弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
一 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 原告が被告の八王子事業所(八王子市<以下略>所在)内技術開発本部開発第
三部HIC開発プロジェクトチーム(以下「HICプロジェクトチーム」とい
う。)に勤務する義務のないことを確認する。
三 被告が原告に対してなした昭和六三年五月九日付停職処分一か月(同日から同
年六月八日まで。以下「本件停職処分」という。)の無効であることを確認する。
四 被告は原告に対し、一五〇〇万五〇七二円及びうち二〇四万九八一七円に対す
る平成元年一月一日から、うち三〇一万九九二三円に対する同二年一月一日から、
うち三一四万七九〇五円に対する同三年一月一日から、うち三三二万六三二八円に
対する同四年一月一日から、うち三四六万一〇九九円に対する同五年一月一日から
各支払済みまで年六分の割合による金員ならびに同五年七月二五日から毎月二五日
限り一か月二一万四八〇〇円を各支払え。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 四、五項につき仮執行の宣言
第二 事案の概要
 本件は、同一部門間における職場の変更を伴う異動命令を受けた既婚女子従業員
が通勤時間が長くなって幼児の保育ができなくなり、家庭生活も破壊される等とし
て、これを拒否して長期間出勤しなかったところ、これにより経営秩序が侵害され
たとして停職処分及び懲戒解雇処分を受けたので、この各処分はいずれも権利の濫
用で無効であるとして、前記のとおりの労働契約上の地位存在確認、異動先での勤
務義務不存在確認、停職処分の無効確認及び賃金請求をなした事案である。
一 争いのない事実
1 当事者関係
(一) 被告は、音響機器・通信機器等の製造販売を目的とする資本金約一〇六億
九四〇〇万円(但し、平成五年八月三一日に約二二二億四〇〇〇万円に増額)、従
業員約二〇〇〇名を擁する株式会社である。
(二) 原告は、昭和五〇年七月二一日、被告(但し、当時の社名はトリオ株式会
社)に雇用され、同六〇年一月一六日から東京都目黒区<以下略>所在の青葉台ビ
ル内の技術開発本部技術開発部企画室担当として同室において庶務の仕事に従事し
ていた。
2 異動命令
 原告は、昭和六三年一月二七日、上司である技術開発本部技術開発部企画室室長
a(以下「a室長」という。)から同年二月一日でHICプロジェクトチームのH
IC(ハイブリット・アイ・シー)の製造ラインに勤務することの内示を受け、同
月一日、同室長から右異動の命令(以下「本件異動命令」という。)を受けた。
3 苦情処理委員会に対する苦情申立てと棄却裁定
 原告は、本件異動命令を受けた昭和六三年二月一日、被告と組合との委員各四名
で構成されている苦情処理委員会に苦情の申立てをなしたところ、同月三日、右申
立てを棄却するとの裁定通知を受けた。
4 本件停職処分
 被告は原告に対し、昭和六三年五月六日ころ到達の書面をもって、原告が本件異
動命令に従った出勤をせず、このことが経営秩序侵害に該当することを理由に、懲
戒規定一六条二号、一二号(同規定一六条は、「次の各号の一に該当する行為をな
したときは、停職処分または解雇処分とする。」とし、その二号は、「正当な理由
なく、欠勤継続七労働日以上もしくは一か月に無届欠勤が七労働日以上におよぶと
き」と定め、その一二号は、「その他前号各に準ずる程度の不都合な行為のあった
とき」と定めている。)により本件停職処分に処した。
5 懲戒解雇処分
 被告は原告に対し、昭和六三年九月二一日付このころ到達の内容証明郵便書面を
もって、原告が本件停職処分期間満了後も本件異動命令に従った出勤をせず、この
ことが経営秩序侵害に該当することを理由に、右懲戒規定一六条二号、一二号によ
り同月二二日付で懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件懲戒解雇処分」とい
う。)をし、同日以降原告が被告の従業員としての地位を有することを争い、同年
四月以降賃金を支給しない。
二 争点
1 本件異動命令の効力
(一) 原告の主張
 本件異動命令は権利の濫用で無効である。
(1) 幼児保育の不可能による勤務不可能
 原告は、本件異動命令発令当時満三歳の長男bを保育園(開園時間は午前七時三
〇分から午後六時まで)に預けて勤務(勤務時間は午前九時から午後五時四〇分ま
で)していた。ところが、本件異動命令に従うこととなると、通勤時間が一時間四
五分を上回ることとなり、夫の協力にも勤務の関係上から限度があるし、第三者に
保育を依頼するにしても限界があるので、長男bを保育園等に預けて継続して勤務
することは明らかに不可能であるし、長男を伴って往復四時間近くを費やして通勤
することも不可能である。
 このように、原告が本件異動命令に従うこととなると、家庭生活が破壊され、幼
児の養育の上でも大きな問題が生じるのである。
 原告が転居をすることは現在の生活状況を大きく変えるという重大な不利益を被
ることとなるので、転居することによって解決できることではない。
(2) 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉
の増進に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)二八条一項(但し、平成
三年法第七六号による削除前のもの)の努力義務の過怠の存在
 雇用機会均等法二条は、職業生活と家庭生活との調和を図るという基本理念を定
め、さらに、同法八条、一二条等は、雇用主に対し、女子従業員の子供の養育監護
につき配慮すべきことを要請しており、被告は、同法二八条一項により、女子従業
員がその乳幼児を保育所等に預ける場合の勤務時間についての配慮努力業務を負っ
ている。
 しかるに、被告は、本件異動命令を発令するにつき、原告が幼児を保育所に預け
ながら勤務をしているという事情を全く考慮しなかったばかりか、調査をもせず、
原告がa室長に対し、本件異動命令の内示を受けた際、保育の状況等を説明したに
もかかわらず、このことを考慮しようともしなかったのであるから、同法条に違背
している。
 なお、原告は、昭和五四年一〇月ころ高血圧症を発病し、同六一年五月二一日以
降一週間に約一回通院し投薬治療を受けているといった健康状態にあったし、本件
異動命令後二男を妊娠したのであるから、これらの点からも八王子事業所に通勤す
ることが不可能であった。
(3) 業務上の必要性の欠如
 本件命令には業務上の必要性がなかった。
 被告は、原告を本件異動命令発令前の職務に従事させておく必要があった反面、
HICプロジェクトチームの人員増員の点をみると、そもそもHICプロジェクト
チームの人員体制は八名が予定されていたのであって、生産も予測をはるかに上回
る実績をあげていたのであり、昭和六三年四月からはさらに人員体制が九名となっ
たのであるから、人員体制の面においては全く問題がなかった。したがって、原告
を異動させなければならない業務上の必要性は全くなかった。
(4) 人選自体の不合理性
 被告が異動対象者を本社地区(原告が通勤していた職場を含む。)に限定する必
要がなかったにもかかわらず、限定したこと、子供を養育している既婚女子従業員
を長距離通勤を要する遠隔地の職場に配転した例がないこと等からみても、原告を
本件異動の対象者として選定した過程自体不合理である。
 異動対象者の点からみると、HICの製造ラインの作業は誰にでもできる内容で
あり、被告が昭和六三年一月一一日に製造経験がなかった派遣社員を同ラインに配
置していること等からみても、被告が異動対象者の選定条件とした製造経験を有す
る者というのはまやかしであり、異動困難な家庭状況にある原告を配置しなければ
ならない業務上の必要性は全くなかった。
(5) 不当な動機・目的の存在
 仮に本件異動命令に業務上の必要性が在したとしても、本件異動命令は、a室長
の不当な動機・目的でなされた。
 本件異動命令は、部内異動であるから、人事部の関与は極めて形式的であって、
a室長の権限において発令されたのであるが、原告とa室長との関係は、昭和六二
年八月三一日に行われた同僚の女子従業員の送別会までは比較的良好に推移してい
たところ、同送別会が終了した後に、同送別会で騒いだのが原告か右女子従業員か
をめぐって争いとなったこと等を契機にして、a室長は原告に退職させるための数
々の嫌がらせを続け、本件異動命令もこの嫌がらせないし報復人事の一環としてな
されたのである。
(二) 被告の主張
本件異動命令が権利の濫用で無効であることは争う。
(1) 幼児保育の不可能による勤務不可能について
 原告が本件異動命令発令当時満三歳の長男bを保育園に預けて勤務していたこと
は認める。
 八王子事業所に通勤するには、通勤経路が複数存在しているだけでなく、時には
特急「あずさ二号」を利用することもできた。首都圏における異動については、そ
の通勤所要時間が二時間以内であれば通勤可能というべきであり、長男の保育上格
別支障となることはない。原告が通勤その他の事情で負担とするのであれば、転居
することによって容易にこれを回避することができた。原告には、転居できない事
情が存するのではなく、転居したくないという意思が存在するだけである。つま
り、転居について支障となる客観的な事情が存在うるのではなく、転居したくない
という主観的な意思が存在するにすぎない。八王子事業所近辺には原告が転居を希
望すればそれに相応しい住居が存在していたし、保育園についても、八王子事業所
近辺に七つの保育園があり、いずれも転園が可能であり、他の地域から通園するい
わゆる「管外保育」の制度及び保育時間を延長する特例保育の制度(通常の保育時
間は午前八時三〇分から午後六時までのところを午前七時三〇分から午後六時まで
とする。)も存在していた。
(2) 雇用機会均等法二八条一項の努力義務の過怠の存在について
 本件異動命令が雇用機会均等法第二八条一項に違背している、との点は争う。
 被告は、同法条に違背したことはない。
 被告は、原告の経歴、業務内容、家庭状況等を総合的に検討して本件異動命令を
発出したのであって、本件異動命令には何ら違法なところはなく、原告と十分な話
し合いをした上で、勤務時間、保育問題、転居問題等につきできる限りの配慮をす
ることを考えていたのに、原告は、この話し合いに応じる態度を示さなかった。
 原告の主張は、現住居からの通勤を前提にしているが、前述したとおり転居によ
って原告の主張する不利益はすべて解消することができた。
 原告が高血圧症に罹患していることは否認する。
 原告は、毎週水曜日を自分の日として同僚らと午後一二時ころまで多量の飲酒を
しているし、職場における歓送迎会等においても多量の飲酒をしていること等から
みて通勤ができないような健康状態ではない。
 二男の妊娠は本件異動命令発令後のことであるから、この有効性とは関係がな
い。
 なお、被告にあっては、妊娠中の女子従業員に対し出勤時間等の点において格別
の配慮をしている。
(3) 業務上の必要性の欠如について
 本件異動命令に業務上の必要がなかった、との点は否認する。
 被告は、昭和六二年四月ころからHICの量産出荷を継続してきていたが、さら
に、同年八月ころから一層の需要が見込まれたので、これに見合う生産計画を具体
的に計画していた。この生産計画に対応してHICプロジェクトチームにおいて
は、男女各四名の配属を予定していたところ、これを充足する人員が予定通りゆか
ず困惑していた。しかも、右のように同年八月ころから一層の生産計画が見込まれ
ており、これが予測にとどまらず現実化したのである。この結果、同年一〇月には
決定的な人員不足となることは明らかとなっており、同六三年一月以降これが現実
化したのである。このようなことから、至急にHICプロジェクトチームに製造経
験を有する人員を配置する必要に迫られていたのであり、本件異動命令はこの必要
性を充たすために行われたのである。
(4) 人選自体の不合理性について
 原告を本件異動の対象者として選定した過程自体が不合理である、との点は争
う。
 異動対象者が担当することとなっていた作業内容は誰にでもできる、との点は否
認する。
 異動対象者の選定基準として製造現場経験者及び年齢四一ないし四二歳までの者
としたのであるが、製造現場経験を有する者を選定基準の一つとしたのは、異動対
象者が担当することとなっていた作業は、HIC生産工程一二の作業区分のうち七
区分であり、これらの作業は易しいものもあるが、やや難しいものもあるから、製
造現場経験を有しない者であっては数日の研修期間を設ける必要があり、この研修
等のために上司が作業時間を割くことにもなるので、製造現場の経験を有する者と
では大きな相違がある。
 右基準に合ったのは原告以外にはいなかった。
(5) 不法な動機・目的の存在について
 全部否認する。
 本件異動命令がa室長との職場における人間関係による等ということは全く理由
がない。本件異動命令は、HICプロジェクトチームの課長から増員要請がなさ
れ、八王子事業所の各部内とも異動できる従業員はいなかったので、本社地区(原
告の勤務していた職場をも含む。)の女子従業員をも含めて人選した結果、原告が
その対象者と決定されたのである。
 a室長には、本件異動命令について何らの決定権限がなかったのであり、人事部
のアシスタントマネージャーから原告を本件異動の対象者とすることについての職
場の都合と原告の生活事情について質問を受けたことに対し、業務上支障は生じな
い旨及び生活上著しく不利益を受けることはない旨答えたに過ぎない。
2 本件停職処分の効力
(一) 原告の主張
 本件停職処分には、手続的及び実体的違法が存するので、無効である。
(1) 手続的違法
 就業規則五〇条は、「従業員が次の各号の一に該当するときは、別に定める懲戒
規定により、これを懲戒する。」と定めている。そして、これを受けた懲戒規定二
条は、「従業員の懲戒は懲戒審査委員会(以下「委員会」という。)の審査を経て
社長がこれを行う。」と定め、同規定一一条一項は、「委員会が必要と認めた場合
または被審査者から申し出があった場合は、被審査者を委員会に出席されて当該事
件について陳述させることができる。」と定めており、懲戒事由に該当する行為を
した従業員に懲戒審査委員会における意見陳述の機会を保障し、同規定一七条一項
は、「従業員に懲戒にあたるような行為があると認めたとき、上司または担当役員
は、すみやかにその真相を調査し、次の書類を添え、人事部長を経て社長に上申し
なければならない。(1)事実調査(2)当該従業員自筆の顛末書」と定め、同条
三項は、「第一項第二号の顛末書は、本人に当該事件の内容を詳記させるものと
し、他の者の意見を強制して記述させてはならない。また、本人から委員会におけ
る陳述の申し出があった場合は、その理由を記載した陳述届を顛末書に添えて提出
させるものとする。」と定め、右従業員の意見陳述の機会を保障している。
 しかるに、被告は、原告を本件停職処分に処するに際し、原告に右手続的保障を
与えなかったから、本件停職処分は、右手続規定に違背した違法な処分である。
(2) 実体的違法
 本件停職処分は、処分事由なくしてなされた。
 原告には、前述したとおり、本件異動命令に従うこととなると受忍限度をはるか
に超える不利益が生じたから、本件異動命令を拒否する正当な理由があった。
 原告のように未成熟な子供を養育しなが労働する女性には保育権があり、本件異
動命令は保育権を侵害してなされた。
(二) 被告の主張
(1) 手続的違法について
 就業規則五〇条及び懲戒規定二条、一一条一項、一七条一項及び三項に原告主張
のとおりの定めがあることは認めるが、本件停職処分が右手続規定に違背した違法
な処分である、との点は争う。
 同規定同条項は、原告に手続的保障を与えているものではなく、原告の主張は、
同規定一七条一項を勝手に解釈しているにすぎない。同条一項の添付書類は、その
必要に応じて一号の書面若しくは二号の書面のいずれか一方を特別にその双方を必
要とするときはその双方を添付させるものである。
 原告は、本訴に先立つ仮処分申請事件において詳細な主張をなし、懲戒審査委員
会はこれら書面で事情を十分把握しており、改めて原告から事情を聴取する必要は
なかったのである。
 また、被告は、本件停職処分になすに先立ち原告に懲戒処分の警告を幾度となく
発している。
(2) 実体的違法につて
 本件停職処分が処分事由なくしてされた、との点は否認する。
 被告が本件停職処分なした事由は次のとおりである。
 就業規則三六条一項は、従業員が異動を命ぜられ時は、速やかに異動先に着任す
べきことを規定しているので、同条項に従い、原告は、速やかにHICプロジェク
トチームに勤務すべき義務を負っていた。しかるに、原告は、昭和六三年三月九日
以降は無届欠勤に準ずる行為を継続して就労を拒否し続けた。そこで、被告は原告
に対し、同年三月八日付このころ到達の書面と同月三〇日付このころ到達の警告書
で出勤を求めたにもかかわらず、原告は、これを無視して出勤しなかったので、前
記懲戒規定一六条二号、一二に号により本件停職処分に処した。
3 本件懲戒解雇処分の効力
(一) 原告の主張
 本件懲戒解雇処分は、解雇権の濫用として無効である。
 本件は異動命令は、本件停戦処分について述べたとおり無効であり、原告にはこ
れを拒否する正当の理由が存した。
 したがって、原告が無断で欠勤したことを理由としてなされた本件懲戒解雇処分
は、就業規則の適用を誤ったものであるから、解雇権の濫用として無効である。
(二) 被告の主張
 原告は、本件停職処分期間経過後も引き続き欠勤に準じる行為を継続したため、
被告は原告に対し、昭和六三年四月二三日、同年七月二七日、出勤するように警告
したが、原告は、出勤しなかった。そこで、被告は、原告の無断欠勤に準じる行為
の継続が六八日間にも及んだので、同年九月一六日、懲戒審査委員会を開催し、審
議の結果、原告の右行為は被告の経営秩序を著しく侵害するものであるとの結論に
達し、前記懲戒規定一六条二号、一二号により本件懲戒解雇処分とした。
4 賃金請求権の有無
(一) 原告の主張
 原告は被告に対し、本件異動命令発令前の職場に労務提供している。
 したがって、原告は被告に対し、左のとおりの賃金請求権(但し、これに支払済
みまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を付帯請求する。)を有す
る。
(1) 基本給
① 昭和六三年四月から平成元年三月まで毎月一六万八〇〇〇円
② 平成元年四月から同二年三月まで毎月一七万七一〇〇円
③ 同二年四月から同三年三月まで一八万七六〇〇円
④ 同三年四月から同四年三月まで毎月一九万八〇〇〇円
⑤ 同四年四月から同五年三月まで毎月二〇万七三〇〇円
⑥ 同五年四月から毎月二一万四八〇〇円
(2) 一時金
① 昭和六三年夏期一時金(但し、二八万六九六三円は支給済みなので残額分)
 九万二六一七円
② 同年末一時金 四四万五二〇〇円
③ 平成元年夏期一時金 四四万五二〇〇円
④ 同年末一時金 四七万六八二三円
⑤ 同二年夏期一時金 四四万六八二三円
⑥ 同年末一時金 四八万一三八二円
⑦ 同三年夏期一時金 四八万一三八二円
⑧ 同年末一時金 五〇万〇一四八円
⑨ 同四年夏期一時金 五〇万〇一四八円
⑩ 同年末一時金 五〇万一二五一円
⑪ 同五年夏期一時金 五〇万一二五一円
(二) 被告の主張
賃金の支給日が毎月二五日であることは認めるが、本件停職処分及び本件懲戒解雇
処分はいずれも有効であるから、原告にその主張する賃金請求権のあることは否認
する。
 被告は原告に対し、昭和六三年夏期一時金として二九万五〇八五円を支給した。
原告主張の支給額は雇用保険料等の控除後の金額である。
第三 争点に対する判断
一 本件異動命令の有効性について
 原告は、本件異動命令は権利の濫用で無効である旨主張するので、以下、原告の
主張に沿いながら検討する。
1 幼児保育の不可能による勤務不可能について
(一) 現住居から八王子事業所に通勤することの困難性
 証拠(甲一四、乙七の一及び三一、原告本人の供述)によると、次の事実を認め
ることができる。
 原告は、本件異動命令発令前の企画室勤務当時、夫cと長男b(昭和五九年六月
一五日生れ)の三人家族で、少なくとも約五〇分を要して通勤していた。夫cは、
いわゆる外資系の通信機器等の輸入及び製造販売会社(所在地は、東京都港区<以
下略>にあり、通勤利用駅は営団地下鉄日比谷線広尾駅で、同駅から右会社までは
徒歩で約五分にある。通勤所用時間として約四〇分を要していた。)に勤務し、販
売のための技術的サポートを仕事とし、勤務時間は午前九時から午後五時四五分ま
で(但し、残業で遅くなることが多い。)であったが、毎週水曜日の午前八時から
米国にある開発部との定例の電話会議があるため、一時間早く出勤しなければなら
なかった。そして、海内外の出張(機器の故障に対応するための出張の場合は、予
め予定されておらず、前日に命令されることが多い。)もあり、本件異動命令発令
前一年間の出張は、延べ出張回数一九回で、延べ出張日数は八七日間(うち海外が
五九日間)に及んでいる。
 長男bの保育園の送迎は、保育園における保育時間は午前七時三〇分から午後六
時までであって、水曜日は夫cの出勤時間が早いために原告が保育園に送り、その
他の日は夫cが送り、迎えについては、原告の勤務終了時間が午後五時四〇分まで
なのでできないため、月、火、木及び金曜日については一か月一万円でかっての同
僚に依頼し、さらに同人に同人の出勤時間間際の午後六時五〇分まで自宅での保育
を依頼し、水曜日については、保育園のパート勤務の保母に月一万円で迎えと午後
八時までの自宅での保育(含む夕食)とを依頼している。
 原告がHICプロジェクトチームに勤務することとなった場合、通勤経路として
横浜線経由と中央線経由とがある。始業時間は午前八時五五分であるから、横浜線
経由の場合、東急大井町線旗の台駅を午前六時五六分の電車に乗車しなければなら
ず、そのためには自宅から同駅まで徒歩で約一〇分を要するので自宅を同六時四五
分に出なければならない。そして、JR横浜線八王子駅着同八時二一分、同駅から
は通勤バスと八高線の利用との二通りがあり、通勤バス利用の場合には同駅発同八
時二五分に乗車して八王子事業所着は同八時四五分となり、総通勤時間は約二時間
を要する。八高線利用の場合には同駅発高崎行同八時三二分、北八王子駅着同八時
三七分で、同駅から八王子事業所まで徒歩約三分で、八王子事業所着は同八時四〇
分ころとなり、総通勤時間は約一時間五五分を要する。帰宅は、終業時間は午後五
時三五分なので、通勤バス利用の場合は同事業所同五時五〇分、八高線利用の場合
は北八王子駅発同五時五三分に乗車し、右と略同時間を要し、自宅に到着するのは
同七時四〇分ころとなる。中央線経由の場合、旗の台駅発午前七時一二分、五反田
駅着同七時一九分、JR同駅発同七時二三分、同新宿駅着同七時三六分、同駅発同
七時三八分、同豊田駅着同八時二六分、通勤バス同駅発同八時三〇分、八王子事業
所着同八時四五分となり、自宅からの総通勤時間としては約一時間四三分を要す
る。帰宅は、通勤バス同事業所発午後五時五〇分に乗車し、自宅に到着するのは同
七時三五分ころとなる。
(二) 転居による通勤の可能性
(1) 転居の可能性と転居先住居の確保の容易性
 証拠(乙七の二ないし四、証人dの証言)によると、次の事実を認めることがで
きる。
 八王子事業所の近辺には原告が転居を希望すればそれに相応する月額賃料約七万
円の住居が多数存在している。
 原告は、転居のできない理由として、夫は通勤時間として四〇ないし五〇分範囲
内でなければならないとの考え方をしているとか、家主に恵まれている、長男の友
達関係および地域の友人関係を失いたくない、転居してまで通う職場ではない等と
供述しているにとどまる。
 他方、転居による夫の通勤は、居住地を八王子、豊田、日野、立川の各市と定め
た場合、中央線経由で勤務先会社まで約一時間(但し、居宅から乗車駅までの時間
を含まない。)である。
(2) 転居による保育園保育の可能性
 証拠(乙四ないし六及び九、証人dの証言)によると、次の事実を認めることが
できる。
 八王子事業所の所在する八王子市内には同事業所から徒歩約一五分の範囲内に三
つの保育園があり、被告の送迎バスを利用して約二〇分の範囲内に一つの保育園が
あり、同事業所に隣接する日野市ないし同事業所から徒歩で約二〇分の範囲内に一
つ、徒歩と路線バスとを利用して約二〇分の範囲内に二つの保育園がそれぞれあ
る。そして、いずれの保育園も転園については継続保育ということから優先的扱い
を受けることができ、うち二つの保育園については定員に余裕があり、また、他の
地域から通園する、いわゆる「管外保育」の制度もあり、保育時間も通常の保育時
間が午前八時三〇分から午後五時までのところを午前七時三〇から午後六時まで延
長できる特例保育の制度を設けている保育園もある。
(三) 当裁判所の判断
 以上の認定事実によると、原告は、本件異動命令発令当時、満三歳の長男を保育
しながら夫とともに各別会社に勤務しており、長男の保育については、保育園に入
園させており、この送りについては、水曜日は夫の勤務の都合上原告がなし、それ
以外の日は夫がなし、迎えと原告が帰宅するまでの間は、月、火、木および金曜日
は、原告の元の同僚に依頼しているが、これも同人の勤務の関係で午後六時五〇分
までであり、水曜日は、右保育園の保母に依頼し、さらに、同人に午後八時までの
自宅での保育(含む夕食)を依頼しているというのである。このような原告の保育
の状況からすれば、原告が八王子事業所に通勤するということとなれば、通勤時間
は最短時間の中央線経由でも約一時間四三分を要し、このため、出勤は、自宅を午
前七時一〇分ころに出なければならず、帰宅は、午後七時三五分ころとなるという
のであるから、保育状況に変化がなく、現住居から通勤するという限りにおいて
は、水曜日に保育園に送ること、月、火、木及び金曜日の午後六時五〇分ころから
原告が帰宅する同七時三五分ころまでの保育とができないこととなる。この限りに
おいて、原告の主張にも首肯し得る点がないではないが、右の保育のできない時間
帯につき、経済的負担を度外視するならば、さらに、第三者に依頼することが可能
であったのではないかとの疑問があるし、後期認定のとおり、被告は、原告との間
で、通勤時間及び保育問題等につき十分話し合ってできる限りの配慮をしようと考
えていたというのであるから、いかなる場合にも現住居からの通勤が不可能であっ
たなどということはできない。原告の主張する健康問題も、後述するとおり、この
障害事由になるとは認められないし、二男の妊娠も、本件異動命令後のことである
から、この有効性の判断材料とはならない。
 以上の点を別としても、原告が八王子事業所近辺に転居をすれば原告の主張する
保育問題等は容易に解決することができたといえる。
 原告は、転居のできない理由とし、現在の生活状況を変えることは非常な不利益
を伴うからである等と主張及び供述するが、なるほど、転居に伴って多少の不利益
の伴うことは否定し得ないが、原告の主張及び供述することは転居のできない客観
的障害事由ということはできないし、転居先住居の点においても、また、保育園の
転園の点においても容易に確保できたというのであるから、被告の従業員であると
いう立場からすれば、転居という方法によって本件異動命令に協力すべきであった
といえる。
 原告の供述する夫の通勤時間についても、居住地を八王子、豊田、日野、立川の
各市に定めた場合、電車で約一時間(但し、居宅から乗車駅までの時間を含まな
い。)であるというのであるから、都内及びその周辺の昨今の住宅事情を考慮すれ
ば、右の程度の通勤時間は、格別異を唱える事由とはいえず、これを理由に反対す
るということは、原告の被告における従業員であるという立場に対する非協力的な
態度であると評されても止むを得ない。
 以上のとおりであるから、この点に関する原告の主張は採用しない。
2 雇用機会均等法二八条一項(但し、平成三年法第七六号による改正前のもの。
以下同じ)の努力義務の過怠について
 雇用機会均等法二八条一項は、女子を雇用している事業主は、女子従業員が育児
のために退職しなくてもすむように、育児休業その他の育児に関する便宜の供与を
なすよう努めなければならないことを定めているから、被告においても、同条項の
趣旨に従い、原告に対し、原告の長男の保育につき、保育園等に預ける場合の勤務
時間について配慮しなければならない。
 しかし、原告は、本件異動命令に従って八王子事業所において就労していたとい
うなら格別、本件異動命令自体を拒否していたのであるから、同条項の適用される
場面とはならず、同条項違背の問題とはならない。
 なお、原告は、その主張するような高血圧症に罹患していることを認めることが
できる(甲七及び八、原告本人の供述)が、このために通勤が困難であると認める
ことはできないし、二男の妊娠も、本件異動命令後のことであるから、この有効性
の判断材料とはならない。
 また、原告の主張する保育上の問題点等は格別困難を伴わない転居によって容易
に解決することのできたことは前述したとおりであるし、証拠(証人e及び同dの
各証言)によれば、被告は、本件異動命令に先立ち、原告の経歴、家庭状況及び通
勤時間等を総合的に検討した結果、通勤可能と判断していたが、予想に反して本件
異動命令を拒否されたので、事態の打開を図るため、原告との間で、勤務時間、保
育問題及び転居問題等について十分話し合い、できる限りの配慮をしたいと考えて
いたが、原告は、この話し合いに積極的に応じようとせず、訴訟によって決着を図
る姿勢を堅持していたことを認めることができる(但し、原告のこの姿勢の是非を
論難しようとするものではない。)。
 よって、この点に関する原告の主張は理由がない。
3 業務上の必要性の欠如について
 証拠(乙一一、証人e、同d及び同fの各証言)によると、次の事実を認めるこ
とができる。
(一) HICプロジェクトチーム増員の必要性について
 被告は、昭和六〇年五月の常務会の決定に従い、新規事業として同六二年三月か
ら被告のカーオーディオ事業本部向けにHICの生産を人員五名で開始した。しか
し、同年五月における同年八月から九月にかけての需要見通しが当初の予想を大幅
に増加しため、生産計画の変更と人員三名を増員した八名体制とする必要があっ
た。そこで、HICプロジェクトチームの課長f(以下「f課長」という。)は、
八王子事業所における総務及び人事に関する業務を担当していた人事部八王子事業
所管理室マネージャーd(以下「dマネージャー」という。)に右生産計画変更と
人員増員計画とを伝え、増員の人選を依頼した。この依頼を受けたdマネージャー
は、八王子事業所内で人選を進めたところ、当時偶々工務グループがコスト高で製
造を中止することとなっていたので、同グループに所属していたgを同年六月一日
付でHICプロジェクトチームに異動させることができ、六名体制とすることがで
きた。しかし、他の二名の増員については同年八月に至るもなお見通しが立たず、
このため予定生産量の達成ができないため、支障の生ずるおそれがでてきた。この
ような状況にあったにもかかわらず、同月における翌六三年一一月までの需要見通
しが三倍強に増産することが必要となった。そこで、f課長は、右の需要見込みに
対応する生産計画の変更と人員増員計画とを立案し、昭和六二年八月開催のマネー
ジャー会で、右計画とこれを実施するために、同年一一月ころから同六三年一一月
ころまでにさらに生産要員二名を加えた一〇名体制としなければならない旨報告す
るとともに、h技術開発本部開発第三部長にも一〇名体制にするための増員要請を
依頼した。
 八王子事業所管理室では、右増員要員を同年七月からは同事業所内のカーオーデ
ィオ、ホームオーディオの各製造部門のすべての部門にわたって、マネージャーを
中心として検討させ、どの部門も人員不足の状況にあったが、カーオーディオ事業
部から生産に従事していたi(当時約二〇歳)を同年八月二一日付で、同事業部か
ら生産技術担当のjを同年九月一日付でそれぞれ異動させることができ、八名体制
とすることができた。
(二) 増員及び補充要員の必要性
 しかし、さらに二名の増員が必要であったところ、同年一〇月二〇日ころ、f課
長に対し、右iは、貧血症が回復しない、との理由で、右jは、毎日同じ仕事で面
白くない、との理由で、それぞれ同年一二月末ころまでに退職する旨の意思を表明
し、f課長の慰留にも応じようとしなかった。そこで、f課長はh部長に対し、同
年一〇月二〇日ころ、早急に右二名の補充をしないと製造部門に非常な迷惑を掛け
ることとなるので、補充をして欲しい旨要請し、また、事前折衝として、右退職の
件をdマネージャーに報告し、右二名の補充をしないと重大な支障が生ずるので早
急に補充手続を進めて欲しい旨要請するとともに、右の補充要員は即戦力となる
者、すなわち、熟練を必要とすることから製造現場経験者でありかつ、目視の検査
業務を行うことから年令にして四〇歳未満の者を希望するとの条件を付した。この
要請を受けたdマネージャーは、当時、八王子事業所内での補充は非常に困難な状
況にあったが、HICの増産のために補充は不可欠であると理解していたので、補
充要員の人選を進め、同年一二月二〇日、取りあえずの応援としてホームオーディ
オの生産に約一七年間携わっていた女子従業員k(当時三〇歳)を配置させること
ができた。しかし、残る一名の補充については到底見通しの立たない状況にあっ
た。このようなことから、需要を大幅に下回る生産しかできず、関係部門に著しい
影響を及ぼし、各部門から苦情が寄せられたので、dマネージャーは、昭和六三年
一月一一日、製造経験がなかった派遣社員一名を配置してみたものの、同社員は、
同月二九日、退職してしまった。
(三) 当裁判所の判断
 右認定したところによると、被告のHICの増産の必要性は、当初五名の人員体
制で生産を開始したものの、生産開始の間もなくのころから需要が飛躍的に増大し
たため、生産計画の変更及び増員計画の変更とを昭和六二年五月と同年八月とにせ
ざるを得ず、同年一一月ころから同六三年一一月ころにかけて一〇名体制とするこ
とが必要不可欠であったというのである。しかし、このための要員配置が容易でな
かったというのであり、しかも、折角配置することのできたi、jの二名が同六二
年一二月末ころまでに退職する旨の意思を表示したというのである。この二名の補
充は、増員の必要性以上に必要不可欠であったといえる。
 したがって、HICプロジェクトチームに人員を増員すること、退職者二名の補
充をすることの必要性は極めて大きかったといえる。
 したがって、HICプロジェクトチームに人員を増員する必要性はなかった旨の
原告の主張は理由がない。
4 人選自体の不合理性について
 証拠(乙一一、証人e、同d、同f及び同aの各証言)によると、次の事実を認
めることができる。
(一) 人選選定基準について
 人事部は、退職者二名の補充要員の人選基準として、HICプロジェクトチーム
の要望に沿い、即戦力となる者、すなわち、製造現場経験者であること、年令は四
〇歳未満である者とした。製造現場経験者としたのは、この経験のない者では教育
期間が必要であるが、この教育のためには人員を割くのが困難な状況にあり、作業
するうえでも困難を伴うことからであり、また、年令を四〇歳未満としたのは、目
視検査等があるので、老眼等の目の衰えている者では検査等が困難であることによ
るからである。
 なお、右補充要員が担当する予定となっていた作業内容は、HIC生産工程一二
の作業区分のうち七区分である。すなわち、①レーザートリミング工程(基板を機
械のテーブルに乗せカバーを締めると自動でトレミングする。帰ってきた基板を取
り出しケースに入れる。)、②基板分割工程(三インチの基板に溝が入っており、
その溝に沿って人手で分割する。)、③端子装着工程(機械のコンベアに分割した
基板を乗せる。)、④洗浄工程(洗浄状態を確認しバケットに入れる。)、⑤印刷
工程(ロット番号をHICに捺印する。)、⑥外観検査工程(規定に基づき目視に
よる外観検査)、⑦包装工程(導電マット上にHICを整列し箱詰めする。)であ
り、作業の難易度は、⑤と⑥とがやや難しく、その他は易しい部類に属する。
(二) 人選選定経緯について
 被告は、人事に関する重要な事項の決裁者及び決裁手続につき、「組織人事決裁
規定」を定めており、この定める決裁基準によれば、役職者以外の一般作業員の部
門内異動については、部門長が上申し、人事部において立案し、担当役員が調整
し、人事部長が決裁することとなっている。
 前記認定のとおり、f課長からi、jの退職に伴う二名の要員補充依頼の事前折
衝を受けたdマネージャーは、f課長に至急正式な要請手続を経ることを述べると
ともに、他のアシスタントマネージャーとともに各部のマネージャーと折衝しなが
ら八王子事業所内で人事記録に基づいて右条件に合った従業員を選定する作業を進
めた。しかし、同事業所内において余剰人員はなく、異動可能な人員もなかった。
このように、同事業所内での異動は全く見通しがたたない状況にあったが、同年一
一月四日ころ、l人事部長はdマネージャーに対し、右条件に合った女子従業員二
名の人選をするように指示したが、dマネージャーはl人事部長に対し、八王子事
業所内で二名を選定することは非常に困難であるから本社地区で一名を選定して欲
しい旨要請した。この要請を受けたl人事部長は、同年一一月一二日ころ、人事部
人事セクションマネージャーe(以下「eマネージャー」という。)に対し、補充
要員二名のうち一名については八王子事業所において検討するので、他の一名を他
の事業所から人選すること、人選に当たっては担当業務から特別の能力を必要とし
ないが、即戦力となる者(製造現場経験者)であること、目視検査等をも含むこと
から年令四〇歳未満の者であることの指示をした。そこで、eマネージャーは、同
日からmアシスタントマネージャー及び人事担当者らをして人選の検討に当らせ
た。計測器の設計・生産をしていた相模事業所においては人員不足で補充の必要が
ある状況にあり、無線機の設計・生産をしていた東京事業所においても同事業所の
業務を子会社の山形ケンウッドに移管しつつあり、職場に残留している者は必要最
小限度の人員しかいなかったため、異動可能者は見当らなかった。このようなこと
から、人選対象者を本社地区(但し、原告の勤務していた職場をも含む。以下、同
じ。)の従業員とすることとせざるを得なかった。そこで、人事部は、本社地区所
属の約六〇名の女子従業員の人事記録及び自己申告書(これには異動の希望の有
無、異動した場合の障害事項等を記載するようになっていた。)に基づき、同従業
員のうちから製造現場経験者及び年齢四〇歳未満までの者を選定したところ、原告
のみがこれに該当した。原告は、被告に雇用される前は被告の関連会社で通信機器
の製造業務に従事していたことがあり、被告に中途採用者として雇用された後も右
製造経験を生かして約七年間に亘り通信機器の製造業務に携わっていたし、年令的
にも三四歳であったので、この点からも適任とされたのである。そこで、eマネー
ジャーは、さらに原告の通勤時間及び家庭状況等を総合的に検討した結果、家庭生
活上の点をも含めて格別支障となるような事情は認められないと判断した。そこ
で、mアシスタントマネージャーは、同年一二月二日、a室長に原告を異動した場
合における業務上の支障の有無、原告の生活上の支障の有無等を確認したところ、
a室長は、いずれも支障となる事情は見受けられない旨回答した。
 このようなことから、原告を本件異動の対象者として選定し、異動手続を進め、
同年一二月二四日、l人事部長は、原告を本件異動対象者と決定し、同六三年一月
一四日、n本部長に対し、原告に同年二月一日付をもって本件異動命令を発令する
ので、その内示をするように依頼し、この依頼をうけた同部長はa室長に対し、同
月二六日、原告に対し本件異動命令を内示するよう命じ、この命を受けたa室長は
原告に対し、翌二七日、本件異動命令の内示をした。
(三) 当裁判所の判断
 右認定したところによると、被告がHICプロジェクトチームの補充要員二名の
選定基準とした製造現場経験者及び年令四〇歳未満の者ということは、作業内容の
点からみて、それ自体に不合理なところはない。
 原告の主張する製造経験のない派遣社員については、前記3の(二)で認定した
とおり、配置後一八日後に退職してしまっており、証人fの証言によれば、右退職
理由は製造経験のなかったことによるのではないかとのことであるが、この真実の
理由については本件全証拠によるも明らかではないものの、派遣社員の右配置をも
って、原告の主張するように製造現場経験者との基準がまやかしであるということ
はできないし、また、補充要員が担当することとなっていた作業内容は、前記認定
したとおり七工程であって、誰でもができる作業であるということはできず、一般
的に製造経験を有する者の方がこれを有しない者より戦力となることは経験則上明
らかである。
 次に、原告は、右補充要員として原告を選定した過程自体不合理である旨主張す
るが、被告人の人事部担当者は、異動可能者のなかから右選定基準に従い選定作業
をしたところ、原告しか該当者がいなかったというのであるから、この点に不合理
なところはなく、また、他にこの不合理な点を認めるに足りる証拠もない。
 したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。
5 不当な動機・目的の存在について
 原告は、本件人事異動命令は、a室長が原告を退職させるための嫌がらせないし
報復人事の一環としてなした旨主張し、原告もこれに沿い、具体的に勤怠届出表の
件等数項目に亘り供述をし、本件異動命令は、原告がa室長の陰湿な苛めにもめげ
ずに勤務していたので、最後の手段としてなされた旨供述している。
 しかし、前記認定したところによれば、本件人事異動の対象者の選定は、l人事
部長の命により人事部において作業をし、同部長において決定したというのであ
り、しかも、a室長は、本件人事異動に係わる立場になかったのであるから(証人
aの証言)、原告の右供述は、証拠(乙一二及び一三、証人aの証言)と対比した
とき、原告の単なる主観的感情ないし憶測・誤解に基づいた見解を述べているにす
ぎないから、にわかには信用できない。
 他に、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告
の主張も理由がない。
二 本件停職処分の有効性について
1 手続的違法について
 就業規則五〇条及びこれを受けた懲戒規定二条、一一条、一七条には原告の主張
するとおりの定めがなされていることは争いがない。
 しかし、懲戒規定一一条の定める陳述は、懲戒審査委員会の裁量によってこれを
させるか否かを決定することができ、同規定一七条の定める書類の添付は、上司ま
たは担当役員に対する義務を定めたもので、被審査者に対する手続的保障を定めた
ものではないから、仮に、この添付義務違背があったとしても、本件停職処分の効
力には何らの影響を及ぼすことはないと解することができる。
 したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。
2 実体的違法について
 前述したところから明らかなとおり、原告は本件異動命令に従うべき義務があっ
たのであり、就業規則三六条一項(乙三三の一)も速やかな着任義務を明記してい
る。
 原告の主張する保育権の侵害は、前述した原告と被告との間で勤務時間等につい
ての話し合い、原告の転居等によって容易に解決することができたと考えられるの
であるから、これが実体法上認められるか否かを検討するまでもなく、理由がな
い。
 次に、証拠(甲九、乙二〇及び二一、証人d及び同fの各証言)によると、次の
事実を認めることができる。
 原告は、昭和六三年二月一日、苦情処理委員会に本件人事異動に関し苦情の申立
てをした。同委員会は原告から事情を聴取したうえ、申立てを棄却する旨の裁定を
し、翌三日、同委員会を代表してe委員が苦情の申立てを棄却する旨の裁定通知書
を手渡した。
 原告は、苦情処理委員会の棄却裁定後においても有給休暇の届け出をなして欠勤
し、同月八日、本件異動命令発令前の職場に出てそれまで使用していた事務机の整
理をする等し、翌九日以降有給休暇の届け出をして出勤せず、そして、原告の保有
する有給休暇のすべてを取り尽くした同年三月九日以降も欠勤した。そこで、被告
は原告に対し、同月八日、同日付書面で、原告から申請された同月九日以降の欠勤
については理由がなく認められないこと、これ以上の欠勤を継続すれば相応の処分
をせざるを得ない旨を通知したが、原告は、その後も出勤しなかったので、被告
は、さらに同月三〇日付このころ到達の警告書と題する書面で、赴任すべき日から
既に五六日間に亘って就業規則に違反する重大な義務違反を続けており、このこと
は重大な経営秩序違反である、また、被告の負担は多大であり、被告の原告に対す
る懲戒処分に関する猶予にも限界があり、直ちに本件異動命令に従うように警告す
るので、これをも無視すれば、やむを得ず懲戒処分に踏み切らざるを得ない旨の警
告をした。しかし、原告は、これをも無視して出勤しなかった。
 そこで、被告は、同年四月二九日、懲戒審査委員会規則に従った懲戒審査委員会
を開催して検討のうえ、原告の右行為は正当な理由のない人事異動の拒否及び三六
日間の無届け欠勤に準ずる行為に該当するとして、前述の懲戒規定により本件停職
処分とした。
 右認定したところによると、原告は、有給休暇をすべて取り尽くした後も被告の
再三に亘る本件異動命令に従うべき旨の警告を無視して三六日間に亘り欠勤し続
け、この結果、被告の経営秩序に重大な支障を与えたというのである。
 そうすると、原告の右行為は、前記懲戒規定一六条二号、一二号に該当すること
は明らかであり、他に本件停職処分が被告の懲戒権を濫用してなされたことを認め
るに足りる証拠もない。
 したがって、本件停職処分は有効であり、原告のこの点に関する主張も理由がな
い。
三 本件懲戒解雇処分の有効性について
 原告は、有効な本件異動命令に従うべき義務を負っていたことは前述したとおり
であるところ、証拠(乙二二及び二三、証人d及び同fの各証言)によると、次の
事実を認めることができる。
 原告は、本件停職処分による停職期間経過後も引き続き欠勤行為を継続したた
め、被告は原告に対し、同年六月二三日付このころ到達の再警告書と題する書面を
もって、停職期間満了後一一日間の無断欠勤を継続しており、本件異動命令に従い
直ちに赴任するよう警告する、これを無視すればやむなく重大な決意をもって厳重
な処分に踏み切らざるを得ない旨警告したが、原告は、これをも無視して出勤せ
ず、さらに、被告は、同年七月二七日付このころ到達の再々警告書と題する書面を
もって、直ちにHICプロジェクトチームに勤務すべきこと、これを無視すれば、
被告は、本件停職処分以上の重い処分をもって臨まざるを得ないこと、原告が申請
した仮処分事件で主張したこと及び本訴で主張していることと相違する主張があれ
ば同年八月五日までに懲戒審査委員会宛て顛末書として提出すべきこと、同日開催
予定の懲戒審査委員会の結論に従い懲戒処分を行うことを警告した。しかし、原告
は、この警告にも従わず出勤しなかったので、被告は、同年九月一六日、懲戒審査
委員会を開催し、審議した結果、原告の右行為は被告の経営秩序を著しく侵害する
ものであるとの結論に達し、本件懲戒解雇処分とした。
 右認定したところによると、原告は、本件停職処分期間満了後も被告の二度に亘
る出勤命令及びこれを無視した場合の懲戒処分の警告にもかかわらず、これを無視
して出勤しなかったというのであり、原告のこの欠勤には正当な理由のないことは
前述したところから明らかである。
 そうすると、原告の右行為は、前記懲戒規定一六条二号、一二号に該当し、他に
本件懲戒解雇処分が懲戒権を濫用してなされたことを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、本件懲戒解雇処分は有効であり、原告のこの点に関する主張も理由
がない。
四 結論
 以上説示したところから明らかなとおり、本訴請求はその余の点について判断す
るまでもなく理由がないので、主文のとおり判決する。

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