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平成14年(行ケ)第470号 特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結の日 平成15年7月2日
       判    決
  原       告   フレセニウス アーゲー
  同訴訟代理人弁護士   荒 井 鐘 司
  同     弁理士   河 野 尚 孝
  同           嶋 崎 英一郎
  被       告   特許庁長官 太田信一郎
  同指定代理人      門 前 浩 一
同           田 中 秀 夫
  同           高 橋 泰 史
  同           涌 井 幸 一
       主    文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30
日と定める。
       事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2001-71203号事件について平成14年4月23日に
した異議の決定を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、後記本件各発明の特許権者である原告が、特許庁から、特許取消し
の決定を受けたので、同決定の取消しを求めた事案である。
 1 争いのない事実
(1) 原告は、平成2年10月3日、ドイツ国への出願に基づくパリ条約による
優先権(優先日平成1年10月3日)を主張して、名称を「体外循環全血液からL
DLおよび内毒素のような生物巨大分子を除去するための吸着剤」とする発明につ
き、特許出願をし(特願平2-266144号、以下「本願」という。)、平成1
2年8月18日、特許権の設定の登録を受けた(特許第3100974号)が、異
議申立人Aから、平成13年4月20日、特許異議の申立てがなされた。
特許庁は、同異議申立てを異議2001-71203号事件として審理し
た上、平成14年4月23日、「特許第3100974号の請求項1,2に係る特
許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年
5月20日、原告に送達された。
(2) 本願の請求項1及び同2記載の発明(以下「本件発明1」及び「本件発明
2」といい、両者を併せて「本件各発明」という。)の要旨は、本件決定に記載さ
れた以下のとおりである。
【請求項1】粒径範囲が50~250μmであり、除去限界が少なくとも5
×106
ダルトンであるアクリル酸および/またはメタクリル酸のエステルあるいは
(メタ)アクリルアミドのホモ-、コ-またはターポリマーで形成された実質的に
球形の非凝集性多孔性担体物質に、スペーサーを介して有機リガンドを共有結合し
てなることを特徴とする全血液から生物巨大分子を除去するための吸着剤。
【請求項2】スペーサーが、二重結合を含まないことを特徴とする請求項1
に記載の吸着剤。
(3) 本件決定は、別添異議の決定書写し記載のとおり、本件各発明が、刊行物
1(甲4、特開昭59-102436号公報、以下「引用例1」という。)及び刊
行物2(甲5、「ゲル濾過用充填剤TSK-GEL トヨパール」東洋曹達工業株
式会社 1982年発行 1~5頁、以下「引用例2」という。)に記載された発
明(以下、それぞれ「引用発明1」及び「引用発明2」という。)に基づいて、当
業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に
より特許を受けることができないとしたものである。
 2 原告の主張の決定取消事由の要点
 本件決定は、本件発明1の認定を誤った結果、本件発明1と引用発明1との
一致点の認定を誤り(取消事由1)、本件発明1と引用発明1との相違点に関する
判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきであ
る。
(1) 一致点の認定誤り(取消事由1)について
ア 本件決定が、本件発明1と引用発明1について、「両者は、粒径範囲が
50~100μmであり」(甲2第5頁2~3行)として、両発明で用いられる担
体物質の粒径が一致するとしたことは、本件発明1の本質を正しく把握しないもの
であって、誤りである。
イ すなわち、本件各発明に係る願書に添付した明細書(甲1、以下「本件
明細書」という。)には、従来技術として、「しかしながら、意外にも、一見、全
血液に対して使用できると見られる50μmを超える粒径を有する、共有結合スペ
ーサーおよびそれに共有結合したリガンド、例えばポリカルボン酸、例えばポリア
クリル酸またはポリミキシンBを有する前記した担体物質は、例えば少なくとも5
×106
ダルトン(リボ蛋白で測定)の除去限界を要するLDLや内毒素の分離を目
的として用いられた場合には、全く望ましくない血小板の凝集が起こることから、
このような生物巨大分子の除去の為には適さないということが判明したのであ
る。」と記載されるように、本件発明1は、粒径が50~100μmのものでは、
血小板の凝集が起こり、全血液から生物巨大分子を除去するには不十分な効果しか
得られないという独自の知見に基づいて発明されたものであるから、粒径範囲が5
0~100μmのものは除かれている。
  つまり、明細書中で従来技術として記載されているものを、そのまま包
含するように特許請求の範囲を規定することは、常識的に考えても不自然であり、
そのような特許請求の範囲の規定で特許査定されることはあり得ないというべきで
ある。したがって、特許請求の範囲は、明細書に開示されている従来技術が含まれ
ないように解釈されるべきものといえる。
  そして、本件発明1は、同じ「ToyopearlR
 」(トヨパール)
でも、引用発明2に示されるような、粒子径等級が「S,F,C」(20~100
μm)ではなく、「SC」(スーパー粗粒)のもの、すなわち、本件明細書の従来
の技術で確認された粒子条件である「50μmより小さな粒子を含まず、100μ
mよりも大きな粒子を含む」粒子グループのものを用いることによって、実現され
たものである。
ウ 以上のとおり、本件発明1と引用発明1との一致点から、粒径範囲が5
0~100μmであるものは除かれ、この点において両者は相違することとなる。
(2) 相違点の判断誤り(取消事由2)について
ア 本件決定は、本件発明1の担体物質が実質的に球形で非凝集性であるの
に対し引用発明1ではこの点の特定がないとの相違点(当事者間に争いがない。)
の判断において、「担体物質の粒径が特定されていることからみて、常識的には刊
行物1に記載された発明における担体物質の形状は粒状であると認められる。そし
て、一般に、粒状なる形状は球形に近い形状であるといえる。さらに、刊行物2に
は、高分子たんぱくのゲル濾過用分離剤の形状が球状で非凝集性であることが記載
されている。これらのことから、刊行物1に記載された発明において、担体物質の
形状を刊行物2に記載の実質的に球形の非凝集性のものとすることは、当業者が容
易に想到し得たことであると認められる。」(甲2第5頁11~20行)と判断し
たことは誤りである。
イ 確かに、引用発明1の実施例1で用いるとされた「ToyopearlR
(トヨパール)」(HW55・HW60・HW65・HW75)は、粒径50~1
00μmとされ、粒径が特定されているから、担体物質の形状は粒状であると常識
的にはいえる。しかし、「近い」という曖昧な概念を用いて、一般に、粒状なる形
状は球形に近い形状であるといえるというとき、あたかもほとんど球形であるかの
ような曲解を招きかねない危険性が生ずる。
  一般に、色々な技術分野で粉粒体を用いるとき、粒径を特定することは
よくあるが、粉粒体の形状は常に球形に近い形状であるとは限らず、角を有するも
の等、不定形の粉粒体が用いられている。
  本件明細書に、「担体物質として市販のToyopearlR
76 SC
(「ToyopearlR
75 SC」の誤記である。)を用いており、これは球状
でない点が上記の製品とは異なっている。更に、同じ粒径で不整状態(第4a図参
照)の場合(粒子凝集の結果として)も示した。」と記載されているように、To
yopearlR
(トヨパール)にも、形状が非球形で凝集性のものもある。
  本件決定の認定は、引用発明1の実施例1で用いるとされた「Toyo
pearlR
(トヨパール)」(HW55・HW60・HW65・HW75)に関し
ては妥当するが、それ以外のトヨパールに関しては、妥当するか否か検討し直す必
要があり、正当なものとはいえない。
ウ また、本件決定が、「この担体物質の形状を実質的に球形の非凝集性の
ものとしたことにより当業者が予測し得ない格別顕著な効果が奏されたものと認め
られない。」(甲2第5頁21~23行)と判断したことも誤りである。
エ すなわち、引用発明1は、本件発明1が新たに独自に知見した、「担体
物質の粒径・形状・性質(凝集性であるか非凝集性であるか)によっては、全く望
ましくない血小板の凝集が起こる」現象に気づいておらず、したがって、それらの
現象が起こらないような、ないし現象の出現する程度を軽減することができるよう
な、担体物質としては何があるのか、どのような条件を満たすものが好ましいのか
に関して、検討もなされていないし示唆もされていない。引用発明2についても同
様である。
  本件発明1は、このように各引用発明に示唆されていない「生物巨大分
子を除去するに際して血小板の凝集を起こらないような、ないし現象の出現する程
度を軽減することができるような、担体物質を選定する」という課題を追求し、完
成したものであるから、新規性・進歩性を有している。
 3 被告の反論の要点
  本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由が
ない。
(1) 取消事由1について
ア 本件明細書の請求項1には、多孔性担体物質の形状に関して、「粒径範
囲が50~250μmであり、・・・実質的に球形の非凝集性多孔性担体物質」と
記載されており、この記載は「実質的に球形」とあるように、物質の個々の粒状の
形状を特定するものであり、この物質の個々の粒径が50~250μmの範囲内に
あることが一義的に明確に理解できる。また、吸着剤として担体物質である粒子を
複数個用いる場合であっても、上記記載が明確に理解できる以上、全ての粒子が5
0~250μmの範囲内にあると理解すべきであるから、本件決定の認定に誤りは
ない。
イ 原告は、引用発明1における「トヨパール」が、いずれも、粒径50~
100μmとされており、本件発明1において”適さない”として従来例に示され
るそのものであるから、粒径範囲が50~100μmのものは本件発明1から除か
れると主張し、これらの主張を前提として、本件発明1と引用発明1が、粒径範囲
において相違する旨主張する。
  しかし、前提となる原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない
もので、失当である。引用発明1におけるトヨパールは、「粒径50~100μ
m」の範囲の粒径を有する粒子の混合物であるため、個々の粒子が当然に粒径50
μm~250μmという条件を満たすことは明らかであり、本件決定が、本件発明
1と引用発明1の担体物質粒子(トヨパール)が粒径範囲において一致するとした
ことに誤りはない。
  (2) 取消事由2について
ア 原告は、トヨパールにも形状が非球形で凝集性であるものが存在するこ
とを根拠に、本件決定の認定が曲解である旨主張するが、物体の大きさを規定する
際に、長方形や長円形の物体であれば、普通は長径及び短径の2つのサイズで規定
されることを考慮すると、引用発明1の担体物質のような、粒状であってただ1つ
の径で規定されているものは、完全な球といえないまでも長径と短径の差が小さく
「球に近い形状」といえる。
  したがって、本件決定の認定に誤りはない。
イ 原告は、本件各発明の技術的課題である血小板の凝集という現象が起ら
ない、ないし起る程度を軽減するということについて、各引用発明に記載がない旨
主張する。
  確かに、各引用発明において、そのような課題は認識されていないが、
引用例2には「トヨパールは、写真(図3)のように球状をしています。」と記載
され、特定のグレードのもののみが球形であるとはされていないこと、また、代表
的なものを写真として掲載するのが通常であることからすると、写真(図3)に示
されたFグレードのみならず、他のグレード、例えば、粒径50~100μmであ
るCグレードのものであっても、球状でかつ非凝集性の担体物質が概ね多くを占め
ていることが推察される。そして、引用例2には、トヨパールが、「酵素等の高分
子たんぱくの分離に使用することが比較的多く、好評を博しています。」と記載さ
れているから、引用発明1において、その担体物質として、引用発明2に記載され
ているような球状で非凝集性のものを使用することは、当業者が普通に着想するこ
とである。
  したがって、各引用発明に上記の課題の認識がないとしても、本件発明
1における進歩性が肯定されるわけではない。
第3 当裁判所の判断
1 一致点の認定誤り(取消事由1)について
 原告は、本件発明1について、粒径が50~100μmのものでは、血小板
の凝集が起こり、全血液から生物巨大分子を除去するには不十分な効果しか得られ
ないという独自の知見に基づいて発明されたものであるから、粒径範囲が50~1
00μmのものは除かれている旨主張し、本件決定が、この点において引用発明1
と一致すると認定したことが誤りであると主張する。
 しかし、本件発明1の特許請求の範囲には、「粒径範囲が50~250μm
であり」と一義的かつ明確に記載されており、原告の主張は、この自ら出願した発
明の特許請求の範囲の記載を否定するものであって、明らかに失当である(なお、
本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても、原告の上記主張を採用すべき
特段の事情の存在も認められない。)から、その余の点について検討するまでもな
く、到底これを採用することはできない。
 したがって、本件発明1と引用発明1との一致点の認定に誤りがあるとする
原告の主張も、これを採用する余地はない。
2 相違点の判断誤り(取消事由2)について
(1) 引用発明1の実施例1で用いられるトヨパール(HW55,HW60,H
W65,HW75)が、いずれも粒径が50~100μmであり、球形で非凝集性
のものであることは、当事者間に争いがない。
  原告は、市販のトヨパールには、形状が非球形で凝集性のものもあるか
ら、本件決定が、引用発明1における担体物質の形状が粒状で球形に近い形状であ
ると認定したことが誤りであると主張する。
  しかし、上記のとおり、引用発明1において、担体物質として形状が球形
で非凝集性のものを用いることが開示されていることは、当事者間に争いがないの
であるから、市販の該製品にこれとは異なる形状・性質のものがあるからといっ
て、引用発明1についての上記認定が誤りとなるものでないことは明らかであり、
原告の主張は、それ自体失当なものといわなければならない。
したがって、引用発明1において、担体物質の形状を引用発明2に開示さ
れるような実質的に球形の非凝集性のものとすることは、当業者が容易に想到し得
たことであると認められる。
(2) 原告は、本件各発明の「生物巨大分子を除去するに際して血小板の凝集を
起こらないような、ないし現象の出現する程度を軽減することができるような、担
体物質を選定する」という技術課題が、各引用発明に開示されておらず、この点で
本件発明1が新規性・進歩性を有していると主張する。
  確かに、各引用発明には、血小板の凝集の防止又は軽減というような技術
課題が明示されてはいないものの、引用発明1が、血液中から生物巨大分子である
リポ蛋白、特に低密度リポ蛋白を除去する吸着剤であることは、当事者間に争いが
なく、引用発明1をこの本来の用途に用いれば、原告主張のような効果を奏するも
のと推認されるところである。
  したがって、前示のとおり、各引用発明から、本件発明1の構成が容易に
想到されるものである以上、原告主張のような技術課題が明示されていないことを
もって本件発明1の進歩性を裏付けることはできないから、原告の主張を採用する
ことはできない。
(3) また、本件発明2と引用発明1の相違点は、本件発明1と引用発明1の相
違点と同様である(原告はこの点を明らかに争わない。)から、本件発明2も、当
業者が各引用発明から容易に想到し得たものであると認められる。
  そうすると、本件各発明は、特許法29条2項の規定により特許を受ける
ことができないものとなり、これと同旨の本件決定に誤りはなく、その他本件決定
にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
3 結論
 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文の
とおり判決する。
   東京高等裁判所第3民事部
 
         裁判長裁判官  北  山  元  章
          裁判官  青  柳     馨
          裁判官  清  水     節

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