弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 被告が各平成16年3月8日付けでしたAにかかる選挙人名簿の登録に関して
原告Bの申し出た異議を棄却する旨の決定,原告Cの申し出た異議を棄却する旨の
決定,原告Dの申し出た異議を棄却する旨の決定,原告Eの申し出た異議を棄却す
る旨の決定,原告Fの申し出た異議を棄却する旨の決定をいずれも取り消す。
2 訴訟費用のうち,参加によって生じた分は参加人の負担とし,その余は被告の
負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,原告らが,参加人の生活の本拠地である住所はαではなく長野市にあ
るから,被告がした泰阜村選挙人名簿への参加人の登録は誤りであると主張して,
原告らが行った公職選挙法(以下「公選法」という。)24条1項に基づく異議申
出に対する被告の棄却決定を,同法25条1項により取り消すことを求める事案で
ある。
2 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,争いがないか,弁論の全趣旨から認
定できる事実か,又は当裁判所に顕著な事実である。)
(1) 原告らは,いずれも長野市に居住し,選挙権を有する選挙人である(甲1
ないし5の各1・2)。
(2) 参加人は,長野県知事に当選した後の平成12年11月,従前の住所であ
った長野県北佐久郡β1938番地7から長野市γ1640番地1へ転入届をし,
その後同所を住所としていたが,平成15年9月12日,住民基本台帳法24条に
基づき,長野市長に対し,転出予定日を同月18日として,長野県下伊那郡α○○
○○番地(以下「α○○○○番地」という。)へ転出するとの届出をした上で,同
月26日,同法22条1項に基づき,泰阜村長に対し,転入日を同日として,α○
○○○番地への転入届をした。これにより,泰阜村長は,参加人の住民票を編成し
て住民基本台帳を作成し,長野市長に対し,同法9条1項に基づき住民票に記載し
た旨を通知した。また,長野市長は,同法8条に基づき,参加人に係る住民票を削
除した。
(3) 被告は,公選法22条1項に基づき,平成16年3月2日付けで,参加人
を泰阜村選挙人名簿に登録し(以下「本件登録」という。),同法23条1項に基
づき,同月3日から同月7日までの間,泰阜村役場において,参加人の氏名,住所
及び生年月日を記載した書面を縦覧に供した。
(4) 原告らは,平成16年3月5日付けで,公選法24条1項に基づき,被告
に対し,本件登録に関し不服があるとして異議を申し出たところ,被告は,同月8
日付けで,原告らの異議申出をいずれも棄却するとの各決定(以下「本件各決定」
という。)をし,この各決定の通知は同月9日に原告らに送達された。
第3 争点
1 本案前の主張
(1) 原告適格(公選法24条1項の異議申出資格)の有無
(2) 狭義の訴えの利益の有無
2 本件登録に係る選挙人名簿における誤載の有無(本案の主張)
第4 争点に対する当事者の主張
1 争点1(1) (原告適格)について
(被告及び参加人の主張)
 本件訴えは公選法25条1項に基づく訴訟であり,同訴訟は,同法24条2項に
よる決定に不服がある異議申出人又は関係人が出訴することができると規定されて
おり(同法25条1項),同法24条1項の異議を申し出ることができる者につい
て,「選挙人」と規定されている。本件訴訟が民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)で
あるとしても,無限定に民衆一般に出訴権が与えられ,選挙人である限り誰でも上
記異議申出人になり得ると考えるのは不合理であり,本件訴訟については,選挙法
上の利益を有する者に限り原告適格を有するものと解するべきである。すなわち,
公選法24条1項の「選挙人」とは,当該選挙名簿の調製区域内に住所を有する選
挙人の意味に解するべきである。
 これを本件の原告らについてみると,長野県第五区衆議院議員選挙,下伊那選挙
区県議会議員選挙,泰阜村長選挙又は泰阜村議会議員選挙において,参加人が選挙
権を行使することによって当落に影響を及ぼしかねない泰阜村民に公選法24条1
項の異議申出の資格が認められることはあり得るとしても,泰阜村民ではない原告
らには,参加人が上記各選挙において選挙権を行使することについて何らの利害も
有しない。したがって,原告らは,公選法24条1項の「選挙人」には該当せず,
同条項による異議申出の資格がないから,同法25条1項に基づく本件訴訟におけ
る原告適格を有しない。また,原告らが同条項所定の「関係人」にも該当しないこ
とは明らかであるから,やはり原告適格を有しない。
(原告の主張)
 公選法25条1項に基づく訴訟は,いわゆる民衆訴訟といわれるものであり,自
己の具体的な権利利益の侵害を要件とせず,一般人又は選挙人が提起することがで
きる訴訟である。民衆訴訟は,法律上の争訟の性格を持たず,特にこれを認める法
律の規定がある場合に限って提起することができるとされており,原告適格として
問題とされるべきところは,特にこれを認める法律の規定があるか否かであり,そ
の規定がある限り原告適格は問題とならない。
 したがって,公選法24条1項の「選挙人」とは,当該選挙人名簿の調製区域に
属する選挙人に限らず,広く選挙権を有する者又は選挙権を有すると主張する者を
いうと解され,長野市民として選挙権を有する原告らは,本件訴えにつき原告適格
を有する。
2 争点1(2) (狭義の訴えの利益)について
(被告及び参加人の主張)
 住民基本台帳法においても,地方税法においても,複数の自治体間で住所の認定
や課税権の帰属に関し争いが生じた場合について,解決方法を規定しているのであ
るから(住民基本台帳法33条,地方税法8条),本件訴えに係る紛争について
も,住民基本台帳法又は地方税法におけるこれらの手続で解決されるべきである。
すなわち,公選法21条1項の規定からすると,選挙管理委員会は,住民票が作成
された日から引き続き3箇月以上住民基本台帳に記録されている者については,特
段の事情がない限り,選挙人名簿に登録しなければならないものと解するべきであ
るし,住所に関する基本法は住民基本台帳法である以上,選挙人名簿への登録に関
して住所の有無を問題にするのであれば,基本的には,住民基本台帳法上の手続で
解決すべきである。また,原告らは,参加人が住民税を長野市ではなく泰阜村に納
付することに不満があるのであれば,地方税法所定の手続で解決すべきものであ
る。したがって,本件訴えに係る争いについては,住民基本台帳法等による両自治
体の協議,知事決定及び訴訟によって解決されるべきであって,住民からの異議や
訴訟により解決されるべき問題ではない。
 また,仮に本件訴えが認容された場合には,住民基本台帳法施行令12条2項6
号ハにより住民基本台帳上の住所を変更しなければならないが,他方,住民基本台
帳法上の訴訟により参加人の住所がαにある旨の判決がされた場合には,住所に関
しては,上記公選法上の判決にかかわらず,住民基本台帳法上の判決が優先するこ
とになる。このように矛盾する判決がされることは立法上予想されておらず,この
ような場合には住民基本台帳法上の手続で住所を決定すべきであって,公選法上の
訴訟はできないものと解するべきである。
 以上より,原告らには,本件各決定という行政行為が,その公定力によって有効
なものとして存在しているために生じている法的効果を,公選法上の手続を通じて
除去することにより回復すべき権利又は法律的利益が存在するとはいえず,本件訴
えは狭義の訴えの利益を欠いている。
(原告の主張)
 参加人は,現在もなお選挙人として泰阜村の選挙人名簿に掲載されている以上,
本件訴えについて狭義の訴えの利益を欠くことはない。
3 争点2(本案の主張)について
(原告の主張)
 公選法21条1項は,選挙人名簿の登録は,当該市町村の区域内に住所を有する
年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日
から引き続き3箇月以上登録市町村の住民基本台帳に記録されている者について行
うと定めているところ,ここでいう「住所」とは,各人の生活の本拠を指すもので
あり,生活の本拠とは,ある人の一般の生活関係においてその中心となる場所をい
う。そして,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる
実体を具備しているか否かにより決すべきものであって,主観的に住所を移転させ
る意思があることのみをもって直ちに住所の設定,喪失を生じるものではなく,住
所を移転させる目的で転出届がされ,住民基本台帳上,転出の記録がされたとして
も,実際に生活の本拠を移転していなかったときは,住所を移転した者として扱う
ことはできない。すなわち,選挙人名簿の登録については,住民基本台帳に記載さ
れていることのほか,基準日において現実に住所を有していることが要件とされ,
具体的な住居の認定にあたっては,①起居,寝食,家族同居の事実,②夫婦・親子
関係,家計の異同,③仏壇,神棚,家財調度等の存在,④事業の所在,勤務関係,
所得関係等,⑤資産の所在,納税関係,戸籍関係等,⑥社交礼儀,政治生活関係等
を総合して判断されるものと解するべきである。
 これを参加人の住所につい検討すると,参加人は長野県知事であり,その主な執
務場所は長野市所在の長野県庁であるから,参加人の執務場所の中心は長野市であ
るといえること,平成15年9月25日以前の参加人の生活の本拠が長野市であっ
たことは明らかであるところ,参加人が泰阜村に転出届出をした同月26日以降
も,同月25日以前と比べて参加人の執務状況には何らの変化もなく,同月26日
から平成16年1月31日までの128日のうち,参加人が長野市に滞在していた
日数は合計84日(公務57日,入院27日)であり,長野市泊の日数は合計53
日以上(入院26日)であるのに対し,αに滞在していた日数は合計6日,α泊の
日数は合計2日しかないこと(乙4),参加人は,泰阜村へ転出届出をした平成1
5年9月26日以降も,それまで居住していた長野市γ1640番地1所在の賃貸
マンション(以下「長野市内マンション」という。)から転出していないこと,長
野県の旅費精算の書類にも,「私用(α泊)」等といった記載があること(甲12
の46),被告及び参加人は,参加人がα○○○○番地所在の建物の一部(6畳間
及び8畳間の2室。以下「α内貸室」という。)を賃料1万円で賃借し,家具等を
置いていると主張するが,参加人は長野市の住居においても賃貸借契約を締結して
家賃を支払い,家具等を置いていたはずであるから,上記被告及び参加人の主張事
実は,参加人の住所がαにあることの決め手にはならないこと,本件訴えが提起さ
れた後,参加人は,αから往復約7時間もかけて県庁まで通勤することを何度かし
ているが,これ自体,それまでの生活の本拠が長野市であり,αではなかったこと
を認める結果となっていることなどに照らせば,本件登録の基準日である平成16
年3月1日の時点において,参加人の生活の本拠は長野市であり,αではなかった
といえる。
 以上より,本件登録の基準日における参加人の住所は,α○○○○番地ではな
く,長野市γ1640番地1であるから,本件登録に係る選挙人名簿には誤載があ
り,その取消しを求めた原告らの各異議申出は正当であって,本件各決定は取り消
されるべきである。
(被告及び参加人の主張)
(1) 被告の調査及び判断の正当性について
 公選法25条1項に基づく本件訴訟は,被告の本件各決定を対象として,当該各
決定の適法又は違法を問うものであるから,いわゆる民衆訴訟に属するものとはい
っても,その実質は取消訴訟的性質を有するものである。そして,行政処分の適法
又は違法は,当該処分時までの事実を前提とした,処分時の行政庁の判断について
されるものであるから(最高裁判所昭和28年10月30日第二小法廷判決・行裁
集4巻10号2316頁),被告は,原告らが異議申出をした平成16年3月5日
から,異議申出の棄却決定をした同月8日までの間に,合理的な範囲で調査をし,
知り得た事実を前提として,参加人の住所がαにあるとして選挙人名簿に登録した
処分の適否を判断し,異議申出に対する結論を出せば足りるものと解するべきであ
る。
 そして,参加人は,平成15年9月26日に泰阜村に転入届出をしたので,その
日から3か月が経過した後の直近の登録日である平成16年3月1日現在が参加人
の被登録資格の有無の判断基準となるところ(公選法19条2項,21条1項,2
2条1項),被告は,同月2日に委員会を開催し,参加人が同月1日現在,住民票
に登録されているとおりに住所を有していることを確認して選挙人名簿に登録した
ものである。
 すなわち,被告は,同月2日の委員会開催までの間に,α内貸室の賃貸人である
Gや参加人が所属する集落であるδ地区の住民から,参加人は平成15年9月以
降,同年度分のδ区費を納めていること,道路普請(作業)に欠席したことにつき
出不足金を支払ったこと,秋の唐笠神社祭典会費や除雪費を納めたこと,平成15
年9月以降,平成16年2月までの間,1か月に1度開催されている常会に2回出
席し,欠席の場合には,Gを通じて配付資料を受領していること,Gと賃貸借契約
を締結し,毎月家賃1万円を支払っていること,参加人の賃借部分には家具等を置
いていることを聴取した上で,参加人が住民票に登録されているとおりにαに住所
を有していることを確認して本件登録をした。被告としては,このように,参加人
がα内貸室を賃借し,居住の意思を有し,村落の会合等に出席するなどの事実があ
る以上,特段の事情がない限り,登録を拒否することはできないものであり,本件
登録を決定し,異議申出に対し本件各決定をするにあたり,α内貸室と長野市内マ
ンションのいずれが参加人の生活の本拠であるかについて,可能な範囲で調査を
し,合理的に判断をした以上,被告が,参加人の住所について,住民票に記載のと
おりであると判断したことは誤りであるとはいえないから,本件各決定が取り消さ
れるべき理由はない。
(2) 参加人の住所について
 以下の各事情に鑑みれば,本件登録の基準日における参加人の住所は,住民票に
記載のとおり,α○○○○番地であると認められるから,本件登録に係る選挙人名
簿に誤載があるとはいえず,本件各決定が取り消されるべき理由はない。
ア 泰阜村は,全村民に対し,法律及び慣習の定めに基づいて多くの義務を課し,
その責任を果たすことを求めているところ,参加人は,平成15年9月にαに転居
した後,他の全村民に一律に課せられている次の義務を履行した。
(ア) 平成15年分のδ区費を納付した。
(イ) 泰阜村が,毎年秋に1回,村民に対し依頼して行う道路作業について、参
加人は,日程の調整がつかなかったため,「出不足金」を出捐した。
(ウ) 秋期の唐笠神社祭典会費及び除雪費をそれぞれ納付した。
(エ) 平成15年9月以降平成16年3月までの間,1か月に1回の割合で開催
される常会に3回出席した。
(オ) 参加人は,上記常会に欠席した際には,帰宅後に常会の資料を受領してい
る。
(カ) その他,泰阜村又はδ地区が開催する集会等に随時出席している。
イ 参加人の執務場所は,長野県庁だけでなく,塩尻分室も含まれ,また,長野県
のみならず他都道府県に及び,海外にも公用で出掛けている。そして,このような
参加人の社会生活上の活動の拠点は,①α内貸室,②長野県北佐久郡β1938番
地所在の自宅(以下「βの自宅」という。),③東京都世田谷区ε9番20号所在
の自宅(以下「世田谷区の自宅」という。),④平成16年9月26日以前の長野
市内マンションのすべてであるといえる。
 原告らが主張するように,平成15年9月26日から平成16年3月1日までの
間,参加人がαに滞在した日数は少ないが,それは,全国規模で行動している参加
人の職務内容の特殊性と,1か月近くの入院期間があったという要因によるもので
ある。
ウ 参加人が平成16年9月26日以前に居住していた長野市内マンションの利用
形態としては,参加人は寝泊まりをするだけであり,そこで食事をとるということ
はなく,βに居住している参加人の両親が週に何度かマンションを訪れて同マンシ
ョンを維持し,管理していたにすぎなかったところ,α内貸室の利用形態もこれと
変わりがない。
エ 何人も,居住・移転の自由を憲法により保障されている以上(憲法22条1
項),参加人の住所を判断するにあたっては,参加人自身がどこに住所を定めたい
かという意思を最大限に尊重すべきであるところ,参加人がαに住所を定めたいと
いう意思を有していることは明らかである。
 なお,参加人がαへ転居したのは,地方自治,住民自治の実現のためであって,
私利私欲の実現のためではない。
第5 当裁判所の判断
1 争点1(1)(原告適格)について
 本件訴えは,公選法25条1項に基づく訴訟であり,いわゆる民衆訴訟(行政事
件訴訟法5条)に属する。そして,民衆訴訟は,出訴要件として,原告の個人的な
権利利益の存在を必要とせず,国又は公共団体の機関の違法な行為を是正するため
に,法律に定める場合において,法律に定める者に限り提起することができる(同
法5条,42条)。
 これを本件訴訟に関する公選法上の規定についてみると,本件訴訟を出訴できる
者は,公選法24条2項の規定による決定に「不服がある異議申出人又は関係人」
とされており(同法25条1項),この異議の申出ができる者としては,「選挙
人」であることが要求されている(同法24条1項)。そして,この「選挙人」の
意義については,広く選挙権を有する者又は選挙権を有すると主張する者をいい,
市町村選挙管理員会が調製した当該選挙人名簿に登録された者であることを要しな
いし,当該市町村の選挙人であることも要しないと解するべきである。なぜなら
ば,公選法が選挙人名簿の制度を設け,その結果発見される名簿の脱漏又は誤載に
つき修正の申立権を「選挙人」に与えた趣旨は,公の選挙に参加する資格を公証す
る選挙人名簿への登録内容につき,脱漏や誤載がないかどうかを広く選挙人一般に
公開し,選挙人名簿の登録機関である市町村の選挙管理員会のみならず,選挙人自
身の審判をも受けることによって,より正確な選挙人名簿が作成され保持されるこ
とを目指すところにあるが,選挙人名簿は各選挙に共通して使用されるものであり
(同法19条1項),参議院比例代表選出議員の選挙については全都道府県の区域
を通じて選挙するものとされているなど(同法12条2項),そこに選挙区の観念
を取り入れることは理論的に困難であるからである。
 本件の原告らは,上記第2の2のとおり,いずれも同法25条1項における異議
申出人に該当し,かつ,選挙権を有する者である以上,同法24条1項の「選挙
人」にも該当するから,本件訴えにつきそれぞれ原告適格を有する。
 この点,被告及び参加人は,公選法25条1項に基づく訴訟について,選挙法上
の利益を有する者に限り原告適格を有するとして,公選法24条1項の「選挙人」
は当該選挙名簿の調製区域内に住所を有する選挙人の意味に解するべきであると主
張するが,上記のとおりであるから,被告及び参加人の主張には理由がない。
2 争点1(2)(狭義の訴えの利益)について
(1) 選挙人名簿における誤載又は脱漏が修正されてしまえば,それを修正する
ことを目的とする公選法25条1項に基づく訴訟の訴えの利益は失われることとな
るが(最高裁判所昭和58年(行ツ)第33号同年12月1日第一小法廷判決・裁
判集民事140号561頁参照),本件登録に係る選挙人名簿に現在もなお参加人
が登録されている以上は,本件訴えにつき,狭義の訴えの利益が失われることはな
い。
(2) 被告及び参加人は,本件訴えに係る争いについては,住民基本台帳法や地
方税法による両自治体の協議,知事決定及び訴訟という手続により解決されるべき
であり,住民からの異議や訴訟により解決されるべき問題ではないのであって,そ
のように解さないと,本件訴訟と住民基本台帳法上の訴訟等の結論が矛盾しうると
いう立法上予想されていない結果となってしまうとして,本件訴えは狭義の訴えの
利益を欠く旨主張する。しかし,公選法上25条1項の選挙人の名簿に関する訴訟
やそれに先立つ異議の申出(同法24条1項),住民基本台帳法上の手続(同法3
1条の4,32条,33条)及び地方税法上の手続(同法8条)は,いずれも対象
とされる者の住所の認定が問題となるものであるが,それぞれが異なる趣旨・目的
を有する手続である以上,各手続に優先劣後の関係はないというべきであって,各
手続の結果が相互に矛盾する事態が生じたときには,後にされた裁決,決定又は確
定判決等が,前にされたものを覆すこととなるにすぎない。したがって,住民基本
台帳法上の手続など,参加人の住所の認定に関する紛争を解決するための他の手続
が存在することを理由に,本件訴えにつき狭義の訴えの利益が失われることはない
というべきであり,上記被告及び参加人の主張は理由がない。
3 争点2(本案の主張)について
(1) 上記第2の2の事実に,証拠(甲12の1ないし49,13の1ないし1
05,14,乙1,4,7,丙10,11,13,14)及び弁論の全趣旨を総合
すると,次の事実が認められる。
ア 参加人は,長野県知事の職にあり,知事に当選した後の平成12年11月,長
野県北佐久郡β1938番地7から長野市γ1640番地1へ転入届をし,その
後,長野県庁まで徒歩約10分の場所である同所所在の長野市内マンションに居住
し,そこを生活の本拠としていた。参加人のために洗濯や掃除をしたり,同マンシ
ョンの管理組合の会合に出席するなどしていたのは,主に参加人の母であった。
(争いがない事実,乙1,4,丙10)
 参加人は,平成15年9月12日,長野市長に対し,転出の届出をし,同月26
日,泰阜村長に対し,転入日を同日として,α○○○○番地への転入の届出をし
た。もっとも,参加人は,平成16年5月13日まで,長野市内マンションを退去
していない。(争いがない事実,丙11,14)
イ 参加人の執務状況等
 参加人は,長野県知事として,泰阜村に転入届出をした平成15年9月26日以
降も,従前と同様に,長野県庁を中心に執務をしており,長野県内の各市町村,東
京都などへの出張もあったが,長野県の旅行命令等の書類上,出張の発着地は長野
県庁とされているものが大半である。また,参加人は,通常は,午前7時30分こ
ろから9時ころまでの間に長野県庁庁舎に出勤しており,度々深夜まで同庁舎にお
いて執務を続けることもあった(例えば,参加人は,平成15年10月29日は午
後11時ころまで,同年11月6日は午後11時ころまで,同月20日は午後9時
ころまで,同年12月3日は翌日の午前零時30分ころまで,同月11日は午後1
0時15分ころまで,平成16年1月23日は午後9時30分ころまで,長野県庁
の庁舎で執務をしていた。)。(甲12の1ないし49,13の1ないし105,
14,乙4,弁論の全趣旨)
 なお,長野県の旅行命令等の書類上,平成15年10月17日,同月24日,同
年11月3日,同年12月22日,平成16年1月31日,同年2月14日,同月
19日には,いずれも長野駅から自宅まで「徒歩」との記載があり,平成16年2
月15日について「私用(α泊)」,翌16日について「帰庁(α→県庁)」との
記載がある(甲12の20・21・24・36・38・44・46・47)。
 また,同年2月20日現在,参加人から長野県に対し通勤届は提出されておら
ず,長野県から参加人に対し通勤手当は支給されていない(乙4)。
ウ 参加人の滞在場所等
 参加人は,泰阜村長に対し転入の届出をした平成15年9月26日から平成16
年3月1日まで(合計158日)の間においては,平成15年10月12日,同月
13日,同年11月26日,同年12月20日,同月21日,平成16年2月15
日,同月25日の合計7日間α内に滞在し,そのうち4日間はα内貸室に宿泊した
(甲12の13ないし49,13の16ないし105,14,乙1,7,丙11,
弁論の全趣旨)。
 その他,平成15年9月26日から平成16年3月1日まで(合計158日)の
間の参加人の滞在場所としては,長野市内マンションに42日,βの自宅に15
日,世田谷区の自宅又は東京都内のホテルに合計54日,膀胱腫瘍の治療のため長
野市民病院に26日,松本市に3日,ζに1日,福岡市に2日,大阪市に1日,高
知市に1日,海外に合計11日滞在又は宿泊した。(甲13の47。63,乙1,
丙11)
エ 参加人のαにおける活動等
(ア) 泰阜村長を務めるGは参加人に対し,平成15年9月3日ごろ,α内貸室
を,賃料月額1万円,賃貸借期間は平成15年9月10日から平成18年9月8日
までの約定で賃貸した。Gは,長野県知事という参加人の職務からすると,参加人
は月に2回程度しかα内貸室に滞在できないであろうことを考慮して,同貸室の賃
貸料については低額に設定した。参加人は,平成16年5月14日現在,α内貸室
のある建物の玄関に参加人名義の表札を掲げ,同貸室内に,Gから譲り受けた箪笥
一竿及び布団一組のほか,自ら持参した衣類及び書類等を置いている。(乙4,乙
7,丙10,13)
(イ) 参加人は,泰阜村に転入届出をした平成15年9月26日以降,平成15
年10月12日にαのδ地区の各戸に挨拶に行き,平成15年度分の区費のうち半
年分である6200円,秋の唐笠神社祭典会費4000円,秋の道路作業を欠席し
たことによる「出不足金」2500円,除雪費用2000円の各支払をしたほか,
毎月1回開催される区の常会には,平成15年12月20日及び平成16年2月2
5日に出席した。また,参加人は,泰阜村からの伝達事項や配布物については,家
主であるGを通じて受領している。(乙7,丙10,弁論の全趣旨)
(ウ) なお,α内貸室から長野県庁までの通勤距離は約184キロメートルであ
り,自動車で高速道路を使用した場合には片道約3時間を要する(乙1,4)。
オ 参加人の回答内容
 参加人は,平成16年3月18日ごろ,長野市長からの照会に対し,参加人が長
野市から泰阜村へ転出した平成15年9月26日以降について,日常生活の中心と
なる場所は長野市及びαであること,主たる公務場所は長野市であること,公務場
所への通勤は容易であること,α内の居宅に家族はいないこと,α内に固定資産を
所有していないこと,生活の本拠はαであること,平成15年9月26日に転出す
るにあたり,長野市の居宅からαの居宅に,衣類,書籍及び日用品を運搬したこ
と,転出するにあたり長野市の居宅につき水道を閉栓したり電気供給を停止する等
の手続はしておらず,その理由は同所が長野市における生活の本拠であることなど
を回答した(乙4)。
カ 長野市選挙管理委員会は,平成16年2月,選挙人名簿について,参加人に関
する転出の表示を取り消し,平成16年2月17日,参加人を選挙人名簿から抹消
しないことを決定した(乙4,弁論の全趣旨)。
キ 参加人は,平成16年5月13日,長野市内マンションから退去した(丙1
1,14)。
(2) 被登録資格としての参加人の住所の有無について
 公選法21条1項は,選挙管理員会が住民基本台帳の記録に基づいて職権で選挙
人名簿の登録を行う場合の選挙人の選挙人名簿への被登録資格について,当該市町
村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る登録市町
村等の住民票が作成された日から引き続き3箇月以上登録市町村等の住民基本台帳
に記録されている者であると定めているが,ここでいう「当該市町村の区域内に住
所を有する」とは,登録の基準日において,現実に当該市町村の区域内に住所を有
していることをいい,また,上記被登録資格を生じさせるための住民基本台帳の記
録は,記録された者が実際に当該市町村の住民であるという事実に基づいた正当な
ものであることが必要であることからすると,引き続き3か月以上当該市町村の住
民基本台帳に記録されている者であっても,現実に当該市町村の区域内に住所を移
して引き続き3か月以上上記区域内に住所を有していないときは,当該市町村の選
挙人名簿の被登録資格を有しないものと解すべきである(最高裁判所昭和58年
(行ツ)第32号同年12月1日第一小法廷判決・民集37巻10号1465頁参
照)。これは,公選法21条1項の規定,市町村長は転入の事実がないにもかかわ
らず転入の届出をした者については住民票を作成することができず(住民基本台帳
法8条,同法施行令11条),誤って住民票を作成したことを知ったときは職権で
住民票を消除すべきであり(同法14条1項,同法施行令12条3項),虚偽の転
入の届出をした者は過料に処せられ(同法51条1項,22条1項),名簿に登録
させる目的をもって虚偽の転入の届出をすることによって名簿に登録させた者は禁
固又は罰金に処せられる(公選法236条2項)ことなどにも合致するといえる。
 そして,上記公選法21条1項の「住所」とは,生活の本拠,すなわち,その者
の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり(民法21条
参照),一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体
を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。
 上記第2の2のとおり,被告は,公選法22条1項に基づき,平成16年3月1
日現在により,参加人を,同月2日付けで,泰阜村選挙人名簿に登録したのである
から,参加人に当該選挙人名簿への被登録資格があったか否かは,基準日である同
月1日現在において,参加人が,引き続き3か月以上,現実にαの区域内に住所を
有していたか否か,すなわち,その間,αを生活の本拠としていたか否かにより決
せられることになるので,以下において検討する。
 上記(1)で認定のとおり,参加人は,泰阜村に転入の届出をした平成15年9
月26日までは,長野市内マンションを生活の本拠として居住していたが,その後
も平成16年5月13日に至るまで長野市内マンションから退去しておらず,平成
15年9月26日から被登録資格の基準日である平成16年3月1日までの合計1
58日の間,αに滞在したのは合計7日,同村に宿泊したのは合計4日にすぎず,
大半を長野市内マンション,東京都内の自宅又はホテル,病気治療のために入院し
ていた長野市民病院に滞在していたというのであり,また,長野県知事としての参
加人の執務状況についても,平成15年9月26日以降に変化があったとは認めら
れないことから,同日から基準日である平成16年3月1日までの間に,参加人の
生活の本拠,すなわち,参加人の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心
が,αに移転したものとは認められない。この点,参加人は,平成15年9月26
日以降,α内貸室を賃借し,同村内の常会その他の活動に参加したり,各種費用を
納入するなどしているが,上記のとおり平成16年5月13日に至るまで長野市内
マンションから退去していない以上,それ以前の段階で,参加人がα内貸室におい
て日常生活を営むことが前提とされていたとは認められないのであるから,これら
の事実の存在をもって,参加人の生活の本拠がαに移転したと認めることはできな
い。以上より,泰阜村選挙人名簿への登録資格の基準日である同年3月1日現在に
おいて,参加人が,引き続き3か月以上,現実にαの区域内を生活の本拠とし,同
所に住所を有していたとは認められないから,本件登録に係る選挙人名簿には誤載
があるといわざるを得ず,原告らの異議申出を棄却した本件各決定は取消を免れな
い。
 なお,上記(1)で認定のとおり,参加人は,同年5月13日,長野市内マンシ
ョンから退去したが,登録の際に引き続き3か月以上当該市町村の区域内に住所を
有していなかったにもかかわらず登録を受けた者が,その後の時点において上記区
域内に住所を有するに至ったとしても,そのために当初の登録の瑕疵が治癒され,
登録が有効になると解することはできないから(前掲最高裁判所昭和58年(行
ツ)第32号同年12月1日判決参照),参加人が長野市内マンションから退去し
たことにより上記結論が左右されるものではない。
(3) 被告の調査及び判断との関係について
 被告及び参加人は,前掲最高裁判所昭和28年10月30日判決を引用して,被
告が,参加人の住所について,可能な範囲で調査をして合理的に判断をしたもので
ある以上,その判断は誤りであるとはいえないから,本件各決定が取り消されるべ
き理由はないと主張するが,上記最高裁判所判決を,被告及び参加人が主張すると
おりに解することはできず,処分時を基準とした当該処分の違法性を判断するにあ
たっては,裁判所は口頭弁論終結時までのすべての資料を斟酌し得ると解するべき
である。したがって,本件においては,被告が可能な範囲で調査をしたか否かにか
かわらず,客観的にみて,本件登録時に,参加人が本件登録に係る選挙人名簿への
登録資格(公選法21条1項)を充足しておらず,当該選挙人名簿には誤載がある
といえる以上,本件登録及び本件各決定の違法性は肯定されるべきであって,被告
及び参加人の上記主張は理由がない。
第6 結論
 以上の次第で,本件訴えは,いずれも理由があるから認容することとし,訴訟費
用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとお
り判決する。
長野地方裁判所民事部
裁判長裁判官 辻次郎
裁判官 杉本宏之
裁判官 三輪睦

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