弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主      文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告らは別紙請求額一覧表の原告欄記載の原告らに対し,各自,同一覧表の
請求額欄記載の各金銭及びこれに対する平成12年6月9日から各支払済みまで年
5分の割合による金銭を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告らが被告らを相手方として,包括宗教法人日蓮正宗(以下「日
蓮正宗」という。)の総本山である被告宗教法人大石寺(以下「被告大石寺」とい
う。)の本堂(正本堂)の建設が計画された際,その信徒である原告らは,被告ら
の勧奨に応じ,正本堂が永遠に被告大石寺の本堂として使用されると信じて,正本
堂建設のために組織された宗教法人創価学会(以下「創価学会」という。)の一機
関である正本堂建設委員会(以下「建設委員会」という。)に対し,その建設資金
を寄付したものであるが,被告らは,建設委員会が上記寄付金等により建設し,被
告大石寺に贈与した正本堂を,築後わずか26年で取り壊してしまったと主張し
て,被告大石寺及び日蓮正宗の法主・管長であり,被告大石寺の住職・代表役員で
もある被告Aに対し,下記訴訟物に基づき,その損害賠償として,別紙請求額一覧
表の請求額欄記載の損害金及びこれに対する債務不履行ないし不法行為の日の後
で,訴状送達の日の翌日である平成12年6月9日から各支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
1 訴訟物
(1) 被告大石寺と建設委員会(創価学会)との間における負担付贈与契約の締
結を前提とするもの
ア 被告大石寺に対する請求について
(ア) 上記契約上の債務不履行(履行不能)に基づく損害賠償請求権
(イ) 上記契約上の債権を被告Aが侵害した不法行為についての宗教法人
法11条1項に基づく損害賠償請求権
(ウ) 上記契約上の債務に反して正本堂を取り壊した不法行為に基づく損
害賠償請求権
イ 被告Aに対する請求について
  上記契約上の債権を侵害した不法行為に基づく損害賠償請求権
(2) 正本堂を取り壊さないとの信義則上の義務の存在を前提とするもの
ア 被告大石寺に対する請求について
(ア) 上記義務に違反した債務不履行に基づく損害賠償請求権
(イ) 上記義務に違反した不法行為に基づく損害賠償請求権
イ 被告Aに対する請求について
(ア) 上記義務に違反した債務不履行に基づく損害賠償請求権
(イ) 上記義務に違反した不法行為に基づく損害賠償請求権
2 基礎事実(当事者間に争いがない事実及び各末尾記載の証拠等により比較的
容易に認めることのできる事実)
(1) 日蓮正宗は,日蓮大聖人を末法の本仏と仰ぎ,日蓮大聖人が書き顕した本
尊(本門戒壇の大御本尊,以下「戒壇の御本尊」という。)を信仰の主体とし,法
華経及び宗祖遺文(宗祖である日蓮大聖人が書き遺した文書)を所依の経典とする
包括宗教法人である。
  被告大石寺は,戒壇の御本尊を安置し,全国に700余の末寺を有する日
蓮正宗の総本山であり,被告Aは,日蓮正宗の法主・管長であり,被告大石寺の代
表役員である。
創価学会は,教育改革を主たる目的とする創価教育学会がその前身であっ
たが,やがて「広宣流布」(日蓮大聖人の仏法を広く世界に弘め伝えるための宗教
運動)それ自体を主たる活動とする日蓮正宗の信徒団体となり,昭和27年には独
立した宗教法人となった(甲127,乙26,弁論の全趣旨)。
(2) 創価学会の会長であるBは,昭和39年5月3日,その本部総会の席上
で,正本堂を寄進するための建設資金として30億円の寄付を募るとの計画を発表
した。
  昭和40年1月21日には,被告Aを含む日蓮正宗の僧侶や創価学会の幹
部等を委員とする建設委員会が創価学会の一機関として設置された。
(3) 同年4月ないし5月ころには,日蓮正宗の信徒らに対し,建設委員会名義
の「正本堂建立御供養趣意書」(甲16の1・2,以下「本件趣意書」という。)
が貯金箱等とともに配布され,正本堂の建設資金を寄付することが積極的に勧奨さ
れた。同年9月以降に配布された建設委員会名義の「正本堂御供養について」と題
する書面(甲17,以下「本件書面」という。)においても,重ねて寄付が勧奨さ
れた。
  また,当時,日蓮正宗の法主・管長であり,被告大石寺の住職・代表役員
でもあったC上人は,創価学会本部総会等において,正本堂の建設資金を寄付する
よう勧奨する旨の発言を度々行うとともに,同年9月12日にはこれと同趣旨の訓
諭を発するなどした。
(4) 日蓮正宗の信徒である原告らは建設委員会(創価学会)に対し,同年10
月7日ないし12日,別紙請求額一覧表の寄付額欄記載の金額を寄付した(甲20
の1の1ないし20の18)。
(5) 建設委員会の発表によれば,正本堂建設のために,約800万人の信徒か
ら合計約355億円が寄付された。その後,建設委員会は,この寄付金等を用いて
正本堂の建設を進め,昭和47年9月30日には表示登記手続の申請をした。その
後,同年10月1日には正本堂の完工式が実施され,同月7日には戒壇の御本尊が
安置され,同月14日には落慶大法要が営まれた。そして,同月19日には,被告
大石寺を所有者とする所有権保存登記手続の申請がされた。
  建設委員会は,同年10月1日をもって,その一切の資産を被告大石寺に
移管し,同年11月4日に解散した。正本堂の管理や残存工事等の事業は,被告大
石寺内に設置された正本堂運営委員会が行うこととされた。
  このようにして,建設委員会(創価学会)は,上記寄付金等により建設し
た正本堂を被告大石寺に贈与したものである(以下「本件贈与契約」という。)。
(6) その後,正本堂は,被告大石寺の本堂として利用されてきたが,被告ら
は,平成10年4月5日,正本堂から戒壇の御本尊を遷座した。更に,同年6月下
旬ころには正本堂の解体工事が開始され,平成11年8月中旬ころには正本堂が取
り壊された(以下「本件取壊し」という。)。
(7) 本件訴状は,被告らに平成12年6月8日に送達された(当裁判所に顕
著)。
3 争点
 (1) 被告大石寺は,本件贈与契約の際,建設委員会(創価学会)との間で,原
告らのために正本堂を維持・管理すべき義務を負担するとの合意をしたか。原告ら
は,上記合意について,受益の意思表示をしたか(請求原因)。
(2) 被告らは原告らに対し,正本堂を取り壊さないとの信義則上の義務を負っ
ていたか(請求原因)。
(3) 争点(1)又は(2)が肯定された場合,これによって原告らに生じた損害額は
いくらか(請求原因)。
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告ら)
ア 被告大石寺は,昭和47年10月1日に正本堂の完工式を実施した際,
建設委員会(創価学会)との間で本件贈与契約を締結したものであるが,その際,
原告らを受益者として,合理的な期間,正本堂を本堂として原告ら信徒の参詣儀式
に使用し,これを維持・管理すべき義務を負担するとの黙示の合意(以下「本件合
意」という。)をした。
黙示の意思表示があったことを推認させる事情は,次のとおりである。
(ア) 被告大石寺が積極的に寄付を勧奨したこと
  被告大石寺は,基礎事実(3)記載のとおり,当時の住職・代表役員であ
ったC上人や同人が委員を任命して設置した建設委員会をして,信徒らに対して積
極的に寄付を勧奨させたものである。また,その発言内容や文書の記載内容からす
れば,被告大石寺は,寄付を勧奨するのみならず,正本堂が建設された際には本件
合意の内容どおりの義務を負担する旨を自ら積極的に口頭又は文書で繰り返し明言
していた。
  そして,被告大石寺は,その後,本件贈与契約が締結されるまでの
間,上記義務を負担する旨の意思の表明を撤回したり,同意思に相反する言動をと
ったりすることは一切なかった。
(イ) 原告らが被告大石寺側の勧奨行為を信頼して寄付をしたこと
  原告らは,絶対的な信頼を寄せていたC上人をはじめとする被告大石
寺側が,寄付を勧奨するに当たり,上記義務を負担する旨を繰り返し明言していた
からこそ,寄付を決意したものである。
(ウ) 正本堂完成直前及び完成後の被告大石寺側の発言
  C上人や当時被告大石寺の教学部長であった被告Aらは,正本堂完成
直前及び完成後においても,上記義務を負担する旨の発言を繰り返していた。
(エ) 正本堂の構造設計
  正本堂内に存する妙壇,法庭,円湧閣,思逸堂等の施設は,正本堂を
多数の信徒の参詣儀式に使用する目的で設置されたものである。このような構造設
計は,C上人の要望を基に考案され,被告大石寺の承認を得て決定されたものであ
り,被告大石寺側が,正本堂を信徒の参詣儀式に使用すべき負担を認識した上で,
信徒らに対して積極的に寄付を勧奨していたことは明らかである。
(オ) 正本堂の耐久性
  正本堂の設計において十分な耐震性,耐久性,堅牢性が確保されるよ
う考慮されていることからすれば,正本堂は長期にわたって存続し得る建造物とい
うべきである。被告大石寺は,このように十分な耐久性を有する正本堂を寄進され
ることを前提として,信徒らに対して積極的に寄付を勧奨したのであるから,正本
堂を合理的期間にわたって維持・管理すべき負担が存在するものというべきであ
る。
(カ) 正本堂を維持・管理するための基金が確保されていたこと
  本来,建物の維持管理費は,当該建物の所有者自身が負担すべきもの
であるところ,正本堂については,その維持管理費までもが信徒らの寄付金から拠
出されている。被告大石寺が正本堂とともにその維持基金についても併せて寄進を
受けていることからすれば,正本堂が完成した当時,被告大石寺において正本堂を
維持・管理するという負担が存在することを認識していたことは明らかである。
(キ) 本件合意の内容を記載した書面が存在しないことについて
  非取引行為的性格を有する贈与契約においては,無償の財貨移転をす
るだけの信頼・情宜関係が存在する場合が多いから,必ずしも書面等を作成して負
担の内容を明確にするとは限らない。
イ 原告らは,本件合意がされてから後,登山会(被告大石寺への参詣)に
参加した際,正本堂において行われる宗教儀式に参加を申し込むことによって,被
告大石寺に対し,本件合意について受益の意思表示をした。
ウ 宗規の改正により原告らが日蓮正宗の信徒の資格を失ったとの被告らの
主張は,争う。本件贈与契約は,日蓮正宗と創価学会の長い歴史の中で構築された
深い信頼関係を前提として締結されたものであり,上記信徒資格の剥奪行為は,一
時的な異常事態と評価すべきものであって,上記主張は,主張自体失当であるか,
公序良俗に反し,無効である。
(被告ら)
ア 被告大石寺が建設委員会(創価学会)との間で本件合意を締結したとの
原告らの上記主張は,否認する。
(ア) 本件贈与契約が締結されたのは,正本堂について贈与証書(乙1の
1,以下「本件贈与証書」という。)が作成された昭和47年9月30日である。
  本件贈与証書その他創価学会と被告大石寺との間で交わされた文書中
には,原告ら主張の「負担」は一切明示されていない。C上人がその訓論におい
て,正本堂に安置すべき戒壇の御本尊の永久性を述べたことはあったが,被告らが
正本堂自体を永久に維持,管理することを約束したことなどない。
  また,そもそも本件のような宗教上の意義を有する純粋性を旨とする
寄付について,このような「負担」の認められる余地はないというべきである。
(イ) 正本堂建設やその建設資金の寄付の勧奨を主導したのは,被告大石
寺ではなく,創価学会とその当時の会長であったBである。
 すなわち,Bは,創価学会の会長と建設委員会の委員長を兼ね,正本
堂建設の発案から寄付の勧奨の方法等の立案計画・実行指示の一切を行ったもので
ある。
  また,正本堂を建設してこれを被告大石寺に贈与するとの計画は,は
るか以前に創価学会において発案され,その内容はすべて創価学会により決定され
たものであり,建設委員会はその具体的実施を担当する機関にすぎなかった。
  しかも,建設委員会は,純然たる創価学会の機関であり,委員会の設
置や委員の任命のすべてが創価学会のみによってされ,委員の圧倒的多数は創価学
会員によって占められていた。
  原告らは,被告大石寺側が積極的に寄付を勧奨したと主張するが,そ
の関与は,日蓮正宗としての立場から,宗教的な権威付けの限度で形式的に関与し
たにすぎず,被告大石寺として直接信徒に対して寄付を勧奨したものではない。
むしろ,Bが,その創価学会員に対する影響力を駆使して,一般の全
国紙並みの宣伝力を有する機関誌を用いるとともに,信徒らの各家庭に貯金箱を配
布するなどして,創価学会の組織を挙げて寄付を勧奨したものである。
イ 原告らが本件合意について受益の意思表示をしたとの主張は,否認す
る。このような行為だけで,原告らが主張するような複雑かつあいまいな法律上の
権利を受益する意思表示がされたとは考え難い。
ウ 後記のとおり,原告らは,平成9年11月30日の経過をもって日蓮正
宗の信徒の資格を喪失しているから,本件合意に基づく義務の履行を求めることが
できる立場にない。
(2) 争点(2)について
(原告ら)
  被告らは原告らに対し,正本堂を取り壊してはならないとの信義則上の義
務を負っていた。その根拠となる事実は,以下のとおりである。
ア 被告大石寺が積極的に寄付を勧奨したこと
  被告らは,前記のとおり,被告大石寺と信徒らの関係を前提として,信
徒らに対し,その建設資金を寄付するよう,極めて強い表現で勧誘した。
  また,被告らは,上記寄付金の使途について,正本堂に戒壇の御本尊を
永遠に安置し,被告大石寺の本堂として信徒らの参詣儀式に使用すると明言してお
り,このことは正本堂建立後も同様であった。
イ 原告らをはじめとする信徒らが被告大石寺側の勧奨行為を信頼して寄付
をしたこと
被告らの強い勧奨の結果,約800万人から合計約355億円という巨
額の寄付金が集まった。
原告らは,被告らから寄付を勧奨され,正本堂に戒壇の御本尊を永遠に
安置して,被告大石寺の本堂として信徒らの参詣儀式に使用する旨の言明を信頼し
て寄付を行った。原告らは,その大半がさしたる資産を持たない一般庶民である
が,苦しい経済状況下において,生活費を切りつめたり,わずかな貯蓄を取り崩し
たりして,平均すると当時の世帯の実収入の2か月分にも相当する金銭を寄付した
ものである。
ウ 本件取壊しの理由が「用途目的の消滅」ではないこと
  被告らは,本件取壊しの理由として,戒壇の御本尊が正本堂から遷座さ
れ,正本堂の用途目的が消滅したことを挙げているが,最初から正本堂を解体する
ことを意図していたものであり,遷座はその口実にすぎない。
エ 本件取壊しは,被告Aが独断で決定したものであること
本件取壊しを実施するためには責任役員会の議決を要するところ,被告
Aは,何の宗内手続もとらずに戒壇の御本尊の遷座を決定し,本件取壊しの構想を
公表するなどした上で責任役員会を開催し,後戻りができない状態で本件取壊しに
ついて決議させたものであり,被告Aが独断でした行為を責任役員会に追認させた
にすぎない。
なお,被告Aは,戒壇の御本尊を遷座した上で本件取壊しを行うこと
を,あらかじめ秘密裏に周到に準備していたものである。
オ 正本堂の老朽化という虚偽の情報を宣伝したこと
被告らは,平成10年1月ころから,その機関誌において,正本堂の躯
体に異常な老朽化が生じている,建築に使われたコンクリートの中には多量の塩分
を含む海砂が混ぜられていたため,鉄筋が腐食している,直下型地震が起これば大
惨事となる,メンテナンスをした程度では復旧できないなどという内容の報道を繰
り返し行った。しかし,このような事実は存在しない。
カ 本件取壊しによる損失の大きさ
正本堂は,完成当時,世界最大規模の宗教建築として,社会的に大きな
注目を浴び,その後も建築物として高い評価を得ていた文化財である。このため,
本件取壊しの際には,正本堂の保存を要望する多くの声があがったが,被告らは,
これを全く黙殺して本件取壊しを断行したものである。
(被告ら)
  原告らが主張するような信義則上の義務は認められない。その根拠となる
事実は,次のとおりである。
ア 前記のとおり,被告大石寺が信徒らに対して寄付の勧奨の中心を担って
きた事実はなく,むしろ,信徒らに対して直接的に大きな影響力を行使し得る立場
にあったのは,B及び創価学会であった。
イ 宗門(日蓮正宗及び被告大石寺)は,B及び創価学会が日蓮正宗の教
義・信仰から逸脱したことを理由として,平成3年11月28日に創価学会を破門
処分に付し,平成4年8月11日にはBを信徒除名処分に付した。
 その後もB及び創価学会の宗門に対する攻撃がやまないため,宗門は,
宗門以外の宗教団体に所属している信徒が,平成9年11月30日までにその所属
を解消するなどしなければ,日蓮正宗の信徒の資格を喪失する旨の宗規の変更を行
った。原告らは,いずれも同日までに創価学会を離脱しなかったので,同日の経過
をもって日蓮正宗の信徒の資格を喪失している。
  被告大石寺は,正本堂の贈与主体が日蓮正宗の教義・信仰から逸脱した
創価学会ないしBであること,しかも,Bらが正本堂の意義付けについて教義上の
異説を唱えたことから,正本堂に戒壇の御本尊を安置することは不適当であると判
断し,宗教法人法所定の手続を履践した上,戒壇の御本尊を遷座し,不要となった
正本堂を取り壊したものであり,以上の行為は信教の自由に属する正当な宗教的行
為である。
ウ 原告らを含む創価学会員は,遅くとも創価学会が破門処分となってから
後は日蓮正宗としての活動をなんら行っておらず,平成3年ないし4年ころからは
正本堂を一切訪れていない。
(3) 争点(3)について
(原告ら)
  正本堂が取り壊されたことにより,原告らの寄付はその意味を失い,原告
らには,その給付利益に相当する財産的損害が生じている。また,原告らは,上記
取壊しにより多大な精神的苦痛を被っており,これに対する慰謝料も生じている。
上記財産的損害と慰謝料を合算した額は,原告らが建設委員会に寄付した金額の3
倍(同一覧表の請求額欄記載の金額)を下らない。
(被告ら)
原告らの上記主張は争う。
原告らは,給付利益相当の財産的損害を主張するが,その実質は,正本堂
における参詣儀式ができなくなったことに対する精神的損害の主張にほかならな
い。物の毀損については,原則としてその所有者であっても慰謝料を請求できない
と解すべきところ,原告らは正本堂の所有者ですらないこと,正本堂自体は信仰の
対象ではなく,その毀損が直ちに宗教的充足感や精神的平穏の侵害につながるもの
ではないことからすれば,精神的損害も生じていないというべきである。
また,前記のとおり,原告らは,平成9年11月30日の経過をもって日
蓮正宗の信徒の資格を喪失しているから,本件取壊しによって害される利益はな
く,損害も生じていないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 甲1ないし17,22,31ないし37,39ないし43,63ないし7
0,73ないし75,84ないし86,89ないし93,98ないし114,11
6,118ないし120,122,124,125,127ないし132,141
ないし147,乙1,2,7,11,26,原告Dの本人尋問(なお,摘示した証
拠の番号は,枝番を含むものである。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば(前
記の基礎事実を含む。),争点に対する判断の前提となる事実として,以下の事実
が認められる。
(1) C上人は,昭和40年2月16日に実施された建設委員会の第1回会合に
おいて,正本堂に戒壇の御本尊を安置するのがふさわしく,正本堂の建立は日蓮正
宗の教義上極めて重大な意義を有するという趣旨の発言をした。
  C上人は,その後,創価学会の本部総会等の会合において,正本堂の有す
る教義上の意義を重ねて強調した上で,日蓮正宗の信徒らに対して正本堂の建設資
金を寄付するよう勧奨するようになり,その際には,「今日正本堂に供養した人び
との名前は,永遠に正本堂の地下に地下室を造って,そこには水も入らず科学的に
よく造っていただいて,立派な永遠に残る部屋を造って,そこに永久に保存してい
く考えであります。」(甲12)などと発言した。また,C上人は,昭和40年9
月10日付けで訓諭を発して,重ねて正本堂の建設資金を寄付するよう勧奨した。
  更に,C上人その他の被告大石寺の幹部らは,日蓮正宗ないしその関連団
体の機関誌等において,正本堂の建設資金を寄付するよう度々勧奨し,正本堂が完
成した後も,正本堂が教義上重大な意義を有する建造物であるとの見解を度々表明
した。
(2) 建設委員会の委員には,被告大石寺の幹部らが多数含まれており,大石寺
の建設については,被告大石寺側の意向も反映された。
また,建設委員会は日蓮正宗の信徒らに対し,本件趣意書や本件書面を配
布するなどして,正本堂の建設資金を寄付するよう積極的に勧奨した。これらの書
面には,正本堂が教義上重大な意義を有する旨の記載があるほか,「末法万年の
外,未来までも人類救済大御本尊様を御安置申し上げるこの正本堂建立の大事業に
参加できることは,永遠の誇りであり,大福運であります。」(甲16の1・
2),「もったいなくも,C上人猊下より正本堂に御供養した人々の名前は,永遠
に保存しようとの仰せをいただいております。」(甲17)などと記載されてい
た。
(3) 原告らは,いずれも日蓮正宗の信徒であり,かつ創価学会の会員であった
が,上記のような勧奨をされた結果,正本堂が日蓮正宗の教義上極めて重大な意義
を有するとの説明に強く賛同し,別紙請求額一覧表の寄付額欄記載の金額を正本堂
の建設資金として寄付した。
(4) 正本堂については,昭和47年9月30日付けで本件贈与証書が作成さ
れ,同日,表示登記の申請がされた。本件贈与証書は,Bが創価学会を代表して被
告大石寺の代表者であるC上人に宛てて作成したもので,創価学会が所有する正本
堂を被告大石寺に贈与する旨が記載されていた。
また,同年10月1日には正本堂の完工式典が開催されたが,その際,B
からC上人に対し,「奉御供養」と題する書面(乙2,以下「本件供養書」とい
う。)が交付された。本件供養書は,Bが正本堂建設委員会を代表してC上人に宛
てて作成したもので,正本堂のみならず,その敷地や本山全体の土地建物,全国に
ある寺院の土地建物等及び什器備品一式を供養のために寄進する旨が記載されてい
た。
(5) 正本堂内には,日蓮正宗の信徒らの参詣儀式に使用することができるよう
に,妙壇,法庭,円湧閣,思逸堂等の施設が設けられた。また,正本堂を設計する
際には,十分な耐震性,耐久性,堅牢性を確保するための配慮がされた。
また,被告大石寺においては,正本堂維持のための御供養を独立の会計科
目として収入に計上するとともに,特別正本堂維持基金及び正本堂維持基本金との
名称で任意基本金を積み立て,正本堂の維持費用をここから支出することとしてい
た。
(6) 被告大石寺と創価学会は,昭和52年ころから教義上の見解の相違等を原
因として対立関係に立つようになり,一度は関係が修復されたものの,平成2年に
は再び対立が激化した。
  日蓮正宗の宗門は,平成3年11月,創価学会を破門し,その日蓮正宗信
徒団体としての地位を否定し,平成4年8月にはBを信徒除名処分とした。また,
平成9年9月29日,日蓮正宗宗規を一部変更し,宗門以外の宗教団体に所属して
いる者は,当該宗教団体の所属を解消するなどしなければ,日蓮正宗の信徒資格を
失うこととした。創価学会の会員の多くは,創価学会が破門された後も日蓮正宗の
信徒としての資格を認められていたが,上記の宗規変更により,その多くが日蓮正
宗の信徒たる資格を喪失したものとされた。
(7) 被告大石寺は,対立関係にある創価学会の一機関である建設委員会から贈
与された正本堂に戒壇の御本尊を安置しておくのは不相当であるとの被告Aの考え
に基づき,平成10年4月に正本堂から戒壇の御本尊を遷座し,その後,戒壇の御
本尊を遷座した以上は,正本堂はその用途目的を失ったとして,正本堂を取り壊し
た。
2 争点(1)(本件合意の存否等)について
(1) 原告らは,①被告大石寺が積極的に寄付を勧奨したこと,②原告らが被告
大石寺側の勧奨行為を信頼して寄付をしたこと,③正本堂完成直前及び完成後,被
告大石寺側が本件合意の内容に副う義務を負担する旨の発言を繰り返したこと,④
正本堂の構造が多数の信徒の参詣儀式に使用することを前提として設計されたこ
と,⑤正本堂が長期にわたって存続し得る耐久性を有すること,⑥正本堂を維持・
管理するための基金が確保されていたことなどの事情を指摘し,これらの事情によ
り本件合意の存在が推認されると主張する。
(2) 確かに,前記の事実によれば,被告大石寺は,正本堂の建立が教義上重大
な意義を有するとした上で,建設された正本堂には戒壇の御本尊を安置し,信徒ら
の参詣儀式等を行う施設として長期間にわたって使用していく旨を強調するなどし
て,その建設資金の寄付を勧奨したこと,原告らを含む日蓮正宗の多数の信徒ら
は,このような勧奨を信頼して寄付を行ったことが認められる。また,正本堂の構
造設計の内容,耐久性の程度,正本堂の維持費を拠出するための基金が設けられて
いたことなどの事情に照らせば,少なくとも正本堂が建設された当時は,正本堂に
戒壇の御本尊を安置するなどして長期間にわたって使用していくことが予定されて
いたものと推認することができる。
  しかし,前記の事実によれば,正本堂の建立は,仏教上の供養としての宗
教上の意義を有していたと認められるところ,「供養」とは,一般に「仏教におい
て三宝(仏・法・僧)又は死者の霊に諸物を供えること」を指すものであるから,
そもそも,以上のような意義を有する供養をする際に,供養された物品の用法につ
いて,これを受領した寺院等が供養をした者或いは第三者のために一定の法的な義
務を負うことが合意されるなどということは,通常は考えにくいというべきであ
る。
また,本件贈与契約については,本件贈与証書や本件供養書が交わされて
いるにもかかわらず,これらの書面中に本件合意の存在をうかがわせる記載は全く
見当たらない。この点について,原告らは,非取引行為的性格を有する贈与契約に
おいては,無償の財貨移転をするだけの信頼・情宜関係が存在する場合が多いか
ら,必ずしも書面等を作成して負担の内容を明確にするとは限らないと主張する
が,原告らの主張する本件合意の内容は,正本堂という巨大な建築物について,被
告大石寺が合理的な期間,これを本堂として原告ら信徒の参詣儀式に使用し,これ
を維持・管理すべき法的義務を負うという重大な効果をもたらすものであるから,
被告大石寺と建設委員会(創価学会)との間にこのような合意をする意思があった
のであれば,その存在と内容を明確なものとするために本件贈与証書等に当該合意
についての記載をするのが自然というべきであって,このような記載が存在しない
ということは,被告大石寺と建設委員会(創価学会)との間には被告大石寺にこの
ような法的な義務を負担させる意図のなかったことの証左というべきである。
そして,本件趣意書や本件書面に本件合意の内容に副うかのような記載が
あること,C上人その他の被告大石寺の幹部らが本件合意の内容に副うかのような
発言ないし記事の掲載をしたことは事実であるが,これらの発言等の内容や発言等
がされた経緯ないし状況に照らせば,これらの発言等の主たる目的は,正本堂建設
の宗教上の意義を明らかにすることによって信徒らの信仰心を鼓舞することにあっ
たといわざるを得ず,将来の事情変更のあるなしを問わず,その発言等の内容どお
りの法的な義務を永続的に負担することが意図されていたとまでは認められない。
したがって,上記認定の事情を総合しても,被告大石寺に法的な義務を負
わせる旨の合意がされたと推認するには不十分である。そして,他に本件合意の存
在を推認するに足りる事情は見当たらない。
(3) 以上のとおりであるから,被告大石寺と建設委員会(創価学会)との間で
本件合意がされたものとは認められない。
3 争点(2)(信義則上の義務の存否等)について
(1) 原告らは,①被告大石寺が積極的に寄付を勧奨したこと,②原告らをはじ
めとする信徒らが被告大石寺側の勧奨行為を信頼して寄付をしたこと,③被告ら
は,「用途目的の消滅」を理由として本件取壊しをしたものではないこと,④本件
取壊しは,被告Aが独断で決定したものであること,⑤被告らが正本堂の老朽化と
いう虚偽の情報を宣伝したこと,⑥本件取壊しによる損失が甚大であることなどの
事情を指摘し,これらの事情に照らせば,被告らが原告らに対して正本堂を取り壊
してはならないとの信義則上の義務を負っていたことが明らかであると主張する。
(2) しかし,そもそも,本件贈与契約の当事者である被告大石寺と建設委員会
(創価学会)との間においてさえ,前記のとおり,被告大石寺が原告らに対して正
本堂を維持・管理すべき義務を負う旨の本件合意をしたとは認められないのである
から,被告大石寺が積極的に寄付を勧奨した結果,原告らが本件贈与契約を締結し
たものであるとの前記①及び②の事情が存在するからといって,そのことだけか
ら,被告大石寺が贈与契約等何ら法的関係のある当事者でない原告らに対して,正
本堂を取り壊してはならないとの信義則上の義務を直接負っていたなどと認める余
地はなく,このことは,⑥の事情を含めて考えても同様である。
  また,原告らは,上記③ないし⑤の事情が存在することを指摘するが,そ
もそも,これらの事情は,本件取壊しの動機や態様が不適切であると主張するにす
ぎず,正本堂の取壊し自体をしてはならないとの義務を認める根拠にはなり得ない
から,このような事情の存在を主張しても,主張自体失当というべきである。
更に,そもそも,前記の事実によれば,本件の本質は,本件贈与契約が締
結された当時,この契約に基づく寄付金の使途やこの寄付金を用いて建設された正
本堂の信仰上の位置付けなどについては,原告らと被告大石寺の間には何ら意見の
相違はなかったところ,正本堂が建設されてから20年以上が経過した後に,被告
大石寺と原告らの所属する創価学会との間で教義上の紛争が生じ,このため正本堂
の信仰上の位置付けなどについて原告らと被告大石寺との間に顕著な意見の相違が
生じたというものであって,このような事情の下においては,上記のような信義則
違反があったと認めることはおよそ困難である。
(3) 以上のとおりであるから,被告らが上記の信義則上の義務に違反したこと
が原告らに対する債務不履行ないし不法行為となる旨の原告らの主張は,いずれに
しても理由がない。
第4 結論
よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの本訴各請求
は,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民
事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(平成15年1月7日口頭弁論終結)
山口地方裁判所第1部
裁判長裁判官     山   下       満
   裁判官     杉   山   順   一
   裁判官     栄       岳   夫
請求額一覧表
原告  寄付額  請求額
D   \550,000\1,650,000
E\211,210\633,630
F\518,300\1,554,900
G\400,000\1,200,000
H\200,000\600,000
I\100,000\300,000
J\100,000\300,000
K\50,000\150,000
L\10,000\30,000
M\100,000\300,000
N\115,000\345,000
O\101,000\303,000
P\50,000\150,000
Q\22,100\66,300
R\155,225\465,675
S\71,748\215,244
T\21,000\63,000
U\15,000\45,000

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛