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平成12年(行ケ)第91号 取消決定取消請求事件(平成14年5月30日口頭
弁論終結)
判     決
 原      告       豊田合成株式会社
       訴訟代理人弁護士       大 場 正 成
       同              尾 崎 英 男
       同              嶋 末 和 秀
       同              黒 田 健 二
       同   弁理士       平 田 忠 雄
       同              藤 谷   修
       被      告       特許庁長官 及川耕造
指定代理人   田 部 元 史
       同              青 山 待 子
       同              小 林 和 男
       同              林   栄 二
       被告補助参加人        日亜化学工業株式会社
       訴訟代理人弁護士       品 川 澄 雄
       同              吉 利 靖 雄
       同    弁理士       青 山   葆
     同              矢 野 正 樹
       同              石 井 久 夫
       同              北 原 康 廣
主    文
  特許庁が平成9年異議第76028号事件について平成12年2月1日にした
決定を取り消す。
  訴訟費用は、参加によって生じた分は被告補助参加人の負担とし、その余は被
告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
主文と同旨
 2 被告
 原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は原告の負担とする。
第2 争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、発明の名称を「窒素-3族元素化合物半導体発光素子」とする特許第2
626431号(平成4年10月29日出願、平成9年4月11日設定登録。以
下、「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許に対して、特許異議の申
立がされ、平成9年異議第76028号事件として係属したところ、原告は、平成
10年10月19日付け訂正請求書による訂正の請求(平成11年12月7日付け
手続補正書により補正)をした。特許庁は、上記異議事件について、平成12年2
月1日、「特許第2626431号の特許を取り消す。」との異議の決定(以下
「決定」という。)をし、その謄本を同月21日、原告に送達した。
 2 特許請求の範囲
  (1) 登録時の特許請求の範囲
【請求項1】n型の窒素-3族元素化合物半導体(AlXGaYIn1-X-YN;X
=0,Y=0,X=Y=0を含む)からなるn層と、p型の窒素-3族元素化合物
半導体(AlXGaYIn1-X-YN;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)からな
るp層とを有する窒素-3族元素化合物半導体発光素子において、 
 前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア
濃度n+
層との二重構造とし、
 前記p層を、前記n層と接合する側から順に、低キャリア濃度p層と高キャリア
濃度p+
層との二重構造としたことを特徴とする発光素子。
【請求項2】前記低キャリア濃度p層は、ホール濃度が1×1014
~1×1016

cm3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項3】前記高キャリア濃度p+
層は、ホール濃度が1×1016
~2×1017

cm3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項4】前記低キャリア濃度n層は、電子濃度が1×1014
~1×1016
/c
m3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。 
【請求項5】前記低キャリア濃度n層が、0.5~2.0μmの厚さを有すること
を特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項6】前記高キャリア濃度n+
層は、電子濃度が1×1016
~1×1019
/c
m3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項7】前記高キャリア濃度n+
層が、2.0~10μmの厚さを有することを
特徴とする請求項1に記載の発光素子
【請求項8】前記低キャリア濃度p層及び前記高キャリア濃度p+
層は絶縁体の窒素
-3族元素化合物半導体層の一部をp型化して形成したことを特徴とする請求項1
に記載の発光素子。
【請求項9】前記低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+
層はマグネシウム(M
g)を添加した後にp型導電体への変換が行われた層であることを特徴とする請求
項に1記載の発光素子。
【請求項10】前記高キャリア濃度n+
層はシリコンが添加されていることを特徴と
する請求項1に記載の発光素子。
  (2) 訂正請求書(平成11年12月7日付け手続補正書による補正後)に
添付された訂正明細書の特許請求の範囲(訂正箇所を下線で示す。)
【請求項1】n型の窒素-3族元素化合物半導体(AlXGaYIn1-X-YN;X
=0,Y=0,X=Y=0を含む)からなるn層と、p型の窒素-3族元素化合物
半導体(AlXGaYIn1-X-YN;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)からな
るp層とを有する窒素-3族元素化合物半導体発光素子において、 
 前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア
濃度n+
層との二重構造とし、
 前記p層を、前記n層と接合する側から順に、マグネシウム(Mg)の添加され
た低キャリア濃度p層とマグネシウム(Mg)の添加された高キャリア濃度p+
層と
の二重構造とし、
 前記低キャリア濃度p層のホール濃度は1×1014
/cm3
以上、前記高キャリア
濃度p+
層のホール濃度は1×1016
/cm3
以上であることを特徴とする発光素
子。
【請求項2】前記高キャリア濃度n+
層の厚さは2.0~10μmであり、前記高キ
ャリア濃度p+
層の厚さは0.1~0.5μmであることを特徴とする請求項1に記
載の発光素子
【請求項3】前記低キャリア濃度p層は、ホール濃度が1×1014
~1×1016

cm3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項4】前記高キャリア濃度p+
層は、ホール濃度が1×1016
~2×1017

cm3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項5】前記低キャリア濃度n層は、電子濃度が1×1014
~1×1016
/c
m3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。 
【請求項6】前記低キャリア濃度n層が、0.5~2.0μmの厚さを有すること
を特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項7】前記高キャリア濃度n+
層は、電子濃度が1×1016
~1×1019
/c
m3
であることを特徴とする請求項1に記載の発光素子。
【請求項8】前記低キャリア濃度p層及び前記高キャリア濃度p+
層は絶縁体の窒素
-3族元素化合物半導体層の一部をp型化して形成したことを特徴とする請求項1
記載の発光素子。
【請求項9】前記低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+
層はマグネシウム(M
g)を添加した後にp型導電体への変換が行われた層であることを特徴とする請求
項1記載の発光素子。
【請求項10】前記高キャリア濃度n+
層はシリコンが添加されていることを特徴と
する請求項1記載の発光素子。
 3 決定の理由の要点
 決定は、別紙決定の理由写しのとおり、
 平成11年12月7日付け手続補正書により補正された訂正請求に係る各発明
(前記2の(2))は、公知の刊行物5(特開平4-242985号公報、甲第4
号証)、刊行物4(IsamuAkasaki、HiroshiAmano著「HighefficiencyUVand
blueemittingdevicespreparedbyMOVPEandlowenergyelectronbeam
irradiationtreatment」、138/SPIEVol.1361:PhysicalConceptsofNovel
OptoelectronicDeviceApplication(1990)138~149頁、甲第5号証)、刊行物1
(特開平3-252177号公報、甲第6号証)及び刊行物2(特開平4-163
970号公報、甲第7号証)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであるので、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受ける
ことができないものであるとして、訂正を認めず、
 本件特許の登録時の請求項1に係る発明(前記2(1))は、公知の刊行物5に
記載された発明であるので特許法29条1項3号に該当し、登録時の請求項2ない
し10に係る発明(前記2(1))は公知の刊行物5、刊行物4、刊行物1及び刊
行物2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法2
9条2項に該当し、いずれの発明も特許を受けることができないものであるから、
本件特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してなされたものであ
り、取り消すべきものとした。
第3 原告主張の取消事由
 決定の理由中、「1.手続の経緯」、「2.訂正の適否について」の「(2.
1)訂正請求書の補正について」及び「(2.2)訂正の目的等について」の全部
並びに「(2.3)独立特許要件について」の一部は認め、「3.本件発明」、
「4.刊行物記載の発明」及び「5.対比及び判断」は、争わない。
 しかし、「(2.3.2)刊行物記載の発明」うち、刊行物5のp層の二重構造
に関する認定部分(6頁下4行~7頁7行)及び「(2.3.3.1)訂正第1発
明について」のうち、刊行物4に関する認定部分(7頁22行~26行)は否認
し、同「(2.3.3.1)訂正第1発明について」ないし「(2.3.3.1
0)訂正第10発明について」(7頁27行~10頁23行)のうち、推考容易性
及び特許性についての判断部分、「(2.3.4)この項のむすび」(10頁24
行~29行)及び「6.むすび」(12頁24行~30行)は、いずれも争う。
 平成11年12月7日付け手続補正書による補正後の訂正請求書に添付された訂
正明細書(以下「本件訂正明細書」という。甲第3号証)の請求項1ないし10に
係る発明(以下、決定に倣って「訂正第1発明」ないし「訂正第10発明」とい
う。)は、特許出願の際独立して特許を受けることができたものである。したがっ
て、「特許第2626431号の特許を取り消す。」とした決定は、取り消される
べきである。
 1 取消事由1(訂正第1発明の進歩性判断の誤り)
 (1) 数値限定に基づく効果について
   ア (訂正第1発明における独自の構成)  
 訂正第1発明は刊行物5及び刊行物4に記載された各発明が有していない以下の
①及び②の構成を独自の構成として有している。
 ①「前記低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014
/cm3
以上にする構成」
(以下「第1の構成」という。)
 ②「前記高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上にする構
成」(以下「第2の構成」という。)
   イ (数値限定に基づく作用及び効果)
    (ア) 訂正第1発明は、第1及び第2の構成(p層及びp+
層におけるホー
ル濃度の数値限定)に基づいて、刊行物5及び刊行物4から予測することができな
い発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という格別な効果を奏することができる。
 低キャリア濃度p層は、ホール濃度を1×1014
/cm3
以上にすることにより直
列抵抗の増加を抑えることができ、同時に、ホール濃度を1×1014
/cm3
まで低
減することができるため、不純物(アクセプタ)濃度を低くし、それによって低キ
ャリア濃度p層の結晶の劣化を抑えることができる。結晶の劣化の抑制が発光輝度
の向上をもたらし、発光寿命を短くする結晶欠陥を少なくして発光寿命の長寿命化
を実現することができる。すなわち、発光に直接寄与するn層とp層を、それらの
外側のn層とp層(n+
層とp+
層)よりも、それぞれ、低キャリア濃度として不純
物濃度を低下させることで、発光に直接寄与するn層とp層の結晶性を向上させて
いる。また、発光に直接寄与するn層とp層のそれぞれ外側のn層とp層を高キャ
リア濃度(n+
層とp+
層)とすることで、発光に直接寄与する低キャリア濃度n層
への電子の注入量と、発光に直接寄与する低キャリア濃度p層へのホールの注入量
とを増加させている。このことから、寿命の長期化と発光効率の向上を図ることが
できる。これが本件発明の特徴である。
 直列抵抗が大きくなることは、発光素子内部の発光に寄与しない内部抵抗損失が
大きくなることを意味している。したがって、このことは、入力電力に対する光出
力の比である発光効率の低下を意味する。すなわち、同一入力電力の下では発光輝
度の低下を意味する。また、内部抵抗損失が大きくなることは、発熱量が多くな
り、加熱による素子の劣化が生じること、例えば、加熱による結晶欠陥密度、転位
密度、非発光結合中心の増加等による劣化が生じること、すなわち、発光寿命が短
くなることを意味する。
 このように、訂正第1発明のホール濃度の数値限定には、発光輝度の向上と発光
寿命の長寿命化を達成した素子構造において、さらに、素子内部の抵抗損失を増大
させない結果、発光輝度を低下させず、かつ、発光寿命を低下させないホール濃度
の下限値としての意義がある。
   (イ) 被告及び被告補助参加人(「被告等」という。)は、p層及びp+層
のホール濃度の数値限定(第1及び第2の構成)により、発光輝度の向上と長寿命
化という効果が達成されることは本件訂正明細書に記載されていないと主張する。
 しかし、本件訂正明細書の段落【0007】には、n層を二重構造とし、p層を
二重構造とした結果として、発光輝度の向上と長寿命化が達成されることが記載さ
れている。したがって、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014
/cm3
以上
とし、かつ、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上とすれ
ば、当然に、発光輝度の向上と長寿命化が達成される。そして、本件訂正明細書に
は、上記のホール濃度を満たす実施例素子がこの効果を奏することが記載されてい
る(段落【0021】、【0036】及び【0042】)。
 被告等の主張は、訂正第1発明の低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値であ
る1×1014
/cm3
と高キャリア濃度p+
層のホール濃度の下限値である1×1016
/cm3
が直列抵抗を高くしないという意義を有することは明細書に記載されている
が、ホール濃度についての上記下限値の数値限定が従来の単層のpn接合発光ダイ
オードに比べて発光輝度が2倍、発光寿命が1.5倍となったという訂正第1発明
の効果を決定するという意義があることは明細書に記載がないというものである。
 しかし、直列抵抗の増加を防止することが発明の効果に関係することが明細書に
直接的かつ明示的に記載されている必要はない。関連性が説明されれば十分であ
る。発光素子の発熱が素子寿命を短くすることは、甲第11号証(米津宏雄著「光
通信素子工学」昭和59年2月15日(初版)平成12年5月20日(6版)工学
図書株式会社発行)により明らかである。よって、被告等の主張は、理由がない。
   ウ (数値限定の臨界的意義について)
    (ア) 発光素子の発光輝度と発光寿命の向上という訂正第1発明の効果
は、刊行物5が示唆しているオーミック性の改善という効果とは、全く異質な効果
であるから、数値限定に臨界的意義が要求されるものではない。
 甲第8号証(特許庁審査基準室編「解説 平成6年改正特許法の運用」平成7年
10月26日社団法人発明協会発行)の2.6(1)②項には、「請求項に係る発
明が、限定された数値の範囲内で、刊行物に記載されていない有利な効果であって
刊行物に記載された発明が有する効果とは異質なもの、または同質であるが際だっ
て優れたものを有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないとき
は、進歩性を有する」とある。さらに、2.6(2)②項には、「課題が異なり、
有利な効果が異質である場合には、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するた
めの事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない」とある。した
がって、訂正第1発明は、甲第8号証の2.6(1)②項により進歩性を有すると
ともに、2.6(2)②項により、数値限定の臨界的意義を必要としないのであ
る。
 被告等は、ホール濃度が1×1014
/cm3
を境にして直列抵抗が臨界的な挙動を
示すことを求めているが、上述したように、訂正第1発明の効果は刊行物に記載さ
れていない異質な効果であるから、臨界的意義が要求されるものではなく、被告等
の主張は失当である。
    (イ) 被告等は、発光輝度の向上と発光寿命の向上は、n層とp層とを共
に二重構造にしたことによる効果であって、その効果は、刊行物5記載の発明に内
在している効果であるから、効果の異質性はないと主張する。
 しかし、n層とp層がそれぞれ単層からなる従来の発光ダイオードに比べれば、
n層及びpを共に二重構造とすることでも発光輝度の向上と発光寿命の向上を図る
ことができるが、さらに、その構造の下位概念として、低キャリア濃度p層のホー
ル濃度の下限値及び高キャリア濃度p+
層のホール濃度の下限値を特定することによ
って、さらに、訂正第1発明の効果である発光輝度の向上と発光寿命の向上を図る
ことができるのである。
 これに対して、刊行物5は、訂正第1発明の発明思想を全く開示していない。刊
行物5が記載しているのは、あくまでも、オーミック性の向上のために、電極を設
ける部分を高キャリア濃度とすることにすぎない。したがって、刊行物5は、発光
輝度の向上と発光寿命の向上という目的、効果を一切示唆していない。
 要するに、刊行物5に、訂正第1発明の目的と効果の認識があるか否かが重要で
ある。刊行物5記載の発明では、オーミック性改善のために、電極部分を高キャリ
ア濃度としてもよいという結果、たまたま、二重n層、二重p層となる場合がある
というだけである。そして、オーミック性を向上させるために高キャリア濃度領域
を形成するという刊行物5の示唆に従えば、訂正第1発明の濃度の高低の順とは逆
に、n層については、pn接合の側から順に高キャリア濃度n+
層と低キャリア濃度
n層を形成して、その低キャリア濃度n層に形成した高キャリア濃度n+
領域に電極
を形成する一方、p層については、pn接合の側から順に高キャリア濃度p+
層と低
キャリア濃度p層を形成し、その低キャリア濃度p層に形成した高キャリア濃度p+
領域に電極を形成した構造でもよいことになる。
    (ウ) 以上のとおり、刊行物5は、訂正第1発明の数値限定を有しない二
重n層及び二重p層という構造を思想として開示したものではないので、たまた
ま、刊行物5の発明において特定の構成が採用された場合には、形式的に、訂正第
1発明の効果が内在することになるというものにすぎない。形式的に効果が内在し
ていても、刊行物5には、その認識がないのであるから、訂正第1発明の上記した
発光寿命の向上は、従来技術では知られていなかった異質な効果ということができ
る。しかも、従来の発光ダイオードに比べて、寿命は1.5倍に向上したのである
から、効果の差異は量的にも顕著である。
 (2)動機付けについて
 決定は、刊行物4に不純物としてMgをドープしたp型窒化ガリウムのホール濃
度が1016
~1017
/cm3
のものが示されているから、刊行物5記載の発明におい
て、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014
cm3
以上、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1016
/cm3
以上とすることは当業者が容易になし得たことであ
る旨判断したが、刊行物5にはp層及びn層を二重構造とすることによる効果が示
唆されていないから、二重構造を有する発光素子における低キャリア濃度層と高キ
ャリア濃度層のホール濃度の下限値を特定する動機付けがそもそも存在せず、決定
の上記判断は誤りである。
   ア 刊行物4の図8が示していることは、単に、1019
~1020
/cm3
の濃
度のMgをGaNに添加してLEEBI(低エネルギー電子線照射)処理すること
で、1016
/cm3
又は1017
/cm3
程度のホール濃度が得られたという事実だけで
ある。すなわち、従来、この程度のホール濃度を得るのが困難であったところ、L
EEBI処理することで、その程度のホール濃度が得られたという事実が提示され
ているにすぎない。刊行物5に、n層及びp層を二重構造とすることによる効果が
示唆されていない以上、刊行物4の数値は、上記の特有かつ異質な効果を奏する二
重構造のn層及びp層を有する発光素子において低キャリア濃度p層と高キャリア
濃度p

層の各ホール濃度の下限値を特定する数値の動機付けとはなり得ない。訂正
第1発明の数値限定は、前述したように、素子内部の直列抵抗の増加を防止して、
発光効率の低下と発光寿命の低下を抑制するという意義を有しているのであり、こ
の数値限定は単なる設計事項ではない。
 また、刊行物4に記載されているホール濃度1016
/cm3
~1017
/cm3
のp層
とn層とを接合させた発光素子は、p層もn層も単層である。この発光素子に、刊
行物5に記載されたオーミック性を得るために電極が接合される部分をさらに高キ
ャリア濃度にするという技術を用いたとしても、ホール濃度1016
/cm3
~1017
/cm3
の低キャリア濃度p層よりも更にホール濃度の高い高キャリア濃度p+
層を
形成して、その層に電極を形成した構造が得られるだけであり、訂正第1発明の構
成には至らない。
    イ 決定は、発光輝度の向上と発光寿命の向上とを目的として、何故に上
記の限定されたホール濃度の下限値を決定し得るとするかの論理づけに欠けてい
る。
 甲第10号証(特許庁審査基準室編「解説 平成6年改正特許法の運用」平成7
年10月26日社団法人発明協会発行。進歩性に関する規定は法改正されていない
ので、改正前の特許出願でも本運用が適用される。)の149頁2.3(1)に
「進歩性の判断は、・・・引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に
想到できたことの論理づけにより行う。」とあり、同頁2.3(2)に「論理づけ
は、・・・この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容に、請求
項に係る発明に対して起因ないし契機(動機付け)となり得るものがあるかどうか
を主要観点として行う。また、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実と
して、引用発明と比較した有利な効果を参酌する。」とある。また、151頁
「(2)起因ないし契機(動機付け)となり得るもの」の項には、「引用発明の内
容中の示唆、課題の共通性、機能・作用の共通性、技術分野の関連性などは、起因
ないし契機(動機付け)となり得る。」とある。逆にいえば、引用発明の内容に、
示唆、課題の共通性、機能・作用の共通性、関連する技術分野の類似課題に関する
類似技術がなければ、動機付けは存在しないということである。
 引用発明である刊行物5、刊行物4には、発光輝度の向上、発光寿命の向上とい
う課題の提示がなく、課題の共通性は存在しない。また、訂正第1発明の数値限定
の意義は、発明の機能・作用に関するものであるが、そのような機能・作用は、刊
行物5、刊行物4に開示も示唆もない。刊行物5及び刊行物4の開示事項は、訂正
第1発明とは技術分野が関連するものであるが、類似課題に関連する類似技術は開
示していない。
 特に、刊行物5はオーミック性を向上させるために、高キャリア濃度にして電極
を形成するのである。そして、オーミック性が得られるためには、その高キャリア
濃度は、甲第12号証(応用物理学会編「応用物理ハンドブック」平成2年3月3
0日丸善株式会社発行)によると、1019
/cm3
以上にすることが必要であるとさ
れている。したがって、オーミック性を良くするためのホール濃度は、非常に高
く、訂正第1発明の数値限定とは反対教示に当たる。結局、刊行物5からは、発光
輝度と発光寿命を向上させるために、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×101

/cm3
以上とすること、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3

上とすることは、全く示唆されないのであり、仮に、刊行物5と刊行物4とを組み
合わせるとしても、ホール濃度1016
/cm3
~1017
/cm3
のp層において、電極
形成部分だけ、ホール濃度1019
/cm3
以上とすることが示唆されるだけである。
 以上のとおり、発光輝度の向上と発光寿命の向上の観点から決定される高キャリ
ア濃度p+
層のホール濃度の下限値と、低キャリア濃度p層のホール濃度の下限値
は、刊行物5、刊行物4から示唆されるものではない。
 2 取消事由2(訂正第2発明~第10発明の進歩性判断の誤り)
 請求項2ないし請求項10は、請求項1に従属している。
 したがって、訂正第2発明ないし訂正第10発明は、訂正第1発明の構成要件を
含んでいる。ゆえに、甲第6号証(刊行物1)及び甲第7号証(刊行物2)の発明
の開示があったとしても、前記1で述べたのと同一の理由に基づいて、訂正第2発
明~訂正第10発明は新規性及び進歩性を有する。
 以上のとおり、訂正第2発明ないし訂正第10発明は特許出願の際独立して特許
を受けることができたものである。
第4 被告及び補助参加人の反論の要点
 決定には、原告が主張する認定、判断の誤りはなく、本件各訂正発明は、特許出
願の際独立して特許を受けることができないものとした決定に誤りはない。
 1 取消事由1(訂正第1発明の進歩性判断の誤り)に対して
 (1) 数値限定に基づく効果の主張に対して
   ア 刊行物5に原告の主張の訂正第1発明に独特の第1及び第2の構成(低
キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+
層についてのホール濃度の数値限定)が記
載されていないことは、決定において訂正第1発明と刊行物5記載の発明との相違
点として認定されているとおりである。
   イ (第1及び第2の構成に基づく作用及び効果の主張に対して)
 原告は、訂正第1発明は、発光輝度の向上と発光寿命の高寿命化という格別な効
果を奏するものであると主張する。
 しかしながら、そもそも、原告が主張の根拠とする本件訂正明細書の段落【00
07】には、「本発明は、pn接合に近い側の層のキャリア濃度を低くし、pn接
合から遠ざかる側の層のキャリア濃度を高くして、n層及びp層を共に二重層に形
成したので、発光輝度が向上した。発光輝度は10mcdであり、この発光輝度は
従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光輝度に比べて、2倍に向上した。又、
発光寿命は104
時間であり、従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光寿命の
1.5倍である。」として、n層とp層を共に二重構造とすることによる効果が記
載されているのみであり、原告の主張する第1の構成及び第2の構成(p層及びp+
層のホール濃度の数値限定)により、発光輝度の向上と高寿命化が達成し得ること
の記載はない。
 ホール濃度の数値限定に関しては、本件訂正明細書の段落【0025】に、
「又、上記低キャリア濃度p層51のホール濃度は1×1014
~1×1016
/cm3
で膜厚は0.2~1μmが望ましい。ホール濃度が1×1016
/cm3
以上となると
低キャリア濃度n層4とのマッチングが悪くなり発光効率が低下するので望ましく
なく、1×1014
/cm3
以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくな
い。」と記載され、また、段落【0026】に、「更に、高キャリア濃度p+
層52
のホール濃度は1×1016
~2×1017
/cm3
で、膜厚は0.2μm以下が望まし
い。ホール濃度が2×1017
/cm3
以上のp+
層はできない。1×1016
/cm3

下となると、直列抵抗が高くなるので望ましくない。」と記載されている。
 すなわち、低キャリア濃度p層のキャリア濃度を1×1014
/cm3
以上(第1の
構成)、高キャリア濃度p+
層のキャリア濃度を1×1016
/cm3
以上(第2の構
成)としたことについては、これらの値以下となると直列抵抗が高くなるので望ま
しくないとしているにすぎない。
 また、本件訂正明細書中の実施例においても、①第1実施例でホール濃度1×1
016
/cm3
の低キャリアp層、ホール濃度2×1017
/cm3
の高キャリアp+
層、
②第2実施例でホール濃度1×1016
/cm3
の低キャリアp層、ホール濃度2×1
017
/cm3
の高キャリアp+
層、③第3実施例でホール濃度1×1015
/cm3
の低
キャリアp層、ホール濃度2×1017
/cm3
の高キャリアp+
層、④第4実施例で
ホール濃度1×1016
/cm3
の低キャリアp層、ホール濃度2×1017
/cm3
の高
キャリアp+
層の記載があるのみで、結局、高キャリアp

層としては2×1017

cm3
のもの、低キャリアp層については1×1016
/cm3
と1×1015
/cm3

ものの記載があるにすぎない。
 それゆえ、原告の主張する発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という効果は、
「前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高キャリア
濃度n+
層との二重構造とし、前記p層を、前記n層と接合する側から順に、マグネ
シウム(Mg)の添加された低キャリア濃度p層とマグネシウム(Mg)の添加さ
れた高キャリア濃度p+
層との二重構造としたこと」自体によるものと認められるの
であって、低キャリア濃度p層及び高キャリア濃度p+
層の各ホール濃度を数値限定
したこと(第1及び第2の構成)によるものではない。
 したがって、原告主張の上記効果は、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1
014
/cm3
以上とし(第1の構成)、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1
016
/cm3
以上とする(第2の構成)ことによる格別な効果とは認められないので
あって、訂正第1発明の第1及び第2の構成に基づいて、刊行物5及び刊行物4か
ら予測することができない発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という格別な効果
を奏することができるとする原告の前記主張は、誤っている。
   ウ (数値限定の臨界的意義について)
    (ア) 原告は、低キャリア濃度p層は、ホール濃度を1×1014
/cm3

上にすることにより直列抵抗の増加を抑えることができ、同時にホール濃度を1×
1014
/cm3
まで低減することができるため、不純物(アクセプタ)濃度を低く
し、それによって低キャリア濃度p層の結晶の劣化を抑えることができ、結晶の劣
化の抑制が発光輝度の向上をもたらし、発光寿命を短くする結晶欠陥を少なくして
発光寿命の長寿命化を実現することができ、刊行物5及び刊行物4の発明は、いず
れも、ホール濃度を1×1014
/cm3
以上にする低キャリアp層を開示あるいは示
唆しておらず、また、発光輝度の向上及び発光寿命の長寿命化を予測しておらず、
したがって、訂正第1発明の発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化は進歩性を肯定
する格別の効果であると主張している。
 しかしながら、ホール濃度が低くなれば抵抗率が高くなることは、半導体におけ
る一般的な常識であり、ホール濃度が1×1014
/cm3
を境にして直列抵抗が臨界
的な挙動を示すことを本件訂正明細書が示しているわけでもないので、「低キャリ
ア濃度p層は、ホール濃度を1×1014
/cm3
以上にすることにより直列抵抗の増
加を抑えることができる」という原告主張の前記効果は、低キャリア濃度p層のホ
ール濃度を1×1014
/cm3
以上にすることによる格別の効果と認められるもので
はない。
    (イ) また、原告は、刊行物5は発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を
図るという課題を一切提示しておらず、訂正第1発明と刊行物5及び刊行物4に示
される従来技術とでは課題が異なり、効果が異質であり、n層及びp層を共に二重
構造とした上で、低キャリア濃度p層と高キャリア濃度p+
層のホール濃度の下限値
を特定した訂正第1発明は、従来技術とは異なり予測し得ない異質な効果の故に進
歩性を有すると主張している。
 しかしながら、訂正第1発明が発光寿命の長寿命化と発光輝度の向上を奏するの
は、本件訂正明細書の段落【0007】に記載され、原告も認めるとおり、n層及
びp層を共に二重構造とした構成自体によるものである。
 そして、上記構成(n層及びp層の二重構造)は、原告も認めるとおり刊行物5
に記載された発明が有する構成である。してみれば、原告が異質の効果と主張する
上記効果も刊行物5記載の発明が元来有する効果である。そしてこのことは、刊行
物5に、発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を図るという課題が記載されていな
くともいえることである。
 そもそも、発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化を図るという課題は、刊行物5
に、「本発明は、上記の課題を解決するために成されたものであり、その目的とす
るところは、短波長である青色、紫色領域或いは紫外光領域におけるレーザを得る
ことである。」(段落【0007】)という記載があることからして、レーザを開
発するに際して当然追求していく一般的課題として内在しており、刊行物5記載の
発明の課題は訂正第1発明の課題と異なるものではない。
 したがって、訂正第1発明と刊行物5及び刊行物4に示す従来技術とは、その課
題が異なるものでも、その効果が異質なものでもないのであるから、原告の上記主
張は失当である。
    (ウ) 原告は、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014
/cm3

し、かつ、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上とする直接
的な意義は、内部直列抵抗を増大させないことによる発光効率の低下の防止と温度
上昇の防止による寿命の短命化の防止であり、また、そのことから、n層を二重構
造とし、p層を二重構造とすることによって生じた発明の効果への寄与も理解する
ことができ、よって、訂正第1発明の数値限定によっても、異質な効果が奏される
のであるから、発明の効果が数値限定による格別な効果とは認められないとする被
告等の主張は誤りであると主張している。
 しかしながら、原告の主張は、訂正第1発明の数値限定によっても訂正第1発明
の異質な効果が奏されるというものにすぎず、訂正第1発明の数値限定によって、
はじめて訂正第1発明の異質な効果が奏されると主張しているわけではない。した
がって、原告の主張する発光輝度の向上と発光寿命の長寿命化という訂正第1発明
の効果は、前記n層を、前記p層と接合する側から順に、低キャリア濃度n層と高
キャリア濃度n+
層との二重構造とし、前記p層を、前記n層と接合する側から順
に、マグネシウム(Mg)の添加された低キャリア濃度p層とマグネシウム(M
g)の添加された高キャリア濃度p+
層との二重構造としたこと自体によるものと認
められ、p層及びp+
層におけるホール濃度を数値限定したことによる効果ではな
い。
 したがって、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014
/cm3
以上とし、高
キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上とすることによる格別な
効果は認められない。
 (2)動機付けについて
   ア 原告は、n層を二重構造にしてかつp層を二重構造とすることによる効
果が示唆されていない以上、刊行物4の数値は、二重構造のn層と二重構造のp層
とを有する発光素子における低キャリア濃度層と高キャリア濃度層のホール濃度下
限値を特定する数値の動機付けにはならず、低キャリア濃度p層のホール濃度の下
限値を1×1014
/cm3
とし、かつ、高キャリア濃度p

層のホール濃度の下限値
を1×1016
/cm3
とすることを甲5号証から容易になし得たと判断した決定には
違法性があると主張している。
 しかしながら、決定が刊行物4を引用したのは、ホール濃度が1016
/cm3
~1
017
/cm3
であるマグネシウムをドープしたp型窒化ガリウムが公知であることを
示すためであるから、刊行物4にn層を二重構造にしてかつp層を二重構造とする
ことによる効果が示唆されていないという原告の上記主張は無意味である。
   イ 原告は、刊行物5はオーミック性を向上させるために、高キャリア濃度
にして電極を形成するものであり、オーミック性が得られるためには、その高キャ
リア濃度は、甲第12号証として提出する「応用物理ハンドブック」によると、1
019
/cm3
以上にすることが必要であるとされており、したがって、オーミック性
を良くするためのホール濃度は、非常に高く、訂正第1発明の数値限定とは反対教
示に当たり、刊行物5からは、発光輝度と発光寿命を向上させるために、低キャリ
ア濃度p層のホールの濃度を1×1014
/cm3
以上とすること、高キャリア濃度p

層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上とすることは、全く示唆されず、刊行物
5と刊行物4とを組み合わせても、ホール濃度1016
~1017
/cm3
のp層におい
て、電極形成部分だけ、ホール濃度1019
/cm3
以上とすることだけが示唆される
だけであると主張する。
 しかしながら、原告が引用する甲第12号証には、もっぱら、GaAsのオーミ
ック電極についての記載があるだけであり、訂正第1発明の窒素-3族元素化合物
半導体であるGaN等において、オーミック性が得られるためには、その高キャリ
ア濃度は1019/cm3
以上にすることが必要であるとは記載されていない。これ
に対して、刊行物4には、訂正第1発明の窒素-3族元素化合物半導体であるGa
Nに対するオーム接触が、ホール濃度(キャリア濃度)1016
~1017
/cm3
のp
層においてAuによって達成し得ることが記載されている(143頁~146頁ま
での訳文2頁1行~17行及び図8)。したがって、甲第12号証は、訂正第1発
明と何ら関係のないものであり、上記主張に理由はない。むしろ、刊行物4の当該
記載から、訂正第1発明で用いられている窒素-3族元素化合物半導体において
は、オーミック接触を得るために高キャリア濃度p+
層のキャリア濃度を1×1016
/cm3
以上とすることが示唆される。
   ウ さらに、原告は、発光輝度の向上と発光寿命の向上の観点から決定され
る高キャリア濃度p+
層のホール濃度の下限値と、低キャリア濃度p層のホール濃度
の下限値は、刊行物5、刊行物4から示唆されるものではなく、したがって、訂正
第1発明は刊行物5、刊行物4に記載の発明に基づいて容易に発明をし得たもので
はないと主張している。
 しかしながら、原告の提出した甲第10号証の151頁24行~28行に、「な
お、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、
当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づ
けられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定する
ことができる。課題が把握できない場合も同様とする。」とあるように、課題の相
違にかかわらず引用発明から、ある思考過程により当業者が容易に発明することが
できれば、その発明の進歩性は否定されるのである。
 本件についていえば、訂正第1発明において、低キャリア濃度p層のホール濃度
を1×1014
/cm3
以上とし、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/c
m3
以上とすることによる格別な効果は認められず、刊行物4に1016
~1017
/c
m3
のホール濃度のものが示されているのであるから、刊行物5に記載された発明の
p層の二重構造のうち高キャリア濃度層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上とす
ることは当業者が容易に想到し得たものであり、また、低キャリア濃度層のホール
濃度としてはこれより低ければよいから、1×1014
/cm3
以上とすることも当業
者が直列抵抗と発光効率を考慮し任意に選択し得たことにすぎない。
 よって、訂正第1発明は、刊行物5及び刊行物4から当業者が容易に発明をする
ことができたものであるとした決定に誤りはない。
 2 取消事由2(訂正第2発明~第10発明の進歩性判断の誤り)に対して
 原告の主張する取消事由にはいずれも根拠がなく、訂正第2発明ないし訂正第1
0発明についても刊行物5及び刊行物4等から容易想到であるとした決定に誤りは
ない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(訂正第1発明の進歩性判断の誤り)について
 決定は、訂正第1発明と刊行物5記載の発明の相違点を、「前者においては、低
キャリア濃度p層のホール濃度が1×1014
/cm3
以上、高キャリア濃度p+
層の
ホール濃度が1×1016
/cm3
以上であるのに対して、後者においては、キャリア
濃度についての記載がない点」(決定書7頁18行~21行)と認定した上、「上
記相違点について検討すると、・・・刊行物4・・・には、不純物としてマグネシ
ウム(Mg)をド-プしたp型窒化ガリウムのホール濃度が1016
~1017
/cm3
であるものが示されている。したがって、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×
1014
/cm3
以上、高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上と
することは当業者が容易になし得たことと認められる。」(同7頁22行~29
行)と判断したものであるところ、原告は、上記相違点についての決定の判断は誤
りであると主張するので、以下に検討する。
 (1) 訂正第1発明について(本件訂正明細書の記載) 
 甲第3号証によれば、本件訂正明細書には、
 ①発明の目的について、「【0004】・・・本発明の目的は、窒素-3族元素
化合物半導体(AlXGaYIn1-X-YN;X=0,Y=0,X=Y=0を含む)
発光ダイオードの発光輝度を向上させること及び素子寿命を長期化することであ
る。」との記載、
 ②発明の作用及び効果について、「【0007】・・・本発明は、pn接合に近
い側の層のキャリア濃度を低くし、pn接合から遠ざかる側の層のキャリア濃度を
高くして、n層及びp層を共に二重層に形成したので、発光輝度が向上した。発光
輝度は10mcdであり、この発光輝度は従来のpn接合GaN発光ダイオードの
発光輝度に比べて、2倍に向上した。又、発光寿命は10

時間であり、従来のpn
接合GaN発光ダイオードの発光寿命の1.5倍である。」との記載及び、
 ③実施例について、「【0008】・・・電子濃度2×1018
/cm3
の・・・高
キャリア濃度n+
層3、・・・電子濃度1×1016
/cm3
の・・・低キャリア濃度
n層4が形成されている。更に・・・ホール濃度1×1016
/cm3
の・・・低キャ
リア濃度p層51、・・・ホール濃度2×1017
/cm3
の高キャリア濃度p+
層5
2が形成されている。」、「【0021】このようにして製造された発光ダイオー
ド10の発光強度を測定したところ10mcdであり、この発光輝度は、従来のp
n接合のGaN発光ダイオードの発光輝度に比べて2倍であった。又、発光寿命
は、104
時間であり、従来のpn接合のGaN発光ダイオードの発光寿命に比べて
1.5倍であった。」、「【0025】又、上記低キャリア濃度p層51のホール
濃度は1×1014
~1×1016
/cm3
・・・が望ましい。ホール濃度が1×1016
/cm3
以上となると、低キャリア濃度n層4とのマッチングが悪くなり発光効率が
低下するので望ましくなく、1×1014
/cm3
以下となると、直列抵抗が高くなり
すぎるので望ましくない。」、「【0026】更に、高キャリア濃度p+
層52のホ
ール濃度は1×1016
~2×1017
/cm3
・・・が望ましい。ホール濃度が2×1
017
/cm3
以上のp+
層はできない。1×1016
/cm3
以下となると、直列抵抗が
高くなりすぎるので望ましくない。」
との記載が認められる。
 これらの記載によれば、訂正第1発明は、低キャリア濃度n層4とのマッチング
及び直列抵抗を考慮して、「低キャリア濃度p層のホール濃度が1×1014
/cm3
以上、高キャリア濃度p+
層のホール濃度が1×1016
/cm3
以上」であるとい
う、決定が認定した相違点を含む請求項1の構成としたものであり、その構成によ
って、発光輝度は10mcdであり、従来のpn接合GaN発光ダイオードの発光
輝度に比べて2倍に向上し、発光寿命は104
時間であり、従来のpn接合GaN発
光ダイオードの発光寿命の1.5倍に長期化するという効果を奏するものと認める
ことができる。
 (2) 刊行物5及び刊行物4の開示
   ア 甲第4号証によれば、刊行物5には、
「【0007】本発明は、・・・その目的とするところは、短波長である青色、紫
色領域或は紫外光領域におけるレーザを得ることである。」との記載、
「【0016】【作用及び効果】((AlxGa1-x)yIn1-yN:0≦x≦1、
0≦y≦1)半導体において、本発明者等により、初めてp型電導性を示す層の製
作が可能となった。・・・【0017】本発明のように電子線照射処理による(A
lxGa1-x)yIn1-yNのp型化効果と、構造を工夫することにより、青色から
紫色及び紫外光領域の発振波長を持つ半導体レーザダイオードが実現された。」と
の記載、及び
「【0038】ヘテロ接合を利用する場合も、同一組成の結晶によるpn接合の場
合と同様に、オーム性電極組成を容易にするため電極と接触する部分付近のキャリ
ア濃度は高濃度にしても良い。【0039】・・・又、特にオーム性電極形成を容
易にするため高キャリア濃度実現が容易な結晶を金属との接触用に更に接合しても
よい。」との記載が認められる。
   イ 甲第5号証によれば、刊行物4には、「図8は、Mg濃度とLEEBI
放出電流の関係として、LEEBI処理を行ったp型GaN:MgのRT(室温)
におけるホール濃度を示している。図示されるように、Mgドーピングとそれに続
くLEEBI処理によって、約1.4・1017
cm-3
以下のRT(室温)ホール濃
度が達成できる。」(訳文2頁8行~12行)と記載されており、その図8にはホ
ール濃度が1016
~1017
/cm3
であるものが認められる。
 (3) 相違点の検討
 前記(2)摘示の刊行物5及び刊行物4の各記載を検討すると、n型の窒素-3
族元素化合物半導体からなるn層と、p型の窒素-3族元素化合物半導体からなる
p層とを有する窒素-3族元素化合物半導体発光素子において、n層及びp層にそ
れぞれ低キャリア濃度層と高キャリア濃度層との二重構造を用いる点は、決定も認
定したように、刊行物5に示されているということができるが、この二重構造は、
オーム性電極組成を容易にするために、電極と接する部分付近のキャリア濃度を高
濃度としたことによるものであって、マッチングを考慮してpn接合に近い側の層
を低キャリア濃度としたことによるものではないものと認められる。
 また、刊行物5には、二重構造を構成するp層における各層のホール濃度の各下
限値、とりわけ低キャリア濃度p層のホール濃度についての記載はない。この点は
刊行物4についても同様である。
 そうすると、刊行物5に記載された二重構造は、電極側を高濃度とする考えに基
づくもので、二重構造のp層のうちのn層側の層を低濃度とする考えに基づくもの
ではないといわざるを得ない。
 そこで、上記のような電極側を高濃度とするという刊行物5の考えに従って、刊
行物5に記載されたp層の二重構造に刊行物4のp層におけるホール濃度1016

1017
/cm3
を適用したとすると、電極側のp層は、刊行物4のホール濃度である
1016
~1017
/cm3
となって訂正第1発明の高キャリア濃度p+
層の範囲内(1×
1016
/cm3
以上)となるものの、二重構造のp層のうちのn層側の層のホール濃
度を低くするという考えは刊行物5にも刊行物4にも存在しないことは前示のとお
りであるから、n層側の層のホール濃度は、訂正第1発明の高キャリア濃度p+
層の
範囲内のままとなり、結局、刊行物5に刊行物4を組み合わせても、訂正第1発明
の低キャリア濃度p層の範囲(1×1014
/cm3
以上(実施例の1×1014
~1×
1016
/cm3
))を導くことはできない。
 すなわち、刊行物5と刊行物4の記載事項の組合せによっては、高キャリア濃度
p+
層とそれよりもホール濃度が高いp+
層との二重構造を導くことはできても、高
キャリア濃度p+
層よりもホール濃度が低く、ホール濃度が1×1014
/cm3
以上
の低キャリア濃度p層を備える二重構造を導くことはできないというべきである。
 (4) 被告等の主張について
   ア 被告等は、本件訂正明細書の段落【0007】には訂正第1発明の数値
限定によりその作用効果が達成されることは記載されておらず、原告の主張する効
果である発光輝度の向上と発光寿命の長期化は前記数値限定による効果とは認めら
れないと主張する。
 しかしながら、本件訂正明細書に、「【0025】又、上記低キャリア濃度p層
51のホール濃度は・・・ホール濃度が1×1016
/cm3
以上となると、低キャリ
ア濃度n層4とのマッチングが悪くなり発光効率が低下するので望ましくなく、1
×1014
/cm3
以下となると、直列抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」、
「【0026】更に、高キャリア濃度p+
層52のホール濃度は・・・ホール濃度が
2×1017
/cm3
以上のp+
層はできない。1×1016
/cm3
以下となると、直列
抵抗が高くなりすぎるので望ましくない。」との記載があることは前示のとおりで
ある。
 これらの記載によれば、本件訂正明細書の段落【0007】に数値限定に関する
記載がないとしても、他の箇所(上記引用箇所)には、訂正第1発明の数値限定の
意義が「低キャリア濃度n層4とのマッチング」、「発光効率」、「直列抵抗」と
いう用語を用いて示されている。そして、この低キャリア濃度n層とのマッチング
による発光効率の低下の防止、直列抵抗の増大の防止は発光輝度の向上と発光寿命
の長期化に寄与することは技術常識上明らかであり、発光輝度の向上と発光寿命の
長期化という効果が前記数値限定による効果であるということができる。したがっ
て、被告等の上記主張は、理由がない。
   イ 被告等は、また、低キャリア濃度p層のホール濃度を1×1014
/cm3
以上とすること及び高キャリア濃度p+
層のホール濃度を1×1016
/cm3
以上と
することの臨界的意義は認められないと主張する。
 しかしながら、訂正第1発明と刊行物5記載の発明との間には、上記数値範囲に
関する構成上の相違以外に、目的及び効果の相違も認められるのであるから、ホー
ル濃度に関する数値限定に臨界的意義が存することが要求されるものではないとい
うべきである。したがって、被告等の上記主張は理由がない。
 (5) まとめ
 以上のとおり、決定は、訂正第1発明の独立特許要件中、進歩性の有無を判断す
るに当たり、訂正第1発明は刊行物5及び刊行物4に基づいて当業者が容易になし
得たものであると誤って判断したものであるというべきである。
 2 取消事由2(訂正第2発明~第10発明の進歩性判断の誤り)について
 前記第2の2(2)のとおり、訂正後の請求項2ないし10は、いずれも訂正後
の請求項1を引用するものである。
 そうすると、訂正後の請求項1に係る訂正第1発明の進歩性についての判断に誤
りがあることは前判示の通りであるから、訂正第2発明ないし訂正第10発明の進
歩性についても、同様に、決定の判断には誤りがあるというべきである。
 3 結論
以上のとおりであるから、決定は、訂正第1発明ないし第10発明について進歩
性の判断を誤り、その結果、本件訂正は認められないとして、本件訂正前の請求項
1ないし10に係る発明につき、新規性及び進歩性を判断したものであって、決定
の上記誤りが本件特許を取り消すべきものとした決定の結論に影響を及ぼすもので
あることは明らかである。
 よって、決定を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
 東京高等裁判所第18民事部
  
        裁判長裁判官   永   井   紀   昭
裁判官   塩   月   秀   平
          裁判官   古   城   春   実

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