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平成18年9月28日判決言渡
平成16年(ネ)第112号債務不存在確認請求控訴事件(以下「本訴」という。)
平成18年(ネ)第823号同反訴請求事件(以下「反訴」という。)
(原審・大阪地方裁判所堺支部平成15年(ワ)第968号)
判決
主文
11審被告の本件控訴及び反訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
()1審原告らの各本訴請求にかかる訴えをいずれも却下する。1
()1審原告らは,1審被告に対し,連帯して,金2016万7091円及び2
これに対する平成13年11月16日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
()1審被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。3
21審原告らの本件各控訴をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審及び本訴,反訴を通じて5分し,その4を1審被告,
その余を1審原告らの各負担とし,補助参加費用は,これを5分し,その4を
1審被告,その余を補助参加人の各負担とする。
4この判決は,第1項()に限り,仮に執行することができる。2
事実及び理由
第1申立て
11審原告らの控訴の趣旨(本訴関係)
()原判決を次のとおり変更する。1
()1審原告らと1審被告の間において,別紙交通事故目録記載の交通事故2
(以下「本件事故」という。)に基づく1審原告らの1審被告に対する損害賠
償債務は,39万7608円を超えて存在しないことを確認する。
21審被告の控訴の趣旨
()原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。1
()上記取消にかかる1審原告らの本訴請求をいずれも棄却する。2
3当審における1審被告の反訴請求の趣旨
1審原告らは,1審被告に対し,連帯して,1億0223万5758円及び
これに対する平成13年11月16日から支払済みまで年6分の割合による金
員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,1審原告Aの運転する加害車両が,1審被告の運転する被害車両と
衝突して本件事故を惹起したところ,1審被告が頸椎捻挫,左肩関節捻挫,左
第7肋骨骨折等の傷害(以下「本件各傷害」という。)を負った上,RSDない
,しCRPS(反射性交感神経性ジストロフィー。以下,格別のことがない限り
「RSD」と総称する。)に罹患して左上肢が機能しなくなったことを理由と
して,損害賠償責任がある旨を主張することから,1審原告らが,1審被告に
対し,本件事故に起因するRSDの発症を争った上,既払金451万円を控除
すると,本件事故に基づく損害賠償債務は39万7608円を超えては存在し
ないと主張して,その旨の債務不存在確認を求めた事案である。
これに対し,1審被告は,本件事故による本件各傷害に起因するRSDが左
上肢に発症し,その機能が廃された旨主張し,上記既払金を控除しても,1審
原告ら主張の損害額をはるかに上回る損害を被ったとして,上記請求を争った。
2原審裁判所は,1審原告らの1審被告に対する上記損害賠償債務が981万
0271円を超えて存在しないことを確認する限度において1審原告らの請求
を認め,その余の請求をいずれも棄却した。
3そこで,これを不服とする1審原告ら及び1審被告の双方が本件各控訴を提
起した。
なお,1審原告B所有の加害車両について自動車損害賠償責任保険を締結し
ている補助参加人が1審原告らのために補助参加した。
また,1審被告は,当審において前記の反訴を提起したところ,1審原告ら
は,同反訴の提起については同意できない旨を述べた。
第3当事者の主張
1争いのない事実等(証拠により認定する事実以外は,すべて当事者間に争い
がない)。
()平成13年11月16日,1審原告A運転の加害車両が1審被告(昭和31
6年4月25日生)運転の被害車両に衝突する本件事故が発生した。
()1審被告は,本件事故により本件各傷害を被り,平成14年5月18日に2
症状が固定したとの診断を受けた。
()責任原因3
ア1審原告Aは,加害車両を後退させる際,後方の安全を確認すべき注意
義務があるのにこれを怠り,被害車両に気づかないで後退し,加害車両を
被害車両に衝突させた過失がある(甲第2号証,当審における1審原告A
本人尋問の結果〔以下「1審原告Aの供述」という〕及び1審被告本人。
尋問の結果〔以下「1審被告の供述」という。。〕)
したがって,1審原告Aは,民法709条に基づき1審被告の被った
損害を賠償する責任がある。
イ1審原告Bは加害車両の保有者であり,1審原告Cは加害車両の運行供
用者である(甲第4号証)から,いずれも自賠法3条に基づき,本件事故
により1審被告の被った損害を賠償する責任がある。
()1審被告が,本件事故に基づき,本件口頭弁論終結時までに,支払を受け4
た金額は451万円を下らない。
()1審原告らは,1審被告に対し,既払金451万円を控除すると,39万5
7608円を超えて本件事故による損害賠償債務は存在しない旨を主張する
のに対し,1審被告は,1審原告らに対し,既払金を控除しても1億022
3万5758円の損害賠償請求権を有するとしてこれを争っている。
2争点及び当事者の主張
()RSD発症の有無,機能障害の内容・程度について1
【1審被告の主張】
アRSDの発症
1審被告は,本件事故により,D整形外科(E医師)を受診し,本件各
傷害を負った旨の診断を受け,同外科の平成14年5月18日(症状固定
時)付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(以下「後遺障害診断
書」という。甲第19号証)には,圧痛著明,運動痛,知覚障害,知覚過
敏,知覚鈍麻,左手指腫脹,左手指の屈曲不十分,左握力は0∼1.0㎏,
左肩甲部・背部への放散痛が著明,頸椎は前屈時に直線化している旨が記
載された。
その後,1審被告の左上肢(左肩,左肘,前腕,左手,左手指)及び頸部
には,本件事故に起因するRSDに基づく機能障害が生じた。
このことは,①F病院(医療法人G)脳神経内科H医師(以下「F病院」
という)において,平成14年10月31日,1審被告が本件事故によ。
り左上肢にRSD(カウザルギー)を発症した旨診断されたこと(乙第32
号証),②I病院整形外科J医師(以下「I病院」という。)も1審被告が
外傷性頸部症候群,RSDであって左上肢機能の全廃にて後遺障害等級
(以下「障害等級」という。)2級相当である旨の所見を示したこと(乙第
,21号証の1,2),③K労働基準監督署も,平成15年6月9日付けで
1審被告の労働災害の障害等級を7級3号と認定して支給決定をしたが
(乙第3号証の1ないし3,その決定理由において左上肢のRSDを認)
めていること(乙第12号証),④D整形外科は,同年10月19日付け後
遺障害診断書に外傷による左肩,左上肢のRSD(カウザルギー)である旨
を診断したこと(当審提出の乙第47号証)からも明らかである。
イ内容及び程度
1審被告は,上記RSDにより,次のとおり機能障害を生じた。
(ア)左上肢
①左手指の機能では関節可動域はほぼ0度であり,筋力も消失又は著
減であるから,1手の5の手指の用を廃したものとして障害等級7級
7号である。
②左肩の関節可動域は,右側に比べて極峡の角度であり,筋力も消失
又は著減であるから,肩関節の用を廃したものである。
③左肘の関節可動域は,右側に比べて3分の2の角度であり,筋力も
消失又は著減であるから,肘関節の用を廃したものである。
④前腕の関節可動域は,右側に比べて9分の8の角度であるが,筋力
も半減しているから,前腕関節の用を廃したものである。
⑤左手の関節可動域は,右側に比べ極峡の角度であり,筋力も消滅な
いし著減であるから,左上肢の手肩関節の用を廃したものである。
⑥以上,②から⑤は,いずれも障害等級8級6号に該当するところ,
これに①を併せると,1審被告は,左上肢の用を廃したものとして5
級4号に該当する。
(イ)脊柱
頸部の前・後屈,右・左屈の各可動は極峡の角度であり,筋力も半減
であるから,頸部の軟部組織に明らかな器質的変化(RSD)が認められ,
その主要運動の可動域が健常者の2分の1以下に制限されているもので
ある。
よって,1審被告は,脊柱に著しい運動障害を残すものとして6級4
号と認められる。
(ウ)障害の程度
以上によると,1審被告の障害の程度は,労働者災害補償保険法施行
規則14条2項,3項により5級4号と6級4号を併合し,併合3級と
認められるから,労働能力喪失率は100%である。
ウ1審被告が左手・左腕・体幹でできない動作等は,乙第46号証に記載
のとおりである。1審原告ら及び補助参加人は,1審被告のRSDを否認
し,当審で甲第31ないし35号証(写真・ビデオテープ)を提出して,詐
病であると主張するが,それらは1審被告の動作を遠方から隠し撮りして
編集したビデオにすぎず,正確な測定等は不可能であるし,相当な根拠も
なく,1審被告を詐欺呼ばわりするものであって,1審被告は1審原告ら
及び訴訟代理人に対し謝罪を求める。
【1審原告らの主張】
アRSD発症の有無,機能障害の内容・程度についての反論
(ア)1審被告にRSDの発症はないこと
①RSDの主徴は,疼痛・腫脹・関節硬直・皮膚変色の4つであり,
その他の徴候としては,血管運動の不安定性・発汗・皮膚温・骨萎縮
・皮膚栄養障害・手掌腱膜炎があるところ,この4主徴のすべてがあ
って,その他の徴候も大部分ある場合に疑診となるが,確定診断には
交感神経の関与があることの証明,すなわち交感神経遮断によって明
らかな改善が得られることが必要である(甲第36号証)。
しかし,1審被告が根拠として挙げるいずれの医師の診断も,RS
Dに関する精査を踏まえたものではなく,また,RSDに対する積極
的な治療がされた形跡もない。損害保険料率算定機構L自賠責損害調
査事務所(以下「自賠責損害調査事務所」という)も明確にRSD。
と認めることは困難としている(甲第29号証)。
②RSDの浮腫は,初期に見られるが,病気の進行とともに萎縮性変
化が見られることが多いのであって,1審被告のように初期に見られ
なかった浮腫が数年後に出現するのは不自然である。
③1審被告には,D整形外科を受診した当初から平成14年3月31
日までの間に左上肢の脱力感・痺れがあった(第6号証)ところ,甲
同年5月18日になると,左上肢から手指の運動障害,左背部から左
上肢の知覚異常等の症状を呈しており(甲第19号証),同年4月1日
以降に急激な症状の増悪が認められ,I病院の平成15年1月22日
付け身体障害者診断書・意見書(乙第21号証の1,2)では左上肢機
能全廃とされるに至っている。
このような一定期間を経過した後に増悪する症状の経過は,外傷に
伴う症状経過としては首肯し難いものである。
④F病院は,自賠責損害調査事務所に対し,皮膚所見,皮膚温低下,
筋萎縮(軽度)があり,他に原因がないため,不全型であるがRSDと
診断した旨,I病院は,受診直後から症状があったわけではなく,約
半年経過して理学療法を開始してから急に症状が進行した経過を見る
と,外傷そのものの症状というよりも,自律神経の関与を強く疑った
旨を各回答している。また,1審被告は,上記各病院に1ないし2日
受診したにすぎないし,上記各病院がRSDを疑って積極的に治療を
した形跡も見られない。
⑤I病院の身体障害者診断書・意見書によると,左上肢の周径は健側
と比較して0.5センチ細いのみであり,明らかな筋萎縮の所見は認
められない。
(イ)当審における鑑定人Mの鑑定の結果(同鑑定人尋問の結果を含む。以
下「M鑑定」という)について。
①M鑑定は,左上肢の症状をRSDないしCRPSによるものである
可能性が高いとするが,故意に四肢を緊縛し血流を遮断することによ
って類似の病態を作出することは可能であり,たった1回の診察で故
意により作出された症状かどうかを見分けることは困難と思われる。
②M鑑定資料()の平成17年10月31日付け左上肢機能評価書と7
D整形外科作成の平成14年3月31日付け後遺障害診断書(甲第1
6号証)の左肩関節及び頸椎部の運動障害を比較すると,前者の方が
かなり悪化している。また,M鑑定資料()の平成17年10月304
日撮影の左手の写真と,平成16年3月10日撮影の左手の写真(乙
第61号証の2の下段)を比較すると,前者の方がかなり悪化してい
る。
しかるに,1審被告において平成14年3月31日の後遺障害診断
書作成以前も以後もRSDの専門医を受診した形跡はない。このよう
に左上肢の症状が悪化しているにもかかわらず,専門医を受診し,治
療を受けていないのは極めて不自然であり,詐病の疑いがある。
③M鑑定は,左上肢に廃用性の骨萎縮や筋萎縮が実際にあるかどうか,
1審被告の症状が甲第31号証(ビデオ)と矛盾しないかどうかを検討
しないまま結論に導いており,問題がある。
(ウ)以上によると,1審被告の左上肢にRSDの発症を認めることはでき
ない。
イ機能障害の内容及び程度
(ア)自賠責損害調査事務所は,1審被告の後遺障害を併合11級と判定し
たが,その理由は次のとおりである(甲第29号証。)
①受傷当初から左上肢の脱力感,痺れの神経症状が存在し,D整形外
科は左手指の腫脹を,F病院は左手のうっ血,冷感等を認めており,
カラー写真上もこれを確認できる。したがって,頸椎捻挫後の頸部か
ら左上肢にかけての神経症状は,他覚的に証明されたといえるから,
「局部に頑固な神経症状を残すもの」として12級12号を適用する
のが相当である。
②左肩関節可動域制限については,Ⅹ線上は明らかな異常所見は認め
られない。しかし,その経過や他動値も制限されていることを考慮し,
左肩関節捻挫後の拘縮に起因すると捉えることとし,その障害の程度
については,屈曲・伸展及び外転の運動可能領域が健側の3/4以下
に制限されていることから「左肩)関節の機能に障害を残すも,(
の」として12級6号を適用する。
(イ)以上のとおりであるから,1審被告の障害等級は,併合11級と認
めるのが相当である。
ウ乙第46号証中には,1審被告は,①左手で扉の開閉ができず,ノブを
回せないこと,②(左手で)お盆を持てないこと,③左上肢を使えないこと
等の記載がある。
しかし,当審で提出した甲第31ないし35号証のとおり,①②につい
ては,1審被告は,平成15年8月22日,右手に荷物を持ち,左手で建
物出入口ドアを開けていること,③については,1審被告は,同年8月3
0日,外食産業の店で椅子に腰掛け,左手で自分の顔を拭いていること,
また,1審被告は,同月22日,車を運転しながら左手を自分の口へ持っ
ていっていることから,左上肢を使えないというのは真実ではない。
【補助参加人の主張】
アRSD発症の有無
1審被告の主張を前提にすると,3年以上,左上肢の痛みで全く動かせ
ない状態が続いていることになる。そうすると,それに起因する廃用性に
伴う所見(筋萎縮,骨萎縮と,皮膚温の低下・皮膚の萎縮)を見出せるはず
である。そこで,この点について検討する。
(ア)筋萎縮
左上肢が全廃となる重篤な症状が存在すれば,重い筋萎縮が現認でき
るはずであるところ,①平成14年12月24日付けI病院の所見(甲
第44号証)では筋萎縮がないこと,②同年10月31日付けF病院の
所見では筋電図は正常下界くらいで著変はないこと(甲第43号証),③
L労働局地方労災医員N医師作成の平成15年12月20日付け鑑定意
見書(以下「N意見」という。乙第50号証の14,15頁)は,視診上
左上肢に認めるべき筋萎縮はない旨回答していることからすれば,1審
被告の左上肢に筋萎縮はなく,左上肢全廃とはいえない。
(イ)骨萎縮
①N意見のX線所見として,左手には,健側に比し,明らかに骨萎縮
がみられる旨の記載がある(乙第50号証15頁)。しかし,I病院の
平成14年12月24日付け所見(甲第44号証),D整形外科の平成
15年10月9日付け後遺障害診断書(乙第87号証)及びカルテ(甲
第41号証)には,骨萎縮に関する記載はないこと,同整形外科の平
成14年12月31日付け骨密度の検査結果では,同一年齢の平均骨
密度と比較して111%に相当するとの所見があること(乙第87号
証)等に照らすと,1審被告に骨萎縮が存在し,左上肢の全廃が生じ
ているとはいえない。
②M鑑定は,1審被告の患肢を目視し,写真撮影した以外には,客観
的な諸検査を行っていない。しかし,RSDによる骨萎縮と筋萎縮は
使用しないことから生じる「廃用性の萎縮」だけでなく,血流の不全
による萎縮が加わることから,骨折等による場合とは異なり,早期に,
かつ,大きな萎縮が認められるはずである。したがって,1審被告の
場合,肩関節から指先まで,M鑑定の指摘するような重篤な状態なら
ば,相当進んだ骨萎縮(筋萎縮)も認められるはずである。しかるに,
M鑑定は,骨シンチグラフィーによる骨萎縮の検査はもとより,単純
X線写真も,RSDないしCRPSに特異的ではなく,補助的手段と
しての意味を有するにすぎないとして実施しておらず,その理由を理
解できない。
③皮膚温の低下・皮膚の萎縮等皮膚の変化
F病院の平成14年10月13日付け所見では,左手のうっ血,冷
えが客観的に見られたこと(甲第43号証),I病院の平成15年12
月20日付け所見では,左手掌,手背ともに光沢を帯びた軽度暗褐色
を呈し,特に手指に浮腫性腫脹があったことに照らすと,1審被告の
左上肢に,ある程度の皮膚温の低下等の変化が現認できるかもしれな
いが,著しい皮膚の萎縮は認められないようである。
また,I病院は,平成14年12月24日の診断の際には,皮膚状
態の発赤,蒼白,チアノーゼについては認められなかった旨回答し,
皮膚温については回答していないこと(甲第44号証),D整形外科も
前記診断書において皮膚の変化に関する明確な記載をしていないこと
からすれば,皮膚の変化についても,左上肢の全廃状態を推認できる
ような重篤なものではないと判断してよい。
(ウ)以上によると,RSDにより左上肢の全廃であるとの1審被告の主張
と整合性のある検査所見は存在せず,1審被告は,左上肢を相当程度動
かせているからこそ,筋萎縮も骨萎縮も生じていないし,皮膚の状態も
重篤な変化を来していないものと考えられる。
この点について,K労働基準監督署は,労災認定の中で,関節の拘縮,
骨の萎縮,皮膚の変化という慢性期の3つの症状が認められたことから,
1審被告の症状をRSDと判断している。しかし,筋萎縮も骨萎縮も皮
膚の変化も認められないか,仮に認められるとしても比較的軽度であり,
1審被告の自覚症状との整合性に問題が残る以上,RSDと判断するこ
とは早計の感を否めない。
イ機能障害の内容及び程度
(ア)1審被告は,M鑑定を援用して左上肢の各関節の可動域制限と筋力の
程度を理由に左上肢の全廃を主張する。
しかし,関節の拘縮が認められる場合には,その程度によっては関節
機能障害として等級認定されることになるが,単なる疼痛に伴う可逆的
な可動制限であれば,回復が見込まれるので後遺障害と判断することは
できないところ,1審被告については,関節拘縮が不可逆的であり,回
復が困難であることを裏付ける証拠はないから,左上肢が全廃である旨
の1審被告の上記主張は首肯できない。また,現時点では,強度の疼痛
のため,左上肢が全廃になっていることを裏付ける所見もない。
(イ)1審被告主張の脊柱の運動障害については,労災基準で脊柱の運動障
害を認める前提とされている脊椎圧迫骨折・脱臼等の器質的変化が認め
られないのであるから理由がない。
(ウ)以上によると,1審被告の障害等級は12級であると認めるのが相当
である。
()損害2
【1審被告】
ア治療関係費等176万0438円
(ア)治療関係費173万7168円
①治療費その177万8678円
②治療費その22万7570円
③通院費8万2320円(9.8キロ×2回
×105日×40円/㎞)
④看護料・自宅介護料
73万6000円(4000円×184日)
⑤看護料・通院介護料
11万2600円(2000円×63日)
なお,1審被告のD整形外科への通院は,労災アフターケアのため
に,症状固定後も続いている。
(イ)文書料(診断書)1万3000円(2000円+5000円
+6000円)
(ウ)その他1万0270円
①事故車運搬費用2670円(460円+210円+2000円)
②家族駆け付け費用(警察署で事故車ドアロック)2000円
③事故日の応急病院搬送及び帰宅費用(パート営業員が介護)
5600円(1400円×4時間)
イ休業損害184万8670円
(ア)実休業日数(平成13年11月16日から平成14年5月18日まで
の184日間)
(イ)家事従業者の休業損害(交通事故損害賠償額算定基準,いわゆる赤本
による)。
30万5600円(月額)×12か月
÷365日×184日=184万8670円
ウ通院慰謝料300万円
赤本による基準では,通院6か月であるから116万円であるところ,
184日間の激しい疼痛があったから,特別加算により184万円を加算
し,300万円が相当である。
エ逸失利益5369万8809円
(ア)女子年齢別平均給与額
366万7200円(月額30万5600円×12か月)
(イ)労働能力喪失率は,前記のとおり左上肢全廃5級と脊柱機能障害6級
を併合した障害等級3級であり,したがって100%である。
(ウ)就労可能年数とライプニッツ計数
本件事故当時40歳,係数14.643
(エ)以上によると,逸失利益は5369万8809円である。
(計算式)366万7200円×100%×14.643
オ慰謝料2270万円
(ア)障害等級3級の後遺障害慰謝料1990万円
(イ)補助参加人に対する9回の異議申立の慰謝料90万円
(ウ)損害保険料率算出機構の鑑定・診察調査義務違反の慰謝料90万円
(エ)1審原告ら代理人の信義則違反による慰謝料50万円
(オ)1審原告らの損害防止義務違反による慰謝料50万円
カ将来の損害2373万7841円
(ア)将来の治療費861万3261円
(計算式)
月7回×5844円(平成17年8月分から平成18年1月分まで1
日当たり平均治療費5844円)×12か月×17.546
(イ)将来の通院交通費115万5509円
月7回×9.8㎞×2回×40円×12か月×17.546
(ウ)将来の通院介護費168万4416円
月4回×2000円×12か月×17.546
(エ)60歳以降の介護費1028万8620円
365日×2000円×14.094
(オ)補装具購入費用74万0441円
①手袋(縫い目なし)21万0552円
1組2000円×3組×2(夏・冬)×17.546
②ホットカイロ52万9889円
1個100円×2個×151日(冬)×17.546
(カ)日常生活用具購入費用6万4490円
①ドライヤー(スタンド式)1万円
②フードミキサー器具(スライス,みじん切り等)1万4490円
③自動食器洗い器4万円
(キ)住宅改造費用27万円
①浴室の介護用取っ手1万円
②介護用シャワー器具1万円
③風呂釜バランス釜を介護用に交換(ボタン式)25万円
(ク)自動車改造費用92万1194円
①障害者用ハンドルグリップ器具10万円
(5年ごとに)2万円×5回
②バック運転用カーナビテレビ40万円
(10年ごとに)20万円×2台
③洗車費用42万1104円
月4回×500円×12か月×17.546
キ遅延損害金の利率
1審原告らが補助参加人から受領する保険金については商事法定利率年
6%で算定されるところ,1審被告の損害賠償請求が年5%であれば,1
審原告らは差益1%を不当に利得することになる。
よって,遅延損害金の利率は年6%が相当である。
クまとめ
以上アからカまでの合計額から既払金451万円を控除すると,損害額
の合計は1億0223万5758円となるから,1審被告は,1審原告ら
に対し,同金員及びこれに対する不法行為の日である平成13年11月1
6日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払
を求める。
【1審原告ら】
1審被告の本件事故による損害は,次のとおり合計490万7608円を
超えない(したがって,既払金451万円を控除すると,39万7608円
を超えない)から,これを超える1審被告の損害の主張は争う。。
ア治療費80万6248円
(ア)D整形外科(甲第6ないし21号証)
平成13年11月16日から平成14年5月27日までの治療費73
万8808円
(イ)Oクリニック(甲第23,第24号証)
平成14年5月23日の治療費6万7440円
なお,1審被告が本件事故によって被った傷害は,平成14年5月18
日に症状固定となっている。したがって,それ以降の治療費は,本件事故
とは相当因果関係がない。
イ通院交通費4万1160円
1審被告宅からD整形外科まで片道約9.8㎞であるところ,1審被告
は,自家用車で105日間通院したので,通院交通費は4万1160円と
なる。
なお,通院介護の必要性は認められない。
(計算式)20円×9.8㎞×2(往復)×105日
ウ休業損害12万3200円
(ア)1審被告は,本件事故当時,P保険株式会社のパート社員であり,代
理店を回って自賠責保険金の集金業務を行っていた。しかるに,本件事
故による受傷のため同業務を平成13年11月19日から同年12月2
1日までの間に22日間欠勤した。
1審被告の時給は1400円であり,1日の実働は4時間であるから,
休業損害は12万3200円となる(甲第24,第25号証。)
(算式)1400円×4時間×22日=12万3200円
(イ)1審被告は,平成13年12月22日から従前どおり集金業務に従事
しており,家事を休んでいるとは思われないから,本件事故から症状固
定時までの間の労働能力制限を40%と認め,休業損害を算定した原判
決は不当である。
エ傷害(通院)慰謝料62万7000円
オ逸失利益について
(ア)原判決は,1審被告の労働能力喪失率を18%と認定しているが,1
審被告が自動車を運転して通常どおり集金業務をしていることに照らす
と,労働能力喪失率はせいぜい5%程度である。
(イ)原判決は,労働能力喪失期間を20年間として逸失利益を算定してい
るが,1審被告の頸部から左上肢の神経症状は,むち打ち症であるから,
労働能力喪失期間としては5年から10年が相当である。
(ウ)左肩関節の機能障害による労働能力喪失期間も左肩関節捻挫後の拘縮
によるものであると考えられるから,同様の期間と認めるのが相当であ
る。
(エ)1審被告は,専業主婦が家事労働に使う時間の半分程度をパート業務
に使用しているから,その休業損害や逸失利益を認定するに際しては,
女子労働者の平均賃金額を基準にすべきではなく,その半分程度を基準
にすべきである。
カ後遺障害慰謝料331万円
1審被告の後遺障害は,前記のとおり併合11級であるから331万円
であると認めるのが相当である。
【補助参加人】
1審被告の損害の主張は争う。
()寄与度減額について3
【1審原告ら】
仮に,1審被告がRSDを発症しているとすれば,それは1審被告のR
SDにかかり易い心因的要因によるものでもある上,1審被告が,RSD
に関する専門医の治療を受けずに病状の悪化を招き,損害を拡大させたの
であれば,その責任は1審被告にもある。
したがって,1審被告の被った損害の全部を1審原告らに負担させるの
は公平ではないから,民法722条の類推適用により,損害賠償額につい
て相当程度の減額をすべきである。
【1審被告】
上記主張は争う。
従来,RSDは,精神・心理学的要因により発症するとされていたが,
今日では,RSDの結果として心因性の障害が惹起されるという見解に統
一されており(乙第93号証の1),ストレス等の精神的要因や素因として
,の性格との関連については証明されていない(M鑑定資料3)。したがって
1審被告のRSDは,心因性の要因から生じたものではない。
第4当裁判所の判断
1反訴の提起及び本訴の確認の利益
()1審原告らは,1審被告の当審における反訴の提起に同意しない。1
しかし,そもそも控訴審における反訴の提起に相手方の同意を要する(民
事訴訟法300条1項)とされている理由は,それが相手方の審級の利益を
奪うおそれがあるからであって,そのような不利益を与えるおそれのないも
のについては,相手方の同意を要しないと解されるところ(最高裁判所昭和
38年2月21日第一小法廷判決民集17巻1号198頁参照),本件は,
1審原告らが1審被告に対し,本件事故に基づく損害賠償債務の不存在確認
を求めて本訴を提起したのに対し,1審被告が当審において1審原告らに対
し,本件事故に基づく損害賠償を求めて反訴を提起したものであり,両訴え
は攻撃防御方法をすべて共通にしている上,実質的にも,1審原告らと1審
被告は,原審以来,本件事故による損害賠償請求権の存否及び賠償額の内容
を争ってきたものであって,1審被告による反訴の提起が,1審原告らの審
級の利益を奪うものでないことは明らかである。
したがって,1審被告の当審における反訴の提起については,1審原告ら
の同意を要しないと解されるから,同反訴の提起は適法である。
()次に,1審被告の反訴の提起が上記のとおり適法である以上,1審原告ら2
の本訴にかかる損害賠償債務の不存在確認を求める訴えは,もはや確認の利
益を失ったというべきであるから,1審原告らの上記各訴えは,いずれも不
適法として却下を免れない(最高裁判所平成16年3月25日第一小法廷判
決民集58巻3号753頁参照)。
2RSD発症の有無,障害の内容・程度について
()本件事故の状況1
ア甲第2号証,第3号証の3,第4,第5号証,第141号証,乙第10
1,第111号証,1審原告A及び1審被告の各供述によると,次の事実
が認められる。
(ア)1審原告Aは,加害車両(トヨタクラウン・平成13年6月登録)を運
転し,助手席に母親,後部座席に祖母を乗せて本件事故現場にさしかか
った。
本件事故現場は三車線道路であり,加害車両は一番左側の車道を進行
中に右折しようとしたが,前方に信号待ちの他車が停車していたため,
いったん後退してから車線変更しようと思い,後方を確認することなく,
ギヤをバックに入れて後退した。
(イ)1審被告は,被害車両(日産サニー・平成3年6月登録)を運転し,加
害車両の後方に,車2,3台分の距離を置いて停止していたが,加害車
両が被害車両に向かって後退してきたことから,危険を感じ,左手をハ
ンドルに添えて身構え,衝突の瞬間まで加害車両の動向を注視し,右手
で警笛を数回鳴らした。
しかし,1審原告Aは,被害車両に気づかないでそのまま後退して衝
突した。
当時,1審被告は,シートベルトを締めていた。
(なお,衝突の瞬間の加害車両の速度は必ずしも明らかではないが,道
路交通法に定める徐行の速度〔すぐに停止できる速度〕よりは出ていた
と認められるが,10㎞毎時を大幅に超えていたものとは認められな
い。)。
(ウ)1審原告A及び上記同乗者2名は,衝突するまで被害車両に気づかず,
衝突の際に防御姿勢をとることはできなかったが,身体を車内の器物に
衝突させたり捻ったりすることはなかった。
また,1審原告A及び同乗者らは,何らの傷害も負わなかった。
(エ)1審原告Aは,本件事故に気づくや,1審被告のもとに赴き,怪我の
有無を尋ねたところ,1審被告は「分からない」と述べた。そこで,。
1審原告Aと1審被告は,各自運転して本件事故現場近くのQ警察署に
赴き,本件事故を申告した。
警察官の立会の下,両車両を確認したところ,両車両に凹痕のような
目立った衝突痕はなく,加害車両のリヤバンパーに被害車両の塗料が付
着していた程度であった。
(オ)しかし,1審被告は,その後,気分が悪くなってきたことから,同日,
1審原告Aに対し,その旨を電話で伝え,直ちにD整形外科を受診した。
イ上記認定の本件事故の態様に照らすと,加害車両が1審被告に与えた
衝撃の程度は,比較的軽微なものであったことが認められる。
()1審被告の受診状況,診療経過2
アD整形外科(甲第6,第8ないし11号証,第16ないし19号証,第
41,第45ないし138号証,乙第31号証,第33号証の1,2,第
35号証の3,第72,第86号証)
(ア)本件事故当日である平成13年11月16日,頸部痛と左背部痛,頭
痛のほか,左頸部と背部及び左肩関節部に著明な圧痛があった。その他,
左上肢脱力と痺れ及び左肩痛も存在した。また,左上肢については,挙
上困難,関節の可動域制限があり,頸椎捻挫及び左肩関節捻挫である旨
の診断を受けた。しかし,X線検査では頸椎,胸椎,肩に骨損傷はなか
った。
翌17日,左上肢の挙上不能,左手指の浮腫が生じ(甲第44,第4
5号証,手指の可動性も狭くなり,同月23日ころには,左第7肋骨)
骨折も判明した。
その後,同月30日までの間,①背中の知覚過敏(撫でるだけでも痛
い),②頸椎の運動障害及び疼痛,③左肩関節の運動痛及び圧痛,④左
上肢の脱力感及び痺れ,⑤左前胸部及び左背部の疼痛などが出現し,体
動も困難な状況になった。
1審被告は,点滴,湿布,頸部固定シーネ,バストバンドを装着し,
理学療法等の治療を受けた。
(イ)その後,平成14年3月31日付け後遺障害診断書(甲第16号証)
において,1審被告の本件事故による後遺障害は,同日,症状が固定し
た旨の診断があったが,以後も理学療法,点滴,湿布等の治療が行われ,
同年5月27日付け後遺障害診断書(甲第19号証)において,症状固
定日が同年5月18日に訂正された。
同診断書には,①傷病名は本件各傷害であること,②自覚症状として
は,頭痛,頸部痛,左背部痛,左肩関節痛,左上肢痛,左背部から左上
肢の知覚障害,左上肢から手指の運動障害,知覚鈍麻,知覚過敏である
こと,③他覚症状及び検査結果として,前頸部,後頸部に圧痛が著明に
残存し,下部頸椎より胸椎中央部の棘突起部の圧痛が著明に残存してい
ること,④左肩関節前側部に圧痛及び運動痛が強く残っていること,⑤
後頸部から左背部までの知覚過敏が著明であり,左上腕部知覚過敏も強
い反面,左前腕部から手指にかけて知覚鈍麻が強く認められること,⑥
左手指の腫脹もあり,手指の屈曲が不十分で左握力は0ないし1.9㎏
であること(右側は20㎏),⑦ジャクソンテストでは左肩甲部及び背部
への放散痛が著明であるり,上下肢腱反射はやや亢進し,ホフマン反射
は陽性であること,⑧レントゲン検査では頸椎の前屈時に直線化が見ら
れるが,MRIでは圧迫所見は認められないこと,⑨頸部の運動障害検
査では,前・後屈20度(同年3月31日当時は前屈40度,後屈35
度。以下,かっこ内は同時期の数値),右屈20度(30度),左屈25
度(30度),右回旋35度(60度),左回旋30度(45度)であること,
⑩肩関節機能障害検査は,他動では屈曲・右180度(同),左90度
(110度),伸展・右左50度(同),外転・右180度(同),左95度
(110度),内転・右左0(同),外旋・右左60度(同),内旋・右左8
0度(同),自動では屈曲・右180度(同),左80度(100度),伸展
・右50度(同),左40度(同),外転・右180度(同),左85度(1
00度),内転・右左0(同),外旋・右60度(同),左50度(同),内
旋・右左80度(同)であること等を内容とする所見を示した。
この間,同年5月21日には背部のピリピリ感があり(甲第135号
証1頁),6月13日には左上肢の痺れ感や,左手背部に浮腫が見られ
た。1審被告は,左手先(母指を除く)がジンジンし,毎日のことな。
のでイライラ感が増しているとの苦境を述べた(同号証3頁)。
同年7月22日の理学療法の際,痛みを訴えたことから,同療法をい
ったん中止したが,まもなく再開された。
(ウ)平成14年10月,背部痛,呼吸困難,左背部・頸椎・上腕部の知覚
過敏,中手指の拘縮がみられ,11月3日には筋電図に異常はないが,
RSDであるとの所見が示された(同号証11頁)。
同年12月11日,1審被告は,左手も使うようにし,右手のみで運
転できるように車を改良している旨を述べた。
同月中旬ころから,肩甲上神経ブロックが繰り返し行われるようにな
った。
(エ)平成15年10月9日付け後遺症診断書(乙第47号証)において,1
審被告の症状は,①外傷による左肩・左上肢のRSD(カウザルギー)で
あること,②頸部痛,左肩から左上肢の知覚障害(知覚過敏・知覚鈍麻),
左肩から左上肢の関節拘縮,左手指の浮腫があること,③左上肢の実用
性の著明な低下がみられ,左手は廃失状態であること,④平成14年5
月18日に症状が固定したこと等の所見が示された。
この間,平成15年5月27日,1審被告は,左手に手袋をしている
と楽である旨述べた(甲第135号証)。
(オ)平成15年11月24日付けL労働者災害補償保険審査官宛の症状所
見書(以下「症状所見書」という。乙第87号証の99頁)において,D
整形外科は,①頸部症状と左肩痛,左背部痛,左上肢脱力,痺れ等が著
明に出現したこと,②頸椎固定シーネで頸部を固定して鎮痛剤・湿布を
し,頭痛については鎮痛目的の点滴を行い,運動障害に対して理学療法
等で治療していること,③受傷後数日し,左前胸部痛,圧痛も強く出現
し,レントゲン検査で左第7肋骨骨折が見られたため肋骨固定バンドで
固定したこと,④症状は少しずつ軽減,改善傾向にあったが,左背部痛
は頑固強く持続したこと,⑤頸椎及び左関節部の可動域及び疼痛は緩解
と増悪を繰り返しながら少しずつ改善していたが,左上肢の脱力感と左
手指の運動性の低下は持続していたこと,⑥平成14年3月31日当時
の症状は,頸椎の可動域制限,左肩関節の機能障害と疼痛及び左上肢の
脱力と背部痛が中心であったこと,⑦同年5月18日当時の症状は,左
背部から左上肢の知覚障害(知覚過敏,知覚鈍麻)と左手指の運動障害及
び腫脹が著明に出現したこと,⑧左背部から左肩,左上腕部にかけて灼
熱痛,左手指の腫脹も存在すること,⑨頸椎の可動域は前屈20度(生
理的には60度。以下,同様),後屈20度(50度),右屈20度(50
度),左屈25度(50度),右回旋35度(60度),左回旋30度(60
度)であり,肩関節の可動域は,屈曲・右180度,左80度,伸展・
右50度,左40度,外転・右180度,左85度,内転・右左0度,
外旋・右60度,左50度,内旋・右左80度であること,⑩現存して
いる障害は,頸椎捻挫,左肩関節捻挫に引き続き発生した反射性交感神
経性カウザルジア(ジストロフィー)と思われ,そのため頸部より左上肢
の疼痛と左手指の浮腫及び運動機能障害が発生持続していると考えられ
ること,⑪症状は難治性であり,今後,増悪の可能性もあり,長期の治
療が必要と思われること等の所見を示した。
イOクリニック(甲第22,第42,第45号証,乙第34,第86,第
87号証)
1審被告は,D整形外科の紹介で,平成14年5月23日,脊椎・脊髄
疾患検査を受けた(甲第42,第87号証)。
左頸部,左背部,左腕に疼痛があったが,神経学的検査及びMRI検査
によっても頸椎,胸椎,頸髄,胸髄に異常はなく,外傷性頸椎椎間板ヘル
ニア,外傷性胸椎椎間板ヘルニアも見当たらなかった。ただし,左右胸腔
内液貯留が認められたことから肋骨等の損傷が疑われた(甲第42号証,
乙第34号証)。なお,平成15年11月24日付け症状所見書において
も同様の所見が示された。
ウF病院(甲第43号証,乙第32,第86,第87号証)
1審被告は,D整形外科の紹介により,RSDの疑いで,左上肢痛(手
腕外側,背部,肩)の検査のため,平成14年10月15日から同月31
日にかけて受診した。
後頭部,頸部,左上肢,左肩甲部の腫れが見られたほか,左肩から鎖骨
上窩部への痛み,左手の痛覚過敏があった(乙第87号証)。
MRI検査の結果,頸椎・胸椎に異常はなく,脊柱管も十分広く,配列
・椎間板・神経孔も良好であり,筋電図(神経伝導検査)も正常下界で著見
はなかった。
同病院は,左肩痛・圧痛,左手うっ血傾向,左前腕は明らかに右前腕に
比べて冷たい,前腕やや萎縮し,左上肢やや細い・廃用,左肩痛覚過敏,
複合筋活動電位(下界)である等としてRSDと診断した。
エI病院(甲第44号証,乙第21号証の1,2)
(ア)D整形外科の紹介で,平成14年12月24日と平成15年1月18
日の2回受診した。I病院は,皮膚に物が触れただけで激痛が誘発され
るなど感覚障害が存在すること,疼痛のために左上肢のほとんどを動か
せないこと,ごく軽い圧迫で疼痛を誘発すること,疼痛の範囲は頸部,
後頭部,左上肢全体,左肩甲部から背部にかけて存在すること,皮膚状
態に腫脹はなく発赤・蒼白・チアノーゼもないこと等の所見を示した
(甲第44号証13頁)。
(イ)平成15年1月22日付け身体障害者福祉法15条3項の意見書(乙
第21号証)の中で,同病院は,①本件事故により頸部を負傷し,左肩
甲部から上肢の疼痛を生じ,約6か月の加療後に理学療法を開始したと
ころ,左上肢の疼痛が増強し,筋力低下も合併して左上肢の疼痛及び異
常感覚のため,左上肢が全く使用不可能であって,RSDと考えられる
こと,②関節可動域及び筋力テストの結果,屈曲・外転等において,左
側の頸部・体幹・肩・肘・前腕・手・指に可動域制限と筋力の低下が見
られ,左上肢機能は全廃であり障害等級2級相当であること,③左上肢
に異常感覚,弛緩性麻痺があること,④上肢・上腕周径・前腕周径はい
ずれも左側が右側よりも5㎜短く,握力は左側ゼロ,右側14㎏であっ
たこと,⑤上肢機能評価は,他動で,頸(前屈20度,後屈25度,左
屈10度,右屈5度),体幹(前屈0度,後屈5度,右・左屈5度),肩
(屈曲・右150度,左10度,伸展・右35度,左10度,外転・右
150度,左10度,内転・右左0度,外旋・右90度,左5度,内旋
・右90度,左45度),肘(屈曲・右135度,左95度,伸展・右左
,0度),前腕(回外・右95度,左40度,回内・右85度,左40度)
手(掌屈・右90度,左30,背屈・右85度,左30度,中手指節)
(屈曲・右60ないし100度,左30ないし45度,伸展・右55度
〔母指10度,左0度),近位指節(屈曲・右90ないし110度,左〕
15ないし30度,伸展・右0度〔右母指のみは10度,左0度)で〕
あること,⑥左上肢の筋力は消滅ないし著減であること,以上の所見を
示した(同年3月11日付け身体障害者福祉法15条3項の意見書も同
様。甲第44号証9頁。)
なお,同病院は,同年11月17日付け症状所見書(同号証16頁,
乙第87号証113頁)においても,①外傷性頸部症候群及び左上肢R
SDであること,②後頭部,頸部,左上肢,左肩甲部の腫れ,疼痛であ
り,頸部・左上肢・左肩甲部の異常感覚,疼痛も存在したこと,③皮膚
に物が触れただけで痛みが誘発され,疼痛のために左上肢を動かすこと
はできず,正確な腱反射や筋力の評価は不可能であったこと,④左上肢
は右上肢に比較して可動域制限が著しく大きいこと,⑤左上肢に拘縮が
認められること等の所見を示した。
オL労働基準局医員R作成の障害認定に関する意見書(乙第50,第87
号証)
平成15年2月12日付け同意見書において,①傷病名は頸椎捻挫,左
肩関節捻挫,左第7肋骨骨折,左上肢知覚異常(RSD)であること,②主
訴及び自覚症状は,左上肢全体が激しく痛み,左手がベタベタする上,左
上腕から左手関節以下に疼痛が特に強く,左上肢が使えないこと,③左肩
・頸椎の運動性は各方向で0,左手指5指の運動性もほとんど0であり,
左手関節運動は全体に制限されているが一応可能であること,④左肩・左
背中・左上腕は,疼痛が激しくて動かせないが,左肘の屈伸は可能である
こと,⑤左肩甲骨上下の神経,左頸神経叢と腕神経叢,左大後頭神経の圧
痛が著明にあること,⑥RSDによる左肩,左手関節から左手指の用廃と
考えられ,アフターケアを要すること,⑦左肩から左手まで知覚異常があ
るが,肩から上腕は知覚過敏,前腕部は知覚鈍麻,手関節以下は知覚過敏
であること,以上の所見を示した。
カN意見(乙第87号証)
N意見は,平成15年12月10日に1審被告を診察の上,同月20日
付けで提出されたものであるが,同意見は,①診察時の主訴は,左手指
(示∼小指)から左上肢にかけて及び左頸が痛く,左肩甲骨の下辺りが強く
痛い旨を訴えたこと,②視覚上左上肢に認めるべき筋萎縮はないが,左手
掌,手背ともにやや光沢を帯びた軽度暗赤褐色を呈し,特に手指に浮腫性
腫脹があること,③上腕周径は左右共に30㎝であり,前腕周径は右25.
5㎝,左24.5㎝であること,④左前胸上部・左肩甲部から左上肢全般
に筆及び指尖で軽く触れる程度で強い疼痛を訴えるため,同部位での通常
の神経学的検査を実施できないこと,⑤頸椎運動は疼痛のため全般的に制
限されていること,⑥左肩関節運動領域も疼痛のために制限が強く,自動
(他動は疼痛を考慮して不実施)で屈曲・右150度,左35度,伸展・右
60,左30度,外転・右130度,左25度,内旋・右左90度,外旋
・右60度,左−10度であること,⑦左肘関節自動運動は,伸展・右1
0度,左0,屈曲・右145度,左135度であり,概ね正常であること,
⑧左手関節自動運動は背屈・右80度,左30度,掌屈・右70度,左6
0度であること,⑨左手指,伸展,屈曲,開排,つまみ動作はいずれも緩
慢かつ不十分であり,握力測定は疼痛のため不能であること,⑩X線所見
では特記事項はないが,左手については健側に比し明らかな骨萎縮が見ら
れたこと,⑪左上肢の反射性交感神経症ジストロフィー(RSD)であって
7級3号に該当すること,以上の所見を示した。
()RSDないしCRPSの判定方法等3
M鑑定によると,RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)ないしCR
PS(複合部分的痛症候群)は,病因が完全には解明されておらず,症状や
発症経過などについても各立場が一致しているわけではなく,診断基準も一
義的ではないが,諸説の特徴的な共通点としては,①外傷の程度に不釣り合
いな持続する疼痛(原因傷害の程度とは不釣り合いに強い自発痛・灼熱痛),
②知覚過敏,③腫脹・浮腫(指の場合には「浮腫」が消失すると「ペンシル
ライク」状になる傾向がある,④関節硬直,⑤関節可動域制限,⑥皮膚。)
変色,⑦血管運動不安定,⑧冷感,⑨発汗の左右差,⑩皮膚温の左右差,⑪
骨萎縮,⑫皮膚萎縮性変化,⑬アロディニア(異痛症,非侵害刺激によって
生じる疼痛,⑭きっかけとなる侵害的現象,⑮ギブス,シーネ等による患)
部固定の時期が存在すること等であって,これらが,いずれかの時期に発生
ないし存在することが必要であること,上記症状のうち,殊に浮腫・皮膚温
・発汗は病期のいずれかの時期に発現することもあれば,外傷後に一過性に
発現することもまれではないこと,廃用肢になると,晩期の症状として関節
拘縮や筋萎縮をきたすことがあるが,全ての事例において生じるものではな
く,RSDの診断基準として必須ではないことが認められる。
以上の観点から,前記認定の事実を前提として,1審被告の主症状を調べ
てみると,次のとおりである。
ア本件事故直後(平成13年11月当時)
外傷として頸椎捻挫,左肩関節捻挫,左第7肋骨骨折の外傷を負ったこ
と(上記診断基準の⑭,以下同じ),本件事故直後から頸部固定シーネ及び
バストバンドを装着したこと(⑮),背中の知覚過敏(②),頸椎の運動障害
及び疼痛・左肩関節の運動痛及び圧痛・左前胸部及び左背部の疼痛(①)が
出現したことが認められる。
イ平成14年5月当時(症状固定時,Oクリニックを受診当時)
頸椎の生理的可動域は,前屈60度,後屈50度,右屈50度,左屈5
0度,右・左回旋各60度であることは前記認定のとおりであるところ,
当時,1審被告の頸部は,前・後屈20度,右屈20度,左屈25度,右
回旋35度,左回旋30度であってかなりの可動域制限が生じ,肩関節も
他動の場合に両肩は,外旋や内旋では差がないのに,屈曲・右180度,
左90度,外転・右180度,左95度と大きな可動域制限が存在してい
たこと(⑤),前頸部,後頸部に圧痛が著明に残存し,下部頸椎より胸椎中
央部の棘突起部の圧痛が著明に残存していたこと(①),左肩関節前側部に
強い圧痛及び運動痛(①),後頸部から左背部まで及び左上腕部の著明な知
覚過敏(②),左手指の腫脹・浮腫があり(③),手指の屈曲が不十分であっ
たこと(⑤)がそれぞれ認められる。
ウ同年10月当時(F病院を受診した当時)
左肩痛・圧痛(①),左手うっ血傾向(③),左前腕は明らかに右前腕に比
べて冷たい(⑧⑩)前腕やや萎縮し,左上肢やや細い左肩痛覚過敏(②)等,,
がみられた。
エ平成15年1,2月当時(I病院を受診した当時,L労働基準局医員の
診察当時)
(ア)1月当時,皮膚状態に腫脹はなく,発赤・蒼白・チアノーゼもなかっ
た。しかし,皮膚に物が触れただけで激痛が誘発されるなど感覚障害が
存在し(⑬),疼痛が頸部,後頭部,左上肢全体,左肩甲部から背部にか
けてあり,左上肢のほとんどを動かせなかった(①)。また,関節可動域
及び筋力テストの結果,屈曲・外転等において,左側の頸部,体幹,肩,
肘,前腕,手,指に可動域制限・筋力の低下が見られた(⑤)。
(イ)2月当時,左上肢全体が激しく痛み,特に左上腕から左手関節以下の
疼痛が強く(①),左手がベタベタしていたこと(⑨),左上肢の関節可動
域制限が顕著であり,左肩,左手関節から左手指までの用廃と考えられ
るほどであったこと(⑤),左肩から左手まで知覚異常,肩から上腕は知
覚過敏,前腕部は知覚鈍麻,手関節以下は知覚過敏であること(②),平
成15年12月当時には,左手指(示∼小指)から左上肢にかけて及び左
頸の疼痛,特に左肩甲骨の下辺りに強い疼痛があったこと(①),左手掌,
手背ともにやや光沢を帯びた軽度暗赤褐色を呈していたこと(⑥),特に
手指に浮腫性腫脹が確認されたこと(③),左前胸上部・左肩甲部から左
上肢全般に筆及び指尖で軽く触れる程度で強い疼痛があること(②⑬),
左肩関節・左手関節の可動域制限が強いこと(⑤),左手については健側
に比し明らかな骨萎縮が存在したこと(⑪)等の症状があった。この間,
左肩から左上肢の関節拘縮(④),左手指の浮腫(③)が見られた上,頸部
の前屈20度,後屈25度,左屈10度,右屈5度であり,前記頸椎の
生理的可動域を大きく下回ったほか,肩関節の可動域制限も増悪した
(⑤)。
オM鑑定人の診察時(平成17年10月30日)
M鑑定によると,鑑定人が,平成17年10月30日,S大学付属病院
の麻酔科ペインクリニック外来において,1審被告を診察したところ,同
人には,左上肢等の疼痛(①),左半身の冷感(⑧),左手掌の発汗(⑨),左
肘関節以下の知覚過敏(②),手関節以下に軽度のアロディニア(⑬),左手
背,左手指の著名な皮膚萎縮(左手指根元の腫脹尖端の先鋭化〔M鑑定資
料(),色調の変化,ロウソク表面のような光沢ある皮膚表面が存在し,2〕
皺が正常な右に比べてほとんど消失しているが,特に上記光沢はRSDの
典型的症状である。⑥⑫)が存在したこと,左上肢機能評価(関節可動域と
筋力テスト)では,他動の場合の可動検査の結果(以下の数字は概数)に
ついてみると,頸(前屈10度,後屈0,右屈20度,左屈10度),体幹
,(前屈20度,後屈5度,右・左屈0度),肩(屈曲・右180度,左0度
伸展・右60度,左0度,外転・右180度,左10度以下,内転・右左
0度,外旋・右90度,左0度,内旋・右90度,左45度,肘(屈曲・
右150度,左110度,伸展・右左0度,前腕(回外・右90度,左)
70度,回内・右左90度,手(掌屈・右90度,左0度,背屈・右70
度,左10度,中手指節(屈曲・右90度〔母指60度,左0度,伸展〕
・右50度〔母指10度,左0度,近位指節(屈曲・右100度,左〕)
10度,伸展・右左0度)であり,運動機能としては左肩の内旋,前腕の
回内,回外が僅かに可能である以外,ほぼ左上肢は肩関節,手関節,手指
関節を含めてほぼ機能全廃に近い状態であること(⑤)が認められる(ただ
し,上記「全廃」は,神経が全て損傷した場合の「全廃」とは異なり,左
上肢を可動させようと思えば可能ではあっても,RSDに起因する痛みが
ベースにあるため,1審被告が左上肢を動かさない場合でも「全廃」とし
て評価するものであり,1審被告の場合には,筋力は完全には消失してい
ないことから,痛みを我慢すれば,左上肢をかなり動かせることが認めら
れる。。)
()以上のとおり,1審被告には本件事故による本件各傷害(きっかけとなっ4
た侵害的事象)が存在し,M鑑定当時までの諸症状は,RSDに特徴的な症
状・経過と符合していることに照らすと,1審被告には,左上肢を中心とし
てRSDの基本的な症状が存在し,左上肢を中心とした機能障害(左頸部か
ら左肩,腕,手,指),疼痛,知覚障害等の後遺障害が残ったというべきで
あり,これらはRSDによる後遺症として本件事故と相当因果関係があると
いうべきである。
このように1審被告の症状がRSDであることは,その他の診断基準から
も首肯することができる。
すなわち,
ア乙第49,第71号証,M鑑定によると,国際疼痛学会は,RSDとい
う統一概念に代えてCRPS(複合部分的疼痛症候群)と総称し,これをタ
イプ1(従来のRSD。明らかな神経損傷のないもの)とCRPSタイプ2
(カウザルギー。明らかな神経損傷のあるもの)に分けているところ,1審
被告には,明らかな神経損傷はないことは前記認定のとおりであるから前
者に該当する。
そして,上記証拠によると,その診断基準は,①誘因となる侵害的な出
来事あるいは固定を必要とするような原因があったこと,②持続する疼痛
があるか,アロディニア,痛覚過敏の状態であり,その疼痛が始まりとな
った出来事に不釣り合いであること,③経過中,疼痛部位に浮腫や皮膚血
流の変化,発汗異常のいずれかが存在すること,④疼痛や機能不全の程度
を説明可能な他の病態がないことであり,②ないし④を必ず満たす必要が
あるとされている。
これを1審被告についてみると,前記認定の事実によると,①について
は誘因となる本件事故及びシーネ固定等が存在すること,②については持
続的疼痛,アロディニア,痛覚過敏がみられること,③については,浮腫,
発汗異常が存在することが認められるところ,④については,他の病態が
存在していることについては,これを認めるに足りる証拠はないから,1
審被告はRSDないしCRPSであると認められる。
イM鑑定によると,Veldmanらの診断基準は,①説明できない瀰慢
性疼痛の存在,健側同一部位に比べて皮膚の色が異なること,瀰慢性の浮
腫,健側同一部位に比べて皮膚温に差があること,関節可動域の制限の症
状・徴候のうち,4ないし5つが認められること,②患肢の使用によって
これらの症状が発現あるいは増強すること,③発端となった創傷あるいは
手術の部位により,広範かつ遠位部をも含めて上記の症状・徴候が存在す
ることであるところ,前記認定のとおり,1審被告は上記①ないし③の要
件を満たしていることが認められる。
ウM鑑定によると,Gibbonらによる診断基準(1992年以前の診
断基準)は,各項目(①アロディニア,知覚過敏,②灼熱痛,③浮腫,④皮
膚の色調あるいは発毛の変化,⑤発汗の変化,⑥皮膚温の変化,⑦X線上
の変化〔脱灰像,⑧血管運動障害・発汗障害の定量的測定,⑨RSDに〕
,合致した骨シンチグラフィー所見)ごとに陽性を1点,擬陽性を0.5点
陰性を0点として,合計で3点未満をRSDに該当しない,3ないし4.
5点をRSDの可能性があること,5点以上をRSDに該当するという診
断基準であるところ,前記認定の事実によると,1審被告は5点以上(①
②③④⑤⑥)になることは明らかである。
エM鑑定によると,HardenらのCRPS診断基準(最新の基準)は,
①原因と思われる事象に不釣り合いな持続痛の存在,②症状や徴候が他の
疾患では説明できないこと,③次の4項目(a感覚異常〔感覚過敏,アロ
ディニア,b血管運動性変化〔皮膚温非対称,皮膚色調の変化,非対〕
称,c浮腫・発汗異常〔腫脹,発汗異常,発汗非対称,d運動・萎縮〕〕
性変化〔関節可動域の減少,筋力低下・振戦・ジストニア運動機能異常,
毛・爪・皮膚の萎縮性変化〕)中,臨床診断としては,3項目について,
経過中に少なくとも1つの症状があり,評価時に2項目以上に少なくとも
1つの徴候を認め,研究的診断としては,4項目中,少なくとも1つの症
状があり,評価時に2項目以上に少なくとも1つの徴候が存在することを
要するところ,前記認定の事実によると,①②と③の4項目中の4項目に
ついて,経過中に少なくとも1つ以上の症状があり,評価時に4項目以上
に1つ以上の徴候を認めることができるから,この基準からも1審被告は,
RSDと診断することができる。
()RSDを疑わせる主要な反対証拠に対する検討5
アまず,I病院は,前記認定のとおり1審被告の傷病名をRSDと診断し
ながら,その所見は受傷直後から症状が存在したわけではなく,約半年経
過後に理学療法を開始してから,急に症状が進行した旨を付記したことが
認められる。
しかし,前記認定のとおり,①1審被告は,本件事故直後から理学療法
を受けていたのであるから,約半年後に理学療法を受けたとの記載は事実
と異なること,②I病院は,D整形外科から1審被告を紹介されたもので
あるが,診療情報提供書(甲第44号証)中にも上記付記事項に沿う記載は
皆無であって,上記付記事項が何を根拠に記載されたかについてはこれを
窺わせる証拠はないこと,③甲第44号証によると,理学療法との関連性
を記載した上記記載は,平成15年1月22日の身体障害者福祉法第15
条第3項の意見書のほか,同年3月11日付け意見書,同日付け照会・回
答書にも明記されていたが,乙第84号証によると,同病院は,1審被告
から事実と異なるとして削除を求められ,上記病院はこれに同意したこと
が認められ,これに照らすと,約半年経過後の前記理学療法により急に症
状が悪化したとの記載は信用できない。
イ次に,T病院麻酔科医Uは,意見書(甲第139号証)において,①本件
事故の態様と初期の他覚的所見から見て,末梢神経障害を起こしたとは考
えにくいものであり,末梢神経に障害がないことは電気生理学的検査から
も明らかであること,②臨床経過に照らすと,症状の悪化は,受傷後,6
か月を経過後に生じているが,左手の浮腫と色調の変化については,当初
見られなかった症状であって,RSDにおいては,浮腫は初期に見られ,
やがて萎縮するのが通例であり,受傷後暫くしてから悪化するRSDの症
例は心理的ないし社会的背景が病状に影響していると考えられること,③
左手の骨萎縮については,受傷後,約1年後である平成14年12月31
日のレントゲンでは左右差が認められないのに,平成15年9月7日には
極軽度認められ,受傷後,2年8か月以上経過した平成16年8月6日,
平成17年4月7日,平成18年4月10日には骨萎縮が明確に認められ
ることから,平成15年ころより,左手の使用頻度が極端に減り,骨萎縮
に至ったと考えられること,④1審被告は,本件事故後,1か月後に復職
しているが,重傷のRSDの場合には心身ともに落ち込みが強く就業でき
ないのに,痛みの訴えが強い割には日常生活の質は保持されていること,
⑤平成15年1月18日I病院において,頸部の回旋可動域が右5度,左
10度であったのに対し,同年8月の時点では振り向く,目視で車をバッ
クさせるなどしており,頸部の可動域制限は見られないが,このように7
か月間に受傷後1年以上経過した時点で頸部の著しい可動域制限が正常化
することは通常考えられないこと,⑥浮腫を主症状とするRSDの場合,
実際にはRSDではなく作為病であったとの報告もあるし,手の浮腫は上
腕を駈血することによって発生しうる症状であること等の所見を示してい
る。
しかしながら,前記認定の事実によると,上記①については,国際疼痛
学会の区分によっても,本件は,CRPSタイプ1(明らかな神経損傷の
ないもの)であるから,末梢神経に障害がないことから,直ちに1審被告
がRSDに罹患していることを否定することはできないこと,②について
は,前記認定のとおり,1審被告の左手の浮腫は,本件事故の翌日である
平成13年11月17日の時点で既に見られ,D整形外科もI病院宛の診
療情報提供書(甲第44号証4頁)にその旨を明記している上,そもそも浮
腫等の症状は,疾患の経過中,いずれかの時期に発生ないし存在すること
で足り,浮腫は初期に見られ,やがて萎縮するのが通例であるとはいえな
いこと(M鑑定添付資料()),③の左手の骨萎縮については,RSDの場5
合に骨萎縮が出る場合と出ない場合があるのみならず,その出現する時期
にも個体格差があることから,国際的な診断基準(国際疼痛学会の基準等)
も骨萎縮を筋萎縮と並んで要件とはしていないところ,骨萎縮は,疼痛の
ために罹患肢を使用できなかったことから発生することもあり,骨萎縮や
筋萎縮の存在しないことが,RSDの存在を否定する根拠となるものでは
ないこと(甲第139号証,M鑑定),④については,日常生活の質が保た
れていたとしても,本人の努力等によるものであるともいえるから,当然
にはRSDを否定する根拠とはなり得ないこと,⑤については,甲第44
号証によると,上記頸部の「右5度,左10度」というのは頸部の右屈・
左屈に関するものであり,頸部の回旋に関するものではないし,甲第31
号証によっても,1審被告が,平成15年8月当時,自動車を後退させる
際の後方確認について何ら支障がなく行っている様子までは窺うことはで
きず,頸部の可動域制限がないとはいえないこと,⑥1審被告のRSDを
作為病であることを認めるに足りる証拠はないし,M鑑定によると,1審
被告の手の浮腫が,作為的な駈血によって作出されたとは認められないこ
とを総合すると,甲第139号証の前記部分はいずれも採用することがで
きない。
ウV整形外科医師W意見書(甲第142号証)中には,1審被告の第7肋骨
骨折の事実自体に疑問を投げかけ,本件事故が軽微であるとして,RSD
の受傷機転の存在を問題視する趣旨の記載がある。
しかし,前記認定のとおり,そもそもRSDは外傷の程度に不釣り合い
な持続する疼痛の発生がその病態であるところ,D整形外科は,X線検査
により第7肋骨骨折の傷害を負った旨を診断し,Oクリニックも肋骨骨折
の可能性を認めているのみでなく,そもそも1審被告が頸椎捻挫,左肩関
節捻挫,左第7肋骨骨折等の傷害を負ったことについては,1審原告らが
本訴の当初から認めていて,当事者間に争いのない事実であるから,上記
記載部分は採用しない。
エ甲第30,第31号証(ビデオテープ)によると,1審被告は,平成15
年8月下旬ころ,車を運転して得意先回りをし,肘を曲げて,左手でドア
を閉める,上肢で鞄を抱える,肘を曲げて鼻を掻く等の動作をしている状
況が認められる。
しかし,甲第30,第31号証,乙第56,第62号証,1審被告の供
述,M鑑定の結果によると,①1審被告は,本件事故後,免許の条件等と
してAT四輪車のみの運転が可能とされ,実際にもハンドルギヤ付の自動
車に右手のみでハンドル操作可能な障害者用ハンドルグリップを設置し,
しかも座席シートを倒して背中が触れないようにして運転していること,
②上記録画が行われた当時,1審被告の肘関節の可動性がほぼ正常に保た
れていたことはN意見のとおりであるから,肘を曲げることは十分に可能
であったこと,③RSDは運動神経の損傷ではなく疼痛が主な症状である
から,痛みを我慢すれば相当の動きができ,特に腋を締めて反動付けを行
えば肩関節,肘関節を動かすことも可能であるし,RSDは天候その他に
よっても痛みも左右され,調子のよいときには上肢を動かすことも可能で
あること,④上記ドアのノブには留め金がなく容易に開閉可能なものであ
った上,1審被告は,右手で所持していたアタッシュケースでドアを押し
開け,退出する際には,顧客に対する手前,左手で閉めた素振りをしたも
のであるし,上記「鞄」は軽量のビニール袋であって,左腕内側と左腹部
に挟んでいるにすぎず「鼻を掻く動作」は左手袋で目の前の髪を払った,
ものであること,⑤上記ビデオテープ中にも,1審被告は,左手で行えば
足りることを右手でやるようにして左上肢をかばう場面が随所に存在して
いることがそれぞれ認められ,以上の事実に照らすと,上記甲号各証は,
1審被告の左上肢の機能障害(RSD)の発症を覆すには足りないというべ
きである。
()障害の程度6
前記認定の事実,殊に,①1審被告には,頸部から背部,左上肢,左手掌,
左手指にかけて著明な疼痛,知覚過敏,知覚鈍麻等の神経症状が見られるこ
と,②1審被告には,未だ顕著な関節硬直・骨萎縮までは見られないが,頸
部及び左上肢には,著しい関節の可動域制限が存在しており(他動検査であ
る平成15年1月22日付けI病院の意見書及びM鑑定の左上肢機能評価,
自動検査であるN意見を参照),中でも平成15年1月当時には可動性のあ
った頸の後屈,体幹の右・左屈,肩の屈曲・伸展・外旋,手の掌屈,中手指
節の屈曲・伸展は,M鑑定時(平成17年10月当時)までには,ほぼ0度で
あり,筋力は完全には消失していないが,左上肢はほぼ機能全廃に近い状態
にあると評価されるに至ったこと,③しかし,RSDは,運動神経の損傷で
はなく,疼痛が主な症状であるところ,1審被告の場合には明らかな神経損
傷は認められず,上記患部を動かした場合に痛みが生じることから,これを
動かさないというものであって,動かすことが不能という意味での全廃には
至っていないこと,④したがって,1審被告の場合にも,痛みを我慢すれば
相当の動きが可能であって,特に腋を締めて反動付けを行えば肩関節,肘関
節を動かすことも可能であるし,調子のよいときには上肢を動かすことも可
能であること,⑤現に,1審被告は,本件事故当時と同様,自動車を運転し
て得意先を訪問しては,集金業務を引き続き行っていること,以上の諸事情
を総合勘案すると,1審被告の後遺障害の程度は,全体として障害等級7級
4号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服
することができないもの」に相当し,労働能力喪失率は56%を下らないと
いうべきである(なお,1審被告は,労働者災害補償保険法施行規則所定の
障害等級表に基づく労働能力喪失率や後遺障害の併合等を主張するが,同表
は自動車損害賠償保障法施行令所定の障害等級表とほぼ同一である。)。
この点につき,1審被告は,前記のとおり,左上肢の用を廃したものとし
て障害等級5級4号に該当する旨主張するが,上記認定・説示に照らして採
用できない。
また,1審被告は,頸部の軟部組織に明らかな器質的変化(RSD)が認め
られ,その主要運動の可動域が健常者の2分の1以下に制限されているとし,
脊柱に著しい運動障害を残すものとして6級4号に該当する旨主張する。し
かし,1審被告の頸部の軟部組織に器質的変化が生じていることについては
これを認めるに足りる証拠はなく,かえって,Oクリニック及びF病院は,
MRI検査によっても,1審被告の頸椎,胸椎,頸髄,胸髄に異常はなく,
脊柱管も十分広く,配列・椎間板・神経孔も良好である旨の診断をしている
ことに照らすと,上記主張は採用できない。
3損害
()治療関係費等1
ア治療関係費
(ア)治療費80万6248円
甲第7,第9,第11,第13,第15,第18,第19,第21,
第23号証によると,1審被告は,D整形外科において,平成14年
5月18日に本件事故による症状が固定した旨の診断を受けたが,そ
の旨の診断書が発行されたのは同月27日であること,同日までの1
審被告の治療費は合計73万8808円であり,Oクリニックにおけ
る同月23日の治療費は6万7440円であることが認められる。
よって,1審被告の治療費としては,症状固定の診断を受けた日ま
での合計80万6248円を認めるのが相当である。
(イ)通院費8万2320円
甲第19号証,乙第27号証の1,3,第29号証の5,第36,
第37号証の1,2,第62号証によると,①1審被告は,自宅から
D整形外科まで,本件事故日から症状固定日まで合計105日間通院
したこと,②補助参加人は,1審被告に対し,本訴提起前において,
自家用車での通院を前提に1キロ40円で算定した交通費を提案して
いたこと,③1キロ40円で計算すると,1審被告主張の上記金額に
なるのに対し,路線バスとJR線を利用する場合の往復の交通費は1
440円であり,105日間の合計額は15万1200円となり,上
記請求金額をはるかに超過することが認められる。
そうすると,1審被告が請求する8万2320円の限度で通院費を
認めるのが相当である。
(ウ)看護料・自宅介護料
1審被告が自宅療養した際に自宅介護料を請求するには,1審被告
が,単独では身の回りのことを行うことが困難であり,家族が通常の
家庭生活を営む場合の相互援助の範囲・程度を超えて介護を行うこと
を要するような事情が必要であるところ,同事情についてはこれを認
めるに足りる証拠はない。
(エ)看護料・通院介護料
乙第38号証の1,2によると,1審被告の夫であるYは,1審被
告の上記通院の際,自宅からD整形外科まで通院介護したことは認め
られる。
しかし,通院介護料を請求するためには,医師が療養上必要と認め
た場合であるなどの格別の事情が必要であるところ,これを認めるに
足りる証拠はない。
したがって,上記請求は理由がない。
イ文書料1万3000円
乙第62号証及び弁論の全趣旨に照らすと,1審被告は,本件事故によ
り,警察署及び保険会社に対し,4通の診断書を提出したが,その文書料
は少なくとも1万3000円を下らないものと認められる。
ウその他
(ア)事故車運搬費用
被害車両は,本件事故により走行不能になったわけではなく,レッカ
ー車移動等の特別な運搬を必要としたものではないし,1審被告が主張
する費用の内訳,必要性については,いずれもこれを認めるに足りる証
拠はない。
(イ)家族駆けつけ費用(警察署で事故車ドアロック)
乙第111号証によると,1審被告は,本件事故後,被害車両を運転
して警察署に赴いた際,ドアロックを行い,その開閉が困難になったこ
とから,夫が同所に駆けつけてこれを開錠したことが認められる。
しかし,上記ドアロックは,1審被告が自ら行ったものであって,本
件事故との相当因果関係を認めることはできないから,上記請求は理由
がない。
(ウ)応急病院搬送及び帰宅費用(パート営業員が介護)について
乙第111号証によると,1審被告は,本件事故当日,同僚の運転す
る自動車で,上記警察署の斜め向かいにある勤務先から,D整形外科ま
で同行してもらい,受診後,自宅まで送ってもらったことが認められる。
しかし,1審被告が,上記同僚から,好意による同行・送迎ではなく,
同行費用等の支払を求められたことについてはこれを認めるに足りる証
拠はない。
したがって,上記費用の請求も理由がない。
()休業損害71万0270円2
ア甲第24,第25号証,乙第9,第23,第26,第46号証によると,
①1審被告は,本件事故当時,保険会社のパート社員として時給1400
円で1日4時間の集金業務を行うとともに,主婦として家事労働も行って
いたが,パート勤務の収入は,年間約148万円であったこと,②本件事
故時から症状固定時までの日数は184日間であり,この間,1審被告は,
本件事故による受傷のため,平成13年11月19日から同年12月まで
の22日間欠勤したこと,③平成13年度の「賃金センサスの産業計・企
業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢の平均賃金額」は352万240
0円であるところ,1審被告は,兼業主婦であり,日常家事を行う上での
支障をも考慮すると,現実の収入額ではなく,上記平均賃金を基礎として
損害額を算定するのが相当である。
イ1審被告は,本件事故により,本件各傷害を負ったと診断され,頭痛,
頸部痛,左背部痛,左上肢痛をはじめ,種々の機能障害及び運動痛が存在
していたことは前記認定のとおりであって,その症状の内容・程度,勤務
実態と稼働状況に照らすと,本件事故から症状固定日まで,平均して,そ
の労働能力の4割が制限されたものと認めるのが相当である(なお,1審
被告の後遺障害については,本件各傷害の症状固定後,RSDの症状が次
第に顕著となったことから,前記のとおり労働能力喪失率を56%とした
が,症状固定時までの休業損害については,既に本件事故直後からRSD
の初期症状が出現していたとはいえ,主として本件各傷害による労働能力
の制限が生じたことに基づくものにすぎないと認められることに照らし,
労働能力喪失率は,上記の限度で認めるのが相当である。)。
ウ以上によると,1審被告の休業損害額は71万0270円(円未満切捨。
以下同じ)である。
(計算式)352万2400円÷365日×184日×0.4
()通院慰謝料120万円3
前記認定のとおり,1審被告は,本件事故発生日から症状固定日までの1
84日間,D整形外科に合計105日間にわたり通院したこと,この間,前
記のとおり左上半身(頸部,背部,肩,腕,手等)に顕著な疼痛,機能障害が
あったことが認められ,これらの事実に照らすと,通院慰謝料は120万円
であると認めるのが相当である。
()逸失利益2835万5517円4
ア労働能力喪失率
労働能力喪失率を56%と認めるのが相当であることは前記のとおりで
ある。
イ算定の基礎となる収入額
前記のとおり,賃金センサスの平均賃金額である年収352万2400
円を算定の基礎とすべきである。
ウ労働能力喪失期間
1審被告は,症状固定時,満41歳であったところ,M鑑定によると,
1審被告のRSDによる前記症状の改善ないし悪化の見通しについては,
断定的な判断はできないものの,1審被告の症状は既に進行したRSDで
あるため,左上肢が,今後,機能的に完治することはあり得ず,疼痛,痺
れ等の症状については強弱はあるが,改善,悪化を繰り返していく蓋然性
が高いと認められる。
したがって,就労可能年数は,症状固定時から満67歳までの26年間
と認めるのが相当であり,この期間に対応するライプニッツ係数14.3
751を用いて中間利息を控除する方法で逸失利益を算定すると,1審被
告の逸失利益は2835万5517円となる。
(計算式)352万2400円×0.56×14.3751
()後遺障害慰謝料1500万円5
前記認定のとおり,1審被告は,本件事故により障害等級7級に相当する
後遺障害が残ったのみならず,将来的に疼痛,痺れ等の症状が改善と悪化を
繰り返す蓋然性が高いことから,1審被告主張のとおり,症状固定後も通院
して治療費や交通費を負担したり,RSDの症状の1つであるアロディニア
による疼痛を緩和するため手袋を着用する必要があると推認される(乙第9
3号証によると,アロディニアは触覚・温覚刺激によっても激痛が起こるこ
とが認められる。。)
しかし,治療行為としての必要性,通院の回数,手袋の買換の回数,価格,
使用頻度等を含め,いずれも不確定的な要素が強いことに照らすと,アフタ
ーケアとしての治療,通院関係の諸費用や手袋の着用については,これらを
いずれも慰謝料として斟酌するのが相当であり,以上の諸事実を総合考慮す
れば,後遺障害慰謝料としては1500万円を認めるのが相当である。
なお,1審被告のその余の慰謝料請求(前記第3の2()オの(イ)ないし2
(オ))については,1審原告ら又は同代理人の違法行為を認めるに足りる証
拠はない。
()将来の損害37万4990円6
ア将来の治療費
これを後遺障害慰謝料として斟酌するのが相当であることは上記のとお
りである。
イ将来の通院交通費
上記同様,後遺障害慰謝料として評価すべきである。
ウ将来の通院介護費
前記のとおり,1審被告は,自ら自動車を運転することが可能であるか
ら,仮に通院したとしても,通院について介護を要する状況にあるとは認
めることができない。
エ60歳以降の介護費
被害者が植物状態に陥ったり,重篤な障害を有する場合には,将来にわ
たり,付添看護を要する場合がある。
しかし,前記認定のとおり,1審被告は,左肩,左肘,手関節,左手指
に高度な運動制限はあるが,筋力は完全に消失しているわけではなく,痛
みを我慢すれば相当程度の動きが可能であること,現在でも自ら自動車を
運転して得意先を回る等して稼働していること,1審被告の症状は,将来
的には,現在の症状が改善と悪化を繰り返していく蓋然性が高いことに照
らすと,1審被告が,家庭生活における家族の家事分担ないし協力の範囲
を超えて,常時介護を要するような状況に陥るとは認めることができない。
したがって,介護費の請求は理由がない。
オ補装具購入費用
①手袋(縫い目なし)
これは,前記のとおり,後遺障害慰謝料として斟酌するのが相当であ
る。
②ホットカイロ
ホットカイロの必要性についてはこれを認めるに足りる証拠はない。
カ日常生活用具購入費用6万4990円
前記のとおり,1審被告には左上肢の後遺障害があることに照らすと,
①ドライヤー(スタンド式)1万円,②フードミキサー器具(スライス,み
じん切り等1万4490円,③自動食器洗い器4万円はいずれも必要かつ
相当であると認められる(各価格は乙第62号証及び弁論の全趣旨により
これを認める。)。
キ住宅改造費用1万円
上記障害により,浴室の介護用取っ手の取付けを行うことは必要かつ相
当であると認められるところ,弁論の全趣旨によると,その費用は1万円
を下らないことが認められる。
しかし,1審被告のその余の住宅改造費については,それらの必要性を
認めることができない。
ク自動車改造費用等30万円
(ア)カーナビテレビ,ハンドグリップ
前記認定のとおり,1審被告は,自動車を運転し,パート勤務に従事
しているが,本件事故によるRSDにより頸部を動かして後方を確認す
ることは著しく困難である上,左上肢の著しい可動域の制限があること
に照らすと,自動車のハンドルに障害者用ハンドグリップを装着したり,
後方の安全確認のためのカーナビテレビを運転席に設置することには相
当の理由がある。
そして,1審被告は,本件事故当時満40歳であったから,前記稼働
可能年齢までに,少なくとも数台の自動車を買い換え,その都度,これ
らを購入して装着するものと考えられること,乙第62号証によると,
カーナビテレビは1台当たり20万円,ハンドグリップ取付け費用は1
回当たり1万2600円であることが認められる。
しかし,1審被告が,具体的に車両を買い換える時期や台数,将来に
おけるこれらの価格には不確定的要素がある(被害車は平成3年度登録
のものであり本件事故時までに約10年が経過していた。)上,将来出
捐予定の金額を現価計算する場合には中間利息を控除する必要があるこ
とを考え併せると,1審被告の主張全額50万円の6割に相当する30
万円の限度でこれを認めるのが相当である。
(イ)洗車費用
同費用は,車を保有する以上,必然的に負担を避けられない費用であ
るから,本件事故との相当因果関係を認めることはできない。
()遅延損害金の利率7
1審被告は,1審原告らが補助参加人から受領する保険金は商事法定利率
で算定される旨主張するが,補助参加人は,1審原告らの1審被告に対する
損害賠償債務が確定した場合に,損害保険契約に基づき,1審原告らに代わ
って1審被告に対し立替払いをするものであって,その場合にも,民法所定
の遅延損害金で計算された賠償金を支払うにすぎず,1審原告らが補助参加
人から商事法定利率で計算した保険金の支払を受けるものではないから,1
審原告らが1審被告の主張する1%の遅延損害金相当額を利得する関係には
ない。
したがって,この点に関する1審被告の主張は理由がない。
()以上によると,1審被告の被った損害額は合計4654万2345円であ8
る。
4損害額の減殺要因について
()心因性の要因について1
1審原告らは,1審被告のRSDの発症については心因性の要因にも起因
する旨主張するのに対し,1審被告は,従来,RSDは,精神・心理学的要
因により発症するとされていたが,今日では,RSDの結果として心因性の
障害が惹起されるという見解に統一されている旨主張し,これに沿う証拠も
ある(乙第93号証の1)。
確かに,RSDの結果として心因性の障害が惹起されることはあり得ると
しても,M鑑定によると,きっかけとなる侵害事象は日常多く存在し「R,
SDないしCRPS」を発症する患者の数百倍に及ぶ数多くの患者がこの侵
害事象や「きっかけ」を経験しているにもかかわらず,一部の患者のみが
「RSDないしCRPS」を発症する原因については医学的に解明されてお
らず,受傷機転,神経損傷の部位と障害様式,廃用,遺伝的要因等と並んで,
心理的問題などの複数の因子が複雑に寄与していると考えられるから,心因
性の要因がRSDの発生原因と関係がないとまではいえない。
このことは,M鑑定資料()にも引用されているU医師が,1審被告につ5
いてはCRPSの診断基準を満たすが,現在の症状が本件事故にのみ起因す
るとは考え難い旨の所見を示していること(甲第139号証)からも首肯する
ことができる。
しかして,前記認定のとおり,①本件事故の衝撃は,比較的軽微であった
こと,②1審被告には,MRI検査及びX線検査によっても,頸椎,胸椎,
頸髄,胸髄,椎間板に異常はなく,外傷性頸椎・胸椎椎間板ヘルニアの疑い
も存在せず,脊柱管も十分に広く,その配列・椎間板・神経孔も良好であっ
て,筋電図(神経伝導検査)も正常内にあったこと,③1審被告は,D整形外
科に対し,左肩甲部痛,左上肢痺れ感があり,左手元(母指除く)がジンジン
するとした上「毎日のことなのでイライラ感がある」と訴えていること,。
等に照らすと,1審被告が本件事故により直接受けた本件各傷害のみからR
SDを発症したものではなく,本件事故に起因した器質的疾患とともに,1
審被告の性格及び心因性の反応を引き起こしやすい素因が合併ないし競合し
て発生したものと認めるのが相当である。
()第2事故,第3事故の影響について2
甲第137,第138号証,1審被告の供述によると,①1審被告は,平
成16年10月20日,自車を一時停止中,後方から第三者の車両によって
追突されるという交通事故に遭遇し,頸椎捻挫,左肋骨挫傷の傷害を負い
(以下「第2事故」という。),頸部から左上半身全体にかけて痛みが強く,
前胸部痛や左眼奥のピクピク感もあったため,同日から同年11月7日まで
通院治療を受けたが,第2事故後の方が本件事故よりも症状が強かったこと,
②1審被告は,平成17年8月22日,上記同様,追突されるという交通事
故に遭遇し,翌日,頸部痛が強く頸椎捻挫の診断を受け(以下「第3事故」
という。),以後,4日間休業したが,頸部痛及びその可動域制限が生じた
ほか,頭痛,目眩が生じ,同年8月23日から平成18年2月28日まで通
院治療を受けたこと,③第2,第3事故の際,1審被告は,衝突の瞬間まで
追突を予測していなかったことから,本件事故とは異なり衝撃に対する防御
姿勢をとれず,受傷機転は本件事故よりも大きかったことが各認められ,こ
,れらの事実と,④1審被告のRSDの諸症状並びに頸部及び左上肢(肩関節
肘関節,手関節等)について,第2,第3事故前の前記平成15年1月22
日付け意見書作成当時及びN意見が提出された当時(平成15年12月10
日)の可動域制限と,上記各事故後のM鑑定当時(平成17年10月30
日)のそれとを比較して,M鑑定時の頸部及び左上肢の関節の可動域の制限
がより一層進行している部分があることを併せ考えると,第2事故及び第3
事故は,本件事故に起因するRSDの症状をより悪化させたか,又はその症
状の軽減を妨げたものと推認される。
()専門医の治療について3
1審原告らは,仮に1審被告がRSDであれば,1審被告がRSDの専門
医の治療を受けず,病状の悪化を招いて損害を拡大させた旨主張する。
確かに,M鑑定によると,1審被告については,初期に行うべきRSDの
治療がほとんど行われていないことが認められるから,RSDの早期治療が
結果的に遅れたことが,1審被告の症状の悪化を招いた可能性があることは
否定できない。
しかし,すでにみたとおり,当事者双方の主張が鋭く対立し,専門家から
みてもその判定が難しいRSDの症状について,医学的な素人である1審被
告において本件事故の直後から速やかにRSDに関する専門治療をすべきで
あるというのは酷であり,1審被告は,前記認定のとおり,本件事故当日か
ら,D整形外科を受診し,この間,同外科も1審被告に他の専門医を受診さ
せて所見を求めるなどし,1審被告もこれに従っていたことが認められるか
ら,1審被告がRSDにつき,格別の治療を早期の段階から受けなかったと
しても,これをもって1審被告側の落ち度ということはできない。
()以上によると,1審被告のRSDの発症については,1審被告の性格及び4
心因性の反応を引き起こしやすい素因が合併ないし競合して発生し,しかも
第2,第3事故が1審被告の症状に及ぼした影響(第2,第3事故による影
響を「1審被告の後発的素因」の一種と考えることもできる。)も考慮する
と,1審被告のRSDによる全損害を1審被告に負担させることは公平の理
念から相当性を欠くというべきである。
したがって,心因性の要因については過失相殺の法理(民法722条)の類
推により,第2,第3事故による影響についてはその寄与割合を考慮し,1
審被告のRSDによる損害の一部を1審原告らに負担させるべきところ,以
上の過失割合及び寄与割合を総合した割合は,本件事実関係の下においては,
5割と認めるのが相当である。
しかして,1審被告の被った総損害額は,前記のとおり4654万234
5円であるところ,このうち,症状固定前の損害281万1838円(治療
費,通院費,文書料,休業損害,通院慰謝料)については,同時点までにR
SDの初期症状が一部出現していたものの,前記のとおり主として本件各傷
害に起因する症状に基づく損害であって,未だ心因性の要因が作用していた
とは認めることができないし,第2,第3事故の発生前の損害であるから,
上記減殺をする必要はないが,症状固定後の損害4373万0507円につ
いては,主としてRSDの症状に起因する損害であるから,上記のとおりの
過失割合及び寄与割合による減殺によって損害額をその5割の2186万5
253円と認めるのが相当である。
よって,減殺後の損害合計額は2467万7091円となる。
(計算式)281万1838円+4373万0507円×0.5
5損益相殺後の損害額合計
上記損害額から既払金額451万円を控除すると,1審被告の被った損害額
は2016万7091円である。
第5結論
以上によれば,1審原告らの各本訴にかかる債務不存在確認請求の訴えは,
1審被告の反訴の提起により訴えの利益がなくなったから,これを却下すべき
ものであり,他方,1審被告の反訴については,損害賠償金2016万709
1円及びこれに対する本件事故発生の日である平成13年11月16日(不法
行為日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
認める限度で理由があり,その余は理由がない。
よって,1審被告の本件控訴及び反訴に基づき,原判決を変更し,1審原告
らの各本訴請求にかかる訴えをいずれも却下し,1審被告の反訴請求を上記の
限度で認容し,その余を棄却し,1審原告らの本件各控訴をいずれも棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官大和陽一郎
裁判官菊池徹
裁判官市村弘
(別紙省略)

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