弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主          文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告に対し,連帯して金500万円及びこれに対する平成10年
1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要等
本件は,被告L市(M福祉事務所)による入所措置決定により被告社会福祉
法人G(以下「被告G」という。)が運営する知的障害者更生施設H(以下「H」
という。)に入所した原告が,平成8年7月16日以降平成10年4月5日までの
間,同施設の嘱託医である被告医療法人I(以下「被告I」という。)運営のI病
院A医師から処方を受けたニューレプチル等の薬剤を服用したことにより,肝障害
等の健康被害を受けたとして,被告L市に対しては国家賠償法1条1項,被告Gに
対しては民法709条,被告Iに対しては民法715条にそれぞれ基づき,各自連
帯して慰謝料500万円の支払い及び平成10年1月21日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲記した部分以外の事実は当事者間に争いがな
い。)
(1) 当事者
ア 原告
原告は,昭和51年10月16日,父B及び母Cの間に生まれた。
原告には,自閉傾向を伴う軽度の精神遅滞が認められ,平成8年3月2
5日の精神科医による診察の結果,以下のとおりと診断された(甲1)。
主な精神障害:精神遅滞
発生年月日:昭和55年ころ
現病歴:衝動行為
知能障害:軽度(鈴木ビネー式IQ56)
精神症状:強迫観念
問題行動及び習癖:暴行・器物破壊・常動行動
性格特徴:自閉傾向強く他者との交流が困難で衝動的
要注意度:随時一応の注意を必要とする。
日常生活の介助度:衣服(自立),食事(半介助),排泄(自立),入
浴(半介助),睡眠(時々不眠),危険物(特定の物・場所は分かる)
備考:衝動的行動が目立ち,時に他者に危害を加える。このため介助度
が著しく高い。
イ 被告L市
被告L市(M福祉事務所長)は,18歳以上の知的障害者に対して,知
的障害者福祉法16条1項2号に基づき,知的障害者更生施設に入所措置をする権
限が与えられている。
ウ 被告G
被告Gは,昭和58年4月,兵庫県a郡に知的障害者更生施設としてH
を設置し,運営している。
Hの園長はDであり,Hには現在約70名の入所者がいる。
エ 被告I
被告IはI病院を運営している。
A医師は同病院の医師であり,平成7年1月に同病院の副院長となり,
平成9年6月には院長に就任して現在に至っている(丁3,証人A)。
同医師は原告がHに入所していた当時,同園の嘱託医であった(証人
A)。
(2) 原告の血液検査の結果
原告の平成7年8月28日以降の血液検査の結果は,別紙検査結果一覧表
のとおりである。
(3) 事実経緯
ア Hへの短期入所に至る経緯
原告は,昭和55年4月(当時3歳6か月)に,言葉の遅れ,友人と遊
べない等の理由により初めてL市児童相談所を訪れて以来,2週間に1回程度,同
相談所において指導を受けていたが,昭和63年夏ころには,他人の自転車を乗り
回して捨てる,スーパーで万引きをする,他の児童を叩く,学校の窓ガラスを割
る,自動車のホイールキャップを外す,枯葉に火を付ける等の問題行動が目立つよ
うになった。平成2年には,線路に物を並べて電車を止めるということもあった。
原告は,平成4年4月,L市立N高等学校(夜間)に入学したが,平成
5年になると電車の線路上に標識を並べて置く,国道2号線を走行中の自動車に向
かって自転車を投げつける,駐車中の自動車のホイールキャップを外して川に投げ
込む,他人の自転車を勝手に移動させる,逆上すると相手の顔面を殴るなどの問題
行動を起こすようになった。
このような問題行動に対し,原告両親は,平成5年10月26日,Eク
リニック(精神科,神経科)を受診し,L市児童相談所を訪れて相談した。同相談
所の医師の判断では,論理的な思考の組み立てが行えず,社会通念に沿った抽象的
な道徳観念を理解できない,また,欲求の自制が効きにくいため問題行動として出
現しやすいとのことであった。
同年11月9日,M福祉事務所,L市児童相談所,H等が協議した結
果,今後両親だけの力で高校生活を継続すると,同様の問題行動を繰り返す可能性
が強く,高校においても原告を受容できる状況でないと判断され,今後とも連携を
取りながらサポートしていくこととし,Hに短期入所する方法が採られることとな
った。
イ Hへの短期入所
原告は,平成5年11月23日から平成7年12月31日に至るまで,
合計14回にわたってHに短期入所した。
原告は,短期入所中,他の入所者を突き飛ばしたり,箸で突くなどした
ほか,女子入所者に対して,キスをする,胸や股間を触る,一緒にベッドに入る,
パンツの中に手を入れるなどの問題行動を起こした。
ウ 措置入所に至る経緯
原告がHへの短期入所を繰り返してきた間,M福祉事務所,L市児童相
談所,K作業所,N高校,H,原告両親等は,原告の処遇について,11回にわた
って合同ケース会議を開き,協議,検討を重ねてきた。その結果,平成8年6月1
日,M福祉事務所長は,精神薄弱者福祉法(現「知的障害者福祉法」)第16条1
項2号に基づき,原告の入所援護をHに委託する旨決定し,原告は,同月10日か
らHに入所した。
エ 措置入所後の状況
Hは,入所翌日の平成8年6月11日,原告にA医師の診察を受けさ
せ,同医師は,原告に対して,向精神薬レボトミン5ミリグラム1錠及び睡眠導入
剤レンドルミン1錠を眠る前1回服用するよう処方をした。
原告はこれを服用していたが,その後も問題行動が見られた。そこで,
A医師は,同年7月16日,原告に対して,プロペリシアジン製剤であるニューレ
プチルを5ミリグラム,朝夕の2回服用するよう処方を変更した。
同月23日,原告が「しんどい。」「発作がある。」などと訴えるの
で,内科医の診察を受けさせたところ,「過呼吸症候群」と診断された。
その後,A医師は,同年8月2日に,ニューレプチルの量を半減して
2.5ミリグラム,朝夕2回服用するよう処方を変更したが,同年9月19日に
は,再び従前の投与量に戻して,5ミリグラムを朝夕2回服用するよう処方を変更
した。その後も,A医師は原告に対し,別紙投薬状況一覧記載のとおり,ニューレ
プチルを継続的に処方し,Hは,原告が平成10年4月5日にニューレプチル及び
レボトミン(ヒルナミン)の服用を自主的に中止するまで,これを原告に服用させ
た(以下,原告に対する平成8年6月11日以降,平成10年4月5日までの間の
ニューレプチル等の薬剤投与を「本件投薬」という。)。
しかしながら,原告は,本件投薬中も,他の入所者を箸で刺してけがを
負わせるなどし,また,女子入所者に対しても,キスをする,陰部を触る,下半身
を裸にするなどの問題行動を起こした。
オ 退所の経緯
原告は平成10年3月25日に春休みで自宅に帰省したが,その後,H
には戻って来ず,同年5月12日,措置解除となった。
2 争点
本件の争点は,①原告に肝機能障害等の体調不良が生じたかどうか,②原告
の体調不良と本件投薬との因果関係,③本件投薬の違法性及び被告らの過失,④損
害額である。
(1) 争点①(原告の肝機能障害等の体調不良の有無),争点②(原告の体調不
良と本件投薬との因果関係)について
(原告の主張)
原告は,本件投薬の結果,Hでの日常生活において,自分らしさを発揮す
る機会を与えられることなく,終始,眠気の中で無為に過ごさざるを得なくなり,
また,ニューレプチル投与開始後の平成8年7月23日,過呼吸発作を起こしたの
みならず,その後の継続的な薬剤投与により,体調の優れない状態を強いられ,特
に平成10年1月14日から同年4月24日に至るまでは,別紙検査結果一覧表の
とおり,肝機能障害を来した。
原告はH入所後,特にニューレプチルの投与が開始されてから,明らかな
体調不良を訴え続けており,それは,ニューレプチル等の服薬を自主的に中止する
まで続いた。そして,原告が服薬を中止した後,肝機能に関する数値は正常値に回
復している。
したがって,原告の上記眠気,過呼吸発作,肝機能障害は,Hにおけるニ
ューレプチルを初めとする本件投薬に起因するものであり,Hにおける本件投薬
と,原告の肝機能障害との間には因果関係がある。
被告らは,原告の肝機能障害について,帰省中にBが飲ませたアルコール
の副作用であり,ニューレプチルの副作用ではないと主張するが,原告が帰省中に
飲酒した旨述べたとしても,原告が実際に述べただけの量のアルコールを摂取した
わけではない。原告は自分が大人でありアルコールも飲めるのだということを顕示
したいという欲求が強かっただけである。
(被告らの認否反論)
原告の主張のうち,原告がニューレプチル投与開始後の平成8年7月23
日過呼吸発作を起こしたこと,原告の血液検査の結果が別紙検査結果一覧表のとお
りであることは認め,その余はいずれも否認ないし争う。
ア 眠気等について
原告は,本件投薬の結果,原告が,自分らしさを発揮できなくなったと
主張するが,ニューレプチルは,問題行動を防ぐ効果がある薬であり,Hは同園に
おける共同生活を維持する上で必要最小限の量を原告に投与していた。このことに
よって,原告の衝動的他害行動は抑制されるが,原告の活動自体を鈍化させるもの
ではない。
原告は,睡眠不足で居眠りをすることがあったが,夜遅くまで迷惑行為
等をしていたためであって,本件投薬との間に因果関係はない。
原告が主張する「自分らしさの発揮」とは何なのか具体性がないが,原
告の行動が活発であったことは,原告の問題行動の多さから明らかである。
よって,原告が眠気等によって自分らしさを発揮できなかったというこ
とはないし,眠気等と本件投薬との間の因果関係もない。
イ 過呼吸発作について
原告に生じた過呼吸発作は,内科医の診察によれば,不安神経症の人に
起こりやすい過呼吸症候群であるとのことであった。また,その過呼吸発作は,呼
吸方法の指導を受けたことによって,すぐに楽になったものである。しかも,その
後,ニューレプチルを継続投与しても,過呼吸発作は再発はしなかったのであっ
て,一過性のものであった。
ウ 肝機能障害について
原告は,本件投薬によって肝機能障害を被ったと主張する。しかしなが
ら,薬剤による肝機能障害は,当該薬剤を使用し始めて大体1か月以内にアレルギ
ー反応を起こして発生するのが通常である。ところが,原告の場合,別紙検査結果
一覧表記載のとおり,ニューレプチル投与数か月を経過した平成8年12月6日の
検査結果によっても正常値であり,平成10年1月14日に初めて異常な数値を示
しているのであって,かかる経緯に照らすと,平成10年1月14日の肝機能検査
の異常な数値は本件投薬以外の原因によるものというべきである。そして,原告
は,帰省中に不規則な生活をし,飲酒しているとすると,原告の肝機能障害はこれ
らに起因するものと考えられる。
また,原告の平成10年1月14日及び同年4月6日における血液生化
学検査の数値によれば軽度の肝機能障害が認められるが,いずれもごく軽微なもの
に過ぎないし,ALP値についても,骨代謝の影響を受けやすく,特に成長期の若
年者においては300ないし500IU/L(以下,肝機能値については単位を省
略する。)程度まで上昇することは稀ではないのであって,150前後のALP値
は当時の原告の年齢から考えて,特に異常というべきものではない。この程度の肝
機能の数値では,自覚症状はなく,意識障害も考えられないのであり,原告の日常
生活に何らの支障を来すものではない。
したがって,原告の主張する肝機能障害はごく軽微なものに過ぎない
し,本件投薬との因果関係もない。
(2) 争点③(本件投薬の違法性及び過失)について
ア Hの注意義務違反
(原告の主張)
(ア) 原告に対する監護療育義務違反
a Hは,知的障害者福祉の専門機関として,福祉の専門的見地から,
原告を保護するとともに,その更生に必要な指導及び訓練を行うことを目的として
いるのであるから,原告に対しては専ら福祉的手段により対応すべき監護療育義務
がある。
すなわち,Hは,問題行動を起こす原告に対して,福祉施設として
原告の行動の背景となった事情の究明,原告の関心傾向の検索などを踏まえて,原
告に対して福祉的手段をもって対応すべきである。
また,通常,知的障害者福祉施設においては,入所当初にケース会
議を開催し,しばらく本人の様子を見てから個別的支援計画を立て,その後,ケー
ス会議を重ねてこの計画の実施状況を検証するとともに新たな計画を立てるという
手法が求められる。
ところが,Hは,原告の入所について,入所当初にケース会議を開
かず,個別的支援計画も立てず,その後もほとんどケース会議を開いていないので
あり,原告に対して福祉的手段をもって対応したとは考えられない。
むしろ,Hは,かかる福祉的手段よりもHの秩序維持を優先して,
入所翌日から原告の問題行動に対する制裁目的で,原告の行動を抑圧するために,
A医師をして別紙投薬状況一覧のとおりの薬剤処方をさせ,原告にこれを服用させ
たのであり,かかるHの行為が上記監護療育義務に違反することは明らかである。
b また,仮に薬物療法を実施するとしても,薬物療法はあくまで次善
の策であるから,医師と保護者とが互いにその開始に合意した場合に限って行われ
るべきであるし,本人が症状や服薬の結果を理解できるならば本人の意向も一定程
度尊重すべきである。
しかしながら,原告両親は,原告をHに入所させるにあたり,薬剤
投与について同意していないし,平成8年7月23日に原告が発作を起こした際に
も投薬中止を申し入れ,平成10年1月19日に開催された相談会においても,原
告両親は,A医師,D園長らH職員に投薬の中止を求めている。
したがって,原告両親は,原告に対する投薬について全く同意して
いないのである。
よって,かかる意味でもHには監護療育義務違反が認められる。
(イ) 原告の入所生活における健康配慮義務違反
Hは,あえて精神安定剤等の投与という医療的措置を行う場合であっ
ても,福祉的措置を補充するために必要な最小限度にとどめるとともに,その投薬
経過に留意し,投薬により原告の充実した生活を損なわないよう配慮すべき健康配
慮義務がある。
しかし,Hは以下のとおり,原告が発作を起こし,さらに,肝機能障
害を起こして終始眠気を催しているような状態にあるにもかかわらず,漫然と投薬
を継続した。
a ニューレプチル投与自体の過失
原告は,平成7年8月25日,Oにより処方されたアパミン(ニュ
ーレプチル)を服用したことによって,翌26日に,頻脈発作を起こし,これを診
断したP病院から,二度とこの薬を使わないように注意された。そして,このこと
については,H職員が同席したケース会議(平成7年9月6日)でも確認されてい
るはずである。
とするならば,Hとしては,原告がニューレプチルに対して過剰に
反応する体質なのであるから,入所後に投薬を開始する際にも,A医師に対して,
これを処方しないように指示すべきであったにもかかわらず,その薬剤の確認を怠
り,漫然と医師の処方に委ねた。
b ニューレプチル継続投与の過失
原告は,平成8年7月16日のニューレプチル投与後,翌日の17
日から継続的に体調不良を訴え続けていた。
にもかかわらず,Hは,同月19日,減薬するどころか,「いく分
暴力おさまったものの性的いたずら,不眠がひどい」ことを理由に,レボトミン
(ヒルナミン)とレンドルミンを追加投与した。
その後も,原告はしんどい等と訴え続け,過呼吸発作様の症状を呈
し,同月23日内科医を受診する事態に至った。
さらに,その後も原告の体調不良の訴えは続き,同年8月2日のA
医師の診察においても,原告は全身倦怠感を訴え,同年7月31日に実施された生
化学検査結果でもALP値が155まで上昇していたことから,A医師は帰省中は
投薬を中止することを検討したにもかかわらず,Hから投薬の継続を主張されたた
め,半量に減らしたにとどまった。
H及びA医師は,少なくとも,この時点で,ニューレプチル投与が
原告の体調に悪影響を及ぼすことが分かっていたはずであるが,単に投与量を減量
するだけで,他の薬剤に代えることなく,なお継続投与にこだわった。
しかも,Hは,原告は「落ち着きがなく以前と同じ状態で薬の効果
がなくなっている」と評価し,同年9月19日,A医師にこのことを伝えて,同医
師をして再びニューレプチルを以前の量(一日10ミリグラム)に増量させた。
その後も,原告が終始眠そうな状態であり,体調不良の訴えがあっ
たにもかかわらず,平成10年4月5日に原告がニューレプチルの服薬を自主的に
中止するまで,H及びA医師は処方を変えようとしなかった。
以上の事実からすれば,H及びA医師の健康配慮義務違反は明らか
である。
(被告Gの認否反論)
いずれも争う。具体的には以下のとおりである。
(ア) 監護療育義務違反について
原告は,原告の問題行動に対する対応について,安易に「福祉的手
段」という言葉を用い,「福祉的手段」を尽くした上で,薬物療法を補助的手段と
して用いるべきであると主張する。
しかし,Hにおいて,A医師の指導のもとに原告に投薬したのは,H
に居住すること自体が原告にとって大きな福祉的支援であることから,原告が他の
入所者との集団生活を共にしながら,Hに継続的に入所できるようにし,その中で
Hが提供する様々な福祉的なメニューを享受できるようにするためであった。原告
の問題行動がさらにエスカレートすると,Hとしては原告を退所させざるを得なく
なり,そうすれば,原告はHにおける福祉的サービスを受けることすらできなくな
る。このように,原告は,本件投薬を補助的手段として用いてこそ,はじめてHに
おける生活及びそこで提供される様々な福祉的なメニューを享受し得たのであり,
それは決して管理目的ではなく,ましてや制裁ではない。
原告がHに入所した当時の福祉的なメニューとしては,作業指導,生
活指導,余暇支援,医療・健康支援,食事支援等の多数のものがあり,地域社会と
の交流も活発に行ってきた。これらの体験は,家庭では経験することができない多
様性に富んだものであり,これらの全体がHでの集団生活であり,Hが提供する福
祉である。この福祉を原告が享受するために必要最小限の投薬が本件投薬なのであ
る。
原告は,原告について個別的支援計画がないなどと非難する。確かに
Hは個別的支援計画という名前の書面を作成したわけではないが,当時の実務で
は,その作成が求められていたものではなく,また,原告は前記のようにHへの措
置入所に至るまでに,約3年間14回にわたって,Hに短期入所を繰り返し,その
間,関係機関との合同ケース会議も11回にわたり開催され検討を重ねた末での入
所なのであり,その間,原告に対する福祉的対応について十分に検討されたのであ
る。
よって,Hが福祉的手法を安易に放棄し,制裁目的で原告に対して薬
剤を投与したとの原告の主張は言いがかりである。
また,原告がHに入所するまでの間に,M福祉事務所,L市児童相談
所,K作業所,N高校,H,原告両親等が,原告の処遇について,11回にわたっ
て合同ケース会議を開き,協議,検討を重ねる中で,HのD園長は,医療機関の支
援が必要であることを原告の両親にも十分伝え,原告の両親もこれを十分理解した
上で,わざわざ原告に2週間分のヒルナミン(レボトミン)を持たせて,原告をH
に入所させた。そして,平成8年6月11日,I病院において,A医師が原告を診
察し,原告の問題行動等に対して,レボトミンを中心とした処方をした際も,その
場に立ち会ったBは何の申出もしなかった。また,Hは,平成8年7月15日,問
題行動がやまない原告の処遇について精神科医による医療的支援が必要である旨,
Cに電話で説明したが,
その際,CはHに対応を任せる旨述べ,これを受けて翌16日,A医師によりニュ
ーレプチルが処方された。さらに,平成10年1月19日に開催された相談会にお
いて,投薬中止を求める原告両親と継続を望むHとの話合いの機会がもたれたが,
その際,原告の両親から,ニューレプチルの投与をやめて欲しいという希望はな
く,かえって,Bは「おっしゃることはよう分かりました。ただ,お伺いしたの
は,症状を見まして,要は朦朧状態があったということで,先生に薬の疑問点をお
聞きしたかったということで来たんですわ。」と述べていることからすれば,Bも
最後は投薬に納得していたというべきである。以上のとおり,原告両親は常に本件
投薬に対して同意していたのである。
さらに,原告に投与されたニューレプチルは,レボトミンに比べ過鎮
静となる可能性が比較的低い上に,1日10ないし60ミリグラムが有効な投与量
とされているところ,原告への投与量は1日10ミリグラムであり,最低限度の投
与量であった。Hは,この最低限度の投与量で,原告の大きな他害行動を何とか防
いでいたのであり,これは,原告がHでの生活を続けるために必要不可欠なもので
あった。
以上のとおりの,本件投薬の目的の正当性,原告両親の同意ないし承
諾,投薬量の最小限度性に鑑みると,本件投薬について,原告が主張するような監
護療育義務違反はない。
(イ) 健康配慮義務違反について
確かに,原告がニューレプチルを服用してから後の平成8年7月23
日ころに過呼吸発作があり,倦怠感を訴え横になることが増えたが,内科医の診察
を受け,呼吸法を教わることにより症状は回復した。
そして,同月30日に,原告がA医師の診察を受けた際,原告両親
は,A医師に対して,原告が以前ニューレプチルと同じアパミンを25ミリグラム
投与されて同様の状態となったことがあることを初めて報告した。
これに対して,A医師は,精神科臨床における経験上,新しい薬剤の
処方時には,一時的に鎮静がかかることがあり,そのために倦怠感をしばしば認め
ることがあること,本件では原告に投与されたニューレプチルが10ミリグラムと
少量であり,ここ数日間は過呼吸発作もなく相対的にトラブルも減少していたこと
から,投薬をすぐには中止せず,心電図,血液検査の結果で判断することとした。
そして,このことについて,両親にも説明した。
同月31日に,心電図及び血液検査が行われたが,いずれも異常が認
められなかったことから,A医師はそれまでの過呼吸発作は一過性のものと判断し
た。その後も,血液検査等が随時行われたが,平成10年1月14日実施の検査ま
で何ら異常はなかった。
同日の検査の結果に表れた数値もごく軽度の肝機能障害を示すものに
過ぎず,年末年始の外泊中に明らかに原告が飲酒したと疑われたことから,A医師
としてはもうしばらく様子を見た上で,改めて再検査し,薬剤中止を含めて処方を
検討することとした。
他方で,原告の入所後の問題行動は,他の入所者に対する重大な人権
侵害を含むものが多く見られるのであって,他の入所者の人権保護のためにも,ま
た,原告自身がHにおいて継続的に福祉的サービスを享受するためにも,原告に対
する投薬を中止することは不可能であった。
以上のとおり,H及びA医師は,原告に対する薬剤投与にあたって,
原告の体調に十分配慮しており,また,原告の上記問題行動からしても投薬を中止
することは到底できなかった。
よって,被告Gに,原告が主張するような健康配慮義務違反はない。
イ A医師の注意義務違反
(原告の主張)
(ア) 原告に対する看護健康管理義務違反
A医師は,Hの嘱託医であるとしても,医師として同園から独立して
医学的見地から原告の状態を客観的に診察し,医学的に必要であれば,その範囲で
薬剤の処方をすべき義務がある。
にもかかわらず,A医師は,同園が原告の問題行動に対して,秩序維
持の目的で薬剤の増量を希望していることを知りながら,同園に乞われるがまま
に,原告に対して,漫然とニューレプチル等の薬剤を処方した。
(イ) 原告に対する健康配慮義務違反
また,A医師としては,やむを得ず薬剤を処方する場合であっても,
医師として原告の日常の体調を注意深く観察し,それに合わせて投薬処方をきめ細
かく変更するなどの医療的措置を講ずべき義務がある。
にもかかわらず,上記被告Gの注意義務違反(健康配慮義務違反)に
おいて主張したとおり,A医師及びHは,原告両親に同意も説明もないまま,漫然
と原告の体に合わない薬剤(ニューレプチル)の投与を継続した。
(ウ) A医師は,被告Iが運営するI病院勤務の医師であり,被告Iはそ
の使用者であるから,被告Iは使用者として責任を負う。
(被告Iの認否反論)
A医師がI病院勤務の医師であることは認め,その余はいずれも否認
ないし争う。具体的には以下のとおりである。
(ア) 看護健康管理義務違反について
A医師がHに乞われるがままに本件投薬を行ったというのは完全な言
いがかりである。
A医師は,仮にニューレプチルにより原告に大きな障害が生じた場
合,それに対する対処を拒否する意思など全くなかった。実際,平成10年4月7
日に,原告の肝機能が悪化したと報告を受けた時点で,A医師は即座にニューレプ
チルの中止を指示し,その3日後にはヒルナミン(レボトミン)の中止を指示して
いる。
A医師は,原告のHにおける問題行動が極めて著しく,Hも努力して
いるものの,やはり医療的手段を採らねば沈静化できないことから,原告のHの退
所という不利益が生じるのを防ぐため,医療的必要性から本件投薬を行ったのであ
る。
(イ) 健康配慮義務違反について
上記被告Gの主張のとおり,A医師とHは不断に原告の体調を観察
し,対応してきたのであり,原告の問題行動に鑑みると投薬を中止することは不可
能であった。
よって,A医師に健康配慮義務違反は認められない。
ウ 被告L市の注意義務違反
(原告の主張)
被告L市は,措置権者として,憲法,知的障害者福祉法の趣旨に則り,
原告が適正な療育を受けられるよう,措置委託先を選定し,委託後も適正な療育が
なされるように監督する義務がある。
にもかかわらず,被告L市は,Hが上記のとおり更生施設の目的に沿っ
た適切な福祉的措置を行っておらず,かえって,Hの秩序維持を目的として継続的
投薬をし,さらには,原告の問題行動に対して,薬剤を増量するといった規制目
的・管理目的で薬剤を利用していた実態を何ら把握せず,漫然と原告をHに措置入
所させ,措置後もHが原告に対して上記のとおり義務に違反していた事態を把握せ
ず放置した。
(被告L市の認否反論)
(ア) Hにおける本件投薬に違法性がないことは,被告Gが主張するとお
りであるから,これを援用する。
(イ) 被告L市に監督義務違反がないことについて
M福祉事務所長が選定したHは,当時の社会福祉事業法(現「社会福
祉法」)に基づき設立された社会福祉法人である被告Gにより設置された施設であ
る。同法において社会福祉法人の所轄庁は原則的に都道府県知事とされ,所轄庁
は,社会福祉法人が,法令,行政庁の処分,定款に違反し,またはその運営が著し
く適切を欠くと認めるときは,当該社会福祉法人に対し,期限を定めて必要な措置
を採るべき旨を命ずることができ,社会福祉法人がこの命令に従わないときは,期
間を定めて業務の全部または一部の停止を命じ,また,監督の目的を達することが
できないときは,解散を命ずることができると規定されていた。
被告Gは,本件当時,法令,行政庁の処分または定款に違反し,その
運営が著しく適切を欠くと認める事由があって,所轄庁である兵庫県知事により法
に基づき必要な措置を採るべき旨の命令などを受けた事実は認められず,社会福祉
事業法及びその他の法令に著しく違反していたいうことはできない。
また,被告Gが,適切な福祉的措置を行っておらず,Hの秩序維持を
目的として継続的に投薬し,制裁目的・管理目的で薬剤を利用していたという原告
が主張するような実体も認められなかった。したがって,M福祉事務所長が,原告
をHに入所させ援護を委託したことについて,その選定に違法性はない。
さらに,被告L市が措置後においても,被告Gが原告に対して義務に
違反していた実態を把握せず放置したと原告が主張する点については,公務員の不
作為の違法を主張するものであり,法的な作為義務が存在することが必要である。
社会福祉法人が設置する施設の運営については,所轄庁である兵庫県
知事が監督責任を負担するものであって,被告L市は,特段の事情がない限り,被
告Gに対する監督義務はなく,被告L市が委託後の監督義務違反により損害賠償責
任を負うことはない。
以上により,被告L市が原告に対し,国家賠償法に基づき損害賠償を
負担するとの原告の主張は,理由がない。
(3) 争点④(損害額)について
(原告の主張)
原告が,本件投薬によって,自分らしさを発揮する機会を与えられるこ
となく,終始,眠気の中で無為に過ごさざるを得なくなり,過呼吸発作や肝機能障
害を来したことによって被った肉体的精神的苦痛は計り知れない。その苦痛を金銭
で評価することは困難であるが,あえて評価すれば500万円を下ることはない。
(被告らの認否)
争う。
原告が主張する各損害は,いずれも法的に損害と評価するに値するもの
とはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提となる事実,証拠(甲1,4~7,11~21,乙3,丙1~1
1,15,16,丁1~3,原告本人,証人C,同D,同A〔ただし,甲16,1
7,19ないし21,証人Cについては,以下の認定に反する部分を除く。〕)及
び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) Hへの短期入所に至る経緯
前記前提となる事実(3)事実経緯ア「Hへの短期入所に至る経緯」記載のと
おりの経緯を経て,原告は,平成5年11月23日以降,Hに短期入所することに
なった。
(2) Hへの短期入所とその間の原告の問題行動
ア 原告は,以下のとおり,14回にわたってHに短期入所したが,その間
に数々の問題行動を起こした。主なものを挙げると以下のとおりである。
(ア) 第1回(平成5年11月23日~同年12月26日)
11月24日 ティータイム前,女子入所者の胸を触っていた。
29日 ティータイム後,男子入所者と口論になり蹴られたことか
ら,自分のコップを床に投げつけて割る。
12月14日 午後7時30分ころ,女子入所者の足の間に原告の両足を
置いて寝転がっている。
16日 男子入所者に返事を強制的にさせている。
18日 日中,何度も男子入所者に接触し,あごを触ったり返事を
強制的にさせたりしている。
(イ) 第2回(平成6年1月9日~同年2月20日)
1月18日 陶芸作業中,隣の男子入所者を突然叩いている。相手が痛
がるのを見て,とても嬉しそうにしている。
21日 食堂掃除時,女子入所者をからかったり,男子入所者に返
事を強要している。
(ウ) 第3回(同年2月27日~同年4月10日)
3月3日 女子入所者に背後から抱きついている。
(エ) 第4回(同年4月29日~同年5月9日)
5月4日 男子入所者の首に唾を吐きかける。
(オ) 第5回(同年6月11日~同月12日)
(カ) 第6回(同年8月13日~同月21日)
8月14日 朝5時に起き,1階入所者を起こして布団も上げてしま
う。
(キ) 第7回(同年11月8日~同年12月25日)
11月10日 午後3時30分ころ,自動車のエンジンの金具(丸く薄い
もの)を男子入所者に投げつける。
11日 男子入所者をからかっている。
21日 作業中,他の入所者に叩かれてパニックを起こす。
12月11日 夕方,皆がいる前でマスターベーションをする。
夕食後,職員に注目させてからマスターベーションを始め
る。
14日 入浴時,職員と目が合うと,わざとマスターベーションの
まねをする。
(ク) 第8回(同年12月27日~同月30日)
12月28日 朝食時,洗面所で他の入所者にぶつかられ,強く押してい
る。
29日 午後8時30分ころ,男子入所者に「はよ寝よ。」と言わ
れ,写真を投げ,服を破ろうとする。
(ケ) 第9回(平成7年2月5日~同年3月7日)
2月11日 午後11時30分ころ,2階男子トイレで,男子入所者に
「○○君のチンチン,ちょんぎってもたる。」と大声で言っている。
16日 午後8時ころ,女子入所者にキスをしている。
午後10時ころ,同じくキスをしようとする。
17日 午後8時ころ,女子入所者の頬に軽くキスをする。
20日 消灯時,1階の他の男子入所者のベッドで寝ている。
22日 夕食後,男子入所者に殴りかかられ,女子入所者に飛び乗
る。
23日 午後11時40分ころ,1階女子入所者と一緒に寝てい
る。
3月2日 入浴時,脱衣場でマスターベーションを何度もしようとし
ている。
(コ) 第10回(同年3月18日~同年5月10日)
3月23日 午後10時40分ころ,他の男子入所者のベッドで寝てい
る。
24日 夕食前,他の入所者に叩かれて仕返しをした後,側にいた
女子入所者を後ろから倒し,2回跳び蹴りをする。
26日 昼食時,他の入所者のコップにお茶をついで回っていると
き,男子入所者が大声で拒否したため,その入所者の手を箸で突いている。
28日 消灯後,男子入所者が脱いでいた服を便器の中に入れてい
る。その後,1階の他の男子入所者のベッドで寝ている。
29日 起床時,女子入所者の鞄からナプキンの袋を取っている。
31日 午後10時前,女子入所者にキスをする。
4月17日 夕食時,箸で人を突く行為がある。
20日 ティータイム後,男子入所者を突き飛ばし,注意した後に
他の入所者を突いている。
25日 午後5時ころ,テレビを見ていた男子入所者をいきなり強
く押し倒す。
26日 昼食時,突然男子入所者に殴りかかられ,近くにいた女子
指導員の顔を殴る。
28日 球技大会中,男子入所者二人に唾を吐きかけることが多
い。
5月3日 午前中,男子入所者に靴の泥をなすりつける。
6日 午前中,男子入所者にテレビを消され,突然殴りかかる。
(サ) 第11回(同年6月21日~同年7月2日)
6月21日 ティータイム後,女子入所者の頬に軽くキスをしている。
22日 入浴後,女子入所者の胸が内出血しているため確認する
と,「触りたかったんや。」「つまんだんや。」と認める。
23日 夕食後,女子入所者への接近が目立ち,頬にキスしたりし
ている。
26日 午後,女子入所者と一緒に布団に入って寝ている。
7月1日 朝食後,男子入所者に女子入所者の胸を触ったと詰め寄ら
れ,足を蹴られたので,原告も頭突きを返す。
昼食後,女子入所者を連れてきて,一緒にベッドに入って
いる。その後も,その入所者を見つけると,一緒に寝ようとする。
(シ) 第12回(同年9月22日~同年9月24日)
9月23日 昼食後,ベッドに女子入所者を寝かせ,原告は上服とパン
ツのみで立っている。「ちかんしようと思った。」と言っている。
24日 朝食後,女子入所者を自室に連れて入り,顔をじっと見て
いた。
(ス) 第13回(同年11月10日~同月12日)
11月12日 朝食時,今回の短期入所中にしたことを次々に話す。女子
入所者の服を触った,女子入所者に唇で唾を付けたなどと言っている。
昼食後,女子入所者のパンツの中に手を入れたと言ってい
る。
(セ) 第14回(同年12月25日~同月31日)
12月25日 短期入所のために来園途中,電車の中で女性のスカートを
触った。
27日 朝食前,女子入所者の部屋に入っている。
朝食後,その女子入所者と一緒にトイレに入っていたと他
の入所者から報告があった。
午後1時過ぎ,職員の目の前で,女子入所者の股間を触っ
ている。
午後8時過ぎ,女子入所者の背中に手を回して話しかけ
る。
30日 午後9時30分ころ,他の入所者と積み木ゲームをする
が,女子入所者が気になり,顔を触ったりキスをしようとする。
イ なお,原告は,平成7年8月25日,Oにより処方されたアパミン(ニ
ューレプチル)を服用したことによって,翌26日に,頻脈発作を起こした。そし
て,Hは,同月30日及び同年9月6日に,原告が薬剤の副作用として頻脈発作を
起こしたことについての報告を受けた(丙1の1089頁,丙2の2221頁)。
(3) 措置入所に至る経緯
原告がHへの短期入所を繰り返してきた間,M福祉事務所,L市児童相談
所,K作業所,N高校,H,原告両親等は,原告の処遇について,11回にわたっ
て合同ケース会議を開き,協議,検討を重ねてきた。その結果,平成8年6月1
日,M福祉事務所長は,精神薄弱者福祉法(現「知的障害者福祉法」)第16条1
項2号に基づき,原告の入所援護をHに委託する旨決定し,原告は,同月10日か
らHに入所した。
なお,Cは,入所に際し,Hから「持ってきていただくもの」(甲19末
尾添付)として「薬(投薬中のものを2週間分)」との指示があったことから,当
時原告は服薬していなかったにもかかわらず,Eクリニックから不穏時屯用として
ヒルナミン(レボトミン)の処方を受け,これを原告に持たせた。
(4) 措置入所後の状況
ア 措置入所時の診断と処方
原告は,平成8年6月11日にI病院において,B及びH職員同席の
下,A医師の診察を受けた。同医師は,同職員から原告の短期入所中に問題行動が
多発していたこと,夜間徘徊することの報告を受け,Eクリニックからの紹介状を
基に向精神薬レボトミン5ミリグラム1錠及び睡眠導入剤レンドルミン1錠を眠る
前1回服用するよう処方をした。その際,BはA医師に対して投薬について特段異
を唱えなかった。
イ 措置入所後,ニューレプチル投薬に至るまでの間の原告の問題行動
しかしながら,措置入所後も原告の問題行動は治まらず,以下のとおり
問題行動を繰り返した。
平成8年
6月18日 起床時,男子入所者にしつこくされ,その入所者の顔を引
っ掻く。
20日 日中,女子入所者に原告のパンツをはかせている。
23日 昼食後,他者の部屋に入ったり女子入所者を部屋に連れ込
むなどして男子入所者に怒鳴られる。
26日 午後4時30分ころ,女子入所者を居室に連れ込もうとし
ている。
夕食前,男子入所者を叩く。
7月6日 午前,女子入所者と一緒に寝ている。
さらに,原告は,同年7月14日午後7時ころ,男子入所者と口論にな
り,男子入所者2名の頭部をコップで殴打して,それぞれ2針及び3針の縫合を要
する傷害を負わせるまでに至った。
ウ ニューレプチル投薬とその後の原告の症状
H職員が,平成7年7月14日夜,原告自宅に電話し,Bに対し,同日
の上記傷害事件を含む経緯を説明したところ,Bは「帰省まで2週間ありますが,
原告をみてもらえますか。」と答え,原告が今後も継続的に入所することができる
かについて懸念を示した。
H職員は,翌15日,Cに対して電話で同日に至るまでの経過を説明す
るとともに,原告の他害行動を防止するためには精神科医による医療的支援が必要
であり,投薬の必要があれば服薬させたいので,明日精神科医の診察に同行して欲
しいと求めたが,Cは,明日は都合が悪いので診察には同行できない,対応はHに
任せると答えた(丙1の1095頁,丙3の3033頁)。
そこで,原告は,同月16日,H職員の立会いの下で,A医師の診察を
受けた。A医師は,原告のHにおける問題行動が日に日にエスカレートしており,
性的ないたずらや,相手を負傷させる事件まで起こしたという報告をH職員から受
け,このままでは園での対応が不可能となり,強制退去もあり得ると考え,これを
防止するために,同日よりニューレプチル5ミリグラムを朝夕2回服用するよう処
方した。
Hは,翌17日,上記診断結果についてCに報告した(丙1の1095
頁,丙3の3035頁)。
原告は,同日の昼食後,眠そうな状態であり,ティータイム後には部屋
でうずくまっており,職員に促されて自室で横になった。同日午後9時ころには,
カーテンに向かって放尿していたが,表情は険しく苦しそうであり,翌18日,昼
食前も顔色が悪く,職員の「しんどい?」との問いかけに対して,「うん。」と答
えた。また,同日午後9時ころには,「しんどい。」と訴えて指導室に来室した
(丙3の3036頁)。
翌19日,原告はA医師の診察を受けたが,投薬はすぐには中止せず,
様子を見ることとなった(丙3の3036頁)。そして,A医師は従前どおり,レ
ボトミン(ヒルナミン)とレンドルミンを追加投与した。
その後も原告は,20日の起床時,日中,ティータイム後,21日の起
床後,ティータイム後,22日の起床時にそれぞれ「しんどい。」と訴え,また,
「発作がある。」などと訴え,23日には,過呼吸発作様の症状を呈するに至っ
た。
そこで,同年7月23日,Hは,原告に内科検診を受けさせた。検診の
結果,原告の症状は,精神安定剤を服用することにより,以前の発作がきっかけと
なって発症した過呼吸症候群であると診断されるとともに(丙3の3039頁),
呼吸法の指導を受けた(丙1の1096頁)。これにより過呼吸発作は治まった。
また,その後のニューレプチルの継続投与によっても,過呼吸発作が再発すること
はなかった。
エ ニューレプチル投薬当初の原告両親の対応
平成8年7月23日,H職員が上記内科検診の診断結果をCに報告した
ところ,原告両親は投薬について不安を覚え,翌24日及び25日に,Hに電話を
かけて投薬の中止を求めた(丙1の1096頁,丙3の3040頁)。これに対
し,Hは,投薬と上記過呼吸発作とは直接因果関係がないと思われること,精神科
医と相談するまで現状維持でいくということを説明したが,原告両親は投薬を中止
しないのであれば,原告を迎えに行き,自宅から病院に連れて行くと伝えた。そこ
で,翌26日,CがHを訪れると,D園長はCに対して,現在は投薬により原告の
問題行動が抑えられている状態であり,Hとしては投薬が必要であると考えている
こと,Hの方針と合わないからといって退所しても自宅で引き受けられる状態では
なく,警察沙汰や精神病
院に入院せざるを得なくなる事態にもなりかねないことを説明し,今後の対応とし
て,同年7月30日に原告両親とともにA医師の診察を受けることとし,必要であ
れば合同ケース会議を開催すると説明した。CはHから上記のような説明を受けた
ことにより,原告を連れて帰ることを取り止めた。
同年7月30日,原告両親はHを訪れて原告と面会し,I病院に赴い
て,D園長らH職員同席のもと,A医師より説明を受けた。A医師は原告を集団生
活に適応させるため,最小限の薬物療法は必要であること,現在投与しているニュ
ーレプチルは1日10ミリグラムであり,通常よりごく少量から開始しているこ
と,ニューレプチルには副作用として過呼吸発作は出ないこと,ただし副作用が出
ては困るので,相談しながら投与することを説明した。これに対して,Cは,以前
関西サナトリウムで処方された薬剤がアパミンとタスモリンであることを初めてA
医師に伝えた。そこで,同医師は原告両親に対して,アパミンがニューレプチルと
同じ薬剤であること,原告が薬剤に敏感な体質かも知れないので経過を追って慎重
に対応するが,現状で薬剤
投与の継続は可能であること,薬剤による副作用のうちアレルギー性ショックは服
薬数日で発生し,薬疹は服用2週間以内に出てくることなどを説明し,今後,H入
所者の被害を最小限に抑え,人間関係をうまくやっていくため,投薬を継続するこ
との必要性を説明した。H職員も,原告両親に対して,服薬の必要性を説明し,帰
省中も継続することが大切であること,一時的に服薬を中止して状態が悪くなる
と,薬剤が増える可能性もあることを伝えた(丙1の1103頁・1104頁,丁
1の5頁,丁2の1頁)。以上の説明に対し,原告両親は特段異を唱えず,また,
原告を自宅に連れ戻すこともしなかった。
翌31日,原告は心電図検査,血液検査を受け,同年8月2日のA医師
の診察では全身倦怠感を訴えたが,検査結果に異常は認められなかった(丁1の5
頁・7~9頁,別紙検査結果一覧表,丁2の1・2頁)。同医師は,翌3日からの
原告の帰省期間中は投薬を一時中止して帰園後調整する方法もある旨述べたが,H
から投薬の継続を要請されたため,帰省期間中はニューレプチルの量を半減させて
投薬を継続することとした。
原告は同年8月3日から同月21日までの帰省期間中も服薬を継続した
が,特に体調不調を訴えることはなかった(丙3の3046頁~3058頁・31
18頁)。また,原告両親からもHに対して原告への投薬について異議申立てはな
かった(丙3の3052頁)。同月22日の帰園以降も,原告から体調不調の訴え
はなかった。
オ その後の本件投薬の継続と原告の問題行動
平成8年8月22日の帰園以後も原告の問題行動が多発し,特に性的な
問題行動が目立ったことから,同年9月19日,HはA医師と相談の上,原告に対
するニューレプチルの量を元の1日10ミリグラムに戻した。以後,原告は,平成
10年4月5日に自主的に服薬を中止するまで,別紙投薬状況一覧のとおりA医師
よりニューレプチル等の薬剤の投与を受けた。
原告の平成8年8月22日以後のHにおける問題行動のうち,主なもの
を挙げると以下のとおりである。
平成8年
8月22日 男子入所者の衣類,カセットテープ,カセットデッキを焼
却する。
23日 起床時,パンツ姿で1階に降り,女子入所者を自室に連れ
て行こうとしている。
24日 午後7時ころ,生理用のナプキンを多く取り込み,破って
いる。
26日 午前0時30分ころ,女子入所者の部屋に入る。
28日 女子入所者の手を握っている。
31日 男子入所者の引き出しに,女子入所者の下着を5枚入れて
いる。
9月5日 消灯前,男子入所者の布団を水浸しにする。
7日 昼食時,女子入所者のおかずに釘4本を入れる。
15日 午後の芋掘り作業中に,女子入所者のお尻や胸を触る。
入浴後,女子入所者のブラジャーを外し,下半身を裸にし
ている。「パンツ脱がせて気持ちいいことしてあげた。あそこの毛抜いたった。」
と言う。
18日 午後9時ころ,何度も1階の女子入所者の部屋に行こうと
している。
19日 女子入所者の服を破ったことを認める。
ティータイム時,男子入所者の顔を何回も平手打ちする。
20日 起床時,女子入所者の耳に無理矢理指を入れようとする。
24日 夕食前,女子入所者にキスしている。
10月11日 夕食後,女子入所者の上靴に唾を吐いている。
12日 入浴後,女子入所者のブラジャーを破る。
21日 午前9時ころ,女子入所者と女子トイレに入り,鍵をかけ
ている。
夕食前,男子入所者を何度も押す。
28日 男子入所者の布団に水をかける。
11月7日 朝食後,女子入所者を突き飛ばす。
9日 消灯後,女子入所者の部屋に行っている。
10日 女子入所者3名にキスする。
13日 午後9時ころ,女子入所者の居室に入ったり,電気を付け
たりする。
17日 午後7時30分ころ,男子入所者にしつこくされたらし
く,その人のコップを割る。
18日 午後10時10分ころ,女子の風呂場に入り生理用品を散
乱させる。
22日 朝食後,男子利用者を追いかけ回す。
夕食前,倉庫内に入って生理用品を気にする。その後,女
子職員の胸を触ろうとする。
25日 午後8時ころ,男子入所者の布団に水をかける。
12月2日 午前7時15分ころ,突然歯ブラシを折る。その後,職員
の服で顔をふき,男子入所者の顔を叩く。
3日 男子入所者に,いきなり掴みかかる。
8日 1階女子トイレから女子入所者の「やめてー。」と大声で
叫ぶ声が聞こえたため職員が確認に行くと,パンツをずらしたまま女子入所者が立
っており,原告は,「○○ちゃんの腕振り回したった。○○ちゃんのおしっこ出る
とこ触ったった。」と言う。
19日 消灯時,男子入所者の服を持って行こうとし,抵抗された
ためその人の右目を引っ掻く。
21日 起床時,男子入所者に叩かれ,思い切り3回叩き返す。
28日 (帰省中)公衆電話の電話帳を多数持ち出して,川や池に
捨てている。
平成9年
1月9日 朝食後,女子入所者に何度もキスしようとしている。
10日 夕食前,男子入所者の顔中を引っ掻いている。
17日 起床時,ベッドに110円落ちているため,職員が確認す
ると,女子入所者のロッカーから盗んだと言う。
19日 起床時,女子入所者の下着を衣類ロッカーに隠し持ってい
る。
25日 午後6時30分ころ,女子入所者が原告を噛もうとしたこ
とに腹を立て,その入所者の顔を2回殴る。
29日 夕食後,女子職員のお尻を触る。
31日 医務室の生理用品を盗んでいる。
2月4日 下駄箱に女子入所者の衣類を隠し持っている。
9日 起床時,男子入所者の布団に水をかける。
27日 夕食時,男子入所者に注意を受けたことから掴み合いにな
り,持っていた箸で相手の首を刺し,7針の縫合を要するけがを負わせる。
3月3日 ティータイム後,男子利用者を叩いている。
16日 布団を唾でぬらしている。
女子職員の股間の辺りを触ろうとする。
4月12日 日中,男子入所者の陰部を触る。女子入所者に砂をかけ
る。
消灯後,女子入所者の部屋に入っている。
13日 女子入所者の陰部を触ろうとしている。
18日 女子入所者のエプロンでお尻をふき,便を付けている。
21日 電気付けをしていたのを男子入所者に注意されて興奮し,
他の男子入所者に水をかける。
22日 いたずらが多いことを男子入所者に注意され,他の男子入
所者に水をかける。
30日 他の入所者3名の上履きに自分の便を入れている。
5月7日 女子入所者の体を何度も触ろうとする。
消灯後,男子入所者の布団に水をかける。
8日 女子入所者の眉毛を抜く。
25日 入浴後,女子入所者の上靴に便を付ける。
26日 男子入所者と一緒に寝ようとする。
6月4日 午後9時ころ,男子トイレの小便器に石を詰めている。そ
の後,男子入所者の布団に水をかける。
6日 午後11時,男子入所者Aのベッドで寝ている。
8日 起床時,男子入所者Aのベッドで寝ている。
9日 午後11時30分ころ,男子入所者Aのベッドで寝てい
る。
11日 昼食前,2階トイレで男子入所者Aの靴に便を付け,窓か
ら投げている。
15日 午前8時40分ころ,男子入所者のパンツを降ろし陰部を
触っている。
16日 午前8時50分ころ,原告の布団内で,女子入所者と男子
入所者を下半身裸にして,原告は布団タンス内に隠れている。
27日 消灯時,男子入所者のベッドで寝ている。
7月7日 消灯後,男子入所者のベッドで寝ることを繰り返す。
8日 消灯後,男子入所者のベッドで寝ることを繰り返す。
28日 午前2時ころ,男子入所者の布団で寝ている。
8月1日 バケツに水を入れ男子入所者にかけようとする。
28日 起床後,女子トイレに籠もる。
10月10日 生理用ナプキンを20個ほど持ち込んでいる。
16日 起床時,女子入所者のズボンをめくって中を見ている。
平成10年
1月29日 生理用ナプキンを取り込んでいる。
2月11日 消灯後,女子トイレに行こうとする。
12日 起床時,女子トイレに隠れている。
28日 起床後,女子入所者の耳に指を入れている。
3月5日 遊び半分で男子入所者の頭をつかみソファーに叩きつけて
いる。
24日 小便をしている男子入所者Aの性器を触り遊んでいた。
カ 平成9年末から同10年初めにかけての本件投薬に関する原告両親と
H・A医師とのやりとり等
平成9年12月3日,A医師を講師として,保護者やHの指導員多数が
参加する「知っておきたい薬のノウハウ」と題する講演会が開催された。講演後の
質疑応答の際,Cは真っ先に手を挙げ,A医師に対して,服薬中に飲酒をさせても
構わないかを質問した(甲5,証人A)。A医師は,本来,服薬中に飲酒すること
は好ましくないと考えたが,嗜好品について強く否定することもはばかられたの
で,「常識で判断してください。」と答えた(証人A)。Cは,これを,原告に飲
酒を控えさせる必要はないという回答を得たものと解釈した(甲5)。
原告は,平成9年12月29日より平成10年1月11日まで,自宅に
帰省した。帰省中の同月2日,原告はBとともに居酒屋で飲酒して酒に酔い,店を
出たところで嘔吐した。
同月12日,原告がHに戻る際,Bは,Hへの申送書に,原告が帰省期
間を通じて眠気を訴え続けており,薬が体に合っていないのではないかと記載して
質問し(丙3の3161頁),同月16日にも電話で同様の質問をした。そして,
同月19日の検診に立ち会い,A医師に相談したい旨述べた(丙3の3191
頁)。
そこで,平成10年1月19日,原告本人,原告両親,D園長らH職員
同席の下,A医師による説明会が行われた。A医師は,現在の薬剤の量が通常の投
与量からして決して多いものではなく,その他に服用している睡眠薬からしても,
Bの言うような朦朧状態になるようなものではないこと,現在の原告の問題行動に
照らせばむしろ少なすぎるくらいであることを説明した。また,Bから,原告に飲
酒させることの是非について質問され,原告のように薬を服用している人に対して
は,肝臓に負担がかかるのでお酒を飲ませるべきではないことを説明した。D園長
は,帰省中に服薬をさせないのは自由だが,原告の問題行動やHにおける特に夜間
の体制からして,園で投薬を中止することはできないことを説明し,「薬が合って
いるかどうかは別とし
て,現状が妥当である。飲ませるなというのならやめてもよいが,そうなると両親
に責任を取ってもらう。」「A医師が何と言っても,他の医者にお願いしてでも投
薬することはある。」「外出時,親の判断で飲まさないのはよいが,園内では難し
い。」「園では薬を抜いてまで危険は冒さない。」などと発言した(甲15の1・
2,丙1の1105~1108頁)。また,D園長は,睡眠薬の量を減らしてもら
えないかというCの質問に対して,原告の状態からして減らすことはできない,自
宅で眠そうにしているのであれば,それは原告の自宅での生活リズムにも原因があ
るのではないかと答えた。説明会の最後にBは,「おっしゃること,よう分かりま
した。ただ,お伺いしたいのは,症状を見まして,要は朦朧状態があったというこ
とで先生に薬の疑問
点をお聞きしたかったということで来たんですわ。」と述べ,D園長も「それは分
かります。」と答え,A医師も「それは分かりました。お父さんの話で。」と答え
た。
(5) 退所の経緯
原告は平成10年3月25日に春休みのために自宅に帰省して以降,Hに
は戻って来なくなった。
原告は,同年5月12日,措置解除となった。
(6) 血液検査の結果
原告の平成7年8月28日以降の血液検査の結果は,別紙検査結果一覧表
のとおりである。
2 争点に対する判断
(1) まず,そもそも,原告が主張するような肝機能障害等の体調不良の事実を
認めることができるか(争点①)を検討する。
ア 過呼吸発作について
原告が,ニューレプチル投与開始後の平成8年7月17日ころより体調
不良を訴え,同月23日には過呼吸発作を起こし,内科医の検診により,以前の発
作がきっかけとなって発症した過呼吸症候群であると診断されたことは,前記認定
のとおりである。
イ 肝機能障害について
次に,原告の肝機能障害について,前記認定のとおり,原告の平成10
年1月14日の血液検査結果によれば,原告のGPT値は70,γ-GTP値は1
62であり,同年4月6日の血液検査結果によれば,GPT値は102,γ-GT
P値は133であることがそれぞれ認められ,これらの数値によれば,原告は少な
くとも同年1月14日から同年4月6日に至るまで,軽度の肝機能障害であったこ
とが推認される。
もっとも,証拠(証人A)によれば,上記の数値程度の肝機能障害であ
れば,自覚症状を伴うこともなく,ましてや意識障害を来すことは考えられず,日
常生活に何らの支障がない程度のものであることが認められる。
なお,原告は原告のALP値に関しても異常値であると主張するが,A
LP値は骨代謝の影響を受けやすく,特に成長期の若年者においては,300ない
し500程度まで上昇することは稀ではないと認められ(証人A),これに反する
証拠はないことからすると,原告のALP値は,当時の原告の年齢から考えて,特
に異常であると認めることはできない。
ウ 眠気等について
原告は,本件投薬後,原告が終始眠そうな朦朧状態になり,Hでの時間
を無為に過ごさざるを得なくなったと主張する。
しかしながら,原告が本件投薬期間中終始眠そうな状態であったことを
認めるに足りる証拠はない。
確かに,前記認定のとおり,原告は,平成8年7月17日から「しんど
い。」等と述べて体調不良をたびたび訴えているが,同年7月23日に過呼吸症候
群と診断され,呼吸法を教わったことによってその後しばらくして体調が回復して
いるのであるから,これをもって朦朧状態と認定することはできない。
また,Cは,平成10年3月25日に原告が自宅に戻った際に,原告が
朦朧としていたと陳述する(甲8,19)けれども,一方で,Cは,その後,同年
4月6日に至るまで病院にも連れて行かず,逆に原告を旅行に連れて行ったなどと
証言し,その理由についても「うっかりしていた。」としか証言しないことに照ら
すと,Cの上記陳述は信用することができない。
むしろ,原告に関するHのケース記録(丙3)上も,同記録中にある原
告の帰省中の日記においても,原告が終始眠気を催していた,或いは朦朧状態であ
ったとの記載は見受けられないこと,原告両親のHに対する申送書においても,平
成10年1月12日にBが「帰省期間を通じて眠気を訴え続けていました。」と記
載するまでは(丙3の3161頁),原告が眠そうであったとか朦朧状態であった
などという記載は認められないこと(丙3の3052頁・3096頁・,3143
頁・3148頁・3151頁・3158頁・3178頁),前記認定のとおり,原
告は,本件投薬期間中も依然として多数回にわたる問題行動を繰り返していること
などを総合すると,原告が本件投薬期間,終始眠そうな状態であったとか,朦朧状
態であったなどと認め
ることはできない。
(2) 争点②(原告の体調不良が本件投薬によるものか)について
ア 過呼吸発作について
前記認定のとおり,原告が過呼吸発作を起こしたのはニューレプチル投
与後間もなくであり,原告が以前にニューレプチルと同じ薬剤であるアパミンを服
用した際,頻脈発作を起こしたことがあるところ,平成8年7月23日の内科医の
検診によっても,以前の発作がきっかけとなって発症したものとされていることに
加え,A医師自身,新たな薬剤を投与すると一時的に体調不良を来すことが医学的
に認められており,過呼吸発作とニューレプチル投与とが時期的に一致している以
上,何らかの影響を与えた可能性は否定できないと証言していることをも総合する
と,原告の過呼吸発作は平成8年7月16日からのニューレプチルの投与によるも
のと推認することができる。
イ 肝機能障害について
原告が平成10年4月5日に自主的に服薬を中止した後,同年4月24
日には,別紙検査結果一覧表記載のとおり原告の肝機能の値が正常化していること
が認められ,このことからすると,本件投薬と原告の肝機能障害との間に因果関係
があるようにも思える。
しかしながら,本件投薬は平成8年7月6日からであるにもかかわら
ず,別紙検査結果一覧表記載のとおり,原告のGOT値,GPT値,γ-GTP値
は,投薬開始から5か月以上を経過した平成8年12月6日における検査において
すら正常値を示しており,平成10年1月14日,同年4月6日の検査に至って異
常な数値を示すようになったこと,証人Aの証言によれば,薬剤投与によるアレル
ギー反応は当該薬剤投与から1か月程度で出てくるのが通常であることからする
と,上記異常値は本件投薬とは無関係であるとみるのがむしろ自然である。
むしろ,原告が,平成9年2月20日に自宅への一時帰省からHに戻っ
た際にアルコールに酔っていたこと(丙3の3104頁),同年10月6日の帰省
中にもビールを2本飲んだこと(丙3の3150頁),平成10年1月2日の帰省
中にはBと居酒屋で嘔吐するほど飲酒していること(もっとも,原告は食べ過ぎに
よるものと主張するが,原告の日記〔丙3の3164頁〕には,その後頭が痛くな
ったことが記載されていることからすると,原告の嘔吐は過度の飲酒によるもので
あると推認できる。),原告両親も平成9年12月3日及び平成10年1月19日
に,A医師に対して原告の飲酒について質問をしており,原告の飲酒について相当
の関心を持っていたと認められること(甲5,15の1・2,証人A)に照らす
と,原告は自宅に帰省す
るたびに相当飲酒していたことが推認でき,このことに,本件において原告に投与
されたニューレプチルの投与量は1日10ミリグラムとごく少量であること,本件
の原告の肝機能障害が前記認定のとおり軽度のものであることを併せ考慮すると,
平成10年1月14日及び同年4月6日の肝機能検査の異常値については,原告が
帰省した際の飲酒によるものである可能性が高い。
そうすると,単に原告の服薬中止と肝機能検査の数値の正常化が時期的
に一致するからといって,このことだけで,原告の肝機能障害が本件投薬によるも
のと認定することはできず,その他に,原告の肝機能障害と本件投薬の間の因果関
係を認めるに足りる証拠はない。
(3) そうすると,原告の主張する体調不良のうち,平成8年7月17日以降の
原告の過呼吸症候群についてのみ,本件投薬との間の因果関係を認めることができ
る。そこで,さらに,本件投薬の違法性と被告らの過失の有無(争点③)について
検討する。
ア Hの注意義務違反
(ア) 原告に対する監護療育義務違反
Hは,入所者の自立支援を目的とする知的障害者更生施設であるか
ら,入所者に対して福祉的対応が必要であることはいうまでもない。したがって,
入所者に多少の問題行動が見られる場合であっても,安易に薬剤に頼るのではな
く,原則として,当該入所者が問題行動に至った原因を探り,自ら規範意識を芽生
えさせるような福祉的対応を採るべきである。
しかしながら,当該入所者の問題行動が著しく,福祉的対応のみでこ
れを抑えることが困難な場合,薬剤投与によって,当該入所者が他の入所者ととも
に自然な形で集団生活を継続し,施設における福祉サービスを享受することができ
るのであれば,そのために必要最小限の投薬をすることはやむを得ざる措置として
肯認されるというべきである。
ただし,かかる薬物療法を実施する際には,精神科医による診断を要
するのみならず,当該入所者の保護者の同意が必要であり,本人の理解力によって
は本人の意向も尊重すべきである。
そこで,かかる観点から,本件投薬の妥当性について検討する。
a 原告の問題行動に対する投薬の必要性
前記認定のとおり,原告は短期入所中から,他の入所者を突き飛ば
したり,箸で突くなどの他害行動に及んでおり,また,女子入所者に対しては,キ
スをしたり,胸や股間を触る,一緒にベッドに入る,パンツの中に手を入れるなど
のわいせつ行為に多数回にわたって及んでいる。また,平成8年6月10日の措置
入所後においても,女子入所者を部屋に連れ込むなどの同種の行動が見られ,同年
7月14日にはコップで男子入所者を殴打して縫合を要するほどの傷害を負わせる
という事態にまで至っている。
これらの原告の他害行動やわいせつ行為は,単なるいたずらの域を
大きく逸脱した他の入所者に対する人権侵害行為というほかない。
そして,これら問題行動の中には,原告主張のように,他の入所者
に対する反撃の場合があることは事実であるが,その場合でも原告の反撃の程度は
著しく,無関係の者を巻き添えにすることもあり,他害行動に至った経緯すら不明
な場合も多々見受けられる。いわんや,女子入所者に対する数々のわいせつ行為に
関しては,単に自らの性欲を抑える能力が欠如することによるものであって,被害
者に対する関係では,正当化することができないものである。
また,前記認定のとおり,原告の性格の特徴として「衝動性」が挙
げられていることからすれば,原告の問題行動は,原告の精神遅滞に基づく衝動性
にも起因するものと認められる。
そして,原告のかような問題行動に対して,Hは,措置入所するま
では,福祉事務所等関係機関と計11回にわたって合同ケース会議を開催しなが
ら,基本的には薬剤に頼らず福祉的対応をもって原告に接してきたこと,ところ
が,原告の問題行動が一向に治まる気配がなく,むしろ悪化しており,福祉的対応
も限界に達していたことが認められる。
なお,原告はHが個別的支援計画を策定していないことを批判する
が,原告が14回にわたってHへの短期入所を繰り返し,その間,福祉事務所等の
関係機関とも11回にわたって合同ケース会議を開催していることからすれば,原
告に対する福祉的対応について協議された結果,措置入所に至っているものと認め
られる。よって,個別的支援計画が策定されていないことをもってHに福祉的対応
が欠如していたと認めることはできない。
以上のとおり,原告の問題行動は短期入所の間から極めて著しく,
同期間中,Hの福祉的対応によっては原告の問題行動を抑えることができなかった
こと,原告の問題行動は衝動性に基づくものであることからすると,措置入所当初
から原告に対する投薬の必要性は高いものであったことが認められる。
そして,措置入所後も原告の問題行動(特に他害行動)は治まら
ず,これ以上の問題行動の悪化があれば,原告を強制退所させざるを得なくなり,
かえって原告の自立の道が閉ざされるおそれがあったと認められることに照らす
と,措置入所後の投薬継続の必要性も高かったものといわざるを得ない。
b 投薬内容の相当性
そこで,本件投薬内容の相当性を検討するに,Hでは,措置入所当
初から原告に対する投薬の必要性が高かったことから,措置入所の翌日の平成8年
6月11日,A医師の診察を受けさせ,その結果,同医師の処方に基づき,向精神
薬レボトミン5ミリグラム1錠及び睡眠導入剤レンドルミン1錠を眠る前1回服用
させたこと,しかし,その後も原告の問題行動は治まらず,平成8年7月14日に
は,男子入所者2名の頭部をコップで殴打して傷害を負わせるといった事件を起こ
したことから,同月16日から,A医師の処方に基づき,1日10ミリグラムのニ
ューレプチルを服用させるに至ったものであること,もっとも,その服用当初,原
告は体調不良を訴え,過呼吸発作を起こしたことから,Hは,A医師の診察に基づ
き,その1日の投薬量を
半減し,5ミリグラムの服用として,その経過をみたが,過呼吸発作については,
呼吸法の指導によって治まり,その後は同発作が再発することはなかったこと,心
電図及び血液検査の結果には何ら異常はなかったことから,同発作は一過性のもの
と判断されたこと,その後も,原告の問題行動は必ずしも治まらず,かえって,夏
季の帰省(平成8年8月3日から同月21日まで)を終えた平成8年8月22日以
降,性的な問題行動が多発したことから,同年9月19日,Hは,A医師の診察に
基づき,ニューレプチルの服用量を1日10ミリグラムに戻し,以後,別紙投薬状
況一覧のとおり本件投薬を続けたこと,その間も,原告がH退所を余儀なくされる
ような大きな問題行動はなかったものの,原告の問題行動は治まらず,これが継続
していたことは,い
ずれも前記認定のとおりである。そして,そのため,ニューレチプルの更なる増量
が考えられたこともあったが,結局は,上記1日10ミリグラムを超える投薬はな
されなかったこと,ニューレプチルの有効な投与量が1日10ないし60ミリグラ
ムであり,初めて使用するケースでは10ミリグラムか20ミリグラムを使用する
のが相当であるとされていることが認められる(丁1,3,証人A,弁論の全趣
旨)。
そうすると,措置入所後も問題行動が続発した原告に対し,Hは,
その経過を観察しながら,本件投薬を継続し,かつ,A医師の処方に基づき,ニュ
ーレプチルの投与量を,1日10ミリグラムを超えない必要最小限に抑えつつ,原
告が退所を余儀なくされるような大きな問題行動を引き起こさないよう対処してき
たものであり,また,ニューレプチル投与開始当初に原告に生じた過呼吸発作も,
新たな薬剤の使用に際して生じた一過性の体調不良であり,呼吸法の指導によって
すぐに解消し,その後は再発することもなかったことにも照らせば,本件投薬内容
は相当なものであったと認めることができる。
c 原告両親の本件投薬に対する同意
原告両親は投薬については同意していないと主張し,その旨陳述な
いし証言する(甲8,19,21,証人C)。また,平成7年8月26日に原告が
アパミンを服用したことによって頻脈発作を起こしたことから,同時期にCには精
神科薬に対する心理的抵抗があったことが認められる(丙2の2221頁)。
しかしながら,平成7年7月5日の合同ケース会議での話し合いで
は,「今後は,日中の精神安定剤の服薬も考えながら,問題行動が起きた時は,次
の大きな問題を起こす前に対処していく必要があると思われます。」との報告がな
されており(丙1の1075頁),原告両親及びD園長らH職員も出席した平成7
年12月4日のケース会議でも,在宅での監護は限界に来ていること,今後は医療
機関も必要であり,時には薬物療法も必要と思われることが確認されている(乙
3,証人D)。
また,同月31日にCがHに来園した際にも,職員はCに対して,
「合同ケース会議にもあったように,精神科医に相談するのも一つの方法ではない
か。」と伝えている(丙2の2250頁)。
加えて,原告両親は平成8年6月10日の措置入所にあたって,従
前投薬処方を受けていないにもかかわらず,Hから渡された「持ってきていただく
もの」(甲19末尾添付)の中に,「薬(投薬中のものを2週間分)」が記載され
ていたことから,わざわざ牧原クリニックにおいてヒルナミンの処方を受け,入所
する際にこれを持たせていること(この点,Cは持ってくるものとして指示された
以上は準備しなければならないと思い込んだと証言するが,書面には明確に「投薬
中のもの」と記載されているのであって,かかる思い込み自体不自然なものであ
る。),入所翌日の同月11日には,Bが同行してA医師の診察を受けているにも
かかわらず,その際,Bは投薬についての不安を何ら申し出ていないこと,ニュー
レプチルが初めて処方され
た同年7月16日のA医師の診察についても,CがHに対応を任せると回答してい
ること,Cが同月26日に原告の過呼吸発作を知り,原告を自宅に連れて帰ると言
ってHを訪れた際も,D園長から,原告の問題行動を押さえるためには投薬の必要
があるという説明を受けて納得し,結局原告を連れ帰ることを取り止めていること
(もっとも,CはD園長に恫喝された旨証言するが,前記認定のとおり,同園長は
不安定な状態のまま原告を帰宅させた場合の危険性を述べただけであって,これを
もって恫喝と認定することはできない。),同月30日には,A医師は原告両親に
対して投薬についての詳細な説明をし,その際も原告両親は原告を連れて帰らなか
ったこと,以上の事実からすれば,原告両親は,本件投薬の当初の時点において
は,本件投薬に同意し
ていたものと認められる。
そして,その後も,Cは,同年8月16日に,被告L市のFケース
ワーカーに対して,「薬が合っているのか夜寝てくれるので以前ほど心配すること
はない。」と述べ,同年12月16日にも同人に対して「園では薬が合っているの
か順調に生活している。」と報告している(乙3の各日付欄)。また,平成9年3
月2日の保護者会において,H職員が原告両親に対して,同年2月27日に原告が
他の入所者の首を箸で刺してけがをさせたため,今後は精神科医と相談して,処方
を変更することもあり得ると説明したところ,原告両親もこれを了承している(丙
3の3101頁)。
もっとも,さらに後の平成10年1月19日の説明会の際に,D園
長は前記認定のとおり,Hは本件投薬が原告の体に合っていなくても,Hでは薬剤
投与を続けるし,また,A医師が投薬しなければ他の医師に頼んででも投薬を継続
するという趣旨の発言をしているが,前記認定のとおり,同日の時点においても,
原告の問題行動は依然として治まっていなかったのであり,Hとしては本件投薬を
中止するといかなる不測の事態が発生するかも知れないという不安が強かったもの
と認められ,もしかかる事態に至れば,Hとしても他の入所者に対する責任問題に
も発展しかねないし,また,原告にとっても強制退所により今後の自立が困難とな
るという事態に陥る可能性もあったため,かかる事態を何としても避けなければな
らないという焦りの余り
,上記発言に至ったものと認められる。よって,上記発言をもって,Hが原告両親
やA医師の意思を無視して薬剤投与を継続する意思であったと認めることはできな
い。
むしろ,同説明会の最後に,Bは「おっしゃること,よう分かりま
した。ただ,お伺いしたいのは,症状を見まして,要は朦朧状態があったというこ
とで先生に薬の疑問点をお聞きしたかったということで来たんですわ。」と述べ
て,原告を引き取らずに帰ったこと,Cも「もう少し様子を見ようと思って,その
場は一応あきらめたんです。」と証言していることからすると,原告両親はHでの
投薬に同意したものというべきである。
以上からすれば,原告両親は,本件投薬について進んで賛同したも
のではないとしても,原告の措置入所以降,H及びA医師の説明を受け,一貫して
本件投薬について同意していたと認めることができる。
d 結論
以上の次第で,原告の問題行動の深刻さやそれが原告の衝動性に起
因すると認められること,本件投薬前のHの対応状況を総合すれば,原告の問題行
動を福祉的対応によって抑えるのは困難であって,本件投薬は必要やむを得ないも
のであったと認められるし,その投薬内容には相当性が認められる。さらに,本件
投薬について原告両親の同意も得ていると認めることができる。
そうすると,本件投薬について,原告に対する監護療育義務違反を
認めることはできない。
(イ) 原告に対する健康配慮義務違反
確かに,前記認定のとおり,ニューレプチル投与後の平成8年7月1
7日から同月23日までの間,原告は過呼吸症候群による体調不良を訴えていたこ
と,平成10年1月14日以降,原告に軽度の肝機能障害が認められたこと,とこ
ろが,H及びA医師は原告に対するニューレプチル投与を継続したことが認められ
る。
しかしながら,過呼吸症候群の発症は,一過性のものであったと認め
られ,過呼吸発作は呼吸法の指導を受けたことで治まり,その後に再発もなく,ま
た,心電図や血液検査の結果にも異常はなかったことは前記認定のとおりであり,
Hが,原告の経過を観察しながら,A医師の診察に基づき,ニューレプチルの投薬
量を半分に減量してその投薬を継続したことは相当な措置であったと認められる。
また,同年9月19日に,A医師及びHが,それまで半減していたニ
ューレプチルの量を元に戻したことについても,前記認定のとおり,原告の性的な
問題行動が目立ったためであり,これについても,やむを得ない相当な措置であっ
たと認められる。
次に,肝機能障害との関係についても,そもそも原告の肝機能障害の
程度自体,自覚症状を伴うようなものではなく,ごく軽度のものであること(証人
A),前記認定のとおり,同肝機能障害が本件投薬によるものと認めることはでき
ず,むしろ,原告の帰省時における飲酒による可能性があること,当時,原告の問
題行動は相対的に治まっており,危険を冒して投薬を中止するよりは,原告の比較
的安定した状態を継続するために投薬を継続する必要性は依然として高かったと認
められることからすると,経過を観察しながら投薬を継続したHの判断に,健康配
慮義務違反を認めることはできない。
なお,原告は,原告が平成7年8月25日,Oでニューレプチルと同
じ薬剤であるアパミンを処方され,頻脈発作を起こしていたことから,そのことを
考慮せずにH及びA医師においてニューレプチルを原告に投与したこと自体がHの
過失であるとも主張する。
しかし,前記認定のとおり,Hは,原告が同日に薬剤の副作用と思わ
れる頻脈発作を起こしたことの報告は受けていたものの,その薬剤名や症状の詳
細,また,原告に対する同薬剤の投与が禁忌であるといったことの報告までは受け
ていなかったと認められる(丙1の1089頁,丙2の2221頁,弁論の全趣
旨)。そして,本件投薬開始にあたって実施されたA医師の原告に対する診察(平
成8年6月11日)にはBが同席していたにもかかわらず,Bにおいても上記頻脈
発作の事実につき何ら言及することがなかったこと,平成8年7月16日のニュー
レプチル投与開始後に原告に生じた過呼吸発作は,新しい薬剤の投与時にみられる
ことがある一過性の体調不良であり,ニューレプチルの投与及びその継続を中止せ
ねばならないほどの重篤なも
のであったとは認められないことは,いずれも既に認定したとおりである。そうと
すれば,HがA医師にOにおける頻脈発作の事実を告げなかったことが,原告に対
する健康配慮義務違反に該当するものとまでは認めがたく,したがって,また,H
が,A医師の処方に従って,原告に対しニューレプチルの投与を行ったことに過失
があるとも認められない。
以上の次第で,原告が主張するような健康配慮義務違反の事実をHに
認めることはできない。
イ A医師の注意義務違反
(ア) 原告に対する看護健康管理義務違反
A医師は,前記認定のとおり,原告のHにおける問題行動が極めて著
しく,Hの福祉的努力にもかかわらず,医療的手段を採らねば原告の問題行動を沈
静化することができず,結果的にHを退所せざるを得なくなるという,原告本人に
とっての不利益が生じるのを防ぐための医療的必要性から本件投薬を行ったものと
認められる。
また,A医師は,前記認定のとおり,原告両親が薬剤について相談し
たいと希望したときには,これを拒否することなく応じており,平成10年1月1
9日の相談会においても,薬剤に関する重要な事実について説明していること(甲
15)からすれば,A医師が原告主張のようにHに乞われるがまま本件投薬を行っ
ていたとは到底認められない。
よって,A医師には原告が主張する看護健康管理義務違反なるものは
認められない。
(イ) 原告に対する健康配慮義務違反
被告Gの健康配慮義務違反について認定したとおり,A医師はHとと
もに,原告の体調に配慮しながら,本件投薬を行っていたものと認められる。
この点,原告はA医師は原告の体調に合わせて投薬処方をきめ細かく
変更するなどの医療的措置を講ずべきであったと主張する。しかし,一般的に新し
い薬剤を試すことには一定の危険性を伴うことから,当該薬剤がある程度有効に作
用し,かつ,重篤な副作用が認められない場合には,当該薬剤の量を増減すること
によって調整する方が危険性が少ないと認められる(証人A)。そして,原告に対
する投薬の必要性があったこと,その投薬量は一貫して必要最小限にとどめられて
いたこと,それによって原告は退所を余儀なくされるほどの大きな問題行動を引き
起こさずに済んでいたことは,既に認定したとおりであり,かつ,過呼吸発作は一
過性のものであり,肝機能障害についても軽度のものであったことにも照らせば,
投薬を変更しなかったこ
とについて,A医師に注意義務違反があったとは認められない。
よって,A医師に原告が主張する健康配慮義務違反なるものは認めら
れない。
以上のとおりで,A医師に注意義務違反があったとは認められないか
ら,被告Iに民法715条の使用者責任があるとは認められない。
ウ 被告L市の注意義務違反
前記認定のとおり,原告に対する本件投薬について,被告G及びA医師
に何らの違法性及び過失が認められない以上,被告L市の監督義務違反について
は,その前提を欠くものである。したがって,被告L市には注意義務違反は認めら
れない。
3 結論
よって,原告の本訴請求は,その余の争点について判断するまでもなく,い
ずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官   上   田   昭   典
裁判官 太   田   敬   司
裁判官北   岡   裕   章

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独立支援
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条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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