弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人辻武夫の上告理由一について。
 弁護士法(以下法という。)は、弁護士の使命および職務の特殊性にかんがみ、
弁護士会および日本弁護士連合会(以下日弁連という。)に対し、公の権能を付与
するとともに、その自主・自律性を尊重し、その一還として、その会員である弁護
士に一定の事由がある場合には、弁護士会または日弁連が、自主的に、これに対す
る懲戒を行なうことができるものとしている。この意味において、弁護士会または
日弁連が行なう懲戒は、弁護士法の定めるところにより、自己に与えられた公の権
能の行使として行なうものであつて、広い意味での行政処分に属するものと解すべ
きである。所属弁護士会がした懲戒について、日弁連に行政不服審査法(以下審査
法という。)による審査請求をすることができるものとし(法五九条参照)、さら
に、日弁連のした裁決または懲戒に不服があるときは、行政事件訴訟法による「取
消しの訴え」を提起することができることにしている(法六二条)のも、右懲戒が
一種の行政処分であることを示しているものということができる。そして、このよ
うな特定の相手方に対する処分である懲戒については、当該懲戒が当該弁護士に告
知された時にその効力を生ずるものと解すべきであつて、この点については、他の
一般の行政処分と区別すべき理由はない。もつとも、当該処分に対しては、叙上の
ように審査法による審査請求、さらには、行政事件訴訟法の定める「取消しの訴え」
の途が開かれているが、これらの手段がとられた場合においても、審査法三四条ま
たは行政事件訴訟法二五条に基づく執行停止がなされないかぎり、その処分の効力
が妨げられないことは、一般の行政処分の場合と同様であつて、このような執行停
止に関する特別の規定が設けられているのも、処分は、その告知によつて直ちにそ
の効力が生ずることを当然の前提としていることを示すものということができる。
 叙上の理由により、弁護士に対する懲戒は、それが当該弁護士に告知された時に
その効力を生じ、業務停止懲戒を受けた者は、その時から業務に従事することがで
きなくなるものと解すべきである。もつとも、法一七条には、弁護士について退会
命令、除名等が確定したときは、日弁連は、弁護士名簿の登録を取り消さなければ
ならないと規定されているので、これらの懲戒については、その確定をまつてはじ
めてその効力が生ずるものとなし、したがつて、業務の停止という懲戒についても、
規定の有無にかかわらず、同様の趣旨で、それが確定しなければその効力が生じな
いとする見解がないわけではない。しかし、法一七条は、弁護士名簿の登録に関す
る日弁連の事務処理について、登録を取り消さなければならない場合を明示すると
ともに、弁護士の使命および職務の重要性にかんがみ、退会命令、除名等の処分が
あつても、それが確定し、もはや争いの余地がなくなつたのちでなければ、登録の
取消をさせないように配慮した趣旨の規定にすぎないと解すべきである。けだし、
法一七条一号、三号等の場合における弁護士名簿の登録の取消は、これによって弁
護士としての身分または資格そのものを失わしめる行為ではなく、弁護士としての
身分または資格を失つているという事実を公に証明する行為なのである。したがつ
て、たとえば弁護士が法六条の定める欠格事由に該当するに至つたような場合には、
直ちに弁護士としての身分または資格を失うのであつて、仮りに弁護士名簿の登録
が取り消されないままに残つていたとしても、もはや弁護士ではありえず、弁護士
の職務を行なうことはできないのである(公証人法一六条、国家公務員法七六条参
照)。要するに、法一七条は、審査法一条二項および行政事件訴訟法一条にいう特
別の定めにはあたらないのであるから、これを根拠として、懲戒は確定しなければ
効力を生じないとすることはできない(なお、昭和八年法律第五三号の旧弁護士法
施行当時における弁護士の懲戒手続には、明治二三年法律第六八号判事懲戒法が準
用され、同法四六条の規定により、懲戒裁判所による懲戒の裁判は、確定の後でな
ければこれを執行することができないものとし、同法五一条の定めるところにより、
必要のある場合には懲戒裁判手続の結了に至るまで職務を停止することを決定する
ことができるものとしていた。これは、懲戒が裁判の形式をとつて行なわれたこと
に伴う結果であつて、当時と懲戒の手続・構造を異にする現在の法制のもとにおい
て、旧法時代の考え方を類推することは許されない。)。
 ところで、法五七条二号に定める業務の停止は、一定期間、弁護士の業務に従事
してはならない旨を命ずるものであつて、この懲戒の告知を受けた弁護士は、その
告知によつて直ちに当該期間中、弁護士としての一切の職務を行なうことができな
いことになると解する。したがつて、この禁止に違背したときは重ねて懲戒を受け
ることがあるばかりでなく、禁止に違背してなされた職務上の行為もまた、違法で
あることを免れないというべきである。そうである以上、業務停止期間中、訴訟行
為をすることが許されないのはもちろんであつて、もし裁判所が右のような懲戒の
事実を知つたときは、裁判所は、当該弁護士に対し、訴訟手続への関与を禁止し、
これを訴訟手続から排除しなければならない。
 しかし、裁判所が右の事実を知らず、訴訟代理人としての資格に欠けるところが
ないと誤認したために、右弁護士を訴訟手続から排除することなく、その違法な訴
訟行為を看過した場合において、当該訴訟行為の効力が右の瑕疵によつてどのよう
な影響を受けるかは自ら別個の問題であつて、当裁判所は、右の瑕疵は、当該訴訟
行為を直ちに無効ならしめるものではないと解する。いうまでもなく、業務停止の
懲戒を受けた弁護士が、その処分を無視し、訴訟代理人として、あえて法廷活動を
するがごときは、弁護士倫理にもとり、弁護士会の秩序をみだるものではあるが、
これについては、所属弁護士会または日弁連による自主・自律的な適切な処置がと
られるべきであり、これを理由として、その訴訟行為の効力を否定し、これを無効
とすべきではない。けだし、弁護士に対する業務停止という懲戒処分は、弁護士と
しての身分または資格そのものまで剥奪するものではなく、したがつて、その訴訟
行為を、直ちに非弁護士の訴訟行為たらしめるわけではないのみならず、このよう
な場合には、訴訟関係者の利害についてはもちろん、さらに進んで、広く訴訟経済・
裁判の安定という公共的な見地からの配慮を欠くことができないからである。もと
もと、弁護士の懲戒手続は公開されているわけではないし、その結果としての処分
についても、広く一般に周知徹底が図られているわけでもないから、当該弁護士の
依頼者すら、右の事実を知り得ないことが多く、裁判所もまた、右の事実を看過す
ることがあり得るのである。それにもかかわらず、当該弁護士によつてなされた訴
訟行為が、業務停止中の弁護士によつてなされたという理由によつて、のちになつ
て、すべて無効であつたとされるならば、当該事件の依頼者に対してはもちろん、
時としては、その相手方に対してまで、不測の損害を及ぼすこととなり、ひいては、
裁判のやり直しを余儀なくされ、無用の手続の繰返しとなり、裁判の安定を害し、
訴訟経済に反する結果とならさるを得ない。要するに、弁護士業務を停止され、弁
護士活動をすることを禁止されている者の訴訟行為であつても、その事実が公にさ
れていないような事情のもとにおいては、一般の信頼を保護し、裁判の安定を図り、
訴訟経済に資するという公共的見地から当該弁護士のした訴訟行為はこれを有効な
ものであると解すべきである。
 ところで、本件を検討するに、一件記録によれば、弁護士Dが原審において被上
告人の訴訟代理人として引き続き訴訟行為をしたこと、しかも裁判所が同人の訴訟
関与を禁止した事実のないことがうかがわれるのであつて、同人に対し、所論のよ
うな懲戒がされ、しかもその処分が前示のようにすでにその効力を生じていたとし
ても、以上述べた理由により、同人が原審でした訴訟行為が無効となるものではな
いから、論旨は、結局、採用することができない。
 同二について。
 原判決のした判断は、原判決挙示の証拠関係のもとにおいては、これを肯認する
ことができる。所論は、原審の専権に属する証拠の取捨・選択、事実の認定を非難
するか、または、原審の認定しない事実を前提として、原判決を非難するものであ
つて、採用しがたい。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、上告代理人辻武夫の上告理由
一に対する業務停止の懲戒処分の効果についての裁判官奥野健一の意見があるほか、
裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。
 弁護士に対する懲戒処分の効力が生ずべき時期については、多数意見と同一であ
るが、業務停止の懲戒処分の効果については、次のとおり考える。すなわち、弁護
士が懲戒処分として業務の停止を命ぜられた場合は、その期間中訴訟代理等弁護士
としての業務一切が禁止され、これに違反してなした訴訟代理行為は、権限なくし
てなしたものとして法律上無効と解すべきである(訴訟代理権の消滅は本来相手方
に通知して始めて効力を生ずる(民訴法五七条、八七条)のであるが弁護士法によ
る懲戒処分による代理権の消滅は通知を要しないものと解すべきである)。
 しかし、その業務停止期間中の訴訟行為は、代理人として訴訟行為をなす権限の
ない者のした代理行為として一種の無権代理に類似するから、代理人が訴訟行為を
なすに必要な授権の欠缺のある場合に準じ、民訴法五四条の類推により追認により
行為の時に遡りて有効となるものと解すべきである。そして、業務停止を命ぜられ
た弁護士が、その停止期間満了後代理権欠缺の障害が除かれた後に、訴訟代理人と
して口頭弁論において訴訟行為をなしたときは、これにより黙示的に従前の訴訟行
為を追認したものと認められ、違法な訴訟行為は遡及して有効となるものというべ
きである。
 本件においてD弁護士は業務停止の期間の経過後被上告人の適法な代理人として
原審の四回弁論期日以降に立ち会つて訴訟行為をしているであるから、原審の二、
三回弁論期日でした無権代理行為を追認したものと認むべきである。
 多数意見は業務停止期間中の弁護士の訴訟行為は違法ではあるが、無効でないと
いうのであるが、弁護士の懲戒は公権力の行使として行なわれる制裁であり、公益
的性質を有する行政処分であつて、業務停止の処分は単に弁護士の業務の事実行為
を禁止するだけでなく、訴訟行為という法律行為をも禁止するものであるから、弁
護士に対しその期間中弁護士として訴訟代理行為をする権能を剥奪するものと解す
べきであり、したがつて、これに違反してなした訴訟代理行為は法律上効力を生じ
ないものと解するのが相当である。
 また、多数意見は、弁護士の業務停止の懲戒手続は公開されず、広く一般に周知
徹底されているわけでないという理由から、業務停止の期間中の当該弁護士の訴訟
行為を無効とすべきではないというが、もし、将来弁護士懲戒手続が公開され、そ
の処分が一般に公表されるようにでもなれば、無効となると解するのであろうか。
然りとすれば、理論上不徹底といわざるを得ない。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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