弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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        主       文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
    事実
第1 当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
 (1) 被告葉山町長は,建設大臣の平成4年2月19日付け認可(同7年7月4
日付け変更許可)にかかわる事業計画に基づく葉山町公共下水道事業に関して,公
金を支出し,契約を締結もしくは履行し,債務その他の義務を負担し,又は地方債
の起債手続をとってはならない。
(2) 被告Fは,葉山町に対し,83億1700万円及びこれに対する平成9年
9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告らの負担とする。
 2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 本案前の答弁
ア 原告らの訴えをいずれも却下する。
イ 訴訟費用は原告らの負担とする。
(2) 本案の答弁
 主文と同旨
第2 事案の概要
本件は,神奈川県三浦郡葉山町(以下「葉山町」という。)の住民である原
告らが,同町においては公共下水道ではなく合併処理浄化槽を設置することが,地
方財政法4条の観点から合理的であるとして,機関としての被告町長に対し同町の
公共下水道計画に基づく財務会計行為の差止めと,同計画に基づいてした金銭の支
出につき個人としての町長に対し損害賠償の請求をした事案である。
第3 当事者の主張
 1 請求原因
(1) 当事者
 原告らは,いずれも葉山町の住民である。
 被告Fは,平成5年2月14日以来,葉山町の町長である。
 (2) 公共下水道事業
 葉山町は,平成4年2月17日決定の都市計画事業として,次の公共下水
道を整備する事業(以下「本件事業」という。)を推進している。
ア 都市計画決定に係る全体計画
最終目標年次 平成22年度
建設費 約440億円
処分区域の面積 約511ヘクタール
終末処理場の処理能力 1日当たり2万4700立方メートル
イ 下水道法上の事業認可(ただし平成7年7月4日変更認可後のもの)に係
る事業計画
最終目標年次 平成13年度
建設費 約284億円
整備予定区域 約230ヘクタール
処理人口 1万6200人
終末処理場の処理能力 1日当たり1万2400立方メートル
最大計画下水量 1日当たり9970立方メートル
処理水質
 生物化学的酸素要求量(BOD) 9.5PPM
 浮遊物質量(SS) 10.0PPM
ウ主要施設
 主要施設には,終末処理場としての葉山浄化センターと葉山中継ポンプ
場とがある。葉山浄化センターは葉山町の東北端の山の中腹に当たる標高約41メ
ートルに位置している。
 中継ポンプ場は海岸に隣接しており,下水を中継ポンプ場から管渠を通
じて終末処理場に送り,処理後に普通河川に放流するという方法を採用している。
 (3) 本件事業に基づく公金支出等の財務会計行為の違法性
ア 基準
 普通地方公共団体の事務を処理するに当たっては,最小の経費で最大の
効果を上げるようにしなければならず(地方自治法〔ただし,平成11年7月法律
87号による改正前のもの。以下同様〕2条13項),経費はその目的を達成する
ため必要かつ最小限度を超えて支出してはならない(地方財政法4条1項)。そし
て,何をもって必要かつ最小の限度というべきかについては第一次的には予算執行
権者の裁量に委ねられているとはいえ,社会通念に照らして目的,効果との均衡を
著しく欠く場合には,裁量を逸脱して,違法と評価される。
 これを本件事業についていえば,生活排水処理施設の整備方法として,
下水道法所定の公共下水道を選ぶか,他の方法を選ぶか,またどの程度の費用をか
けるかということは原則として地方公共団体の長の裁量に属するとはいえ,複数の
手段が同じ程度の効果を達成できる場合に,より経費の要する方法を選択するには
特段の事情ないし合理的理由が必要であり,経費の格差に相応する合理的理由を欠
くことが明らかな場合には,長の選択は裁量権の逸脱又は濫用として違法となると
解するべきである。
イ 合併処理浄化槽と公共下水道の処理能力,管理の類似性
 下水道施設としての終末処理場と合併処理浄化槽とは基本的に同一の汚
水処理の仕組みを有しており,合併処理浄化槽の処理能力は,公共下水道と比べて
全く遜色のないレベルに達している。
 また,合併処理浄化槽について,地方公共団体が管理主体となることを
禁じた規定はなく,現に町村管理の合併処理浄化槽によって排水処理をしている町
村も増加しており,それは十分可能である。
 さらに,合併処理浄化槽の整備は,公共下水道の整備よりも時間がかか
らない。
ウ 公共下水道と合併処理浄化槽との経費面の大小
(ア) 本件事業の認可に係る公共下水道の計画処理人口は1万6200人で
あるのに対し,工事費の予定額は約284億円であるから,処理人口を1人増やす
ためのコストは約175万円である。
 一方,合併処理浄化槽(5人槽)1基の設置費用は70万円ないし8
0万円であり,処理人口1人増やすコストは約16万円,葉山町内全域の未設置世
帯約7000戸に全部合併処理浄化槽を設置するのに要する費用は,せいぜい56
億円にすぎない。しかも,本件事業の計画処理区域(以下「本件計画処理区域」と
いう。)内に限れば25億円ですむ。
(イ) 本件事業による公共下水道の整備によって,その供用が開始された場
合,下水道施設建設のための起債償還費用及び施設の維持管理費用に充てるための
財源としては,使用料だけでは不足するので,年間13億円もの一般会計からの繰
入れを要することになる。葉山町の歳入合計の規模が84億円程度であることに照
らし,町の財政を圧迫することが明らかである。 
エ 既存の合併処理浄化槽排除の不合理性
 葉山町内には,平成9年3月末日現在で,大小150基の合併処理浄化
槽があり,処理能力の累計は約2万人に達する。ちなみに,本件計画処理区域内に
ある合併処理浄化槽の処理能力はその半分の1万人程度分と見られる。
 本件計画処理区域内にある合併処理浄化槽は,本件事業に係る下水道工
事の供用開始に伴い下水道法10条1項により廃棄されることが予定されており,
生活排水の衛生処理が達成されているにもかかわらず,既存施設を破棄して公共下
水道に置き換えるのは不合理である。
オ 排水処理施設の効率性・合理性の比較検討の欠如
(ア) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」とい
う。)6条1項は,市町村が「一般廃棄物処理計画」を定めることを義務づけてい
る。この「一般廃棄物処理計画」には,「ごみ処理」と「生活排水処理」それぞれ
についての基本計画と実施計画が含まれているが,生活排水処理基本計画を立案す
るに当たっては,既存施設の整備状況,各処理施設の利害得失及び市町村の財政状
況等が総合的に考慮されなければならない。このことは,「生活排水処理基本計画
策定指針」(平成2年10月8日厚生省〔当時。以下,他省を含め,同様。〕通
達)及び厚生・農水・建設三省の共同通達「汚水処理施設の整備に関する構想策定
の基本方針について」(平成7年12月9日厚生・農水・建設三省の共同通達)に
も明記されている。
(イ) ところで,排水処理施設としては,公共下水道だけではなく,生活排
水を発生源において処理する合併処理浄化槽,これを集合住宅や住宅団地用に大型
化したコミュニティプラント及び農業集落排水施設もあり,いずれも有力な排水処
理施設である。
(ウ) ところが,葉山町は,廃棄物処理法の予定する生活排水基本計画を策
定せず,公共下水道か合併処理浄化槽かを検討すべきであったのに,これを怠り,
葉山町内の既存のコミュニティプラント,合併処理浄化槽を活用することを考慮せ
ず,かえって,これらの生活排水処理施設をすべて廃棄し,公共下水道に置き換え
ることを内容とする本件事業計画を策定した。
カ 公共下水道を選択すべき旨の法令等の要請の不存在
 都市計画法13条1項11号の「下水道」とは,下水道法2条1項3号
の公共下水道だけではなく,合併処理浄化槽をも包摂する広義の概念であって,市
街化区域に広義の下水道についての都市計画を策定すべき旨を規定したにすぎず,
下水道法2条1項3号の公共下水道を造らなければならない旨を規定したものでは
ない。
 下水道整備5箇年計画ないし7箇年計画は,建設省がもっぱら所管の下
水道事業の既得権の維持・拡大の観点から策定したものであって,これをもって国
の方針全体を代表させるべきものではない。
キ本件事業のための財務会計行為の違法
 よって,本件事業に基づく公金の支出,契約の締結及び履行,債務その
他の義務の負担並びに地方債の起債手続(以下「本件財務会計行為」という。)
は,社会通念に照らして目的,効果との均衡を著しく欠くのであって,裁量を逸脱
し,地方財政法4条1項及び地方自治法2条13項に違反する。
 (4) 回復し難い損害の発生
 本件事業の総額は,約440億円であり,このような額の公金が支出され
れば,葉山町には回復困難な損害が発生するおそれがある。
 (5) 公金の支出
 原告らが葉山町に代位して被告Fに請求できるのは,監査請求(平成9年
6月30日)から遡って1年以内に支出された分及び監査請求日以降本訴口頭弁論
終結日までに本件事業に関して支出された公金である。そして,補助金で賄われた
分は損害に算入しないとしても,その金額は,次のアからイ及びウを差し引いた金
額(エの金額)である。
ア 被告Fは,葉山町長として,平成8年7月から同13年3月31日まで
に,本件事業につき,164億9397万5502円を支出した。
イ 葉山町は,平成8年4月1日から同13年3月31日までに,本件事業
の補助金として国から,77億8780万4331円を受領した。
ウ 葉山町は,平成8年4月1日から同13年3月31日までに,本件事業
の補助金として神奈川県から1億8762万円を受領した。
エ 上記アの金額から,上記イ及びウの金額を控除すると,85億1855
万1171円となり,少なくとも平成8年7月1日以降同13年3月31日まで
に,85億円を超える葉山町固有の支出があった。
 (6)今後の公金支出の確実性
 葉山町は,本件事業について,すでに着工し,現在も工事を続行してい
る。したがって,今後も葉山町の公金が支出されることは,相当の確実性をもって
予想される。
 (7) 監査請求の前置
 平成9年6月30日,原告らは葉山町監査委員に対し,地方自治法242
条1項に基づいて,被告葉山町長が本件事業を中止すること,及び葉山町長が本件
事業について支出した83億1700万円の返還を求めることの勧告を求める旨の
監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。
 しかしながら,同委員は,同年8月15日付けで上記監査請求を却下し
た。
 原告らは,同年9月11日本件訴えを提起した。
 (8) 結語
 よって,原告らは,地方自治法242条の2第1項1号に基づき被告葉山
町長に対し第1の1(1)の差止め,並びに同項4号に基づき葉山町に代位して被告F
に対して(5)の内金83億1700万円につき第1の1(2)の損害賠償及び訴状送達
の日の翌日以降の民法所定の遅延損害金の支払を求める。
 2 被告らの本案前の主張
 (1) 被告ら共通の主張
ア 裁判所法3条違反
 本件の差止訴訟は,本件事業計画に基づく公金の支出等の差止めを求め
るというものであるが,執行機関が予算の議決,契約等もなしに事業計画自体に基
づき直ちに公金を支出等することは法律上不可能である。執行機関は,議会が定め
た予算に基づき公金を支出等するのであり,また予算の議決がされれば,これを放
置することはできず,その執行をするのが法的義務となる。そして,原告らは,そ
のような法的義務を定める法令が無効であるとの主張もしていない。
 また,本件の損害賠償請求は,国庫補助事業として予算及び法律に基づ
きなされた支出が漫然と違法であるというものである。
 よって,本訴は,裁判所法3条1項に規定する「法律上の争訟」ではな
く,不適法である。
イ 財務会計上の行為の欠如
市街化区域における生活排水処理方法として,公共下水道方式を用いる
か,あるいは合併処理浄化槽方式を用いるかということは,汚水処理行政の問題で
あり,地方自治法242条1項所定の財務会計上の行為の問題とはいえない。
 本件訴訟の対象は,住民訴訟の対象となるべき「財務会計上の行為」に
該当しない。
 (2)被告葉山町長の本案前の主張
ア 訴えの対象の不特定
 原告らが求めている差し止める行為は,包括的で特定していない。
イ 地方自治法242条の2第1項1号の非該当行為
地方公共団体と第三者の債務負担契約に基づいて地方公共団体が負うこ
とになる債務については,その履行の差止めを請求することはできない(最高裁昭
和62年5月19日第三小法廷判決・民集41巻4号687頁参照)。
 したがって,本件訴えは地方自治法242条の2第1項1号によって認
められる住民訴訟に該当しない。
 (3)被告Fの本案前の主張
ア監査請求の対象行為の不特定
 住民監査請求は,個別的具体的な行為について認められるのであって,
その対象の特定の程度については,その対象とする当該行為を他の事項から区別
し,特定して認識できるように個別的・具体的に摘示し,また,上記行為が複数で
ある場合には上記行為の性質・目的等に照らし,これらを一体とみてその違法又は
不当性を判断するのを相当とする場合を除き,各行為と他の行為等と区別し,特定
して認識することができるように個別的,具体的に摘示しなければならない(最高
裁平成2年6月5日第三小法廷判決・民集44巻4号719頁参照)。
 本件監査請求において,葉山町の公共下水道事業に関してなされた支出
すべてを対象とするのであればともかく,その一部のみを対象とする以上,その具
体的特定が必要不可欠というべきである。また,特定されていないと,監査請求期
間が遵守されているかどうかが判断できない。
 そうであるところ,被告Fに対する監査請求における監査の対象は,
「葉山浄化センター,ポンプ場並びに圧送管建設等のために支出した83億170
0万円」とされており(甲1),支出が1回なのか複数回なのか,その時期,複数
回とすればその金額がいくらなのか全く不明である。
 したがって,本件監査請求は,請求の特定を欠いており,不適法であ
る。その結果,本件訴えは,適法な監査請求手続を経ていないから,不適法であ
る。
イ 訴えの対象の不特定
 原告は,被告Fに対し,83億1700万円の損害賠償請求をしている
が,その金額の内容が特定されていない。
 3被告らの本案前の答弁に対する原告らの反論
(1) 被告らの本案前の主張(1)アについて
 地方自治体の長その他の職員の公金の支出は一方において議会の議決に基
づくことを要するとともに,他面法令の規定に従わなければならないのはもちろん
であり,議会の議決があっても法令上違法な支出が適法な支出とはならない(最高
裁昭和37年3月7日大法廷判決・民集16巻3号445頁)。
 本件事業が県知事や建設大臣の下水道法その他の事業法上の許認可を得た
からといって,事業のための公金支出が一般的に適法となるわけではない。補助事
業として補助金の交付決定を受けたことについても同様に考えるべきである。
 さらに,地方自治法2条13項及び地方財政法4条1項は,地方自治体に
対する規定であって,議会や長などの内部機関を特定して規定しているものではな
い。したがって,これらの規定は,自治体全体に対して最小限度の経費で済む手段
を選択すべき旨を義務付けているものである。
(2) 被告らの本案前の主張(1)イについて
  下水道事業は必ず都市計画事業として推進しなければならないというわけ
ではないが,都市計画を定める場合には都市計画区域に都市施設として下水道を定
めることとされている。葉山町の場合には,下水道法上の事業計画の認可・決定と
は別に県知事の承認に基づく都市計画決定がある。そして,事業計画決定や都市計
画決定が違法であればこれらの決定は公金支出の直接の原因をなすものであるか
ら,上記の決定自体が財務会計行為でなくてもその違法性は公金支出の違法として
承継される。
(3) 被告らの本案前の主張(3)アについて
  被告F引用の最高裁平成2年6月5日判決は,当該行為等の性質,目的等
に照らし,これらを一体とみて判断するのが相当なときは,包括的に指摘すれば十
分であると判示している。
(4) その余の被告らの本案前の主張((2),(3)イ)について
 争う。
 4 請求原因に対する被告らの認否及び主張
 (1)請求原因(1),(2),(6)及び(7)は認める。
 (2) 同(3)ないし(5)は争う。
(3) 地方財政法4条1項(請求原因(3)アの主張)について
ア 地方財政法4条1項は,予算の執行面についての基本原則を定めたもので
あり,原告らの主張は本件事件についてはいわば的はずれである。長は,議決され
た予算について,別の手段と比較して執行しないとする裁量権はなく,執行しない
ことは違法である。
イ 本件についていえば,葉山町及び執行機関は,地方自治法の予算規定,補
助金適正化法及び葉山町公共下水道事業特別会計条例,葉山町下水道条例の定める
ところにより予算(葉山町下水道事業特別会計予算の公共下水道整備費)を編成
し,その予算に従って執行した。しかも,原告らは,葉山町公共下水道事業決定並
びにそのための支出に関する葉山町議会の各議決等の効力については何ら触れてい
ない。
  そして,葉山町及び執行機関は,上記予算を執行しなければならないの
であり,これを執行せず,あるいは上記の予算の目的を他の経費(例えば合併処理
浄化槽整備費用)に用いることは,許されず,違法である。
(4) 葉山町が公共下水道を採用したことの適法性 
ア 人口稠密な市街化区域における生活排水処理方法として公共下水道を整備
することは国・県の基本方針であり,葉山町も町の人口密度,人口集中地区,環境
保全の要請等の諸条件を考慮し,上記の基本方針を適正と考え,同処理方法を採用
した。
イ 元来,公共下水道が基本的なものであり,合併処理浄化槽が補完的なもの
である。合併処理浄化槽は,下水道事業計画区域以外及び下水道の整備が当分の間
見込まれない下水道事業計画区域内の地域を対象とするものである。
 公共下水道にあっては,設置・維持管理の主体が公共団体であることか
ら,管理が適正に行われる。すなわち,排水区域内においては汚水を公共下水道に
排水することが義務づけられているので,同区域内においては漏れなく汚水処理が
可能となる。本件についていえば,公共下水道への放流水の水質は法令及び神奈川
県条例により厳格に規定されている。公共下水道においては今後改善されるであろ
う最新の浄化方法を速やかに取り入れ,新たに発生する環境破壊物質除去について
も迅速な対応が可能である。
 したがって,公共下水道を整備する方法を採用したことは適正である。
(5) 議会の議決と長の行為の関係
 原告らは,昭和37年3月7日の最高裁の判決を引用するが,同判決の事
案と本件とは前提事実が異なる。本件においては,原告らは,葉山町における本件
事業決定及びそれに関する支出についての議決の効力に触れていない。以上のとお
り,上記の最高裁判決は本件には当てはまらない。
(6) 公共下水道と合併処理浄化槽の処理能力及び管理の相違
ア 公共下水道は,下水道法に規定され,地方公共団体が主として市街地を中
心に対象区域を定めて整備し,管理するもので,基盤的な公共施設である。対象区
域の各家庭が接続を義務付けられるので,対象区域全域について汚水処理が達成で
きる。家庭にとっては,設置のために必要となるスペースや費用の負担額は小規模
である。
 公共下水道設置には,高い率の国庫補助金が認められる。汚水処理後の
排水の水質基準が法令により明確かつ厳格に規定されているため,汚水処理機能は
高い。施設の耐用年数も長い。今後改善されるであろう最新の浄化方法を速やかに
取り入れられる。
イ 浄化槽は,単独処理浄化槽と合併処理浄化槽とに分かれる。便所と連結し
て屎尿の処理を目的とするものが単独処理浄化槽であり,屎尿と併せて生活雑排水
をも処理するものが合併処理浄化槽であり,浄化槽法及び建築基準法に規定があ
る。市街化区域では法律が公共下水道の整備による処理を要請しているので,合併
処理浄化槽は,それ以外の区域が対象となり,補完的な方式である。合併処理浄化
槽は,原則として個人が私費で設置し,管理する。汚水処理後の排水の水質基準に
ついては,対象人員50人以下の浄化槽の場合には規制がない。
(7)公共下水道と合併処理浄化槽との経費面の相違の有無
(ア) 公共下水道と合併処理浄化槽の設置費用の比較は,個別事情・維持管理
の算出根拠等,算定困難な事項が多く,国レベルでも困難である。
 原告らの主張は,明確な根拠がないか,大きな幅のある数値のうち自己
の主張に沿うもののみを引用するものであり,客観的・絶対的な検証を踏まえてい
ない。
(イ) 原告らは,公共下水道が財政を圧迫する旨を主張するが,国や県からの
多額の補助金や地方交付税による財源措置があることを無視し,施設の耐用年数,
基礎となる数値につき根拠のないものを用いており,その主張は,恣意的で不当で
ある。
(8) 既存の合併処理浄化槽の扱い
本件計画処理区域内にある合併処理浄化槽は50基以下であり,人槽規模
の合計は7500人槽以下にすぎない。また浄化槽は公共下水道が設置されるまで
の補完的なものであり,既存の合併処理浄化槽を排除することは何ら不合理ではな
い。
(9) 排水処理施設の比較検討
葉山町は,下水道関連法規の趣旨,国・県の指針,葉山町公共下水道調査
推進委員会の調査結果の他,人口稠密地域であること,新たに漏れなく合併処理浄
化槽を個別に設置することがきわめて困難なこと,町民の多くが公共下水道の設置
を希望していることに鑑み,公共下水道の設置を決定したものである。一連の検討
の過程においては,合併処理浄化槽の検討も含まれている。
 また,公共下水道と合併処理浄化槽との経済的効率性の比較は国レベルで
も困難な問題であり,一地方公共団体にすぎない葉山町において両者の比較検討を
行い明確な結論を出すことは容易ではない。
(10) 公共下水道を原則とする姿勢
 原告らは,公共下水道と合併処理浄化槽とを同列的に捉えているが,それ
は誤りである。合併処理浄化槽は公共下水道の補完的手法であり,市街化区域等に
合併処理浄化槽を採用する場合にこそ,あえて合併処理浄化槽を選択する特段の事
情が必要である。
    理由
(証拠により直接認められる事実を認定する場合には,事実の前後に当該証拠を記
載して,その旨を示す。一度説示した事実は,原則としてその旨を断らない。認定
に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
第1訴えの適法性の有無
 1両被告共通の主張について
(1) 裁判所法3条違反の主張について
ア 被告らは,原告らの請求に法律上の争訟性がない旨を主張する。
 その趣旨は必ずしも明らかではない面があるが,本件財務会計行為は被
告らにとっては法律に定められた当然のことで,それをする義務があり,反対にそ
れをしないことは法律違反になるから,そのような行為の差止め及びそれを原因と
する損害賠償請求は真の意味での法的紛争とはいえないという趣旨であろうと思わ
れる。
イ しかし,一方当事者の側からみて明々白々の事柄に見えても,客観的にそ
れが正しい見解であるという理由はなく,また仮に一方当事者だけではなく誰から
見ても回答が明白な事柄である場合であっても,それだけで法的紛争とならないと
いうわけでもない。
  さらに,法律上要請されていることを違法であるとする主張も,当然に
法的に意味がないとはいえないのであり,内容を検討してから初めて,意味がない
かどうかが判断できるものである。
  したがって,被告らのアの主張は採用することができない。
(2) 財務会計上の行為性の欠如の主張について
ア被告らは,市街化区域における生活排水処理方法として,公共下水道方式
を用いるか,あるいは合併処理浄化槽方式を用いるかは,汚水処理行政の問題であ
り,財務会計上の行為の問題ではないから,本件訴えは,不適法であると主張す
る。
イ しかし,本件訴えのうち,差止請求においては,本件事業計画に基づく,
公金の支出,契約の締結もしくは履行,債務その他の義務の負担,又は地方債の起
債手続の差止めが包括的に求められ,また,損害賠償請求においては,被告Fが葉
山町長として支出した行為が違法であるとされているのであり,これらの行為が財
務会計行為に当たることは明らかである。
 被告らは,本件訴えの実質的な争点,あるいは上記の財務会計行為の違
法をもたらす行為(以下「原因行為」ということがある。)が汚水処理の方法であ
ることを主張するものであるが,本件訴えにおける請求の原因として財務会計行為
の違法が問題とされる以上は,実質的な争点が,財務会計行為の背後にある原因行
為である汚水処理方法という非財務的な行為の適否であっても,本件訴えがそのこ
とを理由に不適法となるものではない。ただし,この問題が本案の問題としてどの
ように扱われるべきかについては,後記のとおりである。
 したがって,被告らのアの主張は採用することができない。
 2 被告葉山町長の主張について
(1) 訴えの対象の不特定の主張について
ア 被告町長は,本件差止めの訴えは差止めを求める行為が包括的で特定して
いないので,不適法である旨を主張する。
イ 地方自治法242条の2第1項1号の規定による事前の差止請求におい
て,複数の行為を包括的にとらえて差止請求の対象とする場合,その一つ一つの行
為を他の行為と区別して特定し認識することができるように個別,具体的に摘示す
ることまでが常に必要とされるものではない。この場合においては,差止請求の対
象となる行為とそうでない行為とが識別できる程度に特定されていることが必要で
あることはいうまでもないが,事前の差止請求にあっては,当該行為の適否の判断
のほか,さらに,当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否
かの点及び当該行為により当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそ
れがあるか否かの点に対する判断が必要となることからすれば,これらの点につい
て判断することが可能な程度に,その対象となる行為の範囲等が特定されているこ
とが必要であり,かつ,これをもって足りるものというべきである。
 このような観点からすると,例えば,特定の工事の完成に向けて行われ
る一連の財務会計上の行為についてその差止めを求めるような場合には,通常は,
上記工事自体を特定することにより,差止請求の対象となる行為の範囲を識別する
ことができ,また,上記特定の工事自体が違法であることを当該行為の違法事由と
しているときは,当該行為を全体として一体とみてその適否等を判断することがで
きるというべきであるから,右工事にかかわる個々の行為の一つ一つを個別,具体
的に摘示しなくても,差止請求の対象は特定されていることになるものというべき
である。(イ全体につき,最高裁平成5年9月7日第三小法廷判決・民集47巻7
号4755頁参照)
ウ これを本件についてみると,本件の差止請求は,本件事業の完成に向けて
の一連の経費の支出等が違法であるとしてその差止めを求めているものであり,差
止請求の対象となる本件財務会計行為の範囲を識別することができ,また,これを
全体として一体とみてその適否を判断することが可能であり,さらに,これが行わ
れることが相当の確実さをもって予測されるか否か,回復困難な損害が生ずるか否
かの点をも判断することが可能であるから,請求の趣旨の特定として欠けるところ
はないものというべきである。
  よって,アの主張は採用することができない。
(2) 地方自治法242条の2第1項1号に該当しないとの主張について
ア 被告町長は,地方公共団体と第三者の債務負担契約に基づいて地方公共団
体が負うことになる債務については,その履行の差止めを請求することはできない
旨を主張する。
イ 確かに地方公共団体が第三者に対して債務を負っている行為は差し止める
ことができない場合があると解するべきである。被告葉山町長が引用する最高裁判
決は,随意契約の制限に関する法令に反した契約が無効といえない場合に,その履
行の差止めを求めた訴えについて,差止めができない旨を判示したものである。
  しかしながら,本件差止めの訴えは,契約の締結そのものを含めた行為
の差止めを中心としたものといえるのであり,契約締結後の履行の差止めの請求に
限定されるものではない。そして,契約の締結の差止請求がおよそできないという
ことになれば,それは,地方自治法242条の2第1項1号の差止請求を否定する
ことに他ならず,不合理である。
  被告町長のアの主張は,契約まで締結していない場合であっても,事業
計画決定を得て,予算の議決をしたときには,それ以後の行為を差し止めることは
およそできないという趣旨かもしれない。しかし,事業計画決定及び予算の議決は
葉山町の内部における意思形成過程の事柄である。したがって,その後第三者と契
約をする前にその締結の差止請求をすることがおよそ許されないということはでき
ない。これに対し,同町が外部の権利主体と私法上有効な契約をした後にその履行
をすることの差止請求は許されるべきではない。
ウ したがって,本件差止めの訴えは,地方自治法242条の2第1項1号に
よって認められるものであり,アの被告町長の主張は採用することができない。
 3 被告Fの主張について
(1) 監査請求の対象行為の不特定の主張について
ア被告Fは,監査請求における監査の対象が「葉山浄化センター,ポンプ場
並びに圧送管建設等のために支出した83億1700万円」とされているところ
(甲1),これでは支出の回数,時期,金額がいくらなのか不明である旨を主張す
る。
イ 住民監査請求においては,対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監
査の端緒を与える程度に特定すれば足りるというものではなく,当該行為等を他の
事項から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要し,ま
た,当該行為等が複数である場合には,当該行為等の性質,目的等に照らしこれら
を一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き,各行為等
を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要
するものというべきであり,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の
各記載,監査請求人が提出したその他の資料等を総合しても,監査請求の対象が右
の程度に具体的に摘示されていないと認められるときは,当該監査請求は,請求の
特定を欠くものとして不適法となる(最高裁平成2年6月5日第三小法廷判決・民集
44巻4号719頁参照)。
ウ これを本件についてみると,原告らは,監査請求において,本件事業に基
づく支出のうち,「葉山浄化センター,ポンプ場並びに圧送管建設等のために支出
した83億1700万円」の違法を主張しているところ,監査請求事由は本件事業
全体の不合理性にある(甲1)。したがって,イの判決の例外の場合(当該行為等
の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相
当とする場合)に該当し,監査請求の特定の要件を満たすと解される。支出の時
期,回数,複数回のときはその回の支払金額までは,明らかになっていないが,そ
こまで明確でなくても監査請求事由との関係では監査に支障はないからである。
  なお,被告Fは,対象行為が特定されていないと監査請求期間の遵守の
有無を判断できない旨を主張するが,例外的に上記のような程度でも特定性の要件
を満たすときには,そのようにして特定しているとされる財務会計行為につき監査
請求期間遵守の有無を判定することになる。上記被告Fの主張は,イの判決が示す
例外の場合を否定することにつながるのであって,採用することができない。
(2) 訴えの対象の不特定の主張について
ア 被告Fは,原告の被告Fに対する83億1700万円の損害賠償請求の内
容が特定されていない旨を主張する。
イ しかし,最終準備書面補充書,第23回口頭弁論における原告らの陳述及
び弁論の全趣旨に照らせば,原告らは,平成8年7月1日以降平成13年3月31
日までの間において,葉山町に本件事業に関し85億円を超える固有の支出があ
り,これが損害に当たるとして,その一部である83億1700万円の損害賠償を
求めている。この訴えは,本件事業に関するという公金の性質と公金の支出時期と
によって概括的に公金の支出を特定したものであるところ,(1)と同様に違法事由が
本件事業全体の不合理性にあるというのであるから,このような仕方でも,訴えの
対象は特定されていると解するのが相当である。そして,この場合の訴えの対象行
為は,平成8年7月1日以降の支出であるから,平成9年6月30日までの支出を
問題としていた監査請求における対象行為とは異なったものとなったが,差止めの
監査請求後の公金支出は,それについて別途新たに監査請求をしなくても当初の差
止めの監査請求さえあれば住民訴訟の対象とできると解されるので,本件の損害賠
償請求のうち,平成9年6月30日の監査請求後の公金支出の違法を問う部分につ
いても監査前置違反はないと解される。
第2 本案についての判断
1判断の順序及び対象
(1) 原告ら主張の違法事由とその法的性質
 原告らは,葉山町における生活排水処理施設の整備方法として,公共下水
道が採用されたが,水質浄化の機能を達成するという点では,合併処理浄化槽を用
いる場合も公共下水道を用いる場合も効果は同一であり,その同じ効果を達成する
ために,より経済的に効率の良い方法を選ぶべきであるところ,本件事業において
公共下水道を採用したのは裁量権濫用の違法があり,その違法が本件財務会計行為
の違法をもたらし,地方財政法4条1項及び地方自治法2条13項に違反する旨を
主張する。
 すなわち,原告らの主張の趣旨からすれば,直接の違法は,本件財務会計
行為ではなく,本件事業の内容にあり,また,本件事業が違法な理由は,公共下水
道の採用という事業内容の決定に裁量権濫用があるというものであり,経費の支出
の仕方(地方財政法4条1項及び地方自治法2条13項に適合するかどうか)はそ
の結果の問題であると解される。
(2) 原告ら主張の違法事由と財務会計行為との関係
ア (1)のとおり,本件における主な違法事由は,本件事業内容決定における
裁量権濫用の有無である。この公共下水道と合併処理浄化槽との選択の問題は,被
告らが本案前の主張として指摘するとおり,直接的には汚水行政上の問題であっ
て,地方自治法242条の2の財務会計上の行為の問題ではない。そこで,このよ
うな問題が住民訴訟においておよそ対象とならないわけではないことは前記のとお
りであるが,その場合にどのように扱うべきかまず検討する。
イ 地方自治法242条の2に規定された住民訴訟の制度は,地方公共団体の
執行機関又は職員による同法242条1項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る
事実(財務事項)が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を
害するものであることから,これを防止するため,住民に対しその予防又は是正を
裁判所に請求する機能を与え,もって地方財政の適正な運営を確保することを目的
とした制度である(最高裁昭和53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号
485頁)から,住民訴訟において主張することができるのは,原則として財務事
項の違法事由に限られるということができる。
 ただし,住民訴訟において主張することのできる違法事由を財務会計法
規に直接違反する場合に限定すると,地方財務行政の適正な運営確保を図る機会は
著しく少なくなる。他方,公金の支出を伴わない行政上の行為はおよそ存在しない
であろうから,公金支出の背後にある非財務会計上の行為の違法を理由に公金支出
も違法であると主張することにより背後の非財務事項の違法を争うことを無限定に
認めると,住民訴訟を財務事項に限った趣旨を逸脱することにもなる。また,非財
務事項が行政処分である場合において,無限定にその違法性を争う余地を認める
と,行政処分の公定力を否定する結果になりかねない。
 したがって,住民訴訟において主張することのできる違法事由は,当該
財務事項自体に存在する財務会計法規上の違法のほか,財務事項と事実上直接的な
関係に立つ非財務会計上の行為(原因行為)に法令違反があってこれを看過しては
執行機関の誠実管理執行義務(地方自治法138条の2)違反をもたらすような場
合の違法を含むと解するべきである。そして,原因行為に重大明白な違法がある場
合あるいは著しい裁量権濫用の違法がある場合には,原因行為と財務事項との間に
事実上の直接的な関係があるということになり,財務事項自体も違法となると解す
るのが相当である。
(3) 本件における判断の対象
ア (1)(2)のとおり,本件財務会計行為の原因となる本件事業内容の決定の問
題は,およそ住民訴訟の対象とならないということではなく,財務会計行為と事実
上の直接的な関係があるかどうかの見地から判断対象となり得るのであり,被告町
長が葉山町の生活排水処理につき公共下水道を利用する旨の本件事業を採用・実施
したことに著しい裁量権の濫用がないかどうかは,本件において判断対象となると
解されるべきである。そこで,その判断のために必要となる諸事情を検討する。
イ この点に関し,被告らは,特に,法律,条例,予算議決で定まったとおり
に執行したものであり,これを執行しないことは許されない旨を主張する。すなわ
ち,本件事業の採用・実施は,裁量判断事項ではなく,拘束された事項である旨を
主張する。
  もちろん,法の執行を責務とする行政機関が法律,条例,予算について
の議決で定まったとおりに執行することはその責務であるが,ここで問題とされて
いる町長による本件事業の採用・実施の問題は,後記3のとおり,基本的には,関
係する法律においてなすべきことを義務づけられた事柄ではない。また,関係する
葉山町の条例及び予算議決のうちには,後記2のとおり,葉山町として本件事業を
採用・実施することを実質的に決定した後にそれを具体的に執行するために制定,
承認したという性質の部分があり,その部分は専ら先に成立している条例及び議決
の執行の問題に限られるわけではない。したがって,本件事業の採用・実施につい
ては,法律との関係では義務づけられているわけではないものを採用することの裁
量,条例及び議決との関係では条例及び議決を得て本件事業を実施していく裁量に
関し,その濫用の有無が問題となる。原告らの主張の趣旨もこの点を問題とするも
のと解されるのである。
  そこで,本件事業の採用・実施の経緯,法律,条例,予算議決等との先
後関係等につき,検討する。
2葉山町における本件事業の経緯
 1のとおりの判断をするために,標記の経緯について検討する。
(1) 葉山町の生活排水処理に関する従前の概況
  葉山町は,面積約17平方キロメートル,人口(平成11年10月)3万
1000人の町である(乙72)。
 葉山町における便所は,古くはくみ取り式であったが,次第に単独処理浄
化槽が設置されるようになり,昭和60年代初めの水洗化率は約85%となった。
しかし,単独処理浄化槽は,屎尿の処理をするものであるため,生活雑排水は未処
理のまま公共用水域に排出されていた。
 そのため,河川及び海洋の水質保全を図ることが重要な課題であった。
(乙72)
(2)推進委員会による検討と基本方向
ア 葉山町においては,昭和48年4月に葉山町公共下水道調査研究推進委員
会(以下「推進委員会」という。)についての条例が施行され,汚水処理について
研究が進められた。
   その結果,公共下水道による集中式よりも分散処理方式を試みることと
なって,昭和56年8月テストケースとして下水浄化装置を50から60箇所に設
置する方式を採用することとなった。ところが,2箇所目の装置設置の際に悪臭や
騒音等が懸念され,住民の協力が得られず,設置を断念し,結局この方式が全面的
に見送りとなった。(乙72)
イ 推進委員会は,前記の検討結果を白紙に戻して昭和61年以降汚水処理に
ついて検討を重ねた(乙1の1・2,乙2の1,乙5,32)。
 そして,推進委員会は,昭和62年1月14日,葉山町下水処理計画に
ついて公共下水道の早期整備を提案する第1次答申を行った。ついで,推進委員会
は,昭和63年9月29日に葉山町長に答申(乙2の2)をした。答申は,「葉山
町の汚水整備の方式は公共下水道とし,その補完的方法として合併処理浄化槽等を
考慮する。対象区域は,第1期が市街化区域,第2期が市街化調整区域における既
存集落とする。」というものであった。
 同日,町長からさらに葉山町公共下水道計画の基本的事項について諮問
を受けた推進委員会は,平成元年7月28日,財政計画や最終処分場等について答
申した(乙3の2)。答申の内容は,早期に公共下水道整備を実施する必要がある
こと,下水道整備の緊急性に鑑み,事業実施における計画の合理化,整備の効率
化,財政の適正化を図ることにより,下水道事業に対する財政負担は十分可能であ
るなどというものであった。
ウイの推進委員会の第1次答申を受けて,昭和63年3月,葉山町は,葉山
町公共下水道基本計画の策定を目的として「葉山町公共下水道基本計画調査報告
書」(乙5)を作成した。
 同報告書には,「下水道の基本構想として,市街化区域及び概ね20年
先のことを考慮して市街化が予想される区域については,集合処理による下水道整
備を計画的に推進する。上記以外の区域については,合併処理浄化槽により対応す
る。」旨が記載された。
エ 次いで,葉山町は,平成3年に公共下水道基本計画(案)を決定し,同年
8月に葉山町議会に報告するとともに,町民に対し「葉山の下水道」と題して報告
した(乙72,8の3)。
(3) 都市計画決定
  葉山町長は,平成4年1月葉山町都市計画審議会に葉山都市計画下水道の
決定について諮問し,同審議会から原案について同意する旨の答申を受け,神奈川
県知事に葉山都市計画下水道の決定について申請し,同年2月市街化区域である5
11ヘクタールについて県知事の承認を受けた(乙72)。
(4) 下水道法による事業計画認可
ア当初の認可
 葉山町長は,平成4年2月18日,予定処理区域を約92ヘクタール,
計画処理人口5800人,計画汚水量3800立方メートルとする下水道法上の事
業計画(葉山町公共下水道事業計画)について認可申請をし(乙57の2),同月
19日,下水道法4条1項,40条,下水道法施行令25条1項の規定により,神
奈川県知事より認可を受けた(乙57の1ないし3)。
イ変更認可
 葉山町長は,平成7年5月12日,予定処理区域を約230ヘクター
ル,計画処理人口1万6200人,計画汚水量9970立方メートル,整備最終年
次目標平成14年3月とする葉山町公共下水道事業計画変更認可申請をし,平成7
年7月4日,建設大臣より,下水道法4条1項により変更の認可を受けた(乙13
の1ないし5)。
(5) 都市計画法の事業認可
ア当初の認可
 葉山町は,平成4年2月28日,神奈川県知事より,排水区域の面積を
約92ヘクタールとする葉山都市計画下水道事業について,都市計画法59条1項
により認可を受けた(乙58の1ないし4)。
イ変更認可
 葉山町は,平成7年9月12日,神奈川県知事より,上記葉山都市計画
下水道事業について,排水区域の面積を合計約230ヘクタールに変更することの
認可を受けた(都市計画法63条1項。乙59の1ないし5)。
(6) 本件事業の進捗
ア 平成4年3月26日の町議会において,葉山町下水道事業特別会計条例が
承認された(乙33)。そして,平成4年度に下水道事業特別会計が設けられ,以
後毎会計年度,国庫補助金,他会計繰入金及び町債等の歳入並びに公共下水道事業
費等の歳出につき,町議会の議決を経て本件事業が実施されている(乙72)。
イ その結果,終末処理場である葉山浄化センター,葉山中継ポンプ場,両者
をつなぐ幹線管渠等が完成し,平成11年2月26日,下水道法9条に基づく公共
下水道の供用開始の公示がされ,同年3月以降一部区域が供用及び下水処理開始区
域となった(乙2)。
3 生活排水処理の法制度と本件事業実施義務の有無
 ここで,2のとおりの本件事業の実施の背後に法制度的な要請があるかどう
か,関連する法制度の実施義務の有無を検討する。
(1) 下水道に関する法制度等
ア 旧下水道法(明治33年法律32号)
 雨水の浸水,停滞した汚水による環境の不衛生・伝染病の発生,停滞汚
水による都市の美観及び居住環境の悪化を防ぐための制度として,明治33年に旧
下水道法が制定された。これによれば,下水道を築造することが必要とまでは規定
されず,築造されたときにはその区域内の土地所有者等はその使用義務を負うと定
められた。
 公共下水道とそうでない下水道とを区別する旨の規定は見当たらない
が,「水道」という言葉からうかがえるように下水を通すための配水管を主にした
法制度が設けられたと解される。
イ 現下水道法(昭和33年法律79号)
 標記の法により,下水道は公共下水道と都市下水路とに分けられ,構
造,放流水の水質に関する技術的基準が定められた。現下水道法の目的は,下水道
の整備を図り,都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し,併せて公共用水域
の水質の保全に資するとされている(1条)。
 そして,下水道法10条1項は,公共下水道の供用が開始された場合に
おいて,当該公共下水道の排水区域内の土地の所有者,使用者又は占有者に対し,
その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を設置しなければ
ならないとして,公共下水道の利用の強制を定めている(同法10条,38条,4
6条)。
 なお,同法によれば,下水道とは,下水を排除するために設けられる配
水管,排水渠その他の配水施設,これに接続して下水を処理するために設けられる
処理施設(屎尿浄化槽は除く。)又はこれらの施設を保管するために設けられるポ
ンプ施設その他の施設の総体をいうとされ,公共下水道とは,主として市街地にお
ける下水を排除し,又は処理するために地方公共団体が管理する下水道で,終末処
理場を有するもの又は流域下水道に接続するものであり,かつ,汚水を排除すべき
配水施設の相当部分が暗渠である構造のものをいうとされる(2条2号3号)。す
なわち,下水道には,屎尿浄化槽が含まれないということが,明示的に規定されて
おり,公共下水道を含む下水道と浄化槽とは法制的には別のものとして位置づけら
れている。
ウ 下水道整備緊急措置法(昭和42年法律41号)
 下水道の緊急かつ計画的な整備を促進することにより,都市環境の改善
を図り,もって都市の健全な発達と公衆衛生の向上に寄与し,併せて公共用水路の
水質の保全に資することを目的として,昭和42年に下水道整備緊急措置法が制定
された。同法により,建設大臣は,昭和42年から7箇年間毎に実施すべき下水道
整備7箇年計画を策定して閣議決定をすることとされ(3条),継続して計画が策
定されている。また,地方公共団体は,下水道整備7箇年計画に即して下水道の緊
急かつ計画的な整備を行うように努めなければならない(同法4条2項)。
 なお,同法においては,下水道とは,下水道法2条3号の公共下水道,
同条4号の流域下水道及び同条5号の都市下水路であり(下水道整備緊急措置法2
条),浄化槽は該当しない。
エ 神奈川県の動向
 県は,昭和62年に第2次新神奈川計画(乙27,28,30)及び神
奈川県下水道整備構想エリアマップ(乙10)を策定し,下水を集合処理すべき区
域の設定に当たり,人口規模100人以上,人口密度ヘクタール当たり25人以上
と定めた。また,平成9年のかながわ新総合計画21(乙29,31)では,「公
共下水道を市街地に概ね整備する。」とされ,同年の「神奈川県生活排水処理施設
整備構想」(乙25)では,「人口が稠密な本県では,集合処理として下水道を基
本に進めます。集合処理が適しない地域では,個別処理として,合併処理浄化槽の
普及を計画的に進めます。」との考え方が示されている。
 ここでは,下水道につき,合併処理浄化槽と相容れない概念とされてい
るから,「下水道」は公共下水道の趣旨に限定されていると解される。
オ 都市計画法
 下水道は都市施設の1つとされ,市街化区域内においては必ず下水道の
都市計画を定めるべきものとされている(都市計画法11条1項3号,13条1項
6号)。
 なお,この場合の下水道とは,下水道法上の公共下水道に限定されるも
のかどうか明確ではないので,合併処理浄化槽が含まれる可能性は否定できない。
(2) 浄化槽に関する法制度等
ア 屎尿処理の実情
 古くは,屎尿が農業用の有力な肥料であったため,屎尿はくみ取りによ
り処理され,水路や河川が汚濁される程度は少なかった。
イ 建築基準法(昭和25年法律201号)
(ア) 下水道法上の処理区域内においては,汚水管が公共下水道に連結され
ている水洗便所にしなければならないが,便所から排出する汚物を公共下水道以外
に放流しようとするときには,屎尿浄化槽を設けなければならないとされていた
(建築基準法31条)。その限りで,屎尿浄化槽設置義務が規定されている。
(イ) しかも,設置を義務付けられるのは,屎尿浄化槽であり,合併処理浄
化槽ではなかった。すなわち,建築基準法(平成10年6月法律100号による改
正〔平成12年6月1日施行〕前のもの)31条2項(以下「改正前31条2項」
ということがある。),当時の建築基準法施行令32条,同令35条に基づく昭和
55年7月14日建設省告示第1292号(ただし平成12年5月31日建設省告
示第1465号による改正前のもの)の規定により,終末処理場を有する公共下水
道以外に放流しようとする場合においては「屎尿浄化槽」,つまり単独処理浄化槽
を設置する義務があるといえるが,合併処理浄化槽を設置する義務はなかった。
(ウ) これに対し,平成10年6月法律100号による改正後の建築基準法
31条2項(以下「改正後31条2項」ということがある。)においては,国土交
通大臣(建設大臣)が定めた構造方法を用いる屎尿浄化槽を設けなければならない
とし,国土交通大臣の定めである建設省告示第1292号(平成12年5月31日
同告示第1465号による改正後のもの)によって,屎尿処理浄化槽の構造は,屎
尿と雑排水とを合併し処理する方法に限るとされた。
 したがって,基本的には新設する屎尿浄化槽は合併処理浄化槽とな
り,終末処理場を有する公共下水道以外に放流しようとする場合において,合併処
理浄化槽の設置が義務づけられることになった。
 しかしながら,平成12年5月31日建設省告示第1465号付則2
項によれば,施行の際現に設置されている単独処理浄化槽,現に建築中等の建築物
の単独処理浄化槽,及び告示の施行日から6月を経過しない間に設置される単独処
理浄化槽については,改正後31条2項の要件を満たすとされ,これらの単独処理
浄化槽を合併処理浄化槽に転換する義務まではないとされている。
(エ) しかし,この浄化槽の設置又は管理が私人に任されるため,また改正
前31条2項の適用下では,生活排水処理施設である合併処理浄化槽ではなく,専
ら屎尿処理のための単独処理浄化槽であるため,この建築基準法所定の浄化槽によ
る汚水管理には限界もあった。
ウ 浄化槽法(昭和58年法律43号)
(ア) イによる浄化槽の質には限界があったので,その問題を解決するため
に,浄化槽法が制定され,昭和60年10月1日から全面施行された。浄化槽法の
目的は,公共下水道及び廃棄物処理法に基づく屎尿処理施設で処理する場合を除
き,浄化槽による屎尿処理をしなければならないこととし,浄化槽による屎尿処理
等の適正な処理を図り,これを通じて,生活環境の保全及び公衆衛生の向上に寄与
することにある。そして,浄化槽の設置,保守点検,清掃,製造等について基準が
設けられ,目的の実現が担保されるようになった。
(イ) なお,浄化槽法上の浄化槽とは,平成12年法律106号による改正
前の浄化槽法においては,単独処理浄化槽(屎尿処理を行うもの)と合併処理浄化
槽(屎尿と雑排水の処理を行うもの)を含むものであったが(2条1号),平成1
2年改正後の同法2条1号において,単独処理浄化槽は除外され合併処理浄化槽の
みを指すこととされている。
(3) 公共下水道及び合併処理浄化槽の設置義務及び検討義務の有無
ア 公共下水道の設置義務の有無
  そうすると,法制度として厳密な意味では,葉山町は公共下水道を設置
する義務までは要求されていないことになる。ただし,下水道整備緊急措置法に見
られるとおり,葉山町においてもその市街化区域あるいは将来のその予定の区域に
おいては,公共下水道を設置することが望ましいこととされてはいるというべきで
ある。また,沿革的にもその旨の要請があったということができる。
イ 合併処理浄化槽設置義務の有無
  他方で合併処理浄化槽(平成10年の改正前31条2項においては単独
処理浄化槽)は,公共下水道がない区域において,設置することが法律上要求され
ているというべきである。
ウ 両処理方式選択の検討義務の有無
  公共下水道と合併処理浄化槽の設置については,上記のとおりに定めら
れており,自治体の執行機関が当該自治体の汚水処理の方式として公共下水道方式
を採用・実施する法的責務まではない。しかし,汚水処理の方法を検討することの
要否,必要とする場合にどのような方法により行うのが良いかについては,事柄の
性質上,公共下水道と合併処理浄化槽を含め,諸種の方法を検討することは当然の
行政上の責務である。
  原告らは,その根拠につき,廃棄物処理法6条1項3項において,地方
自治法2条4項の基本構想に即して,一般廃棄物処理計画を定めなければならない
とされていることを挙げ,さらに廃棄物処理法施行規則1条の3,平成7年12月
19日の厚生省,農林水産省及び建設省の「汚水処理施設の整備に関する構想策定
の基本方針について」と題する通達等を指摘するところ,それらから当然に比較義
務までが出てくるとは限られないが,裁量判断の前提となる一般法理として,諸種
の観点から,両方式を比較検討することは行政機関の当然の責務である。結局,根
拠は多少異なるものの,検討義務があるとの結果は変わらないと解される。
4公共下水道と合併処理浄化槽の機能面の異同
 (1) 序論
 3においては,主として本件事業実施の背後における法制度的な要請の有
無,設置に関する法制度の義務性の有無を下水道関係と浄化槽関係の観点から概観
したが,4では,公共下水道と合併処理浄化槽につき,その実施・設置以外の面に
おける機能の異同を法的観点だけでなく,経済的観点も加味して検討する。
 (2) 設置及び管理
ア 管理主体
(ア) 公共下水道の設置,改築,修繕,維持その他の管理は,市町村が行う
ものとされている(下水道法3条)。
(イ) 合併処理浄化槽の設置,維持及び管理の主体は個人であるとされる。
しかしながら,地方公共団体が設置,維持及び管理の主体となることを禁ずる規定
はない。葉山町内にあるコミュニティープラントは,全面的に町の管理する施設で
ある。
イ 管理方法
 下水道法21条2項は,公共下水道管理者は,政令で定めるところによ
り,終末処理場の維持管理をしなければならないとしており,下水道法施行令13
条が維持管理方法を規定している。
(3)構造関係
 下水道法7条は,公共下水道の構造は,政令で定める技術上の基準に適合
するものでなくてはならないと規定しているが,現在のところ政令で定められてい
ない。
 他方,合併処理浄化槽の構造については,詳細な基準が設けられている
(改正後31条2項,建築基準法施行令32条)。
 なお,公共下水道の終末処理場と合併処理浄化槽とは,汚水処理の仕組み
としては同一の原理に依拠している。すなわち,汚水中の有機物質を活性汚泥(好
気性バクテリア)に分解させる点で共通である。今日の合併処理浄化槽の処理能力
は公共下水道と比べて遜色のない程度になっている(争いがない。)。
(4) 汚水処理後の放流水の水質基準
ア 下水道法8条は,公共下水道からの放流水の水質は,政令で定める基準に
適合するものでなくてはならないと規定している。下水道法施行令6条1項は,下
水道法8条の規定を受けて,技術上の基準を詳細に定めている。加えて,同令同条
2項は,水質汚濁防止法3条1項の規定による環境省令等により下水道法施行令6
条1項よりも厳しい規制が設けられた場合には,それを水質基準とするとしてい
る。そして,下水道法21条1項,下水道法施行令12条は,公共下水道管理者
に,少なくとも毎月2回放流水の検査をすることを義務づけている。
 したがって,公共下水道の放流水については,法令の形で明確かつ厳格
に水質基準及び検査義務が定められているといえる。
イ 他方,浄化槽による処理後の放流水の水質基準については,次のとおり定
められている。
  まず,新たに設置された浄化槽については,水質検査の項目,方法その
他必要な事項は,環境大臣が定めるところによる(浄化槽法7条,環境省関係浄化
槽法施行規則4条)。その後の定期検査については,定期検査の項目,方法その他
必要な事項は環境大臣が定めるところによる(同法11条,同規則9条)。
 また,平成7年当時の浄化槽法についてであるが,「浄化槽法第7条及
び第11条に基づく浄化槽の水質に関する検査の検査内容及び方法,検査票,検査
結果の判定等について」(平成7年6月20日衛浄34号)として,厚生省生活衛
生局水道環境部環境整備課浄化槽対策室長からの通達が出されている。同通達にお
いては別記において「水質検査の各項目の望ましい範囲」として数値を掲げている
が,あくまで望ましい範囲にとどまり,別記に掲げる範囲に該当しないことのみを
もって,直ちに当該浄化槽設置及び維持管理が不適正であると判断されるものでは
ないと解される(乙16,弁論の全趣旨)。
 なお,処理人員501人以上の合併処理浄化槽については,水質汚濁防
止法2条2項,水質汚濁防止法施行令1条の別表第1の72により水質汚濁防止法
の適用を受け,さらに水質汚濁防止法3条3項,「大気汚染防止法4条1項の規定
による排出基準及び水質汚濁防止法3条3項に規定による排水基準を定める条例」
(昭和46年神奈川県条例52号)の適用を受ける(乙16)。
 また,処理人員51人以上の合併処理浄化槽については,神奈川県生活
環境の保全等に関する条例の適用を受ける。他方,処理人員50人以下のものにつ
いては,厳格な法規制はない。
 以上からすれば,合併処理浄化槽においては,処理人員ごとに水質基準
があり,処理人員51人以上のものについては,厳格に法規制がなされているが,
処理人員50人以下のものについては,厳格な法規制はなく単に望ましい範囲が掲
げられているにすぎない。なお,浄化槽法11条は,定期検査として,浄化槽管理
者に環境省令で定めるところにより,毎年1回指定検査機関の行う水質に関する検
査を受けなければならないとする。
(5) 設置・管理の費用
ア 合併処理浄化槽の場合には,約10平方メートル程度のスペース及び費用
が設置者である個人の負担となる。その金額は,全国統計によれば平成9年度現在
の処理人口1人当たり22万円である。葉山町における本件事業計画上の処理人口
は1万6200人であるから,新設のための設置総費用は36億2000万円とな
る。しかも,現実問題としては,既存の合併処理浄化槽はそのまま利用することに
なるし,既存の単独処理浄化槽は合併処理浄化槽に転換する費用だけでよいから,
実際の新設分だけの費用は前記金額の7割程度の25億円程度と試算される。維持
管理費を含む汚水処理費は,全国統計によれば1立方メートル当たり200円であ
る(甲22,25,26〔243頁〕)。
イ これに対し,公共下水道の場合には,その供用が開始された後は,各家庭
にとって必要なことは,排水マスと本管に接続する配水管の設置であるから,各家
庭にとっての設置に要する費用とスぺースは大きくはない。ただし,公共下水道の
本管設置費用及び維持費用として町に相当の財源が必要となり(後記の設置費用2
84億円を処理人口1万6200人で割ると,1人当たり175万円となる。),
また,各家庭にとっても,配水管の接続費用の他,受益者負担金,供用開始後の使
用料金を要するので,長期的に見ると,負担は小さくはない。また,町が公共下水
道の設置に要する費用の相当部分も町民の税負担によることを考えると,各家庭の
実質的な負担は小さくはない。
 ちなみに,平成10年1月の議会配付資料(甲15の1)によれば,整
備予定区域230ヘクタールについて公共下水道を整備するのに平成17年度まで
を要するとして,延べ概算の金額で,建設費が284億円(管渠135億円,ポン
プ場及び処理場148億円。乙13の3),一部供用開始後の維持管理費が24億
円,起債償還費が59億円,その他(建設事業に係る人件費,事務費,切り回し補
償費等)が15億円で,合計歳出が383億円である。これに対し,対応する歳入
(平成17年度までの延べの概算金額)についてみると,国庫補助金が延べ130
億円,県費補助金が4億円,町債が130億円,使用料収入が13億円,一般会計
からの繰入金が104億円である。一方,葉山町においては,平成元年度の歳入は
約75億円,歳出は約70億円,平成11年度で歳入が約95億円,歳出が約90
億円となっており(乙103),これと対比すると,公共下水道の建築及び維持の
ための費用の大きさと特に一般会計からの繰入金が大きいことが注目される。な
お,平成10年1月23日の葉山町建設経済常任委員会に配付された資料によれ
ば,町債の償還期間については平成47年度までの計画が立てられている
(甲15の2)。
 5 既存合併処理浄化槽の廃棄の合理性の有無
(1) 原告らは,既存の合併処理浄化槽を廃棄することは現に生活排水として衛
生処理が達成されているものを廃棄することを意味し,不合理であると主張する。
(2) そこで,検討するに,葉山町内には平成9年3月末で大小150基の合併
処理浄化槽があり(甲9の1から3),処理能力は約2万人,実際の使用人口はそ
の半分の1万人程度はあると推測される。下水道の整備に先行して開発されたイト
ーピア,東伏見台などの大型住宅団地の造成に際しては開発業者により大型の合併
処理浄化槽が設けられた。そして,それらは,団地自治会が管理を行った後,施設
の所有権並びに管理権が葉山町に移転し,同町のコミュニティプラントとなってい
る。その汚水処理後の水質は,生物化学酸素要求量(BOD)1.6から4.1P
PM,浮遊物質量(SS)3.3から4.0PPMと良好である(甲38)。
  したがって,これらを廃棄することだけを見ると,無駄なことにも見え
る。
(3) 確かに,下水道法10条1項は,公共下水道の供用が開始された場合にお
いては,当該下水の排水区域内の土地の所有者,使用者又は占有者は,遅滞なく,
その土地の下水を公共下水道に流入させるための排水設備を設置しなければならな
いとし,特別の事情がある場合はこの限りではないと規定している。また,公共下
水道の処理区域においては,便所は,公共下水道に連結しなければならない(建築
基準法31条1項,乙82,83の1,84の1)。したがって,公共下水道の供
用が開始された場合には,既存の合併処理浄化槽は廃棄することになる。
 しかし,このような結果になることが法律の要請であり,かつ,そのよう
な結果になることを懸念して,公共下水道を導入しないようにすべきであるほど,
明白に公共下水道の制度に重大な欠陥があるといった事情は見当たらない。関係法
律がこのような要請をしたのは,公共下水道ができた以上は,公共下水道が合併処
理浄化槽よりも優先されるべきであるという考え方をしているからであり,その理
由は,そうすることにより,下水道の整備を図り,もって都市の健全な発達及び公
衆衛生の向上に寄与し,あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とし
た下水道法の目的(同法1条)に適うというのが下水道法の考え方であると解され
る。その立法事実が明らかに誤りであるとの証明はなく,前記のとおりの公共下水
道と合併処理浄化槽との対比からすると,公共下水道は,経費面では高くつくとい
う短所があるが,管理面では公的な立場から効果が上げられる有利性があると思わ
れる。
 6 裁量権濫用の有無
  (1) 前記3(3)のとおり,法制度として厳密な意味では,葉山町が公共下水道
を設置する義務までは要求されていないが,下水道整備緊急措置法に見られるとお
り,葉山町においてもその市街化区域あるいは将来の予定の区域においては,公共
下水道を設置することが望ましいことと法律によりされてはいるというべきであ
る。
 そして,上記のような状況で汚水処理の方法を町としてどのようにしてい
くか,行政として汚水処理を実施していく場合に,公共下水道の方式を導入するか
どうか,合併処理浄化槽等の他の汚水処理の方式にするかどうかは,行政の執行機
関としては,当然に検討することである。その場合の根拠として,特別の具体的な
規定がなくても,一般法理を根拠とすべきである(3(3))。
 現に葉山町においては,昭和48年4月に推進委員会についての条例が施
行され,汚水処理について研究を進めさせ,推進委員会から,「葉山町の汚水整備
の方式は公共下水道とし,その補完的方法として合併処理浄化槽等を考慮する。対
象区域は,第1期が市街化区域,第2期が市街化調整区域における既存集落とす
る。」「早期に公共下水道整備を実施する必要があること,下水道整備の緊急性に
鑑み,事業実施における計画の合理化,整備の効率化,財政の適正化を図ることに
より,下水道事業に対する財政負担は十分可能である。」などという答申を受け
た。特に,昭和56年8月テストケースとして下水浄化装置を50から60箇所に
設置する方式を実施したところ,装置設置の際に悪臭や騒音等が懸念され,住民の
協力が得られず,設置を断念したという経験があった(2(2))。
(2) 前記4のとおり,公共下水道と合併処理浄化槽とでは,設置費用の点で,
公共下水道が多大な費用を要すること,また,構造面では,公共下水道が管渠を使
用して各家庭等の発生源からの汚水をまとめて集中的に処理するのに対し,合併処
理浄化槽は管渠を使わずに各戸あるいは各団地の発生源単位でいわば分散して個別
に処理するものであること,処理後に要求される水質基準の点では,公共下水道の
場合はきびしい規制がされるところ,合併処理浄化槽のうち,大型合併処理浄化槽
の場合には公共下水道に近い水準の水質基準の確保が要請されるが,小型特に処理
人口50人以下の浄化槽の場合には,法的な規制が及ばないこと,管理主体が公共
下水道の場合には葉山町であるのに対し,合併処理浄化槽の場合には各私人である
(ただし,町所有のコミュニティプランは,所有者としての葉山町であった。)こ
と,といった相違がある。
 (3) このように公共下水道については,法律による義務ではないものの訓示的
な要請があり,またその設置及び管理に膨大な費用がかかるものの,放流水に対す
る厳格な規制等の法令上の整備がすでになされており,管理面での実効性をあげる
ことができるといった特質があり,このような諸事情下で,被告町長が,本件事業
の継続的実施(就任時の平成5年2月には本件事業は開始されていた。)を進めて
いくこととしたことにつき,裁量権を著しく濫用した違法があるとは認められな
い。
7まとめ
 6のとおり原因行為である本件事業の実施に著しい裁量権濫用の違法がある
とはいえず,原因行為と財務事項との間に事実上の直接的な関係があるとはいえな
いので,本件財務会計行為が違法とはいえない。
第3 結論
以上のとおりであり,原告らの請求は理由がないからこれをいずれも棄却する
こととし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65
条1項を適用して,主文のとおり判決する。
 横浜地方裁判所第1民事部
      裁判長裁判官   岡光民雄
        裁判官   窪木 稔
       裁判官   堤 雄二

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