弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
    被告人は無罪。
             理    由
第1本件公訴事実
本件公訴事実は,「被告人は,平成10年5月24日午前3時42分ころ,業務として普通
乗用自動車を運転し,神奈川県横須賀市野比先の信号機により交通整理の行われてい
る交差点を光の丘方面から野比方面に向かい直進するに当たり,同交差点の対面信号
機の信号表示に留意し,これに従って進行すべき業務上の注意義務があるのに,これを
怠り,同信号表示に十分留意せず,同信号表示が赤色の灯火信号を表示しているのを
看過し,漫然時速約45キロメートルで同交差点内に進入した過失により,折から左方道
路から信号表示に従って進行してきたA(当時55年)運転の普通乗用自動車前部に自
車左側面を衝突させ,よって,自車後部座席左側に同乗していたB(当時30年)に脳挫
滅等の傷害を負わせ,同日午前4時30分ころ,病院において,同人を上記傷害により死
亡させたほか,上記Aに加療約2週間を要する頚椎捻挫等の傷害を負わせたものであ
る」というものである。
第2本件事故の態様及び本件の争点等
1本件事故態様
まず,関係各証拠によって認められる本件事故態様として,以下のとおりの事実が認め
られる(以下の点は特に争いはない。)。
(1) 平成10年5月24日午前3時42分ころ,神奈川県横須賀市野比先の信号機により
交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)内のほぼ中央地点におい
て,光の丘方面から野比方面に向かい直進してきた被告人が運転する普通乗用自動車
(タクシー,以下「被告人車」という。)と,粟田方面から野比方面に向かい直進してきたA
運転の普通乗用自動車(以下「A車」という。)が衝突する交通事故(以下「本件事故」とい
う。)が発生した。
(2) その衝突態様は,被告人車の左側面に,A車の前部が衝突したものであり,衝突
後,両車両はそれぞれ移動し,本件交差点の東寄りに立っているアパートの前に,両車
両がそれぞれ並列する形で停止した。そして,被告人車の左後方側面は相当大破し,左
側後部ドア,フェンダーが凹損し,同ドアは折れ曲がって開いていた。また,A車は,フロ
ント部分が大きく破損してボンネットが折れ曲がっていて,ハンドル,ブレーキ等の機能
点検は損傷が激しく実施できなかった。
(3) 本件事故の結果,被告人車に同乗していた乗客のB(当時30歳)が,公訴事実記
載の傷害を負い,間もなく公訴事実記載の日時・場所において,死亡した。また,Aも加
療2週間を要する公訴事実記載の傷害を負った。
(4) 同日午前3時47分ころ,110番通報を受けて,同日午前3時59分ころ,警察官ら
が事故現場に到着し,その後,本件事故の捜査の主たる責任者となったO警察官が現
場に到着した。Oは,本件事故当事者から事情を聴取したところ,Aは自車進行方向の
信号表示が青色であったと説明し,被告人も自車進行方向の信号は青だったと思うと説
明した。
(5) 現行犯人逮捕手続書によれば,被告人は,同日午前4時48分業務上過失致死傷
の容疑により現行犯逮捕され,同日午前5時15分警察署司法警察員に引致された。そ
して,同日午後8時53分,被告人は,前立腺肥大症により留置不能との判断で釈放され
た。
2争点等
 本件は,前記のとおり,タクシー運転手である被告人が,交差点の対面信号機の信号
表示が赤色であるのを見落とした過失により,自車をA車に衝突させて,乗客のBを死亡
させ,Aに傷害を負わせたとして公訴が提起されたものである。そして,弁護人らは,被
告人は,本件交差点の被告人車の対面信号機の信号表示は青色であったものであるか
ら,被告人には過失はなく無罪であると主張し,被告人も,司法警察員及び検察官に対
する各供述調書並びに公判廷において,本件交差点の自分の進行方向の対面信号機
は青色を表示していた旨供述している。これに対し,本件事故の相手方であるAもまた,
公判廷で,自分の進行方向の対面信号機は青色を表示していた旨供述している。
したがって,本件の争点は,本件事故時の被告人車の対面信号機の信号が赤色を表
示しており,被告人がこの表示を見落としたかどうかである。
 3 当裁判所の判断
 そこで,当裁判所は,取調べ済みの関係各証拠について,検察官及び弁護人らの各主
張を吟味しつつ検討した結果,被告人が本件交差点の対面する信号機の赤色表示を見
落として同交差点に進入したと認定するには,なお疑問の余地があり,その証明が十分
ではないとの結論に達したので,以下,その理由を説明する。
(1) まず,本件公訴事実記載の被告人の過失を認める積極証拠としては,以下のもの
が考えられる。
 ア Oの公判供述及び同人作成の実況見分調書
 Oは,本件の捜査主任として本件事故の捜査に当たった警察官である。同人は,本件
事故発生時刻を秒単位で特定した上,本件交差点の信号パターンが80秒周期となって
いることから,本件犯行時刻のちょうど60分後と,80分後には,本件事故時刻と同じ信
号表示が現れることが分かり,60分後と80分後の2回にわたって被告人とともに信号
表示を確認したところ,被告人からの進行方向の対面信号機は2回とも赤色を表示し(以
下,Oが行ったというこれらの実験(検証)を「60分後実験」「80分後実験」という。),そ
の結果を実況見分調書に記載した旨供述し,O作成の上記実況見分調書(以下「本件実
況見分調書」という。)中には,その旨の記載がある。
 イ Aの公判供述
 Aは,本件事故の一方当事者であり,交差道路を普通乗用自動車を運転して釣りをす
るため三浦市の漁港へ行く途中,本件交差点に差し掛かり,被告人車と同交差点で出会
い頭に衝突したものであるが,Aは,自分の進行方向の同交差点の対面信号は青色を
表示していたと供述している。
 ウ 被告人の司法警察員に対する供述調書
 同調書中には,「現場に来た警察官に事故状況を聞かれ,最初は『私の対面信号は青
色だった』と言っていたが,手前の信号のことを聞かれ,停止後対面信号が青色に変わ
ってから発進したことを話すと,『その信号が青になってから発進すると事故現場交差点
の対面信号は必ず赤色だ』と言われ,私の見誤りだと思った。後で考えてみると,事故現
場交差点の次の対面信号を事故現場交差点の対面信号と勘違いしたのだと思う。私の
不注意でこのような大事故を起こしてしまい大変申し訳ないことをしたと思っている」旨の
記載がある。
以上のとおり,本件事故が発生した時刻として秒単位で特定したものを前提に,信号サ
イクルとそのパターンに基づいて実験した結果(本件事故時刻が正確に秒単位まで特定
され,それが同一パターンが現れる時間単位で検証すれば,当然のことながら,本件事
故時と同じ信号のパターンが現れることになる。),事故の相手方であるA供述に加え,
被告人の上記供述調書を総合すれば,被告人に本件公訴事実記載の過失を認めるに
十分のようにも思われる。すなわち,まず,本件交差点の被告人進行方向の対面信号の
表示に関する「60分後実験」「80分後実験」が,その前提条件に誤りを容れる余地がな
く,また,それが正確に実施されたものであれば,それによって得られた同信号の表示が
赤色であったとの実験結果は,被告人が本件交差点に進入したとき同信号が赤色を表
示していたことを示す最も適切で客観的な証拠といえることはいうまでもない。そして,か
かる実験結果は,A供述の信用性を裏付け,これを揺るぎないものにすることにもなる。
検察官は,その冒頭陳述において,「本件は被告人が否認に転じたことなどから,いった
ん,不起訴処分とされたが,死亡したBの遺族からの申立てにより検察審査会にかけら
れ,再度捜査がなされた結果,信号周期の確実性などが確認され,公訴提起された」と
述べている。検察官のいう「信号周期の確実性」というのは,「60分後実験」「80分後実
験」を指すものと思われる。これに対し,弁護人らが主張するように,かかる「60分後実
験」「80分後実験」に疑義が生ずれば,被告人の本件過失を裏付ける事故直後の現場
状況等を示す客観的な証拠を欠くことになり,被告人の本件過失を立証するに足る直接
証拠としては,結局のところ,事故の相手方であるA供述のみということになる。そして,
交通事故の一方当事者の供述の信用性は,他方の当事者と利害が真っ向から対立す
るものであり,一方当事者の供述の信用性には,これを裏付ける客観的な証拠がない場
合には特に慎重な配慮を要することはいうまでもない。そこで,これらの積極証拠につい
て,以下検討を加える。
(2) O供述及び本件実況見分調書の信用性
ア O供述の要旨
警察署において,交通課交通事故係として勤務している。本件事故当日は,当直勤務
であり,P警察官から,信号機のある交差点で事故があり,人が死んだらしいとの報告を
受け,現場に急行した。現場に着いたのは午前4時20分ころと記憶している。現場で
は,事故状況についてPから,出会い頭の衝突事故であり,事故当事者双方が青色通過
を主張していると聞いた。これを聞いて,どちらかが信号表示を見落とした事故であると
直感した。そこで,補助者のQ警察官に信号機のサイクルやパターンなどを調べるよう指
示した。そばにいたR警察官に,近くにあるコンビニで目撃者を探し,事故発生時刻を特
定するよう指示した。
 救急車で搬送されようとしていたAに現場で事情聴取したところ,「間違いなく青だった」
と供述した。被告人にも事情聴取したところ,当初赤か青か疑心暗鬼のようなあいまいな
供述をしていたが,後に「青だと思う」と供述した。被告人は,当初甲交差点を青で通過し
たと供述したが,私と被告人とで甲交差点の信号機と本件交差点の信号機の表示を確
認したところ,連動していないことが分かったため,被告人に「あなたはタクシーだから,タ
コメーターを見れば,あなたがここで停止したかどうか,はっきり分かるよ。正直に言いな
さい」と言ったところ,被告人は,甲交差点前で停止したと供述を変えた。また,被告人
は,信号表示を見間違えた可能性を否定はしなかったが,本件交差点の信号機の表示
は青だったと思うと供述していた。
本件交差点に設置された信号機の表示サイクルについては,Q(本件事故の6か月前
に本件交差点信号機を設置した警察官)から,同信号機の信号表示と甲交差点の信号
機の信号表示とは連動性がないこと,本件交差点に設置された信号機の表示サイクル
は80秒で,午前7時まで同サイクルは一定であるとの報告を受けた。そこで,コンビニの
防犯ビデオで事故発生時刻を特定したいと考え,Rに事故発生時刻を秒まで特定するよ
う指示した。その結果,Rから,「コンビニの店員3人が『ドーン』という音を聞いた時の映
像が時間とともに同店に設置された防犯ビデオのテープに録画されていたことが分かり,
その時間をビデオテープを再生して特定した。そのビデオテープに記録された時刻は午
前3時45分50秒であったが,実際より3分30秒進んでいたため,事故発生時刻を午前
3時42分20秒と特定した」と聞いた。そこで,本件事故の発生時刻を午前3時42分20
秒と特定した。なお,Rに対して,そのビデオテープを領置するようには指示しなかったの
で,結局,同テープの領置はされなかった。
捜査に当たっては,信号機のサイクルについて,当初3とおりの仮定を立てた。1番目
は連動性の説,2番目は同サイクルで1週間後も同じ表示をするのではないかという説,
3番目は信号機の時間サイクルについてのものであった。しかし,連動性については,Q
から連動性がないとの報告を受けた。2番目の点は,信号の秒,サイクルは絶対狂わな
いと思っていたので,一週間後の土曜日の事故発生時刻の3時42分20秒に本件交差
点の信号を見れば,事故当時と同じ信号の色が見られるのではないかと思っていたの
で,それに基づいて捜査を開始した。その現場に3週間赴いた結果,赤色であった。その
ことについて信号の設置者,管理者,あるいはその制作者に電話して聞いたら,「あなた
の1週間後の土曜日の発生時間に見た信号は,それは偶然です。赤色を見たというのは
偶然のことであって,恐らく次の週とずっと続けていったら,必ず違います」「サイクルにつ
いては,絶対にまず誤差がないと考えてよい」との報告を受けた。事故発生時刻のちょう
ど1週間後ないし2週間後,信号表示が同一になるのではないかという推測は誤りである
ことが分かった。
3番目について,Rからの本件事故が午前3時42分20秒との報告に基づいて,その6
0分後の信号表示の確認を行った。時間の測定は,私の携帯電話と腕時計で行った。被
告人と一緒に現場に立って60分後の信号を確認した結果,午前4時42分20秒の時点
の信号は赤であり,これは赤になってから14,5秒は経過していた。P,Qもその際いた。
被告人は,これを見て「やっぱりそうですね」と言った記憶がある。この確認をしたのを受
けて,被告人を現行犯逮捕した。
60分後の実験で被告人は「分かりました」とは言ったものの,まだ青だったような気が
するなどと言って心の中に曖昧なものが残っているような様子だったので,被告人にこの
信号は赤色なんだということをもう一度確認してもらう方法を考えた。そして,事故発生時
刻として特定した午前3時42分20秒から80分後の信号表示もやはり信号サイクルが8
0秒周期である以上同じ表示になるだろうから,さらにその20分後に被告人をパトカーに
同乗させて走ってみようと考えた。走行実験には,交番のパトカーを使用し,Rがこれを
運転し,被告人を助手席に乗せて,私が後部座席の中央部分に座って実施した。被告人
の供述するとおりの経路を走行することにした。甲前から乙交差点までおおよそ約200
メートルほどあり,他車両が青信号で発進し,事故現場の交差点まで至る秒数がおおむ
ね20秒だったので,それを足した時間に現場で待って,午前5時2分ちょうどぐらいに甲
入り口を出発することに決めた。甲入り口の交差点をそこの青色表示が数秒過ぎてから
発進したが,その時点では,本件交差点の信号はまだ青だったと記憶している。本件現
場まで走行する時速についても被告人の供述するところに合わせた。このような速度で
走行していったところ,本件交差点の信号は,おおむね走り始めて20ないし30メートル
の時点で既に黄色に変わり,本件交差点まで100メートル前後の地点では,既に本件
交差点の信号は赤色だった。午前5時2分20秒の時刻に合わせて本件現場に到達する
ことができた。そのときの信号表示は赤色だった。このときの時間確認も携帯電話で行っ
た。1,2秒の誤差はあったかもしれないが,自分では「あ,ぴったりだ」と思った記憶があ
る。10秒,20秒という誤差はなかった。被告人もその信号表示についてパトカーに同乗
して確認をした。被告人はその信号表示を確認した際,私の方で,「どう,赤だろう」と確
認したら,「そのとおり,分かりました」とただそれだけ答えたような記憶がある。被告人は
信号を見落とした理由について「どうしたんだろう,別に眠いわけでもなかったし」というよ
うなことを言っていた。
本件実況見分調書については,自分が作成した部分と,Qが作成した部分があり,信
号機のサイクルについてはQが作成した。Qの作成した部分は,被告人側の信号機の赤
信号表示を1秒多く記載し,事故発生時刻の信号機のポイント表示について,赤から青
に記載すべきところを手前に記載するというミスを犯した。この点は後に担当の副検事か
ら指摘された。
イ そこで,Oが行ったという「60分後実験」「80分後実験」について検討する。
前記のとおり,「60分後実験」「80分後実験」を実施したとするOは,その実験の経緯・
内容・結果等について具体的な供述をしているところである。そして,検察官は,かかる
実験をもとに,「被告人がいったん停止した事故現場直前の交差点と本件交差点は連動
性はないが,本件交差点の信号機サイクルは,80秒であり,パターンは午後8時から午
前7時までであり,事故から60分後及び80分後には,事故当時の信号機の表示がされ
ることから,被告人とOがこれを確認したところ,被告人の進行方面からの対面信号機は
赤色表示であった。また,事故から80分後の被告人車の再現走行実験をしたところ,事
故現場交差点の対面信号機は,事故現場直前の交差点を発進した際は赤色であった
が,4ないし5秒経過した20ないし30メートル経過地点において,黄色に変わり,100メ
ートルを走行した地点で赤色表示に変わり,事故現場の交差点に進入した時点において
は,赤色表示のままであった。被告人進行方向からは,赤色表示が15ないし16秒継続
していた(Oの公判供述)。被告人は,事故直後の取調べにおいて,信号表示は青という
曖昧な供述をしていたものの,実験(再現の実況見分)に立ち会った結果,対面信号機
の赤色表示の見落としを認め,「わかりました」と答えて,信号表示の見落としを認めた」
ものであると主張している。
しかし,Oが実施したとする「60分後実験」「80分後実験」については,以下に述べるよ
うな問題点がある。
(ア) Oは,前記のとおり,「60分後実験」「80分後実験」を行った結果を実況見分調書
に記載したと供述し,この点を記載した同人作成の本件実況見分調書が存する。しかし,
同実況見分調書を検討すると,かかる実験結果を記載した箇所は,同実況見分調書の
6丁裏であるが,同丁と前丁の5丁との間だけは,他の丁間に存する作成者であるOの
契印が欠けている(5丁裏の右上端には契印の半印が認められるが,これに対応するは
ずの契印の半印が6丁表左上端には存しない)ことが明らかである。また,7丁表に添付
されている現場写真と台紙部分との契印の朱肉による汚れが,6丁裏のこれと重なり合
う箇所には見当たらない(他の丁では,例外なく写真が貼付された箇所への契印の朱肉
による汚れが前丁裏の重なり合う部分に認められる)。これらによれば,同実況見分調書
6丁は,もともと存したものに代えて新たに差し替えられたものとの疑いを否定することが
できない。Oも公判廷でその部分は事後に差し替えたといわれても仕方がない旨供述
し,また,その理由については,記憶がないと供述するだけで,差し替えたことに関する
合理的な説明をしていないのである。したがって,差し替え前の記載内容がどのようなも
のであり,それがどのような理由,経緯で新たに差し替えられたのかについては不明とい
うほかない。
(イ) 本件は,前記のとおり,被告人及びAともに,自分の進行方向の対面信号の表示
について青であると供述している事案であり,しかも,目撃者らもいない事案であるという
ことは,Oは本件事故当日駆けつけた現場において認識していたものと認められる。そし
て,「60分後実験」「80分後実験」は目撃者等の客観的証拠に代わる極めて重要な客
観的証拠としての意味を持つことは明らかであり,Oがこのような重要な実験を実施して
おきながら,本件実況見分調書には,その実験の具体的な方法等についての記載(見分
した信号の特定,赤色を表示している信号の写真,80分後実験であれば,さらに自動車
を利用しての見分状況についての写真や記述等)が欠如し,極めて簡潔に結論が記され
ているにすぎないのは,いささか不自然というほかない(Oは,公判廷において「全体とし
て1丁に収まっているのは,統括して簡潔に記載したものと思う。ただし,重要な部分な
ので2,3ページ使ってもいいと思う」旨供述している。)。また,本件実況見分調書には,
「60分後実験」「80分後実験」では必要とは思われない甲入口交差点の信号機の信号
サイクル表などが記載されているところ,同実験においては,このような信号サイクルを
確認する必要性に乏しいと考えられるのに,「60分後実験」「80分後実験」の詳細な記
述等を省いて,甲入口交差点の信号サイクルを記載しているのも不自然さを否めない(S
警察官は,公判廷において,平成13年2月3日に実施した信号確認(「60分後実験」「8
0分後実験」と同様の実験)のための実況見分を実施した際には,甲入口交差点の信号
サイクルを確認の必要性は感じなかったなどと供述しているのである。)。
(ウ) O供述によれば,「60分後実験」「80分後実験」には被告人も立ち会ったというの
であるが,上記実況見分調書には,被告人が立ち会ったとの記載はない(実況見分の立
会人は「なし」と記載されている。)。そして,Oは,公判廷において,当初は,上記実況見
分調書は被告人本人の立会いの下で作成されたと供述していたが,検察官から被告人
が立ち会った旨の記載がないことを指摘されてその供述を訂正している。しかし,真実「6
0分後実験」「80分後実験」に被告人が立ち会っていたというのであれば,その重要性に
照らし,立会人として記載されてよいはずの被告人が記載されていないというのは不自
然のように思われる(Sも,公判廷において,実況見分調書には,立会人がいれば立会
人として記載する旨供述している。)。
(エ) O供述によれば,「60分後実験」によって,被告人の対面信号の表示が赤色であ
ることが確認され,被告人を現行犯人として逮捕したというのであるが,そうであれば,現
行犯人逮捕手続書(甲39)に「60分後実験」を窺わせるような記載があって然るべきで
あるのに,同手続書には,このような実験が行われたことを窺わせるような記載は全くな
い。すなわち,同手続書には,「現行犯人と認めた理由」として,「Aが信号機が青色だっ
たので本件交差点を直進したところ,右から来た被告人車と衝突したと申し述べた。被告
人は,『お客さんの指示でこの交差点に来たところ,左から来た車にぶつかってしまいま
した』,『信号は,青色だと思います』と申し述べた。再度被告人に確認すると,『じつは事
故のあった交差点の一つ前のあの信号機で赤色のために停車して,お客さんと話をし,
その後この交差点を青色で直進しようとしたところ事故を起こしたのです』と説明した。し
かし,被疑者の供述した事故のあった交差点の一つ前の信号機を赤色で進行したのち
(この点は,「赤色から青色に変わって進行した後」の誤記と認められる。)事故現場であ
る交差点に進行すると同交差点の信号機は,赤色の状態であり,更にその前方の手動
式信号機は青色となっていた事からその状況を被疑者に確認させたところ,『事故のあっ
た交差点の信号機は,赤色だったかもしれません。その次の信号機の青色と見間違え
赤信号を見落としたと思います』と供述した。負傷者の死亡確認をしたことと被疑者の供
述から業務上過失致死傷の現行犯人と認めた」旨記載されているだけである。要する
に,被告人を業務上過失致死傷の現行犯人と認めたのは,本件交差点の一つ手前の交
差点(甲前交差点を指すものと認められる。)を赤色で停止し,青色になって進行した後,
本件交差点に進行すると,その信号機は赤色の状態であり,さらにその前方の信号機が
青色を表示していたことから,その状況を確認させ,その結果,被告人が「赤色だったか
もしれません。次の信号機の青色と見間違え,赤信号を見落としたと思う」と供述したこと
からであるとされているのである。しかし,上記のとおり,「60分後実験」によって,被告
人の対面信号の表示が赤色であることが確認されたのであれば,端的にこの点を現行
犯逮捕の理由とすればよいのであり,現行犯人逮捕手続書に「60分後実験」の点が全く
触れられていないのは不自然である。また,Qは,公判廷において,80分後実験の際,
そのままコンビニのところにいてOからその実験の目的について説明を受けた上で,これ
に立ち会ったと供述しながら,本件事故当日の午前4時48分になされた被告人の現行
犯逮捕の手続については,「ああ。そうかもしれません」「権利告知等の手続でばたばた
していたということなんじゃないでしょうか」などと供述するのみで,被告人を現行犯人とし
て逮捕するに至った具体的な経緯については供述していない。しかし,O供述によれば,
被告人が赤信号を見落としたものと認め,被告人を現行犯人として逮捕する理由となっ
たのは60分後実験というのであるところ,Qはこの実験に立ち会ったと言い,しかも一貫
して現場付近でOと被告人の言動を見ていたと思われる警察官であり,このような立場に
あるQが,重要な手続である被告人の現行犯逮捕に関心を示さなかったということは考
えにくいところであり,Qが被告人の現行犯逮捕と「60分後実験」との関係を何ら供述し
ていないのも,そのような実験が行われたとすれば不自然というべきである。Q供述をも
って,上記実験に関するO供述を疑いの余地なく裏付けているとはいい難い。
(オ) Oは,「信号の秒,サイクルは絶対狂わないと思っていたので,次の週の土曜日の
事故発生時刻の3時42分20秒に本件交差点の信号を見れば,事故当時と同じ信号の
色が見られるのではないかと思い,その現場に3週間赴いた結果,赤色であった。しか
し,信号を制作した製作所に電話して聞いたら,『あなたの1週間後の土曜日の発生時
間に見た信号は,それは偶然です。赤色を見たというのは偶然のことであって,恐らく次
の週とずっと続けていったら,必ず違います』と言われ,事故発生時刻のちょうど1週間
後ないし2週間後,信号表示が同一になるのではないかという推測は誤りであることが分
かった」旨供述している。しかし,S供述によれば,Oの指示で平成13年2月3日にも「60
分後実験」「80分後実験」と同様の実験をしていることが認められ,そうすると,O供述の
とおり,本件事故直後に「60分後実験」「80分後実験」を行ったのであれば,本件事故
から約2年8か月後に,本件事故時の信号確認としては意味をなさないと思われる実験
をどうして行ったのか,OやSからはその説明が十分になされていない。
(カ) さらに,「80分後実験」についてみると,そもそもこの実験は,本件事故発生時刻と
信号サイクルをもとにその80分後の信号表示を確認すれば足りる性質のものであって,
Oが供述するように被告人を警察車両に乗車させて実際の走行経路をたどっての信号
確認の必要性は乏しいと考えられる。また,O供述によれば,「80分後実験」を実施した
のは被告人を現行犯人として逮捕(その時刻は本件事故当日午前4時48分となってい
る。)した後というのであるから,被告人を逮捕後,同日午前5時2分20秒までの間という
ことになる。しかし,Oが,「80分後実験」においてパトカーの運転を担当したというRは,
「被告人が逮捕された状況,具体的経緯については知らない。それまでの実験の経緯に
より同実験の際,被告人が逮捕されたというのはうすうす分かっていた。このときOから
実験の目的や現場信号機のサイクルの内容等については聞かされていなかった。運転
中,助手席にいた被告人とOとの間で何らかの会話はしていたと記憶しているが,その
具体的な内容は記憶がない」旨供述している。O供述によれば,Rは,「80分後実験」の
ための運転担当者というのであるが,かかる実験が行なわれたというのであれば,その
ような立場にあるRが「80分後実験」の状況や趣旨について,Oから知らされていなかっ
たなどというのは,その際の運転速度,走行経路等がかかる実験の趣旨に沿わなけれ
ばならないことからすれば不自然というほかないし,パトカーの運転席にいながら,助手
席にいた被告人の同実験における反応や言動等について具体的に記憶していないとい
うのも不自然というべきである。また,被告人を現行犯人として逮捕したPは,公判廷にお
いて,「現行犯人として逮捕する旨被告人に告げて,午前5時15分に被告人を警察署に
引致した」旨供述するものの,その間,被告人をそのまま引致することができない事情が
あったかどうかは記憶にないと供述している。しかし,O供述によれば,「60分後実験」に
より被告人の対面信号が赤信号であることが確認されたことから被告人を現行犯逮捕
し,その後,被告人を立ち合わせての「80分後実験」を実施したというのであり,そうだと
すれば,被告人を現行犯逮捕した後,被告人を立ち会わせて同実験を行った事実を記
憶していないということは,やはり不自然というべきである。
(キ) Pは,公判廷において,「実際に交番にあるパトカーに本人を乗せて交通の人と一
緒に走ってみた。私はその間はトヨタの販売店の前にいた。走行が終わってパトカーから
降りてきたOから,次の信号機を見たみたいだよと聞いた。それで,被告人に対して,私
が最終的に確認のための事情聴取をしたところ,一番上の信号機で止まって発進し,次
の信号機が赤という状況が分かったらしく,その次の信号機の青信号を見たかもしれな
い,だから事故を起こした交差点が赤だったかもしれないとの供述があったので,現行犯
人と認めて逮捕した。被告人が信号は青だったと供述しているだけではもちろん身柄は
とれない。赤信号で交差点に入ったかもしれないと被告人が供述したことから逮捕した。
それ以外に,Oから,間違いなくこの信号は赤だったはずなんだ,だから大丈夫だとの説
明は受けた記憶はない」旨供述している。逮捕直前に行なわれた「60分後実験」によっ
て確実に被告人の対面信号の表示が赤であったことが確認されたというのであれば,O
は,この事実をPや被告人に対して説明すると思われるのに,このような説明をした形跡
がない。
(ク) 本件事故捜査の統括責任者であったT警察官は,公判廷において「本件事故当
日,警察署で被告人の取調べを行ったが,その前に,同日午前11時過ぎから本件現場
で実況見分を行った。その現場で被告人は,最初は自分は青信号で通過したと供述し
た。私は,最初に現場に行ったとき,甲交差点の信号と本件交差点とは連動していない
ことを知っていた。だから甲交差点の信号は見分する必要はない。供述調書にある『甲
交差点が青になってから発進すると,本件交差点の信号表示は必ず赤色だと言われて,
そこで私の見誤りだと思った』との記載は,警察官が現場で言ったことを私が聞いて,そ
れで書いた。Oから,現場で何回か実験したところ,必ず赤になるという話を私は聞いた
から,そのような表現をした」旨供述している。Tが聞いたというOの話は,甲入口交差点
の信号と本件交差点の信号との関係から赤色表示であったとの説明を受けたとの趣旨
に理解できる内容であり,Oが行ったという「60分後実験」「80分後実験」の内容を示唆
するものとは考え難い。このようにTは,かかる実験についての具体的な報告を受けてい
ないと考えられるのであり,また,同人が本件事故当日に作成した被告人に対する供述
調書にもこのような実験がなされたことを窺わせるような記載はない。
(ケ) 被告人の本件事故当日に録取された司法警察員に対する供述調書は,被告人が
信号見落としを認めるかのような内容の調書であるが,前記のとおり,この中にはこのよ
うな実験を行ったことを示すような記載がなく,上記実況見分調書を除いて,捜査官が作
成した本件に関する関係書類にもこれらの実験を行ったことを窺わせるような記載は見
当たらない(平成13年になって録取された被告人の検察官に対する供述調書中に初め
てそのような実験を行ったことを前提とする質問があらわれているのみである。)。被告
人も公判廷において,警察官から「60分後実験」「80分後実験」により信号を確認したと
の話は聞いていないし,これらの実験に立ち会ったこともないと供述している。
(コ) Oが本件事故現場に到着した時刻は午前4時20分ころというのであり(O供述),O
からQが60分後実験を行うことの提案があったのはその10分前後前であるというので
ある(Qの公判供述)。60分後実験が行なわれたのが午前4時42分20秒というのであ
るから,Oは,現場に到着して約12分前後経過した後(午前4時32分前後ころ)には既
に60分後実験を実施することを決定したということになる。しかし,O供述によれば,現
場に到着すると,被告人やAから事情を聴取し(Qも「最初,O警部補がタクシーの運転手
さんといろいろやっていた」と供述している。),Qから本件交差点の信号サイクルを確認
し,その上で,Rに対して目撃者探しや事故発生時刻についての捜査を命じるなどしてい
る(本件実況見分調書には,午前4時38分から午前4時40分まで被告人車進行方向か
らの交通量の調査をしたとの記載もある)。そうすると,Oが現場に到着してから60分後
実験を行うまでの12分前後の間に,これらの捜査を遂げた上,60分後実験を実施する
ことを決定したということになるが,これは,Oが現場に到着してすぐに「60分後実験」を
実施することを意図して素早くそれに向けて行動したといった事情がない限り,時間的な
余裕がなさすぎていささか不自然というべきである。
(サ) 「60分後実験」「80分後実験」の前提となる本件事故発生の時刻の特定について
検討すると,この点につき,①Rは,公判廷において,「本件事故発生後,連絡を受けて
交番から事故現場へ行った。交番から事故現場の距離等から考えて,事故発生時刻か
ら10分以内で現場へ行った。そして,Oの指示により現場到着から10ないし15分以内
でコンビニに行った。その際,Oから事故発生時刻を秒まで確認しろと言われた。同店内
で,店長ら3人から事情聴取をしたところ,本件事故当時,店員らが衝突の音を聞いて振
り返った旨のビデオがあったことから,店員らとビデオの確認をした。その際店員らから
ビデオの時間表示が進んでいると指摘され,3,4回ほどビデオを確認した。私も店長の
時計でビデオの表示が3分30秒進んでいるのを確認して,その時刻をメモしたが,その
際ビデオテープに写っていた時間である「3:45:50」と,時計の誤差を修正した事故発
生時刻として「3:42分」と記載し,秒単位までは書かなかった。秒まで記載しなかった
のは,Oへ早く報告することを優先させたことと,30秒であってすぐ計算可能なため,記
憶しやすいと思ったからである」などと供述し,②コンビニの店長は,公判廷において,
「R来訪後,私も含めた4人でコンビニでビデオを見直し,時間が3分以上進んでいたた
め,腕時計(ロレックス)で修正して,時間を特定した。時間については,出勤管理や納入
等の商品管理等の業務に照らして,厳格に管理していて,117かラジオの天気予報で腕
時計を合わせていて,間違いないと思う。ただし,Rから事故発生時刻を秒まで特定する
必要があるかや,本件事故についての争点が何かについては,聞いていない」旨の供述
をしている。これらの供述によれば,RがOの指示を受けて,現場のコンビニに赴き,同
店に設置された防犯ビデオ装置のビデオテープに録画された映像をもとに,同装置内蔵
の時計と店長の腕時計を照らし合わせて,その進み具合を調整した上,事故発生時刻を
特定するに至ったことを認めることができる。
しかし,RがOの指示でコンビニの店員から事情聴取した際,Rが本件事故発生時刻の
秒単位までの特定について意識していたとみるには,なお疑問の余地がある。すなわ
ち,①Rは,Oから事故発生時刻を秒単位まで特定するよう指示されたと供述しながら,
何のためにそのような細かな秒単位までの特定を必要とするかの理由は聞いていないと
も供述しているのであり,また,Rが同店で作成したメモには「3:42分」と秒単位を抜か
して,しかも42の後に「分」を付けた記載をしているのであり,これはRがビデオテープに
写された時刻をそのまま「3:45:50」とメモした上,店長から時刻の誤差を聞き,これを
修正してこのように記載したもので,この記載からみてもRが秒単位の特定の必要性を
認識していなかったことが窺われる(Oから,秒単位で特定するようにとの指示を受けた
というのであれば,秒数を記載するのに格別時間や手間を要するわけではなく,当然正
確な記載をしてよいはずである。逆に,急いで報告する必要があったから秒単位の記載
を省略したというのであれば,「分」をわざわざ記載する必要はなかったはずである。)。
②秒単位の事故発生時刻を客観的に裏付けるものと考えられる上記ビデオテープにつ
いて,当初から事故発生時刻について秒単位までの特定を必要とすることが分かってい
たのであれば,当然に任意提出を求めるなどして上記ビデオテープそのものあるいは該
当部分の画面を写した写真として,証拠保存がはかられて然るべきであるのに,このよう
な措置がとられていない。③このような事故発生時刻を秒単位で特定する必要性につい
て,RがOから告げられた形跡がなく,また,店長もこの点については,Rから何ら聞かさ
れていない。④Rの供述によると,同人がコンビニに赴いたのは,事故発生から間もない
時期であり(Oも,現場に到着してすぐにRに対する指示を出していることが明らかであ
る。),Oの到着時刻やビデオの不領置の事実等と対比して考えると,この時点でOが事
故当事者の事情聴取の結果等を踏まえた上で,本件事故についての捜査上の問題点
や争点についての確実な見通しを立てていたとは思われない(そのための時間的余裕に
も乏しいと考えられることは前記のとおりである。)。これらの諸点に徴すれば,OやRが
「60分後実験」「80分後実験」を行う前提として,事故発生時刻を秒単位まで意識して特
定したとみるにはなお疑問の余地があるというべきである。
ウまとめ
以上のとおり,本件事故直後の捜査過程において,「60分後実験」の後,被告人を現
行犯人として逮捕し,その後さらに「80分後実験」を実施したという経過や状況を具体的
に供述しているのは,主としてO一人であるところ,以上のような事情に徴すれば,これら
の実験を行ったとするOの供述の信用性には疑いを容れる余地があるというべきであ
る。したがって,また,これらの実験の結果を記載したという本件実況見分調書の記載部
分も同様にその信用性を認めるには躊躇をおぼえざるを得ない。
(3)Aの供述
 アA供述の要旨
私は,前日の午後10時ころ寝て,本件事故当日の午前2時45分ころ起きた。この日
は,三浦市の漁港へ友達と海釣りへ行く予定だったので,午前3時5分ころ,一人でトヨタ
マークⅡを運転して漁港へ向かった。そこには午前4時半集合で午前5時に乗船すること
になっていた。海釣りが趣味で,毎月行っている。漁港までは車で約1時間程度である。
途中コンビニでおにぎりとお茶を買った。集合時間の4時30分には間に合う時間帯だっ
た。自宅から横浜横須賀道路に別所インターから入り,佐原インターで下りた。本件交差
点は,いつも漁港に行くとき通る場所であり,本件事故に遭わなければ午前4時15分こ
ろには漁港に着いているはずである。本件事故が起きる直前は先行車はなかった。まだ
暗かった。青信号で本件交差点へ進入したところ,右側から突然車(被告人車)が突っ込
んできて,私の車の前部が相手の車の左側の後部座席ドア付近に当たった。私は,丙交
差点を左折し,2つあるカーブを曲がると直線になり,その直線に入って本件交差点の1
50メーターぐらい手前の地点で本件交差点の右側の手前側の信号が青色表示である
のを確認した。そのときの私の車の時速は,大体40キロから50キロぐらいである。次
に,本件交差点の大体5,60メーターぐらいの地点からもその信号が青色表示であるの
を確認し,さらに,本件交差点の停止線の手前5,6メートルの地点でもその信号が青色
表示であるのを確認した。被告人車に気付いたのは,停止線から横断歩道の間くらいの
地点(司法警察員作成の実況見分調書添付の交通事故現場見取図(A立会いのもの)
③地点)である。そのときの被告人車は,もうすぐそばに突然突っ込んでくる感じだった
(同見取図ア付近)。私はブレーキは踏まなかった。瞬間的だったので踏む間もなかっ
た。ハンドルを切って避けようとする動作もできなかったのだと思う。同見取図×の地点
で衝突した。私の車はぶつかった後,左前方のアパートの壁にぶつかった。まだ暗かっ
たのでライト(普通のビーム)を付けていた。タクシーが突然視界に入ってきたという感じ
だった。私は,たばこは吸っていなかったし,携帯電話もかけていない。ステレオ操作,エ
アコン操作などもしていない。外は真っ暗だから脇見もしていない。私は,ぶつかった後,
しばらく車内に座っていたが,その後外に出た。頭の後ろ,首の部分に痛みがあった。投
げ出されている人を見た。そこで携帯電話で119番通報をしようとしたが,近くに男の人
がいたので携帯電話を貸して依頼した。しかし,してくれなかったため,自分で119番し
た。その後,自分の自動車のところに戻った。タクシーのすぐ近くに,男の人が倒れてお
り,その人は耳から血を流していてぐったりしていた。私は自分の車がぶつかったアパー
トの前に行ってそこによりかかっていた。タクシーの運転手は見当たらなかった。いたら
何で赤信号で突っ込んでくるんだと文句を言おうと思った。傷害による痛みもあったた
め,タクシーは探さなかった。釣りの約束をしていたため,釣り宿の奥さんに電話で連絡
した。本件事故の翌日,治療費,レッカー代を払ってもらおうと思ってタクシー会社に連絡
をしたが,タクシー会社からの支払はなかった。
イA供述の信用性
 A供述は,本件事故当時の自車の進行方向の信号表示について,青信号であったと明
確に供述し,しかも,同人が供述するように,その進行方向について,運転席から見える
信号機は一つであり,被告人の進行方向と異なり,他の信号機と見間違えるような客観
的な状況にはないこと,当初から一貫して自車の信号機が青だったと主張していたもの
であり,事故直後に釣り店の関係者に信号無視のタクシーにぶつけられたとの内容の電
話をかけ(そのような話をしたことはDの公判供述によって裏付けられている。),さらにタ
クシー会社に損害賠償請求のための電話をかけていること等からすれば,検察官が論
告において指摘するとおり,その信用性を肯認することができるもののようにも考えられ
る。しかし,他方,Aは,当初,業務上過失致死の被疑者とされていたことからも窺えるよ
うに,死亡被害者に対する関係においては,本件事故の法的な過失責任は問われかね
ない立場にあったものである(現に,死亡被害者の遺族を原告とする本件事故の民事裁
判において,共同不法行為者として,損害賠償責任を負担している。)。このように,本件
事故のようないわゆる「青・青主張の交差点事故」の場合には,いずれの信号が青かに
より,相手方である被告人とAのいずれかが死亡したBに対する関係で刑事責任を問わ
れるという関係にあったもので,このような立場にあったA供述の信用性を検討するに当
たっては,被告人の過失を客観的に裏付ける証拠がないという本件事故の特質も併せ
考慮すると,慎重な検討が必要であることはいうまでもない。
 そこで,さらにA供述を検討すると,同供述には,以下に述べるような問題点がある。
(ア) まず,Aは,その立ち会った実況見分において,被告人車を発見した地点等を指示
説明しているが(司法警察員作成の実況見分調書),これによれば,同実況見分調書添
付の交通事故現場見取図③地点に差し掛かったとき,交差道路の同見取図アにいる被
告人車を発見し,×の地点で被告人車と衝突した(その際のAの乗った運転席の位置が
同見取図④)というのであり,また,被告人車と衝突に至るまでの間,ブレーキやハンド
ル操作を一切行わなかった旨供述している。
 ところで,Aの指示説明する③の地点から④の地点までは約11.2メートルである。そし
て,Aは40ないし50キロメートルで走行していたというのであるから,その間の通過に要
する時間は,約1秒から0.8秒程度を要することになる。その時間はわずかであり,Aが
青信号であることから安心しきって走行していたところに,被告人車が交差点に進入して
きたというのであれば,その間に急ブレーキや急ハンドル操作を行わなかったとしても不
自然とはいえないとも考えられる。しかし,当裁判所の検証の結果によれば,Aの進行道
路の上記③点から見た本件交差道路(被告人車進行道路)右方の見通しは,自動車販
売店の展示車両によりこれに遮られて十分とはいえないものの,少なくとも上記実況見
分調書添付の交通事故現場見取図に記載されたコンビニの前付近に設けられた交差道
路の本件交差点入り口の停止線辺りまでは見通しがきく状況にある。そして,被告人車
進行方向の見通しは上記③からのものであり,被告人車をア地点より手前を走行してい
る地点に認めるためには,A車は上記③よりさらに手前の地点からでなければならない
が,本件実況見分調書の写真①によれば,A車が進行してきた道路の本件交差点前の
一時停止地点よりさらに手前から,被告人車進行道路の横断歩道(ゼブラゾーン)及び
その手前付近を見通すことができる(一時停止地点であればさらにその手前を見通すこ
とができる)のであり,Aが上記③地点でアの地点の被告人車を発見したというのは,い
ささか遅きに失するとも考えられる(夜間であれば前照灯によりその発見が容易ともいい
得る。)。そうすると,交差点に進入するに当たっては,前方の進路の安全を確認しなが
ら運転しておれば,Aが被告人車を確認したという上記交通事故現場見取図アよりさらに
手前の地点で被告人車を発見することができたとも考えられる。そして,Aが被告人車を
発見して同車と衝突するまでの時間が約1秒から0.8秒程度であったとしても,急ブレー
キや急ハンドルの操作そのものまで行う暇がなかったとまではいえないことや,被告人車
の発見地点がまさに交差点の中に入ろうとする上記アの地点であったといった点に徴す
れば,Aにおいて,進行道路が深夜交通閑散であったことに気を許して,あるいは他の要
因により前方を十分に注視していなかったのではないかとみる余地もないとはいえないと
ころである。
(イ) 次に,Aは,本件交差点を通過するに際し,その進行方向の対面信号を3回にわた
って確認したと供述している。すなわち,Aは,対面信号の信号表示を,本件交差点の手
前約150メートルの地点,その約50ないし60メートルの地点及びその約5,6メートル
の地点で3回確認し,いずれの地点においても青色を表示していたと供述している。しか
し,A立会いの上記実況見分調書には,その信号の表示が青色を表示していたことを確
認した地点として,「青信号を最初に見た地点は①」としか記載されていない(同実況見
分調書によれば,上記①から本件交差点のA車進行方向の信号機(交差点の入り口に
設置されたもの)までの距離は145メートルである。)。Aが対面信号が青色を表示して
いたことを確認したという事実は,同人に過失がなかったことを基礎付けるとともに,被告
人の過失を裏付けるという関係にもあり,本件においては極めて重要な点であることは
いうまでもない。それにもかかわらず,Aが上記のとおり,3回にわたって信号表示を確認
したのであれば,AもBに対する関係で刑事責任を問われかねない立場にあったもので
あるから,そのようなAとしては,実況見分に立ち会った際,信号を3回にわたって確認し
たことの指示説明をするはずであり,その結果が上記実況見分調書に記載されることに
なると思われる。それにもかかわらず,信号確認の地点としては上記実況見分調書に2
回の信号確認に関する記載がないということは,やはり不自然といわざるをえない。この
点に関し,Aは,公判廷において,実況見分の際,警察官に説明するのを忘れた旨供述
している。しかし,A供述によれば,前記のとおり,現場での指示説明は,パトカーに乗っ
て移動した際と徒歩で移動した際の合計2回にわたってなされているのであり,指示説明
において信号の確認が極めて重要な事項であったことは明らかであるにもかかわらず,
この点を説明し忘れたというのは不自然というほかない。Aは,小島弁護人の「検察官に
対する平成13年3月15日供述調書では,最後の停止線の5,6メートル手前のところで
信号を確認したという話をしなかった理由として,停止線の手前でも見たが,パトカーが
どんどん前へ進んで,相手の車を発見した地点の説明を求められて話が先へ進んだの
で説明するきっかけがなく,改めて確認もされなかったので話しそびれたという趣旨の説
明をしていますね」と聞かれ,「はい」と答えているところ,Aは,「現場交差点の150メー
トル手前でパトカーを降りて,現場指示を行った。6,70メートルくらいのところでも確認
し,それから停止線のところまで歩いて来た」旨供述しているのであり,パトカーがどんど
ん進んでいった云々との説明と符合しないところがある。Aにおいて,指示説明の際,担
当警察官に信号確認について説明する機会があったこと,同人が事故直後から自分の
進行方向の信号表示が青であったこと強く主張していたこと,Oは,Aを被疑者とはしつ
つ,被告人と異なり,殊更その言動に疑いを持っていたわけではないこと等を併せ考える
と,その説明内容は,若干不自然な感があることは否めない。信号表示をどの時点で,
何回確認したかは,事故当事者同士がともに青信号である旨主張している場合には,そ
の供述の信用性判断のためには極めて重要であると考えられるのに,上記実況見分調
書にそのような記載がないのはやはり不自然というほかない。
 (ウ) 以上のとおり,A供述は,青色を表示していたとの点を含め事実関係につき一貫
した内容となっており,その信用性に疑いを容れる余地がないもののようであるが,信号
表示に関して,客観的にこれを明らかにする証拠がなく,専ら双方当事者の供述に頼ら
ざるを得ない本件においては,一方当事者であるA供述の信用性は慎重に判断されるべ
きであり,そうすると,A供述には前記のような問題がないとはいえないのであるから,そ
の信用性が盤石なものであるとはいえないというほかない。
 なお,弁護人らは,X作成の鑑定書及び同人の公判供述をもとに,A車の速度は時速
約55キロメートル,被告人車の速度は時速38キロメートルと推認されるところ,A供述
は,X鑑定の結果得られた走行速度,衝突部位,衝突後の車両の動きと両立できないも
のであって,信用できないと主張している。しかし,X鑑定は,その使用するコンピュータ
ー用プログラムの信頼性が確認されているものとはいえず,X鑑定人自身,保険会社で
使用されていることから,これをそのまま使用して衝突の状況等をもとに被告人車とA車
の走行速度を算出したというものであり,かかる算出結果について,X鑑定人自らが物理
式を使用するなどして計算したものではない。したがって,X鑑定の結果をそのまま信用
して,これに反するA供述の信用性を論難することには無理があるというべきである。
(4)被告人の供述
ア 被告人の供述状況等は次のとおりである。
(ア) 司法警察員に対する平成10年5月24日付け供述調書
 本件交差点の手前の交差点(甲入り口交差点)で停止し,その信号が青に変わったの
で発進し,時速60キロメートルで進行中,次の交差点(本件交差点)の左側の対面信号
が青色と思ったので,そのままの速度で前方を見て交差点に進入し,交差点の真ん中を
通過したくらいのところで突然左後方で相手車両と衝突した。現場に来た警察官に「私の
対面信号は青色だった」と言ったが,手前の信号のことを聞かれて,停止後対面信号が
青色に変わってから発進したことを話すと,その信号が青になってから発進すると事故現
場の交差点の対面信号は必ず赤色だと言われて,そこで私の見誤りだと思った。そし
て,お客さんが死亡されたことを告げられ逮捕された。事故の原因は,私が本件交差点
の対面信号の赤色を見落としたことだと思う。後で考えてみると,本件交差点の次の対
面信号が本件交差点の対面信号と勘違いしたのだと思う。
(イ) 司法警察員作成の平成10年5月24日付け弁解録取書
 私は,タクシーを運転していて,交差点で他の車と衝突し,車の運転手に怪我をさせた
りタクシーのお客さんを死亡させたりしたことは間違いありません。
(ウ) 司法警察員に対する平成10年6月12日付け供述調書
 当初,私は「光の丘方向から野比方向に向かって,青信号だったので,そのまま直進
中事故に遭った」と説明した。光の丘方向の信号(甲入り口交差点)を聞かれ,青信号だ
ったのでそのまま停止せず通過したと答えたが,走行経路をもう少し詳しく話してほしい
と言われ,客と話した内容などを説明しているうち,この交差点が赤信号だったので停止
したことを思い出した。そこで今度は,甲入り口交差点を青色で発進すると本件交差点が
どのようになるかを警察官と10回以上確認したところ,何度見ても必ず事故現場の信号
が赤色だった。それでやっぱり見誤ったんだと思った。ちょうど野比2丁目方向の約100
メートル先に押しボタン信号機がありそれがずっと青色になっていたので,この信号機と
見誤ったんだということが分かった。そして,警察官に私が信号を見誤ったのですと答え
た。翌日会社に行き,本件信号が間違いなく赤になるか確認しようということになり,5月
25日と5月26日の2回,本件現場に行き確認してもらったところ,「青になるときもある
し,赤になるときもある」という話を聞いた。私も会社が依頼した弁護士らと一緒に,6月7
日の午前2時半ころから午前4時30分ころまで甲入り口交差点に行き,ここの信号と本
件交差点の信号の関連を確認したところ,甲入り口交差点の信号が青色の時,本件交
差点の信号が必ず赤色ではなく,青色になっている時もあった。以上のことから,事故当
時は,信号を見誤ったと言ったが,今は,見誤ったのではなく,やはり信号は青色であっ
たと思うのです。
(エ) 検察官に対する平成11年9月21日付け供述調書
 事故当日,警察に連れて行かれ,簡単な事情聴取を受けた後,再度,事故現場に戻っ
て,事故状況を説明するため,現場で行われた実況見分に立ち会った。このとき,私は,
事故現場の手前の甲入り口交差点を青色で発進すると本件交差点の信号が何色になる
かということを通過する車を利用して何回か確認したが,何度見ても本件交差点はすべ
て赤色だった。警察官に何度見ても赤色になるよと言われた。自分としては青色を確認し
て交差点に入ったつもりだったので,何か釈然としないものがあったが,何度も実験して
赤になることを目の当たりにしたことから,赤を見誤ったのかと思い,警察官に「私が信号
を見誤りました。これが事故の原因です」などと話した。翌日会社の人が現場の交差点に
行って信号を確認してくれ,「青になるときも赤になるときもある」ということが分かり,実
際に事故が起きた日曜日の午前3時42分に信号を確認することになり,6月7日午前2
時半ころ会社が頼んだ弁護士らと3人で現場に行き,本件交差点と甲入り口交差点の二
つの信号の関連を確認した。その結果,甲入り口交差点が青になってから発進したとこ
ろ,本件交差点の信号は必ず赤になっているものではなく,青になっていることもあった。
このようなことから,自分が確認した本件交差点の信号は青であったと思い直すようにな
った。それで,警察に出頭して,私が確認した実験の状況なども説明した上で,信号の色
を見誤ったという話などを訂正してもらった。実際に青であることを確認しながら,そのよ
うな供述になったのは,警察官に手前の交差点を赤で通過しようが青で通過しようがこ
の交差点は赤ですよと何度も言われ,地元の警察官が言うのならそういうことになるの
かなあという気持ちになったことや,お客さんのBさんが亡くなられたことを聞かされ,精
神的に動揺していたことなどからである。
(オ) 検察官に対する平成13年3月19日付け供述調書
 この事故の状況は,以前検察官に話したとおりであり,自分の対面信号が青信号だっ
た。事故現場で,警察官とともに事故現場の信号を確認し,事故発生時刻からちょうど1
時間後には,対面信号が赤であることを確認したかどうかは覚えていない。事故発生時
刻の1時間20分後に,私もパトカーに乗って事故直前の運転経路をたどり,事故現場一
つ手前の甲入り口交差点から発進して,事故現場交差点へ向かい,対面信号が赤にな
ることを確認したような覚えはない。私は警察へ連れて行かれる前は,ずっとパトカーの
中で待っていた。警察署へ連れて行かれる前に,現場で警察官に「自分が信号を見誤っ
たような気がする」などという意味合いのことを言ったことはない。一度警察署に連れて
行かれ,現場に戻り,現場で一般の通行車両を警察官と一緒に見て,甲入り口交差点か
ら直進してくる車は,その交差点で信号待ちをし,青信号で発進してくると,本件交差点
では赤信号で停止する状況を3回くらい見せられた。それから警察署に戻り,取調べを受
けたが,そのとき「さっき見たとおり,君の方が赤になる」などと言われて説得されたの
で,その時初めて渋々認めた。地元の警察官が間違いないと言うのだから,絶対に間違
いないのだと思った。事故後,警察署へ連れて行かれるまでの間,現場で警察官ととも
に甲入り口交差点から事故現場に走ってくる一般車両を何台か観察したことはない。現
場で,警察官から「一つ手前の交差点で,信号待ちをして発進しても,青信号で止まらず
に直進しても,事故現場の交差点では必ず赤になる」と言われたことは覚えている。それ
に釈然とせず,弁護士などと現場で確認したところ,一つ手前の交差点で青で発進してき
ても,事故現場を青で通過できることもあることが分かり,やっぱり自分は青信号だった
のだと自信を持った。「問 警察官が言った内容は,捜査の結果,信号周期から考えて,
あなたの事故当時の対面信号は,必ず赤になるという意味だったのに,あなたが誤解を
したのではないか」「答 誤解だったのかもしれませんが,自分としては,一つ手前が青だ
と,事故現場では必ず赤になるという意味に理解しました」。昼間ならまだしも,真っ暗な
中なので,信号を見間違えたりするはずはないと思う。
(カ) 公判廷における供述
 平成10年5月24日午前2時40分ころ,Bを横浜市伊勢佐木町で乗車させ,同人の指
示で,横浜横須賀道路を経由して,佐原インターで同道路を下りて,横須賀市内を通行
した。私は横須賀市付近を運転するのは初めてであり,Bは泥酔していた。横浜横須賀
道路を下りるに際し,佐原インター地点でBが右へ行くよう指示したので,右折して横須
賀葉山線を南方面に走行し,甲交差点付近にある丁字路で右折して通研通りを北上し,
行き当たった丁字路でユーターンした後,再び同道路を南下して,甲交差点で赤信号に
より一時停止した。上記ユーターンの後,Bからメーターをあげてくれと言われて,甲交差
点付近でメーターを上げて支払という形式にした。メーターというのは,距離と時間に相
応して料金が上がるシステムであるが,支払というのは,距離のみに相応して料金が加
算されるシステムである。同交差点で発進時にBから,「もう少しだからまっすぐ行ってく
れ」と指示され,時速約40キロメートルで本件交差点方向に向かって進行した。本件交
差点手前約2,30メートルで同交差点の信号を確認し,同交差点の手前約2,3メートル
ないし5メートル付近でも同様に確認した。信号を確認し,アクセルを踏んで再び信号を
確認する動作をした。手前5メートルくらいで,左右を見て,信号機が青色なので,そのま
ま進んだ。その後,後ろで,ドカンという音がしてA車に衝突された。A車はライトを付けて
いなかった。衝突したときは,A車には気づかなかった。真っ暗だった。Bが外で倒れてい
た。アパート近くにいた第三者に携帯電話で119番通報を依頼した。その後コンビニで会
社に電話をかけて事故の状況を報告した。Bの救助が気になって,相手の自動車の運転
手がどう言っているかは気にならなかった。会社にもこの点の連絡はしなかった。相手の
自動車の運転手が青信号の通過を主張していることは,本件事故の民事訴訟になって
初めて知った。現場で初めて警察官の取調べを受けた時から,青信号に従って通過した
旨の話はした。これに対し,警察官は,それはおかしいと言って,甲交差点を青色で進行
しようが赤色で止まってから進行しようが,本件事故現場の交差点は常に赤になると言
った。その後立っていたところ,パトカーに乗せられて警察署に連れて行かれ,2,3時間
待たされた。その後手錠をはめられた。その後,現場へ連れて行かれて,車が5,6台通
過するのを見せられた。そのとき,甲交差点を赤で通過したときは,すべて本件交差点の
信号表示も赤だったことから,Tから「おまえ,見誤ってんだろ」と言われた。その後警察
署へ連れて行かれて,Tの取調べを受けた。同人は,私の方の信号が青だったと言った
ら,それは違うと言って,調書を10枚くらい破った。地元の警察官が言うのだったら間違
いないかと思って自分が信号を見誤ったのかと思ってそのように認めた。警察官は,取
調べで私の方の進行速度を60キロメートルと記載した,私は違うと思ったものの,タコメ
ーターで明らかになると思って文句は言わなかった。
イ 被告人の供述の内容の信用性
(ア) 以上のとおり,被告人は,本件現場での事情聴取において当初は本件交差点の
対面信号は青色を表示していたと供述していたが,その後少なくとも現行犯人として逮捕
されるころまでに,同信号機の表示が赤であったのを,自分が見誤ったかもしれない旨
供述し,本件事故当日,その旨の供述調書が作成されたこと,しかし,被告人は,釈放さ
れたその日のうちに勤務先会社のCと会い,同人に対して,「甲前交差点の信号が青に
なって発進すると本件交差点の信号は必ず赤になるということと,本件交差点の先の信
号と見間違えたのではないかと言われた」こと(Cの公判供述)を説明し,同人らは,6月7
日の同じ時間帯に赴いて本件交差点と甲交差点を見分したところ,甲交差点を青色で進
行すれば,必ず本件交差点が赤色表示であるとは限らないことが分かり,被告人は,警
察署へ出頭して取調べを求め,その結果,上記の内容の供述調書が作成されたこと,被
告人は,以後の取調べでは,一貫して自分の対面信号は青であった旨供述していること
が明らかである。そして,被告人がいったん信号を見誤ったと供述したのは,警察官か
ら,甲交差点を青色で出発すると本件交差点は必ず赤色を表示していると言われ,それ
であれば,本件交差点の先に設置された押しボタン式信号機が青を表示しているからそ
れと見誤ったのだと思ったからであると供述している。
 被告人の供述は,事故の対面信号の色について,事故直後は青色表示だったと思う
と供述し,その直後には赤色表示であったのをその先の信号機の青色表示と見誤った
のかもしれないと供述を変え,その後再度青色であったとの供述に戻っていて,被告人
は重大な点について供述を変遷させているばかりか,公判廷では,青色信号を確認した
状況について捜査段階より明確な供述をするに至っている。そして,被告人は,本件事
故当時の運転状況は,横浜からの比較的遠距離の,深夜運転であり,しかも客であるB
が泥酔して,具体的な行き先を指示せず,被告人も現場に不慣れであったこと,被告人
の年齢等の状況からみれば,慣れた道路を十分な身体的条件のもとに運転する場合と
比較して,信号を見落としやすい状況にあったともいえる。また,当裁判所で実施した現
場検証の結果からも,被告人の進行方向からは,対面信号機に加え,その先にも複数
の信号機が設置されており,しかも先の信号機が青色,対面信号機が赤色の場合,被
告人が対面信号機より先に設置された信号機の青色表示を対面信号機の信号表示と
見誤る可能性が状況的にみて全くあり得ないとはいい難いところである。さらに,被告人
はAの主張や本件の争点について,民事訴訟のときはじめて知ったと供述する点も不自
然なところがある。被告人の供述状況や本件交差点及びその先の信号設置状況に照ら
せば,被告人が対面信号の前方に設置された信号機の表示(青色)を対面信号の表示
と見誤ったという可能性も全くあり得ないとはいえない。被告人の現行犯人逮捕手続を担
当したPは,公判廷において,被告人の本件事故直後の被告人の態度につき,「被告人
に信号の確認について聞くと,『青だと思います』とはっきりしないような口調だった記憶
がある。『私,アルバイトでこれからどうなっちゃうんですかね』というような話をしていた」
などと供述している。以上の事情に照らせば,対面信号の表示が青であったという被告
人の供述には問題がないとはいえない。
(イ) しかし,以下に述べるとおり,被告人の対面信号が青色を表示していたとの供述の
信用性を否定し去るにはなお問題があるというべきである。
 a 被告人が深夜運転でその運転距離も長く,しかも起床してから相当時間が経過して
なお運転に従事していたとはいうものの,一方,被告人は,本件事故直前には,Bとの間
で行き先についてやりとりをし,自車をユーターンさせ,甲交差点付近でBの求めに応じ
てタクシーのメーターを上げて,その後,甲交差点で一時停止してBに「もう少し先だから
そのまま行ってくれ」と言われて直進し,本件交差点に至ったもので,本件交差点に至る
までには,意識を緊張させて運転していたものと認められる。したがって,勤務の疲労や
睡魔等から注意力が散漫となっていたとは考えにくいというべきである。また,客の行く
先を確認するため注意が他に向いているような場合には,そうでない場合に比して進行
方向の対面信号の表示を見落としやすいともいえるが,本件では,被告人は,上記のと
おり「通研通りを北上し,行き当たった丁字路でユーターンした後,再び同道路を南下し
て,甲交差点で赤信号により一時停止した。同交差点で発進時にBからもう少しだからま
っすぐ行ってくれと指示され,時速約40キロメートルで本件交差点方向に進行した」と供
述しているのであり,その時点では,進行方向は明確になっており,また,間もなく行き先
に到着すると言われていたものであるから,被告人が甲交差点を発進した時点では,進
路の確認に気を取られるような状況はなかったともいえるのであり,進路確認に意識が
向いて対面信号の確認がおろそかになるような状況にあったとは即断できない。
b 次に,被告人は,本件事故当日,事故直後は警察官に対面信号の表示は青色だっ
たと思う旨供述していたが,その後,現行犯人として逮捕されるまでに警察官に対して
「信号を見誤ったかもしれない」旨の供述をするに至っていることが認められる。ところ
で,被告人は,信号の見誤りを認めた理由として,警察官から甲交差点の信号を青に変
わってから進行すれば,本件交差点の信号は必ず赤になる旨言われ,また,実際走行し
た結果対面信号が赤色であったことから,地元の警察官が言うことだから間違いないだ
ろうと思ったからであるなどと供述している。そして,被告人が「必ず赤になる」と思った趣
旨は,この双方の信号が連動していることを前提とするものである。
 そして,以下に述べるような事情を総合すれば,被告人が信号の見誤りを認めた経緯
についての被告人の上記供述は,一概に虚偽として排斥し難いものがあるというべきで
ある。
(a) 現行犯人逮捕手続書には,逮捕の直接の契機となったという「60分後実験」がなさ
れたことを窺わせるような記載は一切存在せず,むしろ,「現行犯人と認めた理由」には,
前記のとおり,甲交差点信号を青に変わって進行すると,本件交差点の信号は赤色の
状態になることと,本件交差点のさらにその前方の手動式信号機は青色になっているこ
とを指摘し,被告人がその前方の信号機の青色表示と見間違えたかもしれない旨供述し
たと記載されている。「甲交差点信号を青に変わって進行すると,本件交差点の信号は
赤色の状態になる」という記載部分は,甲交差点と本件交差点との連動性を窺わせる内
容とみる余地もあるのであり,そうすると,これは被告人の弁解に沿うものということもで
きる。また,逮捕当日作成された被告人の上記供述調書にも,「その信号が青になって
から発進すると事故現場の交差点の対面信号は必ず赤色だと言われ,見誤りだったと
思った」旨の記載があるが,これも警察官が甲前交差点の信号と本件交差点の信号とが
連動しているとの理解の上に立って被告人の取調べに当たっていたことを窺わせるもの
である。
(b) 本件実況見分調書には,前記のとおり,「60分後実験」「80分後実験」に関する記
載のほか,甲前交差点の信号サイクルと本件交差点の信号サイクル表が添付されてい
る。しかし,前記O供述のとおり,本件現場において,「60分後実験」「80分後実験」によ
り対面信号が赤色表示であることが確認されたのであれば,甲交差点の信号との連動
は問題にならないばかりか,甲交差点の信号とは連動していないことが分かっていたと
いうのであれば,なおさら甲交差点の信号機の信号サイクル表示を問題とする必要性は
ないともいえる。それにもかかわらず,この点の記載が詳細に記載されているということ
は,警察官らが連動性に注目していたことを窺わせるものである(Tは,公判廷で,信号
の連動性がなければ,甲交差点の信号についての見分を行う意味はないと供述してい
る。)。
(c) Tは,前記のとおり,本件事故当日,警察署で被告人の取調べを行っているが,O
からは,「60分後実験」「80分後実験」についての話は聞いておらず,Tが作成した被告
人の供述調書では,「甲交差点が青になってから発進すると,本件交差点の信号表示は
必ず赤色だと言われて,そこで私の見誤りだと思った」との記載があり,しかも,Tは,公
判廷において,Oの説明を受けたことをそのように表現したと供述しており,これらの点か
らみて,本件捜査においては,甲交差点の信号と本件交差点の信号表示の関係を重視
していたことが窺われるものである。
 (ウ) 以上のような点や前記のとおり,「60分後実験」「80分後実験」については問題
があること等からみると,警察官が本件事故の捜査開始間もない時点において,甲交差
点の信号と本件交差点の信号とが連動していることを前提として被告人を追及したこと
が疑われるところであり,当初対面信号機を青だったと思った被告人が,警察官から甲
前交差点の信号と本件交差点の信号が連動しているとの前提で「甲交差点の信号機の
信号が青になってから発進すれば,必ず本件交差点の信号は赤になる」などと追及され
た結果,本件交差点の信号表示とその前方の信号表示を見誤ったとの供述となったとの
疑いを払拭することができない。そうすると,自己の過失を認めるかのような内容の被告
人の上記供述調書に重きを置いて,被告人の供述の不合理性を云々することは相当で
はないということになる(被告人は,同供述調書においても,信号表示を見落としたとは
供述しておらず,飽くまでその先の信号表示の青色と見誤ったものと思うと述べているに
すぎないのであり,その意味では被告人は青色表示を見たという点で一貫しているとも
いえる。また,連動性の記載とは全く無関係に,被告人が自身の記憶として赤色表示の
見落としをしたと認めている供述は存在しない。)。そして,被告人は,逮捕の現場で「見
誤った」との供述をしながら,引致先の警察署において,再び青色信号で通過した旨の
供述をし,その後,上記の供述調書が作成された当日釈放され,その際,会社関係者に
対して取調べの状況を伝えて,その約1週間後の同じ時間帯に会社関係者とともに現場
に赴いて甲交差点の信号と本件交差点との連動性についての確認を行い,さらにその
後,先にした供述調書の訂正をしてもらうため警察署に出頭し,青信号で通過した旨の
供述調書を作成してもらい,以後一貫して青色信号で通過した旨の供述をしているところ
である。
一方,前記のようにAの供述は,明確に自身の対面信号機の表示が青であったと供述
しているものの,本件事故交差点に進入する直前の状況については,被告人車の発見
状況や信号機の確認地点も含めて,やや疑問の残る供述状況となっているものであり,
しかも,A自身,早朝起床した直後の運転と認められるばかりか,早朝で交通閑散である
ことから,注意力が散漫になっていた可能性が全くなかったとまでは断定し難いものがあ
る。そうすると,被告人の対面信号が青色を表示していた旨の被告人の供述が,A供述
と対比し,明らかに信用性に劣るものと評することにはいささか躊躇を覚えざるを得ない
ところである。
 4結論
 以上のとおり,被告人の過失を裏付ける証拠として検察官が主張する「60分後実験」
「80分後実験」に関するO供述及び同人作成の本件実況見分調書中のこれらの実験の
結果として記載された部分は,いずれもその信用性に疑問があり,また,Aの公判供述
にも上記のとおりの問題点がないわけではないのであり,しかも,被告人の本件過失を
認めるかのような供述調書についても,これを被告人が事故の過失責任を認める供述と
して評価することは妥当ではない。他方,被告人が本件交差点を青色信号で進入したと
の捜査段階及び公判廷での供述がA供述と比べて不合理すぎて明らかに信用性に欠け
るとまではいえないというべきである。
 そうすると,本件公訴事実はその証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条に
より,被告人に対し,無罪の言渡しをすることとする。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成16年1月22日
    横浜地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官  松  尾  昭  一
 裁判官  柳  澤  直  人
 裁判官  上  原  恵美子

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