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平成7年刑(わ)894号等犯人蔵匿,犯人隠避,殺人,殺人未遂,監禁,死体損
壊被告事件
         主        文
    被告人を死刑に処する。
          理        由
【認定事実】
〔被告人の身上,経歴等〕
 1 被告人は,資源回収業を営むR1及びR2の長男として,昭和39年3月9
日,愛知県岡崎市で出生し,同市内の小中学校,同県立V高校を経て,昭和57年
4月,Y1大学法学部に入学した。被告人は,高校時代から,オカルト雑誌等を愛
読し,複数の新興宗教に通うなどしていたところ,大学在学中に,雑誌でAの空中
浮揚の記事等を読んで,同人が主催していた会である「X1」に興味を抱き,昭和
60年年末から翌61年1月にかけて開かれた同会のセミナーに参加した後は,そ
の会員となり,セミナーに参加するなどしていた。
 2 Aは,当時,「X2」と称する団体を主宰し,ヨーガの指導を中心とする活
動を行っていたが,次第に,チベット密教などの影響を受けた独自の教義を展開す
るようになり,昭和61年9月には「X2」に出家制度を取り入れるなどして,自
己を絶対的な指導者とする宗教団体としての色彩を強めるようになった。
 被告人は,同年3月,大学を卒業して地元の食品会社に就職したが,その後,A
から,出家して内弟子になるように強く勧められたため,同年9月ころ,上記勤務
先を退職して上京し,「X2」の5番目の出家信者となった。
 3 「X2」は,昭和62年6月ころ,「X教」と名称を変更し,平成元年8
月,東京都知事から宗教法人としての規則の認証を受け,Aを代表者とする「宗教
法人X教」として設立登記された(以下,名称の変更,設立登記の前後を問わず,
Aの主宰する上記各団体を「教団」あるいは「X教」という。)。教団は,積極的
な信者獲得活動を展開して,多くの信者を獲得し,全国各地に支部を設け,出家す
る者も次第に増加するようになった。しかし,出家信者に肉親との絶縁を強いるな
どの教団の閉鎖的な体質は,やがて,一般社会との間に激しい摩擦を招くようにな
った。
 4 被告人は,最古参の出家信者の1人としてAに重用され,昭和62年,Aか
らミラレパというホーリーネーム(教団内での通称名)及び大師というステージ
(修行の達成度に応じて付与するとされていた教団内の地位)を与えられ,その
後,尊師と称される教祖のA,それに次ぐとされる正大師に次いで,上から3番目
の地位となる正悟師長のステージを与えられた。被告人は,平成6年6月ころから
は,教団内の部署である自治省の大臣として,教団の警備関係等の責任者となり,
平成7年4月12日に逮捕されるまでの間,教団の最高幹部の1人として,教団の
中枢でその運営等に携わっていた。
〔犯罪事実等〕
第1 B事件
(犯行に至る経緯)
 教団では,昭和63年9月ころ,信者であるN1が修行中に死亡する事故があっ
たのに,Aらは,当時進行中であった教団の活動や宗教法人化に与える悪影響等を
懸念して,その遺体を教団内で秘密裏に焼却して処理するという事件を起こした。
 B(昭和42年12月26日生)は,同年夏ころまでに教団の出家信者となり,
N1が死亡した現場に居合わせて,その遺体の焼却作業にも参加するなどしていた
が,その後,教団での修行の在り方等に不満を募らせ,平成元年1月ころには,教
団用語でいう「下向」,すなわち,出家を取り止めて一般社会に戻る意思を明らか
にするようになった。
 Aは,Bに対し,「独房修行」と称してコンテナ内に閉じ込め,一日中自分の説
法テープを聴かせるなどして翻意を迫ったが,Bは,下向の意思を変えず,かえっ
て,「Aは間違っている。教団を脱会してAを殺してやる。」などとも言うように
なった。そのため,Aは,被告人ら教団信者に対し,「Bが下向すれば,N1の件
が公になるおそれがある。ポア(教団用語で「殺害」を意味する。)するしかない
な。」などと言って,Bの殺害を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO1,O2,O3及びO4と共謀の上,教団
脱退の意思を表明していたB(当時21歳)を殺害しようと企て,平成元年2月上
旬ころ,静岡県富士宮市所在の教団敷地内に設置されたコンテナ内において,被告
人,O1,O2及びO3の4名が,手足を縛られたBの頸部にロープを巻いた上,
左右から引っ張って絞め付け,さらに,被告人が,必死に抵抗するBに対し,両手
でその頭部を上下から挟むように押さえ付け,その頸部を強く捻るなどしてその頸
椎を損傷し,よって,そのころ,同所において,Bを頸髄損傷又は頸髄及び脳幹部
損傷による呼吸ないし循環停止により死亡させて殺害した。
第2 C事件
(犯行に至る経緯)
 1 教団の組織が拡大するにつれて,多くの信者が出家して教団施設内で生活す
るようになったが,教団がこれらの出家信者とその家族との自由な連絡を認めなか
ったことなどから,その消息を案ずる出家信者の家族等を中心に,教団を批判する
様々な運動が展開されるようになった。
 弁護士であるC1(昭和31年4月8日生)は,ある出家信者の家族から相談を
受けたことを契機として,出家信者を親元に戻す活動に携わるようになり,平成元
年7月ころ,同僚の弁護士らと共にX教被害対策弁護団(以下「被害対策弁護団」
という。)を結成し,その中心となって熱心に活動するようになった。また,同年
10月下旬には,出家信者の親たちを中心にX教被害者の会(以下「被害者の会」
という。)が発足し,被害対策弁護団と協力して,教団の在り方を批判する運動を
強力に展開するようになった。
 2 教団は,前記のとおり同年8月に宗教法人となったが,出家信者の家族らの
働きかけによって,国会議員が所轄庁である東京都に問い合わせをするなどしたた
め,法人化する手続の進捗が難航したなどとして,政治的権力の獲得を目指すよう
になり,同月中にAを党首とする政治団体「X3党」を組織し,平成2年2月3日
公示の衆議院議員総選挙(以下「衆議院選挙」という。)にAらが立候補する方針
を固め,その準備を開始した。
 しかし,平成元年10月以降,週刊誌に,教団の活動の反社会性を批判し,教団
を宗教法人として認証することには問題があるなどとする内容の連載記事が掲載さ
れたことを皮切りに,教団に批判的な報道が様々な形でされるようになった。
 Aは,上記報道の背後にはC1や被害者の会の活動があると考え,教団信者で弁
護士でもあるP1らをして,C1に対する抗議に行かせたが,かえってC1から,
「出家信者は,親が帰れというのであればすぐに帰らせなければいけない。」,
「徹底的にやります。」などと言われた旨の報告を受け,このまま同弁護士を放置
すれば,教団の選挙活動等に支障があると判断して,被告人ら教団信者に対し,
「被害者の会をまとめているのはC1なんだ。このまま放置しておけば教団の宗教
活動に対する障害となる。これ以上悪業を積ませては本人のためにならない。ポア
することは本人のためにもなる。」などと言って,C1らの殺害を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO1,O2,O3,O5及びO6と共謀の
上,C1をその家族もろとも殺害しようと企て,平成元年11月4日午前3時こ
ろ,横浜市a区所在のC1方居室において,
1 就寝中のC1(当時33歳)に対し,O6が馬乗りになって手拳でその顔面を
数回殴打し,O2らがその足を押さえ付けるなどした上,O3がその頸部に腕を巻
き付けて絞め付けるなどし,よって,そのころ,同所において,C1を窒息死させ
て殺害した。
2 C1の妻で同じく就寝中であったC2(昭和35年2月24日生。当時29
歳)に対し,被告人がその身体の上に乗りかかって口をふさぎ,O6が必死に抵抗
するC2の腹部に膝落としをするなどした上,O5が「子供だけは。」と哀願する
C2の着衣の襟等を強く引いてその頸部を絞め付けるなどし,よって,そのころ,
同所において,C2を窒息死させて殺害した。
3 C1及びC2の長男で同じく就寝中であったC3(昭和63年8月25日生。
当時1歳)に対し,O5がその鼻口部にタオルをかぶせた上から手で強く押さえ付
け,さらに,被告人がその頸部を手で絞めて圧迫するなどし,よって,そのころ,
同所において,C3を窒息死させて殺害した。
第3 D事件
(犯行に至る経緯)
 D(昭和39年11月13日生)は,平成2年5月ころ,教団の出家信者とな
り,X教付属病院(以下「X4病院」という。)で薬剤師として働いていた者であ
るが,平成5年ころ,X4病院に入院していた教団信者のN2の介護に携わり,同
女と親密な関係になった。
 N2は,平成6年1月ころ,Dとの関係を知ったAの指示により,山梨県西八代
郡b村の「第2Q」と称する教団敷地(以下,同村にあった教団施設群を総称して
「Q」という。)にあった「第6S」と称する教団施設内に移された。Dは,その
ころ教団から離脱した後,N2をQから連れ出すため,N2の息子で教団の元信者
であったN3(以下「N3」ともいう。)及びその父親に協力を求め,同月30日
午前3時ころ,N3と共に第6Sに忍び入ったが,N3と共に直ちに教団信者に発
見され,被告人らによって取り押さえられた。
 その後,Aや被告人ら教団信者は,同村所在の「第1Q」と称する教団敷地とい
う。)にあった「第2S」と称する教団施設内で,Dらの処遇について話し合いを
行い,Aが「ポアするしかないんじゃないか。」などと言い,被告人らがこれに賛
成してDの殺害を決めた。N3は,Aから,Dを殺害すれば無事に帰す旨確約さ
れ,自ら手を下してDを殺害することを承諾した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO1,O5,O6,O7,O8,09,O
10及び011並びに教団の元信者であるN3と共謀の上,D(当時29歳)を殺害し
ようと企て,平成6年1月30日未明,第2S内において,被告人が後ろ手錠をか
け直し,O5,O6,O8,09らがDを押さえ付けた上,N3がDの頸部に被告
人の用意したロープを巻いて絞め付け,よって,そのころ,同所において,Dを窒
息死させて殺害した。
第4 E事件
(犯行に至る経緯)
 1 Aは,教団に敵対すると考える勢力を攻撃し,あるいは,自らが予言してい
たハルマゲドン(世界最終戦争)を引き起こすために,毒ガスのサリン(メチルホ
スホノフルオリド酸イソプロピル)を教団内で製造しようと企て,教団信者のO
12らに命じていたところ,O12らは平成5年秋ころにその製造に成功した。
 Aは,このサリンを用いて,教団と対立関係にあると考えていた宗教団体T1の
名誉会長T2を暗殺しようと企て,被告人らに指示して,サリンの噴霧用に改造し
た自動車(以下「噴霧車」という。)を用いるなどして,2度にわたってT1の施
設周辺にサリンを発散させるなどしたが,死傷の結果を発生させるには至らなかっ
た。なお,被告人は,2回目の襲撃の際に,サリンに被曝して瀕死の状態に陥って
いる。
 また,Aは,教団内でサリンの製造に成功して間もなく,サリンを更に70トン
製造して無差別大量殺りくを敢行することをもくろみ,Q内にサリン製造プラント
の建設を進めて,被告人らには,その製造に必要な原材料の調達に当たらせてい
た。
 2 ところで,教団は,かねてから長野県松本市内に支部道場等を建設する準備
を進めていたが,教団が同市内の土地等を購入及び賃借したことが明らかになった
平成3年9月ころから,教団の進出を危惧する住民らの反対運動が活発になった。
 長野地方裁判所松本支部(以下「長野地裁松本支部」という。)は,平成4年1
月,上記土地の元所有者が申し立てた教団施設の建築禁止の仮処分を認め,そのた
め,同年12月に開設された教団の松本支部道場は,購入土地上に限って建てられ
たことから,予定の規模よりも大きく縮小せざるを得なかった。また,同年5月に
は,同じく元所有者から,教団に対して,同支部道場敷地全部の明渡し等を求める
民事訴訟が長野地裁松本支部に提起され,平成6年7月19日に判決が言い渡され
る予定になっていた。
 3 Aは,その判決言渡期日に先立つ同年6月20日ころ,被告人ら教団信者に
対し,「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて,サリンが実際に
効くかどうかやってみろ。」などと言って,サリンの散布を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO1,O5,O6,O13,O14及びO15と共
謀の上,サリンを発散させて長野地裁松本支部に勤務する裁判官その他不特定多数
の者を殺害しようと企て,平成6年6月27日午後10時40分ころ,長野県松本
市所在の駐車場において,サリンを充填した加熱式噴霧器を設置した普通貨物自動
車を同所に駐車させ,上記加熱式噴霧器を作動させてサリンを加熱・気化させた
上,同噴霧器の大型送風扇を用いてこれを周辺に拡散させ,付近住民であるE1
(当時26歳),E2(当時19歳),E3(当時29歳),E4(当時53
歳),E5(当時35歳),E6(当時45歳)及びE7(当時23歳)をしてサ
リンガスを吸入させるなどし,よって,同月28日午前0時15分ころから午前4
時20分ころまでの間,サリ
ン中毒により死亡させて殺害するとともに,E8(当時46歳),E9(当時19
歳),E10(当時44歳)及びE11(当時44歳)をしてサリンガスを吸入させる
などしたが,同人らに対し,加療期間不詳ないし約200日間を要するサリン中毒
症又はこれに伴う蘇生後脳症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げな
かった。
第5 F事件
(犯行に至る経緯)
 1 Aは,平成6年春ころから,説法等において,教団は国家権力等から毒ガス
攻撃を受けている,教団内に公安のスパイがいるなどと頻繁に述べるようになり,
空気清浄機を教団施設の随所に備え付けさせ,飲料水から毒物が検出されたとして
タンクローリーを用いてQに生活用水を輸送させ,さらに,スパイチェックと称し
て教団信者を対象にポリグラフ検査や麻酔分析を実施するようになった。
 2 そのような状況の中で,同年7月8日ころ,女性の出家信者が第6Sの浴室
において上半身に原因不明の火傷を負う事件が発生した。Aは,この事故は教団内
に潜入したスパイが毒ガスを用いた結果であるとして,生活用水を運搬していた信
者等を対象にスパイチェックを実施するなどしたところ,教団信者のF(昭和42
年3月23日生)について,ポリグラフ検査で陽性の反応が出た旨の報告等を受け
たことから,教団内の役職である自治省大臣として教団内のスパイの摘発を担当し
ていた被告人に対し,Fを拷問してでも自白させるようにという趣旨の指示をし
た。
 そこで,被告人は,Fを第2Sの地下室に連行し,教団の部署である自治省所属
の信者であるO7,O14及びO16と共に苛烈な拷問を加えたが,Fは,自己がスパ
イであることを頑として否定し続けた。そこで,Aは,被告人ら教団信者に対し,
「ポアをするように。」,「プラズマ焼却器を使うように。」などと言って,Fの
殺害を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO1,O7,O14及びO16と共謀の上,
1 F(当時27歳)を殺害しようと企て,平成6年7月10日ないし12日こ
ろ,第2S内において,被告人及びO7が,拷問によって既に気絶しており手足を
手錠等で椅子に縛り付けられたFの頸部にロープを巻いて絞め付け,よって,その
ころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した。
2 同日ころ,同所において,Fの死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み
合わせた焼却装置の中に入れ,三,四日間,これにマイクロ波を照射して加熱焼却
し,もって,同人の死体を損壊した。
第6 G監禁事件
(罪となるべき事実) 
 被告人は,教団信者であるO17,O18らと共謀の上,平成6年7月28日午後8
時10分ころ,山梨県南都留郡d村所在のe売店先の駐車場において,教団から再
三脱走していた出家信者のG(当時29歳)に対し,O17がGの上半身を,O18が
Gの足を持つなどして自動車後部座席に押し込んだ上,同所から第1Qまで,約2
0分間にわたり上記自動車を疾走させて脱出を不能にし,引き続き同年10月26
日までの間,第1Q内の「第5S」と称する教団施設内の小部屋,第2Q内の第6
S及びその付近にあったコンテナ内,b村所在の「第4Q」と称する教団敷地内に
あった「第12S」と称する教団施設内等において,手錠をかけ監視するなどして
上記各施設からの脱出を不能にし,もって,同女を不法に監禁した。
第7 H1VX事件
(犯行に至る経緯) 
 1 Aは,教団に敵対すると考える人物の暗殺に用いるため,化学兵器として開
発され,極めて高い殺傷能力を有する毒薬であるOーエチルーS(2ー(N,Nー
ジイソプロピルアミノ)エチル)メチルホスホノチオレート(いわゆるVX。以下
「VX」という。)を教団内で製造しようと企て,O12らに命じていたところ,O
12は,平成6年9月ころ,その製造に成功した。
 2 H1(明治45年1月1日生)は,東京都内で単身で居住していたが,同年
8月ころ,教団の出家信者であった知人のN4が教団から逃げてきたため,その生
活の面倒をみるとともに,教団に3000万円余り預けたなどと述べるN4に知人
の弁護士を紹介した。すると,N4は,上記弁護士と相談して,同年11月4日,
教団に対し,上記金員の返還を求める民事訴訟を提起し,同月19日,その訴状が
教団施設に到達した。
 Aは,同月26日,被告人ら教団信者に対し,「N4のお布施の返還請求は,す
べてH1が陰で入れ知恵をしている。H1にVXをかけてポアしろ。」などと言っ
て,H1の殺害を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者のO5,O6,O12,O13,O14,O15及びO16と
共謀の上,H1(当時82歳)の身体にVXを付着・浸透させて同人を殺害するこ
とを企て,平成6年12月2日午前8時30分ころ,東京都中野区所在の同人方居
宅付近路上において,被告人がH1に話しかけたすきに,O14が,あらかじめ準備
していた注射器内のVXをH1の後頭部付近にかけて体内に浸透させたが,加療約
61日間を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなか
った。
第8 H2VX事件
(犯行に至る経緯)
 H2(昭和40年12月23日生)は,大阪市内に居住する会社員であり,地域
の柔道クラブに参加して警察署の道場等に通うなどしていた。
 Aは,教団信者から,教団大阪支部のある在家信者が,大阪や名古屋の女性信者
に男性を誘惑させて入信させたり,教団を守るために陰の部隊を作っていると吹聴
しており,その背後にいるのが,警察官にも柔道の指導をしているH2なる人物ら
しいとの報告を受けていた。そこで,Aは,平成6年12月9日ころ,被告人ら教
団信者に対し,「H2は公安のスパイに間違いない。おまえたちでポアしなさ
い。」などと言って,H2の殺害を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO5,O6,O12,O14,O15及びO16と共
謀の上,H2(当時28歳)の身体にVXを付着・浸透させて同人を殺害すること
を企て,平成6年12月12日午前7時10分ころ,大阪市f区内の路上におい
て,O14があらかじめ準備していた注射器内のVXをH2の後頸部付近にかけて体
内に浸透させ,よって,同月22日午後1時56分ころ,大阪府吹田市所在のY2
大学医学部付属病院において,同人をVX中毒により死亡させて殺害した。
第9 H3VX事件
(犯行に至る経緯)
 H3(昭和13年4月21日生)は,その長男のH4が教団に入信して出家した
ことから,C1らと共に,出家信者を肉親の元に連れ戻す活動等を行うようにな
り,平成元年10月には,被害者の会の会長に就任し,教団に反対する活動を精力
的に展開していたが,平成2年1月ころ,H4が教団を脱走してH3の元に戻り,
H3らと行動を共にするようになった。
 Aは,従前から,説法等で,H3や被害者の会に対する敵意を露わにしていたと
ころ,平成6年12月30日ころ,被告人ら教団信者に対し,「(H3)会長でも
H4でもどちらでもいいから,VXをかけてポアしてこい。」などと言って,H3
又はH4の殺害を指示した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO5,O6,O12,O14,O15及びO16と共
謀の上,H3(当時56歳)の身体にVXを付着・浸透させて同人を殺害すること
を企て,平成7年1月4日午前10時30分ころ,東京都港区内の路上において,
O14があらかじめ準備していた注射器内のVXをH3の後頸部付近にかけて体内に
浸透させたが,加療約69日間を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり,
殺害の目的を遂げなかった。
第10 I事件
(犯行に至る経緯)
 1 平成7年1月1日の新聞朝刊で,Q周辺の土壌からサリンの残留物質が検出
され,警察がE事件との関連を調査していると報道され,さらに,同年3月には,
教団信者の親族が行方不明になったJ事件に教団が関与しているのではないかとす
る報道があるなど,教団施設に対する警察の強制捜査が危惧される状況になった。
 2 Aは,同月17日深夜から翌18日未明にかけて,東京都内で開かれた教団
信者らとの会食の際,O1,O6ら教団信者に対し,「Xデーが来るみたいだ
ぞ。」などと述べて,強制捜査が間近に迫っていることを示唆し,会食終了後,Q
に向かう自己の専用車リムジンの中で,同乗していたO1,O6らとの間で強制捜
査を阻止する方策について話し合った。その際,O1が,地下鉄にサリンを散布す
ることを提案すると,Aは,これを受け入れて,O1に対し,その計画の総指揮を
命じ,さらに,その実行役として,出家信者のO17,O18,O19,O20及びO21を
指名した。
 O1は,同日中に,上記実行役5名から,サリン散布の実行役となることの承諾
を取り付け,O6,O17,O19及びO20と犯行計画を練った上,翌19日には,O
6と共にAを訪れ,地下鉄の駅まで実行役を送迎する運転手役の人選についてAの
指示を仰いだ。Aは,運転手役として,被告人のほか,O7,O16,O22及びO
23を指名し,さらに実行役と運転手役の組み合わせを指示した。
 3 被告人,O22及びO23は,O1からの指示を受けて,同日中に東京に向か
い,夜9時ころ,O6の指示で,東京都渋谷区内にあるマンションの一室に到着し
た。一方,O17,O18,O19,O20らは,被告人らよりも先に東京に向かって,各
自の担当路線を話し合ったり下見を行うなどしていたが,上記マンションで被告人
らと合流した。
 その後,O6やO21も合流した後,O6は,実行役及び運転手役の全員に対し,
Aの決定した前記組み合わせを伝え,さらに,O6が中心となって犯行の最終的な
打ち合わせを行い,担当路線,降車駅,乗車すべき車両の位置等のほか,犯行時刻
を出勤時間帯の午前8時とすることなどを確認した。
 4 他方,Aは,前記リムジン内での謀議の後,教団信者のO5やO13に対し,
直接又はO1を介してサリンの製造を指示したところ,O13らは,同月19日夕方
から翌20日未明にかけて,Q内でサリンを含む混合液約5リットルを製造し,ビ
ニール袋11袋に小分けした上,Aの下に持参した。
 5 実行役の前記5名は,同月20日未明に,O1の指示でQに戻り,同所にお
いて,O1から,地下鉄内でサリンを発散させるための方法の説明を受け,水の入
ったビニール袋を傘の先端で突くなど,犯行の予行練習を行った。
 その後,実行役5名は,サリン入りの前記ビニール袋と先を尖らせた傘を持って
前記マンションに戻り,同日午前6時ころから,それぞれ担当する地下鉄路線の乗
車駅に向かった。
(罪となるべき事実)
 被告人は,A並びに教団信者であるO1,O5,O6,O7,O12,O13,O
16,O17,O18,O19,O20,O21,O22及びO23と共謀の上,東京都千代田区所
在のg地下鉄h駅に停車するg地下鉄g1線,同g2線及び同g3線の各電車内等
にサリンを発散させて不特定多数の乗客等を殺害しようと企て,
1 O7の運転する自動車で送られたO17が,平成7年3月20日午前8時ころ,
東京都千代田区所在のg地下鉄g1線h1駅直前付近を走行中のh2駅発h3駅行
き電車内において,床に置いたサリン在中のビニール袋3個を所携の先端を尖らせ
た傘で突き刺し,サリンを漏出気化させて同電車内等に発散させ,上記h1駅から
同都中央区所在の同線h4駅に至る間の同電車内又は各停車駅構内において,I1
(当時33歳),I2(当時29歳),I3(当時50歳),I4(当時42
歳),I5(当時64歳),I6(当時53歳),I7(当時21歳)及びI8
(当時51歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前8時5分
ころから平成8年6月11日午前10時40分ころまでの間,サリン中毒又はこれ
に起因する敗血症によりそ
れぞれ死亡させて殺害するとともに,I9(当時35歳),I10(当時51歳)及
びI11(当時59歳)をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,
加療期間不詳ないし約103日間以上を要するサリン中毒症の各傷害を負わせたに
とどまり,殺害の目的を遂げなかった。
2 O16の運転する自動車で送られたO18が,平成7年3月20日午前8時ころ,
同都渋谷区所在のg地下鉄g1線h5駅直前付近を走行中のh3駅発h6駅行き電
車内において,床に置いたサリン在中のビニール袋2個を所携の先端を尖らせた傘
で突き刺し,サリンを漏出気化させて同電車内等に発散させ,上記h5駅から前記
h駅に至る間の同電車内又は同都港区所在の同線h7駅構内において,I12(当時
92歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前8時10分こ
ろ,h7駅構内において,サリン中毒により同人を死亡させて殺害するとともに,
I13(当時61歳)及びI14(当時23歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし
たが,同人らに対し,加療約58日間ないし約36日間を要するサリン中毒症の各
傷害を負わせたにとどま
り,殺害の目的を遂げなかった。
3 O22の運転する自動車で送られたO19が,同日午前8時ころ,同都文京区所在
のg地下鉄g3線h8駅直前付近を走行中のh9駅発h10駅行き電車内において,
床に置いたサリン在中のビニール袋2個を所携の先端を尖らせた傘で突き刺し,サ
リンを漏出気化させて同電車内等に発散させ,上記h8駅から同都中野区所在の同
線h11駅に至る間の同電車内又は上記h11駅構内において,I15(当時54歳)を
してサリンガスを吸入させるなどし,よって,同月21日午前6時35分ころ,同
都内の病院において,サリン中毒により同人を死亡させて殺害するとともに,I
16(当時31歳),I17(当時53歳)及びI18(当時60歳)をしてサリンガス
を吸入させるなどしたが,同人らに対し,加療期間不詳ないし約61日間を要する
サリン中毒症の各傷害を負わ
せたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
4 被告人の運転する自動車で送られたO21が,同月20日午前8時ころ,同都千
代田区所在のg地下鉄g2線h12駅直前付近を走行中のh13駅発h14駅行き電車内
において,床に置いたサリン在中のビニール袋2個を所携の先端を尖らせた傘で突
き刺し,サリンを漏出気化させて同電車内等に発散させ,上記h12駅から同区所在
の同線h15駅に至る間の同電車内又は前記h駅構内において,I19(当時50歳)
及びI20(当時51歳)をしてサリンガスを吸入させるなどし,よって,同日午前
9時23分ころから翌21日午前4時46分ころまでの間,都内の病院において,
サリン中毒により両名を死亡させて殺害するとともに,I21(当時25歳)及びI
22(当時23歳)をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,同人らに対し,加療
約73日間以上を要するサ
リン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
5 O23の運転する自動車で送られたO20が,同月20日午前8時ころ,同都新宿
区所在のg地下鉄g3線h16駅直前付近を走行中のh10駅発h9駅行き電車内にお
いて,床に置いたサリン在中のビニール袋2個を所携の先端を尖らせた傘で突き刺
し,サリンを漏出気化させて同電車内等に発散させ,上記h16駅から同線h9駅で
折り返した後上記h駅に至る間の同電車内において,I23(当時37歳),I
24(当時51歳),I25(当時25歳)及びI26(当時25歳)をしてサリンガス
を吸入させるなどしたが,同人らに対し,加療約60日間以上ないし約37日間を
要するサリン中毒症の各傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
第11 P2蔵匿事件
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成7年3月21日,Aから,Qから離れるようにとの指示を受け,
O21,O22及びO23と共に車で東京方面へ向かったが,翌22日,東京都内で,教
団に対する警察の強制捜査が実施されたことを知り,さらに,同日夜,同年2月に
教団信者の親族であるJが同都品川区内で拉致されて行方不明になっていた逮捕監
禁事件(以下「J事件」という。)の犯人であるP2が同事件に関して全国に指名
手配になったことを知った。
 P2は,J事件の発覚を免れるため,同年3月19日ころ,指紋除去手術を受け
させられ,その後,X4病院に入院していたが,被告人は,同月23日の朝ころ,
X4病院の責任者であるO21から相談を受け,P2をX4病院から連れ出して,他
の場所に逃走させることとした。
(罪となるべき事実)
 被告人は,教団信者であるO21,O22,O23,O24らと共謀の上,P2がJ事件
の犯人として警察により指名手配されている者であることを知りながら,同人の逮
捕を免れさせる目的で,平成7年3月23日ころから同年4月8日ころまでの間,
被告人が借り受けた同都豊島区所在のiホテルの客室並びにO23らが借り受けるな
どした石川県金沢市所在のjホテルの客室及び同県鳳至郡k町所在の貸別荘「l
荘」にP2を宿泊させてかくまい,その間,これらの場所において,同人に変装用
の婦人服,婦人用かつら,婦人靴等を供与して変装させ,同人の顔面に整形手術を
施してその容貌を変え,さらに,その両手の指先先端部の皮膚を切除して指紋を消
滅させるなどし,もって,犯人を蔵匿するとともに隠避させた。
【法令の適用】
 本件については,平成7年法律第91号附則2条1項により同法による改正前の
刑法を適用すべきところ,判示罪となるべき事実のうち,被告人の判示第1,第2
の1ないし3,第3,第5の1及び第8の各所為はいずれも同法60条,199条
に,判示第4及び第10の1ないし4の各所為のうち,各殺人の点はいずれも各被
害者ごとに同法60条,199条に,各殺人未遂の点はいずれも各被害者ごとに同
法60条,203条,199条に,判示第5の2の所為は同法60条,190条
に,判示第6の所為は同法60条,220条1項に,判示第7,第9及び第10の
5の各所為はいずれも同法60条,203条,199条に(ただし,判示第10の
5は各被害者ごとに),判示第11の所為は包括して同法60条,103条にそれ
ぞれ該当するところ,
判示第4及び第10の1はいずれも1個の行為が11個の罪名に,判示第10の2
は1個の行為が3個の罪名に,判示第10の3ないし5はいずれも1個の行為が4
個の罪名にそれぞれ触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により,
判示第4及び第10の1ないし4についてはいずれも,1罪として各殺人未遂罪よ
り犯情の重い各殺人罪の刑で(なお,判示第4並びに第10の1及び4のそれぞれ
について殺人の各被害者ごとに犯情の差違は認められない。),判示第10の5に
ついては,1罪として犯情の最も重いI23に対する殺人未遂罪の刑でそれぞれ処断
することとし,各所定刑中,判示第1,第2の1ないし3,第3,第4,第5の
1,第8及び第10の1ないし4の各罪についてはいずれも死刑を,判示第7,第
9及び第10の5の各
罪についてはいずれも有期懲役刑を,判示第11の罪については懲役刑をそれぞれ
選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条1項本文,10条
により,死刑を選択した各罪のうち犯情の最も重い判示第4の罪の刑で処断して他
の刑を科さず,被告人を死刑に処し,訴訟費用については,刑訴法181条1項た
だし書を適用して被告人に負担させないこととする。
【争点に対する判断】
第1章 本件の争点等
 1 弁護人らの主張
 (1) 弁護人らは,まず,前認定のC事件からP2蔵匿事件に至るまでの各犯行は
いずれも,Aを首魁(首謀者)とし,その主宰する教団(X教)の信者らが,その
教義にかなった理想郷の建設を進めるといういわゆる「日本シャンバラ化計画」の
実現を目指して,Aの唱える後記のヴァジラヤーナの教義に基づき,国家権力を奪
取すべく,教団の武装化路線を押し進めるとともに,教団に敵対する者を殺害し
(C事件,D事件,F事件,各VX事件),教団からの脱落者を連れ戻し(G監禁
事件),犯罪を犯した教団信者を司直の手からかばい(P2蔵匿事件),あるい
は,国の統治機構を破壊しようとするなど(E事件,I事件),朝憲紊乱,すなわ
ち,憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動を起こしたもの
であって,それぞれが独
立した犯罪を構成するものではなく,包括して内乱罪で処罰されるべきである旨主
張する。
 そして,被告人も,当公判廷における意見陳述等において,上記の各犯行はいず
れも,教義上の理想郷とされる「シャンバラ」を実現するために行われたと述べる
など,弁護人らの上記主張に沿うような供述をしている。
 (2) また,弁護人らは,①I事件において,被告人の果たした役割は自動車運転
手としてサリン散布の実行役であるO21を送迎したにすぎず,一切の背景事情を捨
象して個別の事件として評価したとしても,被告人には殺人及び殺人未遂の幇助犯
が成立するにとどまるとか,②前認定の一連の各犯行(以下「本件各犯行」と総称
する。)のすべてについて,被告人には,刑法上適法行為を選択する期待可能性が
認められないとか,③現行の死刑制度は違憲であるとも主張する。
 2 そこで,以下,関係各証拠に基づき,A及び被告人を含む教団信者らが本件
各犯行を行うに至った経緯や犯行状況,教団の活動状況等について,時系列に沿っ
て認定した上,本件各犯行の目的等を検討するなどして,弁護人らの前記各主張に
対する当裁判所の判断を示すこととする。
第2章 証拠上認められる一連の事件の経過
 まず,関係各証拠を総合すると,本件各犯行に至る経緯,謀議及び犯行状況,そ
の背景となった教団の活動状況等を中心とする一連の事件の経過としては,おおむ
ね以下の事実が認められる。
第1 教団の成立と教義内容の変容等
 1 教団の成立
 (1) Aは,「X1」の名称でヨーガ教室を開くなどしていたが,昭和61年4月
ころ,仏教の原典に戻り,仏教の説く解脱や悟りをインドのヨーガの修行で具体的
に体験し実現することを目的とするとして「X2」を組織した。
 Aは,当時から,「シャクティパット」と称する儀式を行ったり,修行により空
中浮揚する超能力を獲得したと称して,その様子を撮影したとされる写真をいわゆ
るオカルト雑誌に掲載するなどしていたが,「X2」を組織した当初までは,会員
から先生と呼ばれて,基本的には,会員の修行をサポートする役割と位置付けられ
ていた。また,当時は,専ら個人の解脱,悟りに至るプロセスが重視されており,
後に強調されるような一般大衆の救済を目指すという方向性は希薄であった。
 (2) もっとも,Aは,昭和60年ころ,オカルト雑誌の取材に応じて,自分は,
神から,理想国家であるシャンバラの到来を告げられ,そのために戦うように命ぜ
られたと述べたり,昭和61年に開かれたセミナーでは,ハルマゲドン(世界最終
戦争)が到来するなどとも述べていた。
 その後,「X2」は,同年9月に出家制度を取り入れるなど,Aを絶対的な指導
者とする宗教団体としての色彩を強めて,積極的に信者の獲得活動を行い,教団の
拡大を図るようになり,また,Aは,同年8月ころまでに,修行により最終的解脱
を遂げたとして,自己を「最終解脱者」と称するようになった。
 (3) 被告人は,昭和60年年末から開かれた「X1」のセミナーに参加した後の
昭和61年3月,その会員となって,セミナーに参加するなどしていたが,Aから
3年という期限を定めた出家の強い勧めを受けてこれに応じ,同春大学卒業後に就
職していた食品会社を退職して同年9月ころ出家し,その後は,横浜市内や東京都
内で他の出家信者らと共同生活を営むとともに,「ワーク」と称して教団のために
様々な活動を行うなどしていた。
 2 教義内容の変容及びX教への名称変更
 (1) Aは,以上のように,教団が自己を絶対的指導者とする宗教団体たる色彩を
強める中,昭和61年年末から開かれた教団のセミナーにおいて,修行法としてグ
ル(宗教上の指導者)に対する絶対的な帰依を求めるグルヨーガを提唱し,その説
法において,グルに人を殺せと言われたら殺すだけの帰依が,弟子に求められる帰
依である,グルの指示に基づき人を殺す場合,相手は死ぬべき時期にあるから,殺
す者も殺される者も功徳になるのであり,このような殺人は,より高い世界に魂を
移し変える意味の「ポア」にほかならないと述べるなどして,殺人の意味でポアと
いう言葉を用いるようになった。
 もっとも,Aは,殺人をポアとする点について,当時は,飽くまで功徳を積む方
法の一つの比喩として述べるにとどまり,現代社会では受け入れられないとも述べ
ており,同年末ころ出版した著書でも,ポアはインド密教の最高のヨーガで,意識
を移し替えるヨーガであるとの説明にとどめていた。
 (2) ところが,Aは,昭和62年に開かれた教団のセミナーでは,平成12年か
ら15年ころにかけて,ハルマゲドンといわれる世界大戦が起こる,それを回避す
るには,3万人以上の解脱者を作り上げる必要があるなどと述べて,個人の解脱に
とどまらず,一般大衆の救済を志向するマハーヤーナ(大乗)の教えを前面に出
し,ハルマゲドンからの救済を唱えて,一般大衆の救済の方向性を明確にするとと
もに,教団の拡大を更に積極的に行う姿勢を明らかにした。
 そして,Aは,昭和62年6月ころ,被告人ら教団信者に対し,教団の名前を救
済にふさわしいものにしようと提案した上,自ら,シヴァ神の命があったとして,
教団の名称を「X教」に変更した。
 (3) その後,教団が積極的な信者獲得活動を展開した結果,教団の信者数は急激
に増加した。それに伴って,教団は,同年7月に東京世田谷に世田谷道場を,大阪
に新しい道場を,同年11月に福岡支部及びニューヨーク支部を,同年12月には
名古屋支部をそれぞれ開設し,さらに,昭和63年には,静岡県b市に「富士山総
本部道場」と称する教団施設を建設するに至った。
また,Aは,昭和62年6月ころ,最古参の弟子の1人であるP3が,修行によ
り教義上の下から2段階目の解脱とされるクンダリニー・ヨーガの成就を遂げたと
発表し,その後,次々に信者に対する同様の認定をするようになった。そして,被
告人も,同年12月,Aから,同様の認定を受け,ミラレパというホーリーネーム
を与えられて,福岡支部や大阪支部の責任者に任命された後,Aの秘書又は付き人
的な役割を果たすようになった。
 3 ヴァジラヤーナの教義の提唱
 (1) Aは,昭和62年7月にインドを訪問した際に,現地の高僧からチベット密
教の教義を伝授されたと称して,その後は,小乗や大乗の教えよりも上位にあり,
短期間に一気に解脱を遂げることができるものとして,タントラヴァジラヤーナの
教義(秘密金剛乗。以下「ヴァジラヤーナの教義」という。)を提唱するようにな
った。この教義では,グルに対する絶対的な帰依が求められ,また,他人に危害を
加えた結果,その者の悪業を背負うことになるのであれば,その者にとっては救済
である,グルの指示であれば,殺人すらもポアであって正当化されるなどとも説か
れていた。
 (2) このような教義の提唱に伴い,Aは,慈悲の中には優しい面と恐怖の面があ
り,恐怖の面の慈悲の方が崇高であるなどと称して,出家信者を殴るなどの振る舞
いに及ぶようになったほか,同年ころからは,「尊師」という絶対性を強調する呼
称で呼ばれるようになった。
 (3) また,教団では,昭和63年4月ころより,Aの認定により教団内の序列を
定める「ステージ制」が設けられた結果,信者の間の序列がより明確になった。
 4 シャンバラ化計画
 さらに,Aは,そのころから,「シャンバラ化計画」と称して,教団の教義に基
づく理想郷(シャンバラ)の現世における実現を目指す旨説き,このようなシャン
バラ化計画の一環として,教団の宗教法人化や学校,病院の設立,山梨県西八代郡
b村における教団施設の建設等を積極的に推進した。さらに,Aは,同じくシャン
バラ化計画の一環として,九州の阿蘇地方等の各地で教団の教義に基づいた生活を
実践する自給自足の共同体を作るという「ロータスヴィレッジ構想」を打ち出し,
前記のように富士山麓に富士山総本部道場を建設するなどした。
 5 教団の宗教法人化
 Aは,宗教法人となれば,税制上優遇されることや社会的認知を得られることか
ら,教団の法人格の取得を目指すようになり,昭和61年ころから,出家直後の被
告人が中心となって調査等を進め,昭和63年ころからは,東京都内で法人格を取
得するための準備を本格化させた。すなわち,教団は,東京都江東区mに土地及び
建物を取得して道場を開設し(以下「m道場」という。),昭和63年11月ころ
から東京都と協議を開始して,平成元年1月以降は,東京都から,m道場が現地調
査を受けたり,世田谷道場も税務の検査を受けるなどしていた。
第2 B事件(判示第1の犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 1 N1の死亡とその遺体の処理について
 (1) 教団の在家信者であったN1は,昭和63年9月ころ,教団の富士山総本部
道場に泊まり込んで出家信者らと共に修行していたが,そのうち,精神的に不安定
な言動が目立つようになった。そこで,Aの指示を受けた信者ら数名が,同道場内
の風呂場において,N1に水をかけたり,その頭を風呂の中に沈めるなどしたとこ
ろ,N1は,ぐったりして意識を失ってしまった。そのため,教団幹部のO1や被
告人らが人工呼吸等の救命活動を行い,Aがエネルギーを注入するという宗教的儀
式を行うなどしたが,N1はそのまま死亡した。
(2) Aは,同日,富士山総本部道場内で,Aの妻である011のほか,教団幹部で
あるO1,O2,P3,O3らと事後処理について話し合い,教団内部でN1の遺
体を秘密裏に処理することを決めた。なお,被告人は,Aから,監督不十分として
叱責され,その話し合いから外されたが,その後,被告人やN1の死亡を目撃した
信者らも交えて,改めて話し合いがもたれた。その際,Aは,警察等に届け出る
と,救済活動が非常に遅れるなどと言って,内部での処理を示唆し,被告人らも,
教団内で処理することに賛成した。
 (3) そこで,Aは,N1の遺体をひそかに焼却することとし,同日,O1,O
2,O3らにその作業を指示した。これを受けて,O1らは,富士山総本部道場敷
地内の空き地に耐火煉瓦を積み上げて護摩壇と称する炉を作り,遺体をドラム缶に
入れて焼却し,焼け残った遺骨は,他の信者がすりつぶした上,湖に投棄した(以
降,N1の死亡からその遺体の処理までの一連の経緯を「N1事件」ともい
う。)。
 なお,O2は,このN1事件の際,Aが,「いよいよこれはヴァジラヤーナに入
れというシヴァ神の示唆だな。」とつぶやくのを聞いた。
 (4) その後,N1の所在を尋ねてN1の弟が富士山総本部道場を訪れたが,O3
が,N1は修行を止めて帰宅したなどと嘘をついて,N1の弟を帰宅させた。ま
た,出家信者のO4は,同じく出家信者でN1事件の現場にいた妹のN5から,同
事件についての相談を受けたが,その後,Aから,そのことを詰問された上,グル
が話すなと言ったことを他の人に話すのは戒律違反であり,最も長く苦しい地獄に
落ちるなどと言われた。
 2 B事件の概要
 (1) 犯行に至る経緯
 Bは,勤務していた電機会社を辞めて,昭和63年6月ころに出家して以降,当
初は教団施設において電気関係の仕事をしたが,同年12月ころからは,教団の出
版物を取り扱う「X5出版」の営業部に配属となり,責任者であるO3の下で働く
ようになった。なお,Bは,N1が死亡した際にその現場に居合わせたほか,遺体
を焼却した際も,現場に立ち会って護摩壇にくべる薪を運ぶなどしていた。
 しかし,Bは,次第に,修行に参加させてもらえないなどと不満を述べるように
なり,平成元年1月ころには,O3に対し,自分なりに修行したい,合わない営業
をやっても功徳にならないなどと述べて,いわゆる下向の意思を明らかにするよう
になった。
 Aは,O3からその旨の報告を受けて,Bを翻意させるべく,富士山総本部道場
に呼び戻した上,「独房修行」と称して,Bを同道場に近い静岡県b市所在の教団
敷地内に設置されたコンテナ内の施錠された2畳ほどの小部屋の中に閉じ込め,一
日中Aの説法テープを聴かせるなどして翻意を迫った。しかし,Bは,下向の意思
を変えず,かえって,Aの指示を受けて様子を見に来たO1に対し,「Aは間違っ
ている。教団を脱会してAを殺してやる。」などとも言うようになった。
 (2) 謀議状況
 ア Aは,同年2月上旬の夜,富士山総本部道場と同じ敷地内にあった「第1
S」と称する教団施設(以下「第1S」といい,同道場と合わせて「富士山総本
部」という。)内の自室にO1,被告人,O2,O3及びO4を集めて,本件犯行
の謀議を行った。当時,被告人ら5名(以下,被告人及び本件各犯行の共犯者のう
ちAを除く者を「被告人ら」ともいう。)は共に大師のステージにあり,被告人は
Aの秘書的な存在,O1は教団の科学技術部門の責任者,O2は建築関係や支部に
おける契約等の担当者,O3は営業関係の責任者,O4は大阪支部の支部長とし
て,いずれも教団の中心的幹部の地位にあった。
 イ Aは,被告人らが集まった後,まず,O4に対し,「グルが何でもしろと言
ったらできるか。」,「グルがポアしろと言ったらできるか。」,「おまえはグル
が人を殺せと言ったら殺すことができるか。」と相次いで問いかけ,O4はいずれ
も「はい,できます。」と答えた。
 その後,O1が,被告人,O2,O3及びO4に対し,Bが精神的に不安定にな
ったため独房に入っているが,現在魔境に入っており,下向したいとか,Aを殺す
と言っているなどと説明した後,Aが,「Bは,N1事件の際,消極的だった。B
が下向すれば,N1事件のことが公になるおそれがある。もう一度見に行って駄目
だったら,ポアするしかないな。」などと言った。
 被告人らは,これを聞いて,殺人もポアになり得るというAの前記第1の2(1)記
載のセミナーにおける説法内容や上記やりとりなどから,Aがポアという言葉を用
いてBの殺害を指示していることを理解した。
 ウ そのため,被告人らは,Bの閉じ込められたコンテナに赴き,考えを改める
ようBを説得したが,Bは耳を傾けようとしなかった。すると,その報告を受けた
Aは,被告人らに対し,「ポアするしかない。」と言ってBの殺害を指示した上,
殺害方法についても,ロープで絞殺するよう指示した。
 (3) 犯行状況
 そこで,被告人は,見張り役として外で待機させたO4を除く3名と共に,前記
コンテナ内に入り,飽くまで翻意しようとしないBに対して判示のとおりの本件犯
行に及んだが,その際,自らロープを準備し,手足を縛られたBに目隠しをし,そ
の頸部にロープを巻き付け,その片方の端を引っ張って絞め付け,さらに,必死に
抵抗するBに対し,両手でその頭部を上下から挟むように押さえ付け,その頸部を
強く捻ってとどめを刺すなどしたものである。
 (4) 犯行後の状況
 ア 被告人らは,犯行後,直ちにBの遺体をドラム缶に入れ,骨を溶けやすくす
るために酢まで入れて,数時間にわたり灯油で焼却した上,焼け残った遺灰を教団
施設内にまいて,証拠を隠滅した。
 イ 他方,被告人は,犯行直後から,茫然自失となって激しく動揺し,数日後,
Aに対し悩みを打ち明けて,Bの転生先を確認するなどしたところ,Aは,被告人
に対し,多くの人の救済のために悪業を積み殺生を行って地獄へ至るならば,それ
は本望である旨のマントラ(詞章)を口授し,他の実行犯にも伝えて,各人が唱え
るように指示するとともに,Bの転生先については,教義の上で人間界より下位の
世界とされる動物界で白熊に生まれ変わったと説明した。
 被告人は,魂を高い世界に引き上げるべきポアであったはずなのに,人間界より
下位の世界に転生したと聞いて衝撃を受け,後記のC事件の前ころまで上記マント
ラを唱え続け,O3らも同様にマントラを唱えていた。
第3 B事件以降の教義内容の変容と教団の活動状況等
 1 B事件以降の教義内容の変容
 (1) Aは,平成元年2月に,「K1」と題する著書を発刊し,その中で,新約聖
書の「ヨハネの黙示録」に依拠しながら,ハルマゲドンは回避できず,自分ができ
るのはハルマゲドン後の社会に人々を生き残らせることである,オウムを信仰して
いる者は救われるが,そうでない者は破滅するしかないとして,選民思想的な傾向
を明確に打ち出し,さらに,武力を用いた救済を示唆した。
 また,同年5月には,「K2-続・K1」という著書を発刊し,その中で,堕落
してシヴァ神の怒りを受けて破滅していく道を選ぶのか,神に帰依して魂の向上を
図り超能力を身に付け神々の一員として邪と戦う道を選ぶのかと問いかけ,取りあ
えずは精神主義的なプロパガンダに訴えることとするが,それで直らなければ,い
ろいろな因を使って真理と縁を結ぶような形を考えているなどとも書いていた。
 (2) そして,Aは,同年ころから,出家信者に対しては,現代はほとんど三悪趣
(教義上,人間界より下位にあるとされた地獄,餓鬼及び動物の各世界のこと)で
あるなどと述べたり,いわゆる「ノストラダムスの予言書」の原典をフランスで蒐
集した上,教団内でその翻訳及び解釈作業を開始し,このようなノストラダムスの
予言やヨハネの黙示録を根拠に,現代の人類は悪業を積んでいるので,神の意志に
基づいた人々が自ら戦争を仕掛けることでハルマゲドンの道を変える,あるいは,
これらの者がハルマゲドンを自ら引き起こすのが現代の救済方法である,これは予
言されていることであるなどと説くようになったほか,殺人をポアとして肯定する
趣旨の説法を頻繁に行うようになった。
 (3) もっとも,Aは,以上のように,出家信者に対しては,一般社会に対する蔑
視や敵意を露わにする言動を繰り返す反面,出家信者でない一般の信者や教団の部
外者に対しては,大乗の教えを強調する説法を行い,できるだけ多くの者が出家し
て成就し,「シャンバラ化計画」を実現して,日本や世界がシャンバラ化しロータ
スビレッジ化すれば,ハルマゲドンは回避できるとして,すべての信者が大乗とな
って功徳を積むようになどと説いていた。
 2 教団の活動状況等
 (1) 教団の活動状況とこれに対する反対運動
 教団の信者数は次第に増加し,教団は,平成元年だけでも,仙台,金沢,高知,
広島及び西ドイツ(当時)のボンに支部を開設した。このように教団の組織が拡大
するにつれて,多くの信者が出家して教団施設内で生活するようになったが,教団
では,信者の出家に当たり,多額の財産を教団に寄付させたり,修行の妨げになる
として出家信者と家族との自由な連絡を制限したことなどから,出家信者の家族等
を中心に,教団を批判する様々な運動が展開されるようになった。
 (2) 宗教法人化に向けた動き
 ア 教団では,昭和61年ころより,被告人を中心に法人格取得を目指して準備
を進めていたところ,B事件後の平成元年3月,東京都に対し,その前提となる宗
教法人としての規則の認証申請手続を行い,これが受理された。
 イ 宗教法人法によれば,所轄庁である都道府県は規則の認証申請を受理した後
3か月以内にその許否を判断しなければならないとされており,被告人ら教団関係
者は,同月中には認証されるものと予想していた。ところが,ある出家信者の家族
が教団の中に家出人がいるとして東京都に苦情を寄せ,その家族から相談を受けた
国会議員が東京都に働きかけるなどしたこともあり,東京都は,同年4月になって
も,認証を行わなかった。
 ウ そこで,Aは,被告人やO2に指示して,家出人とされた出家信者をその家
族と会わせるなどする一方,信者の弁護士らを伴わせて繰り返し東京都の担当者と
折衝を行わせ,さらに,同月24日には,約300名もの出家信者を同行させて,
自ら東京都庁や文化庁に赴き,前記認証の遅れについて,猛然と抗議を行った。そ
の後,Aは,P1らをして,東京都に対する不作為違法確認の行政訴訟を提起さ
せ,その結果,教団は,同年8月29日になって,東京都から前記規則の認証を受
けた。
 また,そのころ,教団は,静岡県内にX3学園という学校法人を作ろうと試みた
が,地元の反対を受けて挫折している。
 エ なお,Aは,東京都庁等に抗議に赴いた日の夜に,出家信者らに対して,現
世は末法の相を呈している,救済を考えるならば,少なくとも一部の人間がヴァジ
ラヤーナの道を歩かなければ,真理の流布はできない,真理を阻害するものがあれ
ば,それは打ち破っていかなければならない,そういう強い心を持つことが必要だ
などと説いていた。
 (3) 衆議院選挙への出馬
 ア Aは,平成元年夏ころ,前記のように教団の宗教法人化が難航する中,ある
信者から,今出馬すれば,当選するかもしれないなどと勧められて,衆議院選挙に
立候補することを決意した。そこで,Aは,「大師会議」と称する被告人ら教団幹
部との会合,更には「サマナ会議」と称する出家信者らとの会合を重ねて,自らの
立候補に対する出家信者全員の協力約束を取り付けた上,同年8月16日付けで
「X3党」という名称の政治団体の届出を行い,教団を上げて,翌年2月施行予定
の衆議院選挙に臨むことになった。
 また,Aは,前記規則の認証を受けた後,宗教法人化が難航したことについて被
告人らと総括を行い,正しい政治が行われないがゆえに人々は苦しむ,宗教的なも
のだけでは救済は不可能であるから,政治的な力をしっかりと把握する必要がある
などと述べて,教団として世俗的な権力の獲得を目指す決意を明らかにしたほか,
「大師会議」では,平成12年のハルマゲドンまでに,国会で多数を占めるぐらい
の当選者を確保するなどとも述べていた。
 イ Aは,X3党の政策として,消費税の廃止,教育問題の改革,医療の改革,
福祉施設の改革等を掲げて,宗教色を前面に出すことを避けていた。また,Aは,
大金を投じ,信者に象のぬいぐるみや自分の面をかぶって踊らせるなど活発に表の
選挙運動を展開する一方,信者の住民票を自分が立候補する選挙区に移動させた
り,O2のほか,教団信者のO6やO17らに指示して,対立候補の盗聴を行った
り,他の候補者のポスターをはがさせたりするなど,手段を選ばぬ違法な活動も広
く実施させていた。
 ウ なお,Aは,同年9月24日,一般信者も対象として,シャンバラを実現す
るためには政治力を持つことが必要であると説く一方,人のカルマを見切ることの
できる智慧のある者が転生に最も良い時期に殺人に及べば,それはポアであって,
殺した人,殺された人の双方が利益を得ると説くなど,次第に,前記第1の3(1)記
載のようなヴァジラヤーナの教義に基づくポアの教えを一般の信者に対しても説く
ようになった。
第4 C事件(判示第2の各犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 1 犯行に至る経緯
 (1) 教団に対する社会的批判の高まり
 ア C1は,大学卒業後,昭和59年に司法試験に合格し,平成元年当時は,横
浜弁護士会に所属する弁護士であったが,教団の出家信者の家族から相談を受けた
ことから,その出家信者を親元に戻す活動に携わるようになり,同年7月ころには
被害対策弁護団を結成するなどして精力的に活動していた。また,同年10月に
は,H3を会長として,出家信者の親たちを中心に被害者の会が結成されたとこ
ろ,同会は,教団に対し出家信者を親元に戻すよう求めるとともに,東京都に対し
ては教団規則の前記認証の取消し及び解散登記の嘱託を求める活動等を展開し,翌
11月には,公開質問状と題する書面を教団に送り付け,Aに対し,マスコミの前
で空中浮揚するように求めるなどしていた。
 イ また,同月から,週刊誌の「L1」に「X教の狂気」と題する連載が始ま
り,7回にわたって,家族との絶縁を強いる出家制度,高額の布施,Aの血を飲ま
せる修行方法(DNAのイニシエーション)等を取り上げて,教団の活動内容やA
本人を批判し,教団の宗教法人格の認可には問題があるとする内容の記事が掲載さ
れた。これを契機に,他の新聞や週刊誌でも,教団に批判的な記事が掲載され,ラ
ジオ局であるL2放送やテレビ局であるL3等でも,教団に批判的な番組が制作さ
れるようになり,C1は,そのようなラジオやテレビの番組に出演して,教団を厳
しく批判するコメントを述べるなどしていた。
 (2) 社会的批判に対する教団の対応
 ア Aは,このような社会的批判の高まりを受けて,救済が遅れる,選挙に支障
があるなどと懸念を示し,被告人ら教団幹部に指示して,警察に問い合わせをして
家出人に関する「L1」の報道内容を確認させたほか,家出人と報道された出家信
者に家族へ電話をかけさせたり,C1から要求のあった出家信者をその家族と面会
させるなどした。
 それと同時に,Aは,出家信者と共に「L1」編集部に赴き,猛然と抗議を行う
とともに,選挙用の宣伝カーを用いて,同編集部のあるL4新聞社屋の周辺で抗議
のビラをまくなどの抗議活動を行い,また,L3には,テレビ番組の内容を放映前
に開示させた上,圧力をかけて放映を中止させるなどした。さらに,被害者の会に
対しても,出家信者の家族と偽って教団の信者を潜入させて情報収集に当たらせ,
会長にH3が就任したことなどを知った。
 イ Aは,前記のような教団に批判的なマスコミ報道を封じ込めるために違法手
段に訴えることも企て,L4新聞社屋を爆破するために,O2に下見に赴かせた
り,O1を介して医師の資格を持つO5に指示して,筋肉を弛緩させる効果を有す
る塩化カリウムのアンプルを用意させたり,被告人らに対し,「L1」の編集長で
あったT3を殺害するなどと繰り返し口にするようになった。
 ウ さらに,Aは,平成元年10月下旬,被告人ら教団幹部との間でこれらの報
道等に対する対策を講じた協議の席において,「L1」の連載記事や被害者の会の
活動の背後にはC1がいるとの認識を示した。
 また,同月末には,教団信者のP1,P4,O2らが,Aの指示によりC1と面
談して,教団に対する批判的な活動を止めるよう申し入れたが,逆に,C1から,
多額の布施を取ってAのDNAを飲ませる修行方法等を批判された上,出家信者を
親元に戻すよう厳しく迫られ,P1が,信者側からその親を告訴する旨申し入れて
も,C1から,こちらも法的措置に訴える,徹底的にやりますなどと言われて,物
別れに終わった。
 そのため,P4らは,Aに対し,C1は自分たちに全然理解を示さない人物であ
るなどと報告したところ,Aは,P1に対し,法的措置で対抗するように指示し
た。
 2 C事件の概要
 (1) 謀議状況
 ア Aは,平成元年11月2日深夜ころ,第1S内の自分の部屋に,被告人,O
1,O2,O3及びO5を集めて,同人らに対し,「この世の中は非常に汚れてい
る。通常の合法的な活動だけでは救済が間に合わない。ポアも含めたヴァジラヤー
ナの実践をしなければならない。」と述べた上,T3を殺害する,そのための薬を
O5が用意しているなどと言って,T3殺害計画を明らかにした。そこで,Aと被
告人らが具体的な話し合いを進めたが,事前にT3の行動予定を知り,その身柄を
確保して殺害することは困難であるという結論になり,全員が沈黙した。
 イ その後,Aは,唐突に,「今問題としなければならないのはC1である。」
などと言って,指でOKマークを作り,人差し指を弾く仕草をして,被告人らに対
し,C1の殺害を提案した。
 被告人らは,この提案を意外に感じ,O2が「え,弁護士さんですか。」と言っ
て困惑した態度を示したところ,Aは,「被害者の会を実質的にまとめているのは
C1である。放っておくと将来教団において大きな障害となる。これ以上悪業を積
ませては本人のためにならない。ポアすることは本人のためにもなる。」などと言
って,C1を殺害する理由を付加して説明し,被告人らは,これを了承した。
 ウ 引き続き,A及び被告人らが打ち合わせを行った結果,C1の帰宅途中を待
ち伏せして車に引きずり込み,O5が塩化カリウムを注射して殺害すること,教団
内の武道大会で優勝し空手の経験もあるO6を実行犯に加え,C1を殴打させて気
絶させることなどが取り決められた。その後,被告人らが,Aの指示により,O6
に協力を要請したところ,O6もこれを了承した。
 (2) 犯行の準備状況及び計画の変更
 ア 翌3日朝,Aは,O3から,C1の自宅の住所等が判明したとの報告を受け
たことから,O1及びO3に対し,同弁護士殺害計画を実行に移すように指示し
て,同人らに変装用の資金数十万円を与えた。
 被告人らは,同日午前9時ころ,2台の車に分乗して,富士山総本部を出発し,
途中,東京都杉並区内の選挙事務所や同区内のマンションに立ち寄って,O5の用
意した塩化カリウムを注射器3本に入れたり,車に無線機を取り付けて相互に交信
が可能であるようにし,さらに,変装用のかつらや眼鏡,付けひげを身に付け,新
宿で犯行の際に着用する衣類を購入して着替えをした上,車で横浜市a区所在のC
1方居室(以下「C方」という。)へ向かった。
 イ 当時,C1は,学生時代に知り合って昭和59年に結婚した妻のC2及び昭
和63年に出生したばかりの長男C3の3人でC方で暮らしており,その日は,休
日であったため自宅で過ごしていた。
 被告人らは,同日夕方以降にC方付近に到着して下見を行い,その後,各人が手
分けをして最寄りの駅からC方までの経路上でC1の帰宅を待ち受けることにした
が,C1が一向に姿を現さず,C方に電話をかけて在宅の有無を確認しても,電話
には誰も出なかった。
 ウ そこで,同日午後11時ころ,O3がC方の玄関先まで赴いて,中の様子を
うかがったところ,明かりがついており,玄関の鍵が開いていることが明らかにな
った。そのため,O2がAに電話をして指示を仰いだところ,Aは,「開いている
のなら入ればいいじゃないか。家族も仕様がない。やむを得ないじゃないか。」な
どと言って,C方に入り家族もろともC1を殺害するように指示した。O2が「家
族もですか。」と問い直すと,Aは,家族もC1同様に悪業を積んでいるなどと理
由を付け加え,さらに,入るならば遅い方がいいと言って深夜の実行を指示し,O
2は,被告人,O1及びO3にこれを伝えた。
 エ そこで,被告人らは,取りあえず最終電車まで待ってC1が帰宅しないこと
を確かめ,O3が再度C方に向かって,玄関の鍵が開いていること,家の中の電気
が消えていることを確認した上,犯行時刻を同月4日午前3時にすることを決め
て,O1が,車で待機していたO5及びO6にその旨連絡し,全員がC方近くに駐
車した車内で各自仮眠を取った。
 (3) 犯行状況
 被告人は,同日午前3時ころに目を覚まして,他の実行犯5名を起こした。その
後,被告人らは,犯行に及ぶべく全員でC方に向かい,まずO2がC方に立ち入
り,寝室内にC1,C2及びC3の3名が寝ていること,他の部屋には誰もいない
ことを確認した上,残りの実行犯らが被告人を先頭に次々とC方に侵入して,判示
のとおりの本件犯行に及んだものである。
 なお,被告人は,本件犯行に際し,他の実行犯に先立って寝室に入った上,O6
がC1を襲ったのとほぼ同時にC2に襲いかかって実行行為の口火を切り,その
後,瀕死のC3を認め,その首を絞めて絶命させている。
(4) 犯行後の状況
 ア 被告人らは,犯行後,直ちに,C1ら3名の遺体を布団ごと車に積み込んだ
上,富士山総本部に向かい,第1S内のAの部屋で,Aに本件犯行の報告を行っ
た。その際,C1らの遺体の処理等が話し合われ,その結果,Aの指示により,遠
くの山中に3人の遺体を埋めることになった。
 そこで,被告人らは,着衣を剥いでドラム缶に入れた3人の遺体を犯行に用いた
車に積み込んで,その日のうちに,富士山総本部を出発した。出発後,被告人ら
は,警察の捜査を妨害するためにC1らの遺体をそれぞれ異なる県に埋めることを
決め,その日の夜に,長野県大町市内の林道脇の湿地帯にC3の遺体を,翌5日の
夕方から夜にかけて,新潟県西頸城郡n町内の山腹の雑木林内にC1の遺体を,さ
らに,翌6日には,富山県魚津市内の山腹の雑木林内にC2の遺体をそれぞれ埋め
た。
 その際,被告人らは,捜査を妨害しようとして,警察官らが棒を地面に突き刺す
などして捜索することを妨げるために,C1及びC2の遺体の上に石を並べたり,
歯型等からの身元の確認を困難にするために,被告人及びO1がC1の顔面につる
はしを振るってその歯を砕こうとするなどした。
 イ 被告人らは,その後,北陸から,京都,山陰へと移動して,順次,C方の布
団や犯行に使用した車のシートカバー等を焼却し,遺体を入れたドラム缶やつるは
しを海中に投棄して処分するなどした上,犯行時に使用した車を海中に投棄する処
分場所を求めて鳥取県まで赴いたが,Aからの指示を受けて,急きょ富士山総本部
に帰還した。
 なお,本件犯行後,被告人らはそれぞれに精神的に不安定な状態に陥り,例え
ば,被告人は,C1の遺体を埋めた際,真暗な付近の山を無闇に懐中電灯で照らす
などして,共犯者らから特に心配されるような状態になった。
ウ Aは,被告人らが富士山総本部に帰還した後,被告人,O3,O5及びO6
に対し,独房修行の名目で,5日間小部屋でAの説法を聞き続けるよう指示し,そ
の説法の中で,悪業を積むことによって生き永らえさせられる者は悪業を積むのと
同じだと説いた。また,そのころ,Aは,被告人らを集めて本件犯行を総括し,刑
法の殺人罪や共同正犯の条文等を読み上げさせ,「3人殺せば死刑だな。」,「自
分も同罪だな。」と述べたり,C一家の転生先を,子供は餓鬼界,奥さんは動物
界,C1本人は地獄界として,いずれも人間より低い世界に転生した旨説明したり
した。
 エ ところで,O5が本件犯行の際に落としたM1と呼ばれる教団のバッジが,
犯行後にC方から発見されて,C1一家の失踪への教団の関与が疑われるようにな
った。そのため,A及び被告人を含む教団幹部らは,同月20日ころ,西ドイツに
向けて出発し,同地で行われた記者会見で,その失踪に教団は全く関係ないと強調
した。また,その旅行中,犯行の際に手袋を付けていなかったO1及びO2が熱し
た料理用の電気プレートの鉄板に両手を押し付けたり,帰国後,O5が指紋消去の
手術を行うなどした結果,これらの者の指紋は損傷紋となった。
 オ 教団は,その後も,C事件はあくまで教団とは無関係である旨強調し続け,
教団の出版物等においても,C事件は国家権力等の教団にダメージを与えようとす
る者たちによって仕組まれた陰謀であるとして,真犯人は別にいる,C1の身内の
犯行ではないかとまで繰り返し主張していた。
 カ なお,衆議院選挙を目前に控えた平成2年2月10日,O3は,Aに対する
不信感等から教団を脱走し,その際,Aの選挙事務所から教団の活動資金を持ち出
した。その大部分は,被告人らによって回収されたが,O3は,Aに生活費を要求
する一方,C2らを埋めた場所の写真をC1が勤務していた法律事務所や警察に送
り付けた。これを知って,Aは,O3に対し,「いくら欲しいんだ。」などと金に
よる解決を持ちかけ,O3からの要求に応じて同人の口座に830万円を振り込ん
でいる。
第5 教団の武装化の開始と社会的摩擦の激化等
 1 衆議院選挙の惨敗とその総括
 (1) 衆議院選挙は,平成2年2月3日に公示され,Aは東京4区に,その他の教
団信者合計25名も各都県内の選挙区に立候補し,被告人も東京10区に立候補し
た。もっとも,教団では,東京4区以外に選挙事務所を設けることなく,A以外の
候補者は,政見放送以外は自らの選挙活動を行わずにAの選挙活動に専心していた
が,当時の客観的情勢としても,Aが当選する見込みは極めて低く,O2らは,A
に対し,厳しい予想を伝えたが,Aは,シヴァ大神の思し召しであると述べて,特
に悲観的な様子は見せていなかった。
 同月18日,選挙が行われ,即日開票された結果,Aを含む教団関係者全員が落
選し,Aの得票も1783票にとどまって,教団の惨敗に終わった。
 (2) Aは,教団幹部らの前で選挙結果について総括を行い,教団の代表者から降
りるなどとも発言したが,その際,Aの3女が,票のすり替えがあったと言い出し
た。これを受けて,Aは,信者らに投票状況の調査をさせ,その結果,票のすり替
えがあったことが確認されたとして,選挙の惨敗が国家権力の陰謀によると主張す
るようになった。
(3) さらに,Aは,説法において,教団は徹底的なサンドバッグになっている,
教団が90年代を生き延びるのは至難の業であると述べた上,人間の魂がもっと汚
れ,破壊の直前になると,ヴァジラヤーナ,つまり武力を使っての破壊が登場す
る,現代は濁世の時代であり,救世主が現れて,ヴァジラヤーナの救済として,物
質に対する執着により乱れた社会の秩序を取り戻すために社会を変革しなくてはな
らないなどと述べて,自らが救世主であることを示唆した。
 また,Aは,被害者の会の活動等にも触れ,被害者の会やマスコミはいずれ墓穴
を掘る,被害者の会は完全に地獄に落ちる道を歩んでいる,同じようにマスコミも
地獄に堕ちるとして,被害者の会やマスコミに対する敵意を露わにした。
 2 教団の武装化の開始
 (1) ボツリヌス菌の散布計画
 ア ボツリヌス菌の培養計画
 Aは,衆議院選挙の直後,強い毒性を有し生物兵器としても用いられるボツリヌ
ス菌を教団内で培養して散布することを企て,O2や大学医学部を卒業した出家信
者のO13に指示し,被告人を同行させて,北海道でボツリヌス菌を含むとされる土
壌を採取させた。
 また,Aは,被告人,O1,P4ら教団幹部に対し,全世界に同時にボツリヌス
菌を散布する,神々に負担をかけないために自分たちがやらなくてはならないなど
と述べ,ボツリヌス菌を散布して全世界を破滅させるような無差別大量殺りくを敢
行する意思を明らかにするとともに,C事件等に関与しなかった教団幹部らに対し
ては,個別にヴァジラヤーナに突入できるかどうかを問いただすなどした。
 その後,O1らによって,Q内にボツリヌス菌の培養プラントが設置されて,O
13を中心にボツリヌス菌の培養が試みられた。そして,被告人も,実験用マウスを
購入するなどして手伝ったが,O5からは,ボツリヌス菌は培養できていないと聞
かされており,マウスによる実験でも,効き目のないことを確認した。
 イ 石垣島セミナー
 Aは,無差別大量殺りく計画の一環として,教団で培養するボツリヌス菌を全国
各地で散布することを企て,その間,教団信者が被害を被らないように,信者らを
沖縄県石垣島に一時避難させることを決め,平成2年3月下旬ころ,O1やO6ら
教団幹部に指示して,そのための準備を行わせたが,海上からも散布するために,
被告人及びO2に,小型船舶操縦免許を取得させ,教団として小型船舶2隻も購入
している。
 その後,同年4月14日から,石垣島でセミナーが開催され,Aや被告人ら教団
幹部,更に多数の信者が参加した。Aは,一般信者に対しては,このセミナーは,
当時地球に接近中であったオースチンすい星が地球に衝突する可能性があるので,
衝突を少しでも避けることを目的に行われるものである旨説明し,ハルマゲドンや
予言の話を中心に,死は結局避けられないから,修行にいそしんでそれを乗り越え
ることができるステージになろうなどと説法した。
 もっとも,ボツリヌス菌の散布は,準備が間に合わず,このセミナー期間中には
実行されなかった。
 ウ その後のボツリヌス菌様の物の散布等
 Aは,前記セミナー後の同年5月ころ,再びボツリヌス菌の大量散布を企て,自
動車を散布用に改造し,被告人らをして,数回にわたり,神奈川県横須賀の米軍基
地,皇居の周辺,T1の施設のある東京都新宿区o町周辺を標的としてボツリヌス
菌様の物の散布を行い,さらに,同年7月には,浄水場のある山中で散布した。し
かし,全く死傷等の結果は発生せず,浄水場付近に散布した際には,被告人が警察
官に発見されて,ボツリヌス菌様の物を入れた容器を押収されるなどした。そのた
め,ボツリヌス菌の散布計画は同月中旬にいったん中止となり,Qの培養プラント
も解体された。
 (2) p村ホスゲンプラント
 Aは,マスコミや警察に攻撃を加えるために,熊本県阿蘇郡p村所在の後記の教
団施設に,化学兵器である毒ガスのホスゲンの製造プラントを建設し,大学院で応
用物理等を学んだO19らにホスゲンを製造させ,これを爆弾にして全国の警察やマ
スコミ,官公庁等に仕掛けることを計画し,O1を介して,O6らに大阪府等の官
庁を調査させるなどしたが,この計画は,同教団施設に対する強制捜査が実施され
たことにより中断するに至った。
 (3) 被告人の教団における地位,役割等
 被告人は,衆議院選挙以降も,Aの側近として活動を続け,Aの身近にいてAを
補助する特別総本部,SPS等と称する部署に所属し,それまでどおり,Aの秘書
的な役割を果たすとともに,O6やO15,O16らと共に教団の武道班に所属し,そ
の責任者となった。また,被告人は,平成2年7月に,Aから,下から3番目の解
脱とされるマハームドラー成就の認定を受け,正悟師のステージを与えられた。
 3 p村進出と教団に対する強制捜査等の実施
 (1) 教団は,前記ロータスヴィレッジ構想の一環として,教義に則った自給自足
のコミュニティーを作ると称して,平成2年5月,O2,P4らが責任者となって
p村の土地を購入し,同村に進出する計画を明らかにした。
 しかし,この計画は,同村の住民等による激しい反対運動を引き起こして,同村
が移転してきた信者の住民票を受理しない事態になったほか,同村での土地取得に
関して教団に国土利用計画法(以下「国土法」という。)違反の嫌疑がかけられ,
教団施設に対する強制捜査や教団幹部の逮捕も予想されるようになった。教団は,
同年10月21日,東京都内で「信教の自由を守る会総決起集会」を開催し,上記
国土法違反の嫌疑は宗教弾圧であるなどと訴えた。
 しかし,その翌日,P3,O2,P1ら教団幹部数名が上記国土法違反の嫌疑で
逮捕されるとともに,教団施設に強制捜査が実施されたことから,教団は,全国の
支部道場から出家信者を一時的に退去させて,富士総本部道場やp村の教団施設に
集合させるなどしたが,同年中に,更に教団施設に対する2度目の強制捜査が実施
されるに至った。
 Aは,このように強制捜査が行われたことにつき,頻繁にマスコミに出演して宗
教弾圧であると訴えるとともに,全国の支部を回り,信者らに対して,強制捜査は
国家的価値を揺るがすものに対する弾圧であり,逮捕者がこのような受難を耐え忍
ぶことも菩薩としての修行である旨説法して,組織の引き締めを図った。
 (2) また,Aは,前記強制捜査の後に,「教団がぼろぼろだ。今はその基盤を充
実させなくてはならない。」などと述べて,前記ホスゲン製造プラントの建設等の
違法活動をいったん中止するよう指示するとともに,被告人ら教団幹部に対して
は,地道に信者を獲得して組織を立て直す方針を示した。他方,教団の科学技術部
門の責任者であったO1に対しては,理系の知識を持った信者の獲得に力を入れる
よう指示し,O1を中心に「広報技術」という部署を設けて,理系の学生等を対象
とした信者獲得活動に力を入れるようになり,その結果,Y3大学大学院で有機化
学を専攻したO12やY4大学理科Ⅰ類の学生であったO18といった理系の知識を持
つ者が出家信者となった。
 4 教団の再拡大
 (1) Aは,平成3年5月下旬から及び同年7月上旬からの2回にわたり,被告人
やO1ら多数の出家信者と共にインドに旅行し,同地で修行するとともに,仏跡を
訪れ,Uに寄進を行うなどし,また,同年8月に,被告人ら教団幹部複数名と共に
チベットやラオスを訪れて,仏教典の収集を行い,現地の教団に寄付するなどし,
さらに,同年9月には,スリランカに旅行して,同国に対する寄付を行い,同国の
総理大臣から仏舎利を授与されるなどし,教団の出版物等において,このような活
動状況を大きく掲載して宣伝するなどした。
 (2) また,教団では,同年3月ころから,一般人も対象に「M2」と題するダン
スオペレッタ等を開催していたが,Aが,同年夏ころ,平成3年を救済元年とする
旨の説法を行った後は,全国各地の公的施設等を会場として,「M3」と称するA
の講演会や衛星中継を用いた「M4」と称するAの説法会を催すなどして,一般人
をも対象に大規模な布教活動等を展開するようになった。
 (3) さらに,Aは,教団の広報宣伝活動にも力を入れるようになり,前記インド
旅行の前後ころから,教団の広報を担当する部門として「戦え真理の戦士部」と称
する部署を創設し,被告人を責任者にパソコン通信や街頭でのパフォーマンスを熱
心に行うなどして,マスメディアに積極的に接触を試みた結果,平成3年から翌4
年中ごろにかけて,多数の雑誌等で教団やAを好意的に紹介する記事が掲載された
り,Aが複数のテレビの生番組に出演するようになった。また,大学生等の教団信
者の活動によって,平成3年の秋には,Aが全国の大学等の学園祭で講演を行うこ
とになった。
 こうした活動の結果,被告人は,教団に対する悪印象が払拭されつつあると感じ
るようになり,Aも,被告人に対し,前記強制捜査等以降の教団に対する逆風が少
しずつ変わりつつあるとの印象を口にするようになった。
 (4) Aは,平成4年3月,高官と会うためにロシアを訪問し,各地で講演等を行
ったほか,同年4月以降は,ロシアから日本向けの短波放送や,全世界に向けた英
語放送,更にロシア国内向けの放送等が行われることになった。また,同年9月こ
ろには,モスクワ支部が開設されるなどして,ロシアにおける教団の信者数は急激
に増加し,平成5年11月には,信者数が1万人を超えた。また,教団では,ロシ
ア以外の国でも医薬品や食料等の援助を伴った積極的活動を展開し,平成4年中
に,スリランカで,M5会議と題する会議を主催して,支部を開設し,同年10月
には,ザイールでも,ダンスオペレッタの上演を行うなどし,さらに,Aは,同年
11月,再度インドを訪問し,400名以上の信者が同行した。
 (5) 加えて,平成5年には,教学システム等が全面的に改編されて,教団の道場
等に通わないと信者と認めなかったのが,一定時間のビデオ教学を終えると信者と
認めるようになり,その結果,信者数は著しく伸張していった。
 5 Aによるハルマゲドンの強調等
 (1) このように,Aは,平成3年以降,積極的に各国の高官と会い,マスコミに
頻繁に登場するなどして,イメージアップを図り,教団の勢力を再び拡大させる一
方,平成4年9月,一般信者も対象にした説法において,カルマの報いは善きにし
ろ悪しきにしろ必ず現象化する,真理を誹謗した者は必ずその報いを受けなければ
ならないと称して,C1やH3を取り上げ,さらに,国土法違反として教団を弾圧
した検事数名が心臓や脳の病にかかったりしているなどと述べた。
 (2) また,Aは,平成3年11月以降,「予言セミナー」と称して,ノストラダ
ムスの予言やヨハネの黙示録の解釈等を発表し,そのセミナー等での説教や講演,
同年中に出版された「K3」と題する著書等において,自分がキリストであり,救
世主である,平成9年から12年にかけて,第3次世界大戦として核戦争が必ず起
こり,90パーセントの人間が死亡する,自分の予言の的中率の高さからはこのこ
とは間違いない,教団は,これに備えて水中都市の開発を検討しているなどと繰り
返し述べるようになった。
 (3) さらに,Aは,平成4年のモスクワ支部の開設に当たり,O2に命じて,ロ
シア国内で自動小銃を入手させ,その部品を秘密裏に我が国に持ち帰らせていたと
ころ,同年,教団信者が経営していた鉄工会社が倒産した際には,同社で用いてい
た機械類を教団施設に搬入させ,O20らに指示して,自動小銃の製造を研究させて
いた。
 6 松本支部の開設とこれに対する反対運動
 (1) 教団では,長野県松本市内に支部道場等を開設するため,教団の関連会社や
教団信者を介在させて同市内の土地を購入及び賃借して確保したが,そのことが明
らかとなった平成3年9月ころから,教団の進出を懸念する地元住民が激しい反対
運動を展開して,その建設予定地を巡り教団と地元住民等の間で民事紛争となっ
た。
 長野地裁松本支部は,平成4年1月,教団が賃借したとされる土地について,そ
の元所有者が提起した建築禁止の仮処分を認め,その結果,教団は,購入したとさ
れる土地に限定して支部道場を建設することを余儀なくされて,同年12月ころ,
当初予定の規模から大きく縮小して完成させ,松本支部を開設した。
 (2) さらに,同年5月には,前記元所有者が,長野地裁松本支部で,教団を被告
として,教団の松本支部道場の敷地全部の明渡し等を求める民事訴訟を提起した。
この訴訟の中で,原告側は,教団が信者に多額の布施や肉親との絶縁を強いたり,
子供を学校に通学させないなど,教団の反社会性を強調したほか,教団進出に反対
する署名活動も実施し,総数約1万4700人もの署名を集めた。
 (3) Aは,同年12月,松本支部開設に当たり一般信者をも対象として行った説
法の中で,「現代は正に世紀末である。司法官が乱れ,そして宗教家が乱れる。司
法官の乱れとは,裁判が正・邪を判断できなくなり,世の中に迎合し,力の強いも
のに巻かれる時代である。この道場は約3倍ぐらいの大きさの予定であった。しか
し,地主,不動産会社,裁判所が一蓮托生となり,平気で嘘をつき,それによって
今の大きさとなった。この社会的な圧力は,修行者の目から見ると大変ありがたい
ものである。しかし,逆にその圧力を加えている側から見た場合,どのような現象
になるのかを考えると,わたしは恐怖のために身のすくむ思いである。」などと述
べて,教団の進出に反対する住民はもとより,教団に不利益な処分を課した裁判所
に対しても敵意を露
わにした。
第6 教団の武装化及びテロ活動の再開
 1 ハルマゲドンの予言の変化
 Aは,平成5年に入っても,ノストラダムスの予言等の解釈等を根拠として,当
時の政治,経済の動向等に触れながら,平成9年からハルマゲドンが必ず起こる旨
の説法を繰り返して,ハルマゲドンまで時間がない,人は死ぬ,必ず死ぬ,絶対死
ぬなどと危機感を煽り,しっかり修行するようにと説いていた。
 もっとも,Aによるハルマゲドンの説法の内容は,具体的根拠を示さないあいま
いかつ不統一なものであり,世の中を動かす秘密結社とされたT4やT5らの陣営
と,救世主であるAに率いられる教団を中心とする勢力の戦いであるとして,教団
が戦いの一方当事者であるように語ることもあれば,国家間で行われる第3次世界
大戦として語ることもあり,また,用いられる兵器についても,当初は核兵器等と
述べていたものが,アメリカは湾岸戦争でプラズマ兵器を使用していると言い出
し,ハルマゲドンの際には,アメリカはプラズマ兵器を用い,ロシアは恒星反射砲
を用いるなどと言うようになった。
 2 教団の武装化の状況等
 (1) 炭疽菌の培養及び散布計画
 ア Aは,強い毒性を有し生物兵器としても用いられる炭疽菌を広く散布して無
差別大量殺りくを敢行することを企て,遅くとも平成5年5月ころまでに,O1や
O13らに指示し,教団内において炭疽菌培養の試みを開始した。
 また,被告人も,O1やO6から説明を受けて,教団内で炭疽菌を培養しようと
していることを知り,炭疽菌は生物兵器の一種で,Aの説くハルマゲドンに関係す
るものと理解し,その後,O13,O2,O6,O5,O14らと共に,m道場におい
て,その培養に参加した。
 イ Aは,O1らに対し,同年5月9日に行われた皇太子成婚パレードに合わせ
て皇居周辺に炭疽菌を散布するよう指示するとともに,そのころ,教団信者を避難
させるために,緊急予言セミナーと称して多くの信者をQ内にあった第6Sに参集
させたが,培養菌の準備が間に合わず,散布するには至らなかった。
 ウ さらに,Aは,同月下旬ころ,自ら炭疽菌の散布を行うとして,m道場の屋
上に噴霧装置を備え付けさせ,緊急予言セミナーと称して多くの教団信者を第6S
に避難させた上,同道場を訪れた。そして,Aは,被告人やO6らを集めて,自分
の行為が正しいことの根拠を今から示すなどと述べた上,仏典中に説かれている
「五仏の法則」として,真理のためなら盗取,殺人,邪淫も肯定でき,結果のため
には手段を選ばなくても構わないなどと説き,自ら噴霧装置のスイッチを押して周
辺に培養菌を散布したが,悪臭が発生して近隣住民が抗議に押し掛ける騒ぎになっ
たものの,何ら死傷の結果は生じなかった。
 エ その後,被告人,O13,O5らは,Q内で再度炭疽菌の培養を試み,同年7
月ころ,被告人及びO7が神奈川県庁付近や皇居周辺で培養菌を散布したが,何の
影響も生じなかった。
 オ なお,このような培養菌の散布について,O6は,P4から,Aが皇居周辺
で疫病が発生すると予言しているのでそれを実現するために散布を行っている旨聞
かされていた。また,被告人は,菌の培養や散布に関わる中で,炭疽菌が培養でき
ていないという疑いを抱くようになっていた。
(2) サリンの大量散布計画及びその製造
 ア サリンの製造
 Aは,遅くとも平成5年半ばころまでに,教団内に毒ガスのサリンを製造するプ
ラントを建設し,サリンを大量に製造した上,無差別大量殺りくを実行しようと企
てるようになり,その準備のため,O1を介してO12に対し,サリンの製造方法を
研究するように指示した。また,O5は,O1から,O12を手伝ってサリンを製造
するように言われ,出家信者であるP5らと共にサリンの製造に携わることとなっ
た。
O12は,同年11月ころ,自分の実験室であるQ内にあった「W1棟」と称する
教団施設において,約600グラムのサリンの製造に成功して,後記の第1次T2
サリン事件に使用されたほか,同年12月ころには,O5と共に約3キログラムの
サリンを製造し,これも後記の第2次T2サリン事件で使用されている。
 イ サリンの大量散布計画
 (ア) 同年夏ころ,Aは,サリンを用いた無差別大量殺りくを敢行しようとし
て,被告人及びO1の意見を聴いた上,教団内でサリン7トンを製造することを決
めたが,その数量について,被告人は,7トンのサリンを散布すれば山手線内にい
る人を皆死滅することができる旨の文献に依拠するものと理解した。
 被告人は,同年4月ころから,O1の指示により,秘密裏に薬品を購入するため
のいわゆるダミー会社を設立するなどしていたが,サリンの原材料は軍事用の特殊
な薬品であるため,輸出入の名目で大量に購入した方が怪しまれず,コストも安く
済むと考え,Aにその旨提案したところ,Aは,同年10月ころ,サリン製造量を
70トンに増やすことを決定した。
 (イ) 他方,Aは,教団内で開発する細菌兵器やレーザー砲を搭載するために,
ロシア製の大型ヘリコプターを購入しようとして,同年秋ころから,交渉を開始し
たり,教団信者にヘリコプターの操縦免許を取得させるなどしていたが,折からサ
リン大量製造計画が決まり,これを山手線内に散布するのに上記ヘリコプターを用
いることを思いついた。しかし,上記ヘリコプターは,平成6年6月1日に到着し
て,一応の整備がされたものの,運輸省の飛行許可が降りなかったこともあって,
実際には一度も飛行していない。
 ウ サリン製造プラントの建設開始
 Aは,平成5年2月ころから,O2らに指示して,Q内に事務所として「第7
S」と称する建物(以下「第7S」という。)を建設させていたところ,同建物内
に大量のサリンを製造するプラント(以下「サリン製造プラント」という。)を建
設することを企て,同年9月ころから,O1を統括責任者として,サリン製造プラ
ントの建設を進めた。その後,A自身,再三にわたり完成を急ぐように促したもの
の,その建設作業は一向に進まず,E事件当時は,全く完成の目途が立たない状況
にあり,被告人も,そのことは,O5らから聞いて知っていた。
 (3) その他の武装化計画
 O1らは,教団の多額の資金を用いて,プラズマやレーザー等を用いた兵器の開
発を試みたが,いずれも失敗した。また,Aは,オーストラリアのウラン鉱を購入
して核兵器を開発することも検討したが,A自身がオーストラリアへの入国を拒否
されたことなどから,この計画も頓挫した。
 3 T2暗殺未遂事件
 (1) 事件に至る経緯
 Aは,かねてから,T1を教団に敵対する宗教団体とみなして敵意を露わにして
いたところ,O12からサリンの製造に成功したと聞き,サリンを用いてT1名誉会
長であるT2を暗殺することを企て,被告人やO2らに対し,T2は仏法を曲げる
まむしの一族,日本におけるT4の親玉であるなどと述べて,2回にわたりT2を
標的にサリンを散布することを指示した。
 (2) 第1次T2サリン事件
 Aは,平成5年11月16日ころ,T2が東京都八王子市内のT1の施設で講演
を行うとの情報を得て,被告人ら教団幹部に「サリンをまいてみろ。」と言って,
O12らが製造した前記サリン約600グラムを散布するよう指示した。
 そこで,被告人らは,200万円以上も支出して高性能のラジコンヘリコプター
2台を購入し,これらを用いてサリンを散布しようとしたが,その操縦役に選ばれ
た教団信者らが練習中にこれらを共に破損してしまった。
 次いで,被告人,O1,O5らは,市販の農薬散布機を用いてサリンを散布する
こととし,自動車のトランク内に農薬散布機を積んで,サリン及びボツリヌス菌様
の物を散布しながらT1の施設周辺を走行したが,途中から,サリンが霧状になら
ず道路に滴り落ちるようになったため,これも断念した。
 なお,その際,付近住民等には何らの被害も発生しなかったが,同車両に乗って
いたO1及びO5には,視界の狭窄,呼吸困難等のサリン中毒の症状が現れた。
 (3) 第2次T2サリン事件
 Aは,同年12月ころ,被告人ら教団幹部に対し,再びT2を標的に,O12らが
作成した前記サリン約3キログラムを散布するよう指示した。
 そこで,O1が,サリンを気化させ大型ファンで拡散するサリン噴霧装置を作
り,これをトラックの荷台に組み込んで,サリンの噴霧車を製作した上,被告人が
その運転手役となって,あらかじめサリン中毒の予防薬を服用し,ビニール袋と酸
素ボンベを用いた防毒マスクを着用するなどした上,八王子市内のT1の前記施設
前の路上でサリンの散布を開始した。しかし,すぐに噴霧装置が炎上してしまった
ため,被告人らは,散布を中止して逃走したが,その際,被告人が防毒マスクを外
したことからサリンに被曝し,視野狭窄,手足のしびれ,呼吸困難等のサリン中毒
で瀕死の状態に陥り,その後,X4病院で約1週間の入院治療を受けるなどして,
辛うじて一命を取り留めた。
(4) その後の状況
 ア その後,Aは,O1を介して,O12及びO5に対し,再度T2を暗殺するた
めのサリン50キログラムの製造を指示したため,両名は,平成6年2月ころ,約
30キログラムのサリンを製造したが,これは,T2暗殺計画に使用されないま
ま,W1棟等で保管され,後記のE事件で使用された。
 イ Aは,第1次及び第2次の各T2サリン事件の間に,被告人ら教団幹部との
間で,T1で信仰の対象とされていたT7寺を標的としたり,T8球場での天覧試
合の際に天皇を標的としてサリンを散布することなども話題にしていた。
第7D事件(判示第3の犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 1 犯行に至る経緯
 (1) N2は,平成3年に教団に入信し,教団信者であった息子のN3の勧めもあ
って,持病のパーキンソン病の治療のためにX4病院に入院したが,病状は一向に
改善しなかった。N2は,入院中,同病院で薬剤師として働き,N2の介護にも携
わっていたDと親密な関係になったが,Dとの関係をAに告白したため,平成6年
1月ころ,第6Sの医務室に移され,治療と称して,Aの脳波を電流に置き換えヘ
ッドギアで信者に注入するという修行を受けさせられるなどしていた。
 (2) Dも,性欲の破戒等を理由にN2と同様の修行を受けさせられていたが,同
月下旬ころ,X4病院にあった自分の荷物をまとめ,突然,教団から脱走した後,
同月24日,東京都内において,教団内で面識があり,既に教団から離脱していた
N3に連絡し,N2はむしろ悪くなっていて一刻を争うような危険な状態であるな
どと話して,N2を教団施設から連れ出そうと思っていることを打ち明け,N3及
びその父親から協力する旨の約束を取り付けた。
 そこで,D,N3及びその父親は,N2を連れ出すため,同月30日午前2時こ
ろ,N3の父親の運転する自動車でQに赴き,警備が手薄になる午前3時まで待っ
た上,DとN3が第6Sに侵入し,3階の医務室でN2を発見したが,N2は意識
の有無すら定かでない状態であった。そのため,両名が抱きかかえるようにしてN
2を運び出そうとしたところ,発見され,出家信者らが駆け付ける騒ぎになった。
Dらは,催涙スプレーを噴霧するなどして抵抗したが,結局,被告人らに取り押さ
えられるに至った。その際,Dが所持していたポーチの中から,N2に対する思い
などが記された手帳等が発見された。
 (3) 被告人は,それまでも教団の警備関係に深く携わっていたことから,警備班
の一員であったO22らに指示して手錠等を用意させ,D及びN3に手錠をかけるな
どした上,Aの下に赴き,Dらの侵入について報告を行った。すると,Aから,D
らをQ内にあった第2Sに連行するよう指示されたことから,被告人は,D及びN
3を連れて,第2Sの「W2」と称される大広間に移動し,その入口付近でD及び
N3を待機させた。
 一方,Aは,被告人から報告を受けた後,妻の011と共に,O7の運転する車に
乗り込み,第2Sに向かったが,その道中,011及びO7に対し,「これから処刑
を行う。」と告げた。
 2 謀議状況
 (1) Aは,第2S到着後,前記W2において,被告人,011,O1,O7,O6
らとDらの処遇について話し合った。その際,被告人やO1が,侵入に至った経
緯,Dのポーチの中にナイフや手裏剣等の武器のほか,N2への思いやN3の父親
に対する敵意等を記した手帳の入っていたことを説明したところ,Aは,その場
で,「ポアするしかないんじゃないか。」などと言って,Dらを殺害することを提
案し,被告人らは,口々に「尊師のおっしゃるとおりです。」,「泣いて馬謖(ば
しょく)を斬る。」,「仕方ないですね。」などと述べて,これに賛同した。
 (2) しかし,Aは,N3はだまされているのかもしれないなどと言って,N3か
らも事情を聞くこととし,室外で待機していたN3を入室させて面前に座らせ,
「なぜDがN2を連れ出そうとしたのか分かるか。」などと尋ねた。N3が分から
ない旨答えると,Aは,DとN2が関係を持っていた,DはN3の父親を殺そうと
計画していたなどと話した上,N3に対し,「大きな悪業を積んだので間違いなく
地獄に落ちる。おまえは家に帰してやるが,条件がある。それはおまえがDをポア
することである。」などと言って,解放する条件としてN3自身の手でDを殺害す
るよう促した。これに対し,N3が,Aに,本当に家に帰してくれるのかと尋ねる
と,Aが「私が嘘を付いたことがあるか。今すぐ決めろ。」などと言って解放を約
束したため,N3は,
Dを殺害することを承諾した。
3 犯行状況
 (1) Aは,Dを室内に入れて,被告人が用意したビニールシートの上に座らせた
後,Dを催涙スプレーで殺害しようとして,その場にいた信者らに指示して,Dの
頭部に被告人が用意したビニール袋をかぶせさせた上,N3が,その中に催涙スプ
レーを噴射した。すると,Dは,苦しがって暴れ,自分で手錠を外して,かぶせら
れたビニール袋を破り,「人殺し,助けてくれ。」と叫ぶなどして抵抗した。しか
し,O6らによって取り押さえられ,被告人から,後ろ手にして手錠をかけ直され
てしまったため,Dは,Aに対し,「悪いことしないよう。嫌だよう。」などと懸
命に助命を嘆願した。
 (2) ところが,被告人が,ロープでDを絞殺することを提案し,Aが,「それで
いいんじゃないか。」と言って了承したため,ロープで絞殺することになった。そ
こで,N3は,被告人から手渡されたロープを輪にしてDの頸部に巻き付けた上,
両手を開いて絞めようとしたが,N3も手錠をかけられていたため,十分に手を開
くことができず,なかなか絞まらなかった。そのため,Aは,「できなければおま
えのカルマだからあきらめろ。」と言って,Dを殺害できない場合はN3も殺害す
ることを示唆した。そこで,被告人は,N3に対し,片足で二つ折りにしたロープ
の一端を押さえる方法を教え,N3がこれに従って絞めたところ,Dは動かなくな
った。その間,O5は,Dの脈を取り続けてその死亡を確認した。
 (3) Aは,その後,N3に対し,口封じをし,教団の道場に通って修行するよう
命じた上,被告人やO6に,車で待機していたN3の父親のところにN3を送り届
けさせるとともに,他の教団信者らに対し,第2Sの地下室に設置されたマイクロ
波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(以下「プラズマ焼却器」とい
う。)でDの遺体を焼却するよう命じた。その後,被告人らは,N3に対し,父親
には,N2の病状は好転している,Dは教団に残ることになったと言うように指示
した。
 4 犯行後の状況
 ところが,本件犯行後も,N3は,教団の道場に通おうとせず,そのまま,行方
知れずとなった。そのため,Aは,O6らにN3の居場所を捜すように指示して,
N2やN3の元妻に麻酔分析を実施したり,元妻のアパートに盗聴器を仕掛けた
り,女性信者をN2に変装させて住民票を取り寄せるなどさせたところ,N3が秋
田県内にいることが判明した。そこで,Aは,被告人らに対し,N3を道場に連れ
てくるよう指示し,これを受けて,被告人,O1,O6らは,薬物を用意した上,
N3の住むアパートに向かい,電話線を切断するなどしたが,不審に感じたN3が
110番通報して警察官が駆け付けたため,被告人らはQに逃げ帰った。
第8 Aのクーデター志向と教団の組織改編等
 1 Aのクーデター志向
 (1) 中国旅行の際の発言
 Aは,D事件後の平成6年2月,被告人やO6らといった教団における違法行為
(ヴァジラヤーナの実践)に関わりのある信者らを多数同行して中国を旅行し,そ
の際,自分の前世は,新興宗教の指導者として出発し明を興した朱元璋である旨述
べて,朱元璋が青年時代に勤めていた寺院等を訪れるなどした。
 また,Aは,宿泊先のホテルでの説法において,前記第6の2(1)(ウ)記載のよう
な五仏の法則を説いたほか,教団の救済を朱元璋の戦いに例えるなどして,自分
は,日本国の王になる旨発言したが,被告人は,このようなAの発言を一種の決意
宣言のように受け止めた。
 (2) 教団の毒ガス被害の強調
 ア Aは,平成5年ころから,体調の不良を訴え,身近な出家信者らに対して,
教団は毒ガス攻撃を受けている,自分の体調が悪いのは毒ガスのためだなどと話す
ようになり,説法でも,教団施設に対してイペリット等のびらん系のガスやサリ
ン,VX等の神経系のガスがまかれており,このような攻撃は平成4年11月末か
ら続いている,教団の拡大は,日本の偏った社会機構,そして,世界の偏った統治
機構を崩壊させ,新しい機構を作り出す力を内在している,今から,次の時代には
どのような変化が起きるのか,どのような戦いが起きるのかなどを徹底的に研究
し,準備をしなくてはならないなどと説いていた。
 イ また,Aは,前記中国旅行から帰国して間もなく,m道場で,被告人,O
1,O2,O6ら教団の主要メンバーらに対し,このままでは毒ガス攻撃によって
殺されるなどと言い出し,避難すると称して突然に都内のホテルに移動した上,同
ホテルで,被告人らに対し,このままでは真理の芽が途絶えてしまう,東京にサリ
ン70トンをぶちまくしかないと言って,O1ら教団のサリン製造担当者を呼び集
めて,進行状況を報告させるなどした。
 さらに,Aは,都内の別のホテルに移動し,O18,O20らに対し,ロシア製の自
動小銃であるAK銃1000丁を製造するよう指示するとともに,P1らに対し,
外国における建物を占拠した事例の調査をするよう指示し,クーデターの計画等に
ついても話をした。
ウ その後,Aは,平成6年3月から4月にかけて,毒ガス攻撃から逃れるなど
と称して,京都,大阪,高知,仙台等全国の支部を巡り,そのころより,教団が国
家権力から攻撃を受けているという説法を一般信者らをも対象として頻繁に行うよ
うになった。すなわち,内閣調査室や公安によって,教団施設にイペリットガスや
マスタードガス,サリン等の毒ガスがまかれている,教団の内部に国家権力等の教
団の敵対者のスパイが潜入している,自分は修行者であるから,じっと耐えてきた
が,このままでは自分も教団も滅んでしまうなどと述べたり,C事件等を例に挙げ
ながら,国家権力の陰謀により教団が攻撃を受けてつぶされようとしている旨強調
する説法を繰り返し,さらに,Uも非暴力は過ちであると認めたなどと言って,国
家権力と正面から対
決する姿勢を明らかにした。
 また,Aは,前記中国旅行後,反米,反T4を訴える内容のビデオを作成して出
家信者に見せるようになり,さらに,一般の信者も対象とする説法において,前記
五仏の法則を説き,T3,p村の村長,H3らは皆不幸になっていると言って,教
団の敵対者に対する激しい敵意を露わにするとともに,他人に対して力尽くで真理
の法則を吹き込み,グルと引き合わせる,これを実践するならば,素晴らしい功徳
を積むなどと述べるようになった。
 エ なお,被告人は,Aの指示により,毒ガス検知管を用いてQ内で毒ガスの検
知を実施したが,その際,検知管の色が変わったことから毒ガスが検出されたと判
断し,その旨Aに報告したところ,Aは,第6Sに近い別荘地から毒ガス攻撃を受
けているなどと言い出して,被告人やO6にその別荘地の調査を命じ,その後,同
別荘地をサリンで攻撃するしかないなどとも述べるようになった。
 また,Aは,大金を投じて,「コスモクリーナー」と称する空気清浄機や毒ガス
の予防薬の開発に努め,さらに,教団の飲料水から毒物が検出されたとして,タン
クローリーを用いてQに生活用水を輸送させたり,ペットボトルで水を配布するな
どしていた。
 (3) 軍事訓練(ロシア射撃ツアー等)
 ア Aは,平成6年3,4月ころの前記支部巡りの一環として,大阪支部及び警
備関係の信者と共に沖縄に赴き,沖縄のホテルで,被告人らに対し,これからはテ
ロしかないが,自分は部下に恵まれていないなどと言い出し,被告人が一生懸命頑
張る旨答えると,被告人に対し,軍事訓練としてキャンプを実施するよう指示し
た。そこで,被告人は,自衛隊出身の出家信者十五,六名と共に沖縄に残って体力
トレーニング等に励んだ。
 イ さらに,同年4月ころ,被告人,O2,O6,O14,O17らは,ロシアを訪
れ,ロシアの軍施設に通って自動小銃,部署銃,けん銃,ロケットランチャーの模
擬弾の射撃等を行うなどし(以下「ロシア射撃ツアー」という。),その後も,同
年5月及び同年9月末ころの2回,同様の射撃ツアーを実施したが,被告人らは,
その際,Aの指示により,自動小銃の弾やLSDの原料を持ち帰るなどした。
 ウ このロシア射撃ツアーは,ロシアの業者からの提案で実施に至ったもので,
被告人やO2は,当初,軍事訓練というより観光ツアーと認識していたが,Aは,
第1回ツアーの様子を録画したビデオを見て,O2が浮ついた声を挙げているのを
聞いて怒り出し,被告人やO2らに対し,「遊びに行っているんじゃないんだぞ。
戦いが始まって,真っ先に死ぬのはO2だ。」などと言い,信頼できるのは被告人
とO1だけとも述べた。
 さらに,Aは,ツアーに参加したメンバーに対して軍事訓練に入るよう指示し,
被告人をそのリーダーとした上,ポアの権限を被告人に与えるとも述べた。そこ
で,被告人らは,約1か月間にわたってキャンプを実施し,その後も,自分の部下
で,自衛隊の空挺部隊に所属した経験を有し,射撃,爆破,サバイバル等の技術を
学んでいた出家信者のO14を教官として,同様のキャンプを繰り返し,やがて,O
14をリーダーにキャンプ班と称するグループが組織されて,軍事訓練を継続的に行
うようになった。
 2 教団における違法薬物の利用
 (1) Aは,平成6年2月ころに前記のように都内のホテルに避難した際,O13に
対し,麻薬であるLSDの製造を指示し,それ以降,教団では,「イニシエーショ
ン」と称する儀式等において違法薬物を含む各種の薬物が頻繁に用いられるように
なった。すなわち,同年3月ころから,チオペンタールを用いた「ナルコ」又は
「バルドーの悟りのイニシエーション」と称する麻酔分析が,同年5月ころから
は,LSDを利用して,信者に臨死体験に似るとされる幻覚を体験させる「キリス
トのイニシエーション」が,同年秋ころからは,LSDと覚せい剤を併用して,被
験者の意識状態をもうろうとさせた上,ヴァジラヤーナやAに対する帰依を植え付
ける「ルドラチャクリンのイニシエーション」が行われるようになった。しかし,
教団では,違法薬物の検
出を恐れて,これらを温熱療法と組み合わせて実施し,信者の身体に過度の負担を
及ぼしたため,複数の信者が死亡するに至っていた。さらに,同年11月以降は,
「ニューナルコ」と称する電気ショックを用いた記憶の消去も行われるようになっ
た。
 このような薬物等の使用は,当初は出家信者を対象としていたが,同年6月ころ
から,一般の信者も対象とするようになり,Aは,薬物の使用について,いち早い
入信,いち早い出家,いち早くヴァジラヤーナに導くなどと説いていた。
 (2) さらに,前記のとおり,Aが教団内部に国家権力のスパイがいるなどと話す
ようになったため,教団では,出家信者等を対象に,後記の法皇官房を中心とし
て,ポリグラフやナルコを使ったスパイチェックが日常的に行われるようになり,
医師であるO21がその実施担当者となったが,被告人も,後記の自治省の任務の一
つとして,そのスパイチェックの結果等を確認するなどして,スパイの摘発に努め
ていた。
 3 省庁制の導入
 (1) 教団では,平成6年6月中旬ころより,出家信者のP6らを中心に教団組織
の改編が計画されるようになり,その後,我が国の官僚機構を模した「省庁制」が
導入されるに至った。この省庁制では,Aを神聖法皇として,宗教及び政治の最高
権力者と位置づけられ,その直轄の部署として法皇官房が置かれ,すべての出家信
者がいずれかの省庁に所属するものとされた。
 被告人は,そのころ,O7,O14ら数十人の信者のリーダーとして教団の警備等
に携わっていたが,省庁制の導入に伴い,自治省の大臣に任命された。自治省は,
Aやその家族,教団施設等の警備や教団内のスパイチェック,さらに破戒等問題の
ある信者の修行の監督等もその任務とされていた。また,自治省で大臣に次ぐ地位
の次官には,Aの指示又は許可により,O7及びO14が任命された。
 また,O6は,企業や自衛隊等からの情報収集,信者活動等を担当する諜報省の
大臣に任命されたが,教団に敵対する者に対する盗聴等の違法活動にも携わるよう
になった。その他,O1が科学技術省大臣,O13が厚生省大臣,O12が同省次官,
O21が治療省大臣にそれぞれ任命されている。
 (2) その後,Aを主権者とする祭政一致の専制国家を樹立し,国名をX7国に改
めるとして,P1らにより,その憲法草案が起案され,初代の主権者が神聖法皇た
るAであること,天皇が廃位することなどが定められたが,草案は結局発表される
には至らなかった。
第9 E事件(判示第4の犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 1 犯行に至る経緯
 Aは,教団が松本市内に支部道場を開設するに当たり,前記第5の6で認定した
とおり,地元住民から激しい反対運動を受け,長野地裁松本支部がその予定地につ
いて建築禁止の仮処分を認めるなどしたという状況を受けて,教団の進出に反対す
る住民はもとより,教団に不利益な処分を課した裁判所に対しても敵意を露わにし
ていた。
 2 E事件の概要
 (1) 謀議状況等
 Aは,平成6年6月20日ころ,第6Sの自室に,被告人,O1,O13及びO5
を呼び集め,「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて,サリンが
実際に効くかどうかやってみろ。」,「サリン70トン作る価値があるのか。」な
どと言って,長野地裁松本支部を標的にサリンを散布することを指示し,被告人ら
はこれを承諾した。
 その際,被告人が,警察が来た場合どうするか,今回の噴霧装置は炎上するよう
なことはないかなど,犯行を実行するに当たり懸念される点を指摘すると,Aは,
武道の心得のあるO6,O14及びO15を同行させることを指示し,警察等が駆け付
けた場合,被告人とO6,O14及びO15の4名で,その排除に当たることになった
ほか,O1が,噴霧装置の改良で懸念するに及ばない旨答えたため,噴霧車の完成
を待って実行に及ぶことになった。
 (2) 準備状況等
 ア 前記謀議の後,O1は,部下の信者らに指示して噴霧車の製作に取りかか
り,同月26日ころにほぼ完成した。また,医師の資格のあるO5は,サリン中毒
の治療薬を用意したほか,実行犯らのサリンによる被曝を防止するため,酸素ボン
ベ等を用いた酸素マスクを製作した。
 イ 一方,被告人は,同月25日ころ,噴霧車の運転手役とされていたO6と長
野地裁松本支部の下見を行うこととし,O6に運転させて松本市内に赴いて,教団
の松本支部の信者から同市内の住宅地図を入手し,裁判所近辺を歩き回るなどした
が,その際,O6に対し,サリンを散布するための下見であることを打ち明けた。
また,被告人は,他の信者に命じて,噴霧車等に貼付する偽造のナンバープレート
を用意させた。
 ウ そして,O1は,同月26日,被告人,O13及びO5に対し,翌27日にサ
リンを散布することを連絡したところ,O13は,O5らと共に,松本市内に赴いて
ワゴン車を借り受け,長野地裁松本支部等を下見し,被告人は,O6,O14及びO
15に対し,翌日の予定を空けておくよう指示した。 
 (3) 犯行当日の状況等
 ア 被告人は,O1らと共に,同月26日深夜から翌27日の早朝にかけて都内
の教団の経営する飲食店で行われた省庁制発足式に参加した後,第6Sの自室に戻
り,O6及びO15に指示して作業服等を購入させた後,O6,O14及びO15に対
し,「松本の裁判所に裁判の邪魔をしに行く。警備の人が来たら対処してほし
い。」と指示し,O14及びO15はこれを了承した。
 他方,O5は,O12からサリン合計約30キログラムの入った容器を引き渡さ
れ,そのうち約12リットルを完成した噴霧車の噴霧装置に注入し,さらに前記酸
素マスクに用いる酸素ボンベやホース,サリン中毒に備えた医薬品等を前記ワゴン
車に運び込んだ。
 イ(ア) 被告人らは,作業着に着替えるなどした後,同日午後4時ころ,Q内で
集合し,それぞれ噴霧車とワゴン車に分乗して松本市に向けて出発したが,被告人
は,その出発時刻からすると,裁判所の勤務時間内に同市内に到着することは不可
能と考えて,同市内の裁判所宿舎の位置についても地図上で調べるなどした。
 (イ) 同日午後8時ころ,被告人らは塩尻峠のドライブインで休憩をとったが,
その際,被告人が,O1に対し,裁判所は既に閉まっている,裁判官の宿舎なら地
図があるから調べられる旨告げて,地図上で裁判所宿舎の位置を指摘すると,O1
は,電話でAに指示を仰ぎ,その結果,標的が裁判所宿舎に変更になった。
 その後,被告人らは,松本市内に至り,同日午後10時ころ,上記裁判所宿舎に
近いスーパーマーケットの駐車場に噴霧車及びワゴン車を止めて,噴霧車等のナン
バープレートを貼り替え,酸素マスクを確認するなど犯行の準備を行った後,同市
内所在の判示駐車場に移動して,同日午後10時40分ころ,本件犯行に及んだも
のである。
 (4) 犯行後の状況
 本件犯行により多数の死傷者が出たことが広く報道された後,教団内で掲示され
た壁新聞には,同事件について,サリンの散布は,教団のセミナーを対象とされた
ものであったが,間違って一般市民に流れたなどと書かれていた。
第10 F事件(判示第5の各犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 1 犯行に至る経緯
 (1) 教団内における毒ガス騒ぎ
 前記のとおり,Aは,平成6年春ころから,教団が毒ガス攻撃を受けている,教
団内に公安のスパイが潜入しているなどと喧伝するようになって,教団内では,教
団幹部の中に突然鼻血が出た者がいたり,教団施設で異臭騒ぎがあったり,前記の
ように,毒ガス検知管で陽性の反応が出たとされるなどして,Aの言葉が真に受け
られ,教団施設の随所にその旨の貼紙がされるなど,緊張感が高まった状況にあっ
た。また,本件犯行当時は,飲料水から毒物が検出されたとして,Fら車輌省所属
の出家信者が,富士山総本部からQにタンクローリーで生活用水を輸送していた。
 (2) 被告人の教団内での活動状況等
 省庁制実施後,被告人は,自治省大臣として,部下と共に,精力的に教団内のス
パイの摘発に取り組んでいた。すなわち,被告人は,教団の各部署に部下をひそか
に送り込んで信者の動きを監視させ,戒律違反や不審な言動のある者を報告させた
上,Aの個別具体的な指示を受けることなく,信者の部屋の捜索や検査を実施した
り,O21に依頼してスパイチェックを行うなどし,その結果,スパイ疑惑や戒律違
反,不自然な言動が明らかになった信者に対しては,身柄を一時自治省預かりとし
て,独房修行等を課すなどしていた。
 また,教団では,「バルドーの導きのイニシエーション」と称して,目隠しを
し,手足を拘束した信者に対して,閻魔(えんま)役と弁護士役がそれまでの悪行
をざんげするよう迫り,Aや教義に対する帰依を強める修行が行われていたが,特
に自治省では,スパイの疑いのある者らにも,この方法を用いて自白を迫るなどし
ていた。もっとも,本件犯行以前にスパイと断定された信者はいなかった。
 なお,被告人は,毒ガス攻撃に関するAの言葉については,半信半疑であった。
 (3) Aによる拷問の指示
 ア 同年7月8日ころ,女性の出家信者が,第6Sの浴室で,上半身に火傷らし
き傷害を負い意識を失った状態で発見される事件が発生したため,被告人は,直ち
に自治省大臣として調査を開始するとともに,その旨をAに報告した。その際,A
は,入浴中に浴室のすき間からスパイが毒ガスを入れたのではないかなどと述べて
いたが,その翌日ころには,Qの井戸水の使用を禁止する旨の通達が出され,ま
た,O21が,Aの指示で,タンクローリーで水を運搬していた車輌省の出家信者を
対象に,ポリグラフ検査等のスパイチェックを実施した。
 その後,Aは,O21から,ポリグラフ検査ではFが陽性であった旨の報告を受
け,O1からは,上記浴室の水から,びらん性の毒ガスであるイペリットが検出さ
れた旨の報告を受けた。
 イ そこで,Aは,本件犯行当日,第6Sの自室で,被告人に対し,O1やO
21からの前記報告を説明し,自治省所属のO7,O14及びO16の3名を使ってFを
拷問し,教団の水に毒を入れたことを自白させて,その背後関係を明らかにするよ
う指示した。これを聞いて,被告人は,Fがスパイであることに疑問を抱いたもの
の,Aが既にFをスパイと確信していると考え,Fは自白の有無にかかわらずポア
されるものと予想した。
 (4) 拷問の状況
 ア その後,被告人は,O7と共に富士山総本部道場に赴いて,Fに対し,Aの
警備担当になるための試験をすることを装って,第2Sの地下室に連れていき,そ
の付近で,事前に連絡をしていたO14及びO16とも合流した。被告人は,まず,体
力面をテストすると称して,多数回にわたり屈伸運動をさせ,その間に,O14と共
に第6Sに行き,竹刀,手錠,アイマスク,針,ブラックジャック等の拷問に用い
る道具を準備した。
 なお,同じ第2Sの地下室には,プラズマ焼却器が備え付けられており,それま
でにも,Dや教団内で死亡した信者の遺体の焼却等に用いられていた。
 イ 被告人は,次に,精神面もチェックする,バルドーの導きのイニシエーショ
ンを行うと言って,O7らと共に,Fの手足や胴体を手錠等を用いて地下室内にあ
ったパイプ椅子に固定し,Fに目隠しをした後,被告人とO7が閻魔役,O14が弁
護士役として,被告人自ら,浴槽の水に毒物を入れたことについて厳しい口調で追
及を開始した。
 その後,被告人は,当初は,Aの指示で,O7に竹刀を渡してFをたたかせるな
どしていたが,O7のやり方が手ぬるいとして,自ら竹刀を手にしてFの上半身を
強く打ち,さらに,O7が足の爪の間に刺した待ち針を一層深く押し込み,ガスバ
ーナーで熱した焼きごてを一層強く身体に押し当てるなどした。
 しかし,Fは,自分がスパイであることや毒ガスを入れたことを否定し続け,更
には,被告人に対し,「あなたには他心通(他人の心を読む超能力)があるはずで
すから,私の心を見てください。」などと言って気を失った。
 このようなFの様子を見て,O14やO7はもとより,被告人も,Fがスパイでな
い可能性が強いと思うに至り,被告人は,Aの指示を仰ぐために第6Sに向かっ
た。
 2 謀議状況
 第6SのAの部屋で,被告人が,「Fは自白しませんが,どうしましょう。」と
尋ねると,Aは,被告人やその場にいたO1に対し,「ポアをするように。プラズ
マ焼却器を使うように。O7にやらせればいい。」などと指示した。
 3 犯行状況
 (1) 殺害状況
 被告人は,再び第2Sに向かったが,プラズマ焼却器で焼き殺すことに抵抗感を
覚えたため,殺害方法は,Aの指示に従わず,より苦しみが少ないと思われるロー
プを用いた絞殺によることとし,その遺体をプラズマ焼却器で焼却することにし
た。そこで,被告人は,地下室にいたO7,O14及びO16に対し,「いずれにして
もポアだ。」と言ってF殺害を指示し,本件犯行に及んだ。その際,当初は,O7
が1人でFの頸部を絞めていたが,その後,被告人も加わって,O7よりも遙かに
強い力を入れ,2人で綱引きのようにロープを引っ張って,Fを殺害したものであ
る。
 (2) 死体損壊状況
 Fを殺害した後,被告人は,O7,O14及びO16に対し,Fの遺体をロープ等と
共にプラズマ焼却器で焼却するよう指示し,O14らがこれを実行した。
 4 犯行後の状況
 被告人は,F殺害後,A及びO1に対し,Fを絞殺したことを報告したところ,
Aは,意外そうに「ああ,そうか。」と述べ,O1は,「せっかくの機会を失って
残念だ。データが取れるところだったのに。」などと言って,失望の意を露わにし
た。引き続き,その場で,事後処理についての話し合いが行われ,その結果に基づ
き,Fが下向したとして,車輌省大臣にその旨告げ,また,Fと親密な関係にあっ
た女性信者をロシア支部に転属させるなどした。
第11 G監禁事件(判示第6の犯行)
 1 犯行に至る経緯
 (1) 被告人は,自治省大臣として,教団における警備関係全般に加え,出家信者
の監督,とりわけ,破戒に対する対処,懲罰等についても責任者の地位にあった。
 (2) Gは,平成6年5月ころ,当時の夫であるG1及び1歳半の長男G2と共に
出家した後,両名とは離れて生活するようになり,O21の下で,看護婦として前記
のような薬物を用いた修行の手伝い等をしていたが,温熱療法で死者が出ているこ
とを知るなどして,教団の活動に疑問を感じ,また,G1が下向したこともあっ
て,在家の信者に戻って夫や子供と一緒に暮らしたいと思うようになった。
 (3) そこで,Gは,同年7月中旬ころから3回にわたり教団からの脱走を試みた
が,その都度,連れ戻されるなどして,同月26日には,被告人らから,逃げたら
地獄に落ちるなどと言われて責められた上,Qの第5S内の独房に収容され,「修
行するぞ。」などと大声で唱えさせられるなどした。Gは,翌27日,被告人に対
し,独房から出してくれるように懇願したが,被告人から,「頑張って修行しない
と駄目だ。帰っても三悪趣の世界に落ちるだけだから今は出せない。」などと言わ
れて拒否された。
 (4) Gは,翌28日早朝,監視のすきをみて脱出し,いったんは警察に保護され
たものの,子供を残してきたことから,在家に戻りたい,子供を返してほしいなど
とAあての手紙を書き,G1にその手紙を託して談判に向かわせ,山梨県南都留郡
d村所在の判示駐車場で,その帰りを待っていた。
2 犯行状況
 (1) 被告人は,G1,自己の部下であるO17及びO18と共に前記駐車場に向か
い,Gに対し,「逃げたくなるのは動物のカルマが出てきているからだ。帰っても
三悪趣に落ちるだけだから地獄に行くことになる。」などと言って下向しないよう
に説得したが,Gが翻意しなかったため,本件犯行に及び,同年10月26日にG
が教団施設から脱出するまでの間,Gを第5S内の独房,続いて,第6S及びその
付近にあったコンテナ内等に監禁し,その間,薬物を用いるなどして洗脳しようと
したものである。
 (2) なお,自治省は,前記コンテナにおいてスパイの嫌疑を掛けられた信者や破
戒を行ったとされる信者を多数監禁しており,Gが監禁されている間も,多いとき
で二,三十人の信者が収容され,自治省所属の信者が8時間ごとの3交替制で常時
監視を行っていた。
第12 VX等による連続暗殺計画とその実行(VX事件)
 1 VX等の製造
 (1) Aは,E事件以降,被告人及びO1に対し,サリンが一般に知られるように
なったとして,「サリンの原料を用いて製造できる毒物は作らない方がいい。」な
どと言うようになった。そして,Aは,直接又はO1やO13を介して,O12に対
し,平成6年7月ころ,VXの製造を指示したほか,同年8月ころには,揮発性の
高い化学兵器であるホスゲンや青酸についても製造を指示していたところ,O
12は,同年9月ころ,VXの製造方法を独自に確立した上,2度にわたり合計約3
0グラムのVXの製造に成功し,さらに,ホスゲン及び青酸の製造にも成功した。
 (2) VXは,サリンと同様に神経剤に分類される薬物であり,揮発性は高くな
く,常温では液体の状態であるが,皮膚等からの浸透によって容易に体内に取り込
まれ,サリンの100倍以上の毒性を有するとされている。
 2 T9VX事件
 (1) 弁護士であるT9は,被害対策弁護団の一員として活発に教団信者の脱会活
動等を行い,G監禁事件後はGの代理人として教団と交渉するなどしていたが,被
告人やO6は,平成6年5月ころより,Aの指示を受けて,T9方に盗聴器を仕掛
けるなど,その動静を探っていた。
 (2) Aは,同年9月中旬ころ,被告人及びO13に対し,VXができたのでT9の
使用している車のドアの取っ手に付けるように指示した。そこで,被告人,O5及
びO13は,ゲル状の整髪料にVXを混ぜてT9の車のドアの取っ手にVXを付着さ
せたが,特段の影響は見られなかった。
 (3) なお,後記T10ホスゲン事件後の同年10月ころにも,O5,O6らが,A
の指示により,再度VXを用いたT9の暗殺を企てたが,警察がT9方を警備して
いたために引き返し,実行には至らなかった。
 3 T10ホスゲン事件
 Aは,C事件の前から教団に批判的な記事を書くなどしていたジャーナリストの
T10をホスゲンを用いて暗殺することを企て,平成6年9月中旬,被告人,O1,
O5及びO13に対し,T10方にホスゲンを散布するよう指示した。そこで,被告人
らは,同月20日ころ,ホスゲンをホースの付いた容器に充填した上,被告人が,
T10方の玄関ドアの新聞受けにホースを差し込んで,室内にホスゲンを散布した
が,これに気付いたT10が窓を開けて換気をしたため,失敗に終わった。
 4 H1VX事件(判示第7の犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 (1) 犯行に至る経緯
 N4は,平成6年3月ころ,教団に入信し,その後,自宅等全財産を処分して家
族共々出家した者であるが,同年8月,娘が無理矢理薬物を使用した修行を受けさ
せられたことなどから,娘と共に教団から脱走し,知人のH1の助力を得て,同年
11月,教団に対し,出家に当たり交付した3000万円余りの金員等の返還を求
める民事訴訟を提起し,教団は,布施されたもので返還義務はないなどと主張して
争っていた。
 O6は,同月21日ころ,Aから,H1の身辺調査を命ぜられ,諜報省の部下を
使って調査を実施したが,被告人も,そのころ,O6から,N4を担当していた教
団の組織である東信者庁の尻ぬぐいをさせられているなどと聞かされて,上記の経
緯を知った。
 (2) 謀議状況
 Aは,同月26日朝,第6Sの自室で,被告人,O6及びO13に対し,「N4の
お布施の返還請求は,すべてH1が陰で入れ知恵をしている。H1にVXをかけて
ポアしろ。そうすればN4親子は目が覚めてオウムに戻ってくるだろう。これはV
Xの実験だ。H1にかけて確かめてみろ。」などと言って,VXを使ってH1を殺
害するよう指示するとともに,O6を実行役とし,O6の部下のO15及びO16も犯
行に加え,O6がうまく実行できなかった場合には,O14を実行役としてよい旨も
併せて指示した。
 (3) 本件犯行以前の襲撃
 ア 被告人,O6及びO13は,同日,O5,O15及びO16と共に,VXとして精
製されていないVX塩酸塩を携えて判示のH1方付近に向かい,O6が実行役,被
告人がその補助役,O15がH1の監視役,O5が待機役という役割分担を決めてH
1を待ち受けた。そして,自宅から出てきたH1を認めるや,O6及び被告人がH
1に走り寄ったが,O6がH1にVX塩酸塩をかけなかったことから,この襲撃は
失敗に終わった。
 イ その夜,被告人らは,O6らが諜報省の拠点の一つである東京都杉並区所在
の一軒家(以下「W3アジト」という。)で計画の見直しを行い,1人がおとり役
になることなどを決めた。その際,O6が,H1に顔を見られたので実行役を辞退
したいと言い出したため,被告人は,Aの了承を得た上,O14を実行役とするため
東京に呼び寄せた。
 被告人は,翌27日,合流してきたO14から実行役になることの承諾を得た上,
自らおとり役になることとし,翌28日朝,H1がゴミ出しに自宅から出て来たの
を認めるや,O14と共にジョギングを装って走り寄り,被告人がH1に話しかけて
いるすきに,O14が注射器に入れたVX塩酸塩をH1の後頭部にかけた。
 その後,被告人らは,Qに戻り,Aに報告したところ,Aは,被告人らをねぎら
い,O14やO16のステージをそれぞれ一段階ずつ昇格させた。
 (4) 犯行状況
 ア その後,H1に何の異変も生じておらず,再度の襲撃も失敗に終わったこと
が明らかになった。Aは,その原因について,O12から,VXではなくその塩酸塩
を用いたためと思う旨の説明を受けたことから,O12に対し,VXの製造を改めて
指示し,O12は,間もなく,新たにVX約50グラムを製造した。
 イ Aは,同年12月1日,第6Sの自室で,被告人に対し,「新しいVXがで
きた。それでH1をポアしろ。」と言って,再びH1の殺害を指示した。そこで,
被告人は,新たに製造された前記VXを受け取った上,O5と共に東京に向かい,
W3アジトで,O6,O14,O15及びO16と合流した上,前回と同様の方法でH1
にVXをかけることを決めた。
 被告人,O14及び見張り役のO15は,翌2日朝,H1方付近の空き家に入り込ん
で待機し,H1を待ち受け,同日午前8時30分ころ,H1が自宅から現れるや,
被告人及びO14がジョギングを装って走り寄り,本件犯行に及んだものである。
 ウ 犯行後,被告人は,共犯者らとの合流先で,H1方付近に救急車が来たとの
連絡を受け,その後,H1の搬送先を調べるために,O6らと共に,H1方に盗聴
器を仕掛け,夕方ころ,H1の家人が,H1が嘔吐して顎が外れそうになった,病
院のICU(集中治療室)に入院したなどと電話で話しているのを確認した。
 そこで,Aから電話がかかった際に,O6は,H1が入院したことを暗号で伝え
たのに対し,被告人は,暗号を使用することなく,H1が嘔吐して顎が外れそうに
なったなどと声高に話したところ,Aから,そのようなことを言うなと叱責され
た。その後,被告人は,O6と共にAに報告した時にも,Aから,電話の報告の仕
方が悪いと改めて叱責された。その際,Aは,「シヴァ神の化身であるクリシュナ
は,普段は女と戯れて遊んでばかりいるが,戦うときは相手を一気にせん滅する。
おれにそっくりだろう。神々の世界に行くためには,人をポアしまくるしかないん
だ。」などとも言った。
 5 H2VX事件(判示第8の犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 (1) 謀議状況等
 ア H2は,平成6年当時,大阪市内の民間会社に勤務し,同市内の柔道クラブ
に所属して警察署内の道場に通うなどしていたが,かつて教団の行ったイベントに
参加したことがある以外,教団とは何の関係もなかった。
 イ ところが,Aは,法皇官房所属の信者から,大阪支部の在家信者が女性信者
に男性を誘惑させて入信させている,教団を守るために陰の部隊を作っていると吹
聴している,その背後には,警察官にも柔道を指導しているH2なる人物がいるよ
うだとの報告を受け,これを真に受けて,同年12月9日ころ,第6Sの自室で,
被告人及びO6に対し,「H2は公安のスパイに間違いない。おまえたちでポアし
なさい。後はおまえたちに任せる。」などと言って,VXを使ってH2を殺害する
ことを指示した。被告人は,公安のスパイがそのようなことをするのかと疑いも抱
いたが,O6と共に承諾した。
 (2) 犯行の準備状況等
 ア 被告人は,O6との打ち合わせに基づき,諜報省所属のO16らを連れて,O
6より先に大阪に向かって,H2の勤務先や住居等の下見をし,同月11日には,
偶然大阪に来ていたO14に合流するよう指示した。さらに,その夜大阪に来たO6
と共に再度下見をし,O6との間で,今回もH1VX事件と同様の方法でVXをか
けることを確認した。O5及びO15も,O6の指示に従い,同日午後,O12からV
Xを受け取った上,車で大阪に向かい,翌12日未明に合流した。
 イ 被告人,O6らは,同日午前5時ころ,ホテルの1室に集まり,O6が,H
2をポアする理由を説明した上,具体的方法として,H2の出勤途中にジョギング
を装ってVXをかけること,O14を実行役,被告人を補助役,O16を車の運転手
役,O5を治療役,O15とO6を見張り役とすること,その他H2を発見した時の
暗号,O14と被告人の待機場所,見張り場所,逃走方法等を打ち合わせた。
 その際,O14が体調を崩して苦しそうであったため,O5がO14を使うのに慎重
な姿勢を示したが,被告人は,O14しかいない,頭を空っぽにしてやればいいなど
と言って,あくまでO14を実行役とすることにした。
 (3) 犯行状況
 被告人らは,同日午前6時ころ,判示のH2方付近に赴き,H2方を監視してい
たところ,同日午前7時10分ころ,H2が通勤のために自宅を出るのを認める
や,O14と被告人が直ちにH2を走って追いかけて,本件犯行に及んだものであ
る。その際,O14が誤って注射針を外し損ねたために,H2の後頸部に注射針が刺
さり,しばらくH2から追いかけられたが,H2がVXの影響により路上に昏倒し
たため,被告人らは逃げ切ることができた。
 (4) 犯行後の状況
 その後,被告人らは,ホテルで再度合流した後,次々にQに引き上げて,それぞ
れAに報告を行ったが,Aの指示によりO5が調べた結果,H2が死亡したことが
判明した。
 6 T11襲撃計画
 漫画家のT11が,C事件の犯人が教団関係者であるとする内容の漫画を週刊誌に
掲載したことから,Aは,被告人及びO6に対し,T11をVXで暗殺するように指
示した。そこで,被告人及びO6が手分けしてT11の住所や事務所を調べ上げ,諜
報省所属の信者らも加わって,同年12月20日ころから3日間,T11の後を付け
るなどしたが,殺害行為に及ぶ機会を見出せなかったため,Aの指示で暗殺が中止
された。
 7 H3VX事件(判示第9の犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 (1) 謀議状況等
 ア 教団では,その部署誌や出版物において,被害者の会は国家権力と結託して
信者の信仰の自由を奪うもので,加害者の会にほかならないなどと主張し,同会の
会長であるH3についても,名指しで繰り返し厳しく非難し,Aも,説法等におい
て,H3や被害者の会に対する敵意を露わにしていた。
 イ 教団の出家信者であったH3の長男のH4は,平成2年1月ころ,教団を脱
走してH3の元に戻った後,H3や被害対策弁護団のT9らと共に,元信者として
信者のカウンセリング等に携わるようになり,平成6年12月ころも,T9と協力
して,教団信者に対する脱会活動を続けていた。
 そのため,Aは,被告人やO6に指示して,H4らの動向を探らせていたが,同
月30日ころ,第6Sの自室で,被告人に対し,「どんな方法でもいいから,H3
に神通(VXの隠語)をかけてポアしてこい。いくら金を使ってもいい。H3がで
きなければH4でもいい。あとはしっかりO6と打ち合わせをしろ。」などと言っ
て,H3又はH4の殺害を指示し,被告人は,これを了承した。
 また,Aは,そのころ,被告人に対し,「100人ぐらい教団に反対している人
物が変死すれば誰も逆らわなくなる。1週間に1人ポアするのをノルマにしよう
か。」と述べることもあった。
 ウ 被告人は,その後,O6に会って,Aの指示を伝え,共に判示のH3方やそ
の周辺の下見をしたり,手分けして,Aの指示により本件犯行の実行メンバーから
外されたO5を除くO14,O15及びO16の了解を取り付けるなどした。
 (2) 犯行の予行練習等
 被告人は,Aから前記指示を受けた後の同月31日ころ,標的に接近してVXを
かける方法は危険であると考え,自己の判断で,O5やO14と共に注射器を改良し
てVXを飛ばす実験を行ったが,うまく飛ばなかったため,それまでと同様の方法
によることにした。その後,被告人は,VXの入った注射器を持ってW3アジトに
赴き,O6らと犯行の打ち合わせをした後,H3方周辺の下見を行ったが,H3ら
は家族旅行に出かけていて不在であった。
 (3) 最終の謀議状況及び犯行状況等
 ア 被告人は,平成7年1月3日,O6から,H3が帰宅したとの報告を受け
て,W3アジトに赴き,O6を中心に犯行計画を練ったが,その結果,実行役をO
14,おとり役をO16,逃走用車両の運転手役を被告人,見張り役をO6及びO15と
することなどが決まった。
 イ そこで,被告人らは,翌4日の朝,H3方付近で,H3が自宅から出てくる
のを待ち構えていたところ,午前10時30分ころ,H3が年賀状を投函するため
自宅から出てくるのが確認されたことから,O14及びO16が走ってH3の後を追い
かけ,本件犯行に及んだものである。
 ウ その後,被告人及びO6は,Qに戻り,VXをかけてH3は入院したなどと
Aに報告したところ,Aは,意識の世界でH3が謝っていたから,ポアできなくて
も成功だなどと述べた。
 8 T12襲撃計画
 Aは,平成7年1月下旬か2月初旬ころ,第6Sで,被告人,O6らに対し,か
ねてより教団の敵対者とみなしていた新興宗教団体「T13」の代表者T12につい
て,O6を実行役として,T12の使う車のボンネットとワイパーの間にVXを入れ
て暗殺するよう指示した。
 そこで,被告人は,W3アジトで保管されていたVXを持って,O6,O6及び
O16と共に現場に赴いて,O6がAの指示どおりにVXをT12の車に入れたが,T
12には何の異変も生じず,この暗殺計画も失敗に終わった。
第13 I事件(判示第10の各犯行。以下,この項では「本件犯行」という。)
 1 犯行に至る経緯
 (1) 強制捜査に対する危惧と対応
 ア(ア) 教団では,平成6年末ころから,警察による強制捜査が懸念されるよう
になり,被告人及びP1が対策を協議し,強制捜査に対応するためのマニュアルを
作成するなどしていたところ,平成7年1月1日,L5新聞に,Qの教団施設周辺
の土壌からサリンの残留物質が検出され,警察がE事件との関連を調査していると
の記事が掲載された。
 (イ) 被告人は,その記事を見て,強制捜査があるのではないかと考え,直ち
に,Qの近隣の警察署に部下を派遣して,警察の動向を調査させたほか,O1の依
頼に応じ,証拠隠滅として,教団施設から薬品を運び出すために部下と車を貸し出
したり,自らも,W1棟にあった薬品等を東京都内に運び出すなどした。
 (ウ) O12及びO5も,W1棟でひそかに保管していたサリンやその中間生成物
のメチルホスホン酸ジフロライド(以下「ジフロ」という。)等の処分を行った。
もっとも,この際処分されないまま残ったVXは前記T12襲撃計画に用いられ,ジ
フロはI事件に用いられた。
 イ また,Aは,同月17日にいわゆる阪神大震災が起こると,地震によって強
制捜査が延びたなどと述べ,あるいは,O6に対して,強制捜査の矛先をかわすた
めに石油コンビナートの爆破計画を示し,そのための調査を行わせるなどした。
 (2) J事件
 同年2月28日,諜報省所属のO6やP2らが,東京都内の路上で,教団信者の
親族であるJを教団施設へ拉致するJ事件を敢行した。被告人は,この事件には関
与しなかったが,事件直後にO6から,事件について聞かされていた。
 (3) 被告人の教団における地位,Aとの関係等
 VX事件のころから,Aの被告人に対する評価が次第に下がり,Aは,同年1月
末か2月初めころ,被告人がステージの高さにかまけて,成長が止まっているなど
と言って,被告人を教団の関係会社等の活動や支部活動に専念させたり,O5と共
に,教団施設の外壁に鉄板を貼るという単純作業に従事させるなどしていた。
 また,教団では,同年3月17日,O5やO6が正悟師に,O13が正悟師長補に
なるなど,多数の信者の昇格が発表され,その日の深夜から,東京都杉並区にあっ
た教団の経営する飲食店「W4」で祝賀会が催され,その帰りに,後記のI事件の
最初の謀議が行われたが,被告人は,Aの警備責任者であったにもかかわらず,A
がW4に赴くことさえ知らされておらず,同祝賀会にも同行していない。
 2 I事件の概要
 (1) 教団におけるサリンの製造状況
 教団では,E事件の前から,第7Sでサリン製造プラントの建設が進められてい
たが,同事件ころにも,一向に完成の目途が立っていなかった。そこで,被告人
が,F事件直後の平成6年7月10日ころ,Aに対してその進行状況を確認するよ
う意見を具申したところ,Aは,統括責任者のO1のほか,科学技術省所属の建設
要員や自治省所属のオペレーター要員を集めて叱咤激励した上,サリン製造プラン
ト建設に専心するよう指示するとともに,同年9月ころには,Q内にサリンを保管
する貯蔵庫の建設を開始させた。
 同プラントの建設は,その後本格化したものの,完成するに至らないまま,前記
のとおり,平成7年1月1日(以下,この第13の項及び第14の項では,「平成
7年」の表記は省略する。),教団施設付近でサリンの残留物質が検出されたとい
う報道があったことから,Aは,プラントの一部を解体し,カモフラージュのため
に神殿を造るよう指示し,急いで造った神殿をマスコミに公開したり,教団に好意
的な宗教学者を招いて,宗教施設であることを強調しようとした。
 (2) 謀議の状況
 ア リムジン謀議
 (ア) 前記のとおり,教団では強制捜査に対する懸念が高まっていたところ,3
月半ばころには,後記のとおり,新聞報道等によって,J事件への教団の関与が疑
われる状況になり,同月15日には,O1が強制捜査を妨害するためにアタッシュ
ケースを用いてボツリヌス菌の毒素の噴霧を行おうとしたが,失敗に終わった。
 (イ) Aは,同月17日深夜から翌18日未明にかけてW4で開かれた前記祝賀
会に際し,O6に対し,「Xデーが来るみたいだぞ。」と言って,強制捜査が間近
に迫っていることを示唆した。
 祝賀会終了後,Aは,O1,O6,O13,P1らを,自己の専用車であるリムジ
ンに同乗させて,共にQに向かったが,その道中,P1がAに対し「いつになった
ら,(国家権力と)四つになって戦えるでしょうか。」と尋ねたところ,Aは,
「11月ころかな。」と答え,ボツリヌス菌の毒素の噴霧計画が成功していれば,
強制捜査はなかったかもしれないとも言った上,O6らに対し,「何かないの
か。」などと,強制捜査を阻止する方策を尋ねた。
 すると,O6が,「T(ボツリヌス菌の毒素の隠語)ではなく,妖術(サリンの
隠語)ならば(強制捜査は)なかったということでしょうか。」と答え,O1が,
地下鉄にサリンをまけばいいのではないかなどと提案したところ,Aは,「それは
パニックになるかもしれないなあ。」と述べてO1の意見に賛同した。O6は,薬
品の購入ルートが知られているとしてサリンの散布に消極的な姿勢を示したが,A
は,「サリンじゃないとだめだ。」などと言い,O1を総指揮者として地下鉄にサ
リンを散布することを決定した。
 そこで,O1は,その実行役として,科学技術省の次官であったO17,O18,O
19及びO20の名前を挙げたところ,Aは,治療省大臣であったO21を加えるよう指
示し,実行役5名が決まった(以下,このリムジン内での謀議を「リムジン謀議」
ということもある。)。
 イ その後の謀議等の状況
 (ア) O1は,3月18日朝方ころ,第6Sの自室に,O17,O21,O19及びO
20を呼び出し,教団施設への強制捜査を阻止するために東京都内の地下鉄車両内に
サリンを散布する旨告げてその実行役を引き受けるよう求めたところ,4名とも,
Aの命令であると理解して承諾した。そこで,O1は,同月20日朝の通勤時間帯
に,警視庁に近接したh駅を通る地下鉄車内にサリンを散布するなど,犯行計画の
概要を明らかにした。
 (イ) さらに,同月18日夕方ころ,O1,O6,O17,O19及びO20は,前記
O1の部屋に集まり,O6が用意した路線図や乗降客数に関する統計等を参考にし
ながら,サリンをまく路線や駅,時間等について検討し,警視庁に近いh駅を走行
するg地下鉄g1線,g3線及びg2線の3路線の5方面の電車内で,同月20日
朝8時に一斉に犯行に及ぶことなどを決めた。また,その際,O6又はO17は,O
1に対し,O7,P5及びP7の名前を挙げて自動車の運転手役が必要である旨の
意見を述べ,O1もこれを了承した。
 なお,O1は,O18に対しても,同月18日夜に同様の指示を与えてその承諾を
得ており,O18は,その後,O19,O20らと会って,O1の指示内容を確認した。
 (ウ) 翌19日朝,O1の指示により,O17,O18,O19及びO20の実行役4名
は,P5,P7,O7らとQを出発し,W3アジトで,各自の担当路線や実行役と
運転手役の組み合わせ等を話し合い,取りあえずO17とO18がg2線,O19とO
20がg3線を担当し,O17とP7,O19とO7,O20とP5がペアになることなど
を決めた。その後,これらの者は,新宿に買い物に出かけて,犯行時に着用する衣
類や変装道具等を購入した上,g地下鉄h16駅の下見をするなどした。
 (エ) 他方,O1及びO6は,同日昼ころ,第6Sで,Aに対し,運転手役の選
定につき指示を仰いだところ,Aは,O16及びO7に加えて,被告人のほか,いず
れも古参信者のO22及びO23の名前を挙げ,さらに,実行役と運転手役の組み合わ
せとして,O21と被告人,O17とO7,O18とO16,O19とO22,O20とO23とす
るよう指示した。
 その後,O1及びO6は,実行役及び運転手役の集合場所を,諜報省の活動拠点
の一つである東京都渋谷区内のマンションの一室(以下「W5アジト」という。)
とするほか,O6が東京ナンバーの車5台を用意し,O1が既に東京に向かったO
17ら以外の実行役及び運転手に対し出発を指示することになった。
 (オ)O6は,同日午後7時ころ,W3アジトで,下見等から帰ってきたO17ら
に対し,W5アジトに移動するよう指示するとともに,運転手役が変更になったこ
とを知らせた後,教団への同情を集めるために企画された教団のZ総本部道場に対
する自作自演の火炎瓶投てき事件の実行に向かった。
 ウ 最終確認
 (ア) 被告人は,同日午後,O23から,O1の指示であるとして,運転手役5名
の名前やO6の携帯電話の番号等が記載されたメモを示され,渋谷に午後7時に行
き,O6に電話するよう伝えられた。そこで,被告人は,同日午後4時ころ,O
22及びO23と共にQを出発し,午後7時ころ渋谷に到着した後,O6と電話連絡を
取り合った結果,O6の指示でW5アジトに向かい,同所付近でO17らと合流し
た。なお,被告人は,前記Z総本部道場地下の喫茶室で時間をつぶしていた際,前
記火炎瓶投てき事件に遭遇している。
 (イ) 同日夜9時ころ,O6が,興奮した様子でW5アジトに現れたので,被告
人は,同アジトの小部屋で2人きりとなった際,O6に対し,この日集合した理由
を尋ねたところ,O6から,強制捜査を妨害するためにhの駅にサリンをまくなど
という本件犯行の概要を知らされた。
 (ウ) その後,O21も到着したので,O6は,全員を集合させ,強制捜査の妨害
のために物をまくとした上,地下鉄の路線図や駅の構内図等を示しながら,実行役
と運転手役の組み合わせ,担当路線,実行する駅,乗車すべき電車の位置などを指
示して,官公庁又は警察方面に行く者がその車両から降りるはずであるなどと説明
した。さらに,O6は,実行役1人当たりの散布するサリンの量が1リットルに増
えたこと,一斉に散布しないと実行役が逃げられなくなるため犯行時刻を午前8時
で統一することを明らかにした(以下,この打ち合わせを「最終確認」ともいう。
なお,以上認定したような最終確認の状況は,被告人の供述を中心とする関係者ら
の供述を総合して認めたものであるが,このような供述の信用性については後に判
断する。)。そして
,被告人は,この打ち合わせにより,自分がO21と組んでg2線にサリンを散布す
ることを初めて知った。
 エ その後,実行役と運転手役の合計10名は,同日午後10時ころから,それ
ぞれ担当路線の下見などをしていたが,被告人も,実行役のO21との間でg2線根
津駅を乗車駅とすることを決めた上,O21と共に下見に向かい,同人が同駅及び同
線h12駅の下見を行って,犯行後の待ち合わせ場所を決めるなどした後,W5アジ
トに戻った。
 (3) サリン製造の状況
 O1は,同月18日,O5に対し,前記のように処分されないまま残っていたジ
フロを用い,O13と協力してサリンを製造するよう指示し,Aも,その日の夜以
降,O13に対し,早くサリンを製造するよう繰り返し督促した。
 O13及びO5は,O12に相談して,必要な器具や原料となる薬品類を集め,O
13の実験室である「W6棟」と称する教団施設で,翌19日の夕方ころから,O
12やO13の部下にも手伝わせてサリンの製造を開始し,同日夜中ころまでに,サリ
ンを含む混合液約5リットルを製造した上,Aの指示により,このサリン混合液を
分留しないままビニール袋に注入し,注ぎ口を圧着機で封をするなどして,ビニー
ル袋11袋に小分けし,これらをダンボールに詰めて,第6SのAの部屋に持参し
た。
 すると,Aは,そのサリンの入ったダンボールを受け取り,その箱の底に手を触
れるなど,「修法」と称する儀式を施した。
 (4) サリンの受け取り等の状況
 ア O1は,同月20日午前1時過ぎころ,W5アジトに戻っていたO17ら実行
役5名に対し,サリンを引き渡すので,第7Sに取りに来るよう電話で指示し,同
人らは2台の車に分乗して第7Sに向かった。
 また,O1は,実行役らに先立ってQに戻ってきたO6に,ビニール傘数本を購
入させた上,部下に指示して,その先端をグラインダーで削らせて尖らせた。
イ O17ら実行役5名は,同日午前3時ころ,Qに到着し,第7Sで,O1か
ら,傘の先端を突いてサリンの入ったビニール袋に穴を開けサリンを発散させるな
どという犯行方法について説明を受け,さらに,サリン入りのビニール袋は新聞紙
に包むこと,犯行後は解毒のために傘の先端を水洗いすることなどの注意を受けた
後,水の入ったビニール袋を傘の先端で突くなどして,犯行の予行練習を行った。
 そして,実行役らは,O1から,サリン入りビニール袋及び先の尖らせた傘を,
O13から,サリン中毒の予防薬を受け取った後,再び2台の車に分乗して出発し,
同日朝方ころ,W5アジトに到着して,被告人らと再度合流した。
 なお,被告人は,実行役らがQに出向いている間,犯行に用いる車の調達などを
していた。
 ウ その後,被告人らは,W5アジトで,サリン入りビニール袋を取り分けた
り,前日購入した衣類に着替えたり,O21が実行役らにサリンの解毒剤入りの注射
器を渡すなどして犯行の準備を整え,同日午前6時ころから,それぞれの組み合わ
せごとに出発し,途中,新聞紙を購入するなどした上,各自が担当する地下鉄路線
の乗車駅に向かった。
 なお,被告人は,出発時刻が遅れたことや,根津駅付近の地理に不案内で,単独
では根津駅からh12駅まで戻ることに不安のあったことなどから,O21に対し,h
12駅で乗車して,その後地下鉄で本来の乗車駅に向かうことを提案し,同人の了解
を得た。
(5) 犯行状況
 ア 被告人は,h12駅に向かう道中,O21から,サリン入りのビニール袋を傘で
突いて穴を開けサリンを散布することを知らされた。その後,被告人らは,セロテ
ープ,カッター及び新聞紙を購入して,サリン入りのビニール袋を新聞紙で包むな
どした上,O21は,サリンの入ったショルダーバッグと傘を持って犯行に赴き,被
告人は激励しながらこれを見送った。
 イ そして,同日午前8時ころ,被告人らが担当したg2線では,O21がh13駅
発h14駅行き電車内で同電車がh12駅に到着すると同時に床に置いたサリン入りビ
ニール袋を所携の傘の先端で数回突き刺してサリンを漏出させるなど,各路線にお
いて,前記実行役5名がそれぞれ担当電車内で本件犯行に及んだものである。
 ウ 他方,被告人は,その間,O21の着替えや犯行時に着用した衣類の処分,サ
リンの付着した傘の処理等の準備をして車で待っていると,犯行を終えたO21が戻
ってきて車に乗り込み,同日午前9時前ころにW5アジトに帰った。すると,出発
時にはいなかったO6も,同アジトに戻ってきていた。
 エ なお,O21は,当公判廷において,以上の事実経緯とは一部異なる証言をし
ているが,その内容には不自然な点が見受けられるほか,時間的な経過が細かく説
明され,地図等による客観的裏付けもある被告人の供述と対比すると,O21の上記
証言部分を信用することは困難である。
 (6) 犯行後の状況
 ア 被告人は,犯行後,犯行に使用した車を返却してからW5アジトに戻ると,
O6が持ち込んだテレビに,本件犯行に関する臨時ニュースが流れ始めて,地下鉄
の構内から出てきた人が地上で次々と倒れる光景等が映し出された。これを見て,
被告人とO6は,目標を達成したように興奮した面持ちで熱心に見入っていた。
 その後,O6が解散を指示し,被告人は,Aの運転手であるO22やO23,科学技
術省に所属して普段東京にいないO18,O19及びO20をQに帰らせた後,O6,O
17及びO7と共に,犯行に使用した傘や衣類等を多摩川の河川敷で焼却した。
 なお,被告人は,その後も興奮が収まらず,飲食店で食事をした際に,「これか
らも頑張るぞ。」などと叫んで,他の者になだめられることもあった。
イ Aは,Qに戻って報告に来たO18,O19及びO20に対し,「科学技術省の者
にやらせると結果が出る。ポアは成功した。O19が一番修行が進んだな。」などと
言ってねぎらい,別に報告に来た被告人,O7及びO17に対しても,「これはポア
だからな。分かるな。」などと言ったほか,被告人や実行役らに対し,「偉大なる
グル,シヴァ大神,すべての真理勝者方にポアされてよかったね。」というマント
ラを1万回唱えるよう指示した。
第14 P2蔵匿事件(判示第11の犯行)
 1 犯行に至る経緯
 (1) 前記のように,2月28日,O6がP2らと共にJ事件を敢行したが,3月
16日ころには,新聞等において,犯行に使用されたレンタカーが特定され,車内
からJを含む複数の事件関係者の指紋が検出されて,教団の関与が疑われるなどと
大きく報道された。そして,警察は,同事件の犯人の1人としてP2に対する逮捕
状の発付を得て,同月22日に同人を全国に指名手配し,全国の教団施設に対する
強制捜査を実施した。
 (2) 一方,O6は,J事件が教団の犯行であることの発覚を防ぐため,同月19
日,O21に依頼して,第6Sで,レンタカーを借りたP2の手指の指紋を除去する
手術を行わせ,その後,P2は,X4病院に入院していた。
 (3) 被告人は,同月21日,自治省の部下から,自衛隊の駐屯場に警察の車両が
多数集合しているとの報告を受けて,翌日にもQの教団施設に対する強制捜査が実
施されることを確信した。そこで,被告人は,Aの了解を得た上,Qの教団施設内
において,一斉に強制捜査が実施されることを暗号で放送した。
 さらに,被告人は,同日,Aから,I事件関係者や科学技術省所属の信者はQか
ら離れるようにとの指示を受けて,O21,O22及びO23らと共に車で東京方面へと
向かったが,翌22日,八王子市内のカプセルホテルで,教団に対する強制捜査が
開始されたことを知り,その夜には,テレビのニュースで,P2がJ事件について
全国に指名手配になったことを知った。
 2 謀議及び犯行状況等
 (1) 被告人は,同月23日の朝ころ,前記カプセルホテルで,X4病院の責任者
のO21から,P2の取扱いについて相談を受け,P2をX4病院から連れ出して他
の場所に逃走させることを決意し,O21のほか,O22及びO23に対してもその旨告
げて同人らの了解を得た。そこで,被告人らは,X4病院の職員に指示して薬品代
金用資金をO23の銀行口座に振込送金させるとともに,東京都豊島区内の判示のホ
テルの部屋を予約するなど準備をした上,O22及びO23が女装したP2をX4病院
から連れ出し,X4病院の看護婦のO24らと共に上記ホテルへと赴き,本件犯行に
及んだものである。
(2) その後,O21やO23,O24らは,判示のように,石川県内のホテルや貸別荘
にP2を宿泊させてかくまい,変装させるなどしていたが,被告人及びO22は,P
2らと別行動ではあったものの,新潟や金沢方面にいて随時連絡を取り合ってい
た。その後,被告人は,O1から指示を受けて同月27日に東京に戻り,4月12
日にG監禁事件の被疑事実で緊急逮捕されたが,被告人が東京に戻った後も,O
21らは,判示のように,P2に整形手術を施して容貌を変えたり,指紋除去手術を
施すなどしていた。
第3章 当裁判所の判断
第1 内乱罪の主張について
 1 Aの武装革命提唱の意味
 (1) まず,以上詳細に認定してきた一連の事実経過に照らすと,教団における,
内乱,すなわち,憲法の定める統治の基本秩序の壊乱に向けたとみられるような動
きとしては,以下の事実を認めることができる。すなわち,
 ア Aは,①昭和60年ころ,オカルト雑誌の取材を受けて,自分は理想国家実
現のために戦うよう命ぜられたと述べたり,②昭和61年ころからは,ハルマゲド
ンが到来するなどと述べていたところ,③昭和63年ころからは「シャンバラ化計
画」を唱え,さらに,④平成元年には衆議院選挙への出馬を決めており,教団の設
立後の比較的早い時期から,世俗的な権力の取得を志向していたことが認められ
る。
 イ 他方,Aは,①B事件に先立って,既にヴァジラヤーナの教義を提唱し,②
同事件以降は,「K1」等の著書で選民思想的な傾向を示した上,現代はほとんど
三悪趣であると説法するなど,独善的な傾向を強めていたところ,③宗教法人化の
難航や「L1」の連載等による教団への批判の高まりを受けて,教団や自分を受け
入れようとしない一般社会に対する敵意や怒りを募らせ,④衆議院選挙に惨敗して
以降は,急激に反社会的な傾向を増進させていったことがうかがわれる。すなわ
ち,Aは,全世界に同時多発的にボツリヌス菌を散布して無差別大量殺りくを敢行
することを企て,実際に皇居周辺等に培養菌を散布するなどしているのである。
ウ また,Aは,p村の国土法違反事件に関して教団が強制捜査を受けた後の平
成3年には,被告人に広報活動に従事させるなどして,教団の再拡大を図ったが,
その際には,近い将来に核戦争が起こるという説法を繰り返して危機感を煽り,さ
らに,自らがキリストで救世主である旨述べたり,平成5年ころには,教団自身が
一方当事者となる戦争としてハルマゲドンを語るようなこともあった。
 そして,Aは,同年ころから,炭疽菌の培養やサリンの製造を試み,レーザー兵
器や核兵器の開発も企てて,炭疽菌については,皇居等を標的にして現実に培養菌
の散布を繰り返し,サリンについても,東京都内に散布して無差別大量殺りくを敢
行すべく,70トンの製造を企て,プラントの建設を開始した。
 エ 他方,Aは,平成6年2月に中国旅行に赴いて,新興宗教の指導者として出
発し明を興した朱元璋の史跡を巡り,自分は日本の王になるなどと述べて,我が国
の国権を奪取する意図を明らかにした。さらに,Aは,帰国後,自動小銃1000
丁の製造を命じたり,外国の建物占拠事例の調査を行わせたり,被告人を責任者と
して,キャンプやロシア射撃ツアー等の軍事訓練を実施させた。
 オ 以上の事実からは,Aが,その特異な終末思想を背景に,自分たちを受け入
れない社会や国家権力等に対する敵意を募らせ,また,教団以外の者は三悪趣であ
り,生存するだけで悪業を積む存在であるなどとして,その独善性ないし排他性を
昂進させるなどして,社会や国家権力を壊滅させるような無差別大量殺りくを企
て,その準備を行おうとしていたことは明らかである。しかも,被告人やO2の各
公判供述等からすると,Aは,このような無差別大量殺りくを実行した後に,教団
を中心とする世界の再生を想定していたとみられないこともない。
 また,前記中国旅行以降,Aは,世俗的な軍事力を用いたクーデターによって国
権を奪取するとの意図をうかがわせる言動を繰り返すようになったが,教団では,
平成6年6月,我が国の官僚機構を模した省庁制を導入し,Aを神聖法皇とする祭
政一致の憲法草案を作成しており,これも,このようなクーデターによる国権の奪
取という思想が背景にあったことをうかがわせるものである。
 このように,Aは,無差別大量殺りくによって国家機構や社会秩序を破壊し,軍
事力の行使によって国権を奪取すること(以下「武装革命」という。)を企図して
いた面もあり,その指導下にあった教団において,そのような企図に沿って武装
化,軍事化しようとする一連の流れがあったことも否定できない。
 (2) しかしながら,Aの企図した武装革命なるものをより子細に検討すると,以
下の事情も併せて認めることができる。すなわち,
 ア シャンバラ化計画は,当初は,学校や病院ないし教団施設の建設,教団の宗
教法人化,教義に基づく生活を実践しようとするロータスヴィレッジ構想等をその
内容としており,武力を用いた国権の奪取や無差別大量殺りくを想定していた形跡
はなく,また,前記中国旅行より前の時点で,教団として国家権力に対抗するため
の軍隊を編成しようとするような具体的計画が存在した形跡もない。
 イ もっとも,Aは,ボツリヌス菌や炭疽菌,サリンの散布等による無差別大量
殺りく計画に関し,現在の国家機構や社会秩序の破壊を一応念頭に置いていたこと
がうかがわれるものの,それが具体的にどのような結果をもたらすのか,大量殺り
くを行った後に誰がどのような社会をどのような方法で構築するのかなどについ
て,自ら具体的構想を示した形跡も,教団内で議論したり調査検討した形跡も全く
ないのである。この点,O2は,Aとしては,解脱者が統治する原始共産共同体と
いったものをイメージしていたのではないかとも供述するが,仮にAがそのような
イメージを抱いていたとしても,具体性や現実性に全く欠けるものであって,単な
る夢物語の範疇にとどまるものというほかない。
 ウ また,武装革命なるものの実現可能性についてみても,散発的なテロ活動に
使用できる程度のサリンやVX等の毒物の製造には成功したものの,ボツリヌス菌
や炭疽菌の培養に成功した形跡はなく,サリン製造プラントやヘリコプターを用い
た散布計画も,実現の目途が立たないまま頓挫しており,核兵器,レーザー砲やプ
ラズマ兵器といったものは,製造に着手することすらできなかったのである。
 そのため,A及びO1を除くその余の教団幹部らは,教団で製造される武器類や
細菌兵器,サリン製造プラント等がいずれも一向に成果が上がらないことを認識し
て,これらを用いた無差別大量殺りくを現実性のないものと考えていたことがうか
がわれるのであり,とりわけ,被告人は,ボツリヌス菌の散布について,金を無駄
に使い教団に大きな損害を与えたとし,また,教団の武装化についても,神懸かり
的であったと供述するなど,他の幹部以上に,その実現性に疑問を抱いて,その責
任者であったO1らをからかい冷笑する態度に出ていたことさえうかがわれるので
ある。
 エ さらに,教団では,前記中国旅行以降,Aが,軍事力を用いたクーデターへ
の意図を明確にした後も,国権の奪取について,外国の事例等の調査が命ぜられた
点を除けば,その実現に向けた戦略や戦術が策定されたり,その実現可能性や障害
を取り除くための方策等が体系的に検討された形跡は全くないのである。また,教
団内で実施された軍事訓練も,O14が供述するように,到底クーデターに必要な実
力を培うようなものではなく,自動小銃1000丁の製造も,試作品ができたにす
ぎない。さらに,ロシア射撃ツアーも,被告人やO2の各供述に照らすと,Aの意
図はともかく,その実態は物見遊山の観光旅行にとどまったのである。
 加えて,省庁制なるものも,その名称こそ我が国の官僚機構を模してはいるが,
大臣や次官以外に官職が設けられた形跡はなく,その活動も,従来の班単位による
活動状況との間に明確な変化がなかったばかりか,構成員には,国を統治し行政を
司ろうとする意識も能力も欠けており,それを担い得るような組織実体もなかった
というほかなく,したがって,国家部署としての実質を伴うようなものでなかった
ことが明らかである。
 (3) 小 括
 そうすると,前記武装革命なるものは,前記中国旅行以降にAが具体的に言い出
し,A個人としては,その思想背景となる国家権力に対する敵がい心から散発的な
テロ活動を教団信者らに様々に敢行させてはいたものの,武装革命に至る戦略ない
し確たる見通しに基づく一貫性のある戦術,更には革命後の展望について具体的に
構想された形跡がなく,教団や教団信者にも,このような武装革命を担うだけの組
織実体,意識や能力があったとは到底認められない。しかも,教団には,武装革命
なるものを実現するに足りる武器や兵器もなく,その準備も全く進展していなかっ
たのであり,被告人を含む教団幹部の大多数も,同様の認識を有していたことがう
かがわれるのである。したがって,この武装革命なるものは,要するに,A個人の
具体的な戦略や現実
認識が全く欠けた空想的な企てないし願望の範疇を超えるものではなかったと認め
られる。
 2 本件各犯行の目的について
 次に,前認定のような事実経過に基づき,本件各犯行のそれぞれの目的について
検討することとする(以下,項ごとに対象事件を「本件犯行」という。)。
 (1) B事件
 ア 教団では,本件犯行以前に,事故死した教団信者の遺体を秘密裡に教団内で
焼却していたところ(N1事件),前認定のような,その事後処理に関する話し合
いの状況,当時,教団では,富士山総本部道場が完成し,各地で支部が設立されて
信者数が飛躍的に増加し,宗教法人化の手続も進められつつあったことなどに照ら
すと,Aや教団幹部が,信者の死亡事件が公になることによって教団組織の拡大や
宗教法人化に悪影響を与えることを懸念して,このような違法行為を行うに至った
ことは明らかであり,そのため,同事件は,その後も教団内で極秘事項とされてい
たものと認められる。
 イ そして,N1事件に関わったBが,下向の意思を崩さず,Aに敵対する態度
を示したことから,その報告を受けたAが,「Bが下向した場合,N1事件のこと
が公になるおそれがある。」などと言って,その殺害を指示しているのである。し
たがって,Aは,N1事件が公になることを危惧してBの殺害を指示したものであ
り,また,被告人の公判供述からもうかがわれるとおり,被告人ら共犯者も,この
ようなAの意図を理解して本件犯行に加担したものと認められる。
 ウ そうすると,本件犯行は,教団の組織拡大や宗教法人化に支障となることを
恐れて,N1事件という教団による違法行為を知りつつ教団やAに敵対しようとす
る者を排除してその口封じを図ることを主たる目的としたものと認めるのが相当で
ある。
 エ さらに,N1事件の際に,Aが「いよいよこれはヴァジラヤーナに入れとい
うシヴァ神の示唆だな。」と述べたことなどに照らすと,N1事件及びそれに引き
続くB事件は,Aにとっても予想外の突発的出来事であったとうかがわれるのであ
り,その意味からも,本件犯行は,Aが口にしていた武装革命とは無関係であるこ
とが明らかである。
 (2) C事件
 ア 教団の宗教法人としての規則認証の取消しが危惧されるとともに,A自身が
出馬する衆議院選挙を控えていた時期に,「L1」の連載等により教団に対する社
会的批判が高まる中,Aは,「L1」編集部に赴いて猛然と抗議したり,O2に同
社屋の爆破のための下見に行かせたり,被告人らにその編集長を殺害するなどと言
って,O5に薬物を用意させたりしているのであり,Aが,社会的批判の高まり,
とりわけ「L1」の連載に対して強い危機感や怒りを覚えて,違法行為に訴えてで
もこのような批判を封じようと決意したことが優に認められる。
 イ また,Aは,これらの教団批判の背後に,被害者の会やC1の活動があると
認識していたところ,P4らから,C1が「徹底的にやります。」と言った旨報告
を受けるなどしたことから,教団の発展を阻害するものとして,被害者の会及びC
1に対する敵意ないし危機感を募らせていたことも明らかである。ちなみに,A
は,謀議の際には,「被害者の会を実質的にまとめているのはC1である。放って
おくと将来教団において大きな障害となる。」などと述べ,C1の住所が突き止め
られるや,直ちにその殺害の実行を指示して,その資金として数十万円を交付し,
さらに,犯行後には,当該事件がより高い世界に魂を移し変える「ポア」であると
称しながら,C1一家全員が低い転生を遂げたとまで述べているのである。
 ウ 以上からすると,Aが,C1の活動に敵意や危機感を募らせ,教団を守り,
教団を挙げて取り組んでいた衆議院選挙に対する悪影響を回避するために,その活
動を止めさせようとしてその殺害を決意したことは明らかであり,被告人ら共犯者
も,教団に対する社会的批判やC1の活動状況を了知した上,Aの一連の言動か
ら,その真意を理解して本件犯行に加担したことも認められる。
 なお,C1の家族については,本件犯行に際してのAの言動に照らすと,C1殺
害を遂げるためにその殺害が指示されたものにすぎず,単に巻き添えになったもの
であることは明らかである。
 (3) D事件
 Dは,戒律を破ったとされて教団から脱走した上,親しい教団信者を奪還しよう
と教団施設に忍び込み,その際,ナイフや手裏剣等の武器を所持し,出家信者に対
して催涙スプレーを掛けて抵抗したというのであり,教団に対する敵対姿勢は明ら
かであった。そして,Aは,報告を受けた直後から「これから処刑を行う。」と告
げ,謀議においても当初から殺害を提案し,その方法も催涙スプレーで窒息死させ
るという激しい苦痛を伴う残酷な方法をあえて指示し,さらに,共に侵入した元信
者のN3に対しても,解放の条件としてDを殺害することまで指示しているのであ
って,これらの事情を総合すると,Aが,自己及び教団に刃向かった者に対する私
的制裁として本件犯行を決意し,N3に対してDの殺害を指示したことを優に認め
ることができる。ま
た,被告人ら共犯者も,被告人自身の公判供述等によりうかがわれるとおり,謀議
及び犯行状況から,上記のようなAの意図を認識しながら本件犯行に加担したこと
は明らかである。
 (4) E事件
 ア Aは,本件犯行当時,既にサリン70トンを製造して東京都心に散布する大
量殺りく計画をもくろみ,サリン製造プラントの建設に取りかかっていたものであ
るが,本件犯行以前に企てられたサリンによる暗殺計画はもとより,それよりも前
に企てられていたボツリヌス菌や炭疽菌による無差別大量殺りく計画も,被告人が
瀕死に陥ったり,悪臭騒ぎを起こしただけで,何らの成果も得られておらず,サリ
ン製造プラントも,全く完成の目途が立たない状態であった。
 イ Aは,このような状況の中で,本件犯行の謀議の際に,「松本の裁判所にサ
リンをまいて,サリンが実際に効くかどうかやってみろ。」とか,「サリン70ト
ン作る価値があるのか。」などと述べたというのであり,Aが,サリンの大量製造
計画等を念頭に置きつつ,教団でひそかに製造したサリンに大量殺りくの威力があ
るかどうかを確かめる意図でサリンの散布を命じたものと認められる。
 また,教団を被告とする民事訴訟は,長野地裁松本支部で本件犯行前の平成6年
5月10日に結審し,同年7月19日に判決言渡しの予定であったところ,Aは,
謀議に際し,裁判所を標的とすることを明示していたほか,前年12月の教団の松
本支部開設の際の説法では,司法官が乱れている,正邪の判断ができなくなったな
どと述べて,教団に対する建築禁止仮処分を認めた長野地裁松本支部に対する敵意
を露わにしていることも併せ考慮すると,サリンの散布により上記民事訴訟を担当
している裁判官等を殺傷し,教団に不利益な判決の回避も意図していたことが明ら
かである。
 ウ そして,謀議に参加した被告人ら共犯者はいずれも,以上の経緯を十分承知
した上,Aの一連の言動から,その意図を認識しながら本件犯行に加担したことが
認められる。
 なお,被告人の供述中には,自分は長野地裁松本支部での訴訟の経過を知らず,
謀議の際に裁判所を狙う理由も分からなかったとするような部分もあるが,被告人
自身,民事訴訟を妨害する目的であったことを認めており,犯行前に,O14やO
15にも「松本の裁判所に裁判の邪魔をしに行く。」と述べているほか,被告人の教
団における地位,犯行当日に,被告人が自ら裁判所宿舎の所在を調べ,O1に対し
て裁判所から裁判所宿舎に標的を変更するよう提案していることにも照らすと,被
告人の上記供述を信用することは困難である。
 エ したがって,本件犯行の目的は,第1次的には,教団内で製造したサリンの
殺傷能力の確認,第2次的には,長野地裁松本支部が教団に不利益な判決を出すこ
との回避にあったものと認めることができる。
 オ なお,被告人は,サリンを70トン製造する価値があるか否かの実験とし
て,本件犯行は,理想国家であるシャンバラを作り上げる一つの手だてとして,現
在の国家体制の転覆,武装化計画と不離一体の関係にあるとか,本件犯行が成功す
れば,自分たちの考えている救済計画の一助となるなどとも供述する。
 しかしながら,松本市内でサリンを散布することが国家権力の打倒に直接結びつ
くものでないことは明らかであるし,教団の武装革命なるものが現実性も具体性も
ないものであったことは,前にみたとおりである。また,サリンの大量製造計画
も,本件犯行当時,実現の見通しが全く立たない状況にあり,そのことは,被告人
も,認めるところであって,被告人自身,本件犯行は,サリンができる目鼻が付か
ない段階で実行したもので,フライングであり,戦略的には失敗だったと述べてい
る。
 このように,本件犯行の結果がサリンの大量製造計画の実施に直結するような状
況には全くなかったのであり,結局,本件は,何の戦略も戦術もないままにサリン
の大量殺傷能力の検証に及んだもので,統治の基本秩序の壊乱を直接の目的とする
ようなものでなかったことは明らかである。
 カ また,弁護人らは,本件犯行について,裁判所を直接の攻撃対象とすること
で,公然と国家組織と制度に挑戦したものである旨主張するが,犯行後,長期間に
わたり原因不明の毒ガス事件として犯人像すら判明せず,裁判官を標的としたこと
も判然としておらず,教団も,部外者が信者を狙った犯行と主張していたという,
犯行後の状況や教団の対応に照らすと,本件犯行は,所詮は陰湿な訴訟妨害にすぎ
ないというほかなく,統治の基本秩序の壊乱を目的とするなどと評価する余地はな
かったものというほかない。
 (5) F事件
 ア Aは,本件犯行当時,教団が毒ガス攻撃を受けている,公安のスパイが潜入
しているなどと述べて,危機感を募らせていたところ,本件に際し,被告人に,F
が教団の水に毒を入れたスパイであるとして拷問を指示し,さらに,被告人から,
Fが自白しないと聞くや直ちにその殺害を指示し,その方法も,プラズマ焼却器を
用いて生きたまま焼き殺すという残虐な殺害方法をあえて指示しているのであっ
て,被告人も認めるように,Aは,当初からFをスパイと決め付けた上,教団の組
織防衛と敵対者に対する敵意から殺害を命じたことは明らかである。
また,被告人は,Fがスパイであることに半信半疑であったとも供述するが,自
ら積極的に凄惨な拷問を加えて自白を迫り,殺害行為にも積極的に加担しているの
であって,Aの上記のような意図を理解して,その意にかなう結果を出そうと努
め,指示されるままに殺害に及んだことが認められる。
 要するに,本件犯行の動機ないし目的は,教団の組織防衛とAが教団の敵対者と
目する者に対する敵意にあったものと認められる。
 イ なお,被告人は,Fは自分たちの考えていた武装革命を阻害する者であり,
大事の前の小事として排除した面も,動機の一因であったとも供述している。
 しかしながら,教団の武装革命なるものは,本件犯行当時も,具体性,現実性が
共になかった上,Fにかけられた嫌疑に照らすと,Fの存在が武装革命の実行を直
接に妨げる関係にあったわけでもない。まして,Aが,武装革命との関連でFを殺
害することを決意したことをうかがわせるような事情は皆無であり,被告人や共犯
者らも,Fがスパイであるとは信じていなかったというのであるから,本件犯行
が,武装革命を念頭に置いて敢行されたものとは到底認められない。
 (6) G監禁事件
 犯行に至る経緯及び犯行状況,共犯者らの教団内における所属部署等に照らす
と,本件犯行は,被告人が大臣を務める自治省がその所掌事務としていた破戒等問
題のある信者に対する処遇の一環,すなわち,被告人は,Gを脱走傾向のある信
者,あるいは違法薬物の使用や信者の事故死等といった教団が隠しておきたい秘密
を知っているために下向を認めることのできない信者と認識した上,自治省大臣の
職責として,本件犯行に及んだものと認めることができる。したがって,本件犯行
の目的は,あくまで出家信者の下向の阻止にあり,武装革命と何らの関係もないこ
とは明らかである。
 (7) VX事件
 ア H1VX事件
 Aの謀議の際の発言内容に加え,VXによるT9弁護士暗殺計画が失敗に終わっ
た経緯にも照らすと,Aは,N4による訴訟を妨害し,N4を教団に呼び戻すため
に,H1を教団の活動の障害とみなして排除し,併せてVXの殺傷能力を確かめる
意図で本件犯行を指示したこと,そして,被告人ら共犯者は,このようなAの意図
を十分認識しながら本件犯行に加担したことは明らかである。
 したがって,本件犯行の目的は,教団の活動を妨げていると思われる者を排除す
るとともに,VXの殺傷能力を検証することにあったものと認められる。
 イ H2VX事件
 Aの謀議の際の発言内容に加え,Aがそれ以前から教団内に公安等のスパイがい
るとして妄想的に危機感を募らせており,H2については問題行動のある信者を操
っているかのような報告を受けていたことからすると,Aは,H2を公安のスパイ
と決め付け,教団の組織防衛や敵対者に対する敵意から殺害を命じたことは明らか
である。また,そのような経緯を知る被告人ら共犯者は,Aの発言内容から,Aの
意図を十分認識しながら本件犯行に加担したものと認められる。
 したがって,本件犯行の目的は,教団の組織防衛ないし敵対者に対する敵意か
ら,教団に対する公安警察のスパイと思われた者を排除することにあったものと認
められる。
 ウ H3VX事件
 Aは,かねてから被害者の会やH3個人に対する激しい敵意を募らせており,H
4についても,信者の脱会を促す活動をしているなどと聞き及んで,同様に敵意を
募らせた結果,H3又はH4の殺害を命じたことは明らかである。また,被告人ら
共犯者は,被告人も供述するとおり,従前の教団と被害者の会との関係やAの一連
の言動から,AのH3らに対する敵意を十分認識しながら本件犯行に及んだものと
認められる。
 したがって,本件犯行の目的も,教団の組織防衛ないし敵対者に対する敵意か
ら,教団の活動を阻害する者を排除することにあったものと認められる。
 エ VX事件全体について
 (ア) 以上のとおり,前記各VX事件の目的は,主として,教団に敵対し若しく
は教団の活動を阻害し,又はAがそのように考えた者を短絡的に排除しようとする
点にあり,その前後の各暗殺計画の目的も同様のものであったと認められる。
 (イ) ところで,Aは,H1VX事件の後,「神々の世界に行くためには,人を
ポアしまくるしかないんだ。」などと述べ,H3VX事件の前には,「100人ぐ
らい教団に反対している人物が変死すれば誰も逆らわなくなる,1週間に1人ポア
するのをノルマにしようか。」などと述べて,教団に敵対する者を連続して暗殺す
る意向さえ示している。また,被告人も,Aのこれらの言葉から,一連のVX事件
は,シャンバラを作るためのヴァジラヤーナの手段の一環として利用されると考え
ていたとも供述している。
 しかしながら,一連の暗殺計画は,前に認定したところからも明らかなように,
相互に関連するものではなく,その理由もそれぞれに独立固有のものであって,一
貫した目的の下に敢行された犯罪とは認め難い。しかも,教団の敵対者が連続して
不審な死を遂げた場合,教団に嫌疑が掛けられることは明らかであるのに,このよ
うな影響を真摯に検討した形跡も皆無である。
 そうすると,以上のVXを用いた一連の事件は,その時々の状況に応じた場当た
り的な犯行の積み重ねにすぎないとみるほかなく,被告人が述べるように武装革命
と直結するものとは到底認められないのである。
 (8) I事件
 ア 教団では,I事件までに,前認定のような数多くの違法行為を累行してきて
いた。しかも,リムジン謀議のころには,サリン製造プラントを建設中であるほ
か,違法薬物等を使った修行を日常化させ,さらに,J事件を敢行して監禁した被
害者を死亡させていたのであるから,警察による強制捜査があった場合,教団が累
行してきた犯罪行為が多数発覚して,壊滅的な打撃を受ける可能性があったことは
明らかである。また,平成7年1月1日の新聞報道があるや,教団は,サリン等の
処分を行い,サリン製造プラントの一部を解体し,リムジン謀議の際にも,違法薬
物等を使った修行を当面中止する旨の指示を出すなど,違法行為の隠蔽に奔走して
いたものである。さらに,Aは,阪神大震災により強制捜査が延びたと話したり,
強制捜査の矛先をかわ
そうとして石油コンビナートの爆破計画を口にするなど,教団への強制捜査が迫れ
ばこれを回避するために大事件を起こそうと考えるに至っていたことがうかがわれ
る。
 イ さらに,リムジン謀議の当時には,J事件について教団の関与が疑われる旨
大きく報道され,教団では,警察の強制捜査が近く実施されるのではないかとの緊
張が高まっていた中,Aは,リムジン謀議において,強制捜査を避ける方法は何か
ないのかと意見を求めた上,本件犯行を指示したものである。
 ウ したがって,Aは,J事件等の教団の行った犯罪行為について近い将来教団
に強制捜査が入るとの危惧を強め,J事件のほか,サリンの製造等の教団内で行わ
れていた違法行為やE事件等の教団が敢行してきた累次の犯罪行為の露見を恐れ,
阪神大震災に類する大事件を起こして警察の目をそらし強制捜査を阻止しようと考
え,本件犯行を指示するに至ったことは明らかである。
 そして,リムジン謀議に立ち会って直接にAの指示を受けたO1,O6及びO
13はもとより,被告人を含む本件犯行の実行役及び運転手役の共犯者らにおいて
も,O1又はO6から,本件犯行が強制捜査を阻止するために行われることを知ら
され,Aの意図を十分理解しながら本件犯行に加担したものである。
 エ(ア) この点,弁護人らは,本件犯行が多くの省庁等のある霞が関を標的とし
てサリンがまかれたことを根拠に,国家の中枢組織に大きなダメージを与えること
が本件犯行の主要な目的があった旨主張し,O6も,当公判廷において,ハルマゲ
ドンを起こすことが人類の救済と考えて本件犯行を敢行したのであり,単に強制捜
査を免れることだけが目的ではなかったと理解していた旨供述している。
 (イ) しかしながら,事件関係者の供述を総合すると,本件犯行の実行役らの多
くは,警察関係者に打撃を与えるために霞が関にサリンをまく旨の説明を受けた
上,そのために,g地下鉄h駅の出口の中で警視庁に最も近い出口を調べ,その出
口で降りる人が最も多く乗車していると思われる車両をサリン散布の場所として決
定していることが認められるのであり,警察を直接の標的とするものであったこと
は明らかである。
 また,O6の供述するようなリムジン謀議の様子に照らしても,Aは,P1に対
し,国家権力と正面から対決するのはその年の11月ころとの見通しを示した上,
O6らに対し,サリンをまいた場合,強制捜査は延びると思うかと尋ねているので
あって,強制捜査を念頭に置いた話し合いであったと優に認められる。さらに,A
は,リムジン謀議の際,強制捜査を阻止する方策として,教団に好意的な宗教学者
の自宅に爆弾を仕掛けたり,教団のZ総本部道場に火炎瓶を投げこんで世間の同情
を買うことを指示し,いずれも本件犯行の前日に,O6らにより実行されているの
である。
 加えて,Aらが本件犯行後の見通し等について話し合いをした形跡が全くない
上,地下鉄のh駅という狭く限られた空間内でのサリンの散布は,教団で企てられ
ていた無差別大量殺りくとは規模や方向性を大きく異にするものである。
 これらの事情に照らすと,本件犯行の目的は,国家の中枢組織に大きなダメージ
を与えることまで念頭に置くものではなく,目前に迫った強制捜査を一時的にでも
延期あるいは取り止めにすることにあったものと認めるのが相当である。
 (ウ) なお,弁護人らは,本件犯行が直接には強制捜査の阻止を目的としていた
としても,単なる一時しのぎとして敢行されたものではなく,国家権力に対し,第
2次,第3次の攻撃を仕掛けるための時間的余裕を得るために行われたものであっ
て,武装革命に向けた次なる攻撃のワンステップとなる事件であったとも主張す
る。
 しかしながら,前認定のようなリムジン謀議のやりとり等に照らしても,本件犯
行当時,教団が国家権力を積極的に破壊するための現実的な方策を立案したり,次
の大規模な攻撃を具体的に計画していたとは到底認められない。したがって,本件
犯行は,強制捜査を一時しのぎ的に回避することを目的とするものとみるほかはな
く,統治の基本秩序を壊乱することを目的とするものとはいえないのである。
 (9) P2蔵匿事件
 被告人は,J事件が教団の犯行であること,教団施設に強制捜査が入ったこと,
そして,P2が同事件で指名手配になったことを認識しながら,O21に対して本件
犯行を指示したものであるから,本件犯行の目的は,P2が逮捕され,J事件が教
団の犯行であると発覚することを防ぐ点にあったものと認められる。
 3 結 論
 (1) 以上のとおり,Aは,無差別大量殺りくによって国家機構や社会秩序を破壊
し,軍事力の行使によって国権を奪取するという武装革命を企図していた面もあ
り,その指導下にあった教団において,そのような企図に沿って武装化,軍事化し
ようとする一連の流れがあったことも否定できないのであり,本件各犯行のうちA
が無差別大量殺人を指示したE事件及びI事件の動機としては,この武装革命なる
ものの思想背景となったA個人の国家権力に対する敵がい心があったこともうかが
われる。
 (2) しかしながら,この武装革命なるものの内実は,A個人の具体的な戦略や現
実認識を欠いた空想的な企てないし願望の範疇を超えるものではなかったというべ
きであり,本件各犯行も,一貫性のある目的や戦略に基づく一体の犯罪ではなく,
それぞれがその時々の状況に応じた個別の動機ないし目的に基づく全く別個独立の
犯行であったと認められる。そして,本件各犯行の目的は,教団の組織防衛という
点では共通しているものの,E事件のように,サリンの殺傷能力を検証するととも
に教団を被告とする民事訴訟を妨害したり,I事件のように,強制捜査を阻止した
り,B事件,C事件,D事件,F事件及び一連のVX事件のように,教団やAに敵
対する者又はそのようにAが考えた者を殺害して排除しあるいは私的制裁を加えた
り,G監禁事件のよ
うに,出家信者の下向を阻止したり,P2蔵匿事件のように,教団による犯罪行為
の発覚を防いだりしようとしたものであって,いずれも朝憲紊乱,すなわち,憲法
の定める統治の基本秩序を壊乱することを直接又は間接を問わずその目的として敢
行されたものとは到底認められないのである。
 (3) したがって,本件各犯行について内乱罪が成立しないことは明らかであり,
この点に関する弁護人らの主張は採用できない。
第2 I事件における幇助犯の主張について
1 弁護人らの主張
 弁護人らは,I事件において,被告人は,実行役であるO21の送迎を行ったにす
ぎず,犯行の謀議にも参加していない,すなわち,犯行の立案には関与していない
し,計画が具体化する過程も知らない,また,犯行の主要部分である実行日時,サ
リンの散布方法,実行役の指定及び任務分担,運転手役と実行役との役割の分担等
については,W5アジトにおける最終確認以前に決定されていたのであって,最終
確認は犯行全体の謀議とはいえない,しかも,運転手役の事件への関与は従属的と
評価すべきであるから,被告人には殺人罪又は殺人未遂罪の幇助犯が成立するにす
ぎない旨主張する。
 2 当裁判所の判断
 そこで,前認定のような犯行に至る経緯及び犯行状況に基づき検討を加えること
とする。
 (1) 被告人の果たした役割等
 ア(ア) 被告人は,実行役であるO21の運転手役として本件犯行に加担している
ところ,当公判廷において,犯行前日の平成7年3月19日昼ころに,O23から,
O1からの指示としてメモを示され,O22及びO23と共に東京に赴いたが,その日
の夜に,W5アジトの小部屋でO6から話を聞くまでは,本件犯行については何も
知らなかった旨供述している。
 (イ) この点,検察官は,被告人が監視役ないし総合調整役として本件犯行に加
担した旨主張し,O17も,被告人の姿を見て,自分たちの監視に来たと思った旨,
その他の者も,被告人の存在に違和感を感じたなどと供述している。また,被告人
は,本件犯行当時,正悟師長のステージを与えられて,教団内では,A,P3,O
1,Aの3女,P4及び011に次ぐ高い地位にあったことが認められる。
 しかしながら,被告人が本件犯行に加わることになったのは,同月19日昼こ
ろ,O1及びO6がAに運転手役について相談した結果,Aが指示したことによる
ものと認められるのであり,Aが,当初より,被告人を加わらせる意図であったと
までは認められない。また,被告人は,当時,Aから,下積みをやり直す必要があ
るなどと言われて,専ら支部活動等に携わっていたと述べており,この供述を覆す
に足りる証拠は存在しない。
 (ウ) そうすると,上記のような被告人の教団内での高い地位や共犯者らの受け
た印象をもってしても,被告人の本件犯行への関与の程度に関する上記供述の信用
性を左右するに足りるものとはいえないのであり,被告人が本件犯行において果た
した役割は,その供述するとおり,O21の運転手役にとどまり,O22やO23と同様
に,何の予備知識もなくW5アジトに赴いたものと認められる。
 イ もっとも,本件犯行では,g地下鉄h駅を通る複数の路線で同時多発的にサ
リンの散布を実行し,同駅周辺を大混乱に陥れることが目的とされていたところ,
決められた時刻に5本の電車内で一斉にサリンを散布するという犯行計画を円滑に
実現するためには,実行役を決まった時間までに確実に乗車駅等へ送り届けること
が必要不可欠であった。また,犯行後も,地下鉄の駅から出てきた実行役を速やか
に現場から逃走させる必要がある上,実行役がサリンに被曝するなどして早急に救
護を受けさせることが必要となる事態も十分に想定できたのである。
 したがって,本件犯行計画の遂行に当たり,運転手役も必要不可欠なものとして
重要な役割を担っていたことは明らかである。そして,このことは,被告人ら運転
手役として選ばれた5名がいずれも古参の信者である上,一定水準以上の運転技術
を有していたことからも裏付けられるのである。
 (2) 最終確認の意味
 ア 最終確認の状況について,被告人は,O6が,強制捜査の妨害のために物を
まくとした上,地下鉄の路線図や駅の構内図等を示しながら,実行役と運転手役の
組み合わせ,担当路線,実行する駅,乗車すべき電車の位置などを指示し,官公庁
又は警察方面に行く者がその車両から降りるはずであるなどと説明し,実行役1人
当たりの散布するサリンの量が1リットルに増えること,一斉にまかないと実行役
が逃げられなくなるため犯行時刻を午前8時に統一することなどを明らかにした旨
供述しているところ,共犯者であるO7,O17,O19,O21らもほぼ同様の供述を
している。また,O6は,本件犯行の直前に正悟師に昇格したばかりで,ステージ
としては被告人に劣後したものの,前認定のような本件犯行当時の被告人とAとの
関係,当初のリムジン
謀議からO1と共に本件犯行の謀議に加わり,Aから直接に指示を受けながら随時
共犯者らにその指示を伝えていたというO6の本件犯行への関与状況や,これと同
時並行的にその他の違法活動も積極的に遂行していたというO6の当時の活発な活
動状況等に照らすと,このようなステージの違いは,O6から指示を受けた旨の被
告人の供述に抵触するものとはいえない。したがって,被告人の上記供述は,高い
信用性を認めることができる。
 これに対し,O6の公判証言の中には,最終確認においてO6が共犯者らに対し
て指示したことを否定する趣旨の部分もあるが,他の共犯者らの供述に反するだけ
ではなく,上記のようなO6の本件犯行への関与状況等に照らしても,O6の上記
証言部分をそのまま信用することは困難である。
 イ そこで,被告人の供述等を前提に検討を進めるに,O1は,O23らに対して
具体的内容を伝えることもなく,東京に着いたらO6に連絡するようにとだけ指示
して出発させており,そのため,被告人,O22及びO23はいずれも,犯行の具体的
内容を全く知らされずにW5アジトにおける最終確認に臨まざるを得なかったので
あって,このことは,O6がこれらの者に対して犯行の細部を指示することが当初
から予定されていたことをうかがわせるものである。そして,被告人の供述を中心
とする共犯者らの供述から認められる最終確認の状況に加え,前示のような本件犯
行における運転手役の役割の重要性も併せ考慮すると,この最終確認は,被告人ら
新たに加わった運転手役に対して翌日の行動を具体的に指示することも併せてその
目的としていたものと
優に認定することができる。ちなみに,被告人は,最終確認の際に,O6が,実行
役には路線の担当等について特に説明しなかったが,運転手役に対しては具体的に
説明していた旨供述しているのである。
 さらに,本件犯行は,異なる地下鉄の路線で一斉にサリンを散布するというもの
であり,実行役及び運転手役の全員について,犯行時刻はもとより,実行役が乗車
する位置や降車駅についても確認して遺漏のないようにしておく必要性が高かった
というべきところ,本件犯行に関し,その全員がそろって犯行計画全体の打ち合わ
せをしたのは,この最終確認の場しかなかったのであり,前示のような最終確認の
状況も併せ考慮するならば,この最終確認が,運転手役及び実行役の全員について
最終的に意思の統一を図り,翌日の犯行を計画どおり確実に実行するために実施さ
れたものであるということもできる。
 ウ そうすると,この最終確認は,本件犯行について,被告人,O22及びO23が
他の共犯者ら全員と初めて意思の連絡を遂げ,実行役及び運転手役全員の最終的な
意思統一を図るなど,本件犯行を計画どおり確実に実行する上で重要な意義を有し
ていたことが明らかであるから,本件犯行における謀議としても重要なものであっ
たと認めるのが相当である。
 (3) その他被告人の加担状況
 さらに,被告人は,本件犯行に際し,単なる運転手役にとどまらず,犯行に使用
する車の調達や犯行後に実行犯の着用した衣類等を焼却するなどの証拠隠滅工作を
行ったほか,送迎に際しても,実行役のO21を確実に送迎できるよう自らの判断で
送り先の駅を変えたり,新聞の購入等の犯行の準備を手伝い,さらに,O21が犯行
に及んでいる間には証拠物件の処理のために自主的にゴミ袋やペットボトル等を購
入するなどしているのである。
 この点,被告人は,運転手役を担当させられて下積みと思ったとも供述するが,
被告人の本件犯行への加担状況,犯行後の興奮状態等に照らすと,被告人は,確実
に本件犯行が遂行できるよう様々に配慮して自己に与えられた役割を忠実かつ積極
的に実行したことは明らかである。
 (4) 結 論
 以上みてきたような本件犯行における運転手役の役割,最終確認の意味,被告人
の本件犯行への加担状況,さらに,AやO1の指示から最終確認に至る共同実行の
意思の形成過程等をも総合すると,被告人は,最終確認において本件犯行の謀議に
加わった後,自己の犯罪として本件犯行に積極的に加功したものと認められるか
ら,被告人が本件犯行全体について共謀共同正犯の罪責を負うことは明らかであ
り,この点に関する弁護人らの主張も採用できない。
第3 適法行為の期待可能性の主張について
 1 弁護人らは,被告人について,Aの指示に従い,グルであるAに対する帰依
の実践として本件各犯行を行ったものであるが,教団の教義上,グルに対しては,
絶対的かつ完璧な帰依が求められていたから,被告人には適法行為の期待可能性が
なかった旨主張する。
 2 しかしながら,前認定のように,被告人は,Aから犯行を指示された際に,
その指示がすべて正しいと考えていたのではなく,被告人なりに抵抗感があった
り,Aが説明する犯行の理由に疑問を抱くようなことがあったというのに,教団内
の自分の立場やAとの関係を考慮して,これらの疑問や抵抗感を封じ込め,自ら犯
行に加担することを決意して,常に積極的に犯行を敢行し続けたものである。した
がって,被告人としては,その所属する教団の利益や自らの立場,その帰依すると
称するAとの関係を優先させることによって,あえて適法行為を選択しなかったと
いうほかなく,本件各犯行に際して,被告人が自由意思に基づき適法行為を自己決
定することが不可能になる極限的状況に追い込まれるような事情,すなわち,適法
行為の期待可能性が否
定されるような事情は全くなかったというべきであるから,この点に関する弁護人
らの主張も採用できない。
第4 死刑制度の合憲性について
 1 弁護人らは,現行の死刑制度は,憲法36条の規定する残虐な刑罰に該当
し,幸福追求権を定めた憲法13条にも違反する上,これを正当化する実質的な理
由も認められないから,被告人に死刑を言い渡すことは許されない旨主張する。
 2 しかしながら,死刑及びその執行方法を含む現行の死刑制度が,残虐な刑罰
に当たらず,憲法13条にも違反しないことは,最高裁判所の累次の判例が示すと
ころであるところ(昭和23年3月12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁,昭
和26年4月18日大法廷判決・刑集5巻5号923頁,昭和36年7月19日大
法廷判決・刑集15巻7号1106頁等),近時の死刑制度をめぐる国際的趨勢,
その他弁護人らの指摘する諸事情を十分考慮しても,当裁判所は上記判例と見解を
同じくするものであり,その変更の要を見出すことはできない。
 したがって,この点に関する弁護人らの主張も採用できない。
第5 結 語
 以上のとおりであって,弁護人らの主張は,いずれも理由がなく採用することが
できない。
【量刑の理由】
 1 本件は,教団(X教)の最高幹部の1人であった被告人が,教団の代表者で
あるAや他の教団幹部らと共謀するなどして,脱会の意思を表明していた出家信者
を教団施設内で殺害した殺人(判示第1,B事件),教団批判の先頭に立っていた
弁護士を妻子もろとも殺害した殺人(判示第2,C事件),教団施設内に侵入した
元出家信者を殺害した殺人(判示第3,D事件),無差別大量殺人のため深夜の松
本市内でサリンを散布して,7名を殺害し,4名に傷害を負わせた殺人,殺人未遂
(判示第4,E事件),公安警察のスパイとの疑いをかけられた出家信者を殺害
し,その遺体を焼却した殺人,死体損壊(判示第5,F事件),在家に戻りたいと
脱走した信者を長期間教団施設内に拘束した監禁(判示第6,G監禁事件),教団
の敵対者とみなす人物
をVXを用いて次々に暗殺しようとして,1名を殺害し,2名に傷害を負わせた殺
人,殺人未遂(判示第7,H1VX事件。判示第8,H2VX事件。判示第9,H
3VX事件。総称してVX事件),不特定多数の乗客等を殺害するため朝の通勤時
間帯に東京都内の地下鉄3路線5本の電車内に一斉にサリンを散布して,12名を
殺害し,14名に傷害を負わせた殺人,殺人未遂(判示第10の1ないし5,I事
件),全国に指名手配された教団信者をホテル等に匿うなどした犯人蔵匿,犯人隠
秘(判示第11,P2蔵匿事件)の各事案である。
 本件各犯行は,出家信者に家族との絶縁を強いるなどして社会との軋轢を深めた
教団が,ハルマゲドンが迫っている,教団を弾圧する国家権力等に対抗する必要が
あるなどと説いて,サリン等を製造するなどの武装化を進め,やがて排他的で危険
極まりない狂信的で反社会的な犯罪集団としての性格を明確にするに至った一連の
過程において,指導者であるAの指示であれば,殺人すらも,悪業を積んだ者の魂
を高い世界に転生させる救済になるなどとする極めて危険な教義を背景に,衆生の
救済を標榜して,被告人を始めとする教団信者らにより相次いで敢行された一連の
犯行である。このように,本件各犯行は,教団の反社会的な組織体質及び人間性を
無視した教義内容に根ざすものであり,かつ,Aやその教義に帰依する多数の信者
が関与して歯止めな
く多数回にわたり実行された,組織的,計画的で累行性の高い犯行である。さら
に,教団に敵対する者ばかりでなく,Aの意に添わない者,更には教団に属しない
すべての人々の生命や自由,権利や生活,意思や感情を全く顧みることなく,か
つ,教団の組織防衛のためには手段を選ばず無軌道に敢行された,誠に非人間的か
つ独善的な犯行であって,その態様,結果ともに犯罪史上稀にみる凶悪かつ重大な
犯罪群である。
 しかも,本件各犯行は,解脱や人類の救済を説き,現代社会の矛盾や人生の疑問
に悩む多くの人々が救済を求めた宗教団体が,その教義の実践と称して,残虐非道
な犯行,とりわけ無差別的なテロ行為を繰り返したものであって,我が国の社会に
与えた衝撃や恐怖感はもとより,世界全体に与えた衝撃も誠に大きく,我が国の安
全に対する信頼を大きく揺るがすものであったことがうかがわれる。
 そして,被告人は,最古参の信者であり,かつ,教団の最高幹部の1人として,
教団が関与した数多くの違法行為の中でもとりわけ殺人等の最も凶悪な部分に終始
積極的に加担したものである。
 2 以下,個別の犯行について,被告人の犯情を順次検討する(以下,項ごとに
対象事件を「本件犯行」という。)。
 (1) B事件(判示第1の犯行)
 ア(ア) B事件は,Aの指示の下,被告人ら教団信者らが,脱会の意思を表明し
た同じ教団信者のBが一般社会に戻った場合,事故死した別の信者の遺体を秘密裏
に焼却して処分したというN1事件が露見するなどして,教団組織の拡大や宗教法
人化に重大な支障となることを恐れて,教団やAに敵対する者を排除してその口封
じを図るためにBを殺害したものである。このように,教団の違法行為を隠蔽し教
団の利益を守るためにはBの生命を奪うことも厭わないというAや被告人を始めと
する共犯者らの動機ないし姿勢は,冷酷で非人間的かつ自己中心的なものである。
 (イ) この点,被告人は,謀議の際に,Aから「ポアするしかない。」と殺害を
指示されて,Bが悪業を積む前に殺害した方がその転生の観点からも望ましいと考
え,より高い世界に魂を移し変える意味の「ポア」と考えて本件犯行に加担するこ
とを決めたなどとして,本件犯行には教義上の積極的な意義があると信じていたか
のような供述もしているところ,ポアに関するAの説法内容等を背景として,被告
人らがそれぞれに本件犯行を正当化し自らを納得させる上でこのような宗教的意義
付けに頼ったこともうかがわれる。
 しかしながら,被告人は,謀議の当初は,Aが本当に殺人を決意しているのか半
信半疑であった,殺害を命ぜられた後も,BがO2の説得に応じて翻意しておれば
殺害しなかったと思う,本件犯行後に茫然自失となって激しく動揺したなどとも供
述している。すなわち,被告人としても,本件犯行には教義上積極的に実現すべき
価値があるとして本件犯行への加担を決意したものとまでは認められないのであ
る。
 したがって,被告人の上記供述は,本件犯行の目的に関する前記認定を左右する
ものではない。しかも,Aが口を閉ざし,他の共犯者らも本件犯行の正当性を否定
するに至った現在もなお,このように自己の正当化を図ろうとし続ける被告人の姿
勢は,非業の死を遂げたBの無念さやその遺族の心境を思うとき,本件犯行の悪質
さや自ら犯した罪の重大さを直視しようとしないものとして,厳しい非難に値す
る。
 イ また,犯行の態様についてみても,被告人らは,コンテナ内に閉じ込められ
手足を縛られて抵抗できない状態にあったBに対し,更に目隠しをし,「尊師のと
ころに行きましょう。」と言って油断させた上,いきなりロープをBの頸部に巻い
て左右から4人がかりで絞め付け,さらに,被告人が,必死に暴れて抵抗するBの
頭部を両手で上下から挟むようにして押さえ付けた上,その頸部を強く捻るなどし
てとどめを刺しており,その態様は,卑劣かつ一方的で,あくまでもBを殺害しよ
うとする誠に執ようかつ残忍なものである。
 ウ Bは,出家までして教団やAを信じていたところ,在家に戻りたいとの思い
を抱いたばかりに,同じ教団信者で修行の先達でもあった被告人らによって,わず
か21歳という春秋に富む若さでいきなり無惨にもその生命を奪われており,その
感じたであろう恐怖感や無念さは計り知れないものがあって,結果は重大である。
もとより,Bが,コンテナ内に拘束されて四六時中無理やりAの説法テープを聴か
せられる中で,Aを殺してやるなどと口走ったことがあったとしても,それが,こ
のように残忍な殺害を甘受すべき落ち度と評価できないことはいうまでもない。
 エ さらに,被告人らは,殺害後,Bの遺体をドラム缶に入れ,骨を溶けやすく
するために酢まで入れて,数時間にわたり灯油で焼却した上,その遺灰を教団施設
内にまき散らしている。しかも,本件の発覚が犯行から数年を経過した後であった
こともあって,Bの遺族は一片の遺骨や遺灰すらも手にすることができず,その命
日さえ確定できない状態が続いており,その被った衝撃や悲嘆の深さは察するに余
りあるが,被告人は,何らの慰謝の措置も講じようとしていないばかりか,前記の
ように自己の正当化を強弁し続けているのである。
 オ そして,被告人は,本件犯行の際に,自らロープを準備し,Bに目隠しをし
た上,他の共犯者らと共にロープを引っ張っただけでなく,苦しんで暴れるBに対
し,自らその頸部を捻ってとどめを刺しているのである。このように,被告人は,
他の共犯者らより積極的に実行行為を行い,B死亡の結果実現に向けて最も力を尽
くしたものであって,他の実行犯と比較しても,被告人の責任は重大というべきで
ある。
 (2) C事件(判示第2の各犯行)
 ア C事件は,Aの指示の下,被告人ら教団信者らが,教団の在り方を批判する
運動を積極的に進めてきたC1の活動に対する敵意や危機感を背景として,教団を
守り,教団を挙げて取り組んでいた衆議院選挙に対する悪影響を回避するためにそ
の活動を止めさせようとして,C1を殺害したものであるところ,もとよりC1の
活動内容には何ら非難を受けるべき事情は見出せない。にもかかわらず,Aや被告
人らは,批判の対象とされた教団の問題点を省みることもなく,C一家3名を皆殺
しにするに及んでいるのであって,正当化する余地は全くなく,人倫に反する短絡
的で誠に独善的な犯行である。とりわけ,C1が在宅することが判明するや,A
は,即座に,家族もろとも皆殺しにするよう計画を変更し,被告人らも,若干の躊
躇は覚えながらも,特
段の疑問や異論を差し挟むことなくその指示に従ったものであって,人命軽視も甚
だしく冷酷無比な犯行である。
 イ また,被告人らは,首謀者であるAとの間で,犯行の具体的方法,役割の分
担,犯行後の罪証隠滅方法まで謀議を遂げた上,犯行に使用する自動車,薬物,変
装用の衣類等に至るまで事前に用意し,手分けして長時間にわたり待ち伏せし,C
方の様子をうかがうなどして犯行に及んだものである。したがって,その間に,C
1の帰宅途中を襲うという当初の計画が,深夜C方に入り込んで家族も一緒に殺害
することに変更されたという経緯はあったものの,周到な準備に基づく組織的,計
画的な犯行というべきである。
 ウ 犯行の態様についてみても,武道の心得のある者を含む被告人ら屈強な男6
名が,深夜寝静まった中を大挙してC方に忍び込み,いきなり就寝中のC1ら3名
に襲いかかって押さえ付け,必死に抵抗するC1やC2に対して,こもごも殴打
し,塩化カリウムを注射し,首を絞めるなどし,さらに,抵抗できるはずもないわ
ずか1歳のC3に対しても首を絞めるなどの暴行を加えて,いずれも絶命させるに
至ったものである。このように,犯行態様は,確固たる殺意に基づく苛烈かつ執よ
うで凶暴かつ残忍なものであり,最も安全であるべき居宅内で深夜に無防備の被害
者らを突然襲うなど,卑怯かつ陰湿でもあり,その状況は言いようもなく凄惨であ
る。
 エ さらに,被告人らは,犯行後,C1ら3名の遺体を布団ごと搬出し,官憲か
らの発覚を免れるため,あえて3名の遺体をそれぞれ別の県の山中に埋め,歯形か
らの人定を防ぐためにC1の遺体の歯につるはしを振るったり,3名の着衣や布
団,犯行時使用した車のシートを焼却するなどした上,犯行時に手袋をしていなか
った共犯者には手術を施して指紋を消去することまでしている。
 このように,被告人らが徹底的な罪証隠滅工作に及んだため,3名の遺体が発見
されるまでに本件犯行から5年以上も経過することとなり,遺体はいずれも死蝋化
し,一部は白骨化するに至っていた。しかも,Aや被告人を含む教団幹部らは,教
団に対する追及をかわすため,犯行後間もなく外国に脱出した上,教団の関与を否
定する記者会見を行っただけでなく,C1らの失踪は,教団にダメージを与えよう
とした者の仕組んだ陰謀であるなどと主張し続けたのであって,犯行後の教団や被
告人らの対応も,卑劣で厚顔かつ恥知らずなものである。
 オ もとより,本件は,結果においても誠に重大である。
 (ア) C1は,昭和62年4月,高校時代からの夢であった弁護士となって活動
を開始し,妻C2との間に昭和63年8月に長男C3を授かり,両名にとっては正
に人生の新たな出発を切ったばかりであった。しかるに,C1らは,自宅内に深夜
突然侵入してきた被告人らによって就寝中を襲われ,いきなり前記のような苛烈か
つ執ような暴行を加えられており,その受けた肉体的苦痛はもとより,その衝撃や
恐怖感は想像に難くない。しかも,C1やC2が必死に抵抗し,さらに,C2が
「子供だけはお願い。」と懸命に幼子の助命を求めたにもかかわらず,家族3名が
共に無惨にも殺害されるに至ったのであって,C1やC2の無念さは計り知れず,
また,生後わずか1年2か月余りでその生命を絶たれたC3も,痛ましい限りであ
る。
(イ) 本件犯行後,C1らの遺族は,数年にわたって3名の安否すら分からない
状態に置かれたため,精力的に救出活動を行い,C3が学齢に達する時期には,い
つでも復帰できるよう小学校の入学式に出席するなど,3名の生存のみを願い,物
心両面の多大な負担に耐えた挙げ句に,3名が変わり果てた姿で発見されるという
最悪の悲報に接したのであって,その精神的打撃や悲しみの深さも多大のものがあ
る。そして,C2の父親は,当公判廷に出廷した上,当然死刑であってしかるべき
である,それ以外にはあり得ない旨述べて,被告人に対する峻烈な処罰感情を示し
ているのである。
 (ウ) しかるに,被告人は,現在に至るまで何らの慰謝の措置を講じようとしな
いばかりか,当公判廷において,被害者の遺族はそのような憎しみの感情を持つが
ゆえに苦しんでいるなどと強弁して,自らの罪深さや自らの手で引き起こした悲惨
な事態,それが遺族に与える衝撃や苦痛から目を背け,あえて遺族の心情を殊更傷
付けるような態度に終始しているのである。
 (エ) また,本件は,弁護士一家が突然行方不明になったとして,社会的に大き
な関心を集めた末に,弁護士としての業務が原因となって,一家全員が惨殺されて
いたことが明らかになったものであり,社会や法曹界に与えた衝撃や不安感も決し
て看過できないものがある。
 カ ところで,被告人は,自分がC1の殺害を承諾したのは,同人にこれ以上悪
業を積ませずに,グルとの縁を生じさせ,より良い転生を遂げさせるためであり,
その家族の殺害を承諾したのは,どのような形であれ,Aと縁ができれば解脱への
近道である旨思ったからであるなどと述べて,本件犯行にも教義上積極的な意義が
あり,そのためあえて犯行に及んだかのような供述をする。
 しかしながら,Aは,犯行後,被告人ら実行犯に独房修行を命じて他の信者と隔
離した上,C一家の家族も悪業を積んでいたとして,事後的に本件犯行を正当化す
る趣旨の説法を聞かせたり,六法を持ち出して,犯行が露見すれば全員死刑になる
旨告げたりしたほか,犯行後に下向したO3から,本件犯行を暴露する姿勢を示さ
れるや,「いくら欲しいんだ。」などと言って830万円という大金を支払うな
ど,なりふり構わぬ口止め工作に及んでいる。さらに,前にみたような犯行態様の
凶暴さや残忍さ,犯行後の徹底的かつ執ような罪証隠滅工作も併せ考慮すれば,A
のみならず被告人らにおいても,本件犯行がいかなる意味でも正当化する余地がな
いと認識していたことが強くうかがわれる。
 そのうえ,被告人は,当公判廷において,C方に入るときに躊躇を捨てたなどと
述べて,それ以前には殺害行為に及ぶことについて躊躇を捨て切れなかったことを
うかがわせる供述をしているほか,犯行後は精神状態が不安定になったことも認め
ているのであって,被告人の供述を前提としても,被告人が自己の行為に積極的な
意義があるとの確信をもって犯行に及んだものでないことは明らかである。しか
も,Aと縁ができるという説明は,結果的にそうなるというにすぎず,C2やC3
を殺害すべき積極的な理由付けとなり得るものではない。
 結局,被告人の上記供述もまた,自己の行為を正当化し自らを納得させるために
事後に作出した弁解にすぎず,本件犯行の目的に関する前記認定を左右するもので
ないことはもちろん,被告人自身も,このような理由から本件犯行への加担を決意
したものとは到底認められないのである。
 キ そして,被告人は,Aとの謀議から犯行後の罪証隠滅工作まで,本件犯行に
終始一貫して関与しているところ,Aから,C1の殺害を指示されるや,直ちにこ
れを承諾し,その後,家族もろとも殺害する旨計画が変更されても,さほど逡巡す
ることもなくその指示に従うことにした上,犯行に際しては,O2に次いでC方に
入り,いきなりC2に襲いかかって実行行為の口火を切り,その身体の上に乗りか
かって口をふさぐなどし,次いで,既にO5に襲われて瀕死の状態にあったC3を
認め,何らの躊躇を覚えることもなく,その頸部を手で絞め圧迫してとどめを刺し
たものである。このように,被告人は,本件犯行において,実行犯の中心人物の1
人として重要な役割を積極的に果たしたものであり,その責任は,実行行為に及ん
だ他の共犯者らと同
様に極めて重大である。
 (3) D事件(判示第3の犯行)
 ア D事件は,Aの指示の下,被告人ら教団信者らが,適切な治療も施されずに
意識の有無も明確でないまま放置された母親のN2を救出しようとした元信者のN
3と共謀の上,N3と共にN2を救出しようとして教団施設内に忍び込んだ元信者
のDにつき,A及び教団に刃向かう者に対する私的制裁として殺害したものであ
り,教団の閉鎖性,排他性を背景に,教団に敵対しようとする者の生命を奪ってで
も制裁を加えようとする独善的で凶悪かつ冷酷な犯行である。しかも,本件では,
Dと共に教団に侵入してきたN3に対し,その命と引き換えにDを殺害することを
承諾させ,実際に強いて実行させているのであって,N3の弱みに付け込みその心
をもてあそんで犯行に巻き込む陰湿かつ非情な犯行でもある。
 イ そして,被告人らは,Dが教団信者らに催涙スプレーを噴射したとして,A
の指示に従い,Dの頭部にかぶせたビニール袋の中に催涙スプレーを噴射して,多
大の苦痛を与えた上,Dが,苦しさから手錠を外しビニール袋を取るなど必死に抵
抗し,取り押さえられた後も「悪いことしないよう。嫌だよう。」などと懸命に嘆
願しているのに,なおも数名で押さえ付け,その頸部をロープで絞め上げて窒息死
させたのであって,その態様は,残忍かつ凶暴で執ようなものである。
 ウ また,犯行の結果も重大である。
 (ア) Dは,前記のような苦痛にさいなまれながら,未だ29歳の若さで,共に
教団に侵入したN3の手によりその生命を奪われただけでなく,その遺体は,マイ
クロ波を用いた特殊な焼却装置で焼却されたのであって,Dの感じたであろう恐怖
や苦痛,無念さは計り知れないものがある。また,長年苦労を重ね女手一つで育て
上げた一人息子を殺害され,一片の遺灰すらも残されていない母親ら残された遺族
の悲嘆も察するに余りある。ところが,被告人は,何らの慰謝の措置も講じようと
しておらず,Dの母親は,Aや被告人らに対し,単純に死刑にしたのでは飽き足ら
ないとして,厳しい処罰感情を吐露している。
 (イ) さらに,N3は,本件犯行に強いて巻き込まれ,殺人罪として有罪判決を
受けることを余儀なくされたのである。
 エ 加えて,被告人らは,Dの遺体を徹底的に焼却して罪証隠滅を図った上,犯
行の露見を恐れて教団に近寄らなくなったN3の行方を追求し,教団施設に拉致し
ようとしたほか,Dの死亡を隠匿するために,遺族の下を訪れて,Dが教団の金を
持ち逃げした,Dの行方を捜しているなどと虚言を弄するまでしたことがうかがわ
れるのであって,犯行後の情状も劣悪である。
 オ なお,被告人は,当公判廷において,Dにこれ以上悪業を積ませないように
するとか,Aと縁が深くなって速やかな救済につながると思って,D殺害に賛成し
たとも述べている。
 しかしながら,本件犯行態様の残忍さ,被告人の積極的な加担状況,犯行にN3
を巻き込んでいることなどに照らすと,被告人が,私的な制裁以外の何者でもない
ことを認識しながら,積極的に本件犯行の実現に努めたことは明らかである。
 しかも,Aも,犯行後に,N3が他言していないか確かめるとしてその拉致を指
示するなど,犯行の露見を免れようとする姿勢に終始しているほか,犯行直後に
は,妻である011に対し,「知子には見せたくなかった。」と述べて,本件犯行が
教団内でも正当化できない後ろ暗いものであることを臭わせているのである。
 そうすると,被告人の上記供述は,犯行後に作出した弁解にすぎないとみるほか
はなく,到底信用することができない。
 カ そして,被告人は,教団施設内に侵入してきたDらを取り押さえてAに報告
し,Aが,Dらをポアする旨提案した際には,O1に次いで殺害に賛同して,共謀
の時点から他の共犯者らをリードしている。さらに,被告人は,犯行に際して,シ
ート等を準備したほか,N3に自ら考案した殺害方法を教示して,そのとおり実行
させたり,犯行後も,N3に口止めをしたり,N3を拉致しようとした際にも参加
しているのである。このように,被告人は,本件犯行のすべての過程に積極的に関
与するなど,重要かつ不可欠な役割を果たしており,その責任は重大といわなけれ
ばならない。
 (4) E事件(判示第4の犯行)
 ア E事件は,Aの指示の下,被告人ら教団信者らが,第1次的には,教団内で
ひそかに製造したサリンの殺傷能力を確認するために,第2次的には,長野地裁松
本支部の裁判官等を殺傷して,当時,同支部に係属していた教団を被告とする民事
訴訟で教団に不利益な判決が出ることを回避するために,夜間,松本市内にある裁
判所宿舎近くの住宅地でサリンを噴霧発散させて,その近隣の住民多数を殺傷した
ものである。
 このうち第1次的な目的であるサリンの殺傷能力を確認しようとした点は,化学
兵器として高度の殺傷能力を有するサリンをあたかも玩具のように扱い,一般市民
を虫けら同然にその実験道具としようとするものであって,人命を軽視し人倫に真
っ向から挑戦するおぞましいばかりに冷酷,非道なものであり,教団に属しない者
の生命や人生に何らの価値をも認めない独善性も顕著である。さらに,その犯行が
もたらす災厄,とりわけ被害者やその家族らの被るべき甚大な打撃や損害,痛まし
いまでの心情に対する想像力や洞察力,共感や同情心を決定的に欠いた非人間的な
犯行というべきである。しかも,その背景には,教団がハルマゲドンに備えて武装
化を図るという流れがあったものであるが,その武装化なるものも,前にみたとお
り,具体的な戦略や
現実認識を欠いた空想的なものでしかなかったというのに,何の必然性も明確な見
通しもないまま,この武装化なるもののためにサリンを製造し,その殺傷能力を確
認するためにサリンを散布するという発想自体,反社会的であることはもとより,
結果の重大性と対比するとき,余りにも稚拙かつ短絡的で,愚劣としかいいようが
ない。
 第2次的な目的である民事訴訟の妨害も,教団側の主張が裁判所の理解を得られ
ないとみるや,裁判官を殺害してまで教団に不利益な判決が出ることを妨害しよう
としたものであり,これまた短絡的で人命軽視であるだけでなく,司法制度を根底
から否定しようとするものであって,厳しい非難に値する。
 本件は,教団が犯した一連の犯罪の中でも,最初に結果の生じた無差別大量殺人
であって,極めて非人道的であることはもとより,教団を止めどなく犯罪や無差別
的な大量殺りくを完遂するしかない破滅的な道に方向付けた意味においても,重要
な位置を占めるものである。
 イ 次に,犯行態様についてみるに,サリンは人の殺傷のみを目的に開発された
極めて毒性の強い化学兵器であり,このような毒物をひそかに製造して犯行の手段
とすること自体,誠に悪質である。そして,教団では,あらかじめ大金を投じ,教
団の技術力等を駆使してサリンを製造し,本件犯行のためにトラックを改造してサ
リン噴霧車を製作するなど,大がかりな準備を行っている。さらに,被告人ら実行
犯らは,数度にわたり松本市内の下見をし,偽造ナンバープレート,サリン中毒の
治療薬,防毒マスク等を準備しているほか,武道の心得のある者を警察官等が駆け
付けた場合の警備役として,医師の資格のある者を治療役としてそれぞれ実行犯に
加えているのであって,本件は,正に組織的かつ計画的で極めて残虐な犯行である
とともに,被告人ら
の安全のみに配慮した極めて卑劣かつ陰湿な犯行でもある。また,被告人らは,約
12リットルという大量のサリンを噴霧発散させて,多数の人家が密集する住宅街
一帯に散布していて,風向き次第では,付近住民の誰にも死傷の結果の生ずる危険
性があったのであり,本件犯行の無差別性も顕著である。
 ウさらに,本件犯行によって7名の住民が死亡し,起訴されているだけでも4
名の住民が重篤な傷害を負っていて,犯行の結果は余りにも重大である。
 もとより,被害者らは,平穏に日常生活を営んでいた一般市民であって,教団と
は何らの関係もなく,このような被害を被るべき理由も有りようはずがない。にも
かかわらず,死亡した被害者は,突然原因も分からないまま,激しい苦悶のうちに
意識を失い,無惨で不条理な最期を迎えたことがうかがわれるのであり,その無念
さは計り知れない。また,幸いにも一命を取り留めた被害者も,犯行後直ちに入院
を強いられ,苦痛や不安に苛まれた上,長期間にわたる加療を余儀なくされてお
り,その被った衝撃や精神的,肉体的苦痛は甚大である。とりわけ,被害者の1名
は,蘇生後脳症のため,現在に至るまで意識が戻らず,すべての随意的運動も失わ
れ,回復の見込みも立たないまま,日常生活のすべてを介助に頼る状態が続いてい
る。
 そして,突然理不尽にも肉親である被害者を失った遺族らの受けた精神的打撃は
大きく悲しみも誠に深いのであって,処罰感情も峻厳である。この点,勤務の都合
から単身松本市内に居住し,26歳の若さで死亡した被害者の遺族は,当公判廷に
出廷し,私だけではなく他の多くの方が悲しんだり苦しんだりしているということ
を,今日から再確認していただきたいと述べた上,被告人に対する極刑を求めてい
る。また,上記重傷を負った被害者の夫は,同人自身も長期間の加療を余儀なくさ
れた上,証言時にも望みを捨てることなく,意識の戻らない妻の元に毎日通ってい
るというのであり,その心中は察するに余りある。その他,一命を取り留めた被害
者らの処罰感情はいずれも厳しいものがあるが,被告人は現在に至るまで何らの慰
謝の措置も講じよう
とはしていないのである。
 エ 本件は,平穏な住宅街で突然に多数の死傷者が発生した毒ガス事件として,
大きな社会的不安を惹起し,サリンが検出されるまでは,被害者の死因も確定され
なかったことがうかがわれる。その後,サリンが原因であることが判明し,軍事用
の化学兵器が一般市民に対して用いられたことが明らかとなって,社会に大きな衝
撃や恐怖感を与えており,これらの点も,量刑上,決して看過できない事情であ
る。
 オ 被告人は,教団での警備関係の責任者として警備役の共犯者らに指示を与え
る立場にあったところ,これらの者に連絡を取って犯行に参加させ,噴霧車に改造
するためのトラックを調達し,自発的に下見を行って,運転手役の共犯者に事前に
予定の道筋をたどらせるなど,準備行為の重要部分に関与している。さらに,犯行
当日も,実行犯らの出発が遅れて,裁判所を標的とする当初の計画が実行不可能と
なるや,標的を裁判所宿舎に変更することを提案しているのであって,被告人なく
しては,本件の悲惨な結果は発生していなかったというべきである。しかも,被告
人は,実行犯の中では,O1に次いで教団内の地位が高く,他の共犯者らからは,
O1と並んでリーダー的な地位にある者と認識され,実際,その自覚をもって積極
的に本件犯行に当た
っていたことがうかがわれる。
 このように,被告人は,本件犯行に関しては,A,O1に次ぐ責任を負うべきと
ころ,結果の重大性,犯行の悪質性に加え,被告人自身が本件犯行に先立つテロ未
遂事件においてサリンに被曝して瀕死の重傷を負い,その毒性や殺傷能力,被曝し
た際の苦しさ等を身をもって体験していたことも考慮すると,その責任は極めて重
大といわなければならない。
 (5) F事件(判示第5の犯行)
 ア F事件は,Aが,教団の組織防衛と教団の敵対者と目する者に対する敵がい
心から,技術や経験のない者によるポリグラフ検査等といった信頼性の低い情報に
基づきFを公安のスパイと決め付けて,教団に敵対する者として短絡的に殺害を命
じ,これを受けて,被告人ら教団信者らがFを苛烈な拷問の末に殺害して,その遺
体をマイクロ波で加熱焼却したものである。このように,本件犯行は,その動機に
酌量の余地が全くないことはもとより,教団信者であってもAの意に添わないとみ
るや,慎重に真相を見極めようともしないで宿敵のように敵視し,その生命や人生
には何らの価値をも認めず,その遺体さえも罪証隠滅のために焼き尽くしているの
であり,誠に短慮にして理不尽かつ非情な犯行である。
 イ そして,被告人らは,Fに対し,Aの警備担当になるための試験をするなど
と嘘をつき,手錠等で両手足や胴体を椅子に固定してその身体の自由を奪い,被告
人及びその部下のO7が,待ち針を足の爪の間に刺したり,熱した焼きごてを身体
に押し当てるなどの執ようかつ苛烈な拷問を長時間にわたり加えた上,2人がかり
で,既に気絶し抗拒不能の状態にあったFの頸部にかけたロープを力一杯引っ張っ
て絞殺しており,その態様は凄惨かつ残忍である。
 ウ ところが,Fが教団に対するスパイであったと認めるに足りる事情はなく,
拷問の結果,被告人自身も,スパイではないと思うに至ったというのである。この
ように,Fは,全く身に覚えのないスパイ容疑をかけられ,法友として信じていた
被告人らから,一方的に苛烈な拷問を加えられた末に27歳の若さで無惨にも殺害
されたのであり,誠に不条理というほかなく,その被った精神的,肉体的苦痛は誠
に甚大であり,その無念さは計り知れないものがある。また,Fは,拷問によって
息も絶え絶えになりながら,あなたは他人の心を読む力があるのだから私の心を読
んでくださいなどと,最後まで被告人にすがり,自己の潔白を訴えていたものであ
って,哀れというほかない。さらに,その遺族は,Fの生死さえ明らかにならない
まま数年を経過した
後,遺骨や遺灰さえ全く残されないまま本件のような無惨な最期を知らされたので
あり,その悲痛や怒りは察するに余りあるが,被告人は現在に至るまで何らの慰謝
の措置も講じようとしていないのである。したがって,本件の結果も重大である。
 エ 被告人は,Aから直接に指示を受け,FがスパイであるとのAの言に疑問を
抱いたにもかかわらず,自治省大臣として教団内のスパイ摘発を担当していた自負
や面子,Aに対する帰依の姿勢から,無条件にその指示に従うこととし,Fの拷問
からその殺害,遺体の焼却に至るまで,その一連の犯行を終始主導したものであ
る。しかも,被告人は,O7に拷問を加えさせた上,物足りないとみるや,自らも
一層苛烈な拷問を加え,殺害の際も,O7より遙かに強い力でロープを引っ張った
ものであって,被告人の行為は,無慈悲で余りにも残忍である。
 したがって,本件犯行に関し,被告人は,実行犯の中で最も重い責任を負うべき
立場にあることは明らかであって,その責任は誠に重大である。
 (6) G監禁事件(判示第6の犯行)
 ア G監禁事件は,被告人が,出家信者の管理を所掌事務とする自治省の大臣と
して,同省に所属する部下の教団信者らと共に,在家に戻る意思を表明し数度にわ
たり脱走行為を繰り返していたGの下向を阻止するために無理矢理教団施設内に監
禁したもので,被害者の意思を無視した誠に身勝手な組織的犯行であり,教団の閉
鎖性,排他性を如実に示す犯行でもある。
 イ そして,監禁の期間は3か月近くに及び,その態様も,男2人がかりでGを
力尽くで車に乗せて監禁を開始し,その後も,手錠等を掛けたまま,教団施設内の
独房として用いていた小部屋やコンテナ内で,室内が40度を超えるような高温に
なり,糞尿を携帯用トイレに溜めるような非衛生的環境の中で,十分な食事も与え
ないまま,常時監視を付けて閉じ込め続けたというのであり,態様は誠に非人道的
かつ悪質なものであり,Gが被った精神的,肉体的な苦痛は甚大である。しかも,
被告人は,自治省大臣として同種の逮捕監禁等を日常的に繰り返していたことがう
かがわれる上,本件では,監禁中に薬物を使ってGを洗脳しようとしたことが認め
られ,犯情も劣悪である。
 なお,被告人は,上記コンテナの全体的管理はO21ら治療省の所管事項であり,
自分たちはその治療の間に身柄を預かっていたにすぎないとも述べるが,被告人ら
自治省関係者が閉じ込められた信者を現実に管理していたことは明らかであり,仮
に被告人の述べるような事情があったにしても,被告人らの刑責を何ら減ずるもの
ではない。
 ウ 被告人は,自治省大臣として本件犯行の責任者であった上,監禁の開始時
や,被害者をコンテナから解放した際など,本件犯行の要諦に直接関与しているの
であり,被告人は,本件犯行の首謀者として,最も重い責任を負う。
 (7) VX事件(判示第7ないし9の各犯行)
 ア 一連のVX事件は,教団に敵対し若しくは教団の活動を阻害する者又はAが
そのように考えた者について,実態を慎重に調査解明したり,冷静に交渉したり,
あるいは必要に応じて法的手段を採ることもなく,いきなり抹殺しようとして暗殺
という手段に訴えたものであり,短絡的かつ近視眼的であるとともに,生命の価値
を一顧だにすることなく教団の利益やAの意向のみを優先させた独善的で冷酷かつ
凶悪な犯行である。しかも,Aは,その当時,100人くらい変死すれば教団を非
難する者がいなくなるだろう,1週間に1人をノルマにしようかなどと言って,大
量殺人の意図を示唆し,現に,被告人らに命じて同種のテロ行為を繰り返させてい
たのである。このように,本件各犯行は,その累行性が認められるばかりでなく,
テロ行為を繰り返し
て社会不安を煽り,教団に対する社会的批判や反対運動を封じ込めようとするもの
で,陰湿かつ卑劣でその反社会性も明らかである。
 イ 次に,犯行態様についてみるに,まず,VXは,化学兵器として開発された
人の神経伝達機能に障害を与えて死亡に至らせるサリンよりも毒性の強い神経剤で
あるが,本件各犯行当時は,その存在がほとんど知られていなかったものである。
そのため,VXによる被害を受けても,医師が受傷の原因を確定して適切な治療を
講じることが困難な状態にあったことがうかがわれるのであり,このような毒物を
ひそかに製造して犯行の手段とすること自体,誠に悪質である。
 そして,被告人らは,いずれの犯行の際も,事前に被害者の住所や行動等を調査
し,犯行方法等を検討するなどの周到な準備をした上,VXを被害者にかける実行
役,その補助役,見張り役等の役割分担を決めて犯行に臨んでおり,その組織性,
計画性は顕著である。しかも,犯行に際しては,ジョギングを装うなどして被害者
の背後に接近し,おとり役が被害者の気をそらしている間に注射器に入った毒薬の
VXを後頸部等にかけて逃走するなど,その態様は,大胆かつ巧妙で凶悪なもので
あり,また,H1VX事件では,襲撃に失敗してもなおVXを作り直して犯行を繰
り返すなど,執ようでもある。
 ウ もとより,本件各犯行の結果は誠に重大である。
 (ア) H2は,突如通勤途上を襲われて,直後に路上に昏倒し,救急車が駆け付
けたときは既に瀕死の状態に陥っており,その後も意識を回復することなく,28
歳の若さで死亡するに至っている。また,H1及びH3はいずれも,救急医療によ
り一命は取り留めたものの,それぞれに約2か月間の加療を要する重傷を負い,病
院に搬送された直後は,高度の意識障害に陥って,医師が家族に99パーセント助
からないと告げるなど,生命の危険が正に切迫した状況にあったものである。
 (イ) 被害者らにはいずれも本件のような被害を甘受すべき落ち度は全く認めら
れない。とりわけH2は,何ら確たる根拠もなく公安警察のスパイと決め付けられ
て標的とされたもので理不尽というほかなく,その無念さは計り知れない。また,
幸い一命を取りとめた被害者らも,長期間の加療を強いられるなど,その被った肉
体的,精神的苦痛は甚大である。当然のことながら,被害者らや遺族らの処罰感情
は厳しく,濱口の遺族は,証人尋問において,被告人には死をもって償ってもらい
たいと述べ,H1及びH3も,謝罪の態度を示すことのない被告人については極刑
を望まざるを得ないなどと述べている。しかるに,被告人は現在に至るまで何らの
慰謝の措置も講じようとしていないのである。
エ(ア) 被告人は,本件各犯行のいずれについても,O6と共に実行グループを
指揮統括する立場にあったことがうかがわれる。
 (イ) この点,被告人は,本件各犯行に先立つT10ホスゲン事件の際に,Aか
ら,「実質的なステージはO6の方が上である。」と言われ,H1VX事件では,
最初の謀議で,「おまえはO6に従え。」と指示された上,犯行結果の報告方法に
関して厳しい叱責を受け,その後,Aから,「おまえは大乗的思考で,O6は秘密
金剛乗であるから,O6の決定におまえは口を出すな。」と指示された旨述べて,
同事件後は,自分の立場が実質的にはO6に劣後するようになったとも供述してい
る。
 しかしながら,このような被告人の供述を前提としても,被告人は,自分の部下
であった実行役のO14を何かと力付け,H1VX事件及びH2VX事件では,O
14と共に被害者に走り寄っておとり役を務めるなどしており,本件各犯行の実行に
当たって不可欠で重要な役割を果たしている。また,被告人は,いずれの謀議にも
立ち会い,Aから直接指示を受けて他の共犯者らに連絡し犯行に関与させるなどし
ている上,H1VX事件ではO14を実行役とすることにつきAの了解を取り付け,
濱口事件では,O6より先に大阪に乗り込んで下見等を行い,H3VX事件では,
犯行の予行練習を行うなど,実行グループを指揮統括する立場から,犯行の遂行に
積極的に関与したものである。
 (ウ) そうすると,被告人の述べるような当時のO6との関係を考慮しても,本
件各犯行における被告人の責任は,誠に重大といわなければならない。
 (8) I事件(判示第10の犯行) 
 ア I事件は,Aの指示の下,被告人ら教団信者らが,E事件やJ事件に関して
教団の関与が疑われるようになり,近い将来,教団に強制捜査が入るとの危惧を強
め,教団が敢行してきた累次の犯罪の露見を恐れて,阪神大震災に類するような大
事件を起こして警察の目をそらし強制捜査を阻止しようとして,東京都心の地下鉄
の電車内に同時多発的にサリンを散布して,乗客ら多数を殺傷したものである。
 このように,本件は,E事件と同様に,サリンを用いた無差別大量殺りく事件と
して,正に人命を軽視し人倫に反する冷酷,非道で非人間的な犯行である。しか
も,本件当時,Aは,武装革命を標榜するなど,国家や社会に対する狂信的なまで
の敵意を示しており,本件犯行も,そのような敵意を背景として,通勤時間帯の真
っ直中に,東京都心の官庁街にある地下鉄の駅に向かう電車5台で同時多発的に大
量のサリンを散布して,首都の中心部を未曾有の大混乱に陥れようとしたものであ
り,社会の秩序や安全を根底から覆そうとする極めて反社会性の高い犯罪である。
 そして,本件犯行は,Aが,専ら教団による累次の犯罪行為の露見を恐れて,特
段の戦略や具体的な戦術もないままに指示したものであり,このように,教団の組
織防衛のためには,教団とは何の関わりもない不特定多数の人々の生命の尊厳を抹
殺するような無差別大量殺人をその場しのぎに場当たり的に決断実行するという姿
勢は,稚拙かつ短絡的で卑劣かつ身勝手極まりないものである。しかも,被告人ら
は,手段を選ばず教団に対する捜査をかく乱し妨害しようとするなど,刑事司法作
用を妨げ否定しようともしており,厳しい非難に値する。
 イ また,本件犯行は,化学兵器である毒ガスサリンを一般市民を対象に無差別
に散布して多数の死傷者を生じさせ,首都の中心部の機能が一時期停止するほどの
大混乱を惹起しており,その残虐さ,結果の重大さ,我が国のみならず国際社会に
与えた衝撃の大きさ等において,我が国の犯罪史上類例を見ない凶悪かつ大規模な
犯行である。しかも,国民一般に与えた恐怖感,無差別テロに対する不安感は甚大
であり,我が国の治安や社会の安全に対する信頼をも大きく揺るがせたという意味
において,本件犯行の社会に与えた悪影響は,現在に至るまで深刻である。
 ウ さらに,本件犯行は,再び極めて強い毒性を有する化学兵器であるサリンが
用いられたという点において,まず,悪質極まりない。そして,被告人を含む共犯
者らは,Aの指示からわずか2日の間に,サリンを製造し,O1及びO6を中心
に,合計10名に上る実行役やその送迎担当の運転手役らの間で順次謀議を重ね,
より重大な結果を惹起すべく,あえて乗客の多い平日の通勤時間帯を犯行時刻に選
び,霞が関に通勤する警察関係者により大きな打撃を与えようとして,実行場所,
実行時刻,乗車車両等を細かく検討し,さらに,実行役の確実な逃走等を図るため
に一斉に犯行に及ぶことを決めるなど,綿密な計画を練っている。さらに,あらか
じめサリンを袋詰めにし,犯行に使用する自動車や変装用衣類,予防薬等を調達
し,サリン散布の予行練
習や現場の下見を行うなど周到な準備も行っている。そして,被告人らは,計画ど
おりに通勤客で混雑する平日の朝8時ころ,5本の地下鉄電車内で一斉にサリンの
入ったビニール袋を傘で突き刺して,閉鎖された地下空間内にサリンを大量に漏出
発散させて同時多発的に無差別大量殺人に及び,犯行後,実行役らは,運転手役ら
の運転する車で直ちに現場から離脱しているのである。
 このように,本件犯行は,それぞれの共犯者らが各人の果たすべき役割を着実に
実行して実現した,大規模にして組織的かつ計画的で極めて残虐かつ非人道的な犯
行であり,自分たちの安全のみに配慮した極めて卑劣かつ陰湿な犯行でもある。
エ 本件犯行の結果は,余りにも悲惨かつ重大である。すなわち,本件犯行によ
り,合計12名が死亡し,起訴されているだけでも14名が重傷を負い,うち2名
は重篤な後遺症のために通常の社会生活を送ることが不可能となっている。これら
の被害者はいずれも,通勤のために地下鉄に乗り合わせていた乗客や駅構内で勤務
していた地下鉄職員であって,教団とは全く無関係であり,何らの落ち度のないこ
とはもとより,このような被害を被らなくてはならない何らの理由も存在しない。
 また,犯行後,サリンが散布された地下鉄電車内や多くの駅構内及びその近辺に
おいて,縮瞳,吐き気や頭痛等の苦痛を訴える者が続出し,多数の人々が救急車で
病院に搬送されるという凄惨な状況を呈した。特に,死亡した被害者らはいずれ
も,訳も分からず激しい苦悶の中で意識を失い,家族に一片の言葉を残すことすら
できないまま絶命したのであって,その受けた苦痛や恐怖感は察するに余りあり,
このような無差別テロに巻き込まれて理不尽にも突然に命を奪われた無念さもまた
計り知れないものがある。さらに,2名の被害者は,重い後遺障害を負い,記憶力
を失うなど思考能力を著しく低下させられ,あるいは現在に至るまで手足の機能等
を阻害されて全介助の状態にあるなど,いずれも悲惨な闘病生活を強いられてお
り,その苦しみは死亡し
た被害者にも決して劣るものではない。しかも,幸い社会生活に復帰できた被害者
らも,それぞれに入院加療を強いられて,強い不安や苦痛に苛まれた後も,長期間
にわたり,体調の不良や精神的苦痛に悩まされ続けている。
 一方,死亡した被害者らの遺族は,事態を了解できないまま変わり果てた被害者
らを目の当たりにして茫然自失となり,あるいは意識を失ったままの被害者の回復
を祈り続けた末に最悪の結果を迎えたものであって,その悲嘆や絶望,怒りの深さ
は,筆舌に尽くし難い。そして,これらの遺族の中には,本件犯行によって心身共
に疲弊して健康を害した者,被害当時に臨月で,共にその出生を心待ちにしていた
子供の顔を一度も見せることもできず夫を失った者も含まれている。
 このような被害者らや遺族らの多くが,被告人を含む本件の犯人全員に対する極
刑を強く望んでいるが,被告人は,現在に至るまで,何らの慰謝の措置も講じよう
とはしていない。
 オ 被告人は,サリン散布の実行役であるO21を地下鉄の駅まで送迎する運転手
役として本件犯行に関与しているところ,被告人が更に重要な役割を果たしたと認
めるに足りる証拠はなく,本件犯行を指揮したO1やO6,サリン散布の実行役ら
と比べると,その役割の重要さに差違のあることは否定できない。しかも,被告人
は,当初から謀議に参加していたのではなく,事後にAの指名によって運転手役と
して加わることになったものであり,最終的謀議が行われたW5アジトに赴くまで
は本件犯行の内容を知らされておらず,最終的謀議にも指示を受ける立場で参加し
たものである。
 しかしながら,本件犯行において,5名の実行役が一斉にサリンを散布してその
目的を達するためには,運転手役の存在は必要不可欠であったところ,被告人は,
W5アジトでO6から本件犯行の概要を知らされるや,強制捜査を阻止するという
本件犯行の目的を理解した上,何ら逡巡することなく,犯行に加担することとし,
犯行に使用する車の調達について相談を受けるや,自ら調達に出向き,犯行の際
も,確実に結果を発生させるべく,自らの判断で,当初の予定を変更して確実に送
迎できる新お茶ノ水駅でO21を降ろし,サリンのビニール袋を包む新聞紙等を購入
し,待機している間も,O21の着衣等を捨てるためのゴミ袋や傘に付着したサリン
を解毒するための水を用意し,犯行後は,O6らと共に,傘や着衣等の焼却を行う
など,自己に与えられ
た役割を忠実かつ積極的に果たし,犯行遂行に不可欠の重要な役割を果たしたもの
と認められる。
 しかも,被告人は,犯行後,多数の死傷者が出たことを知って興奮し,「これか
らも頑張るぞ。」などと大声を上げて他の共犯者に制止されるような状態になり,
Qに戻った後は,Aから指示されて,「偉大なるグル,シヴァ大神,すべての真理
勝者方にポアされてよかったね。」というマントラを繰り返し唱えたというのであ
る。
 ところで,被告人が担当した路線では,g地下鉄の職員2名が死亡しているが,
この両名は,不審物があるとの連絡を受け,サリンの入った袋を手で運び,車内や
ホーム上に流れ出たサリンを拭き取るなど最後まで自己の職責を果たし,その結
果,自らもサリンの犠牲となったものである。これら両名の責任感,そして,被害
者らがいずれもそれぞれの人生を懸命に生きて社会を支える真面目な市民であった
ことと対比するとき,このような被告人の卑小さや軽薄さ,本件犯行の愚劣さや卑
劣さは一層際立ってくるのである。
 いずれにせよ,本件犯行の悪質性,重大性に照らすと,運転手役であった被告人
についても,その責任はやはり極めて重大といわなければならない。
 (9) P2蔵匿事件(判示第11の犯行)
 ア P2蔵匿事件は,被告人が,O21ら教団信者らと共に,J事件の犯人である
P2の逮捕を免れ,同事件が教団の関与した犯行であることの発覚を防ぐために,
同人を東京都内のホテルや石川県内の貸別荘等に宿泊させ,更にその顔面に整形手
術を施すなどして犯人を蔵匿,隠避した事案であって,その動機は甚だ身勝手なも
のであり,態様も大胆かつ巧妙で,同人が現に2か月近くも逮捕を免れたことから
すると,結果も決して軽視できない。
 イ 被告人は,O21からP2の処遇につき相談を受けるや,教団の組織防衛のた
めに直ちに本件犯行に及ぶことを決意し,P2を自分の宿泊していたホテルに連れ
て来させた上,最も教団内の地位の高い者として,共犯者らに対し逃走資金を分配
して逃亡先を指示するなどしたものである。
 そうすると,指示の不徹底から,被告人は,P2らとは別行動を取り,その後の
宿泊や手術等には直接関与しておらず,また,P2に対する手術については,未必
的な認識にとどまったことなどを考慮しても,被告人は本件犯行の首謀者としての
責任を免れず,その責任は決して軽くない。
 3 その他被告人の全体的情状
 以上みてきたとおり,本件各犯行は,それぞれに重大かつ悪質なものである上,
いずれの犯行においても被告人の負うべき責任は重大というべきである。そして,
被告人に対する情状としては,さらに,以下の事情も認められるのであって,これ
らも量刑上決して看過し得ないところである。すなわち,
 (1) 本件各犯行はいずれも,教団の排他的で独善的かつ反社会的な体質を背景と
するものであるところ,被告人は,Aからの信頼の厚い最高幹部の1人として,A
の身近にいて教団の勢力拡大に貢献したほか,B事件以降は,他の信者らの先頭に
立って,Aの指示に無条件に従い,あるいはその意向を推し量って,教団の関与し
た違法行為の多くに積極的に加担し,それぞれ重要な役割を担っていた。また,被
告人は,教団が武装化に拍車をかけてからは,キャンプと称する軍事訓練の実施責
任者となるなど,その中核を担ったほか,自治省大臣として,信者に対するスパイ
チェックや懲罰を精力的に実施して,教団内で,Aに異を唱えることを許さない風
潮を醸成するのに尽力したものである。このように,被告人は,教団が独善的,反
社会的な体質を増進
させ,先鋭化していった一連の経過において,極めて重要な役割を果たしたという
べきである。
 (2)ア また,被告人は,以上みてきたとおり,本件各犯行を始め,教団の一連の
違法行為において,Aの意図を忠実に実現すべく,終始,積極的かつ熱心に活動し
続けたものである。
 イ この点,被告人は,F事件やH2VX事件では,被害者が公安警察のスパイ
であるとの説明を受けたが,半信半疑であった旨供述し,また,当公判廷では,本
件各犯行について,積極的に望んで敢行したものではないとも受け取れるような供
述をしている。しかし,被告人は,教団の違法活動において,Aから一貫して重用
され続けていた者であり,被告人が示すAに対する帰依の強さは,他の信者らが口
をそろえて供述するところである。そして,被告人も,前記のように積極的な姿勢
を示した理由として,他の者がしないのであれば自分がするとも述べているのであ
る。
 そうすると,被告人が,Aに対する誰よりも帰依の強い弟子であろうと努め,そ
の自負を持って行動しており,特に違法活動においては,このような自負の下,誰
よりも熱心にAの期待に応えて,その意図を実現しようとの思いを抱いていたこと
が明らかであるから,被告人の上記の積極的姿勢が,このようなAに対する帰依の
強さの誇示あるいはAや他の信者に対する自負の反映であることは疑いを容れな
い。
 ウ 反面,被告人が,本件各犯行当時,Aから指示を受けた違法行為の意味,自
己の採るべき行動や振る舞い等について,真摯に考えたり,深く思い悩んだような
形跡は全く認められない。
 この点,教義上,被告人ら教団信者が,グルであるAに対する絶対的な帰依を求
められていたとはいえ,同様に教義の影響を受けていた他の信者と対比しても,被
告人の積極さや熱心さは際立つものがある。すなわち,被告人は,自己の有り様を
深く顧みることもなく,Aの指示に対して,あえて一切の思考を停止させ,その場
の雰囲気に流されるままに,遮二無二その実現に励んだものとしか認められず,被
告人の積極さや熱心さは,誠に浅慮で盲目的なものであったというほかない。
 (3)ア さらに,被告人は,本件各犯行を次々と累行する中で,自らの良心を摩耗
させ,被告人の本来の人間性を失っていったものである。すなわち,
 (ア) 被告人は,B事件では,犯行後,良心の呵責に苦しんでAに相談し,C事
件の後も,激しく動揺して思い悩んだことがうかがわれる。
 (イ) ところが,被告人は,その後,ボツリヌス菌を用いた教団として最初の大
量無差別殺りく計画に散布役等として携わり,C事件から4年後のD事件では,積
極的にDの殺害に賛意を示し,N3に対して自ら考案した殺害方法を教示してい
る。また,被告人は,身をもってサリンの恐怖を味わった体験を有するというの
に,E事件では,何ら逡巡することなく犯行に加担し,F事件では,率先して凄惨
な拷問を加え,殺害行為にも及んでいる。さらに,被告人は,F事件やH2VX事
件では,被害者らが公安警察のスパイであることに半信半疑であったというのに,
Aの指示に対し何らの疑問も提起せずに直ちに殺害を承諾しており,I事件に至っ
ては,事件後,テレビで多くの被害者が発生したことを目の当たりにしながら,
「これからも頑張るぞ。」
などと言って興奮していたというのである。
 (ウ) 以上の一連の経過に照らすと,被告人は,次々に違法行為を重ねるうち
に,犯罪に対する抵抗感,被害者の心情や苦痛に対する想像力,他者の生命や人生
に対する共感や畏敬の念を喪失し,規範意識を摩耗させていったというほかない。
 イ そして,被告人は,前記のようなAの意図を正しく認識しながら,本件各犯
行に加担し続けたものであるが,その過程において,Aの説くところの,教団によ
る犯罪行為を正当化するための独善的な教義内容に逃避し,自らを強いて納得させ
て良心の呵責等を押さえ込んでいったこともうかがわれる。
 しかしながら,各犯行におけるAの意図は,前に検討したとおり,いかに言葉を
飾っても正当化する余地のないものであった。ところが,被告人は,最初の犯行で
あるB事件から逮捕されるまでの6年以上にわたって,ついぞAの指示や自己の行
為の持つ意味ないし問題性に真摯に向き合うことなく,教団の一連の犯行の最も凶
悪な部分に関わり続けたものである。そして,その動機の中には,自分がAの最も
忠実な弟子であるとの自負,Aの信頼をつなぎ止めたいという意地,さらに,他の
弟子に対する優越感すらうかがわれるのであって,決して強制されたり騙されたも
のではなく,正にその自主的判断に基づき自発的に選択決定したものというべきで
ある。
 (4)ア 被告人は,当公判廷において,A及び教団の教義に対する帰依をあくまで
貫く態度をとり,本件各犯行についても全く反省する姿勢を示さず,かえって,こ
れらを教義に仮託して正当化しようとする態度に終始している。すなわち,
 (ア) 被告人は,本件各犯行への関与について,自己は,シャンバラ化計画を実
現するために,多くの人の喜びのため,多くの人の救済のために,その身体,生命
を投げ捨てて殉じようとしたとか,自己の行為は,多くの人々を救済するために自
己を犠牲にするものであって,菩薩道,慈悲の実践に他ならないなどと述べて,衆
生を救済するために犯行に加担した旨述べている。
 (イ) また,本件各犯行については,ポアであって魂の転生を高める行為である
とか,Aと縁ができることは未来際における速やかな解脱につながるなどと述べ
て,あたかも被害者にとっても利益ないし幸いであったかのように述べ,被害を受
けたことについては因果応報であったと言い切り,さらに,遺族等に対しても,そ
の悲しみや怒りは理解できると述べながら,未来際に絶対的な平安の境地に達して
ほしい,自己の言葉で傷付くというのならば傷付かない心を持ってほしいなどと述
べ,自己の非を認めた一片の謝罪の言葉もない。
 (ウ) さらに,教団の教義とされるヴァジラヤーナについては,善悪の2元論を
超えた全き善であり,グルに対する絶対的な帰依が求められるとして,将来におい
てもグルと定めた者が殺人を命じた場合には,喜んで実践するように心掛ける,本
件各犯行については長い輪廻転生の観点から判断されるべきであるなどと述べて,
悔悟する姿勢を全く示していない。
 (エ) なお,被告人は,最終陳述において,自己が行った殺生等について赦して
ほしい,被害者の悲しみを癒すために自身の身を投げ捨てることができるなら喜び
であるなどとも述べている。しかし,その趣旨は,あたかも自己を被害者やその遺
族,その他の一般の人々よりも高位の修行者と位置付け,自ら刑を受けることによ
り,多くの人々の幸福のために自らの身を捨てて犠牲になる殉教者として振る舞お
うとするものであって,自らの行為によってどれほどの悲惨な結果を惹起したのか
ということに対する真摯な内省は,最後まで見出せないのである。
 イ しかし,如何に言葉を尽くして宗教的潤色を施そうとも,本件各犯行はいず
れも,教団の利益やAの意向のみを優先する独善的で自己中心的なものにすぎず,
これらに対する被告人の積極的加担も,所詮は自らの教団内における地位を守り,
個人的な自負や意地,他の信者らに対する優越感を満たそうとする世俗的な欲望に
より動機付けられたものというべきである。また,被告人が積極的に関わった本件
各犯行の態様や犯行後の罪証隠滅工作等からは,被害者らに対する一片の慈悲の心
もうかがえない。さらに,被告人自身,Aが唱えたシャンバラ化計画が破綻して中
途挫折したことは認めるとともに,教義の根幹をなすとされるヴァジラヤーナの教
えの正しさは,未だに検証されておらず,教義やAの正しさは,自分が仏陀の境地
に達し,自分で実証
しない限りは判断をすべきでないとも述べているのである。
 そうすると,被告人の前記供述は,現在においても,本件各犯行に対する評価と
して,自己を正当化するために事後的に教義に仮託して逃避しようとしているもの
としかいいようがない。そして,被告人のこのような言葉が,理不尽にも命を奪わ
れた多くの被害者を愚弄し,全く予期せずして肉親を失った多くの遺族を傷付けて
やまないものであることは多言を要しない。
 ウ この点,被告人は,当公判廷において,自己が直接に手を掛けた被害者につ
いて語るとき,うつむいて小声になり,また,当公判廷に出廷した被害者の遺族に
対して頭を下げるなどしたことが認められる。
 また,被告人は,当初かばって黙秘していたAの本件各犯行への関与について,
当公判廷のみならず,Aの面前においても詳細に供述し,最終的にはグルすらも幻
影であるなどとも述べるに至っている。しかも,Aからは,Aの法廷で,自分の証
言を妨害されたり,いきなり「破門」と告げられ,当公判廷でも,弁護人らからの
懸命の説得にもかかわらず宣誓さえ拒否されるなど,その不誠実な態度を目の当た
りにしている。したがって,被告人のAに対する気持ちが,被告人の述べるような
純粋なものでないことは優に看取できるところであって,被告人の上記の態度が,
Aへの確固たる帰依に基づく確信に満ちたものとは認め難い。
 さらに,行為の結果が余りにも重大であるため,今となっては,因果応報の名の
下に,本件各犯行も,長い輪廻転生の末には,被害者らにとっても救済に至る一つ
のプロセスとなるはずであると信じようとする心情は全く理解できないというわけ
でもない。声高に自己の正当性を主張し続ける被告人の姿は,被告人自身の弱さの
現れということもできる。
 エ しかしながら,被害者らがいつかは救済されるはずとの考えは,前に詳しく
みたような凶暴かつ残忍で卑怯かつ陰湿な本件各犯行の態様や被告人の積極的関与
の状況等に照らすと,被告人らの幾多の犯行によりもたらされた悲惨な結果に目を
閉ざす安易な自己欺瞞にすぎないというべきである。被告人は,未だに,自己の犯
行の罪深さ,自らが惹起した結果の重大さ,悲惨さを直視できていないというほか
なく,その言葉は何らの感銘力や説得力をも持ち得ない空疎な弁解にとどまってい
るのである。被告人の当公判廷における態度が,厳しい非難を免れないことは当然
である。
4 被告人のために酌むべき事情
しかし反面,本件各犯行の犯情を検討した際に触れた様々な事情に加え,以下の
とおり,被告人のために酌むべき事情も認められる。
 (1) 犯情において酌むべき事情
 ア 被告人は,本件各犯行のうち殺人,殺人未遂及び死体損壊の各事件について
は,いずれもAの指示の下に敢行したものである。
 もっとも,目の不自由なAにとっては,被告人らのように実際に実行行為を担当
する者がいなければ,上記の各犯行はいずれも実現不可能であったのであり,その
意味からすると,被告人がAに対する関係で全く従属的な立場にあったと評価する
ことはできない。
 イ また,Aが,自己に対する帰依心を求め,教団に対する危機意識を煽り,ヴ
ァジラヤーナの実践などと称して,被告人ら多くの信者を違法行為に加担させるこ
とにより,自己の欲望を満たし,自己や教団の利益を図り,信者らをして自己や教
団から離れられないように仕向けてきたことは,既に述べたところからも明らかで
ある。被告人は,Aに対して帰依の強い弟子であろうと懸命に努め,そのような者
であろうと行動してきたものであるところ,Aによって,このような帰依心,他の
信者らに対する競争心を巧みに煽られ,Aの欲望や利益のために利用され,Aの言
動に翻弄され続けた側面のあることも否定できない。
 (2) その他考慮すべき事情
 ア 被告人の供述状況
 被告人は,第1回公判において当時の起訴事実(G監禁事件,D事件,P2蔵匿
事件)を否認し,その後,黙秘を貫いていたが,被告人質問に至って詳細に事実を
供述するに至ったものである。この点,被告人は,帰依している自分が話すことで
真実の尊師が明らかになるなどと述べて,あくまでもA及び教団の立場から事実を
明らかにするとしており,いわば,自分たち教団の正史を残すために供述している
ものといえ,その動機は決して首肯し得るものではない。
 しかしながら,被告人は,事件に正面から取り合っていくことが,自己の一番の
償いであるとも述べているところ,その供述内容や態度からは,本件各犯行の全
貌,とりわけAと被告人だけしか知らない謀議状況等,さらに,被告人自身はもと
より,当初かばっていた他の共犯者らの関与状況に関しても,おおむね率直かつ正
直に記憶に即して供述していることがうかがわれる。また,被告人は,当公判廷だ
けではなく,Aの法廷においても,そのような態度を維持しているのである。
 その随所に見られる宗教的意義を強調する点は,決して是認できるものではな
く,遺族等多くの事件関係者の心情を慮るとき,むしろ厳しい非難に値するという
べきであるが,本件各犯行の真実の解明に寄与したこと自体はそれなり評価するこ
とができる。
 イ 被告人の資質,経歴等
 (ア) 被告人は,昭和39年に3人兄弟の長男として出生し,大学を卒業して間
もなく,教団における最古参の出家信者の1人となったものであるが,前科はな
く,教団での違法行為以前に,何らかの犯罪や触法行為を犯した事実は認められな
い。
 また,その生育歴をみるに,生まれつき口唇に障害があったことから,いじめに
遭うことはあったものの,くじけることなく真面目に学業に励んで大学まで進学
し,家庭にあっても,特に問題となるような行動もなく,両親の情愛に恵まれ,弟
2人に対しても優しい兄であったことがうかがわれる。
 被告人は,生来的に凶暴な性格であったとは認められず,本件各犯行前から犯罪
性向を有したとも認められない。
 (イ) そして,被告人は,高校入学のころなどに自殺の現場に遭遇するなどし
て,人生の無常を感じることがあり,高校生のころからは超能力等に興味を持つよ
うになって,その延長として教団に入信するに至ったというのであり,その入信の
動機は純粋な宗教的好奇心に基づくものと認められる。また,被告人は,大学卒業
後,間もなく出家し,教団の最古参の出家信者の1人となったが,出家を決意した
のは,会社勤めを続けた先の自己の人生に疑問を感じていたところ,Aから3年と
いう期限を定めて強い誘いを受けたためというのであり,被告人が,教団に入信し
出家するに至った経緯については,取り立てて非難すべき事情は見当たらない。
 (ウ) また,被告人は,本件各犯行のうち殺人,殺人未遂等の事件については,
自ら企図したり提案したものではない上,当公判廷における供述からも,本件各犯
行について,Aから救済であるなどと言われ,自らもそのように信じようと努めた
が,最後までわだかまりを捨て切れなかったことがうかがわれる。
 (エ) 被告人の家族が,被告人を見捨てることなく,継続的に面会したり差し入
れするなどしているほか,被告人の両親及び友人が,それぞれ証人として,被告人
の身を案ずる旨証言している。
  以上に照らすと,被告人は,その元来の人格性向において特に悪性があったと
までは認められず,家庭環境にも恵まれ,健全な社会生活を営んでいたものであっ
て,Aに師事することさえなければ,本件各犯行のような凶悪な犯罪に手を染める
ことはなかったものと考えられる。
 とはいえ,被告人は,教団が違法行為を行うようになって以降,他の多くの元信
者らのように,いつでも教団を脱会するなど,違法行為を回避することが十分可能
であったのに,自ら進んで本件各犯行に手を染めたものと認められるから,以上の
ような事情を過大に重視することは相当でない。
 5 結 論
 以上の諸事情を総合し,被告人の量刑について判断する。
既に検討してきたとおり,本件各犯行は,その罪質,目的,態様等に照らして,
いずれも犯罪史上稀にみる悪質なものであり,また,被害者やその遺族の処罰感情
は厳しく,C事件,E事件,I事件を筆頭に,社会に対して大きな衝撃を与えたも
のである。そして,最古参の信者であり,教団の最高幹部の1人であった被告人の
本件各犯行に対する責任はいずれも誠に重大である。
 この点,前記のとおり,被告人に対して酌むべき事情も認められるが,何より
も,被告人は,自主的判断に基づき自発的に選択決定して自己の犯罪として本件各
犯行に加担し,積極的に犯行の遂行に努めており,被告人の行為の結果,26名と
いう多くの被害者が理不尽にもその生命を奪われたのである。しかも,被告人は,
現在に至るまで反省の姿勢をとることを拒絶し,独善的な弁解を強弁し続けて,被
害者を愚弄し,被害者の遺族の心情を深く傷付けているのであり,その更生を期待
することも困難である。
 そうすると,以上の諸事情,特に本件各犯行の悪質さ,結果の重大さ,被告人の
果たした役割の重さ,犯行後の情状は,被告人のために酌むべき事情を完全に凌駕
している。
 死刑が,人の生命を奪い去る究極の刑罰であり,真にやむを得ないと認められる
場合にのみ選択が許されるものであることを考慮しても,死刑制度が存続する限
り,被告人に対しては,死刑をもって臨むほかはない。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成14年7月29日
       東京地方裁判所刑事第2部
            裁判長裁判官   中 谷 雄二郎   
               裁判官   伊藤雅人
               裁判官   蛯原 意

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◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
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独立支援は3名

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