弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 (控訴趣意)
 弁護人小石幸一・同宮本孝平が連名で差し出した控訴趣意書に記載されたとおり
であるから、これを引用する。
 (控訴趣意に対する判断)
 控訴趣意第一の一について。
 論旨は、被告人とAとの間の取引および被告人とBとの間の取引は手形割引では
なく手形貸付であり、したがつて返済の意思の有無を問わず直ちに詐欺罪が成立す
るものではないのに、原判決がその罪となるべき事実の一から一〇まで、一五およ
び一八においてこれを手形割引だと認定して詐欺罪の成立を認めたのは、審理不尽
でありかつ事実を誤認したもの、というのである。
 そこで検討してみると、AおよびBと被告人との間の原判示各取引が原判決の認
定するような手形割引ではなく、第三者の振り出した手形を担保として金員を貸し
付けるいわゆる手形貸付だと認定する余地は多分にあるように思われる。しかしな
がら、所論の原判示各所為が詐欺罪を構成するかどうかは、要するにAおよびBが
被告人の提出した偽造の約束手形を真正に作成されたものと信じその結果原判示の
ように金員を交付したかどらかによるのであつて、詐欺罪の成否の問題としてはそ
の取引の形態が手形割引であるか手形貸付であるかは重要なことではない。論旨
は、もし手形貸付であれば返済の意思がない場合に限つて詐欺罪が成立するように
主張するが、たとえ被告人に返済の意思があつたとしても、相手方がその手形の偽
造であることを知つていれば貸付をしなかつたと認められる場合には、それだけで
詐欺罪は成立するのである。
そして、原判決の挙示する証拠によれば、AおよびBにおいて原判示各手形が偽造
のものであることを知れば原判示のような金員交付をしなかつたであろうことは十
分これを認めることができ、記録を精査してみてもこの点に疑いは見いだせないか
ら、所論の手形割引か手形貸付かという点は、そこに誤認があつたとしても判決に
影響を及ぼすことの明らかなものではない。また、所論の点に関し原審の手続に判
決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽があるともいえない。したがつて論旨は
採用するこができない。
 同第一の二について。
 論旨は、AおよびBは被告人に対し原判示各金員を全部現金で交付したわけでは
なく、むしろその大部分は従前の借入金の弁済に充当したものであるのに、原判決
が全額を現金で交付したと認定したのは、事実を誤認したものだ、というのであ
る。
 しかしながら、原判決の認定したようにAおよびBが被告人に対し全額を現金で
交付したのならば刑法第二四六条第一項の騙取罪が成立するのに対し、もし所論の
よらに現金を授受せず従前の被告人の債務に充当した部分があるとすればその部分
については同条第二項の不法利得罪の成立があるわけであつて、いずれにしても原
判決の金額について同条の詐欺罪の成立することに変りはなく、欺罔による不法利
得と認定すべきものを欺罔による騙取と誤認したからといつてその誤認は判決に影
響を及ぼすことが明らかだとはいえないから(明治四四年五月二三日大審院第一、
第二刑事連合部判決・刑録一七輯七四七頁参照)、論旨は採用することができな
い。
 同第一の三について。
 論旨は、原判決はその判示一二および一四において被告人が偽造手形を債務の弁
済に充当させて財産上不法の利益を得たと認定しているが、手形の授受があつただ
けでは既存の債務は消滅しないから、被告人がそれによつて財産上不法の利益を得
たと認定したのは事実を誤認している、というのである。
 しかし、原判決がその判示一二および一四の事実について挙示している証拠を総
合すれば、これらの事実においては被告人が原判示各手形をCおよびDに交付して
それぞれ借用金債務および買掛金債務の弁済に充当し、これによつてそれに相当す
る債務が消滅したことを認めることができ、一件記録を検討してみてもこの点に事
実の誤認があるとは考えられないから、論旨は理由がない。 同第一の四につい
て。
 論旨は、原判決はその判示一九の(三)において、被告人がE協同組合F支所に
偽造小切手を交付し被告人の当座預金口座に振替入金させて財産上不法の利益を得
たと認定しているが、金融機関は小切手による入金についてはその小切手が手形交
換によつて決済されるまでは預金が成立したものとしての取扱をしないものである
から、振替入金の事実をもつて財産上不法の利益を得たと原判決が認定したのは事
実を誤認したものだ、というのである。
 そこで検討してみると、原裁判所が証拠として取り調べた司法警察員の捜査関係
事項照会書(控)に添付されているE協同組合F支所の被告人関係の元帳写(記録
四二九丁以下)によると、昭和三九年一一月四日に「他手一枚」として二七万円受
入れの記載があり、同月九日に「四日他手不渡」として二七万円が払戻し欄に記載
され、貸越残高が同額だけ増額されているのであつて、これによると、金額二七万
円の小切手が一一月四日に被告人の当座預金口座に振り込まれたが、同月九日に結
局不渡りになつたことが明らかである。ところで、このよらに他店払の小切手を預
金口座に振り込んだ場合には、預金債権はそれによつてはまだ発生せず、小切手の
取立てが終つた時にはじめて発生するとされるのが通例であつて、本件の場合これ
と異なる特約および取<要旨>扱いがなされたことは証拠上認められないから、本件
小切手が結局不渡りとなつた以上、これに相当する預金債権はついに発生し
なかつたとみるべきで、そうであるとすれば、被告人がこれによつて財産上不法の
利益を得たと認定した原判決は事実を誤認したものといわなければならない。しか
しながら、この事実は、かりに有罪と認定きれるにしても原判決がその判示一九に
おいて有罪と認定した有価証券偽造・同行使と順次牽連犯の関係に立ち一罪として
最も重いと認められる偽造有価証券行使罪の刑で処断さるべき関係にあるもので、
しかもこの科刑上の一罪は原判決認定の他の多数の罪とともに、併合罪を構成し、
前記不法利得の点はその金額においても全体のごく一部にすぎないから、右の事実
誤認が判決に影響することが明らかであるとは到底いうことができない。それゆ
え、この点の論旨も結局採用することができない。
 同第二について。
 論旨は、要するに原判決の刑の量定が不当だというのである。
 しかしながら、被告人は多数回にわたり他人名儀の約束手形および小切手を偽造
し、これを行使して詐欺を行なつたもので、その罪質・態様はまことによくないと
いわなければならない。そして、一件記録および当審における事実の取調べの結果
に現われている犯行の動機、犯罪後の情況、被告人の境遇その他量刑に関係のある
一切の事情をこれとあわせて考えると、被告人に有利な諸点を十分考慮に入れて
も、原判決が被告人を懲役二年六月の実刑に処したことがあえて重すぎて不当だと
は思われないので、論旨は理由がない。
 以上説明したとおり、論旨はいずれも採用することができないので、刑事訴訟法
第三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 新関勝芳 判事 中野次雄 判事 伊東正七郎)

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