弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人A1の反訴請求に関する部分を破棄し、右部分につき
本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
     上告人A2、同A3の各上告および上告人A1に対する本訴請求に関す
る部分についての同上告人の上告をいずれも棄却する。
     前項の部分に関する上告費用は上告人ら三名の負担とする。
         理    由
 上告代理人皆川泉の上告理由第一点について。
 被上告人が原審において、原判決事実摘示記載のような主張をしていることは、
記録に徴し明らかである。所論の訴外Dの善意に関する主張は、同人が上告人A2
との間の売買を民法五六二条によつて解除した旨の再抗弁の前提として、予備的に
主張されたものにほかならず、右主張事実と観念上相容れないからといつて、他の
主張がなされなかつたことになるものといわなければならないものではない。原判
決に所論の違法はなく、論旨は、被上告人の主張およびこれを摘示した原判決の趣
旨を正解しないものであつて、採用することができない。
 同第二点ないし第四点について。
 原審の認定によれば、「本件不動産中二一筆については、訴外EからDに対し、
昭和二五年五月五日付の売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、右不
動産はもともと被上告人の所有に属し、登記簿上の所有名義のみを一時前記Eに移
していたもので、被上告人がEからその所有名義の回復を受けるにあたり、自己の
二男Dの名義を使用して前記移転登記を経由したものであり、また、その余の二筆
については、訴外Fから右Dに対し、同年六月一二日の売買を原因とする所有権移
転登記がなされているが、右不動産は、被上告人がFから買い受けて所有権を取得
したものでありながら、同じくDの名義を使用して右移転登記を経由したものであ
つて、いずれについても、被上告人からDに所有権をただちに移転する合意はなく、
同人は登記簿上の仮装の所有名義人とされたにすぎないものであるところ、昭和三
二年一〇月一二日に至り、右Dは、本件各不動産を目的として、上告人A2の代理
人たる訴外Gとの間で売買契約を締結して、同上告人に対する所有権移転登記を経
由し、現に同上告人が自己の所有不動産であると主張しているけれども、右買受当
時、同上告人の代理人たる前記Gは、本件各不動産がDの所有に属しないことを知
つていた、というのであつて、原審の右認定は、挙示の証拠関係に照らして首肯す
ることができる。
 ところで、不動産の所有者が、他人にその所有権を帰せしめる意思がないのに、
その承諾を得て、自己の意思に基づき、当該不動産につき右他人の所有名義の登記
を経由したときは、所有者は、民法九四条二項の類推適用により、登記名義人に右
不動産の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者に対抗することがで
きないと解すべきことは、当裁判所の屡次の判例によつて判示されて来たところで
ある(昭和二六年(オ)第一〇七号同二九年八月二〇日第二小法廷判決、民集八巻
八号一五○五頁、昭和三四年(オ)第七二六号同三七年九月一四日第二小法廷判決、
民集一六巻九号一九三五頁、昭和三八年(オ)第一五七号同四一年三月一八日第二
小法廷判決、民集二〇巻三号四五一頁参照)が、右登記について登記名義人の承諾
のない場合においても、不実の登記の存在が真実の所有者の意思に基づくものであ
る以上、右九四条二項の法意に照らし、同条項を類推適用すべきものと解するのが
相当である。けだし、登記名義人の承諾の有無により、真実の所有者の意思に基づ
いて表示された所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護の程度に差等を設けるべ
き理由はないからである。
 したがつて、前記のような事実関係を前提として、本件不動産の所有権の帰属は、
上告人A2がDとの間の売買契約締結当時、右不動産がDの所有に属しないことを
知つていたか否かにかかるとした上で、同上告人の代理人として右契約の締結にあ
たつたGが悪意であつたと認められるため、同上告人をもつて善意の第三者という
ことはできないとして、右不動産が自己の所有に属するとする被上告人の主張を是
認した限度においては、原審の判断の過程およびその結論は、正当ということがで
きる。
 本件不動産がDの所有名義に登記されたのちにそのことが被上告人からDに通知
された事実を認定してこれに対する法律的評価を示した原審の判断の違法をいい、
また、右登記の経由に同人が全く介入していないから通謀虚偽表示として把握され
るべき表示行為が実在しないとして、原判決に擬律錯誤、理由不備等の違法がある
とする各論旨は、叙上の見地からは、いずれも、原審の結論の当否に影響のない議
論というべきであり、まして、前記のように上告人A2が悪意であつたとする原審
の認定判断を前提とすれば、右論旨が原判決を違法とすべき理由として採用しうる
かぎりでないことは明らかである。もつとも、論旨には、第三者の善意・悪意にか
かわらず、不実の登記を存置せしめた被上告人の所有権の主張は許されるべきでな
いとする趣旨に解される部分もあるが、到底左袒しえない独自の見解というほかは
ない。また、論旨は、悪意の対象たる事実が明確でないともいうが、ここにいう悪
意が、原審の正当に判示しているとおり、本件不動産が登記名義人たるDの所有に
属しないことを知つていたことを意味することは明らかであつて、右論旨も採用す
ることができない。
 同第五点について。
 本件不動産中、第一審判決添付第一物件目録記載の一一筆は上告人A1に、また
第二物件目録記載の一二筆は上告人A3に、それぞれ上告人A2から売り渡された
として各所有権移転登記が経由されたが、被上告人が上告人A1および同A3を債
務者として、各譲受不動産につき、それが被上告人の所有に属することを主張して、
その処分および地上立木の伐採搬出等を禁止する仮処分の執行をした後において、
右各売買契約の合意解除を理由に所有権移転登記が抹消されたことは、原審におい
て当事者間に争いのなかつたところであり、売買契約により一たん本件不動産の所
有権を取得したとする上告人A1および同A3においても、現に本件不動産上に自
己の権利が存することを主張するものではなく、右契約が合意解除されたことを自
認し、右不動産は上告人A2の所有に属するものとして、被上告人の所有権を争つ
ているものにほかならない。
 してみれば、上告人A1および同A3は、原審口頭弁論終結時における法律関係
として本件不動産所有権の帰属を確定するについては、上告人A2から独立した固
有の利害関係を有しないものというべきであるから、原審が、右所有権を主張する
被上告人の本訴請求を認容すべきものとするにあたつて、同上告人の悪意を認定す
るにとどまり、上告人A1および同A3の善意・悪意について判示しなかつたから
といつて、右本訴請求に関するかぎり、両上告人に対する関係においても、原判決
に所論の理由不備、擬律錯誤等の違法はなく、論旨は採用することができない。
 しかし、本件において、上告人A1は被上告人に対し、上告人A2と上告人A1
との間の売買契約の解除前に被上告人のした前記仮処分の執行が、同上告人の取得
した所有権を侵害する不法行為を構成するとして、それによつて被つた損害の賠償
を求める反訴請求をしているので、この請求の当否の前提として、右仮処分が同上
告人に対する不法行為を構成するか否かを決するためには、右仮処分執行時を基準
として、被上告人が同上告人に対し自己の所有権を主張しうる関係にあつたか杏か
が判断されなければならない。
 ところで、民法九四条二項にいう第三者とは、虚偽の意思表示の当事者またはそ
の一般承継人以外の者であつて、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに
至つた者をいい(最高裁昭和四一年(オ)第一二三一号・第一二三二号同四二年六
月二九日第一小法廷判決、裁判集民事八七号一三九七頁参照)、虚偽表示の相手方
との間で右表示の目的につき直接取引関係に立つた者のみならず、その者からの転
得者もまた右条項にいう第三者にあたるものと解するのが相当である。そして、同
条項を類推適用する場合においても、これと解釈を異にすべき理由はなく、これを
本件についていえば、上告人A1は、その主張するとおり上告人A2との間で有効
に売買契約を締結したものであれば、それによつて上告人A1が所有権を取得しう
るか否かは、一に、被上告人において、本件不動産の所有権が自己に属し、登記簿
上のDの所有名義は実体上の権利関係に合致しないものであることを、同上告人に
対して主張しうるか否かにのみかかるところであるから、同上告人は、右売買契約
の解除前においては、ここにいう第三者にあたり、自己の前々主たるDが本件不動
産の所有権を有しない不実の登記名義人であることを知らなかつたものであるかぎ
り、同条項の類推適用による保護を受けえたものというべきであり、右時点での同
上告人に対する関係における所有権帰属の判断は、上告人A2が悪意であつたこと
によつては左右されないものと解すべきである。
 そうすると、上告人A1は、原審において、目的不動産に関する登記簿上の表示
が真実の権利関係と異なることは知らないでこれを上告人A2から買い受けた旨主
張しているのであるから、上告人A1の反訴請求の当否を判断するにあたつては、
右主張事実の有無が認定判示されるべきであつたにもかかわらず、原審は、これを
なすことなく、上告人A2の悪意を認定しただけで、ただちに、被上告人のした仮
処分が被保全権利を欠くものということはできないと断じ、上告人A1の反訴請求
は失当であるとの判断を下しているのであつて、原判決には、この点において、理
由不備の違法があるものといわざるをえないことは、上述したところにより明らか
である。それゆえ、論旨は、この限度において理由があり、原判決中、上告人A1
の右反訴請求に関する部分は破棄を免れず、右請求の成否についてはなお審理の必
要があるので、この部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
 よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九二条に
則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    村   上   朝   一

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