弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人両名を各罰金八、〇〇〇円に処する。
     右各罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した
期間当該被告人を労役場に留置する。
     被告人両名に対し、公職選挙法二五二条一項所定の選挙権および被選挙
権を有しない旨の規定を適用しない。
     原審における訴訟費用中、証人A、同Bおよび同Cに各支給した分を除
くその余の部分ならびに当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、弁護人黒滝正道、同斉藤忠昭および同二葉宏夫の共同名義
の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
 控訴趣意第二について
 公職選挙法一三八条一項は「何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめない
目的をもつて戸別訪問をすることができない。」旨規定しているが、右の戸別訪問
罪における主観的要件としては、単に、投票を得若しくは得しめる(又は得しめな
い)目的があれば足り、口頭で投票を依頼する意思までも必要とはしないものと解
される(最高裁第三小法廷昭和四三年一二月二四日判決、刑集二二巻一三号一五六
七頁参照)ので、投票依頼の趣旨を口頭によつて了解せしめようとする場合だけで
なく、他の言動等の諸般の状況によつて投票依頼の趣旨を暗示し了解せしめようと
する意思(すなわち暗に投票を依頼する意思)も右の主観的要件としての「投<要
旨>票を得若しくは得しめる目的」に包含されるものと解される。ところで、同条二
項は、一項の戸別訪問の制限に対する脱法行為の禁止規定で、「いかなる方
法をもつてするを問わず、選挙運動のため、戸別に、……特定の候補者の氏名…を
言いあるく行為は、前項に規定する禁止行為に該当するものとみなす。」旨規定し
ており、その規制対象となる行為は、「選挙運動のため」の行為であることを要す
るが、構成要件上そのほかに投票を得るとか得しめる等の目的を要しないものであ
ることは、その明文上明らかである。しかして、ここにいう選挙運動も、一定の選
挙につき特定の候補者を当選せしめるため投票を得又は得しめるにつき直接又は間
接に有利なる諸般の行為をなすことを指称するものと解すべきであつて(大審院昭
和三年一月二四日判決、刑集七巻六頁、同昭和四年九月二〇日判決、刑集八巻四五
〇頁等参照)つまり前同条二項にいう「選挙運動のため」とは特定の候補者の氏名
を言いあるく等のことが、特定の候補者を選挙人に強く印象づけることによつて当
該選挙人からその候補者への投票を得るにつき有利に働くものと認識しかつこれを
少なくとも認容している場合であると解されるのであり、また、特定の候補者の氏
名を言いあるくことが、よしんば直接の目的たる同候補者の選挙資金調達のための
募金行為にいわば当然に附随する形でなされたような場合であつても、その故に直
ちに右いわゆる「特定の候補者の氏名を言いあるく」ことに該当しないものとはい
えないのであり、要はそのことが前記の意味で選挙運動のための行為であると認め
られる場合には、同項の規定により戸別訪問とみなされ禁止されるものというべき
である。論旨は、公職選挙法一三八条二項についても、一項の場合と同様に投票を
得若しくは得しめる目的(得票目的)が必要である旨主張するけれども、前叙の次
第で採用の限りでなく、所論最高裁第三小法廷昭和三八年一〇月二二日決定(刑集
一七巻九号一七五五頁)が公職選挙法一三八条二項の「選挙運動」の意義に関する
右解釈の妨げになるとは考えられない(所論引用の大阪高裁昭和三〇年四月一一日
判決に原判決攻撃の資料には到底なりえない。所論被訪問者の投票を期待している
ものに限るべきであるとの主張は、原判決が「当該選挙人からその候補者に当選を
させるために……」云々と明言していることを誤解した全くの的外れの議論であ
る。)。また、所論「特定の候補者の氏名を言いあるく」行為とは候補者の氏名の
みを単に触れあるくこと若しくは他の正当な用務のかたわら特に大声とか数回にも
わたつてなど候補者の氏名を被訪問者に強く印象づけるような方法で言いあるく行
為を指すものと解すべきであるとの主張も、前叙のとおりにわかに採用しがたいと
ころである。原判決の法解釈も以上とほぼ同趣旨に帰するのであつて、原判決に所
論の違法はなく、論旨は理由がない。
 控訴趣意第四について
 論旨は、原判決は、被告人らが各被訪問者に対し判示のように申し向けた所為を
選挙運動のためのものと認定したことに関して、(弁護人の主張に対する判断)の
項において、「本件諸般の情況事実を総合判断すると、被告人らは、真実その直接
の目的としてはDの選挙資金を募るために本件行為をなしたものであると言い得る
が、それと併せ、本件行為によつて、少なくとも右Dを被訪問者に強く意識させ、
または既に持つている意識をさらに強めさせることによつて、同人のための投票を
得もしくは確保することにつき必要にして有利なる行為であるとの認識をもつて、
本件行為をなしたものであると認定するのを相当とするので、被告人らの本件行為
は公職選挙法一三八条二項にいう『選挙運動のため』になしたことに該当する」旨
の説明をしているけれども、被告人らが本件行為に際し右のような認識を有したと
の点は証拠上これを認めるに由ないところであるから、原判決のこの点に関する認
定は誤りである旨主張するのである。
 しかしながら、原判決挙示の証拠に徴すれば、ほぼ原判決も説示しているとお
り、次のような事実が明らかである。すなわち、
 (一) 被告人らはいずれも原判示衆議院議員総選挙(昭和四二年一月八日公
示、同月二九日施行)において青森県第一区から立候補したE党所属のDの熱心な
支持者で、すなわち被告人Fは被告人らの居住する上北郡a町地区におけるDの後
援会長、被告人GはE党員であり、またDが理事長であるb土地改良区の、被告人
Fは副理事長、被告人Gは理事であるなど同人と密接な関係を有するところからそ
の当選を熱心に支持していたこと、
 (二) Dは、a町の出身であり、かねて合併前の同村長等各種の公職にも在
り、私財を投じて農民に奉仕するなど清廉な人柄と相まちいわば村の開拓者として
町民の信望を集め、広く町内にも支持者を有していたもので、本件選挙に際して
も、従来の衆議院議員選挙等の場合と同様に、資産もないため選挙費用に巨額を用
いることをせず、その資金はこれを党本部からの借金等のほか大衆からのカンパに
より調達するとの方針で選挙に臨んだものであること、
 (三) 被告人Fは、本件選挙に際しても、従来の選挙と同様、右のようなDの
ため選挙資金として応分の献金をしようと考えていたところ、選挙期間中の中ごろ
にあたる同年一月一五日頃、乗用自動車で連呼行為に従事中の同候補の選挙運動員
と路上で会つた際、その者から、例年にない大雪のため車故障にそなえジープを同
行しなければならないので車代が嵩んで困つて一いる旨聞き及んで、さつそく、そ
の翌日頃、同町内のD候補連絡事務所に赴いて自ら車代として金一万円を寄附し、
また前記b土地改良区の各役員から寄附(被告人両名を含む理事監事計一一名から
一人二、〇〇〇円宛の)を募ることとし、さらに、被告人らの居住する同町大字c
字d々内の有権者からの本件資金カンパを思い立つて、その旨被告人Gに諮り同被
告人の賛同を得、斯くして、同月一七日両名連れ立つて午前一〇時頃から午後四時
頃までの間、原判決認定のd々内の選挙人方を訪ね、各選挙人に対し、原判示のと
おり「今度の選挙に出たDさんが大雪のため車代が多くかかるので幾らでも寄附し
て下さい。」との趣旨のことを申し向け、寄附をもらつて歩いたこと。被訪問者
は、いずれも右勧誘に応じ、それぞれ五〇円、一〇〇円ないし二〇〇円(うち一名
は一、〇〇〇円)を寄附し、被告人らはこれを取りまとめて、各寄附者の氏名、金
額等を記載した名簿(帳面)を添えて即日同候補連絡事務所に持参し担当者に手渡
したものであること、
 (四) 被訪問者のうちには、被告人Fの親戚や日頃同被告人と親しい交際をし
ている者も若干はあるが、他は同一町内における被告人両名の顔見知りで、D候補
の後援会の会員になつている者も若干名にすぎず、唯、被訪問者方の主人が、その
三、四名の場合を除き、大部分はDが理事長たる前記b土地改良区(被告人Fが副
理事長、被告人Gが理事)の組合員となつている間柄にあるが、それとても実際の
被訪問者は、訪問時刻の関係もあつて、多く右主人ではなく婦人であつたこと(な
お、被告人らは、右土地改良区への納付金の滞納者七、八名に対するその督促集金
かたがた本件募金行為に及んだものであること)(なおまた、本件起訴事実に含ま
れていない分ではあるが、被告人Gは、本件と同じ日に連続して自ら単独で募金し
た分に関し、原審公判廷において、「親戚にあたる計六軒ぐらいの家では、在宅し
た婦人連は政治の面について薄いので投票依頼の趣旨で『よろしく頼む』とのこと
を述べた。」旨供述していること)、
 (五) 被告人らの本件所為は、その性質上、被訪問者が被告人らの勧誘に応じ
たとい少額ではあつても寄附をすることによつて被訪問者にDを強く意識させるに
十分なものであり、実際にも、被訪問者らの供述によれば、同人らが本件募金に応
じた動機はさまざまであると認められるものの(或る者はD候補をもともと支持し
ているので寄附したといい、また或る者は被告人Fに対するいわば町内の付合いで
寄附した旨述べている。)、その多くの者が、被告人らの訪問をD候補に投票して
もらいたくて来たのであろうと感じた旨必ずしも明確にとは限らないものもあるが
述べていること、
 (六) 本件訪問は、前叙のとおり特に選挙運動期間中の中ごろにあたる選挙戦
たけなわの時に行なわれており、被訪問先が多数(計三九名)にのぼりかつ連続し
て行なわれたものであること、
 (七) 本件選挙においても、従来の衆議院議員選挙の場合と同様、Dの恩師に
あたるHがI党所属で同じa町から立候補していたこと(もつとも、当審における
事実取調の結果によると、同町における得票数に関する限り、I党候補よりもD候
補の方が常に優勢であつたものとうかがわれる)、
 (八) 被告人Fはa町議会議員を勤める町の有力者であり、被告人GはJ職員
で、いずれも相応の知識理解力を有するものであること。
 以上のような本件諸般の情況事実を総合判断すると、原判決説示のごとく、被告
人らは真実その直接の目的としてはDの選挙資金を募るために本件所為をなしたも
のであると認められるが(就中、前記(二)および(三)の事実等に徴して)それ
と併せ、附随的に、右氏名を言い歩いての募金によつてD候補を被訪問者が強く意
識し又は既に持つている意識を一層強めることとたりそのことが同人(被訪問者)
からDへの投票を得もしくは確保するうえで有利に働くであろうとの認識のもと
に、かつそれらのことを期待し少なくともこれを認容して本件所為に及んだもので
あると認定しうるのであつて、(就中、前記(四)ないし(七)の事実等に徴し
て)記録および当審における事実取調の結果を検討しても原判決の事実認定に所論
の誤りがあるとは認められないのであり、したがつて又、本件所為が公職選挙法一
三八条二項にいう「選挙運動のため」になしたことに該当するとの原判決の判断に
も誤りは存しない。論旨は理由がない。
 (その余の判決理由は省略する。)
 (裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 深谷真也 裁判官 桜井敏雄)

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