩いたが,原告a6はその際背負われていた。翌8日から14日まで,父が,姉
を捜すため南千田町,日本赤十字病院,鷹の橋,袋町富国生命ビルの暁部隊収容
所,紙屋町,八丁堀,鉄砲町と歩き回ったが,原告a6は背負われていた。
急性症状
下痢,発熱の症状があったと聞いている。25
被爆後の症状
6歳の頃には,小児ぜんそく。平成11年8月,脳梗塞。同13年2月,左膝血
管内上皮腫。同17年,ぜんそく。同18年,左膝内視鏡手術。同20年,甲状
腺機能低下症。
原告a75
氏名a7
生年月日昭和13年○月○日
性別男性
認定申請日平成20年5月20日
申請疾病名陳旧性心筋梗塞10
被爆時年齢7歳
被爆地広島
原処分平成22年7月29日番号厚生労働省発健r5号
原処分があったことを知った日平成22年9月1日
異議申立日平成22年9月10日15
(被爆の実態)
被爆地点
広島市西観音町x丁目y-z所在の自宅(木造2階建て)の2階の居間(被爆距離
1.7km)
被爆時の状況20
原爆投下時点,原告a7は,軽い腹痛を起こしたため,学校を休み,上記の居間
で寝ていた。自宅はかろうじて倒壊を免れたものの,階段等が壊れた。原告a7
は,階下からの祖父の「飛び降りろ」との指示で,飛び降り,その際,大人数人
によって受け止めてもらったため,怪我をしないですんだ。
被爆後の行動25
しばらくして,家屋は全焼し,黒い雨が降ってきた。原告a7の家族は,近所に
作っていた防空壕に避難し,そこで,生活を始めた。防空壕では,備蓄していた
芋等を食べ,壊れた水道管からの水を飲んで1週間程度生活した。原告a7も焼
け跡の整理を手伝い,1週間後の8月13日頃,父らによって,防空壕の隣にバ
ラック小屋が建てられ,家族は,そこに移り住んだ。
急性症状5
被爆以前は,すこぶる健康であったが,被爆直後から,下痢,血便を繰り返すよ
うになり,そのような状態は,約1年間継続した。全身の倦怠感も続いた。
被爆後の症状
昭和32年,身体がだるく,体調が優れないため,c11内科を受診した。急性
盲腸炎と診断され,近所のc12外科に入院し,摘出手術を受けた。10
昭和60年6月,c13病院で,下壁心筋梗塞と診断され,血栓溶解療法を受け,
3か月入院した。一旦退院したが,半月後に1か月再入院した。その後も,入退
院を繰り返し,昭和61年6月に8日間,昭和63年5月に3か月,平成元年6
月,平成2年6月,平成3年6月に各3か月間の入院を,平成7年5月,平成9
年9月,平成10年3月,平成14年2月に,各1週間の入院をし,治療を受け,15
この間,平成9年9月には,冠動脈形成手術を受けた。平成17年10月,前壁
心筋梗塞と診断され,16日間入院し,ステント留置。平成18年5月,11月,
6日間,それぞれ入院し,ステント留置。平成2年3月,c14整形外科でヘル
ニアと診断され,3か月入院。平成2年9月,広島市民病院に3か月入院し,ブ
ロック注射等の治療を受けた。20
喫煙,飲酒歴
平成22年3月までは,一日20本程度の喫煙をしていたが,その後は,喫煙し
ていない。飲酒の習慣は全くない。
原告a825
氏名a8
生年月日昭和5年○月○日
性別男性
認定申請日平成20年7月23日
申請疾病名心筋梗塞
被爆時年齢15歳5
被爆地広島
原処分平成22年6月24日番号厚生労働省発健r6号
原処分があったことを知った日平成22年7月23日
異議申立日平成22年9月9日
(被爆の実態)10
被爆地点
広島市吉島羽衣町(現在の羽衣町)の自宅(被爆距離1.7km)
被爆時の状況
ピカッと光った後,ドーンという音がして,その後暗闇となった。南向きの部屋
におり,外傷はなかった。母と妹と一緒で,妹に外傷はなかったが,母は上から15
落ちたものに当り怪我をした。当初,自宅は燃えていなかっが,昼頃に,延焼し,
全焼した。
被爆後の行動
被爆直後,斜め前の本家が燃えていたので,防空の水を汲んで消火活動をした。
その後,母と妹を連れて,吉島飛行場の防空壕に避難し,燃える広島の空を見て20
夜を過ごした。8月7日は,近隣の人が梁の下敷きになって右腕の骨が剥き出し
になるという外傷を負ったため,救助のため,大八車を探し,その人を乗せて,
安佐南区川内の母方の祖母の家に徒歩で移動し,避難した。午後7時頃到着した。
8月10日,芸備線矢口駅から広島駅に向かい,そこから徒歩で,勤務先の広島
電信局(袋町のフコク生命ビル内)に向かった。建物の中は焼けていて執務は不25
可能であり,「広島中央電話局に集まる」ようにというメモ書きに従い,「広島中
央電話局」(広島市中町)に行ったが,誰にも会えず,やむなく,浅野図書館,中
電ビル,日銀等を訪ねた。午後4時頃,再び広島駅に徒歩で向かい帰宅した。8
月11日以後,毎日出勤し,その際,広島郵便局付近や西練兵場など爆心地付近
を歩いた。9月初旬になり,白島の逓信局で無線局を開設することとなり,同局
に異動した。5
急性症状
8月8日,9日に,高熱と下痢が続いた。8月中,倦怠感がひどく,よく休む日
が続いた。
被爆後の症状
昭和22年~23年頃,貧血気味。治療はしていない。10
昭和28年,ABCCより検査の要請あり。当時在住していた東京にて検査を受
け,白血球数が3700~3800である旨伝えられる。
昭和58年,胃潰瘍。マツダ病院にて通院。
平成4年3月,心筋梗塞のため,c13総合病院にて緊急入院。ICUに1週間
入り,血栓溶解療法施行。1か月余り入院治療。その他,高脂血症あり。以後,外15
来通院。薬物療法を受ける。
平成4年8月,c13総合病院にて再検査。再発のおそれありと指摘される。
平成6年4月~,肝機能低下。月1回,c13総合病院に通院。内服治療を行う。
平成6年12月,顔面水泡(ヘルペス)で1週間程度入院。
平成11年1月,急性腎孟炎で通院。20
平成14年4月,胃潰瘍でc13総合病院に通院。
平成15年10月,胸が痛くなり,発作性心房細動で,2日間程度入院。点滴等
の治療。
平成21年1月,腎不全でc13総合病院に通院。
平成22年2月~4月,人工透析でc13総合病院に入院。25
喫煙,飲酒歴
なし。
原告a9
氏名a9
生年月日昭和10年○月○日5
性別女性
認定申請日平成19年10月30日
申請疾病名甲状腺機能低下症
被爆時年齢10歳
被爆地広島10
原処分平成22年2月23日番号厚生労働省発健r2号
原処分があったことを知った日平成22年3月6日
異議申立日平成22年4月16日
異議申立棄却日平成23年6月24日
(被爆の実態)15
被爆地点
爆心地から3.0km地点にあった広島市東雲町の自宅
被爆時の状況
木造平家建の自宅8畳間で着替えをしているときに被爆した。当時,窓は開いて
いた。着替えのため上半身裸になっているときに,「ピカッ」と光り,「ドン」と20
いう音がして,意識を失った。意識を回復したとき,タンスの下敷きになってお
り,背中にはすだれの竹が4,5本刺さり,流血していた。
被爆後の行動
胴体にシュミーズを巻いて血止めをし,母親らと一緒に裸足で大洲町のブドウ畑
に避難した。食料がなかったため,ブドウ畑のブドウを食べた。その日は,大洲25
町のブドウ畑で夜を明かした。鶴見橋付近で作業中に被爆した兄が8月7日に死
亡したので,同日は葬儀のため安芸郡熊野町に行き,その日のうちに自宅に戻っ
た。食料がないので,屋外においてあった防火用のバケツにたまった水を飲んで
空腹を紛らわせていた。8月7日の夕刻から,比治山国民学校の校庭の砂場で死
体の焼却を1週間くらいした。8月10日に食料の配給があるまでは,屋外に設
置されていた水槽の水を飲んでいた。被爆時の背中の負傷は化膿し,治癒までに5
3か月くらいかかった。
急性症状
被爆して10日後頃,頭部の脱毛が始まり,2,3日後には完全脱毛の状態にな
った。
被爆後の症状10
中学2年生頃,盲腸になる。検査の結果,白血球の数値に異常が認められ,広島
赤十字・原爆病院で検査を受けた上,ABCCへ行く。
31歳頃まで,倦怠感や体調不良のため,段原の医療機関に通院。
30代から47歳頃まで,重度の倦怠感などで医療法人c15病院に通院。
43歳頃,公立学校共済組合中国中央病院に2回入院。15
47歳頃,広島大学病院に3回入院。
47歳頃から67歳頃まで,c24医院に通院。甲状腺機能の異常及び狭心症と
診断される。
67歳頃から現在まで,d2クリニックに通院。甲状腺機能低下症,高血圧,狭
心症,糖尿病,変形性関節症及び乾燥症候群と診断される。社会医療法人c1620
又は同病院の分院であるc17脳神経外科でMRI検査中。
その他
ABCCで,複数回,検査を受けた。
原告a1025
氏名a10
生年月日昭和19年○月○日
性別女性
認定申請日①平成18年11月9日
②平成20年12月25日
申請疾病名①脳内出血後遺症,脳梗塞,貧血,高血圧症5
②脳出血後遺症,脳梗塞,甲状腺機能低下症
被爆時年齢1歳
被爆地広島
原処分①平成22年2月23日番号厚生労働省発健r2号
②平成22年11月26日番号厚生労働省発健r9号10
原処分があったことを知った日①平成22年3月18日
②平成22年12月23日
異議申立日①平成22年4月26日
②平成23年1月19日
異議申立棄却日①平成23年7月29日15
(被爆の実態)
被爆地点
広島市東区愛宕町x-y,木造建物(平家建)内(被爆距離約2.3km)
被爆時の状況
原告a10は,母,三女,祖父母及び従姉妹の6人で,前記被爆地点にあった母20
の実家に身を寄せて生活していた。原告a10は,当時1歳であり,被爆時の状
況について記憶はないが,母によれば,家屋は倒壊を免れたものの窓ガラスが
粉々になって家の中に散乱していた。被爆直後,祖父を除き防空壕に避難した。
被爆後の行動
結核のため寝ていた祖父は防空壕に逃れることができなかったため,原告a1025
の母らは,死亡したものと思っていたが,幸い,布団を被って難を逃れることが
できた。原告a10の母は,原告a10をおんぶして,同人や三女,祖父の世話
をするために,防空壕と家を行ったり来たり,また,原告a10のおしめを洗濯
するために,近くの川に出かけるのが日課であった。母によれば,その際に(時
間は不明)「黒い雨」にあったということを後に原告a10に話している。
急性症状5
原告a10は,母から,被爆後から下痢と発熱に苦しんだこと,下痢が続くので
おしめの洗濯が大変であったとよく聞かされていた。また,母から,被爆後母乳
が出なくなり,原告a10は栄養不良のためか歩くことができなかったと聞いて
いる。原告a10が中学生くらいの頃,被爆後間もない頃に撮影したと思われる
写真が見つかったが,その写真は,祖母に抱かれた頭髪のない原告a10が写っ10
ていた。なお,同写真は,当時父母が居住していた西宮の自宅に保管されていた
が,阪神大震災に被災して紛失している。
被爆後の症状
昭和34年頃,貧血でよく倒れていた。
昭和37年,就職試験のときの健康診断で高血圧と診断される。15
昭和60年,身体の不調を感じて広島大学附属病院で診察を受けたところ,高血
圧と診断され,2か月入院した。その時,貧血もあると言われ,血液検査の結果,
造血機能障害と診断されて投薬治療を続けることになった。その後も同病院に通
院したが,貧血と高血圧のために入退院を6回くらい繰り返した。
昭和63年頃,入院中に腹痛が起こり,胆石と診断される。胆嚢が石で一杯にな20
り機能しなくなっていると言われ,胆嚢の全摘手術を受ける。
平成10年4月27日,朝10時30分頃に急に顔や手がしびれ出し,水を飲み
に行こうとしたところ,その場で倒れて救急車で広島大学附属病院に搬送された。
当時の意識はなく,意識が回復したのは午後7時頃であった。脳卒中(視床部脳
内出血)と診断され,左半身が全く動かない状態で,言語障害もあった。その時25
の後遺症(視床痛)により,顔や手の痛みがあり,医師からは「一生付き合って
いかないと仕方がないでしょう」と言われている。
平成18年6月頃,視床痛を和らげるために,広島赤十字病院(日赤病院)でリ
ハビリ治療を受けるようになり,現在も通院治療中である。
平成18年7月頃,尿の排泄がしにくくなり,日赤病院の腎臓内科で検査したと
ころ,腎臓が萎縮しており,健康体に比べると約半分になっていた。平成18年5
8月頃,夜,気が付いたらトイレの床で寝ていたため,医師に話したところ,日
赤病院の脳外科でMRI検査を受け,脳梗塞と診断された。その後,左半身の麻
痺が強まった。医師からは,「脳出血と脳梗塞を併発した人の治療は難しく,どち
らか一つに絞って治療しなければならない。脳梗塞の治療をすると,脳内出血が
再び起こる可能性がある。あなたの場合は二度目の脳内出血になるので命の保障10
はないと思って下さい」と言われている。
平成19年,日赤病院で甲状腺機能低下症と診断され,現在も投薬治療中である。
平成20年1月,急に食欲がなくなり,腹部が腫れてきたので消化器科でエコー
検査を受けたところ,腸に水が溜まっていることが判明した。大腸ファイバーで
も検査したが原因ははっきりせず,やせるばかりとなり,体重は約20kgも減15
った。1月8日に日赤病院に入院し腸閉塞と診断され,約2か月後に退院した。
医師からは「この病気はもう治らない」と言われ,現在も投薬治療を続け,薬に
よって大腸を動かしている状況にあるが,すぐに水が溜まり薬も排泄してしまう
ので,薬の量も増え,栄養も十分摂れない状態が続いている。また,腎臓病も悪
化しており,すぐに脱水症状になり,その都度点滴治療を受けている。広島大学20
附属病院では,アルデントストロン症と診断された。
平成21年10月7日,日赤病院で大腸全摘手術を受け,小腸と直腸を繋いでい
るが,そのため水分の吸収ができず,腎臓も悪化している。現在に至るまで日赤
病院に通院している。
原告a11
氏名a11
生年月日昭和18年○月○日
性別男性
認定申請日①平成20年3月28日
②平成22年1月15日5
申請疾病名①前立腺がん②胃がん
被爆時年齢1歳8か月
被爆地広島
原処分①平成22年5月27日番号厚生労働省発健r7号
②平成23年6月24日番号厚生労働省発健r8号10
原処分があったことを知った日①平成22年6月25日
②平成23年7月22日
異議申立日①平成22年7月5日
②平成23年8月19日
異議申立棄却日①平成23年10月28日15
(被爆の実態)
被爆地点
爆心地から4.0km地点(現在・広島市南区宇品御幸5丁目y番z号にかつて
自宅があった)
被爆時の状況20
当時,原告a11は1歳8か月で,同人の姉2名(j1,j2)や近所の人(j
3さん)と宇品御幸5丁目の自宅(中心地点より4.0km)の前の道路で遊ん
でもらっていた時に被爆した。
被爆後の行動
自宅は床柱がずれて,畳が陥没した状態になったが,倒壊したり,火事に遭うこ25
ともなかったため,居住できる状態だったので,そこに住み続けた。家の中や家
のそばで遊んでいた。8月17日に母親と一緒に,広島市南区皆実町1丁目にあ
った母親の叔父(j4)が住んでいた家の様子を見に行ったが,その家は火災で
焼けて何もなかったと聞いている。
急性症状
小さい頃(物心ついてから)には,よく下痢と鼻血をしていたことを覚えている。5
被爆後の症状
昭和30年頃,心臓弁膜症に罹患し,国立病院小児科に2年余り通院した。
昭和63年頃,糖尿病や高血圧症を発病して入院して治療を受け,現在も通院し
て治療を受けている。
平成6年頃,広島大学附属病院の整形外科で左腕に前骨間神経麻痺により2回手10
術を受けた。親指の機能は回復せず,握力がなく,物をつかむことができず,つ
かんでもすぐ落としたり,日常生活での不便がある(身体障害5級)。また,広島
市s1区t1のc18整形外科病院で,血行障害(レイノー病)と診断されてい
る。
平成18年頃,白内障とc19眼科(広島s2区t2)で診断されて,定期的に15
通院してきている(広島県立病院,中電病院)。
平成20年1月,広島市民病院で胃がんのがん細胞を内視鏡で切除する手術を受
けた。術後の経過(検査)や治療のため,c20内科(広島市s2区t3)に通
院していたが,現在は,c21内科(広島市s1区t4)及びc22クリニック
(広島市s2区t5)で通院している。20
平成20年2月,広島大学附属病院で前立腺がんと診断され,同病院の紹介で高
密度焦点式超音波治療手術をc23病院で受け,現在は,広島県立病院で定期的
に通院治療している。
平成20年8月,吉島病院で脊柱間狭窄症の手術を受けた。痛みや歩行困難は現
在でも多少続いている。25
原告a12
氏名a12
生年月日昭和12年○月○日
性別男性
認定申請日平成20年4月25日5
申請疾病名心筋梗塞
被爆時年齢7歳
被爆地広島
原処分平成22年7月29日番号厚生労働省発健r5号
原処分があったことを知った日平成22年8月30日10
異議申立日平成22年9月16日
異議申立棄却日平成24年1月27日
異議申立棄却があったことを知った日平成24年2月17日
(被爆の実態)
原爆投下時の状況15
当時7歳(小学3年生)で,疎開先の広島県加茂郡原村(現在の広島県東広島市)
で生活していた。
被爆の状況
原告a12は,昭和20年8月12日,広島市内に住んでいた家族や親戚に会っ
たり,安否を確認するため,広島市内に向かった。原告a12は,姉らと一緒に,20
早朝疎開先を出発し,国鉄の線路伝いに歩き続け,その日の午後4時か5時頃,
爆心地から1.5kmの猿猴橋にある自宅付近に着いた。自宅は跡形もなく倒壊
していた。付近に家族はおらず,原告a12らは,しばらく,市内中心部に向か
い,歩きながら,家族を捜したが,見つからなかった。夜遅くなり,泊めてもら
おうと,原告a12らは,牛田町の親戚の家を訪ねたところ,同じようにその家25
を訪ねてきた父らと再会した。8月13日,原告a12らは,自宅の跡地に行き,
倒壊した自宅や近所の家屋の廃材等を集め,自宅跡地にバラック小屋を作り,そ
こでの生活を始めた。原告a12は,父親から,袋町の親戚の家や十日市町の親
戚の家に行き,言伝をしたり,食物を届けたり,融通してもらったりするように
言われ,8月13日頃から,急造のバラック小屋で生活している袋町や十日市町
の親戚を毎日のように訪ねて,父の用事を手伝った。原告a12ら家族は,食料5
に事欠き,破裂した水道管から漏れ出ている水を飲んだり,近辺に散らばって放
置されたままとなっている保存食,乾パンなどを拾い集め,それを食べるなどし
て,食料を補った。原告a12は,このような生活を,夏休み一杯,家族と続け
た。9月1日,疎開先の小学校に通うため,原告a12は一旦,原に戻ったが,
9月中旬,自宅に帰り,元の荒神小学校に転校して,以降,バラック小屋(自宅)10
で家族と生活した。
急性症状
入市して,2週間位してから,発熱,下痢が始まり,2~3か月続いた。9月か
ら耳鳴りを患い,2年間通院した。
その後の健康状態15
昭和29年1月,肺浸潤で,3~4か月通院。
昭和48年5月,胃潰瘍により,約1年通院。
昭和50年8月,変形性脊椎症で,約6か月通院。
平成4年11月,変形性脊椎症で,約3か月通院。
平成5年2月,心筋梗塞で,約1か月入院。20
平成16年2月,緑内障(左)手術。
平成20年1月,胆嚢全摘手術。
平成20年1月,緑内障(右)手術。
平成20年4月以降,現在まで,心筋梗塞,緑内障の治療のため,通院を続けて
いる。25
原告a13
氏名a13
生年月日昭和3年○月○日
性別男性
認定申請日平成21年2月16日5
申請疾病名心筋梗塞
被爆時年齢16歳
被爆地広島
原処分平成22年11月26日番号厚生労働省発健r9号
原処分があったことを知った日平成22年12月10日10
異議申立日平成23年2月7日
異議申立棄却日平成24年2月24日
異議申立棄却があったことを知った日平成24年3月6日
(被爆の実態)
原爆投下時の状況15
原告a13は,昭和20年8月6日当時16歳(中学2年生)で,原爆投下時,
爆心地から4.1kmにある広島市南観音町の三菱重工内にいた。原告a13は,
上記三菱重工内の工場内で,金属パイプの加工作業に着手してしばらくして後,
所用で近くの事務所に行き,所用を済ませて,事務所を出て,屋外を工場に向か
って徒歩で帰っている途中,突然,強い閃光がしたため,両手で頭を覆って地面20
に伏せていたところ,ドカーンという大爆音と,熱風を伴った爆風に見舞われた。
工場のスレートやガラスの破片が落下し,原告a13は,破片で右手首を負傷し
た。原告a13は,一旦近くの防空壕に避難した後,数時間後,大竹市にある自
宅に帰ろうと,三菱重工を出た。原告a13は,徒歩で北上し,西大橋,旭橋を
渡り,庚午あたりについた。途中,黒い雨が降り,原告a13は,20分程度,25
全身に浴びた。そして庚午あたりで西方面に向かうトラックの荷台に乗せてもら
い,廿日市まで行き,そこで,トラックを降りて,廿日市駅に行った。廿日市駅
で汽車を待ったが,負傷者が一杯で,なかなか乗車できず,自宅にたどり着いた
のは,午後7時頃であった。
その後の入市被爆状況
原告a13は,8月8日,広島市楠木町に住んでいた伯父(k1)一家の安否を5
確認するために,広島市内に向かった。原告a13は,自宅を出て,己斐駅で汽
車を降り,旭橋,西大橋を渡って,南下し,三菱重工に行った。出勤して午前8
時頃,原告a13は,伯父一家の安否を確認するために,三菱重工を出て,徒歩
で,天満川沿いを北上し,観音橋を渡り,土橋,十日市を通って,横川橋を渡っ
て,横川方面に向かった。原告a13は,途中,学校,寺社,川土手,橋の下等10
に設けられていた救護所に一つ一つ立ち寄って,伯父の所在を捜しまわった。救
護所には,遺体や瀕死の人が並べられており,原告a13は,名札を確認したり,
伯父かどうか確かめるために,身体に触って特徴を確認したりした。原告a13
は,横川駅付近の救護所にも立ち寄り,捜したが伯父は見つからず,午後6時過
ぎ,横川駅から汽車に乗って,自宅に向かった。8月9日,原告a13は,午前15
7時30分頃横川駅につき,そこから,徒歩で,伯父一家の自宅に行った。付近
一帯は焼け野原で,焼け跡から何も発見できなかった。原告は,前日と同様に,
近辺の救護所(広島信用金庫,三滝の竹やぶ,陸軍病院,太田川沿いの大芝公園
など)を見て回ったが,伯父一家の消息は分からずじまいであった。8月10日
から同月18日までは,原告a13は,毎日,午前8時から午後1時頃まで,己20
斐町の旭山で,野外の木材運搬作業に従事した。
急性症状
8月15日頃から,極度の全身のだるさに見舞われるようになった(この状態は,
その後も,程度の変化はあるものの現在まで続いている。)。8月下旬頃から,下
痢が続き,月末頃には,歯茎からの出血,身体に紫の斑点,高熱が出た。25
その後の健康状態
全身の倦怠感,食欲不振,風邪を引きやすい状態は,その後も続いている。
気力を振り絞ろうと努めても,根気や集中力を維持できず,そのような状態は,
重くなったり,軽くなったりしながら,続いた。
出血すると容易に止血できない症状が出るようになり,昭和39年頃,歯科で抜
歯した際,止血がなかなかできなかった。5
昭和40年頃,急に意識がなくなる症状が出始め,約1年間続いた。昭和47年,
虚血性心疾患と診断され,その後,治療を受ける。
平成20年10月,心筋梗塞の診断を受け,入院,その後,現在まで治療を受け
ている。
原告a14
氏名a14
生年月日昭和12年○月○日
性別女性
認定申請日平成20年6月27日15
申請疾病名甲状腺機能低下症
被爆時年齢8歳
被爆地広島
原処分平成22年8月26日番号厚生労働省発健r10号
原処分があったことを知った日平成22年9月29日20
異議申立日平成22年10月22日
異議申立棄却日平成24年2月24日棄却
異議申立棄却を知った日平成24年3月15日(書面の送付を受けて知った。)
(被爆の実態)
被爆地点25
向洋にあった東洋工業の社宅室内において被爆(手帳距離4.1km)
被爆時の状況
爆風で,全てのガラスが割れ,ガラス片が一面に散らばっていた。
被爆後の行動
8月6日東洋工業の社宅には,原告a14と母,妹(当時3歳),弟(当時11
か月)の4人でいた。鷹匠町(現・本川町2丁目,爆心地から0.6km)にい5
たはずの家族(祖母,父,兄2人)が心配だったが,市内には入ることができな
いとのことで,その日は,社宅に泊まった。
8月7日から11日朝早く,向洋を出て,市内に向かった。まだ,煙が出てい
る広島駅を通って,牛田(饒津神社の近く)の母の実家に向かったが,そこも焼
けていた。焼けただれた人が転がっていて,水を下さいと声を掛けてくるが,何10
もできなかった。まもなく,近くの雑木林の中に避難している祖母と会うことが
でき,そこを拠点に市内へ家族捜しに出かけることになった。はっきりした記憶
のある行った場所は,鷹匠町の自宅,本川小学校,相生橋,西練兵場である。鷹
匠町の自宅(0.6km)は,あとかたもなくなっていた。原告a14は,電車
道のところで,妹と弟の子守をしていて,母が自宅へ家族を捜しに行った。母は,15
父の使っていた鉄兜と靴を修理するのに使う金具のようなものを持ち帰った。本
川小学校に,近所の人が運ばれているという話を聞いて,本川小学校にもいった
(0.3km)。この時も,校庭で弟と妹の子守をし,母だけが学校の中に入って
いった。西練兵場(0.5km)にも母が家族を捜しに行った。この時も,電車
道のところで子守をしていた記憶である。自宅から護国神社へ行くときにいつも20
通っていた相生橋が,端が落ちて狭くなっていて,通るのが恐かった記憶がある。
それから,どこの鳥居か分からないが,何もなくなっていたところに,白い鳥居
だけが立っていた記憶がある。護国神社の鳥居であったのではないか。7日以降,
ほぼ毎日のように市内中心部に行き,家族を捜し回ったが見つからず,11日に,
向洋の社宅へ戻った。25
急性症状
典型的な急性症状についての明確な記憶はないが,一緒に行動した弟に吹き出物
がたくさんできて,もうだめかも知れないと思うような重篤な状態になったこと
は覚えている。
その後の健康状態
その後,特筆すべき大病はなかったが,近年,以下のように病気が続いている。5
平成13年4月,甲状腺機能低下症。現在も治療中。
平成13年5月,白内障。現在も経過観察中。
平成13年8月,大腸がん,手術後,5年経過観察し,完治とされている。
平成14年,糖尿病。
原告a15
氏名a15
生年月日昭和14年○月○日
性別男性
認定申請日平成20年9月2日15
申請疾病名心筋梗塞,両白内障
被爆時年齢5歳
被爆地広島
原処分平成22年10月25日番号厚生労働省発健r11号
原処分があったことを知った日平成22年11月27日20
異議申立日平成23年1月14日
異議申立棄却日平成24年2月24日
異議申立棄却を知った日平成24年3月14日
(被爆の実態)
被爆地点25
自宅(広島市仁保町朝見原)付近において被爆(距離3.5km)。
被爆時の状況
凄まじい閃光の後,地面を揺るがすような音と共に爆風が吹き,2m余り飛ばさ
れた。
被爆後の行動
8月6日,自宅のガラス戸は全て吹き飛ばされ,壁は落ち,散乱して家に入れる5
状態ではなかった。夜は,原告a15は,母,弟と3人で,庭に蚊帳を吊って過
ごした。父親は,宇品造船所に勤務していたが,当日は,勤労奉仕に出かけたま
ま帰宅しなかった。
8月7日,原告a15は,母,弟と共に,昼頃から宇品の祖父母に一時避難する
こととし,仁保町から宇品まで徒歩で移動した。その後,祖父が父の勤労奉仕先10
を問い合わせ,天神町に行っていたことが分かった。その際,天神町の地図をも
らった。
8月8日早朝,原告a15は,祖父母,母,弟と共に,天神町に父親を捜しに行
くこととし,電車通りから御幸橋を渡り,千田町を通って,日赤病院に立ち寄っ
た。病院には,火傷や外傷を負った人が路上にいたが,父の姿はなく,その後,15
大手町,袋町を通って,天神町に着いた。辺りは一面焼け野原で,建物もなく,
地図は役立たなかった。まばらに火の手が上がり,砂埃が煤煙と共に舞い上がっ
ていた。材木町,元柳木町,中島本町,相生橋と川辺を捜して歩いた。沢山の遺
体を確認したが,父は見つからなかった。川を下って元安橋まで捜した後,紙屋
町,立町,八丁堀まで歩き,福屋と中国新聞の前で茫然と立ち竦んだ。日暮れ時20
になって,白神社まで歩き,帰途についた。
8月9日,祖母と弟が体調を崩したため,原告a15と祖父の二人で,父親捜し
に出掛けた。自宅から日赤病院に歩いていき,院内に収容されている人々の中に
父親がいないか捜したが,見つからなかった。その後,千田町から小町を通って,
天神町まで歩いて行き,周辺をくまなく歩いて捜した。中島本町,元柳町,中島25
新町へと焼け跡を捜し回った。壊滅した町には,手掛かりは何もなく,県立病院
にも立ち寄ったが,父親はいなかった。
8月10日から同月12日まで,数回,天神町付近に立ち入った。祖父から聞い
た話では,天神町に入った回数は10回以上,全体で50kmは歩いた。
急性症状
被爆後半年間は,歯茎からの出血があり,口の中が真っ赤になっていることが度々5
あった。1か月過ぎた頃から,脱毛があり,ほとんど抜けてしまった。
その後の健康状態
平成10年4月17日,心筋梗塞でc13病院に入院。冠動脈造影検査にて,左
冠動脈前下行枝SEG7に99%の狭窄を認めた。以後,カテーテル治療継続中。
平成19年6月20日には,左冠動脈前下行枝に50%狭窄,回旋枝に50%狭10
窄。末梢に99%の狭窄を認め,平成24年4月26日,右冠動脈50%の狭窄,
左前下行枝75%の狭窄,左回旋枝に50%の狭窄,末梢に90%の狭窄を認め
る。その他,糖尿病,高血圧,高脂血症があり,平成20年8月には,両白内障
と診断され,水晶体に核混濁が認められている。
a16
氏名a16
生年月日昭和9年○月○日
性別男性
認定申請日平成23年7月13日20
申請疾病名急性心筋梗塞
被爆時年齢11歳
被爆地広島
原処分平成24年1月27日番号厚生労働省発健r12号
原処分があったことを知った日平成24年2月21日25
異議申立日平成24年3月2日
異議申立棄却日平成24年7月27日
異議申立棄却を知った日平成24年8月13日
(被爆の実態)
被爆時点
a16は,当時11歳(国民学校5年生)で,原爆投下地点,市立白島国民学校5
の木造校舎2階教室内にいた(爆心地からの距離1.5km)。
被爆時の状況
強烈な閃光・爆風で,校舎は瞬時に倒壊し,a16はその下敷きになった。
被爆後の行動
被爆後,しばらくは意識がもうろうとしていたが,意識が回復した後,a16は,10
倒壊した木材等に挟まれた身体をよじりながらその場から這い出した。校舎の一
部からは,火の手が上がっており,a16は,西方向にある自宅(西白島町x番
地・1.3km)に徒歩で向かった。途中,ほとんどの家屋は倒壊しており,あ
ちこちに火災が発生し,負傷した多くの人が避難しており,a16の自宅も全壊
し延焼していた。a16は,しばらくは,その場で,自宅にいたと思われる姉の15
k2,弟のk3らを捜したが,見つからず,そのうち,火勢が強くなったため,
a16は,多くの避難者と一緒に北に向かい,川土手に逃れた。a16は,中三
田にいる祖母(l1)の家に避難しようと,安芸矢口駅まで徒歩で行ったが,途
中,牛田付近で雨が降り,しばらく全身に浴びた。a16は,負傷者・避難者で
満員の汽車に乗り,午後3時頃,中三田駅を降り,近くの祖母の家に着いた。20
a16は,8月7日は,中三田駅に行き,その日一日,家族を捜し待ち受けたが,
家族には会えず仕舞いであった。
8月8日早朝,a16は,原爆投下時に市内にいた父(l2)や兄弟ら家族の消
息を捜しに汽車で市内に向かい,安芸矢口駅で降りた後,牛田の神田橋,白島国
民学校,自宅付近と歩き回った。途中,川面には,多くの遺体が流れ,川土手や25
空き地には遺体が収容され,収容しきれずに,放置されたままの遺体もあちこち
にあった。a16は,自宅の焼け跡でまだ熱い灰の中を,家族を捜したが,家族
の遺体らしいものは見つからなかった。a16は,近所の知り合いから,k3に
似た子が勧業銀行に収容されていると聞かされ,そこに行き,多くの遺体や収容
されている負傷者を丹念に見て回ったが,見つからなかった。その後,a16は,
収容先の中国新聞社,福屋百貨店,帝国銀行等に行き,家族を捜したが,見つけ5
ることはできなかった。a16は,紙屋町を通って,相生橋の東土手を北上し,
夕方,白島の長寿園付近に着いた。川土手では,遺体が燃やされ,負傷者は,ゴ
ザやムシロの上に横たわっていた。a16は,遅くなったので,祖母宅に戻るこ
とは諦め,この日,付近で野宿した。8月9日,a16は,まず,自宅付近に行
き,さらに,市内のあちこちの収容先に行って,手掛かりを求め,捜して回った10
が,家族は見つからなかった。a16は,その後,祖母宅から,市内に行き,家
族を捜す行動を,3日ほど続けたが,家族の行方は分からないままであった。
急性症状
被爆後半年の間,a16は,下痢,嘔吐,脱毛,高熱に見舞われた。
その後の健康状態15
13歳の頃(昭和22年頃)にも,高熱,関節痛にかかり,身動きができない状
態が続き,三菱病院に入院した。
平成7年,近医で,高血圧と診断された。
その後,高血圧性心疾患と診断された。
平成22年12月,心筋梗塞と診断され,入院。20
平成23年4月,8月,心筋梗塞で入院した。
原告a17
氏名a17
生年月日昭和15年○月○日25
性別女性
認定申請日平成21年12月15日
申請疾病名甲状腺機能低下症,糖尿病,慢性関節リウマチ
被爆時年齢4歳
被爆地広島
原処分平成23年2月25日番号厚生労働省発健r13号5
原処分があったことを知った日平成23年3月8日
異議申立日平成23年4月18日
異議申立棄却日平成24年4月27日
異議申立棄却を知った日平成24年5月16日
(被爆の実態)10
被爆地点
爆心地から4.0km地点の広島市古田町大字古江の自宅
被爆時の状況
屋外で妹とままごと遊びをしていたときに被爆した。「ピカッ」と光り,大きな「ド
ーン」という音がした。衝撃で建物が壊れるくらい揺れた。その後,母がいた畑15
に妹と一緒に行き,そこで「黒い雨」を浴びた。
被爆後の行動
8月6日は,自宅近くにあった防空壕に避難した。
8月7日の朝から,母親の引く荷車に乗り,親戚を捜しに舟入町の羽田別荘付近
まで行った。道中,母親は,道路脇の遺体の口を開け,歯で身元の確認をしてい20
た。その後,舟入付近の校庭と思われるところで,安置されていた遺体の中から
親戚の遺体を見つけ,荷車に乗せて夕方頃自宅に帰って火葬した。また,8月1
0日頃,母親に連れられて草津の学校に行った。自宅は倒壊を免れていたので,
舟入で被爆した親戚が9人くらい避難してきた。全員ひどいやけどをしており,
焼き場で拾った人骨を石臼で粉状にして,患部に振りかけた。また,身体から蛆25
をとった。中には,全身に小豆色の斑点が出て,血を吐く者もいた。年内には,
ほぼ全員が死亡した。
急性症状
発熱,下痢。
被爆後の症状
昭和59年頃,倦怠感によりc24小児科内科アレルギー科を受診した。血液検5
査の結果,甲状腺機能低下症を指摘された。現在,c25医院で治療中である。
平成5年,子宮筋腫の手術を受けた(広島赤十字・原爆病院)。
平成6年頃,糖尿病。現在,c25医院で治療中である。
平成16年頃,慢性関節リウマチ。広島市立広島市民病院に入院した。現在,c
26クリニックで治療中である。10
原告a18
氏名a18
生年月日昭和15年○月○日
性別女性15
認定申請日平成23年12月20日
申請疾病名甲状腺機能低下症
被爆時年齢5歳
被爆地広島
原処分平成24年6月29日番号厚生労働省発健r14号20
原処分があったことを知った日平成24年7月14日
異議申立日平成24年9月11日
(被爆の実態)
被爆地点
爆心地から2.0km地点の広島市千田町三丁目の自宅25
被爆時の状況
自宅の前のm1宅の裏庭で同人とタライに水を汲んで遊んでいるときに被爆した。
ピカッと光り,ドーンと大きな轟音がしたので,親指で耳を塞ぎ,後4本の指で
目を押さえて縁側に伏せた。どのくらいの時間か分からないが,気を失っていた。
気付いたときには,家屋は倒れ,崩れ落ちた壁の下敷きになっていた。母m2が,
「a18,a18」と叫びながら助け出してくれた。5
被爆後の行動
母と一緒に御幸橋を渡り,宇品御幸2丁目にあった宇品陸軍糧秣支廠へ避難した。
そこでは辺り一面にむしろが敷かれ,多くの被災者が寝かされ,白い粉薬を全身
に塗られ横たわっていた。野宿した日以外の日は,糧秣支廠で夜を過ごしたが,
朝になると被災者たちは次々と息絶えていった。その日の夕方,母と糧秣支廠を10
出て,千田町の自宅まで帰る予定だったが,千田町辺りは火の手があがり,自宅
に帰ることができなかった。その夜は,御幸橋のたもとで野宿をした。翌日(8
月7日),自宅まで帰ることができたが,全焼していた。同日夜も,御幸橋のたも
とで野宿した。仕事で呉市に行き,8月6日以降,消息不明だった父m3にも,
8月8日,会うことができた。千田町の自宅は,全焼し,住む家もなく,被爆一15
週間した頃,母の故郷である山県郡大朝町へ,父,母と3人で帰ることにした。
急性症状
大朝町に避難して間もなく,髪の毛が抜け始め,ほとんど抜けて脱毛し,また,
よく虫に刺され,刺されたところが,すぐ化膿しておできになった。荷車に乗せ
られて,大朝町の医院に通院して白い薬を塗られた。なお,母は,平成22年120
月10日,胃がんのため死亡した。
被爆後の症状
12歳頃まで2~3か月に一度,急性じんましんに罹り,発熱や激しい痒みに悶々
とし,いくつかの病院に行ったが,どこに行っても特効薬はなく,内服薬を服用
すれば,眠気がさすので,飲むことができず,漢方薬を飲んだりした。昭和3725
年夏より頻脈に悩むようになった。血圧は上が70,下が40となり,脈拍数も
200回くらいになった。立っていることもできず,静かに1~2時間くらい横
たわっていると治るという状態が続いた。平成6年頃より肛門近くに腫瘍ができ
て,平成10年より排便の度に出血していたため,井口町の自宅近くの医院で診
察をしてもらったところ良性だと診断されたので,平成12年の60歳まで我慢
し放置していた。この腫瘍ががん化していたことが判明し,平成12年11月25
1日,安佐市民病院で直腸がんの手術を受けた。術後は,済生会広島病院で経過
観察と大腸内視鏡検査を受けるため,5年間通院した。平成18年10月5日,
頻脈不整脈のため,岡山大学病院で心臓手術をした。その際,全身のCT,MR
Iの検査などを受け,甲状腺異常が発見され,以後,同病院で経過観察をし,平
成22年7月17日,c1クリニックで甲状腺機能低下症の診断を受け,以後,10
治療を受けてきている。甲状腺剤(チラージンS25μg)を服用しなければな
らない状態が続いている。人一倍疲れやすく,食欲もないが,寮母として働かな
ければならず,食べるよう努力する毎日が続いている。
原告a1915
氏名a19
生年月日昭和18年○月○日
性別女性
認定申請日平成21年3月9日
申請疾病名甲状腺機能低下症20
被爆時年齢1歳
被爆地広島
原処分平成23年1月26日番号厚生労働省発健r15号
原処分があったことを知った日平成23年2月23日
異議申立日平成23年3月25日25
異議申立棄却日平成24年7月27日
(被爆の実態)
被爆地点
爆心地から3.2kmの自宅(広島市庚午北町8丁目)の庭先(屋外)
被爆時の状況
自宅庭先にいた時に被爆。その夜は自宅で休む。5
被爆後の行動
翌7日に,両親に連れられて,姉(n1)を捜すため,看護婦として働いていた
相生橋近くにあった陸軍病院へ行き,その後も7日,8日,9日と行った。
急性症状
下痢,発熱が,2か月続いた。10
被爆後の症状
幼い頃から病弱,当時のABCCの呼び出しに応じていろいろな検査を受けてい
た。その中で尿の異常を指摘されたこともあった。
その後の健康状態
昭和61年乳がんで右乳房切除。その後も体調不良。15
その後,平成17年1月頃原爆検診の際,血液検査により,甲状腺機能低下症を
指摘される。
平成17年7月25日,c1クリニック初診。チラージン服用開始。
平成18年6月16日,体調不良により広島市立舟入病院入院。退院後も平成1
9年6月,21年3月と体調不良により救急車で運ばれることあり。20
原告a20
氏名a20
生年月日昭和5年○月○日
性別女性25
認定申請日平成22年3月25日
申請疾病名甲状腺機能低下症
被爆時年齢14歳
被爆地広島
原処分平成23年7月29日番号厚生労働省発健r16号
原処分があったことを知った日平成23年8月12日5
異議申立日平成23年8月23日
異議申立棄却日平成24年7月27日
異議申立棄却を知った日平成24年8月4日
(被爆の実態)
被爆地点10
皆実町三丁目にあった電鉄家政女学校の木造講堂内で被爆(爆心地からの距離2.
5km)
被爆時の状況
当時,電鉄家政女学校の学生であったが,実家は高田郡北村にあったため,同学
校の敷地内にある寮に入り,そこに住んでいた。昭和20年8月6日は,午後か15
ら学校の実習(広島電鉄の電車の車掌としての実務実習)が予定されており,午
前中は,8時半からの授業を受けることになっていた。空襲警報が出されたので,
学校敷地内にあった防空壕へと避難したが,その後,警報が解除になったため,
寮に戻り,支度をした。8時過ぎに寮を出て,教室に向かったが,授業の開始ま
での間,いつものように講堂内で友達と雑談をしていたところ,突然,薄暗い講20
堂内がピカッと明るくなり,次の瞬間には,ドンとものすごい爆音がし,講堂の
窓ガラスが割れて飛び散り,講堂内にあった黒板等は全て倒れた。いつも訓練で
空襲等の非常時に備え,何かあれば伏せるという訓練をしていたため,何が起こ
ったのか分からないまま,床に伏せた。講堂建物の壁や屋根は無事で倒壊・落下
することはなく,また,講堂の窓は小さいものしかなかったので,講堂内にいた25
人は,けがをすることはなかった。
被爆後の行動
何事が起ったのか分からないまま,すぐに友達3人と一緒に講堂の外に出た。外
は,埃か何かが舞っているような状態で,晴れの日だったにもかかわらず,太陽
が見えなかった。周囲は,倒壊した建物もあったが,まだ火事は起きていなかっ
た。広島市内の中心部は火で燃えているように見えた。いつの間にか近くに学校5
の先生がおり,とりあえず,鈴が峰にあった実践女学校のある西方向の山の方へ
避難しようと言われたため,歩いて向かうことになった。途中,燃えてしまって
渡れない橋があったので,渡ることのできる橋を通り,国鉄の己斐駅に着いた。
己斐駅に着いたのは,夕方頃である。知っている場所に着き,一安心した。その
後,誰ともなく,鈴が峰にあった実践女学校が避難所になっていると聞いた。己10
斐駅からは,線路があったので,線路沿いに歩いて実践女学校に向かった。実践
女学校に着いたときには,周囲は真っ暗になっていた。そこには,すでにたくさ
んの被爆者が避難してきており,火傷等がひどく,死んだように動かない人も多
数運ばれてきていた。その講堂内で寝泊まりすることにした。2~3日くらいし
てから,広島電鉄の人から,電車が動くようになったので,すぐに車掌として働15
いてくれないかと言われた。そこからは,友達らと,宮島駅から己斐駅まで往復
する電車の車掌として働くことになった。広電の市内線は,原爆のため,線路上
で止まったままの電車があったことから,昼から仕事が休みの日等には,同級生
を捜しに市内線の電車の線路をたどり,土橋あたりまで,2~3回,捜しに行っ
たが,誰も見つけることはできなかった。8月末までは,広電の車掌をしながら,20
実践女学校の講堂で寝泊まりしていたが,口の中の粘膜が剥がれ,出血があり,
食べたり飲んだりできなくなったので,車掌の仕事をやめて,実家に帰った。実
家に戻ってから,すぐに頭の髪の毛がほとんど抜け落ち,顔が真っ黒になり,血
便が出た。田舎で医者がいなかったので,自宅で療養した。昭和21年6月頃,
家政女学校の事務所を訪ね,り災証明書をもらった。以後は,実家で農業をし,25
その後,結婚した。
急性症状
脱毛,血便,口内の粘膜や唇の皮が剥がれた。
被爆後の症状
貧血(18歳くらいから),めまい(18歳くらいから),昭和35年頃,田舎の
健康診断で甲状腺が悪いと言われ,広大病院で検査(異常なし)。昭和38年頃,5
健康診断で甲状腺が悪いと言われ,再度,広大病院で検査(異常なし)。昭和46
年頃,大手町のd4内科で甲状腺機能低下症と診断され,通院。平成3年4月,
d3クリニック病院へ通院。平成21年7月,c5内科へ通院し現在に至る。
喫煙歴
なし。10
原告a21
氏名a21
生年月日昭和17年○月○日
性別男性15
認定申請日平成21年12月17日
申請疾病名甲状腺機能低下症
被爆時年齢2歳9か月
被爆地広島
原処分平成23年6月24日番号厚生労働省発健r17号20
原処分があったことを知った日平成24年8月13日
異議申立日平成23年8月9日
異議申立棄却日平成24年7月27日
(被爆の実態)
被爆地点25
爆心地から3.3kmの地点にあった広島市宇品町神田5丁目の自宅屋外
被爆時の状況
屋外で遊んでいた時,爆風で飛んできたガラスの破片で足にけが(傷跡あり)を
したことは記憶している。
被爆後の行動
翌7日には,母に連れられて市内中心部に入った。母のいとこを捜すために,自5
宅から市内中心部(小町・流川町など)を数時間歩き回った。
急性症状
被爆後,当分の間,発熱と下痢が続いた。
被爆後の健康状態
幼い時から病弱で,社会人になってからも,内臓疾患(肝臓,心臓機能障害,慢10
性膵炎,慢性胃炎等),平衡感覚機能障害,白内障,脊椎変形狭窄など次々と発病
した。
50歳過ぎより,異常に体がだるい,声が出にくくかすれる,体温調整ができな
いなどの体調不良が出始めた。しかし,会社の健康診断や原爆定期健診の諸検査
でも原因不明であった。15
原告a21は,原爆定期健診を平成8年から受診していたが,平成18年に甲状
腺検査が初めてあった際,検査値が異常と指摘された。同所から,甲状腺の専門
医であるc1医師の紹介を得て,同年11月に甲状腺細胞検査の結果等から,甲
状腺機能低下症は放射線に起因したものと診断された。それ以降,毎日薬が手放
せず,体はだるく,声もかすれて出しづらく,手足がとても冷える等の毎日であ20
り,定期的な通院と検査を続けている。
喫煙,飲酒歴
なし。
補足(甲状腺以外の病気について)
白内障25
被爆後,子ども時代から視力が弱く,ぼんやり感が常にあり,見づらく,中学か
ら眼鏡をかけている。社会人時代も常に「かすみ」や「まぶしさ感」があったが,
全国転勤族であったため,詳しい検査も受けず経過した。平成15年10月に専
門病院で検査を受け,「白内障」であったことが判明した。しかも「後嚢下混濁」
があるとのことなので,放射性白内障とも考えられる。現在も4か月に1回,通
院している。5
心臓
社会人時代の会社健康診断で,その都度「不整脈」が指摘され,「注意するよう」
指導されており,時折胸に圧迫感があり,不安を抱えている。
原告a2210
氏名a22
生年月日昭和19年○月○日
性別男性
認定申請日平成23年5月13日
申請疾病名甲状腺機能低下症15
被爆時年齢満1歳7か月
被爆地広島
原処分平成24年1月27日番号厚生労働省発健r12号
原処分があったことを知った日平成24年2月21日
異議申立日平成24年3月22日20
異議申立棄却日平成24年8月31日
異議申立棄却を知った日平成24年9月13日
(被爆の実態)
被爆地点
爆心地から1.4kmの地点にあった広島市草津南町x番地の自宅の建物内25
被爆時の状況
母と一緒に自宅にいた。
被爆後の行動
8月7日に①南三篠のo1の安否と,②舟入川口町に住んでいた義父母o2・o
3の安否を尋ねるために,同日8時から15時頃,母と共に草津,古江,己斐,
福島を通って,南三篠,天満町,小網町,舟入川口町(ここで祖母と会う),住吉5
橋,明治橋,大手町8丁目,同日14時から17時頃まで,明治橋,観音橋,福
島橋,己斐,草津南町をいずれも徒歩で,母o4を同伴者としていた。当日会っ
た人は,o1とo5である。
急性症状
母によると,私は被爆2日後の8月9日から体中に発疹ができ,発熱・下痢をし,10
脱毛もあった。
被爆後の健康状態
昭和50年から気管が弱く,頻繁に咽頭が赤くなり,気管支炎になった。現在も
c25耳鼻咽喉科にて治療中。
平成9年7月c1クリニック(s1区t6)で甲状腺機能低下症と診断された。15
現在もc13病院で治療中である。
平成13年,便の潜血反応が出たので,c26外科にて大腸内視鏡検査を受けた
ところ,憩室が何か所かあると言われた。
平成16年4月,腹痛が起こり,中電病院に入院。腹膜炎と診断され,緊急手術
を行った。別に破れているところもあり,再手術で3か月入院した。20
平成16年12月,腹痛が起き,胃カメラの検査により,胃と胆のうを切除する
と言われ不安を感じ,再び胃と腸の検査を受けたところ,8㎝大の腫瘍が見つか
り,胃がんと診断された。そして,広島赤十字原爆病院で平成17年2月に胃の
4分の3を切除した。原告a22は,平成20年10月21日付で,「胃がん」を
認定疾病名として,原爆症の認定を受けている。ただし,平成23年には,術後25
5年以上の再発,転移を認めないとのことで中止となった。
平成11年4月,目の調子が悪いため,中区大手町c27眼科にて検査を受けた
ところ,白内障があると言われ,現在も診察を受けている。
家族の病気等
父はリンパ腫がん,母は胆のう膵臓がんで死亡。3人の男兄弟の二男は,白血病
で死亡,弟は膀胱がんで現在も治療中。父母が被爆したことに関連があると思う。5
原告a23
氏名a23
生年月日昭和16年○月○日
性別男性10
認定申請日平成24年6月21日
申請疾病名白内障,急性心筋梗塞
被爆時年齢3歳
被爆地広島
原処分平成24年12月14日番号厚生労働省発健r18号15
原処分があったことを知った日平成25年1月17日
異議申立日平成25年2月18日
(被爆の実態)
被爆地点
爆心地から2.3km地点の広島市牛田町の自宅20
被爆時の状況
自宅(平屋藁葺)にいて,飛行機の音がしたので,遮へい物のない濡れ縁(敷居
の外側につけられた軒下の廊下)に踏み出ようとしたところで被爆(2.3km)。
鴨居に掛けてあった額縁が落下し,肩間中央に5cmほどの外傷を負い,顔面も
火傷したので,油を塗り,野草による民間治療をした。13歳の姉(f2,平成25
23年8月4日死亡)は,原告a23の手を引き,1歳の弟を脇に抱え裏山に避
難した。自宅家屋は消失した。
被爆後の行動
その後,山から自宅に戻ると,家は全焼のため自宅の西北100mほど離れた親
戚(f3)の家に身を寄せた。原告a23の父母は,当日,基町の陸軍基町倉庫
(1.2km)の屋根瓦を下ろす作業に出掛け,作業中に被爆した。叔父(f3)5
が2人を捜しに行き,意識不明の父母をリヤカーに乗せ同人宅に運んだ。原告a
23は,重症の父母らと叔父宅で,以後3年間,共同生活をしたが,原告a23
の父は,被爆3日後の8月9日,死亡した。原告の母は,昭和39年頃,脳出血
で倒れ,右半身不随となり,昭和49年4月24日,62歳で死亡した。
急性症状10
下痢。
被爆後の症状
平成15年8月30日,硬膜下血腫のため,c28外科病院で頭蓋骨にドリルで
穴を開け,血を抜く手術を実施。
平成15年,下肢静脈瘤のため,広島逓信病院で血管40cm取り除く手術を実15
施。
平成15年12月9日,不安定狭心症,広島市民病院でカテーテル手術の結果,
99%狭窄のためステントを挿入。
平成17年12月2日,c29眼科医院において,両白内障と診断を受ける。
平成19年4月25日,小脳出血により,広島市民病院に入院(22日)して治20
療後,中電病院に転医し40日入院。現在,広島市民病院に通院治療中。
平成21年3月31日,急性心筋梗塞のため,4月1日,広島市民病院に緊急入
院し,PCI施行をしたが不成功のため,以後,内服治療中。
平成24年5月8日,白内障(両眼)により,広島市民病院で,左眼の白内障手
術を行った。25
原告a24
氏名a24
生年月日大正15年○月○日
性別男性
認定申請日平成26年9月18日5
申請疾病名右白内障
被爆時年齢19歳
被爆地広島
原処分平成27年6月15日番号厚生労働省発健r19号
原処分があったことを知った日平成27年7月15日10
(被爆の実態)
被爆地点
広島赤十字病院(爆心地からの距離1.5km)の北病棟の3階建物内
被爆時の状況
当時,19歳であった原告a24は,蓄膿症手術のため,広島赤十字病院に入院15
していた。昭和20年8月6日,原告a24は,警戒警報が解除されたので,北
病棟3階の病室内の北向き窓のカーテンを開け,窓辺で同室であったp1さんと
立ち話をしていたところ,原子爆弾が投下された。原告a24は,原子爆弾の爆
風により,8~10mくらい飛ばされ,また,その後頭部から背中,さらには足
にかけて,割れた窓ガラスの破片が突き刺さり,その痛みで身動きが取れなくな20
った。
被爆後の行動
身動きが取れなくなった原告a24は,偶然,無傷であったp1さんに背負われ,
1階に下り,避難しようと建物の玄関まで行ったが,外は火の海であり,焼けた
だれた被爆者が,大勢病院に押しかけてきており,口々に「水をくれ」と叫んで25
いるような状況であったため,外へと逃げることはできなかった。原告a24は,
その体の後半分のほぼ全面には割れたガラスが刺さっており,1人では歩くこと
もできず,1階の廊下に寝かされることになり,そこで,体力の回復を待つこと
にした。おびただしい数の割れたガラスが体の背面にささっていたことから,仰
向けに寝転ぶことはできず,うつ伏せに伏せることしができなかった。そのため,
何度か原告a24を捜しに妹が広島赤十字病院を訪れたが,お互いに気付くこと5
ができなかった。その後,原告a24は,広島赤十字病院の北病棟の1階に伏せ
ったまま,体に刺さった割れたガラスを取ってもらいながら,10月末まで過ご
したが,病院から家に帰るよう促され,ある程度動けるようになっていたことか
ら,加計町にある自宅へ帰った。
急性症状10
発熱,下痢,口内炎,斑点,歯茎からの出血。
被爆後の症状(主な病歴)
実家に帰った後も,どうしようもない全身倦怠感があり,被爆後約4年間は,ほ
とんど何もすることができず,仕事にも就けなかった。
40代までに,全て入れ歯になった。昭和58年頃に,狭心症と診断され,カテ15
ーテルを挿入した。平成2年,白内障と診断,平成20年頃,脳血栓,前立腺肥
大と診断され,現在も通院,治療中。糖尿病の薬の服用開始。白内障の手術(左
眼)。
喫煙歴
なし。以上20
別紙関係法令の定め
第1被爆者援護法
前文
昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない
破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一命をと5
りとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の
中での生活をもたらした。
このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保
持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び
原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特10
別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また,我らは,再び
このような惨禍が繰り返されることがないようにとの固い決意の下,世界唯一
の原子爆弾の被爆国として,核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全
世界に訴え続けてきた。
ここに,被爆後50年のときを迎えるに当たり,我らは,核兵器の究極的廃15
絶に向けての決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,
恒久の平和を念願するとともに,国の責任において,原子爆弾の投下の結果と
して生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害で
あることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福
祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による死没20
者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する。
1条
この法律において「被爆者」とは,次の各号のいずれかに該当する者であっ
て,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう。
第1号原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政25
令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者
第2号原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号に規
定する区域のうちで政令で定める区域内に在った者
第3号前2号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後におい
て,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者
第4号前3号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の5
胎児であった者
7条
都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,
健康診断を行うものとする。
10条1項10
厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,
現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,
当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の
治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態に
ある場合に限る。15
10条2項
前項に規定する医療の給付の範囲は,次のとおりとする。
第1号診察
第2号薬剤又は治療材料の支給
第3号医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術20
第4号居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
第5号病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
第6号移送
10条3項
第1項に規定する医療の給付は,厚生労働大臣が第12条第1項の規定によ25
り指定する医療機関(以下「指定医療機関」という。)に委託して行うものとす
る。
11条1項
前条第1項に規定する医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該
負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定を受け
なければならない。5
11条2項
厚生労働大臣は,前項の認定を行うに当たっては,審議会等(国家行政組織
法(昭和23年法律第120号)第8条に規定する機関をいう。)で政令で定め
るものの意見を聴かなければならない。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾
の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときは,この限10
りでない。
14条
指定医療機関の診療方針及び診療報酬は,健康保険の診療方針及び診療報酬
の例による。
18条1項本文15
厚生労働大臣は,被爆者が,負傷又は疾病(第10条第1項に規定する医療
の給付を受けることができる負傷又は疾病,遺伝性疾病,先天性疾病及び厚生
労働大臣の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,都道府県知事が次条
第1項の規定により指定する医療機関(以下「被爆者一般疾病医療機関」とい
う。)から第10条第2項各号に掲げる医療を受け,又は緊急その他やむを得な20
い理由により被爆者一般疾病医療機関以外の者からこれらの医療を受けたとき
は,その者に対し,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費
を支給することができる。
24条1項
都道府県知事は,第11条第1項の認定を受けた者であって,当該認定に係25
る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する。
24条2項
前項に規定する者は,医療特別手当の支給を受けようとするときは,同項に
規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければな
らない。
24条3項5
医療特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき,
13万5400円とする。
24条4項
医療特別手当の支給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした
日の属する月の翌月から始め,第1項に規定する要件に該当しなくなった日の10
属する月で終わる。
25条1項
都道府県知事は,第11条第1項の認定を受けた者に対し,特別手当を支給
する。ただし,その者が医療特別手当の支給を受けている場合は,この限りで
ない。15
25条2項
前項に規定する者は,特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定
する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならな
い。
25条4項20
特別手当の支給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした日の
属する月の翌月から始め,第1項に規定する要件に該当しなくなった日の属す
る月で終わる。
27条
都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚25
生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでな
いことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,健康管理手当
を支給する。ただし,その者が医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手
当の支給を受けている場合は,この限りでない。
第2原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行5
令」という。)
9条
法第11条第2項の審議会等で政令で定めるものは,疾病・障害認定審査会
とする。
17条(平成27年4月時点)10
平成27年4月以降の月分の医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当,
健康管理手当及び保健手当については,法第24条第3項中「13万5400
円」とあるのは「13万8380円」と,法第25条第3項中「5万円」とあ
るのは「5万1100円」と,法第26条第3項中「4万6600円」とある
のは「4万7630円」と,法第27条第4項中「3万3300円」とあるの15
は「3万4030円」と,法第28条第3項中「1万6700円」とあるのは
「1万7070円」と,「3万3300円」とあるのは「3万4030円」とそ
れぞれ読み替えて,法の規定を適用する。
第3原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則20
9条1項
法第7条に規定する健康診断は,都道府県知事が期日及び場所を指定して年
2回行うもの及び被爆者の申請により,各被爆者につき年2回を限度として都
道府県知事があらかじめ指定した場所において行うものの二種類とする。
9条2項25
前項の健康診断は,一般検査及び精密検査によって行うものとし,精密検査
は,一般検査の結果更に精密な検査を必要とする者について行うものとする。
9条3項
一般検査(次項に定めるものを除く。)においては,次に掲げる検査を行うも
のとする。ただし,第7号及び第8号に掲げる検査は,医師が必要と認める場
合に限り行うものとする。5
第1号視診,問診,聴診,打診及び触診による検査
第2号CRP検査
第3号血球数計算
第4号血色素検査
第5号尿検査10
第6号血圧測定
第7号AST検査法,ALT検査法及びγ-GTP検査法による肝臓機能検

第8号ヘモグロビンA1c検査
9条4項15
被爆者の申請により行う一般検査においては,各被爆者につき年一回を限度
として,次に掲げる検査を行うものとする。
第1号胃がん検診のための問診及び次に掲げるいずれかの検査
イ胃部エックス線検査
ロ胃内視鏡検査20
第2号肺がん検診のための問診,胸部エックス線検査及び喀(かく)痰(た
ん)細胞診
第3号乳がん検診のための問診,視診,触診及び乳房エックス線検査
第4号子宮がん検診のための問診,視診,内診,子宮頸(けい)部及び子宮
体部の細胞診並びにコルポスコープ検査25
第5号大腸がん検診のための問診及び便潜血検査
第6号多発性骨髄腫(しゆ)検診のための問診及び血清蛋(たん)白分画検

9条5項
精密検査においては,次に掲げる検査のうちで必要と認められるものを行う
ものとする。5
第1号骨髄造血像検査等の血液の検査
第2号肝臓機能検査等の内臓の検査
第3号関節機能検査等の運動器の検査
第4号眼底検査等の視器の検査
第5号胸部エックス線撮影検査等のエックス線検査10
第6号その他必要な検査
29条1項
法24条第2項の認定の申請は,医療特別手当認定申請書(様式第9号)に,
法第11条第1項の認定に係る負傷又は疾病についての法第12条第1項の規
定による指定を受けた病院又は診療所の医師の診断書(様式第10号)を添え15
て,これを居住地の都道府県知事に提出することによって行わなければならな
い。
29条2項
都道府県知事は,前項の場合において,同項に規定する診断書を添えること
ができないことについてやむを得ない理由があると認めるときは,法第19条20
第1項の規定による指定を受けた病院又は診療所の医師の診断書をもってこれ
に代えさせることができる。
29条3項
非居住者は,第1項の規定にかかわらず,同項に規定する書類の提出に代え
て,申請書に,本人であることを確認するに足りる書類及び法第11条第1項25
の認定に係る負傷又は疾病についての医師の診断書を添えて,これを当該非居
住者の居住地を管轄する領事官(領事官の職務を行う大使館若しくは公使館の
長又はその事務を代理する者を含む。以下同じ。)その他最寄りの領事官(領事
官を経由した申請を行うことが著しく困難である地域として外務省・厚生労働
省告示で定める地域にあっては,当該告示で定める者とする。以下同じ。)(以
下単に「領事官」という。)を経由して提出することにより,法第24条第2項5
の認定の申請を行わなければならない。
30条
都道府県知事は,前条第1項又は第3項の規定による認定の申請があった場
合において,法第24条第1項に規定する要件に該当する旨の認定をしたとき
は,当該認定を受けた者(以下「医療特別手当受給権者」という。)に,文書で10
その旨を通知するとともに,医療特別手当証書(様式第11号)を交付しなけ
ればならない。
51条
法第27条第1項に規定する厚生労働省令で定める障害は,次に掲げる障害
とする。15
第1号造血機能障害
第2号肝臓機能障害
第3号細胞増殖機能障害
第4号内分泌腺(せん)機能障害
第5号脳血管障害20
第6号循環器機能障害
第7号腎(じん)臓機能障害
第8号水晶体混濁による視機能障害
第9号呼吸器機能障害
第10号運動器機能障害25
第11号潰(かい)瘍(よう)による消化器機能障害

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛