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裁判例


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平成13年(行ケ)第183号 審決取消請求事件(平成14年1月21日口頭弁
論終結)
          判         決
       原      告    株式会社たつみ産業
       訴訟代理人弁理士    阿 部 美次郎
       被      告    特許庁長官 及川耕造
       指定代理人    蔵 野 いづみ
       同           田中弘満
       同           山口由木
同           宮川久成
          主         文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   特許庁が平成11年審判第14663号事件について平成13年3月13日
にした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、平成8年2月16日、名称を「浄化槽設置方法」とする発明(以下
「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平8-29761号)が、平
成11年9月7日に拒絶査定を受けたので、同月14日、これに対する不服の審判
の請求をした。
   特許庁は、同請求を平成11年審判第14663号事件として審理した上、
平成13年3月13日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本は同年4月2日、原告に送達された。
 2 本願発明の要旨
   浄化槽を地中に設置するための方法であって、前記浄化槽を受ける基礎コン
クリート板を、予め、工場において作成しておき、次に、地中に掘られた穴の底部
に、前記基礎コンクリート板を、一枚のみ、設置し、次に、前記一枚の基礎コンク
リート板の一面上に、前記浄化槽を直接に設置する浄化槽設置方法。
 3 審決の理由
   審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本願発明が、実願昭62-120
309号(実開昭64-25397)のマイクロフィルム(甲第4号証、以下「引
用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技
術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29
条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用刊行物の記載事項及び引用発明
の各認定、本願発明と引用発明との一致点及び相違点1~3の各認定並びに相違点
2及び同3についての各判断は認める。
   審決は、本願発明と引用発明との相違点1についての判断を誤り(取消事由
1)、さらに、引用発明及び周知技術からは予測できない本願発明の特有の作用効
果を看過した(取消事由2)結果、本願発明が引用発明及び周知技術に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違
法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
  (1) 審決は、本願発明と引用発明との相違点1として認定した「基礎コンクリ
ート板の構成について、請求項1に係る発明(注、本願発明)が、一枚ものである
のに対し、引用刊行物に記載された発明(注、引用発明)では、プレキャストコン
クリート版からなるスラブ板(1)を複数枚連結することにより浄化槽と同等寸法に形
成したものである点」(審決謄本4頁20行目~23行目)につき、「浄化槽の如
くのタンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので
形成することは・・・周知技術にすぎず、また、上記コンクリート板を一枚もので
形成するか、部材を複数枚連結して形成するかは、上記タンク体の大きさ、施工現
場の状況、道路,鉄道による物流に関する各種制限・・・等に基づき随時決定する
程度の設計的事項にすぎないから、当該技術事項を考慮すれば、引用刊行物に記載
された発明において、基礎コンクリート板を一枚ものとすることは当業者であれば
適宜想到できたものである」(同4頁32行目~5頁4行目)と判断し、上記周知
技術に係る周知例として、特開昭59-41570号公報(甲第5号証、以下「周
知例1」という。)、特開昭48-71023号公報(甲第6号証、以下「周知例
2」という。)及び特開昭61-196077号公報(甲第7号証、以下「周知例
3」という。)を挙げた。
    しかしながら、以下のとおり、審決の上記判断は誤りである。
  (2) 平成3年4月財団法人浄化槽設備士センター編集・発行の「小規模合併処
理浄化槽施工技術特別講習会用テキスト」(甲第8号証、以下単に「講習会用テキ
スト」という。)に「浄化槽の機能に著しい影響を与えると考えられる施工不良に
よる障害例をあげると、次のとおりである。 1)流入部が高く、流出部が低く施工
されている場合 2)流入部が低く、流出部が高く施工されている場合 3)槽が左右
いずれかに傾いている場合」(41頁24行目~43頁2行目)と記載されている
とおり、浄化槽は、流入部と流出部との相対関係や槽自体の配置に施工不良がある
と機能障害を生ずるものであり、本願発明が、基礎コンクリート板を一枚のみ設置
するとの構成を採用したのは、このような浄化槽の設置に特有の不適正工事に起因
する機能障害を回避するためである。
    なお、平成11年4月2日付け手続補正書(甲第3号証)による補正後の
本願明細書(甲第2号証、以下、同補正後の本願明細書を単に「本願明細書」とい
う。)には、不適正工事に起因する浄化槽の機能障害についての説明及びこれを回
避するために上記構成を採用した旨の記載はないが、「講習会用テキスト」(甲第
8号証)は、当業者に広く知れ渡った刊行物であり、これに記載された不適正工事
に起因する浄化槽の機能障害は、浄化槽設置に携わる当業者にとって常識的な技術
事項に属し、明細書に記載がなくとも当然に考慮する事項である。
    そして、上記のような施工不良(不適正工事)に起因する機能障害は浄化
槽に特有の問題であり、審決が周知技術として挙示するタンク体ではおよそ考慮す
る必要のないものである。浄化槽設置には、このような機能障害の回避という特有
の技術的課題が存し、本願発明の基礎コンクリート板を一枚のみ設置するとの構成
は、この技術的課題を解決するために採用したものであるのに対し、浄化槽以外の
タンク体においてはそのような技術的課題自体が存在しないのであるから、仮に、
浄化槽以外のタンク体において、基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する
ことが周知技術であり、かつ、コンクリート板を一枚もので形成するか、部材を複
数枚連結して形成するかは設計的事項にすぎないとしても、そのようなタンク体に
おける周知技術を、浄化槽に係る引用発明に適用して本願発明の構成とすることは
容易にし得るものではない。
  (3) 加えて、引用刊行物(甲第4号証)の「スラブ板1は・・・両側縁部には
長手方向に沿って適宜間隔をおいて欠切部1cが形成されており、この欠切部1c
内にはフック鉄筋1dが突出されている。又、スラブ板1の短手方向にも適宜間隔
をおいて凹状の連結溝1fが形成されており、この連結溝1f内にもフック鉄筋1
dが突出形成されている。このスラブ板1を複数長手方向に連結溝1f内のフック
鉄筋1dを介して連結することにより前記浄化槽Cと同等寸法のスラブ板が形成さ
れる」(5頁19行目~6頁12行目)との記載に照らし、引用発明において、一
枚もののスラブ板を用いることが全く意図されていないことは明らかである。さら
に、引用刊行物の「工場生産にて造形されたスラブ板1・・・を使用する」(5頁
17行目~18行目)との記載によれば、引用発明におけるスラブ板1の個々の小
片は工場生産されるものと認められるが、引用刊行物の上記「このスラブ板1を複
数長手方向に連結溝1f内のフック鉄筋1dを介して連結することにより前記浄化
槽Cと同等寸法のスラブ板が形成される」との記載及び「図中Jは、対向するフッ
ク鉄筋1dを連結する連結金具である」(6頁13行目~14行目)との記載に照
らして、浄化槽の全体を受ける一枚のスラブ板を工場生産による一枚ものとするこ
とはあり得ない。
    したがって、引用発明には、タンク体に係る一枚ものの基礎コンクリート
板を用いる周知技術を適用することを阻害する要因があるというべきであり、この
周知技術を引用発明に適用することは容易にし得るものではない。
  (4) 被告は、タンク体において、基礎部分の不等沈降を回避することにより水
平設置状態を保つということは当然考慮する技術的事項であり、常に存在する技術
的課題である旨主張する。
    しかしながら、発明は、解決すべき具体的・直接的な課題から、高度に抽
象的・間接的な目的まで、様々な段階の課題を有しているものであるが、公知・周
知技術の組合わせにより進歩性を判断するに当たっては、具体的・直接的な課題に
着目して、当該組合わせを正当化する動機付けがあるか否かが検討されなければな
らない。そうした場合、本願発明や引用発明における具体的・直接的な課題は、不
適正工事に起因する浄化槽の機能障害を回避することであって、単に基礎部分の不
等沈降を回避することにより水平設置状態を保つという包括的・抽象的な課題では
ないし、また、このような包括的・抽象的な課題から、不適正工事に起因する浄化
槽の機能障害の回避という具体的・直接的な課題が示唆されるものでもない。した
がって、基礎部分の不等沈降を回避することにより水平設置状態を保つという課題
が、引用発明に、基礎コンクリート板を一枚ものとする周知技術を組み合わせるこ
とを正当化する動機付けとなるものではない。
    また、被告は、浄化槽もタンク体の一種であり、「タンク体を地中に設置
する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する」周知技術を浄化
槽に適用することを阻害する特段の要因はない旨主張するが、上記(3)のとおり、そ
の主張は誤りである。
 2 取消事由2(本願発明の特有の作用効果の看過)
  (1) 審決は、本願発明の作用効果につき「請求項1に係る発明(注、本願発
明)に係る構成によって奏し得る効果も、引用刊行物に記載された発明(注、引用
発明)及び周知技術に固有の機能に基づき普通に予測できる範囲内のものであって
格別なものがあるとは認められないから、請求項1に係る発明は、引用刊行物に記
載された発明と周知技術から当業者が容易に想到できた程度のものである」(審決
謄本5頁27行目~31行目)と判断したが、以下のとおり、誤りである。
  (2) すなわち、本願発明は、「地中に掘られた穴の底部に、前記基礎コンクリ
ート板を、一枚のみ、設置」(本願発明の要旨)する浄化槽設置方法であるから、
浄化槽の全体を受ける一枚の基礎コンクリート板の下面全体を、穴の底部(底面)
において均等に受けることとなり、基礎コンクリート板が不等沈降することを回避
することができる。したがって、本願発明は、「講習会用テキスト」(甲第8号
証)に「浄化槽の機能に著しい影響を与えると考えられる施工不良による障害例」
として挙げられた浄化槽の傾斜(槽が左右いずれかに傾いている場合)を防ぎ、そ
のような施工不良(不適正工事)に起因する機能障害という浄化槽特有の問題を解
決し得るという作用効果を奏するものである。
    これに対し、引用発明は、基礎コンクリート板に当たるものとして、「複
数枚のプレキャストコンクリート版からなるスラブ板(1)を連結して浄化槽(C)と同
等寸法の基礎面となるスラブ板を形成」(審決謄本3頁35行目~37行目)する
ものであるところ、複数枚のスラブ板によって構成される浄化槽配置面を同一水平
面とすることは極めて困難であるのみならず、仮に、設置時には複数枚のスラブ板
を互いに同一水平面を構成するように設定したとしても、浄化槽を設置した際、又
は浄化槽設置後の使用状態において、浄化槽の重み等により、複数枚のスラブ板が
それぞれ異なった沈降量で沈降してしまう危険性があり、不等沈下を回避すること
は困難である。したがって、引用発明においては、複数枚のスラブ板によって均一
な平面を構成又は維持することができず、浄化槽の傾斜に起因する機能障害の問題
を解決することができない。
    このように、本願発明は、相違点1に係る構成により、引用発明及び周知
技術からは予測できない特有の作用効果を奏するものである。
  (3) 被告は、本願発明が上記作用効果を奏することが本願明細書に記載されて
いない旨主張するが、本願の上記作用効果の主張は、本件の特許出願についての審
査及び審判手続において引用刊行物(甲第4号証)の引用があったことにより、こ
れとの対比説明のため初めて必要となったものであり、しかも、上記1の(2)のとお
り、当業者に広く知れ渡った刊行物である「講習会用テキスト」(甲第8号証)の
記載に基づくものであって、本願発明が上記作用効果を奏することを当然に理解す
るものであるから、上記作用効果の主張は認められるべきである。
    また、被告は、上記作用効果が、基礎コンクリート板を一枚ものとする構
成を採用することによって奏することが明らかなものであり、引用発明に基礎コン
クリート板を一枚ものとする周知技術を適用して得られる構成においても、同様の
効果を奏することが当然に予測し得る旨主張するが、引用発明に上記周知技術を組
み合わせることを正当化する動機付けが存在しないことは、上記2の(4)のとおりで
あるから、被告の上記主張は失当である。
第4 被告の反論
   審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
   原告は、浄化槽設置には、不適正工事に起因する機能障害の回避という特有
の技術的課題が存在するのに対して、浄化槽以外のタンク体においてはそのような
技術的課題自体が存在しないから、基礎となるコンクリート板を一枚もので形成す
るというタンク体における周知技術を、浄化槽に係る引用発明に適用して本願発明
の構成とすることは容易にはし得るものではない旨主張する。
   しかしながら、浄化槽のみならず、一般に地中に設置された液体や気体を入
れる容器、すなわちタンク体において、基礎部分の不等沈降を回避することにより
水平設置状態を保つということは、当然考慮する技術的事項であり、常に存在する
技術的課題である。このことは、周知例1(甲第5号証)に「第11図において基
礎コンクリート8の四隅に設けたレベル調整ねじ20,20,‥‥をハンドルを用
いて廻し、各所の調整ねじ20を微調整して地下タンク13の水平を正確に出す」
(3頁右上欄17行目~左下欄2行目)と記載され、一枚ものの基礎コンクリート
板を水平に保持することによりタンクの水平設置状態を保つことが記載されている
ことからも明白である。
   そして、浄化槽は、タンク体の一種であり、「タンク体を地中に設置する際
に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成する」(審決謄本4頁32行
目~33行目)周知技術を浄化槽に適用することを阻害する特段の要因もないの
で、これを引用発明の浄化槽に適用し、その基礎コンクリートを一枚ものとするよ
うなことは、格別の困難を伴うことなく容易に想到できたことである。
   したがって、原告の上記主張は失当であり、審決の相違点1についての判断
に誤りはない。
 2 取消事由2(本願発明の特有の作用効果の看過)について
   原告は、本願発明が、浄化槽の傾斜を防ぎ、不適正工事に起因する機能障害
という浄化槽特有の問題を解決し得るという特有の作用効果を奏する旨主張する
が、上記作用効果を奏することは本願明細書(甲第2、第3号証)に記載されてい
ない。
   また、原告が、本願発明の特有の作用効果と主張するものは、基礎コンクリ
ート板を一枚ものとする構成を採用することによって奏することが明らかなもので
ある。
   そして、基礎コンクリート板を一枚ものとすることは、上記1のとおり周知
技術であって、引用発明に上記周知技術を適用して得られる構成においても、同様
の効果を奏することが当然に予測し得るものであるから、審決が「請求項1に係る
発明(注、本願発明)に係る構成によって奏し得る効果も、引用刊行物に記載され
た発明(注、引用発明)及び周知技術に固有の機能に基づき普通に予測できる範囲
内のものであって格別なものがあるとは認められない」(審決謄本5頁27行目~
29行目)と判断したことに誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
  (1) 周知例1(甲第5号証)には、「地下タンク貯蔵所設置工法」(特許請求
の範囲(1))及び「地下タンク貯蔵所」(同(2)~(4))の発明が記載され、その第
3、第6、第7、第10~第12図には、「符号8」で表される「基礎コンクリー
ト」(4頁左下欄10行目)が一枚のコンクリート板で形成されていることが示さ
れている。また、周知例2(甲第6号証)には、「コンクリート構築物構築工法」
(特許請求の範囲)の発明が記載され、「地下タンク設置用支承台を構築する場
合」(1頁右下欄8行目)につき、「鉄筋コンクリートをもって帯板状型枠(4)を作
り、この型枠(4)をもって・・・矩形状囲いBを形成する。(第3図)」(1頁右下
欄19行目~2頁左上欄1行目)、「次に囲いB内へコンクリートを流し込み、型
枠B(注、「型枠(4)」の誤記と認められる。)の上縁迄満たす。(第5図)」(2
頁左上欄7行目~8行目)との各記載があるところ、これらの記載と第3、第5、
第6図とを併せ考えれば、周知例2には、型枠(4)及び同型枠で形成された矩形状囲
いB内に流し込んだコンクリートとで、地下タンク設置の際の基礎コンクリート板
を一枚ものとして形成することが開示されているものと認められる
。さらに、周知例3(甲第7号証)には、「ガソリンタンク、石油タンク、その他
のタンクを地中に埋設する方法に関する」(1頁左下欄13行目~14行目)発明
が記載され、「このタンクユニットは・・・タンク10をバンド20でベース30
に固定してユニット化したものであって・・・地業4上に降ろして設置する。その
後に・・・ベース30・・・内にコンクリートを流し込む」(2頁左上欄末行~右
上欄7行目)、「ベース30の構成は、ベース枠31と複数のタンク枕枠33とで
構成され、ベース枠31内には鉄筋32が所定の構造に組込まれている」(同頁右
上欄19行目~左下欄2行目)との各記載があるところ、これらの記載と第1~第
5図とによれば、周知例3には、内部に鉄筋32を組み込んだベース枠31内にコ
ンクリートを流し込んで、地中に埋設するタンクのベース(基礎コンクリート板)
を一枚ものとして形成することが開示されているものと認められる。
    これらの記載によれば、タンク体を地中に設置する際に、その基礎となる
コンクリート板を一枚もので形成することは、本件特許出願当時、周知技術であっ
たものと認められる。
    そして、このように基礎コンクリート板を一枚もので形成した場合には、
複数枚の基礎コンクリート板を連結する構造に比べ、水平状態に設置しやすく、か
つ、水平設置状態を維持しやすいことは技術常識上明らかであることに加え、上記
周知例1(甲第5号証)に「第11図において基礎コンクリート8の四隅に設けた
レベル調整ねじ20,20,‥‥をハンドルを用いて廻し、各所の調整ねじを微調
整して地下タンク13の水平を正確に出す」(3頁右上欄17行目~左下欄2行
目)との記載があることにかんがみれば、タンク体を地中に設置する際に、その基
礎となるコンクリート板を一枚もので形成することの技術的意義の一つは、水平状
態で設置すること及び水平設置状態を維持することを容易にする点にあり、かつ、
そのことも、本件特許出願当時、周知であったものと認められる。
  (2) ところで、原告は、本願発明が、基礎コンクリート板を一枚のみ設置する
との構成を採用したのは、「講習会用テキスト」(甲第8号証)に記載されたよう
な施工不良(不適正工事)があることに起因して生ずる機能障害を回避するためで
ある旨主張するが、本願明細書(甲第2、第3号証)に、そのような不適正工事に
起因する浄化槽の機能障害についての説明及びこれを回避するために上記構成を採
用した旨の記載がないことは、原告の自認するところである。この点について、原
告は、さらに、「講習会用テキスト」に記載された不適正工事に起因する浄化槽の
機能障害は、浄化槽設置に携わる当業者にとって常識的な技術事項に属し、明細書
に記載がなくとも当然に考慮する事項である旨主張する。
    しかしながら、「講習会用テキスト」(甲第8号証)には、「浄化槽の機
能に著しい影響を与えると考えられる施工不良による障害例をあげると、次のとお
りである。・・・3)槽が左右いずれかに傾いている場合」(41頁24行目~43
頁2行目)との記載があるところ、原告主張のとおり、「講習会用テキスト」に記
載された不適正工事に起因する浄化槽の機能障害が、浄化槽設置に携わる当業者に
とって常識的な技術事項に属するのであれば、上記のような、浄化槽が「左右いず
れかに傾いている」ことによる機能障害を生じさせないために、浄化槽の設置に当
たり、水平状態で設置し、かつ、設置後も水平状態を維持することは、同当業者に
周知の技術的課題であるということになる。そして、そうであれば、引用発明の
「プレキャストコンクリート版からなるスラブ板(1)を複数枚連結して形成した」
(審決謄本4頁7行目~8行目)基礎コンクリート板に代えて、上記のとおり、水
平状態で設置すること及び水平設置状態を維持することを容易にするという技術的
意義を有する「タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を
一枚もので形成する」周知技術を適用して、本願発明の相違点1に係る構成とする
ことは、同当業者にとって容易であるというほかはない。
    原告は、浄化槽以外のタンク体においては、施工不良(不適正工事)に起
因する機能障害を回避するという技術的課題自体が存在しないのであるから、その
ようなタンク体における周知技術を、浄化槽に係る引用発明に適用して本願発明の
構成とすることは、当業者であっても容易にし得るものではない旨主張するが、上
記のとおり、浄化槽設置に携わる当業者にとって、浄化槽が「左右いずれかに傾い
ている」ことによる機能障害を生じさせないために、浄化槽の設置に当たり、水平
状態で設置し、かつ、設置後も水平状態を維持することが周知の技術的課題である
と認められるのであるから、仮に、浄化槽以外のタンク体においては、そのような
技術的課題自体が存在しないとしても、そのことは、浄化槽設置に携わる当業者
が、浄化槽設置に係る上記技術的課題の解決のため、上記技術的意義を有する周知
技術を適用することに何ら妨げとなるものではない。
    なお、仮に、原告の上記主張が、浄化槽の設置と浄化槽以外のタンク体の
地中への設置とが技術分野を異にし、浄化槽設置に携わる当業者にとって、浄化槽
以外のタンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もの
で形成すること、又はその技術的意義が周知ではないとの趣旨を含むものであると
すれば、以下のとおり、誤りである。
    すなわち、浄化槽もタンク体の一種であるから、浄化槽の設置と浄化槽以
外のタンク体の地中への設置とが技術分野を異にするということ自体、にわかに首
肯し得ないのみならず、仮に、両者の技術分野を分けて考えることができるとして
も、浄化槽設置方法に係る引用発明を記載した引用刊行物(甲第4号証)に、実施
例に関し、「上記実施例にあっては、埋設溝H内に浄化槽Cを設置する場合につい
て述べたが、浄化槽Cに限らず、他の地下埋設物(例えば地下タンク等)において
も同様な構造部材を採用し同様に設置を容易に行なうことができる」(11頁18
行目~12頁2行目)との記載があること等にかんがみて、両者の技術分野は密接
に関連し、極めて近接することは明らかである。そして、当業者、すなわち、「そ
の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(特許法29条2項)
であれば、「その発明の属する技術の分野」のみならず、これと密接に関連し、極
めて近接する技術分野についても、ある程度の知識を有するものというべきであ
り、そうとすれば、浄化槽以外のタンク体を地中に設置する際に、その基礎となる
コンクリート板を一枚もので形成すること、並びにその技術的意義の一つが、水平
状態で設置すること及び水平設置状態を維持することを容易にする点にある程度の
ことは、浄化槽設置に携わる当業者にとっても周知であることは明白である。
  (3) 原告は、引用発明に、タンク体に係る一枚ものの基礎コンクリート板を用
いる周知技術を適用することを阻害する要因があるから、上記周知技術を引用発明
に適用することは容易にし得るものではない旨主張する。
    しかしながら、引用刊行物(甲第4号証)に、実用新案登録請求の範囲(1)
として「基礎面を形成するスラブ板と、該スラブ板上に適数個配設される架台と、
該架台上に載置される浄化槽等の地下埋設物とを主体として構成され、前記スラブ
板,架台,浄化槽等がそれぞれ別体にて工場生産にて造形されたものであることを
特徴とする浄化槽等の設置構造。」(審決謄本1頁末行~2頁3行目)との、「従
来技術及びその問題点」として「従来、浄化処理手段を内蔵した浄化槽等を設置す
るにあたり、例えば第9図に示すように、地面Eに埋設溝Hを形成させておき、こ
の埋設溝Hの底面に砂利石またはコンクリート等により基礎部51を造形し、この
基礎部51の上面にコンクリートベース52を構築し、このコンクリートベース5
2上に浄化槽C本体に一体化されている架台53を介し浄化槽Cを載置固定した
後、埋設溝Hを埋めて浄化槽Cを地中に埋設状に設置することが行なわれており、
従来においては、設置現場において埋設溝Hを掘削後、その底面に基礎部51とと
もにコンクリートベース52をコンクリートの流込工法等により構築して・・・い
たため、現場においてコンクリート打ち作業が必要となり、浄化槽Cを設置するた
めの前作業が多く、相当の工期を必要とし、かつ基礎となるコンクリートベース5
2及び補強柱等のコンクリートの強度を十分に確保するためにコンクリートの品質
管理を厳重に行なう必要があり、土木作業及び品質管理に多大な労力を要するとい
う問題点があった」(同2頁8行目~21行目)との、「作用」として「スラブ
板,架台,浄化槽等は工場生産にて造形されたものであるため、個々に造形された
これらの構造物を個々に現場に搬入して、現場に構築された埋設溝の底面に先ずス
ラブ板を敷設し、そのスラブ板の上部に架台を配置させることにより基礎が完了
し、その後に架台上に浄化槽等を載置することにより浄化槽等の設置作業が完了
し、現場において従来のようにコンクリート打ちを行なう必要がなく、浄化槽等の
設置を容易かつ短時間に行ない得るものである」(同頁22行目~28行目)と
の、「考案の効果」として「本考案の浄化槽設置構造は、基礎面を形成するスラブ
板と、該スラブ板上に適数個配設される架台と、該架台上に載置される浄化槽等の
地下埋設物とを主体として構成され、前記スラブ板,架台,浄化槽等がそれぞれ別
体にて工場生産にて造形されたものであるため、各構造部材を現場に搬入し、現場
の所定位置に適宜設置することにより浄化槽等の設置作業が完了し、設置工期が極
めて短縮されるとともに、設置のための労力が軽減され、従来のようにコンクリー
ト打ち等の現場作業を省略することができ、設置コストを軽減し得る効果を有す
る」(同3頁23行目~30行目)との各記載があることは当事者間に争いがな
い。これらの記載によれば、引用刊行物に記載された引用発明は、浄化槽等設置に
係る従来技術において、設置現場におけるコンクリート打ち作業が必要であること
に伴い、前作業が多く、相当の工期を必要としていたこと、コンリートの品質管理
を厳重に行う必要があったこと、土木作業及び品質管理に多大な労力を要していた
ことを解決すべき課題として、浄化槽等の設置構造の主体であるスラブ板、架台、
浄化槽等をそれぞれ別体で工場生産により造形されたものとする構成を採用するこ
とにより、設置現場においてコンクリート打ちを行う必要がなく、浄化槽等の設置
を容易かつ短期間に行うことができる等の作用効果を奏するものと認められる。
    確かに、引用刊行物(甲第4号証)には、原告が引用する「スラブ板1
は・・・両側縁部には長手方向に沿って適宜間隔をおいて欠切部1cが形成されて
おり、この欠切部1c内にはフック鉄筋1dが突出されている。又、スラブ板1の
短手方向にも適宜間隔をおいて凹状の連結溝1fが形成されており、この連結溝1
f内にもフック鉄筋1dが突出形成されている。このスラブ板1を複数長手方向に
連結溝1f内のフック鉄筋1dを介して連結することにより前記浄化槽Cと同等寸
法のスラブ板が形成される」(5頁19行目~6頁12行目、)、「工場生産にて
造形されたスラブ板1・・・を使用する」(5頁17行目~18行目)、「図中J
は、対向するフック鉄筋1dを連結する連結金具である」(6頁13行目~14行
目)との各記載があり、他方、基礎コンクリート板に相当するスラブ板を一枚もの
で形成することは記載されていない。しかしながら、原告引用の上記記載部分は引
用刊行物の実施例に係るものにすぎず、引用刊行物の上記実用新案登録請求の範
囲(1)、「従来技術及びその問題点」、「作用」及び「考案の効果」の各記載中に
は、それぞれ、スラブ板を複数枚連結する構成、スラブ板を一枚もので形成するこ
との問題点又はスラブ板を複数枚連結することによって奏する作用効果について何
らの記載もない。そして、引用刊行物の上記実用新案登録請求の範囲(1)、「従来技
術及びその問題点」「作用」及び「考案の効果」の各記載に基づく上記認定の引用
発明の課題、構成及び作用効果にかんがみ、また、引用刊行物(甲第4号証)の
「スラブ板の長手方向長さが例えば9m必要な場合は、4mのスラブ板1と、5m
のスラブ板1とを組み合わせば良く、その他3m,4m,5m等の各長さに形成し
たスラブ板1を用意しておけば、適宜組み合わせにより、必要長さのスラブ板を得
ることができる。」(6頁16目行~7頁2行目)との記載に照らして、引用発明
において、浄化槽が一枚のスラブ板と同等の長さであれば、一枚もので形成したス
ラブ板を用いることに何らの支障もないことは明白である。
    そうとすれば、引用発明に、タンク体に係る一枚ものの基礎コンクリート
板を用いる周知技術を適用することを阻害する要因があるとの原告の主張は到底採
用することができない。
  (4) したがって、本願発明と引用発明との相違点1につき、「浄化槽の如くの
タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形成
することは・・・周知技術にすぎず・・・当該技術事項を考慮すれば、引用刊行物
に記載された発明において、基礎コンクリート板を一枚ものとすることは当業者で
あれば適宜想到できたものである」(審決謄本4頁32行目~5頁4行目)とした
審決の判断に原告主張の誤りはない。
 2 取消事由2(本願発明の特有の作用効果の看過)について
   原告は、本願発明は「地中に掘られた穴の底部に、前記基礎コンクリート板
を、一枚のみ、設置」(本願発明の要旨)する構成により、浄化槽の全体を受ける
一枚の基礎コンクリート板の下面全体を、穴の底部(底面)において均等に受ける
こととなり、基礎コンクリート板が不等沈降することを回避して、「講習会用テキ
スト」(甲第8号証)に挙げられた浄化槽の傾斜(槽が左右いずれかに傾いている
場合)を防ぎ、そのような施工不良(不適正工事)に起因する機能障害という浄化
槽特有の問題を解決し得るという作用効果を奏するのに対し、引用発明において
は、複数枚のスラブ板によって均一な平面を構成又は維持することができず、浄化
槽の傾斜に起因する機能障害の問題を解決することができないから、本願発明は、
上記構成により、引用発明及び周知技術からは予測できない特有の作用効果を奏す
る旨主張する。
   しかしながら、基礎コンクリート板を、プレキャストコンクリート版から成
るスラブ板を複数枚連結する構成とする引用発明においては、原告主張のとおり、
基礎コンクリート板の不等沈降を回避できず、均一な平面を構成又は維持すること
ができないという欠点があるとしても、引用発明の基礎コンクリート板に、上記
「タンク体を地中に設置する際に、その基礎となるコンクリート板を一枚もので形
成する」周知技術を適用して、一枚もので形成した基礎コンクリート板とした場合
には、原告の上記主張に係る本願発明の作用効果と同様の作用効果を奏すること
は、上記1の(2)の説示により明らかなところである。
   なお、原告は、引用発明に上記周知技術を組み合わせることを正当化する動
機付けが存在しないとも主張するが、この主張を採用し得ないことも、上記1の(2)
の説示のとおりである。
   したがって、「請求項1に係る発明(注、本願発明)に係る構成によって奏
し得る効果も、引用刊行物に記載された発明(注、引用発明)及び周知技術に固有
の機能に基づき普通に予測できる範囲内のものであって格別なものがあるとは認め
られないから、請求項1に係る発明は、引用刊行物に記載された発明と周知技術か
ら当業者が容易に想到できた程度のものである」(審決謄本5頁27行目~31行
目)とした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
 3 以上によれば、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
   よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第13民事部
    裁判長裁判官 篠   原   勝   美
    裁判官 石   原   直   樹
    裁判官   宮   坂   昌   利

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