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平成12年(行ケ)第16号 審決取消請求事件
平成14年5月21日口頭弁論終結
判          決
原      告     泰榮商工株式会社
訴訟代理人弁理士     西   良 久
被      告     A
訴訟代理人弁護士     川 口   均
訴訟代理人弁理士     奥 田 弘 之
同            奥 田 規 之
主          文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年審判第35495号事件について平成11年11月15
日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「接触濾材」とする特許第2559628号(平成元
年6月30日出願。平成8年9月5日登録。以下「本件特許」という。)の特許権
者である。
原告は,平成10年10月19日,本件特許を請求項1ないし3のすべてに
関して無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を平成10年
審判第35495号事件として審理し,その結果,平成11年11月15日に,
「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年12月15日にその謄
本を原告に送達した。
2 審決の理由の要点
別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに、①本件発明は,審
判甲第9号証の1ないし3,第10,第11号証(本訴甲第5号証の9の1ないし
3,第5号証の10,11)を総合して認められる公知の発明(以下「公知発明」
という。別紙1の第5図参照)に基づいて容易に発明をすることができたものとす
ることはできない,②本件特許は,願書に添付した明細書及び図面(以下両者を併
せて「本件明細書」という。)に,当業者が容易にその実施をすることができる程
度にその発明の目的,構成及び効果が記載されていないとはいえず,平成2年法律
第30号による改正前の特許法36条3項(以下,同条については,単に「特許法
36条」と記載する。)に違反してなされたものとはいえない,③本件特許の特許
請求の範囲の請求項1ないし3には,各発明の構成に欠くことのできない構成が記
載されていないとはいえず,本件特許は,特許法36条4項に違反してなされたも
のとはいえない,として,請求人(原告)主張の無効事由をすべて排斥するもので
ある。
3 本件特許の特許請求の範囲(別紙1の第1-aないしd図参照)
【請求項1】
「複数の椀状体の外面底部間を結合して成ることを特徴とする接触濾材。」
(以下,「本件発明1」という。)
【請求項2】
「汚水に浮くことを特徴とする請求項1に記載の接触濾材。」(以下,「本件
発明2」という。)
【請求項3】
「前記複数の椀状体のうちの2つの椀状体についての外面底部間での結合の角
度は180°±45°の範囲にあることを特徴とする請求項1又は2に記載の接触
濾材。」(以下、「本件発明3」という。)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「Ⅰ.手続の経緯」(審決書2頁2行~6行),「Ⅱ.本件
特許発明」(2頁7行~末行),「Ⅲ.請求人の主張及び証拠方法」(3頁1行~
12頁6行),「Ⅳ.被請求人の証拠方法」(12頁7行~14頁6行)は認め
る。「Ⅴ.当審の判断」の「1.無効理由1について」(14頁8行~20頁末
行)は争わない。「2.無効理由2について」(21頁1行~26頁8行)のう
ち,無効理由2についての請求人の主張(21頁2行~7行),理由(イ)に関す
る説示の一部(22頁15行~23頁4行の「想定していない」まで),理由
(ロ)に関する説示の一部(23頁5行~24頁7行の「可能であり」まで,24
頁20行~25頁2行の「余裕がある」まで),ビデオテープについての請求人の
主張(25頁13行~16行)は認め,その余は争う。「3.無効理由3について
(判決注・審決26頁9行目の「(3)」は,「3」の誤記と認める。)」(26
頁9行~30頁4行)のうち,理由(イ)に関する説示の一部(26頁16行~2
7頁2行),理由(ニ)に関する説示(29頁12行~末行,30頁1行~4行の
うち,理由(ニ)に関する部分)は認め,その余は争う。
審決は,本件明細書に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に
その発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえず,本件特許は,特許法
36条3項に違反するにもかかわらず,誤ってこれを否定し(取消事由1),本件
明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3には,本件発明1ないし3の構成に欠
くことのできない構成が記載されているとはいえず,本件特許は,特許法36条4
項に違反するにもかかわらず,誤ってこれを否定した(取消事由2)ものであり,
これらの誤りが,それぞれ,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法な
ものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(特許法36条3項違反についての認定判断の誤り)
本件明細書の発明の詳細な説明中には,本件発明1ないし3(以下,まとめ
て単に「本件発明」ということがある。)の接触濾材(以下,まとめて「本件濾
材」ということがある。)を接触ばっ気法による接触ばっ気槽で逆洗時に回転させ
る実施の形態について,本件明細書及び技術常識に基づいて当業者が容易にその実
施をすることができる程度には,記載されていない。本件特許は,特許法36条3
項に違反してなされたものである。
(1) 本件濾材は,単体であれば,逆洗時において,上昇気泡を椀状体に溜め,
その気体の浮力で回転しうる構成である。このことは,同時に,本件濾材は,浄化
時においては,その椀状体が循環する水流の力を受けて揺動したり回転したりし得
る構成でもあることを意味する。
一般に,接触濾材は,浄化時においては,接触ばっ気槽内で静止した状態
に維持されなければならない。これは,浄化時に接触濾材が動いてしまうと,接触
濾材に付着した汚泥が予期せぬ剥離を生じて水質を悪化させてしまうためであり,
このことは,接触濾材には必須の構成である。逆洗時には,接触濾材が拘束されて
動かないままでは,目的を達せられないことが明らかである。
このため,本件発明においては,浄化時には,本件濾材を動かないように
拘束する手段が,逆洗時には,この拘束を解除する手段が,それぞれ必要である。
本件濾材は,接触ばっ気槽内に,多数充填され,接触濾材充填層として使
用されるのが常態である。充填された本件濾材は,浄化時には,上下に循環する流
れに抗して静止しながら汚泥を捕捉蓄積することによって浄化を行い,逆洗時に
は,上昇する気泡により回転して,上記捕捉・蓄積した汚泥を剥離し,引き続く浄
化時の使用に備える。このように,本件濾材は,同一の接触ばっ気槽内で,浄化時
においては水流に抗して静止し,逆洗時には上昇気泡で回転するという二つの相反
する機能を繰り返し実現する点に特徴がある。
ところが,本件明細書では,この相反する静止と回転という動作をどのよ
うに行わせるかについての説明が,全くなされていない。
本件発明の実施例に記載された接触濾材は,二つの椀状体と結合部とから
なる凹凸の大きい外周形状となっているため,相互に絡み合いやすい。接触ばっ気
槽内において,逆洗時に先行する浄化時においては,接触濾材充填層が,濾材受網
で上から押さえ付けられているため,接触濾材充填層を構成する各接触濾材は,接
触濾材相互間に生じる隙間に入り込み,その結果,限られた容積の接触ばっ気槽内
で上下左右に多数の接触濾材が密集度を高めて絡み合うことになり,そのことによ
って,拘束を保つことができるようになっている。接触濾材がこのように絡み合う
状態は,甲第6号証の1(原告による本件実施例1の追試結果を示すビデオテー
プ)や甲第4号証(甲第6号証の1のばっ気槽の上部の窓の拡大写真)により推測
することができる。接触濾材相互の絡み合いが,接触濾材を静止させるための拘束
手段でないとするならば,他の拘束手段が開示されていなければならない。しか
し,本件明細書中には,そのような説明はないから,本件発明では,接触濾材が密
集し絡み合うことが拘束手段となって,浄化時に生じる上から下への循環流の力に
抗して接触濾材を汚水中に静止させていると解するほかない。
浄化時の状態が上記のとおりであるとすると,逆洗時には,このように絡
み合って拘束された接触濾材を,拘束を解除して,個別に回転させなければならな
い。ところが,本件明細書中には,上記拘束をどのようにして解くかについて,全
く記載がない。逆洗時に,濾材受網を外したとしても,拘束された接触濾材から成
る接触濾材充填層が,その浮力で浮き上がるだけで,上記拘束を解いてそれぞれの
接触濾材が分散する方向への力は何も働かない。同様に,逆洗時の上昇気泡によっ
ても,浮き上がろうとする接触濾材充填層と同じ方向に力が作用するにすぎず,拘
束を解く力は作用しない。
(2).審決は,本件濾材の一方の椀状体が上昇気泡を捕捉することによっ
て,逆洗時の回転を効率的に行うことができる,接触濾材の回転は,その材質・比
重にのみ影響されるのではなく,接触濾材の重心位置,椀状体の容積や大きさ等を
工夫すれば,一部の接触濾材による上昇気泡の捕捉がきっかけとなって浄化槽内の
連鎖的な回転を容易にすることも可能である,と認定判断する(審決書25頁27
行~26頁8行)。しかし,この認定判断は,誤りである。
本件濾材が,その効果を奏するようにするためには,浄化槽内に多数の本
件濾材を不規則に投入する必要があり,多数の本件濾材は,汚水中で,相互に絡み
合い,掛け止め合う。このような状況の下では,本件濾材の上方の椀状体に汚泥を
付着させ,下方の椀状体で上昇気泡を捕捉しただけでは,本件濾材を回転させるこ
とは極めて困難である。これ以外の何らかの外部の力を用いて回転させるというの
であれば,本件濾材に限らず,公知発明における乳酸菌飲料の容器の底を切除した
形状の接触濾材であっても,回転させることができることになる。
本件発明の眼目は,本件濾材をどのようにして回転させるか,にある。本
件濾材を,例えば単体の場合のように,接触濾材として機能しないような状況下で
回転させることができるとしても,それだけでは本件発明の効果を奏することがで
きないことは,明らかである。また,この点をおくとしても,接触濾材を汚水中で
上下に回転させるためには接触濾材の比重と重心位置に工夫が必要であり,この点
は,接触濾材を回転させるための必須の構成となるはずである。それにもかかわら
ず,本件明細書には,この点についての明瞭な記載がない。本件発明のように静止
と回転とを繰り返しながら浄化する接触濾材は,従来にはない技術であるから,上
記の点は,当業者において適宜に設計し得る事項といい得る範囲内にはとどまらな
い,というべきである。
(3) 審決は,充填場所内の充填の割合が,本件明細書に例示された80%
程度であれば,20%の場所的余裕があるから接触濾材は回転し得る旨認定判断し
た(審決書24頁20行~25頁9行)。
しかし,この認定は,前記のばっ気槽内の接触濾材充填層の実態を無視
し,事実に反したものであって,誤りである。20%の場所的余裕は,それぞれの
接触濾材の回りにまんべんなく生ずるものではなく,接触濾材充填層の下にこれと
離れて存在しているため,その存在があるからといって,接触濾材相互の間隔を広
げるものではない。
仮に,この場所的余裕が,接触濾材相互間に各接触濾材が動ける余裕をも
たらすとしても,浄化時には,各接触濾材が静止状態を保てるように拘束されるの
であるから,この拘束を解除するためにどのような手段が採られたかが開示されな
ければならない。それにもかかわらず,本件明細書には,この点の開示はなされて
いない。20%の場所的余裕の存在だけでは80%の接触濾材充填層における接触
濾材の拘束を解除する手段とはならないことは明らかであるから,この拘束を解除
する何らかの手段が講じられない限り,接触ばっ気槽内で逆洗を行っても,拘束さ
れた接触濾材を気泡の上昇力によって回転させることはできない。
(4).以上のとおり,本件明細書には,当業者が容易に本件発明1ないし3
を実施できる程度の記載がなく,本件明細書は,特許法36条3項に違反するもの
というべきであるから,本件特許が同条項に違反することを認めなかった審決は取
り消されるべきである。
2 取消事由2(特許法36条4項違反についての認定判断の誤り)
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3には,本件発明1ないし3
に欠くことのできない構成が記載されている,ということはできないから,本件発
明1ないし3に係る特許は,いずれも,特許法第36条第4項に違反する。
(1) 1で述べたとおり,本件発明においては,浄化時には,本件濾材を動かな
いように拘束する手段が,逆洗時には,上記拘束を解除する手段が必要であり,接
触濾材が動かないように拘束する力は,接触濾材が回転しようとする力よりも大き
くなければならない。逆洗時に,接触濾材を回転させようとする気泡の浮力のみに
よっては,静止させるために拘束された接触濾材を回転させることはできないとい
うべきであるから,本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし3には,上記拘束
を解除するための手段が必須の構成要件として記載されていなければならない。し
かし,このようなことは,請求項1ないし3に記載されていない。
(2) 審決は,本件発明において,接触濾材の重心位置,椀状体の容積や大きさ
等を工夫すれば,一部の接触濾材による上昇気泡の捕捉がきっかけとなって接触ば
っ気槽内の連鎖的な回転を容易にすることも可能である,と認定する。しかしなが
ら,前記1で述べたとおり,本件発明で問題となるのは,単体の本件濾材をどのよ
うに回転させるか,ではなく,接触濾材充填層の中で,個々の接触濾材の回転区域
内にある上下左右に密着した多くの他の接触濾材を上記区域から押し出して,接触
濾材同士の絡み合いを解く力をどのようにして得るか,である。本件濾材が単体で
回転しやすい場合には,浄化時にも循環する水流の力で回転しやすくなるので,こ
れを静止させるためには,本件濾材が回転したり揺動したりしないようなより大き
い力で拘束する必要があり,これが接触濾材としての本来の機能を果たすための前
提条件となる。この拘束力を解除するに当たっては,更に大きな力が必要とされる
にことになるのは,当然である。それにもかかわらず,これを解決するための構成
は本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし3には記載されていない。
接触濾材の重心の位置を工夫したり,椀状体の容積や大きさを変えること
だけでは前記拘束を解除する手段にはなり得ない。もし,これが拘束を解除する手
段になり得るのであれば,その構成も,本件発明にとっては欠くことのできない必
須の構成要件となるにもかかわらずに,本件発明では,この具体的な構成は,上記
請求項1ないし3には記載されていない。
(3) 以上のとおり,本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし3には,特許
を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項の記載がなく,本件特許
は,請求項1ないし3のいずれについても,特許法36条4項に違反するものとい
うべきであるから,この違反を認めなかった審決は取り消されるべきである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は,正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(特許法36条3項違反についての判断の誤り)について
(1) 原告の主張は,以下の括弧内に要約した点に尽きる。
「本件濾材は,単体であれば逆洗時には回転可能な構成を備えている。
これは同時に,浄化時にも循環水流によって回転しやすいことを意味している。浄
化時に濾材が回転すると,汚泥の予期せぬ剥離が生じて不都合である。したがっ
て,浄化時には,濾材を静止するための拘束手段が不可欠であり,逆洗時には,こ
の拘束を解除するための手段が必要となる。しかしながら,本件明細書は,この点
について一切記載がないから,特許法第36条3項に違反しており無効である。」
しかしながら,浄化時に何らかの拘束手段を設けなければ逆洗時と同じよ
うに回転してしまう,という原告の認識は,根本的に誤っている。本件濾材は,逆
洗時には,微細な気泡が濾材の下方から多数上昇して各濾材の椀状体内に充填さ
れ,その浮力で回転力を得る仕組みになっている。これに対し,浄化時には,気泡
をパイプ内で上昇させることによって循環水流を形成し,その過程において酸素を
水中に溶かし込み,これによって浄化槽内に酸素を供給する仕組みになっている。
このように,浄化時と逆洗時のいずれにおいても,同じ供給源から導入さ
れたエアを用いるといっても,その使用目的やメカニズムが全く異なっているた
め,浄化時において逆洗時と同様の回転が生じるということはない。
そもそも,本件発明においては,浄化時においては,気泡は上記のとおり
パイプ中を上昇するのであり,本件濾材に接することはない。この気泡の上昇によ
って,水流が形成されるといっても,それは本件濾材を回転させ得るほどの激流と
はならない。
したがって,本件発明においては,原告が主張する「拘束手段」や「解除
手段」などを特に講じる必要はなく,ましてや,浄化時の回転を阻止するために本
件濾材同士をあえて絡ませる必要は,全くない。
特許出願に係る明細書は,当該技術分野における平均的な技術常識を備え
た専門家を念頭において記載すれば十分であり,上記逆洗時及び浄化時のメカニズ
ムは,明細書を普通に読めば理解し得る程度のことにすぎない。
(2) 以上に述べたとおり,本件明細書の記載について,原告指摘の不備はな
く,本件特許に係る出願に特許法36条3項違反はない。取消事由1は理由がな
い。
2 取消事由2(特許法36条4項違反についての認定判断の誤り)について
1で述べたところと同様に,本件明細書の記載には,原告主張の不備はな
く,本件特許に係る出願に特許法36条4項違反はない。取消事由2にも理由がな
い。
第5 当裁判所の判断
1 本件考案の概要について
甲第3号証(本件特許公報)によれば,本件明細書には,次の記載があるこ
とが認められる。
[従来技術]
「接触ばっ気法による汚水浄化装置の接触ばっ気槽において,汚泥を捕捉蓄
積する接触濾材としては,その形状が網目円筒形状,小円筒状,ひも状,網状骨格
体,中空球形骨格体・・・や,乳酸菌飲料の容器の底を切除した形状に類似の形状
を有するプラスチック成形体等もある。」(1欄14行~2欄7行)
[発明が解決しようとする課題]
「近年,小型で高性能かつ安定した浄化作用を持ち保守管理の容易な浄化装
置が切望されている。そのため接触濾材に対しては,汚泥の付着面積が大きく,汚
泥捕捉蓄積量が大きいことが基本的に要求されている。・・・この要求に加えて補
足(判決注・「捕捉」の誤記と認める。)蓄積した汚泥を必要に応じて所望の時期
に容易に剥離できることが要求されている。・・・しかしながら,接触濾材が上記
2つの要求を同時に満たすことは極めて困難であった。例えば,中空球形骨格体等
の形状が複雑なものは,汚泥の捕捉能力が高いものの、汚泥の剥離を容易に行うこ
とは極めて困難である。これに対して,縦穴式ハニカム形状のものは,表面積が大
ではあるが垂直なハニカム壁面を用いるので逆に剥離しやすく,期待する汚泥蓄積
量に達する前に期待せざる剥離があり好ましくない。また,乳酸菌飲料の容器の底
を切除した形状に類似の形状を有する接触濾材は,汚泥の捕捉能力は高いが,捕捉
した汚泥を容易に剥離することは困難であった。この接著(判決注・「接触」の誤
記と認める。)濾材は,通常,接触ばっ気槽内に不規則に多数充填されて使用され
汚泥を捕捉蓄積するが,蓄積した汚泥を容易に剥離できない。例えば,前記槽の底
に設けられたエア吸出口から放出されたエアの上昇力を利用した剥離方法(逆洗)
によっては、充填層全体の汚泥を剥離できない。また,円筒状のものは,期待せざ
る剥離があり,かつ逆洗によっては,充填層全体にわたって汚泥を剥離できない。
本発明は上記従来技術の問題点を解決した接触濾材を提供することを目的とす
る。」(3欄8行~39行)
[課題を解決するための手段]
「本発明によれば,複数の椀状体の外面底部間を結合して成る接触濾材によ
り上記目的を達成することができる。」(3欄40行~43行)
[好適な実施態様および作用]
「本発明の接触濾材は,接触ばっ気槽内に多数充填して使用する。また,本
発明の接触濾材は汚水に浮くので,接触ばっ気槽に設けられた金網等で汚水中に静
止するように規制して使用する。このように静止した接触濾材は,通常,不規則
(ランダム)に充填されている。本発明の接触濾材は椀状体を有し,この椀状体で
汚泥を捕捉し蓄積するので,汚泥捕捉率が高く蓄積量が基本的に大きい。・・・捕
捉蓄積した汚泥を本発明の接触濾材から剥離する場合には,例えば逆洗等の簡単な
剥離方法により所望の時期に汚泥を剥離できる。逆洗とは,接触ばっ気槽内の接触
濾材充填層より下方から空気等の気体を放出し,気体の上昇力を利用して汚泥を接
触濾材から剥離する方法である。・・・接触濾材充填層より下方から放出された気
体は,接触ばっ気槽の汚水面に向って上昇する。この上昇する気体が,本発明の接
触濾材の複数の椀状体のうち,開口が接触ばっ気槽の底方向を向いた椀状体の凹部
内に一定量以上捕捉されると,この気泡の浮力によって接触濾材が回転する。この
回転によって接触濾材のその時まで上向きの開口凹部内に蓄積されていた汚泥が剥
離する。また,回転する接触濾材の椀状体は,接触濾材充填層の隣接する他の接触
濾材の椀状体と噛合して回転するので,隣接する他の接触濾材の回転を融起(判決
注・「誘起」の誤記と認める。)する。このようにして接触濾材充填層全体にわた
り接触濾材がわずかの気体浮上により良好に回転するので,接触濾材に蓄積された
汚泥を容易にかつ良好に剥離することができる。」(3欄48行~4欄38行)
[発明の効果]
「本発明の接触濾材は,複数の椀状体の外面底部間が結合して成るので,汚
泥を効率良く捕捉し大量の汚泥を蓄積でき,かつ,この蓄積した汚泥を所望の時期
に,空気吹上げによる良好な回転によって簡単に剥離することができる。」(9欄
1行~6行)
本件明細書の上記認定の各記載によれば,本件発明は,接触ばっ気槽に使用
する接触濾材に要求される,汚泥の付着面積が大きく,汚泥捕捉蓄積量が大きいこ
と,及び,この要求に加えて捕捉蓄積した汚泥を必要に応じて所望の時期に容易に
剥離できること,という,同時に満たすことが困難な,二つの要求を満たす接触濾
材を提供することを課題とし,この課題の解決のため,接触濾材に「複数の椀状体
の外面底部間を結合」するとの構成を採用したものであるということができる。特
に,従来例として掲げられた「乳酸菌飲料の底部を切除した形状」の接触濾材との
関係においては,同濾材の欠点である,捕捉した汚泥を容易に剥離することは困
難,との問題を解決しようとするものである。
2 取消事由1(特許法36条3項違反についての認定判断の誤り)について
(1) 上記1で認定したとおり,本件明細書には,本件濾材による汚泥の捕捉及
びその剥離についての好適な実施態様として,浄化時においては,本件濾材の上向
きの椀状体で汚泥を捕捉して蓄積し,逆洗時においては,本件濾材の,下向きの椀
状体の凹部内に,接触ばっ気層内の接触濾材充填層より下方から放出され上昇する
気泡を捕捉し,この気泡の浮力によって本件濾材が回転し,この回転によって,本
件濾材の上向きの椀状体に蓄積されていた汚泥が剥離し,かつ,回転する本件濾材
が隣接する他の本件濾材と噛合することによって,他の接触濾材も連鎖的に回転
し,これらの濾材に捕捉された汚泥も剥離すること,が記載されている。
原告は,本件発明において,本件濾材は,接触ばっ気槽内で受網等に規制
され,相互に絡み合って拘束された状態となるのに,本件明細書には,逆洗時に,
このような拘束状態にある本件濾材を,どのように回転させて捕捉蓄積した汚泥を
剥離するかについて,当業者が容易に実施できる程度に記載がされていないから,
特許法第36条3項に違反する,と主張する。
しかしながら,本件発明は,公知の接触ばっ気法の接触ばっ気槽に用いら
れる,請求項1ないし3に記載されたとおりの接触濾材そのものの発明であって,
その接触濾材の実施方法についての発明ではないから,仮に,本件濾材が本件明細
書に好適な実施態様として記載されたとおりに,逆洗時に回転しないとしても,こ
のことをもって,直ちに,本件明細書の記載が特許法36条3項に違反すると断定
することはできないというべきである。原告の主張はそもそもその出発点において
既に誤っており,主張自体失当というべきである。
(2) 本件明細書の記載が特許法36条3項に適合しているか否かは,本件濾材
を接触濾材として使用することが容易に実現しうる程度に記載されているか,とい
う観点からのみみるべきである。
本件明細書の上記1で認定した記載によれば,本件濾材は,公知発明の乳
酸菌飲料容器の底部を切除した形状の接触濾材と同様に,通常,接触ばっ気槽内に
多数が不規則(ランダム)に充填されて使用されるものであること,本件濾材をこ
のように使用することは当業者において容易になし得るところであり,その充填量
の決定は,当業者が適宜なし得る設計事項であること,本件濾材が,その構成上,
接触濾材として汚泥を捕捉することが可能なことは,明らかである。また,甲第5
号証の10(「浄化槽革命」石井勲・山田國廣著(合同出版1994年2月10日
第1刷発行)の96頁~97頁)及び弁論の全趣旨によれば,接触ばっ気法による
汚水の処理において,逆洗は,汚泥により接触濾材自体が閉塞するのを防止するた
め接触濾材から汚泥を剥離する手段として周知であること,公知発明の乳酸菌飲料
容器の底部を切除した形状の接触濾材はもちろん,およそ回転することはあり得な
い形状である網状,板状等の接触濾材(甲第5号証の11の100頁の図8参照)
にも常套的に適用され,所期の効果が達せられていることが認められる。この認定
事実によれば,仮に,本件濾材が,本件明細書に好適な実施態様として記載された
とおりに,濾材層全体にわたって連鎖的に回転しないとしても,本件濾材に周知の
逆洗条件を適用すれば,捕捉蓄積した汚泥を剥離することは十分に可能であるとい
うべきであり,本件発明の濾材のみが,捕捉蓄積した汚泥を剥離し得ないと認める
に足りる証拠はない。
(3) また,仮に,捕捉蓄積した汚泥を剥離するために,本件濾材が回転するこ
とが必要であるとしても,本件発明の実施態様は,本件明細書に好適な実施態様と
して記載されたものに限られないことは明らかであり,本件審決が述べるとおり,
逆洗時において,「エア放出量の増大(又はエア圧の増大)や外部からの機械的な
力,さらには,受網の操作等により接触濾材にその回転を誘起するきっかけを与え
れば,その後上昇気泡の捕捉によって接触濾材の効率的な回転が可能であるとも云
える」(審決書21頁16行~22頁1行)から,本件濾材が本件明細書の好適な
実施態様に記載されたとおりに逆洗時に回転しないとしても,そのことのみをもっ
て,本件明細書の記載に不備があるということはできないというべきである。
(4) 以上述べたところによれば,取消事由1は,理由がないことが明らかであ
る。
3 取消事由2(特許法36条4項違背)について
原告は,本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし3では,本件発明1な
いし3を実施する上で必須の構成である,浄化時に接触濾材を動かないように拘束
する手段,及び,逆洗時に上記拘束を解除する手段を,構成要件としていないか
ら,本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし3の記載は,特許法36条4項に
違反する旨,主張する。
しかしながら,2において既に述べたとおり,本件発明1ないし3は,いず
れも,公知の接触ばっ気法の接触ばっ気槽に用いる接触濾材そのものに関するもの
であり,接触濾材を動かないように拘束する手段,及び,逆洗時に上記拘束を解除
する手段は,接触濾材自体の構成とは直接関係しないものであるから,本件請求項
1ないし3がこのような手段を構成要件としていなくとも,発明の構成に欠くこと
ができない事項が記載されていないということはできず,本件明細書中の特許請求
の範囲の記載が特許法36条4項の規定に違反すると認めることはできない。原告
の主張は,出発点において既に誤っており,主張自体失当というべきである。
以上によれば,取消事由2も理由がない。
第6 以上のとおりであるから,取消事由1,2はいずれも理由がなく,その他,
審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄
却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を
適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官     山  下  和  明
裁判官     設  樂  隆  一
裁判官    阿  部  正  幸
(別紙)
別紙1

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