弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告Aは,原告に対し,別紙物件目録1記載の土地についてなした別紙登記
目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。
2被告Bは,原告に対し,別紙物件目録2記載の建物を収去して,同目録1記
載の土地を明け渡せ。
第2事案の概要
本件は,原告が,原告と被告A間の土地売買契約の錯誤無効又は詐欺取消に
基づき,土地所有権に基づく妨害排除請求として,被告Aに対しては所有権移転登
記の抹消登記手続を求めると共に,被告Bに対しては同土地上建物の収去と土地明
渡を求める事案である。
1争いのない事実
(1)当事者
原告は普通地方公共団体である。
被告Aは,株式会社甲の代表取締役である。
被告Bは指定暴力団乙組の組長である。
(2)原告による本件土地買受募集とその条件
原告は,別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という)を,公募
抽選の方法(買受人を公開募集し,原告の決めた値段で複数の応募者があった場合
には抽選で購入者を決定する)により売り出したが,応募者が辞退したため,平成
13年1月17日から先着順による常時募集を実施した。
その際の応募条件は以下のとおりであった。
①自己が所有し居住する住宅の敷地として使用できる方
②自ら住宅を建築し,又は住宅の建築を条件として譲渡する方(この場
合,事前に原告の承認が必要)
③住宅の敷地として使用しない場合は,申込者本人が使用できる方
また,留意事項として,当選者との売買契約及び所有権移転登記は,応募
申込書に記載された名義でしか行いませんという記載もあった。
なお,地方自治法15条に基づく規則である公有財産規則48条において
は,普通財産の処分は公共の福祉に適合するように行わなければならないとされて
いる。
(3)原告と被告Aの本件土地売買
被告Aは,平成13年2月5日,「市有地売払の応募資格,条件,内容等
を承諾の上」,上記②の住宅分譲目的はないということで本件土地について市有地
売り払いの申込みをした。
被告Aは,平成13年3月12日,契約保証金38万8650円を原告に
支払った。
原告と被告Aは,平成13年3月14日,本件土地について代金1295
万5000円で次の特約を付して売買契約(以下「本件売買契約」という)を締結
した。
住宅用敷地として使用しない場合には,申込者本人が風俗営業及び性風俗
特殊営業の用途以外を目的として,売買契約締結の日から3年を経過する日まで使
用すること
平成13年5月8日,被告Aは原告に対し,1256万6350円を支払
った。
平成13年5月9日,原告は被告Aに対し,本件土地について,別紙登記
目録記載の所有権移転登記手続をした。
(4)被告Aの建物建築
平成13年4月6日,被告Aは,本件土地に延べ162平方メートルの建
物を建築する旨の建築確認申請をし,平成13年4月17日建築確認を受けた。
平成13年8月27日,本件土地上に別紙物件目録2記載の建物(以下
「本件建物」という)が完成し,完了検査がなされ,9月5日,検査済証が交付さ
れ,9月7日建物表示登記,9月11日被告A名義の建物保存登記がなされた。
(5)被告Bへの本件建物所有権移転と,乙組の暴力団事務所開設
平成13年9月25日,本件建物について,被告B名義に所有権移転登記
がなされた。
被告Bは,本件建物に乙組の暴力団事務所を開設した。
2争点
本件の争点は,①被告Aは被告Bのダミーであって,本件売買契約の買い主
は被告Bであったか,②そうでないとしても,被告Aは,当初から本件土地を被告
Bに暴力団事務所として使用させる目的を有していながらそれを秘して本件土地を
購入したか,である。
(1)本件売買契約の錯誤無効
ア原告の主張
被告Bは,暴力団事務所として使用する目的で,被告Aをダミーとして
利用し,本件土地を買い受けたものである。普通地方公共団体である原告は,かか
る事実を知っていれば,本件土地を売却するはずがなく,買い主が暴力団事務所と
して使用する目的は本件売買契約の重要な事項であって,この点に関する錯誤は要
素の錯誤であるから,本件売買契約は錯誤により無効である。
仮に,上記の主張が認められないとしても,被告Aは当初から,本件土
地を暴力団事務所として使用する目的を有する被告Bに転売するつもりでありなが
ら,自己使用目的と偽って申込みをしたのであって,原告は,その旨誤信して本件
売買契約を締結したのであるから,本件売買契約は錯誤により無効である。
よって,原告は,本件売買契約の錯誤無効に基づき,本件土地所有権に
基づく妨害排除請求として,被告Aに対しては所有権移転登記の抹消登記手続を求
めると共に,被告Bに対しては本件建物を収去し本件土地を明け渡すことを求め
る。
イ被告らの認否
否認する。
被告Aは,宝石のリメイク業を思い立ち,その事務所に相応しい敷地と
して本件土地を原告から購入し,本件建物の建築を開始したが,その後,資金が苦
しくなったので宝石のリメイク業を断念すると共に本件土地の買戻しを原告に求め
たが断られたため,投下資金を回収するために,本件建物を知人の被告Bに買い取
ってもらったものである。従って,被告Aは被告Bのダミーでもないし,被告らは
当初から本件土地を暴力団事務所として使用する目的など有していなかった。
(2)本件売買契約の詐欺取消
ア原告の主張
前記のとおり,被告Bは,暴力団事務所として使用する目的を秘して,
ダミーである被告Aが買受け自ら使用するかのように偽って売買申込みをした。
仮に,上記の主張が認められないとしても,被告Aは,当初から,本件
土地を暴力団事務所として使用する目的を有する被告Bに転売する目的を有しなが
ら,自己使用目的と偽って申込みをした。被告Bは被告Aの上記詐欺の事実を知っ
ていた。
原告は,被告Aが自ら使用するものと誤信して売却したのであって,被
告Bが暴力団事務所として使用する目的で買い受けるのであれば,本件土地を売却
することはなかった。
よって,原告は本訴状の送達をもって本件売買契約を取り消し,本件土
地所有権に基づく妨害排除請求として,被告Aに対しては所有権移転登記の抹消登
記手続を求めると共に,被告Bに対しては本件建物を収去し本件土地を明け渡すこ
とを求める。
イ被告らの認否
否認する。
理由は,錯誤無効の主張に対する認否として述べたのと同様である。
第3争点に対する判断
1原告は,被告らは当初から本件土地を暴力団乙組事務所建物の敷地として使
用する目的を有しており,被告Aは同Bのダミーであったし,そうでないとして
も,被告Aは上記目的を隠して本件土地を購入したのであるから,本件売買契約は
錯誤ないし詐欺に基づくものであると主張する。
そこで,以下,被告らが当初から本件土地を乙組の暴力団事務所敷地として
使用する目的を有していたかどうかを検討する。
(1)確かに,本件土地の購入の経緯及びその後の本件建物の売買の経緯に関す
る被告らの言い分には,以下のとおり不自然,不合理な点が少なからず存する。
ア被告Aは,本件土地の購入代金(1295万5000円),本件建物の
建築代金(この額自体明らかでない)の捻出方法や出どころについてあいまいな事
実しか述べず,これを裏付ける証拠も提出しない。
イ被告Aは,本件建物で宝石のリメイク業をすることを予定していたが,
資金が苦しくなったため,本件建物を売却することにしたと述べるものの,一方
で,被告Aが代表取締役を務める甲の収益は年間2億円もあったと述べ,また,平
成14年11月には,3060万円の住宅ローンを組んでマンションを購入してい
るのであって(甲30,被告A本人),平成13年当時,事業資金が苦しくなった
という供述は必ずしも信用できない。また,被告Aが意図していたという本件建物
における宝石のリメイク業に関する構想自体はなはだあいまいである。
ウ被告Aは,本件建物を被告Bに売却した経緯について,事業資金の不足
により宝石のリメイク業の実現が困難になったので,本件建物の賃貸ないし売却先
を探したところ,Zという人物が賃借を希望してきたので,同人と賃貸借契約を締
結したものの,同人が柄の悪い人物で,調べてみると暴力団の組員であることが分
かったため,トラブルを避けるために賃貸借契約を反故にしようと考えて知り合い
の被告Bと相談した結果,被告Bに買ってもらうことになったと述べるが,被告B
も暴力団組長であることを考えると,経緯としては必ずしも合理的でない。
エ被告らの間の本件建物の売買について,確かに,2500万円の領収証
(丙2)はあるものの,被告Bの2500万円の捻出方法や出どころについても,
被告Aの2500万円の保管先や消費方法についても,被告らの説明はあいまいで
ある。
オ前記争いのない事実のとおり,平成13年8月27日に本件土地上に本
件建物が完成し,9月7日に建物表示登記,9月11日に被告A名義で建物保存登
記がなされるや,9月25日には被告Bに所有権移転登記がなされており,被告A
は本件建物を全く使用していない。
(2)検討
以上のとおり,宝石のリメイク事業のために本件土地を購入したという被
告Aの言い分は説得力が乏しいし,被告Aが本件土地の購入代金や本件建物の建築
代金を自ら出捐したことを裏付ける証拠もなく,被告Aが本件建物を被告Bに売却
した経緯に関する説明も説得力に乏しく,被告らの間の本件建物売買の代金授受に
ついても領収証以外には裏付けがないのであって,被告Aの本件土地購入の目的,
経緯や,本件建物を被告Bに売却するに至った経緯については不審な点が多いとい
うべきである。
しかしながら,以上のことは,被告らの言い分の信用性を低下させるもの
ではあっても,それを超えて,より積極的に,被告らが本件土地を当初から乙組事
務所敷地として使用する目的を有していたという原告の主張を推認させる事実とし
ては未だ不十分といわざるを得ない。
もっとも,証拠(甲4,被告A本人)によれば,被告Aが代表取締役を務
める甲の取締役のうち2名は暴力団丙会会長Cの子であるD及びEであることが認
められ,また,現に被告Aは被告Bに本件建物を買ってもらっているのであって,
これらの事実に照らせば被告Aは暴力団関係者と親交があることが認められる。し
かしながら,被告Aのかかる交際関係から直ちに,乙組事務所敷地としての当初か
らの使用目的という原告主張の事実を推認するのは困難である。
また,甲7号証によれば,本件建物の建設当時から,本件土地の隣接地の
管理者が,本件建物が暴力団事務所として使用されるということについて抗議の声
を上げていたことが認められる。しかしながら,同人がどのような経路からそのよ
うな噂を入手したのか,その噂に何らかの根拠があったのかなどの事実は明らかで
ないから,上記の事実もまた,乙組事務所敷地としての当初からの使用目的という
原告主張の事実を推認するには不十分なものというべきである。
以上の次第で,これらの原告に有利な事実や証拠を総合しても,被告ら
が,本件売買契約当時から,本件土地を乙組事務所敷地として使用する目的を有し
ていたと認定するのは,推認の過程に飛躍があり,困難であるといわざるを得な
い。
なお,原告は,本件建物の1階正面に鋼製シャッターがあること,玄関が
奥にあって薄暗いこと,窓などの採光部が少ないこと,3階が10畳と12畳の和
室であることなど,本件建物は暴力団事務所向けの構造,仕様であって,このこと
も,被告らが当初から本件土地を乙組事務所敷地として使用する目的を有していた
ことを推認させると主張する。
しかしながら,本件建物の1階正面の鋼製シャッターが,事務所用建物に
しばしば設けられるものとは異なるものであるとか,暴力団事務所向けのものであ
ることを認めるに足りる証拠はないし,証拠(甲22,23の7ないし11)によ
れば,本件建物の玄関が奥まった部分にあるのは,縦に細長い本件建物の1階前側
にポーチ・駐輪場を設けた結果そうなったに過ぎないと認められる(かような構造
の建物は,本件土地のような縦長の土地上の建物にはしばしば見受けられるもので
ある)。また,原告は,3階が10畳と12畳の和室であること(その後,10畳
二間に設計変更されている)は,引き戸を外して大広間として暴力団の定例会を催
すためであるというが,3階がかかる構造であるからといってそこまでの事実を推
認するのは困難である
。さらに,上記の各証拠によれば,本件建物の採光部が極端に少ないとも認められ
ず,かえって,2,3階の正面はいずれも,ほぼ全面がサッシの開き戸になってお
り,バルコニーも設けられているのであって,むしろ,暴力団事務所の正面として
は違和感がある構造,仕様である。これらの事実に照らすと,本件建物が暴力団事
務所向けの構造,仕様であると認めることはできず,その他に,かかる事実を認め
るに足りる証拠はない。
(3)かえって,被告らに有利な以下の事実ないし証拠がある。
証人Fは,「被告Aから『宝石のリメイク業をするので,事務所にふさわ
しい土地を探してほしい』と頼まれたので,適当な土地を物色するうち本件土地を
見つけて,原告と被告Aの本件売買契約手続を代行したところが,被告Aから『事
業資金が足りなくなったので,予定を変更して,本件建物を賃貸に出してほしい』
と頼まれたので,賃貸先を探してGとの賃貸借契約締結を代行した」旨の被告Aの
供述を裏付ける証言をする。
原告は,被告Aが情を知らない証人Fを利用した旨主張するが,そのよう
な事実を認めるに足りる証拠はない。
そして,証人Fの上記証言及び甲27号証,乙4号証によれば,被告A
は,本件建物を賃貸に出すことを考えて,張り紙を出すなどの宣伝をし,賃借を申
し込んできたGと平成13年9月15日に本件建物の賃貸借契約を締結した事実が
認められる。原告は,上記賃貸借をもって,乙組事務所の敷地として使用する目的
を当初から有していたことを隠蔽するための偽装工作であると主張するけれども,
そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
また,被告Aは,事業資金が苦しくなり本件土地建物を手放したくなった
ため,原告の担当者職員Hに本件土地建物の買戻しを要請したが断られた旨述べ
る。前記のとおり,被告Aの供述には不自然,不合理な点が少なくないものの,上
記のとおり,その後,被告Aが本件建物を賃貸に出そうとしたことが認められ,こ
のことは被告Aの上記供述を裏付けるものということができるから,少なくとも買
戻し要請に関する被告Aの供述は信用することができる。もっとも,原告は,上記
買戻しの要請を受けた事実を否認するけれども,この点に関して具体的な反証を提
出せず,その他に,上記買戻し要請の事実の認定を妨げる証拠はない。
以上の事実ないし証拠はいずれも,被告Aが,本件売買契約締結の時点に
おいては,本件土地を乙組事務所敷地として使用させる目的を有してはいなかった
ことを推認させる重要な事実というべきである。
2結論
以上の次第で,本件土地購入及びその後の本件建物の売買に関する被告らの
言い分にはあいまいな点,不自然,不合理な点があり,必ずしも全面的に信用する
ことはできないものの,その一方で,被告らが,本件売買契約当時から,本件土地
を暴力団乙組事務所敷地として使用する目的を有していたことを認めるのに十分な
証拠はなく,かえって,これと矛盾する事実が認められることに鑑みると,本件売
買契約当時における暴力団事務所使用目的の事実を認定することはできない。そう
すると,かかる事実を前提とする,原告の錯誤及び詐欺の主張はいずれも認めるこ
とができない。
よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判官太田敬司

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